ナンダーク・ファンタジー (砂城)
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表と裏のプロローグ 雄大なる蒼は大いなる空の旅路へ出向く

これまで二次創作は書いたことがありませんが、書きたくなったので書きました。

基本は本編に沿うような流れになります。というか勢いでアガスティア辺りまで書いちゃったので投稿します。

とりあえずはオリ主ではなく、グラン達のプロローグとなります。
本作ではグラン君とジータちゃんが双子として出てきます。

とりあえずストック的に二ヶ月くらい毎日更新できるかなと思います。
お愉しみいただけると幸いです。


 どこまでも広がる蒼い空。

 

 遥か下方にある大地は見えないが、空には島々が浮かび民はそこで暮らしている。

 

 実在が確認されていない伝説の島や、秘境がまだまだ多く残っているこの空の世界で、全てを乗り越えた先にあるという伽話上と思われる島があった。

 

 ――星の島イスタルシア。

 

 彼方に在るのかないのか。実在すら怪しいその島を目指す者など今は数少ない。

 

 ただ、もし。

 

 イスタルシアにいるという誰かから手紙が来たとしたら?

 その誰かが心から信頼する人物だったとしたら?

 

 あなたはイスタルシアの存在を信じるだろうか。それとも戯言と切り捨てるだろうか。

 

 もし、そんなことがあったとして。

 イスタルシアを目指し空の旅を夢見たなら。

 

 きっとその誰かは、子供にも勝る純粋さと好奇心を持った者なのだろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「おーい、グラン」

 

 晴れ渡る蒼い空の下。神秘と田舎が共存する島で、奇妙な生物が相棒を呼ぶ。

 そいつは赤い身体と竜のような特徴を持ち合わせてはいたが、妙に小さく愛くるしいようにも見えた。人の頭ぐらいの高さを小さい羽で飛ぶ先には、一人の少年が立っていた。

 

 青いパーカーに茶色いズボン、銀の胸当てと両手足に装着された金属が戦う者であると示している。なにより彼が持つ剣が物語っていた。

 

 神経を集中させ真っ直ぐに剣を構える姿からは、十代半ばにしてそれなりの鍛錬を積んでいる様が伺える。

 

「あ、ビィ」

 

 それでも相棒が飛んできたことに気づくと破顔し、年相応の表情をする。

 

「ジータが飯出来たから呼んでこいってよー」

「もうそんな時間か。……そういえばお腹減ったな」

 

 ビィに言われて剣を腰の鞘に収める。言われてからようやく空腹を意識したらしく、ぐぅと腹が鳴った。

 

「へへっ。じゃあ行こうぜ、オイラも腹減ったぜ」

「うん」

 

 グランとビィは少し急いで自分達の家に向かう。そして大きくもない一軒家に到着すると、既に家の外へもいい匂いが漂ってきていた。二人揃って腹を鳴らし顔を見合わせて笑う。

 がちゃりと扉を開けて入ればテーブルに料理が並んでいて、しかしその前に少女が立っていた。

 

「遅い! もう、料理が冷めちゃうでしょ」

 

 眉を吊り上げグランと同年代くらいになる可愛らしい顔を怒ったようにして二人へと注意する。

 金髪にピンクのカチューシャをつけ、ピンクのスカートに身を包んだ様は彼と比べると些か以上に少女らしいと言えたが、彼女も籠手を嵌め剣を握れば魔物を切り倒す勇ましい面を持っている。

 

「ごめんごめん」

「全く……私だって鍛錬したいのに、グランはいっつも私に家事押しつけて。偶には料理してもらおっかな」

 

 苦笑して謝る彼に、何度も聞いたような不満を漏らした。

 

「オイラはジータの料理が食べてーよぉ……。こいつ下手くそだし」

「わかってる。でも掃除洗濯は手伝いなさい」

「はーい」

「はいは伸ばさない」

 

 何分料理下手なグランに任せると悲惨な食事となってしまう。彼女もわかってはいたので言ってみただけだった。

 二人は双子であり、同じ夢を掲げた同志でもある。

 

 こんな田舎に強い魔物はおらず、二人は大抵の魔物ならあっさり倒してしまうだけの強さを持っていた。それでも毎日競い合うように鍛えているのは、掲げた夢のため。

 いつものように三人で食卓を囲んでいたが。

 

「あっ」

 

 グランがふとした拍子にグラスを倒し飲み物を零してしまう。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 同い年、むしろグランが一応兄なのだが、すっかり保護者のようなジータはグランの方にタオルを手渡す。

 

「ああ、うん。大丈夫」

「グランのことじゃなくて、お父さんの手紙」

「あっ!」

 

 ジータの言葉にうっかりしていたとばかりに慌てて服を弄った。

 グランは折り畳まれた紙を取り出し開いて濡れていないかを確認する。無事だったのでほっとため息をついた。

 

「ったくよぅ。親父さんの大事な手紙なんだからもうちょっとしっかしてくれよな……」

「やっぱり危なっかしいグランに預けとくのやめようかなぁ」

「だ、大丈夫。大丈夫だってきっと」

 

 呆れた様子の二人にグランは引き攣った笑いを浮かべるしかない。

 

「う〜ん。やっぱりビィの足に括りつけとく?」

「オイラは伝書鳩じゃねぇ! 引き出しに入れておこうぜ。ずっと持ってなくても、もういっつも見てるから覚えてるだろ」

「まぁ、そうだね」

 

 ビィの提案に頷くと、二人の父親から昔に届いた古い手紙を一度名残惜しそうに目を通してから、丁寧に折り畳んで引き出しにしまった。

 幼い頃に旅立った二人の父親は、手紙にこう書き記していた。

 

『空の青さを見つめていると見知らぬ彼方へ帰りたくなる。空の青さに吸われた心は遥か彼方に吹き散らされる。果てだ。ここは空の果てだ。遂に辿り着いた。我が子よ。星の島、イスタルシアで待つ』

 

 実の子供に読ませるには随分と詩的な文章である。きっと書いた本人に見せたら恥ずかしがること請け合いだ。目の前で読んでやれば堪らずやめてくれと言われそうな手紙だった。

 

 それでも二人は事実父親の筆跡で書かれたこの手紙を読んで、空の果てにあるというイスタルシアを目指し旅に出たいと思っている。

 ……とはいえ十代の子供に船を買えるような金はなく、船を操縦する知識も空を旅する力も足りていなかった。

 

 いつか叶えると夢を思い描き、しかしその夢が遠すぎて足踏みのような進み具合でしかない、どこにでもいる少年少女だ。ただ彼らには特別な才能が備わっていた。

 

 つまり彼らは、なにかきっかけさえあれば、空の果てを目指し旅立てる。

 

 しかしそれは。

 

「あ、こらビィ。また残して! 途中で林檎食べてきたでしょ!」

「た、食べてねーよ!」

「嘘ついてもダメだよビィ。ジータってそういうところ目敏いから」

「目敏いってどういう意味? 二人共、今日という今日はみっちりお説教だからね」

「お、おいジータ落ち着けって。たまたま畑のおっちゃんと会っただけで……」

「ほらやっぱり食べてる。もう、今度からビィご飯抜きじゃなくて、林檎抜きにするからね」

「うぇっ!?」

「嫌なら反省しなさい。全くもう、グランもビィも私がいないと全然ダメなんだから。こんなんじゃ旅に出ても不安しかないよ」

「ははは……ホントにジータには助かってるよ」

「褒めたってお説教はやめませんからね」

 

 こうして楽しげに暮らす平穏を捨てるということでもある。

 残酷な運命と死が待つ外へと飛び出すことである。

 

 その覚悟を、二人は間もなく問われるのだ。

 

 その日の午後。

 軽く手合わせして食後の運動を充分に行った後のことだった。

 

「あ、やっぱりここにいやがった!」

 

 そこに一人の少年が駆け込んでくる。妙に強張った表情の彼はアーロン。緊張が顔に出ていて只事ではないと教えてきていた。

 

「アーロン? どうかしたの?」

 

 手を止めてジータが微笑みかけると、急いでいただろうに頬を紅潮させる。

 

「?」

 

 思わず言葉に詰まってしまったからかジータは小首を傾げていた。

 

「な、なんでもない……」

 

 当然、陽光に照らされた笑顔が可愛かったなどと口にできるはずもない。

 そういえばそんな浮ついた感情を抱いている場合ではなかったと思い直して表情を引き締める。

 

 ……そんな幼馴染みの内情を見ただけで察したグランとビィは苦笑した。というかいつものことである。

 

 この夢見がちな双子を諦観したように見る幼馴染みは、いつからだったかジータを想っていた。幼い頃は一緒に遊ぶ友達だったと思うのだが、年々成長する彼女に異性ということを意識せざるを得ない状況に陥っているというわけだ。しかももし彼女が旅に出ずこの閉ざされた島で暮らしていくのだとしたら、同年代が三人以外にいないこの田舎では自分がジータと……なんて妄想をするくらいには年相応であった。

 

「って、そうじゃない! お前らが気づいてないから、こうして俺が来たんだろ!」

「「「?」」」

 

 ようやく鬼気迫る表情になったアーロンの言葉に、今度は三人で首を傾げることになる。

 

「ったく……あれを見ろ!」

 

 呆れたアーロンが指差したのは空だった。三人が顔を上げて、目を見開き驚く。

 

「戦艦……! しかもあれって帝国の」

「なんでこんなところに……」

 

 上空を飛ぶ一隻の戦艦。それはこのファータ・グランデ空域では最も有名な国のモノだった。

 エルステ帝国――かつては歴史こそあれど勢力はない小さなエルステ王国だったが、帝政に変えてから今や空域全土を支配する勢いで力を持った国。

 そんな国だからか黒い噂を絶えず実際いい噂をほとんど聞かないが。

 

 なぜこんな田舎の島に戦艦がやってきたのか。正直なところ人数でも強さでも一隻で島一つ滅ぼすことができるような格差があった。

 

「なんでかわかんないけど、この島に帝国が来てるんだ! 早く避難するぞ!」

 

 アーロンがそう告げたことで彼がなぜここに来たかを察する。その時、戦艦の一部で爆発が起こった。

 

「な、なんだぁ? 爆発しやがったのか……?」

 

 墜落するような爆発ではなかったが、破片が落ちてきたらと思うと気が気でない。と思っていたらきらりと光るなにかが落下していくのが見えた。火が点いた部品なら一大事だ。なにせ落下地点には森がある。もし燃え広がったら島全土を焼き尽くすまで止まらないだろう。

 

「……わかった。アーロン、悪いけど先に行っててくれ。大事な父さんの手紙を落としちゃったみたいで、燃えないようにこの辺探してから行くよ」

「はぁ? お前こんな時にまでなに言って……。それなら俺も探した方が手っ取り早いんじゃないか?」

「うん。でも僕が見つけないとジータに怒られちゃうから。あと先行って後から行くって皆に伝えてくれた方が心配されないかな」

「……はぁ。わかった。でジータは……」

「私がいないとグランが迷子になるでしょ」

「そうだな……早く来いよ!」

「うん」

 

 アーロンは嘆息したが一人で来た道を走り出す。

 

「……グランって、こういう時は頭が回るんだね」

「こういう時はって言わないでよ。ジータは避難してても……」

「そうやって一人で行こうとするから、目が離せないんでしょ。いいから行くよ」

「……うん」

「ったくよぅ。二人共避難しといた方がいいと思うんだけどなぁ」

「そう言ってついてきてくれるんだ?」

「オイラも二人が心配だからな!」

 

 結局、三人は落下物が気になっていたのだ。だからありもしない、だがアーロンはまだグランが持っていると思っている手紙を使って言い訳したのだが。そんなことなどずっと一緒にいる二人からしてしまえばお見通し、若しくはアーロンも予感ぐらいはしているかもしれない。

 

「じゃあ気を引き締めて行こう!」

 

 グランが言って駆け出すのを、二人がついていく。三人は戦艦から落下したモノの方へと駆けていった。

 火災になったらマズいという懸念があったからか全速力で先頭を走っていたグランが、木々の生い茂るせいで視界が悪い森の中で、突然飛び出してきた人影とぶつかってしまう。

 

「きゃっ!」

 

 軽い衝撃を受けてグランがそちらを見やると、蒼い髪に白いワンピースを着た少女が小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れそうになっているところだった。この島では一度も見かけたことのない子だ。もしかしたら帝国の手の者かもしれない。それでも自分がぶつかってしまったこともあり、グランは少女の手を取って倒れないように支えた。

 グランの手に支えられてなんとか倒れなかった少女が顔を上げて、目が合う。

 空のように透き通った蒼い瞳に思わず魅入ってしまう。

 

 年齢は二人よりも三から五は低いだろうか。首に提げた飾り以外には飾り気がない様子だ。

 

「えっと……」

 

 ずっと手を握っていたせいか、少女は少し困ったように眉を下げる。そこで無言で見つめていたことに気づいたグランははっとして手を離す。

 

「ご、ごめん。それで君は? この辺では見たことないと思うんだけど……」

「あっ。お、お願いです! 助けてください!」

 

 グランが事情を聞こうとするとこれまでの状況を思い出したのか縋るようにグランへと詰め寄り必死な顔で訴えかけてきた。

 助けるとは一体どういうことなのかと尋ねる前に、がさりと遠くで茂みが揺れる。それだけのことでびくりと肩を震わせる少女の様子に、只事ではないと理解した。

 

 茂みを揺らす音が複数聞こえ、続いて金属の擦れる音も聞こえてくる。音のした方向を警戒して睨んでいると、やがて鎧を身に着けた兵士達が姿を現した。少女はさっと後退しグランが庇うように前へ出る。

 

「貴様らはこの島の者か? とりあえずそれを渡してもらおう」

 

 先頭に立つ兵士がグランへと手を差し出した。その言葉を聞いた二人は躊躇いなく剣を抜く。

 兵士達がこの少女を大切に扱っていないことはよくわかった。もし言うのであれば「それ」ではなく「その子」になるはずだ。なにより怯えて震える少女がそのことを物語っている。

 

「……それはできません」

 

 グランは帝国兵を睨みつけてはっきりと告げた。

 

「そうか。なら死ね。それは貴様らのような価値もわからない子供に渡すモノではない」

 

 大人しく渡す気がないと見た兵士達も剣を抜く。しかし、倒す意義があるのはこちらも同じだった。

 

「……さっきから黙って聞いてみればその子をモノみたいに言って。そんな人に渡すと思ってるなら帝国の兵士さんは随分と頭が弱いみたいですね」

 

 物言いが辛辣極まりなかった。彼女も相当怒っているらしく、自分に向けられたモノじゃなくて良かったと思うグランとビィだった。

 

「子供が、粋がるなよ。殺れ! 最優先事項は機密の少女! 障害は始末してしまって構わん!」

 

 彼女の言葉にプライドが傷ついたらしく、兵士達へ号令して三人を殺そうと襲いかかってくる。しかし憤ってはいるとはいえ所詮子供と侮っているのか兵士がまず一人ずつ前に出てきた。合わせて二人も駆け出す。

 

 兵士が真上から剣を振り下ろしグランを狙う。彼は難なくかわすと横から兜越しに剣で頭を殴りつけ、一撃で昏倒させた。

 

「なにっ!?」

 

 兵士として日々訓練を課される者が一撃で倒されたという事実に驚いた二人目は、そのまま突っ込んできたグランに対処できず同じく一振りで倒される。ほぼ同時にどさりという音が聞こえたかと思うと、ジータも二人倒していた。全く傷もない状態での完勝である。

 

「な、なんだと……。こんなガキ共に……」

 

 一人残ってしまった号令していた兵士がわなわなと震えてあっさり四人も倒されてしまったことに驚愕した。

 しかも二人がそのまま自分へと向かってくる。

 

「クソッ!」

 

 半ば自棄に近い一撃をグランがしっかりと受け止め、その隙に回り込んだジータが後頭部に一撃くれてやった。

 油断はあったにしろたった二人で兵士を五人共倒してしまっていた。二人が軽く拳を合わせている様を呆然と眺めていた少女に、明るい声が届く。

 

「へへっ。どうだ、あいつらの剣の腕は!」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな赤い生物を微笑ましく思――

 

「えっ!? なんですかこの生き物! 見たことないですぅ!」

 

 危うく受け入れそうになってしまったが、図鑑でもこんな生物は見たことがなかった。少女は目を輝かせてビィに顔を近づける。

 

「ははっ。ビィは、なんて生き物なんだろうね。もう学名もビィでいいんじゃないかな。他にいないだろうし」

「オイラはビィじゃねぇ! ビィだけど!」

 

 グランとビィの言い合いに思わずくすりとしていると、そこへ切迫した声が聞こえてくる。

 

「ルリア!」

 

 そちらを見ると鎧姿にマントをした女性が駆けてくるところだった。双子よりも十くらい上に見える大人の女性だ。

 整えられた長髪と凛々しい相貌からどこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせている。

 

「カタリナ!」

 

 また帝国兵かと身構える二人だったが、少女の嬉しそうな声を聞いて柄を握る手を緩めた。どうやら二人は信頼を築いているようだ。なにより帝国兵にしては先程の連中と違って彼女を名前で呼んでいる。

 

「君達は一体……? それにこの倒れた兵士達は……」

「二人が倒したんだぜ! 凄ぇだろ!」

 

 またしてもなぜかビィが誇らしげにしていた。その空中を浮遊する奇妙な生き物を見て。

 

「……なんと愛らしい……ではなく君はえっと、なんだ?」

 

 一瞬緩みかけた頬を引き締めしかし記憶に該当しそうな生物がいないことから怪訝そうに首を傾げる。

 

「えと、ビィさんって言うんだって」

「ビーサン? ……その、なんだ。海岸で履くサンダルのような名前なのだな」

「オイラはビーサンじゃねぇ! ビィだ!」

「すまない、冗談だ。二人共、よくルリアを守ってくれた。礼を言おう」

 

 物怖じしないビィのおかげか、それとも目の前の女性が穏やかに微笑んでいたからか。緊張しがちな二人の心を安心させ、間違いなくこの人が自分達の敵ではないと理解する。

 

「い、いえ。凄く困ってたみたいだったので」

「はい。放っておけなくてつい……」

 

 それでも少し恐縮したようなグランと、照れたようにはにかむジータ。おそらく見た目が油断を誘ったのだろうが、二人で兵士を五人も倒したという事実は変わらない。カタリナは内心で二人の実力を高めに設定すると、一先ず自分のすべきことのために動き出す。

 

「すまないがあまり話している時間はない。この辺りに帝国兵がうろついている。一刻も早くこの場を離れなければ……」

 

 彼女がそう話している間に、

 

「カタリナ中尉ィィ」

 

 ねちっこいような中年男性の声が耳に入ってくる。

 見るといつの間にかたくさんの帝国兵が彼らを取り囲んでおり、その中の一人が明らかに一般兵士を装備の違う黒い軍服の男だった。香油かなにかで丸く固めた髪とセットに時間がかかるであろう上向きに曲がった顎鬚。

 

「ポンメルン大尉……!」

 

 カタリナが遅かったかと顔を歪める。彼女が中尉と呼ばれたことから、彼が直属の上官であると理解できた。それでも彼女はできれば穏便にやり過ごしたいのか、冷静を装って話し始める。

 

「……ルリアの保護に成功しました。兵を退いて戦艦へ戻ってください」

「白々しいですねェ。あなたが少女を逃がしたのでしょう? 機密の少女の観察役を任されていながら偉大なる帝国に楯突くとは……」

「……」

 

 既にバレていたようだ。これではなにを言おうとも彼女の処遇は決まったようなモノだった。

 

「ふむ、ふむふむ。どうやら先に来ていた兵士を倒したのは、あなた達ですか。こんな子供に負けてしまうとは、帝国兵士の練度も落ちぶれたモノですねェ」

 

 大尉は倒れた兵士達を見やると剣を持った二人を眺めて残念だとばかりにため息を漏らす。

 

「カタリナ中尉。その少女を逃がすことがどれほど重大な損失を齎すか、あなたならわかるでしょう。帝国が全空を支配するためには必要なことなのですよォ。星晶獣を制御するために必要不可欠な存在なのですからねェ」

 

 星晶獣。かつて今空の世界で暮らす空の民と覇権を争った星の民が生み出した遺物。その力は強力で、一体で島一つを滅ぼすことなど容易とされているほどだった。

 それを制御するとなると、確かに手放すには惜しいだろう。

 

「そこの子供二人にカタリナ中尉まで加わるとなると……兵士を悪戯に消耗してしまうかもしれませんねェ。ではあれを出しましょう。ーーヒドラを持ってきなさい」

 

 ポンメルンはそう言って兵士に指示を出す。「はっ」と短く応えた兵士が立ち去った。

 

「ヒドラ……? まさか!」

「そのまさかですよォ。あなたもその子供も、まとめて始末してあげますからねェ。くっ、くっくっく……」

 

 慄くカタリナと嫌な笑みを浮かべる彼の様子が理解できたのは、ずんずんと重い足音を響かせ森の木々を薙ぎ倒しながら向かってくる巨体を目にしてからだ。

 

「ヒドラを使う! 散開して後方に陣を張れ!」

 

 大地を踏み締める四つの足。全身を覆う赤い鱗。巨体を持ち上げられるのか怪しい翼。そしてなにより五つの首を持つ怪物だった。巻き込まれないように兵士達が退避する中、ヒドラと呼ばれたそいつは目の前の矮小な獲物を五つの頭で見定める。そして自分の圧倒的優位を誇示するように咆哮した。

 

 その姿はこの島で戦ってきたどんな魔物より強大だっために足が竦みかけた。それでも逃げ出さず剣を構えたのは、後ろで震える少女のためか、はたまたここで折れては空を旅するなど夢のまた夢と奮い立ったのか。

 

 この時、ヒドラと対峙する三人の考えは分かれた。近いのはジータとカタリナだったろうか。

 

 カタリナは多少腕が立つとはいえ子供に任せるわけにはいかず自分が前に出て戦わなければという思いがあったが、はたして自分と未知数の二人を合わせたとして勝てるのかと逡巡した。

 ジータは強大な敵に畏怖してしまっていたが、頭の冷静な部分が状況を判断していき、勝つためにはまず三人で連携する必要があると思う。加えてジータにはないがグランにある能力でもっと戦力を増強させられれば、勝機はなくもないと判断した。カタリナの実力は未知数だが少なくとも今の自分達よりは強いだろうと思っている。

 ではグランは、どうか。

 

 ジータはなにをするにもまずあのヒドラと戦わなければならないという事実と向き合うため、勝ち目が薄いと思われる敵に対して一歩を踏み出した。それを恐怖に立ち向かう勇気と捉えるか、実力に見合わない無謀さだと捉えるかは人によるが。

 踏み出した彼女を制する手があった。グランの手だ。彼はジータの一歩前で真っ直ぐにヒドラを見据えている。

 

 そして剣を納めた。

 

「……っ」

 

 その時点でジータはグランがなにをする気か察して、声をかけようとするが、もう遅かった。彼は大きく息を吸い込み決意を瞳に宿らせて、

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを上げヒドラへと駆けていく。

 

「お、おい!」

 

 カタリナが無謀に思える突撃を制止しようとするが、彼には止まる気がなかった。

 

「ふん。身の程を知らないガキですねェ。ヒドラ、やってしまいなさい!」

 

 ポンメルンはそんな少年の蛮勇を笑う。ヒドラがゆっくりと顔を向けて口の中に焔を灯した。

 

「――来い、輝剣クラウ・ソラス!」

 

 走りながら右手の中に虹色の結晶を出現させ、その結晶が砕け散ると代わりに水晶のような綺麗な刀身を持つ剣が現れた。ヒドラの首の一つが吐いた火炎に向けてその剣を振るうと、道を開くように真っ二つに裂けていく。

 

「なにっ!?」

 

 これにはポンメルンも驚愕している。グランは勢いを保ちながら

 

「レイジ! ウエポンバーストッ!」

 

 自分の攻撃力を高め、この後に放つ渾身の奥義の威力を上昇させる。彼は初手の一撃で決めるつもりだ。

 近寄ってくる羽虫を払うようにヒドラが攻撃してくるのを掻い潜り懐まで接近する。グランは剣の柄を両手で握ると大きく上段に振り被った。

 

「ノーブル・エクスキューションッ!!」

 

 剣から光の柱が立ち上り、振り下ろせば柱ごとヒドラへと叩き込まれる。巨体の化け物にも効果はあったのか、呻き声が漏れていた。強烈な一撃に砂煙が舞い、ヒドラの様子を覆い隠す。

 

「……や、やったのか?」

 

 ビィが固唾を呑んで見守る中、グランは肩で息をして剣を構える。油断はしていない、はずだった。

 

「っ……!?」

 

 気づけば砂煙の中に大きな影が見えてグランへと近づいてきていた。煙を裂いて現れたのはヒドラの鉤爪だ。グランは反応できずその鋭利な鉤爪に切り裂かれ、手に当たって吹き飛ばされる。血が噴き出し宙を舞う様は明らかに致命傷だとわかった。地面を力なく転がってうつ伏せになると流れ出た血が止まらず血溜まりを形成する。

 

「――」

 

 ぴくりとも動かない生まれた時から連れ添った双子の片割れを見て、ジータは自分の中から全てが抜け落ちたような感覚を得ていた。冷静に考えていた頭も働かなくなり、ただ倒れ伏したグランを呆然と見つめる。

 

「く、くくくくく……。なんと呆気ない。少し冷や冷やしましたが、所詮は子供。私に逆らわなければこんなことにはならなかったでしょうに」

 

 そこに彼の死に様を嘲笑う声が届く。にたにたと嫌らしい笑みを浮かべたダサい髭のおっさんだ。

 その顔を見た時彼女に生まれた初めての感情は、殺意と憎悪だった。

 どんな事情があろうとも、誰かを守るために戦った者の死を嘲笑うことなど許されない。などという綺麗事はどうでも良くて、ただただ憎かった。今すぐ自慢の顎鬚を切り落として生きていることを後悔させてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。

 

「貴様……! 民間人を手にかけるとは……どこまで腐っている、ポンメルン!」

 

 悔しさと怒りから声を荒げるカタリナも、

 

「お、おい! 嘘だろ、しっかりしろよ! なぁ!」

 

 グランが倒れたのを信じられないという様子で何度も呼びかけるビィも、気づいていなかった。

 普段優しい少女が今この瞬間に人生最大であろう怒りを覚えていることに。

 

「……大丈夫。大丈夫だから」

 

 三人がそれぞれに取り乱す中、残った少女が静かに歩み出る。倒れて動かないはずのグランへと近づいた。首飾りと森の中から光が溢れ出す。森の中、すぐ近くにあった祠からも溢れていた。

 胸の内に燻る黒い感情を湛えていたジータも、優しい声と不思議な光に一瞬心が安らいでいく。

 

「ごめんなさい、私のために」

 

 ルリアがグランへと屈み込み光を強めていく。

 

「い、一体なにが起こってるんですねェ!」

 

 ルリアを利用しようとしていたポンメルンでさえなにが起こっているのか理解できないようだ。

 

 誰も動かない中、しばらくして光が収まるとぱっちりと目を覚ましたグランがゆっくりと上体を起こすのが見えた。

 

「えっ……!?」

 

 死んだと思っていた、と言うより死んでいた片割れが生き返ったことに驚き、憎悪が消し飛んだ。

 

「な、なにが起こって……これは一体、どういうことなんですねェ……」

 

 先程までの威厳はどこへ行ったのか、大尉は慌てふためていていた。

 

「――始原の竜。闇の炎の仔。汝の名は……バハムート!」

 

 少女が詠唱すると祠の光が強くなり、突如として巨大な黒銀の竜が顕現する。目元と口、両腕を拘束された異様な姿ではあったが纏う威圧感はヒドラの比ではなかった。

 

「ひっ……!」

 

 ヒドラよりも強大な存在の出現に、ポンメルンの喉が情けなく鳴った。

 バハムートと呼ばれたその存在は、力任せに拘束具を引き千切ると敵であるヒドラに向かって咆哮する。今度はヒドラが畏怖させられる番だった。

 

 黒銀の竜は光を集束させると咆哮と共に極大の光線を放つ。ヒドラのいた地点に着弾すると跡形もなく消し飛ばした。

 

 あまりの衝撃で近くにいたポンメルンの固めた髪が巻き上がり、ぼさぼさのまま落ち着く。ヒドラの後方に控えていた兵士にも被害が出ており、たった一発で形勢が逆転してしまった。

 

「……そ、そんなバカな……。ヒドラが一撃で……」

 

 一瞬で老け込んだように見えるポンメルンは唖然としてバハムートを見上げる――そして目が合った。感情の読み取れない瞳に恐怖し、びくりと身体を震わせるとそこからの行動は早かった。

 

「て、撤退! 撤退ですねェ! 負傷者は抱えて、全軍撤退するんですよォ……!!」

 

 青白い顔で命令し兵士達と共に逃げていく彼に威厳などは欠片もない。

 

 敵が去ってほっとしたからか、ルリアは膝を突いた。

 

「ルリア!」

 

 カタリナが心配して駆け寄る。ビィもグランへと飛びついた。とはいえ生き返った本人はどんな状況かさっぱりわかっていないらしく困惑していたが。

 そんな四人を眺めたジータは苦笑して、一旦先程の感情を追いやり声をかけることにするのだった。

 

 こうして蒼の少女ルリアとグランは命を共有し、帝国に逆らったことで故郷を追われることになる。

 巻き込んでしまって申し訳ないというカタリナの謝罪を、旅に出られるいい機会だと笑って流した二人は、ビィを連れて故郷を旅立った。

 

 夢見たイスタルシアを目指す大いなる旅路が今、幕を開けるのだった――。

 

 尚。小型の騎空艇で空へと旅立った五人は、初操縦カタリナの手によって破壊、近くの島に不時着することとなるのだが、それはまた別の話。




双子ですがグラン君のみルリアと命を共有するような結果となりました。

途中でグラン君が虹の結晶(ガチャのヤツ)からSSR武器を出してましたが、
その能力の詳細を説明するのは大分先になります。

まぁ言ってしまえばガチャです。彼しかない能力ですが。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ

オリジナル主人公側のプロローグも投降しておきます。


グラン君と対になるような邪道主人公を目指したいと思っています。
ネーミングはグラン君と一緒。

類似作品に心当たりがあればお知らせください。


 この世界は空の世界とも言われている。

 島々が空に浮かび、船で空を渡り島を行き来する。

 

 見ようによっては幻想的な世界だが、一方で治安はあまり良くない。

 どこにでもガラとタチの悪い輩がいて、善良な市民を恐喝する。

 

 秩序の騎空団や十天衆といった抑止となる存在もいるが。その程度の小競り合いに出てくる必要はないと思っている。または自分達の見える範囲でしか対処できないのか。

 

 なんにせよ、そういう連中がいたとしてもこの世界には無法地帯というのが存在していた。

 

 俺の住んでいる、この島もそうだ。

 

 この島にある街は治安が悪い。盗みから殺し、強姦なんてのも日常茶飯事だ。それもこれもマフィアの野郎共が牛耳っているせいだ。あいつらが好き勝手やるから、傘下に入って好き勝手やろうという輩が出てくる。俺みたいな弱者は肩で風切って歩くヤツらに目をつけられないことを祈るしかない。

 

 この街ではマフィアの言うことが法律みたいなモノだ。目をつけられたら、一貫の終わりだ。

 しかも俺のやっていることは、マフィアからしてみれば憤怒モノだ。

 

 なにせ俺は、ヤツらからモノを盗むことを生業としているのだから。

 

 当然、見つかれば半殺しじゃ済まない。殺されるか、拷問を受けてどこに盗んだモノを流しているか吐かされるなどするだろう。

 それでも俺が盗んでいるのは、生活のためだ。身寄りがなく真っ当な生き方を知らない俺には、こうする以外に生きる術を知らなかった。マフィア相手でなければ危険は少ないが、逆に報酬も少ない。この街でマフィア連中以外に盗んで売れるようなモノを持っているヤツはいないのだ。

 

 だから俺は、今日も淀んだゴミ溜めのような街を歩く。石畳の通路の脇や細い路地には多くのみすぼらしい恰好をした人が座り込んでいる。倒れているヤツはもう終わりだな。もう目覚めることはないかもしれない。

 俺もただ街を歩いているわけじゃない。仕事があった。フードを目深に被って視線を隠しつつ、道行く人達を観察する――見つけた。マフィアだ。談笑しながらこっちに歩いてきている。リーダーらしき角の生えた大柄の種族、ドラフの男が肩に人を担いでいる。髪の中に三角の耳が生えた種族、エルーンの少女だな。売り物にする気だろう。

 だからと言って助けるようなことはしない。そうすれば俺が殺されるだけだ。目の前で浚われる人を見過ごすなんて、この街じゃよくあることだ。罪悪感なんてない。

 

 ……あいつが財布持ってるな。ズボンの右ポケットか。やってやるか。

 

 俺にできるのは誰かを助けることじゃない。マフィアからモノを盗むことだけだ。

 少女を担いだドラフが財布を持っている。なら注意が逸れて盗みやすい。

 

 俺は歩き方を変える。しっかりとした足取りから、クスリをキメた輩がするような覚束ない足取りに変える。この歩き方ならわざとぶつかった、という風に思われないのだ。俺はふらふらと男の方へ近づいていき、ぶつかる。自分の身体でポケットの位置を隠し左手で素早く抜き取り左腰のポーチに入れる。重さから考えると大分美味い仕事だな。

 

「あぁ?」

 

 ドラフの男は苛立ったような声を上げるが、俺が気にせずふらふらと歩いていくと舌打ちしてそのまま歩き出した。ま、クスリで脳機能が低下したヤツに怒鳴ってもしょうがないよなぁ。

 俺はそのまま歩いていき、人混みに紛れる形でそいつらから離れていった。

 

 細い路地に入ってからは普通に歩き、裏路地を駆けていく。そして盗品を売ってくれる店まで直行した。

 

 店の名前はない。看板なんて立派なモノもない。ただ俺はそこが店だと知っている。扉を開けると来客を知らせるベルが鳴った。一応表向きは雑貨屋らしいの様々な商品が店内に並んでいる。

 

「よぉ」

 

 棚の奥で座っていたハーヴィンの男に声をかけた。ハーヴィンは男女共にヒューマンの子供ほどしか身長がなく尖った耳をしているのが特徴だ。

 

「おう。ダナンじゃねぇか。仕事は終わったのか?」

 

 俺の名前を呼び、他に客がいないこともあって早速本題に入った。

 

「ああ。あの間抜けな連中から、財布盗んでやったぜ」

 

 俺は腰のポーチから盗んだ財布を取り出して見せる。

 

「ほう? 見せろ、財布そのもの含めて、査定してやるから」

「待てよ、中身の確認が先だ」

 

 こいつと俺は提携している。俺がマフィアからモノを盗み、こいつに売りつける。こいつは俺に報酬を提供し、盗品をどこかへ横流しする。またマフィアから特定のモノを盗んで欲しい時は俺に依頼が来るようになっている。そういう場合は報酬も上乗せされる代わりに、危険も多くなる可能性が高い。

 ただ財布やなんかは先に中身を見ておくのがいい。こいつが中身の金額を偽って分け前を減らす可能性もあるからな。先に中の金額を確認して、こういう場合は半分だから半分確保しちまった方が公平だ。逆に俺がちょろまかそうとするとバレるので、やめておいた方がいい。商人は目敏いんだとよ。

 

 財布を開き中身を確認する。……マジかよ。五万ルピも入ってやがるぜ。これならしばらく仕事しなくても暮らせるんじゃねぇか?

 

「その顔、さては相当な金額入ってたな?」

「当たりだ。五万だぞ五万。二万五千は貰っとくからな」

 

 俺は二万五千ルピをポーチに放り込んで財布を手渡す。

 

「ああ、好きにしろ。しかし五万か。相当な大物に手ぇ出しやがったな?」

「ドラフの男だったな。エルーンの少女担いでたから、奴隷として売り出す立場なんだろうよ。余程羽振りがいいんだろうな」

「あー、なるほどな。奴隷売買の担当連中か。そりゃ金持ってるわけだ。しかしそんな連中に手ぇ出したらてめえもそろそろ危ねぇんじゃねぇか?」

「かもな。だが安心しろ。万一捕まるようなことがあっても、あんたの名前は出さねぇよ」

 

 まぁ名前自体は教えられていないのだが。もし捕まったら拷問されてどこに流しているか聞かれた時に面倒だからな。場所だけなら、数日来なくなった時に移転すればいいだけだ。ただ名前が割れると特定されやすなってしまう。

 

「違ぇよ、そういう話じゃねぇ」

 

 俺はそう捉えたのだが、どうやら商人にとっては違ったらしい。

 

「じゃあなんだよ?」

「あー……まぁ、なんつうかな。てめえがうちで一番の稼ぎ頭なんだよ。てめえが捕まったら売り上げ落ちちまうっての」

 

 商人は頭を掻きながらそう言っていた。

 

「腕買ってくれるのは嬉しいが、俺なんて若輩だろうが。代わりなんていくらでも作れるだろ」

「てめえみたいに器用で度胸あるヤツなんて早々いねぇんだよ。マフィアには逆らわない。そういう常識が染みついたヤツばっかりだ」

 

 商人が吐き捨てるのを聞いて、確かにそうかもしれないと納得する。

 この街にいる連中は、生きるだけで精いっぱいになっているヤツが多い。そんな中ルールの体現者とも言えるマフィア連中に手を出したいと思うようなヤツはいないだろう。悪戯に命を縮めるようなもんだ。

 

「かもしれねぇな」

「だろ? だからよ、ダナン。下手打って死ぬんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、そう簡単には死なねぇさ」

 

 珍しく真剣な様子の商人に軽く手を振って、店を出た。そして店の扉が閉まる直前で、

 

「……悪いな、ダナン」

 

 そんな声が聞こえた気がした。それが俺の空耳だったのか、本当に呟いたのかどうかはすぐに判明した。

 

「よぉ。やってくれやがったなぁ、クソガキ……!」

 

 店を出たところに、俺がさっき財布を盗んだドラフの男が立っていたのだ。当然、額に青筋を浮かべてお怒りのご様子だ。

 

「俺達マフィアに手ぇ出したらどうなってるかわかってんだろうなぁ、おい!」

 

 ばきばきと拳を鳴らして凄んでくる。……マジかよあの野郎、俺を売りやがったな。クソ、これだからこの街は嫌いなんだ。俺は一人で、相手は三人。ドラフの男にエルーン、ヒューマンの三人組だ。俺は腰の後ろにある短剣しかねぇが、ドラフは拳だろうがエルーンはシミター、ヒューマンのヤツなんかは弓を持っていやがる。逃げるったって無理だろこんなん。

 

「……はっ。こんなコソ泥に財布盗まれるもんだから、マフィア様とは思わなかったぜ。悪かったなぁ」

 

 俺はここぞとばかりに嘲笑ってやる。

 

「てめえ……!」

 

 確実にキレただろう連中には構わず、俺は駆け出した。形振り構ってはいられない。この街から逃げてもこの島から逃げることはできないが、なんとか逃げねぇと。明日すら来ないで終わるぞ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ。今まで必死になって生きてきたのだって、この島からおさらばするためだ。クソ、あの商人め。恨んでやるからな。

 

「おいおいどこ行くんだよぉ!」

 

 逃げ出した俺を、ヒューマンの男が矢で狙ってくる。肩越しに振り返りながら矢の軌道を読んで回避し、その辺にあったモノを投げて狙いを遮り邪魔をする。

 

「おっとこっちは外れなんだなぁ!」

 

 逃げている俺を先回りするように、別のヤツが路地から現れた。……チッ。三人だけじゃねぇのかよ。

 片手剣で俺を斬ろうとしてくるヤツの攻撃を見切り、ヤツの右から回るように背後を取って右腕で首を絞め喉元に抜き放った短剣を突き刺した。すぐに抜いて殺したヤツの尻を蹴飛ばし、矢の盾にする。そのまま路地を曲がって逃げ続けた。

 

「追え! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

 マフィアの怒号を背に、俺は走り続けた。

 

 ……ああ、クソッ! 殺っちまった! これじゃ島からも出れねぇぞ!

 

 マフィアを殺しちまった。確実にこの街にはいられない。しかも向こうもそれはわかっているから、確実に出入り口を塞いでくる。そうなったら俺は終わりだ。だから封鎖される前に街から出るしかねぇんだが。

 

「……ははっ。クソ食らえだな」

 

 既に一番近い出入り口はマフィアが屯していやがった。俺が行けそうなところは真っ先に抑えてあるってわけか。となると結構な人員が動いていやがるな。少なくとも盗っ人一人に対して動かす人数ではなさそうだ。

 ってことは、別の出入り口を探すなんて無謀にも程があるよな。どの出入り口も封鎖しようとして散らばっている今がチャンスなんじゃないか?

 

 いや、流石にこの考えの方が無謀すぎる気もするな。勝てる保証がない戦いをするなんて、俺の柄じゃない。

 確実に勝てる環境を作ってから挑みたいんだが。

 

「……無理だよなぁ、そりゃ」

 

 この事態が突発的なモノだ。準備も全然できてねぇ。なにより物資が少なすぎる。もっと手札を増やした状態なら良かったんだが。

 

 だが、やるしかない。やらなければ捕まった殺されるだけだ。拷問を与えて引き出したい情報も、もうないだろう。

 

「……はぁーっ。クッソ、こんなの俺の柄じゃねぇんだからな」

 

 俺は盛大にため息を吐いて、俺は物陰から飛び出し屯しているマフィア共の内一人を不意打ちで首筋を斬り絶命させる。

 

「てめえは……!」

「ああ、俺の方から来てやったぞマフィア共! 大人しく道を開けろ!」

「舐めやがって! 殺してやるぞ!」

 

 こうして俺と、マフィア九人の戦いが始まった。……途中までは良かったんだけどなぁ。

 

「あと三人……死にたくなかったら道を開けろや!」

「手負いの盗っ人一人に手古摺ってんじゃねぇよ!」

 

 俺が合計で七人を殺った後、後ろから声が聞こえた。がんと強い衝撃を頭に受けて、怪我を負っていた俺は地面に伏した。クソッ、意識持ってかれるとこだったぞ。なんて力してやがる。立ち上がろうにも、すぐ背中を踏みつけられて動けなくなる。踏みつける力も強い。全く起き上がれねぇ……!

