日本国召喚1965 (スカイキッド)
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プロローグ:転移

 

 

 1965年1月18日 日本 

 

 太平洋戦争の爪痕も薄れ、3年前のキューバ危機における緊張状態もなくなり、人々は比較的平和なこの世を謳歌していた。

 それは去年東京にてオリンピックを開催し、高度経済成長真っ只中にある日本も同様だった。

 

「日本も変わったもんだな」

 

 都会の街並みを歩く度、人々は揃ってこう口にした。いや、正確には戦前と戦中の時代を知る者に限られるが。

 戦後育ちの若者たちは、戦前の日本の姿がどんなものか、まるで想像もつかない。

 

「信じられるか?かつてナチと共に世界を相手に喧嘩を売った侵略国家と、史上最大の大国の庇護下で呑気に繁栄を謳歌する国。全然違うようだけど、どっちも同じ日本なんだぜ」

 

 都内を歩く壮年のサラリーマンが、戦後育ちの部下にそう言ってビル群を見上げる。

 あの戦争(なんの戦争かは言うまでもない)から20年、日本は大きく変わった。

 

 かつて国土の全てを灰塵に帰せられた日本だが、今やそんな姿は何処にも見られなかった。

 東京を始めとする都市では東京タワーなどの高層建築やビルが建ち並び、東海道新幹線や名神高速道路といった大都市間の高速交通網が整備され、人々の生活も格段に良くなりつつあった。

 政治の民主化も著しく、また水道や電気などのインフラの普及、テレビなどの家電の普及は人々の生活を変えた。今や人々はテレビの中のヒーローやロボットに熱中している。

 経済だって、西側においてはアメリカや西ドイツに迫る勢いで成長してる。昔までの「極東の列強の亜種」という他国の日本のイメージは、今や「極東最大の経済国」に変わっていた。

 

 まぁ今の日本にとって問題といえる問題は、いつこの平和が崩壊するか分かったものではない、という事だった。

 第二次大戦後に始まった東西の分断、冷戦と呼ばれるこの状況下において、いつ戦争が始まり、いつ世界が核の炎で浄化されるとも限らない。特に3年前のキューバ危機のような事例がある以上、それは顕著な問題だった。

 アメリカかソ連、どちらかの政治トップが電話を一本繋ぐだけで、ハルマゲドン(最終戦争)の火蓋は切って落とされ、世界中に核弾頭搭載のICBMが降り注ぐ。

 そして日本は宗主国たるアメリカに従い、戦争に参戦せざるを得ない。

 

 ただでさえ戦争など大半の日本人が御免だと考えてるのに、しかもこの平和が――戦中より遥かに豊かな生活の出来るこの平和の世が米ソの都合で終わるなど、大迷惑であった。

 

 だが少なくとも――これは希望的観測に過ぎないが――、今すぐにこの平和が終わるなんて事は無いだろう―――それが大半の日本人が考えてることだった。

 

 実際、ほとんどの場合は平和が終わる前兆というものがあり(キューバ危機も第二次大戦も少なからず前兆はあった)、それが無ければ平和はしばらく続き、戦乱が訪れるということもないのだから。

 

 

 

 

 だがその日、前兆というものを経験せずして日本は戦乱の世に巻き込まれた。

 

 

  

 

 西暦1965年1月19日、午前0時丁度。

 

 

 

 日本はその瞬間、夜空が一瞬だけ昼間のように明るくなる、という怪現象に見舞われた。

 

 それから2日が経った1月21日。

 

 今、日本は異常事態に見舞われていた。

 

 あの瞬間、突如として国外や軌道上の人工衛星との通信網が寸断されたのだ。

 国外との電話回線は全て寸断、ブラックアウト状態で、有線は愚か無線も繋がらず、それどころか各地の通信所がこう報告してきた。

 

「大陸からの通信が全て途絶した」

 

 馬鹿な――この報告を受け総理府と外務省、防衛庁、さらに日本政府は動揺した。

 他国との通信が途絶えるのは、当時は別に特段珍しいことではない。しかし電話回線、無線、人工衛星、()()()()()()他国との通信が途絶えるなどという異常事態はこれが初めてだった。

 しかも通信途絶から1日明けた20日になっても通信は途絶したままだった。

 

 当然ながらこの異常事態により本国との通信を断たれた各国大使館はもちろん、在日米軍すらハワイの米太平洋軍司令部などの上級司令部との通信が寸断されたことでパニック状態に陥った。

 彼らは急いで日本政府に協力を仰いだが、この現状においてそれは無駄な事だった。

 おかしい、何かがおかしい。何か異常事態が起きてるに違いない、彼らはそう考えた。

 

 その上で、大陸からの通信が全て途絶する――つまり電話回線は愚か、ラジオ放送やテレビ放送、衛星通信、さらに他国軍や諜報組織が暗号交えで常日頃飛ばしてる電波が、全て無くなる――などという異常事態に、彼らはただただ困惑するばかりだった。

 

 実際その後、通信は愚か、他国籍の船舶や航空機が国内に入港しなくなってしまった。

 入港拒否などではない。()()()飛んできたり来航してこなくなったのである。何故飛んでこないのか相手側空港や港湾に尋ねようにも、国外との通信が途絶状態でそんな事は出来ない。

 

「何故飛行機も船もやって来ない?」

 

 さらに、逆に日本から国外へ出発した航空機や船舶が、航法の情報が合わずに仕方なく引き返してくるケースや、それどころか行ったっきり消息不明となる事態が多発した。

 この事態に運輸省は酷く頭を悩ませた。

 この調子じゃ当面の間は貿易や観光収入は見込めそうに無さそうだったからだ。

 

 さらに異変は続く。

 19日午前日本海対馬沖にて定期的な哨戒飛行に駆り出されていた海上自衛隊所属の対潜哨戒機P2V-7が、とんでもない報告をしてきた。

 

「朝鮮半島が消えている」

 

 もはや前代未聞だった。

 朝鮮半島が消えている? 見間違いの可能性はないのか? 蜃気楼じゃ? そもそも航法ミスでは? 何、全て違う? 本当に消えてる? なら朝鮮半島は何処へ? ――まさか海底に沈んだとでも言うのか?

