ナンダーク・ファンタジー (砂城)
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表と裏のプロローグ
雄大なる蒼は大いなる空の旅路へ出向く


これまで二次創作は書いたことがありませんが、書きたくなったので書きました。

基本は本編に沿うような流れになります。というか勢いでアガスティア辺りまで書いちゃったので投稿します。

とりあえずはオリ主ではなく、グラン達のプロローグとなります。
本作ではグラン君とジータちゃんが双子として出てきます。

とりあえずストック的に二ヶ月くらい毎日更新できるかなと思います。
お愉しみいただけると幸いです。


 どこまでも広がる蒼い空。

 

 遥か下方にある大地は見えないが、空には島々が浮かび民はそこで暮らしている。

 

 実在が確認されていない伝説の島や、秘境がまだまだ多く残っているこの空の世界で、全てを乗り越えた先にあるというお伽話上と思われる島があった。

 

 ――星の島イスタルシア。

 

 彼方に在るのかないのか。実在すら怪しいその島を目指す者など今は数少ない。

 

 ただ、もし。

 

 イスタルシアにいるという誰かから手紙が来たとしたら?

 その誰かが心から信頼する人物だったとしたら?

 

 あなたはイスタルシアの存在を信じるだろうか。それとも戯言と切り捨てるだろうか。

 

 もし、そんなことがあったとして。

 イスタルシアを目指し空の旅を夢見たなら。

 

 きっとその誰かは、子供にも勝る純粋さと好奇心を持った者なのだろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「おーい、グラン」

 

 晴れ渡る蒼い空の下。神秘と田舎が共存する島で、奇妙な生物が相棒を呼ぶ。

 そいつは赤い身体と竜のような特徴を持ち合わせてはいたが、妙に小さく愛くるしいようにも見えた。人の頭ぐらいの高さを小さい羽で飛ぶ先には、一人の少年が立っていた。

 

 青いパーカーに茶色いズボン、銀の胸当てと両手足に装着された金属が戦う者であると示している。なにより彼が持つ剣が物語っていた。

 

 神経を集中させ真っ直ぐに剣を構える姿からは、十代半ばにしてそれなりの鍛錬を積んでいる様が伺える。

 

「あ、ビィ」

 

 それでも相棒が飛んできたことに気づくと破顔し、年相応の表情をする。

 

「ジータが飯出来たから呼んでこいってよー」

「もうそんな時間か。……そういえばお腹減ったな」

 

 ビィに言われて剣を腰の鞘に収める。言われてからようやく空腹を意識したらしく、ぐぅと腹が鳴った。

 

「へへっ。じゃあ行こうぜ、オイラも腹減ったぜ」

「うん」

 

 グランとビィは少し急いで自分達の家に向かう。そして大きくもない一軒家に到着すると、既に家の外へもいい匂いが漂ってきていた。二人揃って腹を鳴らし顔を見合わせて笑う。

 がちゃりと扉を開けて入ればテーブルに料理が並んでいて、しかしその前に少女が立っていた。

 

「遅い! もう、料理が冷めちゃうでしょ」

 

 眉を吊り上げグランと同年代くらいになる可愛らしい顔を怒ったようにして二人へと注意する。

 金髪にピンクのカチューシャをつけ、ピンクのスカートに身を包んだ様は彼と比べると些か以上に少女らしいと言えたが、彼女も籠手を嵌め剣を握れば魔物を切り倒す勇ましい面を持っている。

 

「ごめんごめん」

「全く……私だって鍛錬したいのに、グランはいっつも私に家事押しつけて。偶には料理してもらおっかな」

 

 苦笑して謝る彼に、何度も聞いたような不満を漏らした。

 

「オイラはジータの料理が食べてーよぉ……。こいつ下手くそだし」

「わかってる。でも掃除洗濯は手伝いなさい」

「はーい」

「はいは伸ばさない」

 

 何分料理下手なグランに任せると悲惨な食事となってしまう。彼女もわかってはいたので言ってみただけだった。

 二人は双子であり、同じ夢を掲げた同志でもある。

 

 こんな田舎に強い魔物はおらず、二人は大抵の魔物ならあっさり倒してしまうだけの強さを持っていた。それでも毎日競い合うように鍛えているのは、掲げた夢のため。

 いつものように三人で食卓を囲んでいたが。

 

「あっ」

 

 グランがふとした拍子にグラスを倒し飲み物を零してしまう。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 同い年、むしろグランが一応兄なのだが、すっかり保護者のようなジータはグランの方にタオルを手渡す。

 

「ああ、うん。大丈夫」

「グランのことじゃなくて、お父さんの手紙」

「あっ!」

 

 ジータの言葉にうっかりしていたとばかりに慌てて服を弄った。

 グランは折り畳まれた紙を取り出し開いて濡れていないかを確認する。無事だったのでほっとため息をついた。

 

「ったくよぅ。親父さんの大事な手紙なんだからもうちょっとしっかしてくれよな……」

「やっぱり危なっかしいグランに預けとくのやめようかなぁ」

「だ、大丈夫。大丈夫だってきっと」

 

 呆れた様子の二人にグランは引き攣った笑いを浮かべるしかない。

 

「う〜ん。やっぱりビィの足に括りつけとく?」

「オイラは伝書鳩じゃねぇ! 引き出しに入れておこうぜ。ずっと持ってなくても、もういっつも見てるから覚えてるだろ」

「まぁ、そうだね」

 

 ビィの提案に頷くと、二人の父親から昔に届いた古い手紙を一度名残惜しそうに目を通してから、丁寧に折り畳んで引き出しにしまった。

 幼い頃に旅立った二人の父親は、手紙にこう書き記していた。

 

『空の青さを見つめていると見知らぬ彼方へ帰りたくなる。空の青さに吸われた心は遥か彼方に吹き散らされる。果てだ。ここは空の果てだ。遂に辿り着いた。我が子よ。星の島、イスタルシアで待つ』

 

 実の子供に読ませるには随分と詩的な文章である。きっと書いた本人に見せたら恥ずかしがること請け合いだ。目の前で読んでやれば堪らずやめてくれと言われそうな手紙だった。

 

 それでも二人は事実父親の筆跡で書かれたこの手紙を読んで、空の果てにあるというイスタルシアを目指し旅に出たいと思っている。

 ……とはいえ十代の子供に船を買えるような金はなく、船を操縦する知識も空を旅する力も足りていなかった。

 

 いつか叶えると夢を思い描き、しかしその夢が遠すぎて足踏みのような進み具合でしかない、どこにでもいる少年少女だ。ただ彼らには特別な才能が備わっていた。

 

 つまり彼らは、なにかきっかけさえあれば、空の果てを目指し旅立てる。

 

 しかしそれは。

 

「あ、こらビィ。また残して! 途中で林檎食べてきたでしょ!」

「た、食べてねーよ!」

「嘘ついてもダメだよビィ。ジータってそういうところ目敏いから」

「目敏いってどういう意味? 二人共、今日という今日はみっちりお説教だからね」

「お、おいジータ落ち着けって。たまたま畑のおっちゃんと会っただけで……」

「ほらやっぱり食べてる。もう、今度からビィご飯抜きじゃなくて、林檎抜きにするからね」

「うぇっ!?」

「嫌なら反省しなさい。全くもう、グランもビィも私がいないと全然ダメなんだから。こんなんじゃ旅に出ても不安しかないよ」

「ははは……ホントにジータには助かってるよ」

「褒めたってお説教はやめませんからね」

 

 こうして楽しげに暮らす平穏を捨てるということでもある。

 残酷な運命と死が待つ外へと飛び出すことである。

 

 その覚悟を、二人は間もなく問われるのだ。

 

 その日の午後。

 軽く手合わせして食後の運動を充分に行った後のことだった。

 

「あ、やっぱりここにいやがった!」

 

 そこに一人の少年が駆け込んでくる。妙に強張った表情の彼はアーロン。緊張が顔に出ていて只事ではないと教えてきていた。

 

「アーロン? どうかしたの?」

 

 手を止めてジータが微笑みかけると、急いでいただろうに頬を紅潮させる。

 

「?」

 

 思わず言葉に詰まってしまったからかジータは小首を傾げていた。

 

「な、なんでもない……」

 

 当然、陽光に照らされた笑顔が可愛かったなどと口にできるはずもない。

 そういえばそんな浮ついた感情を抱いている場合ではなかったと思い直して表情を引き締める。

 

 ……そんな幼馴染みの内情を見ただけで察したグランとビィは苦笑した。というかいつものことである。

 

 この夢見がちな双子を諦観したように見る幼馴染みは、いつからだったかジータを想っていた。幼い頃は一緒に遊ぶ友達だったと思うのだが、年々成長する彼女に異性ということを意識せざるを得ない状況に陥っているというわけだ。しかももし彼女が旅に出ずこの閉ざされた島で暮らしていくのだとしたら、同年代が三人以外にいないこの田舎では自分がジータと……なんて妄想をするくらいには年相応であった。

 

「って、そうじゃない! お前らが気づいてないから、こうして俺が来たんだろ!」

「「「?」」」

 

 ようやく鬼気迫る表情になったアーロンの言葉に、今度は三人で首を傾げることになる。

 

「ったく……あれを見ろ!」

 

 呆れたアーロンが指差したのは空だった。三人が顔を上げて、目を見開き驚く。

 

「戦艦……! しかもあれって帝国の」

「なんでこんなところに……」

 

 上空を飛ぶ一隻の戦艦。それはこのファータ・グランデ空域では最も有名な国のモノだった。

 エルステ帝国――かつては歴史こそあれど勢力はない小さなエルステ王国だったが、帝政に変えてから今や空域全土を支配する勢いで力を持った国。

 そんな国だからか黒い噂を絶えず実際いい噂をほとんど聞かないが。

 

 なぜこんな田舎の島に戦艦がやってきたのか。正直なところ人数でも強さでも一隻で島一つ滅ぼすことができるような格差があった。

 

「なんでかわかんないけど、この島に帝国が来てるんだ! 早く避難するぞ!」

 

 アーロンがそう告げたことで彼がなぜここに来たかを察する。その時、戦艦の一部で爆発が起こった。

 

「な、なんだぁ? 爆発しやがったのか……?」

 

 墜落するような爆発ではなかったが、破片が落ちてきたらと思うと気が気でない。と思っていたらきらりと光るなにかが落下していくのが見えた。火が点いた部品なら一大事だ。なにせ落下地点には森がある。もし燃え広がったら島全土を焼き尽くすまで止まらないだろう。

 

「……わかった。アーロン、悪いけど先に行っててくれ。大事な父さんの手紙を落としちゃったみたいで、燃えないようにこの辺探してから行くよ」

「はぁ? お前こんな時にまでなに言って……。それなら俺も探した方が手っ取り早いんじゃないか?」

「うん。でも僕が見つけないとジータに怒られちゃうから。あと先行って後から行くって皆に伝えてくれた方が心配されないかな」

「……はぁ。わかった。でジータは……」

「私がいないとグランが迷子になるでしょ」

「そうだな……早く来いよ!」

「うん」

 

 アーロンは嘆息したが一人で来た道を走り出す。

 

「……グランって、こういう時は頭が回るんだね」

「こういう時はって言わないでよ。ジータは避難してても……」

「そうやって一人で行こうとするから、目が離せないんでしょ。いいから行くよ」

「……うん」

「ったくよぅ。二人共避難しといた方がいいと思うんだけどなぁ」

「そう言ってついてきてくれるんだ?」

「オイラも二人が心配だからな!」

 

 結局、三人は落下物が気になっていたのだ。だからありもしない、だがアーロンはまだグランが持っていると思っている手紙を使って言い訳したのだが。そんなことなどずっと一緒にいる二人からしてしまえばお見通し、若しくはアーロンも予感ぐらいはしているかもしれない。

 

「じゃあ気を引き締めて行こう!」

 

 グランが言って駆け出すのを、二人がついていく。三人は戦艦から落下したモノの方へと駆けていった。

 火災になったらマズいという懸念があったからか全速力で先頭を走っていたグランが、木々の生い茂るせいで視界が悪い森の中で、突然飛び出してきた人影とぶつかってしまう。

 

「きゃっ!」

 

 軽い衝撃を受けてグランがそちらを見やると、蒼い髪に白いワンピースを着た少女が小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れそうになっているところだった。この島では一度も見かけたことのない子だ。もしかしたら帝国の手の者かもしれない。それでも自分がぶつかってしまったこともあり、グランは少女の手を取って倒れないように支えた。

 グランの手に支えられてなんとか倒れなかった少女が顔を上げて、目が合う。

 空のように透き通った蒼い瞳に思わず魅入ってしまう。

 

 年齢は二人よりも三から五は低いだろうか。首に提げた飾り以外には飾り気がない様子だ。

 

「えっと……」

 

 ずっと手を握っていたせいか、少女は少し困ったように眉を下げる。そこで無言で見つめていたことに気づいたグランははっとして手を離す。

 

「ご、ごめん。それで君は? この辺では見たことないと思うんだけど……」

「あっ。お、お願いです! 助けてください!」

 

 グランが事情を聞こうとするとこれまでの状況を思い出したのか縋るようにグランへと詰め寄り必死な顔で訴えかけてきた。

 助けるとは一体どういうことなのかと尋ねる前に、がさりと遠くで茂みが揺れる。それだけのことでびくりと肩を震わせる少女の様子に、只事ではないと理解した。

 

 茂みを揺らす音が複数聞こえ、続いて金属の擦れる音も聞こえてくる。音のした方向を警戒して睨んでいると、やがて鎧を身に着けた兵士達が姿を現した。少女はさっと後退しグランが庇うように前へ出る。

 

「貴様らはこの島の者か? とりあえずそれを渡してもらおう」

 

 先頭に立つ兵士がグランへと手を差し出した。その言葉を聞いた二人は躊躇いなく剣を抜く。

 兵士達がこの少女を大切に扱っていないことはよくわかった。もし言うのであれば「それ」ではなく「その子」になるはずだ。なにより怯えて震える少女がそのことを物語っている。

 

「……それはできません」

 

 グランは帝国兵を睨みつけてはっきりと告げた。

 

「そうか。なら死ね。それは貴様らのような価値もわからない子供に渡すモノではない」

 

 大人しく渡す気がないと見た兵士達も剣を抜く。しかし、倒す意義があるのはこちらも同じだった。

 

「……さっきから黙って聞いてみればその子をモノみたいに言って。そんな人に渡すと思ってるなら帝国の兵士さんは随分と頭が弱いみたいですね」

 

 物言いが辛辣極まりなかった。彼女も相当怒っているらしく、自分に向けられたモノじゃなくて良かったと思うグランとビィだった。

 

「子供が、粋がるなよ。殺れ! 最優先事項は機密の少女! 障害は始末してしまって構わん!」

 

 彼女の言葉にプライドが傷ついたらしく、兵士達へ号令して三人を殺そうと襲いかかってくる。しかし憤ってはいるとはいえ所詮子供と侮っているのか兵士がまず一人ずつ前に出てきた。合わせて二人も駆け出す。

 

 兵士が真上から剣を振り下ろしグランを狙う。彼は難なくかわすと横から兜越しに剣で頭を殴りつけ、一撃で昏倒させた。

 

「なにっ!?」

 

 兵士として日々訓練を課される者が一撃で倒されたという事実に驚いた二人目は、そのまま突っ込んできたグランに対処できず同じく一振りで倒される。ほぼ同時にどさりという音が聞こえたかと思うと、ジータも二人倒していた。全く傷もない状態での完勝である。

 

「な、なんだと……。こんなガキ共に……」

 

 一人残ってしまった号令していた兵士がわなわなと震えてあっさり四人も倒されてしまったことに驚愕した。

 しかも二人がそのまま自分へと向かってくる。

 

「クソッ!」

 

 半ば自棄に近い一撃をグランがしっかりと受け止め、その隙に回り込んだジータが後頭部に一撃くれてやった。

 油断はあったにしろたった二人で兵士を五人共倒してしまっていた。二人が軽く拳を合わせている様を呆然と眺めていた少女に、明るい声が届く。

 

「へへっ。どうだ、あいつらの剣の腕は!」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな赤い生物を微笑ましく思――

 

「えっ!? なんですかこの生き物! 見たことないですぅ!」

 

 危うく受け入れそうになってしまったが、図鑑でもこんな生物は見たことがなかった。少女は目を輝かせてビィに顔を近づける。

 

「ははっ。ビィは、なんて生き物なんだろうね。もう学名もビィでいいんじゃないかな。他にいないだろうし」

「オイラはビィじゃねぇ! ビィだけど!」

 

 グランとビィの言い合いに思わずくすりとしていると、そこへ切迫した声が聞こえてくる。

 

「ルリア!」

 

 そちらを見ると鎧姿にマントをした女性が駆けてくるところだった。双子よりも十くらい上に見える大人の女性だ。

 整えられた長髪と凛々しい相貌からどこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせている。

 

「カタリナ!」

 

 また帝国兵かと身構える二人だったが、少女の嬉しそうな声を聞いて柄を握る手を緩めた。どうやら二人は信頼を築いているようだ。なにより帝国兵にしては先程の連中と違って彼女を名前で呼んでいる。

 

「君達は一体……? それにこの倒れた兵士達は……」

「二人が倒したんだぜ! 凄ぇだろ!」

 

 またしてもなぜかビィが誇らしげにしていた。その空中を浮遊する奇妙な生き物を見て。

 

「……なんと愛らしい……ではなく君はえっと、なんだ?」

 

 一瞬緩みかけた頬を引き締めしかし記憶に該当しそうな生物がいないことから怪訝そうに首を傾げる。

 

「えと、ビィさんって言うんだって」

「ビーサン? ……その、なんだ。海岸で履くサンダルのような名前なのだな」

「オイラはビーサンじゃねぇ! ビィだ!」

「すまない、冗談だ。二人共、よくルリアを守ってくれた。礼を言おう」

 

 物怖じしないビィのおかげか、それとも目の前の女性が穏やかに微笑んでいたからか。緊張しがちな二人の心を安心させ、間違いなくこの人が自分達の敵ではないと理解する。

 

「い、いえ。凄く困ってたみたいだったので」

「はい。放っておけなくてつい……」

 

 それでも少し恐縮したようなグランと、照れたようにはにかむジータ。おそらく見た目が油断を誘ったのだろうが、二人で兵士を五人も倒したという事実は変わらない。カタリナは内心で二人の実力を高めに設定すると、一先ず自分のすべきことのために動き出す。

 

「すまないがあまり話している時間はない。この辺りに帝国兵がうろついている。一刻も早くこの場を離れなければ……」

 

 彼女がそう話している間に、

 

「カタリナ中尉ィィ」

 

 ねちっこいような中年男性の声が耳に入ってくる。

 見るといつの間にかたくさんの帝国兵が彼らを取り囲んでおり、その中の一人が明らかに一般兵士を装備の違う黒い軍服の男だった。香油かなにかで丸く固めた髪とセットに時間がかかるであろう上向きに曲がった顎鬚。

 

「ポンメルン大尉……!」

 

 カタリナが遅かったかと顔を歪める。彼女が中尉と呼ばれたことから、彼が直属の上官であると理解できた。それでも彼女はできれば穏便にやり過ごしたいのか、冷静を装って話し始める。

 

「……ルリアの保護に成功しました。兵を退いて戦艦へ戻ってください」

「白々しいですねェ。あなたが少女を逃がしたのでしょう? 機密の少女の観察役を任されていながら偉大なる帝国に楯突くとは……」

「……」

 

 既にバレていたようだ。これではなにを言おうとも彼女の処遇は決まったようなモノだった。

 

「ふむ、ふむふむ。どうやら先に来ていた兵士を倒したのは、あなた達ですか。こんな子供に負けてしまうとは、帝国兵士の練度も落ちぶれたモノですねェ」

 

 大尉は倒れた兵士達を見やると剣を持った二人を眺めて残念だとばかりにため息を漏らす。

 

「カタリナ中尉。その少女を逃がすことがどれほど重大な損失を齎すか、あなたならわかるでしょう。帝国が全空を支配するためには必要なことなのですよォ。星晶獣を制御するために必要不可欠な存在なのですからねェ」

 

 星晶獣。かつて今空の世界で暮らす空の民と覇権を争った星の民が生み出した遺物。その力は強力で、一体で島一つを滅ぼすことなど容易とされているほどだった。

 それを制御するとなると、確かに手放すには惜しいだろう。

 

「そこの子供二人にカタリナ中尉まで加わるとなると……兵士を悪戯に消耗してしまうかもしれませんねェ。ではあれを出しましょう。ーーヒドラを持ってきなさい」

 

 ポンメルンはそう言って兵士に指示を出す。「はっ」と短く応えた兵士が立ち去った。

 

「ヒドラ……? まさか!」

「そのまさかですよォ。あなたもその子供も、まとめて始末してあげますからねェ。くっ、くっくっく……」

 

 慄くカタリナと嫌な笑みを浮かべる彼の様子が理解できたのは、ずんずんと重い足音を響かせ森の木々を薙ぎ倒しながら向かってくる巨体を目にしてからだ。

 

「ヒドラを使う! 散開して後方に陣を張れ!」

 

 大地を踏み締める四つの足。全身を覆う赤い鱗。巨体を持ち上げられるのか怪しい翼。そしてなにより五つの首を持つ怪物だった。巻き込まれないように兵士達が退避する中、ヒドラと呼ばれたそいつは目の前の矮小な獲物を五つの頭で見定める。そして自分の圧倒的優位を誇示するように咆哮した。

 

 その姿はこの島で戦ってきたどんな魔物より強大だったために足が竦みかけた。それでも逃げ出さず剣を構えたのは、後ろで震える少女のためか、はたまたここで折れては空を旅するなど夢のまた夢と奮い立ったのか。

 

 この時、ヒドラと対峙する三人の考えは分かれた。近いのはジータとカタリナだったろうか。

 

 カタリナは多少腕が立つとはいえ子供に任せるわけにはいかず自分が前に出て戦わなければという思いがあったが、はたして自分と未知数の二人を合わせたとして勝てるのかと逡巡した。

 ジータは強大な敵に畏怖してしまっていたが、頭の冷静な部分が状況を判断していき、勝つためにはまず三人で連携する必要があると思う。加えてジータにはないがグランにある能力でもっと戦力を増強させられれば、勝機はなくもないと判断した。カタリナの実力は未知数だが少なくとも今の自分達よりは強いだろうと思っている。

 ではグランは、どうか。

 

 ジータはなにをするにもまずあのヒドラと戦わなければならないという事実と向き合うため、勝ち目が薄いと思われる敵に対して一歩を踏み出した。それを恐怖に立ち向かう勇気と捉えるか、実力に見合わない無謀さだと捉えるかは人によるが。

 踏み出した彼女を制する手があった。グランの手だ。彼はジータの一歩前で真っ直ぐにヒドラを見据えている。

 

 そして剣を納めた。

 

「……っ」

 

 その時点でジータはグランがなにをする気か察して、声をかけようとするが、もう遅かった。彼は大きく息を吸い込み決意を瞳に宿らせて、

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを上げヒドラへと駆けていく。

 

「お、おい!」

 

 カタリナが無謀に思える突撃を制止しようとするが、彼には止まる気がなかった。

 

「ふん。身の程を知らないガキですねェ。ヒドラ、やってしまいなさい!」

 

 ポンメルンはそんな少年の蛮勇を笑う。ヒドラがゆっくりと顔を向けて口の中に焔を灯した。

 

「――来い、輝剣クラウ・ソラス!」

 

 走りながら右手の中に虹色の結晶を出現させ、その結晶が砕け散ると代わりに水晶のような綺麗な刀身を持つ剣が現れた。ヒドラの首の一つが吐いた火炎に向けてその剣を振るうと、道を開くように真っ二つに裂けていく。

 

「なにっ!?」

 

 これにはポンメルンも驚愕している。グランは勢いを保ちながら

 

「レイジ! ウェポンバーストッ!」

 

 自分の攻撃力を高め、この後に放つ渾身の奥義の威力を上昇させる。彼は初手の一撃で決めるつもりだ。

 近寄ってくる羽虫を払うようにヒドラが攻撃してくるのを掻い潜り懐まで接近する。グランは剣の柄を両手で握ると大きく上段に振り被った。

 

「ノーブル・エクスキューションッ!!」

 

 剣から光の柱が立ち上り、振り下ろせば柱ごとヒドラへと叩き込まれる。巨体の化け物にも効果はあったのか、呻き声が漏れていた。強烈な一撃に砂煙が舞い、ヒドラの様子を覆い隠す。

 

「……や、やったのか?」

 

 ビィが固唾を呑んで見守る中、グランは肩で息をして剣を構える。油断はしていない、はずだった。

 

「っ……!?」

 

 気づけば砂煙の中に大きな影が見えてグランへと近づいてきていた。煙を裂いて現れたのはヒドラの鉤爪だ。グランは反応できずその鋭利な鉤爪に切り裂かれ、手に当たって吹き飛ばされる。血が噴き出し宙を舞う様は明らかに致命傷だとわかった。地面を力なく転がってうつ伏せになると流れ出た血が止まらず血溜まりを形成する。

 

「――」

 

 ぴくりとも動かない生まれた時から連れ添った双子の片割れを見て、ジータは自分の中から全てが抜け落ちたような感覚を得ていた。冷静に考えていた頭も働かなくなり、ただ倒れ伏したグランを呆然と見つめる。

 

「く、くくくくく……。なんと呆気ない。少し冷や冷やしましたが、所詮は子供。私に逆らわなければこんなことにはならなかったでしょうに」

 

 そこに彼の死に様を嘲笑う声が届く。にたにたと嫌らしい笑みを浮かべたダサい髭のおっさんだ。

 その顔を見た時彼女に生まれた初めての感情は、殺意と憎悪だった。

 どんな事情があろうとも、誰かを守るために戦った者の死を嘲笑うことなど許されない。などという綺麗事はどうでも良くて、ただただ憎かった。今すぐ自慢の顎鬚を切り落として生きていることを後悔させてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。

 

「貴様……! 民間人を手にかけるとは……どこまで腐っている、ポンメルン!」

 

 悔しさと怒りから声を荒らげるカタリナも、

 

「お、おい! 嘘だろ、しっかりしろよ! なぁ!」

 

 グランが倒れたのを信じられないという様子で何度も呼びかけるビィも、気づいていなかった。

 普段優しい少女が今この瞬間に人生最大であろう怒りを覚えていることに。

 

「……大丈夫。大丈夫だから」

 

 三人がそれぞれに取り乱す中、残った少女が静かに歩み出る。倒れて動かないはずのグランへと近づいた。首飾りと森の中から光が溢れ出す。森の中、すぐ近くにあった祠からも溢れていた。

 胸の内に燻る黒い感情を湛えていたジータも、優しい声と不思議な光に一瞬心が安らいでいく。

 

「ごめんなさい、私のために」

 

 ルリアがグランへと屈み込み光を強めていく。

 

「い、一体なにが起こってるんですねェ!」

 

 ルリアを利用しようとしていたポンメルンでさえなにが起こっているのか理解できないようだ。

 

 誰も動かない中、しばらくして光が収まるとぱっちりと目を覚ましたグランがゆっくりと上体を起こすのが見えた。

 

「えっ……!?」

 

 死んだと思っていた、と言うより死んでいた片割れが生き返ったことに驚き、憎悪が消し飛んだ。

 

「な、なにが起こって……これは一体、どういうことなんですねェ……」

 

 先程までの威厳はどこへ行ったのか、大尉は慌てふためていていた。

 

「――始原の竜。闇の炎の仔。汝の名は……バハムート!」

 

 少女が詠唱すると祠の光が強くなり、突如として巨大な黒銀の竜が顕現する。目元と口、両腕を拘束された異様な姿ではあったが纏う威圧感はヒドラの比ではなかった。

 

「ひっ……!」

 

 ヒドラよりも強大な存在の出現に、ポンメルンの喉が情けなく鳴った。

 バハムートと呼ばれたその存在は、力任せに拘束具を引き千切ると敵であるヒドラに向かって咆哮する。今度はヒドラが畏怖させられる番だった。

 

 黒銀の竜は光を集束させると咆哮と共に極大の光線を放つ。ヒドラのいた地点に着弾すると跡形もなく消し飛ばした。

 

 あまりの衝撃で近くにいたポンメルンの固めた髪が巻き上がり、ぼさぼさのまま落ち着く。ヒドラの後方に控えていた兵士にも被害が出ており、たった一発で形勢が逆転してしまった。

 

「……そ、そんなバカな……。ヒドラが一撃で……」

 

 一瞬で老け込んだように見えるポンメルンは唖然としてバハムートを見上げる――そして目が合った。感情の読み取れない瞳に恐怖し、びくりと身体を震わせるとそこからの行動は早かった。

 

「て、撤退! 撤退ですねェ! 負傷者は抱えて、全軍撤退するんですよォ……!!」

 

 青白い顔で命令し兵士達と共に逃げていく彼に威厳などは欠片もない。

 

 敵が去ってほっとしたからか、ルリアは膝を突いた。

 

「ルリア!」

 

 カタリナが心配して駆け寄る。ビィもグランへと飛びついた。とはいえ生き返った本人はどんな状況かさっぱりわかっていないらしく困惑していたが。

 そんな四人を眺めたジータは苦笑して、一旦先程の感情を追いやり声をかけることにするのだった。

 

 こうして蒼の少女ルリアとグランは命を共有し、帝国に逆らったことで故郷を追われることになる。

 巻き込んでしまって申し訳ないというカタリナの謝罪を、旅に出られるいい機会だと笑って流した二人は、ビィを連れて故郷を旅立った。

 

 夢見たイスタルシアを目指す大いなる旅路が今、幕を開けるのだった――。

 

 尚。小型の騎空艇で空へと旅立った五人は、初操縦カタリナの手によって破壊、近くの島に不時着することとなるのだが、それはまた別の話。




双子ですがグラン君のみルリアと命を共有するような結果となりました。

途中でグラン君が虹の結晶(ガチャのヤツ)からSSR武器を出してましたが、
その能力の詳細を説明するのは大分先になります。

まぁ言ってしまえばガチャです。彼しかない能力ですが。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ

オリジナル主人公側のプロローグも投降しておきます。


グラン君と対になるような邪道主人公を目指したいと思っています。
ネーミングはグラン君と一緒。

類似作品に心当たりがあればお知らせください。


 この世界は空の世界とも言われている。

 島々が空に浮かび、船で空を渡り島を行き来する。

 

 見ようによっては幻想的な世界だが、一方で治安はあまり良くない。

 どこにでもガラとタチの悪い輩がいて、善良な市民を恐喝する。

 

 秩序の騎空団や十天衆といった抑止となる存在もいるが。その程度の小競り合いに出てくる必要はないと思っている。または自分達の見える範囲でしか対処できないのか。

 

 なんにせよ、そういう連中がいたとしてもこの世界には無法地帯というのが存在していた。

 

 俺の住んでいる、この島もそうだ。

 

 この島にある街は治安が悪い。盗みから殺し、強姦なんてのも日常茶飯事だ。それもこれもマフィアの野郎共が牛耳っているせいだ。あいつらが好き勝手やるから、傘下に入って好き勝手やろうという輩が出てくる。俺みたいな弱者は肩で風切って歩くヤツらに目をつけられないことを祈るしかない。

 

 この街ではマフィアの言うことが法律みたいなモノだ。目をつけられたら、一貫の終わりだ。

 しかも俺のやっていることは、マフィアからしてみれば憤怒モノだ。

 

 なにせ俺は、ヤツらからモノを盗むことを生業としているのだから。

 

 当然、見つかれば半殺しじゃ済まない。殺されるか、拷問を受けてどこに盗んだモノを流しているか吐かされるなどするだろう。

 それでも俺が盗んでいるのは、生活のためだ。身寄りがなく真っ当な生き方を知らない俺には、こうする以外に生きる術を知らなかった。マフィア相手でなければ危険は少ないが、逆に報酬も少ない。この街でマフィア連中以外に盗んで売れるようなモノを持っているヤツはいないのだ。

 

 だから俺は、今日も淀んだゴミ溜めのような街を歩く。石畳の通路の脇や細い路地には多くのみすぼらしい恰好をした人が座り込んでいる。倒れているヤツはもう終わりだな。もう目覚めることはないかもしれない。

 俺もただ街を歩いているわけじゃない。仕事があった。フードを目深に被って視線を隠しつつ、道行く人達を観察する――見つけた。マフィアだ。談笑しながらこっちに歩いてきている。リーダーらしき角の生えた大柄の種族、ドラフの男が肩に人を担いでいる。髪の中に三角の耳が生えた種族、エルーンの少女だな。売り物にする気だろう。

 だからと言って助けるようなことはしない。そうすれば俺が殺されるだけだ。目の前で浚われる人を見過ごすなんて、この街じゃよくあることだ。罪悪感なんてない。

 

 ……あいつが財布持ってるな。ズボンの右ポケットか。やってやるか。

 

 俺にできるのは誰かを助けることじゃない。マフィアからモノを盗むことだけだ。

 少女を担いだドラフが財布を持っている。なら注意が逸れて盗みやすい。

 

 俺は歩き方を変える。しっかりとした足取りから、クスリをキメた輩がするような覚束ない足取りに変える。この歩き方ならわざとぶつかった、という風に思われないのだ。俺はふらふらと男の方へ近づいていき、ぶつかる。自分の身体でポケットの位置を隠し左手で素早く抜き取り左腰のポーチに入れる。重さから考えると大分美味い仕事だな。

 

「あぁ?」

 

 ドラフの男は苛立ったような声を上げるが、俺が気にせずふらふらと歩いていくと舌打ちしてそのまま歩き出した。ま、クスリで脳機能が低下したヤツに怒鳴ってもしょうがないよなぁ。

 俺はそのまま歩いていき、人混みに紛れる形でそいつらから離れていった。

 

 細い路地に入ってからは普通に歩き、裏路地を駆けていく。そして盗品を売ってくれる店まで直行した。

 

 店の名前はない。看板なんて立派なモノもない。ただ俺はそこが店だと知っている。扉を開けると来客を知らせるベルが鳴った。一応表向きは雑貨屋らしいの様々な商品が店内に並んでいる。

 

「よぉ」

 

 棚の奥で座っていたハーヴィンの男に声をかけた。ハーヴィンは男女共にヒューマンの子供ほどしか身長がなく尖った耳をしているのが特徴だ。

 

「おう。ダナンじゃねぇか。仕事は終わったのか?」

 

 俺の名前を呼び、他に客がいないこともあって早速本題に入った。

 

「ああ。あの間抜けな連中から、財布盗んでやったぜ」

 

 俺は腰のポーチから盗んだ財布を取り出して見せる。

 

「ほう? 見せろ、財布そのもの含めて、査定してやるから」

「待てよ、中身の確認が先だ」

 

 こいつと俺は提携している。俺がマフィアからモノを盗み、こいつに売りつける。こいつは俺に報酬を提供し、盗品をどこかへ横流しする。またマフィアから特定のモノを盗んで欲しい時は俺に依頼が来るようになっている。そういう場合は報酬も上乗せされる代わりに、危険も多くなる可能性が高い。

 ただ財布やなんかは先に中身を見ておくのがいい。こいつが中身の金額を偽って分け前を減らす可能性もあるからな。先に中の金額を確認して、こういう場合は半分だから半分確保しちまった方が公平だ。逆に俺がちょろまかそうとするとバレるので、やめておいた方がいい。商人は目敏いんだとよ。

 

 財布を開き中身を確認する。……マジかよ。五万ルピも入ってやがるぜ。これならしばらく仕事しなくても暮らせるんじゃねぇか?

 

「その顔、さては相当な金額入ってたな?」

「当たりだ。五万だぞ五万。二万五千は貰っとくからな」

 

 俺は二万五千ルピをポーチに放り込んで財布を手渡す。

 

「ああ、好きにしろ。しかし五万か。相当な大物に手ぇ出しやがったな?」

「ドラフの男だったな。エルーンの少女担いでたから、奴隷として売り出す立場なんだろうよ。余程羽振りがいいんだろうな」

「あー、なるほどな。奴隷売買の担当連中か。そりゃ金持ってるわけだ。しかしそんな連中に手ぇ出したらてめえもそろそろ危ねぇんじゃねぇか?」

「かもな。だが安心しろ。万一捕まるようなことがあっても、あんたの名前は出さねぇよ」

 

 まぁ名前自体は教えられていないのだが。もし捕まったら拷問されてどこに流しているか聞かれた時に面倒だからな。場所だけなら、数日来なくなった時に移転すればいいだけだ。ただ名前が割れると特定されやすなってしまう。

 

「違ぇよ、そういう話じゃねぇ」

 

 俺はそう捉えたのだが、どうやら商人にとっては違ったらしい。

 

「じゃあなんだよ?」

「あー……まぁ、なんつうかな。てめえがうちで一番の稼ぎ頭なんだよ。てめえが捕まったら売り上げ落ちちまうっての」

 

 商人は頭を掻きながらそう言っていた。

 

「腕買ってくれるのは嬉しいが、俺なんて若輩だろうが。代わりなんていくらでも作れるだろ」

「てめえみたいに器用で度胸あるヤツなんて早々いねぇんだよ。マフィアには逆らわない。そういう常識が染みついたヤツばっかりだ」

 

 商人が吐き捨てるのを聞いて、確かにそうかもしれないと納得する。

 この街にいる連中は、生きるだけで精いっぱいになっているヤツが多い。そんな中ルールの体現者とも言えるマフィア連中に手を出したいと思うようなヤツはいないだろう。悪戯に命を縮めるようなもんだ。

 

「かもしれねぇな」

「だろ? だからよ、ダナン。下手打って死ぬんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、そう簡単には死なねぇさ」

 

 珍しく真剣な様子の商人に軽く手を振って、店を出た。そして店の扉が閉まる直前で、

 

「……悪いな、ダナン」

 

 そんな声が聞こえた気がした。それが俺の空耳だったのか、本当に呟いたのかどうかはすぐに判明した。

 

「よぉ。やってくれやがったなぁ、クソガキ……!」

 

 店を出たところに、俺がさっき財布を盗んだドラフの男が立っていたのだ。当然、額に青筋を浮かべてお怒りのご様子だ。

 

「俺達マフィアに手ぇ出したらどうなってるかわかってんだろうなぁ、おい!」

 

 ばきばきと拳を鳴らして凄んでくる。……マジかよあの野郎、俺を売りやがったな。クソ、これだからこの街は嫌いなんだ。俺は一人で、相手は三人。ドラフの男にエルーン、ヒューマンの三人組だ。俺は腰の後ろにある短剣しかねぇが、ドラフは拳だろうがエルーンはシミター、ヒューマンのヤツなんかは弓を持っていやがる。逃げるったって無理だろこんなん。

 

「……はっ。こんなコソ泥に財布盗まれるもんだから、マフィア様とは思わなかったぜ。悪かったなぁ」

 

 俺はここぞとばかりに嘲笑ってやる。

 

「てめえ……!」

 

 確実にキレただろう連中には構わず、俺は駆け出した。形振り構ってはいられない。この街から逃げてもこの島から逃げることはできないが、なんとか逃げねぇと。明日すら来ないで終わるぞ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ。今まで必死になって生きてきたのだって、この島からおさらばするためだ。クソ、あの商人め。恨んでやるからな。

 

「おいおいどこ行くんだよぉ!」

 

 逃げ出した俺を、ヒューマンの男が矢で狙ってくる。肩越しに振り返りながら矢の軌道を読んで回避し、その辺にあったモノを投げて狙いを遮り邪魔をする。

 

「おっとこっちは外れなんだなぁ!」

 

 逃げている俺を先回りするように、別のヤツが路地から現れた。……チッ。三人だけじゃねぇのかよ。

 片手剣で俺を斬ろうとしてくるヤツの攻撃を見切り、ヤツの右から回るように背後を取って右腕で首を絞め喉元に抜き放った短剣を突き刺した。すぐに抜いて殺したヤツの尻を蹴飛ばし、矢の盾にする。そのまま路地を曲がって逃げ続けた。

 

「追え! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

 マフィアの怒号を背に、俺は走り続けた。

 

 ……ああ、クソッ! 殺っちまった! これじゃ島からも出れねぇぞ!

 

 マフィアを殺しちまった。確実にこの街にはいられない。しかも向こうもそれはわかっているから、確実に出入り口を塞いでくる。そうなったら俺は終わりだ。だから封鎖される前に街から出るしかねぇんだが。

 

「……ははっ。クソ食らえだな」

 

 既に一番近い出入り口はマフィアが屯していやがった。俺が行けそうなところは真っ先に抑えてあるってわけか。となると結構な人員が動いていやがるな。少なくとも盗っ人一人に対して動かす人数ではなさそうだ。

 ってことは、別の出入り口を探すなんて無謀にも程があるよな。どの出入り口も封鎖しようとして散らばっている今がチャンスなんじゃないか?

 

 いや、流石にこの考えの方が無謀すぎる気もするな。勝てる保証がない戦いをするなんて、俺の柄じゃない。

 確実に勝てる環境を作ってから挑みたいんだが。

 

「……無理だよなぁ、そりゃ」

 

 この事態が突発的なモノだ。準備も全然できてねぇ。なにより物資が少なすぎる。もっと手札を増やした状態なら良かったんだが。

 

 だが、やるしかない。やらなければ捕まった殺されるだけだ。拷問を与えて引き出したい情報も、もうないだろう。

 

「……はぁーっ。クッソ、こんなの俺の柄じゃねぇんだからな」

 

 俺は盛大にため息を吐いて、俺は物陰から飛び出し屯しているマフィア共の内一人を不意打ちで首筋を斬り絶命させる。

 

「てめえは……!」

「ああ、俺の方から来てやったぞマフィア共! 大人しく道を開けろ!」

「舐めやがって! 殺してやるぞ!」

 

 こうして俺と、マフィア九人の戦いが始まった。……途中までは良かったんだけどなぁ。

 

「あと三人……死にたくなかったら道を開けろや!」

「手負いの盗っ人一人に手古摺ってんじゃねぇよ!」

 

 俺が合計で七人を殺った後、後ろから声が聞こえた。がんと強い衝撃を頭に受けて、怪我を負っていた俺は地面に伏した。クソッ、意識持ってかれるとこだったぞ。なんて力してやがる。立ち上がろうにも、すぐ背中を踏みつけられて動けなくなる。踏みつける力も強い。全く起き上がれねぇ……!

 

「やっと捕まえたぜ。散々俺達をおちょくってくれやがったな、てめえ」

 

 声で思い出した。俺が財布を盗んだドラフだ。クソッ。俺もここまでか。

 男が踏みつける力を強めた。めきっという音が聞こえ激痛が襲う。

 

「がぁ……っ!」

「調子乗ってんじゃねぇぞ! ここでは俺達がルールなんだよ。俺達に逆らったらどうなるか、教えてやる!」

 

 男がなにかを喚いていたが、そんなことどうでも良かった。苛立ちに合わせて力を強めるもんだから、痛みが増してそれどころじゃない。

 これが、強者に逆らった弱者の末路だ。弱いヤツはこうなるんだ。だから、どんな手を使ってでも勝たなきゃならなかった。けど俺にそれだけの力はなかった。

 

 何度殴られたかわからない。何度刺されたかわからない。ただ身体中どこもかしこも痛くて、意識がはっきりとしなかった。

 

「……チッ。おい、てめえら。こいつを川に捨ててこい。死体の顔見るだけでも不快だ。川に流せば空の底に落ちるだろ」

 

 俺をぼこぼこにしたドラフの男が不機嫌そうに言って、意識が朦朧とする俺の頭を掴み持ち上げる。

 

「おい。最後になにか言い残すことはあるか? あるよな、俺達に言うべきことがよぉ」

 

 視界が霞んで顔は見えない。ただ声で目の前にいるのだと認識できた。

 こいつは多分、俺に謝罪して欲しいんだろうな。公の、他の弱者がいる前で逆らった俺が屈服する様を見せつけたいんだ。だったらなんて言うかは決まってるよなぁ。

 

「……ねぇなぁ。俺に財布盗られるような間抜けにかける言葉なんてよぉ」

 

 笑えたかどうかはわからない。だが、例え掠れていたとしても声が届きさえすれば充分だ。見えてはいないが、きっと最高にムカついた表情をしているだろうな。いい気味だ。

 

「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 身体にかかる負荷から、多分地面に思い切り投げられたのだと推測して、身体を強かに打ちつけた。そこで俺の意識は完全に途絶えたから、その後どうなったかは知らない。死んで川に流されたのか、川に流されてから死んだのか。意識のない俺にはわからないことだった。

 ただ、どっちにしろ多分死ぬだろうな、とは確信していた。



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矮小なる闇は己を探す旅路へ2

プロローグは今しばらく続きます。


 全身がずきずきと痛む。暗い底にあった意識が一気に浮上してきた。

 

 ……死後に、生前受けた怪我とかって反映されるんだな。

 

 ズタボロの雑巾みたいな身体になっていたはずだ。マフィア達が俺を川に流すと話していたことも覚えている。記憶は問題ないようだ。

 じゃあ今いるところはなんだ。寝転がっている、のか? ベッドに寝転がって布団も被せられているように思う。フカフカした寝床のことをベッドと呼ぶのは知っているが、俺の育った街にそんなモノあったか? マフィア連中のアジトならあるかもしれないが、俺の知っている場所にはないぞ。

 それにいい匂いがする。料理という味のついた食べ物を作っている時に出る匂いだ。生まれてこの方、料理なんてモノの存在を疑っていたんだが。マフィアのヤツらは食べていやがったな、それを盗むとかいう依頼もあったような気がする。ただマフィアがそう言っているだけで、ほとんどの人はそんなモノを知らないと思っているのだが。いや、ベッドが存在するというだけでここは裕福なのでは? なら料理を知っていてもおかしくないのか。

 

 確認しようと目を開けた。瞼が重い。頭は回ってくれているが、身体に力が入らない。腕も上がらず起き上がるのも難しいだろう。目を開けると見知らぬ天井が見えた。木造の小屋、か? そんなに天井が高くない。ただある程度綺麗にされていて、澄んだ空気が漂っていた。街全体がどんよりしたところにいたせいか、よりそう思う。

 そうして中を観察していると、一点に目を惹かれた。そう大きくない小屋だが、俺の寝ているベッドの他にテーブルがあり入り口の扉近くには台所もあった。それなりにいい小屋だ。俺からしてみればとんでもなく裕福に見えるが、この程度なら一般家庭ぐらいだと教わっていた。

 

 その台所に、俺に背を向ける形で向かっている人物がいたのだ。……ただまぁ、背中の大胆な見せ具合はヤバかったが。陶磁器のように透き通った背中は小さい。全体像で見ても百三十センチくらいしかないんじゃないだろうか。それもそうか。紫の長髪を掻き分けるように突き出た二本の角がいい証拠だ。ドラフの女性だろう。

 ドラフ族は男女で体格に差がありすぎる。男のドラフは俺をボコ殴りにしたヤツと同様に、二メートルくらいの身長と筋肉隆々なのが特徴だ。逆に女のドラフは身長が低く変わりにと言っていいのかスタイルが飛び抜けていた。

 そのせいかドラフの女性は人攫いによく遭うんだよな。多分まぁ、使い道上の問題で人気なんだろう。

 

 俺がじっと彼女の背中を眺めていると、くるりと振り返った時に目が合った。左目を前髪で隠した童顔が見える。髪は後頭部で括ってあったので後ろからでも見えていたが、白いエプロンを装着していた。目が合うと微笑んでぱたぱたとこちらに近寄ってくる。前から見るとよりわかりやすく、グラマラスな体型をしていた。

 

「目が覚めたのね、良かったぁ」

 

 ベッドの傍に屈んで、心から嬉しそうに笑っている。近づいてきたことで甘い匂いがしてきた。……もしかして、ここは死後の世界なのか? いや、どうなんだろうか。少なくとも俺のいた街でこんなに綺麗で可愛いドラフの女性が無事でいられるわけがない。そういう場所だ、あそこは。

 

「見つけてから三日も眠ったままだったから、もう目が覚めないかと思って心配しちゃった」

 

 にこにこと話してくれる。つまり俺はこの人に拾われて看病されていたってことか。意識してみると薬の匂いが身体から漂っているのがわかった。布団がかかっているのも下半身の下着だけで、後は包帯が巻かれていたりガーゼが当てられていたりしている。

 ってことは俺は、生きているのか。

 

 まだ命があることに驚くしかなかった。あの時確実に死んだと思っていたのだが。

 

「そう、か。悪いな、助けてもらって」

「ううん。気にしないで」

「悪い。で、ここはどこなんだ?」

 

 別の島……ってことはないよな。川を流されていたのだから、同じ島のはずだ。

 

「ここは名前もない小島の一つで、そこにある山の中だよ」

「山? えーっと、この島に街はあるか?」

「うん。あっちの方に治安の悪い街があるみたいだったけど、修行するなら山の方かなって思ってこっちに来ちゃった」

 

 治安の悪い街、か。多分俺がいたところだよな? まぁ詳しくは知らないみたいだし、そう思っておくだけにしておくか。怪我が治らないことには島から逃げることもできないし。

 

「修行か。まぁでも、街の方に行くんじゃなくて良かった。多分そこが俺のいたとこだからな。あんたも言ってた通り治安最悪の場所だ。行かなくて正解だ。あと、あんたが山の方にいてくれたおかげで俺も拾われたんだろうしな」

 

 偶然が重なって、というヤツだ。おかげで俺はまだ生きている。まだ生きているということは、あいつらに仕返しする機会もいずれあるはずだ。ボコボコにされた恨みはいつか晴らしてやる。俺がもっと強くなって、物資もたくさん集めればなんとかなるはずだ。

 

「お姉さんでも役に立てたなら良かった」

 

 ただこの人の邪気のない笑顔を見ていると恨みが薄れてしまいそうだ。気をつけておかないと。

 

「いや、ホントに助かった。そういや、あんたの名前は?」

 

 命の恩人でもある。そういえば名前を聞いてなかったかと思って尋ねた。

 

「私はナルメア。修行の旅の途中なの」

「ナルメアか。ありがとう、助けてくれて。俺はダナンだ。返せるもんがなくて悪いな」

「気にしないで、ダナンちゃん。あっ、そうだ」

 

 ちゃんて……。と思っているとナルメアはぱたぱたと台所の方へ駆けていき、火をかけている鍋の中を目いっぱい背伸びして覗き込む。淵に立てかけているおたまを手に取って中身を掬うと、湯気の立つ料理に息を吹きかけて冷ますと口をつけて味見をしていた。味に満足したのかおたまで中を数回混ぜると、器を手に取り装っていく。充分器に装ったのかおたまを置いて火を止め、器とスプーンを持って戻ってきた。

 

「三日も寝込んでたからお腹空いてるでしょ? たくさん作ったから好きなだけ食べて」

 

 屈んで器を近づけられると、美味しそうな匂いが強くなって腹がぐぅと鳴った。器とスプーンを受け取ろうと腕を上げようとして気づいた。そうだ、力が入らず腕が上がらないんだった。目の前に今までの人生で一番美味しそうな食べ物があるというのに、なぜ俺の身体は動かないんだ。クソッ。

 

「……もしかして、食べたくない?」

 

 俺が一向に受け取らないからか、ナルメアはとても悲しそうな顔をし始めてしまう。いや、食べたい。とても食べたい。怪我さえなければ鍋一つ平らげるくらいには食べたかったんだが。

 

「いやその、まだ身体が動かなくてな。腕が上がらないんだ」

 

 起き上がることもできないし、腕も足も満足に動かせない。こんな状態じゃ仕方ないと思う。

 

「そっか。じゃあお姉さんが食べさせてあげるね」

 

 食べたくないわけではないとわかったからか笑顔に戻り、器からスプーンで白い料理を掬い息を吹きかけて冷ますと、俺の方へと差し出してきた。

 

「はい、あーん」

 

 その行為がどういったモノであるかを、荒んだ人生を歩んできた俺には理解できなかった。ただ、その行為が非常に気恥ずかしいモノであるということだけはなんとなく理解した。

 

「……えっと」

 

 まぁ確かに俺の手で食べられないのだから人に食べさせてもらうのは当然だ。でなければ飯にありつけないのだから。ただちょっと気恥ずかしさが先行して、躊躇してしまった。

 

「……やっぱり、お姉さんの料理食べたくない?」

 

 そのせいでできた間に、ナルメアはしょんぼりと肩を落としてしまう。命の恩人にそんな悲しそうな表情をさせるのは申し訳ない。

 

「い、いや。ちょっと驚いただけだから。悪い」

「ううん。食べれる?」

「ああ、腹減ってるから、それは大丈夫」

「そっか。じゃああーん」

 

 再度差し出されたスプーンに応じて、口を開ける。スプーンの先が口の中に入ってから閉じて食べた。ゆっくりとスプーンが引き抜かれて、液体上のそれが口の中に広がった。……美味いな。これが料理ってヤツなのか。よく煮込まれた柔らかい肉や野菜と相俟って食べやすく、優しい味つけが身体に染み渡るようだ。租借して飲み下すと、程好い温かさの料理が喉を通って胃に広がる。身体に力が戻ってくるようだった。

 

「……美味いな。こんなに美味いモノは初めて食べた」

 

 心から出た言葉だ。

 

「ううん。全然、まだまだだよ」

「いや、間違いなく俺が食べてきた中では一番だ。なにしろ、今まで料理すら食べたことがなかったからな」

「……そっか。まだまだあるから、好きなだけ食べてね」

 

 なぜか一口一口「あーん」をしてきたが、食べさせてもらっている身で我が儘は言えまい。とりあえずナルメアが嬉しそうだったので気にしなくていいだろう。

 

「今の料理はなんて言うんだ?」

 

 料理を食べ終わって満腹になったところで、彼女に尋ねてみた。

 

「? シチューだけど?」

「シチューって言うのか、さっきの」

「うん。もしかして食べたことなかった?」

「ああ。さっきも言ったが、料理なんて贅沢なモノを食べたことなくてね。大抵は乾いたパンとか、腐りかけの肉を焼いたヤツとか。まぁ碌なもんじゃなかったからなぁ」

「そっか。大変だったね」

 

 なぜか頭を撫でられてしまった。気恥ずかしいので振り払いたかったが、動けないのでどうしようもない。それに妙に傷つきやすいので、恩人への態度として拒むようなことはよろしくないらしい。

 しかしこうして他人の手が優しく触れるのは何年振りだろうか。柔らかくて温かい。妙な安心感が胸の中に生まれてくる。この感覚は多分、俺が幼い頃。まだ母親が生きていた頃にはあったモノだろうか。あの頃には、まだ人との触れ合いや温もりがあったように思う。

 

 久しく忘れていたが、まぁ、悪くはない感覚だった。

 

 それから俺は、自力で動けるようになるまでナルメアに面倒を見てもらった。

 ……いやまぁ、正直言って濡れタオルで全身を拭ってもらう時ほど恥ずかしいモノはなかった。いくら動けないとはいえ、いくら下着一枚は履いていたとはいえ。ただ断ると凄く落ち込むので、申し訳なくなってくる。必要なことだと言い聞かせて気にしないようにしている。彼女も人の面倒を見るのが楽しいみたいなので、二重の意味で断りづらい。

 

 俺が満足に動けるようになるまで、目覚めてから一週間かかった。

 聞けば俺がなんとか一命を取り留めたのは、ナルメアが持っていたポーションを使ったからだそうだ。それでも治り切らなかった怪我は自然治癒に頼るしかなく、絶対安静の状態だったわけだな。それでもちょっと過保護だったような気がしなくもないが。

 

「お姉さんは出かけてくるから、ダナンちゃんはまだ無理しないようにね」

「わかった」

 

 やけに子供扱いされるのにもすっかり慣れてしまった。小屋を出ていくナルメアの小さな背中を見送る。

 あと、彼女についてわかったことがあった。それは、今のようにほとんどの時間を外で過ごしているということだ。世話焼きではあるのだが、早朝から朝食を作るまでの間、朝食後から昼食を作るまでの間、昼食後から夕食を作るまでの間は外に出かけている。もし俺がいなければ一日中出かけているのではないかとさえ思うほど、よく外出するのだ。

 なにをしているのかは聞いていないが、修行だろう。たまに魔物を狩ってきて小屋で捌くこともあったので、食料確保も合わせて行っているはずだ。その時の手際から、ずっと前からそうして暮らしてきているように思える。更にでかい魔物をも無傷で狩ってくるので、相当に強いとは思っている。実際に見たわけではないが、とりあえず怪我をしているところは見たことがなかった。

 

 得物は刀のようだ。立てかけてあるのを見ている。

 

 ……刀か。まだ使ったことがなかったな。

 

 俺の性質上、できる限りの武器を扱えるようになっておいた方がいい。

 

 俺の生まれつき持っている能力故に、武器を扱えるようになるというのは必須事項だ。今のところは一番得意としている短剣に、必要だったから使い方を覚えた銃。剣、槍、格闘も覚えるだけは覚えたか。まだまだ実戦で使えるレベルじゃない。とりあえずの、って感じだ。

 

 ……ってことはナルメアに剣を教えてもらった方がいいかもしれないな。

 

 三日寝込んで一週間動けなかった。合わせて十日もサボってしまっている。身体が鈍って仕方がない。

 そろそろ身体を動かさないと取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 身体を解しがてら散歩でもしてみるか。

 

 ナルメアには安静にしていろと言われているが、俺も俺で目的がある。ただじっとしているわけにもいかなかった。

 

 俺はベッドから出て包帯の取れた身体に衣服を纏う。七分丈の黒いズボンと黒いフードのついた上の服だけだが。短剣も流されてなくなっているということはなく、置いてあった。服を着込むと洗濯をしてこなかった故の汚さや固さがなくなっていると肌で感じる。ナルメアが洗濯してくれたらしい。

 なにからなにまで申し訳ないが、今の俺には返せるモノがない。

 

 武器を手に取った俺は小屋を出る。久し振りに吸った外の空気が美味しい。いや、今まで淀んだ街で過ごしてきたので一層美味しい。辺りは木々の生えた穏やかな森だった。

 しかしこんな森にすら山賊やら魔物がいるのだ。油断はできない。

 

 少し身体が重いように思うが、調子は問題ないようだ。ナルメアがどこにいるかはわからないが、辺りを散策してみることにした。

 

 そして、見つけた。

 

 ナルメアと、対峙する魔物をだ。俺は息を潜めて経過を見守った。助けに入っていこうとか、そんなつもりは毛頭なかった。彼女が強いと予想していたというのもあるが、彼女の纏う雰囲気がそれをさせてくれなかった。

 対峙している猪の魔物も鼻息荒く身構えているように見せているが、俺には怯えて動けない憐れな獲物にしか見えない。

 

「さようなら」

 

 俺の聞いたことがない冷たいとも取れる声音が聞こえた。直後腰に構えた刀を振り抜き、魔物を斬り伏せる。

 

 ……なんだあれ。速すぎて見えなかったぞ。

 

 俺の目に見えたのは、剣を構える動作と振り抜いた姿勢だけだ。途中の所作は見えなかった。つまり、少なくとも俺とはそれだけの実力差があるということだ。

 実際に彼女の実力を目の当たりにして、俺は一つの決意を固める。息を潜めることをやめ、物陰から飛び出した。こちらを振り向き驚いて目を開くナルメアへ、決意を口にする。

 

「ナルメア。俺に剣を教えてくれないか?」




ナルメアが好きです(唐突)。

ヒロインになるかはまた別ですが。


因みにここで主人公を拾うキャラは他にも案がありました。
ナルメアがエプロン姿で出てきたところから、
温メイヤさんことアルルメイヤです。

アルルメイヤの場合はもっと主人公を導くような関わり方になると思います。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ3

「……え?」

 

 森の中、魔物を一刀で倒したナルメアへ俺が剣を教えてくれと頼むと、戸惑うように眉を寄せた。

 

「ま、待って、ダナンちゃん。急に剣を教えて欲しいなんて言われても……。それになんで外に……?」

 

 状況の整理が追いついていないのか、おろおろし始めてしまう。

 

「急な話で悪いな。だが俺にとっては大事なことなんだ。落ち着いて聞いてくれるか?」

 

 いきなりなのは俺にもわかっている。だがここで退くわけにはいかない。

 

「う、うん……」

 

 未だ戸惑いの中にはあったが、頷いてくれた。

 

「悪い。まぁ、なんだ。ナルメアも修行の途中だって言ってただろ? それはつまり、強くなるっていう目的があるわけだ。それと同じでな。俺にも俺の目的がある。そのためには、強くならないといけないんだ。具体的にはあんまり言えないんだけどな。少なくとも世界を旅していく必要がある」

「だから、剣を教えて欲しい……?」

 

 そうだ、と頷く。

 

「外出てたのはあれだ、強くならないといけないのに、休むわけにもいかないだろ?」

「っ……」

 

 ……ナルメアが普段外でなにをしてるか探るためってのもあるんだけどな。優しくしてくれる人ほど信用するなってのはあの街での常識だ。

 俺が半分本気ぐらいで口にすると、彼女はなぜか少し驚いたように目を丸くしていた。そして目を伏せると、

 

「……そうだね。強くならないといけないなら、いっぱい修行しないとね」

 

 妙に実感が込められた言葉だったが、まぁナルメアにもナルメアの事情ってヤツがあるからな。そこは安易に踏み込まないようにしておくか。

 

「でもごめんね、ダナンちゃん。お姉さんはそんな、人に教えるほどじゃないから」

 

 今のでかよ。とツッコみたくはなるが、多分根がネガティブなんだろうな。気持ちはわからないでもない。俺はきっとなんとかなるさ、で状況が改善するなどと甘い考えをする気はない。だから勝てるように事前に準備してからでないと戦いたくはない。そうもいってられない事態に陥るから、強くならないといけないんだよな。

 そして気持ちがわかる俺だからこそ、ナルメアに必要な人間ではないとわかる。彼女に必要なのはもっと純粋で前向きな人間だ。それは俺じゃない。

 

 ただ、教える気になってくれないと困るので、説得するとしよう。

 

「それは知らん。なにせ俺は、治安の悪いあの街でしか育ってこなかったからな。そしてさっきの魔物を倒した時の剣を見て、少なくともあの街の連中よりは強いってのがわかった。なら教えてもらう価値があるってもんだろ?」

「でも……」

「世の中にはあんたより強いヤツがごろごろいるのかもしれない。より強いヤツに教わった方がいいのかもしれない。だが俺にはそいつらとの伝手がない。俺より強くて、あの街の連中じゃないヤツなんて、ナルメアしか知らないんでな。教えてもらえるとしたら、あんたしかいない」

 

 なにかを頼むなら、見返りが必要だ。それを用意できる自信はない。ただナルメアなら代わりに金や品を要求することはないだろうという、打算的な考えもあった。それでもいつかは返すつもりだ。残念ながら、それがいつになるかは不明だし、一生返せない可能性もあるんだけどな。

 ナルメアは悩んでいるようで、俯いて黙り込んでしまう。だが「考えておいてくれ」じゃ多分ダメだ。少し強引にでも、今ここで答えを出してもらう必要がある。

 

「頼む。俺は強くならないといけないんだ。迷惑なのはわかってるが、そこをどうにか頼めないだろうか」

 

 俺は彼女に対して深く頭を下げる。

 

「か、顔を上げて、ダナンちゃん」

 

 戸惑う声は無視して頭を下げ続ける。

 

「……わ、わかった。わかったから。お姉さんで良ければ、剣を教えてあげるね」

「悪い、ありがとう」

 

 了承が貰えたら頭を上げる。……我ながら酷い手口だな。人の優しさにつけ込むようなことをして。まぁでも、俺はどんな手でも使うさ。その覚悟は、もう十年前くらいに決めている。

 

「ううん。じゃあえっと、ダナンちゃんがどれだけできるか見たいから、ちょっと手合せしてみよっか」

「いきなりか。まぁいいけど。俺は短剣だけどいいか?」

「うん。剣術というか、動きを見るだけだから」

「わかった」

 

 ここは先生に従っておこう。

 短剣を左手に逆手持ちして構える。ナルメアも腰の刀の柄に手をかけて構えた。瞬時に彼女の放つ雰囲気が変化する。まだ刀を抜いていないのに、切っ先を向けられているような感覚だ。

 相手は小柄だが、ドラフだ。ドラフは男が筋肉隆々でわかりやすいが、女も見た目に反して力が強い。実際に起き上がろうとして押さえつけられている時に思っていたが、多分俺よりも圧倒的に強いだろう。

 

 ……まぁでも実力を見るための手合せだから、小細工なしの真っ向勝負でいくか。

 

 そう決めて、こちらから仕かけた。

 

 真正面から突っ込むと見せかけて、一瞬間合いに入ってからすぐに後退する。刀使いによくあると耳にする、居合いという剣術を警戒しての行動だ。そして俺の読みは正しかった。ただし、俺は後ろに跳んで距離を取ったにも関わらず、ナルメアが眼前まで迫っていたのだが。

 着地した瞬間に跳躍したが間に合わない。切れ味の鋭い刀でどうやったのかはよくわからないが、跳んで間に合わない脚を刀で払い、俺の身体を横に回転させ頭から地面に落とした。痛みに顔を顰めた俺に、刀の切っ先が突きつけられる。俺は負けを認め、短剣を手放し両手を挙げた。そして刀が下げられる。

 

「……やっぱり実力差は明確だなぁ。でもナルメアより強いヤツがいるってんなら、まだまだ頑張る余地があるってことだ」

「ダナンちゃんはポジティブだね」

「俺はポジティブじゃねぇよ。ただ、やるしかないからやるだけだ」

 

 俺は世界を旅する必要がある。それには少なくとも、この街から出ないと始まらない。つまりこの街の流通を取り仕切っているマフィア共と事を構えなきゃいけないわけだ。俺に味方なんていない。だから、俺は一人であの連中を相手取るだけの実力を身に着けないといけなくなる。

 何人かは殺ったが、あんな雑魚共を何人殺したところでたかが知れている。武器を持って一般人に勝ち誇る程度の連中なら、別に構わない。

 

「そっか」

「さて。とりあえず鈍った身体を戻さないといけないな。トレーニングも併行してやりつつって感じか。ナルメアはいつもこういうとこで修業してるのか?」

「うん。もっと強くならないといけないから」

 

 その顔には、悲壮感すら漂っている。

 

「ま、互いのために頑張ろうぜ。上は遥か遠いことだしな」

「うん。一緒に頑張ろうね」

 

 二人笑い合い、修行の日々が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 修行が始まってからわかったことは、ナルメアは剣に対してストイックだということだ。

 

 毎日毎日、俺に課題を与えたり様子を見たりしながら自分の修行にも余念がない。

 また、彼女は俺が思っているよりも、多分全空の中でも強い部類に入るだろうと思われた。

 

 純粋な剣術以外にも、魔法を使う。瞬時に移動したり一度に複数の斬撃を放ったりと俺には想像もつかないようなことを、本人は当たり前のようにやっている。天才と持て囃されてもいいようなモノだが。

 

 ……そんなナルメアに劣等感を植えつけたヤツは、どんな化け物だったんだよって話だな。

 

 そいつとは関わらないだろうが彼女の実力を知れば知るほど彼女の中で強さの基準となっている人物の遠さが見えて恐ろしい。

 とはいえそんな遥か高みを見上げていても仕方がない。俺は俺のできる限りで強くなっていくしかないのだ。

 

 魔法は割りと感覚でやっているようだが、剣に関してはきちんと型を持っていた。

 彼女は主に二つの構えを使い分けているようだが、どっちも凄いとしかわからない。もっと強くなれば、彼女の剣術がどのようなことを得意としているかがわかるのかもしれない。

 

 剣術や体術など体系化したモノには、そうなった所以が存在する。

 

 まぁわかっても仕方ないか。

 

 俺は最近になってから魔物との実戦を繰り返している。やっぱり素振りよりも色々と得るモノが多い。これまでは逃げ出す時にマフィアを殺したくらいだからな。戦いというモノを経験するのはいい糧になる。

 命の取り合いを日頃から行うことで、戦う時の感覚が研ぎ澄まされていくような感覚を得た。これは昔、あの街での過ごし方を身に着けた時と同じ感覚だ。身体が戦うことを覚えていく。

 

 修行を開始してから今日まで、半年くらい経っただろうか。

 

 今日も魔物を狩って、小屋へと戻ってきた。

 

「あ、おかえりっ」

 

 エプロンにポニーテル姿のナルメアが笑顔で出迎えてくれる。残念ながらと言うべきか、家事はあまり手伝わせてくれなかった。たまに俺が料理もできるようになりたいと言って教わることはあるが、基本任せて欲しいようだ。美味しいので文句はないが、別れた時になにも家事ができないのでは話にならないので少し手伝っている。

 

「ああ。いつも悪いな」

「ううん。お姉さんがしたくてしてることだから。もう出来てるから、座って」

 

 机の上には既に配膳された料理が並んでいた。時間通りに帰ってこれたようだ。彼女は過保護なところがあるので、時間通りに帰ってこないとかなり動揺して探し回ってくれる。気持ちは嬉しいが、とても申し訳ないので夕食の時間には戻ってこれるように切り上げていた。

 

 向かいの席に座って、二人「いただきます」と合掌する。ナルメアの手料理に舌鼓を打ちながら談笑した。

 

 ふと、こんな日々も悪くないと思った。思えてしまった。

 

 俺の人生に今までなかった温かさがあるからだろうか。こうして二人で過ごす時間が、続けばいいと思っている自分がいることに気がついた。

 もちろん俺にも目的がある。彼女にも目的がある。だが、日々を重ねていく中でその目的よりも今ある日々が大切だと思えたら、それはそれで一つの幸せなのではないかと思う。

 

 悪くない、と言うよりそれでもいい、だな。

 

 こんな風に思っていることを自分でも意外に思う。それだけ、ナルメアの優しさが大きかったということだろう。

 

 だが、それではダメだ。閉じた二人だけの世界に浸ってはいられない。というかこんなに長居する気はなかったのだが。ナルメアにだって目的があるし。彼女が嫌そうにしていないのも、俺が勘違いしてしまっている原因なのかもしれない。結局、優しさに甘えているだけだ。

 

 ……なんか、これ以上この生活を続けてるとダメになりそうだな。ナルメア、恐ろしい娘。

 

 そう考え、俺は食事が終わってから切り出した。

 

「ああ、そうだ。思ったんだけど」

 

 なんてことないように話し出す。俺がこの日々を大切に思っていることは、前面に出さない方がいい。それをやってしまったら、多分抜け出せなくなる。

 ナルメアはにこにこと俺の次の言葉を待ってくれる。

 

「もうそろそろここを離れようと思うんだ」

「え……?」

 

 彼女の笑顔が固まった。少なからずショックを受けていることがわかって、心苦しくもありまた嬉しくもあった。

 

「この辺の魔物も苦戦しなくなったしな。そろそろ頃合いかと思って。ナルメアも強くなるには、俺にかまけてる時間がない方がいいだろ」

 

 我ながら卑怯な言い方だ。こう言えばナルメアが引き止め切れないとわかっての言葉だからな。

 

「それは……」

 

 彼女は言い淀んでいた。困ってくれているのが嬉しい。だが、彼女は俺なんかとここでのんびり暮らしていてはいけない。

 俺ではきっと、ナルメアを導けないだろうから。

 

「そういうわけで、明後日にここを出ようと思う」

「そ、そんなに早く?」

「ああ。急な話で悪いが、あんまり長くいてもな」

「そっか。そうだよね……」

 

 もちろん俺としてはいつか再会したい。恩返しは全然できてないからな。貸し借りはできるだけなしにしたいというのもあるが、ナルメアのように献身的だからこそしっかり返してあげたいとも思っている。

 ……ホント、俺らしくねぇ話だが。

 

「ああ。今まで世話になってばかりで悪いが、ここを発つ。明後日にはお別れだな」

 

 きちんと、一緒に旅をするという選択肢は潰しておく。彼女からそう言い出して欲しいという甘えは許されない。ちゃんと決別する。これが今の俺にできる精いっぱいだ。

 

「……」

 

 ナルメアは暗い顔で俯いてしまった。……流石に心が痛むな。

 

「じゃあ、食後の運動がてら外出てくる」

「うん……」

 

 一人にさせるために席を外し、軽く鍛錬をして戻る。一応気持ちの整理はつけたのか笑って出迎えてくれたが、少し影があるようだった。翌日も普段通り振舞っているつもりだろうが、暗かった。

 

 そして俺が出ると告げた明後日を迎える。

 

 支度を整え、小屋を出る準備をする。

 

「もう、行くの?」

「ああ。今まで世話になったな」

「ううん。お姉さんも、ダナンちゃんと会えて嬉しかった」

「そうか? 修行の邪魔してばっかだったと思うんだが」

「そんなことないよ」

 

 見送るナルメアはなにか感情を抑えつけているようだった。

 

「あ、そうだ。ダナンちゃんにこれあげようと思ってたの」

 

 そう言って一振りの刀を取り出し手渡してくる。

 

「これは?」

 

 とりあえず受け取ってみたが、輝く刀身を持つ立派な刀だった。技術的なモノは素人の俺にはわからないが、刀から秀麗さが伝わってくるようだ。

 

「銘は丙子椒林剣。人から貰った刀だけど、売るのも申し訳ないからあげるね」

「凄ぇいい刀っぽいんだけど」

「うん。ダナンちゃんにならあげてもいいかなって。お姉さんは使わないから」

 

 確かにナルメアにはナルメアの刀がある。それがあればいらないのかもしれないが。

 

「なんか申し訳ないな、貰ってばっかりで」

「いいのいいの。お姉さんがしたくてしてることだから」

 

 気にしないでと言うが、これだけのモノを貰えば気にもする。だがそれを言っても仕方がない。俺にはまだ、なにもないのだから。

 

「そうか。なら有り難く貰っておくとする」

「うん」

 

 刀を背中に負う。

 

「今まで、ありがとな」

 

 なんとなく、彼女の頭に手を伸ばしてしまった。柔らかい手触りの髪に触れる。

 

「っ……」

 

 ナルメアが硬直した。……自分のことを「お姉さん」と呼ぶことも含めて、あんまり子供扱いするのは良くなかったかもしれないな。

 と思っていたら、ナルメアの両目から涙が流れていることに気がついた。慌てて手を放す。

 

「……今日は、泣かないって決めてたのに」

「ええと、なんかすまん」

「ううん、いいの。ごめんね、ダナンちゃん」

 

 ナルメアが謝ることじゃない。

 

 ……これはどうすればいいかさっぱりわからんな。だがこうしたいというのはあった。もしかしたら今後の人生で二度とないかもしれないが、俺の持てる最大限の優しさを込めるしかない。

 

「あー……なんだ。俺を助けてくれたのがナルメアで良かった。ナルメアのおかげで、俺は人のままでいることができる。今までホントにありがとう」

 

 もう一度手を伸ばして、彼女を宥めるように頭を撫でる。

 そうして泣き止むまで待っていた。

 

「じゃあ、もう行くな」

「……うん。また会える?」

「ああ。恩も全然返してないからな、いつか、きっと」

「そっか。頑張ろうね、お互い」

「ああ。達者でな」

「うん、ダナンちゃんもね」

 

 目元を赤く腫らしたナルメアに見送られて、俺は小屋を後にした。

 

 ――俺はきっと、今後どんなことがあっても彼女のことを忘れないだろう。

 

 なんとか俺を育てようとして、しかし結局余裕がなくなったことで俺を捨てた母親より、最初から最後まで優しさをくれた彼女のことを。

 もし優しさがあると知らなかったら、俺は獣の如きヤツになっていたかもしれない。

 

 人として生きていくに足りるだけの心を持たなかったかもしれない。

 

「……あーもう。心が弱ったんかね」

 

 たかが人との別れ程度で泣くようなヤツだっただろうか。けどまぁ、弱さはここに置いていこう。俺は目的のために、どんな手段でも使ってやる。

 

 涙を袖で拭い、空を見上げる。青く澄んだ晴れ空だった。

 

「……うっし。行くか」

 

 まずはそうだな。この島を出るとするか。

 

 俺は今後の行動を頭の中に並べていき、街の方へ向かって歩いていく。後ろ髪を引かれ振り向きたくなる気持ちを抑えてただ前に進んだ。

 

 ここからは俺が俺のために、突き進むだけの道のりだ。




ようやくプロローグの終了です。

次話からは本編となります。
よろしくお願いします。


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人形の少女編
血生臭い船出


少しずつ読んでくださる方が増えていっているようで、嬉しい限りです。
今後とも拙作をよろしくお願いします。


 俺はナルメアの下を去り、育ってきた街へと戻ってきた。

 

 ……約半年振りに戻ってきたが、相変わらず淀んでやがるな。

 

 半年間過ごしたあの小屋と森が、同じ島のモノとは思えないくらいだ。だが俺にはこっちの方が馴染みがいい。

 

「よぉ、久し振りじゃねぇか」

 

 俺は街に入って談笑していたマフィアに声をかける。そのマフィアというのが、俺が最初に財布を盗み、そして散々ボコしてくれやがったドラフの男だ。

 

「あぁ? てめえ誰だよ。気安く話しかけてんじゃ――」

 

 向こうは俺のことを覚えていないようだ。ま、当然か。マフィアからしちゃ俺みたいな小汚いガキ一匹リンチにしたところで日常とさして変わらない。

 だが俺は悠長に会話をしに来たわけじゃない。近づき短剣で腹部を刺した。

 

「ぐっ、うぅ……!」

「半年くらい前だったか? 散々俺をボコしてくれやがったしな。とりあえず死んどけ」

 

 俺は短剣を抜いて男を地面に倒す。

 

「これから俺はマフィア共を皆殺しにしてくる。お前は助けてくれるヤツがいれば、もしかしたら助かるかもしれねぇな? ま、てめえらが今までしてきたことを考えれば、街の連中が助けるなんてことはねぇだろうが。そのことを後悔しながらゆっくり余生を過ごしな」

 

 俺は逃げられないように足にも短剣を突き刺して、男を放置する。

 男は血を流して何事か呻いていたが、無視して短剣についた血をヤツの服で拭った。

 

 人が刺されたっていうのに、この街は全くざわつかない。悲鳴も上がらない。この街では人の死が軽い。

 

 ……そうだ。俺は元々こういう人間だ。人を殺すことにも躊躇はしない。マフィア共も散々人を殺し、売り捌き、嬲ってきた連中だ。殺されて当然だ。

 

「さてと、道すがら始末を続けるとするか」

 

 俺は呟いて、街を練り歩きマフィアを殺して回った。皆殺しにする必要があるのかと聞かれれば、最悪皆殺しでなくともいい。ただこの街を牛耳っているマフィアがいる限り、俺は生きてこの島を出ることができない。だから背中から撃たれないように、確実に始末しておこうとは思っている。自分の身の安全を保証するにはいい手段だ。……まぁ、この先も同じ手口でやっていくのは無理だろうがな。この街だからこそ、それが通じるんだとは思う。

 

 ナルメアに鍛えられた俺は、大体半年で元の五倍くらいは強くなったと思う。武器持って粋がっているだけのマフィア共には負けないだろう。

 

 そうして俺は遂にマフィア共のアジトまで辿り着いた。街外れにある倉庫がそうだ。

 

 俺は両の手で扉を押し開ける。薄暗い倉庫の中は改造されていて、奥に図体のでかいドラフが居座ってやがった。そして、前列のヤツらが俺へと銃口を向けている。

 

「全部で、あー……五十人ってとこか? 随分と豪勢なお出迎えだな?」

 

 銃口は十三か。銃の避け方も教えてもらった。まぁ問題ないな。

 

「軽口を叩けんのも今の内だぞ、ガキ」

 

 ここのマフィアを取り仕切っている奥のボスが声をかけてきた。ソファーに踏ん反り返って座りやがって。余裕アピールかよ。

 

「街で手下共が狩られてるってんで気になってはいたが、まさか本当にこんなガキだったとはなぁ。いい腕じゃねぇか。どうだ、手下にならねぇか? 俺の下につけば、いい思いさせてやれるぜ? 酒も女も力も、全部好きにできる。悪くない話だろ?」

 

 おやおや。思わず笑っちまったよ。

 

「おいおい。マフィアってのは随分と生温いみたいだなぁ?」

「あん?」

「こちとら手下殺ってる時からてめえら皆殺しにするって決めてんのによ。今更勧誘とか悠長すぎないか? どうやらボスの頭の中はお花畑みたいだな」

 

 俺の挑発を聞いて、ボスの顔が怒りに歪んだ。

 

「いい度胸だクソガキ! てめえら、ありったけの鉛弾を食らわしてやれ!」

 

 号令があって一斉に引き鉄が引かれる。発砲音がいくつも重なり、銃弾が俺へと飛んでくる。俺は体勢を低くして銃弾を掻い潜りながら駆ける。銃弾ってのは反動があって弾がブレるんだと。少なくとも銃口の直線上より下には飛ばない。

 

 そして銃は一度撃ったら装填までに時間がかかる。俺ならその間に距離を詰められる。

 

 左端のヤツへと肉薄して足を払い後ろへ回転させながら喉元を掻き切った。すると血飛沫のカーテンが出来て後ろで武器を構えている連中にかかり、目潰しにもなる。その間に一人また一人と命を絶っていく。

 俺はただそれを繰り返すだけでいい。統率なんてロクに取れていない、烏合の衆だ。正規の軍ならまだしも、こんな廃れた街のマフィアやっている連中相手なら充分だ。ホントなら爆薬なんかで一掃したかったんだけどな。

 

「あー、クソッ。全身血塗れだ。なぁ、ボスさんよ。いい服屋知らねぇか?」

 

 俺は手下共を倒して、最後に残ったボスへと声をかける。

 

「……最後にもう一度聞くぞ。俺の下につく気は?」

 

 ソファーの横に立てかけてあった両刃の斧に手をかけて問いかけてくる。

 

「仲間散々殺した俺をまだ迎え入れる気があるなんて、ボスはお優しいな」

「俺ぁこの街で最強だ。頂点に君臨してる。てめえも、俺の次には強いからなぁ。それに、手下なんざまた集めりゃいい」

「はいはい。自分の強さ自慢は他所でやってな。手下はもう集まらねぇよ。言ったろ? 俺は、てめえらを、一人残らず始末しに来たんだって。もしかしてまだ理解できてねぇのか? その辺の子供の方がもうちょっと利口だぜ」

「てめえ……! 俺を怒らせたこと、あの世で後悔しやがれ!」

「うだうだ煩ぇよ。いいからかかってこい。強いんだったら強さで屈服させてみろ」

 

 スキンヘッドに血管浮かび上がらせて立ち上がり、襲いかかってくる。

 

「おらぁ!」

 

 右手で軽々と持ち上げた両手斧を、振り回してくる。……動きが緩慢だな。ただ力任せに武器を振るだけ。生憎と俺はあんたより力が強くて速くて鋭い攻撃を知ってるんだよ。

 大きく振り被るから動きも丸見えだ。まだ銃構えたヤツの方が強い。

 

「ちょこまか動きやがってぇ!」

「あんたが鈍いだけだろうに」

「減らず口を!」

 

 しかしただ避け続けているだけではダメだ。攻撃に転じるため振り切った後腕を斬りつけたりしてみる。

 

「痛くも痒くもないぞぉ!」

 

 確かに、短剣じゃ切り傷をつけるので精いっぱいだな。この筋肉ダルマ相手じゃ効果も薄い。

 確実に首を狙う必要があるな。心臓は……あの分厚い胸板じゃ刃が届くかわからねぇな。

 

「ふんっ!」

 

 ヤツが俺を両断すべく横薙ぎに斧を振るった。それを後退して避けるとすぐに前へ出て接近し左足を後ろへ振り被る。そして渾身の力を込めて、ヤツの股の間に爪先をめり込ませた。

 

「っ……か……っ!」

 

 ボスは悶絶して斧を落とし股間を押さえて蹲る。一気に顔から血の気が引き、冷や汗をだらだら流していた。

 

「これで、首が丁度いい位置に来たな」

 

 俺は悶絶するボスの首に短剣を添える。

 

「……てめえ、卑怯だぞ……っ」

「ははっ。傑作だな。マフィアのボスが卑怯なんて言うかよ。最初に言った通り、俺はてめえらを殺しに来たんだ。戦いに来たんじゃねぇ。どんな手を使ってでも息の根を止めてやる。そう宣言したつもりだったんだがなぁ」

 

 俺は刃を押しつけ薄皮を切る。

 

「わ、わかった。取引をしよう。俺はもうこの街から手を引く。なんならお前にボスを譲ってやってもいい。街を歩けば誰もが頭を垂れる。最高の気分になれるぜ」

 

 そうやって時間を稼ぎながら落とした斧を拾う算段か。懲りないヤツだな。

 

「下らねぇな」

 

 俺は一言切って捨てて、ボス首を掻き切った。

 

「俺は別に、富や名声が欲しいんじゃねぇよ。ただ、俺が何者なのかを知りたいだけだ」

 

 死体は捨て置き、アジトの中を漁る。金目のモノは盗むし、俺が一番欲しい船の情報も盗む。元々俺は盗っ人だからな。元を正せば盗品だろうし。

 

「おっ」

 

 手近にあった革袋に手当たり次第金目のモノや地図なんかを放り込んでいると、地下へと続く階段を見つけた。棚の下にある。……僅かな隙間すらも見逃さないみみっちい盗っ人精神が役に立ったな。

 棚を退かし湿っぽい空気を放つ地下へと降りていく。

 

 かつかつと靴底で階段を踏み鳴らす音が止まり地下へと着いた。

 

「……」

 

 俺はなにも言わず、ただ目を細めて眉間に皺を作る。悪臭と言えば悪臭だが、この街で育った俺からすれば嗅ぎ慣れた匂いだ。何日も身体を洗っていない時に出る、綺麗な身体だった期間があるからこそ気づけた臭さ。加えて糞尿の匂いに薬の匂い。様々な異臭が混じり合った酷い空間だった。

 

 そこには宝などなく、牢獄だけがあった。冷たい鉄檻の中に閉じ込められ鎖に繋がれた人がいる。ただ、そいつらを人と呼んでいいかどうかは微妙なところだ。

 

 階段を降りた近くに看守室と思われる一角があった。壁に鍵の束がかけられているのを見て、それを手に取る。

 ご丁寧に鍵には牢獄毎の番号と枷の番号が振られていた。残念ながら鉄を難なく斬るほどの実力には達していないので、鍵を使って開ける必要がある。

 

 まず一つ目。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 懸命に股間を弄っている女に声をかけた。まるでそれが自分の全てであるかのようだ。答えはない。ただ聞くに堪えない嬌声を上げるだけだ。俺は短剣で喉を裂いた。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 次の牢獄でも、その次の牢獄でも俺は同じことを繰り返した。……ただ命を助ければいいってもんじゃない。自我が崩壊したヤツは、もう死んだも同然だ。

 俺の問いに返事をする、または反応を示す。それだけの気力があるヤツだけを解錠し、自由にしていく。

 

 全ての牢獄を回って枷を外したのは、約半数か。

 

「マフィアは俺が潰した」

 

 牢獄全体に響く声で告げた。自我がある者しか残っていないので、全員が顔を上げてこちらを見る。

 

「だからお前達はここから出られる。だが、面倒は見ない。出るなら勝手に出ろ。そして自分の足で歩け。今更言うまでもないだろうが、誰かの助けなんて期待するなよ」

 

 生きる意味すら失っているだろうから、これだけのことを言うだけなら問題ない。

 そして俺は、彼らを放置してマフィアのアジトを去った。

 

 もう一つ、この街でやることがある。

 

「よぉ」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて、そいつに片手を挙げ声をかけた。

 

「……生きてたのか、ダナン」

 

 俺が世話になっていた店の商人だ。あの日、俺を売ってくれやがった野郎だ。まぁこいつの事情には大体予想がついてる。元々俺は、こいつに頼まれて稼ぎがいいからとマフィア専門の盗みを働いてたわけだが。多分それを繰り返し続けたせいでバレそうになったんだろうな。だからこの商人は、自分の身を守るために嘘を吐いた。多分「俺は盗品を売られただけで、協力関係にはない」とか言って。別に恨みはねぇ、とは言わないが。大して恨んじゃいない。

 

「ああ」

 

 俺は頷いて、素早く距離を詰めるとヤツの左手を掴みカウンターに叩きつけると同時に短剣で甲を貫いた。

 

「づぅ……っ!」

 

 痛みに顔を歪めるが、悲鳴は上げなかった。俺がこうして来た時点で、ある程度覚悟はしてたんだろう。

 

「悪いな。そんなに恨んではねぇが、仕返しはしとくぜ」

 

 俺が刃を抜いたら即座に回復アイテムを使って血を止めにかかった。それを邪魔するほど恨んではいない。

 

「なにより、あんたには長い間世話になったからなぁ。知識だけは、ここで学ぶ機会の少ないいい買い物だった」

「……そうかよ」

 

 俺に教養を与えてくれた、かけがえのない人物だ。裏切られただけで殺すのは忍びない。

 

「さて、商売の話をしよう。俺はこの街を出る。だがこの血塗れの服じゃダメだろ? 服を見繕ってくれ。代金はこれだ」

 

 俺は店主に笑いかける。刺されたせいか冷や汗を掻いてはいるようだったが、さっきのに全く反応できなかったことからも対面している限り命を握られているようなモノだからな。向こうとしても応じるしかない。

 アジトから奪ってきた革袋の中に手を入れて、宝石の散りばめられた懐中時計を取り出しカウンターに置く。ちゃんと血で汚れた箇所を避けて、だ。

 

「……こんなモノ、どこで」

「連中のアジトだ。知ってんだろ? 俺がマフィアを狩り回ってたことくらい」

「まさかマフィアに逆らったのか?」

「逆らったって。今更だろうが。あいつらなら今頃、全滅してるよ」

「……嘘だろ」

「ホントだって。なんなら自分の目で確かめてこいよ。街にいくつ、死体が出来上がってるかな?」

「……」

 

 商人は俺に対して畏怖したようだ。この街で逆らう者がいない力を持ったマフィアを全滅させたことか、殺人の話を笑ってする俺の人間性へかは知らない。あるいは両方かもな。

 

「……わかった。商品は売ってやる」

「助かる」

「お前は、なにがしたいんだ? 正義の味方にでもなるってのか?」

 

 商人の問いに、俺は思わず吹き出した。……笑えるな。こんな俺が正義だって?

 

「バカ言え。俺は、俺の道に立ち塞がるヤツには容赦しねぇってだけだ。マフィアだろうがなんだろうが、必要があるなら殺してやる」

 

 笑みを引っ込めて商人の怯えた目と目を合わせる。無駄だが、半歩後退っていた。

 

「……ほら、服取ってこいよ。これと一緒で、黒いヤツな。できれば下着と上下三つずつくらいは欲しいなぁ。あとこういう、フードついたヤツ」

 

 その後でにかっと笑って要求してやる。商人は俺を気味悪いモノを見るような目で見つつ、店の奥へと姿を消した。

 

 そして俺は、旅の支度を整える。

 

 黄ばんだ下着と血塗れになった上下の服には別れを告げ、新品の衣装に身を包んだ。

 

 黒い長ズボンに黒いTシャツ。加えて内側は暗い赤色の、フードがついたローブのようなモノだ。脹脛の裏にまで丈が届いている。愛用の短剣はよりいいモノに買い替えて左腰へ括りつけた。ナルメアから貰った刀は背に負っている。革袋の中身を替えの衣類と飲食物、盗んだモノ達に変更してより大きなモノを買った。紐を右肩に担いで持ち、マフィアが提携しているため定期的に島を訪れる奴隷運搬船へと乗り込んだ。

 

「悪いが、俺の船出のためだ。乗っ取らせてもらうぜ」

 

 乗組員は半ば盗賊のようなヤツだから好戦的だったが、別の場所で捕えられた奴隷達を解放する代わりに船の操縦を手伝ってもらった。代わりのいなかった操舵士だけは乗っていたヤツの右耳を削いで言うことを聞かせる。

 

 そして俺は、晴れてと言うには少し血生臭いが、育った島を出ることに成功したのだった。



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暗躍していそうな四人

ようやく本番開始ってところです。


 俺は奴隷運搬船を使って別の大きな島に辿り着いた。

 

 船に積んであった食料やなんかを元奴隷達で山分けしてもらい、当面生きるだけの備蓄は用意してやった。船が着いた港は隠された裏にあった。まぁ奴隷売買なんて表の港から入れるわけもねぇよな。

 ついでに奴隷商の本拠地だと思われる場所を襲撃、自我がはっきりとしている奴隷達を解放して回った。……最初船に囚われてたヤツらからしてみれば、俺が奴隷解放運動をしてるヤツにでも見えてるらしい。これは俺が悪いな。マフィアのアジト襲ったついでに奴隷解放して、船手に入れるついでに奴隷解放して、島での安全を確保するために奴隷解放してるわけだし。きちんと面倒は見ねぇから自分で生きろよとだけは告げておく。一部最近奴隷になったばかりの感情が豊かなヤツなんかが泣きながら感謝してきたが、俺は別にこいつらを解放しようとして回っているわけじゃない。

 

 ……あんま目立つと目をつけられるから嫌なんだが。

 

 ただまぁ、なんと言うか。見過ごしたら見過ごしたで胸糞悪い。やりたいようにやった結果なら受け入れるしかねぇ。

 

 ただ基本は隠密行動だ。もう遅いとか言わない。

 

 俺は人の多い街へと場所を移した。奴隷達は体力がないのでついてこようとしたヤツらは置いていく。

 街に入る時に身分を確認された。それだけでここの治安がいいと察する。あそこは出入り自由、ただしマフィアの気分次第だったからな。きちんと鎧を身に着けた兵士が入り口を見張っていた。俺は黒一色という怪しげな恰好だったが、気さくに「ここは治安良さそうだな、あんたら日々頑張ってるおかげかぁ」と言っておいたらちょっと態度が柔らかくなった。チョロい。

 

 奴隷運搬船の操舵士が言うには、この島はエルステ帝国の首都アガスティアから程近い。エルステ帝国の兵士がうようよいるせいで物々しく感じられるが、街の活気は悪くない。帝国はきな臭いかもしれないと聞いた気がするが、そうは思えないな。まぁ帝都まで行けばなにかわかるのかもしれないが、とりあえず俺には関係のないことだと思う。

 

 さて。

 俺がこの街に来てやりたいことはいくつかある。

 

 まず情報収集。世界の情勢やなんかの最新情報と、本来の目的である変な能力を持ったヤツがいないかという情報。

 あと装備も整えたいな。がっつり揃えるんだったらバルツ公国に行った方がいいとは思うが、胸当てが欲しいだけならこの街でも手に入るだろう。ということで早速盗品を換金して胸当てを購入した。ちゃんと黒に染めてもらう。

 そして協力者探し。これが一番の難関だ。俺には伝手もなければそこそこの金しかない。雇うにも頼るにも不安要素しかないだろう。あと我が儘を言えば、俺より強い人がいい。ナルメアの時みたく俺に異なる武器の修行をつけて欲しいからな。とはいえその条件に当て嵌まる連中に協力を頼むには、俺も素性の知れない怪しいヤツから抜け出しある程度の地位を獲得しといた方がいいか?

 

 ついでにこの街での信頼も得ておきたい。その方が動きやすくなるだろうからな。

 

 仕方ねぇか。やるだけやってみるとしよう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 あれから一ヶ月が経過した。

 

 俺はこの街における拠点として、廃工場を選択した。誰も近寄らないので家賃はタダだし、ちょっと手間はかかったが居住空間として改造もしてある。廃工場と言っても機械の類いは全て撤去してあるので、入り口から入るとだだっ広い。奥の一階と二階に部屋があり、一階を工房、二階を居住スペースとして使っている。二階へは左手奥の梯子から上った通路を行くと入れる。一応床に穴を開けて梯子を通し一階と二階は繋いであるが。

 金については方々で依頼(雑用やなんかの)をこなし報酬として貰っていた。まぁそうでなくともまだ換金していないくらいには余裕があるので、問題ない。本来騎空士とやらがやるような仕事を、手が足りないのをいいことに請け負うことにしていた。まぁそれなりに顔が利くようになれば、「丁度いいところに。これちょっと手伝ってくれない?」という風になるので島々を旅する騎空士より信頼されやすいというのもあった。

 俺は汚い仕事も請けられるが、いいヤツを装おうと思えば装えるのだ。

 

 そして。

 

「よぉ。情報を買いに来たぜ」

 

 この街に来て最も世話になっているのが、情報を金で売ってくれる商人だった。

 

「はい~。今日はどんな情報をお求めですか~?」

 

 やけに間延びした口調で話すハーヴィンの女性だ。若く見えるのに、割りと深い情報まで把握している凄い人である。黄緑色の羽毛を持つオウムを連れているのが特徴だ。

 

「この街で有名なヤツを見かけたことはあるか?」

「? どういう意図ですか~?」

「なんて言うか、あれだ。強くて暗躍してそうな感じのヤツだよ。見た目がわかりやすいといいな、俺が見つけやすいし」

「いるにはいますけど~、なんでそんな情報を~?」

 

 いるのかよ。我ながら無茶な条件だと思っていたのだが。

 

「協力を取りつける。まぁその辺はこっちでやるから、そいつの情報をくれるだけでいい。信用できるかも俺が決めるから、最低限どんなヤツなのかの情報さえあれば充分だ」

「……怒らせたら命を落とすかもしれませんよ~」

「できれば怒らせる条件ってのも聞いておきたいなぁ」

「怒らせないために、ですよね~」

「ははは、もちろんもちろん」

 

 怒らせた方が隙が出来やすいからだけど。

 俺が嘘を言っていると察したのか、商人は深くため息を吐いていた。

 

「わかりました~。言っておきますけど、私が関与したことは言わないでくださいね~」

「その辺は心得てる」

 

 そこは信頼してくれていい。マフィアに殺されかけても言わなかったくらいだからな。

 

「……。この街にいる、ダナンさんの条件に合う人達を一組だけ知っています~。四人組で、黒い甲冑の騎士に、ぬいぐるみを抱いた少女に、へらへらした青髪のエルーンの男性に、表情の変わらない赤髪のドラフの女性という組み合わせですね~」

 

 うわ、なんか凄い暗躍してそう感ある面子だな。

 

「エルーンとドラフの二人は~、一部では有名な傭兵ですね~。魔法と剣、それぞれにおいてかなりの実力をお持ちみたいですよ~」

 

 魔法と剣か。剣は触れているが、魔法に関しては全く触れていない。俺が欲しい部分の一つだな。

 

「少女の方はわかりませんが黒い騎士は一目見れば誰かわかりますよ〜。なんと、エルステ帝国最高顧問を務める七曜の騎士が一人、黒騎士なんですよ〜」

 

 ……マジかよ。

 俺は絶句していた。黒騎士とやらが持つ肩書きの二つは大きすぎるモノだ。

 今やエルステ帝国と言えば数ある国の中でも最大勢力を誇っているが、元々は辺境の小国だったらしい。それをこのファータ・グランデ空域を支配する軍事国家へと押し上げたのは、最高顧問の存在あってとのことだそうだ。まぁ皇帝やら宰相やら、色んなヤツらが動いての結果ではあるだろう。だがそこで多大な貢献をしたことは間違いなかった。

 

 しかし問題のは後者、七曜の騎士だということだ。

 

 七曜の騎士とは空域一つを支配できるような化け物のことを言う。強さは常識で測れるモノではないらしい。七曜とつく通り七人いるようだが、七人で、という話ではない。一人で空域一つを支配できる化け物だそうだ。

 七曜の騎士は空域を分断する瘴流域と呼ばれる地帯を一人で抜けることができるらしい。瘴流域の中は飛行困難で嵐が常に吹き荒れており、その周囲には強い魔物が多くいるそうだ。その中を一人で、ってことは瘴流域でもぶった斬って進むんだろうか。どちらにしても、俺からしてみれば途轍もなく強いということしかわからない。ナルメアよりも強いんだろうな、くらいのもんか。

 

「そんなヤツがなんだってこんな街に来てんだ? 最高顧問ってんなら帝都アガスティアの方にいるだろ」

「黒騎士さん達はよく来ているみたいですよ~。帝都だと特別扱いされすぎて、肩が凝るんじゃないですか~?」

「そんなもんか。で、それぞれの弱点とかあるか?」

「七曜の騎士に弱点なんてほとんどないですね~」

「そりゃあな」

「でも一つだけ、耳寄りな情報がありますよ~。今なら二割引きにしましょうか~?」

「いいから話せ。どっちにしろ買うんだからな」

「わかりました~。実は黒騎士さん、傍にいる少女に手を出すと凄く怒るらしいですよ~」

「……弱点か、それ」

「はい~。黒騎士さんにはない弱点を少女が補っているんです~」

「……悪どいな、商人ってのは」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ~。もちろん、手を出したら殺されますから命が惜しくないとできないですよね~」

「ふぅん。……ってことは黒騎士からその少女を奪えば誘導も可能か。戦えるヤツなら武器奪うだけでもいいかと思ったが、確実にいけるならそっちの方がいいよな」

「……あの~、なにか物騒なことを呟いているようですが~」

 

 これはいけるかもしれないな。罠もいくつか買い込んで有利な場所にヤツらを誘き出す。そこまで持っていくためには必要かもしれないな。

 

「……いやぁ、いい情報を聞いたぜ」

 

 俺はにやりと笑う。

 

「とんでもない人に教えてしまったような気がしますね~。勝算はあるんですか~?」

「あるわけないだろ、相手は七曜の騎士だ。だが、ちょっと驚かせることくらいはできるだろうな。殺されたら殺されたで仕方ねぇが、まぁなんとかするさ」

「悪巧みが似合いますね~。でも本当に気をつけてくださいね~」

 

 楽しくなってきた俺を見て、商人は少し真剣な表情をした。珍しいなと思って笑みを引っ込める。

 

「七曜の騎士は、執拗《しちよう》に追いかけてきますから~。うぷぷ~」

 

 言ってから、両手で口元を覆い自分で笑っていた。……こういうとこが玉に瑕なんだよなぁ。腕はいいだろうに。

 

「そうか。じゃあこれ情報料な。足りるか?」

 

 こういうのはスルーするのが正しい。さっさとルピを渡す。

 

「はい~。毎度あり~」

「あと罠いくつか欲しいな。どういうのが売ってる?」

「罠ですか~。それでしたらこういうのがありますよ~」

 

 その後は俺が行動に出る時使えそうな商品がないかを探っていく。流石と言うべきか、充実のラインナップだった。

 

「お買い上げありがとうございました~」

「ああ。いつもありがとな、シェロカルテ」

「いえいえ~。またお越しください~」

 

 いくつか稀少な品も手に入った。有用な情報も手に入った。……次は実際に四人組の姿を見ておくか。

 ということで、シェロカルテから聞いたよく四人が集まる酒場に入る。少女がいるのに酒場で集まっているのか。

 

「……」

 

 酒場に入ったらすぐにわかった。

 なにせまだ昼間なのに飲んだくれた野郎共がいる酒場で、全身黒甲冑の騎士が座っているのだから当然だ。しかもその傍らには幼い少女がいる。

 

 四人席を囲う彼らの近くにあった二人席に一人で座る。飲んだくれは多いが全体的には空いているので、すぐにウェイトレスが来た。

 

「あ、ダナンさん。この間はお店手伝ってくれてありがとうございました」

 

 顔見知りだったので、来てすぐにぺこりと頭を下げてくれる。

 

「いいって。また人手が足りなくて、俺が空いてる時には顔出すから。とりあえず飯先で、チャーハンと餃子とジャンジャーエールで」

「はい、またお願いしますね。すぐにお持ちします」

 

 とまぁ、こんな風に俺は各所に顔を出すようにしていた。この店が忙しい時に手伝おうかと声をかけて何度か働いたことがあるのだ。この一ヶ月で家事スキルを鍛え上げてきたので、大抵のアルバイトはできると思う。客との応対やなんかもやるだけなら問題ない。敬語も多少学んでいることだしな。

 料理と飲み物が来るまでの間に、四人の会話に聞き耳を立てる。

 

 禍々しいほど黒い甲冑で全身を包んだ騎士は、見たところお冷にも手を出していない。兜を被っていれば当然か。右隣に座る少女は全くの無表情だ。長い青髪を左右二つで結っており、紅い瞳はじっとテーブルの上にある料理を眺めている。その上で休まず料理を食べ続けているのだから、かなり空腹だったのだろうか。四人の中では一番小柄ながらに食べている量が多い。あれが通常だと食費が半端ないな。

 少女の左隣が赤毛のドラフだ。ちびちびと料理を摘んでいる。つまらなさそうな顔をしているような気はするが、確かあんまり表情が変わらないのだったか。その左隣の青毛のエルーンは、なにが楽しいのかへらへら笑いながら食事をしていた。

 

 ……さっきとこの位置から見た限りじゃ、黒騎士が剣と銃、少女がぬいぐるみを抱えていて、ドラフが三本の剣、エルーンはよくわからないな。魔法を使うんだったか? とはいえ杖らしきモノは見当たらない。青い玉を下げているが、あれがその代わりなんだろうか。

 

「それで、首尾はどうだ?」

 

 黒騎士が兜の中からくぐもった声を上げる。

 

「まあまあかな。ね、スツルム殿?」

「……ドランク。雇い主への報告くらいはちゃんとしろ。指示にあったことは完了している」

 

 エルーンがドランクで、ドラフがスツルムと言うのか。

 

「ならいい。計画通り進めるぞ。次はバルツか」

「彼らがそのまま行けばね。まぁ行くんだろうけど」

「そうだな。バルツでの首尾はどうだ?」

「……概ね問題ない。大公の弟子が嗅ぎ回っていたが、今のところ邪魔される心配はなさそうだ」

「そうか」

 

 バルツ公国の名前が出てきたな。火山がある暑い島を首都としている国だ。

 

 四人の様子を見ながらその後も観察を続けた。やがていなくなったので、食休みを経てから俺も酒場を出た。

 

 それから一週間、俺はヤツらの動向を探った。バレてはいない、とは思っているがバレているだろうな。あの街で長年やっていたとはいえ、所詮素人に過ぎない。相手は傭兵や七曜の騎士だ。おそらく俺のバックについているのが誰かなどを探るために泳がせているのだろう。

 そのおかげで、俺はじっくり観察することができた。罠などの準備は万端だ。

 

 これでようやく、行動に移せる。

 

 準備は念入りに行った。シミュレーションも怠っていない。いけるはずだ。

 ということで俺は四人が集まっている酒場に入る。フードを目深に被って顔を隠し、しかし目立たぬよう気配を薄くして。気配を消すまでいくと怪しいヤツとして四人に気づかれてしまう可能性が高いのだ。

 そして誰にもバレずに近づいて、意識せずなんの気負いもなく、料理を一つ食べ終えて皿を積み重ねた直後の少女の身体を抱え酒場の外へ走った。

 

「貴様っ!」

 

 黒騎士が叫んでくるが、止まるつもりはない。全速力で逃げ出し、裏路地に逃げ込む。その後右に曲がって一直線に走っていると、背後からがしゃがしゃと甲冑を着た黒騎士が追ってきた。その後ろには赤毛のドラフ、青毛のエルーンと続いている。

 少女は食事処で食べているところしか見たことはなかったが、案外と軽い。脇に抱えて走っても邪魔にならないくらいの重さだ。というかあんな重そうな鎧を着込んでいるのについてこれるとかおかしいだろう。

 

 そのまま俺はアジトに入って罠を起動、二階の部屋へと入った。

 

「よし、と。悪かったな」

 

 抱えていた少女をちょこんとソファーの上に座らせる。浚われたというのに大して抵抗もせず大人しくしていた。感情が薄いのか、自我が薄いのか。詳しいことはわからないので、俺にはわかっていることから作戦を練ることしかできない。

 

「まぁすぐあいつらが取り戻しに来るだろうから、大人しく待っててくれ。危害を加えるつもりはないんだ」

 

 俺の狙いはあくまでリーダーらしき黒騎士に挑むこと。他のヤツを傷つけるつもりはない。それで手を組めなくなったら困るしな。

 

「……」

 

 少女は反応を示さない。じっと座っているだけだ。……やりにくいな。まぁこうなることも考えておいて正解だったと言うべきか。

 

「ほら、これでも食べてな」

 

 俺は焼き上げ温めておいたアップルパイを取り出して机の上に置く。

 

「……アップルパイ」

 

 初めて少女の声を聞いた気がする。良かった、注意を引けそうだ。少女の食べているモノの中でなにが一番多かったかを調べておいた甲斐があるというモノだ。シェロカルテに美味しいアップルパイのレシピの情報を買っておいて良かった。三日で練り上げて店に出してもいいくらいの美味さになっていると思う、多分。

 

「そうだ。これやるから大人しくしてるんだぞ」

 

 俺が言うと、少女はこくんと頷いてアップルパイに手を伸ばした。その直後、轟音が耳に入ってくる。おそらく入り口の扉を蹴破られた音だな。

 

「出てこい!」

 

 黒騎士の怒りの込められた声が響いた。俺は大人しく部屋から出て二階にある通路の柵に寄りかかる。黒騎士に続いて、ドランク、スツルムが入ってきた。……完璧だな。ちゃんと考える連中で助かった。

 

「貴様……どこの所属かは知らないが、今すぐ人形を返し後ろにいるヤツの名前を吐け。そうすれば生かしてやる」

 

 ドスの効いた声で脅してくる。まぁ、そうくるよな。……人形ってのはあの子のことだったか。大切に思っているかと思ってたんだが、どうやら微妙みたいだな。なんか事情があるんだろうが。

 

「残念ながらそうはいかない。なにせ俺の後ろにいるヤツなんていないからな」

「なんだと?」

「俺はあんたらがどう思ったのかは知らないが、単独犯だ。誰かに頼まれてやったわけでもねぇし、用が済んだらあの子も返すよ」

「じゃあなんのためにこんな真似をしたのかな?」

 

 青い長髪のエルーン、ドランクが尋ねてくる。

 

「あー……。どう言えばいいか微妙なんだけどな? あんたらに手を組んで欲しいんだよ」

「組むと思うか?」

「それをちょっと考えてもらうために、こうして売り込みに来てるってわけだ」

 

 ここからは俺の腕の見せ所ってヤツだな。

 

「話中悪いんだけど、とりあえずそこから降りてきてもらおうかな」

 

 ドランクが懐から小さい玉を指の間に挟んで取り出し、俺へ向かって放ってくる。どうやら本当にあの玉を使って魔法を駆使するらしい。が、ころんころんと地面に落ちて転がるだけだった。

 

「あ、あれ? 魔法が使えないんだけど……もしかして君がなんかした?」

「ああ。入ってきたのが二番目のヤツが、魔法が使えなくなる罠だな。ちゃんと発動してくれて助かった」

「……。おっかしいな~。君が走ってくる順番を見てたから、わざわざスツルム殿と入ってくる順番変えたのにな~」

「そうだな。あんたらがそこまで考えて入ってくれるように、ちゃんと見ておいたんだ。まぁそうしなくても順番変えた可能性はあっただろうけどな」

「ということはスツルム殿~」

「……動けない」

「じゃあ今スツルム殿に悪戯し放題――」

「……腕は動くぞ」

 

 腰の剣を素早く抜いてドランクの鼻先に突きつけた。抜剣速度は速いな。こんなことでわからなくても良かったが。

 

「じ、冗談だよスツルム殿~」

 

 ドランクは引き攣った笑みを浮かべて後退する。……これで二人は封じたと言える。余計な邪魔は入らないだろう。

 

「さてと、付き添いの二人はこれでいいとして。どうだ? 付き合ってくれる気になったか? 黒騎士さんよ。まぁ断ったら戻ってあの子殺すだけだから、別にいいんだけどな?」

「貴様……」

「悪いがこの状況になった時点であんたに選択肢はねぇよ。強行手段に出たら万一にも死んだ場合を考えちゃうもんなぁ」

 

 俺がにやにやしながら黒騎士に対して優位に立っていると、不意に後ろからローブの袖を引っ張られた。……ん?

 

「……アップルパイ、もうない?」

 

 振り向くと件の少女がいた。

 

「まさか、もう食べ切ったんじゃないだろうな」

「……ん。美味しかった」

「そりゃどうも。ったく、しょうがねぇ。ちょっと待ってろ」

 

 俺は黒騎士に対して待つように告げて部屋に戻り冷蔵庫に入れておいたアップルパイを取り出し、レンジに入れて温める。

 

「これがチンって鳴ったら取り出して食べていいからな。あと、ちゃんと席に座って食べるんだぞ」

 

 俺は少女が頷いたことを確認して、ぽんと頭に手を置きさっさと部屋の外で戻る。

 

「というわけで今は無事だがあんたの選択次第によっちゃ殺すことになるわけだ」

「そ、そうだな」

 

 取り繕ってはみたが既に向こうも微妙な感じになってきている。あからさまににやにやしているドランクの顔をぶん殴りたいが、それはまた今度だ。

 

 俺は仕方なく、柵を跳び越えて一階へ降りる。膝を使って難なく着地し腰の短剣を抜いた。

 

「まぁごちゃごちゃ言っててもしょうがねぇか。さっさとやろうぜ。早くしないと罠の効果が切れちまう」

「ふん。手を組むに値するか、確かめさせてもらおうか」

 

 俺が構えたのに応じて黒騎士も剣を抜いた。研ぎ澄まされた所作だった。伊達に最強に手をかけていない。

 

 俺から突っ込む。正面から一撃加えると剣で受け止められた。ただそれだけでなく、微動だにしていない。相手は剣を抜いただけで構えもせず直立状態だってのに。手応えは全くない。壁に攻撃しているような感触だ。ふざけた力だな。とはいえこれでやめるわけにはいかない。俺は体勢を変えながら続け様に攻撃していく。しかしどれ一つとしてこいつを動かすにも値しない。膂力が違いすぎるんだ。クソったれ。短剣だけの勝負では埒が明かないと袖に仕込んでいた煙玉を指で弾き視界を潰そうとするが、剣の腹で打ち返され逆に俺が煙を浴びてしまった。

 

「げほっ、げほっ……!」

 

 クソ、ここまで歯が立たねぇとはな。手加減してるつもりはねぇってのに。

 

「この程度か?」

 

 侮蔑も嘲笑もない、ただの確認のような口調だ。……ああそうだよ俺はこの程度だ、残念ながらな。だがこのままじゃ手を組むに値しない雑魚と切り捨てられて終わり。賭けなんかには出たくねぇが、やるしかないか。

 

「……なぁ、黒騎士」

「なんだ?」

「オルキス王女は元気にしてるか?」

「っ……!?」

 

 薄ら笑いを浮かべながら発した俺の言葉に、黒騎士は明らかに動揺した。シェロカルテに聞いていた、もしかしたら隙を生めるかもしれない魔法の言葉だ。僅かな隙を狙って全力のタックルをかまし、なんとか体勢を崩させる――ここだ。

 

「ブレイクアサシン!」

 

 俺はある技を発動する。赤い雷が轟くように俺の身体が瞬間的に強化された。そして渾身の力を込めて、短剣の一撃を黒騎士へ叩き込んだ。籠手で受け止められるが、それでも構わない。

 

「っ!」

 

 黒騎士の身体が、体勢を崩していたとはいえ二メートルほど後退する。……おいおい。今のは相手の隙に攻撃することで威力を大幅に上げる技だぞ。それで籠手に傷一つついてねぇ。

 

「……嘘だろ。今のでそんだけしか下がらないとか、どんな強さだよ」

「私も、まさか動かされるとは思っていなかった」

 

 そりゃちゃんと構えていなかったからな。

 

「貴様の実力は充分にわかった。次はこちらから行くぞ」

 

 黒騎士の言葉の直後、俺の全身を悪寒が襲った。反射的に後ろへ飛んだが、当然目の前まで距離を詰めてきていた黒騎士に反応できない。

 

「我が剣にて万難を排さん――」

 

 黒騎士の身体から黒いオーラが噴き上がった。全身を襲う悪寒が強まり、汗が噴き出る。口の中が一瞬で乾いた。剣を振り被る黒騎士の姿が俺の命を絶ちに来た死神にしか見えない。

 脳が絶え間なく警鐘を鳴らす。死が間近まで迫ってきている――俺は短剣を捨てて両手を前に突き出した。力量差がありすぎて逃げられない。避けることもできない。かといって相殺も不可能。となれば防御するしかない。あれを使うしか生きる道はない!

 

「【ナイト】! ファランクス!!」

 

 【ナイト】と口にすることで光の粒子が衣服を包み俺の衣装が変化する。頭から爪先までを黒い甲冑が包んだ。加えてファランクスにより、俺の手の前に障壁が展開される。

 

「散れッ!」

 

 障壁に剣が叩きつけられる。瞬時に亀裂が入った。いや、この亀裂は障壁のモノじゃない。空間そのものにヒビが入っている。亀裂の近くにある俺の身体に激痛が走っていた。亀裂が広がっていくため痛みは全身に広がっていく。歯を食い縛って耐えていたが、やがて剣を振り抜かれると同時に障壁が砕けて黒いオーラの奔流が俺を呑み込む。呆気なく吹っ飛ばされて壁に激突したところで、俺の意識は落ちていった――。

 

 ◇◆

 

 壁に叩きつけられ、力なく地面に落ちるダナン。気を失ったからか変化した衣装が元に戻っていく。

 

「壁ごとぶち抜くつもりでいたんだがな」

 

 黒騎士の物騒な言葉に反して、ダナンの叩きつけられた壁は凹んでこそいたが穴はなかった。

 

「いやぁ、まさかこんなところで彼と同じ力を持つ子に会えるなんてねぇ」

 

 どこか楽しげなドランクが、散らばった玉を拾い集めながら言う。

 

「筋はいい」

「おっ。スツルム殿が褒めるなんて珍しいね」

「煩い」

 

 スルツムは茶化してくるドランクをぞんざいに扱って、黒騎士へと視線を放る。

 

「……で、どうする?」

「どういう目的かは知らんが、使えるかもしれんな。ドランク、そいつを上に連れていって治してやれ」

「はいは~い。人遣いが荒い雇い主様」

「貴様らは今回役に立たなかったからな。そういう点でも評価はできる」

「ひっど~い。まぁその点は僕も同意かな。いやぁ、甘く見てたね」

 

 スツルムはなにに対してかため息を吐く。

 

「そいつは次の作戦に加えるのか?」

「それはこいつの目的次第だな。とりあえず、目が覚めてからだ。さっさとしろドランク」

「早くしろドランク」

「え、僕だけ?」

 

 回復を行えるドランクがダナンを担いで梯子を上り、ベッドに寝かせて回復を行う。彼の代わりに通路に出てきた少女が上から黒騎士の方をじっと見つめていた。

 

「お前はそこにいろ。勝手に動くなよ」

 

 黒騎士の言葉に頷き、部屋の中に戻っていく。

 ダナンの目論見は一応、成功したようだった。




ということで、ダナン君はこちら側につく形となります。
こっちと組むグラブル主人公と対称的なキャラがいたら、というのがこの作品の元となっています。

本格的に動き出すのはもう少し先になるかと思いますが。


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四人は五人に

 意識が浮上してくる。安めのベッドの慣れた感触と匂いがして、普段使っているベッドで眠っているのだとわかった。重い瞼を持ち上げて目を開くと、やはりというか見慣れた天井がある。

 

「あっ、目が覚めた~?」

 

 軽薄そうな声が聞こえて視線を動かすと、入り口のところで壁に寄りかかっているエルーンの男が見えた。

 

「……ああ。どうやら、命はあるみたいだな」

「回復したからねぇ。感謝してよ?」

「あんた、回復ができんのか」

「あんまり得意じゃないんだけど、ある程度」

「なるほどな。回復か。いい手だ。で、あんたのその玉っころが杖の代わりってことでいいのか?」

「ん~。まぁそんな感じだね」

「人に教えることは?」

「できなくはないけどこの宝珠魔法は無理だねぇ」

「じゃあ一般的な魔法はできるんだな?」

「これでも魔法を使えるからね。その辺は一通り」

「よし、充分すぎるな」

 

 特殊な魔法のようだったが、俺にも使える魔法を教えてもらえそうだ。……まぁ、手を組まないんだったら意味もない質問になるが。

 

「急にどうしたのかは知らないけど、ボスからの伝言。『貴様の力はわかった。後で目的を話してもらうぞ』だそうだよ」

 

 似ているのかよくわからない声真似をされてしまった。雰囲気はあると思うが。

 

「ま、第一段階は突破ってとこか。それまで暇だから魔法教えて――」

 

 俺は起き上がってドランクに魔法の基礎でも教えてもらおうかと思うが、横から服を引っ張られた。寝惚けていて気づかなかったが、見るとぬいぐるみを抱えた少女が立っている。

 

「……アップルパイ」

 

 またそれか。俺が呆れるのとほぼ同時にドランクがぷっと吹き出した。殴ってやりたいが、治療してもらった手前やりにくい。

 

「ええと、今じゃなきゃダメ?」

 

 俺の質問に、少女は迷いなく頷いた。……どんだけ気に入ったんだよ。注意を引くためとはいえ、美味しく作りすぎたか。

 

「いや~、ほんっとに困ってたんだよね~。アップルパイ買ってこようかって聞いてもいらないって言うし。どんだけ美味しいの作ったの? 食べさせてよ」

「……まぁいいけど。じゃあ後で来る二人のを合わせて、作ってやるか」

 

 ということで、俺はなぜかアップルパイを振舞うことになった。材料が残念ながらあることを確認して、大人しく生地を練っていく。そこで少女がじっと作業を眺めていることに気づいた。

 

「興味があるならやってみるか?」

「……早く食べたい」

「食べる方かよ」

 

 料理に興味があるのかと思ったが、どうやらまだ出来ないのかと見ているだけのようだ。いや、機会があったら仕込んでやろう。自分で食べたいなら自分で作れと言ってやらせればやる気を出すかもしれない。

 

 アップルパイが焼き上がったところで、タイミング良く黒騎士とスツルムが戻ってきた。

 

 三枚焼き上げたのだが、二人が入ってきた途端に少女がばくばくと一皿分猛スピードで平らげてしまう。

 

「おいおい。そんなに急がなくてもいいだろ」

 

 俺が苦笑すると、少女はじっと俺を見上げてこう言った。

 

「……早くしないと、食べられる」

 

 思わず隣に腰かけたドランクと顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「あー……。元々二枚はお前の分として作ったんだ。だからゆっくり食べていいんだぞ」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でて言い、もう一皿を少女の前に持ってくる。少女は驚いたように撫でられた頭に手を乗せて、しばらくしてからゆっくりとアップルパイを食べ始めた。

 

「ま、茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ」

 

 席に着いた二人にも飲み物を渡して、腰を落ち着けるようにする。

 

「美味っ! ……これホントに君が作ったの?」

「さっき目の前で作ってただろうがよ」

 

 アップルパイを口にしたドランクが大袈裟に驚いていた。

 

「……悪くないな」

 

 釣られてかスツルムも食べている。

 

「……」

 

 一人兜で顔が見えない黒騎士だけは、アップルパイを食べていない。憮然とした態度で腕を組みソファーに座っている。両側に少女とスツルムがいる配置だ。

 

「……ミートパイは作れるか?」

 

 アップルパイを一切れ食べ終えたスツルムに尋ねられる。ミートパイか。作れなくはないな。

 

「作れるけど?」

「……ボス、決定だ。採用しよう。美味い飯が食える、それだけで価値がある」

 

 予想外のところから援護があった。この様子から考えると、まだ決めかねていたってとこか。

 

「珍しいねぇ、スツルム殿が積極的だなんて~」

「……どこかの誰かが不味い飯ばかり作るからな」

 

 ドランクの茶化しに冷たく返すスツルム。離れたところで少女が誰も見ていないのをいいことにこくこくと頷いていた。食べるの好きそうだし、死活問題なんだろうな。

 

「そんな理由でこいつを連れていくと?」

「……食の質はモチベーションの高さに繋がる。作戦の成功にも関わってくる」

 

 「スツルム殿、本気だ……っ」とかふざけた様子で言っているドランクは無視だ。

 

「……第一、話し合った結果問題ないってことにはなったはずだ」

「……」

 

 なってたんだ。

 

「……ふん。まぁいい。ふざけてないで本題に入るぞ」

 

 スツルムに痛いところを突かれたからか、真面目なトーンで黒騎士が仕切り直す。

 

「貴様はなぜ手を組もうと思った?」

 

 一問一答形式で進めるらしい。面接のような感覚だろうか。隠したいこともないので正直に答えていこう。

 

「なんか深い事情がありそうだったし、暗躍してそうだったからだな。あと俺より強そう」

「ふざけているのか?」

「真面目だよ。深い事情ってのは大きな出来事に巻き込まれる可能性がある。表立って活躍するよりも暗躍する方が性に合ってる。俺より強ければ俺がもっと強くなることも可能だ」

「大きな出来事に巻き込まれたいと?」

「ああ。あんたも見た俺の能力ってのは、特異でどこが起源なのか知らねぇからな。俺の持論だが、力には意味がある。才能なんかは別だが、俺の付随しただけの力なら由来っつうか、そういうもんがあると思うんだよな。そこに踏み込むには、面倒事にも関わっていかなきゃならねぇ」

 

 他の誰にもない能力がある。俺は特別だと考えるなら安いが、俺に特別っぽさがなくてそれでも能力があるのなら、そこには持っている意味というのが存在するはずだ。……まぁ、願望に過ぎないからなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどな。

 

「『ジョブ』の力か。確かに特異だな」

 

 黒騎士の口からその単語が出てきたことに、驚きを隠せなかった。

 

「知ってるのか!?」

 

 思わず腰を浮かしてしまう。

 

「ああ。とはいえそういう力がある、というだけだ。その根幹までは知らん」

「あと、君以外のその能力を持ってる子は知ってるよーん」

 

 黒騎士の冷静な言葉に、ドランクが軽い調子で補足する。スツルムの方を見つめた。

 

「……本当だ。この目で見た」

 

 なるほど。俺以外に『ジョブ』を持ってるヤツがいたのか。それは興味深いな。

 

「あれ~? なんでスツルム殿の方に? 酷くな~い?」

 

 滲み出る胡散臭さのせいだ。と言いたいがそんなことよりそいつの話を聞きたい。

 

「で、その『ジョブ』を持ってるヤツってのは?」

「私とも多少因縁のある相手だ。貴様と同年代ぐらいの双子だな。名をグランとジータと言う」

 

 グランにジータ、か。聞き覚えはねぇな。

 

「因縁ねぇ。まぁ実際会ったら適当に聞いてみるか」

 

 ソファーに腰を落ち着けて頭をがりがりと掻く。

 

「殺し合いをするとしてもか?」

「ああ、悪いが、殺しと会話ってのは日常と関わりあるもんだったんでな。そうかけ離れてるとは思わねぇ」

「……そうか」

 

 俺の感性の問題だ。例えば、必要になったら世話になっているシェロカルテにさえ刃を向けられる。そういう風に生きていなければならなかった。

 

「ま、そいつに会うことがあればちょっと俺に時間くれ。俺の目的は簡単でな。この能力について知りたいんだ」

「なるほど。まぁ貴様の有用性は充分にわかった。『ジョブ』について、貴様がわかっている情報を教えろ。私の推測と照合する」

「はいよ」

 

 黒騎士に言われて、『ジョブ』について頭の中で整理する。そしてなにから言うべきかを考えて、一つずつ答えていった。まずはある程度の信頼を得る必要がある。だから隠さなくていいことは話しておくべきだ。

 

「『ジョブ』には段階があって、それぞれ十個ぐらいあるんだ。下からClassⅠ、Ⅱ、Ⅲになってる。ⅠとⅡは十個ずつだが、Ⅲは十一個ジョブがあるんだ。なんでかは知らん。ただ存在はわかってもそれぞれのジョブには解放条件ってのがあってな? まず俺の基本ジョブになってるシーフはⅠのジョブだが、短剣と銃が扱えるようにならないと解放されない。この二つの武器ってのはジョブそれぞれに違って、十種ある武器の内二つしか装備できなくなるんだ。だから俺は基本短剣で戦って、【ナイト】になった時は剣と槍だから持ってなくて素手にするしかなかったわけだな」

 

 例外として通常状態でもあるシーフならどんな武器種でも使うことができる。そうしないと武器を使えるようになって『ジョブ』を解放したいのに武器が使えないということになってしまうからな。

 

「なるほどな。つまり最低でも十ある武器を一つずつ所持していなければなれないジョブが出てくる可能性もあり、その代わりにあらゆる武器種を使いこなすという汎用性の高さを持つわけか」

 

 今の説明だけで理解するのは流石だな。

 

「ああ。俺が今解放してるジョブは、シーフ、ナイト、エンハンサー、グラップラーの四つだ。短剣、銃、剣、槍、格闘、刀の六つの扱いを覚えてはいるんだがな。残り四つ、斧、杖、琴、弓を覚えることでより汎用性を高められる。Ⅱからは特定のジョブを解放し、使いこなせるようにならないと解放されていかないんだ。Ⅲも大体一緒だな。二つの下位ジョブを使いこなせると解放されていく」

「大体理解した。私達に加担するとして、足りない部分を補うことを優先にジョブを解放してもらう必要があるが、それでいいか?」

「ああ。どっちにしろいずれは全部解放するんだ。どれからだって構わない」

「そうか。ならお前に解放してもらいたいのは、防御、回復、隠密、遠距離攻撃、できれば弱体。この五つだがそれに該当するジョブで、今解放されていないジョブがあり、それらを解放するために必要な武器種を挙げろ」

 

 具体性があって助かる。黒騎士の言う条件に当て嵌まるジョブは五つぴったりで、三つは解放済みだ。つまり残るは回復と遠距離。だから、

 

「杖と弓だな」

 

 簡単に結論が出せた。隠密ってのはシーフでいいんだと、多分思う。

 

「そうか。ならドランク、杖及び魔法についてこいつに教えておけ。弓は心当たりがないが、書物くらいなら買ってやる」

「了解。よろしくな、ドランク」

「はいはーい。任せといて」

 

 気さくだがどこか信用ならないエルーンに教えてもらうこととなった。

 

「では私とスツルムは引き続き準備を進める。次の行き先はバルツ公国だ。作戦当日、足手纏いにならないよう気をつけるんだな」

「ああ、精々頑張るよ」

 

 黒騎士の言葉を笑って受けつつ、二人が出ていくのを見送ろうとした。

 

「あ、この子はどうするんだ?」

「……貴様が面倒を見ろ」

 

 立ち止まりはしたが振り返らず、黒騎士は一言そう言って立ち去った。少女は少し寂しそうにしていたが、なにも言わなかった。……二人の関係性がイマイチよくわからんなぁ。

 

「ふぅん。まぁいいや。これからよろしくな、えーっと……」

 

 そういや名前を聞いてないな。

 

「名前、なんていうんだ? 人形ってのが名前じゃないんだろ? 呼びにくいし」

「……」

 

 俺がそう言うと、少女はじっと俺の顔を見つめてきた。

 

「……オルキス」

「オルキスか。わかった、じゃあオルキス。これから世話になる」

「……ん」

 

 接しにくい相手だが、まぁそれは気にしても仕方がない。誰とでも適度に付き合えるのが俺の長所だ。

 

「……名前、聞いてない」

 

 オルキスに言われて、まだ名乗っていなかったかと思い至る。

 

「俺はダナンだ」

「……ダナン。覚えた。ご飯美味しい人」

「……嬉しいのは嬉しいがなんだその微妙な印象は。まぁいい。昼飯まではその辺にいてくれよ」

「……アップルパイは」

「まだ食べる気かよ。飯前はいけません」

「……」

 

 表情は僅かも動いていないが、じっと見つめてくる瞳には不満の色があるように思えた。それを察しておいても無視できるのが、俺の長所だ。

 

「ごろごろしててくれ。食べたいなら、自分で作ってみることだな」

「……料理したことない」

「レシピはやる。レシピ通りに作れば食べれるモノにはなるはずだからな」

「……わかった」

 

 俺はオルキスにアップルパイの汎用レシピを手渡してやり、俺が魔法の扱いを教わっている間に暇潰ししてもらおうと思う。

 

「そろそろいい?」

「ああ。下でやるか」

 

 俺はドランクと一階の部屋へ行く。俺が工房のように使っている場所だ。娯楽がなくて集中しやすい。

 

「それじゃあドランク先生の授業、はっじめっるよ~」

 

 へらへら笑っていて信用ならないが、俺より強いのは間違いない。さっさと技術を吸収させてもらうとするか。




一応補足として。

ダナンの『ジョブ』の姿はグラン君の黒いバージョンみたいな感じです。
夏にジョブのカラー変更が発表されたのでちょっと投降を早めたという都合があったりなかったり。


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予期せぬ出会い

 二週間くらいかけてそこそこ使える程度にはなった、とは黒騎士からの評価だ。正直他の面子を考えると力不足なので、あえて分担を挙げるとするなら奇襲担当といったところか。

 

 ClassⅡも解放されたが、まだ手をつけていない。今度ゆっくり時間のある時にやることにしている。俺の好みの問題で、ぶっつけ本番で未知のことをやるのが好きじゃないのだ。充分準備して、持っている力を駆使してことを成したい。

 

「では行くぞ」

 

 黒騎士の号令に頷き、五人で俺のアジトを出る。……俺の拠点だったのに、宿代が浮くからと居座ってきたんだよな。まぁまだスペースはあったからいいんだけど。

 黒騎士は基本的にはこの島にも来ない。出入りするのも多くて一週間に一度くらいだそうだ。なにやら各所で暗躍しているらしく、新入りの俺にはまだ目的を教えちゃくれないが着々と計画を進めているそうだ。

 

「事前に伝えた通り、これからバルツへ向かう」

「最終目的は兎も角、そろそろ計画ぐらい教えて欲しいもんなんだが」

「……簡単だ。バルツを守護する星晶獣を起動させる」

「星晶獣を? へぇ、そりゃ大それたことやってんだな」

 

 星晶獣とは、昔にあった空の民と星の民による大規模な戦争、覇空戦争が行われた時に星の民が持つ最大戦力として投入された存在だ。今いるこの島とか俺の故郷なんかは小さくて守護の欠片もないが、大きな島にはその島と密接な関わりを持つ星晶獣がいる。

 星の民ってのはなんか俺達空の民からすると寿命も長くてとんでもない技術力を持った連中だ。今は確認されてないんじゃなかったかな。

 

「だが星晶獣を起動? 好き勝手するってそんな簡単なもんじゃねぇだろ?」

「そうだな。だがバルツ公国の星晶獣は他の星晶獣と比べて特異な点が多い。その一つが、星の民ではなく空の民が創ったという点だ」

「ほう」

「空の民が星の民用に作った星晶獣だからこそ、やりようはある」

「なるほどねぇ。やっぱあんたら暗躍してんじゃねぇか。まぁ俺の勘は正解だったわけだな」

 

 正しくはシェロカルテの情報は、だが。間違ってもボロを出すわけにはいかない。あいつの情報、商品は秀逸だ。できれば縁は切らずにおきたい。

 

 軽く会話を交わしながら、彼女らが使っている小型艇でバルツ公国へと向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 溶岩の滾る、遠目から見ても明らかに暑そうだとわかる島がバルツ公国だ。

 鉱山があるおかげで鍛冶やなんかが盛んで、俺の愛用している短剣もこのついでに新調しておきたいとか思っていたりする。

 

「うわ、暑そ。なぁ黒騎士、鎧が熱されて暑いんじゃないか? 数時間後に蒸し焼きになったりしないだろうな」

「軽口を叩くのも大概にしておけ。有象無象と一緒にするな。鍛え方が違う」

 

 それは多分鍛え方とかじゃねぇと思う。

 とはいえ単騎最大戦力の一つと思われる七曜の騎士だ。どんな環境にも鎧一つで過ごせるくらいはできるのかもしれない。俺はちょっとコート脱ぎたいな。あと胸当ても外しておけるといい。熱されたら厄介だし。

 

「そうかい。で、俺の役目は基本ないってことでいいんだな?」

 

 事前に説明は受けているが、今回俺の仕事はないと言っていい。もし何者かに邪魔された時は迎撃する、島を出る時に追われないように追っ手を退ける、といった程度だ。まぁ途中から入ってきたのだから当然と言えば当然なんだが。どうにも役目がないというのは落ち着かない。

 

「ああ。今回、仕事があるのは前々から決まっていたスツルムとドランクだけだ」

「なるほど。まぁ仕事とは別にグランとジータとかいうヤツと一戦交えることを考えると、まぁそんな配分にもなるか」

「それと、新参者にいきなり大役を任せて失敗されては困る。私は、失敗するわけにはいかないのだ」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。……強い意志、ね。言うて俺は適当に生きてるからな。能力の正体を知りたい。たったそれだけの理由だ。だがなにもないよりはマシだろう。

 

「そうか。じゃ、精々邪魔しないようにいるとしますかね」

 

 こいつらの目的は二の次だ。まずは『ジョブ』の力を持ってるという双子、そいつらの様子を見るとしようか。

 そうして俺達は、バルツ公国へと上陸した。

 

 暗躍という言葉に相応しく、騎空艇を停める港ではなく裏から島に着ける。そして五人で街外れにある工場の前に来ていた。

 

「……人目はないな。ではそれぞれ準備をしろ」

 

 黒騎士の指示に従い四人は工場へと入っていく。俺は別に中へ入ってもすることがないので、

 

「最終段階は明日なんだろ? 俺は街へ行って武器見てくる」

「わかった。くれぐれも我々の情報を流すなよ」

「協力最初でそれはやんねぇよ。もしあんたらを嵌めるんなら、もっと信頼を得たタイミングじゃねぇとなぁ?」

「ふん。夜には戻ってこい」

「了解、ボス」

 

 俺はスツルムとドランク、黒騎士についていくオルキスの背中を見送る。……しっかしオルキスはあれだな、黒騎士がいるとこだと大人しさに拍車がかかるな。餌づけ? の成果か多少打ち解けたとは思うが。黒騎士がいる時は自分からアップルパイを食べたいとは言わないからな。多分黒騎士が人形と呼ぶから、そう振舞ってるんだろうが。

 そうまでして一緒にいたい関係ってのはどんなんだろうな。

 

 考えても仕方がないと思い直して遠目に見た街の方角へと一人歩いていく。

 

 道中魔物に遭遇はしたが苦戦はしなかった。ナルメアに修行をつけてもらってからも、俺は強くなっている。『ジョブ』の力を使わなくてもその辺の魔物相手なら余裕だ。

 

 夕方になる前には街へ到着することができた。

 街へ入ってみるとわかるが、バルツにはドラフが多い。多分力仕事が多いからだろうな。それよりも暑さが問題だ。いるだけで汗を掻く。やっぱ薄着で来れば良かったか。

 

 確か黒って熱を集めるんじゃなかったっけ、と自分の衣装を恨めしく思いつつバルツを回る。

 忘れてはならない。俺の目的は武器調達だ。できれば短剣でもうちょいいいのが欲しい。

 

「……しかし、高ぇな」

 

 値段があの街で売っていたものと全然違う。いやまぁ、その分いいモノだというのは素人目に見てもわかるんだが。

 

「ねぇおじさん、この店の武器高くないですか?」

 

 ふと傍らから少女の声が聞こえてきた。見ると柔らかな金髪を持つ少女が俺と同じように武器を覗き込んでいた。ピンクのスカートやなんかは少女らしさを演出しているが、腕は金属の防具できっちりと守っている。守る場所違くないかと聞きたい。腰に剣を提げていることからも戦えることは間違いない。

 武器を見るために屈み込む姿はとてもそう見えないのだが。

 

「嬢ちゃん、そりゃうちの武器が他よりいい証拠だ。いい武器にはいい値段をつける。当然だろう?」

 

 店主は相手が可愛い子だからか朗らかに答える。ただどうもきな臭い。というか嘘の匂いがするな。育ち上隠し事やなんかには聡いはずだ。俺を騙した商人は、前々からじゃなくて当日だったから回避できないのは仕方ない。

 とはいえいい武器であることには変わりない。値段が高いのも島特有の物価だと言われてしまえば反論できない。できれば嘘を暴いて値下げ交渉にでも持ち込みたいところだ。換金していないモノもあるとはいえ、遠出する都合上大半は置いてきている。だからと言って手持ちを換金するにも信頼に値する商人がいなきゃ買い叩かれて金が足りないままになってしまう。どうしたもんか。

 

「他の店と比べても遜色ない出来だとは思います。けど値段は他より五割くらい高いと思うんです」

「だからさっきから言ってるだろ? ここに並んでるのは俺が手がけた渾身の一品だ。自慢の品を自信のある値段で売る。ただそれだけのことだよ」

「それはそうですけど……」

「それともなにかい? 俺が値段を吊り上げて客を困らせてると?」

 

 少女は尚も反論しようとするが、少し威圧的に射竦められてしまう。……これはどうにも分が悪いな。これ以上食い下がれば営業妨害だなんだと兵士を呼ばれかねない。俺にも目利きができれば口添えくらいはしてやるんだけどな。これは無理そうだ。こいつの言い分だと他にも武器屋はあるみたいだし、そっちも探してみた方がいいかもしれんな。ったく。目利きができてモノの値段もわかる、商人みたいな人がいれば良かったんだがな。

 

「「……はぁ」」

 

 俺のため息と少女のため息が重なった。大体同じことを考えていたのだろう。思わず顔を見合わせそうになったところで、

 

「どうしたんですか~。お店の前でため息なんて、店主さんに失礼ですよ~」

 

 これ見よがしにいいタイミングだ。

 

「シェロさん!」

 

 俺が後ろを振り向いたのと同時に少女も振り向いて、急な再会を喜ぶように顔を綻ばせた。…シェロカルテと知り合いなのか。いやまぁ、シェロカルテの情報網は広いし不思議なことではあんまないかもしれないけど。

 

「はいはい~。万屋のシェロちゃんですよ~。それで、一体どうしたんですか~」

「いやあのえっと、いいなぁっていう武器があったんですけどちょっと高くて買えないなぁって思ってて……」

 

 代金を吊り上げていないか疑っていた、などと正直に言えるわけもない。困ったような笑みを浮かべてそれっぽく説明していた。

 俺がちらりと店主へ視線を走らせると、微妙に顔が引き攣っているのがわかった。万屋と聞いて目利きができるのではないかと思ったか、シェロカルテを元から知っていたか。どっちにしろこれはチャンスだな。

 

「相変わらずお好きですね~。どちらの武器ですか~?」

「この短剣なんですけど」

「どれどれ~」

 

 彼女が差したのは俺が目をつけた短剣と同じ類いの代物だった。俺もいいとは思ってた。ちょっと手が届きづらいお値段ではあるが、本当にいいモノではある。

 

「なるほど~。これは確かに、ちょっとお高いかもしれませんね~。かなり出来がいいことは確かなのですが、相場よりも三割ほど割り増ししているような金額ですね~。もしかしてこれには普通の武器ではなく特殊な効果や加工が施されてるんですか~?」

 

 目利きができて値段もわかる商人であるところの彼女は、普段と変わらぬ間延びした呑気とも取れる口調のまま店主へと尋ねる。……さてさて、どう出るかな。ここでもし「そうなんだ、実はこの武器には」と語ろうものなら嘘と断言されて詐欺の容疑にかけられることになる。そうなったら店を畳むどころの話ではなくなるだろう。

 

「……はぁ。シェロカルテさんには敵わねぇな。降参だ、悪かったよ」

 

 流石に引き際は見極められるのか、肩を落として白状した。よし、これで俺も便乗して値引きができるな。

 

「あの、でもなんで代金を増やすようなことしたんですか? そんなことしなくても凄くいい武器なので売り上げが少ないとは思えないんですけど」

「あー……。ちょっとすぐに金がなぁ……。ま、まぁそれはいいんだ。それよりどうかこのことは黙っておいちゃくれないか? 俺にも女房と子供がいる。生活があるんだ。頼む!」

 

 人からは金を巻き上げようとしておいてそれは都合が良すぎるな。少女とシェロカルテはどうか知らないが、ここで俺は便乗させてもらおう。

 

「ならこの短剣、書いてある値段の半額で売ってくれ。そしたら黙っといてやるよ」

 

 にやりと笑みを浮かべて話に入ってくる。

 

「は、半額? いやそれは……完全に赤字だし……」

「じゃあこのことを街中に触れ回ってもいいってのか? 多分この件は衛兵とかに突き出すより、この島の連中に知られた方がマズいんじゃねぇかなぁ?」

「うっ……。わ、わかった。ただし一本だけだ。それで許してくれ」

「はいよー」

 

 勝った。完全に勝った。俺はこうしてめでたく安く武器を手に入れることができたのだった。めでたしめでたし。早速工場の方へ戻るとしよう。試し斬りもしたいしな。

 

「……ちょっと待って」

 

 ――とはならなかった。立ち去ろうとする俺の肩をがっしりと掴んだヤツがいた。……チッ。

 

「なんだ? 俺は普通に買い物しただけだぞ?」

 

 そいつは、先程まで俺と同じように武器を見ていた少女だった。整った顔を少し怒ったように歪めている。

 

「弱みを握って値段交渉するのが、“普通"だって?」

「ああ。安く買えるならできるだけ安く買う。当然だろ?」

 

 俺がそう返した途端、少女はもう片方の手を振り被った。これは平手打ちされるなと思い肩を掴む手を払って回避する。

 

「避けないで!」

「無茶言うなよ」

「店主さんも、生活があるから仕方なくお金増やしたんだよ? それを材料に脅すなんて!」

「それが事実だと証明することができるか? いやできないんだよ。例え店主が本当のことを言っていようが嘘を言っていようが金を吊り上げたっていう事実だけが重要だ。それより揉めてるようなら騒ぎになって買えなくなるかもしれないが、それでいいのか?」

「むぅ……」

 

 どうやら底抜けのお人好しで真面目な性格らしい。こういうヤツは苦手だ。

 ただ騒ぎを起こすのはマズいと察したのか、矛を収める。わざとらしく頬を膨らませる様は少し幼くも見えた。

 

「……じゃあ、私はこの値段の二割引きで買います」

 

 相場の三割増しだが、三割引きだと相場より安くなるからだろう。あえて相場ままとは言わず少し高くていいと言うところに妙なお人好しさを感じる。

 

「あ、ありがとう」

 

 店主から短剣を買った少女は、再び俺に向き直った。

 

「それでは店主さん。かなりいい武器を売られているようですし、私がいくつか買い取ってあげましょうか~?」

「い、いいのか?」

「はい~。同じ商人として、腕のいい人が悪事に手を染めそうなのは見過ごせませんからね~」

 

 俺達と置いて、シェロカルテが店主と商談に入っていく。……ただ暴くだけじゃなくて、救いの手も差し伸べる、か。とんでもない器量の広さだな。

 できれば敵に回したくない相手だと思いつつ、ちょっとキツく俺を見てくる少女と視線を合わせた。

 

「まだなんか用があるのか?」

「ううん、別に。値切りの交渉自体は怒りたいけど、一本だけならそんな不利益にならないと思うからいい」

「じゃあ俺はもう行くぞ」

「あ、ちょっと待って。名前教えて?」

「なんでだよ。通りすがりのただの騎空士だよ。お前は道行く人全員に名前聞いて回るつもりか?」

 

 暗に俺はそういうわざわざ名乗るまでもない一般人だと告げる。

 

「違うよ。だって同じ短剣を欲しがったくらいだし」

「そんなもんかね。だが言う義理はねぇな」

「なんで?」

「そりゃ決まってるだろ?」

 

 聞かれて、俺は相手ができるだけ寒気を覚えるように冷たく笑う。

 

「聞かれたら困るからだよ」

「――……っ」

 

 俺の思い通りに感じ取ってくれたのか、少女の足が半歩下がった。

 

「つーわけであんま詮索すんな。ってかあんた一人か? この辺治安いいとはいえ一人じゃ危ないだろ。女一人旅ってわけでもねぇだろうしな」

 

 俺は雰囲気を戻して世間話を始める。それにきょとんとしながらも、いくつか呼吸して落ち着いたのか返答してくれた。

 

「まぁ、うん。ホントは皆と一緒なんだけど。ついいい武器ないかなぁって見に来ちゃって。ほら、バルツって鍛冶が盛んだから」

 

 なんだかんだ合わせられるくらいには適応力が高いようだ。少し照れたように笑っていた。

 

「あー、わかるわかる。俺基本は短剣なんだが状況に応じていろんな武器使い分けられた方がいいんじゃねぇかと思ってな。よく使う武器の更新と、他の武器でもいいのがあれば欲しいな、とか思っちまう」

「うんうん。凄くわかる。でもルピが少なくて見るだけになっちゃりとかして、でも諦め切れなくてルピ稼いで買いに来たら他の人に買われちゃうとか」

「ああ、あるよな。この間なんかな――」

 

 意外と、言ったら失礼かもしれないが。案外話が合ってしまった。共通の話題が見つかると人がある程度談笑できるようで。

 しばらく話し込んでいたが、それを遮った声があった。

 

「ジータ!」

 

 少年の声だ。その声を聞いて、俺の身体が硬直する。そんな俺の様子には気づかず少女は声のした方を振り返ってそちらへと駆け寄った。

 

「グラン!」

 

 少女の声がもう一つ単語を発した時、俺の身体は動いていた。死角になるような裏路地へと身体を滑り込ませる。

 

「やっと見つけたよ。武器見てたかと思ったら、すぐどこか行くんだから」

「あはは、ごめんごめん。ついね。あ、そうだ。あの――。あれ? どこ行っちゃったんだろう」

「? どうかした?」

「ううん、なんでもない。ちょっと同じ武器見てた人と話してただけだから」

「そっか。それより早く行こう。皆心配してる」

「うん」

 

 二人の気配が立ち去るのを感じてから、ふっと息を吐いた。……マジかよ。とんだ偶然、とはいえついつい隠れちまったな。まぁ後で顔を合わせる身としては当然の行いっちゃ行いだが。

 

「……なるほど、あいつもそうなのか」

 

 今回、俺がとりあえず殺し合ってみようと思っている相手。流石に二度目は怪しまれるから作戦に支障が出るかもしれない。詮索はやめて、とりあえず戻るか。随分話し込んじまったしな。

 

「お帰りの際は遠回りするといいですよ~」

 

 街を離れようと思っていたところで、特徴的な声が耳に届いた。慌てて振り返るも、そこに彼女の姿はない。……あいつホントにただの商人なんだろうな。

 

「……遠回り、か」

 

 多分なにか情報を握っていて、最低限の助言としてそれだけを告げてきたのだろう。若しくは遠回りしようとした先に待ち伏せ、とか。いやそれはないか。流石に予想しづらくなる。確実に罠に嵌めるなら、なにも言わず来た道を返させるのが楽だ。

 

 とりあえず、一応忠告には従っておくかな。

 

 この時彼女がくれた助言の重さを思い知るのは、もう少し後のことである――。



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帰り道に気をつけて

すみません。気づかなかったんですが、一話抜けてたみたいです


 街の外へ出てしばらく経ち、異変に気づいた。

 

 ……なんだ? 魔物と一切遭遇してないな。

 

 一応シェロカルテの忠告に従い来るルートとは少し変えて歩いていた。しかしその程度で魔物の生態が全く以って変わってしまうなんてことはあり得ない。

 

「……」

 

 妙に生き物の気配がしない。小鳥の囀りも、熱帯にいるとされる爬虫類も見かけなかった。

 

 違和感があると、直感と視覚が訴えかけてくる。自然と警戒態勢に入り神経を研ぎ澄ます中、()()()は悠然と立っていた。

 

「君がダナン君だね?」

「っ!?」

 

 俺は声が聞こえた方向を振り返って腰の短剣を抜き構える。声は好青年という風であり緊張感の欠片もない。ただこの妙な違和感に関わる人物であることは間違いなかった。

 

「そう身構えなくていいよ。俺も、抵抗させる気はあんまりないんでね」

 

 暗がりに佇むその姿を注意深く観察して、その人物に当たりをつけ舌打ちする。

 

 額を出すように立てられた金髪に、ドランクにも似た無性に殴りたくなるニヤケ顔。鎧を身に着けた上で肩に独特な白いマントを羽織っていた。そしてそのマントは、全空でも十人しか着用を認められていない。

 

「十天衆だと!?」

 

 常識外れの実力を持つ、という点では七曜の騎士である黒騎士に近いとさえ思われる強者だ。

 十天衆とは、十ある武器種それぞれ無二の使い手を集めた伝説の騎空団。「全空一の脅威」であり「脅威への抑止力」でもあるとされるその実力は、十人が集まればもちろんだが単体でも充分な脅威になり得る。

 正しく一騎当千。

 

 しかしその強大な力が、たかが俺だけのために振るわれるべきではない。多少特異な力は持っていても、俺はたかだか小悪党程度の存在だ。

 

「へぇ、俺のことを知ってるんだ。じゃあ話は早いね。大人しく投降してくれるかな?」

 

 ヒューマンの青年は軽い調子で投降を促してくる。……十ある武器種の使い手の内、こいつは腰に提げてる得物から見ても剣、か。

 つまり。

 

「……はっ。わざわざ俺みたいな雑魚一匹に出張ってくるとは、十天衆も随分暇なんだなぁ? なぁ、頭目のシエテさんよぉ」

 

 俺はなんとか笑みを浮かべながら皮肉で返しじりじりと後退するが、多少離れたところで逃げることは不可能だ。それこそ黒騎士にでも出張ってもらわなければ、俺が逃げ延びる道はない。

 

「ははは、悲しいかなまともに動いてくれる子があんまりいなくてね。頭目でも自分で行くしかないことも多いんだよねー」

 

 ニヤケ面が妙に寂しく映った。……会話しながら突破口を探してはいるが、全然わからねぇ。こいつ、ニヤケ顔で飄々としている癖に隙がねぇ。掴まって拷問されるのは構わねぇが、それで黒騎士の作戦に支障が出たらことだ。そうなれば全ての計画がおじゃん。俺の人生設計丸潰れどころかあいつらまで巻き込んじまう。

 それは最悪の結果だ。なんとかここで死ぬか、無事逃げ延びるかしたいところだが。後者は無理そうだな。向こうが見逃す気じゃねければ確定で死亡または捕縛だ。

 

「なんで俺を狙う。俺なんか狙うよりもっと他に倒すべき相手がいるだろ。怠慢か? そんなんじゃ来たるべき絶体絶命の窮地にその場にいれねぇぞ」

「耳が痛い話だね。もちろん、君を捕えたら他の場所へ出向くつもりだよ」

「そうかよ。ちなみに俺にはなんの罪があるってんだ?」

 

 話には付き合ってくれそうなので、時間は稼げるだけ稼いでおく。

 

「それはあれだよ。君、商船を襲ったでしょ。しかもそこにいた商人皆殺しにして。聞いた話によると商船を襲って操舵士の片耳削いで脅迫したとか。まぁその操舵士さんから聞いた話なんだけどね?」

 

 ……あー。確かにそりゃ俺だわ。奴隷商の件だな。つまり自業自得ってことかよ。

 

「しかも着いた先でも商人を殺し、商品を壊すか盗むかしたんだって? 若いのに随分無茶苦茶やったねぇ」

「そっかそっか、あの件のか。そりゃ俺罪にもなるわな。商売の邪魔したわけだし」

 

 こいつの物言いを見るに、耳削がれたヤツは商品の詳細自体は伝えていない。断片的な情報だけを伝えて俺を殺させようってか。口だけは回るようだな。

 

「じゃあ投降してくれる?」

「はっ。逆だ。どうしてもここを突破しなきゃなんねぇ理由ができた。そいつ見つけ出して、告げ口したことを後悔させてやんねぇとなぁ」

 

 これは俺の甘さが招いた事態だ。あの時俺が、他のヤツらと同じように操舵士を始末していればこんなことにはならなかった。奴隷商人達が死んだ。それだけの簡単な事件で終わるはずだったんだ。

 

「へぇ? やる気なんだ。お兄さんとしては若い子の将来を断つのは悲しいけど、抵抗するって言うなら手加減はできないよ?」

 

 飄々とした空気を纏ったまま、シエテは腰の剣を抜き放った。

 ……確実に死ねる、がナルメアの剣を見てて良かった。相手がもし剣や刀じゃなかったら何回か避けるだけの自信すらなかっただろう。

 つまり、剣が相手ならなんとかやれる。

 

 そう思っていた時点で、俺は十天衆について全くわかっていなかったということだ。

 

 黒騎士に匹敵する強さなのかもしれない。そう考えた時点で俺は一目散に逃げるべきだった。例え逃げ場などなくとも、逃げるべきだったんだ。

 しかし後悔はその言葉通り、後からやってくるモノだ。

 

「じゃあちょっと、本気出しちゃおっかな~」

 

 飄々とした口調は変わらずに、男の身に纏う気迫が膨れ上がった。黒騎士の技を受けていたからこそ硬直しなかったが、もしあの経験がなければ足が竦み動くことすらできなかっただろう。

 しかもなにやら彼の周囲を透明な光の剣のようなモノが浮遊している。五本あるが全て異なる形状をしていた。……なんだあれ。

 

「ああ、これ? 剣拓。俺さ、いい剣を見るとついつい剣拓を取りたくなっちゃうんだよね。で、これはその剣拓なんだ。あ、剣拓と言っても魚拓なんかとは違って触ると怪我どころじゃないから、気をつけてね」

 

 冗談めかして言ってくる。……チッ。だからか。本人の膨大な気配の脇に、剣それぞれがエネルギーを持っているように感じるのは。

 剣拓とやらの位置は察知できるがその分威力が高いってことか。

 

「……まさか飛んでくるんじゃねぇだろうな」

 

 浮いている剣、ということで連想した俺の言葉に、シエテは変わらぬ笑みで答えた。くるりと空中の剣がこちらを向く。

 

「ふざけろっ!」

 

 俺は悪態をついて逃げようとするが、高速で飛んできた剣の一本があっさりと胸当てを貫通して脇腹を貫いた。

 

「ぐっ、そがぁ……!」

 

 明らかに反応できる速度じゃない。俺は痛みに呻きながらも逃げ出した。勝てるわけがないんだから当然だ。

 

「ま、そうなるよね〜。じゃあ鬼ごっこといこうか」

 

 未だに気楽な声は圧倒的有利故か。……クソッ。この胸当てだってそれなりに硬いんだぞ! それをあっさり貫きやがって。どんな切れ味してんだ剣拓だけで!

 もし本人が斬りかかってきたらと思うとゾッとする。

 

「ほらほら、避けないと死んじゃうよ?」

 

 言われなくても避けるっつうの。

 俺は剣拓の気配を察知して向きを知り事前に身体を動かす。それでも間に合わずに掠るのだからやってられない。終いには、

 

「粘るね。じゃあもっと数を増やしてみようか」

 

 という声が聞こえて背後に感じる剣拓の数が十に増えた。どうやら発射する度に補充しているらしい。だがかわし続けて相手の消耗を待つという手は使えない。その前に俺が死ぬ。

 数が増えた剣拓により傷が増え血を流す量が増える。直撃こそ避けていたが、次第に俺の体力は奪われていった。

 

 脚の筋肉が悲鳴を上げ心臓の鼓動が煩いくらいに鳴っている。視界も段々と霞むことが出てきた。

 

「よくやるね、後がないのにさ。そろそろ終わりにしよっかな〜」

 

 シエテは言うと俺が絶対に避け切れないであろう数の剣拓を周囲に出現させた。そして一発ずつではなく、全て同時に俺へ狙いをつける。

 が、もう遅い。

 

「おい十暇人衆頭目。知ってるか? この先には崖があるんだぜ」

「? それがどうしたの? まさか俺を誘き寄せて崖から突き落とそうって算段なのかい? やめといた方がいいと思うけど」

「惚けるなよ。俺を甚振りながら殺さないよう調整してたんだろ? 腹立つことに、捕まえるなら最初の一撃で足切り落とされてたら詰みだった」

 

 俺は言いながら、崖に背を向けシエテに向き直る。

 

「良かったな、頭目。これで俺が死んでも転落死ってことにできるぜ」

「まさか飛び降りる気かい? それこそやめといた方がいい。本当に死んじゃうよ?」

「犯罪者の心配とはお優しいな」

「それはまぁ、別に殺しに来たわけじゃないからね」

「そうかよ。それは残念だったなぁ!」

 

 俺は覚悟を決めて崖から飛んだ。

 

「させるか!」

 

 少し余裕のない表情が見えただけで満足だ。シエテは俺に向けて剣拓を飛ばしてくる。高速で飛来した剣拓は俺を下から支えるつもりなんだろうが、そんなのお断りだ。身を捩って飛び降りを邪魔されないようにして、何本か刺さりながらも無事落下していく。

 

「俺の勝ちだバーカ」

 

 完全敗北だろうが気にしない。俺は笑って重力に従い崖下へと落ちていく。……こっから転落死しないようにしなきゃいけねぇんだけどな。

 

 俺は頭が下になったことで地面が着実に近づいていることが見えて、痛みを堪え行動を開始するのだった。まぁ、【ナイト】によるファランクス障壁クッション作戦なんだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンを襲った十天衆頭目のシエテは、崖縁から下を眺めてため息を吐いた。

 

「まんまと逃げられちゃったねぇ」

「捕まえる気もなかったのによく言うわね」

 

 残念とは全く思っていなさそうな声にツッコんだのは、空から降りて地面に着地した茶色い長髪を持つ女性である。彼女もシエテと同じく特徴的な白いマントを身につけていることから、十天衆であるとわかった。彼女が持つのは弓だ。

 

「ついでに言うなら彼、まだ生きてるわよ」

「そっか。流石目がいいね、ソーン」

 

 シエテの目には遥か下の様子が見えていない。しかしソーンと呼ばれた女性の目には障壁を使って勢いを殺しながら崖下まで到着した少年の姿が見えていた。

 

「それで? こんなことのために呼んだんじゃないんでしょう?」

「もちろん。でもまぁこれでシェロちゃんからの依頼は完了したから、この島に用はないんだけど」

「もう一つの依頼はいいの?」

「いいのいいの。結局あの商人も奴隷商だからね。ダナン君には感謝してる人が多いだろうし。元々それの調査で来てたわけだからねぇ」

「そう。シェロからの依頼ってなんだったの?」

「奴隷商の裏組織に狙われるかもしれないから、俺が殺したと思わせて逃してくれって」

「へぇ。随分肩を持つのね」

「『ダナンさんは将来いいお客さんになりそうですからね〜』だそうだよ。俺に商人から話があってすぐ後に依頼してきたし、今十天衆を顎で使えるのってシェロちゃんくらいなんじゃないかな」

「それで、なんで私を呼んだの? 他の十天衆もいないし」

「ははは、それは皆来てくれないからだね。念のためこの辺には皆にいてもらうように言ってるけど、近々全員集合してもらう必要があるかもねぇ」

 

 乾いた笑いを零しつつ、やけに神妙な様子を見せる。

 

「十天衆全員? そんなに大事なの?」

「ああ。でなければ死者が出る。なにせ――相手はあの七曜の騎士なんだから」

 

 真剣な表情でシエテの告げた言葉は、更けた夜の帳へと吸い込まれて消えていく。されど確かに不穏な気配を残すのだった。

 

 一方、ダナンを待つ黒騎士達は。

 

「遅い」

 

 廃工場近くの岩陰で野宿をしている彼女らは一向に姿を現さないダナンに苛立ちを募らせていた。なにせ飯を作らせる気でいたのだから。美味い夕飯にありつけると思っていた一行は期待を裏切られ空腹も相俟って苛立っていた。じゃあ誰か作ればいいじゃん、という話だが料理のできる人はいなかった。二週間の間でアップルパイを作れるようになろうとしているオルキスが一番できるくらいだった。

 

「……なにかあったのかもしれないな」

 

 空腹が募っているとはいえ、夜になっても帰ってこないのは遅すぎる。普段の様子から裏切ることはないと踏んでいたが、街に協力者がいるのか。そう考えるくらいには時間が経過している。

 

 その時、不意に風向きが変わった。

 

 そして四人が身体を硬直させ三人は厳戒態勢に入る。血の匂いだ。強烈な血の匂いが、風によって流れてきている。通り魔か、強い魔物か。なんにせよ油断はできなかった。しかしここまで近づいてきて尚気配が微弱ということは、弱っている可能性も考えられる。

 警戒する中、ゆっくりと彼女らに近づいてきてようやく視認できる距離まで来て、

 

「貴様っ!」

 

 ふらふらとした足取りで近寄ってきたのは、青白い顔で血に汚れたダナンだった。なにかに襲われたのは確実だったが、彼のつけている胸当てが斬られていることを見るに、相当な強者と遭遇したらしい。

 

「……良かった、なんとか逃げ切ったか……」

 

 掠れた声で微かに笑うと、彼は力なく地面に倒れ伏した。

 

「チッ。事情の説明は明日だな。ドランク、治せ。場合によっては計画の延期もあり得るだろう。こいつを襲ったのが私達を狙ってのことだった場合、だがな」

「了解、っと。服汚れたままだとあれだから脱がしちゃうけど、ちょっとスツルム殿には刺激が強いかな~。痛ってぇ!? ちょ、ちょっとスツルム殿、粋なジョーク、ジョークだよ!」

「煩い。騒ぐな」

「刺しといて叫ぶなは無理じゃない?」

「……もう寝る。見張り変わるなら言ってくれ」

 

 茶化すドランクを切っ先で刺したスツルムは、黒騎士に一言告げてから二つあるテントの中に消えていく。その内にもドランクはダナンを脱がして傷を見る、が。

 

「あれ、傷は塞がってる。一応歩きながら治すだけの余裕はあったみたいだねぇ」

「……ダナン、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと血を流しすぎて倒れちゃっただけだからね」

「なら服を洗って干したらお前も寝ろ。見張りは私がする」

 

 心なしか心配そうにダナンの様子を覗き込むオルキスと、無事と聞いたからか素っ気ない黒騎士。そんな二人の間で揺れるドランクは、また雑用を押しつけられちゃったかと思いながら血に汚れた服を剥ぎ取ってダナンの身体をスツルムのいるテントとは別の方に放り込み、衣服を洗濯してから焚き火の近くに干しておいた。

 

「それじゃあ僕も寝るとしよっかな~。おやすみ、ボス」

 

 ドランクはわざとらしく伸びをしてスツルムのいるテントに入ろうとする。入ろうと屈んだところで中から剣が飛び出してきて眉間に刺さった。

 

「痛って、待ってスツルム殿! ホントに刺さってるから!」

「冗談でも入るな。次は貫く」

 

 割りと本気が混じっているスツルムの声に、ドランクは大人しく身を引いて血の出る眉間に回復をかけもう片方のテントに入っていった。

 明日にはおそらくバルツにおける計画の最終段階を迎えるというのに、いつもながら緊張感のない連中だと黒い兜の中でため息を吐く。

 

「……おやすみ」

 

 そこへ感情のない声がかけられた。振り向かなくても誰かわかる。返事はしない。

 

 少し後になってから小さな足音とテントのを開ける音が聞こえて外に自分しかいなくなってからまた一つため息を吐いた。

 

 オルキス――黒騎士が人形と呼ぶ少女はダナンが来てから少し変わった。本人は隠しているつもりかもしれないが、今のように声をかけてくることが増えてきたのだ。それがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかなかったが、少なくとも最終的には邪魔になってしまうモノだ。だからと言って誰とも関わらせないようにするのも難しい。感情の起伏が少ないとはいえ人である限り他人との関わりを断って生きることは難しいのだ。

 

 なにより、理性的な面は兎も角感情的な面はオルキスの変化を良いモノとして捉えようとしている部分があった。

 

 努めて今まで通りに振舞おうと思いつつ、しかしいつか目指すべき場所でのことを考えると複雑な心境にならざるを得ないのだった。



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死にかけの理由

順番間違えて更新していたので、前に割り込んでます


 意識がゆっくりと浮上してくる。自分という意識と身体があるのだと認識し始めて、目覚めの時が近いと察する。

 そして寝惚けた頭で寝る前の記憶を辿った。

 

 ……そういや、ズタボロになりはしたがちゃんと帰ってこれたんだったか。

 

 昨日(?)最後に見た光景は、焚き火を囲む四人の姿だった。妙に身体が重いのは血を流しすぎたからか。とりあえず起きようと思ったその時。

 

 べちゃっ。

 

 冷たい水気をたっぷりと含んだ布が顔に乗せられた。水滴が顔全体を襲う。……なんだこれ。

 

「おいオルキス。ダメだ、タオルを乗せるならちゃんと絞ってからじゃないと」

 

 注意するような言葉だったが聞く印象としては柔らかい。間違いなくスツルムの声ではあるか。声がしてから顔に乗ったタオルが退けられ、絞っているのか水の垂れる音が少し離れた位置で聞こえた。続いてびしょ濡れになった俺の顔を適度に絞られたタオルが拭ってくれる。

 ……これはあれか。オルキスが加減を知らず濡らしたタオルをそのまま乗せて、スツルムが注意したってことでいいんだよな? 良かった、新手の嫌がらせかと思ったぜ。

 

「……目、覚めたからもういいぞ」

 

 俺はこれ以上なにかされる前に声を発しておく。すかさず目を開けると少し驚いたような二人の姿があった。オルキスは俺の顔を覗き込むような位置だが、スツルムは少し離れている。

 

「……起きていたなら最初から言え」

「起きようとしたところにびしょびしょのタオル食らったら面食らうだろうが」

 

 憮然とした顔になるスツルムに対し、負けじと言い返す。

 

「……ごめんなさい」

 

 発端が自分にあると知ったオルキスが謝った。

 

「オルキスが謝ることじゃない、と言いたいがオルキスのせいだな。まぁ次から気をつければいい」

 

 上体を起こしてぽんぽんと頭を撫でてやる。あまり表情が変わっているようには見えないが、おそらく落ち込んでいるのだろうと、発言から察していた。

 

「お、おい。目が覚めたなら早く服を着ろ」

 

 僅かに動揺したようなスツルムの声を聞いて、服? と自分の身体を見下ろした。そこには一糸纏わぬ裸体が。……いやパンツだけは履いているな。

 

「なんで脱がされてるんだ? まさかオルキスが……」

「違う。汚れてたから、ドランクのヤツが洗ったんだ。そこに干してあるだろ」

 

 冗談交じりの発言を呆れたようなスツルムに否定されて、焚き火の近くに干してあった黒い衣服を見やる。

 

「ほう。ってかテントに入れてくれなかったんだな」

「元々はテントに入れていた。ただテントを片づけるのに邪魔だからと、外に移されたんだ」

 

 なるほど。そういやテントはもう設置してないな。撤退をスムーズに行うためだろうが。

 

「んじゃ着替えるか」

「さっさとしろ」

 

 俺の軽い言葉に焦られるような声が返ってくる。……? もしかしなくてもスツルムって男慣れしてない? いやでも確かドランクと一緒にいるんじゃなかったか?

 不思議に思って服を着ながら本人に尋ねてみることにする。

 

「なんだ、スツルムってドランクと恋人じゃないのか?」

「っ!?」

 

 俺の質問に、スツルムの顔があからさまに赤くなった。……ほう?

 これは面白い発見をしたと追撃しようとする俺の首筋に、剣が突きつけられた。

 

「ふざけたことを言うな。お前もあいつと同じように刺されたいか?」

「怪我したばっかのヤツにそれはやめてくれ。まぁ単純な興味だ。いつも一緒にいる印象があったからな」

「ふん。……あいつとはただのコンビだ。前衛と後衛、戦闘においても相性は悪くないからな」

 

 茶化すようなトーンじゃなかったからか、スツルムはきちんと応えてくれた。……確かにスツルムが前衛として突っ込むタイプなのに対し、ドランクが後衛で魔法による援護を行うとなればバランスがいい。あとスツルムは無愛想だがドランクは愛想いいし。色々と相性がいいのだろう。

 

「“も"ってことは性格面でも相性いいってことじゃね痛って! 待て俺はあいつみたいに防御できねぇんだよ!」

 

 からかおうとした俺の腹に切っ先が刺さった。ドランクは魔法で防御して本当に刺さることはないのだが、俺はそんな技術を持っていないので普通に刺さった。

 

「あ、すまない」

 

 スツルムもついやってしまったようで、剣を引いて謝った。本当に小さい傷なのですぐに治るだろう。一応自らの気を高めて身体能力、治癒能力を向上させる内功を使い塞いでおいた。

 

「……スツルム。ダナン苛めちゃダメ」

 

 そんなことをしていたらオルキスが俺とスツルムの間に割って入ってきた。彼女の無機質な瞳に捉えられ、流石のスツルムも手が出せなくなったようだ。……これは使えるぞ。

 俺は上下の服を着込んでからオルキスの後ろに隠れる。

 

「いやでも照れるってことは図星なわけだよな。そっかスツルムはドランクといるのが居心地いいかー」

「この……っ」

「ふふふ。オルキスの後ろに隠れている俺に手が出せると思うなよスツルム。徹底的にからかってやるからな」

「くっ……!」

 

 楽しげな俺の声と悔しげなスツルムの声。さぁもっとからかってやろうと思ったのだが。

 

「……ダナン。スツルム苛めちゃダメ」

 

 くるりとこちらを向いたオルキスに咎められてしまった。……チッ。庇ってもらった手前、従う他ないか。

 

「まぁいいや。次の機会に取っておくとするか」

「後で覚えておけ」

「ははっ。なら今少し手合わせでもするか? 昨日の件もあって身体を動かしたい」

「いい案だ、と言いたいところだが」

 

 やる気になりそうなスツルムも鍛錬に誘うが、断られそうな雰囲気があった。

 

「お前がやることは別にある。飯だ。飯が最優先だ」

 

 妙に真剣な声音で告げてくる。

 

「飯?」

「そうだ。お前が昨日帰ってきて早々に倒れたから、なにも食べずに今に至る。雇い主とドランクは準備を進めているが、その間にお前が飯を作れ」

「……アップルパイ」

 

 スツルムの少し切羽詰まった言葉に続き、オルキスまでもが要求してくる。……いやパイ焼く機械ねぇから作れないけど。

 

「アップルパイはまた今度な。パイを焼くにはちゃんとした機械が必要だからな。まぁ飯は作ってやる。俺の担当だからな。で、材料は?」

 

 オルキスの頭に手を置いて宥めつつ、スツルムに尋ねる。

 

「そこにある野菜の類いと、今朝狩ったこの魔物だな」

 

 今朝街で買ってきたのか、袋に積まれた野菜があった。そして近くに倒れた猪のような魔物。

 

「しょうがねぇか。材料は全部使っていいんだな?」

「ああ。問題ない。できれば早くしてくれ。空腹だ」

「……お腹減った」

「わぁーったよ。そんじゃ作るから、スツルムは焚き火を二つ増やしておいてくれ」

「わかった。野宿する中で美味い飯を食わせる。それがお前の協力目的の一つだと忘れるな」

「はいはい。戦力にはならねぇが、できるだけはやってやるよ」

 

 ということで、俺は調理を開始した。まず魔物を捌く。この辺の手法はナルメアと暮らした時に習ったモノだ。……あの人意外と言ったら失礼だが、ハイスペックだよな色々と。

 肉は切り分けた状態で切り開いた皮の上に置いておき、一旦血塗れの手を水の魔法で洗い流した。焚き火の一つに鍋をかけ、水を熱しておく。沸騰するまでの間に野菜を刻んで下処理を済ませた。根野菜から火にかけなければならない。

 

 沸騰した鍋の水に調味料で味つけをしいい味になってから野菜を次々と放り込み、刻んだ肉を放り込む。ぐつぐつと煮込みながら味を見て調整する。

 

 くぅ、という可愛らしい腹の音が聞こえてきた。かなりいい匂いになってきたからな、俺も空腹を意識させられる。

 

「まだ食べるなよ」

 

 スツルムとオルキスの視線が鍋に固定されているのを確認して釘を刺しつつ、余った材料で更に料理を作っていく。

 肉を一口サイズに切ってタレで炒めたステーキの山と、大容量の鍋。更にはデザート、と言うかオルキス用に作ったリンゴの甘煮だ。アップルパイにも使っているモノなので喜ぶ、かもしれない。

 

「目が覚めて早速料理なんて、女子力高いね~。僕もうお腹減ってしょうがなかったんだよねぇ」

 

 廃工場の方から出てきたドランクが嬉々として声をかけてくる。続いて黒騎士も出てきた。ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしていたが、身体は素直だったようでぐぅと鎧の奥からはっきりとした腹の音が聞こえた時には、思わずドランクと同時に吹き出してしまった。……二人して脳天に一撃食らったのは言うまでもない。

 

 そして作り終えた飯を配膳して空腹に任せがつがつと食べていると、黒騎士が器を持ったまま食べていないことに気づいた。

 

「兜あったら食べられないに決まってんだろ? 外したらどうだ? 腹が減っては戦はできんよ」

 

 俺は未だ黒騎士の素顔を見たことがなかったので、いい機会だとばかりに告げる。

 

「それもそうか」

 

 別段隠すつもりはなかったのか、それとも空腹に耐えかねたのか。黒騎士は大人しく器を置いて両手で兜を外す。兜の中から出てきた素顔は、妙に気が強いというか険しくはあったが整っていると言って良かった。艶やかな茶色い髪をした、女性だ。多分だが。

 

「黒騎士って女だったのか」

「……今更か」

 

 くぐもっていない声を初めて聞いた。驚いたような俺に、黒騎士は呆れたような顔をする。……確かに兜を外した状態で聞くと女性の声にも聞こえるが。なんていうかどっちにも取れる声ではあるんだよなぁ。

 

「あんたが今まで兜取ってなかったんだろ。俺があんたの分も飯作っておいたら『外で食べてきたからいい』とか言って食わなかったじゃねぇか。どこの家庭を省みない父親だよ」

「――おい。二度と言うなよ」

 

 普段通り軽口を叩いたつもりだったが、黒騎士の雰囲気が一変してピリついたモノになる。……おっと? なんだ、今の発言にこいつの怒りに触れるような部分があったのか?

 

「言われたくなきゃ家で食え。あんま個人で金持ってないのに外食とか、より金かかんだろうが。家計を考えろ家計を」

「母親か貴様は。……まぁいい。次からは外で食べない。これでいいか?」

 

 案外あっさりと従った。……んー。どっちかっていうと「家庭を省みない父親」って部分への反応だったのか? だからそう思われそうな行動はしない、と。

 俺は一旦そう予想を立てておく。

 

「ああ。んじゃ遠慮なく食べろ。その辺で食べるより美味いから安心しとけ」

 

 俺の自信たっぷりな言葉を聞いてか器に口をつけて啜った。

 

「……ああ、美味いなこれは」

「「「……」」」

 

 一口の後の感想を言う時、少し表情が柔らかかった気がした。そのせいでぎょっとするような顔で俺とスツルム、ドランクの三人が彼女の顔を見ることになる。……オルキスは一心不乱に食べていて気づかなかったようだが。

 

「なんだ? なにか私の顔についているか?」

「いんやぁ。でもボスがあんな顔するなんて、ダナン君の料理は凄いなぁと思って」

「やめとけドランク。さっきみたいにどつかれる程度じゃ済まないぞ。最悪斬られる」

「……おい貴様ら。随分好き勝手言っているようだが」

 

 からかうようなドランクを制しようとした俺までもが黒騎士に睨まれてしまう。さっき殴られた一撃を思い出してヤバいと逃げる準備を始めるが。

 

「騒ぐようなら全部二人で食べ尽くすぞ」

 

 呆れたようなスツルムの声にはっとする。見るとオルキスが鍋のお玉を手に取って器におかわりを装っていた。ここにいる全員オルキスの大食いは知っている。騒いでいる内に自分の取り分が減るのはマズいと理解した。

 

「チッ。ここは食後に取っておくか」

「ダナン君、ボスの機嫌取るための秘密兵器とかないの?」

「俺がそんななんでも屋みたいに見えるかよ。まぁ腹いっぱい食えば多少マシになるだろうよ」

 

 空腹だとイライラするって聞くしな。満腹になれば黒騎士も多少穏やかになるかもしれない。

 

 そうして五人で食事を済ませデザートを食べることに勤しむオルキスは兎も角、食休みという段階になった。

 

「……美味しい」

「そりゃ良かった。帰ったらちゃんとアップルパイにしてやるからな」

「……ん」

 

 リンゴだけで食べると甘さが前面に押し出されて大人好みの味ではなくなってしまうのだが。オルキスには気に入ってもらえたようだ。アップルパイを食べさせてやる約束をして、とりあえずリンゴの甘煮を食べさせておく。

 

 食後で腰を落ち着けたところで、俺は話しておかなければならないことがあった。

 

「とりあえず落ち着いたことだし、昨日俺になにがあったのかを一応話しておく」

 

 俺が発言すると、オルキス以外の三人の注意がこちらを向くのがわかった。

 

「その話もあったな。貴様と会ってから二週間、多少なりとも鍛えたはずだが……かなりボロボロだったな」

「ああ。流石に二週間やそこらで黒騎士と渡り合えたり無傷で逃げ果せたりはしねぇってことだ」

「なに?」

「……相手はあの十天衆、しかもその頭目だ」

「なんだと!?」

 

 俺の言葉に、黒騎士は腰を浮かせて驚く。

 

「本当だぜ。ってか考えても見ろ。服洗ったらしいドランクならわかると思うが、刃物相手であれだけ刺し傷しかないのはおかしいだろ?」

「まぁ確かにね~。普通刃物だったら“斬る”から、刺し傷は少なくなる。けどダナン君の服や鎧は剣で刺したようなモノばかりだった。つまり」

「剣を飛ばして戦える上に、その飛ばした剣であっさり胸当てを斬れるくらいの実力者とも考えられる」

「十天衆の頭目、シエテというわけか」

 

 俺の発言をドランクが補足し、スツルムと黒騎士が答えを導き出す。これで俺が嘘を言っているとは思われなくなっただろう。

 

「……ふん。で、その十天衆がなぜ貴様を狙う?」

 

 黒騎士はどっかりと座り直して腕組みし俺へ顔を向ける。とはいえ既に兜になっているので威圧感があった。言外に「もしかしてバレたのではないだろうな」と問いかけてきているようだ。

 

「俺が商人連中を皆殺しにして、商品を壊したからだとよ」

「……ダナン君ったらそんな極悪非道なことしてたの?」

 

 簡潔に答えるとドランクが引いたように茶化してくる。

 

「その商人というのは奴隷商だろう。確かあの島の裏手にあった奴隷商館が壊滅したと噂に聞いた」

 

 黒騎士がずばり答えを口にした。

 

「正解。まぁ俺の元いた島がそこと提携してたみたいでな。その運搬船を略奪してこの島まで来て、ついでに滅ぼしといたんだ」

「ついでって……。君、なんだかんだ言ってとんでもないよね」

「引くなよ」

「いや引くでしょそんなん」

 

 割りと真面目に引いているらしく、如何に俺の感性がズレているのかを伝えてくる。

 

「まぁその運搬船乗っ取った時に操舵士だけ生かす必要があったんだが、最後に始末するのを忘れててな。そいつが商売内容隠した上で誰かに訴えたらしい」

「それで狙われた、と。しかし妙だな。そんな些細な案件で十天衆が動くとは思えん。いくら殺した人数の数が多かろうが、所詮は奴隷を売っていた非合法な連中だ。脅威と取るには根拠が薄い。砦にいた兵士皆殺しなら話はわかるが」

「そう、妙なんだよなぁ。人数は兎も角相手は非戦闘員ばかりで、戦えそうなヤツには不意打ちしまくってたし。わざわざ出る幕はなかったと思うんだが」

「そもそも本当に狙われていたなら、貴様がこうして生きているはずがない」

 

 推測を述べていくと、黒騎士が断言した。悔しいことにそれは事実だ。

 

「そこなんだよなぁ。けど俺を捕まえたくないんなら最初から襲わなきゃいい。ってことはなんつうか……襲ったという事実が欲しかった、のか?」

 

 顎に手を当てて考え込むが、答えは出てきそうにない。例え推論を並べ立てたとしても時間の無駄だろう。

 

「……ふん。まぁいい。とりあえず私達のことがバレたわけではないということか」

「ああ。だが一つ気がかりな点がある」

「なんだ?」

 

 聞かれて、真剣な表情を作り告げた。

 

「十天衆は一人じゃなかった」

 

 断言する。崖から落ちる時に見えた、空から降りてきたヤツも、シエテと同じデザインのマントを羽織っていたと思う。

 

「少なくとも俺が見たのはシエテと、もう一人。空飛んでた弓かなんかの使い手だ。遠目から見ただけだけどな」

「……その情報が正しければ十天衆が二人、か。しかも飛行できる弓使い、ソーンだと考えられる。どうもきな臭いな」

 

 黒騎士も不審に思ったようだ。

 

「貴様一人に割く人員ではない。つまり、別の目的がある」

「そういうことだ。それが俺達なのか別でなにか動いているのかは知らねぇけどな」

 

 一先ず俺達が今辿り着ける結論までは来たはずだ。

 

「どうする? もし他にもいた場合、この島で妙なことをすれば目をつけられる可能性もある」

「計画は続行する」

 

 スツルムの懸念を一蹴する黒騎士。

 

「既に動き出している。今更やめるつもりはない」

「まぁ僕達としてもこれまでの苦労が無駄になるのは遠慮したいんだよね〜」

「そうと決まれば早速行こうぜ。あいつら、そろそろここを嗅ぎつけるんじゃないか?」

 

 本人の意思が変わらないなら予定通り動くだけだ。

 グラン達をこの奥に誘き寄せる作戦を決行する。

 

「そうだな。スツルム、ドランク。予定通り別口から来るヤツらを最奥に誘導しろ」

「はぁ〜い」

「ああ」

 

 黒騎士の改まった指示に、二人はそれぞれ頷いた。

 

「人形とダナンは私と共に来い。ヤツらを先回りして待機する」

「……」

「了解」

 

 俺は声に出して、オルキスは無言でこくりと頷いた。

 

「では行くぞ。気を引き締めろ」

 

 号令があって、俺達は動き出す。今はまだ交わらぬそれぞれの目的のために。



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ご挨拶

前話前々話の順番を間違えていたので修正してあります。ご注意ください。


「ほへぇ、強いねぇ全く」

 

 動き出してからどれくらい時間が経っただろうか。

 俺達が出入りに使った廃工場の最奥で、グラン達一行は機械の兵士のような姿をした星晶獣コロッサスと戦っていた。

 

 それまでにコロッサスを起動させたバルツ公国を代表するザカ大公が操られているらしく、その弟子らしい少女が必死に説得しようとしたり。それでもザカ大公が正気に戻らないと見るや戦って目を覚まさせてやる! 的な流れになったりしていた。

 

 その様子を「若いっていいねぇ」と思いながらこっそり眺めている俺。

 

 ヤツらが戦っている広い場所の上にある廊下の奥に身を隠している状態だ。まだ連中の前に姿を現していないのは、コロッサスをヤツらが倒した後に登場して“ご挨拶”する予定だからだ。いきなり登場した方がインパクト強いから、とはドランクの言い分だったか。まぁ俺も印象に残る登場の仕方は悪くないと思う。なにせ俺の能力と因縁ありそうな相手だしな。

 黒騎士の傍にはヤツらをここまで誘導したスツルムとドランクが立っている。オルキスは黒騎士の後ろで待機している状態だ。なにやら、無感情な少女にしか見えない彼女にも役目があるらしい。詳しくは聞いていない。

 

「あまり顔を出すなよ」

 

 黒騎士に小声で注意されるが、俺としては貴重な他のヤツの戦闘を観れる機会だ。是非観察しておきたい。

 

「わかってる。だがいい機会なんでしっかり観ておきたいんだよ」

 

 言って戦闘の観察に集中する。

 

 コロッサスという星晶獣は、生物兵器としての姿ではなく完全な機械の姿をしている。黒い重厚な鎧に身を包んだ巨人、に見えなくもない。右手に持った巨大な剣の威力は抜群で、直撃を受ければ人が即死するぐらいの威力は秘めているはずだ。正直相対したくない相手と言える。しかも鎧というか外殻のせいで攻撃も通りづらい。厄介な相手だ。

 

 対するグラン達は、俺が昨日見かけた少女ジータを含めて六人と一匹。事前に誰がどんなヤツかは説明を受けていた。

 

 銀を基調とした鎧に身を包み青のマントを羽織る長髪の美女はカタリナと言うらしい。毅然とした様子で剣を振るう姿は正しく騎士。黒騎士曰く、彼女は元エルステ帝国軍中尉だそうだ。戦っている様子を見るに、防御、回復、攻撃とそつなくこなすタイプだな。見た目はまだ二十代だが、若くして中尉に上り詰めただけはある。

 

 お次は銃を持った男だ。こちらも銀の鎧を着込んでいるが、先に言った通り銃を手に戦う。僅かに顎鬚を生やした黒髪の兄ちゃんだ。操舵士をやっているらしい。咥え煙草をしながら銃をぶっ放している。コロッサスの堅い鎧を貫通するほどではないが、前衛が攻撃されそうになった時顔に弾丸を当てて注意を逸らすなど、的確な射撃を行っている。今回決定打にはならないだろうが、彼の腕前は確かだと充分伝わってきた。

 

 そしてさっき言った大公の弟子らしき少女。俺やグランよりも幼い少女だ。長い金髪を二つに結った褐色肌を持つ少女は、年齢に見合う小柄な体躯で杖を振るい魔法を使って攻撃している。回復もできるようで、ドランクより若いことを考えると将来有望なのは間違いなかった。俺も魔法を学び始めた身だから、少女の歳であそこまで自在に魔法を使えるというのがどれほどの才能か少し理解する。

 

 グランとジータを除けばあと一人と一匹。その二人は後ろの方で戦闘を眺めているだけだった。一匹と呼ぶ方は羽の生えた赤いトカゲ……か? グランとジータと同じ故郷で過ごしたと聞いたが、なんとあのトカゲは人の言葉を話すらしい。びっくりトカゲだ。

 もう一人の非戦闘員らしき少女は、白いワンピースを着た蒼髪の少女だ。魔法使いの少女と同じくらいの歳で、子供と言って差し支えない。

 

 グランは今『ジョブ』で言う【ファイター】で戦っている。俺が見たところ元から【ファイター】なんだろう。俺の【シーフ】と同じ感じだ。なんの偶然か、青いパーカーの上に胸当てをしていて、その恰好だけを見ると俺が【ファイター】になった時そっくりだ。色は違うけどな。茶色い髪を振り乱して前衛を務めている。カタリナや操舵士の兄ちゃんと比べるとやや勢い任せの戦い方には見えるが、それなりに形にはなっているように思う。未熟者という点では俺と同じようなもんかな。

 

 ジータも【ファイター】だ。彼女もグランと同じくデフォルトが【ファイター】らしく、昨日会った恰好と同じだった。勇ましく剣を振るいグランと共に前衛を務める姿は、昨日俺と楽しくお喋りしていたのと同一人物とは思えない。

 

 さて、どうやってコロッサスを倒す気なのかねぇ。

 

 俺は傍観者として、戦いの行く末を見守るのだった。

 

「グラン!」

 

 ジータの緊迫した声が室内に木霊する。コロッサスの剣が真上から迫っていた。攻撃し着地したばかりのグランを狙って。

 

「させるかよ!」

 

 剣を見上げたグランの顔が引き攣る中、銃声が一つ響いて横から刃へと弾丸が命中し軌道を逸らした。

 

「ありがとう、ラカム!」

 

 無事回避できたグランは援護してくれた仲間に礼を言って、剣を振り切った後のコロッサスへと迫り剣を叩きつける。しかし彼の一撃では傷を負わせることができず、あえなく後退した。それは別で攻撃を仕かけていたジータも同じだ。

 

「くっ!」

「このままじゃ倒せない……っ!」

「どうする、グラン、ジータ! このままじゃ埒が明かねぇぞ!」

 

 一旦距離を取る二人に、後ろからラカムが声をかける。カタリナとイオがそれぞれを回復させ、仕切り直す。

 

「こうなったら一斉攻撃で倒すしかない。でもそれにはあいつの動きを止めないと」

「それならあたしがやるわ」

 

 グランの呟きを幼い魔法使いが拾う。

 

「イオちゃんが?」

「うん。あたしは師匠の弟子だもん。動きを止めるくらい余裕なんだから!」

 

 ジータの不安そうな声を振り払うように強がって見せるが、イオの足は震えていた。それでも勇気を振り絞っているのだと悟った彼女は優しげに微笑んで、

 

「わかった。じゃあお願いするね」

 

 勇気の後押しをした。

 

「グラン、アレお願い」

「わかった。――《氷晶杖》!」

 

 ジータの声に応えたグランが右手を突き出しなにかを呼ぶ。すると光が手の前に現れて虹の結晶が出現する。更に結晶が四散して、一つの杖が姿を現した。それを掴み取り、

 

「ジータ」

 

 彼女へと放る。それを受け取った彼女は杖を握り締めた。

 

「【ウィザード】」

 

 そして杖を扱うことのできる『ジョブ』、魔法攻撃を得意とする『ジョブ』へと姿を変えた。黒いとんがり帽子に黒いマントを羽織った姿だ。腰に魔導書らしき本を提げている。

 

「来い――《輝剣クラウ・ソラス》!」

 

 グランはまた武器を呼び出した。彼はそのまま剣を使うようだ。同じように出現させた剣は、透明な水色の刃を持つ両刃の剣だった。それを両手でしっかりと握り締めたグランは真っ直ぐにコロッサスを見上げる。

 その横でジータは魔力を練り上げていた。

 

「よっしゃ! 俺が牽制する! 次は任せたぜガキンチョ!」

「ガキンチョって呼ばないで!」

 

 ラカムが威勢良く言って、右手に構えた銃の銃身に火を収縮させる。

 

「――いくぜ。覚悟はできてんだろうな! バニッシュ・ピアーズ!」

 

 渾身の一発が文字通り特大の火炎となって放たれる。流石のコロッサスも直撃を受けて怯みよろめいた。その隙に、

 

「あたしの魔法で師匠を笑顔にするんだから! これがあたしの本領発揮よ! エレメンタルガスト!」

 

 イオが続く。杖を両手で思い切り地面に突き立てるようにして凍える冷気の魔法を放ちコロッサスの足下を凍てつかせた。凍らされてはコロッサスも動きを止めるしかない。しかし残る三人が飛び出そうとした時、体勢を崩した上で凍らされた不安定な体勢であっても右手の剣をできる限りの渾身で振り下ろした。

 

「くっ! 二人共、後は任せたぞ!」

 

 苦し紛れな反撃であっても直撃を受ければ身体が爆散する。カタリナはコロッサスの剣の前で足を止めると二人を先に行かせた。そこで立ち止まらなかった二人は、おそらく彼女を信頼しているのだろう。

 

「我が奥義、お見せしよう! アイシクル・ネイル!」

 

 凛とした声と共に剣を構えると、青の大きな剣が出現した。手に持つ剣を振るって青の剣をぶつけ、もう一振りすると二本目の青の剣が出現して一本目と交差するように剣をぶつかる。それでもまだ押される中、最後の一押しとばかりに突きを放ち他二本よりも大きな青の剣を放った。

 そしてコロッサスの剣が弾かれる。代わりに相殺した衝撃を受けてカタリナの身体が後方へ飛んだ。

 

 だがコロッサスは武器を持った腕を弾かれもう抵抗する手がない。

 

「グラン!」

「ああ!」

 

 そこへグランとジータが飛び込んだ。

 

「行っけぇ! フローズンヴィジョン!」

「これでトドメだ! ノーブル・エクスキューション!」

 

 ジータが手に持った杖を振るって特大の氷塊を頭上から落とした。

 グランが剣を両手で握って上段に掲げ、剣から光の柱が発生したかと思うとそのまま振り下ろした。

 

 二人の強烈な攻撃を受けたコロッサスは背中から倒れる。そして二度と動くことはなかった。

 

「コロッサスが……なぜだ。我らが悲願……」

 

 コロッサスを起動された大柄のドラフ、ザカ大公が倒れたコロッサスを信じられない様子で眺めている。

 

「やった!」

「ああ、皆のおかげだ!」

 

 無事コロッサスを打倒したグラン達は呑気に喜んでいた。しかし長い間使われていなかったからか、先の戦闘が激しかったからか、地下全体が大きく揺れる。

 

「く、崩れるぞ!」

 

 屈んでやり過ごし天井からの落下物に注意する一行だが、落下物は彼らのところへ落ちていかなかった。そう、大公の頭上から落ちてきている。

 

「し、師匠!」

 

 イオが悲痛な叫びを上げるも誰も彼を助けるには間に合わない、かに思えた。

 落下してきた瓦礫を、なんとか上体を起こしたコロッサスの腕が防いでいた。

 

「こ、コロッサス……。そんな身体でなぜ儂を守って……」

 

 ザカ大公が呆然とする中、それが最後の力だったのかコロッサスが力尽き倒れる。

 

「師匠!」

 

 ザカ大公の無事を喜んでか、イオが駆け寄って抱き着く。もう彼に、抵抗する気力はないようだった。

 

「――コロッサス。あなたの想い、私が連れていきます」

 

 優しい声が聞こえる。動かなくなったコロッサスから光が玉となった飛び出し、光を放つ蒼の少女へと吸い込まれていった。

 

「まぁ、こんなものか。面白いものが見られた。それに免じて帝国への不義は不問としよう」

 

 そんな黒騎士の言葉に、俺はそういやこいつ帝国軍事顧問とかやってたな、と思うくらいだった。

 

「黒騎士!」

 

 グラン達はこちらへと敵意を向けてくる。さてそろそろ俺の出番かね。

 

「案ずるな。今日は手出しをする気はない。私はな」

 

 そう言って黒騎士が俺の方を見てきたタイミングで、俺は悠々と奥へ続く通路から歩み出る。

 

「あっ」

 

 俺の顔を見てか、ジータが声を上げていた。

 

「よっ」

 

 俺もこの場面にはそぐわないだろうが、にっこりと笑顔を浮かべて軽く手を挙げる。

 

「知り合い?」

「えと、ううん。昨日街の武器屋の前で話しただけだけど」

「ホントな。昨日はまさかあんたがジータだとは思ってなかったぜ」

 

 本当に偶然中の偶然ってヤツだった。

 

「まぁいいや。あんたがジータってことはそいつがグランってことでいいんだよな?」

 

 俺は二階の手すりからパーカーを着た少年を指差す。

 

「え、ああ、うん。僕がグランだけど」

 

 戸惑ったようにそいつは頷いた。……真っ直ぐで、穢れを知らない目をしてやがる。きっと育ちがいいんだろうな、俺と違って。

 

「そうかいそうかい。実は俺が用あるのはてめえでな」

 

 俺は言いながら手すりに足をかけてドランクに目で合図する。

 

「僕?」

「ああ、っと」

 

 俺は跳んで手すりを越え一階へと下りる。

 

「ちょっと戦ってみたくてな。喧嘩売りに来たんだ」

 

 俺の言葉を受けて、グランは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「おい坊主、いきなり出てきてなに言ってんだ?」

 

 ラカムが警戒するように銃を向けてきた。

 

「あー……。やっぱ普通に出てきたら乗ってくれねぇか。まぁそうだよな、操られたザカ大公の弟子さんの話聞いて手伝うようなお人好しだもんな。じゃあしゃあねぇ。――ドランク、頼んだ」

「はいはい、っと。人遣い荒いよね、君も」

 

 俺の声に合わせてドランクが魔法を放つ基点となる玉を、少し離れた位置にいる大公とイオのいる方へと放る。

 

「な、なにを」

「わかってるだろ、人質だよ。てめえ以外が手を出したら、あの二人を殺す。戦わなくても殺す。どうだ、お前みたいなヤツはやる気出る状況だろ?」

「ふざけるな!」

 

 俺の口にした言葉に対してグランが怒鳴ってくる。明らかな敵意が宿っていた。……そうこなくっちゃな。

 

「同感だグラン。おいクソガキ。調子乗るなよ。てめえのどたまぶち抜くぐらいできるんだぞ、こっちだって」

「そりゃこの距離ならな。ただ兄ちゃんはいい人そうだし、万が一にもあの二人を攻撃される可能性があるんなら脅しにしかなんねぇだろ?」

「チッ。そりゃてめえも一緒だろうが」

 

 苛立たしげなラカムに対して、ああと少し納得する。

 そういや俺はグランやジータと同じ年ぐらいに見えるだろう。いくら黒騎士とつるんでいるとしても仲間の少年少女と同じ年頃なら子供扱いされるのも当然か。

 

「……いや、違ぇよ」

 

 俺は笑みを引っ込めて感情を表から消し、左腰に提げた銃を手に取ってそのまま二人の方へ向けると、躊躇いなく引き鉄を引いた。が、もちろん威嚇なので数センチ離れた位置を通り過ぎただけだったが。それでも効果はあったようだ。

 

「てめえ……!」

「次は当てる。そこにいる二人と同じ感性持ってると思うなよ、兄ちゃん」

 

 今度はきちんと照準を合わせてやると、ラカムは大人しく銃を下げてくれた。

 

「……なんで、そうまでして僕と戦いたいんだ」

「その答えはこれから見せてやるよ」

 

 俺はそう言って銃を提げ直し右腰にある剣の柄へと手をかける。

 

「ほら構えろ。お前がやる気にならないと、誰が死ぬかわかんねぇぞ?」

「……わかった。その代わり、他の皆には手を出すな」

 

 怒りを滲ませて俺を睨んでくる。……いい目になってきたな。

 

「わかってるよ。俺はお前と戦えればそれでいいだけだ。もちろん、他のヤツが手を出さなければ、の話だがな」

「ああ。皆、手は出さないで」

 

 グランが腰の剣に手をかけて一歩進み出る。

 

「し、しかし……!」

「安心しろ、騎士の姉ちゃん。別に俺はこいつを殺す気もねぇし、そんな力もねぇ。本当にただ手合わせしたいだけなんだよ。やり方については謝るが」

「……」

 

 一応釘は刺しておく。敵の言うことなんて信じないだろうが。今もほら、怪訝そうな顔してるし。

 

「さて、そろそろやるか」

「……」

 

 グランは剣を抜いて中段に真っ直ぐ構える。そんな真面目なヤツの虚を突くのは、俺の得意分野だ。しかも初見ともなれば尚更だ。

 

「いくぜ、グラン。驚いて呆けるなよ」

 

 俺の声に一層強く剣の握るのを見ながら、

 

「【ファイター】」

 

 俺が静かに呟くと対峙しているヤツと同じような恰好へ変化する。黒いパーカーに黒いズボン。胸当てだけは灰色だった。

 

「なっ!?」

 

 俺も他に使えるヤツがいると知った時は驚いたが、それは相手も同じだ。信じられないモノを見たような顔で俺を見てくる。その隙に剣を抜いて駆け出した。

 

「呆けるなっつったろ!」

 

 言いながら剣にオーラを纏わせ技の威力を大幅に上げる、

 

「ウェポンバースト!」

 

 を発動する。

 

「う、ウェポンバースト!」

 

 俺がなにをしようとしているのか察したらしく、戸惑いながらも同じように剣へとオーラを纏わせてきた。

 そして接近してほぼ同時に、

 

「「テンペストブレード!」」

 

 技を放った。

 剣の一振りに合わせて竜巻が発生し、相手を切り刻まんと進む。偶然にも同じ技だったがためにぶつかり合って相殺された。

 

 奥義と呼ばれる必殺の一撃を秘めた技は互角。戦いの途中で武器を呼び出したあれがなければやっぱりそんな実力差はないか。

 

「どうしたよ! そんなもんか?」

 

 相殺後に接近して鍔迫り合いに持ち込む。

 

「くっ! どうして僕達と同じ『ジョブ』の力を」

「そんなもん俺が聞きてぇよ。俺も俺以外が持ってるなんて思わなかったんでな!」

 

 鍔迫り合いは分が悪いみたいだ。どうやらこいつの方が俺より力が強い。

 

 俺は剣から力を抜いて横に避ける。グランがそのまま前につんのめったところを右手で手首を掴んで前へと引っ張り足をかける。相手の勢いを利用したまま投げ飛ばした。

 

「ぐっ!」

「ほら立てよ、同じ力持ってんなら早々やられねぇだろ? それともこの隙に仲間撃たねぇと本気出さないのか?」

「やめろ!」

 

 グランは激昂して立ち上がり、突っ込んでくる。それを受けつつ、

 

「そうだ。てめえの本気を見せてみろ!」

 

 俺はちょくちょくグランを挑発しながら、しばらく戦い続けた。

 グランの性格通りなのか愚直な剣は見切りやすく、油断ならないとはいえ窮地にはならなかった。代わりに俺はヤツを翻弄するように手足を使ったり剣を放り投げて逆の手で斬りつけたりと変則的な動きをしていた。剣技なんて小綺麗なもんじゃないが、今本気で殺し合えば俺が勝てる、かもしれないな。

 

 そろそろ実力も見れたし終わるかと思っていたら、

 

「テンペストブレード!」

 

 横槍が入った。竜巻が巻き起こり俺は切り傷をつけられ後退させられる。……クソッ。ジータか!

 

「ドランク!」

「ライトウォール!」

 

 俺が二人を襲わせる前に、カタリナが宝玉と二人の間に障壁を展開する。示し合わせてやがったな。なら仕方ない。俺だって別に他のヤツは良かったんだけどな。

 俺は密かに【ファイター】を解除して左腰の銃を手に取る。

 

「ドランク、そのまま二人を殺せ!」

 

 俺は偽の指示を出しながら蒼の少女ルリアへと銃口を向けた。

 

「カタリナさん、すぐに二人を!」

「違う! 狙いはルリアちゃん!」

 

 グランが素直に二人を見て、ジータが俺の行動に気づき声を上げるがもう遅い。腹部目がけて引き鉄を引いた。が、聞こえた銃声は()()

 俺の撃った弾はルリアを襲う途中で別方向から来た弾丸に軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

「間一髪だったな」

 

 肩に銃を担いで呟くのは、この中で唯一銃を主武器とするラカムだった。

 

「神業かよ、凄ぇな」

 

 俺は驚愕の一発に称賛しか出てこない。ただこれでは勝負どころではないな。

 

「ダナン。そろそろいいか?」

 

 黒騎士もそう思ったのか俺を呼んだ。

 

「ああ。悪いな、グラン。俺の我が儘に付き合ってもらって。またいつか会った時は殺し合いになるかもしれねぇし、続きはそん時だな。じゃあな」

 

 俺は黒騎士に返事しつつ、できるだけ警戒心を抱かせないように明るく挨拶して銃をしまい駆け出す。

 全力で走ってコロッサスを踏み台に壁へと跳躍し、更にその壁を蹴る形で二階の手すり下の床に手をかける。離れた足に勢いをつけて回し足が上がってくるタイミングで手を離した。俺の身体は上に飛び一回転して足から手すりの上に着地する。

 

「よっ、と」

「ひゅーっ。カッコいい登り方!」

「茶化すなよ。むざむざ防がれやがって」

「痛いとこ突くなぁ」

 

 全然反省した様子がねぇ。こいつがこんなんだからいけると思われたんじゃないだろうか。

 

「悪くはなかったがまだ足りない。彼女を取り戻すにはまだ、な」

 

 黒騎士が独りごちていた。彼女って誰だ?