 

「やっと捕まえたぜ。散々俺達をおちょくってくれやがったな、てめえ」

 

 声で思い出した。俺が財布を盗んだドラフだ。クソッ。俺もここまでか。

 男が踏みつける力を強めた。めきっという音が聞こえ激痛が襲う。

 

「がぁ……っ!」

「調子乗ってんじゃねぇぞ! ここでは俺達がルールなんだよ。俺達に逆らったらどうなるか、教えてやる!」

 

 男がなにかを喚いていたが、そんなことどうでも良かった。苛立ちに合わせて力を強めるもんだから、痛みが増してそれどころじゃない。

 これが、強者に逆らった弱者の末路だ。弱いヤツはこうなるんだ。だから、どんな手を使ってでも勝たなきゃならなかった。けど俺にそれだけの力はなかった。

 

 何度殴られたかわからない。何度刺されたかわからない。ただ身体中どこもかしこも痛くて、意識がはっきりとしなかった。

 

「……チッ。おい、てめえら。こいつを川に捨ててこい。死体の顔見るだけでも不快だ。川に流せば空の底に落ちるだろ」

 

 俺をぼこぼこにしたドラフの男が不機嫌そうに言って、意識が朦朧とする俺の頭を掴み持ち上げる。

 

「おい。最後になにか言い残すことはあるか? あるよな、俺達に言うべきことがよぉ」

 

 視界が霞んで顔は見えない。ただ声で目の前にいるのだと認識できた。

 こいつは多分、俺に謝罪して欲しいんだろうな。公の、他の弱者がいる前で逆らった俺が屈服する様を見せつけたいんだ。だったらなんて言うかは決まってるよなぁ。

 

「……ねぇなぁ。俺に財布盗られるような間抜けにかける言葉なんてよぉ」

 

 笑えたかどうかはわからない。だが、例え掠れていたとしても声が届きさえすれば充分だ。見えてはいないが、きっと最高にムカついた表情をしているだろうな。いい気味だ。

 

「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 身体にかかる負荷から、多分地面に思い切り投げられたのだと推測して、身体を強かに打ちつけた。そこで俺の意識は完全に途絶えたから、その後どうなったかは知らない。死んで川に流されたのか、川に流されてから死んだのか。意識のない俺にはわからないことだった。

 ただ、どっちにしろ多分死ぬだろうな、とは確信していた。



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矮小なる闇は己を探す旅路へ2

プロローグは今しばらく続きます。


 全身がずきずきと痛む。暗い底にあった意識が一気に浮上してきた。

 

 ……死後に、生前受けた怪我とかって反映されるんだな。

 

 ズタボロの雑巾みたいな身体になっていたはずだ。マフィア達が俺を川に流すと話していたことも覚えている。記憶は問題ないようだ。

 じゃあ今いるところはなんだ。寝転がっている、のか? ベッドに寝転がって布団も被せられているように思う。フカフカした寝床のことをベッドと呼ぶのは知っているが、俺の育った街にそんなモノあったか? マフィア連中のアジトならあるかもしれないが、俺の知っている場所にはないぞ。

 それにいい匂いがする。料理という味のついた食べ物を作っている時に出る匂いだ。生まれてこの方、料理なんてモノの存在を疑っていたんだが。マフィアのヤツらは食べていやがったな、それを盗むとかいう依頼もあったような気がする。ただマフィアがそう言っているだけで、ほとんどの人はそんなモノを知らないと思っているのだが。いや、ベッドが存在するというだけでここは裕福なのでは? なら料理を知っていてもおかしくないのか。

 

 確認しようと目を開けた。瞼が重い。頭は回ってくれているが、身体に力が入らない。腕も上がらず起き上がるのも難しいだろう。目を開けると見知らぬ天井が見えた。木造の小屋、か? そんなに天井が高くない。ただある程度綺麗にされていて、澄んだ空気が漂っていた。街全体がどんよりしたところにいたせいか、よりそう思う。

 そうして中を観察していると、一点に目を惹かれた。そう大きくない小屋だが、俺の寝ているベッドの他にテーブルがあり入り口の扉近くには台所もあった。それなりにいい小屋だ。俺からしてみればとんでもなく裕福に見えるが、この程度なら一般家庭ぐらいだと教わっていた。

 

 その台所に、俺に背を向ける形で向かっている人物がいたのだ。……ただまぁ、背中の大胆な見せ具合はヤバかったが。陶磁器のように透き通った背中は小さい。全体像で見ても百三十センチくらいしかないんじゃないだろうか。それもそうか。紫の長髪を掻き分けるように突き出た二本の角がいい証拠だ。ドラフの女性だろう。

 ドラフ族は男女で体格に差がありすぎる。男のドラフは俺をボコ殴りにしたヤツと同様に、二メートルくらいの身長と筋肉隆々なのが特徴だ。逆に女のドラフは身長が低く変わりにと言っていいのかスタイルが飛び抜けていた。

 そのせいかドラフの女性は人攫いによく遭うんだよな。多分まぁ、使い道上の問題で人気なんだろう。

 

 俺がじっと彼女の背中を眺めていると、くるりと振り返った時に目が合った。左目を前髪で隠した童顔が見える。髪は後頭部で括ってあったので後ろからでも見えていたが、白いエプロンを装着していた。目が合うと微笑んでぱたぱたとこちらに近寄ってくる。前から見るとよりわかりやすく、グラマラスな体型をしていた。

 

「目が覚めたのね、良かったぁ」

 

 ベッドの傍に屈んで、心から嬉しそうに笑っている。近づいてきたことで甘い匂いがしてきた。……もしかして、ここは死後の世界なのか? いや、どうなんだろうか。少なくとも俺のいた街でこんなに綺麗で可愛いドラフの女性が無事でいられるわけがない。そういう場所だ、あそこは。

 

「見つけてから三日も眠ったままだったから、もう目が覚めないかと思って心配しちゃった」

 

 にこにこと話してくれる。つまり俺はこの人に拾われて看病されていたってことか。意識してみると薬の匂いが身体から漂っているのがわかった。布団がかかっているのも下半身の下着だけで、後は包帯が巻かれていたりガーゼが当てられていたりしている。

 ってことは俺は、生きているのか。

 

 まだ命があることに驚くしかなかった。あの時確実に死んだと思っていたのだが。

 

「そう、か。悪いな、助けてもらって」

「ううん。気にしないで」

「悪い。で、ここはどこなんだ?」

 

 別の島……ってことはないよな。川を流されていたのだから、同じ島のはずだ。

 

「ここは名前もない小島の一つで、そこにある山の中だよ」

「山? えーっと、この島に街はあるか?」

「うん。あっちの方に治安の悪い街があるみたいだったけど、修行するなら山の方かなって思ってこっちに来ちゃった」

 

 治安の悪い街、か。多分俺がいたところだよな? まぁ詳しくは知らないみたいだし、そう思っておくだけにしておくか。怪我が治らないことには島から逃げることもできないし。

 

「修行か。まぁでも、街の方に行くんじゃなくて良かった。多分そこが俺のいたとこだからな。あんたも言ってた通り治安最悪の場所だ。行かなくて正解だ。あと、あんたが山の方にいてくれたおかげで俺も拾われたんだろうしな」

 

 偶然が重なって、というヤツだ。おかげで俺はまだ生きている。まだ生きているということは、あいつらに仕返しする機会もいずれあるはずだ。ボコボコにされた恨みはいつか晴らしてやる。俺がもっと強くなって、物資もたくさん集めればなんとかなるはずだ。

 

「お姉さんでも役に立てたなら良かった」

 

 ただこの人の邪気のない笑顔を見ていると恨みが薄れてしまいそうだ。気をつけておかないと。

 

「いや、ホントに助かった。そういや、あんたの名前は?」

 

 命の恩人でもある。そういえば名前を聞いてなかったかと思って尋ねた。

 

「私はナルメア。修行の旅の途中なの」

「ナルメアか。ありがとう、助けてくれて。俺はダナンだ。返せるもんがなくて悪いな」

「気にしないで、ダナンちゃん。あっ、そうだ」

 

 ちゃんて……。と思っているとナルメアはぱたぱたと台所の方へ駆けていき、火をかけている鍋の中を目いっぱい背伸びして覗き込む。淵に立てかけているおたまを手に取って中身を掬うと、湯気の立つ料理に息を吹きかけて冷ますと口をつけて味見をしていた。味に満足したのかおたまで中を数回混ぜると、器を手に取り装っていく。充分器に装ったのかおたまを置いて火を止め、器とスプーンを持って戻ってきた。

 

「三日も寝込んでたからお腹空いてるでしょ? たくさん作ったから好きなだけ食べて」

 

 屈んで器を近づけられると、美味しそうな匂いが強くなって腹がぐぅと鳴った。器とスプーンを受け取ろうと腕を上げようとして気づいた。そうだ、力が入らず腕が上がらないんだった。目の前に今までの人生で一番美味しそうな食べ物があるというのに、なぜ俺の身体は動かないんだ。クソッ。

 

「……もしかして、食べたくない?」

 

 俺が一向に受け取らないからか、ナルメアはとても悲しそうな顔をし始めてしまう。いや、食べたい。とても食べたい。怪我さえなければ鍋一つ平らげるくらいには食べたかったんだが。

 

「いやその、まだ身体が動かなくてな。腕が上がらないんだ」

 

 起き上がることもできないし、腕も足も満足に動かせない。こんな状態じゃ仕方ないと思う。

 

「そっか。じゃあお姉さんが食べさせてあげるね」

 

 食べたくないわけではないとわかったからか笑顔に戻り、器からスプーンで白い料理を掬い息を吹きかけて冷ますと、俺の方へと差し出してきた。

 

「はい、あーん」

 

 その行為がどういったモノであるかを、荒んだ人生を歩んできた俺には理解できなかった。ただ、その行為が非常に気恥ずかしいモノであるということだけはなんとなく理解した。

 

「……えっと」

 

 まぁ確かに俺の手で食べられないのだから人に食べさせてもらうのは当然だ。でなければ飯にありつけないのだから。ただちょっと気恥ずかしさが先行して、躊躇してしまった。

 

「……やっぱり、お姉さんの料理食べたくない?」

 

 そのせいでできた間に、ナルメアはしょんぼりと肩を落としてしまう。命の恩人にそんな悲しそうな表情をさせるのは申し訳ない。

 

「い、いや。ちょっと驚いただけだから。悪い」

「ううん。食べれる?」

「ああ、腹減ってるから、それは大丈夫」

「そっか。じゃああーん」

 

 再度差し出されたスプーンに応じて、口を開ける。スプーンの先が口の中に入ってから閉じて食べた。ゆっくりとスプーンが引き抜かれて、液体上のそれが口の中に広がった。……美味いな。これが料理ってヤツなのか。よく煮込まれた柔らかい肉や野菜と相俟って食べやすく、優しい味つけが身体に染み渡るようだ。租借して飲み下すと、程好い温かさの料理が喉を通って胃に広がる。身体に力が戻ってくるようだった。

 

「……美味いな。こんなに美味いモノは初めて食べた」

 

 心から出た言葉だ。

 

「ううん。全然、まだまだだよ」

「いや、間違いなく俺が食べてきた中では一番だ。なにしろ、今まで料理すら食べたことがなかったからな」

「……そっか。まだまだあるから、好きなだけ食べてね」

 

 なぜか一口一口「あーん」をしてきたが、食べさせてもらっている身で我が儘は言えまい。とりあえずナルメアが嬉しそうだったので気にしなくていいだろう。

 

「今の料理はなんて言うんだ?」

 

 料理を食べ終わって満腹になったところで、彼女に尋ねてみた。

 

「? シチューだけど?」

「シチューって言うのか、さっきの」

「うん。もしかして食べたことなかった?」

「ああ。さっきも言ったが、料理なんて贅沢なモノを食べたことなくてね。大抵は乾いたパンとか、腐りかけの肉を焼いたヤツとか。まぁ碌なもんじゃなかったからなぁ」

「そっか。大変だったね」

 

 なぜか頭を撫でられてしまった。気恥ずかしいので振り払いたかったが、動けないのでどうしようもない。それに妙に傷つきやすいので、恩人への態度として拒むようなことはよろしくないらしい。

 しかしこうして他人の手が優しく触れるのは何年振りだろうか。柔らかくて温かい。妙な安心感が胸の中に生まれてくる。この感覚は多分、俺が幼い頃。まだ母親が生きていた頃にはあったモノだろうか。あの頃には、まだ人との触れ合いや温もりがあったように思う。

 

 久しく忘れていたが、まぁ、悪くはない感覚だった。

 

 それから俺は、自力で動けるようになるまでナルメアに面倒を見てもらった。

 ……いやまぁ、正直言って濡れタオルで全身を拭ってもらう時ほど恥ずかしいモノはなかった。いくら動けないとはいえ、いくら下着一枚は履いていたとはいえ。ただ断ると凄く落ち込むので、申し訳なくなってくる。必要なことだと言い聞かせて気にしないようにしている。彼女も人の面倒を見るのが楽しいみたいなので、二重の意味で断りづらい。

 

 俺が満足に動けるようになるまで、目覚めてから一週間かかった。

 聞けば俺がなんとか一命を取り留めたのは、ナルメアが持っていたポーションを使ったからだそうだ。それでも治り切らなかった怪我は自然治癒に頼るしかなく、絶対安静の状態だったわけだな。それでもちょっと過保護だったような気がしなくもないが。

 

「お姉さんは出かけてくるから、ダナンちゃんはまだ無理しないようにね」

「わかった」

 

 やけに子供扱いされるのにもすっかり慣れてしまった。小屋を出ていくナルメアの小さな背中を見送る。

 あと、彼女についてわかったことがあった。それは、今のようにほとんどの時間を外で過ごしているということだ。世話焼きではあるのだが、早朝から朝食を作るまでの間、朝食後から昼食を作るまでの間、昼食後から夕食を作るまでの間は外に出かけている。もし俺がいなければ一日中出かけているのではないかとさえ思うほど、よく外出するのだ。

 なにをしているのかは聞いていないが、修行だろう。たまに魔物を狩ってきて小屋で捌くこともあったので、食料確保も合わせて行っているはずだ。その時の手際から、ずっと前からそうして暮らしてきているように思える。更にでかい魔物をも無傷で狩ってくるので、相当に強いとは思っている。実際に見たわけではないが、とりあえず怪我をしているところは見たことがなかった。

 

 得物は刀のようだ。立てかけてあるのを見ている。

 

 ……刀か。まだ使ったことがなかったな。

 

 俺の性質上、できる限りの武器を扱えるようになっておいた方がいい。

 

 俺の生まれつき持っている能力故に、武器を扱えるようになるというのは必須事項だ。今のところは一番得意としている短剣に、必要だったから使い方を覚えた銃。剣、槍、格闘も覚えるだけは覚えたか。まだまだ実戦で使えるレベルじゃない。とりあえずの、って感じだ。

 

 ……ってことはナルメアに剣を教えてもらった方がいいかもしれないな。

 

 三日寝込んで一週間動けなかった。合わせて十日もサボってしまっている。身体が鈍って仕方がない。

 そろそろ身体を動かさないと取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 身体を解しがてら散歩でもしてみるか。

 

 ナルメアには安静にしていろと言われているが、俺も俺で目的がある。ただじっとしているわけにもいかなかった。

 

 俺はベッドから出て包帯の取れた身体に衣服を纏う。七分丈の黒いズボンと黒いフードのついた上の服だけだが。短剣も流されてなくなっているということはなく、置いてあった。服を着込むと洗濯をしてこなかった故の汚さや固さがなくなっていると肌で感じる。ナルメアが洗濯してくれたらしい。

 なにからなにまで申し訳ないが、今の俺には返せるモノがない。

 

 武器を手に取った俺は小屋を出る。久し振りに吸った外の空気が美味しい。いや、今まで淀んだ街で過ごしてきたので一層美味しい。辺りは木々の生えた穏やかな森だった。

 しかしこんな森にすら山賊やら魔物がいるのだ。油断はできない。

 

 少し身体が重いように思うが、調子は問題ないようだ。ナルメアがどこにいるかはわからないが、辺りを散策してみることにした。

 

 そして、見つけた。

 

 ナルメアと、対峙する魔物をだ。俺は息を潜めて経過を見守った。助けに入っていこうとか、そんなつもりは毛頭なかった。彼女が強いと予想していたというのもあるが、彼女の纏う雰囲気がそれをさせてくれなかった。

 対峙している猪の魔物も鼻息荒く身構えているように見せているが、俺には怯えて動けない憐れな獲物にしか見えない。

 

「さようなら」

 

 俺の聞いたことがない冷たいとも取れる声音が聞こえた。直後腰に構えた刀を振り抜き、魔物を斬り伏せる。

 

 ……なんだあれ。速すぎて見えなかったぞ。

 

 俺の目に見えたのは、剣を構える動作と振り抜いた姿勢だけだ。途中の所作は見えなかった。つまり、少なくとも俺とはそれだけの実力差があるということだ。

 実際に彼女の実力を目の当たりにして、俺は一つの決意を固める。息を潜めることをやめ、物陰から飛び出した。こちらを振り向き驚いて目を開くナルメアへ、決意を口にする。

 

「ナルメア。俺に剣を教えてくれないか?」




ナルメアが好きです(唐突)。

ヒロインになるかはまた別ですが。


因みにここで主人公を拾うキャラは他にも案がありました。
ナルメアがエプロン姿で出てきたところから、
温メイヤさんことアルルメイヤです。

アルルメイヤの場合はもっと主人公を導くような関わり方になると思います。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ3

「……え?」

 

 森の中、魔物を一刀で倒したナルメアへ俺が剣を教えてくれと頼むと、戸惑うように眉を寄せた。

 

「ま、待って、ダナンちゃん。急に剣を教えて欲しいなんて言われても……。それになんで外に……?」

 

 状況の整理が追いついていないのか、おろおろし始めてしまう。

 

「急な話で悪いな。だが俺にとっては大事なことなんだ。落ち着いて聞いてくれるか?」

 

 いきなりなのは俺にもわかっている。だがここで退くわけにはいかない。

 

「う、うん……」

 

 未だ戸惑いの中にはあったが、頷いてくれた。

 

「悪い。まぁ、なんだ。ナルメアも修行の途中だって言ってただろ? それはつまり、強くなるっていう目的があるわけだ。それと同じでな。俺にも俺の目的がある。そのためには、強くならないといけないんだ。具体的にはあんまり言えないんだけどな。少なくとも世界を旅していく必要がある」

「だから、剣を教えて欲しい……?」

 

 そうだ、と頷く。

 

「外出てたのはあれだ、強くならないといけないのに、休むわけにもいかないだろ?」

「っ……」

 

 ……ナルメアが普段外でなにをしてるか探るためってのもあるんだけどな。優しくしてくれる人ほど信用するなってのはあの街での常識だ。

 俺が半分本気ぐらいで口にすると、彼女はなぜか少し驚いたように目を丸くしていた。そして目を伏せると、

 

「……そうだね。強くならないといけないなら、いっぱい修行しないとね」

 

 妙に実感が込められた言葉だったが、まぁナルメアにもナルメアの事情ってヤツがあるからな。そこは安易に踏み込まないようにしておくか。

 

「でもごめんね、ダナンちゃん。お姉さんはそんな、人に教えるほどじゃないから」

 

 今のでかよ。とツッコみたくはなるが、多分根がネガティブなんだろうな。気持ちはわからないでもない。俺はきっとなんとかなるさ、で状況が改善するなどと甘い考えをする気はない。だから勝てるように事前に準備してからでないと戦いたくはない。そうもいってられない事態に陥るから、強くならないといけないんだよな。

 そして気持ちがわかる俺だからこそ、ナルメアに必要な人間ではないとわかる。彼女に必要なのはもっと純粋で前向きな人間だ。それは俺じゃない。

 

 ただ、教える気になってくれないと困るので、説得するとしよう。

 

「それは知らん。なにせ俺は、治安の悪いあの街でしか育ってこなかったからな。そしてさっきの魔物を倒した時の剣を見て、少なくともあの街の連中よりは強いってのがわかった。なら教えてもらう価値があるってもんだろ?」

「でも……」

「世の中にはあんたより強いヤツがごろごろいるのかもしれない。より強いヤツに教わった方がいいのかもしれない。だが俺にはそいつらとの伝手がない。俺より強くて、あの街の連中じゃないヤツなんて、ナルメアしか知らないんでな。教えてもらえるとしたら、あんたしかいない」

 

 なにかを頼むなら、見返りが必要だ。それを用意できる自信はない。ただナルメアなら代わりに金や品を要求することはないだろうという、打算的な考えもあった。それでもいつかは返すつもりだ。残念ながら、それがいつになるかは不明だし、一生返せない可能性もあるんだけどな。

 ナルメアは悩んでいるようで、俯いて黙り込んでしまう。だが「考えておいてくれ」じゃ多分ダメだ。少し強引にでも、今ここで答えを出してもらう必要がある。

 

「頼む。俺は強くならないといけないんだ。迷惑なのはわかってるが、そこをどうにか頼めないだろうか」

 

 俺は彼女に対して深く頭を下げる。

 

「か、顔を上げて、ダナンちゃん」

 

 戸惑う声は無視して頭を下げ続ける。

 

「……わ、わかった。わかったから。お姉さんで良ければ、剣を教えてあげるね」

「悪い、ありがとう」

 

 了承が貰えたら頭を上げる。……我ながら酷い手口だな。人の優しさにつけ込むようなことをして。まぁでも、俺はどんな手でも使うさ。その覚悟は、もう十年前くらいに決めている。

 

「ううん。じゃあえっと、ダナンちゃんがどれだけできるか見たいから、ちょっと手合せしてみよっか」

「いきなりか。まぁいいけど。俺は短剣だけどいいか?」

「うん。剣術というか、動きを見るだけだから」

「わかった」

 

 ここは先生に従っておこう。

 短剣を左手に逆手持ちして構える。ナルメアも腰の刀の柄に手をかけて構えた。瞬時に彼女の放つ雰囲気が変化する。まだ刀を抜いていないのに、切っ先を向けられているような感覚だ。

 相手は小柄だが、ドラフだ。ドラフは男が筋肉隆々でわかりやすいが、女も見た目に反して力が強い。実際に起き上がろうとして押さえつけられている時に思っていたが、多分俺よりも圧倒的に強いだろう。

 

 ……まぁでも実力を見るための手合せだから、小細工なしの真っ向勝負でいくか。

 

 そう決めて、こちらから仕かけた。

 

 真正面から突っ込むと見せかけて、一瞬間合いに入ってからすぐに後退する。刀使いによくあると耳にする、居合いという剣術を警戒しての行動だ。そして俺の読みは正しかった。ただし、俺は後ろに跳んで距離を取ったにも関わらず、ナルメアが眼前まで迫っていたのだが。

 着地した瞬間に跳躍したが間に合わない。切れ味の鋭い刀でどうやったのかはよくわからないが、跳んで間に合わない脚を刀で払い、俺の身体を横に回転させ頭から地面に落とした。痛みに顔を顰めた俺に、刀の切っ先が突きつけられる。俺は負けを認め、短剣を手放し両手を挙げた。そして刀が下げられる。

 

「……やっぱり実力差は明確だなぁ。でもナルメアより強いヤツがいるってんなら、まだまだ頑張る余地があるってことだ」

「ダナンちゃんはポジティブだね」

「俺はポジティブじゃねぇよ。ただ、やるしかないからやるだけだ」

 

 俺は世界を旅する必要がある。それには少なくとも、この街から出ないと始まらない。つまりこの街の流通を取り仕切っているマフィア共と事を構えなきゃいけないわけだ。俺に味方なんていない。だから、俺は一人であの連中を相手取るだけの実力を身に着けないといけなくなる。

 何人かは殺ったが、あんな雑魚共を何人殺したところでたかが知れている。武器を持って一般人に勝ち誇る程度の連中なら、別に構わない。

 

「そっか」

「さて。とりあえず鈍った身体を戻さないといけないな。トレーニングも併行してやりつつって感じか。ナルメアはいつもこういうとこで修業してるのか?」

「うん。もっと強くならないといけないから」

 

 その顔には、悲壮感すら漂っている。

 

「ま、互いのために頑張ろうぜ。上は遥か遠いことだしな」

「うん。一緒に頑張ろうね」

 

 二人笑い合い、修行の日々が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 修行が始まってからわかったことは、ナルメアは剣に対してストイックだということだ。

 

 毎日毎日、俺に課題を与えたり様子を見たりしながら自分の修行にも余念がない。

 また、彼女は俺が思っているよりも、多分全空の中でも強い部類に入るだろうと思われた。

 

 純粋な剣術以外にも、魔法を使う。瞬時に移動したり一度に複数の斬撃を放ったりと俺には想像もつかないようなことを、本人は当たり前のようにやっている。天才と持て囃されてもいいようなモノだが。

 

 ……そんなナルメアに劣等感を植えつけたヤツは、どんな化け物だったんだよって話だな。

 

 そいつとは関わらないだろうが彼女の実力を知れば知るほど彼女の中で強さの基準となっている人物の遠さが見えて恐ろしい。

 とはいえそんな遥か高みを見上げていても仕方がない。俺は俺のできる限りで強くなっていくしかないのだ。

 

 魔法は割りと感覚でやっているようだが、剣に関してはきちんと型を持っていた。

 彼女は主に二つの構えを使い分けているようだが、どっちも凄いとしかわからない。もっと強くなれば、彼女の剣術がどのようなことを得意としているかがわかるのかもしれない。

 

 剣術や体術など体系化したモノには、そうなった所以が存在する。

 

 まぁわかっても仕方ないか。

 

 俺は最近になってから魔物との実戦を繰り返している。やっぱり素振りよりも色々と得るモノが多い。これまでは逃げ出す時にマフィアを殺したくらいだからな。戦いというモノを経験するのはいい糧になる。

 命の取り合いを日頃から行うことで、戦う時の感覚が研ぎ澄まされていくような感覚を得た。これは昔、あの街での過ごし方を身に着けた時と同じ感覚だ。身体が戦うことを覚えていく。

 

 修行を開始してから今日まで、半年くらい経っただろうか。

 

 今日も魔物を狩って、小屋へと戻ってきた。

 

「あ、おかえりっ」

 

 エプロンにポニーテル姿のナルメアが笑顔で出迎えてくれる。残念ながらと言うべきか、家事はあまり手伝わせてくれなかった。たまに俺が料理もできるようになりたいと言って教わることはあるが、基本任せて欲しいようだ。美味しいので文句はないが、別れた時になにも家事ができないのでは話にならないので少し手伝っている。

 

「ああ。いつも悪いな」

「ううん。お姉さんがしたくてしてることだから。もう出来てるから、座って」

 

 机の上には既に配膳された料理が並んでいた。時間通りに帰ってこれたようだ。彼女は過保護なところがあるので、時間通りに帰ってこないとかなり動揺して探し回ってくれる。気持ちは嬉しいが、とても申し訳ないので夕食の時間には戻ってこれるように切り上げていた。

 

 向かいの席に座って、二人「いただきます」と合掌する。ナルメアの手料理に舌鼓を打ちながら談笑した。

 

 ふと、こんな日々も悪くないと思った。思えてしまった。

 

 俺の人生に今までなかった温かさがあるからだろうか。こうして二人で過ごす時間が、続けばいいと思っている自分がいることに気がついた。

 もちろん俺にも目的がある。彼女にも目的がある。だが、日々を重ねていく中でその目的よりも今ある日々が大切だと思えたら、それはそれで一つの幸せなのではないかと思う。

 

 悪くない、と言うよりそれでもいい、だな。

 

 こんな風に思っていることを自分でも意外に思う。それだけ、ナルメアの優しさが大きかったということだろう。

 

 だが、それではダメだ。閉じた二人だけの世界に浸ってはいられない。というかこんなに長居する気はなかったのだが。ナルメアにだって目的があるし。彼女が嫌そうにしていないのも、俺が勘違いしてしまっている原因なのかもしれない。結局、優しさに甘えているだけだ。

 

 ……なんか、これ以上この生活を続けてるとダメになりそうだな。ナルメア、恐ろしい娘。

 

 そう考え、俺は食事が終わってから切り出した。

 

「ああ、そうだ。思ったんだけど」

 

 なんてことないように話し出す。俺がこの日々を大切に思っていることは、前面に出さない方がいい。それをやってしまったら、多分抜け出せなくなる。

 ナルメアはにこにこと俺の次の言葉を待ってくれる。

 

「もうそろそろここを離れようと思うんだ」

「え……?」

 

 彼女の笑顔が固まった。少なからずショックを受けていることがわかって、心苦しくもありまた嬉しくもあった。

 

「この辺の魔物も苦戦しなくなったしな。そろそろ頃合いかと思って。ナルメアも強くなるには、俺にかまけてる時間がない方がいいだろ」

 

 我ながら卑怯な言い方だ。こう言えばナルメアが引き止め切れないとわかっての言葉だからな。

 

「それは……」

 

 彼女は言い淀んでいた。困ってくれているのが嬉しい。だが、彼女は俺なんかとここでのんびり暮らしていてはいけない。

 俺ではきっと、ナルメアを導けないだろうから。

 

「そういうわけで、明後日にここを出ようと思う」

「そ、そんなに早く?」

「ああ。急な話で悪いが、あんまり長くいてもな」

「そっか。そうだよね……」

 

 もちろん俺としてはいつか再会したい。恩返しは全然できてないからな。貸し借りはできるだけなしにしたいというのもあるが、ナルメアのように献身的だからこそしっかり返してあげたいとも思っている。

 ……ホント、俺らしくねぇ話だが。

 

「ああ。今まで世話になってばかりで悪いが、ここを発つ。明後日にはお別れだな」

 

 きちんと、一緒に旅をするという選択肢は潰しておく。彼女からそう言い出して欲しいという甘えは許されない。ちゃんと決別する。これが今の俺にできる精いっぱいだ。

 

「……」

 

 ナルメアは暗い顔で俯いてしまった。……流石に心が痛むな。

 

「じゃあ、食後の運動がてら外出てくる」

「うん……」

 

 一人にさせるために席を外し、軽く鍛錬をして戻る。一応気持ちの整理はつけたのか笑って出迎えてくれたが、少し影があるようだった。翌日も普段通り振舞っているつもりだろうが、暗かった。

 

 そして俺が出ると告げた明後日を迎える。

 

 支度を整え、小屋を出る準備をする。

 

「もう、行くの?」

「ああ。今まで世話になったな」

「ううん。お姉さんも、ダナンちゃんと会えて嬉しかった」

「そうか? 修行の邪魔してばっかだったと思うんだが」

「そんなことないよ」

 

 見送るナルメアはなにか感情を抑えつけているようだった。

 

「あ、そうだ。ダナンちゃんにこれあげようと思ってたの」

 

 そう言って一振りの刀を取り出し手渡してくる。

 

「これは?」

 

 とりあえず受け取ってみたが、輝く刀身を持つ立派な刀だった。技術的なモノは素人の俺にはわからないが、刀から秀麗さが伝わってくるようだ。

 

「銘は丙子椒林剣。人から貰った刀だけど、売るのも申し訳ないからあげるね」

「凄ぇいい刀っぽいんだけど」

「うん。ダナンちゃんにならあげてもいいかなって。お姉さんは使わないから」

 

 確かにナルメアにはナルメアの刀がある。それがあればいらないのかもしれないが。

 

「なんか申し訳ないな、貰ってばっかりで」

「いいのいいの。お姉さんがしたくてしてることだから」

 

 気にしないでと言うが、これだけのモノを貰えば気にもする。だがそれを言っても仕方がない。俺にはまだ、なにもないのだから。

 

「そうか。なら有り難く貰っておくとする」

「うん」

 

 刀を背中に負う。

 

「今まで、ありがとな」

 

 なんとなく、彼女の頭に手を伸ばしてしまった。柔らかい手触りの髪に触れる。

 

「っ……」

 

 ナルメアが硬直した。……自分のことを「お姉さん」と呼ぶことも含めて、あんまり子供扱いするのは良くなかったかもしれないな。

 と思っていたら、ナルメアの両目から涙が流れていることに気がついた。慌てて手を放す。

 

「……今日は、泣かないって決めてたのに」

「ええと、なんかすまん」

「ううん、いいの。ごめんね、ダナンちゃん」

 

 ナルメアが謝ることじゃない。

 

 ……これはどうすればいいかさっぱりわからんな。だがこうしたいというのはあった。もしかしたら今後の人生で二度とないかもしれないが、俺の持てる最大限の優しさを込めるしかない。

 

「あー……なんだ。俺を助けてくれたのがナルメアで良かった。ナルメアのおかげで、俺は人のままでいることができる。今までホントにありがとう」

 

 もう一度手を伸ばして、彼女を宥めるように頭を撫でる。

 そうして泣き止むまで待っていた。

 

「じゃあ、もう行くな」

「……うん。また会える?」

「ああ。恩も全然返してないからな、いつか、きっと」

「そっか。頑張ろうね、お互い」

「ああ。達者でな」

「うん、ダナンちゃんもね」

 

 目元を赤く腫らしたナルメアに見送られて、俺は小屋を後にした。

 

 ――俺はきっと、今後どんなことがあっても彼女のことを忘れないだろう。

 

 なんとか俺を育てようとして、しかし結局余裕がなくなったことで俺を捨てた母親より、最初から最後まで優しさをくれた彼女のことを。

 もし優しさがあると知らなかったら、俺は獣の如きヤツになっていたかもしれない。

 

 人として生きていくに足りるだけの心を持たなかったかもしれない。

 

「……あーもう。心が弱ったんかね」

 

 たかが人との別れ程度で泣くようなヤツだっただろうか。けどまぁ、弱さはここに置いていこう。俺は目的のために、どんな手段でも使ってやる。

 

 涙を袖で拭い、空を見上げる。青く澄んだ晴れ空だった。

 

「……うっし。行くか」

 

 まずはそうだな。この島を出るとするか。

 

 俺は今後の行動を頭の中に並べていき、街の方へ向かって歩いていく。後ろ髪を引かれ振り向きたくなる気持ちを抑えてただ前に進んだ。

 

 ここからは俺が俺のために、突き進むだけの道のりだ。




ようやくプロローグの終了です。

次話からは本編となります。
よろしくお願いします。


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人形の少女編 血生臭い船出

少しずつ読んでくださる方が増えていっているようで、嬉しい限りです。
今後とも拙作をよろしくお願いします。


 俺はナルメアの下を去り、育ってきた街へと戻ってきた。

 

 ……約半年振りに戻ってきたが、相変わらず淀んでやがるな。

 

 半年間過ごしたあの小屋と森が、同じ島のモノとは思えないくらいだ。だが俺にはこっちの方が馴染みがいい。

 

「よぉ、久し振りじゃねぇか」

 

 俺は街に入って談笑していたマフィアに声をかける。そのマフィアというのが、俺が最初に財布を盗み、そして散々ボコしてくれやがったドラフの男だ。

 

「あぁ? てめえ誰だよ。気安く話しかけてんじゃ――」

 

 向こうは俺のことを覚えていないようだ。ま、当然か。マフィアからしちゃ俺みたいな小汚いガキ一匹リンチにしたところで日常とさして変わらない。

 だが俺は悠長に会話をしに来たわけじゃない。近づき短剣で腹部を刺した。

 

「ぐっ、うぅ……!」

「半年くらい前だったか? 散々俺をボコしてくれやがったしな。とりあえず死んどけ」

 

 俺は短剣を抜いて男を地面に倒す。

 

「これから俺はマフィア共を皆殺しにしてくる。お前は助けてくれるヤツがいれば、もしかしたら助かるかもしれねぇな? ま、てめえらが今までしてきたことを考えれば、街の連中が助けるなんてことはねぇだろうが。そのことを後悔しながらゆっくり余生を過ごしな」

 

 俺は逃げられないように足にも短剣を突き刺して、男を放置する。

 男は血を流して何事か呻いていたが、無視して短剣についた血をヤツの服で拭った。

 

 人が刺されたっていうのに、この街は全くざわつかない。悲鳴も上がらない。この街では人の死が軽い。

 

 ……そうだ。俺は元々こういう人間だ。人を殺すことにも躊躇はしない。マフィア共も散々人を殺し、売り捌き、嬲ってきた連中だ。殺されて当然だ。

 

「さてと、道すがら始末を続けるとするか」

 

 俺は呟いて、街を練り歩きマフィアを殺して回った。皆殺しにする必要があるのかと聞かれれば、最悪皆殺しでなくともいい。ただこの街を牛耳っているマフィアがいる限り、俺は生きてこの島を出ることができない。だから背中から撃たれないように、確実に始末しておこうとは思っている。自分の身の安全を保証するにはいい手段だ。……まぁ、この先も同じ手口でやっていくのは無理だろうがな。この街だからこそ、それが通じるんだとは思う。

 

 ナルメアに鍛えられた俺は、大体半年で元の五倍くらいは強くなったと思う。武器持って粋がっているだけのマフィア共には負けないだろう。

 

 そうして俺は遂にマフィア共のアジトまで辿り着いた。街外れにある倉庫がそうだ。

 

 俺は両の手で扉を押し開ける。薄暗い倉庫の中は改造されていて、奥に図体のでかいドラフが居座ってやがった。そして、前列のヤツらが俺へと銃口を向けている。

 

「全部で、あー……五十人ってとこか? 随分と豪勢なお出迎えだな?」

 

 銃口は十三か。銃の避け方も教えてもらった。まぁ問題ないな。

 

「軽口を叩けんのも今の内だぞ、ガキ」

 

 ここのマフィアを取り仕切っている奥のボスが声をかけてきた。ソファーに踏ん反り返って座りやがって。余裕アピールかよ。

 

「街で手下共が狩られてるってんで気になってはいたが、まさか本当にこんなガキだったとはなぁ。いい腕じゃねぇか。どうだ、手下にならねぇか? 俺の下につけば、いい思いさせてやれるぜ? 酒も女も力も、全部好きにできる。悪くない話だろ?」

 

 おやおや。思わず笑っちまったよ。

 

「おいおい。マフィアってのは随分と生温いみたいだなぁ?」

「あん?」

「こちとら手下殺ってる時からてめえら皆殺しにするって決めてんのによ。今更勧誘とか悠長すぎないか? どうやらボスの頭の中はお花畑みたいだな」

 

 俺の挑発を聞いて、ボスの顔が怒りに歪んだ。

 

「いい度胸だクソガキ! てめえら、ありったけの鉛弾を食らわしてやれ!」

 

 号令があって一斉に引き鉄が引かれる。発砲音がいくつも重なり、銃弾が俺へと飛んでくる。俺は体勢を低くして銃弾を掻い潜りながら駆ける。銃弾ってのは反動があって弾がブレるんだと。少なくとも銃口の直線上より下には飛ばない。

 

 そして銃は一度撃ったら装填までに時間がかかる。俺ならその間に距離を詰められる。

 

 左端のヤツへと肉薄して足を払い後ろへ回転させながら喉元を掻き切った。すると血飛沫のカーテンが出来て後ろで武器を構えている連中にかかり、目潰しにもなる。その間に一人また一人と命を絶っていく。

 俺はただそれを繰り返すだけでいい。統率なんてロクに取れていない、烏合の衆だ。正規の軍ならまだしも、こんな廃れた街のマフィアやっている連中相手なら充分だ。ホントなら爆薬なんかで一掃したかったんだけどな。

 

「あー、クソッ。全身血塗れだ。なぁ、ボスさんよ。いい服屋知らねぇか?」

 

 俺は手下共を倒して、最後に残ったボスへと声をかける。

 

「……最後にもう一度聞くぞ。俺の下につく気は?」

 

 ソファーの横に立てかけてあった両刃の斧に手をかけて問いかけてくる。

 

「仲間散々殺した俺をまだ迎え入れる気があるなんて、ボスはお優しいな」

「俺ぁこの街で最強だ。頂点に君臨してる。てめえも、俺の次には強いからなぁ。それに、手下なんざまた集めりゃいい」

「はいはい。自分の強さ自慢は他所でやってな。手下はもう集まらねぇよ。言ったろ? 俺は、てめえらを、一人残らず始末しに来たんだって。もしかしてまだ理解できてねぇのか? その辺の子供の方がもうちょっと利口だぜ」

「てめえ……! 俺を怒らせたこと、あの世で後悔しやがれ!」

「うだうだ煩ぇよ。いいからかかってこい。強いんだったら強さで屈服させてみろ」

 

 スキンヘッドに血管浮かび上がらせて立ち上がり、襲いかかってくる。

 

「おらぁ!」

 

 右手で軽々と持ち上げた両手斧を、振り回してくる。……動きが緩慢だな。ただ力任せに武器を振るだけ。生憎と俺はあんたより力が強くて速くて鋭い攻撃を知ってるんだよ。

 大きく振り被るから動きも丸見えだ。まだ銃構えたヤツの方が強い。

 

「ちょこまか動きやがってぇ!」

「あんたが鈍いだけだろうに」

「減らず口を!」

 

 しかしただ避け続けているだけではダメだ。攻撃に転じるため振り切った後腕を斬りつけたりしてみる。

 

「痛くも痒くもないぞぉ!」

 

 確かに、短剣じゃ切り傷をつけるので精いっぱいだな。この筋肉ダルマ相手じゃ効果も薄い。

 確実に首を狙う必要があるな。心臓は……あの分厚い胸板じゃ刃が届くかわからねぇな。

 

「ふんっ!」

 

 ヤツが俺を両断すべく横薙ぎに斧を振るった。それを後退して避けるとすぐに前へ出て接近し左足を後ろへ振り被る。そして渾身の力を込めて、ヤツの股の間に爪先をめり込ませた。

 