 だが、それなら大陸からの通信が途絶したというのにも辻褄が合う。そもそも電波や通信を送る大陸が消えてしまえば、通信が途絶えるのも当然だった。

 

 それだけに留まらず、今度は北海道稚内上空を飛行していた民間の旅客機や、航空自衛隊の戦闘機F-104Jが、樺太(サハリン)が見当たらないと報告してきた。

 

 朝鮮のみならず樺太まで消えている。

 代わりに、北はソ連に占領された北方四島が、南は米軍に占領されたままの沖縄の無事が確認された。

 まさか日本以外の国は北方四島と沖縄を除き、全て消滅したのではなかろうか。

 いつの間にか第三次世界大戦で世界中の国が滅び、核攻撃で地形が丸ごと変化したのではなかろうか――そんな悪寒が、日本政府に蔓延した。

 

 これを受け、日本国内の在日米軍は独自にデフコン(戦争への準備態勢を5段階に分けた米国防総省の規定)を最高段階のレベル1に引き上げ、在日米軍は全軍が戦闘準備態勢に突入した。

 彼らは、彼らの本国首脳部が核攻撃で蒸発してしまったのではないかと考えた。

 だが彼らは人々の想像よりも遥かに冷静に物事を見据えることが出来ていた。

 在日米軍司令官は、大統領からの命令が無い以上、独断で他国への()()()()に出る、何てことを命令することはなかったのだから。

 

 しかしいつ大統領からの命令が来て、即座に出撃出来るように、米空軍カデナ基地ではW28熱核弾頭搭載巡航ミサイルを載せたB-52爆撃機とB-47爆撃機―――両機種はベトナム戦争における北爆のため本土から飛来してきていた―――とその護衛機を務めるF-100スーパーセイバー戦闘機がスクランブル待機の状態に入った。

 

 日米安全保障条約により、非常時において米軍と共同で行動することを明記されている自衛隊も、仕方なくそれに付き合わざるをえず、日本全体の自衛隊・米軍の基地や駐屯地は非常にピリピリとした、張り詰めた状態となった。

 

 だがその上で、別の可能性も指摘された。

 あの瞬間、日本各地の天文観測所がこう報告してきた。

 

「上空の天体が既知のそれと異なる。少なくとも、地球上で見られる星空ではない」

 

 地球上で見られる星空ではない、つまりどういう事か?ここは……()()()()()()()()()()()()()とでも言うのか?

 そんなまさか―――しかしその後、ある報告がその可能性を全面的に肯定した。

 

 天文観測所や船乗り、航空機パイロット、偵察任務を行っていた自衛隊の哨戒機の搭乗員が「水平線が異様に遠くなったように感じられる」という報告を上げた。

 

 これを元に2日間連続で天体などを観測した結果、この星の直径が最低でも地球より2倍以上大きい惑星でないと観測できない数値を示した。

 やはりここは地球ではなかった。

 もはや認めるしか無かった。

 

 

 

 

 日本は何らかの形で、地球上から未知の惑星上へと転移してきたようだった。

 

 

 

 




 


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第一話

一応続きを投稿しました。


 

 

 

 1965年1月21日 沖縄沖海上

 

 海上自衛隊第一航空群第一航空隊に所属する対潜哨戒機「P2V-7」は、沖縄より850km南西の海上を飛行していた。

 P2V-7はアメリカが開発した、中型レシプロ双発プロペラエンジンの対潜哨戒機/哨戒爆撃機のバリエーションの一つで、MSA協定―――日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定により1955年以降自衛隊向けにアメリカから供与された機体だった。

 

 台風吹き荒れる秋と異なり、だいぶ凪いだ沖縄の海面と空には、それこそ何もない。

 大波も無ければ雲もなく、今の季節に豪雪に悩まされる本土の人間が見たら、決して羨まぬ訳がなかろう、見事な快晴である。

 太陽の位置は大分低いが、しかし白と紺に塗り分けられたP2V-7の機体は、頭上から照り付ける陽光を少なからず反射していた。

 

 同機の機長を務める本城 淳史(ほんじょう あつし) 三等海佐は、かつては旧軍陸攻乗組員として各戦線を飛び回った人間だった。

 彼は、前の戦争では、戦場において味方が異変を見つけられず、または異変を見つけても報告を怠った事で、後々それが敵潜の侵入や敵機の侵入を許すこととなり、それによって日本が戦争に敗けたと考えていた。

 実際、広島や長崎だってB公(B-29)の襲来は探知出来てたのにそれを無視して原爆が落とされたし、それ以外にも情報伝達の遅れや非通達で日本軍は多大な被害を被った。

 そのため、本城は二度とそのような事が繰り返されぬよう、同機の搭乗員には、異変が無いか良く注視し――それこそレーダーやソナーはおろか目視まで用いさせる徹底ぶり――、異変を見つけたらすぐに報告するように徹底させていた。

 

「いいか、何か見つけたら――何でも構わないから――、すぐに言うんだぞ」

「了解」

 

 後部席に座る機内搭乗員に本城はそう告げ、返事が返ってくるとすぐに視線を前方に戻す。

 天候が良いためか、今日は非常に遠くまで見渡す事が出来る。

 

「それにしても、不思議なこともあるもんだな。まさか、日本が別の惑星に飛ばされるだなんて」

 

 本城は思わず呟く。

 それを聞いた副操縦士も、別に本城が彼に向けて言い放った訳でもないのに、「まったくです」と返答する。

 