 

「ではまた。……ルリア。そしてその主グランよ再会を楽しみにしている」

「……楽しみ」

 

 黒騎士の横にオルキスが並び一行を見下ろす。どうやら別れの挨拶をするみたいだ。

 

「二人と因縁あるみたいだし、俺も次会う時を楽しみにしてるよ」

 

 ひらひらと手を振ってグランとジータに別れを告げる。

 

「じゃあね。アディオース!」

「勝負は、次まで預ける」

 

 ふざけたドランクに続きスツルムも告げたことで、俺達は踵を返しその場から立ち去った。

 

「おい! ちょっと待てよ!」

 

 ラカムが呼び止めてくるが、無視だ。

 そして入ってきた廃工場の入り口から出てきた。

 

「いやぁ、悪いな。お前らも俺の我が儘に付き合ってもらちゃって」

「ホントだよ〜。ってかさ、あれだと僕達まで極悪人だと思われるんだけど」

「いやお前らは割りと悪人だろうが。善人だと思ってたのか? その胡散臭さで?」

「胡散臭さってなに? ねぇスツルム殿酷くない?」

「確かにな。お前の顔は信用ならない」

「そっち!?」

 

 スツルムにも肯定されて、本気でショックを受けたらしいドランクが肩を落とす。

 

「煩いぞ。さっさと戻って次の準備だ」

「え〜。そろそろ休暇欲しいんですけどボスぅ〜」

「黙れ刺すぞ」

「え、いやボスに刺されたら死んじゃいますねぇ」

 

 スツルムと黒騎士では加減のし方が違う。地力もかなり違う。魔法による防御ごと多分イカれる。

 

「黙って従えってことだろ」

「ああ」

 

 スツルムの要約に肯定する黒騎士。

 

「……ねぇダナン君。うちの女性陣ちょっと怖すぎない?」

「……なに言ってんだ。女なんて成長して逞しくなったらこんなもんだろ」

 

 ドランクの耳打ちに小声で返していると、黒騎士がこちらを振り返った。

 

「なにか言ったか?」

「「いいえなんでもありません」」

 

 思いの外強い気迫に、俺達は揃って姿勢を正すしかないのだった。



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次に向けて

 バルツでの作戦を終えた俺達は、やはりというか俺のアジトに帰ってきていた。すっかり寛いで、飯だアップルパイだのと要求してくる始末。ここは俺の家だっての。

 とはいえ戦力外である俺ができることなど限られている。それに俺も腹が減っていた。ついでに五人分(オルキスがめっちゃ食べるので五人前ではない)料理を用意してやる。腹ごしらえをして作戦の疲れを癒し、充分食べたところでアップルパイを焼き上げる。四人で一枚、オルキスは本人の強い要望により三段アップルパイを食べていた。……その小さい身体のどこにそんな入るんだかねぇ。

 

 相変わらず不思議な胃袋をしているようだが、そこはもう気にしないことにしておく。

 

「いやぁ、やっぱりダナン君の料理は美味しいね。その辺のお店で打ち上げするよりいいよ。それに、ここなら内緒の話もしやすいからね~」

 

 ドランクが言うとどうも胡散臭くなるから不思議だ。俺の料理が美味いのは食べた皆が言ってくれることだが、どうもな。

 

「ああ、そうだな。早速次の話に移るが、私は人形を連れてアウギュステに行く。そろそろアウギュステでの計画が終わりそうだからな」

「アウギュステでの計画?」

 

 なにも知らされていない俺が黒騎士に尋ねる。

 

「そうだ。だが今回はスツルムとドランクには別行動をしてもらう」

「ほう。じゃあ俺も別行動ってことになるのか?」

「いいや。貴様には私と来てもらう」

 

 秘密裏に協力している以上、帝国にその存在が知られるのはマズい。はずなのだが。

 食事直後なので兜を外している黒騎士の顔は少し笑っていた。悪巧みをしていそうな顔だ。

 

「その心は?」

「帝国には既に、見所のある拾った人間に人形を預けている、という説明を何度か行った」

「……おいこら。事後報告じゃねぇかよ」

「そうだが?」

「そうだが? じゃねぇだろうよ。見所があると黒騎士に言われたってんなら相当強そうじゃねぇと無理だし。なにより帝国の一員になるんなら作法とか知らねぇと無理だぞ?」

 

 要は、エルステ帝国最高顧問直属の兵士になれ、と言っているようなものだ。そうなるには足りないモノが多すぎる。

 

「問題ない。私がみっちり鍛えてやる」

「……それ死なないだろうな」

「さてな」

「おい」

「冗談だ」

 

 嫌な予感がしてジト目で見るが、それは冗談だったらしい。……こいつも冗談を言うんだな。

 

「今の実力でも充分一兵卒とは比較にならないくらいには戦えるだろう。その歳で充分戦えるなら、見所があると判断した材料にもなり得る。もちろん三日でみっちり鍛えてやるが」

「スケジュールキツくないっすか。いやまぁしょうがねぇか。で、スツルムとドランクはその間どこでなにをする予定なんだ?」

 

 同年代でも俺と同じくらい強いヤツが、少なくとも二人いるとわかった。年下でも充分強いヤツもいた。なら今以上に強くなれるのに努力を惜しむことはない。むしろ七曜の騎士の一人である黒騎士に鍛えてもらえるなら有り難い。

 

「内緒~」

「言う必要はない。後で雇い主にでも聞いてみろ」

 

 二人は自分から言い出す気はないらしい。

 

「しょうがない、か。作戦後の飯抜きにするぞ」

「えっ!? そ、それは酷いんじゃないかな~」

「そ、そうだぞ。横暴だ」

 

 余裕たっぷりな笑みと無表情が崩れた。……ふっふっふ。すっかり胃袋掴まれるな。

 

「ぼ、ボス。死活問題なので言っていいですか!」

「ダメだ。まだこいつを信用したわけではないからな」

「そんなぁ!」

 

 ドランクが挙手をして黒騎士に訴えるが、断られてがっくりと肩を落とす。

 

「なるほど。黒騎士が口止めしてるってんなら仕方がない。黒騎士もなしだな」

「なに!? 貴様っ」

「でもまぁ、元々外で食ってた黒騎士さんはいいよなぁ、別に」

「くっ……!」

 

 どうやら黒騎士も大分気に入ってくれたらしい。

 

「ってことで次の作戦後はオルキスと二人でいっぱい飯食べれるなぁ」

 

 と俺は黒騎士の横に座るオルキスへ声をかけたのだが。

 

「……? ダナンのご飯は美味しい。ごちそうさま」

 

 アップルパイを食べ終えたオルキスは話を聞いていたのか聞いていなかったのか、そんなことを言う。苦笑しつつ口元についた汚れを拭き取ってやる。

 

「……チッ。わかった、アウギュステへの移動中に教えてやる。だが決して他言するなよ。命がないどころの話ではなくなるからな」

「了解。腕によりをかけて作りますよ、黒騎士殿」

 

 面白くなさそうな黒騎士の許可が下りた。睨まれて肩を竦める。

 

「ふん。調子に乗っているようなら、鍛錬で思い上がりを叩き潰してやろう」

「そりゃ感激。……死なない程度に優しくしてね?」

 

 皮肉で返しつつも、本気で殺しに来たら俺みたいな弱小人間は呆気なく死ぬので、割りと真面目にお願いしておく。……そのお願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、三日間。死ぬギリギリまで鍛えさせられた。

 

「……飯作る体力を考えろ阿保!」

 

 と俺が初日に叫んだのは言うまでもない。もちろん、その後の鍛錬が更に痛いモノになったのも、な。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ということで、三日間に及ぶ地獄の特訓を乗り越えた俺は、ぐったりとした様子で小型騎空艇に乗り込んでいた。

 

「……大丈夫?」

 

 ベッドに寝転ぶ俺を覗き込んでくるのはオルキスだ。

 

「ふん。だらしがない。そんな体たらくで私の直属が務まると思うな」

 

 腕を組み憮然とした様子で言うのは漆黒の甲冑で全身を包んだ黒騎士だ。俺をこんなんにした張本人である。

 

「……俺が必要以上に疲れてるのは、あんたらが飯はちゃんと作れだのと無茶言うからだろうが。あの鍛錬と料理両立するなんて無理だろうが」

「実際やってみせただろう。料理中に倒れるようなら考えてやったのだがな」

「生き汚くて悪かったな」

「元はと言えば貴様の料理が美味いのが悪い」

 

 なんて理不尽な言い草だ。

 ただ人間、死にそうになってもやろうと思えばできるのだと理解してしまった。……次があるなら更に厳しい鍛錬になるんじゃないだろうな。

 

「到着するまではそのままでいいが、魔力を練るのを忘れるな。魔法を十全に使うには、魔力のコントロールを身に着けなければ話にならないからな」

「はいはい。ってかあんた魔法も使えたんだな」

「ああ。剣一本でのし上がれるほど、七曜の騎士は甘くない」

「そりゃそうか。余程特化してなきゃ、一芸だけでなれるわけもねぇか」

 

 この世には、六つの属性がある。

 火、水、土、風のそれぞれ相互関係にある四属性と、対極となっている光と闇の二属性。それぞれ適正というか、向き不向きがあるので使えない属性があって当然だ。

 

 だがこの黒騎士は、基本を闇属性としていながら光以外の四属性まで扱えるのだ。しかも並大抵の魔法使いとは一線を画すぐらいの練度を誇っている。剣だけでも化け物みたいなのに、魔法でも化け物とか相変わらず底が知れないな。

 俺が今まで強いと感じた者は、ナルメア、黒騎士、シエテってところか。俺からしたら誰が一番強いかなんてわからないな。ナルメアの名は今のところ噂でも聞いたことはなかったが、彼女は相当強いはずだ。十天衆にも匹敵し得るぐらいの力は持っているかもしれない。まぁ、実際にどうかは戦ってもらわないとわからないんだけどな。

 

「属性を扱うという点では、不得意のない貴様の方が上だろう」

 

 黒騎士はそう言ってくる。

 

「確かに、俺――多分グランやジータも全属性満遍なく使えるけどな」

 

 そう。俺は使えない属性がない。つまりは万能だ。だが残念ながら通常状態ではあまり上手く使えず、【ウィザード】やなんかを使うとあっさり上手くいく。万能ではあるが『ジョブ』に左右されすぎて黒騎士ほど自由に使えないのだ。剣と魔法を両立するような『ジョブ』があればいいんだけどな。

 

「それはきっと『ジョブ』があるせいだ。対応力という点で言えば間違いなく強いからな」

 

 一属性しか使えない、などという万遍なさを阻害することはない、ということだろう。そのおかげで誰から教わってもある程度形になるのは有り難いことだった。

 

「その代わり『ジョブ』によって魔法が上手く使えるかどうかの基準があって縛られる、というわけか」

「そういうこと」

 

 とりあえず『ジョブ』についての話はここまでにして、聞いておきたいことを尋ねておく。

 

「で、スツルムとドランクは今なにをしてるんだ?」

「……。まぁ島を発った今なら情報が漏れる心配もないか。あの二人には、他の島の調査に行ってもらっている」

「島の調査?」

「そうだ。グラン達と一緒にいたルリアという少女を覚えているか」

「ああ、あのコロッサスからなんか取り出してた」

「そのルリアには、貴様が見たように星晶獣の力を取り込む能力がある」

「ほう?」

 

 そりゃ興味深いな。星晶獣の力は超常のモノだ。それをただの人が扱えるとは思えない。

 

「つまり特殊能力を持ってるってことなのか。だからあいつらの旅に同行してるんだな。まぁただの少女がいるわけねぇだろうとは思ってたが」

「そんなところだな。そして星晶獣の力を取り込むことでルリアの力は増していく。あの双子はどうやら星の島イスタルシアに行きたいようだが、それには島の星晶獣が守る空図の欠片を集める必要がある」

「イスタルシアねぇ……」

 

 御伽噺にしか出てこないような、俺からしたら架空の島だ。なんて言うか、冒険ロマン溢れる理由で旅してんな、あいつら。

 

「でなければ瘴流域を越えられないからな。そして島を回り星晶獣の力をルリアが取り込むことで、力が増していくことこそが、私の目的に一歩近づくことでもある」

「ふぅん。じゃあつまり、各島の星晶獣を調べたり島の状況を調べたりして、星晶獣の力を取り込ませる必要があるってわけな。それなら先回りして事前調査を行う必要がある、か」

「察しがいいな。……私の目的については聞かないのか?」

 

 大体把握した。暗躍などとカッコいい言葉を使っても、やるべきことは地味なモノだ。

 と思っていたら黒騎士からそう尋ねられた。

 

「ん? まぁ、聞きたいは聞きたいが、どうせ話す必要が出たら話してくれるんだろ。なら俺が今ここで聞く必要はねぇな」

「そうか」

 

 その目的を聞いて、こいつの目的に協力するかはまた別の話だろうしな。今聞いて離反したくなっても仕方がない。直前まで黙っていてもらおう。

 

「そういやさ、バルツにはなんでちょくちょく行ってたんだ? 罠とかは別に張ってなかっただろ?」

「ああ、その件か。あれは地下の地図を作らせていた」

「地図?」

「そうだ。使われなくなって久しい場所だったからな。ザカ大公との件とは別に、連中を誘導するためのルートを確保する必要があった。経年劣化で崩落した通路があったら誘導できないからな。地図を作ってどのルートをどう誘導するか決めたのだ」

「……地道なんだな、暗躍って」

「失敗が許されないなら尚更な」

 

 なるほど。……ってことはこれから先俺もそういう地味な作業に付き合わされるのでは? まぁやれと言われればやるけど。飲まず食わずで何日もぼーっとしているよりかは楽だろう。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

 

 黒騎士に尋ねられ、天井を見上げて考え込む。

 

「そうだな、あんたの名前なんてどうだ?」

「なに?」

 

 なんとなく思いついた質問に、黒騎士は声を尖らせる。

 

「黒騎士ってのは七曜の騎士としての呼び名だろ? なら別に本名があるんじゃないかと思うんだが」

「なぜそんなことを聞く」

「別に思いついたから聞いただけだ。言いたくないなら言わなくていい」

「……」

 

 普段から顔を隠しているし、もしかしたら素性についてはあまり詮索されたくないのかもしれないとは思っている。だが気になっていることではあるので、聞くだけ聞いてみることにしたのだ。

 

「……アポロニア」

「ん?」

「アポロニアだ。二度は言わんぞ」

 

 それ自体二度目では? とツッコむのは野暮だろう。

 

「ふぅん。公私共に黒騎士のままでいいんだろ?」

「ああ。人前で呼ぶなよ、うっかり首を落としてしまうかもしれん」

「物騒なヤツだな」

「貴様に言われたくはないな」

 

 冗談なのか判別のつかない発言に眉を寄せると、思わぬ返答が返ってきた。

 

「あん?」

「私も帝国最高顧問として、様々な人間を見てきたつもりだ。だが貴様のように殺気もなく談笑するように人を殺せる人間は初めて見た。しかも人を殺したことに関して、全く罪の意識がない。危険だと思わないのに危険な行いができる人間は、あまり類を見ないタイプだ」

「そういうもんかね。まぁ、俺の育った街では人の命なんてその辺のゴミと一緒だったからな」

 

 その価値観が、今も強く根づいているのだろう。

 

「そうか。孤児か?」

「ああ。地理詳しくねぇから具体的な場所がどこだったかはよくわかんねぇが、ゴミ溜めみたいなとこだったよ。人も、モノもな」

「そこで得た価値観が、貴様の中にあるということか」

 

 黒騎士は俺の話に納得したようだった。人の持つ価値観は、生まれ育った環境に左右されやすい。俺がこういう人間になったのは、十中八九あの街のせいだと察したのだろう。

 

「……ダナンは優しい」

 

 ところが、オルキスがぽつりと告げてきた。俺も、黒騎士さえ予想外だったのか驚いたようにオルキスを見る。

 

「そうか?」

「……ん。アップルパイ、作ってくれる」

 

 シンプルな答えに思わず笑ってしまう。

 

「ふっ。そっかそっか。まぁもし俺が優しいと思うんならきっと、初めて俺に優しさをくれた人のおかげだろうな」

 

 俺はオルキスの頭をぽんぽんと優しく撫でて笑った。俺がギリギリ人の生活に溶け込めているのは、彼女と過ごした日々があるからだ。それがなければとりあえずあいつらと会った時、出会い頭に警告なしで一発ぶち込んでいたかもしれない。そもそも、あの一時がなければこいつらとこうしていることもなかったと思う。多分だが、シェロカルテに関わった時点で危険人物だとされて裏で始末されそうだ。

 

「……」

 

 オルキスは大人しく頭を撫でられるがままにしていた。

 

「……ふん。いい加減気を引き締めろ。貴様は弱くてはいられないのだからな」

「わかってるよ、帝国最高顧問様」

 

 しばらく口を出さなかったが、注意されたらすぐに手を引いてベッドに寝転がりながら魔力を練り上げる。一応三日の内にClassⅡに手を出していた。と言っても俺が使いやすい短剣を扱える【ソーサラー】、【レイダー】、【アルカナソード】という三つだけだ。この間と同じように、持ってきた武器は左腰の短剣と銃、右腰の剣だけだ。シエテに傷をつけられた防具は新調しており、ほとんど同じ姿ではあったが綺麗になっている。

 武器が増えれば戦術の広がるが、代わりに持ち運びが面倒になる。今後はそれも考えていかなければならないな。

 

 数時間が経って、黒騎士から声をかけられる。

 

「そろそろ着くぞ。アウギュステだ。ダナン、くれぐれもボロを出すなよ」

「わかってるって。俺の演技に瞠目しな」

 

 散々聞かされた注意にそう返して、俺は伸びをし身体を解しながら到着を待つのだった。



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アウギュステに到着

 青い空、白い雲。そして空をそのまま鏡に映したような透き通る海。

 

 一言で言ってしまえば、それがアウギュステだ。

 

 海ってヤツは知識でしか知らないが、塩っ辛い尽きぬ水のことを言うらしい。池や川、湖なんかとも違う広大な水なんだそうだ。

 

「……海は初めて見たな。だがちょっと聞いてたより汚いか?」

 

 もっとこう、キラキラと輝いていると聞いていたのだが、なんだか思ったほどではない。ちょっと濁っているような気がしなくもなかった。

 

「初見で見抜くとは、貴様やはり観察眼はそこそこだな」

 

 事情を知っているらしい黒騎士はそう言うだけだった。

 海を擁するアウギュステという島は、現在エルステ帝国と戦争真っ只中、だそうだ。どうやら屈強な海の戦士達がいるらしく、徹底抗戦の構えを見せるため少し手こずっているようだ。

 

「そりゃどうも」

 

 言いながら騎空艇を降りたところで、大勢の帝国軍兵士が整列しているのが見えた。……流石最高顧問様。お出迎えが派手ですなぁ。

 黒騎士は慣れているのか列の間を堂々と進んでいく。オルキスも緊張はしないのかとてとてと黒騎士の後をついて歩いていった。俺もその後ろを歩いていく。あまり生きた心地はしないが、まぁ帝国相手に喧嘩売ってるわけでもないし、別に気にする必要はないだろう。ただし、「あいつは何者だ」という疑惑の視線が突き刺さっていた。

 

「お待ちしておりました、黒騎士様。……してその少年は……」

 

 列が途切れるところで黒騎士を待っていた身なりのいい兵士が敬礼した後俺へと視線を向けてくる。にっこりと愛想笑いを浮かべておいた。

 

「こいつは見所があるからと拾い、直々に鍛えてやっているヤツだ。私直属の兵士だとでも思えばいい」

「黒騎士様が直々に、ですか? 一体何日鍛えたのでしょう」

「三日だ」

 

 黒騎士の答えに、列がざわめきいくつもの声が聞こえる。

 

「三日だと!?」「嘘だろ、あの一日でも受け続けたら死に至ると噂の黒騎士様の特訓を!」「三日も耐えたっていうのかあいつ!」「信じられん……」「黒騎士様が目をつけるような人間だ、化け物に決まっている」

 

 などという声も聞こえてきた。……おぉ、意外なところで評価されてしまった。ってか化け物て。俺はまだそんな領域にはいねぇよ。

 

「な、なるほど……。わかりました。では帝国の兵士として?」

「似たような扱いでいい。だがこいつは私が自由に動けるよう、人形の護衛としてつける予定だ」

「かしこまりました」

 

 上手いこと言ってんなぁ、と思うばかりだ。流石にこうして多くの兵士に畏怖されている姿を見ると貫禄があるなと感心する。オルキスはじっと押し黙っていた。おそらく兵士の前では感情を全く見せないように努めているのだろう。

 

「それで、戦況はどうなっている?」

「未だアウギュステからの抵抗は止みません」

「ここには今誰がいる」

「フュリアス将軍閣下、及びポンメルン大尉です。例の研究成果を手にしておられます」

「理解した。それでこの地での進捗状況は?」

「既に完成しており、兵器・アドウェルサは回収済みです。後はアウギュステを手に入れるのみとなっております」

「そうか。よし、順調だな」

「はい。このまま行けば直に抵抗している自警隊の連中も我々に従うでしょう」

「ふっ。そうだな」

 

 報告を聞く黒騎士の笑いを兵士がどう取ったのかは知らないが、少なくとも帝国の侵攻が順調であることを喜んでいるようには思えなかった。帝国とは関係のない、傭兵という手駒を持つ黒騎士のことだ。どうせ帝国の思惑とは逸れた目的でも持っているのだろう。

 

「黒騎士様はこの後どうされますか?」

「そうだな……折角だ、フュリアス将軍のところにでも行くとするか」

「かしこまりました。兵士を何人がつけますか?」

「私に、護衛が必要だとでも?」

「い、いえ! 失礼いたしました」

 

 将軍とやらのところへ向かうらしい。兵士の申し出を威圧的に断りつかつかと歩き出す。横を通った時兵士は冷や汗をぐっしょりと掻いていた。まぁ遥か高い上司だしな。しかも実力が知れ渡っている七曜の騎士が一人だ。そりゃ恐縮もするだろう。

 

「行くぞ」

「……ん」

「はいはい」

 

 黒騎士の後にオルキスと俺が続く。少し離れてから、兵士達のため息大合唱が聞こえてきた。

 

「なぁ。アドウェルサってのはなんだ? 兵器なんだろ?」

「ああ。アドウェルサは一言で言えば兵器だ。そして兵器でしかない。大量破壊兵器、とも言えるがな。高威力の砲撃を備えた兵器だ。量産化の目処は立っているらしいが、詳しいことは知らん」

「ふぅん。まぁ七曜の騎士にとっちゃ雑魚と変わらないのかもしれないがな」

「ふん。だが貴様にとっては充分な脅威だ。機動力、主砲、副砲、どれを取っても並みの相手では太刀打ちできるモノではないだろうな」

「へぇ。帝国はそんなモノに金かけてんのな」

「人同士の戦いなら充分強力だからだろう。今や帝国がファータ・グランデの大半を握っているが、ここのように抵抗する連中もいる。そういう連中相手に使う気だろうな」

「回りくどいことで」

 

 まぁでも確かに、俺の準備と似たような目的なのかもしれない。どんな相手がいても有利に立ち回れるように、兵器を用意しておく。別に悪い手ではないだろう。

 

「ちなみに兵器を生産する過程でゴミが大量に廃棄されている。ゴミを廃棄するならどこだと思う?」

「んー……。まぁその辺に積んどく……と言いたいところだけど流す、かな。自然を考えず効率だけでいくなら」

「正解だ。帝国は研究で出たゴミをアウギュステの海に流し続けている。その結果海は汚染されていっているというわけだ」

「環境破壊なんて酷い真似しやがるな。全員海に飲まれて死ねばいいのに」

「ふっ……それは現実になるかもしれんな」

 

 人は醜い生き物なので、人のいない自然はいいと思う。だから今の発言になるのだが、帝国側の人間であるはずの彼女は意味深に笑っていた。……この人、やっぱ帝国の中心にいながら立場が帝国っぽくねぇんだよなぁ。ホント、なにが目的なんだか。

 

「もうすぐ着く。軍の指揮を任せているフュリアスに失礼のないようにな。悪逆非道、という言葉が似合う男だ。気に障ったらその場で殺されかねんぞ」

「そりゃ怖い。まぁ大丈夫だろ。殺されそうになったらフォローしてくれ」

「さぁ、どうするかな」

 

 フォローしてくれねぇのかよ……。じゃあしょうがない、俺だけの力で切り抜けるしかないか。

 軽口を叩きながらも俺達はフュリアス将軍とやらがいる場所まで辿り着いた。大勢の帝国兵が待機する地点で、その中央には二人の意匠が異なる軍人がいた。

 

 一人はヒューマンで、髪と顎髭をこれでもかと固めている。セットに時間がかかりそうだ。

 もう一人はハーヴィンで小柄な体躯をしている。学士帽のようなモノを被り眼鏡をかけている。

 

「黒騎士様!」

 

 黒騎士の登場に、一兵卒達は敬礼し道を開けていく。その道は二人の軍人へと続いていた。その中を堂々と歩く黒騎士に、二人が気づいた。髭の軍人は見ただけに終わるが、眼鏡の軍人は苛立たしげに顔を顰めている。仲はあまり良くないようだ。

 

「ダナン。フュリアス将軍に挨拶しろ」

 

 ある程度近づいてから、そう指示される。……いやいや。フュリアスってどっちだよ。これまでに得た情報だけで判断しろってか。

 一応エルステ帝国への礼節は習っている。それの通りにやれば問題ないのだろうが、どっちなのか間違えてしまえば悪逆非道の将軍様に首を刎ねられること間違いなし、というわけか。

 

 俺は仕方なく真面目な表情を装って二人の前へと歩み出る。……さてどうするか。

 俺が近づいてくると、二人が怪訝な表情でこちらを見てきた。歩を緩めることなく進むとハーヴィンの方が口を開いた。

 

「なに、君。誰なの?」

 

 苛立ちを隠そうともしない声だった。無視して一歩進めると苛立ちが更に際立った。

 

「あのさぁ、誰か知らないけどこの僕を無視するなんていい度胸――」

 

 彼が苛立つにつれて周囲の兵士に緊張が走っていた。ああ、そうか。こいつがフュリアスか。

 俺はヤツが言い終わるよりも早く流麗な動きで左膝を突いて頭を垂れる。真剣な声を作って口上を述べた。

 

「お初にお目にかかります、フュリアス将軍閣下。まずは只今の非礼をお詫びしましょう」

 

 自分でも本当に俺かと思うような真面目な声を出していた。

 

「へぇ?」

 

 見ていなくても、嫌な笑みを浮かべているとわかる声だ。

 

「黒騎士直属とはいえ私は閣下に遠く及ばない立場の身。となれば頭が高い内に話すなど、それこそ失礼に当たるでしょう。偉大なるフュリアス将軍閣下より高い位置で話すなど、私めにはできません」

「ふぅん。君、なかなか面白いねぇ」

「光栄にございます」

 

 俺の言い訳に、フュリアスの笑みの雰囲気が変わった。周囲の兵士が僅かに弛緩したとこからも、それは間違いない。

 

「ねぇ君、黒騎士じゃなくて僕につかない? 面白そうだし、扱き使ってあげるよ」

 

 とんでもねぇこと言いやがんな。俺は真っ平御免だぞ。

 

「フュリアス将軍。目の前で私の部下を勧誘するのはやめてもらおうか」

 

 流石に黒騎士も余計なことを言わない内に助け船を出してくれた。

 

「ふん。僕はこれでも驚いてるんだ。君がその人形以外に興味を示すなんて、なんの冗談だろうねぇ?」

「さぁな。今は人形のお守り程度にしか考えていない。――ダナン、行くぞ」

 

 おそらく俺の頭の上で二人の視線が交差している。……居心地悪いから早く逃げたい。と思っていたら黒騎士に呼ばれた。

 

「失礼いたします」

 

 フュリアスに一言断りを入れてから、立ち上がって踵を返し黒騎士の方へ戻っていく。

 

「なに? 君は参加しないの? 折角、面白い客が来てるのにさぁ」

「私とて、貴様の手柄を横取りする気はない。その面白い客とやらをどう料理するのか、見物させてもらおう」

「……一々偉そうなんだよ」

 

 黒騎士が踵を返したところで、フュリアスが小声で毒づいていた。……ほう。こいつはプライドの高そうなヤツだな。

 だが聞かなかったフリをして、俺は黒騎士とオルキスと共に兵士達の列から離れた位置へと移動する。

 

「ったく。おい、フュリアスがどんな容姿か事前に教えてくれよ。どっちに挨拶したらいいかわかんないだろうが」

 

 会話の声が兵士達に聞こえない距離まで来てから、俺は黒騎士に文句を言う。

 

「だがわかっただろう?」

「結果論じゃねぇかよ。まぁわかりやすかったよ、あいつが怒ると兵士が緊張するからな。どうせ味方にも非道な行いしてんだろ」

「よく見ている。しかし貴様、よくああも口が回るな。あいつが第一印象から気に入った様子を見せたのは初めてだ」

「まぁあんなんじゃな。……一つ、ハーヴィンでプライド高いヤツは体格にコンプレックスを持ってることが多いから、わざと頭があいつより低くなるようにしたこと。一つ、俺が黒騎士直属だと名乗りながらフュリアスにのみ敬称をつけたこと。あいつが気に入るならその辺だろ」

「……」

「で、小さいことを気にしてんなら、『偉大な』とか大きいモノを連想させる言葉で煽てれば『あっ、こいつは見かけだけで判断せずに見てる』って勘違いして上機嫌になってくれるってわけだ。扱いやすいにも程があんな」

 

 あれで軍を率いる将軍とは、呆れたモノだ。乗せられやすすぎるだろ。

 

「……貴様」

「ん?」

 

 妙に真面目なトーンだったので、不思議に思って黒騎士を見る。

 

「戦闘以外だと使い道が多いな。特に表情と声の使い分けが上手い。場面で使い分ける器用さと、どんな相手だろうが怖気づかない図太さ。我々にはなかったモノだ。ドランクはどうしても胡散臭くなり、スツルムは愛想が悪い。無論私も、立場上こう振る舞うべきというモノがある」

 

 一瞬、彼女がなにを言っているのか理解できなかった。

 

「貴様は自分を演じ分けることができる。貴様だけの価値だ。加えてその観察眼。充分評価に値する」

 

 言い切られた後に言われた言葉を反芻して、俺は一歩跳び退いた。すかさず腰の短剣に手をかける。

 

「さてはてめえ、偽者だな!」

「……貴様が私をどう思っているのか問い詰めたいところだが」

 

 黒騎士が俺を褒めるだと? そんなはずはない。絶対偽者だ。

 と思って警戒を露わにしていたが、兜を脱いで素顔を晒したことで本人が入っていると判明してしまった。すぐに被り直したが。

 俺は俺の記憶が間違っている可能性を考慮し、オルキスに視線を送る。

 

「……本物」

 

 だが断言されてしまい、俺は警戒を解くしかなかった。

 

「……まさかあんたに褒められるとは思わなかった。別の人間が入ってるのかと思ったぜ」

「貴様……。そんなに貶されたいなら今から拳つきでわからせてやろうか」

「あ、本物だわ。いやぁ悪かったな疑って」

「やはり殴るか」

 

 結局脳天に一撃食らった。

 

「いや本気で疑って悪かった。まさか七曜の騎士に評価されるとは思ってもみなくてな、つい……」

 

 取り乱してしまった。頭を掻いて謝っておく。

 

「ふん。私も認めるべきところは認める。褒めるという行為は下を育てるためには時に必要な行為だからな」

 

 それもそうか。

 話し込んでいると、なにやら騒がしくなってきた。

 

「来ましたねェ……この時を待っていましたよォ!」

 

 比較的落ち着いた雰囲気だった髭の軍人が興奮したように叫ぶ。誰が来たのかと思って視線を巡らせると、

 

「今度はなにを企んでいる!」

 

 実直な少年の声が聞こえた。

 青いパーカーに胸当てをした少年で、傍らには赤い羽トカゲがいる。

 

 グラン一行だ。



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海の神、顕現

昨日中に更新するのを忘れていました。続けて更新します。


 アウギュステに集った帝国兵の下へ、グラン達がやってきた。

 

 六人と一匹だったはずだが、一人厳つい老兵が加わっている。……それを見た黒騎士の身体が刺々しい気配を纏う。知り合いか?

 

「待ってましたよォ! あの時の借り、返させてもらいますねェ」

 

 独特の口調で笑う髭の軍人が兵を割って前に進み出る。

 

「ポンメルン大尉! フュリアス少将までいるのか!」

 

 元帝国軍所属のカタリナが声を上げ、一行が武器を構えたまま警戒を強くする。

 

「あれ? あれあれ? 君達まだ生きてたんだ? 虫ケラ並みの生命力だよねぇ。ま、今度こそ僕の手で甚振れるって考えたら喜ぶべきなのかな?」

 

 フュリアスは明らかに愉悦の混じった声で言った。挑発のためではなく心から言っているようだから歪んだ性格が垣間見えるというものだ。

 

「黒騎士とグランに喧嘩吹っかけてきた黒いヤツもいるぞ!」

 

 赤いトカゲが俺達を逸早く発見した。

 

「なぜ貴様らがここに……そうか、ザカ大公の仕業か」

 

 黒騎士としても予想外だったらしい。俺はにっこりと笑って手を振る。流石に敵意は薄まらないが。

 

「流石にこの戦力を相手取るには分が悪ぃか?」

 

 ラカムが険しい表情で帝国兵を見渡す。既に臨戦態勢に入っており、合図一つで蜂の巣にできる状態だ。

 

「安心していいよ。そこの黒騎士は今回ただの傍観者。君達の相手をどうしてもしたいっていうからさぁ。ねぇ、大尉?」

「ええ。私はあなた方に復讐スルために、ここにいるのですからねェ」

 

 フュリアスに話を振られたポンメルンは懐から一つの結晶を取り出す。禍々しい光を放つ黒い結晶だ。なんだあの嫌な感じのするアイテムは。

 

「帝国が研究してきた魔晶の力、とくと味わうがいい、ですねェ!」

 

 ポンメルンはその黒い結晶、魔晶とやらを胸に宛てがうように取り込んだ。するとどんな仕組みなのか魔晶を取り込んだ彼の身体が変化していく。禍々しい鎧を身に着けた巨人へと。

 ただしポンメルンの顔は巨人の胸辺りに出ていて、意識はないのか項垂れている。顔以外は埋まっているのか見えないが、巨人の頭が意思を持って驚愕するグラン達を見下ろしている。

 

「イイ心地ですねェ……。身体の底から次々と力が溢れ出してくるようですよォ!」

 

 胸の方ではなく巨人の頭の方で喋っているような聞こえ方だった。……なんじゃありゃ。人が化け物になったぞ。左手に盾のようなモノをつけていて、右手に剣を持っているからまだ人と同じような戦い方をしそうなのだが。

 

「この魔晶の力で、今度こそ貴様らを八つ裂きにしてやりますよォ。機密の少女を奪ったそこの小僧と小娘、そして帝国を裏切ったカタリナ中尉ィイイ……!」

 

 巨大化したポンメルンはずんずんとグラン達に歩み寄り、右手の剣を振り上げる。

 

「来るぞ! ライトウォール!」

 

 カタリナが前に出て障壁を張る。

 

「そんなもので防げると思わないことですねェ!」

 

 しかし、ポンメルンの一振りよって呆気なく切り裂かれ余波が一行を襲った。

 

「なんだと!?」

「魔晶は私の力を飛躍的に高めてくれるんですよォ! もうあなた方は敵ではありませんねェ!」

「くっ!」

 

 ポンメルンはまだまだ余裕そうだが、一行には余裕がない。加えて、

 

「ポンメルン大尉を援護しろ!」

 

 大勢いる帝国兵達も黙ってはいなかった。銃を構えて整列する前列の兵士達が片膝を突いてグラン達を狙っている。

 

「ダメ! ティアマト、お願い!」

 

 これは流石に始末されるかと思ったが、後ろの方にいたルリアが光と共に巨大な影を呼び出した。竜を伴った美女のような姿をしている。

 

「撃てぇ!」

 

 構わず銃を撃ち放つ帝国兵だったが、ルリアの呼び出したそいつは風を障壁のように操って銃弾を全て風で受け止めた。勢いを失った弾丸が虚しく地に落ちる。前方全ての銃弾を受け止めるとは、あれは普通の魔物じゃねぇな。星晶獣か。

 

「チィ……! 流石は化け物、と言ったところですかねェ。その力で次は誰を殺すんですかねェ!」

「っ……」

 

 ポンメルンの言葉に、ルリアは俯き表情に影を落とす。

 

「黙れ! 誰がなんと言おうと、どんな力を持っていようとルリアは普通の女の子だ!」

「そうだよ! ルリアちゃんを道具としか見ていない、節穴のあなたにはわからないでしょうけどね!」

 

 しかしすかさずグランとジータが怒りを見せて反論する。

 

「私は事実を言っているだけですねェ。それでも黙らせたいというなら、力づくでやってみるがいい、ですよォ!」

 

 ポンメルンが言って右手の剣に力を溜める。

 

「ああ、やってやるさ!」

「いくよ、グラン!」

「「【ウォーリア】!」」

 

 二人は同時に『ジョブ』の力を使ってClassⅡへと姿を変える。……やっぱり至ってたか。まぁ俺が手を出してるんだから、お前らもそうだよな。

 

「「ウェポンバースト!!」」

 

 奥義の威力を高め、二人は一瞬視線を交わす。

 

「魔晶剣・騎零!」

「「テンペストブレード!」」

 

 ポンメルンの闇の力を纏った一撃と、二人の攻撃が合わさった巨大な竜巻が激突する。

 相殺、と言うには少しポンメルンが優勢すぎるか。

 

 巨体だからか余波を受けても平然としている彼に引き換え、奥義を打った二人は後方に吹き飛ばされている。

 

「全力の一撃を相殺するとは、やりますねェ。しかし次はどうでしょうかねェ!」

 

 ポンメルンは嘲笑うように称えながら、再び闇の力を剣に纏わせた。

 

「もう一発来るぞぉ!」

「やはり私が受けるしか……!」

「ダメ、カタリナ!」

 

 二人が体勢を崩している中、先程の一撃がもう一度来たらと慌しくなっていく。

 

「あれはなんだ? 魔晶とか言ったか……相当ヤバい代物みたいだな」

「ああ。星晶獣を研究している中で辿り着いたモノでな。人並み外れた力を手にすることができる。無論、その代償は小さくないがな」

「ふぅん。ただでさえ強いあんたがあれ使ったら、誰にも止められなさそうだよな」

「そうだな。だが、私がそこまでする未来は見えん。今のままでも充分あいつらを蹂躙できる」

「確かに」

 

 七曜の騎士が追い詰められて魔晶を使う。そんな事態になり得るはずもない、か。そうなったらもちろん俺は逃げ出すけどな。巻き込まれたら敵わん。

 

 そう話している内に、カタリナが負傷しグランとジータは地に平伏している。

 

「あれ、死ぬんじゃないか?」

「いや。――そろそろだ」

「ん?」

 

 勝ち目が見えてこない状況だというのに、黒騎士に否定されてしまった。不思議に思って今起こっている状況を見回す。

 

「くっ! こうなったら私が時間を稼ぐしか……!」

「っ、ぅ……! だ、ダメ、そんなの……! やめて!」

「ルリア、しかしこのままでは……!」

 

 帝国兵は余裕綽々な様子だ。カタリナが時間を稼ごうと前に出るのを、なにかに苦しむような様子を見せたルリアが止める。いや、止めたわけではないようだ。

 

「ち、違う……違うの……。これは……リヴァイアサン……?」

 

 なにかに怯えているようなルリアに答えたのは、帝国の伝令兵だった。

 

「フュリアス将軍閣下! ご報告します! 我が軍の軍艦、その半数以上が海に呑まれました!!」

「はぁ!?」

 

 その通達にフュリアスは絶句する。

 

「違うな。海に呑まれたのではない。海に食われたのだ」

 

 黒騎士はそう否定し俺の方をちらりと見てくる。

 なぜ彼女がこっちを見てきたのかわかった。……そういや、海に呑まれて死ねばいいとか言ってたなぁ。

 

「……く、クソッ! 撤退だ! 大尉、撤退する!」

「今いいところなのに……」

「早くしろ!」

 

 フュリアスは黒騎士の声が聞こえてなかったのか、ポンメルンに声をかけると一目散に撤退し始めた。少し遅れて兵士達もついていく。

 

「くっ! 次は必ず、仕留めてあげますねェ。その時を楽しみにしているのですよォ……!」

 

 ポンメルンは後一歩のところまで追い詰めたところだったので悔しそうにしながらも、なにか予想外の事態が発生していてそれどころではなくなってしまったのだと理解したのか変身を解いてまだ状況が理解できていなかった末端の兵士達に撤退の指示を出していく。

 

「助かった、のか……?」

 

 グランがイオに治療されながら言うが、それを黒騎士が否定する。

 

「どうだろうな。さっきまでの方がまだ勝ち目があったかもしれんぞ。ほぅら、顕現する」

 

 黒騎士が海の方を振り向いたので、俺もそちらを向いた。

 そして目にした。海から神が顕現する様を。

 

 海水全てを巻き上げるかのような巨大な竜巻が起こったかと思うと、その頂点から赤い光が二つ見えた――中になにかいる。

 そいつは竜巻を切り裂くように姿を現した。巻き上げた海水を雨のように撒き散らし、青く長い巨躯を揺らす。

 手足のない巨躯は蛇のようにも見えるが、竜と言った方が正しいだろう。

 

 そいつは、目に映る全てに怒りをぶつけるように、赤い瞳に憤怒を滲ませて咆哮した。

 

「……リヴァイアサン、なのか?」

 

 俺が名前を知らない老兵が呆然と呟いた。……もしかして、あいつがこの島の星晶獣か? 正しく海の化身。確かにこれは、人相手の方が勝てる見込みがあったかもしれねぇな。

 

「そうだ。帝国が研究で出たゴミを海に流し、島を荒らした結果があれだ。怒り狂って我を忘れているようだがな」

 

 黒騎士が肯定した。……全てこいつの思惑通り、ってわけか。フュリアスは軍艦攻撃されてめっちゃ驚いてたし、やっぱりこいつは帝国の味方ではねぇよな。

 その言葉に、老兵が怒りを表情に出して黒騎士を睨みつけた。

 

「て、てめえ……! 自分がなにやったかわかってんのか!? 海はアウギュステにとって……」

「黙れ、下衆が! 貴様こそ自らの咎を置いてなにを吼えている? 恥を知ることだな」

 

 老兵の怒りを、更に強い怒りで返した黒騎士。この人のこんなに感情が見えるとこ、初めて見たな。

 

「……全く。ここに来ると不愉快なことばかりだ。行くぞ、人形、ダナン。我々にも役割がある」

 

 彼女はそれ以上会話する気がないのか、さっさと歩き出す。仕方なく二人でついていった。

 

「逃がすと思うか?」

「おい待てラカム!」

 

 しかし見逃す気はないのかラカムがこちらに銃を向けてきた。狙うのは黒騎士のようだ。老兵が止めようとするが、構わず引き鉄に指をかけ力を込める。

 ……ヤツが狙っているのは黒騎士の頭。歩く速度を見てある程度現在位置より前に銃口を向けている。ヤツのいる場所と反動を考えて、大体の銃弾の通り道を算出する。

 俺は素早く左腰の銃を抜いて両手で照準をつける。俺とヤツの距離を考えて、この角度なら同時に撃って交差するという角度を見つける。そしてラカムが指に力を込めたタイミングで、同時に引き鉄を引いた。ちゅいんという甲高い音がして、二つの銃弾がぶつかりあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「野郎……! マジかよ!」

「この間の仕返しだ。素直に見逃してくれ」

 

 俺はラカムに言って、構わず進んでいた黒騎士へ小走りで追いつく。

 

「余計な真似を」

「いやぁ、上手くいって良かった。ミスって銃弾こっちに来たらどうしようかと思ったぜ」

「貴様……」

「上手くいったんだからいいだろ?」

「結果論だな」

 

 残念、不要な手出しは褒めてもらえないようだ。別に褒めてもらわなくてもいいんだけど。

 

「で、俺達はこのまま静観するのか?」

「ああ。役割は全てが終わり、リヴァイアサンが倒された後だ」

「ほう。案外信じてるんだな、あれに勝てるって」

「ふん。勝ってもらわなければ困るというだけだ。死に物狂いでヤツらは超えるだろうがな」

「なるほどねぇ。じゃあ二度目のお手並み拝見といきますからぁ。……あ、オルキスミニアップルパイ食べる?」

「……食べる」

「貴様……」

 

 手出し無用とのことなので、俺は気を抜いて観戦モードに入る。

 俺特製「冷めても美味しいミニアップルパイ」を三人で食べながら遠くでリヴァイアサン戦を見守るのだった。



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アウギュステでの決戦

※連続で更新しています。


 アウギュステの守り神リヴァイアサンが現出し、荒れ狂う彼の星晶獣を鎮めるべく、グラン達は剣を取り気合いを入れ直す。

 

「皆、まだいける?」

 

 グランが仲間達に呼びかける。

 

「うん、いけるよ!」

「先程の戦いでの傷も治った。問題ない」

「わたしだってまだまだ魔力が有り余ってるんだから!」

 

 女性三人の頼もしい言葉を聞いて、グランはほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「そっか。じゃあ皆でリヴァイアサンを止めよう!」

「はい! 絶対に助けてみせます!」

 

 グランとルリアが意欲を見せて、

 

「おっしゃぁ、やってやろうぜぇ!」

 

 小さな竜が拳を突き上げ動き始める。

 

「とは言ってもなぁ。リヴァイアサンは海にいるだろ? こうも遠いと俺かオイゲンのおっさん、ガキンチョぐらいしか攻撃が届かねぇ」

「ガキンチョって言わない!」

「私とグランが【ソーサラー】か【マークスマン】になれば届きはしますけど、決定打には薄いですよね」

 

 ラカムの声にイオが噛みつき、ジータが冷静な判断を下す。

 

「それなら、私が皆さんを運びます」

 

 ルリアが意を決したように告げて、グランと目配せをする。

 

「ルリア、一体なにを……」

 

 カタリナが困惑する中、グランがルリアの隣に並びその手を取った。二人が瞑目すると、繋いだ手に光が灯る。

 

「――始原の竜、闇の炎の子。汝の名は……」

 

 ルリアの詠唱が響く。二人は繋いだ手を掲げ、声を揃えてその名を呼んだ。

 

「「バハムート!」」

 

 どこからともなく、強大な力が溢れ出る。そして、黒銀の鱗を持つリヴァイアサンに勝るとも劣らない大きさの竜が召喚された。召喚位置を調整したのか、グラン達を背に乗せるように顕現していく。

 

「おわっ!? 運ぶってことはまさか……」

「はい! バハムートと一緒に突っ込みます!」

 

 ラカムが落ちないようバランスを取りながら呟くと、ルリアがはっきりと返した。

 

「無茶するなぁ、もぅ」

「全く。それならそうと先に言ってくれれば良かっただろう」

 

 窘める言葉だが、その顔は苦笑いだった。

 

「はっはっは! 嬢ちゃん意外と大胆なんだな!」

 

 しばらくぽかんとしていたオイゲンも、我に返って豪快に笑う。

 

「俺も付き合わせてもらうぜ。これまでずっとこのアウギュステや俺達を守ってくれていたリヴァイアサンを、災いとして残させるわけにはいかねぇ。行って目ぇ覚まさせてやらねぇとな」

 

 確かな決意を滲ませて言った。全員の心が一つに決まっ――

 

「ちょ、ちょっと待って! あんなのに突っ込んで落っこちたりしたらどうするのよ!」

 

 下は海。海こそリヴァイアサンの領域。確実に荒波に揉まれて溺死するだろう。

 最年少の心配にどう答えたものかと皆が悩む中、

 

「なんだガキンチョ。やっぱり怖いか? なら降りて待っててもいいんだぜ」

 

 ラカムが煽るように告げた。彼の言葉にかちんと来たようで、

 

「むっ。ガキンチョじゃないって言ってるでしょ! いいわよ、行ってお子様じゃないってところを見せてやるんだから!」

「言ったな? よぉし、じゃあ突っ込んでリヴァイアサンを助けてやろうぜ!」

「「「応!」」」

 

 売り言葉に買い言葉でイオが言ったことで、今度こそ全員の心が一つになる。

 

「行って、バハムート!」

 

 そして、ルリアの指示に従ってバハムートが翼を羽ばたかせリヴァイアサンへと突っ込んでいく。全員振り落とされないように屈んで掴まった。

 

 睨み合った二体の星晶獣が咆哮して激突する。手足のないリヴァイアサンと比べて手足のあるバハムートの方が有利なのか、がっしりと首を掴み動きを封じようとする。リヴァイアサンも負けじと海面から出した尻尾からバハムートの身体に巻きついて締め上げる。

 バハムートも動けないが、これでリヴァイアサンも動けない。

 

「グラン、今の内に!」

「ああ! ――《ウロボロス》!」

 

 ジータの声に応じて、グランが虹の結晶を出現させてから蛇が絡みついたような杖を召喚する。それを彼女に放り、もう一度。

 

「《パラシュ》!」

 

 両刃の斧を召喚する。

 これが、グランだけが持つ特異能力の『召喚』である。同じ『ジョブ』を持つジータやダナンは持たない能力で、ある特殊な石――宝晶石を消費することでランダムに武器を召喚することができる。また、一度獲得した武器は自在に召喚することが可能となるため、石で得るのに加えて武器屋で購入しても良い。

 石を消費しても被ることがあるため、その場合は無意味にただ消費するだけとなる。

 

 ちなみにグランは収集癖があり、ランダムで『召喚』される武器を全て集めたいと思っている。そのため最近はシェロカルテからルピで石を購入して『召喚』することが増えて出費が嵩んでいるのが、団の悩みだったりするのだが。

 

「【ソーサラー】!」

 

 元々【ウォーリア】だったグランはそのままで、ジータの姿が変わる。腰から伸びる布がスカートのようになっており、肩には黒いファーをつけている。……ただし如何せん上半身が目に毒だ。

 

「この巨体だ! 皆渾身の一撃を叩き込むぞ!」

 

 バハムートが抑えている間に各々力を溜めていく。巨体に人がダメージを与えるには、全力全開の一撃が必要だ。

 しかし小さき者達の大きな力を感じ取ったのか、リヴァイアサンは激しく暴れ回る。踏ん張るバハムートの上で揺られながらも、集中し力を高めていった。それを見てか、暴れるのをやめて代わりに。

 

 バハムートの胸元ほどの高さを持つ津波を引き起こす。

 

「なっ!」

 

 なんとか背に乗っていた一行は無事だったが、波は街の方へと向かってしまう。

 

「クソッたれ! このままじゃリヴァイアサンを倒せても街が滅んじまう!」

 

 オイゲンが叫び、他の者も街が危ないと知って集中が乱された。

 

「ルリア、大いなる破局(カタストロフィ)で波を打ち消せないか!?」

「む、無理です! リヴァイアサンを抑えるので精いっぱいで……。それに余波で街に影響が……」

「くっ……! 今から戻っても遅いかもしれないけど、さっきまで溜めていた力で波を相殺するしかない!」

「でもそれじゃあリヴァイアサンが……」

「だからって街の人達を見捨てるわけにはいかない!」

 

 リヴァイアサンを倒す力と、津波を止める力。一行にはどちらか一つしかなかった。そしてどちらを取っても打つ手がなくなってしまう。

 ここに来て手詰まりか、と誰もが思ったその時。

 

「若人が簡単に諦めるでないぞい」

 

 老いた男性の声が近くから聞こえ、一行が驚いてそちらを向く。そこには鍔の広い帽子を被り白い髭を蓄えた老人が立っていた。

 

「お爺ちゃんなんでこんなところに? ここは危ないわよ」

 

 イオが老人を心配するが、

 

「ふぉっふぉっふぉ。心優しいお嬢ちゃんや。心配は無用じゃよ」

 

 朗らかに笑うだけだ。

 

「そんなことよりほら、困っておるのじゃろう? 波はワシらの方でなんとかするから、気にせず海の神の相手に集中するのじゃぞい」

「なんとかするって? それにワシらって……」

「細かいことを気にしている暇があるかのう。お主らの竜も疲労が見えておる」

「バハムート……」

 

 巨体故にわかりにくかったが、確かにバハムートもリヴァイアサンを抑えることで徐々に消耗しているようだった。

 

「安心しな、嬢ちゃん達。その人がそう言うなら大丈夫だ」

「オイゲン、知ってるのか?」

「顔見知りってわけじゃねぇが。なぁ、剣の賢者さんよ」

 

 オイゲンの声に、老人は笑うだけで答えた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。ではリヴァイアサンは任せたぞい」

 

 そう言って、剣の賢者はバハムートの背中を滑り降りるように駆け出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 イオは呼び止めようとして、彼が高速で駆け下りているのを目にしてやめる。老人は上を向いた尻尾の先端から、跳躍した。駆け下りた勢いをそのままに跳躍し空中に身を躍らせながら左右の腰に提げた剣と仕込み杖に手をかける。

 

「年甲斐もなく滾ってしまうわい。――白刃一掃!」

 

 二本の剣が波に向かって閃いた。交差するように一瞬の内に放たれた二つの斬撃は巨大な波を引き裂いた。……ついでに着水の瞬間剣を振るい、海を割って着地し海が戻るまでの間に陸へと戻っていった。

 

「……なんだあの爺さん。化け物かよ」

 

 歳を一切感じさせない覇気を纏った老人の所業を目にして、ラカムが呆然と呟いた。彼だけでなく、一行の誰もが目を見張っている。

 

「ったくよ。俺も老いぼれちゃいねぇとは思ってるが、あんなん見せられちゃまだまだだと思うわな」

 

 この中では一番年齢の高いオイゲンがボヤく。

 

「でもまだ他の波が……」

「そうだぜ、いくらあの爺さんでも波全部をなんとかすんのは……」

 

 ルリアとビィの不安に応えたのは、波が向かっている港近くにいた者達であった。

 

「あそこまでの業を見せられたら血が滾ってしまうわい」

 

 一人はハーヴィンの老人だった。髭を短めに揃えた彼は一見するとただの釣り人にしか見えない恰好をしていたが、左右の腰の剣に手を添え迫り来る波を見据えるその姿からは、先程の老人に匹敵するほどの覇気を発していた。

 

「万に及ぶ打ち合いを一太刀で結ぶが由来よ」

 

 二本の剣を抜き放ち波へ斬撃を放つ。しかし波の勢いは一向に収まらない。だが、

 

「奥義! 万結一閃じゃ!」

 

 最後の一振りが放たれた時、それまでに放たれた斬撃の軌跡が結びつく。すると結ばれた全ての斬撃が開き波を切り裂いた。

 

「まだじゃよ」

 

 きん、と剣を鞘に収めた瞬間、特大の斬撃が更に波を切断した。

 

「ま、ちょっとは手を貸してあげようかな」

「街の人達が危険に晒すわけにはいかないからな」

 

 また別の方面には、真紅の鎧を着たヒューマンの女性と漆黒の鎧を着たドラフの男性が佇んでいた。

 

「いくわよバザラガ! ヘマすんじゃないわよ!」

「お前こそしくじるなよ、ゼタ」

 

 二人は軽口を叩きつつも互いの実力は信頼しているようだった。

 

「アルベスの槍よ! その力を示せ!」

「大鎌グロウノスよ! 力を示せ!」

 

 二人は互いに、手に持った武器の名を呼び波へと突っ込んでいく。

 

「プロミネンスダイヴ!」

 

 ゼタは槍に力を収束し、突き出すと同時に高速で突撃した。槍の先端から収束した力が翼のように広がり波を裂いていく。波に向かって少し斜めに突撃することでより広範囲を攻撃していく。

 

「ブラッディムーン!」

 

 バザラガは津波に向けて赤い光を纏う鎌を振るった。鎌から放たれた赤い斬撃は津波へ激突すると、その場で円を描くように一人でに回転し始め勢いを散らす。

 

「こっちは気にしないで、星晶獣の方に集中しなさい!」

 

 ついでに近くまで寄ったゼタはバハムートに乗るグラン達へ向かって叫んだ。……その後すぐに海へ落ちたのはカッコがつかなかったが。

 

「……皆! 僕達はリヴァイアサンを!」

「手伝ってくれた皆のためにも、ここで決めなきゃ!」

 

 波が全て払われたことで余裕のできた二人の団長が仲間を鼓舞し、誰よりも率先して力を溜め直す。後押しされた二人は先程よりも強く、深く集中して力を溜めていく。

 二人に負けていられないと、他の面々も全力を出し切るために力を溜める。

 

 しかし、リヴァイアサンは再度津波を発生させる。規模こそ小さいが速い波だった。そしてその正面には誰もいなかった。

 

 その時、紫の蝶が海岸を飛ぶ。

 

「……舞えよ胡蝶。刃は踊り神楽の如く」

 

 紫の長髪を持つドラフの女性が忽然と現れて、腰の刀を抜くと柄を上に、切っ先を下にして構えた。

 

「鏡花水月」

 

 更に彼女の身体に赤雷が迸る。いつかダナンの使ったブレイクアサシンと同じように。

 

「舞い踊りなさい……」

 

 紫の蝶が刀の形状を変える。刃が広くいくつにも尖った歪な刀へと。彼女が一振りして斬撃をぶつけるだけで波は裂けていく。そして左腰に刀を構えると形状が元に戻り、代わりに波を横断するように紫の蝶が群がっていく。

 

「胡蝶刃・神楽舞」

 

 静かに放たれた一言と同時に横薙ぎに振るわれた刀の切っ先に合わせて、波が真っ二つに裂けていった。

 

 規模が小さめだったとはいえ一人分の三倍はある波を一人で対処してみせたのだ。

 ちなみにこの場で彼女を知る唯一の黒衣の少年は、フードを目深に被り決して見られまいとしていたらしい。

 

「あの娘っ子やるのう。これは変幻自在も世代交代かのう。きっちっち」

 

 妖剣士と呼ばれ変幻自在の剣技を持つハーヴィンの老人は、しかし自分の知らぬ強者を見て楽しげに笑うのだった。

 

「レイジ! ウェポンバースト!」

「イグニッション!」

 

 グランが仲間全員の筋力を上昇させた上で、自らの奥義の威力を高める。オイゲンも続いて奥義の威力を高めた。

 

「皆! 準備はいいか?」

「うん、いけるよ!

「ああ、問題ない」

「一発どでかいのぶち込んでやるぜ!」

「あたしの魔法も凄いんだって見せてやるんだから!」

「任せときな!」

 

 全員が頼もしく答えたところで、

 

「お願い、バハムート! 皆に力を貸して!」

 

 ルリアが最後の一押しでバハムートの力を仲間達に宿す。

 

「おっしゃぁ! リヴァイアサンを助けようぜぇ!」

「「「応!」」」

 

 ビィに呼応して、準備の整った一行が動き始める。

 

 先陣を切ったのはラカムだった。

 

「ちょっと痛ぇが我慢してくれよ。バニッシュピアーズ!」

 

 特大の火炎と共に弾丸を放ち、リヴァイアサンの顔を仰け反らせる。

 

「エレメンタルガスト!」

 

 極限まで集中したイオが冷気の竜巻でリヴァイアサンを襲う。本来なら巻きつかれているバハムートまで凍ってしまうのだが、完璧にコントロールしてリヴァイアサンの身体のみを凍てつかせていた。

 

「我が奥義、受けるがいい! アイシクル・ネイル!」

 

 カタリナが出現させた水の刃でリヴァイアサンの身体を斬りつける。

 

「もう少しの辛抱だからね。アルス・マグナ!」

 

 ジータが杖を翳すとリヴァイアサンの頭部付近に青と赤二つの輪が現れ、衝突する。衝突した真ん中から雷撃のような一撃が放たれ、脳天を直撃する。

 リヴァイアサンがフラつきを見せたところに、

 

「うおおぉぉぉぉぉ!! 大切断ッ!!」

 

 雄叫びを上げてグランが両手で思い切り斧を真上から振り下ろした。斬撃は縦に大きく伸びてリヴァイアサンの身体にダメージを与える。

 遂に力なく倒れそうになったリヴァイアサンが最後に見たのは、鍛え抜いた身体を持つ眼光の鋭い隻眼の老兵が、銃を構えているところだった。

 

「……あの時は娘を助けてくれてありがとうな、リヴァイアサン。今度は俺が助ける番だ! ディー・アルテ・カノーネ!」

 

 オイゲンの銃から放たれた強力な一撃が、リヴァイアサンの意識を刈り取るのだった。




リヴァイアサンとの戦いはアニメやら漫画やらからちょくちょく持ってきています。
だからナルメアが出てきただけで、深い意味はありません。


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昏き決意

昨日は二話更新してたのでいいかな、と思い夜に更新しませんでした。
ギリセーフかなと。


「あいつらマジかよ。リヴァイアサンを倒しやがった」

 

 ことの始終を見ていた俺は、呆然と呟いた。

 

 リヴァイアサンは大人しくなり、グラン達はバハムートが消えかかっているからか慌ただしく地上へと戻ってきた。落ち着きのないことだが彼らの顔は晴れやかで達成感に満ちていた。

 

「行くぞ」

 

 黒騎士に動揺はなく、つかつかとヤツらの近くまで歩いていく。

 

「……もう休んでいいからね、リヴァイアサン」

 

 ルリアがコロッサスの時と同じようにリヴァイアサンを吸収していく。……バハムートのことと言い、不思議な力を持つ子だ。仲睦まじそうにグランと手を繋いでいたが、どんな関係なんだろうか。話ができる機会があったら盛大にからかってたりたい。

 

「…悪いがその力、こちらにも渡してもらうぞ」

 

 傍らに立つ黒騎士が言って、

 

「……じゅる」

 

 オルキスもなにをする気なのかわかっているらしく少し前に出た。

 

「黒騎士!? なにをする気だ!」

 

 俺達の登場に警戒心を露わにするが、別に黒騎士自体が敵意を持っているわけではなさそうだ。これなら戦わないかな?

 

「言っただろう。我々にも役割がある、と」

 

 言って、黒騎士はオルキスへと視線を落とす。

 

「さぁ、人形。お前もその力を喰らえ」

「……ん。いただき、ます」

 

 オルキスは言うとルリアと同じような光を発して、リヴァイアサンからルリアへと流れ出る光の流れを自分へと移す。

 

「ひゃんっ!? な、なに……!?」

「あの女の子もリヴァイアサンの力を!? ルリアと同じことができるのか!」

 

 吸収を中断させられたルリアも、旅を共にしてきたラカムも驚いていることから、彼らも知らなかったのだろう。

 やがてリヴァイアサンから流れる光が全て吸収された。

 

「……ごちそう、さま」

 

 吸収し終えたオルキスはいつもと変わらぬトーンで呟いた。

 

「ちょっと黒い……鎧の! どういうことか説明しなさいよ!」

 

 イオが黒騎士に声をかけようとして、近くに真っ黒な俺もいるからか微妙につけ足しつつ尋ねる。

 

「答える義理があるとは思えないが……そうだな。答えを知りたくばルーマシー群島まで来るといい。まぁ、そこで答えが得られるかはお前達次第だがな。もう行くぞ、人形」

「……またね」

 

 黒騎士は言うだけ言って踵を返す。オルキスは表情を変えずに小さく手を振ってその後に続く。状況がイマイチ理解できていない俺は後で尋ねようと思いながら、グランとジータへ微笑みかける。

 

「じゃあな、お二人さん。また会おうぜ」

 

 ひらひらと手を振って別れを告げ、決してあの人にバレないようフードを被ったまま二人の後をついて歩いた。

 

 帝国兵はすっかり撤退したのか、全く姿が見えない。俺達三人が小型騎空艇まで戻ってきても、あれだけ盛大に出迎えてくれた兵士達はいなくなっていた。

 

「おいおい、寂しいな。俺達置いてさっさと逃げやがったぞあいつら」

「ふん。フュリアスが率いているなら当然のことだ。アウギュステへの侵攻は兎も角、アドウェルサは完成した。悪戯に兵を消費するよりは利口だろう」

 

 小型艇が残っていただけマシだ、と黒騎士は憮然として言う。まぁ帰れなくなるよりはいいか。

 

「いつまでフードを被っているつもりだ、貴様は?」

 

 小型艇に乗り込みながら、細工などされていないか確認していた俺に声をかけてくる。……ああ、そういや被ったままだった。いやだってまさかこんなところでナルメアと会うなんて思ってもみなかったんだもん。そりゃ隠れもするわ。

 

「そうだな、もう充分だろ。おっちゃん、こっちはオーケーだ。発進してくれ」

 

 俺はフードを外し小さな船室へと入る前に三人乗ったので操縦士のおっちゃんに声をかけた。帝国の息がかかっておらず事情に深く踏み込まないいい人だ。操縦の腕前も良くて乗り心地がいいというのもいい点だった。

 

「なぜフードを途中から被る必要があった?」

 

 こちらが先程のオルキスのことなどについて聞こうと思っていたのだが、先に質問されてしまった。

 

「あー……。別に話したくないわけじゃないんだが、ちょっと知り合いがいてな。あんまり顔見られるとマズいのかと思って隠したんだ」

 

 あなたに助けられた命で多くの人の命を奪っています、なんて言えるわけねぇしな。会わせる顔がないっつうか。まぁ金も少なくなってきたし、もうちょい稼いでから会った方が恩を返しやすいかな、っていうか。

 

「ほう? あの最後に波を斬った小娘がか。どこで知り合ったかは知らないが、まさか浮ついた関係ではないだろうな」

 

 少し面白そうに尋ねてくる。……こいつ、楽しんでいやがる。

 

「そんなんじゃねぇよ。ってかあんたもそういう風に結びつけるんだな。ドランクを連想したぞ」

「貴様、どうやら死にたいらしいな……!」

 

 黒騎士が冗談なのか腰の剣を握って威圧してくる。

 

「だったらそういうんじゃねぇ、で納得しとけ。……俺からも聞いていいか?」

 

 彼女を宥めつつ、少し真剣な雰囲気を持って聞いてみる。

 

「なんだ?」

 

 冗談だったようで剣にかけた手を下ろしてくれる。

 

「グラン達と一緒にいたあの隻眼の老兵、あいつお前の親父かなんかか?」

「貴様、なぜそれを……っ!」

 

 俺の質問に動揺し、その後で自分の失言に気づく。

 

「前に俺が軽口で言った『家庭を省みない父親』に過剰に反応してたし。あんたの素顔を知ってる身としちゃ、似たとこあるのがわかったしな。髪の色とか目つきの鋭さとか――っ!」

 

 語っている内に、俺の首筋に剣で突きつけられていた。

 

「貴様、どうやら死にたいらしいな」

「……ドランクと一緒にされた時とセリフが変わってねぇぞ」

 

 軽口を叩きつつも、兜の奥の瞳はおそらく本気だろうと当たりをつける。……この反応、どうやら親子ってことで間違ってはねぇようだな。なら、もう一つ疑問が湧いてくる。

 

「……俺の中ではあんたをあのおっさんの娘と仮定する。となるともう一つ疑問が出てきてな。あのおっさん、最後リヴァイアサンにトドメを刺す時『娘を救ってくれた』っつってたんだが、それがあんただとしたら。あんたは命を救ってくれたリヴァイアサンが苦しむようなことを、故郷の人が苦しむのを見逃してたってことになる。そうまでして成し遂げたいあんたの目的ってのはなんだ?」

 

 俺は表情と声を真剣なモノにして聞いた。最悪首が刎ねられることも考えていたが、黒騎士は剣を下ろして鞘に納めた。

 ……まぁ半分は嘘だけどな。あの距離で遠くの声が聞こえるはずもない。買ってた単眼鏡で眺めつつ読唇術でそれっぽく訳してみただけだ。どうやら無事当たってたみたいだけどな。

 

「……観察眼を褒めたのは間違いだったな」

 

 言いながら、どっかりと室内にあったベッドに腰かける。

 

「じゃあ……」

「そうだ。私はあのアウギュステで生まれ育った。あまり覚えていないが……海で溺れて奇跡的に助かったのも事実だ」

 

 覚えていないならまだしも、わかっていてそれを度外視したと言う。なにが彼女をそこまで突き動かすのか。

 

「いいだろう、貴様には話してやる。ただし他言無用だ。私が話すと決めた者以外には話すなよ。墓まで持っていく覚悟で聞け」

「おう、望むところだ。こう見えて口は堅いからな。と言うか、多分おいそれと口にできねぇ内容だろうしな」

「わかっているようだな」

 

 黒騎士は立てた膝の上に肘を突いて手を組み、壁に寄りかかって立つ俺に向けて語り始める。オルキスは変わらぬ無表情でちょこんと黒騎士の隣に、距離を空けて座った。

 

「私の目的は――オルキスを取り戻すことだ」

 

 重い口が開かれた。……オルキス、と言われてぬいぐるみを抱える青髪の少女を見るが、()()。そうだ、黒騎士はこの子を「人形」と呼んでいる。それはつまり。

 

「……オルキスは、あんたの言ってるオルキスとは別なのか」

「そうだ」

 

 黒騎士は全くトーンを変えずに断言する。オルキスは僅かに俯いた。……闇が深ぇなぁ。

 

「オルキスは……エルステ()()の王女だった」

「王国……エルステ帝国の基盤になったとかいう国か。王族は確か……王女を残して死亡。王女も行方不明、だったか。なにかの記事で読んだ気がするな」

「ああ。エルステ王国は、あの時滅んだと言っていい。今帝国はあの女狐――宰相フリーシアが実権を握っているが、ヤツも元々エルステ王国の人間だ」

「ふぅん。で、オルキス王女とこのオルキスの関係は?」

「さぁな。詳しいことは、その場にいなかった私が知る由もない。調べているが、オルキスがいなくなり代わりにこの人形があった。フリーシアも驚いているようだった。星晶獣の仕業だと言っていたが。ただ、なにかがあったのだけは紛れもない事実だ」

 

 黒騎士でも不確かってことか。

 

「ちなみにこのオルキスが本物のオルキス王女ってことは?」

「断じてない。オルキスは……明るく快活で周りを笑顔にするような、そんな優しい子だった」

 

 僅かな可能性を探ってみるも、きっぱりと断言されてしまった。確かに明るいオルキスを知っているなら今の感情が薄いようなオルキスは別人と言えるのかもしれない。

 

「……ただそれが、記憶を全て失ったオルキスなのか、それとも全く別の存在なのかは私にもわからん」

 

 黒騎士にも不明な点は多いということか。

 

「そんな不確かな状態で取り戻そうってのか? もし全く別の存在だとしたら、どうやっても取り戻すことは不可能だろ。こいつがオルキスじゃなくて、オルキスはもういないってんならな」

 

 現実を突きつけるようだが、取り戻すと一口に言ったってその方法がなければ無駄足だ。方法もないのに願望だけを抱えて動いているようなら、俺は協力できない。

 

「方法はある」

 

 またしても断言した。……まぁ、なければ心が持つはずもねぇ、か。夢幻(ゆめまぼろし)を追いかけるだけで七曜の騎士に至るのは、多分無理だ。確固たる意志と覚悟がなけりゃな。

 

「ルリアには魂を分け与える能力がある。その力で魂のない肉体へ魂を与えると、ルリアの人格が魂と共に移植される。そして、能力を持つルリアに以前のオルキスの人格を再現し、人形の人格を上書きする。記憶は引き継がれないが、以前の人格のオルキスを取り戻す……これが、私の計画の全てだ」

 

 意識してか一定の声音で告げてくる。

 

「待てよ? それって下手すりゃ二人共……」

「ああ、犠牲になるだろうな」

 

 俺の懸念を黒騎士は先んじて口にした。……わかっててやるつもりなのかよ。どんだけ重い覚悟なんだ。

 

「……そうかよ。話はわかった」

「そうか」

「つまりあんたは重度の友達想いってことだな」

「……貴様、おちょくっているのか」

「違ぇよ。俺はてっきりあんたがルリアとオルキスが持つ星晶獣の力で世界を滅亡させる。とでも言うのかと思ってたからな。随分、なんていうか身近で小さい目的だ」

「バカにしているのか?」

「してねぇって。現実味があって、いい目的じゃねぇか。今いるルリアとオルキスを犠牲にするとしてもな。大それた野望なんかより、余程好感が持てる」

「……嘘を吐くな、貴様友人などいないだろう」

「そりゃな。でも別に、俺はそれ聞いたからって離反はしねぇよ? ただまぁ、それとオルキスを人形と呼ぶことは別な」

 

 俺は表情が陰っているオルキスの脇を抱えて持ち上げる。少し驚いたようにこちらを見てくる瞳に笑いかけた。

 

「貴様なにを……」

「俺はあんたの目論見を阻むつもりはねぇよ。阻もうとして殺されたら俺の目的が達成できないしな。自分の目的を優先する、できる人間だ」

 

 例え今いるオルキスを見捨てる選択肢だろうと、弱い俺にできることなんてたかが知れている。多分俺には見捨てる以外の選択肢を選べない。仮に今のオルキスを助けたいから別の方法を探そう、という心があったとしてもそういった感情を脇に置けてしまう人間だからだ。

 

 しかし、同時にこうも思うのだ。

 

「――犠牲になるんだとしたら、もうすぐ終わるんだとしたら、もっとやりたいことやってかねぇと勿体ないじゃねぇか」

「……」

 

 オルキスを下ろし、黒騎士を見据える。

 

「なにもできなくて消えるより、なにか残して消えた方が、俺はいいと思うんだけどなぁ」

「……ふん。私が目的を成す前に、その人形に愛着が湧いて反抗しなければいいがな」

「へぇ? もしかしてオルキスを人形って呼んでるのってそれが理由だったりする?」

「なんだと?」

 

 にやりと笑った俺に、黒騎士が鋭い声を発する。

 

「いやだってそうだろ? わざわざ情がなくて『オルキスとは違う』っていう呼び方だからな。わかりやすく突き放す言い方ってのは相手にそれを伝えるモノでもあり、自分に言い聞かせるためのモノでもある。距離を置いて接しないと情が移って決心が鈍っちまうってことだよなぁ」

「……貴様、いい加減に口を慎め」

「やなこった。それに――」

 

 怒気を孕んだ言葉を受け流し、笑みを引っ込めて真面目な表情をする。

 

「全てを投げ打ってでもオルキスを取り戻したいんだろ? それとも、あんたの覚悟ってのはその程度で揺らぐのか?」

「っ……!」

 

 黒騎士は俺の言葉に視線を逸らした。

 

「いくらこのオルキスが昔のオルキスと違うったって、心はあるんだ。冷たく扱われて悲しいまま終わるより、大切に扱われて温かいまま終わった方がマシだと思うんだけどな。なぁ、オルキス?」

 

 俺が言って頭を撫でてやると、どうしたらいいかわからないのか瞳が揺れていた。

 

「確かに別れは辛くなるかもしれねぇが、俺はあんたらと手ぇ組みたいってだけで、あんたに協力するとは言ってねぇんだな、これが。あんたがどんな事情だろうが、俺にとっちゃあんたら四人に変わりはない。つまり、オルキスがこうしたい、ってんなら俺はそれを手助けするぜ。黒騎士にだけ協力するなんて不公平だろ?」

「……チッ。貴様に話したのは失敗だったようだな」

「それはまだわかんねぇよ? 別に俺はあんたの目的を邪魔しようってんじゃないからな。結末は変わらんかもしれん」

「そこの人形が感情を持って、嫌だと喚き散らすことになってもか?」

「もちろん、俺はやれる。残念ながらな」

 

 というか多分、そこまでいったら黒騎士はオルキス見殺しにできねぇんじゃねぇかなぁ。きっと。それかどうしたらいいかわからなくなって自棄になりそう。後者だったら怖いな。

 

「……そうか。なら好きにしろ。ただ、私の気持ちは変わらんぞ」

「それこそ好きにしたらいい。ただ、オルキスがもしあんたと仲良くなりたいって言ったら俺は協力惜しまないけどな?」

「……ふん」

 

 なんとか黒騎士は矛を収めてくれた。……俺は別に目的を打破したいわけじゃない。ただ黒騎士の目的だけじゃなくて、オルキスや黒騎士本人の気持ちを汲んでやりたいだけだ。折角全てを捨ててまで助けたい友人がいるんだ。生涯を賭けてやりたいことがあるんだ。

 俺なんかとは、違ってな。

 

「よし。じゃあ黒騎士の了承も取れたことだし、なんかやりたいことはあるか?」

 

 俺が屈み込んでオルキスに尋ねると、黒騎士さんから「私は了承していない」という鋭い視線が飛んできた。

 

「……やりたいこと?」

「ああ。最初は小さいことでいいからな」

「……」

 

 聞かれて、オルキスは少し悩むように顔を伏せた。返答を待っていると、顔を上げてこう言った。

 

「……アップルパイ、いっぱい食べたい」

「ふっ」

 

 普段と変わらない返答に、思わず吹き出してしまう。黒騎士も兜で見えないが多分凄く微妙な顔をしている。

 

「そっかそっか」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でる。

 

「……?」

「いや、なんでもねぇよ。それなら、帰ったらいっぱい食わせてやろうな。あと原案者に頼まれてチョコパイも作ってみてくれって言われてるから、それも試食してくれ」

「……わかった。がんばる。ぐっ」

 

 俺の言葉に、妙なやる気を見せたオルキスはぬいぐるみを抱えていない方の手を握った。

 

「……ふん」

 

 そんな俺達を、黒騎士はつまらなさそうに眺めるのだった。




ということで本編より大分早く黒騎士の目的が明かされました。
まぁこっち側についたらそうなりますよね。


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ただの傭兵としてだけでなく

 二人の傭兵の情報によると、ヤツらがルーマシーへ行くまでに一週間の猶予があるとわかった。今回は別に策を弄するわけではないので、俺達もギリギリまで待って問題ない。

 

 どうやら二人もあのタイミングでアウギュステに顔を出していたようで、グラン達が手を貸してくれた人達と宴を催し、それぞれと関わりを持とうとしているという話だった。……とんでもねぇ剣士がいっぱいいたからな。もしあいつらの騎空団に加わるようなら大幅な戦力アップとなるだろう。旅を共にするかは兎も角、協力を取りつけるだけでも充分な戦力だ。

 ついでに個人的な話をするなら、ナルメアには是非あの騎空団に入って欲しい。いいヤツしかいないし。俺みたいなヤツと関わるより余程健全だ。

 

 加えてルーマシー群島で黒騎士と戦うことも考えて少し特訓しようという話になったらしい。そのためにも手伝ってくれた人達と関わりを持つ必要があったとか。

 

「あの場にいたのは“剣の賢者”アレーティア、“妖剣士”ヨダルラーハ。加えて対星晶獣組織に属する“真紅の穿光”ゼタ、“冥闇の剛刃”バザラガ、あと参加はしてないけど“地砕の霹狼”ユーステスもいたかな〜。最後の凄い可愛い娘は知らな痛ってぇ! す、スツルム殿!?」

「報告くらいちゃんとしろと何度言えばわかる。最後のドラフの女はまだ名前の知られていない無名の剣士だ。それにしては見事だったがな」

 

 俺達が戻ってきたその日中にドランクとスツルムも帰ってきた。いつもの調子で報告が上がってくる。……よく調べてくるよな、ホント。ってかいつあの島に来たんだよ。

 

「ドラフの剣士についてはこいつが知っている。なぁ、ダナン?」

 

 黒騎士のヤツ、裏切りやがった……!

 

「えっ? ダナン君ってばいつの間にあんな可愛い娘と知り合いになってたの? 今度僕にも紹介し痛って! 痛て、痛ててて! ち、ちょっとスツルム殿!? 刺しすぎ! 刺しすぎだから!」

「……煩い黙れ」

 

 ドランクが軽口を叩いてスツルムにざくざくと刺されている。それは兎も角。

 

「てめえみたいなヤツに紹介するわけねぇだろ鏡見てこいよこの軽薄男が」

 

 にっこり笑顔で言おうとしたら、ごっそり感情の抜けた声が出てしまった。

 

「「「……」」」

 

 全員の表情が固まっていた。……おっとつい本音が。

 

「……ってのは冗談だ。えっと……あれだな。昔世話になった人だよ」

 

 慌てて取り繕うが、四人は一ヵ所に集まって小声で話し始める。

 

「……ねぇちょっと? ダナン君凄い怖いんだけど」

「……お前が不用意なこと言うからだ」

「……怖かった」

「……実は人形より感情がないのではないか?」

 

 おいお前ら聞こえてんぞこら。

 

「あー……悪い、ついな。それよりほら、飯作り終わったから席に着け」

 

 俺はちゃんと普段通りの声が出るように意識しながら言ってテーブルに料理を並べていく。空腹には逆らえないのか、気まずくなった空気を無視して着席していった。

 

「……ダナン。唐揚げ欲しい」

「なに? ダメだ、ドランクから貰いなさい」

「……ドランク」

「えっ? 僕も嫌だなぁ。スツルム殿――痛って! フォークで刺さないで!」

「肉をやるわけがないだろう。むしろもっと欲しいぐらいだ」

「……」

 

 三人に断られたオルキスは一人黙々と食べている黒騎士を見上げるが、なにも言わず唐揚げのなくなった皿に目を落とした。そんな彼女を見てか三人で黒騎士を見つめたからかはわからないが、オルキスの皿へ唐揚げを一つ分けてやる。驚いたようにオルキスが黒騎士を見上げた時には、素知らぬ顔で食べ進めていたが。

 

「……ありがと、アポロ」

 

 少し嬉しそうなオルキスの礼を無視して黙々と食べ進める黒騎士だったが、思わずドランクと顔を見合わせて笑ってしまう。……後で締め上げられたのは兎も角。

 

 そして毎度の食後会議。

 今日はポテトを薄くスライスして油で揚げたモノを摘んでいる。オルキスは五段アップルパイだが。

 

「アウギュステ以外の島はどうだったかまだ聞いていなかったな」

「ルーマシーにはユグドラシルがいるねぇ。アルビオンはすぐわかったよ、シュヴァリエだって。でもこっちはフュリアス少将が手を出してるみたいだねー。あっちこっち忙しい人。あと近くだとガロンゾかな。こっちはまだ帝国が踏み出す前ってところ」

「そうか。もう一つの方は?」

「十天衆は付近の島で目撃され始めている。よく聞くのはシエテ、ソーンの二人だが、エッセルとカトルも二人一緒にいるところを目撃されている」

「続々と集まってきている、というわけか」

「ああ。目撃情報は上がっていないが、ウーノとシスは近くにいるだろう。他の四人は情報が全くない」

「そうか」

 

 色々名前が出てきてわからんな。

 

「……エッセル、銃の人。カトル、短剣の人。ウーノ、槍の人。シス、格闘の人」

 

 顔に出ていたのか、オルキスが簡単に説明してくれる。

 

「へぇ。オルキスはよく勉強してて偉いなぁ」

「……ん。伝説の騎空団は本にも出てくる」

 

 わしわしと撫でてやる。後で整理しておこう。次はただじゃやられん。

 

「この街には?」

「来てないよ。なにが狙いなのか、じっくり探ってみたいところだけどね」

「今はいい。それに、ヤツらが集まっているということは余程の強敵だろう。この空でヤツらが動くほどの相手は限られるだろう」

「ボスは十天衆相手にどれだけ戦えると思う?」

「さぁな。だが戦うだけなら三人、いや五人程度か。流石に十人全員は無理だろうな」

「つまりボスより強い存在を相手にしようっていうわけね。巻き込まれたくないね〜」

「ふん。憶測の域を出ない話をしていても無駄だ。次はこれからの予定だな」

 

 十天衆の目的は定かではないが、今は気にしても仕方がないか。そもそも追っているのが人なのかすら怪しくなってくる。

 

「これから、ね。ボスとオルキスちゃんはルーマシー群島に行くんでしょ?」

「ああ。ダナンも連れていく予定だ。ただお前達には休暇をやる」

「えっ? ……いや欲しいって言ったけどねぇ。こんな時に僕達いなくて大丈夫?」

「ルーマシー群島は帝国の手が入っていない。ヤツらと戦うことになるかもしれないが、今のヤツらなら私一人でも問題なく勝てる」

「雇い主がそう言うなら気にしない。が、休暇とは急だな」

「お前達には休みなく働いてもらっているからな。偶には休暇をやってもいいと思っただけのことだ」

「それにしてもタイミングが悪い」

「そうか? ならアルビオンとガロンゾの辺りで情報収集でもしてくるといい。ルーマシー群島の後、ヤツらは必ずその辺りの島に向かうはずだ。休暇だろうが仕事だろうがどちらでもいいが、なんにせよその辺りへ行け」

 

 ドランクは表情を変えなかったが、なにかを勘づいたようだ。

 

「ボス〜。なんか僕達遠ざけようとしてない〜? まさかダナン君と愛の逃避行痛ってぇ! アイアンクローと突きの二重苦……」

「冗談やめろよな、ドランク。こんな物騒なヤツこっちから願い下げだ」

「貴様も沈むか?」

 

 そして二人揃って床にめり込まされた。つんつんと身体を突く指がある。オルキスだな。なんとか自力で脱出する。

 

「ふん。妙な勘繰りはしなくていい。ルーマシーの後ヤツらがどう動くかはわからないからな。先回りして情報を提供すればいいだけの話だ。それ以外は好きにしていいから休暇と言っただけのことだ」

「ふぅん。ま、ボスがそう言うなら。スツルム殿〜。休暇だって、二人でどこ行く? ガロンゾで結婚式挙げれば絶対離婚しないらしいよ?」

「……島の星晶獣のせいだろ。休暇ならやることは一つ。傭兵として依頼を受ける」

「えぇ〜。スツルム殿それじゃあつまんないでしょ〜。もっとこう、キャッキャウフフな感じが痛って! 刺さってる、刺さってる!」

「今から三途の川で遊ばせてやろうか?」

 

 目がマジだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 ドランクもこれには謝るしかなかったようだ。というかよく懲りないよな。

 

「次の話に移るぞ。ダナン、お前にはClassⅢまで到達してもらう。おそらくグランとジータは到達してくるはずだ」

「あー、まぁ。あんなヤツらと特訓してりゃな」

「ああ。だが忘れるなよ、こちらの人員も負けず劣らずの一流だ」

 

 自分で言うか、というツッコミを入れるような無知さはない。黒騎士はもちろんのこと、スツルムとドランクも凄腕で間違いなかった。

 オルキスが座り直した俺の足の間にちょこんと座ってくる。

 

「わかってるよ。一週間でどこまでいけるかわかんねぇが、できるだけのことはやってやるさ」

「決っまり〜。じゃあ僕達三人の、」

「剣はもういいだろうが、二刀流の心得を教えてやる」

「ちょっとスツルム殿! そこは『地獄の特訓が、』とか僕に続いてよ〜。ノリが大事だよこういうのは!」

「お前の悪ふざけに付き合っている暇はない。やりたいなら一人でやってろ」

「スツルム殿が冷たいよオルキスちゃん〜」

「……ドランクはその方が嬉しい?」

「おっとオルキスちゃんが危険なことを。僕も真面目にやろうとすればできるんだよやらないけど」

「真面目にやれ」

「痛ってぇ! 痛って! 痛ってぇ!」

 

 ぐさぐさと容赦のない突きがドランクを襲う。

 

 ……騒がしいが、ま、こういうのも悪くないな。

 

 いつものやり取りを見て笑いながら、ルーマシーへ向かうまでの一週間が始まった。

 

 飯前一時間以外はずっと特訓だ。アウギュステ前もキツかったが、その時以上に特訓メニューがキツくなっていた。初日はどうしてもぐってりとしてしまう。

 とはいえあまり時間もない。夜遅くはジョブを広げるために日中特訓しにくい楽器を練習する。【ハーピスト】になって夜空の下、夜風に当たりながらハープを奏でていた。寝ている人の邪魔にならないような、静かで落ち着いたメロディーを奏でる。

 

「器用なもんだよね、ホント」

 

 バルコニーで演奏していた俺の下へ、ドランクがやってくる。

 

「器用じゃなけりゃ、色んな武器を使いこなすっていう前提条件が成り立たねぇからな」

 

 『ジョブ』を持っているなら当然のことだ。おそらくグランは剣技、ジータは魔法、俺は……なんだろうな。まぁ兎に角『ジョブ』とは別に才能ってのはあって。ただし苦手はないってところだろうな。

 

「確かにね。しかし不思議だよねぇ、『ジョブ』って能力はさ。双子だけが持ってるなら遺伝もあるかもしれないけど、君は違うもんね」

「ああ。つっても親のことなんてわかんねぇから異母異父兄弟って可能性もあんのかねぇ。で、そんな話をするために来たのか?」

 

 わざわざ俺が一人でいるタイミングを狙って声をかけてきたんだ。なにか話があるんだろうとは思う。

 

「いいや。ダナン君にちょっとお願いがあるんだよね〜」

 

 軽い口調だったが、珍しいこともあるものだと演奏を止めてドランクに向き合う。

 

「あぁ、演奏はそのままでいいよ。あんまり他の人に聞かれたくないからねぇ」

 

 意外なことに少し真面目な雰囲気を醸し出していた。少し音を小さくして演奏を再開しながら、耳を傾ける。

 

「で?」

「あー……なんていうか、さ。僕達はどうやら一緒にいられないみたいだから、ボスのことお願いしてもいい?」

「七曜の騎士の心配なんて、する方が無駄だと思うけどな」

「まぁ強さだけで言うなら、そうだろうけどね。あの人はちょっと……その強さの基幹が脆いと思うんだよね」

「戦闘力とかじゃなくて、精神力の方ってことか」

「そういうこと。だからもし僕達のいない間になにかあったら、君がボスを助けて欲しいんだ」

 

 思いの外本当に真面目な話だった。

 

「戦力としては兎も角、そういう意味でなら任せろ」

 

 自信はないが戦闘以外の方が向いている気はする。

 

「じゃあ、任せたよ。できれば戦力としても任せたいんだけど?」

「なら精々俺が強くなれるよう協力してくれ」

「それはもちろん」

 

 ふと、彼の話を聞いていて思ったことを聞いてみる。

 

「一つ、俺からも聞いていいか?」

「いいよん。ちなみに僕のスリーサイズは企業秘密痛って! 頭割れそうな音出さないで!」

「ふざけたこと言うからだ」

「……ちょっと君スツルム殿に影響されない?」

「別に、ただお前ってそういう扱いだって思ってな」

「それはそれで酷いよ〜。で、どんな話?」

 

 軽口を叩きつつ、疑問に思ったことを尋ねた。

 

「なんで黒騎士にそこまでする? 傭兵ってのは金で雇われただけの関係だろ」

 

 そう。言ってしまえば頼まれた仕事だけをやっていればいい。雇い主の安全を守るように、なんて気にする必要はない。

 

「そうだね。ただ金で雇われただけの傭兵なら、だけど」

 

 意味深な返しがあって、続きに耳を澄ませる。

 

「何年前だったかな。エルステが王国から帝国になってすぐのことだった。その頃からスツルム殿と一緒だったんだけど、馴染みの酒場の店主からとある依頼主を紹介されてねぇ」

「それが黒騎士だったのか」

「そそ。今と違ってゴツい鎧着てなかったけどね。すっごく険しい顔で威圧感振り撒いて……まぁ浮いてたよね」

 

 言われて、なんかその様子が思い浮かんだ。きっと腕組みして席陣取ってたんだろうなぁ。

 

「ただあの人って王家と一緒だったじゃない? だからか隙が多いというか場馴れしていないというか。正直敵意ばら撒いてるのも虚勢にしか見えなくってね」

「あいつにそんな時期がなぁ」

「あの人も人の子だってこと。むしろダナン君が慣れすぎてるんじゃないかな〜」

「俺の話はいいから」

「はいはい、っと。とまぁ浮きっぷりにもびっくりしたんだけど、依頼内容もびっくりでさ。僕達を側近として雇いたいって言うんだもん。エルステのトップがだよ?」

 

 仰天ものの話だな、ったく。

 

「まぁ宰相さんの息がかかってない部下が必要だったみたいだけど……だからって金で雇った傭兵を側近にするなんてねぇ。笑っちゃうでしょ?」

「そんだけ切羽詰まってたんだろうな。つっても側近ってのは信用ならねぇ初対面の傭兵にする依頼じゃねぇよな」

「そうそう。しかもあの人、前金で報酬全額渡してきちゃってさ」

「は!?」

「そうなるよねぇ。もう笑うっていうか引いたよねぇ」

「……傭兵雇うなら半額ずつ、依頼の前後で渡すもんだろ。それも知らなかったってのかよ。ったく、信用がどうとかじゃなくて、疑ってねぇんだな」

「その通り、さっすがダナン君。僕らが裏切ったらどーすんの? って聞いたわけ。そしたら『金を払った以上、決して裏切らないだろう?』って」

 

 ドランクが雰囲気のある物真似をしながら言った。

 

「そりゃ僕らはまともな傭兵だから金を受け取った以上、仕事はやり遂げるよ? でも世の中そうじゃない人も多いからねぇ」

「俺は逆にそうじゃないヤツばっか知ってるけどな」

「君も随分偏った人生観だよねぇ……。でまぁその時僕らがいる汚れた世界とは無縁の……綺麗な世界で生きてきたんだろうな、ってそう思っちゃったんだよね。それに側近すら金で傭兵を雇うしかないくらい当時あの人の周りには誰もいなかった。そうしたらさ、あの人のこわーい顔が一気に不安そうな顔に見えてきちゃってさ……。自分の弱さを隠すために、必死に吼えてるワンちゃんみたいに思えてねぇ」

「……」

「ま、そーいうわけで、僕達はちゃんとお仕事するわけ。多少の私情はあるけどね」

「そうかい。よぉーくわかったよ」

 

 ドランクの話は一区切りついたようだ。演奏の手を止めてドランクを振り返る。

 

「あんた達がなんでそんなに黒騎士に協力するのか。あと、なんで俺がお前と気が合いそうだなって思ったのかもな」

「えっ? ダナン君そんな風に思ってたの?」

「ああ。汚い世界ばっか見てきたのと、あとあれだ。心内でなに考えてるかわからんとことか」

「自覚あったんだねぇ」

「そりゃまぁ、な。あと」

「あと?」

 

 聞き返されて、にやりとした笑みを深めながら告げた。

 

「よく笑う。他三人と違ってな」

「ぷっ、ふふふっ。そうだねぇ、確かに。そう考えると僕ら似た者同士なのかも?」

「俺に似てるヤツなんていないと思ってたんだがなぁ」

「僕もだよ〜。色々見てきたけどね」

 

 笑い合って、俺の掲げた拳とドランクの拳がこつんと当たる。

 

「そのついでに一個頼まれてくれ」

「えっ、なに? いくら仲良くなってもお金は貸せないよ? お婆ちゃんの言いつけでねぇ」

「いらねぇよ。オルキスのことだ」

「……」

「黒騎士の目的は知ってるか?」

「まぁ、一応ね。ってことはダナン君も聞いたんだ」

「ああ。で、それを聞いた俺はオルキスにやりたいことはやらせてやりたいと思った。なにも残さずに消えるより、マシだと思うからな」

「ふぅん。でもそれだと別れが辛くならない?」

「なるだろうな。でも俺は感情を二の次にできる。あんたもそれができるヤツだと思って言ってんだぜ」

「なるほどねぇ。でもさっきも言った通り僕達のボスは心の強い人じゃないよ? もしあの人が躊躇しちゃったらどうするの?」

「そんなん俺が知るかよ。俺達は黒騎士の指示に従うのみ、だ。もしあいつが死なせたくなくなったら、死なせない方法を探すしかねぇよ。だって俺達は、黒騎士がどんな目的持っていようが協力すんだろ? ならどっちに傾いたって、やることは変わらねぇよ」

「ふふっ。そうだねぇ、それはいい考えだね」

「だろ?」

「若いっていいよねぇ」

「別に俺はオルキスを助けたいわけじゃねぇぞ。グランとかと一緒にすんなよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

「それが若いっていうんだよ。大人になると、自分のことより仕事を優先するようになっちゃうからねぇ」

「そうかよ。で、ドランクはどうする?」

「それは僕個人で、ってことだよね。そうだなぁ、乗るよダナン君。そっちの方が、面白そうだからねぇ」

「ははっ」

 

 二人で笑い合い、俺は座っていた椅子から立ち上がってドランクへ右手を差し出す。

 

「ダナンでいい。これからもよろしく頼むぜ、ドランク」

「了解、っと〜。……あれ? そういえばダナンって僕達のこと呼び捨てにするよね」

「敬語ってのが性に合わねぇってのもあるが、まぁドランクは威厳ねぇしな」

「ひどっ! ……ってもう今更だね。よろしく、ダナン」

 

 軽口を叩き合いながらもドランクが俺の手を握り、俺達は握手を交わすのだった。



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人形の変化

 一先ず二日経てClassⅡを網羅した。いや、させられたと言うべきか。初日なんか楽器得意がClassⅠの【ハーピスト】だったんだぞ? それを二日で会得しろとか……。

 

「……クソッ。治ったのに全身が痛ぇ」

 

 ドランクもいるから治療には事欠かない。ただし傷を負ってすぐ回復しても痛みが引くかどうかは別だ。痛みだけが残る奇妙な状態のまま

 

「怪我は治ったな。では再開するぞ」

 

 と来たもんだ。容赦のなさが半端じゃない。まぁグラン達を相手取るとしたら、の話だが黒騎士だけではオルキスを守って戦えない可能性を考えているんだろう。伸び代は未知数だからな。その点で言や俺もそうだが。Classを超えると強さが跳ね上がる。大体ClassⅢがどんなもんかってのも早く知っておきたいんだろうがな。

 

「……大丈夫?」

 

 特訓には人目につかないよう家として使っている工場の広い場所を選んでいる。部屋を出てすぐのところだ。そこで昼飯まで三人にボコられた俺は、大の字で寝転がっていたわけだが。

 相変わらず猫のぬいぐるみを抱えたオルキスが覗き込んできた。

 

「……いや全然。ってか飯だろ。作り置きしてあるが、もう食べ終わったのか?」

「……ダナンと一緒に、ご飯食べる」

「っ!?」

 

 俺は痛みも忘れて飛び起きた。オルキスを脇に抱えて部屋へ向かう。

 

「おい! 聞いてくれ!」

 

 俺を扉を開け二階の部屋に入る。三人は既に食べ始めているようだ。視線がこちらを向く。

 

「一大事だ」

「なになに? どうしたのダナン。落ち着いてご飯食べたら?」

「……オルキスが……オルキスが飯を食べることより俺が来るのを優先した……!」

「「「っ!?」」」

 

 俺の言葉に三人共が固まり、利き手に持っていたフォークやスプーンを落とした。

 

「え? 待って、オルキスちゃんが!?」

「なんだと……」

「あり得ない事態だな」

 

 三人の間に戦慄が奔っていた。俺は脇に抱えたオルキスを下ろす。

 

「お、オルキスちゃん? どこか調子悪いの? お腹でも壊した?」

「……どこも悪くない」

「オルキス。変なモノでも食べたのか。サイコロステーキ一つやろう」

「……食べてない。けど貰う」

 

 まず傭兵二人が詰め寄って尋ねた。そして最後に黒騎士がやってくる。

 

「おい、人形。不調があるなら言え。お前は私の目的に必要不可欠だ。なにか不備があっては困る」

 

 相変わらずオルキスへの態度はこんなんだったが、一応心配しているらしい。今のだって別にわざわざ「目的のために必要だから」とか言ってるし。

 

「……どこも、悪くない」

 

 しかしオルキスの答えは変わらなかった。そのことについて俺達四人は顔を突き合わせて会議する。

 

「ねぇダナン。ホンットにオルキスちゃんに変なモノ食べさせてなぁい?」

「当たり前だ。俺は厨房を預かる身だぞ。まぁ確かに新作を味見はしてもらってるが、第一自分で味見しないで他人に食わせる阿呆はいねぇだろうが」

「だとしたらどこかで拾い食いでもしてきたのか? いやそれはないか」

「ああ。前は色々な場所で食べていたが今は違う。ダナンの料理が余程気にっているのか、外へ出ても後で作れの一点張りだったか」

「そうなんだよなぁ。じゃあ一体どうしたってんだ?」

 

 しかし、一向に答えは出ない。

 

「……もういい。一人で食べる」

 

 どこか拗ねたような声でオルキスが言って、猛然と自分の分(スツルムのサイコロステーキは一個取ったが)を食べていく。

 

「いやまさか。だってオルキスだぞ? 食べること以上があるわけない」

「だよねぇ。オルキスちゃんだし。あ、最近アップルパイ食べてないとか?」

「あるかもしれないな。オルキスだし。新作ばかりでアップルパイを食べさせてなかったんじゃないか?」

「なるほどな。確かに、人形は昔から食べることにしか関心を示さなかったからな」

 

 どうやらアップルパイの頻度が減ったことでイレギュラーが発生した、という結論が出た。確かにそう言われてみれば食べない日もあったかもしれない。なるほど、ずばりそこだな。

 

「……ごちそうさま。寝る」

 

 高速で食べ終えたオルキスは、やや憮然とした様子でソファーの背凭れへ顔を向けて寝転がった。

 

「……これは不貞寝、か?」

「不貞寝だねぇ」

「不貞寝だな」

「不貞寝で間違いだろう」

 

 おやおや。けどまさかそんな、あのオルキスがなぁ。

 

「オルキス?」

「……」

「おーい、オルキスー?」

「……知らない」

 

 これはもう完全に拗ねてますねぇ。

 

「……こうなったらあれを出すしかねぇか。悪い、ちょっと協力してくれ」

 

 俺は秘密兵器を出すことを決めて三人に小声で耳打ちし、とりあえず飯を食べる。その間ずっとオルキスは動かなかった。多分本当に寝てるわけじゃないんだろうが。

 座る位置にも気をつけた。オルキスの寝ているソファーにも座らないと四人で食べれないので、俺がオルキスの頭の方に踏まないよう気をつけて座り、黒騎士が間を空けて隣に座る。向かいには傭兵二人が並んだ。

 とりあえず談笑しながら食事をする。

 

 そして食べ終わってからが本番だ。

 

「よし、じゃあ俺の特製デザートをちょっと食べてみてくれ」

 

 そう言って下ごしらえは一応しておいたモノを取り出し仕上げに取りかかる。

 これもまたパイ。新作のパイだ。他にもチョコパイなども試してみているが、オルキスのお気に入りはアップルパイから変わっていない。それを変えさせるのが今の俺の一つの目標ではある。

 

 そうして出来上がったのがこの、レモンパイである。

 

 アップルパイと違って実が入っているわけではなくレモンソースをゼリーのように固めたモノを入れている。甘酸っぱくさっぱりとした味わいは大人にも人気が出そうな気はしているが。

 端的に言えばリンゴを煮込むだけと違って中身に仕かけが施せるのがいい点だ。

 

 甘さを足すなら蜂蜜をかけるのもありだ。……トッピングで追加料金払うようにして、売り物にしてみようか。今度シェロカルテに相談してみよう。

 

 焼き上がるとレモンの爽やかな香りが部屋中に広がった。匂いが広がったせいかオルキスがもそもそし始めた。……ふっふっふ。既にオルキスの胃袋は掌握済みなんだよ。いつまで耐えられるかな?

 

「よし、出来た。俺特製レモンパイだ。こっちは蜂蜜かけたヤツな」

 

 二枚分のレモンパイを皿に乗せてテーブルまで持ってくる。ちゃんと八等分にしてある。

 

「おっ。美味しそうだねぇ。じゃあ早速いただきまぁ〜す」

「おう。ほら二人も食べていいぞ。俺も食べるかな」

「ああ」

「レモンと来たか。甘さ控えめといったところか」

「美味ぁい! ダナンは料理のセンスあるよねぇ。この中身のヤツ、噛むととろりとしたレモンソースが溢れてきて、濃厚でありながらさっぱりとした味わいが口いっぱいに広がるよ〜。スツルム殿、どぉ?」

「美味いな。女に人気出そうだ。もう少しパイを薄くして全体のボリュームを減らせば、もっとな。屋台とかで片手で持てるサイズで売り出したらどうだ」

「それはいいな。ダナンが稼げば資金調達も楽になる。さっぱりしているからか食べ終わった後にもう一つ食べたくなるな。……もう一切れ貰っていいか?」

「……なんか真面目に講評してんな。ってか気に入ってんじゃねぇよ。食べてもいいけど先にこっちの蜂蜜かけた方も食ってみてくれ。甘さに拍車かかってるが、元がさっぱりしてるからそこまでクドくはないはずだ」

「つい手を伸ばしちゃうよね〜。早速一個もぉらいっ」

「おいドランク狡いぞ」

「全くだ」

「一番最初に次行こうとしたヤツがなに言ってやがる。まぁ取り合いするくらい美味けりゃ成功だな。試作用に二枚しか作ってないから、早いもん勝ちにはなるか」

「ヤバッ。早く食べて次行かないとスツルム殿に全部取られる痛って!」

「あたしはそんな意地汚くない。……それよりそっちの雇い主が三個目に手を」

「好みだ。次からはもう少し作ってくれ。蜂蜜はいい」

「おぉ、予想外の食いつき。もうなくなっちまうじゃねぇか」

 

 事前に打ち合わせしていたとはいえ思いの外反応が良くぱくぱくと食べていってしまう。

 しかしそこで服を後ろから引っ張られる感触がした。

 

「……全部食べちゃ、ダメ」

 

 当然オルキスだ。

 

「なら、オルキスも食べるか?」

「……ん」

「よし。じゃあそこ座って」

 

 俺の問いに頷いたことを確認し俺と黒騎士の間に座らせる。

 レモンパイは通常が一個、蜂蜜ありが四個残っていた。……お前ら食べすぎなんだよ。俺が残さなかったらなくなってたじゃねぇか。俺が三人にジト目を向けるとドランクだけウインクで謝ってきた。殴ってやりたい。

 オルキスはそっと蜂蜜のない方を手に取ってはむと口に含む。表情はあまり変わらなかったがはむはむと食べ進めていたので気に入ってはくれたかな?

 

「……美味しい」

「そっか。なぁオルキス。皆で食べるご飯は美味しいか?」

 

 オルキスが一切れ食べ終わるのを待ってから尋ねた。じっと感情の見えづらい赤い瞳が俺を見上げてくる。

 

「……美味しい。一人で食べるよりも、美味しいと思う」

「そっか」

 

 明確な答えを得れて、俺はオルキスの頭を撫でてやる。

 

「じゃあ今度から皆一緒で食べるか?」

「……ん。そうしようと、してた」

「悪かったよ……。でもまさかオルキスがなぁと思ってな」

「……ダメ、だった?」

「いいや。驚いたけど悪くない。したいならしたいでいいんだよ」

「……ん。でもダナンが疑った」

「うっ。だからそれは悪かったって」

「……許さない。今度からは、絶対一緒」

 

 どうやら根に持っているらしい。

 

「わかった。これからも一緒に飯食べような」

「……ん」

「そうと決まれば。どんどん食っていいぞ。お前のために作ったんだからな」

「…………そう」

 

 ん? なんか食べる速度が早くなった、か?

 

「いやぁ、ダナンってば落として上げて、って詐欺師の手口だよねぇ。向いてるんじゃないの?」

 

 いつも以上にムカつくニヤケ顔でドランクが言ってくる。

 

「当たり前だろ。六歳の頃にはやってたんだからな」

「……君割りと悪人だよね。じゃあ資金調達、詐欺の方でやっちゃう? スツルム殿にこわーい顔で立っててもらってさ」

「あたしを巻き込むな。余所でやれ」

「貴様ら……ここがエルステ帝国内で、ここに最高顧問がいるのを忘れていないだろうな」

「やだなぁボス。冗談に決まってるじゃないですかぁ」

「そうだぞ。本気でやるつもりならこんなとこで話さないだろ」

「……そういう意味で言ったんじゃないよ?」

「ん?」

 

 よく意味はわからない。とりあえずオルキスの機嫌は直ったみたいだしいいか。

 

 そうして俺達は、なんだかんだ平和に、楽しく日々を過ごしていった。

 

 いずれ、戻ってくることができなくなるのだとしても。



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いざルーマシーへ

俺、今回の古戦場で玉髄取ってニーアちゃんを加入させるんだ……。
……闇古戦場までには間に合う、はず。

本日から古戦場が始まってしまいましたが、
お体と手首には気をつけてください(笑)

自分は個ラン五万位が難しいようなそこそこ騎空士なので
ぼちぼち走ってます。


 一週間が経過した。短い期間だったができる限りのことはしたと思う。

 

 ClassⅢまで使えばスツルムとドランクの単体と渡り合えるくらいにはなっただろうか。戦闘経験の差は埋められないが、策を練ってなんとか渡り合えはする。……勝てるとは言ってない。

 

「ダナン。そろそろ出発するぞ」

 

 黒騎士に呼ばれ、念入りに準備していた武器や道具を手早く革袋にしまい込む。肩に担ぐタイプのヤツだ。色々武器を持ち歩く都合上、こういった袋の方がいい。といっても戦闘で使うヤツは腰に提げている。左腰には短剣と銃。右腰には剣。袋には弓と矢と杖に、一応楽器。槍や斧は嵩張るので持っていかないようにしている。あんまり上等なのがないってのもあるが。

 

「はいよ」

 

 俺が準備を整えて部屋を出ると、既に四人が待っていた。降りた俺へと、黒騎士が歩み出る。

 

「お前に渡しておくモノがある」

 

 そう言って一本の剣を差し出してきた。

 

「これは?」

 

 受け取りつつ繁々と眺めてみる。……いい剣だな。結構な業物じゃないか?

 白金色の柄を握って鞘から抜き放つと銀の刀身が現れた。刃の内側は翠色になっている。

 

「ブルトガング。私が昔使っていた剣だ。今は不要なモノだが、お前にやろう」

「結構いい剣じゃないのか?」

「ああ。私が七曜の騎士になるまでの間愛用していたのだから、当然だ。だが今はこいつがある。捨てるくらいなら、私の部下に与えた方が有用だろう?」

「そりゃ助かるけどよ……ぶっつけ本番で扱える代物かね」

「それはお前次第だがな。ClassⅢに至ったことで使用できると踏んでいる」

「そうかい。んじゃ、有り難く受け取らせてもらう」

 

 くれると言うなら貰っておこう。同じく剣になってしまうので今提げている剣を外す代わりに腰のベルトに固定し、右腰に提げておく。

 

「んじゃあ僕らは別方向だから先行くね」

「行ってくる。くれぐれも気をつけろよ」

 

 ドランクとスツルムが先に家を出ていった。

 

「ふん。誰に言っている」

「……スツルムとドランクも、気をつけて」

 

 黒騎士とオルキスと二人を見送って、

 

「行くぞ。ぐずぐずしているとヤツらに先を越される」

「それはカッコつかねぇな。じゃあ行くか」

 

 踵を返して歩き出した黒騎士に、オルキスと並んでついていく。

 

 さてと、今度はどんなのが待ち受けてるんだかねぇ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺達を待ち受けていたモノ。それは退屈だった。

 

「……なんだよ待ってろ、って」

 

 俺はルーマシー群島に到着して早々いなくなった黒騎士へ文句を垂れる。

 

「……お腹空いた」

 

 オルキスもボヤく。

 

 そう。島に着いて早々黒騎士はここで待っていろと告げどこかへ立ち去った。探そうにもルーマシー群島は未開の森だ。道を尋ねる人も住んでいなければ建物さえない。鬱蒼と生い茂る草木に覆われているのだ。土地勘のない俺達が出歩けば迷子になること請け合いだった。というか黒騎士も戻って来れんのか、これ。

 ちなみに操縦士のおじさんはぐーすかと鼾を掻いて寝ている。仕事の都合上待つことには慣れてるんだろう。

 

「おいオルキス。さっきまでおやつ食べてただろ。我慢しなさい」

「……でもお腹空いた」

 

 この子はホント、食い意地だけは立派なんだよな。というか食べることについては妥協しない。おかげで食費が嵩む嵩む。まぁそこは黒騎士、傭兵、俺で生活費を稼いでるから余裕はあるんだが。それでも家計をやりくりしなきゃ余裕はなくなるだろう。……シェロカルテへのレシピ提供、マジで考えてみようかな。

 

「しょうがねぇ。ちょっと果物かなんか採ってくるからここで待っててくれ」

「……わかった」

 

 これだけ森があるなら果物とかきのことかその辺の食べられるモノもあるだろう。迷子にならないよう気をつけながら小型騎空艇の周辺を探索し始める。船がどっちの方角にあるかをきちんと覚えておけば、迷子にはならないはずだ。

 ……しかしきのこは毒きのこと見分けがつかねぇなぁ。俺は幼い頃から泥水啜って生きてきたようなもんだから胃が強くなっているとしても、オルキスにそれを食わせるわけにはいかねぇ。いくら美味しくてもその後ぽっくり逝っちまったら話にならないからな。

 それでもあまり人の手が入っていないおかげか果物が生っていてとりあえず両腕で抱えられるだけの果物を持って小型艇に戻ってきた、が。

 

「オルキス?」

 

 待っていろと言ったのに、どこへ行ったんだか。一応船の中は隈なく探してみたが、姿はない。……あいつ。

 

「ったくもう。ただでさえ迷子になりやすいのに」

 

 こんな人気のない場所でまさか誘拐されたってことはないだろうが。俺も探しに出るしかねぇ、か。最悪二人共迷子になりかねない状況だぞ。

 

「せめてオルキスの後を追うか」

 

 俺は近くの茂みに屈んで注意深く地面を見る。オルキスが通ったなら、草が折れていたり土に跡がついているものだ。小型艇の周辺を満遍なく探していて、ようやく見つかった。

 

「こっちだな」

 

 オルキスの通り道をなんとか見つけ出し、それに沿って歩いていく。最悪戻ってこれるように船の方角を記憶しておくのも忘れない。

 そしてふと、いい匂いが漂ってきていることに気づいた。……これはスープだな。魚介出汁できのこを煮込んだスープだ。

 

「なるほどなぁ。これに釣られて飛び出したってわけか」

 

 合点がいった。そもそも俺がオルキスから離れたのも空腹を訴えてきたからだ。そんな状態のオルキスにとって、この匂いは抗いがたいモノがあったのだろう。とはいえ叱っておかなければ。

 間違いなく匂いの方角だと確信した俺は鼻を頼りにそちらへ向かい、そして唖然とした。

 

「は……?」

 

 開拓されていない樹海の中に、木造とはいえ建物があったのだ。しかも万屋『シェロカルテ出張所』と書かれている。……どっかで見たことある看板だなぁ、おい。

 

「……あいつこんな商売にならないとこにもいんのかよ」

 

 呆れて呟きつつ、扉を開けて中に入っていく。

 

「いらっしゃ~い。って、ダナンさんじゃないですか~。こんなところで奇遇ですね~」

 

 やはりというか、店の中にいたのはシェロカルテだった。笑顔の似合うハーヴィン族の女性。相棒のオウム、ゴトルも一緒だ。……ホント神出鬼没だよな。

 

「それはこっちのセリフだよ。……やっぱここにいたか」

 

 店内の席を見渡して、黙々とチャーハンを掻き込んでいるオルキスを発見した。彼女は俺が来たのを見ると慌てたように平らげた。

 

「……なにも食べてない」

「嘘つくんじゃねぇ。こらオルキス、待ってろって言っただろ」

 

 往生際の悪いヤツだ。誰に似たんだか。こつんと頭に拳骨を与えてやった。

 

「……ごめんなさい」

 

 両手で頭を押さえつつ謝ってくる。

 

「悪いと思ってるなら良し。大した距離じゃなかったとはいえ魔物に襲われてた可能性もあるんだからな。気をつけるよーに」

「……わかった」

 

 襲われなかっただけマシ、と言える。オルキスに戦う力はないはずだ。ルリアみたく星晶獣を召喚できるなら兎も角。少なくともそういった話は聞かないし、見たことがない。そもそもあんな力その辺の魔物に対して使っていいわけないしな。

 

「随分と仲がいいですね~。ダナンさん、オルキスちゃんのお兄さんみたいですよ~」

「保護者という意味では間違ってないな」

「……お兄ちゃん」

「今日のオルキスはノリがいいなぁ。普通でいいからな」

「……ん」

 

 わかりにくいが冗談だったらしい。

 

「……ダナン。ご飯作って」

「ん? あぁ、シェロカルテがいいって言うならいいけど?」

「構いませんよ~。日にちが経って廃棄になりそうな食材がたくさんありますからね~」

「おっけ。んじゃ適当に作って食べるか。俺も腹減ってきたしな」

「……早く」

「じゃあ私もお願いしますね~」

「はいはい」

 

 催促され、島に来たというのに相変わらず飯作り担当のようだ。置いてあったヒューマン用の紺のエプロンを纏い、ハンカチで髪を覆う。きちんと手を洗って準備を整え冷蔵庫を確認して作れそうな料理をいくつか並べていく。……いやなんでこんな人気のない場所で水とか引けてんの。急ごしらえじゃなくて念入りに準備してないとダメだよな? あんまり細かいことは考えまい。

 そして何品か作ってテーブルに持っていく。二人共気に入ってくれたようで良かった。我ながら美味しいと思うし。

 

「ダナンさんの料理は美味しいですね~。オルキスちゃんが夢中になるのもわかります~」

「……ん。ダナンの料理が一番」

「そりゃどうも」

 

 オルキスからの評価が高そうで怖い。

 

「残念ながら私が作ったモノより美味しいですね~。材料は同じモノを使っていると思うんですが~」

「味つけと調理時間だろ」

「いやはやダナンさんの料理は売りに出せますよ~。どうですか是非共同で美味しい料理を販売しませんか~?」

「願ってもねぇ。実は試作段階なんだが一ついい案があってな?」

「ほうほう、それは楽しみですね~。後で是非作ってください~」

「……ダナンの料理は全部美味しい」

「嬉しいけどちょっと黙ってような」

 

 オルキスからの料理に対する信頼が怖い。……じゃなくて、思わぬところでシェロカルテと提携できそうだった。

 廃棄寸前の食材が多いということで、レモンパイを作って試食してもらいつつオルキスに料理を作り続けていた。

 

 何度目かのオルキスへ料理を運んでいる時、扉が開かれて外から入ってくる人達がいた。

 

「いらっしゃ~い。万屋シェロちゃん出張所へようこそ~。今なら腕利きの料理人が、格安でご馳走してくれますよ~」

 

 にこやかに歓迎したのは、シェロカルテ一人。俺はと言えば、顔を顰めて嫌そうな顔をしてしまう。しかしそれは向こうも同じだ。

 

「「「げっ」」」

 

 俺を含む何人かの嫌そうな声が重なった。

 訪れたのが、因縁の相手であるグラン一行だったからである。……まさかここで会うとはなぁ。つってもまだ戦うわけにはいかねぇ。敵対しないでもらいたいし、ここは警戒させないように頑張るとするか。

 

「てめえは……」

「あっ、あの子もいますよ!」

 

 ラカムが俺を睨みつけ、ルリアは料理を食しているオルキスを見つけ声を弾ませた。

 

「……はぁ。妙なタイミングで遭遇すんなぁ、もう。まぁいい。飯食ってくか?」

 

 頭を掻きつつ言うが、あまり警戒は解いてくれなかった。だが俺の恰好が恰好なので、怪訝に思う人は多かったようだ。

 

「もしかして……シェロさんのお手伝いですか?」

「はい~。こちらのお客さんがよぉく食べるので手が足りなかったんですよ~。もしよろしければ皆さんもご一緒にどうですか~?」

 

 エプロンという恰好が功を奏したのか、ルリアが尋ねシェロカルテがそれっぽく返してくれた。……俺達が敵対してるってことに気づいてるんじゃないだろうな。

 

「いいんですか?」

「ルリア、待て。相手は黒騎士配下の人間だぞ。毒でも入っていたらどうする」

「でもよぉ。森ん中飛び回ってオイラ腹減ったぜぇ」

「ビィくんまで……」

「うぅ……ダメ、カタリナぁ」

 

 ルリアが喜び、それをカタリナが窘める。ビィも空腹なようでルリアにつき、未だ渋るカタリナへとルリアが上目遣いをした。

 

「うっ……し、仕方がない。しかし私がまず毒見をするからな」

 

 案外身内に弱いらしい。あっさりと折れて一先ず料理は作ってもいいってことになった。

 

「じゃあ皆さん席に着いてくださいね~」

 

 そしてシェロカルテに案内されて、なぜか俺達の座っていた長テーブルの向かいに全員が並ぶ形となる。……なんでこいつらと一緒に食べなきゃいけないんだか。まぁ、とりあえずは反対せずにおくか。

 

「じゃあ作ってくるから、それまではこれでも食って――」

 

 俺はオルキスの前に置いていた大皿のチャーハンを動かそうとしたが、その手が小さな手に掴まれる。

 

「……ダメ」

 

 食い意地だけは一人前を遥かに超えたオルキスだ。

 

「オルキス……これから作ってやるから今は置いとけって。な?」

「……ダメ。渡さない」

「……はぁ。しょうがねぇか。悪いな、今作ってくるから待っててくれ」

 

 なぜか意固地になっていたので、早々に諦めてさっさと新しい料理を作る方にシフトする。

 

 俺が席を外すとルリアがオルキスへ懸命に話しかけているのが聞こえてきた。

 

「オルキスちゃん、って言うんだよね。私はルリア。よろしくねっ」

「……ルリア。よろしく、ってなに?」

「えっ? うーんと……」

「これから友達になろうってこと! あたしはイオ、よろしくね」

「……友達……これから……私と?」

 

 ルリアに続いてイオにも話しかけられて戸惑っているようだ。少しおろおろとしていた。助け舟を出すために近づいていく。

 

「……ダナン。どうしたらいい?」

「俺に聞くもんじゃねぇよ。オルキスがしたいようにすればいい」

「……ん」

 

 感情のない瞳が不安そうに少し揺れていた。そんなオルキスの頭をぽんぽんと撫でて言ってやる。

 

「……わかった。ルリアとイオ、友達」

 

 オルキスの返答に二人が嬉しそうに笑った。同年代の友達か。オルキスにはそういうのも必要かもしれないな。と思って眺めていたらカタリナ以外がきょとんとしているのが見えた。カタリナは多分俺が今しているような顔をしてルリアを見ていたが。

 居心地が悪くなって調理に戻る。そして出来上がった料理を持ってテーブルに運んでくる。

 

「ほら、出来たぞ。俺が作った料理だから毒入れるも不味くするも自由自在。食う勇気がお前らにあるかな?」

 

 にやりと笑いつつ料理を差し出した。……食欲を唆るように匂いや見た目にも気を遣った品々だ。ヤツらの目が料理へ釘づけになっているのを見てほくそ笑む。

 

「っ……。いやまだだ。見た目は良くても食べれるとは限らない。まずは私が毒味をしよう。イオ、クリアの準備を頼めるか?」

「わ、わかったわ」

 

 決心したようなカタリナが毒を解除できるイオにすぐ対処できるよう頼み、一つの料理へと向かい合う。大皿に乗ったチャーハンだ。最初はやっぱ飯だろ。

 

 そしてカタリナは意を決して一口掬い、口に入れる。……かかったな。悪いが一口入れたらもう、終わりだ。

 

「うっ!」

 

 カタリナの身体が固まる。

 

「か、カタリナ!?」

 

 皆が驚く中、彼女は次の一口を掬いすぐ口に入れる。

 

「「「えっ?」」」

 

 皆が驚く中、ひょいぱくひょいぱくと凄まじい早さでチャーハンを口に運んでいき、一応五人前で作っていた皿が平らげられる。

 

「……うん、毒はなかったようだな」

 

 満足気な表情でスプーンを置いた笑顔のカタリナの後ろに、二つの影ができる。

 

「カタリナぁ……」

「姐さん……」

 

 蒼と赤の二つである。

 

「……はっ! い、いや美味しくてつい、な……」

 

 責めるような視線を受けて我に返ったようだが。

 

「……ふっふっふ。これがあえて毒見役に滅茶苦茶美味しいモノを出して独り占めさせる俺の料理だ。ちなみに食べてる時は重さを感じさせない工夫がされているが、胃に入ってから強烈な満腹感を感じてもう食べられなくなる。後から出てくる美味そうな料理に手が出せなくなるという苦痛を味わわせることが可能なのだ」

「くっ……まんまと罠にかかったというわけか!」

 

 案外ノリいいなこの人。

 

「ちなみにできるだけ油っぽさを取り除いたとはいえカロリーは半端ないから太るぞ」

「なっ!?」

 

 量も半端ないからな。いや上手くいって良かった。カタリナが顔を少し青くしている。

 

「い、いや大丈夫なはずだ。これでも毎日鍛えているからな。運動で消費すれば問題ない、うん」

 

 言い聞かせるように言っているが、甘いな。

 

「甘いなぁ、カタリナ中尉ぃ? 俺の料理がこの程度だとでも思ったか? もっと美味い料理で腹ぱんぱんになるまで食わしてやるからなぁ!」

「貴様……まさか後の戦いを有利にするために……!」

「かかったらもう遅いんだよ。ほぅら、たんとお食べ」

 

 バカな茶番は兎も角。

 とりあえず全員が料理に舌鼓を打ち始めた。

 

「んで一個聞いていいか?」

 

 盛り上がってきたところで、俺が正面に座るグランへと尋ねる。顔を上げ首を傾げたところへ、

 

「あいつ誰?」

 

 俺はアウギュステでは見かけなかった謎の女性について聞いた。謎の女性は薔薇の花が多く飾られた衣装を着ていて、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばしている。妖しげで色っぽい雰囲気を持っていた。

 

「アタシ?」

「ええと……ロゼッタさんだよ。ルーマシーに来てから出会った人、かな」

 

 自分を指差す女性と、グランが少し返答に困ったように答えてくれる。……いや出会ってすぐのヤツを同行させんなよ。

 

「いやお前さっき出会ったヤツをなに普通に同行させてんの? まさかお前、あの妖しい色香に惑わされたんじゃ……」

 

 俺がジト目を向けると、

 

「そんなことないですよねー、グラン?」

「ないに決まってるよね、グラン?」

 

 彼の両側に座っているルリアとジータからにっこり笑顔という圧力をかけられ背筋を正していた。……お前案外立場低いなぁ。

 

「あ、ははは……」

 

 乾いた笑みを浮かべるしかない様子だ。

 

「真面目な話をするとだな。森を歩こうにも道がねぇんじゃ宛てもなく歩くしかねぇ状況だろ? そこをロゼッタが案内してくれるってんで同行してもらってたんだ」

 

 オイゲンが本当の理由を教えてくれる。なるほどな。確かに道案内をしてくれるって言うならついていく可能性もあるか。

 

「ええ。この子達が黒騎士の居場所を知りたい、って言うから」

 

 ロゼッタも肯定する。そうか、こいつらは黒騎士に言われてこのルーマシー群島まで来たんだったな。

 

「そうか。俺は黒騎士がどこ行ったかまでは知らないんだよな」

「……森の奥、行くって言ってた」

「オルキスには教えてたのかよ」

 

 まぁでもなにも言わず行くよりかはマシだな。

 その後も俺達は他愛のない話をしながら食事を続けていった。



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『ジョブ』の起源

予選がそろそろ終わりそうな時間。多分騎空士の皆さんは走ってるので読んでいるとしても予選後のはず。

お疲れ様です。


 食事を終えた後、俺とオルキス、グラン一行は一緒にルーマシーの森の中を歩いていた。

 

 先頭を案内するというロゼッタが。

 続いてグラン、ジータ、俺の三人。

 その後ろはイオ、ルリア、オルキス。

 そしてカタリナ。

 最後尾はラカムとオイゲンがいる。

 

 ビィはグランの頭に乗ったりルリアの方へ行ったりカタリナに呼ばれたりとふらふらしていた。

 

「ねぇ。ダナン君」

 

 俺としてはオルキスの前を歩くというだけの意味だったのだが、隣になったジータが声をかけてくる。

 

「ん?」

「ダナン君はなんで『ジョブ』の力持ってるか知ってる?」

 

 俺の核心に迫る質問だった。おそらくただの興味だとは思うのだが。

 

「いや全然。むしろ俺がそれをお前らに聞きたいね。なにせ他に持ってるヤツがいないと思ってた能力を、二人は持ってたんだろ?」

 

 双子とはいえ自分以外が持っているか持っていないか、というのはとても大きいと思う。俺は特異すぎると思っていたが故にひた隠しにしていた。そのせいであまり全ての武器が扱えるようになる、という利点を活かし切れずスタートが遅くなってしまっている。

 

「う~ん。それは双子だからかな、って思うけど。ね、グラン」

「ああ、うん」

 

 双子だから一緒の能力、か。しかしそれでは説明のつかないこともある。

 

「で、お前らはなんで『ジョブ』持ってるか知ってるのか?」

 

 肝心な部分を聞き直す。

 

「うん。多分、っていうだけだけど」

 

 なんとあっさりジータは頷いた。……マジかよ。俺の旅の目的こいつらと会話するだけで大部分達成できるんじゃね?

 

「僕達の父さんが、初めて『ジョブ』の力を持つヒトだった、って聞いてるよ」

「父親が?」

「うん。お父さんはなんかこう、すっごく強かったらしいんだけど、その理由の一つが『あらゆる武器を極めている』ことだって聞いたことあるから」

「へぇ。つまりは遺伝ってことか……」

 

 思わぬ有用な情報だ。こいつらの父親――イスタルシアにいるとかいうとんでもねぇヤツが『ジョブ』を持っていて、二人はそれを受け継いでいる。

 

「あっ。ってことはダナン君も異母兄弟だったりするのかな?」

 

 ジータが思い至ったような顔をする。俺もその可能性は考えた。が、違うと断言できる。

 

「いいや。俺は父親と母親を覚えてるが、多分違うだろうな」

「? でもそのお父さんが、私達のお父さんと同じってことはあると思うけど?」

「絶対ねぇよ。親父はお袋めった刺しにして殺した張本人だからな。そんなヤツが父親なら、お前らもそんな風には育たないだろ」

「「……」」

 

 物心つく前だったが、なんとなく覚えている。

 俺を捨てにあの街へ来た母親を、必要以上に傷つけて殺したあの男。黒い長髪に赤い瞳をした男だった。冷酷非道な雰囲気を漂わせていたから、そんなヤツがこの二人のような善良な子供を育てられるとは思わない。

 

「えっと、なんかごめんね……」

「構わねぇよ。俺がまだ赤ん坊の頃の、朧気な記憶だからな。ってか母親も俺のことを捨てに行ったところで殺されてるから、どっちもどっちだろうな」

「……なんか、壮絶な人生だね」

「そうでもないだろ。親に捨てられた子供なんて、世の中にはいくらでもいる。んで、これでもまだ父親が同一人物だと思うか?」

「いや。父さんはそんなことをする人じゃない、と思う」

「うん……あんまり覚えてないから断言はできないけど、皆に慕われてたし」

 

 俺が境遇について話をしてしまったからか空気が少し悪くなる。とりあえず二人とは父親が違う、となった。じゃあ俺のこの力はどこから来たもんだよ、と思うのだが。二人の話を聞く限りだと……クソ親父から受け継いだ可能性が高いってわけか。

 

「そうかい。まぁお前らがそう思うならそうなんだろうな。そういやもう一個聞きたいんだが」

「なに?」

「ジータじゃなくてグランにな」

 

 ジータが顔を向けてくるのに言うと、今度はグランが顔を向けてくる。

 

「僕?」

「ああ。お前、なんか武器呼び出す能力みたいなのあるだろ? あれなんだ?」

 

 強力な一撃を叩き込む時は必ず使うあの力。加えてジータはグランが呼び出した武器を持つだけのようなので、グランしか持っていない能力だと思われた。

 

「あっ! やっぱりダナン君も持ってないんだ!」

 

 「ない」方なのにやけに嬉しそうな様子でジータが顔を近づけてくる。顔が近い。顔を顰めて少し上体を反らす。

 

「あ、ごめんね。つい……」

 

 照れたように笑って詰め寄っていた体勢を直した。

 

「あれは『召喚』。ジータも持ってない能力、かな。父さんも持ってたっていう話は聞かないよ」

「じゃあお前だけの固有能力ってわけか。武器を出現させられるなんて狡くないか」

 

 俺なんか革袋に入れて持ち運ぶ必要が出てくるっていうのに。

 

「ホントだよ。私なんか鞄に色んな武器詰め込まないといけないから重いし、お金もかかるし」

「全くだ。こちとら素早さが売りなのに武器いっぱい提げてんだぞ」

「……なんで二人して僕責めてるの」

 

 共通点を持つ者故の共感だ。

 

「んんっ。言っとくけど、『召喚』だってタダで武器呼べるわけじゃないんだからな。宝晶石っていう特殊な石が必要になるんだ。こういうの」

 

 そう言ってグランはポーチから虹色に輝く石を取り出した。……見たことない石だな。

 

「ほう?」

「この宝晶石三百グラムで一つ、世界中にある全ての武器の中から一つがランダムで『召喚』されるんだ」

「……欲しい武器あった時の確率ってどんなだ?」

「……言わないで」

 

 使い勝手のいい能力かと思っていたが、随分と運要素が強いようだ。

 

「でも『召喚』の能力の真髄はそこじゃないんだ。一度『召喚』した武器、一度手にした武器は任意に呼び出すことができる。つまり『ジョブ』によって武器を変えるために、一々武器を持ち歩かなくてもいいんだ」

「なんだそれ狡いぞ」

「ホントだよ、もぅ!」

「いやまぁ、便利なんだけど欠点があってね。『召喚』した武器は長い間使い続けることができないんだ。だから星晶獣との戦いでも、あんまり序盤から使うってことはしないかな。一度『召喚』するとしばらく『召喚』できなくなっちゃうから」

「なるほどなぁ。それでトドメの瞬間に『召喚』してたってわけか」

 

 合点がいった。

 

「そういうこと。ねぇグラン。折角だから今ここで『召喚』してみたら?」

「えっ? ああ、うん。いいよ」

 

 ジータの提案にグランが乗り、ごそごそとポーチから三千グラムの宝晶石を取り出す。

 

「じゃあいくよ。――我、虹の輝きを望み給う。運命は回帰し、回転数によって確率は集束する!」

 

 厳かな詠唱と共にグランの持つ宝晶石が消滅し、代わりに青い結晶が出現する。なぜかグランは目を閉じていたが、意を決したように目を開き――少年の輝きを持つ目が一瞬で死んだ。

 

「……お、おい。なんか凄い目が死んでるんだけど」

 

 あまりの変わりようにジータへ耳打ちする。

 

「……あぁ。えっとね? 『召喚』にはあの結晶の色で、稀少価値の高い武器が出るかどうかの目安がわかるんだって。全部で四段階あって、白、青、黄、虹の順で価値が高くなっていくの」

「……つまりあれか。外れを引いて宝晶石を無駄にしたから、あの目なのか」

「……うん。あれやると少しの間ネガティブになるんだ」

「……へぇ」

 

 いいことを聞いた。じゃなくて、とんでもなくピーキーな能力だな。

 

「……最近持ってない武器呼べてないなぁ。なんのためにウン万ルピ突っ込んでるんだろ……」

 

 相当な落ち込みようだった。グランが死んだ目をしたままうわ言を呟いている。

 

「……そうだ、もっと宝晶石を買いに行こう。シェロさんがさっきいたはず……」

 

 ふらふらと来た道を返そうとする始末だった。

 

「こら、グランっ。もう、しっかりして! もう十年も『召喚』してるんだから、大半の武器が持ってるでしょ。だから外れる可能性も高いの!」

 

 そんなグランの腕を引っ掴んで叱咤するのはジータだ。

 

「……いやまだ収集率四十パーセントしかないからまだまだ出るはず。絶対集め切ってみせるんだ」

「そんなに頑張ることか? 強いのが一個あれば充分だろ」

「グランはちょっとその……コレクター気質って言うか、収集癖があるって言うか。全部集めないと気が済まない性質なの」

「そりゃまた難儀な」

 

 世界中の武器、なんて総数いくつあるか全然わかんないってのに。むしろここは四十パーも集めたことを称えるべきなんだろうか。

 

 まだなんかぶつぶつ言っているグランは放置しておいて、しばらくジータと話すことにした。

 

「もう一個聞いていいか?」

「うん、なに?」

「『ジョブ』の内、刀得意が全然ねぇんだがまさかないわけじゃねぇよな?」

「あー……」

 

 ClassⅢの【グラディエーター】だけが刀を持てる。ただし二刀流をしなければならないため未だ取りかかれてはいない。

 

「刀得意には、ClassⅢ【グラディエーター】の他に、【忍者】、【侍】、【剣聖】があるんだよ」

「後ろの三つはわっかんねぇなぁ。なんか特別な解放条件があるのか?」

「うん。パンデモニウムって知ってる?」

「パンデモニウム?」

 

 聞いたことのない名前だ。

 

「そう。色々と謎に包まれた場所なんだけど、パンデモニウムには層があってそこを深く潜るほど強い敵が出てくるような場所なんだ。そこで特定の敵を倒すと解放されるようになってるみたい」

「へぇ。じゃあ俺もそこ行かねぇとな」

「そうだね」

 

 いい情報を聞いた。まだ見ぬ『ジョブ』、力を会得できる機会だ。なにせClassⅢに手を出してからは上が見えてしまっていたからな。どう頑張っても黒騎士と渡り合える気はしていなかった。まだ幅があるというのならやっておく価値がある。

 

「なぁジータぁ。そいつ敵なんだろ? いいのかよ『ジョブ』のこと教えちまって」

 

 ビィが飛んできてジータの頭に着地し言ってきた。

 

「う~ん。まぁダナン君は立場が違うから敵対してるけど、悪い人じゃないと思うんだよね」

「でもこいつルリア撃ったんだぜ?」

「……それはあの、私達が手を出したからって言えるし。それだけで判断するのもなぁ、って」

「ったくジータはよぅ」

 

 ジータのお人好し加減を、ビィは呆れつつも窘めようとはしなかった。そういうところが彼女のいいところだと思っているのだろう。

 だが俺が許すかどうかはまた別だ。

 

「生意気なトカゲめ」

 

 素早く手を伸ばしてビィの頭を挟むように掴んだ。

 

「うぎゃっ!? な、なにすんだよぅ!」

「ははは、生意気なトカゲにはお仕置きしないとなぁ?」

「オイラはトカゲじゃねぇ! ――ふにゃぁ!?」

 

 きっと言い返してきたビィを撫で回し始める。

 

「び、ビィ?」

「お、オイラ、オイラは負けねぇ……ふにゃぁ」

 

 ジータが不思議そうにする中、ビィの抵抗する力がどんどん弱まってくる。

 

「ふはははは。甘いなビィ。俺が小さい頃から鍛え上げた、孤高の野良猫達を篭絡した撫でテクの前では無力よ」

「オイラは猫じゃねぇ……ふにゃぁ」

 

 気持ち良さそうな顔で気持ち良さそうな声を出すビィは普段の様子とは打って変わっていた。……というかこいつ、見た目だけならトカゲっぽいと思ってたが、毛が生えてるんだよな。ふさふさしていて触り心地は抜群だ。

 絶え間なく撫で回していると、不意に服を引っ張られる感覚があった。

 

「……ビィばっか撫でちゃダメ」

 

 オルキスだ。なんか最近こういうの多いな。仕方なくくってりしたビィをジータの頭に乗せる。そして隙ありとばかりにオルキスに手を伸ばす。

 

「じゃあオルキスにしてやろうなぁ」

 

 にっこりと笑って驚いたように動きを止めたオルキスを撫で回し始めた。オルキスは子供特有のふにふにした柔らかい肌に、特にケアしていないらしいがさらさら手触りの銀髪を持っている。ビィとは違った意味で撫で心地抜群である。

 しばらく撫で回していると、

 

「……ふにゃぁ」

 

 わかりにくかったが、確かに気持ち良さそうな声が出ていた。さっと身を引いて口元に手を当てていたので咄嗟に出た声だったのかもしれない。

 

「……出た」

 

 本人も驚いているようだ。

 

「んんっ! ダナン殿」

 

 殿?

 咳払いしたかと思ったらなぜか敬称をつけられていた。カタリナが注目を集める中真面目な表情で言う。

 

「ビィ君を籠絡させる撫で方を伝授してくれ」

 

 ……本人は至って真面目そうなのがより救えない。

 

「じゃあ実践形式でやってやろうか?」

「じっ……!? い、いややはり遠慮しておこう。実践するならジータがいいんじゃないか、ジータが」

 

 俺の返しになにを想像したのか少し頰を染めて、俺の矛先を別へ向けようとする。

 

「えっ!?」

「よし、じゃあそうするか」

 

 驚くジータへ向き直る。

 

「え、あ……うぅ……」

 

 彼女は期待と恥じらいが混じった顔で俺を見上げてくる。それはそれでやってやっても良かったんだが。ジータまでやると後戻りできないような気がして、ここは俺自ら向かう先を変えようと思う。

 

「いや、やっぱやめた。次はオイゲンにしよう」

 

 できるだけ爽やかな笑顔で爆弾を投下する。全員の目が一斉にオイゲンへと向いた。

 

「はあ!?」

 

 一拍置いてオイゲンが驚愕する。

 

「お、おい。嘘だよな? こんなおっさんがやったってしょうがねぇだろ」

「私見たいです、オイゲンさんの『ふにゃぁ』!」

「ごめん、オイゲン」

「オイゲンさんすみません!」

 

 ルリアの純粋な声と双子によるオイゲンの拘束。

 

「お、おいやめろって! 冗談キツいぜ! ラカムお前からもなんとか言ってやれ!」

「悪ぃな。俺も巻き込まれるのは御免だ」

「はっはっは。じゃあ精々抗ってみるがいいさ」

 

 俺はオイゲンに近づいていき、その頭に手を伸ばす。

 

「クソッ、覚えてやがれえええぇぇぇぇぇ!!」

 

 ルーマシー群島にオイゲンの虚しい叫びが響き渡る。そしてその後、普段は厳つくて貫禄あるオイゲンの口から「ふにゃぁ」が漏れることとなるのだった。



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緋色の騎士

 そうして楽しく談笑しながら森の奥を目指していると、途中魔物の群れに遭遇した。俺が手を出す暇もなくさくっと倒したことで、グラン達が強くなったことを目の当たりにする。これは二人だけじゃ苦戦するかもしれねぇなと思っていたところで。

 

「こちらに魔物が来たでしょう? 怪我した方はいませんか?」

 

 丁寧な口調で声をかけてきた男がいた。二メートルを超える巨漢だが、全身を緋色の鎧で覆っていた。……細かい意匠は違うが、この一色で統一された全身甲冑は。

 俺はいつでも戦えるよう腰の短剣に手をかける。

 

「その甲冑は……!」

「当たり前だぜぇ! オイラ達はこれでも結構な修羅場を潜ってきてるんだぜ!」

 

 驚くカタリナを他所に、ビィが誇らしげにしていた。

 

「ははは。それは失礼しました。おっと、自己紹介がまだでしたね」

 

 彼は言って兜を取り素顔を見せる。

 

「全天を駆る七曜の騎士が一人、緋色の騎士のバラゴナ・アラゴンと申します」

 

 男は柔和な笑みを浮かべてそう名乗った。……やっぱりかよ。

 

「七曜の騎士ってーことは、あんた黒騎士の仲間か!?」

「黒騎士? いえ、私は彼女の仲間ではありませんよ。七曜の騎士は元々徒党を組みませんので」

 

 ラカムの質問にバラゴナは朗らかに答える。黒騎士は険のある雰囲気だが、目の前の男からは覇気こそ感じるが温和な雰囲気を感じた。

 

「なんだ、案外話のわかるヤツじゃねぇか」

「けど黒騎士みたいに刺々しくもないし、本当に強いの?」

「イオ、失礼だぞ。彼は私が帝国にいた時は帝国最強の騎士とまで言われていた」

 

 カタリナは彼のことを知っているらしい。

 

「ねぇ、カタリナ。黒騎士さんもバラゴナさんも七曜の騎士だって言うけど……七曜の騎士ってなんのことなの?」

「……七曜の騎士は七人の騎士。全天に唯一、至高の騎士」

 

 ルリアの質問に答えたのはオルキスだった。おそらく黒騎士のことでもあるから調べたのだろう。

 

「よく知っているな。七曜の騎士とは、色の名を冠した七人の騎士のことだ。空域を隔てる瘴流域を超えるには空図が必要だと説明したな。しかし七曜の騎士は、空図なしで瘴流域を超える力を持つと言われている」

「そ、それって、凄く強い人達ってことなの?」

「確かに強くはあるだろうが、それだけではなく想像もつかないほど圧倒的な力を持っている。特に緋色の騎士は武芸に秀でている」

「ははは。こうも褒められると照れますね。実際は瘴流域を超えるのも条件があってのことですが……まぁどちらにしてもあなた方は空図を集める他ありませんがね」

 

 自分の話をされるのはこそばゆいようだ。

 

「それで、騎士様? 黒騎士が今どこにいるのか知らないかしら?」

「さぁ、気難しい方ですから」

「あら本当に? だってさっき会ってたでしょう?」

「……ご婦人。なにを知っておられるのかな。返答次第では……!」

 

 ロゼッタの質問にバラゴナの覇気が膨れ上がる。ぴりぴりとした威圧感が広がった。

 

「残念だけどこの森の中でアタシが知らないことはないの。アタシはただの案内人。ちゃんと連れてきたんだから貴方も貴方の役目を果たしなさい」

 

 ロゼッタの意味深な言葉は半分も理解できなかったが、彼女がバラゴナと会わせたのは間違いないようだ。しかも森の中で知らないことはないってことは、黒騎士の居場所も知ってるんじゃねぇのか?

 

「案内人……そうか。では君がルリアかな?」

 

 バラゴナはそう言って蒼の少女を見つめる。

 

「は、はいっ。そうですけど……」

「ふむ。では隣の君と君が……そうか。雰囲気が父君と似ているな。やはり血筋か」

 

 続けてグランとジータに目を移す。……一人で納得してないで説明してくんねぇかな。

 

「まさか……親父さんを知ってるってのか!?」

「そういうことなら……案内しましょう」

 

 ビィの驚きは無視してバラゴナは踵を返す。

 

「ふふ……行きましょう。折角案内してくれるって言うんだから」

 

 後押しするロゼッタもロゼッタで信用ならない。が、どっちにしてもついてくしかねぇなぁ。

 

「わかった。行こう、皆」

 

 グランが決断したことで揃ってバラゴナの後に続く。

 

「着きました、ここです」

 

 しばらく経ってバラゴナが立ち止まったのは、一定範囲に木のない平らな場所だった。

 

「ここです……つったってなんにもねぇじゃねぇか」

「ええ。被害を出すわけにはいきませんから。さぁ、武器を構えなさい」

 

 バラゴナは兜を被り武器を構えた。

 

「どういうことだ? やはり帝国の騎士として我々を……?」

「帝国は関係ありません。これは私の……この世界の最強を背負う者の使命です。あなた方双子がルリアちゃんを連れている以上、私は君達を試さなければならない。どうぞ……遠慮は無用です。全力でかかってきてください」

「全力って……んなことしたらどうなるか……」

「ご安心を。私は強いですから。それこそあなた達が足元にも及ばないほどに」

 

 ラカムの心配を圧倒的な自負で塗り潰す。

 

「そ、そこまで言われるとちょっとかちんと来るわね」

「ああ。オイラ達の力、見せてやろうぜ!」

「ええ、存分に。それであなたは参戦しますか?」

 

 イオとビィがやる気を見せる中、バラゴナが俺に視線を向けてきた。

 

「俺? なんでだよ、俺は一緒にいるだけで仲間じゃねぇぞ」

「そうでしたか。てっきりあなたの父君と同じように彼らと一緒にいるのかと思っていましたよ」

「っ!?」

 

 こいつ、親父を知ってやがんのか。

 

「いやはや、その鋭い目つきなどはそっくりですよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中から感情が抜け落ちる。代わりに全身を満たすのは殺意だった。

 

「おい」

 

 感情はないが殺意のみある声に、バラゴナは一瞬身を硬直させ剣を握る手に力を込めた。

 

「あんなのと一緒にすんなよ。次言ったら殺すぞ?」

「……あなたの力で、私を倒せると?」

「七曜の騎士ってのは強いから力以外の方法が思いつかねぇ人種なのか? ヒトである限り、殺す手段なんざいくらでもあるだろうが」

「……なるほど。確かに戦い以外でなら可能性はありますか」

 

 警戒するようなバラゴナと話していると、不意に俺の左手に小さく温かい手が添えられた。

 

「……怖い顔しちゃダメ」

 

 目を丸くして振り返ると、オルキスがじっと俺を見上げてくる。

 

「ふっ……そっか。悪いな」

 

 彼女と目が合ってようやく“俺”が戻ってくる。お礼に頭を撫でてやった。

 

「悪いな、バラゴナ」

「いえいえ。私も彼はあまり好きではないので、少し意地が悪くなってしまいました。あなたは人に優しくできる。その時点で彼と一緒にしてはいけませんね」

「はははっ。温厚そうだが嫌いなもんもあるんだなぁ。知ってるか、嫌いな人の話題で盛り上がると仲良くなれるんだぜ」

「……っ。ははっ。私が彼の子供と仲良く? 随分と愉快な話ですね」

 

 どうやらこのバラゴナという人物は、俺の父親を知っているらしい。とりあえず親父はクズそうだと理解したので、今はそれで充分だ。

 

「おっと悪いな、中断させちまって。あんたの用件、済ませていいぜ」

「はい。では改めて、勝負といきましょうか。あなた達の力を見せてください」

 

 俺はオルキスを連れて傍に避ける。バラゴナは気を取り直し強い覇気を発することでグラン達の気を引き締めさせる。

 

「皆、全力でやろう!」

「手加減なしでいきます!」

「おう! 星晶獣相手に戦ってきたオイラ達の底力見せてやろうぜ!」

「ああ! またとない機会だ。全力をぶつけるぞ!」

 

 やる気充分に言って、各々武器を構えた。……さてさて。よく相手してもらってるが七曜の騎士ってのは化け物だ。ClassⅢでも全く相手にならない。俺、スツルム、ドランクですらボコボコにされるくらいだ。

 つっても人数差もあってグラン達はほぼ二倍の戦力を有していると言える。底の一端ぐらいは見えるといいんだけどなぁ。

 

 と思っていた俺はまだ見積もりが甘かったのだろう。

 

「はあぁ!」

 

 【ホーリーセイバー】となって鎧を身に纏ったグランが突っ込む。しかし攻撃は軽くいなされ、

 

「脇が甘い。防御よりの『ジョブ』で特攻をかけるなど無謀ですよ。それも、相手が格上であればね」

 

 助言を与えつつ剣を腹でグランを打ち据え十メートルほど吹っ飛ばす。……鎧の重さやなんかもあるが、あんなに飛ぶもんかね。うちの黒騎士さんと言いどんな筋力してやがんだ?

 

「ヒールオール」

 

 【ビショップ】へと姿を変えどこぞの教皇のような衣装となったジータが回復をかける。

 

「守ってばかりでは勝てませんよ」

 

 しかし守らなければ一撃で沈む。厳しいな。一矢報いたいだろうがこれじゃ無理だ。そう思っていたのだが。

 

「グラン、ジータ! 【ホークアイ】になるんだ! 隙は私達で作る!」

 

 一向に戦況が変わらないと見てか、カタリナが二人に指示を出す。どうやらブレイクアサシンで一発強いのを決めるらしい。

 二人は迷ったようだが視線を合わせて頷き合い、【ホークアイ】へと変化する。

 

「緋色の騎士! しばしの間私の相手をしてもらおうか!」

 

 前衛としていたグランの代わりにカタリナが躍り出て剣を交える。

 

「《霧氷剣ペルソス》! 《ヴリスラグナ》!」

 

 グランがその間に二つの武器を『召喚』する。水色の短剣と狙撃銃だった。銃の方をジータへ放る。そして各々が最大限の力を叩き込むべく、力を溜め隙を待つ。

 しかし加減しているとはいえカタリナ一人で前衛が持つはずがなかった。

 

「くっ!」

「カタリナ! チッ、しょうがねぇ。おっ始めんぞ! 外すなよ!」

 

 カタリナが吹き飛ばされたところでラカム、オイゲン、イオの後衛組が一斉に奥義を放つ。

 

「バニッシュピアーズ!」

「ディー・アルテ・カノーネ!」

「エレメンタルガスト!」

「ほう。しかし無駄ですよ」

 

 渾身の奥義はしかし、バラゴナの一振りで掻き消されてしまう。それでも衝撃は土煙を生み、その中から立ち上がったカタリナが突っ込んでいた。

 

「その程度では隙になりませんね」

「わかっているさ!」

 

 バラゴナが迎撃すべく剣を振るってから、

 

「ライトウォール! アイシクル・ネイル!」

 

 彼我の間に障壁を作り、そして青の剣を相手の剣の下から滑り込ませるように突き出す。障壁は一瞬で砕け散るが、カタリナは障壁にぶつかって停止する僅かな間を見極めて、青の剣でバラゴナの剣を掬い上げた。思わぬ攻撃にバラゴナは体勢を崩す。

 これには彼も驚いたようで、

 

「お見事」

 

 と呟いた。カタリナがすぐに避けると勇ましい声が二つ上がった。

 

「「ブレイクアサシンッ!!」」

 

 赤い雷が二つの身体を包み、

 

「白宝刃ッ!」

「デッドエンド!」

 

 二人が奥義を叩き込んだ。

 

 グランの持つ短剣は振るう度に氷塊を生み斬撃を飛ばす。

 ジータの放った弾丸は当たると更に勢いを増しながら突き進む。

 

 大幅に強化された二人の奥義を受けてバラゴナの身体は吹き飛ぶが、難なく着地してみせた。というか直撃したはずなのに一切の傷を負ってないあの鎧はなんなんだよ。

 

「……これは」

「予想外だわ」

 

 バラゴナとロゼッタが驚いたように呟く。俺も同意見だ。……ちょっとこいつらに対して評価を上方修正しとかないとな。

 

「なかなかどうして大したモノだ」

 

 バラゴナは兜を取って笑顔を見せる。

 

「あ、あれだけやったのにぴんぴんしてるじゃねぇか」

「私達は軽くあしらわれていた。帝国最強は伊達ではないということか」

 

 ラカムとカタリナは驚きを口にする。

 

「今日のところは、これで充分です。欲しかった手応えは確かに感じました。いつかまた、お会いしましょう。再会を楽しみにしていますよ」

 

 バラゴナは穏やかな笑みを浮かべ満足そうに立ち去った。……なんのために来たんだかよくわからんヤツだな。まぁ黒騎士と知り合いだってんならまた会う機会もあるかね。

 

「……で、結局あんたは何者なんだよ?」

 

 ラカムが意味深な発言ばかりするロゼッタへと視線を向けた。彼女は悠然と微笑んでいる。なにか面白そうなことを思いついたような顔だ。

 

「アタシの正体なんて知っても面白くないわ。それより……まさか緋色の騎士を退けちゃうなんて、あなた達のこととっても気に入っちゃったわ」

 

 大人の女性という雰囲気を漂わせる彼女は悪戯っぽく笑う。

 

「だから、これからはあなた達の旅についていくことにしたから。よろしくね? 団長さん」

「なっ……!? だ、断固お断りだぞ! こんな得体の知れない者を……」

「あら、いいじゃない。長旅には華も必要でしょ?」

「華なら間に合ってますー。ねー、ルリア?」

「そ、そうです! ……そうですよね? グラン」

「え、いや、あはは……」

「大人の魅力が足りないって言ってるの。わかるかしら?」

「確かに私もまだまだだけど……」

「ははは! そういうことならおっさんとしちゃ大歓迎だなぁ」

「くっ……私では大人の魅力不足ということか……」

「あーあーカタリナがショック受けてんぞー。泣いちまうぞ、これは」

「ふ、ふざけるなっ! 誰がこのくらいのことで泣くものか!」

「……こりゃあ、しばらくの間は騎空艇の中が騒がしくなりそーだな」

「ああ、うん。そうだね」

 

 なんだかんだ言いながらも、ロゼッタが彼らの旅に同行することは決まったようだ。謎多き美女の加入、か。単純な戦力としては底が知れないし探ろうとしても流石にはぐらかされる。事前に知っておくのは難しいか。

 

「……賑やか」

 

 傍に胡座を掻いて座る俺の上に座るオルキスが呟いた。

 

「そうだな。オルキスは……あっちに混ざりたいか?」

「……楽しそう」

 

 俺の質問にそう返してきたが、じっと俺を見上げてくる。

 

「……でもアポロと、スツルムと、ドランクと、ダナンのいるとこがいい」

 

 そして断言した。……オルキスがそう思ってくれたなら、それでいいかな。

 

「そっか。んじゃそろそろ黒騎士のとこ行かないとな。森の奥でこいつら待ち受けてるとして、そろそろ行かないと怒られそうだ」

「……ん」

 

 二人で立ち上がり、わいわいと騒がしいグラン達へと合流する。

 そして黒騎士がいるであろう森の奥へと進んでいった。



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過ぎた力

 そして、一行はバラゴナとやり合った後少し休憩してからロゼッタの案内で森の奥へと進んでいく。ずっと同じような景色ばかり続いているので既に方向感覚は失われていた。小型騎空艇に戻る自信ももうない。

 

「ようやく来たか」

 

 最奥にて泉の前に佇むのは、俺にとっては見慣れた漆黒の甲冑だった。

 

「黒騎士!」

 

 警戒を強くする一行を他所に声をかける。

 

「よっ」

「お前達がなぜここにいる……。まぁいい。来い、人形、ダナン」

 

 黒騎士もまだ待っているとばかり思っていたようだ。俺が歩き出すとオルキスもついてきたが、

 

「お、オルキスちゃん……」

 

 ルリアの呼び止める声を聞いてオルキスは足を止める。

 

「どうした? 早くしろ」

 

 止まった理由には興味がないのか、オルキスを催促する。少し迷っていたようだが、オルキスはとてとてと俺に続いて黒騎士の下へ歩いた。

 

「オルキスちゃん……」

「人の心配をしている場合か?」

 

 ルリアの声に冷たく告げると、黒騎士は傍に来たオルキスを見下ろした。

 

「人形。起こせ、ここに()()だろう?」

 

 黒騎士がなにを言いたいのか、俺にはわからなかった。わかったのは三人。

 

「……それは」

「だ、ダメです! ここの星晶獣はゆっくり静かに眠っていて……」

「やめなさい! あの子を目覚めさせないで!」

 

 逡巡するオルキスと、星晶獣の気配を感じ取るルリア。そして初めて余裕のない表情を見せるロゼッタだった。

 

「ふん。ヤツらは星の民が作った生物兵器でしかない。兵器とは、戦いに使われなければただのガラクタだ。ヤツらの本分は戦闘にある」

「……」

 

 黒騎士の冷たい言い分にオルキスが俯いた。

 

「やめて、あの子を森で静かに眠らせてあげて!」

「オルキスちゃん!」

 

 迷う仕草を見せるオルキスを説得するべく、ルリアとロゼッタが呼びかける。

 

「……人形。なにを躊躇している。あれは兵器だ。戦うことが本領だ。迷う必要はない。起こせ」

 

 黒騎士も黒騎士でオルキスを説得しようとしていた。

 

「……でも、起こしたく、ない」

 

 そんな三人の呼びかけに対して、オルキスははっきりと自分の意見を述べた。焦ったような二人は安心したように気配を顔を弛緩させるが、逆に黒騎士からは威圧感が放たれる。

 

「……おい、人形。私はやれ、と言ったぞ」

「……っ」

 

 脅しのようなモノだ。オルキスは竦むように身を縮ませて、僅かに暗い表情のまま口を開いた。……しょうがねぇ、ここは俺の出番かな。

 俺は成り行きを見守っていたが、俺が出る幕になったかと思いオルキスの頭にぽんと手を乗せる。

 

「……?」

 

 オルキスは当然、口にしようとしていたなにかを発さず俺を不思議そうに見上げた。

 

「そっかぁ。オルキスはこの島にいる星晶獣を起こしたくないかぁ。じゃあしょうがねぇなぁ」

「貴様……」

「よく考えてみろ。意に反して星晶獣起こしたって意のままに動くかどうかわかんねぇだろ? 星晶獣を操る力を理解し切ってるなら別だが? 万一星晶獣が暴走して前をあいつら、後ろを星晶獣から襲われるなんて真っ平だな、俺は」

「……」

 

 黒騎士は俺を睨むようにしてきたが、適当な出任せでも考える余地はあったらしく少し考え込む素振りを見せた。

 

「なるほどな、一理ある。私もその力を完全に把握しているとは言い難い」

「だろ? ってことで悪いが、相手は俺達二人だ。……もしかしたら、星晶獣相手の方がまだ楽だったかもしれねぇがな」

 

 納得はしてくれたようで、剣を抜き放ちグラン達の方へと向いた。俺も右腰のブルドガングの柄に手をかける。

 

「ふん。確かに私を相手にするくらいならその方がまだ勝ち目があったな」

「ただそいつらさっき緋色の騎士とやり合ってたから、俺達相手にする時より全然強めでいいぞ」

「なるほど。お前の観察眼はある程度信用している。では、少し本気を出してかかるとしよう」

 

 戦闘態勢に入った俺達に対して、相手も困惑を残しつつ武器を構え始める。

 

「……なんで、私達が戦わなくちゃならないの?」

 

 ジータが俺を見て尋ねてくる。

 

「そりゃ、立場と目的が違うからなぁ。どっちにしろいずれはお前らと雌雄を決することになるんだ。今の内に互いの実力を測っておきたいってのもあるし」

 

 俺は普段通りの口調で言ってから、笑みを消し三割を殺意へと変えた。

 

「――その時のために一人でも減らせりゃ多少楽になんだろ?」

「「「っ!」」」

 

 俺の言葉か殺意を受けて、一行は警戒を最大限に高める。

 

「大半は任せたからな」

「誰に言っている。貴様こそしくじるなよ」

「ああ」

 

 黒騎士と言い合い、俺は剣を扱うために『ジョブ』を発動させる。同時に、グランとジータも腰の剣を抜いて『ジョブ』を発動させた。

 

「「「【ウェポンマスター】!」」」

 

 三人が同じ『ジョブ』へと姿を変えた。

 グランはファーコートに顔のみ出ている全身鎧に身を包む。右手に剣を、左手に盾を装備していた。

 ジータはグランと少し異なりファーコートと武器は同じだが被っているのがサークレットで下半身の鎧は太腿のみ露出したレギンスだった。

 俺はグランの衣装を黒に塗り替えたモノ。ただファーだけは灰色になっている。

 

「初っ端から全力だ」

「「「ウェポンバースト!!」」」

 

 俺の言葉で意味を理解したのか、三人同時に奥義の威力を高めた。

 

「無明剣ッ」

「「テンペストブレード!!」」

 

 俺の奥義と、二人の奥義が激突する。武器の性能差故か相殺でき衝撃波が辺りに広がった。巻き上がる砂埃を利用して俺は駆け出す。途中でグランが飛び出してきていることに気づき、剣を打ち合うことになる。

 

「派手な合図だ。ではこちらも始めるとするか。あの二人がダナンの相手をしている今、貴様らに私の相手が務まるかどうかは知らんがな」

 

 黒騎士は確かな覇気を纏いながら悠然と歩み出た。ラカムとオイゲン、イオは前に出ることができない。となると残るはカタリナだけなのだが、先程戦った緋色の騎士よりも強い威圧感に気圧されて構えることしかできていなかった。

 そんな中、黒騎士の身体を絡め取るように地中から茨が生えてくる。

 

「……まさか貴様が手を出すとはな」

 

 黒騎士は大した拘束にもならないとばかりに茨を引き千切り手を出してきた相手――ロゼッタへと顔を向けた。

 

「できれば静観していたかったけど、アタシもこの子達についていくって決めたのよ。ならこの子達に協力するのは当然でしょう?」

「ふん」

「ほら、あなた達。気圧されてないでしゃんとしなさい。あの緋色の騎士を、手加減されたとはいえ退けたのよ。自信を持って戦いなさい。最初から及び腰じゃ勝てるものも勝てないわよ」

 

 そしてロゼッタは黒騎士の威圧感に呑まれていた一行を激励する。余裕のある態度に落ち着きが戻っていき、

 

「……そうだな。すまない、ロゼッタ殿」

 

 カタリナはすぐに気持ちを切り替えると黒騎士を真っ直ぐに見据えた。

 

「行くぞ、黒騎士!」

「かかってくるがいい」

 

 黒騎士へと肉薄したカタリナが剣を交え始め、後衛三人はいつでも支援できるようにと気を引き締める。ロゼッタは妖しく微笑みながらも手助けするべく機会を窺った。

 こうして、俺達二人とグラン一行との戦闘が幕を開けたのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ……黒騎士の方も始まったみてぇだな。

 

 ダナンはグランとジータを相手にしながら黒騎士も戦闘を始めたことを確認する。彼としても同等の力を持つ二人を相手取るのは手いっぱいだったが、彼らとは普段相手にしている者の強さが桁違いだった。

 グランとジータもアウギュステで助けてもらった人達、特にアレーティアとヨダルラーハという二人の剣士に鍛錬をつけてもらい格段に強くなってはいるはずだ。

 

 だがダナンは、ここ最近ずっと常識外れの強さを持つ七曜の騎士と鍛錬をしていた。

 

 その差が二対一の状況でもなんとか手が回せる状況を作り出している。

 

 グランが『召喚』をしていないのも大きい。普段の戦闘通りトドメの瞬間に使おうという魂胆なのかもしれないが、そのおかげで武器の性能に格差が生じていた。

 

 グランの攻撃を右手の盾で受け止め、左手でジータへと攻撃する。盾で受け止められるが無理矢理左足を出して彼女を蹴り飛ばした。ジータの呻き声を聞いてグランの意識が僅かに逸れたことで隙が生まれ、その隙を突いて盾を構えて突進。体勢を崩したところで盾の上から渾身の一撃を叩き込む。

 どうしても武器で攻撃してしまうグランとジータに対し、ダナンは足も使うという柔軟な戦い方で渡り合っていた。ダメージを与える時は一人ずつ確実に、という妙な手堅さがあるのも理由の一つだろう。

 

 ただし体力がキツい。

 

 二人同時に相手にすることでより多く消耗していく体力が厳しい点はあった。できるだけ早くどちらかを倒して一対一に持ち込まなければあっさりと敗れてしまう。

 

 ……チッ。だが相手もClassⅢ。明確な差はねぇか。

 

 今はまだ戦えているが、一度崩れてしまえば押し切られてしまう。なんとかしなければという思いはあるがその材料は自分にはない。……なら、どこかから持ってくるしかねぇ。

 

 ダナンは一つの作戦を立てて、黒騎士へと目で合図する。確かに反応が返ってきたことを確認してからグランを無視してジータへと突っ込んだ。ブルドガングを強く握り力任せに彼女の身体を後退させる。無論それをグランが黙って見ているわけもなく、思い切り背中を斬りつけた。ただ頑丈な鎧を着込んでいるため、大きな衝撃が襲うだけに留まる。その衝撃を歯を食い縛って耐えながら無理矢理ジータを、渾身の力で吹っ飛ばす。

 

「きゃっ!」

「ジータ、危ねぇ!」

 

 吹き飛ぶジータにビィの声が飛び、そして別方向から飛んできたカタリナとジータが激突した。ごっという重い音が鳴る中でダナンは誰よりも早く動き、剣の柄で思い切りジータの鳩尾を殴る。

 

「かっ……!」

 

 苦しげに息を吐き身体のくの字に折って、そのまま意識を失った。

 ダナンは確実に戦闘不能にするために、突っ込んできたグランを掻い潜りながら剣を後方へ放り投げて【ウェポンマスター】を解除。左腰に提げた銃を抜き、照準を倒れて普段通りの姿になったジータへと向ける。

 

「させるかよっ!」

 

 ラカムがいつかと同じように彼女の頭を打たせまいと銃を構えていた。ダナンは銃口を少しズラして躊躇なく引き鉄を引く。乾いた銃声が響き、弾丸は彼女の腹部を貫いた。

 

「てめえ!」

 

 動揺が走る中怒りに任せたラカムはダナンへと弾丸を放った。彼の銃弾は同じく、腹部を貫く。

 

「……チッ。だがこれで一人」

 

 ダナンは舌打ちしつつもジータは今回の戦闘に参加できないだろうと踏む。気絶したまま撃たれて血溜まりを作る彼女へとイオが駆け寄ってすぐに治療を始めた。

 ダナンは投げたブルドガングを拾って再度【ウェポンマスター】になる。撃たれた腹部の痛みと止血は二の次だった。

 

「撃った箇所が撃った箇所だからな。とりあえず今回は戦闘不能だ。後は、お前だけだな」

 

 ようやく一対一に持ち込めたとグランを見るが、双子の片割れを傷つけられたせいか敵意剥き出しでダナンを睨んできている。

 

「……なんだよその顔。そんなに大事なら守れるように頑張れよ。俺達は敵だ。そして俺はそこまで強くねぇ。加減できると思うなよ」

 

 彼としては手がいっぱいだったから黒騎士の助力で状況を打破しただけに過ぎない。例えその過程で楽しく語らった相手を傷つけようと、彼はなにも思わない。思うだけの正常性は、育つにつれて失われていた。

 

「……そうだね。僕がもっと強ければ、もっと非情になり切れていたら、こうならなかったかもしれない。だから僕も、君を殺す気で挑む!」

「そうかよ」

「ルリア、アレを!」

 

 グランが怒りに任せて叫ぶが、

 

「えっ!? あ、アレはダメですよ! アレーティアさんからもヨダルラーハさんからも使っちゃいけないって……!」

「……わかった。じゃあ自分でやる。《ベルセルク・オクス》ッ!」

 

 ルリアはあまりアレとやらを渡したくないらしい。しかし彼は『召喚』を持っている。一度手にした武器であれば、自在に呼び出すことができるのだ。

 

 そして、彼の手に一本の斧が出現した。黒い鉄の部分にトゲのついた斧だが、これといって特殊な形状の武器ではない。しかしその武器は、所持しているというだけで意味がある。

 

 そうしてグランは、『ジョブ』の新たな扉を開いた。

 

「――【ベルセルク】ッ!!」

 

 彼の姿が変化する。

 首から下を紺の鎧で包み込み、頭に白い獣の毛皮を被っていた。毛皮はマントのように伸びている。

 

 それだけではない。

 

 グランの怒りに染まっていた表情が変わっていた。目つきは鋭くなったままだが口元には笑みを浮かべている。心底楽しそうな笑みでダナンを見ていた。

 

 その身から放たれる威圧感は【ウェポンマスター】の時の比ではない。ともすれば今戦っているくらいの黒騎士には届きそうなほどに膨れ上がっていた。

 

「……いい気分だ。てめえが殺し合いを望むってんなら上等。お望み通りぶっ殺してやんよぉ!」

 

 それまでのグランからは想像もつかないほど荒々しい口調と気配で言った。

 

 ……聞いたことねぇ『ジョブ』だな。チッ、まだ隠し玉を持っていやがったか。しかもあの様子、精神に影響出てんじゃねぇかよ。ルリアが止めようとしてたのはこのせいで、多分危険なんだろうな。

 

 ダナンは素早く状況を整理し油断なくグランを見据える。そこで、彼がダナンの後ろを見て笑みを深めたことに気がついた。はっとして振り返るとグランからダナンまでの直線延長上に、オルキスが立っている。

 

「クソがっ!」

 

 嫌な寒気がしてダナンはグランから目を逸らしオルキスの下へ駆けると乱暴に突き飛ばして身を翻し盾を構える――まで間に合わなかった。

 

「ごばっ!」

 

 振り返るダナンの脇腹にグランの爪先がめり込んだ。どれほどの威力が込められていたのか、鎧が砕け身体がくの字よりも折れる。ダナンは口から大量の血液を吐き出し物凄い勢いで吹っ飛んでいった。ぶつかった木々を三本ほどへし折る勢いで飛んでいき、四本目にぶつかったところで地面へと落ちる。

 

「あっ、ぐ……ぁ……」

 

 血を吐きながら呻き声を上げることしかできなかった。【ウェポンマスター】の衣装が消えて元に戻る。ただの蹴り一発でこの様だった。

 

 ……ヤベぇな。内臓イカレちまってる。肋と腰もちょっとイったな。なんだあのパワー。クソッ。

 

 襲いくる激痛と口いっぱいに広がる鉄の味に耐えながら、内心で毒づいた。

 

「……っ」

 

 目の前でダナンを吹き飛ばされたオルキスは、グランから恐怖を感じて少し後ろに下がった。

 

「あ?」

 

 その微かな音に反応してグランがオルキスを見下ろす。無造作に放たれる威圧感にオルキスが震えた。

 

「そう怯えんなよ。てめえも後追わせてやっからよ」

 

 グランはそんなオルキスに対してもなにも思わないのか、右手に持った巨大な斧を振り上げる。ジータを撃ったダナンは兎も角、オルキスにまで手を上げようとするのは、異常だ。これには黒騎士も焦りが生まれ戦闘の手を止める。

 

「お、おい! やめろよぉグラン!」

 

 そんな彼を止めたのは、他ならぬビィだった。ジータが意識を失っている今、彼と最も付き合いが長いのはビィだ。しかしそんな彼の声も、届かない。

 

「あ? ビィ。てめえはいつもいつも戦えねぇ癖に偉そうにしやがってよぉ。いいぜ、オレの邪魔するってんならまずはてめえから殺ってやる!」

 

 それどころか、長年付き添ってきた相棒ですら敵と見なす。ビィが心ない言葉に傷つき俯く中、彼を止めようと仲間達が構え始めた。これでは黒騎士との戦いどころではない。

 

「上等だ、殺ってやん――」

 

 こつっ。グランが意欲を見せる中、全く別の方向から小石が飛んできて彼の頭に当たった。

 

「あ?」

「……おいおい。てめえの相手はここだろうがよ。余所見とはいい度胸じゃねぇか」

 

 グランが石の飛んできた方向を見ると、口元に血を滲ませながらふらふらと歩くダナンがいた。

 

「……ダナン、ダメ」

 

 オルキスは相当なダメージを負っていることを心配し止めようとする。ダナンは近くまで来て頭を撫でようと手を伸ばし、掌が血塗れなことに気づいて引っ込める。そしてそのままグランへと歩み寄っていった。

 

「……問題ねぇ。掠り傷だ」

「はっ! どう見ても死にぞこないじゃねぇか!」

「そうか? ならてめえの見間違いだ。随分気が大きくなってるみてぇだしなぁ」

「そうかよ。そんなに死にてぇなら殺してやるよ!」

 

 普段の恰好に戻りブルドガングを腰に戻して短剣を持っているダナン。それは既に『ジョブ』を発動する余力すら残っていないことを意味していた。

 しかしグランは容赦なく、斧を振り被る。

 

「……チッ」

 

 回避すらできないことにか、それとも全く正気を取り戻す気配のないグランにか、舌打ちした。ただそれだけだった。

 

「おらぁ!」

 

 グランは下から振り上げた斧でダナンの身体を空中へと吹き飛ばす。更に飛び上がって両手で持った斧を振り下ろし身体を地面へ叩きつけた。衝撃で地面が陥没するほどの勢いだ。抵抗する力もなく吐血して倒れるダナンを、空中から思い切り踏みつける。

 めきゃっ、という嫌な音が鳴った。

 

「あ、がぁ!?」

 

 一発目に蹴りを食らった右とは逆、左側の脇腹が潰れた。大量の血を噴き、ダナンの目が虚ろへと変わる。このままでも放っておけば死に至るだろうが、今のグランに容赦はない。

 

「ミゼラブルミスト! アーマーブレイク! レイジ! ウェポンバースト!」

 

 黒い霧によってダナンを弱体化させ、衝撃派を放って彼の上半身を覆っている胸当てと衣服を吹き飛ばし身体に裂傷を与え、筋力と奥義の威力を高めていった。必要以上に、執拗に殺そうとしている。左足でダナンの腹を踏んだまま、グランは笑みを湛えて斧の先をぐるぐるとぶん回す。

 確実に仕留める気だ。誰もが理解した。

 

「貴様ら! あいつに人殺しをさせる気か! 止めろ!」

 

 そんな中黒騎士がやけに切羽詰った声でカタリナ達へ声をかける。

 

「……無理だ。あれは……【ベルセルク】は私達では止められない。アウギュステの時はアレーティアとヨダルラーハという途轍もなく強い剣士がいたから止められたが」

「チッ!」

 

 彼女の返答に舌打ちして、黒騎士が本気で駆けた。

 

「狂瀾怒涛ッ!!」

 

 そして斧が振り下ろされるまでの間に近づくと剣を振り被り思い切り振るった。

 

「ふんッ!」

 

 ただの一振りではどうにもならない一撃だったはずだが、二つがぶつかり合い、相殺される。余波もなく、静かに。余波でダナンが死なないよう、完璧に同じ威力で打ち消したのだ。

 

「がっ!」

 

 続けて振るった剣でグランの身体が吹っ飛ばされる。

 

「人形!」

 

 その隙に黒騎士はオルキスを呼んだ。王女オルキスには敵わなくとも、黒騎士とは長い付き合いになる。それだけで意図は伝わった。

 

「……我、アルクスの名において命ずる。目覚めよ、摂理の陣を纏いし、偉大なる創世樹よ」

 

 オルキスの口がなにかを唱え始める。

 

「っ! あの子を止めて!」

「ダメ、オルキスちゃん!」

 

 いつかと同じようにロゼッタとルリアが止めようとするが、今度は止まらなかった。止めようとする人達は間に合わず、また本人もやめる気がなかった。

 

「――今ここに顕現し、星の理を以って、我が敵を滅ぼせ!」

 

 最後の一節を紡ぎ、泉から光が溢れてそれは顕現する。

 

「――」

 

 本体は可憐な少女のようでありながら、その姿は巨大。星晶獣・ユグドラシルの姿だった。

 

「よくやった」

 

 ユグドラシルは牽制するように木々を生い茂らせ枝を伸ばす。黒騎士はオルキスに言ってグランへと向き合った。

 

「貴様だけは私の手で倒してやろう。守るべきモノすら見失った貴様には、少し灸が必要そうだ」

 

 告げると全身から闇のオーラを迸らせ、グランの目の前へと移動し剣を振り下ろす。最大限警戒していたはずが、一切反応できなかった。

 

「――散れッ!」

 

 直撃する寸前で刃が止まり空間に亀裂が走る。破砕されると同時にオーラと衝撃の二つがグランを襲い地面を陥没させて倒した。一瞬で意識が刈り取られたのか、【ベルセルク】の衣装が解除され武器も消えていく。

 

「……ふん。人形、帰るぞ。こいつを治療する必要がある」

「……助かる?」

「さぁな。だが全力は尽くす。行くぞ」

「……ん」

 

 黒騎士はオルキスを連れ立ってダナンを抱えその場から立ち去る。

 

「お、おい待て!」

「今は後にしましょう。まずはこの子を止めないと」

 

 カタリナが呼び止めるのを制止したロゼッタは険しい表情でユグドラシルを見上げる。その瞳に悲しみが映ったのは一瞬だった。

 

「うん、やろう皆。私達だけでも」

 

 そこで、今さっき目覚めたジータが背中を押す。

 

「私が出るから援護して、皆。ユグドラシルを解放してあげないと」

「おうよ!」

 

 そうしてもう一人の団長ジータの下、ユグドラシルは倒されルーマシーの騒動は一旦の終わりを告げるのだった。




早すぎるClassⅣでした。全然制御できてないってことで許してください。


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かつていた英雄

 黒騎士が持っていた分とダナンが革袋に入れて持ってきていた分のポーションを全て費やし、瀕死の重傷を負っていたダナンはなんとか一命を取り留めていた。

 

「……こいつが多くアイテムを持ってきていて助かったな。少しでも足りなければ、回復のできない私では治せなかっただろう」

 

 戻ってきていればドランクに頼めばいいが、一先ず街へ戻って治療を施さなければならない状態だ。

 

「……ダナン」

 

 オルキスは小型騎空艇のベッドに眠るダナンの手を握ってじっと見つめていた。黒騎士としても、これほど感情の出ている彼女を見るのは初めてだ。

 

「命は繋いだ。これ以上は安静にさせるしかない」

「……ん。わかってる」

 

 それでも傍にいたいとでも言うのだろうか。人形の癖に。

 その時、こんこんと扉がノックされる。

 

「なんだ?」

 

 三人以外にこの船に乗っているのは、操舵士だけのはずだ。

 

「帝国の軍艦が見えます」

「なんだと? 数は?」

 

 操舵士の声が来て、黒騎士は聞き返す。

 

「一隻です。別方向からルーマシーへ降り立つようですね。進行方向は交じりませんが」

「そうか。ご苦労」

 

 とりあえず撃ち落されるようなことはないとわかり報告を聞き終える。しかし帝国最高顧問の身でありながら、ルーマシーに手を出すとは聞いていなかった。何者かが彼女とは関わりなく動いている。

 黒騎士以外で軍艦を好きに動かせる者は限られていた。

 

 宰相フリーシア。大将アダム。中将ガンダルヴァ。少将フュリアス。

 

 帝都アガスティアの警備を任されているアダムが遠出するなど考えられない。ガンダルヴァは重度の戦闘狂であり策を弄することは好まない。となると戦闘力という点では劣るが頭を回すことに定評のある残った二人、か。

 

「……どんな策を練ろうと私の邪魔をしなければ問題ない」

 

 黒騎士としては、たったそれだけのことだった。

 そんなことよりもグランの使った『ジョブ』が気になっていた。

 

 ダナンから聞いたことはなかったが、【ベルセルク】という単語には聞き覚えがあったのだ。

 

「おい、人形。【ベルセルク】を知っているか?」

 

 時間を潰す意味も含めてオルキスへ語りかける。

 

「……ん。グランが使ってた」

「違う。もう一つの方だ」

「……?」

 

 オルキスの答えを否定し、彼女が知らないと見て話し始める。

 

「……“ベルセルク"とは、かつて英雄と呼ばれた者の一人だ」

「……英雄?」

「ああ。逸話は伽話となって今も残っているが……今から数十年も前の話だ。おそらくグランとジータ、そしてダナンの父親が空を旅していた頃よりも昔。有名なところだと、そうだな。『伊達と酔狂の騎空団』の全盛期の頃よりも前になるだろうな」

「……それは知ってる」

「そうか。なら英雄の話に戻るが、英雄とは具体的になにかを成した者ではなくかつて空を旅した一団だったと聞く。その伝説は今も残っていて、嘘か真かドラゴンを単独で倒しただの、戦争をたった十人程度で終戦させただの、他にも数多く存在している。その中で真っ先に前線へ飛び出し仲間を守るために最も多くの敵を屠ったとされるのが、その時“ベルセルク”と呼ばれていた者だったという。戦になると誰よりも苛烈に、誰よりも傷つきながら戦ったとされている」

「……それが、『ジョブ』になった?」

「あの風体はよく本で目にしたことがある。おそらく、その“ベルセルク”が元になっているのは間違いない」

「……でも、守ってなかった」

「そうだ」

 

 黒騎士はオルキスの言葉に頷く。あの時グランは、ただ戦いの本能だけに流されていた。それでは余りにも、アポロが本で読んだ英雄の姿と違いすぎる。

 

「おそらくあれは使いこなせていない。ルリアが止めようとしたのもそれが理由だろう。まだグランには扱えないほどの力ということだ。あのままなら相手にならないが、もし使いこなした時は……より強くなるだろう」

 

 明らかな確信を持って告げた。力に流されるままと制御し使いこなすのとでは格段に変わる。その時二人がかりで挑まれれば、全力で相手せざるを得なくなる可能性もあった。しかも、同じ力を持つ者が三人もいるのだ。将来の脅威となり得る存在と言える。

 

「……なんで『ジョブ』に?」

 

 オルキスが質問する。黒騎士は答えを持っていなかったが、推論を述べることはできた。

 

「さぁな。だが推測はできる。……今は亡き英雄、伽話にのみ生きている。だが連中の父親の時代なら、どうだったか」

「……生きてて、その力を習った?」

「かもしれん。そもそも『ジョブ』という概念がいつどこで生まれたか不明な以上、確証を得ることはできないだろう。もしグランとジータの父親が最初なら、各地にいたかもしれない英雄から習い、段階的に力を高めていくための力として昇華したかもしれないが。今では確かめようもないな」

「……全員いないから」

「ああ。ただ三人の父親か、若しくは……この全空のどこかにまだ生きているという、英雄の一団を支えた侍女に会えればなにかわかるだろうが。この空は広い、会おうと思って会えるものでもないだろう」

「……そう」

 

 黒騎士は語り終えると壁に寄りかかって座り込んだ。

 

「……アポロ?」

 

 オルキスは声をかけるも返事はない。眠っているのだろうと思い当たり、彼女もベッドに頭を預けて目を閉じる。次に目を覚ました時、できればダナンが目覚めていることを願って。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、なんとかグラン抜き疲労した状態でユグドラシルを倒すことに成功したジータ一行。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 肩で息をして汗だくになったジータは、

 

「……ユグドラシル。もう大丈夫だよ。安心して眠って」

 

 ルリアがユグドラシルを鎮めるのを確認してから地面にへたり込んだ。

 

「はぁーっ。もう疲れたぁ……」

 

 ぐったりと足を伸ばす彼女に続いて、イオとラカム、オイゲンも座り込む。

 

「ああ、そうだな。それよりジータ、傷の方は大丈夫なのか?」

「あ、はい。大丈夫。イオちゃんが治してくれたので」

「そうか。では私はグランの治療をしてこよう」

「お願いします」

 

 カタリナはジータに声をかけてから地面に突っ伏しているグランの方へ歩いていく。

 

「それでその、私気を失ってたから状況が理解できていないんだけど……。グランは黒騎士に倒されたんだよね? 確かダナン君と戦ってたと思うんだけど」

 

 イマイチ状況が理解できていないらしい彼女に、オイゲンが噴き出した。

 

「ははっ。そんな頭でよくユグドラシルとの戦いしっかりやってくれたなぁ。流石はジータ、ってところか」

「オイゲンさん、からかわないでくださいよ」

 

 本人は照れたように笑うが、実際疲労した状態の中星晶獣とも戦わなければならなくなって精神的に押されていたのは間違いなかった。そこから背中を押し、皆を引っ張っていった彼女も間違いなく団長なのだった。普段グランが団長らしく振舞っているが、彼女も団長として認められるだけのモノを持っている。

 

「ジータ、ホントに大丈夫なの?」

「うん。イオちゃんのおかげでね」

「まぁあたしの治療は完璧だけど、撃たれてすっごい血が出てたから……」

 

 珍しく自信なさげな様子を見せるイオ。しかしジータが食いついたのはそこではなかった。

 

「撃たれて? 私気絶してただけじゃなかったの?」

 

 不思議そうに小首を傾げる。彼女の記憶にあるのはダナンに柄で殴られ意識が失うまでと、それから目を覚まし心配そうなイオの顔が見えたところからだった。そして目を覚ました時には、黒騎士達が立ち去りユグドラシルに行く手を阻まれているところだったのだ。

 

「あー……。そりゃ俺から説明する。あいつ――ダナンはジータを気絶させた後、銃で撃ったんだ。俺も弾丸ズラせるように構えてたんだが、悪いな」

 

 ラカムが申し訳なさそうに声を発した。

 

「ラカムさんのせいじゃないですよ。でもそのおかげで私は助かったんですよね?」

「……」

 

 ジータの言葉に、ラカムは返答しない。不思議そうにするジータへ答えを返したのはオイゲンだった。

 

「多分だがなぁ。あいつはジータを殺す気がなかったんだろうよ。ラカムは確かに弾丸を弾くために銃を構えた。だが人を確実に殺すなら頭か心臓を狙う。ラカムは頭を警戒してたんだから、心臓を狙えば殺せた、ってことだな」

「もしそうだとしても、ジータが撃たれたのはホントのことでしょ!」

 

 オイゲンの言葉をイオが責める。老兵は気まずそうに頭を掻いた。

 

「咄嗟にあいつ撃っちまった俺が言うのもなんだが、確実に戦闘不能にするには気絶させるだけじゃ薄かったんだろうぜ。あいつはClassⅢまでしか知らねぇみたいだったし、グランと一対一でも長引くって考えたんだろ。こう言っちゃなんだが、戦いに関しちゃ合理的な考え方ではあるんだ」

 

 戦いの中で一人が戦闘不能になったことに動揺し崩れるというのは脆い証拠だ。イオなら兎も角、ラカムがこの歳で気絶した相手に追撃を加える非道さに腹を立てたことを、彼は少し反省していた。殺す気がなくても勝つ気ならやる。それくらいのことではあったのだ。しかもこちらには回復のできる者が二人もいた。

 

「それによぅ……あいつ、オイラを助けてくれたんだ」

 

 そこに終始暗い表情をしていたビィが声を上げる。

 

「ビィ……」

 

 なぜそこでビィが出てくるのはわからなかったが、ジータは彼の暗い表情を見て誰かが話し出すのを待った。

 

「……グランは、【ベルセルク】を使ったんです」

 

 重苦しい空気が漂う中、ユグドラシルの解放を終えたルリアが沈痛な面持ちで告げる。

 

「っ! ClassⅣを!? アレはダメだって散々言ったのに……!」

 

 ジータは目を見開きカタリナに治療されるグランに目を向けた。

 

「……ジータが撃たれて、グランは凄く怒ったんです」

「あんなに怒ったあいつ、久し振りに見たよなぁ。でもそれがダメだったんだ。グランのヤツ、【ベルセルク】になってあいつ蹴っ飛ばしたんだ。そこは別にいいんだけどよぅ。黒衣の兄ちゃんがオルキスを突き飛ばして守るのも構わず蹴っ飛ばして、その後オルキスを襲おうとしたんだ」

「っ……」

 

 ルリアのビィから話を聞き、ジータは唇を噛み締める。ずっと一緒にいた心優しい双子の兄が見る影もない様子を聞かされるのは心に突き刺さった。

 

「それでそれを止めたビィを、次は標的にしたんです」

「……そんでよぅ。あいつボロボロなのにオイラのとこ来ようとしたグランを引きつけて、動けないのにボコボコにされたんだ……」

「……もしかしてあの血が、そうなの?」

 

 ビィの言葉を聞いて、周辺で最も血の跡が大きく地面の陥没した位置を指差す。こくりと頷いたのを見て、ぎゅっと拳を握った。

 

「それからはトドメの前に黒騎士さんが割って入って、グランを倒しました。オルキスちゃんがユグドラシルを起こして足止めしている内に逃げちゃいましたけど」

 

 ルリアがそう事の顛末を締め括った。

 

「……そう」

 

 ジータの面持ちが暗くなる。だがそれ以上に傷ついていた者がいた。

 

「オイラがあいつ止めた時、グランが言ったんだ。オイラは戦えない役立たずだから、邪魔すんなって」

 

 長年連れ添った相棒にそんな心ない言葉をぶつけられれば、当然傷つく。ビィは目に涙を溜めて心境を吐露していく。

 

「なぁ。オイラ……確かに戦えねぇけど。グラン、本当にそう思ってんのかなって……」

 

 ビィ自身、星晶獣の力を使えるルリアと違ってなんの役にも立てないことを気にしてはいた。それを他でもない相棒に言われたことで、一気に不安が高まってしまったのだ。

 

「――ビィ」

 

 澄んだ優しい声が、そう大きくもないのに辺りに響いた。ビィが呼ばれた方を見ると、陰りの一切ない慈愛に満ちた笑顔を浮かべるジータが佇んでいる。

 

「大丈夫。ビィは戦えなくっても、私達の大事な仲間だよ。ビィはいつも元気いっぱいで、私達二人をいつも励ましてくれた。私も、グランも、ビィがいなかったらここまで来れなかったかもしれない。だから大丈夫。戦う力がなくたって、ビィが一緒にいてくれることの意味はちゃんとあるよ。ね?」

 

 紡がれた言葉が耳に入ってきてビィの目に溜まった涙がぶわっと広がる。

 

「ジータぁ……!」

 

 ビィは感極まってジータの胸元に飛びつく。

 

「はいはい。いい子いい子」

 

 ジータは泣きじゃくるビィをあやすように優しく抱き止め、頭を撫でていた。

 そんなビィを微笑ましく眺めつつ、全員が落ち着くまで待っているのだった。




要は双子のお父さんが英雄の力を会得する過程で出会ったから、ザンクティンゼルにあのお婆ちゃんがいる、っていう自分なりの解釈ですね。

……というか後書き書いてたら日付変わってました。


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双子の想い

古戦場の敵が硬くて嫌になりますね……。
今日を乗り越えれば本戦は明日だけなので、頑張って乗り切りましょう。


 グランのClassⅣ発動により蟠りを残していた一行だったが、ジータのおかげでとりあえずの落ち着きを見せていた。

 

 そんな中、ルーマシー群島に一隻の軍艦が降り立つ。

 

「私達帝国は、お前達との和解を望んでいる。詳しくはフュリアス将軍閣下の待つアルビオンへ来てから聞くといい」

 

 一行が警戒する中登場した兵士の一人がそう告げてくる。

 

「アルビオンだと!?」

 

 カタリナが驚くのを他所に、兵士は一方的に用件だけ告げて去ってしまう。

 

「どうしたの、カタリナ?」

「い、いや、なんでもない」

 

 ルリアに答えながらも、彼女の胸中は穏やかではなかった。

 

「……で、どうするよ。十中八九罠だろうけどな」

「うん……。真意を確かめたいところかな。とりあえずグランサイファーでアルビオン方面に向かっておこう。ここで軍艦とやり合う気力はないかな。それに、行き先はやっぱり二人揃ってから決めたいし」

 

 ラカムの言葉に頷きながらも、決断を委ねられる立場のジータが冷静な判断を下す。

 

「そういうことならとっとと行こうぜ。グランも安静にしとかなきゃなんねぇしな」

 

 オイゲンの言葉に皆が頷き、一行は島の端で停めた騎空艇へと戻った。

 

 そして、グランは自室で目を覚ます。見慣れた天井と、嗅ぎ慣れた匂い。身体に馴染んだベッドの感触。

 

「あっ! グランが目を覚ましましたよーっ!」

 

 彼が目を開けたことに真っ先に気づいたルリアが顔を綻ばせる。

 

「……ルリア。ここはグランサイファー? なんでここに……」

「もう終わった後だからだよ」

「ジータ! け、怪我は!? 無事なのか!? ――ぐえ」

 

 もう一つの声に驚き彼女を心配するグランを、他ならぬジータが胸倉を掴み上げる。

 

「じ、ジータ!」

「……グラン。ClassⅣ使ったんだって? アレは使いこなせるようになるまで使わない、って約束したよね?」

 

 泣きじゃくるビィを相手にしていた時とは違う、憤怒の表情である。

 

「っ……。うん、使った後のことも、覚えてるよ」

 

 萎縮しつつも怒っている理由が理解できるのか、抵抗はしなかった。

 

「なんで使ったの?」

「……それはジータが、傷つけられて、ついカッとなって……」

 

 ばちん、とジータがグランの頬を平手打ちした。

 

「じ、ジータ!?」

「違うでしょ。双子だもん、私にはわかる。グランはあの時、怒ったんじゃなくて殺したいって思ったんだよね?」

「っ――!」

 

 ジータに言われて、グランは図星だったのか目を見開いた。

 

「私が傷ついて、銃で撃たれて。死にそうになっているのを見てグランは多分、初めて人を殺したい、傷つけたいって思ったんだ。そのためにClassⅣを使うことを選んだ。違う?」

「……」

 

 ジータの言葉にグランは視線を逸らした。彼女の予想外の切り口に、仲間は皆驚き見守ることしかできなかった。

 

「……ジータ。僕は」

「言い訳無用!」

 

 ばちん、ともう一発ビンタが飛ぶ。ルリアがジータを止めるべきか迷っておろおろとしている。唯一面白そうに眺めているロゼッタ以外はジータを少し恐ろしく思っていた。

 

「……私も同じだったから。だからその気持ちは、よくわかるの。あの時私は、初めて人に殺意を覚えたんだから」

 

 ジータの震える声を聞いて、それがいつのことを言っているのか、グランは理解する。

 

 ――あの時。彼らの故郷ザンクティンゼルでルリアと出会った、あの時のことだ。

 

 グランはルリアを守るために帝国の軍人ポンメルンが操るヒドラに立ち向かい、そして一度死んだ。

 

 目の前で双子の兄が殺され、その死を嘲笑われた彼女の心境を推し量るのは難しいが。それでも大きな怒りと憎しみが殺意となって渦巻いたであろうことは間違いなかった。

 

「グランも同じだったんでしょ? ダナン君を確実に殺すためには、約束を破ってでもClassⅣを使う。確かに怒ってはいたんだろうけど、それ以上に殺したい気持ちが強かったんだと思う。だってあんなにちゃんと、皆から『使うな』って言われてたClassⅣを使ったんだもん。それにはちゃんと、それを使うだけの理由があったと思ってる」

「……」

「どう? 私の考えは間違ってる?」

 

 押し黙るグランへ、ジータは問いかける。そして皆が見守る中、彼は心内を吐露し始めた。

 

「……間違って、ないよ。あの時僕は……ダナンを殺したくなった」

 

 自分の中に生まれた殺意を告白する。

 

「ジータが倒されたところまでなら、使う気はなかったんだ。けどその後銃で撃たれて……そこまでする必要はないって自分の中が全部熱くなったみたいになって、その時ダナンがそれまでと変わらない顔で冷静に人を撃ってるのを見て、殺してやりたいと思ったんだ。人の命はそんな簡単に奪っていいもんじゃないんだって、思い知らせたかったのかもしれない」

 

 彼はまだ十五歳。未熟な精神性が生んだ、衝動的な殺意だった。

 

「じゃあ、ダナン君を殺す直前まで行ったんでしょ? 気分は良かった?」

「……あの時は」

「じゃあ、今は?」

 

 ジータの問いに、グランは自分の右手を見下ろした。

 

「……全然。むしろ最悪、かな」

「うん。グランはそれでいいと思う」

「えっ?」

「ずっと一緒なんだからわかるよ。グランは人を殺すなんてできないって。だから多分、殺意に流されちゃいけない。ダナン君は多分だけど、そういう人だから仕方ないと思う。だからって許していいことと悪いことはあるよ? でもグランは殺さなくて正解だったんじゃないかな」

「……そっか」

「そうだよ。殺してたらきっと、後悔してたんじゃないかな。オルキスちゃんは、ダナン君のこと信頼してるみたいだったし」

「……そうだね」

 

 ジータとのやり取りがあって、ようやくグランは笑みを浮かべた。弱々しくはあったが。

 

「よしっ。じゃあ約束破ったグランへの罰として、一人一発ずつ殴るからね」

「えっ?」

「じゃあ私から」

「えっ? いやさっきから殴って……」

「問答無用!」

 

 ごん、と今度はグーでいった。痛そうに拳骨を食らった頭を抑えるグランの前からジータが退き、オイゲンが前に出てくる。

 

「【ベルセルク】ってヤツもそうだが、感情を制御することも覚えねぇとな。でも時には吐き出すことも大事だぜ。まだ若ぇんだから年上を頼れよ」

 

 ごつんと銃で頭を軽く叩く。

 

「はい。ありがとうございます、オイゲンさん」

 

 次はラカムだった。彼も銃でこつんと頭を叩く。

 

「お前は優しすぎるのが短所でもあり長所だが、それを捨てなきゃいけない場面も出てくる。そん時までに覚悟決めとけ。俺もお前も、な」

「わかったよ。ありがとう、ラカム」

 

 次はイオだ。

 

「てぇい! 反省したら、もうしないこと! 絶対だからね!」

 

 真っ先に杖で思い切り引っ叩いて一言言うとすぐ去った。

 

「うん。ごめん」

「次はアタシね。なにも言うことはなくなっちゃったけど。凄く怖い顔して戦ってたから、あれはあんまりお父さんにも喜ばれないんじゃないかしら。もちろんアタシもね?」

「はい。すみません、ロゼッタさん。……ん?」

 

 今の彼女の言葉に違和感を覚えたグランだったが、こつんと優しく拳骨を受けて我に返る。そして次はルリアが歩み出た。

 

「ルリア……」

「グラン。私、グランが約束破ったこと、すっごく怒ってるんですからね!」

「うん……ごめん」

 

 胸の前で握り拳を二つ作るルリアの姿は可愛らしくもあったが、怒っているのが伝わってきて申し訳ない気持ちになる。

 

「じゃあ、覚悟してくださいね! ――サタン!」

「えっ? ルリアそれは……」

 

 顔を引き攣らせるグランの前でルリアが星晶獣を召喚する。狭い部屋が更に狭くなり、その中で呼び出されたサタンという黒い悪魔のような姿をした星晶獣が拳を振り下ろした。

 

「ぐほぁ!」

 

 怒りの鉄槌は深々と彼の腹部に突き刺さったという。

 

「これ以上はグランの身体にも良くないな。私からは言葉だけを送ろう。……グラン。君は一人で背負い込みすぎだ。何度も言うようだが年上を頼るように。あと【ベルセルク】は使いこなせるようになるまで本当に禁止だからな。もう一つ言わせてもらうと君はジータに少し過保護だな……」

 

 カタリナは言葉だけをくどくどと並べ立てて精神的ダメージを与える。

 そして最後に残ったのは。

 

「……ビィ」

 

 相棒たる赤き竜だった。彼も自分の行いは記憶に残っているため、ゆっくりと前に出るビィの間に気まずい雰囲気が漂った。

 

「……グランのバーカッ!」

 

 そしてビィから行動を起こす。罵りながらグランに突撃して頭突きをかました。

 

「バカ! ホントにバカ! オイラ、オイラぁ……!」

 

 ぽかぽかと頭を叩くビィの拳を受け入れる。やがて気が済んだのか殴るのをやめたビィは、

 

「……なぁグラン。あれってホントのことだったのかよぅ……」

「そんなわけないだろ」

 

 不安そうな相棒の身体を抱えて即座に否定する。

 

「昔からビィは僕達のことを励ましてくれてただろ。そういう元気なとこで、凄く支えになってもらってるよ。いてくれてホントに助かってる」

 

 陰りのない笑顔で決めたグランだったが。

 

「……グラン。それさっき私が似たようなこと言った」

「えっ!?」

「そうだぜぇ、グラン。ここでジータパクるのは良くねぇよ……」

「えぇ!?」

 

 ジータとビィに言われて、その時意識のなかったグランは驚き困惑する。そんな様子に他の皆が笑い出し、ようやく空気が弛緩した。

 

「じゃあ皆はもう行っていいよ。私はもうちょっとグランと話があるから」

 

 一通り済んでから、ジータが言った。彼女以外はグランに声をかけて部屋を出ていく。

 

「ジータ……?」

 

 二人きりになったグランはまだなにかあるのかと、ジータを眺める。

 彼女は近づいてくると、力いっぱい両手で胸倉を掴みグランを睨みつけた。その目には涙が溜まっており、明らかにグランを責める意思が見えている。

 

「じ、ジータ……?」

「ねぇグラン。私はグランのなに?」

「えっ?」

「答えて!」

 

 尋ねられ、困惑を強い声で消され考えてみる。

 

「双子?」

「他には?」

「ええと、家族とか、妹とか」

「そうだね。じゃあ聞くけど、グランにとって私はどういう存在?」

「うんと……大切な存在、かな。かけがえのない」

「そっか。じゃあ、戦ってる時はどう思ってる?」

「戦ってる時?」

「そう」

「……守らなきゃ、って痛っ!」

 

 グランの答えを聞いて、ジータは思い切りグランの身体を壁に叩きつけた。そこには確かな怒りが込められている。

 

「それが嫌なの!」

 

 そして、団長たろうと抑えていた感情を剥き出しにして声を張る。

 

「グランはいつもそうやって私を守ろうとする! ヒドラの時だって、バラゴナさんとの戦いだって、ダナン君の時も!」

 

 ヒドラの時は、ジータを押さえたかと思ったら自分が飛び出していった。

 バラゴナの時は、最後の一撃を決める時反撃があった場合ジータに危険が及ばないように銃を渡した。

 ダナンの時は、二人で戦う中ジータがダメージを受けたことに気を取られて隙を作った。

 

「私のことを守るために、ってそればっかりじゃん! それで自分が危険なことして! グランは私のこと大切だって言うけど、なんでそれと同じくらい私がグランを大切に想ってることに気づかないの!?」

「っ……!!」

 

 ジータの訴えに、ようやくグランは自覚した。……二人の両親は、幼い頃からいない。旅に出るか他界したかは置いておいて、どちらもいない時間が長かった。だから双子の妹は自分が守らなきゃ、という強い意識が半ば無意識の内に行動へ反映されていたのだ。

 そしてその強い意識の結果、自分の行動を省みていないことに。

 

「……ジータ。僕は……」

「聞きたくない! 口でならなんとでも言えるでしょ! だから、わかったら次から行動で示してよ……。もう、一人で勝手に突っ走らないで。私はグランの中で、そんなに頼りないの……?」

 

 グランの言葉を遮り、ジータは言葉を綴る。途中から悲しさが表に出てきたのかグランの胸元に顔を埋める格好になる。

 

「……ううん。いつも、頼りにしてる」

「嘘。だったら私が攻撃されただけでこっち向かないもん」

「うっ。……ええと、まぁそうだね。僕はきっと頼りにしてるつもりで、全然信頼できてなかったんだと思う。ごめん」

「他に言うことは?」

「気づかせてくれて、ありがとう。言葉だとあれだから、今度は行動で示してみせるよ」

「絶対だからね。ちゃんと協力すれば、ダナン君には勝てるはずだったんだよ。だって彼は一人で、私達は二人。それにそこまで差はないみたいだし」

「そう、だね。情けなかったな」

「グランの情けないとこなんていっぱい知ってる。けどあんまり情けないとルリアちゃんに愛想つかされちゃうから」

「うぇ!?」

 

 ジータの予想外の口撃にグランは変な声を出してしまう。顔を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべるジータは、心なしか少し晴れやかな表情だった。

 

「ふふっ。グランはわかりやすいなぁ」

「……いつかジータに好きな人ができたらいっぱいからかってやるからな」

「今は無理かなぁ。グランとビィは私がいないと全然ダメだし」

 

 苦し紛れの言葉にもジータは余裕ある笑みを浮かべる。

 僅かに生まれるのが早かったとはいえほぼ同じ時間を生きてきている。それなのになぜかグランはジータに口で敵わないのだった。

 

「……いつか絶対からかってやる」

「できるといいねー。そのためにも心配かけないようにしてくれないと」

「わかってるよ。心も身体も、もっと強くならないと。ダナンも黒騎士も強かった。もっと頑張らないとね」

「皆で一緒に、だからね」

「わかってるって。僕一人じゃ、できることは少ないから。皆で勝てるように強くなる」

 

 確かな意志の込められた言葉を聞いて、ジータはとりあえず安心かと考える。

 

「それで、グランが倒されてユグドラシルが起こされて、その後なんとか倒したんだけど」

 

 急な話題転換に首を傾げるグラン。

 

「帝国の人が来て、和解しないかって言ってきたの」

「えっ?」

「おかしいでしょ? しかもフュリアスだって。絶対なんか企んでると思う」

「そうだね……」

「だから真意を確かめるためにもフュリアスのいるアルビオンまで行こうと思ってる。グランはどう思う?」

「う〜ん。僕も行っていいと思う。アルビオンがどういうところかわからないけど、ポート・ブリーズの時みたいにフュリアスが島の人達を苦しめてるなら、助けないと」

「うん。じゃあ決まり! 皆にこのままアルビオンへ、って伝えてくるね」

 

 行き先について話し合って、ジータはぱたぱたとグランの部屋から出ていった。

 

「……痛つつぅ。ジータは怒らせると怖いんだよなぁ」

 

 思い切り叩きつけられたせいでまだ痛む背中を押さえて苦笑する。

 

「でも今回は自業自得。次ないように、頑張ろう」

 

 気を引き締めて言い聞かせグランも自室を出る。こういう前向きなところがグランのいいところでもあった。

 

 ちなみに。

 ジータがグランへ訴えた声は大きく部屋の外にまで聞こえていたため、実は全員聞いてしまっているという事実があった。

 二人はしばらくの間、生温かい目で仲間達から見られることになるのだった。

 

 そしてアルビオンへ行った彼らがやはりと言うか騒動に巻き込まれるのは、また別の話。




実を言うと表のプロローグ、一番最初のヤツは大分あとに書いた話です。
なのでちょくちょく説明が被ってたりするかもしれません。

あとグランだけがルリアと命を共有した代わりと言ってはなんですが
若干ジータちゃんが闇堕ちしそう感出てましたかね?
そんなつもりはないということが、前話の天使感(出てたらいいな)で
伝わればいいなと思ってます。


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束の間の

あともうちょっとで古戦場本戦が終わる……騎空士の皆様お疲れ様です。

自分は「とりま十万入ればいいっしょ〜」みたいな感じで走ってるのであれですが(笑)


 浮上してくる意識と引き換えに、腹部がずきずきと痛むことを認識した。痛みもあって寝惚けることなきすぐ目を開ける。

 

「……ここは家、か」

 

 見慣れた天井でそう判断し、室内を見渡す。

 

「……オルキス?」

 

 暗いので時間帯は夜だとわかる。そして俺の寝ているベッドにうつ伏せになった体勢で眠る蒼髪の少女を見つけた。小さな手が俺の手を握っている。……心配、してくれたんかね。

 随分と懐かれたもんだと苦笑し、身体を起こす。完治はしているようだ。おそらく魔法で治療したので痛みが残っているのだろう。

 

 そっとオルキスの頭を撫でてから、手を外してベッドから降りる。ズボンだけの恰好だったのでシャツを着込むと起こさないようそっと家を出た。行き先は決まっている。

 

 俺は家を出て夜更けの街を歩く。そして、ある場所に到着した。そこにいる人物に声をかける。

 

「シェロカルテ」

 

 俺はこんな夜でも店を開けているハーヴィンの商人を見据える。

 

「……ダナンさん」

 

 いつもの笑顔はなく、少し真面目な顔をしていた。

 

「よっ」

 

 俺は普段通りを装って手を挙げる。

 

「……やっぱり来てしまいましたか〜。例の件ですよね〜?」

 

 彼女は諦めたように嘆息した。

 

「ああ。あんた、【ベルセルク】を知ってるだろ?」

 

 俺は真剣な表情で尋ねる。……そう。俺はシェロカルテに、あれについて尋ねに来ていたのだ。あの時の様子から、グランが武器の実物を持っていることは明白だ。そして武器の名前が「ベルセルク・オクス」だというなら俺が知らないあの『ジョブ』を解放するにはまず武器を手に入れる必要があると推測が成り立つ。

 ではなぜシェロカルテに聞いたか。俺が思うに、シェロカルテは他の商人が知っている程度の情報なら持っている。つまりシェロカルテが知らない情報はない。

 

 シェロカルテはしばらくの間黙っていたが観念したように嘆息した。

 

「……はい。グランさんとジータさんが言うところのClassⅣ、【ベルセルク】を解放するための武器、ベルセルク・オクスを作ったのは私ですからね〜」

「やっぱあれが基点か。あれはどこでどうやって手に入れるんだ?」

「あれはかつて実在した英雄の方々が使っていた武器を復活させたモノになりますね〜。英雄武器と呼ばれていますよ~。元を返せばレプリカですが、素材を使って強化していく内に本物へ、という形になります〜」

「レプリカからねぇ。そりゃ凄いな」

「そうでしょうとも〜。大変でしたよ〜、レプリカを本物に近づけるためにどの素材がどの程度あればいいのか見極めるのは〜。苦労した甲斐あって凄い武器になったんですけどね〜」

 

 誇らしげに胸を張っていたが、やがて表情が沈む。……そういやこいつが作ったんだってな。情報網が広くて見識も深いってどんな人生送ってきたんだこの人。

 

「結果として、俺は死にかけたけどな」

「……」

 

 俺がそう言うとシェロカルテは暗い表情で俯いてしまう。

 

「まさか気に病んでるのか?」

「まぁそうですね~。一応武器の製作にも精通している身として、いくら本人の意志があったとしても過ぎた力を与えるべきではなかったのかなと思ってしまって~」

 

 なるほどなぁ。彼女にもそういった悩みはあるらしい。

 

「まぁ武器と武器を作った人に罪はねぇよ。今回は俺も悪かったし、武器を使うって決めたのはグランのヤツだからな」

「そう言ってもらえると助かります~」

 

 シェロカルテは再び笑顔を見せる。

 

「で、そのレプリカってのは買えるのか?」

「……。買えはしますけど貴族が装飾品として使うようなモノですからね~。購入するよりは時間をかけて探索した方がいいと思いますよ~」

 

 高値になるってことか。あんまり個人で多額は消費できないしな。

 

「一応どこにあるか聞いてもいいか?」

「パンデモニウムと呼ばれる特殊な島ですね~」

 

 またそれか。まぁ手間が省けたと思っておくか。

 

「そこならいつか行こうと思ってたんだ。ついでに探してみるとするか。で、強化に必要なモノは?」

「これがリストになります~。不足分はルピで購入してもいいですけど、在庫や稀少性などの関係で提供できないモノは赤字で書いてありますから、そちらを優先していただくとスムーズですよ~」

 

 用意がいい。購入できるモノも一個あたりの金額が書かれていた。……相当数必要だな。金も素材も。できるだけ素材を集めた方が懐に優しいが、集めるのに時間がかかる。

 

「助かる。どの武器がどの『ジョブ』に対応してるかはわかるのか?」

「一応わかりますよ~。かつての英雄がどの武器を得意としていたか、それを伝えれば『ジョブ』の力を持つダナンさん達には伝わりますしね~」

「それもそうか」

「けど注意してくださいね~。あなた方にはまだ過ぎた力。武器を手にし『ジョブ』を解放するだけでは使いこなすことはできないみたいです~」

「……わかってる。だがまぁ、どうしようもない時のために一本持っておいた方がいいとは思ってるからな。なにより出遅れてるのが気に入らん」

「そうですか~。では私もできる限り協力させていただきますね~」

「そうしてくれ。また来る」

「はい~。またのお越しを、お待ちしております~」

 

 シェロカルテとの話を終えて家に戻ろうかと街を歩いていたところで、きょろきょろと周囲を見渡している少女を見かけた。オルキスだ。

 やがて俺が声をかける前にオルキスがこちらを向いて目が合うと、驚いたように目を少し大きく開く。そして俺の方に駆けてきたかと思うと、そのまま抱き着いてきた。

 

「……心配した」

 

 なんの感情もない声ではなかった。初めて聞くとわからないだろうが、よく聞く声なので俺にもわかる。声は微かに震えていた。

 

「……悪かったな」

 

 起こさないように出てきたつもりだったが起きてしまい、そして怪我で寝込んでいたはずの俺が忽然と姿を消したことに驚いて探し回っていた、というところだろうか。どんな時でも肌身離さず持っているぬいぐるみを置いてくるぐらい焦っていたのかもしれない。嬉しい半分申し訳ない。

 頭を撫でてやって不安を解消させる。

 

「……ん。勝手にどっか行っちゃダメ」

「わかったから離れてくれ。もう用事は済んだから帰るところだしな」

「……ん」

 

 オルキスは俺から離れて右手を伸ばしてくる。

 

「……どっか行かないように、手繋いで」

「もう帰るだけだって言ったろ?」

「……ダメ」

 

 随分と我が儘になったようだ。自分のしたいことが出来てきて、それを口にすることが増えてきている。それはとてもいいことだとは思うがこうして言われてみると少し困るような気もする。

 

「はいはい」

 

 仕方がないかと思い、彼女の小さな手を握って二人並んで家へと向かっていった。

 

「おやぁ? 随分と仲良しさんになったみたいだねぇ」

「やっと帰ってきたか」

「ふん。待つ意味などなかったと思うがな」

 

 家の扉の前に馴染みの顔が三つ並んでいた。

 

「おう。お前ら二人も戻ってきてたんだな」

「まぁね~。スツルム殿とちょっと旅行を――痛ってぇ!」

「帝国の動きを探っていただけだ」

 

 相変わらずドランクとスツルムはこんな感じらしい。

 

「ようやく目が覚めたか。手間をかけさせるな」

 

 黒騎士も変わらず無愛想だ。

 

「そんなこと言ってぇ。ダナンが瀕死の時僕に戻ってこいって凄い必死に頼んでたのボスでうぎゃっ! 痛い! 痛いから腕を捩じらないでぇ!」

 

 ドランクがにやにやと言って腕を捩じ上げられていた。

 

「……アポロ、頑張って治してた。薬いっぱい使って」

 

 しかしオルキスも援護したことでぱっと手を離す。

 

「人形まで……。いいか、私はお前という貴重な駒を失うわけにはいかなかっただけだ。なにより一度帝国に顔を出させた以上、死んだ場合私の名前に傷がつく」

 

 兜をしているのでどんな表情なのかはわからなかったが。ドランクがこっそりにやにやしていたのでおそらくそれは建前、なのかもしれない。

 

「まぁ命助けてくれたのは本当みたいだからな、感謝しとく」

 

 あえてからかう方には加わらず礼を告げる。

 

「ふん。助けるだけの価値が今の貴様にあるとは思えないがな」

「いつか返してやるさ。長い付き合いになりそうだからな」

「虚言でないといいのだがな。今日は寝るぞ。明日からまた鍛え直さなければな」

「おう、頼むわ」

 

 黒騎士の言葉で全員が家の中に入り、今日のところは寝ることにする。あまり眠くなかったが寝ていようとベッドに入ったらオルキスが近づいてきた。

 

「……ダナン。一緒に寝ていい?」

「ん? あー……まぁいいか。狭いけど我慢しろよ」

「……ん」

 

 オルキスはぬいぐるみを抱えて俺の横に寝転がる。

 

「……勝手にどっか行っちゃダメ。わかった?」

「わかってるよ。安心して寝とけ」

 

 俺はまだ心配をやめないオルキスの頭を撫でてやり、彼女が眠るまでそうしていた。……さて、ベッドからは出ないとしてどうするかなぁ。ま、考え事してればその内寝れるか。

 そう思い、ClassⅣのことなどこれからのことを考えながら過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 翌朝。一足先に起きた俺はこれまで通り五人分の朝食を作り始める。某人形少女以外は軽く済ませる程度なので、適当にベーコンエッグとトーストでも作ってやればいい。スツルムは肉が好きなのでベーコンの枚数を少し増やしておく。

 一番小柄な癖に一番食べるあの子のために、アップルパイを焼いたりトーストの枚数を増やしたり量をたくさん作っておいた。皆が起きて席に着く頃には出来上がっており、朝食をテーブルに並べた。

 

「なんでこんなに普通のご飯なのに美味しいんだろうねぇ。出先でもスツルム殿なんか『飯が物足りない』って言って不貞腐れてたよ痛った、くない? あれ? スツルム殿?」

「事実だからな。ダナンの飯は美味い。夜はステーキを所望する。分厚いヤツ」

 

 珍しく刺されなかったことに驚く彼を放って俺に告げてくる。……ステーキねぇ。専用の器具がないと本格的には作れないよなぁ。ちょっとシェロカルテに相談してみるか。店の手伝いをする代わりにタレの作り方とかを教わって。

 

「了解。まぁちょっと作ってみるわ。他は食べたいモノあるか?」

「……アップルパイ」

「今食べてるでしょ」

「……もっと欲しい」

「はいはい。また作ってやろうな」

 

 俺は他二人に聞いたつもりだったが、オルキスが現在進行形でアップルパイを食べながら言ってきた。……結局アップルパイを超えるお気に入りは作れてないな。いつか塗り替えてやりたい。

 

「僕はステーキと一緒に野菜をいっぱい食べたいかなぁ。炒めたヤツでお願いね~」

「邪道だ。肉単品で食え」

「僕は野菜もあった方が美味しいと思うけどなぁ」

 

 どうやら食に関しては気が合わないらしい。簡単な要望だったので頷いておく。

 

「黒騎士はなんかあるか?」

「特にはないが……そうだな。海鮮モノをあまり作ってもらっていない気がするな」

「あぁ、確かにな。じゃあ昼は海鮮にしよう。夜はステーキな。材料の買い出しは任せた」

「人任せでいいのか? 作るお前が買ってきた方がいいだろう」

「問題ねぇよ。食べたいもん買ってこい。全部調理してやるから」

「ホント、料理に関しては頼もしい限りだよねぇ」

 

 ナルメアに教わった技術とこの街に来てから手伝って得た技術があれば、大体なんとかなる。オルキスに色んなモノを食べさせてやりたいという気持ちもあって色々技術を先行して会得していってるからな。

 そして全員が食べ終わってから、いつもの食後会議が始まる。

 

「これからの予定について話すか。まずはこれまでの報告からだな」

 

 黒騎士が司会を務める。

 

「はいは~い。僕達は休暇を兼ねて色んな島飛び回ってたんだけど、その中でアルビオンってところに帝国のフュリアスがいるって聞いたよ。しかもあの子達に接触する気、って聞いたからもう接触してるんじゃないかな。多分距離を考えてももうアルビオンにいると思うよ~」

 

 ドランクがまず軽い調子で報告してくる。

 

「あたし達が調べたところによると、帝国は連中と和解する気らしい。まぁ嘘だろう。フュリアスだからな」

「ふん。小賢しいあいつのことだ、十中八九罠なのは間違いない、か。だが特に私へは情報が来ていない。帝国の戦艦がルーマシーに降り立ったのは確認している。おそらくそれがフュリアスの遣わした船だろう。放っておいて問題ない」

「了解~、っと。次はえ~っと、きな臭い十天衆の話かなぁ。情報を聞き回ってるみたいだけど、口止めされてるのか聞かれたことは答えてくれなかったね。とんでもない大罪人を追ってる可能性が高いけど」

「不確定な情報だ。少なくともこの街にはいない。それでいいだろう」

 

 ドランクを補足するスツルムの言葉に、それでいいのかよと思わないでもないが。少なくとも俺は一度接触してボコボコにされているので、できれば関わり合いになりたくないところではある。おそらくClassⅣでも勝つには工夫が必要そうなくらい強いと考えれば、まだまだ遠い存在だと理解できる。

 

「わかった。他にはなにかあるか?」

「グラン君達がアルビオンに出た後のことだからもうちょっと先になると思うんだけどぉ。多分行き先があそこになるんじゃないかなぁ、って思うところがあってね~。僕ちょっとそこに先回りしておきたいんだよ」

「珍しいな、ドランクが自分から行動するとは」

「まぁ僕にもやっておきたいことはあるってことだよね~。ってことで五日ぐらいしたらまたここを出るからよろしく~」

「報告になっていないぞ、ドランク。……まぁいい。あたし達の方で得た情報はそれくらいだ」

 

 ドランクの話があってから、スツルムは報告を締め括る。

 

「そうか。では私の方からも話をしておこう。ルーマシー群島でなにがあったのかをな」

 

 そう言って黒騎士は語り始める。

 ルーマシー群島でグラン一行と戦闘し、その時に【ベルセルク】というとんでもなく強い『ジョブ』を発動された結果俺が死にかけたこと。そして『ジョブ』を使うと精神性が著しく変化してしまうこと。

 

「【ベルセルク】、ねぇ。かつての英雄の呼び名と一緒だけど、なにか関係あるの?」

 

 話を聞いたドランクはそんな感想を零した。

 

「私が本で見たことのある姿とほぼ一致する。その英雄の力を『ジョブ』に落とし込んだ、という認識で問題ないだろう」

 

 黒騎士もそれを知っているらしい。

 

「ふぅん。俺はその英雄ってのは知らないが、昨夜シェロカルテのとこ言って聞いてみたら、あいつが作ったんだってよ。かつてその英雄が使っていた武器、通称英雄武器を手にすることで『ジョブ』が解放される。【ベルセルク】は俺もまだ解放されていないClassⅣ、なんだってよ」

「シェロさんは色んなことできて凄いというか怖いよねぇ」

「ちなみに作るにはパンデモニウムとやらでレプリカを入手した方が安く済むらしく、それをこれらの素材で強化していって本物にするんだとよ」

 

 そう言って俺は昨日貰ったリストをテーブルに置く。

 

「う~ん。見たことない名前ばっかりだね。パンデモニウムにあるのかな?」

「だろうな。赤字で書いてあるのは金額が高いか書いてない。購入できない素材ってことか」

「そうそう。だから俺がもしClassⅣに手を出すなら、パンデモニウムに行って素材やらを集めてルピ稼がないと無理ってことだな」

「……ダメ。ダナンがあんな風になったら困る」

「大丈夫おいそれとは使わねぇよ。第一そう簡単に作れるもんじゃなさそうだしな。作れるようになった時にはもうちょっと強くなってんだろ」

 

 不安そうなオルキスを撫でながら推論を口にする。【ウェポンマスター】から【ベルセルク】になった時の差が激しすぎる。制御できてないのは、まだその力を持つには早いからだ。となれば時間をかければそれだけClassⅣになった時のデメリットも軽減できる、かもしれない。

 

「まだ強くなっちゃうんだねぇ。僕達もうかうかしてられないかな? ね、スツルム殿?」

「あいつらと同じ力を持っている時点で伸びしろはあった。後はこいつの努力次第だろ」

 

 確かにClassⅣを使いこなせば二人同時でもいい勝負ができるだろう。だがまだまだ遠い話だ。

 

「ClassⅣについては機会があればパンデモニウムへ行って準備を進める。これでいいだろう。ただ使いこなすまでが遠い。当面は地力を上げることだな、ダナン」

「わかってる」

 

 黒騎士のまとめを受けて頷く。……あいつらに先を行かれているというのもあるが、それでも焦りは禁物だ。焦ったらあいつみたく暴走してこいつらを傷つけかねない。黒騎士に止めてもらうしかないんだから簡単には使えないだろう。

 

「あとClassⅣついでに、『ジョブ』にClassEXってのがあると聞いてな。それはパンデモニウムにいる特定の敵を倒すと解放されるらしい。俺もそろそろ刀を使う『ジョブ』を解放したいし、近い内に一度挑んでおきたいところはある」

「わかった。考えておこう。お前の戦略の幅が広がるのは、そのまま対応力の高さに繋がる。ClassⅣは兎も角EXとやらは解放するだけしておくべきだろう。時間のある時に一度パンデモニウムへ向かうか」

「そうしてくれると助かる」

 

 パンデモニウムに行く理由が一つ増えた。俺も折角習った剣術を発揮しないまま過ごすのはどうかと思っている。二刀流はもうちょっと練習しないとな。

 

「じゃあダナンの戦力アップ、ってことでぇ。僕からプレゼントがあるんだ?」

「爆弾ってオチじゃねぇよな?」

「僕をなんだと思ってるのかなぁもう。これ、ちょっと行って取ってきたんだぁ」

 

 ドランクはそう言って青い球体を取り出した。彼が魔法で使っているモノと似ているように見えるが、こっちの方が大きい。

 

「ブルースフィア。宝珠魔法を使えないと扱えないけど、ダナンはオールラウンダーだからねぇ。多分使えると思うんだ。まぁ僕みたいに小さいので使うのは無理だと思うけどね。大きいのなら使えると思うよん」

「ほぅ」

「信頼の証だと思っといていいよ~。昔僕が使ってたヤツだからちょっと古いのは勘弁してね。あんまり数がない貴重なモノなんだから、さ」

 

 ウインクしてくるドランクはちょっとイラッとさせてくるがそう言うなら受け取る他ない。これを受け取らないということは、彼の信頼を無碍にするに等しい行為だからな。

 

「わかった。ってことはお前が出るまでの間に宝珠魔法を教えてくれるってことでいいんだな?」

「もちろん。精いっぱい協力させてもらうよ」

 

 こうして見るとドランクの笑顔が胡散臭くなくていいヤツの笑顔に見えてくるから不思議だ。

 

「あたしからこれをやる」

 

 今度はスツルムから刀を手渡された。無骨で抜いた刀身は朱殷に染まっている。

 

「これは?」

「イクサバ。昔依頼の時に手に入れた刀だが、あたしは使わない。ならお前に渡した方が有意義だろう」

「ほう。なんか悪いな、二人して」

「まぁこれまでの頑張りを見てのモノだからそんなに気にせず、大切に使ってくれればいいよ。ボスだけ渡して僕達が渡さないっていうのもねぇ」

 

 ドランクの言葉に一箇所からごそごそとなにかを漁る音がする。

 

「……」

 

 見るとオルキスが手に刃が黒紫の宝石で出来た短剣を取り出していた。

 

「それは?」

「……護身用に、アポロから貰った」

「じゃあそれはオルキスのだな」

「……でも」

「気にすんな。もしオルキスがいつか戦えるようになって、その時短剣使わないなら渡してくれ」

「……わかった」

 

 俺の言葉にオルキスは納得したのか短剣をぬいぐるみの背中にしまう。……あ、それ収納になってたんだ。

 

「ドランクが余計なことを言うからだ」

「痛ってぇ! 確かにちょっとごめんねぇ!」

 

 ドランクの発言から自分もなにか渡さなければ、と思ってしまったのかもしれない。不用意な言葉を発したドランクの処置はスツルムに任せておくとしよう。

 まぁなにかを与えるってことは、そもそもなにかを持っていなければならない。オルキスはまだ持っているモノが少ないのだから渡せなくて当然だ。

 

「一先ずの報告はこんなところか。今後の方針としては、しばらくダナンを鍛えることにする。スツルムとドランクは連中がアルビオンの次の島で待ち受けると言っていたな、その次の行き先がわかったら戻ってこい。それまでに帝国から要請があれば別だがな」

「了解」

「はいは〜い」

「わかった」

 

 三人が声に出して返事をし、一人は無言で頷いた。

 こうしてまた、五人で楽しく過ごす日々が始まるのだった。



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突然の終わり

 ドランクには宝珠魔法を。

 スツルムには二刀の扱いを。

 

 それぞれ五日間でできる限り伝授してもらった。

 

「じゃあまたね~。ダナン、ボスのこと任せたよ~」

「あまりボスから目を離すなよ。勝手に無茶なことし始めるからな」

 

 ある程度実力も信頼され始めたのか、二人はそんなことを言って去っていった。

 

「……帰ったら灸を据える必要がありそうだな」

「日頃の行いってヤツだろ」

「まずは貴様から死にたいか」

 

 軽口を叩いて怒られてしまう。

 なんだかんだ二人はオルキスに関してはもちろん、黒騎士に対しても若干保護者目線が入っているのだろう。それが理解できる俺だからこそ、二人は任せてくれるのかもしれない。

 

「……寂しくなる」

 

 小さく手を振り続けていたオルキスがぽつりと呟いた。

 

「確かになぁ。二人はいつも楽しそうだもんな」

「……ん。一緒にいると楽しい」

「そっか」

 

 ぽんぽんと頭を撫でてやる。

 最近オルキスは、よく自分の感情を口に出すようになった。そろそろ黒騎士もオルキスを人形と呼ぶことに抵抗が出てくるんじゃないかなぁ、と思っているのだが。

 

「いつまで呆けているつもりだ。ダナン、今日も二刀の訓練だ。一先ずClassⅢを網羅し、使いこなせるようになれ」

「わかってるって」

 

 俺は黒騎士に返事をして、武器を取り出す。練習用に買った安い刀と剣を手に取った。

 二刀流のコツは両手を動かすことだ。言葉だけなら簡単だがこれがまた難しい。一緒に動かす、片方だけ動かすというならできるが、それぞれをそれぞれに動かす、というのが難しいのだ。意識の問題なのかどうにも上手く立ち回れない。スツルムはその辺りは上手くできるらしく、彼女と手合わせすると防戦一方になる。

 ……そういや、と思い返してみて思ったが、アウギュステであいつらを手助けしたヤツの中に二刀流の剣士が二人もいやがったな。それはつまり、あいつらはもう二刀流を会得して【グラディエーター】を解放している可能性が高いってことだ。クソッ、出遅れてるのがわかると焦りが募りやすくなるな。雑念は払わねば。

 

「……ダナン。がんばって」

「おう」

 

 最近オルキスはよく俺に声をかけてくるようになった。飯のこと以外で、だ。驚きの変化だと思う。

 と日課になりつつある黒騎士との鍛錬へと挑んでいった。

 そしてその夜。

 

「……スツルムはいない」

「そうだな、ドランクと一緒にどっか行っちまったしな」

 

 夕飯を食べ終えて風呂に入る時間となってオルキスがボヤいた。最近オルキスはスツルムと一緒に風呂へ入っている。スツルムは無愛想だが悪い気はしていないのか、仕方ないと言いながら優しく接していたのでドランクと温かく見守っていたら刺されたというのは記憶に新しい。

 

「……ダナン。一緒にお風呂入る」

 

 なぜか俺に矛先が向いてしまった。……いやそれは流石に倫理的にマズいのでは?