「っ……か……っ!」

 

 ボスは悶絶して斧を落とし股間を押さえて蹲る。一気に顔から血の気が引き、冷や汗をだらだら流していた。

 

「これで、首が丁度いい位置に来たな」

 

 俺は悶絶するボスの首に短剣を添える。

 

「……てめえ、卑怯だぞ……っ」

「ははっ。傑作だな。マフィアのボスが卑怯なんて言うかよ。最初に言った通り、俺はてめえらを殺しに来たんだ。戦いに来たんじゃねぇ。どんな手を使ってでも息の根を止めてやる。そう宣言したつもりだったんだがなぁ」

 

 俺は刃を押しつけ薄皮を切る。

 

「わ、わかった。取引をしよう。俺はもうこの街から手を引く。なんならお前にボスを譲ってやってもいい。街を歩けば誰もが頭を垂れる。最高の気分になれるぜ」

 

 そうやって時間を稼ぎながら落とした斧を拾う算段か。懲りないヤツだな。

 

「下らねぇな」

 

 俺は一言切って捨てて、ボス首を掻き切った。

 

「俺は別に、富や名声が欲しいんじゃねぇよ。ただ、俺が何者なのかを知りたいだけだ」

 

 死体は捨て置き、アジトの中を漁る。金目のモノは盗むし、俺が一番欲しい船の情報も盗む。元々俺は盗っ人だからな。元を正せば盗品だろうし。

 

「おっ」

 

 手近にあった革袋に手当たり次第金目のモノや地図なんかを放り込んでいると、地下へと続く階段を見つけた。棚の下にある。……僅かな隙間すらも見逃さないみみっちい盗っ人精神が役に立ったな。

 棚を退かし湿っぽい空気を放つ地下へと降りていく。

 

 かつかつと靴底で階段を踏み鳴らす音が止まり地下へと着いた。

 

「……」

 

 俺はなにも言わず、ただ目を細めて眉間に皺を作る。悪臭と言えば悪臭だが、この街で育った俺からすれば嗅ぎ慣れた匂いだ。何日も身体を洗っていない時に出る、綺麗な身体だった期間があるからこそ気づけた臭さ。加えて糞尿の匂いに薬の匂い。様々な異臭が混じり合った酷い空間だった。

 

 そこには宝などなく、牢獄だけがあった。冷たい鉄檻の中に閉じ込められ鎖に繋がれた人がいる。ただ、そいつらを人と呼んでいいかどうかは微妙なところだ。

 

 階段を降りた近くに看守室と思われる一角があった。壁に鍵の束がかけられているのを見て、それを手に取る。

 ご丁寧に鍵には牢獄毎の番号と枷の番号が振られていた。残念ながら鉄を難なく斬るほどの実力には達していないので、鍵を使って開ける必要がある。

 

 まず一つ目。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 懸命に股間を弄っている女に声をかけた。まるでそれが自分の全てであるかのようだ。答えはない。ただ聞くに堪えない嬌声を上げるだけだ。俺は短剣で喉を裂いた。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 次の牢獄でも、その次の牢獄でも俺は同じことを繰り返した。……ただ命を助ければいいってもんじゃない。自我が崩壊したヤツは、もう死んだも同然だ。

 俺の問いに返事をする、または反応を示す。それだけの気力があるヤツだけを解錠し、自由にしていく。

 

 全ての牢獄を回って枷を外したのは、約半数か。

 

「マフィアは俺が潰した」

 

 牢獄全体に響く声で告げた。自我がある者しか残っていないので、全員が顔を上げてこちらを見る。

 

「だからお前達はここから出られる。だが、面倒は見ない。出るなら勝手に出ろ。そして自分の足で歩け。今更言うまでもないだろうが、誰かの助けなんて期待するなよ」

 

 生きる意味すら失っているだろうから、これだけのことを言うだけなら問題ない。

 そして俺は、彼らを放置してマフィアのアジトを去った。

 

 もう一つ、この街でやることがある。

 

「よぉ」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて、そいつに片手を挙げ声をかけた。

 

「……生きてたのか、ダナン」

 

 俺が世話になっていた店の商人だ。あの日、俺を売ってくれやがった野郎だ。まぁこいつの事情には大体予想がついてる。元々俺は、こいつに頼まれて稼ぎがいいからとマフィア専門の盗みを働いてたわけだが。多分それを繰り返し続けたせいでバレそうになったんだろうな。だからこの商人は、自分の身を守るために嘘を吐いた。多分「俺は盗品を売られただけで、協力関係にはない」とか言って。別に恨みはねぇ、とは言わないが。大して恨んじゃいない。

 

「ああ」

 

 俺は頷いて、素早く距離を詰めるとヤツの左手を掴みカウンターに叩きつけると同時に短剣で甲を貫いた。

 

「づぅ……っ!」

 

 痛みに顔を歪めるが、悲鳴は上げなかった。俺がこうして来た時点で、ある程度覚悟はしてたんだろう。

 

「悪いな。そんなに恨んではねぇが、仕返しはしとくぜ」

 

 俺が刃を抜いたら即座に回復アイテムを使って血を止めにかかった。それを邪魔するほど恨んではいない。

 

「なにより、あんたには長い間世話になったからなぁ。知識だけは、ここで学ぶ機会の少ないいい買い物だった」

「……そうかよ」

 

 俺に教養を与えてくれた、かけがえのない人物だ。裏切られただけで殺すのは忍びない。

 

「さて、商売の話をしよう。俺はこの街を出る。だがこの血塗れの服じゃダメだろ? 服を見繕ってくれ。代金はこれだ」

 

 俺は店主に笑いかける。刺されたせいか冷や汗を掻いてはいるようだったが、さっきのに全く反応できなかったことからも対面している限り命を握られているようなモノだからな。向こうとしても応じるしかない。

 アジトから奪ってきた革袋の中に手を入れて、宝石の散りばめられた懐中時計を取り出しカウンターに置く。ちゃんと血で汚れた箇所を避けて、だ。

 

「……こんなモノ、どこで」

「連中のアジトだ。知ってんだろ? 俺がマフィアを狩り回ってたことくらい」

「まさかマフィアに逆らったのか?」

「逆らったって。今更だろうが。あいつらなら今頃、全滅してるよ」

「……嘘だろ」

「ホントだって。なんなら自分の目で確かめてこいよ。街にいくつ、死体が出来上がってるかな?」

「……」

 

 商人は俺に対して畏怖したようだ。この街で逆らう者がいない力を持ったマフィアを全滅させたことか、殺人の話を笑ってする俺の人間性へかは知らない。あるいは両方かもな。

 

「……わかった。商品は売ってやる」

「助かる」

「お前は、なにがしたいんだ? 正義の味方にでもなるってのか?」

 

 商人の問いに、俺は思わず吹き出した。……笑えるな。こんな俺が正義だって?

 

「バカ言え。俺は、俺の道に立ち塞がるヤツには容赦しねぇってだけだ。マフィアだろうがなんだろうが、必要があるなら殺してやる」

 

 笑みを引っ込めて商人の怯えた目と目を合わせる。無駄だが、半歩後退っていた。

 

「……ほら、服取ってこいよ。これと一緒で、黒いヤツな。できれば下着と上下三つずつくらいは欲しいなぁ。あとこういう、フードついたヤツ」

 

 その後でにかっと笑って要求してやる。商人は俺を気味悪いモノを見るような目で見つつ、店の奥へと姿を消した。

 

 そして俺は、旅の支度を整える。

 

 黄ばんだ下着と血塗れになった上下の服には別れを告げ、新品の衣装に身を包んだ。

 

 黒い長ズボンに黒いTシャツ。加えて内側は暗い赤色の、フードがついたローブのようなモノだ。。脹脛の裏にまで丈が届いている。愛用の短剣はよりいいモノに買い替えて左腰へ括りつけた。ナルメアから貰った刀は背に負っている。革袋の中身を替えの衣類と飲食物、盗んだモノ達に変更してより大きなモノを買った。紐を右肩に担いで持ち、マフィアが提携しているため定期的に島を訪れる奴隷運搬船へと乗り込んだ。

 

「悪いが、俺の船出のためだ。乗っ取らせてもらうぜ」

 

 乗組員は半ば盗賊のようなヤツだから好戦的だったが、別の場所で捕えられた奴隷達を解放する代わりに船の操縦を手伝ってもらった。代わりのいなかった操舵士だけは乗っていたヤツの右耳を削いで言うことを聞かせる。

 

 そして俺は、晴れてと言うには少し血生臭いが、育った島を出ることに成功したのだった。



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暗躍していそうな四人

ようやく本番開始ってところです。


 俺は奴隷運搬船を使って別の大きな島に辿り着いた。

 

 船に積んであった食料やなんかを元奴隷達で山分けしてもらい、当面生きるだけの備蓄は用意してやった。船が着いた港は隠された裏にあった。まぁ奴隷売買なんて表の港から入れるわけもねぇよな。

 ついでに奴隷商の本拠地だと思われる場所を襲撃、自我がはっきりとしている奴隷達を解放して回った。……最初船に囚われてたヤツらからしてみれば、俺が奴隷解放運動をしてるヤツにでも見えてるらしい。これは俺が悪いな。マフィアのアジト襲ったついでに奴隷解放して、船手に入れるついでに奴隷解放して、島での安全を確保するために奴隷解放してるわけだし。きちんと面倒は見ねぇから自分で生きろよとだけは告げておく。一部最近奴隷になったばかりの感情が豊かなヤツなんかが泣きながら感謝してきたが、俺は別にこいつらを解放しようとして回っているわけじゃない。

 

 ……あんま目立つと目をつけられるから嫌なんだが。

 

 ただまぁ、なんと言うか。見過ごしたら見過ごしたで胸糞悪い。やりたいようにやった結果なら受け入れるしかねぇ。

 

 ただ基本は隠密行動だ。もう遅いとか言わない。

 

 俺は人の多い街へと場所を移した。奴隷達は体力がないのでついてこようとしたヤツらは置いていく。

 街に入る時に身分を確認された。それだけでここの治安がいいと察する。あそこは出入り自由、ただしマフィアの気分次第だったからな。きちんと鎧を身に着けた兵士が入り口を見張っていた。俺は黒一色という怪しげな恰好だったが、気さくに「ここは治安良さそうだな、あんたら日々頑張ってるおかげかぁ」と言っておいたらちょっと態度が柔らかくなった。チョロい。

 

 奴隷運搬船の操舵士が言うには、この島はエルステ帝国の首都アガスティアから程近い。エルステ帝国の兵士がうようよいるせいで物々しく感じられるが、街の活気は悪くない。帝国はきな臭いかもしれないと聞いた気がするが、そうは思えないな。まぁ帝都まで行けばなにかわかるのかもしれないが、とりあえず俺には関係のないことだと思う。

 

 さて。

 俺がこの街に来てやりたいことはいくつかある。

 

 まず情報収集。世界の情勢やなんかの最新情報と、本来の目的である変な能力を持ったヤツがいないかという情報。

 あと装備も整えたいな。がっつり揃えるんだったらバルツ公国に行った方がいいとは思うが、胸当てが欲しいだけならこの街でも手に入るだろう。ということで早速盗品を換金して胸当てを購入した。ちゃんと黒に染めてもらう。

 そして協力者探し。これが一番の難関だ。俺には伝手もなければそこそこの金しかない。雇うにも頼るにも不安要素しかないだろう。あと我が儘を言えば、俺より強い人がいい。ナルメアの時みたく俺に異なる武器の修行をつけて欲しいからな。とはいえその条件に当て嵌まる連中に協力を頼むには、俺も素性の知れない怪しいヤツから抜け出しある程度の地位を獲得しといた方がいいか?

 

 ついでにこの街での信頼も得ておきたい。その方が動きやすくなるだろうからな。

 

 仕方ねぇか。やるだけやってみるとしよう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 あれから一ヶ月が経過した。

 

 俺はこの街における拠点として、廃工場を選択した。誰も近寄らないので家賃はタダだし、ちょっと手間はかかったが居住空間として改造もしてある。廃工場と言っても機械の類いは全て撤去してあるので、入り口から入るとだだっ広い。奥の一階と二階に部屋があり、一階を工房、二階を居住スペースとして使っている。二階へは左手奥の梯子から上った通路を行くと入れる。一応床に穴を開けて梯子を通し一階と二階は繋いであるが。

 金については方々で依頼(雑用やなんかの)をこなし報酬として貰っていた。まぁそうでなくともまだ換金していないくらいには余裕があるので、問題ない。本来騎空士とやらがやるような仕事を、手が足りないのをいいことに請け負うことにしていた。まぁそれなりに顔が利くようになれば、「丁度いいところに。これちょっと手伝ってくれない?」という風になるので島々を旅する騎空士より信頼されやすいというのもあった。

 俺は汚い仕事も請けられるが、いいヤツを装おうと思えば装えるのだ。

 

 そして。

 

「よぉ。情報を買いに来たぜ」

 

 この街に来て最も世話になっているのが、情報を金で売ってくれる商人だった。

 

「はい~。今日はどんな情報をお求めですか~?」

 

 やけに間延びした口調で話すハーヴィンの女性だ。若く見えるのに、割りと深い情報まで把握している凄い人である。黄緑色の羽毛を持つオウムを連れているのが特徴だ。

 

「この街で有名なヤツを見かけたことはあるか?」

「? どういう意図ですか~?」

「なんて言うか、あれだ。強くて暗躍してそうな感じのヤツだよ。見た目がわかりやすいといいな、俺が見つけやすいし」

「いるにはいますけど~、なんでそんな情報を~?」

 

 いるのかよ。我ながら無茶な条件だと思っていたのだが。

 

「協力を取りつける。まぁその辺はこっちでやるから、そいつの情報をくれるだけでいい。信用できるかも俺が決めるから、最低限どんなヤツなのかの情報さえあれば充分だ」

「……怒らせたら命を落とすかもしれませんよ~」

「できれば怒らせる条件ってのも聞いておきたいなぁ」

「怒らせないために、ですよね~」

「ははは、もちろんもちろん」

 

 怒らせた方が隙が出来やすいからだけど。

 俺が嘘を言っていると察したのか、商人は深くため息を吐いていた。

 

「わかりました~。言っておきますけど、私が関与したことは言わないでくださいね~」

「その辺は心得てる」

 

 そこは信頼してくれていい。マフィアに殺されかけても言わなかったくらいだからな。

 

「……。この街にいる、ダナンさんの条件に合う人達を一組だけ知っています~。四人組で、黒い甲冑の騎士に、ぬいぐるみを抱いた少女に、へらへらした青髪のエルーンの男性に、表情の変わらない赤髪のドラフの女性という組み合わせですね~」

 

 うわ、なんか凄い暗躍してそう感ある面子だな。

 

「エルーンとドラフの二人は~、一部では有名な傭兵ですね~。魔法と剣、それぞれにおいてかなりの実力をお持ちみたいですよ~」

 

 魔法と剣か。剣は触れているが、魔法に関しては全く触れていない。俺が欲しい部分の一つだな。

 

「少女の方はわかりませんが黒い騎士は一目見れば誰かわかりますよ〜。なんと、エルステ帝国最高顧問を務める七曜の騎士が一人、黒騎士なんですよ〜」

 

 ……マジかよ。

 俺は絶句していた。黒騎士とやらが持つ肩書きの二つは大きすぎるモノだ。

 今やエルステ帝国と言えば数ある国の中でも最大勢力を誇っているが、元々は辺境の小国だったらしい。それをこのファータ・グランデ空域を支配する軍事国家へと押し上げたのは、最高顧問の存在あってとのことだそうだ。まぁ皇帝やら宰相やら、色んなヤツらが動いての結果ではあるだろう。だがそこで多大な貢献をしたことは間違いなかった。

 

 しかし問題のは後者、七曜の騎士だということだ。

 

 七曜の騎士とは空域一つを支配できるような化け物のことを言う。強さは常識で測れるモノではないらしい。七曜とつく通り七人いるようだが、七人で、という話ではない。一人で空域一つを支配できる化け物だそうだ。

 七曜の騎士は空域を分断する瘴流域と呼ばれる地帯を一人で抜けることができるらしい。瘴流域の中は飛行困難で嵐が常に吹き荒れており、その周囲には強い魔物が多くいるそうだ。その中を一人で、ってことは瘴流域でもぶった斬って進むんだろうか。どちらにしても、俺からしてみれば途轍もなく強いということしかわからない。ナルメアよりも強いんだろうな、くらいのもんか。

 

「そんなヤツがなんだってこんな街に来てんだ? 最高顧問ってんなら帝都アガスティアの方にいるだろ」

「黒騎士さん達はよく来ているみたいですよ~。帝都だと特別扱いされすぎて、肩が凝るんじゃないですか~?」

「そんなもんか。で、それぞれの弱点とかあるか?」

「七曜の騎士に弱点なんてほとんどないですね~」

「そりゃあな」

「でも一つだけ、耳寄りな情報がありますよ~。今なら二割引きにしましょうか~?」

「いいから話せ。どっちにしろ買うんだからな」

「わかりました~。実は黒騎士さん、傍にいる少女に手を出すと凄く怒るらしいですよ~」

「……弱点か、それ」

「はい~。黒騎士さんにはない弱点を少女が補っているんです~」

「……悪どいな、商人ってのは」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ~。もちろん、手を出したら殺されますから命が惜しくないとできないですよね~」

「ふぅん。……ってことは黒騎士からその少女を奪えば誘導も可能か。戦えるヤツなら武器奪うだけでもいいかと思ったが、確実にいけるならそっちの方がいいよな」

「……あの~、なにか物騒なことを呟いているようですが~」

 

 これはいけるかもしれないな。罠もいくつか買い込んで有利な場所にヤツらを誘き出す。そこまで持っていくためには必要かもしれないな。

 

「……いやぁ、いい情報を聞いたぜ」

 

 俺はにやりと笑う。

 

「とんでもない人に教えてしまったような気がしますね~。勝算はあるんですか~?」

「あるわけないだろ、相手は七曜の騎士だ。だが、ちょっと驚かせることくらいはできるだろうな。殺されたら殺されたで仕方ねぇが、まぁなんとかするさ」

「悪巧みが似合いますね~。でも本当に気をつけてくださいね~」

 

 楽しくなってきた俺を見て、商人は少し真剣な表情をした。珍しいなと思って笑みを引っ込める。

 

「七曜の騎士は、執拗《しちよう》に追いかけてきますから~。うぷぷ~」

 

 言ってから、両手で口元を覆い自分で笑っていた。……こういうとこが玉に瑕なんだよなぁ。腕はいいだろうに。

 

「そうか。じゃあこれ情報料な。足りるか?」

 

 こういうのはスルーするのが正しい。さっさとルピを渡す。

 

「はい~。毎度あり~」

「あと罠いくつか欲しいな。どういうのが売ってる?」

「罠ですか~。それでしたらこういうのがありますよ~」

 

 その後は俺が行動に出る時使えそうな商品がないかを探っていく。流石と言うべきか、充実のラインナップだった。

 

「お買い上げありがとうございました~」

「ああ。いつもありがとな、シェロカルテ」

「いえいえ~。またお越しください~」

 

 いくつか稀少な品も手に入った。有用な情報も手に入った。……次は実際に四人組の姿を見ておくか。

 ということで、シェロカルテから聞いたよく四人が集まる酒場に入る。少女がいるのに酒場で集まっているのか。

 

「……」

 

 酒場に入ったらすぐにわかった。

 なにせまだ昼間なのに飲んだくれた野郎共がいる酒場で、全身黒甲冑の騎士が座っているのだから当然だ。しかもその傍らには幼い少女がいる。

 

 四人席を囲う彼らの近くにあった二人席に一人で座る。飲んだくれは多いが全体的には空いているので、すぐにウェイトレスが来た。

 

「あ、ダナンさん。この間はお店手伝ってくれてありがとうございました」

 

 顔見知りだったので、来てすぐにぺこりと頭を下げてくれる。

 

「いいって。また人手が足りなくて、俺が空いてる時には顔出すから。とりあえず飯先で、チャーハンと餃子とジャンジャーエールで」

「はい、またお願いしますね。すぐにお持ちします」

 

 とまぁ、こんな風に俺は各所に顔を出すようにしていた。この店が忙しい時に手伝おうかと声をかけて何度か働いたことがあるのだ。この一ヶ月で家事スキルを鍛え上げてきたので、大抵のアルバイトはできると思う。客との応対やなんかもやるだけなら問題ない。敬語も多少学んでいることだしな。

 料理と飲み物が来るまでの間に、四人の会話に聞き耳を立てる。

 

 禍々しいほど黒い甲冑で全身を包んだ騎士は、見たところお冷にも手を出していない。兜を被っていれば当然か。右隣に座る少女は全くの無表情だ。長い青髪を左右二つで結っており、紅い瞳はじっとテーブルの上にある料理を眺めている。その上で休まず料理を食べ続けているのだから、かなり空腹だったのだろうか。四人の中では一番小柄ながらに食べている量が多い。あれが通常だと食費が半端ないな。

 少女の左隣が赤毛のドラフだ。ちびちびと料理を摘んでいる。つまらなさそうな顔をしているような気はするが、確かあんまり表情が変わらないのだったか。その左隣の青毛のエルーンは、なにが楽しいのかへらへら笑いながら食事をしていた。

 

 ……さっきとこの位置から見た限りじゃ、黒騎士が剣と銃、少女がぬいぐるみを抱えていて、ドラフが三本の剣、エルーンはよくわからないな。魔法を使うんだったか? とはいえ杖らしきモノは見当たらない。青い玉を下げているが、あれがその代わりなんだろうか。

 

「それで、首尾はどうだ?」

 

 黒騎士が兜の中からくぐもった声を上げる。

 

「まあまあかな。ね、スツルム殿?」

「……ドランク。雇い主への報告くらいはちゃんとしろ。指示にあったことは完了している」

 

 エルーンがドランクで、ドラフがスツルムと言うのか。

 

「ならいい。計画通り進めるぞ。次はバルツか」

「彼らがそのまま行けばね。まぁ行くんだろうけど」

「そうだな。バルツでの首尾はどうだ?」

「……概ね問題ない。大公の弟子が嗅ぎ回っていたが、今のところ邪魔される心配はなさそうだ」

「そうか」

 

 バルツ公国の名前が出てきたな。火山がある暑い島を首都としている国だ。

 

 四人の様子を見ながらその後も観察を続けた。やがていなくなったので、食休みを経てから俺も酒場を出た。

 

 それから一週間、俺はヤツらの動向を探った。バレてはいない、とは思っているがバレているだろうな。あの街で長年やっていたとはいえ、所詮素人に過ぎない。相手は傭兵や七曜の騎士だ。おそらく俺のバックについているのが誰かなどを探るために泳がせているのだろう。

 そのおかげで、俺はじっくり観察することができた。罠などの準備は万端だ。

 

 これでようやく、行動に移せる。

 

 準備は念入りに行った。シミュレーションも怠っていない。いけるはずだ。

 ということで俺は四人が集まっている酒場に入る。フードを目深に被って顔を隠し、しかし目立たぬよう気配を薄くして。気配を消すまでいくと怪しいヤツとして四人に気づかれてしまう可能性が高いのだ。

 そして誰にもバレずに近づいて、意識せずなんの気負いもなく、料理を一つ食べ終えて皿を積み重ねた直後の少女の身体を抱え酒場の外へ走った。

 

「貴様っ!」

 

 黒騎士が叫んでくるが、止まるつもりはない。全速力で逃げ出し、裏路地に逃げ込む。その後右に曲がって一直線に走っていると、背後からがしゃがしゃと甲冑を着た黒騎士が追ってきた。その後ろには赤毛のドラフ、青毛のエルーンと続いている。

 少女は食事処で食べているところしか見たことはなかったが、案外と軽い。脇に抱えて走っても邪魔にならないくらいの重さだ。というかあんな重そうな鎧を着込んでいるのについてこれるとかおかしいだろう。

 

 そのまま俺はアジトに入って罠を起動、二階の部屋へと入った。

 

「よし、と。悪かったな」

 

 抱えていた少女をちょこんとソファーの上に座らせる。浚われたというのに大して抵抗もせず大人しくしていた。感情が薄いのか、自我が薄いのか。詳しいことはわからないので、俺にはわかっていることから作戦を練ることしかできない。

 

「まぁすぐあいつらが取り戻しに来るだろうから、大人しく待っててくれ。危害を加えるつもりはないんだ」

 

 俺の狙いはあくまでリーダーらしき黒騎士に挑むこと。他のヤツを傷つけるつもりはない。それで手を組めなくなったら困るしな。

 

「……」

 

 少女は反応を示さない。じっと座っているだけだ。……やりにくいな。まぁこうなることも考えておいて正解だったと言うべきか。

 

「ほら、これでも食べてな」

 

 俺は焼き上げ温めておいたアップルパイを取り出して机の上に置く。

 

「……アップルパイ」

 

 初めて少女の声を聞いた気がする。良かった、注意を引けそうだ。少女の食べているモノの中でなにが一番多かったかを調べておいた甲斐があるというモノだ。シェロカルテに美味しいアップルパイのレシピの情報を買っておいて良かった。三日で練り上げて店に出してもいいくらいの美味さになっていると思う、多分。

 

「そうだ。これやるから大人しくしてるんだぞ」

 

 俺が言うと、少女はこくんと頷いてアップルパイに手を伸ばした。その直後、轟音が耳に入ってくる。おそらく入り口の扉を蹴破られた音だな。

 

「出てこい!」

 

 黒騎士の怒りの込められた声が響いた。俺は大人しく部屋から出て二階にある通路の柵に寄りかかる。黒騎士に続いて、ドランク、スツルムが入ってきた。……完璧だな。ちゃんと考える連中で助かった。

 

「貴様……どこの所属かは知らないが、今すぐ人形を返し後ろにいるヤツの名前を吐け。そうすれば生かしてやる」

 

 ドスの効いた声で脅してくる。まぁ、そうくるよな。……人形ってのはあの子のことだったか。大切に思っているかと思ってたんだが、どうやら微妙みたいだな。なんか事情があるんだろうが。

 

「残念ながらそうはいかない。なにせ俺の後ろにいるヤツなんていないからな」

「なんだと?」

「俺はあんたらがどう思ったのかは知らないが、単独犯だ。誰かに頼まれてやったわけでもねぇし、用が済んだらあの子も返すよ」

「じゃあなんのためにこんな真似をしたのかな?」

 

 青い長髪のエルーン、ドランクが尋ねてくる。

 

「あー……。どう言えばいいか微妙なんだけどな? あんたらに手を組んで欲しいんだよ」

「組むと思うか?」

「それをちょっと考えてもらうために、こうして売り込みに来てるってわけだ」

 

 ここからは俺の腕の見せ所ってヤツだな。

 

「話中悪いんだけど、とりあえずそこから降りてきてもらおうかな」

 

 ドランクが懐から小さい玉を指の間に挟んで取り出し、俺へ向かって放ってくる。どうやら本当にあの玉を使って魔法を駆使するらしい。が、ころんころんと地面に落ちて転がるだけだった。

 

「あ、あれ? 魔法が使えないんだけど……もしかして君がなんかした?」

「ああ。入ってきたのが二番目のヤツが、魔法が使えなくなる罠だな。ちゃんと発動してくれて助かった」

「……。おっかしいな~。君が走ってくる順番を見てたから、わざわざスツルム殿と入ってくる順番変えたのにな~」

「そうだな。あんたらがそこまで考えて入ってくれるように、ちゃんと見ておいたんだ。まぁそうしなくても順番変えた可能性はあっただろうけどな」

「ということはスツルム殿~」

「……動けない」

「じゃあ今スツルム殿に悪戯し放題――」

「……腕は動くぞ」

 

 腰の剣を素早く抜いてドランクの鼻先に突きつけた。抜剣速度は速いな。こんなことでわからなくても良かったが。

 

「じ、冗談だよスツルム殿~」

 

 ドランクは引き攣った笑みを浮かべて後退する。……これで二人は封じたと言える。余計な邪魔は入らないだろう。

 

「さてと、付き添いの二人はこれでいいとして。どうだ? 付き合ってくれる気になったか? 黒騎士さんよ。まぁ断ったら戻ってあの子殺すだけだから、別にいいんだけどな?」

「貴様……」

「悪いがこの状況になった時点であんたに選択肢はねぇよ。強行手段に出たら万一にも死んだ場合を考えちゃうもんなぁ」

 

 俺がにやにやしながら黒騎士に対して優位に立っていると、不意に後ろからローブの袖を引っ張られた。……ん?

 

「……アップルパイ、もうない?」

 

 振り向くと件の少女がいた。

 

「まさか、もう食べ切ったんじゃないだろうな」

「……ん。美味しかった」

「そりゃどうも。ったく、しょうがねぇ。ちょっと待ってろ」

 

 俺は黒騎士に対して待つように告げて部屋に戻り冷蔵庫に入れておいたアップルパイを取り出し、レンジに入れて温める。

 

「これがチンって鳴ったら取り出して食べていいからな。あと、ちゃんと席に座って食べるんだぞ」

 

 俺は少女が頷いたことを確認して、ぽんと頭に手を置きさっさと部屋の外で戻る。

 

「というわけで今は無事だがあんたの選択次第によっちゃ殺すことになるわけだ」

「そ、そうだな」

 

 取り繕ってはみたが既に向こうも微妙な感じになってきている。あからさまににやにやしているドランクの顔をぶん殴りたいが、それはまた今度だ。

 

 俺は仕方なく、柵を跳び越えて一階へ降りる。膝を使って難なく着地し腰の短剣を抜いた。

 

「まぁごちゃごちゃ言っててもしょうがねぇか。さっさとやろうぜ。早くしないと罠の効果が切れちまう」

「ふん。手を組むに値するか、確かめさせてもらおうか」

 

 俺が構えたのに応じて黒騎士も剣を抜いた。研ぎ澄まされた所作だった。伊達に最強に手をかけていない。

 

 俺から突っ込む。正面から一撃加えると剣で受け止められた。ただそれだけでなく、微動だにしていない。相手は剣を抜いただけで構えもせず直立状態だってのに。手応えは全くない。壁に攻撃しているような感触だ。ふざけた力だな。とはいえこれでやめるわけにはいかない。俺は体勢を変えながら続け様に攻撃していく。しかしどれ一つとしてこいつを動かすにも値しない。膂力が違いすぎるんだ。クソったれ。短剣だけの勝負では埒が明かないと袖に仕込んでいた煙玉を指で弾き視界を潰そうとするが、剣の腹で打ち返され逆に俺が煙を浴びてしまった。

 

「げほっ、げほっ……!」

 

 クソ、ここまで歯が立たねぇとはな。手加減してるつもりはねぇってのに。

 

「この程度か?」

 

 侮蔑も嘲笑もない、ただの確認のような口調だ。……ああそうだよ俺はこの程度だ、残念ながらな。だがこのままじゃ手を組むに値しない雑魚と切り捨てられて終わり。賭けなんかには出たくねぇが、やるしかないか。

 

「……なぁ、黒騎士」

「なんだ?」

「オルキス王女は元気にしてるか?」

「っ……!?」

 

 薄ら笑いを浮かべながら発した俺の言葉に、黒騎士は明らかに動揺した。シェロカルテに聞いていた、もしかしたら隙を生めるかもしれない魔法の言葉だ。僅かな隙を狙って全力のタックルをかまし、なんとか体勢を崩させる――ここだ。

 

「ブレイクアサシン!」

 

 俺はある技を発動する。赤い雷が轟くように俺の身体が瞬間的に強化された。そして渾身の力を込めて、短剣の一撃を黒騎士へ叩き込んだ。籠手で受け止められるが、それでも構わない。

 

「っ!」

 

 黒騎士の身体が、体勢を崩していたとはいえ二メートルほど後退する。……おいおい。今のは相手の隙に攻撃することで威力を大幅に上げる技だぞ。それで籠手に傷一つついてねぇ。

 

「……嘘だろ。今のでそんだけしか下がらないとか、どんな強さだよ」

「私も、まさか動かされるとは思っていなかった」

 

 そりゃちゃんと構えていなかったからな。

 

「貴様の実力は充分にわかった。次はこちらから行くぞ」

 

 黒騎士の言葉の直後、俺の全身を悪寒が襲った。反射的に後ろへ飛んだが、当然目の前まで距離を詰めてきていた黒騎士に反応できない。

 

「我が剣にて万難を排さん――」

 

 黒騎士の身体から黒いオーラが噴き上がった。全身を襲う悪寒が強まり、汗が噴き出る。口の中が一瞬で乾いた。剣を振り被る黒騎士の姿が俺の命を絶ちに来た死神にしか見えない。

 脳が絶え間なく警鐘を鳴らす。死が間近まで迫ってきている――俺は短剣を捨てて両手を前に突き出した。力量差がありすぎて逃げられない。避けることもできない。かといって相殺も不可能。となれば防御するしかない。あれを使うしか生きる道はない!

 

「【ナイト】! ファランクス!!」

 

 【ナイト】と口にすることで光の粒子が衣服を包み俺の衣装が変化する。頭から爪先までを黒い甲冑が包んだ。加えてファランクスにより、俺の手の前に障壁が展開される。

 

「散れッ!」

 

 障壁に剣が叩きつけられる。瞬時に亀裂が入った。いや、この亀裂は障壁のモノじゃない。空間そのものにヒビが入っている。亀裂の近くにある俺の身体に激痛が走っていた。亀裂が広がっていくため痛みは全身に広がっていく。歯を食い縛って耐えていたが、やがて剣を振り抜かれると同時に障壁が砕けて黒いオーラの奔流が俺を呑み込む。呆気なく吹っ飛ばされて壁に激突したところで、俺の意識は落ちていった――。

 

 ◇◆

 

 壁に叩きつけられ、力なく地面に落ちるダナン。気を失ったからか変化した衣装が元に戻っていく。

 

「壁ごとぶち抜くつもりでいたんだがな」

 

 黒騎士の物騒な言葉に反して、ダナンの叩きつけられた壁は凹んでこそいたが穴はなかった。

 

「いやぁ、まさかこんなところで彼と同じ力を持つ子に会えるなんてねぇ」

 

 どこか楽しげなドランクが、散らばった玉を拾い集めながら言う。

 

「筋はいい」

「おっ。スツルム殿が褒めるなんて珍しいね」

「煩い」

 

 スルツムは茶化してくるドランクをぞんざいに扱って、黒騎士へと視線を放る。

 

「……で、どうする?」

「どういう目的かは知らんが、使えるかもしれんな。ドランク、そいつを上に連れていって治してやれ」

「はいは~い。人遣いが荒い雇い主様」

「貴様らは今回役に立たなかったからな。そういう点でも評価はできる」

「ひっど~い。まぁその点は僕も同意かな。いやぁ、甘く見てたね」

 

 スツルムはなにに対してかため息を吐く。

 

「そいつは次の作戦に加えるのか?」

「それはこいつの目的次第だな。とりあえず、目が覚めてからだ。さっさとしろドランク」

「早くしろドランク」

「え、僕だけ?」

 

 回復を行えるドランクがダナンを担いで梯子を上り、ベッドに寝かせて回復を行う。彼の代わりに通路に出てきた少女が上から黒騎士の方をじっと見つめていた。

 

「お前はそこにいろ。勝手に動くなよ」

 

 黒騎士の言葉に頷き、部屋の中に戻っていく。

 ダナンの目論見は一応、成功したようだった。




ということで、ダナン君はこちら側につく形となります。
こっちと組むグラブル主人公と対称的なキャラがいたら、というのがこの作品の元となっています。

本格的に動き出すのはもう少し先になるかと思いますが。


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四人は五人に

 意識が浮上してくる。安めのベッドの慣れた感触と匂いがして、普段使っているベッドで眠っているのだとわかった。重い瞼を持ち上げて目を開くと、やはりというか見慣れた天井がある。

 

「あっ、目が覚めた~?」

 

 軽薄そうな声が聞こえて視線を動かすと、入り口のところで壁に寄りかかっているエルーンの男が見えた。

 

「……ああ。どうやら、命はあるみたいだな」

「回復したからねぇ。感謝してよ?」

「あんた、回復ができんのか」

「あんまり得意じゃないんだけど、ある程度」

「なるほどな。回復か。いい手だ。で、あんたのその玉っころが杖の代わりってことでいいのか?」

「ん~。まぁそんな感じだね」

「人に教えることは?」

「できなくはないけどこの宝珠魔法は無理だねぇ」

「じゃあ一般的な魔法はできるんだな?」

「これでも魔法を使えるからね。その辺は一通り」

「よし、充分すぎるな」

 

 特殊な魔法のようだったが、俺にも使える魔法を教えてもらえそうだ。……まぁ、手を組まないんだったら意味もない質問になるが。

 

「急にどうしたのかは知らないけど、ボスからの伝言。『貴様の力はわかった。後で目的を話してもらうぞ』だそうだよ」

 

 似ているのかよくわからない声真似をされてしまった。雰囲気はあると思うが。

 

「ま、第一段階は突破ってとこか。それまで暇だから魔法教えて――」

 

 俺は起き上がってドランクに魔法の基礎でも教えてもらおうかと思うが、横から服を引っ張られた。寝惚けていて気づかなかったが、見るとぬいぐるみを抱えた少女が立っている。

 

「……アップルパイ」

 

 またそれか。俺が呆れるのとほぼ同時にドランクがぷっと吹き出した。殴ってやりたいが、治療してもらった手前やりにくい。

 

「ええと、今じゃなきゃダメ?」

 

 俺の質問に、少女は迷いなく頷いた。……どんだけ気に入ったんだよ。注意を引くためとはいえ、美味しく作りすぎたか。

 

「いや~、ほんっとに困ってたんだよね~。アップルパイ買ってこようかって聞いてもいらないって言うし。どんだけ美味しいの作ったの? 食べさせてよ」

「……まぁいいけど。じゃあ後で来る二人のを合わせて、作ってやるか」

 

 ということで、俺はなぜかアップルパイを振舞うことになった。材料が残念ながらあることを確認して、大人しく生地を練っていく。そこで少女がじっと作業を眺めていることに気づいた。

 

「興味があるならやってみるか?」

「……早く食べたい」

「食べる方かよ」

 

 料理に興味があるのかと思ったが、どうやらまだ出来ないのかと見ているだけのようだ。いや、機会があったら仕込んでやろう。自分で食べたいなら自分で作れと言ってやらせればやる気を出すかもしれない。

 

 アップルパイが焼き上がったところで、タイミング良く黒騎士とスツルムが戻ってきた。

 

 三枚焼き上げたのだが、二人が入ってきた途端に少女がばくばくと一皿分猛スピードで平らげてしまう。

 

「おいおい。そんなに急がなくてもいいだろ」

 

 俺が苦笑すると、少女はじっと俺を見上げてこう言った。

 

「……早くしないと、食べられる」

 

 思わず隣に腰かけたドランクと顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「あー……。元々二枚はお前の分として作ったんだ。だからゆっくり食べていいんだぞ」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でて言い、もう一皿を少女の前に持ってくる。少女は驚いたように撫でられた頭に手を乗せて、しばらくしてからゆっくりとアップルパイを食べ始めた。

 

「ま、茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ」

 

 席に着いた二人にも飲み物を渡して、腰を落ち着けるようにする。

 

「美味っ! ……これホントに君が作ったの?」

「さっき目の前で作ってただろうがよ」

 

 アップルパイを口にしたドランクが大袈裟に驚いていた。

 

「……悪くないな」

 

 釣られてかスツルムも食べている。

 

「……」

 

 一人兜で顔が見えない黒騎士だけは、アップルパイを食べていない。憮然とした態度で腕を組みソファーに座っている。両側に少女とスツルムがいる配置だ。

 

「……ミートパイは作れるか?」

 

 アップルパイを一切れ食べ終えたスツルムに尋ねられる。ミートパイか。作れなくはないな。

 

「作れるけど?」

「……ボス、決定だ。採用しよう。美味い飯が食える、それだけで価値がある」

 

 予想外のところから援護があった。この様子から考えると、まだ決めかねていたってとこか。

 

「珍しいねぇ、スツルム殿が積極的だなんて~」

「……どこかの誰かが不味い飯ばかり作るからな」

 

 ドランクの茶化しに冷たく返すスツルム。離れたところで少女が誰も見ていないのをいいことにこくこくと頷いていた。食べるの好きそうだし、死活問題なんだろうな。

 

「そんな理由でこいつを連れていくと?」

「……食の質はモチベーションの高さに繋がる。作戦の成功にも関わってくる」

 

 「スツルム殿、本気だ……っ」とかふざけた様子で言っているドランクは無視だ。

 

「……第一、話し合った結果問題ないってことにはなったはずだ」

「……」

 

 なってたんだ。

 

「……ふん。まぁいい。ふざけてないで本題に入るぞ」

 

 スツルムに痛いところを突かれたからか、真面目なトーンで黒騎士が仕切り直す。

 

「貴様はなぜ手を組もうと思った?」

 

 一問一答形式で進めるらしい。面接のような感覚だろうか。隠したいこともないので正直に答えていこう。

 

「なんか深い事情がありそうだったし、暗躍してそうだったからだな。あと俺より強そう」

「ふざけているのか?」

「真面目だよ。深い事情ってのは大きな出来事に巻き込まれる可能性がある。表立って活躍するよりも暗躍する方が性に合ってる。俺より強ければ俺がもっと強くなることも可能だ」

「大きな出来事に巻き込まれたいと?」

「ああ。あんたも見た俺の能力ってのは、特異でどこが起源なのか知らねぇからな。俺の持論だが、力には意味がある。才能なんかは別だが、俺の付随しただけの力なら由来っつうか、そういうもんがあると思うんだよな。そこに踏み込むには、面倒事にも関わっていかなきゃならねぇ」

 

 他の誰にもない能力がある。俺は特別だと考えるなら安いが、俺に特別っぽさがなくてそれでも能力があるのなら、そこには持っている意味というのが存在するはずだ。……まぁ、願望に過ぎないからなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどな。

 

「『ジョブ』の力か。確かに特異だな」

 