「そういえば、確かテレビでも、ニュースでキャスターが言ってましたね。そんなこと」

「しかしだからって、いくら緊急事態でも俺たちを派遣させるかね、普通。俺たちゃ軍隊だぜ?」

「民主的じゃありませんね、機長。ウチ(自衛隊)は軍隊じゃありませんよ。旧軍とは違うんですから。それに、休暇中じゃなかっただけ良かったじゃないですか」

「まァな。だが、休暇が無くても、しばらく忙しくなりそうだぞ、俺たち」

「どこもかしこも大騒ぎらしいですからね」

 

 彼らの言うとおり、日本は混乱の渦中にあった。

 

 

 

 

 

 数日前

 

 日本列島はどういった訳か地球外惑星に転移してしまったのだが、その後に国内に訪れたのは、大規模な混乱だった。

 日本政府は数日前、驚くべき行動に出た。なんと、日本列島が異世界に転移してしまった事を、国民に公表したのである。

 あくまでも国民の混乱を抑えるのが目的と言われてるが、その真意は定かではない。

 

 公表内容は以下の通り。

 国外との通信が途絶したこと、物理的に朝鮮半島と()()()()が消失したこと、上空の天体が既知のものと異なること、各種観測の結果、この日本が地球とは異なる惑星上に存在してること、以上から日本列島が地球とは異なる惑星上に何らかの形で転移してしまったこと。

 

 この中に、これらにより今後他国との貿易が出来なくなり、近いうちに経済的な混乱が訪れ、さらに石油・石炭などの資源や他国からの輸入に頼っている食料品の流入が近いうち完全に途絶えること、それにより人々の生活が大きく制限されることなど、長期的な問題に関しては政府は公表しなかった。

 少なくとも、政府は嘘を話していなかったし、真実のみを話した。

 

 しかしその後に訪れたのは、大混乱である。

 まず大半の人間は、政府が公表しなかったにも関わらず――むしろ当然でもあったが――、今後輸入品関係の物資の流入が完全に途絶えるであろうことを予想。

 結果として全国規模での物資買い占めが始まった。連鎖するように、物資を求めた人間たちの間で暴力沙汰や暴動も多発した。中には買い占めとは何の関係もない暴力沙汰――殺人まで起きた――や暴動も多発した。

 治安維持能力の高さについて疑う余地のない日本警察も、あまりの混乱ぶりに民衆を抑える事は出来なかった。人々は自身の不安と恐怖を、他者への暴力で忘れようとしたからだった。

 警察は何とかして彼らを抑えようと努力し、そしてついに()()()()に出る地域も続発した。

 

 また、混乱は日本人以外にも伝播した。

 例えば日本にいた在日外国人は、特にその混乱を大きく受けた。

 彼らの一部は、転移により本国に帰ることが物理的に出来なくなったことと、祖国にいる家族と二度と出会うことが出来ないことに絶望した。その後の行動は単純だった。彼らは揃って現実から逃れようと、ビルの屋上に足を急がせるか、もしくはロープを手にし、富士樹海へと足を運んだ。そして二度と帰ることはなかった。

 その傾向は、嫌々ながら上層部命令で日本に派遣されてきた在日米軍人ほど大きくなった。別に日本にいたくない、早く祖国に帰りたいのに、帰ることが物理的に不可能となった。彼らはロープを持つことも、富士樹海に足を踏み入れる事もなく、ただ支給品の拳銃を頭に当ててとっとと引き金を引くだけだった。

 おそらくながら、北方四島に駐留するソ連軍人もほぼ同じ運命を辿った事であろう。

 

 また転移による混乱は、人々の精神を深く侵食した。やがて人々の心の中にある不安は最頂に到達、各地で事故や殺人が続発した。日本転移から一週間、把握出来た限り国内で約1200人の死者(事故・自殺・殺人等々、全て含む)が発生した。

 

 転移直後、最初こそ国会議事堂前で大規模なデモを掛けていた革命家気取りの学生たちも、あまりの混乱ぶりに一時解散――そして最終的には永久的な解散――を強いられた。

 そもそも、彼らを金銭的/後方的に支援していた組織が、支援を行えなくなったのも原因だった。その組織は日本の赤化を目指し、東京政権の転覆を狙うソ連の支援を受けていたが、転移によりソ連の支援が途絶えたからだ。自分たちへの支援が途絶えれば、自分たちも支援を行えなくなるのは当然だった。

 今、その組織のみならず、ソ連から支援を受けていた反政権市民団体などもソ連からの支援が途絶えた事で急速に足場を失っていった。

 ただ、負け犬の遠吠えとばかりに、彼らは最後まで米帝傀儡政権への批判を怠らなかった。

 

 

 国内の混乱は基本、以上である。

 逆に言うならば、以上のこと程度で済んだのは奇跡と言っても良かった。仮に混乱がさらに長く続いたら、国内の政権転覆を狙う組織によりクーデターを起こされ、日本が崩壊していたかもしれなかった。

 

 驚いたことに、これ程の混乱の最中にも日常生活は継続していた。国鉄は時刻表通りの運転を行っていたし(ただし事故による遅延などはあったが)、ほぼ全ての公共交通機関がいつも通りの営業運転を行った。

 交通機関以外にも政府官僚はほとんどが転移後も職務を全うしたし、大半のサラリーマンや社会人も、大抵は三日以内に社会復帰した。

 おそらくは日本人特有の勤勉さが、普段通りの生活を目指した事で社会の停滞を許さなかった事が原因だったのかもしれない。

 

 結果として、一時はどうなるかと思われたが、日本国内の混乱は早期にして一応の終息を見せ始めていた。

 しかしながら、未だに長期的な問題―――食料や資源の再輸入のあては、見つからなかった。

 