 

「いやぁ、俺はちょっとな。なぁ、黒騎士?」

 

 どう断ったモノかと思いつつ、俺以外にこの場にいる黒騎士へと話を向ける。

 

「なぜ私に聞く……まぁそうだな。ダナンはやめておけ」

 

 兜を外しソファーに腰かけて本を読んでいる黒騎士は言った。

 

「……ん。じゃあ誰とならいい?」

 

 オルキスは少し納得のいかなさそうな顔だったが、改めて俺に聞いてくる。……ふぅむ。これはチャンスなのでは? と内心ほくそ笑んだ。

 

「スツルムはいないし、黒騎士に一緒に入ってもらえばいい」

「なに!?」

「……っ」

 

 二人が驚いたような反応を示すが、当然の帰結だ。今は俺と黒騎士しかいない。俺はダメ。なら黒騎士が付き合うしかないだろう。

 

「……アポロ」

 

 オルキスがじっと黒騎士を見つめる。

 

「……私は入らんぞ」

「……じゃあダナンと」

「それはダメだって言っただろ?」

「……じゃあアポロしかいない」

 

 そうなるわけだ。

 

「……ふん。今になって一緒に入る意味はないだろう。以前は一人で入っていたのだからな」

「……でも一緒に入りたい気分。アポロ、前は一緒に入ってくれてた」

「それは……洗い方がわからないと言うからだ」

 

 そんな時期があったのか。

 

「……アポロ」

「黒騎士、入ってやれよ。このままだと俺が一緒に入ることになっちまうぞ。それは嫌だろ?」

「…………」

 

 オルキスの援護をした結果、黒騎士が長い沈黙を置いて読んでいた本をぱたんと閉じる。

 

「はぁ。仕方がないか。さっさと上がるからな」

「……ん。ありがとう」

 

 諦めたように言って、オルキスを連れ立って浴室の方に入っていく。風呂場も俺一人の時は銭湯へ行くだけで良かったが、人数が増えたことで費用が余分にかかってしまうため、二階に風呂場を設置したのだ。

 しかし黒騎士は室内でも鎧着るんだよなぁ。寝る時は一階と二階で違うからわかんねぇし。風呂入った後もご丁寧に着直すし。どんだけ鎧着てたいんだよと思うが。

 

「……なにかの間違いで鎧脱いで出てこねぇかなぁ」

 

 首から下がどうなっているのか見てみたい気もする。多分だけどあの怪力なのだからごりごりのマッチョだとは思うが。ゴツい鎧を脱いでもゴツい筋肉が見えるだけ、みたいな? ……ヤバい。考えていて想像できてしまった。絶対それだ。間違いない。

 ふざけてはいるが愉快な想像をしつつ部屋の掃除をしながら二人が上がってくるのを待っていた。

 

 かちゃりと扉が開いて脱衣所から二人が出てくる。

 とてとてと駆け寄ってテーブルにあったフルーツジュースを飲み干すのは、湯上りでしっとりした髪を下ろしているオルキスだ。寝巻きを着ている。

 

 もう一人は茶髪に目つきの鋭い美女だった。仏頂面は変わらないが白のノースリーブシャツに黒のズボンという恰好だ。鎧の上からではわからなかったグラマラスな体型が今人目を浴びている。と言うか。

 

「誰だっ!?」

「貴様、どうやら死にたいらしいな」

 

 いつか聞いたようなセリフで睨まれて、誰かわかってはいたが納得する。

 

「黒騎士……いや鎧はどうした? あんたいつも風呂上がりでも着てただろうが」

 

 まさか顔だけ美女ではなく、全体が美女に相応しい容姿だとは思わなかった。絶対ごりごりな筋肉ゴリラだと思ってたのに。

 

「……。人形が脱衣所で着ると狭いと言うのでな。仕方なく脱いだだけだ。まぁ確かに、鎧がない方が寛げはするからな」

「そりゃそうだろうがな。しかしあんなクソ力持ってるのに案外筋肉もりもりじゃないんだな。もっとムキムキな身体してんのかと思ってた」

「……殴っていいか?」

 

 確かに女性に対しては失礼かもしれない。だが黒騎士に対しては失礼じゃないと思っている。……それはそれで最低だな俺。

 

「ふん。七曜の騎士は色を冠する名を持った七人の騎士、ではあるが。力に関しては真王という一応七曜の騎士が仕えている王に分け与えられたモノがある。無論それだけではないが、それによって全天最強とされている部分があるのだ」

「つまりめっちゃ強くても筋肉ムキムキじゃない可能性が高いってことだな」

「そういうことなのだが……そのまとめ方は些か簡単すぎるな」

 

 バラゴナみたくドラフということもあってムキムキだろうヤツもいるが、例えば女性の七曜の騎士がいて脱いだたらとんでもない美女が、とかそういうことになるわけか。

 もしかしてハーヴィンもいたりすんのかね。一般にハーヴィンは小柄すぎてパワーがないとされてるんだが。それでも強いヤツは強いし、七曜の騎士にもいたらとんでも強いハーヴィンが誕生するわけだな。

 

「……アポロは、脱いだら凄い」

「オルキス。それはちょっと違うな? いや合ってはいるんだけど」

「どこでそんな言葉を……。まさか貴様が教えたのではないだろうな?」

「まさか。あるとしたらドランクじゃないか?」

「あり得るな。戻ってきたら是非問い詰めるとしよう」

 

 ご愁傷様。今頃スツルムと二人きりで仲良くどこかへ行っている年の離れた友人のことを思い浮かべて冥福を祈っておく。

 

「さて俺は【スーパースター】で楽器の練習でもしてくるか。オルキス、腹減ったら冷蔵庫にゼリーあるからな」

「……わかった。いただきます」

 

 と言って早速彼女が冷蔵庫の方へ向かうのはお決まりのパターンだ。まぁたくさん用意してあるからいいだろう。

 

「……アポロも食べる?」

 

 楽器を取り出してベランダに出ようとする俺の背中にそんな声が届いた。

 

「ああ、一つ貰おう」

「……ん。本、一緒に読んでもいい?」

「なに? ……まぁ今日くらいはいいか」

「……ありがと、アポロ」

 

 なんだかんだ二人もちょっと仲良くなった気がする。最初はいずれ消える人形に人として接する必要はない、みたいなこと言ってた気がするが。これじゃあその時が来たらきっと辛くなるだろうな。今のオルキスとの思い出を作れば作るほど。

 ……そう考えると俺は残酷なことをしているのかもしれない。まぁそんなことはいい。俺はオルキスにもっと色んなことを経験して欲しい、というだけだ。

 

「……ちょっと今日は、切ないメロディーでも奏でましょうかね」

 

 二人の仲の良さを見てそういう気持ちになってしまった。俺は星の見える夜空の下、ハープで切ないメロディーを奏で始めるのだった。

 

 ――真っ暗な闇の中から、誰かに見張られているとも知らずに。

 

 ◇◆◇◆

 

 翌日の夜。

 

「……アポロ。今日も一緒にお風呂入る」

「なんだと? 昨日入っただろう」

「……今日も一緒に入りたい。ダメ?」

 

 食後になってまたオルキスとアポロが揉めている。なんだか最近二人の会話が増えている気がする。黒騎士からは話しかけないが、オルキスから話しかけることが増えているのだ。とてもいいことだと思う。不器用な姉妹を見ているようで微笑ましい気持ちになってくる。

 

「……チッ。仕方がない。一緒に入ってやるが、明日は一人で入れ」

「……わかった」

 

 舌打ちしながらも一緒に入るようだ。なんだかんだ甘いよな、黒騎士は。

 

「貴様。なににやにやしている。殴られたいか?」

「いやまさかぁ」

「ドランクに少し似てきたな」

「……ちょっと真面目な顔するぞこら」

 

 胡散臭そうだと言われてしまったので表情を作り直す。まぁ俺とあいつも似ている部分が多いってことなんだろうな。

 ちなみに黒騎士は夕飯以降鎧を脱ぐようになった。ノースリーブを好む上に薄着なので少々目のやり場に困るが、本人はそういうのに頓着がないようなので俺が気にしないようにするしかあるまい。

 

 二人が入浴している間は家事をやって、少しハープを奏でてから俺も風呂に入り就寝する。

 

「ん?」

 

 ハープを奏でるべくベランダに出たところで、違和を感じた。

 

「……やけに静かだな。帰郷の季節だっけか?」

 

 一年もいない身なのでわかるはずもない。街がやけに静かなことを不思議に思いつつも、そういう日もあるかと思って気にしないでおいた。

 

 そして最近は誰かと一緒に寝たがるオルキスと一緒に眠りに着いた、のだが。

 

「っ……」

 

 なぜか身体が飛び起きた。まだ夜は明けていない。深夜の時間帯だった。……なんだ? なんか妙な感じがするな。

 

「……おい、オルキス。起きろ」

 

 傍らですやすやと眠っているオルキスを揺さぶって起こす。

 

「……ん。朝?」

 

 こすこすと目を擦って眠そうにしている。

 

「……朝じゃないけどちょっと変だ。黒騎士のとこ行くぞ」

「その必要はない」

 

 俺が判断を仰ごうとベッドから降りたところで、暗がりから漆黒の甲冑が姿を現した。

 

「黒騎士」

「早く着替えて準備をしろ。おそらく狙いは私達だ。出るぞ」

「了解。オルキスも着替えて顔洗ってきな」

「……ん」

 

 まだ寝惚けているようだったので顔を洗ってくるように告げておき、俺は最低限必要な金と武器を革袋に入れて担ぎ装備を整える。

 

「行くぞ」

 

 黒騎士に言われて、家を出る。……やっぱり妙な静けさがある。

 

「チッ。ベランダ出た時妙に静かだとは思ってたが」

「過ぎたことはいい」

「で、どうする? 二手に分かれるか?」

「いや。二手に分かれて相手を分けさせるより、まとまったところを私が引きつけた方がいいだろう」

「了解」

 

 真っ暗で静かな夜の街を歩きながら作戦を立てる。オルキスは置いてきても良かったが、黒騎士と一緒に行動していることを知られているとなると彼女の存在も知られていると考えた方がいい。狙いは俺達で目的がオルキスの誘拐だった場合、家を探られて終わりだ。それなら強い黒騎士の傍にいた方が安全、ということになる。

 

 全く人気のない街並みを早足で歩く。……この時間でも飲んで騒ぐバカがいるはずなんだがな。兵士すら見当たらないとはどういう了見だ?

 

 不可思議な状況に顔を顰めつつ歩いて大通りに出ると、黒騎士が足を止めた。

 

「流石は七曜の騎士、ってことかな? まぁそっちから出てきてくれて手間が省けたよ」

 

 やけに軽薄な印象を与える青年の声が聞こえた。そして、俺はその声に聞き覚えがあった。

 

「……はっ。随分と久し振りじゃねぇかよ。なぁ、十天衆頭目、シエテさんよぉ……!」

 

 以前俺を散々痛めつけてくれたヤツだ。覚えていないはずがない。

 

 屋根の上に腕組みをして佇むのは、金髪にニヤケ顔を貼りつけた青年だ。そしてその周りには、同じ特徴のマントを羽織ったヤツが四人。

 

 頭目を含めて五人という、黒騎士の自己分析で言っていた人数よりも多い戦力が目の前にいた。確実に黒騎士に対して、勝ちに来ている面子だった。




個人的な見解に基づき、七曜の騎士は十天衆より単体戦力として強い設定です。

というのも十天衆が完全個人での能力で、
七曜の騎士は優れた人材が更に真王から力を授かった強さだから、ですね。

まともに戦うなら二、三人。
勝ちにいくなら五人。

例外としてフュンフさえいれば持久戦でなんとかなる。
くらいの感じです。


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逃亡

 異様な空気を感じて深夜街へ出た俺、黒騎士、オルキスの三人は、大通りで待ち構えていた十天衆と遭遇した。

 

「やぁ、ダナン君。久し振りだねぇ。本当は君には関わっていて欲しくなかったんだけど、まぁこうなったらしょうがないよね」

 

 シエテは変わらぬ笑顔でそう言った。

 

「ふん。十種ある武器それぞれを極めた十天衆が五人……いや六人か。随分と過剰戦力だな」

「いやぁ。これでも少ないと思うよ? 本当は十人全員来て欲しかったんだけどねぇ。連絡の取れない子が多くって。じゃないと、死者を出さずに七曜の騎士を捕らえるなんて真似、できるわけないでしょ?」

「ほう? 私を捕らえると?」

 

 狙いは黒騎士のようだ。

 

「そういうこと。ね、リーシャちゃん?」

 

 シエテが顔を向けた先には、長い茶髪を夜風に流す凛とした少女が立っていた。その表情は緊張しているのか少し固い。

 

「気安く呼ばないでください。私達は仕事上、こうして協力しているだけですので」

 

 表情も固ければ言動も固い。確実に俺と気が合わないタイプだ、と直感する。

 

「そう言うな、リーシャ。彼らにはこちらから要請して来てもらっている。そう邪険にするモノではないよ」

「モニカさん……」

 

 モニカと呼ばれた女はリーシャよりも小柄だが落ち着いた態度と彼女を諭すような言葉から年上なのではないかと思われる。小柄で金髪の、一応女性と言っておくか。

 

「秩序の騎空団か」

 

 黒騎士の言葉を聞いてうわホントに気が合わねぇヤツだ、と納得する。

 

 秩序の騎空団。その名の通り空の秩序を守る騎空団だ。犯罪の取り締まりや要人警護やなんかを請け負う連中で、俺みたいな殺人犯にとっては天敵みたいなもんだ。

 言われてみれば、二人は同じような黒い帽子を被っていた。

 

「はい。七曜の騎士、黒騎士。あなたを大罪の容疑で逮捕します」

「大罪だと? 私がなにをしたと言う」

 

 リーシャの告げた言葉をせせら笑う黒騎士だったが、彼女は毅然として一枚の紙を掲げた。

 

「『エルステ帝国の乗っ取り』、『独裁による他島への苛烈な侵略』、『危険な実験を伴う魔晶の作成』。及び『魔晶の粉末を使った魔物の操作』。これらによって市井の治安を著しく悪化させた疑いが持たれています」

 

 ……なに言ってんだか、ってのはこいつの本当の目的を知ってるからなんだろうけどな。目的を知ってる俺からしたら乗っ取りなんて興味ないことはわかるし、苛烈な侵略は黒騎士っつうかフュリアスだろ。魔晶は知らんがほとんどここで過ごしているのだから関わっていなさそうにも思える。

 

「……チッ」

「……どこのどいつだか知らねぇが、適当なこと言ってくれてんな。誰かに恨み買うような真似でもしたか?」

「ふん。心当たりがありすぎてわからないが、秩序の騎空団が動くということはそれなりの地位にある人物だろう。――フリーシア辺りにでも入れ知恵されたか」

 

 俺は小声で言ったが、黒騎士はわざと聞こえるようにリーシャを睨みつけた。

 

「どう言おうと方針は変わりません。私達秩序の騎空団はあなたを捕縛し、調査の後然るべき公正な処罰を与えます」

「ふん、小娘が。碧の騎士ヴァルフリートと違って、大局が見えないようだな」

「っ……!!」

 

 リーシャは乗らないように務めていたが、黒騎士の一言によって感情が昂ぶったのが憤慨した顔で一歩踏み出し――傍らに立つモニカに制止させられた。

 

「リーシャ。熱くなるな」

「す、すみません……」

 

 しゅんと俯くリーシャは叱られた子犬のようだ。

 

「さぁて、そろそろ始めよっか、黒騎士。大人しく捕まってくれるならこっちとしても楽なんだけどなぁ」

「ふん。大人しく捕まると思っているならここまでの戦力は用意しないだろう? それが答えだ」

「やっぱそうなるか。じゃあしょうがないね。皆、やるよ。目標は黒騎士の無力化、捕縛。そしてあの少女の確保だ。ダナン君は、どうしよっか?」

 

 黒騎士を捕らえてオルキスを確保か。嫌な流れだな。

 

「俺はこいつに脅されてただけなんだっ! って言ったら見逃してくんねぇかな」

 

 迫真の演技の後に笑う。

 

「……いいえ。あなたは黒騎士の容疑に関わった重要参考人です。捕らえて尋問、本当に無理矢理であれば多少罪は軽くなるでしょう」

 

 僅かに驚いた様子を見せたリーシャだったが、気を取り直して融通の利かない答えを返してくる。

 

「そうかよ」

 

 ってことはどう足掻いても無理、か。逃げるしかねぇ。オルキスを連れて逃げるか? 黒騎士も援護してくれるだろうし、と思っていたが。近くを影が通ったかと思えば、リーシャの傍に黒い仮面をつけたエルーンの男が立っていた。オルキスを脇に抱えて。

 

「あ?」

「チッ。やはりもう一人は貴様か、シス」

 

 二人揃って呆気なくオルキスを奪われてしまった。……クソッ。なんて速さだよ。目で追えないどころじゃなかったぞ。黒騎士が反応遅れたんだから当然なんだろうが。

 

「……対象は確保した」

「はい、ありがとうございます」

 

 シスはオルキスをリーシャに渡して素早くシエテの傍らに立つ。

 

「ありがとう、シス。これで、心置きなく戦えるね。お互いに、さ」

「ふん。たった六人程度で私を捕らえられると思ったら大間違いだと教えてやろう」

 

 シエテと黒騎士が互いに言って、各々武器を構えた。……さて俺はどうするかね。

 オルキスを見るととても悲しそうな顔をしてこちらを見ている。だが助けるには俺の実力は足りない。黒騎士も十天衆の相手をするので精いっぱいだろう。

 

「もう大丈夫ですからね」

 

 リーシャはなにを勘違いしたのかそうオルキスを宥めている。……あの二人が傍にいる限り、十天衆六人を黒騎士が相手にしたとしても無理だろう。リーシャ一人なら隙を突いてなんとかできるかもしれないが、あのモニカとかいうヤツがいる限り無理そうだ。となると……。

 

「……黒騎士。あんた一人で全員ぶっ倒して取り返せると思うか?」

「やるつもりではいるが、お前は逃げておけ。いざという時に全員捕まっては話にならん」

「だよなぁ」

 

 俺としては折角二人が仲のいい様子を見せてくれているので、別れさせたくはねぇんだがなぁ。

 

「……しゃあねぇか。俺が一瞬隙を作る。後は頼んだ」

「わかった。逃げ延びろよ」

「おう」

 

 もちろんこの距離なら相手にも聞こえている。ので、当然隙を作ると言った俺へ意識が集中する。もちろんシエテや歳老いたハーヴィンの槍使いは黒騎士にも気を配っていたが。

 

 俺はにっこりと警戒を抱かせないような人懐っこい笑顔を浮かべてから、意識的に全てを殺意へと塗り替えて叩きつける。

 

「「「っ!?」」」

 

 無意識に引き出された程度でも七曜の騎士バラゴナを警戒させた殺気を、意識して叩きつけたんだ。そりゃいくら十天衆と言えど注目しちまうよなぁ。間違いなく全員の意識が俺に向いたことで黒騎士は動く。俺も全力で逃げ出した。

 

「このっ……!」

 

 弓使いが矢を番えて俺を狙ってくるが、

 

「違う、ソーン! そっちじゃない!」

 

 やけに切迫したシエテの声が聞こえたかと思うと、彼女の眼前に黒い影が立っていた。

 

「えっ――」

 

 反応の遅れた彼女は高速の一振りで倒れる――かに思われたが。

 

「城郭の構え」

 

 間に割って入った小さな老人が障壁で黒騎士の攻撃を遮断した。

 

「た、助かったわ、ウーノ」

「ふん。流石に硬いな」

「お褒めに預かり光栄だよ、黒騎士。あまり争い事は好きじゃないんだが。君を野放しにして争いが起こるなら、ここで君を捕らえよう」

「できるものならやってみるがいい!」

 

 渾身の力で剣を叩きつけた二撃目でウーノの障壁は砕かれるが、その頃には既に二人共距離を取っている。

 

「……向こうは俺が行く」

「任せたよ、シス。殺しちゃダメだからね」

「……わかっている」

 

 シスは逃げた俺を追おうとする。それを見逃す黒騎士ではなかった。

 

「行かせると思うか」

 

 瞬く間に接近し剣を振るう彼女とシスの間に、剣が差し込まれる。

 

「俺達が行かせるんだよね」

 

 シエテである。

 

「ふんっ!」

「おわっ」

 

 力任せに吹き飛ばすが、既にシスは俺の方に向かってきている。というか、背後っ!

 殺気を感じて屈むと、真上から風圧を感じた。

 

「……流石に速ぇ。【オーガ】!」

 

 格闘を得意とする拳闘士の衣装に変えて距離を取りシスを見据える。

 

「ふっ!」

 

 俺から攻撃を仕かけてみるが、当たったかと思ったら残像だったようで手応えなく掻き消えてしまう。背後から気配を感じたかと思ったら背中を蹴り飛ばされていた。

 

「……チッ」

 

 思わず舌打ちする。速すぎて全く避けられない。攻撃が然程致命的でないのは俺の実力を測りかねて極端に加減しているからだろう。実力を読み切られれば俺の意識を確実に刈り取る一撃を放ってくるはずだ。

 つまり加減されている内に逃げ出す必要がある。

 

 他の五人を黒騎士が抑えている間に、なんとかして。

 

 目の前に見えていたはずが、真横から拳が飛んでくる。鉤爪を両手に装着しているが、そこに当たって殺さないよう手加減された一撃だ。なんとか掲げた腕が間に合うも続け様に放たれた拳が腹部を直撃した。……いや無理だろ。俺より速くて強いとか逃げられるわけがねぇ。

 しかしやらなければ共倒れになる可能性も高くなる。ただでさえ五人も相手にしている黒騎士が、俺を捕獲した後こいつまで加わったら手に負えなくなる可能性は高い。今でも結構手いっぱいだろうとは思うが。

 

 ……ならやるしかねぇか。

 

 俺は決意を固めて防御態勢を取り相手の攻撃を耐える。

 一撃で意識が持っていかれる箇所は絶対に防御し、神経を研ぎ澄ませて攻撃を受け続ける。もちろんダメージは蓄積するし痛いのが続くのは嫌だが。やるしかない。

 俺が得意とするのは観察だ。相手がなにを思っているのか、なにをしようとしているのか。そういうモノを観察して読み取る。フュリアスの時のように相手が望むような対応をしてもいいし、そこは俺の自由だ。しかし観察は基本目で見て思うモノであり、目で追えないこいつを観察するのは難しい。だがこうして攻撃を与えられ続け、攻撃の癖やどんな速度でどこへ動いたのかという情報を読み取ることは可能だ。俺が防御していると見るや攻撃がより苛烈になっていくが、ただただ耐え続ける。

 

 やがて身体が重くなりほぼ全身に痛みがあるような状態になった頃。

 

「がっ!」

 

 緩んだ腕の隙間から蹴りが差し込まれて顎が跳ね上がった。意識が一瞬飛んで両腕が落ちる。

 

「……もう諦めろ。俺から逃げたとしてもこの街は秩序の騎空団に包囲されている。お前達はここで終わりだ」

 

 もう折れる間際と見たのか、シスは俺にそう告げてくる。……なるほどな。そりゃ困った。

 

「……はっ。ならお前から逃げた後、逃げる算段をつけ直さねぇとな……!」

 

 俺は笑い、腕を持ち上げようとするが上がらなかった。仕方なく内功で少しだけ回復して、こいつを倒すまでの余力を持たせ拳を構えた。

 

「……まだやるか。無駄だ、お前の攻撃は俺には届かん」

「それはどうかなぁ」

 

 俺は言って、まず突っ込み拳を振るう。手応えのない残像を殴るが、このパターンは知っている。

 

「背後っ!」

 

 俺はすかさず後ろへ蹴りを放った。振り返ってから攻撃するのでは遅い。

 

「なにっ?」

 

 案の定背後から襲おうとしていたシスの目の前に蹴りが迫っていた。が、当たる直前でその姿が掻き消える。足を下ろして少し離れた俺の左に現れたシスと向かい合う。

 

「……なるほどな。攻撃を読んできたか」

「そういうことだ。攻撃しすぎたな、あんた」

「……俺は少し、お前を甘く見ていたようだ」

 

 一発でそれを察してすぐに上方修正されてしまうが、それでいい。

 シスは鉤爪の着いた両手を前に突き出し上下に構えた。

 

「……多少血を見ることになるが、後悔するなよ」

「生憎捕まった方が後悔するに決まってるんでな」

 

 言い返して攻撃に備える。

 

「キエーッ!」

 

 気合いの声と共にやはり俺の見えない速度で突っ込んできて、気がついたら腹部に深々と鉤爪が刺さっていた。すぐ腹筋に力を込める。

 

「……痛ってぇ、なぁ!」

 

 俺は腹部が訴えてくる痛みを無視してシスの両腕を掴んだ。

 

「死ぬ気か!?」

「死ぬ間際までいかねぇとてめえに一矢報いることすらできねぇだろうが!」

 

 驚くシスに言い返して彼の身体を持ち上げる。鉤爪が動いて痛いが気にしてはいられない。鍛え上げられてはいるが細身だからか思っていたよりも軽い身体を持ち上げたまま重い足に鞭打って前に倒れるように全力で駆け出す。

 

「大人しく寝てろ!」

 

 身体ごとぶつかるように近くの壁に、後頭部を強く打つように思い切り叩きつける。

 

「……バカな……」

 

 呻いて、なんとか気絶させられたようでがっくりと項垂れ全身から力が抜けていった。俺は激痛を我慢しながら鉤爪を抜いてシスを下ろすと、【ビショップ】に姿を変えて怪我を治しながらふらふらと逃げ出した。……で、こっからどうしたらいいんだっけか? 確か街は秩序の連中が包囲してるとかなんとか言ってたな。まぁ秩序の騎空団がリーシャとモニカの二人だけのはずはないよな。街に人気がないのは避難させたからだろうし。一帯の全員を避難させるとなるとそれなりの人員が必要だ。おそらくシスの言っていたことは本当のことだろう。

 

 ……ってことは街を出る前に空から逃げるか? いや弓と銃持ってるヤツがいたから多分無理だな。第一騎空艇がない。傭兵二人はどこにいるかわかんねぇし、こうなったら下しかねぇよなぁ。

 

 俺は大通りから路地に入って目的のモノを探す。そして、マンホールを見つけた。下水道を通るなんて嫌だが、姿を晦ますには打ってつけだ。ドブぐらいの汚さなら、幼い頃から馴染んでいることだしな。

 俺が屈んでマンホールを持ち上げたところで、ふと上空からなにか降ってくる気配がした。ばっと顔を上げて光の矢が大量に降り注いでいることに気づきマンホールの下へ身体を滑り込ませるが、完全には間に合わない。何本が刺さってしまう。

 

「……クソッ。覚えとけよ」

 

 命があるだけ儲けモノだ。毒づいて、下水道へと逃げ込むのだった。




本編をご存知の方は読めてた展開だと思いますが、本編同様に黒騎士捕縛ルートに入ります。
流石にいくらモニカさんが強くても秩序だけじゃ黒騎士捕まえられなくね? って思ったんで彼らが参戦しています。

次回、黒騎士さんの結果がわかり切った戦い。


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敗北必至

やや長めです。


 シスがダナンを捕らえるために離脱した後のこと。

 

 一人減ったとはいえ全空の抑止力となり得る者達五人を相手に、黒騎士は戦闘を続けていた。

 

「ふっ!」

 

 シエテとウーノが前に出て攻防それぞれを担当している。離れた位置からソーンとエッセルが射撃によって援護する状態だった。

 

「姉さん。僕も出ます。援護してください」

 

 銃の使い手エッセルの実の弟である、短剣使いのカトルが丁寧な口調で言う。

 

「……わかった。気をつけて、カトル」

 

 エルーンの姉弟はそれぞれに視線を交わし、カトルが自前の短剣を構えて黒騎士へと向かっていく。

 

「スターダスト!」

 

 その背中を見送りながら、エッセルが両手の銃を乱射し全ての銃弾を黒騎士へと向かわせる。その軌道は銃でありながら直線でないモノも多い。

 

「援護するわ」

 

 ソーンは弓を構え一射放つ。すると放たれた光の矢が無数に分裂して飛来した。巻き込まれることを考えたシエテとウーノは下がるが、シエテがおまけとばかりに百本ほど剣拓を飛ばす。

 

「はぁ!」

 

 気合い一閃、黒騎士は渾身の一振りでその全てを相殺する。

 

「さぁ、楽しませてください」

 

 直後を狙ってカトルが接近した。両手の短剣が放たれる斬撃が黒騎士へと直撃するが、

 

「軽いな」

 

 鎧の性能故か無傷だった黒騎士は無造作に左手を伸ばしカトルの胸倉を掴む。

 

「なっ!」

「ふんっ!」

 

 驚くカトルをそのまま屋根の上に叩きつけた。カトルが息を詰まらせ呻いてから、黒騎士を睨み上げてその顔を歪めた。

 

「七曜の騎士だがなんだか知らねぇが、調子に乗ってんじゃねぇぞゴミ虫が!」

 

 先程と打って変わって口汚く罵るが、

 

「負け惜しみにしか聞こえんな」

 

 黒騎士には届かず掴んだ方の手から火、水、土、風の四属性を力任せに放ち屋根を貫いてカトルを家の一階まで叩きつける。

 

「まずは一人」

「カトル!」

 

 エッセルが弟を心配し悠然と佇む黒騎士へと弾丸を放つが、一振りで打ち払われてしまう。

 

「……これはちょっと、厳しいかな?」

 

 こちらの攻撃が全く通っていないことと、一人戦闘不能にさせられたこと。その二つを考慮しシエテは苦笑する。

 

「少し甘く見ていたようだね。せめてフュンフがいれば良かったんだが」

「フュンフはオクトーとどっか行っちゃって見つからなかったんだよ。もう街への被害とか気にしてられないかな」

 

 ウーノとシエテが言い合って、見積もりが甘かったことを悔いる。

 

「では私も参戦しよう」

 

 そこへ声がかけられた。秩序の騎空団のモニカである。

 

「元々我らで捕縛するところを手伝っている身だ。まだ仲間がいると踏んで待機していたが、彼の助けが来なかったことからいないと見ていいだろう」

「確かにね」

「実力なら心配無用だ。これでも私はかつて碧の騎士ヴァルフリートの右腕と呼ばれた身でな。足手纏いにはならないつもりだ」

「それは心強いね、頼めるかな?」

 

 シエテの了承が取れたことでモニカが腰の剣を抜き放つ。

 

「モニカさん、私も……」

「リーシャはその少女の確保を。それにもし万が一のことがあって、船団長が意識不明では格好がつかないだろう」

「わ、わかりました。武運を」

 

 一人でも多い方がいいと思ったリーシャだったがモニカに止められ引き下がる。傍にいる未だ不安そうな少女から離れるわけにはいかないと納得した。

 

 そこへ、

 

「大人しく寝てろ!」

 

 少し離れた位置から声が聞こえて鈍い音が鳴る。意識が自然とそちらへ向ける者が多かったが、彼らが見たのは腹を刺されながらもシスを気絶させたダナンの姿だった。

 

「嘘でしょ? シスなら問題ないと思ってたんだけど……彼やるねぇ。俺が会った時とは別人みたいだ」

「ふははっ。どうやらあいつの方が一枚上手だったようだな。――ダナンが一人倒して、私が五人倒せないなど示しがつかないか」

 

 苦笑するシエテとは裏腹に可笑しそうに笑った黒騎士は、思い切り剣を振るう。

 

「城郭の構え」

 

 ウーノがすかさず障壁を張るが、一撃で破壊されしまう。

 

「これで巻き込むことを考えず、心置きなく戦えるというわけだ」

 

 黒騎士の放つ覇気が一層強まり、警戒が走る。

 

「紫電一閃ッ!」

 

 そこへ素早く移動したモニカが真上からの振り下ろしと同時に紫電の斬撃を放った。剣で受けた黒騎士が僅かに下がる。続けて着地したモニカはそのまま真横に剣を振るう。

 

「紫電一閃ッ!」

 

 先程と同じ技。しかし受けた黒騎士が大きく下がった。

 

「それはこちらも同じだ、黒騎士」

 

 笑うモニカの小さな体躯に紫電が迸っていた。

 

「私は紫電により身体能力を向上させることができる。今二発打たせてもらったが、これでそれなりに戦えるだろう」

「……ふん。種明かしとはどういうつもりだ?」

「なに、大した意味はない。まだ三段階ほど上がるのでな。私を甘く見るなという、忠告と受け取ってくれ」

 

 そうして二人の打ち合いが始まる。

 

「やるね、彼女。じゃあ俺も――本気、出しちゃおっかな~」

 

 シエテは軽い口調だったが言葉通り本気で挑むために、エンブレーマを使用する。彼の身体を仄かに光が包み全ての能力を上昇させた。

 

「俺は剣光最大まで溜めるから、皆はそれまで彼女を援護。任せたよ!」

 

 シエテが力を溜める中、頼まれた他の三人が動き出す。強烈な一撃を受けるためにウーノが、僅かでも隙を生むためにソーンとエッセルが援護を始めた。

 

「ふんっ!」

 

 黒騎士が振るった刃を、モニカは間一髪で回避する。

 彼女の放つ紫電一閃はもちろん強力な技であり、彼女に帯電する紫電を高めるために必要な過程だ。しかしその真骨頂は、どんな体勢からでも即座に放てるというところ。

 

「紫電一閃!」

 

 回避直後に放たれる一撃は相手の隙を確実に突き直撃する。

 

「チッ……!」

 

 七曜の騎士が持つ鎧に加え自身の魔力で防御を高めているとはいえ、直撃を受ければダメージがある。

 しかも放つ度に紫電で強化されより避けられやすくなる。実に厄介な相手だった。

 

「はぁ!」

 

 例えモニカの回避が間に合わないタイミングで攻撃を仕かけたとしても鉄壁を誇るウーノによって防御されてしまう。

 それ以外にも矢と銃弾が絶え間なく襲ってくるせいで動きが阻害されて細かなダメージが蓄積する。

 

 その上。

 

「お待たせ、皆。全力で行くよ!」

 

 天星剣王と呼ばれた男がまだ残っていた。

 

「はぁ!」

「っ!」

 

 シエテの一振りを受け止めた黒騎士だったが、足が離れ大通りを跨いで向かいの屋根まで飛ばされる。彼女が着地した頃には輝かんばかりにオーラを纏うシエテと、紫電を纏うモニカが迫っていた。迎撃すべく振るった剣は軽やかに回避されてしまう。

 

「無駄だよ」

「紫電一閃ッ!」

 

 二人の強力な一撃をまともに受け、屋根の大半が吹き飛ぶと同時に黒騎士の身体が地面に激突、崩れた屋根の下敷きになる。

 

「……っ、くっ」

 

 埋もれた黒騎士は悔しさに歯噛みする。鎧に傷はなくとも中にダメージが通っていた。

 

 ――強い、それは認めよう。黒騎士は全力で戦っている。それを上回り追い詰めてきた十天衆とモニカは確かに強い。敗北もあり得るレベルの強さだ。

 そしてダナンが逃げた今、彼女は孤高の戦いを強いられている。味方はいない。帝国にも裏切られた今、彼女に戻る場所などなくなったも同然だ。

 

 だが――それがどうした。

 

 親友のオルキスを失ったあの日から、アポロニアに味方と呼べる者はいなかった。だから傭兵を雇うしかなかった。ずっと独りで戦ってきた。助けなどなくて当然。

 だから彼女は折れない。例え立ちはだかる相手が自分を倒すほどの力を持っていようが諦めることはない。

 

「……」

 

 ゆっくりと立ち上がりまだ身体が動くことを確認する。そして家の壁を蹴破り、外へ出た。

 

「やっぱりまだやれるよね。……ウーノ、効いてるよね?」

「ああ。確実にね」

 

 見た目は無傷での登場になる。シエテが少し自信なさげになるのも無理はなかった。

 

 ふと、黒騎士は敵から目を逸らしてリーシャの近くにいるオルキスへと視線を向ける。

 

「――待っていろ。すぐそこへ行く」

 

 静かだが確かな意志を込めた言葉だった。

 

 そして彼女の全身から闇のオーラを噴き上がる。

 

「マズい!」

 

 強力な一撃の発動を察知したウーノが前に飛び出し正面に立った。

 

「――我が歩み、止められると思うなッ!」

「城郭の構え!」

 

 障壁を張り防御に徹したウーノへと黒騎士が剣を叩きつける。空間に亀裂が走るが、それは障壁の範囲よりも大きく広がった。

 

「退避っ!」

 

 シエテの切迫詰まった声が響き全員亀裂の正面から逃げ出す。

 

「散れッ!!」

 

 黒騎士が剣を振り抜くとウーノの障壁はあっさりと砕け散り黒の奔流が街を襲った。一瞬で端まで倒壊する建物と、吹き飛ばされるウーノ。そして倒壊に巻き込まれたであろうカトル。

 

「……はぁ……っ!」

 

 黒騎士も呼吸を乱していたが直撃を受ければ跡形も残らないであろう一撃に、リーシャは戦慄していた。果たしてこれと同じことが、同じ七曜の騎士ヴァルフリートの娘である自分にできるのかと。

 

「……凄いね。これは手加減してられないかな。ウーノ、無事かい?」

「……ああ、なんとかね。戦いで血を流したのはいつ振りだろう」

 

 ウーノは怪我をしているようだったがまだ動ける状態だった。

 

「よし。じゃあ皆、全力で決めようか。あちらさんは強い。小技じゃ長引く可能性があるからね。俺とモニカちゃんで隙を作るから、そしたらお願いね」

 

 

 シエテは言って紫電を纏うモニカと並び立つ。

 

「勝手に決めちゃったけど、いける?」

「当然だ」

 

 そして二人は強化された状態のまま黒騎士へと突っ込んでいく。

 

 ほぼ同時に肉薄したところをまとめて黒騎士が薙ぎ払う。しかしそれは回避され、剣を振るった体勢でモニカの「紫電一閃」を受けてしまう。それでも怯まずシエテの剣を受け止め押し返した。そこを最大限に紫電が高まったモニカがほぼ同時と思えるほどの速度で二回剣を打ち据え吹き飛ばす。

 

「そろそろかな」

 

 シエテは言ってモニカに黒騎士の正面を任せて足を払うと大量の剣拓を放って上空へと打ち上げた。

 

「……これがあるから攻撃を受けるわけにはいかなかったんだよねぇ。モニカちゃんのおかげでたすかったよ。ーークオーレ・ディ・レオーネ」

 

 シエテは言って溜めた剣光と引き換えに味方全員の奥義威力を高める。加えて彼はその場にいるだけで、天星剣王としてのカリスマから味方の奥義を高めることができるのだ。

 

「まずは僕からいこう。――天逆鉾ッ!」

 

 打ち上げられた黒騎士をウーノが槍の一突きに強大な力を込めて放ち、吹き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

 空中では身動きの取れない黒騎士だったが、なんとか剣を差し込んで威力を軽減させた。

 

「これでは大してダメージを与えられないね」

 

 ウーノが呟く中、エッセルは隙を窺い奥義の機会を待つ。しかし黒騎士が無事である以上直撃させるのは難しかった。もう打つしかないのかというところで、小さな斬撃が黒騎士へと当たる。

 

「? ……っっ!?」

 

 大して威力のない攻撃を不思議に思った黒騎士は、その攻撃の意味を知る。全身が痺れて動かなくなり、力が入らなくなったのだ。

 

「……やられっ放しは性に合わないんですよ」

 

 怪我を負っていたはいたが倒壊した建物の中に立つカトルだった。彼が黒騎士の隙を作るために麻痺をかけたのだ。全ては次に繋ぐために。

 

「……ありがとう、カトル。ラストオーダー! ダンス・マカブル!!」

 

 弟の援護に感謝をして、隙だらけの黒騎士に強烈な一撃を与えるため赤雷を纏い奥義を放つ。

 跳弾し、曲がり、縦横無尽に駆け巡る無数の銃弾は、しかし全て黒騎士へと直撃した。

 

「がっ!」

 

 麻痺で抵抗できない黒騎士が直撃を受けて更に吹き飛ぶ中、ソーンは魔力を足に集中させ空から矢を番えた。

 

「射抜いてみせる。アストラルハウザー!」

 

 ソーンが矢を放つと光の矢が弓から無数に連射されていく。容赦なく繰り出される奥義に黒騎士の意識が飛びかける。

 更に再び剣光を最大まで溜めたシエテが接近しており、

 

「天星剣……奥義ッ! ディエス・ミル・エスパーダッ!」

 

 彼の一振りと共に百や千では足りない、万にも及ぶ剣拓が一斉になって放たれる。それが全てが黒騎士を襲い吹き飛ばした。建物へと突っ込み倒壊することで姿が見えなくなる。

 

「……ふぅ。手強かったね。でもこれで――」

 

 確かな手応えがあった。全力の奥義を何回も叩き込んだ。しかし。

 

 轟音が響いて黒騎士が突っ込み倒壊した瓦礫が吹き飛ぶ。全員が驚いてそちらを見る中、ゆっくりと黒い甲冑が姿を現した。

 

「……どうした、この程度か?」

 

 声だけは余裕を持たせようとしているが、足元が覚束ない様子だ。見た目は兎も角確実にダメージは与えている。

 

「……いや、ホントに七曜の騎士は凄いね。空域一つを支配する人がいるっていうのもわかる気がするよ」

 

 シエテは苦笑する。手加減無用で叩き込んだ奥義を受けてまだ立ち上がれるのだ。星晶獣などならまだしも、人の身でそれほどの力を手にしている者がどれだけいるか。正確な数はわからなくとも、数少ないことは間違いないだろう。

 

「っ、はぁ……」

 

 相当ダメージは負っているようで、剣を杖のように使いながらも黒騎士は倒れない。

 

「……私は……諦めるわけにはいかんのだ!」

 

 正真正銘、最後の力。残った力全てを注ぎ込んで奥義を放とうとする黒騎士に、シエテは告げた。

 

「一人、減ってることに気づかない?」

「なに?」

 

 言われて即座に数え始める。

 シエテに、遠くで腰を下ろすウーノ。空を飛ぶソーン。屋根の上に立つエッセル。倒壊した建物の瓦礫を押し退けて大通りまで出てきたカトル。

 全員いる――十天衆は。

 

「――旋風紫電」

 

 それに気づいた時には、彼女が背後で剣を振り被っていた。

 

「しまっ……!」

 

 剣を掲げるのも間に合わず、全身に紫電を纏い発光したモニカの姿を捉えただけに終わる。

 

「――裂光斬ッ!!」

 

 渾身の一閃が特大の紫電と一緒に放たれ、遂に黒騎士の意識は闇に呑まれていった。

 剣を手放し力なく倒れ伏す黒騎士を見て、皆はようやく肩の力を抜く。

 

「……っ。久々の全力はキツいな。前線から退いたのが仇になったか」

 

 モニカは剣を鞘に納めて紫電を解除し、顔を顰めた。最大まで高めた紫電は強力だが、その分反動が返ってくる。以前は負担に感じなかったものだが、と考え苦笑した。

 

 ……私も歳を取ったということか。

 

「いやぁ、モニカちゃん助かったよ~。危うく負けちゃうかと思ったからねぇ」

「彼の天星剣王にそう言ってもらえるとは光栄だ。お疲れのところ悪いが黒騎士の拘束を手伝ってくれるか?」

「いいよ、ほらカトルも来て」

「なんで僕が手伝わなくちゃいけないんですか?」

「だってカトルってば一番最初に倒されて全然活躍してないでしょ?」

「うっ……。てめえいつか細切れに切り刻んでやるからな……」

「カトル。文句言ってないで手伝うよ」

「……姉さん」

 

 休んでいるウーノと気絶中のシスを除いた四人が集まり、黒騎士の装備品を外して拘束を施していく。

 

「……なんて言うか、ちょっと目に毒な恰好してるんだね」

「シエテ?」

「じ、冗談、冗談だよソーン」

 

 鎧を脱がせた黒騎士を見て軽口を叩いたシエテがソーンに弓を突きつけられ。

 

「カトル。見ちゃダメ」

「姉さん! 子供じゃないんだから!」

 

 エッセルはカトルに目隠ししようとして断られ。

 

「やれやれ。騒がしいものだね」

 

 ウーノは遠くからでも聞こえる騒ぎに苦笑した。結局、殆どモニカ一人で黒騎士を拘束する。

 

「……アポロ」

 

 戦いの始終を見守っていたリーシャは、黒騎士の名前を呼んで悲しそうにする少女を見て自分の行動に一抹の不安を覚える。

 聞いた話では、黒騎士が帝国の匿っていた少女を無理矢理連れ回しているとのことだったのだが。黒騎士の様子からも、少女の様子からも、一切そんな状況は見て取れなかった。

 

 ……いいえ。迷っている暇はありませんね。やるべきことをやらないと。

 

 リーシャは心内の迷いを振り払い、これからやるべきことを頭の中に並べていく。

 

「……聞こえますか。こちらリーシャ。応答してください」

 

 リーシャは通信機を使って街を包囲している団員へと連絡を取る。

 

『はい! 聞こえています。……轟音が止みましたが、終わったのですか?』

「はい。作戦は終了、黒騎士の捕縛と少女の確保は無事に終わりました。しかしまだ取り逃した者がいます。黒い服を着た少年です。部隊の一つは彼を探してください。残りは――」

 

 リーシャは団員へ指示をしながら、あるモノへと目を向ける。それは大通りから街の端まで一直線に横三軒の幅で倒壊した建物の成れの果て、である。

 

「……後片付け、ですかね」

『は、はあ。そちらへ向かわせますか?』

「はい、お願いします。私とモニカさんは一足先に戻りますので」

『わかりました。後のことはお任せください』

 

 通信を終えて、リーシャはため息を吐く。

 

「……これ、経費で落とせるのかなぁ」

 

 建物の再建費を自己負担しろ、とは流石に言いづらい。こちらが巻き込んでしまった身だ。できれば建て直してあげたいが、数が数なので費用して足りるかどうかというところが問題だった。

 若き船団長は後処理に頭を悩ませながら、モニカと合流してやるべきことを行う。

 

 こうして黒騎士一行は、バラバラとなってしまったのだった。



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意志を持って

 下水道へと逃げ果せた俺は、下水の匂いに顔を顰めながら全力で駆けていた。

 

 怪我は【ビショップ】になって回復させた。体力だけは戻らないが、四の五の言っていられない。

 

「……とりあえず秩序の騎空団に捕まらないってのは大前提だな。んで、なんとかスツルムとドランクの二人と合流だ」

 

 おそらく黒騎士は敗北する。彼女もそれがわかっていて立ち向かっているはずだ。

 如何に七曜の騎士と言えど全空から集めた強者があれだけ揃っていれば敗北すると思う。

 

「……二人に頼まれた、ってのに情けねぇ」

 

 黒騎士どころかオルキスさえ守れなかった。捕縛と確保ってことは別々の場所に連れていかれるはずだ。黒騎士の居場所はなんとなくわかる。

 

「……秩序の騎空団第四騎空艇団の本拠地、アマルティア島か」

 

 このファータ・グランデ空域を管轄する秩序の騎空団の、第四騎空艇団。おそらくリーシャとモニカもそこの所属だろう。となるとそこに幽閉される可能性が高い。

 

「……ただ救出するとしてもどうすりゃいいのか見当もつかねぇな。そこは情報集め担当の二人に聞くしかねぇ、が」

 

 黒騎士が側近として雇って長いみたいだし、もしかしたら二人も捕らえられている可能性がある。あの二人がそう簡単に捕まるとは思えないが……もしものことを考えて行動した方がいいだろう。

 

「……とりあえずこの島から出る必要はあるよな。移動手段の確保はあそこでいいか」

 

 でも焦って出れば逃げ出した俺だとバレる可能性が高い。……それならそれで利用してやればいい。

 

「オッケ。方針は決まった。逃げ切れるかどうかは知らないが、やるっきゃねぇよな」

 

 俺は作戦を組み立てるとそのために行動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「いたぞ!」

 

 そして俺は、街で秩序の騎空団に追われていた。こっそりと顔を覗かせて大半の団員が倒壊した建物の残骸の除去作業をしていることも確認済みだ。あちこちのマンホールから顔を出して俺を追っている部隊は一つしかないことも確認している。

 となれば見つからずに脱出することなど簡単だろうバカなのか、と思われるかもしれないが。

 

 これも立派な作戦の内である。

 

 わざと姿を見せて俺を追わせる。もちろん他の部隊が近くにいない状態で、だ。攻撃されないよう遮蔽物を使いながら振り切らない速度で見失われないように逃げていく。

 目的地は俺がここへ来た、奴隷商館があった場所だ。今は建物しか残っていないが、使う人がいなくなった騎空艇がいくつか置かれている。そこへ辿り着いてから小型騎空艇に乗り込み発進準備を整えた。操縦したことはないが、いざという時のために方法だけ覚えておいて正解だった。

 

「小型騎空艇の発進音が聞こえるぞ! このままでは……!」

 

 大型のモノと違って持ち前の推進力で大半を動かす小型騎空艇は音が大きく発進がわかりやすい。俺は舵を布で縛って固定し発進させ、島を離れない内に飛び出した。

 

「逃がしてたまるか! ――リーシャ船団長! 応答願います! 黒騎士の仲間を発見、追跡中ですが島の外に出てしまいます! 発砲許可を!」

 

 逃がすくらいなら殺す、か。まぁいい判断だ。後で襲撃される可能性だってあるんだからなぁ?

 

『そ、それは本当ですか!? わ、わかりました。許可します。黒騎士には他にも長年連れ添った側近がいると聞いています。その二人を捕らえれば情報を引き出すには足りるでしょう』

 

 動揺したリーシャの声が聞こえた。未熟だと思っていたが案外ドライに考える頭を持っているらしい。

 

「わかりました」

 

 そして秩序の騎空団団員達は俺が乗っていると思っている騎空艇へ発砲、見事動力部を破壊して空の底へと落とした。

 

「……リーシャ船団長。騎空艇、墜落しました。我々も後片付けの方に回った方が良いでしょうか」

『……はい、お願いします』

 

 始末したと判断したのかそういった通信があって、団員達は立ち去っていく。まぁすぐ近くの物陰に隠れてるんだけどな。

 

「……ふぅ」

 

 足音が聞こえなくなって一息つく。これでとりあえず事後処理が終われば秩序の騎空団はこの街から去る、かな? まぁ俺の家には押し入られるだろう。服ぐらいしかないので大した機密情報はないはずだ。

 

「これからどうするか……」

 

 さっさと二人と合流したい。さっきの通信からするとリーシャ達はまだあの二人組を捕らえてはないみたいだ。最悪の事態は免れた、ってとこかな。

 

「しばらく騎空艇は飛ばせない。となると街の外でサバイバル生活かね。下水道いたから臭いし川で水浴びでもしよう」

 

 あと俺の特徴が黒衣の少年、っぽいからな。ダナンという名前もバレているだろうが、服装を変えて他人のフリをすればある程度誤魔化せるはずだ。……この街には帰ってこれないだろうがな。

 

「……俺にも、寂しいって気持ちが残ってるとはなぁ」

 

 案外独りの状況を心細く感じてしまっていた。五人で過ごしたあの日々は、俺にとって楽しいモノだったらしい。

 黒騎士を嵌めてオルキスを奪ったヤツが、俺の敵ということだ。

 

「黒騎士は宰相フリーシア、っつってたか」

 

 まだ俺が顔も見たことがない人物だ。今どこにいるかわかんねぇが、そいつは間違いなく俺の敵だ。

 

「……会ったら一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇなぁ」

 

 低く呟き、気を取り直して街の外でしばらくの拠点になりそうな立地を探し始める。サバイバル技術は持っている。騒ぎが収まるまで生き残ることなんて造作もない。

 

「鍛えつつ生き延びる。んで、島を出て二人と合流、と」

 

 厳しい戦いになりそうだが、問題ない。厳しい戦いを事前準備に覆すのが俺の本懐だ。

 にやりと笑って気合いを入れているところに、

 

「あっ……」

 

 一つ思い出したことがあった。

 

「……今リーシャんとこにオルキスいるんじゃねぇの? まさか俺死んだと思われてないだろうな」

 

 最近懐かれてたし、悲しい想いをさせてしまっていたら申し訳ない。……それ考えてなかったなぁ。どうしよっか。

 

「……どうしようもできねぇよなぁ。いつか再会する日まで勘違いさせちゃうかもしれないけど、しょうがない」

 

 やってしまったことは仕方がない。これから秩序の騎空団のところへ行って「残念生きてましたーっ」ってやればリーシャにも伝わるだろうが、それでは俺の身が危ない。聞いてたら勘違いさせておこう。どうにもならんし。

 

 一つ問題が発生したような気もしなくはなかったが、気にしても仕方がないことだと思って諦める。……次会って勘違いしてたら謝ろう、うん。

 

 そうして俺は、しばらく街の外でサバイバルして過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 五日が経過した。秩序の騎空団は二部隊分この島に残っている。スツルムとドランクが戻ってくることを考えてのことだろう。

 

 サバイバルしながらひたすら鍛えまくっていたおかげで、なんとか【グラディエーター】の解放まで漕ぎ着けた。解放すると途端に二刀流が上達するのだから、ホントに『ジョブ』ってのは不思議な力だ。

 あと自然の中で生活すると感覚が研ぎ澄まされていくような気がする。五日でかなり強くなれたんじゃないかなとは思っているが、比較対象がいないとわからない。油断は禁物だ。まだ世界には、強いヤツらがいっぱいいるんだからな。

 

「……十天衆に、秩序の騎空団。七曜の騎士に、どっかに所属していなくても強いヤツら」

 

 俺じゃまだまだそいつらには敵わない。ClassⅣを使いこなして、ようやく手が届くかもしれないような連中だと考えると遥か遠い。

 もっと力が必要だ。敵は強大だからな。黒騎士を助けるにも、オルキスを助けるにも。

 

「あれれ~? こんなところで奇遇だねぇ。もしかして野生が恋しくなっちゃったとか?」

「こんなところで油を売ってないで動くぞ」

 

 大して時間は経っていないのに懐かしく感じる声が聞こえた。驚いてそちらを向くと、相変わらずの姿がある。

 

 長身痩躯、青髪エルーンでニヤケ面した男と、赤髪ドラフで無表情の女。

 

「……遅ぇよ。お前ら行き先言わなかったから、こうして戻ってくるのを待ってたんだろうが」

 

 感動に近いモノを抑え込んでにやりといつものように笑う。

 

「えぇ。そこは『ドランク、来てくれて助かった』、とか言って欲しかったなぁ」

「ドランク、来てくれて助かった。スツルムも。お前らも追われてるみたいだったから、捕まったんじゃないかと心配したんだぜ」

「「……」」

 

 俺の言葉にぽかんとする二人。

 

「……えっと、それは本音とノリどっち?」

「お前がそれくらいわかんねぇわけねぇだろ? ほら、呆けてないでさっさと行くぞ。俺が持ってない情報、たくさんあんだろ?」

「当たり前だ。手のかかる雇い主達を助けに行くぞ」

「ああ」

 

 普段の調子に戻って笑い、干してあった黒衣を羽織る。結局服は調達できなかったが、まぁ仕方ないだろう。

 

「道すがら二人の報告を聞いていいか?」

「オッケー。後でそっちになにがあったかも教えてね」

「大体調べてある癖によく言うぜ。まぁ、ちゃんと話してやるよ」

「……なんか変わった?」

「さぁな。ま、ちょっとやる気になってるだけだ。気にすんな」

「そ。じゃあ報告を始めようか」

 

 ドランクに聞かれて断言はしなかったが、俺の中でなにかが変わったような気はしていた。能力を知るという漠然とした目的じゃない目的ができたからだろうか。

 

「まず僕達がどこへ行っていたか、はそんなに大切なことじゃないよね。僕ちょっと行きたいところがあって、そこ行ってたんだよねぇ」

「ドランクの祖母の妹に会ってきた」

「スツルム殿! 僕そこちょっと暈かしてたんだけど!?」

「大切なことじゃないならいいだろ」

「……そうですね。そう言ったの僕ですね」

 

 二人の力関係は変わらないらしい。

 

「とまぁ、そこでグラン君達と出会ってちょっと共闘してたんだけど。その前にアルビオンで帝国の新しい、あれ。戦艦と激しくやり合ったみたいでね。船が損傷してたからガロンゾ島に行く道中だったみたいだよ。んで、僕達と会ってからガロンゾに無事到着、したんだけど」

「そこでエルステ帝国の宰相フリーシアが待ち構えていて、戦闘になった。契約を司る星晶獣ミスラを巡った騒動が起こった」

「フリーシア、ねぇ……。ガロンゾにいやがったのか」

 

 二人の報告を聞いている中で敵と認識した者の名前が出てきて、思わず暗い笑みを浮かべてしまう。

 

「あっ、なんかその笑い方ダナンっぽい痛ってぇ! なんでスツルム殿が刺すの!?」

「ダナンが刺せと言いたそうにしていたからな」

「ナイススツルム。なにも言わず即座に伝わるとは俺達もう以心伝心痛って! なんで俺まで!?」

「煩い。いいから報告を続けるぞ」

 

 なぜか俺まで刺されてしまった。……黒騎士の言う通り少しドランクに似てきてしまっているのかもしれない。ちょっと悲しい。

 

「で、えーっとガロンゾで宰相さんが待ち構えていた、ってところだったっけ? まぁそこでグラン君達を待ち受ける騒動については割愛するとして、宰相さんが従えるミスラと戦闘になった。ミスラは島の星晶獣だけどなぜ宰相さんに従ってたのか、っていうのが」

「オルキスがいたからか」

「そゆこと。僕達も彼らを追ってたんだけど、あれオルキスちゃんいるのにボスいなくね? あれれ~、おっかし~なぁ? と思って隠れて窺ってたんだよねぇ」

「そしたら騒動の後秩序の騎空団、第四騎空艇団の船団長リーシャと船団長補佐のモニカが連中に接触して言った。『黒騎士を捕縛した』、と」

「ホントもうわけわかんなくて、急いで街に戻ってきたら秩序の騎空団に追われるしでもう大変だったよ~」

 

 それはわけわかんねぇよな。二人も二人で苦労していたらしい。

 

「ってわけ。そっちは、なにがあったの?」

「簡単だ。お前らが出ていってから少しして秩序のその二人と十天衆六人に狙われてな。俺はなんとか逃げ出したが黒騎士は負けて捕まったってわけだ。まんまとオルキスも取られちまったし、情けねぇ話だよな」

「いやぁ、その戦力だったら僕達がいても無理だったんじゃないかなぁ。ねぇ、スツルム殿?」

「ああ。最大限努力はするが、オルキスを連れて逃げろ、くらいしかできなかっただろう。そうなったら二人で生き残れるとは思わない。まだお前が逃げ延びて状況が理解できただけでも良かった」

 

 一言で説明し切って嘆息すると、いつも通りの口調でそう告げてきた。……慰めてくれてるんだろうか。

 

「おぉ、スツルムがやけに優しい言葉を。意外とスツルムって根は優しいんだよな。オルキスが一緒に風呂入って欲しいって頼んだ時とか断らなかったし」

「そうなんだよ~。スツルム殿はわかりにくいけどとっても優しくてね。オルキスちゃんと二人の時は遊んであげたりとかしてるんだ」

「「痛って!」」

 

 感心していただけなのに二人で刺されてしまった。だから俺は防御できないんだってば。普通に傷になるんですよ?

 

「……う、煩い。いいからさっさと行くぞ」

 

 仄かに顔が赤かったように思う。そうなったら追撃するのが俺達だよな。

 

「スツルム殿ってば照れちゃってぇ」

「可愛いとこあるもんだよなぁ」

「っ……!」

 

 二人でからかうと物凄い勢いで振り返って刺されてしまう。

 

「「痛い!」」

 

 割りと本気で刺しに来られてしまい、ドランクもふざけた声を上げられなかったようだ。

 

「……全く。ふざけてないで行くぞ。まずは手のかかる雇い主を助けに行く」

「了解~」

「わかった」

 

 こうして俺達は三人で慣れ親しんだ島を出た。

 かつてそこにあった日々を取り戻すために――。



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パンデモニウム

 いつもの操縦士のおっさんに小型騎空挺を出してもらい、秩序の騎空団の拠点があるアマルティアへ行く。

 

 ――その前に。

 

「パンデモニウム?」

 

 移動中ドランクの言葉からその単語が出てきて聞き返した。

 

「そ。秩序の騎空団の拠点に乗り込むって言うのにたった三人じゃ心許ないでしょ? だったらちょっとでも戦力上げておこうと思ってさ」

「つっても俺一人の戦力上げたってどうしようもないだろ?」

「いいや。君の戦力を上げる、パンデモニウムに行って『ジョブ』をいくつか解放する。これだけでも結構助かるんだよね~」

「あたしは剣、ドランクは魔法で戦う。けどあたし達にはそれしかできない。アマルティアではなにが起こるかわからないからな、対応の幅を広げるという意味で有用だ」

「そ~ゆ~こと。ってことでパンデモニウム行くよ」

 

 理屈は理解できた。

 

「けどよ、それじゃ遅いんじゃないか? 黒騎士は捕まってるから場所が固定されてるとして、オルキスがその間にどうなるかわかんねぇだろ。それに……捕えられた黒騎士が狙われないとは限らねぇ」

 

 俺は基本楽観視をしない。だからこそ思うのだ。黒騎士が拘束されおそらく動きを封じられ装備も取り上げられた状態という、命を狙うなら絶好の機会を逃すわけはないと。黒騎士を邪魔と思うヤツならそれくらいやってくるはずだ。

 

「うん、宰相サンは多分そうするだろうねぇ」

「だったら……」

「まぁまぁ落ち着いて。ダナンってばいつからそんなに熱血になったの~? いつもみたいに余裕なフリして笑ってればいいんだよ」

「フリは余計だろ。……はぁ。で、どういうつもりだ?」

 

 ドランクに言われて、自分が焦っていたことに気づき頭を掻きながら聞き直す。

 

「お前の懸念は正しい。事実、宰相はアマルティアに兵士を送るらしい」

「じゃあなんでわざわざ遠回りするんだよ?」

 

 聞けば聞くほど早く行った方がいい気がする。

 

「それはね、ある程度時間があるからなんだよ。グラン君達がアマルティアに到着するのが明日になるかな。後はエルステからの兵士だけどこっちはある程度戦力を整えているからか、明後日の到着になる予定。つまり今日到着しなくてもいいんだよねぇ」

「来る前に行けるってことになるが……あぁ、なるほどな」

 

 連中が黒騎士の下へ着く前に連れ出せると考えれば今日行った方がいいに決まっている。しかし俺はわざわざ他のヤツらが集まるタイミングで行こうとする理由に納得してにやりと笑った。

 

「帝国が来てそっちの対処に追われてるとこに乗じて助け出すってわけか」

「そゆこと~。しかもあの子達のことだから帝国の狙いがもし黒騎士だってわかったら助けようと動くよね? 秩序の騎空団はもちろんだけど」

「ははっ。そりゃいい。混乱は更に大きくなって警備も警備どころじゃなくなる。っつうことは、俺達が動きやすくなるってことだろ?」

「いやぁ、流石ダナン。よぉくわかってるねぇ。その調子で悪巧みしてようよ」

 

 笑い合う俺達を見て、スツルムが一言呟いた。

 

「……一緒になると敵に回したくないな」

 

 少し呆れ混じりの言葉だ。

 

「大丈夫、僕達はスツルム殿の味方だよ~」

「安心しろ、敵になったら容赦しねぇから」

「ダナンはもうちょっと容赦してあげた方がいいと思うけどなぁ」

「お前には言われたくないな」

 

 言い合って、脱線した話を元に戻す。

 

「まぁいい。じゃあとりあえずパンデモニウムの方行っとくかぁ。できればレプリカも探したいが、まぁ遅れてもなんだから最低限『ジョブ』解放するだけでもいいか」

「そうだねぇ。三人でどこまでいけるかわからないけど、できる限りの万全は尽くしたいからやるだけやってみないとねぇ」

 

 ということで、アマルティアへ行く前にパンデモニウムに行くことが決まったのだった。

 のだが。

 

「クエストを受けて信頼に当たる実力か見たいだ?」

「うん。どこであの場所の話を聞いたのかわからないけど、あそこは手強い魔物がたくさんいるから並み大抵の人に行かせるわけにはいかないんだよ」

 

 クエスト――騎空団連合「ラファール」とやらが出す島の魔物を倒す依頼のこと――を受けて実力を示さないとパンデモニウムへは行かせられないというのだ。

 それを連合の窓口みたいなことをやっている子連れドラフのガスタルガから聞かされてしまった。

 

「おーい、お前ら。なんかクエスト受けないと行けないとか言われたんだけど」

 

 アイテムを買ってくるとかで離れていた二人に声をかける。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。ねぇ、ガスタルガさん?」

「おぉ! 二人共久し振りだね。なんだ、君達の仲間だったのか。それなら問題ないよ」

 

 なんか納得いかないが、二人は名が知られているらしくあっさり了承が取れてしまった。

 

「お前ら傭兵じゃなかったか?」

「騎空士でも傭兵を兼任してる人は多いんだよ? 僕達も色々と顔を利かせるためにやってたわけ。これもその一つなんだよ。というかパンデモニウムなんて知ってる人あんまりいないんだからね? グラン君達も凄いってこと」

「……そうかよ。んじゃさっさと行くぞ」

「なに? 拗ねてるの?」

「違ぇよ。あいつらに出遅れてんのが気に入らないだけだ。とっとと追いついて追い越す。異論は?」

「もちろんないよ」

「当然だ」

 

 そして俺達はパンデモニウムへと入って待ち構えていた魔物を蹴散らしていく。

 

「……おいおい。なんで星晶獣がいんだよ。しかも複数だと?」

「いやぁ、これは僕も予想外だねぇ。謎に包まれてるから調査する、っていうのが目的なんだけど。こんなに厳重だとなにかあるんじゃないかと勘繰っちゃうよね」

「なにかあるから厳重なんだろ。無駄口叩いてないで片づけるぞ、ドランク」

「はいはい~、っと」

 

 そうしてパンデモニウムを突き進んでいくことで、俺はいくつかClassEXの『ジョブ』を解放することができた。レプリカも一つだけだが手に入れることができた。

 

「一日中やってレプリカ一個、リストはほとんど埋まってねぇ、か。英雄武器一個作るのに一週間籠もり切りで足りるかすらわかんねぇな」

「いやぁ、キツかったねぇ。もうくたくただよ~。今日は宿で休んで、明日アマルティアへ、だね」

「ああ。流石に疲れた。ダナン、肉だ」

「いや今日くらいは普通に宿で食べようぜ。俺も疲れたし」

 

 三人共疲労困憊だったので、一通り倒して回るだけに留めておいた。それだけでも一日かかるとはな。たった三人だから仕方がないとはいえ面倒だ。だが拾ったレプリカの運は良かった。

 

「……オリバー・レプリカ、か」

 

 明らかに戦闘では使えなさそうな白い見た目と手触りだが、これを鍛えていけばClassⅣに辿り着けるはずだ。……そして、ClassⅢの上位互換だと考えれば、必然【ホークアイ】の上位だと予想できる。ClassⅢで銃を使えるのは他に【サイドワインダー】がある。ただClassⅢで弓を使えるのが【サイドワインダー】だけなので弓の英雄武器になるんじゃないかと読んでいる。そうなればオリバー・レプリカは【ホークアイ】の上位互換を解放できる可能性が高い。

 【ホークアイ】は俺が一番得意としている『ジョブ』の系統だ。真っ先に解放してやりたいと思っていたんだよな。

 三人で食事を終えてから、

 

「俺はちょっと『ジョブ』の特性理解してから寝るわ」

「了解~。あんま無理して夜更かししないでね~」

「あたしは寝る」

「おう」

 

 二人は部屋に行って休むようだ。

 

 さて、俺も部屋には行くが今日解放した『ジョブ』の能力を確認してみるとするか。

 

 まず【アルケミスト】。

 発動してみると眼鏡が出現したのが真っ先にわかった。俺は目が悪いわけではないので伊達眼鏡になる。言葉からは錬金術師、ってとこか。腰に色んな機具がぶら下がっている。能力としてはポーションを作成できるらしい。ただ完全に攻撃能力については持たない支援タイプのようだ。

 あと短剣と銃が装備できる。魔法が使えないとなるとあんまり戦闘では使わないかもしれないな。素材があったらせっせとポーションでも作成して補充しておこう。

 

 次に【忍者】。

 黒ずくめで動きやすい服装へと変化する。口元を覆っているので隠密行動向きなのかもしれない。俺好みの『ジョブ』かもしれない。煙幕や手裏剣という投擲武器もサブで使えるので手札が多い『ジョブ』と言えるだろう。加えて魔法とはちょっと違うみたいだが忍術という独特のモノを使う。手で特定の印を結ぶことにより様々な効果を齎すことができるようだ。印は種類が多いので覚えるのが大変そうだが、道具も含めて手札の幅が広いという点では群を抜いているようだ。しかも忍術は全ての属性が扱える。とんでもない『ジョブ』だ。

 刀と格闘が得意。イクサバがとても強いので刀得意は凄く有り難いことだ。

 

 そして【侍】。

 黒騎士が身に着けているような鎧とはまた違った意匠を持つ鎧を着込むことになった。武者鎧という種類だ。特徴を上げるのは難しい『ジョブ』だが攻撃が得意ではあるらしい。ナルメアの戦い方を連想したのでおそらく彼女に教わったことがより活きるのはこの『ジョブ』になるだろう。

 刀と弓が得意のようだが、どちらかというと刀がいいと思われる。【グラディエーター】とは違って二刀流できないからこそ渾身の一振りを叩き込む時に使えそうだ。イクサバが以下略。

 

 お次は【剣聖】。

 マントを羽織る剣士、といった風だ。この『ジョブ』にした途端妙な気配を感じ取れるようになった。最初は驚きしかなかったが、どうやら【剣聖】は刀剣に秘められた魂を感じ取ることができるらしい。意味がよくわからない。だが感じ取れてしまったのだから納得するしかない。その魂を解き放つことで力を発揮するそうだ。つまり能力が武器によって変わる奇抜な戦闘スタイルとなる。

 剣と刀が装備できる、まぁ能力的にも当然か。強い刀剣があるなら選択肢として上がってくるだろう。イクサバが以下略。

 

 手間暇かかる【ガンスリンガー】。

 お手製の「バレット」という特殊な弾丸を銃に装填して戦うらしい。銃に通常装填されている普通の弾丸は使わないようだ。そしてそのお手製のバレットというのがめんどい。一々作らないといけないらしい。しかも銃ごとに装填できるバレットの制限があるようだ。手間がかかりすぎる。あと素材が結構貴重なの要求してくる。残念だが今回は使えないようだ。しかし使いこなせるようになったら強そうではある。両手に銃を持って乱射する殲滅力とか、味方を支援するバレットとか。幅は広いんだよな、幅は。

 銃しか装備できない。いい銃があれば輝くかもしれないんだが。

 

 また特殊な【賢者】。

 賢き眼が開かれる時、放つ魔力によって味方を鼓舞する、とか。……わっけわかんねぇなぁ。マントに翼のような頭飾りが特徴だ。賢き眼ってなんだよ、と思うが発動して使える能力を探っていればわかった。天眼陣というヤツを使うと味方を強化できるようだ。これを使うとなんつうか、広範囲を俯瞰して見ることができるようになる。部屋でやってもわかりにくいが、実際に使ってみると効果を実感できるのかもしれない。味方への強化はどちらかと言うと防御寄りのようだ。で、天眼陣で強化するには魔力を独自のMPと呼ばれる力に変換して使うらしい。ちなみに天眼陣の効果が解除されてしまうと使用者、つまり俺が大幅に弱体化するらしい。使うならずっと発動していないといけないようだ。

 杖しか装備できない。ただし魔法も魔力をMPとして使う都合上発動できない。特殊だな。

 

 俺が見た瞬間、おそらく悪どい笑みを浮かべてしまっていたであろう、【アサシン】。

 これがまた凄い。能力を確認して思わず俺にぴったりな『ジョブ』じゃねぇかと一人にやにやしてしまったくらいだ。恰好としては黒いフードのある姿なので普段の俺の姿に一番近いかもしれない。【ガンスリンガー】と同じように「暗器」と呼ばれる道具を作成して使うようだ。暗器は敵に状態異常を付与するモノや強化、回復など様々なモノがあり、これまた素材集めが面倒だが有用だった。

 

 なぜもっと早くこの『ジョブ』と出会わなかったのだろう。

 

 いや、アマルティアに潜入する前にこの『ジョブ』を解放できたのは素晴らしいことなんじゃないか? 潜入と隠密に適した『ジョブ』と言える。早速暗器を作成したいが素材が足りない。この時間じゃ一部の店は閉まっているだろう。

 

「仕方ねぇ、明日早朝から買い出しだな」

 

 そう決めて興奮冷めやらぬ状態でベッドに寝転がる。ただ連戦で疲れていたのかすぐ眠りに落ちていった。

 

 そして朝早くから起きると飯は後にして暗器に必要な素材をできるだけ買い集める。あまり数は作れなさそうだが俺が欲しいモノは出来そうだ。

 

「あれ、ダナン早いねぇ。まさか夜通し、ってわけじゃないよね?」

「まさかぁ。大丈夫だ、ちゃぁんと寝たぜ」

「……あれ、なんか凄い目が輝いてるんだけど」

「……ああ、凄く嫌な予感がするな」

 

 なぜか二人が小声でそんなことを言っていた。そんなに聞きたいなら聞かせてやろう。

 

「実は手に入れた『ジョブ』の中に【アサシン】ってのがあってなぁ」

 

 俺は二人へ嬉々として【アサシン】について語る。

 

「……うわぁ。なんか、ダナンに獲得させちゃいけない『ジョブ』第一位って感じぃ……」

「……まぁ、楽しそうなら良かった」

 

 どうやら二人は引いてしまっているらしい。なぜだ。こんなにも有用な『ジョブ』が手に入ったというのに。まぁいいか。

 

「……くっくっく。今からアマルティアへ行くのが楽しみだぜ」

「……ホントダナンにぴったりだよ」

「……怖いからもうちょっと普通にしててくれるか?」

 

 こうして俺達は思いの外優秀な『ジョブ』を手に入れて、アマルティア島へと向かったのだった。




ソルジャーとかトーメンターとかいうジョブが出てるらしいですが自分には関係ありません。なぜなら、あんな素材のキツいジョブをやる気がないからですね。


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アマルティア潜入計画

ハーメルンのシステムはよくわかっていないのですが、徐々に読んでくださっている方が増えていると思われるので嬉しい限りです。

ちびちびとやっていきますので、よろしくお願いします。


 俺達は小型騎空艇でこっそりとアマルティア島へ上陸した、のだが。

 

「侵入者はまだ近くに潜んでいるはずだ! 探せ!」

 

 ばたばたと慌ただしく秩序の騎空団団員が駆け回っている。足音が遠ざかり周辺にいなくなったことを確認した。

 

「……おい。なんで着陸と同時にバレてんだよ。全然潜入じゃねぇじゃねぇか」

「いやぁ、なに言ってるの。僕らが潜入してるのはあの秩序の騎空団の拠点だよ? 未確認の騎空艇が近づいて撃ち落とされずに上陸できただけで儲けモノだよ。しかも姿がバレないように、ね」

「最初から織り込み済みってわけかよ。なら事前に言っといてくれよ。初っ端からミスっちまったのかと思ったじゃねぇかよ」

「えぇ? ダナンならこれくらいのこと言わなくてもわかると思ったんだけどなぁ?」

「……チッ」

 

 やけに買ってくれているのか、煽られているのか。どちらにしても俺の考えが甘かったのは事実だ。……自覚はあんまりないが焦ってるんだろうな。もっと深く考えて動かねぇといつか痛い目見ることになる。気をつけよう。

 

「んで、こっからどうする? わざわざ帝国の襲撃前に来たからには、なにか理由があんだろ?」

「当然。ってことでダナン、ちょっと秩序の騎空団に潜入してきてくれないかなぁ」

「は?」

 

 俺が?

 

「まぁ一個ずつ説明してくと、秩序の騎空団の内部情報が欲しいんだよねぇ。見取り図とか配置とか。場所が場所だけにあんまり僕達も情報を入手できなくてね。現地調達しようかと思って」

「それで俺が?」

「そうだ。お前は演技が上手く観察が得意だろ。潜入して上手く溶け込めるんじゃないか?」

「……なるほどねぇ。まぁやる必要あるんならやるけどさ」

「お願いねぇ〜。ボスがどこに幽閉されてるかとか、襲撃当日どこがどんな状況に陥ってるか、とかね。隙窺ってボス連れて逃げ出したいし。できれば混乱に乗じて牢の鍵とかそういう脱出に必要なモノも奪っといて欲しいなぁ、って」

「俺やること多すぎねぇか?」

「僕達はあんまり潜入に向いてないからねぇ。当日適当に撹乱して逃げやすい状況を作るくらいしかないかな」

「あたしはこそこそするのが苦手だ。おそらく脱出の時敵に包囲されるから、そこで道を切り開くために待機している」

「有り難い。んじゃ、行くか。そろそろあいつらもこの島来るんだろ? 船団長と補佐が戻ってくる前に潜入しときたいしな」

「そうだねぇ。じゃ、お願いね。これ持ってって」

 

 俺が立ち上がるとドランクが玉を一つ渡してくる。

 

「これは?」

「魔法で通信できるようになってるから。受信した時は光るから、魔力込めれば通信できるよ。発信する時は魔力を込めてそれに向かって話すだけ。便利でしょ?」

「ホントな。じゃあ定期的に連絡入れられるようにするわ」

「オッケー。くれぐれもバレないでね」

「わかってる。あ、俺も持ち物預けていいか?」

「オッケー……あれ?」

「了解」

「頼んだ、スツルム」

「……あれ、なんで僕スルーしたのかな」

 

 首を傾げるドランクに自分の胸に聞けと言いたいのを我慢して、俺は二人と分かれて潜入するべく移動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺は【アサシン】へと姿を変えて物陰に身を隠しながら移動していた。

 向かう先は秩序の騎空団の庁舎だ。庁舎では団員が生活していたり事務作業をしたりしている。

 

 外には訓練場もあり厳戒態勢が敷かれない限り大半の団員はここで訓練している、とは傭兵二人からの情報だ。一応上空から見た簡単な地図は持っていて、庁舎がどこにあるかはわかっていた。とはいえ庁舎と訓練場、どこが港で物資搬入口はどこかなどしかわかっていないようだ。犯罪者がどこに捕えられているかは外部に漏らすわけにはいかないのか一切の情報がない。まぁ、当然か。

 

 物音を立てず庁舎へと近づいていく。

 

 見回りに出ているヤツから拝借しようかとも思ったんだが、単独行動していなかったので流石にやめておいた。あとできれば俺と背丈が近くて声が似ているヤツがいれば有り難い。かつ入団したてであんまり馴染んでいなさそうなヤツだと尚良し。……まぁそんな都合のいいヤツはいねぇか、流石に。

 

「全く。なにをやっているんだ。抜剣する時に手を斬るなんて……」

「す、すみません……」

「お前ももう入団して一ヶ月経つんだ。そろそろ冷静に武器持てるようにならないとな」

「はい」

「お前もいつまでも新入りなんて呼ばれたくないだろ?」

「そうですね、頑張ります……」

「うむ。もう養護室の場所はわかるな? 一人で行けるか?」

「はい、大丈夫です」

 

 ……おいおい。俺がもう一人いるのかと思うほど声が似てるじゃねぇか。しかも俺と同じ黒髪で、背丈もほぼ一緒。更には入団してから一ヶ月の新入りと来たもんだ。これから養護室行くっつってたが……。

 

 俺は隠れている建物の一番近い窓からこっそりと中を覗く。……ポーションや包帯、白いベッドにカーテン、と。ここじゃねぇか? 養護室ってのは。

 

 こんな都合のいいことがあっていいのかよ。まるで神様が俺に潜入してどうぞ、って言ってるみたいじゃねぇか。まぁ神はそんな都合のいいもんじゃねぇんだろうが。

 しかも換気中なのか窓が開いていて、中には誰もいない。

 

「……やるっきゃねぇな」

 

 この機会を逃したら潜入できない気がする。俺は開いた窓の下に移動して息を潜めた。

 

 しばらくしてこんこんと扉をノックする音が聞こえ、返事がないことを確認してがちゃりと開けられる。

 

「あれ、誰もいない。不在だったのか。失礼しますねー」

 

 ヤツの声だ。多分中をきょろきょろしてるだろうからまだ顔は出せない。

 

「じゃあちょっとポーション一個貰いますねー」

 

 続けてなにかを開けてごそごそと漁る音がする。……まだだ。まだ動くな。

 

「あったあった。これをかけて、と。後は薬使用に署名しなきゃいけないんだったな……」

 

 署名か。筆跡とかでバレることを考えると、その後だな。

 じゃーっと水を流す音が聞こえた。ポーションを洗い流してるのか。足音がして移動し、字を書く時の小刻みに板を叩くような音が聞こえてきた。……よし、やるか。

 

 俺は周囲に誰もいないことを確認して窓枠を跳び越え音もなく着地する。そして一つの暗器を取り出し忍び足で近づいていく。

 

「……はぁ。先輩には頑張るって言ったけど、俺向いてないのかなぁ。この仕事辞めちゃおうかなぁ」

 

 そうかそうか。なら丁度いい。俺が代わってやろう。

 

 俺は背後から忍び寄ると素早く持った針を首筋に突き立てる。

 

「うっ」

 

 僅かに声を上げるが、それだけだった。全く動かなくなったそいつは、触ると石のように硬くなっている。

 

「これが石化針か。強力だな」

 

 石化は衝撃を受けて砕け散るか薬がないと解除されない。厄介な点は時間経過では治らないこと。これならしばらくの間隠せるだろう。

 俺はそいつから服などの私物を剥ぎ取っていく……帽子を取って顔を確認したが、全然俺に似てねぇな。目つきが悪くないからか。ってことは逆に帽子を目深に被って目元隠せば変装は完璧ということになる。

 

「装備と一緒にどっか隠しとくか」

 

 石化したこいつを放っておくとマズい。どうせ明日には脱出するだろうからとりあえずの隠し場所……ベッドの下でいいか。替えの布団が入った箱があるし。衝撃与えられて砕けたら流石に申し訳ないのでベッドに包ませてパンツ一丁のまま入れておく。俺の元の服は上の方に、ただし見えないように。

 

「うし。俺はこれから一ヶ月前に入団したハリソン・ラフォードだ。ちょっと頼りない感じで悩みがち、と」

 

 鏡を見て制服に身を包んだ俺の姿を見る。……どっからどう見ても秩序の騎空団の団員だな。後はボロを出さずに過ごせるかが問題だ。

 残念ながら見た目は俺に近くても利き手が違うらしく剣が左腰に、銃が右腰に下がっていた。二刀流のこともあって右手で剣が使えるようになっていて助かった。

 

「さて、行くとしますかね」

 

 俺は見た目を整えてから養護室を出て訓練場の方へと向かう。

 

「お、遅かったな、新入り」

 

 訓練場の脇に先程ハリソンと話していた団員がいた。こちらに気づいて声をかけてくる。……なにも気づいていなさそうだな。よし。

 

「す、すみません。ポーションを探すのに手間取ってしまって……」

 

 俺は先程までの喋り方や声音を思い出して言い訳をする。

 

「そうか。今いなかったのか。怪我は治ったな? では訓練を再開するぞ」

「はい」

 

 先輩団員は俺の声を聞いても怪訝に思わなかったようだ。その様子にほっとしながら先輩の言う通りに訓練を行った。悩みがちだったのでそんなに上手くないんだろうな、と思って適当にやっていたのだが。

 

「見直したぞ、新入り! やればできるじゃないか!」

 

 と凄く嬉しそうにばしばしと肩を叩かれてしまった。……おい。あいつどこまで下手くそだったんだよ。それは多分向いてねぇわ。再就職先探した方がいいかもしれん。

 小一時間ほど訓練したが、緩いな。いや黒騎士の訓練が厳しすぎるだけか。

 

「よぅし、午前の訓練はここまでにしよう」

「はい」

 

 途中からとはいえ短かったな。もう昼休憩なんだろうか? まだ一時間ぐらいあると思うんだが。まぁ見回りとかもあるだろうから交代で飯にしてるんだろう、と思ったのだが。

 

「忘れてないだろうな、今日は新入りが食事当番だぞ」

「えっ?」

「……全く。少し上達したかと思えば……。やはり忘れていたのか。もう一ヶ月も経ったからな。そろそろ食事の準備を任せてもいい頃だろう。他にも何人か担当がいるから、厨房へ行って準備をしてくるといい」

「わ、わかりました」

 

 おいおい当番制なのかよ……。ハリソン君には悪いが手は抜けないぜ?

 初めての食事当番だそうだから思い切りやっても良さそうだ。

 

 俺は庁舎の中に入って料理の匂いが漂ってくる方へと歩いていく。途中案内図のようなモノがあったのでざっと確認しておいた。

 

「エリク・ハルメン、入ります」

 

 厨房まで行くと二回ノックをしてからそう名乗って入っていく団員を見かけた。……なるほど、ああやればいいのな。

 俺は扉の前まで行って背筋を伸ばし二回ノックをする。

 

「ハリソン・ラフォード、入ります」

 

 言ってからがちゃりと扉を開ける。ここは入ってすぐは更衣室になっているようだ。

 

「おう、新入り君か。今日食事当番は初めてだったよな?」

「は、はい」

「じゃあそこに並んでるロッカーの中から鍵の刺さってるヤツを適当に開けて。帽子と武器外したら入れて、中に入ってるエプロンと布巾とマスク着けて奥の厨房に行こう」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。……なにせ人数少ないのに大人数の料理作らされる激務だからなぁ。新入り君が逃げ出さないか不安だよ……」

「ははは……」

 

 どうやら厳しい仕事だから最初は優しくしようという魂胆だったらしい。

 俺は愛想笑いをしつつ適当なロッカーを開けて武器と帽子を外してエプロンを身に着けて布巾を被りマスクを装着した。

 

「行きましょうか」

 

 準備を終えて先輩に行って厨房へ行く。

 

「おい、まだ炊けねぇのか!」

「あと五分はかかります!」

「クソッ! 腹空かせて待ってるヤツが結構いんだぞ!」

「誰か野菜、野菜切ってくれねぇか!?」

「バカ野郎ッ! どこも手がいっぱいだっての!」

 

 怒号飛び交う厨房がそこにはあった。

 

「ね、激務でしょ?」

 

 先輩は苦笑している。……いいじゃねぇか。俄然燃えてきたぜ。

 

「エリク! ぼーっと突っ立ってねぇで手ぇ洗って手伝え! お前は……新入りか? お前も手ぇ洗ってこい。話はそれからだ!」

「は、はいっ!」

「はい」

 

 エリクは怒鳴られて背筋をぴんと伸ばしていた。……あんたが嫌がってるんじゃねぇかよ。

 俺は彼についていって手を洗ってくる。

 

「よし、エリクはガルドンガの方を手伝え! 新入りは……そうだな、適当にスープだ!」

「食材はどこにあるんですか?」

「そこの大きな冷蔵庫に詰め込んである! 調味料の大半は各台の棚にある! 他に質問は?」

「何人分作ればいいんですか?」

「とりあえず百だ!」

「百人分ですね、わかりました」

「お、おう」

 

 食材は自由に使っていいと来たか。こうなりゃ全力全開でいくしかねぇよなぁ。

 

 俺は早速冷蔵庫へ向かい豚肉を大量に抱えて空いている台へと移動する。

 

「よしっ。始めるとするか」

 

 まずは鍋の準備だ。とりあえずデカい鍋に水を入れて味をつける。火にかけて放置、と。……さて。ここからが俺の腕の見せどころだな。腹減ったと煩いオルキスを唸らせてきた俺の腕前、とくと見せてやんよ!

 

 気合いを入れて豚肉を処理していく。軽く洗って水気を拭き取りまな板の上で一口サイズに切る。切ったヤツはボウルに入れておく。ボウルがいっぱいになったら胡椒やらで味をつけながら揉み込む。終わったら次の処理、と続けていって鍋が沸騰する頃には全て処理を終えた。

 肉を鍋に放り込んだら次は野菜だ。流しで手を洗ってから野菜を取りに冷蔵庫へ。キャベツなどは大きいので仕方なく二回に分けて野菜を取りに行った。洗って下処理をした根野菜から鍋に入れる準備をしておく。野菜を切り終えてから鍋を覗き込むといい匂いが正面から漂ってきた。お玉で掬って味見、良し。

 根野菜を放り込み、鍋を混ぜながらタイミングを見て野菜を入れていく。ちゃんと味が均等になっているか、薄くなっていないかもう一度味見してから鍋に蓋をした。後は煮込むだけだ。

 

「あの! スープあと煮込むだけなんで手が空きました! 次はなにをすればいいですか?」

 

 俺はまな板をさっと洗い流してから大きな声で尋ねる。

 

「え、もう?」

「はい」

「え、えっとじゃあ手が足りないとこ頼んでいい?」

「わかりました」

「新入り! こっちで野菜切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 最初に指示してくれた人が驚いていたが、他の先輩が仕事をくれた。……まだまだこんなもんじゃ消化不良だ。もっと作らせろ。

 

「これを全部切ってくれ」

「わかりました。なにに使う野菜ですか?」

「え、と、炒め物だな。肉と一緒にやるヤツ」

「わかりました。切っておきますね」

「お、おう」

 

 既に洗っているようだったのでがんがん処理していく。……ヤバいな。楽しくなってきたぜ。

 というところで野菜を切り終えてしまった。

 

「あ、終わりました」

「え、もう?」

「はい。次手伝ってきますね」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 クソッ、これじゃまだ足りない。もっと作らせろ。全ての料理を俺一人で作りたくなってくる。

 

「新入り、次はこっちで魚切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 そうして俺は先輩達に呼ばれながら手伝っていった。

 

「な、なんということだ……っ!」

「ど、どうしたんですか?」

「……主菜が足りない」

「えっ?」

「昼時になって大勢来た中で、主菜が足りないんだ! なにか、なにか、誰か作ってないのか……!?」

 

 厨房を仕切っていたらしい先輩が頭を抱えていた。

 

「……いえ、誰も作っていません……」

 

 周囲を見渡して確認した団員が重苦しく呟いた。……ん? なんかピンチっぽいんだけど?

 

「作ってないなら作ればいいんじゃないですか?」

「し、新入り! 下処理にも時間がかかる! もう皆空腹で苛立って……正直これ以上待ってもらうわけには」

「大丈夫です。焼くのは難しいかもしれませんけど、刺身なら生でいけます」

「そうか……いや、魚はダメだ。切り身がもうないんだ……もう捌く時間は……」

「では自分が捌きます。ただ間に合わせるには味つけとかの行程を手伝っていただく必要がありますが……」

「お、俺こいつを信じます」

「俺も! こいつ凄い包丁捌きだったんです!」

「確かに、賭ける余地はありそうだな」

「……わかった。一時期的に厨房を任せる。皆も新入りの指示に従うように! 絶対間に合わせるぞ!」

「「「はいっ!」」」

 

 他からの援護もあって俺が仕切ることになった。……おぉ、有り難い。これで思う存分やれるぜ。

 

「とりあえず炙りサーモンのレモンソースがけを作りたいので、炙る人とレモンソース作る人に分かれていただけますか?」

「おぉ、そんなモノを。で、そのソースの作り方は?」

「捌きながら口頭で説明します。とりあえず材料を運んでください」

 

 俺は早口で説明して材料を伝える。俺自身は冷凍庫に眠る鮭を何体か連れていった。

 

「……やるか」

 

 凍った鮭を捌くのは手強い。もう一体は流しで解凍中だ。もし解凍が間に合わなかった時のために炙って無理矢理融かすという手を使うための炙りだ。

 俺は冷凍鮭に包丁を入れながらソース作り隊に指示を出す。

 

「まずはレモンを半分に切って思い切り絞ってください! 種は取り除いて、実はそのままでいいので! それをボウル半分くらいまでお願いします!」

 

 頭を落とし無理矢理刃を入れて切り開き捌いていく。

 

「炙り担当の方は表面に焦げめがつくぐらいに炙ったら皿に五つずつ盛ってソースの方へ!」

 

 一皿分切り終わったら渡し、と繰り返して一匹捌き終える。次の鮭を流しから持ち上げて冷凍庫から次を流しへ。そしてまた捌いていった。

 

「……あのこれ、シャッター上げた方がいいんじゃないですか?」

「……ああ。見事な手際だ」

 

 流石に余裕がなくなってきて雑音など耳に入ってこない。ちょっと手元が明るくなった気がしたがそんなこと気にしていられない。指示を出し質問に答え手がずっと鮭を捌き、と動き続けてどれくらい経っただろうか。

 

「とりあえず、百人分はいきましたかね」

 

 額の汗を拭って顔を上げる――と目の前がガラス張りになっており向かい側に大量の人だかりができていた。布巾がズレてなければバレてたんじゃないか?

 

「ああ、助かったよ! だが一つ問題があってだな」

「え、まだなにかあるんですか?」

「あ、ああ。実は……」

 

 先輩が言いづらそうにする中、ガラスの向こうにいる人達が声をかけてきた。

 

「凄い美味かったぞ、新入り!」

「ああ! もっと食べたくなった!」

「悪いがお代わりを頼めるか?」

 

 などと凄く嬉しそうな顔で口々に叫んでくる。……おいおい、マジかよ。

 

「もう本当なら終わっていい時間なのだが、お代わりしたいと言ってくるヤツが多くてな。すまないが残って作ってくれないか?」

 

 先輩は少し申し訳なさそうに言ってくる。……ったく。しょうがねぇヤツらだ。

 

「わかりました、微力ながら全力を尽くしましょう」

 

 俺が答えると、ガラスの向こうで雄叫びが上がった。……悪いな、ハリソン。お前が意識取り戻した時めっちゃがっかりされるかもしれん。

 

「新入りが微力だったら俺達はなんだって話だ。すまないが美味い飯のためにもう少しだけ頑張るぞ!」

「「「はい!」」」

 

 厨房の士気も高い。やはり自分達が作ったモノで喜んでもらえると嬉しいのだろう。気持ちはわかる。

 そうして俺達は、お代わりを強請ってくる団員達に料理を振る舞い続けるのだった。

 

「おーい、新入りー!」

「あっ、先輩」

 

 俺に訓練をしてくれている先輩が厨房に入ってきた。

 

「おぉ、まだやってるのか。午後の訓練ができないだろう? そろそろ終わりにしたらどうだ?」

「あ、悪い。この新入り滅茶苦茶料理上手でな、つい延長してもらった」

「ああ、妙に評判がいいと思ったらそういうことか。やるじゃないか」

「ありがとうございます」

「しかしそうか……それはマズいな」

「?」

 

 先輩の表情が曇った。

 

「新入りに任せたい仕事が一つあったんだが、まだ空きそうにないか?」

「悪いな、もうちょっと借りたい」

「そうか。では代わりに任せないといけないが、食事担当で誰かに任せてもいいか?」

「いいがどんな仕事だ?」

 

 聞かれて、先輩は重く呟く。

 

「……黒騎士への食事運搬だ」

「「「っ!!」」」

 

 その内容を聞いて誰もが顔を逸らした。……あいつ捕まってからもなんかやったのか?

 

「……やはり誰もやりたがらないか。新入りは借りていくぞ。終わったらここに戻すようにする」

「……おう、悪いな」

 

 どうやら俺は黒騎士へ飯を持っていく係をやるようだ。なぜそんなにやりたくないのか不思議だ。

 

「えっと、なんでそんなにやりたくないんですか? ただ食事を運ぶだけでしょう?」

「そうだ、仕事内容はな。ただ黒騎士が物凄い殺気を放ってくるんだ。毒を警戒してのことではという説が有力だが、おかげで食事を運ぶ者が気絶するというのが通例になっていてな……」

 

 なるほど。捕まっていても七曜の騎士は七曜の騎士ということか。

 

「わかりました。覚悟して行ってきます」

「ああ、任せたぞ」

 

 先輩の目が「生きて帰ってこいよ」と語りかけてくる。……まぁ俺だったら大丈夫だろう。

 

「それで黒騎士はどこにいるんでしたか」

「庁舎の西、監獄塔の地下だ」

「わかりました、では届けに行ってきますね」

 

 俺は言って、盆に料理を載せ蓋をして厨房を出る。

 

 そして言われた通りの場所へ行く。……出入口には見張りが二人、か。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

「そうか、今日はお前か。気をしっかり持てよ」

「はい」

 

 盆片手に敬礼すると見張りが気の毒そうな笑みを浮かべて言い扉を開けてくれる。重そうな扉だ。視線で合図をしていたことを考えると両開きのそれぞれを同時に開かないとダメな仕組みだな。相当力がなければ片手ずつでは開けられないのかもしれない。

 中に通されると正面に看守室のようなモノがあった。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

 

 入り口の時と同じように敬礼して名乗る。

 

「ご苦労。では署名をしてくれ」

「はい」

 

 署名があった。まぁ厳重管理するなら当然か。良かった、一度署名を目にしてて。

 俺は右手で少し苦労しながらも養護室で見た本人の筆跡をなぞるように記入する。

 

「よし。では地下への鍵を開けるならちょっと待ってくれ」

「はい」

 

 中で壁にかけられた鍵を手に取っているのが見えた。……あそこにあるのが黒騎士が閉じ込められているとこの鍵か。一応覚えておこう。

 扉から出てきた担当の団員についていく。その先には地下へと続く扉が床に設置されていた。そこに鍵を差し込むと魔方陣が扉に描かれて鍵を回した様子がないのにかちゃりと開く音がする。……魔法で開錠するのかよ。覚えておいて損はなかったな。

 

「暗いから足を踏み外さないように。あと聞いていると思うが気絶していることが多いため十分経って戻ってこなかったら俺も入る」

「はい」

 

 俺は頷いてから足元に気をつけて地下へ続く階段を下りていく。扉が閉められると暗さが増す。足音が鳴ったからか下から物凄い殺気が放たれてくる。肌がヒリつくような殺気だ。こんなモノを正面から受けては流石に嫌になるよな。

 一番まで下に辿り着くと多少明るく、そこに一人の女性が座り込んでいた。壁を背にこちらを睨みつけ、容赦なく殺気を叩きつけている。手には特殊な枷がつけられているが、微塵もこちらが有利だとは思えない。

 

「食事をお持ちしました」

 

 俺が平静を装って言うと、

 

「……必要ないと言っているだろう」

 

 刺々しい声が返ってきた。だが付き合いのある俺ならわかる。何日も食べていないそうだから流石に限界なのだろう。そう思って多めに持ってきて良かったぜ。しかし、黒騎士でも俺の声がわからないとはな。

 

「……おいおい。俺の飯が食えないなんて随分変わっちまったなぁ、黒騎士?」

 

 俺は仕方なく帽子を取って声音を戻してにやりと笑う。

 

「っ!? だ、ダナン!? なぜここに……というかやはり死んでいなかったか」

 

 黒騎士は驚愕に目を見開く。

 

「俺がそう簡単に死ぬかよ。どうせリーシャか誰かに聞かされたんだろ?」

「ああ。お前が乗った騎空艇を落とした、とな」

「やっぱりか。まぁこの通りぴんぴんしてる」

「ふん。元より死んだとは思っていない」

「そうかい。それよりほら、折角作ってきたんだ。食えよ。もう何日も食べてないんだろ?」

「お前が作ったのか?」

「ああ。食事当番だったみたいでな。大丈夫、全部俺が作ったヤツだから毒は入ってねぇよ。冷めても美味しいってのも保証する」

「ふん。それこそ疑っていない。有り難くいただこう」

 

 やけに素直に受け取ってくれた。それくらいには信頼されているようだ。盆を持って近づき、少し離れた正面に座る。

 

「美味いな。数日しか経っていないはずだが久し振りに感じる」

「そうか。ってか器用に食べるな」

「ふん。こんな枷一つで困るようなモノでもないだろう」

 

 こいつも大概逞しいな。というか……。

 

「お前……鎧の下はそんな……なんて言うか変態というか奇抜な恰好してたんだな」

「おい。この状態でも枷で殴り殺すぐらいできるぞ」

 

 ドスの効いた声で言われてしまった。だけど、なぁ?

 今の黒騎士の恰好はノースリーブで太腿の付け根より上で途切れた白いレオタードのようなモノ一枚だった。前にも見たがスタイルが抜群の美女ではあるのだ。正直目に毒、というのが際立っている。

 

「とりあえず、あんまり長いことはいられないから手短に話すな」

「ああ」

「明日ここを帝国が攻めてくるらしい。狙いはあんただ」

「だろうな」

「加えてグラン達がここに来る」

「ああ、一足早くここに来たぞ」

「そうか。で、折角だから帝国が攻め込んできた混乱に乗じてあんたを救出する、準備中だな」

「それでその恰好か」

「そういうことだ。スツルムとドランクも来てるぞ」

「そうか、二人も無事か」

 

 とりあえず伝えなきゃいけないことはこれくらい、か。

 

「しかし特殊な枷だな。外せるのか、それ?」

「私では無理だ。力を抑えるモノのようでな、少なくとも以前ほどの力は出ない」

「そりゃそうか。でなけりゃ引き千切ってるよな」

「ああ」

 

 ってことは試したなこいつ。

 

「だがここに鍵穴がある。特定の鍵があれば外せるだろう。壊せるかどうかは、試してみないことにはわからんが。壁に叩きつける程度では無理だった」

「了解。ってことはその鍵ってのを入手するのが確実ってことか。それは俺の方で探ってみるしかねぇか。一応新入り団員なんだけどなぁ」

「私を救出するのだろう? それくらいできないでどうする?」

「わかってるよ。まぁ信じて待っとけ。ちゃんと食って寝て、力残しとけよ。脱出までに鍵が間に合えばすぐ振るってもらう可能性だってあるんだしな」

「ああ。そうしよう」

 

 よし、これくらいにしておくか。

 

「んじゃ、そろそろ行くわ。――元気そうで良かった。全然折れてねぇみたいだしな」

「……ふん。私の心配をするとは偉くなったモノだ。――当然だろう。私が一度の敗北で折れると思うか?」

「それもそうか。じゃあな」

「ああ」

 

 挨拶を交わしてから俺は立ち上がり階段を上がっていく。扉は閉まっているらしく持ち上げようとしても開かなかった。こんこん叩いているとかちゃりと鍵が開いて外に出してもらえる。

 

「おぉ……まさか無事に出てくるとはな」

「美味しそうな匂いに屈したのかもしれませんよ? 散々毒見をさせられましたけど」

「そうか。まぁいい。ならどうだ、次からもお前がやるか?」

「そうですね……訓練をサボるいい口実になりそうです」

「ふふっ。正直なヤツめ。いいだろう、俺から話をつけておいてやる。夜にも来ることになるだろう」

「わかりました」

 

 これで当面の飯は問題なさそうだな。俺が用意したモノとわかれば食べるだろうしな。

 監獄塔の一階から上は牢屋になっているようだ。黒騎士は広い地下に一人だったが、あれは特別待遇なのだろう。牢屋に何人もの人が入れられている。

 確か犯罪者は犯した罪の大きさに応じて段階が分けられているんだったか。黒騎士はもちろん最上位のS級犯罪者。その下がA、Bと続いていくような形だったはずだ。

 

「おぉ! 戻ったか、新入り! これは奇跡だ!」

 

 厨房の方に戻ってきたら先輩に物凄く感激された。大袈裟だな。

 

「大袈裟ですよ……」

「いいや、よく無事戻ってきた! それで話し合ったのだが、とりあえず夕飯の食事当番をしてもらっていいか?」

「えっ?」

「いやぁ……お前の料理を食べられなかった団員が不満をぶつけてきてな。今から余裕を持って料理をしてくれないか」

「……まぁ、いいですけど。訓練はいいんですか?」

「……食べ物の恨みは恐ろしい」

 

 確かに。

 

「わかりました。料理の方が得意、っていうのもありますけど承ります」

「おぉ……! すまないが、頼んだ」

「はい」

 

 というわけで、俺はなぜか夕食分の食事当番にも任命されてしまうのだった。



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バレないように

ダナンが成り代わったハリソン君を心配するお声が多い(笑)

彼の顛末はアマルティア最終話で後書きかなにかにちらっと書く予定です。
アマルティアの話書いてる時も「本編には入れないけどなんかあった方がいいかなぁ」とか考えていたので今後どうなるのかはあります。


 俺が夕食担当の食事当番の先輩方に指示を出して厨房を回していると、大盛況で騒がしかった食堂が静まり返った。

 

「これはなんの騒ぎですか?」

 

 凛とした声が食堂に響き渡る。……ヤベ。俺は目元を隠すように布巾を下げ直した。

 

「あ、いえ……その……」

「こらリーシャ。偶にはいいではないか」

 

 ドモる団員と、リーシャの隣に並び立つモニカ。……うわぁ。俺の顔を知ってるヤツらが。まぁ大丈夫だろう。黒騎士も初見ではわからなかったし。多分。

 

「しかしモニカさん。ここは秩序の騎空団ですよ? 浮ついた雰囲気でいては……」

「偶には、と言っただろう。それに食事の時間くらいは息抜きしていてもいいだろう?」

「それはそうかもしれませんが……いくらなんでも人数が多くありませんか?」

「「「……うっ」」」

 

 そういやお代わりが普段より多くなって人数が増加しちまってたんだよな。それがわいわいと騒ぐもんだから船団長様もお咎めを入れてくるわけだ。

 

「それで、この騒ぎはなんですか?」

 

 リーシャはもう一度集まっている団員達を厳しい目で見渡した。誰もが俯く中、一人の団員が進み出る。

 

「申し訳ありません、リーシャ船団長! 新入りが凄く料理が上手いモノでして……こんなに美味しいモノを食べられるとは思っていなくて……。船団長と船団長補佐もこちらをお召し上がりになればおわかりになるかと思われます!」

 

 片膝を突いて二人へ両手でカップとスプーンを差し出した。あれは俺が団員の思いつき、「ちょっと甘いモノが食べたいんだけどなんか作れない?」という発言から作ることになったデザードだ。

 

「これは?」

「焼きプリンです」

「ほう。確かに団員が食事当番をする都合上滅多に食べられないモノではあるな」

 

 モニカは興味深げに言うと団員の手からカップとスプーンを受け取って一口食べる。

 

「ん~っ!」

 

 そして恍惚とした表情で身震いをした。

 

「これは美味い! 間違いなく絶品だ! 程良い甘さ加減が口の中に広がって蕩けるように消えていく! これは……!」

 

 モニカはぱくぱくと焼きプリンを次々に口へと運んでいく。かつん、とカップの底にスプーンがぶつかる音がしてようやく手を止めた。

 

「名残り惜しくて手が止まらなくなるな。ふぅ……」

 

 食べ終えてから幸せのため息を吐く。そんなモニカの様子に悶絶した団員が三割。

 

「……んくっ」

 

 そして補佐の幸せそうな様子を見てリーシャも喉を鳴らし焼きプリンを手に取った。

 一掬いして口に運び咀嚼して飲み下す。

 

「……はぁ。美味しい……蕩けちゃいそう……」

 

 うっとりと熱に浮かされたような表情でそう呟くリーシャは妙に艶っぽかった。

 そんなリーシャの様子に悶絶した団員が三割。卒倒した団員が三割。鼻血を噴いた団員が一割。……お前ら。

 

「どうしたリーシャ。随分と食べるのが遅いではないか。気に入らなかったら私が食べてやろう」

「だ、ダメですよ! これは私のですから!」

 

 モニカの発言に、リーシャはカップを守るように移動させた。そこで我に返ったらしくはっとする。

 

「……んんっ。確かに、その、これが美味しいのは認めましょう」

 

 咳払いしほんのりと赤くなった頬で体裁を取り繕い言った。……カッコつかない船団長サマだな。いや、むしろそれが人気の理由なのかもしれんな。普段気丈に振る舞っているが可愛い、っていう。

 

「そうだな。騒ぎになるのもわかる気がする」

「はい。ですがあまり浮かれすぎないでくださいね」

「「「は、はい」」」

「まぁそう堅苦しくすることもないだろう。折角だ、私達も久し振りに食堂で食べていくとするか?」

「そうですね。それもいいかもしれません」

 

 どうやら二人もここで食べるらしい。普段は自室とかで食べてるんだろうか。……クソ、料理に本気出した弊害がこんなところで。

 

「それで、こんなにも美味しいモノを作った団員は誰だ?」

 

 しかもモニカが余計な一言を放ってくる。……皆で協力して作ったんですぅ。

 とはならずに視線が一斉に俺へと向いた。冷や汗が背筋を流れる。リーシャとモニカの視線も俺を捉えていた。流石に緊張していると、多分俺の名乗りを待ってるんじゃないかと察する。

 

「ふ、不肖私ハリソン・ラフォードがお作りいたしました!」

 

 敬礼して仕方なく名乗る。少しぎこちなくなってしまったが、まぁこんな状況で平然としていられる方がおかしいから大丈夫だろう。後はバレなければいいのだが。

 

「ほう。新入りか。まさかこんなにも料理ができるとは思わなかったぞ。素晴らしい焼きプリンだった」

「あ、ありがとうございます」

「とても美味しかったですよ。折角なのでここで見ていてもいいですか?」

 

 歩み寄ってきてガラス越しに二人が立つ。……おいおいふざけんなよどっか行け。とは言えないよなぁ。

 

「えっ?」

「それはいい考えだな、リーシャ。私も是非料理の腕前を見てみたいと思っていたところだ」

 

 ……まさか俺の正体に気づきかけて、探りに来てるんじゃないだろうな? という不安が頭を過ぎった。

 

「ですがその、お二人の目の前だと緊張してしまいます」

「ははっ。気にすることはない。普段通りにやってくれ」

「はい。いないモノと思って構いませんよ」

「は、はぁ……」

 

 できるか。

 ちらりと厨房にいる先輩団員へ視線を送ると、いい笑顔で親指を立てられた。……ぐっ、じゃねぇよ。

 

「……わかりました。あんまりその、見られていると恥ずかしいので……」

 

 俺は言い訳をしつつ、調理に移る。手汗の掻いた手を洗い直し、気合いを入れた。……しょうがねぇ。バレないように全力で、二人のために特別メニューを組んで作ってやるか。

 

「少しお時間かかりますけどよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」

「ああ、問題ない」

 

 さいですか。じゃあやるとしましょう。二人の胃袋を掌握できるような、料理を。

 

「……先輩方。自分はお二人に料理を作るので、他はお任せしてもいいですか?」

「もちろんだ。新入り、お前の料理でお二人を満足させてやってくれ」

「……できればさっきの蕩け顔もう一回」

 

 ぼそっと余計な一言も聞こえてきたが、俺にできるのは怪しまれないよう全力を尽くすことだけだ。

 

 ということで、全力全開気合いMAXの料理を作り終えた。俺が持っていくことになってしまったが。

 

「お待たせしました。デザートは後程お持ちしますね」

「おぉ!」

「わぁ……!」

 

 料理を見て二人が目を輝かせる。合掌の後食べ始めて美味しい美味しい言いながら食べる手を止めずにいるのを見ていると、すっかり夢中になっているなと思う。その時点でもかなり胃袋を掴んだとは思うが、トドメのデザートだ。

 

「こちら、イチゴタルトになります」

「「っ……!」

 

 漂う甘い香りに二人が喉を鳴らしほぼ同時に一口。

 

「「……幸せぇ……」」

 

 どうやら余程甘い物不足だったようで二人同時にうっとりと微笑み熱っぽいため息を零す。

 その破壊力たるや、ガラスに映っていたらしく食堂にいた大半が倒れたくらいだ。少なくとも厨房は全滅したな。

 

「お気に召していただけたなら良かったです」

 

 まぁ確かに可愛いのは認めるけど。性格上反りが合わなさそうなのがな。

 

 俺が厨房に戻ろうとするとこんな話し声が聞こえてきた。

 

「久し振りに堪能したな、リーシャ」

「はい。偶にはこういうのもいいですね」

「そうだろう?」

「はい」

 

 満足してくれたなら良かった。だが問題はその後だ。

 

「料理のできる男性って、素敵ですよね」

 

 リーシャが爆弾を投下した。ぴくりと床に転がる男共が反応する。

 

「そうだな。毎日美味しい料理を作ってくれたなら、確かに幸せだろうな」

 

 ゆらりと男共が立ち上がる。

 

「ご馳走様。とても美味しかったです。あ、資料をまとめているので紅茶とお茶受けを持ってきていただけますか?」

「狡いぞリーシャ。是非私にも頼む。後で持ってきてくれ」

 

 二人はそう言って食堂を去っていく。……いやなんかめっちゃ見られてるんで助けてくださいよ船団長。

 

「……新入り。俺、料理頑張ろうと思うんだ」

「……そうなりますよねぇ」

「教えてくれ、頼む!」

「「「この通りだっ!!」」」

 

 まさかの全員土下座した。……いい景色、じゃねぇや。俺に言われても困るんだが。

 

「じゃあ黒騎士に料理を」

「「「明日から頑張る」」」

 

 どんだけ恐れられてるんだ、あいつ。まぁ国家転覆を企むような大罪人だもんな。だがおかげで助かった。

 なんとか厨房を脱け出し黒騎士の下へ。

 

「調査の方はどうだ?」

「全く進んでねぇ」

「……貴様」

「いや、料理で本気出したら厨房に固定されちまってよ」

「まぁこの美味さなら仕方あるまい」

「それはリーシャとモニカが来たから特別に作ったヤツだしな」

「バレていないだろうな」

「あんたが初見でわかんなかったんなら、たった一度会っただけのヤツがわかるはずもないだろ。死んだと思ってるんだろうし」

「それもそうか」

 

 あ、そうだ。手が離せなくて全然定期連絡してないや。

 俺はポーチからドランクの玉を取り出す。光っていた。丁度いいな。

 

「悪い、手が離せなくて全然連絡できなかったわ」

 

 俺は玉に魔力を込めて話しかける。

 

『おっ? ようやく繋がったよ〜。どぉ? 上手く潜入できた、って聞くまでもないか』

『見回りが話してた。新入りに物凄く料理の上手いヤツがいるとな』

「当たりだ。都合良く背格好の似たヤツがいたんでな。今潜入中だ」

 

 どうやら既に知られていたようだ。

 

「スツルムにドランクか」

『おっ? ボス〜。声聞けて良かったぁ。僕はもう心配で心配で……』

「おっとこれ以上声を聞きたければ身代金の半分を渡してもらおうか?」

『似合いすぎてて怖いよ……。まぁ無事なら良かった。ってか会えたんだねぇ。脱出はできそう?』

「それはダナン次第だな。枷を外す鍵がなければ脱出しても意味がない」

『じゃあお願いするしかないねぇ。とりあえず僕達は退路の確保で忙しいから。ボス、ところでそっちの暮らしはどぉ? 牢屋のご飯って臭いんでしょ?』

「ふん。思いの外快適だ。ダナンが作っているから美味いぞ」

『なに!? それは横暴だ。あたし達にも作れダナン』

「無茶言うんじゃねぇよ。外にいるヤツにどうやって作れっつうんだよ」

『そんなぁ……。僕達持ってきた携帯食料もそもそ食べてるのに……』

「ふん。ダナンの料理が食べたいなら自首でもして捕まればいい。こればかりは役得だな」

『捕まった方がご飯美味しいってなにそれぇ!』

 

 四人で軽口を叩き合っているとあっという間に時間が過ぎていく。

 

「そろそろ時間だ。今日また連絡できるかはわかんねぇが、また連絡する」

『はいは〜い。んじゃね〜』

 

 十分経つ前に通信を終えておく。

 

「あいつらは相変わらずのようだな」

「……随分、嬉しそうな顔するんだな」

 

 黒騎士が笑みを浮かべていることに気づいた。

 

「……ふん。これでも長い付き合いになるからな」

「そうだったな。じゃあまた。朝……はわかんないな。もう襲撃されてるかもしれないし」

「ああ。任せたからな」

「ああ。任された」

 

 そして、俺は牢を出て厨房に戻る。鍵について探りを入れるため、お茶請けをモニカとリーシャへと持っていく予定だ。先輩に二人のいる場所、部屋を尋ねて格別なクッキーを作り紅茶を用意して運ぶ。先にモニカの方から訪ねていった。

 

 扉を二回ノックし「入れ」と返事があってから、「ハリソン・ラフォード、入ります」と名乗って扉を開け中に入る。

 

 モニカはコートと帽子を脱いでいるため、普段よりも貫禄が減ってより見た目に近い幼さが見えるようだった。ただし真剣な顔で執務机の書類と向き合っている姿は上官のそれである。

 

「おぉ、来たか。いい香りだ。紅茶も淹れられるのだな」

 

 顔を上げて顔を綻ばせた。

 

「はい。もちろん淹れられるだけ、ではありますが」

「それで充分だ。ここの団員はあまりそういうのが得意ではないものでな」

「そう、みたいですね。誰か雇ったりはしないのですか?」

「当初はそれも考えていたのだが、どこかで働いている料理人を雇うとなるとそれなりに金がかかる。加えて外で任務に当たることも考慮し自分達で料理できるようになればいいという意見もあってのことだったのだがな」

「本日は昼からずっと厨房にいる羽目になってしまったので、私としては雇って欲しいのですが……」

「それはすまなかったな。しかし日頃から美味しい料理を作るために精進しているかのような見事な腕前だった」

「ありがとうございます」

 

 うちの大飯食らいを満足させられるように頑張り続けた結果だな。隙あらば一日中なにか作らされ続けるから困ったモノだったが。

 モニカは話をしながら一旦羽根ペンを置き紅茶へとぽんとぽんと角砂糖を放り込んでいく。……甘くしすぎじゃないのか?

 

「……む。まさか紅茶を甘くしないと飲めないとは子供っぽい、などと考えてはいないだろうな」

 

 砂糖を入れる手を眺めていたら少し厳しい視線を向けられてしまった。

 

「い、いえ。そのようなことは。ただあまり入れすぎると紅茶の香りが損なわれますよ?」

「わかっている。ただ上官の事務処理というのは頭を使うことばかりでな。頭を使うと糖分が欲しくなるだろう? そういうことだ。わかったな」

「はい」

 

 念を押されてしまった。要は甘いモノが好きだが子供っぽく見られたくないから紅茶を飲んでいるということだな。

 

「このクッキーもなかなかのモノだな……」

「ありがとうございます」

 

 料理の腕を褒められるのは悪い気はしない。

 

「そういえば、貴公は黒騎士に随分と気に入られているようだな」

 

 どう鍵について聞こうか迷っていると、モニカから話を振ってきた。……やっぱりモニカは感づいてるのか?

 

「そう、なんですかね」

「そうでなければあの黒騎士が食事を食べることなどあり得んよ。これまでは毒や自白剤を警戒して一切食べなかったからな」

「だとしたら空腹が限界になって、美味しい匂いに屈したんじゃないですかね。彼女がなにがしたかったのかはわかりませんけど、まだ心が折れていなさそうでしたから。死ぬわけにはいかなかったのではないのかと」

「そうだな。そう考えるのが自然か」

 

 上手く返せたようだ。

 

「ただ、凄く怖いですけどね。入れば殺気をぶつけてきますし、一つ一つ毒見をさせられますし」

「だろうな。よく怯えずに二回も行ったものだ」

「案外美味しそうに食べてくれるからですかね」

「……貴公の教育係から聞いていた印象とは違っているな。まさか、それほどまで料理に自信があるとは。もしかしなくてもそちらの方が向いているのではないか?」

 

 流石に別人だから、という発想には辿り着かなかったらしい。

 

「ははは……手厳しいですね」

「いや、そういうつもりでは……。そうだな、失言だった。忘れてくれ」

 

 ネガティブに受け取るなら「お前は向いていないから秩序の騎空団を辞めろ」と言われているようなモノだ。

 

「モニカ船団長補佐。自分からも少しお聞きしても構いませんか?」

「ん、なんだ? 大抵のことなら答えるぞ。美味しいモノを作ってくれた礼だ」

「ありがとうございます」

 

 不審に思われない程度の、ふと疑問に思った程度の質問をしてみようか。

 

「黒騎士に会って思ったのですが、あんな枷一つの拘束だけで大丈夫なんでしょうか?」

「それについては心配いらない。あの枷は特殊でな。我々基準での最高位、S級犯罪者へ特別に取りつける枷だ。魔力が使用できなくなり、身体能力も大幅に低下する――とはいえ相手は七曜の騎士だ。ヴァルフリート団長と同等と考えた場合枷がついていても並みの団員では到底敵わないだろう。だが効果は保証できる。なにせ団長自ら被検体になって作り出したモノだからな」

「そうだったんですね……。ということは耐久性も保証されているということですか」

「そうだな。流石に私が全力で壊しにかかれば壊れるだろうが、大抵のことでは壊れないと保証しよう」

「それは良かったです。ピッキングとかも不可能と考えてよろしいでしょうか?」

「無論だ。地下監獄の扉を開けた、魔法認証を行わないと外れない仕組みになっている。不安に思う必要はない」

「ありがとうございます。……すみません、変なことを聞いてしまって。何分入団して間もない内の、大罪人だったものですから」

「いや、不安に思うのも無理はない。そして貴公ら団員の不安を取り除くのも私達上官の務めだ。他に聞きたいことがあれば答えよう」

 

 モニカの方からそんなことを言ってくれた。話しやすくて有り難い。いい上官だな。うちの黒騎士とは大違いだ。

 

「そうですね……。ではご存知であれば、今日の侵入者についてお尋ねしたいと思います」

「うむ。小型騎空艇から飛び降りてきたという少数の侵入者のことか」

「はい。なにが狙いなのかと思いまして。このタイミングで、と考えると黒騎士に関係しているのかと思ったのですが」

「そうだな。私もそう睨んでいる。だが黒騎士と行動を共にしていた一人は死亡し、残るは側近の二人だけとなっている。たった二人で私達秩序の騎空団を相手取るつもりはない、と思っているのだが」

「だからあれから音沙汰がなかったんですかね。警備が多くて黒騎士を助けようと思っても近付けない、と考えれば納得できるモノもあるような気はします」

「ああ。まぁ他にここを攻める動機のある連中がいるとも思えない。その可能性は高いか……」

 

 良かった、まだ二人は見つかっていないようだな。

 

「若しくは援軍を待っている、とかですかね」

「その線もあるな。侵入経路の確保に動いているとも考えられる。夜の警備を少し増やしておくとするか」

「ありがとうございます。……島全体を巻き込んでの戦闘、にはならないですよね?」

「それを祈っている。が、そうならないとは言い切れないな」

「そうですか……」

 

 ある程度覚悟はしているということか。

 

「無論私も貴公らを守るため尽力する。初陣とはいえ気負う必要はない」

「ありがとうございます、モニカ船団長補佐。そう言っていただけると助かります」

 

 俺はほっとしたような笑みを浮かべて言い、そろそろ頃合いかと思って退室を切り出す。

 

「ではこれで、失礼いたします。リーシャ船団長の部屋へも行かなければなりませんので」

「そうだったな」

「はい。お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」

「うむ」

 

 俺は礼を言って頭を下げ、踵を返し退室する。部屋を出るところで呼び止められて「なにが目的だ?」などと聞かれる展開を想像してしまったが、そうはならなくて良かった。このまま今日を乗り切ろう。そうすれば明日には事態が動くはずだ。

 さて、お次はリーシャのところへか。一旦厨房に戻るとするか。



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伝えておきたいこと

総てのリーシャファンに告ぐ――なんかホントごめんなさい。

元々こうするつもりはなかったんですがこうなってしまいました。
この話を読めば、この作品における彼女の立ち位置がわかるはず……。
お気に召さなかったらごめんなさい。


 厨房でクッキーと紅茶を持って船団長室へ。

 扉を二回ノックして「どうぞ」の声があってから「ハリソン・ラフォード、入ります」と告げて扉を開けた。

 

「あ、待ってましたよ」

 

 俺が入ってくると手を止めてにっこりと微笑んでくる。……これがあるから厨房の連中は自分が行きたいとか言ってたんだろうな。製作者特権だとかなんとかで結局俺が行くことになったのだが。

 

「お待たせしてすみません。こちら紅茶とクッキーになります」

「いえ、わざわざありがとうございます」

 

 執務机に向かっているリーシャの傍にはたくさんの書類が積まれていた。モニカよりも多いのか、モニカの方が早く処理していっているのか。

 

「大変そうですね」

「いえこれくらいは……。ただそうですね、黒騎士の件や侵入者の件、それ以外にも多くの案件がありますから」

 

 うちの者が原因ですみません。

 

「あ、美味しい」

 

 紅茶に口をつけたリーシャが言った。

 

「ありがとうございます。あまり淹れたことがないので不安でしたが、お口に合えば良かったです」

 

 まぁ、王族と付き合いのあった黒騎士に散々仕込まれてたからなんだが。自分で入れろと言いたい。

 

「美味しいですよ、私が淹れるより美味しいかもしれません」

「リーシャ船団長も紅茶を淹れられるんですね」

「ええ。この事務仕事をしている間は。ここには紅茶の淹れ方を知っている人の方が少ないようですから」

「そうですね」

「あ、すみません。引き止めてしまって」

「構いませんよ。リーシャ船団長とお話できるのは嬉しいですから」

「そ、そうですか……? それならどうぞ座ってください。あまり根を詰めすぎるのもあれですから、しばらく話し相手になってくれませんか?」

「私で良ければ」

「あなたと話がしたいんです」

 

 「そう……黒騎士の仲間であるあなたとね」とは続かなかった。一安心だ。俺はリーシャの対面に腰かける。……船団長と二人きりで話しました、なんて先輩に言ったら殺されそうだなぁ。

 しかし思った以上に素直に褒められるのに弱いようだ。若くして船団長の地位についていることからも褒められ慣れていそうだと思うのだが。いや、そういえば黒騎士が父親であるヴァルフリートのことで挑発していたな。ってことは「流石はヴァルフリート団長の血筋ですね」とかそんな褒められ方をしていたんだろうか。父親なんて下らないモノだと思うんだが、まぁそれは俺だからか。

 

「そういえばリーシャ船団長は自分にも……他の方にも敬語を使われますよね。なにか理由があってのことなんですか?」

 

 上官ならモニカのようにタメ口の方が自然に感じるモノかと思うのだが、リーシャは誰に対しても敬語だ。

 

「そうですね……団員の中には私より年上の方もいますので敬語を使っています。加えて団員の中で差をつけるわけにはいきませんので」

 

 真面目だなぁ。別に面白い答えを期待していたわけではないが、なんの面白みもない答えが返ってくる。

 

「そうですか。でも自分みたいな年下で新米の団員にも敬語を使われるとその……。恐縮してしまって」

「そ、そうですか……それはすみません」

 

 だからそれが恐縮するんだってば。……ってか俺はなんでこんなこと言ってんだろうな。別に今後団員ともっと親しく接して欲しい、ってわけじゃないんだが。昨日今日の付き合いだからそこまでしてやる義理もないし。

 

「ではその、不躾なお願いなんですが……少しタメ口で話してもらえませんか?」

「えっ?」

「ダメでしたらそのままで構いませんけど」

「……えっと、では失礼して」

 

 こほん、と咳払いをしてリーシャはぎこちなく口を開いた。

 

「……こんな感じで、いい、の?」

 

 こちらを窺うように、少し頬を染めて聞いてくる。これは破壊力あるな。

 

「はい。リーシャ船団長も少し肩の力を抜いていただいた方が団員も接しやすいのではないかと思います」

「……私は接しにくいですか。そうですよね。モニカさんを頼りにしている方も多いようですし」

 

 なぜか落ち込んでしまった。……これはあれか。他人と比較して自分を下げるタイプのネガティブか。

 

「モニカ船団長補佐には言えませんが……それはおそらく年の功というモノですよ。リーシャ船団長はまだお若いんですから」

「本当に、モニカさんの前では言わないでね」

 

 苦笑されてしまった。がそれなりに気負わなくなったらしい。笑顔から硬さが少しなくなっていた。

 

「もちろんです。……リーシャ船団長。それくらいがいいと思いますよ。あまり威厳を見せようとすると団員が遠く感じてしまうかもしれません」

「遠く?」

「はい。リーシャ船団長はただでさえ若くして船団長を任される身です。自分の周りにもリーシャ船団長に憧れている者はいますよ。そう歳が離れていないのに船団長に任命されて凄い、と」

「そう……。ううん、私は船団長の器じゃないから。本当ならモニカさんが船団長をやっていた方がいいと思って……ああ、ごめんなさい。弱気なところを見せてしまって」

「いいんじゃないですか?」

「えっ?」

「むしろリーシャ船団長にも弱いところがあるんだとわかって安心しました」

「安心? なんで、私情けないところを……」

「だって、自分にとってリーシャ船団長は遠い人ですから。若くして船団長に任命されて。気丈に団員達へ指示を出して。正直なところ、今までは見ていて自分達とはかけ離れた存在だと思っていましたから。それが違うとわかって、リーシャ船団長も悩みがあると知れて嬉しかったです」

 

 思ってもいない言葉がこうも滑らかに出てくるとはな。まぁでも、全てが演技ってわけでもねぇのかなぁ。

 俺は目元を隠してはいるが自分がとても穏やかな笑みを浮かべていることに気づいた。別にリーシャを手助けする気はないが、なんか放っておけないんだよな。

 まぁ俺の頼まれている仕事は黒騎士救出のために鍵の在り処を探ることだ。警戒を解いてくれるなら悪くない手だろ、多分。

 

「……っ」

 

 リーシャはぽかんと口を開けて呆然とし、やがて頬を染めて顔を背けた。……おや、予想以上の好感触。

 

「リーシャ船団長?」

「……な、なんでもない、です」

 

 敬語に戻ってしまっている。

 

「ふふっ。リーシャ船団長にも可愛らしいところがあるんですね」

「えっ……!? や、やめてください。からかっているなら怒りますよ!」

「からかってなんていませんよ。思ったことを口にしているだけです。生意気にもリーシャ船団長のことを支えていきたいと思いました。と、偉そうな口を利いてすみません」

 

 より顔を赤くするモノだからからかいたくなってしまう。

 

「……いえ。その、私も未熟者ですから。できれば支えていただけると助かります」

「はい、もちろんです。微力ながら最善を尽くします」

「はい、お願いしますね」

 

 いい感じにまとまってしまった。……これ以上無理に話していても仕方がないか。

 

「ではそろそろ行きますね。あまりお仕事の邪魔をしても仕方がありませんから」

「あっ……そ、そうですね」

 

 少し名残り惜しそうにしている。

 

「それにしてもリーシャ船団長。結局敬語に戻りましたね」

「えっ、ああ、そうですね。慣れないと難しいかもしれません」

「リーシャ船団長はそれでいいのかもしれませんね。ではこれで、失礼いたします」

「はい」

 

 俺は席を立ち深々と頭を下げた。そして踵を返し部屋を出ようとしたところでリーシャから声をかけられる。

 

「あの……」

「はい?」

 

 振り返ると少し言いづらそうにした顔がある。

 

「もし良ければ、この後中庭で少しお話しませんか? 仕事をある程度終わらせますので、一時間後くらいに」

 

 おや。密会のお誘いとは……。本当ならボロを出さないよう極力接触したくないのだが。もう遅いか。ここで断って変に勘繰られても困る。

 

「はい、喜んで」

 

 笑顔で受けることにした。

 

「しかしリーシャ船団長から密会のお誘いがあるとは思ってもみませんでした。もう少しお堅い人なのかと思っていました」

「ち、違います! 決してその、深い意味はなくてですね……」

「わかっていますよ、冗談です。ではリーシャ船団長とお話できる機会を楽しみにしていますね」

「は、はい」

 

 からかうとすぐに赤くなるところとかやりやすくて助かるな。

 言ってしまえば新しい玩具を見つけたようなモノだ。今までのヤツらとは別種の楽しさがあるような気がした。あまり本性を出すと疑われそうだから程々にしておきたいのだが。

 

 思わぬ事態になってしまったが、この機会に仲良くなって鍵の在り処を聞いてみるといいのかもしれない。

 

 俺は一度厨房に戻って俺の手がもう必要ないことを確認して、ずっとしたままだったエプロンを外そう、としたところで自分が今日なにも食べていないことを思い出した。……作って食べさせる方ばっかで自分の飯を忘れるとはな。意識したら急に腹減ってきた。

 一時間ってリーシャも言ってたし。ゆっくり飯食ってから中庭へ行こう。

 

 というわけで五十分後くらいに中庭へ向かった。既にリーシャはいて、ベンチに腰かけている。恰好は先程よりもラフだ。帽子とコートのようなモノを脱いだらあれしか上に残らないのかと驚愕する。生真面目なフリをして随分大胆な……まさか結構遊ぶんだろうか。いやまさかな。

 

「すみません、お待たせしてしまったみたいですね」

 

 とりあえず触れずにおいた。

 

「あ、いえ。構いませんよ。さぁ、座ってください」

 

 リーシャは隣を指し示す。……わざとやってんのか? それとも無自覚なのか? わからん。急にリーシャのことがわからなくなってきた。

 

「……はい」

 

 ベンチを半分で割った右半分に腰かけている。ちょっと真ん中寄りなのがな。俺は左端に座り少し距離を開ける。

 

「あの、なんか遠くないですか?」

 

 不思議そうにされてしまった。無自覚かよ。

 

「……あのですね。リーシャ船団長。無礼を承知で言わせていただきますが……誘ってるんですか?」

「え?」

 

 嘆息混じりに言うときょとんとしていた。

 

「こんな夜更けに二人きり。しかも今の船団長の恰好を見返してください。正直に言って大胆にも程があります。それで近くに寄れだなんて……。もしかしてリーシャ船団長ってそういうおつもりなんですか? 無自覚ならもうちょっと自分の魅力というモノを自覚してください。あなたは可愛いんです。美しいんです。無防備すぎます」

 

 度し難いほどだったせいで多少熱く語ってしまった。

 

「……」

 

 リーシャはぽかんとして固まってしまう。……ちょっと口が過ぎたな。怪しまれないといいんだが。

 彼女はゆっくりと視線を自分へと下ろす。そして茹で蛸のように耳まで赤く染まった。ようやく自分の行いに気づいたようだ。俺は背凭れに体重をかけて夜空を見上げる。

 

「……わかっていただけたならいいです。これからはお気をつけてくださいね」

「……はい。すみません」

 

 か細く震える声が返ってきた。

 

「それで、なんで自分を呼んだんですか?」

「えっ?」

「こうして呼ぶからには、なにか話があるかと思っていましたが」

「……そう、ですね。すみません。ただその、着飾らず話せたのは久し振りのことだったので、もう少し話していたいと思ってしまって」

「そうだったんですか」

 

 特に用があったわけではないらしい。しかしだからこそ密会の体が強くなってしまう。

 

「確実に夜を共にしましょう的なお誘いの雰囲気でしたよ」

「よ……!? ち、違います! 私そんなつもりじゃ……」

「わかってますよ」

 

 こういう話題になるとすぐ顔を赤くする。初々しいモノだ。確か二十超えてるんじゃなかったっけ。

 

「ちなみに本当にそういうお相手はいないですか?」

「え!?」

「リーシャ船団長ほどの方なら何人か囲ってたりですとか、遊びでとかありそうだなと思いまして」

「な、ないです! 全く! ……そういうのは、その、あまりにも馴染みがないので」

「ですよね。知ってました」

「っ! か、からかっていたんですね?」

「はい。リーシャ船団長ってこういう話題に耐性なくて見てて面白ーーいえ、可愛いですから」

「か、可愛いとかそんな……。私よりモニカさんの方が可愛いと思いますよ」

「可愛いは人それぞれの感性ですからね。私はリーシャ船団長を可愛いと思っています、って年上の女性にそれは失礼ですかね」

「……別に、いいと思いますよ」

 

 チョロい。もうちょっとからかって遊んでいたいが、どう鍵の在り処を探ったものかな。

 

「リーシャ船団長は、戦いを怖いと思ったことはありますか?」

「怖い、ですか」

「はい。自分は入ったばかりで成績も悪いので、戦いになったらすぐに命を落としてしまいそうで」

「そう、でしたね。繊細な心の持ち主に見えなかったので忘れていました」

 

 おっと危ない。ついからかいすぎてしまったせいか、少し非難の目を向けられてしまう。

 

「……そう見えているなら、大成功ですよ。侵入者があったそうですからね。なにか起こるんじゃないか、って不安です」

「そうですね。私達の見えないところでなにかが動いているのは間違いありません。それでその、質問の答えですが」

 

 リーシャは空を見上げる俺の顔を挟んで無理矢理自分の方へ向かせた。俺の正面に顔があり、真っ直ぐ目を見据えてくる。帽子を目深に被っているので見られてはいない、はず。

 

「私も怖いと思っています。ですが私は逃げません。私自身が、ここで皆を守ると誓ったんですから。死が怖いのは皆同じです。だから恐怖に立ち向かう勇気を持ってください。私も、あなたを守るために全力を尽くします」

 

 真面目な顔でそんなことを言ってきた。……随分と上官らしいことをするものだ。顔が近いのは置いておいて。というより、わかってんじゃねぇかよ。

 

「……なら、心配はいりませんね」

「はい」

 

 俺の返事に笑顔を見せて顔を放してくれる。帽子の位置を修正した。

 

「わかってはいても、ネガティブになってしまうモノですよね。自分なんか黒騎士を助けに来た人達と戦闘になって黒騎士が暴れ回る姿を想像しちゃいます」

「ふふふ。大丈夫ですよ。ここにはモニカさんもいますし、もちろん私もいます。それに黒騎士が例え牢を出られても枷が外せなければそうはなりません」

「モニカ船団長補佐も頑丈かつ特定の鍵がないと外せないとおっしゃっていましたが……。看守室に鍵があるならあそこまで辿り着かれたら脱獄できてしまいますよね?」

「はい。ですから、船団長である私が肌身離さず持っています」

「……それなら安心ですね」

 

 よし。聞きたいことは聞けた。後はからかい倒して戻るとするか。

 

「……リーシャ船団長」

 

 俺はまだ俺を励まそうとしているリーシャの言葉を遮って呼ぶ。

 

「はい」

 

 そして一気に押し倒した。

 

「え、――きゃっ」

 

 突然のことに抵抗できなかったリーシャはベンチに背をつけることになる。

 

「ええと、その……」

「……船団長。俺は言いましたよね? 船団長は魅力的女性だからお気をつけくださいと」

 

 俺は倒れるリーシャに覆い被さり宙に浮いた手を握る。

 

「あ、あの……」

 

 彼女は状況が理解できていないのか頰を染めて狼狽えるのみだった。そんな頰に手を添えて吐息がかかるくらいの距離まで顔を近づける。リーシャが息を呑んだのがわかった。

 

「……あんなに顔を近づけて優しい言葉をかけて。俺、その気になっちゃいますよ?」

「えっと、その、あの……」

 

 頭が上手く回っていないのか全然喋れていない。

 

「無防備すぎて、もうキスまでできそうですよ?」

「っ!」

 

 わかりやすいくらいに真っ赤になって面白――いや可愛い。

 

「遠目から見ても綺麗ですけど、近くで見ると余計綺麗ですよね」

 

 微笑んで頰を撫でてやるとかちこちに固まってしまう。いやけど肌はすべすべだよなぁ。これで手入れちゃんとしてないとかだったら世の中の女性は泣くぞ。

 

「……そ、空! 星が綺麗ですよ!?」

 

 苦し紛れの話題転換をしてくるが、無駄だ小娘よ。

 

「そうですか? 俺は星空よりリーシャ船団長の方が綺麗だと思いますよ」

 

 逃げ道はない。リーシャはあわあわと口を動かしている。そろそろ終わりにしてやるか。

 

「……リーシャ船団長」

 

 俺は顔をズラして耳元で囁く。

 

「……抵抗しないと、俺のモノにしちゃいますよ?」

「っ〜〜!!」

 

 湯気が出そうなくらい真っ赤になって目を回し始めていた。……刺激が強すぎたか。

 

「――と、いう風に襲われますから今後は気をつけてくださいね?」

 

 俺は身を起こして軽い調子で告げる。

 

「……ふぇ?」

 

 なにが起こったのかわかっていないのか間抜けな声を上げていた。

 

「じゃあ自分はこれで。これに懲りたらもう無防備なことしちゃダメですよ。本当に襲われても知りませんからね」

「……あ、え、っ……」

 

 まだ思考が回復していないらしい。だが我に返ってしまうと恥ずかしくなりそうなのでさっさと退散したい。

 いや。もう一つ、言い忘れていたことがあったな。

 

「リーシャ船団長。船団長は凄い人です。ヴァルフリート団長がどんな凄い方なのかは知りませんが、リーシャ船団長はリーシャ船団長です。ヴァルフリート団長になることはできません。きっとあなたにしかできないこと、あなただけの価値があるはずですよ。それに人間、どこを目指すにしてもまずは目先のことを片付けないと進めませんからね」

「えっ……」

「では本当にこれで。夜に薄着では風邪を引きますよ。暖かくして寝てくださいね」

 

 俺はそう言い残して、中庭を去った。そしてハリソンに宛てがわれた部屋で他の団員と一緒に就寝する。

 

 そして、運命の日を迎えた。




というわけでリーシャさんは今後いじられキャラと化します。
本編にからかわれたりする場面ってありましたっけ? なんでこうなったんでしょうね。


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帝国の襲撃

言い忘れてましたが
「「「◯◯◯◯」」」
みたいな表記は三人以上が、という意味です。複数書いてたらキリがないんでそんな感じのルールにしています。


 翌日は朝から警報が鳴り響いていた。

 

「総員! 厳戒態勢を取れ! 各部隊は集合し持ち場へ移動! すぐにだ!」

 

 モニカの切迫した指示が飛ぶ。

 

「帝国の兵士はどこを目指していますか!?」

「か、監獄塔と思われます!」

「黒騎士が狙いですか……!」

「お、おそらく」

 

 リーシャは報告を聞いて、おそらく頭の中で作戦を練っている。

 無意識かコートのポケットに手がいっていた。……あそこに枷の鍵が。

 

「……仕方ありません。どなたかグランさん達を呼んできてください! 私とモニカさんと一緒に黒騎士の保護へ向かいます!」

 

 彼女は黒騎士を確保し、その上で連中の力も借りるようだ。指示を出している最中は鍵から意識が離れたようだ。その隙にするりと鍵を抜き取る。誰にも動きは捉えられない。なにせ、俺の本業はこっちだ。戦闘や料理なんかよりよっぽど上手くやれる。

 

「リーシャ。昨日は魔物退治にすらあの者達の力を借りるのを嫌がっていたというのに……どういう心境の変化だ?」

「知りません。兎も角、私は私に今できる最大限をやるだけですから」

「ほう。一晩でこうも変わるとはな。遂に男でもできたか」

「も、モニカさんっ! こんな時にふざけないでください!」

 

 相変わらずすぐ動揺するが、部隊に指示を出していく姿は勇ましい上官そのものだ。やればできるじゃねぇか。

 

「新入り! 俺達も行くぞ!」

 

 俺も部隊の人達と一緒に庁舎の外へ出て配置につく。

 

「あの、自分達は戦艦から監獄塔までの方向と結構離れてますけど……こっちにも来るんですか?」

 

 移動中先輩に尋ねる。俺達は戦艦の正面から離れた位置に配置された。しかも一部隊で、だ。

 

「おそらく来る。大半は真っ直ぐ来るだろうが、一部回り道をしてから攻め込んでくることがある。そのための俺達というわけだ」

 

 なるほど。で、俺達はある程度バラけた状態で茂みに隠れ来るかもしれない帝国兵を警戒する。

 独特の静けさと緊張感が俺達を支配した。

 

「……来たぞ! 銃を構えろ。合図したら一斉に打て」

 

 部隊を仕切る先輩が指示を出してくる。がさがさがちゃがちゃと帝国の兵士が走っているのが見えた。固唾を飲んで合図を待つ。そして、

 

「今だ! 撃てーっ!」

 

 号令があって引き鉄を引く。帝国の兵士五人の内二人の足に当たり戦闘不能になった。五人で撃って二発か。俺がいなけりゃ一発だぞ。ったく。

 

「敵だ! 身を隠せ、向こうから撃ってきたぞ!」

 

 当然敵に居場所がバレる。茂みの後ろで移動しながらの銃撃戦が始まった。……なんとか離脱したいんだが、一日とはいえ関わった連中を俺が殺すのはマズい。できれば相打ちになってくれると嬉しいんだが。

 と思っていたら二人死んだ。茂み越しに撃たれて運悪く急所に当たったようだ。……クソッ。だからって死んで欲しいわけじゃねぇんだぞ。

 

 三人目は動揺して音を立てたところを三人に撃たれた。

 

「……新入り。お前だけでも逃げろ」

 

 残った先輩が言ってきて、少し離れたところで音を立てて立ち上がり発砲。兵士一人を射殺後頭を撃ち抜かれた。……バカだろ、どいつもこいつも。俺は赤の他人だってのに。

 

「……舐めるなよ、帝国兵」

 

 俺は立ち上がって銃を構え一人の頭を撃ち抜き殺す。もう一人が銃を向けてきたのですかさず木の後ろに隠れる。それから近くに落ちていた石を近くの茂みの方へ投げて音を立てた。そっちに移動したと思ったのかすぐに発砲音が聞こえたので立ち上がり最後の一人を撃った。……俺一人の方がやりやすかったな。

 

「……胸糞悪い話だ」

 

 足を撃たれて蹲っている二人はきちんと始末しておき、俺は移動する。これからは単独行動だ。やるべきことを、やらねぇとな。

 

 ◇◆◇◆

 

 スツルムとドランクは物陰に隠れて騒動を見守っていた。帝国の戦艦がアマルティアに到着して黒騎士を殺すべく動くのを見ている、のだが。

 

「貴様ら帝国兵ではないな。昨日の侵入者か。手を挙げろ」

 

 ドランクの後頭部に銃口が突きつけられ、二人の身体が硬直する。

 

「……おっかしいなぁ。僕油断してなかったはずなんだけど。秩序の騎空団っていつの間に腕上げたの?」

「そりゃ俺だからな」

「「えっ?」」

 

 銃を下ろして言った俺を、二人が驚いて振り返る。……そんなにわかんなかったのかよ。帽子を脱いで素顔を晒したことで、二人はほっと胸を撫で下ろす。

 

「な、なんだダナンだったのね。びっくりしたぁ〜」

「おいおい薄情だな。俺の声を聞いてわからないとは」

「お前の演技は上手いんだ。心臓に悪い」

「悪かったよ。黒騎士助ける算段はついたから許してくれ」

「おっ。さっすが〜。で、これからダナンはどうするの?」

「黒騎士はリーシャとモニカが保護しに行った。グラン達も出る。となれば混乱は更に大きくなるはずだ。そこで、グラン達がリーシャと合流したところで二人を誘き寄せるようにしたいんだよ」

「具体案はあるのか?」

「ああ」

 

 そうして俺は思いついていた策を二人に話す。

 

「それはまた、悪どいことを考えるねぇ」

「確かにそれなら二人が出る他なさそうだな。わかった、あたし達はなにをすればいい?」

「当初の予定通り退路の確保でいい。あと俺の荷物返してくれ。動く」

「はいよ〜。じゃあお願いね、ダナン」

「おう。後でな」

 

 無事二人と合流できた俺は、荷物を回収してまた分かれる。そして思いついた策を実行すべく移動していくのだった。

 そして監獄塔にまで辿り着く。見張りの二人を【アサシン】の麻痺針で仕留めて中に入る。看守が気づく前に麻痺針で動けなくしておいた。……もう黒騎士はここを出たみたいだな。

 

 看守室から適当に鍵を拝借する。そして監獄塔の牢屋の方へ向かった。

 

「よぉ。秩序の騎空団に無様に捕まった情けない犯罪者共」

 

 俺は大きな声でそう告げる。フードを被った恰好で、にやにやと笑いながら。

 

「どうだ? ここから出て暴れたくはねぇか?」

「あ? てめえなんだよ。偉そうにしやがって! ぶち殺してや――」

「煩ぇ」

 

 俺は暗器の一つである投げナイフを格子の隙間からそいつへ投擲して頭に刺し殺す。

 

「「「……」」」

「わかったか? 気に入らないならそれでいい。俺に協力するっていうなら出してやってもいい、って言ってんだ。なぁ――てめえらの命握ってんは俺だからな? 言葉は選べよ」

 

 俺を罵倒していた者達も一斉に静まり返る。そんな中で殺気を撒いて威圧する。

 

「……わ、わかった。あんたに協力する! だからここから出してくれ!」

 

 一人がそう言えば後は雪崩れのようだった。

 

「わかればいいんだよ。ほら、開けてやる。手錠はてめえらで外せよ」

「へへっ。助かるぜ」

「出たらここの西へ向かえ。そこは比較的手薄だから逃げやすいだろうぜ。武器とかは自分で調達しろよ」

 

 俺は言って次々と犯罪者共を解放していく。後はあいつらを全員捕えられる人員――リーシャとモニカに居場所を伝えるだけでいい。全員行ったことを確認して早速通信するかと思っていたら。

 

「なァ、アンタ。面白ェなァ」

 

 人気のない牢獄から声をかけられた。……なんだ? 大人数の部屋だってのにたった一人で居座ってやがる? 身に纏う闘気もその辺のヤツらとは桁違いだぞ。こいつとは俺が戦っても互角じゃねぇか?

 

「……あんた、あいつら雑魚とは違うみたいだな。最上位のS級でなけりゃ基本は上になればなるほどこの塔の上に捕えられるって聞いたんだが?」

「ハハッ。話が早ェ。その通り、オレはA級犯罪者に指定されてンだ。ここにいンのは、同じ部屋のヤツらとちょっと喧嘩してなァ」

 

 殺し合いでもしたのかよ。とんだ問題児だな。俺が言えたことでもねぇか。

 俺はそいつをじっと見つめる。牢屋の暗がりに胡坐を掻いて座った男だ。年齢は俺より少し上くらいか。赤髪に褐色の肌を持つヒューマンだ。目つきの悪さはいい勝負だな。俺にはあまり馴染みのない和服を着込んでいる。

 

「で、そのあんたが俺になんの用だ?」

「オレをこっから出してくれ。したらアンタに手ェ貸す。オレはこんなところで終わるわけにはいかねェンだよ」

 

 ぎらりと光る赤い瞳には昏い決意が宿っていた。……ふぅん。こいつとの縁はいつか利用できるかもしれねぇな。

 

「……わかった。ちょっと待ってろ」

「あン?」

 

 俺は牢屋の鍵を開けて枷の鍵を探り、A級と書かれていた場所にかかっていた鍵で枷を外す。

 

「……ンだよ。随分あっさり解放してくれンな。俺がアンタ殺すとか考えねェのかよ?」

「大丈夫だ。武器も持ってねぇヤツに負ける気はねぇよ。武器を取り戻したらわかんねぇけどな」

「ハハッ。上等だ。気に入ったぜ、アンタ」

 

 愉快そうに笑う男は立ち上がる。俺と背丈は変わらないが引き締まった筋肉質な身体をしていた。

 

「オレはゼオ、ってンだ。アンタは?」

「俺はダナンだ。つっても俺は脱出の手伝いはしねぇから自力で出ろよ」

「オイオイ。冷てェなァ」

「それくらいできるだろ。多分あんたの武器はそこの武器庫にあるはずだ。ほら、鍵はやる」

「おっ。助かるぜ」

「じゃあ、生きてたらまたいつか会おうぜ。そん時はあんたを扱き使ってやる」

「ハハハッ! いいねェ、益々気に入った! そン時が来たらオレも扱き使われてやンぜ!」

 

 そうして俺は荒っぽい男ゼオと別れた。

 

「……ドランク。聞こえるか?」

 

 監獄塔を出て一人になってから玉を使ってドランクへ通信する。

 

『はいは~い。聞こえてるよ~ん』

「今からリーシャへ俺が演技で通信する。お前は悪役っぽい感じで合わせてくれ」

『え、急! まぁいいよ~。任せといて』

「ああ」

 

 俺はドランクとの通信をそのままに、【アサシン】を解除してリーシャへと通信を送る。

 

「り、リーシャ船団長! こちら西で待機中の部隊! げ、現在帝国の兵士の侵攻を許したのか脱獄した犯罪者が大勢後ろから襲ってきています!」

 

 切迫した声で報告する。

 

『えっ!? 脱獄!? な、なにがどうなって――』

『オイオイオイ。こんなとこにまだ一人いんじゃねぇかよぉ。さぁ、てめえはどんな死に面晒してくれんだぁ!?』

「え、ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

『っ!! お、応答を! 応答してくださ――』

 

 リーシャの焦った声が聞こえたところで通信機器を踏み潰されたかのように乱暴に切断する。これでこっちの声はリーシャに届かなくなったな。

 

「ナイスだ、ドランク。いい演技だったぜ」

『ふっふ~ん。そうでしょぉ? ダナンの迫真の演技には負けるけどねぇ』

「ははっ、寄せよ」

『……この二人組ませたらダメだな、やっぱり』

 

 案外様になった悪役の声だった。流石だ。スツルムの呆れた声が聞こえてきた気がするが気にしないでおく。

 

「……これでリーシャとモニカが西へ向かうだろう。そうなったらグラン達が黒騎士を連れて逃げていくだろうから、騎空艇までの退路を確保できるようにすりゃいい、ってことだ」

『そういうことだね。じゃあ僕らもそろそろ通信できなくなるから』

「おう。気をつけろよ」

『そっちもね~』

 

 ドランクとの通信も切って、俺もこの島から脱出するためにちょっと遠いが正面の港の方へと移動を始めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 秩序の騎空団の通信を聞いてどういった戦況なのかを確認しながら移動していく。

 そして正面の港までの広場で、アマルティアの騒動は佳境に差しかかっていた。

 

「どういうことなのか、説明していただけますか」

「私から逃げられるとは思わないことですねェ」

「くっ……」

 

 リーシャとモニカ率いる秩序の騎空団。ポンメルン大尉率いる帝国兵。そして枷に囚われた黒騎士を守るかのように構えるグラン達。……これは一体どういう状況だ?

 俺はと言うと、近くの建物の上からこっそり眺めている状態だ。グラン達が秩序の騎空団とも敵対しているような状況なのが気になるところだ。

 

 ふと玉が光っていることに気づいて魔力を込める。

 

『説明しよう! って一回言ってみたかったんだよね~』

「ドランク。このタイミングでってことはそっちから見えてんのか?」

『もっちろん。ここだよ~。手ぇ振ってるの見える?』

 

 言われて退路――騎空艇方面へ目を向けると物陰から手が覗いていた。

 

「見えた。なるほど、退路ってのはそういうことか」

『察しがいいね。もちろんホントにピンチなら僕達も参加するよ』

「そうしてくれ。で、状況は?」

 

 先を促す。

 

『それはねぇ。なんかボスが脱獄させろって要請したみたいで、ダナンが秩序の二人を誘き寄せたタイミングで逃げ出そうとし始めたんだよねぇ。それがバレて、今の三つ巴の状態、ってわけ』

「なるほどねぇ」

 

 しかしあの犯罪者集団を俺がこっちに来るまでの間に捕縛して戻ってくるとはな。モニカはもちろんリーシャも相当優秀らしい。

 

『あ、僕らもいるから四つ巴かもね~』

「確かにな。精々引っ掻き回してやるとするかな」

 

 俺達はそのどこに味方するでもない。黒騎士の味方として動いている。

 

「黒騎士の身柄をこちらへ渡してください。もしその人の脱獄を手助けしたとなれば、あなた方は犯罪者となります。そうなればこちらも見逃すことはできません」

 

 リーシャの毅然とした声が響く。

 

「黒騎士の身柄を渡すんですねェ。然るべき処置を、執らなければならないんですよォ」

 

 ポンメルンが睨みつけるように告げた。

 

「……すみません。黒騎士は渡せません」

 

 しかし気丈にもジータはどちらも拒否している。黒騎士がなんか話したんだろうな。そこまでは察せないが、あいつらは俺達にとって今敵じゃないということは確かなようだ。

 

「だがこの手勢を相手にお前達だけで足りるか?」

「厳しいだろうな……この人数に加えてポンメルン大尉、そしてリーシャ殿とモニカ殿」

「だろうな」

 

 広場の中央に追い詰められ、全ての道を敵が埋め尽くされているグラン達はピンチなようだ。

 

「黒騎士……あなたが捕まった状態なのが残念でなりませんねェ。この魔晶の力で、あなたを超えると証明したかったのですが……」

 

 ポンメルンは言って懐から禍々しい光を放つ結晶を取り出した。

 

「……モニカさん、やりますよ。彼らに渡すわけにも、ヤツらに殺させるわけにもいきません!」

「無論だ」

 

 リーシャとモニカも戦闘態勢に入り、険しい表情のグラン一行が半歩下がる。……よし。ここだな。

 

「……り、リーシャ船団長! 屋根の上に敵影です!」

 

 俺は立ち上がり声を作って大声で叫ぶ。

 

「え――」

 

 リーシャは目を見開いてこちらを見上げてくる。秩序の騎空団の制服を着込んだ俺が立っているのだから当然か。なにせ、犯罪者に襲われたことになっているんだからな。

 

「……なんてな。盛り上がってるところ悪ぃな、お前ら」

 

 俺は言ってにやりと笑い、服を早脱ぎして放り投げ姿を見せないようにしつつ普段の服装へと早着替えする。

 

「俺達も混ぜろよ」

「なっ……!」

 

 グラン達やポンメルン、リーシャ達も驚く中、俺と黒騎士、そして少し離れた場所にいる傭兵二人だけが笑っていた。特にリーシャの驚きようったら半端じゃない。

 

「……あ、あなたは黒騎士の……!? いえでもさっきの声は……」

「実は昨日の朝から潜入してたんだ。本物のハリソン・ラフォードは今頃養護室のベッドの下だ」

「っ……!」

「いやぁ、丁度いい変装相手がいて良かったぜ。声も似てたもんだから全然バレねぇんだもん」

「そ、そんな……」

 

 リーシャのショックが一番大きいようだ。一番二人でいる時間が長かった分気づきやすかったのではと思っているのか。

 

「……まさか秩序の騎空団に潜入されているとはな。私が気づかないとは予想外だった」

 

 モニカは帽子を下げて悔いる。

 

「俺はそういうのが得意なんだ。――よし。じゃあさっさとおっ始めて、うちの黒騎士さん返してもらうとするかぁ! 援護してくれ!」

『了解~っと。その玉投げといて』

 

 俺は屋根の上から黒騎士達のいる方へと跳躍する。玉から声が聞こえたので俺の近くにいる秩序の騎空団へと放り投げた。玉はぴたりと空中で止まり、近くにいた者達へと炎を放ち道を開けてくれる。

 

「ぐわああぁぁぁ!!」

 

 加えて騎空艇までの道を塞いでいた帝国兵達が次々と悲鳴を上げて切り伏せられていく。

 

「ボス~。おっひさ~」

「無駄口叩いてないで手を動かせ」

「はいは~い」

 

 スツルムとドランクが、兵士達を蹴散らして退路を確保しようとしてきた。俺はその間に黒騎士の下へと辿り着く。

 

「ふん。ようやく来たか。早くしろ」

 

 黒騎士は仄かに笑いつつ両手を差し出してくる。

 

「はいよ」

 

 俺はポケットを漁って鍵を取り出し枷の鍵穴に嵌める。すると魔方陣が描かれて枷が自動的に外れる。

 

「えっ? あ、あれ?」

 

 それを見て困惑したのはリーシャだった。鍵を入れていたはずのポケットなどに手を入れたり引っ繰り返したりしている。

 

「リーシャ……一体どういうことだ?」

「た、確かに庁舎を出る前まではここに……」

 

 ここは唯一答えを知っている俺が説明してやるとしよう。

 

「元々俺は戦闘や料理なんかより()()()専門だったんでね。誰にも気づかれずモノを盗むなんて容易いんだよ。いやぁ、昨晩はありがとうございましたリーシャ船団長。おかげで鍵の在り処がわかってこうして盗めましたんで。感謝してもし切れないですわ」

「っ……!!」

 

 俺の言葉にリーシャが羞恥と怒りで顔を真っ赤にする。昨日の相手が俺だとわかっての羞恥だろう。

 

「ほれ、黒騎士。あんたが昔使ってたヤツならマシに戦えんだろ?」

 

 俺は革袋からブルドガングを取り出して手渡す。

 

「気が利いているな」

「だろ?」

 

 剣を手に取り肩を回して身体を解す。

 

「私も戦力として数えられるようにはなったな。これで形勢逆転というわけだ。五体満足で帰れると思うなよ!」

 

 黒騎士が吼えると同時にその身に宿す覇気を振り撒く。それだけで集まっていた者達が僅かに後退した。

 

「……そういえばポンメルン大尉。貴様魔晶があればこの私を超えられるとかほざいていたな。いい機会だ、それが驕りだと証明してやる。かかってくるがいい」

 

 しかし黒騎士は魔晶を持って立つポンメルンへと向き直った。

 

「……ッ。い、いいでしょう。この魔晶で、あなたを叩き潰してやりますよォ……!」

 

 怯むポンメルンだったが、こうなったらやってやるとばかりに魔晶を使い巨大化する。

 

「直接、私の手で、殺してあげますねェ!」

「ふん。貴様程度がいくら魔晶を使ったところで、私に遠く及ばん」

 

 魔晶を使ったポンメルンと黒騎士が向かい合い、

 

「あなたという人は! 絶対に許しません!」

「そんな怖い顔しないでくださいよ。可愛い顔が台無しですよ、リーシャ船・団・長?」

 

 俺を完全に敵視したリーシャが剣の切っ先を向けてくる。こいつは俺が相手しなくちゃならないようだ。

 

「後ろは任せといて~」

 

 スツルムとドランクは退路を確保すべく兵士達と戦っている。

 

「仕方がない。少々手荒だが、貴公らは私が相手するとしよう」

「皆、気を引き締めてかかるよ!」

 

 モニカとグラン達が対峙する。

 

 こうしてアマルティア島での、最後の戦いが始まった。




☆今日のワンポント☆

ド「さぁ、てめえはどんな死に面晒してくれんだぁ!?」

悪どいCV杉田智和。聞きたい。というか聞いたことあるんじゃないかと思います。小物感出てると尚良し。


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四つ巴決着

さっき更新しましたがそういやアニメ放映の話をしてませんでしたね。
地域によっては今日、というか今観てる方もいらっしゃるのかな?
うちはなんか電波悪いっす(笑)

放映記念枠ってことで更新しときます

※追記
前書きを書いてる時は放映の最中でしたが、後書きのハリソン君の後日談を書いてたら終わってました(笑)


 グラン一行、秩序の騎空団、エルステ帝国軍、そして黒騎士一行。

 

 アマルティアでぶつかる四つの立場それぞれの者達の中で、戦況を左右する者達がいる。

 その中の一つはあっさりと決着がついた。

 

 黒騎士とポンメルンとの戦いである。

 両者の戦いに巻き込まれないよう退路を封じようと動く兵士達がいる中で、一騎打ちの構図となっていた。

 

 片や七曜の騎士。片や魔晶によって人外の力を手にした軍人。

 

 どちらも化け物でありながら、より化け物だったのはどちらか。

 

「はあぁ!」

「ふんっ」

 

 巨大化したポンメルンと黒騎士が刃を交える。

 

「ぐあぁ!?」

 

 押し負けたのはポンメルンだった。大きく後退させられ、深く切り裂かれる。

 

「……ば、バカな! バカなバカなバカな……っ! 魔晶を使った私がこんなにも……」

「ふん。貴様如きがいくら力を手にしたところで無駄だ」

「っ! これなら、どうですかねェ。魔晶剣・騎零ッ!」

「無駄だと言っている」

 

 ポンメルン渾身の一振りでさえも、黒騎士の一振りによって相殺され、余波で後退させられる始末だった。

 

「……バカな。あり得ない、こんなことあり得るはずが……」

 

 慄くポンメルンは実際に剣を合わせて実力を肌で感じ、勝ち目がないことを悟った。

 

「私はこれでも七曜の騎士だ。貴様の小さい物差しで推し量ろうなどと浅はかだったことを悔いるんだな」

「くぅ……!」

 

 そして黒騎士がもう一度剣を振るった。斬撃がポンメルンへと直撃して吹き飛ばす。傷は魔晶の力で再生したが大きなダメージを負ったせいか変化が解けている。

 

「……た、退却、退却するんですよォ!」

 

 最大戦力をあっさりと破られた帝国は一目散に撤退していった。

 

「ふん。他愛ない」

 

 黒騎士はつまらなさそうに鼻を鳴らす。そこへ傭兵二人がやってきた。

 

「流石ボス〜。おかげで僕らも楽できたよ」

「ダナンを手助けするか?」

 

 久し振りに顔を見て元気そうだと察し、しかしそれを口にしないまま次へと移る。

 

「いや、あれはあれで面白そうだ。見ていよう」

 

 その視線の先には怒り狂うリーシャと戦い、もとい追いかけ回されているダナンの姿があった。

 もう一つの戦い、モニカと秩序の騎空団が協力してグラン一行と戦っている方も気になっていた。ヤツらに覚悟があるのか、それを見届けなければならない。

 

「紫電一閃!」

 

 紫電を伴う斬撃が放たれる。黒騎士も苦戦させられたあれだ。正面を受け持つのはグランとジータ。グランが【ホーリーセイバー】となり防御を担当し、ジータが【ウエポンマスター】となって攻撃を担当している。しかし攻撃が当たらず紫電一閃を連発される始末だった。

 他の仲間達も仲間達で連携の取れた秩序の騎空団に苦戦を強いられている。数が多くカタリナは防御に徹する他ない状態だ。後衛の四人が徐々に数を減らしているが、厳しい戦況なのは間違いなかった。

 

「メレーブロウ!」

「甘い! 紫電一閃!」

 

 ジータの放った渾身の奥義も回避され、紫電一閃が叩き込まれる。それをグランが代わりに受けてジータは斧を手放しモニカへ迫った。

 

「なに!?」

 

 武器を手放すという手段を使った彼女に驚き、しかし迎撃しようと剣を振るう。

 

「【オーガ】! カウンター!」

 

 それが狙いだったようで、すぐに『ジョブ』を変えて剣を紙一重で掻い潜り拳を見舞った。

 

「っ……」

 

 怯んだモニカだがそうダメージは多くない。まだ戦えると思い顔を上げたところで、

 

「【サイドワインダー】。《エウリュトスボウ》」

 

 召喚した赤い弓を構えたグランが目に入る。放たれた矢を間一髪回避すると、そこへジータが駆け込んでいた。接近戦が開始される。互いに回避直後に攻撃をする戦い方のせいか、際どい攻防が繰り広げられる。モニカの方が上手だったが後方のグランが矢を放ってジータを援護してきているため、互角の戦いとなっていた。ジータは後ろを一切振り返らず、グランも矢を放つのに躊躇がない。双子故の連携がモニカに迫るほどとなっていた。

 既に紫電が最大まで溜まった状態のモニカと互角。しかも容赦なく隙を突く戦い方をしている。

 

 勝ってここを出るという覚悟と、二人とはいえ彼女と互角に戦える実力を示していた。

 

 黒騎士はこれなら問題ないだろうと判断する。

 

「随分と思い切りが良くなっているな。お前達二人といい勝負ができそうだな?」

「二対二なら負けるつもりはない」

「でももう少ししたら抜かれちゃいそうで怖いね~」

 

 コンビネーションという点で抜群の二人も見張る成長振りだった。二人が確実に強くなっていることを確認すると、最後の一つ。

 異色の戦いへと目を向ける。

 

「このっ! 避けないでください!」

 

 毅然とした態度など一切なく剣を振り回すリーシャと、

 

「避けるに決まってんだろ? ってかなにそんなに怒ってんだよ。昨日あんなに仲良く語らった仲じゃないか」

「仲良くなんてしてません! あなたという人は! 人の心を弄んでなにが楽しいんですか!」

「人聞きの悪いこと言うなよ。大体そっちが先に弄んできたんだろ、純粋な少年心をさ」

「も、弄んでなんかいません! 別にその、そういうことではなく!」

「それが弄んでるって言うんだよ。『あ、あのリーシャ船団長が俺と二人きりで、しかもあんな恰好で……これはチャンス到来か!?』からの『特に用はないんですけど』は弄んでるだろ」

「うぅ……その、もしかしたら無自覚にそういうことをしてしまったかもしれませんけど、それとこれとは別です! あなたは意図的に弄んだじゃないですか!」

「そりゃあだってあんな無防備晒されたら身を持って教えてやるしかないだろうよ。俺はリーシャ船団長の貞操を案じて、仕方なーくだな」

「う、嘘です! 絶対楽しんでたじゃないですか!」

「それはまぁ慌てるリーシャの様子が面白くて面白くて――じゃなかった、可愛くてついな」

「面白いって言ってるじゃないですか! 最低です!」

「はっはっは。本当に手を出さなかっただけマシだと思え無自覚無防備小娘」

「っ~! もう許しませんからね!」

「許されるつもりなんてねぇよ」

 

 本来なら「罪人である黒騎士と逃がしてまでオルキスを助けに行きたいグラン達」と「罪人である黒騎士を逃がすわけにはいかない秩序の騎空団」という互いに相容れない立場で互いの信念がぶつかり合う場面なのだが。

 二人が言い争いながら戦っているせいでイマイチシリアスになり切れない部分があった。

 

 他の団員もリーシャを援護しようにも全く周囲を省みていないことと、今まで見たことのない様子に戸惑っている。

 

 リーシャは冷静ではなく、動揺しまくっていたが、それでもずっと続けてきた剣術が自然と発揮され鋭い一撃を繰り出している。普段見せない攻撃的な戦い方のせいで苛烈とも言える攻撃をにやにやと軽口を叩きながら回避し続けているダナンがいた。彼は普段通りの恰好――つまりClassⅠ相当の実力でリーシャの攻撃を捌いているのだ。フェイントなど駆け引きの一切ない攻撃とはいえ、彼が格段に強くなっているのは間違いなかった。

 

「真面目に戦いなさい!」

「……わかった。しょうがねぇ。【オーガ】」

「えっ――?」

 

 彼女の一言で軽い笑みを引っ込めたダナンは黒い拳闘士の姿へと変わり、突然のことで反応が遅れたリーシャの懐へと潜り込む。回避が間に合わないリーシャの腹部へと、彼は右の肘打ちを叩き込んだ。一度見た十天衆の身体の動きを模倣していく内に洗練され始めた一撃が当たり、リーシャの身体がくの字に折れた。

 

「……かはっ!」

 

 空気が吐き出したところで足を払われ、宙に身を投げる形になってしまう。地面に手を突いたリーシャへと、ダナンは身体を捻り肘を地面に叩きつけるように躍らせた。突然の攻勢に団員達が反応できない中、一瞬の隙を突いてダナンの上へと移動した者がいた。

 

「はぁ!」

 

 モニカだ。紫電が最大まで溜まった状態での高速移動なら間に合ってくる。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 しかしダナンは至極冷静に『ジョブ』を変えてモニカの目の前から姿を消し彼女の上へと現れる。

 

「なにっ!?」

 

 素早く抜き取った短剣をモニカの首筋へと突きつけようとするが、モニカの反応は早かった。空中で身を翻して構えていた剣を逆に振るう。ダナンは短剣でそれを受けて吹き飛ばされる時に、モニカの腹部を蹴ってお互い弾かれるように離れた。互いに身体を捻って足から着地する。

 

「……チッ。不意打ちからならいけると思ったんだがなぁ。流石船団長補佐」

「ふん。食えないヤツだ。まさかリーシャを圧倒できるとはな。立てるか?」

「は、はい。すみません」

 

 手を取って起こし、仕切り直しとなる。

 

「……これは分が悪いな。帝国は撤退し、残るは私達だけ。流石の私も勝ち目のない戦いに部下を向かわせるつもりはないが」

「そうですね……状況は厳しいと思います」

 

 彼女らが相対しているのは、未知数の実力者ばかり。確実に強い者が一人いるとわかっている時点で不利なのだ。モニカが黒騎士を相手にしている間に、リーシャがダナンを相手にしたとする。となると残る面子を一般団員で相手することになるが、それでは勝てないだろう。できれば帝国がいてごたごたしている間になんとかしたかった、というところがあった。しかし帝国はあっさりと退いてしまっている。

 

「……仕方がない」

 

 モニカは嘆息して剣を鞘に納める。

 

「皆さん、武器を提げてください」

 

 リーシャが団員達に指示して、自分も剣を納めた。

 

「どういうつもりだ?」

「勝ち目のない戦いで部下に怪我をさせるのは忍びない。貴公らの話を聞かせて欲しい」

「話す義理はないな。このまま立ち去ろうが変わらんだろう」

「確かにな。……しかし私はそこの彼らが貴公に助力した理由が知りたい。短い付き合いだが彼らが悪人でないことはわかる。となれば彼らを動かすだけの理由があるということだ。違うか?」

「ふん。それはこいつらに聞くがいい。私に答える気はない」

 

 モニカと黒騎士が問答する。黒騎士にも戦う気はないようで剣を提げて佇んでいた。

 

「ならば儂が変わりに話そう」

 

 そこへ、別の立場の者が参上した。

 

「ザガ大公……」

「し、師匠!」

 

 黒騎士とイオが現れたドラフを呼ぶ。

 

「大公閣下。貴公は黒騎士に彼らが協力した理由に心当たりがあると?」

「無論。そもそもあの子らが決断したのは、儂の話あって故じゃろう」

「それをここで聞かせていただけると?」

「儂はそのつもりじゃが、構わんな?」

「……好きにしろ。憶測に過ぎんだろう」

 

 黒騎士は自ら語る気がないらしい。

 大公は周囲を見渡してから語り始める。

 

「儂は、知っての通り帝国に操られておった。しかしその洗脳による指示は、『ルリアと黒騎士の連れた人形を奪還せよ』というモノじゃ。確かに黒騎士は近くにいたが儂を操った本人ではない。黒騎士が儂を操った本人なら、わざわざあの子を奪うよう指示を出すわけがなかろう。なにせ既に手元にいるのだからな」

「……それが本当ならバルツでの罪はある程度軽くなりますね。もちろん、全てが帳消しになるわけではありませんが」

「儂が嘘をつく義理はないの。なにせ帝国は儂の守りたいモノを――バルツ公国を危険に晒した。本当に黒騎士が黒幕であれば庇うことはない。違うと思っているからこそ、儂は真の敵に目を向けるべきじゃと思う」

 

 大公の諭すような言葉に、秩序の騎空団の面々は神妙な面持ちになる。

 

「そ、それに! 黒騎士さんの罪状、島への侵攻については黒騎士さんじゃないと思います!」

 

 そこにルリアが追い討ちをかける。

 

「確かに、ポート・ブリーズ群島じゃフュリアスの野郎が仕切ってやがったな」

「アウギュステでも傍観してたよな。軍を仕切ってたのはフュリアスだったはずだ」

「アルビオンではフュリアスしかいなかった。入っているかは怪しいが」

 

 ラカム、オイゲン、カタリナが「苛烈な他島への侵攻」の罪に対して意見を述べる。

 

「あなた方が口裏を合わせて庇っているという線は拭えないと思いますが?」

「それこそ島の連中に聞けばいい話じゃねぇか。ポート・ブリーズでの件は間違いなくフュリアス主導だって言えるぜ。なにせ黒騎士に会ってもいねぇ」

「僕達はいたけどね~」

「お前は黙ってろ」

「……それが本当なら、というよりそれが本当かどうかを調べるのが我々の仕事、か」

 

 モニカが話を聞いて嘆息する。

 

「しかし帝国の乗っ取りと魔晶の研究についてはどう弁明します?」

 

 リーシャは残る二つの罪について尋ねる。残念ながら、グラン達ではその二つに対する意見はなかった。

 

「俺達なら反論できるけど、黒騎士の味方してる俺達が発言したところで無駄だよな」

「そうだね~。荒唐無稽にも程があるけど、僕達じゃね~」

「信憑性が薄いな」

 

 黒騎士の味方をする三人が声を上げるも、彼らは庇う立場にあるため信用することはできない。

 

「あ、でも魔晶については反論できるんじゃねぇか? 基本的にあの街にいたから関わってないだろ? こいつ街中でも鎧だから目撃情報多いしな。もうちょっと忍ぶって考えが浮かばないもんかと」

「そうだね~。後はあれ、うちのボスったらあんまり頭脳労働得意じゃないんだよね~。結局は力でなんとかするタイプだし、研究とかしてなさそう」

「確かにな。雇い主は研究に向いていない。試行錯誤が苦手そうだ」

 

 三人がそれぞれ意見を言って、

 

「……貴様ら。私をフォローする気なのか陥れたいのかどっちだ」

 

 ごつんと脳天に拳を食らった。揃って頭を抑える姿はコミカルだ。

 

「……ええと、まぁいいです。少なくとも団長さん達は黒騎士が全ての元凶でないと知ったからこそ、協力する気になったということですね?」

 

 困惑するリーシャは表情を引き締めてグラン達へと目を向けた。

 

「は、はい。それに、オルキスちゃんは黒騎士さん達の傍にいたかったと思います。オルキスちゃんを宰相の好きに利用させるわけにはいきません」

 

 ジータが戸惑いながらもはっきりと告げる。

 

「……そう、ですか」

 

 リーシャはそれを聞いて表情を暗くした。

 

「……あの子は、とても悲しそうにしていました。聞いた話では無理に黒騎士が連れ回しているということでしたが……。それに」

 

 言ってダナンを真っ直ぐ見据える。

 

「あなたが死んだという報告を聞いて、泣いていましたから」

「……そっか」

 

 ダナンはそのことに優しげな微笑を浮かべた。……リーシャがそんな表情もするのかと思ったのは内緒だ。

 

「ダナンってば女の子泣かせるなんて最低~」

「オルキスにそこまで想われるとはたらしだな」

「全くだ。そこの小娘も絆されたようだしな」

「ほ、絆されてなんていません!」

 

 軽口がリーシャに飛び火する。

 

「……んんっ。とりあえずあなた方の事情はわかりました。しかしそれならそうと弁明すれば良かったのではないのですか?」

「それは多分あれだね、うちのボスってば人に助け求めるの下手くそだからね」

「……おい」

「強がっちゃって……そういうところも可愛げが――ごぼぁ!!」

 

 鈍い音と冗談ではない呻き声が上がって、細身の青年が撃沈する。

 

「……余計な口を開くな」

 

 流石にからかいが過ぎたようだ。倒れ伏したドランクはぴくぴくと痙攣して起き上がってこない。

 

「あと利用することはあっても頼る気がねぇんだろ。加えてあんたらはこれまで数多くの犯罪者を捕らえてきた集団だ。わざわざ弁解しなくても、調査に入れば真実に辿り着くっていう信頼もあるわけだ。そしてその頃には全部終わってるんだろうけどな」

「ふん。知ったような口を」

「これでもあんたの人柄ぐらいは知ってるつもりだ。必要なら利用する。必要ないなら利用しない。秩序の騎空団は別に協力してもらわなくても問題ねぇ、ってことだろ。それまでに脱獄して片をつけた方が早いってわけだ。なにをするつもりかってとこまでは知らなくても、どこへ行ってるかの宛てがあれば自分で行った方がいいしな」

「ふん、なかなかいい線いっているな」

「そりゃ付き合いそこそこだからな」

 

 ダナンの言葉を、黒騎士は否定しなかった。

 

「……あなた方は、これからなにをするつもりなんですか?」

 

 リーシャの真剣な言葉に、堂々と返答する。

 

「あの人形を取り戻す。あの女は人形とルリアを使って目的を果たすつもりだ」

「……あの女?」

「おいおい。リーシャ船団長は頭お花畑なのか? 大公の証言と今オルキスを手元に置いてる人物がわかるなら察するだろ」

「なっ! そんな言い方しなくてもいいじゃないですか! あなたという人は……!」

「リーシャ。あいつのことになると熱くなりすぎだ。もう少し冷静になれ」

「はい……」

 

 ダナンに煽られて激昂しかけたところをモニカに諭されしゅんとするリーシャ。ファンが増えたのは言うまでもない。

 

「つまり貴公らはそこの黒騎士ではなく、宰相フリーシアが全ての黒幕だと睨んでいるわけか」

 

 モニカが取り直して結論を出す。

 

「……信じるんですか、モニカさん」

「全てを信じるわけではないさ。ただ少しばかり信じる余地は生まれたと思っている。それにリーシャ。最初に私へ正しいのかと尋ねてきたのはお前だろう」

「それは……オルキスちゃんが凄く悲しそうな顔をしていて……」

「そうだな。無理に連れ回されていたならあんな顔はしない」

「はい」

 

 どうやら信じる部分も出てきたようだ。

 

「どうする、リーシャ? 今の船団長はお前だ。やはり黒騎士を捕らえるか、それとも別の選択肢を提示するか」

 

 モニカは彼女に判断を委ねる。顎に手を当て真剣な表情で考え込んだ。皆がリーシャの判断を待つ。流石のダナンも茶々は入れなかった。

 

「……決めました」

 

 リーシャは言って黒騎士を真っ直ぐに見つめる。

 

「黒騎士。あなたの罪状は全てではないにしろ、帝国の暴走を止められる立場にあって傍観していたことからも、無罪放免というわけにはいきません」

「ふん、だろうな」

「しかし、先に倒すべき元凶がいる可能性が出てきました。もちろんこの件は我々秩序の騎空団としても独自に調査する必要はありますが。ただ刻一刻と事態が差し迫っている場合あまり悠長にしていられません。ですので、あなた方にも協力してもらいます。黒騎士はフリーシア宰相がどこにいるか心当たりがあるようですから。もし彼女がなにか企んでいるならあなた方についていった方が早く辿り着けるでしょう」

 

 毅然として語っていく中、彼女の結論に対する理解が徐々に広がっていく。

 

「モニカさん。後のことは任せてもいいでしょうか」

「……うむ。船団長自ら出向くのは些か大胆すぎると思うが。そう決めたのなら思う存分やるといい」

「はいっ」

 

 秩序の騎空団側での方針は決まってしまったようだ。

 

「つまり、貴様がついてくるということか?」

「はい。あなた方を野放しにするわけにはいきませんが、かと言って捕えることはできませんから」

 

 それに、とリーシャはキッとダナンを睨みつけた。

 

「卑劣で最低なあなたを放置しておくことはできません! きちんと監視下に置いておくべきです!」

「私情かよ」

「私情ではありません。……強さとは違う異質な危険さをあなたから感じます」

「なるほど。リーシャは彼の危険さに惹かれたというわけか」

「も、モニカさん!? 急になにを……」

「違うのか? てっきり昨夜口説かれたのかと思っていたのだが」

「くどっ!? 違います! 全然! 全く! そんな事実はありません!」

「えー。俺の口説き文句に顔を真っ赤にしてた癖にー?」

「し、してませんから!」

 

 二人からからかわれるリーシャはすっかり翻弄されている様子だ。

 

「ほう。どのような口説き文句を?」

「モニカさん!」

「……星空より、俺はリーシャ船団長の方が綺麗だと思いますよ」

「っ!!」

 

 ダナンがあまりにもいい声と顔で言うものだから、リーシャは顔を真っ赤にしてしまう。そしてその場にいた全員が納得した。

 

「ほら、こんな感じで」

「な、なってません! なってませんから!」

 

 苦し紛れに顔を両手で覆う彼女だったが、耳まで赤いので隠せていない。

 

「……しかしそんな歯の浮くようなセリフをよくも言えるものだな」

「リーシャをからかうためなら全然気にならんな」

「……貴公。いつか刺されるぞ」

 

 にっこりと笑う邪悪にモニカが呆れた。

 

「……まぁホントのことを言うと、だが。そこのリーシャ船団長が他人、特に父親と比べて下らないことで悩んでたもんだから、ついな」

「そうか。しかし敵地に潜入して塩を送るとは、料理もそうだがなにを考えている?」

「なにも。俺は黒騎士を救出するっていう仕事はこなした。後はやりたいようにやった。料理で手は抜かねぇし、リーシャはからかって遊ぶ。ただそれだけのことだ」

「……一つ余計なモノもあるが。しかしリーシャよ。一晩で大きく成長したのは彼のおかげと言えるな」

「えっ? えと、その……確かに励まされたのはそうですけど」

「そうかそうか。それで惚れ込んだわけだな」

「違います! なんでそうなるんですか!」

「違うのか? 明らかに意識しているだろう? 先程の戦い、何事かと思ったぞ」

「うっ……」

 

 痛いところ、剣を振って追い回していたことを指摘される。

 

「つまり、こういうことよね。昨日リーシャちゃんがダナン君に口説かれて“男”を意識させられた後に、敵だとわかって頭の中がぐちゃぐちゃになった、と」

 

 妙齢の女性、ロゼッタがそうまとめた。ダナンの言葉よりも効いたのか、湯気が出そうなほど真っ赤になる。言い得て妙だったからだろうか。

 

「なるほど。初めて異性を意識することができたのだな、リーシャ。……私は嬉しいぞ。まさかあのリーシャがなぁ」

 

 モニカは指で目尻を拭っている。

 

「も、モニカさん。ふざけてないで話を……」

「私は大真面目だ。……リーシャが一つ一つ大人への階段を登っていくようで、感無量だ」

「モニカさん!」

 

 地位の上ではリーシャが上のはずだが、モニカの方が圧倒的優位に立っているようだ。

 

「けど一日でそんなになんて、お堅そうで意外と惚れっぽいのね」

「だから違います!」

「あー、まぁなんだ。人は選んだ方がいいぞ、嬢ちゃん」

「選んでませんから!」

「リーシャ殿にもそんな一面があるとはな……。いや真面目そうだからこそ外れたモノに惹かれるということか」

「カタリナさんまで!?」

 

 遂にはグラン達側からもからかわれ始めてしまう。

 そして無垢なる竜の爆弾が投下される。

 

「つまりリーシャは黒い変な兄ちゃんが好き、ってことでいいのか?」

 

 ぼっと火が灯るようにリーシャが更に真っ赤になった。更にはその場で蹲ってしまう。……すると「お前が原因だぞ」とばかりにダナンへと視線が向けられた。彼は頭を搔いてリーシャへと近づいていく。

 

「……悪かったよ。からかいすぎた。だから落ち着けって」

「……いえ。こちらこそすみません」

 

 彼女にも動揺しすぎた自覚があるのか大人しく手を取って立ち上がる。が、もちろんそれだけで終わるダナンではなかった。

 

 左手をリーシャの腰に回して抱き寄せ、まだ赤いままのリーシャの顎を右手で持って上げさせる。挙句わざわざ魅力的な笑顔まで作って。

 

「しょうがねぇから、俺が責任取ってやるよ」

 

 くっつきそうなくらい顔を近づけて囁いた。……限界を迎えたのか、リーシャは目を回してかくんと力を抜く。

 

「……やりすぎたな。気絶したか。じゃあとりあえずこいつ借りてくな」

「あ、ああ。大事にしてやってくれ」

 

 ダナンは悪びれず言うとリーシャの背中と太腿に腕を回し抱え上げた。そして黒騎士達の方へ戻っていく。

 

「……随分と女慣れしているようだな」

 

 黒騎士の言葉にダナンは屈託なく笑う。

 

「いいや全然。付き合ったことすらねぇし経験もねぇよ?」

「「「はあ!?」」」

 

 そのセリフに一同が驚愕した。

 

「いやなに言ってんだよ。実際にあんなセリフ言うヤツいたら笑うわ。気障ったらしくて仕方ねぇ」

 

 先程まで口にしていた者のセリフとは思えない。

 

「ダナン、いつか刺されるからあんまりやんない方がいいよ?」

「大丈夫、リーシャほど見てて面白いヤツはあんまりいないだろ」

「……そ、そうだね。それならいいのかな?」

 

 ダナンの発言から考えて、しばらくずっとリーシャをからかい続けるようだ。飛び火しないために誰もなにも言わなかったが、リーシャの精神的負担は相当なモノになるだろうと、身を案じるのだった。

 そして彼はリーシャを抱えたまま歩く。どこへ行こうとしているのか察したらしい黒騎士とドランク、スツルムも彼と並んで歩いた。

 

 目で彼らを追ったその他大勢は、港に停まっている騎空艇グランサイファーへと乗り込んでいくのが見える。そしてダナンがこちらを振り返った。

 

「おーい、なにやってんだ? お前らの船だろ? さっさと乗って行こうぜ。じゃないと俺が操縦して墜落させんぞ?」

 

 大声で呼ばれて、真っ先に動いたのはラカムだった。

 

「あの野郎、勝手にグランサイファー弄ったら承知しねぇからな!」

「ラカムさん、待って!」

「一緒に来る気かよ……」

「賑やかな旅になりそうですね!」

「騒がしいの間違いじゃないかしら」

 

 それぞれに言って、苦笑しながらもグランサイファーの方へと駆け出した。

 グランサイファーが島を飛び立とうとするのを見送る中、

 

「モニカ船団長補佐」

「なんだ?」

「本当によろしかったのですか? 彼らの下にリーシャ船団長を行かせてしまって」

「ああ、そのことか。それなら心配はあるまい。あいつは少し、肩肘を張りすぎるきらいがあるからな。あれくらい緩い方がいいのかもしれん」

「……そうですね」

「まぁ我々としては重要な戦力を送り出すことになるのだ、不安に思うのも無理はない。だがリーシャの言う通り、彼らを見逃すわけにも丸きり信用するわけにもいかない。これは必要なことなのだ」

 

 モニカは言ってグランサイファーに、おそらく今まだ気絶しているであろう船団長に対して敬礼する。そんな彼女を団員達も倣った。

 やがてグランサイファーの姿が見えなくなり手を下ろしたモニカが団員達を振り返る。

 

「さて。では我々は此度の後始末と、帝国が攻め込んでくることを警戒して厳戒態勢を敷くとしよう。船団長が戻ってきた時にこのアマルティアが以前の通りでなければ情けないからな。気を引き締めてかかれよ!」

「「「はい!」」」

 

 秩序の騎空団はモニカの指揮の下、戦後処理とこれからの対応に追われるのだった。




※ハリソン・ラフォードの後日談。

 アマルティアでの騒動が沈静した後、医務室のベッド下で発見された彼はまず石化を解かれた。トランクス一丁という情けなさ極まる姿を配慮して布団がかけられている。

「……あ、あれ、ここは?」
「新入り……。良かった、目が覚めたか」
「先輩」

 ぼーっとする頭を振ると顔馴染みの先輩が安心したように微笑んでいる。

「あれ、どうなって?」
「お前は石化させられてたんだ。成り代わるために、な」
「そ、そうだったんですか……。じゃあ先輩が気づいて助けてくれたんですね。ありがとうございます」

 ハリソンは先輩に礼を言って頭を下げる、が先輩はあからさまに顔を背けた。

「せ、先輩……?」
「……すまん新入り。気づかなかった」
「!?」
「というか喜んでた」
「!!?」

 毎日顔を合わせていたのに気づいてもらえなかったというショックに追い打ちがかかる。

「よ、喜んでたって……嘘ですよね!? 嘘だって言ってください!」
「すまない……本当にすまない」

 ハリソンの悲痛な叫びは届かない。

「というかなんで新入りじゃなかったのか、って思ってしまったんだ」
「そ、そんな……」

 先輩の正直な言葉に打ちのめされていくハリソン。

「いやだって料理が上手くてな?」
「は?」
「とんでもない腕前だったんだ。凄かった。いやうちに是非欲しい人材だ。あと戦えるし」
「……」

 思い出すように微笑む先輩を見て、ハリソンはむっとする。先輩として尊敬していた彼に付き合いのある自分を差し置いてそこまで言わせるとは。
 そしてつい、言う気がなかったことを言ってしまう。

「料理くらいできますよ! なんたって実家がそこそこの料亭ですからね!」

 と言った次の瞬間、ハリソンの鍛え切れていない両肩を先輩が掴んだ。

「せ、先輩?」

 そして真っ直ぐに見つめてくる。会話の前後がなければハリソンが半裸なこともありイケない場面のようにも見える。

「……今の言葉、本当だろうな」
「えっ? まぁ、はい。元々嫌でここ来ましたけど、小さい頃から叩き込まれたんでそれなりには……」
「そうか」

 戸惑うハリソンに頷くと、先輩はかっと目を見開いて告げる!