 黒騎士の口からその単語が出てきたことに、驚きを隠せなかった。

 

「知ってるのか!?」

 

 思わず腰を浮かしてしまう。

 

「ああ。とはいえそういう力がある、というだけだ。その根幹までは知らん」

「あと、君以外のその能力を持ってる子は知ってるよーん」

 

 黒騎士の冷静な言葉に、ドランクが軽い調子で補足する。スツルムの方を見つめた。

 

「……本当だ。この目で見た」

 

 なるほど。俺以外に『ジョブ』を持ってるヤツがいたのか。それは興味深いな。

 

「あれ~? なんでスツルム殿の方に? 酷くな~い?」

 

 滲み出る胡散臭さのせいだ。と言いたいがそんなことよりそいつの話を聞きたい。

 

「で、その『ジョブ』を持ってるヤツってのは?」

「私とも多少因縁のある相手だ。貴様と同年代ぐらいの双子だな。名をグランとジータと言う」

 

 グランにジータ、か。聞き覚えはねぇな。

 

「因縁ねぇ。まぁ実際会ったら適当に聞いてみるか」

 

 ソファーに腰を落ち着けて頭をがりがりと掻く。

 

「殺し合いをするとしてもか?」

「ああ、悪いが、殺しと会話ってのは日常と関わりあるもんだったんでな。そうかけ離れてるとは思わねぇ」

「……そうか」

 

 俺の感性の問題だ。例えば、必要になったら世話になっているシェロカルテにさえ刃を向けられる。そういう風に生きていなければならなかった。

 

「ま、そいつに会うことがあればちょっと俺に時間くれ。俺の目的は簡単でな。この能力について知りたいんだ」

「なるほど。まぁ貴様の有用性は充分にわかった。『ジョブ』について、貴様がわかっている情報を教えろ。私の推測と照合する」

「はいよ」

 

 黒騎士に言われて、『ジョブ』について頭の中で整理する。そしてなにから言うべきかを考えて、一つずつ答えていった。まずはある程度の信頼を得る必要がある。だから隠さなくていいことは話しておくべきだ。

 

「『ジョブ』には段階があって、それぞれ十個ぐらいあるんだ。下からClassⅠ、Ⅱ、Ⅲになってる。ⅠとⅡは十個ずつだが、Ⅲは十一個ジョブがあるんだ。なんでかは知らん。ただ存在はわかってもそれぞれのジョブには解放条件ってのがあってな? まず俺の基本ジョブになってるシーフはⅠのジョブだが、短剣と銃が扱えるようにならないと解放されない。この二つの武器ってのはジョブそれぞれに違って、十種ある武器の内二つしか装備できなくなるんだ。だから俺は基本短剣で戦って、【ナイト】になった時は剣と槍だから持ってなくて素手にするしかなかったわけだな」

 

 例外として通常状態でもあるシーフならどんな武器種でも使うことができる。そうしないと武器を使えるようになって『ジョブ』を解放したいのに武器が使えないということになってしまうからな。

 

「なるほどな。つまり最低でも十ある武器を一つずつ所持していなければなれないジョブが出てくる可能性もあり、その代わりにあらゆる武器種を使いこなすという汎用性の高さを持つわけか」

 

 今の説明だけで理解するのは流石だな。

 

「ああ。俺が今解放してるジョブは、シーフ、ナイト、エンハンサー、グラップラーの四つだ。短剣、銃、剣、槍、格闘、刀の六つの扱いを覚えてはいるんだがな。残り四つ、斧、杖、琴、弓を覚えることでより汎用性を高められる。Ⅱからは特定のジョブを解放し、使いこなせるようにならないと解放されていかないんだ。Ⅲも大体一緒だな。二つの下位ジョブを使いこなせると解放されていく」

「大体理解した。私達に加担するとして、足りない部分を補うことを優先にジョブを解放してもらう必要があるが、それでいいか?」

「ああ。どっちにしろいずれは全部解放するんだ。どれからだって構わない」

「そうか。ならお前に解放してもらいたいのは、防御、回復、隠密、遠距離攻撃、できれば弱体。この五つだがそれに該当するジョブで、今解放されていないジョブがあり、それらを解放するために必要な武器種を挙げろ」

 

 具体性があって助かる。黒騎士の言う条件に当て嵌まるジョブは五つぴったりで、三つは解放済みだ。つまり残るは回復と遠距離。だから、

 

「杖と弓だな」

 

 簡単に結論が出せた。隠密ってのはシーフでいいんだと、多分思う。

 

「そうか。ならドランク、杖及び魔法についてこいつに教えておけ。弓は心当たりがないが、書物くらいなら買ってやる」

「了解。よろしくな、ドランク」

「はいはーい。任せといて」

 

 気さくだがどこか信用ならないエルーンに教えてもらうこととなった。

 

「では私とスツルムは引き続き準備を進める。次の行き先はバルツ公国だ。作戦当日、足手纏いにならないよう気をつけるんだな」

「ああ、精々頑張るよ」

 

 黒騎士の言葉を笑って受けつつ、二人が出ていくのを見送ろうとした。

 

「あ、この子はどうするんだ?」

「……貴様が面倒を見ろ」

 

 立ち止まりはしたが振り返らず、黒騎士は一言そう言って立ち去った。少女は少し寂しそうにしていたが、なにも言わなかった。……二人の関係性がイマイチよくわからんなぁ。

 

「ふぅん。まぁいいや。これからよろしくな、えーっと……」

 

 そういや名前を聞いてないな。

 

「名前、なんていうんだ? 人形ってのが名前じゃないんだろ? 呼びにくいし」

「……」

 

 俺がそう言うと、少女はじっと俺の顔を見つめてきた。

 

「……オルキス」

「オルキスか。わかった、じゃあオルキス。これから世話になる」

「……ん」

 

 接しにくい相手だが、まぁそれは気にしても仕方がない。誰とでも適度に付き合えるのが俺の長所だ。

 

「……名前、聞いてない」

 

 オルキスに言われて、まだ名乗っていなかったかと思い至る。

 

「俺はダナンだ」

「……ダナン。覚えた。ご飯美味しい人」

「……嬉しいのは嬉しいがなんだその微妙な印象は。まぁいい。昼飯まではその辺にいてくれよ」

「……アップルパイは」

「まだ食べる気かよ。飯前はいけません」

「……」

 

 表情は僅かも動いていないが、じっと見つめてくる瞳には不満の色があるように思えた。それを察しておいても無視できるのが、俺の長所だ。

 

「ごろごろしててくれ。食べたいなら、自分で作ってみることだな」

「……料理したことない」

「レシピはやる。レシピ通りに作れば食べれるモノにはなるはずだからな」

「……わかった」

 

 俺はオルキスにアップルパイの汎用レシピを手渡してやり、俺が魔法の扱いを教わっている間に暇潰ししてもらおうと思う。

 

「そろそろいい?」

「ああ。下でやるか」

 

 俺はドランクと一階の部屋へ行く。俺が工房のように使っている場所だ。娯楽がなくて集中しやすい。

 

「それじゃあドランク先生の授業、はっじめっるよ~」

 

 へらへら笑っていて信用ならないが、俺より強いのは間違いない。さっさと技術を吸収させてもらうとするか。




一応補足として。

ダナンの『ジョブ』の姿はグラン君の黒いバージョンみたいな感じです。
夏にジョブのカラー変更が発表されたのでちょっと投降を早めたという都合があったりなかったり。


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予期せぬ出会い

 二週間くらいかけてそこそこ使える程度にはなった、とは黒騎士からの評価だ。正直他の面子を考えると役不足なので、あえて分担を挙げるとするなら奇襲担当といったところか。

 

 ClassⅡも解放されたが、まだ手をつけていない。今度ゆっくり時間のある時にやることにしている。俺の好みの問題で、ぶっつけ本番で未知のことをやるのが好きじゃないのだ。充分準備して、持っている力を駆使してことを成したい。

 

「では行くぞ」

 

 黒騎士の号令に頷き、五人で俺のアジトを出る。……俺の拠点だったのに、宿代が浮くからと居座ってきたんだよな。まぁまだスペースはあったからいいんだけど。

 黒騎士は基本的にはこの島にも来ない。出入りするのも多くて一週間に一度くらいだそうだ。なにやら各所で暗躍しているらしく、新入りの俺にはまだ目的を教えちゃくれないが着々と計画を進めているそうだ。

 

「事前に伝えた通り、これからバルツへ向かう」

「最終目的は兎も角、そろそろ計画ぐらい教えて欲しいもんなんだが」

「……簡単だ。バルツを守護する星晶獣を起動させる」

「星晶獣を? へぇ、そりゃ大それたことやってんだな」

 

 星晶獣とは、昔にあった空の民と星の民による大規模な戦争、覇空戦争が行われた時に星の民が持つ最大戦力として投入された存在だ。今いるこの島とか俺の故郷なんかは小さくて守護の欠片もないが、大きな島にはその島と密接な関わりを持つ星晶獣がいる。

 星の民ってのはなんか俺達空の民からすると寿命も長くてとんでもない技術力を持った連中だ。今は確認されてないんじゃなかったかな。

 

「だが星晶獣を起動? 好き勝手するってそんな簡単なもんじゃねぇだろ?」

「そうだな。だがバルツ公国の星晶獣は他の星晶獣と比べて特異な点が多い。その一つが、星の民ではなく空の民が創ったという点だ」

「ほう」

「空の民が星の民用に作った星晶獣だからこそ、やりようはある」

「なるほどねぇ。やっぱあんたら暗躍してんじゃねぇか。まぁ俺の勘は正解だったわけだな」

 

 正しくはシェロカルテの情報は、だが。間違ってもボロを出すわけにはいかない。あいつの情報、商品は秀逸だ。できれば縁は切らずにおきたい。

 

 軽く会話を交わしながら、彼女らが使っている小型艇でバルツ公国へと向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 溶岩の滾る、遠目から見ても明らかに暑そうだとわかる島がバルツ公国だ。

 鉱山があるおかげで鍛冶やなんかが盛んで、俺の愛用している短剣もこのついでに新調しておきたいとか思っていたりする。

 

「うわ、暑そ。なぁ黒騎士、鎧が熱されて暑いんじゃないか? 数時間後に蒸し焼きになったりしないだろうな」

「軽口を叩くのも大概にしておけ。有象無象と一緒にするな。鍛え方が違う」

 

 それは多分鍛え方とかじゃねぇと思う。

 とはいえ単騎最大戦力の一つと思われる七曜の騎士だ。どんな環境にも鎧一つで過ごせるくらいはできるのかもしれない。俺はちょっとコート脱ぎたいな。あと胸当ても外しておけるといい。熱されたら厄介だし。

 

「そうかい。で、俺の役目は基本ないってことでいいんだな?」

 

 事前に説明は受けているが、今回俺の仕事はないと言っていい。もし何者かに邪魔された時は迎撃する、島を出る時に追われないように追っ手を退ける、といった程度だ。まぁ途中から入ってきたのだから当然と言えば当然なんだが。どうにも役目がないというのは落ち着かない。

 

「ああ。今回、仕事があるのは前々から決まっていたスツルムとドランクだけだ」

「なるほど。まぁ仕事とは別にグランとジータとかいうヤツと一戦交えることを考えると、まぁそんな配分にもなるか」

「それと、新参者にいきなり大役を任せて失敗されては困る。私は、失敗するわけにはいかないのだ」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。……強い意志、ね。言うて俺は適当に生きてるからな。能力の正体を知りたい。たったそれだけの理由だ。だがなにもないよりはマシだろう。

 

「そうか。じゃ、精々邪魔しないようにいるとしますかね」

 

 こいつらの目的は二の次だ。まずは『ジョブ』の力を持ってるという双子、そいつらの様子を見るとしようか。

 そうして俺達は、バルツ公国へと上陸した。

 

 暗躍という言葉に相応しく、騎空艇を停める港ではなく裏から島に着ける。そして五人で街外れにある工場の前に来ていた。

 

「……人目はないな。ではそれぞれ準備をしろ」

 

 黒騎士の指示に従い四人は工場へと入っていく。俺は別に中へ入ってもすることがないので、

 

「最終段階は明日なんだろ? 俺は街へ行って武器見てくる」

「わかった。くれぐれも我々の情報を流すなよ」

「協力最初でそれはやんねぇよ。もしあんたらを嵌めるんなら、もっと信頼を得たタイミングじゃねぇとなぁ?」

「ふん。夜には戻ってこい」

「了解、ボス」

 

 俺はスツルムとドランク、黒騎士についていくオルキスの背中を見送る。……しっかしオルキスはあれだな、黒騎士がいるとこだと大人しさに拍車がかかるな。餌づけ? の成果か多少打ち解けたとは思うが。黒騎士がいる時は自分からアップルパイを食べたいとは言わないからな。多分黒騎士が人形と呼ぶから、そう振舞ってるんだろうが。

 そうまでして一緒にいたい関係ってのはどんなんだろうな。

 

 考えても仕方がないと思い直して遠目に見た街の方角へと一人歩いていく。

 

 道中魔物に遭遇はしたが苦戦はしなかった。ナルメアに修行をつけてもらってからも、俺は強くなっている。『ジョブ』の力を使わなくてもその辺の魔物相手なら余裕だ。

 

 夕方になる前には街へ到着することができた。

 街へ入ってみるとわかるが、バルツにはドラフが多い。多分力仕事が多いからだろうな。それよりも暑さが問題だ。いるだけで汗を掻く。やっぱ薄着で来れば良かったか。

 

 確か黒って熱を集めるんじゃなかったっけ、と自分の衣装を恨めしく思いつつバルツを回る。

 忘れてはならない。俺の目的は武器調達だ。できれば短剣でもうちょいいいのが欲しい。

 

「……しかし、高ぇな」

 

 値段があの街で売っていたものと全然違う。いやまぁ、その分いいモノだというのは素人目に見てもわかるんだが。

 

「ねぇおじさん、この店の武器高くないですか?」

 

 ふと傍らから少女の声が聞こえてきた。見ると柔らかな金髪を持つ少女が俺と同じように武器を覗き込んでいた。ピンクのスカートやなんかは少女らしさを演出しているが、腕は金属の防具できっちりと守っている。守る場所違くないかと聞きたい。腰に剣を提げていることからも戦えることは間違いない。

 武器を見るために屈み込む姿はとてもそう見えないのだが。

 

「嬢ちゃん、そりゃうちの武器が他よりいい証拠だ。いい武器にはいい値段をつける。当然だろう?」

 

 店主は相手が可愛い子だからか朗らかに答える。ただどうもきな臭い。というか嘘の匂いがするな。育ち上隠し事やなんかには聡いはずだ。俺を騙した商人は、前々からじゃなくて当日だったから回避できないのは仕方ない。

 とはいえいい武器であることには変わりない。値段が高いのも島特有の物価だと言われてしまえば反論できない。できれば嘘を暴いて値下げ交渉にでも持ち込みたいところだ。換金していないモノもあるとはいえ、遠出する都合上大半は置いてきている。だからと言って手持ちを換金するにも信頼に値する商人がいなきゃ買い叩かれて金が足りないままになってしまう。どうしたもんか。

 

「他の店と比べても遜色ない出来だとは思います。けど値段は他より五割くらい高いと思うんです」

「だからさっきから言ってるだろ? ここに並んでるのは俺が手がけた渾身の一品だ。自慢の品を自信のある値段で売る。ただそれだけのことだよ」

「それはそうですけど……」

「それともなにかい? 俺が値段を吊り上げて客を困らせてると?」

 

 少女は尚も反論しようとするが、少し威圧的に射竦められてしまう。……これはどうにも分が悪いな。これ以上食い下がれば営業妨害だなんだと兵士を呼ばれかねない。俺にも目利きができれば口添えくらいはしてやるんだけどな。これは無理そうだ。こいつの言い分だと他にも武器屋はあるみたいだし、そっちも探してみた方がいいかもしれんな。ったく。目利きができてモノの値段もわかる、商人みたいな人がいれば良かったんだがな。

 

「「……はぁ」」

 

 俺のため息と少女のため息が重なった。大体同じことを考えていたのだろう。思わず顔を見合わせそうになったところで、

 

「どうしたんですか~。お店の前でため息なんて、店主さんに失礼ですよ~」

 

 これ見よがしにいいタイミングだ。

 

「シェロさん!」

 

 俺が後ろを振り向いたのと同時に少女も振り向いて、急な再会を喜ぶように顔を綻ばせた。…シェロカルテと知り合いなのか。いやまぁ、シェロカルテの情報網は広いし不思議なことではあんまないかもしれないけど。

 

「はいはい~。万屋のシェロちゃんですよ~。それで、一体どうしたんですか~」

「いやあのえっと、いいなぁっていう武器があったんですけどちょっと高くて買えないなぁって思ってて……」

 

 代金を吊り上げていないか疑っていた、などと正直に言えるわけもない。困ったような笑みを浮かべてそれっぽく説明していた。

 俺がちらりと店主へ視線を走らせると、微妙に顔が引き攣っているのがわかった。万屋と聞いて目利きができるのではないかと思ったか、シェロカルテを元から知っていたか。どっちにしろこれはチャンスだな。

 

「相変わらずお好きですね~。どちらの武器ですか~?」

「この短剣なんですけど」

「どれどれ~」

 

 彼女が差したのは俺が目をつけた短剣と同じ類いの代物だった。俺もいいとは思ってた。ちょっと手が届きづらいお値段ではあるが、本当にいいモノではある。

 

「なるほど~。これは確かに、ちょっとお高いかもしれませんね~。かなり出来がいいことは確かなのですが、相場よりも三割ほど割り増ししているような金額ですね~。もしかしてこれには普通の武器ではなく特殊な効果や加工が施されてるんですか~?」

 

 目利きができて値段もわかる商人であるところの彼女は、普段と変わらぬ間延びした呑気とも取れる口調のまま店主へと尋ねる。……さてさて、どう出るかな。ここでもし「そうなんだ、実はこの武器には」と語ろうものなら嘘と断言されて詐欺の容疑にかけられることになる。そうなったら店を畳むどころの話ではなくなるだろう。

 

「……はぁ。シェロカルテさんには敵わねぇな。降参だ、悪かったよ」

 

 流石に引き際は見極められるのか、肩を落として白状した。よし、これで俺も便乗して値引きができるな。

 

「あの、でもなんで代金を増やすようなことしたんですか? そんなことしなくても凄くいい武器なので売り上げが少ないとは思えないんですけど」

「あー……。ちょっとすぐに金がなぁ……。ま、まぁそれはいいんだ。それよりどうかこのことは黙っておいちゃくれないか? 俺にも女房と子供がいる。生活があるんだ。頼む!」

 

 人からは金を巻き上げようとしておいてそれは都合が良すぎるな。少女とシェロカルテはどうか知らないが、ここで俺は便乗させてもらおう。

 

「ならこの短剣、書いてある値段の半額で売ってくれ。そしたら黙っといてやるよ」

 

 にやりと笑みを浮かべて話に入ってくる。

 

「は、半額? いやそれは……完全に赤字だし……」

「じゃあこのことを街中に触れ回ってもいいってのか? 多分この件は衛兵とかに突き出すより、この島の連中に知られた方がマズいんじゃねぇかなぁ?」

「うっ……。わ、わかった。ただし一本だけだ。それで許してくれ」

「はいよー」

 

 勝った。完全に勝った。俺はこうしてめでたく安く武器を手に入れることができたのだった。めでたしめでたし。早速工場の方へ戻るとしよう。試し斬りもしたいしな。

 

「……ちょっと待って」

 

 ――とはならなかった。立ち去ろうとする俺の肩をがっしりと掴んだヤツがいた。……チッ。

 

「なんだ? 俺は普通に買い物しただけだぞ?」

 

 そいつは、先程まで俺と同じように武器を見ていた少女だった。整った顔を少し怒ったように歪めている。

 

「弱みを握って値段交渉するのが、“普通"だって?」

「ああ。安く買えるならできるだけ安く買う。当然だろ?」

 

 俺がそう返した途端、少女はもう片方の手を振り被った。これは平手打ちされるなと思い肩を掴む手を払って回避する。

 

「避けないで!」

「無茶言うなよ」

「店主さんも、生活があるから仕方なくお金増やしたんだよ? それを材料に脅すなんて!」

「それが事実だと証明することができるか? いやできないんだよ。例え店主が本当のことを言っていようが嘘を言っていようが金を吊り上げたっていう事実だけが重要だ。それより揉めてるようなら騒ぎになって買えなくなるかもしれないが、それでいいのか?」

「むぅ……」

 

 どうやら底抜けのお人好しで真面目な性格らしい。こういうヤツは苦手だ。

 ただ騒ぎを起こすのはマズいと察したのか、矛を収める。わざとらしく頬を膨らませる様は少し幼くも見えた。

 

「……じゃあ、私はこの値段の二割引きで買います」

 

 相場の三割増しだが、三割引きだと相場より安くなるからだろう。あえて相場ままとは言わず少し高くていいと言うところに妙なお人好しさを感じる。

 

「あ、ありがとう」

 

 店主から短剣を買った少女は、再び俺に向き直った。

 

「それでは店主さん。かなりいい武器を売られているようですし、私がいくつか買い取ってあげましょうか~?」

「い、いいのか?」

「はい~。同じ商人として、腕のいい人が悪事に手を染めそうなのは見過ごせませんからね~」

 

 俺達と置いて、シェロカルテが店主と商談に入っていく。……ただ暴くだけじゃなくて、救いの手も差し伸べる、か。とんでもない器量の広さだな。

 できれば敵に回したくない相手だと思いつつ、ちょっとキツく俺を見てくる少女と視線を合わせた。

 

「まだなんか用があるのか?」

「ううん、別に。値切りの交渉自体は怒りたいけど、一本だけならそんな不利益にならないと思うからいい」

「じゃあ俺はもう行くぞ」

「あ、ちょっと待って。名前教えて?」

「なんでだよ。通りすがりのただの騎空士だよ。お前は道行く人全員に名前聞いて回るつもりか?」

 

 暗に俺はそういうわざわざ名乗るまでもない一般人だと告げる。

 

「違うよ。だって同じ短剣を欲しがったくらいだし」

「そんなもんかね。だが言う義理はねぇな」

「なんで?」

「そりゃ決まってるだろ?」

 

 聞かれて、俺は相手ができるだけ寒気を覚えるように冷たく笑う。

 

「聞かれたら困るからだよ」

「――……っ」

 

 俺の思い通りに感じ取ってくれたのか、少女の足が半歩下がった。

 

「つーわけであんま詮索すんな。ってかあんた一人か? この辺治安いいとはいえ一人じゃ危ないだろ。女一人旅ってわけでもねぇだろうしな」

 

 俺は雰囲気を戻して世間話を始める。それにきょとんとしながらも、いくつか呼吸して落ち着いたのか返答してくれた。

 

「まぁ、うん。ホントは皆と一緒なんだけど。ついいい武器ないかなぁって見に来ちゃって。ほら、バルツって鍛冶が盛んだから」

 

 なんだかんだ合わせられるくらいには適応力が高いようだ。少し照れたように笑っていた。

 

「あー、わかるわかる。俺基本は短剣なんだが状況に応じていろんな武器使い分けられた方がいいんじゃねぇかと思ってな。よく使う武器の更新と、他の武器でもいいのがあれば欲しいな、とか思っちまう」

「うんうん。凄くわかる。でもルピが少なくて見るだけになっちゃりとかして、でも諦め切れなくてルピ稼いで買いに来たら他の人に買われちゃうとか」

「ああ、あるよな。この間なんかな――」

 

 意外と、言ったら失礼かもしれないが。案外話が合ってしまった。共通の話題が見つかると人がある程度談笑できるようで。

 しばらく話し込んでいたが、それを遮った声があった。

 

「ジータ!」

 

 少年の声だ。その声を聞いて、俺の身体が硬直する。そんな俺の様子には気づかず少女は声のした方を振り返ってそちらへと駆け寄った。

 

「グラン!」

 

 少女の声がもう一つ単語を発した時、俺の身体は動いていた。死角になるような裏路地へと身体を滑り込ませる。

 

「やっと見つけたよ。武器見てたかと思ったら、すぐどこか行くんだから」

「あはは、ごめんごめん。ついね。あ、そうだ。あの――。あれ? どこ行っちゃったんだろう」

「? どうかした?」

「ううん、なんでもない。ちょっと同じ武器見てた人と話してただけだから」

「そっか。それより早く行こう。皆心配してる」

「うん」

 

 二人の気配が立ち去るのを感じてから、ふっと息を吐いた。……マジかよ。とんだ偶然、とはいえついつい隠れちまったな。まぁ後で顔を合わせる身としては当然の行いっちゃ行いだが。

 

「……なるほど、あいつもそうなのか」

 

 今回、俺がとりあえず殺し合ってみようと思っている相手。流石に二度目は怪しまれるから作戦に支障が出るかもしれない。詮索はやめて、とりあえず戻るか。随分話し込んじまったしな。

 

「お帰りの際は遠回りするといいですよ~」

 

 街を離れようと思っていたところで、特徴的な声が耳に届いた。慌てて振り返るも、そこに彼女の姿はない。……あいつホントにただの商人なんだろうな。

 

「……遠回り、か」

 

 多分なにか情報を握っていて、最低限の助言としてそれだけを告げてきたのだろう。若しくは遠回りしようとした先に待ち伏せ、とか。いやそれはないか。流石に予想しづらくなる。確実に罠に嵌めるなら、なにも言わず来た道を返させるのが楽だ。

 

 とりあえず、一応忠告には従っておくかな。

 

 この時彼女がくれた助言の重さを思い知るのは、もう少し後のことである――。



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帰り道に気をつけて

すみません。気づかなかったんですが、一話抜けてたみたいです


 街の外へ出てしばらく経ち、異変に気づいた。

 

 ……なんだ? 魔物と一切遭遇してないな。

 

 一応シェロカルテの忠告に従い来るルートとは少し変えて歩いていた。しかしその程度で魔物の生態が全く以って変わってしまうなんてことはあり得ない。

 

「……」

 

 妙に生き物の気配がしない。小鳥の囀りも、熱帯にいるとされる爬虫類も見かけなかった。

 

 違和感があると、直感と視覚が訴えかけてくる。自然と警戒態勢に入り神経を研ぎ澄ます中、()()()は悠然と立っていた。

 

「君がダナン君だね?」

「っ!?」

 

 俺は声が聞こえた方向を振り返って腰の短剣を抜き構える。声は好青年という風であり緊張感の欠片もない。ただこの妙な違和感に関わる人物であることは間違いなかった。

 

「そう身構えなくていいよ。俺も、抵抗させる気はあんまりないんでね」

 

 暗がりに佇むその姿を注意深く観察して、その人物に当たりをつけ舌打ちする。

 

 額を出すように立てられた金髪に、ドランクにも似た無性に殴りたくなるニヤケ顔。鎧を身に着けた上で肩に独特な白いマントを羽織っていた。そしてそのマントは、全空でも十人しか着用を認められていない。

 

「十天衆だと!?」

 

 常識外れの実力を持つ、という点では七曜の騎士である黒騎士に近いとさえ思われる強者だ。

 十天衆とは、十ある武器種それぞれ無二の使い手を集めた伝説の騎空団。「全空一の脅威」であり「脅威への抑止力」でもあるとされるその実力は、十人が集まればもちろんだが単体でも充分な脅威になり得る。

 正しく一騎当千。

 

 しかしその強大な力が、たかが俺だけのために振るわれるべきではない。多少特異な力は持っていても、俺はたかだか小悪党程度の存在だ。

 

「へぇ、俺のことを知ってるんだ。じゃあ話は早いね。大人しく投降してくれるかな?」

 

 ヒューマンの青年は軽い調子で投降を促してくる。……十ある武器種の使い手の内、こいつは腰に提げてる得物から見ても剣、か。

 つまり。

 

「……はっ。わざわざ俺みたいな雑魚一匹に出張ってくるとは、十天衆も随分暇なんだなぁ? なぁ、頭目のシエテさんよぉ」

 

 俺はなんとか笑みを浮かべながら皮肉で返しじりじりと後退するが、多少離れたところで逃げることは不可能だ。それこそ黒騎士にでも出張ってもらわなければ、俺が逃げ延びる道はない。

 

「ははは、悲しいかなまともに動いてくれる子があんまりいなくてね。頭目でも自分で行くしかないことも多いんだよねー」

 

 ニヤケ面が妙に寂しく映った。……会話しながら突破口を探してはいるが、全然わからねぇ。こいつ、ニヤケ顔で飄々としている癖に隙がねぇ。掴まって拷問されるのは構わねぇが、それで黒騎士の作戦に支障が出たらことだ。そうなれば全ての計画がおじゃん。俺の人生設計丸潰れどころかあいつらまで巻き込んじまう。

 それは最悪の結果だ。なんとかここで死ぬか、無事逃げ延びるかしたいところだが。後者は無理そうだな。向こうが見逃す気じゃねければ確定で死亡または捕縛だ。

 

「なんで俺を狙う。俺なんか狙うよりもっと他に倒すべき相手がいるだろ。怠慢か? そんなんじゃ来たるべき絶体絶命の窮地にその場にいれねぇぞ」

「耳が痛い話だね。もちろん、君を捕えたら他の場所へ出向くつもりだよ」

「そうかよ。ちなみに俺にはなんの罪があるってんだ?」

 

 話には付き合ってくれそうなので、時間は稼げるだけ稼いでおく。

 

「それはあれだよ。君、商船を襲ったでしょ。しかもそこにいた商人皆殺しにして。聞いた話によると商船を襲って操舵士の片耳削いで脅迫したとか。まぁその操舵士さんから聞いた話なんだけどね?」

 

 ……あー。確かにそりゃ俺だわ。奴隷商の件だな。つまり自業自得ってことかよ。

 

「しかも着いた先でも商人を殺し、商品を壊すか盗むかしたんだって? 若いのに随分無茶苦茶やったねぇ」

「そっかそっか、あの件のか。そりゃ俺罪にもなるわな。商売の邪魔したわけだし」

 

 こいつの物言いを見るに、耳削がれたヤツは商品の詳細自体は伝えていない。断片的な情報だけを伝えて俺を殺させようってか。口だけは回るようだな。

 

「じゃあ投降してくれる?」

「はっ。逆だ。どうしてもここを突破しなきゃなんねぇ理由ができた。そいつ見つけ出して、告げ口したことを後悔させてやんねぇとなぁ」

 

 これは俺の甘さが招いた事態だ。あの時俺が、他のヤツらと同じように操舵士を始末していればこんなことにはならなかった。奴隷商人達が死んだ。それだけの簡単な事件で終わるはずだったんだ。

 

「へぇ? やる気なんだ。お兄さんとしては若い子の将来を断つのは悲しいけど、抵抗するって言うなら手加減はできないよ?」

 

 飄々とした空気を纏ったまま、シエテは腰の剣を抜き放った。

 ……確実に死ねる、がナルメアの剣を見てて良かった。相手がもし剣や刀じゃなかったら何回か避けるだけの自信すらなかっただろう。

 つまり、剣が相手ならなんとかやれる。

 

 そう思っていた時点で、俺は十天衆について全くわかっていなかったということだ。

 

 黒騎士に匹敵する強さなのかもしれない。そう考えた時点で俺は一目散に逃げるべきだった。例え逃げ場などなくとも、逃げるべきだったんだ。

 しかし後悔はその言葉通り、後からやってくるモノだ。

 

「じゃあちょっと、本気出しちゃおっかな~」

 

 飄々とした口調は変わらずに、男の身に纏う気迫が膨れ上がった。黒騎士の技を受けていたからこそ硬直しなかったが、もしあの経験がなければ足が竦み動くことすらできなかっただろう。

 しかもなにやら彼の周囲を透明な光の剣のようなモノが浮遊している。五本あるが全て異なる形状をしていた。……なんだあれ。

 

「ああ、これ? 剣拓。俺さ、いい剣を見るとついつい剣拓を取りたくなっちゃうんだよね。で、これはその剣拓なんだ。あ、剣拓と言っても魚拓なんかとは違って触ると怪我どころじゃないから、気をつけてね」

 

 冗談めかして言ってくる。……チッ。だからか。本人の膨大な気配の脇に、剣それぞれがエネルギーを持っているように感じるのは。

 剣拓とやらの位置は察知できるがその分威力が高いってことか。

 

「……まさか飛んでくるんじゃねぇだろうな」

 

 浮いている剣、ということで連想した俺の言葉に、シエテは変わらぬ笑みで答えた。くるりと空中の剣がこちらを向く。

 

「ふざけろっ!」

 

 俺は悪態をついて逃げようとするが、高速で飛んできた剣の一本があっさりと胸当てを貫通して脇腹を貫いた。

 

「ぐっ、そがぁ……!」

 

 明らかに反応できる速度じゃない。俺は痛みに呻きながらも逃げ出した。勝てるわけがないんだから当然だ。

 

「ま、そうなるよね〜。じゃあ鬼ごっこといこうか」

 

 未だに気楽な声は圧倒的有利故か。……クソッ。この胸当てだってそれなりに硬いんだぞ! それをあっさり貫きやがって。どんな切れ味してんだ剣拓だけで!

 もし本人が斬りかかってきたらと思うとゾッとする。

 

「ほらほら、避けないと死んじゃうよ?」

 

 言われなくても避けるっつうの。

 俺は剣拓の気配を察知して向きを知り事前に身体を動かす。それでも間に合わずに掠るのだからやってられない。終いには、

 

「粘るね。じゃあもっと数を増やしてみようか」

 

 という声が聞こえて背後に感じる剣拓の数が十に増えた。どうやら発射する度に補充しているらしい。だがかわし続けて相手の消耗を待つという手は使えない。その前に俺が死ぬ。

 数が増えた剣拓により傷が増え血を流す量が増える。直撃こそ避けていたが、次第に俺の体力は奪われていった。

 

 脚の筋肉が悲鳴を上げ心臓の鼓動が煩いくらいに鳴っている。視界も段々と霞むことが出てきた。

 

「よくやるね、後がないのにさ。そろそろ終わりにしよっかな〜」

 

 シエテは言うと俺が絶対に避け切れないであろう数の剣拓を周囲に出現させた。そして一発ずつではなく、全て同時に俺へ狙いをつける。

 が、もう遅い。

 

「おい十暇人衆頭目。知ってるか? この先には崖があるんだぜ」

「? それがどうしたの? まさか俺を誘き寄せて崖から突き落とそうって算段なのかい? やめといた方がいいと思うけど」

「惚けるなよ。俺を甚振りながら殺さないよう調整してたんだろ? 腹立つことに、捕まえるなら最初の一撃で足切り落とされてたら詰みだった」

 

 俺は言いながら、崖に背を向けシエテに向き直る。

 

「良かったな、頭目。これで俺が死んでも転落死ってことにできるぜ」

「まさか飛び降りる気かい? それこそやめといた方がいい。本当に死んじゃうよ?」

「犯罪者の心配とはお優しいな」

「それはまぁ、別に殺しに来たわけじゃないからね」

「そうかよ。それは残念だったなぁ!」

 

 俺は覚悟を決めて崖から飛んだ。

 

「させるか!」

 

 少し余裕のない表情が見えただけで満足だ。シエテは俺に向けて剣拓を飛ばしてくる。高速で飛来した剣拓は俺を下から支えるつもりなんだろうが、そんなのお断りだ。身を捩って飛び降りを邪魔されないようにして、何本か刺さりながらも無事落下していく。

 

「俺の勝ちだバーカ」

 

 完全敗北だろうが気にしない。俺は笑って重力に従い崖下へと落ちていく。……こっから転落死しないようにしなきゃいけねぇんだけどな。

 

 俺は頭が下になったことで地面が着実に近づいていることが見えて、痛みを堪え行動を開始するのだった。まぁ、【ナイト】によるファランクス障壁クッション作戦なんだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンを襲った十天衆頭目のシエテは、崖縁から下を眺めてため息を吐いた。

 

「まんまと逃げられちゃったねぇ」

「捕まえる気もなかったのによく言うわね」

 

 残念とは全く思っていなさそうな声にツッコんだのは、空から降りて地面に着地した茶色い長髪を持つ女性である。彼女もシエテと同じく特徴的な白いマントを身につけていることから、十天衆であるとわかった。彼女が持つのは弓だ。

 

「ついでに言うなら彼、まだ生きてるわよ」

「そっか。流石目がいいね、ソーン」

 

 シエテの目には遥か下の様子が見えていない。しかしソーンと呼ばれた女性の目には障壁を使って勢いを殺しながら崖下まで到着した少年の姿が見えていた。

 

「それで? こんなことのために呼んだんじゃないんでしょう?」

「もちろん。でもまぁこれでシェロちゃんからの依頼は完了したから、この島に用はないんだけど」

「もう一つの依頼はいいの?」

「いいのいいの。結局あの商人も奴隷商だからね。ダナン君には感謝してる人が多いだろうし。元々それの調査で来てたわけだからねぇ」

「そう。シェロからの依頼ってなんだったの?」

「奴隷商の裏組織に狙われるかもしれないから、俺が殺したと思わせて逃してくれって」

「へぇ。随分肩を持つのね」

「『ダナンさんは将来いいお客さんになりそうですからね〜』だそうだよ。俺に商人から話があってすぐ後に依頼してきたし、今十天衆を顎で使えるのってシェロちゃんくらいなんじゃないかな」

「それで、なんで私を呼んだの? 他の十天衆もいないし」

「ははは、それは皆来てくれないからだね。念のためこの辺には皆にいてもらうように言ってるけど、近々全員集合してもらう必要があるかもねぇ」

 

 乾いた笑いを零しつつ、やけに神妙な様子を見せる。

 

「十天衆全員? そんなに大事なの?」

「ああ。でなければ死者が出る。なにせ――相手はあの七曜の騎士なんだから」

 

 真剣な表情でシエテの告げた言葉は、更けた夜の帳へと吸い込まれて消えていく。されど確かに不穏な気配を残すのだった。

 

 一方、ダナンを待つ黒騎士達は。

 

「遅い」

 

 廃工場近くの岩陰で野宿をしている彼女らは一向に姿を現さないダナンに苛立ちを募らせていた。なにせ飯を作らせる気でいたのだから。美味い夕飯にありつけると思っていた一行は期待を裏切られ空腹も相俟って苛立っていた。じゃあ誰か作ればいいじゃん、という話だが料理のできる人はいなかった。二週間の間でアップルパイを作れるようになろうとしているオルキスが一番できるくらいだった。

 

「……なにかあったのかもしれないな」

 

 空腹が募っているとはいえ、夜になっても帰ってこないのは遅すぎる。普段の様子から裏切ることはないと踏んでいたが、街に協力者がいるのか。そう考えるくらいには時間が経過している。

 

 その時、不意に風向きが変わった。

 

 そして四人が身体を硬直させ三人は厳戒態勢に入る。血の匂いだ。強烈な血の匂いが、風によって流れてきている。通り魔か、強い魔物か。なんにせよ油断はできなかった。しかしここまで近づいてきて尚気配が微弱ということは、弱っている可能性も考えられる。

 警戒する中、ゆっくりと彼女らに近づいてきてようやく視認できる距離まで来て、

 

「貴様っ!」

 

 ふらふらとした足取りで近寄ってきたのは、青白い顔で血に汚れたダナンだった。なにかに襲われたのは確実だったが、彼のつけている胸当てが斬られていることを見るに、相当な強者と遭遇したらしい。

 

「……良かった、なんとか逃げ切ったか……」

 

 掠れた声で微かに笑うと、彼は力なく地面に倒れ伏した。

 

「チッ。事情の説明は明日だな。ドランク、治せ。場合によっては計画の延期もあり得るだろう。こいつを襲ったのが私達を狙ってのことだった場合、だがな」

「了解、っと。服汚れたままだとあれだから脱がしちゃうけど、ちょっとスツルム殿には刺激が強いかな~。痛ってぇ!? ちょ、ちょっとスツルム殿、粋なジョーク、ジョークだよ!」

「煩い。騒ぐな」

「刺しといて叫ぶなは無理じゃない?」

「……もう寝る。見張り変わるなら言ってくれ」

 

 茶化すドランクを切っ先で刺したスルツムは、黒騎士に一言告げてから二つあるテントの中に消えていく。その内にもドランクはダナンを脱がして傷を見る、が。

 

「あれ、傷は塞がってる。一応歩きながら治すだけの余裕はあったみたいだねぇ」

「……ダナン、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと血を流しすぎて倒れちゃっただけだからね」

「なら服を洗って干したらお前も寝ろ。見張りは私がする」

 

 心なしか心配そうにダナンの様子を覗き込むオルキスと、無事と聞いたからか素っ気ない黒騎士。そんな二人の間で揺れるドランクは、また雑用を押しつけられちゃったかと思いながら血に汚れた服を剥ぎ取ってダナンの身体をスツルムのいるテントとは別の方に放り込み、衣服を洗濯してから焚き火の近くに干しておいた。

 

「それじゃあ僕も寝るとしよっかな~。おやすみ、ボス」

 

 ドランクはわざとらしく伸びをしてスツルムのいるテントに入ろうとする。入ろうと屈んだところで中から剣が飛び出してきて眉間に刺さった。

 

「痛って、待ってスツルム殿! ホントに刺さってるから!」

「冗談でも入るな。次は貫く」

 

 割りと本気が混じっているスツルムの声に、ドランクは大人しく身を引いて血の出る眉間に回復をかけもう片方のテントに入っていった。

 明日にはおそらくバルツにおける計画の最終段階を迎えるというのに、いつもながら緊張感のない連中だと黒い兜の中でため息を吐く。

 

「……おやすみ」

 

 そこへ感情のない声がかけられた。振り向かなくても誰かわかる。返事はしない。

 

 少し後になってから小さな足音とテントのを開ける音が聞こえて外に自分しかいなくなってからまた一つため息を吐いた。

 

 オルキス――黒騎士が人形と呼ぶ少女はダナンが来てから少し変わった。本人は隠しているつもりかもしれないが、今のように声をかけてくることが増えてきたのだ。それがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかなかったが、少なくとも最終的には邪魔になってしまうモノだ。だからと言って誰とも関わらせないようにするのも難しい。感情の起伏が少ないとはいえ人である限り他人との関わりを断って生きることは難しいのだ。

 

 なにより、理性的な面は兎も角感情的な面はオルキスの変化を良いモノとして捉えようとしている部分があった。

 

 努めて今まで通りに振舞おうと思いつつ、しかしいつか目指すべき場所でのことを考えると複雑な心境にならざるを得ないのだった。



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死にかけの理由

順番間違えて更新していたので、前に割り込んでます


 意識がゆっくりと浮上してくる。自分という意識と身体があるのだと認識し始めて、目覚めの時が近いと察する。

 そして寝惚けた頭で寝る前の記憶を辿った。

 

 ……そういや、ズタボロになりはしたがちゃんと帰ってこれたんだったか。

 

 昨日(?)最後に見た光景は、焚き火を囲む四人の姿だった。妙に身体が重いのは血を流しすぎたからか。とりあえず起きようと思ったその時。

 

 べちゃっ。

 

 冷たい水気をたっぷりと含んだ布が顔に乗せられた。水滴が顔全体を襲う。……なんだこれ。

 

「おいオルキス。ダメだ、タオルを乗せるならちゃんと絞ってからじゃないと」

 

 注意するような言葉だったが聞く印象としては柔らかい。間違いなくスツルムの声ではあるか。声がしてから顔に乗ったタオルが退けられ、絞っているのか水の垂れる音が少し離れた位置で聞こえた。続いてびしょ濡れになった俺の顔を適度に絞られたタオルが拭ってくれる。

 ……これはあれか。オルキスが加減を知らず濡らしたタオルをそのまま乗せて、スツルムが注意したってことでいいんだよな? 良かった、新手の嫌がらせかと思ったぜ。

 

「……目、覚めたからもういいぞ」

 

 俺はこれ以上なにかされる前に声を発しておく。すかさず目を開けると少し驚いたような二人の姿があった。オルキスは俺の顔を覗き込むような位置だが、スツルムは少し離れている。

 

「……起きていたなら最初から言え」

「起きようとしたところにびしょびしょのタオル食らったら面食らうだろうが」

 

 憮然とした顔になるスツルムに対し、負けじと言い返す。

 

「……ごめんなさい」

 

 発端が自分にあると知ったオルキスが謝った。

 

「オルキスが謝ることじゃない、と言いたいがオルキスのせいだな。まぁ次から気をつければいい」

 

 上体を起こしてぽんぽんと頭を撫でてやる。あまり表情が変わっているようには見えないが、おそらく落ち込んでいるのだろうと、発言から察していた。

 

「お、おい。目が覚めたなら早く服を着ろ」

 

 僅かに動揺したようなスツルムの声を聞いて、服? と自分の身体を見下ろした。そこには一糸纏わぬ裸体が。……いやパンツだけは履いているな。

 

「なんで脱がされてるんだ? まさかオルキスが……」

「違う。汚れてたから、ドランクのヤツが洗ったんだ。そこに干してあるだろ」

 

 冗談交じりの発言を呆れたようなスツルムに否定されて、焚き火の近くに干してあった黒い衣服を見やる。

 

「ほう。ってかテントに入れてくれなかったんだな」

「元々はテントに入れていた。ただテントを片づけるのに邪魔だからと、外に移されたんだ」

 

 なるほど。そういやテントはもう設置してないな。撤退をスムーズに行うためだろうが。

 

「んじゃ着替えるか」

「さっさとしろ」

 

 俺の軽い言葉に焦られるような声が返ってくる。……? もしかしなくてもスツルムって男慣れしてない? いやでも確かドランクと一緒にいるんじゃなかったか?