 そこで政府は、自衛隊に対して災害派遣という名目で、出動命令を出した。航空自衛隊と海上自衛隊の航空機――最新鋭機のF-104まで――を動員し、日本周辺の地形を調査、あわよくば新たな資源・食料輸入先となりうるこの世界の文明国を見つけるように指示したのだ。

 

 

 このような経緯があり、本城機長のP2V-7は、沖縄沖の海域を調べる任務を受けて飛行していたのである。

 実は自衛隊のみならず、政府は在日米軍に対しても出動を求めようとしたのだが、それは無理な話だった。

 転移に関する発表後、米軍兵士らの士気が致命的なまでに低下してしまったのである。とてもではないが、この状態で出動されても事故や遭難を起こしかねなかった。

 仕方なく、政府は自衛隊のみに対して派遣を命じたのだ。

 

「―――ん?」

 

 最初に異変に気がついたのは、機首監視員の五嶋 里吉(ごとう さとよし)二等海曹だった。P2V-7の機首には、コックピット下前方に大型の監視窓がついており、周りを非常によく見渡すことが出来た。

 そこの監視席に座る五嶋は、その「異変」を見つけると――本城の指示通り――すぐに報告した。

 

「こちら機首監視、機長」

「機首監視、どうした。何か見つけたか?」

「陸地です。前方に陸地が見えます」

 

 その報告を聞き本城は、バカなと思った。

 何故なら、彼らが飛んでいるのは沖縄南西850kmの空域、日本海溝の直上である。台湾やフィリピンからも大分離れている。つまり、陸地など存在しないはずの海域なのだ。

 だがコックピットからも、うっすらと黒い筋が水平線上に浮かんでくるのが見えた。

 

「……ホントだ。まさかこんな所に陸地があるとは……」

 

 本城はコックピット先に巨大な陸地の姿を見つけると、呆然と呟く。

 

「転移によって現れたのでしょうか」

「たぶんな」

 

 副操縦士の問いに、本城は簡潔に応える。

 今は問いに応えるよりも、あの陸地の正体を知りたかった。だがコックピットからじっくりと眺めても、さっぱり何も分からない。

 観測用の高解像度カメラの一つや二つあればいいのだが、そんなもの偵察機ではないこのP2V-7には搭載していなかった。

 結局のところ、ここからあの大陸を詳しく調べる手段は一つたりともなかった。

 

「仕方ない」

 

 本城は決断したかのように周囲に告げた。

 

「あそこを偵察するぞ」

「えっ、しかしそれは領空侵犯になるのでは?」

 

 副操縦士はすぐさま反論する。

 

「何、ここは地球じゃないんだぜ。あそこは中国の土地でもソ連の土地でも無いんだぞ」

「でももし国があったらどうしますか」

「いや、そもそも、国があるかどうかも怪しい。国が無ければ、領空侵犯にはならんよ」

「しかし」

「なに、行って帰るだけだ。警告と、迎撃機が飛んできたなら、それで帰る。それなら問題ないだろう」

 

 副操縦士はしばし黙り込む。

 やがて彼は簡潔に「分かりました」と応えた。

 これで決まった。

 彼らは未知の陸地を目指して、ただ真っ直ぐに飛んでいった。

 

 

 数分後、彼らは次のような報告を上げた。

 

 

「所属不明の、人の乗った飛行型生物(ドラゴン)と遭遇、対応を乞う―――」

 

 

 ここはもはや地球では無かった。

 



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第二話

一応続き出しました。
……ていうか評価バーに色がついて、挙げ句総合評価が90以上になってることに驚き。
 
それと、後書きにてアンケートやってます。



※若干読みづらかったので簡潔に推敲致しました。

 


 

 

 

――1965年1月25日 沖縄沖海上

 

「水上レーダーに感あり、小型船とおぼしき反応、本艦前方を低速で航行中」

 

 淡々とした口調で、CIC要員が報告を上げた。

 海上自衛隊の護衛艦「あまつかぜ」は、随伴船と共に洋上を突き進んでいた。

 

 空は僅かに曇り模様の晴れ、風は少ない。今、この「あまつかぜ」とその随伴船は、日本から南に向けて航行していた。なぜこの二隻が南へと向かっているのか、それには少しばかり時間を遡る必要がある。

 

 

 

 転移後、日本周辺の偵察及び周辺調査として飛び立った自衛隊の哨戒機「P2V-7」が、沖縄より850km南の洋上にて未知の陸地を発見した。

 

 そしてそのP2V-7は、情報を更に得るべく陸地深部へと向かうが、そこにて当機は人の乗った、所属不明の飛行生物(ドラゴン)と遭遇。さらにP2V-7は当該飛行生物から追撃を受け、あわや戦闘という事態になったが、P2V-7はそのドラゴンを何とか振り切り――というより、そもそもドラゴンの速度は約235km/h程度であり、最大で550km/hで飛行できるP2V-7は簡単に敵を振りきれた――、その後にこれ以上の偵察行動は困難との判断から帰途についた。

 

 その後、この時P2V-7が飛行した陸地を調査すべく、航空自衛隊の偵察機RF-86Fが最新鋭戦闘機F-104Jの護衛を受け離陸、数十分後に同陸地の調査を行った。航空偵察により陸地は一面が農耕地であることを確認、またその際に市街地を発見し、航空偵察を実施。文明が中世ヨーロッパと同様のもの、などを確認した後、帰投した。

 

 この情報は各部隊の司令部から、防衛庁、総理府の順に通った上で日本政府の元へと届けられた。この情報を受け取った日本政府は、すぐさま閣僚を召集して緊急会議を行った。

 

 この時日本政府は、否日本は、食料面に関して重大な不安を抱えていた。日本の食料自給率は70%を超えていたが、当然ながら残りの30%は国外からの輸入で補っていた。しかし転移により以前の他国との繋がりは、物理的に、完全に断たれてしまった。

 