「お前のその力が、俺達には必要だ!」
「……それ、実戦で言われたかったです」
「……すまん。いやでも実際厨房預かる人材が欲しくてな? やっぱりご飯が美味しいとやる気が出るっていうか。経費削減するにしても違うんじゃないかって話になってるんだ。是非お前のその辣腕を振るってくれ」

 正直、内容だけ聞けば気は進まなかった。一度は逃げた道だからだ。しかし今まで認められてこなかったのにここまで必要とされているという事実が、彼の背中を後押しする。

「ま、まぁいいですよ。俺がいて良かったって思わせてあげます。本場で鍛えた腕を見せてあげますよ!」
「その粋だ新入り! いやハリソン!」

 こうして秩序の騎空団第四騎空挺団成績最下位の新入り団員ハリソン・ラフォードは、ひょんなことから秩序の騎空団第四騎空挺団専属料理長へと昇格したという。
 因みに本人曰く、

「料理が嫌でここに来ましたけど、やっぱり自分が作った料理を喜んで食べてくれるのって嬉しいなぁと思うんです。大変ですけど、団員やるよりやり甲斐あるかもしれません(笑)」

 とのことだった。
 彼が料理長に就任してからというもの、第四騎空挺団の食事レベルは劇的に上がったという……。


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移動中

リーシャさんごめんよ……。あんまりアレだったらキャラ崩壊のタグ追加するので言ってください。


 グラン一行が使っている騎空艇グランサイファー。

 その一室にリーシャは眠っていた。……いやまさか気絶するとは思わなかったが。

 

「お前のせいだ、しっかり面倒を見ろよ」

 

 とは黒騎士の言だが。他の面々も俺を非難していたためこうして彼女をベッドで寝かせ、目覚めるまで俺が面倒を見ることになっていた。別に苦はないが少し反省してはいる。もう少しからかう頻度を少なくしてやるか。少なくとも気絶したばっかのヤツにやる気はない。

 

「んぅ……」

 

 もぞ、とベッドでリーシャが動いた。そろそろ起きるかと思って眺めていると目を開けてぼーっと天井を見上げる。

 

「……あれ、私……?」

 

 ここがどこだかわかっていないようだ。

 

「グランサイファーの中だ。空き部屋を借りてるんだよ」

「っ……。な、なんであなたがここに?」

 

 リーシャは俺の方を向いてほんのりと頬を染めている。からかいすぎた影響だろう。

 

「……やりすぎだ、って怒られて面倒見ろって言われたんだよ」

 

 流石の俺も反省する。あと少し自重するように言われてしまった。楽しくなってやりすぎないように注意しないとな。

 

「そ、そうですか……」

 

 ほっとしたような様子だ。まぁだろうな。

 

「で、もう平気か? 平気なら甲板に行くぞ。次の目的地について話すからな」

「は、はい」

 

 リーシャは慌てて起き上がりベッドから降りて立ち上がる、とよろけた。仕方なく俺が支えてやる。距離が近くなったせいか身体を硬直させてしまった。……こうやって一々反応するから面白くなるんだよなぁ。

 

「フラついてんじゃねぇか。一人で歩けるか?」

「は、はい。すみません」

「いい。ほらさっさと行くぞ」

「あ……はい」

 

 俺はからかわずさっと離れて部屋を出る。確かに心労を大きくするのもあれだしな。

 そして帽子を被り直した彼女と共に甲板へ出た。

 

「おっ、やっと来たね~」

 

 ドランクがいつもの軽い調子で言って全員の視線がこちらに集まる。

 

「ふん。ならさっさと始めるぞ。事態は一刻を争う」

 

 黒騎士はレオタードのみの恰好だったからか黒い布を纏っていた。マントというほどのモノではないので別段意味はなさそうだが。俺の外套を貸した方がマシのような気はする。

 

「それで、黒騎士さん。オルキスちゃんは――宰相フリーシアはどこにいるんですか?」

 

 グランが団を代表して尋ねた。

 

「……ラビ島だ」

「ラビ島だと? あそこにはなにもないと思うのだが……」

 

 彼女の答えにカタリナが疑問を呈する。

 

「エルステ王国の王都、だった場所ですね」

 

 リーシャは知っているようだ。

 

「そうだ。あの女はエルステ王国にこそ執着している。今のエルステ帝国の帝都アガスティアなど、あの女にとっては仮初の拠点に過ぎない。……王族が死亡したのは十年前王都メフォラシュで起こった星晶獣の暴走が原因だ。ヤツがエルステ王国を取り戻すつもりなら、そこで実行するだろう」

 

 確かに、黒騎士の予想は理に適っていた。

 

「なら次の目的地はラビ島、旧王都メフォラシュだね。ラカムさん、頼んだよ」

「おうよ! 任せとけって」

 

 グランが決定を下し、操舵士へと声をかける。

 

「こっからだとグランサイファーで二日はかかるな。それまで自由にしててくれ」

 

 ラカムは騎空艇を操作しながら告げた。

 

「わかった。じゃあ皆、しばらくは自由にしてていいよ」

 

 というわけで自由時間になった。なので早速【アサシン】の暗器や【ガンスリンガー】のバレットを作成しなければ。もしかしたらフリーシアとの決戦になるかもしれないしな。適当に部屋でも借りようかとグランかジータを探していると、二人がなにやら話しているのが聞こえた。

 

「ほら、グラン」

「えっと……」

 

 なにかグランが促されている。なにか他に用があるなら少し待った方がいいんだろうか。と思っているとこちらに近づいてきた。

 

「……ダナン」

 

 グランが神妙な面持ちで声をかけてくる。……なんだ? まさかやっぱ俺だけ降りろとか言わねぇだろうな。

 

「ん?」

「……えっと、この間はごめん」

 

 なぜか謝られた。

 

「あ?」

「……ルーマシーで、その、酷いことしたから。ダナンはビィのこと守ってくれたのに」

 

 言われて、ようやく思い出した。……そういやそんなこともあったな。その後十天衆とやり合う羽目になってすっかり忘れてたわ。

 

「そんなこともあったなぁ。言われなきゃ忘れてたぜ」

「えっ? いやでも、『ジョブ』のClassⅣ使ったし結構印象残ってると思ってたんだけど」

「まぁ大事なとこではあったけどな。そっから黒騎士狙いの秩序さんやら十天衆やらと相対したせいで、気にしてなかったわ。それどころじゃなかったしな」

「そっか。ダナン達も大変だったんだね」

「お前らこそ大変だったんだろ? ルーマシーの後アルビオン行って、ドランク達と会ったとこもあるか。後はガロンゾ、んでアマルティア。散々じゃねぇか」

「ははっ。確かにね。大変なのはお互い様かな」

 

 真剣な顔をしていたようだがグランは笑った。……こいつも真面目だよな。リーシャと気が合いそうなくらい。だからこそ考え込んじまうんだろうが、そんなどうでもいいこと気にしなくていいだろ。

 後ろでなぜかジータとルリアが顔を見合わせて笑っているのが気になったが。

 

「お、オイラからもありがとな。ルーマシーの時、助けてくれてよぉ」

「別に助けたわけじゃねぇよ。それに、先に助けたのはビィだろ?」

「?」

「オルキスが狙われた時、動けなかったからな。ビィが止めてくれなったらどうなってたかわかんねぇ。お前のおかげで俺が立てるまでの時間ができたんだ」

「……そ、そんなに褒めてもなにも出ねぇからな!」

「えっと、ホントにごめん」

 

 ビィも話に入ってきた。……いやホント、あの時はビィのおかげで助かったんだよな。だから、俺がこいつを助けたのはそれが理由だ。恩はそのままにしておくと後が怖いしな。

 

「しかしビィよ。警戒せず近づくとはあれだな」

「え、うぎゃっ!」

「び、ビィさん!」

 

 俺は近づいてきたビィの頭を掴む。そして撫で回した。

 

「く、くそぅ……ふにゃぁ」

 

 抵抗しても無駄だ。ビィは力を抜いて身を委ねてくる。カタリナが過剰反応しているのは視界に入れないでおこう。

 

「で、出ました! ダナンさんのアレ!」

「えっと、なんですかアレって」

 

 ルリアの反応にまだ見たことのないリーシャが尋ねる。

 

「ダナン君は凄く撫でるのが上手なんですよ。ビィもあの通り籠絡されてます」

「籠絡なんてされてねぇ……ふにゃぁ」

「なるほど?」

 

 とりあえずビィがとても気持ち良さそうなのは理解したようだ。

 

「ダナンさんは凄いんですよ、あのオルキスちゃんもオイゲンさんもふにゃぁってするんです!」

 

 ルリアの無邪気な言葉に反応したのが二人。

 

「お、おいルリア。その話は……」

「ほう? それは面白そうだな」

 

 最早黒歴史となっているオイゲンと、その娘アポロニアである。

 

「あ、アポロ……」

「おっ。うちの親分がお望みだ。悪いなオイゲン。――俺はこいつの命令には、逆らえないんだ」

「てめえ……! こ、今回は抵抗させてもらうからな!」

「無駄だ。……あーあ、オイゲンがしたくないって言うなら誰か他のヤツにやるしかねぇかなぁ。誰にしようかなぁ」

「てめえ、汚ぇぞ!」

 

 ということであっさりオイゲンは捕らえられた。そして俺の魔の手が伸びる。羽交い絞めにしているグランはくっと顔を背けていたが微妙に顔が笑っていた。

 

「や、やめろ……! やめてくれぇ……!」

 

 娘の前では威厳を見せたいのかこの前よりも激しく抵抗し、我慢しようとしてくるが無駄な抵抗だ。結局「ふにゃぁ」と呟くことになる。

 

「気色悪いな」

 

 そして面白がっていた娘の感想に心砕かれたのか、真っ白に染まってしまった。

 

「お、オイゲンさんが真っ白になってます!」

「お、オイゲンさんしっかり!」

 

 いやあれはもう無理だろ。しばらく立ち直らねぇぞ。呆れて黒騎士の方を見やる。

 

「……お前ちょっとは手加減してやったら?」

「ふん。そう思うならお前がやらなければいいだけの話だろう」

「嫌だよ、面白そうだし」

「……お前も大概性格悪いな」

「互い様だろ」

 

 あんな街で育ってきて性格良かったら今頃生きてないか借金塗れの生活送ってるっての。

 

「……あれは誰だろうとできるのか?」

「ん? ああ、まぁな。流石に触感ないヤツは不可能だが」

「そうか。なら次はあの小娘にしたらどうだ?」

「えぇ!?」

 

 黒騎士から話を向けられたリーシャが突然のことに驚く。

 

「先程から気持ち良さそうだと見ていただろう。実際に味わってみればいい」

「い、いえ! 遠慮します!」

 

 全力で拒否するリーシャ。まぁ当然か。

 

「いやほら、リーシャはまた倒れられても困るしな」

「そんなことで倒れませんよ!」

「じゃあやってみるか?」

「えっ…………い、いいですよ。ビィさんは兎も角オイゲンさんはノリだった可能性も否定できませんから。我慢しようとすればできるはずです!」

「いい度胸だ。耐えられるもんなら耐えてみな」

 

 かかった、じゃない。いや多分もう周囲の全員わかっていると思うのでそこは取り繕う必要はないか。

 リーシャは触れられることにも耐性がないのか結局恥ずかしがっていたが。

 

「……こ、こんな……ふにゃぁ……」

 

 最終的には同じような状態だった。いや、それよりも酷いかもしれない。

 羞恥からか頰を染めつつも気持ち良さから蕩けた顔を晒している。今まではビィ、オルキス、オイゲンと来ていたからわからなかったが、リーシャはダメだな。なにがダメかと言うと、何人かは顔を赤くしてそっぽ向くぐらいダメだ。

 

「……あ、そこいい、です……ふにゃぁ」

 

 本人は夢中になって気づいていないが、大分イケない顔をしている。どこぞの純情少年はお前より真っ赤だぞ。

 

「……」

 

 そろそろ本当にマズくなりそうだったので手を放す。

 

「あ……もう終わりですか、ってあれ? 皆さんどうかしました?」

 

 リーシャはむしろ名残り惜しそうにしていたが、奇妙な空気を感じてきょとんとする。

 

「……よくもまぁ、あんなはしたない顔を衆目に晒せるな」

 

 最初に口を開いた黒騎士の顔もほんのりと赤い。

 

「は、はしたないって、そんな顔してたんですか!?」

「いやぁ、イケないモノを見てる気分だったよね〜」

「全くだ。少しは恥じらいを持ったらどうだ」

 

 慌てるリーシャに傭兵二人が追い打ちする。

 

「……私、そんなに変な顔してたんですか……?」

 

 本気だと気づいたのかグラン側にも尋ねた 。

 

「……えと、はい。気持ち良さそうだったので私もやってもらおうかなぁ、って思ってたんですけど。皆の前であんな顔したくないなぁって思いました」

「私も、ビィさんとオルキスちゃんが気持ち良さそうだったので気になってたんですけど……遠慮したくなりました」

 

 ジータとルリアが頰を染めたまま言う。

 

「……リーシャ殿には少し親近感を覚えていたのだが、どうやら私とはかけ離れているようだ」

「見てるこっちが恥ずかしかったわね」

 

 顔の赤いカタリナに平然としているロゼッタ。イオは完全に固まってしまっている。ビィは特になにも感じていないのか呆れた様子だ。

 そして問題の青少年は、そっぽを向いて顔に手を当てたまま動かない。

 

「……えっと、グランさん?」

 

 リーシャが恐る恐る尋ね、グランへと視線が集まる。

 

「グラン? どうかしたんですか?」

 

 ルリアが不思議そうに尋ねた。……俺には彼が動けない理由がなんとなくわかった。

 

「……まぁ純情少年の身にあれはキツかったってことだな。ティッシュ持ってきてやってくれ」

 

 俺が言って大半が理解した。グランは観念したように手を外す。その鼻から血が流れていた。ただ決してリーシャの方を向こうとはしない。フラッシュバックするからだろう。

 ちなみにオイゲンは未だ復活せず、ラカムも操縦につきっ切りで見れていない。

 

「ぐ、グラン! リーシャさんの方見ちゃダメですからね!」

「鼻を摘んで上を向いておくといい。ティッシュを取ってこよう」

 

 ルリアが必死にリーシャへの視界を遮ろうとし、カタリナが急いで船室へ入っていく。

 

「……え、あの……」

「お前のさっきの顔は青少年には刺激が強すぎたんだろうな」

「……っ」

 

 グランが思いの外大袈裟にしてくれたため、リーシャにも本当ではないかと疑念が生まれているようだ。俺はリーシャの両肩に手を乗せ真っ直ぐに目を見つめた。

 

「……リーシャ」

「は、はいっ」

「……この際だから言っておく。お前は俺の作ったデザートを食べた時もそうだが、率直に言ってエロい顔になるんだ」

「えろ!?」

「これからさっきの顔を鏡の前でさせてやるから自分がどんな顔をしてたかじっくり見るといい」

 

 ここは実際に自分の目で見た方が確実だろう。ということで俺はリーシャの腕を引き部屋へと向かった。どの部屋にも身嗜みを整えるためか鏡があったので、先程リーシャを寝かせていた部屋に行った。

 そして出てくる頃には俺一人になった。

 

「リーシャ殿は……?」

「鏡で自分の顔を見て、合わせる顔がないって言って布団被ってるな」

 

 それはそうだろうな、という顔をされてしまった。

 

「さて、と。リーシャで遊ぶのはこれくらいにして、ちょっとは鍛えないとな。黒騎士、頼めるか?」

「ああ、構わん。私もしばらく剣を握っていなかったからな。身体が鈍っていたところだ」

「……鈍ってたって動きじゃなかったと思うけど」

 

 傭兵二人と手持ち無沙汰にしている黒騎士に声をかける。イオが呆れていたが、確かにポンメルンを相手にしているところを見る限りは鈍っていなかった。だが彼女がもし本気だったなら一発であいつを仕留めていたんじゃないかと思う。

 

「観ててもいい?」

「おう。ただ観てるんなら落ちそうになったら助けてくれると有り難い」

「あ、うん。わかった」

 

 ジータが観戦していてくれるようなので、もし落ちそうになったら助けてもらうことにする。

 

「んじゃ、始めるか」

「ああ。普段通りで構わないな?」

「おう」

 

 俺と黒騎士は甲板で横向きに対峙する。周囲は気を遣って広く空けてくれた。

 

「あっ、二人の修行はとっても激しいから、皆自分の身を守ることも考えた方がいいよ~」

「船が壊れそうな攻撃にも気をつけろ」

 

 前々から見ている二人が忠告する中、俺は剣を構えた黒騎士へと突っ込んでいく。間合いに入った瞬間無造作に剣が振るわれた。屈んで回避する中で目が良くなったことを実感する。黒騎士の攻撃が以前よりはっきり見える。

 黒騎士が剣をすぐに振り下ろしてくる。それをタイミング良く跳んで避けたそのままに蹴りを放つが足首を掴まれて振り回され叩きつけるように投げられた。なんとか手を突いて身体を捻り足から着地する。……まだだ。もっと研ぎ澄ませ。シスを見ただろう。速さは筋力だけじゃない。身のこなしだ。もっと深く集中しろ。

 

 自分に言い聞かせて深呼吸。周囲の雑音を意識の外へ追いやってもう一度接近する。剣を振るってきたのをギリギリの間合いを見切って下がり空振りさせる。すぐに近づいて短剣を首に向かって振った。当然手首を掴まれ止められる。掴んで離さないまま俺を斬ろうとしてくるのを、黒騎士の手首を先んじて掴むことで対処した。一瞬視線が交差した後に黒騎士は掴んでいた手を離して強引に剣を振り切ろうとしてくる。向こうの方が力が強いのでこちらも手を離して跳躍して回避した。すると俺が離した手で跳躍した状態の俺の足首を掴み取り、ぐるんと回して思い切りぶん投げてくる。気づいたら甲板の縁が視界に入った。慌てて縁を掴み落下を防ぐ。見ていた者達の大半は呆気に取られているが、茨の網が俺の身体の下にあった。該当しそうなヤツはロゼッタか。彼女が戦っているところは実際に見たことがないんだがな。消去法で。

 

「よっ、と」

 

 俺は縁に上って甲板内に戻ってくる。

 

「……ふん。では次だ。三割でいくぞ」

「おう」

 

 俺は甲板の真ん中くらいまで歩いていって、腰を低く構えた。黒騎士はブルドガングを構えて闇のオーラを全身から迸らせる。威圧感が周囲に放たれ観戦者達にも緊張が走った。俺の背筋にも冷や汗が伝う。

 

「いくぞ。覚悟はいいな?」

「もちろん」

 

 言葉の後俺は改めて深く集中する。渾身の一撃を放つために。渾身の一撃を放つには、力をただ込めればいいだけではないと学んだ。体重移動や身体の動きなどの使い方。過度に力む必要がないとも元は知らなかった。今はまだ合図の後に準備しなければならないが、いつかは実戦でもできるように、大した準備もせずできるようにしていきたい。

 

「――黒鳳刃・月影」

 

 剣の間合いにいる黒騎士は容赦なく剣を振るう。剣は空中で停止し空間に亀裂を生んだ。亀裂の直線状にある俺の身体を激痛が襲う。だがこれは実際に怪我を負っているわけではない。彼女の奥義を受けるなら考慮に入れないようにするべきモノだ。その気になれば空間を砕くことで人体を破壊できるらしいが、俺はまだ見たことがなかった。

 

 ……まだだ。

 

 俺は痛みに耐えながらその瞬間を待つ。

 

「あ、言い忘れてたけど、真後ろにいる人達は避けてた方がいいよ~」

 

 雰囲気にそぐわぬドランクの軽い声が聞こえた。……助かる。俺も忘れてた。

 集中は切らさず構えて、黒騎士の剣が振り抜かれるのを待つ。彼女の纏った闇が剣を伝って奔流となり放たれる。亀裂が砕けると同時に痛みが大きくなり範囲が広がった。相変わらず正面から受けるのに適していない技だ。

 だが俺は痛みを無視して渾身の一振りをタイミング良く放った。失敗すれば俺の身体はあっさりと吹き飛び空の彼方だ。だがタイミングだけならもう完璧だ。後は相殺に当たる実力か、否か。

 

 辺りが闇に包まれ俺の身体を通過していく。全身を撫でるような痛みが襲った。……完全には相殺し切れなかったが、踏ん張りその場に留まることはできる。

 

「お、おい! 黒騎士あの兄ちゃん死んだんじゃねぇか!?」

 

 ビィの声が聞こえてくる。ってことは俺は死んでないってことだ。奔流が解かれて傷だらけになったであろう俺の姿が現れほっとしたような空気になるのを感じた。

 

「ふん。そんな柔な鍛え方はしていない。三割も問題なさそうだな。この間までは二割だったが」

「まぁ、身体を鍛える以外にできることがあるってわかったからな。……けどやっちまったな。いきなり三割はチャレンジしすぎたか」

 

 俺は左手に握った短剣を掲げる。正確には短剣だったモノ、だ。先程の攻撃を相殺しようとした時に刃が砕け散ってしまった。仕方なくぽい、と空の底へ放り捨てて気づく。

 

「あ、船壊れてら」

 

 俺の後方にあった縁が消し飛んでいた。

 

「な、なに!? てめえらなにやってんだグランサイファーで!」

 

 操舵士のラカムが怒りの声を上げる。

 

「悪い悪い。二割なら真っ二つにできたんだけどなぁ。まぁしょうがねぇ。なぁグラン。木材と工具取ってきてくれ。直す」

「わ、わかった」

 

 自分達で壊したモノくらいは直しておこう。グランに取りに行ってもらった。

 

「随分と危険が伴う鍛錬だが……実際彼は強くなっている、か。三割だというあの攻撃を私一人で受け切るのは難しいだろう」

 

 カタリナが先程のを見て呟いている。

 

「防御と相殺は違う。ダナンと貴様では対処法が違うから容易に比較できん。それに、私のあれは障壁で受けるのに適していない。ただ威力が高いだけなら対処のしようはあるだろうがな」

「……。まさか黒騎士に慰められるとはな。以前の私なら恐縮していただろうが」

「ふん。事実を言ったに過ぎん。ついでだ、私のリハビリに付き合え」

「私と手合わせを?」

「ああ。あいつは戦いという点で正面から立ち回れば貴様にも勝る瞬間があるだろうが、剣を交えるという点では日々の研鑽に及ばない」

「……そうまで買ってもらえているとは光栄だ。私としてもその手合わせは有り難い。是非お願いしよう」

「そうか。他の者はどうする? 希望するならまとめて相手になってやろう」

「なに?」

 

 一対一で相手すると思っていたのか、カタリナは眉を顰める。

 

「緋色の騎士はお前達を全員相手にしたのだろう? ならば私が一人でお前達を相手にしても不思議はないはずだ」

「お、オイラ達だってあれから強くなったんだぞぅ!」

「ではその力を見せてみるがいい。尤も、現段階では七曜の騎士に足らないと理解するべきだがな」

 

 黒騎士の挑発にムッとしたらしい面々は一斉に戦闘態勢を取り始める。

 操縦に手いっぱいのラカムと、アポロとの手合わせに消極的なオイゲン、そしてロゼッタ以外だ。

 

「ねぇボス~。僕達もこっち側についていいかな~」

「珍しいな。構わん。いてもいなくても結果は変わらないからな」

「いくらボスでもそれは傷つくなぁ、ねぇスツルム殿?」

「ああ。一泡吹かせる」

「ふん。やってみろ」

 

 珍しくドランクとスツルムも加わるらしい。あいつらが自分から参加するなんて滅多にないことだが、おそらく思うところがあるのだろう。あとは集団戦の練習でもしたいのかね。

 

 黒騎士による鍛錬が始まろうとする中グランが戻ってきて木材と工具を渡してくれる。

 

「お前も参加してきたらどうだ? 黒騎士との手合わせに」

「えっ? あ、ああ、うん」

 

 話を聞いていなかった彼に言ってやると嬉々として混ざっていく。去り際に工具の戻す場所と木材の置き場所を教えてくれた。

 

「お前らー。やる気出すのはいいけど俺に当てんなよー」

 

 俺は聞く耳を持つかどうか置いておいて一応口にはしておく。そして船の修繕に精を出す。これでもあの家を改造した時に工具の扱いは板についたはずだ。

 

 背中越しに金属音や轟音が鳴るのを無視して、俺はひたすら手を動かすのだった。



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食事時

実はちょくちょくあらすじを更新しています。アニメも始まってグラブルに興味を持つ人が増えたら目につく可能性もあるのかな、と思い本編よりネタバレ早いっすっていうのを今更ながらに付け加えました。
なにかと至らない部分はありますが、お付き合いいただけると幸いです。


 飯を作る。担当は全員一致で俺、加えて料理のできる者ということになった。

 リーシャとジータがそれに当たるようだ。料理ができるというのは嘘ではないらしく、かなり手際がいい。

 

 俺は実績もあるためか臨時料理長を任されてしまった。となれば手抜きをするわけにはいかない。全力で飯を作らなければ。

 それぞれがやってきた料理にも違いがあるだろうと思うが、基本味つけが変わらないのが料理だ。そこから派生して家庭の味というモノが生まれていく。ただ俺が思う最高を生み出すには俺の構築した手順でなければならない。悪いが料理長を任された俺に従わせるしかない。二人も俺の料理が美味いのはわかっているらしく、すんなり指示に従ってくれた。

 

 ……できればグランの前でリーシャに美味いデザートを食べさせたくはなかったのだが、二人が絶対に食後のデザートは必須だと断言してきてしまったのでどうしようもなかった。厨房を握っているとはいえ圧力には屈するしかない。

 

「はわっ、やっぱり凄く美味しいですぅ!」

 

 オルキスと同じ大食らいのルリアが感嘆の声を上げる。素直に喜ばれると嬉しいモノだ。

 

「ホント、ダナン君って料理上手だよね~。私もグランサイファーの中では上手い方だと思ってたけど、実際に並んでみるとまだまだだなぁ、って思う」

 

 ジータも舌鼓を打ちながら言ってくれた。

 

「そりゃうちの大飯食らいがな……」

 

 毎度毎度凄い期待した目でこっちを見てくるんだよ。いや無表情だから俺の気のせいかもしれないんだけど。

 

「そういえばダナンっていつから黒騎士達と一緒にいるんだ?」

 

 ふと思いついたようにグランが聞いてくる。

 

「バルツで会った時の直前だな。ポート・プリーズだかどっかでスツルムとドランクに会ったっつう時は俺いなかったし」

 

 別に隠すつもりもないので正直に答えた。

 

「へぇ。バルツで会った時はホントに驚いたよね」

「うん。だってお父さんから受け継いだと思ってた『ジョブ』を持ってる人が他にもいて、黒騎士さんと一緒にいるんだもん」

 

 双子が互いに苦笑し合う。

 

「あ、あの! ダナンさんはどうやって黒騎士さんやオルキスちゃん達と出会ったんですか?」

 

 ルリアがうちの子と同じくらいの速度で食べ進める中、挙手をして聞いてきた。

 

「リーシャは捕まえに来たからわかるだろうが、エルステ帝国内の街を拠点にしててな。そこから『ジョブ』について調べたかったからなんか暗躍してそうな連中いないかなぁ、って思ってて見つけた」

「ホントにそんな感じだったの~?」

「そうだよ。んで、ただ協力しようぜ、っつっても信用されないだろうから俺を売り込むためにオルキス攫って黒騎士誘き出して戦い挑んだ、ってわけだ」

「あの時はどこの手の者かと思ったんだがな」

「今思うと懐かしい。七曜の騎士相手に喧嘩売るバカがいると思わなかった」

 

 俺の話に他三人が相槌を打つ。

 

「黒騎士を黒騎士とわかっていて勝負を……以前から思ってはいた随分と肝が据わっているのだな」

「えと、オルキスちゃんを攫ったってところはツッコまなくていいの?」

「確かにあんたがあいつを奪われて無事で返すとは思えねぇな」

 

 カタリナ、ジータ、ラカムがそれぞれ所感を口にした。

 

「まぁあくまで黒騎士誘き出すためだったからな。で、しばらく大人しくしてもらうためにオルキスがよく食べてたアップルパイの中でもその時俺ができる極上のアップルパイを作っておいて食べさせたんだが」

「返して欲しくば~、ってところでオルキスちゃんがお代わり要求してきて締まらなかったよねぇ」

「煩い。そのおかげで黒騎士からの敵意も薄れたし、アップルパイ効果かオルキスも攫った俺に警戒心持たなかったし、結果オーライだろ」

「確かにな。だが確実を期すなら睡眠薬やなんかがいいと思う」

「敵対する気はなかったからそこまで本格的にやるつもりはなかったんだよ。まぁ、っていう感じでこいつらに取り入って今に至るわけだ」

 

 俺と黒騎士達の出会いはそこまで劇的なモノではない。俺が勝手に目をつけただけの話だからな。

 

「懐かしいねぇ。あの頃はまだ僕一人にだって敵わないくらいだっていうのに。今じゃ僕達二人とだっていい勝負できるからね。ねぇスツルム殿?」

「ああ。筋がいいと思っていたがここまでとはな。成長速度で言ったらとんでもない」

「ふん。元々素質が良かったというだけの話だ。きちんと指導する者さえいれば伸びるに決まっている」

 

 おや。なぜか急に三人から褒められてしまった。ちょっとむず痒い。

 

「なんだお前ら寄って集って。俺に恨みでもあんのか?」

「素直に褒めてるだけだよ~。ボスの脱獄なんかダナンがいなきゃできなかったかもしれないしねぇ」

「できんだろ。結局枷の鍵はリーシャが持ってたんだし、不意打ちとかで倒して剥けば手に入るし」

「な、なんてこと言うんですか! あなたという人は!」

「いやぁ、どうだろうねぇ。他の団員もいる中で僕達二人じゃ結局無理だったかもよ~。まぁグラン君達がいてそれを利用するならチャンスはあったけど、そうなったらそうなったらで彼らはリーシャちゃんに酷いことしないで~、ってなるだろうし」

 

 それもそうかもしれないな。

 

「拷問して鍵の在り処を吐かせるとしても止められる、か。難しいなぁ」

「でしょ~?」

「……本人のいる前で拷問とか言わないでくださいよもう」

 

「なんだかんだ仲がいいもんだなぁ」

「まぁ少なくともあんたよりは黒騎士と仲いいわな」

「ぐはっ!?」

 

 オイゲンの何気ない言葉につい軽口で返してしまった。彼の場合ダメージが軽くなかったようで血反吐を吐いていたが。

 

「だ、ダナンさん! オイゲンさんは黒騎士さんとの仲がぎくしゃくしてるのを凄く気にしてるんですから、苛めちゃダメですよ!」

 

 ルリアは純粋に庇ったつもりだろうが、オイゲンにダメージが入っていたようだ。……これはしばらく帰ってこねぇな。

 

「……ふん」

 

 当の娘さんはつまらなさそうに食事を進めていたが。

 

 そしてそろそろ全員食べ終わったかというところで、用意していた焼きプリンを配布する。

 

「デザート食べるとリーシャの顔がアレになるから、要注意な」

「アレって言わないでください! 皆さんもこっちに注目しないで!」

 

 自分で究極を見てしまったせいか恥ずかしがるリーシャだったが、食べないという選択肢はなかったようだ。まぁ俺の渾身の一品を食べておいて次が我慢できることはない、という風に作っている。もちろんプロには及ばないところもあるだろうが、そんじょそこらのヤツには負けない自信があった。

 

「……はむ」

 

 あの味を思い出したのか、大した時間躊躇せず一口掬って口に入れた。

 そして例の蕩け顔を晒す。とはいえ撫でた時よりは大分マシだ。それでも鼻血を噴いた団員がいたのはリーシャが好きすぎるせいだろう、きっと。

 

「……はぁ。やっぱり美味しい……」

 

 本人は満足そうだが、一人ぶっと鼻血を噴いたヤツがいた。

 

「ほら、グランが思い出し鼻血してるだろ」

「え、はっ……!」

 

 俺の呆れたような声で我に返ったのか元に戻るが、グランは鼻を押さえてリーシャの方を見ないようにしている。

 

「ぐ、グラン! ダメですよリーシャさんばっかり見ちゃ!」

「そうだよ、全く。いやらしいんだから」

 

 ルリアとジータは彼を責められているが、ここはリーシャを責めてやるべきだ。

 

「ほらな? さっき見せた顔の劣化版とはいえ思い出すのには充分な顔をしてたってわけだ」

「……」

「あー……なんつうか、そんな顔するんだな。意外だ。ギャップってヤツか? なぁオイゲン」

「あ? ああ、別にいいんじゃねぇか? おっさんとしては――」

「……」

 

 先程見ていなかった男二人が言い合おうが、実の娘に睨まれてしまったオイゲンは口を噤むしかなかったようだ。

 

「……うぅ。私ってそんなに変な顔しやすいんでしょうか」

「お、落ち込むことはないリーシャ殿。誰にでも汚点はある」

「……汚点なんですね」

 

 励まそうとしたカタリナの言葉でも落ち込んでしまう。

 

「で、でも凄く幸せそうだなぁ、って思いますよ? 幸せが顔に出ちゃうのは仕方のないことだと思います」

「ジータさん……ありがとうございます」

「あ、でも。グランの前ではもうしないでくださいね?」

「あ、はい」

 

 にっこりと釘を刺されて頷くしかないリーシャ。

 

「ほらグランが鼻血の対応に追われてる内に食べちゃえよ。秩序を乱す破廉恥な顔晒してどうぞ」

「破廉恥とか言わないでください! ……んっ、美味しい……」

 

 結局制御できないのか終始恍惚とした表情のリーシャであった。……この件についてはちょっと俺が悪いところもあるのでフォローはしてやろう。

 先により際立った方を見てしまったから、グランがあんな風になってるんだろうしな。連想しなければ顔を赤くする程度で済んでいたかもしれない。二人には申し訳ないが、まぁ俺のせいじゃないフリをしておこう。リーシャには部屋にデザート持っていってやるか。普通に飯食ってる時は大丈夫だし。

 

 とそんなこともありながら一行はメフォラシュへと向かう。

 一日目は黒騎士が他の大半を相手に無双していたが、二日目は実力の近い者同士で手合わせをしたり協力したりして鍛錬をしていた。なんだかんだ帝国で最高顧問をやっていたのは伊達ではないのか、人に助言するのが上手い。俺は元から教わっているので知っていたが、案外指導力という点では彼女にも才があるのかもしれない。

 ……ただまぁ、一人だけ完全に無視されているおじさんがいたのは、仕方のないことではあるのだが。それでもちょっと当たりがキツい。

 おじさんはグランサイファーのことで忙しいラカムに絡んでいた。夜は二人で飲んでいるのを見かける。

 

 少しぎこちない部分もあるが、俺達は無事ラビ島、旧王都メフォラシュに辿り着くことができたのだった。



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フリーシアを探して

日付が変わってしまった……。
というのも投稿する直前になって規約違反っぽくて不安になったんですよね。
……ここは大事なところなんで、割りとそのままにしちゃってました。
大半のセリフがコピペになっちゃったんです。

意味合いは変えたくないんだけどどうしようか、と悩んでいる最中。
一応まんまセリフの数を減らしはしましたが不安なのでマズそうならご指摘いただけると幸いです。


 ラビ島は砂漠だった。一面が砂色で景色がいいとも言えず、砂漠なので昼間は暑い。加えて砂に足を取られて歩きにくいときた。どうも王都として栄えていた島には見えない。物資の調達も滞りそうだしな。

 

「一先ず王宮へ向かう。そこにフリーシアはいるだろう」

 

 黒騎士は砂漠だからなのか茶色い布をマントのように纏っていた。その程度で砂嵐が防げるとは思わないが、ツッコまない方が身のためだろう。

 

「遅れるなよ」

 

 エルステ王国にいたらしいので、歩きにくい砂の地面をすたすたと歩いていく。グラン達も戸惑いながら砂漠を歩いていった。

 

 足場が悪いこともあってしばらく前衛は安定しなかったが、慣れてくると襲ってくる魔物にも対処しやすくなっていく。俺は基本見ているだけだ。銃撃ったりナイフ投げたりはするが主武器の短剣を失っている。いざとなればイクサバかブルースフィアを使うだろうが、ここはあいつらに任せよう。

 足場などの状況にこそ苦しまされたが、強さとしてはそこまで強くなかった。危なげなく突破している。

 

「ひいぃっ!」

 

 その時、近くから悲鳴が聞こえてきた。年寄りの婆さんだと思われる。緊張が走るがさてどうするか、だよな。助けられればいいんだが今から行ったんじゃ間に合わない可能性も高い。どうせ見殺しにするなら死体は見に行かない方がいいと思うんだが。

 

「行くぞ!」

 

 グラン達なら行くかなぁと思っていたのだが、予想を外して黒騎士が真っ先に駆け出していた。そうなったら俺も行くしかない。

 

「あ、おい!」

「私達も行きましょう!」

 

 遅れてグラン達も後からついてくる。俺が先頭になってしまったが俺が見たのは屈んで頭を守り怯える老婆に襲いかかろうとした魔物を、黒騎士が切り伏せているところからだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 なにを焦っていたのか珍しく息を乱している。魔物の悲鳴が聞こえたからか他の人の気配を感じたからか老婆が顔を上げて自身に背を向けて立つ黒騎士を見上げている。

 

「ありがとうございます、旅の方。兵隊さん達は島の周りを守るばっかりで、街には見向きもしてくれませんで……。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」

「いや、怪我は……」

 

 老婆の感謝を聞きながら無事を確かめるため振り向く黒騎士だったが、その老婆を見て驚いたように顔を背けた。

 

「んん? どうしたんだよ、急にそっぽ向いて」

 

 追いついてきたビィが尋ねる。

 

「黙れ。さぁ、行くぞ」

「お待ちください。大したお礼もできませんが、せめてうちに……ん? あなた、どこかで」

 

 黒騎士の様子からも予想はついていたが、どうやら知り合いらしい。ただここはあまり人がいなさそうとはいえ敵地だ。エルステ帝国の領地である。通報されて四方八方から戦艦に追われるなんてご免だぞ。

 

「ま、また魔物です!」

「チッ……。さっさと片づけるぞ。この街は、貴様ら低俗な魔物ごときが荒らしていい場所じゃあない!」

 

 黒騎士は苛立たしげに吐き捨てると新たに現れた魔物へと突っ込んでいく。一体ではなかったので他も協力したが、やたらとやる気満々なのであいつ一人でも良かったんじゃないかと思う。……多分、人がって言うよりオルキス王女との思い出の場所だからなんだろうけどな。グラン達がまだ知らないって言うなら、ちょっと黙って成り行きを見守っているとするか。

 老婆は魔物を倒す黒騎士を注意深く眺めていた。通報するようなら俺がさくっと撃つ。ここで逃がす手はねぇよな。

 

「ああ……やっぱり! あなたは……!」

 

 老婆は戦闘の終わった黒騎士に近寄る。警戒していた通りではなさそうだ。顔はとても嬉しそうだ。

 

「ヤベぇ! 完全にバレちまったみてぇだぞ!」

「仕方ねぇ……。すぐにここから逃げ」

 

 ビィとラカムが慌て出す。お前らは老婆の顔をちゃんと見ろ。

 

「アポロちゃん! アポロニアちゃんじゃないのかい? ねぇ、そうだろう?」

「……」

 

 とても気安く呼んでいた。黒騎士は妙な気分なのか憮然とした顔になっているが。

 

「へ? おばーちゃん、この人を知ってるの?」

「ああ……随分久し振りだがねぇ」

 

 イオのきょとんとした問いに、老婆は懐かしむように目を細めた。

 

「こんなに立派になって。一目見ただけじゃあわからなかったよ。そうだねぇ、十年振りくらいかい? ああ、そうか……。丁度あの頃だったね。オルキス様のことは本当に残念で……」

「!? お、オルキスちゃんのことを知ってるんですか!?」

 

 老婆が昔のことを話している中でオルキスの名前が出てきた。俺からすれば知っていて当然ということになるが、ルリア含め連中は驚いているのでまだそこまで知っていないのだろう

 

「へ? そりゃあ知っているもなにも――オルキス様は、このエルステの王女様じゃないか」」

「え……?」

 

 ドランク、スツルム、そして俺の三人は当然として。リーシャもある程度黒騎士について調べ上げているのか驚きはなかった。

 

「な!? ど、どういうことだ!? 説明しろ! 黒騎士!」

「ご婦人の言っていることに間違いはない」

 

 動揺するカタリナに黒騎士は平坦な声音で応えた。

 

「オルキスは、エルステ帝国の前身であるエルステ王国の王女であり……私の、たった一人の親友だったんだ」

 

 今度は深い感慨の込められた言葉だった。

 グラン達は衝撃の事実を突きつけられた、という感じだったが既知の情報だったので話には入っていかない。黒騎士の昔話でからかえそうなモノがあったら口を出すことにしよう。

 まぁつってもオルキスとアポロじゃ歳が離れているようにしか見えないからな。そのままに受け取れば困惑するのも無理はない。

 

「そうだ、久し振りに来てくれたんだからうちに寄っていかないかい? 助けてくれたお礼も兼ねてね」

「いや、私達は行くところが……」

「少しだけならいいだろう? ほら、こっちだよ」

 

 老婆は久し振りに黒騎士と会えたのが嬉しいのか、少し強引に道案内をしてくる。

 

「……罠だとは考えられないか?」

「食べ物で肥やして俺達を、ってヤツか?」

「あたしその童話読んだことある……」

「この街に来る時は鎧を外さずにいた。黒騎士と私が同一人物だとは思っていないはずだ」

 

 小声で話し合っていたが、黒騎士の判断を信じてついていくことにしたらしい。

 その道中で、ルリアが老婆へと近づき勇気を振り絞って尋ねた。

 

「ね、ねぇお婆ちゃん」

「なんだい?」

「あの……エルステ王国の王女様、オルキス様ってどんな子だったんですか?」

「そうだねぇ。そりゃもう、元気で明るい子だったさ。あの頃は、ヴィオラ女王が国を治めててねぇ。その一人娘だったんだけど、気取らないいい子でねぇ。女王陛下と一緒によく街を周ったりして」

「オルキスちゃんが……」

 

 確かに今のオルキスからは考えられないな。食べ物のこと以外は大人しいし。今は多少変わっているとはいえ。

 

「それじゃえっと……アポロニアさんとは」

 

 ルリアの振りに黒騎士がぴくりと反応した。触れられたくないのかもしれない。

 

「ああ! 二人は年も近くって、そりゃもう仲良しでねぇ。ほら、アポロちゃん、覚えてるかい? あのお祭りの日に二人してうちの店へ来て……」

 

 アポロの話になると顔を輝かせ嬉々として語り始めた。微妙に黒騎士の顔が引き攣っている。

 

「忘れたな……」

「ふふ、そうかい? 兎も角二人は姉妹みたいでねぇ。可愛かったもんさ」

「……」

 

 おい。あの黒騎士が照れてやがるぞ。これは珍しい。

 

「おいおい……こりゃ一体どーいうことなんだ?」

「僕にもさっぱりだ。わけがわからないよ」

「明らかに私達にはなにか重要な情報が欠けているようだ」

「だな。オルキスちゃんが王女様だの、黒騎士と歳が近いだの。なにがなんだかさっぱりわからねぇ」

「娘のことだってのに……俺にはこんなに知らないことがあるんだな」

「兎も角今は待ちましょう? あの子も遂に、色々と話す気になったみたいだしね」

 

 グラン達がなにやら話し込んでいる。その隙に俺は黒騎士へ声をかけた。

 

「へぇ? あんたにもそういう時期があったんだなぁ、アポロ?」

「……黙れ。これだから知られたくなかったんだ」

「いやぁ、今は厳つい顔ばっかのアポロちゃんがはしゃいで走り回ってる姿見たかったなぁ」

「貴様……!」

 

 俺の露骨なからかいにも、拳を握ってぷるぷるするしかできないようだ。老婆のいる手前、暴力を使うわけにはいかないのだろう。

 

「……いやぁ、ダナンってホント恐れ知らずだよねぇ。そういうのは思っても言わない方がいいと思うよ? 僕もちょっと興味あるんだけど」

「ドランク、お前もか。あたしも興味あるな。もっと教えてくれ」

「お前らも一緒じゃねぇかよ」

 

 傭兵コンビの乗っかってくる。

 

「じゃあ二人の昔話でも……」

「や、やめてくれ」

「わ、私も聞きたいです!」

「二人して運搬型ゴーレムに登って叱られてた時なんか――」

「ま、待ってくれご婦人!」

 

 楽しげに話す老婆を完全に止めることはできず、老婆の家に着くまでの間本人にとっては黒歴史なのだろう話を聞いた。いやぁ、いい話が聞けた。

 

「二人は本当に仲が良くってねぇ。けど、あんなことがあって……。あれ以来この国は変わっちゃってねぇ。大事なモノをたくさん失って。だからアポロちゃんもこの国を離れたんだろう?」

「そうだ。私にとってもあれは大きなきっかけだ。しかし私は失ったままでいるつもりはない。失った全てを諦めはしない。取り返すため……全てをあるべき形に戻すため、私は戻ってきたんだ」

 

 そこで、例の計画に繋がるわけか。俺としては他のところにも目を向けて欲しいんだがねぇ。まぁ言ってもしょうがないことか。

 

「黒騎士。必ず全てを説明してもらうぞ」

「わかっている。遅かれ早かれこうなることは覚悟していた。貴様らには知る権利がある。だが……これは私の我が儘でしかないが、今この場は話を合わせて欲しい。必ず話す、それは約束しよう。しかし真実は全ての者に聞かせるわけにはいかないのだ」

「?」

 

 黒騎士の目は先頭を歩く老婆を見据えていた。そして、老婆の家につき嬉々としてご馳走を作ってくれている中、俺達は一室に集まる。俺としては料理を手伝いに行きたかったが、この空気で出ていくつもりはなかった。黒騎士がどう話すのか、どこまで話すのかには興味があるからな。

 

 皆が腰を落ち着けた中、カタリナが口火を切る。

 

「さぁ、話してもらおうか。黒騎士……貴殿の知る真実をな」

 

 視線が黒騎士へと集中する。

 

「そうだな。どこから話したものか……」

 

 考え込むようにしながら、一つ一つ話していく。

 

「まず、私がアウギュステの出身だということは、どうやら既に知っているようだな」

「ああ」

「私は確かにアウギュステで育ったが、随分幼い頃までだ。そう……丁度そこの小娘くらいの歳か。その頃に、私の母が亡くなった」

 

 黒騎士がイオを指して話す。父であるところのオイゲンが顔を歪めていた。

 

「母が亡くなった時、その男は島にいなくてな。身寄りを失った私はアウギュステ経済特区の支援を受け、特待生としてエルステ王国に渡ったのだ」

 

 黒騎士はオイゲンを見ることなく淡々と話を進めていく。親子の(わだかま)りを持ち込むような話ではないからだろう。……特待生で他国へ、ってことは結構頭のいい子供だったんだな。

 

「エルステは、このファータ・グランデ空域でも有数の長い歴史を持つ国だったからな。星の民襲来以前より続く王国は、歴史を学ぶには最高の環境だった」

 

 そういやこいつが部屋で読んでいる本も歴史の考察本とかだった気がする。そういうのが好きなのかもしれない。

 

「当時のオルキスはいやに幼くてな。私よりも年下だと思ったくらいだ。しかし、それ故に純真で、明るく……私にないモノを全て持っていた。歳が同じでもこうも違うのかと驚いたよ。そして同時に妬ましくもあった。だが彼女が驕ることは決してなかった。誰に対しても分け隔てなく優しかった。よく笑い、よくはしゃぎ……よく食べる。隣にいるだけで元気になれる、そういう子だったんだ」

 

 アポロがオルキスと出会った時の感覚は、俺がグランと出会った時に近い。同年代で、同じ能力を持ってるってのにキラキラして目ぇしやがって、妙に気になったのを覚えている。

 

「彼女のご両親、ヴィオラ女王陛下達も私に優しくしてくれてな。私は、一生かかっても返し切れないほどの恩を受けたよ。オルキスと共に過ごした年月は、間違いなく、私の中で最も幸せな時間だった。女王陛下達から受けた恩。彼女と過ごした幸せな時間。それを決して忘れない。だから私は彼女を……オルキスを取り戻すためなら如何なる犠牲も払う。そう決めたのだ」

 

 そのためなら今のオルキスもルリアでさえも、か。悲壮な覚悟だな。もちろん、止めるような真似はしない。俺はこいつらの味方をする。ただ、それだけの話だ。

 

 黒騎士はそれ以上語ることなく口を閉ざした。その後飯を食べて一晩泊めてもらう。慣れない砂漠を歩いて疲れていたので大変有り難いことだ。

 

 翌朝。改めて王宮へと向かった。

 

 グラン達とリーシャは昨日の話が印象的だったのか眠れていないようだ。少し眠そうにしている。元から黒騎士側の俺達三人はぐっすり眠っていたが。肝が据わっているからだろうか。あとグラン達の中でもロゼッタは平然としていた。彼女が取り乱したのはユグドラシルの時か。そんなに見てないな。

 

「黒騎士さん。昨日黒騎士さんが話してくれたことは、全て真実なんですか?」

「ああ。オルキスについてはあのご婦人も言っていた通りだ」

「じゃあ一体オルキスちゃんにはなにがあったんですか?」

「そうか。それをまだ話していなかったな」

 

 ルリアに言われて黒騎士は思い出したように答える。

 

「だが、残念ながら私もあの日、あの場所には居合わせなかった。十年ほど前のある日、オルキスのご両親は死に、彼女は今の……人形のようになった。オルキスはあの日以来、成長が止まり、心を失い、人形のようになってしまった」

「おいおい。なにが起きたらそんなことになるってんだよ」

「星晶獣だ。星晶獣に絡んで事故があったらしい」

「らしい、というのは?」

「私が駆けつけた時には全てが終わっていた。私は後になって、その場に居合わせていたフリーシアから全てを教えられたのだ。表向き、オルキスの両親は国外で事故死と報じられ、一人娘のオルキス王女は行方不明ということになっている。そう、国民には知らされている」

「けど実際は行方不明ではなく、今のオルキスちゃんになって帝国に匿われてるってわけね」

「そうだ。そして私はあの日以来、必ずオルキスを元に戻すと誓ったのだ」

 

 言い切って一息吐き少し自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「後のことは貴様らも知っている通り。挙句フリーシアに裏切られ、今に至るというわけだ」

「それが黒騎士の目的だったのね」

「アポロ。お前、そんなことを……」

「けどよぅ、元に戻すったって、どうやって元に戻すんだよ?」

 

 そこでビィが尤もな疑問を口にする。

 

「案ずるな、方法はある。だがそのためには今のオルキスが、あの人形が必要なのだ。今貴様らにその方法を話すことはできない。少なくともあの人形を取り戻すという点では目的は一致している。雌雄を決するなら人形を取り返した後だ。まずは進むぞ、王宮を目指す」

 

 まぁ、雌雄を決することにはなるだろうな。その方法が方法だけに。……その時俺は、どうするんだろうか。黒騎士が戦うなら俺もこいつらと戦うんだろうか。それとも、なにか別の立場になってるんだろうか。

 とりあえず、少なくとも黒騎士の敵に回ることはねぇなとだけは確信しているが。

 

 そんなことを考えつつ歩いていると王宮へと辿り着いた。うぃ……んという駆動音が聞こえてきたかと思うと、入り口を門番のようにゴーレムが塞いだ。

 

「な、なんだぁ!?」

「ゴーレムだな。エルステ王国は星の民が襲来して星晶獣が最大の兵器となるまでの間、ゴーレム産業が発達し戦力としても有数の力を持っている国だったからな。今もその名残りで設置されているというわけだ」

「呑気に解説してる場合じゃないでしょ!」

「ふん。こんな木偶如きに手こずる貴様らでもあるまい。早々に突破するぞ!」

 

 黒騎士の勇ましい姿に感化されてかゴーレムへと立ち向かっていく。巨大で目からビームとか放ってきたが、面子が強すぎて話にならなかった。

 王宮内へ入るがエルステ帝国の兵士どころか、防衛システムとして以外のゴーレムすら見当たらない。

 

「……? まぁいい。手分けして王宮内を探すぞ。迷子になっても助けんからな」

「ぐ、グランは黒騎士についていこうぜぇ! 方向音痴だろ!」

「なっ。……別にそういうわけじゃないし。そんなに言うなら僕とラカム、オイゲンとであっち回るからな」

「ま、待てよぅ、グラン!」

 

 ビィに煽られたグランはムッとした様子で男連中を引き連れて行ってしまう。慌ててビィもついていった。

 

「じゃあ私達も行きましょうか」

 

 ジータが女性陣を率いてグランとは別の道を行く。

 

「スツルム、ドランク、行くぞ」

「はいは~い」

「わかった」

 

 内部のことをわかっている人が行ってしまった。……どうせなら俺も連れていけよ。

 

「えっ?」

「……しょうがねぇ。一番人数少ないが一緒に行くかぁ」

「は、はい。そうですね」

「……ようやく、二人っきりになれたな」

「へ、変なこと言わないでくださいっ!」

「へーい」

 

 取り残されてしまった俺とリーシャで残った方向へ歩き出すことになった。




いや、本編で大事なところを書くのって難しい。私の力不足もありますが。


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フリーシアの行き先

そういやリーシャさんってこの時まだ加入してなくて、独断行動でメフォラシュ来てたんだよなぁ、と懐かしく思います。
トゲトゲしてましたよね、あの頃は。この作品ではあんまりそういう部分ないような……あ、主人公のせいか。


 しかしオルキスとフリーシアは見つからなかった。

 

「クソッ! なぜだ……なぜいない!」

 

 粗方回って誰も見つけられなかったために一旦入り口まで戻ってきている。そこで黒騎士が焦燥して毒づいていた。

 

「隠し部屋とか隠し通路とかはねぇのか?」

「それは私が回った。だがどこにもいないだと……そんなはずは……!」

 

 俺が声をかけるが全然周りが見えていない。焦りだけが募っている状態だ。

 

「クソッ……ここにいないわけが……っ!」

 

 焦りだけを募らせる娘にどう声をかけていいのかわかっていない様子の父親がいる。他も取り乱した様子の黒騎士に困惑しているようだ。

 

「ん? なんだ貴様らっ! その顔、指名手配中の……ぐあっ!」

「……黙れ。今私がすこぶる機嫌が悪い。元よりないが慈悲などあると思うなよっ!」

 

 入り口まで来ていた巡回中だったらしい帝国兵の一団がこちらに気づくが、黒騎士は容赦なく斬って捨てる。そのまま怒りに任せて次々と止める暇もなく斬り伏せていった。……荒れてんなぁ。

 

「一体どこにいる、フリーシア……!」

 

 黒騎士は外へと飛び出してしまった。……こういう時には真っ直ぐな言葉が一番よく効く。俺にはできねぇから誰かにやって欲しいんだけどな。

 

「追おう!」

 

 放っておけないお人好し達が次々と走り出していく。

 その途中街を通ったせいか、

 

「アポロちゃん!」

 

 走っている黒騎士を通りかかった老婆が引き止めた。流石に無視するわけにはいかなかったのか、黒騎士の足が止まる。

 

「アポロちゃん。王宮の方でなにかあったみたいだけど……。まさかとは思うんだけどねぇ。アポロちゃんはオルキス様を見つけたのかい?」

「っ!?」

「十年前のあの日から街を離れてたのも……全部オルキス様のためなんだろう? それでこの王宮の騒ぎだけど……アポロちゃんとオルキス様になにか関係あるのかい? それならあたし達にも……」

 

 昨夜泊まらせてくれた老婆の言葉を受けてアポロは向き直った。

 

「それには……及びません。オルキスは必ず、元気な姿で連れて帰ってきます。必ず、どんな手段を使っても、どんな非道に手を染めようとも……。街の皆が、この国の皆が望んでいる、底抜けに明るい、あのオルキスを連れて帰ってきます。誓って……それを約束します。だから、もう少しだけ時間を……」

 

 彼女は真剣な顔で婦人に告げるも、優しく微笑み返されてしまう。

 

「ふふ……アポロちゃん、あなたは本当に変わらないねぇ。いっつもオルキス様のことばっかりで」

 

 どこか微笑ましい視線を受けて、アポロはなにも返せずにいた。

 

「でもね? よーくお聞き。あたし達が心配しているのは、アポロちゃん、あなたのこともなんだよ。だってあなた、ちっとも笑わないじゃないか。おかげですぐには気づけなかったよ。昔はあんなに、オルキス様と一緒に楽しそうに笑ってたじゃないか」

「それは……昔の話です」

「いいや。今も昔も変わらんよ。なにか辛いことでもあるのかい? そんなに眉間に皺寄せて……折角の別嬪が台なしじゃないか。あたし達が心配してるのはオルキス様だけじゃないんだ。なにか辛いことがあったのなら、いつでもこの街に帰っておいで。あたし達はこの町で待ってるから。この街だって、もう何千年も変わらないんだ……いつまでだって、あなたを待ってるよ」

「ッ……!」

 

 優しい言葉だった。そしておそらく、他人のフリをしようとしていた彼女にとってはよく効く言葉だった。

 アポロはなにも返事をせず走り去ってしまった。……相当に心掻き乱されてんだろうな。今のあいつに貫禄もなにもねぇよ。

 

「アポロちゃんのこと、どうかお願いね」

 

 婦人は後から追いついてきた俺達に向かって頭を下げてきた。

 

「はいっ!」

 

 ルリアが元気良く返事をして、皆で去っていった彼女を追う。

 

「くっ……! 私は……私はもう、立ち止まれないのだ! 私の手は汚れてしまった。もうあそこには帰れないというのに……クソッ! もう私のはなにもない……彼女を取り戻すまで、私のこの手にはもうなにも……」

 

 黒騎士の独白に誰もが口を噤む中、ルリアが一歩歩み寄った。そして黒騎士の握り締めた拳を両手で包み込むように握る。

 

「そんな風に……思ってたんですね」

「ルリア……」

「大丈夫ですよ、黒騎士さん。ううん、アポロニアさん。あなたには私達がいます。すぐ傍にいます」

「だからなんだと言うのだ!? お前達はいずれ私の敵になる! 私達は同じ道を歩むことはできない!」

「まだできます! いつか……どこかで道を違えなくちゃいけないかもしれない。でも、今は一緒です。ずっとじゃなくても……今だけでもある私達は一緒です」

「お前は……それがどういうことを意味するのか、わかっているのか……? お前が取った私のこの手は、いつか剣を握りお前達に刃を向ける! それがわかっているのか!?」

「わかってます! でも……それでも、私はこうしていたいんです」

「っ……!」

 

 ルリアの言葉に、黒騎士は全身から力を抜いた。

 

「クソ……ルリア、お前は強いな」

「当然です。だって私の傍にはいつだって、私を強くしてくれる人がいますから。知ってますか? 一人じゃないってそれだけで無敵なんです」

「ふ……お前だって、それを知ったのは最近だろう」

「ふふっ……ですね。でも、ようやく気づけました」

 

 微かに笑みを作る黒騎士と、はにかむルリア。ルリアは言った後にグランやジータ、仲間達の方を見ていた。

 

「ったく。一人だとかなんとか言ってるが、今まで誰があんたの傍にいたと思ってんだか。なぁ、ドランク?」

「ホントだよね〜。ボスったら長年側近として頑張ってきた僕達のこと忘れちゃったの? それは薄情じゃないかな〜。ねぇ、スツルム殿?」

「全くだ。いつまで経っても手のかかる雇い主だな」

 

 呆れた様子で口にする。

 

「お前達……」

「それに、言わなかったか? 俺はお前達の味方をする、って。その中にあんたが入ってねぇわけないだろ」

「……そう、だったな」

 

 黒騎士は驚いていたようだが、やがて目を閉じて笑った。

 

「だがここにもいないとなるとフリーシアはどこに……」

「彼女の目的がわかればそこから導き出せそうなモノだが」

「ヤツの目的か……。全容は知らん。密偵を送り込みはしたが知れたのは手段の一部だけだ。ヤツはなんらかの目的達成の手段として、あの人形やルリアを欲している。それは間違いない」

「僕達も調べてみようとはしたけど、踏み込みすぎないようにしてたから同じような感じだね~」

 

 フリーシアの目的か。

 

「ルリアとオルキスを手段として用いるのであれば、おそらく星晶獣絡みだとは思うのだが……」

「星晶獣、つっても島ごとに違うわけだろ? どこのどんなヤツのチカラで目的を成し遂げるかなんて見当もつかねぇ」

「今から島を回ったって間に合わないものね」

 

 星晶獣ねぇ。具体的な目的がわかればどんな星晶獣が必要なのか推測を立てることはできるんだろうが、それもわからないと来た。じゃあ憶測を並べ立てるしかねぇよなぁ。

 

「黒騎士がここだ、って思ったのはここがフリーシアもいたエルステ王国の王都だったから、ってのと事件によってオルキスの両親を殺しオルキスの心やらを奪った星晶獣がいるから、王国を取り戻すっていう目的なら達成できる可能性もあると踏んでたんだと思うが、どうだ?」

「ああ、そうだ。ヤツにとってもエルステ王国は取り戻したいモノではあると思っている」

 

 フリーシアの昔を知っているのが彼女しかいない今、推測でしかない状態だ。ただ今はできるだけ情報が欲しい。

 

「なるほどなぁ。だがここにはいなかった。ってことはさっきから話してる通りなんらかのチカラを持った星晶獣に宛てがあってその星晶獣のいるところへ向かった、ってことになるわけだ。じゃあ仮にエルステ王国を取り戻す、という目的だったとして、どんなチカラがあれば達成できると思う?」

「……エルステ王国が滅んだ原因の一つとして、王族が失われたことが挙げられる。死者を生き返らせる星晶獣でもいれば建て直すことは可能かもしれんな」

 

 黒騎士が考えを口にする。

 

「じゃあ死者蘇生ができそうな星晶獣に心当たりは?」

 

 全体に尋ねてみるが、誰も心当たりはないようだった。

 

「幽霊でならできるかもしれないけど、それじゃ王国の再建には程遠いだろうし。今は大人しくなってるから無理かな」

「オッケ。じゃあ次だ。他にはどんな能力でならエルステを復活させられると思う?」

「過去に遡るとか、どうでしょうか」

 

 リーシャが口を開いた。

 

「星晶獣が事件を起こしたというその直前に戻って、王族を助けるとか」

「いい案だ。じゃあその線で心当たりは?」

「……そんな星晶獣とは会ったことないな。ガロンゾのミスラはダメージを巻き戻すように修復してきたけど、時を遡る、っていうほど強力な星晶獣じゃないと思う」

 

 グランが心当たりを口にするが、実行するには程遠いようだ。

 

「そういうダナンはなにかチカラの案はあるの?」

「俺は全然。あるんだったら自分で言うわ」

 

 知識も経験も俺には不足しているモノが多い。俺より色んなところを旅してきたグラン達や、年上で情報に長けたドランク達でも思いつかなければ俺にはなにかこいつらが発想に辿り着くまでのきっかけを作ることしかできない。

 

「じゃあ島を守る星晶獣じゃねぇ、とかで考えてみたらどうだ?」

 

 ビィがそう告げてくる。……島を守るヤツじゃない、か。

 

「例えばあれか? 星の民が昔に封印した星晶獣が眠っている……とかそんなんか?」

「そんな話聞いたこともねぇ。遠く離れた土地だってんならもう間に合わねぇぞ」

「星の民に関わりのある島、土地ねぇ……。ここはどっちかって言うとあれだよな。空の民側だよな。どこかに星の民(ゆかり)の場所とかねぇもんか」

 

 流石に歴史の勉強とかは優先してやってこなかったからなぁ。俺の頭にはちっともない。しかし、黒騎士は考え込むように顎に手を当てていた。他はわかっていないようだ。……いや、ロゼッタはなんか妙な顔をしている。俺が見ていることに気づくとすぐ普段通りの余裕ある顔に変わったが。

 

「……一つ、心当たりがある。だろう、ロゼッタ」

 

 黒騎士は静かな声で言った。話を向けられた彼女の方に視線が集中する。

 

「ええ。ということは、あなたも同じ場所を思い浮かべたのね」

「ああ。憶測に過ぎないだろうが、行く価値はある。――ルーマシー群島には、星の民の遺跡がある」

 

 二人だけでわかったような会話をしていたが、黒騎士がそう告げてくれた。星の民の遺跡、か。そうなれば俺の推測に沿った場所ではあると思うんだが。

 

「いいのか? 俺の半端な予想を宛てに考えた場所で」

「構わん。どうせ他に行く宛てもない。いなければアガスティアにでも乗り込んでやればいい」

「脳筋かよ。まぁ、いいか。あんたの好きにどうぞ」

「元からそうするつもりだ。貴様らも、それでいいな?」

「うん。僕達じゃわかりませんし」

「私も全然見当つかないから、心当たりがあるならそこで」

 

 黒騎士は団長である二人にも確認を取って、行き先を決定する。さて、本当にルーマシーにいるかは知らないが。……そういやロゼッタはあの島のことならなんでも知ってるとか言ってなかったか? それは島の外でも有効なんだろうか。

 

「なぁ、ロゼッタ」

 

 俺は皆が移動する中、最後尾のロゼッタの隣を歩き声をかける。

 

「あら。珍しいわね、あなたが声をかけてくるなんて」

「今までなかったから当然だ。あんた確か、ルーマシー群島のことならなんでも知ってるとか言ってたよな。あれは島の外にいても当て嵌まるのか?」

「残念だけどわからないわ。島にいれば、もちろんわかるけど」

「そうかい」

 

 真偽は兎も角、行くしかないようだ。できるだけ無駄を省きたかったんだがな。

 

「あ、そうだ。グラン、ジータ」

 

 俺はロゼッタの隣から先頭に近い二人へと声をかけた。

 

「お前らシェロカルテが今どこにいるか知らねぇか?」

 

 振り向いた二人に尋ねる。

 

「シェロさん? どうして?」

「俺の短剣壊れちまっただろ? どうにかして調達したいんだが、手っ取り早くいいモノを買うならあいつのとこがいいかと思ってな」

「なるほど。僕も新しい武器を持っておいた方がいいと思うんだけど。でも時間がないから」

 

 グランもシェロカルテのところへは行きたいようだったが、寄り道している時間がなさそうだ。確かに無駄足を踏んでおいて寄り道する時間はないよなぁ。

 と、半ば諦めていたのだが。

 

「あれれ~? 皆さん、こんなところで奇遇ですね~」

 

 噂をすればなんとやら。ハーヴィンの商人は神出鬼没だ。

 

「……なんでこんなとこいんだよ」

「商人は商売のできるところならどこへでも行きますよ~」

「ってかグランサイファーだってわかってて待ち伏せしてたんだろ?」

「バレちゃいましたか~。では物資補給や情報など、懇意にしている皆さんへの特別価格でお売りしますよ~」

 

 用意のいいことで。

 

「情報ってんならフリーシア宰相のいる場所知らねぇか?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 

「フリーシア宰相ならルーマシー群島に向かいましたよ~」

 

 ……あっさりと回答しやがった。さっきまでの話し合いいらなかったんじゃないか?

 

「……マジかよ」

「はい~。黒騎士さんならあの子を探しに行くと思って、目撃情報を貰ってたんです~」

「……シェロさんって普通の商人じゃないよね、いつも思うけど」

 

 大半が苦笑する羽目になった。

 

「で、グランサイファーを追いかけてここまで来たのか?」

「そうです~。商人は、商機を見逃さないモノですよ~」

 

 儲けと善意が合わさってのことだとは思うが、とんでもないタイミングだ。この商人と関わりを持てたことは俺達にとって幸運、いやおそらくそれすらもシェロカルテから目をつけたのかもしれないな。

 

「じゃあお言葉に甘えて補充するとするか」

「はい~。食糧や装備など、様々なモノを取り揃えていますよ~」

 

 そうして、彼女の思惑通りに俺達は物資の補充を行った。俺は短剣の購入と足りなくなっていた素材やアイテムの調達。そして例のモノを依頼しておく。

 これで、俺ができる限りの準備は整った。

 

 他もその日の内に補給を済ませて各々できる限りの準備を整える。そしてフリーシアとオルキスのいるルーマシー群島へとグランサイファーを発進させた。



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森の奥へ

最近ランキングから作品を読んでいるのですが、二次創作って色々あるんですねぇ。

で、そんな中見つけたのですがこの作品が週間ランキングに入っていました。日間はなかったんじゃないですかね、多分。
それも読んでくださっている皆様のおかげです。ありがとうございます。

ただまぁ更新頻度補正だと思っているのでストックが切れてからが本番ですね。
ストック切れて頻度落ちてからも読んでいただけるように、頑張っていきたいと思います。


 空を全力で翔るグランサイファー。

 全速力でルーマシー群島へ向かうと、草木の生い茂る樹海と共に帝国の戦艦が停泊しているのが確認できた。

 

「帝国のヤツら、ここに来てるみたいだぜぇ」

「うん。いよいよだ。皆、気を引き締めていくよ!」

 

 ビィとグランが言って、表情を引き締め決戦へと気合いを入れる。……俺そういうの向いてないんだよなぁ。というか、団体行動が苦手だ。

 

「悪い。俺別行動するわ」

 

 ということで、上陸したところでそう申し出た。

 

「どういうつもりだ?」

 

 案の定黒騎士から睨まれてしまう。他も少し意外そうなと言うか、驚いた様子だ。

 

「そう睨むなよ。隙見てオルキス掻っ攫えた方がいいだろ? 人質として取られないとも限らない。もちろんあいつもオルキスが必要だからそんなことはしないと思うが、二人じゃなくてルリアとどっちかだけいればいい、っていうんだったら話は別だ。オルキスを人質に取った上でお前らを始末し、ルリアだけを捕らえばいい」

「……確かに、その可能性は否定できないが」

「だろ? だから俺が一人回り道して背後を取る」

「それなら僕達も行った方がいいんじゃないの?」

「悪いが【アサシン】で気配消せた方が見つからずに済む。道中帝国兵がいないとも限らないしな」

「じゃあ私かグランのどっちかが……」

「お前らはダメだ。片方しかいなかったらバレる。その点俺はフリーシアと会ったことがないからある程度いなくても誤魔化せる」

「……わかった」

「で、ルーマシーのことならなんでも知ってるロゼッタさんや? フリーシアはどこだ?」

「……さぁ、どこでしょうね。ルリアちゃんなら、オルキスちゃんの居場所がわかるんじゃない?」

 

 残念ながら答えてくれなかった。島にいるなら有効じゃねぇのかよ。

 彼女の言葉を受けて両手を前に目を閉じ集中したルリアは、

 

「……はい。リヴァイアサンの共鳴を感じます。森の奥、以前黒騎士さんやユグドラシルと戦った場所の近くにいます」

 

 便利な力だ。だがおかげでオルキスと、おそらく共にいるフリーシアの居場所もわかった。

 

「へぇ。結局ユグドラシルとも戦ったんだな」

「言ってなかったか? あの後撤退する時に人形が呼び起こしたのだ」

「聞いてない気がする……そうか、それでねぇ」

 

 嫌がってたのに起こしたってことはオルキスの意思ってことになるのか。なんだか申し訳ないな。

 

「まぁいいか。とりあえず俺は迂回して奥に回り込む。多少遅れるだろうが不意打ちなら任せとけ。得意分野だ」

「ふん。精々道中の魔物に殺されるなよ」

「はっ。誰が鍛えたと思ってんだ、当たり前だろ」

「そうか。頼んだ」

「おう」

 

 黒騎士と言い合って、俺は森の中を駆け出した。大きく迂回して裏を取るために。【アサシン】になって足音を消し、気配を潜めて敵に見つからず回り込む。やっぱり、こういう方が俺の性に合ってるよな。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンと分かれた後、グラン達と黒騎士達は早足で森の中を進んでいた。

 

「ダナンは大丈夫なんでしょうか」

 

 リーシャは彼が一人で行ったことに対して不安を口にする。

 

「心配に呼び捨てとは、随分仲良くなったモノだな」

「そ、そういうんじゃありません!」

 

 黒騎士に指摘されて頬を染めたリーシャを見れば、嘘なのではないかと勘繰ってしまう。

 

「ただ森には帝国兵もいるでしょうし、やはり誰かついていった方がいいんじゃないかと思ってしまって……」

「そうだな。通常、その考え方は正しい」

「?」

「ただあいつは単独の方が自由に動ける。人の気持ちを汲み取るのが上手いヤツだが、それ故複数人で戦う時は相手に合わせてしまう。その場合あいつの長所が潰れることが多い」

「随分と高く評価しているんですね」

「当然だ。なにせ、秩序の騎空団に潜入して私の脱獄に貢献したからな」

「……」

 

 黒騎士の皮肉に不満そうな顔をしつつも、鍵を盗まれた張本人だからか言い返さなかった。

 

「大丈夫ですよ、リーシャさん。ダナン君は結構強いですから」

「対応力、っていう点なら『ジョブ』を持ってるから僕達と同じだし」

「それに黒騎士さんと手合わせしてる時、ClassⅠ相当――『ジョブ』を使って強化された状態じゃない強さで加減したとはいえ奥義を相殺してますから。多分私よりも断然強いですよ」

「ちょっと悔しいけど、二人がかりで戦ってもいい勝負されるんじゃないかな」

「そ、そうなんですね……」

 

 事前の情報では敵対しているとのことだったが、どうやら二人はある程度実力を買っているようだ。同じ能力を持っていることからその便利さを理解していて、更には個人の実力も見せつけられていた。とはいえあまり心配していない、信頼した様子に少し面食らっていた。

 

「そこの二人が言ったように、あいつは成長速度がこの二人並みでありながら一人で戦った時の方が強い。それに、いざという時のための備えだと考えればあれほど人格的に適任はいないだろう」

「能力ではなく人格、ですか」

「ああ。人を騙す、人に取り入る、嘘を吐く、本心を見せる。貴様が身を以って体験したように、そういうのが上手いヤツだ。取り分け潜入捜査に向いている。そこの胡散臭いエルーンのように怪しい雰囲気を出さないこともできる。確実な隙を見つければ容赦なく突く、貴様がからかわれるのと同じようにな」

「……話はわかるんですが私に妙に当たりがキツいような気がするんですが」

「さてな。未熟者を見ていると苛立つという、アレだろう」

「私は確かに未熟者ですが、それでもできる限りをやると決めています。以前と同じとは思わないでください」

「ダナンに言われたからだろう、単純なヤツだ」

「ち、違います! 確かにきっかけはそうかもしれませんがちゃんと自分で考えてますから!」

「きっかけがなければ考えることもなかっただろう? だから簡単に絆される」

「絆されてませんから! というかやっぱり私への当たりがキツいと思います。なにか私情でもあるんですか? これから共に戦うのですから、後顧の憂いは断っておきたいんですが」

 

 リーシャとしては、なにか言いたいことがあるならはっきり言って欲しい、というスタンスだ。確かに言われてみればリーシャへの当たりがキツいような気がする。無論それ以上にキツく当たられているおじさんはいるのだが。

 

「……そんなにキツく当たっていたか?」

 

 黒騎士は自覚がなかったのか、リーシャ以外に尋ねた。

 

「まぁ、確かにそんな気もするよね~。僕達みたいに協力者じゃないにしても、妙に突っかかってる気はしてるよ?」

「ああ。何気なく突っかかってることが多い。長い付き合いになるがそんな相手はいなかったと思う」

 

 最も彼女と付き合いの長い二人が言った。

 

「そうか……。それは悪かったな。自覚はなかった、特に貴様に対して思うところはない」

 

 自覚がなかったとはいえ悪いことをしたと思ったのか素直に謝罪を口にする。

 

「いえ、もしや私の父となにかあったのかと勘繰ってしまって……なにもなければ構いません。やめていただければ」

「ダナンがそうしていた影響かもしれんな。茶化されるのが好きなのかと思っていたのかもしれん」

「好きじゃありませんから!」

「ああ、そうだったな。あれはダナンだからか」

「違いますから! そういうところですよ!」

 

 変わらぬ物言いで言い合う中、ドランクはいつものように軽い調子で言う。

 

「いやぁ、これでボスの突っかかる理由が、ダナンがリーシャちゃんばっかり構うから、とかだったら可愛げがあったんだけどねぇ。ヤキモチ焼いちゃって、とか~」

 

 瞬間、恐れ知らずだなこいつ……という視線が一斉に彼を向いた。

 

「……貴様。どうやら一度頭を捻り潰した方が良さそうだな」

「一度でも潰されたら終わりだからね!?」

「問題ない、そこに【ビショップ】で蘇生のできる者がいるからな。一回殺っておくか」

「ちょっと待ってぇ! ボス、冗談だって、冗談!」

「……ふん」

 

 ドランクの必死な懇願が効いたのかあっさりと引き下がる。

 

「これで必死になって否定すればそこの小娘と同列に扱われかねないからな」

「やっぱり私に突っかかるじゃないですか!」

 

 妙に言い合う二人だったが、全く負い目のなさそうな彼女らを見て、緊張していたグラン達の心が解れていた。そのために軽口を叩いていたのかと大人組が納得しかけるが、おそらくそんなことを考えずただ話していただけなのだろうと思い直す。

 

 そのまま歩く中で半ばまで来たかという時に、話がなくなった一行の静かな歩みを遮る者がいた。

 

「……あの人形を助けに行く前に、貴様らには私の目的を話しておこう」

「えっ……?」

 

 黒騎士だ。取り返しに行く目前でそんなことを言い出した彼女を、ルリアが不思議そうに見上げる。

 

「急にどういうつもりだ?」

「特に理由はない。ただ、貴様らには聞く権利がある」

 

 そう言って、振り返らず先頭をずんずんと進む黒騎士は語り始めた。

 

「ルリアとお前……グランの方だったか。グランが死んだ時にルリアが生き返らせるため命を共有しただろう。あの力の本質は、そうではない。魂を分け与える能力だ」

「魂を……」

「魂を分け与えられた者は、魂があればグランが生き返ったような形となる。だが受け取った側に魂がない場合は、分け与えた側――つまりはルリアの人格が発現する」

「……」

「だから私はルリアにかつてのオルキスの人格を再現し、その力を使って今のオルキスに魂を与えその人格を移す……」

「でも、それじゃあ……」

「ああ。今いるルリアとオルキスは、消えるだろうな。だが止まる気はない。そうして、かつてのオルキスを取り戻せるのならな」

 

 話を聞いた当人のルリアは悲しげに顔を伏せる。他の面々も、怒りや悲しみなど様々な感情が渦巻いているようだった。

 

「……なんで、今その話をしたんですか……?」

 

 ルリアは悲しそうに聞く。これから協力してオルキスを取り戻すという時に、わざわざ決定的な決別を告げなくてもいい。そう言外に告げていた。

 

「……さぁな。お前達には、話しておかなければならないと思った。ただそれだけのことだ」

 

 黒騎士は努めて淡々と語る。一転して重苦しい空気になっていた。

 そんな中、ルーマシー群島のことならなんでも知っていると嘯くロゼッタが、余裕ある態度で一人一人に声をかけていく。

 

 まるで、自分がいなくなった後のことを考えているかのように。

 

「今は進むぞ。オルキスを取り戻さなければ、私の目的もなにもない。いずれ雌雄を決するとしても、今は協力するのだろう?」

「……そ、そうは言いましたけど……」

「なら一度口にした言葉には責任を持つのだな。軽い気持ちで、覚悟など背負えんぞ」

 

 ルリアが言う中、妙に温かく見守るように黒騎士は微笑んでいた。微かにだったため、落ち着きを払ったロゼッタと傭兵二人以外は気づかなかったのだが。

 

 そうして、いつかその場所で戦った者同士が協力して、そこへと辿り着く。

 

「随分と、大仰なお出迎えだな。だが私を迎えるには少々足りないようだ」

 

 森の中で待ち受けた帝国兵の集団を見て、黒騎士は獰猛に笑った。集団の最後尾には、眼鏡をかけた銀髪のエルーンの女性が佇んでいる。集団で見えないが、その隣には蒼髪の少女もいるはずだ。

 

「指名手配犯と裏切り者、黒騎士が来ました! 総員、かかれーッ!」

 

 先頭の兵士が合図し、武器を構えた一行に大勢の兵士が押し寄せてくる。

 

「温いな。私の指導を受けておきながら、たったこれだけの人数でかかってくるとはな。舐めるなぁ!」

 

 黒騎士は言うと、渾身の力で剣を振るった。衝撃で兵士の半数が空高く吹き飛び、地面に激突して着込む鎧の重さに押し潰される。たった一振りの甚大な被害に兵士達の足が止まる。倒れた兵士もいる中を、黒騎士は悠々と進んだ。

 

「い、今だ! やれっ!」

 

 無事な兵士の内一人が号令を出すと、グラン達の左右の茂みから一斉に銃を構えた兵士が姿を現した。

 

「ライトウォール!」

「ファランクス!」

 

 カタリナと【ホーリーセイバー】になったジータが左右それぞれに障壁を張り、弾丸を防ぐ。第二射が放たれるまでの間にオイゲン、ラカム、イオ、ドランクの後衛が兵士の数を減らし、二射をまた二人が阻んだ。

 正面の残った兵士達が黒騎士へと襲いかかり切り伏せられる中、左右を通り抜けようとする者を【ウエポンマスター】のグラン、リーシャ、スツルムが倒していく。

 

 フリーシアの周りにいる兵士達が次々に倒れていく中でも、フリーシアは不気味な笑みを湛えたまま佇んでいた。

 銀髪に眼鏡をかけたエルーンの女性。ただ双眸は冷たく暗い雰囲気さえ発している。黒の制服の上に宰相だからか白のコートを肩にかけていた。

 

「それにしても、随分と時間がかかったようですね。我々がルーマシー群島にいることは秩序の騎空団から聞いたと思うのですが……」

「えっ?」

 

 思わぬ名称が出てきて、船団長リーシャが怪訝な声を上げる。

 

「おや、違うのですか? では、こうして使うとしましょう」

 

 フリーシアはそう言って、奥から磔にされた秩序の騎空団の団員を運ばせる。

 

「っ!」

「す、すみません……リーシャ船団長。不甲斐ない我らを、許してください……」

「あなた達、なぜここに!?」

「モニカ船団長補佐の指示で帝国を、宰相フリーシアの動向を探っていたんです。そこでルーマシーに来ていることがわかったのですがこうして――うがっ!」

 

 怪我をした団員が話すのを、銃声が遮った。彼の太腿を近くの帝国兵が撃ち抜いたのだ。

 

「っ……!」

 

 リーシャが思わず飛び出そうとするのを、黒騎士が手で制した。

 

「待て。あんな雑魚共、引き鉄を引く間に殲滅できる。不用意に近づかないことだ」

「…………はい」

 

 リーシャはぎゅっと目を瞑り長い間を置いて前傾姿勢を解いた。

 

「おい、フリーシア。あの人形はどこにいる?」

 

 黒騎士は兵士達の動きを警戒しつつ尋ねる。

 

「ここにはいませんよ。ただこの島には来ています。あれも起動には欠かせない存在ですからね」

「オルキスちゃんを返してくださいっ!」

「無理な相談だとわかっているでしょう。……それにしても『器』が彼女のことを気にかけるとは……覚醒の影響なのでしょうか? なかなかに興味深い」

 

 フリーシアはルリアを冷たい笑みのまま見つめた。それをカタリナが前に出ることで遮る。

 

「貴様……なにを言っている?」

「余所見をしている余裕があると思うな!」

「あらあら。しょうがないわね。こっちから片づけてしまいましょう」

 

 ロゼッタは帝国兵が襲いかかることにコメントするも自分は手出ししないようだ。

 

「しかし流石に島々の星晶獣を収めてきただけのことはあります。あなた達の手に負える相手には思えませんが?」

「い、いえ! ここは我々が……!」

 

 フリーシアが酷薄な笑みを浮かべる先は味方であるはずの帝国兵達だった。その言葉に攻撃が苛烈化する。

 

「ほう? あなた達であの連中を止められるとでも?」

「はっ! 必ずや! 必ずやルリアも手中に収めてご覧に入れましょう! ですので閣下……。どうか『マリス』のご使用は……」

「検討はします。ですが私の目的はあなた達の身の安全を確保することではありません。必要だと判断すれば『マリス』は使用します。よろしいですね?」

「はっ!」

 

 フリーシアとの会話後帝国兵に気力が漲ったかのようだった。いや、どちらかと言うと決死の覚悟がそうさせているのか。

 動きが劇的に変わる帝国兵に戸惑いつつも、一行は「マリス」という聞き慣れない単語に嫌な予感を覚えた。味方すらも恐れる兵器、なのだろうか。正体はわからなくとも逸早く兵士を片づける他なかった。

 

 決死だろうとなかろうと、絶対的な実力差は埋まらない。

 帝国兵は数を減らし、黒騎士とフリーシアの間にはもう兵士がいなくなっていた。しかし彼女が笑みを絶やすことはない。

 

「フリーシア……貴様、なにが目的だ? 答えてもらうぞ。あの人形とルリアを利用して、このルーマシーでなにをするつもりだ?」

「私が望むのは正しい世界です。私はあるべき世界を取り戻そうとしているに過ぎない。汚点はその存在を抹消され、道を誤った歴史は正しい姿を取り戻さなくてはならないのです」

「どういうことだ? まさか貴様……」

「やいやい! わけわかんねーこと言うんじゃねーやい! つまりどーいうことなんだよ!?」

 

 黒騎士にグランが追いつき、そこについてきていたビィが会話に割り込んだ。帝国兵は数を減らし一行全体がフリーシアとへ近づいている。

 

「兵達では相手になりませんか。ではこれならどうでしょうね」

 

 フリーシアは懐から二つの魔晶を取り出す。

 

「魔晶だと!?」

「魔晶自体の力も強くなっているわ。気をつけて、皆」

 

 一行が警戒を強める中で、

 

「出でよ! 星晶獣リヴァイアサン! 星晶獣ミスラ!」

 

 フリーシアは魔晶を掲げて二体の星晶獣を顕現させる。青の竜と、緑の歯車が組み合わさったような奇妙な姿。グラン達が相対したこともある、そしてオルキスが力を吸収した星晶獣達だった。

 

「チィ! こりゃちぃとばかしキツそうだぜ!」

「ふん。老いぼれたのなら島で畑でも耕していろ。ここで立ち止まることはない! 行くぞッ!」

 

 オイゲンの弱音を切り捨てて、黒騎士は先陣を切り星晶獣の前へと躍り出る。

 

「黒騎士さん! そっちのミスラはデフラグでこっちの行動に合わせた対応をしてくる! あと無尽蔵に修復してくるから、決めれるなら一撃でお願いします!」

 

 戦闘経験のあるグランが黒騎士へ声をかけた。

 

「わかった。私はミスラをやる。そちらは任せたぞ」

「はいっ!」

 

 今いる戦力で最も高い攻撃力を誇るのが黒騎士だ。彼女がミスラを相手取る間に、他でリヴァイアサンを倒す。

 

「じゃあ僕達で援護かな~。ボス、きっちり決めてよ?」

「誰に言っている」

「強い癖して、やたらと手のかかる雇い主にだ」

「ふん。お前達こそ足を引っ張るなよ」

「それこそ、誰に言ってるって話だよねぇ」

 

 黒騎士を側近二人が補助する形で戦うようだ。

 

「僕達はあの頃よりも強くなってる! それに完全な再現じゃないみたいだ! 油断ならないけど、勝てない相手じゃない!」

「うん! 私達の力、見せてあげよう!」

 

 二人の団長が先頭を切る。グランが『召喚』で宝剣アンダリスとパラシュを呼び出し、ジータが【ウエポンマスター】へと姿を変えた。宝剣アンダリスをジータが手に取る。

 

 本来よりも小さいサイズの星晶獣だったが、とはいえその力は絶大だ。全力で戦う必要がある。

 

「いくぞ!」

 

 グランの声に応じてそれぞれが行動を開始した。

 グランとジータが前衛でアタッカーとなり、カタリナとリーシャが中衛で後衛を守りつつ前衛のフォローをする。後衛はラカム、オイゲン、イオだ。

 

「私が最初にやります! 続いてください!」

 

 守られるような立ち位置のルリアが言って、両手を前にグランなしで星晶獣を呼び出した。

 

「お願い、バハムート!」

 

 黒騎士曰く魂を分けているためか、二人で呼び出した時よりは小さな体躯だったが、それでも同じ星晶獣である。拘束具で腕を封じられ目隠しをされた状態ではあったが、必殺の一撃を放つために仰け反った。

 

 ――大いなる破局(カタストロフィ)

 

 咆哮と共に開いた口から破壊の波動が放たれる。リヴァイアサンも迎撃するように口から水を吐き出すが、拮抗したのは僅かで押し返され、直撃した。

 

「今だよ!」

 

 ジータの合図で、一斉に奥義を叩き込む。というところでもう片方の決着がつく。

 

 黒騎士が闇のオーラを纏って悠然と近寄るのを、ミスラは歯車を飛ばし迎撃しようとするが、スツルムとドランクがさせない。二人の攻撃方法に対応しようと変化し続けているミスラだったが、戦闘経験が豊富な二人にとって事前情報があれば問題ない相手だったようだ。一度行った攻撃は覚えられてしまうが、黒騎士がミスラの眼前に辿り着くまでの間対処し続けていた。

 そして。

 

「万に一つも残さないために全力でいくぞ。――散れッ!!」

 

 黒騎士がミスラへとブルドガングを振るう。空間に亀裂が走りミスラの身体が軋んだ。空間が割れて闇の奔流が襲うとミスラを呑み込み欠片も残さず消滅させた。そのまま森を破壊するかに思われた攻撃だったが、茨の壁が分厚く展開されて森を守る。

 

「所詮は紛い物か」

 

 黒騎士は吐き捨て剣を払う。

 彼女の凄まじい一撃を目の当たりにした面々に気合いが入り、それぞれの奥義を放った。

 

 火焔と岩石の銃弾が、冷気の竜巻が、青の剣と風の奔流が。そして上から下へ真っ直ぐに伸びた斬撃と幾重にも重なった斬撃が。

 各々の全力の一撃が怯んだリヴァイアサンへと直撃し、消滅させる。

 

「……はぁ……はぁ」

「……やっぱりキチぃな」

 

 しかし全力を尽くした彼らは渾身を放ったためにやや疲弊していた。

 

「これで貴様の頼りにしている魔晶も下したか」

「ええ、流石ですね。この程度では相手にもなりませんか。……ですがこの目でしかと確認しました。星晶獣も問題なく扱えていますし……『器』の覚醒は充分、ということでしょう」

 

 フリーシアはルリアを見つめて不気味に笑う。魔晶すら敵わなかったというのに、未だ余裕は剥がれていなかった。

 

「待った甲斐があったというモノです。これで全ては整った……。あなた方には歴史の分水嶺に立つ資格があるようですからね」

「資格だと? なにを言っている。誤魔化さず貴様の企みの全てを話してもらうぞ!」

「口を慎みなさい、小娘が。企む? そのような言い草はやめていただきたい。我が悲願はエルステ王国の再興……アーカーシャによる歴史の修正こそが、私の目的なのですから」

「アーカーシャだと!? バカな……あれが実在するというのか!」

 

 アーカーシャ。その単語を聞いた時黒騎士が目を見開き動揺する。

 

「な、なんだぁ? あんなに狼狽えた黒騎士、初めて見るぜ」

「あの侵略達者達の言葉を鵜呑みにしないのは賢明ですね。しかしながら、アーカーシャは実在します。このルーマシーの遺跡にこそ、アーカーシャは眠っているのです」

 

 フリーシアは黒騎士をせせら笑うように告げた。

 

「え、えと……アーカーシャってなんなの?」

「……星晶獣アーカーシャ。私は伝説上の存在だと思っていたのだが……。アーカーシャは覇空戦争末期に星の民によって最終兵器として作られた星晶獣であり、歴史そのものに干渉し世界を書き換える力を持つ星晶獣だ」

 

 イオの当然な疑問に黒騎士が答え、一行に衝撃が走る。

 

「……世界を、書き換えるだぁ?」

「それはつまり……過去に起こった出来事を改竄し、今の世界を作り換えるということか……? しかしそんなこと……そんなことは最早、創造神の所業じゃないか!」

「その通りだ。だから私は話を聞いていても伝説上の存在だと思っていた……」

 

 彼らの驚きに黒騎士が同意する。

 

「あの侵略者達は忌々しくもこの空の歴史に大きな汚点を残しました。しかし、その技術は正に神にも等しいモノだったのです」

「おいおい、冗談じゃねぇぞ……。星の民ってのはそこまでとんでもねぇ連中だったのか?」

「ふふふ……しかしそれ故、その神にも等しい力を以って私は世界を取り戻す。星の民という異物を、歴史の侵略者を……その存在ごと抹消する。アーカーシャを使い、歴史の汚点を……星の民の存在自体をなかったことにする。そして、我らがエルステ王国は悠久の繁栄を取り戻すのです」

 

 驚く皆に、フリーシアは自らの目的の全容を説明し切った。

 

「け、けどよぅ……! 歴史から星の民の存在が消えてとして、なにが起こるってんだ?」

 

 ビィが全員の気持ち代弁する。

 

「なにが起こるかは誰にもわからない。最悪の場合、今のこの世界そのものが消滅することもあり得る……」

「バカな……たった一体の星晶獣で世界を滅ぼすだと!?」

「仮に星の民の存在の抹消が上手くいったとして、それでも世界は大きく変わるだろうな。フリーシアの狙い通り星晶獣にその座を奪われたゴーレムは、再び空の最大戦力として返り咲き……。ポート・プリーズ、バルツ、アウギュステも、全て今とは違った姿になるだろう」

「私達が旅してきた島が……」

「ましてやルリア、お前の存在も……。星の民を父に持つオルキスもどうなるかわからない」

「そんな……」

 

 仮定を並べたとしても、彼らの守りたいモノが変貌し、今と異なる今へと変わることは間違いないだろう。

 

「要はとっととオルキスを取り戻して宰相サンの計画を潰しちまえばいいってことだろ!」

「そうだね。ルリアは渡さないし、オルキスちゃんも取り戻す!」

 

 ラカムに呼応してグランも強く宰相を睨みつける。

 

「宰相殿。あなたの計画には賛同しかねる」

「理解を求める気はありません。しかしこのままでは不利なようですね。――命を張って足止めを。計画を変更し『マリス』を使用します」

「はっ!」

 

 カタリナが代表してきっぱりと断言する。フリーシアは元々賛同してもらう気はなかったのか、残った兵士達に命じると踵を返した。

 

「ま、待て!」

 

 後を追おうとするが兵士達が行く手を遮ってしまう。

 

「チッ! 蹴散らすぞ!」

 

 舌打ちした黒騎士に続いて、グラン達も兵士達を薙ぎ倒して囚われていた秩序の騎空団団員を救助しグランサイファーの場所を伝えると、フリーシアの後を追うのだった。




次回は満を持してのオルキス回。

兼本編で言うところの「悪意の謀略」……でしたっけ? あの辺です(適当)


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謀略砕くは無垢なる願い

というわけで本編同様オルキス回です。

本編より可愛いオルキスを目指して←目標が高い。


 帝国兵を蹴散らし、道を阻むゴーレムを倒してフリーシアの消えた先、ルリアの感じる大きな力を頼りに突き進んでいく。

 

 一行はとある朽ち果てた神殿に辿り着いた。そこにいる、とルリアが感じ取っていたが、近くまで来れば他の面々にも感じ取れるようになっていた。

 意を決し、必ずオルキスを取り戻しフリーシアの野望を打ち砕くと気合いを入れ直して神殿へと入っていく。

 

「来たぞ! 迎撃準備!!」

 

 しかしただでは通してくれない。神殿の中には帝国兵が大勢待機していた。

 

「チッ。やっぱりいやがるか」

「前哨戦としては充分だ。蹴散らすぞ!」

「ここを死守しろ! でなければ『マリス』……! ここで勝つしか、我々に生きる道はない!」

 

 帝国兵も後がない様子でかかってくるが、七曜の騎士を含む一団には及ばない。星晶獣でさえも足止めにしかならない彼らの前に、兵士達はなす術がなかった。

 容赦なく兵士を斬り伏せた黒騎士は、一人の兵士に剣を向ける。

 

「おい。貴様らが先程から口にしている『マリス』とはなんのことだ? 新たな兵器か?」

「そ、それは……」

 

 帝国兵が吃る中、かつかつとフリーシアが奥から姿を現した。

 

「おやおや……。マリスにご興味がおありですか、前エルステ帝国最高顧問様?」

「……」

 

 彼女の隣にはオルキスもいる。

 

「フリーシア!」

「オルキスちゃん!」

 

 ルリアの呼ぶ声に、オルキスは答えない。

 

「役者は揃った、というところですか。では始めましょうか」

「お、お待ちください閣下! あの者達は必ずや我々が!」

「戦況を正しく認識していればわかることでしょう。あなた達では勝ち目がない」

 

 必死に懇願する兵士はなにかに怯えている様子だった。しかしフリーシアは取り合わず微笑んでいる。兵士の尋常でない様子を見て怪訝に思う一行だったが。

 

「貴様の言う通り兵士は残り僅かだ。逃げ場はないぞ、フリーシア! その人形を返してもらおうか!」

 

 黒騎士の言葉に、フリーシアは笑みを歪にして笑い出す。

 

「くくく……くひひ! まさか私を追い詰めたなどと思ってはいないでしょうね! 勘違いも甚だしい! あなた達は我々に誘き寄せられたのです!」

「貴様……この期に及んで減らず口を……」

「待て、黒騎士! なにか様子がおかしい!」

 

 フリーシアの様子に警戒を強める中で、当の彼女がある言葉を口にした。

 

「くくくく……。――目覚めよ、摂理を奪われし偉大なる創世樹よ」

「こ、これって……」

 

 以前ルーマシーへ来た時に一度聞いていた。唱えていたのは――オルキスだった。

 

「――今ここに顕現し、星の理、無情の摂理を以って、我が敵を滅ぼせ!」

 

 それは、星晶獣ユグドラシルを呼び起こすためのモノ。

 

「さぁ、目覚めなさい! ユグドラシル・マリス!」

 

 彼女の声に呼応して味方すら恐怖させたマリスが顕現する。

 

 ユグドラシルは通常巨大な少女といった風貌だった。だが本体だろう少女の部分は力なく邪悪な根に囚われているようにも見える。代わりに根が牙の生えた頭のような形となって四つ首を(もた)げていた。

 

「――――!」

 

 声にならない咆哮が神殿内に木霊する。

 

「なんだ、これは……」

 

 黒騎士さえも言葉を失っていた。

 

「これぞ魔晶研究の究極! ついに我々は、星の獣すらも完全な支配下に置いたのです!」

 

 呆然とその姿を見上げるしかない一行にフリーシアが告げる。

 

「こんな……声すら聞こえない……だけど、壊れそうになってる」

 

 ルリアは頭を抱えて悲痛に顔を歪めた。

 

「こんな、どうしてこんなことを……!」

 

 ルリアはフリーシアを睨みつけるように見つめるが、それをマリスが遮った。

 

「――――!」

 

 咆哮。ユグドラシル・マリスは一行に狙いを定めて木の根のような触手と牙で襲いかかる。だが全てがこちらに来たわけではなく、無尽に振るわれ神殿をあっさりと崩壊させた。

 

「うわああぁぁぁぁ!!」

 

 瓦礫に押し潰されていく帝国兵。

 

「ジータ!」

「わかってる!」

 

 二人は視線を交わすと、

 

「「【ホーリーセイバー】! ファランクス!」」

 

 頭上に向けて障壁を張る。二人合わせて仲間達完全に覆っていた。しかし重量に耐え切れるかわからない。そこをイオが魔法で氷の柱を作り障壁を支える。

 

「アポロ!」

「私の心配をするくらいなら、自分の身を守ることだな」

 

 一人障壁の下にいない黒騎士をオイゲンが呼ぶ。だが彼女は向かってくる触手に対処する必要があった。どちらか片方では、自分は兎も角他が生き残れないと理解していたのだ。

 

「はあぁ!」

 

 気合い一閃。彼女に向かって落ちてきていた瓦礫と一行を襲う触手を同時に攻撃、破壊する。

 グラン達もなんとか瓦礫に耐え、他の者達で瓦礫を破壊することで難を逃れることができていた。

 

「……チッ」

 

 仁王立ちした黒騎士の背中を見て一行がほっとするも、彼女は舌打ちする。

 確かに破壊したはずの触手が、瞬く間に再生していたのだった。加えて本来ならそのまま本体までダメージを届かせる予定だったのだが、半ばまでしかいかなかった。

 

「気を抜くな! 来るぞ!」

 

 黒騎士の声が聞こえたかと思うと、神殿を無作為に破壊した大量の触手が一斉に向かってきているところだった。黒騎士だけでは切払えなかった分が届き、ジータはファランクスで受けようとしたのだが。

 

「きゃあっ!」

 

 あまりの勢いに踏ん張り切れず押されてしまう。そこへ別の触手が側面から襲いかかり、

 

「クソッ!」

「させません!」

 

 ラカムとリーシャがジータを庇って打ち払う、のだが。

 

「なっ!?」

 

 すぐさま再生した二人を強か打って地面へと叩きつける。更にはジータも続く触手に打たれて倒れてしまった。

 

「なんて再生能力だ! これでは――ぐあぁ!」

 

 カタリナも剣で触手を切りつけた直後に背中から打たれてしまう。

 

「カタリナ!」

 

 ルリアが倒れる彼女に気を取られている内に別の触手が迫ってきていて、それを守ろうと【ホーリーセイバー】の重い鎧では間に合わないと解除したグランが駆けつけた。だが攻撃するだけの余裕はなく、ルリアの身体を抱き締めて代わりに受けるしかない。

 

「っっ……!」

「ぐ、グラン!」

 

 ルリアは無事だったがグランが起き上がることすらできなくなってしまう。とはいえ痛みを共有するためにルリアにも痛みが来てしまった。

 そして残ったイオ、オイゲン、スツルム、ドランク、ビィでは触手全てに対処し切ることなど到底できず、打ち倒されてしまう。

 

 ……少し離れた後方に佇んでいたロゼッタだけが、その様子を悲しげな、しかし決意の込められた表情で見ていた。

 

 黒騎士は自身を襲う触手を片っ端から切り払うことで対処していたが、それが実行できる者など他にいない。

 

「う、嘘だろ……」

「以前戦ったユグドラシルとは比べ物にならないな……」

 

 皆生きてはいたが、無事ではなかった。

 

「素晴らしい……。星の力の模倣として始まった魔晶は、遂に原典たる星の力を超えた……。憎きあの侵略者共を超えたのです……くくく、はははっ!」

 

 一撃で彼らを地に這わせたマリスの力を見て、フリーシアが哄笑する。

 

「ふん。なにをいい気になっているかは知らんが……この程度で私を倒せると思うなよ、フリーシアッ!!」

 

 黒騎士が言って、一行を倒した分の触手を含め一斉に襲いかかってくる中を、全て切り払い進んでいく。しかし彼女ほどでもマリスを一人で相手にするのは厳しいのか、徐々に傷が増えていく。それでも黒騎士は止まらない。

 やがて一行の視界から、黒騎士の姿が消えた。代わりにオルキスが触手を避けて歩いてきている。

 

 それを知らない黒騎士は傷を負おうとも構わず突き進み、遂にフリーシアへ十メートルという距離まで迫った。

 

「……オルキスを復活させる条件は全て整った! こんな……こんなところで、負けるわけには……!」

 

 確かな決意を滲ませて黒騎士がまた一歩距離を詰める。傷だらけになって尚歩みを止めない彼女を見て、フリーシアは口元を歪めた。

 

「くくく……これだから小娘は」

「なに……?」

 

 フリーシアが笑いマリスの動きを止めたことで、黒騎士は訝しげに彼女を見つめる。

 

「絶望に嘆く者は、目の前に都合のいい希望を与えられると簡単にそれに食らいつく……。その希望の真偽を確かめることもせずに……。いえ、希望を失わないためには仕方がないことなのかもしれませんね」

「なにを言っている……どういう、ことだ?」

 

 意味深なセリフに、黒騎士は歩みを止めた。

 

「確かにルリアには、瀕死の者を生き返らせる能力がある。しかし……それは決して、あなたが思っているような便利な能力ではありません」

「なに……?」

 

 自分の目的の根幹を揺るがす言葉に、耳を傾ける他ない。

 

「あの能力は『器』であるルリアが空の世界で力の全てを解放するため、自らを空の世界と融合させる能力です。つまり、一度使えば、二度と使うことはできない」

 

 彼女の発している言葉が理解できなかった。いや、理解はした。だが認めたくはなかった。フリーシアの唇が開き決定的な言葉がやってくると直感する。だが耳を塞ごうにも身体が硬直してしまっていた。

 

「端的に言えば、もうあのオルキスは戻ってこないということです」

「そん、な……」

 

 そして聞いてしまった。否応なしに絶望がやってくる。

 常に昏い決意を秘めていた瞳から光が失われていく。身体から自然と力が抜け、持っていた剣を手放してしまう。膝を突き俯く彼女には、先程までの強固な意志は感じ取れない。それどころか、心を失くした人形のようだった。

 

「……他愛もない。所詮はありもしない希望に縋っていただけの小娘ですね。ここで始末――も必要ないでしょう。どうせ立ち上がる気力は残っていません。マリス、行きますよ」

 

 フリーシアは動く気配のないアポロニアを見て興味を失ったように告げ、マリスを従えてグラン達の方へと近づいていく。

 

「……」

 

 そこでは別行動をしていたオルキスが既にグラン達の目の前まで来ていた。ルリアはオルキスを迎え入れるためか立ち上がって先頭まで来ていた。

 

「さっさとこの世界を終わらせてしまいましょう。オルキス、アーカーシャの起動を」

 

 フリーシアが告げると、オルキスは頷きルリアへと近づいていく。なにをするにも近づけさせてはいけないとするも、マリスにやられた傷によってすぐには動けなかった。

 

「ねぇ、待って、オルキスちゃん! ダメだよ、こんなの……! その星晶獣を使ったら、私もオルキスちゃんもいなく――!?」

 

 必死の訴えは通じず、オルキスがルリアへと触れた。次の瞬間にはルリアが脱力し直立の状態になる。

 

「ルリア!?」

「……我、アルクスの名において、星晶獣アーカーシャの起動を執り行う」

 

 カタリナがルリアの様子がおかしいことに気づくも止めることはできなかった。

 

「……管理者の認証を完了しました。星晶獣アーカーシャの起動要請を受諾」

 

 ルリアは全く感情のない機械のように無機質な声を発する。

 

「お、おい、ルリア! どうしたってんだ、おい!」

 

 ビィの呼び声にも反応を示すことはない。

 

「管理者権限をビューレイスト・アルクスから移譲……掌握。星晶獣アーカーシャを起動します」

 

 ルリアの声に応じて光が溢れ、巨大な影が姿を現した。

 ソレは白い法衣を纏ったような姿だった。長い首の先に能面のような顔が二つついている。胴体は鯨のような、船のような形になっていた。

 

「……これが、アーカーシャ」

 

 待ちに待った存在を前にして、フリーシアの顔が喜悦に歪む。

 

「さぁ、オルキス! アーカーシャの力で正しい世界を取り戻すのです!」

 

 大仰に手を広げるフリーシア。起動を目前にして、グラン達は立ち上がろうとするが身体に上手く力が入らない。

 

 終わりが近い中で、ふとオルキスの脳裏にかつて聞いた言葉が過ぎった。

 

『いくらこのオルキスが昔のオルキスと違うったって、心はあるんだ。冷たく扱われて悲しいまま終わるより、大切に扱われて温かいまま終わった方がマシだと思うんだけどな。なぁ、オルキス?』

 

 そう言って、自分に優しさをくれた少年がいた。

 

『一人じゃつまらないだろ。……一緒に遊ぶか?』

 

 二人きりになった時、不器用ながらも気にかけてくれたドラフの傭兵がいた。

 

『随分大食いだよねぇ。良かったら一緒にご飯食べに行く? 特別に奢ってあげるよ~?』

 

 黒騎士がいない日にこっそり食べに連れて行ってくれるエルーンの傭兵がいた。

 

『――待っていろ。すぐそこへ行く』

 

 自身を人形と呼んでオルキス本人と区別しつつも、必要以上の感情を持って接してくれていた甲冑の騎士がいた。

 

 自分と友達になりたいと言った少女がいた。

 彼が死んだと聞かされて落ち込んだ時必死に励ましてくれた女性がいた。

 

『なぁオルキス。皆で食べるご飯は美味しいか?』

 

 ――美味しい。

 

『なんかやりたいことはあるか?』

 

 ――やりたいこと?

 

 今までのやり取りが脳裏を巡る中で、一つの問いにふと考えが止まる。

 

『ああ。最初は小さいことでいいからな』

 

 ――……。

 

 あの時はただ、普段通りアップルパイが食べたいと答えた気がする。

 

 ――もし今、その問いを改めて投げかけられたら?

 

 そんな考えが過ぎってしまう。

 

「……」

 

 一言命じれば、アーカーシャはその力を発揮して世界を書き換えるという段階まで来ている。星の民が消えるということは、星の民を父に持つ自分も消えてしまうということだ。ルリアも言っていた通り。

 

 だが自分は人形だ。本物のオルキスの代用品でしかない。なら消えてしまっても問題ない。黒騎士はオルキスを取り戻したいと考えているが、オルキスの存在が消えてしまえばその思い出も悲しみも全て失われ、穏やかな文学少女として成長していくに違いない。今の黒騎士の目的すらなくなってしまうのだから、そこで躊躇する理由はない。

 

 だが。

 だが今ここにいる自分は消えてしまう。そうしたらもう二度と今まで出会ってきた全ての人達と関わることはなくなる。

 

「……ぁ」

 

 そう考えた時に、オルキスは自分のしたいことを自覚した。してしまった。

 あの時、五人で過ごした穏やかな日々をまた。

 

 オルキスの行動が止まる。そうだ、あの皆で囲う食卓を、もう一度……。

 

 だがそれが叶わないことも知っていた。フリーシアがこちらに来たということは、アポロは下された。最悪命がない。ドランクとスツルムは生きているが。

 既に、一人死んでいた。

 

 抑えていた悲しみが溢れて無感情だった瞳が潤む。

 

 そうだ。もう、自分の望みが叶うことはない。それならいっそのこと、思い出を胸に秘めたまま消え去り、他が悲しまないようなかったことにしてしまえばいい。

 

 そんな彼女を止められるのはたった一人。

 

「――オルキスッ!!」

「……っ!」

 

 他の誰でもない、彼の声だったからこそ。

 オルキスは声のした方を向いて、紛れもない彼の姿を見て涙を流した。自分の自覚した“やりたいこと”は叶う。叶ってしまう――自分が消えさえしなければ。

 

「……い、嫌……嫌だっ!」

 

 オルキスはこれまでにないくらい、感情を曝け出す。

 

「な、なにを……! 人形、なにをバカなことを言っているのですか! あと少し、あと少しで私の悲願が……!」

「……ん。でも、私は私のやりたいようにやる。まだ、皆と一緒にいたい!」

 

 オルキスの中に火が灯ったようだった。動揺するフリーシアに対してもはっきりと言い返す。そんな彼女の頭に、ぽんと温かい手が乗った。

 

「それでいいんだよ、オルキス」

 

 優しい声音だった。確かに温かい、生きた人の手が彼女の頭を撫でる。

 オルキスは彼を見上げ、今の自分にできる精いっぱいの笑顔を浮かべるのだった。




次回はダナン視点に戻ります。


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殿の矜持

た、台風が来る……! いやもう来てますねぇ。

私の地域は明日明後日がピークらしいので、終日引き籠もってます。……台風なくても同じなのは置いといて。

既に遅いかもしれませんが、台風直撃圏内の方々は充分お気をつけて。


 時は遡り、ルーマシー群島に着いてから単独行動を取り始めた頃。

 

「……ああ、クソ。太陽で方角を計るにしても大分勘が必要だな。どっかに帝国兵でもいねぇもんか」

 

 俺は森を駆けていた。偶発的に帝国の連中と鉢合わせする可能性を考えて【アサシン】で移動しているが、森は広く大きく迂回しているためになかなか辿り着けない。

 時間をかけて以前に来た泉近くまで来たのだが。

 

「あ……? 誰もいない?」

 

 誰の姿もなかった。戦っている喧騒も聞こえないし、大勢待ち受ける帝国兵もいない。

 

「クソッ! 別の場所に移動しやがったな」

 

 吐き捨てる。……待ち伏せするんだったら一ヶ所に固まってると思って最初に離脱したのは迂闊だったか? 俺じゃあオルキスがどこにいるかも探れない。

 

「……いや、どっちにしてもここへ真っ直ぐあいつらは進んできたはずだ。それなら、ここから上陸した地点までを真っ直ぐ進めばなにか痕跡ぐらいはあるか」

 

 完全にはぐれてしまった状態だ。だがまだ合流する手はある。俺は焦りつつも急いで森を進んだ。

 

 その数分後、なにかが崩壊したような轟音が耳に届く。

 

「なんだ?」

 

 俺は立ち止まり、音の出所を探る。そうしている内に遠くに異様なモノが見えた。

 

「空に伸びた、木の根……か?」

 

 急成長した木々、という風には見えない。うねうねと意思を持っているかのように動いている。

 

「あっちか……!」

 

 嫌な予感がした。あの様子を見る限り、なにか途轍もないモノがいる。

 俺は全速力で木の根が見えた方角へ駆ける。隠密だとか考えていられない。一刻も早くあの場所へ辿り着く必要がある。そんな気がしていた。

 

 そして俺は、崩壊した建物の瓦礫と、呻き倒れる帝国兵達、見たことのないエルーンの女性と対峙する黒騎士、最後に木の根を触手のように動かし黒騎士を襲っている巨大な化け物を見た。

 

 ……なんだあいつ!?

 

 隙を窺うべく、なんていいようには言えない。俺は身の危険を感じて建物近くの木の陰に隠れた。エルーンの女性、おそらくフリーシアと思われるヤツに、じゃない。あの木の化け物に、だ。あいつを見ただけで悪寒が身体を這う。冷や汗がどっと溢れてきた。黒騎士も傷を負っていた。この期に及んで加減なんてしないだろうし、全力のあいつと戦えるだけの力を持っているということだろう。つまり俺が戦えば、あっさりと殺される。そんな確かな予感があった。

 

「確かにルリアには、瀕死の者を生き返らせる能力がある。しかし……それは決して、あなたが思っているような便利な能力ではありません」

 

 冷たい声が聞こえてきた。はっとして黒騎士達の方を見やると、黒騎士が歩みを止めてなにか話している様子だった。

 

「あの能力は『器』であるルリアが空の世界で力の全てを解放するため、自らを空の世界と融合させる能力です。つまり、一度使えば、二度と使うことはできない」

 

 今聞こえてきているのはフリーシアの声だろう。冷徹な声音だ。そしてその内容も、黒騎士を絶望に突き落とすモノだった。

 聞かせてはいけない。だが今飛び出せば確実に殺られてしまう。

 

 そこで、俺は躊躇してしまった。

 

「端的に言えば、もうあのオルキスは戻ってこないということです」

 

 決定的な言葉だった。黒騎士の根幹を揺るがすモノ。聞かせてはいけなかった。俺が止めるべきだった。微かに、金属が地面に落ちる音が聞こえる。見ると、黒騎士が剣を手放し膝を突いているのが確認できた。殺される……かと思ったが興味を失ったらしくフリーシアは化け物を連れて前へと進んでいく。

 

 ……なにほっとしてんだよ、俺は!

 

 背後から不意を打つのが俺の役目だってのに、自分の命を考えて躊躇ってしまった。悔恨が襲ってきて、唇を噛み締める。せめてあいつの確保だけはしようと、化け物が充分離れてから動く気配のない黒騎士まで近づいていく。

 

「お、おい、黒騎士。しっかりしろ」

 

 小声で呼びかけるが、反応はなかった。瞳に光がない。……クソッ。目的を見失って完全に落ちてやがる。

 肩を揺さぶってみるが、変わりはない。仕方がないかとブルドガングを拾い黒騎士を無理矢理立たせて森へと運ぶ。ふらふらと力なく歩いているせいで体重がかかってきた。木の後ろに彼女を座らせて顔を掴み、目を合わせる。

 

「おい、しっかりしろ! あんたはオルキスを取り戻しに来たんだろ!」

「……オル、キス……」

 

 微かに反応はあったが、瞳に光が戻ることはなかった。

 

「クソッ!」

 

 ダメだ。俺の言葉じゃこいつの心に届かない。こいつをこいつたらしめた本人がいねぇと!

 

 吐き捨てて黒騎士を放置し、ブルドガングを回収する。

 

「……ここで待ってろよ」

 

 アポロにはオルキスが必要だ。彼女の言葉なら、俺よりはマシに聞き入れてくれるだろう。

 だがそのためにはフリーシアと、あの化け物をなんとかしなくちゃいけない。

 

「……はっ。二度目はねぇよ」

 

 自分に言い聞かせるように言って化け物の方を睨んでいると、光が溢れて別の巨大な化け物が出現していた。……なんだよあいつは。あいつを相手にするだけでも無謀だってのに、まだ敵が増えんのか?

 と思っていたが、白い巨大な怪物は動く気配がなかった。まるで、なにかの命令を待っているかのような状態だ。

 

 ……あいつも星晶獣なのか? だったらそれを命令するヤツが必要ってことだよなぁ。つまりルリアかオルキス。

 

「次は間に合わせる!」

 

 俺はまだ取り返せる状況だと判断し、黒騎士を置いて回り込みつつ化け物のいる方へと向かう。フリーシアを背後から脳天ぶち抜きたかったが、怪物が守るように鎮座していて不可能だ。急いで回り込み、傷を負ったグラン達と突っ立った様子のおかしいルリア、そしてオルキスがを見つける。

 フリーシアが歓喜しているのを見るに、白いあいつが彼女の求めていた存在なのだろう。そして、おそらくオルキスが今そいつへ力を使うように命令しているのではないか。そう思ったら叫んでいた。なにがなんでも止めなければならない。フリーシアの思い通りにしてしまっては、誰のやりたいことも実行できない、そんな気がしていた。

 

「――オルキスッ!」

 

 僅かに瞳が潤んでいることに気づいた。

 彼女は俺の方を向いて、つぅと涙を頬に伝わせる。多くを語っている暇はない。ただ、強い意志を持って彼女と目を合わせた。

 

 そして。

 

「……い、嫌……嫌だっ!」

 

 彼女が初めて見るくらいに感情を露わにする。その様子を見たフリーシアの笑みが引っ込んだ。

 

「な、なにを……! 人形、なにをバカなことを言っているのですか! あと少し、あと少しで私の悲願が……!」

 

 オルキスは彼女の方を見て口を開く。

 

「……ん。でも、私は私のやりたいようにやる。まだ、皆と一緒にいたい!」

 

 その言葉を聞いて、思わず笑みを浮かべてしまった。……そうか。なら、そのやりたいことに味方しなきゃな。

 俺はオルキスへと駆け寄り、その頭に手を置いて撫でてやる。あまり長い間離れていたわけではないが、随分と久し振りな気がする。

 

「それでいいんだよ、オルキス」

 

 俺が言うと、オルキスは普通に見れば微かなモノだったが、確かな笑顔を浮かべて見上げてきた。……この顔が見れたんなら、俺が声をかけた意味もあったってもんだな。

 

「……本物?」

 

 しかしオルキスは俺が死んだと思っていたらしく、涙を流しながらも尋ねてくる。

 

「偽者だと思うか?」

「……ん」

 

 だが俺が尋ねるとふるふると首を振っていた。

 

「ならそれが答えだ」

「……でも、リーシャに嘘吐かれて、騙された」

「えっ!?」

 

 言うとオルキスはぎゅっと俺の脚にしがみつきながら膝を突いて立ち上がろうとする彼女を非難するように見つめる。予想外の口撃に驚くリーシャ。

 

「そうか……酷いな。まさか俺が行方知らずなのを利用されるとは……!」

「ま、待ってください! あなたが死んだと思わせようとしたんですよね!? 私だけを悪者にしないでください!」

「……本当?」

「ああ。悪かったな、その方が自由に動けると思って」

 

 リーシャがノリ良くツッコんできたおかげで早々にバレてしまった。

 

「……もう、しないで」

 

 ぎゅぅ、と強く抱き締められてそう言われてしまえば、俺には頷く以外にできることがない。

 

「わかったわかった。死んだなんて嘘吐かないって」

「……約束」

 

 オルキスがじっと見つめてくるので、俺は笑って頭を撫でてやった。

 

「……あなたは?」

 

 フリーシアが眉を寄せて俺に尋ねてくる。

 

「俺? ははっ。あんたが知らねぇわけねぇと思うがなぁ」

 

 俺は笑って彼女の方を向き、オルキスを優しく剥がした。

 

「……あんたの敵だよ。それだけで充分だ」

 

 二割ほどを殺意へと変えて告げると、フリーシアは納得がいったらしい。

 

「なるほど……あなたがダナンですか。黒騎士が新たに手駒したという」

 

 そう言うと興味深げにこちらを眺めてくる。

 

「人形のその様子を見るに、あなたですね? 黒騎士は頑なに人形と呼び接していた。その人形を人として扱い心を植えつけたのは」

「さぁて、知らんな。俺は俺がやりたいようになっただけだ」

「そうですか。では勝手にそう思うとしましょう」

 

 フリーシアは言って息を吸い込み俺を強く睨みつけてくる。

 

「よくも、よくも私の目的の邪魔をしてくれましたね! 人形に心なんてモノが芽生えてなければ、目的は全て、ここで成就したというのに!」

 

 言葉には気持ちいいくらいの怨嗟が込められていた。

 

「そんなん知るかよ。大体、俺がいなくたってオルキスは拒否しただろうさ。なにせ友達も、保護者もいるんだからな」

 

 俺は後押しをしたに過ぎない。

 

「それこそどうでもいいことです! 私にとって重要なのは、あなたが最も人形の感情を誘発させているということ! あなたを殺し、心ある人形に今ある世界を書き換えさせましょう! 過去を書き換えればこうしてあなたと敵対する未来がなくなり、きっと健やかに生きているでしょうからね!」

 

 オルキスが俺を想ってくれている心を逆に利用して、自己犠牲をさせようってのか。とんだ執念だな。

 

「悪いがそりゃ無理な相談だな。これから星晶獣を扱える二人はこの島から逃げ出すんだからなぁ」

「……なんですって?」

「おいお前ら。いつまで寝てんだ? 治療は終わったんだろ?」

 

 訝しむフリーシアを無視してグラン達に声をかける。

 

「ひっどいなぁ、もう。僕達だって頑張ってたのに」

「だったらもうちょっと頑張れよ」

 

 ドランクに続き他の皆も立ち上がる。会話の最中に回復しているのは見えていたんだが。

 

「寄って集って情けねぇとこ見せてんじゃねぇよ」

「……手厳しいな。到着が遅かった癖に」

「しょうがねぇだろ、奥の泉に誰もいなくてどこいるか全然わかんなくなったんだからよ」

「そっか。でも、これで戦力増員されたから、まだ戦えるかな」

 

 グランとジータが俺の左右に並ぶ。

 

「……いや、それはいい」

 

 だが俺は二人よりも前に進み出た。

 

「えっ?」

「俺が見たところ、俺達が束になったところであの化け物には敵わねぇ。だから、こっから逃げないとな」

「でも逃げるには手傷を負わせるしか……」

「いいや。それともう一つ。殿を置く、って手があんだろ?」

「えっ……? いや、でもそれは……」

 

 俺は数歩進んで肩に担いでいた革袋を下ろす。

 

「……ダナン、ダメ。一緒じゃないと嫌」

「……悪いな。俺はオルキスだけの味方じゃねぇんだ。あいつを、見捨てるわけにはいかねぇ」

「……アポロ?」

「ああ。あいつはまだ生きてる。だがこうなった今、あの宰相サンがあいつを殺してオルキスに過去換えさせようとする可能性もある。今はちょっと、隠してあるんだけどな。……今は、戦力に数えられねぇ状態だ。剣の使えないうじうじしたリーシャより弱いだろうな」

「なんでそこの例えが私なんですか!」

 

 軽口を交えつつ、俺は革袋の口を開き手を入れた。

 

「……だから、俺はあいつを回収する必要がある。宰相サンがいる手前居場所は話せないだろ?」

「でもそれは……」

「……ダメ。会えたのに、また離れるのは嫌」

「我が儘になったな。だがそれでいい。けどまぁ、しょうがねぇことだ。俺達にはあの化け物を倒すだけの力がない。意志を通せるだけの力が備わっていない」

 

 ちゃんと準備してきたつもりだったが、足りなかった。元々俺の本分は事前準備による始まる前からの勝利だ。それがこいつらと関わってからというもの、毎回毎回突発的な戦闘ばっかりで嫌になる。

 

「……グラン、ジータ」

 

 俺は前を向いたまま二人を真剣な声音で呼ぶ。

 

「オルキスを頼む」

「……ダメ、ダナン! ダナンも一緒じゃなきゃ嫌」

「そうだよダナン。折角再会できたのにオルキスちゃんと別れるなんて悲しいよ? 僕達が残ろうか? 小声でボスの居場所、教えてよ〜」

「簡単に倒されたヤツがよく言うぜ」

 

 ドランクの申し出を断るように、俺が手に取った一つの武器を取り出した。

 

 それは銃だ。銃身に螺旋のように溝を作ってある、緑の紐を括りつけた簡素な銃だ。ひっくり返すと煙管のような形をしている。

 

「……もしかして、英雄武器?」

 

 『ジョブ』持ちにはわかるのかグランがそう尋ねてきた。

 

「そういうわけだ。現状、黒騎士を除いた最大戦力はClassⅣ。だが自我を失う可能性があり単独でしか残れない。そうなると選択肢は仲間想いなてめえらの団長じゃなく、俺だけ、ってことになる」

 

 俺が残るのが、最も順当な判断だ。残念ながら皆で力を合わせれば、の次元を超えている。結局は誰かが残るしかない。残って止めるだけなら多分俺じゃなくてもいいが、黒騎士を殺させないよう助けるんだったら話は別だ。

 

「僕達も付き合うよ」

「お前一人に雇い主は任せられない」

「やめろ」

 

 傭兵二人を制す。

 

「……俺に、仲間を殺させないでくれ」

「「っ……」」

 

 ClassⅣを使えば俺がどうなるかわかったもんじゃない。そんな場面に、味方を置いておきたくなかった。

 

「……そう言われちゃったら、退くしかなくなっちゃうよ」

「それが狙いだからなぁ。じゃあついでだ」

 

 俺は後ろを振り返りドランクに笑いかける。

 

「俺の唯一の友人に、一生に一度のお願いだ。オルキスを連れて逃げてくれ」

 

 ドランクは俺の言葉に目を見開いて、諦めたように笑った。

 

「……ホントに狡いなぁ、ダナンは。わかったよ」

「約束だぞ? 傷一つつけたら承知しねぇぞ」

「わかってるって。責任を持って守るよ。なにせ、僕の友人たってのお願いだからねぇ」

「任せた」

 

 彼の言葉を聞いて少し安心する。これならオルキスは大丈夫だ。俺は憂いなく前を向けた。

 

「……ダメ! 一緒に、一緒に行かないとダメ!」

 

 顔を見ていなくても悲痛だとわかるくらいには感情的な声だった。

 

「大丈夫だ、オルキス。別に死ぬ気はねぇよ。あいつ足止めして時間稼いで、さっさと逃げて黒騎士回収する。それだけのことだ。……皆と一緒に、って言っただろ。そのためにはあいつも必要だ。だからオルキスは逃げろ。そんでフリーシアの思い通りにはさせてやんな」

「……死んだら怒る。絶対、怒る」

「そりゃ怖いな。精々気をつける」

「……ん。絶対」

「ああ」

 

 なんとかオルキスが引き下がってくれた。さて、そろそろ締めと行くかね。

 

「グラン、ジータ。あいつ倒す手立てかなんか見つけてこいよ。せめてClassⅣ使いこなせるようになっとけ」

「……わかった。必ず戻るから」

「それまで生きていてね」

 

 双子の団長の覚悟が伺える。

 

「ビィ。お前は戦えないんだからせめて激励してやれよ。誰かが折れなきゃ、なんとかなるもんだ」

「う、うるせぇ! 黒い兄ちゃんに言われなくたって!」

「ルリア、イオ。オルキスの友達として支えてやってくれ。黒騎士もいないんじゃ、寂しがるだろうからな」

「……はいっ。ダナンさんも、ですからね!」

「あんたに言われる筋合いはないわよ! ……友達が悲しむのは嫌だから、ちゃんと生きてなさいよね」

「ラカム。あんたにはなんにもねぇなぁ。いがみ合ってること多いし。俺より大人なんだから自分で考えて、もっとどっしり構えてろよ」

「けっ。てめえに言われるまでもねぇ。精々死ぬんじゃねぇぞ。弾丸逸らされたの一勝一敗なんだからな」

「カタリナ。はちゃんとルリア守ってればそれでいいわ。さっきできてなかったしな」

「うっ……貴殿は痛いところを……。だがその通りだ。私ももっと、強くならなくてはいけないな」

 

 いいヤツらばっかりだ。そんなに関わりねぇ俺の言葉をきちんと受け止めてくれている。それに俺の心配だってしてる。お人好しばっかりで、世界がこんな連中しかいないのかと錯覚しちまいそうだ。

 

「リーシャ。お前にはなんもない」

「……わ、私にだけ素っ気なくないですか?」

「だってねぇもん。……お前は充分強いし、デキる人間だ。別に俺がなんか言わなくたって、お前がちゃんとやればどうにかなるもんだよ」

「……」

 

 多少吹っ切れたようだがまだ殻を破れていない、というところだ。

 

「オルキス、ドランク、スツルム、あとオイゲン。アポロのことは任せろ。あいつは俺が守ってやる」

「……あいつ死なせたら許さねぇからな」

 

 父親の脅し声が聞こえてくる。

 

「さて。じゃあやりますかぁ」

「あら。アタシにはなにもないのかしら?」

「はっ。あんたはいいだろ。似たようなもんだし。一つ言うなら、そうだな。後のことは任せた」

「……ええ」

「別れの言葉言うくらいの時間までは作ってやるよ」

「そう、恩に切るわ」

 

 ロゼッタにはなにかを言うまでもない。おそらく、彼女のやることは既に決まっている。

 

「んじゃやるとするかぁ。……てめえら、やりたいようにやれよ。しょうがねぇから、そん時は俺が手伝ってやる。借り一つだ。その代わり、気が向いたら助けに戻ってきてくれ。その時まで生き延びてやるからさ」

 

 勝てるわけもない。死ぬ気はないが生きていられる保証はない。

 

「俺が発動したら全員で逃げろ。振り返るなよ。てめえらへの攻撃は、俺がなんとかしてやる」

「やっと終わりましたか?」

「待ってくれるなんて優しいじゃねぇか、宰相サン」

「ええ。だって別れが感動的になればなるほど、無惨にあなたが死んだ時の絶望が大きくなるでしょう?」

「ははっ。あんた性格悪いなぁ。……俺といい勝負だ」

「なんですって?」

 

 フリーシアは感情を計算に入れてより確実にオルキスになにかをさせたいらしい。

 

「俺はここで俺一人に時間割いてこいつら取り逃がして計画が頓挫した上に、俺と黒騎士すら殺せず吠え面掻くあんたの顔が見たいんだよ」

 

 俺は凄惨に笑った。明確な敵との戦いだ。遠慮する必要はねぇ。

 

「……これが同族嫌悪というモノですか。いいでしょう、そこまで言うならやってみなさい! このユグドラシル・マリスをあなた如きが止められるのでしたら!」

「行け、お前ら!」

 

 そうして取り出した銃、浄瑠璃というそれを掲げて解放された『ジョブ』の名を告げた。

 

「――【義賊】」

 

 【シーフ】系統のClassⅣ、その力の発現である。

 全身を黒く塗って赤い紋様を描き。布で髪を押さえて毛量の多いカツラを被る。黒装束の上に赤と銀の柄をした羽織を着込んでいた。肩に縄を括る様はどこか異色な風貌となっている。

 

 ……気分がいいのう。力が湧き上がってくる。

 

 我の身体の奥底から力がどんどん湧き出てくるようだった。

 

「……珍妙な姿ですね。大して強くもなさそうですが?」

 

 対峙しているフリーシアが嘲笑っている。

 

「はははははっ! 宰相というのはよもや、頭の固い稚魚のことを言うのではあるまいな!」

「なに……?」

「見た目だけで強さを判断するなど愚の骨頂。ほぉれ、これこの通り」

 

 言って我はフリーシアの眼前へと近づき手に持った本を奪い、離脱した。

 

「なっ……!?」

「そう驚きなさんと良かよ。今のはただ盗みを働き我の力を示しただけのこと。そこな物の怪も敵意などがなければ排除しづらいと見た。所詮は人の手によって歪められた紛い物よな」

「……ま、マリス! あの者を殺しなさい!」

 

 フリーシアが焦ったように命令してきて、触手が無数に伸びてくる。我は幾度か浄瑠璃の引き鉄を引いて銃弾を放ち、触手を打ち破る。

 

「我は【義賊】。故に我の正義が名の下に、いざ挑まん。あの者らが逃げ果せた今、悪たるお主を止めてこそ我の我たる意義がある。この世に悪が栄えた試しはなし! お主が世を滅ぼす悪というのなら。我は世のため人のため! 咲かせてみせよう正義の花火!」

 

 腕を回し、脚を踏み鳴らす。

 

「義を以って悪を制す! 天下の義賊とはこの我! 堕難(ダナン)のことよォ!」

 

 開いた右手を突き出し、見栄を張る。

 

「いざ行かん! 我の信じる正義の名の下に!」

 

 こうして、我とユグドラシル・マリスとの戦いが幕を開けた。




補足説明。

本編を先々まで書いていて結局制御できない状態で【義賊】を使う機会がなかったのでここで書いておきます。
制御できない状態でのデメリットについてになります。

一見【義賊】はまともそうに見えますが、自分=正義という図式が前提にあるので自分の行いを阻もうとする者=敵という図式にもなります。
例えば、ドランクが今回一緒にいてタイミングを見計らいそろそろ撤退しよう、と言ったとしても「正義を成す邪魔をするか!」と銃口を向ける結果になります。バッドエンド直行ですね。
なので一応ダナンの懸念は正しいということになります。

ではまた次回。


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敵わぬ相手

「ぐぅっ!」

 

 木の触手が我の身体を打ち据える。吹き飛ばされたがなんとか空中で体勢を立て直すと右手の指を地面に立てて勢いを殺し着地した。顔を上げれば木の触手が三本迫ってきている。

 

「ぬぇい!」

 

 左手の銃から火を噴かせて打ち破った。

 しかし触手は瞬く間に再生して我を追ってくる。

 

「ユグドラシル・マリス! 早くその目障りな男を殺しなさい!」

 

 マリス本体の近くにいるフリーシアが痺れを切らしたように命令していた。

 

 ……我の銃弾もヤツに届く前に防がれてしまうか。

 

 頭では冷静に考えながらも重い一撃をさらっと打ち込んでくる触手を迎撃していく。しかし銃弾では全ての触手を迎撃することはできず、打ち据えられそうになってしまう。我も義賊として身のこなしにはそれなりの自負を持っているが、それでもギリギリ……いや。

 回避していても追ってきて遂に脇腹に直撃した。息が詰まり吹き飛ばされて地面を転がった先にも触手が待ち構えており、我の身体をまるで毬のように触手が叩いてくる。途中で地面に足を着けて踏ん張り切ることもできないため防御態勢を取ってただ耐えることしかできない。

 

 それでもダメージは入っていき、少しして上から地面へ叩きつけられ体勢を立て直す暇もなく触手で執拗に攻撃された。全身の至るところに痛みが出来ていく。それでも意識は飛ばなかったので触手の来ないタイミングを見計らって退避した。

 

「……害虫並みにしぶといですね。そろそろ諦めて殺されたらどうです?」

 

 無数の痣と傷を作り血を流す我を見てフリーシアが哄笑している。腹の立つ顔だがそれを崩す手立てが我にはない。だが諦めるわけにはいかぬのだ。

 

「ふっ。我は悪を滅する正義の者! 悪に屈することはないわ!」

「ならお望み通り死んでください!」

 

 大見栄切った我を嘲笑うようにフリーシアが命じる。……のだが。

 

「……ぐ、ふぅ……」

 

 その数分後に我はズタボロの状態に仕上がっていた。……どうやらこの珍妙な物の怪は我の手に負える域を遥かに超えているらしい。

 これは一旦退かざるを得ないか。

 

「はっはっは! 見事! まさかここまでやるとは思っておらなんだ! 悪を滅せぬのは嫌だが致し方ない」

「……ここまで来て逃がすとでも?」

「逃げるなどと……戦略的撤退と言ってもらおうか!」

「……」

 

 フリーシアが呆れているような気配がしたが、気にしてはいられない。

 

「これにて御免! 次に会う時こそ雌雄を決する時ぞ!」

 

 我は腰の煙幕玉を手に取って振り上げる。

 

「マリス!」

 

 命じられた物の怪が触手を伸ばしてくるが、その前に煙幕玉を地面に投げつける。ぼふぅん! と白い煙幕がたちまち広がって我の姿を隠す。しかし煙幕を使うことを優先したせいで伸びてきた触手が我の脇腹を刺し貫いた。痛みは無視して無理矢理引き千切ると煙幕の効果がある内に逃げ出した。

 

 ……次こそは必ずや、正義の鉄槌を。

 

 標的を定めて、今は撤退の時と決め潔く逃走したのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ……で、俺は今こうして死にかけてる、ってわけかぁ。

 

 俺は痛む腹部を押さえつつ木の幹を背凭れにして空を仰いでいた。

 

 黒騎士が傷を負う相手だ。ClassⅣでは太刀打ちできない。しかも制御できないモノで、必要以上に時間を稼ぎ戦ってしまった。というかなんだあれ。俺が思ってもないことをべらべらと、しかも本当にその時はあれが信条だと信じて疑ってなかったぞ? 俺が正義のためとか片腹痛いわ。まぁ実際貫かれてんだけど。

 

 だが確かにClassⅢとは隔絶した強さを持っていた。コントロールできずただ戦っているだけだったが、あの状態でのブレイクアサシンは強いだろう。あいつに隙なんてできるのかわからんが。

 

「……【ビショップ】。チッ、まだ無理か」

 

 俺は怪我を治そうと回復が得意な『ジョブ』に変わろうとするが、疲弊が激しすぎるためかできなかった。俺がいる隣の木には黒騎士、いや今はアポロって呼んだ方がいいか。騎士なんてつけられる状態じゃないだろ、今のこいつは。

 俺が置いてきたところに座っていてくれて助かった。言うことに従ったと言うより動く気がないだけだろう。

 

「……こっちに来ないでくれると助かるんだけどなぁ」

 

 淡い期待かと苦笑する。偉そうな口を叩いておいて無様に隠れることしかできないんだからしょうもない。時間稼ぎが充分だったかも定かではない。

 

「……ポーションも使い切ったしもう無理だなぁ。血が足りない、か」

 

 意識が遠退いていくようだ。このまま死ぬ気はないが、どうにもならねぇか。

 

「あ?」

 

 俺が空を見上げていると、茨が檻のように島を包んでいくのが見えた。……茨、ってことはあいつの仕業か。

 閉ざされる直前、飛び立った帝国の戦艦を目にする。おそらくこの茨を作った張本人が外へ放り出したのだろう。化け物へと変えられてしまった子を、彼女が信じる仲間達が戻ってくるまで支えるために。

 

「……ま、島のことならなんでも、って言うならそりゃ島にいる星晶獣でなければ無理だよな。文字通りの意味なら、ってだけだけど」

 

 ある程度予想を立てていたから驚きはあまりない。それよりも茨によって日の光が遮られて涼しい森の中だとちょっと肌寒くなってきた。

 

「あ、そうだ」

 

 俺より寒そうなヤツがいるじゃねぇか。

 俺はなんとか上に着込んでいるローブを脱ぐと地を這うようにアポロの下へと移動しかけてやる。多分大丈夫だとは思うが、確実に俺よりは薄着だ。

 

「……クソ。力が、入らねぇ……」

 

 動いたことで血がどばどば出てきて、俺は堪らず倒れ込む。少しマシにするために傷口が心臓より高くなる体勢を見つけて目を閉じた。……起きたらまず回復。と、あと生活拠点の確保、か……。死んでなきゃいいけどな。

 

 そんなことを思いつつ、俺の意識は暗転していった。

 

 ◇◆◇◆

 

 意識が上がってきて最初に感じたのは冷たい土の感触と土の匂い。ってことはまだ生きてるな。ただ頭がふらふらしている。血を流しすぎたか。

 

「……【ビショップ】、ヒールオール」

 

 じくじくと痛む傷口を早速治す。だが血液が足りない。肉を食べたいが。

 

「そんな飯もなけりゃ、血を洗い流す風呂もねぇか」

 

 とはいえアマルティアへ行く前はサバイバル生活を送っていた。今回は森林内でだが、やることはなにも変わらない。

 俺はふらふらする身体で立ち上がり、傍に意識を失う前と全く同じ状態のアポロが座り込んでいるのが確認できた。……全く動く気配はない、か。こいつは寝たんかね。

 

 意識が落ちる前は少なくとも午後だったはずだが、茨の隙間から微かに溢れる太陽の光から位置を確認して今が午前だと認識した。眠っている間に夜を迎えるという危険を冒してしまったわけだ。しかも俺は血の匂いを漂わせている。魔物が寄ってきて襲われる可能性もあったんだが。まぁその時は一緒にアポロさんにも餌になってもらうしかないな。悪いが。

 ただこうして無事だったことは幸運だ。血が染み込んだ服を洗い身体を流すために川を見つけたいな。これだけ森がある島なら川くらい存在しているだろう。泉もあったことだしな。

 

 ……いや、よくよく考えれば俺達が無事だったのも当然か。

 

「……なにせ、あんな化け物が近くにいるんだからなぁ」

 

 崩壊した建物からは少し離れた位置だったが、フリーシアがユグドラシル・マリスと呼んでいたあいつがいた。しかも別のヤツと戦っている。同じく巨大な、薔薇と茨を操る黒髪の女性だ。どこかで見たことがある、などと惚けるつもりはない。ロゼッタの姿だった。

 だがロゼッタの方が劣勢だ。というより負けるだろう。だがそれで構わないようだ。狙いは勝つことではない。マリスをここに押し留め、時間を稼ぐことだ。

 

 しばらく木の触手と茨が打ち合い暴れ回っていたが、やがてそれらの音が止む。ロゼッタが負傷を省みずにユグドラシル・マリスへと接近し、本体だと思われる少女の部分に抱き着いたからだ。身体のあちこちを貫かれ痛々しい姿にはなっていたが、確か星晶獣ってのはコアを破壊されない限り何度でも復活し、コアはそうそう破壊されない。それでも痛みは伴うはずだ。死なないからできる、ってもんでもないだろう。

 ロゼッタはユグドラシル・マリスに抱き着いた姿勢のまま幾重にも茨を生やし自分ごとマリスを茨のドームに封じ込めた。その後いくら待ってもマリスが出てくることはない。おそらく、あいつらが戻ってきて戦う時が来るまでの間。

 

「……近くであんなのが暴れてたんじゃ、こっちに来るのも無理ってもんだよな」

 

 という状態のようだった。だがもう騒ぎは収まった。この島の星晶獣はユグドラシルだそうだが、ロゼッタが二体目の星晶獣という可能性もある。そして島を司る二体の星晶獣が今一つの巨大なオブジェクトになってしまっている。つまり魔物の統率が乱れ、好き勝手暴れ始めるだろう。今となってはその辺の魔物に負けるつもりはないが、連日連夜戦いになってしまうと流石に疲弊する。強大な力を持ったユグドラシル・マリスに対抗する術がそう簡単に見つかるとは思っていない。短くても一週間、下手すれば一ヶ月は平気でかかるだろう。流石に不眠不休で戦い続けるのは嫌だぞ。

 

「……一先ずは洞窟かなんかの拠点探し。できれば近くに水場があるといいですね、と」

 

 方針は決まった。後はこのやる気のない手のかかるお方をなんとかしたいところだが。俺は座り込むアポロへと屈む。

 

「おーい? アポロ、立てるか? 移動するぞー?」

 

 呼びかけても反応はない。……なんか無性に腹立つな。

 

「……しょうがねぇ、立たせるか」

 

 俺は彼女の脇を持って持ち上げ、立たせる。地面に足が着けば自力で立ってくれた。

 

「移動するぞ、歩けるか?」

「……」

「ったくもう。ほらさっさと行くぞ」

 

 尋ねても答えが返ってこないので、仕方なく彼女の手を引いて歩き出す。俺が引っ張れば逆らわず歩いてくれるようだ。……先が思いやられることこの上ないな。

 

 俺はため息を吐きながら、建物のあった高台の方から降りて、高台の側面が崖になっていた記憶があるのでどこかに洞窟がないかと沿って歩く。道中で食べられそうな果実や野草を採集して回った。食料の枯渇は死活問題だ。できるだけ確保しておきたい。水がまだ見つかっていない分果物の水分を少しでも補給するべきだ。

 俺は適当に齧って生でいけそうなヤツはアポロにも食べさせようとするが、口にすることはしなかった。……渡そうとしても手を出さないし、口に押し込もうとしても口を開かない。丸齧りは嫌だってか、温室育ちめ。

 

 となると、スープかなにかを流し込むしかない。ただ料理器具を作るところから始めなきゃいけないんじゃないか? ……いや、待てよ? 確かこの島に前来た時、シェロカルテの店があったな。あそこがまだ残っていれば、器具を調達できるかもしれない。ただこっからは遠い。壁沿いにもないから器具持ってくるしかできないか。あんまりアポロ連れて長い距離移動したくはないしな。魔物に遭遇する確率が高まって、完全な足手纏いが一人いるだけでも勝敗が大きく左右されてしまう。動くならアポロを安全な場所に置いてからだ。

 

 ということで水場を探しながら洞窟を当たっていく。何度か魔物に遭遇したがなんとか退けられた。そしてある一角に、近くに川が流れている洞窟を発見した。洞窟の広さも問題なさそうだ。

 アポロを置いていくかどうかで悩んだが、結局は手を引いて洞窟の中を進んだ。……獣臭いな。だが今はいないみたいだ。

 

 洞窟の壁につけられた傷跡や散らばった毛を見るに狼のような魔物だな。数はいても十くらいか。問題なく対処できそうだ。だが獣臭いこの洞窟をそのまま使うわけにもいかない。

 ブルースフィアを革袋から取り出し【ウィザード】になると水の魔法を洞窟の端から端までぶっかけて洗う。火と風で熱風を生み出し中を乾かすようにした。多少はマシになったかな。心ここにあらずとはいえ女性も住むわけだから、ハーブかなんかで匂い消しをしてやるか。

 

「ここで、俺が戻ってくるまで大人しく待ってるんだぞ。絶対に出ちゃダメだからな」

 

 言い聞かせなくても動かないだろうが、きちんと言い聞かせておく。被せていただけのローブは羽織らせている。念のため革袋の中身で必要なさそうなモノは置いていく。運べそうなモノがあれば入れて持ってこれるので、できるだけ出る時の荷物は減らしておきたかった。

 

「さて、出るか」

 

 ローブがないとフードがないとはいえグランの恰好に近くなってしまう。ちょっとどうかとも思ったが、今は贅沢を言っていられない。

 俺は彼女を置いて洞窟を出ると、枝を拾い集めて洞窟の入り口前に置き魔法で火を点ける。これで多少は魔物が帰ってきても時間が稼げるだろう。念のため枝の数を増やしておき、煙が風向きによるところはあるものの洞窟内に入っていかない距離だと確認し、洞窟から離れていく。

 

 まずはシェロカルテの万屋出張所が残っているかどうかだが……。

 

「残っているとは、言えねぇなこりゃ……」

 

 この島から撤退していたわけではなかったが、そっくりそのまま残っているわけでもなかった。店はあった。ただまぁマリスのせいなのか残骸しかなかったのだが。

 とはいえ撤収しているわけではないのなら問題ない。壊れた建物の破片を退けつつ目当てのモノやもしかしたら必要になるかもしれない道具などを片っ端から革袋に放り込んでいく。調理器具は無事だった。汚れてはいるが洗えば使えるだろう。縄なども必要になる可能性が高いので持っていく。革袋がいっぱいになったところで確かな成果を得たと顔を綻ばせて洞窟の方へと戻っていった――と洞窟を取り囲む魔物も群れを発見してしまった。

 

 火を警戒しているのか中には入っていなかったが、唸り牙を剥く黒毛の狼達がいる。数は七か。

 

「……しょうがねぇ。今夜は狼鍋になるかねぇ」

 

 俺は言って、洞窟を警戒しているヤツらの背後から近づき短剣を抜き放って襲いかかる。こっそりと忍び寄り飛びかかって脳天に刃を突き刺し一体。突然の襲撃者に驚いている内にもう一体。警戒して距離を取ったところで【アサシン】へと姿を変え投げナイフで一体。その隙にと襲いかかってきたヤツはバニッシュで背後に回り頭に上から柄で殴りつけて頭蓋を砕く。俺を強敵と判断したのか残った三体が一斉に襲いかかってくる。左右と正面の三方向だ。俺は【アサシン】を解除して俺から見て左のヤツの頭を掴み強引にぶん回して二体を殴りつける。掴んだヤツは喉元に短剣を突き刺しておいた。殴った二体はすぐに起き上がると左右から飛びかかってくる。短剣をしまい【ファイター】へと変化した俺は、腰のブルドガングを抜き放つと同時に振るい二体同時に両断した。……やっぱ武器が違うと戦いやすさが段違いだな。

 

 俺は始末した七体の魔物の血抜きをするために血があまり出ていないヤツは喉元を掻っ捌いて尻尾を持つ。素早く川へと向かい水に浸けて血抜きを加速させていく。短剣を拭い他に誰の目もないので衣服を脱ぎ去って全裸になり冷たい水の中に飛び込む。……あぁ、冷たくて気持ちいい。身体を水で洗い服も上半身のモノだけ水に浸けてごしごしと擦り汚れを落としておく。頭から水を被ってさっぱりして川から上がり、身体が乾くまでの間全裸で、集めてきた道具で汚れて使えなさそうなモノを洗っておく。身体が乾いてからは上半身以外の服を着込み獲物と革袋、塗れたシャツと着けていない胸当てを持って洞窟へと戻っていった。荷物は多いが仕方ない。焚き火は燃え尽きかけていたが充分に使命を果たしてくれた。ある程度枝を集めておいて、常に燃やしておくことにしようか。バリケードかなんか作れればいいんだが、それは当分先になりそうだ。衣はまぁ置いておくとして。住を充実させるのも手だが先に食を確立させておきたい。

 奥へ行くと変わらず座り込んだ様子のアポロがいた。革袋から出しておいた武器や道具なんかも触られた様子はない。とりあえず道具の類いを革袋から出して並べておく。胸当ても今はいいか。そしたらまた革袋とでかい鍋を持って、洞窟の外へ出る。支えになりそうな太い枝を数本と、薪にするための枝をたくさん回収していく。木の実や野生の野菜もだ。充分回収してから最後に川で鍋に水を汲み洞窟へ帰還した。

 

 薪にするための枝は洞窟の入り口付近に積んでおき、火を絶やさないよう適宜焚き火へ放り込む。

 そして薪の上に鍋を置けるように、枝を二本が交差するように地面を掘って突き刺した。それを左右に作る。奥へ戻り持ってきた縄を短剣で切って二つ持っていく。交差させた部分を縄で縛り固定した。試しに鍋の取っ手に棒を通して交差させた上に枝ごと鍋を置いてみる。……ちょっと不安定な気もするが、まぁ初めてにしては及第点かな?

 

 丸齧りじゃ嫌らしい我が儘なお姫様にスープを作ってやらないといけない。調味料は壊れた店から持ってきているので味つけも多少不満はあるものの美味しく食べられるくらいには作れるだろう。水を熱している間に魔物を捌いていく。包丁があるとやっぱりやりやすい。毛皮は……まぁ取っておくか。敷物に使えるかもしれない。川で洗っておこう。肉と野菜などを適当に使ってスープを作っていく。二人分にしては多くなってしまったが、まぁ明日に取っておけばいいだろう。器も無事だったモノは二個ずつ回収してきたので、鍋を抱えて奥へと向かう。美味しい匂いに釣られたのか、微かにアポロの顔が動いたが。でもそれだけだった。

 

「もうちょい待ってな」

 

 まだ熱々のままだ。多少冷めた方が食べやすいだろう。その間に俺は川まで行って狼の毛皮を洗いハーブを擦り込んで獣臭さを多少打ち消す。……これくらいなら不快にならないかな。

 戻ってきたところで道具などの下に毛皮を敷いていく。動かない人形姫様を抱えて退かし毛皮を置いて元の位置に戻す。お前はホント自分で動け。

 

 そうこうしている間に鍋の中身がいい感じに冷めてきていた。器に装ってスプーンと一緒にアポロへと差し出す。

 

「ほら食え。食って生きろ。お前を生かすのが俺の役目だ。オルキスが皆一緒がいい、って言ったんだ。そこにあんたもいなきゃいけないんだよ」

「……オル、キス……」

「そうだ、オルキスだ」

「……」

 

 話しかけるとその名前だけはぼそぼそと呟くが、それ以外には全く反応しない。俺の料理すら食べようとしなかった。

 

「あーもう、ったくよ。俺が食べさせてやんなきゃいけないのか?」

 

 そこまでやるとなると本当に人形遊びに近い状態となる。とはいえ食わなければ飢え死にするだけだ。

 俺は器とスプーンを持ったまま近づきスプーンで一掬いして差し向けた。

 

「ほら食え」

 

 しかし彼女は全く反応しない。

 

「口を開けろ。口を、開けろ」

 

 一回言っても聞かないので二回言ってみた。すると僅かながら口を開いてくれる。微かにだが自我があるようで、何度も言っていれば大人しく従ってくれるのかもしれない。

 

「よし」

 

 俺はスプーンの先を口の中に捻じ込んで飲ませた。スプーンを引き抜いて今度は具材ごと食べさせる。器一つ分食べさせてやってから、俺は器を持たせスプーンを持たせて自分で食べるように動かしてやる。三分の一をそうやって食べさせてから「自分で食べろよ」と言って自分の分を装い食べ始める。ちょっと物足りない気もするが贅沢は禁物だ。

 アポロの様子を見てみると、かなりゆっくりではあったがきちんと自分で食べていた。こんなに素直だと逆に怖い。だが一度教えればやってくれるようにはなるので良かった。

 

「……あ?」

 

 と、不意に一つ考えた。

 

 ……排泄とか水浴びも、まさか最初は俺が手伝うんじゃねぇだろうな?

 

 いや流石にそれはないか。でも心を失ったということは羞恥心もないから今はなんとも思わない可能性も捨て切れない。ただそれも「今は」だ。元に戻ったとしたら確実に殺される。

 

「……流石に、それはねぇ、よな?」

 

 最初会った時のオルキスよりも機械的に食べている黒騎士を見て尋ねるが、反応が返ってくることはなかった。

 俺は嫌な予感を湛えつつ、アポロとの共同生活を開始するのだった。




黒騎士の状態ですが、原作より塞ぎ込んでます。
ダナンがいるから自分でなにもしなくていいという意識がそうさせている、と思ってください。


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再びのアマルティア

主人公と別れたグラン達側の話になります。
しばらくそういうパートが多くなりますのでご注意ください。


……これで毎日更新じゃなかったらダレるんだろうなぁ、と密かに思ってたりしますが。


 黒騎士を置き去りにし、ダナンに殿を任せ、ロゼッタと離れ離れになってしまった。

 

 島全体を茨の檻が取り囲んだのを背にグランサイファーに乗って脱出していたが、甲板に集まった一行には重い空気が流れている。

 当然だ。旅の苦楽を共にしてきた仲間を一人、置いてきてしまったのだ。

 

「……っ」

 

 そしてずっとオルキスのすすり泣く声が聞こえていた。

 ダナンを置いてきたところで、グランサイファーに乗り込むという時にマリスを連れたフリーシアが迫ったのだ。その時に彼を殺したという言葉を受けて、信じたくはないが安否の確認もできずもし本当に死んでしまっていたら、という悲しみが涙として溢れ出していた。

 

「……オルキスちゃん」

 

 リーシャがそんな彼女の正面に屈み込み頭を撫でる。

 

「……?」

「大丈夫ですよ。ダナンは生きてますから。約束したじゃないですか。それに、死んだと思わせるのは常套手段ですよ」

「……リーシャが嘘吐いたみたいに?」

「わ、私は嘘を吐いたわけでは……まぁいいです。そうです、フリーシア宰相の言うことを真に受ける必要はないんです。死ぬ気はない、って彼も言ってたじゃないですか。オルキスちゃんはあの人とフリーシア、どっちを信じるんですか?」

 

 リーシャの言葉にはっとした様子で、あまり逡巡せずに答えた。

 

「……ダナン」

「でしょう? だったら信じればいいんですよ。ダナンが生きてる、って」

「……ん」

 

 敵と味方、どちらを信じるかなんて簡単だ。オルキスはダナンが生きている方に切り替えると目元をごしごしと拭って泣き止んだ。

 

「リーシャちゃんに言いたいこと言われちゃったなぁ。ま、そーゆーことだよオルキスちゃん。ダナンもボスも、殺しても死ななさそうだから大丈夫」

「ああ。あの二人が死ぬなんて考えられないな」

 

 セリフを取られてしまった二人が続けて言った。

 

「……ん。二人共、生きてる。だから、絶対助ける」

 

 立ち直ったオルキスは確かな決意を滲ませて告げる。そんな様子を見て励ましていた三人はほっとして笑った。

 

「そうだねぇ。僕達も本気でやらないとダメだよねぇ、あれは」

「次は勝つ。……二度も負けるなんて御免だからな」

 

 ドランクとスツルムの脳裏にはマリスに一撃で倒された苦い記憶が蘇っていた。

 

「……そうですね。私ももっと強くならないといけません。あの、ユグドラシル・マリスを倒すにはもっと力が必要です」

 

 リーシャも同じだ。無力を痛感させられていた。

 

「……と言うか、一つ聞いていい、リーシャちゃん」

「え、あ、はい。なんでしょう?」

 

 重い空気がまだ漂おうとしている時、ドランクがリーシャに声をかけた。

 

「……なんか、リーシャちゃん僕達の仲間みたいになってるんだけど」

「えっ?」

「本来あれでしょ? 僕達の監視もそうだけど、グラン君達の動向を見守る役目もあると思うんだけどねぇ。やっぱりダナンがいるからなのかなぁ?」

「ち、違います! それとこれは関係ありませんから! お、オルキスちゃんが泣いていたので、その……」

 

 ドランクの指摘に顔を赤くしては、肯定しているようなモノだ。

 

「……リーシャ、ダナンと仲良くなった?」

「えっ、いえ、あの……。別に仲良くなったわけじゃ……」

「オルキス。こいつはダナンに惚れてるんだ。その証拠に指摘されてすぐ顔が赤くなっただろ?」

「違いますから! こ、これはその、別に」

 

 スツルムの言葉を受けてオルキスはじっとリーシャを見上げた。見つめられる側としては顔が熱いのが引かずどうしたらいいのかと迷ってしまう。

 そしてオルキスが口を開いた。

 

「……ダナンはダメ」

「えっ?」

「……ダナンはダメ。絶対」

「えぇと……」

 

 きっぱりと告げられてリーシャは少し困惑する。

 

「なになに~。オルキスちゃんもダナンのことが好きなの~?」

 

 茶化すようなドランクの言葉に、オルキスは彼方を見て考え込む。リーシャは小声で「も、って言わないでください」と言っていたが巻き込まれたくはないようだ。

 

「……」

 

 余程悩ましい問題なのかオルキスは首を傾げていたが、多く間を取ってやがて小さくこくんと頷いた。その頬は微かに赤くなっている。

 

「……オルキスは偉いな。そこの娘より素直だ」

 

 スツルムがオルキスの頭を撫でた。

 

「わ、私は別に、ダナンのことを想っているわけではありませんから。確かに引っ掻き回されてはいますが」

「えぇ~? 引っ掻き回されるってこと自体がダナンを意識してるってことだと思うんだけど?」

「い、意識していません。次に会った時には全く動揺せずあしらってみせますから」

 

 リーシャは未だ少し頬が赤いままだったが、それでもきっぱりと告げた。

 

「へぇ? 随分と信頼してるんだね」

「え?」

「だって短い付き合いなのに生きてるって疑ってないよねぇ。リーシャちゃんはClassⅣについても知らなかったのに」

「そ、それは……」

「信頼してるってことだろ。ぞっこんだな。惚れっぽいヤツだ」

「違いますよ! そういうんじゃ、なくて……」

「そうなの? ちょっと信じられないな~」

 

 きっぱりと否定もできず、かと言って開き直ることもできずリーシャはあわあわと動揺し続ける。このままリーシャがからかわれ続け追い詰められるかと思っていたが、

 

「……なんで、なんでそんなに平然としてられるのよ!」

 

 グラン達の間に漂う重苦しい空気を引き裂くように声が響いた。全員の視線がそちら、叫んだイオの方へ向けられる。

 

「イオちゃん……?」

「……ロゼッタも黒騎士も、ダナンだって敵わなかったのに……。勝てるわけないじゃない……!」

 

 イオは幼いながらも天才だ。故により強く、正確にユグドラシル・マリスとの差を感じ取ってしまっていた。そしてこれまで力を合わせればどんな困難だって乗り越えてこれたのに、なす術もなく次々と倒されていくだけだった。それがより一層、彼女の恐怖を助長させていた。

 誰もが思ってはいたが口に出さなかったその事実に、誰も宥めることはできなかった――一人を除いて。

 

「……イオ」

 

 そっと歩み寄ったのはオルキスだった。先程までは一番動揺した姿を見せていたはずだが、その瞳には意思が宿っている。

 

「……不安?」

「……不安に決まってるでしょ……。あんなのどうやっても勝てない……」

「……よしよし」

 

 不安そうに泣きじゃくり始めたイオの頭をオルキスの手が撫でる。

 

「……こうされると凄く安心する」

「オルキス……」

 

 彼女が精いっぱい慰めようとしてくれているのだとわかり、多少イオの様子が落ち着いた。

 

「……わ、私はこうされると安心しますよっ」

 

 そこへルリアも近づき、イオの手を両手で握った。

 

「ルリアも……」

「手を繋ぐと一人じゃない、ってわかって安心、しない?」

「……うん、する」

 

 大分イオの様子が落ち着いてきた。

 

「……でも、皆と一緒でも勝てなかったのに……」

「大丈夫だよ。ロゼッタさんも言ってたでしょ? ユグドラシルを救えるのは私達だけだって」

「……強くなって、アポロとダナンも一緒だったら次は負けない」

 

 イオの不安を二人それぞれが和らげていく。

 

「……うん」

「……けど怖かったら泣いていい。泣きたい時に泣くのは悪くない」

「そうだよ。我慢しなくていいんだからね」

 

 励ましながらも、感情を吐き出させることも忘れない。

 イオは言われてからようやく、声を上げて泣いた。

 

 そんな様子を見て、グラン達に重くのしかかっていたモノが消えていく。彼らも差を実感してどうすれば勝てるのかビジョンが浮かんでいなかった。しかしそれを口に出すわけにはいかないと自分を律していた。そこをイオが口にすることで、きちんとユグドラシル・マリスの強さに向き合うことができたのだ。

 そして、イオが落ち着くまでしばらく見守っていた。

 

「……ダナンもアポロも助けたい。だから、力を貸して」

 

 オルキスはイオから離れるとグランとジータの前に進み出てそう告げた。

 

「うん。僕達も二人を助けたいし、ロゼッタさんも待ってるからね」

「目的が一緒なんだから、当然だね」

 

 二人も団長だからと、勝てないと口にするわけにもいかなかったという重荷がなくなり普段通りに振舞っていた。

 

「……つってもよぅ。あんな強ぇヤツがいるのにどうすればいいんだよ……」

 

 ビィがどうしようもない不安を口にする。

 

「全員で力を合わせりゃ、って次元じゃねぇよな」

「ロゼッタは……別れる間際にユグドラシルを救う力があると言っていたな」

「俺達、って意味っつーかビィに、って感じだったな」

 

 そこでビィに視線が集中する。

 

「お、オイラ……親父さんと会うまでの記憶がねぇんだ……。だからそんな力がオイラにあるかもわかんねぇし……。あったとしてもどうやればいいのかわかんねぇよぉ……」

「そうか……だがロゼッタにはなにか心当たりがあるようだった。マリスに対抗する手段の一つとして、できれば確保しておきたいところだが」

 

 カタリナの言葉に皆が考え込む中、リーシャが口を開いた。

 

「それでしたら一度アマルティア島へ来てみてはどうでしょう」

「アマルティア……秩序の騎空団のか? なんだってそんなとこに……」

「我々秩序の騎空団は、碧の騎士ヴァルフリートの下全空域において活動しています。そのため各地の情報が集まってくるんです。空域を越えないと考えると、最も多く最も広い情報が集まっているのではないでしょうか」

「なるほど……」

「それに……帝国に捕まっていた彼らも送り届けなければなりませんし」

「そうだな。他に行く宛てもない。異論はあるか?」

 

 カタリナが全員の顔を見回すが、他に意見のある者はいなかった。例え不確かなモノだったとしても、その僅かな可能性に縋りつくしかなかったのだ。

 

「じゃあ次はアマルティア島だね」

「うん。情報がいっぱいあるって言うなら、ClassⅣについてもわかることがあるかもしれないし」

 

 二人の団長が最終決定を下し、一行は秩序の騎空団第四騎空艇団が駐屯しているアマルティア島へと船を向けるのだった。

 

 そして、

 

「え――」

 

 帝国の戦艦三隻が上陸し、荒れ果てた姿のアマルティア島を目にすることになる。

 その惨状を呆然と眺め立ち尽くすリーシャ。

 

「一体どうなってやがる……!」

「団員の気配がない……見えている数は、既に息絶えているだろう」

 

 状況把握のためにグランサイファーは港に着く。島の港には見張りについている団員達がいるのだが、その全てが地に倒れぴくりとも動かなくなっていた。

 

「そんな……」

 

 リーシャはグランサイファーを降りるとふらふらと近くに倒れていた団員の下へ向かい屈み込む。そして死亡を確認した。

 

「……一体、私のいない間になにが……。モニカさんがいたはずなのに、どうしてこんなことに……」

 

 絶望するリーシャにかける言葉が見つからない一行だったが、彼女に答えた第三者が現れる。

 

「――そんなの決まってんだろ、リーシャ」

 

 声に驚き振り向いたリーシャの目には、ドラフの男が映った。白髪に褐色肌を持つ男だ。

 

「あ、あなたは……!」

「よぉ、探したぜ。まさかここにいねぇとは思わなかったけどなぁ」

 

 笑うその男を、カタリナは知っていた。

 

「エルステ帝国中将、ガンダルヴァ……!」

「ん? ああ、そうかてめえらも来たのか。なら丁度いい。モニカのヤツは鈍っちまってて相手にならなかったんだ。ちょっと相手しろよ」

 

 その発言から、彼がモニカを下しアマルティアを乗っ取った張本人だと理解する。

 

「気をつけろ、皆。ガンダルヴァは腕っ節だけで帝国の中将まで上り詰めた男だ。魔晶を使ったポンメルンよりも強いと考えてくれ」

 

 カタリナの言葉に、全員が警戒して武器を構えた。

 

「……モニカさんはどこですか?」

「あ? モニカなら監獄塔にいるぜ。不味い飯食わせてやってんよ。だが殺しはしねぇ。いい餌になるからな、あいつは」

 

 剣を抜き放ったリーシャに対して、面白そうに笑いながら答えた。

 

「てめえがここにいて隠れてんなら出てくるだろうと思ってのことだ。てめえが一緒に牢獄行きになってくれるんなら話は早いんだがなぁ。てめえを捕まえればあの野郎も出張ってくんだろ」

「……あの野郎?」

「惚けんなよ、てめえの父親のヴァルフリートに決まってんだろ? てめえを餌にヴァルフリートの野郎を誘き寄せて、再戦する。ここの制圧は上の命令ってヤツだけどなぁ。ついでにオレの望みを叶えるくらいの我が儘は許してくれんだろ」

「……そうですか」

 

 リーシャは剣を携えたまま歩き出す。

 

「お、おい! リーシャ殿、一人では……!」

 

 カタリナの制止の声も聞こえていないようだ。瞬間、リーシャの全身から風が巻き上がったかと思うとガンダルヴァの眼前まで移動していた。

 

「あん?」

「はぁっ!!」

 

 構えてもいないガンダルヴァへと力任せに剣を振るった。剣先に凝縮された風が斬撃に合わせて放たれて地面を割る。だがガンダルヴァは直前で回避している。

 

「っと、なんだやる気満々じゃねぇかよ。だがそんな大振りが当たるとでも思ってんのか?」

「……なら、避ければいいじゃないですか」

「っ――!」

 

 風に乗って素早くガンダルヴァの背後へと回っていたリーシャは、そのまま同じ威力の剣を高速で何度も振るう。しかし彼にはその攻撃が見えているのか、全てを回避していた。だが距離を取った時に着ていた服に一筋の切れ目が入る。

 

「チッ。完璧に避けたつもりだったんだがな。やっぱてめえもあの化け物の娘ってわけか。面白ぇ!」

 

 舌打ちしながらも予想外が嬉しかったのか、笑みを浮かべてリーシャへと躍りかかった。放たれた拳は避けられたが、遠くにあった看板を風圧で揺らす。

 

「……煩い」

「あ?」

「煩い、って言ったんです。倒せもしない遠くの敵なんか見ていないで、目の前の敵に集中したらどうですか?」

「はっ! 言うじゃねぇか。いい面だ、いいぜぇ! てめえには太刀を抜いてやるよぉ!!」

 

 仲間の団員達を殺された怒り。慕っているモニカを蔑ろにされた怒り。そして自分のことなど眼中にないと告げられた怒り。

 その全てが重なって彼女は、キレていた。

 

 ガンダルヴァがいよいよ持っていた太刀を抜いて挑んでくる。先程より明らかに速く、加減していたのだとわかって怒りが更に加速した。

 

 ……もっと! もっと速く……!

 

 ガンダルヴァと剣を打ち合わせてその力強さに吹き飛ばされかけるが、無理矢理纏う疾風を強めて留まった。

 父親が戦っているところは見たことがなかった。ただモニカの戦いは何度も見ている。だから彼女はモニカが紫電を纏うことに対して自分にできる物真似――風を纏うことによる強化を実戦していた。何度か練習で使ったことがあるとはいえ、実戦では初めてだった。

 

 しかも今は感情が荒ぶっているせいか、身に纏う風が自身の身体に切り傷をつけていることに気づいていない。

 

「いいじゃねぇか!」

 

 ガンダルヴァは受け切られるとは思わなかったのか、剣を引いてより速くより強く剣を振るう。それに合わせてリーシャも纏う風を強くしていく。ガンダルヴァはまだまだ余裕とはいえ、既にグラン達が割って入れる域を超えていた。割って入ろうにもリーシャの放つ風が凄まじく近寄ることができないでいた。

 

「よくも仲間を! モニカさんを!」

「弱ぇってのは罪だ! 生き残りたけりゃオレより強くなきゃなぁ!」

 

 感情と風が荒れ狂っているリーシャとの戦いを、じっくり楽しむようなガンダルヴァの様子に怒りが更に強くなっている。

 

「私はヴァルフリートじゃない! 私は、私なんだ!」

「知るかよ。弱ぇヤツには興味がねぇ。違うってんならあの化け物の餌以外の価値を見せてみろ!」

 

 互角に戦っていたかに思われたリーシャだったが、ガンダルヴァは更に加速しあっさりと彼女の背後を取った。それに対してリーシャが更に風を強めて加速しようとしたところで、リーシャの全身から血飛沫が上がった。

 

 ……えっ?

 

 なにが起こったのか理解できず、頭の中に空白が生まれる。

 

「はっ。所詮はモニカの真似事だな。勝負の結末が自滅なんてしょうもねぇなぁ。てめえにはヴァルフリートを誘き出すための餌がお似合いだ」

 

 ガンダルヴァの嘲るような声で状況を理解し、背後から食らった蹴りで呆気なく吹き飛び家屋へと突っ込んでいった。

 

「リーシャさん!」

「さぁて、次はてめえらの番か。少しは楽しませてくれよ?」

 

 リーシャを仕留めたガンダルヴァは、太刀を鞘に納めるとグラン達の方を向いた。そして一息にカタリナの眼前まで移動すると反応できていない彼女を殴り飛ばした。

 

「がっ……!?」

 

 金属の鎧を纏っていて重いはずだが、あっさりと吹き飛び家屋へと突っ込んでいく。

 

「カタリナ!」

「【オーガ】ッ!」

 

 リーシャと戦っていた時よりは加減されていたはずだが、圧倒的な強さを目にした。グランは【オーガ】と化してガンダルヴァの前に躍り出る。

 

「面白ぇ能力だな。次はてめえか!」

 

 嬉々として振るわれた拳を、グランは間一髪で避けながら自らの攻撃へと繋げていく。

 【オーガ】が持つ特有の技。敵の攻撃をかわした隙に攻撃することで、その瞬間のみダメージを何倍にも引き上げることができる、カウンター。

 

「ふっ!」

 

 グラン渾身の蹴りがガンダルヴァの脇腹に突き刺さった、のだが。

 

「痛ぇ痛ぇ。なかなかいい蹴りするじゃねぇか、小僧」

 

 ガンダルヴァは僅かに後退しただけで効いた様子がなかった。

 

「これならもうちょっと本気でやれそうだなぁ!」

 

 再び向かってくるガンダルヴァへと、ラカムとオイゲンの放った弾丸が向かうが最低限の動きで回避されてしまう。

 

「嘘だろ、この距離で避けるかよ!」

「チィ、とんでもねぇヤツがいたもんだな!」

 

 グランが真っ向から挑むことになる。

 

「【ヴァルキュリア】、デュアルインパルス!」

 

 そこを槍を携えたジータが横から援護した。味方全体の俊敏性を上昇させた上で槍を使いガンダルヴァの動きを邪魔しようとするが、彼の動きを捉え切れず全ての突きが空を切る。そこへグランも仕かけて双子の連携で挑むのだが攻撃がかわされ逆に拳をかわし切れずに後退されられてしまう。そこへラカムとオイゲンも隙を見て銃弾を放つが、当たらない。

 

「クソッ! どんな身体能力してやがる!」

「そう見えんのはてめえらが弱いからだ。七曜の騎士ってのはもっとヤベぇ化け物なんだぜ。次はオレ様が勝つがなぁ!」

「「っ……!」」

 

 ギアを一つ上げたガンダルヴァの拳を受けてグランとジータの身体が飛ぶ。次にラカムが殴り飛ばされ、オイゲンへと狙いを定めた。が、放った拳が紙一重で回避される。

 

「インターセプト、ってなぁ!」

 

 【オーガ】のカウンターと同じ敵の攻撃をかわした隙に発動させる技。銃がガンダルヴァの顎を跳ね上げた。

 

「……痛ぇじゃねぇか、爺さんッ!」

「がっ!」

 

 しかし大したダメージはなかったようで、すぐに振り下ろされた拳によって地面へと叩きつけられ、動かなくなる。

 

「……後はガキだけか。ん?」

 

 ルリア、イオ、オルキスに視線を向けてもう終わりかとつまらなさそうな顔をするガンダルヴァだったが、そこで二人の傭兵コンビに気づき口端を吊り上げた。

 

「なんだ、まだいるじゃねぇか! 確かてめえらは黒騎士が雇った側近だったか? あいつはどこだよ」

「さぁねぇ。教える義理あるの?」

「ねぇわな。だが丁度いい。七曜の騎士が雇った傭兵ってのがどんな腕前なのか、一回試してみたかったんだよなぁ」

「とんだ戦闘狂だな」

「ごめんねぇ。だとしたら僕達じゃ要望に応えられそうにないかな~」

「あん?」

「だって僕達の腕前を知ってて雇ってくれたわけじゃないからねぇ。僕達じゃ敵いそうにないなぁ」

「あぁ? なんだよ」

「そんながっかりしないでよ。こっちはもう強い人いないから見逃してくれない? 後でまた皆治して再戦させるから、さ。ね、お願い~」

「……なんだよ、消化不良だぜ。ならとっとと消えろ。弱ぇヤツには興味ねぇんだ」

「助かるよ~」

 

 ガンダルヴァはあっさりと踵を返した。

 

「だがリーシャは貰ってくぜ。あいつは貴重な餌だからな」

 

 しかしヴァルフリートを誘き寄せるためのリーシャは渡さないと言って彼女がいるはずの壊れた家屋の方へと歩いていく。

 

「え~? それじゃあ約束が違うんだけどな~。……そんなことされちゃうと、僕達もやる気出すしかないよねぇ」

「あん――っ!?」

 

 ドランクの言葉の真意を計りかねたガンダルヴァが怪訝に思ったところで、突如赤い玉が目の前に現れた。避ける間もなく雷が放たれる。

 

「がぁ!? て、てめえ……!」

 

 この戦いで初めてガンダルヴァにダメージが入った瞬間だった。

 

「まさかホントに騙されるなんて思ってみなかったよ。案外頭の中まで筋肉なのかな。ねぇ、スツルム殿?」

「全くだ。あと私達のことを知らないとは思わなかった」

 

 宝珠を指の間に挟んだドランクと、二本のショートソードを腰から抜き放ったスツルム。既に二人は戦闘態勢を整えていた。

 

「……チッ。てめえらがある程度戦えるのはなんとなくわかってんだよ。だが残ったガキ共を置いててめえらまで倒されちゃオレが手ぇ出さねぇとも限らねぇから、そんなリスク犯すとは思ってなかったってだけのことだ」

「あれ~? 意外と冷静なんだね~。ま、でもそれくらいの方がいいかな~」

 

 ガンダルヴァは改めて敵として二人を見据える。

 

「……ルリアに謝っておくことがある。あたし達は最初から、ルーマシーでオルキスを取り返したら逃げるつもりだった」

「えっ?」

「当初の予定では、ね。だからマリスが出た時は成り行き見守ろうかと思ってたんだけど」

「予想よりも強かった。あたし達が本気だったとしても結果は変わらないくらいにな」

「そうそう。だけど状況が変わって君達と一生懸命力合わせないとダメっぽいから、ちょぉっと罪悪感出ちゃってねぇ。だからここは僕達がなんとか凌ぐよ。イオちゃんが皆を回復して、隙を見て一緒に逃げよっかな~って」

「リーシャは放置でいい。あいつは大丈夫だ」

「あ、うん……」

 

 二人の様子に頷き言われた通りにするしかないイオ。

 

「はっ。オレ相手にできると思ってんのか?」

「もちろん。勝ち目がなきゃやらないよねぇ。できない仕事は請け負わないのも、デキる傭兵の条件だよ。ね、スツルム殿?」

「ああ。あたし達はできないことはやらない。お前と戦うくらいならできる仕事だ」

「ほぉ? じゃあその力、存分に試させてもらおうか!」

 

 ガンダルヴァは突っ込んでくるのを、スツルムが相対した。拳を剣で完全に受け止めてみせる。

 

「へぇ?」

「まだあたし達の実力がわかってないらしいな。安心しろ、ちゃんとバカにもわかるように身体に教えてやる」

「上等だ、やってみろぉ!」

 

 ガンダルヴァの拳でかかってくるのを、スツルムは二刀であしらい隙を作って肌を斬りつける。その上空中を浮遊した九つの玉がガンダルヴァの意識が外れた瞬間に魔法を放ってきた。嫌なコンビネーションだった。

 更に加速、更に――とガンダルヴァがギアを上げていくが、一向に差が開かない。どころか、それに合わせて二人の力も上昇していくようだった。

 

「てめえら……!」

「あ、気づいちゃった? 僕達ってぇ、時間をかけて身体を温めていくタイプなんだよねぇ。だから君みたいに実力を測りながら本気に近づけていくタイプと相性抜群、ってわけ。どぉ? 僕達強いでしょ?」

「ははっ! いいじゃねぇか、オレが武器を抜くに値する!」

 

 そう言ってガンダルヴァはリーシャの時に抜いていた太刀を手に取った。

 

「その自信もへし折ってやる」

「あんまり無茶しないでね、スツルム殿」

「わかってる」

 

 スツルムは変わらず突っ込んでいく。しかしより本気に近くなったガンダルヴァは彼女の背後へと回り込む。太刀を振るったが身を躍らせたスツルムが回避し、避け様に剣を振るった。頬に切り傷が入る。太刀を振り上げようとしたところでスツルムが彼の身体を蹴って退避した。

 

「ちょこまかと動きやがる」

「捉え切れないのをあたしのせいにするな」

 

 太刀を持ったガンダルヴァにも対抗できている。だが、既に二人は本気中の本気だった。時間をかけた強化も最大まで高まっており、ガンダルヴァにはまだ余裕が感じられる。

 

 退避したスツルムが着地したと同時に更に速くなったガンダルヴァが迫る。彼女は反応できなかったが。

 

「あ――?」

 

 踏み込んだガンダルヴァは僅かになにかを踏みつけて一拍体勢を崩す。ころころと玉が転がっていった。その隙を見逃すスツルムではない。

 

「レックレスレイド」

「うおぉ!」

 

 火炎を纏わせた斬撃を放ち、ガンダルヴァを後退させた……とその足の下にも玉が転がっている。

 

「っ……」

「足元がお留守だねぇ、中将サン。フェアトリックレイド」

 

 またも体勢を崩したガンダルヴァをドランクの魔法が襲った。

 

「ウゼぇなぁ!」

 

 僅かにでもダメージがあったのか、ガンダルヴァは激昂して瞬時にスツルムへと近づき蹴り飛ばした。

 

「っ……!」

 

 諸に攻撃を受けて吹き飛ぶ直前、剣が閃き彼の首筋を切りつけたがスツルムの身体は何度か地面を跳ねた後止まって動かなくなる。

 

「スツルム殿!」

 

 珍しくドランクが切羽詰った声を上げた。

 

「さぁて、次はてめえだな」

「……ははは、やっぱリーシャちゃんあげるから見逃して欲しいなぁ、なんて……」

「すると思うか?」

「ですよねぇ」

 

 ドランクは苦笑いを浮かべる。最後の攻撃、彼の目には捉えられなかった。宝珠を操って戦う手前、相手の動きを見切っていなければならないのだ。つまりこうなっては勝ち目がない。

 そしてガンダルヴァは空中にあった玉の一つを両断した。

 

「チッ。最初からこうしてりゃ良かったぜ。邪魔な玉っころを斬ってりゃここまですることもなかった」

 

 魔法発動の基点となる宝玉を両断されて、武器が一つ減った。ただでさえ不利なのにより窮地が迫ってくるようだが、ドランクは笑みを深めた。

 

「ま、僕の魔法対策としては、誰でも考える手だよねぇ。玉の方を攻撃すればいい、って」

「あん――がぁ!?」

 

 ガンダルヴァが怪訝そうに眉を顰めた瞬間、彼の身を焦がすほどの雷撃が襲った。流石に効いたのか片膝を突く。

 

「うん。いい位置にいてくれたね~」

「っ……てめえ」

「そう睨まないでよ。僕ももう魔力が今のでほとんど尽きちゃったから倒すだけの元気はないんだよね~。ってことで、ガンダルヴァ中将は卓袱台返し、って知ってる? ボードゲームとかやってる時に、負けそうになったらやってられるかーっ! ってテーブルごと引っ繰り返して勝負をなかったことにしちゃうヤツ」

「……なにが言いてぇ」

「それと同じことをしようと思って。じゃあ行くよ~。せーのっ!」

 

 ドランクのかけ声に合わせてガンダルヴァの足元に亀裂が走り、勢いよく跳ね上がった。ガンダルヴァはなす術もなく空を飛ぶことになる。

 

「てめえ……!」

「今度は皆で挑んであげるから、今回は撤退してね~」

 

 睨んでくるガンダルヴァに手を振って見送り、ドランクは嘆息する。

 

「……本気だったんだけど、全然倒せる気しないねぇ。もうホント、誰も彼も化け物すぎるよ。ねぇ?」

 

 ドランクが尋ねる先には、秩序の騎空団の団員が佇んでいた。

 

「あのガンダルヴァを退けただけでも凄いですよ。さぁ皆さん、こちらへ。リーシャ船団長はこちらで手当てしています。こうなった経緯と今の状況を、お伝えしましょう」

 

 イオに治療されて次々と目を覚ました一行へと、団員は告げた。そしてガンダルヴァという脅威と対面した一行はまたしても重い空気を漂わせて、今は彼についていくのだった。




何気にドラスツの初戦闘では?

如何だったでしょうか。
ガンダルヴァの強キャラ感は残しつつ二人も弱くはないんだよ、と思っていただけるようにし……たかった(笑)

キャラの力バランスって難しいですね。


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モニカの遺した言葉

サブタイがモニカさんが死んでしまったみたいになってしまった(笑)
ただタイトルをつけるとしたらこんな感じになるんじゃないかと思います。


 グラン達はガンダルヴァとの戦闘後、秩序の騎空団団員に連れられてある建物へと案内された。

 そこでゆっくり傷を負った仲間達を癒し、全員が目を覚ましたところで団員は説明を始める。

 

「リーシャ船団長が島を出て行った後、モニカ船団長補佐の指示で警備の強化など事後処理に追われていたのですが。そこへ現れたのが、帝国の戦艦三隻を引き連れたあの中将ガンダルヴァだったんです」

「ヤツは……以前この第四騎空艇団の船団長を務めた男です。ただ戦闘狂で粗暴だった上に力を至上主義としたことからヴァルフリート団長が一騎打ちの末追放したという経緯があります。ただそれ故にこの島については知り尽くしており……」

「瞬く間に攻め入られたところでモニカ船団長補佐は俺達にガンダルヴァが去ってから建てられた建物で待機するように、と命じてヤツに一騎打ちを挑みました」

「その結果モニカ船団長補佐は敗れ、今は監獄塔に幽閉されています。ヤツらは監獄塔と庁舎を根城にしていて、助けに行こうにも戦力が上でして……」

 

 団員達の説明に、リーシャは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「わかっている範囲で構いません。相手の戦力とこちらの残存戦力は?」

「向こうは二百ほど。こちらは……残念ながら二十くらいでしょう」

「……そうですか」

「あ、ただ全員が殺されてしまったわけではありません。物資の確保をするために三十人ほど庁舎で働かされています。他に生き残っている団員はモニカ船団長補佐と同じく監獄塔に幽閉されていると思われますが」

「わかりました」

 

 二十対二百。絶望的な数字だった。一人で十人を倒さなくてはならない。リーシャや囚われているモニカなら兎も角、一般団員はそこまでの戦力ではなかった。 

 

「とんでもねぇピンチじゃねぇかよ……」

「しかもあのガンダルヴァ、とんでもねぇヤツだったしな」

 

 ビィとラカムが勝ち目のなさを口にする。

 

「ここにいる全員でかかっても無理だと思うけどねぇ、彼は」

「ああ。あたし達の本気よりも断然強い。束になってかかっても勝てるかわからないぞ。対七曜の騎士くらいじゃないと」

 

 珍しく本気を出した二人も分析する。

 

「……えぇと、皆さん。さっきはすみません。一人で突っ走ってしまって」

 

 そこでリーシャが頭を下げる。

 

「そうだな。自己を省みない力に未来などないよ」

「はい……」

「……あの時の顔、怖かった」

「うっ……ご、ごめんなさい」

 

 オルキスに言われてしゅんとするリーシャを見て、リーシャ成分不足だった団員が感極まっていた。誰も気づいていなかったのは幸いか。

 

「あ、そういえばあのクズ男はいないみたいですね」

 

 しかしその団員は一行の顔触れを見てそう口に出した。

 

「えっ?」

「もしかして死んだんですか? いやぁ、残念ですねー」

 

 その団員は欠片も残念だと思っていないような晴れやかな笑顔をしていた。その言葉にオルキスがきゅっとぬいぐるみを強く抱き締める。グラン達もいい気はせず嫌な空気が漂いかけたその時、傍にいた団員がそいつの頭を掴んで地面に叩きつける。無理矢理に頭を下げさせたような体勢だ。

 

「す、すみません皆様! こいつはあの……リーシャ船団長を心から慕ってまして、ちょっと感情的になってるんです! お、おい! こいつをちょっと連れ出してくれ!」

「ちょ、やめ……!」

 

 不謹慎な発言をした団員は連れ去られていった。

 

「すみません……。ただそのぉ、団員達の中にはこうなったのはあいつのせいだという声を上げる者もいまして……」

「なんで、そんなことを……?」

「えーっと、『リーシャ船団長がここにいれば、あいつについていかなければこうならなったのに』みたいな声ですね。責任転嫁ですが、仲間もたくさん殺されたのでなにかに怒りをぶつけたい気持ちはわかる気がします。ただそれを彼に向けるのは間違ってますよね。不快な想いをさせてしまってすみません。心中はその、お察しします……」

 

 ドラフの団員は申し訳なさそうに説明し頭を下げる。

 

「……勝手にダナンを殺さないで。なにも知らない癖に」

 

 それをオルキスがやや冷たい声で告げた。その様子に驚きつつも、リーシャも追随した。

 

「そうですよ。ここにいないからと言って死んだと決めつけるのは失礼です。大体、私は自分の意思で彼らについていくと決めた身です。こうなったのが私がここにいなかったせいなのだとすれば、私を糾弾すればいいでしょう」

「それは……そうですね。ですがその、非常に申し上げにくいのですが……」

「はい」

「彼らがあそこまで怒りを向けているのは、リーシャ船団長を彼が惚れさせたという点がですね……」

「ふぇっ!?」

 

 予想外の申し出だったのか、リーシャは間の抜けた声を上げて顔を真っ赤にした。

 

「ち、ちょっと待ってください! なんでそんなことになってるんですか!? 私はちゃんと、黒騎士と黒騎士を脱獄させようとした彼らを監視するためと言ったじゃないですか!」

「はい。ですがそれは職務上の建前ではないかという結論が出回りまして。モニカ船団長補佐も『あれは惚れてるな』とにやにやしていらしたので」

「モニカさんまで!? ああもう、違いますから! ダナンとはそういうのではありません!」

「ですが呼び捨てですし、あそこまでリーシャ船団長と親しくしていた男は初めてですし。なによりあの前日、夜の中庭でリーシャ船団長と彼がその……キスしていたという情報が……」

「っ!?」

 

 ぼっと火が点くように顔が真っ赤に染まった。庁舎の中庭での出来事だ、誰かに見られていてもおかしくはない。確かにあの時はそうしているような体勢、距離だと思われても仕方がない状態だったような気がする。……リーシャとしては突然のことに頭がついていかず半分ぐらい朧気になってはいるのだが。

 だが否定しなければ更なる誤解を生んでしまう。

 

「……そ、そのような事実はありません! 確かにその……そういう風に思われても仕方がない状態ではありましたが、あれは彼が私をからかうためにやったことで、実際には特に、そういったことは……」

 

 羞恥に耐えながらもなんとかきっぱりと否定してみせた。その言葉の中で特に「彼がからかって」というフレーズが効果的だった。ダナンが散々リーシャをからかう様は見ていたので、「あ、それやりそう」という認識が芽生えたのだ。

 

「……本当に、嘘偽りなく……?」

「は、はい。当然です」

「……嘘吐いたらダメ」

「う、嘘は吐いていません」

 

 団員とオルキスから確認を取られたがきちんと目を真っ直ぐに見て返すことができた。二人はほっとしたように胸を撫で下ろしている。

 

「そ、そんな話よりも今はこの状況をどうやって打開するかを話し合いませんと……」

「いいえ、とても重要です。我々団員達の士気に関わります」

「そ、そうなんですか……?」

「はい。間違いなく。ところでリーシャ船団長。本当の本当に、彼に惚れているという事実はないと考えていいでしょうか?」

 

 団員の真摯な目がリーシャを射抜く。真剣に尋ねられたので真剣に答えを返さなければならないという真面目思考の下、改めて考えてみたが。

 

 ……確かに今までにないくらい翻弄されてはいますが、異性として好きかどうかと言われると微妙な気が……。もうちょっとこう、落ち着いた雰囲気の方が一緒にいて過ごしやすいとは思いますし……。

 

 一緒にいて楽しいという部分はあれど多分違うと考える。

 

「……はい。ありません」

 

 考え込んでから真剣な表情できっぱりと否定した。これで誤解は解けるだろう。

 

「……なるほど。わかりました、物悲しいですが、リーシャ船団長の巣立ちを見守ることにしましょう」

「えっ? いえ、あの……この流れでなんでそうなるんですか」

 

 ところが予想外の発言を受けてしまう。

 

「申し訳ないのですが、リーシャ船団長にこれを尋ねる時、団員達の満場一致で否定されるという予想が立ちました。真面目な方ですから、おそらくどちらであろうと否定されると」

「……」

「ではどこで真実を判断するかという話になるのですが、それはリーシャ船団長が考えるか考えないか、という話になりました。特に意識していないのであればすぐに答えが返ってくるだろうと睨んだわけですね。結果、充分な時間考えた後に答えを出されました。つまり彼に対して否定する材料を探してからの答えだと思うのです。そして考える時間が長ければ長いほど、否定する材料を見つけるのに時間がかかっているということになりますね」

「……」

「ですので今のを見るとリーシャ船団長は憎からず想っていることになります。惜しいですが、我々はリーシャ船団長が選んだなら背中を押すしかありませんので」

「……」

 

 彼女のことをよく見てきた団員からの言葉に、リーシャは押し黙ってしまう。本人に自覚はないので言い当てられたとか図星だったとかそういう気持ちはないが、妙にすとんと胸に落ちてきたような感覚だった。

 

「……ダメ。リーシャは秩序の人だから仕事しないといけない」

「えぇと、そうですね」

「……だから、ダメ」

「は、はい」

 

 オルキスの妙な有無を言わせぬ迫力に頷くしかできないリーシャ。オルキスは満足そうに頷いた。

 

「……では本題に入りましょうか。我々無事な秩序の騎空団団員はこれよりリーシャ船団長の指揮下に入り、アマルティア奪還の任務を遂行したいと思います」

 

 ようやくだが、団員は真剣な話題へと転換させる。その様子にリーシャも一旦彼について考えることをやめて、気を引き締めた。

 

「今は各地で不意打ちのゲリラ戦によってなんとか数少ない拠点を守りながら戦っていますが……敵の数が多く戦況を覆すほどの結果は得られていません。それどころか兵の消耗が激しくこのままでは一週間と持たないでしょう」

「……そうですか。すみませんが、皆さんにも協力していただいていいですか?」

 

 団員の報告を聞き、リーシャはグラン達を振り返る。

 

「はい。元からそのつもりですよ」

「微力ながらご助力します」

「へへっ。こいつらがいれば帝国兵なんて楽勝だぜ!」

 

 グラン、ジータ、ビィが応える。他の者も協力してくれるようだ。

 

「……では問題は」

「はい。ガンダルヴァということになりますね。あいつがいれば、それだけでこの戦いを終わらせることができます。逆を言えば――」

「ガンダルヴァを倒さなければ我々に勝利はない、ということか」

「はい……」

 

 カタリナが勝利条件を口にし全員が口を閉ざした。秩序の騎空団は元より、グラン達も圧倒的な強さを目にし肌で感じている。唯一リーシャが単騎でガンダルヴァに太刀を抜かせ、スツルムとドランクがコンビで撤退させることに成功したが。それでもまだまだ全力というほどではないと理解していた。全員で同時にかかっても勝てるとは限らないだろう。

 

「あ、リーシャ船団長。モニカ船団長補佐がガンダルヴァとの一騎打ちに臨む前に、これをリーシャ船団長へ渡すようにと……」

 

 ある団員がリーシャへおずおずと折り畳まれた紙片を差し出す。彼女はそれを受け取り、なにが書いてあるのかと紙を開いた。そこには二言だけが書き綴られていた。

 

「……偽物も魂が宿れば本物に勝る。纏うだけが紫電ではない。どういう意味でしょう?」

「さ、さぁ? 私もこれをリーシャ船団長に、と言われただけですので」

 

 モニカから手渡されたらしい団員も真意については知らないようだ。

 

 ……もっと噛み砕いて書いてくれればいいのに。

 

 読み解かせようとしている意図が見えてそんな余裕が時間的にない今、そっくりそのまま書いて欲しかったというところもある。だがモニカがこれをリーシャの手に渡らせた、ということはリーシャにとってこの状況を打破するのに必要な要素が書かれているとは思う。

 

「……偽者、魂、本物……」

 

 ぽつりとオルキスが呟き、つい「なにか心当たりが?」と聞きそうになってしまい、寸でで留まった。黒騎士の話では彼女はオルキス王女が心を失った状態の人格――つまりは偽物だ。言葉だけで見ると彼女に関係ありそうな気はしてくるが、リーシャについてのことなのは確実だった。

 

「……皆さんは、なにかモニカさんの言いたいことがわかりますか?」

 

 リーシャは明確な答えが浮かんでこず、グラン一行へと尋ねる。

 

「う~ん。紫電と言えばモニカさんだけど……リーシャさんが紫電も使えて疾風と紫電で超強化、みたいな?」

「あれは魔力の性質が齎しているモノですので、私には使えませんね」

「纏うだけが紫電じゃない、かぁ。モニカさんの紫電は確かに纏うだけじゃなくて、帯電してたよね。最後の方なんか発光してたし。身体に直接電流が流れてたりするのかも」

「そうかもしれませんけど……それがガンダルヴァを打ち破る策になるとも思えませんね」

 

 直接戦って目にしていた双子がそれぞれの考えを口にする。

 

「これはリーシャ殿に向けられた言葉なのだろう? ではあの、モニカ殿のような風による強化についてのアドバイスの可能性はないか? 今のところ、一人でガンダルヴァと対抗していたリーシャ殿が最重要戦力だ。悔しいが、決死の覚悟で戦ったとしても足手纏いになる可能性が高い」

「……あれは確かにモニカさんの紫電を真似て会得しようとしていたモノですね。もしかして私が風を纏うだけだから、紫電のようにするには全身に巡らせるとかそういうのが必要ということでしょうか」

「纏うだけで自分のこと切っちゃう風なんて身体に巡らせたら内側から八つ裂きになっちゃうわよ?」

「そ、それもそうですね」

 

 感情が昂ぶり制御できていなかったとはいえイオの懸念は尤もだった。リーシャもやってみるにはリスクが大きすぎると考える。

 

「別に秩序の姉ちゃんがあのちっこい姉ちゃんの真似する必要はねぇんじゃねぇか?」

「え?」

「だってよぉ、オイラこの二人ずっと見てたからわかるけど、同じ『ジョブ』の力を持ってるこいつらだって得意不得意があるんだぜ? 全く同じことなんてできねぇよ」

 

 ビィの何気ない一言に続き、

 

「そりゃそうだな。ってーことは、同じようなことを嬢ちゃんなりに再現してみりゃいいんじゃねぇか?」

「私なりに再現……?」

「ああ。風じゃあ同じことはできねぇ。真似事がただの真似事で終わっちまう。なら嬢ちゃんの思う方法であの子に近づけるようにやりゃいいんだよ」

「……」

 

 オイゲンのセリフにリーシャは目を見張る。彼女以外も驚いたような顔で彼を見つめていた。

 

「……そういやあんた、年長者だったな……」

「お、おいラカム。どういう意味だ!?」

「すまない。私も同じことを思ってしまった……」

「カタリナまで……。一応俺が最高齢じゃねぇか。そんなに威厳ねぇか?」

「……ふにゃぁ」

「それは今言うんじゃねぇ! 確かに威厳ねぇなぁ!」

 

 ためになる言葉を発したオイゲンは面食らっていた。

 

「……えっと、つまりビィ君やオイゲンさんの言う通り、紫電とは違う紫電のような力を身につけたらいいという言葉という認識でいいんですか?」

「はい、多分。モニカさんはリーシャさんがガンダルヴァ打倒の鍵になるってわかってたんですね」

「そう、なんでしょうか……」

 

 グランの言葉に本人は首を傾げていたが、事実リーシャと戦っていた時のガンダルヴァが最も本気に近かったのを見ている皆としては疑う余地がなかった。

 

「ではもう一つの偽物も魂が宿れば本物に勝る、とはどういう意味でしょう。関連した話で考えると、真似事という偽物に魂を込めろ、という風にも聞こえますが……」

「……違う」

 

 彼女の言葉を今唯一完全な偽物だとわかっている少女が否定した。

 

「……多分、心の強さ。偽物が本物に近づくには、心が必要」

「オルキスちゃん……」

 

 心を失った今の彼女だから出た言葉なのかもしれない。

 

「……確かに、リーシャ殿は先程から自分の強さに対して信じ切れていない節が見受けられる。もっと自分の強さを信じてもいいのではないかと思うが」

「自分の強さを信じる……」

「確かに今一番ヤツに近いのはあんただろうな。俺達なんか束になっても敵わなかったってのに」

「……う~ん」

 

 カタリナとラカムの言葉を受けても、悩み込むようにしていた。自信を持たせるための方便なのではないかと勘繰ってしまう部分もあるからだろう。

 

「なら私達と模擬戦をしませんか?」

「模擬戦ですか?」

「はい。私達二人が、ClassⅣを使ってリーシャさんと戦います。あ、自我なくなっちゃうので容赦なく倒してもらわないとダメですよ?」

「え、いや、あの……」

「大丈夫です。リーシャさんが倒してくれればいいんですから。早速やりましょう。他の目がないところならどこでもいいですから」

「確かマリス足止めするのに使ってたアレですよね? 流石に二人同時は……」

「はい。一人ずつ順に戦うので大丈夫ですよ。じゃあ行きましょう」

「ま、まだやるって言ってないんですけど」

 

 リーシャはジータに手を引かれて室内から出ていく。珍しく強引なやり方を取っているが、それくらい強引な方がいいのかもしれないと仲間達は考えた。

 

「あ、では敵の目がない場所にご案内しますよ」

「よろしくお願いします」

「あの、ちょっと待ってください、って……」

 

 狼狽えたリーシャを強引に引っ張っていったジータは団員に案内されてある場所へと移動する。

 

「グラン、アレ貸して」

「【ベルセルク】でやるの? ……まぁ、わかった」

 

 広いスペースで対峙したジータはグランに声をかけて斧を受け取る。

 

「ほ、本当にやるんですか?」

「はい。ちなみに今から使う【ベルセルク】になると手加減一切なしにリーシャさんを殺しにかかると思います」

「え」

「なので頑張って私を倒してください。全員がかりで止められるかわからないので、リーシャさんが頑張らないと私が皆殺しにしてしまうと思います」

「そ、そんな力を使わなくてもいいんじゃ……」

「大事なことですよ。じゃあいきますね」

「あ、ちょっと待っ――」

 

 制止する間もなくジータはそれを口にした。

 

「【ベルセルク】」

 

 基本はグランが変化した時と変わりない。白い毛皮のフードを被った戦士だ。彼の場合首から下から鎧に包まれていたが、彼女の場合は胴体部分の鎧は少なかった。なにより違うのはその顔つきで、普段の優しげな顔からは想像もできない獰猛な笑みを浮かべている。

 

「さて、やりましょうかリーシャさん。全力で殺し合いましょう!」

「性格変わりすぎでは!?」

「早く剣構えないと死にますよ!」

 

 変貌したジータがリーシャへと襲いかかったことで、模擬戦が開始される。ClassⅢに至ったダナンに大しても圧倒的な力を見せつけた【ベルセルク】だったが、リーシャはなんとか凌いでいた。瞬殺されないだけで彼女の強さが窺えるというモノだ。

 

「……僕もあんな風になってたんだなぁ。なんか凄い反省する」

「うぅ……あんな怖いジータ初めて見ました……」

「お、オイラ達はあれより怖いの知ってるからなぁ」

「聞きてぇような聞きたくないような話だな」

 

 二人の戦いを見守りつつ、リーシャが死にそうだったらいつでも助けに出られるよう構える一行だった。



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船団長の作戦

おかげさまでお気に入り500、総合評価1000を突破しました。
皆様ありがとうございます。これを糧に頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします(固い)


 模擬戦を終えた日の夜、リーシャは一人建物のベランダに出て夜風に当たっていた。

 

「……」

 

 本当ならもう眠って身体を休めるべきなのだと、頭ではわかっている。

 ただ一行や秩序の騎空団を動かして帝国から庁舎を取り返しモニカを救わなければならない。加えてガンダルヴァは今のままでは倒せないので自分の強さを少しでも上げる必要がある。

 

 考えることが多すぎたのだ。

 

 根を詰めすぎるのは良くないと常日頃からモニカに忠告されていたため、今こうして一人夜風に当たって頭を冷やしていた。

 

 ……どう頑張っても戦力が足らない。

 

 いくら自分が頑張ったとしても、ガンダルヴァを倒せなければ自分達に勝利はない。捕らえられたモニカが五体満足でいるとも考えにくいので、よしんば助け出すことに成功したとしても皆でガンダルヴァを、となって勝てるかどうかは賭けに近い。できれば全戦力を以ってガンダルヴァと戦いたいが、そうなると庁舎へと攻め込む人員がいなくなる。なにより今の全戦力でも勝てるかどうかは怪しいのだ。

 

「リーシャさん、こんなところにいたんですね」

「……急にいなくなったら心配する」

 

 悩ましい問題に対して頭を抱えそうになっていると、ジータとオルキスがベランダに出てきていた。

 

「すみません、考え事をしちゃって……」

「戦いのことですか?」

「はい。ガンダルヴァの強さは底が知れません。全員でぶつかっても倒せない、と思います。そうなると戦力を補充する必要があるのですが、先にモニカさん達を助け出すにしてもガンダルヴァがそれを見過ごすはずがありませんし、例え救出できたとしても果たして勝てるかどうか……」

「リーシャさんはいっぱい考えてるんですね」

「はい。その、これでも一応船団長ですからね。勝つためにできることを考えないと」

「凄いですね、リーシャさんは」

「そう、でしょうか」

「はい。ClassⅣでも結局倒すことはできなかったですし、実力は私達の誰よりもあります。その上団員の指揮までするなんて、その歳で考えたら他にいないと思いますよ?」

「そうなんでしょうか……私はまだまだ未熟者で、この状況を覆す策も思いつかなければ強さもモニカさんや父さんには及びません」

 

 ジータが惜しげなく褒めるが、リーシャは額面通りに受け取らない。

 

「……リーシャは頼りない」

 

 そこでオルキスが口を開く。気にしていることを、と胸に刺さる一言だった。

 

「で、ですよね……」

「……と思ってた」

「えっ?」

 

 しかし続いた言葉が過去形だったためオルキスの横顔を見つめる。

 

「……最初会った時、ダナンが死んだと思って泣いてた時。慰めてくれたけど凄い狼狽えてた。気持ちは嬉しかったけど、頼りなかった」

「……」

「……でもここに来る前の時は落ち着いてた。リーシャは、変わった」

 

 前後をよく知っているオルキスの言葉を自分の中で反芻して、確かに自分の中で変化があることを自覚した。

 

「私も変わったと思いますよ。だってリーシャさん、最初アマルティアを歩いてた時魔物が出て私達に手を借りるのちょっと複雑そうでしたし。それが今はこうして一緒に戦いますし。なんて言うか、頭が固くなくなったと言うか、肩の力が抜けた気はしますよね」

 

 ジータの言葉も、落ち着いて思い返せば心当たりがあった。そしてそのきっかけは、間違いなく彼ということになるのだが。

 

 あの日の夜、彼が去り際に告げていった言葉の意味を考えることで、悩んでいるよりも目先のことに挑んだ方がいいのだと思い少しは前向きになれた。未だどうしても周囲と比べてしまうが、それでも自分にできることをやろうと思うことができたのだ。

 それがなければ、今もうじうじと悩んでガンダルヴァに勝てるわけがない、と諦めてしまっていたかもしれない。

 

 ……あの時の行動だけは、偽りの姿ではなくダナンとしての行動だった。

 

 一応敵対関係にあったのだから敵に塩を送るなんて、と思ったものだがそう言ったら言ったで「お前が下らねぇことで悩んでるからだろうが」と笑われそうだ。というかそう言われたような気がする。

 

「……ジータさん達のお父さんの話は、父から聞いた覚えがあります。父も一緒に旅をしていたそうですから、戦友のような関係だったとか」

「そうなんですね。……今七曜の騎士のヴァルフリートさんとダナン君のお父さんと、後はロゼッタさんも一緒だったって聞いたけど。お父さんがそんなに凄い人だったなんて、びっくりだよね」

「……ジータさんはその……重荷に感じたりはしなかったんですか? 凄い人の娘だから、とかそういう」

 

 リーシャの質問に彼女がなにを意図しているのか察する。だからと言って都合のいい答えではなく、偽らざる本心で答えた。

 

「……ありましたよ。お父さんは凄い人だったらしいですけど、私達の記憶にはあんまりなくて。でも周りの人からお父さんの話を聞いてたんですけど。お父さんみたいになる、って思って頑張り始めた矢先に挫折しちゃったんです」

「挫折ですか?」

「はい。お父さんはなんでも、どんな武器も魔法も扱えたらしいんですけど、どっちかって言うと武器、剣を得意としていたみたいなんです。でも私は剣より魔法かな、っていう感じだったので」

「ああ、なるほど」

「しかもお父さんに憧れるのはグランも同じですから。グランの方が武器を扱う腕が上がりやすかったんです。その時にお父さんみたいになるのは無理なんだなぁ、って思っちゃって」

「……そうなんですね」

「はい。でもそのことを悩んだりはしませんよ? 私達は双子ですからね。私ができないことはグランができるし、グランができないことは私ができればいいんです。それに、戦っても大体勝率が同じくらいになりますからね。武器の扱いで負けたって、総合的には負けてませんから」

「ジータさんは前向きなんですね」

「そんなことないですよ。……実際に私達の【ベルセルク】と戦ったリーシャさんならわかると思いますけど、グランの方が強かったでしょう?」

「そうですね……こう、攻撃の威力が高かったように思います。……どっちも怖かったですけど」

「すみません、【ベルセルク】使うとああなっちゃうんです。『ジョブ』は無数にありますけど、それぞれ誰が向いてるかは適性次第なんじゃないかと思います」

「向き不向きがあるってことですよね」

「はい。グランは近接攻撃寄り。私は魔法寄り。ダナン君はなんだろう? 基本が【シーフ】だからこう、トリッキーな攻撃とかになるのかな? 私とかだとあそこまで自由に動けないところあるから」

「なんとなくわかるような気がします」

「ならそれでいいんですよ。リーシャさんなりの強さを見つけ出せば、それを伸ばしていけばいいんです。オルキスちゃんもそう思うよね?」

「……アポロは全部強い」

「そうなんだけど……」

「……でもリーシャはアポロじゃない」

「うん」

「……リーシャはアポロじゃなくても、あの強い人に勝てると思う。同じことができなくても、結果を同じにはできる」

「オルキスちゃん……」

「……私は、“オルキス"じゃないから。アポロの傍にはいられない。いつか、消える」

「「……」」

「……アポロが一緒にいたいのは私じゃないから。“オルキス”じゃないとあげられないモノを、アポロは欲しがってる。それは私にはできないこと」

 

 声自体は平坦だったが少し寂しそうにも思えた。

 

「……そんなことないと思うよ?」

 

 ジータはそんな彼女の頭を優しく撫でる。

 

「今のオルキスちゃんも、昔のオルキスちゃんとは違うけど黒騎士さんは一緒にいて欲しいと思うんじゃないかな。目的達成のために必要だから、っていうだけで取り戻したかったんじゃないと思うなぁ」

「……ホント?」

「うん。オルキスちゃんはそう思わないの? 黒騎士さんは今のオルキスちゃんに優しくしてくれなかった?」

「……」

 

 そう聞かれてみれば、確かに優しくしてくれたこともある。口では仕方なく、というような形だったがあれは……というところまで考えて、ふるふると首を振って考えを打ち消す。

 いつかやってくる別れの時に駄々を捏ねて困らせたくない。きっと自分が拒絶してしまったら、本当は心優しいアポロは実行できなくなってしまうかもしれない。

 

「……私にはできない、でいい」

「……」

 

 オルキスの答えにジータも口を噤むしかなかった。今のオルキスは昔のオルキス分を差し引いて十年ほどしか生きていない。それでも抱いている覚悟に、少し圧倒されてしまった。

 

「……ほら、リーシャさんがいつまでも悩んでるから、オルキスちゃんがこういう結論になっちゃったじゃないですか」

 

 ジータは少しでも重くなって空気を変えようとリーシャへ話を向ける。

 

「えぇ? わ、私のせいですか?」

「はい。リーシャさんが今の態度で『ヴァルフリートじゃない私はガンダルヴァに勝てない』って思い続けているなら、オルキスちゃんがこう思うのも無理ないんです」

「……ちょっと暴論気味な気がするんですが」

「だからリーシャさんがヴァルフリートさんじゃなくてもガンダルヴァに勝てる、って証明してあげればいいんですよ」

「っ……」

「リーシャさんは七曜の騎士じゃありませんし、当時ガンダルヴァを追い出した本人でもありません。でもガンダルヴァに勝てば、偽物が本物にも勝る、って証明できると思いませんか?」

「それは、そうですけど……」

「自信がなくてもいいんですよ。あるフリをしたらいいんじゃないですか?」

「フリ?」

「はい。自信がなくても『私がガンダルヴァを倒します』みたいにあるフリを全力ですれば力になる、モニカさんが言いたいのも多分そういうことです。そういうことにしておきましょう」

「……私が」

「もちろん、今回の作戦指揮はリーシャさんに一任しています。私達もあなたの指示に従います。けど、鍵はリーシャさんなんです。最終決定はお任せしますが、リーシャさんがもし自信満々にガンダルヴァと戦うのでしたら、私達が人数不足を補って帝国兵の百や二百、倒してみせますよ」

 

 ジータの申し出は荒唐無稽にも思えたが、リーシャの悩む頭に一筋の光明を見出させた。

 

「……リーシャが真似しかできないなら、ダナンの真似すればいい」

「えっ?」

「……ダナンはいつも余裕があるように見える。自分より強い人と戦う時も、負けるなんて考えてない顔してる」

 

 オルキスの言葉で思い浮かんだのは、十天衆のシスと戦っていた時。マリスへと挑む時。いつだって彼は不敵に笑っていた。どちらもまともに戦えば自分が敗北するとわかっていながら、余裕を崩さなかった。

 

「……ダナンみたいに、自信があるように見せる……。私なりに全力で戦う……。後は私流の紫電……」

 

 ぶつぶつと何事か呟いていたリーシャだったが、しばらくしてはっとする。

 

「……いい作戦、浮かんだかもしれません! 明日皆さんの前で説明して、実行します! 今日はもう寝ましょう! おやすみなさい!」

 

 彼女は弾けるような笑顔を浮かべてベランダから室内へと入っていってしまう。残された二人は顔を見合わせて首を傾げつつ、なにか策が浮かんだようなので任せることにしてもう遅いので部屋に戻るのだった。

 

 そして翌日の朝になってリーシャは一行と団員達を集めて昨夜思いついたという作戦を説明する。

 

「この作戦が一番現実的だと思います」

「……しかしこれでは肝心な部分が……」

「大丈夫です。私に任せてください」

 

 以前の頼りない様子からは想像もできないほど自信たっぷりに受け答えするリーシャ。団員達も遂に船団長が船団長らしく頼もしい様子を見せていることに、嬉しさと戸惑いでいっぱいだった。一晩でなにがこうも彼女を変えたのか、二人にしかわからない。

 

「では皆さん、必ず仲間を救いアマルティアを取り戻しましょう」

 

 はきはきと話す、自信に満ちた表情、所作など全てが打って変わったように自信を表している。

 彼女の作戦は既に、始まっているのだった。



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碧の騎士を超えるための

因みにですが、本編では強敵ガンダルヴァを倒すために
リーシャがガンダルヴァを誘き出し、隠れていた主人公達や秩序の騎空団全員で挑みます。
結局本気になったガンダルヴァに次々とやられていき、最後主人公とリーシャで勝つ、みたいな感じだったと思います。

当然変わっていますが、ご了承ください。


 場所は変わって、秩序の騎空団の庁舎を陣取ったガンダルヴァ中将率いる帝国兵達。

 

 戦中故完全に気を緩めることはないにしても、ほとんど勝利を確信していたため心持ちに余裕があった。

 

 なにせ秩序の騎空団の団員は残り自分達の戦力の十分の一しかいない。

 その上このアマルティアで最強と思われるモニカは幽閉し、昨日現れたリーシャや指名手配犯一行もガンダルヴァ一人に敗北した。撤退させられたのは単に最後粘った二人が「倒す」ことではなく「撤退させる」ことを目的としていたからである。本気を出したガンダルヴァには誰も敵わないのだという事実がそこにはあった。

 

 二十人で二百人を相手するという精神的疲弊も相俟って、確実に反抗勢力を始末できるという確信が彼らにはあったのだ。

 

 無論ガンダルヴァを除けば星晶獣さえ操る者もいるために二百人を相手にしてもお釣りが出るほどの戦力ではある。しかし帝国最強と言われていた緋色の騎士バラゴナ、元帝国最高顧問の黒騎士、そして軍事最高権力者である大将アダム――彼らを除けば間違いなく最強の実力を誇っているガンダルヴァがいる。七曜の騎士二人は命令通り動くか微妙な立場であり、アダムに至っては帝都アガスティアから離れることはない。

 自由に侵攻できる身では間違いなく最も実力が高いのだ。

 

 既に一度勝利していることもあり、覆されないという自負があった。

 

 一度ドランクに撤退させられたガンダルヴァだが、深追いせず時を待っている。

 

 ……やっぱりあの化け物の娘だけはあるな。

 

 その理由はリーシャだ。激昂し自傷するような力の使い方をしてはいたが、あの中で最も強いと確信した。

 しかしあの年齢で片鱗を見せるだけではないとも思う。ありゃ化けるなぁ、と思いを馳せる度口元に笑みが浮かんだ。とはいえたった一晩で変わるモノでもないかと思っていたのだが。

 

「が、ガンダルヴァ中将!」

 

 懐かしき船団長室を臨時執務室として使っていたのだが、そこへ帝国兵が慌てた様子でノックもなしに扉を開けてきた。無礼だ、と罵るよりも先に将としてやるべきことがある。器の小さいフュリアス当たりは目くじらを立てるのかもしれないが。

 

「どうした?」

「お、おそらく罠だと思われるのですが……」

「推測はいい。事実だけを述べろ」

「は、はいっ! ……第四騎空艇団船団長リーシャが、真っ直ぐ庁舎へと向かってきています!」

「なに?」

 

 部下の報告に、ガンダルヴァは眉を寄せた。

 

「数は? 他の連中はどうした。団員はまだゲリラ戦を続けてるのか?」

 

 なにが狙いかを知るために他の状況を尋ねていく。

 

「姿が見える限りではリーシャ一人。他の指名手配犯などは見つかりません。団員も姿を消し、他一切音沙汰のない状態です!」

「……なるほどな」

 

 この時点でガンダルヴァが浮かべた作戦は二つ。リーシャが囮となって彼女に目をつけているガンダルヴァを誘き寄せ、他の連中で庁舎や監獄塔を襲撃するか。リーシャが一人だと勘違いさせてのこのこ出てきたガンダルヴァを、隠れていた他のヤツらと共に倒そうとしてくるか。

 となるとどちらにしてもガンダルヴァが出ていかず部下にリーシャを始末させてしまえば問題ない、ということでもある。どちらにしても他の連中が自分に勝てるとは思えなかった。

 

「リーシャを狙え。狙撃もしろ。到着までに始末しちまえばいい」

「い、いえ。それが……狙撃は既に行っているのですが、全く効果がなく。襲いかかった兵士は全て切り捨てられています。リーシャが微動だにせず対処しているところを見ると、風の防壁でも作りながら移動しているのではないかと思うのですが……並みの銃弾では突破できないようで」

「……チッ」

 

 そんなことならアドウェルサかなにかの兵器を持ってきておくんだったか、と舌打ちする。だがないモノ強請りをしても仕方がない。しかし防壁を展開しているのであれば、すぐに魔力が切れてしまうと思われる。可能性としては要所でしか発動していないか、他の魔法使いが展開しているかのどっちかとなる。どちらにせよすぐに切れるということはないだろう。

 

「……流石にただの兵士がいくら集まろうとあいつを殺すのは難しいか。オレが行ってさっさと倒して戻ってくるのが一番手っ取り早い、か。仕方がねぇ。おい、リーシャを狙うのをやめて監獄塔の警備に全兵力を集中させろ。他のヤツらが襲撃してくるだろうからな」

「はっ。ご武運を」

「で、肝心のリーシャはどこだ? そんだけ無敵っぷりを発揮してんならもう近くまで来てるんじゃねぇか?」

「いえ……リーシャは悠々と歩いてここまで向かってきています」

「……チッ。余裕のつもりか。まぁいい、すぐに兵を監獄塔に集めるよう伝令しろ。オレは出る」

「はっ」

 

 部下に指示をして正確な位置情報を聞くと、ガンダルヴァはリーシャが飾っているらしい机の上のヴァルフリートの写真に目を向けた。

 

「……待ってろよ、ヴァルフリート。娘をやった次はてめえの番だ」

 

 獰猛な笑みを浮かべて告げると、颯爽とリーシャのいる場所へと向かう。

 どんなつもりかは知らないが、昨日今日で変わるわけもない。すぐに下して監獄塔へ戻ってくる。例え他の連中が束になってかかろうが関係ない。昨日の時点で実力は知れた。一杯食わされたが実力の底さえわかれば対処は可能だ。疲労も全くない。

 

 そしてガンダルヴァは港から庁舎までの一本道に出て歩き出した。リーシャが悠々と歩いている以上、彼が慌てて駆けつけたようになってはならない。相手が余裕を見せるならこちらも余裕を見せ返し、手の内など全てお見通しだと態度で伝えてやるのがいい。

 庁舎から離れすぎない地点でリーシャを待ち構える。ここからでもその姿が見えた。

 

 悠然とした足取りで遠く見えるガンダルヴァを見据え、剣を抜いたまま歩いてきている。表情は自信に満ち溢れ、口元に不敵な笑みさえ浮かべていた。風の防壁とやらは視認できない。おそらく一定範囲まで来たモノ全てを手動で対処しているのだろう。

 後ろからであろうとどんな攻撃をも通さない。それを実践しながら堂々と歩く姿は敵に畏怖さえ与えるだろう。

 

 ――一瞬、ガンダルヴァはヴァルフリートがそこにいるような錯覚を受けた。

 

「っ……」

 

 そんなはずはない。昨日戦ってわかったがあの化け物の娘である片鱗こそ感じられたものの、化け物と同列なわけがない。しかしあまりにも威風堂々とした様がヴァルフリートを幻視させていた。仮にも親子、似ている部分も多いため堂々とした振る舞いが錯覚を起こさせる。

 

 リーシャはガンダルヴァが見えてきても余裕そうな態度を崩さないまま歩いて近づき、二十メートルほどまで迫ったところで足を止めた。

 

「……解せねぇなぁ。ここまで来ても周囲に人の気配が感じられねぇ。まさか本当にオレ様と一人で戦う気か? 囮にしてももうちょいマシな策があるだろうよ。昨日力の底は知れた。てめえはオレ様には敵わねぇ」

 

 昨日の一件から注意している玉っころがあるようにも見えない。確実に周辺一帯には自分達二人しかなかった。

 しかしそんな彼の言葉を聞いたリーシャは、笑みを深める。その態度が気に食わなかった。

 

「……勘違いしてくれてるようで助かりました。確かに私一人であなたと戦い、その間に他の皆さんが監獄塔にいる皆さんを救出する……その読みは間違っていません。ですが――私はあなたを倒します」

「……はっ」

 

 自信たっぷりになにを言うかと思えば、倒すだと? バカげた発言に思わず笑ってしまう。

 

「なんの冗談だ、それは。お前がオレ様に一人で勝つ? 昨日全力で戦って負けたのを覚えてないわけないだろうが」

「昨日とは一味違いますよ。そこは語るより実際に剣を交えればわかることでしょうが。ほら、さっさとかかってきたらどうですか?」

 

 あろうことか挑発してきた。苛立ちに任せてかかりたいところだが、こうも余裕を見せ苛立ちを煽ってくるのには理由があるはずだ。罠か? ガンダルヴァをリーシャが一人で倒すことは不可能だ。だが風を操って島の外へ放り出すことくらいはできるかもしれない。例え強かろうと空の底へ落ちてしまえば終わりだ。近づいた瞬間昨日のように空へ打ち上げられてリーシャの風で運ばれ死に追いやられる、なんて無様な死に方をするつもりはない。

 なにが狙いなのかと考えあぐねて逡巡していると、

 

「来ないのですか? ではこちらから行きますよ」

 

 リーシャから迫ってきた。太刀の柄に手をかけいつでも抜刀できるようにしていたつもりだったが、気づいた時にはリーシャが眼前で剣を振るっている。

 

 ……は?