 不思議に思って服を着ながら本人に尋ねてみることにする。

 

「なんだ、スツルムってドランクと恋人じゃないのか?」

「っ!?」

 

 俺の質問に、スツルムの顔があからさまに赤くなった。……ほう?

 これは面白い発見をしたと追撃使用とする俺の首筋に、剣が突きつけられた。

 

「ふざけたことを言うな。お前もあいつと同じように刺されたいか?」

「怪我したばっかのヤツにそれはやめてくれ。まぁ単純な興味だ。いつも一緒にいる印象があったからな」

「ふん。……あいつとはただのコンビだ。前衛と後衛、戦闘においても相性は悪くないからな」

 

 茶化すようなトーンじゃなかったからか、スツルムはきちんと応えてくれた。……確かにスツルムが前衛として突っ込むタイプなのに対し、ドランクが後衛で魔法による援護を行うとなればバランスがいい。あとスツルムは無愛想だがドランクは愛想いいし。色々と相性がいいのだろう。

 

「“も"ってことは性格面でも相性いいってことじゃね痛って! 待て俺はあいつみたいに防御できねぇんだよ!」

 

 からかおうとした俺の腹に切っ先が刺さった。ドランクは魔法で防御して本当に刺さることはないのだが、俺はそんな技術を持っていないので普通に刺さった。

 

「あ、すまない」

 

 スツルムもついやってしまったようで、剣を引いて謝った。本当に小さい傷なのですぐに治るだろう。一応自らの気を高めて身体能力、治癒能力を向上させる内功を使い塞いでおいた。

 

「……スツルム。ダナン苛めちゃダメ」

 

 そんなことをしていたらオルキスが俺とスツルムの間に割って入ってきた。彼女の無機質な瞳に捉えられ、流石のスツルムも手が出せなくなったようだ。……これは使えるぞ。

 俺は上下の服を着込んでからオルキスの後ろに隠れる。

 

「いやでも照れるってことは図星なわけだよな。そっかスツルムはドランクといるのが居心地いいかー」

「この……っ」

「ふふふ。オルキスの後ろに隠れている俺に手が出せると思うなよスツルム。徹底的にからかってやるからな」

「くっ……!」あ

 

 楽しげな俺の声と悔しげなスツルムの声。さぁもっとからかってやろうと思ったのだが。

 

「……ダナン。スツルム苛めちゃダメ」

 

 くるりとこちらを向いたオルキスに咎められてしまった。……チッ。庇ってもらった手前、従う他ないか。

 

「まぁいいや。次の機会に取っておくとするか」

「後で覚えておけ」

「ははっ。なら今少し手合わせでもするか? 昨日の件もあって身体を動かしたい」

「いい案だ、と言いたいところだが」

 

 やる気になりそうなスツルムも鍛錬に誘うが、断られそうな雰囲気があった。

 

「お前がやることは別にある。飯だ。飯が最優先だ」

 

 妙に真剣な声音で告げてくる。

 

「飯?」

「そうだ。お前が昨日帰ってきて早々に倒れたから、なにも食べずに今に至る。雇い主とドランクは準備を進めているが、その間にお前が飯を作れ」

「……アップルパイ」

 

 スツルムの少し切羽詰まった言葉に続き、オルキスまでもが要求してくる。……いやパイ焼く機械ねぇから作れないけど。

 

「アップルパイはまた今度な。パイを焼くにはちゃんとした機械が必要だからな。まぁ飯は作ってやる。俺の担当だからな。で、材料は?」

 

 オルキスの頭に手を置いて宥めつつ、スツルムに尋ねる。

 

「そこにある野菜の類いと、今朝狩ったこの魔物だな」

 

 今朝街で買ってきたのか、袋に積まれた野菜があった。そして近くに倒れた猪のような魔物。

 

「しょうがねぇか。材料は全部使っていいんだな?」

「ああ。問題ない。できれば早くしてくれ。空腹だ」

「……お腹減った」

「わぁーったよ。そんじゃ作るから、スツルムは焚き火を二つ増やしておいてくれ」

「わかった。野宿する中で美味い飯を食わせる。それがお前の協力目的の一つだと忘れるな」

「はいはい。戦力にはならねぇが、できるだけはやってやるよ」

 

 ということで、俺は調理を開始した。まず魔物を捌く。この辺の手法はナルメアと暮らした時に習ったモノだ。……あの人意外と言ったら失礼だが、ハイスペックだよな色々と。

 肉は切り分けた状態で切り開いた皮の上に置いておき、一旦血塗れの手を水の魔法で洗い流した。焚き火の一つに鍋をかけ、水を熱しておく。沸騰するまでの間に野菜を刻んで下処理を済ませた。根野菜から火にかけなければならない。

 

 沸騰した鍋の水に調味料で味つけをしいい味になってから野菜を次々と放り込み、刻んだ肉を放り込む。ぐつぐつと煮込みながら味を見て調整する。

 

 くぅ、という可愛らしい腹の音が聞こえてきた。かなりいい匂いになってきたからな、俺も空腹を意識させられる。

 

「まだ食べるなよ」

 

 スツルムとオルキスの視線が鍋に固定されているのを確認して釘を刺しつつ、余った材料で更に料理を作っていく。

 肉を一口サイズに切ってタレで炒めたステーキの山と、大容量の鍋。更にはデザート、と言うかオルキス用に作ったリンゴの甘煮だ。アップルパイにも使っているモノなので喜ぶ、かもしれない。

 

「目が覚めて早速料理なんて、女子力高いね~。僕もうお腹減ってしょうがなかったんだよねぇ」

 

 廃工場の方から出てきたドランクが嬉々として声をかけてくる。続いて黒騎士も出てきた。ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしていたが、身体は素直だったようでぐぅと鎧の奥からはっきりとした腹の音が聞こえた時には、思わずドランクと同時に吹き出してしまった。……二人して脳天に一撃食らったのは言うまでもない。

 

 そして作り終えた飯を配膳して空腹に任せがつがつと食べていると、黒騎士が器を持ったまま食べていないことに気づいた。

 

「兜あったら食べられないに決まってんだろ? 外したらどうだ? 腹が減っては戦はできんよ」

 

 俺は未だ黒騎士の素顔を見たことがなかったので、いい機会だとばかりに告げる。

 

「それもそうか」

 

 別段隠すつもりはなかったのか、それとも空腹に耐えかねたのか。黒騎士は大人しく器を置いて両手で兜を外す。兜の中から出てきた素顔は、妙に気が強いというか険しくはあったが整っていると言って良かった。艶やかな茶色い髪をした、女性だ。多分だが。

 

「黒騎士って女だったのか」

「……今更か」

 

 くぐもっていない声を初めて聞いた。驚いたような俺に、黒騎士は呆れたような顔をする。……確かに兜を外した状態で聞くと女性の声にも聞こえるが。なんていうかどっちにも取れる声ではあるんだよなぁ。

 

「あんたが今まで兜取ってなかったんだろ。俺があんたの分も飯作っておいたら『外で食べてきたからいい』とか言って食わなかったじゃねぇか。どこの家庭を省みない父親だよ」

「――おい。二度と言うなよ」

 

 普段通り軽口を叩いたつもりだったが、黒騎士の雰囲気が一変してピリついたモノになる。……おっと? なんだ、今の発言にこいつの怒りに触れるような部分があったのか?

 

「言われたくなきゃ家で食え。あんま個人で金持ってないのに外食とか、より金かかんだろうが。家計を考えろ家計を」

「母親か貴様は。……まぁいい。次からは外で食べない。これでいいか?」

 

 案外あっさりと従った。……んー。どっちかっていうと「家庭を省みない父親」って部分への反応だったのか? だからそう思われそうな行動はしない、と。

 俺は一旦そう予想を立てておく。

 

「ああ。んじゃ遠慮なく食べろ。その辺で食べるより美味いから安心しとけ」

 

 俺の自信たっぷりな言葉を聞いてか器に口をつけて啜った。

 

「……ああ、美味いなこれは」

「「「……」」」

 

 一口の後の感想を言う時、少し表情が柔らかかった気がした。そのせいでぎょっとするような顔で俺とスツルム、ドランクの三人が彼女の顔を見ることになる。……オルキスは一心不乱に食べていて気づかなかったようだが。

 

「なんだ? なにか私の顔についているか?」

「いんやぁ。でもボスがあんな顔するなんて、ダナン君の料理は凄いなぁと思って」

「やめとけドランク。さっきみたいにどつかれる程度じゃ済まないぞ。最悪斬られる」

「……おい貴様ら。随分好き勝手言っているようだが」

 

 からかうようなドランクを制しようとした俺までもが黒騎士に睨まれてしまう。さっき殴られた一撃を思い出してヤバいと逃げる準備を始めるが。

 

「騒ぐようなら全部二人で食べ尽くすぞ」

 

 呆れたようなスツルムの声にはっとする。見るとオルキスが鍋のお玉を手に取って器におかわりを装っていた。ここにいる全員オルキスの大食いは知っている。騒いでいる内に自分の取り分が減るのはマズいと理解した。

 

「チッ。ここは食後に取っておくか」

「ダナン君、ボスの機嫌取るための秘密兵器とかないの?」

「俺がそんななんでも屋みたいに見えるかよ。まぁ腹いっぱい食えば多少マシになるだろうよ」

 

 空腹だとイライラするって聞くしな。満腹になれば黒騎士も多少穏やかになるかもしれない。

 

 そうして五人で食事を済ませデザートを食べることに勤しむオルキスは兎も角、食休みという段階になった。

 

「……美味しい」

「そりゃ良かった。帰ったらちゃんとアップルパイにしてやるからな」

「……ん」

 

 リンゴだけで食べると甘さが前面に押し出されて大人好みの味ではなくなってしまうのだが。オルキスには気に入ってもらえたようだ。アップルパイを食べさせてやる約束をして、とりあえずリンゴの甘煮を食べさせておく。

 

 食後で腰を落ち着けたところで、俺は話しておかなければならないことがあった。

 

「とりあえず落ち着いたことだし、昨日俺になにがあったのかを一応話しておく」

 

 俺が発言すると、オルキス以外の三人の注意がこちらを向くのがわかった。

 

「その話もあったな。貴様と会ってから二週間、多少なりとも鍛えたはずだが……かなりボロボロだったな」

「ああ。流石に二週間やそこらで黒騎士と渡り合えたり無傷で逃げ果せたりはしねぇってことだ」

「なに?」

「……相手はあの十天衆、しかもその頭目だ」

「なんだと!?」

 

 俺の言葉に、黒騎士は腰を浮かせて驚く。

 

「本当だぜ。ってか考えても見ろ。服洗ったらしいドランクならわかると思うが、刃物相手であれだけ刺し傷しかないのはおかしいだろ?」

「まぁ確かにね~。普通刃物だったら“斬る”から、刺し傷は少なくなる。けどダナン君の服や鎧は剣で刺したようなモノばかりだった。つまり」

「剣を飛ばして戦える上に、その飛ばした剣であっさり胸当てを斬れるくらいの実力者とも考えられる」

「十天衆の頭目、シエテというわけか」

 

 俺の発言をドランクが補足し、スツルムと黒騎士が答えを導き出す。これで俺が嘘を言っているとは思われなくなっただろう。

 

「……ふん。で、その十天衆がなぜ貴様を狙う?」

 

 黒騎士はどっかりと座り直して腕組みし俺へ顔を向ける。とはいえ既に兜になっているので威圧感があった。言外に「もしかしてバレたのではないだろうな」と問いかけてきているようだ。

 

「俺が商人連中を皆殺しにして、商品を壊したからだとよ」

「……ダナン君ったらそんな極悪非道なことしてたの?」

 

 簡潔に答えるとドランクが引いたように茶化してくる。

 

「その商人というのは奴隷商だろう。確かあの島の裏手にあった奴隷商館が壊滅したと噂に聞いた」

 

 黒騎士がずばり答えを口にした。

 

「正解。まぁ俺の元いた島がそこと提携してたみたいでな。その運搬船を略奪してこの島まで来て、ついでに滅ぼしといたんだ」

「ついでって……。君、なんだかんだ言ってとんでもないよね」

「引くなよ」

「いや引くでしょそんなん」

 

 割りと真面目に引いているらしく、如何に俺の感性がズレているのかを伝えてくる。

 

「まぁその運搬船乗っ取った時に操舵士だけ生かす必要があったんだが、最後に始末するのを忘れててな。そいつが商売内容隠した上で誰かに訴えたらしい」

「それで狙われた、と。しかし妙だな。そんな些細な案件で十天衆が動くとは思えん。いくら殺した人数の数が多かろうが、所詮は奴隷を売っていた非合法な連中だ。脅威と取るには根拠が薄い。砦にいた兵士皆殺しなら話はわかるが」

「そう、妙なんだよなぁ。人数は兎も角相手は非戦闘員ばかりで、戦えそうなヤツには不意打ちしまくってたし。わざわざ出る幕はなかったと思うんだが」

「そもそも本当に狙われていたなら、貴様がこうして生きているはずがない」

 

 推測を述べていくと、黒騎士が断言した。悔しいことにそれは事実だ。

 

「そこなんだよなぁ。けど俺を捕まえたくないんなら最初から襲わなきゃいい。ってことはなんつうか……襲ったという事実が欲しかった、のか?」

 

 顎に手を当てて考え込むが、答えは出てきそうにない。例え推論を並べ立てたとしても時間の無駄だろう。

 

「……ふん。まぁいい。とりあえず私達のことがバレたわけではないということか」

「ああ。だが一つ気がかりな点がある」

「なんだ?」

 

 聞かれて、真剣な表情を作り告げた。

 

「十天衆は一人じゃなかった」

 

 断言する。崖から落ちる時に見えた、空から降りてきたヤツも、シエテと同じデザインのマントを羽織っていたと思う。

 

「少なくとも俺が見たのはシエテと、もう一人。空飛んでた弓かなんかの使い手だ。遠目から見ただけだけどな」

「……その情報が正しければ十天衆が二人、か。しかも飛行できる弓使い、ソーンだと考えられる。どうもきな臭いな」

 

 黒騎士も不審に思ったようだ。

 

「貴様一人に割く人員ではない。つまり、別の目的がある」

「そういうことだ。それが俺達なのか別でなにか動いているのかは知らねぇけどな」

 

 一先ず俺達が今辿り着ける結論までは来たはずだ。

 

「どうする? もし他にもいた場合、この島で妙なことをすれば目をつけられる可能性もある」

「計画は続行する」

 

 スツルムの懸念を一蹴する黒騎士。

 

「既に動き出している。今更やめるつもりはない」

「まぁ僕達としてもこれまでの苦労が無駄になるのは遠慮したいんだよね〜」

「そうと決まれば早速行こうぜ。あいつら、そろそろここを嗅ぎつけるんじゃないか?」

 

 本人の意思が変わらないなら予定通り動くだけだ。

 グラン達をこの奥に誘き寄せる作戦を決行する。

 

「そうだな。スツルム、ドランク。予定通り別口から来るヤツらを最奥に誘導しろ」

「はぁ〜い」

「ああ」

 

 黒騎士の改まった指示に、二人はそれぞれ頷いた。

 

「人形とダナンは私と共に来い。ヤツらを先回りして待機する」

「……」

「了解」

 

 俺は声に出して、オルキスは無言でこくりと頷いた。

 

「では行くぞ。気を引き締めろ」

 

 号令があって、俺達は動き出す。今はまだ交わらぬそれぞれの目的のために。



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ご挨拶

前話前々話の順番を間違えていたので修正してあります。ご注意ください。


「ほへぇ、強いねぇ全く」

 

 動き出してからどれくらい時間が経っただろうか。

 俺達が出入りに使った廃工場の最奥で、グラン達一行は機械の兵士のような姿をした星晶獣コロッサスと戦っていた。

 

 それまでにコロッサスを起動させたバルツ公国を代表するザカ大公が操られているらしく、その弟子らしい少女が必死に説得しようとしたり。それでもザカ大公が正気に戻らないと見るや戦って目を覚まさせてやる! 的な流れになったりしていた。

 

 その様子を「若いっていいねぇ」と思いながらこっそり眺めている俺。

 

 ヤツらが戦っている広い場所の上にある廊下の奥に身を隠している状態だ。まだ連中の前に姿を現していないのは、コロッサスをヤツらが倒した後に登場して“ご挨拶”する予定だからだ。いきなり登場した方がインパクト強いから、とはドランクの言い分だったか。まぁ俺も印象に残る登場の仕方は悪くないと思う。なにせ俺の能力と因縁ありそうな相手だしな。

 黒騎士の傍にはヤツらをここまで誘導したスツルムとドランクが立っている。オルキスは黒騎士の後ろで待機している状態だ。なにやら、無感情な少女にしか見えない彼女にも役目があるらしい。詳しくは聞いていない。

 

「あまり顔を出すなよ」

 

 黒騎士に小声で注意されるが、俺としては貴重な他のヤツの戦闘を観れる機会だ。是非観察しておきたい。

 

「わかってる。だがいい機会なんでしっかり観ておきたいんだよ」

 

 言って戦闘の観察に集中する。

 

 コロッサスという星晶獣は、生物兵器としての姿ではなく完全な機械の姿をしている。黒い重厚な鎧に身を包んだ巨人、に見えなくもない。右手に持った巨大な剣の威力は抜群で、直撃を受ければ人が即死するぐらいの威力は秘めているはずだ。正直相対したくない相手と言える。しかも鎧というか外殻のせいで攻撃も通りづらい。厄介な相手だ。

 

 対するグラン達は、俺が昨日見かけた少女ジータを含めて六人と一匹。事前に誰がどんなヤツかは説明を受けていた。

 

 銀を基調とした鎧に身を包み青のマントを羽織る長髪の美女はカタリナと言うらしい。毅然とした様子で剣を振るう姿は正しく騎士。黒騎士曰く、彼女は元エルステ帝国軍中尉だそうだ。戦っている様子を見るに、防御、回復、攻撃とそつなくこなすタイプだな。見た目はまだ二十代だが、若くして中尉に上り詰めただけはある。

 

 お次は銃を持った男だ。こちらも銀の鎧を着込んでいるが、先に言った通り銃を手に戦う。僅かに顎鬚を生やした黒髪の兄ちゃんだ。操舵士をやっているらしい。咥え煙草をしながら銃をぶっ放している。コロッサスの堅い鎧を貫通するほどではないが、前衛が攻撃されそうになった時顔に弾丸を当てて注意を逸らすなど、的確な射撃を行っている。今回決定打にはならないだろうが、彼の腕前は確かだと充分伝わってきた。

 

 そしてさっき言った大公の弟子らしき少女。俺やグランよりも幼い少女だ。長い金髪を二つに結った褐色肌を持つ少女は、年齢に見合う小柄な体躯で杖を振るい魔法を使って攻撃している。回復もできるようで、ドランクより若いことを考えると将来有望なのは間違いなかった。俺も魔法を学び始めた身だから、少女の歳であそこまで自在に魔法を使えるというのがどれほどの才能か少し理解する。

 

 グランとジータを除けばあと一人と一匹。その二人は後ろの方で戦闘を眺めているだけだった。一匹と呼ぶ方は羽の生えた赤いトカゲ……か? グランとジータと同じ故郷で過ごしたと聞いたが、なんとあのトカゲは人の言葉を話すらしい。びっくりトカゲだ。

 もう一人の非戦闘員らしき少女は、白いワンピースを着た蒼髪の少女だ。魔法使いの少女と同じくらいの歳で、子供と言って差し支えない。

 

 グランは今『ジョブ』で言う【ファイター】で戦っている。俺が見たところ元から【ファイター】なんだろう。俺の【シーフ】と同じ感じだ。なんの偶然か、青いパーカーの上に胸当てをしていて、その恰好だけを見ると俺が【ファイター】になった時そっくりだ。色は違うけどな。茶色い髪を振り乱して前衛を務めている。カタリナや操舵士の兄ちゃんと比べるとやや勢い任せの戦い方には見えるが、それなりに形にはなっているように思う。未熟者という点では俺と同じようなもんかな。

 

 ジータも【ファイター】だ。彼女もグランと同じくデフォルトが【ファイター】らしく、昨日会った恰好と同じだった。勇ましく剣を振るいグランと共に前衛を務める姿は、昨日俺と楽しくお喋りしていたのと同一人物とは思えない。

 

 さて、どうやってコロッサスを倒す気なのかねぇ。

 

 俺は傍観者として、戦いの行く末を見守るのだった。

 

「グラン!」

 

 ジータの緊迫した声が室内に木霊する。コロッサスの剣が真上から迫っていた。攻撃し着地したばかりのグランを狙って。

 

「させるかよ!」

 

 剣を見上げたグランの顔が引き攣る中、銃声が一つ響いて横から刃へと弾丸が命中し軌道を逸らした。

 

「ありがとう、ラカム!」

 

 無事回避できたグランは援護してくれた仲間に礼を言って、剣を振り切った後のコロッサスへと迫り剣を叩きつける。しかし彼の一撃では傷を負わせることができず、あえなく後退した。それは別で攻撃を仕かけていたジータも同じだ。

 

「くっ!」

「このままじゃ倒せない……っ!」

「どうする、グラン、ジータ! このままじゃ埒が明かねぇぞ!」

 

 一旦距離を取る二人に、後ろからラカムが声をかける。カタリナとイオがそれぞれを回復させ、仕切り直す。

 

「こうなったら一斉攻撃で倒すしかない。でもそれにはあいつの動きを止めないと」

「それならあたしがやるわ」

 

 グランの呟きを幼い魔法使いが拾う。

 

「イオちゃんが?」

「うん。あたしは師匠の弟子だもん。動きを止めるくらい余裕なんだから!」

 

 ジータの不安そうな声を振り払うように強がって見せるが、イオの足は震えていた。それでも勇気を振り絞っているのだと悟った彼女は優しげに微笑んで、

 

「わかった。じゃあお願いするね」

 

 勇気の後押しをした。

 

「グラン、アレお願い」

「わかった。――《氷晶杖》!」

 

 ジータの声に応えたグランが右手を突き出しなにかを呼ぶ。すると光が手の前に現れて虹の結晶が出現する。更に結晶が四散して、一つの杖が姿を現した。それを掴み取り、

 

「ジータ」

 

 彼女へと放る。それを受け取った彼女は杖を握り締めた。

 

「【ウィザード】」

 

 そして杖を扱うことのできる『ジョブ』、魔法攻撃を得意とする『ジョブ』へと姿を変えた。黒いとんがり帽子に黒いマントを羽織った姿だ。腰に魔導書らしき本を提げている。

 

「来い――《輝剣クラウ・ソラス》!」

 

 グランはまた武器を呼び出した。彼はそのまま剣を使うようだ。同じように出現させた剣は、透明な水色の刃を持つ両刃の剣だった。それを両手でしっかりと握り締めたグランは真っ直ぐにコロッサスを見上げる。

 その横でジータは魔力を練り上げていた。

 

「よっしゃ! 俺が牽制する! 次は任せたぜガキンチョ!」

「ガキンチョって呼ばないで!」

 

 ラカムが威勢良く言って、右手に構えた銃の銃身に火を収縮させる。

 

「――いくぜ。覚悟はできてんだろうな! バニッシュ・ピアーズ!」

 

 渾身の一発が文字通り特大の火炎となって放たれる。流石のコロッサスも直撃を受けて怯みよろめいた。その隙に、

 

「あたしの魔法で師匠を笑顔にするんだから! これがあたしの本領発揮よ! エレメンタルガスト!」

 

 イオが続く。杖を両手で思い切り地面に突き立てるようにして凍える冷気の魔法を放ちコロッサスの足下を凍てつかせた。凍らされてはコロッサスも動きを止めるしかない。しかし残る三人が飛び出そうとした時、体勢を崩した上で凍らされた不安定な体勢であっても右手の剣をできる限りの渾身で振り下ろした。

 

「くっ! 二人共、後は任せたぞ!」

 

 苦し紛れな反撃であっても直撃を受ければ身体が爆散する。カタリナはコロッサスの剣の前で足を止めると二人を先に行かせた。そこで立ち止まらなかった二人は、おそらく彼女を信頼しているのだろう。

 

「我が奥義、お見せしよう! アイシクル・ネイル!」

 

 凛とした声と共に剣を構えると、青の大きな剣が出現した。手に持つ剣を振るって青の剣をぶつけ、もう一振りすると二本目の青の剣が出現して一本目と交差するように剣をぶつかる。それでもまだ押される中、最後の一押しとばかりに突きを放ち他二本よりも大きな青の剣を放った。

 そしてコロッサスの剣が弾かれる。代わりに相殺した衝撃を受けてカタリナの身体が後方へ飛んだ。

 

 だがコロッサスは武器を持った腕を弾かれもう抵抗する手がない。

 

「グラン!」

「ああ!」

 

 そこへグランとジータが飛び込んだ。

 

「行っけぇ! フローズンヴィジョン!」

「これでトドメだ! ノーブル・エクスキューション!」

 

 ジータが手に持った杖を振るって特大の氷塊を頭上から落とした。

 グランが剣を両手で握って上段に掲げ、剣から光の柱が発生したかと思うとそのまま振り下ろした。

 

 二人の強烈な攻撃を受けたコロッサスは背中から倒れる。そして二度と動くことはなかった。

 

「コロッサスが……なぜだ。我らが悲願……」

 

 コロッサスを起動された大柄のドラフ、ザカ大公が倒れたコロッサスを信じられない様子で眺めている。

 

「やった!」

「ああ、皆のおかげだ!」

 

 無事コロッサスを打倒したグラン達は呑気に喜んでいた。しかし長い間使われていなかったからか、先の戦闘が激しかったからか、地下全体が大きく揺れる。

 

「く、崩れるぞ!」

 

 屈んでやり過ごし天井からの落下物に注意する一行だが、落下物は彼らのところへ落ちていかなかった。そう、大公の頭上から落ちてきている。

 

「し、師匠!」

 

 イオが悲痛な叫びを上げるも誰も彼を助けるには間に合わない、かに思えた。

 落下してきた瓦礫を、なんとか上体を起こしたコロッサスの腕が防いでいた。

 

「こ、コロッサス……。そんな身体でなぜ儂を守って……」

 

 ザカ大公が呆然とする中、それが最後の力だったのかコロッサスが力尽き倒れる。

 

「師匠!」

 

 ザカ大公の無事を喜んでか、イオが駆け寄って抱き着く。もう彼に、抵抗する気力はないようだった。

 

「――コロッサス。あなたの想い、私が連れていきます」

 

 優しい声が聞こえる。動かなくなったコロッサスから光が玉となった飛び出し、光を放つ蒼の少女へと吸い込まれていった。

 

「まぁ、こんなものか。面白いものが見られた。それに免じて帝国への不義は不問としよう」

 

 そんな黒騎士の言葉に、俺はそういやこいつ帝国軍事顧問とかやってたな、と思うくらいだった。

 

「黒騎士!」

 

 グラン達はこちらへと敵意を向けてくる。さてそろそろ俺の出番かね。

 

「案ずるな。今日は手出しをする気はない。私はな」

 

 そう言って黒騎士が俺の方を見てきたタイミングで、俺は悠々と奥へ続く通路から歩み出る。

 

「あっ」

 

 俺の顔を見てか、ジータが声を上げていた。

 

「よっ」

 

 俺もこの場面にはそぐわないだろうが、にっこりと笑顔を浮かべて軽く手を挙げる。

 

「知り合い?」

「えと、ううん。昨日街の武器屋の前で話しただけだけど」

「ホントな。昨日はまさかあんたがジータだとは思ってなかったぜ」

 

 本当に偶然中の偶然ってヤツだった。

 

「まぁいいや。あんたがジータってことはそいつがグランってことでいいんだよな?」

 

 俺は二階の手すりからパーカーを着た少年を指差す。

 

「え、ああ、うん。僕がグランだけど」

 

 戸惑ったようにそいつは頷いた。……真っ直ぐで、穢れを知らない目をしてやがる。きっと育ちがいいんだろうな、俺と違って。

 

「そうかいそうかい。実は俺が用あるのはてめえでな」

 

 俺は言いながら手すりに足をかけてドランクに目で合図する。

 

「僕?」

「ああ、っと」

 

 俺は跳んで手すりを越え一階へと下りる。

 

「ちょっと戦ってみたくてな。喧嘩売りに来たんだ」

 

 俺の言葉を受けて、グランは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「おい坊主、いきなり出てきてなに言ってんだ?」

 

 ラカムが警戒するように銃を向けてきた。

 

「あー……。やっぱ普通に出てきたら乗ってくれねぇか。まぁそうだよな、操られたザカ大公の弟子さんの話聞いて手伝うようなお人好しだもんな。じゃあしゃあねぇ。――ドランク、頼んだ」

「はいはい、っと。人遣い荒いよね、君も」

 

 俺の声に合わせてドランクが魔法を放つ基点となる玉を、少し離れた位置にいる大公とイオのいる方へと放る。

 

「な、なにを」

「わかってるだろ、人質だよ。てめえ以外が手を出したら、あの二人を殺す。戦わなくても殺す。どうだ、お前みたいなヤツはやる気出る状況だろ?」

「ふざけるな!」

 

 俺の口にした言葉に対してグランが怒鳴ってくる。明らかな敵意が宿っていた。……そうこなくっちゃな。

 

「同感だグラン。おいクソガキ。調子乗るなよ。てめえのどたまぶち抜くぐらいできるんだぞ、こっちだって」

「そりゃこの距離ならな。ただ兄ちゃんはいい人そうだし、万が一にもあの二人を攻撃される可能性があるんなら脅しにしかなんねぇだろ?」

「チッ。そりゃてめえも一緒だろうが」

 

 苛立たしげなラカムに対して、ああと少し納得する。

 そういや俺はグランやジータと同じ年ぐらいに見えるだろう。いくら黒騎士とつるんでいるとしても仲間の少年少女と同じ年頃なら子供扱いされるのも当然か。

 

「……いや、違ぇよ」

 

 俺は笑みを引っ込めて感情を表から消し、左腰に提げた銃を手に取ってそのまま二人の方へ向けると、躊躇いなく引き鉄を引いた。が、もちろん威嚇なので数センチ離れた位置を通り過ぎただけだったが。それでも効果はあったようだ。

 

「てめえ……!」

「次は当てる。そこにいる二人と同じ感性持ってると思うなよ、兄ちゃん」

 

 今度はきちんと照準を合わせてやると、ラカムは大人しく銃を下げてくれた。

 

「……なんで、そうまでして僕と戦いたいんだ」

「その答えはこれから見せてやるよ」

 

 俺はそう言って銃を提げ直し右腰にある剣の柄へと手をかける。

 

「ほら構えろ。お前がやる気にならないと、誰が死ぬかわかんねぇぞ?」

「……わかった。その代わり、他の皆には手を出すな」

 

 怒りを滲ませて俺を睨んでくる。……いい目になってきたな。

 

「わかってるよ。俺はお前と戦えればそれでいいだけだ。もちろん、他のヤツが手を出さなければ、の話だがな」

「ああ。皆、手は出さないで」

 

 グランが腰の剣に手をかけて一歩進み出る。

 

「し、しかし……!」

「安心しろ、騎士の姉ちゃん。別に俺はこいつを殺す気もねぇし、そんな力もねぇ。本当にただ手合わせしたいだけなんだよ。やり方については謝るが」

「……」

 

 一応釘は刺しておく。敵の言うことなんて信じないだろうが。今もほら、怪訝そうな顔してるし。

 

「さて、そろそろやるか」

「……」

 

 グランは剣を抜いて中段に真っ直ぐ構える。そんな真面目なヤツの虚を突くのは、俺の得意分野だ。しかも初見ともなれば尚更だ。

 

「いくぜ、グラン。驚いて呆けるなよ」

 

 俺の声に一層強く剣の握るのを見ながら、

 

「【ファイター】」

 

 俺が静かに呟くと対峙しているヤツと同じような恰好へ変化する。黒いパーカーに黒いズボン。胸当てだけは灰色だった。

 

「なっ!?」

 

 俺も他に使えるヤツがいると知った時は驚いたが、それは相手も同じだ。信じられないモノを見たような顔で俺を見てくる。その隙に剣を抜いて駆け出した。

 

「呆けるなっつったろ!」

 

 言いながら剣にオーラを纏わせ技の威力を大幅に上げる、

 

「ウエポンバースト!」

 

 を発動する。

 

「う、ウエポンバースト!」

 

 俺がなにをしようとしているのか察したらしく、戸惑いながらも同じように剣へとオーラを纏わせてきた。

 そして接近してほぼ同時に、

 

「「テンペストブレード!」」

 

 技を放った。

 剣の一振りに合わせて竜巻が発生し、相手を切り刻まんと進む。偶然にも同じ技だったがためにぶつかり合って相殺された。

 

 奥義と呼ばれる必殺の一撃を秘めた技は互角。戦いの途中で武器を呼び出したあれがなければやっぱりそんな実力差はないか。

 

「どうしたよ! そんなもんか?」

 

 相殺後に接近して鍔迫り合いに持ち込む。

 

「くっ! どうして僕達と同じ『ジョブ』の力を」

「そんなもん俺が聞きてぇよ。俺も俺以外が持ってるなんて思わなかったんでな!」

 

 鍔迫り合いは分が悪いみたいだ。どうやらこいつの方が俺より力が強い。

 

 俺は剣から力を抜いて横に避ける。グランがそのまま前につんのめったところを右手で手首を掴んで前へと引っ張り足をかける。相手の勢いを利用したまま投げ飛ばした。

 

「ぐっ!」

「ほら立てよ、同じ力持ってんなら早々やられねぇだろ? それともこの隙に仲間撃たねぇと本気出さないのか?」

「やめろ!」

 

 グランは激昂して立ち上がり、突っ込んでくる。それを受けつつ、

 

「そうだ。てめえの本気を見せてみろ!」

 

 俺はちょくちょくグランを挑発しながら、しばらく戦い続けた。

 グランの性格通りなのか愚直な剣は見切りやすく、油断ならないとはいえ窮地にはならなかった。代わりに俺はヤツを翻弄するように手足を使ったり剣を放り投げて逆の手で斬りつけたりと変則的な動きをしていた。剣技なんて小綺麗なもんじゃないが、今本気で殺し合えば俺が勝てる、かもしれないな。

 

 そろそろ実力も見れたし終わるかと思っていたら、

 

「テンペストブレード!」

 

 横槍が入った。竜巻が巻き起こり俺は切り傷をつけられ後退させられる。……クソッ。ジータか!

 

「ドランク!」

「ライトウォール!」

 

 俺が二人を襲わせる前に、カタリナが宝玉と二人の間に障壁を展開する。示し合わせてやがったな。なら仕方ない。俺だって別に他のヤツは良かったんだけどな。

 俺は密かに【ファイター】を解除して左腰の銃を手に取る。

 

「ドランク、そのまま二人を殺せ!」

 

 俺は偽の指示を出しながら蒼の少女ルリアへと銃口を向けた。

 

「カタリナさん、すぐに二人を!」

「違う! 狙いはルリアちゃん!」

 

 グランが素直に二人を見て、ジータが俺の行動に気づき声を上げるがもう遅い。腹部目がけて引き鉄を引いた。が、聞こえた銃声は()()

 俺の撃った弾はルリアを襲う途中で別方向から来た弾丸に軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

「間一髪だったな」

 

 肩に銃を担いで呟くのは、この中で唯一銃を主武器とするラカムだった。

 

「神業かよ、凄ぇな」

 

 俺は驚愕の一発に称賛しか出てこない。ただこれでは勝負どころではないな。

 

「ダナン。そろそろいいか?」

 

 黒騎士もそう思ったのか俺を呼んだ。

 

「ああ。悪いな、グラン。俺の我が儘に付き合ってもらって。またいつか会った時は殺し合いになるかもしれねぇし、続きはそん時だな。じゃあな」

 

 俺は黒騎士に返事しつつ、できるだけ警戒心を抱かせないように明るく挨拶して銃をしまい駆け出す。

 全力で走ってコロッサスを踏み台に壁へと跳躍し、更にその壁を蹴る形で二階の手すり下の床に手をかける。離れた足に勢いをつけて回し足が上がってくるタイミングで手を離した。俺の身体は上に飛び一回転して足から手すりの上に着地する。

 

「よっ、と」

「ひゅーっ。カッコいい登り方!」

「茶化すなよ。むざむざ防がれやがって」

「痛いとこ突くなぁ」

 

 全然反省した様子がねぇ。こいつがこんなんだからいけると思われたんじゃないだろうか。

 

「悪くはなかったがまだ足りない。彼女を取り戻すにはまだ、な」

 

 黒騎士が独りごちていた。彼女って誰だ?