 このままでは国内に餓死者が発生する。

 解決策として、国内に新たな農地を作り、漁船を増産して船乗りを増やす方法もあるが、それとてすぐに効果が現れる訳ではない。第一、高度経済成長期の只中にある日本は列島改造ブームの最中で、これからの国内開発で増やせる農地も人間も限られている。

 

 そのために日本政府は、この時に発見した陸地の現地国家(国家としての概念があるかどうかは不明だが)と国交を結び、食料を輸入する事にした。そして、そのための外交に向けて、外交官を同地へと派遣することにしたのだ。

 

 

 今、「あまつかぜ」の護衛する、そして随伴する海上保安庁の船には、外務省から派遣された外交官とその補佐――外交補佐や言語学者(相手の言語が自分たちの使う言語と同じとは限らないため)まで様々――が乗っていた。

 多分、外交官らは慣れぬ航海に船酔いしてるだろう。「あまつかぜ」の乗員の大半はそう考えていた。いや、もしかしたら前の戦争で船乗りだったのなら酔わないかもしれないが ―― いやいや、船乗りだった人間が外務省だなんて場所には行くわけないか。「あまつかぜ」乗員らは勝手にそんな事を考えていた。

 

 波を切り裂き、蒸気タービンを軽く唸らせながら、しかし比較的鈍足といえるような速力でゆっくりと、二艦は航行していた。というのも、「あまつかぜ」は現在、本来の巡航速力の二分の一の11ノットという鈍足で航行していた。

 

 その訳は、随伴船の速力に合わせるためには仕方のない事だった。戦前に砕氷商船として建造されたその船は、戦後に海上保安庁の所属となり様々な任務に就きながらも、高速で走り回る戦闘艦として造られた訳ではないため、鈍足になるのは当たり前だったからである。

 

 対して、戦闘艦として設計され蒸気タービンを搭載する「あまつかぜ」は、最大速力で航行しようとすれば33ノットもの高速を出せた。日本初のミサイル搭載護衛艦であるこの「あまつかぜ」は、海自で唯一本艦のみが装備する、ターター対空ミサイル発射用のMk.13ミサイル・ランチャーを艦尾に載せている。

 3000トンの船体は、戦後産まれの国産戦闘艦としては最大の排水量を誇っていた。

 

 本来なら今年2月以降での就役を予定していた同艦だが、“転移騒動”により予定を前倒しして海上自衛隊の各種任務に就く事になっていた。

 つまり、「あまつかぜ」は海上自衛隊の中でも特に最新のフネという事である。艦尾のMk.13ミサイル・ランチャーとターター・システムがそれの何よりの証拠だし、最新のAN/SPS-39やAN/SPS-37などの対空レーダーは海自どころか西側世界において最新の代物だった。

 

 

「当該船舶、こちらに向けて転針した模様」

「どうやらこちらに気付いたみたいだな」

 

 レーダーからの情報を読み取った「あまつかぜ」のCICオペレータは、CIC(戦闘情報指揮所)にいる秋元(あきもと)艦長へと報告した。

 秋元は戦中は駆逐艦の航海長として乗り込んでいた大尉で、一等海佐――旧軍基準の大佐となった今も航海一筋でやって来た男だった。

 

「レーダー、相手船舶の特徴は分かるか」

「いえ、方角と距離以外は分かりません」

「フム、そうか」

 

 オペレーターからの返答を聞いた秋元は、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。今、P2V-7の発見した陸地へと向かう「あまつかぜ」の対水上レーダーは、進路上に三つの小型船の反応を捉えた。5ノットという鈍足で航行するそれらを、秋元は現地民族の船舶とみて接触を図るよう、航海科に指示していた。

 

「艦長、当該船舶はおそらく現地国家のものと見られます。しかし一応、確認のために『宗谷(そうや)』からヘリを飛ばすよう、具申します」

「ヘリか」

「はい、ヘリの乗員に直接確認させれば、相手がどんな船かすぐに判別する事が出来ます」

「なるほどな」

 

 副艦長の言葉に対して秋元は、艦長として悩むような言葉を、まるで悩んでないかのような淡々とした口調で呟いた。

 

 

 最新鋭の護衛艦である「あまつかぜ」だが、彼女には一つばかり欠点があった。それは、艦載ヘリの運用が行えないことだった。「あまつかぜ」は後甲板にミサイル・ランチャーを載せており、ヘリ甲板を敷設するのは不可能だった。

 

 今回の現地民族との接触において、艦載ヘリの運用は汎用面から言えばかなり魅力的だったが、ヘリ搭載能力の無い「あまつかぜ」には諦めるしかなかった。そこで、「あまつかぜ」に随伴し、必要あらばヘリを飛ばせるヘリ搭載艦ないし搭載船の随伴を自衛隊は求めた。

 だが、日本においてヘリ搭載艦というのはほとんど存在しなかった。

 

 そもそも、現在の自衛隊には、艦載ヘリを洋上で運用出来る艦艇は、輸送艦「しれとこ」と建造中の〈たかつき型護衛艦〉を除いて存在しない。さらに言えば、〈たかつき型〉は建造中だから現在の自衛隊には居ないし、輸送艦「しれとこ」も現在、沖縄への現金輸送のため「あまつかぜ」に随伴する事は出来なかった。

 

 輸送艦「しれとこ」は、現在アメリカ領でありながら何故か日本と共に一緒に転移してきた沖縄へ、転移と共に価値を無くした住民の米ドルやB円(米軍占領下の沖縄県で通貨として流通した米軍発行の軍票)と日本円を交換すべく、現金輸送を行っていたのである。

 とてもではないが、随伴など出来ない。

 

 

 呟きのあとしばし静かに考えていた秋元は、副艦長や各士官らに伝える。

 

「分かった。『宗谷』に伝えろ。『うみつばめ』を発艦させろ、とな」

「了解です。通信士、宗谷に連絡。うみつばめを発艦させろ」

「了解、うみつばめ発艦指示。連絡します」

 

