邪王真眼、トマトを食べる (アホを極めたらこうなる)
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邪王真眼、トマトを食べる

 土曜日の昼時。

 ベッドに寝転がってネットサーフィンをしていた俺は、ふと興味深い記事を見つけた。

「『トマト嫌いの人でも食べられると評判のトマト煮、その作り方とは』……!?」

 トマト嫌いの人でも食べれるだと……!?

 トマト嫌いが身内にいる俺的にはこの記事を読まないわけにはいかない。

 さっそく内容を見てみることにして、リンクをタップする。

 ふむ。どうやら、トマト独特の触感が消えるからとか、六花も苦手なあの緑のぶよぶよが無くなるからとかが理由らしい。

 成程なあ。正直考えてすらいなかった。まさか煮込む方向とは……。

 六花のトマト嫌いをどうにかしなければと常々思っていた俺には、物凄く有益な情報だ。

 まあ勿論のことだが、それでもダメな人も一定数いるらしい。が、そこを気にしていては何も始まらないじゃないか。

 善は急げ。あの中二病少女の好き嫌いを更生させるべく、今日の夜ご飯はトマト煮に決定だ。

 

 

 

 時刻は夜9時を過ぎた所。

 多くの家庭では晩御飯を食べながら談笑でもしている頃合いだろうか。

 そんな家族団らんであるべき時間に、俺はと言えば……

「トマトなんて悪魔が食べるものは邪王真眼には不必要! 食べなくていい!」

「ちょ、暴れるなって!」

 六花を抑えるのに必死だった。

「まあまあ、落ち着いてください六花さん」

「これが落ち着いていられるものか! 我は今、この身を焼かれようとしているのだぞ!?」

 樟葉がヒートアップしている六花をなだめようとするも、逆にトマトの邪悪さを語られる始末だ。

「トマトはそんな物騒なものではありません!」

 俺が六花を小突くと、とたんに大人しくなって。

「うう……邪王真眼の名にふさわしくないぃ……」

 目に涙を浮かべてそう語りかけてきた。

「俺には好き嫌いの方が相応しくないように思えるけどな」

「うっ……」

 我ながら真理をついたと思うコメントに、六花はあえなく撃沈してしまう。

 ……まあ、俺もそこまで嫌がるのであれば無理に食べさせたりはしない。

「とりあえず、一口だけでも食べてみろよ。それでだめなら俺もあきらめるからさ」

「……だけど、そうなると私のごはんが」

 一応そういう時のための非常食は用意してある。さすがにトマト煮が食べられなかったときのカバーは必要だしな。

「それも考えて、一応ハンバーグを作ってあるぞ」

「それを最初から出して!」

 六花が悲壮な叫びを上げる。残念だが六花、それは不可能というものだ。

「これもあるし、まあ……そんなに気負わず食べてみてくれ」

「……まあ、ハンバーグが用意されているのであれば」

 そう言ってしぶしぶ椅子に座る六花。

 続いて、樟葉が苦笑いをしながら隣に座った。俺も六花の正面に腰を下ろす。

「んじゃ、いただきます」

「「いただきます」」

 とりあえず、俺からトマト煮を食べてみる。

 ……うん。自分で言うのもなんだけど、中々に上手くできてると思う。味付けも丁度いいし、トマトの味を生かせている気がする。

「美味しいね、お兄ちゃん」

 樟葉も美味しそうに食べてくれている。良かった良かった。

「ふむ。毒は入っていないか」

「んなわけあるか」

 俺を何だと思ってるんだ。邪王真眼を暗殺するために駆り出された暗殺者じゃないんだぞ。

 つか俺らを毒見役として使ってるんじゃねーよ……。

「……んで、どうだ? 食べれそうか?」

「むう……」

 と、なぜかトマト煮をじっと睨んだまま固る六花。

 ど、どうした? まさか変な物が入ってたり?

「ゆ、ゆうた! この中に魔獣の卵がある!」

「なわけないだろうが!」

 予想の数倍くらい変なものが入っていると言い出す六花に呆れながらツッコミを入れる。

「それはトマトだ。そんな邪悪な物を料理に加えた覚えはありません」

「う、うう……」

 六花がスプーンを握って、トマトをちょんちょんとつつく。

 そして煮込んであるトマトをすくうと、何か禍々しいものでも見るかのような視線をそれに向けた。

 しばらくの間、このトマトを今すぐ投げ出してハンバーグに飛びつきたいと言わんばかりの感情を前面に押し出したような表情の六花だったが。

「よ、よし。いくぞ……!」

 ゴクリと喉が鳴る。

 上手くいけばこれでトマト嫌い更生……とまではいかなくとも、それの足掛かりにはなるはず……! 

 頼む、神様仏様邪王真眼様……!

 六花がトマトを口に含み、咀嚼して、飲み込む。

 リビングには異様な緊張感が漂っていた。気が付けば俺と樟葉は息をのんで、六花の反応を待っていた。

 最初は微妙な顔をしていた六花だったが、徐々に驚くような表情へと変わっていった。

 これは、まさか……!

「……意外と、いける」

 無言のガッツポーズ。

 そして樟葉とハイタッチ。

「やったね、お兄ちゃん!」

「お、おう……ここまで長かったなあ……」

 謎の感慨深さに包まれる俺。

 俺ら二人が勝手に涙ぐんでいると、その間にも六花はパクパクとトマト煮を口に入れていた。

「と、いうか。あの魔獣の卵とは似ても似つかないおいしさ」

「おお、マジか……」

 ベタ褒めじゃねえか!

 特に嫌いだと言っていた緑のぶよぶよが無くなってくれた影響は中々に大きかったらしい。

 すまない、緑のぶよぶよ。お前のことは一生忘れないが、六花のために消滅してくれ……。

 

 

「ご馳走様」

 六花はそのままパクパクと食べ続け、あっという間に完食してしまった。

 途中途中、本当に美味しそうな表情になっているのを見て感慨深くなっていたりしたせいで、俺の方が食べるのが遅い始末だ。

「ああ、食べきってくれてよかったよ。お粗末様」

 これでトマト嫌いが更生できただろう。本当に良かった。

 俺の長きにわたる戦いも、今幕を閉じた。これからは栄養的にトマトが必要な時はトマト煮を作ればいいな。

「ふふ。邪王真眼に不可能はないのだ!」

 したり顔でそう言い放つ六花。

 ……ほほう。

「なるほど。不可能はないのか」

「当たり前。邪王真眼に不可能などない! 現に今トマト煮を完食し、トマトが苦手という汚点を拭い去って見せただろう!」

「じゃあ、この調子で生のトマトも食べれるようになろうな」

 と、すっと真顔になる六花。

「ごめんなさい」

 キャラが崩壊しかけてるぞ、六花。そんなに嫌なのか……。

 トマト嫌いの根は深い。更生させたはずなのに、なぜかそんなことを再認識した俺であった。




読んで下さりありがとうございました。


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