 

 予想外の速さに一瞬頭に空白ができてしまう。その間にも刃は進みガンダルヴァの首の薄皮一枚を裂いた。そのままぶつりと筋を切ったところでようやく身体が反射的に反応し、全力で後方へ跳んだ。

 

「っ~~……!」

 

 首に手を当ててみれば、確かに血が出ている。

 

「流石に速いですね。あそこから避けられるとは思っていませんでした」

 

 驚愕するガンダルヴァと変わらず余裕そうなリーシャ。

 

「……てめえ、どういうことだ? 明らかに昨日と全然違うじゃねぇか……!」

「だから言いましたよね、昨日の私とは一味違いますよ、って。まだわかってないみたいなので言いますが」

 

 リーシャは笑みを引っ込めてガンダルヴァを睨みつける。

 

「あなたの前に立っているのはあなたを負かしたヴァルフリートの娘ですよ? 一般常識で測らないでもらえますか? ……あなたは誰より、父さんの強さを知っているはずでしょう?」

 

 彼女に言われて、ガンダルヴァは自分の認識が甘かったのだと思った。

 

 ……そうだ。こいつはあの化け物の娘だ。たった一晩で変わらないとなぜ言い切れる。

 

 自棄になった様子もない。ただ一晩経ってなにかを掴み、昨日の危うかった力を昇華させたのだ。間違いなく昨日よりも強い。強敵だ。

 改めて認識し直して、ガンダルヴァは笑った。

 

 雑魚を何人薙ぎ払うよりも楽しいことだ。強いヤツとの戦い。それが目の前にあるのだから笑わないはずがない。

 

「……なんでてめえはオレが戸惑ってる間に押し切らなかった? 本気になったらてめえに勝ち目はねぇよ」

 

 一つ疑問に思ったことを尋ねると、リーシャは鼻で笑った。

 

「なにを言ってるんですか? 本気のあなたを倒せないで、父さんを超えるなんて不可能でしょう」

「――」

 

 絶句した。そんな当然のこともわからないのかと言ってきている。

 今のリーシャならモニカと同等、いやそれ以上の力を持っている可能性すらある。ならばこの勝負は簡単だ。

 

 ――勝った方がよりヴァルフリートに近い。

 

「……いいじゃねぇか。オレ様も本気でいかせてもらうぜ!」

 

 ガンダルヴァは嬉々として太刀を抜き放ちリーシャへと襲いかかった。全力にかなり近い形で迫ったが、振るった剣はリーシャに受け止められてしまう。後退するでもなくきちんと受け止めていた。昨日との明らかな差に笑みを深めたガンダルヴァは、遠慮なく攻撃を仕かけていく。しかしリーシャはそれら全てに対応してきた。

 しかも動きがガンダルヴァよりも速い。互角どころか余裕を崩さず上回ってすらいた。

 

 ガンダルヴァに傷が増えていく。紛れもなく本気に近い力を発揮しているが、それでもリーシャを圧倒することができなかった。

 ただ次の瞬間、ガンダルヴァの身体が軽くなり行きすぎてしまったことで隙が生まれる。そこをリーシャに深く切り裂かれ、後退した。

 

 昨日と打って変わってリーシャが有利に見える。その理由を、実際に戦ったガンダルヴァは理解した。

 

「……風でオレの動きを遅くするとはな。考えたじゃねぇか」

「流石に数度手合せをすればわかりますか。そうです、これが風では雷に速度で追いつけないなりの、一つの答えです」

 

 リーシャは元より隠し通す気がなかったのか、笑みを湛えて答える。

 

「私自身が台風の目になる」

 

 悠々と歩いている間ずっと、リーシャはそれを実践していた。道中も使っていたのは昨夜思いついた手の一つであるため、少し感覚を掴んでおきたかったからだ。

 

「……自分から周囲へ台風のように風を操り近づけば近づくほど風は強くなって動きが鈍る、か。本当に一晩で覚えたってんなら大したモンだが」

 

 斬られていながらも、ガンダルヴァにはまだ余裕がある。

 

「オレ様の動きを遅くしたところでこれっぽっちしか上回れねぇんじゃ、勝ち目はねぇな」

 

 彼は腰を低く落として構えると、

 

「フルスロットルッ!」

 

 ガンダルヴァの巨躯が闘気を纏う。身体能力を格段に上昇させるだけではあるが、元々地力の高いガンダルヴァだけにその効力は絶大だ。

 

「ふふっ。あなたが全力でないことくらいはわかっていますよ」

 

 しかしリーシャは変わらず余裕の笑みを浮かべている。

 

「だからさっきも言ったじゃないですか。私が台風の目になる、って。それはつまり周囲に風を放ってはいますが、私自身の強化は行っていない、ということです」

 

 そう言って、不可視の台風とは別にリーシャ自身が風を纏っていく。

 

「昨日から改良してありますので、ご安心を。自滅なんて無様な真似はしません。どうぞ遠慮なく、かかってきたらどうですか?」

「はっ! 上等だ、いくぞッ!!」

 

 ガンダルヴァが咆哮しリーシャへと突っ込んでいった。先程の何倍にも強化された彼の一撃を、リーシャは正面から受け止める。今度は僅かに後退したが、吹き飛ぶようなことはなかった。

 碧の騎士に力で及ばないと突きつけられた彼と、父に全てで及ばないと決めつけていた彼女の戦いは更に苛烈になり、周囲の被害を省みず激化していく――。




次回予告(半分嘘)。


敗北の必至の秩序の騎空団団員の耳に入ってくる可憐な歌声。
天使のような彼女の歌声を聞けば勇気百倍元気凛々。意気揚々と帝国兵を薙ぎ倒すに違いない。

そう――彼女は絶望的なアマルティア島に舞い降りたアイドル。

次回、ナンダーク・ファンタジー

「舞い歌うジータ」


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アマルティアでの決着

前回の丸っきり嘘じゃないふざけた次回予告。ちょっと本当が混ざっていてごめんなさい。真面目に書いてるつもりはなんですがこうなりました。

あともう一つ案があって、

リーシャ「風を纏うこれがスーパーリーシャ。そしてこれが……スーパーリーシャ2!」
ダナン「急にどうしたん?」

次回、ナンダーク・ファンタジー

「覚醒リーシャは父を超える夢を見るか」

っていうのがありました。


『ガンダルヴァが現れました。皆さんは行動を開始してください』

 

 彼らの行動は指揮する彼女の一言によって始まった。

 

 リーシャは誰よりも目立つように、そして敵に発見されやすいように、わざわざ庁舎への道を真正面の大通りから悠然と歩いていくことにした。そしてガンダルヴァは罠とわかっていても自分の方へ来て戦うことを選ぶと読んでいた。加えて戦いには来るが向こうから目の前に現れることなく、余裕を持っているフリをするために待ち伏せるだろうと考えた。

 そして、全てが彼女の思い通りになっている。

 

 待ち伏せされている間にわからないようにしつつも仲間へと連絡を取り、示し合わせて戦闘を開始する。そういう手筈となっていた。

 

 ガンダルヴァが庁舎から離れた段階で他の皆は監獄塔の周辺へと潜伏し時を待つ。監獄塔には帝国側の全戦力、二百人もの兵士が詰め寄っている。これ以上ない厳戒態勢だ。

 

 そして、リーシャがガンダルヴァと戦闘を始めたことを切っていなかった通信から察した一行は、遂に行動を開始する。

 

「お、おい! あれはなんだ!? 屋上に誰かいるぞ!」

 

 【アサシン】となり気配を消したグランに抱えられて兵士達の近くまで来ていたビィが物陰から兵士が声を上げたように偽装する。兵士達が屋上を見上げたことでビィはお役目終了とばかりにグランの下へと戻り、すぐに兵士達の近くから離れていく。

 

 周囲の建物の屋上を見上げた兵士達は、近くの三階建ての建物の屋上に人影があることを確認した。そして呆気に取られることとなる。

 

 屋上でステップを踏み歌い踊る少女の姿を見たからだ。

 どこからか楽器の演奏が響き渡る。他の仲間が監獄塔の周囲に設置したドランクの宝珠を介して兵士達からは見えない位置で楽器の演奏を行っていた。

 

 どこから持ち出したのか普段の装いとは違ったドランクとスツルムがそれぞれ、ギターとドラムを奏でている。

 見える位置にいる金髪の可憐な少女は右手にマイクを持ち、純白の衣装で軽やかに踊っていた。

 

 あまりの出来事に思考回路がフリーズしてしまう兵士達を他所に、【スーパースター】となったジータは舞い踊る。

 

 可憐な衣装に可憐な笑顔、可憐なだけではなく人を惹きつける歌声を披露しグランの『召喚』した楽器の効果を持つ短剣――ハウリングビートというマイクを握るジータ。

 

 異様な光景に誰もが唖然とし、そこにいるのが攻め込んできている敵だなどとは考えていなかった。そこに入り込んでくるジータの歌声と踊りが彼らの戦意を溶かしていく。

 

 彼女の歌は続く。

 可愛らしさを意識されたダンスによって、ジータの長くもないスカートがふわりと舞い上がり、兵士達は下にいることもあって、もしかしたら見えるのではないかという思いを抱かせる。男性率百%を誇る二百人の帝国兵。彼女の姿が見えている者は一部だったが、なんとか下心を満たそうと少しずつ前へと出てしまう。激しくジャンプした時にギリギリ見えなかったことで次あれが来た時は絶対に見えると確信しじりじりと前へ出て列が乱れていく。

 しかし秩序の騎空団団員によって絶対に下からは中が見えない位置であることも確認済みだ。……なぜその団員がそんなことを知っていたのかは置いておいて。

 

「……ミゼラブルミスト」

 

 グランは【ダークフェンサー】へと姿を変えて黒い鎧に身を包み、黒い霧を帝国兵達の足元に炊いていく。敵を弱体化させる霧が発生していても、上を見上げている兵士達は気づかない。

 ジータのいない方面の兵士達へも、イオが魔法でジータの姿を投影し映像に釘づけにしていた。

 

 こうして仲間達が着々と準備する中、歌はサビに差しかかる。

 

 その瞬間屋上に新たな二つの影が現れた。

 二人は蒼の髪を揺らす。二人共髪を下ろしてしまえば対になったような姿で、幼い見た目とは裏腹にサビを歌い始めた時の歌唱力たるや、圧巻の一言である。

 更なる盛り上がりを見せる中で、サビが終わる。

 

 三人の歌声が響き渡る中一番が終わり間奏へと入った瞬間、ジータが脇へ掃けて青いお揃いの衣装に身を包んだルリアとオルキスが前に出てそれぞれ左手と右手を繋ぎ、繋いで手を掲げた。

 その手から光が放たれるのに応じて多芸な傭兵二人が演奏を物々しいモノへと変化させる。

 そして、

 

「「リヴァイアサン」」

 

 二人共が持っている星晶獣を召喚、監獄塔の上空に青い竜が顕現した。巨大な影に覆われた兵士達は先程までの浮ついた雰囲気はどこへやら、理解が追いついていないのか呆然と空に現れた黒い影を見上げるだけだ。

 召喚されたリヴァイアサンは特大の水の球を地上へと放った。兵士達を激流が呑み込んでいき大半を呑むと中心に集まって空高く噴き上がった。宙へと放り投げられた意識ある兵士達の悲鳴が響き渡る。

 

 かくして二百人いた兵士達は一掃された。幸運にも残った十数人は慌てて退散していく。

 

「……わざわざ踊る意味があったのか?」

 

 というカタリナの呟きは誰に届くでもなく消えていく。ただまぁ、こっそりリヴァイアサンを召喚したとしたら確実に耐えようと対処した者が出たのは間違いないだろう。その点今回のような一歩間違えれば即座に撃ち殺されていたであろうが注意を引く作戦は功を奏した、のかも、しれない。

 

 ……ルリアが楽しそうだったから良しとするか。

 

 とはいえ歌い踊っている時のルリアを見てそう評価するくらいには身内に甘いカタリナであった。

 

 程なくして着替えなどが終わり普段着姿で監獄塔へと向かっていく。

 扉を開き中へ入る。歌声によって外へ出てきた者もいたためか、帝国兵は誰もいなかった。そして看守室から鍵を取り一階に囚われていた秩序の騎空団を解放していく。

 

「モニカさんはどこかわかりますか?」

 

 しかし一般の団員しかおらず、小柄だが貫禄ある補佐殿の姿がなかった。

 

「も、モニカ船団長補佐はおそらく黒騎士と同じ地下の特別監獄に幽閉されています」

 

 団員達の案内で地下への鍵と枷の鍵を見つけると、モニカが囚われているところへと降りていく。

 

「おぉ、ようやく来てくれたか」

 

 金髪の少女のような姿をした彼女は以前と変わらぬ朗らかな笑みを浮かべてくれるが、その顔は若干窶れていた。密閉された空間と碌に用意されない食事が精神を削ったのだと一目で理解できる。

 

「も、モニカ船団長補佐! 今枷を外します!」

 

 鍵を持った団員が駆け寄りモニカの腕を塞ぐ枷を外した。

 

「ご苦労。……それで、うちの有望な船団長がいないが?」

 

 彼女は身体を解しながらすっと目を細めて咎めるように尋ねる。

 

「今リーシャさんは一人でガンダルヴァと戦っています」

「なに?」

 

 グランの言葉に怪訝そうな顔をした。彼女の知るリーシャは間違ってもガンダルヴァを一人で相手するような、命知らずな真似はしない。

 

「リーシャさんが任せてください、って言ったんです。今のリーシャさんは強いですよ?」

 

 ジータの言葉にモニカは一瞬きょとんとなり、屈託なく笑った。

 

「……そうか。なら、我らが船団長の勇姿を見に行かなければな」

 

 そう言って武器を揃え地下を出ると、戦闘音の聞こえる方角へと全員で向かう。

 正しく残しておいた言葉を受け取ってくれた彼女の姿を見に。

 

「おらぁ!!」

「はあぁ!!」

 

 庁舎の正面前では未だリーシャとガンダルヴァの戦いが続いていた。流石のリーシャもダナンに倣った不敵な笑みを浮かべる余裕はなく、真剣な表情でガンダルヴァと打ち合っている。

 

 ガンダルヴァが避けたリーシャの一撃で家屋が真っ二つに裂ける。

 リーシャが避けたガンダルヴァの一撃で家屋が吹き飛ぶ。

 

 互いに必殺の威力を持った攻撃を、傍から見れば無数に見える一瞬のやり取りの中で放ち続けていた。

 

 姿だけで見ればリーシャの方が優勢だ。ガンダルヴァが傷だらけなのに対してリーシャは傷が少ない。だがそれは彼女が均衡を崩さないように回復しているからである。実際にはリーシャの方が被弾が多い。

 

 両者の戦いは拮抗し、拮抗しているが故に互いに互いを超えようと高め合って既に第三者の割り込める領域になかった。斬撃の応酬が絶え間なく続くあの中に飛び込むなど、それこそ災害の中へ突っ込むに等しい。斬撃の嵐とでも呼ぶに相応しい状態だった。

 

「……」

 

 モニカはリーシャの戦いっぷりを見て感嘆する。

 

 ……少し見ない間に、随分と強くなったものだな。

 

 元々才能はあった。だが自信のなさが才能に蓋をしていた。

 剣は時に強い者から盗めとも言われる。リーシャは父やモニカを含め偉大な先達に囲まれて育ったため、必死に彼らの技を盗もうと、真似しようとしてきた。だが盗んで益があるのは最初の内だけ。無論吸収し続けることで強さを手に入れる者もいるが、盗み形になった後は自分のモノにする段階へと移行する。

 リーシャは遠く及ばなかった先達ばかり見ていて、自分が培った力を自分のモノとして昇華していい段階だと気づかなかったのだ。

 

 それが今開花し、モニカをも超えようとしている。こんなに嬉しいことはなかった。

 

「……モニカ殿。あの戦いに、貴殿なら入れるか?」

 

 二人の戦いを眺めていたところでカタリナが尋ねてくる。

 

「いいや。万全ならまだしも今の私では足手纏いになってしまうだろう」

「そうか……」

「だが手助けならできる」

 

 援護をしようにも下手に攻撃すればリーシャをも巻き込みかねない。だがモニカには策があった。腰の剣を抜くと天へと切っ先を向け刃に紫電を集中させていく。

 近くにいる者達が眩しくて目を開けていられないほど強く溜まったところで紫電は全て空へと昇っていく。続けてモニカは叫んだ。

 

「リーシャッ! 避けろ!!」

 

 大声だったため戦いに集中していた二人が気づき、ガンダルヴァは舌打ちしながらも回避を選択する。それがわかっていたからこそ、わざわざ敵にも聞こえるように大声を出したのだ。

 

「ふっ……受け取れ!」

 

 ガンダルヴァが効果範囲にいないことを確認してほくそ笑み、避けなかったリーシャへと天空から紫電が落ちた。落ちた紫電は地表を焼き焦がすが、リーシャは焼かなかった。

 

「これは……」

 

 紫電はリーシャの身体へと纏われ、紫電が最大に溜まった時と同じように紫に身体が発光している。風に加え静電気も合わさり彼女の髪がふわりと浮いた。

 

「紫電纒雷。本来私にしか使えない紫電を人に纏わせ強化する。もちろん自在に操れるわけではないが、持っていた私の全魔力を費やした。生憎参戦できるほどの体力はなくてな。リーシャ、お前に託した」

 

 モニカは体力を削られた上に魔力も消費したからか、剣を杖のようにしてなんとか立ち続ける。その額には玉のような汗が浮いていて、限界であることを示していた。

 

「…………はいっ! モニカさんはそこで見ていてください。私が、ガンダルヴァを倒します!」

 

 未熟者の自分を後任にするためずっと面倒を見てくれた人。あまり会えない父と違って身近な存在でありながら、遠い人。いつも自分のことを支えてくれた恩人に背中を押されて、やる気が漲らないはずがない。

 

 戦闘で疲弊していた身体に力が戻る。そして忌々しくこちらを睨みつけるガンダルヴァへと視線を向けた。

 

「さぁ覚悟してください。今の私は、父さんだって超えられます!」

「吐かせ! そんならてめえを倒して、オレ様があの野郎より強いことを証明してやる!!」

 

 今ならなんだってできる気がした。ガンダルヴァと同時に駆け出して、ヤツが一歩を踏み出す前に脇腹を裂く。リーシャの視点では景色が一瞬にして変わり、目と頭が痛くなる。あまりの速度に身体がついていけていなかった。

 

「がっ!?」

 

 今までになかった致命傷だ。どぷどぷと血が流れガンダルヴァは呻く。

 

「クソがっ……! オレは、オレ様が……負けるなんてことは……!」

「ここまでです、ガンダルヴァ。あなたの負けです」

 

 威風堂々、胸を張り凛とした佇まいのリーシャを見て、彼の脳裏に()()()の記憶がフラッシュバックする。

 

『ここまでだな、ガンダルヴァ。お前の負けだ』

 

 そうだ。あの時もこうして、力の差を見せつけてから敗北を突きつけてきた。ガンダルヴァの中でなにかが燃え上がる。

 

「……ふざけんなよ。てめえはいつもそうやって見下しやがって! オレ様が最強だ!!」

 

 紛れもない渾身。己の全てを賭けた一撃を放つ。

 

「ブルブレイズバッターッ!!」

 

 ガンダルヴァの太刀に空気が歪むほどの炎熱が発生する。その太刀を横薙ぎに振ってきた。

 

「……お借りします、モニカさん」

 

 対するリーシャは冷静に呟くと太刀が当たる直前で背後へと回り込んだ。

 

「旋風紫電裂光斬ッ!!」

 

 モニカから託された紫電に自身の疾風を上乗せした全力の一振りをガンダルヴァへと叩き込む。天に昇るほどの紫の雷光と緑の竜巻が舞い上がり彼の巨体を呑み込んだ。それらが収まると流石のガンダルヴァもゆっくりと倒れていく。リーシャの身体から紫電も疾風も消え、彼女は膝を着いた。

 

「……くっ、はははっ……!」

 

 完全に意識を失ったと思っていたガンダルヴァだが、身体を震わせて笑い始め、ごろんと仰向けになる。

 

「……まだ意識があるのか。呆れた頑丈さだな」

「はははっ! ぐふっ、ぁ……。これが寝てられるかよ。今日は記念すべき日だ。オレと本気で戦えるヤツが、一人増えたんだからなぁ」

「とんだ戦闘狂ね、全く」

「これは性分ってヤツだ。オレ様が生きてる限り変えられねぇ」

 

 瀕死の重傷を負っているだろうが、彼は嬉しそうに笑っている。

 

「おい、リーシャ。てめえとはまたいつか戦いてぇもんだな。次はオレ様が勝つ」

「……二度とご免ですが、その時も結果は変わりませんよ」

「言うようになったもんだ……。楽しかったぜ、リーシャ」

 

 ガンダルヴァはそう言うと、目から光を失った。流石に意識を保ってはいられなかったようだ。

 

「中将閣下がやられた! 撤退、撤退しろぉ!」

 

 逃げていた帝国兵達が気絶したガンダルヴァを数人がかりで運んで撤退していく。

 

「ぐっ、くぅ……!」

 

 常に全力全開、しかも最後には紫電も使った。その反動が来たのかリーシャが苦しげに呻いてどさりと倒れ込む。できれば二度と敵に回したくない相手だったが、仲間の安全が第一だ。深追いせず、負傷者の治療に当たることとなった。

 

 こうしてアマルティア島での突発的な騒動は収まり本来の目的にようやく手をかけることができるのだった。




というわけでモニカさんの紫電も纏ったリーシャさんでした。リーシャ強くしすぎな気が……まぁ七曜の騎士の娘で才能あるからいいよね。

ゲームより先に最終上限解放したみたいになっちゃいましたけど。

カタリナ――ルリア
ラカム――ノア

なら

リーシャ――モニカ

だろうなとは思っています。
後はイオ――ザカ大公? またはゼエン様かな。
オイゲンは黒騎士だとこの作品を書いている身としては嬉しい。
ロゼッタは多分ゆぐゆぐでしょう。
と予想していますがどうでしょうね。

もしくはリーシャさんまた仲間外れ説もありますよね。だってリミ武器短剣だから持てないですもん。得意武器追加されない限りは。


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一方の無人島生活

ごめんなさい更新するのを忘れてました。

一旦ダナンの方に戻ります。


「おはよう、アポロ」

 

 俺の最近の一日は、目が覚めてからこの一言で始まる。

 

 数日経つと今のアポロの状態などがよりよくわかってくる。その一つが睡眠についてだった。

 初日俺が怪我で気絶した後に思ったことだったが、どうやらこいつは眠らない。試しに眠気を押し殺して一晩中見張っていたのだが、眠ることなくずっと虚空を眺めていた。ただ流石にずっとそれでは身体に悪いので、それからは寝かしつけることにしている。意思が薄いせいか俺の言うことを聞いてくれるので、魔物の毛皮を使った寝床に寝かしつけてやっていた。本当に眠っているか不安だったのだが声をかけても起きなかったので、きちんと眠ってはいるらしい。一度教えたことは自分でやる、と思っていたのだが一部俺が一々やってやらないとやらない行為があった。

 その一つが睡眠だ、ということだ。

 

 懸念していた排泄は一度やったら後は自分で行くようになってくれて助かったが、どうも水浴びはトロい。正直言って目に毒でしかないのだが、俺がばしゃばしゃと一気にかけてやるのが一番だった。……今は嫌がるという行為をしないので大丈夫なのだが、自分を取り戻したその時は殺されそうだ。

 

「じゃあ俺は入り口で朝飯温めてくるから、ちょっと待っててくれ」

 

 毎日毎日反応もないのに話しかけてきたのが功を奏したのか、アポロは話しかけると俺を向くようになった。とはいえ返事はないが。

 

 数日で居住スペースも多少充実してきた。

 魔物の毛皮を剥いで敷き詰めることで絨毯とし、寝床はふかふかのヤツを使っている。羊みたいなヤツはいなかったので仕方なく枕は丸めた毛皮を包むことで作ってあった。

 シェロカルテの店から取ってきた器具や道具などは、これまた店から取ってきた釘を使って簡単な棚を作り置いていた。鍋は重いので別にしてある。あと大体の場合昨夜の残りモノを入れてあるのだ。

 道具一式も付随してくる便利な【アルケミスト】の力を使い薬なども充実させてある。こんな密林で病気になったら大変だからな。できるだけの準備は整えておきたい。作成したアイテムなどは別の棚に並べてあった。

 

 俺は昨晩の残りモノが入った鍋を持ち上げて、洞窟の入り口に置いてやる焚き火の方へと向かった。火は消えている。炭の上に何本か枝を重ねておき、魔法で火を放つ。組んだ枝の基本はそのままなので、早速鍋をかけておく。蓋をしておかないと虫が入ったりするから大変だ。蓋もちゃんとあって良かったと思う。

 

 それはそうと、最近周辺で見かける魔物がめっきり減った。おそらくここら一帯を俺達の縄張りとして認め、踏み入らないようにしているのだろう。おかげで少し遠出しなければならなくなったのは面倒だが、最優先はアポロの身の安全なので悪いことばかりではない。

 煮立ったところでお玉で混ぜて様子を見る。一晩置いたことで当日とはまた別の美味しさが出てきていた。これはこれで美味しい。

 

「うん、美味い」

 

 熱くなった取っ手を握り火傷する前に洞窟の奥へ戻る。普段鍋を置いている毛皮の上に置き、手を息で冷ましつつ蓋を開け放って熱を逃がす。洞窟の中は涼しいが身体を冷やしてしまうため、多少熱いくらいが丁度いい。

 器に盛ってスプーンと一緒にアポロへ手渡す。こちらに手を伸ばして受け取ってくれるようにはなっていた。

 

「いただきます」

 

 普段過ごしている以上に挨拶をしている気がする。アポロはなにも言わず食べていたが。そうして黙々と食べ進めていると、最初の頃のオルキスを思い出す。皮肉なモノで、オルキスが感情を露わにしたのとは逆にアポロは心を閉ざしてしまった。かと言って俺にできることはこいつをあいつらが戻ってくるまで生かしてやることだけだ。できれば俺の手で目を覚まさせてやりたかったが、それは不可能だろう。彼女はオルキスを待っている。今とか昔とか関係ない、オルキスを。

 

「美味いか?」

「……」

 

 俺が尋ねてもこちらをちらりと見るだけで返答せずに食べ進める。前言撤回。当初のオルキスより素っ気ないわ。オルキスはあれで食には積極的だったからな。今のこいつは、全てにおいて気力がない。

 食事のペースが早くないアポロより先に食べ終えて立ち上がる。

 

「じゃあ俺は薪拾いと狩りに出てくる。昼までには戻るからな」

 

 話しかければこちらを見るが、返事はない。これまでと同じだ。ただ俺の言葉を聞く意思は生まれているようなので、とりあえずは良しとしよう。俺は革袋と汚れた器とスプーンを持って洞窟を出る。俺が出ている間は火を絶やさないように薪を追加しておいた。

 

 移動しているところで爆撃音が聞こえてきた。

 

「……おーおー。今日も派手にやってますなぁ」

 

 二日目以降はずっと聞こえている音だ。グランサイファーに三日も大砲を撃ち続ける装備はないので、おそらく帝国だろう。どうやら砲撃でルーマシーを覆う茨の檻を破ろうとしているらしい。マリスを回収したいというわけではないだろう。どちらかというと、神殿にいた白くてでかい星晶獣らしきヤツを回収したいのだろうが。

 茨の檻は頑丈なのか戦艦一隻が日がな大砲を撃ち続けても破れていなかった。援軍が来るまでは一隻で行い、帝都から何隻か呼び寄せたら一斉砲撃で打ち破るつもりだとは思う。援軍が来るまでの間にグラン達が戻ってきてくれた方が楽そうだ。マリスを倒したとしても島を帝国の戦艦に取り囲まれてたんじゃ脱出の危機だ。というかこれ、あいつらも入ってこれんのかね。俺も島全体を回って穴がないか探したわけじゃないから確かなことは言えないが、ロゼッタに仲間だけを引き入れる余裕があるとも思えない。

 

「……精々俺も鍛えておかねぇとな」

 

 確実に先を行かれはするだろうが、実力が凄く離れるのは気に入らない。できるだけでも差を埋めておいてやろう。

 生活は安定してきているので、そろそろ鍛錬もしていかなければならない。野生で感覚を研ぎ澄ますだけじゃダメだ。

 

 俺は決意を固めながらも外出し、生活を豊かにするために働くのだった。午後もまた同じ。夕食後は暗くなってくるので狩りなどはしない。朝と昼頃に食糧の確保へ動けば必要ないというのもある。きちんといくつかは保存食として取ってあるので飢える心配はないと思うのだが。

 

 夕食後はアポロを水浴びへ連れていってやり、戻ってきたらアポロへと話しかける時間にしている。

 無駄なことだとは思うのだが、それでもなにかしてやりたいという気持ちはあった。毎日夜のこれくらいの時間に、アポロへと適当な話を聞かせている。今日はなにがあっただとか、こういうバリケードでも作ろうかと思ってるとか、そんな下らない世間話だ。話をすればじっと顔を向けてはくれる。だが一切声を上げることはない。相槌って大事なんだな、とかそんなことを思う今日この頃だ。ちょっと虚しくもあるが、俺がそれを気にしている風に見せるのはあまり良くないだろう。二人いる内の一人が追い詰められている時、もう一人まで一緒になって落ち込んではならない。それは希望を捨てることに等しいからだ。

 残念ながら俺は昔のオルキスが戻ることはないという事実があったとしても、会ったこともないヤツにそこまでの情はない。むしろあの五人での日々を想えば、逆とも言える。とはいえ黒騎士に敵対することはない。彼女がどうしても今のオルキスを犠牲にする、っていうならそれは仕方がない。ただ、おそらくそこで俺との関係は終わるだろうが。

 

「……そろそろ寝るか」

 

 しばらく話していてネタも尽きてきたので、俺は就寝を取ることにした。

 

 まずは膝を抱えて座り込んだアポロをいつも通り寝床に寝かせる。大人しく従ってくれるので有り難い。更に俺が着込んでいたローブを布団代わりにかけてやった。最近はほとんどアポロが羽織っている。あまり日光を浴びず(外へ出ても茨の檻で浴びられないが)洞窟内で過ごしているので少し健康に悪そうだ。明日は散歩に連れていくのもいいかもしれない。俺も生きるために働いてのんびりした時間を取れていないからな。

 

「……大丈夫。俺が傍にいてやるから、安心して眠れ」

 

 そっと頭を撫でてやる。年上の女性にすることでもないような気はするが、今のアポロは年齢関係なく弱っている。なら問題ないだろう。後で文句を言われたら「じゃあちゃんと普段通りしてれば良かっただろ」と言えばいい。

 

「ここには俺しかいないんだ。弱くたっていい。お前が弱ってるんなら、俺が守ってやるから。絶対に死なせてやらないからな。頼って甘えてもいいから、今は生きてないとな」

 

 目を閉じたアポロは聞いているのかいないのかわからない。寝つきはいいので聞いていないかもしれない。だがそれでもいい。こうして聞かせた言葉はどこかに残って実を結ぶことだってある。

 

「おやすみ、アポロ」

 

 精々悪夢ではなく、いい夢が見られますように。

 

 これ以上精神を摩耗させるようなことはないように祈りつつ、俺も自分の寝床で横になった。眠れないということはない。日々二人分の食料調達だったり自分で動かないアポロの面倒を見たりと疲労している。寝床で目を閉じればすぐに意識は手放された。

 

 ◇◆◇◆

 

 翌朝。

 目が覚めた俺はいつも通り起き上がって目を擦り、同居人へと挨拶する。

 

「おはよう、アポロ」

 

 俺の外套を布団代わりにして眠っていた彼女は、俺の挨拶を受けてぱちりと目を開けた。いつも思うのだが、あまり熟睡するタイプではないらしい。疲労が溜まっていると浅い眠りを繰り返すことがあると聞くが、アポロもそれなのだろう。実際彼女ほど頑張った者は少ない。

 返事を期待してのことではない。ただ習慣として挨拶をしておくだけで良かった。だが、

 

「……おはよう」

 

 予想外の返答があった。思わずこちらを向いて僅かに口を開いたアポロを凝視してしまう。以前のような覇気はなく感情もない、それこそ最初のオルキスのような声音ではあったが、きちんと挨拶を返してくれた。一晩でどんな変化があったのか全くわからないが、それでも確実な成果を感じ取り感極まってアポロを抱き締めてしまう。

 

「よし、いい子だ。アポロはちゃんと挨拶できて偉いなぁ」

 

 身体は確実に俺より年上だが、今の精神状態ならこれくらいは許して欲しい。とはいえ意識ははっきりしていないのか振り解くこともなく、また抱き返してくるようなこともなかった。

 

「じゃあ飯食ったら散歩行くか」

「……散歩」

「そう、散歩だ。偶には外出ないと気が滅入るだろ」

 

 どうやらオウムのように俺の言った言葉をそのまま返すくらいはできるようになったらしい。これを快復していると言っていいのかはわからないが、どうやら俺の日々の話しかけは無駄ではなかったようだ。

 

「今飯用意するから待ってな」

 

 頷きは返ってこないが声で反応を示すくらいにはなった。この調子でアポロの心が少しでもマシになるように接しよう。

 

 優しく面倒を見ることは、あの人に教えてもらっている。

 自分でしろよ、ではなく私がしてあげる、の構えだ。それを実践すればアポロの心も良くなっていくかもしれない。今後も俺がなんとかしてやらなければ。

 

 本命のオルキスが戻ってくるまでに、少しでもその声を聞いてくれるように。

 そして、ひいては以前のアポロが戻ってきて、以前のように五人で日々を過ごせるように。



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旅立ちの地へ舞い戻り

時間はギリセーフ。

昨日遅れたのは書くのに熱中してたからです。この話から考えると一ヶ月ぐらい毎日更新できそうかな? ……って前も言った気がしますが。

兎も角人形の少女編完結までは書き終えましたので、そこまでは更新が続くことが確定しています。
とりあえずご報告まで。


 アマルティア島での騒乱を乗り越え、ガンダルヴァ率いる帝国兵を退けた一行は、全空から集められた貴重な資料のある資料庫を片っ端から探っていた。

 

 探しているのはビィに関する記述とClassⅣに関する資料だ。

 

 しかし膨大な資料の中から探すのは困難を極めるのか、あまり成果は上がっていなかった。

 

「ないわね……あんたみたいな変わったトカゲの資料」

「オイラはトカゲじゃねぇ! 大体ただのトカゲじゃ星晶獣に対抗できねぇしよ……」

「それもそうね」

 

 イオは変わったトカゲの資料を読み漁るのをやめ別の資料に目を通し始める。

 

「……」

「なぁ、オルキスちゃん。一つ一つそんな熱心に読んでたらキリねぇよ」

「……待って。今、いいとこ」

 

 読み進めるペースの遅いオルキスをラカムが咎めるが、本人は読んでいる本に集中したいようだ。

 

「っつぁー……ダメだ。こう細かい字を見てると目が霞んできやがる」

 

 オイゲンは年の影響もあり目の間を摘んだり天井を見上げたりしている。

 

「むむむ……。ね、ねぇカタリナ。これ、なんて読むの?」

「ん? どれどれ……」

 

 難しい字にルリアが詰まればカタリナが教える。進み具合が遅くなるのは当然だった。

 

「ねぇスツルム殿。これ見てよ。美味しいだけじゃなくて味方も強化できる料理だって〜。ダナンに今度作ってもらおうよ〜」

「ああ。肉料理を忘れるな」

 

 ドランクとスツルムは全く関係ない資料を漁っているようだ。

 

「はぁ……。こんな調子でビィ君に関する資料、見つかるのかな……」

 

 リーシャの懸念も尤もだった。今まともに漁っているのは彼女一人という状況だ。

 

「とはいえ地道に探すしかないですよね……」

 

 棚に並んだ資料の内、背表紙があって関係なさそうなモノは飛ばして人差し指と目で資料を追っていると、一冊の小さい古びた資料を見つけた。

 

「これは?」

 

 手に取ると「旅の記録」と書かれたとある騎空士の手記であることがわかる。

 

「記入者……ヴァルフリート!? 父さんの?」

 

 実の父親の手記ともなれば興味が湧く。それにかつてグランとジータの父やダナンの父、それにロゼッタも同行していたという。興味が引かれないわけもなかった。

 ほとんど無意識に中を開く。

 

「あれ? この日誌……ページが破かれてる。前の方がほとんど全部なくなってる。一体誰が……?」

 

 背表紙側に乱雑に破かれた切れ端が残っている。何者かが意図を持って破いたのだと思われる。しかも、前半部分は見せず後半なら読まれてもいい、ということでもあった。手記全体を見られたくないなら、これそのモノを持ち去ってしまえばいいからだ。

 前半になにが書かれていたのかは気になるが、残った後半部分を何気なく捲って読み進めていく。

 

「……『小さな赤き竜』?」

 

 ふとページを捲る手が止まる。その文言とビィを眺めて姿形を改めて確認した。

 小さい、というのは間違いない。赤い、というのも正しいだろう。では竜かどうかだが。ビィは確かに竜の特徴である角やトカゲっぽい造形と蝙蝠のような形をした翼を持っている。竜はもう少し鱗に覆われていてビィのようにふさふさではないはずだが、ビィを表現していると言ってもいい言葉だ。

 続きが気になって「小さな赤き竜」の特徴を読んでいく。

 

「……人語を解し、星の力を抑える特異な存在……。その出自は不明だが、星晶獣、ひいては星の力を抑える特殊な能力を持ち……!? こ、これって……! 皆さん! これ――え?」

 

 ようやく見つけたビィの手がかりに他の面々を呼ぶが、続きのとある記述を見て息を呑んだ。

 

「おう! どうしたリーシャ? なにか見つかったか?」

 

 ビィの無邪気な声が話している間に近づいているのが聞こえて、

 

「えっ? あ……は、はい! えと……こ、これです!」

 

 続きの記述があった部分を破り取って後ろ手に隠し振り向いた。

 

「んん? リーシャ、今なんかページ破んなかったか?」

「い、いえ! 紙が擦れた音かなにかじゃないですか? そ、それにほら! この日誌、随分前に、前半の方が破られてるみたいなんです」

 

 動揺がわかりやすく顔に出るリーシャではあったが、なんとか取り繕おうと言い訳を述べる。

 

「うげっ……なんだこりゃ? 確かに前の方のページがごっそりなくなってるじゃねーか」

 

 ビィに破かれたページを見せることで、一部が破けていても不思議ではないように思わせた。

 

「ホントだ。貴重な資料なのに勿体ないね」

 

 遅れてやってきたジータとグランも日誌を覗き込む。

 

「でもこの……『小さな赤き竜』って、ビィ君のことじゃないですか?」

 

 リーシャは日誌をビィ本人へと渡す。説明の記述を三人で読んでいるようで、次第に表情が晴れていくのが見て取れた。

 

「おっ? 遂に見つけたのか?」

「凄いじゃないリーシャ! 見せて見せて、なにが書いてあるの?」

 

 他の仲間達もようやく見つかった手がかりに顔を綻ばせて日誌のある方へと向かっていく。そんな中、リーシャは一人少し離れてから破り取ったページに記されたことに改めて目を通す。

 

「『小さな赤き竜』と『蒼の少女』は決して相容れない存在であり、互いのために近づくべきではない……」

 

 「小さな赤き竜」はビィのことであり、「蒼の少女」とはおそらくルリアのことだろう。どちらも出自が不明でその存在についても謎が多いのだが。

 

「こんな書き方……。これじゃまるで、ビィ君とルリアは敵同士みたいな……」

 

 一行が問題解決の糸口を見つけて喜ぶ中、リーシャは一人新たに見つけた謎に頭を悩ませるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 遂にビィの力に関する手がかりを得た一行。ではこれからどうするか、というところなのだが。

 

「ビィの力が封印されてる祠、って言ったらあれだよねぇ。ザンクティンゼルにあるヤツ」

「僕も同じこと思った。森の奥深くにある、小さな祠だよね」

 

 ヴァルフリートの手記を読み進めて、ビィの力がザンクティンゼルに封印されているのではないか、というところまで漕ぎ着けた。

 

「でも英雄というか、ClassⅣについてはなかったね。英雄譚は色々あったけど」

「……アポロはどこかに英雄を支えた侍女がいるって言ってた」

「つっても全空のどっか、ってことだろ? 流石に探すのもなぁ」

「行方もわかっていない人物を探す時間はないだろう。ここは一度ザンクティンゼルに行き、急ぎビィ君の力を解放するべきだと思うが」

 

 それぞれ意見を募ってくれる。双子の団長が最終決定を行うので、二人が顔を見合わせた。

 

「ザンクティンゼルかぁ。なんか懐かしい気がするね」

「うん。そんなに離れてないはずなのに、話に出てきたら帰りたくなってきちゃった」

 

 そう言って笑い合い仲間達へと向き直る。

 

「じゃあザンクティンゼルへ行こう!」

「ルリアとカタリナさん以外は知らないだろうから、私達が案内するね!」

 

 遥かなる旅路の途中とはいえ、故郷に帰れるのは嬉しいようだ。

 

 一方で久し振りにアマルティアへと訪れたリーシャはモニカと話していた。

 

「……そんなことがあったのか」

「はい。ですので私はこのまま彼らの旅に同行しようと思っています。ただその、任務続行に当たりいつまでも船団長不在というのはどうかと思いまして……」

「一理ある。が、ヴァルフリート団長は大抵どこかへ行っている」

「父さんは父さんですよ……。一人で色々とできてしまいますから」

「だが秩序の騎空団のトップがそういった、自分が動いて解決しようとするような男だ。長らく船団長が不在だったところで責める権利はない」

「それはそうかもしれませんけど……」

「なぁに、帝国を打倒するまでの間だろう。以降はまた相談だがな。それに今この島に残っても停滞するだけで先に進めない。なにしろ先の一件の後処理が山積だ。貴重な人材を外に出すのは惜しいが、私情よりもこの空域の秩序を守るべき、だろう?」

「そうですね。モニカさん、ありがとうございます」

「気にするな。いつでも帰りを待っているぞ。無論、我々の力が必要になったらいつでも言ってくれ」

「はいっ!」

 

 二人の話し合いは前向きなモノで終わった。これによりリーシャは全面的にグラン達へと協力することを決める。

 

 そして一行は旅の始まりの場所、ザンクティンゼルへと向かうのだった。

 ただし一人と一匹だけは不安を抱えたまま。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「「ようこそ、ザンクティンゼルへ!」」

 

 途中なんのトラブルもなく、田舎臭くはあるがどこか神秘的な雰囲気を漂わせる島へと到着していた。

 久し振りの故郷だからかやたらとテンションの高い双子に連れられて、一行はグランとジータ、そしてビィが長年一緒に過ごしてきたという家へと歩いている。

 

「……ああして浮かれているのを見ると、二人もまだ子供なんだと思い出すな」

「普段は団長らしく振る舞おうとしてるみてぇだからな。こうして羽を伸ばすことも偶には必要だろ」

「オイゲンのおやっさんはロゼッタがいなくなってからホントに最年長みてぇだな」

「おいラカム、そりゃどういう意味だ?」

 

 明らかに普段と様子の違う二人を微笑ましく見守りながら、仲間達は二人の後をついて歩く。

 

「あっ、ここが僕達の家だよ」

「埃溜まってるだろうから先に掃除したいかなぁ」

 

 二人についていって辿り着いた彼らの家はなんの変哲もないモノだった。

 

「ほらビィ、着いたよ? 懐かしい感じがしない?」

「ん? ……あぁ、そうだな」

 

 ジータがどこか不安そうなビィへと微笑みかける。そこで、皆は二人がビィの気を紛らわすために明るく振る舞っているのだと察した。

 

「じゃあ皆、大してモノはないけど入って――」

「待て」

「賛成~。ちょっと待った方がいいかもね~」

 

 真っ先に傭兵二人が気づき、なぜかと考える前にカタリナ、オイゲン、リーシャが理由を察知する。

 

「どうかしたの、皆」

 

 ジータはわかっていないらしくきょとんと首を傾げた。そして誰かが答える前に、がちゃりと扉が開く。驚いたグランとジータは思わず跳び退き警戒したようにそちらを見て、顔を顰め腰の武器に手をかけた。

 

「やぁ。お邪魔してるよ」

 

 扉から出てきた人物は、黒髪に白い肌をした少年のような人物だった。ただ顔に浮かべた薄ら笑いと身に纏う雰囲気がただの子供ではないと訴えかけてきている。

 

「お前っ……!?」

「……ふん」

 

 全く知らない人物に驚くビィ。少年の後ろに待機した青い髪の少女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「……あなた、誰?」

 

 オルキスが少年へと尋ねる。

 

「おっと……君がそれを聞く? ま、覚えてなくても無理はないか」

「……覚えて? じゃあ私はあなたと……?」

 

 オルキスの質問に答えず、彼は家から歩み出てくる。それに従い入ろうとしていた一行は後退った。少年が出てきたのに続いて中にいた少女も外で出てくる。少女は側頭部に三角の突起、そして尻尾が生えていた。それだけであればエルーンなのかと疑うところだが、彼女の両手は鎖で雁字搦めにされている。目つき悪く睨んでいる様子からは敵意を感じるが。

 

「立場も変わったからね。改めて名乗らせてもらうよ。……僕の名前はロキ。かつてこの空に降り立った誇り高き星の民の生き残りであり、エルステ帝国初代皇帝のロキだ。よろしくね」

 

 彼の放った言葉は一行に大きな衝撃を齎した。

 

「ほ、星の民で、エルステの皇帝だと……!?」

「お、おいおーい。嘘は良くないなぁ、少年」

 

 オイゲンほどではないが、ドランクも驚いてはいるようだ。普段と同じ笑顔に見えて若干引き攣っている。

 

「僕達だってねぇ、なにも知らないわけじゃないのよ? エルステ王国から続くエルステ帝国の皇帝になれる血筋なんて、もうオルキスちゃん以外には……」

「それはどうかな?」

 

 ドランクの言葉を笑んだまま遮った。

 

「君が言っているのは、オルキスの母方の血筋のことだろ? エルステ王国最後の女王の夫、オルキスの父親……ビューレイストは僕の兄さんさ。これなら僕にもエルステの皇帝になる権利はあるんじゃないかな?」

 

 確かに、ロキの言うことが本当であるならエルステ王国の系譜である。

 

「お、オルキスちゃんのお父さんの……? そ、それって……」

「……私の、叔父さん?」

「そうだね。その通りだ」

 

 ロキは頷くが、なにも込められていないような瞳でオルキスを見据えた。

 

「でも、オルキス。僕は君が大っ嫌いだ。二度と叔父さんなんて呼ばないでおくれよ」

「……」

 

 声音こそ変わらなかったが、有無を言わせぬ迫力がある。オルキスは反射的に半歩後退した。

 

「ったくよぉ……ロキ! お前は話が長ーんだよ!」

 

 話し込んでいたからか、傍に控えていた少女が苛立った声を上げる。

 

「ああ、ごめんごめん! この子の紹介を忘れてたね。この子はペットのフェンリル。星晶獣のフェンリルだ。ちょっと躾がなっていないところは、大目に見てくれると嬉しいな」

「チッ……そんなのはどうでもいいんだよ」

 

 ロキは忘れていたとばかりに紹介するが、フェンリルは苛立たしげに舌打ちするだけだった。

 

「それよりロキ。こいつらは喰っていいのかよ?」

「全くもう……フェンリル、お前は食いしん坊だな。もうお腹が減ったのか?」

「煩ぇ! てめえの話が長ぇのが悪いんだよ!」

「仕方ないなぁ。それなら、適当に外で食べておいでよ。餌ならそこら中にいるだろ?」

「……いいのかよ?」

「ああ、構わないよ。元々閉ざされた島の村だからね。村が丸ごと消えたところで誰も気に留めやしないさ」

 

 二人の会話を聞いていた一行は、なにがフェンリルの餌なのかを理解し身体を強張らせる。

 

「ま、丸ごと……!? ま、まさか貴様……!」

 

 驚きそれぞれ武器に手をかけたところで、

 

「へへっ。そーいうことなら遠慮はしねーぜ!」

 

 フェンリルは顔を綻ばせた。

 

「――おやまぁ。帰ってきてたんだね、三人共」

 

 そこへ穏やかな老婆の声が聞こえてくる。腰の曲がった老婆が道なりにこちらへ歩いてきているところだった。老婆を向いたフェンリルの口端が吊り上がる。

 

「っ!」

「に、逃げてお婆ちゃん!」

 

 グランがすかさず剣を抜き放ってフェンリルを狙い、ジータが切羽詰まった声で老婆へと警告した。だがフェンリルの姿が掻き消えたかと思うと老婆の眼前に迫ってきており、

 

「まずはてめえからだ!」

 

 フェンリルはまず鎖で縛られた両腕で老婆に殴りかかる。当然一行の行動は間に合わず老婆の頭が潰れ血の華が咲く――ことはなかった。

 

「……全く。お手をするなら顔じゃなくて手だと思うんだけどねぇ」

「あん?」

 

 確実にフェンリルの攻撃は老婆を直撃したはずだ。だが怪我を負った様子もなければ後退した様子もない。依然としてそこに立っていた。

 そして次の瞬間、老婆の手がブレたかと思うとフェンリルの身体がくの字に折れて真っ直ぐ吹き飛んでくる。元々フェンリルがいた地点を通りすぎて地面に転がった。

 

「「「……」」」

 

 一見どこにでもいる老婆、だったはずだが。誰もが予想していなかった状況に黙り込んでしまっていた。

 

「……フェンリル?」

「……痛ってぇな。なんだあいつ。ぶっ殺してやる!」

「う~ん。ちょっと分が悪いかな。でもこのまま帰るのも面白くないよね」

 

 ロキは考え込むように顎に手を当ててから、グラン達を眺めて薄ら笑いを浮かべる。

 

「うん、じゃあこうしよう。誰でもいいから彼らの中から餌にしていいよ。仲間はいっぱいいるみたいだし、一人くらい減ったって大丈夫。それにそこの女の子はそっちの彼と違って命が繋がってないから、一人だけ殺すには丁度いいんじゃないかな」

 

 彼が差しているのがジータだとわかり色めき立つ面々。

 

「腐ってやがる……! てめえは人をなんだと思ってやがんだ!」

「ははっ! いいよ、うん。今のやり取りはそれっぽいね」

「いいのかよ、ロキ。喰っちまって」

「いいよ。もし退けられたら彼らの健闘を褒め称えないとね」

「上等だ、ぶっ殺してやる!」

 

 フェンリルは体勢を立て直すと大きく魔方陣を描いて吹雪を巻き起こす。一行はロキが手を出すことも考えて一旦距離を取りつつフェンリルと対峙した。

 

「来い、《パラシュ》、《ウロボロス》!」

 

 グランはすかさず武器を召喚し呼び出した二つの内杖をジータへと渡した。

 

「【ウェポンマスター】!」

「【ハーミット】!」

 

 二人が最も得意とする『ジョブ』へと姿を変える。

 

「ディスペルマウント」

 

 カタリナが吹雪による凍結えお防ぐために味方を虹のベールで保護した。これで準備は万端。グランとリーシャ、スツルムが前へ出る。カタリナは後衛に被害が出ないよう中衛として構えた。

 人数は後衛が多く一見バランスが悪いように見えるが、ガンダルヴァとの戦闘を経て成長したリーシャにとって、彼より遅いフェンリルを相手にしながら他二人の行動に合わせることなど造作もなかった。

 

 結果として弱くはないはずのフェンリルを圧倒することができている。

 

「チッ!」

 

 フェンリルは苛立たしげに舌打ちして氷のトゲを放ち後衛を狙おうともするが、カタリナが油断なく構えているせいで一向に通らない。前衛だけでも手いっぱいなのに後衛が隙あらば攻撃してくるのが厄介だった。

 

 戦いの最中リーシャがすっと身を引いたのを見て追い討ちしようとしたら、後衛のオイゲンから頭に銃弾を食らい吹き飛ばされる。正直なところいくら直撃しようが完全に倒されることはないだろう。だが、思うように戦えないということがストレスになっていた。

 

「おい、ロキ! こいつ外せよ!」

 

 フェンリルはこのままでは一人も殺せないと見てかロキへと鎖で縛られた両腕を掲げて見せる。

 

「それはダメだよ。必要なモノだからね」

「チッ」

「それにしても、フェンリルを圧倒するだなんてやるじゃないか。正直驚いたよ」

 

 賞賛するように言うが、表情は全く変わっていない。

 

「うん、これなら将来が楽しくなりそうだ。フェンリル、今日は帰ろうか。目的も達成したしね」

「まだ一人も喰ってねーぞ」

「それは僕に言われてもなぁ。戻ったらまた餌を用意してあげるから」

「チッ……しょうがねーな」

 

 ロキに言われて渋々フェンリルが彼の下へ戻っていく。余計な戦闘はしまいと誰もそれを止めなかった。

 

「目的と言ったな。貴様の目的はなんだ?」

「宣戦布告、かな。僕は君達の……この空の敵だ。だから、末永くよろしくね

「……」

「じゃあ、その調子で頑張ってね」

 

 ひらひらと手を振り、ふと思い出したかのように続ける。

 

「そうそう。最後に一つ、忠告だ。皆が皆僕みたいに気が長いわけじゃないなら、あんまり悠長にしていると、折角守った大事なモノを、結局失ってしまうかもしれないよ」

「なんだと? おい、そりゃどういうことだ?」

「どういうことだろうね。ふふ……さぁ、行くよフェンリル」

「ふん」

 

 ロキは最後に意味深な言葉を残し、軽く指を振る。すると周囲に光が溢れ、その光が収まる頃には二人の姿はなかった。

 

「……なんだってんだよ」

 

 ラカムが全員の気持ちを代弁したその時。

 

「クソッ! 村に誰もいないだと!? ふざけるな! もっとよく探せよ! 家に隠れてるなら大砲ぶち込んで、森に逃げたなら森を焼き払って! いいから探せよ!」

 

 聞き覚えのある苛立った声が、村の方から聞こえてくるのだった。



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小さな勇気

原作と同タイトル第二弾。


ザ・補足説明(昨日忘れてたヤツ)。
グラブルをご存知の方はわかったと思いますが、前話で老婆がフェンリルを殴り飛ばした時のヤツは【レスラー】の被ダメカウンターです。
敵の攻撃を回避して反撃は今まで何回か出てきてますが、あれは被ダメージを受けた時に反撃、とちょっと違うヤツです。まぁ別に意味はありませんが。

なにが違うかと言われると……自分が痛いか痛くないか、ですかね。


 一行はロキとフェンリルが去った後に聞こえた声に驚き、物陰に身を隠して近づいていく。

 

 いつの間にか老婆は姿を消していた。

 

「……え? 森に火を、ですか?」

 

 村に屯していたのは、やはりと言うか帝国兵だった。

 

「チッ……もういいよ、君。ねぇ誰かこいつ縛って森と一緒に燃やしてきてよ」

「はっ」

 

 上官が告げると隊長らしき他の兵士とが違い黒い鎧に身を包んだ兵士が進み出てその兵士を捕まえる。兵士が喚くのにも応えず縄で縛りつけていった。

 

「……帝国兵がなんでこんなところに」

「……しかもあれって」

 

 物陰から様子を見ていた一行は予期せぬ事態に困惑が隠せない。しかも兵士を率いているのは味方すらもあっさりと切り捨てる非道さを持つ、フュリアス少将だった。

 

「何人かついてきてくれ。村人が潜伏している可能性がある場所、森に火を放つ」

 

 隊長が指示を出して本格的に森を燃やしに行くというところで、グラン達は顔を見合わせて頷き合う。

 

「待て、フュリアス!」

 

 大声で燃やしに行く部隊も足を止めるようにしながら、一行は物陰から姿を現した。

 

「んん? 誰君達。僕を呼び捨てなんていい度胸じゃないか」

「は?」

 

 しかし彼の言葉に怪訝な顔をしてしまう。間違いなく、彼とは何度も顔を合わせている。因縁ある相手と言っていいかもしれない。ポート・ブリーズ、アウギュステ、アルビオン。幾度となく相対している。一行の記憶と照らし合わせても彼がフュリアスであるのは間違いないはずなのだが。

 

「ヤツらは指名手配犯で、機密の少女を奪い……」

 

 森に火を点けに行こうとしていた隊長がフュリアスの疑問に答えようとして、銃口を向けられる。唖然とする間もなく引き鉄を引かれた。

 

「うあっ……」

「あのさぁ、僕君に答えろって言った? 言ってないよねぇ。なんで僕の言う通りにできないのかなぁ。……もういいや。折角新しい力を手に入れたんだ。もう、僕の手で、全部、全部……ッ!」

 

 フュリアスは情緒不安定なまま懐から禍々しい光を放つ結晶を取り出す。魔晶だ。しかし以前の魔晶よりも光が増しているように見えた。

 

「い、いけません、将軍閣下!」

 

 撃たれた隊長は怪我を負いながらもフュリアスを引き止めようとするが、その声は届かない。フュリアスは自分の身体に魔晶を埋め込むようにして、変化する。

  右手に丸盾、左手に槍を携えた白い巨体となった。胸部からフュリアスの顔が見えており、その体長はハーヴィン特有の小柄さから三メートル近い巨躯へと変わっている。

 

「あはははっ! 力が湧き上がってくるよ! これはいい……実にいいねぇ! どいつもこいつも虫けらみたいに見えるよ!」

 

 フュリアスは上機嫌に高笑いした。

 

「魔晶か……! けど以前より力が増してねぇか?」

「これは特別製、最新の魔晶なんだよ! もちろん僕以外が使いこなせるわけないんだけどねぇ!」

 

 彼はそう言っているが、既に記憶障害と以前よりも感情の起伏が激しく情緒不安定になった状態では説得力がない。

 

「ねぇ、君達さぁ。前から僕のことチビだからって見下してたよねぇ。僕のこと策謀しかないヤツだって思ってたよねぇ……! 今の僕はどう? 大きくなって、強くなって、君達なんか蟻んこみたいに潰せちゃうんだよ? ねぇねぇねぇ……! 今どんな気持ち? どんな気持ちぃ!?」

 

 フュリアスは上機嫌に舌を回すが、その矛先がグラン一行ではなく周りの兵士達に向けられていることを危惧してか、隊長が怪我を押して進言する。

 

「し、将軍閣下。あまり興奮なされては魔晶の作用が……」

 

 興奮状態にあり力を持った彼に声をかけられる者など他にいなかった。

 

「はぁ? あのさぁ、君。今僕発言しろって言った? 言ってないよねぇ。なんで僕の許可なく喋ってんの?」

 

 フュリアスの巨体にある目が赤く光ったかと思うと、目から熱線が放たれて隊長を焼いた。頭の天辺から股座までを熱線で焼き切られ、鋼の鎧が融解する。隊長の後ろにいた兵士も真っ二つに裂けていた。

 

「ひ、ひぃっ……!」

「こ、こいつ! 味方を……!」

 

 兵士達が怯え一行が顔を青褪める中、

 

「ああもうッ! いいや、君達もいらない! 僕が、僕だけでやってやる! 僕の邪魔をするヤツは、僕がこの手で自ら殺してあげるよッ!!」

 

 怒りを露わにして叫ぶと、逃げ出せなかった兵士達を踏み潰し、串刺しにしながらグラン達へと向かってくる。

 

「っ! み、皆、構えて! 来るよ!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図に一瞬思考が固まってしまうが、なんとかグランが指示を出したと同時に動き出す。

 

「はあぁ!」

 

 グランとジータがどの『ジョブ』で戦おうかと考える中、まずリーシャが風を纏って突撃した。渾身の一撃をフュリアスへと放つのだが。

 

「なにその蚊が刺したような攻撃。攻撃って言うのはさぁ、こういうのを言うんじゃないのかなぁ!」

 

 一切ダメージの通っていない様子のフュリアスは右手の槍でリーシャの身体を薙ぎ払う。呆気なく吹き飛ばされて地面を何度か跳ね止まった時には地面に倒れ伏したまま動かなくなる。

 

「リーシャ殿! ……私が治療に向かう、イオは回復に専念してくれ!」

「う、うん、わかった」

 

 カタリナが倒れたリーシャの回復に回り、イオは攻撃ではなく怪我した時の回復として待機する。

 その間にグランが【ウェポンマスター】、ジータが【ホーリーセイバー】となってそれぞれ武器を握った。

 

「抵抗してみなよ! できるものならさぁ!」

「ファランクス!」

 

 フュリアスの一撃をジータが障壁で受けようとするが、強固なはずの障壁はあっさり砕け散ってしまう。

 

「え――きゃぁ!」

 

 驚くジータを槍が突き刺し吹き飛ばす。頑丈な鎧に包まれていたからか身体を刺し貫くことはなかったが、吹き飛び転がって動かなくなってしまう。

 

「クソッ! とんでもねぇ強さじゃねぇか!」

「あはははっ! いいね、その表情! もっと僕を恐れて、平伏(ひれふ)してよ!」

 

 ラカムとオイゲンが気を逸らしつつグランを援護して、ようやく戦えるような状態にはなった。だがそれはグランがなんとか攻撃を避ける方に切り替えたからだ。ファランクスさえあっさり砕くほどの威力を受けられるモノは今のグラン達になかった。

 

「【マークスマン】、アローレイン!」

 

 イオの治療によって回復したジータは攻撃を受け切れないと見て弓を携える。そして矢を上空に放った。フュリアスの頭上まで飛んだ矢はそこで無数に分かれて降り注ぐ。本来なら当たった箇所から敵の筋力を下げる効力を持っているのだが、フュリアスには意味を成さなかった。

 

「もう、弱体まで無効なんて!」

 

 毒づくが手は止めない。たった一人で前衛を務めるグランの負担を軽減するためだ。

 

「アイシクル・ネイルッ!」

「サンライズ・ブレード!」

 

 青の巨大な剣と竜巻の斬撃がフュリアスを襲い、僅かながら後退させる。

 

「このっ!」

「皆さん! ここは一旦退きましょう! 態勢を立て直して策を練らないと!」

 

 カタリナに治療してもらったらしいリーシャはグラン達へと駆け寄りながらそう告げる。彼女の言う通り圧倒的な強さを持つフュリアスに敵う手が思いつかなかったグランとジータはすぐ撤退を決意した。

 

「わかった、ここは退こう!」

「祠のある場所……巫女の森の方に行ってみよう」

 

 二人の団長が決断したことで、一行は撤退するために動き始めた。ラカムとオイゲン、ドランクが遠距離からフュリアスの牽制をしつつ、グランとジータが先行して祠があるという巫女の森へと逃げ込む。

 

「逃がさないよ、一人残らず……!」

 

 上手く制御できていないのか、逃げる獲物を追いかける愉悦感に浸っているのか、それとも走れないのか。どちらにせよフュリアスはゆっくりと一行の後を追ってきたので、かなり距離を取って巫女の森へと入っていくことができた。

 

「っ! こ、ここ……なにか変な感じがします」

「……私も」

 

 森に入った途端ルリアとオルキスが不思議な気配を感じ取る。

 

「星晶獣とも違う……これは、私達を拒んでる……?」

「……ん。近づくな、って言ってるみたい」

 

 二人がなにか感じ取ったということは、この森にはなにかあるということである。

 

「祠はもうちょっと先だね。とりあえず進んでみようか」

 

 ジータの案内に連れられて、なにが待つかわからないため慎重に森を進んでいく。

 

「……うぅ」

「……」

 

 進むに連れてなにかを感じ取っている二人の顔が険しくなっていく。

 

「ルリア。辛いならここで私と待っているか?」

「……ううん、大丈夫」

「……私も、行く」

 

 カタリナが声をかけるが、二人もついてくる気はあるようだ。ここは本人の意志を尊重し、共に祠へと向かう。

 

「あった」

 

 先頭を歩くジータが祠を見つける。味気ない祠には小さな扉がついていた。人の手が入っている様子はなかったが、不思議とその祠の周囲だけ草木が避けているかのように開けている。

 

「……これが」

 

 ビィはふよふよと進み出て祠の前まで行く。

 

「これは憶測ですが、ロゼッタさんは星晶獣のコアに魔晶を埋め込むことでマリスになるとおっしゃっていました。そしてビィ君にはユグドラシルを救う力がある、と。それはつまり、魔晶をコアから切り離すことができる、ということではないでしょうか。もしそうできるなら、あのフュリアス将軍にも通用するかもしれません」

 

 リーシャが前置きしながらも推論を述べた。……今のところ、あのフュリアスを倒す策は浮かんでいない。純粋に倒せるだけの力を持っていないのだ。

 

「じゃあこの状況を打破できてルーマシーでも役に立つ、一石二鳥ってヤツだね~。トカゲ君、ばーんと景気良く開けちゃってよ」

 

 ドランクがいつもの軽い調子で言うが、祠の前にいるビィの表情は暗い。

 

「……オイラ、怖いんだ」

 

 そこでようやく、彼は己の思いを口にした。

 

「ここにオイラの力が眠ってるとして、ここにオイラの力を封印したのは親父さんなんだろ? 親父さんがどういう理由で封印したかはわかんねぇけど……そこには理由があるはずなんだ。だからオイラが勝手に解いちまって、オイラがオイラじゃなくなっちまうんじゃねぇか、って思ったら……」

「ビィ……」

「だってよぉ、オイラ親父さん達と出会うまでの記憶がねぇんだ。だから、力を封印するまでのオイラと今のオイラは別物で、ここを開けたらオイラ消えちまうんじゃないか、って怖くなるんだ」

 

 彼の独白を痛々しく見つめる者が多い中で、長い付き合いの二人が同時に俯く彼の頭を小突いた。

 

「「ビィのバーカ」」

 

 示し合わせる必要もなく、二人は声を揃えた。

 

「な、なんだよぅ……オイラだってすっごい悩んで……」

「ビィはビィで変わらないよ」

「力が戻ってきたくらいで絆が壊れるわけないよ。それともビィは、私達との関係がそんなことで壊れるような脆いモノだと思ってるの?」

「……それは」

「あ、でももしグランサイファーよりおっきくなっちゃったら困るよね。ビィだけ街に出られなくなっちゃう」

「そうだね。でもそうなったらビィに乗って空を旅できるから、それはそれで面白そうじゃない?」

「……グランとジータは、オイラがどんな化け物になってもいいのかよ」

「うん。僕達はビィがどんな姿になっても気にしないよ」

「今まで通りずっと一緒。そこは変わらないからね」

 

 二人は優しく微笑んで、考える必要もないとばかりに即答した。

 

「わ、私もビィさんがどんな姿になっても受け入れます!」

「私はそのままの方が……」

「カタリナ、空気読んで!」

「う、うむ……。まぁ少し惜しくはあるが、どんな姿になろうとビィ君が仲間だということに変わりはないよ」

「わかんねぇ先のことなんて考えるだけ無駄だ。やりたいようにやりゃいいんだよ」

「そうよ。もしかしたらもっとちっちゃいトカゲになるかもしれないじゃない」

「ははっ。そういうこった。安心して選びな」

 

 二人に続き今まで旅を共にしてきた仲間達までも背中を押してくれる。それでも決断することができないでいると、

 

「まぁでもビィがどうしても嫌だ、って言うならしょうがないよね。まずはこの局面をどう切り抜けるか、だけど」

「う~ん……。今持てる全戦力じゃキツいかなぁ。いざとなったらClassⅣか、少なくとも天星器ぐらいは使わないと」

「だよね。どっちも完全には使いこなせてないから、一か八かの賭けになっちゃうけど」

「でもこの場を切り抜ければビィにも考える時間ができるから、悪いことばっかりじゃないよね」

 

 二人は言い合って、全力のリーシャですら敵わなかったことからこのままでは勝てないと判断する。それでもビィのためになんとか活路を開こうと考えを巡らせた。それは仲間想いのとても優しい選択肢だったのだが、それを許さない者がここにいた。

 

「それじゃあ困るんだよね〜」

 

 軽い声が聞こえたかと思うとビィの喉元に剣が突きつけられる。

 

「っ!?」

「動くな。動いたらこいつを斬る。死ななければいいなら、加減する方法はいくらでもあるぞ」

 

 硬直するビィと、剣を抜いていたスツルム。

 

「ど、どういうつもりだ!」

「どういうつもりもなにもないよ。ねぇ、スツルム殿?」

「ああ。あたし達は元々、道中オルキスを守るため、そしてルーマシーで待つ雇い主とダナンを助けるためにお前達と行動を共にしているだけだ」

「そーゆーこと。僕達は君達ほどあのロゼッタさんを信用してるわけじゃないからさぁ。ぶっつけ本番でルーマシーに行きたくないんだよね〜。機会があればトカゲ君の力を試したいと思ってるわけ。で、今がその機会なわけでしょ? 今封印解かないでいつ解くって言うのさ」

 

 ドランクとスツルムは今は利害の一致から共に行動しているが、本来仲間ではない。そこに旅で培われた絆はなかった。

 

「感動的な場面を邪魔して悪いが、あたし達はこいつがどうなろうとどうでもいい。ただあの二人を助けられればな」

「……スツルム」

 

 スツルムの言葉にオルキスは制止できなくなってしまう。ビィがどうでもいいわけではないが、彼らの気持ちもわかるからだ。

 

「……だからってビィ君の気持ちを蔑ろにしていいわけではありません」

「恨むなら恨め。だがあたし達はあいつらを助けるためならなんでもする。悪いが引く気はない」

「僕達も色々調べてたからねぇ。どうしてもトカゲ君に力を取り戻してもらう必要があるんだよね。悠長に君の覚悟を待ってるわけにはいかないの。今にも死んじゃうかもしれないからね」

「……」

 

 二人の決意は固いようだ。ビィは俯きなにも答えなかった。

 

「その手を退けろ、下衆が! 貴様らを一時でも信じた私がバカだった!」

 

 カタリナが激昂して剣を抜き、他の戦闘態勢を取る。とはいえ二人も引かず武器を構えた。一触即発の状況で、仲間達を制したのはジータだった。

 

「……やめましょう、カタリナさん」

「ジータ! だが……!」

「二人がいくら強いとはいえ、私達全員でかかれば勝てるとは思います。けどそれじゃダメなんです。人数と力で二人を捩じ伏せるだけじゃ、意味がありません。これは、力だけで解決できる問題じゃないんですよ」

 

 ジータの冷静だが強い言葉に、カタリナは一旦剣を下ろした。

 

「冷静だね、随分。君の大切な存在じゃないの?」

「大切ですよ。でも二人の気持ちは理解できる気がします。ただビィは離してください。無理強いで封印を解いても、ビィが心で拒絶しちゃったら変な風に作用して良くない結果を起こす可能性もあるんじゃないですか? 望んで手に入れるか入れないか、この違いは大きいと思います」

「確かにねぇ。でもどっちにしても化け物になっちゃうんだったらそこの余地はないかな〜」

「……ビィは不安なんです。それがわからないドランクさんじゃないでしょう」

「もちろんトカゲ君が不安なのはわかってるよ? でも自分の感情だけで仲間を見捨てるのはどうかと思うなぁ。ルーマシーにはあの二人だけじゃなくて、ロゼッタさんもいるでしょ?」

「わざと追い込むような言い方しないでください。ビィもそれはわかってると思います。けど気持ちの整理をつける時間が必要だって言ってるんです」

「その時間に皆死んじゃってたら元も子もないと思うけどな~」

 

 ジータが言葉で説得しようと試みるが、ドランクも引く気はないようだ。かと言ってカタリナのように下衆と言い切れるほど怒れないのは、彼女が仲間を確実に助けたいという気持ちを持って行動を起こしているからだろう。

 

「……ま、でもちょっと遅かったかなぁ」

「……チッ。仕方ないか」

 

 ドランクとスツルムは言い合いに決着をつけたわけでもないのにビィから離れたのはなぜかという理由を、ばきばきと木々を薙ぎ払って接近していた者が答える。

 

「見ぃつけたぁ……! こんなところに隠れるなんてダメじゃないか。さっさと僕に殺されないとさぁ!」

 

 魔晶を使って変化したフュリアスである。既に目前まで迫っていた。

 

「ほらほら、ちんたらしてたからフュリアス将軍が来ちゃったよ~? どうする? ClassⅣ使って僕達も一緒に殺しちゃうの?」

「迷った結果が共倒れか。どっちも救われないな」

 

 二人にも余裕はないのか、普段よりも煽りが辛辣だ。

 

「こうなったら【ウォーロック】を使うしか……!」

 

 ジータがClassⅣへと至るための杖を手にする【ベルセルク】よりは性格がマシと思える『ジョブ』なので、使うならこちらだと思ったのだろう。

 

「……お、オイラ……」

「皆! なんとか退けよう! ジータ、悪いけどお願い! 僕も七星剣使うから!」

「わかった!」

 

 ビィが微かに声を上げることにも気づかず、グランとジータはビィの力なしでなんとかしようとそれぞれ危険を冒してフュリアスへ挑もうとする。

 グランの挙げた七星剣を含めた十種の途轍もない力を秘めた伝説の武器を、天星器と呼ぶ。天星器も英雄武器と同じように段階を経て強化していく必要のある強力無比な武器となっていた。特に奥義を放った時に味方へと齎す効果が大きいとされている。

 

「……オイラだって、オイラだってぇ……」

 

 グランとジータが準備をするまでの時間を稼ぐために、リーシャとカタリナがフュリアスへと襲いかかる。ラカムとオイゲンが援護しているが、分が悪い状態だった。

 

 そんな中、ビィは一人思い悩んでいた。脳裏に浮かぶのは、今までに言われてきた言葉だ。

 

『ビィ。てめえはいつもいつも戦えねぇ癖に偉そうにしやがってよぉ』

 

 グランではないグランにそう告げられた。もちろん彼が本当にそう思っていないことはわかっているつもりだが、それでも感情を抜きにしてグランの記憶からビィを見ると、役立たずなのだと客観的に思われる存在なのだ。

 

『ビィ。お前は戦えないんだからせめて激励してやれよ』

 

 わかったような口を利かれたこともある。

 

 いいや、誰に言われなくても自分が一番わかっているのだ。戦う力なんて、仲間を守る力なんて自分にはないと。

 自分はただ守られるだけの存在。ルリアですら星晶獣を従えることができるというのに、自分がただ戦う仲間達を見て、見ることしかできない。

 

 仲間達は優しいから、戦う力がなくても旅の仲間として迎えてくれる。心のどこかで自分を蔑んでるんだ、なんてネガティブすら起こらない。それでも堪らなく嫌だった。仲間達が苦しんでいるのになにもできず、ただ見ていることしかできない自分が。

 

 確かに自分が自分でなくなってしまうかもしれないというのは怖い。今までの思い出もなにもかもが消え去って別の自分になってしまうのが怖い。だがそんなことよりも怖いことがあると、ルーマシー群島の一件で知った。

 誰も彼もが倒れて、もう逃げることなんて一切できず全員殺されてしまうような圧倒的な差を見せつけられて、その様子をただ眺めていて、なにもできないまま仲間達を見殺しにしてしまうことへの恐怖が芽生えていた。

 

 だからどんな自分になろうとも――いや、それは考えないでおく。

 

 頭に思い描くのは、完全なハッピーエンド。

 皆で生き残って今ここにいる仲間達も、離れ離れになってしまっているロゼッタも、目的は一致しているオルキスやドランク、スツルムも。置いてきたダナンと黒騎士も。そして、自分も。

 皆が皆笑って勝利を祝うような、そんな結末を思い浮かべた瞬間に、ビィの心は決まった。

 

「オイラだってぇ……!」

 

 心に巣食う恐怖を打ち消し、祠の扉に手をかける。人は彼の心に灯った感情を、“勇気"と呼ぶ。

 

 次の瞬間ビィの身体が赤く光り、なぜかその姿に巨大な竜を幻視した。

 

「な、なんだよ! 今の……!」

 

 近くにいたフュリアスにも見えたのか、気圧されたように半歩後退する。仲間達も一斉に動きを止める渦中にいたビィは、

 

「……お、オイラ、オイラのままなのか……?」

 

 以前と変わらぬそのままの姿でそこにいた。

 

「え? し、失敗?」

 

 イオが戸惑いを口にするも、他ならぬ本人から否定される。

 

「確かにオイラの中に力がある。これなら……オイラだって、皆を守るんだ!」

 

 決意を口にしてビィが赤く光り周囲を明るく照らす。眩しさに目を瞑るフュリアスだったが、光が収まってもなにかが起こったわけではなさそうだった。

 

「? ……あはははっ! びっくりさせないでよ! なにも起こってないじゃないか! ほら、抵抗してみせてよ!」

 

 フュリアスはビィの放った光を怪訝には思っていたが、なにも変化がないことを見ると高笑いをして前にいたカタリナへと攻撃をする。

 

「ライトウォール」

 

 カタリナが障壁を出現させるがそんなモノで防げるわけが、なかったはずなのに。

 

「は? なんで、なんでッ! なんでそんなちんけなモノで僕の攻撃が防げてるんだよ!」

 

 間違いなくカタリナのライトウォールがフュリアスの一撃を防いでいた。一つのヒビも入っていない。

 

「……私が急激に強くなったということはない。つまり、貴様が大幅に弱体化したということだ」

「そんなバカな! 僕は……ッ!」

 

 フュリアスはまた半歩後退する。今までは紙切れにも等しかったモノが、壁として現れているのだ。そんな力の差で勝てる連中でないことを狂いかけた頭の片隅の、理性的な部分が訴えかけている。

 

「……ビィが勇気を見せてくれたんだから、僕達も頑張らないとね」

「うん。いくよ、グラン」

 

 グランは黄金の七星剣を持った【ウエポンマスター】。ジータは黄金の短剣、四天刃を持った【ハーミット】となっている。二人は天星器を初めて手にした時、力を制御し切れず暴走させてしまい仲間ごと大怪我を負ってしまった。それから天星器という武器に対しての恐怖が無意識の内に生まれていたのだが、それをビィの勇気ある行動によって払拭した。

 

「一緒に皆を守ろう、七星剣」

「絶対勝つよ、四天刃」

 

 途轍もない力を持った恐れる武器としてではなく、共に戦う相棒として認識すれば自然と天星器は応えてくれる。

 

「北斗大極閃ッ!」

「四天洛往斬!」

 

 二人の奥義が放たれる。

 七つの斬撃が突き刺さり印をつけた後に、その全てが線で結ばれ衝撃と化す。

 四つの斬撃が印をつけてから、印を頂点とした幾何学模様が描かれ模様が回転して敵を襲う。

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 確実にダメージが通ったようで、フュリアスは悲鳴を上げて倒れる。

 

「オイラに任せろぉ!」

 

 ビィがすかさず再度光を放つと、ダメージを負ったフュリアスから魔晶が出てきて地面へ転がった。

 

「そ、そんな……魔晶が勝手に離れるなんて……!」

 

 フュリアスは呆然と転がった魔晶を見つめる。その視界に、何者かの足元が映った。

 

「ひっ……!」

 

 倒れたフュリアスへと倒した二人を始めとする面々が立っていたのだ。

 

「僕はこんなところで……おい! 助けろ! 僕を助けろよ!」

 

 フュリアスはそう喚くがこの期に及んで往生際が悪い、と一行は冷たく見下ろすばかりだった。ここはグラン達の出番じゃないなと思ったドランクとスツルムが歩み出て彼にトドメを刺そうとするが、

 

「おっと。彼は回収させてもらうよ」

 

 突如姿を現したロキが飄々と言ってフュリアスの首根っこを掴み上げる。

 

「こ、皇帝陛下……!」

「彼には他にも使い道があるんだ。じゃあね」

 

 ロキはそう言ってフュリアスを掴みつまらなさそうな顔をしたフェンリルと一緒に忽然と姿を消した。

 

「ま、待て……ってもういないか」

 

 呼び止める間もなく逃げられてしまう。そして大きな影が頭上を通ったかと思うと、帝国の戦艦が島から離れていくところだった。

 

「……とりあえず、一難去ったってとこかな」

「うん。ありがとね、ビィ。おかげで助かっちゃった」

「お、おう。これでオイラも守る側だぜ!」

「ふふっ、そうですね。ビィさんすっごく頼もしかったです!」

「さっきのを見ると魔晶の力を弱めて、本体を弱らせると魔晶を分離させられる、ってところでしょうか。これなら確かに魔晶をユグドラシルのコアから分離して救い出すことも可能かもしれません」

「けどそれには相応の実力が必要、ってことでもあるわね。今のあたし達で弱体化されるとはいえあのマリスに勝てるのかしら」

 

 憶測を述べる中でイオの懸念が一行に突き刺さる。

 

「……やっぱり、ClassⅣを使いこなせるようになるしかない、かな」

「決定打を求めるならそれしかないよね。天星器はあくまで武器の性能頼りになっちゃうから、私達自身が強くなるには、どっちにしてもClassⅣは必要だよ」

 

 今後の戦いのためにも。そうつけ加えるジータの顔には決意が宿っていた。団長の顔で仲間達を見渡す。

 

「ロゼッタさんを助けるのに逸早くルーマシーへ行きたい気持ちはある。でもビィの力だけじゃ足りないかもしれない。だからちょっとここで鍛え上げようと思うの」

 

 グランも異論はないようだ。続けてジータはドランクとスツルムの方へと向き直る。

 

「二人の逸る気持ちはわかります。でもここは力をつける時です。同じことを繰り返さないためにも」

 

 強い意志を込めて二人を見つめた。

 

「それに、ダナン君が言ってたじゃないですか。黒騎士のことは任せろ、って。私は能力的に彼なら大丈夫だと思ってますけど、私より長い付き合いの二人が彼を信じないなんてことはないですよね?」

 

 どこかジータは不敵に笑う。その言葉に二人は顔を見合わせた。ドランクがわかりやすく肩を竦めてみせる。

 

「そう言われたら説得されるしかないね。ダナンが死ぬなんて想像をつかないよ」

「雇い主もな。二人共、どう考えても諦めが悪い」

 

 無事喧嘩することなく言葉だけで傭兵二人を説得することができたようだ。

 

 とりあえず、話が落ち着いたところで一旦グランとジータの生家まで戻る。

 その扉の前に、フェンリルを殴り飛ばした老婆が立っていた。

 

「ご婦人は確かフェンリルを……」

 

 カタリナが記憶を辿ってそう口にすると、なぜ家の前で待ち構えていたのかと一行に緊張が走る。

 

「な、“なんでもお見通し婆ちゃん”じゃねぇか!」

 

 不安で周りが見えていなかったらしいビィが声を上げて驚いた。

 

「“なんでもお見通し”……?」

「そう。この人は小さいことではある家の食事メニューからなにまで、色んなことを見通しちゃう人なんだ」

「あんなに強いなんて知らなかったけどね」

 

 ザンクティンゼルに住んでいた三人の反応から、もしやここに戻ってくると見通して待ち構えていたのかと納得する。……家なのだから帰ってくるのは当然なのだが。

 

「やっぱりあたしの思った通り、帝国の人達はあんたらが追い払ってくれたんだねぇ。襲撃されることを見越して村人全員避難させておいて良かったよ」

「道理で誰もいないって喚いてたわけだ。婆ちゃんが先に逃してくれたんだね。ありがとう」

「ふぇっふぇっふぇ。礼なんていらないよ。あたしもここの住人だからねぇ。黙って見てるわけにもいかなかったんだ。でもあたしは直接戦うのはあんまり良くなくてね」

「?」

「まぁあたしの事情はいいんだよ。それより、随分強くなったじゃないか。そろそろ実が生る頃合いかねぇ。【ベルセルク】に【ウォーロック】。元々素質はあると思ってたけど、こんなに早くとは思わなかったよ」

「「「っ!?」」」

 

 老婆が口にした『ジョブ』の名前に一行が驚く。それはあり得ないことだった。ClassⅣは英雄武器を手にしないと解放されない。二人もアウギュステで武器を作るまでは存在すら知らなかった。つまりこの老婆は二人の父親からなにかを聞いている可能性が高いということだ。

 

「どうしてClassⅣの名前を……」

「ふぇふぇふぇ。それは内緒だよ。気が向いたらあたしの家においで。彼の英雄方の力、使いこなしたいんだろう?」

 

 老婆は理由を話さなかったが、確実になにか知っているようだった。二人は顔を見合わせて、互いの気持ちが同じであることを悟る。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 二人は深々と頭を下げて頼み込んだ。

 

「はいよ。じゃあ今日は疲れただろうし、帰ってきた挨拶もまだだろう? 明日以降、うちにおいで」

「「はいっ」」

 

 老婆はそう言うと背中を丸めた姿勢で帰っていく。

 

「やった! これでClassⅣに近づけるかも!」

「うん!」

 

 燥ぐ二人を他所にカタリナは眉を顰めていた。

 

「……しかしあの御仁、信用できるのか?」

「心配ねぇよ、姐さん! あの婆ちゃんは悩んでる時とかすぐ話を聞きに来てくれたり、すっげぇ優しいんだ! それになにもかも話すわけにはいかない事情だってあるだろうしよ。他に宛てもねぇしな」

 

 すっかり元気になったビィに押されて、カタリナも一旦様子を見るくらいならいいかと思ってしまう。こうして思わぬ協力者を得られた一行は三人が暮らした家に泊まり、疲労していたこともあって挨拶は後回しにして就寝するのだった。




「ねぇ今どんな気持ち?」がグラブル一が似合う男フュリアス(作者調べ)。

他者を蹴落として成り上がっているとはいえ彼は二十三歳にして少将の地位を獲得している割りと有望な人だったりします。
二十三と言えばカタリナの一個下ですからね。

帝国の出てきてる偉い人の中では最年少の気がします。それで満足しておけばいいものを……。


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ClassⅣの獲得へ向けて

まずは謝罪をば。
昨日後書きに書いてたフュリアスの地位が少尉になってました。二十三歳で少将だから凄いんだよ、という話をしていたのに中尉のカタリナより低いじゃん、という……。




 フュリアスを退けた一行は夜が明けてから村に帰ってきた挨拶をして回っていた。

 

「おぉ、本当に帰ってきてたんだな!」

「お帰りなさい! ゆっくりできるなら旅のお話を聞かせてね」

 

 村の人々は彼らを温かく迎えてくれる。

 

「ああ、ただいま」

「ごめんなさい、ちょっと寄っただけだからまた今度ね」

 

 先頭を歩く二人は屈託のない笑顔でそれらに応えている。

 

「そちらの皆さんが旅の仲間かい?」

「うん。皆頼りになる仲間だよ。数日はいるだろうから、よろしくね」

 

 二人の後ろをついて歩く仲間達は二人の表情が年相応に見えて、どうも保護者目線で見守ってしまう。厳密に言えば仲間ではない人もいるのだが、細かい事情を説明する必要もないと考えて一括りに紹介している。

 

「あっ! グランにビィ、と……じ、ジータ」

 

 挨拶回りをしていたところで遠くから駆け寄って声をかけてきた、彼らと同年代の少年がいた。

 

「アーロン!」

 

 あまり人数の多くない辺境の村なので、彼のような同年代の友人は貴重なのだろう。明らかに二人の顔が綻んだ。ただなぜかジータを呼ぶ時だけ妙に詰まっていたのだが。

 

「元気そうだね、アーロン」

「それはこっちのセリフだって……。まぁなんだ、無事帰ってきたならそれで良かった」

「心配かけちゃってごめんね?」

「べ、別に心配なんてしてねぇし」

 

 ジータの言葉には上擦った声で若干頬を赤らめつつ答えている。こんなにもわかりやすい反応があるだろうか。

 

「……アーロンは相変わらずだよなぁ」

「うん、昔っから変わらないよね」

 

 ビィが呆れ、グランは苦笑する。

 

「う、煩い!」

「? 確かにアーロンはあんまり変わってないように見えるけど」

「まぁ、そりゃ変わり映えしてないからな。……ジータはその、なんつうかちょっと大人びたような気がするな」

 

 頬を掻いてそう言うアーロンからは、幼馴染みの二人が明らかに成長しているのが見て取れた。色んな島で死闘を経てきた結果、以前よりも引き締まった顔になっているのだ。無論、そこには団長となり他の人の命を預かる立場になったということも加わっている。

 

「そう?」

「まぁ、旅で色々経験したからね。身長が伸びるとかはないだろうけど、精神的に成長したんじゃないかな」

「そっかぁ、そうかもね」

「そう言うグランだってちょっと落ち着きが出たような気がするよな」

「そうかぁ? こいつはいつも落ち着きがないって言うか、無茶ばっかりしやがるけどなぁ」

「言えてる」

「……二人共ちょっと僕に酷くない?」

 

 笑い合い、しばらくの間四人で談笑していたところで、

 

「そういやアーロンはジータに料理作ってもらえなくなって残念だったんじゃねーか?」

「なっ!? ……ま、まぁジータの料理は美味いからな。そういう意味では残念っちゃ残念だけど」

 

 ビィのからかうような発言に、一々初心な反応をするアーロン。四人を見守る仲間達はなぜかリーシャの顔を見てしまっていた。

 

「そうかなぁ。でも私達と同い年くらいの子で、すっごい料理上手な人と会っちゃったからなぁ。ダナン君、って言うんだけど。一緒に料理もしたんだけど、味も手際も私じゃ全然及ばなくって」

 

 ジータはアーロンの反応に気づいていないのか、無邪気に会話を続けている。しかしその発言を聞いたアーロンの頭の中では、談笑しながらエプロン姿でジータと台所に立つ高身長でイケメン(妄想)な男の姿が浮かび上がってきた。

 

「……そ、その、ダナンってヤツとはどういう関係なんだ?」

 

 アーロンは恐る恐ると言った風に尋ねる。ジータは「うーん」と顎に人差し指を当てて考え込んだ。確かに一言では表しづらい関係ではある。

 

「深い関わりのある関係?」

 

 『ジョブ』的に、という言葉がつけ足されるのだがそれだけ聞くと誤解を生みやすい。アーロンがはっとしてグランを見つめると、視線の意味に気づいたグランは苦笑して首を振った。

 

「違うよ、ダナンとはそういうんじゃないから」

「そ、そうか……」

「?」

 

 ほっとしたように胸を撫で下ろすアーロンと、全くわかっていないらしいジータ。その様子を見て、妹に春が来るのはまだまだ先かな、と思うグランであった。

 

 とそこで、アーロンがようやく後ろでやり取りを見ていた仲間達に気づく。

 こんな田舎の村には似合わないレベルのジータに匹敵するような大人の女性が三人。年下と思われる少女が三人。そしてにやにやとこちらを見ている男共が三人。

 

「うっ……」

 

 特に男連中には彼の心などお見通しだとわかってしまい、居心地が悪くなってしまう。

 

「な、なぁ。この人達が旅の仲間なのか? ……レベル高くないか、グラン? 誰が本命だ?」

「ほ、本命って……いや、そういうんじゃないから。うん」

 

 誰も彼もが分類に違いはあれど美醜の美に属する見た目をしている。そのせいかなんだかちょっと田舎暮らしの自分が場違いな気がしてきてしまっていた。

 グランは聞かれてはぐらかそうとするが、一瞬だけルリアの方を見てしまった。彼もまだまだである。そして、そんな幼馴染みの反応を見逃すアーロンではない。

 

「……へぇ。冒険にしか興味がないと思ってたのに、あのグランがなぁ」

「あ、アーロン! だからそういうんじゃないだって!」

 

 攻守交代、否定しつつも動揺しているようでは甘いと言わざるを得ない。

 

「別にいいとは思うんだけど、あんまり小さい子に手を出すのはちょっとな……」

「アーロン!」

 

 彼としては全く伝える気がなかったため、「小さい子」というヒントを出されてしまい大きく動揺する。なんというか年相応のやり取りを見せられて、仲間達は微笑ましい気持ちに包まれるのだが。

 

「……私、普段ああいう風に見られてたんでしょうか」

 

 一人だけ、妙な感慨を受けている人もいるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 馴染み深いアーロンと談笑したり挨拶回りをしたりで、その日の午前は潰れてしまった。一度昼を食べに戻ろうかと思っていたところで、昨日の老婆がやってきて昼食をご馳走してくれる。その後食後の運動がてら家の裏手に案内された。

 

「さて、それじゃあ始めるとするかね」

 

 老婆の言葉にグランとジータが真剣な表情で頷く。

 

「と言ってもClassⅣの会得は難しいモノじゃないよ。グランは【ウェポンマスター】で、ジータは【ハーミット】であたしに勝つだけでいい。もっと簡単に言うと、同じ系統のClassⅣの力を持つ相手に一騎打ちで勝てばいいんだよ」

「ってことは、お婆ちゃんも『ジョブ』の力を?」

「いいや。あたしは『ジョブ』なんて持ってないよ。ただ、ClassⅣの元になっている英雄方の技術を真似できるだけさ」

「ふぅん。じゃあ私が【ウォーロック】を会得したとしたら、その状態でグランが【ハーミット】で私に勝てば会得はできるってことでいいの?」

「そうだね。ただ、それができるかはわからないよ? なにせClassⅣは途轍もない強さだからね。あたしのは所詮真似事、本物には及ばないから多少楽に会得できるはずさ」

 

 理屈はわからないが、とりあえず習得方法はわかった。

 

「さて。じゃあまずは今の段階でClassⅣを使ったらどうなるか見ておこうかね。どっちからでもいいよ、かかってらっしゃい」

「じゃあ僕が【ベルセルク】で挑ませてもらおうかな」

 

 一応フェンリルとの時に老婆の実力の一端は見ているが、実際にどれほど強いのかを目にするため、仲間達も少し離れた位置で見守っている。

 

 グランは意を決してベルセルク・オクスを手にすると、【ベルセルク】へと変化した。

 

「じゃあ容赦なくぶっ殺してやるよ、婆ぁ!」

 

 グランは打って変わって獰猛な笑みを浮かべると、老婆へと襲いかかった。老婆はすっと静かに構えて失望を隠さず口にした。

 

「……全く。こんなのが【ベルセルク】だなんて、彼の英雄に失礼だよ」

 

 老婆はグランの一撃をひらりとかわして構えた手を顔面へ叩き込む。その速度は相変わらずまともに捉えられないほどだった。

 

「ぶっ!」

「ほら、どこ見てるんだい? あたしはこっちだよ」

 

 グランを殴った直後に背後へと回りこんで挑発する。

 

「おらっ!」

「おっと。そんなじゃ一生当たらないね」

 

 グランが振り向き様振るった斧を軽やかに跳んでかわし、ついでとばかりに顔面を攻撃する。

 

「クソッ! 死ねこのっ!」

「無駄だよ。彼の御方は、純然たる力の衝突を好む。至高の破壊こそ神算鬼謀を駆逐せんと、荒ぶる衝動に命運を託しなさった……。間違っても今の貴様のように、ただ蹂躙しようとするだけの阿呆ではないわっ!」

 

 かわし様に連打がグランの顔面を襲い、終始老婆優勢のままグランは倒れた。老婆は素手だったためか鎧のある身体を殴らなかったので顔がボコボコである。

 

「……なるほどね。蹂躙じゃなくて、力の衝突を、か」

 

 闘争本能に身を任せる、という同じモノではあっても「弱者を蹂躙する」のと「強者と戦う」のとでは意味合いが違いすぎる。フュリアスとガンダルヴァくらい違う。

 

「つ、次私もお願い、お婆ちゃん」

「いいよ。ほら、かかってきなさい」

 

 既に【ウォーロック】となるべく武器を用意していたジータがグランの代わりに老婆と対峙する。

 手に持っているのは杖だ。赤紫とピンクの間を取ったような色合いの杖で、先端部分には縦に長い円形の輝く鉱石があり、その上に蝙蝠のような形をした翼の装飾がある。翼の近くから尻尾のようなモノが伸びており、上側にはクエスチョンマークのような形となって先端を回っている。

 デモンズシャフトと呼ばれる英雄武器である。

 

「【ウォーロック】」

 

 ジータがClassⅣへと変化した。

 頭には鍔の広いとんがり帽子。どこか制服のようなデザインの衣服で、スカートとは別に腰から広がるように長い裾がある。それなら真後ろで半分に分かれており、地面に着きそうなほど長かった。加えて必要なのかどうかわからない布が背中の上辺りから伸びている。

 

 明らかに獰猛な笑みを浮かべていた【ベルセルク】と比べると穏やかな笑顔に見えるが、その恐怖を仲間達は知っていた。

 

「お婆ちゃんには悪いけど、私の魔法の実験台になってもらうね」

 

 そう言って無邪気な顔でとんでもない威力の魔法を連発してくる様は、当時真正面にいた者達のトラウマになりかけた。

 

「粋がった小娘に負けるほど、あたしは衰えてないよ」

 

 【ベルセルク】と戦っている時は体術の使い手なのかと思われた老婆だったが、

 

「「エーテルブラスト」」

 

 ジータと同じく魔力の奔流を巻き起こし、相殺してみせた。

 

「むぅ……」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん。あたしを実験台にしたいなら、もっと凄い魔法でも使ってみなよ」

「……いいよ、お婆ちゃん。どうなっても知らないからね」

 

 そう言ってジータは少し楽しそうにフォーカスを唱え魔力を集中させる。フォーカスは時間をかければかけるほど次に放つ魔法の威力を上げる技だ。

 

「これで消し飛んじゃったらごめんね。エーテルブラスト!」

 

 フォーカスを最大まで溜めた状態で、渾身のエーテルブラストを放った。先程の三倍に近い魔力の奔流が老婆を襲う。その荒々しさのせいで、魔力に敏感なイオが顔を顰めた。

 

「これが最大威力かい? エーテルブラスト」

 

 老婆はフォーカスを使わずにエーテルブラストを放ち、最大威力であるはずのジータのエーテルブラストと相殺してみせた。

 

「そ、そんな……」

 

 これには絶対的に魔法に自信を持つ【ウォーロック】のジータも愕然としている。

 

「ただただ魔力を高めただけの魔法に、真の威力は宿らないよ。彼の御方は、精霊との契りを深化する。魔導の叡智は万理へと通じ、妖しの囁きが万象を繰りなさった……。【ウォーロック】なんて口先だけ、ただのバカじゃないか。魔法は、そんな簡単なモノじゃないんだよ」

「くっ……!」

「それに」

 

 老婆はつけ加えるように言って素早くジータの懐に潜り込む。

 

「彼の御方は決して魔法にだけに傾倒しなかった。広い視野を持って近接戦闘にも目を向けておられたんだよ」

 

 そう告げて隙だらけのジータへと素手による攻撃を加えた。なんとか逃れたジータはそれでも魔法に拘り、結果としてグランと同じく地に倒れることとなった。

 

「……あのご婦人は、どうもとんでもない実力を秘めているようだな」

「……アポロが言ってた。英雄の一団を支えた侍女がまだ全空のどこかに生きてるかも、って」

「まさかあの婆ちゃんがそうだってのか? 俄かには信じられねぇが……」

 

 仲間達は自分達が束になっても敵わないであろうClassⅣとなった二人を赤子扱いする老婆に戦慄していた。

 

「ねぇ、おばあちゃん」

 

 そこで倒れた二人を治療したイオが声をかける。

 

「うん? なんだい?」

「おばあちゃんは『ジョブ』を持ってなくても魔法を教えられるの?」

「……ああ、そういうことね。お嬢ちゃんは魔法がどんなモノだと思って使ってる?」

「魔法は、皆を笑顔にするモノだって。あたしの師匠が言ってた」

「そうかいそうかい。いい師匠を持ったんだねぇ。魔法やそれぞれの武器だとしても、扱うにはその人なりの考え方がある。一番果てまではできないけど、ちょっとしたお手伝いならあたしにもできるだろうねぇ」

「ホント? じゃああたしもお願い! あたしも強くならなきゃいけないの」

「お安い御用だよ。あたしに教えられる範囲で、一緒に鍛えてあげようね」

「うんっ!」

 

 こうして老婆の修行にイオも加わり、実力不足を痛感している他の面々も老婆に助言を求めるのだった。

 

「俺も多少は肉弾戦も鍛えさせてもらうとするかぁ。お前さんらは入らないのか?」

 

 オイゲンは卓越した銃の腕を持ってはいるが、年老いて自然と遠ざかってしまっていた近接を鍛える予定のようだ。どうするか迷っているらしいリーシャとカタリナではなく、入っていかないと決め込んでいる傭兵二人に声をかけた。

 

「僕の魔法はちょーっと特別製でね。あのお婆ちゃんがいくら凄い人でも、知らない可能性があるんだよねぇ。それに僕達はもう戦闘スタイルを確定させちゃってるからね。もちろん二人を助けるために鍛えはするけど」

「ああ。人に教えてもらう方が感覚を狂わせそうだ」

「そうかい。まぁ俺よりは若ぇんだ。新しいモノを取り入れてみるのもまだ遅くはねぇと思うが、これは年寄りの余計なお世話、ってヤツだな」

 

 オイゲンはそう言って老婆と話す仲間達の方へと歩いていく。

 

「……新しいモノ、ねぇ。スツルム殿は案ある?」

「さぁな。あたしは不器用なんだ。今以上のことはできない」

「そっかぁ。でも僕達もなにか身に着けた方がボス達をびっくりさせられると思わない?」

「まぁ、確かにな。年下のダナンに追い越されるのはちょっと癪でもある」

「でしょ~? やっぱり話を聞いてみるだけ聞いてみない? いらないモノだったらそれでいいんだし、さ」

「……まぁ、試すのも一興か」

 

 オイゲンの何気ない一言から、二人も老婆の話を聞くだけはするようだ。若い面々と違って全てを吸収していくようなことはせず、自分達に必要なことだけ盗んでいくつもりらしい。

 

 リーシャは考え込んでいたが老婆の下へ向かい、

 

「あの私も……」

「お嬢ちゃんには特に言うこともないね」

「えっ!?」

 

 暗に断られてしまった。

 

「お嬢ちゃんはあたしがなにか言うまでもなく、なにかを掴んでるみたいだからね。今持ってる技術を洗練していけばいいだけだよ」

「そ、そうですか……」

 

 アマルティアの一件で大きく成長を見せた彼女のことは見抜いたようだ。となれば練習あるのみですね、と考えたリーシャはわざわざ老婆に助言を貰うまでもないと考えて離れた場所で鍛錬を始める。

 

「……」

 

 一方、カタリナはどうしたモノかと頭を悩ませていた。確かに老婆に助言を求めれば強くなれるかもしれないが、果たして完全にこのご婦人を信じて良いものなのだろうか、と。

 ClassⅣについても知っているということはグランとジータの父親と関係のある可能性も高いが、もう一つの可能性として方々で嫌われていると予想されるダナンの父親も『ジョブ』を持っている可能性が高いので、そちらの手の者ということもある。皆が信じ切っている今、自分がしっかりしなければならないと思う部分もあった。

 

「お嬢ちゃん」

 

 そんなカタリナを見透かしたように、老婆が声をかけてくる。

 

「な、なんでしょう? それと私はお嬢ちゃんと言われるような歳では……」

「そうやって年上ぶって一歩引く必要はないんじゃないかい? あたしから見たらお嬢ちゃんには違いないよ。仲間を立てることばっかりしたってしょうがないんだから、主役に上がる心構えが必要だと思うね」

 

 老婆の言葉はわかったような口を、と拒むよりも先に心当たりを刺激されて考え込まされてしまう。問い質そうとした時には老婆は他の者と話している。

 

「……“なんでもお見通し”、か。敵わないな」

 

 カタリナは苦笑すると改めて老婆の方へと歩み寄っていくのだった。

 

「……皆行っちまったな」

「はい。でもなんだか楽しそうです」

「……ん」

 

 残された本人には戦闘能力のないビィ、ルリア、オルキスは少しだけ羨ましそうに彼らの様子を眺める。

 

「で、でも私達にもできることがあるはずです! ね、オルキスちゃん」

「……ん。いっぱい食べる」

「そ、それです! 星晶獣の召喚はお腹空くもんね! よぉし、これからはもっと食べよう!」

「……がんばる。ぐっ」

 

 気合いを入れる二人に、

 

「……これ以上食べられたら食料がもたねぇよ」

 

 ビィが呆れながらツッコむのだった。




個人的な見解ですが

ジータちゃんがいたら幼馴染みのアーロンは絶対惚れません?

と思うわけです。だってジータちゃん可愛いし。
なのでそうしました。異論は認めぬ。


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ルーマシーでの再会

タイトル通りですが、さくっと戻ってきます。

人形の少女編が終了するまではストック書き終えれたので、適当な番外編書きつつ、
ゲームの暁の空編を読み直して構成練ろうかなという段階です。

構成練ってる間に多少追いついていくと思いますが、できるだけ長く毎日更新を続けていきたいですね。


 一行がザンクティンゼルの老婆に師事を受けてから一週間が経過した。

 

「ありがとうね、お婆ちゃん」

「おかげでClassⅣの取得ができたよ」

 

 ようやくClassⅣの取得に漕ぎ着けた二人は、早速仲間の待つ地へと向かうべく老婆へ別れを告げていた。

 

「ふぇふぇふぇ。力になれて良かったよ。英雄武器を作って別のClassⅣが習得したくなったらまたおいで」

「あっ。そうだ、お婆ちゃんに一個だけお願いがあったんだった。グランは先行ってていいよ、すぐ戻るから」

「? わかった」

 

 別れを簡潔に済ませたグランは立ち去り、まだ用があるらしいジータは老婆の前に残る。

 

「あのね、お婆ちゃん。もしここに私達以外の『ジョブ』の使い手が来たら、同じようにClassⅣを習得させてあげて欲しいんだ」

「二人以外の……まさか……」

 

 ジータの言葉に老婆は目を見開く。

 

「……それはできない相談だね。ヤツの肉親がいるなら、それは放置しておいた方がいい。始末してしまってもいいくらいだよ。あたしには彼の英雄方を穢すようなことはできないね」

 

 それは予想以上に冷たい言葉だった。

 

「彼を、ダナン君をその人と一緒しないで。確かにちょっと荒んでる部分もあるけど、ダナン君はお婆ちゃんや他の人が言うような人じゃない。ダナン君のことをなにも知らないのに、お父さんがどうだってだけで言わないで欲しいな。親と子だからって性格まで一緒とは限らない、なんてお婆ちゃんならわかるでしょ」

 

 バラゴナといいこの老婆といい、ダナンの父親がどんな人物だったにせよ本人の人格を知らないのに決めつけるのはどうかと思う。それも父親がどんな人間なのかわかっていないからだと言われてしまえばそれだけだが。

 

「……まぁ、考えておくよ。でもあたしの目で伝授するかは決めるからね」

「うん、お願い。偏見さえ持たなかったら大丈夫だと思うから。ダナン君はちょっとわかりにくいけど、ちゃんと優しい人だよ。ここにいないのだって、私達を逃がすために殿を言い出してくれたからだし」

「……」

「じゃあ、お婆ちゃんまたね」

 

 ジータは言いたいことを言い切ったからか手を振って仲間達の待つグランサイファーのある場所へと駆けていく。その背中を眺めつつ、

 

「……優しい、殿を務める。確かにヤツには絶対ないことだねぇ」

 

 殿を務めるどころか殿が疲弊して生き残ったところへやってきてトドメを刺すような男だ。それが違うと言うのであれば、確かに一考の余地はあるだろう。

 

 老婆へとダナンについて頼みごとをしたジータは駆け足でグランサイファーへと乗り込む。

 

「ジータも来たね。皆乗ってる? 忘れ物はない?」

 

 グランが甲板にいる全員を見渡して乗り遅れた者がいないか確認する。

 

「よし、皆いるね。じゃあ行こう、途中途中で装備を整えつつ、ルーマシー群島へ!」

「うん! 全てを取り返しに!」

 

 二人の団長にほぼ全員が「「「応!」」」と答え、グランサイファーは島を離れ空を飛ぶ。置いてきてしまった仲間を取り戻すために。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 経過日数は洞窟の壁に線を引いて数えていた。今日であれから二週間が経過したことになる。

 なんだかもうアポロと二人きりの生活にも慣れてしまった。洞窟の前に木を組んだ扉なんかも作ってみたが、すっかり生活拠点と化している。

 

 ただそれ以外にも変化はあった。

 

 茨の檻を砲撃する戦艦の数が増え、遂に破ったらしい。戦艦の一隻が空いた穴に割り込んで無理矢理停泊していた。……昨日はまだ破れてはなかったから、今朝破ったのか。防音のために木の皮を繋ぎ合わせて入り口の方に貼ったりもしていたが。

 

「……帝国が上陸したのか」

 

 目的はなんだ? 俺達の始末、は考えにくい。そんなことをするために戦艦大量投入するわけがない。となるとあれか。

 

「あの白い星晶獣が目的か?」

 

 あのクソ宰相があいつを呼び出すことを目的としている場合、なんとしてでも回収したいところだろう。マリスはフリーシアが命令すればついていくだろうから、おそらくそれで合っているはずだ。

 

「……邪魔してやりてぇが、アポロが一緒じゃな」

 

 兵士だけならなんとかできるかもしれないが、魔晶を持った連中が出てきているなら俺の手には負えない。そうなってくると俺にできることはアポロを守り抜くことくらいだ。とはいえここでじっとしていても事態が把握できない。

 

「仕方ねぇ。ちょっと様子見てくるか」

 

 俺は言って立ち上がる。すると服の裾を引っ張られた。ここには他にアポロしかいないので、当然彼女が掴んでいることになるのだが。

 

「……」

 

 多少今のように反応を示すようになったとはいえ、表情は全く変わらず喋ることもしない。オウム返しに俺の言葉を呟くことは多々あるようになったが、自分からなにかを言うことは依然としてなかった。

 今もじっと俺を見上げてくるだけだ。だが言いたいことはなんとなくわかる。行かないで、というところだろう。

 

「大丈夫だ、すぐ戻ってくる」

 

 そういう時は屈んで視線の高さを合わせ、頭を撫でてやりながら優しく掴む手を解くといい。そうすると大人しくしていてくれる。

 

「じゃあ行ってくる。ここで大人しく待ってるんだぞ」

 

 俺はそうアポロに言い聞かせて洞窟を出る。【アサシン】になって息を潜めて帝国兵がいないか探りつつ移動していく。二週間もルーマシーで過ごせば大分地形にも詳しくなってくる。戦艦が停泊した場所がわかっていれば、どのルートで崩壊した建物のところへ行くかが大体わかる。というか建物は上の方にしかないため、登れる場所が限られてくるのだ。

 

「……お、いたいた、っと」

 

 遠くからでもわかった。なにせあの星晶獣を運んでるんだからな。でかくてよーく目立つ。

 

「……兵士しかいねぇ、か?」

 

 近づいて確認したが特別強そうなのはいなさそうだった。隊長らしき黒い鎧の兵士はいたが、俺一人でも余裕で勝てるだろう。腹いせにあの星晶獣を運ばせない、ってのも手なんだが。

 と考えている内に厄介なヤツがやってきやがった。

 

「ま、まだこんなところにいたんですねェ! 撤退、速やかに撤退するのですよォ!!」

 

 顎鬚の軍人、ポンメルン大尉だ。見たところなにかしらの負傷をした後みたいだな。必死になって走ってきたようで、汗を掻いている。余程慌てていたのか服のあちこちに枝や葉が引っかかっていた。

 

「ヤツらが来ましたねェ! 目的のそれを回収したらすぐにこの島から離脱しますよォ!」

 

 ()()()だって……? ポンメルンは魔晶を持っている。引き連れた兵士達と共に逃げ出してきたとなりゃ、余程強いヤツらと遭遇したってことになる。茨の檻に包まれたこの島にわざわざ上陸する変わり者で、強いとなればあいつらしかいねぇだろ……!

 

 やっと来やがったか、と俺は口端を吊り上げる。そうとわかればこんな場所で呑気にやってる意味はねぇ。疲弊しているとはいえポンメルンを俺一人で倒せるとは思わないからここはさっさとあいつらと合流するのが先か。危険を冒した結果アポロが行方不明になってオルキスを悲しませたんじゃ意味がない。

 

 そうと決まればとっとと戻ってアポロを連れ出すしかねぇ。

 ということで俺は来た道を引き返し拠点としている洞窟へと戻っていくのだった。

 

「おーい、アポロ? いるかぁ?」

 

 俺は洞窟の扉が開けられた気配がないとわかりつつも、声をかけながら中へ入っていく。アポロは洞窟の奥からゆっくりと歩いてきていた。

 

「よし、ちゃんと留守番してたな」

 

 俺はアポロの頭を撫でてから、奥に戻って必要な道具を手に取る。革袋に装備品やサバイバル中に作成したポーションなどを詰め込んでいく。

 

「出るぞ、アポロ。こんなとことはおさらばだ」

「……出る」

「ああ。お前が待ち望んでた人に会いに行くんだ」

「……」

 

 そう言って彼女の手を引き洞窟を出ようとするが、動かなかった。

 

「アポロ?」

 

 怪訝に思って尋ねると、アポロがじっと俺を見つめてくる。

 

「……嫌」

 

 相も変わらず表情にも瞳にも感情が見て取れないが、はっきりと自分の意思を口にした。……そこまで心が残ってないと思って油断してたが、これはあれか? 今の生活がそれなりに気に入ったってことでいい、のか? だとしてもそれはいただけないな。

 

「……悪いな、アポロ」

 

 俺はこの時に見せる最後の優しさとして、彼女を抱き締める。

 

「俺は今のお前があんまり好きじゃない。別にたまーに弱さを見せてくれるくらいならいいんだが、ずっとこのままでいいなんて思っちゃいない。俺はどうやら、強気で肩肘張ってるお前の方が好きみたいだ」

「……」

 

 はっきりと自分の気持ちを声にして伝えてやる。

 

「だから、ここでの生活はもう終わりだ。俺が取り戻したいモノに、今のなんとなく生きてるだけのお前はいないんだよ」

 

 彼女には酷なことかもしれないが、きっぱりと告げておく。俺は悪いが基本人に優しくはないので、今のままでいいかなんていう甘えは許さない。

 

「……ほら、行くぞ。どんなお前だってお前はお前だろうが、俺がいいなって思ったのは今のお前じゃない。なにがあっても目的を成し遂げるっていう強固な意志を持って生きてるお前だ。だから、停滞なんてさせてやらねぇよ」

 

 俺は言いたいことを言い切って再度手を引っ張る。今度は抵抗しなかった。俺の発言についてどう思っているかはわからないが、拒まれたのだから多少傷ついてはいると思う。言ってしまえば、黒騎士が普段オルキスにしていることと同じなわけだからな。とは言っても違うのは今のオルキスは一から作られた人格で、今のアポロは記憶喪失ではないので元のアポロをちゃんと知っている、という点くらいか。つまり戻ったとしてもこれまでのことは覚えている、ということになる。それはちょっとばかし気まずいが互いに知らないフリをすることにはなるだろう。

 

 一先ず、抵抗のなくなった彼女を引き連れて洞窟を出た。

 

「明るい、と思ったら檻がなくなってやがんな」

 

 二週間もまともに日の光を浴びなかったせいか、久々の太陽は以前より眩しく感じられた。……これはつまり、あいつらがロゼッタを助け出した、ってことでいいんだよな? 星晶獣なんだったら多少無茶しようが死にはしないだろうから、急になくなるってことはそれでいいはず。帝国の戦艦は見当たらなかった。目的を達したからだろう。まぁこれで敵が一つに絞れるからやりやすくはなったか。

 建物のあった場所へと足を向ける。ロゼッタと星晶獣のロゼッタは同じ存在であっても分身体みたいな感じで別々に存在できるようだったので、あいつらがロゼッタを救出したのは壊れた建物とは別の場所かもしれないが、おそらく最終目的地はあの場所だ。

 マリスとやらがいる、あそこ。なんとかできる算段がついたから来たんだろうが、万全を期すために黒騎士も復活させておきたい。オルキスもそっちにいるだろうから、そこへ向かうで間違っていないはずだ。

 

 そうして高台の方へ登っていると、不意に近くからがさっと茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。警戒しそうになるが、そこから感じ取れる気配が見知ったモノだったためそのままそちらへ向かった。

 

「あれ~? こんなところで奇遇だね~」

「やっぱり生きていたか」

 

 見覚えのある軽薄な笑顔と、ややほっとしたような無表情。たった二週間ではあるが、ちょっと懐かしい二人だった。

 

「おぉ、やっぱお前らだったか。擦れ違いにならなくて良かったぜ」

 

 俺達の前に現れたのは見知った傭兵コンビ、スツルムとドランクだった。この二人が来てるってことは、あいつらが来てるってことで間違いない。

 

「ちょっと見ない間に随分と仲良くなったねぇ、って言える雰囲気じゃなさそう」

 

 ドランクは軽口を叩こうとするが、俺に手を引かれているアポロが彼らの知っている状態でないとわかり少し眉を寄せた。まぁ虚ろな目で俯きがちに歩いていれば、そりゃそうなるよな。

 

「ああ。こうなった理由はフリーシアのせいだが、まぁ後で詳しく話す。それよりもオルキスはどこだ?」

 

 ここにいるのは二人だけのようだ。できればマリスの遠くで二人きりの時間を作ってやりたいのだが。

 

「オルキスちゃんならグラン君達と一緒にいるよ」

「そうか……じゃあしょうがねぇ、案内してくれ。つってもあいつらのいるとこなんて決まってるか」

「ああ。ユグドラシル・マリスのところへ向かっている。その前にロゼッタを助け出しただろうが、それは檻がなくなったことで達成済みだとわかるな」

「そうだね~。じゃあ僕らも行こっか。ボスをなんとかするには、オルキスちゃんが必要ってことだもんね」

「ああ。……どうしても、オルキスじゃなきゃダメだ。俺じゃどうしようもねぇ」

 

 実力や精神の問題じゃない。それでもなにもできないというのがわかるのは苦しいモノだ。

 

 ともあれ、合流した俺達四人はルーマシーでの最終決戦、対ユグドラシル・マリスの戦闘が行われているであろう場所へと急ぐのだった。



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ユグドラシル・マリス討伐戦

「オイラに任せろぉ!」

 

 俺達が到着した時には、既に戦いの幕が上がっていた。ビィが勇ましく吼えると、赤い光を放つ。するとユグドラシル・マリスから放たれる威圧感が緩和されたような気がした。……ほう。あのビィが役に立ってるぞ。

 

「皆、行こう! 【ベルセルク】!」

「決着をつけるよ! 【ウォーロック】!」

 

 ジータの方は知らないが、まぁ俺が知らないってことは【ベルセルク】や【義賊】と同じClassⅣなんだろうな。躊躇なく使ってる、ってことはちゃんと習得しやがったってことか。……チッ。突き放されちまったな。

 

「行くぞ!」

 

 傍目から見ていても、全員が強くなっているのがわかった。俺も多少は強くなったが、伸び率は他のヤツらの方が上だろう。よく見ると全員装備品も変わっている。力を蓄え装備を一新して、確実に勝つために来たってとこか。そういやスツルムとドランクも装備変わってねぇか? なんか俺だけ変わり映えしなくて、疎外感を覚える。

 

「皆、随分と強くなったのね」

 

 変わらないのは元からなにも着ていないビィ、装備を一新する必要のないルリアとオルキス、そして俺と同じくこの島で彼らを待っていたロゼッタだ。ロゼッタは俺と同じで他のヤツらの成長過程を知らないので感慨深そうにしている。

 

「ったく、ホントだよ。ちょっと見ない間に強くなって装備も変えて、俺達だけ疎外感あるじゃねぇか」

 

 マリスと戦い始める連中の後方から俺達は姿を現した。

 

「……ダナン」

 

 オルキスがこちらに気づいて近寄り抱き着いてくる。頭を撫でてやる前に、彼女がアポロの存在に気づいた。

 

「……ア、ポロ……?」

 

 その変わり果てた姿に、オルキスは愕然としているようだ。

 

「……」

 

 アポロはなにも答えない。ここからはオルキスの仕事だ。

 

「ちょっと心を折られちゃってな、こうなっちまった。悪いが、オルキスが目を覚まさせてやってくれ」

「……私が?」

「ああ。これは、お前にしかできないことだ」

「……」

 

 アポロが黒騎士になるほど上り詰めた要因は、彼女の存在だ。俺じゃあない。

 

「……わかった。やってみる」

「頼んだ」

 

 オルキスがこくんと頷いたのを確認し、俺はアポロから手を離してオルキスに後を任せる。

 

「それじゃあ僕達も参戦しよっかな~」

「ああ。存分に振るってやる」

 

 ドランクが小さい宝珠を飛ばし、スツルムがマリスへと駆け出す。宝珠の移動速度が上がっている。その上、そこから放たれる魔法もきちんとマリスの触手を吹き飛ばす威力を持っていた。スツルムも身体能力が向上しているのか触手を切り裂きながら近づき、本体へと攻撃を仕かけている。

 

「ライトウォール・ディバイド」

 

 カタリナが迫り来る触手四本に対して四つの障壁を作り出した。一つの大きな障壁で防ぐのではなく、小さく分けることで展開速度を上げそれぞれの触手に対して障壁が最も強く作用する正面の角度になるようにしている。一方からの攻撃だけでなく多方面の防御にも強くなったようだ。

 ちなみに装備を一新するのはいいんだがなんで臍を出した? そこはちゃんと鎧で守っておこうぜ。

 

「スピットファイア!」

 

 ラカムが新しくした銃から以前なら奥義ほどの威力があったのではないかと思われるほど強力な一撃を放つ。触手を三本まとめて撃ち抜いた。更に続けてスピットファイアを放つと、先程よりも威力が上がっている。モニカの紫電みたいなモノなのか、使えば使うほど威力が上がり能力が向上していくようだ。

 

「オートイグニッション、ってなぁ!」

 

 黒いコートを肩に羽織り貫禄の上がったオイゲンが、なにやら技を使用する。その後が驚きだった。

 

「たらふく喰らいやがれ、ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 特大の弾丸をマリスへとぶち込んだ。普通、奥義を撃った後は反動があるせいで続けて奥義を撃つことはできないのだが、

 

「もういっちょ! ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 すぐに次弾を撃ち込んだ。更にもう一発、奥義を放つ。多分だが続けて奥義を撃てるようになりつつ奥義の火力自体も上がっている。とんでもない技だ。

 

「魔力の渦」

 

 イオが杖に魔力を集中させる。ぐんと身に纏う魔力の質が上がる。その状態で放った魔法は威力が高いのだが、またしても魔力の渦を溜めると更に威力が上がる。魔力の渦は普通に魔法を使う分には消えないらしく、最大まで溜めた状態の攻撃や回復は今までの比ではなかった。

 

「やぁ!」

 

 装備こそ変わっていないが、目覚ましく成長を遂げているのはリーシャだ。風を纏い移動速度を上げながら剣と風の両方で触手を細切れにしながら戦っている。その顔に憂いや不安が見て取れないことから、精神的な成長を遂げたのだろうと当たりをつけた。

 

 仲間達の活躍も凄まじいが、なによりも圧巻なのはグランとジータだ。

 

「おらおらおらぁ!」

 

 相変わらず精神には影響が出ているようで、獰猛な笑みを浮かべながら斧を振るってはいる。だがどちらかと言うと戦いを楽しんでいるようで、以前のような見るモノ全てを威圧するような無差別な殺意はなかった。

 触手をばっさばっさと切り払い突き進む姿は強者のそれだ。身体能力も前より上がっていると思われるので、完全に使いこなしていやがる。

 

「どんどんいくよー。もう、魔法の研究の方が楽しいのに」

 

 初めて見る『ジョブ』だが【ハーミット】の上位だろうとはっきりわかるような姿をしている。杖を振るえば火が、水が、土が、風が、光が、闇が、あらゆる魔法がマリスへと放たれダメージを与えていく。次々と放っているのに関わらず疲労する様子はない。

 

「……ホント、ちょっと離れた間に突き放されちまったなぁ」

「ええ、本当に強くなったわ、あの子達」

 

 俺とロゼッタはおそらく同じ気持ちで皆を眺めている。オルキスは必死にアポロへと声をかけている。そこでようやくビィがこちらに気づいた。

 

「だ、ダナンじゃねぇか! いたなら声かけてくれよぅ!」

「ははっ、悪いな。それより見てたぞ、ビィ。強くなったんだな」

「……っ! へ、へへっ! オイラだってもう役に立てるんだぜ!」

 

 ビィは俺の言葉に感極まりそうになっていたが、明るく胸を張った。……ホント、少し見ない間になにがあったんだってくらいに成長しやがって。

 

「そういえばオルキスちゃんが……黒騎士さん?」

「ちょっと心にダメージがあってな。今はオルキスに任せておけ」

 

 虚ろな人形と化したアポロを見てルリアが表情を歪めるが、今はオルキスの時間だ。

 

「あんたはいかないのか?」

「アタシ? 残念だけどあの子を抑えてたからもう疲れちゃったのよ。今回は見てるだけにするわ」

「そうかい」

 

 流石に限界なようだ。若しくはまだ戦えるがもう少し皆の成果を見ていたいのか。

 

「……俺も参戦したいが、今の実力じゃ足手纏いになりかねぇな」

 

 格段に強くなったあいつらの中に混ざるには、今の実力じゃ足りない。大事なところで足を引っ張ることがないように後ろで控えていよう。あとオルキスとアポロの方をこっそり窺っておく。

 

「そんなこと気にしてなくていいんじゃない? 自分が合わせるんじゃなくて相手に合わせてもらう、っていうのも共闘でしょ?」

「どうもそれは苦手だ。なにより俺が自由にやって合わせられるのがドランクぐらいしか思いつかねぇ」

「あら。それはそうかもしれないわね」

 

 俺はあまり正攻法を取らない。如何に楽に勝てるかを目指していきたい。とはいえこいつらの場合どこへ行ってもそんな余裕のない強敵とばかり戦うから、俺の主義に反するんだが。

 

「それに、あっちの二人も気になるしな」

 

 俺にとっては今回の最重要がオルキスとアポロだ。グランやジータの場合、この時点である程度勝てる算段がついた状態なので、特に心配はしていない。

 

「……そう」

 

 俺の言葉を受けて、ロゼッタはそれだけ言った。耳を澄ませればオルキスが離れた後の話を聞かせているのが聞こえる。

 

「そういえば言ってなかったけど、あなたのお父さんと知り合いなの」

「あ?」

 

 急にそんなことを言い出されて、思わずロゼッタの方を向いてしまう。彼女は妖しげに微笑んで俺を見ていた。

 

「ここから逃がす前に、ちょっと話したのよ。アタシはあの二人のお父さんやリーシャちゃんのお父さん、あなたのお父さんと一緒に旅をしていたの。あなたのお父さんは本当に、酷い人だったわ」

「……そうかい」

 

 言われなくてもなんとなくはわかってるつもりだ。あの緋色の騎士も嫌いなようだったし。俺も嫌いだ。

 

「今にも死にそうなお年寄りがいたら行ってトドメを刺し、引っ手繰りが現れれば殺して奪った荷を報酬として貰い、信念を持って立ち塞がる敵がいればその信念を打ち砕いてボロボロにする……それはもう、酷かったわ」

 

 話を聞くだけでも最低なヤツだとわかる。

 

「アタシ達が一緒にいてもそんなことができたのは、彼がとても強かったから。彼を止められるのは二人のお父さんだけだった。ヴァルフリートも善戦はするんだけど、『ジョブ』の力を持っている分対応力で匹敵できるあの子達のお父さんしか止められなかった」

「うちの身内が迷惑かけたようで悪いな」

「身内だなんて思わなくてもいいわよ。彼は確か……適当に子供作らせて『ジョブ』受け継いだヤツがいたら殺さないでおくとか言ってたから、そのおかげであなたが生きてるんでしょうね。代わりに子供を生んだ母親と、『ジョブ』を持ってなかった子供達は多分殺されてるわ」

「……聞けば聞くほどとんでもねぇな」

 

 人と呼んでいいのかそいつ。まぁ俺が人なんだから母親がなんであろうと人なんだろうが。

 貴重な話が聞けた、と喜んでいいのかはわからないが、兎も角いつかそいつは始末しておきたい。これ以上被害を出さないためにも、なんて綺麗事を言うつもりはないが。

 

「ん? 『ジョブ』が受け継がれなかった、ってことは可能性としてあの双子でも片方が『ジョブ』持ってない、ってことになったかもしれないってのか?」

 

 話を聞く限りでは、『ジョブ』を子供が持っているかどうかは確率の問題のような気がする。

 

「いいえ」

 

 しかしロゼッタは俺の懸念を否定した。

 

「あの子達の場合は、お母さんが特別だったから。確実に受け継げるってわかっていたの」

 

 ほう。つまり特殊な人が母親なら、『ジョブ』を受け継げるってことなのか。そういう存在があのクソ野郎にはいなかったから、手当たり次第で不確かな確率を引き当てるまでやったってことか。なんの目的があってそんなことをしたんだか……いや目的なんてねぇか。気紛れだろうな、どうせ。

 

「……どうやら悠長に話している時間はもうなさそうね」

 

 ロゼッタに言われるまでもなく俺にもわかった。マリスの触手が増えているのだ。そのせいで数の問題か対処し切れない触手が増えてきていた。それでも戦っているヤツらが狙われるなら回避などもできるみたいだが、こちらにも迫ってきていた。……俺はいいがオルキスの邪魔をさせるわけにはいかねぇ。

 

「【グラディエーター】」

 

 ClassⅢの中では強い方の『ジョブ』を使いブルトガングとイクサバを手に取る。武器の性能頼りになるので俺でもなんとか触手が斬れた。しかし数が増えるに従い対処できなくなっていく。ロゼッタは本当に限界なのか手出ししないようだ。

 

「っ……!」

 

 明らかに強い。なんであいつらはこんなモノを易々と破壊できるんだよ。

 実際に触手を今受けてみてわかる。俺じゃ対処できない。

 

「ディストリーム!」

 

 手に負えなくなってきて片手で五回ずつ斬撃を放ち触手を切り払うが、それでもすぐに再生してしまうせいか一本通させてしまう。その触手はオルキスを狙っていた。

 

「チッ!」

 

 舌打ちして他を構わず触手を斬ろうとするが、間に合わない。その先にいるオルキスが、アポロに話しかけるのをやめて目を閉じ触手を受け入れるかのように棒立ちしていた。

 ……ふざけんなよ。やっと皆と一緒いたいっていう願いを持って、やっと自分を認めてきたところだろうが。まだその願いが叶ってないってのに、どうしてそう簡単に死を受け入れられる。人には我が儘になった癖に、なんで自分の命を諦めるんだよ。

 

 その様子に苛立ちが募る。ロゼッタとの話を聞き入ってしまいほとんど聞いていなかったが、自分が死んでもいいなんて思いではなかったはずだ。

 

 ――短い付き合いの俺が苛立ち叱ってやりたくなるような行動だ。俺より付き合いの長いあいつが、動かないわけがなかった。

 

「っ……!」

 

 オルキスの前に立ち塞がったあいつは、素手で触手を打ち払う。後ろのオルキスは衝撃がいつまでもやってこないことを不思議に思ってか目を開き、自らの前に立つ背中を驚いたように見上げる。

 

「……アポロ」

「ふざけるなよっ……貴様、私への当てつけのつもりか!?」

「……ち、違う」

「じゃあなんだと言うんだ! 私が昔のオルキスを復活させたいと思っているからか!? 今の貴様がどうでもいいと思っているとでも思っているのか!」

 

 いつだって不機嫌そうな顰めっ面と威圧感と張りのある声。

 

「大体、貴様がさっき言ったんだろう!? 『私はここにいる』と! その貴様が、今の自分を諦めてどうする、オルキス!」

 

 彼女を叱るように言葉を続けた黒騎士は、初めてオルキスをオルキスと呼んだ。それは、オルキスを取り戻すために使う人形としてではなく、人として今のオルキスを見ているということを認めたことになる。

 

「……っ」

 

 オルキスは叱られたことと名前を呼ばれたことで感情を揺さ振られてか俯いてしまう。

 

「おい、貴様ら! いつまでちんたらやっているつもりだ!」

 

 黒騎士はつかつかと歩き出し戦っている連中にも聞こえる声で告げる。

 

「おっと。怖~いボスのお目覚めだ」

「全く、本当に手間のかかる」

 

 傭兵二人は普段と変わらぬ物言いではあったが、顔に喜びが出ていた。

 

「黒騎士さん!」

「あ、アポロ!」

 

 彼女の存在に気づいていたのかどうかは知らないが、紛れもない黒騎士の参戦に味方が沸き立った。俺は黒騎士へとブルトガングの柄を向けて差し出す。彼女はこちらに見向きもせず柄を握って乱暴に剣を取った。

 

「さっさと決着(ケリ)をつけるぞ!」

 

 彼女の勇ましい声に後押しされて士気が増した面々は、七曜の騎士たる彼女の助力もあって瞬く間にマリスを追い詰めていく。弱らせたところでまたビィが力を使いコアから魔晶を分離させた。……弱らせるだけじゃなくてそんな効果もあるのか。

 そんな活躍を眺めていた俺は、近づいてくる小さな足音に気づく。オルキスが俺の隣に来たようだ。少し動揺した様子の彼女の頭に、こつんと軽く拳を落とす。

 

「……痛い」

「当たり前だ。俺も怒ってるからな、オルキス。皆で一緒に、って言うならまずは自分がいないとな」

「……ん。ごめんなさい」

 

 反省しているようなので、しつこくは叱らず頭を撫でて心が落ち着くようにしてやる。

 

「なんにせよお前のおかげで黒騎士復活だ。……もうちょっとだな」

「……ん」

 

 マリスは倒し、連中は喜びに包まれている。

 あとは帝都アガスティアへ行くだけだ。そこで、全てを終わらせてやる。



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盤若二人

 無事、グラン達は協力してユグドラシル・マリスを倒した。魔晶を取り除くことでユグドラシルを解放することもできた。黒騎士も復活したし、万事めでたし、といったところなのだが。

 

「ダナン。一発殴らせろ」

「は?」

 

 俺は命の危機に瀕していた。

 

「意味がわかんねぇな。なんで俺が殴られなきゃいけない」

「わからないとは言わせんぞ! 今日までの日々を思い返せ!」

 

 声を張り上げる黒騎士の顔は少しだけ赤かった。……あぁ、なるほど。そういうことね。理由は察した。だが納得はできない。

 

「どれのことだかわっかんねぇなぁ。あれか? 自分から動こうともしないお前を水浴びに連れて行ったことか?」

「っ!」

 

 もっと具体的に言えば身体を洗ってやった。だがこれには俺も言い分がある。自分でやらないのが悪い。

 当たっていたようで、明確に顔が赤くなっていた。

 

「だがあれは不可抗力だ。というかお前が自分で動かないからいけないんだろうが」

「精神状態上無理だ! 大体貴様が放っておけば良かったんだ!」

「なんだと? じゃあお前は二週間もこんな鬱蒼とした森の中でお前を彷徨わせて、身体を洗わずにこいつらと合流した時に『……アポロ、臭い』とかオルキスに言わせりゃ良かったってのか!?」

「そ、それは……」

「自分で行くようなら行かせたさ! だがそんな状態じゃなかったんだから俺が手伝ってやるしかねぇだろ!」

「だ、だとしても他にやり方があっただろう!」

「知るか! 俺は生憎自分で動かないヤツの介護なんかしたことないんでな!」

 

 売り言葉に買い言葉。俺と黒騎士は人目も憚らず言い争いをする。

 

「……おいてめえ……嫁入り前のうちの娘の裸見たってのか……?」

 

 そこへ底冷えするような怒れる父の声が聞こえてくる。

 

「だから不可抗力だって言ってんだろうが!」

「貴様は入ってくるな!」

「いいや俺も入らせてもらう! 一人娘が裸見られたとあっちゃあ黙ってられるかよ!」

「さっきから裸裸と連呼するんじゃない! 大体こいつは見た程度じゃないぞ!」

「なんだと!? てめえまさか……死ぬ覚悟はできてんだろうなぁ!?」

「なに俺が隠してやろうとしたことお前がバラしてんだよ! バカか!」

「バカとはなんだ! 貴様がもっとやり方を考えてさえいればこんなことにはならなかっただろう!」

「おいてめえまさかアポロが抵抗しないのにいいことに手ぇ出したんじゃねぇだろうなぁ!」

「おいこいつ暴走してんぞ! お前なんとかしろよ娘だろ!」

「悪いが親子の縁を切った身だ」

「こんな時だけ冷静になるんじゃねぇ!」

 

 あまりの言い合いに息を切らしてしまう。

 

「……クソッ。兎も角俺は悪くねぇ。裸見られるのが嫌なら自分で動け。んで娘が大事ならそろそろ水浴びしないとなってなる前に助けに来い。以上!」

「確かに一理はあるな。だが殴らせろ」

「は?」

「俺が情けねぇせいなのはわかってる、だが殴らせろ」

「は?」

 

 どかっばきっ。……それぞれ一発ずつ痛いのを貰った。クソ、なんで苦渋の決断をした俺が殴られなきゃいけないんだ。ってかそんなとこで息合わせるんじゃねぇよ親子。

 

「……ダナン」

 

 地面に倒れ伏した俺にドランクが小声で話しかけてくる。

 

「後でボスの身体触った感想教えてよ〜。凄かったんでしょ?」

 

 ……お前それ、俺以上にやられんぞ。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」

 

 次の瞬間にはドランクの悲鳴が聞こえ、彼も地面に突っ伏した。黒騎士、オイゲンに加えてスツルムも混じってるな。しかも一発どころじゃない。

 オルキスが拾った枝でドランクを突いていた。

 

「あははは……なんか元通りって感じだね」

 

 俺とドランクが仲良く倒れていると、やり取りに苦笑したグランが言う。いやグランだけじゃなく他のヤツらも苦笑していた。妙な居心地の悪さを感じながら立ち上がる。ドランクもダメージは薄いのか同時に立ち上がった。

 

「……アポロ、私にはダメって言ったのにダナンと一緒にお風呂入ったの?」

「ち、違う。仕方がなかったんだ」

 

 オルキスに尋ねられた黒騎士が狼狽えていた。……ほら仕方がなかったんじゃねぇか。

 

「……」

 

 オルキスはそれ以上なにも言わずじっと黒騎士を見つめている。逆にそれが責められているように感じるようだ。

 

「わ、わかった。では次に機会があればお前も入ればいい」

 

 おいこら俺に押しつけんな。

 

「……」

 

 オルキスが「……わかった」と言ってしまうのではないかとはらはらしたが、彼女は少し俯いて頬を染めた。

 

「……ダナンとは、ちょっと恥ずかしい」

 

 おやおや? どうやらオルキスさんにも恥じらいというモノが芽生えたようですよ? スツルムやドランクがなにか知った風なのは気に入らないが、まぁ彼女も色々あって少し成長したんだろう。そう思っておく。

 このままだと変な空気になりそうだったので、俺は話題を変えることにする。

 

「そういやお前ら随分強くなったじゃねぇかよ。特にグランとジータ。二人共ClassⅣ使えるようになりやがって」

「まぁね。僕達の故郷――ザンクティンゼルにいるお婆ちゃんがClassⅣについて知ってたから、鍛えてもらったんだ。おかげでとりあえずそれぞれ【ベルセルク】と【ウォーロック】は使えるようになったよ」

「うん。取得条件は、ClassⅢの『ジョブ』を使ってClassⅣまたはその真似事ができるお婆ちゃんを倒すこと、だって。真似の分お婆ちゃんを相手にした方が簡単になるみたいだけど。もし今ダナン君が【ウエポンマスター】で私達のどっちかに勝っても会得できるんだ」

「そりゃ手厳しいな。ってことは俺も一回行っといた方がいいか」

 

 【義賊】を会得したいしな。

 

「う、うん。そうだね」

 

 ジータは頷くがどこか気になることがあるようだった。それがなぜかはわからなかったので、今は一旦置いておく。

 

「お前らも強くなってたし装備も変えやがってたが、一番驚いたのはビィだよなぁ。よしよし」

「な、撫でるんじゃねぇや! ……オイラだってやる時はやるんだよ」

 

 戦えなかった状態から要になるまでになったのだ。充分褒めるに値する。ビィの頭を撫でてやった。あの撫で方はしない。あれは褒める時に使うヤツじゃないからな。

 

「……む。貴様、そのコート……」

 

 とそこで黒騎士がオイゲンの服装で気づいたことがあるようだ。

 

「おっ? 気づいたか? これは俺が全盛期の時着てたヤツだからな。懐かしいだろ?」

 

 娘と自然に会話できるせいか声を弾ませてコートを見せるオイゲン。

 

「ふん。私がダナンとサバイバルを強いられてる時に、貴様は呑気に実家へ帰っていたわけか」

「ち、違ぇって。これがあるとやっぱ気合いが入ってこう、発揮できる力も違うっつうかよぉ……」

「ふん」

「あ、アポロ……」

 

 自分から話を振っておいて冷たい娘さんである。

 

「皆さんザンクティンゼルにいたそのお婆さんに色々と教えてもらっていたんですよ。私は違いますが」

 

 リーシャが一歩前へ出てそう言ってくる。自信のなさがあまり見えない。こいつも変わった、のかどうかはこれから確かめてやるか。

 

「なんだ? わざわざ前に出てきて、俺に褒めて欲しいのか?」

「違いますよ。あなたに褒められるまでもなく、私は強くなりました。もう以前のようにはいきません」

 

 以前なら顔を赤くしたところを、平然として返してきやがった。……ほう。これはちょっと成長したみたいだな。でなけりゃあそこまで戦えるはずもない、が。

 どこか誇らしげに胸を張るリーシャを見て、しかしこの程度で俺が諦めるわけがない。

 

「そっか。頑張ったんだな、リーシャ」

 

 俺は笑顔を浮かべてリーシャの頭を撫でてやる。すると誇らしげだったリーシャの顔が真っ赤になった。……なんだ。

 

「全然変わってねぇじゃん」

「小娘を脱却したかと思ったが、まだまだ小娘だな」

 

 しばらく姿を見ていなかった俺と黒騎士が呆れて言う。

 

「ち、違います! 私はその、ちゃんと強くなったんですから!」

「それはわかってるって。でもからかわれるとすぐ赤くなるのは変わんないんだよな、って」

「心が強くなったんですからもう大丈夫だと思ってたんですよ……」

 

 でも結局ダメだった、と。まぁ俺としては楽しみが減らなくて良かったんだけどな。

 

「……やはりリーシャ殿はダナンを……」

「ち、違います! 違いますからね!」

「ん? 俺がなんだって?」

「な、なんでもありません!」

 

 慌てるリーシャを見て追及したくはなるが、今はやめておこう。

 

「さて。じゃあ後は、全ての決着をつけに帝都アガスティアへ、ってことでいいんだよね?」

 

 グランが本題へと移す。

 

「ああ、それでいい。星晶獣アーカーシャはお前達より先に来た帝国兵が回収していた。茨の檻を破ってマリスでお前達を倒しオルキスに命令するのではなく星晶獣の回収を優先したということは、ヤツはなんらかの手段でオルキスとルリアを抜きにアーカーシャを起動させる算段をつけているはずだ」

 

 黒騎士が真面目に返した。やはりきちんと戻る前の記憶を持っているようだ。

 

「ルリアとオルキス抜きに、か。どんな手かはわからないが、どちらにせよ帝都アガスティアへ向かいフリーシアの目論見を止める必要があるわけか」

「そういうことだ」

 

 いよいよ最終決戦って感じだな。

 

「とはいえ帝都ともなれば帝国の全戦力を相手取ることになってもおかしくはない。魔晶を持ったポンメルン、フュリアス、ガンダルヴァ、そして大将アダム。フリーシアには戦闘能力こそないもののなにか他にも策を出してくるだろう――他のマリスとかな」

 

 一人一人は相手にならないとはいえ大勢の兵士もいる。となるとこの人数で攻め込むには厳しいだろうか。黒騎士も二週間ほとんど運動していないので身体が鈍っているはずだ。あと黒騎士としての鎧と剣は取り返した方がいいだろう。

 

「そういやリーシャ。こいつの鎧と武器はどこいった?」

「えっ? ああ、それならフリーシア宰相が私の方から真王へ返還しておく、とかで受け取っていましたよ」

「そうか。だがヤツもヤツで多忙な身。真王に返還することなどできはしていないだろう。つまり私の装備は帝都にある可能性が高い、か。どちらにせよあそこにはスペアもある。それまではこの恰好で我慢するしかないか」

「俺の外套は返してくれねぇの?」

「同じのを何着も持っていただろう」

「まぁな。じゃあとりあえずの服買いにどこかへ寄ったらどうだ? いつまでのそんな恰好でいるわけにはいかないだろ」

「いや、これで充分だ」

 

 ちょくちょく洗ってはいるが二週間も着ていたので愛着でも湧いたんだろうか。まぁ本人がいいって言うならいいか。

 

「帝国の戦力ってぇと、あとあれか。アドウェルサってヤツもあるな」

「そんじょそこらの兵士よりは厄介だよなぁ。そうなると流石に帝国の全戦力相手にすんのは厳しいか? 援軍の一つでも欲しいとこだが……」

 

 オイゲンの言葉に皆が頭を悩ませる。例えこいつらが一騎当千の猛者だったとしても、何万と押し寄せられたら手に負えないだろう。しかもまだ強いヤツは他にも存在している。

 

「それなら私が秩序の騎空団へ援軍の要請をしましょうか?」

 

 そこでリーシャが提案する。

 

「いい案ですね。じゃあリーシャさんには秩序の騎空団を率いて帝都に来てもらうってことで……」

「ちょっと待ってもらってい~い?」

 

 ジータが彼女の案を採用したところで、ドランクがそれを止めた。

 

「案自体はいいんだけどぉ、それリーシャちゃんが行かないといけないこと?」

「えっ? でも私はまだ船団長ですし、私が直接要請した方がいいのでは?」

「確かにそうだけど、リーシャちゃんって悔しいけどこの中では最高戦力の一人なんだよね~。うちのボスに、ClassⅣを使えるようになった二人の団長さん。加えてリーシャちゃんだと思ってるから、できれば真っ先に乗り込んでもらった方がいいと思うんだよねぇ」

「ああ。援軍を要請するのはいいが、フリーシアがアーカーシャを確保次第起動する気だったらすぐにここを出ないと間に合わない可能性だってある。だが援軍はどうしても到着が遅れるだろ。そこにお前がいないと厳しい可能性もある」

「……」

 

 思いの外二人はリーシャの実力を買っているようだ。

 

「というわけで~、僕達二人が援軍を要請して回ろうと思うんだぁ」

「あなた方が、ですか?」

「そーそー。リーシャちゃん直筆の書状でも持っていけばモニカちゃんなら信じてくれるだろうし、なにより島を素早く行き来する手段があるからね。そういうのに向いてるの」

「そういうことだ。わかったらさっさと騎空艇に戻って書状を(したた)めろ。他にもこいつらなら協力してくれるかも、っていうヤツがいるならそいつらの分も書け。高速で回る」

 

 スツルムとドランクは最初からそのつもりだったらしい。やけにスムーズに口が回っている。

 

「それなら団に入れようか迷ってた人達にも声かけてもらおうかな。黒騎士さん達も見ただろうけど、アウギュステで世話になった人達とか」

「そうだね。組織の人達とか頼りになるしね。あとは来てくれるかわかんないけど、十天衆とか!」

 

 その呼び名を聞いた途端、露骨に嫌な顔をしてしまう。黒騎士とオルキスもそこまで露骨じゃないが嫌そうな空気を発していた。

 

「ど、どうしたの?」

「いや、黒騎士捕らえるの手伝った連中がそいつらだし、ちょっとな。まぁ戦力になるって言うなら別だ。ってか関わりあったんだな」

「まぁね。天星器っていう伝説の武器があるんだけど、その武器を復活させようと強化してたら声をかけてきたの。ええと、なんだっけ。確か最強の武器の使い手を集めた十天衆の一員として、天星器を扱えるような使い手には敏感なんだって。シエテさんが言ってたよ」

「そうかい。ってかそんなのもあるんだな」

 

 存在すら知らなかったぞ、テンセイキとやら。

 

「はいはい、話より先にグランサイファー戻ったら~? ここで喋ってるより、戻って書きながらの方がいいと思うな~」

 

 ドランクの言葉が尤もだったので、俺達はすぐに騎空艇へと向かい中で意見を出し合い書状を認めていった。とはいえ俺には宛ても……ないこともないが行方がわからないので要請もなにもない。

 

「……お前らなんだかんだ色んなところ旅してんだな」

 

 俺がまだ行ったことのない島。俺がまだ聞いたことすらない島。そんな彼らの話を聞いていて、俺は狭い世界で生きてるんだなと実感した。だがそれでもいいと思う。騎空団に入りたいと思うようなことはあんまりない。俺は俺の手の届く範囲でいいと思うんだが。

 

「ああ。色んなところに行って色んな人と出会って、やっぱり旅はこうでなくっちゃ、って思うよ」

「うん。出会いも別れも物語もあって、旅って楽しいなぁって思うんだ」

 

 グランとジータは心から楽しそうな笑顔でそう告げてくる。……眩しくて見ちゃいられねぇなぁ、俺には。

 

「ダナンは書く宛てある?」

「わかってて聞くのやめろ。まぁ一人だけ協力してくれそうなヤツならいるんだが、どこにいるかもわかんねぇからな」

「もしかして“野盗皆殺し”のゼオですか?」

 

 ドランクと話していると心当たりがあったらしいリーシャが入ってきた。

 

「よくわかったな」

「唯一監獄塔から逃げた犯罪者ですからね。彼は未だ捕らえることができていません。私達も行方は知りませんよ」

「そうかい」

「脱獄の手伝いは立派な犯罪ですからね。あなたもこの一件が終わったら捕まえますから」

「……ダナンの独り占めは厳禁」

「そういう意味じゃありませんからね!?」

 

 リーシャは絆されやすくて助かる。俺は色々と犯罪に手を染めた身なので本来なら敵対する関係だ。

 

「よし、これで全部かな」

「我ながら多いね。まぁでも全部じゃなくて、近いところ片っ端から、っていう感じでいいと思います」

「オッケー。じゃあ僕達が要請してくるから、期待して待っててね~」

 

 山積になった書状をドランクが袋に詰めていく。優先すべき人達は上の方に置いていた。そして二人はグランサイファーを降りていく。

 

「終わったか。では早速帝都へ行くぞ。事態は一刻を争うからな」

 

 味方が俺達ぐらいしかいない黒騎士様は書状を書くことなく腕組みをして待っていた。俺の外套を肩に羽織るように変えたせいで親子のファッションが被っていることには気づいているのだろうか。ノースリーブに上を羽織るだけってのは受け継がれしセンスなのかね。指摘はしてやらないでおこう。

 

「はい。じゃあ行きましょう、帝都アガスティアへ! フリーシアの目的を止めないと!」

「うん。マリスを倒せた私達に、怖いモノなんかないよね!」

 

 二人の団長が威勢良く言っていざ戦場へとばかりに沸き立っていくのだが。

 

「あ、悪い。俺ついていかねぇわ」

「「「は?」」」

 

 俺は普段通りの表情で雰囲気に切り込んだ。当然、こちらへと意味がわからないというような顔をされてしまう。




よく単独行動をする主人公だなぁ……。
まぁもちろん理由はありますが。それはまた次回。


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裏で色々と

しばらくダナン側の話をやってから、時を遡ってグラン達の方に行きます。


 いざ帝都アガスティアへ向かって最終決戦だ、と盛り上がる一行に対し、俺はついていかないと宣言した。

 

「貴様、どういうつもりだ?」

 

 案の定というか、黒騎士から凄まれてしまう。

 

「どういうつもりもなにもねぇよ。悪いが世界の命運なんてモノを背負う気はないんでな。俺は降りさせてもらう」

「なんだと……!」

 

 黒騎士が思い切り威圧してくる。だが俺は退く気がなかった。

 

「俺はあんたほど強い想いでここ立ってんじゃねぇんだよ。勝ち目のなさそうな戦いに身を投じるなんて嫌だね。なにより失敗したら誰かが悲しむんじゃなくて全員どうにかなっちまうなら別に負けてもいい」

 

 アーカーシャの能力については聞いた。過去を書き換えるとかバカみたいな能力だ。だがそうなれば記憶に齟齬が出来て、きっと俺達の物語は最初からなかったことになる。なぜなら、俺達の父親の時点で星に関連した事態が起こってるからだ。例え生まれてきていたとしても、今とは全く違って人生を送ることになる。となれば今俺が持っている記憶もなくなるだろう。つまり悲しみは残らない。

 

「貴様……! 自分がなにを言っているのかわかっているのか!?」

「わかってなきゃ言わねぇよ。俺は、降りる。それが全てだ」

「っ~~……!」

 

 黒騎士は本気で憤慨した様子だ。オルキスもどうしたらいいのかわからないのか俺と彼女の顔を交互に見比べていて、他のヤツらは口を出してこない。

 

「あ、ブルトガングは返すぜ」

「……当たり前だ! 二度と私の前に顔を見せるな!」

 

 余程お怒りなのか、そう怒鳴ってどこかへ言ってしまう。

 

「……ダナン」

「よし、じゃあ後は精々頑張ってくれ」

 

 オルキスが見上げてくるのを無視してグランとジータそれぞれの肩を叩く。まぁそれ自体に意味はないんだが、別の目的があってな。

 

「ってことでじゃあな。精々世界が滅びないよう頑張ってくれ」

 

 俺は軽く手を振って、さっさとグランサイファーを降りていく。

 

「いいの~? あんな別れ方しちゃって。後が気まずくなるよ?」

「そんな些細なこと気にするような神経はしてねぇよ」

 

 グランサイファーから確実に見えなくなった位置で待っていたドランクとスツルムに合流した。

 

「お前もなかなか面倒な性格してるな。ちゃんとClassⅣ取得してから合流したいからって言えばいいだろ」

 

 二人は俺の思惑をきちんと理解しているようだ。

 

「なに言ってんだよスツルム。まずは味方から欺かねぇと始まんないぜ?」

「……それ敵欺くために、っていう前提があるんだけど今それ関係ない気がするよ?」

「気にすんなよ。俺がいない程度でヘマするような連中じゃねぇし、あれくらいで調子崩すようなヤツらでもないだろ」

「そうかなぁ。僕はちょ~っと違う意見かな~」

「あたしもだ」

「そうか?」

 

 たかが俺が抜けた程度で揺らぐような意志の弱い連中じゃないと、よく使われる言葉で言うなら信用してる。

 

「まぁなんとかすんだろ。それより俺らも急がないといけないんだろ、さっさと行こうぜ。ってか移動手段あんのか?」

「もっちろん。ついてきて、ちゃんと用意してあるからさ」

 

 ドランクのウザいウインクをスルーしつつ、とりあえずはついていく。すると、彼らの進む先に小型の騎空艇があった。

 

「これっていつもの……」

「おぉ、久し振りだな、坊主」

 

 俺が目を見張っていると、そこに寄りかかっていたおっちゃんが片手を上げて声をかけてくる。

 

 おっちゃんは年齢で言えば五十代に差しかかっていそうだったが、身体つきが良く昔は傭兵かなんかをやっていたんじゃないかと思わせる体格をしている。舵を握るためか両手には黒い手袋を嵌めているが、上はゴツい胸元を開けた紺のYシャツで、下が白い長ズボンというなんの変哲もない恰好だ。深い緑色の髪を掻き上げていて、後ろの髪は肩にかかるかかからないかくらいの長さになっている。頭には一応ゴーグルを装着していた。それなら帽子も被れと思う。

 

「おっちゃん。ここ来る前から連絡取ってたってわけか」

「そーいうこと。この人の操縦ならどんな小型騎空艇よりも速く色んな島に行けるからねぇ」

「そう褒めるなよ。まぁ当然だがな」

 

 いつもは他人行儀だが、今日はやけに親しげだ。黒騎士がいないからだろうか。

 

「そうだ、急いでるんだろう? 早く乗りな、超特急で運んでやるよ」

「いつになく元気だな、おっちゃん」

「ははっ! まぁな。……どうやら俺も、前に進まなきゃいかねぇ時が近いみたいでよう」

「?」

「気にすんな、こっちのことだ」

 

 おっちゃんは目を細めて遠くを見つめていた。まぁ気にするなと言われたら気にしないでおくか。

 

「で、おっちゃんの名前は?」

「うん?」

「名前だよ。おっちゃんのままでいいならそう呼び続けるけど?」

「あー、そうだな。まぁいいか。俺はザンツ。ザンツ、ってんだ。よろしくな坊主」

「坊主じゃなくてダナンだ。まぁよろしくな」

「おう」

 

 急な邂逅だったが、ザンツのおっちゃんとようやく知り合いと呼べる仲になった。年季こそ入ってはいるがザンツの操舵技術は卓越している。仲良くなって損はないだろう。

 そんなこともありつつ俺達は小型騎空艇でルーマシー群島を後にするのだった。

 

「で、まずはどこへ向かうんだ?」

 

 俺はドランクの持つ山ほどの書状が入った袋を見やって尋ねる。正直なところ、まともに回って間に合うような量には思えなかった。

 

「まずはえーっと、アウギュステに行くんだよ」

「アウギュステ?」

「そそ。そこにいる人にも手伝ってもらおうと思ってね~。もしかしてダナンはこの数を僕達だけで配るつもりだった?」

「そりゃ無理だとわかってたさ。だが人を頼ったところでどうにかなる数でもないだろ?」

「まぁ、その人が普通の人だったら、ね」

 

 ドランクの意味深かつ可愛くもないウインクに眉を顰めたが、俺は一時間程度でアウギュステに到着した後その言葉の意味を知るのだった。

 

「おやおや~? 珍しい組み合わせのお客さんですね~」

 

 アウギュステは露店を設営していたのは、毎度お馴染みの商人シェロカルテである。なるほど、彼女の協力を得られたなら伝手などを駆使して素早く書状を届けられるかもしれない。

 

「今日はシェロちゃんにお願いがあってね~。かくかくしかじか~、ってことなんだけど、どぉ?」

「なるほど~。団長さん達がアガスティアに攻め込むので、それに協力してくれる方達に書状を送りたい、と」

 

 なんで本当に「かくかくしかじか」って言ってるのに伝わるんだよ。お前まさか人間辞めてるのか?

 

「これがその書状なんだけど」

「ふむふむ~。わかりました、このシェロちゃんにお任せあれ~。これくらいの量なら一日かけず配れますね~」

「マジかよ。ルーマシーからアガスティアまでが大体三日ってところだから、二日で移動できるヤツらは来れる可能性が高いってことか」

「はい~。丁度、いいお手伝いさんもいますからね~。ソーンさ~ん、ちょっと緊急のお仕事頼んでもいいですか~?」

 

 露店の後ろに荷が高く積まれているのだが、ハーヴィンの彼女では届かないのではないかと思うそれらを管理しているのは、どうやら別の人物らしい。というかその名前には心当たりがあった。

 

「いいけど、どうかしたの? って……」

 

 聞き覚えのある声と共に姿を現したのは、服装こそ違えど十天衆の弓使い、ソーンであった。以前のことがあって俺は嫌な顔をしてしまい、向こうも俺の顔を覚えていたのか怪訝そうな顔をしている。

 十天衆としての服装ではなく丈が短く臍を出した白いシャツに脚のつけ根までしかない短パンというラフな恰好ではあったが、見間違えるはずもない。

 

「うげっ……」

「あなたは……」

「前になにがあったのかは知りませんけど、今はいがみ合っている時じゃありませんからね~」

「……いがみ合ってるって知ってるじゃねぇかよ。知らないとか嘘も大概にしとけよ」

「そうよ、シェロ。あなたぐらいしか私達全員を連絡取れる人いないんだから。私達が関わった情報を知らないわけがないでしょう」

 

 俺とソーンがツッコんでもいつものにこにこ笑顔で取り合わない。

 

「さて、それでは仕事の話をしましょうね~。ソーンさんにお願いしたいのは、このたくさんの書状を各島にいるそれぞれの人達のところへ届けることです~」

「へぇ? こんなにたくさん、なんの書状なの?」

「エルステ帝国の帝都アガスティアで、宰相のフリーシアさんが世界の存亡に関わる事態を引き起こそうとしてるんですよ~。それで団長さん達が向かっているのですが、いくらなんでも人手が足りないのでこうして協力を仰ごうとしているわけですね~」

「一大事じゃない!」

「はい~。ですから早急に届けて、終わったらできればソーンさんにも飛んできて欲しいところですね~」

「それはいいけど……世界の存亡っていうことなら十天衆全員に声かけた方がいいわよね。でも私他の十天衆がどこにいるのか知らないから……」

「そこはシェロちゃんの情報網でなんとかしますよ~。では今から仕分けしますので、遠いところから優先的に配ってきてくださいね~」

 

 話が早い。というかなんでシェロカルテは世界の存亡がかかってるって知ってるんだよ。いや、この場合もしかしたら知らないけどなにか企んでいると見て、十天衆を動かすためにそう言った可能性もあるか。

 なんにせよ恐ろしいヤツだ。シェロカルテが悪人だったら今頃世界は彼女に牛耳られてるんじゃないだろうか。

 

「わ、わかったわ。それがあの子達を救うことにもなるなら、全力を尽くすわ。ちょっと気合い入れるために着替えてくるわね」

 

 ソーンは表情を引き締めてシェロカルテがドランクの持っている書状を仕分けしているのを横目にどこかへ立ち去った。着替えるために場所を変えるのだろう。

 

「なぁ、シェロカルテ。ゼオ、ってヤツ知らないか?」

 

 俺はモノは試しとばかりに尋ねてみる。

 

「ゼオさん……“野盗皆殺し"のゼオさんですか~? この間バルツで見かけましたよ~」

 

 知ってるのかよ。

 

「ああ、そいつ。俺がアマルティアから脱獄させたのを借りとして協力を取りつけてあんだよ。バルツに行けば会えるのか」

「さぁ、どうでしょうね~。ゼオさんはどうやら人探しをしているみたいでしたから~。人を探して島を回り続けて、という感じだったのでもうどこにいるかはわかりませんね~」

「そうか……じゃあしょうがないな」

「というか脱獄なんて、ダナンさん犯罪ですよ~。万引きとかしないでくださいね~」

「……お前から万引きしたらなにもかも奪われそうで怖いわ。というよりお前には普段から世話になってるからな、そんな気はねぇよ」

「そうですか~。ならいいです~」

 

 良くはないんだけどな。まぁ彼女も商人だからか、損得勘定を優先できる性分なのかもしれない。もちろんそれだけでは上手いことやっていけないのが世の中なので、きちんと感情面も考慮に入れはするんだろうが。

 

「十天衆のソーンなら空が飛べるから移動も速いし、弓に書状結んで超遠距離から矢文飛ばせるから書状送るのに適任、ってことだよね~。まさかこれも読んでたから彼女バイトに雇ってたわけじゃないよね?」

 

 ドランクがそう告げてじっとシェロカルテを見据える。

 

「うふふ~。さて、どうでしょうね~」

 

 しかしシェロカルテは取り合わず笑うだけだった。……とりあえずこいつは本当に敵に回したくないな。

 とまぁそんなこともありつつシェロカルテの協力によりなんと一日で終わる目処が立ってしまった。つまりカッコつけて別れたのに暇になってしまったわけだ。正直なところ、このままでは先回りできてしまう。

 

「……いや、先回りできるならできた方が準備しやすくていいっちゃいいのか」

「お前達はそういうのが得意そうだからな。だが思わぬ猶予が出来た。これならザンクティンゼルへ行ってClassⅣを取得してから行っても間に合うだろう」

 

 スツルムの発言に、俺は二人の顔を見つめる。

 

「いいのか? 貴重な時間を俺の個人的な用事に使っちまって」

「当然。十天衆や色んな人達の協力が得られそうだけど、やっぱりClassⅣは強力だからね~。戦力は少しでも多い方がいい」

「だがあの二人は取得に一週間もかかった。お前は猶予があって一日だ。急ピッチにはなるから、会得できなくても文句は言うなよ」

「言わねぇよ。それは俺の力不足だ。となりゃのんびりはしてられねぇな。さっさと行ってさっさと取得してやるとするか」

 

 そうして、俺達三人は書状をシェロとソーンに任せてザンクテインゼルへと向かった。そして二人の案内でClassⅣの元になっているという英雄達の力を真似できる婆さんの下へ行くのだが。

 

「あんたに教える技術なんかありゃしないよ!」

 

 開口一番、怒鳴ってきやがった。これにはスツルムとドランクも予想外だったのか身体を硬直させている。

 

「なんだと? おい婆こら。人の顔見て真っ先に言うことがそれか。その歳になって礼儀も知らないのか」

 

 俺はこの空の世界より広い心を持っているが(嘘)、初対面で訳もわからず怒鳴られたらイラッとする。

 

「ふんっ。その面、忘れもしないよ。あんたがヤツの息子だろう? 親子揃って歪んだ闘気してるもんだね。ジータは騙されてたみたいだけど、あたしは騙されないよ」

 

 婆さんはどうやら俺の父親らしき人物を知っているらしい。どこへ行っても嫌な印象しか聞こえてこない父親の息子で、そいつと似てるからって理由で俺を拒んでいるらしい。……チッ。第一印象は互いに最悪ってことか。

 

「ち、ちょっと落ち着こうよお婆ちゃん」

「そ、そうだ。こいつの父親がどんなヤツかは知らないが、ダナンはそんなヤツじゃ……」

「お黙り!」

 

 なんとか婆の機嫌を取り持とうとしてくれた二人もぴしゃりと遮られてしまう。なんか俺のクソ親父に恨みでもあんのかね。厄介な種ばっか残していやがる。

 

「……はぁ。じゃあもういいわ。帰るぞ、二人共」

「えっ? いやでもそれじゃあダナンが……」

「いいんだよ。別にこの婆に教えてもらわなくちゃ取得できない、ってわけでもないんだろ。あの二人に協力してもらって、なんとかすりゃいいだけの話だ」

 

 俺は心底不愉快になったので背を向け婆の家を出ていこうとする。

 

「なにより、初対面で俺の親父がなんとかとか言うようなヤツと付き合う気はねぇ」

「……そうか。まぁ、ダナンがそう言うならそれでもいい」

 

 二人は予想外の結果だったらしく気まずそうにしていたが、どっちにしろこんな人物に教わることが嫌になる。人で対応のし方を変えるヤツらしいが。俺は相手に応じて変えると言っても悪い意味ではない、とは思っている。ただ嫌いなヤツにだけキツく当たる表向き人格者ほど嫌なヤツはいない。

 

「待ちな」

 

 俺の背中に婆の声が聞こえてくるが、歩みは止めない。

 

「……もう待つ必要もねぇよ。無駄足だ」

「ふん。どうやら、本当にヤツとは全く違うみたいだね。あれだけ言ってあたしが殺されてないのがいい証拠だ。悪かったね、不快な思いをさせちまって」

「そんなんで納得できるレベルじゃねぇよ」

「わかってるよ、言い過ぎた。なにせヤツは隠居していた英雄方を二人も殺した人物だ。……彼の英雄方を慕うあたしにとって、ヤツは血縁ごと滅んじまえばいいと思うくらいの相手だからね」

「そうかい。それでそいつと似てる俺を見て感情が昂ぶった、って?」

 

 鼻で笑う。

 

「……気に入らないのはあたしも同じだよ。でも、ジータがあんたを信じてた。その分だけは、信じてやるつもりだよ。だからあんたもあたしを利用する、ってだけにしな。本音を言えば、関わりたくないからね」

「正直な婆さんだ。わかった、そのスタンスでいいならそうするか」

 

 心境を吐露されて、仲良くなる気が向こうにもないとわかり妙な距離感のままでも教えてくれるなら吸収するまでだと思う。

 

「んじゃさっさと始めるか。生憎俺とはかけ離れた、【義賊】の会得からなんだけどなぁ」

「ふん。彼の御方は、義侠の心に胸躍らせる。弱き民を助くべく、業に生き業に死ぬ天下御免の大業師……。あんたにその心が理解できるかい?」

「さてな。まぁ、やるだけやってはみるさ。……それが必要なことだってんならな」

 

 義に生きるつもりはねぇが、理解はできるはずだ。

 俺は別に大きなモノを抱えちゃいない。だがそれでも、あの日々を取り戻すという小さな目的が、俺をここまで連れてきたんだ。なら、大丈夫だろう。それだけはきっと、間違っちゃいないんだから。



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味方したいのは

すみません、更新するのを忘れていました。偶にあるヤツ。

今日、上映期間ギリギリでしたけどワンピース観に行ってきてテンション上がったので二話更新するつもりだったんすよ。
それが遅れちゃったんで、まぁしょうがないです。

三話更新しましょう。

ということで
※本日一話目


 帝都アガスティア。

 エルステ帝国の首都にして、ファータ・グランデ空域内では最も人口密度の高い場所だ。上空から眺めても所狭しと建物が並び、夜の今となっては明かりが照らし出していた。島の奥には割れた球体の欠片のようなモノも見え、異様を見せている。その欠片の中で守られるかのように、巨大な建物であるタワーが建設されていた。そこがエルステ帝国の中枢となっている。

 

「おぉ、もうやってるねぇ」

 

 俺は小型騎空艇で上空から帝都を見下ろし、騒ぎになっているのを確認してほくそ笑む。

 

「ま、その方が動きやすくて助かるんだけどな」

「も~。ダナンが時間かけるから出遅れちゃったんだよ?」

「悪かったって。必要だと思う準備は全部する主義なんだよ」

「まだ終わってないから別にいいだろ。それよりこれからどうするつもりだ?」

 

 同乗しているドランクとスツルムを、少しばかり待たせてしまっていた。おかげでもうあいつらが侵攻し、協力者達も到着した頃になってしまっている。

 

「僕達はボスと合流するつもりでいるよ~? ダナンはどうするの?」

「合流はしねぇ。できれば影からこっそり手助けするくらいにしておきたいんだが、まぁ必要になったら顔出すさ」

 

 帝都を上空から見下ろして戦況をざっくり把握しようとする。……ふむふむ。協力者らしき連中は大勢の帝国兵と交戦中、か。秩序の騎空団ももういんな。モニカの紫電は上からでも目立つからわかりやすい。あとは……ん?

 

「なぁ。あれってグランサイファーだよな?」

 

 俺が見つけたのは帝都に停めてある一隻の騎空艇だ。

 

「ああ。帝国兵が放っておくはずもない、が誰かが守ってるな」

 

 スツルムの言う通りグランサイファーの近くには大勢の帝国兵が詰め寄っている。しかし直前で倒れている者が多く、船の前に立つ白い衣装のヤツが守っているように見えた。

 

「おっ? あれは帝国の大将アダムだねぇ。帝国の重鎮がグランサイファー守って兵士と戦ってる、なんて面白い状況」

「ほう、あれがなぁ。まぁなんか事情があるんだろ。俺はあいつのとこ行ってみようかな。あいつらの状況もわかるだろうし」

「オッケー。じゃあ僕達はあのでっかいタワーが怪しいと思って近くに行くから。あとこれ、なにかあったら連絡してね」

「おう。――死ぬなよ、二人共」

「そっちもね」

「言われるまでもない」

 

 俺は二人とそれぞれの手で拳を突き合わせてから、タイミングを見計らって飛び降りた。低空飛行をしてくれていたので、まだいなせるくらいの衝撃で着地できる。大将アダムと、グランサイファーを狙っている帝国兵との間だ。タイミングばっちり、双方驚いているのが手に取るようにわかる。

 

「き、貴様は黒騎士の一味の! 敵だ! 構わん、やってしまえ!」

「お、装備ちょっと良くしてきたってのに顔バレしてら。しょうがない、いらんとは思うが助太刀するぜ大将。お礼はちょーっと話聞かせてくれるだけでいいからよぉ」

「……わかりました。殺さず、峰打ちでお願いします」

 

 アダムというらしい黒髪の男は落ち着き払った声で言った。そういや、よく見ると倒れてる兵士達も死んではいない。完全に裏切った、ってわけでもないのか? まぁそれも聞けばわかることか。

 この数を一人で、しかも手加減して相手できる強者だ。そこに俺が加われば、兵士の群れなんざ一掃できる。

 

「一部が逃げたな。ありゃ増援を呼ぶぞ。放っておいていいのか?」

「構いません。私はこの船を守るだけです、どんな敵が来ても、どれだけの敵が来ても」

「そうか」

 

 覚悟を持っているならそれでいい、のかもしれない。一時とはいえ兵士達を退けたので、話をする機会を設けられた。

 

「……話の前に一つ、聞いてもいいでしょうか」

「ん?」

「あなたとは初対面です。なぜ躊躇いなく私を助けたのですか?」

 

 随分と簡単なことを聞いてきた。わからないのではなく、向こうが俺を信用するために声に出して答えて欲しいのかもしれない。

 

「簡単なことだろ。一つ、お前があいつらの船を守って戦ってたから。となるとあいつらに一時的にでも同行してた可能性が高く、あいつらがいつ頃到着してどこへ向かったのか知ってる可能性が高いから。もう一つはもっと簡単だ。俺は知ってるかもしれないが黒騎士の仲間だ。帝国と敵対したあいつと出会い、船という退路を任せて先に進んだってことはあんたの事情を聞いてあいつがとりあえず信用した、ってことだ。まぁなんだ、あいつが信用したんならそれで充分なんだよ」

 

 回りくどい言い方にはなったが、つまりはそういうこと。

 

「そうですか。ではあなたは、彼らに助力すると?」

「ああ。どうしても正面から乗り込むって性分じゃなくてな。こうして別行動してるってわけだ」

「なるほど。ではあなたにも、彼らにした話と同じことを告げましょう」

 

 アダムは一旦俺を信用することにしたらしい。

 

「エルステ帝国の、息の根を止めてください」

 

 裏切り者に相応しいセリフだった。

 

「私はエルステに長く、帝国になる前から仕える身です。エルステの歯車は狂ってしまった。エルステを救うためにも、どうかお願いしたいのです」

「そういうのはグラン達の仕事だな。まぁあいつらがその話を聞いて行ったんなら、大丈夫だろ。で、あいつらはどこだ?」

 

 アダムは真剣だったからか微妙な表情をしつつも、答えてくれる。

 

「……あの方々はリアクターを止めるためにタワーの方へ向かいました」

「タワーってのはあの奥のでかい建物だとして、リアクターってのはなんだ?」

「あなたが黒騎士の仲間だというならご存知とは思いますが、フリーシア宰相が星晶獣アーカーシャをルリアさんとオルキス様なしで起動させるために作った装置のことです」

「そんな手段あるんじゃねぇかなとは言ってたが、本当にあるって言うのかよ」

「はい。リアクターの役目とは人の精神を魔晶によって擬似的な星の力へと変換すること。そうして変換した擬似的な星の力を使い、ルリアさんとオルキス様なしであっても強制的にアーカーシャを起動させる事ができる、ということのようです」

「ほーう」

 

 全然わからん。まぁその説明だけ覚えておくか。詳しい仕組みなんか知らんし。

 

「そして、そのリアクターが変換する元となる精神の部分に、もう一体の星晶獣が関わってきます」

「まだいやがんのかよ……」

「はい。ですがルーマシー群島の遺跡に封じられていたアーカーシャとは異なり、こちらは元からエルステにいた星晶獣となります。星の民から与えられた星晶獣――名をデウス・エクス・マキナと言います」

 

 与えられた……? 妙な言い回しだな。細かい部分は省くが、空の民からしたら星の民は侵略者。言ってしまえば敵対関係にある。それではまるで、協力関係にあったみたいじゃないか。

 

「星の民からしてみれば、空の島と提携しておくのは悪くないことではあったのです。覇空戦争が終わった時、万が一のために星の民の生き残りを匿ってもらうためにも。尤も星の民は空を支配できないとは考えていなかったようですが、念のためを作っておくくらいの慎重さは持ち合わせていたようですね」

 

 確かにメリットとも言えなくもないが。

 

「当時空の世界の最高戦力とは、ゴーレムでした。しかしゴーレムでは星晶獣に敵いません。空の世界で最も戦力のあったエルステ王国は、敵わないと見るや降伏し星の民と提携を結んだのです」

「賢明な判断だな」

「ええ。その時に王国の安全と、星の民の兵器である星晶獣を要求しました」

「その結果与えられたのが星晶獣デウス・エクス・マキナ、ってことか」

 

 しっかし負けそうになった癖して要求が大きいな。ともすれば反抗する戦力になるかもしれないってのに。

 

「デウス・エクス・マキナに戦闘力はあまりありませんよ。そう、星の民が作って与えたのでしょうが。エルステが欲したのは、戦力としての星晶獣ではなく人に限りなく近いゴーレムを作り出すための星晶獣でした。ゴーレムの技術はエルステ王国が卓越していましたが、どうしても心を宿すことができなかった。ゴーレムは、心を宿して完全だと思っていたのです。そこでデウス・エクス・マキナを得るのですが、結局のところ使用はしませんでした」

 

 ゴーレムに心を与えるための星晶獣、か。

 

「それは星晶獣デウス・エクス・マキナが心を作る星晶獣ではなく、人から精神を抜き取り別のモノへと移すことが可能な星晶獣だからです」

「……なるほどな。そこでリアクターの話に繋がってくるわけか」

 

 おそらく、現状の技術では人の精神をそのまま星の力に変換することができない。だから元からいたデウス・エクス・マキナの力を使ってリアクターを噛ませ星の力にする。

 

「その通りです。そしてその星晶獣は、オルキス様にとって関わりの深い存在となります」

「ん? …………そうか、そういうことかよ……」

 

 言われて、少し考えればすぐに答えが出てきた。

 オルキスは確か「星晶獣の暴走によって心を失い今の人形のような状態となってしまった」。

 

「つまり、十年前にオルキスを人形にした星晶獣ってのがそいつってことか!」

「はい。十年前フリーシアは今よりずっと不安定な魔晶を使ってデウス・エクス・マキナの封印を解きました。その結果が星晶獣の暴走。女王夫妻は死に、オルキス王女は人形と成り果てました」

「……あいつが全ての元凶かよ」

「はい。そして、星晶獣デウス・エクス・マキナは星の民がエルステへ与えるために弱めて作った星晶獣です。精神を移し変えるのが精いっぱいで、創造や破壊などの強い力を持ってはいません」

「ってことは……」

「オルキス王女の精神は、今もあの事件が起きた現場――旧王都メフォラシュの中に漂っています」

 

 オルキスは心を奪われただけで破壊はされていない。そして今現在に至るまでオルキス王女の精神が入ったと思われるヤツなども確認されていない。そんな情報があれば王都の人や黒騎士達がとっくに見つけてるだろう。

 ……それをあいつが聞いたら、やっぱりオルキスの精神を元に戻すんだろうか。戻すんだろうな、きっと。

 

「今デウス・エクス・マキナはフリーシアの制御下にあります。彼女を倒しデウス・エクス・マキナを解放すれば、オルキス王女は戻ってくるでしょう」

「……で、その話を黒騎士も聞いてるから、今突き進んでるってわけか」

「はい。肝心のリアクターはタワーにあります。とはいえ本物でもない星の力でアーカーシャを起動させるには、途方もない数の精神を変換する必要があります。デウス・エクス・マキナの力が行き渡り、帝都全体を覆うまでの時間くらいは猶予があるでしょう」

「帝都全体って……具体的な数はわかってんのか?」

 

 帝都全体ならどれくらいの数に上るのか。俺は詳細な人口を記憶していなかったが。

 

「百万。帝都に住まう全住人が犠牲になります」

 

 なるほど、確かに途方もない数だ。

 

「……とんでもねぇなぁ」

「はい。私はエルステを守りたい。ですので、あなた方の味方はしてもエルステの民を傷つけるわけにはいきません。そしてそれを実現するには、なんとしても宰相フリーシアの目論見を打ち砕いてもらわなければなりません」

「あんたの立場はわかった。だが強いんだったらあんたが一緒に攻め込んでも良かったんじゃないか?」

「いえ。私では、星の力や魔晶に勝つことが不可能なのです。強い、弱いの問題ではなく」

「ふぅん。まぁ無理ってんなら仕方がないか」

 

 事情は察しがついている。……なにせ多少手傷は負っているのか服の一部が裂けているからな。そこを見れば、人でないことは理解できた。

 

「そろそろ話は終わりにしましょう。増援です」

 

 アダムが変わらぬ声音で言ってから、俺も多くの気配が近づいてくるのを感じる。

 

「あなたは行ってください。どうかあの方々に勝利を」

「わかった。また会おうぜ、アダム」

 

 必要な話は聞けた。アダムならどんな敵が来ても騎空艇を守り抜くだろう。なら俺はいつまでもここにいるべきじゃない。

 

 俺は簡単に別れを告げて帝国兵達が来ている方向とは別の方角に向かう。複数人だとバレやすいが、単独なら問題ない。【アサシン】もあることだしな。

 

 目指すはリアクターのあるタワー。そこでおそらく、フリーシアが待っている。あいつらはいつ向かって行ったか聞くの忘れてたな。まぁできるだけ急げば追いつける、先回りできる。

 正面からの戦闘は好きじゃないが、こうして裏から手を回すのは得意中の得意だ。

 

「……さぁて、引っ掻き回してやるとするかぁ」

 

 俺は小道に入って姿を隠しつつ、タワーへと一直線に駆けていく。

 

 元々エルステ王国にいながら、同じ悲劇を目にしていながら、全く違う立場の三人。

 

 十年前の事件で親友であるオルキス王女を失い、かつてのオルキスを取り戻さんと七曜の騎士にまでなったアポロニア。

 

 十年前の事件を経て王国が帝国に変わっても、ただただエルステを守るためだけに振る舞うアダム。

 

 十年前の事件を引き起こした張本人にして、今や星の民そのモノを世界から抹消しようとしているフリーシア。

 

 ……やっぱり俺が味方したいのは一人だけだな。

 

 考える必要もない。なら、全力で影ながら手助けするだけのことだ。



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タワーへの侵入

※本日二話目


「あはははっ! 君達に逃げ場なんてないんだよ!」

「そういうこった。オレ様とやり合いな」

 

 魔晶の力で巨大化したフュリアス少将と、ドラフの男――身に纏う凄まじい闘気から考えても残るガンダルヴァ中将だと思われる。

 帝国が誇る上官二人が、一行の前に立ち塞がっていた。……それを少し離れた物陰から見ている俺。

 

 いやぁ、追いつくもんだな。まぁあいつらに邪魔されるわけにはいかないから、全戦力を足止めに投入するのは当然だろうが。

 

 がんがん走っていた俺は、なんとかタワー前で足止めを食らっている連中に追いつくことができた。どうやら黒騎士と、合流したであろう二人はいないようだ。そういや鎧を確保したいとか言ってた気がする。おそらく二人と共に別行動しているのだろう。

 

 ……劣勢、でもねぇか。大勢いる帝国兵達は秩序の騎空団とザカ大公率いるバルツ公国軍らしき軍服の連中が相手にしている。十天衆と共に黒騎士捕縛に協力したモニカのヤツもいることだし、おそらく勝てる。

 

「……じゃあここは俺の出る幕じゃねぇなぁ」

 

 いなくても勝つことが決まっている場所へ参戦しても無駄にしかならない。負けそうなところに助力しなけりゃならないからな。

 

「よし、頑張れグラン」

 

 戦況を把握して問題ないと理解し、俺は仲間が一緒ならいけるぜぇ、みたいな盛り上がりを見せるあいつらとは関わらず一足先にタワーへと向かった。

 

「……【アサシン】」

 

 潜入に適した『ジョブ』に変えてこっそり忍び寄り、裏口の見張りをしていた帝国兵の一人を昏倒させ、続けて麻痺針でもう一人も落とす。さっさと中に入っていった。……さてと。使えそうなモノは全て利用する。とりあえずできるだけ見つからずに上まで行きたいところなんだがな。

 

「……誰か地図持ってると有り難いんだけどな」

 

 そんな都合のいいことはねぇか。仕方がない。適当に通気口などを駆使して潜入してやろう。……いや待てよ? リアクターってのはどんな大がかりな仕かけかはわからないが、とんでもない装置であることは間違いない。つまりそれを動かすには大量の燃料が必要ってことじゃないか? 最終的にフリーシアは倒さなくてはならない存在とはいえ、リアクターが動かなくなったら元も子もなくなるはずだ。うん、あいつが嫌がりそうなことだ。絶対やろう。

 

「リアクター自体は上階にありそうだが、動かすために必要なモノは下だといいな。とりあえず先に地下行ってみるか」

 

 島という地形を考えても地下がそこまで大きいということは考えられない。タワーを建設する都合上、地下の空洞が大きすぎると安定しないからだ。どうせあの真っ直ぐ兄妹はタワーの上へ上へと向かうだろうから、俺が下を調べておくのは悪い選択肢じゃない。

 

 ということで早速失礼させてもらった。当然地下にも兵士達はいるが、雑魚しかいなかったので俺の敵ではなかった。

 

「……燃料っつうか、研究施設か」

 

 地下へ降りた俺を出迎えてくれたのは研究に勤しむ多くの学者達。もちろん既に昏倒させている。非戦闘員なので余裕だった。

 地下にあった装置や資料を調べて回り、なんの研究をしていたか理解する。

 

「魔晶を作ってんのかよ」

 

 正確には、魔晶を更に高性能にしようと研究しているようだ。魔晶自体がここで全て作られているのかはわからないが、ポンメルンやなんかが強大な力を手に入れ、星晶獣のコアに埋め込むことでマリスへと変化させ、リアクターに組み込まれて精神を擬似的な星の力へと変換し、粉末状にすることで魔物すら操ることができる魔晶。

 様々な用途に応じて微妙な変化をつけているようだ。元となる素材やなんかが同じため、総じて魔晶と呼んでいるらしい。

 

 貴重な資料なんだろうが、俺の頭じゃ半分も理解できないな。狡賢さはそれなりだと思うが、こういう純粋な頭脳を求められるとどうもな。

 

「……これが最新の魔晶か」

 

 俺は研究員達が作り出した一つの魔晶を手に取る。禍々しい光を放つ結晶は今まで見てきた他のモノと違うようには見えないが。

 

「姿形を変えない代わりに、デメリットを削減した魔晶か」

 

 ポンメルンのような化け物になる心配はないが、帝国の作った魔晶だ。その効力を信じて良いモノかとは思う。……まぁいいや。とりあえず貰っておこう。いざとなったら俺が使えばいいし。

 ということで、俺は危険の少ないらしい魔晶を入手するのだった。異変に気づかれない内にさっさと地下から出て上へ向かおう。

 

 俺は地上に戻りできるだけ見られないように階段を上がり通気口を駆使してどんどん上がっていく。……いや、そうだ。俺帝国兵に化ければいいんじゃね?

 こそこそするより秩序の時みたく背丈の近いヤツから服奪って潜入すりゃいいんじゃねぇか?

 

「……そうだよ。帝国の作法なんかは黒騎士から学んでるし、そっちの方がこそこそしなくていい」

 

 俺はそう考え、通気口の中で部屋の上を通るヤツを探し眼下の部屋に帝国兵が一人しかいないタイミングを探す。流石にあの時のように声までそっくりとはいかなかったが、背丈の似通ったヤツが一人でいるタイミングを発見し、通気口と繋がる金網を退けて音もなく飛び降り、背後から首を絞めて意識を奪った。恰好をパンツ一丁に変えてやる。そして装備一式を奪い革袋に入れてから、そいつの身体を縛って箱に入れ来た通気口へとよじ登り立ち去った。そして一階へと戻ってから人目のない内に着替える。俺の服は革袋に入れておいた。

 

「……ここからが俺の本領発揮、ってなぁ」

 

 兜の奥でにやりと笑い、俺は革袋を担いでこれからの行動を組み立てる。平然と歩いていてはこの緊急時になにをしている、と怪しまれてしまう。なら丁度いいし、地下の施設が何者かに襲撃されたと慌てた様子で報告しに行こう。

 

「よし、やるか」

 

 気合いを入れてがちゃがちゃとわざとらしく音を立てながら走り出す。まだ疲れていないが感情の乱れを表現するために呼吸を荒くする。……できればこのままフリーシアを暗殺しに行きたいが。そう簡単にはいかないかもしれないな。まぁその辺は気にしないでおこう。どうしても行き当たりばったりになるからな。俺が慌てているのを見てか横を通っても敬礼するヤツはいても引き止めるヤツはいなかった。おかげで楽に四階まで上がることができた。

 

「止まれ! この先は上官のみが立ち入りを許されている!」

 

 しかし五階へと続く階段の前には槍を携えた兵士が二人見張りをしている。……チッ。

 

「き、緊急事態につきフリーシア宰相閣下のご判断を仰ぎたく存じます! 地下の魔晶研究施設が何者かに襲撃、いくつか魔晶を強奪されました!」

 

 俺はびしっと敬礼して大きな声ではきはきと報告する。

 

「なにっ!? それは本当か!?」

「はい! この目で見ましたので間違いなく! 魔晶は宰相閣下としても重要なアイテムとなるはずですので、研究員も全員昏倒させられており、如何したものかと思いまして……」

 

 尤もらしい理由をつけてみた。

 

「……機密の少女を連れたヤツらの仕業ではないのか?」

「いえ、それはないかと。タワーの外でフュリアス少将及びガンダルヴァ中将率いる我が軍と交戦中の出来事でしたので」

「そうか。なら仕方あるまい。フリーシア宰相閣下は執務室におられるはずだ」

「はっ!」

 

 俺は姿勢良く答えて五階へと駆け上がる。……いやぁ、チョロいチョロい。有り難くフリーシアの下へ行かせてもらいますわ。

 兜の中でほくそ笑みながら、五階にある部屋の内執務室を書かれたプレートのある部屋の前へと辿り着く。残念ながら厳重なことにまた見張りが二人もいやがった。

 

「緊急事態につきフリーシア宰相閣下へお取次ぎ願います!」

 

 敬礼し中に聞こえる声で告げる。

 

「ここでなんの用か言え」

「はっ! 地下にある魔晶の研究施設が襲撃され、魔晶がいくつか強奪された可能性があります! 機密の少女を連れた者共とは別のようで、判断を仰ぎたく思います!」

 

 俺が一息に報告すると、中から「入れなさい」という声が聞こえてきた。なんだ、あっさりだな。

 部屋の主の許可が出たのであっさりと兵士達は退いた。従順で結構。

 

「失礼致します!」

 

 俺は先に言ってから扉を開け中へと入る。奥の執務机には以前見た通りの、銀髪に眼鏡をかけたエルーンの女性が座っていた。

 

「……随分と久し振りですね。しかもそんな恰好までして……流石は秩序の騎空団に潜入して黒騎士を助けただけのことはある、ということでしょうか」

 

 彼女は扉が閉まったところで酷薄な笑みを浮かべてそう告げてきた。……なんだよ、もうバレちまったのか。

 

「……チッ。流石にてめえは騙せねぇか」

 

 俺は舌打ちして兜を取り素顔を晒す。

 

「忌々しいことにあなたの声を聞いてわかったわけではありませんがね。今しがた通信が入ったんですよ、地下の魔晶研究施設が襲撃されている、とね」

「なるほど。もたもたしてたせいで見つかっちまったってわけか。んで? なんで俺を入れた?」

 

 正体を察したなら、俺を入れる理由はないはずだ。その場で殺してしまえと命令しちまえばそれで良かった。

 

「私はあなたを甘く見てはいません。外の兵士に命令したところで、あなたは強行突破できるでしょう」

「無駄に命を減らさせないってか? あんたの目的から考えりゃ別にたった二人減ったところで変わりはしねぇだろ。帝都の住人以外に攻め込んできてるヤツらもいる。何人か殺されようが計画に変更はねぇはずだ」

「ええ。私が普段兵士へ命令し襲わせるのは、時間稼ぎや私自身に戦闘力がなかったことが理由です」

「つまり今回はその必要がねぇと?」

「ええ、その通り。ーータイミング良く完成していて良かった」

 

 意味深な笑みを浮かべたフリーシアが懐に手を入れた瞬間に、俺は腰の銃を抜いて眉間目がけて引き鉄を引いた。だが間に合わなかったようで、銃弾が弾かれる。

 

「チッ……! 遂にはてめえ自身もかよ!」

 

 ヤツの手にあったのは魔晶だった。既に身体に変化が起き始めている。

 

「さぁ、折角ですから試用といきましょう! あなたは私の計画を潰してくれた一人! あの時は仕留め切れませんでしたが、ここで確実に、私の手で殺してあげましょう!」

 

 フリーシアの姿形が変わる。ポンメルンやフュリアスは巨大な騎士という姿に見えたが、こいつのは違う。おそらくそれらのデータを集めた上で改良した魔晶なのだろう。簡単に言えば造形は黒い蜘蛛だった。蜘蛛の頭にフリーシアの上体が埋まっている。

 

「……いいぜ、やってやる。俺もてめえを仕留めておきたいんでな」

 

 俺は革袋から浄瑠璃を取り出す。紛れもない敵に対して試したいことが二つある。

 

「【義賊】。んで、こいつだ」

 

 会得した『ジョブ』を発動し研究施設で手に入れた魔晶を使用する。ClassⅣで跳ね上がったチカラが更に増大していった。力が湧き上がってきつつも身体にあまり負担がない。姿こそ変わらなかったが、今までにない力を発揮しているのがわかる。

 

「仇敵の道具を使うのは些か滅入るが、正義を成すために仕方なし。いざ尋常に、勝負!」

「その珍妙な姿を、今度こそ消し去ってあげましょう!」

 

 口調はどうしても変わってしまうが、ダナンという意識ははっきりしている。婆さんとの模擬戦以外では初めて使うが、問題なさそうだ。

 

 こうして俺とフリーシアの戦いが幕を開けた。

 

「まず一発!」

 

 俺は浄瑠璃の引き鉄を引いてヤツを狙うが、前足に当たるとかきんという音がして銃弾が弾かれる。……チッ。足の部分は堅いな。狙うならフリーシアの身体か蜘蛛の目、または腹の部分ってことになるか。

 

「無駄な足掻きはやめることですね!」

 

 フリーシアが俺に向かって前足の鉤爪を振るう。斜め上から振り下ろしてきたのを回避すると、

 

「ひぎゃぁ!」

 

 後ろから悲鳴が聞こえてきた。ちらりと振り返ると壁が裂かれ鮮血が噴いているところだった。そういや見張りがいたんだったな。

 

「折角助けた命を自ら奪うとは、なんたる外道」

「威力偵察になったのだから本望でしょう」

 

 部下に慈愛もなにもない女だ。

 

 魔晶で変化したフリーシアは前足を鎌のように振るい、蜘蛛の八つある目から赤い熱線を放ち後ろの足で進みながら俺を殺そうと襲いかかってくる。

 だがClassⅣの上に得体の知れない魔晶まで使ったんだ。この程度で倒されるわけもない。……だが。

 

「弾が通らないとどうしようもなきことではある、か」

「ふふふ……! どうしました? 避けるだけでは私を殺すことなどできませんよ!?」

「わかっていることをそう嬉しそうに叫ぶ必要もあるまいて」

 

 しかしヤツの言う通り、ただの銃弾では歯が立たない。とはいえ【ウェポンマスター】でこいつに対抗できるとは思えない。【義賊】でできることでやっていくしかないが。

 

 ……【義賊】固有の技と言えば、敵が隙を見せた時に攻撃の威力を大幅に増加させるブレイクアサシン。敵の強化効果を解除した上で自分を強化するフォーススナッチ。煙幕で敵の攻撃と弱体効果を無効化するホワイトスモーク。魔物などが相手の場合はいいアイテムが落ちやすくなるらしいトレジャーハント。そしてルピをぶん投げ消費したルピに応じてダメージを与えるルピフリップ。

 

 ――うん、戦闘職じゃねぇんじゃねぇかな、【義賊】って。

 

 というか【ベルセルク】や【ウォーロック】と比べて明らかに戦闘が本業ではない。文献によれば“義賊”とは闇の権力者から高価なモノを奪って金に換え、貧しい者達に配って大勢を救ったとされる英雄だ。盗みとか逃げるとかそういうことに特化したヤツだったんじゃねぇかなぁ。俺に相応しくはあるが、二人ほどの力が出せていないような気がした。

 

 はてさて。とはいえブレイクアサシンは強力無比な一撃を放つことができる技ではある。完全に火力が出ないわけではないのだが。

 

 ……つまりなんとかこいつに隙を作らなきゃいけねぇってわけか。それが難しいんだけどな。

 

 無理とは言わないが、姿形が異なる新しい魔晶の力がわからない以上厳しい可能性はある。

 

 とはいえ今のままなら敵の攻撃を避け続けることに苦はないのだが。どうやら相手は初めての変化なので使いこなせていない可能性がある。となると時間をかければかけるほど使いこなせるようになってしまうだろう。

 ということは戦い慣れていないこいつの隙を作るような手を使えばいいわけだ。

 

 なら早々に手を打つとしようか。

 

「ホワイトスモーク」

 

 煙玉を地面に投げつけるとそこから白い煙幕が噴き出し、部屋全体を覆っていく。戦闘経験のないフリーシアなら、視界に頼って戦う他ないだろう。そして俺の姿に気づかない状態なら、充分な隙と言える。

 

 煙幕で俺の姿を見失ったのかフリーシアの動きが止まった。その隙にフリーシアの身体が埋まっている蜘蛛の頭を攻撃しようと、正面から逃れつつ狙いを定める。おそらく煙幕の中に俺の影がいくつも浮かび上がって見えているはずだ。しかも俺自身がいる場所には影が出ないようになっている。つまり気づかず見当違いの方向に攻撃を仕かけてしまうだろう。俺はブレイクアサシンを小さく唱えて攻撃を大幅に上げる。

 

「っ!」

 

 いざ奥義、というところでフリーシアが動き俺目がけて前足を振るってきた。避け損なってダメージを浅く切り裂かれる。続けて前足が振るわれると、煙幕が切り裂かれて消えていってしまう。……クソッ、どうなってやがんだよ!