 

 自衛隊でヘリを洋上運用出来る艦が無いとなると、他所に頼むしかない。しかし民間にはヘリ搭載船を持つ組織なんてない。だが、一隻だけヘリ搭載船を有する組織が日本には存在していた。

 

 海上保安庁である。

 

 そういった経緯があったからこそ、海上保安庁の巡視船であり、当時海保唯一のヘリ運用艦である巡視船「宗谷(そうや)」が随伴する事となった。

 

 

「あまつかぜより連絡、うみつばめ(HSS-1)を発艦させよ」

「了解、うみつばめ発艦準備」

 

 指示を受けた「宗谷」は、急いで「うみつばめ」 ―― HSS-1Aヘリの発艦準備を行った。乗員や航空要員が急いで駆けつけ、格納庫が無いため露天に曝していたヘリの防錆シートを剥ぎ取ると、手作業でヘリ甲板へと押し出す。

 

「エンジン出力良好」

「メインローター回転開始」

 

 やがてヘリの乗員―――海自の人間である―――が機内に乗り込み、ピストン・エンジンによりメインローターが回転を始めた。

 

「発艦!」

 

 6分後、HSS-1ヘリは何の問題もなく「宗谷」の甲板から飛び立った。

 

 

 あまつかぜに随伴し、HSS-1を発艦させた「宗谷」は、おそらく海保にて、いや今の日本にて最も有名な船だった。というのも、何を隠そう日本初の南極観測船として何度も南極へと旅立ったのは、彼女だからである。

 

 彼女の歩んだ道は激動の一言に尽きる。

 元はソ連向けの砕氷貨物船として建造された船だが、国際情勢の変化により、後に日本海軍に買収され、太平洋戦争では日本海軍特務艦として激戦の南方海域で測量と輸送の任務をこなし ―― 驚くべきことに敵機撃墜・敵潜撃沈の戦果まで上げている ―― 、幾度となく窮地に立たされながらも、何とか戦争をほぼ無傷で生き延びた。

 戦後は、復員輸送船として外地から引揚者を輸送し、後に海上保安庁に入り灯台補給船の任務に従事。

 そして、大改造を施され南極観測船となり、3年前までは有名な南極観測の任務に就き、6回もの南極観測を行った。現在は南極観測の任務からは退いたが、南極観測船としての任を終えた後も巡視船として活躍している。

 

 彼女の二つ名の一つである『奇跡の船』は正に、何度も困難を潜り抜けてきた彼女を表現するに相応しいものである。

 

 そんな「宗谷」だが、「宗谷」は南極観測船時代に観測機や観測ヘリを運用するためのヘリ甲板を有した、日本初のヘリ運用艦として改造されており、今回は海自の要請のもと、海自航空隊の対潜哨戒ヘリHSS-1A(うみつばめ)を二機搭載し、「あまつかぜ」の護衛と随伴を行っていた。

 

 また、せっかくなので外交官らは元々商船として設計されたため居住性に優れる「宗谷」に乗せようという話になり、現在実際に外交官らは「宗谷」に乗っている。

 だが、あくまでも砕氷船故に外洋航行能力に優れてないため、少しの波にも大きく揺らされており、「あまつかぜ」の乗員が、外交官らが船酔いしてないか気の毒に思うのも当然だった。

 

「こちら『うみつばめ』、当該船舶三隻を目視にて確認。接近します」

 

 さて、「宗谷」から飛び立ったHSS-1だが、特に何のトラブルを起こすこともなく順調に飛行し、やがて「あまつかぜ」のレーダーが捉えた三隻の船舶を発見した。

 

「……なんだ、まるで中世の船じゃないか」

 

 

 しかしその船は、まるで歴史の教科書に出てきそうな程設計の古い木造帆船で、ヘリ乗員の見間違いで無い限り、それは中世ヨーロッパの軍隊の使ってたガレー船、そのものであった。

 

 

 




 
今回登場した巡視船/南極観測船「宗谷」ですが、2019年現在もまだ生きてます。艦齢だと81年(船の寿命は普通20年前後)、しかもまだ船籍を有しており、軍籍もあったことから、陸揚げされた戦艦三笠を除けば旧海軍最後の生き残りです。
もうここまで来ると幸運艦どころじゃねーな……


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第三話

まさか本作が日刊ランキングに掲載されるとは思わなんだ。

いや、読者の皆様にはホントに感謝しています。勢いで投稿した本作ですが、お陰様でお気に入り数45、総合評価140ポイントを達成致しました。それもこれも読者である皆様のお陰です。今後とも、本作の応援よろしくお願いします。

今回は初の異世界側視点混ぜです。


 

 

 

 ――4日前――

 

 

 中央暦1639年1月21日 クワ・トイネ公国 北東海上

 

 とある世界の小さな大陸、ロデニウス大陸。その東部に存在するクワトイネ公国の北東には、大東洋と呼ばれる大海が広がっていた。海上には透き通るような青い空。雲ひとつない快晴の空の中には一つの影の姿があった。

 猛々しい体、金属のような鱗、一対の大きな翼と、ワニのように獰猛な顔。現代人が見たらドラゴンと言うであろうその生物は、『ワイバーン』と呼ばれる飛竜である。クワトイネ公国を初め、各国の軍隊にて空戦/支援兵器として採用されてるポピュラーな航空戦力だった。

 

 そのワイバーンの背中に取り付けられた鞍の上には、竜騎士用の軽装甲冑と風防ゴーグルを身につけた1人の男がいた。そのゴーグルとバンダナで隠れた頭部に覗く顔は、まだ若々しい。

 彼の両腕にはクワトイネ公国軍の所属を示す腕章が身につけられていた。

 

「良い天気だな」

 