 

「ではまた。……ルリア。そしてその主グランよ再会を楽しみにしている」

「……楽しみ」

 

 黒騎士の横にオルキスが並び一行を見下ろす。どうやら別れの挨拶をするみたいだ。

 

「二人と因縁あるみたいだし、俺も次会う時を楽しみにしてるよ」

 

 ひらひらと手を振ってグランとジータに別れを告げる。

 

「じゃあね。アディオース!」

「勝負は、次まで預ける」

 

 ふざけたドランクに続きスツルムも告げたことで、俺達は踵を返しその場から立ち去った。

 

「おい! ちょっと待てよ!」

 

 ラカムが呼び止めてくるが、無視だ。

 そして入ってきた廃工場の入り口から出てきた。

 

「いやぁ、悪いな。お前らも俺の我が儘に付き合ってもらちゃって」

「ホントだよ〜。ってかさ、あれだと僕達まで極悪人だと思われるんだけど」

「いやお前らは割りと悪人だろうが。善人だと思ってたのか? その胡散臭さで?」

「胡散臭さってなに? ねぇスツルム殿酷くない?」

「確かにな。お前の顔は信用ならない」

「そっち!?」

 

 スツルムにも肯定されて、本気でショックを受けたらしいドランクが肩を落とす。

 

「煩いぞ。さっさと戻って次の準備だ」

「え〜。そろそろ休暇欲しいんですけどボスぅ〜」

「黙れ刺すぞ」

「え、いやボスに刺されたら死んじゃいますねぇ」

 

 スツルムと黒騎士では加減のし方が違う。地力もかなり違う。魔法による防御ごと多分イカれる。

 

「黙って従えってことだろ」

「ああ」

 

 スツルムの要約に肯定する黒騎士。

 

「……ねぇダナン君。うちの女性陣ちょっと怖すぎない?」

「……なに言ってんだ。女なんて成長して逞しくなったらこんなもんだろ」

 

 ドランクの耳打ちに小声で返していると、黒騎士がこちらを振り返った。

 

「なにか言ったか?」

「「いいえなんでもありません」」

 

 思いの外強い気迫に、俺達は揃って姿勢を正すしかないのだった。



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次に向けて

 バルツでの作戦を終えた俺達は、やはりというか俺のアジトに帰ってきていた。すっかり寛いで、飯だアップルパイだのと要求してくる始末。ここは俺の家だっての。

 とはいえ戦力外である俺ができることなど限られている。それに俺も腹が減っていた。ついでに五人分(オルキスがめっちゃ食べるので五人前ではない)料理を用意してやる。腹ごしらえをして作戦の疲れを癒し、充分食べたところでアップルパイを焼き上げる。四人で一枚、オルキスは本人の強い要望により三段アップルパイを食べていた。……その小さい身体のどこにそんな入るんだかねぇ。

 

 相変わらず不思議な胃袋をしているようだが、そこはもう気にしないことにしておく。

 

「いやぁ、やっぱりダナン君は料理は美味しいね。その辺のお店で打ち上げするよりいいよ。それに、ここなら内緒の話もしやすいからね~」

 

 ドランクが言うとどうも胡散臭くなるから不思議だ。俺の料理が美味いのは食べた皆が言ってくれることだが、どうもな。

 

「ああ、そうだな。早速次の話に移るが、私は人形を連れてアウギュステに行く。そろそろアウギュステでの計画が終わりそうだからな」

「アウギュステでの計画?」

 

 なにも知らされていない俺が黒騎士に尋ねる。

 

「そうだ。だが今回はスツルムとドランクには別行動をしてもらう」

「ほう。じゃあ俺も別行動ってことになるのか?」

「いいや。貴様には私と来てもらう」

 

 秘密裏に協力している以上、帝国にその存在が知られるのはマズい。はずなのだが。

 食事直後なので兜を外している黒騎士の顔は少し笑っていた。悪巧みをしていそうな顔だ。

 

「その心は?」

「帝国には既に、見所のある拾った人間に人形を預けている、という説明を何度か行った」

「……おいこら。事後報告じゃねぇかよ」

「そうだが?」

「そうだが? じゃねぇだろうよ。見所があると黒騎士に言われたってんなら相当強そうじゃねぇと無理だし。なにより帝国の一員になるんなら作法とか知らねぇと無理だぞ?」

 

 要は、エルステ帝国最高顧問直属の兵士になれ、と言っているようなものだ。そうなるには足りないモノが多すぎる。

 

「問題ない。私がみっちり鍛えてやる」

「……それ死なないだろうな」

「さてな」

「おい」

「冗談だ」

 

 嫌な予感がしてジト目で見るが、それは冗談だったらしい。……こいつも冗談を言うんだな。

 

「今の実力でも充分一兵卒とは比較にならないくらいには戦えるだろう。その歳で充分戦えるなら、見所があると判断した材料にもなり得る。もちろん三日でみっちり鍛えてやるが」

「スケジュールキツくないっすか。いやまぁしょうがねぇか。で、スツルムとドランクはその間どこでなにをする予定なんだ?」

 

 同年代でも俺と同じくらい強いヤツが、少なくとも二人いるとわかった。年下でも充分強いヤツもいた。なら今以上に強くなれるのに努力を惜しむことはない。むしろ七曜の騎士の一人である黒騎士に鍛えてもらえるなら有り難い。

 

「内緒~」

「言う必要はない。後で雇い主にでも聞いてみろ」

 

 二人は自分から言い出す気はないらしい。

 

「しょうがない、か。作戦後の飯抜きにするぞ」

「えっ!? そ、それは酷いんじゃないかな~」

「そ、そうだぞ。横暴だ」

 

 余裕たっぷりな笑みと無表情が崩れた。……ふっふっふ。すっかり胃袋掴まれるな。

 

「ぼ、ボス。死活問題なので言っていいですか!」

「ダメだ。まだこいつを信用したわけではないからな」

「そんなぁ!」

 

 ドランクが挙手をして黒騎士に訴えるが、断られてがっくりと肩を落とす。

 

「なるほど。黒騎士が口止めしてるってんなら仕方がない。黒騎士もなしだな」

「なに!? 貴様っ」

「でもまぁ、元々外で食ってた黒騎士さんはいいよなぁ、別に」

「くっ……!」

 

 どうやら黒騎士も大分気に入ってくれたらしい。

 

「ってことで次の作戦後はオルキスと二人でいっぱい飯食べれるなぁ」

 

 と俺は黒騎士の横に座るオルキスへ声をかけたのだが。

 

「……? ダナンのご飯は美味しい。ごちそうさま」

 

 アップルパイを食べ終えたオルキスは話を聞いていたのか聞いていなかったのか、そんなことを言う。苦笑しつつ口元についた汚れを拭き取ってやる。

 

「……チッ。わかった、アウギュステへの移動中に教えてやる。だが決して他言するなよ。命がないどころの話ではなくなるからな」

「了解。腕によりをかけて作りますよ、黒騎士殿」

 

 面白くなさそうな黒騎士の許可が下りた。睨まれて肩を竦める。

 

「ふん。調子に乗っているようなら、鍛錬で思い上がりを叩き潰してやろう」

「そりゃ感激。……死なない程度に優しくしてね?」

 

 皮肉で返しつつも、本気で殺しに来たら俺みたいな弱小人間は呆気なく死ぬので、割りと真面目にお願いしておく。……そのお願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、三日間。死ぬギリギリまで鍛えさせられた。

 

「……飯作る体力を考えろ阿保!」

 

 と俺が初日に叫んだのは言うまでもない。もちろん、その後の鍛錬が更に痛いモノになったのも、な。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ということで、三日間に及ぶ地獄の特訓を乗り越えた俺は、ぐったりとした様子で小型騎空艇に乗り込んでいた。

 

「……大丈夫?」

 

 ベッドに寝転ぶ俺を覗き込んでくるのはオルキスだ。

 

「ふん。だらしがない。そんな体たらくで私の直属が務まると思うな」

 

 腕を組み憮然とした様子で言うのは漆黒の甲冑で全身を包んだ黒騎士だ。俺をこんなんにした張本人である。

 

「……俺が必要以上に疲れてるのは、あんたらが飯はちゃんと作れだのと無茶言うからだろうが。あの鍛錬と料理両立するなんて無理だろうが」

「実際やってみせただろう。料理中に倒れるようなら考えてやったのだがな」

「生き汚くて悪かったな」

「元はと言えば貴様の料理が美味いのが悪い」

 

 なんて理不尽な言い草だ。

 ただ人間、死にそうになってもやろうと思えばできるのだと理解してしまった。……次があるなら更に厳しい鍛錬になるんじゃないだろうな。

 

「到着するまではそのままでいいが、魔力を練るのを忘れるな。魔法を十全に使うには、魔力のコントロールを身に着けなければ話にならないからな」

「はいはい。ってかあんた魔法も使えたんだな」

「ああ。剣一本でのし上がれるほど、七曜の騎士は甘くない」

「そりゃそうか。余程特化してなきゃ、一芸だけでなれるわけもねぇか」

 

 この世には、六つの属性がある。

 火、水、土、風のそれぞれ相互関係にある四属性と、対極となっている光と闇の二属性。それぞれ適正というか、向き不向きがあるので使えない属性があって当然だ。

 

 だがこの黒騎士は、基本を闇属性としていながら光以外の四属性まで扱えるのだ。しかも並大抵の魔法使いとは一線を画すぐらいの練度を誇っている。剣だけでも化け物みたいなのに、魔法でも化け物とか相変わらず底が知れないな。

 俺が今まで強いと感じた者は、ナルメア、黒騎士、シエテってところか。俺からしたら誰が一番強いかなんてわからないな。ナルメアの名は今のところ噂でも聞いたことはなかったが、彼女は相当強いはずだ。十天衆にも匹敵し得るぐらいの力は持っているかもしれない。まぁ、実際にどうかは戦ってもらわないとわからないんだけどな。

 

「属性を扱うという点では、不得意のない貴様の方が上だろう」

 

 黒騎士はそう言ってくる。

 

「確かに、俺――多分グランやジータも全属性満遍なく使えるけどな」

 

 そう。俺は使えない属性がない。つまりは万能だ。だが残念ながら通常状態ではあまり上手く使えず、【ウィザード】やなんかを使うとあっさり上手くいく。万能ではあるが『ジョブ』に左右されすぎて黒騎士ほど自由に使えないのだ。剣と魔法を両立するような『ジョブ』があればいいんだけどな。

 

「それはきっと『ジョブ』があるせいだ。対応力という点で言えば間違いなく強いからな」

 

 一属性しか使えない、などという万遍なさを阻害することはない、ということだろう。そのおかげで誰から教わってもある程度形になるのは有り難いことだった。

 

「その代わり『ジョブ』によって魔法が上手く使えるかどうかの基準があって縛られる、というわけか」

「そういうこと」

 

 とりあえず『ジョブ』についての話はここまでにして、聞いておきたいことを尋ねておく。

 

「で、スツルムとドランクは今なにをしてるんだ?」

「……。まぁ島を発った今なら情報が漏れる心配もないか。あの二人には、他の島の調査に行ってもらっている」

「島の調査?」

「そうだ。グラン達と一緒にいたルリアという少女を覚えているか」

「ああ、あのコロッサスからなんか取り出してた」

「そのルリアには、貴様が見たように星晶獣の力を取り込む能力がある」

「ほう?」

 

 そりゃ興味深いな。星晶獣の力は超常のモノだ。それをただの人が扱えるとは思えない。

 

「つまり特殊能力を持ってるってことなのか。だからあいつらの旅に同行してるんだな。まぁただの少女がいるわけねぇだろうとは思ってたが」

「そんなところだな。そして星晶獣の力を取り込むことでルリアの力は増していく。あの双子はどうやら星の島イスタルシアに行きたいようだが、それには島の星晶獣が守る空図の欠片を集める必要がある」

「イスタルシアねぇ……」

 

 御伽噺にしか出てこないような、俺からしたら架空の島だ。なんて言うか、冒険ロマン溢れる理由で旅してんな、あいつら。

 

「でなければ瘴流域を越えられないからな。そして島を回り星晶獣の力をルリアが取り込むことで、力が増していくことこそが、私の目的に一歩近づくことでもある」

「ふぅん。じゃあつまり、各島の星晶獣を調べたり島の状況を調べたりして、星晶獣の力を取り込ませる必要があるってわけな。それなら先回りして事前調査を行う必要がある、か」

「察しがいいな。……私の目的については聞かないのか?」

 

 大体把握した。暗躍などとカッコいい言葉を使っても、やるべきことは地味なモノだ。

 と思っていたら黒騎士からそう尋ねられた。

 

「ん? まぁ、聞きたいは聞きたいが、どうせ話す必要が出たら話してくれるんだろ。なら俺が今ここで聞く必要はねぇな」

「そうか」

 

 その目的を聞いて、こいつの目的に協力するかはまた別の話だろうしな。今聞いて離反したくなっても仕方がない。直前まで黙っていてもらおう。

 

「そういやさ、バルツにはなんでちょくちょく行ってたんだ? 罠とかは別に張ってなかっただろ?」

「ああ、その件か。あれは地下の地図を作らせていた」

「地図?」

「そうだ。使われなくなって久しい場所だったからな。ザカ大公との件とは別に、連中を誘導するためのルートを確保する必要があった。経年劣化で崩落した通路があったら誘導できないからな。地図を作ってどのルートをどう誘導するか決めたのだ」

「……地道なんだな、暗躍って」

「失敗が許されないなら尚更な」

 

 なるほど。……ってことはこれから先俺もそういう地味な作業に付き合わされるのでは? まぁやれと言われればやるけど。飲まず食わずで何日もぼーっとしているよりかは楽だろう。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

 

 黒騎士に尋ねられ、天井を見上げて考え込む。

 

「そうだな、あんたの名前なんてどうだ?」

「なに?」

 

 なんとなく思いついた質問に、黒騎士は声を尖らせる。

 

「黒騎士ってのは七曜の騎士としての呼び名だろ? なら別に本名があるんじゃないかと思うんだが」

「なぜそんなことを聞く」

「別に思いついたから聞いただけだ。言いたくないなら言わなくていい」

「……」

 

 普段から顔を隠しているし、もしかしたら素性についてはあまり詮索されたくないのかもしれないとは思っている。だが気になっていることではあるので、聞くだけ聞いてみることにしたのだ。

 

「……アポロニア」

「ん?」

「アポロニアだ。二度は言わんぞ」

 

 それ自体二度目では? とツッコむのは野暮だろう。

 

「ふぅん。公私共に黒騎士のままでいいんだろ?」

「ああ。人前で呼ぶなよ、うっかり首を落としてしまうかもしれん」

「物騒なヤツだな」

「貴様に言われたくはないな」

 

 冗談なのか判別のつかない発言に眉を寄せると、思わぬ返答が返ってきた。

 

「あん?」

「私も帝国最高顧問として、様々な人間を見てきたつもりだ。だが貴様のように殺気もなく談笑するように人を殺せる人間は初めて見た。しかも人を殺したことに関して、全く罪の意識がない。危険だと思わないのに危険な行いができる人間は、あまり類を見ないタイプだ」

「そういうもんかね。まぁ、俺の育った街では人の命なんてその辺のゴミと一緒だったからな」

 

 その価値観が、今も強く根づいているのだろう。

 

「そうか。孤児か?」

「ああ。地理詳しくねぇから具体的な場所がどこだったかはよくわかんねぇが、ゴミ溜めみたいなとこだったよ。人も、モノもな」

「そこで得た価値観が、貴様の中にあるということか」

 

 黒騎士は俺の話に納得したようだった。人の持つ価値観は、生まれ育った環境に左右されやすい。俺がこういう人間になったのは、十中八九あの街のせいだと察したのだろう。

 

「……ダナンは優しい」

 

 ところが、オルキスがぽつりと告げてきた。俺も、黒騎士さえ予想外だったのか驚いたようにオルキスを見る。

 

「そうか?」

「……ん。アップルパイ、作ってくれる」

 

 シンプルな答えに思わず笑ってしまう。

 

「ふっ。そっかそっか。まぁもし俺が優しいと思うんならきっと、初めて俺に優しさをくれた人のおかげだろうな」

 

 俺はオルキスの頭をぽんぽんと優しく撫でて笑った。俺がギリギリ人の生活に溶け込めているのは、彼女と過ごした日々があるからだ。それがなければとりあえずあいつらと会った時、出会い頭に警告なしで一発ぶち込んでいたかもしれない。そもそも、あの一時がなければこいつらとこうしていることもなかったと思う。多分だが、シェロカルテに関わった時点で危険人物だとされて裏で始末されそうだ。

 

「……」

 

 オルキスは大人しく頭を撫でられるがままにしていた。

 

「……ふん。いい加減気を引き締めろ。貴様は弱くてはいられないのだからな」

「わかってるよ、帝国最高顧問様」

 

 しばらく口を出さなかったが、注意されたらすぐに手を引いてベッドに寝転がりながら魔力を練り上げる。一応三日の内にClassⅡに手を出していた。と言っても俺が使いやすい短剣を扱える【ソーサラー】、【レイダー】、【アルカナソード】という三つだけだ。この間と同じように、持ってきた武器は左腰の短剣と銃、右腰の剣だけだ。シエテに傷をつけられた防具は新調しており、ほとんど同じ姿ではあったが綺麗になっている。

 武器が増えれば戦術の広がるが、代わりに持ち運びが面倒になる。今後はそれも考えていかなければならないな。

 

 数時間が経って、黒騎士から声をかけられる。

 

「そろそろ着くぞ。アウギュステだ。ダナン、くれぐれもボロを出すなよ」

「わかってるって。俺の演技に瞠目しな」

 

 散々聞かされた注意にそう返して、俺は伸びをし身体を解しながら到着を待つのだった。



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アウギュステに到着

 青い空、白い雲。そして空をそのまま鏡に映したような透き通る海。

 

 一言で言ってしまえば、それがアウギュステだ。

 

 海ってヤツは知識でしか知らないが、塩っ辛い尽きぬ水のことを言うらしい。池や川、湖なんかとも違う広大な水なんだそうだ。

 

「……海は初めて見たな。だがちょっと聞いてたより汚いか?」

 

 もっとこう、キラキラと輝いていると聞いていたのだが、なんだか思ったほどではない。ちょっと濁っているような気がしなくもなかった。

 

「初見で見抜くとは、貴様やはり観察眼はそこそこだな」

 

 事情を知っているらしい黒騎士はそう言うだけだった。

 海を擁するアウギュステという島は、現在エルステ帝国と戦争真っ只中、だそうだ。どうやら屈強な海の戦士達がいるらしく、徹底抗戦の構えを見せるため少し手こずっているようだ。

 

「そりゃどうも」

 

 言いながら騎空艇を降りたところで、大勢の帝国軍兵士が整列しているのが見えた。……流石最高顧問様。お出迎えが派手ですなぁ。

 黒騎士は慣れているのか列の間を堂々と進んでいく。オルキスも緊張はしないのかとてとてと黒騎士の後をついて歩いていった。俺もその後ろを歩いていく。あまり生きた心地はしないが、まぁ帝国相手に喧嘩売ってるわけでもないし、別に気にする必要はないだろう。ただし、「あいつは何者だ」という疑惑の視線が突き刺さっていた。

 

「お待ちしておりました、黒騎士様。……してその少年は……」

 

 列が途切れるところで黒騎士を待っていた身なりのいい兵士が敬礼した後俺へと視線を向けてくる。にっこりと愛想笑いを浮かべておいた。

 

「こいつは見所があるからと拾い、直々に鍛えてやっているヤツだ。私直属の兵士だとでも思えばいい」

「黒騎士様が直々に、ですか? 一体何日鍛えたのでしょう」

「三日だ」

 

 黒騎士の答えに、列がざわめきいくつもの声が聞こえる。

 

「三日だと!?」「嘘だろ、あの一日でも受け続けたら死に至ると噂の黒騎士様の特訓を!」「三日も耐えたっていうのかあいつ!」「信じられん……」「黒騎士様が目をつけるような人間だ、化け物に決まっている」

 

 などという声も聞こえてきた。……おぉ、意外なところで評価されてしまった。ってか化け物て。俺はまだそんな領域にはいねぇよ。

 

「な、なるほど……。わかりました。では帝国の兵士として?」

「似たような扱いでいい。だがこいつは私が自由に動けるよう、人形の護衛としてつける予定だ」

「かしこまりました」

 

 上手いこと言ってんなぁ、と思うばかりだ。流石にこうして多くの兵士に畏怖されている姿を見ると貫禄があるなと感心する。オルキスはじっと押し黙っていた。おそらく兵士の前では感情を全く見せないように努めているのだろう。

 

「それで、戦況はどうなっている?」

「未だアウギュステからの抵抗は止みません」

「ここには今誰がいる」

「フュリアス将軍閣下、及びポンメルン大尉です。例の研究成果を手にしておられます」

「理解した。それでこの地での進捗状況は?」

「既に完成しており、兵器・アドウェルサは回収済みです。後はアウギュステを手に入れるのみとなっております」

「そうか。よし、順調だな」

「はい。このまま行けば直に抵抗している自警隊の連中も我々に従うでしょう」

「ふっ。そうだな」

 

 報告を聞く黒騎士の笑いを兵士がどう取ったのかは知らないが、少なくとも帝国の侵攻が順調であることを喜んでいるようには思えなかった。帝国とは関係のない、傭兵という手駒を持つ黒騎士のことだ。どうせ帝国の思惑とは逸れた目的でも持っているのだろう。

 

「黒騎士様はこの後どうされますか?」

「そうだな……折角だ、フュリアス将軍のところにでも行くとするか」

「かしこまりました。兵士を何人がつけますか?」

「私に、護衛が必要だとでも?」

「い、いえ! 失礼いたしました」

 

 将軍とやらのところへ向かうらしい。兵士の申し出を威圧的に断りつかつかと歩き出す。横を通った時兵士は冷や汗をぐっしょりと掻いていた。まぁ遥か高い上司だしな。しかも実力が知れ渡っている七曜の騎士が一人だ。そりゃ恐縮もするだろう。

 

「行くぞ」

「……ん」

「はいはい」

 

 黒騎士の後にオルキスと俺が続く。少し離れてから、兵士達のため息大合唱が聞こえてきた。

 

「なぁ。アドウェルサってのはなんだ? 兵器なんだろ?」

「ああ。アドウェルサは一言で言えば兵器だ。そして兵器でしかない。大量破壊兵器、とも言えるがな。高威力の砲撃を備えた兵器だ。量産化の目処は立っているらしいが、詳しいことは知らん」

「ふぅん。まぁ七曜の騎士にとっちゃ雑魚と変わらないのかもしれないがな」

「ふん。だが貴様にとっては充分な脅威だ。機動力、主砲、副砲、どれを取っても並みの相手では太刀打ちできるモノではないだろうな」

「へぇ。帝国はそんなモノに金かけてんのな」

「人同士の戦いなら充分強力だからだろう。今や帝国がファータ・グランデの大半を握っているが、ここのように抵抗する連中もいる。そういう連中相手に使う気だろうな」

「回りくどいことで」

 

 まぁでも確かに、俺の準備と似たような目的なのかもしれない。どんな相手がいても有利に立ち回れるように、兵器を用意しておく。別に悪い手ではないだろう。

 

「ちなみに兵器を生産する過程でゴミが大量に廃棄されている。ゴミを廃棄するならどこだと思う?」

「んー……。まぁその辺に積んどく……と言いたいところだけど流す、かな。自然を考えず効率だけでいくなら」

「正解だ。帝国は研究で出たゴミをアウギュステの海に流し続けている。その結果海は汚染されていっているというわけだ」

「環境破壊なんて酷い真似しやがるな。全員海に飲まれて死ねばいいのに」

「ふっ……それは現実になるかもしれんな」

 

 人は醜い生き物なので、人のいない自然はいいと思う。だから今の発言になるのだが、帝国側の人間であるはずの彼女は意味深に笑っていた。……この人、やっぱ帝国の中心にいながら立場が帝国っぽくねぇんだよなぁ。ホント、なにが目的なんだか。

 

「もうすぐ着く。軍の指揮を任せているフュリアスに失礼のないようにな。悪逆非道、という言葉が似合う男だ。気に障ったらその場で殺されかねんぞ」

「そりゃ怖い。まぁ大丈夫だろ。殺されそうになったらフォローしてくれ」

「さぁ、どうするかな」

 

 フォローしてくれねぇのかよ……。じゃあしょうがない、俺だけの力で切り抜けるしかないか。

 軽口を叩きながらも俺達はフュリアス将軍とやらがいる場所まで辿り着いた。大勢の帝国兵が待機する地点で、その中央には二人の意匠が異なる軍人がいた。

 

 一人はヒューマンで、髪と顎髭をこれでもかと固めている。セットに時間がかかりそうだ。

 もう一人はハーヴィンで小柄な体躯をしている。学士帽のようなモノを被り眼鏡をかけている。

 

「黒騎士様!」

 

 黒騎士の登場に、一兵卒達は敬礼し道を開けていく。その道は二人の軍人へと続いていた。その中を堂々と歩く黒騎士に、二人が気づいた。髭の軍人は見ただけに終わるが、眼鏡の軍人は苛立たしげに顔を顰めている。仲はあまり良くないようだ。

 

「ダナン。フュリアス将軍に挨拶しろ」

 

 ある程度近づいてから、そう指示される。……いやいや。フュリアスってどっちだよ。これまでに得た情報だけで判断しろってか。

 一応エルステ帝国への礼節は習っている。それの通りにやれば問題ないのだろうが、どっちなのか間違えてしまえば悪逆非道の将軍様に首を刎ねられること間違いなし、というわけか。

 

 俺は仕方なく真面目な表情を装って二人の前へと歩み出る。……さてどうするか。

 俺が近づいてくると、二人が怪訝な表情でこちらを見てきた。歩を緩めることなく進むとハーヴィンの方が口を開いた。

 

「なに、君。誰なの?」

 

 苛立ちを隠そうともしない声だった。無視して一歩進めると苛立ちが更に際立った。

 

「あのさぁ、誰か知らないけどこの僕を無視するなんていい度胸――」

 

 彼が苛立つにつれて周囲の兵士に緊張が走っていた。ああ、そうか。こいつがフュリアスか。

 俺はヤツが言い終わるよりも早く流麗な動きで左膝を突いて頭を垂れる。真剣な声を作って口上を述べた。

 

「お初にお目にかかります、フュリアス将軍閣下。まずは只今の非礼をお詫びしましょう」

 

 自分でも本当に俺かと思うような真面目な声を出していた。

 

「へぇ?」

 

 見ていなくても、嫌な笑みを浮かべているとわかる声だ。

 

「黒騎士直属とはいえ私は閣下に遠く及ばない立場の身。となれば頭が高い内に話すなど、それこそ失礼に当たるでしょう。偉大なるフュリアス将軍閣下より高い位置で話すなど、私めにはできません」

「ふぅん。君、なかなか面白いねぇ」

「光栄にございます」

 

 俺の言い訳に、フュリアスの笑みの雰囲気が変わった。周囲の兵士が僅かに弛緩したとこからも、それは間違いない。

 

「ねぇ君、黒騎士じゃなくて僕につかない? 面白そうだし、扱き使ってあげるよ」

 

 とんでもねぇこと言いやがんな。俺は真っ平御免だぞ。

 

「フュリアス将軍。目の前で私の部下を勧誘するのはやめてもらおうか」

 

 流石に黒騎士も余計なことを言わない内に助け船を出してくれた。

 

「ふん。僕はこれでも驚いてるんだ。君がその人形以外に興味を示すなんて、なんの冗談だろうねぇ?」

「さぁな。今は人形のお守り程度にしか考えていない。――ダナン、行くぞ」

 

 おそらく俺の頭の上で二人の視線が交差している。……居心地悪いから早く逃げたい。と思っていたら黒騎士に呼ばれた。

 

「失礼いたします」

 

 フュリアスに一言断りを入れてから、立ち上がって踵を返し黒騎士の方へ戻っていく。

 

「なに? 君は参加しないの? 折角、面白い客が来てるのにさぁ」

「私とて、貴様の手柄を横取りする気はない。その面白い客とやらをどう料理するのか、見物させてもらおう」

「……一々偉そうなんだよ」

 

 黒騎士が踵を返したところで、フュリアスが小声で毒づいていた。……ほう。こいつはプライドの高そうなヤツだな。

 だが聞かなかったフリをして、俺は黒騎士とオルキスと共に兵士達の列から離れた位置へと移動する。

 

「ったく。おい、フュリアスがどんな容姿か事前に教えてくれよ。どっちに挨拶したらいいかわかんないだろうが」

 

 会話の声が兵士達に聞こえない距離まで来てから、俺は黒騎士に文句を言う。

 

「だがわかっただろう?」

「結果論じゃねぇかよ。まぁわかりやすかったよ、あいつが怒ると兵士が緊張するからな。どうせ味方にも非道な行いしてんだろ」

「よく見ている。しかし貴様、よくああも口が回るな。あいつが第一印象から気に入った様子を見せたのは初めてだ」

「まぁあんなんじゃな。……一つ、ハーヴィンでプライド高いヤツは体格にコンプレックスを持ってることが多いから、わざと頭があいつより低くなるようにしたこと。一つ、俺が黒騎士直属だと名乗りながらフュリアスにのみ敬称をつけたこと。あいつが気に入るならその辺だろ」

「……」

「で、小さいことを気にしてんなら、『偉大な』とか大きいモノを連想させる言葉で煽てれば『あっ、こいつは見かけだけで判断せずに見てる』って勘違いして上機嫌になってくれるってわけだ。扱いやすいにも程があんな」

 

 あれで軍を率いる将軍とは、呆れたモノだ。乗せられやすすぎるだろ。

 

「……貴様」

「ん?」

 

 妙に真面目なトーンだったので、不思議に思って黒騎士を見る。

 

「戦闘以外だと使い道が多いな。特に表情と声の使い分けが上手い。場面で使い分ける器用さと、どんな相手だろうが怖気づかない図太さ。我々にはなかったモノだ。ドランクはどうしても胡散臭くなり、スツルムは愛想が悪い。無論私も、立場上こう振る舞うべきというモノがある」

 

 一瞬、彼女がなにを言っているのか理解できなかった。

 

「貴様は自分を演じ分けることができる。貴様だけの価値だ。加えてその観察眼。充分評価に値する」

 

 言い切られた後に言われた言葉を反芻して、俺は一歩跳び退いた。すかさず腰の短剣に手をかける。

 

「さてはてめえ、偽者だな!」

「……貴様が私をどう思っているのか問い詰めたいところだが」

 

 黒騎士が俺を褒めるだと? そんなはずはない。絶対偽者だ。

 と思って警戒を露わにしていたが、兜を脱いで素顔を晒したことで本人が入っていると判明してしまった。すぐに被り直したが。

 俺は俺の記憶が間違っている可能性を考慮し、オルキスに視線を送る。

 

「……本物」

 

 だが断言されてしまい、俺は警戒を解くしかなかった。

 

「……まさかあんたに褒められるとは思わなかった。別の人間が入ってるのかと思ったぜ」

「貴様……。そんなに貶されたいなら今から拳つきでわからせてやろうか」

「あ、本物だわ。いやぁ悪かったな疑って」

「やはり殴るか」

 

 結局脳天に一撃食らった。

 

「いや本気で疑って悪かった。まさか七曜の騎士に評価されるとは思ってもみなくてな、つい……」

 

 取り乱してしまった。頭を掻いて謝っておく。

 

「ふん。私も認めるべきところは認める。褒めるという行為は下を育てるためには時に必要な行為だからな」

 

 それもそうか。

 話し込んでいると、なにやら騒がしくなってきた。

 

「来ましたねェ……この時を待っていましたよォ!」

 

 比較的落ち着いた雰囲気だった髭の軍人が興奮したように叫ぶ。誰が来たのかと思って視線を巡らせると、

 

「今度はなにを企んでいる!」

 

 実直な少年の声が聞こえた。

 青いパーカーに胸当てをした少年で、傍らには赤い羽トカゲがいる。

 

 グラン一行だ。



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海の神、顕現

昨日中に更新するのを忘れていました。続けて更新します。


 アウギュステに集った帝国兵の下へ、グラン達がやってきた。

 

 六人と一匹だったはずだが、一人厳つい老兵が加わっている。……それを見た黒騎士の身体が刺々しい気配を纏う。知り合いか?

 

「待ってましたよォ! あの時の借り、返させてもらいますねェ」

 

 独特の口調で笑う髭の軍人が兵を割って前に進み出る。

 

「ポンメルン大尉! フュリアス少将までいるのか!」

 

 元帝国軍所属のカタリナが声を上げ、一行が武器を構えたまま警戒を強くする。

 

「あれ? あれあれ? 君達まだ生きてたんだ? 虫ケラ並みの生命力だよねぇ。ま、今度こそ僕の手で甚振れるって考えたら喜ぶべきなのかな?」

 

 フュリアスは明らかに愉悦の混じった声で言った。挑発のためではなく心から言っているようだから歪んだ性格が垣間見えるというものだ。

 

「黒騎士とグランに喧嘩吹っかけてきた黒いヤツもいるぞ!」

 

 赤いトカゲが俺達を逸早く発見した。

 

「なぜ貴様らがここに……そうか、ザカ大公の仕業か」

 

 黒騎士としても予想外だったらしい。俺はにっこりと笑って手を振る。流石に敵意は薄まらないが。

 

「流石にこの戦力を相手取るには分が悪ぃか?」

 

 ラカムが険しい表情で帝国兵を見渡す。既に臨戦態勢に入っており、合図一つで蜂の巣にできる状態だ。

 

「安心していいよ。そこの黒騎士は今回ただの傍観者。君達の相手をどうしてもしたいっていうからさぁ。ねぇ、大尉?」

「ええ。私はあなた方に復讐スルために、ここにいるのですからねェ」

 

 フュリアスに話を振られたポンメルンは懐から一つの結晶を取り出す。禍々しい光を放つ黒い結晶だ。なんだあの嫌な感じのするアイテムは。

 

「帝国が研究してきた魔晶の力、とくと味わうがいい、ですねェ!」

 

 ポンメルンはその黒い結晶、魔晶とやらを胸に宛てがうように取り込んだ。するとどんな仕組みなのか魔晶を取り込んだ彼の身体が変化していく。禍々しい鎧を身に着けた巨人へと。

 ただしポンメルンの顔は巨人の胸辺りに出ていて、意識はないのか項垂れている。顔以外は埋まっているのか見えないが、巨人の頭が意思を持って驚愕するグラン達を見下ろしている。

 

「イイ心地ですねェ……。身体の底から次々と力が溢れ出してくるようですよォ!」

 

 胸の方ではなく巨人の頭の方で喋っているような聞こえ方だった。……なんじゃありゃ。人が化け物になったぞ。左手に盾のようなモノをつけていて、右手に剣を持っているからまだ人と同じような戦い方をしそうなのだが。

 

「この魔晶の力で、今度こそ貴様らを八つ裂きにしてやりますよォ。機密の少女を奪ったそこの小僧と小娘、そして帝国を裏切ったカタリナ中尉ィイイ……!」

 

 巨大化したポンメルンはずんずんとグラン達に歩み寄り、右手の剣を振り上げる。

 

「来るぞ! ライトウォール!」

 

 カタリナが前に出て障壁を張る。

 

「そんなもので防げると思わないことですねェ!」

 

 しかし、ポンメルンの一振りよって呆気なく切り裂かれ余波が一行を襲った。

 

「なんだと!?」

「魔晶は私の力を飛躍的に高めてくれるんですよォ! もうあなた方は敵ではありませんねェ!」

「くっ!」

 

 ポンメルンはまだまだ余裕そうだが、一行には余裕がない。加えて、

 

「ポンメルン大尉を援護しろ!」

 

 大勢いる帝国兵達も黙ってはいなかった。銃を構えて整列する前列の兵士達が片膝を突いてグラン達を狙っている。

 

「ダメ! ティアマト、お願い!」

 

 これは流石に始末されるかと思ったが、後ろの方にいたルリアが光と共に巨大な影を呼び出した。竜を伴った美女のような姿をしている。

 

「撃てぇ!」

 

 構わず銃を撃ち放つ帝国兵だったが、ルリアの呼び出したそいつは風を障壁のように操って銃弾を全て風で受け止めた。勢いを失った弾丸が虚しく地に落ちる。前方全ての銃弾を受け止めるとは、あれは普通の魔物じゃねぇな。星晶獣か。

 

「チィ……! 流石は化け物、と言ったところですかねェ。その力で次は誰を殺すんですかねェ!」

「っ……」

 

 ポンメルンの言葉に、ルリアは俯き表情に影を落とす。

 

「黙れ! 誰がなんと言おうと、どんな力を持っていようとルリアは普通の女の子だ!」

「そうだよ! ルリアちゃんを道具としか見ていない、節穴のあなたにはわからないでしょうけどね!」

 

 しかしすかさずグランとジータが怒りを見せて反論する。

 

「私は事実を言っているだけですねェ。それでも黙らせたいというなら、力づくでやってみるがいい、ですよォ!」

 

 ポンメルンが言って右手の剣に力を溜める。

 

「ああ、やってやるさ!」

「いくよ、グラン!」

「「【ウォーリア】!」」

 

 二人は同時に『ジョブ』の力を使ってClassⅡへと姿を変える。……やっぱり至ってたか。まぁ俺が手を出してるんだから、お前らもそうだよな。

 

「「ウエポンバースト!!」」

 

 奥義の威力を高め、二人は一瞬視線を交わす。

 

「魔晶剣・騎零!」

「「テンペストブレード!」」

 

 ポンメルンの闇の力を纏った一撃と、二人の攻撃が合わさった巨大な竜巻が激突する。

 相殺、と言うには少しポンメルンが優勢すぎるか。

 

 巨体だからか余波を受けても平然としている彼に引き換え、奥義を打った二人は後方に吹き飛ばされている。

 

「全力の一撃を相殺するとは、やりますねェ。しかし次はどうでしょうかねェ!」

 

 ポンメルンは嘲笑うように称えながら、再び闇の力を剣に纏わせた。

 

「もう一発来るぞぉ!」

「やはり私が受けるしか……!」

「ダメ、カタリナ!」

 

 二人が体勢を崩している中、先程の一撃がもう一度来たらと慌しくなっていく。

 

「あれはなんだ? 魔晶とか言ったか……相当ヤバい代物みたいだな」

「ああ。星晶獣を研究している中で辿り着いたモノでな。人並み外れた力を手にすることができる。無論、その代償は小さくないがな」

「ふぅん。ただでさえ強いあんたがあれ使ったら、誰にも止められなさそうだよな」

「そうだな。だが、私がそこまでする未来は見えん。今のままでも充分あいつらを蹂躙できる」

「確かに」

 

 七曜の騎士が追い詰められて魔晶を使う。そんな事態になり得るはずもない、か。そうなったらもちろん俺は逃げ出すけどな。巻き込まれたら敵わん。

 

 そう話している内に、カタリナが負傷しグランとジータは地に平伏している。

 

「あれ、死ぬんじゃないか?」

「いや。――そろそろだ」

「ん?」

 

 勝ち目が見えてこない状況だというのに、黒騎士に否定されてしまった。不思議に思って今起こっている状況を見回す。

 

「くっ! こうなったら私が時間を稼ぐしか……!」

「っ、ぅ……! だ、ダメ、そんなの……! やめて!」

「ルリア、しかしこのままでは……!」

 

 帝国兵は余裕綽々な様子だ。カタリナが時間を稼ごうと前に出るのを、なにかに苦しむような様子を見せたルリアが止める。いや、止めたわけではないようだ。

 

「ち、違う……違うの……。これは……リヴァイアサン……?」

 

 なにかに怯えているようなルリアに答えたのは、帝国の伝令兵だった。

 

「フュリアス将軍閣下! ご報告します! 我が軍の軍艦、その半数以上が海に呑まれました!!」

「はぁ!?」

 

 その通達にフュリアスは絶句する。

 

「違うな。海に呑まれたのではない。海に食われたのだ」

 

 黒騎士はそう否定し俺の方をちらりと見てくる。

 なぜ彼女がこっちを見てきたのかわかった。……そういや、海に呑まれて死ねばいいとか言ってたなぁ。

 

「……く、クソッ! 撤退だ! 大尉、撤退する!」

「今いいところなのに……」

「早くしろ!」

 

 フュリアスは黒騎士の声が聞こえたなかったのか、ポンメルンに声をかけると一目散に撤退し始めた。少し遅れて兵士達もついていく。

 

「くっ! 次は必ず、仕留めてあげますねェ。その時を楽しみにしているのですよォ……!」

 

 ポンメルンは後一歩のところまで追い詰めたところだったので悔しそうにしながらも、なにか予想外の事態が発生していてそれどころではなくなってしまったのだと理解したのか変身を解いてまだ状況が理解できていなかった末端の兵士達に撤退の指示を出していく。

 

「助かった、のか……?」

 

 グランがイオに治療されながら言うが、それを黒騎士が否定する。

 

「どうだろうな。さっきまでの方がまだ勝ち目があったかもしれんぞ。ほぅら、顕現する」

 

 黒騎士が海の方を振り向いたので、俺もそちらを向いた。

 そして目にした。海から神が顕現する様を。

 

 海水全てを巻き上げるかのような巨大な竜巻が起こったかと思うと、その頂点から赤い光が二つ見えた――中になにかいる。

 そいつは竜巻を切り裂くように姿を現した。巻き上げた海水を雨のように撒き散らし、青く長い巨躯を揺らす。

 手足のない巨躯は蛇のようにも見えるが、竜と言った方が正しいだろう。

 

 そいつは、目に映る全てに怒りをぶつけるように、赤い瞳に憤怒を滲ませて咆哮した。

 

「……リヴァイアサン、なのか?」

 

 俺が名前を知らない老兵が呆然と呟いた。……もしかして、あいつがこの島の星晶獣か? 正しく海の化身。確かにこれは、人相手の方が勝てる見込みがあったかもしれねぇな。

 

「そうだ。帝国が研究で出たゴミを海に流し、島を荒らした結果があれだ。怒り狂って我を忘れているようだがな」

 

 黒騎士が肯定した。……全てこいつの思惑通り、ってわけか。フュリアスは軍艦攻撃されてめっちゃ驚いてたし、やっぱりこいつは帝国の味方ではねぇよな。

 その言葉に、老兵が怒りを表情に出して黒騎士を睨みつけた。

 

「て、てめえ……! 自分がなにやったかわかってんのか!? 海はアウギュステにとって……」

「黙れ、下衆が! 貴様こそ自らの咎を置いてなにを吼えている? 恥を知ることだな」

 

 老兵の怒りを、更に強い怒りで返した黒騎士。この人のこんなに感情が見えるとこ、初めて見たな。

 

「……全く。ここに来ると不愉快なことばかりだ。行くぞ、人形、ダナン。我々にも役割がある」

 

 彼女はそれ以上会話する気がないのか、さっさと歩き出す。仕方なく二人でついていった。

 

「逃がすと思うか?」

「おい待てラカム!」

 

 しかし見逃す気はないのかラカムがこちらに銃を向けてきた。狙うのは黒騎士のようだ。老兵が止めようとするが、構わず引き鉄に指をかけ力を込める。

 ……ヤツが狙っているのは黒騎士の頭。歩く速度を見てある程度現在位置より前に銃口を向けている。ヤツのいる場所と反動を考えて、大体の銃弾の通り道を算出する。

 俺は素早く左腰の銃を抜いて両手で照準をつける。俺とヤツの距離を考えて、この角度なら同時に撃って交差するという角度を見つける。そしてラカムが指に力を込めたタイミングで、同時に引き鉄を引いた。ちゅいんという甲高い音がして、二つの銃弾がぶつかりあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「野郎……! マジかよ!」

「この間の仕返しだ。素直に見逃してくれ」

 