 悪態を吐きつつ奥義は放とうと銃をフリーシアへ向ける。しかし一足早くフリーシアが蜘蛛の尻をこちらに向けていて、生物の蜘蛛と同じように白い糸を放ってきた。糸が網と化して俺を襲う。思っていたより速く広範囲だったために絡め取られてしまった。……クソ、身動きが取りづれぇ。

 

「光彩奪目ッ!」

 

 だがそれでもなんとか狙いをつけて奥義を発動するのだが。引き鉄を引いたにも関わらずなにも出てこなかった。……は?

 

「おや、どうかしましたか? 攻撃しないなら、こちらからいきましょうか!」

 

 フリーシアの嫌らしい笑みに苛立つが、どうにもできず深く前足に切り裂かれ吹き飛ばされる。壊れかけの扉を突き抜けて後退させられた。……あの糸、行動を阻害するだけじゃなくて奥義を封印する効果もあんのかよ。クソ、油断した。戦闘経験ない癖によく考えていやがる。煙幕の中でなら弱体を無効できるから問題なかったが、先に破られたんじゃ元も子もない。

 

「……やりおる。敵ながらな」

「随分と潔いですね。なにを企んでいるのですか?」

「さぁて。こうも追い詰められてしまっては余裕を見せる余裕もないというだけのこと」

 

 とはいえこのまま負けるのも癪だ。一泡吹かせてから行くとしようか。

 

「そう言われると尚更怪しいですね……。あなたのことはよく知りませんが、諦めることとは無縁だと思っていますよ」

「そうかそうか。なるほどよぉーくわかっているというわけだ。ならしばし付き合ってもらおうか。手傷の一つでも与えんと負けたのでは、顔向けできんからな」

 

 俺は言って、後先考えて余力を残そうとするのをやめる。ClassⅣになって得た身体能力を使い全力で正面から駆ける。相手が俺を小細工重視のヤツだと思ってるなら、有効な手だ。案の定思っていた行動と違ったのか困惑した気配を感じる。

 

 俺は駆けた勢いをそのままに跳び上がり、思いっきり蜘蛛の頭を蹴飛ばした。

 

「っ……!?」

 

 銃弾よりも威力が高いのはどんな皮肉か。フリーシアの巨体が大きく後退する。

 

「我をただの盗っ人と思うなよ。こう見えても肉弾戦もいける性質でな」

「……いいでしょう、どう足掻いても勝てないということを思い知らせてあげます!」

 

 フリーシアも近接をする気で襲いかかってくる。最初からこうすれば良かった。銃でフリーシアの身体を狙い、蜘蛛の身体に対しては蹴っ飛ばす。あれこれ考える必要なんてなかったんだ。ClassⅣと魔晶。この二つによって俺の身体能力は格段に上がっている。おそらく攻撃力という点で最も強い【ベルセルク】とも互角に殴り合えるくらいだ。

 

 戦い方を変えると思いの外余裕が出てくる。銃弾を避ける動作の無駄が多いおかげだろう。むしろ戦闘初体験で俺に攻撃を浴びせたことが凄いのだ。攻撃しながら足を動かすことなど、到底できもしない。これまで戦いに縁がなければ、どちらかに集中してしまうだろう。

 俺はただその隙を突いているに過ぎない。

 

「光彩、奪目ッ!」

 

 俺は真正面から奥義を叩き込んだ。

 

 いくつもの銃弾がフリーシアを襲う。これなら多少ダメージはあったかと思っていたのだが、フリーシアは左の前足で自分の身体を守りつつ被弾しながら突っ込んできた。……マジかよ。

 奥義直後を狙われた俺は身体が動かずフリーシアの一撃を受けてしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 防御することもできず吹っ飛び、向かいの壁を貫いて宙に投げ出される。……ヤベぇ。ここ五階じゃなかったか? 落ちたら流石に死ぬぞ。

 

「クソッ……やはり戦闘が本業、ではなかったか……」

 

 まるで俺がシスにやったような状態じゃねぇか。もっとマシに戦えたはずなのに。

 

 ……これじゃあ暗躍もクソもねぇな。

 

 【義賊】を解除し身を捻って人のいるところに落ちないよう、【ナイト】のファランクスを使って勢いを殺しつつ移動する。それでも強かに身体を打ったがなんとか命はあった。

 

「……痛ってぇ……」

 

 身体を斬られ吹き飛ばされ落下する。なんて体たらくだ。近くに転がった魔晶を回収し【ビショップ】で回復させ物陰に隠れた。どうやら性能を落とす、という部分に再生能力も含まれているらしい。

 

「……怪我が治っても疲弊しちまったから、ちょっと休ませてもらうか」

 

 俺がいなくても、多分あいつらならやれる。とはいえなにもせずにいるというのは気に入らないので手助けがしたい。

 もうあいつらはタワーに乗り込んでいるかもしれない。それは構わないが、上で戦っていたのを知られてしまうと自分達以外の誰が? となってしまうかもしれない。できればバレずにこのまま行動していたいのだが。まぁあいつらがタワー登っていくなら決着も近づいているってことだ。焦らずきちんと休んで、いざという時フォローできるようにしておかないとな。

 

 そして俺は帝都アガスティアに聞こえる遠くの喧騒を聞きながら、少しの間だけ意識を落とすのだった。



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帝都アガスティアへ

※本日三話目

ダナン視点が終了し、ここからは合流するところまでずっと三人称視点になります。


 時は変わって、ダナンの離脱直後。

 

「……」

 

 苛立ちを隠そうともせず周囲へと振り撒くのは、彼と共に二週間サバイバル生活を送ることになった黒騎士である。まさかここに来て離反するとは思わなかったのか、大分お怒りの様子だ。オルキスも近寄れないのか様子を窺いつつも話しかけはしていなかった。

 

「……なんであの人は決戦前に空気悪くして行っちゃうんですかね」

 

 気まずい雰囲気の中リーシャがぽつりと呟いた。

 既に船は出ており、これから最後の決戦場所へと向かおうというところで、やる気を削がれたような気分だった。

 

「……ホントに、アポロはダナンがいなくなったと思ってる?」

 

 そこでようやく、オルキスが黒騎士へと話しかけた。

 

「……どういう意味だ?」

「……ダナンはやりたいことを手助けしてくれる。私は皆と一緒にいたい、って言った。ダナンならそれがわかってて離れたりしない」

 

 曖昧な表現を使わず断言してみせる。

 

「確かにそれっぽくはあったけど、なんて言うかダナン君らしくなかったよね」

 

 そこにジータまでもが追随した。

 

「それにこっから出る手があいつ一人にあるわけねぇと思うんだよな。多分だけどあの三人は一緒にいるんじゃねぇか?」

 

 ラカムも可能性を示唆する。

 

「……ダナンはきっと、後からでも来る。だから信じて」

 

 オルキスはじっと黒騎士を見つめた。しばらく見ない間に随分と信頼したものだと思いながら、微かに嘆息する。

 

 ……「傍にいてやる」と言った後に他と合流したらすぐ「船を降りる」と来て腹立たしく思ったが……そうか。それこそヤツの掌か。

 

「……そうだな。わかった、一先ずあいつについて考えるのはやめよう。あの二人と一緒なら我々の先回りをする可能性は低いからな。なにより今のままでは足手纏いになりかねん」

 

 黒騎士は努めて冷静に告げた。多少鍛えた程度で、劇的に強くなった一行の強さには及ばない。それこそClassⅣでも取得しなければ――と考えたところでダナンの狙いがわかった気がした。

 そういえばいつだったか、正面から真っ向勝負するより事前準備で楽に勝ちたいと言っていたような気がする。となればスツルムとドランクにザンクティンゼルへ連れて行ってもらいClassⅣを会得しに行った可能性が高いのではないか、と考える。

 

「ええ、だからでしょうね」

 

 黒騎士がそう考え直すまでもなく、わかっていたように微笑むのはロゼッタだ。彼女は一歩引いて見ていたために、彼の狙いをある程度察していた。なによりマリスとの戦闘時差をつけられたと言っているのを聞いていた。

 

「ふん。まぁいい。それより帝都へ急ぐ間に、少し手合わせをしてくれ。特にグランとジータ。使いこなしたClassⅣの力とお前達の連携なら、いいリハビリになるだろう」

 

 黒騎士は話題を切り替えて双子へと顔を向けた。

 

「そういえば二週間、あんまり動いてないんでしたね」

「ああ。日がなぼーっとしたり、偶に散歩に出たりする程度だったからな」

 

 今思い返すと少しだけあの洞窟が恋しくもなるが、すぐに切り捨てる。例えかつてのオルキスが戻ってこないとしても、前に進むと決めたのだ。

 

「わかりました。じゃあやりましょう。ジータ、全力で行くよ」

「うん。修行の成果を見てもらわないとね」

 

 グランとジータ、そして黒騎士はグランサイファーの甲板で戦い始めるのだった。攻撃力の高い【ベルセルク】と魔法の強い【ウォーロック】。黒騎士も剣と魔法どちらでも強いので正面切っての戦いは相性が良く、しばらく勘を取り戻すために相手していた。

 最初こそ黒騎士が劣勢かと思われたが、次第に調子を取り戻していくに連れて互角、そして二人が敗北することとなった。

 

「ふぅ……っ。いい運動になった。これで問題なく戦えるだろう」

 

 以前のような汗一つ掻かず一行全員を倒すようなことはできなくなったようで、黒騎士は汗を掻いている。ただグランとジータの方が疲労は大きく怪我も多かった。

 

「や、やっぱり強いですね。ClassⅣ使って、しかも二人で遠慮なくかかっていたはずなのに……」

「ホントに、七曜の騎士ってとんでもないです」

 

 倒れてイオに治療してもらう二人の顔は晴れやかだった。『ジョブ』の最高位であるClassⅣまで到達してしまったとはいえ、まだまだ上があるとわかったからだろうか。地力を上げることで『ジョブ』を使った時の伸びが大きくなるので、まだまだ二人は強くなれる。

 今はまだClassⅣも二つしか使えないが、もし十一種全て使いこなし状況に応じて自在に変えることができるようになったら、また違った強さを手にすることだろう。

 

「いや。お前達二人に対して、今の全力を出し切った。鎧と剣を取り戻したとしても、全員がかりでは負けることもあり得るだろうな」

 

 しかし黒騎士は冷静に二人の成長を分析していた。初めて会った時はまだClassⅠを使っていた段階だったというのもあるがまさか二人相手に全力を出すことになるとは思っていなかった。七曜の騎士の中ではまだ若い部類とはいえ実力に相違はないと自負しているが、どうやらこの連中は七曜の騎士にも匹敵するほどの力を有している可能性があるということだ。

 

「黒騎士さん……」

 

 その発言をどう受け取ったのか、ルリアが表情を曇らせた。おそらくいつか雌雄を決することになることを思ってのことだろうが。

 

「無論ただではやられん。一人ずつ仕留めれば問題なく勝てるだろうな」

「……アポロ」

 

 これまで場を和ませることなど一切やってこなかった黒騎士には、オルキスに妙な顔で呆れられようとも正解がわからなかったのだから仕方ないと割り切ることしかできない。

 

「とりあえず今はフリーシアを、だね。アガスティアに到着するまでの間でそれぞれ強くなっておこう。と言ってもそうは変わらないから、仕上げとかそういう感じかな」

 

 回復したジータが言って空気を弛緩させそれぞれやるべきことを考え行動し始める。装備の手入れや身体を鍛えるなど各々決戦に向けて準備をするのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 フリーシアの野望を止めて空の世界を救おう!

 

 などと意気込んだとしても、帝都アガスティアの警備が厳重であることに変わりはない。いくら七曜の騎士がいるとはいえ万に及ぶ兵士達を相手にした上で魔晶を持ったヤツやガンダルヴァ、アダムに星晶獣も考えられるとしていくらなんでもキリがなさすぎる。疲弊しすぎて持たない可能性だって捨て切れない。

 

「アガスティアの近くの島に騎空艇を停めて、そこからは小型の騎空艇で潜入する。この船の造形は向こうにも筒抜けだ。正面から突っ込んでいって戦艦の砲撃の中を行くよりはマシだろう」

 

 そう提案したのは黒騎士だ。

 

「確かに正面突破を狙うよりはその方が安全か……」

 

 カタリナも賛同したところで、グランサイファーはアガスティアそのものではなく近くの島に着けることとなった。

 

「だが小型騎空艇となると全員は乗れねぇよな」

「俺はグランサイファーに残るぜ。こっちにも帝国の兵士はいんだろ」

 

 オイゲンの言葉にラカムが真っ先に応えた。

 

「なら俺が小型騎空艇を操縦するしかなさそうだなぁ」

 

 ラカムの言葉にオイゲンが返した。ここから二手に分かれるべく話し合っていく。

 

「私は行く。鎧と剣を取り戻さなければならないからな」

「私も行きます! オルキスちゃんよりは召喚できる星晶獣が多いですし……」

「ルリア……」

「……私は残って待ってる。がんばって」

 

 黒騎士は当然行く。ルリアは力になりたいと思っているのか小型艇で乗り込む方を選んだ。オルキスは黒騎士と離れて残る方を選んだようだ。

 

「……ルリアが行くなら私も行きたいが、ここは貴殿に任せよう、黒騎士」

「そちらこそ、オルキスを頼んだぞ」

 

 カタリナはしばらく眉を寄せて悩んでいたが、私情を抑えてルリアを送り出す方を選んだ。

 

「となると……私とロゼッタさんが分かれた方がいいんでしょうか」

「そうね。でもあなたの戦力は必要になるでしょうから、先に乗り込んだ方がいいと思うわ」

「……ロゼッタさんに言われても説得力が」

「あら。アタシはルーマシーでこそ強いけど、他の島なら最大限力を発揮することはできないわよ?」

「わかりました。では私が行きます」

 

 話し合った結果、リーシャが乗り込む方となった。というよりもカタリナはリーシャが行くことを考えてルリアを行かせたのだが。

 

「ルリアが行くならグランが行った方がいいよね。グランサイファーは私に任せて」

「わかった。よろしくね」

「オイラもついていくぜぇ!」

 

 ほとんど戦力の変わらない二人の団長が言い合い、星の力と魔晶に対して有利になるビィが乗り込む方へついていくこととなった。

 そして残るはイオのみとなるのだが。

 

「あ、あたしもついてくからね。カタリナがいるなら、あたしがついていった方が回復にいいでしょ」

 

 人数差がないためどちらでも構わなかったのだが、乗り込む方へと同行してくれるようだ。戦力としてはついてきて欲しかったが強制はしたくなかったのだ。決戦前でも冷静なようでほっとする。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 グランが言って小型艇で乗り込む組がアガスティアへと向かっていく。機密の少女として兵士に顔がわかってしまっているルリアは外套を頭から被せてある。

 

「私達は念のため一旦島を離れておきましょう」

 

 ジータも島に長く留まって兵士に見つかるよりはと、一度離れることにした。

 こうして二手に分かれたのだが。

 

「赤いトカゲを連れた一団……? まさか貴様ら……!」

 

 小型騎空艇に乗り込みアガスティアへ向かおうというところでビィの存在により帝国の兵士に怪しまれてしまった。

 

「そこの外套を被ったヤツ! 姿を見せてもらおうか!」

 

 兵士がルリアの外套に手を伸ばそうとした時、黒騎士がその手を掴み引き倒して地面に叩きつけ気絶させた。

 

「……チッ。流石に何度も顔を合わせていれば、ルリア以外の顔を覚えてくるか」

「オイラはトカゲじゃねぇけどなっ」

 

 近くにいた帝国兵は一人だ。こいつさえ気絶させてしまえば、というところで

 

「あっ」

 

 来ていた兵士がこちらを見て声を上げていた。一瞬の静寂の後その兵士は一目散に踵を返し走り出す。

 

「チッ! 逃がすな、追え!」

 

 黒騎士の指示に従ってグランが追いかけようとするが、その前に兵士がどんと人にぶつかって尻餅をつく。

 

「何事ですか?」

 

 ぶつかった者は白い軍服を着た黒髪の男だった。その人物を見て黒騎士が一気に警戒レベルを上げる。

 

「貴様は……!」

 

 ブルドガングを抜き油断なく構える彼女の様子から、目の前の人物が強敵であると理解する。

 

「あ、アダム大将……!」

 

 兵士が男を見上げて呟いた名を聞き、グラン達にも衝撃が走る。

 

「チッ。大尉、少将、中将、宰相と来て大将かよ!」

 

 オイゲンが舌打ちしていつでも戦えるように準備する中、アダムは冷静そうな無表情で兵士に声をかける。

 

「伝令の必要はありませんが、至急この島にいる兵士を集めてください」

「えっ?」

「至急、です。頼めますか?」

「は、はっ!」

 

 アダムの命令に一瞬困惑する兵士だったが、上官の命令なら間違いないと思い兵士を呼び集めるべく走り出した。

 

「大将アダム。こいつもエルステ王国時代からいたが、今では軍事における最高権力者だ。その強さは階級と同じくガンダルヴァの上だと思え」

 

 黒騎士の言葉に緊張が走る。アマルティアではリーシャがほとんど一人で戦ってはいたのだが、手も足も出ず倒された記憶がしっかりと残っている。ClassⅣを使えると言っても油断ならない相手には違わなかった。

 つまりアダムの目論見としては、この島にいる兵力全てと自分の手で一行を始末する気、だと捉えられるのだが。

 

「あ、アダム大将! 全兵力、ここに集結しました!」

 

 最初に逃げ出した兵士が敬礼して兵士達を引き連れやってくる。

 

「ご苦労様です。伝令にも出ていませんね?」

「はい! 間違いなくこの島にいる全ての兵士がここにおります!」

 

 帝都の防衛を任される彼の実力を知らない者も多いが、戦闘力随一のガンダルヴァでさえ一目置くアダムとならば勝てるのではと思っているようだ。一行に敵意を向け戦闘準備をする。

 

「では、始めましょうか」

 

 アダムが腰の剣を抜き告げた。一行が手出しできずにいる中、彼はくるりと集まった帝国兵の方を向く。

 

「えっ――」

 

 驚く間もなく、アダムの剣が振るわれた。峰打ちで加減されているとはいえ確実に一撃で意識を刈り取り、兵士達が我に返る暇もなく倒していく様は、紛れもない実力を兼ね備えた者であった。

 やがてアダムが全ての兵士を昏倒させたところで、今の内に逃げ出すという選択肢を思い浮かべなかったほど動揺した黒騎士が口を開く。

 

「……貴様、どういうつもりだ」

 

 アダムは倒れ伏す帝国兵達の前に立って剣を納めると一行に向き直った。

 

「あなた方には、帝国の息の根を止めていただきたいのです」

「なに?」

 

 帝国の実権を握れる立場にある者の言葉に、黒騎士は眉を寄せる。他も彼がどういう思惑なのか測りかねていた。

 

「詳しくは一度あなた方の船に行ってから、ではいけませんか? 何度もするには長い話になりますので」

「……グランサイファーのことも知ってるってわけか」

「ど、どうする、グラン?」

 

 こちらの行動が把握されていたことに顔を顰め、ビィが最終的な決断を団長へと委ねる。

 

「アダムさんは、なぜ僕達の味方をするんですか?」

「今のエルステ帝国は歯車が狂ってしまった。このままではエルステが滅んでしまう――宰相フリーシアの手によって。私はエルステを守り続ける身。彼女の計画には賛同できません」

 

 簡単ではあったが彼の話に聞く価値を見出したのか、グランは「わかりました」と静かに答えた。

 

「一度グランサイファーに戻ろう。アダムさんの話は、聞いておいた方がいいかもしれない。黒騎士さんも、今はそれでいいですか?」

「……ふん。私が帝国にいた頃からなにを考えているかわからないヤツだった。信じるかどうかは聞いてから決めるとして、今はいいか。グランサイファーを落とす気なら兎も角、全員揃った上でならこいつに勝ち目があるとも思えん」

「ありがとうございます」

 

 そうして一度グランサイファーを呼び戻し、一行は二手に分かれて早々に合流を果たすこととなった。

 

「こちらエルステ帝国大将のアダムさん」

「なにっ!?」

 

 グランがアダムを紹介するとカタリナが警戒を露わに剣の柄に手をかける。だが黒騎士が腕組みをしてじっとしていることから、警戒を解き深呼吸をして心を落ち着けた。

 

「……どういうことか、説明してもらおうか。なぜ帝国の最高権力者と言ってもいいアダム大将がここにいる」

「それはこれから説明してもらうところ。とりあえず兵士達倒して僕達に話をしたいって言ってたから、ここに来てもらったんだ」

「全く。君というヤツは……」

 

 初対面の敵対関係にある者を割りとあっさり連れてきてしまう辺り、グランの人の良さが出ている。カタリナは呆れつつも苦笑していた。

 

「私はエルステの人々を守る身として、帝国で大将の地位を与えられました。しかし今のエルステは変わってしまった。そして変えたのはフリーシア宰相です。どうか彼女を止めて、エルステを救っていただきたい」

 

 アダムは深々と頭を下げる。誠意を見せつけられては困惑するしかないが。

 

「ならヤツの情報や思惑について、貴様の知っていることを話してもらおうか。こいつらと違って私は貴様を信用していない」

「ええ、そうでしょうね。ですがあなたにとっても有益な話だと思いますよ」

「なに?」

 

 訝しげな顔をする黒騎士を含め皆の顔を見渡したアダムは、フリーシアの計画について話し始める。

 

「まず、彼女がどうやって運び込んだアーカーシャを起動させるつもりなのか、という話をしましょう」

 

 ルリアとオルキスを手にしていない状態でもアーカーシャだけを持ち込んだということは、なにか手があるのではないかと睨んでいた。もし二人が必要不可欠ならマリスのいたルーマシーで待ち受けて奪うようにすれば良かったのだ。

 

「既にご存知とは思いますが、アーカーシャの起動には“器"となるルリアさんと“鍵”となるオルキス様が必要です。それをフリーシアは、大量の星の力を使って無理矢理起動しようとしています。正確には本物の星の力ではなく、もっと劣化した擬似的な星の力なのですが」

「擬似的な星の力?」

「はい。彼女が開発していた装置、リアクターと呼ばれるそれによって人の精神を擬似的な星の力へと変換することが可能となったのです」

「人の精神を変換だと? では何人かの犠牲が必要になるということか」

「その通りです。本物の星の力ならまだしも、擬似的な力では星晶獣を起動させるのに大量の精神を変換する必要があります。その数――百万」

「ひ、百万だってぇ!?」

 

 アダムの告げた数に驚く他なかった。

 

「百万とは、帝都アガスティアにおかえる全住人の数に近しい数値となります。フリーシアは帝都の住人全てを犠牲に、アーカーシャを起動させるつもりなのです」

「と、とんでもねぇことしやがんな、あいつ」

「ええ。リアクターが起動するまでに五時間もない、と言ったところでしょうか。それまでにフリーシアを止める必要があります」

「ならこんなところで悠長に話してる暇ないじゃない!」

「いえ。焦っても意味はありません。タイムリミットを認識することで、素早く潜入する手筈を考えることができるでしょう。当然、もたもたしていれば全て終わりますが」

 

 こんな話をしていても、アダムは常に一定の声音だった。

 

「ふん。前置きはいい。それのどこが私に有益だ? 急がなければならないおとなど最初からわかっていた。むしろ五時間程度あるなら余裕があると思うくらいだ」

 

 そこで黒騎士がアダムに先を促す。

 

「そうですね。では、リアクターという人の精神を擬似的な星の力に変換する装置がどうやって人の精神を奪うかという話をしましょうか。アーカーシャとはまた別の、エルステに古くからいる星晶獣の話です」

「エルステの星晶獣だと……?」

 

 その言葉を聞いて黒騎士が真っ先に思い浮かべたのが、十年前の事件だった。あれもエルステで起こった星晶獣の事件だ。

 

「昔、覇空戦争の折にエルステ王国は星の民と協力関係にありました。戦争後に同族を匿う代わりに、星晶獣を与えられたのです」

「オルキスの父君よりも前からエルステが星の民と……」

「そしてその星晶獣こそ、エルステが誇っていたゴーレム産業に必要不可欠な存在でした。当時のエルステは人に近い、心あるゴーレムを作ろうと躍起になっていましたので」

「それで精神を奪う星晶獣を……しかしそれではゴーレムを作る度に犠牲を出してしまうことになりますよね」

「はい。与えられた星晶獣デウス・エクス・マキナは空の民に必要以上の力を与えないために精神の創造や破壊など強い力を持ちませんでした。デウス・エクス・マキナにできることは、精神を取り出し、入れるのみ。そのため帝都全住人の犠牲が必要になるわけです」

 

 アダムの告げた能力を聞いて、アポロとオルキスが勘づいた。

 

「……答えろ、アダム。まさか十年前、あの時の事件を起こしたのは」

「はい、星晶獣デウス・エクス・マキナです」

「っ! つまりオルキスは、あの明るかったオルキスは、精神を奪われただけだというのか……?」

 

 かつてのオルキスはフリーシアによって蘇らないと告げられてしまった。

 一方で今のオルキスも親友とは別に大切な存在となっていることを自覚してしまった。

 

 ……だというのに、今こうしてかつてのオルキスを取り戻す希望が見えてしまった。

 

「はい。かつてのオルキス様の精神は旧王都メフォラシュにて、今も漂っているでしょう」

「っ……! つまり、オルキスは……その星晶獣がいれば戻ってくるというのか……?」

「その可能性は十分にあります。ただしデウス・エクス・マキナは今リアクター起動のためにフリーシアの支配下にあります」

「どっちにしろ宰相サン止めなきゃいけねぇってわけか」

「はい。そして十年前の悲劇を起こしたのも、今よりずっと不安定な魔晶を使ってデウス・エクス・マキナを暴走させてしまったフリーシアが原因です」

「……あの女。それを隠して私に……いい度胸だ」

 

 もしかしたら今のオルキスを受け入れ過ごす未来もあったのかもしれない。だがそれは新たな情報によって覆された。しかし今のオルキスを切り捨てることができないのも事実。とはいえどちらにしてもまずはフリーシアを止める他ない。

 

「私の話はこれで終わりです。皆様どうか、エルステを救うために力を貸してください」

 

 再びアダムが深々と頭を下げる。

 

「でもよぉ、大将の兄ちゃんは強ぇんだろ? なんで自分で反抗しねぇんだ?」

「私は星晶獣や魔晶の力には勝てない……強い弱いではなく、そういうモノなのです」

「ふぅん……」

 

 アダムの答えに納得したようなしていないような反応を返す。

 

「どちらにしてもヤツを止めなければ話にならん。一度この船に乗ったからにはなにか案があるんだろうな?」

「簡単ですよ。正面から乗り込みましょう」

「「「えっ!?」」」

「ほう? 正面から蜂の巣にされるのが案だと?」

「いいえ。ですがあなたが全力で攻撃をすれば、戦艦からの砲撃などとは比べ物にならないでしょう?」

「それが理由になるか? 第一この船で突っ込んだ後はどうする。帰りに乗る船がなくなるぞ」

「ご安心を。私がこの騎空艇をお守りしましょう。私では、先程申し上げた通り一般兵士にしか勝てませんので」

「ふん。まぁいい。行くぞ、お前達。小細工は一切なしだ。正面から乗り込む」

「ま、待ってください! いくらなんでも無謀すぎます!」

「どちらにせよ乗り込んだら乱闘だ。それなら先に一発ぶち込んで数を減らした方が賢明だろう。それに貴様が砲弾を逸らせばいい。ヴァルフリートならやってのけるだろうが、貴様には荷が重いか」

「そんなことありません! それくらいなら私にもできます」

「そうか。なら問題ないな。行くぞ!」

 

 黒騎士とリーシャによって方針が決定される。

 

「……なぁ。この船ってオイラ達のだよなぁ」

 

 ビィの呟きに賛同する者は多かったが、残念ながら二人の決定に逆らう者はいなかったのだ。

 

「……アポロは、私も、オルキスも大事」

「オルキスちゃん?」

 

 自分に関わりある事件の真相を聞かされても口を挟まなかったオルキスがぽつりと呟いた。ルリアが不思議そうに尋ねる頃には、普段と変わらぬ無表情で黒騎士の背中を見つめているのだった。



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殴り込み

長くなりがちなアガスティア編。……サクサク更新できるようにしといて良かったぁ。


 半ばやけくそになったラカムが操縦するグランサイファーは、帝都アガスティアから放たれる砲弾の雨をモノともせず突き進んでいた。

 

「ほう。流石にこれくらいはやってのけるか」

 

 黒騎士が感心したように呟く視線の先には、直撃するように飛んできたというのに不規則に軌道が変わり逸れていく砲弾があった。

 

「……」

 

 リーシャは全神経を集中させているのか無言で瞑目している。

 リーシャの操る風によって砲弾を逸らしながら突っ込んでいるのだ。

 

 しかしそれもまだ軽い部類の砲弾だからこそできていることであり、戦艦の並ぶ空を潜り抜けられているのはラカムの操舵技術があってのことだ。

 

「このまま停める! リーシャ、風でグランサイファーを受け止めてくれ!」

「わ、わかりました!」

 

 ラカムの操縦とリーシャの風が合わさって、無事一行はアガスティアへと着いたのだが。

 

「……は、吐きそう」

 

 グラン含む何人かはグロッキーになっていた。これ以上ないくらい激しい操縦だったせいで酔ったのだろう。

 

「情けない。さっさと行くぞ」

 

 黒騎士は平然と言い放つと早速集まってきた兵士達を剣の一振りで吹き飛ばす。

 

「できれば殺さずにお願いします。彼らもまた、私の守るべきエルステの民ですので」

「ふん。一応加減はしてやる。だが余裕がなくなったら知らんぞ」

「ええ。民を守ることだけに囚われて目的を失ってはなりませんからね」

 

 真っ先に黒騎士とアダムが船の前に降り立つ。かつての上官にして武力で最強に近い二人を前に兵士達は怖気づいた。

 

「侵入者及び裏切り者のアダム大将を殺せ!」

 

 しかし隊長の一声によって気を引き締め直す。

 

「ここは私にお任せを。皆様を兵士を蹴散らしながら、リアクターのある奥のタワーへどうぞ」

「わかりました。グランサイファーのことはお願いします」

「傷一つつけんじゃねぇぞ!」

 

 剣を構えて悠然と佇むアダムを置いて、黒騎士を先頭に兵士の群れを突破し始める。強引に道を切り開いていく頼もしい一行を見届けて、アダムはエルステの行く末を想う。

 

「頼みましたよ。ではお相手しましょう。ご存知ない方もいるでしょうから、私が大将である所以を味わっていってください」

 

 彼の放つ威圧感に尻込みしそうになる兵士達だったが、ガンダルヴァ中将と戦うよりはマシに見えるという事実が突き動かす。こうして大量の兵士とアダムによる終わりの見えない戦いが始まるのだった。

 

 そんな彼にグランサイファーを任せて大量の兵士が次から次へと押し寄せてくる中を、薙ぎ払うように突き進んでいく一行。

 

「下がれ! 戦闘車が来るぞ!」

 

 兵士の一人が叫んだかと思うと兵士達が一行の前から退き、代わりに手足のある機械が到着する。身体の部分に帝国兵が乗り込み操縦しているのがわかった。腕の先は銃火器になっていて、人では持ち込めない兵器に機動力を足したようなモノだった。

 

「この二八式歩兵戦闘車に平伏すがいい!」

「帝国の新しい玩具か。とはいえ相手にならんな」

 

 黒騎士がさっさと切り捨てようと剣を構えたが、それより前に動いた影があった。二人は息の合ったタイミングで戦闘車の腕を同時に切り落とす。

 

「な、あぁ!?」

 

 乗っていた兵士が驚きの声を上げ、兵器の爆発に巻き込まれる。

 切ったのは【ファイター】姿のグランとジータである。ClassⅣの恩恵が大きくなるように地力を鍛えてきた成果だ。ClassⅣを使いこなせるようになったとはいえ、強力故に消耗も激しい。長い戦いになる可能性もあって最初からは使っていない。

 二人の確かな成長が窺えて、自分達も負けていられないと士気を高める。

 

 一行は帝都の市街地に差しかかった。市街地にはまだ住人もいるようで、一行が兵士に追われているのを見て悲鳴を上げたり逃げ惑ったりしている。

 

「……帝国の人も普通に暮らしていて、なんか申し訳ないな」

「その帝都の人達を犠牲にさせないために走ってるんだから、大目に見てもらおうよ」

 

 グランの言葉にジータが前向きに返す。

 

「ま、待ってください!」

 

 そこでルリアが全員を制止する。

 

「今、なにか……!」

「……ずっと帝都を覆ってる力が、強くなった」

 

 ルリアの言葉に続きオルキスが補足したことで、二人が星晶獣の気配を感じ取ったのだと理解する。

 

「なに? まさかアーカーシャじゃないだろうな」

「……違う。あの時の星晶獣とは違う気配。多分、デウス・エクス・マキナの方」

 

 実際にアーカーシャを身近で感じたことのあるオルキスが黒騎士の懸念を消す。

 

「お、おい! こっちに人が倒れてんぞ!」

 

 ラカムの声に応じて彼の指す方を覗き込み、地面に倒れる人や壁に寄りかかって座り込む人などを見かける。

 

「おい、しっかりしろ! ……ダメか。生きてはいるようだが、反応がない」

「これはまさか、十年前のオルキスと同じ……」

 

 その人達に声をかけたり身体を揺すったりしてみるがなんの反応も返ってこない。その様子を見た黒騎士が言った言葉により、全員がデウス・エクス・マキナの影響だと察した。

 

「チッ。てーことは、既に宰相サンの計画は動き出してるってわけか!」

「おそらく一部にしか影響がないのは、そこまで力が強くないため一気に精神を奪うことができないからだろうな」

 

 帝国の追っ手も少なくなっているのは少なからず影響があったからなのではないかという推測も立てられるが、なんにせよ徐々にではあっても計画は進んでいる。一刻の早くフリーシアを止めなければならない。

 

「その様子を見るに、これをやったのはあなた方ではないようですねェ……」

 

 そこへ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「ポンメルン!」

 

 因縁ある相手の登場に警戒を強めるが、彼の放つ気配は以前のような復讐に身を焼く者のモノではなくなっていた。

 

「……はぁ。それで、これをやったのはあなた方ではないんですねェ?」

 

 彼の後ろには住人と同じように精神を奪われたらしい兵士に肩を貸す者の姿も見えた。

 

「うん。と言っても、それを信じてくれるかわかんないけど」

「全部あのフリーシアってヤツの仕業よ! あいつが帝都全住人を犠牲にして、あんたがルーマシーから運び込んだアーカーシャってヤツを起動させようとしてるの!」

 

 グランが頷き、イオが糾弾するように告げる。ポンメルンは目を見開いてイオの言葉を受け、顔を伏せた。

 

「……そうですか。あの星晶獣が」

 

 そう呟くポンメルンの脳裏には、星晶獣を帝都へ運び込むように命じてきたフリーシアとのやり取りが浮かんでいた。

 

『……宰相閣下。この星晶獣は、エルステ帝国を守るために必要なのですよねェ』

『ええ、もちろん。エルステを守るために、必要な力ですよ』

 

 裏できな臭いことをやっているのは知っていた。魔晶もその一つだが、彼もその恩恵を受けている。それでも帝国を守るためならばと命令に従い動いてきたのだが。

 

「……フリーシア宰相は決してエルステを“帝国"とは呼ばなかった。つまりは、そういうことなんでしょう」

 

 思い返してみれば、「エルステ」とは言っていたが「帝国」とは絶対につけていなかったように思う。それは彼女がエルステ帝国を守るべく動いていたのではなく、エルステ王国を取り戻すべく動いていたからなのではないか。

 今まで見ようとしてこなかったモノが見えてきて、ポンメルンは静かに嘆息した。

 

「ぽ、ポンメルン大尉!」

 

 そこへ呼びかけてきたのは、帝都に住まう住人だった。

 

「? どうかしましたか? あなたも早く避難してください」

「わ、わかっています! ですがその、避難している内に何人かが突然倒れて……」

「そうですか。わざわざありがとうございます。――あなた達は街に倒れた方がいないか探しながら、避難所の方へ向かいなさい。私も後から向かいます」

 

 ポンメルンは冷静に住人へと対応して、自分の連れた兵士達に指示を出した。目の前に帝都を襲撃した敵がいるというのに、兵士達も一切疑問を挟まず指示に従い倒れた住人を抱え移動し、手の空いている者は周辺を探索する。

 住人がわざわざ走り回って彼に情報を伝えたことからも兵士達が素直に命令に従ったことからも、やけに彼の人徳が見えてくるようだった。

 

「貴様、どういうつもりだ?」

「……いえ、前最高顧問閣下。私は帝国の市民を守る軍人ですからねェ。とはいえあなた方の話を全て鵜呑みにするわけにもいきません。なにより今更全てを信じてあなた方を援護する、なんて真似できる立場ではありませんよォ。私にできるのは、精々市民が戦いに巻き込まれないよう避難させるくらいですからねェ」

 

 そう話すポンメルンの瞳には、理性の色が宿っていた。以前見かけたのはルーマシー群島でアーカーシャを回収しに来た時以来だが、その時とは様子が打って変わったように見える。

 

「ふん。まぁいい。貴様程度、魔晶を使ったところで相手にならん。邪魔をしないならそれでいい。さっさと行くぞ」

 

 黒騎士は鼻を鳴らして立ち去っていく。何人かはそのまま後をついていったが、ジータだけその場に残った。

 

「ポンメルンさん、ちょっといいですか?」

「?」

 

 彼に話しかけたジータはなんの用かと怪訝に思うポンメルンへと、強烈な平手打ちを見舞った。

 

「っ!? な、なにを……」

 

 かなり強かったために鍛え抜かれたポンメルンの身体がよろめいた。驚くポンメルンを他所にジータは裏平手を逆頬に叩き込む。その様子を、乾いた音を聞きつけた一行は眺めていることしかできなかった。

 

「ぶっ!」

 

 余程強くしたのか、ポンメルンの両頬が赤く腫れ上がっている。

 

「……今更いい人ぶっても、私はあなたを許しません」

 

 冷たい声音だった。ポンメルンは頬を押さえつつ、視線を逸らして呟く。

 

「……許してもらうつもりはありませんよォ。私はエルステ帝国を、そこに住む人々を守るためならなんでもやる覚悟でいますからねェ」

「守るために必要以上のことをしても、ですか? 随分と都合のいい覚悟ですね」

「……」

 

 ジータの怒りは尤もだ。田舎で多少鍛えた程度の少年少女と裏切った中尉を相手するのに、兵士達以外に巨大なヒドラを連れてくるのは過剰戦力というモノだった。そして呆気なく飛び出したグランは殺されてしまっている。

 

「何度も言うようですが、私はあなたを許しません。ですが、あなたはどうやら街の人や部下の人達に信頼されているようですから、今後のために必要な人だと思いました。なので、殺しはしません」

「……謝罪する気はありませんが、感謝します」

「いりません。さぁ、私の気が変わらない内にさっさと行ってください。ダサ髭」

「ダサ……っ!? わ、わかりましたよォ」

 

 最後に暴言を叩き込みつつ走り去るポンメルンを、後ろから撃つようなこともなく見送った。

 

「じゃあ行こうか」

 

 ジータが普段と同じ顔で振り返ったのだが。

 

「な? ジータは怒らせると怖ぇんだよ……」

 

 ビィの言葉に、大半が頷いていた。その様子を見てずかずかとグランの前に歩み寄ったジータは、同じくらいの威力の平手をグランへと食らわせた。

 

「っ!? な、なんで僕まで……」

「グランが勝手に飛び出したの思い出してムカついたから」

「そんな理不尽な……」

「いいから行くよ。むしゃくしゃしてきたから、私先頭で行くね」

 

 ジータはそのまま黒騎士より先に出ると、ずんずんと進んでいく。

 

「……うんと、こういう時は落ち着くまで好きにさせておいた方がいいかな」

 

 ビンタを貰った方の頬を撫でつつ長い付き合いのグランが言って、一行は一人で進んでいくジータの後ろをついていく。

 

 ポンメルン大尉率いる部隊の範囲を抜けたのかそれとも先の星晶獣の影響で部隊を再編成していたのか、また多くの兵士達が押し寄せてくる。先陣を切るジータとそれに続く黒騎士とグランがいるために問題なく突き進めていたが、見渡す限りの兵士達に囲まれてしまい進む速度が遅くなっていく。

 

「ああもう! キリがない!」

 

 黒騎士の強烈は一撃で一直線上の敵を吹き飛ばしたとしても、すぐに埋め尽くされてしまう。疲労が募るばかりで進む速度が遅れ、もしかしたらこのまま押されていってしまうのではないかという懸念さえ芽生えてくる。

 

「このままじゃ先へ進めねぇ!」

「クソッ!」

 

 いくら倒しても倒しても押し寄せてくる大軍に辟易していたその時、炎と共に一行の前に降り立った人物がいた。炎を撒き散らして帝国兵を退けたその人物は威風堂々と佇み炎の渦から姿を現した。

 

「家臣共、無事か?」

 

 紅の鎧に身を包んだ騎士を、彼らは知っていた。

 

「パーシヴァルさん!」

 

 心強い援軍の登場に、一行の顔が綻んだ。

 

「流石に全軍は連れてこれなかったが、代わりに強力なメンバーを選抜してきた」

 

 パーシヴァルの言葉に続いて、彼の近くに三つの影が降り立つ。

 

「お前達の窮地と聞いては、駆けつけられずにはいられないからな」

 

 黒い鎧を身に纏い、茶髪を流すおそらく最年長の騎士。

 

「団長達には助けてもらった恩があるからな。助太刀する」

 

 黒髪で真面目さが身体から滲み出る短剣を二本携えた青い鎧の騎士。

 

「ここは俺達に任せとけってことだな!」

 

 他三人とは違い完全な鎧ではないが、橙色の衣装を身に着け斧を担ぐ最もガタイのいい金髪の青年。

 

「四騎士の皆さんが来てくれたら、とても心強いです」

 

 パーシヴァル、ジークフリート、ランスロット、ヴェイン。彼らはフェードラッヘ王国の四騎士と呼ばれる者達で、それぞれ騎士団の団長や副団長であったり、以前は団長副団長であった者達だ。星晶獣シルフを取り巻く騒動などで一行と関わりを持っていた。一時とはいえ彼らが国を離れるのは大変だったと思うのだが。

 

「俺達だけではないぞ」

「えっ?」

 

 パーシヴァルの言葉に首を傾げた一行の声に、悲鳴が聞こえてきた。

 

「やぁめぇろおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 女の声が聞こえて、空から帝国兵の群れのど真ん中に縄で縛られた人が落ちてくる。兵士にぶつかって勢いを殺されつつも、成す術なく地面に転がった。あまりの出来事に兵士達も襲っていいのか困惑しているようだった。

 

「お、おい! 急になにするんだよ! 早く助けろ!」

 

 地面に転がったまま芋虫のようにジタバタする彼女だったが、なかなか縄が外れない。その上空には小型の騎空艇が滞空していた。どうやら彼女を突き落としたらしい褐色肌のエルーンの男は、変わらぬトーンで告げる。

 

「そっちは任せたぞ、癇癪玉」

「ふざけんな! ユーステス、おい! せめて縄を解いてくれ!」

 

 仲間割れとも取れる行動に困惑する兵士達を他所に、ユーステスと呼ばれた彼は手に持った銃を縄で縛られた彼女へと向けた。

 

「わかった。解いてやろう」

「待て! それじゃああたしも巻き添えに……」

 

 制止にも構わずユーステスは引き鉄を引き、雷撃を放ち縛られた彼女を撃ち抜いた。

 

「……痛、てぇっ! この、バカユーステスッ!!」

 

 放たれた雷で縄が吹き飛ぶと、痛みに堪えながらも立ち上がった彼女は剣を抜いて振り回した。その威力は圧倒的で、周辺の兵士を紙のように吹き飛ばした。

 

「これで着地できるな」

「……あんたはもうちょっと考えなさいよ」

「ああ。少なくとも仲間にする仕打ちではないな」

 

 ユーステスに続き、アウギュステで見かけたゼタとバザラガまで小型艇から降り立つ。

 

「ユーステス! いくらあたしが逆境に強いからって、酷いだろ!」

「だがおかげで足場ができた。お前の手柄だぞ」

「うん、流石ベア。やるじゃない」

「俺のでかい図体だと狭いのは面倒だからな、助かった」

 

 ユーステスに突っかかるポニーテルの剣使いベアトリクスだったが、三人に褒められて悪い気はしなかったらしい。

 

「へ、へへっ。まぁあたしにかかれば余裕だったけどな」

 

 鼻の下を指で擦り得意気な顔で胸を張った。……チョロい、と三人の意見が一致したのは言うまでもない。

 

「あはは……組織の皆さんも来てくれたのはいいんですけど、なんか相変わらずですね」

 

 ジータがその様子を見て苦笑していた。彼らは星晶獣を狩ることのできる武器を持った組織に属している。フリーシアが星晶獣を手駒にしている以上、有り難い戦力だった。

 

「団長達は先に行け。こんな兵士共に時間を費やしている暇はないだろう?」

「ありがとうございます、パーシヴァルさん!」

 

 強力な援軍の登場によって、一行に詰め寄っていた兵士達との間に隙間ができた。そこを一点突破で突き進んでいく。

 書状を読んで飛んできてくれただろう面々に感謝しつつ、後を任せてタワーへと突き進んでいく。

 

 彼らの戦いの喧騒が聞こえなくなったところで、聞き覚えのある声が二つ。

 

「おっと。これ以上先には進ませないよぉ?」

「強くなったみてぇじゃねぇか。ちょっとは楽しめるんだろうな?」

 

 ハーヴィンの少将フュリアスと、ドラフの中将ガンダルヴァ。二人が率いる部隊が待ち伏せしていた。

 

「ここで出てきやがるか!」

「勢揃い、ってわけじゃねぇがいいだろう。黒騎士のヤツもいるんなら、充分楽しめそうだ」

「ふん。楽しむ余裕があればいいがな」

「僕もいるんだって。どいつもこいつも皆殺しにしてあげるよ!」

 

 好戦的なガンダルヴァに続き、フュリアスも魔晶を使って変化する。

 

「はっ。上等だ。ならどっちが先に倒せるか、競争と行こうじゃねぇか」

「いいよぉ! 勝つのはもちろん、僕だけどねぇ!」

 

 二人が一行へと襲いかかってくる。

 

「僕達も以前のままじゃないんだよ。【ベルセルク】」

「いつまでも負けっ放しは嫌だもんね。【ウォーロック】」

 

 グランとジータがClassⅣを発動する。間違いなく全力で挑まなければならない相手だ。

 とはいえ周りの兵士達も黙って見てはいない。近寄れなくても援護射撃は可能だ。それらの攻撃をカタリナが防ぎ、イオ、ロゼッタ、ラカム、オイゲンが近くの敵と銃で狙ってくる敵を優先的に狙いながら対処する。

 

 必然的にグランとジータ、そしてリーシャと黒騎士が強敵二人の相手をすることとなった。

 

「何度だって、あなたを退けてみせます」

「援護しますよ、リーシャさん」

 

 ガンダルヴァの前にはリーシャとジータが。

 

「加勢の必要はないが……さっさと倒してガンダルヴァを仕留めるぞ」

「わかってるっての」

 

 フュリアスの前には黒騎士とグランが並ぶ。誰も彼もが人を超えた力を手にしている面々だ。故に周囲が加勢することは叶わない。

 

 ビィが弱体化させていない状態のフュリアスの一撃を正面から受け止めるグラン。その度に衝撃波が巻き起こり人を近づけさせないでいた。その中を平然と歩き再生力の高いフュリアスをごりごり削っているのは黒騎士だ。

 圧倒的な強さでフュリアスを追い詰めていく。

 

 しかし反対にガンダルヴァと戦う二人は苦戦していた。

 理由は以前のようにリーシャがガンダルヴァの動きを遅くできないのと、ガンダルヴァが更に強くなっていたからだ。

 

「おらおらどうしたぁ? そんなんじゃオレ様に勝てねぇぞ?」

「くっ!」

 

 ClassⅣを持ってしても苦戦させられるガンダルヴァの実力は計り知れない。しかも以前はガンダルヴァにかつて敗北したヴァルフリートを意識させることで本来の力を発揮できないようにしようとしていたこともある。万全のガンダルヴァに勝てる者は、残念ながら黒騎士ぐらいしかいないだろう。リーシャも結局最後にはモニカの力を借りて勝利した。

 

 しかし苦戦する仲間達の下へ、更なる援軍が到着する。

 耳を劈くような()()の雷鳴が轟きガンダルヴァを引き剥がす。

 

「少しは成長したと思ったが、まだまだだなリーシャ」

 

 それと共に降り立ったのは、リーシャが慕う心強い援軍。

 

「モニカさん!」

 

 小柄ながらに七曜の騎士の右腕とも呼ばれた頼れる船団長補佐である。

 

「リーシャ船団長! ご無事ですか!?」

「皆さんも、来てくださったんですね!」

 

 秩序の騎空艇団が保有する騎空艇が帝都へと乗り込んできたらしい。モニカ率いる大勢の団員達が帝国兵達を蹴散らし援護していく。

 

「儂らもおるぞ!」

 

 更にドラフの老人が自らの拳に魔力を纏わせ兵士を蹴散らしながら突き進んでくる。そんな彼に追従する者達は一様に同じ軍服に身を包んでいた。

 

「し、師匠!? なんでここに……」

 

 イオが驚きの声を上げる。駆けつけたのはバルツのザカ大公だった。四騎士や組織、そして秩序の騎空団とは違い援軍を要請しなかったはずなのだが。

 

「儂の可愛い愛弟子のためとあってはどこへでも駆けつける、というのもあるがの」

「折角ですから私が呼んでおいたんですよ~」

 

 いつの間にか一行の近くにいたいつでもどこでも間延びした口調の変わらない商人が答える。

 

「シェロさんまで!? ここ戦場のど真ん中というか、最前線なんですけど……」

「騎空士のあるところに、万屋あり、ですよ~」

 

 戦闘力がないはずだというのに、焦りの一切見られない笑顔で答えられてしまう。もう苦笑するしかない。

 

「ボス~、お待た~」

「まだこんなところにいたのか」

 

 更には上空を飛ぶ小型騎空艇から二つの影が降りてくる。スツルムとドランクの二人だ。

 

「ふん。どうやら援軍は間に合ったようだな」

「もっちろん~。と言ってもシェロちゃんに任せちゃってたんだけどね~」

 

 二人の登場に黒騎士も笑みを浮かべる。

 

「さっさと行くぞ。ここはこいつらに任せて、鎧と剣を取り返しに行く」

「わかった。……オルキス、こいつらと一緒に先に行っていてくれ」

「……ん」

 

 ここは充分な戦力が揃ったかと、三人はオルキスを置いて別行動をする。その直前黒騎士が渾身の一撃でフュリアスとガンダルヴァを後退させた。

 そのまま周囲の帝国兵を蹴散らし、タワーではない方向へと進んでいく。どうやら宛てがあるらしい。

 

「あれ~? お二人だけなんですね~。ダナンさんは来てますか~?」

 

 スツルムとドランクが一緒にいたダナンを知っているシェロカルテは言うが、

 

「……ダナンも来てる?」

「えっと、私達は見てないですよ?」

 

 オルキスとルリアが反応するが、二人の様子を見てダナンの行方を知っていそうなのは傭兵の二人だけかと察する。

 

「そうですか~。とりあえず目の前の敵に集中、ですね~」

 

 黒騎士の一撃を受けたとはいえ二人はまだ戦えそうだ。援軍のおかげで後衛も加勢できるようになり、以前から連携していたモニカとリーシャ、グランとジータになったことで戦況が覆っていく。

 

 そしてフュリアスとガンダルヴァをなんとか退けると、

 

「お前達はこのまま先に行け!」

「時間がないのじゃろう? ここは儂らで食い止める」

 

 負傷した二人を連れて撤退していく帝国兵とは別にまだまだ兵士が大勢いる。強敵との戦いで疲弊した一行には少しキツいモノがあった。

 

「ありがとうございます、モニカさん!」

「師匠! 無茶しちゃダメだからね!」

 

 一刻を争う今、もたもたしている暇はなかった。後のことを秩序の騎空団とバルツ公国軍に任せて一行は突き進む。

 

 そしてようやくタワーが目の前に来たというところで、急に帝国兵の数が減った。

 

「……なんだ? 急に兵士がいなくなって、罠か?」

「だとしても進むっきゃねぇだろ」

「うん。油断せず行こう」

 

 妙な気配を感じ取りつつも、進むしかない一行はタワーの下へと急ぐ。

 

「来たぞ! 手配犯の連中だ!」

 

 待ち伏せしていたのは必要最低限の兵士四人。だがそれぞれに魔晶を持っていた。

 

「こ、この感覚は……!」

 

 ルリアが魔晶からなにかを感じ取ってはっとする中、魔晶を掲げた兵士達が一斉に唱える。

 

「「「出でよ、マリス!!」」」

 

 魔晶から解き放たれたのは、今までに出会ってきた星晶獣達の変わり果てた姿。

 

 ティアマト・マリス。本体である女性の姿をした部分は黒い仮面と鎧で覆われ、竜の部分も紫に染まっている。

 リヴァイアサン・マリス。海のように青かった身体は黒く染まり、ヒレは赤紫となっている。

 ユグドラシル・マリス。最初に一行を絶望に突き落とした姿そのままだ。

 ミスラ・マリス。歯車が複数重なった姿から、本体部分から鉤爪のようなモノが中央に向けて伸びた姿となっている。

 どれもこれも模倣品であり本物というわけではないのだが、マリス化させられそれぞれが圧倒的な力を持っている。

 

「こんな……」

 

 本体がマリス化したほどではなくとも強大な威圧感が一行を襲い、勝てるのかという疑念が頭をよぎるのだった。




実はこれを書いた直後ぐらいに本編でシュヴァリエ・マリスが出てきました。まぁ既存で通しましょう。六属性全部となるとコロッサス・マリスやらセレスト・マリスを考えなくっちゃいけなくなって面倒なので。


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最上階へ

 兵士四人が出現させたマリス四体は、現れると対峙する一行へと無差別な威圧感をばら撒き始める。一行はマリスの気配に呑まれかけていた。

 

「お、オイラに任せろぉ!」

 

 そんな彼らに光を差すためビィが力を使いマリス達を弱体化する。

 

「――――」

 

 それでも尚、マリスの力は強い。

 

「てめえら、出し惜しみなしだぞ!」

 

 グランが【ベルセルク】のまま構えたことでなんとか呑まれなかったが、一体二体ならまだしも四体ともなると厳しい戦いとなった。

 一斉に攻撃をしかけてきた結果、カタリナのライトウォールもイオの氷の壁もロゼッタの茨の壁も全て、木の根の触手と風と濁流が呑み込んでしまう。

 

 抵抗する間もなく吹き飛ばされた。なんとか意識を保っていたのはグランとジータとリーシャのみ。他全員は地面に倒れ動けない。

 

「クソッ、これじゃあ……!」

 

 折角ClassⅣの力を手にしたというのに、こんな手段を用意しているとは。しかもマリス達はまだまだ序の口とばかりに次の攻撃に移る。

 

「ほ、【ホーリーセイバー】。ファランクス!」

 

 なんとか立ち上がったジータがファランクスで受け止めようとしたが、呆気なく倒されてしまう。

 

「ジータ!」

 

 余波が襲ってくるのも構わず倒れた片割れを呼ぶが、返事はない。完全に意識を失ってしまったようだ。残るはグランとリーシャの二人のみ。カタリナかイオが復帰しなければ体勢を立て直すことはできず、またファランクス以上の障壁でなければ防御は不可能だ。

 【ビショップ】になろうにも防御はできず、【ホーリーセイバー】になろうにも受け止め切れない。

 

 ……ここまで、なのか……。

 

 どう足掻いても勝ち目のない状況に、グランの心が折れかける。気持ちだけでなんとかできる局面を超えていた。どうやっても自分達にこの戦況を覆すことは、できない。

 

 グランが諦めて目を閉じトドメの瞬間を待っていると、

 

「――団長ちゃん。どうやらピンチみたいだね」

 

 場にそぐわない飄々とした声が聞こえてきた。ばっと顔を上げると、グランの目の前には白いマントをはためかせた青年が立っている。

 

 いや、彼だけではない。

 

 同じくマントをはためかせた十人が、彼らの前に立っていた。

 

「し、シエテさん……?」

「そ。十天衆の頭目にして天星剣王と呼ばれる最強の剣使い、シエテさんだよ。シェロちゃんに呼ばれて来てみたらすっごい気配を感じてね。こうして駆けつけたってわけさ」

 

 以前と変わらぬ落ち着いた声音がグランの心に染み込んできて、絶望が和らいでいく。

 

「フュンフ、頼めるかい?」

「あちしに任せて」

 

 大人でも小柄なハーヴィンの中でも、無邪気な子供にしか見えない杖を持った少女がくるりと振り返って一行に向けて杖を翳す。

 

「元気になっちゃえーっ」

 

 彼女の魔法により、一行の傷が全て塞がっていく。傷の深さに関わりなく全員が万全の状態で目を覚ました。

 

「あれ、フュンフちゃん?」

「へへーん。ジータ、ほめていいんだよー?」

「……そっか。フュンフちゃんが治してくれたんだ。ありがとね」

 

 目が覚めたジータはフュンフの姿を見て目を丸くするが、あっさり意識を持っていかれたことと攻撃を受けたはずなのに痛みが消えていることから、彼女のおかげだと察する。褒められたフュンフは嬉しそうにしており、その様子は歳相応だった。

 

「この状況は……一体どういうことだ?」

 

 マリスを牽制するように佇む十天衆を見てか、戻ってきた黒騎士達が怪訝な顔をしている。黒騎士は鎧と剣を取り戻したらしく、漆黒のフルアーマー姿である。

 

「あれれ~? 十天衆じゃない~? まぁマリス化した星晶獣四体なら、過剰戦力ってわけじゃないのかな~」

 

 マリス四体を相手にした場合、今度なにが出てくるかわからない中で全員が全力を出し切る必要がある。そうなっては厳しい戦いとなってしまうだろう。

 

「……説明は後だ。それより、貴様だけか黒騎士」

 

 腕組みをし黒い仮面を被ったエルーンのシスが尋ねる。彼が誰のことを聞いているのかわかった黒騎士は憮然とした顔になった。

 

「さて、知らんな」

「あ、ダナン君なら僕達と一緒にここ来てるよ~」

「話すのか」

「だって三人で会ったシェロちゃんとかソーンさんとかいるし~。どうせわかっちゃうでしょ」

 

 黒騎士は知らなかったが、同行していたドランクがあっさり話してしまう。

 

「……そうか」

「シス君ってばあの時彼に負けてからリベンジするために頑張ってたもんね」

「し、シエテ。それは言うなと言っただろう」

 

 グラン達は知らなかったが、ダナンは無理矢理シスから勝利を捥ぎ取ったことがあるのだ。

 

「ふん。あいつも格段に強くなっているぞ。また負けるかもしれんな」

「……ここで話しても仕方がない。いずれ再戦するまでのことだ」

 

 黒騎士の挑発的な言葉には乗らず、シスは冷静なまま告げる。

 

「君達。いい加減手伝ってくれないか? いくら僕でもそろそろ厳しいんだよ」

 

 話している最中マリス四体の攻撃を引き受けていた槍使いのウーノが苦言を呈す。

 

「あ、ごめんごめん」

 

 信頼しているのか軽く謝ったシエテは剣を抜いて構えた。

 

「さて、団長ちゃん。ここは俺達に任せて先に行っていいよ。俺達十天衆は最強の騎空団だ。でもそれは力や能力という点で優れているだけに過ぎない。ルリアちゃんやビィ君みたいな特別な力はないんだよ。この先に君達の力は必要不可欠になる。だからここはお兄さん達に任せてタワーの方へ行って」

 

 シエテが珍しく頭目らしいことを言って背中を押す。

 

「はい。じゃあ任せます!」

 

 言ってグラン達は十天衆に後を任せてタワーへと走る。一行への攻撃は十天衆が防いでいた。

 

「私なら弱体化したマリスを一人で一体、いや二体は倒せるだろうな。五人がかかりで私を倒した貴様らが四体程度倒せないなどとは言わせんぞ。倒したらさっさと上がってこい。この程度で全空の抑止力などと宣えると思うなよ」

「……あなたは一言多いんですよ」

「カトル。今は目の前の敵に集中して」

 

 挑戦的な言葉を残して一行についていく。

 

「ごめんね~。あれがボスなりの激励ってヤツだから、気を悪くしないでね」

「不器用な雇い主なんだ。許してくれ」

 

 長い付き合いの二人は黒騎士をフォローし後を追う。

 

「それじゃあ、俺達も本格的に始めようか! 皆、十天衆の力を見せつけてやろう! 相手にとって不足なし、だからね!」

 

 シエテの号令があり、巻き込まれそうな味方もいなくなったことで十天衆が本格的に動き出した。とはいえマリスは強力だ。黒騎士は強気に言ったが、劣化コピーが弱体化したとはいえ二体相手にした場合はキツくなってくる。回復のエキスパートであるフュンフがいる限り負けることはないが、勝敗が長引くのは避けられなかった。

 

「……頼んだよ、団長ちゃん」

 

 強くなり、七星剣を使いこなすに至ったグランの成長を感じ取っていたシエテは、後のことを託そうと決めていた。故に、ここで全力を出し切りなんとしてでも目の前の敵を倒す。

 

「最初っから本気で行くよ~」

 

 軽い声とは裏腹に、千に及ぶ剣拓を出現させる。天星剣王シエテの、紛れもない本気である。

 

 ◇◆◇◆

 

 十天衆の心強い加勢により、絶望的に思われたマリス四体を抜けタワーまで辿り着いた一行。フュンフの回復のおかげで疲労も怪我もなくなっていたのだが。

 

「……」

 

 タワー一階で待ち受けていたのは、先程相対したフュリアスだった。しかしその様子はおかしく、普段の嘲笑もなにもない。

 

「ふ、フュリアス、でいいんだよな?」

 

 あまりの変わりようにラカムも驚きを隠せない。

 

「き、きっと魔晶の使いすぎで精神が磨耗してしまってるんです」

 

 ルリアの沈痛な面持ちに納得した一行は、無言で襲いかかってくるフュリアスを早々に倒す。ビィが赤い光によって魔晶を切り離した。

 

「ふん。甘い連中だ」

 

 手早く倒したことによって、フュリアスは使い潰れる直前の状態で保護されたのだった。辛うじて息がある状態ではあったが。

 

「なんとか最悪の事態は免れたか……」

「……こいつは嫌なヤツで最低なヤツだけど、でも死んでいいってわけじゃないものね」

 

 フュリアスの脈を確認したカタリナとフュリアスに同情したイオがそう言った。

 

「そうね。私達は先に進みましょう。一刻も早く、こんなことを終わらせるためにね」

 

 ロゼッタの一言に頷いた一行は、二階へと進む階段を上がり始める。

 

「――――」

 

 しかし、そこへ突如マリスと化したリヴァイアサンが現れた。

 

「なにっ!?」

「タワー前のじゃねぇ! 別のヤツを呼び出しやがったんだ!」

 

 驚く一行の前に、ある人物が現れる。

 

「誰か一人残して、先に行きなよ。そしたら残る三体は別で出現させてあげるからさ」

 

 窓枠に腰かけていたのは、ザンクティンゼルで出会ったロキとフェンリルだった。彼の手には三つの魔晶が握られている。

 

「ロキ! 貴様がなぜここに!」

「なぜ、って。ここはエルステ帝国の首都。僕はエルステの皇帝だよ? 僕がここにいるのは不思議じゃないと思うんだよね」

 

 変わらぬ薄ら笑いを浮かべたロキはなんてこともないように告げる。

 

「ふん。貴様が皇帝か。確かにオルキスの父君、ビューレイスト様の面影はある。だが星晶獣を連れながら自ら手を下さないとはどういうつもりだ?」

「僕は楽しければそれでいいと思ってるんだ。だから大勢で押しかけて戦力過多にならないよう、調整してあげてるんだよ。傷つきながらも死闘を経てようやく倒す、この方が見てて楽しいとは思わないかい?」

 

 まるで物語を傍観しているだけの人間のような言葉に、寒気すら覚えた。

 

「もちろん、それで君達が勝てる保証はないけどね。むしろ勝てないと思ってるんだ。だからこそ、勝って欲しい。予想された勝利ほどつまらないモノはないんだよ」

「やっぱ腐ってやがんな、てめえ」

「はははっ。……ほら、早くしないと僕の気が変わって、残る三体と僕とフェンリルで殺しにかかっちゃうよ?」

 

 冗談みたいな動機だが、彼の目は本気だった。今は黒騎士もいるとはいえマリス四体とあの二人を相手取るのは難しい。しかし誰か一人というのは厳しい条件だった。弱体化しているとはいえそれこそ最低でもリーシャくらいには強くなければならない。

 

「ここは俺が残るとするかぁ」

 

 そこで歩み出たのはオイゲンだった。

 

「あいつは模倣品とはいえリヴァイアサンだ。どんなあいつであれ、止めてやりたいんだよ」

 

 例え本物でなくとも大恩ある海の神を見捨てるわけにはいかないと、彼は残るつもりのようだった。

 

「ふん。いつまで経っても成長のない男だ」

「ははっ。まぁ、男なんてそんなもんだ」

 

 黒騎士の呆れた声を笑い飛ばし、

 

「ほら行け。俺も鍛え上げたんだ、後から追いつくからよ」

 

 オイゲンは愛用する銃を肩に担ぎ、一人階段を下りてリヴァイアサンと対峙する。

 

「任せたからな、オイゲンのおっさん」

「おうよ!」

 

 オイゲンに声をかけて階段を上がり二階へと上がっていく一行。黒騎士は他の全員が去ってからゆっくりと階段を上がっていく。それを見届けてロキとフェンリルも転移していった。

 

「……精々死ぬなよ」

 

 微かに聞こえた声に振り返れば、既に二階へと消えていく直前だった。思いがけない言葉に、オイゲンは驚き次第に笑みを浮かべる。

 

「……ははっ。悪ぃな、リヴァイアサン」

 

 笑ってリヴァイアサン・マリスへと向き直る。

 

「子供に応援された親父ってのは、無敵なんだよ……!」

 

 本音を言えば勝てるかどうかは怪しかったが、今の彼は負ける気がしていなかった。全身に気力が漲り、全盛期の頃よりも強くなったようにさえ感じているのだった。

 

「じゃあ次はこれだね」

 

 二階へと上がった一行を先回りしたロキは続いてティアマト・マリスを出現させる。

 

「さぁ次は誰が残るかな?」

「俺が残ってやるよ。ティアマトに恩があるのは俺だからな。ほらさっさと行け!」

 

 あっさりとラカムが名乗りを上げて、他を先に行かせた。

 

「じゃあここはユグドラシル・マリス――」

「ならアタシね」

 

 三階。元々そのつもりだったのか、ユグドラシルが相手ならとロゼッタが名乗り出る。

 四階はミスラ・マリスとそこまで他三体より因縁深くはなかったが、

 

「じゃあここは僕達が残ろうかな~。二人でもいいよね、皇帝陛下?」

「ああ、うん。いいよ。……意外とあっさりしたモノだね。もっとこう、ドラマチックなモノを想像してたんだけどね」

「もちろん死闘になるのは変わらないだろうけど、一度見本を見せられちゃってるからね。そうなったら僕達大人が背中を押さないと」

「ふぅん。まぁいいや。人数が減るなら二人でもいいよ。三人だと難易度下がるだろうからダメだけど」

 

 ロキに許可を貰いスツルムとドランクがミスラ・マリスと相対する。

 

「僕の手持ちはこれだけか。じゃあ後は好きにしていいよ。ただし戻るのは厳禁だ。君達の健闘を祈ってるよ」

 

 ロキは変わらず薄ら笑いを浮かべて消える。

 

「……二人共、がんばって」

「こいつらは心配するだけ無駄だ。行くぞ、オルキス」

 

 声援を送るオルキスと、信頼した様子の黒騎士。四階は二人に任せて五階へと向かったのだが。

 

「……これは一体、どういうことだ?」

 

 五階に上がった彼らは、壁をぶち抜かれた様子を見てなにがあったのかと怪訝に思う。

 

「ここで侵入者と、宰相様が戦ったらしいぜ」

 

 そんな一行の前に姿を現したのは、ガンダルヴァだった。

 

「侵入者だと?」

「ああ。詳しくはオレ様も知らねぇが、宰相様は魔晶を使ったらしいな。今はあいつも戦力の内、ってわけだ」

「そんな情報を教えていいのか?」

「ふん。隠す必要もねぇ情報だ。それに、魔晶なんか使って手に入れた強さなんざ興味はねぇ」

 

 ガンダルヴァは答えると、最初から太刀を抜き構えた。

 

「オレ様はオレ様の強さで最強になる。ただそれだけだ」

 

 裏表もない彼の言葉には、全てが込められている。

 

「皆さん。ここは私が。次こそは、決着をつけます」

「リーシャ殿。ここは私も残ろう」

「か、カタリナさん?」

 

 一人で挑む予定だったらしいリーシャの横に並び立ったのは、カタリナだった。

 

「君は確かに強いが一人で気負うことはない。この中で君に合わせられるのは私ぐらいだろうが、助力しよう」

「わかりました、お願いします」

 

 残る戦力と彼我の実力差を考え、助力してもらっても問題ないと見て頷く。

 

「オレ様がここを通すとでも思うか?」

「通すさ。そのために私も残るのだからな」

 

 ガンダルヴァの言葉にカタリナは不敵な笑みで返してみせる。

 

「カタリナ……」

「心配するな、ルリア。必ず追いつく。そして、指一本触れさせる気はない」

 

 心配そうなルリアを安心させるためか、きっぱりと告げた。

 

「ほう? なら止めてみせろ!」

 

 面白いとばかりに笑うと、太刀を抜いて狙い通りルリアへと迫り振るった。黒騎士は確実に反応できたはずだが割り込む気はないようだ。本人が守ると言ったのだから手出しはしないという意思表示だろうか。

 

 ガンダルヴァの太刀はルリアに当たる直前で障壁によって阻まれる。障壁にはヒビが入っていたが、加減なしの一撃を受け止めるだけの強度は持っているようだった。

 

「ほう? なるほどなぁ。リーシャと黒騎士とそこの双子以外でオレ様と張り合えるヤツはいねぇと思ってたが、不足はねぇようだな」

 

 ガンダルヴァはカタリナを過小評価していたことを認め、太刀を引き改めて二人と対峙する。

 

「皆さんは先に行ってフリーシア宰相を止めてください」

「頼んだぞ」

 

 リーシャとカタリナは臨戦態勢のまま告げた。

 

「これはオレ様も他のヤツに構ってる暇はなさそうだ。最初っからフルスロットルで行くぜ!」

 

 敵も闘気を身に纏い二人の相手に集中する。その間に残りは六階へと上がっていった。

 

「……また貴様か」

 

 六階で待ち受けていたのはロキとフェンリルだった。

 

「そう言わないでよ。別に戦う気はないんだからさ。僕は君達の活躍を見ていたいだけ」

「悪趣味なことだ。だがもう貴様らとフリーシアしかいないだろう? 一人ずつ残ったとしてそう苦戦するとは思えんがな」

「それもそうだね。君がいると上手くバランスが取れないんだ。仕方ない。フェンリル、彼女だけは食べれるなら、食べてもいいよ」

「チッ。まぁいい。食えるなら食ってやればいいだけだ!」

「あ、僕も多少は加勢するからね? いいハンデでしょ?」

「ああ。封印された星晶獣程度で私を止められるわけもないからな。ただし、参戦する以上命の保証はせんぞ」

「ふふっ。いいね、君のそういうところは見てて楽しい。さぁ残りは行って、宰相サンを止めておいでよ」

 

 黒騎士の強さへの信頼もあってか、一行はすんなりと彼女を置いて階段を上がった。

 

「……ようやく来ましたか」

 

 七階に上がった一行を待ち受けたのは、全ての元凶であるフリーシアその人だ。

 

「ロキ――あの皇帝陛下が妙な根回しをしているようですが、関係はありません。人数が減っているというなら好都合。ここで始末して差し上げましょう!」

 

 フリーシアは懐から魔晶を取り出すと、ポンメルンやフュリアスとは異なる蜘蛛の姿となる。

 

「止められるモノなら止めてみなさい! ClassⅣとやらの実力はたかが知れています! さぁ、かかってきなさい!」

 

 戦闘のできる者はグランとジータ、そしてイオ。ビィも力を発揮できるし、ルリアとオルキスは星晶獣でフォローも可能だ。しかし野望のあと一歩というところまで来ているフリーシアは、なんとしても彼らをここで止めなければならないという覚悟があった。

 

 それは執念と呼ばれるモノだった。




やってしまった……。
一人ずつ残っていくヤツ。

これで更新が空いたら飽きられそうですね。次回からそれぞれ片付けていきます。


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十天衆VSマリス

 タワー前。ティアマト、リヴァイアサン、ユグドラシル、ミスラ。それぞれの劣化コピーが魔晶によってマリスと化した状態で、同じマリス以外の周辺にいる全てを壊そうと暴れ回っていた。

 

「手分けした方がいいと思うかい、ウーノ」

 

 それら四体の化け物を相手に絶え間なく剣拓を放ち続けるシエテは、正面で後衛を務める者達を守っているウーノへと声をかけた。

 

「そうだね。フュンフと僕、ニオはそれぞれに役割がある。エッセルとソーンは遠くから射撃してもらうのがいいだろう。となるとサラーサ、オクトー、シエテ、カトル、シスの五人が前に出てそれぞれと戦ってもらった方がいいかもしれないね」

「そうだねぇ。じゃあカトルとシスはあの変な形のヤツをお願い」

「なんでこいつと組まなきゃいけねぇんだよポンコツ頭目が!」

「……ぽ、ポンコツ頭目って……流石に傷ついちゃうんだけどなぁ……」

「……俺は構わん。誰と組もうがやることは変わらないからな」

「カトル。ここでシエテに従って」

 

 苛立つカトルをエッセルは窘めると、姉には逆らえないのか舌打ちしつつも変な形をしたヤツ――ミスラ・マリスへと目を向けた。

 

「足引っ張んじゃねぇぞ」

「……当然だ。お前こそ足手纏いになるなよ」

「はっ! 上等だ。その辺の素人に倒されやがった負け犬が、なにが最強の十天衆なんだか」

「……ふん。最初に気絶したどこかの十天衆も、充分情けなかったがな」

「チッ……!」

「けんかはダーメ。敵はあっちでしょー?」

 

 共闘するというのに言い争う二人をフュンフが諌める。流石に最年少の彼女に言われては子供っぽく言い合うことはできないようで、

 

「……お前は動きを鈍らせろ。その隙に俺が叩く」

「……悔しいですがそれが一番良さそうですね」

 

 ようやくまともに共闘する気になったようだった。

 

「よぉし、だったら誰が一番早く倒すか競争だっ!」

 

 自分の身長ほどもあるのではないかと思う斧を担ぐのはドラフの少女だ。サラーサは最強の斧使いとされながら武器が剣に変形するという特異な十天衆である。

 

「ではサラーサよ。どの獲物を狙う?」

 

 顔を白塗りした白い長髪のドラフが刀を携えて尋ねる。

 

「んー。あの水出してくるヤツがいいぞ。あいつ焼いたら美味そうだ」

 

 少し悩んでから、サラーサはリヴァイアサン・マリスを指差した。

 

「あいわかった。では儂は龍と共にある女子を狙うとしよう」

「オクトーがそっちなら俺があの木を操る子、ってことになるね」

 

 刀使いオクトーの言葉にシエテが余ったユグドラシル・マリスを見つめる。

 

「じゃあウーノは防御。隙が出来たら攻撃に回ってもいいよ。フュンフは回復。いざって時のためにあんまり攻撃はしなくていいかな。エッセルとソーンは俺達の援護を頼む。ニオは支援で」

 

 シエテが指示をまとめると、早速全員が動き出す。

 

 最初に動いた、流れてきたのは琴の音色だった。

 

「手伝うからその子達の嫌な旋律、早く消して」

 

 ハーヴィン特有の小柄な体躯でありながらもどこか大人っぽさを感じさせる女性が琴を爪弾き澄んだ音色を響かせる。

 

「クオリア」

 

 楽器使いの十天衆ニオは旋律による強化と弱体を得意としている。彼女の奏でる旋律を味方が聞けば普段以上の身体能力を発揮することができる。

 そしてその上がった身体能力で、主力となって四体に挑む五人が戦闘に入る。

 

「ヴォーパルレイジ!」

 

 最初にサラーサがリヴァイアサンへと斧による一撃をくわえ、同時に自身を強化する。ドラフ由来の怪力で叩きつけられた斧によってリヴァイアサンが大きく怯んだ。

 

「まだまだいっくぞーっ!」

 

 そのままリヴァイアサンへと続けて斧を振るう。大振りで一見隙だらけに見える攻撃だが、リヴァイアサンが反撃に出ても寸前で回避されてしまう。彼女はシスのように技を極めた者ではない。むしろそういったモノには縁のない戦い方である。ただ力いっぱい、獲物へと攻撃を叩き込む。それでも戦いが成り立っているのは、彼女の類い稀な身体能力と、野生で培ってきた勘のおかげだった。勘が働けば攻撃の予兆を感じ取り攻撃が発動する前に身体を動かすことができる。そしてその勘に見合った動きのできる身体だからこそ、彼女は強い。

 

 弱肉強食、弱ければ淘汰されるだけの野生で生き抜いてきただけの強さを持って、リヴァイアサンと互角以上に渡り合っていた。他と違って手加減など考える人柄ではないのだが、その強さはグランが【ベルセルク】を使いこなした時に匹敵する。

 

「うむ。いつでも元気なのが、童の特権よ」

 

 そんなサラーサの戦い振りを見守っていたオクトーも、己が使う武器を携える。

 彼は刀神と呼ばれるほどの刀の使い手で、片手に一本ずつの刀を使う上に長い白髪でも刀を握る。髪を自在に動かすことができるという点でも、仙人の域に達しかけているほどだった。

 

「――心解。では参ろうか」

 

 自己強化も忘れず、(まみ)えた強者へと近づいていく。彼と対峙するのはティアマト・マリス。竜を従えた緑髪の女性である。

 近づいてくるオクトーに対してなにもせず見ているだけではなもちろんなく、ティアマトは竜の口から風を凝縮した砲弾を発射した。直撃を受ければ身体が細切れになるようなそれを、オクトーはタイミングを合わせて刀を振るうだけで応える。難なく真っ二つに裂けた風の砲弾は切れた半分が丁度オクトーの巨体を避けるように飛んでいく。

 

「――――」

 

 この程度児戯に等しいと言わんばかりにオクトーが近づいてくる。怒りを込めてティアマトは咆哮し竜の口から一斉に砲弾を放ち続けて乱発してきた。

 

「無駄よ」

 

 静かな言葉と共に接近してきた砲弾を振るった刀で両断、淀みなく動き続けて真っ二つにしていく。両手と髪で持った刀を容易く、そして静かに振るいながら徐々に近づいていく。緩やかではあったが淀みのない動きに彼が砲弾を放たれた時点でどう動くのか視ていることが理解できる。

 

 ティアマトは砲弾では埒が明かないと思ったのか、竜の口から砲弾を放ち続けながら両手を上に掲げて特大の風の塊を作り出す。時間稼ぎの砲弾をやめ、その塊をオクトーへと放つ。塊がティアマトの手から離れた瞬間に人を呑み込む竜巻と化した。地面が剥がれ巻き取り粉々に砕く災害の顕現を、オクトーは静かに見上げると口元を吊り上げた。

 

「ははははは、面白い……!」

 

 両足でどっしりと地面に踏ん張ると身体を大きく回して髪で持った刀に遠心力を加算する。そして竜巻が近づき間合いに入った瞬間にその刀を振り上げた。

 

 暴風を撒き散らす竜巻が縦に両断され、霧散する。

 

「――――」

 

 これにはティアマトも驚いたらしく、顔に感情が少しだけ見えていた。

 

「星の獣と斬り合う機会は多くなし。存分に奮おうぞ!」

 

 出会ったことのない強者と相見えた高揚感に身を昂ぶらせながら、接近したオクトーとティアマトによる戦いがより激化していく。

 

「シュリーヴァトサ!」

「惡門・羅刹。鬼門・修羅。迅門・紫電」

 

 カトルの攻撃がミスラ・マリスを襲うと敵の動きが遅くなる。その間にシスが持てる強化を全て行い攻撃に備える。しかし、相手はミスラだ。じじ、という不快な音がしたかと思うとミスラの動きが回復する。

 

「クソッ! こいつ弱体を!」

「仕方ない。俺が削る。攻撃が当たらないようにフォローしてくれ。治されるまでの間は効果があるだろう」

「偉そうに命令すんじゃねぇよ根暗暗殺者! ……チッ。やってやるよ」

 

 弱体を自動的に回復するミスラとカトルの相性はすこぶる悪い。とはいえ治るまでの僅かな時間だけでも効果があるなら問題ないのがシスであった。悪態は吐きつつも理解しているのか断りはしない。

 

「ふん」

 

 シスが本気で駆け出す。強化を十全に行った状態のシスが本気を出すと、同じ十天衆であるカトルでさえ姿を捉えることが難しくなる。爪で正面から一撃当てた直後には背後から一撃が入る。ダナンと戦っていた時が如何に手加減していたかがわかる速度と威力だった。

 それでも巡り合わせによって攻撃が当たることもあるので、そういうのを先読みして弱体をかけるのがカトルの役目だった。そのタイミングと命中精度から、これも同じ十天衆にしかできないことであるとわかる。

 

 ミスラがシスの攻撃に対応しようにも速すぎて捉えられないこともあり、今はまだ一方的な戦いとなっていた。

 

「皆張り切ってるねぇ」

 

 頭目のシエテは剣拓を放ってユグドラシル・マリスの伸ばしてくる木の根の触手を切り裂きつつ情報を収集していた。

 

 ……桁外れの再生力だけど、強度は問題なさそうかな。

 

 切り飛ばした側からすぐに再生していくのは厄介だが、剣拓を無数に操るシエテにとっては造作もない。

 

「問題は削り切れるかだよねー」

 

 絶え間なく剣拓でユグドラシルを牽制しつつ考え込む。桁外れの再生力を持つユグドラシルを倒すには再生力を上回る火力が必要だ。おそらく通常通り奥義を撃っただけでは倒せまい。シエテの奥義は剣拓を無数に叩き込むというモノだけに、一瞬で敵を消し飛ばすには向いていないのだ。

 とはいえ他の手を借りるとなると頭目としての威厳に関わる。折角リーダーっぽく指示なんかも出してみたというのに、最後は自分だけ他の手を借りて敵を倒しました、じゃ格好がつかない。

 だが彼最大の自己強化である剣光を付与しようにも手数の多い敵に対しては使いづらいという欠点がある。剣光は集中力を要するため攻撃を受けてしまうと解除されてしまうのだ。発動にも集中が必要なので剣拓で牽制しながらだと厳しい相手もいる。それが目の前の敵だ。

 

「ま、でもやるしかないよね」

 

 必要とあらばどうにかして実現する。それだけの力が彼には備わっているはずだった。

 

 百本の剣拓を出現させユグドラシルを襲う。そうして切り刻んでいる間に集中して剣光を発動させた。すぐに再生した触手が襲ってくるが一振りで切り捨てる。

 

「じゃあ俺も、本気でやっちゃうよ」

 

 ニヤケ顔を真剣なモノへと変えて、シエテが駆けた。直後に伸びてくる木の触手を瞬時に出現させて剣拓で細切れにして接近するが、すぐさま再生してしまいシエテへと接近してくる。しかし剣拓を飛ばすだけで勝てるからそうしているだけで、彼自身の剣の腕前はそのままオクトーとも打ち合えるほどである。剣閃を瞬く間に二度三度と閃かせるだけで触手が吹き飛び彼が接近するまでの道を拓かせる。

 接近すると少女のような本体近くをゆらゆらしている口のある触手が牙を剥く。すかさず放った剣拓でも切り落とすまでにはいかず多少削るだけで動きを止めることは敵わない。それでも剣が振るった剣によって真っ二つに裂けると再生のための時間を稼ぐことができた。その間に、更にシエテは懐に潜り込む。そして本体へ向けて渾身の一振りを叩き込んだ――のだが、直前で集まってきた触手が本体を守るように塞いでおり、ダメージは通らない。再生すれば一斉にシエテに襲いかかってきて、軽やかに後退することとなった。

 

「ま、そう簡単にはいかないよね」

 

 苦笑しつつ、やはり本体ごと倒すには剣光の段階を最大まで上げる必要がありそうだと目安を立てる。

 シエテは更に情報を集めるため、ユグドラシルとの戦いを続けるのだった。

 

 一方、演奏中のニオは兎も角エッセルとソーンは比較的手持ち無沙汰だった。単体ならClassⅣでも対応可能に思える程度の敵に十天衆が出張っているのだ。相性の問題こそあるが基本的に一人一体で充分な戦力だ。加勢する必要もないと思えるくらいに善戦していた。

 それでも攻撃の出鼻を挫かせたり弾いたりはしているが、全力で戦ってはいない。

 

「ねぇ、エッセル。気づいてる?」

「ん。敵が来てるね」

 

 後方支援に徹していた二人が、背後から迫る複数の足音を聞きつけ振り返る。

 

「帝国兵ね」

「そうみたい。ソーン、任せていい?」

「ええ、もちろん」

 

 エッセルはソーンが抜けた分の援護のフォローをして、彼女に後方からの敵襲を任せた。

 ソーンは両足に光の輪を作って空を飛ぶと、弓に光の矢を番える。後ろから大勢の帝国兵が列を成してこちらに向かっているところへと矢の先を向けた。

 

「ふっ」

 

 引き絞った矢を放つ。高速で飛んだ矢は無数に分裂して帝国兵に降り注いだ。矢は鎧を容易く貫き、混じっていた歩兵戦闘車ですら穿つ。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 たった一発でほぼ壊滅状態に陥ったことで、僅かに残った兵士達は怯え足を止める。その間に第二射を構えていたソーンはもう一度矢を放ち、残る兵士も全て片づけた。

 

「残念だけど、化け物に対抗するなら化け物じゃないと相手にならないわ」

 

 どこか寂しそうに言い放つと、元の位置にまで降りて離れていたマリス達との戦況を確認する。

 

「お疲れ様。問題なく終わったみたいだね」

「ええ。こっちも、変わらないみたいだけど……」

 

 エッセルが先程より忙しなく援護しているのを見て、ソーンも援護射撃の役割に戻る。そうすると余裕が出てくるため、雑談することができた。

 

「それにしても、十天衆と渡り合えるほどの相手が四体もいるなんて、あの子達も随分凄いことに巻き込まれてるのね」

「うん。でも団長達も強くなってる。天星器も使えるようなったみたいだから」

「エッセルも気づいたの。……団長さん達と戦う日も近いのかもしれないわね」

 

 そう呟く彼女の顔には嬉しさと悲しさが表れている。自分と同じ領域にまで上がってきているという嬉しさはあるが、人格的に問題ないとはいえ十天衆に差し迫る力の持ち主の出現は警戒しなければならないことだ。ウーノは十天衆を全空の抑止力として見ている。実際に効果が現れているとは未だ言い難いが、それでも効果自体がないわけではないはずだ。その強さを揺らがす存在は少ない方がいい。

 

「団長達の話?」

 

 そこに強化と弱体を終えて手持ち無沙汰になったニオが加わってくる。

 

「ええ。あの二人は強くなったから、近い内に私達と戦うことにもなるかもって」

「そう。でももし九界琴を使いこなせるようになったら、二人と一緒に演奏してみたい。勝ち負けは二の次」

「ん。ニオはそれでいいと思うよ」

 

 心の在り様が旋律として聞こえるニオはグランとジータの類を見ないほどいい旋律を好いていた。直接会えば二人の人の良さがわかるので、他の十天衆もそうだろうとは感じていたのだ。

 

「これでは本当に、シエテの思ってる十天衆になってしまうね。もちろん、君達の実力は知っているけど」

 

 四体それぞれに頼りになる戦力が挑んでいることで攻撃の手が止まり、防御を一手に担っていたウーノがよっこらせと腰を下ろす。

 

「ウーノ。あなたは戦闘に参加しないの?」

「参加しなくても充分だよ。それに、加勢しようものなら怒られてしまうね」

 

 ソーンの問いにウーノは苦笑して四つの戦いを眺めた。

 

 獲物を狩るべくリヴァイアサン・マリスと戦うサラーサ。

 強者と戦うことに楽しげなオクトー。

 言い合いながらも連携ができているシスとカトル。

 そして無理に剣光を上げようとはせず戦うシエテ。

 

「それもそうね。サラーサは獲物を横取りするな、って怒りそうだし」

「オクトーは楽しそうに戦ってる。無粋な真似を、って言いそう」

「シスとカトルはもう二人で戦わされてるから、プライドがちょっと傷ついてるんじゃないかな。ウーノが加勢したらいらないって言うと思うよ」

「そうだね。シエテも頭目の威厳を保つなら一人で勝って然るべき、ということだ」

 

 四人がそれぞれの戦いに対して述べると、確かにどの戦いも割って入るのは味方に悪いのがわかる。

 

「僕は余波や流れ弾から君達を守る役目があるから、ここを動かなくてもいいという理由にもなる」

 

 ウーノは穏やかな声で続ける。彼とシエテで選んだ十天衆なら問題なく勝てると確信しているようだった。もちろんそれは他の三人も同じ気持ちである。

 

「あちしも参加しない方がいーい?」

 

 誰かが怪我をした時のために、という備えが役割のフュンフは暇そうにしている。できれば参加したいという気持ちが強いようだ。

 

「そうだね。いざという時のために。君達は最後の一押しが来るまでお喋りしていてもいいと思うよ」

 

 ウーノは言いながらも立ち上がり、お喋りの邪魔をしないためか少し前に出て槍を構えた。

 彼の厚意に甘えて、ただし援護は忘れずにお喋りに花を咲かせる四人であった。

 

 そしてしばらくして、互角の戦いを傾かせるために動き出した。

 

「ソーン! ニオ! 敵の動きを封じてくれ! 一気に決める!」

 

 シエテから珍しく勇ましい声が飛んでくる。流石に無傷とはいかないのか、お揃いの白いマントが所々切り裂かれていた。雑談していたとはいえ油断はしていない二人はすぐに行動を起こす。

 

「ディプラビティ!」

 

 まずソーンが無数の弱体を一気に付与する特製の矢を四体へと放つ。動きを止めるのなら麻痺か睡眠が欲しいところだが、ティアマト・マリスに麻痺がかかったのみだった。それでも大幅に弱体化できるので、そこをニオが旋律を奏でて補強する。

 

「私の旋律で、ゆっくりお休み」

 

 強化とはまた別の穏やかでゆったりとした旋律が奏でられ、思わず寝入ってしまいそうになった。ソーンのディプラビティによって弱体がかかりやすくなっていることもあってか、四体全てに彼女独自の弱体である、昏睡が付与された。昏睡状態は睡眠と同じく無防備な状態となって大きな隙を晒す上に、ちょっとやそっとのことでは目を覚まさないという強力な弱体である。

 

「クオーレ・ディ・レオーネ! さぁ皆、これで決めるよ!」

 

 剣光を最大まで上昇させていたシエテが奥義の威力を高める強化を全員にかけて、準備は整った。

 

「あちしからいっくよー! スーパーミラクルエクストラハイパーアタック!!」

 

 フュンフが特大の魔法をティアマト・マリスへと放つ。強大な光の奔流が現れた魔方陣から発射され、ティアマトの巨体を大きく後退させる。声にならない悲鳴を上げてティアマト・マリスが目を覚ました。

 

「ではトドメといくか。――捨狂神武器(しゃっきょうかぶき)!!」

 

 白波を蹴立てるような雄々しく振り回される髪で握った刀がティアマトの弱った身体を八つ裂きにする。ティアマト・マリスは消え去り、後には魔晶だけが残った。

 

「息を潜めて、研ぎ澄ます……。アストラルハウザー!!」

 

 ソーンは集中力を高めて強化を行うと上空に矢を放ち、矢は無数に増殖して降り注ぐと三体のマリスを同時に撃ち貫く。幸運に、と言うべきか三体共目覚めることはなかった。

 

「ネビリューサ・フリューデ」

 

 ニオの奏でる旋律が激しさを増し、応じて動き出したビット達が一斉にユグドラシル・マリスを襲った。本体ではなく触手を全て吹き飛ばすように動かしたのは、次へと繋げるため。

 

「助かるよ。――奥義、ディエス・ミル・エスパーダ!!」

 

 触手が再生し切る前にシエテが万にも及ぶ剣拓を一斉に放ち、その上放った端から補充して放ちを繰り返して剣拓の奔流をぶつける。触手は削られ成す術もなく、剣拓が本体まで到達する。確実に倒すまで放ち続けた結果、ユグドラシル・マリスは消滅した。

 

「じゃあ僕も少しだけ。天逆鉾(あめのさかほこ)!!」

 

 槍で放った一突きにウーノが持てる最大の攻撃力を込める。それは特大の一撃となってリヴァイアサンの胴を抉った。

 

「あっ! あたしの獲物なんだぞ! このっ、アストロ・スプレション!!」

 

 文字通りの横槍に文句を言いつつも、きっちり決めるところは決めるようだ。斧による渾身の一撃がリヴァイアサン・マリスを打ち据えると、長く大きな身体がのたうち回った。奥義の直後、サラーサの持つ斧が一人でに変形し巨大な剣へと姿を変える。

 奥義は渾身の一撃であるため直後の隙が大きくなるのだが、サラーサやオクトーなど奥義の連発を得意とする者も数少ないが存在していた。

 

「メテオ・スラスト!!」

 

 続け様にもう一度奥義を放つ。振り下ろした剣に合わせてどこからか隕石が落下してきて、リヴァイアサンの巨体に飛来した。熱気と衝撃を辺りに撒き散らして着弾した隕石は、リヴァイアサンを間違いなく仕留める。

 

「ラストオーダー。ダンス・マカブル!!」

 

 未だに眠りこけるミスラ・マリスへと赤雷を纏ったエッセルの銃弾が迫る。放たれた場所は一箇所だが、ミスラを四方八方から攻撃した。その一撃で目を覚ましたらしいミスラは損傷のある身体を修復しようとし始める。

 

「チッ。治される前に倒すぞ、人見知り暗殺者!」

「わかっている。遅れるなよ」

「てめえがな!」

 

 修復され切る前に決着をつけようと、戦っていた二人が同時に奥義を放つ。

 

「メメント・モリ」

「天地虚空夜叉千刃!!」

 

 死角から襲ったカトルの一撃がミスラにダメージを与え、その動きを遅くする。そこを三人に分身したのではないかと思うほどの残像を残したシスが、縦横無尽にミスラを切り刻む。カトルの奥義によってスロウがかかっていることもあり、その速度はより効果を発揮しミスラに修復し切れぬほどの損傷を与え、討伐した。

 

 これによってマリス四体全てが倒され、モノ言わぬ魔晶と化す。

 

「よし。これで俺達の勝利だね。……サラーサ」

 

 シエテが敵の反応がなくなったことに勝利を宣言したのだが、なぜか一人膝を突いている姿を見つけ声をかける。

 

「……あたしの、あたしの肉が……」

 

 どうやら食べる気満々だったリヴァイアサン・マリスが消えてしまったことを嘆いているらしい。なんとも“らしい”落ち込みに思わず笑ってしまう。

 

「サラーサ。今回協力してお礼に、シェロさんに頼んでいっぱいご飯奢ってもらおうよ。手助けした手前、彼女も嫌とは言えないんじゃないかな」

 

 シエテは落ち込む彼女へと言葉を放る。それを聞いてサラーサはがばっと立ち上がり目を輝かせてシエテを見る。

 

「ほ、ホントか……!?」

「うん。折角十天衆が皆揃ったんだし、団長ちゃん達が無事に戻ってきたら盛大にパーティでもやりたいよね。食べ放題騒ぎたい放題の」

「食べ放題……」

 

 シエテの言葉にサラーサの口から涎が垂れ始めていた。気が早い、と大半が苦笑する。

 そこへ招かれざる者が声をかけた。

 

「ったくよ。まだ終わってねぇってのに勝った後の話とか、呑気なもんだな。これから最前線行く身にもなってくれよ」

「「「っ!?」」」

 

 突如声をかけられたことでなぜここまで誰も接近に気づかなかったのかと警戒して、声のした方を向く。そこには黒いフードを被った黒髪の少年が立っていた。

 

「お前は……」

「ダナン君。こんなところにいたんだ?」

 

 シスが反応し、シエテが名前を呼んだことで不意を突いてシスを倒したという少年だと理解が広がっていく。そもそもシスの不意を突くということがどれほど難しいかという問題があるのだが。

 

「ああ。ちょっと吹っ飛ばされてな。寝てたんだ。終わったんならタワー登ったあいつらを追うべきじゃねぇのか?」

「それがそうもいかないんだよねぇ。俺達は確かに全空の脅威に対抗できる十人だけど、ルリアちゃんやビィ君みたいに必要で特別な能力は持ってない。余計な手出しは無用だよ」

「そうかい。まぁ俺は行ってくるとするわ」

 

 シエテと会話し、ダナンはひらひらと手を振ってタワーの方へと歩いていく。

 

「待て」

 

 しかしそれをシスが呼び止める。

 

「ん?」

「今はいい。だがこの戦いが終わったら、俺と再戦しろ」

「あ? あー……まぁ、生きてたらな」

「ああ。精々死ぬなよ」

「はいはい」

 

 ダナンとしては「あれ負けたと思ってんのかこいつ」と思い適当に流した。なにより今の戦いを見ていて全力で戦ったら瞬殺されるのが目に見えたので、しばらくは適当に誤魔化して避けようとは思っていたのだが。

 

「じゃあ、彼含めて皆が無事に出てくるのを、待っていようか。タワーの外にいる兵士達が彼らを追わないように、ね」

 

 シエテはタワーへ兵士達が集まることを警戒して、残るように指示し後を任せた若者達の行く末を案じるのだった。



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オイゲンVSリヴァイアサン

 圧縮された水のレーザーが壁を抉り破片を撒き散らす。壁を貫通こそしていないが人体なら真っ二つにされるであろう威力を誇っている。そのレーザーが床を蹴り壁沿いを走る老兵を追っていた。

 

 オイゲンは右手を引き鉄に沿えたまま左手で銃身を支え愛用している銃を抱えて走る。

 

 壁沿いに走りながらも隻眼は鋭くレーザーを放ち続ける毒々しい色となったリヴァイアサンを捉えていた。

 

 オイゲンとリヴァイアサン・マリスの戦いの火蓋が切って落とされた時、まずリヴァイアサンが上階へと続く階段を破壊した。それがロキの命令だったからなのかそれとも戦略的判断だったのかは定かではないが、外では十天衆の面々が今自分が相対している四倍の戦力と争っていることを考えると、退路は断たれたと言ってもいい。

 当然退く気は微塵もなかったが、このままではリヴァイアサンを倒しても後を追うことができないということだ。故にオイゲンは「仲間を信じる」という不確定要素に世界の命運を懸けるしかない状態だ。

 

 それでもここで自分が足止めをすれば必ずややってくれると信じるくらいには、仲間達と絆を紡いできたつもりだ。残り三体のマリスもきっと、オイゲンが残ったことを受けた大人達がなんとかしてくれるだろう。

 

 なら今ここで大恩あるリヴァイアサンの写し身を食い止めることこそが、世界を救うための自分の役割だ。

 

 とはいえ、威勢良く啖呵を切った身であってもマリスは簡単な相手ではない。

 

「ッ――!」

 

 オイゲンは自分を追うレーザーを引きつけると踵を返した。当然、レーザーの方に自分から向かっていく恰好になる。だが当たる直前で身を屈め走った勢いを利用してレーザーの下を地面を滑るように掻い潜った。スライディングから体勢を直すと屈んだ状態で銃口をリヴァイアサンへと向け引き鉄を引く。炸裂音が響き弾丸は胴体を貫いた。巨体故にこちらの攻撃は当たりやすい。しかし巨体故に銃弾では大したダメージが与えられない。

 それでも痛みはあるのか苛立ったように咆哮する変わり果てた海の神を見ながら立ち上がりまた壁沿いに走り出す。

 

 リヴァイアサン・マリスは次に口から特大の水で出来た砲弾を発射してきた。走っていれば避けられるモノはそのまま、際どいタイミングなら跳び込み前転をするように回避していく。時には走りながら銃をぶっ放し、余裕がある時には立ち止まって確実にダメージを与える。リヴァイアサンが接近戦を仕かけてきたら短期決戦に終わった可能性もあるが、どうやらヤツも水のないところでは満足に動けないらしい。遠距離からの撃ち合いに応じてくれるのは正直有り難かった。

 

 決定打に欠ける中、オイゲンは着実に弱めていって最大火力の奥義をぶち込んでやろうと画策していたのだが。

 

 リヴァイアサンとの攻防を繰り返す内に、ぴちゃりと床を蹴った足音が鳴ったことに気づく。はっとして立ち止まり地面を見れば、(くるぶし)の辺りまで水が張っていた。

 

「なんだと……?」

 

 ずっと水音が鳴っていれば気づけただろうが。水と言って連想するのは今目の前にいる相手だ。しかしなんでこんなにも水が張っているのか、その答えを考える暇なく水弾が無数に襲ってくる。

 

「クソッ!」

 

 被弾覚悟で跳んだ。濡れるのも構わず前転したが何発か受けてしまった。高速で飛んできた水の弾丸が直撃すると元が液体だったとは思えないほどの衝撃が襲ってくる。それに顔を顰めながらも足を止めない。

 なぜなら、水弾は弾幕のように追いかけてきているからだ。

 

 ……考える暇を与えねぇってか!

 

 

 内心で毒づきながらも身体は必死に逃げ回る。いくら彼が身体を鍛え上げているとは言っても特殊な力を持っていないただのヒューマンだ。何十発何百発もの弾丸に撃ち続けられれば死に至るのは間違いない。なによりヤツの攻撃で火力が高いモノは他にも多く確認していた。

 

 余裕のなさに焦りが生まれるが、オイゲンは長年の経験により焦りを自分の行動を急かす原動力として活用する。片方しかない目を目まぐるしく動かしヒントがないかを探していく。そしてようやく、見つけることができた。

 

「……あれか!」

 

 オイゲンの目に映ったのは、壁から中へと流れ込んでいる水だった。おそらく水道管かなにかが破損して水が流れ込んできているのだろう。オイゲンが壁際を走っていた結果()()()直撃してしまったのだろうか。しかしオイゲンは一つの可能性を考えて全力で走りながら照準も碌に定められない状況で銃弾を一発、水が出てきている上の壁へと放った。落とした壁の破片で塞ぐのを試みた結果なのだが、銃弾はリヴァイアサンの張った水の膜によって勢いを失い届かない。

 

 ()()()()だ。

 

 オイゲンは確信した。あの水は、リヴァイアサンが()()()()()モノだ。リヴァイアサンの本領は海でこそ発揮される。オイゲンが分析した通り、水がなければ真の力は発揮されないはず、なのだ。

 ただそこは水を司る星晶獣の一体。タワーの壁の中を登る水の流れを感知してオイゲンを攻撃しながら水道管に穴を空け、オイゲンの意識がそちらへ向かないように攻撃を続けながら水が溜まるのを待っていた、という可能性が考えられる。

 

「……偉大なる海の神にしちゃあ小せぇことするもんだ!」

 

 皮肉混じりに吐き捨てたオイゲンは思い浮かべたのは、アウギュステで初めて目にしたリヴァイアサンの姿だった。帝国に海を汚され怒りに暴れ回る姿と、街を呑み込む巨大すぎる津波。ちらっと聞こえた話では帝国の船も半数以上呑み込んだって話だ。間違っても今のように絶大な力を振るうための準備を怠らないような、人臭い存在ではなかった。

 用意周到な星晶獣もいたもんだ、と内心で苦笑する。マリスの力なら一体であってもこの塔を崩せるほどの力を持っていながら、確実に仕留めるため、わざわざ壁をぶち抜かないように加減しながら戦っていたのだから。

 そう考えると最初に階段を破壊したのも上に行かせないためではなく登って水から逃さないためとも取れる。

 

 しかもオイゲンが逃げ回ることで壁の水道管がまた破損したらしく、水が出てきた。とはいえ水の弾幕を張られ続けている状態では塞ごうと動くことができない。水が溜まり切る前に決着をつけるしかないかとリヴァイアサンに銃弾を叩き込むが、大してダメージがないらしく一発では怯みもしなかった。

 

 このまま弱らせて確実に仕留められる時になってから奥義を連発して一気に片をつける、という当初の戦法は使えなさそうだ。一か八かでもやるしかない。水が溜まって逃げ回れなくなる前に片をつけるという戦法でしか、勝ち目はないとわかったのだ。

 

 ならば、玉砕覚悟でも突っ込むしかないだろう。

 

「サドンアタック!」

 

 味方一人に強化を施す力により、自身を強化する。通常火力に加え奥義火力を大きく上昇させられる技を踏まえて、三連発をぶち込むつもりだ。オイゲンは進路を変え壁沿いを走るのをやめて真っ直ぐにリヴァイアサンへと突っ込んだ。当然それを大人しく見ているわけがなく正面から悠々と水の弾丸や砲弾、トゲなどを発射してオイゲンを迎撃しようとする。

 

 だが漢たる者、覚悟を決めて気合いを入れれば耐え抜ける。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げる。叫ぶことは痛みを紛らわせるのにいい手だ。原理を詳しくは知らなくても、実際にそう感じたのなら活用する他ない。

 

 銃と銃を抱える腕、狙いをつける目さえ無事なら後はなんとかなるという覚悟の特攻を、乱れ飛ぶ水の攻撃に対して行った。水弾が当たる。オイゲンの強靭な肉体へ僅かにめり込み、血が溢れる。それが数十発、トゲや砲弾まであるというのだから直撃して形を失い後ろへと流れていく水飛沫の中に黒ずんだ赤色が混じったのは言うまでもない。それでも足を止めなかったオイゲンが水飛沫の中から飛び出しリヴァイアサンの懐に潜り込んだ。

 

「……オート、イグニッション」

 

 彼の銃に奥義を連発するための力が装填される。そしてリヴァイアサンがなにかをするよりも早く、銃口を向けてどっしりと構えた。

 

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 渾身特大の弾丸がリヴァイアサン・マリスの胴体を直撃する。流石に通常の銃弾とは訳が違うのか苦痛に悶えのたうち回った。ダメージが明白なのを冷静に確認しながら、のたうつ様に巻き込まれないように警戒しつつ次弾を叩き込む。

 

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!」

 

 およそ銃から放たれたとは思えないほどの轟音を響かせて二発目が直撃した。大砲でも生温い一撃を受けて巨体が後退する。苦し紛れと思われる暴れながらの水弾を回避しながら、最もダメージのありそうな頭部を照準に捉えた。

 

「たらふく食らいやがれ。――ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!!」

 

 至近距離から三発目を頭へとぶち込む。これ以上ない渾身、トドメの一撃だった。力尽きたのかバシャァと倒れ込むリヴァイアサンに、オイゲンは襲いかかる疲労に耐えながら銃を肩に担いだ。

 

「倒した、か……?」

 

 動かないリヴァイアサンに首を傾げつつも、警戒を解くことはない。勝利を確信した時の油断は命取りだと知っていた。とりあえず銃弾を撃ち込んでみる――反応なし。

 

「……とりあえず、もしもの時のために扉ぐらい開けといた方がいいか」

 

 傷だらけの身体を押して、既に膝ぐらいにまで張った水を警戒しこれ以上は動けなくなる可能性があると見て閉め切った扉の方へと向かおうとする。その時、水面から伸びてきた水の縄が彼の身体を雁字搦めにした。

 

「なにっ……!?」

 

 確かにリヴァイアサンは倒したはず、と首だけで振り返ると、目に光を灯す堕ちた海の神と目が合う。ぞく、と背筋を悪寒が駆け上る。次の瞬間破砕音が聞こえドドドという水の流れ込む音が聞こえた。壁から水が流れ込んできている。また水道管が破損したのだろう。しかしそれらは全てリヴァイアサンの近くの壁からだった。

 つまり、

 

「……のたうち回るフリして、壁の管を狙ってやがったのか!」

 

 オイゲンの奥義によってダメージを受け暴れていたのかと思っていたが、その実的確に管を狙っている辺り、やはり人臭い星晶獣だ。確認のための銃弾にもびくともしなかったことを考えれば、撃ち抜かれる痛みを耐えてこの機を狙ったということになる。マリス化の影響なのかはわからないが、随分と面倒な考え方をするようになったものだ。

 

「くっ!」

 

 流れ込む水の量が増えたせいで一気に水位が上がっていく。既に腰まで浸かってしまっている状態なので、なんとか縄から逃れようと暴れる。しかし元となる水がたくさんあるからか千切れることもなく、むしろ数を増やして身動きを封じた。

 

「ぐっ、あ、がぼっ!」

 

 そうこうしている内にも水位は上がり疲労が蓄積し、やがてオイゲンの顔まで浸かり始める。飲み込みそうになった水を慌てて吐き出し、せめてもの抵抗で目いっぱい息を吸い込んだ。そして全身が浸かった上に水の縄で縛られているせいで浮き上がることができなくなる。息が続かなくなったらその時が終わりだ。

 

 愛用の銃も水にどっぷりと浸かっているせいで使い物にならないだろう。湿気っているどころの話ではない。多少の嵐なら問題ないだろうが、ここまでやられては銃として期待できなくなってしまう。

 

「……」

 

 水中で目を開き隻眼でリヴァイアサンの次の行動を警戒する。このまま地道にオイゲンが溺死するのを待つというのも、これだけ準備をした意味がないというモノだ。確実に次の一手がある。

 目を凝らしていると、前方からなにかが来ているのが見えた。水中を透明なモノが突き進んでいるような、そんなブレ方だ。その輪郭は朧気ながら球体のようにも見える。それは高速で接近してくると、オイゲンの腹部にズドンと重い衝撃を与えた。

 

「……っ!?」

 

 耐え切れず肺に入れていた空気を大量に吐き出してしまう。慌てて口を閉じるが目の前を通って水面へと上がっていく気泡達が過ぎた後に、同じモノがいくつも飛んできているのが見えた。見えてしまった。縄から逃れようと足掻くが無駄に体力を消費するだけに終わり、彼の全身を見えない砲弾が打ちのめす。

 この規模と威力。間違いなくリヴァイアサンが放った水の砲弾だ。水中だから見えはしないが、どうやら溜まっている水と操っている水はまた別のようだ。もし同じだったなら、これまでの戦いでも水で足を拘束すれば簡単に勝負が決まったはずだ。

 

 ダメージを受けながらもなんとか打開策を考えるオイゲンの下へ、違う輪郭のモノが飛んでくる。それは砲弾とは異なり球体のようではなく、形状としては円錐だった。当然のように円の方ではなく鋭く尖った先端が向けられている。軌道を予測して狙いが彼の心臓にあるとわかった。仕留めに来ているとわかり必死になって足掻き、なんとか心臓を避ける。ただし、回避はできず左肩を貫かれる。

 

「っ~~!!」

 

 激痛に顔を歪め続かなくなってきた息苦しさに耐えていると、トゲと砲弾の混じった攻撃が開始される。トゲはできるだけ避けて、砲弾は気合いで耐え抜く。身動きのできないオイゲンにはそれが精いっぱいの抵抗だった。

 

「……が、ぶっ……!」

 

 何度目の砲弾だったろうか。溜め込んでいた空気の大半を吐き出してしまい、息が続かなくなる。腹部も何箇所が貫かれて血が水中を漂っていることからも、多くの血液を流出しているのは明らかだ。限界が近づいてきて、意識が遠退く。瞼が重くなって、一層暗くなったように感じた。

 

 死が迫ることで起こる現象には走馬灯を見るというモノがある。それが走馬灯だったのかはわからないが、ふと彼の脳裏を過ぎったのは去り際のアポロニアの言葉だった。

 

『……精々死ぬなよ』

 

 生き別れ、当然のように再会しても母のことで関係がよろしくないはずの娘が、そう声をかけてきたのだ。まだ己の悔恨を告げてもいないし、水に流したということもないだろう。それでもそういった言葉が彼女の口から出てきたのは確かで、なんらかの変化があったことは明白だった。……その変化の理由を考えてみると少し複雑な心境ではあるが、幼い頃も一緒にいたことが少なく、また母が死んで辛かったであろう娘の傍に寄り添ってやれもしなかった、父親らしいことをした覚えすらない気がする自分になにを言えるのかという自嘲が生まれる。

 それでも親子というのは不思議なモノで、仲違いした程度で切れる縁ではない。愛情が全くなければ切れるだろうが、家族の情があるのなら親は親、子は子のままなのだ。少なくともオイゲンはそう信じている。

 

(……まだあいつに、なにもしてやれてねぇだろうが……っ!)

 

 ここで諦めるのは簡単だ。威勢良く挑んでもマリスは強力で、世界を救うための犠牲になりましたの一言で終わる。だがそれでは親として、あいつらの仲間としての自分が納得しない。

 死ねない意味を思い出したオイゲンの身体に最後の悪足掻きをするための力が漲ってくる。水の縄を力任せに引き千切ると、一直線に水面へと向かった。死の直前にいたのに活力が身体に満ちているようだ。

 

 やっぱ俺ぁ単純だな、と苦笑しながらもリヴァイアサンに対応される前に僅かな水面へと上がり顔を出す。呼吸を整えたいところだがまだ戦いが終わっていない。それは後でゆっくり行えばいい。

 

 また一つ言葉が、オイゲンの脳裏を過ぎった。

 

『気合いってのはな、声を張ることで出るもんだ。もうダメだ、って時に腹から叫んでみろ。そうすりゃ思わぬ力が出るってもんだぜ』

 

 いつかアウギュステの海岸で出会った、水着のネェチャンに鼻の下を伸ばす筋肉隆々な格闘家の言葉だ。彼はオイゲンよりも年上でありながら衰えを知らぬ肉体を誇っており、また気合いでという部分に共感して意気投合したのだ。死の淵から這い上がってきたこの瞬間に思い出したということは、言葉の内容を実践する時が来たのだと本能で悟る。

 そこからは考えるより先に身体が動いた。アウギュステで暮らしていた結果水中でもある程度動けるオイゲンは、全身を使って勢いをつけ銃を左手に預けた状態で右手を振るう。更には吸い込んだ空気を声にして放った。室内どころか外にも聞こえるような声を腹底から叫ぶ。

 

「ソイヤァッ!!!」

 

 気合いの声と共に水面へと掌底を叩き込んだ。火事場の馬鹿力というヤツだろうか、水面はオイゲンの攻撃によって波紋を起こす程度では収まらず、水面が一気に床まで下がっていった。代わりに周囲の水面は天井へぶつかり、空いた空間へと降り注いでくる。

 オイゲンの身体を浮かせていた水がなくなり、彼の身体が重力に従い床まで落ちていく。見れば、水中で赤い目を光らせたリヴァイアサン・マリスと目が合った。

 

 床に着地した瞬間、オイゲンは真っ直ぐリヴァイアサンの方へと駆け出す。

 

「セイヤァ!」

 

 使い物にならなくなった銃の代わりに、念のためと鍛えていた己の肉体で勝負を決めにかかる。正面に出来た水の壁を掌底で弾き飛ばし、リヴァイアサンまでの道を無理矢理作り出す。迎撃に動くリヴァイアサンの攻撃は無視して突っ込んだ。既に回避するだけの余裕がないから、最短距離を走るしかないのだ。

 

 懐まで潜り込んだら後は、敵の攻撃を避けて拳と脚でダメージを与えていく。磨きをかけたインターセプトを連発してリヴァイアサンの体力を削る。流石に奥義を連続して受けたせいか相手の動きにもキレがない。着実にダメージは与えているはずだ。あとどれくらい自分の体力が持つのかとか、あとどれだけ攻撃すれば相手が倒れるのかとか、そういったことは考えない。ただ相手が動かなくなるまでひたすらに身体を動かし続ける。

 それが生き抜くために諦めなかった父親の意思。

 

 どれだけ攻撃を叩き込んだのだろうか。遂にその時は訪れる。

 

 リヴァイアサン・マリスが倒れ込みピクリとも動かなくなった後、巨体が消滅し魔晶だけが残った。

 

「……ぁ」

 

 ようやく訪れた終わりの時に、オイゲンの身体から力が抜けていく。攻撃の余波で吹き飛ばしていた水が大人しくなった彼を呑み込んだ。

 水中での息苦しさも感じない。あるのはただ疲れた身体に染みてくる水の冷たさだけだった。気力が尽きて意識が朦朧とし、力なく水に呑まれ漂うしかない。

 

 意識が完全に途切れ水が室内を完全に満たすようになった頃、脱力して浮いたオイゲンの身体と共に、ゆっくりと水面が下がり始めた。

 やがて水がなくなりオイゲンの身体がびしょ濡れの床に転がった後、ぴちゃぴちゃと靴が濡れた床を叩く音がする。

 

「扉開けたら水出てくるとかどんな罠だよ、ったく」

 

 軽い調子で濡れたローブの端を絞りつつ、オイゲンへと近づいていく。

 

「……悪いが死なせてはやらねぇぜ? あんたが死んだら、多分うちのボスが煩いんでな」

 

 彼はにやりと笑い、担いだ革袋をごそごそと漁り始めるのだった。




タイミングがいいのも主人公の資質。

そしてなんでシリアスにギャグを入れちゃうんだろうか……。


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ラカムVSティアマト

タイトルに捻りがないヤツ。しばらく同じようなのが続きます。ごめんなさい。


 二階、ロキの出現させたティアマト・マリス相手にラカムが残ったのだが。

 

 彼我の戦力差は明白だった。

 それこそ無傷と重傷というほどの差が、彼らの間にはあったのだ。

 

「……ふぅ」

 

 ラカムは咥えた煙草を左手の指で挟んで口から離すと、白煙を吐き出した。そしてゆっくりと、()()()()()()()ティアマト・マリスを見据える。

 

「……悪いな。てめえじゃ俺に勝てねぇよ」

 

 女性の姿をした本体も竜の部分も等しく傷だらけの状態だが、対するラカムは全くの無傷だ。それでも油断なく右手の銃をティアマトに向けているのは、油断はしないという意思表示だろう。

 

 苦戦を余儀なくされるはずのマリス相手に、なぜラカムがこうも圧倒できているのかは簡単だ。

 

「俺はあいつらの仲間である前に、騎空士である前に操舵士だ。操舵士が風を読めないわけねぇだろ」

 

 グランサイファーという騎空艇をほぼ一人で操縦し、船自体に武装がないというのに戦艦ともまともに戦えてきたのは、ラカムの力量があってのことだ。グラン達は初めて乗った大型の騎空艇がグランサイファーだったために気づいていないが、冒険という大きなカテゴリで見るとラカムの活躍は非常に大きい。

 

 騎空艇で空を飛ぶために風を読むことに長けた彼は、ティアマトという風を操る星晶獣に対してその能力を発揮した。

 

 その結果がこれだ。

 

 無論狭い室内ということもあってティアマトが本領発揮できていないのも理由の一つだろう。そしてその狭い室内であれば、ラカムは完璧に風の流れを読むことが可能だった。

 故にティアマトの攻撃は全く当たらず、逆に動きを読まれてダメージを受けている。

 

「本物ならいざ知らず、紛い物の風に負けるわけねぇ、ってこった。まぁなんだ、相手が悪かったな」

 

 嵐さえ乗り切る自信がある彼に、ティアマトの攻撃は通用しない。トドメとばかりにティアマト本体へと照準を定めて引き鉄を引いた。

 何度も使い最大威力となったスピットファイアがティアマトへと迫る。

 

「――――」

 

 風の防壁でも作ると睨んでいたが、ティアマトはそのまま直撃を受けた。しかしトドメが刺せていない。受けるつもりで、耐え抜いたというところだろうか。

 

「ん?」

 

 ふと妙な風を感じた。そこかしこで渦巻くような風が出来ている。その正体に気づいて、ラカムは煙草を咥え直すと銃に左手を添えて奥義を発動した。

 

「デモリッシュ・ピアーズッ!!」

 

 行動されるよりも前に倒し切る、という目論見は外れてしまう。渾身の奥義はティアマトを穿ったが、直前で竜の部分が本体を覆い防御したのだ。竜の方はもう動かないだろうが、代わりに本体が無事である。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちして逃げ出そうとするが、それまで彼が有利であったように室内は狭い。

 次の瞬間には竜巻が無数に巻き起こって先端をラカムに向けながら飛んできた。スピットファイアで一つ消し飛ばすが、速さと数の多さによって迎撃が間に合わなくなる。

 そしてラカムは竜巻が直撃してしまい、切り刻まれ回転させられながら吹っ飛んだ。

 

「ぐあぁっ!!」

 

 堪らず呻き声を上げて部屋の壁をぶち抜き勢いよく吹き飛んでいく。

 

「がはっ、ごほっ!」

 

 ようやく止まったかと思えば、直撃した影響と何度か壁に叩きつけられた影響があり骨折などの痛みに見舞われる。咳き込むと吐き出した空気に血が混じっていた。

 

「……クソ、最後の足掻きってわけかよ」

 

 痛む全身を押さえながら立ち上がって吐き捨てる。ラカムが油断していたわけではなく、ただ星晶獣に覚悟があっただけのことだろう。自分が死んだとしても敵を先には進ませないという意思が成した結果だ。

 

 立ち上がりはしたが思ったよりダメージが深く、身体に力が入らない。

 

「……チッ。これじゃ避けるのは無理か」

 

 身体の状態を確認して、向こうも動けないはずだと思い考える時間を作る。奥義をぶち込んで倒してやりたいが、今の攻撃で銃身が微妙に曲がってしまっていた。これでは弾丸を放つことができない。銃口の下に刃を取り付けているとはいえ、銃と比べて扱いに格差がある。今回の相手を考えると心許ない。

 他になにか武器になるモノはないかと自分が吹っ飛んできた室内を見渡す。銃は見つけられなかったが部屋の隅に積まれていた麻袋を発見した。その内の一つが破れていて、黒い粉が流れ出している。

 

「これは……」

 

 近寄って屈み、一摘み取ってみると独特の匂いと感触でなんなのかを理解した。

 

「火薬か」

 

 銃の扱いにも長けたラカムは弾丸に使われるその粉末を知っていた。摩擦や静電気などにも敏感で、もしそこに突っ込んでいたら爆発してしまったのではないかと肝を冷やす。

 

「だがこれがありゃ、いけるかもしれねぇな」

 

 銃がなくてもティアマト・マリスに大ダメージを与える。この火薬を使えば、それができる。

 

「……もうちょいだ。気合い入れろよ、俺」

 

 力の入らない身体を叱咤し、太腿を叩いてなんとか力を込める。そして銃を腰に提げると麻袋を抱えて部屋を飛び出した。一個では足りない。いくつもの麻袋を並べる必要がある。

 ラカムは一つ目を破くと中身をティアマトに向かってぶち撒けた。風の防壁で直接はかからないが、落下して床に溜まったので良しとする。そんなことを何度か繰り返していると、繰り返し同じことをしているラカムを怪訝に思ったのか、これ以上なにかさせまいとしたティアマトが麻袋を抱える彼の脚を風の刃で切り裂いた。

 

「ぐっ!」

 

 動かなくなりそうな身体に鞭打っての状態だったため、無様に転び袋の中身を意図しない形で出してしまう。

 

「ぐ、クソッ……」

 

 呻きなんとか腕に力を込めて立ち上がろうとしたところで、ラカムはあることに気づいた。

 

「……はっ」

 

 最後の一袋を違う場所でばら撒いてしまったために火を点けることができないかと思っていたのだが。床に散らばった黒い粉末は偶然にも事前に撒いておいたところへと届いていた。都合のいい偶然に、思わず口端を吊り上げてしまう。

 

「……ったく。しょうがねぇなぁ」

 

 苦笑しながら最後の力を振り絞って身を起こし、震える脚で踏ん張ってなんとか立ち上がる。掌を払って火薬がついていないことを確認した。ティアマトはまだ動けることに驚いているのか、それともなにをする気か読み切れていないのか、手を出してこない。

 手馴れた所作で煙草とライターを取り出し、煙草を咥えるとライターを着火して手を翳すように火を灯す。ライターを仕舞って煙を吸ってから、指で煙草を挟んで口から離すとゆっくり白煙を吐いた。

 

「もう碌に身体が動きやしねぇ。だがこれで終わりだ。……俺とお前、どっちが生き残るかって意味でな」

 

 決して彼が勝利する道が整ったわけではない。だが確実にここで仕留めることができるとは思っていた。

 だから笑みを浮かべて、煙を昇らせる煙草の先端をティアマト・マリスへと向ける。

 

「――さぁいっちょ付き合ってもらおうか。俺とお前、どっちが爆発に強いかってなぁ!!」

 

 吼えたラカムの指から火の点いた煙草がスルリと落ちていく。火気厳禁の火薬に煙草が触れた瞬間、爆発した。悲鳴を上げる暇もなくラカムの身体が吹き飛ばされ、火薬を伝って連鎖的に爆発が続きティアマト・マリスへと到達、大量に積もっていたためにタワー全体が揺れたのではないかというほどの爆発が起こった。

 壁ごと吹き飛んで白煙が発生し、その中から黒い結晶が外へと投げ出される。

 

(……生きて、ら……)

 

 ラカムは微かに意識を保っていた。それでも朦朧とした状態であり、力なく頭から落下するだけの身では死ぬ可能性が高い。

 視界が霞み瞼が重くなってきた視界の端に、先端に輪っかのある縄が捉えられた。縄は見事宙に投げ出されたラカムの足首に引っかかる。

 

「あ……?」

 

 一体誰が、と不思議に思う間もなく縄が引き出されずぴんと張って、重力に従い落下する時に縄を中心に回った。

 

「へぶっ!?」

 

 泣きっ面に蜂、と言うべきか。瀕死のラカムは落下から逃れることはできたようだったが、思い切り硬いタワーの壁に顔面からぶつかってしまった。ぴくぴくと痙攣し血を垂らす様はもうトドメを刺されたのではと疑ってしまう容態だ。

 その後ゆっくりと縄が引っ張られて引き上げられたラカムは、

 

「……危うく死ぬとこだったじゃねぇか!」

 

 力を振り絞って怒鳴った。返答の代わりにぱしゃとなにかの液体がかけられる。不愉快極まりないが、痛みが引いていったのでポーションかなにかなのだろう。

 

「俺が助けなきゃ転落死してたんだから責められる筋合いはねぇなぁ」

 

 ラカムを引き上げたのは、黒いフードつきローブを着込んだ少年、ダナンである。彼はラカムの足首から縄を外すと巻き取った。

 

「嘘つけ。てめえ、()()()()()()いただろ」

 

 咎めるように顔を険しくしたラカムに言われて、普段通りの不敵な笑みを浮かべる。

 

「なんでそう思う?」

「そりゃだって、タイミングが良すぎるからだろ。俺が吹き飛ばされてから縄に輪を作ったんじゃ助けられるわけがねぇ。事前に外へ投げ出された時のことも考えて用意してなきゃ都合が合わないんだよ」

「正解だ」

 

 ちろ、と舌を出して言ったダナンに思わず青筋を浮かべそうにはなったが、命を助けられたことは確かだ。ここは大人の対応として深く息を吐いて落ち着こうとする。

 

「ま、火薬ばら撒いてなにしてんのかと思ったからな。火薬には詳しくねぇから下手に手ぇ出すより見守ってた方が邪魔しねぇと思っただけのことだ」

「……そうかよ」

「それともなにか? 影から点火してあんたごと爆破しちまえば良かったのか?」

「俺になんか恨みあんのか。……まぁいい。助けられた、って結果だけで」

「精々感謝しとけよ。意識のねぇ下のおっさん共々、な」

 

 十歳以上年下に振り回されないようにと努力してはいる。が、聞き捨てならないセリフがあって思わず身を起こした。

 

「オイゲンのおっさんは無事なのか!? っつつ……」

 

 そしてまだ完治していない身体を痛めてひんやりとした床に背中を預ける。

 

「命は、な。意識はねぇから精々あんたが連れてくんだな」

「ったく。わかってるよ。……ありがとな、オイゲンを助けてくれてよ」

「礼を言われることじゃねぇよ。うちのボスとの関係を有耶無耶にしたままじゃいけねぇってだけだ」

「……そうかよ」

 

 照れた様子でもなく事実それだけといた風なダナンに思うところがないわけではなかったが、とりあえず救ってもらった立場なので突っかかりはしない。

 

「そういや、銃故障してんだな」

「ん? あぁ……。形勢逆転、って時に銃身がちょっとな。他は問題ねぇと思うんだが」

「そりゃ困るな。お前らにはちゃんと世界を救ってもらわなきゃいけねぇんだし」

 

 ダナンはそう言って【アルケミスト】と唱え恰好を変化させる。

 

「お、おい。なにする気だ?」

 

 ダナンはラカムの困惑を無視してラカムの銃の銃身を掴む。そして【アルケミスト】の力で錬金を行い、曲がった銃身を真っ直ぐに戻していく。

 

「これで良し、と。じゃあ休んでからオイゲンと一緒に上来てくれ。最終決戦の場にいないなんてカッコ悪い真似、すんなよ」

「お、おい!」

 

 一瞬呆けたラカムに対しダナンは肩越しにひらひらと手を振って上の階へと向かってしまう。呼び止めるのも無視され、追えない身体では見送るしかなかった。

 

「……ったく。礼くらい言わせろってんだ」

 

 銃を修復して戦う手を残してくれたことに、感謝を告げる間もなかった。この様子ならおそらく、上で残った連中も助けながら上がっていくつもりだろう。

 

「ちょいと癪だが、俺達が行くまで頼んだぜ」

 

 見えなくなった背中にそう告げて、今は少しでも休む時と寝転がり力を抜く。まだ決着していないのなら、できる限り力になってやりたい。そのための、束の間の休息だ。




タイミングがいいのも主人公の資質。
と、やっぱりなぜかシリアスなのにギャグ入れてしまう。

ラカムが割りと楽勝っぽくてすみません。まぁオクトーさんは一人で戦ってましたけど、あの人属性的に不利ですからね? ラカムは有利属性ですし。
多少は、見逃していただけると。


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三階と四階の戦い

オイゲンじゃなくて黒騎士が最終されるんかいっ!
とこれグラ11月号を読んで思いました。まさか先にそっちとは……。
しかも古戦場前に来るらしいという……。

まぁこの作品を書いている私ですので、黒騎士最終自体は嬉しいです。
エピソードはオイゲンかオルキスか……楽しみですね。

あ、因みにキャラ調整については後書きでだらだら語りますが興味のない人は無視してください。


 ユグドラシル・マリスの相手として三階に残ったロゼッタは、全員が階段を登り切ったのを確認してから姿を変貌させた。

 

「我こそは茨の女王。神惑と幻惑を統べる者――ってあなたに名乗るのも変な気分ね」

 

 厳かな声音で言ってから、ふっと表情を和らげて苦笑する。

 

 対峙しているのは見慣れた少女の変わり果てた姿だ。ルーマシー群島で一度戦っているとはいえ、本体の痛ましい姿は見るに堪えない。

 

 彼女と彼女はルーマシー群島の星晶獣であり表裏一体の関係となっている。ルーマシーでこそ本領が発揮されるのは言うまでもないことだが、星晶獣の模造品と本物の星晶獣では比較にならない。例え相手が強化された状態であっても、引けは取らなかった。

 

 茨の鞭と木の触手がぶつかり合う。

 その応酬は互角だった。

 

 しかし、徐々に茨が数を増やし木の触手を圧倒してユグドラシル・マリスを押していく。

 

「同じ姿とはいえ所詮は模倣品……あの時のように手加減する必要はないわ」

 

 口調を厳かなモノに戻すと触手に相殺されるよりも早いペースで茨を生み出し圧倒していく。

 

 彼女はルーマシー群島の裏の星晶獣・ローズクイーンそのモノである。その力は以前ユグドラシル・マリスを足止めした時に示した通り。

 ダナンが気絶し目覚めるまでの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()上で戦い続けたほどだ。

 

 つまり。

 

 本気になった彼女を、紛い物のユグドラシル・マリスが止められるはずもなかった。

 

「それに、あの子の痛々しい姿を一秒でも長く見ていたくないの。だからこれで終わりよ」

 

 木の根に囚われたようなユグドラシルの姿は痛ましさを湛えている。なによりその姿を見ていると心が締めつけられてしまう。偽物とはいえ見ていて気持ちのいいモノではなかった。

 

「――スパイラルローズッ!!」

 

 直後、ユグドラシルの真下から茨が捩巻いてドリルのように突き出してくる。容赦のない殺傷力を持つ一撃がユグドラシル・マリスの本体を穿ち、呆気なく魔晶へと変化させた。

 

「……ふぅ」

 

 短い戦闘を終えて一息吐いたロゼッタが転がった魔晶を茨で掲げる。

 

「これを使えばローズクイーン・マリスに、なんてね」

 

 他のマリスもそうだが、魔晶による変化は無理矢理星晶獣を在り方を歪めるモノだ。中には超常の視点から人々を見ている獣も多いが、ロゼッタは人に紛れて旅をし、今も旅に同行している身だ。人の良し悪しという感性を理解していた。

 

 茨で魔晶を覆うと力を込めて粉々に砕き床に捨てておく。少なくともこの魔晶はもう使い物にならないだろう。

 

「一刻も早くあの子達の下に行きたいけど……上の戦いを邪魔してもいけないわね。少し休んでからにしましょうか」

 

 星晶獣から人の姿に戻ったロゼッタは言うと無事な部屋の壁に寄りかかって休息とする。

 順番通りなら上の階にはミスラ・マリスを相手にしている者達がいるはずだ。相対している者達が推測できた彼女には、急いで加勢する必要はないと考えられた。むしろ心配なのは下に残った二人なのだが。

 

「男の人って意地を張りたがるものね。中途半端に歳を取るほど、ね」

 

 見た目は置いておいて仲間達最年長の彼女は理解ある顔で苦笑し、しばらくの間目を閉じた。

 

 因みに適当な椅子に座らなかったのは、腰を下ろして一息吐く様がお年寄りと被るからでは断じてない。決してない。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 四階ではおよそ星晶“獣”と思えないような物体と傭兵コンビが戦っていた。

 

 コピーとは一度黒騎士の補助をする形で戦っている。その時と同じようにミスラ・マリスは一度行った行動への対処法を自分の身体にアップグレードしていた。一つ一つ打つ手を潰していき、尚且つダメージは修復されてしまう――持久戦をするのにこれほど嫌な相手はいないだろう。

 

「さぁて、次はどんな手でいこっかな~」

 

 しかし三十分以上経って尚ミスラを翻弄する張本人は、軽薄な笑みを浮かべ楽しげに思考を巡らせている。

 

「そろそろ温まっただろ。決めるぞ、ドランク」

 

 そんな彼を戒めるように抑揚のない声が響く。

 

「はいは~い。じゃあ、さくっとやっちゃおうか」

 

 呼ばれたドランクはいつもと変わらぬ軽い調子で返事をすると、ミスラの周辺を飛んでいる宝珠の数を増やす。宝珠は緻密なコントロールの下ミスラの操る歯車を掻い潜って隙あらば魔法を撃ち込んでいた。撃ち出す魔法は数種に及ぶためミスラが対応し切れないのも無理はなかった。

 経験豊富な二人の傭兵は互いに手札が多く、特にドランクの手札は数だけで言えばトップクラスである。ミスラの対応範囲を軽々と凌駕するくらいは簡単だった。

 

 問題だったのは、修復能力の方だ。

 以前黒騎士がやったように一撃でミスラを倒すほどの威力を発揮させなければ手札が尽きる前に魔力が尽きてしまい戦い自体が続けられなくなってしまう。

 

 だからこそ時間を稼ぎ強力な手札を温存しながら徐々に上がっていく自分達の身体能力を最大まで高める必要があった。

 

「じゃあ終わらせよっか、スツルム殿?」

「ああ。これで決める」

 

 なにをどうやって、という作戦会議はいらない。十年付き添った黒騎士よりも長い間コンビを組んできた二人だ。互いにまだ知らないこともあるが、それでも連携という点において一切の不安要素はなかった。

 

「そぉれ、フェアトリックレイド!」

 

 ミスラ・マリスの身体を宝珠から放たれた魔法が撃ち抜く。

 

「レックレスレイド」

 

 静かな一太刀が火焔の斬撃を生みミスラを焼き焦がした。ミスラが修復するよりも早くドランクが次の魔法を使う。

 

「インタラプト・トラップ、ってね」

 

 攻撃を受けて修復しながら強化されていくはずのミスラを弱体化する。弱体が回復し切るまでに一気に押し切るつもりだ。

 

「じゃあ本気でいくよぉ。ナインス・アワー!!」

 

 最大まで攻撃性能が上がった状態で奥義を叩き込む。宙に浮かぶ九つの宝珠から同時にレーザーが射出されてミスラの身体を貫きしばらく発射し続けることで修復を阻害した。

 その間に頼れる相棒は動いてくれる。

 

「……」

 

 二本のショートソードを構え刀身に炎を宿す。炎に決意の見え隠れする無表情が照らされた。駆け出し、相棒が動きを止めていてくれる敵に近づくと二本の剣を振り被る。

 

「さよならだ。――フロム・ヘルッ!!」

 

 スツルムの放つ斬撃がいくつもの赤い剣閃となった奔り、ミスラを削っていく。トドメとばかりに振るわれた二本の剣による同時攻撃によって不可思議な歯車が両断された。修復できないほどののダメージだったためかミスラ・マリスの姿が消え、真っ二つに切断された魔晶だけが後に残る。

 

「ふぅ。これで終わりだね~」

「ああ。そこまで苦戦する相手じゃないだろ」

 

 宝珠による魔法は集中力が必要なため一息吐いて少し疲労した様子を見せるドランクとは対称に、スツルムは一切疲れた様子がない。

 

「まぁ僕達はねぇ。だって二人だし? 『一足す一は二じゃない、三にも四にもなるんだ』って感じの相性抜群な僕達だからね。勝って当然でしょぉ」

「そうだな。あたしも負けるとは思っていない」

 

 ドランクはいつものように軽口を言ったつもりだったが、特に刺されることなく頷かれてしまう。

 

「あれぇ、スツルム殿? 僕今相性抜群だね、って言ったんだけど?」

「? それがどうかしたか?」

「……あれれ~?」

 

 からかいに気づいていないのかと思って再度言ってみるが、肝心のスツルムは小首を傾げるだけだった。もしかして遂にスツルム殿もデレ期に入ったのかと思い、更に踏み込んでみる。

 

「いやぁ、スツルム殿もやっぱり相性いいと思ってたんだね~。このままゴールインしちゃう?」

 

 しかし、スツルムの返答はドランクの予想外のモノだった。

 

「ふん。その手には乗らない」

「えっ?」

 

 スツルムはどこか得意気な顔で言った。

 

「お前のことだ。どうせあたしをからかって楽しむつもりだろ。その上で刺されるところまで計算に入れてるはずだ。お前みたいなヤツに一々反応してたらリーシャみたいな目で見られるからな。あとそのリーシャから聞いた話によると、犯罪者の中にはリーシャやモニカに拘束されたいから捕まりに来る輩がいるらしい。拷問すると脅しても歓迎するからやりにくいと愚痴ってたな」

「……いつの間にリーシャちゃんとそんな仲に」

 

 予想外の情報網を意外に思っていたが、ふと気づいた。

 

「あれぇ、スツルム殿。それってもしかして僕がそういう変態さんだと思ってるってこと?」

「違うのか? 嫌で刺されるわけないから、好きで刺されてるんだと思うんだが」

「待って! 僕そんなんじゃないからね!? 断じてスツルム殿に刺されるのが癖になってるとかそういうんじゃないから!」

「……」

 

 弁明しようとするドランクを見つめるスツルムの視線は冷たい。だがもし仮にドランクが真性だった場合その視線を受けてゾクゾクしてしまうため逆効果になるのだが。

 

「ち、違うんだよスツルム殿っ」

 

 ドランクは状況がマズくなってきたと考えて必死に頭を回す。普段と違う返しに翻弄されてしまったが、取り戻さなければならない。彼はスツルムに近寄ると手を取り両手で握って顔を近づける。

 

「あれはおふざけだから。まぁスツルム殿のことは信頼してるから、なにされてもいいんだけどね」

 

 顔も普段より真剣なモノへと変えている。

 

「…………」

 

 返答はない。しかし彼女の身体はぷるぷると震えていた。よく見れば顔が赤い。

 そして、ぷすっともう片方の手でドランクの腹部へと切っ先を当てた。

 

「痛ってぇ!」

 

 いつも通り反応して飛び上がるドランクへと、離された手でもう一本の剣を抜いた。

 

「……お前というヤツは……いい加減にしろ!」

 

 怒りなのかそれとも別の感情なのか、顔は赤くしたまま怒鳴って剣を振ってくる。

 

「うわっ! ちょ、スツルム殿!? 刺すだけならいいけど斬るのはちょっと、やめてぇ!」

 

 咄嗟に避けるドランクだったが、紛れもなく痛い程度じゃ済まない可能性のある攻撃に堪らず逃げ出した。

 

「煩い! お前というヤツはいつもいつも……今日こそはお灸を据えてやる!」

「スツルム殿危なっ! お、落ち着いてってばぁ!」

「煩い!」

 

 こうして彼の()()()()に二人の追いかけっこが始まるのだが、奇しくもその構図はどこぞの船団長と船団長をからかい倒した少年がやっていたそれに近かった。

 

 因みに。

 

「ふふっ。ドランク、ようやく追い詰めたぞ」

「す、スツルム殿? 顔が怖いんだけど……」

「さぁどうしてくれようか……」

 

 と壁際にドランクを追い詰め切っ先を向けるスツルムの口元にはちょっとアレな笑みが浮かんでいたという。

 

「えっとその……なんか取り込み中みたいだなすまん。俺のことは気にせず続けててくれ。じゃ」

 

 その場面に下の階から上がってきた黒衣の少年が遭遇して目が合ってしまった。彼にしては珍しく申し訳なさそうな顔でそそくさに上の階へと続く階段に向かうのを、はっとしたスツルム殿が呼び止める。

 

「ま、待てダナン! 違う、誤解だ!」

「いやちょっと誤解とかなに言ってるかわかんないっす。なにも見てないんでどうぞ続けてください」

「急に余所余所しくなるな! おい、話を聞け!」

「まぁ趣味は人それぞれなんでなにも言わないっす。どうぞお楽しみください!」

「ま、待てと言ってるだろ!」

「……でもまぁこんな大事な時に二人きりだからってそういうのは……良くないと思います」

「っ!?」

 

 最後にそう言い残してさっさと階段を上がってしまうダナンに、スツルム殿が崩れ落ちた。その後スツルムは膝を抱えて虚ろな目で呆然とすることになり、やりすぎたかもと反省したドランクが割りと真面目に慰めることになったのだが。

 それはまた別の話。




11/7にキャラ調整が来るということで、今丁度わちゃわちゃしているかと思います。

スツルムはめっちゃ強くなりそうですよね。攻撃大幅アップとかできるようになりますし。この作品はアビとかも入れ込んでバトルさせてるので多少変わる可能性はあるんでしょうかね。スツドラは再アマルティアとこの話ぐらいでしかメインにバトルしているところがないので数も少ないし、修正を加える可能性はありそうです。

土の二人、カリオストロとハロユーステスはどちらも会心効果が追加されて使いやすさも増し、土属性に少ないと言われている防御ダウンの役目も頼りにできそうでいいです。会心的に言えば私はカイム持ってるのにクリ確定マグナより弱くなるという現実に打ちひしがれているのでもうちょっと甘えてられるかもしれません(笑)

シエテ頭目は、他属性出張お疲れ様でした。多分フライデーが圧力をかけたんでしょう。ただこの作品で「天星剣王のカリスマにより、そこに立っているだけで味方の奥義威力を上げることが」みたいなことを書いていましたがそれが適応されなくなったので要修正です。まぁ一応ポンバ=奥義威力上昇みたいな扱いをしているので同じようなことはできますが。エンブレーマ自動増加、ホント良かったですね。
そしてグランデの存在は、忘れ去られていくのであった……。

リーシャさんは楽しみです。サポアビが変わるので使い道が増えそうですよね。ざっと読んだ感じだとメッリサベルやモニカと組み合わせてばしばしダメアビ使いたいかもしれません。

サルナーンは……ブレキなくなるんすね。とりあえずホーリースパイクってなんだっけ? と思って効果見ましたが、まぁブレキの方が嬉しい人は多そうだなというくらい。

ルシオも強くなったと言われていますが、未確認情報では追撃が最大12割だとか。何ターンかかんだろ。オリヴィエと同じ感じだとは思ってますがどうなんでしょうね。割りと枠入れるようになった、のかもしれません。実際に使ってみてうちの光シャルと争えるのか見てみたいところです。まぁ常時追撃にストレングスと、かなり期待できそうですね。サポアビのLvのヤツも確か下がる条件なかったと思うので、最大の6にするのが簡単なら良さそうです。

シスたそェ……。まぁこの作品でも割かしダナンにしてやられたりしてるんでそう考えるとなんか丸くなった調整に文句も言えない気がします。シスは調整のメリットデメリットがあり、今のところデメリットが大きく取られてる感じがします。幻影付与時追撃がアビでの追撃になったので、効果ターンが限定されそうというところ。その分追撃量が上がってればいいんですが。ただダメ上限を超える術自体は増えそうなのがいいところ。通常攻撃時与ダメアップとかの辺りで。あと言われてるのは恐怖の位置とかばう効果についてが多いですかね。無敵がなくなったのは多分奥義の回避(1回)に移動したモノと思ってます。恐怖はまぁ、考えて使う必要が出てきたんでめんどくさいのかも? かばうはまぁ、心優しい団長と出会って仲間を守ることを覚えたんですよ。かばう回避で多段攻撃を避けられるっていう使い方ができるようにはなりましたが、それがシスっぽくないという意見も見受けられましたね。この作品でもシス君はカトルと共闘してましたが、弱体で俺が殴り続けられるようにフォローしろ、という感じの始まりにしてましたので、確かにそういうイメージは強いと思います。
ただ重要なのは、古戦場の敵が硬い傾向にあるっていうところです。私がシスを古戦場に向けて最終したのは、前回古戦場の敵が硬すぎて辛かった思い出を払拭するためでもあったりしたんですよ。その目的が調整によって頓挫した場合、古戦場ではシス君攻撃力弱体の件である意味燃えそうな感じあります。少なくとも私は燃えます(笑)

ロゼッタさんはまぁ、いいと思いますよ? 活躍の幅広がって今時アビリティに近くなりましたし。闇の回復は浴衣アンスリアを採用しているので、弱体面倒な敵相手に採用する価値が増えそうです。反射もつくので水着レ・フィーエくらいのダメカ率だといいかなぁ、というところ。五十%は望みすぎかな?

強化がほとんどですが弱体もあるので、発言撤回しない限り色々変わることになりそうなのもあり楽しみにしています。
感想でそれぞれの所感などもいただけると嬉しいです。
長々と失礼しました。


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VSガンダルヴァ

三連休ですがあんまり進む気がしない……。
ペルソナのせいです。


 五階では室内だというのに暴風が吹き荒れていた。

 

「おらおらぁ!」

「はあぁ!」

 

 全力全開で戦うガンダルヴァとリーシャが原因だ。

 常人では目に追うことすらできない域の接近戦が繰り広げられている。

 

 しかもその一撃一撃は一般人を粉微塵に砕け散らせるだけの威力を持っていた。そんな強力な破壊の応酬を絶え間なく続けているのだ。これを暴風と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 

(……強いとは思っていたが、ここまでとはな)

 

 共に戦うためにこの場に残ったカタリナだったが、二人の速度についていけるとは思わず静観することとなっていた。共闘と言えば聞こえはいいが、正直実力が開いていることもあって混ざるのは難しいだろうか。

 だが手は出さなければならない。戦いを見守るためにこの場に残ったのではないのだ。

 

 そして、現状リーシャが若干押されている。

 

 リーシャは周囲に風を放つことでガンダルヴァの動きを遅くし、風による強化で自身を高めている。だが相手に合わせて力を制限することなく最初から全力を出しているガンダルヴァの方が少しだけ速いようだ。百回打ち合ったら一回直撃するような僅かな差ではあったが、彼らほどの高みにいればその差は決定的である。

 リーシャもダメージを受けたらすぐ体勢を立て直して応急回復を行い凌いでいるが、押されているという事実は変わらない。

 

 つまりガンダルヴァを倒すには、リーシャの他に要素が必要だった。それをわかっていてカタリナが残ったというところはあるのだが、実際戦いを目の当たりにしてみて尻込みしてしまっているというのが現状だった。

 

 果たして自分はあの戦いに加わって、リーシャの足手纏いにならないのだろうか、と。

 

 戦いが始まる前は彼女についていけるのは団長二人を除いて二人だけだと考えていたのだが、現状を鑑みればどうだろう。ついていく前に傍観してしまっている。無論加勢し手助けしたいという気持ちはある。だが入っていったところで味方の足を引っ張っては意味がない。

 リーシャよりも自分が弱いという事実と、彼女がなんとか拮抗させている状況を悪い方向に変えてしまわないかという不安がカタリナを足踏みさせていた。

 だが動かなければ敗北するという確信も相俟って、動けずにいる。

 

「きゃあっ!」

 

 短い悲鳴が聞こえたかと思うとカタリナのすぐ横を通ってリーシャが後方の壁まで吹っ飛ばされていった。はっとしてガンダルヴァの追撃を警戒し身構える。しかし彼も余裕はないようで、乱れた呼吸を整える時間にするようだ。

 リーシャはすぐに立ち上がると応急処置を行いながら前へ進みカタリナの横まで戻ってきた。回復くらいは自分が、と思ったのだが。

 

「――カッコ良くしようとしなくていいんじゃないですか?」

「えっ?」

 

 不意なリーシャの言葉にきょとんとする。彼女は回復して衣服を払うと笑みを浮かべたままカタリナの方を見ずに言葉を続けた。

 

「ここにはルリアちゃんはいないんです。イオちゃんも、団長さん二人も。だったらカッコつけずに、無様でもいいから足掻いてみるといいと思うんです。カタリナさんは私に力を貸してくれると言いました。私はもう、あなたの力を借りると決めています」

「っ……」

「誰が見ているとか、自分が周りと比べてどうだとかをかなぐり捨てて。そしたらカタリナさんのやりたいことだけが残ると思うんです。もしカタリナさんが明確な意思と覚悟を持ってそれを実践してくれるなら、私は全力でやりたいことの手助けをしますよ」

 

 リーシャはそう言うと再び風を纏ってガンダルヴァへと向かってしまう。

 その後ろ姿を眺めながら、カタリナは苦笑してしまった。

 

(……いつの間にか精神的にも抜かされてしまっていたとはな)

 

 最初出会った時、リーシャは本当に船団長を任せてもいい人材なのだろうかと怪訝に思う部分も多かった。後進育成とは言うがまだモニカが船団長をやっていた方がいいような気がすると思ったものだ。

 実力自体には問題なかったのだが精神的に未熟な面が目立っていたように思う。しかし今、彼女の心は地に足が着いている状態だ。

 

 島の魔物を相手にすることさえ協力されることを嫌っていたというのに、翌日には騒動を鎮圧するためにむしろ力を貸して欲しいと申し出てきた。思わず仲間内で顔を見合わせたのは言うまでもない。

 それからも自信がないことが欠点ではあった。再び訪れたアマルティア島では一人で全員を相手できるガンダルヴァに敗北しまだ精神の問題が残っているようであった。しかしその翌日にははきはきした様子で作戦を立案し、一人でガンダルヴァと戦ってみせた。

 

 それらを経た今を見ればその成長振りは明らかだ。

 

「……私のやりたいことは簡単だ」

 

 ガンダルヴァをここで倒し、一刻も早くルリアの下へ駆けつける。その後フリーシアを止めてあの子を守る。

 ただそれだけのことを、これまでも続けてきたのだ。帝国に反旗を翻したあの日から変わっていない決意で今ここにいる。

 その信念をなにがなんでも通してみせると決めていたはずなのに、今こうして尻込みしていた。

 

 情けない、と自分を笑う。

 

 こんなわかり切ったことで悩む必要など、最初からなかったのだから。

 考えが変わるだけで頭の中がすっきりとしてくる。同時にいつかの老婆の言葉を思い出していた。

 

『主役に上がる心構えが必要だと思うね』

 

 様子を窺っていて言われた言葉だ。その言葉の意味を今身を以って理解した、のかもしれない。

 状況から一歩退いて考える必要はないということだ。無論そういった視点も重要なことはあるが、そんなことよりも大事な意志(モノ)がある。

 

 それがわかった今、こうして尻込みをしている場合ではない。

 カタリナは瞳に確かな決意を滾らせて剣を携え戦う二人の方へ駆けていく。

 

「リーシャ殿!」

 

 今加勢する、という強い意思を込めて呼んだ。僅かに振り返った口元にふっと笑みが浮かんだかと思うと、()が背中を押してくる。走る速さが一気に増して身体が軽くなったように感じた。視界に映る景色が一層目まぐるしく変わり、思っていたよりも早く二人の下へ辿り着く。

 

「チッ!」

 

 ガンダルヴァは舌打ちしてリーシャを強めに弾きカタリナを迎撃しようとする。しかし迷いのないカタリナの剣は隙間を縫って流れる水のようにガンダルヴァの剣を抜けて切っ先を身体へと迫らせた。軽い傷ぐらいならつけられるかと思われたが、突きを放った切っ先から敵の巨体を壁まで吹き飛ばすほどの強風が吹き荒れる。

 

「ぐおっ!」

 

 ガンダルヴァが呻く中、カタリナは怪訝な目を自らの剣へと向けた。視界の端でリーシャが薄く笑ったのが見えて顔を向ける。

 

「すみません、ちょっと細工させてもらいました。でもほら、カタリナさんの剣も充分ガンダルヴァに届くでしょう?」

 

 悪戯っぽく微笑んで小さく舌を出す彼女に、カタリナは思わず苦笑してしまった。名前を呼んでから接近するまでの僅かな間に仕かけていたのかと納得しかけて、否定する。突然のことだったが素早く対応した、のではなく()()()()()()()()()()()から事前に準備していたのだろう。

 

(全く、敵わないな)

 

 思い返してみると出会った当初以外優位に立ったことがないのではないかと思ってしまう。だがそれでもいい。そんなリーシャでも一人ではガンダルヴァに打ち勝つのが難しいのだ。なら最善の結果を目指すために、彼女の手を借りてでもガンダルヴァに勝利することが重要だ。

 

「すまなかった、()()()()。不甲斐ないところを見せてしまったな」

 

 改めて敬称を取っ払い、謝っておかなければ気が済まないため謝罪を口にする。

 

「いえ。未熟なのは私も同じですし。当然ですけど、カタリナさんの方が剣の練度は上ですからね。頼りにしてますよ」

「ああ。任せてくれ」

 

 並び立った二人へとガンダルヴァが突撃してくる。

 

「ライトウォール・ディバイド」

 

 細かく分けた障壁を出現させ、二枚重ねて太刀を受け切った。その間にリーシャが迫り剣を振るう。巨体を屈めて回避し足払いを仕かけてきたのをカタリナが残りの障壁で受けた。

 

「小賢しいもんだな!」

「生憎、堅実すぎると柔軟性に欠けると思い知ってな」

「そりゃそうだな!」

 

 立ち上がったガンダルヴァは二人を相手に拮抗する、のも僅かな間のみでリーシャと互角より少し上程度の力では対応し切れず押されていく。

 彼が内心で「もっと、もっと強く……!」と願っていても現実は無情なモノで、押され傷が増えていった。

 

 カタリナが参戦したことによってリーシャに少し余裕ができたため、風を読み取って味方の動きを把握し完璧な連携を演じることができている。

 故に全力以上を出し切るカタリナとリーシャに敗北するのは必至だった。

 

 それは意地や矜持だけで埋められる差ではない。

 力の差が明確になり、ガンダルヴァに傷が増えていった。

 

 そして幾度か剣を交えた後にガンダルヴァの太刀が大きく弾かれる。彼の目には剣を振り被った二人の姿が映し出された。

 

「……クソッ」

 

 届かなかったことに表情を歪めて吐き捨て、

 

「「はあぁ!!」」

 

 カタリナとリーシャが同時に放った突きで吹き飛ばされる。なす術もなく壁にぶち当たり、壁を破壊した次の壁に衝突し受け身を取る余裕もなく四枚目の壁に激突して停止した。

 

「……かはっ」

 

 力なく吐血し勢いを失ったことで地面に倒れ伏す姿は、完全に敗北者のそれだった。

 

「……個は無力、だからこそ共に戦う、か」

 

 以前所属していた秩序の騎空団で同僚が口にしていた言葉だ。仲間だとか協力だとかそんなモノ必要ないと切り捨ててきたが、彼の前に立ちはだかってきたのは常に“その力”を持った者達だった。

 ヴァルフリートとの一騎討ちでさえも真王から賜った力の存在がある。リーシャも結局はモニカの力を借りた。とはいえヴァルフリートが七曜の騎士でなくともガンダルヴァより強いというのは否定できない。

 

 今、彼の懐にはフリーシアが無理矢理持たせてきた魔晶が入っている。それを使えば二人を殺し、それどころか先に行った者達もまとめて始末できるだろう。

 だがそれはしない。

 

 魔晶を使うという行為はガンダルヴァという男の矜持を捻じ曲げるということ。使った時はきっと、彼がなにがなんでも勝ちたい相手に遭遇した時だろう。矜持をかなぐり捨てて挑む相手が出来た時だ。

 しかしガンダルヴァは是が非でも己の力のみで最強を示さなければならない。

 

「……だが、オレ様も落ちぶれたもんだ。こんな短い期間に何度も負けちまうとは、な」

 

 個の力で言えば彼は最強に近い。誰かに借りた力を除けば個の最強は十天衆が挙げられるだろう。

 この後どうなるかはわからないが、己を高める旅に出なければならない。いつか個の力を高めた先にいる十天衆、“刀神”オクトーとも手合わせしたいモノだと思いながら、意識を落とした。

 

 その機会が早い内に訪れることを知らずに。

 

「……なんで負けたのに、この人は穏やかな顔をしてるんでしょうね」

「さぁな。私が彼について知っていることなどほとんどないからな。精々、部下に慕われてはいたということだけだ」

「まぁ確かに、味方を苛立って撃ったり、目的のために帝都全住民を犠牲にしたりするようなことはしてませんからね」

「そうだな。……そういう意味ではポンメルンと、ここにいない私の元上官は比較的まともな部類だったのでは?」

「もちろん帝国では、の話でしょうけどね」

 

 反撃の一手を打ってこないかと警戒しガンダルヴァの飛んでいった方へ来ていた二人は好き勝手言い合っていた。

 意識を失ったガンダルヴァはやけに穏やかな顔で倒れていたのだ。負かしたはずなのに達成感が削がれるというモノだ。

 

「彼は後程、モニカさん達に捕らえてもらいましょう。私達はできるだけ早く……いえ。少し休んでからにしましょう。流石に、疲れました」

「そうだな。この状態では足手纏いになりかねん。休息しよう」

 

 全力で戦っている間は気にならなかったが、意識すると途端に身体が重くなったように感じる。

 ガンダルヴァから離れた上階へと続く階段の近くで壁に寄りかかって座り込んだ。

 

「……すみません、少し、休憩します……」

 

 ゆっくりできる状況になったせいかリーシャを強い睡魔が襲う。

 

「まぁ、全力を出しながら私の戦いまでフォローしていたからな。疲労しているのも無理はない。私が見張っているから、ゆっくり休むといい」

 

 そんな様子に苦笑したカタリナの言葉を聞き終わったかどうかすら怪しい内にリーシャは瞼を落とし小さな寝息を立て始めた。

 

「……私ももっと、強くならなければいけないな」

 

 三つ年下である彼女におんぶに抱っこの状態で戦うことになってしまった。無論カタリナがいなければガンダルヴァを倒せなかったという事実はあるが、この体たらくでいていいわけがない。

 

 そんな風に決意を固め自分も身体を休めているところに、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 先に入ったはずなのにタワーから落とされて始めからやり直すことになってしまったダナンだ。

 

「流石。強いって話だったが中将を退けるとはな」

 

 カタリナの目から見ても、装備が良くなっているとはいえ変わった様子は見られない。あんな別れ方をしたというのに平然と合流してくる点にも、相変わらずだと思うくらいだ。

 

「リーシャのおかげだ。私は正直、力不足だった」

「そっか。……呑気に寝やがって。ま、そんだけ頑張ったってことだな」

 

 カタリナの答えには適当な返しをしたが、座り込んで眠っているリーシャを見ると笑みを浮かべた。それは普段のにやにやした笑みではなく、それこそオルキスに向けるような優しげな笑みだった。普段からそういう風に接してやればいいモノを、と思わないでもない。

 

「じゃ、適度に休んだら来てくれ。ほいポーション」

「ああ、助かる。……というかやはり来たのだな。黒騎士は随分と憤っていたようだが」

「そりゃな。まぁ援軍を期待して気を緩めてもらっても困るってことにしとくれ」

 

 ひらひらと手を振って上の階へと上がっていくダナンだったが、ふと足を止めて振り返った。

 

「……やっぱりリーシャの顔に落書きでもしとこうかな」

「……貴殿は一度刺された方がいいのでは」



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野望を止めて

 エルステ帝国、帝都アガスティアが誇るタワーの六階の戦いは数分で決着した。

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 なにを目的としているかわからないロキと、彼に付き従う星晶獣フェンリル。その二人を相手にしている黒騎士の戦いだ。

 

「……ふん」

 

 突っ込んできたフェンリルの首根っこをあっさり掴むと、黒騎士は力任せにぶん投げた。投げた先に佇むロキは黒騎士の考えでは避けると思っていたのだが、予想に反してフェンリルの身体を抱き止める。

 

「クソッ! フローズンヴィニトル!」

 

 フェンリルはロキに構わず氷のトゲを乱射するが、剣を持っていない方の左手から発せられた炎の壁に阻まれてしまう。

 

「……流石に強いね。一応、この間はフェンリルだけで彼らと戦えてたんだけど」

「ふん。あの後劇的に強くなったのだから指標にはならんな。なにより連中が全員でかかろうとも、私を倒すことはできない」

 

 内心で今はわからないが、と付け足したのは彼らには伝わらない。

 

「嫌になるね。でもまぁ、もうちょっと頑張ってみようか、フェンリル」

「当たり前だ。……鎖外さねぇなら手を貸せ、ロキ」

「うん、いいよ。元よりそのつもりだ」

 

 ロキの傍に屈んだフェンリルが狼の遠吠えに近い咆哮を行うと、空気が凍てつき室内に霜が降りた。

 

「喰らえッ!」

 

 冷気で満たされた室内の天井と床から牙のようなモノが生えてくる。氷そのモノが黒騎士を噛み砕こうとしているような光景だったが、

 

「温いな」

 

 黒騎士は右足を振り上げて渾身の力で床を踏みつけ地ならしを行う。するとあまりの振動に凍てついた室内の霜が払われ氷の牙も粉砕された。

 

「チッ!」

 

 やはり直接攻撃しか、とフェンリルが駆け出す。黒騎士の姿が消えたか見えなくなったかと思うと駆けるフェンリルの背後に回っていた。足首を掴むと風切り音が鳴るほどの速度でぶん回し背中から床へ叩きつける。床が陥没するほどの膂力で叩きつけられたフェンリルは肺からほとんどの空気を一気に吐き出した。

 直後ロキの魔法が乱れ飛んでくるが、叩きつけたフェンリルの腹を踏みつけて動きを封じた上で剣を振るい魔法を薙ぎ払う。そのままフェンリルに凍らされる前にロキへと迫り剣を振るった。

 

 直前で転移したロキは同じ転移によってフェンリルを傍らに回収している。

 

「……強いね、七曜の騎士は」

「時間稼ぎに付き合う義理はない」

「それもそうだよね。だって、世界の存亡が懸かってるんだし」

 

 一人を残して先に進む、などというお遊びの如くタワーを登らせてきたロキだが、今もそのスタンスは変えないらしい。

 

「わかっているなら大人しく倒されろ」

「もう少し付き合って欲しいんだけど」

「食い殺してやる!」

 

 戦力に差はあるが戦う気はあるらしい二人の様子に嘆息し、左手に赤、青、緑、茶という四色の玉を出現させた。

 

「まとめて消し飛ぶがいい。――クアッドスペル」

 

 黒騎士が四つの玉を一箇所に集め特大の魔力の奔流を放つ。避ける隙間のない一撃にロキ達は反対方向へ転移するのだが、

 

「黒鳳刃・月影」

 

 もう片方の手で奥義を放ち反対側を闇の奔流で埋め尽くす。……強引な手だがこの階には避ける場所のない攻撃だった。転移などという便利極まりない行為がそう何度も使えるわけがないと踏んで、余力の続く限り同じことを繰り返していれば追い詰められる、という大分大雑把且つ脳筋な作戦だったのだが。

 

「……ああもうホント、七曜の騎士は桁違いだね」

 

 微妙に掠れてはいたが間違いなくロキの声だ。転移して戻ってきた、というわけではないのだろう。彼の前にはボロボロになったフェンリルが立っていた。隙あらば噛みつきそうな態度ではあるが、意外と主人を守るだけの忠誠は持っているのかもしれない。

 

「終わりだな」

 

 黒騎士は声色を変えずに告げる。ロキ一人で黒騎士を抑えられるとは思えない。転移をし続けられるなら兎も角。

 

「……すまねぇ、ロキ……」

 

 最後に一言そう呟いたフェンリルがばたりと倒れた。身を呈して守った結果力尽きてしまったようだ。そんなフェンリルと変わらないように見える瞳で見下ろしたロキは、一度瞬きすると肩を竦めて見せた。

 

「フェンリルをあっさり、か。まだ君と戦うには早かったかな」

「全力で立ち塞がったなら話は別だろう。フェンリルを縛る鎖、力を制限するモノだな。お遊び気分でいるなら、私に勝てるはずもない」

「なるほどね。じゃあ僕達はここまでにしておくよ。またいつか、もしこの世界を救えたならまた戦おう。あの子達にもそう伝えといて。――いつか、世界の命運を懸けてね」

 

 終始薄ら笑いを浮かべたままのロキは、光を放ち倒れたフェンリルと共にどこかへ転移していった。

 

「……ふん」

 

 呆気なく撤退した、と見せかけて後ろから襲ってくる可能性も考えたが気配が完全に消えている。準備運動にもならなかったかとつまらなさそうに鼻を鳴らして剣を腰に収めた。

 

 大して死闘にもならなかったので余力は充分にある。下の階に残った連中を心配する義理もない。いざとなれば、余裕だと思われるタワー前の十天衆達と傭兵コンビがフォローするだろう。あとは()()()()……と考えかけて思考を止める。余計な期待はしなくていい。なにより今の戦力でも問題なく突破できるはずだ。

 そしてそのままつかつかと階段を上がっていく。

 

 階段を上り切るとそこには、倒れ伏した傷だらけのフリーシアと見送ったグラン達がいた。

 

「もう終わっていたか」

 

 自分の存在に気づかせる意味も含めて声をかける。

 

「……アポロ。怪我はない?」

 

 とてとてと駆け寄ってきたオルキスに尋ねられた。

 

「問題ない。向こうが本気ではなかったとはいえ、相手にならんな」

「……ん。良かった」

 

 黒騎士の堂々とした答えにオルキスは薄く微笑む。随分と感情がわかりやすくなったモノだと思いつつ、今はフリーシアのことだと言い聞かせて傷だらけの彼女に歩み寄った。

 

「無様だな、フリーシア」

「……く、ろ騎士……っ」

 

 血に塗れて倒れ伏す宰相の瞳からは光が消えたわけではなかった。だが元々戦闘員ではない彼女がその傷で動けるとは思えない。

 

「これからリアクターを止める。それで貴様の野望は潰えるというわけだ」

「……」

「大人しく指を咥えているといい。十年前に貴様がしでかしたことの重さを感じながらな」

 

 黒騎士はそう告げると興味を失ったようにフリーシアから目を逸らす。

 

「行くぞ。全てを終わらせる」

「「はいっ」」

 

 黒騎士の言葉に二人の団長が揃って頷いた。

 そして黒騎士を加えた七人は八階へ続く階段を上がっていくのだった。

 

 階段を上がった先にはぶち抜きの空間が広がっている。その代わりに巨大な装置が壁を覆うように鎮座していた。今もごうんごうんと音を立てて稼働しており、休むことなく冷却装置が働いている。

 

「これが、リアクター……?」

 

 イオが巨大な装置を見上げて呆然としていた。高さにして十メートルはある装置が鎮座していれば呆けたりもする。

 

「……うん。感じるよ、ここにたくさんの魔晶があるから」

「……ん。間違い、ない」

 

 特殊な力を持つルリアとオルキスが確かな魔晶の気配を感じ取り、イオの疑問を肯定した。

 

「じゃあこれを破壊すれば」

「うん。早速やろう」

 

 フリーシアの野望を阻むにはオルキスの確保とリアクターの破壊が必須だ。各々が武器を構えてリアクターを修復不可能なくらいに壊そうとする。

 だがフリーシアが計画に重要な装置を裸で置いておくわけがなかった。

 

「敵性反応アリ。敵性反応アリ。警備システムヲ起動シマス。従業員ハ直チニ避難シテクダサイ。警備システムを作動シマス」

 

 抑揚のない無機質な女性の声のようなモノが聞こえたかと思うと、警報が鳴り響き赤いランプに室内が照らされる。装置のあちこちに取りつけられていたらしい兵器達がじゃこん、と顔を出していく。いくつもの銃身が束になった重火器から近接用らしき腕のついたブレードまで飛び出してきた。

 

「うげっ!」

 

 星の力だとか魔晶だとか関係ないただただ凶悪な兵器の出現にビィが嫌そうな声を上げる。

 

「ふん。この程度が今更脅威になるはずがないだろう」

「いや、だってよぅ……」

 

 渋るビィの不安を拭うようにグランとジータの二人が前に出た。

 

「大丈夫。破壊は僕達で、ルリアはティアマトかなにかで皆を守って。イオは全体のフォローをお願い」

「こういう時こそ【ウォーロック】の出番だよね」

 

 ベルセルク・オクスを担いだグランとデモンズシャフトを掲げたジータの焦りを一切感じさせない声にビィの不安が霧散した。

 

「今更怖気づくことはない。一気に片づける」

 

 黒騎士は言い放つとリアクターを破壊するために行動を開始した。

 黒騎士が渾身の奥義を放てば巨大な装置が兵器ごと半壊するので、思いの外あっさりと終わった。しかし八割方破壊したというところで、びーびーと耳障りな警報が鳴り始めた。

 

「……損傷率八〇%ヲ超過。システムノ正常起動ニ支障。警備システム最終段階ヘ移行――不可。破損ニヨリ駆動デキズ。主流システム――エラー。サブシステム――エラー。エラー、エラーエラーエラーエラーERROR。ERRRRRORRRRRRRRRRRRRRR――」

「お、おい! なんかヤベぇぞ!」

 

 煙を噴き上げながら壊れかけのリアクターが残った兵器をぶっ放した。しかし今までのような狙いを定めた銃撃ではない。主砲と思われるレーザーは天井へ放たれ、瓦礫を降らしてきた。

 

「きゃっ!」

「チッ。暴走を始めたか。一思いに壊して――」

 

 黒騎士が残った二割を消し飛ばそうと剣を構えた時、少し離れた位置にかつんかつんというヒールらしき靴の足音が聞こえてきた。ヒールか? と考えて誰が該当するかを思い浮かべえはっとし音の出所を振り返る。

 

「フリーシアッ!」

 

 そこには、傷だらけの状態ではあったが壁に手を突きよろよろと部屋を歩いている彼女の姿があった。黒騎士の声に気づかれたことを悟ったのかフリーシアは無理を押して階段へ走りそのまま駆け上がっていってしまう。

 

「くっ! まだ動くだけの余力があったか……!」

「まだ策があるとは思えないけど、追った方がいいんじゃない!?」

 

 トドメを刺しておくべきだったかと黒騎士が悔やむ中、イオが懸念を口にする。満身創痍ではあるが無理に魔晶を使って再生すれば立ち塞がることができるだろう。それなら後ろから襲えば誰か一人でも殺れた可能性はあるので、まだなにかあるのではないかという推測が有力だ。

 

「破壊。粉砕。裂傷。死ナバモロトモ。自爆フェーズへ移行シマス」

「自爆だと? ……あの女のことだ。このタワーを吹き飛ばすくらいの威力は想定した方がいいか」

「なっ!? じゃあどうすれば……!」

 

 暴走を続けるリアクターの警備システムの対処とフリーシアの追跡。できればどちらにも対処したいところだが。

 縦横無尽に放たれるレーザーが迫ってきているのを、

 

「【ホーリーセイバー】、ファランクス!」

 

 ジータが重厚な鎧に身を包んで障壁を展開し防ぐ。

 

「今の内に行って!」

 

 レーザーが逸れてもジータだけはリアクターから目を逸らさない。

 

「ジータ!?」

「自爆する前に完全に破壊するから! グラン達はフリーシアさんを追って! あの人は逃がしちゃいけない!」

 

 フリーシアのような頭の回る人物は時間を置かせるのが一番危険だ。それを理解しているからこそ、最高戦力である黒騎士と鍵を握るルリア、ビィ、オルキスを先に行かせたかった。ルリアが行くならグランも一緒の方がいい。だからと言って年下のイオにこの場を任せるようなことはしたくない。

 そういう彼女の思いが起こさせた行動だ。

 

 他が動くまでは攻撃から守ることに集中するらしく視線を走らせる妹の横顔を見て、グランはわかってしまった。

 

「一度こうと決めたら動かないもんな、ジータは」

「だな。そういうとこばっか似てるんだ」

 

 昔から知っているグランとビィは苦笑して言い、リアクターから背を向け上へ続く階段に足を向ける。

 

「行こう。ここはジータに任せておけば、大丈夫」

「グラン……」

 

 最も心配しているであろう彼の言葉に、他は追従するしかない。せめてもの声援を送ってからフリーシアの上がっていった階段へと向かった。ファランクスで彼らを守りつつ見送ったジータは【ホーリーセイバー】を解くと落としておいたデモンズシャフトを拾い上げる。顔を上げれば暴走するリアクターが残ったレーザーや銃火器を乱射している。

 

「……よし、やろう。【ウォーロック】」

 

 自爆までの時間がどれほどなのかはわからないが、短期で決着をつける必要がある。ジータが得意としていて、最大の火力を誇るのは間違いなく【ウォーロック】だ。

 

「エーテルブラスト」

 

 魔力の奔流を放つ。暴走しているせいか迎撃という行動には出ず直撃した。今までであればエーテルブラストでも壊せていたのだが、手応えが薄い。いやこの場合は手応えありと言った方がいいのか。

 エーテルブラストによって表面の装甲が剥がれた奥には他の部分とは異なり頑強そうな黒い装甲があった。

 

「あった……!」

 

 ジータが探していたのはそれだった。リアクターのコア。リアクターを動かすのに必要不可欠な部位。当然ながら他の部分より頑丈に守られてはいるようだったが、残り短時間でそこを裂いて中にあるであろうコアを破壊さえしてしまえば、リアクターは完全に停止する。

 

「コアヘノ衝撃ヲ感知。最終防衛システムヲ起動」

 

 最後の防壁が露出したからだろう。じゃこん、とレーザーを発射する砲口は四つ姿を現した。その部分はまともに動いているのかジータに狙いを定めている。

 

「っ、エーテルブラスト!」

 

 四つのレーザーに対抗するが、押し切れず押され返されることもない。

 

(負けはしないけどこれじゃ攻撃が通らない!)

 

 いつ流れ弾が跳んでくるかわからないこの状況ではフォーカスを行うことも難しい。通常撃てるエーテルブラストであっても押せないとなると、別の手段が必要だ。

 奥義でも確実にコアを守る壁を破壊するにはレーザーに阻まれては無理だろう。

 

 そう考えてからの行動は早かった。ジータはデモンズシャフトを投げ捨てると迫ってきた四つのレーザーを回避する。【ウォーロック】の『ジョブ』は杖だけを得意とするのではない。短剣も得意とする、近接戦闘もいける魔法攻撃主体の『ジョブ』なのだ。

 ジータは腰の後ろに提げてあった黄金に輝く短剣を手に取る――天星器の一つ、四天刃である。

 

 これは老婆から聞いた話だが、ClassⅣは使いこなせるようになれば専用の武器を使わなくても使えるようになる。それだとまた制御が難しくなる上専用武器も強いので問題ないと踏んでいたのだが。

 この話を聞いた時二人揃って「じゃあClassⅣで天星器を使えるようになれば最強じゃん!」と思い試して身体にかかる負荷を受け這い蹲ることになったのは記憶に新しい。

 

「うっ、ぐぅ……!」

 

 専用武器はClassⅣを扱えるように補助をする役目を持っている。それがなくなった状態で、更に扱いの難しい武器を装備すれば当然難易度は跳ね上がった。

 ジータは身体にかかる負荷に顔を顰めながらもレーザーや銃弾を掻い潜ってコアのある場所を目指す。

 

「ブラックヘイズ!」

 

 【ウォーロック】固有の魔法を発動すると辺りが黒い霧のようなモノに包まれる。これによって敵の視界を潰し、毒を与え、更には弱体化させるのだ。今回の敵は装置なので暗闇と毒は効果がないが、銃弾が暴発するリアクターに接近して攻撃するなら弱体化させて確実に決めた方がいい。チャンスがそう多いわけではないだろう。

 

「チェイサー」

 

 攻撃に追随する刃を形成する。銃弾の雨やレーザーを避けて進みながら、四天刃へと魔力を集中させていく。一撃で断ち切るつもりだ。

 

 コアを守る装甲まであと五メートル。銃身がいくつもついた兵器が偶然こちらを向いていて銃弾を乱射してくる。身を翻して避けると身体には当たらなかったが衣装に穴が空いた。レーザーが横向きに放たれたまま進んでくるのを跳躍して回避すると眼前に黒い装甲が見えた。

 

「……ふっ!」

 

 暴発する兵器の懐に潜り込むという危険度の高い行為を最低限の行動で手早く済ませる。そのためにジータが考えたのは、渾身の一撃で切りつけるというモノだった。

 こちらを狙ってこない銃弾を予測するのは難しい。奥義の発動最中に撃たれれば「なんの成果も得られませんでした!」と涙ながらに倒れ伏すことになるだろう。

 

 故に魔力を集中させた四天刃で黒い装甲を切り裂いた。追随する刃も相俟って装甲が裂けて中から煌々と輝く赤い球体が姿を現した。つまり、刃はコアに届いていない。

 

「っ!?」

 

 止めらないリアクターの暴走を確認してすぐに二発目を叩き込もうとしたが、その時彼女の死角にあった銃器がくるんと向きを変えた。

 予想だにしていない攻撃を、まともに受けてしまう。

 

 鉛弾が柔肌を貫き血を滴らせる。

 

「ぐ、あぁ……」

 

 治療は後だ。今は気合いで、歯を食い縛って、コアを破壊しなければ。必死の形相で赤い球体を睨むジータの腹を打ち据えるモノがあった。身体がくの字に折れて吹き飛んでいく。堪らず空気を吐き出したジータの視界には先端が切断された細いアームがあった。元々はブレードをつけていたモノだ。

 受け身も取れず地面に叩きつけられ跳ねる。その間に回っていたレーザーが右の脇腹を抉った。

 

「……ごほっ」

 

 ようやく勢いが弱まり床にうつ伏せになる形で倒れるジータ。抉れた脇腹から絶え間なく血が流れ瀕死の状態になったために【ウォーロック】の姿が解除された。

 

 身体から力が抜けていく。

 

 体温まで失っていくようだ。武器は既に手元になく、喉奥からせり上がってきた血を吐き出すと口の中いっぱいに錆ついた鉄のような味が広がった。

 

(……ごめんね、皆)

 

 薄れゆく意識の中で先に行かせた仲間達を想う。それはここで息絶えることへの謝罪か、それともリアクターを自爆前に破壊できなかったことへの謝罪か。

 暴走の中にあって彼女の小さくなっていく生体反応を感知したのか四つのレーザーを向けてきた。砲口に光が集束していく。発射されるまでの時間は死への秒読み、回避不能のカウントダウン。

 

 抵抗する手立てが残っていないジータは重くなってきた瞼を閉じる。そしてやがて訪れる死を静かに待った。

 

 ――しかし。

 

「ファランクスッ!」

 

 気迫の込められた声が聞こえてくる。はっとして思わず瞼を持ち上げてなんとか声のした方を確認すると、そこには黒い鎧に身を包んだ黒髪の少年の背中があった。

 

「――……」

「戦士交代だ。大人しく寝てろ。……すぐに片づけてやる」

 

 呆然とするジータを振り返らず、普段の軽い様子もない言葉だけを放る。

 

「……」

 

 ジータは彼の言葉を聞いてから、今度こそ瞼を落とし意識を失った。

 ただし諦観ではなく、安心を抱いてのことだったが。




タイミングがいいのも主人公の資質(って何回言ってるんだろうか)


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誰かの騎空団

ここからはダナン視点に戻ります。

あと今更ですが本編重要キャラのフリーシアさんは割かし端折ってます。ごめんなさい。


「やぁ、君がダナンかな?」

 

 よくわからんがタワーを上がっていったらグランの仲間やらを見かけたので救助したりしなかったりしながらようやく六階まで来た、のだが。

 そこで待ち構えていたのは珍しい衣装を着込んだ肌の白い少年だった。傍には手を鎖で雁字搦めにされた青髪の少女もいる。耳と尻尾があって目つきが悪く唸ってくるので狼を連想した。

 

「誰だ?」

 

 しかし見覚えはない。というかなぜこいつらだけここにいるのか不思議だ。いや、よく見ると傷がある。既に誰かと戦闘をした後、なのか?

 

「僕はロキ。この子は星晶獣のフェンリル。ああ、心配しなくても君と戦うつもりはないよ?」

 

 ロキと名乗った少年は薄ら笑いを浮かべて言ってきた。()()()俺は腰の銃を抜いてヤツの眉間目がけて引き鉄を引いた。が、まぁ流石に危機感を持っていないような雰囲気を醸しているだけはある。軽く首を傾けるだけで避けやがった。

 

「酷いなぁ。僕も一応空の世界の敵を自称してるけど、躊躇なく撃つかな、普通?」

「いや、悪い悪い。俺の勘が、とりあえずお前殺しといた方がいいって言うからさ」

「……君ホントに世界を救いに来たの?」

「空の世界の敵とか自称してるヤツに言われたかねぇよ」

 

 とりあえず『ジョブ』なしで勝てるような相手じゃないってことはわかった。俺は銃を戻してローブのポケットに手を突っ込む。

 

「で、わざわざ俺になんの用だ? 見たところ誰かさんに負けたとこだろ? そんなてめえらが俺を待ってたってことは余程大事な用があるんだろうな。言っとくが空の世界の敵さんよ。俺は世界なんかどうでもいいぜ」

 

 薄ら笑いを湛えた、自称・空の世界の敵なんて怪しすぎる。星晶獣を連れていることもあるが、とりあえずこの短い間に得られた情報だけでも碌な人物じゃないのはよくわかった。……まぁそれは向こうから見た俺も同じかもしれないが。

 

「わかってるよ。空の世界の敵としての宣戦布告は、既に済ませてあるんだ」

「ん? ああ、今上にいる連中か。なるほど、そりゃ宿敵だな。まぁ精々頑張ってくれ。俺と敵対するようなことがなきゃなにもしねぇよ」

「うん、やっぱり君は面白いね。僕の考えは間違ってなかった。そうは思わないかい、フェンリル?」

「……はっ。知るかよ。どうせなに言ったってやるんだろ? なら勝手にしろよ」

 

 なんかこいつらって仲間って言っていい関係なのか怪しいところがあるよな。信頼はしてる、みたいなんだが。

 

「そうだ。それで本題なんだけど」

 

 ロキは薄ら笑いを深めて俺の方に手を差し出してきた。

 

「ダナン。僕の仲間にならないかな?」

 

 ……は?

 

「世界なんてどうでもいいと言える人間性に加えて、その特異な能力。……うん。やっぱり面白いよ。是非仲間に入れたいね。なにせあの双子と同じ能力を持った君だ。そんな君が敵の側にいる――面白い展開だと思わない?」

 

 底の見えない笑みに心から楽しそうに語っていることがわかる程度の変化が加わる。……なに言ってるかわかんねぇ、が。要約するとあいつらと同じ能力を持ってる俺を仲間に引き入れたい、ってことでいいんだよな?

 

「……意味わかんねぇことは多いんだが、まぁ断るよな。お前みたいな得体の知れないヤツを組む気はねぇ」

「そっか。残念、振られちゃったみたいだよフェンリル」

「なんでオレが振られたみたいに言ってんだよ」

「……お前らもしかして仲いい?」

 

 言い合うロキとフェンリルに尋ねると、ロキは真意の読めない薄ら笑いで、フェンリルは心底嫌そうな顰めっ面で答えた。

 

「もちろん。僕とフェンリルは絆で繋がった仲間だよ」

「ふざけんな。鎖がなけりゃ喉笛喰い千切ってやるところだ」

 

 互いに答えて顔を見合わせる。

 

「酷いなぁ、フェンリル。そんな風に思ってたなんて」

「てめえこそなんだその思ってもねぇ言葉は」

 

 ロキは変わらないがフェンリルはがるると唸っている。……やっぱりこいつら仲いいんじゃね?