 クワトイネ公国軍第6飛竜隊の竜騎士、マールパティマは、愛騎に跨がり大東洋公国沖海域の上空を哨戒飛行していた。青空を見上げた彼は、ただただ綺麗すぎるその空の様子にひとりごちた。だが内心では、少なからず物足りなさを感じていた。

 

「まったく、今日も今日とて異常なし。いっつも平和すぎて嫌になっちまう」

 

 彼は嘆きを吐くかのように、呟く。

 クワトイネ公国の北東、大東洋には何もない。大海である大東洋には大陸も島もほぼなく、青い海が広がっているだけだ。マールパティマはこれが嫌だった。まあ要するに、何も無さすぎてつまらないから嫌だったのである。彼が先ほどのような嘆きを漏らすのも仕方なかった。

 

(まァ、むしろ今は平和な方が良いのかもな)

 

 しかし現在、クワ・トイネ公国は隣国のロウリア王国と緊張状態が続いており、何もない北東方向からのロウリア王国軍の奇襲も十分に考えられた為、こうした哨戒任務も発生している。ロウリアは野蛮な国だ。しかし戦争になればこちらの敗けはほぼ確定してるし、敗けた後この国がどうなってしまうかなど、考えたくもない。

 

(さて、そろそろ交代の時間だな。引き返すか)

 

 とはいえど、いつ戦争が始まるかなど分かりゃしない。今日も何もなく、平和なまま哨戒任務が終わる、そう思っていたマールパティマの視界に、何かが入る。

 

「ん…?」

 

 彼は何かを見つけた。付近に友軍騎はいない筈だから、公国軍騎ではない――つまり未確認騎――ということになる。よく目を凝らし、それを見る。双方が真っ直ぐ近づいている為、接近は速い。

 

「? 羽ばたいていない?」

 

 飛竜とは、羽ばたかなければ空を飛ぶことは出来ない。空気を掴めなければ落ちるのは常識だからだ。しかし真正面から向かってくるそれは、一切羽ばたいていない。

 少なくとも公国軍は翼の羽ばたかない飛竜など保有していないので、つまり、あれは味方ではない。

 

 彼はすぐに通信用魔法具(通称、魔信)を懐から取り出して司令部に報告する。

 

「我、未確認騎を発見。これより要撃を開始し、確認を行う。現在地――」

 

 高度差は殆どない。マールパティマは反転し、前方より距離を詰める事を選択する。未確認騎はワイバーンよりもデカイようで、視界の中で大きくなり続ける。

 その数十秒後、未確認騎は彼の予想よりもだいぶ上回る大きさとなっていた。

 

「でかいな……」

 

 彼はワイバーンの手綱を引き、反転する。未確認騎は大分速いのか、並走するマールパティマ騎にみるみるうちに接近した。

 未確認騎は、マールパティマ騎を追い抜くか、という所で速度を落とし、マールパティマ騎と並走するように飛行を始めた。

 

「ワイバーン……では、ないな」

 

 彼は並走し始めた未確認騎を観察する。胴体は白と紺色で塗り分けられており、羽ばたかない翼には風車のようなものが二つ、高速で回転している。そして胴体と翼には、デカデカと目立つように赤い円のマークが描かれていた。

 

「まずいな……これ以上進まれたら領空侵犯だぞ」

 

 既に視界の中では、祖国の土地が近づきつつあった。このまま領空侵犯をされたら、後始末が大変である。未確認騎を追い返すべく、彼は未確認騎の後方に回る。後方から追撃し、誘導して洋上へと追い返すためだ。

 ところが、これが不味かったようである。

 

「なっ!?」

 

 マールパティマ騎の行動を見た未確認騎は、あろうことか加速し始めた。ものすごい加速である。既に両者の速度は200km/h以上、ワイバーンの最高速力を遥かに越える速度で、未確認騎はマールパティマ騎から逃げ始めた。

 実際、マールパティマが後方に回ったのは不味かった。航空機にとって自機の後方とは死角、つまり後ろに敵機が回り込んでくれば、自機は撃墜されかねない。未確認騎は自衛のため、当然の行動に出たまでだった。

 

「に、逃がすか!」

 

 マールパティマは愛騎に指示を出し、加速。未確認騎を追いかける。しかし、すぐにマールパティマはその行動を諦めざるをえなかった。

 

「くっ……追い付けない!!」

 

 未確認騎は、ワイバーンの出せる最高速力235km/hを遥かに凌駕する高速――目算で400km/hでの飛行を行っていた。マールパティマは必死に追い掛けたが、瞬く間に彼我の距離は3km以上にまで及んでしまった。

 

「なんなんだ、あれは!」

 

 彼は悪態をついた。

 すでにマールパティマの視界の中で粒状にまで小さくなった未確認騎は、一度クワトイネの領空を侵犯したが、すぐに大きく旋回し、もと来た方向へ帰っていった。

 

「帰っていったか……しかし、何なのだ?いったい……」

 

 

 

 クワトイネ公国軍第6飛竜隊所属の竜騎士、マールパティマは、領空侵犯した日本国海上自衛隊の哨戒機P2V-7を要撃するも、彼我の速度差により取り逃がしてしまった。

 

 

 

 

 

 中央暦1639年1月24日

 

 クワトイネ公国の政治代表者が集まる、政治部会。そこでは四日前にマイハークの北側海上方面から現れ、少なからず領空侵犯を行ってきた謎の飛行物体に関して討論が行われていた。

 

 四日前に現れたその物体は、報告によると紺と白の二色で、胴体と翼に赤い円が描かれており、翼は羽ばたかず、にもかかわらずワイバーンを凌駕する速度で飛行したという。追撃を行ったワイバーンは、速度差により追撃を諦めたとのことだった。

 