 俺はラカムに言って、構わず進んでいた黒騎士へ小走りで追いつく。

 

「余計な真似を」

「いやぁ、上手くいって良かった。ミスって銃弾こっちに来たらどうしようかと思ったぜ」

「貴様……」

「上手くいったんだからいいだろ?」

「結果論だな」

 

 残念、不要な手出しは褒めてもらえないようだ。別に褒めてもらわなくてもいいんだけど。

 

「で、俺達はこのまま静観するのか?」

「ああ。役割は全てが終わり、リヴァイアサンが倒された後だ」

「ほう。案外信じてるんだな、あれに勝てるって」

「ふん。勝ってもらわなければ困るというだけだ。死に物狂いでヤツらは超えるだろうがな」

「なるほどねぇ。じゃあ二度目のお手並み拝見といきますからぁ。……あ、オルキスミニアップルパイ食べる?」

「……食べる」

「貴様……」

 

 手出し無用とのことなので、俺は気を抜いて観戦モードに入る。

 俺特製「冷めても美味しいミニアップルパイ」を三人で食べながら遠くでリヴァイアサン戦を見守るのだった。



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アウギュステでの決戦

※連続で更新しています。


 アウギュステの守り神リヴァイアサンが現出し、荒れ狂う彼の星晶獣を鎮めるべく、グラン達は剣を取り気合いを入れ直す。

 

「皆、まだいける?」

 

 グランが仲間達に呼びかける。

 

「うん、いけるよ!」

「先程の戦いでの傷も治った。問題ない」

「わたしだってまだまだ魔力が有り余ってるんだから!」

 

 女性三人の頼もしい言葉を聞いて、グランはほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「そっか。じゃあ皆でリヴァイアサンを止めよう!」

「はい! 絶対に助けてみせます!」

 

 グランとルリアが意欲を見せて、

 

「おっしゃぁ、やってやろうぜぇ!」

 

 小さな竜が拳を突き上げ動き始める。

 

「とは言ってもなぁ。リヴァイアサンは海にいるだろ? こうも遠いと俺かオイゲンのおっさん、ガキンチョぐらいしか攻撃が届かねぇ」

「ガキンチョって言わない!」

「私とグランが【ソーサラー】か【マークスマン】になれば届きはしますけど、決定打には薄いですよね」

 

 ラカムの声にイオが噛みつき、ジータが冷静な判断を下す。

 

「それなら、私が皆さんを運びます」

 

 ルリアが意を決したように告げて、グランと目配せをする。

 

「ルリア、一体なにを……」

 

 カタリナが困惑する中、グランがルリアの隣に並びその手を取った。二人が瞑目すると、繋いだ手に光が灯る。

 

「――始原の竜、闇の炎の子。汝の名は……」

 

 ルリアの詠唱が響く。二人は繋いだ手を掲げ、声を揃えてその名を呼んだ。

 

「「バハムート!」」

 

 どこからともなく、強大な力が溢れ出る。そして、黒銀の鱗を持つリヴァイアサンに勝るとも劣らない大きさの竜が召喚された。召喚位置を調整したのか、グラン達を背に乗せるように顕現していく。

 

「おわっ!? 運ぶってことはまさか……」

「はい! バハムートと一緒に突っ込みます!」

 

 ラカムが落ちないようバランスを取りながら呟くと、ルリアがはっきりと返した。

 

「無茶するなぁ、もぅ」

「全く。それならそうと先に言ってくれれば良かっただろう」

 

 窘める言葉だが、その顔は苦笑いだった。

 

「はっはっは! 嬢ちゃん意外と大胆なんだな!」

 

 しばらくぽかんとしていたオイゲンも、我に返って豪快に笑う。

 

「俺も付き合わせてもらうぜ。これまでずっとこのアウギュステや俺達を守ってくれていたリヴァイアサンを、災いとして残させるわけにはいかねぇ。行って目ぇ覚まさせてやらねぇとな」

 

 確かな決意を滲ませて言った。全員の心が一つに決まっ――

 

「ちょ、ちょっと待って! あんなのに突っ込んで落っこちたりしたらどうするのよ!」

 

 下は海。海こそリヴァイアサンの領域。確実に荒波に揉まれて溺死するだろう。

 最年少の心配にどう答えたものかと皆が悩む中、

 

「なんだガキンチョ。やっぱり怖いか? なら降りて待っててもいいんだぜ」

 

 ラカムが煽るように告げた。彼の言葉にかちんと来たようで、

 

「むっ。ガキンチョじゃないって言ってるでしょ! いいわよ、行ってお子様じゃないってところを見せてやるんだから!」

「言ったな? よぉし、じゃあ突っ込んでリヴァイアサンを助けてやろうぜ!」

「「「応!」」」

 

 売り言葉に買い言葉でイオが言ったことで、今度こそ全員の心が一つになる。

 

「行って、バハムート!」

 

 そして、ルリアの指示に従ってバハムートが翼を羽ばたかせリヴァイアサンへと突っ込んでいく。全員振り落とされないように屈んで掴まった。

 

 睨み合った二体の星晶獣が咆哮して激突する。手足のないリヴァイアサンと比べて手足のあるバハムートの方が有利なのか、がっしりと首を掴み動きを封じようとする。リヴァイアサンも負けじと海面から出した尻尾からバハムートの身体に巻きついて締め上げる。

 バハムートも動けないが、これでリヴァイアサンも動けない。

 

「グラン、今の内に!」

「ああ! ――《ウロボロス》!」

 

 ジータの声に応じて、グランが虹の結晶を出現させてから蛇が絡みついたような杖を召喚する。それを彼女に放り、もう一度。

 

「《パラシュ》!」

 

 両刃の斧を召喚する。

 これが、グランだけが持つ特異能力の『召喚』である。同じ『ジョブ』を持つジータやダナンは持たない能力で、ある特殊な石――宝晶石を消費することでランダムに武器を召喚することができる。また、一度獲得した武器は自在に召喚することが可能となるため、石で得るのに加えて武器屋で購入しても良い。

 石を消費しても被ることがあるため、その場合は無意味にただ消費するだけとなる。

 

 ちなみにグランは収集癖があり、ランダムで『召喚』される武器を全て集めたいと思っている。そのため最近はシェロカルテからルピで石を購入して『召喚』することが増えて出費が嵩んでいるのが、団の悩みだったりするのだが。

 

「【ソーサラー】!」

 

 元々【ウォーリア】だったグランはそのままで、ジータの姿が変わる。腰から伸びる布がスカートのようになっており、肩には黒いファーをつけている。……ただし如何せん上半身が目に毒だ。

 

「この巨体だ! 皆渾身の一撃を叩き込むぞ!」

 

 バハムートが抑えている間に各々力を溜めていく。巨体に人がダメージを与えるには、全力全開の一撃が必要だ。

 しかし小さき者達の大きな力を感じ取ったのか、リヴァイアサンは激しく暴れ回る。踏ん張るバハムートの上で揺られながらも、集中し力を高めていった。それを見てか、暴れるのをやめて代わりに。

 

 バハムートの胸元ほどの高さを持つ津波を引き起こす。

 

「なっ!」

 

 なんとか背に乗っていた一行は無事だったが、波は街の方へと向かってしまう。

 

「クソッたれ! このままじゃリヴァイアサンを倒せても街が滅んじまう!」

 

 オイゲンが叫び、他の者も街が危ないと知って集中が乱された。

 

「ルリア、大いなる破局(カタストロフィ)で波を打ち消せないか!?」

「む、無理です! リヴァイアサンを抑えるので精いっぱいで……。それに余波で街に影響が……」

「くっ……! 今から戻っても遅いかもしれないけど、さっきまで溜めていた力で波を相殺するしかない!」

「でもそれじゃあリヴァイアサンが……」

「だからって街の人達を見捨てるわけにはいかない!」

 

 リヴァイアサンを倒す力と、津波を止める力。一行にはどちらか一つしかなかった。そしてどちらを取っても打つ手がなくなってしまう。

 ここに来て手詰まりか、と誰もが思ったその時。

 

「若人が簡単に諦めるでないぞい」

 

 老いた男性の声が近くから聞こえ、一行が驚いてそちらを向く。そこには鍔の広い帽子を被り白い髭を蓄えた老人が立っていた。

 

「お爺ちゃんなんでこんなところに? ここは危ないわよ」

 

 イオが老人を心配するが、

 

「ふぉっふぉっふぉ。心優しいお嬢ちゃんや。心配は無用じゃよ」

 

 朗らかに笑うだけだ。

 

「そんなことよりほら、困っておるのじゃろう? 波はワシらの方でなんとかするから、気にせず海の神の相手に集中するのじゃぞい」

「なんとかするって? それにワシらって……」

「細かいことを気にしている暇があるかのう。お主らの竜も疲労が見えておる」

「バハムート……」

 

 巨体故にわかりにくかったが、確かにバハムートもリヴァイアサンを抑えることで徐々に消耗しているようだった。

 

「安心しな、嬢ちゃん達。その人がそう言うなら大丈夫だ」

「オイゲン、知ってるのか?」

「顔見知りってわけじゃねぇが。なぁ、剣の賢者さんよ」

 

 オイゲンの声に、老人は笑うだけで答えた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。ではリヴァイアサンは任せたぞい」

 

 そう言って、剣の賢者はバハムートの背中を滑り降りるように駆け出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 イオは呼び止めようとして、彼が高速で駆け下りているのを目にしてやめる。老人は上を向いた尻尾の先端から、跳躍した。駆け下りた勢いをそのままに跳躍し空中に身を躍らせながら左右の腰に提げた剣と仕込み杖に手をかける。

 

「年甲斐もなく滾ってしまうわい。――白刃一掃!」

 

 二本の剣が波に向かって閃いた。交差するように一瞬の内に放たれた二つの斬撃は巨大な波を引き裂いた。……ついでに着水の瞬間剣を振るい、海を割って着地し海が戻るまでの間に陸へと戻っていった。

 

「……なんだあの爺さん。化け物かよ」

 

 歳を一切感じさせない覇気を纏った老人の所業を目にして、ラカムが呆然と呟いた。彼だけでなく、一行の誰もが目を見張っている。

 

「ったくよ。俺も老いぼれちゃいねぇとは思ってるが、あんなん見せられちゃまだまだだと思うわな」

 

 この中では一番年齢の高いオイゲンがボヤく。

 

「でもまだ他の波が……」

「そうだぜ、いくらあの爺さんでも波全部をなんとかすんのは……」

 

 ルリアとビィの不安に応えたのは、波が向かっている港近くにいた者達であった。

 

「あそこまでの業を見せられたら血が滾ってしまうわい」

 

 一人はハーヴィンの老人だった。髭を短めに揃えた彼は一見するとただの釣り人にしか見えない恰好をしていたが、左右の腰の剣に手を添え迫り来る波を見据えるその姿からは、先程の老人に匹敵するほどの覇気を発していた。

 

「万に及ぶ打ち合いを一太刀で結ぶが由来よ」

 

 二本の剣を抜き放ち波へ斬撃を放つ。しかし波の勢いは一向に収まらない。だが、

 

「奥義! 万結一閃じゃ!」

 

 最後の一振りが放たれた時、それまでに放たれた斬撃の軌跡が結びつく。すると結ばれた全ての斬撃が開き波を切り裂いた。

 

「まだじゃよ」

 

 きん、と剣を鞘に収めた瞬間、特大の斬撃が更に波を切断した。

 

「ま、ちょっとは手を貸してあげようかな」

「街の人達が危険に晒すわけにはいかないからな」

 

 また別の方面には、真紅の鎧を着たヒューマンの女性と漆黒の鎧を着たドラフの男性が佇んでいた。

 

「いくわよバザラガ! ヘマすんじゃないわよ!」

「お前こそしくじるなよ、ゼタ」

 

 二人は軽口を叩きつつも互いの実力は信頼しているようだった。

 

「アルベスの槍よ! その力を示せ!」

「大鎌グロウノスよ! 力を示せ!」

 

 二人は互いに、手に持った武器の名を呼び波へと突っ込んでいく。

 

「プロミネンスダイヴ!」

 

 ゼタは槍に力を収束し、突き出すと同時に高速で突撃した。槍の先端から収束した力が翼のように広がり波を裂いていく。波に向かって少し斜めに突撃することでより広範囲を攻撃していく。

 

「ブラッディムーン!」

 

 バザラガは津波に向けて赤い光を纏う鎌を振るった。鎌から放たれた赤い斬撃は津波へ激突すると、その場で円を描くように一人でに回転し始め勢いを散らす。

 

「こっちは気にしないで、星晶獣の方に集中しなさい!」

 

 ついでに近くまで寄ったゼタはバハムートに乗るグラン達へ向かって叫んだ。……その後すぐに海へ落ちたのはカッコがつかなかったが。

 

「……皆! 僕達はリヴァイアサンを!」

「手伝ってくれた皆のためにも、ここで決めなきゃ!」

 

 波が全て払われたことで余裕のできた二人の団長が仲間を鼓舞し、誰よりも率先して力を溜め直す。後押しされた二人は先程よりも強く、深く集中して力を溜めていく。

 二人に負けていられないと、他の面々も全力を出し切るために力を溜める。

 

 しかし、リヴァイアサンは再度津波を発生させる。規模こそ小さいが速い波だった。そしてその正面には誰もいなかった。

 

 その時、紫の蝶が海岸を飛ぶ。

 

「……舞えよ胡蝶。刃は踊り神楽の如く」

 

 紫の長髪を持つドラフの女性が忽然と現れて、腰の刀を抜くと柄を上に、切っ先を下にして構えた。

 

「鏡花水月」

 

 更に彼女の身体に赤雷が迸る。いつかダナンの使ったブレイクアサシンと同じように。

 

「舞い踊りなさい……」

 

 紫の蝶が刀の形状を変える。刃が広くいくつにも尖った歪な刀へと。彼女が一振りして斬撃をぶつけるだけで波は裂けていく。そして左腰に刀を構えると形状が元に戻り、代わりに波を横断するように紫の蝶が群がっていく。

 

「胡蝶刃・神楽舞」

 

 静かに放たれた一言と同時に横薙ぎに振るわれた刀の切っ先に合わせて、波が真っ二つに裂けていった。

 

 規模が小さめだったとはいえ一人分の三倍はある波を一人で対処してもせたのだ。

 ちなみにこの場で彼女を知る唯一の黒衣の少年は、フードを目深に被り決して見られまいとしていたらしい。

 

「あの娘っ子やるのう。これは変幻自在も世代交代かのう。きっちっち」

 

 妖剣士と呼ばれ変幻自在の剣技を持つハーヴィンの老人は、しかし自分の知らぬ強者を見て楽しげに笑うのだった。

 

「レイジ! ウエポンバースト!」

「イグニッション!」

 

 グランが仲間全員の筋力を上昇させた上で、自らの奥義の威力を高める。オイゲンも続いて奥義の威力を高めた。

 

「皆! 準備はいいか?」

「うん、いけるよ!

「ああ、問題ない」

「一発どでかいのぶち込んでやるぜ!」

「あたしの魔法も凄いんだって見せてやるんだから!」

「任せときな!」

 

 全員が頼もしく答えたところで、

 

「お願い、バハムート! 皆に力を貸して!」

 

 ルリアが最後の一押しでバハムートの力を仲間達に宿す。

 

「おっしゃぁ! リヴァイアサンを助けようぜぇ!」

「「「応!」」」

 

 ビィに呼応して、準備の整った一行が動き始める。

 

 先陣を切ったのはラカムだった。

 

「ちょっと痛ぇが我慢してくれよ。バニッシュピアーズ!」

 

 特大の火炎と共に弾丸を放ち、リヴァイアサンの顔を仰け反らせる。

 

「エレメンタルガスト!」

 

 極限まで集中したイオが冷気の竜巻でリヴァイアサンを襲う。本来なら巻きつかれているバハムートまで凍ってしまうのだが、完璧にコントールしてリヴァイアサンの身体のみを凍てつかせていた。

 

「我が奥義、受けるがいい! アイシクル・ネイル!」

 

 カタリナが出現させた水の刃でリヴァイアサンの身体を斬りつける。

 

「もう少しの辛抱だからね。アルス・マグナ!」

 

 ジータが杖を翳すとリヴァイアサンの頭部付近に青と赤二つの輪が現れ、衝突する。衝突した真ん中から雷撃のような一撃が放たれ、脳天を直撃する。

 リヴァイアサンがフラつきを見せたところに、

 

「うおおぉぉぉぉぉ!! 大切断ッ!!」

 

 雄叫びを上げてグランが両手で思い切り斧を真上から振り下ろした。斬撃は縦に大きく伸びてリヴァイアサンの身体にダメージを与える。

 遂に力なく倒れそうになったリヴァイアサンが最後に見たのは、鍛え抜いた身体を持つ眼光の鋭い隻眼の老兵が、銃を構えているところだった。

 

「……あの時は娘を助けてくれてありがとうな、リヴァイアサン。今度は俺が助ける番だ! ディー・アルテ・カノーネ!」

 

 オイゲンの銃から放たれた強力な一撃が、リヴァイアサンの意識を刈り取るのだった。




リヴァイアサンとの戦いはアニメやら漫画やらからちょくちょく持ってきています。
だからナルメアが出てきただけで、深い意味はありません。


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昏き決意

昨日は二話更新してたのでいいかな、と思い夜に更新しませんでした。
ギリセーフかなと。


「あいつらマジかよ。リヴァイアサンを倒しやがった」

 

 ことの始終を見ていた俺は、呆然と呟いた。

 

 リヴァイアサンは大人しくなり、グラン達はバハムートが消えかかっているからか慌ただしく地上へと戻ってきた。落ち着きのないことだが彼らの顔は晴れやかで達成感に満ちていた。

 

「行くぞ」

 

 黒騎士に動揺はなく、つかつかとヤツらの近くまで歩いていく。

 

「……もう休んでいいからね、リヴァイアサン」

 

 ルリアがコロッサスの時と同じようにリヴァイアサンを吸収していく。……バハムートのことと言い、不思議な力を持つ子だ。仲睦まじそうにグランと手を繋いでいたが、どんな関係なんだろうか。話ができる機会があったら盛大にからかってたりたい。

 

「…悪いがその力、こちらにも渡してもらうぞ」

 

 傍らに立つ黒騎士が言って、

 

「……じゅる」

 

 オルキスもなにをする気なのかわかっているらしく少し前に出た。

 

「黒騎士!? なにをする気だ!」

 

 俺達の登場に警戒心を露わにするが、別に黒騎士自体が敵意を持っているわけではなさそうだ。これなら戦わないかな?

 

「言っただろう。我々にも役割がある、と」

 

 言って、黒騎士はオルキスへと視線を落とす。

 

「さぁ、人形。お前もその力を喰らえ」

「……ん。いただき、ます」

 

 オルキスは言うとルリアと同じような光を発して、リヴァイアサンからルリアへと流れ出る光の流れを自分へと移す。

 

「ひゃんっ!? な、なに……!?」

「あの女の子もリヴァイアサンの力を!? ルリアと同じことができるのか!」

 

 吸収を中断させられたルリアも、旅を共にしてきたラカムも驚いていることから、彼らも知らなかったのだろう。

 やがてリヴァイアサンから流れる光が全て吸収された。

 

「……ごちそう、さま」

 

 吸収し終えたオルキスはいつもと変わらぬトーンで呟いた。

 

「ちょっと黒い……鎧の! どういうことか説明しなさいよ!」

 

 イオが黒騎士に声をかけようとして、近くに真っ黒な俺もいるからか微妙につけ足しつつ尋ねる。

 

「答える義理があるとは思えないが……そうだな。答えを知りたくばルーマシー群島まで来るといい。まぁ、そこで答えが得られるかはお前達次第だがな。もう行くぞ、人形」

「……またね」

 

 黒騎士は言うだけ言って踵を返す。オルキスは表情を変えずに小さく手を振ってその後に続く。状況がイマイチ理解できていない俺は後で尋ねようと思いながら、グランとジータへ微笑みかける。

 

「じゃあな、お二人さん。また会おうぜ」

 

 ひらひらと手を振って別れを告げ、決してあの人にバレないようフードを被ったまま二人の後をついて歩いた。

 

 帝国兵はすっかり撤退したのか、全く姿が見えない。俺達三人が小型騎空艇まで戻ってきても、あれだけ盛大に出迎えてくれた兵士達はいなくなっていた。

 

「おいおい、寂しいな。俺達置いてさっさと逃げやがったぞあいつら」

「ふん。フュリアスが率いているなら当然のことだ。アウギュステへの侵攻は兎も角、アドウェルサは完成した。悪戯に兵を消費するよりは利口だろう」

 

 小型艇が残っていただけマシだ、と黒騎士は憮然として言う。まぁ帰れなくなるよりはいいか。

 

「いつまでフードを被っているつもりだ、貴様は?」

 

 小型艇に乗り込みながら、細工などされていないか確認していた俺に声をかけてくる。……ああ、そういや被ったままだった。いやだってまさかこんなところでナルメアと会うなんて思ってもみなかったんだもん。そりゃ隠れもするわ。

 

「そうだな、もう充分だろ。おっちゃん、こっちはオーケーだ。発進してくれ」

 

 俺はフードを外し小さな船室へと入る前に三人乗ったので操縦士のおっちゃんに声をかけた。帝国の息がかかっておらず事情に深く踏み込まないいい人だ。操縦の腕前も良くて乗り心地がいいというのもいい点だった。

 

「なぜフードを途中から被る必要があった?」

 

 こちらが先程のオルキスのことなどについて聞こうと思っていたのだが、先に質問されてしまった。

 

「あー……。別に話したくないわけじゃないんだが、ちょっと知り合いがいてな。あんまり顔見られるとマズいのかと思って隠したんだ」

 

 あなたに助けられた命で多くの人の命を奪っています、なんて言えるわけねぇしな。会わせる顔がないっつうか。まぁ金も少なくなってきたし、もうちょい稼いでから会った方が恩を返しやすいかな、っていうか。

 

「ほう? あの最後に波を斬った小娘がか。どこで知り合ったかは知らないが、まさか浮ついた関係ではないだろうな」

 

 少し面白そうに尋ねてくる。……こいつ、楽しんでいやがる。

 

「そんなんじゃねぇよ。ってかあんたもそういう風に結びつけるんだな。ドランクを連想したぞ」

「貴様、どうやら死にたいらしいな……!」

 

 黒騎士が冗談なのか腰の剣を握って威圧してくる。

 

「だったらそういうんじゃねぇ、で納得しとけ。……俺からも聞いていいか?」

 

 彼女を宥めつつ、少し真剣な雰囲気を持って聞いてみる。

 

「なんだ?」

 

 冗談だったようで剣にかけた手を下ろしてくれる。

 

「グラン達と一緒にいたあの隻眼の老兵、あいつお前の親父かなんかか?」

「貴様、なぜそれを……っ!」

 

 俺の質問に動揺し、その後で自分の失言に気づく。

 

「前に俺が軽口で言った『家庭を省みない父親』に過剰に反応してたし。あんたの素顔を知ってる身としちゃ、似たとこあるのがわかったしな。髪の色とか目つきの鋭さとか――っ!」

 

 語っている内に、俺の首筋に剣で突きつけられていた。

 

「貴様、どうやら死にたいらしいな」

「……ドランクと一緒にされた時とセリフが変わってねぇぞ」

 

 軽口を叩きつつも、兜の奥の瞳はおそらく本気だろうと当たりをつける。……この反応、どうやら親子ってことで間違ってはねぇようだな。なら、もう一つ疑問が湧いてくる。

 

「……俺の中ではあんたをあのおっさんの娘と仮定する。となるともう一つ疑問が出てきてな。あのおっさん、最後リヴァイアサンにトドメを刺す時『娘を救ってくれた』っつってたんだが、それがあんただとしたら。あんたは命を救ってくれたリヴァイアサンが苦しむようなことを、故郷の人が苦しむのを見逃してたってことになる。そうまでして成し遂げたいあんたの目的ってのはなんだ?」

 

 俺は表情と声を真剣なモノにして聞いた。最悪首が刎ねられることも考えていたが、黒騎士は剣を下ろして鞘に納めた。

 ……まぁ半分は嘘だけどな。あの距離で遠くの声が聞こえるはずもない。買ってた単眼鏡で眺めつつ読唇術でそれっぽく訳してみただけだ。どうやら無事当たってたみたいだけどな。

 

「……観察眼を褒めたのは間違いだったな」

 

 言いながら、どっかりと室内にあったベッドに腰かける。

 

「じゃあ……」

「そうだ。私はあのアウギュステで生まれ育った。あまり覚えていないが……海で溺れて奇跡的に助かったのも事実だ」

 

 覚えていないならまだしも、わかっていてそれを度外視したと言う。なにが彼女をそこまで突き動かすのか。

 

「いいだろう、貴様には話してやる。ただし他言無用だ。私が話すと決めた者以外には話すなよ。墓まで持っていく覚悟で聞け」

「おう、望むところだ。こう見えて口は堅いからな。と言うか、多分おいそれと口にできねぇ内容だろうしな」

「わかっているようだな」

 

 黒騎士は立てた膝の上に肘を突いて手を組み、壁に寄りかかって立つ俺に向けて語り始める。オルキスは変わらぬ無表情でちょこんと黒騎士の隣に、距離を空けて座った。

 

「私の目的は――オルキスを取り戻すことだ」

 

 重い口が開かれた。……オルキス、と言われてぬいぐるみを抱える青髪の少女を見るが、()()。そうだ、黒騎士はこの子を「人形」と呼んでいる。それはつまり。

 

「……オルキスは、あんたの言ってるオルキスとは別なのか」

「そうだ」

 

 黒騎士は全くトーンを変えずに断言する。オルキスは僅かに俯いた。……闇が深ぇなぁ。

 

「オルキスは……エルステ()()の王女だった」

「王国……エルステ帝国の基盤になったとかいう国か。王族は確か……王女を残して死亡。王女も行方不明、だったか。なにかの記事で読んだ気がするな」

「ああ。エルステ王国は、あの時滅んだと言っていい。今帝国はあの女狐――宰相フリーシアが実権を握っているが、ヤツも元々エルステ王国の人間だ」

「ふぅん。で、オルキス王女とこのオルキスの関係は?」

「さぁな。詳しいことは、その場にいなかった私が知る由もない。調べているが、オルキスがいなくなり代わりにこの人形があった。フリーシアも驚いているようだった。星晶獣の仕業だと言っていたが。ただ、なにかがあったのだけは紛れもない事実だ」

 

 黒騎士でも不確かってことか。

 

「ちなみにこのオルキスが本物のオルキス王女ってことは?」

「断じてない。オルキスは……明るく快活で周りを笑顔にするような、そんな優しい子だった」

 

 僅かな可能性を探ってみるも、きっぱりと断言されてしまった。確かに明るいオルキスを知っているなら今の感情が薄いようなオルキスは別人と言えるのかもしれない。

 

「……ただそれが、記憶を全て失ったオルキスなのか、それとも全く別の存在なのかは私にもわからん」

 

 黒騎士にも不明な点は多いということか。

 

「そんな不確かな状態で取り戻そうってのか? もし全く別の存在だとしたら、どうやっても取り戻すことは不可能だろ。こいつがオルキスじゃなくて、オルキスはもういないってんならな」

 

 現実を突きつけるようだが、取り戻すと一口に言ったってその方法がなければ無駄足だ。方法もないのに願望だけを抱えて動いているようなら、俺は協力できない。

 

「方法はある」

 

 またしても断言した。……まぁ、なければ心が持つはずもねぇ、か。夢幻(ゆめまぼろし)を追いかけるだけで七曜の騎士に至るのは、多分無理だ。確固たる意志と覚悟がなけりゃな。

 

「ルリアには魂を分け与える能力がある。その力で魂のない肉体へ魂を与えると、ルリアの人格が魂と共に移植される。そして、能力を持つルリアに以前のオルキスの人格を再現し、人形の人格を上書きする。記憶は引き継がれないが、以前の人格のオルキスを取り戻す……これが、私の計画の全てだ」

 

 意識してか一定の声音で告げてくる。

 

「待てよ? それって下手すりゃ二人共……」

「ああ、犠牲になるだろうな」

 

 俺の懸念を黒騎士は先んじて口にした。……わかっててやるつもりなのかよ。どんだけ重い覚悟なんだ。

 

「……そうかよ。話はわかった」

「そうか」

「つまりあんたは重度の友達想いってことだな」

「……貴様、おちょくっているのか」

「違ぇよ。俺はてっきりあんたがルリアとオルキスが持つ星晶獣の力で世界を滅亡させる。とでも言うのかと思ってたからな。随分、なんていうか身近で小さい目的だ」

「バカにしているのか?」

「してねぇって。現実味があって、いい目的じゃねぇか。今いるルリアとオルキスを犠牲にするとしてもな。大それた野望なんかより、余程好感が持てる」

「……嘘を吐くな、貴様友人などいないだろう」

「そりゃな。でも別に、俺はそれ聞いたからって離反はしねぇよ? ただまぁ、それとオルキスを人形と呼ぶことは別な」

 

 俺は表情が陰っているオルキスの脇を抱えて持ち上げる。少し驚いたようにこちらを見てくる瞳に笑いかけた。

 

「貴様なにを……」

「俺はあんたの目論見を阻むつもりはねぇよ。阻もうとして殺されたら俺の目的が達成できないしな。自分の目的を優先する、できる人間だ」

 

 例え今いるオルキスを見捨てる選択肢だろうと、弱い俺にできることなんてたかが知れている。多分俺には見捨てる以外の選択肢を選べない。仮に今のオルキスを助けたいから別の方法を探そう、という心があったとしてもそういった感情を脇に置けてしまう人間だからだ。

 

 しかし、同時にこうも思うのだ。

 

「――犠牲になるんだとしたら、もうすぐ終わるんだとしたら、もっとやりたいことやってかねぇと勿体ないじゃねぇか」

「……」

 

 オルキスを下ろし、黒騎士を見据える。

 

「なにもできなくて消えるより、なにか残して消えた方が、俺はいいと思うんだけどなぁ」

「……ふん。私が目的を成す前に、その人形に愛着が湧いて反抗しなければいいがな」

「へぇ? もしかしてオルキスを人形って呼んでるのってそれが理由だったりする?」

「なんだと?」

 

 にやりと笑った俺に、黒騎士が鋭い声を発する。

 

「いやだってそうだろ? わざわざ情がなくて『オルキスとは違う』っていう呼び方だからな。わかりやすく突き放す言い方ってのは相手にそれを伝えるモノでもあり、自分に言い聞かせるためのモノでもある。距離を置いて接しないと情が移って決心が鈍っちまうってことだよなぁ」

「……貴様、いい加減に口を慎め」

「やなこった。それに――」

 

 怒気を孕んだ言葉を受け流し、笑みを引っ込めて真面目な表情をする。

 

「全てを投げ打ってでもオルキスを取り戻したいんだろ? それとも、あんたの覚悟ってのはその程度で揺らぐのか?」

「っ……!」

 

 黒騎士は俺の言葉に視線を逸らした。

 

「いくらこのオルキスが昔のオルキスと違うったって、心はあるんだ。冷たく扱われて悲しいまま終わるより、大切に扱われて温かいまま終わった方がマシだと思うんだけどな。なぁ、オルキス?」

 

 俺が言って頭を撫でてやると、どうしたらいいかわからないのか瞳が揺れていた。

 

「確かに別れは辛くなるかもしれねぇが、俺はあんたらと手ぇ組みたいってだけで、あんたに協力するとは言ってねぇんだな、これが。あんたがどんな事情だろうが、俺にとっちゃあんたら四人に変わりはない。つまり、オルキスがこうしたい、ってんなら俺はそれを手助けするぜ。黒騎士にだけ協力するなんて不公平だろ?」

「……チッ。貴様に話したのは失敗だったようだな」

「それはまだわかんねぇよ? 別に俺はあんたの目的を邪魔しようってんじゃないからな。結末は変わらんかもしれん」

「そこの人形が感情を持って、嫌だと喚き散らすことになってもか?」

「もちろん、俺はやれる。残念ながらな」

 

 というか多分、そこまでいったら黒騎士はオルキス見殺しにできねぇんじゃねぇかなぁ。きっと。それかどうしたらいいかわからなくなって自棄になりそう。後者だったら怖いな。

 

「……そうか。なら好きにしろ。ただ、私の気持ちは変わらんぞ」

「それこそ好きにしたらいい。ただ、オルキスがもしあんたと仲良くなりたいって言ったら俺は協力惜しまないけどな?」

「……ふん」

 

 なんとか黒騎士は矛を収めてくれた。……俺は別に目的を打破したいわけじゃない。ただ黒騎士の目的だけじゃなくて、オルキスや黒騎士本人の気持ちを汲んでやりたいだけだ。折角全てを捨ててまで助けたい友人がいるんだ。生涯を賭けてやりたいことがあるんだ。

 俺なんかとは、違ってな。

 

「よし。じゃあ黒騎士の了承も取れたことだし、なんかやりたいことはあるか?」

 

 俺が屈み込んでオルキスに尋ねると、黒騎士さんから「私は了承していない」という鋭い視線が飛んできた。

 

「……やりたいこと?」

「ああ。最初は小さいことでいいからな」

「……」

 

 聞かれて、オルキスは少し悩むように顔を伏せた。返答を待っていると、顔を上げてこう言った。

 

「……アップルパイ、いっぱい食べたい」

「ふっ」

 

 普段と変わらない返答に、思わず吹き出してしまう。黒騎士も兜で見えないが多分凄く微妙な顔をしている。

 

「そっかそっか」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でる。

 

「……?」

「いや、なんでもねぇよ。それなら、帰ったらいっぱい食わせてやろうな。あと原案者に頼まれてチョコパイも作ってみてくれって言われてるから、それも試食してくれ」

「……わかった。がんばる。ぐっ」

 

 俺の言葉に、妙なやる気を見せたオルキスはぬいぐるみを抱えていない方の手を握った。

 

「……ふん」

 

 そんな俺達を、黒騎士はつまらなさそうに眺めるのだった。




ということで本編より大分早く黒騎士の目的が明かされました。
まぁこっち側についたらそうなりますよね。


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ただの傭兵としてだけでなく

 二人の傭兵の情報によると、ヤツらがルーマシーへ行くまでに一週間の猶予があるとわかった。今回は別に策を弄するわけではないので、俺達もギリギリまで待って問題ない。

 

 どうやら二人もあのタイミングでアウギュステに顔を出していたようで、グラン達が手を貸してくれた人達と宴を催し、それぞれと関わりを持とうとしているという話だった。……とんでもねぇ剣士がいっぱいいたからな。もしあいつらの騎空団に加わるようなら大幅な戦力アップとなるだろう。旅を共にするかは兎も角、協力を取りつけるだけでも充分な戦力だ。

 ついでに個人的な話をするなら、ナルメアには是非あの騎空団に入って欲しい。いいヤツしかいないし。俺みたいなヤツと関わるより余程健全だ。

 

 加えてルーマシー群島で黒騎士と戦うことも考えて少し特訓しようという話になったらしい。そのためにも手伝ってくれた人達と関わりを持つ必要があったとか。

 

「あの場にいたのは“剣の賢者”アレーティア、“妖剣士”ヨダルラーハ。加えて対星晶獣組織に属する“真紅の穿光”ゼタ、“冥闇の剛刃”バザラガ、あと参加はしてないけど“地砕の霹狼”ユーステスもいたかな〜。最後の凄い可愛い娘は知らな痛ってぇ! す、スツルム殿!?」

「報告くらいちゃんとしろと何度言えばわかる。最後のドラフの女はまだ名前の知られていない無名の剣士だ。それにしては見事だったがな」

 

 俺達が戻ってきたその日中にドランクとスツルムも帰ってきた。いつもの調子で報告が上がってくる。……よく調べてくるよな、ホント。ってかいつあの島に来たんだよ。

 

「ドラフの剣士についてはこいつが知っている。なぁ、ダナン?」

 

 黒騎士のヤツ、裏切りやがった……!