 

「……ま、いいや。考えは変わらないかな?」

 

 気を取り直してロキが聞いてきた。さっきの仲間の話だろう。

 

「ああ、もちろんだ。俺は世界のことなんざどうでもいいが、助けてやりたいヤツはいるんでな。まぁだがあいつらの仲間になる気はねぇよ」

「へぇ? じゃあ君は今後どうするつもりなのかな? 僕としては予定がないなら是非、と思うんだけど」

「はっ。これからのことなんて考える余裕はねぇよ。もし無事に明日を迎えられたら、また考えるさ。まぁ少なくともてめえの仲間にならないことは確定だ」

「釣れないなぁ」

 

 当然の返答だ。

 こいつが信用できないってのも理由の一つだが、こいつの得体の知れなさから伝わってくるのだ。

 

 こいつとは“仲間”になれない、って。

 

 見てて面白いとかそういうのはあるかもしれないが、こいつとドランクのように友達になれるかと聞かれれば否と答えられる。少なくともこいつが、自分の奥底に持ってるモノを曝け出そうとしない限りは。

 

「断っておいてなんだが、なんで仲間を集めてる? まさかあいつらを見て人恋しくなったとかそんなんじゃねぇよな?」

「まさか。君が彼らの敵に回った方が、楽しそうだと思ってね。折角だから騎空団でも起ち上げようかと」

「ほう?」

「まぁでも、聞いてくれそうにないから今日は大人しく引くことにするよ」

「二度と来なくていいっての」

 

 話は終わったのかロキとフェンリルを光が包んでいく。

 

「じゃあまた。君とはこれで終わりじゃないと思うんだ。あと気が変わったらいつでも、歓迎するよ」

 

 薄ら笑いを引っ込めないままどこかへ消えていった。……なんだったんだあいつら。

 警戒は一応したままだったが完全に消えていることを確認しただけだった。

 

「騎空団、ねぇ」

 

 そんなことを言われても実感が湧かない。だが知らない世界を見て回るのも楽しいかなとは思っている。だがあいつらの団に入れてもらうのは嫌だし、ロキも同じだ。かと言ってあんな特殊な連中を知っているせいでそんじょそこらの騎空団じゃ満足できなくなる可能性が高い。というか団長なら俺より強いヤツじゃねぇとな。黒騎士が団起ち上げてくれたら楽なんだがなぁ。

 

「……まぁ、いいや。先のことなんか考えても仕方がねぇ。どうせ今を乗り越えなきゃない話だしな」

 

 俺は考えるのをやめて七階に続く階段を上がる……誰もいねぇな。戦闘痕はあるから戦ってはいたんだろうが。

 じゃあ次、と八階の階段下から上を見上げると上から赤い光と警報が鳴っているのが聞こえてきた。なんかマズい状況なんじゃ、と少し慌てて駆け上がると案の定、床に血塗れで倒れるジータとジータに狙いをつけたらしいレーザー四つが放たれようとしているところだった。……なんて状況だよクソったれ。

 

「【ホーリーセイバー】」

 

 『ジョブ』を変えながらジータとレーザーの間に割って入るように構える。そしてファランクスを展開しレーザーを防ぐ、と危ねぇな。階段を悠長に歩いて上ってきてたら間に合わなかったぞ。

 

「――……」

 

 まだ息はあるのか、微かに息を漏らす音が聞こえてきた。

 

「戦士交代だ。大人しく寝てろ。……すぐに片づけてやる」

 

 一応グラン一行の中では最も気の合うヤツだしな。グランの武器召喚が羨ましい同盟とでも名づけておくか。

 だからまぁ、なんだ。

 

「死なせやしねぇよ」

 

 残念ながらぱっと見たところ無差別に攻撃してるみたいだし、意識のない状態で放置したって撃たれる可能性がある。カッコつかないがちょっとだけ死んでいてもらおう。最悪のパターンはジータを治してる間に俺も撃たれて共倒れだ。

 

「……俺の余力的に、リヴァイヴで蘇生できる限界は一分ってとこか」

 

 流石に完全回復とはいっていない。リヴァイヴは死者蘇生を可能とするとんでもない魔法だが、生き返らせることのできる範囲には時間制限がある。あと身体の損傷だな。俺が今のジータを蘇生できるのは一分だけ。

 

「つまりそれまでにこいつぶっ壊せばいいってことだな」

「自爆フェーズ完了マデ残リ三〇秒」

「は!?」

 

 一分の制限時間が半分にまで短縮された。……ふざけてやがる。

 

「魔力を温存してこいつをあと三十秒足らずでぶっ壊せってか! やりゃいいんだろ!?」

 

 半ば自棄になって【アサシン】を使用する。わざわざ言うまでもないが装置の真ん中の方にある赤い球体を壊せばいい、と思う。というかそれ以外にあったら俺の火力じゃ間に合わねぇ。

 

「二〇」

「クソッ!」

 

 無駄に十秒も使ってしまった。俺は本気で球体に向かって真っすぐに駆け出す。駆けながら投げナイフを投擲して球体に刺した、が大して損傷していないらしく動作に変わりはない。

 ずがががっ、と無数の銃口が俺の身体へ銃弾をぶち込んできやがるが、それを全て無視した。

 

「痛ってぇ! ってふざけられる状況じゃねぇよな!」

 

 本気で痛い。スツルムといい感じになってた友人のようにはいかないか。だが足を止めることだけはしなかった。ジータが命懸けで開いてくれた道だ。命懸けで繋げなくてどうする。

 

 時間がない。

 目標は決まっている。

 なら俺の行動は簡単だ。

 

 即ち最短距離で突っ込む、ということ。

 

「十」

 

 そんなカウントが聞こえてきた頃に赤い球体の前に辿り着いた。

 だが四つの砲口がこちらを向いている。自分のレーザーで破壊することはない角度なのだから嫌らしい。投げナイフで内三つを防ぎ破壊する。……元々一つ間に合わないことはわかっていた。だから利き手じゃない右手側を残したんだからな。

 

「【オーガ】」

 

 レーザーが照射される。右手に出現した籠手でレーザーを受けた。当然防御力という点では心許ないので融解し、腕も焼けていく。歯を食い縛って激痛に堪えながら腕が消し飛ぶ前に左脚を大きく振り上げた。

 

「痛ってぇ、つってんだろ!!」

 

 渾身の踵落としを、事前に刺しておいた投げナイフの柄に落とす。踵がめり込む威力だったのでナイフは内部まで切り裂き、その亀裂は広がりぱきぃ……んと球体を真っ二つにした。レーザーの照射もようやく止まる。

 

「……クソ、痛いぇ」

 

 激痛と破壊した達成感に座り込みそうになってしまうが、まだやるべきことがある。

 急激に重くなった身体を引き摺りながら倒れるジータの方へと向かう。

 

「……ま、もう息はねぇ、よな」

 

 致命傷だった。放置して悪いとは思っているが、俺は最優先事項を見誤りはしない。

 俺は【ビショップ】に姿を変わると無事な左手を翳す。

 

「リヴァイヴ」

 

 回復魔法の終着点とも言える蘇生。それを最上級ではなく上から二番目で会得してしまうのだから『ジョブ』というのは恐ろしいモノだ。だがそのおかげで一人の少女の命が救われる。

 ジータの身体にあった傷が全て消える。抉られたグロテスクな脇腹も元に戻ったようだ。更には青白くなっていた血色まで良くなった、のだが。

 

「意識が戻らねぇな」

 

 口元に手を翳すが息をしていない。怪我人ではなくなったのでごろんと片腕で仰向けにしてやる。

 

 ……これは、あれか。身体は生きてる状態に戻った、ってだけなのか。

 

「救命措置、はまぁ仕方ねぇよな」

 

 自分に言い聞かせるようではあったが今の俺に下の階からカタリナを連れてくるだけの元気はない。

 俺は一つため息を吐くとやりにくい片腕の状態でジータの胸元を上から押すようにして刺激する。一定間隔で行なった後は気道確保のため顎を手で支えて口を合わせると息を吹き込むように大きく呼吸する。

 それを何度か繰り返した。

 

 もしかして手遅れなのでは? と思い始めた頃、俺が人工呼吸をしている最中にぴくりと指が動く。口を離して意識が戻ったかの確認をした。

 

「……けほっけほっ!」

 

 息を吹き返したせいか大きく咳き込んではいたが、なんとか命を繋いだようだ。双子揃って悪運の強いヤツだ。グランも確か一回死んだらしいし。

 

「わ、たし、は……」

 

 まだ意識がはっきりしないのかぼーっと天井を見上げている。……これでようやく俺も少しは休めるってもんだ。

 

「……目ぇ覚めたんならできればヒールオールしといてくれ。生憎俺ももう、限界なんでな」

 

 自分のことを後回しにしていたせいで撃たれた傷からの出血や焦げた右腕から来る絶え間ない激痛がずっと続いていた。しかもリヴァイヴを使ったせいでごっそり魔力を持っていかれた。残念だが残りカスみたいな量しかない。

 とりあえずやるべきことはやったので、後はジータに任せて意識を手放す。ゆっくりと倒れ込むとおそらく彼女の腹部と思われる場所に頭が乗ったが、気にしてはいられない。すぐに意識が途絶えていった。




あ、そういえばなんですが。

追加が決まったライジングフォースについてなんですが、ダナンの取得イベントを既に書き終わってます。人形の少女編が終わった後の幕間かなにかで出します。衣装だけは書かずにおいてあるんですが。

雰囲気としてはグラブルのストーリーイベント的な感じプラス取得イベントみたいな感じですね。一応オリジナルの話です。
あとは半分以上悪ふざけのオリジナルEXジョブ取得イベとか。
今はカッパサマー・クロニクルのナンダク版を書き中です。

気になる方は、もうしばらくお付き合いいただければと思います。


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最上階までの道中

ダナン視点に戻ると言ったがあれは嘘だ。いや前話は嘘じゃないんですが、この話の三人称を挟んでから完全に戻ります。


 意識が覚醒し始めたかと思えば誰かが唇を重ねている感触がしたら、動揺するのは無理ないだろう。

 

 それでも身体が碌に動かないせいでなんとか動かそうとしても指が痙攣するように動くだけだった。それでもその誰かは離れてくれて、久し振りに自力で呼吸したかのような違和感がしたせいで思い切り咳き込んでしまう。

 酸素が充分に行き渡っていないらしい頭ではぼーっとしてしまい、なにかに抉られたような天井を見つめた。

 

「……目ぇ覚めたんならできればヒールオールしといてくれ。生憎俺ももう、限界なんでな」

 

 ここは? と呟いていたら近くから誰かの声が聞こえた。言葉通り限界が近いのか声は掠れていた。そして声のした方を見やると黒髪の少年が力なく倒れ込んで自分の腹部に頭を乗せるところだった。

 

「…………ダナン君?」

 

 ようやく頭が働き始めて今おそらく自分の命を救ってくれて、倒れ込みぴくりとも動かない少年の名前を呼ぶ。

 焦りが生まれたことで急速に頭が回転し始めて、寝転がったまま彼の言われた通りに行動を開始した。

 

「【ビショップ】。ヒールオール!」

 

 回復魔法を使用してダナンの傷を癒す。見えている部分に傷がなくなったことを確認し、ゆっくりと身体を起こした。自然と腹の上にあった頭が太腿へ移動する。仰向けになるように体勢を変えさせて血が通っていること、そして息があることを確認しほっと一息吐いた。

 

「……助けられちゃったね」

 

 意識が落ちているらしい彼の頭を撫でると、命ある温もりが伝わってくる。そういえばと思い返せば直前にレーザー照射から守ってくれていたような気がする。つまり紛れもなく命の恩人だ。

 そして恩人と言えば目覚める直前までの行為。きっとこんな構図だったんだろうと想像しかけ顔が熱くなりそうだったので中断する。

 

 いやしかし逆の立場で考えてみたらどうだろう。

 

 ダナンが死にかけの重体で意識不明。人工呼吸をしなければ助からないとなった時、自分は照れて見殺しにするだろうか。否だ。見殺しになんてできない。例え後で気まずくなったとしても命を救うのに躊躇なんてしてる暇はない。

 つまりは。

 

「救命措置、は仕方ないよね?」

 

 奇しくも彼と同じような言葉を自分に言い聞かせる。そう、あれは命を救うための処置。互いにノーカウント。意識する必要なんてない。リーシャのようになるな。

 

「……うん、大丈夫」

 

 とりあえず一区切りつけることに成功したジータは、とはいえ命の恩人を無碍にもできないので自分の膝に寝かせたまま頭を撫でていた。場所が草原とかならイチャイチャするカップルのように見えなくもない。

 今誰かが上がってきたら確実にからかわれること間違いなしだった。

 

「……随分と仲良くなったモノだな、ジータ」

「っ!?」

 

 後ろから遠慮がちにかけられた声にジータの身体がびくんっと跳ねる。錆びついたようなぎこちない動きで振り返った先には声をかけたカタリナを始めとする下の階に置いてきた面々がいた。オイゲン、ラカム、ロゼッタ、スツルム、ドランク、カタリナ、リーシャ。万全の状態とは言えないが皆無事なようだ。しかし彼らの無事を喜ぶ前にしばければいけないことがあった。

 

「ち、違うんです! これはその、助けてもらったのでそのお礼に……!」

 

 不意打ちだったせいか先程の言い聞かせも無意味になり羞恥やらで顔に熱を持ったまま否定する。

 

「いや、わかっている。ジータも年頃だからな」

「それ絶対わかってないですよね!」

「ジータさん……ダナンは、やめておいた方がいいと思いますよ?」

「リーシャさんだけには言われたくないです」

 

 理解したような顔のカタリナと、複雑な表情をしたリーシャ。

 

「グランがルリアと、ってなるとジータは一人になっちまうからな。いいんじゃねぇか、別に」

「ビィもいるので無理ですよ。というかホントにそういうんじゃないんで」

「人は選らんどけよ、男がロクでもねぇと子供に嫌われちまうからな。……俺みたいに」

「笑えないので自虐しないでくださいオイゲンさん」

 

 なんだかからかわれている内に冷静になってきてしまった。周囲が割りと乗り気だからだろうか。

 

「これでダナンがからかえると思うか?」

「いやぁ、無理じゃないかな〜。適当にあしらわれると思うよ」

 

 傭兵二人はジータではなくダナンをからかいたいようだ。

 最後に経験豊富そうな雰囲気だけはあるロゼッタに目を向ける。ジータの視線に「ロゼッタさんは変な勘違いしませんよね?」という意味が含まれているのは仕方がない。ロゼッタは余裕ある笑みを浮かべて一言。

 

「いいんじゃない? 好きになる相手は家族と反対の人だって言うじゃない」

 

 ダメだこの人悪ノリしてる……! 味方がいないと悟ったジータはがっくりと項垂れた。

 

「……はぁ。なんかもういいです。一回死んだのにからかわれて……」

「「「死っ!?」」」

 

 何気なく口にした一言に仲間達がぎょっとする。……もちろん想定通りの反応である。

 

「うん。さっきまでね。そこを多分リヴァイヴで蘇生されたんだと思う」

「そ、そうか。すまない、その……」

「ううん、別にいいですよ」

 

 ダナンがいなかったらジータは死んでいたかもしれないという事実に、重い空気が流れ始める。そんな中でも話題を変えられるようにダナンをこっそり突いて起こそうとするジータは周りに気を遣いすぎである。

 

「ん、あぁ……?」

 

 そんなジータの突っつきも効果あってかダナンがぼんやりとした声を零す。やがてぱちりと黒い瞳を開けると目が合った。早くに目が覚めたことを喜び顔を綻ばせて声をかけようとする前に、ダナンがすっと手を伸ばしてきて頬に触れる。ぴくっと身体が硬直してしまうが、

 

「……生きてんな」

 

 どうやらちゃんと確認したかっただけのようだ。それだけを言うとさっさと身体を起こし焦げていた右腕の調子などを確かめ始める。

 

「……あ、うん。ありがとね、助けてくれて」

 

 そこでようやく止まっていた身体が動き始める。

 

「別にいい。おっ、お前らも来てたのか。……下にロキとかいなかったか?」

「? いなかったよ? あのよくわかんない皇帝陛下もなにが目的なんだかねぇ」

「皇帝陛下? あいつが?」

「知らなかったの? オルキスちゃんのお父さんの弟、だってさ」

「へぇ」

 

 起き上がったダナンは下の階にいたはずの者達の姿を認めて笑いかける。

 

「……じゃああれは俺だけってことか」

「ん? なんか言った~?」

「いや、なんでも」

 

 ぼそりと呟かれた冷たい一言は、近くにいたジータにしか聞こえなかったらしい。どうやら彼がロキ関連でなにかあったらしいというのと、おそらくアレを気にしていないという話題転換なのだろう。

 

「俺は後から来ただけだから最新の情報はジータか。他のヤツらはどうした?」

「……そうだね」

 

 ダナンの意識してか真剣な声音に誘発されて気を引き締めたジータは立ち上がって服を払うと真面目な顔で集まった全員を見渡した。

 

「私がここに残ったのは暴走するリアクターを止めるため。皆は傷だらけでも上に行ったフリーシア宰相を追ってったの」

「あいつ上にいやがんのか」

「うん。黒騎士さんもいるから多分大丈夫だとは思うんだけど……」

「ま、急いで行くに越したことはねぇか。ならさっさと行こうぜ」

 

 まだ敵が残っていると認識し、早々に階段を上がっていく。ジータとダナンが並んで先頭を歩いた。

 

「そうだ。ダナン君はさ、これが終わったらどうするとかあったりする?」

 

 階段を上がる中でジータがそう尋ねた。

 

「……それ、ロキにも同じこと聞かれたんだが」

「えっ?」

 

 空の世界の敵を自称する怪しげな人物と同じだと言われてジータは微妙な顔をしている。

 

「答えは簡単だ。なにも考えてねぇよ。生憎と目の前のことを乗り越えるだけで精いっぱいだ」

「そうなんだ。でも将来やりたいことを胸に秘めてると力になる、とも言うよ?」

「そんなもんかね。やりたいことなぁ」

「案がないんだったら私達の団に入る? きっと歓迎されるよ?」

 

 その後ろで「いや別に歓迎しねぇけど」とボヤいているラカムはスルーされた。

 

「それだけは絶対しねぇ」

 

 しかしロキにも告げた通り、憮然とした表情で断言した。

 

「え~。ダナン君が加わったら面白いと思うんだけどなぁ」

「それもロキと同じ発言だぞ。……ま、ジータとは兎も角他のヤツらと気が合わねぇからな。仲間になるのは遠慮してぇ」

「そ、そっかぁ」

 

 何気ない言葉ではあったがジータとしては「つまり私とは気が合うと思ってるってこと!?」と内心荒れ模様になりそうな心地だ。

 

 ――そこでふと、ダナンに冗談のような天恵が降りてきた。なんてこともない、普段と変わらぬただの軽口のような天恵だった。

 

「じゃあそうだな――騎空団起ち上げてお前らより先にイスタルシア行くってのも面白いかもな」

 

 ダナンとしては「えっ? お前ら先に旅始めた癖に俺より遅かったの?」と煽るだけのための発言だったのだが。

 

「いいね、それ! そうなったら手強いライバルになりそう。でも絶対負けないから」

 

 軽い冗談のつもりだったのだが、思いの外ジータが真剣に受け取ってしまう。手強いと言いつつも負けないと宣言して笑う辺り、負けん気が強いのかもしれない。

 

「……冗談だよ。騎空団なんて柄じゃねぇ」

「え〜。同じ能力を持つダナン君がライバルになったら面白いと思うんだけどなぁ」

「同じ能力持った、歩けば厄介事に巻き込まれる二人の騎空団とライバルとか面倒しかねぇよ」

「……歩けば厄介事に、ってそんなにトラブルメーカーじゃないからね」

「そうかい」

 

 ジータは膨れっ面をするが、対するダナンはあまり信じていないようだ。自分から首を突っ込んだとはいえ、まさか世界の命運を懸けて戦うことになるとは思いも寄らなかったのだ。それは愚痴も言いたくなる。

 

 後ろをついていく仲間達も興味深そうに二人の話を聞いていたのだが、九階が近づくと戦闘音が聞こえてきて気を引き締める。

 そうして遅れてやってきた彼らが見たモノは、

 

「散れッ!」

 

 黒い甲冑の騎士と

 

「あああぁぁぁぁ!!」

 

 巨大な蜘蛛、もとい蜘蛛の頭から身体を生やした方が本体のフリーシアである。

 黒騎士も本気なのか、奥義を放てばフリーシアの巨体が吹き飛び致命傷を負って元の姿に戻された。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 戦闘力だけなら余裕はありそうだが、疲労している様子だ。そんな長期戦になるようには思えないのだが。

 

 すると疑問に答えるようにフリーシアの近くにミスラ・マリスが姿を現した。そして傷だらけのフリーシアが光に包まれたかと思うと再び()()()()()()()で魔晶を発動した蜘蛛へと変わる。

 

「おい、アポロ! こりゃどうなってやがんだ!?」

 

 オイゲンが叫んだ声を聞いてようやくこちらに気づいたらしい。顔を向けたかと思うと迫ってきているフリーシアを無視して斬撃を放ってきた。……ダナンへと。

 

「おっと」

 

 とはいえ本人は事もなげに屈んで避けていたのだが。

 

「貴様、よくのこのこ顔を出せたモノだな」

 

 余所見をしたまま倒キック(ヤクザキックとも)をフリーシアへかます黒騎士。

 

「いやいや、そう怒るなよ。敵さんに集中した方がいいと思うぞ?」

 

 などと言いながら【アサシン】になって麻痺針をフリーシアへ投擲し黒騎士へと近づいていくダナン。

 やがて顔を突き合わせるような距離まで近づいた二人へとフリーシアが迫るが。

 

「黙れ」

「煩ぇよ」

 

 黒騎士の蹴りが蜘蛛の頭部分を襲い、ダナンの抜き放った銃がフリーシアの眉間を撃ち抜いた。許し難い敵とはいえ躊躇いなく殺した彼に眉を顰める者もいたが、すぐにミスラ・マリスが現れて死んだはずのフリーシアを復活させた。

 

「過去の遺恨は水に流そうぜ。俺はこうしてここに来たわけだし」

「ふん。まぁいい。全てを終わらせた後にじっくりと話すしかないか」

「……俺は別に話す必要はねぇんだけどな」

 

 なんだかんだ言いながらも揃ってフリーシアを倒す様を見ていると、「こいつら仲いいな」と思う他の面々だったのだが。

 

「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 理性なき叫び声を上げて再度蜘蛛になったフリーシアが突っ込んできた。

 

「で、こいつはなんでこんなになってんだ?」

 

 黒騎士とダナンは前脚を鎌のように振るってくるフリーシアの攻撃を避けながら会話を始める。確かに最新の魔晶を使ったフリーシアは強いが、ダナンが苦戦したのは腐っても宰相の頭脳を持つフリーシアである。狙いを定めた一撃とそこに敵がいるから振るわれた一撃、どちらが厄介かは言うまでもない。

 

「ミスラが出現しただろう? この女は魔晶を使うだけでは勝てないと見るや、ミスラ本体の“契約”の力を使ったのだ」

「契約だ?」

「ああ。フリーシアは『何度この身を引き裂かれようと、必ず悲願を成就させる』と、ミスラに誓ったのだ」

「なんだと!?」

 

 ミスラの誓約への強制力を知っているラカムは驚きの声を上げた。

 

「つまりフリーシアは……」

「ああ。文字通り何度倒されようと、見ての通り復活する」

 

 カタリナの瞠目に応えるように、黒騎士は今一度フリーシアを両断してみせる。言葉通り、両断されたはずのフリーシアが元通りになってまた襲いかかってくる。

 

「なんてことを……!」

「んなことしたら身体が元通りになっても精神が持たねぇじゃねぇか……」

 

 リーシャとオイゲンは既に正気を失った様子のフリーシアを憐れみの目で見た。

 

「ふん。ここまで来て敵の心配とは、随分と傲慢なモノだな。殺せないなら手段を選んではいられないだろう。そのために上へ他の連中を向かわせている」

「そういえばグラン達がいないですね」

「ミスラの誓約は絶対だ。遵守する以外に道はない。ルリアやオルキスの力でもどうにもできないモノだ。だからこそ、この先にいる星晶獣を使う必要があった」

「……アーカーシャね」

 

 黒騎士の言葉を聞いたロゼッタが口にした名に動揺が広がる。

 

「でもボスぅ~。アーカーシャ使ったら世界滅亡しちゃったりするんじゃないの?」

「よく考えればわかることだろう。確かに過去を書き換えれば今が変わってしまう可能性がある。だが未来を書き換えれば、少なくとも今に影響はない」

「それでアーカーシャを急遽起動させに上へ行かせたってわけか」

「ああ」

 

 彼女が一人フリーシアと戦っているのはそういう理由らしい。

 

「……だが、明らかに遅い。ヤツらが階段を上がってから五分以上経過している。星晶獣を起動しフリーシアの存在を未来から抹消する――それだけのことにこれほど時間がかかるとは思えん」

「あいつらが優しいから敵でも消すのはちょっと、って躊躇ってるとかじゃねぇの?」

「かもしれんが、なにかしらの手は打つはずだ。それがないということは」

「まさかグラン達になにかあったんじゃ……!」

 

 黒騎士の話を聞いて双子の兄達の安否が心配になったらしいジータは、

 

「すみません、黒騎士さん! ここはお任せします!」

「元からそのつもりだ」

 

 一声かけてから全力で十階へと上がっていった。カタリナ、リーシャ、ラカム、ロゼッタも彼女に続く。

 

「……アポロ。俺は死ななかったぜ。だからお前も、死ぬんじゃねぇぞ」

「弱者が強者の心配をすることほど、無駄なことはないな」

 

 オイゲンは振り返らない娘の姿を見つめつつ、それでも仲間の様子が気になるのか階段を駆け上がっていった。

 

「ボスぅ。僕達も加勢した方がいい?」

「疲れてるなら手を貸すぞ」

「誰にモノを言っているつもりだ? お前達も上へ行け。上で予想外の事態が起きていた場合の対処を早く済ませた方が、結果的に楽になる」

「ボスの命令なら仕方ないね~」

「ああ。最初に全額貰ったとはいえ、世界の命運を懸けた戦いなんて割りに合わない仕事だがな」

「ふん。働きに応じて上乗せはしてやる。たかだかミスラ・マリスの模倣体を倒した程度では無理だがな」

「じゃあ頑張って働かないとね、スツルム殿?」

「ああ。報酬はたんまり貰う」

 

 ドランクとスツルムも本気で黒騎士の心配をしているわけではなく、黒騎士の言葉からも二人への信頼が覗いている。オルキスに続いて付き合いが長い彼らは語るまでもなくお互いを信頼していた。

 スツルムとドランクは揃って駆け足で十階へ向かう。

 

 そして残ったのはダナン一人となった。

 

「なんだよ。俺には上に行けって命令しないのか?」

「ふん。どうせお前は勝手に行動するだろう。演技なら兎も角、性格上人の下について動くタイプではないな」

「そう言われると耳が痛い。まぁ、結局はあいつらの手助けしに行くんだけどな」

「そうか」

「ああ。俺は、黒騎士の時のアポロをあんまり心配してないからなぁ」

「蒸し返すなら殴るぞ」

「そんなんじゃねぇよ」

「冗談だ」

 

 二人で軽口を叩き合う。その間も黒騎士はフリーシアを相手にしているのだから、彼女の強さが窺えるだろう。

 

「もしかしたら時間がかかるかもしれないし、そんな我がボスに贈り物だ」

「なに?」

 

 怪訝に思って黒騎士がダナンへ顔を向けると、ごそごそと担いでいた革袋を漁っている。そして透明なケースを取り出した。中には黄色いモノが入っている。

 

「疲労回復レモンの蜂蜜漬け」

「……」

 

 それを戦闘中に食べろと? と黒騎士が呆れたのは言うまでもない。

 

「あと疲労軽減スタミナドリンクだな」

「……少しは空気を読んだらどうだ?」

 

 堪らずツッコミを入れてしまう。

 

「まぁこれは半分冗談だ」

 

 半分も本気があったら充分シリアスブレイクになると思うのだが、というのは置いておいて。

 

「本命はこれだ」

「それは……」

 

 ダナンが取り出したのは禍々しく輝く結晶、つまりは魔晶である。

 

「なんでも身体能力や魔力が上昇する効果がある。まぁつってもデメリットを極力軽減したせいで姿が変化しなかったり再生力がなくなったりしてるんだけどな」

「……そういえば、お前は盗みが本業だったな」

「そういうこった。安心しろ。帝国の説明を鵜呑みにする必要はねぇが……効果は俺の身体で実証済みだ」

「よく試す気になったモノだな、こんな怪しい代物を」

 

 ダナンから手渡された魔晶を繁々と眺める黒騎士。

 

「いやちょっと、フリーシア暗殺しに行ったら魔晶使われてよ。ヤバいかなって思ってClassⅣ使った上にちょっと使ってみたんだ」

「ああ、五階での跡はお前か。だが後ろから来たということは、その状態で負けたのか」

「うっせ。どうやら俺が最初に使ったClassⅣはあいつらのより戦闘向きじゃないっぽいんだよ」

 

 戦いの師匠にジト目を向けられて言い訳をした。

 

「ま、そんなわけで使っても大丈夫なヤツだから安心しろ。あとポーションいくつか置いとくから、なんかあったら使うんだぞ」

「母親か貴様。……まぁいい。この女を倒すのに今のままでも充分だが、いざという時は使わせてもらおう」

「おう。折角拾ってやった命、無駄にすんなよ。俺の知らないところでなんて尚更な」

「ふん。お前がいなくても問題はない。だが、礼を言う」

 

 言い合ってからダナンは必要になりそうなアイテムを置いて革袋を担ぎ直し階段へと向かっていく。最後黒騎士が兜の奥でちょっと照れてたら可愛げがあるんだけどな、と思いながら。



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タワー最後の戦い

所々原作本編の大事なところを削って、遂にタワー最上階の戦いへと挑みます。
タワーでオイゲンとかラカムが一人ずつ残ったのは、なんとなくキリのいい十階までにしたかったからというのもあったりします。


 黒騎士と別れて十階に到着した俺だったが。

 

「あ……?」

 

 目の前の惨状に目を見張った。

 

「グラキエス・ネイルッ!」

「サンライズブレード!」

 

 カタリナとリーシャが強大な敵に向かって奥義を放つ。注意がそちらを向いた。おそらくそのために全力で囮に徹しているのだろう。

 

 グランは重傷で倒れており、それを【ビショップ】のジータが治療している。

 グランと痛みを共有するルリアが苦しそうに座り込み、ビィとオルキスが励ましている。

 意識がないのか倒れて動かないイオとオイゲン、ラカム。

 そんな彼らを守るために立ちはだかり茨の壁を展開するロゼッタ。

 

 スツルムとドランクもカタリナとリーシャと役割は同じらしい。だがあまり余裕はなさそうだ。

 

「【ビショップ】。ヒールオール」

 

 俺は誰も無傷なヤツがいなかったので全体に回復をかけて敵を睨み上げる。

 

「……どんな状況かは知らねぇが、なんでこいつと戦ってんだ?」

 

 疑問は尽きない。だが今は後回しだ。まずはこの、()()()()()()()をなんとかしねぇとな。

 

「ダナン君! 良かった、ありがとう!」

 

 グランの容態が安定したからか必死だったジータは顔を綻ばせて今のヒールオールに対して礼を言ってくる。【ビショップ】を解いて二人の下へ近づいていった。

 

「情けない姿だな、グラン?」

 

 俺は座り込んでいるグランに手を差し出す。

 

「はは……言い訳はできない、かな」

 

 苦笑しながらも俺の手を取ったので、引っ張って立ち上がらせてやる。……なんか妙にジータがにこにこしていたのは気にしないようにしよう。

 

「……ダナン!」

 

 ひしっとオルキスが俺に抱き着いてきた。

 

「……勝手にどっか行くの、ダメって言った」

「いやちゃんと理由は言っただろ?」

「……ここにいるってことは、嘘吐いた」

 

 確かに。少し責めるような目で俺を見上げてくるオルキスに苦笑する。

 

「まぁ来たんだからいいだろ? 真面目に言ったってどうせ別行動しただろうし」

「……ダナンは目を離すとすぐ無茶する」

「オルキスの中で俺ってそんな印象なの?」

 

 こくんと頷かれてしまった。……いや、少なくとも無茶無謀を詰め合わせたグランよりはマシだと思うんだが。

 

「まぁ気にすんな。単独行動は性分なんだ」

「……ダメ、一緒がいい」

 

 頑固になったモノだ。きっと一緒にいた頑固者の影響だろう。

 

「……とりあえず余裕ないので早く加勢してもらえませんか!?」

 

 そこでようやくリーシャからのツッコミが入った。

 

「だ、そうだ。まぁ待っとけ。どんな手を使ってでも勝つさ」

「……ん」

 

 ぽんと頭に手を置いて撫でてやると、こくんと頷いて離れてくれた。

 

「てめえらも寝てないでさっさと起きろ。俺が助けた命なんだ。ここで存分に使い果たせ」

 

 使い果たしたら死ぬのでは、というツッコミをジータが視線でしてくるが無視だ。ラカムとオイゲンを足蹴にしてイオを揺すって起こす。扱いの差はあれだ。大人かそうじゃないか。あと俺が助けたか否か。

 

「これでとりあえず体勢は立て直せたか?」

「うん。助かったよ、来てくれてありがとう」

「礼なんていらねぇよ。言ってる暇あったらあいつ倒せ。で、あれが例のアーカーシャなんだよな?」

「うん。暴走状態になったみたい。早く倒してフリーシアさんをなんとかしないと」

「わかってる。じゃあ皆、気を取り直していくよ!」

「「「おう!」」」

 

 ジータの声に呼応する。俺とスツルムとドランクはまぁ参加しなかったが。別に一緒にやんなくたって共闘する羽目になるんだからいいよな。

 

 そして三人で並び立ち、それぞれに英雄武器を携える。

 

「【ベルセルク】!」

「【ウォーロック】!」

「【義賊】」

 

 最初っから全力中の全力。『ジョブ』を持つ三人で最高戦力であるClassⅣを発動させる。

 

 獣の白い毛皮を頭から被った斧を持つ狂戦士。

 鍔の広いとんがり帽子に杖を持った魔導士。

 黒塗りした肌に珍妙で派手な衣装を纏い銃を持った傾奇者。

 

「強ぇ獲物だ。全力でぶっ倒すぞ!」

「魔法への耐久性とか、そういうのを確かめてみたいね」

「我が正義の名の下に、いざ行かん!」

 

 ジータは兎も角グランと俺は普段とテンションが違いすぎないか。制御できるようになって心までは染まらなくなったせいで余計にそう思う。オルキスがめっちゃ戸惑っている気配が伝わってきた。あと多分ドランク辺りは笑っている。さり気なく撃ってやろうかな。

 

「張り切ってやっちゃおうか。二人共、巻き込まれても知らないからね」

「はっ。俺に魔法が当たるかよ」

「我は銃故巻き込まれる心配はないと思うのだがなぁ」

 

 魔力を高めて挑発してくるジータをグランが笑い飛ばし、斧をぶん回しながらアーカーシャへと突撃していく。

 アーカーシャは巨大だ。しかも駆けつけた連中まですぐに倒されてしまうほどに強力と来た。

 

「おらぁ!」

 

 グランの一撃を受けてアーカーシャが甲高い悲鳴を上げる。それでも白い光を放って反撃してきたが、

 

「ブラックヘイズ!」

 

 ジータの放った黒い霧状の魔法によって弱体化、視界を潰されて避けたグランに攻撃を当てられない。

 俺は地道に銃弾を叩き込み続けるだけだ。

 

「アーマーブレイク!」

 

 その隙に接近したグランが衝撃波を放ちアーカーシャの纏っている白い衣が裂いた。これであいつの防御力は大幅に下がった状態になる。

 リーシャは魔力の関係でかあまり全力ではない。既にここに来るまでの戦いで消耗してしまっているのだろう。カタリナと合わせて側面から攻撃を仕かけている。適当に直撃させないよう援護してやろう。

 スツルムとドランクは大勢に合わせるのではなくいつも通り二人のコンビで戦うようだ。グランが前線に加わったことで余裕が出来たのか二人して攻撃し放題のようだ。とりあえずドランクの足元に一発撃ち込んでおいた。

 

 ラカム、オイゲン、俺の三人は銃を武器にしているのでちまちまと前衛の援護をしつつ適当に撃ちまくるだけだ。

 イオとロゼッタ、そしてジータが魔法で攻撃を叩き込んでいる。もし後衛が狙われたとしてもジータがいるなら咄嗟に【ホーリーセイバー】のファランクスで防げるだろう。ここは普段防御に徹するカタリナにも前線へ出てもらった方がいい。

 

「――――」

 

 ClassⅣが三人も、という戦力は相当なモノだ。明らかに戦況が安定した。思えばこうしてこいつらと一緒に戦うのは初めてかもしれない。ユグドラシル・マリスの時は一緒に戦っているという感覚ではなかったし。

 

「しぶといモノよ。星の獣は皆これほどのモノなのか?」

「ううん。歴史を書き換える、って言うなら相当な力を持ってるはず。どんな仕組みなのか解体したいところだけど、あんまり余裕はないかな」

 

 近くにいたジータが答えてくれる。ここに来るまでに消耗してるってのもあるが、安定させることはできたが余裕がない。一応敵が大技を使ってきそうになったら俺が【ホーリーセイバー】になることで後衛を守り、前衛にはそれぞれ回避してもらう。

 これでなんとか削っていたのだが。

 

「――――!」

 

 突如アーカーシャが耳障りな咆哮を上げた。何事かと注意深く観察していると、首がぽとりと落ちてくる。

 

「うぇ!?」

 

 ビィが後ろで嫌そうな声を上げているのが聞こえた。アーカーシャは引くこちらを無視して光を放ち形態を変化させる。

 下半身側は変わっていないが、上半身と思われる部分に変化があった。白い衣を纏い仮面のような二つの頭があったのだが、頭は地に落ち粒子となって霧散している。白い布を巻きつけたミイラのような姿が残った。先程までは衣の中にあったのか二本の腕が見えている。

 

「姿が変わった……?」

「マリスでもなんでもなく変わるなんて、そんな星晶獣いなかったわよ?」

 

 星晶獣相手なら百戦練磨のグラン達でも見たことがないらしい。……俺としては姿より強さに注目して欲しいんだがな。

 と思っていたら足元から白い光が漏れてきた。怪訝に思う間もなくぱっと見で全員が対象になっていることに気づき、直後身体が動いた。

 

 振り向いてオルキスの姿を認めると、全速力で駆け出して脇に抱える。横にいたルリアももう片方の手で回収した。次の瞬間、光が漏れていた地点から白く輝く剣のようなモノが突き出してきた。

 

「うわぁ!? お、おい! 助けるならオイラも助けてくれよぅ!」

「奇怪なトカゲは空を飛び避けると良いぞ」

「オイラはトカゲじゃねぇ! っていうか口調変わりすぎだろ!」

 

 ノリのいいトカゲ君だった。

 俺がオルキスを優先したのは当然、味方したいヤツらの中で唯一の非戦闘員だからだ。あの二人は自力で避けんだろ。あと不安なのはイオだが、そっちはジータが向かったのがわかっている。

 一先ず同じ攻撃は来ないようなので抱えていた二人を下ろす。その分前衛が狙われている。加勢してやらねぇと。

 

 俺が銃を撃ちながら元の位置に戻っていると、突如アーカーシャが白い炎を吐き出した。口がないので吐き出したと言っていいのかわからないが、なんにせよ放たれた白い炎は地面を這うように広範囲へ広がっていく。

 

「クソッ!」

「リーシャ、私の後ろへ……なにっ!?」

 

 グランが白い焔に呑まれ、リーシャを諸共障壁で守ろうとしたカタリナが圧倒的質量に呑まれていった。ドランク辺りは防御しているかもしれないが、範囲は後衛の俺達まで呑み込むほどだった。ジータはファランクスでは防げないと見たのか受けてから回復するつもりのようだ。……肌がチリチリと焼けるようだ。だがそこまでの威力はない。

 

「……無事と言って良いモノか」

「生きてるから無事なんだとは思うんだけど」

 

 炎が収まると全員生きてはいると確認できた。

 

「と、とりあえず回復しとくわね」

 

 イオが全体回復を行使して治療する。……なんだ? 妙な違和感があるんだが。しかし身体はなんともないように見える。

 

「……ダナン、ダメ。腕に印がついてる」

 

 オルキスはそう言ってくれるが、俺の目には見えない。だがルリアやビィ――つまりはさっきの白い炎が届かなかった面々には見えているらしく表情が強張っていた。なんらかの弱体だと当たりをつけ、

 

「クリアオ――」

 

 クリアオールを唱えようとした。しかし唱え切る前に金属板を引っ掻いたような音が響き耳から入ってきた痛みに顔を顰める。魔法は中断され代わりに全身を激痛が襲った。喉奥からせり上がってきたモノを盛大に吐き捨てると口の中いっぱいに錆びた鉄の味が広がる。……な、んだ? 身体中が痛い。身体が重くて立っていられない……。

 だが敵前でぶっ倒れるなんて真似をすれば死は確定だ。なんとか踏ん張って周囲を確かめると、俺だけでなく大半が大量に吐血し苦しそうにしていた。『ジョブ』持ちは瀕死になったせいか解除されていやがる。

 

 ……オルキスの言ってた印ってのがついた状態でさっきの音を聞くと瀕死になるってか? ふざけてんな。

 

 埒外の能力に顔を顰めるが、それどころではない。この攻撃の嫌なところは瀕死になるところではなく、次の攻撃で確実に死ねるってところだ。

 視線を走らせて状況を確認。ジータがクリアオールをしてくれている。後衛はイオが回復しており、前衛もドランク、リーシャ、カタリナが専門ではないとはいえ回復もできるので立て直しつつあった。だが一人だけぶっ倒れたまま動かないヤツがいる。

 

 グランだ。

 

 当然アーカーシャの次の行動は決まっている。瀕死にした俺達にトドメを刺すこと。しかし前衛にいる連中の回復力は【ビショップ】やイオと比べると少ない。続けての攻撃に備えるので精いっぱいだろう。

 

「……チッ。おいおっさん二人! 援護しろ!」

 

 光の弾なんかは遠距離からでも対抗できるが、直接攻撃をされたら危うい。だから誰かが救助してやった方が確実だ。

 

「誰がおっさんだ!」

「あいよ!」

 

 ラカムとオイゲンに頼み、俺は後ろを振り返る。

 

「オルキス! ()()()()()!」

 

 これで伝わるかどうかは微妙だったが、はっとしたオルキスは抱えたぬいぐるみの中からアレを取り出してくれる。……流石に伝わるだけの関係性にはなってたか。

 オルキスは取り出した黒紫色の短剣を俺へと放ってくる。俺は浄瑠璃を手放し、投げてもらったパラゾニウムを受け取った。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 俺が知っている限り最も性能のいい短剣を持ったままバニッシュで瞬時にグランの下へと移動。迫ってきていたアーカーシャの攻撃を前に集中して奥義を発動した。

 

「リゾブル・ソウル!」

 

 闇で出来た斬撃が一振り毎に虚空に刻まれていく。アーカーシャの攻撃を全て切り裂き相殺できた。……間違いなく性能がいい。初めて握ったのに手に馴染む。それに奥義を使った後に強化がかかるみたいだ。身体が軽くなって魔力で出来た刃が形成された。それが全員に、なのだから凄まじい。

 

「そら、受け取れ!」

 

 ともあれアーカーシャの攻撃を乗り切ったので、一旦回復可能なイオとジータがいる後方へとグランをぶん投げた。投げた時盛大にグランが血を吐いたような気はするが、世話をかけた罰だ。

 

「あ、ちょっ、もうっ! ヒールオール!」

 

 戸惑っていたジータだったが今のままでは落下の衝撃で死にかけないからか先に回復をかけていた。ラカムとオイゲンができるだけ優しく受け止める。

 

「……強いな、この武器は。ならもうちょいいけそうだ」

 

 このパラゾニウムがあればなんとかグランの抜けた穴を埋めることができそうだ。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 俺は瞬時にアーカーシャの肩甲骨の辺りまで移動し斬りつける。追随する刃と合わせて布をズタズタに裂いてやった。

 

「ほらお前ら、ぼーっとしてねぇでとっとと倒すぞ」

 

 俺は付き合いが一番長いスツルムとドランクへ声をかける。二人はようやく万全に動けるようになったらしく、ドランクは苦笑しながら俺の援護をしてくれた。スツルムは文句を言いたそうな顔で、しかし仕事だけはきっちりこなすべく周囲を駆け回りながら本体にダメージを与えている。

 

「解除、っと」

 

 アーカーシャの攻撃を避けながら『ジョブ』を解除。革袋に手を突っ込んで持っていたパラゾニウムを収納し代わりに刀のイクサバを取り出した。

 

「【侍】」

 

 黒い武者鎧が俺の身体を包み込む。動きは遅くなるが堅実に戦える『ジョブ』だと思う刀で攻撃も防御も担い、時を待って必殺の一撃を叩き込む。

 

「……ふぅー」

 

 深く呼吸して精神を集中させる。そのための時間はどうせお人好し共が稼いでくれるだろ。

 

「……よし」

 

 充分に集中力を高めてからイクサバを携えアーカーシャへと駆ける。

 

「無双閃」

 

 右腰に構えた刀を横一文字に振り抜く。火焔に剣閃が奔った。

 更に【侍】は他の『ジョブ】と違って奥義が二回連続で発動できる。

 

 加えてイクサバは奥義を放った後に自分を大幅強化することができる。赤いオーラが全身を覆い感覚ではっきりと力が溢れてくるとわかるほどに効果を発揮した。

 

「無双閃」

 

 その状態で二回目の奥義を叩き込む。

 攻撃力が大幅に上がるためかアーカーシャが仰け反って苦しそうな悲鳴を上げていた。

 

 だがそれで終わらない。

 

 なぜならイクサバは、奥義の後に攻撃力を大幅強化させる効果を持つから。二回目の奥義を使った後にも同じ効果が身に宿っている。

 極短時間、直後の攻撃にしか効果が乗らない分絶大な威力を発揮するのだから。

 

「【義賊】」

 

 再度武器をパラゾニウムに戻して俺が最も筋力を発揮できる『ジョブ』へと変える。

 

「フォーススナッチ」

 

 敵の強化を打ち消し自分を強化するアビリティだが、今回は敵の強化度外視だ。

 

「これでも、喰らうがいい!」

 

 パラゾニウムを振り被って渾身の三連撃をお見舞いする。アーカーシャは大きなダメージに後退さえした。

 

 しかしこれで終わらないのが、世界を変えるほどの力を持つ星晶獣たる所以か。

 

「ーーーー」

 

 耳を劈くような咆哮が聞こえたかと思うとアーカーシャの全身を光が包み込んだ。

 光が収まった後には、新たな形態のアーカーシャが鎮座しているのだった。




なぜ星晶獣アーカーシャが暴走して敵対しているのか?
この作品本編中には出てきませんが、簡単に言えば誤った起動方法をしたからです。……だったよね?

そこで仲間達が次々と存在を抹消されて消えていき……なんてことも起こりますがそれはグラブルを頑張って見てください。


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最終局面

調整キャラ試用中……。

とりあえずシルヴァさんが普通に使いやすくなってて良かったです。奥義の使用間隔短縮の方ですけど。


 上半身が紛れもない人型へと変わっている。筋肉のつき方やなんかが人にそっくりだ。頭もそのまま備わっていた。だが顔面はのっぺりとしていて目らしき赤い縦の線が走っている。

 通常の肩から伸びた腕とは別に下の方から腕が生えていて、背中から花のようなモノが生えている。更には金属らしき黄金の羽のようなモノを装着している。下半身には白い布を幾重にも纏っておりどうなっているかよくわからない。だが本来脚のある場所を辿っていった先にリヴァイアサンの頭にも似たモノがあった。脚と同じように二つ頭があるが、あれも攻撃してくるのだろうか。

 

 全体的な大きさが上がり威圧感も増している。一旦離れて様子を窺っているが。

 

 ……流石に最終形態だといいんだがな。

 

 これ以上強くなられたら厳しいかもしれない。なにより魔力がもうほとんど残っていない。

 

「ったく。そんな何回も姿変えられたら面倒だっての。なぁ、グラン?」

「うん、そうだね。でもあれを見てそんなことが言えるなんて、流石だな」

「俺だって余裕はねぇよ。……けどま、勝たなきゃいけないんだから死ぬまで勝つ気でいねぇと話にならねぇだろ」

「そうだね、ごめん」

 

 俺に謝る必要はないだろうに。

 

「ダナン君はなにか手ある? 私もう、魔力が尽きちゃって。【ウォーロック】は使えないかな」

 

 回復したグランのところまで戻って話していたところに、ジータが加わってくる。

 

「手はねぇよ。俺の嫌いな分野だが……皆で全力で戦うしかねぇだろ」

 

 他人と共闘するなんてこと自体が俺にとっては経験が少ない。「一足す一は二じゃない、三にも四にもなるんだ!」と平気で言いそうなグランなんかとは違って皆で戦えばなんとかなる、なんて不確かな要素には縋りたくない。

 だがこうして実際に戦ってみれば、事前準備ではなんともならないことばっかりだ。

 

「そうだ、ビィの力で弱体化はしてあんのか?」

「うん。最初からね」

 

 思いついた手を探ってみるが、グランに肯定されてしまう。まぁ正真正銘の最終決戦だろうし、出し惜しみする必要はねぇか。

 

「あと思いつくのは、ルリアやオルキスの力で星晶獣の力を借りて戦うってくらいか。まぁその場合完全に敵と見なされて攻撃対象になる可能性もあるから、一長一短だけどな」

「確かに、二人の力があればもうちょっと戦えるかな」

 

 星晶獣には星晶獣を、という単純な考えだ。だが強力な攻撃をバンバン使ってくるようなら守る対象が増えるので不利になる可能性は捨て切れない。

 

「それなら私達も一緒に戦います!」

「……守りも星晶獣にさせれば大丈夫」

 

 話が聞こえてから近づいてきたのか、ルリアとオルキス、ついでにビィが近くにいた。

 

「嬢ちゃん達の守りは俺達に任せときな」

「指一本触れさせねぇから安心しろ」

 

 そこにオイゲンとラカムが言ってくる。彼らなら遠距離から攻撃するのでフォローもしやすいか。

 

「私達もフォローします。この場での最大戦力はClassⅣなのですから、周りを気にせず存分に戦ってください」

「私もリーシャと同じ意見だな。君達が本気で戦ってくれた方がおそらく楽になる」

 

 こちらに来ていたリーシャとカタリナもそう言った。

 

「そーゆーこと。僕も走り回って疲れちゃったから後衛に回ろうと思ってるしねぇ」

「まぁ、後ろはお前らが気にすることじゃない」

 

 ドランクとスツルムも戻ってきている。アーカーシャは大丈夫なのかと思っていたが、なぜかじっとしている。空気を読んでくれているということはないだろうし、変化の影響だろうか。

 

「そういうことなら任せちゃおっかな。あと私から一個提案があるんだけど」

 

 提案と聞いて集まった全員の視線が、そう口にしたジータへと集中する。

 

「提案って?」

 

 グランが小首を傾げて尋ねた。

 

「さっきも言ったんだけどもう魔力残ってないから、【ウォーロック】を含めてClassⅣを交換しない?」

 

 なるほど。まぁ妥当な提案か。

 

「けど俺も魔力使い果たしてるから【ウォーロック】ができるほどじゃねぇよ?」

「そもそも解放してないから必然僕がやることになるよね」

 

 あー……それは言ってなかったか。

 

「すまん。お前ら二人の英雄武器には触れてたんだ」

「えっ?」

「ルーマシーで別れる時に、ちょいって」

「……」

 

 正直に告白するとグランが驚いていた。ジータはどこかわかっていたかのように微笑んでいる。ジト目を受けてしまうが必要だと思ってやったのだから別にいいだろう。

 

「まぁどっちにしても【ウォーロック】はグランだね。はい」

「あ、うん」

 

 ジータがデモンズシャフトをグランへ手渡した。

 

「じゃあそれを言うなら俺の【義賊】なんか渡してもいねぇんだから交換はお前らだけになるよな」

「あ、それなんだけど」

 

 俺の言葉に対してジータが切り出す。……さっきの流れからすると、と思って先んじてジータにジト目を向けておく。

 

「あはは……実は移動中に触っちゃって。ルーマシーに行く前にシェロさんのところで作ってもらってるの見ちゃったからつい……」

「そういえばジータって武器に目がないんだったね」

 

 頭を掻いて笑うジータをグランが補足する。

 

「それで、こっそり婆さんに教わってたってわけか?」

「うん」

「……うっ。ジータが僕の先を」

 

 笑顔で頷いたジータを見てグランが落ち込んでいる。

 

「それに多分、私達三人の中だと【ベルセルク】への適性が一番低いの私だと思うし。ほら、ダナン君だったらグランの口調を聞く限りあんまり変わらなさそうじゃない?」

「理由が適当すぎんだろ……。まぁ、いいか。言っとくけど【義賊】は純戦闘職じゃねぇからな?」

「わかってる。私だって使えるんだから」

 

 そういうことならと浄瑠璃をジータへ渡した。俺としては【義賊】でパラゾニウム持った方が強いだろうから交換しなくてもいいんだが、ここは全体的な戦力を考えるべきか。

 

「じゃあ、僕がダナンに渡せばいいんだね」

 

 そう言ってグランからベルセルク・オクスを渡される。ずっしりと手元に残る重さを持つ武器だ。斧はあんまり使ってこなかったが、なんとかなるだろう。

 

 交換が終わってアーカーシャの方を向くが、未だ微動だにしていない。……なんか準備してるって考えた方がいいか。

 

「さっきから動かねぇが、まさか寝てるんじゃねぇだろうな?」

「流石にそれはないと思うけど……気になるなら【ベルセルク】で叩き起こしてみれば?」

「そうだね。寝起きの一発はキツめに言った方がいいと思う」

 

 二人から同意が得られたので、モタモタしている場合でもないしさっさと始めるとしようか。

 

「【ベルセルク】」

「【義賊】」

「【ウォーロック】」

 

 三人で並び立ち、それぞれ手に持った武器に従ってClassⅣへと変わる。

 

 俺は首から下の鎧はグランと変わらないが、被っている毛皮が白から黒へと変わっていた。

 

 女版の【義賊】は俺のモノと全く違う。化粧をし金髪をでかい簪でまとめている。服装は派手な着物でなぜか大きく着崩しているため白磁のような肩と鎖骨のラインが露出していた。表情も相俟って普段より大人びた色香を感じさせた。

 

 男版【ウォーロック】となったグランはとんがり帽子にローブを纏った姿だ。ジータの時は紫っぽかったがグランの場合黒くなっている。

 

「……ダナン?」

 

 ふと後ろからオルキスの不安そうな声が聞こえてきた。おそらくどうしても【ベルセルク】は最初の時の印象があるから、俺もそうならないか心配なのだろう。

 

「オルキス」

 

 俺はベルセルク・オクスを肩に担いで振り返らずに名前を呼ぶ。

 

「俺の後ろにいろ。守ってやる」

「……ん」

 

 ちゃんと不安は拭えたようだ。声を聞けばそれくらいわかる。

 

「好きなだけ魔法を撃ち込んでいいなんて、最高の的だよね」

「わっちはただ正義を為せればそれでええよ」

 

 【ウォーロック】はジータである程度知っていたとはいえ【義賊】はほぼ初見だ。俺の時と同じように「正義」とは口にしているが口調が全く違う。思わずそちらを見てしまう。

 

「口調が俺の時と違わねぇか?」

「文句はあるかえ?」

「いや、ねぇな。援護してくれりゃそれでいい」

「……ふっ」

 

 俺がそう言うとジータは蠱惑的な笑みを浮かべてくるりと浄瑠璃を回し煙管のように持ってこちらを流し目で見てきた。

 

「わっちは高いえ」

 

 ……なるほど。そういやなんかの文献で花魁ってヤツを見たな。それの感じなのか。

 

「はっ、上等」

 

 【ベルセルク】になるとどうしても獰猛な笑みを浮かべてしまう。

 

「じゃあいくぜ、てめえら。あの白い野郎をぶっ倒す! 余力なんて考えんなよ!」

「もちろん、全弾ぶっぱが最高だからね」

「わっちも異論はありゃしないねぇ」

 

 言ってから、まず俺が真っ直ぐにアーカーシャへと駆け出す。ヤツはまだ動いていない。俺が近づいても反応しなかった。

 

「おいこら、いつまで寝てやがんだボケェ!!」

 

 俺は近づくと武器を担いだまま左足を上げてヤクザキックをかます。流石にClassⅣ最高の筋力を誇る【ベルセルク】なだけはある。アーカーシャの巨体が一発の蹴りで揺れた。そこでようやくアーカーシャが赤い縦に開いたような目で俺を見下ろしてくる。見上げてにやりと笑った。

 

「ぼさっとしてんじゃねぇよ。てめえの相手はここにいんだろうが!」

 

 次は武器を振り下ろして攻撃する。

 

「――――!」

 

 アーカーシャが悲鳴らしきモノを上げて俺へと攻撃を仕かけてきた。竜のような頭が牙を剥き、光線は光の弾丸などが飛んでくる。

 

「はっ。その程度かよ」

 

 だが俺はそれら全てを無視してアーカーシャ本体へと攻撃を続けた。

 

「ソニックレイド!」

 

 疾風を纏い高速で駆けつけたリーシャが風の斬撃で頭の一つを弾き俺の隣まで到達する。

 

「レックレスレイド」

 

 既に最大まで自己強化をし終わっているスツルムが炎の斬撃でもう片方の頭を弾き俺の反対の隣まで到達した。

 

 光線や光の弾丸はグラン達の魔法やジータ達の弾丸が相殺してくれる。

 

 足元から光が漏れてきたが無視して攻撃を続けた。光の柱が昇り俺の身体を焼いてくるが、無視だ無視。今は俺が最大攻撃力を誇っているので、避けるよりも殴った方が早い。

 そうしてしばらく殴っていると、アーカーシャから赤光が放たれた。今までは白い光だったので警戒していたが、いらぬ心配だったと言えるだろう。

 

 なぜなら、問答無用で室内全てを焼き尽くす焔が放たれたからだ。

 

「ぐっ……!」

 

 至近距離で焼かれると鎧のせいで身体が蒸し焼きにされる。毛皮はチリチリと燃えていた。室内全てとなるとオルキスの身が心配だが、ドランクが守ってくれているだろう。それにあいつらは言った。後ろは気にしなくていいと。

 それなら俺がやるべきことは一つ。

 

「……温いんだよ、この腐れ星晶獣がッ!」

 

 どごん、と再びのヤクザキック。アーカーシャの赤い目がこちらを向いてきた。ヤツの眼前に白い光が集束していく。そして通常よりも大きな光線を放ってきた。俺はそれすら避けず、斧を持っていない右手を伸ばして受ける。

 

「そんなんで俺が殺せるかよ」

 

 正直に言うと右手が超痛いし気を抜いたら吹っ飛ばされそうだった。

 

「おらぁ!」

 

 右手だけで受けながら左手の武器で一撃かますと、ダメージを与えたおかげか光線が中断された。

 しばらく攻撃を続けていると後衛の回復が回ってくる。

 

 俺が存分に攻撃できるように他のヤツらがフォローしてくれるおかげで、ゴリゴリ削っていくことができた。アーカーシャの白い巨体にも傷がつき、明らかにダメージを負っているとわかるようになっている。

 加えてルリアが召喚したらしいコロッサスが巨体から猛撃を繰り出しているのも戦力になっていた。

 このまま押せれば勝てる、というところで。

 

 ばきん。

 

 遥か頭上から不穏な音が聞こえてきた。

 

 はっとして見上げるとアーカーシャーの頭上の空間に亀裂が走っている。その亀裂は徐々に広がっていく。空間に亀裂、と言えば黒騎士の奥義を思い浮かべるがその特徴を有しているのならおそらく、障壁による防御ができない。

 

「回復を準備していてください!」

 

 俺と同じ考えに至ったらしいリーシャが号令を飛ばす。防御できないなら、なんとか耐えてすぐに回復し体勢を立て直すしかない。発動までに倒すという方法もあるが、それができるほどこいつは弱くないだろう。

 

「――――」

 

 そして亀裂が室内全体の上を覆うように広がってから、ぱきぃんと割れる。

 

 ――崩天。

 

 天が砕け散って破片の飛び散る様を見上げていた俺達だったが、

 

「ごふっ……!?」

 

 第二形態の時にされた攻撃よりも大量の血を吐き出し、全身に裂傷が走って鮮血を噴き上げる。力が抜けていって、【ベルセルク】も解かれて普段の姿に戻り床に倒れ込んだ。

 

「……な、にが」

 

 全身が余すことなく痛い。身体が動かない。力が入らず、まともに魔法を唱えることもできない。

 紛れもない瀕死。さっきよりも酷い死にかけの状態に、一瞬でされてしまった。

 他のヤツは無事なのかと視線を動かしてみれば、リーシャが血溜まりに突っ伏している姿が見える。多分全員漏れなく、俺やリーシャのように瀕死にさせられてしまっているだろう。

 

 今攻撃されたら間違いなく死ぬ。

 

 そんな確信が頭の中にあった。そして当然、そのための攻撃なのだと考えればアーカーシャは攻撃を仕かけてくる。意識すらも掠れる中で自分の下から白い光が発せられているのに気づいた。第二形態に変化して使ってきた光の刃が突き出してくる攻撃だろう。なんとか光の範囲から避けようと両腕に力を込めてみるが、身体を持ち上げることすらできない。

 

 ……クソッ。あともうちょっとだってのに。

 

 この激痛にイオが耐えられる保証はない。カタリナとドランクなら耐えるかもしれないが、リーシャは唱えようとはしていても咳き込んで吐血してしまうらしく回復に手を回せていない。二人も同じ状況の可能性があった。

 このままでは全滅だ。なんとかしねぇといけないが、革袋に入っているポーションを手にする力すら残っていない。

 

 下から漏れてくる光が強まり、死が迫ってくる。

 

 もう――と諦めるしかない状態で、やけにはっきりとした呟きが耳に入ってきた。

 

「……マイコニド」

 

 抑揚のない、しかし怪我によってか掠れた声だった。

 その声に呼応してアーカーシャの頭上に巨大な茸が出現する。俺達を瀕死にさせているアーカーシャという強敵に対抗するには、些か以上に力不足に思えた。実際、赤い目でそいつを見上げたアーカーシャが放った特大の光線によって呆気なく倒されてしまう。

 だが消滅する直前に破裂し、室内全体に胞子が降り注いだ。

 

 その胞子が身体に当たった瞬間、傷が少しだけ癒えていく。目を見張ってその光景を見つつ、絶望的だったのに笑みが浮かんでくる。とりあえず動けるようにはなった身体で光の範囲から転がって退避した。

 直後、光の剣が突き出してきてさっきまで俺の身体があった場所を貫く。

 

 落としたベルセルク・オクスを拾い上げて杖代わりにしつつ立ち上がる。

 

「……【ベルセルク】、レイジッ!」

 

 こうなったらもう、押し切るしかない。俺だってそうだが、他のヤツだってもう全快して戦い続けるような魔力は残っていないだろう。

 

「……てめえら! 後先考えずに、ここで決めるぞ!」

 

 じゃないと後がない。倒される前に倒し切らなければならない戦況だ。

 

「わかった。――天災地変!!」

 

 天変地異と見紛うような特大の魔法が放たれる。アーカーシャの巨体を覆い尽くすように地面が無数の闇の柱が立ち昇った。上半身はダメージを負っただけだが下半身の方は直撃した箇所が消失している。

 

「お願い、バハムートッ!」

 

 直後後方から強大な気配を感じ取る。視線を向ければ黒銀の竜が出現していた。ルリアだ。しかもアウギュステで見た時と同じように【ウォーロック】から通常の姿に戻ったグランと手を繋いでいる。

 出現したバハムートは拘束具を引き千切ると、咆哮と共に全てを滅ぼす極大の波動を叩き込む。強力な星晶獣の一撃にアーカーシャが甲高い悲鳴を上げて大きく後退した。

 

「……雷霆公」

 

 オルキスの静かな声に応じて四足歩行に翼の生えた竜のような星晶獣が現れる。雷霆公と呼ばれてはいるがその身から雷と炎を放っていた。いつの間に手に入れていたのかは知らないが、強力な星晶獣なのだろう、アーカーシャについている竜のような頭それぞれに直撃させた。

 

「デモリッシュ・ピアーズ!!」

「ディー・ヤーゲン・カノーネ!!」

 

 おっさん二人がほぼ同時に奥義をぶっ放してアーカーシャに追撃する。パキパキとヤツの足元が凍てついていったかと思うと、

 

「クリスタル・ガスト!」

 

 回復のために待機していたイオが回復に回す分を攻撃へと変換して放った。光と氷による銀色の吹雪が巻き起こってアーカーシャの身体を氷漬けにして動きを止める。

 

「グラキエス・ネイルッ!!」

 

 青の巨大な剣がカタリナの振るう剣に連動して乱舞する。指揮者のようですらある彼女の剣が舞い、華やかさとは別に巨大な剣は無慈悲に敵を切り裂いていく。

 

「ナインス・アワー!!」

 

 ドランクの操る宝珠が乱れ飛び九つあるそれらからレーザーが照射されアーカーシャの身体を焼いた。

 

「フロム・ヘル!!」

 

 いつになく気合いの入った声と共にスツルムの燃える斬撃が襲った。満遍なくダメージを与えるためにドランクの奥義とは別の箇所を斬りつけたのは流石コンビか。

 

「サンライズ・ブレード!!」

 

 勇ましい声を上げてリーシャが身に纏っていた風を全て剣に集め必殺の一撃を放つ。天災レベルの無数の風の斬撃がアーカーシャの全身を切り刻んだ。

 

「ウェポンバースト。【義賊】で、ブレイクアサシンっと」

「ブレイクアサシン。【ウェポンマスター】で、ウェポンバースト」

 

 俺が準備を整える声に続いてジータの声も聞こえてきた。考えることは同じのようだ。

 

 俺は取り出したパラゾニウムを手で弄び、逆手に構える。

 

「【義賊】。で、光彩奪目ッ!!」

 

 先にジータが奥義を放った。銃弾が飛来しアーカーシャの上半身にある胸元を穿つ。

 

「余所見すんなよ、リゾブル・ソウル!!」

 

 続けて俺も渾身の奥義を放つ。俺が持てる最大威力だ。しかしアーカーシャは倒れない。ボロボロになりながらも俺を睨みつけ、奥義後の硬直で動けない俺を狙って攻撃を、というところで思わず不敵な笑みを浮かべてしまった。

 

「……おいおい。なんのためにあいつが()()()()()()()()()と思ってんだ?」

 

 床を蹴って駆ける音がする。

 

「俺じゃねぇだろ……余所見してんじゃねぇよ」

 

 さっきと同じセリフを告げる。

 

「ブレイクアサシン! 【ベルセルク】! ウェポンバースト! 来い、《七星剣》!!」

 

 気合いの入りまくったヤツの声に、ようやくアーカーシャが気づいたようだ。だがもう遅い。あいつは既に跳躍していて、奥義の発動準備に入っている。

 反射なのか無事だった両腕を伸ばしてグランを迎撃しようとしてきた。

 

「邪魔させるかよ!」

 

 俺は『ジョブ』を解除した状態で置いたベルセルク・オクスを握ると腕へとぶん投げた。斧は回転しながらアーカーシャの左腕を切り飛ばす。

 まだ一本残っているがそっちはジータの放った銃弾が吹き飛ばした。

 

「いっけぇ、グラン!!」

 

 ビィの声が大きく響く。

 

 ……ここまでお膳立てしてやったんだ。決めろよ。

 

 もう戦えるだけの力は残っていない。後は野郎に託すしかない。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 気合い一閃、アーカーシャの身体に七星が刻まれ、それらを結ぶような斬撃が疾る。皆の想いを乗せて、そんな言葉が似合う強烈な一撃が叩き込まれると、

 

「――――!!」

 

 アーカーシャは悲鳴を上げて倒れ込んだ。着地したグランも力を使い果たしたようで、【ベルセルク】が勝手に解けて膝を突いている。

 

 倒れたアーカーシャはぴくりとも動かない。完全に沈黙している。――あいつらの、いや俺達の勝利だ。

 

「……はーっ」

 

 俺は大きく息を吐き出して床に座り込む。ほぼ同時にグランも尻を床に着けていた。部屋全体の空気が弛緩したように感じる。他も気を抜いているようだ。

 

「……ダナン!」

 

 座り込んだ俺の下へオルキスが駆けてきた。そのままの勢いが飛びついてくる。

 

「うおっ」

「……良かった」

「……おう」

 

 正直限界だったので小柄なオルキスの突進でも大ダメージを受けるのだが、嬉しそうな声を聞くと文句も言えなくなってくる。だが無事を喜ぶよりも先に、オルキスにはやるべきことがある。

 

「オルキス。終わったんだから、後でな。今はアーカーシャだ。まだ戦ってるヤツを、先に助けてやらないとな」

「……ん」

 

 終わりの見えない戦いを続けているであろう黒騎士を挙げると、オルキスは真剣な顔でこくんと頷き俺から離れた。

 

「……ルリア」

「うん、オルキスちゃん」

 

 オルキスは同じくグランに駆け寄っていたルリアに声をかける。向こうもやるべきことはわかっているようで、見つめ合って頷くと倒れたアーカーシャの方へと近づいていった。

 

 そして二人の手によって、星晶獣アーカーシャは正常に再起動されたのだった。




割とさっくりアーカーシャが終わってしまった……。

一応補足説明をば。
急に全員瀕死になったりするのは、アーカーシャの特殊技でHPは1%になるヤツをイメージしてます。実際に食らったらマジ訳わかんないっすよね。
前話でも特殊技であるHPを入れ替える、つまりHP 1%の場合は99%になるヤツでほぼほぼ瀕死になってました。全快だと即死なんで理不尽な技です。


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敵地のど真ん中で

 “鍵"となるオルキスと、“器”となるルリア。この二人によって正規の手順で再起動されたアーカーシャは大人しいモノだった。

 

 俺達が最初に見た形態変化で首が落ちる前の姿となっている。

 

 いざフリーシアの存在を抹消しようとしたところで、ルリアが一つ提案をした。

 

「……フリーシアさんの存在を消すんじゃなくて、契約をなかったことにしちゃ、ダメですか?」

 

 こちらに尋ねてはいるが、確かな意志の宿った目をしている。彼女も譲る気はないのだろう。俺やスツルムとドランクは兎も角、ルリアの仲間はお人好し集団だ。ルリアの背中を押すような言葉を放って、結果アーカーシャの力を使うのは「フリーシアが行った星晶獣ミスラ・マリスとの誓約をなかったことにする」という目的のためとなった。

 それからしばらくして、ぬっと漆黒の全身甲冑が姿を現す。

 

「……貴様ら…………なにをやっている?」

 

 流石に楽勝とはいかないようだったが、酷い怪我ではなさそうだ。しかし若干トゲのある声が尋ねてきた。

 

「そんな怒んなって。こいつらのことだからあの女そのモノの存在を消すなんてことしないってわかってただろ? 任せたお前が悪いって」

 

 とりあえずフォローだけはしておく。過去を改変するのはリスクが大きいからするな、っていう意見もわかるんだけどな。そうなると協力してくれなくなってしまう可能性だってある。

 

「それもあるが……私は貴様の近くにある()について聞いているんだ!」

 

 黒騎士がずびしっと俺がお玉で掻き混ぜていた鍋を指差した。

 

「大丈夫だって、ちゃんとお前の分もあるんだから」

「そういうことじゃない! なぜ、敵地の最奥で鍋を囲んでいるのかと聞いている!」

 

 黒騎士が珍しく激昂している。……ふむ。確かに危険はある。だがタワーは制圧したので大丈夫だろうと思う。なにより回復アイテム兼食べ物なスープだからな。あのままじゃ碌に動けなかったし。

 

「ポーション使い果たしても回復し切れないから、スツルムとドランクに教えてもらった強化効果のある料理のコツってヤツを実践してみてたんだよ。終わった直後は碌に動けもしなかったからな。仕方のない処置ってヤツだ」

「……ほう。ではその食器や鍋はどこから持ってきた?」

「これはグランの『召喚』で出した武器だ。スプーンが槍、皿が短剣、鍋は斧だっけか?」

「…………。ではその食材は?」

「俺が潜入した時に倉庫から拝借してきたヤツだな」

「……」

 

 なぜか黒騎士から盛大なため息が聞こえてきた。

 

「……おかわり」

「おう。オルキスはいっぱい食べるな、やっぱり」

「……ん。ダナンの料理は美味しい」

 

 俺の左隣に陣取っているオルキスが空になった皿を積んでグランが『召喚』した新たな皿を差し出してくる。『召喚』している都合上一定時間が経過すると消えてしまうので、食べ終わったら再度装うのではなく積んで勝手に消えるのを待つ形だ。

 

「まぁいいか。お前がいらないってんならオルキスの分が増えるだけだしな」

「なっ……」

「……ん。ダナンの料理食べないなんて、アポロ残念。もっとペース上げていい?」

「ああ、大丈夫だぞ」

 

 そういやこうしてオルキスに料理を振舞うのも随分と久し振りな気がしてくる。……十天衆に襲われる直前以来か? あの後オルキスと再会したのがルーマシー群島で、結局そこではユグドラシル・マリス相手に俺が殿を務めることにして、再会した直後に俺が別行動を取ったから……うん、間違ってねぇな。

 

「ま、待て! 誰も食べないとは言っていないだろう!」

 

 しかし黒騎士が慌てたように言って、空いていたオルキスの隣へとどかっと座った。

 

「ったく、しょうがねぇな。ほれ」

「ああ」

 

 なんとなく展開が読めていたので、用意していたスープとスプーンを黒騎士へと手渡す。受け取って兜を取り口にすると、仄かな笑みを浮かべた。

 

「……やはり美味いな」

「……ん。ダナンの料理は、美味しい」

 

 左にいる二人からの俺の料理への信頼が厚い。黒騎士の表情に大半が驚いており、ルリアとジータとロゼッタは微笑ましく見守っていた。

 

「スープ食べ終わったら事後処理だな。下に置いてきたヤツらと合流して秩序の連中に後始末を任せねぇと」

「……船団長の前で後始末押しつける算段を語らないでくれませんか」

 

 リーシャはジト目で言ってくるが、そういうのは俺達の仕事じゃない。秩序の騎空団の仕事だ。

 

「これから、どうすればいいんだろ?」

「決まっているだろう」

 

 ジータの問いに、黒騎士が即答した。

 

「メフォラシュへ向かう」

 

 彼女の一言に全員が黙り込んだ。それがなにを意味するのか、わからないこいつらではないだろう。

 

「……黒騎士さん」

 

 ルリアが沈痛な面持ちで黒騎士を見つめている。

 

「なにを考えているかは聞くまでもないが……一先ずは星晶獣デウス・エクス・マキナを返還する目的だ。アーカーシャという強力な星晶獣をどうするかも決めなければならんがな」

 

 黒騎士は一旦決着のことは置いておくらしい。ルリアはほっとしていたが、結局のところ決着をつけるために戦わないとは言っていないのだから、問題を後回しにしているだけだ。俺もそれなりの付き合いがあるので、彼女が迷っている様子なのは見て取れた。当然スツルムとドランクも、オルキスも気づいただろう。例のおっさんは知らん。

 

「確かにアーカーシャは放置しておくわけにもいきませんよね。ルーマシーの遺跡に戻すっていう手もありますけど、帝国の大勢が運び込んでいるので存在を知っていますし、帝国の動きを監視している第三者がいる可能性もありますし」

 

 ジータが顎に手を当てて真剣に考え込み始める。

 

「そうですね。秩序の騎空団としてもあれほどの星晶獣を保管するのは難しいと思います。封印してしまうのが一番だとは思うんですけどね」

 

 リーシャも唸っている。確かに存在を知らなければいいのだが、知ってしまった今となっては扱いに困る星晶獣ではある。まぁその辺はこいつらに任せておこう。俺に預けられるような事態には、間違ってもならないだろうし。

 そうして結論の出ない雑談をしていると、早々にスープが平らげられてしまった。

 

「スープもなくなったし、そろそろ行こうぜ」

 

 身体も充分休まった。気力も魔力も回復したので、敵地に長居は無用だ。

 

「そうだね。じゃあ途中モニカさん達にも後日詳しい話はしますって言っておいて、それからメフォラシュに向かおうか」

「うん。手伝ってもらった皆とも、こう祝勝会みたいなのしたいしね。後でどっかに集合しようって連絡しないと」

 

 二人の団長が言って、皆が立ち上がる。

 器具はグランの『召喚』が基本なので消してから準備をして立ち去った。アーカーシャはルリアとオルキスの二人に一旦吸収してもらっている。

 

「あっ、団長ちゃん。遅かったじゃないか。お兄さん心配したんだよ?」

 

 タワーを出ると十天衆が待ち構えていた。合流したらしいシェロカルテやモニカ達秩序の騎空団、バルツ公国軍などが集まっている。

 

「皆さん、ご協力ありがとうございました。おかげで助かりました。ただちょっとまだ終わってないことがあるので、メフォラシュに行ってきます」

「落ち着いてから宴かなにかで会いましょう。シェロカルテさん、取りまとめをお願いできます?」

 

 二人の団長が代表してお礼を言い、言葉にしていると時間が足りなくなるので詳しい話は後回しにして、後日宴を開くことを口約した。

 

「はい~。万屋シェロちゃんが、責任を持って場所やなんかを用意しちゃいますよ~」

 

 頼りになるシェロカルテが笑顔で請け負ってくれたので、これで心置きなくメフォラシュに向かえる。

 そうしてグランサイファーへと向かったのだが、

 

「……アダムさん」

「そんな、こんなことって……」

 

 辿り着いたグランサイファーは傷一つない状態だった。しかしグランサイファーを守るために残っていた大将アダムは傷だらけの状態で倒れていた。微動だにしない――死んでいる、と言うか活動を停止していると言った方が正しいのだろう。

 俺は傷ついた状態の彼を見ているため身体に節があることはわかっていたのだが、ボロボロの身体を見ると余計に“人形”感が強まった。

 

「この男、ゴーレムだったようだな」

「それにしては意思を持ってるように見えましたけど」

 

 大勢の帝国兵を一人で退けた代償は自分の身体ってわけか。並み大抵の戦力じゃなかったのは確かだ。惜しい男を亡くした。

 

「これでまた一つメフォラシュに行く理由が出来たな、こいつは誰よりもエルステのために戦った。せめて故郷で眠らせてやるのがいいだろう」

 

 黒騎士が珍しく相手を慮る言葉を口にした。

 アダムの遺体は丁重にグランサイファーへと運ばれて、彼が守った騎空挺でメフォラシュへと飛び立つ。

 

 久し振りということでオルキスの要望があり厨房は俺が仕切ることになった。腹いっぱい俺の料理を食べたいということだったので腕によりをかけて振舞ってやった。

 その途中でリーシャがあの顔を晒したり大人組が酒を飲んだりと束の間の平和を楽しんでいた。

 

 俺はグラン達が騒ぐ熱気に当てられて、涼夜風に当たって涼むために甲板へ出た。その時手摺りに寄りかかって外向きに夜空を見上げている黒騎士の姿を見つける。宴の席で重装備は、という理由で私服姿だ。相変わらずのノースリーブ一族だった。

 

「こんなところでなにやってんだ?」

 

 涼みがてら話でもしようかと声をかけ、隣に手摺りを背凭れにするように寄りかかった。

 

「……ダナンか」

 

 応えた声に普段の張りがない。横目で顔を見るとどこか悩んでいるようにも見えた。酒が入っているせいか少し顔が赤くなっている。

 

「……少し、悩んでいてな。無論ああいう騒ぎが性に合わないというのもあるが」

 

 やけに素直な返答だった。他に人がいないからだろうか。

 

「随分と殊勝なことだな。まさか素直に悩みがある、なんて打ち明けられるとは思わなかったぜ」

 

 普段通りに応対しながらもどんなことで悩んでいるかは大体予想がついていた。

 

「ふん。貴様が言ったのだろう? 偶には弱さを見せてもいいと」

「……」

 

 まさか本当にされるとは思ってもみなかった。

 

「怖いくらい素直だな。……それだけ悩んでるってことか」

「そうだな。あとは、今なら酔ったせいだと言えるだろう?」

 

 黒騎士が冗談めかして笑う。……確かに、酔っ払って口が滑ったってなった方が後腐れがない気はするな。

 

「……ま、言い出したのは俺だしな。話くらいは聞いてやるよ。珍しくうちのボスが素直になったことだしな」

 

 あの時は弱々しいお前なんて、とは言ってしまったが。こうして偶に頼られるのは嬉しくないわけではない。

 

「なら酔ったついでに、話させてもらうとしよう」

 

 これまで一人でなんとかしようとしてきた黒騎士が他人に自分のことを話す、というのは大きな変化だろう。そのせいでここまで迷っているのなら、ちょっと申し訳ない気もする。題材が読める分俺の責任とも言えなくもないし。

 

「私が悩んでいるのは、オルキスのことだ」

 

 ぽつりぽつりとアポロが話し始める。

 

「私はこれまでずっと、かつてのオルキスを取り戻すために全てを投げ打つつもりでいた。……今のオルキスと、ルリアを犠牲にしてでも」

 

「だが共に過ごしていく内に、今のオルキスも失いたくない存在になってしまった。フリーシアにかつてのオルキスを取り戻す方法はないと言われた時、私は僅かにそれならそれでと割り切る考えが浮かんでしまった。……だから、思考を停止した」

 

「オルキスの話を聞いて今の大切さを認識した私は、オルキスが死を受け入れそうになった時大きな怒りが湧いたのを感じた。そこでようやく今のオルキスを失いたくないという気持ちと、かつてのオルキスを諦めるという気持ちに少し折り合いをつけられたかと思っていた」

 

「だが、今はかつてのオルキスを取り戻す方法があると、知ってしまった」

 

 心を閉ざした状態とも、普段の肩肘を張った状態とも違う、アポロニアとしての独白。

 普段からは考えられないほど弱々しい声音で、しとしとと語っていく。

 

「……アダム大将の言葉か」

「そうだ。デウス・エクス・マキナによって心が切り離されてしまったが、今もメフォラシュで魂だけの状態となって生きている――そう聞かされて、私はまたかつてのオルキスの笑顔が見たいと、彼女にもう一度会いたいという気持ちが強まってしまった」

 

 それは、そうだろうな。

 俺なんかが彼女の心情を推し測るのは難しいが、周囲の人間に振り回されて決心したはずの信念を掻き回されて、平然としていられる方がおかしい。

 

 アポロは手摺りの上で腕を組みそこに顎を載せた。

 

「……私は、どうしたらいいんだろうな」

 

 紛れもなく迷路に入り込んだ者の呟きだった。……とはいえ、話を聞いたところで俺に答えが出せるわけもない。俺は、アポロじゃないんだから。

 

「話を聞いても、俺にどうすればいいかなんて答えが出せるわけもねぇ。お前がどうしたいのかは、お前が決めることだしな」

「……そうだな」

 

 一睨みくらいしてくるかと思ったが、彼女は手摺りに寄りかかったままこちらを向かなかった。

 

「だがまぁ、提案ならできる。それを決める方法のな」

「なに?」

 

 怪訝そうにこちらを見てきたアポロに笑いかける。普段通りの不敵な笑みだ。

 

「お前はかつてのオルキスを取り戻すと、鎧と剣に誓ったんだろ? だったらその剣と鎧を、今のオルキスを守りたいって気持ちと戦わせてやればいいんだ」

「……なんだと? それは、どういう意味だ?」

 

 これだけではわからないらしい。だから、俺は言葉を続ける。

 

「つってもお前は一人しかいないから、お前同士が戦うってのは不可能だ。だったら、今のオルキスを守りたいってヤツに()()()()()()()()()()()

「……」

 

 俺の言葉にアポロはぽかんとしていた。

 

「……そ、れは、お前が私と戦うということか?」

「まさか。俺とお前が戦ったんじゃ、勝負にならないだろ? 仮にスツルムとドランクに協力してもらったって、多分勝てないだろうよ。それじゃあぶつけ合う意味がない。どっちが勝つかわからないような相手じゃないと、な」

「……では誰が私と戦えば……」

 

 本当にわかっていないらしいアポロへ、俺は笑みを深めて告げる。

 

「いるだろ、アポロ。今のオルキスを守りたいと思っていて、全員がかりならお前にも匹敵するヤツらが」

「……っ」

 

 俺の言葉に、ようやくアポロは察したようだ。目を見開いて驚き、次の瞬間には吹き出した。

 

「……ふっ、ふはははっ……」

 

 今度は俺が唖然とする番だった。アポロが随分と、屈託なく笑ったからだ。

 

「……お、お前というヤツは……。大切なことを、まさか他人にやらせようとするとはな。そこはお前が意地でも相手すると言うところだろうに……」

 

 目尻に涙を浮かべてまで笑っている。……そこまで笑うことかよ。

 

「……そんなに笑う必要はねぇだろ。できれば俺が戦ってやりたいが、実力が足りねぇからな。勝つにしても負けるにしても、お前が納得できる相手じゃなきゃ成立しない。だから、あいつらにやらせる」

「ふっ。確かにお前の言う通り、あの連中なら適任だろう」

「だろ? あいつらは今のオルキスを守りたい。だから雌雄を決することになる。その覚悟も、もうしてくれてるだろうしな」

「そう、だな」

「だから甘えちまえばいいんだよ。あいつらのお人好しにつけ込んで、気持ちの折り合いを武力でつければいい。あいつらならそれを断らないし」

「そうだな」

 

 少しはマシな顔つきになっていた。

 

「ただし加減はするなよ。俺の渡した魔晶も使って全力でボコボコにしてやれ。……それでも負けたんなら、もう諦めるしかねぇな」

「……ああ。肝心な部分は人任せになってしまうが、それもいいだろう」

「ああ。お前はこれまで独りで戦ってきた。けど今はそれが変わり始めてる。ならその変化を与えた連中に責任取ってもらうのが筋だろ」

「それを言うなら、貴様にも責任を取ってもらう必要がありそうだな?」

「あん?」

 

 予想外の言葉に聞き返すと、アポロは普段俺がするようなにやりとした笑みを浮かべて言った。

 

「こうして誰かに自分の気持ちを話すなど、今まででは考えられなかったことだ。その原因の一端に、お前が関わっていないとは言えまい?」

「……まぁ、な。だが俺はどっちにしてもあんたの味方をするって決めてるしな。敵対する気は、ねぇよ」

「そうか? オルキスは随分とお前に懐いているようだがな」

「確かにな。でも俺は見殺しにできる。悲しいとかそういう感情がねぇとは言わないが、多分一時の感情だろ、そういうのって」

 

 心の傷は時が癒してくれると言う。それなら問題ない。

 

「情の薄いことだな。……十年経っても、薄れない感情もあるというのに」

「そりゃ相当な頑固者だけだな。俺はそこまで続かねぇよ」

「そうか」

 

 軽口を叩くと微かに笑みを浮かべて応えた。

 

「……少しはマシになったか?」

 

 話に一区切りついたところで真面目に尋ねる。

 

「……ああ。これを整理と言っていいのかはわからないが、答えの出ない悩みに嵌っているよりはマシだろう」

「なら良かった。あんま一人で抱え込むなよ。俺はあいつらほどお人好しじゃねぇが、それでもあんたの力になりたいとは思ってる。俺以外にもそういうヤツらはいるから、それを忘れんなよ」

「随分と真面目なことだ。だがまぁ、覚えておくとしよう」

「そうしとけ」

 

 俺は再び組んだ腕に顎を載せる体勢のアポロの頭をぽんぽんと撫でて、船室へと戻っていった。

 どちらに転んだとしても俺は黒騎士に従うまでだ。

 

 だが。

 願わくばアポロが今を生きていくために、あいつらに頑張って欲しいと思うところはあるのだった。




二次創作にありがちな主人公に都合のいい改変……。

一応の理由づけとしては、ダナンがいる影響で原作よりオルキスへの情が深く一人で決め切れないところになったという感じです。


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鬩ぎ合う願い

本編、蒼の少女編で言うところの最終決戦です。

ふと私が第63章クリアしたのって何年前だっけかな、と感慨深く思ってみたり。

ではどうぞ。バトル中心回です。


 以前訪れた時と些かも変わらぬ砂漠の都メフォラシュ。

 

 王宮へと訪れた俺達は、アダムの墓を作って埋葬した。

 そしていよいよ、黒騎士がグランとジータの前に立ち塞がる。その様子を見て一行にも緊張が走った。ある程度察してはいるのだろう。

 

「……お前達に頼みがある」

 

 しかし黒騎士の言葉を聞いて、少しだけ怪訝そうな顔をした。もっと敵意剥き出しにされると思っていたのだろうか。

 

「私はこの鎧と剣にかつてのオルキスを取り戻すと誓った。だが今のオルキスも失いたくない存在となってしまっている」

「黒騎士さん……」

 

 語り始めた黒騎士にルリアは悲しそうな目をした。

 

「しかしだからと言って過去の自分の信念を蔑ろにすることはできない。とはいえ私の中でどちらかを決めることは、できなかった」

 

 黒騎士は剣を抜き放ち、両手で柄を握り胸の前に掲げると真っ直ぐ上に刃を向ける。

 

「だからお前達と、今のオルキスを守るという意志と戦い決着をつける――そうするしか、私が納得する答えは出ない」

 

 一人で決めた答えというのは、残念ながら自分の中でその後もそれで良かったのかとつき纏うことが多い。

 

「お前達が束になってかかれば、私にも勝つ可能性はあるだろう。無論加減をするつもりはないが……頼めないだろうか」

 

 珍しく鎧を着込んでいるのに殊勝な態度だった。スツルムとドランクが温かく見守っている。オルキスは少し瞳に見える感情が揺れていた。色々と複雑なんだろう。

 

「俺からも頼むわ。ボスたっての、珍しい我が儘だしな」

 

 俺は受けてくれるとは思っているが、一応援助しておく。

 

「……ダナン君も、加勢するの?」

「いいや。俺は手出ししない。こいつ一人と、お前らだ」

「……そっか」

 

 ジータに尋ねられて首を横に振った。

 

「私はいいですよ。黒騎士さんが悩んでるのはわかってるつもりです。ただ全力で、今のオルキスちゃんのために戦おうと思ってます」

「それでいい」

 

 ジータが真っ先に答えを出して四天刃を取り出す。【ウォーロック】の上で天星器を使うつもりだろう。

 

「そういうことなら僕も。それで納得してもらえるなら、協力します」

 

 グランも続いて答え、七星剣を構えた。ジータと同じく【ベルセルク】で天星器を使うのか。

 

「私は……貴殿の気持ちを理解できるとは言えないが、悩むだろうとは思っている。だからこそ、過去ではなく今に目を向けるべきだと思う」

 

 カタリナは傍らのルリアを見つめてから言って、剣を抜き黒騎士を見据える。

 

「ま、俺は昔の嬢ちゃんを知らねぇから、当然戦うぜ」

 

 ラカムはあっけらかんと言って銃を肩に担いだ。

 

「あたしだって、オルキスとは友達だもん。友達を守るために、って言うなら断る理由はないわ」

 

 そういえばルーマシーで友達になったんだった、と思い出すイオの発言を聞いて、オルキスは少しだけ俯いた。アポロもそうだが、オルキスも迷ってるんだろうな。

 

「アタシは団長さん達の味方だもの。それだけよ」

 

 ロゼッタも参戦するようだ。とはいえ彼女は仲間の助力という体のようだが。

 

「オイラも、役に立たねぇかもしれねぇけど、戦うぜ!」

 

 そういやビィがいたんだった。魔晶を使っても弱体化させられそうだな。充分、役に立ってしまう。

 

「他人として、ってのは複雑な気分だが。まぁ娘の頼みとあっちゃあ断ることはねぇな」

 

 オイゲンは片眉を上げていたが、笑って請け負った。

 

「私も戦います。黒騎士さんの頼みを聞いてあげたいという気持ちと、もう半分は私自身のためです」

 

 リーシャは凛とした表情で剣を抜き黒騎士へ鋭い視線を向けた。父と同じ七曜の騎士と全力で戦えるからだろう。最初会った頃と比べると、随分前向きになったモノだ。

 

「わ、私も……戦います。黒騎士さんの気持ちは全部はわかりませんけど、それでも辛いのはわかります。でも、オルキスちゃんを見捨てることはできません」

 

 ルリアはしばらく迷っていたようだが、他の仲間達の言葉を聞いてか決心したようだ。強い目で黒騎士を見据えていた。

 

「……そうか。――では始めるとしよう。最後の戦いをな」

 

 おそらく兜の奥で笑っているのだろうなと思いつつ、されど気を引き締めて全身から威圧感を放つ。そして俺が以前に渡した魔晶を取り込んだ。

 

「デメリットを軽減する代わりに変貌しない魔晶だ。遠慮は無用だ、全力でかかってくるがいい!」

 

 魔晶を使ったことに驚いていた者も多かったが、精神を侵すモノでないとわかると黒騎士の放つ気迫に圧されて気を引き締めた。グランとジータはClassⅣを発動し、手加減一切なしの戦闘が開始される。

 

「汝の名は、バハムート!」

 

 初手、ルリアが単独で黒銀の竜を召喚した。彼女も本気だということだろう。

 強大な星晶獣の容赦ない破滅の一撃が放たれるが、黒騎士に慌てた様子はない。

 

「はぁっ!」

 

 両手で握った剣を、渾身の力で振るう。ただそれだけでバハムートの攻撃を両断してみせた。……魔晶使って強くなりすぎじゃねぇか? 俺の時とは全然違う。地力の差だろうか。

 しかしグラン達もそれで黒騎士が倒されるとは思っていなかったのか、【ベルセルク】のグランと【ウォーロック】のジータが左右から襲った。

 

 二人の一撃を、黒騎士は剣と籠手で受け止める。二人も加減はしていないだろうが、微動だにしていなかった。

 

「ふん!」

 

 黒騎士が力を込めると二人が弾き返される。そこへ風を纏ったリーシャとカタリナが迫った。

 風を纏っているからか速さで言うならリーシャはかなりのモノだ。それこそClassⅣに匹敵する。カタリナも剣の腕だけで中尉までのし上がっていた実力は本物で、今前衛に出ている者達と比べると見劣りするが足手纏いにはなっていない。二人の剣戟を先程と同じように剣と籠手で受けていく。流石に二人同時だとリーシャの攻撃は全て捌き切れないようで、多少鎧にも当たっていたが大してダメージはなさそうだ。

 

 しかしあいつらにはまだ仲間がいる。

 

 発砲音が二つ聞こえたかと思うと、カタリナの剣を防御しようとしていた籠手が銃弾に弾かれた。もう一方は兜が撃たれて弾かれる。籠手を撃ったのがラカム、兜を狙ったのがオイゲンだ。オイゲンは躊躇なく急所の位置を狙った。娘だろうが本気で戦うぞという意思表示のつもりだろうか。

 しかし威力のほどがわかってしまえば耐えることはできる。黒騎士はカタリナの手首を掴み取り膂力に任せてぶん回す。その先には駆け寄ってきていたジータがいた。そのまま手を離して二人を吹っ飛ばすと、一人になったリーシャに集中して剣を交えていく。ダメージを度外視すれば問題ないと言わんばかりに剣をリーシャの脇腹へと滑り込ませた。間一髪戻した剣で受け止めたが、膂力の差は激しいのかリーシャが吹っ飛ばされていく。器用にもくるりと宙で身を翻して着地したが膝を突き負った傷の手当てを始める。

 前衛を退けた黒騎士の下へグランが突っ込む間に、足元から生えた茨が絡みついた。その上でパキパキと氷漬けにされていく。だが黒騎士は焦ることなく【ベルセルク】の荒々しい剣をいなすと柄で腹部を殴りつけて後退させた。そうしている間に彼女の全身が氷漬けにされる。しかし当然これで終わりではなく、凍っているはずなのに兜の奥の瞳が動いたように見えた。

 

「北斗太極閃!」

「四天洛往斬!」

 

 団長二人の奥義を合図として全員がすかさず奥義を叩き込む。床が破壊された影響が砂埃が巻き上がって黒騎士の安否をわからなくする。

 

 しかし、かちゃという金属の擦れる音が聞こえた。続いて空気を切る音が聞こえてきたかと思うと、砂埃が払われる。

 

「どうした? これで終わりではないだろう?」

 

 そこには見た目は万全の黒騎士が立っていた。とはいえダメージは流石に通っている、はず。見てもあんまりわかんないんだが。

 

「……流石に強いね。ビィ、頼んでいい?」

「おう!」

 

 ジータが苦笑して後衛より後ろにいるビィを呼ぶ。身体から赤い光を放つと黒騎士から感じる威圧感が軽減された。

 

「始めから使っていればいいモノを。そうでなくては、勝負にもならん」

 

 弱体化しても依然として強者たる黒騎士は堂々と告げて、戦闘の第二ラウンドが開始された。

 

 ……ああ、強ぇなぁ。

 

 どっちが? いや、どっちもだ。

 弱体化したとはいえ魔晶を使った黒騎士と互角以上に渡り合う連中も、魔晶を使っているとはいえたった一人であいつらと渡り合っている黒騎士も。

 少し離れた位置で見ていると、なぜか自分からは遠く離れた戦いのように感じてしまう。

 

 黒騎士は過去を取り戻すために戦っている。何年経っても色褪せない当時の決意を胸に、七曜の騎士にまで上り詰めた。

 

 グラン達は常に前を向いて戦っている。グランとジータは子供の頃に抱いた夢を、今になっても追い続けている。それでいて色々な世界を見ても捻じ曲がらず、そのままの決意で前に進んでいる。

 

 揺るぎない覚悟。生涯で成し得たい目標。変わることのない決心。そして己の人生の指標となる、確固たる信念。

 

 そういうモノが、俺にはないんだ。だから、この戦いに加われない。そこまでする必要はないと思ってしまう。

 そういう時に現れる感情がある。その名前はおそらく、“寂しい"というモノだ。

 

 ……人生を通じて、成し遂げたい目的か。

 

 それがなければ、実力というだけなら兎も角その先に行った時、追いつけなくなってしまう。

 同じ能力を持っていて置いていかれるなんて真っ平ご免だ。

 

 それを探す旅に出るのも、いいかもしれないな。

 

 そんなことを考えている間にも戦いは続いていく。

 最初は黒騎士がダメージを負っている様子すらなかったが、次第に体勢が崩れることが増えてきた。

 

「黒鳳刃・月影ッ!!」

 

 黒騎士の声にも余裕がない。前衛の四人を怯ませてから溜めを少なく奥義を放った。直撃コースにいるのはリーシャだ。リーシャは一瞬回避を選択したようだったが、亀裂が走ることによる痛みに乱された結果、意を決して神経を研ぎ澄まし剣を構えた。

 やがて空間を割って闇の奔流が襲ってくるが、タイミングを見計らって剣を振った。結果、奔流が風の刃に両断されていく。

 

「なにっ……!?」

 

 流石の黒騎士も、これには驚きを隠せない。俺も驚いているところだ。俺が訓練でやったヤツに近い。だがリーシャは俺の訓練を見ていないはずだ。つまりあいつは黒騎士の奥義を見て、斬れると思ったからやったということになる。

 そして隙を見せた黒騎士に、残りの三人が襲いかかる。

 

「エンチャントランズ!」

 

 水を束ねた突きがカタリナから放たれ黒騎士の腹部に直撃した。が黒騎士は呻きながらも踏ん張って剣を振り被り、

 

「ドレイン!」

 

 闇のオーラを纏わせた剣で攻撃し返し、自身を回復させる。グランとジータの攻撃は無視したので回復がなかったことになってしまうが、被害を抑えるための攻撃だろう。

 

「クアッド・スペル!!」

 

 続けて剣を握っていない左手の前に四属性を司る球体を出現させ、拳を握るように融合させる。左手を前に突き出すと同時に特大の魔法として放った。後衛のルリアやビィを巻き込む威力の攻撃だ。それをイオとロゼッタが茨と氷の壁を築き、オイゲンとラカムが壁になることでなんとか凌ぎ切る。

 

 強大な魔力の高まりを感じて振り返る、とそこには風を纏い集中させたリーシャが立っている。

 

「いきます。――トワイライトソードッ!!」

 

 膝を曲げて駆け出した、かと思うと黒騎士の眼前まで迫っていた。

 

「ッ――クアッド・スペル!」

 

 流石にただ防御しただけでは威力を最大限に集中させたリーシャの一撃を受け切ることは難しいと見たのだろう。相殺に魔法を放つが完全に打ち消すことはできず大きく吹き飛ばされた。

 

「いって、ください! 皆さん!」

 

 高めすぎた反動か膝を突くリーシャの言葉を受けて、最初からそのつもりだったらしいカタリナが剣を構え青の巨剣を出現させる。

 

「グラキエス・ネイル!!」

 

 体勢を立て直せていない黒騎士へと奥義が叩き込まれた。

 

「クリスタル・ガスト!」

「クアッド・スペル!」

 

 イオも追撃を行うが、黒騎士が放った魔法により相殺される。しかし、

 

「エンドレス・ローズ!!」

 

 ロゼッタの攻撃によって地面から生えた茨が直撃し黒騎士はよろけて後退した。

 

「デモリッシュ・ピアーズ!!」

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!」

 

 その隙を突くべくラカムとオイゲンの奥義が放たれる。

 

「舐めるなぁ!! 散れッ!!」

 

 しかし黒騎士が両手で剣を握り放った奥義によって二人の奥義が打ち砕かれ、奔流がラカムとオイゲンを呑み込んだ。

 大技の連発で疲労が蓄積し呼吸を荒く乱した黒騎士へと、グランとジータが迫っている。身体が既に限界近かったのか、それとも……。ともあれ黒騎士は防御することもできずに二人の渾身の奥義を受けてしまった。

 

「北斗太極閃!!」

「四天洛往斬!!」

 

 息の合った二人の攻撃を諸に受けて吹き飛び壁に激突する。それでもすぐにがちゃ、と金属音がして黒騎士が姿を現したが、よろよろと歩を進めただけだった。

 剣を杖のようにして進んだが、吐血したのか兜の隙間から大量の血を流して崩れ落ちるように膝を突く。取り込んだ魔晶も乖離されて転がった。

 

 もう戦える状態じゃない。それは、黒騎士にもわかっているだろう。

 

「……私の、負け、だな……」

 

 どこか笑っているような、仕方がないと思っているような声がそう言った。

 こうして生涯を懸けて成し遂げようとした黒騎士の目的は、ここに潰えるのだった。




次回、オルキスメインヒロイン回。

可愛いと言ってくださる方がいるか、それともちょっと違うという意見が多いか、ドキドキなとこです。


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人形の少女

ではオルキスメイン回。

賛否ありそうで怖いですが、どうぞ。


 黒騎士はグランとジータ率いる連中に敗北した。

 そのためかつてのオルキスは取り戻さず、アダムの話では王宮のどこかにいるはずだということだったがそのままになってもらうことにした。それが黒騎士の選んだ答えで、彼女もそれに納得しているらしい。

 

 兜を取り俺にポーションやら魔法やらで介抱される彼女の顔は少しだけ晴れやかだった。

 

 とはいえ簡単に割り切れるモノでもないだろうが、それこそ時間が解決してくれるだろう。

 ただ当人のオルキスは、そんな黒騎士をじっと見つめていた。戦いの最中は迷っているようだったが、心は決まったらしい。できれば前向きな考えであることを祈るばかりだ。

 

 今は黒騎士の気持ちの整理をつけるところだ。他の連中はあまり話しかけてこなかった。

 

「団長さん達と戦って決めようって言うの、ダナンの案でしょ~?」

「ああ。よくわかったな」

「それなりに長い付き合いだからな。あたしにもわかった」

 

 普段の調子と変わらない二人は話しかけてきたが。

 

「まぁなんだ。あいつらお人好しだから断ることねぇだろうし、押しつけちまえと思ってな」

「……本人の前でいい笑顔で言わないで欲しいんだけど」

 

 俺の言葉にグランが苦笑している。

 

「まぁ、そのおかげで私の答えが見つかった。これで、いいんだ」

「アポロ……」

 

 少し言い聞かせるような言葉にオイゲンが顔を歪めた。娘の気持ちに寄り添えないことに無力さを感じているのだろうか。

 

「……ルリア」

「? オルキスちゃん?」

 

 ふとオルキスがルリアを連れて少し離れた位置までいった。なにか内緒の話でもするのだろうかと思っていたが、

 

「……ここにいて」

「え、えっと……?」

 

 オルキスはルリアをその位置で待たせるととてとてと戻ってくる。なにがしたいのだろうかと、彼女へ全員の視線が集中していた。

 

「……ダナン。こっち来て、屈んで」

 

 今度は俺にそう要求してくる。怪訝に思いつつもオルキスの方へ行って屈んだ。屈むといくらオルキスが小柄とはいえ俺の方が低くなる。

 なんの用かと思っていたのだが。

 

「……んっ」

 

 オルキスの顔が急接近してきたかと思うと唇に柔らかな感触が伝わってきた。

 

 思考を停止。再起動が必要な模様。再起動後も思考に影響が出る可能性あり。

 

 頭の中が真っ白になった。今自分がなにをされているのかという現実に頭が追いついていかない。少なくとも周囲が色めき立っていることだけはわかった。

 一瞬だったのか数十秒だったのかわからないが、オルキスが唇を離してからようやく思考が回復し始める。

 

「……」

 

 オルキスの頰には朱が差しており、そっと指で唇に触れ微笑む。

 どう応えたモノか、なんて真剣に悩み始めてしまう俺の思考回路を他所に彼女はこくんと一つ頷いた。

 そして一歩離れると告げてくる。

 

「……皆とまた一緒にご飯食べた。ダナンにも、伝えられた。もう、私は大丈夫」

 

 さっきとは別の意味で思考に空白が生まれる。オルキスの言葉がどういう意味なのか、理解しようとしても頭が働かない。

 俺を含めて誰もなにも言わないことをいいことに、オルキスはルリアの方に駆け足で向かった。

 

「お、オルキスちゃ……!?」

 

 さっきのを見てか少し顔の赤いルリアが戸惑うのも構わず、オルキスは彼女の首に下がっている飾りへと触れた。ルリアの様子が一変し直立不動になる。感情のない瞳は紫の光を放っていた。

 

「……我、アルクスの名において星晶獣デウス・エクス・マキナの発動を要請」

「――星晶獣デウス・エクス・マキナの発動要請を受諾」

 

 オルキスの言葉にルリアが無機質な声音で応じる。

 そこでようやく、オルキスがなにをしようとしているのか察した。だってもう、その星晶獣は必要なくなったはずだった。先程の黒騎士達の戦いで、全て決まったはずだった。

 それなのに。

 

「待てッ!!」

 

 黒騎士が叫ぶが、オルキスはちらりと視線を向けただけで次の言葉を紡ぐ。こうなったら無理矢理にでも止めるしかない。

 俺と黒騎士の身体が動いたのはほぼ同時にだった。

 

 互いにオルキスへ向かって一直線へ駆けていく。

 

「「オルキスッ!!!」」

 

 声を揃えて彼女の名を呼んだ。しかし声は届いても、想いまでは受け取ってくれない。

 

「……星晶獣デウス・エクス・マキナ。我が身より仮初めの器を抜き去り、真なる主をこの身に宿せ……!」

 

 唱え終えてしまった。それでも、無駄な足掻きとわかっていても手を伸ばす。しかし光に包まれたオルキスに触れることはできず、空を切るに終わった。

 膝を突き、光に包まれて宙に昇ったモノを見ることしかできない。おそらく今デウス・エクス・マキナによって今のオルキスの精神は切り離され、この辺りにあるとされるかつてのオルキスの精神と入れ替わっているところだろう。

 

 ……クソッ! 一方的に告げて、それでいいなんてあるわけねぇだろうが!!

 

 力いっぱい拳を握る。爪が食い込んで血が流された。

 しかし、どこからか別に光が飛来して宙に浮くそれと合体する。なにが起こっているのかと注意深く見上げる中で、光は二つに分かれて降りてくる。

 

 一つは俺の下へ、もう一つは黒騎士の下へ。

 

 光を受け止めるように手を伸ばして抱き止めると、確かな重さと温かさがあって光が解けた。姿を現したのはオルキスだ。それが黒騎士の方も……いや、俺の腕の中にいるオルキスは身体に節がある。それはアダムで見たのと同じ、ゴーレムのそれだった。

 

 ゆっくりとオルキスが瞼を開ける。そして瞬きを見て、俺の顔を見て不思議そうな顔をした。

 

「……あれ、なんで私……身体が?」

 

 オルキスは黒騎士の腕の中にある自分の身体を見て戸惑いの声を上げる。

 

「……デウス・エクス・マキナが力を発動した時、もう一人のオルキスちゃんの声が聞こえてきたの。ゴーレムだったアダムさんは、魂だけの存在になったオルキスちゃんと話ができたんだって。それで、アダムさんに頼んで自分とそっくりな身体を創ってもらっていたの」

 

 事情を聞いたらしいルリアの説明を聞いてさっき飛んできた光が、保管されていたゴーレムの身体だったのではと当たりをつける。しかしそんなことよりも、俺には言うべきことがある。

 

「……この、バカ」

 

 ごつ、とオルキスの額に自分の額をぶつける。

 

「……痛い」

「当たり前だろ、バカ。怒ってるんだからな」

 

 ゴーレムではあるがちゃんと熱を持っている。おそらく人に近くするため、というよりは身体を動かすための機能による影響だろう。

 もう二度と会えないのでは、という考えが過ぎった直後ということもあり、離す気になれそうにはなかった。

 

「……ダナン。泣いてる?」

「泣いてねぇよバカ」

 

 泣くわけがない、これしきのことだ。

 

「……ダナン。顔上げて」

「ん?」

 

 言われた通り顔を上げると、オルキスが素早く俺の首に腕を回してきて、俺がなにか言う前に唇を重ねてきた。二度目、とはいえ慣れるわけもなく身体が硬直する。

 しかし今度は少し早く離れると、オルキスは顔を赤くしたまま微笑んだ。

 

「……身体が変わったから、もう一回」

 

 理屈はよくわからないがとりあえずそんなことで誤魔化される俺ではない。

 

「こんなんで誤魔化されると思うなよ。怒ってるのは変わらないからな」

 

 ごつっ、と額をぶつけてぐりぐりと頭を動かす。

 

「……痛い。ごめんなさい」

 

 そこでようやく謝った。頭を離してじっとオルキスの目を見つめる。

 

「……折角話がつきそうだったのに、お前だけの判断で勝手するんじゃねぇよ。今のは、誰にも褒められないぞ」

「……ん。ごめん、なさい」

 

 ちゃんと叱ってやると顔を伏せて謝った。そこで隣にいた黒騎士へ目を向けると、ただぎゅっとオルキスを抱き締めていた。確かに息があることを確認して感無量の状態なのだろう。

 

「……アポロ」

 

 オルキスが黒騎士へと声をかけると顔を上げた。泣きはしていなかったが、今にも泣きそうな顔に見える。

 

「……文句は山ほどある」

「……ごめんなさい」

「私が悩んで、諦めようと思っていたことを無理矢理変えたことに怒りがないわけでもない」

「……ごめんなさい」

「だが、ありがとう」

「……」

「お前のおかげで、私はオルキスを取り戻すことができた。礼を言う」

 

 謝り倒すオルキスに対し、アポロは少しだけ優しげな笑みを浮かべて告げた。オルキスは少し驚いた様子だったが。

 

「これで、一件落着かな」

「うん。これぞハッピーエンドだね」

 

 グランとジータの声が聞こえてはっとし、ヤバい俺ちょっと気恥ずかしいかもしれんとオルキスから離れようとするが、オルキスが抱き着いていて離れることができない。目を向けるとじっと見つめてくる。どうやらもう少しこのままでいないといけないようだ。

 

「……そうだ。ルリア、イオ」

 

 オルキスは俺に抱えられたままの体勢で二人の名前を呼ぶ。二人共なんだかちょっと顔が赤いのはオルキスのせいだと思うが。

 

「な、なに、オルキス?」

 

 動揺したままのイオが尋ねると、

 

「……ちがう」

 

 人形の少女はふるふると首を横に振った。

 

「えっ?」

 

 イオはきょとんとして聞き返す。ゴーレムの身体となった彼女は少しだけ嬉しそうに答えた。

 

「……私はオルキスじゃ、ない。でも、オルキスから貰った名前がある」

 

 前置きして名乗る。

 

「……オーキス。私の名前は、オーキス」

 

 少女は、オーキスはそう告げた。

 

「……名前も、身体も変わった。だから、改めて……私と友達になってくれませんか?」

 

 続けて二人に声をかけた本題に入る。すっと二人の方へと手を伸ばして尋ねた。一瞬きょとんとしたルリアとイオだったが、顔を見合わせてから笑顔になるとそれぞれ手を差し出してオーキスの差し出した手を包んだ。

 

「もちろん、これまでも、これからもずっと友達だよ!」

「改めて言うことないじゃない。当然でしょ?」

 

 二人の迷いのない返答を聞いて、オーキスは顔を綻ばせる。

 

「……ん」

 

 頷いたオーキスの顔は本当に嬉しそうで、消えなくて良かったと心から思うばかりだった。

 

「……オーキス。今まですまなかった。お前を蔑ろにして、切り捨てようとした」

 

 気持ちが落ち着いてきたらしい黒騎士がそう言ってくる。

 

「……アポロは、私とオルキスのどっちかで、悩んでくれた。信念を揺らがせるくらいに、悩んでくれた。それがとても嬉しかった」

「オーキス」

「……だから、気にしなくていい。今二人共無事。それが、一番」

「結果論だからな」

 

 二人の話に割り込むようで悪いが、まるでいいように言ったオーキスの頭に拳骨を落とす。

 

「……痛い」

「当たり前だ、痛くしてるからな。わかったら反省しろ。もう、自分を蔑ろにするんじゃねぇぞ」

「……ん」

 

 とりあえず今は、頷いてくれた。とはいえルーマシーの時も同じようなことを言って、今回のこれなので少し信用ならない。ちゃんと見ておかないとダメかもしれないな。

 と思っていると不意にオーキスが初めて見るような妖しげな微笑を浮かべていた。

 

「……ダナンが大切に想ってくれるなら、ダナンを悲しませないために大切にする」

 

 見蕩れるようなことはなかったが思わず顔が引き攣ってしまった。

 

「……はぁ。まぁ、考えとく。だから反省しろよ」

「……ん」

 

 すぐに答えを出すことはできないが、とりあえずそう言うことで納得してもらう。

 とそこへ、第三者の声が聞こえてきた。

 

「では皆様。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、そろそろ宴へと参りましょう」

「「「っ!!?」」」

 

 抑揚のない男性の声が聞こえてきて、全員揃って驚愕し声のした方を向く。そこには白い軍服を着込んだ黒髪の男が佇んでいた。

 

「お、お化けぇ! ……はわぁ」

 

 紛れもない大将アダムの姿にルリアが顔を真っ青にしてフラつき、グランが駆け寄って支える。二人の顔が近くにあって互いになぜか顔を赤くしていた。……あれは、オーキスのせいか? 断じて俺達のせいとは言わない。

 

「き、貴様、死んだはずでは……」

 

 黒騎士も予想外だったのか腰を浮かせて少し身構えていた。

 

「ええ。あの時あなた方の前に現れた私は、というのが正しい表現になりますが」

 

 しかしアダムは淡々と語る。

 

「なに? つまり、どういうことだ?」

「私は皆様知っての通り、ゴーレムです。エルステ王国が誇る、最高のゴーレム。とはいえ私単体では人に近くそれなりに強いとはいえ最高とは言い切れません。ですので、同じ身体を複数保持しているのです。私の意識は複数の身体に宿る統合された意識。無論あなた方と過ごした記憶も持ち合わせております」

「……それを、信じろってぇのか?」

「信じられないのならば、どうぞ先程作っていただいた私の墓を掘り起こしていただければ。死体はそのまま残っておりますよ。それでも信じられないということでしたら、保管してある私の身体を四体ほど来させましょうか?」

「い、いえ。そこまでしてもらわなくても結構よ」

 

 普段は余裕たっぷりのロゼッタも珍しく意表を突かれたようだ。

 確かにロゼッタの言う通りそれを証明してもらわなくてもいいだろう。同じ顔が複数並んでいる様子はあまり見たくない。オルキスとオーキスで充分だ。

 

「因みに私は密かにシェロカルテさんと連絡を取っていた個体です。そのシェロカルテさんから宴の主役が来ればいつでも始められるとの連絡が来ましたので、伝言に来ました」

 

 仮にもエルステ帝国大将を伝言係として使えるって何者、という疑問が浮かんでいるだろうがあいつのことだから考えるだけ無駄だ。

 

「私は立場上宴には参加できませんので、オルキス王女をお預かりします。元の私室で安静にさせた方がよろしいでしょう」

「そう、だな。任せたぞ、アダム」

「はい、お任せを。文字通り命を懸けて守り抜きます」

 

 アダムが黒騎士に声をかけた。黒騎士は逡巡したようだが今は安静にという言葉に納得したのか眠っているオルキスをアダムへ手渡す。

 

「では皆様、存分に楽しんできてください」

 

 オルキス王女を抱えたアダムに見送られて、俺達は宴の会場であるというアウギュステへと向かう。

 

「おいドランク、いつもの小型騎空挺はあるか?」

「え? 一応呼んではあるけど……折角だから一緒に行った方がいいんじゃないの?」

「バカ野郎。宴だぞ? 一足先に行って飯の用意しなきゃいけねぇだろ?」

「……えぇ」

 

 俺としては至極当然のことだったが、ドランクは呆れていた。いやドランク以外も呆れている。

 

「俺は先に行くからな。なんなら俺一人で先行くからいいぞ」

「……一緒に行く」

「そういうことなら私も行くか。この五人で行動するのも、随分と久し振りなことだしな」

「ちょっとボス~。断りもなく僕達も入れないで欲しいんだけどって、痛ってぇ!」

「いいから早くしろドランク。飯が待ってる」

 

 バラバラになる前から考えると、この五人だけで過ごすのは久し振りだ。

 苦笑したり微笑んだりしているグラン達に「先行ってるわ」とか適当に告げてグランサイファーの隣に到着していた小型騎空挺に乗り込む。俺達は一足先に、宴が開かれるアウギュステへと向かったのだった。



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幕間
料理という名の絆


打って変わって後日談的な部分になります。

更新してから章タイトルをつけてこの話から「幕間」にします。
後日談とか次の章に向けての話とか、番外編とかそういうのを入れた感じになります。
シリアスは少なめ。


昨日更新したオーキスメイン回は賛否あるかと思っていたのですが、可愛いとのお声をたくさんいただきました。ありがとうございます。自分は間違っていなかった……! と心から安心しました(笑)

なにせ人形の少女編ですからね。オーキスが可愛ければ、全て良し。

次の章も楽しんでいただけるように準備を進めていきますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


 アウギュステに到着して宴の会場へと案内された俺達だったが、俺は四人と別れて厨房に向かった。

 

 更衣室で胸当てを外しロッカーから黒のエプロンとバンダナを取り出し装着する。既に俺以外の料理人も到着しているようだ。

 

「うーっす」

 

 俺は厨房への扉を開けて軽く挨拶する。そこでは三人の料理人が料理に勤しんでいた。

 

 一人は色黒のエルーンの青年だ。紺のエプロン以外の見た目からは軽薄そうな空気が漂っているが、料理に向き合う表情は真剣そのモノである。

 一人は厨房のスペースを狭める大柄の男性、ドラフだ。エプロン姿ではなくシェフの衣装といった服装だ。太い指からは想像もできないほど繊細な手捌きで料理を進めている。

 一人は眼鏡をかけたハーヴィンの女性だ。キッチンが高いので台に乗ってはいるが中華鍋を振るう腕は一流のそれだ。傍らに一度見たら忘れないであろう巨大な包丁が置かれている。

 

 誰も彼もが正しく料理上手。ここは俺も負けてられねぇ……!

 

 いつになく燃える心を抑えつけて空いている場所に着く。まずはきちんと手を洗っておいた。

 

「さて、始めるとするか」

 

 彼らは自分の料理に集中しているので俺に気づいていない、または気づいていても意識の外に置いている。

 だがそれで構わない。皆で協力して、なんて普段から一緒に料理をしていなければ難しいし、なにより俺の好きにやれるっていうのがいい。

 

 俺はとりあえず会場内に大勢がいることを考えて秩序の騎空団での経験を活かし大鍋にスープを作ることにする。ざっと百人前用意しておこうか。

 湯を熱して味つけを行う。食材を俺の思う手順で処理して鍋に放り込んだ。調味料の品揃えが良すぎて最高のスープを作るのに申し分がなかった。そうして作っていると、がちゃりと扉が開く。更衣室の方ではなく会場に繋がっている方の扉だった。

 

「新しい方もいますね。私共が料理を配膳いたしますので、皿に盛りつけて並べていってください」

「じゃんじゃん運んじゃいますよ~」

 

 黒髪に無表情な女性と、茶髪ツインテールに笑顔を浮かべた女性だ。どちらもメイド服に身を包んでいる。ただしクールな方は両手にゴツいガントレットを嵌めていて、笑顔の方は背中に赤い箱を背負っている。箱から伸びたホースと繋がった筒のようなモノがあるが。あれって確か火炎放射器じゃなかったか? 最近の給仕係は武力も求められるらしい、と思いつつも料理する手は止めない。

 二人で足りるのかと思っていたが、思いの外テキパキと盆に載せて運んでいってくれている。俺の料理はまだ出来ていないが問題なく配膳できそうだった。これなら本気のペースで作っていいな。

 

 俺はスープを煮込みながら他の料理を作り始める。スープは万人向けだが他の品はあいつらの好きなモノでも作ってやろう。

 

 やっぱりわかりやすいのはスツルムだな。肉だし。肉と言えばステーキ。よく要望されるし喜んでくれるだろう。特別にスツルムだけ三枚ステーキにしてやろうかな。後でメイドさんに特定の人に届けてもらえるか聞いてみよう。

 

 ステーキをざっと三十人前作り終えてから、クールな方のメイドさんに尋ねてみた。

 

「なぁ。これを特定の人に持っていってもらうことって可能か?」

「はい。その方の特徴を教えていただければお届けしますよ」

 

 とのことだった。

 

「赤髪のドラフの女性だ。青髪のエルーンの男と多分隣にいるからわかるはず」

「ああ、あの方ですね。かしこまりました。私の方で間違いなく、届けておきましょう」

「頼んだ」

 

 どうせ悪目立ちする黒甲冑の騎士と一緒にいるからわかりやすいか。問題なく届けられるようで良かった。……俺はまだ、彼女がモリモリ料理を食べる美少女がいるから席を覚えていたことを知らないのだった。

 

 さて、次はドランクだな。あいつは野菜が好きだ。だが野菜だけというのも味気ない。まぁここはアウギュステ。海鮮の美味しい島だ。シーフードサラダにでもするか。ドレッシングは俺特製で。

 他のヤツらにはテーブル一つにつき大きなボウル一つ分で作ろう。ドランクは取り合いになるとオーキスがほとんどを掻っ攫ってしまうので単体で届けさせてやるか。

 

 黒騎士はなんだかんだ言いつつアウギュステ育ちだからか海鮮料理が好きなんだよな。誰がやっても美味しいサザエの壺焼きなんかは押さえつつ、海鮮特盛丼でも作ってやるか。味つけはあいつの好みと俺の創意工夫をつけ足して、と。

 

 最後のオーキスはやっぱアップルパイかな。傭兵二人に聞いた料理のコツを活かして更なる進化を遂げたアップルパイを見せてやろう。久し振りだし二十段くらいのアップルパイタワーにしてやってもいいかな。

 

 そんなことを考えつつ、あいつらの好み以外の全体に配膳する料理もがんがん作っていく。

 やっぱりこういうのも楽しい。

 

「厨房の皆さ~ん!」

 

 扉が開いたかと思うとシェロカルテが顔を出した。

 

「今さっき、戦後処理を終えた秩序の騎空団の皆さんが到着しました~! 総勢五十名の追加です~!」

 

 どうやら人数の大幅な追加があったので知らせに来てくれたようだ。

 

「あともう一人料理できる方をお連れしましたよ~」

 

 シェロカルテの言葉に続いて扉から一人の少年が姿を現す。

 

「あ、えっと、秩序の騎空団で厨房を任されている、ハリソン・ラフォードと言います! よろしくお願いします!」

 

 ……一瞬、料理の手を止めてしまった。

 

「は、ハリソン?」

「えっ?」

 

 嘘、だろ……? いや間違いない。この目元だけ俺に似てない感じ。別の俺が喋っているようなこの声。

 そしてそれは向こうも同じだ。驚いて顔を上げたハリソンと目が合った。

 

「こ、この別の自分が喋ってるような声……! ま、まさか……!」

「へぇ。料理できたんだなぁ。無理難題置いてきたと思ってたぜ」

 

 奇妙な縁だとニヤニヤしていると、ハリソンが理解したらしくむっとした顔で俺に詰め寄ってきた。

 

「あの時なりすました料理が上手いっていう!」

「そういうこった。いやぁ、とんだ偶然だな」

「よくもぬけぬけと……こうなったら勝負だ!」

「上等。ただしここは厨房。当然料理勝負だよな?」

「当たり前だ!」

 

 ずんずんとキッチンへ向かうと手を洗って意外と手際良く準備を始める。……ほう。なかなかやるみたいだな。この面子の助っ人としてシェロカルテが連れてくるだけはある。

 

 ……いいねぇ。俄然、燃えてきた!

 

 俺は【ベルセルク】の時のような獰猛な笑みを浮かべて更に料理を進めていく。

 ハリソンも俺に対抗するように猛然と料理するので品が足りなくなることはなかった……ルリアとオーキスと大食いの男ドラフと見た目より精神が幼い少女さえいなければ。あいつらマジでどんだけ伝手あるんだよ。

 

「あー……! マジっべー! 胃袋底なし沼としか思えねぇわーっ!」

 

 最初に音を上げたのは色黒のエルーンだった。

 

「……ちょっと、手が上がらなくなってきたでっす」

 

 続いてハーヴィンの女性も調理器具を投げ出す。

 

「はは、お二人共ずっと作っていますからね。後は私達に任せて休んでください。宴も料理は粗方食べ終わって満足している頃でしょうしね」

 

 ドラフの男が穏やかな口調で言って、他の人から許しが出たことで厨房にあった机の傍にある椅子に座り二人揃ってぐで~っと突っ伏した。

 

「お二人はまだまだいけますかな?」

「当然。ハリソンは一番最後だったしまだまだいけるよなぁ?」

「と、当然! まだまだ余裕だからな!」

「はは、それは頼もしい」

 

 ハリソンには割りと疲れが見え始めていたが、俺に負けていられないと強がっていた。というか俺が煽ったんだけど。

 それからしばらく料理を作り続けていると、会場の方の扉が開いてメイド二人がやってきた。

 

「皆様。たくさん食べる方々以外はそろそろ飲み主体になりつつあります。締めのデザートなどを作っていただきたいのですが」

 

 そんな要望が飛んでくる。

 

「じゃあ一人一品作ろうぜ。人数分じゃなくても適当に現場で回してくれんだろ」

「そうですね。満腹だそうなので、軽めのモノを作りましょうか」

 

 このドラフはなかなかデキる男だ。料理の腕もいいし、是非後で語り合ってみたい。

 

 兎も角デザートを作って運んでもらった。ついでにオルキス用に二十段アップルパイタワーを倒さないように運んでもらう。会場からどよめきが聞こえてきたような気がするが、まぁ知ってるヤツなら誰が作ったかなんて一目瞭然なので気にしないでおこう。

 

 デザートは作り終えたが大食い共はまだ満足していないらしい。

 

「たくさん食べる人達が、もっと持ってきて欲しいって言ってますけど……作れます?」

 

 笑顔の方のメイドが尋ねてくる。既にドラフの人もハリソンも休憩に入っていた。まぁデザート作る傍らで料理も作ってたしな。バテるのもしょうがねぇか。

 

「大食いって何人いるんだっけ?」

「え~っと、四人、ですね」

「わかった。じゃあ一品十人前として四十人前くらいか。食材が尽きるまでは付き合ってやるから待っとけって言っといてくれ」

「は、はい」

 

 途轍もなくでかい冷蔵庫やなんかを開いて作る料理を決めて、脇目も振らずただひたすらに作り続けていく。

 ……ヤバいな。楽しくなってきた。まぁ在庫なくなったらとは言ったが俺も飯食べたいし、多少は融通させてもらおう。あ、そうだ。折角だし疲労回復効果のある飯でも四人に食わせてやるか。

 

 俺は四十人前の料理を作りながら、疲労回復効果のある料理を片手間に作っていく。料理のできる四人なので手抜きはできない。というか俺は料理で手を抜かない。

 

「ほれ。疲労回復効果のある飯だ。これでも食って回復したら会場行ってこい。後は在庫空にするだけだから俺一人でも問題ねぇしな」

 

 ということで作り終えた料理を厨房にある机に置いていく。品目は海鮮盛り込みスープの卵閉じ粥だ。アウギュステの食材をふんだんに使った見た目に反して贅沢な料理。香り立つ海の幸で嗅覚に、卵が光の反射と合わせて黄金に輝いて視覚に、それぞれ美味しさを訴えかけてくる自慢の一品だ。

 

「……これは素晴らしい」

「……これを本命を作る片手間に作ったんでっすか」

「……つーかとんでもねぇ速度で料理してんすけど。あれでずっととかマジっべーわ」

「……クソ。こんなことされたら認めるしか……」

 

 一応自分の分は確保してあるので問題ない。だが一品だけだといい食材がいっぱいあるので勿体ない気がしてくる。もう一品作ろうかな。

 好き放題に料理していいという空間に浮かれて鼻歌なんかを歌いながら料理していく。

 

 しばらくすると休憩していた四人が徐に立ち上がった。会場に戻るのかと思っていたがキッチンの元いた場所に立つ。片付けでもしてくれるのかと思っていたら、ドラフが笑いかけてきた。

 

「お陰様で体力が多少回復しました。私達も協力させてください。残り僅かだというなら一気に片付けてしまいましょう」

「一人に任せて厨房から去るなんて、料理人の名が廃るってもんでっす」

「今回は負けを認めてやる。次は絶対勝つからなぁ!」

「シーメー一緒に作ったらもうダチ公っしょ。ダチを助けねぇなんて漢じゃねぇ。だろ?」

 

 彼はキメ顔でそう言った。兎も角協力してくれるようだ。まぁ有り難いし断る理由もない。

 

「じゃあ頼むわ。あ、後で俺もお前らの料理食べたいから適当に作っといてくれよ。じゃあ一人一品四十人前でよろしく」

 

 料理上手が集まったならその飯を食べずにいるのは勿体ない。俺の分も確保しておくように告げ、それからは五人一丸となって料理を続けた。

 そしてようやく在庫がなくなる。

 

 メイド二人にシェロカルテを呼んでくるよう頼んで、彼女にまだ食べたい様子ならもう在庫が尽きたから無理だと言っておくよう伝えた。こういうのは下っ端が行くんじゃなくて主催者が行った方が丸く収まる。その主催者もシェロカルテだし、まだ食べたいと駄々を捏ねたとしてもなんとかしてくれるだろう。

 

「ふぅ、ようやく終わったか。お疲れ。っていうか美味いな」

 

 俺は料理を終えたので自分の腹を満たすために作ってもらった料理や自分で食べたいと思っていた料理を口にしていた。なかなかに美味い。俺とは辿り着いた味つけが違うので新しい発見がある。

 

「ありがとうございます。折角ですから、自己紹介でもしましょうか。顔を知っている者もいますが初めて会う方もいますからね」

 

 俺以外も他の人の料理が食べたいということになって互いに作り食べ合うということになっていた。

 

「私はリュミエール聖国、清く、正しく、高潔にをモットーとするリュミエール聖騎士団所属。バウタオーダと申します」

 

 男性ドラフ特有のガタイのいい身体で穏やかに微笑み、彼はそう名乗った。

 

「アタシはさすらいの料理人エルメラウラでっす。『最高にイケる料理』を提供してまっす」

 

 特徴的な口調で話すハーヴィンの女性、エルメラウラ。

 

「じ、自分は秩序の騎空団第四騎空艇団所属、専属料理長のハリソン・ラフォードと言います」

 

 やや緊張した面持ちで、俺と全く同じ声で話すハリソン。

 

「えぇ~っとぉ…………アウギュステ騎馬戦連合(三人)の大将やってます、ローアインッス」

 

 大将という言葉からはアダムを連想するが、新米なのだろうか目が凄い左右に泳いでいた。まるで嘘を吐いているかのような挙動だ。

 

「俺は大した肩書きはねぇな。ダナンだ」

 

 どこの所属っていうわけでもない。俺は名前だけを名乗った。

 

「確かあの黒騎士の直属だという……」

「オレは一人でダンチョー二人と同じ強さだって聞いたッスよ?」

「黒騎士の奥義を真っ二つにしたって聞きまっした」

「秩序の騎空団を料理で乗っ取ったんだってな」

 

 俺の評価がおかしい。いやまぁ間違っていないことの方が多いんだけど。一応帝国として黒騎士直属だし、前は二人が相手でもなんとか立ち回れてた。今は無理だが。黒騎士の奥義を真っ二つにできるのは二割か三割までだから言葉ほどの凄さはない。秩序はまぁ、うん。胃袋掴んで掌握したと言っても過言じゃない状態だったから否定しづらくはあるな。

 

「噂には尾ヒレがつくもんだ。しかしあんたら料理美味いな。是非語り合いたいところだ」

「それは私もですよ。あなたの速度は凄まじいモノでした。美味しさで劣っているとは思いませんが、匹敵する質でありながらあの量をこなすのは素晴らしいと思いますよ」

「アタシも数をこなすのには自信がありまっしたが、流石に体力が持たなかったでっす。見習わないとでっすね」

「料理なら勝てると思ったのに……鼻歌混じりにとんでもない量作りやがって」

「マジっべーわ。オレも料理ならちょっと自信あっけどぉ、世の中広いっつーか? 見聞広がっちゃう的な?」

 

 それぞれも料理の腕を互いに認め合っていたのでその後は料理談義に講じることとなった。

 結果、まぁありきたりな言葉で言うと料理好きに悪いヤツはいないというか。意気投合したよな、うん。

 

 色黒エルーン、ローアイン。いつも友人二人とつるんでいるらしく、他二人は会場の方にいるとのことだ。一見するとチャラ男で中身もチャラ男だが、実はこれを機にあいつらの騎空団に入りたいと申し出るつもりらしい。なんでも主格メンバーの一人、キャタリナさん(カタリナのことらしい)に惚れ込んでいて、あいつの騎士になるという目標を持っている。チャラ男は俺もちょっと関わりを遠慮したい人種だが、こいつはそういうチャラ男という言葉の軟派なイメージとは違って一途な硬派だった。女性経験もまだないらしい。

 とはいえカタリナは人気らしく、他にも彼女を「お姉様」と慕うアルビオンの城主だったり、カタリナを先輩と呼び慕う後輩娘だったり、ライバルは多いそうだ。帝国軍の中やアルビオンの士官学校とやらにも彼女を慕う者はまだまだ眠っているだろうという予想が立つ。だがこいつの心意気は本物だ。いつかきっと、達成できるんじゃないかと思っている。

 

 俺達五人の中でも最も人が出来た男、バウタオーダ。彼は一度帝国に追われているあいつらに遭遇して、守るために脱退までしようとしたらしいが、なんとか部下達とあいつらに引き止められて今はまだリュミエール聖騎士団の所属だそうだ。許しが出れば正式に脱退して彼らの旅に同行しようと考えているらしい。身体は小さいが心は立派な団長を支えるべく精進していたが、その団長もなにやらあいつらの騎空団に興味を持ってしまっているらしい。もしかしたら二人揃って移籍するかもしれませんね、と穏やかに笑っていたが。

 騎士を辞めることに後悔はないそうで、リュミエール聖騎士団のモットーである「清く、正しく、高潔に」を掲げていればどんな所属だって騎士として行動できるとのことだ。立派な人だった。

 

 祖母譲りという巨大な包丁を持った、エルメラウラ。彼女はさすらいの料理人を名乗った通り色んな場所で屋台を設置し料理を振る舞っているという。その道中あいつらと出会ったそうだ。『最高にイケる料理』を豪語しており五人の中で最も料理に本気なのは彼女かもしれない。凄腕ではあるがどこかに仕えるようなことはしていないらしい。そろそろ空域を超えたいらしく、全空を旅するあいつらの騎空団に加わることを検討している。

 

 言わずもがな、ハリソン・ラフォード。俺が秩序の騎空団へ潜入するにあたってなりすましたヤツ。あの後周囲からあいつの料理は美味かった、と言われたことで「やってやらぁ!」となり結果料理長の座に就いたらしい。給料も上がったし皆から喜ばれるしでなんだかんだ充実しているそうだ。じゃあ俺を敵視せずにむしろ感謝して欲しいもんなんだがな。

 

 俺も俺で今まで黒騎士の一味として行動してきたことやなんかを話した。まさかの繋がりが出来てしまったな。ハリソン以外があいつらの騎空団に入るなら料理の腕前としても強敵になるだろう。俺ももっと精進しないとな。

 

 そうして意気投合した俺達が談笑していると、ばんと勢いよく扉が開かれた。ボサボサの黒髪に丸眼鏡をかけたヒューマンの男だ。

 

「厨房の皆さぁん。是非私に、ラーメンを作ってくれませんか?」

 

 妙にギラついた目でそう言ってきた。

 

「らぁめんだ? 聞いたことのねぇ名前だ。作るか」

「はは、腕が鳴りますな」

「未知の料理、料理人の腕の見せどころでっすね」

「いっちょパーペキに作ってキャタリナさんのストマ掴んじゃいましょーか!」

「いやなんで知らない料理に喜んでるんだよ。でもま、楽しいしな!」

 

 意気揚々と席を立った俺達は彼の指導を受けてらぁめんの作り方を学んだ。食材は追加でシェロカルテが持ってきてくれたが、そんなに数はないので試行錯誤でらぁめんを完成させて一杯ずつ振る舞うぐらいしかできなかった。

 美味いらぁめんを完成させることができた俺達とらぁめん師匠(名前を知らない)ががっしりと手を組んで成功を喜んだ。

 

 しかしらぁめん道を極めるにはまだ道のりが長く、また険しい。

 それでも俺達が歩みを止めることはない。次の料理に向かって突き進むだけだ。

 

 そう。俺達の戦いはこれからだ。




CookDo Fantasy ――完。

……前回から大分はっちゃけましたねぇ。

「全員わかればあなたもグラブル検定3級!?」みたいなノリでグラブルに登場するキャラクターがいっぱい出てきています。ちゃんと書いていないキャラも多い中、全員わかった人がいたら凄い……。

キャタリナさんの後輩娘とか言ってもグラブルやってなきゃ誰かわかんねぇよ、という感じですが本作オリジナルルートにグラン&ジータも入るのでこういった話も偶に挟まってきます。
できる限り色んなキャラを出したいというのもありますしね、グラブルはキャラも魅力的ですし。


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“蒼穹”と

今後の展開で大事なところ。とはいえ暁の空編読み返して展開の細かいところを思い出し、「あ、この設定使えんかも」と思ったりもしています。

一応次の章でも活きる予定ではありますが、展開的になかなか難しいところです。
オリジナル路線しつつというところですね。


 らぁめん師匠に教わった“らぁめん"という料理を作り終えた俺達は、宴が始まって何時間後かもよくわかっていない会場へと足を踏み入れた。

 

 もう大半が出来上がっていて、既に酔い潰れた人までいる。俺が見たことのあるヤツや、見たことのないヤツ。大勢の人間が連中の勝利を祝っていた。

 

 ……ってあれ、大食い王レッドラックじゃねぇか。そりゃ食うわけだわ。ルリアと、オーキスと、あとレッドラック。もう一人大食いはいるんだろうが。

 

「おぉ、料理美味かったぜ、兄ちゃん達!」

 

 そのレッドラック、黒髪に赤いバンダナを巻いたドラフの男が声をかけてきた。

 

「そりゃどうも、無敗の大食い王。満腹にはならなくても満足はしてもらえたか?」

「おう。いい腕だったぜ」

 

 まず俺が立ち上がったレッドラックとがっしり握手する。すぐ離して他の四人とも握手していた。

 

「たった五人でこの人数の、俺達が食べたあの量をってんだから惜しいな。是非全員まとめて雇いたいところなんだが」

 

 毎日あれに付き合ってたら身が持たねぇよ、流石に。

 

「もし同じ所属になれば、程々にですが振る舞わせてもらいますよ」

「それは楽しみだ」

 

 どうやらレッドラックもあいつらの騎空団に入るらしい。まぁ大食いの世話をするのは、俺は一人でいいかな。

 

 俺は苦笑して周囲を見渡す。白マントに黒い鎧の十人に、秩序の連中、バルツ公国軍に、四騎士、“組織”のヤツらに、あヤベっナルメアだ。気づかれない内にあいつらのところに行ってしまおう。

 そうして手を振っている青髪のエルーンを発見し、一塊になっていた四人のところへ歩いていく。

 

「お疲れー。美味しかったよ、料理。やっぱ流石だよねぇ。あのシーフードサラダとか!」

「バカ言うな。一番はあのステーキだろ」

「海鮮丼も捨てがたかったがな」

「……アップルパイが、一番」

 

 それぞれが俺の届けさせた料理を一番だと言ってくれる。

 

「当たり前だろ? 俺がお前らのために作って届けさせたんだからな」

「さっすが~。でも他の料理も美味しかったよねぇ。まさかダナンレベルの人があんなに他に四人もいるなんて」

「空は広いってことだろ。まぁ、感心はするが」

「後半からこいつの料理ばかり来ただろう? 持久力では劣るようだがな」

「……ダナンが一番」

 

 やっぱり他のヤツから見ても俺達の五人の腕は拮抗していたらしい。……同じ騎空団に入るなら切磋琢磨できるだろうし、腕を上げるだろうな。俺も負けていられない。

 

「……ダナン。アップルパイタワー、美味しかった」

「そっか。まぁ喜んでくれたなら頑張った甲斐があるもんだな」

 

 オーキスが微かに微笑んで言ってくれたので、頭を撫でてやる。四人の大食いさんの内一人なのでできればもっと自重して欲しいとは思うのだが。

 

「そういや黒騎士はその恰好でいて大丈夫なのか? 元帝国最高顧問なんだろ」

「問題ない。私が“元”帝国最高顧問であることは既にファータ・グランデ空域内に広く知られている」

 

 宴だからか流石に兜は取っていたが、首から下はそのまま黒鎧である。敵ではないかと思う連中もいるかと思ったが、そんなことはないようだ。まぁ仮になぜここにと思ってはいても七曜の騎士に話しかけてくるようなアホはいないか。

 

「おかげで席余ってるのにこうして四人だけで座ってたんだけどねぇ」

「まぁ部外者が立ち入れる空気じゃないのは確かか」

 

 まぁこいつらと一緒ってだけの方が気が楽でいい。……オーキスの距離が妙に近いような気はするが、気にしたら負けだ。

 

「でも見たところエルステに来てなかった人達も呼ばれてるんだよねぇ。その理由は、きっとあの二人が説明してくれるかな~」

 

 意味深なドランクの発言を受けて彼の視線の先を追うと、団長たるグランとジータが会場の一団高い台へと上がっているところだった。マイクという拡声器を手に持っている。それだけなら代表の挨拶にも思えるが。

 

「皆さん。宴もたけなわと思いますが、ちょっと僕達の話を聞いてください」

「大事な話なのでちゃんと聞いてくださいね」

 

 グランとジータがそれぞれ言って二人の登場に気づいていなかった人達を注目させる。

 

「僕達はこのファータ・グランデ空域を旅してきました。そしてそろそろ、次の空域が見えてきたところです」

「空図の欠片も集めて回って、ようやくってところですね。だから当然、私達は次の空域を視野に入れて旅するつもりです」

「そこで、この空域で出会ってきたたくさんの人達にこうして集まってもらったのは、理由があります」

「基本的にはエルステとの戦いに協力してもらった人達ですけど、それ以外の人達が集まっているのはわかったと思います」

「実はシェロカルテさんに頼んでできる限りの人を今日この場に呼んでもらえるよう計らってもらったんです」

 

 視線が一部シェロカルテの方へと向くと、彼女はウインクを返してみせた。

 

「僕達は次の空域に行くことを目標に、団の拡大をしたいと思っています!」

「もしついてきてくれるっていう人がいるなら、この場で応えて欲しいと思います」

 

 二人は言って巻いた紙の両端を片方ずつ持って掲げ、開いて見せる。そこには――“蒼穹(あおぞら)”と書かれていた。

 

「「僕達(私達)の騎空団、“蒼穹”に是非入団してくれませんか?」」

 

 声を揃って大々的な勧誘を終える。一拍の静寂の後、会場から雄叫びが上がった。島々を回り、活躍してきたあいつらへの信頼の証だろう。厨房で会った四人の内三人は入団するつもりらしいからな。その割合でいくと全体の七割近くが入団する可能性もあるってことか。まぁ秩序の騎空団やバルツ公国軍なんかは入団しないのだろうが。

 

「……なるほど。こりゃ効果的だな」

「いい手だよねぇ。元々入るつもりがあるかもしれない人達全員に声をかけていって、浮かれた気分の時に勧誘。集団心理ってヤツで周りが入るなら自分もってなる可能性もあるよね。一気に騎空団を拡大するには持ってこいだよ」

 

 俺とドランクが考察する。こういう時に考察が先に口を出てしまうのは性分だろうか。

 

「で、お前らは入らねぇの?」

 

 ふと気になって四人に尋ねてみる。エルステ帝国が事実上崩壊して黒騎士の目的が達成された今、もうこいつらとも解散だろう。

 

「そう言うダナンはどうなの~? タワーにいた時は入らないって言ってたけど、満更でもないんじゃない?」

「そんなことねぇよ。あいつらの騎空団に入る気はねぇ。気が合わねぇってのが一番だからな。方向性の違いってヤツだ」

「そんなバンドを抜けるような理由を言われても」

「……まぁ、というかちょっと思うところがあってな。しばらく一人で旅しようかと思ってるんだ」

 

 まだ誰にも言っていなかったが、こいつらには話しておくべきだろう。

 

「……また一人でどっか行くのはダメ」

 

 オーキスがきゅっと俺の服を掴んでくる。苦笑して彼女の頭を撫でつつ、

 

「悪いな。そういうんじゃないんだ」

 

 一人で行動した方が都合がいいから、という理由で一人旅をしたいと思っているわけじゃない。俺はきっと、旅をしてなにかを探さなければならない。自分探しの旅なんて縁がないと思っていたが。

 

「えぇ? タワーでは騎空団作るって言ってなかったっけ~?」

「言ってたな。あれは冗談だったのか?」

「冗談というか、咄嗟の思いつきみたいなもんだ。まぁそんなに長く一人旅をする気はねぇし、いつかは団作ってもいいかとは思ってるんだけどな」

 

 旅をするなら騎空団というのもアリだ。だがそれは次の段階であって、これからすぐにっていうモノでもない。

 

「それに騎空団はまず金がかかる。俺には騎空艇がないから騎空挺を購入する金が必要だ」

 

 俺は人差し指を立てて説明する。

 

「次に人。騎空艇を操縦できるヤツが必要だ。少なくともラカムレベルのヤツはいねぇとな。今回みたいに大事に巻き込まれないとも限らねぇし」

 

 二本目の指を立てる。

 

「次も人だ。操舵士は必須だが他にも色々騎空団に入団してもらう必要がある。操舵士と俺の二人だけなんて団とは言えねぇだろ」

 

 三本目。そんなに大勢いなくてもいいんだが、少なくとも十人はいてくれないと団として不安だ。いくら俺が強くなっても戦力という点で不安要素を残してしまう。今回みたいなことには多分ならないだろうが、それでもある程度強敵との遭遇を覚悟しておくべきだ。

 

「お金はしょうがないよねぇ。僕の貯金足しても雀の涙程度だし」

「ああ。あたし達が稼いでも大した足しにはならないだろう」

「生憎と私はエルステを追放された時に財産を没収されている」

「……お金は、ない」

 

 四人がそんなことを口にした。

 

「は? なに言ってんだお前ら。俺がお前らに金借りるとでも思ってんのかよ」

 

 そこまでのお人好しじゃないだろうに。特にドランク。金を借りたら酷い目に遭いそうだ。

 俺はなに言ってんだこいつらという目を向けるのだが、ドランクは笑みを深めた。

 

「そっちこそなに言ってるの? 騎空団に入るならあの二人のよりダナンの騎空団の方がいいに決まってるでしょ~?」

「…………は?」

 

 一瞬、頭が追いつかなかった。ニヤニヤするドランク、普段と同じ無表情のスツルム、少ししてやったりの笑みを浮かべた黒騎士、視線を向けるとこくんと頷くオーキス。

 

「はぁっ!? お、お前らなに言ってんだ? 俺は別に本気で騎空団やるつもりはねぇっていうか……」

 

 思わず腰を浮かせてしまう。

 

「もしもの話だよ。僕は単純に、ダナンとは気が合うからねぇ。同じく双子の団長さん達とは気が合わないなぁと思ってるんだよね~。別に嫌いじゃないんだけど」

「ああ。別にあいつらの騎空団に入りたくないわけじゃない。だが、お前の騎空団の方がいい」

「私はこれからどうするか迷っている。だが今まで見てこなかった世界を回るというのも、悪くはないだろう。当分はオルキスの下にいるつもりだがな」

「……ダナンと一緒にいたい。それは、これからも変わらない」

 

 どうやら心は決まっているらしい。というか俺が騎空団作るなんて冗談を言ったのは傭兵二人の前だけだぞ。

 

「……ってことはお前、二人に騎空団の話しやがったな?」

「もっちろん~。こんなに面白そうなこと、話さないわけないでしょ?」

 

 ……この野郎。

 

「覚えとけよ。お前の飯、これから五回分野菜抜きサラダだけにしてやるからな」

「それただのドレッシングじゃん。ドレッシングも美味しいけど身体に悪いからね?」

「うるせ。俺は別に騎空団を本気でやる気はねぇんだってば。それにお前らノリと勢いで決めてないだろうな」

 

 深く悩まずに面白そうだからっていう理由で決めてるんじゃないかと疑うが、

 

「本心で、お前となら今後も旅をしてもいいと思っている」

 

 黒騎士の言葉に疑うことすらできなくなってしまう。

 

「……おぉ、ボスがデレたよスツルム殿」

「……ああ。穏やかな雇い主とかむしろ不気味だ」

「おい。貴様ら死にたいらしいな」

「「あっ、いつもの感じだ」」

「表へ出るがいい」

 

 ヒソヒソと聞こえる程度の声で話す傭兵コンビに黒騎士が割りとマジで怒っていた。なんか、いつものことのように見える。

 

「……アポロは、いい。リーシャはダメ、絶対」

 

 あいつは麻薬かなんかかよ。というツッコミはさておきなにが良くてなにがダメなのかよくわからない。

 

「おい、オーキス。なぜ私があの小娘と同列になっている」

「……それがわからない、アポロじゃない」

「……」

 

 なぜか言い合いもオーキスの方が有利に見える。以前には見られなかった珍しい光景だ。ドランクがニヤニヤというかニヨニヨしているのは腹立つが、俺にはよく理由がわからないのでまぁ関わらないのが正解か。

 

「……まぁ、時期が来たら誘ってやるよ。目標はあいつらより先に星の島イスタルシアとやらに到達して精いっぱい煽ってやることだ。並みの旅じゃないがホントに付き合う気か?」

「当然。安心安全も大事だけど、やっぱり冒険はロマンだよねぇ。悪巧みも好きだけど全て知ってたら予定調和になっちゃうもんね~」

「どこへ行こうとあたしのやることは変わらない。敵を切って肉を食べる。ただそれだけだ。金が稼げれば一石二鳥だな」

「今は立場が危ういとはいえ七曜の騎士だ。並みで満足できると思うなよ」

「……覚悟はできてる。ついていく」

 

 四人の答えは変わらないようだ。……全く。仕方ないヤツらだな。

 

「じゃあ、今すぐってわけじゃねぇがいつか、な」

 

 断る理由もない。俺も、正直言えば気心知れたこいつらと旅できるのは嬉しい。やるんだったら誘おうとは、一応思ってたしな。

 

 そんな俺の背後から、声をかけてくる人物があった。

 

「――もし本当に騎空団になったら、私達の手強いライバルになりそうだね?」

「――うん。団拡大しようって時にそんな話するなんて、宣戦布告と取っていいのかな?」

 

 最近はもう聞き飽きた双子の声だ。席を立ち上がって不敵な笑みを浮かべて振り返る。そこにはグランとジータを真ん中にルリアやビィ、カタリナ、ラカム、イオ、オイゲン、ロゼッタが佇んでいた。話が聞こえてきて集まってきていたらしい。振り返った俺の後ろで席を立ち上がる音が聞こえた。俺は少し前に進み出て他の四人が来るのを待つ。

 

「ははっ。相変わらず温いなお前らは。俺はさっき、()()()()()()()()()()()()()()()()()っつったんだぜ? それでもライバルじゃないなんて悠長だなぁ」

 

 エルステ帝国相手には共闘したが、俺達は本来仲間じゃない。

 

「ほとんど一空域分遅れてるっていうのに、早く辿り着ける気でいるんだ?」

「当然だろ。てめえらは寄り道人助け大好き集団だからな。効率重視すれば余裕だ。そうでなくても、負ける道理はねぇよ」

「へぇ? 言い切るね」

「当たり前だろ。……俺がお前ら二人に劣る理由はねぇ。だったら仲間の差で決まるわけだ。さて、どうだろうな?」

「確かに強敵だね。でも、負けるつもりはないよ」

「そうでなくっちゃ面白くねぇ」

「上等、僕達が先にイスタルシアに行く」

 

 グランが拳を突き出してきた。ジータも同じようにする。……そういうのは柄じゃねぇんだけどな。

 

「精々先行ってな。安心しろ、すぐ追いついてやる」

 

 俺も拳を突き出して、二人の拳へ打ちつけた。

 こうして俺達黒騎士の一味は、なぜか俺の騎空団の団員として認知され、仲間を大幅に増やす“蒼穹”に対抗するライバル騎空団となるのだった。

 

 ……いや、まだ設立してねぇんだけどな?




お ま け

リーシャ「あ、あれ? なんか皆さんいい感じになってるのに私はなんでモニカさん達とお酒を……?」
モニカ「り、リーシャ落ち着け。目から光が消えかけているぞ」
リ「……いいんですいいんですよ。どうせ私なんて真の仲間じゃないんですから。こうなったらもう自棄ですよっ」
団員一同(((……あぁ、荒れてるリーシャ船団長もまた良し……)))



なぜかはぶられてしまったリーシャ。彼女の明日はどっち、なんだろう。


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自分を認めて

そういえば昨夜日間ランキングに入っていました。今朝はなくなっていたのでこれはオーキス効果か……と戦慄しております。皆さんありがとうございました。

今回は、感想で予見していた方もいましたが、ナルメア回。
尚ナルメアのフェイトエピソードのネタバレを含みます。


 と、前回グランとジータ率いる“蒼穹”の騎空団に宣戦布告したんだが。

 

「だ、ダナンちゃん!?」

 

 いい感じで終わったのに雰囲気をぶち壊す声が聞こえてきた。聞き間違えるはずがない。

 

「な、ナルメア……」

 

 遂に見つかってしまった。声のした方を振り向くと予想通りの姿がある。左目を前髪で隠した紫の長髪を持つドラフの女性。

 

「なんでここにいるの? それにさっきのって……」

「あー……。ちょっと落ち着けって。色々あったんだよ。あれからな」

 

 俺は戸惑っている様子のナルメアの頭を撫でて宥める。

 

「ダナン君ってナルメアさんと知り合いだったの?」

「ああ、まぁな。こいつらとも会う前の話だ」

 

 しばらく撫でているとナルメアは落ち着いたようだったが、なぜか別の場所からチクチクとした視線を感じる。見るまでもなくオーキスだが今は置いておこう。

 

「そうだ、ナルメアもこいつらの騎空団入るんだろ?」

「あ、うん。でもダナンちゃんも騎空団作るんだよね?」

「いいんだよ、気にしなくて。ナルメアに必要なのは、多分そっちだ」

「?」

 

 結論は変わらない。俺にナルメアを変えることはできないだろう。底抜けにお人好しで前向きなヤツでもなけりゃ、な。

 

「……ダメ」

 

 不意にナルメアを撫でていた手が取られて別の頭に乗せられる。

 

「……狡いから、ダメ」

 

 じっと見上げてくるオーキスの目は不満を訴えてくるようだ。

 

「えぇと……誰?」

「……オーキス。ダナンとはずっと一緒にいる」

「へ、へぇ、そうなんだ。ダナンちゃんと。でもお姉さんの方が一緒にいると思うなぁ。だって半年も一緒だったし」

「……私の方がいっぱい抱っこして、頭撫でてもらってる」

「お姉さんだっていっぱいしてもらってるもん。食べさせっこだってしたし」

「……むぅ」

 

 なぜかナルメアと俺の間にオーキスが割って入り対抗するように対峙した。……いやなんでこうなってんの?

 初対面のはずの二人がよくわからない内に睨み合いを始めてしまった。二人の視線の間に火花が散っているようにさえ見える。

 

「……ダナンとどういう関係?」

「えっ? えぇっと……半年間一緒に暮らした仲?」

「……恋人じゃ、ない?」

「う、うん。違うけど」

 

 オーキスは満足そうに一つ頷く。盛大に嫌な予感がした。しかし俺が止める間もなくオーキスはそれを口にする。

 

「……ダナンとキス、したことある」

「っ!?」

 

 言ってしまった。周囲が色めき立つのを感じる。ナルメアも驚いていた……かと思ったらすっと瞳から光が消えた。

 

「……へぇ。ダナンちゃんはお姉さんと別れた後、女の子と仲良くしてたんだぁ」

 

 俺の知らない側面が顔を出していた。怖い。

 

「……しかも二回」

 

 オーキスが表情豊かならきっとドヤァとしていたことだろう追い討ち。……お前はもうちょっと相手の反応を見てからにしろ。

 

「……へぇ?」

 

 ナルメアから黒い負のオーラが噴き上がっているような気がする。なにかマズいモノが顕現してしまいそうだ。団員の制御は団長に、ということはグランとジータを見るが目で「お前がなんとかしろ」と言ってきやがった。クソッ。

 

「ナルメア」

 

 俺は彼女の名前を呼び、両の頬をむにーっと摘んだ。

 

「あ、あにふるの?」

「いいから落ち着きなさい」

 

 むにむにとナルメアの柔らかい頬を弄ぶ。しばらくしてから手を離すとナルメアは摘まれた頬を両手で擦り少し涙目になって上目遣いに見つめてきた。

 

「うぅ……酷いよ、ダナンちゃん」

「煩い。全く、少しは落ち着いてな?」

「うん」

 

 とりあえずナルメアの暴走は止められたようで良かった。

 

「積もる話はまた後でな」

 

 宴の席で争うんじゃないよ全く。

 

「わかった。じゃあ後でゆっくり、お姉さんと二人で話そうね」

「……む」

 

 やけに“ゆっくり”とか“二人で”を強調していたせいでオーキスがむっとしていたが。

 

 そんなこともありつつなんとか宴はメインを終えていった。グランとジータは騎空団の再編や他のClassⅣの会得、グランサイファーでは人数を超過してしまうために新たな騎空挺が必要になったこともあり、しばらく今のファータ・グランデ空域に滞在するようだ。

 

 そして俺は、渋るオーキスを振り切ってナルメアと二人、会場の外で夜風に当たりながらこれまでのことを話していた。

 

 俺が彼女と別れてから今までなにをしてきたのか。

 ナルメアが俺と別れた後なにをしていたのか。

 

 全部を話していると夜が明けてしまうので、掻い摘んでざっくり語り合った。

 

「……ダナンちゃんは色々あって、強くなったんだね」

「色々ありすぎて力不足を実感することしかなかったよ」

 

 一筋縄ではいかない強敵ばかりと戦う日々だった。流石にこんなんをずっとってのは勘弁して欲しい。

 

「私は、あんまり変わってないかなぁ」

「そりゃ元々雑魚だった俺と、ナルメアの成長速度は違うだろ。なにより強敵との戦いっていうのはかなり大事だしな。鍛錬だけじゃ伸び悩むってのはあるかもな」

「…そっか」

 

 どうやらナルメアは未だに強さの自覚がないらしい。……あいつらちゃんと言葉かけたんだろうなぁ。人数多いからっておざなりにしたらただじゃおかんぞ。

 

「そうだ。なぁ、ナルメア」

「なぁに?」

 

 俺が呼ぶとこちらを向いて小首を傾げてくる。

 

「俺はナルメアに貰ってばかりだ。だから、俺にできることなら恩返しがしたい」

「貰ってばかりなんてそんなこと……」

「あるんだよ」

 

 俺はすぐ否定しようとするナルメアの言葉を強めに遮った。

 

「俺はナルメアに出会うまで優しさを知らなかった。貰った優しさがなけりゃ他人に優しくすることなんてなかったかもしれない」

 

 俺は躊躇なく人を殺せる人間だ。例え自分を慕っている少女であっても、必要とあらば手にかけることができる。ナルメアに出会わないまま俺があいつらと組んでいたら、オーキスに優しくすることなく人形として接したかもしれない。無論、その状態であそこに加われるかはまた別の話だが。

 

「俺はナルメアに出会うまで料理を知らなかった。食べた料理、教えてもらった料理がなけりゃ料理することすらなかっただろうな」

 

 俺は彼女と出会うまで食べられるモノならなんでも良かった。虫だろうが鼠だろうが口に入れて腹を満たせるモノなら、なんでも。料理を振る舞うことで得た成果は大きい。あいつらの胃袋を掴めたし、秩序のとこでも役立った。今日だってそうだ。料理を人に食べてもらうことの良さを知らなければ今とは全く違っていただろう。

 いつだってナルメアは、俺が美味しいと言えば凄く嬉しそうな顔をしていた。だから俺は料理を食べてもらうことの喜びを知ったんだ。

 

「俺はナルメアに出会うまで武術を知らなかった。それまでは独学。人に教わることで格段に成長できるんだって知った」

 

 俺は周囲の人間を信用していなかった。俺を裏切った商人は信じていなかったが俺が生活するのに必要だから関わっていただけだ。最後には裏切られたしな。だがナルメアは俺を見捨てはしなかった。ずっと傍にいてくれた。だから信用できたんだ。その結果戦う術を教えるという敵を増やすかもしれない行為を頼むことができた。『ジョブ』の都合上、独学で全てを極めるのは不可能だ。少なくとも短期間では。だから人に教わることが重要になる。

 その最初がなかったら、もっと出遅れていただろう。

 

「……俺はずっと、ナルメアに貰ったモノで生きている。ナルメアとあそこで出会っていなかったら、俺はこうしてここにいることもなかったんだよ」

「……そう、かな?」

「ああ。少なくとも俺はそう思ってる。というか実際問題ナルメアに拾われてなかったら空の底に落ちて死んでただろうしな」

 

 そもそもが命の恩人だ。いくら生き汚い俺でも空の底に落ちたら流石に助からないだろう。

 

「そっか。そうだったら、嬉しいな」

 

 少しだけ受け取り方は変わっただろうか。ナルメアも少しは前向きになってくれればいいんだが。

 

「……ダナンちゃんは変わったね。強さだけじゃなくて、心も」

「ま、色んなことがあったからな。けど当然変わった起点はナルメアだからな」

「うん、ありがと」

 

 とりあえずそんなことはないとは言わなくなった。俺の気持ちが伝わったから、だったらいいんだが。

 

「……うんとね、ダナンちゃん」

「うん?」

「今度はお姉さんの話、聞いてくれる?」

「もちろん。俺で良ければ」

 

 ナルメアが話す気になったようだ。基本はグランとジータ達に任せたいとはいえ、俺で力になれることなら力になってやりたい。

 

「私の遠い、遠い親戚にお侍さんがいるの。私は彼に憧れてた。私の家は道場をやってたから、そこに来た時幼い頃だけど一緒に暮らしてたこともあった。でも彼は強さだけを追い求めていた。……だから、弱い私には見向きもしなかった。私は彼に構って欲しくて、私のことを見て欲しくて、彼の真似をして刀を振った。毎日、毎日、ずっと……。でも結局彼は私に見向きもしないまま、旅立ってしまった」

 

 当時抱いていた焦燥感や寂寥感が伝わってくるほどの沈痛な声でナルメアはそう語った。

 

「でももっと強くなれば、いつかきっと彼から会いに来てくれる。そう思って鍛えて、鍛えて、魔法も覚えて……」

「そう、か」

 

 強さにしか興味を持たず弱者に見向きもしない。だから強くなれば見向きしてもらえる、ということでもあるのか。だが今もまだ、ってことは相当ヤバいヤツなんだろうな。

 

「それで、その……彼が今日この場所に来てるの」

「はぁ?」

 

 急展開だった。続いた言葉に思わず間の抜けた声を上げてしまう。……いやだって急すぎんだろ。

 

「……で、そいつってのは?」

 

 俺は聞かなければならないと思い、自分から尋ねた。

 

「――十天衆の刀使い、オクトー」

 

 ナルメアの口からその名前が紡がれて、俺は納得する。……そりゃ強いはずだと。

 

「元の名前はザンバ。けど強さだけを求めすぎて自分の名前すら忘れてるみたい」

「……そりゃ相当だな」

 

 よりにもよって十天衆か。刀使いの中では間違いなく全空のトップに挙げられる人物。黒騎士も確か、単純な剣だけで戦えれば一人でも自分といい勝負をするかもしれないと言っていたヤツだ。

 とはいえ力になると言ったばかりだ。折角この場にいることだしなんとかしてやりたい気持ちはある。……よし、やってみるか。

 

「わかった。とりあえず話してくるわ」

「え?」

 

 俺は頭で即興の筋書きを立てると立ち上がって戸惑うナルメアを置いて会場の中へと戻っていく。

 

「ち、ちょっとダナンちゃん? 私まだ心の準備が……」

 

 ナルメアには申し訳ないが多少強引にいくしかない。あと俺がやりたいようになるのは常からだ。

 というか、なによりナルメアをずっと苦しませてきた野郎を一発ぶん殴りたい。

 

「……」

 

 俺は会場に入って黒騎士達とは別の意味で近寄る者のいない一角へと向かう。その中でも最も大柄な白い長髪のドラフの後ろに近づいていく。

 

「おい。十天衆オクトー」

「?」

 

 白塗りした顔がこちらを向いた。俺はニヤリとは笑わず睨みつけるようにその顔を見据える。

 

「表へ出ろ。俺と死合え」

 

 簡潔に用件だけを告げた。するとがたっとシスが椅子を鳴らして立ち上がる。

 

「貴様、どういうつもりだ。俺と先約があるだろう」

「お前とはまた今度だ。悪いが私怨でな」

 

 シスには悪いが今はオクトーが優先だ。

 

「……うむ。そうか、シスが再戦しようとしていた者か」

 

 忘れてたのかよ。なるほど、これが強者にしか興味がないってヤツか。実際にやられるとイラつくな。

 

「あいわかった。死合おうか」

 

 オクトーは一つ頷いて立ち上がる。

 

「お、おい。十天衆の刀使いオクトーが戦うらしいぜ?」「マジかよ。こりゃ見なきゃな」「相手は誰だ? ああ、団長二人のライバルっぽいヤツだな」「まだ若いしオクトー一択じゃねぇか?」「刀神に敵うヤツなんていねぇだろ」

 

 なんか会場がざわついていたが、俺には関係のないことだ。

 

「黒騎士。ブルトガング貸してくれ」

「ああ。思う存分戦え。私の部下だろう、負けることは許さん」

 

 途中黒騎士からブルトガングを受け取ると同時にプレッシャーをかけられてしまった。元より負けるつもりなんてない。

 

 俺はオクトーと共に会場の外へ出て広い路地で対峙する。

 

「……だ、ダナンちゃん!? なんでザンバと戦うことになってるの!?」

 

 ナルメアがコソコソしながら声をかけてくるが、今は後だ。俺は戦いの準備をするために革袋から武器を地面に突き立てるか置いていく。オーキスから借りっ放しのパラゾニウムもある。

 

「戦いの前に一つ聞いていいか?」

「如何な用か」

「……ナルメアって名前に聞き覚えは?」

「? ないが」

 

 惚けているわけでもなく本当に知らないだけの様子にナルメアが後ろで唇を噛んでいるだろうことが想像できた。名前を覚える必要すらないってことらしい。

 

「なら俺から言えることはただ一つだ。……一発ぶん殴らせろ!」

「やれるものならやってみるがいい」

 

 言ってから、試合の形式上名乗りを上げる。

 

「剣豪ナルメアの一番弟子、ダナン! 参る!」

「十天衆オクトー、参る」

 

 俺の名乗りを聞いてナルメアが戸惑いの声を上げていた。

 

 大勢の野次馬がいる中、俺は十天衆オクトーに挑む。

 小手調べなんて必要ない。相手が強いことはわかり切っている。なら俺は最初から全力で挑むだけ。

 

 俺は銃を拾って早撃ちする。もう片方の手でパラゾニウムを取った。しかし銃弾はオクトーの抜いた刀によって両断される。斬られた弾丸は後ろに跳んでいったが障壁が防いでいた。続け様に引き鉄を引くが全て斬られてしまう。流石に容易くはないか。銃はその辺に置いておく。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 俺の十八番になりつつある行動。【アサシン】になって気配を消しショートワープする。行き先は当然オクトーの背後だ。がら空きの背中に短剣を突き立てようとしたが素早く振り向いた刀に防がれてしまう。何度か斬りつけてみるが容易に防がれて結局身体をこちらに向かれてしまった。再度バニッシュを使って武器を置いておいた場所へ移動。今度は【ベルセルク】になってブルトガングを手に取った。

 荒々しい剣でオクトーへと斬りかかる。流石に【ベルセルク】なら俺の方が押せたがヤツは二刀流に加えて髪でも刀を握っている。一本に対処している間にもう片方の刀で斬り捨てられる。仕方なく両手で柄を握ってオクトーの三刀を一本ずつ弾いていく。

 

 ……なんだ。十天衆ってのは遠いもんだと思ってたがそこまでじゃねぇな。アーカーシャほどじゃねぇ。

 

 強敵との連戦ばかりで俺の感覚も狂っているらしい。十天衆が手の届く存在に見えてきた。

 しかし剣術という点では俺の遥か上をいく。【ベルセルク】なら膂力が高いからなんとか渡り合えてはいるが。

 

 俺は一旦剣を引いて下がり【ベルセルク】を解く。そして右手でイクサバを掴みブルトガングを地面に突き立てる。

 

「【侍】」

 

 俺は次の『ジョブ』へ移行する。集中して奥義を準備するとオクトーもそれを感じ取ったらしく力を高め始めた。

 

「無双閃!」

「捨狂神武器!」

 

 俺の火焔の一太刀とオクトーが遠心力を加算させた髪で握った刀での一太刀が激突する。かなり重い一撃だ。だがなんとか相殺し切った。

 

「もういっちょ、無双閃!」

「うむ、捨狂神武器!」

 

 再度、同じ奥義をぶつけ合う――だが結果はわかり切っていた。イクサバの奥義効果によって超強化が施された一撃が、同じ威力の奥義で相殺できるはずもない。オクトーの奥義を打ち破り火焔の斬撃を直撃させた。

 吹き飛ばされるオクトーの巨体と、勝利は間違いないと思われていたオクトーが吹っ飛ばされたことが巻き起こるどよめき。

 

 これで倒されてくれれば、なんて思うわけがない。

 

「……ははははっ!」

 

 高笑いが聞こえてむくりと起き上がったオクトーが笑顔で刀を構えた。ダメージはあるが苦にはならない程度のようだ。咄嗟に後ろに跳んで衝撃を軽減してやがったしな。

 

「面白い! まだまだ、存分に死合おうぞ!」

「上等!」

 

 こうして俺とオクトーの戦いは更に激化していく。

 その結果。

 

「「……はぁ……はぁ……はぁ……っ」」

 

 二人共全力を出し切り疲労困憊の状態でぶっ倒れていた。……クソッ。流石に全力でぶつかっても十天衆には敵わねぇか。もうちょっとClassⅣを解放してれば勝てたかもしれねぇが。

 

「ダナンと言うたか。なかなか、見所のある者よな」

「ったり前だろ。俺はナルメアの弟子だぞ」

「なるほど。ではナルメアという者も相当強いのであろうな」

「当然だ。俺より強い」

 

 俺の言葉に「えっ? ちょっとダナンちゃん?」とナルメアが慌てていた。

 とそこでやはり全く覚えていない様子のオクトーに、今一度尋ねてみることにした。上体を起こして胡座を掻く。

 

「なぁ、オクトー。ホントにナルメアのこと覚えてねぇのか?」

「……うむ。聞き覚えがない」

「ふぅん。昔、親戚の道場に行ったことがあるだろ? そこにいた、紫髪の子供だよ」

「…………」

 

 身を起こして考え込む様子を見せるオクトー。そして、

 

「ああ、道場にいた童か」

 

 たった今思い出したようにそう言った。

 

「……今の今まで忘れたのかよ!」

「うむ。思い起こす必要もなきこと故」

「煩いもう一回殴らせろお前」

「ふむ……つまりその童がナルメアという名前だったわけか」

「知らなかったのかよお前ホントマジふざけんなよこら」

 

 なんだか疲れてきた。だがとりあえず【ビショップ】のヒールオールで俺とオクトーを癒しておく。

 

「……だそうだぞ、ナルメア」

「えっ? えぇっ?」

 

 振り返ると突然のことに慌てふためくナルメアがいた。

 

「その者がナルメアか。……ふむ。確かに見覚えがあるような……」

「……おいこのお惚け爺ホントに大丈夫なんだろうな」

 

 顎に手を当てるオクトーに呆れて他の十天衆に目を向けた。

 

「ふむ。確かにオクトーは忘れっぽいところがあるね」

「じっちゃはいっつもそうなんだよー」

「ははは、オクトーらしいっちゃらしいよね」

 

 ウーノ、フュンフ、シエテに肯定されてしまう。……まぁいいや。とりあえずオクトーとのことは一旦置いておこう。

 

「ってことで、ナルメア」

「な、なに?」

 

 俺はナルメアを真っ直ぐに見つめる。

 

「ちょっとオクトーと戦ってみようか」

「えぇ!? ……む、無理だよ。だって私弱いし……」

 

 すぐにネガティブになるナルメアの頬を摘まむ。

 

「いいかよく聞け。ナルメアは強い。今の俺よりも、だ。実力ならオクトーに劣ると、少なくとも俺は思わなかった」

「……」

 

 手を離し顔を近づけてしっかりナルメアに届くように告げる。

 

「けどナルメアは心が弱い。そうやって自分の強さを認めない限り、本当に強くはなれねぇよ」

「で、でも……」

「でももなにもない。ナルメアがもっと強くなるためにはきっと、自分を信じてやらないとダメだ。俺も少し旅して、なんとなくそれがわかった。とはいえすぐにはできないのもわかる」

「……」

「だからちょっとあいつと戦おうぜ、って」

「だからってなんでいきなりそこに……」

「自信なんて急につくもんじゃねぇが、ナルメアはあいつを追いかけてこれまで頑張ってきたんだろ? だったら今あいつと手合わせすれば、自分の今までの頑張りを少しは認められるんじゃねぇか?」

「自分の今までの頑張りを……」

 

 頭を撫でて言い聞かせる。これで少しはマシになるといいんだけどな。

 

「なにも考えず全力をぶつければいいだけだ。もし刀を交えて自分が頑張れたとわかったなら、そん時は認めてやれ。自分自身をな」

「……う、うん。わかった、やってみるね」

 

 ナルメアがなんとか頷いてくれた。

 

「オクトーもいいよな? ド忘れ爺とはいえ人生の先輩なんだ。後輩の迷路を脱する手助けぐらいはしてやれよ」

「あいわかった。迷い子の相手をするのもまた、一興よ」

 

 そう言って刀を構えナルメアを待つオクトー。その様子にナルメアが緊張しかけていた。

 

「ナルメア。相手の雰囲気に呑まれない合言葉を授けてやろう」

「そんなのあるの?」

「ああ。合言葉は“私は強い”だ」

「え?」

「嘘も口に出せばホントになるってな。まぁやってみろ。……俺はナルメアの強さを知ってる。勝てるって信じてる。だから負けるな」

「……うん」

 

 「私は強い」と何度か唱えて瞳を閉じ、目を開けて武器を構える。その瞳には雑念がなかった。

 

「ナルメア。参る!」

「十天衆オクトー。参る!」

 

 そうして二人の壮絶な戦いが始まった。ナルメアは俺のバニッシュと同じことを詠唱なしのほぼノータイムで行うことができる。バニッシュは連続使用ができないという短所があるが、ナルメアにはそれがない。

 こうして見ていても、ナルメアが劣っているということはなさそうだ。全力全開のナルメアは初めて見たが、やはり強い。オクトーにも充分通用している。

 

 二人の戦いを見守っていると、

 

「いい戦いだね。あんなに楽しそうなオクトーは久し振りに見たよ。あ、そうだ。団長ちゃん、俺達も手合わせしない?」

「えっ? シエテさんとですか?」

「もっちろん。だってグランちゃん、天星器使いこなせるようになったでしょ?」

「っ!」

「あともし俺に勝てたら団長ちゃん達の騎空団に入ってもいいよ? 兼任になっちゃうけどねぇ」

「ほ、ホントですか? わかりました、やりましょう!」

 

 マジかよ。俺がオクトーに勝てそうだったってことは、あいつなら勝つ可能性あるぞ? もしそうなったらあいつらの騎空団に十天衆が……俺も強い連中仲間に加えないとダメか?

 ジータのところへはカトルが向かっていた。入団するかはわからないが最強の短剣使いとして戦いたいそうだ。

 

 そんなこともありつつ、宴は終わっていく。

 因みにナルメアはようやく自分の強さを自覚し始めて、オクトーとぎこちなくはあったが話すことに成功していた。できれば、このまま前向きになってくれることを願いたいモノだな。

 

 そうして夜は更け、宴が解散すると準備をする必要のある“蒼穹”はそれぞれ行動を開始した。俺達も一旦は各々金を稼いだりやるべきことをやったりするため解散にした。それぞれの考えで動くだろう。とはいえしばらくは残るつもりみたいだったが。

 ただまぁ、オーキスからは旅に出る前にメフォラシュへ寄るよう釘を刺されてしまったが。



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邪悪との邂逅

オリキャラ内では最強と思われる(尚主人公は伸び代を考えて外す)、ヤツの登場です。

また途中でぽっと出てきたザンツのおっちゃんの伏線が入ります。彼はオリキャラかつ既存キャラとの関係もあるので、立場的にこの作品初の試みかもしれません。

オリキャラの話ばかりですが強いて言うなら、そうですね。
ドランク回です。

あとあんまり描写はしてませんが、グロ注意。


 アウギュステで行われた“蒼穹”の騎空団が主催した宴。

 

 その喧騒からは少し離れた位置に停泊している小型騎空挺の上に、一人の男が寝転んでいた。

 

 緑髪のオールバックにゴーグルを装着した五十代くらいの男性、ザンツである。

 彼は晴れた夜空を眺めていた。

 

「御用達の黒騎士様が、あいつの娘だったとはな」

 

 苦笑して呟いた声を聞いた者はいない。

 ザンツは右腕を顔の上に掲げると嵌めている革手袋を外した。そこには人の手ではなく、金属で出来た手がある。

 

「……そろそろ俺も、前を向けってことですかね。()()()()()()()()

 

 かつて『伊達と酔狂の騎空団』を率いた偉大な男の名を呟いたザンツは、手袋を嵌め直すと確かな決意を瞳に宿して夜空を見上げた。

 

 彼の伝説の騎空団を()()()()()()()()男は、自らの咎と向き合うべく静かに心を決めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 時と場所は変わり。

 

 宴が終わった翌日に色々な人物と話したり必要なことを行ったりが終わった頃。

 

「……はっ」

 

 ドランクと街を歩いていたダナンはある一点を見つめて凶悪な笑みを浮かべた。隣でそれに気づいたドランクが寒気を覚えるほどの笑みだ。

 

「ダナン? どうかしたの〜? すっごい怖い顔してるよ?」

「……ああ、ちょっとな。ついてこい、ドランク。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なにそれ怖いんだけど」

 

 ダナンの奇妙な忠告に首を傾げるが、今の彼にはドランクの言葉がちゃんと届いていないようだった。今までに見たことのない様子を怪訝に思いつつも、ちゃんと説明してくれないのでついていくしかない。

 

 迷う様子もなくズンズンと突き進んでいくダナンの視線の先になにがあるのかはよくわからない。それでもついていくとやがて人気のない岩場に辿り着いた。そして進む先に人影を見つけると、ドランクの足が止まりかける。ダナンは担いでいた革袋を彼に押しつけると、短剣を取り出した。

 パラゾニウムは昨夜のナルメアの件で不貞腐れたオーキスによって取り上げられている。

 

 ……あれって確か。

 

 ドランクは岩場に一人佇む男の姿を記憶から探り出す。

 ヒューマンにしては高身長な百八十五センチほどの鍛え抜かれた身体を簡素な七分袖の白いシャツと黒いズボンで包んでいる。

 そしてなにより、()()()()

 

 ダナンに関わりがあってその特徴を有する男と言えば一人しか心当たりがなかった。

 

「【アサシン】。バニッシュ」

 

 お決まりとなったアビリティで男の背後へ移動するダナン。

 

「……一度しか呼ばねぇからよく聞けよ。泣いて死ね、この()()()()!!」

 

 そう告げると本気で殺しにかかるべく短剣の刃を首筋へ突き立てる。しかし柔いはずの首を刺したにも関わらず短剣が半ばからへし折れた。

 驚くダナンを男が振り向く。赤い眼光が鋭く彼を捉えた。

 

 そして目に追えないほどの速度でダナンの首を掴み取るとそのまま地面へ叩きつける。地面が陥没してダナンの喉が潰れて呆気なく死亡した。

 

「『ジョブ』の力に躊躇なく俺を殺そうとする人間性。さてはお前、俺の息子だな?」

 

 わかっていなかったわけではないようだ。しかし息子とわかってあっさりその手で叩き潰したのは異常としか思えない。

 しかし息子を殺してニヤリと笑うその顔は、残念なことにと言うべきかダナンそっくりだった。

 それらを傍観していたドランクは呆気なく、羽虫のように叩き潰され死んだ友人に頭が追いついていなかった。いや、彼にしては珍しく思考を停止させてしまったと言うべきか。

 

「おっ? 死んじまったか。しょうがねぇ、生き返らせるか」

 

 そう呟くと男はリヴァイヴを唱えてダナンを蘇生させる。

 

「……がはっ、ごほっ……!」

 

 生き返って咳き込むダナンの首を握り潰さないようにして掴み持ち上げる。

 

「ったく。弱ぇなぁ。俺の息子ならもっと強ぇだろ。俺がお前くらいの歳の頃はもうちっとマシだったぜ。やっぱ母親の違いかね。特別なヤツじゃねぇと完全には複製できねぇってわけか」

 

 潰さないよう加減しているとはいえ首を掴んで持ち上げられているダナンはなんとか手を外そうと足掻いているが、そんな足掻きなど見えていないかのように一人ごちている。

 

「しっかしこうして見ると俺そっくりだな。いくら血の繋がった子供とはいえここまで似るかよ。気持ち悪ぃな。何十人かいた子供の中で唯一の成功例だから『ジョブ』持ってるんだろうが。俺の生き写しみたいだよなぁ。ま、中身があいつみたいになっちまわなくて良かったぜ。真っ先に親父を殺しに来るなんて、流石は俺の息子だ。嬉しいぜ」

 

 にかっと男が笑って、ついうっかりぐしゃりと首を握り潰してしまう。足掻いていたダナンの腕が力なく下がった。

 

「ヤベ、力入れすぎちまったか」

 

 手を離して放り出してからリヴァイヴで蘇生させる。いくら蘇生させられるとはいえ息子を殺すことになんの感情も抱いていないようだった。

 

「弱すぎて見ちゃいられねぇが、お前は間違いなく俺の息子だ。親子だったらやっぱ再会を喜ぶモノらしいし、俺もなんだかんだ言って喜んでるんだぜ。なにせ俺の生き写しみたいなお前が俺を殺しに来てくれたんだからな」

 

 男はダナンの胸部を踏みつけめきめきと胸骨を軋ませる。ダナンが苦しげに悲鳴を上げてもやめるどころか笑みを深めるばかりだった。

 

「さぁて、再会を祝そうぜ。――精々壊れんじゃねぇぞ?」

 

 まるで子供のように爛々と目を輝かせて、足を踏み抜いた――死ぬ。

 すぐ蘇生させると次は掴んで軽く上に放り投げ、一瞬の内に十の拳を放って身体を抉り飛ばす――死ぬ。

 蘇生させてから手刀で頭から真っ二つにする――死ぬ。

 蘇生させ両足を掴むと左右に引っ張って身体を裂く――死ぬ。

 

「ははははっ! 楽しいなぁ、おい! 息子よ! 父親との感動の再会は嬉しいだろ!?」

 

 人の命なんて俺の前では軽いのだと言わんばかりにダナンを殺しては生き返らせる男は、心から楽しそうに大量に噴き出すダナンの血を浴びていく。

 

「……っ」

 

 そんな友人の惨状を目の前で見せられたドランクは、青白い顔で吐き気を堪えることしかできなかった。いくらドランクが色々と経験している身であっても、仲のいい友人だとは思っているダナンの死に様をこう何度も見せられては平然としていられるわけもない。なにより嬉々としてその惨状を生み出しているあの男の存在に嫌悪感を抱いていた。

 無論助けたい気持ちはある。だが昨夜十天衆最強として挙げられることも多いオクトーと互角の勝負をしてみせたダナンをああも一方的に惨殺し続ける男にドランクが勝てるかと言われれば不可能だと断言できる。彼も傭兵の中では強者に数えられるが、目の前の相手にはきっとダナンと同じように一瞬で殺されてしまうだろう。

 

「……おい。黙ってねぇでなんとか言えよ。それとももう壊れちまったか? なぁ、おい。親父と再会できて嬉しいだろ?」

 

 反応がなくなったダナンの胸倉を掴みむしろ爽やかとも言える笑顔で問いかけた。ダナンは大量の自分の血に塗れていたが、傷一つない状態ではあるはずだ。

 

 精神が壊れていてもおかしくなかったが、ダナンは弱々しくはあったが口端を吊り上げて笑った。そしてぷっと血を吐きかける。既に血塗れのため男の顔が初めて汚れたわけではなかったのだが。くん、と反射的に出てしまったかのように男の膝がダナンの股間へと叩き込まれた。

 

「ッ――」

 

 堪らず悶絶し、しかし悲鳴を上げることさえ許されない。

 

「おっとしまった。息子のムスコ潰しちまった。なんちって」

 

 悪戯っぽく舌を出すが悪魔にしか見えない。

 

「ただしまったなぁ。俺すぐ死なせちまうから蘇生は頑張ったんだが、回復は苦手なんだよなぁ。だがそのままってわけにもいかねぇし……よし、殺すか」

 

 手刀でバツを描くようにダナンを切り裂いて蘇生させる。それからまた、惨殺エンドレスが始まった。

 

 殴殺斬殺銃殺圧殺刺殺焼殺爆殺撲殺。

 

 頭を殴りつけて潰す。手刀で八つ裂きにする。指で弾いた空気の球で撃ち抜く。魔法で重力を加算して圧し潰す。手刀で胸の中央を貫く。魔法で全身を焼却する。手を腹部に突っ込んで爆弾を入れ内側から爆破する。原型を留めなくなるまで地面や岩に叩きつけ続ける。

 

 呆気なく命を散らされ、なんの感動もなく蘇生される。

 瞬く間に何度も何度も繰り返される死と蘇生。

 

 人気のない岩場に響くのは男の高笑いとダナンが死ぬ時の音だけ。

 

 やがて岩場が真っ赤に染まった頃。ようやく男は手を止めるとダナンを血溜まりに投げ捨てた。仰向けに転がったダナンは身動き一つしない。

 岩場を見た者がいたとして、この血の全てがダナン一人から流れたモノであると信じられる者はいないだろう。

 

 男が殺すのをやめる理由はない。おそらくはただ、()()()だけだろう。

 

「さて、じゃあもう行くか。……いや、ちょっと待てよ? こういう時父親なら、背中を追っかけてくれる子供になんかこう、導きの言葉ってヤツを残してくもんだよな? じゃあなにがいいかな」

 

 岩場の惨状を作り出した本人はそんなことを気にもしていない様子で顎に手を当てて考え込んでいる。それがまた異常さを際立てる。

 

「あ、そうだ。お前確か『ジョブ』使ってたよな? もし俺が『ジョブ』使ってないからこの何倍も強ぇのかよ! って思ったら違うぜ。最終的には『ジョブ』なんて必要なくなるんだ。『ジョブ』を超えた先に、俺達の強さがある」

 

 うん、それっぽいな。と一人満足した様子でうんうんと頷いた。

 

「俺はこれからあいつがいるっていう星の島イスタルシアに向かう。最近見ねぇと思ったらあんなとこいやがんだから、しょうがねぇヤツだよな。お前もあいつの子供と関わりがあんだろ? まぁ、ねぇわけねぇよな。あいつがイスタルシアにいるんだったら、俺もそこに行く。あいつがどういうつもりなのかは知らねぇが関係ねぇ。――俺達は、そういうモンだ」

 

 具体的な名前が出てこないせいであやふやだったが、男が言っているのはグランとジータの父親であることは察することができた。

 

「じゃあな、我が息子。精々俺が面白くなるように頑張ってくれよ」

 

 そう言って男はひらひらと手を振り立ち去っていく。血溜まりを抜けてから魔法かなにかで一瞬にして汚れを除去し、そのまま見えなくなった。

 

「……はぁ」

 

 ドランクは完全に見えなくなり気配がなくなってから嘆息する。自分の手を見下ろすと微かに震えていた。これを武者震いだなどと強がる余裕もない。加えて手を見るだけでわかるほど血の気が引いていた。なんとか深呼吸をして心を落ち着けると意を決して倒れたままのダナンへと近づいていく。濃密な血の匂いが鼻腔を突き、ぴちゃりぴちゃりと一歩踏み出す毎に音が鳴る。

 

「……ダナン?」

 

 あれだけのことがあって、傍から見ていたドランクでさえ気分の悪くなる所業を受けて、精神が無事でいるかを確認しなければならない。

 

「……ドランク、か。俺は、生きてるのか?」

 

 若干声が掠れているが意識ははっきりしているようだ。

 

「うん。まぁ、生きてるって言える状態ではあると思うよ」

「……そうか」

 

 見下ろしたダナンの瞳から光が消えていないことを確認。無事とは言えずとも意識も問題なさそうなことにほっとすればいいのか、それともあれを受けて心が壊れていないことを異常と見るべきか。

 

「洗おうか?」

「ああ。頼んだ」

 

 なにをどう話せばいいかわからなかったが、今の状態では気分を変えることもできない。ドランクは魔法で辺り一帯とダナンについた血を洗い流した。

 

「悪い」

 

 ダナンはそう言ってびしょびしょのまま起き上がった。そのまま立ち上がったので身体に異常はなさそうかなと思っていたドランクは、

 

「――あいつは殺すか」

 

 ぞっとするほど感情のない顔と瞳をしたのに気づいて身体を硬直させる。しかしそれが見間違いだったとでも言うかのように瞬き一つで元に戻ると振り返ってきた。

 

「あ?」

 

 普段と変わらない声音で怪訝そうな声を上げたダナンは、少し笑った。

 

「なんだよ。お前の方が死人みたいな顔してるぞ?」

 

 いつもの軽口のような言葉に、ドランクは眉を寄せて困った顔をするしかない。

 

「……当然でしょ~。僕だって、いくらなんでもアレはキツいんだよ」

「そりゃ悪かった。だがまぁ、あいつが俺の四肢捥いで放置しないとも限らなかったから、念のため回復もできて俺になにがあっても手出ししないでくれるヤツに同行して欲しかったんだ。お前なら、そうしてくれると思ってたぜ」

 

 喜んでもいいのか微妙な信頼を向けられたドランクは苦笑する。

 

「で、アレがホントにダナンの父親だって?」

「ああ、間違いねぇ。俺の記憶とも変わらないし、『ジョブ』見せた時のあの反応もある。……流石にあんまあいつを親父だとは思いたくないんだけどなぁ」

「いいんじゃないの、それで。情なんて欠片もなさそうだしねぇ」

「あんな対面じゃ感動するわけもねぇだろうに。ってかホントにヤバいヤツだったな。方々で聞いた通りのヤツだった」

「僕は想像以上だったけどね~。……で、大丈夫なの?」

「大丈夫、って答えられるほど俺は強靭じゃねぇよ。まぁだが、問題はねぇな」

「そっか」

 

 会話をしつつ本当に普段と変わらない様子だと理解する。彼自身が言っている通り、問題はないのだろう。

 

「あ、わかってると思うがこのことあいつらには言うなよ?」

「わかってるよぉ。言う気もないし言ってもどうしようもない、よね。あ、スツルム殿にはちょっとだけ話してもいい? 流石に僕一人で抱えるのは難しいと思うんだよね~」

「それで他のヤツにも伝わるようなことがなけりゃな。つってももう話せるようなヤツはいねぇか」

「そういうこと~。場合によってはダナンが父親と会ったってくらいは伝わるかもしれないけどねぇ」

「状況が状況なら、な。あいつが酷いってことは知ってるだろうし、あんま心配させるのもあれだろ」

「そうだね。僕も、あんまり伝えようとは思わないかな~」

 

 二人で会話しながら、アウギュステの街まで戻っていく。二人で会話の調子を思い出すように、普段通りに振る舞えるように。

 

「……強くならねぇとな。俺が旅をする限り、あいつとの縁は切れねぇ」

「……そうだねぇ。空の果ては思ったより遠いかな?」

「そんなもんだろ。まぁしばらくは考えなくてもいいかもしれねぇが、お前も注意だけはしといてくれ。後は好きにやればいい」

「そうだね。殺すために旅を、じゃ逆に喜ばせちゃうんじゃないかなぁ」

「だろうな。……ドランク」

「なぁに?」

 

 ようやく普段の調子が戻ってきた二人。ダナンは少し真剣な声音で名前を呼んだ。

 

「お前がいてくれて良かった。あいつらに無駄な心配をかけずに済みそうだ」

「……」

 

 思わぬ言葉にドランクは目を瞬かせてきょとんとし、やがて笑う。

 

「いつになく素直だねぇ。もしかしてナルメアちゃんに会った影響かな〜」

「……煩ぇよ」

 

 文句を言いつつも取り消しはしなかった。それが全てだろう。

 こうして二人は秘密を抱えて肩を並べて歩き、今は平穏を演じるのだった。



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次から次へと

遂にやってきたリーシャ回。

途中でシリアス挟んですみませんでした。


 秩序の騎空団第四騎空挺団船団長を任されるリーシャは宿泊施設に取った部屋のベッドで寝転んでいた。忙しなくゴロゴロしているがなにをするわけでもないようだ。

 

 そう、今は彼女は思い悩んでいた。

 

「……はぁ〜っ」

 

 思い出したかのように時折漏れる盛大なため息を聞く者はいない。うじうじしていても仕方がないのだ。しかし行動を起こすとは言ってもどうすればいいのかわからない。

 

 彼女が悩んでいることは、一言で言ってしまえば進路のことである。

 そう。彼女は今、人生の岐路に立たされていると言ってもいい。

 

 すなわち“蒼穹”の騎空団に入団するか否か。

 秩序の騎空団に戻るか否か。

 

 今後の活動を左右する分岐路に立つ彼女は、一旦答えを保留にして思い悩んでいたのだった。

 本音を言えば、別の騎空団に所属するのも悪くないと思っている。彼らと旅するのは普段の執務とは違っていたが楽しいモノだと思っている。

 

 しかし、しかしだ。

 

「……私って仲間じゃないんでしょうか」

 

 悩んでいるのはそこだ。彼らはきっと入団すると言えば喜んで迎え入れてくれるだろう。兼任もいいそうなので秩序の騎空挺を脱退する必要もない。

 ならなにを悩んでいるのか。

 

 それは昨日の宴で、グランとジータ達、そしてダナン達がいい感じに話していたことが原因だった。

 あの時、アガスティアでタワーの最上階で戦った者達がどちらかの立場について対峙していた。その時リーシャはモニカ達秩序の団員達とテーブルを囲んでいたのだが、あれを見て物凄い疎外感を覚えたのだ。

 

 もしかして私、秩序の騎空団からの助っ人としか見られてないのでは? 最終決戦まで一緒に戦ってたのに?

 

 という不安が募っているのだ。無論秩序の騎空団であることを忘れているわけではない。しかしアーカーシャと戦う時も黒騎士と戦う時も一緒だったのに、自分がいなくてもなんかまとまっていたのだ。それは悩みもする。

 

「……はぁ~っ」

 

 何度目かわからないため息を零した。

 

 因みに頼れるモニカ先輩率いる秩序の団員達はリーシャが「私だけ仲間外れなんて!」と自棄酒して二日酔いに悩まされている間にアマルティア島へと戻ってしまった。朝一応挨拶に来たが、

 

「リーシャよ。存分に悩むといい。ヴァルフリート団長も元々は空を旅していた身だ。その娘が別の騎空団に入って旅立ちたいと言えば断る理由もないだろう。流石にその場合は役職を変えることにはなるだろうが、心配はいらない。自分の心に従っても罰は当たらないぞ」

 

 といい顔で告げて去っていってしまった。

 とはいえじっとしていられる性分ではないが行く宛もないのでこうして二日酔いが治ってもゴロゴロしているわけである。

 

「……じっとしていてもダメですよね。気晴らしにどこかへ出かけて、頭をすっきりさせましょう。折角の休暇でもありますし」

 

 うん、と一人頷いて気持ちを切り替えると、ベッドから起き上がり鏡の前に立つ。ゴロゴロしていて乱れた服装や髪を整えいざ、と扉を開けたら今にも扉をノックしそうな体勢のダナンが立っていた。

 

「……えっ?」

 

 予想外の遭遇に扉を開けた体勢で硬直してしまう。

 

「おっ。よう、リーシャ。午前中モニカに会ってな。リーシャが悩んでるみたいだから気晴らしに外へ連れ出してやってくれって頼まれたんだよ」

 

 丁度良かったとばかりに朗らかに笑うダナン。その言葉にリーシャはサムズアップをするモニカの姿を幻視した。

 

 ……なんて余計なことをーっ!!

 

 とリーシャが心の中で叫んだのも無理はない。

 

「その様子だとこれから出かけるみたいだな。なら別に俺が連れ出す必要もねぇ、か。じゃあ帰るわ」

「えぇ?」

 

 しかしダナンは一緒に出かけようぜ、ではなくリーシャが自分から出かけるなら帰ると口にした。なんのために来たんだと思わなくもないが、リーシャは踵を返すダナンの袖を反射的に掴んでしまった。

 はっとして離すももう遅い。ダナンが怪訝そうに振り返っている。

 

「……えっと、その……折角ですから一緒に行きませんか?」

 

 少し恥ずかしそうに頬を染めて俯きがちになり、必然的な上目遣いでそう告げる自身の破壊力を、彼女は自覚していない。

 

「なら行くか」

 

 ダナンは困ったような笑みを浮かべた後にそう言った。

 

 そうして二人は並んで街へと繰り出す。最初こそ「これってもしかしてデートなのでは?」と緊張していたリーシャだったが、しばらく話している内にそんな彼女をからかわなかったダナンとの普通のやり取りによって緊張が解けていった。

 

「あ、美味しいですね。この魚の塩焼き」

「ああ。塩焼きってのはシンプルで塩加減さえ間違えなければ誰でもできる料理だが、新鮮さを損なわない内に焼き上げるってのと塩加減の絶妙さ、後は如何にいい魚を入荷できるかで良し悪しが決まる。なかなかレベル高いぞ、ここは」

「そんな細かいことを考えながら魚食べる人の方が珍しいと思いますよ?」

「そうか? ローアインとかエルメラウラとかバウタオーダとかハリソンならそこら辺考えると思うぞ」

「それって宴の時に料理してた人達ってことじゃないですか。というかよくハリソンさんと顔を合わせられましたね。あなたがなりすました団員ですよね?」

「まぁな。料理では負けない、とか言ってやがったが最終的には負け認めたぞ。最後まで次こそは勝つとか捨てゼリフを吐いてたけどな」

「全く、あなたという人は。あんまり人を弄んじゃダメですよ? いつか痛い目を見ることになりますから」

「へいへい」

 

 からかい抜きで普通に会話していると傍目からは並んで歩いていることもあってカップルのように見えるのだが、幸いなことに(?)リーシャはそれに気づいていないようだった。

 少し離れた物陰から覗き込んでいるぬいぐるみを抱えた少女、ノースリーブシャツの女性、赤髪の女性ドラフ、青髪の青年エルーンがいることには気づいていない様子だ。特に少女なんかは眉を寄せて仲良く歩く二人の様子を眺めていたのだが。

 

「……でも、ダナンが作った料理の方が美味しいですよね」

 

 魚の塩焼きを食べ終えたリーシャがぽつりとそんなことを呟いた。どうやらダナンに胃袋を掴まれている一人であるリーシャにとって、ただの塩焼きでは物足りなかったらしい。

 そんな言葉にダナンはニヤリと笑った。からかい開始の合図である。

 

「へぇ? リーシャ船団長は俺の料理が恋しかったわけかぁ」

「べ、別にそういう意味では……。まぁあのデザートに出た果物のヤツは凄く美味しかったですが」

 

 また始まってしまったと僅かに顔を強張らせるリーシャだったが、口にした言葉に虚を突かれたのはダナンの方だった。

 

「……お前、俺の料理との違いがわかったのか?」

「えっ?」

「いくら食べたことあるっつっても他のヤツだって上手かったしそう食べ分けられるもんでもないだろ」

「そ、そうですか? あなたの料理が一番美味しかったですよ?」

 

 こてんと小首を傾げて言ってくるリーシャに、ダナンは見惚れる前に呆れた。

 

「……お前な。それ口説いてんのか?」

「えっ!?」

「……また無自覚かよ。前に忠告しただろうが。男を勘違いさせやすいんだから気をつけろって。この天然無自覚量産型リーシャめ」

「なんですかそれ!」

 

 天然故無自覚にファンを量産するリーシャ、の意である。

 

「まぁいいや。とりあえず覚えとけ。俺達五人はほぼ腕前が一緒だった。だがお前は俺の料理が一番だと言った。拮抗した腕前のヤツらがいる中で一番だと言われたら嬉しい。そして誰かの中から選ぶっていう行為は特別さを感じさせる。特別っぽいと思わせるような言葉ってことは?」

「口説いている?」

「そう、よくできました」

「……で、でも私はそんなつもりじゃ……」

「言った本人にその気がなくても、言葉ってのは受け取り側で変わるもんなんだよ。天然無自覚系ファン量産式勘違い誘発型リーシャめ」

「なんか増えてません?」

 

 軽口を叩きながらもリーシャを見るダナンの目は仕方ないヤツだと言わんばかりの優しい眼差しである。その目に見覚えがあって記憶を辿ると、いつだったかオーキスの話をした時と同じだと気づく。それはつまりダナンがリーシャに抱いている感情がオーキスに近いモノであるという証であり、と考えて先日の二人のキスがフラッシュバックして顔を赤くする。

 完全に勝手に自爆した形である。というかあれダナンからじゃないだろというツッコミをする者もいない。

 

「……なに一人で赤面してんだ? 無自覚天然、はしたない顔に加えて妄想癖でも追加する気か? 盛り込みすぎだぞ」

「変なこと言わないでください! というより全部ダナンのせいなんです!」

「俺のせいにすんなよ。いくらなんでもお前の心の中までは読めねぇぞ?」

「うぅ……」

 

 八つ当たりの自覚はあったのかあっさりと引き下がる辺りリーシャも真面目である。

 

「……ったく。ほら、さっさと行くぞ。次はアウギュステにしかない水族館ってとこ行こうぜ。海の中でしか見られない海洋生物が飼育されてんだと」

「あ……」

 

 焦れたダナンが頭を掻き、リーシャの手を取って歩き出した。手を握られる感触に思わず頬を染めるが、抵抗はせずそのまま彼についていった。

 物陰から見ていた人形の少女が不機嫌オーラを出していたのは言うまでもない。

 

 水族館に着いた二人は、初めて見る水族館の様相に浮かれて手を繋いだままということも忘れ楽しく談笑しながら回るのだった。

 途中ダナンがあの魚はどう料理すると美味しいだのと言ったり、リーシャが身体が半透明で妖精のような姿をした生物を可愛いと称した直後捕食の時に頭が開いて軽くトラウマになったりした。

 

 そうして水族館で楽しい時間を過ごしていると、時刻は夕暮れを回っていた。

 

「さて、リーシャ」

 

 水族館を出た後今気づいたように手を離す。リーシャは無意識の内に離れていく温もりを名残り惜しく感じて離れた手を目で追っていた。

 

「そろそろ飯行くぞ。今日の本題聞いてやるよ」

「……あっ」

 

 ダナンに言われて、そういえば思い悩んでいるから気晴らしに来ていたのだと思い出す。……楽しんでいて忘れていたとか言えない。

 ともあれダナンはリーシャを連れて店に向かう。そこは一種の酒場だった。一応ダナンは未成年なので飲酒ができないはずなのだが、あっさりスルーされて二人席に着いた。戸惑って遅れていたリーシャだったが、手招きされてぱたぱたと近寄り彼の隣に腰かける。向かいの席ではなく一つの長椅子に腰かけるタイプだ。

 

「それじゃ適当に食べようぜ。話ぐらい聞いてやるよ。酒飲んだらちょっとは話しやすくなるだろ?」

 

 メニューを広げて笑うダナンに、こうなったらいつもからかわれる仕返しだと、今日もたくさん酒を飲もうと決めるリーシャだった。

 

「それで、私は思ったわけですよ。なんで私だけ仲間外れにするんですかぁ、ってぇ」

 

 むしろ昨日よりハイペースで酒を煽ったリーシャは、完全な酔っ払いと化していた。

 顔はダナンがからかった時よりも赤くなり、眼が据わっている。口調も普段のモノから崩れていた。

 

「私だって皆と一緒にタワー登って、アーカーシャ倒して、黒騎士さんとも戦ったんですよ? それなのにダナン達が仲間外れにしたんです」

 

 “蒼穹”の騎空団に入って空域を出るか、秩序の騎空団としての責務を果たすかで迷っているつもりだったが仲間外れのところは自然と「ダナン達」と言っている。そこに彼女の心が隠されている、のかもしれない。

 

「……だからグランさんとジータさんの団に入るか、秩序の騎空団へ戻るか迷ってるんです。確かに皆さんと旅をしていて楽しいと思いましたし、できれば続けたい気持ちはあるんです。でも秩序の騎空団としての責務を放棄するわけにもいきませんし、元々の目標は秩序の騎空団で空の秩序を守ること、ですから」

「なるほどな。それで迷ってるのか」

「はい。それに、どうせ私は団兼任で真の仲間じゃないですよーだ」

「不貞腐れんなよ」

 

 唇を尖らせて愚痴るリーシャにダナンは温かく苦笑している。今回は聞きモードなので雰囲気が柔らかいのだが、愚痴るリーシャに気づいた様子はない。

 

「じゃあそうだな。間取って俺のとこ来るか?」

 

 しかし悪戯っぽい笑みでそう言ってきた。

 

「…………え?」

 

 しばらく間を作って聞き返した。そんなこと思いもしなかったという顔だ。

 

「まぁ冗談だけどな。リーシャは秩序の騎空団だが、俺達は犯罪者集団だ。オーキスは兎も角、エルステの所業に加担または傍観した共犯者。実行犯より罪は軽くなるとはいえお前が一緒にいたらマズいだろ」

「……」

 

 そういえば確かに、と話を聞いて納得する。黒騎士の余罪も無罪放免にはならないし、ダナンはアマルティアの囚人を脱獄させた張本人である。それに加担、協力していた傭兵二人も同罪。つまりはリーシャが秩序の騎空団である限り、相容れない存在だ。

 

「だからお前が俺の騎空団に入るなら、立場上秩序の騎空団にいられなくなるんじゃねぇか? まぁその辺規則とかあるのかは知らないけどな。少なくとも支部を指揮する立場としてはマズいだろ」

 

 “蒼穹”の主力メンバーは帝国を滅ぼした張本人なので重罪の可能性もあるが。とはいえリーシャも加担していたのでそこは大目に見てもらえるだろう。

 反応がないなと思ってダナンがふとリーシャを見ると、彼女はなぜか泣いていた。

 

「お、おい。どうしたんだよお前。急に泣いたりして……俺なんか言ったか?」

 

 酒場の従業員や他の客から「あーあ、あいつ彼女泣かせてやがるよ」という視線を受けたからではなく、単純に予想外のことで慌て普通の反応を返してしまう。

 

「……な、なんでもないです」

「なんでもないってことはねぇだろ。ったく」

 

 ぽろぽろと涙を零しながらも強がるリーシャに苦笑して指先で目元を拭ってやる。

 瞳を潤ませて妙に弱々しい表情をするリーシャを見るとダナンの中に巣食うSの心が疼くのだが、なんとか抑え込んだ。

 

「で、どうしたんだよ。いくら酔って情緒不安定だからって急すぎるぞ」

「……だって」

 

 普段のリーシャなら誤魔化していたところだが、今日のリーシャは違った。

 

「……秩序の騎空団にいたらもうダナンと一緒に旅できないんだって思って」

 

 鼻を啜りながら告げた言葉に、ダナンは一瞬理解が追いつかない。しかし言葉を噛み砕いて意味を咀嚼するとわかった。わかってしまった。

 

「……あー、なるほどな?」

 

 なんと答えたモノかと考えながら適当な返事をしてしまうのも仕方ないだろう。

 とりあえず慰めてやった方がいいかと思い、身体を近づけて肩に手を回す。

 

「さっきも言ったが俺は秩序の騎空団の規則やなんかを知らない。実際のところはどうか知らないぞ。大体な、お前は今“蒼穹”に入って空域を出るか、秩序に残るかで悩んでるんだろ? なんで俺の団に入れないことで泣いてるんだよ。俺はあいつらの団に入る気はねぇぞ?」

「……わかってます。自分でもよくわかんないです。どうしたらいいんでしょう、私」

「それは俺が決めることじゃねぇな。でも話を聞くことならできる」

 

 精神状態が不安定になったリーシャに寄り添いながら、ダナンはできるだけ優しい声音で話し始める。

 

「まず、リーシャがどうしたいかが大事だよな?」

「はい。でも自分でもどうしたいかわかってなくて……」

「じゃあそうだな。今後も秩序の騎空団として空の秩序を守りたいか?」

「はい、もちろんです。私はそのために頑張ってきたんですから」

「じゃあ……俺と一緒に旅したいか?」

「……」

 

 リーシャは彼の問いに、押し黙ってしまう。それでも心に従う部分が強くなっている彼女は告げた。

 

「……はい。ダナンと一緒に旅が、したいです。色んなところへ行って、同じ船に乗って」

 

 少し照れが混じっているのかか細い声だったが、はっきりと意思を口にする。

 

「そっか。なら俺が提案するのも狡いだろうが、言えることは一つだけだ」

 

 そっと優しく頭を撫でながら、ダナンは一つの提案をする。

 

「まず、俺との旅は同じ騎空団にいなけりゃできないことだ」

「……そうですね」

「だが、空の秩序を守るのは秩序の騎空団にいなくてもできる」

「……えっ?」

 

 ダナンの言葉に、リーシャは思わず驚いて彼の顔を見つめた。

 

「これは知り合った騎士が言ってたことなんだけどな? バウタオーダって言って、リュミエール聖国のリュミエール聖騎士団に所属してるんだが、グラン達が帝国兵に追われているのを見てあいつらを助けたんだ。けど知ってるかもしれないが、エルステ帝国とリュミエール聖国は悪くない関係を築いててな。エルステのお尋ね者であるあいつらを助けたら折角築いている関係を崩しかねない状態になる可能性もあった。だがそれでもバウタオーダはあいつらを助けた」

「……」

 

 続きが気になるのかリーシャは聞き入っているようだ。

 

「話を聞いた俺は『それじゃ国を危険に晒すんじゃないか』ってな。だがバウタオーダは、あいつらを助ける前に躊躇なく騎士団を辞めると言ったそうだ」

「えっ!?」

「そうなるだろ? まぁ結局周りから止められてまだ所属してはいるらしいんだが。聖騎士団を抜けて後悔はないのか聞いたら、ヤツはこう答えたんだよ」

 

 固唾を呑んで話を聞くリーシャに、それを告げる。

 

「――志が変わらなければどこへ行っても人々を守ることはできますよ」

「ッ……!!」

 

 その言葉を受けてリーシャは目を見開き驚愕した。正に目から鱗と言ってもいい。

 

「……あくまで騎士団に入ったのは人々を守るための手段……?」

「そういうこった。リーシャがもしバウタオーダと同じだってんなら、別に秩序の騎空団に拘る必要はねぇんだよ。もちろん、俺達犯罪者集団が世のため人のために行動するとは限らねぇけどな?」

 

 最後に意地悪く笑ったが、そんなことは目に入らないくらいリーシャの中でちょっとした革命が巻き起こっていた。思考が緩くなっている彼女の頭の中では、「秩序の騎空団にいなくても秩序を守れる」=「ダナンの騎空団に入れば一石二鳥」という図式が既に出来上がっている。

 そしてその図式がすとんと胸の中に納まってしまっていた。

 

「……わかりました。ちょっと考えてみます」

「そうか。ちょっとは悩み晴れそうか?」

「はい」

「なら良かった。まぁ俺達もしばらくは騎空団として活動しない予定だから、じっくり考えといてくれ」

「はい」

 

 一応真剣な話は終わった。なのでダナンは普段通りからかいに入ることにする。

 

「そういやリーシャ。さっき俺と一緒に旅してたいっつってたよなぁ」

 

 これ見よがしにニヤニヤし始めるダナン。

 

「き、聞かないでくださいっ。あれはあの、ついうっかりというか、どうかしてたんです!」

 

 リーシャは酔いとは違う理由で顔を真っ赤にした。真面目な話をして少しは酔いが醒めたようだ。いやこの場合は醒めてしまったというべきか。

 

「へぇ? 折角時間あるんだし、その辺じっくり聞かせてもらおうかな」

「う、うぅ……。ち、違うんですよ。その好きとかそういうのじゃなくて、ダナンと一緒にいるのは楽しいっていうか、他の人といるのとは違うところはありますけど……って!」

 

 リーシャは誤魔化そうとして自滅した。ごつんと机に額をぶつける。

 

「……勝手に自爆しやがって」

「……うぅ」

 

 穴があったら入りたい、と思うリーシャの頭にダナンが優しく手を載せた。心地良い温もりが伝わってきて、ついされるがままになってしまう。好き勝手翻弄しておいて偶に優しくするから狡いと思う、実はタワーの時も起きていたリーシャである。

 

「お前はホント、才能ある天才の癖にそういう隙があるから可愛いんだよ」

「っ……!!」

 

 思いの外マジなトーンだったせいでリーシャの顔の熱はMAXを突破しそうである。

 

「あれ、おいリーシャ?」

 

 反応のないリーシャを怪訝に思ったらしいダナンが身体を揺すってくるが、彼女は顔を上げられなかった。なぜなら今、リーシャの口元は見たらわかるほどに緩んでしまっているからである。感情の制御が利かない状態だからなのか、引き締めようとしてもニヨニヨしてしまうのを止められない。

 

 ……あれ、私ってホントにダナンのことが?

 

 そう自分で考えてしまうと、余計に顔が熱くなって顔を上げられない。

 

「なんだ、寝ちまったのか? まぁハイペースで飲んでたからな。……ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 そしてリーシャが知らないところで出す優しさが滲み出た「しょうがねぇ」の声による追い打ち。

 そう。この男、普段は散々リーシャを軽口でからかうのに本人の見ていない(と思っている)ところでは普通に優しくするのだ。

 

「しばらく寝かせてやるか。色々疲れてるだろうしな」

 

 寝ていないリーシャはその気遣いを普段もしろと思う。のだが、ふと普段から優しくしてくれるダナンを想像して「あれ? ちょっと物足りない?」と思ってしまった辺りもう手遅れなのかもしれない。

 

 その後頃合いを見て会計を済ませたダナンは、寝たフリを続けるリーシャを背負って彼女の宿泊している宿へ向かった。

 

「うちの連れの泊まってる部屋の鍵、貸してくれるか? 見ての通り寝ちまってな」

「ああ、聞いてるよ。彼氏なんだってね」

「ああ」

 

 彼氏という言葉に反応しそうになってしまい、また鍵を借りるための方便だとわかっていてもダナンがあっさり肯定したことにも反応しそうになってしまう。というか誰だ彼氏だと伝えたヤツ、と考えて金髪小柄な先輩がサムズアップしている様を幻視した。またあいつか! と思いながらも動かないように努める。なにか別のことを考えようと思ってそういえばダナンの背中って大きくて意外と逞しいんだなと考えかけ顔が赤くなりそうだったので中断した。

 

 背中のリーシャが目まぐるしく思考を働かせているとは思っていないダナンはリーシャの泊まっている部屋に着くと中へ入りリーシャをそっとベッドに寝かせた。必然目を開けていないとはいえダナンの顔が近くにあることがわかってしまい身体を強張らせそうになる。

 彼女も年頃の女性だ。部屋に男と二人きり、しかも散々意識してしまった後である。今目を開けたらどうなるんだろうかと思ってしまうのも無理はない。

 

 しかし、

 

「……このまま横で寝て、朝起きる時に上半身裸でいて『昨夜は熱烈だったな』とか言ったら流石に怒られるか?」

 

 とダナンが呟いたのを聞いて粉々に打ち砕かれた。聞いていても赤面すると思うので絶対にしないでくださいと念じるとそれが通じたのか、

 

「まぁやめとくか。……おやすみ、リーシャ」

 

 あっさりとやめてくれた。しかし最後にさらりと髪を撫でて去っていったことでまたドキリとさせられてしまうのだが。

 

 完全に立ち去ったことを耳で確認してぱちりと目を開け、今日のことは忘れようと布団を深く被る。しかししばらく酔いが回っていることもあって悶えながら過ごすことになるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「……リーシャとだけ、狡い」

 

 リーシャを宿に送り届けて戻る途中、オーキスに行く手を阻まれた。ニヤニヤしているドランクがいて大体のことを察したダナンが後であいつ締めると心に決める。ドランクと一緒に戻ってきてからアウギュステを出る秩序の騎空団と出会い、そこでリーシャがいないことに気づいて声をかけたら、という経緯だったからだ。

 明日一緒に出かける約束を取りつけることでなんとか許してもらった。

 

 しかし翌日オーキス曰くデートをしていると、

 

「だ、ダナンちゃん!? ……とオーキスちゃん」

「……ダナンとデートしてる」

「っ!!」

 

 なぜかばったりナルメアと遭遇してしまう。勝ち誇るオーキスとショックを受けた様子のナルメア。

 だがなぜか、今日邪魔をしないという条件で次の日ナルメアと一緒に出かけることになってしまった。ダナンは内心でもう行くとこねぇよ、と思いながらも場を丸く収めるためにその通りにするしかないのであった。

 

 その次の日は流石に大丈夫だろうと、壊れた短剣の代わりになる武器を見に行った。

 オーキスもナルメアも、ついでにリーシャももう誰もいないだろうと高を括っていたのだが。

 

「お、ジータじゃねぇか。まだアウギュステにいたんだな」

「あ、ダナン君。それはこっちのセリフでもあるけどね」

「武器見てるのか?」

「うん。武器の調達と、まぁ半分は趣味かな?」

「そういや最初会った時も武器見てたよな」

「そうだったね。……あれから随分経った気がするなぁ」

「……ああ。お、これなんか良さそうだな」

「わかるわかる。それの良さがわかるならこっちとかどう?」

「ほう? また違った良さが……」

 

 などとばったり出会ったジータと仲良さそうに談笑し始めてしまった。

 

「……ジータ、すっごく楽しそうですね」

「……ごめん、アーロン。相手は強敵だ」

「……む。ダナンも楽しそう」

「……なんか自然と楽しそうにしてる。お姉さん反省会しないといけないかも」

 

 物陰から二人の様子を眺める大勢、とそこで

 

「「「ん?」」」

 

 互いに目を向けて存在に気づく。当然、ジータを見かけたグラン達と、ダナンの後を追っていた黒騎士達プラスナルメアである。

 

「今気づいたのか」

「さっきからそこにいただろう」

 

 カタリナが苦笑し黒騎士が呆れる。それだけ見るのに熱中していたのだろう。

 その後もダナンとジータは武器や防具の店を一緒に見て回ると、その流れで昼食、また店を巡り装備品以外も見て回ってそのまま夕食、とごく自然な流れで街を歩いていた。

 

「……あれが本当のデートなんじゃ」

 

 ぽつりと呟いたナルメアの言葉が全てを表していた。得も知れない敗北感に襲われている。

 

 日暮れまで結局二人は一緒にいたのだが。

 その途中で色々な補充品を見に来ていたラカムと遭遇した。ラカムは傍から見ると仲睦まじく街を歩いていた二人の姿を見てニヤリと笑う。

 

「……ははーん。さてはお前ら、デートだな?」

 

 その一言を受けてダナンとジータが顔を見合わせる。きょとんとした様子なのは、それまで全く互いに意識していなかったからだろう。

 しかしラカムの一言がトリガーとなって今までのことがフラッシュバックしたらしく、ジータの顔が夕焼けに照らされていてもわかるほど真っ赤になった。ダナンは照れていないようだが気まずそうに頭の後ろを掻いていた。

 

「ち、違っ、違うんです! 私達は別にその、そういうのじゃなくて!」

 

 顔を真っ赤にして言うとあんなに説得力ないんですね、とは偶然その様子を見ていたリーシャの心の声である。

 

「いいんだよ誤魔化さなくって。安心しろ、他のヤツらには内緒にしてや――」

 

 だが勘違いしたままのラカムはニヤニヤと言って、その途中でこちらに歩いてきている彼らを見つけてしまった。

 

「……ま、そりゃ無理な話だよな」

「えっ?」

 

 わかっていたようなダナンと全くわかっていなかったらしいジータ。彼女はラカムに顎で示された方を向き、耳まで真っ赤になって固まった。

 

「……僕は複雑だけど、嬉しいよ。妹にも遂に春が来たんだって」

 

 涙は出ていないが目元を拭うフリをするグラン。

 

「ジータがとは意外だったが、まぁそういうこともあるだろう」

 

 自分も男性経験ゼロの癖に大人のようなことを言うカタリナ。

 

「気が合う、ってのはいい夫婦になることが多いからな。まぁいいんじゃねぇか?」

 

 妻子持ちのオイゲンが朗らかに笑う。

 

「……ジータが最大のライバルと見た。絶対、負けない」

 

 今日の一件で完全にライバル視したオーキスが宣戦布告をする。

 

「お姉さんも、ジータちゃんに負けないようもっともっと頑張るね」

 

 ナルメアもなにやら握り拳を作っている。

 

「だ、だから! 違うんだってばぁ!!」

 

 ジータの必死な叫びは彼らには届かない。

 

「ダメですよ、ジータさん。顔に出ていては説得力がありません。――ようこそ、こちら側へ」

「……なんか全然嬉しくないんですけど」

 

 リーシャも近づいてきて混ざると、ジータはがっくりと肩を落とした。

 

「ダナンってばホント罪作りだよね~。手当たり次第に手を出しすぎじゃない?」

「バカ言え。別に手は出してねぇよ。普通に接してるだけだろ」

「それはもっと罪作りになるな」

「ふふふ、ホント退屈することなくていいわね」

 

 がやがやと騒がしくなってきたところで、風が巻き起こったのではないかというほどの威圧感が放たれた。

 

「――おい。貴様らいい加減にしろ」

 

 黒騎士である。

 

「特にダナン。貴様、随分と浮ついているようだが……久し振りに私がみっちり、一日中鍛えてやろう。明日は一日空けておけ」

「それは有り難いんだけどよ、俺だってただ遊んでたわけじゃないんだぜ」

「それはどうだろうな」

「ホントだって。宴の時だってオクトーといい勝負してただろ?」

「ふん。引き分けに終わった程度で調子に乗るなよ」

「へいへい、っと」

 

 告げて踵を返した黒騎士にダナンがついていく。

 二人の仲良いやり取りとは言えないはずなのに妙な信頼関係のある様子に、オーキスはこてんと首を傾げて皆の気持ちを代弁した。

 

「……ラスボスは、アポロ?」



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新たなる旅路へ

強いて言うならグラン&ジータ回。

昨日言い忘れていましたが古戦場が始まり、黒騎士の最終解放が実装されましたね。……まだレベル上げ中ですが。


 騎空団の名前を“蒼穹”に改名し、団員数を大幅に増やしたグラン達。

 

 しかしその結果グランサイファーだけでは全団員が乗り込めないという事態が発生してしまった。定員オーバーというヤツである。

 それなら仕方がない、騎空艇を増やそう。ということになり今資金集めに団員総出で奔走していた。

 

 急に空域超えるかも、と言われた新団員達の準備などもあるのでしばらく下準備の期間にすることにしている。

 新しい団員の部屋割りや管理するための名簿の作成などの対応に追われていた主力メンバーと言える彼らだったが、旅を続けるに当たってもっと強くなるべきだと考えた。

 

 要は、空域を超えるとそう簡単にザンクティンゼルに戻ってこれなくなることが予想されるので、ClassⅣを全て解放してからにしようと思ったわけである。

 というわけでパンデモニウム攻略に臨んだのだが。

 

 その途中でおそらくClassⅣに該当しないであろう武器のレプリカを発見してしまい、まさか追加されたのでは? となっていた。

 

「これってもしかして、EXジョブの専用武器なんじゃない?」

 

 武器種と『ジョブ』を照らし合わせていった結果、ジータがそう告げる。

 

「うん、そうみたいだね。これなんかは銃だけど、浄瑠璃の元になってるオリバーじゃない。【サイドワインダー】は弓だろうから、多分ガンスリンガー辺りの武器じゃないかな」

 

 グランも彼女に同意する。つまり当初予定していたよりも数が多くなっているということだ。それでもやるしかない。元より全て集める気で来ている。少し増えたくらいで予定は変わらない。

 気合いを入れ直してパンデモニウムを探索する一行だったが、

 

「はわっ! すっごく美味しそうなお料理の匂いがしますぅ!」

 

 突如ルリアが目を輝かせて言った。他の面々は「こんなところに料理?」と首を傾げるしかない。きっと空腹が限界に達したせいだろうと思った、のだが。

 

「……あれ、ホントに美味しい匂いがする?」

「ま、待て。こんなところに料理などあるわけがない。罠の可能性が高いぞ」

 

 やがて他も美味しそうな匂いを嗅ぎつけ困惑する。それでも足がそちらに向かってしまうのはそろそろ休憩したかったからだろうか。

 そして、

 

「「「あっ……」」」

「あん?」

 

 彼らの他にパンデモニウムに用事がある者など、研究者以外では彼しかいない。

 

 ダナンだった。

 

 彼は鍋をぐつぐつと煮込んでいる。……その傍に身体の大半を失くした黒い怪物の死体が転がっているのはどういう了見だろうか。

 

「ああ、なんだお前らか。まぁ、当然ClassⅣ目的だろ?」

 

 ダナンの方は特に驚きもなく平然としていた。

 

「あ、うん。ダナンもだよね。というかこんなところで料理なんて大丈夫? 匂いに釣られて敵が来るかもしれないのに」

「それなら倒すだけだ。向こうから来てくれるなら楽でいいしな」

 

 続けて、料理に釘づけなルリアに代わってオイゲンが尋ねる。

 

「他の連中はどうしたんだ? 姿が見えないが」

「ん? ……ああ、あいつらか。スツルムとドランクの行き先は知らないが、オーキスと黒騎士ならメフォラシュに行ったぞ。オルキスの様子を見に行くんだと」

「お、おい。まさかお前さん独りでここにいるってぇのか?」

「ああ。あいつらにも用事はあるだろうし、俺達はお前らとは違ってまだ騎空団でもないしな」

 

 平然と答えるダナンに、オイゲンの顔が引き攣った。

 ここパンデモニウムは、腕利きの騎空士でなければ入場が認められないような危険な場所だ。そんな場所に、たった一人で挑んでいるというのだ。

 

「えっと、因みにいつからなの?」

 

 イオが躊躇いがちに聞く。

 

「んー……一週間前からだったか? おかげでもうちょっとでEXの方の素材も集め切れそうだ」

「い、一週間もこんなところで……」

 

 一行が戦慄していると、ダナンがふと顔を上げてあらぬ方向を見た。

 

「……来てるな。お前ら、鍋の中身はやるから来たヤツは俺に寄越せ」

「えっ、あ、うん」

 

 なにも感じなかったジータが戸惑いながらも頷くと話だけは聞いていたらしいルリアが鍋に近づいていく。口端からは涎が垂れそうである。

 

「因みにこれはなんて料理だ?」

「ディアボロスの味噌煮込み」

「「「……」」」

 

 ラカムの問いに対して返ってきた答えに、一行は沈黙した。確かに鍋の中を見れば黒い肉片が浮いている。

 

「わぁ、いただきまーっす!」

 

 反してルリアは嬉々として器に装いそれを口にした。

 

「お、おいルリア!」

 

 カタリナが慌てるが、

 

「ん~! 美味しいですぅ!」

 

 ルリアは顔を綻ばせて次々と得体の知れない料理を頬張っていく。しかしその美味しそうな顔に、仲間達も疑心暗鬼ながら口にして、意外な美味しさに驚いていた。

 

「……ジータ」

「……うん、わかってる」

 

 そんな中二人の団長は真剣な表情で、新たに現れたディアボロスと戦うダナンを見つめている。

 

 ダナンは『ジョブ』を発動していない状態で、どこにでも市販されているような剣で戦っていた。それでもディアボロスの放つ魔法を掻い潜り攻撃を加えていく。

 

「動きの無駄を削ってるね。最小限の動きで最大の成果を得るために」

「うん。ここに一人で来たのも邪魔されず戦いの感覚を研ぎ澄ますためだったのかな」

「多分ね。あとさっき誰も気づいてなかった敵の接近に気づいた」

「だね。強くなるために必要な感覚を研ぎ澄ませてるんだ」

「それが一週間、か」

 

 二人は顔を見合わせて苦笑した。

 

「ライバルは手強いね」

「うん。けど、だからこそやりがいがある」

 

 しかし負けていられないと闘志を燃やす。

 食事の後、妙にやる気満々の団長二人に連れられて一行はパンデモニウムを探索していった。一応ダナンからパンデモニウムにいる敵の調理方法を聞いて、全ての武器を作れるだけの素材を集めていった。

 

 彼らが遭遇した日から数えて、ダナンが翌日、一行が五日後にパンデモニウムを出たのだが。

 ClassⅣを会得するためには、三つの工程が必要となる。

 

 パンデモニウムで専用武器を作るための素材を集め。

 集めた素材で武器を作成してもらい。

 武器に対応した『ジョブ』を習得する。

 

 つまり

 

「皆さん、私を過労死させるつもりですか〜」

「あんた達、あたしを過労死させる気なのかねぇ」

 

 と武器を作る商人と習得のための修行をつける老婆が言ったのは仕方のないことだった。当然、二人が過労死するなど考えられないため冗談と少しだけの文句なのだろうが。

 

 少しズレたとはいえ行き先は同じなので、結局度々顔を合わせることになった。

 

「少し早かったとはいえ、結果的に同じラインか」

「目的が同じだからね」

 

 全てのClassⅣと、ClassEXの上位ClassEXⅡの『ジョブ』を会得したダナン、グラン、ジータの三人が集まっていた。

 

「じゃあ後は騎空団としてお前達に追いつくだけか」

「ふふ、そう簡単にはいかないけどね」

「追いつけずこのまま僕達が先に行っちゃうかもしれないし」

「は、バカ言え。面倒事に巻き込まれやすいお前達より遅いってことはねぇよ。なによりファータ・グランデ空域の空図ならさくっと集められそうだしな」

「あ、狡い。私達が星晶獣のあれこれを解決してから集めるなんて」

「利用できるモノは利用する主義なんだよ」

 

 ダナンの言う通り、既に一行が旅をして空図を集めてきたので場所はわかっているし、一行が出会った時のようになんらかの騒動に巻き込まれる心配もない。ただ戦って認めてもらうだけでいい。そして今のダナンなら一人でもいとも簡単に倒してのけるだろう。

 

「さて、と。じゃあもう行くかぁ」

「ダナン君はこれからどうするの?」

「まずはオーキスと黒騎士のいるメフォラシュに行って挨拶だな。あいつらがこれからどうするのかは知らないが、しばらく会わないだろうし」

「そっか」

「それから騎空艇を買うための資金集め。これはちょっと案があって、一応話は通してあるから大丈夫だろ。で、それに加えて仲間集め。特に操舵士は必須だ。そう簡単に見つかるとは思わねぇが、なんとかなるだろ」

「どんなヤツが操舵士になろうが、俺に敵うヤツはいねぇよ」

「言ったな? ……で、人数はお前らみたく大勢にする気はねぇが、元のお前らと同じくらいの人数にはなるよう確保したいところはあってな」

「えっと、じゃあ……私、グラン、ルリア、ビィ、カタリナさん、ラカムさん、イオちゃん、オイゲンさん、ロゼッタさんで……九人だから」

 

 ジータが指折り数えていく。

 

「あと二人だな」

「二人? じゃあ……ダナン、オーキス、黒騎士さんにスツルムさんとドランクさんもか。そういえばあの人から相談あったから多分間違いないだろうし。あと一人は?」

「さぁ、誰だろうな。一応宛てがあるってことだ。とはいえ操舵士は欲しいし、あと一人か二人ぐらいで考えてはいる」

「ふぅん。じゃあきっと決まってる一人はあの子よね?」

 

 グランが数えて首を傾げるとダナンは意味深な返事をした。しかしロゼッタは察したらしい。

 

「主力メンバーを空域渡って増やすことも考えるともうちょっといてもいいかもしれねぇが、まぁそこは追々だな。設立する前から色々細かく決めたって仕方ねぇだろ」

「まぁ確かにね。じゃあやっぱり人数多くしても関係なくライバルになりそう。私達も余裕でいられないね」

「うん。僕達も頑張っていこう」

 

 一応真面目に考えてはいるらしいダナンの様子と、今でも腕の立つ者が多いのに更に増えると考えた時、間違いなくライバルなり得ると思ったのだ。

 

「いや、いくらなんでも無理だろ。だってお前ら――十天衆入団させたんだろ?」

 

 ダナンの呆れたような言葉に二人は苦笑した。

 そう。宴の夜ダナンとオクトーが戦ったことから始まった、天星器由来の戦闘。二人で五人ずつではなく二人それぞれが十人と戦わされたのだが、それは置いておいて。

 

「十天衆を丸ごと迎え入れるなんて真似しておいてライバルとか言ったって皮肉にしかならねぇって」

「あはは……でもまだ正式に仲間になってない人もいるんだよ?」

「と言ってもエッセルさんとカトルさんだけだけど」

「つまり十天衆の八人は確定してるってことじゃねぇかよ」

 

 齢十五歳にして百単位の団員を抱える騎空団の団長をやり、その団員には最強の十人、十天衆がいるという。どんなヤバい騎空団だそれとダナンがツッコみたくなる気持ちはよくわかる。なにせ間違いなく現存する騎空団では全空に存在している秩序の騎空団を除けば最大規模である。しかも面子がとんでもない。

 

 ……もしかして戦力を集結させてるこいつらの方が全空の脅威なんじゃねぇの?