 さらに翌日には、クワトイネの経済主要地である貿易港、マイハーク港の在するマイハーク市に、鉛筆のように尖った形状の未確認騎が二騎と、それより一回り小さい未確認騎の一騎が、奇妙な高音を上げながら襲来、同地上空を何度か旋回したのち、帰っていったとのこと。

 

(彼らは知る由も無いが、前者はP2V-7対潜哨戒機、後者はF‐104J戦闘機とRF‐86F偵察機の三機編隊によるものである)

 

 それら未確認騎に共通する特徴は一つ、胴体と翼に描かれた赤い円のマークである。おそらく所属国を示しているのだろうが、政治部会の中に、所属表示として赤い円のマークを用いる国を知るものはいない。

 

 この日、会議は難航し、結局結論に至ることはなかった。

 

 

 

 

 

 翌25日 

 

 この日もまた政治部会では、先の領空に侵犯した未確認騎の正体に関する討論が行われていた。だが会議開始から半時間、突如として一人の公国軍幹部が政治部会会場に飛び込んできた。

 

「緊急事態です!」

 

 彼は報告を行った。要約すると、以下の通りになる。

 

 午前8時ごろ、公国海軍第2艦隊所属の軍船「ピーマ」率いる3隻の哨戒艦隊が、クワトイネの北側海上にて見慣れぬフネが2隻、マイハークへ向けて航行しているのを発見。

 

 軍船ピーマは所属不明船二隻に接近し、船長他二名の臨検部隊が二隻のうち白い船体の方へ乗船。調査を行ったところ、同船には「ニホン国」という国の特使が乗船しており、クワトイネとの国交開設のための会談場を設けるよう求めた。

 

 更に、ニホン国は他の世界から突然転移し、元の世界との関わりが完全に断絶されたため、周辺の状況を把握すべく航空()を飛ばして付近の様子を調査しており、その際、クワトイネの領空を侵犯してしまった、そのため深く謝罪する、と言ってきたのである。

 

「国ごと転移など、信じられるかぁ!!」

 

 勿論、政治部会はこの報告を受けて、荒れに荒れた。態々領空侵犯を行うという敵対行為を行い、力を見せつけてきた後に国交開設を求めてきた事が、彼らの堪に触れた。

 

「そんな無礼者など、とっとと追い返してしまえ!」

 

 そんな意見も出た程だった。しかし、クワトイネ公国首相、カナタの鶴の一声により

 ――曰く、

 

「謝罪を申し出てきているのだし、せめてそれの受け入れのための席だけでも設けよう」

 

 ――、公国首脳部とニホン国特使との会談は行われる事になった。これを受け、ニホン国特使の乗るフネ、「アキツシマ」と「ソウヤ」の二隻は、公国のマイハーク港へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 一時間後 マイハーク沖合

 

「まるでタイムスリップしたみたいだな」

 

 最初にでてきた感想がそれだった。

 ミサイル護衛艦「あまつかぜ」艦長の秋元一佐は、艦橋からクワトイネ公国の港、マイハーク港を眺めていた。今、マイハーク沖合いに停泊しているこの護衛艦は、港の様子をよく見渡せる位置にいる。

 マイハーク港は日本の主要港と見比べると、ひどく貧相なもので、小さい。

 

 といっても、それは仕方のない話である。この艦橋から見渡すだけでも、マイハーク港内にいるフネは全て歴史の教科書に出てきそうなほど設計の古い木造帆船、港付近の町並みもまるで中世ヨーロッパそのものである。

 

「昔の世界にいったら、こんな建物とか船とかよく見る事になるんだろうなぁ」

 

 何て風に秋元は呟く。

 実際、港と付近の町並みの風景は現代のそれではなく中世である。

 つまり、クワトイネの文明レベルは地球における中世程度、現代日本からしたら大昔も大昔なレベルの国だったのだ。

 そのため、時代的にタンカーや大型客船など無くて当然だし、当然そんな大型船舶の寄港を想定していないマイハーク港は、必然的に小さくなったのである。

 

「お、ヘリが上がるな」

 

 港から、「あまつかぜ」同様に沖合いに停泊する巡視船「宗谷」へと視線を移した秋元は、「宗谷」のヘリ甲板からHSS-1Aヘリが飛び立とうとしているのを見つけた。

 あのHSS-1Aには、公国側首脳部と会談を行う予定の外交官らが乗っていた。

 

 クワトイネとの交渉にあたり若干ながら問題となったのは、「宗谷」に乗る外交官ら外交使節をいかにして会議場へと移すかだった。日本側からしたら早く会談がしたいため、出来る限り早く会議場に外交官を送り届ける必要があった。

 会議場はマイハークからいくらか離れた公都クワトイネ。これは公国側首脳部が政治部会のため公都から動けなかったからだ。しかし文明レベルが中世程度の公国の移動手段は、帆船と馬車くらいしかないため、通常マイハークから会議場につくまでは半日かかる。すぐの会談など出来ない。

 

 そこで、外交官らは公国側に許可をとった上で、ヘリを用いてフネから直接会議場へと向かう事にしたのである。流石にヘリ単独だと(文字通りの意味で)迷子になるため、途中まではクワトイネのドラゴン――ワイバーンが先導を行う予定になっている。

 

 

 やがてHSS-1Aが「宗谷」から発艦する。それを先導するための公国軍ワイバーンがヘリの前方にやって来た。

 

「それにしても」

 

 秋元はワイバーンを見ながら思う。

 

 

――ホントに日本は転移しちまったんだな。

 

 

 相手の言葉が通じたり、あまりに事がトントン拍子に進むので今まであまり実感が湧かなかった。

 

 だが、ヘリを先導する飛竜や、中世染みた異界の街を眺めながら、何となく実感が沸いてくる――秋元はそんなことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 三時間後、日本側の代表外交官とクワトイネ公国首脳部との会談は無事に終了、近日中に公国側から実務者協議のための使節を日本へ派遣する事で決定した。

 

 

 

 



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