 

「えっ? ダナン君ってばいつの間にあんな可愛い娘と知り合いになってたの? 今度僕にも紹介し痛って! 痛て、痛ててて! ち、ちょっとスツルム殿!? 刺しすぎ! 刺しすぎだから!」

「……煩い黙れ」

 

 ドランクが軽口を叩いてスツルムにざくざくと刺されている。それは兎も角。

 

「てめえみたいなヤツに紹介するわけねぇだろ鏡見てこいよこの軽薄男が」

 

 にっこり笑顔で言おうとしたら、ごっそり感情の抜けた声が出てしまった。

 

「「「……」」」

 

 全員の表情が固まっていた。……おっとつい本音が。

 

「……ってのは冗談だ。えっと……あれだな。昔世話になった人だよ」

 

 慌てて取り繕うが、四人は一ヵ所に集まって小声で話し始める。

 

「……ねぇちょっと? ダナン君凄い怖いんだけど」

「……お前が不用意なこと言うからだ」

「……怖かった」

「……実は人形より感情がないのではないか?」

 

 おいお前ら聞こえてんぞこら。

 

「あー……悪い、ついな。それよりほら、飯作り終わったから席に着け」

 

 俺はちゃんと普段通りの声が出るように意識しながら言ってテーブルに料理を並べていく。空腹には逆らえないのか、気まずくなった空気を無視して着席していった。

 

「……ダナン。唐揚げ欲しい」

「なに? ダメだ、ドランクから貰いなさい」

「……ドランク」

「えっ? 僕も嫌だなぁ。スツルム殿――痛って! フォークで刺さないで!」

「肉をやるわけがないだろう。むしろもっと欲しいぐらいだ」

「……」

 

 三人に断られたオルキスは一人黙々と食べている黒騎士を見上げるが、なにも言わず唐揚げのなくなった皿に目を落とした。そんな彼女を見てか三人で黒騎士を見つめたからかはわからないが、オルキスの皿へ唐揚げを一つ分けてやる。驚いたようにオルキスが黒騎士を見上げた時には、素知らぬ顔で食べ進めていたが。

 

「……ありがと、アポロ」

 

 少し嬉しそうなオルキスの礼を無視して黙々と食べ進める黒騎士だったが、思わずドランクと顔を見合わせて笑ってしまう。……後で締め上げられたのは兎も角。

 

 そして毎度の食後会議。

 今日はポテトを薄くスライスして油で揚げたモノを摘んでいる。オルキスは五段アップルパイだが。

 

「アウギュステ以外の島はどうだったかまだ聞いていなかったな」

「ルーマシーにはユグドラシルがいるねぇ。アルビオンはすぐわかったよ、シュヴァリエだって。でもこっちはフュリアス少将が手を出してるみたいだねー。あっちこっち忙しい人。あと近くだとガロンゾかな。こっちはまだ帝国が踏み出す前ってところ」

「そうか。もう一つの方は?」

「十天衆は付近の島で目撃され始めている。よく聞くのはシエテ、ソーンの二人だが、エッセルとカトルも二人一緒にいるところを目撃されている」

「続々と集まってきている、というわけか」

「ああ。目撃情報は上がっていないが、ウーノとシスは近くにいるだろう。他の四人は情報が全くない」

「そうか」

 

 色々名前が出てきてわからんな。

 

「……エッセル、銃の人。カトル、短剣の人。ウーノ、槍の人。シス、格闘の人」

 

 顔に出ていたのか、オルキスが簡単に説明してくれる。

 

「へぇ。オルキスはよく勉強してて偉いなぁ」

「……ん。伝説の騎空団は本にも出てくる」

 

 わしわしと撫でてやる。後で整理しておこう。次はただじゃやられん。

 

「この街には?」

「来てないよ。なにが狙いなのか、じっくり探ってみたいところだけどね」

「今はいい。それに、ヤツらが集まっているということは余程の強敵だろう。この空でヤツらが動くほどの相手は限られるだろう」

「ボスは十天衆相手にどれだけ戦えると思う?」

「さぁな。だが戦うだけなら三人、いや五人程度か。流石に十人全員は無理だろうな」

「つまりボスより強い存在を相手にしようっていうわけね。巻き込まれたくないね〜」

「ふん。憶測の域を出ない話をしていても無駄だ。次はこれからの予定だな」

 

 十天衆の目的は定かではないが、今は気にしても仕方がないか。そもそも追っているのが人なのかすら怪しくなってくる。

 

「これから、ね。ボスとオルキスちゃんはルーマシー群島に行くんでしょ?」

「ああ。ダナンも連れていく予定だ。ただお前達には休暇をやる」

「えっ? ……いや欲しいって言ったけどねぇ。こんな時に僕達いなくて大丈夫?」

「ルーマシー群島は帝国の手が入っていない。ヤツらと戦うことになるかもしれないが、今のヤツらなら私一人でも問題なく勝てる」

「雇い主がそう言うなら気にしない。が、休暇とは急だな」

「お前達には休みなく働いてもらっているからな。偶には休暇をやってもいいと思っただけのことだ」

「それにしてもタイミングが悪い」

「そうか? ならアルビオンとガロンゾの辺りで情報収集でもしてくるといい。ルーマシー群島の後、ヤツらは必ずその辺りの島に向かうはずだ。休暇だろうが仕事だろうがどちらでもいいが、なんにせよその辺りへ行け」

 

 ドランクは表情を変えなかったが、なにかを勘づいたようだ。

 

「ボス〜。なんか僕達遠ざけようとしてない〜? まさかダナン君と愛の逃避行痛ってぇ! アイアンクローと突きの二重苦……」

「冗談やめろよな、ドランク。こんな物騒なヤツこっちから願い下げだ」

「貴様も沈むか?」

 

 そして二人揃って床にめり込まされた。つんつんと身体を突く指がある。オルキスだな。なんとか自力で脱出する。

 

「ふん。妙な勘繰りはしなくていい。ルーマシーの後ヤツらがどう動くかはわからないからな。先回りして情報を提供すればいいだけの話だ。それ以外は好きにしていいから休暇と言っただけのことだ」

「ふぅん。ま、ボスがそう言うなら。スツルム殿〜。休暇だって、二人でどこ行く? ガロンゾで結婚式挙げれば絶対離婚しないらしいよ?」

「……島の星晶獣のせいだろ。休暇ならやることは一つ。傭兵として依頼を受ける」

「えぇ〜。スツルム殿それじゃあつまんないでしょ〜。もっとこう、キャッキャウフフな感じが痛って! 刺さってる、刺さってる!」

「今から三途の川で遊ばせてやろうか?」

 

 目がマジだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 ドランクもこれには謝るしかなかったようだ。というかよく懲りないよな。

 

「次の話に移るぞ。ダナン、お前にはClassⅢまで到達してもらう。おそらくグランとジータは到達してくるはずだ」

「あー、まぁ。あんなヤツらと特訓してりゃな」

「ああ。だが忘れるなよ、こちらの人員も負けず劣らずの一流だ」

 

 自分で言うか、というツッコミを入れるような無知さはない。黒騎士はもちろんのこと、スツルムとドランクも凄腕で間違いなかった。

 オルキスが座り直した俺の足の間にちょこんと座ってくる。

 

「わかってるよ。一週間でどこまでいけるかわかんねぇが、できるだけのことはやってやるさ」

「決っまり〜。じゃあ僕達三人の、」

「剣はもういいだろうが、二刀流の心得を教えてやる」

「ちょっとスツルム殿! そこは『地獄の特訓が、』とか僕に続いてよ〜。ノリが大事だよこういうのは!」

「お前の悪ふざけに付き合っている暇はない。やりたいなら一人でやってろ」

「スツルム殿が冷たいよオルキスちゃん〜」

「……ドランクはその方が嬉しい?」

「おっとオルキスちゃんが危険なことを。僕も真面目にやろうとすればできるんだよやらないけど」

「真面目にやれ」

「痛ってぇ! 痛って! 痛ってぇ!」

 

 ぐさぐさと容赦のない突きがドランクを襲う。

 

 ……騒がしいが、ま、こういうのも悪くないな。

 

 いつものやり取りを見て笑いながら、ルーマシーへ向かうまでの一週間が始まった。

 

 飯前一時間以外はずっと特訓だ。アウギュステ前もキツかったが、その時以上に特訓メニューがキツくなっていた。初日はどうしてもぐってりとしてしまう。

 とはいえあまり時間もない。夜遅くはジョブを広げるために日中特訓しにくい楽器を練習する。【ハーピスト】になって夜空の下、夜風に当たりながらハープを奏でていた。寝ている人の邪魔にならないような、静かで落ち着いたメロディーを奏でる。

 

「器用なもんだよね、ホント」

 

 バルコニーで演奏していた俺の下へ、ドランクがやってくる。

 

「器用じゃなけりゃ、色んな武器を使いこなすっていう前提条件が成り立たねぇからな」

 

 『ジョブ』を持っているなら当然のことだ。おそらくグランは剣技、ジータは魔法、俺は……なんだろうな。まぁ兎に角『ジョブ』とは別に才能ってのはあって。ただし苦手はないってところだろうな。

 

「確かにね。しかし不思議だよねぇ、『ジョブ』って能力はさ。双子だけが持ってるなら遺伝もあるかもしれないけど、君は違うもんね」

「ああ。つっても親のことなんてわかんねぇから異母異父兄弟って可能性もあんのかねぇ。で、そんな話をするために来たのか?」

 

 わざわざ俺が一人でいるタイミングを狙って声をかけてきたんだ。なにか話があるんだろうとは思う。

 

「いいや。ダナン君にちょっとお願いがあるんだよね〜」

 

 軽い口調だったが、珍しいこともあるものだと演奏を止めてドランクに向き合う。

 

「あぁ、演奏はそのままでいいよ。あんまり他の人に聞かれたくないからねぇ」

 

 意外なことに少し真面目な雰囲気を醸し出していた。少し音を小さくして演奏を再開しながら、耳を傾ける。

 

「で?」

「あー……なんていうか、さ。僕達はどうやら一緒にいられないみたいだから、ボスのことお願いしてもいい?」

「七曜の騎士の心配なんて、する方が無駄だと思うけどな」

「まぁ強さだけで言うなら、そうだろうけどね。あの人はちょっと……その強さの基幹が脆いと思うんだよね」

「戦闘力とかじゃなくて、精神力の方ってことか」

「そういうこと。だからもし僕達のいない間になにかあったら、君がボスを助けて欲しいんだ」

 

 思いの外本当に真面目な話だった。

 

「戦力としては兎も角、そういう意味でなら任せろ」

 

 自信はないが戦闘以外の方が向いている気はする。

 

「じゃあ、任せたよ。できれば戦力としても任せたいんだけど?」

「なら精々俺が強くなれるよう協力してくれ」

「それはもちろん」

 

 ふと、彼の話を聞いていて思ったことを聞いてみる。

 

「一つ、俺からも聞いていいか?」

「いいよん。ちなみに僕のスリーサイズは企業秘密痛って! 頭割れそうな音出さないで!」

「ふざけたこと言うからだ」

「……ちょっと君スツルム殿に影響されない?」

「別に、ただお前ってそういう扱いだって思ってな」

「それはそれで酷いよ〜。で、どんな話?」

 

 軽口を叩きつつ、疑問に思ったことを尋ねた。

 

「なんで黒騎士にそこまでする? 傭兵ってのは金で雇われただけの関係だろ」

 

 そう。言ってしまえば頼まれた仕事だけをやっていればいい。雇い主の安全を守るように、なんて気にする必要はない。

 

「そうだね。ただ金で雇われただけの傭兵なら、だけど」

 

 意味深な返しがあって、続きに耳を澄ませる。

 

「何年前だったかな。エルステが王国から帝国になってすぐのことだった。その頃からスツルム殿と一緒だったんだけど、馴染みの酒場の店主からとある依頼主を紹介されてねぇ」

「それが黒騎士だったのか」

「そそ。今と違ってゴツい鎧着てなかったけどね。すっごく険しい顔で威圧感振り撒いて……まぁ浮いてたよね」

 

 言われて、なんかその様子が思い浮かんだ。きっと腕組みして席陣取ってたんだろうなぁ。

 

「ただあの人って王家と一緒だったじゃない? だからか隙が多いというか場馴れしていないというか。正直敵意ばら撒いてるのも虚勢にしか見えなくってね」

「あいつにそんな時期がなぁ」

「あの人も人の子だってこと。むしろダナン君が慣れすぎてるんじゃないかな〜」

「俺の話はいいから」

「はいはい、っと。とまぁ浮きっぷりにもびっくりしたんだけど、依頼内容もびっくりでさ。僕達を側近として雇いたいって言うんだもん。エルステのトップがだよ?」

 

 仰天ものの話だな、ったく。

 

「まぁ宰相さんの息がかかってない部下が必要だったみたいだけど……だからって金で雇った傭兵を側近にするなんてねぇ。笑っちゃうでしょ?」

「そんだけ切羽詰まってたんだろうな。つっても側近ってのは信用ならねぇ初対面の傭兵にする依頼じゃねぇよな」

「そうそう。しかもあの人、前金で報酬全額渡してきちゃってさ」

「は!?」

「そうなるよねぇ。もう笑うっていうか引いたよねぇ」

「……傭兵雇うなら半額ずつ、依頼の前後で渡すもんだろ。それも知らなかったってのかよ。ったく、信用がどうとかじゃなくて、疑ってねぇんだな」

「その通り、さっすがダナン君。僕らが裏切ったらどーすんの? って聞いたわけ。そしたら『金を払った以上、決して裏切らないだろう?』って」

 

 ドランクが雰囲気のある物真似をしながら言った。

 

「そりゃ僕らはまともな傭兵だから金を受け取った以上、仕事はやり遂げるよ? でも世の中そうじゃない人も多いからねぇ」

「俺は逆にそうじゃないヤツばっか知ってるけどな」

「君も随分偏った人生観だよねぇ……。でまぁその時僕らがいる汚れた世界とは無縁の……綺麗な世界で生きてきたんだろうな、ってそう思っちゃったんだよね。それに側近すら金で傭兵を雇うしかないくらい当時あの人の周りには誰もいなかった。そうしたらさ、あの人のこわーい顔が一気に不安そうな顔に見えてきちゃってさ……。自分の弱さを隠すために、必死に吼えてるワンちゃんみたいに思えてねぇ」

「……」

「ま、そーいうわけで、僕達はちゃんとお仕事するわけ。多少の私情はあるけどね」

「そうかい。よぉーくわかったよ」

 

 ドランクの話は一区切りついたようだ。演奏の手を止めてドランクを振り返る。

 

「あんた達がなんでそんなに黒騎士に協力するのか。あと、なんで俺がお前と気が合いそうだなって思ったのかもな」

「えっ? ダナン君そんな風に思ってたの?」

「ああ。汚い世界ばっか見てきたのと、あとあれだ。心内でなに考えてるかわからんとことか」

「自覚あったんだねぇ」

「そりゃまぁ、な。あと」

「あと?」

 

 聞き返されて、にやりとした笑みを深めながら告げた。

 

「よく笑う。他三人と違ってな」

「ぷっ、ふふふっ。そうだねぇ、確かに。そう考えると僕ら似た者同士なのかも?」

「俺に似てるヤツなんていないと思ってたんだがなぁ」

「僕もだよ〜。色々見てきたけどね」

 

 笑い合って、俺の掲げた拳とドランクの拳がこつんと当たる。

 

「そのついでに一個頼まれてくれ」

「えっ、なに? いくら仲良くなってもお金は貸せないよ? お婆ちゃんの言いつけでねぇ」

「いらねぇよ。オルキスのことだ」

「……」

「黒騎士の目的は知ってるか?」

「まぁ、一応ね。ってことはダナン君も聞いたんだ」

「ああ。で、それを聞いた俺はオルキスにやりたいことはやらせてやりたいと思った。なにも残さずに消えるより、マシだと思うからな」

「ふぅん。でもそれだと別れが辛くならない?」

「なるだろうな。でも俺は感情を二の次にできる。あんたもそれができるヤツだと思って言ってんだぜ」

「なるほどねぇ。でもさっきも言った通り僕達のボスは心の強い人じゃないよ? もしあの人が躊躇しちゃったらどうするの?」

「そんなん俺が知るかよ。俺達は黒騎士の指示に従うのみ、だ。もしあいつが死なせたくなくなったら、死なせない方法を探すしかねぇよ。だって俺達は、黒騎士がどんな目的持っていようが協力すんだろ? ならどっちに傾いたって、やることは変わらねぇよ」

「ふふっ。そうだねぇ、それはいい考えだね」

「だろ?」

「若いっていいよねぇ」

「別に俺はオルキスを助けたいわけじゃねぇぞ。グランとかと一緒にすんなよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

「それが若いっていうんだよ。大人になると、自分のことより仕事を優先するようになっちゃうからねぇ」

「そうかよ。で、ドランクはどうする?」

「それは僕個人で、ってことだよね。そうだなぁ、乗るよダナン君。そっちの方が、面白そうだからねぇ」

「ははっ」

 

 二人で笑い合い、俺は座っていた椅子から立ち上がってドランクへ右手を差し出す。

 

「ダナンでいい。これからもよろしく頼むぜ、ドランク」

「了解、っと〜。……あれ? そういえばダナンって僕達のこと呼び捨てにするよね」

「敬語ってのが性に合わねぇってのもあるが、まぁドランクは威厳ねぇしな」

「ひどっ! ……ってもう今更だね。よろしく、ダナン」

 

 軽口を叩き合いながらもドランクが俺の手を握り、俺達は握手を交わすのだった。



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人形の変化

 一先ず二日経てClassⅡを網羅した。いや、させられたと言うべきか。初日なんか楽器得意がClassⅠの【ハーピスト】だったんだぞ? それを二日で会得しろとか……。

 

「……クソッ。治ったのに全身が痛ぇ」

 

 ドランクもいるから治療には事欠かない。ただし傷を負ってすぐ回復しても痛みが引くかどうかは別だ。痛みだけが残る奇妙な状態のまま

 

「怪我は治ったな。では再開するぞ」

 

 と来たもんだ。容赦のなさが半端じゃない。まぁグラン達を相手取るとしたら、の話だが黒騎士だけではオルキスを守って戦えない可能性を考えているんだろう。伸び代は未知数だからな。その点で言や俺もそうだが。Classを超えると強さが跳ね上がる。大体ClassⅢがどんなもんかってのも早く知っておきたいんだろうがな。

 

「……大丈夫?」

 

 特訓には人目につかないよう家として使っている工場の広い場所を選んでいる。部屋を出てすぐのところだ。そこで昼飯まで三人にボコられた俺は、大の字で寝転がっていたわけだが。

 相変わらず猫のぬいぐるみを抱えたオルキスが覗き込んできた。

 

「……いや全然。ってか飯だろ。作り置きしてあるが、もう食べ終わったのか?」

「……ダナンと一緒に、ご飯食べる」

「っ!?」

 

 俺は痛みも忘れて飛び起きた。オルキスを脇に抱えて部屋へ向かう。

 

「おい! 聞いてくれ!」

 

 俺を扉を開け二階の部屋に入る。三人は既に食べ始めているようだ。視線がこちらを向く。

 

「一大事だ」

「なになに? どうしたのダナン。落ち着いてご飯食べたら?」

「……オルキスが……オルキスが飯を食べることより俺が来るのを優先した……!」

「「「っ!?」」」

 

 俺の言葉に三人共が固まり、利き手に持っていたフォークやスプーンを落とした。

 

「え? 待って、オルキスちゃんが!?」

「なんだと……」

「あり得ない事態だな」

 

 三人の間に戦慄が奔っていた。俺は脇に抱えたオルキスを下ろす。

 

「お、オルキスちゃん? どこか調子悪いの? お腹でも壊した?」

「……どこも悪くない」

「オルキス。変なモノでも食べたのか。サイコロステーキ一つやろう」

「……食べてない。けど貰う」

 

 まず傭兵二人が詰め寄って尋ねた。そして最後に黒騎士がやってくる。

 

「おい、人形。不調があるなら言え。お前は私の目的に必要不可欠だ。なにか不備があっては困る」

 

 相変わらずオルキスへの態度はこんなんだったが、一応心配しているらしい。今のだって別にわざわざ「目的のために必要だから」とか言ってるし。

 

「……どこも、悪くない」

 

 しかしオルキスの答えは変わらなかった。そのことについて俺達四人は顔を突き合わせて会議する。

 

「ねぇダナン。ホンットにオルキスちゃんに変なモノ食べさせてなぁい?」

「当たり前だ。俺は厨房を預かる身だぞ。まぁ確かに新作を味見はしてもらってるが、第一自分で味見しないで他人に食わせる阿呆はいねぇだろうが」

「だとしたらどこかで拾い食いでもしてきたのか? いやそれはないか」

「ああ。前は色々な場所で食べていたが今は違う。ダナンの料理が余程気にっているのか、外へ出ても後で作れの一点張りだったか」

「そうなんだよなぁ。じゃあ一体どうしたってんだ?」

 

 しかし、一向に答えは出ない。

 

「……もういい。一人で食べる」

 

 どこか拗ねたような声でオルキスが言って、猛然と自分の分(スツルムのサイコロステーキは一個取ったが)を食べていく。

 

「いやまさか。だってオルキスだぞ? 食べること以上があるわけない」

「だよねぇ。オルキスちゃんだし。あ、最近アップルパイ食べてないとか?」

「あるかもしれないな。オルキスだし。新作ばかりでアップルパイを食べさせてなかったんじゃないか?」

「なるほどな。確かに、人形は昔から食べることにしか関心を示さなかったからな」

 

 どうやらアップルパイの頻度が減ったことでイレギュラーが発生した、という結論が出た。確かにそう言われてみれば食べない日もあったかもしれない。なるほど、ずばりそこだな。

 

「……ごちそうさま。寝る」

 

 高速で食べ終えたオルキスは、やや憮然とした様子でソファーの背凭れへ顔を向けて寝転がった。

 

「……これは不貞寝、か?」

「不貞寝だねぇ」

「不貞寝だな」

「不貞寝で間違いだろう」

 

 おやおや。けどまさかそんな、あのオルキスがなぁ。

 

「オルキス?」

「……」

「おーい、オルキスー?」

「……知らない」

 

 これはもう完全に拗ねてますねぇ。

 

「……こうなったらあれを出すしかねぇか。悪い、ちょっと協力してくれ」

 

 俺は秘密兵器を出すことを決めて三人に小声で耳打ちし、とりあえず飯を食べる。その間ずっとオルキスは動かなかった。多分本当に寝てるわけじゃないんだろうが。

 座る位置にも気をつけた。オルキスの寝ているソファーにも座らないと四人で食べれないので、俺がオルキスの頭の方に踏まないよう気をつけて座り、黒騎士が間を空けて隣に座る。向かいには傭兵二人が並んだ。

 とりあえず談笑しながら食事をする。

 

 そして食べ終わってからが本番だ。

 

「よし、じゃあ俺の特製デザートをちょっと食べてみてくれ」

 

 そう言って下ごしらえは一応しておいたモノを取り出し仕上げに取りかかる。

 これもまたパイ。新作のパイだ。他にもチョコパイなども試してみているが、オルキスのお気に入りはアップルパイから変わっていない。それを変えさせるのが今の俺の一つの目標ではある。

 

 そうして出来上がったのがこの、レモンパイである。

 

 アップルパイと違って実が入っているわけではなくレモンソースをゼリーのように固めたモノを入れている。甘酸っぱくさっぱりとした味わいは大人にも人気が出そうな気はしているが。

 端的に言えばリンゴを煮込むだけと違って中身に仕かけが施せるのがいい点だ。

 

 甘さを足すなら蜂蜜をかけるのもありだ。……トッピングで追加料金払うようにして、売り物にしてみようか。今度シェロカルテに相談してみよう。

 

 焼き上がるとレモンの爽やかな香りが部屋中に広がった。匂いが広がったせいかオルキスがもそもそし始めた。……ふっふっふ。既にオルキスの胃袋は掌握済みなんだよ。いつまで耐えられるかな?

 

「よし、出来た。俺特製レモンパイだ。こっちは蜂蜜かけたヤツな」

 

 二枚分のレモンパイを皿に乗せてテーブルまで持ってくる。ちゃんと八等分にしてある。

 

「おっ。美味しそうだねぇ。じゃあ早速いただきまぁ〜す」

「おう。ほら二人も食べていいぞ。俺も食べるかな」

「ああ」

「レモンと来たか。甘さ控えめといったところか」

「美味ぁい! ダナンは料理のセンスあるよねぇ。この中身のヤツ、噛むととろりとしたレモンソースが溢れてきて、濃厚でありながらさっぱりとした味わいが口いっぱいに広がるよ〜。スツルム殿、どぉ?」

「美味いな。女に人気出そうだ。もう少しパイを薄くして全体のボリュームを減らせば、もっとな。屋台とかで片手で持てるサイズで売り出したらどうだ」

「それはいいな。ダナンが稼げば資金調達も楽になる。さっぱりしているからか食べ終わった後にもう一つ食べたくなるな。……もう一切れ貰っていいか?」

「……なんか真面目に講評してんな。ってか気に入ってんじゃねぇよ。食べてもいいけど先にこっちの蜂蜜かけた方も食ってみてくれ。甘さに拍車かかってるが、元がさっぱりしてるからそこまでクドくはないはずだ」

「つい手を伸ばしちゃうよね〜。早速一個もぉらいっ」

「おいドランク狡いぞ」

「全くだ」

「一番最初に次行こうとしたヤツがなに言ってやがる。まぁ取り合いするくらい美味けりゃ成功だな。試作用に二枚しか作ってないから、早いもん勝ちにはなるか」

「ヤバッ。早く食べて次行かないとスツルム殿に全部取られる痛って!」

「あたしはそんな意地汚くない。……それよりそっちの雇い主が三個目に手を」

「好みだ。次からはもう少し作ってくれ。蜂蜜はいい」

「おぉ、予想外の食いつき。もうなくなっちまうじゃねぇか」

 

 事前に打ち合わせしていたとはいえ思いの外反応が良くぱくぱくと食べていってしまう。

 しかしそこで服を後ろから引っ張られる感触がした。

 

「……全部食べちゃ、ダメ」

 

 当然オルキスだ。

 

「なら、オルキスも食べるか?」

「……ん」

「よし。じゃあそこ座って」

 

 俺の問いに頷いたことを確認し俺と黒騎士の間に座らせる。

 レモンパイは通常が一個、蜂蜜ありが四個残っていた。……お前ら食べすぎなんだよ。俺が残さなかったらなくなってたじゃねぇか。俺が三人にジト目を向けるとドランクだけウインクで謝ってきた。殴ってやりたい。

 オルキスはそっと蜂蜜のない方を手に取ってはむと口に含む。表情はあまり変わらなかったがはむはむと食べ進めていたので気に入ってはくれたかな?

 

「……美味しい」

「そっか。なぁオルキス。皆で食べるご飯は美味しいか?」

 

 オルキスが一切れ食べ終わるのを待ってから尋ねた。じっと感情の見えづらい赤い瞳が俺を見上げてくる。

 

「……美味しい。一人で食べるよりも、美味しいと思う」

「そっか」

 

 明確な答えを得れて、俺はオルキスの頭を撫でてやる。

 

「じゃあ今度から皆一緒で食べるか?」

「……ん。そうしようと、してた」

「悪かったよ……。でもまさかオルキスがなぁと思ってな」

「……ダメ、だった?」

「いいや。驚いたけど悪くない。したいならしたいでいいんだよ」

「……ん。でもダナンが疑った」

「うっ。だからそれは悪かったって」

「……許さない。今度からは、絶対一緒」

 

 どうやら根に持っているらしい。

 

「わかった。これからも一緒に飯食べような」

「……ん」

「そうと決まれば。どんどん食っていいぞ。お前のために作ったんだからな」

「…………そう」

 

 ん? なんか食べる速度が早くなった、か?

 

「いやぁ、ダナンってば落として上げて、って詐欺師の手口だよねぇ。向いてるんじゃないの?」

 

 いつも以上にムカつくニヤケ顔でドランクが言ってくる。

 

「当たり前だろ。六歳の頃にはやってたんだからな」

「……君割りと悪人だよね。じゃあ資金調達、詐欺の方でやっちゃう? スツルム殿にこわーい顔で立っててもらってさ」

「あたしを巻き込むな。余所でやれ」

「貴様ら……ここでエルステ帝国内で、ここに最高顧問がいるのを忘れていないだろうな」

「やだなぁボス。冗談に決まってるじゃないですかぁ」

「そうだぞ。本気でやるつもりならこんなとこで話さないだろ」

「……そういう意味で言ったんじゃないよ?」

「ん?」

 

 よく意味はわからない。とりあえずオルキスの機嫌は直ったみたいだしいいか。

 

 そうして俺達は、なんだかんだ平和に、楽しく日々を過ごしていった。

 

 いずれ、戻ってくることができなくなるのだとしても。



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いざルーマシーへ

俺、今回の古戦場で玉髄取ってニーアちゃんを加入させるんだ……。
……闇古戦場までには間に合う、はず。

本日から古戦場が始まってしまいましたが、
お体と手首には気をつけてください(笑)

自分は個ラン五万位が難しいようなそこそこ騎空士なので
ぼちぼち走ってます。


 一週間が経過した。短い期間だったができる限りのことはしたと思う。

 

 ClassⅢまで使えばスツルムとドランクの単体と渡り合えるくらいにはなっただろうか。戦闘経験の差は埋められないが、策を練ってなんとか渡り合えはする。……勝てるとは言ってない。

 

「ダナン。そろそろ出発するぞ」

 

 黒騎士に呼ばれ、念入りに準備していた武器や道具を手早く革袋にしまい込む。肩に担ぐタイプのヤツだ。色々武器を持ち歩く都合上、こういった袋の方がいい。といっても戦闘で使うヤツは腰に提げている。左腰には短剣と銃。右腰には剣。袋には弓と矢と杖に、一応楽器。槍や斧は嵩張るので持っていかないようにしている。あんまり上等なのがないってのもあるが。

 

「はいよ」

 

 俺が準備を整えて部屋を出ると、既に四人が待っていた。降りた俺へと、黒騎士が歩み出る。

 

「お前に渡しておくモノがある」

 

 そう言って一本の剣を差し出してきた。

 

「これは?」

 

 受け取りつつ繁々と眺めてみる。……いい剣だな。結構な業物じゃないか?

 白金色の柄を握って鞘から抜き放つと銀の刀身が現れた。刃の内側は翠色になっている。

 

「ブルドガング。私はが昔使っていた剣だ。今は不要なモノだが、お前にやろう」

「結構いい剣じゃないのか?」

「ああ。私が七曜の騎士になるまでの間愛用していたのだから、当然だ。だが今はこいつがある。捨てるくらいなら、私の部下に与えた方が有用だろう?」

「そりゃ助かるけどよ……ぶっつけ本番で扱える代物かね」

「それはお前次第だがな。ClassⅢに至ったことで使用できると踏んでいる」

「そうかい。んじゃ、有り難く受け取らせてもらう」

 

 くれると言うなら貰っておこう。同じく剣になってしまうので今提げている剣を外す代わりに腰のベルトに固定し、右腰に提げておく。

 

「んじゃあ僕らは別方向だから先行くね」

「行ってくる。くれぐれも気をつけろよ」

 

 ドランクとスツルムが先に家を出ていった。

 

「ふん。誰に言っている」

「……スツルムとドランクも、気をつけて」

 

 黒騎士とオルキスと二人を見送って、

 

「行くぞ。ぐずぐずしているとヤツらに先を越される」

「それはカッコつかねぇな。じゃあ行くか」

 

 踵を返して歩き出した黒騎士に、オルキスと並んでついていく。

 

 さてと、今度はどんなのが待ち受けてるんだかねぇ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺達を待ち受けていたモノ。それは退屈だった。

 

「……なんだよ待ってろ、って」

 

 俺はルーマシー群島に到着して早々いなくなった黒騎士へ文句を垂れる。

 

「……お腹空いた」

 

 オルキスもボヤく。

 

 そう。島に着いて早々黒騎士はここで待っていろと告げどこかへ立ち去った。探そうにもルーマシー群島は未開の森だ。道を尋ねる人も住んでいなければ建物さえない。鬱蒼と生い茂る草木に覆われているのだ。土地勘のない俺達が出歩けば迷子になること請け合いだった。というか黒騎士も戻って来れんのか、これ。

 ちなみに操縦士のおじさんはぐーすかと鼾を掻いて寝ている。仕事の都合上待つことには慣れてるんだろう。

 

「おいオルキス。さっきまでおやつ食べてただろ。我慢しなさい」

「……でもお腹空いた」

 

 この子はホント、食い意地だけは立派なんだよな。というか食べることについては妥協しない。おかげで食費が嵩む嵩む。まぁそこは黒騎士、傭兵、俺で生活費を稼いでるから余裕はあるんだが。それでも家計をやりくりしなきゃ余裕はなくなるだろう。……シェロカルテへのレシピ提供、マジで考えてみようかな。

 

「しょうがねぇ。ちょっと果物かなんか採ってくるからここで待っててくれ」

「……わかった」

 

 これだけ森があるなら果物とかきのことかその辺の食べられるモノもあるだろう。迷子にならないよう気をつけながら小型騎空艇の周辺を探索し始める。船がどっちの方角にあるかをきちんと覚えておけば、迷子にはならないはずだ。

 ……しかしきのこは毒きのこと見分けがつかねぇなぁ。俺は幼い頃から泥水啜って生きてきたようなもんだから胃が強くなっているとしても、オルキスにそれを食わせるわけにはいかねぇ。いくら美味しくてもその後ぽっくり逝っちまったら話にならないからな。

 それでもあまり人の手が入っていないおかげか果物が生っていてとりあえず両腕で抱えられるだけの果物を持って小型艇に戻ってきた、が。

 

「オルキス?」

 

 待っていろと言ったのに、どこへ行ったんだか。一応船の中は隈なく探してみたが、姿はない。……あいつ。

 

「ったくもう。ただでさえ迷子になりやすいのに」

 

 こんな人気のない場所でまさか誘拐されたってことはないだろうが。俺も探しに出るしかねぇ、か。最悪二人共迷子になりかねない状況だぞ。

 

「せめてオルキスの後を追うか」

 

 俺は近くの茂みに屈んで注意深く地面を見る。オルキスが通ったなら、草が折れていたり土に跡がついているものだ。小型艇の周辺を満遍なく探していて、ようやく見つかった。

 

「こっちだな」

 

 オルキスの通り道をなんとか見つけ出し、それに沿って歩いていく。最悪戻ってこれるように船の方角を記憶しておくのも忘れない。

 そしてふと、いい匂いが漂ってきていることに気づいた。……これはスープだな。魚介出汁できのこを煮込んだスープだ。

 

「なるほどなぁ。これに釣られて飛び出したってわけか」

 

 合点がいった。そもそも俺がオルキスから離れたのも空腹を訴えてきたからだ。そんな状態のオルキスにとって、この匂いは抗いがたいモノがあったのだろう。とはいえ叱っておかなければ。

 間違いなく匂いの方角だと確信した俺は鼻を頼りにそちらへ向かい、そして唖然とした。

 

「は……?」

 

 開拓されていない樹海の中に、木造とはいえ建物があったのだ。しかも万屋『シェロカルテ出張所』と書かれている。……どっかで見たことある看板だなぁ、おい。

 

「……あいつこんな商売にならないとこにもいんのかよ」

 

 呆れて呟きつつ、扉を開けて中に入っていく。

 

「いらっしゃ~い。って、ダナンさんじゃないですか~。こんなところで奇遇ですね~」

 

 やはりというか、店の中にいたのはシェロカルテだった。笑顔の似合うハーヴィン族の女性。相棒のオウム、ゴトルも一緒だ。……ホント神出鬼没だよな。

 

「それはこっちのセリフだよ。……やっぱここにいたか」

 

 店内の席を見渡して、黙々とチャーハンを掻き込んでいるオルキスを発見した。彼女は俺が来たのを見ると慌てたように平らげた。

 

「……なにも食べてない」

「嘘つくんじゃねぇ。こらオルキス、待ってろって言っただろ」

 

 往生際の悪いヤツだ。誰に似たんだか。こつんと頭に拳骨を与えてやった。

 

「……ごめんなさい」

 

 両手で頭を押さえつつ謝ってくる。

 

「悪いと思ってるなら良し。大した距離じゃなかったとはいえ魔物に襲われてた可能性もあるんだからな。気をつけるよーに」

「……わかった」

 

 襲われなかっただけマシ、と言える。オルキスに戦う力はないはずだ。ルリアみたく星晶獣を召喚できるなら兎も角。少なくともそういった話は聞かないし、見たことがない。そもそもあんな力その辺の魔物に対して使っていいわけないしな。

 

「随分と仲がいいですね~。ダナンさん、オルキスちゃんのお兄さんみたいですよ~」

「保護者という意味では間違ってないな」

「……お兄ちゃん」

「今日のオルキスはノリがいいなぁ。普通でいいからな」

「……ん」

 

 わかりにくいが冗談だったらしい。

 

「……ダナン。ご飯作って」

「ん? あぁ、シェロカルテがいいって言うならいいけど?」

「構いませんよ~。日にちが経って廃棄になりそうな食材がたくさんありますからね~」

「おっけ。んじゃ適当に作って食べるか。俺も腹減ってきたしな」

「……早く」

「じゃあ私もお願いしますね~」

「はいはい」

 

 催促され、島に来たというのに相変わらず飯作り担当のようだ。置いてあったヒューマン用の紺のエプロンを纏い、ハンカチで髪を覆う。きちんと手を洗って準備を整え冷蔵庫を確認して作れそうな料理をいくつか並べていく。……いやなんでこんな人気のない場所で水とか引けてんの。急ごしらえじゃなくて念入りに準備してないとダメだよな? あんまり細かいことは考えまい。

 そして何品か作ってテーブルに持っていく。二人共気に入ってくれたようで良かった。我ながら美味しいと思うし。

 

「ダナンさんの料理は美味しいですね~。オルキスちゃんが夢中になるのもわかります~」

「……ん。ダナンの料理が一番」

「そりゃどうも」

 

 オルキスからの評価が高そうで怖い。

 

「残念ながら私が作ったモノより美味しいですね~。材料は同じモノを使っていると思うんですが~」

「味つけと調理時間だろ」

「いやはやダナンさんの料理は売りに出せますよ~。どうですか是非共同で美味しい料理を販売しませんか~?」

「願ってもねぇ。実は試作段階なんだが一ついい案があってな?」

「ほうほう、それは楽しみですね~。後で是非作ってください~」

「……ダナンの料理は全部美味しい」

「嬉しいけどちょっと黙ってような」

 

 オルキスからの料理に対する信頼が怖い。……じゃなくて、思わぬところでシェロカルテと提携できそうだった。

 廃棄寸前の食材が多いということで、レモンパイを作って試食してもらいつつオルキスに料理を作り続けていた。

 

 何度目かのオルキスへ料理を運んでいる時、扉が開かれて外から入ってくる人達がいた。

 

「いらっしゃ~い。万屋シェロちゃん出張所へようこそ~。今なら腕利きの料理人が、格安でご馳走してくれますよ~」

 

 にこやかに歓迎したのは、シェロカルテ一人。俺はと言えば、顔を顰めて嫌そうな顔をしてしまう。しかしそれは向こうも同じだ。

 

「「「げっ」」」

 

 俺を含む何人かの嫌そうな声が重なった。

 訪れたのが、因縁の相手であるグラン一行だったからである。……まさかここで会うとはなぁ。つってもまだ戦うわけにはいかねぇ。敵対しないでもらいたいし、ここは警戒させないように頑張るとするか。

 

「てめえは……」

「あっ、あの子もいますよ!」

 

 ラカムが俺を睨みつけ、ルリアは料理を食しているオルキスを見つけ声を弾ませた。

 

「……はぁ。妙なタイミングで遭遇すんなぁ、もう。まぁいい。飯食ってくか?」

 

 頭を掻きつつ言うが、あまり警戒は解いてくれなかった。だが俺の恰好が恰好なので、怪訝に思う人は多かったようだ。

 

「もしかして……シェロさんのお手伝いですか?」

「はい~。こちらのお客さんがよぉく食べるので手が足りなかったんですよ~。もしよろしければ皆さんもご一緒にどうですか~?」

 

 エプロンという恰好が功を奏したのか、ルリアが尋ねシェロカルテがそれっぽく返してくれた。……俺達が敵対してるってことに気づいてるんじゃないだろうな。

 

「いいんですか?」

「ルリア、待て。相手は黒騎士配下の人間だぞ。毒でも入っていたらどうする」

「でもよぉ。森ん中飛び回ってオイラ腹減ったぜぇ」

「ビィくんまで……」

「うぅ……ダメ、カタリナぁ」

 

 ルリアが喜び、それをカタリナが窘める。ビィも空腹なようでルリアにつき、未だ渋るカタリナへとルリアが上目遣いをした。

 

「うっ……し、仕方がない。しかし私がまず毒見をするからな」

 

 案外身内に弱いらしい。あっさりと折れて一先ず料理は作ってもいいってことになった。

 

「じゃあ皆さん席に着いてくださいね~」

 

 そしてシェロカルテに案内されて、なぜか俺達の座っていた長テーブルの向かいに全員が並ぶ形となる。……なんでこいつらと一緒に食べなきゃいけないんだか。まぁ、とりあえずは反対せずにおくか。

 

「じゃあ作ってくるから、それまではこれでも食って――」

 

 俺はオルキスの前に置いていた大皿のチャーハンを動かそうとしたが、その手が小さな手に掴まれる。

 

「……ダメ」

 

 食い意地だけは一人前を遥かに超えたオルキスだ。

 

「オルキス……これから作ってやるから今は置いとけって。な?」

「……ダメ。渡さない」

「……はぁ。しょうがねぇか。悪いな、今作ってくるから待っててくれ」

 

 なぜか意固地になっていたので、早々に諦めてさっさと新しい料理を作る方にシフトする。

 

 俺が席を外すとルリアがオルキスへ懸命に話しかけているのが聞こえてきた。

 

「オルキスちゃん、って言うんだよね。私はルリア。よろしくねっ」

「……ルリア。よろしく、ってなに?」

「えっ? うーんと……」

「これから友達になろうってこと! あたしはイオ、よろしくね」

「……友達……これから……私と?」

 

 ルリアに続いてイオにも話しかけられて戸惑っているようだ。少しおろおろとしていた。助け舟を出すために近づいていく。

 

「……ダナン。どうしたらいい?」

「俺に聞くもんじゃねぇよ。オルキスがしたいようにすればいい」

「……ん」

 

 感情のない瞳が不安そうに少し揺れていた。そんなオルキスの頭をぽんぽんと撫でて言ってやる。

 

「……わかった。ルリアとイオ、友達」

 

 オルキスの返答に二人が嬉しそうに笑った。同年代の友達か。オルキスにはそういうのも必要かもしれないな。と思って眺めていたらカタリナ以外がきょとんとしているのが見えた。カタリナは多分俺が今しているような顔をしてルリアを見ていたが。

 居心地が悪くなって調理に戻る。そして出来上がった料理を持ってテーブルに運んでくる。

 

「ほら、出来たぞ。俺が作って料理だから毒入れるも不味くするも自由自在。食う勇気がお前らにあるかな?」

 

 にやりと笑いつつ料理を差し出した。……食欲を唆るように匂いや見た目にも気を遣った品々だ。ヤツらの目が料理へ釘づけになっているのを見てほくそ笑む。

 

「っ……。いやまだだ。見た目は良くても食べれるとは限らない。まずは私が毒味をしよう。イオ、クリアの準備を頼めるか?」

「わ、わかったわ」

 

 決心したようなカタリナが毒を解除できるイオにすぐ対処できるよう頼み、一つの料理へと向かい合う。大皿に乗ったチャーハンだ。最初はやっぱ飯だろ。

 

 そしてカタリナは意を決して一口掬い、口に入れる。……かかったな。悪いが一口入れたらもう、終わりだ。

 

「うっ!」

 

 カタリナの身体が固まる。

 

「か、カタリナ!?」

 

 皆が驚く中、彼女は次の一口を掬いすぐ口に入れる。

 

「「「えっ?」」」

 

 皆が驚く中、ひょいぱくひょいぱくと凄まじい早さでチャーハンを口に運んでいき、一応五人前で作っていた皿が平らげられる。

 

「……うん、毒はなかったようだな」

 

 満足気な表情でスプーンを置いた笑顔のカタリナの後ろに、二つの影ができる。

 

「カタリナぁ……」

「姐さん……」

 

 蒼と赤の二つである。

 

「……はっ! い、いや美味しくてつい、な……」

 

 責めるような視線を受けて我に返ったようだが。

 

「……ふっふっふ。これがあえて毒見役に滅茶苦茶美味しいモノを出して独り占めさせる俺の料理だ。ちなみに食べてる時は重さを感じさせない工夫がされているが、胃に入ってから強烈な満腹感を感じてもう食べられなくなる。後から出てくる美味そうな料理に手が出せなくなるという苦痛を味わわせることが可能なのだ」

「くっ……まんまと罠にかかったというわけか!」

 

 案外ノリいいなこの人。

 

「ちなみにできるだけ油っぽさを取り除いたとはいえカロリーは半端ないから太るぞ」

「なっ!?」

 

 量も半端ないからな。いや上手くいって良かった。カタリナが顔を少し青くしている。

 

「い、いや大丈夫なはずだ。これでも毎日鍛えているからな。運動で消費すれば問題ない、うん」

 

 言い聞かせるように言っているが、甘いな。

 

「甘いなぁ、カタリナ中尉ぃ? 俺の料理がこの程度だとでも思ったか? もっと美味い料理で腹ぱんぱんになるまで食わしてやるからなぁ!」

「貴様……まさか後の戦いを有利にするために……!」

「かかったらもう遅いんだよ。ほぅら、たんとお食べ」

 

 バカな茶番は兎も角。

 とりあえず全員が料理に舌鼓を打ち始めた。

 

「んで一個聞いていいか?」

 

 盛り上がってきたところで、俺が正面に座るグランへと尋ねる。顔を上げ首を傾げたところへ、

 

「あいつ誰?」

 

 俺はアウギュステでは見かけなかった謎の女性について聞いた。謎の女性は薔薇の花が多く飾られた衣装を着ていて、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばしている。妖しげで色っぽい雰囲気を持っていた。

 

「アタシ?」

「ええと……ロゼッタさんだよ。ルーマシーに来てから出会った人、かな」

 

 自分を指差す女性と、グランが少し返答に困ったように答えてくれる。……いや出会ってすぐのヤツを同行させんなよ。

 

「いやお前さっき出会ったヤツをなに普通に同行させてんの? まさかお前、あの妖しい色香に惑わされたんじゃ……」

 

 俺がジト目を向けると、

 

「そんなことないですよねー、グラン?」

「ないに決まってるよね、グラン?」

 

 彼の両側に座っているルリアとジータからにっこり笑顔という圧力をかけられ背筋を正していた。……お前案外立場低いなぁ。

 

「あ、ははは……」

 

 乾いた笑みを浮かべるしかない様子だ。

 

「真面目な話をするとだな。森を歩こうにも道がねぇんじゃ宛てもなく歩くしかねぇ状況だろ? そこをロゼッタが案内してくれるってんで同行してもらってたんだ」

 

 オイゲンが本当の理由を教えてくれる。なるほどな。確かに道案内をしてくれるって言うならついていく可能性もあるか。

 

「ええ。この子達が黒騎士の居場所を知りたい、って言うから」

 

 ロゼッタも肯定する。そうか、こいつらは黒騎士に言われてこのルーマシー群島まで来たんだったな。

 

「そうか。俺は黒騎士がどこ行ったかまでは知らないんだよな」

「……森の奥、行くって言ってた」

「オルキスには教えてたのかよ」

 

 まぁでもなにも言わず行くよりかはマシだな。

 その後も俺達は他愛のない話をしながら食事を続けていった。



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