 

 と思うダナンなのであった。しかし彼らに劣るのも嫌なのでライバルとして相応しい騎空団にしたいなと思う辺り彼も割りとヤバい騎空団予備軍であるのだが。

 

「……なんか十天衆に対抗できるような連中いねぇかなぁ」

「はは、そんな人達がいてもしダナンの騎空団に入ったら凄い脅威だね」

「十天衆みたいな人達がそんなにいっぱいいるとは思いたくないなぁ」

 

 ダナンの呟きに二人それぞれに笑う。

 

 ――彼らは知らなかった。その何気ない言葉が、未来に実現することを。

 

「まぁ不確かな話しててもしょうがねぇ」

 

 そう言ってダナンが踵を返す。

 

「じゃあな、てめえら。お前らが行く前に会うかもしれねぇが、会わないかもしれねぇし。精々首洗って待ってろ」

 

 肩越しに手を振って去っていく彼の背中に、二人の団長が声をかけた。

 

「うん。追いつけるモノなら、追いついてくればいいよ」

「待たないからね、先に行ってる」

 

 あくまでも自分達の方が先に行っているのだと告げて、生涯のライバルとなり得る少年の背中を見送る。

 

「さてと、じゃあ皆。次の場所へ行こう」

「他の皆が動いてくれてるとはいえ、僕達もお金を稼がなきゃね」

 

 振り向いた双子の瞳にやる気という名の炎が宿っているのがわかり、仲間達は「応」と声を揃えるのだった。

 

 こうして帝国を巡る一連の騒動で邂逅した、数奇な運命を持つ双子と、同じ『ジョブ』の力を持つ少年は再び道を分かつ。

 しかしこれで終わりではない。

 

 彼らと彼の旅路はこれからも続いていく。

 

 目標とする空の果て、星の島イスタルシアに辿り着くまでは――。




ClassⅣとEXⅡ(トーメンターまで)を一気に取得させました。めんどくさいという作者の都合です。だってドクターとか色々必要なことあってめんどくさいですし。

幕間終わり感ありますが、まだもうちょっと続きます。


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仲間達

更新が日付が変わってからになってしまったのには理由があります。そう、寝落ちしました。

感想をたくさんいただきありがとうございます。最初の方ではしらばっくれてましたが、当然の如くバレバレでしたね(笑)
はい、皆さんの予想通りです。

本当は直前まで明言しないつもりだったのですが、まぁわかりますよねっていう。


時系列が多少します。前話の前後に挟まるような感じで、ダナン視点です。


「私は一度アマルティア島へ戻ります」

 

 黒騎士に一日中(しご)かれた翌日。俺がClassⅣ網羅のためパンデモニウムに向かおうと思っていると、俺を待っていたらしいリーシャからそんなことを言われた。

 顔つきが随分と良くなった。不安と自己不信しかなかった頃とは大違いだ。

 

「そうか。ま、色々言われるだろうが精々頑張れよ」

「はい。……次はその、あなたの隣で」

 

 微かに頬を染めてそんなことを言ってきた。……いやまさか。俺はリーシャに優しくしてないはずだぞ? 少なくともこいつの知ってる限りでは。オーキスはまぁなんとなくわかるが、こいつはないだろ。

 別のなにかに吹っ切れていそうな様子に当惑してしまう。

 

「で、ではその、私はこれで。ちゃんと私の枠も取っておいてくださいね?」

「お、おう」

 

 俺がなにも言わないことで照れが来たのかリーシャはそそくさと立ち去っていった。

 とりあえず心当たりが一切ないリーシャは、

 

「……あいつ、生粋のMなのか」

 

 という結論にしておく。だってそれ以外にないし。不憫に思えてきたから今度からはもうちょっと優しくしてやろうかな……。

 

 リーシャと別れた後、小柄な紫の髪の女性ドラフを見かけた。長い刀を携えており、なぜかキョロキョロしていた。声をかけようか迷っていると、向こうがこちらを見つけたらしくぱぁと顔を輝かせる。苦笑して歩み寄っていく。

 

「ダナンちゃん」

「よう、ナルメア。こんなところでどうしたんだ? “蒼穹”の連中はもう方々で仕事したりなんだりで忙しいんじゃないか?」

「そ、それなんだけど……」

 

 確か“蒼穹”の騎空団は各地に散って依頼をこなし空域を超えられるように準備を進めているところのはずだ。その一員であるナルメアがこんなところでウロウロしていていいモノかと思ったのだが。

 

「?」

「え、えっと、ね……」

 

 言いづらそうな様子のナルメアに首を傾げる。なにか俺に用があるんだろうか?

 

「……」

 

 しかし待っても言い出さない。言い出したそうにはしているが。怪訝に思っていると物陰から「ナル姉ちゃんがんばれーっ」と声援を送っているフュンフとその傍に立つオクトーが見えた。……あいつらなにやってんだ。というかいつの間にか仲良くなってんじゃねぇか。

 どうやら俺に用がある、という見解は間違っていないらしい。となればその用がなにか、というところなのだが。

 

 もしかしてあれか? “蒼穹”に入ったからもうあんまり会えなくなるから別れを告げようってことなのか? だとしたら言いづらそうなのも頷けるが。

 

「よし、わかった」

「えっ?」

「まぁそう心配すんな。別に騎空団が違ってもまた会えるだろ」

「……ぁ」

 

 頭を撫でて言うが、ナルメアは俯いてしまった。……ん、なんだ? なんか間違えたか?

 

「あーっ! もーっ! こらーっ!!」

 

 俺が怪訝に思ってると物陰から飛び出してきたフュンフが俺の側頭部に跳び蹴りを放ってきた。いくらハーヴィンの子供とはいえ痛いモノは痛い。俺はフュンフのマントを引っ掴んで睨みつける。

 

「おい、なにしやがんだこら」

「こっちのセリフだよ! ちゃんとナル姉ちゃんの話聞いてあげなきゃダメだよ!」

「うん?」

 

 理由なしに蹴ってきたわけじゃないらしい。フュンフも怒っている様子だったので一旦下ろしナルメアの方を見る。「ほら、ナル姉ちゃん。言わないとわからないよ」とフュンフが彼女を励ましている。

 

「……あ、あのね、ダナンちゃん」

「おう」

 

 意を決したらしいナルメアに応えて、真っ直ぐに彼女を見つめた。

 

「私をダナンちゃんの騎空団に入れて欲しいの!」

「……あ?」

 

 必死になって告げてきた言葉に、俺は聞き間違いかと思って訝しみ、しかし間違ってないかと思って尋ねることにした。

 

「……それはあれか? “蒼穹”と兼任っていう?」

「ううん。“蒼穹”の騎空団には入らない。団長の二人ともお話して、やっぱりやめるって言ったから」

「……」

「やっぱりその、ダナンちゃんと一緒にいたいって思って……。迷惑かもしれないけど」

 

 なんとか自分の気持ちを伝えようとしてくれるナルメアの頭に手を載せる。

 

「……バカだな、ナルメアは」

「えっ……?」

「俺がナルメアと一緒にいて、迷惑だなんて思うわけないだろ? 嬉しいよ、一緒に来てくれるって言ってくれて」

「っ……!」

 

 予想外ではあったが、その言葉に嘘はない。どうやら彼女も前を向き始めたみたいだし、来てくれるっていうならこれほど心強い人もいないだろう。

 

「良かったね、ナル姉ちゃん」

「うん。ありがとう、フュンフちゃん」

 

 フュンフと喜び合うナルメアの姿を見るとこっちまで嬉しくなってしまう。と、のんびりしてる時間はあんまりないんだったな。

 

「悪い、ナルメア。俺そろそろ行かないと定期便出ちまうから」

「あ、うん。ダナンちゃんが騎空団作るまでにお姉さんもっともっと強くなって、きっと役に立つからね」

「ああ。じゃあ俺ももっと頑張らないとな。騎空団設立する時は必ず迎えに行くから」

「うん!」

 

 ナルメアの嬉しそうな笑顔に見送られて、俺はパンデモニウムに近い島への定期便が来ている港へ走った。

 そうして俺は、一緒に旅をしていた四人とは別に二人未来の団員を確保したのだった。

 

 そしてパンデモニウムで修業兼素材集めを一週間籠もって行い、途中あいつらと遭遇しながらも素材を持ってシェロカルテのいるアウギュステまで戻ってきていた。

 

「……これを、最優先で武器にして欲しいと?」

「ああ。大変だろうが頼むわ。儲け話もちゃんと持ってきてるから」

「はぁ~。仕方ありませんね~」

 

 苦笑するシェロカルテに今、後でグランとジータもそれぞれ同じ数の武器作らせるだろうからと言ったらどんな顔をするか気になったが、やめておこう。後の楽しみに取っておくか。

 

「それで、儲け話ってなんです~?」

 

 シェロカルテは俺が渡した素材を選別する片手間に聞いてくれるようだ。

 

「簡単だ。この間話したレモンパイあるだろ?」

「あぁ、あれですか~。つまり本格的に商品として売り出す気になったんですね~」

「ああ」

 

 流石に話が早い。

 

「俺も騎空団を起ち上げようと思ったはいいんだが、騎空艇を買う金がなくてな。金を稼ぐために、シェロカルテの手を借りたい」

「儲け話に噛めるとなればお断りする理由はありませんね~」

「そうか。で、あれから更に改良を重ねたレシピがこれだ」

 

 俺は密かに書き溜めていたレシピを渡す。

 

「ふむふむ……」

「こういうのはどこでも出店できて誰でも作れるようになってるかってのが大事だろ? だから俺が作らなくても美味しくなるように改造した上で、保存の効く材料を挙げてみた。流通体制を調整できるんなら、もっといい材料を使ってもいい。その場合は使う素材に応じて多少手を加えるから言ってくれ」

「流石、いい仕事しますね~」

「だろ?」

 

 満面の笑みを浮かべたシェロカルテと、不敵に笑って手をがっしりと組んだ。

 

「これなら大分早くに手を回せそうですね~」

「なら良かった。因みに料理を全くしたことがないヤツが、レシピを見ながら作って美味しくなるのは確認済みだ」

「いいですね~。では早速私の方で空域全体にお店を出しましょ~」

「もうか? もうちょっと客の反応を見てからでもいいと思うんだが」

「そこは、ダナンさんの腕を信用してますからね~。それにこれくらい簡単で美味しいモノが作れるなら、人気が出ても素早く店舗を増やせそうです~。これはいい商売になりそうですね~」

「お前がそう言うなら、問題なさそうだな」

 

 とりあえず商品化できるモノにはなっていたらしい。

 

「しかし宣伝というのは大事ですからね~。あ、そうだ。折角なので露店の並ぶ祭りに出店してみましょうか~。まだ予約は入れられるはずですので、私の方で用意しておきますから。予定は空けておいてくださいね~」

「おう」

 

 どうやら祭りというモノを利用して商品の名を挙げるという戦略のようだ。こういうのは最初が肝心だからな、全力でやってやろう。

 

「もし旅先で新しいレシピを思いついたら、店員さんにこれを見せてください~」

「ん? これは?」

 

 彼女から、シェロカルテがいつも連れているオウムのゴトルが描かれた紀章を渡された。

 

「それは万事屋シェロカルテ特別商人の証ですね~。それがあればすぐ信用されますから~」

「なるほど、わかった」

「詳細の方は私の方で詰めておきますが、後は分け前の話ですね~」

「それは重要だな。とはいえお前と駆け引きする気はない。負けが確定してるからな。最初からお前の言う分でいい」

「……信用されてるのは嬉しいのですが、それで私が九:一だと言ったらどうするんですか~?」

「別に構わねぇよ。あと九:一でも俺は一切金を払ってないんだから利益しかないだろ?」

「一応言っておきますけど、元手のお金よりも発案の方が大事なんですよ~。私以外の商人にはそういうことしないでくださいね~」

「へいへい。で、分け前は?」

「う~ん。まぁ八:二にしましょうか~。とはいえそこまで比率を上げてしまうと赤字になりますからね~」

「わかった。じゃ、それで。また武器取りに来るから」

「はい~。シェロちゃんにお任せを~」

 

 というようなやり取りがあって、割りと本格的に店を出すことが決まった。とんとん拍子で進んでいったので実感が湧かないが、湧かなくても金が入ってくるならいい。

 

 そうして武器を全て受け取った俺は、ザンクティンゼルに向かった。因みにあいつらが来て武器を作ってくれと頼まれた時のシェロカルテの表情は良かった。いいモノが見れた、とだけ言っておこう。

 

「ふん。また来よったか」

「ああ。とりあえず今ある『ジョブ』全部だから、しばらく顔を見ることはねぇだろうよ、婆」

「だといいけどね」

 

 相変わらず敵意剥き出しの老婆との修行を積んでいく。

 

「あ、そうだ。()()()に会ったぞ」

「なにっ!?」

 

 俺がそう言うとすぐに誰のことかわかったらしく険しい表情で詰め寄ってくる。

 

「今どこにおる!? ここの場所を告げ口したんじゃないだろうね!?」

「今は知らん。会話すらしてねぇよ。そういうヤツだってのはあんたも知ってるんだろ」

「……」

「二人の親父がイスタルシアにいるから俺も行くとか言ってやがったがなんか知ってるのか?」

「教える義理はないね」

「……そうかよ」

「それで、何回殺された?」

「数えてねぇよ、そんなの。少なくとも百は超えたんじゃねぇか? 半分以上覚えてねぇけどな」

「……ふん。そんなに殺されて今普通にしてられるのも充分異常だね」

「わかったからさっさと始めて、終わらせるぞ。お互い長い間見ていたくねぇ面だろ?」

「意見が合ったことの方が最悪だけどね」

 

 ホントこの婆は。まぁ強くしてくれるってんなら別にいいんだけど。

 とりあえずClassⅣと新たなClassEXⅡを会得した俺は、グランとジータに別れを告げてからメフォラシュへと向かった。

 

「……待ってた」

 

 メフォラシュの王宮へ行きアダムの案内の下オルキスの自室へ着くと、俺を見るや否やオーキスが抱き着いてきた。

 

「悪いな。で、王女様はまだ目覚めないか」

 

 オーキスの頭を撫でながらベッドで眠っているオルキスを眺める。

 

「ああ。十年も身体と精神が離れていたのだ。すぐに目覚めなくても不思議ではない。だが、衰弱し切らない内に目覚めて欲しいモノだな」

 

 黒騎士はじっとオルキスの寝顔を見つめて言った。確かに、ずっと眠ったままだったとしてもエネルギーは使う。いずれ衰弱してしまうだろう。

 

「ま、そうならないように俺が飲める栄養食の作り方でも伝授してやるよ」

「ふっ、そうか」

 

 流し込むだけで栄養が摂れるような料理を食べさせればいい。意味があるかはわからないが、回復や強化効果のあるヤツを、俺がいる間だけでも作ってやろう。あと俺にできることは……あれがあったな。

 

「よし、ちょっと診てみるか。【ドクター】」

 

 新たに手に入れたEXⅡの一つ、【ドクター】。【アルケミスト】の上位だ。錬金術と薬学の知識を併せ持つ道具作成のスペシャリスト。

 

 黒衣を羽織り、肩から提げたベルトに薬や器具を取りつけていつでも手に取れるようになっている。提げている紺の鞄にも様々な道具が入っており、黒のマスクをしている。

 不思議なことに【ドクター】を発動すると頭が冴えてくるのだ。そういう『ジョブ』だからだろうか。

 

 新しい『ジョブ』に怪訝そうな顔をする二人を放置し、眠るオルキスに黒い手袋をした手で触れた。

 

「視診、触診、共に問題なし。オルキス王女の身体は健康そのモノだな」

 

 【ドクター】は平坦な声音で小難しい言葉を使う喋り方だ。バカが考える頭のいいヤツの口調と言うべきか。

 

「精神が飲める肉体から離れていた影響で眠っているのならば間もなく目覚めるだろう。後で魂魄を肉体に留める薬を処方しよう。少しは安定するはずだ」

 

 【ドクター】でオルキスの状態を観察、把握すると状態を改善するために必要な薬とその作成方法が頭に浮かんでくる。超便利。

 とりあえず診るべきところは診れたので【ドクター】を解除する。

 

「新たな『ジョブ』か」

「ああ。ClassⅣじゃなくてClassEXの上位、ClassEXⅡの【ドクター】だ。色々と便利でな。戦闘以外の方が活躍の場面は多そうだ」

「……大人っぽい雰囲気で、良かった」

「そうか?」

 

 オーキスのは能力の話じゃなかった。

 

「……ん。でも普段のダナンが一番」

 

 薄っすらと口元を緩めてそう告げられてしまう。……なんつうかこうも好意を真っ直ぐぶつけられることがなかったせいで調子狂うな。まだ敵意剥き出しの方が接しやすいかもしれん。

 

「そっか」

 

 とりあえずこういう時は頭を撫でておくのがいい。なんだかんだ誤魔化せる。

 

「『ジョブ』は全て解放したか」

「ああ。で、ザンクティンゼルにいる老婆のとこで鍛錬して会得した。とりあえず武器が多くなったから新しい革袋にする必要が出てきちまったけどな」

「そうか。……あとは地力を鍛えるだけか」

「そうだな。まぁまだ見ぬ『ジョブ』があるかもとは言ってたし、なんなら俺が作れる可能性だってあるんだとよ」

「……ダナンならきっと、【料理人】の『ジョブ』を作れる。じゅるり」

「それお前が飯食べたいだけじゃねぇか」

 

 オーキスにツッコミを入れつつ老婆の言葉を思い出す。

 

 『ジョブ』ってのは基本的に、とんでもねぇヤツらの力を模倣するために段階を踏むためのモノだそうだ。

 要は婆さんの言ってた英雄方と同じ力を手にするために、下積みしていくのがClassⅠからⅢというわけだな。

 

 もし『ジョブ』にしてまで会得したい特殊な力を持っている者がいたら、『ジョブ』にできるとのことだ。

 ただEXⅡはⅣと違って英雄の力じゃない。英雄と呼ばれなくともとんでもねぇヤツはいた、ということだろう。【ドクター】の元になったヤツがどんなヤツなのかわかんねぇが、もし実在したならきっと神とでも呼ばれていたんだろうよ。

 

「しかし料理がそのまま活かせるんだったら俺の得意分野だしな。ちょっと考えてみるか」

「……戦いでもご飯」

「やっぱそっち目当てじゃねぇか」

 

 相変わらず食いしん坊なオーキスに呆れた。

 

「……お前達、仲良くなりすぎていないか?」

「……ヤキモチ?」

「私がヤキモチを焼く理由があるとでも?」

「……リーシャもアポロも素直じゃない。だから、二十超えても彼氏がいない」

「……っ」

 

 なんか最近黒騎士がオーキスに煽られてるのをよく見かける気がする。

 

「……素直になってもどうしようもないこともある。ダナンの一番は貰ってく」

 

 オーキスが少し妖艶な笑みを浮かべていた。内容はとりあえずスルーしておこうか。

 

「どこで教わったんだよ、そんなの」

「……ロゼッタ。正妻は周囲を牽制しながら常に一歩先を行くべし、って言ってた」

「……あいつ余計なことを」

 

 ってか正妻ってなんだよ。そういうのとは無縁な人生送る予定だったのに。

 

「……私は、負けない。ダナンも覚悟してて」

「お、おう」

 

 笑顔で言われては頷くしかない。いや今もそんな余裕ある風じゃねぇんだけどなぁ。

 

 ふと黒騎士が考え込むような表情でこちらを見ていることに気づいた。顔を向けるとふいっとそっぽを向かれてしまったが。

 

「……アポロは、怖がりだから。待っててあげて」

「オーキス」

「……なに、アポロ」

 

 咎めるような黒騎士とオーキスの視線が交錯した。だが先に目を逸らしたのは黒騎士の方で、嘆息するとつかつかと部屋を出ていってしまう。

 

「……難しい。私はただ、アポロにも素直になって欲しいだけなのに」

 

 どうやらただ挑発していただけではなかったようだ。上手くいかなかったことを悔いるように俯いていた。

 

「じゃあ仲直りしてきたらどうだ? ちゃんと話さないと伝わらないことだってあるだろ。俺も王女様に薬作らないといけないしな」

「……わかった。アポロといっぱい話してくる」

「おう」

 

 オーキスは意を決するととてとてと黒騎士を追って部屋を出ていった。

 

「……さて、俺はやるべきことをやるかね」

 

 あいつらにはできるだけ仲良くして欲しいと思っている。アポロとオルキスが親友なのだとしたら、黒騎士とオーキスも親友になっていいはずだ。むしろ十年一緒にいたんだったらオーキスとの付き合いの方が長いんじゃないかと思う。

 

 できれば俺がいる間にオルキスには目覚めてもらいたい。すぐには無理かもしれないが、何日かでなんとかしよう。

 オーキスの身体を作ってくれていたらしいから俺としても礼が言いたいし、あの二人の喜ぶ顔が見たい。【ドクター】による薬と俺の料理でオルキス王女を目覚めさせてやる。なにせオーキスの前身だからな。きっと食いしん坊だ。美味しい料理に釣られて起きる可能性もゼロじゃないだろう。

 

 そう考え、とりあえず【ドクター】を発動するのだった。

 後で美味い飯も作ってやらないといけないし、さっさと済ませてしまおう。



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これからのこと

オーキスよりこっちの方が賛否ありそうだと思い直しました。違和感なければいいんですが。


 オルキスに薬を飲ませ、アダムの案内で王宮の厨房で料理をしていたところに、オーキスと黒騎士の二人が戻ってきた。どうやら二人は無事仲直りを果たしたようだ。黒騎士は普段通りの仏頂面だったがオーキスのどこか満足そうな表情から結果を察することはできた。

 

「……ご飯出来た?」

 

 オーキスはとてとてと駆け寄ってくると尋ねてくる。

 

「もうちょっとで出来るから待っててな」

「……ん」

 

 こくりと頷いたオーキスは、しかし立ち去らずにちょいちょいと手招きしてきた。手を止めて屈み込む。

 

「……アポロ、可愛かった」

「……それを俺が聞いてどうしろと?」

 

 なんの話し合いをしていたのか非常に気になったが、深く突っ込むのはやめておこう。なんだろう、戻れなくなりそうな予感がする。

 

「……アポロは可愛い。覚えといて」

「あ、ああ」

 

 それを覚えてどうしろと言うのか。戸惑いしかなかったがまぁいい。気にしすぎても仕方がない。今は料理に集中しよう。

 ということで、俺の作った料理をアダム含む四人で囲み、その後で俺特製ドロドロに煮込んだ栄養満点スープを眠るオルキスに飲ませてやった。薬もあるし多少目覚めるのが早まるといいんだけどな。

 

 その後、俺は客室を借りて泊まることになった。

 流石に王宮だけはあって部屋数が半端ない。その上この間まで誰も住んでいなかったのだからほとんどが空き部屋となっている状態だ。

 

 しかし、だだっ広い部屋というのは落ち着かない。

 

 しかもベッドも俺が大の字に寝たってはみ出さないような大きさのモノが置いてある。腰かけると柔らかく沈むのに反発があって心地良く身体を包んでくれる。

 雨の中の路地であっても寝られる俺ではあったが心地良すぎて寝れなさそうと思ったのは初めてだ。逆にこの寝心地を知ってしまったらあの頃に戻れなくなりそう。まぁ戻る気はさらさらないんだが。

 

 身体を少し疲れさせてから寝ようかと筋トレしようと思っていた頃で、部屋の扉がノックされた。音の出所からしてオーキスじゃないな。黒騎士かアダムか。

 

「私だ」

 

 と思っていたら黒騎士だった。

 

「どうぞ」

 

 こんな時間になにか用なのかとは思ったが、心当たりもないのでとりあえず話を聞こうと思う。俺の声が聞こえたのかがちゃりと扉が開いて黒騎士が姿を現す。白いノースリーブシャツに黒いズボンという格好である。寝間着用なのかズボンは柔らかい生地で肌にぴったりしている。上のシャツも薄く、軽い素材で出来ているのか盛り上がった胸部のせいで腹部が少し見えていた。

 

「少し、いいか?」

「ああ」

 

 珍しく殊勝な態度だ。俺の都合を聞かずベッドとかにどかっと座るイメージがあったんだが。

 しかも緊張しているかのように少し部屋の中へ視線を彷徨わせた。そしてベッドに腰かける俺の隣に座る。

 

「……んんっ。話というのはこれからのことだ」

 

 どうやら気のせいではなく緊張しているらしい。緊張とは無縁なヤツだと思っていたが、余程の話なのだろうか。

 

「お前は何日かしたらここを発ち、一人で旅をするのだろう?」

「ああ。色々やりたいこともあるし、思うところもあってな」

「そうか」

「これからのことっていうことは、お前の話か?」

 

 俺のこれからは既に話している。選択肢としてはオーキスかのどちらかになるのだが、オーキスのこれからのことだったらオーキスも含めて話した方がいいだろう。わざわざ二人で話したいことと言うなら、合っているはずだ。

 

「そうだ。知っての通り私は七曜の騎士。真王仕える全空最強の騎士の一人だ。問題はこの『真王に仕える』という部分でな。帝国との一件で私は真王に背いたと見なされ、狙われる可能性が出てきた」

「ほう?」

「言ってしまえばもう七曜の騎士である必要はないんだがな。元々オルキスを取り戻すためには力が必要だったからそうしただけだ」

「ふむ。で、お前はどうする気なんだ? その話の流れだと、七曜の騎士の座を真王に返還するか、追っ手を警戒してここを離れるかのどっちかになりそうだが」

「ふっ。流石にお前は察するか」

 

 微笑む様子から、多少緊張は解けてきたとわかる。

 

「一先ずは後者にしようと思っている」

「その心は?」

「一つ。真王に背いた影響で私は瘴流域を超えることができない」

「そういや、真王の許可がないと瘴流域を突破できないとか言ってたな」

「ああ。つまり、真王のいるアウライ・グランデ空域に出向くことができないということになる」

 

 なるほど。それは仕方ないか。こっちの理由じゃなくて対外的な要因だし。

 

「もう一つ。お前の騎空団に入るならこのままの方が都合がいいだろう。戦力としてな。……七曜の騎士でなくなった時私がどの程度戦えるかは微妙だが」

「なるほどな。だがそれってつまり、俺達と旅してる間も真王に狙われる可能性が高いってことだろ?」

「そうなるな」

「いやいや……七曜の騎士の残り六人に襲われたら流石に無理だろ。厄介事の種はできるだけ消しておきたい性分なんだが」

 

 予測された襲撃を回避できるならするべきだ。

 

「そうなると私は死ぬしかなくなるな」

「……」

 

 平坦な声音でそんなことを言ってくる。……ああ、クソ。卑怯なヤツだ。

 

「……はぁ。わかったよ、追っ手が来ても問題ねぇように頑張ればいいんだろ」

「ああ、頼んだ」

「けどまぁ一生追われ続けるのも面倒だし、いつか決着つけに行きたいところはあるよな。真王の暗殺とかって難しいと思うか?」

「……ふっ。私のように他の空域に出ている者もいるが、常に真王を守っている七曜の騎士はいるぞ」

「だよなぁ」

「ああ。特に、真王の懐刀とされる白騎士はヤツから離れない」

「ふぅん。名前的に黒騎士と対になるからお前ならなんとかなったりしねぇ?」

「どうだろうな。……いや、私だけでは勝てない可能性が高い」

「へぇ? お前が断言するなんて珍しいこともあるもんだ」

 

 つまりそれだけの相手ってことか。

 

「よく考えてもみろ。同じような強さを持った騎士が全空から集まっているようなモノだぞ? 私のように真王への忠誠心が欠片もなくともなれるんだぞ? 最も信頼できて、最も強い者を傍に置いておくに決まっているだろう」

「なるほど、納得」

「もう一人、真王に心酔するバカな女がいる。黄金の騎士だ。あいつは私とも因縁があるから、戦うことになるなら私が引き受けてやろう」

「オッケ。じゃああと四人か」

「お前も会った緋色の騎士バラゴナは、真意の読めない男だ。だが真王に絶対の忠誠を誓っているわけではないだろう」

「あいつか。あいつはお前と比べてどんなモンだ?」

「さぁな。優れた武人であることは間違いない。剣だけなら私より上と思った方がいいだろう」

「そういや帝国にいたんだっけな。結局ルーマシーで会った時以来出てこなかったが」

「あの男の思惑など私の知ったことではない。だが帝国に思い入れがないのは確かだ」

 

 まぁそれは今の状況が示しているよな。

 

「あとはあいつ、リーシャの父親もいるか」

「ああ。碧の騎士ヴァルフリート。空域を跨いで存在している現在最大規模の騎空団、秩序の騎空団の頂点に立つ男だ。あの小娘を見ればわかる通り、戦いに関しても強い。本人が真王をどう思っているかは知らないが、ヤツは空域を跨いで各地の秩序を守るために奔走しているようだ」

 

 リーシャがあの歳であの強さだからな。その才覚の元になっている人物なら相当な実力を持っていてもおかしくない。

 

「というか、お前一応リーシャのこと認めてたんだな」

 

 妙に小娘とか呼んで突っかかる癖に。

 

「才能があるのは私も認める。だが精神的な脆さが目につきやすい。その上父親に憧れていると来た」

「ちょっとわかる」

 

 そこはリーシャと違って「父親なんてクソったれ」という意見で俺達が一致しているところでもある。

 

「話を戻そう。残りは、紫の騎士か。七曜の騎士一の変わり者だな。ハーヴィンだ。真王の命令には忠実なため、立ちはだかる可能性は高い。最後緑の騎士については……知らん」

「あ? 同じ七曜の騎士なのに知らないなんてことがあるのか?」

「ああ。ヤツと面識が全くないわけではないが、何者かは知らないな。男女も、種族も。ハーヴィンでないことは確かだが」

「ってことは多めに見て六人全員の七曜の騎士が敵対する可能性があるってことか」

 

 ちょっと戦力的に厳しいな。真王は思ったよりも厄介かもしれない。できれば黒騎士の力を損なわせないで真王を始末したいんだが。

 

「……真王の座って奪えねぇのかな」

「とんでもないことを言うな、お前は」

「いやだってそれが一番いい結果になるし」

「まぁ、確かにな。だがそんなこと考えてもみなかったから、私には可能かどうかもわからん」

「そうか」

 

 不確定な考えは一旦隅に保管しておくか。

 

「まぁ七曜の騎士が六人とは言ったが、ヴァルフリートは最悪リーシャ人質に取ればなんとかなるだろ」

「……最低の発言だな。というかついてくるのか?」

「ああ。……まぁ、なんつうか、色々あってな。吹っ切れたらしい」

「そうか」

 

 多少言いにくかったが、深くは聞いてこなさそうなので助かった。……と思ったのが間違いだったのか。

 

「遂に貴様に告白でもしたか」

「……っ」

「それ紛いのことはしたようだな。……帝国を倒したからと言って浮かれすぎではないか? オーキスと言い、あのナルメアと言い、小娘と言い、ジータと言い」

「少なくともジータは外してやってくれ」

「ふん、どうだかな」

 

 げんなりとして言うが、鼻を鳴らされてしまう。……ん? そういや、今俺の呼称が変わらなかったか?

 

「『伊達と酔狂の騎空団』団長でも見本にしたつもりか?」

「俺は別に千人だか五百人だかも口説く気はねぇよ。実際、オーキスのだけでもいっぱいいっぱいだ」

「そうは見えないが?」

「そう振る舞ってるだけだよ。俺はそんなに器が広いわけじゃねぇんだ。なにより……」

「?」

「俺がそんな、人に好意を寄せられるようなヤツだと思わねぇ」

 

 ドランク以外の前で弱さを見せたのは初めてかもしれない。……そう、それが俺の本心だ。まぁ好かれて、正直なところ悪い気はしない。

 

「自己過小評価だな」

「そんなんじゃねぇよ。俺は、俺がそんな誰かから好かれるような善人じゃねぇってのをわかってるってだけだ」

 

 薄々思ってはいたが、俺はなんだかんだ自分のことが好きじゃないみたいだ。そうするしかなかったから生きてきたってのが嫌なのか、根本的な原因は俺自身よくわかってはないんだが。なんか、好きになれないんだよな。

 

「……それは、おかしいな」

 

 しかし黒騎士はそう呟いた。どういう意味なのかと顔を向けると、アポロはベッドに手を突いてぐっと身体と顔を近づけてくる。そして近い距離で俺の目をじっと見つめてきた。

 

「――私はお前のことが好きなんだが?」

「…………」

 

 なんだが? じゃねぇよ。という言葉すら出てこない。今、なんて言った、こいつ?

 

「…………は、ぁ?」

 

 しばらく間を取って、ようやくそれだけを口にした。

 

「聞こえなかったか? いやしかし、何度も言うのは少し恥ずかしい気がするが……」

 

 ほんのりと頬を染めて言いつつ、咳払いをしてからまた俺の目を見て口を開き、

 

「私はお前の――」

「わかった聞き間違いじゃないことはわかったから!」

 

 全く同じ文言を繰り返そうとしてきたアポロをなんとか止める。

 

「そうか? ……しかし本人に告げるのはなかなか心が締めつけられるモノだな」

「……」

 

 ……なんだろう。アポロが乙女に見えてきた。

 

「反応が薄いな。なにか間違ったか? 生憎と人生初でな。一般的なモノがわからん」

「……そうかい」

 

 ああもう。こいつら揃って掻き乱してきやがる。不意打ちが多いのは狙ってやってんのか?

 

「さっきの話じゃねぇが、なんでかって聞いていいか?」

「それがわからないお前ではないと思うが、まぁいい。簡単だ、客観的な事実だけを述べてやろう」

 

 なんで俺にそんなに、とどうしても思ってしまう。こいつらのことを信じてないわけじゃないんだが。

 

「心が折れて生きる目的を見失った女に、優しい言葉をかけて寄り添う」

「あー……」

 

 超納得。理解した。

 

「わかったか? その後もあったが、あれが一番最初にして最大のきっかけだろう。それまで異性に興味はなかったが、あれは反則だと身を持って知った」

「そうか、あれがあったなぁ」

「ああ。心を閉ざしもうなにもかもがどうでもいいと思っていたはずなのに、いつの間にか少しずつ心が漏れていった。……このまま二人で過ごしてもいいと、そう思ってしまうほどにな」

「そっか」

 

 それはおそらく、俺があの時ナルメアとの生活に抱いていたモノに近い。確かにあの時ナルメアにしてもらったように接しようとは思っていたんだが、まさかそこまで返ってくるとはな。

 

「……言っとくが、俺は人に好意寄せられても答えは出せねぇぞ?」

「わかっている。オーキスとのことも有耶無耶にしているくらいだからな。だが問題はない」

 

 俺のヘタレ発言にも取り合わない。横目で見ると、

 

「お前が私を好きになるまで好きでいるだけのことだ」

「っ……」

 

 陰りのないやけに柔らかな笑顔をしたアポロがそこにはいた。不覚にも、見蕩れてしまう。

 

「生憎と私は誰かを想い続けるのが得意だからな。一つの想いだけで十年過ごしたくらいだ」

「……重いわ。でもまぁお前の大切なモノが増えた今なら、俺だけってことはねぇか」

「ああ。それに私は、諦めの悪い性分でな」

「知ってるよ、ボス」

「ふっ、だろう? だからお前は勝手にしていればいい。私がお前を惚れさせればいいだけのことだ」

 

 男前かよ。いや、俺なんかよりも余程。

 

「さて。では早速最初のアピールといこうか」

「もうかよ。俺の頭は割りといっぱいいっぱいなんだが」

「思い立ったらすぐに行動する性質でな。なにより、()()()()()()()()()()()()なんて目的は一つだけだろう?」

「あ……?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた黒騎士の言葉を一瞬考え込もうとしたところで、素早い動きでベッドに押し倒されてしまう。

 

「お、おい」

 

 覆い被さるような体勢になったアポロに声をかけるが、俺の身体を押さえる手の力を緩めることはなかった。

 

「オーキスは言葉で伝える代わりに行動で示しただろう? 実にいい手だとは思わないか?」

「いや、いくらなんでも飛びすぎっつうか、俺が言うのもなんだか不純じゃねぇか?」

「特定の誰かを作っていたなら浮気になるが、特定の相手がいないなら既成事実を作ってしまった方が早い」

 

 その発言に俺は、そういやこいつ割りと単純思考だったなと思い返す。

 

「……お前はそれで、いいのかよ」

「ここまで来て聞くことでもないだろう。私はお前に好きになってもらうと決めている。そして、知っているだろうが私は負けず嫌いだ。オーキスにいつまでも上から見られるのは気に食わん。なにより、お前と一番進んだ関係なのが私であるという確証が欲しい」

 

 むしろ晴れやかな笑顔で断言されてしまった。……はぁ。ホント、厄介なヤツに好かれたもんだな。

 

「……わかったよ。つっても一応言っておくが俺は初めてだぞ」

「安心しろ。私も初めてだ」

「知ってる。……ったく。次オイゲンに会ったら『お義父さん』とでも呼んでやるか」

「ふっ、それは面白そうだな」

「……ホント、物好きなヤツだよ。まぁでも、気持ちは嬉しいよ、アポロ」

「……貴様狙ってやっているのか?」

「うん?」

 

 苦笑して言うとアポロの顔が翳っていてもわかるくらいに赤くなった。

 

「いや、いい」

「そうか? じゃあ始めるとするか」

 

 言って、アポロの背中に腕を回す。なんだかんだ言って初めての影響なのか身体を硬くするのがわかった。

 

「ああ、そうだ」

 

 思い立ったように言って、できるだけ優しく笑いかける。

 

「ありがとな、アポロ。俺を好きになってくれて」

 

 これだけは言っておかなければ。偽りない気持ちを言葉にして伝えてから、俺は回した腕で抱き寄せるように、更に自分から顔を近づけていった――。




まぁ、年齢的には二十五歳ぐらいなのでアポロさん。オーキスと同じようにはなりませんよね。


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“ダナン”の旅

ご指摘があったのでハーレムタグを追加しようかと思います(今更)

他にも追加した方が良さそうなタグがあればいただければと思います。
昨日よりも問題な今回の話……。


 人と肌を重ねるってのは不思議な感覚だ。誰かと夜を過ごすことの意義を、それこそ身を持って知ったと言うべきか。

 

 ……まぁ、二人共体力があることに物言わせてたら朝になってたのはちょっと反省しないとだが。

 

 なんだかんだオーキスの言う通りアポロって可愛いんだなと思いました。いや絶対にオーキスが言ってたのとは違うんだけど。

 

 そろそろ朝食を作らないと、というところで部屋を出て浴場に行って身体を清めてから厨房へ向かった。

 

 アダムは最初に起きてきて(あいつがちゃんと眠っているのかは兎も角)、次はほとんど変わらずアポロとオーキスが来た。アポロはやはりというか身体を清めてきている。……明るい場所でアポロの顔を見るとやけに気恥ずかしいが、それは向こうも同じようだ。

 

「……アポロ。どうだった?」

 

 オーキスが耳打ちするように尋ねていた。あいつが素直になったのは、昨日のオーキスとの話し合いが理由のようだ。薄々感づいていたが、おそらく「……アポロもダナンが好きなら素直になるといい」ってことを言って聞かせたんだろう。

 

「問題ない。お前のおかげだ、オーキス」

 

 アポロは晴れやかな笑顔で言った。その表情と言葉に満足そうだったオーキスだったが、ふと首を傾げる、

 

「……? アポロ、なんかツヤツヤしてる?」

 

 俺にはよくわからないが、事後だと変わるらしい。

 

「ああ。ふふ、かなり吹っ切れたからだろう」

「……そう、なら良かった」

 

 アポロは随分と嬉しそうだ。一晩でかなり刺々しさが取れたように見える。そこまで彼女を変えた一因が自分なんだと思うと不思議な気分だったが。

 

「オーキス。悪いが先に進ませてもらった」

「……っ」

「これでもうキス如きで偉そうにできないということだな」

「……キス、以上」

 

 勝ち誇った顔のアポロと、キスより先と聞いて顔を赤くするオーキス。

 おいやめろよお前がオーキス挑発して一番大変になるの俺なんだからな? 言っとくが流石にオーキスには手は出さねぇよ? だって子供だし。アポロはいい歳した大人だからあれだけど。倫理的にマズいだろ、オーキスは。

 

「ふむ。オーキス様があのまま残っていたら、ダナンさんがエルステの王になっていた可能性があるということですか」

 

 アダムが話に入ってきた。こいつも冗談を言うんだなとしか思わないが。

 

「やめてくれ。俺は王なんて柄じゃねぇし、仮にそうなったとしても元々女王だったんだろ」

 

 てっきり女系の王国なのかと思ったが。

 

「……アポロ、えっち」

「オーキスが子供なだけだろう」

 

 顔が赤いままのオーキスが言ってもアポロにはなんのダメージもない様子だ。自分が圧倒的優位だとわかっているからだろう。

 

「……子供じゃ、ない。アポロと同い年」

「いや、それはオルキスであってオーキスじゃないだろ。オーキスとしての誕生は十年前なんだから」

 

 入りたくはなかったが、出る杭は打たなければなるまい。

 

「……む」

 

 しかしオーキスはむっとしてしまった。おや、言葉を間違えたか? アポロが笑っているのが見える。……こいつわざと挑発してやがったな?

 

「……私は子供じゃ、ない。アポロと同じことも、できる」

「い、いやさっきも言ったがオーキスはまだ幼いから……」

「……幼く、ない。子供扱いしないで。私が大人だって、今日証明する」

 

 売り言葉に買い言葉のような気がしなくもないが、オーキスがやる気になってしまった。……クソ、どこで間違った。

 

「……アポロ。今日は譲って」

「ああ。好きにするといい。今日はゆっくり寝たいからな」

 

 俺も寝たいんだよ。と言いたいがアポロは優しい表情をしている。……要は自分が優位に立ちたいとは思っているが、かと言ってオーキスを置き去りにする気はないってことか。まぁ二人の仲を考えれば当然のことではあるんだが。

 

「……俺の意思は?」

「……ダナン、アポロとはしたのに私とはダメ?」

 

 尋ねる俺に、オーキスは悲しそうな顔をして言ってきた。……クソ、いつから俺はこんなに甘くなったんだ。

 

「はぁ。わかったよ、もう。嫌なわけじゃ、ないしな」

「……ん」

 

 諦めて嘆息すると、打って変わって顔を綻ばせる。苦笑して朝食を配膳していった。

 

「……ちょっと、行ってくる」

「どっか行くのか?」

 

 食後オーキスが一人でどこかに行こうとする。

 

「……ん。面白いの見つけたから。でも、まだ内緒」

「わかった。まぁいつか見せてくれ」

「……ん」

 

 街に出たら「オルキス王女!?」となってしまうので出られないはずだが、アダム曰く街の方ではなく宮殿でなにかを見つけているらしいとのことだった。

 アポロは相変わらずオルキスの下へ向かった。傍に寄り添うことしかできないからだろう。

 

 俺も一旦アポロと一緒に行って、オルキスに薬と朝食を飲ませた。

 その後しばらく雑談してから、身体が鈍らないように外で魔物を狩っておく。昼食前には戻って料理を作り、と平穏に過ごしていた。

 

 問題はその夜だ。

 

「ホントにいいんだな?」

 

 俺は薄着で俺のいる部屋に来たオーキスに最終確認を取る。

 

「……ん。ダナンになら、いい」

 

 熱に浮かされたような表情をしていると、妙に色っぽく見えた。

 

「わかった。嫌だったり痛かったりしたら、言うんだぞ」

「……ん。わかった」

 

 アポロもむしろ推奨する姿勢だし無碍にするわけにもいかずという形ではあったが、オーキスと一夜を過ごす結果となる。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 朝目が覚めると俺の上に乗っている温もりと重さがあった。行為の前後でこうも触れ合っている時の感覚が変わるのはなぜだろう。

 

 昨晩致したオーキスが俺の上で寝ていた。流石にオーキスは小さい身体で無理をさせるわけにもいかないため一晩中は無理だった。俺も二日連続徹夜は勘弁願いたいので後処理をし服を着てから一緒に寝ることにしたのだ。

 

 最新のゴーレム技術って凄いんだなと思いました。

 

 ともあれそっとオーキスの頭を撫でる。僅かに身動ぎをして、寝惚け眼を開いた。

 

「悪い、起こしちまったか?」

「……ん。ダナン」

 

 聞くがオーキスは構わずきゅっと抱き着いてきた。

 

「……不思議。ダナンと一緒の幸せが大きくなって、もっと好きになった」

「そっか」

 

 どうも、まだ真っ直ぐ好きを伝えられるのには慣れていない。

 

「……これでアポロと並んだ。私は、負けない」

「俺も、ちゃんと覚悟を決めなきゃな」

「……ん。ダナンが好きになってくれる頃には、ダナンがずっと大好きになってるから、覚悟して」

「ああ。遅れたけど、オーキス」

「……なに?」

 

 顔を上げて首を傾げるオーキスに、心からの感謝を告げた。

 

「俺を好きになってくれてありがとな、オーキス。こうして一緒にいてくれて、嬉しいよ」

「……っ」

 

 するとオーキスは顔を真っ赤にして、しかし次の瞬間俺の唇に自分の唇を重ねてきた。

 

「……ダナンは、狡い。そうやってもっと好きにさせる」

 

 すぐに口を離してそんなこと言ってくる。

 

「はは、じゃあついでにやるか?」

「…………一回だけ」

「はいよ」

 

 俺を心から好きでいてくれる少女のために、文字通り一肌脱いだ。

 

 それからというものその日の夜にはアポロ、次はオーキスという風にローテーションした。五回目の夜は二人で、ということになったのは俺がそろそろ出ていこうと思っているのが伝わったからだろうか。二人同時だと他のヤツに見られているからかまた違った良さが……いやあんま言うのはやめておこう。

 

 妙に性に爛れた日々を送ってしまっていたが。

 

「……っ!」

 

 オーキスがふとなにかを感じ取ってはっと顔を上げた。朝食後すぐのことだ。

 

「……オルキス」

 

 ぽつりと呟いて駆け出した彼女に、もしかしてと思い三人で後を追った。

 

「……あ、あれ……? ここ、は……?」

 

 開きっ放しの部屋の中から聞こえてくる声。それはオーキスと全く同じだったが別だとはっきりわかる声だった。中を見ればベッドの上に眠っていたはずの彼女が、上体を起こしているところだった。

 

「……オルキス」

 

 先に到着していたオーキスが彼女にぎゅっと抱き着く。

 

「オーキス。それにアダムも。あと、アポロ? すっかり大人になってて一瞬誰かと思っちゃった。それに……っ!?」

 

 オルキスは抱き着いてきたオーキスを優しく眺め、微笑むアダムに微笑み返し、色々な感情が込み上げてきているのか動けていない様子のアポロを見て苦笑し、次に俺のところに目を向けて顔を真っ赤にした。……んん?

 

「……あ、あなたはあの時の」

 

 なぜか照れている様子だ。無意識か唇に触れたのを見て、理由が判明した。

 

「……王女様にとってはノーカウントでいいと思うぜ。流石に。オーキスとの、っていうことで」

「そ、そうですね」

 

 オルキスの身体にいたオーキスが俺に口づけした。だが身体が返還されたのでその口づけ自体はオルキスの身体にカウントされる。だがそれだとあまりにもオルキスが不憫なので、カウントしないということにした。オーキスも嫌だろうしな。

 

「ほら、行ってこいよ」

 

 話題を変えるためも含めて、ぽんと固まっているアポロの背中を優しく叩く。アポロはそれに押されるようにフラフラとオルキスの方へと歩いていき、オーキスと同じように彼女へと抱き着いた。

 

「……オルキス……っ。私は、お前をずっと……!」

「うん、知ってる。ずっと王宮にいて、アダムから聞いてたから」

 

 感極まって涙するアポロを、オルキスは優しく撫でていた。感動の再会。その言葉が正しく相応しい場面に、顎に手を当てたアダムはこう言った。

 

「どちらにしてもダナンさんが王になる可能性が?」

「……お前実は天然ボケだろ」

 

 折角目頭が熱くなっていたというのに台なしだった。……さてと。俺は目覚めたばかりの王女様に、食べやすい朝食を持ってくるとするか。

 そう思って三人の邪魔をしないようにそっと部屋を出ていく。そして料理を装って盆に載せて運んでいった。

 

 扉を閉めてしまっていたので開けて入ると、きゅぅという可愛らしい音が聞こえる。顔を赤くしているのでオルキス王女の腹の音だろう。

 

「目覚めたばかりだろうから流し込めるヤツだ。ゆっくり食べてくれ」

「あ、うん。ありがとう」

 

 オルキスに盆ごと渡す。傍にいる二人が補助してくれるので心配ない。

 

「あ、美味しい。もしかして私が眠っている間も食べさせてくれたの?」

「ああ」

「やっぱり。朧げだけど美味しいモノを食べてる夢を見た気がするんだ」

 

 手を合わせて笑う。確かにオーキスとは同一人物と思えなかった。とても表情が豊かだ。

 

「……オルキスはやっぱり食べるのが好き」

「変わらず食いしん坊だな。それで早く目覚めたのではないだろうな」

「確かに、ゴーレムの私でもまた食べたいと思う料理ですからね」

「も、もうっ。三人共」

 

 三者三様に言われてほんのり頰を染めた。俺も三人に同意したのは言うまでもない。

 

「じゃ、食べ終わったら退散するかな。三人で積もる話もあるだろうし」

「ま、待って。私、あなたからの二人の話が聞きたい」

 

 邪魔者は、と思ったのだがオルキスに引き止められてしまった。

 

「……ダナンの、私の話」

「ほう、気になるな」

 

 二人も食いついてしまったので逃げ道はないか。

 諦めて盆を下げた後で話に加わった。コロコロと表情が変わるので見た目も相俟って年齢より幼さを感じる。

 だがまぁ本気で俺のやることはなくなったので、これでもう発てると思ったのだが。

 

「えっ……? もう行っちゃうの?」

 

 なぜか一番王女様に愕然とされてしまった。ちょっと心が痛まないでもない。

 

「……仕方ない。ダナンの料理は世界一」

「当然と言えば当然の結果か」

「少なくとも私があなたの腕をトレースするまではいてもらいたいモノですね」

 

 どうやら今までのこともあり胃袋を早速掌握してしまったらしい。というわけで仕方がなく俺の出発は三日後ということにした。ちゃんとこれ以上は延ばさないと断言して。

 期限が決まれば当然二人もしばらく会えなくなるからと積極的になり、英気を養うどころか削られていくのだが、まぁそれは仕方がない。

 

 そして旅立ちの日がやってきた。

 

「そういえば、オルキス様。星晶獣アーカーシャは如何しましょうか」

 

 しかし大事な日になってからアダムが思い出したかのように話題に挙げる。

 

「我が国にはアーカーシャを厳重に保管する兵も設備もありません。二度と誰の手にも渡らないようにする必要があると思いますが」

「そうですね」

「なんでお前はそんな大事なことを、俺の出発前なんか言うんだよ」

「あなたの知恵もお借りしなければならない議題かと思いまして。ふとあなたが出る前に思い出しただけのことです」

 

 ジト目で言うがアダムは取り合わない。

 

「……それなら私に考えがある」

 

 そこで真っ先に意見を挙げたのは、なんとオーキスだった。

 

「……アダム。星晶獣アーカーシャを入れれば、ロイドは動く?」

「ロイドですか……。一体どこでそれを?」

 

 オーキスの言葉を理解できたのは、エルステを知る三人の中でもアダムだけだった。オルキスとアポロはその『ロイド』とやらを知らないらしい。

 

「……三人も、来て」

「実際に見ていただいた方がよろしいでしょう。ついてきてください」

 

 二人の話に全くついていけなかった俺達は顔を見合わせて二人についていくのだった。

 

 そうして連れてこられた場所に、そのロイドとやらは座していた。

 シルクハットに裾がボロボロになった黒いロングコートを着込んでいる。白い仮面に、蒼の長髪をしたゴーレムである。どこか紳士然とした服装だが、なんのために造られここに放置されていたのだろうか。

 

「これがロイド?」

「はい。ロイドはエルステ王国が誇る技術の推を結集させて造った、超攻撃型のゴーレムです。自我があるという点で私が最高傑作ではありますが、戦闘力で言えば遠く及びません」

「アダムよりも上かよ」

 

 並みのゴーレムとは一線を画す性能のようだ。

 

「……アダム。ロイドは動く?」

「ええ、アーカーシャのコアを埋め込めば、ロイドは動くでしょう」

 

 渋々アダムは頷いた。しかし、とオーキスを真っ直ぐに見据える。

 

「それは同時に自我のない殺戮兵器を世に放つということでもあります」

「……最近話してて、仲良くなれたと思うから大丈夫」

 

 それで毎日どこかへ行っていたのか。そういえば他のゴーレムは埃が積もっているヤツもいるが、ロイドは綺麗になっている。掃除してあげていたのだろう。

 

「そしてアーカーシャを何者かの手に渡らせないために、ひとところに留まることはできなくなります。孤独な旅を強いられることになりますよ」

「えっ? オーキス、この国を出ていっちゃうの?」

 

 アダムの言葉にオルキスが悲しそうな顔をしてみせた。

 

「……ん。ダナンも、アポロも。一人で旅をする理由がある。私も、もっとこの世界を、私自身の目で見てみたい」

 

 確かな意志の込められた瞳が俺達を射抜く。アポロだけは驚きが全くなかったので、先日話をしたタイミングかどこかである程度聞いていたのだろう。

 

「……やりたいことは、それ。本当はもっと一緒にいたい。でも私も役に立ちたい。やるべきことを、見つけたかった」

「それがロイドをアーカーシャの番人とし、あなた自身がロイドを従えて旅をするということですか」

「……そう。その後はダナンの騎空団に入るけど、皆となら大丈夫」

「そこに異論はない。だが常に危険がつき纏うことになるぞ」

「……わかってる。でも、私はそれが私自身のやるべきことだと思った。星晶獣アーカーシャの制御も、きっと私にしかできないこと」

 

 意地でも譲らないと言うか、既に覚悟を決めているオーキスになにを言っても無駄なようだ。

 

「そっか。じゃあしょうがないね」

 

 意外と言うべきか、一番オーキスを心配していたオルキスが困ったように笑って言った。

 

「いいのですか?」

「うん。だって、少し前までオーキスは私だったんだから。一度言ったら聞かない、頑固だって知ってるよ」

「全くだ。誰に似たんだか」

「頑固な王女様と頑固な騎士様に、だろ」

 

 一度決めたら譲らない、妙に頑固なところは二人の共通点でもある。

 

「ま、お前が決めたんならそれでいいさ。やりたいことを応援するってのは変わらないしな」

「……ん」

 

 頭を撫でて告げる。……となるとアポロもオーキスも誰かしらに狙われる可能性のある状態になるわけか。俺も、もっと強くならねぇとダメだな。

 

「……あともう一つ、ロイドが欲しい理由がある」

 

 そう言ってオーキスは抱えていた猫のぬいぐるみの背中に手を差し込んだ。

 

「……これ。ロイドがいれば必要ないから、私だと思って持ってて欲しい」

 

 そう言ってオーキスは黒紫色の短剣、パラゾニウムを差し出してきた。

 

「わかった、大切にする」

 

 断っても聞かないだろうということはわかっているので、有り難く受け取っておく。……かなり武器が増えてきたな。というかこいつらから貰った武器って奥義効果が強いとか言われてる天星器より強いんじゃね?

 

「決まりね。じゃあ早速アーカーシャのコアをロイドに埋め込みましょう」

 

 オルキスが手を軽く叩いてそう言い、彼らの協力によって安置されていたアーカーシャをコアに換えてロイドへと埋め込んだ。埋め込んで数秒経つと、白い仮面に空いた穴が赤く光り出す。

 

「……ロイド。おはよう、これからは私と一緒に、行こう」

 

 オーキスは言って、専用の鉄糸でロイドを動かす。まだ不慣れなのかぎこちない動作ではあったが、ロイドはお辞儀をしてみせた。

 

「あの強い星晶獣を動力にした攻撃特化のゴーレム、か。星晶獣並みの戦力だろうな」

「はい。彼一体で、島一つ滅ぼすことも可能でしょう」

「……大丈夫。ロイドとアーカーシャは、私が制御する」

「うん。頑張って」

 

 指先から細く頑丈な鉄糸を操り戦う術を得たオーキス。ゴーレムとなったことで自身の身体能力も上がっているらしいので、今から一緒に旅する時が楽しみだ。

 

「さて。じゃあ王女様も目覚めたし、オーキスもロイドを得た。アポロの行き先は決まってるみたいだし、俺はもうそろそろ行くかな」

「そ、その前に一つだけいい?」

「うん?」

 

 頃合いを見て俺が切り出すと、オルキスに遮られる。

 

「い、一度でいいので名前で呼んでもらえないかな?」

 

 オルキスは期待するようにこちらを見上げてくる。……そういや呼んだことなかったな。

 

「……また一人強敵が増えた?」

「手当たり次第というヤツか」

「やはり彼が王になる可能性が……」

 

 他三人が好き勝手言っているのをジト目で牽制しつつ、俺はオルキスへ向けて苦笑した。

 

「悪いな、オルキス。ずっとオーキスをオルキスって呼んでたから、混乱しそうだったんだ」

 

 つい、というかオーキスにそうやってきたように、うっかりオルキス王女の頭を撫でてしまう。ちょっと気安かったかと後悔するが、

 

「っ……うんっ」

 

 大変嬉しそうに笑ってくれたので、良しとしよう。なぜか特にオーキスとアポロからジト目を食らったのは置いておいて。

 

「じゃ、俺はもう行くな。旅する内に会うかもしれねぇし、会わないかもしれねぇ。まぁいつか同じ船に乗る時まで達者でな」

「はい、お元気で」

「いってらっしゃい」

「お前こそつまらないヘマするなよ」

「……再会した時は、それまでの分取り返すから、覚悟して」

 

 四人に見送られて俺はメフォラシュの王宮から立ち去った。妙にオーキスが積極的な発言をしていたのは、まぁ再会した時に考えよう。

 

 一応アダムの方でオルキス王女が見つかりそうという噂をメフォラシュに流していて、今後容態を見て民へ顔出しし完全な王政の復活を民へ、ひいては全空へ知らしめるつもりだろう。ただまぁエルステ帝国から成り代わるとはいえ信頼できる部下がアダムくらいしかいなのは致命的だ。国を安定して動かすには人手が足りないだろう。

 これはリーシャから聞いた話だが、秩序の騎空団が帝都の人々に宰相フリーシアが諸悪の根源だと流布したらしく、半信半疑ではあったようだが怪しげな実験をしていて、その上政治を握っていたので裏があったという事実にも納得する者はいたようだ。まぁ上に立つ者の汚職を疑うのは世の常と言うか。秩序の騎空団が今まで築いてきた信頼の証か。

 

 タワーを最優先で捜索したのだが、結局フリーシア以外は捕らえられなかった。行方知れずとなったのは、中将ガンダルヴァ、少将フュリアス、皇帝ロキ、フェンリル。

 俺が知っている中ではもう一人大尉ポンメルンがいるのだが、彼は避難所の人達に熱い擁護を受け逮捕とまではいかず重要参考人として同行してもらう形となった。その前に上に立つ者がごっそりいなくなり不安と混乱に見舞われる民へ向けて演説をぶち上げたらしい。結果彼の支持率は鰻登り。秩序の騎空団が逮捕しようにも反感を買う状態にしたという。

 まぁポンメルンは民に支持されるだけの器を持った人物のようなので、王国になっても彼を採用して帝都の民の不満を軽減するしかないだろう。

 

 この空域内の様相もかなり変わってくるだろう。いいことも悪いことも起こるはずだ。

 

 だが俺は俺の道を行くと決めた。

 まずは仲間を探しつつ島々を回ろうか。

 

 空を見上げれば澄み渡った青空が広がっている。晴れやかな気持ちで眺めたりはしない。なにせ蒼い空はあいつらの領分だ。

 

「……必ず追いつく。そんでもって追い抜く。それだけだ」

 

 精々今は先を行くがいい。そう思って不敵に笑い、空を睨みつけて、俺は歩き出す。

 これが本当の、俺の――ダナンの旅の始まりだ。




グラン君がルリアに手を出すようなモノ。
あとオルキスの照れはシリアスな場面だったので中断されますた。

一応ここで幕間本編(?)は終わりです。次から番外編になります。


因みにオーキスの身体はアダムさんが作ったんですよ……ふぅん。


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EX:マフィアよりもヤバい

今回から番外編になります。

まずは少し長めな一話完結の話。
番外編は頭に「EX」ってつけましょうかね。

きくうしの皆様は今頃古戦場だと思います。私はもう100HELLフルオート放置で回るだけにしてます。しんどいので。
実質最終日ですので、お疲れ様でしたにしておきましょう。終わってから読むと思われるので。

あと思いつきでこの作品を書くに当たっての話なんかを活動報告に載せようかと思っています。この作品で書きたいと思っていることやなんかを適当にだらだらと書き綴ったモノになる予定ですので、興味のある方はご覧いただければ幸いです。多分今日中には載せるはず。


今回のはシリアスっぽく見えるコメディの想定。
実は最初の感想に関わる、それ記念に思いついたヤツですね。
独自解釈を多分に含みます。


 帝国を巡る一連の事件が解決し、団員の大幅増員やグランサイファーとは別の騎空挺の購入など、様々な準備を行った“蒼穹(あおぞら)”の騎空団。

 

 ただし彼らには大きな問題が立ちはだかっていた。

 

 それはつまり、

 

「あ、ごめん。星屑の街の妹達が気になるからついていけない」

「僕も同じ理由で辞退します」

 

 たった十人でありながら最強の騎空団として名を挙げられる十天衆。十ある武器種それぞれの扱いに長けた最強の十人が集まった騎空団だ。

 彼らは天星器と呼ばれる特殊な武器の力を覚醒させ、使いこなす者に勝負を挑む。天星器を使いこなせる者など数少ない。特殊な武器を手に入れて扱えるということは、それまで愛用し手に馴染んだ武器と変えるということだ。つまり色んな武器を器用に使いこなせる者が候補に挙げられる。

 

 そしてその条件に合致する双子が、“蒼穹”にいた。

 

 当然二人は互いに天星器を十種全て使いこなせるようになり、十天衆を相対する。

 見事勝利を収めたら騎空団に入ってくれるという言葉もあり、二人は全力を尽くしてなんとか十人全員に一回ずつ勝ちを捥ぎ取ったのだが。

 

 そこで先程の言葉である。

 

 既に新たに増えた団員を含めて充分な空室が出るように騎空挺を購入、部屋の割り振りまで終わっていた。

 そろそろ一箇所に集合していて、とお願いするために各地を回っていたのだが。

 十天衆の二人が断りを入れたのだった。

 

「十天衆は十人全員仲間にしたい」

 

 そう豪語するのは収集癖のあるグランである。知り合った十二神将もいずれ十二人全員騎空団に加入させるんだ、とフラグめいたことを決意している彼は、欠けていることを許容しにくかった。

 

「この間十天衆全員で帝国のところへ行ったでしょ?」

「その時も星屑の街に手を出すマフィアがちょっかいをかけてきたみたいなんです。やっぱり僕達がいないと」

 

 という事情のようだ。

 家族が危ないから、という理由であれば無理に頼み込むことはできない。

 

 彼ら姉弟が暮らしている星屑の街という場所は、スラム街だ。貧しい孤児達が身を寄せ合って、しかし強く生きている街だ。だがその星屑の街は、近くを陣取っているマフィアの連中によって脅かされていた。

 昔からマフィアには悩まされてきたが、エッセルとカトルの二人が最強の十天衆であるという事実を持ってしても活動を抑制することはできず未だにちょっかいをやめていない。

 

 それはシェロカルテ情報によると、各国がマフィアの後ろ盾になっていることが理由だった。

 

 後ろ盾がある限り、手を出したら血を血で洗う戦争になんぜ、とマフィア共は調子に乗っているようだ。

 

 秩序の騎空団などがいて、騎空士も荒くれ者を捕縛する依頼を受ける世の中で未だマフィアをやっているのは地方の小物か余程力のある大物かのどちらかである。因みにダナンのところにいたのは前者。

 

 正直なところそうであっても十天衆が全員いれば殲滅はできるかもしれない。フュンフがいるからほぼ無敵だし。

 ただそれでは報復が行われて、結果守るべき子供達が危険に晒されてしまう。さしもの十天衆といえど国規模を相手取るには手が足りなくなる可能性もあった。

 

 だからこそ現状を維持するのが、最も確実に守るための手段となるのだ。

 

 だが、それで諦めるグランではない。

 

「……わかった。マフィアを根絶しよう!」

「「えっ?」」

 

 彼の言葉に二人は聞き間違いかと首を傾げた。

 

「まず情報収集が得意な人ーっ!」

 

 グランが声を張り上げると、集まっていた団員達の中から何人かが歩み出てくる。

 

「星屑の街を狙うマフィアがどの国と繋がっているか、援助の代わりになにを得ているのかを調査。よろしくね」

 

 彼の言葉に頷くと、彼らはしゅばっ! とどこかに消えてしまった。因みにシス君もいました。

 

「次は全戦力の結集。念には念を入れてかけられるだけの団員には声かけとこう」

 

 ジータも同じ考えらしくテキパキと指示を出していく。

 

「あの、ちょっと」

「皆、落ち着いてください」

 

 その場にいる全団員が動き始める中、当人であるエッセルとカトルはオロオロしていた。

 

「落ち着いてますよ、僕達は」

「はい。冷静に、これ以上のさばらせないためにここで壊滅させた方がいいと思ったんです」

 

 しかし双子の団長はむしろいい笑顔で告げる。

 

「私は団員ではありませんが、お二人の力になりますよ~。さっきの方々が集めた情報は私にいただければ、少なくとも同じ方達が二度と関わらないようにさせるくらいはできますよ~」

 

 笑顔で一番物騒なことを口にするのは神出鬼没な大商人、シェロカルテである。

 

「あはは、それは心強いです」

「大変でしょうけど、頼らせてもらいます」

 

 心強い味方に苦笑する。既に団員の大半は騎空艇に乗り込んでいた。

 

「なんで、そこまで……」

「これは僕達の問題でしょう」

 

 未だ戸惑っている二人に、双子は満面の笑みで返す。

 

「「仲間ですから」」

 

 単純明快、しかしこれ以上ない理由にエッセルとカトルも言葉が出なかった。

 

「まぁ純粋にお二人にも仲間に加わって欲しい気持ちもありますけど」

「後顧の憂いは断っておかないと、ですからね」

 

 二人の団長に、十天衆の姉弟は顔を見合わせて苦笑した。

 

「私達も行くよ」

「はい。今まで散々好き放題されてきた恨み、晴らしてあげます」

 

 一番マフィアに対して腸煮えくり返っているのは彼らだ。もしかしたら根本的解決に乗り出せるかもしれない。そのことが、二人を動かした。

 

「さて、じゃあ“蒼穹”の騎空団全体の、最初の仕事だ! 総員、出撃ッ!」

 

 改めてグランサイファーに乗り込んだグランが威勢良く号令を上げる。兄が「一回言ってみたかったんだこれ~!」と内心歓喜していることをサブの騎空挺から察して苦笑しつつ、こっちに乗り込んでいる団員達が自分を見ていることに気づき、表情を引き締めた。

 

「こっちも行くよ! 困ってる仲間のために、力を振るおう!」

 

 負けじと号令をかけて、二隻の騎空挺が発進する。

 

 各地を旅して関わってきた曲者達が大集合した騎空団が今、愚かなマフィアの下へ向かったのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そして。

 星屑の街の近く、件のマフィアが屯している場所ではなにも知らない構成員達が普段通りに過ごしていた。

 

 盗賊に扮して税の収めが悪い村を滅ぼしてやっただの、滅ぼした村の何人かは奴隷として献上してやっただのという胸糞の悪い話を、下卑た笑い声を上げながら雑談のように話している。

 人格には問題があっても彼らの武装は立派なモノだった。彼らを有効活用する国からの支給品である。剣、銃、大砲。装備だけで言うなら軍も顔負けの質となっている。彼らに隊列を組み戦うという軍と同じ練度があるかどうかはさておき。

 

 しかし彼らは狡猾だ。いつ襲撃があってもいいように、奴隷として売る者達を常に一定数確保してすぐ人質に取れるよう用意してある。自分達を襲撃するようなヤツらが下らない義憤に駆られた愚か者であることはわかっていることだからだ。

 そうやって「くっ、卑怯者めっ!」と言いながら身包み剥がれて奴隷に身を落とし、もし男で女の仲間がいたら目の前で犯してやると最高にいい表情をするのだ。

 

 そんなバカの顔を見るのが、なにより楽しかった。

 

 だが、そんな彼らの楽しい人生にも、終わりが近づいている。

 

「あん?」

 

 始まりは何気なく見上げた空がきらりと光ったことからだった。眉を寄せて光の正体がなんなのか掴もうとしていると、ようやく見えてくる――光の矢だ。どこから!? という疑問よりも先にマズいと勘が告げてきて回避を選択するが、視認できる距離まで来ている時点で常人には避けることなど不可能。

 光の矢は高速で飛来すると男が動くよりも先に心臓部を撃ち抜いた。途端に走る激痛と視界の下から溢れてくる鮮血に思考が奪われる。

 

 まさか、自分が視認できないような距離から矢で心臓を狙い撃ったというのか?

 

 死にゆく頭が回転して一つの結論を出すが、そんなことはあり得ない。あり得るとしたらそれは最早人ではない。

 

 ……化け物め。

 

 最期の力を振り絞って血に塗れた唇でそう呟いた。

 

 そんな彼の言葉を、見えていた唇の動きで察した化け物は、しかし微笑んだ。

 足の下に出した光輪で空に浮かぶ彼女は、以前なら暗い表情をしていたその異名を嬉しそうに受け入れる。

 

「ええ、私は化け物。でも、そんな化け物()の仲間がそっちに向かってるから気をつけた方がいいわよ」

 

 聞こえるはずもない忠告を述べて、彼女とは別方向からマフィアの根城に近づいている二隻の騎空艇を見やるのだった。

 

「総員、撃てーッ!」

 

 女性の厳しい号令が響き、マフィア達の上空を飛ぶ騎空艇から魔法や弾丸、爆発物などが降り注いでいく。しかし、まるで事前に調べていたかのように、奴隷達の入れられている建物には飛んでいかない。逆にマフィアが使っている家は爆破させ炎上していく。

 

「手を休めるなよ! 持てるだけを下にいるマフィアの汚いクソ穴にぶち込んでやる気でやれッ!!」

 

 黒髪のエルーンが口汚く罵倒して攻撃の手を急かす。

 

「……初対面の人もいるだろうに張り切ってるわね」

「マフィアの連中がやっていることに腹を立てたんだろう」

「でもあんな風にするから婚期逃すんだよなぁ」

「「「あっ」」」

 

 彼女をよく知る組織の面々が口々に言う中で、自爆したヤツが一人いた。言わずもがなベアトリクスである。

 彼女の言葉を聞いた瞬間指示を出していた女性の耳がぴくりと反応した。振り返った彼女の表情は修羅の如し。

 

「……癇癪玉」

「は、はいぃ!」

 

 底冷えする声音で呼ばれたベアトリクスは訓練時代の癖で背筋をピーンと伸ばした。

 

「そんなに働きたいなら働かせてやろう。おい、鎧チキン」

「む?」

「放り込め」

 

 バザラガを呼び、いい笑顔で言い放った。その言葉の意味を理解したベアトリクスの顔から血の気が引いていく。

 

「い、いやしかし……流石のベアトリクスでもそれは……」

「一緒に逝きたいならそう言えばいいんだ。よし、二人同時に逝くか」

 

 「いく」の字が違っているような気がしたので、バザラガは巻き込まれては敵わないとベアトリクスの後ろに立ってがしっと肩を掴む。

 

「……う、嘘だよな? バザラガ、嘘だよな……?」

「すまん、ベアトリクス。心から冥福を祈っている」

 

 彼女の顔が絶望に染まる。しかしバザラガはベアトリクスの身体を冗談抜きで甲板の外へと放り投げた。

 

「……あ、あぁ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 当然落下していくベアトリクス。しかし彼女はピンチの時ほど輝くタイプである。落下しながらもエムブラスクの剣を握ると空中で身を翻し

 

「え、えぇ、エムブラスクの剣よぉ!!」

 

 声から必死さが伝わってくる。それでもなんとか地面に激突する直前で剣を振るい、その落下の衝撃と斬撃をぶつけて相殺した。

 

「はっ、はっ、はぁ……!」

 

 なんとか着地に成功したベアトリクスは浅い呼吸を繰り返す。てんやわんやで着地した彼女とは正反対の者が一人。

 

「団長。俺も出よう」

 

 グランサイファーの甲板にいた深紅の衣を纏う金髪の男はグランに一言断ってから駆け出すと騎空艇から飛び出した。先程の彼女と同じように落下するかと思われたが、その心配はない。

 

 空中に身を飛び出した彼の身体が発光し始める。否、放電していた。瞬間、雷鳴が轟いたかと思うと彼は落雷と化して地面に着地していた。しかも着地と同時に周辺にいたマフィアを数人雷によって倒している。

 片膝を突くように着地した彼は放電の余韻を残しながらゆっくりと立ち上がる。

 

「――レヴィオン王国雷迅卿の騎士団団長、アルベール」

 

 アルベールと名乗った男は静かに離れた位置で慄いているマフィア共を見据える。彼の視線に射抜かれた男は畏怖を覚えつつも奮い立たせるために強がった。

 

「はっ! おっさん一人でなにができるってんだ! 殺っちまえぇ!」

「……お、おっさ……!?」

 

 予想外の口撃に、アルベールがショックを受けた様子でよろめく。それを隙と見た男達が襲いかかるが、

 

「はぁ!」

 

 少女らしき気合いの声が聞こえて男達がまとめて薙ぎ払われた。

 

「なにをしているでありますか! 今は目の前の敵に集中するであります!」

 

 声のした方を向けば子供にしか見えない身長、ハーヴィンの女性が屋根の上に立っている。金の長髪を風に靡かせ青のドレスの上に鎧を纏っていた。左腕に小さな盾をつけており、右手には小柄な体躯に見合わぬ青い大剣を持っていた。なにより四十センチほどもある頭に載った冠が特徴的だった。

 

「あ……? 子供?」

「子供ではありません! 私は立派な大人であります! ――リュミエール聖国リュミエール聖騎士団団長、シェルロッテ・フェニヤであります!」

「なに!? あの歴代最高の騎士団長と呼ばれる!?」

 

 男の驚きっぷりに胸を張るシャルロッテ。

 

「……いや、そんなまさかな。こんなお子様が騎士団長なわけないし。おらぁ、さっさと畳んじまえ!」

「お子様ではなく大人だと言っているのであります……」

 

 信じてくれない男の様子にしょんぼりとした様子を見せる。そこを襲いかかったのだが、シャルロッテは一つため息をつくと軽やかに懐に潜り込み大剣を振り回して叩きつける。

 

 一般的にハーヴィンは小柄故力がない。

 

 だがそれを血の滲むような努力で覆し、歴代最強と謳われるのが彼女だ。

 

 大剣の一撃を受けた男は彼女の身長の二倍ほどもあったが、勢いよく吹き飛んでいく。屋根の縁に当たって面白いように飛び、少なくとも戦闘不能になったのは間違いなかった。

 

「残念ですが、シャルロッテ団長は私より断然強いですよ」

 

 ひょっこりと顔を出したのはドラフの男性、ダナンと料理で意気投合した一人であるバウタオーダである。

 

「ほら、ランちゃん。騎士団長がこっちにいっぱい集まってるみたいだぜ」

「お、おいヴェイン。押すなって」

 

 そこにアガスティアにも駆けつけたランスロットとヴェインもやってくる。

 

「ここは俺もフェードラッヘ王国元黒竜騎士団団長、とか名乗った方がいいか?」

「必要ないだろう」

 

 四騎士の残る二人、ジークフリートとパーシヴァルもいた。

 その場に残っていたマフィアはなぜ各国の騎士団長がこんなに? と疑問符を浮かべていることだろう。

 

「これだけの精鋭が集まっていれば問題はなさそうだな」

 

 おっさんショックから立ち直ったアルベールが持ち前の美声で戦況を告げる。

 

「ああ。あとは本体だけだ。さぁ、十天衆の力を見せてもらおうか」

 

 パーシヴァルは頷くと、マフィア共の本拠地がある方へと視線を向け笑った。

 

 雑魚の制圧を担当してはいたが、本拠地の大きな建物にはまだ多くのマフィアがいる。しかしそこを担当するのは、あの二人。

 

 地上で雑魚を制圧していた他の者達も本拠地のある方へと目を向けた。多くの視線が集中する中、グランサイファーから二つの人影が舞い降りる。

 彼らは本拠地手前の屋根に着地してわらわらと出てきていたマフィア共を見下ろした。

 

「て、てめえらは……!」

 

 マフィアの連中は二人を知っている。奴隷確保の大半を担っていた星屑の街での仕事を邪魔してくる厄介な二人だからだ。

 

「――十天衆、エッセル」

「――十天衆、カトル」

 

 マフィアに終わりを告げる二人の化け物がマフィア連中の眼前に降り立ったのだ。

 

「あなた達は今日、ここで終わる」

「今まで散々好き勝手やってくれやがって。ぶっ殺される覚悟はできてんだろうなぁ!」

 

 意気込む二人を見て、しかしマフィア達は笑い出す。

 

「ぷっ、ははははっ! 粋がるんじゃねぇよ! たった二人でなにができるってんだ?」

 

 二人が星屑の街にいることは知っていた。二人が十天衆であることも知っていた。しかし最強の騎空団に属しているとは言っても一向に仕かけてこないことから、所詮は眉唾。若しくは最強とは名ばかりの雑魚であるという認識になっていた。

 十天衆を嘗め切った様子に、しかし二人は口元を緩めた。

 

「たった一人でも殲滅できるよ」

「だってそれが十天衆なんだから」

 

 余裕ぶった二人にマフィア達苛立ちが募る。

 

「じゃあやってみろや! ぶっ殺せ!!」

 

 マフィアが一斉に銃を構えて二人へと撃ち込んだ。

 短剣を両手に携えたカトルは銃弾に構わずすっと屋根から下りる。銃弾が一斉に向かってくる形となったエッセルは冷静に銃を構えると躊躇なく乱射した。向かってきた全ての銃弾を弾くように放たれた銃弾は、自分へ直撃する軌道からズラすためのモノでもあり、その弾いた結果変わる軌道を予測してマフィア達を穿つモノでもあった。

 

「ぐあっ!」

 

 眉間をぶち抜かれたマフィアは即死だが、運良く即死しなかった者は悲鳴を上げて蹲る。

 

「クソったれ!」

 

 他の者が銃を撃つがそれも同じ結果に終わった。

 こちらが銃を撃っても弾道を逸らされ、向こうの放った弾丸だけが当たる。それを左右の銃で寸分違わず繰り返し行う。

 

「化け物めっ……!」

 

 思わず呟いたマフィアの喉元を接近していたカトルが切り裂く。血が噴き出るがその時には既に近くにはいない。

 

「だから十天衆だって言ってんだろうが。銃の扱いで姉さんに敵うわけねぇだろ」

 

 カトルが吐き捨てた通り、ただ相手が悪かっただけだ。

 そして瞬く間に、外に出てきていたマフィア達は駆逐された。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 突如本拠地から雄叫びが上がったかと思うと最上階の部屋が吹き飛んだ。吹き飛んだ部屋の中に立っていたのは額から左目を通って唇まで傷痕のある大柄なドラフの男だった。

 

「……ふん」

 

 そいつはニヤリと笑って瓦礫を蹴飛ばし手下共を倒してくれやがった襲撃者共を見下ろす。

 

「よぉ。星屑の街の十天衆姉弟じゃねぇか」

 

 マフィアのボスは簡単だ。

 手下が逆らえないほど強くて、逆らったらどうなるかわからないほど残忍で、マフィアがどうやったらやっていけるかを考えるくらいに狡猾で、手下をたくさん従えられるほどの器量があればいい。

 

「残りはあなた一人」

「手下の弱小共は死んだか伸びてるな。山を切り崩された気分はどうだよ、小さなお山の大将」

「はっ。手下なんざいくらでも集まるだろ。それよりいいのか? 俺達に手を出して。報復を受けることになるぜ? 星屑の街はどっちにしろ終わりだ」

 

 それが彼の自信。無論自分が負けるとも思っていないが。

 

 ――だったらその自信を根底から覆してしまえばいい。

 

「それってアイレム王国のこと? それともスザール商会かな」

「いやマレン法王国じゃない? あとはキッチル財団とか」

 

 別のところから声が上がり、マフィアのボスははっとした顔でそちらを見る。茶髪の少年と金髪の少女が話していた。

 

「いやいや、古代ソビエルト連邦も捨て難いよ」

「でもミハネ帝国っていう線もありそうじゃない?」

 

 それら一つ一つの名前を聞く度に男の顔から血の気が引いていく。話し合って案を出すように会話していながら、なにせその全てとマフィアは繋がっていたのだ。

 つまり今回の襲撃者は、マフィアの後ろ盾を把握した上で襲撃を仕かけている。

 

 マズい、とボスの頭は急速に回転していく。

 要は襲撃者共を一人残らず撃退しなければならない。一人でも逃して後ろ盾に関する情報が漏れたらおしまいだ。自分が死んでも死ななくても、後ろ盾ごと全滅させられる。

 

 十天衆二人が子供達を守ろうとしていることは知っている。だからこそそれを利用して押し留めることができた。そんな二人に手を貸している連中なのだからそういう、偽善に駆られた者なのだということは理解できる。

 人質を取って全員を殺すか奴隷にして乗り切る。これしかないと判断した。

 

 マフィアのボスは鋸のような巨大な剣を手に取ると素早く視線を巡らせる。

 人質に取りやすそうな者を見極めるためだ。そうしてボスは、先程後ろ盾の名前を挙げていた二人に目をつけた。十天衆の二人もまだ若いが、更に若い子供と言っていい年齢だ。少なくとも十天衆などという肩書きを持つ二人よりは弱く見える。

 

 当然、それは間違いである。

 

「うえあぁぁぁ!!」

 

 気合いの雄叫びを上げて少年と少女の方へと突っ込んだ。十天衆の二人が行動を起こす前に少年を殺し、少女を人質にして投降を促す。これしかない。

 

 ボスは凶悪な武器を振り上げ少年に向かって躊躇なく振り下ろす。

 

「やめておいた方がいいですよ」

 

 すっかり武器を収めてしまったカトルが丁寧な口調で告げる。哀れな、獲物を間違えた愚か者へ。

 

「その二人、私達より強いから」

 

 エッセルももう自分がやることはないとわかって銃を提げている。彼らの呟きは、マフィアのボスには届かない。

 

「「【【レスラー】】」」

 

 剣が当たる直前で呟いた言葉の直後、マフィアのボスの腹部に二つの重い衝撃が来る。

 

「っ……!?」

 

 ずどん、と叩き込まれた拳に彼がよたよたと後退した。そして内側からなにか込み上げてきたらしく頰を膨らませて耐えようとするが、決壊し地面へと吐瀉物と血液を吐き出す。

 冷や汗を掻き痛みと嫌悪感に歪めた顔を上げれば、先程とは衣装の違った少年と少女が立っていた。

 

 少年はなぜか色が赤と青それぞれ半分に分れた覆面を被っており、腰巻とマントを羽織るために必要な最低限の布以外は服を着ていない。腕を組み無言で仁王立ちする様は妙な威圧感を放っている。

 

 少女は白い目元だけを隠す仮面をしており、ボディラインを強調する白とピンクを基調とする衣装に身を包んでいる。

 

「貴様らのやったことはわかっている。残虐非道、残忍無比。到底見過ごせるモノではないな」

 

 静かな怒りを滲ませてグランは告げる。

 

「正義の拳は悪の心を打ち砕く! さぁ、覚悟してね」

 

 ジータがはつらつと言って、二人同時に拳を構えた。重い攻撃を受けているマフィアのボスにそれを避ける術はない。

 双子故の息の合った拳が打ち出されて男の顔面を捕える。巨体は呆気なく吹き飛び建物の壁を突き破って見えなくなった。

 

 マフィアのボスまで一人残らず制圧したことで、二人も発動した『ジョブ』を解除する。

 

「あ、ごめん。エッセルとカトルに任せるって言ってたのに」

「元凶だから二人に任せたかったところはあったんだけどね」

「ううん、いいよ」

「まぁ団長さん達も怒ってるとは思ってはいましたので」

 

 無事制圧を終えて四人が集まった。近くに騎空艇を停めたらしくぞろぞろと他の団員もやってくる。

 こうしてマフィア達は一人残らず絶命、または捕縛されたのだった。

 

「じゃあこれで安心できるね」

「うん。……でも、ここには残ろうと思う」

「はい。団長さんのお誘いは有り難いんですが、やっぱり星屑の街の子供が心配ですし」

「「えっ?」」

 

 結局断られてしまった二人はがっくりと肩を落とす。流石にそこまで落ち込まれると二人としても心が痛むのだが。ついていきたいという気持ちはあるが、元々二人は星屑の街の子供達を守るために力を欲した身だ。

 

「ちょーっと待ったぁーっ!」

 

 そこに、幼い少年の声が聞こえてくる。その声はエッセルとカトルにとって聞き馴染みのある声だった。

 振り返ればオイゲンに連れてこられたらしい子供達がいる。

 

「皆、どうしてここに?」

 

 幼い女の子がエッセルへと抱き着き、彼女は戸惑いながらも頭を撫でてやった。

 

「どうして、って簡単だよ。いつまでも妹弟離れができない二人を、見送りに来たんだよ」

「「……え?」」

 

 少年の言葉に二人がきょとんとする。少年はしょうがないなぁ、という顔をして言葉を続けた。

 

「マフィアがいなくなって、その上の人達も手出しできなくなるんでしょ? だったら二人が残る必要なんてないって。後は俺達だけでもできるよ」

「そうそう。もう心配いらないの。二人は心配しすぎなんだから」

「それに、二人共皆と一緒に行きたいって言ってたじゃん」

 

 他の子も少年と同じような顔で二人のことを見ている。

 

「でも……」

 

 まだエッセルは迷っているらしく、自分に抱き着く小さな子を見やった。すると女の子は顔を上げてエッセルの目を見つめる。

 

「ほんとはいっしょにいたい。でも、わがままでこまらせるのはやなの」

 

 純真な言葉をぶつけられてエッセルの瞳が揺らぐ。

 

「姉さん。どうやら僕達の負けみたいです」

 

 カトルはもう心を決めたらしく、どこか諦めたような顔で言った。

 

「もちろん、私の方でも援助はさせてもらいますよ~」

 

 どこからか現れたシェロカルテも言ってくる。

 

「……そっか」

 

 そこでようやく、エッセルは諦めたように笑った。

 

「じゃあ私達がいない間星屑の街のこと、頼める?」

「もっちろん!」

「お土産買って帰ってきてね!

「しんぱいかけないように、がんばる!」

 

 子供達の様子を見て温かく微笑んだエッセルとカトルはこうして、“蒼穹”の一員となるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「……新進気鋭の大騎空団、“蒼穹”か」

 

 暗がりの一室で物々しく口を開く。

 

「彼らもバカなことをした」

 

 室内には円卓があり、円卓を六人が囲んでいた。

 

「全くだ。ヤツらはいい手駒だったのだ、それを潰すなど。名を全く知らないが、無名の新しい騎空団なのだろう? 起ち上げ早々我々の報復を受けるとは」

 

 クククク、と五人の笑い声が室内に響く。笑わなかった一人が、重い口を開いた。

 

「……今回の報復だが、私は降りさせてもらう」

 

 その言葉に、五人が怪訝な顔をする。

 

「どうしたというのだ? 我々の権威を示すためにも、報復は必要不可欠だろう」

「そうだ。今更怖気づくとはどういう了見だ?」

 

 言葉にはしていなくても、降りることなど認められるかという意思が込められていた。

 

「……アイルスト王国を知っているか?」

「? ああ、知っているが?」

「“蒼穹”の騎空団には、その王子と王女が入団している」

「なに? ……ふん。だが国王が死に権力が地に落ちた亡国の王族に、今更なにができるというのか」

 

 他国の王族が入団する騎空団と知って驚きはしたが、所詮取るに足らないと告げる。

 

「――リュミーエル聖国。フェードラッヘ王国。レヴィオン王国。バルツ公国。神聖モンタギュー国。キャピュレット王国」

「は……?」

 

 男が告げた国々の名前になんの意味があるのか、五人が一瞬思考を停止した。

 

「彼の騎空団が関係を密にしている国の名前だ。挙げた国の要人も入団しているという」

「で、出鱈目を言うな!」

「そうだ! 国の要人がただの騎空団に入るなどとそんなことが……!」

 

 男の告げた言葉を切り捨てるが、彼は真剣だった。

 

「諸君らも関わりのあるアルビオンの城主とも懇意にしているそうだ。なによりファータ・グランデ空域最大勢力だったエルステ帝国を滅ぼしたのは、その騎空団の主力だ」

「「「……っ!?」」」

 

 絶句。商会のボスを務める彼の情報網は確かだと知っている。つまり、それら眉唾にしか思えない情報が真実であるということだ。

 

「個人で良ければもっと名が挙がるだろう。彼の伝説の騎空団、十天衆がマフィアと関わりがあるのは知っているだろうが、その全員。更には剣の賢者など個人で一個隊規模の力を持った猛者も確認されている」

「ば、バカな……」

「信じる信じないは勝手だが、私は降りさせてもらう。彼らに楯突いてエルステ帝国のように滅ぼされたくはないのでね」

「「「……」」」

 

 たらり、と五人の頰に冷や汗が伝う。

 

「い、いやぁ、今時マフィアなんて流行らないなぁと思ってたんですよねー」

「いや全く。悪事、良くない。うん」

「ビジネスは安全が第一」

「全くだ。もう手を切って証拠を消してしまおう。そうしよう」

「よし撤収。我々はなにも関与していなかった。オッケー?」

 

 ここに彼らの気持ちは合致した。しかし既に時遅し。マフィアが滅んでから三日後のこの会議では、もうチェックではなくチェックメイトのタイミングだったのだ。

 

 ぱちん、と部屋の明かりが点けられる。何事かと思っていると、場にそぐわぬ呑気な声が聞こえてきた。

 

「それじゃあ困るんですよね〜」

「「「っ!?」」」

 

 一斉に視線を向ければオウムを連れたハーヴィンの女性が笑顔で佇んでいる。いつの間に? ここの警備は厳重で場所は秘匿されているはず、という混乱が内心で湧き上がる。

 

「万屋の、シェロカルテ……!」

 

 商会のボスとして名を知っていた男が苦虫を噛み潰したような顔に変わる。

 

「はいはい〜。万屋のシェロちゃんですよ〜」

 

 いつもの笑顔で応えた彼女は、円卓に座る彼らの周りを歩きながら語る。

 

「あなた方がしてきたことの証拠は既に抑えてあります〜。あなた方が会議を開く今日までの間に国や団体に問い合わせて、『マフィアと関わっていたという事実などなく、あるとしたならばその者の独断である』という言質をいただきました〜」

「「「……っ」」」

 

 彼女の言葉に、もう国などには戻れないのだと悟る。

 

「秩序の騎空団に入手した情報を流し、あなた方に協力していた方達は順調に逮捕されています〜。ご安心を、今は離れ離れでもすぐ同じところに行けますからね〜」

 

 シェロカルテは全く変わらぬ声音で告げていく。それが恐怖を煽った。

 

「だ、誰か! 誰かいないのか!?」

「無駄ですよ〜。私はただの商人ですので、たった一人で潜入なんてとてもできません。ですので、先に制圧させていただきました〜」

「……終わりだ。もう、終わりなんだ」

「はい〜。あなた方は汚職の証拠を握られ、孤立無援の状態です〜。ここから逃げようなんて思わないでくださいね〜。取り押さえられるのは痛いですよ〜」

 

 シェロカルテの言葉に慈悲はない。

 

「……お前の言葉が全くの嘘という可能性もあるな」

「はい、そう言われると思ってこんなモノを用意してきました〜」

 

 商会のボスが唯一冷静そうに言うが、シェロカルテの余裕は変わらない。

 部屋が再び暗転したかと思うと、再度点灯した。

 

「うっ……!」

 

 明るくなった円卓の上には人の生首が置かれていたのだ。何人かが口を押さえている。

 

「……な、んだと」

 

 最も驚いていたのは商会のボスだった。なにせその生首は、腹心の部下のモノだったからだ。

 

「因みに今この場で大人しく捕まってくださるなら、彼の蘇生だけは行ってあげますよ〜。決断するならすぐ、お願いしますね〜」

「……わかった」

 

 変わらぬシェロカルテの言葉に商会のボスが折れた。

 

「良かったです〜。これで一件落着ですね〜」

 

 そう、唯一変わらぬ商人の笑顔で言ったのだった。

 

 因みに。

 シェロカルテはその後管理責任があるとかで彼らの属していた国に星屑の街への援助を求め、了承を取ったという。

 

 これが“蒼穹”の騎空団としての最初の行い。これによって彼らの名は空域内に轟くのだった。



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EX:『魂の音色を響かせよう』オープニング

以前にちらっとお話しした番外編。番外編の時系列は割りと適当ですが、本編でちょろっと触れることもあります。一応ここからの番外編は時系列順になっています。

音楽系イベントで、グラブル内にあるストーリーイベントと同様オープニング、本編六話、エンディングの全八話構成になっております。おまけでイベント設定みたいなヤツを書きましたので、合計だと九話分になります。

名前だけ出てくるキャラも多いですが、どんなキャラクターが出てくるか予め予想してみるのもいいかもしれませんね。先に言っておくと、ニオたそは出てきません。

・ストーリーイベントっぽい感じ
・EXジョブの取得
・あるキャラクターのシナリオ加入またはスキンか最終解放伏線
の三つが主題となります。

……こっちとゲーム、どっちが早く【ライジングフォース】を実装することになるんでしょうかね。


 Granblue Music Festa。

 

 通称GMFと呼ばれるそのイベントは、全空最大規模の音楽の祭典である。

 

 全空から選りすぐりの音楽に関わる者達が集まり、盛大にコンサートを開く。

 しかもこの時だけのコラボレーションまで許可されているという、最高のイベントである。

 

 星晶獣サラスヴァティの加護を受ける島、イスエルゴ。

 

 その島で四年に一度開かれるのが、GMFだった。

 

 とまぁ概要の説明はそんなところでいいだろう。

 

 俺は適当に旅を始めたのだが、その途中で大々的にイベントの宣伝がやっていたので気になってそのイスエルゴという島に来ていたというわけだった。

 音楽にはあまり興味はなかったが、気になった点が一つあった。

 

 このGMFでは前半と後半が分かれており、後半は主催者側が呼んだ実績ある音楽家の部となっている。前半は飛び入り参加オッケーで、無名であっても許されるという。懐の広いことだ。もちろん下手くそなら容赦ない罵倒は飛んでくるだろうし、イベントの規模が規模なので大人数の前で披露することになるため緊張は半端ない。

 それでも先着順で大人数が応募する。

 

 俺の狙いはそこ、前半部への出場だ。

 

 なんでもこのGMF、前半部には優秀なヤツらに賞金が出るという仕組みがある。

 要は金目当てということだな。だって騎空挺欲しいし。

 

 というわけでとりあえず前半出場の前日に島に到着したのだが。

 

「人が多いなぁ」

 

 流石に観客も出場者もいるとなるととんでもない人の数になる。というか応募直前で一緒に出場してくれるヤツ探すなんて無理じゃねぇか? 一応楽器得意の『ジョブ』はあるし一人でもそれなりにはなるだろうが。

 

「二人以上での出場しか認められてねぇんだよなぁ」

 

 問題はそこだった。

 

「こうなりゃオーキスでも連れてこれば良かったか?」

 

 聞いた話ではあるが、オーキスはあれで歌唱力があるらしい。俺が伴奏を担当して歌わせればいい線いくんじゃないだろうか。受付はできないので出場は無理だが。

 

「ま、いないモノは仕方ねぇ。誰か知り合いがいればいいんだけどな」

 

 そう思って俺は、イスエルゴにある街を練り歩くのだった。

 

 と、そこで偶然知り合いを見かける。

 

「……スツルムに、ドランク?」

 

 超見知った顔だった。どこへ行くかは言わないで別れてしまったが、まさかこんなところで出会うとはな。

 

「あれ〜? ダナンじゃ〜ん。こんなところで奇遇だねぇ」

「全くだ。お前は音楽に興味はないと思っていた」

 

 相変わらずな二人の様子を見て妙な安心感を得る。

 

「まぁ、ちょっとな。そうだ、お前らちょっと俺と組んで出場しないか?」

 

 丁度いいタイミングだと思って誘う。こいつらとなら急造でも息は合うし器用だから楽器もそれなりにできるだろう。

 

「あ、ごめんねぇ。僕達もうバンド組んじゃったんだ〜」

「えっ?」

「悪いな、ダナン。代わりに賞金は貰うから」

「……マジかよ」

 

 先約がいたらしい。

 

「因みにシェロちゃんも一緒だから、誘えないよ〜」

「あいつはホントどこにでもいんな。まぁいいや、先約がいるなら仕方ねぇな。お前らの演奏、楽しみにしてるよ」

「ふっふ〜ん。僕の超絶テクニックを見せてあげるよ〜」

「つい最近始めたばかりだろうが。ほら、行くぞ。今日も練習だ」

「はいは〜い。じゃ、またね〜」

「おう」

 

 シェロカルテとも組むらしい。だがあの三人で誰かがボーカルをやる様が思い浮かばない。いい声ではあるから誰がやったっていいとは思うんだが。

 まぁ当日まで楽しみにさせてもらうとしよう。

 

「……となると知り合いがいねぇなぁ。どうしようか、俺」

 

 あの二人も一応賞金目指して頑張ってくれてはいるようだが、任せ切りというのも癪だ。

 しかし組む相手がいないとなると出場は難しいか。団体にちょろっと出させてもらうとかできねぇかな。

 

 団体は団体で一丸となっているから、俺みたいな他所者が加わることを良しとしない可能性が高い。

 つまり急な欠員が出ない限り俺が出場することはできない。……無理では?

 

 秩序の騎空団に潜入した時の如く運に味方されないかなぁと思って街をフラフラしていると、厄介なヤツらを見つけた。

 

 “蒼穹”の連中だ。

 

 だがカタリナやラカムはいるが団長二人とルリアはいない。

 

「おっ?」

 

 引き返すのも負けな気がしてそのまま歩いていると、目のいい狙撃手に見つかってしまった。

 

「ダナンじゃねぇか。こんなところで奇遇だな。てっきりお前さんは音楽に興味ないと思ってたぜ」

 

 それスツルムにも言われたんだが、俺ってそんなに音楽に興味なさそうに見えるんだろうか。

 

「余計なお世話だっての、()()()()()

「っ!!?」

 

 俺が言ってやるとオイゲンが驚愕して身体を硬直させる。他の面々も驚いているようだ。

 

「……て、てめえ今なんて……」

 

 わなわなと震え出したオイゲンにいい笑顔で続けた。

 

「娘さんは貰ったんで、今後ともよろしくっ」

「ごはぁ!?」

 

 意味を理解したのかオイゲンが血反吐を吐き魂を口から吐き出してご臨終しかけてしまう。

 

「お、おいしっかりしやがれ!」

 

 ラカムが慌ててオイゲンの身体を揺さぶり、魂を身体に戻して現世へ留めようとする。

 

「お、驚いたな……。貴殿と黒騎士が……。てっきりオーキスかと」

 

 カタリナが薄っすらと頰を染めつつ言ってきた。……こういう初心なところも含めてローアインは惚れたんだろうな。

 

「そこはまぁ、な。どっちを断ってもどっちも傷つくことになるわけだし」

「な、なにっ? ……それはつまり、二人共?」

「ああ」

「こ、この女誑し!」

 

 カタリナの言葉に頷くと顔を真っ赤にしたイオが突っかかってくる。

 

「数百人規模の団員を持つ稀代の人誑しの団長二人についていってるヤツが今更なに言ってんだか」

 

 俺がやれやれと肩を竦めると、二人の仲間達は「た、確かに……」という顔をした。

 

「で、なんでお前らはここに?」

 

 オイゲンの介護はラカムに任せておいて、俺は話題を変える。自分から振っておいてなんだが、あまり深く突っ込まれるのはご免だ。

 

「私達は一応、参加目当てだな。私なんかは観に来ただけだが、この間入団した者達の中に音楽に関わりのある者がいて、彼らが参加したいと言ったんだ。飛び入りも認められているから、グランとジータなんかは出場する気らしいが」

 

 どうやらあいつらは参加するらしい。ということは傭兵二人と同じように練習のために今いないってところか。

 

「なるほどな」

 

 だが流石にあいつらと組むのは遠慮したい。ジータは歌上手いらしいからそっちで出るんだろうか。『ジョブ』唯一の楽器得意であるClassⅣ【エリュシオン】なら卓越した演奏技術を披露できるだろう。あの二人が出場するというだけで強敵確定だ。

 

「それで、ダナンはなんの用なの?」

「俺も出場目的だったんだが、組むヤツがいなくてな。スツムルとドランクには会ったんだが先約がいるらしい」

「ふぅん。ま、今回は諦めることね。“蒼穹"からも何組か出るから、賞金目当てならあたし達が全部貰っちゃうんだから」

 

 ふふん、となぜかイオが胸を張っていた。……そう言われると意地でも覆したくなってくるな。

 

「そうかい。ま、なるようになるさ。お前らの団から出場するっていうヤツらも、楽しみにしてるよ」

 

 俺はひらひらと手を振って彼らと別れた。……マズいな。これは無理そうだ。諦めるしかねぇか?

 一応【エリュシオン】に至るまでに楽器も踊りも歌もいけるようにはなってるんだが。でないと『ジョブ』取得できねぇし。戦力としては大丈夫だと思うんだが、どうしても組む相手がいなければ出場することができない。

 

「……どうしたもんかねぇ」

 

 八方塞の状態に頭を掻くことしかできない。どこかに欠員が出たとかそういう都合のいい話は聞こえてこないモノかと耳を澄ませて練り歩くくらいか。

 

「あ、ダナン君?」

 

 とそんな中、ふと背後から声をかけられた。くるりと振り返れば思った通りの人物がいた、のだが。

 

「……なんだその恰好」

 

 とりあえずツッコんでおく。

 

「ああ、これ? ……あ、そうだ! 丁度良かった、ダナン君も一緒にどう?」

 

 話を聞かないジータ。

 彼女の今の恰好は、はっきり言うとあまり人前に出てよろしくない恰好だった。

 

 青と白の鉢巻きに、青の法被。胸元にはさらしを巻いている。問題は下だった。なにせ布一枚だからな。前部分は布が垂れているが、後ろには布がほとんど見えない。周囲にいて彼女の後ろ側を見た男性がぎょっとして鼻の下を伸ばしているので、流石に丸見えではないだろうが際どい状態なのは間違いなさそうだ。

 

「なに言ってるかさっぱりなんだが……」

「いいからいいから」

 

 俺が戸惑うのも構わず、ジータは俺の手を取って強引に引っ張っていく。残念なことに、ジータは可愛いので手を繋いでいる俺を見て舌打ちするヤツもいた。……また誤解されんじゃねぇかよ。

 というか本当に後ろから見ると目に毒だった。具体的に言うと割れ目に捩じれた布があるだけだった。……よくこれで恥ずかしがらずに街を歩けるもんだ。無自覚天然はここにもいたか。

 

「着いたよ」

 

 ジータに連れられてきたのは、屋外で太鼓が並べられた場所だった。

 

「私達がちょっと参加させてもらう、和太鼓倶楽部の練習場所なんだ」

「へぇ。そういやカタリナがお前らも参加するって言ってたな」

「会ったんだ。まぁこっちはついでなんだけどね。折角だから、って」

 

 ついでってことは別にもう一つ出る予定があるってことか? とんでもねぇことするな、こいつ。確かに二回、別の団体として出場するのは違反じゃないが。あの器用なドランクですら俺との出場は断って一本に絞った通り、なかなか完全飛び入り参加で二つ以上のことを覚えるのは難しい。それに挑戦するんだからやっぱ凄ぇよ。

 

「あれ、ダナン?」

「お久し振りですっ」

 

 そこにいたグランとルリアが俺に気づく。ビィはリンゴを齧っていて気づいていない。……後で撫で回してやろう。

 

「よう。……ビィ。シカトとはいい度胸だなぁ」

「だ、ダナン!? や、やめ……!」

 

 とりあえずビィはふにゃあの刑に処しておく。

 

「グランも似たような恰好してんな。それが和太鼓倶楽部とやらの正装なのか?」

 

 グランもジータと同じく鉢巻きに法被を着ていた。下半身も同じ。ふんどしっつったっけか。だがグランの方は法被の裾が長いのでまだマシだった。加えて赤と白の縄を肩にかけており、木魚という木製の丸い道具がついている。

 

「ううん。これは団体なら混ざれるかな、ってやってたら取得した【ドラムマスター】の『ジョブ』衣装だよ」

「あん?」

 

 予想外の言葉に首を傾げた。

 

「僕達もびっくりだったんだけど、どうやら『ジョブ』の中にはパンデモニウムじゃなくても会得できるヤツがあるみたい。実際やってみるまではわからなかったんだけどね」

「急に取得して衣装変わるからびっくりしたよね」

 

 へぇ、そんなことが。つくづく『ジョブ』ってのは不思議な力だな。

 

「ClassはEXなんだけど、EXⅡはそのまま解放されるわけじゃないみたい。もっと楽器の扱いが上手くなれば解放されるのか、パンデモニウムに新しい武器が追加されるのかはわからないけどね」

「パンデモニウムに追加される、ってのもおかしな話だけどな。まぁあり得ない話じゃねぇが、できれば何度も行き来せずに取得したいもんだ」

「ホントだよね」

 

 『ジョブ』という共通の話題で盛り上がっていると、ふと殺気にも似た視線を感じた。怪訝に思って見ると、法被とふんどし衣装の男達が俺を睨んでいる。……おそらく話にあった和太鼓倶楽部のヤツらだろう。なぜ初対面の俺を睨む? と思ったがすぐに思い至った。

 

「そういや、そのままになってたか」

 

 ジータに手を掴まれたままになっていたからだ。俺が掴んでいたわけではないので振り払うような形になってしまうが、誤解を与えないためにも必要なことだ。

 

「あっ……。ご、ごめんね」

「いや、別に。で、言ってた丁度良かったってのはその『ジョブ』のことでいいのか?」

「あ、うん。【ドラムマスター】取得してもらおうかと思って」

「なるほど、そりゃ助かる」

 

 未知の『ジョブ』を俺にも取得させようとしてくれていたらしい。敵に塩を送る、なんて行為の意味をこいつらに聞いたって無駄だ。なにせ極度のお人好しだからな。

 

「じゃあお前らがどこまでできるのかも含めて、二人で演奏してるとこ見せてくれよ」

 

 俺はグランとジータにそう告げた。

 

「うん、いいよ」

「丁度成果の確認も、和太鼓倶楽部の人達にしてもらいたかったしね」

 

 ということで、二人が並んで太鼓の前に立つ。そして二人息を合わせて太鼓を叩き始め、全く同じ動作でリズム良く太鼓の正面と縁を叩き二種類の音を使い分けていく。手首の使い方やタイミングなどを注意深く観察していた。

 通して最後までやって、最後の一叩きが決まり真剣な表情を崩して笑顔を見せる。

 

「ほーう。流石双子、息ぴったりだな」

「それほどでもないよ」

「うん。だって本番では全員が同じ動きをするんだから」

「へぇ、そりゃ凄そうだな」

 

 和太鼓倶楽部の人達は総勢二十数名くらいだ。二人を足しても三十人いくかいかないかくらいの人数だが、その全員が一糸乱れぬ演奏、となれば迫力あるモノに仕上がるだろう。

 

「しかもまだこれでも半分も覚えられてないんだよね」

「なるほど、確かに凄そうだ」

 

 圧巻の演奏となるだろう。……本番が楽しみだな。

 

「じゃあダナン君もやってみる?」

「ああ。太鼓貸してくれるか?」

 

 えっ、もう? という和太鼓倶楽部の人達の声が聞こえてくるが無視だ。

 

「じゃあこれ。僕が取得前に使わせてもらってたヤツだけど」

「おう」

 

 グランから太鼓とバチを借りてジータの横に置かれた太鼓の前でバチを構える。

 

「んじゃやるか」

「「うん」」

 

 言ってから、神経を集中させてさっき見た二人の動きを模倣する。バチの振り方一つ、体重の乗せ方一つ、呼吸のし方一つ。それらを統合して双子の演奏に混ざり、三人の演奏として成り立たせる。

 なんとか最後までやり切ることができた。

 

「ふぅ……っ。流石にさっき覚えたんじゃ間違えるかと思ったぜ」

「それはこっちのセリフだよ。意外とハイスペックだよね、ダナン君って」

「まぁでも【エリュシオン】まで取得してるならできて当然とも言えるのかな」

 

 三人で笑い合っていると、和太鼓倶楽部の面々が唖然としているのが見えた。ニヤリと笑う。そうだよ、その顔が見たかったんだ。

 ふと、俺の身体から光が漏れる。続いて身体の奥底から力が湧き上がる感覚――久し振りに味わう、完全新規の『ジョブ』取得の感覚だ。

 

 周囲の視線が集まる中、光が収まって俺がまず感じたのは、下半身がスースーするという点だった。……やっぱりか。

 自分の身体を見下ろして見ると、ほとんどグランと同じ恰好をしているのがわかった。色が青から黒に変わったくらいか。下はやっぱりふんどしだ。法被がある程度長いとはいえ落ち着かないな、この衣装。

 

「おっ。無事取得できたみたいだな」

「うん、良かったね」

「一発で、なんてちょっと複雑だけど」

 

 こうして俺は新たな『ジョブ』、【ドラムマスター】を取得したのだった。

 

「折角だからダナン君も一緒に出る?」

「いや、いい。お前らと一緒なんて真っ平だ。本番を楽しみにしとくよ」

 

 俺はジータの誘いに首を横に振って、【ドラムマスター】を解除する。

 

「そっかぁ」

 

 ジータは少し残念そうである。同じ『ジョブ』持ちということで、ある程度親近感があるからだろうか。

 

「ジータ。話してた例のことなんだけどよぅ」

 

 俺がまだいるというのにビィがそんなことを切り出した。……ルリアが俺に向けて少し「お願いします」という風に頭を下げているのが見える。

 

「? うん、私達の配置は決まったの?」

 

 そんなルリアの様子に気づいて首を傾げるジータだったが、今はビィの話を聞くようだった。

 

「そ、それがよぅ。折角唯一の女だからって、一番前にしようって話になってるんだ」

 

 ビィが非常に言いにくそうな顔で言った。……ああ、なるほどなぁ。

 俺がジト目を和太鼓倶楽部の連中に向けると全員が一斉に視線を逸らした。

 

 この様子を見るとビィやルリアも彼らを説得しようとはしたが、失敗したらしい。

 

「……おいグラン。てめえの妹だろうがなんとかしろよ。せめて指摘してやれ」

「……無理だって。凄く楽しそうだし、指摘して参加しないってなったらあれだし」

「……はぁ。ったく。今回は大目に見てやるがちゃんと教育しとけよ? あいつあの恰好で街出てたんだからな」

「……わ、わかった」

 

 グランにコソコソと内緒話をしたが、こいつは宛てにならないようだ。とりあえず頼りにならないお兄ちゃんの鳩尾に肘打ちを叩き込んでやった。

 

「?」

 

 俺達のやり取りが聞こえていないのかきょとんとしているジータ。悶絶するグランは放置して、俺は和太鼓倶楽部の連中のところへと向かっていった。

 

「なるほど、ジータを最前列に配置とはなぁ。途中参加の素人を一番前ってのは本番で失敗した時が怖いんじゃねぇか?」

「いいや、彼女は充分な技量を持っている。加えて和太鼓の分野はまだ女性が圧倒的に少なく、彼女が最前列で演奏することで女性も問題なく参加できるモノであるというアピールにもなるだろう。彼女には申し訳ないが、和太鼓という分野発展のため最前列で演奏してもらいたい」

「へぇ?」

 

 なるほど、口だけは達者なようだ。ドラフのこいつが和太鼓倶楽部の代表みたいな立ち位置なのか。

 

「ま、口ではなんとでも言えるよな」

 

 俺は言って、素早く男の股間へと強めに膝を叩き込んでやった。

 

「□#$▲!!?」

 

 男では逆らえぬ痛みを受けて、男が言葉もなく悶絶し股間を押さえて蹲る。他の面々も内股になって股間を隠そうとしていた。グランもだ。ルリアとビィは少し呆れた顔をしている。ジータだけは状況についていけてなかったのか戸惑っていたが。

 

「別にジータを最前列にするのは構わねぇが、万に一つも演奏に雑念が入らねぇように、全員のを()()ことになるが……それでも考えは変えないか?」

 

 普段とは少し笑みを変えて、ニタリと笑った。ひぃ! と和太鼓倶楽部の連中が怯えた表情をする。

 

「あ、一応俺が本気だってことを示すために、一人一発ずつやっとくな?」

「「「えっ……?」」」

 

 にっこりといい笑顔で告げ、呆気に取られる連中を一人残らず悶絶させ、地面に跪かせた。

 

「さて。ジータは一番後ろ。これでいいか?」

「「「は、はい……」」」

 

 大の男が跪いて顔面蒼白になっているという光景を生み出してしまったが、まぁいいだろう。

 

「あはは……流石ダナン、容赦ないね」

 

 グランが少し冷や汗を掻きながら苦笑していた。元々はお前のせいだろうがよ。

 

「え、えっと……」

 

 ジータを見ると、ようやく自分の服装の際どさに気づいたのか羞恥に頬を染めていた。服装も【ドラムマスター】を解除して普段のモノになっている。

 

「その、ありがとね」

 

 当然俺もそれに気づいていたという簡単な推測をしたからか、凄く恥ずかしそうではある。

 

「礼なんていらねぇよ。だがまぁ、あの恰好で街歩くのはやめとけよ? 痴女で変態な露出狂だったぞ」

「う、うん」

 

 ぐさり、とジータの心に槍が刺さったような音が聞こえた気がしたが、言っておかなければならないことは告げる。

 

「まぁとはいえ『ジョブ』で変わるモノは仕方ないしな。せめて人目くらい気にしとけよ。ジータだって充分、魅力的なんだからな」

「っ……!?」

 

 きっちりと自覚できるように忠告してやる。するとなぜかグラン、ビィ、ルリアからジト目を受けてしまった。ジータも俯いてしまっている。耳まで真っ赤なような……? いやそれはないか。それじゃあリーシャと一緒になっちまうもんな。

 

「まぁ精々頑張ってくれ。本番、楽しみにしてるからな」

 

 ぽんぽんとジータの頭を撫でてから用は済んだので立ち去る。触れた時身体を硬直させていたが、流石に気安すぎたか。さっさと立ち去ろう。

 

 俺はなにか言われる前にそそくさとその場から去っていった。

 一応会場の前にいた受付の人に単独で出場できないか聞いてみたが、残念ながら規則なので変えることはできないと言われてしまった。

 

 この受付とは、観客席の方だ。大半は既に決めているらしく、こんな直前に入れる人はいないのだとか。それでも席が空いていたのは動員できる人数が凄く多いからだろう。とりあえず適当に一人で席を確保しておいた。

 

 そろそろもう夕方だ。宿屋は基本空いていないそうだが、例年の如く増える参加者と観客に備えて増やしているそうなので少し離れた場所ならまだ空きがあるらしい。親切な受付の人だった。

 

「そこの君」

 

 俺が受付から離れて宿屋を探そうとしていると、青年の声に呼び止められた。振り返る必要はない。真正面から俺を見据えている。後ろのヤツという線も考えたが少し遠い。つまり俺に話しかけているようだ。

 

「ん?」

 

 赤い長髪を靡かせ赤い衣装に身を包み、ギターを背負った青年だ。そのすぐ後ろには黒髪をした、肌の白い青年が立っている。彼もギターに似た弦楽器を持っている。肩に乗っけている紫の猫らしき生物はちょっと触ってみたい。

 

「君、GMFに参加しようにも組む相手がいないんだろう?」

 

 事情を知っているらしい青年はすっと俺へ手を伸ばしてきた。

 

「――俺と世界を滅ぼさないか?」

 

 ……なに言ってんだこいつ。



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EX:世界を滅せる三人

このためにバアルさんをこの間のサプで取りました。強いので後悔はないです。

ただしアオイドスの通訳と化しています。ちょっと柔らかくなっている気がしますね。

あと本日ライジングフォースが実装されたので、流石にゲームの方が先でしたね。


「――俺と世界を滅ぼさないか?」

 

 音楽の祭典、Granblue Music Festa。通称GMFが開かれるイスエルゴの地に来ていた俺は、手を差し伸べた赤髪の青年にそう尋ねられていた。

 はっきり言って意味がわからない。胡乱げな顔でそいつを見やる。楽器は持っているので間違いなく出場者ではあると思うのだが。

 

「アオイドス。お前の言葉は独特なんだ。初対面では戸惑うことも多い」

 

 後ろにいた青年は俺が戸惑っているのがわかったらしく冷静な声で告げた。どうやらもう一人の方は多少話のわかるヤツのようだ。

 

「パトスがあれば関係ない。さぁ、俺と一緒に世界を滅ぼそう」

「わかりづらいとは思うが、一緒にGMFに出場しないかということだ」

 

 変わらぬアオイドスとやらの言葉に続いて、もう一人が翻訳してくれる。なるほど、有り難い。

 

「それは有り難いが……なんで俺なんだ?」

「君の身体から迸る熱いパトスを感じ取ったんだ」

「実は団長二人と和太鼓に興じてるところを見ていてな。卓越したセンスがあると知って是非加えたいと思ったわけだ」

 

 抽象的なアオイドスの言葉とは違い、もう一人の言葉はすんなりと入ってくる。なるほど、あれを見てか。というか今団長って言ったなこいつ。

 

「ってことはあんたら“蒼穹”の一員か。いいのか、俺を誘っても。探せば団員の中に才能のあるヤツがいると思うんだが」

「問題ない。君の奏でる旋律には熱いパトスの欠片が宿っている。理由はそれで充分だ」

「元々二人でやるつもりだったが、まぁこいつと二人きりというのもな。折角の祭典だ、新しいことに挑戦するも悪くはない」

 

 二人には二人の意志があるらしい。こっちとしてももう諦めるしかないかと思っていたのだから有り難いことではあるのだが。

 

「そっちが良ければ、断る理由はねぇな。俺も困ってたところだし」

「わかった。じゃあそうだな……クロイドス、はもういるし」

「それだと被るな」

 

 俺が二人の誘いに乗ると、アオイドスはなにかを悩み始めた。

 

「今日から君は、イタイドスだ」

「俺が懸念していたクライドスよりも酷いな」

 

 うん、と翻訳係の人まで頷いている。なにがなんだかさっぱりわからない。という表情をしているとようやく翻訳係が動いてくれた。

 

「アオイドスは認めた相手を勝手な芸名で呼ぶんだ。まぁ誰に対してもこういうヤツだから、気にしないでくれ」

「お、おう」

 

 大丈夫なんだろうかこいつら、と俺が思ったのは言うまでもない。

 

「イタイドス。宿は取ってあるか?」

「いや、これからだけど?」

「そうか。なら行こう。俺達も取っていないんだ」

 

 先が思いやられることばかりだな。

 

「……で、イタイドスの由来ってなんだ?」

「……ほら、和太鼓倶楽部の股間を蹴り上げていただろう?」

「……ああ」

 

 納得してしまった。俺が痛いのではなく相手を痛くする方の意味らしい。

 

「イタイドス! ギターは持っているか?」

「いや?」

「じゃあ今から見に行こう」

「そんな急にかよ」

「世界は運命を待ってくれない」

「ちょっとなに言ってるかわかんねぇ」

「おそらく思い立ったが吉日、と同じような意味だろう」

「あんたよくわかるな。そういや名前聞いてねぇ」

「バアルだ。……まぁ、奇しくも同じギタリストだからな。本当は騒々しいヤツなど遠慮願いたいが」

 

 バアルは俺の言葉に苦笑していた。つまりアオイドスの人柄はあまり好きではないが、音楽家としての才能は認めているということか。

 

 ともあれ俺は先導するアオイドスに、バアルと並んでついていった。音楽の島だからか楽器を売っている店は多いようだ。とはいえGMF直前に購入するヤツなどいないのだろう。あまり人は入っていない。

 

「アキナイドス、いるか?」

「その呼び方は、アオイドスか。なんじゃ、遂にギターをぶっ壊したのか?」

「違うなアキナイドス。今日は新たなメンバーにギターを選んで欲しい」

「ギターだと? ……お前さんも、そっちのバアルもギターなのにか?」

「そうだ」

 

 迷いなく答えるアオイドスに、楽器屋の店主らしき爺さんは盛大なため息をついた。

 

「アオイドス。わかってるとは思うが、バンドはギター、ベース、ドラムの構成だ」

「わかっている。だが彼の奏でる旋律に、ヘイヴンの芽を感じた。是非ギターを奏でて欲しい」

「はぁーっ。しょうがねぇ、ほれ兄ちゃん、こっちに来い」

「ああ」

 

 アオイドスと店主の話にはついていけなかったが、とりあえ爺さんに手招きされたので前に進み出る。皺の多い手で俺の手を掴み、なにやらじろじろと見てきた。続いて俺の背丈を確認しているらしく全身を眺められる。

 

「ふむ。お前さんに合いそうな、アオイドスの演奏についていけそうなギターはこいつじゃな」

 

 一通り眺めてから爺さんは店に飾られている楽器の中で、一つの黒いギターを手に取って見せてくる。

 

「わかった、買おう」

「四百万ルピじゃ」

「わかった、払おう」

「は!?」

 

 とんとんと進んでいく話に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「い、いや。流石にそんな金はねぇぞ?」

「問題ない。俺からの、才能ある音楽家へのプレゼントだ」

「受け取っておけ。金がないからギターが買えなくて出場できないとなるくらいなら、喜んで私財を投じる男だ」

「そういうことじゃな。精々、置いていかれないよう精進することじゃ」

 

 戸惑っているのは俺だけのようだ。結局、アオイドスのポケットマネーでギターを買ってもらってしまった。……一応楽器武器に該当されるらしく、これを演奏して戦うこともできるようだ。

 

 会場から遠めの宿屋を取った後、外で二人からギターの指導を受けた。ある程度できるようになったところで【エリュシオン】になればもっといけるんじゃ? と思って弾いてみたのだが。

 

「それじゃヘイヴンしないな」

「ああ。音楽の方向性が違うんだろう」

 

 ということで断念することになった。因みに【ドラムマスター】でも同じ。一応楽器なら装備できるから、と思ってやってはみたんだが。どうやら地道に努力するしかないようだ。

 

「今日のところは休もうか」

「ああ。根を詰めすぎてもいけないだろう」

「わかってる。だがもうちょい触らせてくれ。すぐ戻る」

「熱心なのはいいことだ。おやすみ、イタイドス」

「身体を酷使しすぎるなよ、ダナン」

「わかってるって」

 

 二人が宿に戻っていくのを尻目に今日習ったことを復習していく。しばらくギターを奏でていると、低い獣の唸り声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

「グルルルル……!」

 

 見ると更けた闇夜に赤い目が浮かんでいる。……魔物か。丁度いい腕試しになるな。

 

「かかってこいよ魔物共。俺の奏でる音色はちょっと刺激的だぜ?」

 

 二人の物言いが移ってしまったような気はするが、とりあえず容赦なくギターをかき鳴らして音による衝撃波で魔物を倒していく。

 全部で五体。平和そのモノに見えるんだが、どうやら魔物の生息域は近いみたいだな。

 

 宿屋に戻ってから気になって宿屋の店主に尋ねてみた。

 

「なぁ。この辺って魔物に襲われやすいのか?」

「うん? いや、そんなことはないよ。この島の魔物は星晶獣サラスヴァティ様が統率していて比較的大人しいんだ。GMFも近いし、サラスヴァティ様も楽しみにしておられる祭典だから、魔物が人を襲うなんてことはないと思うんだけど」

「そっか。詳しいところは知らないんだが、GMFは元々そのサラスヴァティって星晶獣に音楽を捧げる儀式だったりするのか?」

「ああ、そうだよ。よくわかったね」

「ふぅん。なるほどな。助かった、話を聞かせてくれてありがとう」

 

 店主のおじさんに色々と話が聞けて良かった。

 つまり、このタイミングで魔物が襲ってきたということは、その星晶獣サラスヴァティになにかあったということだ。

 

「……ホント、あいつらのいるところには災いが降りかかる運命にでもなってんのかね」

 

 厄介なことが起こりそうだと思いながら俺は自分の取った部屋に入り、シャワーを浴びてから就寝するのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 翌日。朝飯を宿屋で食べてから二人とギター練習。昨日楽器屋の爺さんが言っていたことについて聞いてみた。

 

「なぁ。本当にギター三人でいくのか? どっちかベースにして、俺がドラムっていう路線もあるだろ?」

「その通りだ。ただ俺にはかけがえのないベースとドラムがいる。アカイドスとキイロイドスだ」

「ラカムとビィのことだな」

 

 名づけセンスが意味わからん。

 

「折角コラボレーションが許されたステージに上がるのなら、とクロイドスを誘ったんだ。だがクロイドスとは既にセッションを繰り返している。新しい風が必要だと思った。それが君、イタイドスというわけだ」

 

 アオイドスの言い分も大体わかるようになってきた。相変わらずセンスはよくわからないが、意味は理解できる。要は自分と一緒にバンドをやるメンバーはラカムとビィだけだと思っているが、コラボでもいいステージならとバアルと俺を誘ったということらしい。三人全員がギターってなかなかないような。

 

「案外仲間想いっつうか。まぁいいか。昼から受付だろ? そろそろ行った方がいいんじゃないか?」

「そうだな。行こうか」

「ああ。誘ったのに出場できませんでした、じゃ格好がつかないからな」

 

 まだ受付開始には早いかもしれないが、長蛇の列になる可能性を考えて早めに向かうことにした。

 

「うわ、多いな。だがそこまでじゃねぇか?」

 

 着いて顔を顰めかけるが、想定していたよりはマシだとわかり最後尾に三人で並ぶ。

 

「ああ。……島のパトスが弱まっている。悲しい音色が聞こえてるよ」

「そうだな。どうやら昨夜の内に、なにかあったようだ」

 

 アオイドスとバアルの表情が曇った。二人だけで通じ合っていないで俺にも教えて欲しい。

 

「そういや昨日お前ら二人が宿に戻った後に、魔物に襲われたんだ。それか?」

「「それだっ!」」

 

 俺の言葉に二人が声を揃えて反応する。

 

「なるほど。ってことは出場予定だったヤツらが昨夜魔物に襲われて、出場を断念せざるを得ない状態になってる可能性が高いってことか」

「かもしれないな。あともしかしたら、だが。出場予定の音楽家だけが襲われたのかもしれない」

「クロイドス。一体どういうことだ?」

「ここの魔物は星晶獣サラスヴァティによって統率されている。その魔物が襲ってきたということは、音楽を司るサラスヴァティになにかあった可能性が高い。あいつは音楽を邪魔するモノと、音楽を穢すモノを許さないからな」

 

 バアルのなにかサラスヴァティと知り合いのような言葉を怪訝に思ったが、今はそれどころではない。

 

「つまり俺や他のヤツらはそれに該当すると見做されたわけか」

「なにをバカな。イタイドスは確かに素人だが、練習への熱意は本物だ」

「ああ。それはわかっている。だがもしダナンの腕をGMFに出るほどでないと判断したら襲わせるかもしれない。または動機が不純だった場合、だな」

 

 ちょっと心当たり出てきたかもしれん。なにせ賞金目当てだし。

 

「他の出場者も腕が足りないか、または不純な動機があるって可能性が高いわけだな」

 

 納得した。しかし出場者が襲われるとなると、イベントの中止もあり得るのか?

 

「中止はないだろうがな」

 

 しかしバアルは俺の心を読んだように言った。

 

「なんでだ?」

「“蒼穹”の騎空団が、総員で警護に当たることになったらしい。今朝方俺達の下にも連絡が来た」

「あー、なるほど。数百人規模の騎空団なら街の警備を行える、か。お前らみたいな音楽に関わりある団員は兎も角、関係ないヤツだっているだろうしな」

「そういうことだ」

 

 シェロカルテも来ているらしいし、あいつの口添えもあれば問題なく続行を決めるだろう。あと聞いた話だが、マフィアを滅ぼしたらしい。国の要人やなんかも入団しているため、「あいつらマジでヤバい騎空団なんじゃね?」という噂が広まっているようだ。……そんなヤツらのライバルとか、大きく出すぎたかもしれんな。

 

「……」

「静かだと思ったら、どうした考え込んで」

 

 アオイドスが黙り込んでいたので、バアルは不思議そうに尋ねる。彼は顎に手を当てて悩ましい表情をしていた。

 

「……Hell Or Heaven。いや、Blood Red……。Burst Devilも捨て難い」

「一体なんの話だ?」

 

 魔物の襲撃とは関係なさそうだったが尋ねてみる。

 

「ああ、俺達の団体名だ。ステージに上がる前にアナウンスされるからな。ヘイヴンを感じる名前にしようと思っている」

「「……」」

 

 異変については興味を失っていたらしい。そんなことを、と考えてしまうがそれが音楽家としての才に繋がっているのだろうか。

 

「まぁ、アオイドスはそれくらいの方が通常運転か。精々悩んでくれ。受付をするまでにな」

「任せておけ。俺には神すら妬む才能がある」

 

 それは知らないが、俺はそういうのが得意じゃないので任せる他ない。

 なんとか受付を済ませて出場枠を確保できてから、昼飯でも食べに行くかと二人と別れた。二人は“蒼穹”の騎空団としてやることがあるらしい。

 

「ま、待ってください!」

 

 歩き出した俺の前へちょこちょこと小柄な体躯が回り込む。

 ハーヴィンの女の子だ。ハーヴィンの中でも小柄に見える。

 

 この島に来てからよく人に呼び止められるな、と思いながらその娘を見やった。銀髪の少女だ。

 

「あなたもしかして……『キミとボクのミライ』のアイドル達のライバルグループのプロデューサーのダナンさんじゃないですか!?」

 

 少女の表情は真剣そのモノで、必死になにかを訴えようとしてきている。しかし少女の言っていることは、なにもわからない。

 

「……なに、言ってんだ?」

 

 俺は正直に首を傾げるしか、ないのだった。




ダナン は ナンダク的 エイプリルフールネタ を ゲット した!

……書くとは言ってない。


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EX:ラーメン好きのアイドル

胃袋を掴めば大抵なんとかなる()

そういえば光古戦場までにガイゼンボーガでも取ろうかと思っていたのですが、勲章が足りず玉髄が入手できませんでした……。本戦中に取ってオートで殴ってもらおうかと思っています。ロザミアさんならフルオートで簡単に落ちてくれそうですし。


 小柄なハーヴィンの少女に呼び止められたが、彼女の言葉の一切が俺にはわからなかった。

 

「うぅ……やっぱりあなたも記憶にないんですね」

 

 俺に心当たりがなさそうだったので、少女はしょんぼりと肩を落としてしまう。

 

()って言ったが、俺以外のそのグループとやらに聞いてみたのか?」

 

 流石に話を聞かず「人違いだから、じゃあ」で済ませることはできそうにもない。そうした場合少女が悲しそうな顔をして周囲からの視線が痛いことになる。イタイドスの呼び名が否定できなくなってしまう。

 

「は、はい。その『キミとボクのミライ』っていう歌があるんですけど、その歌を歌っていたアイドルがいるんです」

「ほう」

「それがジータさんと、ルリアちゃんと、ヴィーラさんと、マリーさんっていう団員さん達なんですけど」

「……あいつかよ」

 

 どうやらジータのことだったらしい。

 

「リルルは間違いなく皆さんのアイドル姿を見ているんです。でも皆さんは記憶にない、って。人違いだ、って」

 

 リルルというらしい少女の顔が深く沈んでいく。

 

「なるほどなぁ。まぁ本人がそう言うなら、そうなんだろうが」

「ですよね……」

「でもそれはお前の記憶にも言えることだろ?」

「えっ?」

 

 俺の言葉にリルルは顔を上げる。

 

「俺にも記憶にねぇ話だが、俺の名前知ってるとも思えない。確かリルルはあの宴の場にいなかったからな。俺の名前を知ってるってことは、実際にリルルが見たってことに他ならないわけだ。つまり、お前が信じてる限り嘘にはならない」

「っ……」

 

 リルルは少し嬉しそうな顔で大きな瞳を潤ませる。

 

「……と、当然です! リルルの憧れは決して幻なんかじゃありませんから!」

 

 はっとしてごしごしと袖で目元を拭い笑った。

 

「で、因みに俺がプロデューサーってのは?」

「あ、はい。ジータさん達はグランさんによってプロデュースされたアイドルグループなんです。スカイブルーという名前で活動しているんです。そしてそのスカイブルーと対になっているバンドグループが」

「俺がプロデュースしたバンドってわけか」

「はい! その名もダークブラック。蒼髪のそっくりな姉妹二人がデュエットボーカルで、ギターの茶髪美人さん、ベースの赤髪ドラフさん、ドラムの黒髪赤目の少女がメンバーです!」

 

 そっくりな姉妹……と来たらオーキスとオルキスのことか? 茶髪美人がアポロで、赤髪ドラフはスツルムだろ。残りの黒髪赤目の少女とやらに心当たりがないが、概ね俺の知り合いらしき人物像だ。ただの妄想と切り捨てるには偶然が過ぎるような気がしてならない。

 

 少なくともあいつらでバンドを組んでいたということはあり得ないはずなので、実在していないのは間違いないはずなのだが。

 

「なるほどなぁ。話はわかった。で、今回リルルは出場するのか?」

「はい、もちろんです。リルル一人では出場できないので、今回限りの特別なコラボレーションもするんですよ」

「へぇ、そりゃ凄いな」

「……もしかしてリルルのこと知らないんですか?」

 

 俺の反応が想定より薄かったからなのか、そんなことを言ってきた。

 

「ああ、まぁな」

「……そうだったんですね。リルルはアイドルとしてまだまだです。でも今回のライブを見てもらえれば、ファンになってもらえるはずです! 見ててくださいね、絶対リルルのファンにさせてみますから!」

 

 落ち込んだのも束の間、気持ちを切り替えて意気込んだ。

 

「そりゃ楽しみだ」

 

 そこまで言うなら、彼女のステージを見せてもらおうじゃないか。

 と、いい感じに話が終わったところでくぅと可愛らしい腹の音が聞こえた。

 

「……あぅ」

 

 恥ずかしかったのかリルルの顔が真っ赤に染まる。

 

「ここで会ったのもなにかの縁だ。好きな食べ物はあるか?」

 

 苦笑して尋ねる。

 

「……ラーメン」

 

 ぼそりと返ってきた答えな意外なモノだったが、問題ない。

 

「わかった。じゃあ俺の奢りだ、食べに行こうぜ」

「えっ? で、でも……今はステージに向けてダイエット中で……」

「いいから。ほら行くぞ」

「あ、ちょっと」

 

 渋るリルルの手を取って強引に、ある場所へと赴いた。

 

「ここって……シェロカルテさんの?」

「ああ」

 

 俺が彼女を連れてきたのは万事屋シェロカルテだった。街を練り歩いていた時に見かけていたのだ。

 

「あれ~? ダナンさんにリルルさんじゃないですか~。どうかしましたか~?」

 

 シェロカルテは店にいてくれた。

 

「ちょっと厨房借りていいか?」

「はい〜。こちらですよ〜」

 

 あっさりと了承が取れたので、彼女の案内で早速厨房に向かう。

 

「えっ? あなたが作るんですか?」

「ああ。らぁめんはまだ広まっていない料理だからな。店探すよりかは楽だろ」

「いくら団長さん達のライバルでもあっさりラーメンを作れるなんて……」

 

 リルルと話しながら手を洗って料理に着手する。

 

「でもホントにラーメンを作れるんですか? リルルはラーメンという名の創作料理をいくつも食べてきました」

「そこは大丈夫だろ。らぁめん師匠のお墨つきだ」

「ラーメン師匠?」

「ああ。俺にらぁめんがなんたるかを教えてくれた、らぁめん一筋のおっさんだ」

「あ、もしかしてイッパツさんですか?」

「知ってたか」

「はい。リルルも偶に一緒にラーメンを食べに行ってますから」

 

 あのらぁめん師匠と食べに行くなんて、リルルも案外本気なんだな。好きな食べ物は、と聞かれて好物を答えたとしても好物について熱く語れるかと言われれば悩むところだ。そこをあのらぁめん師匠は熱く語る。それに付き合えるのは、リルルもそういうところがあるからだろう。

 

「とはいえ、今回は手早く作るからな。美味いらぁめんとはまた別だ。味は保証するが、時間をかけた最高のらぁめんとは違うってのは念頭に置いといてくれ」

「わかっています。リルルにだって、ラーメンがどれほど手間暇かけて作られるかわかりますから」

「そりゃ助かる」

 

 俺が言った通り、らぁめんというのは本気で作ろうと思うと時間がかかるモノだ。だが今回は空腹を満たすためのらぁめんを作るので、あまり過度な期待はしないで欲しい、という自分で言うのもなんだが俺にしては珍しく殊勝なお願いをしたわけだ。

 料理にはある程度自信のある俺だが、どうにもならないモノもある。その一つが本気らぁめんの調理時間というわけだった。

 

 リルルはらぁめん師匠の名前がわかったからか期待した目で俺が調理する様を眺めている。

 偶に「手際はなかなか」とか「そんな手法が!?」とか「お、美味しそうな匂い……い、いえリルルは食べるまで信じません」などと一人で言っていた。アイドルをやっているとリアクションが求められることもあるのだろう。一人でなんか喋っていた。

 

「へい、お待ち」

 

 もうすぐ出来そうだから座っとけ、と言ったことで椅子に腰かけしかしそわそわしているリルルの眼前に俺の作ったらぁめんを置く。あからさまに彼女の目が輝き、しかしふるふると首を振って、けれど期待せざるを得ないという表情で、早速一口。

 

「お、美味しい……!」

 

 らぁめん師匠と店を巡るくらいらしいので舌が肥えていそうだとは思っていたのだが、どうやら無事気に入ってもらえたようだ。

 偶像(アイドル)なのだからもう少し上品というか、人目を気にした食べ方をするのかと思っていたのだが、割りといい食べっぷりだった。作ったこっちとしても嬉しくなってくるくらいだ。

 

「……ぷはっ」

 

 丼を掲げてスープまで飲み干して、ごとっと丼をテーブルに置いた。

 

「美味しかったです! コシのある麺と短時間で作られたはずなのにコクのあるスープ。蕩けるような煮込みチャーシューと味玉は一級品ですし、全ての要素がラーメンという一つの丼に集約されています。極力脂身を取り除いたことによるあっさり感と食べやすさ、カロリーの削減がなによりも嬉しいです!」

 

 一息に評価してくれる。流石はらぁめん師匠の知り合いだ。

 

「でもやっぱり脂の旨みはなくなっちゃうので、本格ラーメンとして見るならもちろん物足りなさはありますけどね」

「まぁ、それはどうしようもねぇな。普通に作るらぁめんの十分の一未満にカロリーを抑える代わりに、そこは切り捨てたモノだ。チャーシューも脂身なしのヤツだからな」

「はい。でもこれならステージ前でも食べれそうです!」

「言っとくがおかわりは禁止な。カロリー削減を謳っていてもいっぱい食べたら元も子もないからな」

「うっ……わかってます、わかってますよ。その代わり、GMFが終わったらダナンさんの本気ラーメン、食べさせてくださいね?」

「おう。“蒼穹"がいるなららぁめん師匠もいるだろうし。折角だ、二人に今の俺の本気をご馳走してやらないとな」

「はい、楽しみにしていますね」

 

 ラーメン好きのアイドル、リルルとそんな約束を交わしているとふと思い起こされることがあった。

 

「あ、そういや。このらぁめん考えてたのには理由があって、らぁめん師匠から女性でもカロリーを気にせず食べられるらぁめんを考えてくれ、って言われたんだよな」

「えっ?」

「もしかしてそれって、ステージのためにらぁめん断食をするリルルのためだったりしてな」

「い、イッパツさん……」

 

 俺の言葉にリルルが感激していた。あの人らぁめん一筋だから、らぁめんに厳しいがらぁめんに優しいんだよな。リルルのことをこっそり慮っていたのかもしれない。

 

「あの~」

 

 遠慮がちに声をかけられて、二人でそちらを見るとシェロカルテや他の店員が顔を覗かせていた。

 

「美味しい匂いに釣られちゃいまして~。私達の分もあったりします~?」

 

 苦笑しての言葉にリルルと顔を見合わせて笑った。

 

「ああ。食材借りてるのもあるし、ご馳走しようと思って十人前くらい作ってあるから、八人までなら用意してあるぞ」

「料理に関しては流石ですね~。助かります~」

 

 ということで、俺は万屋の人達にもらぁめんを食べてもらい、意見を求めて更なる改良案を構築していくのだった。



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EX:こんなヤツらが

三話目になるので中ボスが出てきます。モブです。
ライジングフォースを取りましたが、面白いジョブですよね。エピソードはちょっとアレな村が出てくるんですよねぇ。

あとアオイドスさんはやっぱり出てくるんだなって思いました。


「それじゃダメだ、イタイドス」

 

 GMFへの受付を行ったのが開催の一週間前。リルルと出会ったのもその日だったが、あれから四日が経っていた。

 “蒼穹”の騎空団全面協力の下、イスエルゴの警備は強化されその後は出場者の被害もなく港から街までの護衛を行って安全を確保し、とGMF開催に向けて順調に進んでいったのだが。

 

 日夜練習に明け暮れていた俺は、アオイドスにそうダメ出しをされた。

 

「ん? 今どっか間違ったか?」

 

 俺は教わった通りにやっていると思ったのだが、気づかず間違ってしまったらしい。

 

「いや、演奏は問題ない。楽譜通りに弾けている」

 

 しかしアオイドスはそう言った。ならなにがダメだと言うのだろうか。

 

「君の演奏には熱いパトスが感じられない。それじゃあ、ヘイヴンなんてできるわけがない」

 

 またアオイドスのよくわからない主張が始まった、と思うのは簡単だがやけに彼の顔は真剣だった。

 

「もう基本は教えた。あとは楽譜を覚えるだけ。なら教えることはない。君の演奏にパトスが宿る時まで、俺は一緒に練習をしない」

「なに言って……あ、おい!」

 

 アオイドスは俺が呼び止めるのも無視して立ち去ってしまった。……本番三日前だってのに、なに考えてやがんだ。

 

「……今回は、俺にもアオイドスの言っていることがわかる」

 

 バアルは難しい顔をして、ようやく口を開いた。

 

「ダナン。お前の演奏の腕は、凄い速度で上達している。一目見て和太鼓を覚え団長達と合わせられたのも驚くべきことだったが、どうやらお前には人の真似をする才能があるようだ」

「……」

 

 俺はバアルの話を神妙な表情で聞く。彼がなにを言いたいのか、これからなにを言うのかを考えながら。

 

「だが、お前には決定的に足りないモノがある」

「なに?」

「それは俺とアオイドス、音楽家に分類される者なら誰しもが持っているはずのモノだ」

「それは一体……」

 

 バアルの次の言葉を待つ。

 

「それは――熱意だ」

 

 彼は言った。

 

「極端に言えば、上手い演奏など練習すれば誰にだってできる。どれだけ長い年月がかかるかは個人差としてもな。なら無数に存在する音楽で、自分だけの音楽だと言わしめるモノはなにか? それがセンスと心だと思っている」

「センスと心、ね」

「そうだ。センスがなければ、もちろん人気になるのは難しいだろう。お前にはおそらく、センス自体は備わっている。アオイドスもそれを感じ取ったからこそお前を引き入れたんだ」

「……」

 

 そこまで買い被ってもらっていたとは、また複雑な気分だ。

 アオイドスははっきり言って変なヤツではあるが、腕はピカイチだ。バアルも当然、上手い。ちょっと調べてみたのだが、アオイドスは世界を股にかける音楽家だ。俺は興味がなかったので全く知らなかったのだがぽんと四百万ルピを出せるだけはあって大人気らしい。

 そんなヤツが俺のことを、と思うと本当に複雑な気分だ。

 

「つまりお前には、圧倒的に熱意が足りていない。熱意は音楽の道を歩む者にとって必須だ。アオイドスの言うパトスとはそういう意味合いだろう。よく使うヘイヴンは熱狂とか、気分の最高潮みたいな意味だとは思っている。多少違いはあるだろうが、概ねそんな意味だ」

「要は、観客を熱狂させるには演奏者の熱意が必要ってことか」

 

 バアルの解説を聞いてようやくアオイドスの言いたいことが理解できた。……そりゃ、俺にはないモノだわ。

 

「ざっくりと言えば、そうなる。魔物の襲撃があったことからも考えて、おそらく賞金目当てかなにかだろう? だがそれでは人の心を動かせないし、魂に響かない。俺達との共鳴(レゾナンス)は成立し得ない」

「……」

「だから残り二日の内に、自分の中で答えを見つけることだ。俺としてもぶっつけ本番は遠慮したいのでな。最低でも一日は合わせられるように、考えておいてくれ。俺達と共鳴(レゾナンス)を奏でるか、辞退するかをな」

 

 バアルは俺にそう告げて、アオイドスと同じように去っていった。

 

 ……なんだかんだ言って、バアルもアオイドスと同じように独自用語使うんだよなぁ。レゾナンスってなんぞ?

 

 と少し現実逃避をしながら考える。

 

「……熱意、か」

 

 一人になってぽつりと呟いた。バアルにも、おそらくアオイドスにも俺にそいつがないことを見抜かれている。確かに本気で音楽に取り組んでいるヤツなら、俺みたいに賞金目当てでやっているヤツとは一緒に練習したくないだろう。

 ここは下りるのが無難か。

 

 と思考を巡らせていたら唸り声が聞こえ魔物が接近してきていた。……なるほど、ね。音楽に熱意のないヤツは出場すんなっていう星晶獣様の意思ってわけか。

 思えば前回の襲撃も他の二人がいなくなってから起こった。つまりサラスヴァティとやらは俺の心を読み取って魔物をけしかけているということになる。

 

「なるほど、大体読めてきた」

 

 状況は掴めた。だがもう少し根拠が欲しいな。明日、街を回ってみようか。金目当てで音楽に熱意のない参加者の他にもサラスヴァティが行動を起こす要因があるかもしれない。

 

「オーキスはいねぇから、星晶獣の件はあいつらに任せるとするか」

 

 俺だけでは星晶獣について調べ回ることは難しい。ルリアならなにか感じ取っているだろうし、今日明日辺り動くだろう。

 

「ちょっと練習してから俺も寝るか。……熱意とやらもちょっと考えてみるかな」

 

 俺は独り言を呟いてから宿屋に戻るのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 翌日。アオイドスは素っ気ない様子だった。元々今は仲良くする気がなかったので外出するとだけ告げて宿を出た。

 

 街をぶらぶらして会場周辺の様子を見れば、浮き足立っているのがわかる。

 出場者は一週間以上前に島へ来ているが、観客として参加する者達は開催直前でも、宿さえ取れれば問題ない。極端な話日帰りでも席が取れるなら問題はない。

 ただまぁ観てくれる人、聴いてくれる人がいないと成り立たないモノであるとはいえ、あまり見ていて気持ちのいいモノでないヤツらも存在していた。

 

「手伝いますよ、ただちょっと話を聞かせて欲しいんですが」

 

 俺はあまり使わない敬語を使って、袋と金鋏を持ち散乱したゴミを拾い集める老人に声をかける。

 

「え? ああ、悪いね。頼めるかな」

 

 少し戸惑ってはいたようだが、老人は柔和な笑みを浮かべて予備の袋を渡してくれた。

 俺は袋を広げてゴミを拾い集めながら老人に話を聞いていく。

 

「ゴミ多いですね。GMFが開催されるといつもこうなんですか?」

「まぁねぇ。毎回毎回、出場者も観客も増えていくから。その分ゴミも増えていくんだよ。音楽が盛り上がるのは嬉しいんだけど、節度は守って欲しいモノだよね」

 

 老人は切々と語る。道行く人達はゴミを拾う俺達に目もくれない。足元を見やればゴミが落ちていることに気づくのに、足に当たればゴミが落ちていることに気づくのに、誰一人として自分が動こうとはしない。

 それがゴミが散乱している原因だ。当然、一番悪いのはゴミをポイ捨てするヤツらだが。

 

「お爺さんはここで長いんですか?」

「そうだね。十開催は少なくともいるかな」

「四十年以上……」

「そうだね。昔からずっと、このイスエルゴの島に関わってきた。でも近年は若者の間で新しい音楽が生まれてね。GMFも若者の観客が増えてきた。最近の若者は、なんて言う気はないけど。マナーが悪いのは大抵、若者なんだよ」

 

 礼節を守るという点で、若者はまだ教育され切っていないことが多い。最近の若者ではなく、若者はいつの時代だってそういう生き物なのだろう。

 

「君みたいに優しい子がたくさんいるといいんだけどね」

「優しくなんてないですよ。ただ、話を聞きたかっただけです」

 

 好きで手伝っているわけではない。ただ必要だったからそうしているだけだ。

 

「そうかい? それでも手伝ってくれるだけ優しいと思うね」

 

 老人はそう言うが、事実俺は優しさを持ち合わせていない。少なくともこの老人や島に対しては。

 

「それより他の話も聞きたいですね。魔物が出場者を襲撃していることについて、ずっと島に関わってきた方の意見を」

「ああ、その話かい。あれは簡単だね。この島にいる音楽を司る星晶獣サラスヴァティ様がお怒りなんだよ。不純な動機や実力不足。自分を祀る祭典に相応しくない者に対してのね」

 

 それは身を以って知っている。

 

「あと最近流行っているジャンルには、あんまりいい顔してないんじゃないかなぁ。演奏や歌の出来具合が音楽を形作ると思っているところがあるからね。アイドルには否定的だと思うよ」

「アイドルですか。自分の聞いた話によると、音楽とは演奏技術もそうですがセンスと熱意で作られるそうですが。アイドルでも熱意を持ってやっている人はいるんじゃないですか?」

 

 アイドルと言えばリルルしか知らないが、彼女は確かな熱意を持ってアイドルをやっているように思えた。そこにアオイドスとバアルの話を考えると、アイドル全体が悪いとは考えられない。

 

「そうだね。でもアイドルそのモノを否定的に見ている可能性はあるんだよ。えぇと、なんて言うのかな。音楽性での人気じゃなくて、可愛さでの人気だと思われることも多いからね。特に音楽を司る身としては、否定的になってしまうかもしれない」

「……貴重な意見、ありがとうございます」

 

 老人の話を聞いて、一応頭に入れておこうと心に留める。後でリルルに魔物の襲撃を受けなかったか聞いてみよう。

 そうして老人と一緒にゴミ拾いをしていると、目の前に飲み物の容器が転がってきた。眉を寄せて顔を上げると派手な髪色にへらへらした顔、耳にピアスを着けた男三人の内一人が投げ捨てたようだ。……俺達がゴミ拾いしてるからって目の前に放り投げるかよ。どうやら痛い目に遭いたいらしい。

 だが俺が袋を置いてヤツらに近づこうとすると、袖を掴まれた。見れば老人が首を横に振っている。サラスヴァティを祀る祭典での荒事はやめて欲しい、ということなのかもしれない。もし俺がグランだったなら、唇を噛み締めつつ従ったのかもしれないが。

 

「悪いな、爺さん」

 

 慣れない敬語をやめ普段の口調に戻り、爺さんの手を振り払ってまずゴミを拾う。なんだ、ちょっと残ってるじゃねぇかよ丁度いい。

 

「すみませーん。ゴミ落としましたよっ!」

 

 俺は男達に声をかけつつ、全力で容器をぶん投げた。容器は真ん中の男の後頭部に命中して弾け飛ぶ。容器の中身が飛散し男三人の頭にかかった。容器が弾け飛ぶ音が響いたので周囲も何事かと思って男達を見て、おそらく憤怒の形相をしているであろう男達を避けていく。

 

「……あぁ!?」

 

 三人揃って男達が俺の方を振り向いた。額に青筋を浮かべて苛立ちを露わにしている。だが全く怖くない。弱いと丸分かりだからだろうか。チャラ男はチャラ男でもローアインの方が何倍も好感が持てるな。

 

「あ、すみませーん。手が滑っちゃいましたー。ま、でもいいですよねぇ。……ゴミは一箇所にまとめて捨てないと」

 

 おどけた口調で言った後に嗤う。だが怒りに囚われた三人は俺の笑みの意味に気づかない。

 

「あんだこらてめえ!」

「嘗めた真似してんじゃねぇぞこのボケが!」

「ぶっ殺されたいならそう言えやこらぁ!」

 

 口々に凄んでくる。野次馬が一定の距離を開けてこちらの様子を窺っていた。……グラン達が来る前に片づけないと面倒なことになるな。

 

「いや、てめえらこそなに言ってんだよ。先に嘗めた真似したのはてめえらの方だろ?」

「あ? なに訳わかんねぇこと言ってんだ?」

「だっててめえら、道端にゴミ捨てただろ」

「はあ?」

 

 男達が片眉を吊り上げる。そしてちらりとゴミを拾っていた爺さんを見やった。

 

「てめえバカじゃねぇのか? ゴミ拾う爺がいんだろ。ってことはゴミは自由に捨ててもいいってわけだ」

 

 どんな思考してやがんのか理解できねぇ発言だった。前提が違うってのに。

 

「ゴミを捨てるバカがいるから、誰かが拾わなきゃいけねぇんだろ? どっかの誰かさんみたいな、バカが」

 

 苛立ちは煽りへ変える。予想通り青筋をぴくぴくさせていますねぇ。

 

「てめえ。調子乗ってっと痛い目見んぞ?」

「そらこっちのセリフだわ。てめえらみたいなゴミカスでもここに演奏聴きに来てんだろ? 出場者を尊重する気持ちがないのかねぇ」

「はあ? さっきからなに言ってんだ? 俺らが聴きに来て()()()()()()()。その演奏ってのは俺ら聴衆がいねぇと成り立たねぇだろ?」

 

 なるほど。それは正しい。確かに演奏は聴く人がいなければ自己満足だ。聴衆がいなければ成り立たないという意見も頷ける。

 

「なるほどなぁ。だがそれが意見の大半だとは限らねぇし、てめえらみたいなゴミの言い分を信じるわけねぇし」

 

 そういう表現者と受け手の関係ってのは難しいモノだ。こいつらの言い分は、ある意味では正しい。だがそれが全てではない。逆に表現者が提供してやっている、という上から目線で受け手に対し高圧的になるのも印象は良くない。だからこそお互いに尊重してやらないとダメなんだとは思うんだが。素人考えだがこの俺の考えは間違っていないと思う。

 

「なに言ってやがる。俺らは聴衆の一人、つまり聴衆の代表だぜ? 知らねぇのかよ、聴衆一人一人が代表って言葉をよぉ」

 

 男がニタリとした笑みを浮かべて告げてくるのに対し、俺は笑みを深めてしまう。……釣れた、の一言に尽きるな、俺の心情は。

 

「そうかそうか。てめえらが聴衆の代表かぁ」

 

 うんうんと頷きながら言って、俺は大きく息を吸い込んだ。

 

「つまり! てめえらは! ゴミを道端に捨てて音楽の聖地を穢し! わざわざGMFのために遠路遥々イスエルゴに来ている全ての音楽家は! てめえら聴衆に自らの血と汗を流して生み出した音楽を! 献上しろと言うわけか! なるほど、随分と大きく出たなぁ!」

 

 俺は周囲にもはっきり聞こえるように、大きな声でそう言った。

 

「な、なんだてめえ。急に大声出しやがって」

 

 俺の行動に驚いてはいるようだが、真意には気づいていないようだ。

 

「そしててめえらはてめえらこそが聴衆の代表だと言ったな! 要するに、てめえらみたいにゴミを捨てて聖地を穢し、音楽家達を蔑ろにするファンの姿こそがこの島に来ている観客というわけだ! ――そりゃサラスヴァティが魔物をけしかけるのも頷けるなぁ! そんな人間のゴミしかいねぇ祭典なんて、潰れてしまえと願うわけだ!」

 

 できる限りの大勢に聞こえるように、俺は盛大に話す。

 

「て、てめえ一体なにを……」

「俺の言葉を聞いても理解できねぇんじゃ、これ以上話しても無駄だな。そしててめえらみたいなゴミカスと同程度の人間しかこの場にいないんじゃ、GMFは終わりだ。精々最後の祭典を楽しむといいさ。――下らねぇ観客のせいで、GMFは終わるってことを自覚しないままな」

「あ……? なに言って――」

 

 俺の言葉に怪訝な顔をする男達へと、一つの小さな石が投げつけられた。飛んできた方向を見ると幼い少年がいる。とはいえ怖いのか震えていたが、最初の勇気を踏み出すのはいつだって子供だ。

 

「クソガキが……!」

「クソなのはどっちだ! なにが聴きに来てやってる、だ! 出場者達をバカにするな!」

「そうよそうよ!」

 

 男が苛立ったように少年を睨むが、続けて周囲からモノを投げられてしまう。

 

「全くだ! リルルファンの風上にも置けん!」

「音楽を尊重できないヤツに、この島の土を踏む資格なんてあるか!」

 

 いやリルルのファンとは限らねぇよ? というツッコミは置いておいて、男三人は先程まで野次馬だった者達に揉みくちゃにされていく。

 

「あ、お爺さん。私もゴミ拾い手伝いますよ」

「えっ? あ、ああ……」

 

 爺さんのゴミ拾いにも協力者が現れたようだ。これなら多少はマシになるだろうか。じゃあ俺は目立つのもご免だし、さっさと退散しよう。できればあの三人の股間蹴り上げるくらいはしてやりたかったが、そのストレスは料理で発散させてもらうか。

 シェロカルテの店、借りよう。




はい、ということで中ボスはポイ捨て三人衆です。
三人で一体の敵なのでまとめて吹っ飛ばせる想定です。


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EX:パトスでヘイヴン

番外編も佳境。もしかしたら頭にEXってつけ忘れてる話があるかもなので見直しておきます。


 俺は料理のためにシェロカルテの店に来て、とりあえず厨房を借りて昼時から夜まで限定の店を開くように頼む。

 

 昼時だったのと万屋シェロカルテという名前によって緊急開店から割りと大勢の人が来ていた。

 

「こちらの従業員にも手伝わせますか~?」

「いや、いい。ちょっとむしゃくしゃしててな。俺一人で回す」

「まぁダナンさんなら大丈夫でしょうけど~」

「問題ねぇよ。夜までの十時間くらいだろ? これくらいの広さなら回せる」

「……そう断言できちゃうのがおかしいんですけどね~。まぁなにかあったら言ってください~」

「おう、悪いな」

「いえいえ~。商売は持ちつ持たれつですから~」

 

 頼りになるシェロカルテが援護してくれるのはとても有り難い。俺が好き勝手にやってもなんとかなるモノだ。

 

 というわけで。

 

「あれ? ここメニューないのか?」

「いや、あそこに書いてあるだろ」

「えっ? いや、あれってメニューというか値段じゃないか?」

「ああ。あそこに書いてある値段で、好きな料理を言ってくれれば作る」

「へ、へぇ。じゃあ丼で海鮮の並盛」

「はいよ」

 

 ここに厳密なメニューは存在しない。今の注文なら丼の並盛で均一の値段で食える。中身は注文に合わせて俺が決めるが、無論利益の出る範囲で作る。ただ手は抜かない。料理で加減なんてするわけないが、材料費は安く、ただし値段以上の満足を、というモットーを掲げてやっていくつもりだ。

 珍しい形式ではあったがここが“万”屋であることが理由の一つとなってそれなりに盛況だった。

 

 途中、

 

「おい! なんだこの髪の毛は! ここの店は客に髪の毛を食わせようってのか!?」

 

 またチャラ男だ。ローアインを見倣えよ。大体てめえの髪の毛ほどロン毛じゃねぇから入りようがねぇんだよそんな長い髪。

 という苛立ちを呑み込んで無視した。他の客もいちゃもんだとわかっているのか鬱陶しそうだ。他の客も待っているので調理は続けなければ。

 

「おいなにシカトこいてんだぁ!?」

 

 男は怒鳴り散らす。

 

「他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします」

「だったらシカトしてんじゃねぇぞ! てめえの料理に、髪の毛が入ってたっつってんだろうが!」

「先程も同じことを聞きましたが?」

「だから謝罪しろっつってんだよ!」

「先程は言ってませんでしたね。あ、注文の品です」

「ど、どうも」

「てめえふざけてんのか! こんなクソみたいな料理食わせやがって! 当然金は払わねぇからな!」

 

 クソみたいな料理、ねぇ。完食しておいてなに言ってんだか。

 

「それは困りますね。完食していただいたからには代金をいただかないと」

「だから髪の毛が入ってる料理なんて食わせやがったんだからタダにしろっつってんだよ! タダにすりゃ痛い目見なくて済ませてやるからよぉ」

 

 今日はこんなんばっかだ。世の中にはこんなヤツしかいないのかという気持ちになってくる。

 

「いえ、代金はお支払いいただきます。完食されてますしお勘定ですね?」

「ふざけたこと抜かしやがって……!」

 

 男は苛立ったように言うが口端を吊り上げると懐から銃を取り出した。店内で悲鳴が上がる。

 

「そんなに代金が欲しいなら、この鉛弾をくれてやるよ!」

 

 男は言って銃口を俺に向けてきた。そして割りと躊躇なく引き鉄を引いてくる。……いや嘘だろお前。もうちょっと躊躇いを持てよ。俺にイラついてんのはわかったけど、他にも人がいるんだからさ。跳弾で誰かに当たる可能性だってあるし、大体飯に髪の毛入ってた程度で料理人殺したら確実に逮捕だぞ。

 

 ぱん、と乾いた銃声が鳴り響く。意外にもと言うか銃弾は俺の眉間へと飛んできた。偶然か案外腕がいいのか、真実は定かではないが流石に殺されるのは困るので、飛んできた銃弾を右手で受け止める。

 

「……は?」

 

 男のぽかんとした声が空しく店内に響いた。

 俺は知らん顔で左手で持っているフライパンで注文されたチャーハンを炒め終えると、用意していた皿に盛りつける。紅生姜を載せて盆にスプーンと飲み水と一緒に載せてから注文したお客さんまで運んでいく。

 

「はい、チャーハンお待ち」

 

 男だけでなくそのお客さんもぽかんとしていた俺はキッチンの方に戻ってから、ようやく銃を構えたままの姿勢で固まっている男へと視線を向ける。

 

「お客様。当店ではルピ以外でのお支払いを原則お断りしています。なのでこの鉛弾は返却させていただきますね?」

 

 俺は言って、右手で取った銃弾を親指で弾けるようにセットしすぐに放った――ヤツの股間へと。

 

「こぱぁ!?」

 

 男は奇妙な声を上げて白目を剥き股間を抑えて蹲る。いっけね。ちょっと強めに撃ったから一個潰しちまったかもしれん。店内にいた男共が顔を青褪めてやや内股になっていた。

 

「あれ~? ダナンさん、どうかしたんですか~?」

 

 そこへ、シェロカルテが登場した。騒動が一区切りしてからの登場なので、おそらくどこかでタイミングを見計らっていたのだろう。

 

「あいつが料理に髪の毛が入ってるって言いがかりをつけてきたんだが完食してるみたいだったから支払いを求めたら撃ってきたから銃弾キャッチしてあいつの股間に返却してやったところだ」

「……なんだか無茶苦茶な単語が聞こえてきたような気はしますが、一旦置いておきましょう」

 

 一息に説明するとそんな感じの状態なのだが、少しシェロカルテの笑顔が引き攣っていた。

 

「……ち、違う! 料理に髪の毛が入ってたのは本当だ! そこの料理人が自分の名誉を守るために嘘をついているだけだ!」

 

 股間の激痛に耐えながら、シェロカルテに訴えかける。往生際が悪いな。と半ば呆れて男を見る。だが俺の出番はもう終わりだ。なにせシェロカルテが出てきたからな。おそらく彼女が出てきたなら、全て準備が整ったということだからな。

 

「なるほど~。事情はわかりました~。大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません~」

 

 シェロカルテは普段と変わらぬ口調でそんなことを言った。男の顔に歓喜が滲み出てくる。

 

「お詫びに今回のお食事代はこちらで持たせていただきますね~。あと」

 

 ここまでは男の目論見通り。

 

「あなたのご実家であるアウギュステ経済特区第三番街四丁目二番にお詫びの品を送らせていただきますね~」

「……はえ?」

 

 続いた言葉に男は頭が真っ白になったようだ。

 

「な、なんでそれを……」

「企業秘密ですよ〜。あ、あと帰り道には気をつけてくださいね〜」

「は?」

「いえ、実はあなたが完食した料理の器に髪の毛を入れているのを見たと証言している方がいらっしゃいまして〜。結果その善意ある方の通報によってあなたの人相書きが島中に出回っているんですよね〜。ですので、店を出たらおそらく捕まって事情聴取を受けると思いますので、お気をつけてくださいね〜。目撃者の見間違いだとおっしゃるなら、無実を晴らさない限りこの島からは出られませんので〜」

「……」

 

 シェロカルテの説明に、絶望したらしい男は愕然とした。だが自分が銃を持っていることに気づきシェロカルテへと銃口を向けた。思考が上手く回らず暴走状態にあるらしい。流石に想定していなかったのかシェロカルテの身体が硬直したのがわかった。

 

 まぁ、俺がそれを見逃すわけがないんだけどな。

 

 俺はすぐ接近すると銃をもった手を蹴り上げる。宙を舞った銃を手に取って男の胸元に突きつけた。

 

「人を殺そうとしたんだ。覚悟はできてるよな」

「や、やめっ……!」

 

 酷く怯えた様子の男。俺は当然のように引き鉄を引いた。銃声が響き、男の身体がびくっと跳ね上がる。

 

「……あ、ぇ?」

 

 しかし男は死んでいなかった。俺はくるりと銃を回して弄び、素早く抜き取っていた銃弾をもう片方の手で放る。

 

「店内が汚れますので、事前に弾は抜いてあります。ですが」

 

 俺は言いながら実弾を装填して男のこめかみに冷たく銃口を押し当てた。

 

「次は、ちゃんと弾が出るかもしれませんねぇ?」

 

 俺が笑って告げると、男はへなへなと座り込んだ。

 

「じゃ、後は任せたわ」

「はい〜。流石ダナンさん、助かっちゃいました〜」

 

 シェロカルテが手を叩くと入り口から騎空士らしき男が入ってきて、男を連れていった。俺が取り上げた銃も渡しておく。

 

「皆様大変お騒がせしました〜。お詫びに今いらっしゃる方々のお勘定はこちらで持たせていただきます〜」

「追加注文は一人一品までな」

 

 シェロカルテと俺が言ったことで、呆気に取られていた客達も喧騒を取り戻していく。以降は下手な真似をするヤツも出てこず、俺一人で好き勝手回していた。店内の席がいっぱいになったら持ち帰り用に作ったり、店外にスペースを確保したりして客を回していく。

 

 やっぱり料理ってのは楽しいモノだと思う。

 俺も作っていて楽しい。食べる人も美味しくていい。食べた人が美味しそうなのが嬉しい。そういう循環がある。食べてくれる人がいたから、俺もここまで料理を好きになれたのかもしれない。

 

「イタイドス?」

「ダナン?」

 

 そんなことを考えていると、アオイドスとバアルの二人が店に入ってきた。

 

「おう。どうした、二人揃って」

「俺達は最高にヘイヴンになれる料理店があるって聞いたんだが」

「まさかダナンが作っていたとはな」

 

 どうやら二人の下にも噂が届いていたらしい。

 二人は丁度空いていた俺が作っている傍のカウンター席に座った。仲良いなこいつら。

 

「メニューに書いてあるモノで、中身は自在に注文してくれりゃ、その通りに作ってやるよ」

「ほう。空を飛ぶ鳥が如く」

「自由というか幅広い店なんだな、と言いたいのだと思う」

 

 今日も通訳ご苦労。

 

「じゃあイタイドスオススメのヘイヴン料理を作ってくれ」

「適当に最高な料理を、だと。俺もそんな感じで頼む」

「へいへい。ったく、お任せってのが一番作るヤツにとっては大変なんだぜ」

 

 まぁ折角なので腕によりをかけて作ってやろう。世話になってるし。

 ということで二人にそれぞれ違う料理を出してやった。メニューの中で一番高いのはご愛嬌だ。

 

 二人も美味しそうに食べてくれたので良かった。バアルなんかは「これでこの値段なのか」と言っていた。そう思わせるように作ってるんだから、目論見通りになってくれたようでいい。

 

「……これならイタイドスは心配ないな」

「ん?」

 

 料理を食べ終わって席を立ったアオイドスがそんなことを言った。

 

「実に美味しかった。いい、パトスだったよ」

 

 そう告げてルピを置いて店を出ていく。

 

「音楽も料理も変わらない、ということだ。料理をしている時のお前は楽しそうにしていた。食べる人の喜ぶ顔が見たいという熱意も伝わってきた。美味しいと言われた時は嬉しそうにしていた。それがパトスで、俺達にヘイヴンを与えてくれる要因だったというわけだ」

 

 バアルは補足して勘定をし去っていく。その背中を、俺は半ば呆然と見つめていた。

 

 ……料理なら、パトスにヘイヴンがあるってのか。

 

 なるほど、どうすればいいのか大体わかってきた。

 なにか掴めそうだ。

 

「シェロカルテ。悪い、店は九時閉店で確定だ」

「はいは〜い。元々ダナンさんの意思で始めたことですので、大丈夫ですよ〜」

 

 シェロカルテへ事前に閉店時間を伝えておく。少し考えたいことができた。

 

 俺はもしかしたら、GMFへの出場権を本当の意味で得られるのかもしれない。



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EX:GMF当日まで

いよいよ当日を迎えます。
色んなキャラクターの名前が出てきますが、まぁグラブルではこれ以上の音楽関係キャラがいるんだよというだけでいいです。
この作品ではキャラソン由来も多いのが難点ですね。


 そして俺は店を出てから一人考え込んで答えに至った。

 今日はあまり練習していないので楽器を触って一通りお浚いしつつ、その日は就寝する。

 

 夜は魔物による襲撃がなかった。

 

 翌日、俺の演奏を二人に聞いてもらって了承が取れたので、俺の心は間違ってはいないだろう。こういうのに正しいも間違っているもないのかもしれないが。

 しかし新たな問題が出てきた。

 

 それが単純な技量不足だ。

 

 アオイドスとバアルは偶然にも凄腕のギタリストであり、俺は数日前に始めたばかり。当然その演奏には差が出てしまう。

 二人の演奏は凄い。一緒に演奏しているこっちの気分まで高揚させ、俺の演奏に力を与えてくれる。これは聴衆が熱狂する演奏になるだろう、と思うのだが。

 

 二人が全力全開を出すには、俺の力量は足りなさすぎる。

 

 とはいえ焦っても仕方がない。熱意を持って残り二日を過ごすしかない。

 要するに、練習あるのみだ。

 

 そしてGMF前日になり、三人で音を合わせていく。

 ギターを演奏する『ジョブ』はないが楽器という括りで言えば『ジョブ』によって上達が早い。既に【エリュシオン】まで取得していたのが良かったのだろうか。『ジョブ』を極めれば楽器の扱いに長けるようになるので、割りとギターの演奏を覚えてしまえばそれなりの腕にはなった。

 そう、それなりの腕だ。

 

 前日になって本番前最後の音合わせをした後、俺は一人残っていた。

 

 アオイドスとバアルは本気で演奏しても問題ないくらいにはなったと言ってくれた。つまり今の状態でも、足を引っ張ることはないらしい。

 だがそれではダメだ。音楽に関わって思ったが、一緒に演奏するならバアルが言うところの共鳴(レゾナンス)として成り立つだけではダメなのだ。互いの演奏が互いの演奏を高め合って旋律(メロディ)を昇華させるに至らなければ。

 

 アオイドスはギターを弾きながら歌も歌う。

 アオイドスの持ち曲一つと、この場限りの特別な曲を一つ。それが俺達のステージ内容だ。アオイドスがやりたいように、というステージなので残念ながら俺とバアルも歌わされることになった。別に歌が上手いわけではないと思うのだが、一応【エリュシオン】って元々吟遊詩人的な立ち位置だからな。演奏と共に詩を口にする『ジョブ』だ。なので演奏と歌を両立するのは難しいことじゃない。

 

 演奏と歌、その両方の音に魂を込めろ。俺は確かに始めたばかりだが、あいつらに届くはずだ。なんたってそれが『ジョブ』の力だから。なんだってできるなら、あの二人のように演奏することも可能なはずだ。

 アオイドスのように、バアルのように。人々の魂を沸かせる演奏がしたい。俺だってあの二人と共にステージに立つなら、ついていくだけじゃなくて互いに高め合える存在でありたい。

 

 俺が抱える感情を乗せてギターを弾いていると、遂に。

 そして、

 

「……ははっ」

 

 俺は()()()

 もう日付が変わろうという時間に、ようやく俺は掴んだのだ。二人に届いたのだ。

 

「今日はもう寝るか。明日、見てろよ」

 

 俺はギターを担いでニヤリと笑う。

 

「……会場全員、驚かせてやる」

 

 内々で燃える炎が身を焦がすような感覚を味わいながら、宿屋で就寝するのだった。

 そして、GMF当日の朝を迎える。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 いよいよ、全空最大規模の音楽の祭典、Granblue Music Festaが開催される。

 通称GMFが開催される星晶獣サラスヴァティの加護を受ける島、イスエルゴには大勢の人が詰めかけていた。

 

 それは出場者然り、観客然り、商人然り、スタッフ然り。

 

 あらゆる人がGMFという祭を楽しむために尽力してきた。数日前まではゴミが散乱していた街もかなり綺麗になっている。そのおかげか魔物の襲撃も減ってきていて、中止になることなく当日を迎えることができた。

 

 俺達の出番は前半の後ろの方ということなので、取った席に着いて他の参加者のステージを眺めることにする。

 

 会場には最奥にステージがある。ステージから扇状の観客席が広がっていて、席は全員が見られるようにか階段式となっていた。かなり後ろの方を取ったのでステージを遠くから見下ろす形となる。

 

「って、あれ? ダナンさん。奇遇ですね」

 

 早めに来て座っているとリルルが声をかけて、隣に腰かけた。どうやら偶然にも彼女と隣の席だったらしい。“蒼穹”のヤツらはバラけているから遭遇することもあるだろうとは思ってたんだけどな。

 リルルの格好は私服に帽子とお忍びコーデ丸出しだった。

 

「なんでお前がここにいるんだよ。出場者はその枠で席取れるだろ?」

 

 俺は出場を決める前に席を取ったので使えなかったが。

 

「あっちにいるとわかって目を向けられたら、リルルがどこにいるかわかっちゃうじゃないですか。リルルは小さいので、ハーヴィンの出場者ってあんまりいないと考えれば、騒動を避けるために当然です」

「案外ちゃんとしてるんだな」

 

 プロ意識が高いというか。この間会った時は全然忍んでなかったのに。

 

「はい。……あと純粋に色んな人のステージが観られる機会ですから。リルルは全空一のアイドルを目指してますけど、今日だけは全員ライバルですから。客観的に観てみたかったんです」

 

 なるほど。まぁ俺もあっちへ行きたいかと言われれば否と答えるだろうが、彼女にも思うところはあるらしい。

 

「じゃあ折角だ。一緒に観るか」

「はいっ」

 

 こうして奇しくもリルルと一緒にGMFを観賞することになったのだった。

 

「レディース、アーンド、ジェントルメーーンッ!! 本日いよいよ開催される全空最大の音楽の祭典が、四年越しに帰ってきましたッ!!」

 

 ステージ上に上がった銀髪に赤メッシュ、サングラスをかけたキラキラ衣装の男がテンション高く、マイクで会場中に声を響かせる。

 

「音楽の聖地、ここイスエルゴにお集まりいただいた皆々様には、一丸となってこのGMFを盛り上げていただいたいと思いますので、何卒お願いします! 本日の司会・進行を務めさせていただく、シンガーソングライターのウタハです! どうぞよろしくお願いします!!」

 

 テンション高く名乗りを上げた男が一礼すると、会場から盛大な拍手が巻き起こる。その後もウタハがトークを続けて会場を温めていく中で、リルルはぽつりと言った。

 

「ウタハさんは司会として各所に引っ張りだこな人気ある人です。“歌わないシンガーソングライター"として親しまれています」

「“歌わない”ってなんだよ。シンガーソングライターじゃねぇのか」

「それは一応自称ですね。人前で歌ったことが全くないとされる徹底振りですが、本人曰く歌ったら超絶上手いからGMFにもオファーが来ちゃうかも、ということらしいのですが真偽は不明です」

「なんだそいつ」

「でも抜群のトーク力とミュージシャンっぽい見た目が理由で音楽のイベントとかによく呼ばれてますよ」

「へぇ」

「でもちゃんと音楽の知識はあって、本当に歌が上手いのでは? と実しやかに囁かれています」

 

 なるほど。ってかなんでリルルはそんなに詳しいんだ。

 

「リルルもイベントでお会いしたことがあって、色々調べたんです」

「ああ、それでか」

 

 俺の内心の疑問に答えてくれる。よくイベントに呼ばれるというあのウタハとかいうヤツは、全空最大の音楽イベントに呼ばれるくらいだから人気なんだろう。引っ張りだこな人物とイベントで関わりあるっていうことは、やっぱりリルルも相当に有名なのかもしれない。

 

「そろそろ会場も温まったかなぁ? それでは早速Granblue Music Festaを開始しよう! 皆様存分に盛り上がって、楽しんでいってくれ!!」

 

 ウタハの言葉に観客が雄叫びで応える。ウタハは手を振りながらステージを降りていった。

 

 最初の一組はバンドだった。大舞台の初っ端ということで緊張しているようだったが、流石にGMFに参加するだけはあってレベルが高い。曲を続けている内に緊張が解けていくと充分な盛り上がりを見せていった。

 

「おっ?」

 

 二組目を挟んだ三組目。俺が思わず声を上げたのは、いそいそと和太鼓が運ばれてきたからだ。十中八九和太鼓倶楽部の連中だろう。色々な出場者がいたのだが、和太鼓を使うのはあいつらだけのようだったし。

 三十近い和太鼓がステージ上に並べられて、紹介アナウンスが入る。

 

「和太鼓の分野を広めるため……今年もあいつらがやってきた……! 法被にふんどし! これぞ和太鼓演奏の正装! GMF五回連続出場の常連ッ!! 和太鼓倶楽部の登場だァッ!!!」

 

 あ、これは女性来ないわ。

 

 と聞いた瞬間にわかる紹介だった。むさ苦しいもん。あとふんどしを正装にするのがいけない。女性は恥ずかしいだろ、それ。明らかに嫌な顔をしている女性の観客がいますよ?

 

 とまぁ手遅れな和太鼓倶楽部の男性率の高さは置いておいて。

 ステージ上に上がった面々で、グランとジータの姿を探した。グランは最前列の真ん中だ。ジータは逆に最後列の真ん中だった。ステージに近い観客がやけにどよめいていたのは、男性率百%だったはずの和太鼓倶楽部にジータという紅一点がいたからだろう。

 

 とりあえず俺の言う通りジータを最後尾にしたのはいい。

 

「あ、団長さん達がいますね。最近一緒に出る人達と練習してたので会う機会があんまりなかったんです。和太鼓倶楽部の皆さんと一緒に出るんですね」

 

 リルルがそんなことを言っていた。まぁステージに向けて真剣になるのは活動に本気な証か。

 

 ともあれ和太鼓倶楽部の演奏が始まった。見た目的には暑苦しいだけの集団だが、その演奏は如何にというのは始まってすぐにわかる。

 なにせ一糸乱れぬ動きで太鼓にバチを叩きつけたのだから。そこから始まる演奏は言わずもがな、完全に動きをシンクロさせた状態で奏でられる。確かにこれは圧巻だろう。太鼓から重く響く音が鳴り、会場を飛び回る。正直アホな集団だと思っているが、腕は確かなようだ。

 

 そんな感じで一曲終われば、ふんどしへの嫌悪感も忘れて観客全員が拍手した。

 

 続く二曲目は先程と打って変わって少しずつズラして演奏する。周囲に引っ張られそうだが、三つに分けた演奏のブレは存在しない。サビと思われる一番盛り上がるところではズレていた演奏が一つにまとまり、サビが終わればまたズレる。

 そして二曲目も充分魅せてステージは終わった。確かにこれは凄い。魅せ方も悪くない。だが……。

 

「お、おい見たかあの最後尾にいた可愛い娘」

「ああ、見た見た。あんな娘のふんどし姿を間近で見られるなら和太鼓倶楽部も悪くないかもな」

 

 今年も女性の入部希望者はいなさそうだぞ。そしてジータ目当てで入る連中。あいつは多分今回きりの参加だぞ。

 

 残念だったな、ざまぁ。

 

 それはさておき、飛び入り参加の前半部は続いていく。

 

「あれが“蒼穹”の騎空団きっての歌姫、エジェリーさんです。この歌声に嫉妬して声を封じられるほど。聞いていて納得ですよね」

 

 リルルが丁寧に教えてくれるので、音楽に全く興味がない俺でも入っていきやすい。

 

「今回エジェリーさんと組んだのが、セレフィラさんとエルタさんですね」

 

 ステージの中央で金髪の女性がその圧倒的なまでの歌声を披露している。彼女は歌いながら演奏もするようだが、今の曲は演奏を減らし歌に集中していた。

 そんな彼女の歌声を支え、昇華しているのが他二人の演奏だ。赤がかった茶髪のエルーンがバイオリンを奏で、茶髪の少年がチェコを奏でている。

 

 圧倒的なまでの歌姫に目が向きがちだが、二人の演奏は素晴らしいモノだ。……俺もあの二人に負けない演奏で、意識されないで終わらせないでやる。

 

 その後二つを挟んで出てきたのが、俺の誘いを断った二人。

 

「今日限り、二度とお目にかかれないバンドグループ! 皆の衆、新しい歌姫の姿を見よ! 『ナイト・ディーヴァ』の登場だ!!」

 

 アナウンスの紹介にも気合いが入っている。ステージに上がったのはスツルム、ドランク、シェロカルテ。そして紹介にあった歌姫らしきエルーンの少女。青い癖っ毛で色白の少女だが、初の大舞台に緊張しているのかステージに上がる所作がぎこちない。

 

「あ、フェリさんです。結局出ることにしたんですね」

 

 リルルは俺が唯一名前を知らないエルーンの名前を呼んでくれる。どんな縁であいつらと組んだのか、経緯はわからないが。

 続けて「あ、あの人です! リルルが見た、ダナンさんプロデュースのメンバーの一人って」とスツルムを指差す。……だからなんか、完全に嘘だとは思えないんだよなぁ。

 

 俺も彼女に注目する。ぎこちない足取りでステージへと上がり――床のコードに足を引っかけて転んだ。

 

「ふきゅっ」

 

 マイクを持っていたせいでやけに大きく可愛らしい声が会場に響き渡る。……あぁ、ドランクが後ろで必死に笑いを堪えてるよ。やめてやれ。

 

「……」

 

 少女は慌てて立ち上がると何事もなかったように澄ました表情でステージ中央に立つ。顔が赤かったので恥ずかしいのは間違いない。こういうのは茶化さず温かく見守ってやるのがいい。

 

 会場全体がほっこりした空気になる中、シェロカルテがドラムを叩くためのステッキを打ち合わせて合図をして、合図に合わせて三人が前奏を開始する。

 

 その瞬間に少女の身に纏う雰囲気が変わった。弛緩していた雰囲気を一気に覆して凛々しい表情を見せるフェリに、観客は息を呑んで彼女の歌を待つ。

 

 そして知った。彼女が正しく歌姫であると。

 

「……転けたのも演技だったら、大したもんだな」

 

 俺はフェリの歌とあいつらの演奏を聴きながら、頬杖を突いて言った。

 

「フェリさんは最初、出る気がなさそうだったんです。それをあの青い人が口八丁で丸め込んでました。歌もあまり練習したことなかったと思いますよ?」

 

 天然物かよ。ってかあいつから誘ったのか。どういう心境なんだか、聞きたいところだが。

 

「……リルルも負けてられませんね」

「……俺も負けてられねぇな」

 

 俺と彼女がやる気を漲らせて言ったのはほぼ同時だった。思わず顔を見合わせて笑う。

 

 『ナイト・ディーヴァ』のステージはなかなかの盛況だった。あいつら『ジョブ』持ってない癖に始めたばかりでこれとは、なかなかやる。だが最優秀賞は俺達が貰う。

 その二組後だったろうか。

 

「さぁてお次は今日限りのアイドルユニット! 蒼い空の世界を笑顔で満たさんとステージに上がる四人! これはアイドル達への挑戦状だぁ! ()()()()()()()()、GMFに降臨!!」

 

 その紹介アナウンスに、

 

「……え?」

 

 隣のリルルが信じられないという表情をしていた。

 ステージに上がってくるのは、青い衣装に身を包んだ四人。金髪ショートボブの少女、蒼髪の少女、赤髪の少女、金の長髪の女性。

 

 そこかしこで「あっ、和太鼓倶楽部にいたふんどしの娘だ」という声が上がった。おそらく聞こえたのだろう、ジータの顔が仄かに赤くなっている。

 

「……なんで、ジータさん達が」

 

 リルルは未だ呆然としている。ステージに上がったジータ達は会場に手を振って挨拶した。

 

「それでは聴いてください。――キミとボクのミライ」

 

 リルルから聞いていた話と全く同じ曲名が、マイクを持ったジータの口から紡がれる。

 

 息の合った踊りと歌を披露する四人と、彼女らに釘づけになっている会場。しかし誰よりも『スカイブルー』のステージに夢中になっているのは、確実にリルルだろう。ファンクラブルなんてモノがあったなら間違いなく会員No.1だ。

 流石は『ジョブ』持ちと言うべきか、ジータは歌が上手い。他の三人も負けておらず、四人の歌が見事に調和していた。……しかしあのちょっと年上っぽい人、目の光が妖しい気がするんだが。遠くから見ているせいだろうか?

 

 彼女達の歌が終われば会場中から惜しみない拍手が送られた。

 

 ふと隣のリルルを見ると、

 

「……」

 

 超、号泣していた。涙を滝のように流しながら食い入るようにステージを見ている。……まぁ気持ちはなんとなく察せるが。

 夢にまで見たアイドルと歌が、今こうして目の前にいるんだからな。しかしやっぱりおかしいのは間違いない。だってリルルの幼い頃って言ったら少なくとも三年から五年は前だろ? となると俺もあいつらも今の仲間達と出会っていない頃なのだ。

 

「……また見られて良かったな」

 

 どう声をかけたモノかと迷ったが、そう口にした。

 

「……はいっ」

 

 リルルはごしごしと涙を拭って笑う。今までで一番の顔だ。

 

「でもどうしてなんでしょう。リルルでも歌詞を全部暗記できてなかったので、なかったことなら歌えるはずないんですけど……」

「さぁ、そりゃ本人に聞かねぇとわかんないが。でもなんつうか、リルルが見たのは確かに現実じゃなかったのかもしれないが、全くの嘘ってわけでもねぇんじゃねぇかな」

「?」

 

 俺の言いたいことはあまり伝わらなかったようだ。だがリルルは既に幻だったとしても、と思っている。完全に割り切れてはいないだろうがそう気にすることじゃないだろう。

 リルルは「……やっぱり、アイドルはこうでなくちゃ」と妙に意気込んでいる。憧れのアイドルの再現で火が点いたらしい。

 

「さてお次は炎と舞の合わせ技! 歌と踊りだけじゃなくパフォーマンス性も高いステージを魅せてもらおう! 『炎舞三人娘』の登場だ!!」

 

 紹介アナウンスがされて、二人のエルーンがステージに上がる。

 片や笑顔で観客に手を振りながら、片や恥ずかしそうに俯いて。前者が黒髪のエルーン、後者が水色がかった銀髪のエルーンだ。二人共尻尾が生えているが、エルーンに尻尾はなかったような気がする。

 三人娘と言っておきながら二人しか出てこないことに首を傾げていると、最後の一人が遅れて、しかし悠々とステージに上がってきた。

 

 燃えるような深紅の長髪に、同じく深紅のドレス。

 

 彼女が登場した瞬間に一部の男性観客から歓喜の咆哮が上がった。

 

「ユエルさんにソシエさんに、アンスリアさんですか。なるほど、確かに『炎舞三人娘』ですね」

 

 リルルが知っている様子なので、おそらく“蒼穹”の団員だろう。

 

「私の舞であなた達を魅了してあげるわ」

 

 妖艶に微笑んでそう告げた彼女はステージの中央に立ち、流れ始めた音楽に合わせてステップを刻む。左右の少し後ろにいる先に上がった二人もステップを踏み、歌い出す。

 真ん中の娘は歌わないらしいが、両手に炎を灯しステージの中央で熱く舞い踊る。

 

 男性客の大半から熱視線を、その身で一手に引き受ける彼女は熱く、艶やかに踊り続ける。しかしここがステージの全体を見渡せるくらいの位置だからわかったが、そんな彼女はある瞬間にちらりと一点へ流し目を送っていた。何度か見てわかったが、その視線の先には参加者席に座っていたグランの姿がある。角度も考慮したので間違いないはずだ。当のグランは彼女の視線を受けて少し顔を赤くしているようだったが。あいつリーシャの時もそうだったが初心すぎやしないか?

 

 それは兎も角大半の観客が魅了されるのもわかる。彼女の踊りはなんつうか、見ている者の心を掴み自分の虜にすることに特化しすぎている気がする。左右の二人も炎と共に歌い踊る姿は見惚れておかしくないモノで、他の参加者と比べても遜色ない仕上がりだ。

 だが中央の彼女の存在が大きすぎるな。

 

 曲が終わって一礼した彼女へと、「うおおおぉぉぉぉぉ!! アンスリアちゃーんッッ!!!」という野太い歓声が上がる。

 

「あ、リルルそろそろ行かないとなので、席を外しますね」

「ああ。ステージ、楽しみにしてるからな」

「はい。リルルのステージを見ててください」

 

 そろそろリルルのステージが始まる頃合いらしい。ちょこちょこと駆け足気味に去っていく背中を見送りつつ、俺は次の参加者のステージを聴く。

 

 そして二つ挟んでから、

 

「いよいよ登場です! 全空にその名が知れ渡りつつある小さきアイドル! 今回はGMF限定のコラボレーションを引っ提げての参戦だ! 『六花のキラメキ』!!」

 

 小さきアイドルと言われて登場したのは俺が思っていた通りの人物だった。

 

 リルルがステージ上に登場する。

 当然席に座っていた時とは違ってステージ衣装を纏っている。登場と同時に歓声が上がったのでやはり有名なアイドルのようだ。

 

 他の五人はリルルとは少し違った衣装になっていた。後でどういう人達なのか聞きたいが、これが終わったら俺も控室に向かわなければならないので後半との間の休憩時間にでも聞いてみよう。

 

「……リルルは今日、憧れのアイドルのステージを観ることができました」

 

 彼女はマイクを握り滔々と語り出す。

 

「時間が経っても色褪せないステージをまた観ることができて、やっぱりあの人達は凄いんだってわかりました」

 

 でも、と顔を上げた彼女は瞳に強い意志を宿していた。

 

「今日リルルは、あの人達を超えてみせます! この五人と一緒に!」

 

 そう告げたリルルに声援が送られる。……その一つがオイゲンのモノだったので驚いたのだが、これはアポロに持ち帰るネタが増えたな。

 

「じゃあまずは私達の曲から! 『Never Ending Fantasy 〜今日だけは六花〜』! いくよ、皆!」

 

 五人組のセンターらしき茶髪ポニーテルの少女が言って、音楽が流れ始めた。配置は五人がおそらく通常通りで、真ん中の一番前にリルルがいる。そうしないと見えないからだろう。

 俺は他の五人を全く知らなかったのだが、彼女達それぞれのパートの時にファンらしき人達が光る棒を振りながら「ディアンサ〜ッ」とか「ジオラ〜ッ」などと名前を呼んでくれたので誰が誰なのかはわかった。

 

 元々五人組の方の曲らしいが、特別バージョンということでリルルもパートが宛てがわれている。とはいえメインは彼女でないので、次を楽しみにしようか。

 一曲目で盛り上がったところで、

 

「じゃあ次はリルルの曲です。『夢色☆キセキ』。皆、いっくよー」

 

 リルルの持ち歌が披露される。

 五人組や『スカイブルー』の歌を聴いて持ったアイドルらしいという印象を与える歌。可愛らしさと上手さを兼ね備えた歌が披露される。……ホント、あいつらに負けてないアイドルなんだと、傍目から見てもそう思えた。

 しかし驚いたのは曲が終わった後のことだ。

 

「「「L・O・V・E! ラブリーリルルッ!!」」」

 

 盛大なリルルコールが響き渡ったのだ。確かに上手かったが、そんなに熱狂するほどだったかと首を傾げる。ほとんどの男性客がリルルに魅了されていた。グランは問題なさそうだが、あのアオイドスまでもが同じ状態だ。洗脳やら催眠の類いなんじゃないかとすら思えてくる。

 

「続いてはリルルの新曲を、GMF特別バージョンで。聴いてください、『水面の月はすぐそこに』」

 

 ワァーッと観客が湧く。ちょっと不思議ではあったが、納得のいくステージだった。ただ俺が思うのはファンになりそうという感想じゃない。俄然燃えてきた、だ。

 

 ステージを終え手を振りながら観客の声援と拍手を受けるリルルを眺めてから、そろそろ時間だと席を立つ。

 

 さて、行くか。目にモノを見せてやろう。




リルルの男性魅了は主人公を男にしてもそういうあれがなさそうだったので、ダナン君にもかからない設定にしています。


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EX:ライジング・オブ・ザ

ナントカ・オブ・ザにしたかった。でも思いつかなかったのでこうなりました。

天上征伐戦はPROUDしかいけませんでした。いや強ぇあいつ。


「クロイドス、イタイドス。手筈通りに」

「ああ」

「わかっている」

 

 俺達は次にステージを控えてステージ裏にスタンバっていた。直前の打ち合わせは済ませた。音合わせも前日の内に済ませてある。後はステージで思いっきりやるだけだ。

 

「お待たせしましたぁ! お次は今回GMF主催側からオファーがありながら、まだ見ぬパトスとヘイヴンを求めて断った、あの人! 突如現れた天才ミュージシャン、アオイドス率いる『Trinity Soul』の登場だぁ!!」

 

 紹介アナウンスが熱い。というかお前オファーされるくらい凄いヤツだったのかよ。いや凄いのは知ってたんだが、まさかそこまでとはな。後半にオファーされる人は曲数を多く取るために数限りある。そんな中にいたってのか。

 しかも登場する前から大歓声が巻き起こっている。

 

 まず、打ち合わせ通りアオイドスはステージへ向かう。歓声が一際大きくなった。その後シューッと白い煙幕がステージ上に噴射される。そこで俺がバアルを連れてバニッシュで煙幕の中へ移動。俺が左、バアルが右に分かれて同時に足踏みをして煙幕を振り払う。

 

「あ、あれは……!」「あいつ確か各地でバンドの助っ人をやってる!」「バアルだ! 俺達のバンドにも参加してもらったことがあるぞ!」「いつだったかアオイドス様とツインギターやったんだっけか?」「ああ! まさか二度と見れないと思ってた演奏がまた聴けるなんて!」

 

 バアルを知っているヤツらが口々に呟いている。今まであまりなかった反応だ。おそらくあのアオイドスと一体誰が組んだんだ? という注目度合いの問題だろう。

 

「もう一人のあいつは……」

 

 と観客の注意が俺に向いたのがわかった。俺の顔を知ってるヤツらは驚いた様子だ。出場するって言ってなかったから当然か。

 そして観客のほとんどは俺の顔を知らないだろう。つまり有名なアオイドスと無名の俺が組んだことで「あいつ本当に足引っ張らないんだろうな?」という状態になるから、俺が演奏した時に驚く顔が見れるって寸法よ。

 

 しかし、

 

「あいつ、“股間クラッシャー”だ!」「なにっ!? 和太鼓倶楽部をたった一人で跪かせたあの!?」「違う! あいつは“黒衣の扇動者”だ!」「なんだと!?」「迷惑な連中を吊るし上げたっていうあの!?」「いや違ぇよ! あいつは“玉砕の料理人”だ!」「ああ、確かにそうだ! とんでもないスピードでとんでもない美味さの料理を作り、掴み取った銃弾で敵の股間を撃ち抜くという……!」「そ、そんなヤバいヤツが……。流石はアオイドス様だ!」

 

 あ、あれ?

 

 思わぬ反応にこっちが戸惑ってしまう。ステージ上の二人からもお前なにやったんだという視線を投げられている気配がした。

 

 ……おっかしいな。こんなはずじゃなかったのに。まぁ音楽関連の噂じゃないし、驚かせてやるのは変わらないか。

 

 とりあえず俺に関する噂には触れないでおこうと思う。

 気を取り直してアオイドスが喋り始めると意識がそちらを向いたので助かった。

 

「ここに集まった出場者は皆素晴らしいアーティストだ。不覚にも俺はヘイヴンしてしまった。だがここにいる二人は俺が最高に特別なステージを作るために選び抜いたヘイヴンの芽。ーークロイドス!」

「バアルだ」

 

 アオイドスの紹介に応じてバアルがギターを弾く。

 

「イタイドス!」

「ダナンだ」

 

 同じように俺もギターを搔き鳴らした。おっ? という雰囲気に変わったのを感じ取りニヤリとする。

 

「この三人で最高のヘイヴンを届けよう」

 

 アオイドスは手に取ったマイクをスタンドに戻すとギターを構えた。

 

「――俺達と世界を滅ぼさないか? 『Judgement Night』!!」

 

 最初の曲は掴み用。お馴染みらしいアオイドスの曲だ。基本アオイドスが歌い、俺とバアルはサビのハモり要因となっている。演奏は今回のために多少アレンジを入れているらしい。

 俺は俺にできる精いっぱいをギターに込めて会場へと放つ。遠慮なく、思い切り演奏していけばアオイドスとバアルも当然ついてくる。アオイドスの曲は激しく、並み大抵の者ではついていけないというのはファンの間で周知らしい。つまり俺が曲についていき、二人と演奏を溶け合わせられれば。

 

 会場の熱気を損ねることはない。むしろ熱狂させていける。

 

 観客達が盛り上がっている様子を見て、してやったりの気持ちを得た。

 

「ヘイヴン! ヘイヴン! ヘイヴン!」

 

 一曲目が終われば会場には盛大なヘイヴンコールが行われた。

 

 ……ああ。この熱気の中心にいるって考えると楽しいな。

 

 初のステージではあるが、緊張はない。とはいえ実際にステージへ立つと感覚が変わる。俺にしては珍しく、気分が高揚しているのだろう。

 だがまだだ。まだ足りない。まだ会場全体がヘイヴンしていない。ドランクやスツルム、グランにジータも、全員ヘイヴンさせなきゃならねぇ。それに、今はただアオイドスにヘイヴンしてるだけだ。俺とバアルには、まだだ。

 そのための次の曲だ。

 

「次は俺が二人のために作った曲だ。存分に聴いてくれ。『Black Convictor』!!」

 

 一歩前に出ていたアオイドスが下がり、逆に俺とバアルが前へ出た。

 この曲からが俺の本番。なにせアオイドスは歌わない。俺達だけで今のヘイヴンを維持、拡散できるかというところ。

 

 だがこういう時、俺はプレッシャーを感じるよりも燃えてくるタイプのようだ。

 

 俺とバアルに注目が集まる中、ちらりと視線を交わして二人同時に弾き始める。

 

 パート分けは比較的簡単に。俺とバアルが交互で歌いサビでは一緒に歌う。一番はバアルが先で、二番は俺が先。不慣れな俺に合わせてあまり難しいことはさせないでくれた。

 

 曲が終わってもヘイヴンコールはやまない。それどころか大きくなっている。……良かった。少なくとも興奮状態になった観客にとってはアオイドスとそう変わらない演奏には聞こえていたらしい。バアルが上手かったってのもあるだろうが、及第点と見ていいだろう。

 だがまだ足りていない。三曲目が最後になる。()()を使うか?

 

「名残り惜しいが、次で最後の曲だ」

 

 俺が考え込んでいると、アオイドスが前に進み出て俺達二人と並び立った。

 

「この曲は俺が、今の俺の全てを注ぎ込んで作った曲だ。さぁ、俺達と世界を滅ぼそう。『Ruin World』!!」

 

 うだうだ悩んでいる暇はない。盛り上がりを強くするために、最後のサビ前で使おう。それまでは今の俺の全力を注ぐ。

 曲が開始される。最後ということもあって二人の演奏も今までで一番いいモノだ。

 

 俺ももっと、魂を込めて。

 全てを出し切るつもりで掻き鳴らせ。

 観客全員を熱狂させる旋律(メロディ)を。

 聴いている全てがヘイヴンする共鳴(レゾナンス)を。

 

「「「Ahhhh――――!!!」」」

 

 一番の締めとなるシャウトを三人で行い、間奏に入る。ヘイヴンのコールが会場全体に響いている。

 いい感触だ。気分が高揚する。だがまだだ。もっと熱狂させてやりたい。今も澄ました顔で聴いているヤツらもだ。

 

 そう思って未だヘイヴンしていない連中がどこにいるのかを見渡していると、不意に入場口の扉が開かれた。

 

 今更なぜ? という疑問が湧いてくるが、それもすぐに吹っ飛んだ。

 

 入ってきたのは蒼髪に猫のぬいぐるみを抱き、傍に紳士然とした男が立っている少女だったからだ。

 彼女と俺の目が合い、明らかに驚いているのが見て取れた。

 

 ……今来たら足りねぇじゃねぇかよ。

 

 三曲分聴かせた今の観客達と同じくらいヘイヴンさせてやるには、このままじゃ圧倒的に足りない。三曲分を凝縮した上で更に昂らせないと足りない。

 そうなったらアレを使うしかねぇじゃねぇか。

 

 俺は、湧き上がる高揚感に任せて獰猛に笑う。

 

「アオイドス! バアル! 数段アゲるぞ! 置いてかれんなよ!」

 

 まず一緒に演奏する二人に発破をかけた。

 

「上等!」

「ああ、増幅(アンプリファイ)といこう!」

 

 二人から頼もしい返事が来たので、改めて入場口近くに佇む彼女を真っ直ぐに見つめる。

 

「そこで聴いてろ! 一人残らずヘイヴンさせてやんよ!! ――いくぜ、【ライジングフォース】!!!」

 

 俺が言った途端に衣装が変わる。

 上半身はほぼ裸なのですーすーする。ギターまで形が変わりツインネック・ギターへと変貌した。身体の奥底から高揚感が湧き上がってくる。

 

 ステージ中になぜか衣装が変わるという演出にもなるし、俺の演奏は数倍に跳ね上がる。やっぱり専門的な『ジョブ』かどうかで大分差があるモノだ。

 加えて演奏に周囲を熱狂させる効果があり、味方を大きく強化することもできる。

 

 劇的に俺の演奏が変わった直後、歌が始まる。明らかに変わった俺の演奏によって会場が更に熱狂した。今までとは違ってアオイドスとバアルが俺を追いかける構図となったことで種類が変わり、『ジョブ』の持つ力によって増幅(アンプリファイ)され最高のヘイヴンを巻き起こす。

 

 『ジョブ』の発動に驚いていたグランとジータもヘイヴンさせた。リルルも巻き込めている。ドランクとスツルムも順調だ。

 さぁ、後はあいつだけ。

 俺のありったけを込める。彼女を喜ばせる、なんて普段料理でやってたことと一緒だ。それを音楽でもしてやればいいだけのこと。

 

 ……多分だが、音楽ってのは届ける相手がいると輝くんだろうな。

 

 歌い切り全体漏れなくヘイヴンしていることを確認して、そんなことを思った。流石に全力を出し続けると疲労が大きい。汗もぐっしょりと掻いてしまっている。とりあえずアオイドスとバアルとハイタッチをしてから、次の参加者のためにさっさと退場した。

 去り際にオーキスが会場から出ていくのを見たから、おそらく俺と会う気はないんだろう。少し寂しい気もするが、元々一人旅と決めている。またどこかで会えることもあるかもしれねぇな。

 

 俺は演奏をやり切った後の充足感に満たされて控え室で着替えると観客席の方に戻っていった。前半もいよいよ大詰めだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「凄かったですね。思わずヘイヴンって言っちゃいました」

 

 俺が席に戻るとリルルが声をかけてきた。

 

「だろ?」

 

 俺はニヤリと笑って応え自分の席に座る。手応えはあった。後は結果を待つだけだが。

 

「こっちにいるのでてっきり出ないのかと思ってました」

「まぁ、参加を決める前に席取っちまったんでな」

「そうだったんですね。それにしても、まさか演奏の途中で衣装を変えるなんて……今度リルルもやってみたいです」

「あれはまぁ、お前らの団長と同じ『ジョブ』だからなぁ。煙幕に紛れて早着替え、とかか?」

「はい。でもアイドル衣装って着るの大変なんです」

「そうか。俺は普通の服なら一瞬で着替えられるんだけど、リルルには難しいか」

「……なんでそんなに多芸なんですか」

「秩序の騎空団に潜入する時に、ちょっとな」

 

 驚かせたかったから早着替えをする必要があった、ということだ。

 リルルはじとーっとした目で俺を見てくる。そんな目をされたって改める気はねぇが。

 

「もうちょっとで前半も終わりだよな」

 

 俺はあからさまに話題を逸らす。リルルは不満そうにしながらも俺が真面目に話す気がないと見たのか嘆息して話を合わせてくれた。

 

「はい、そうですね。次が最後の一組になります」

 

 次が最後、か。色んなステージを観たが、自分がやってた時が一番楽しかったとは思うが、終わると思うと寂しいモノだな。まさか自分でもこんなに嵌まるとは思ってもみなかったんだが。

 そんなこんなで前半のトリが終わり、さて飯でも食いに行こうかとリルルへ視線を向けたその時。

 

 頭上から轟音が響き、天井が崩れ落ちてきた。混乱と悲鳴が起こり観客席に座っていた者達が半狂乱状態で逃げ惑う。なにが起こったのかと天井を見上げれば原因は一目瞭然だ。

 

「……なんだってんだ」

 

 しかしソレを見て理解できるかはまた別問題だった。

 弦楽器を携えた巨大な女が天井を突き破って降りてきたとしか思えない。身長が十メートルを超えている時点でただの人でないのはわかる。だが一体なぜ、そしてこいつはなんだ?

 と考えて一つの心当たりが浮かんでくる。

 

「星晶獣サラスヴァティか……!」

 

 楽器を持っていることからも音楽関連であるのは間違いない。ヒトではあり得ない大きさなので、魔物か星晶獣の可能性が高くなっていくのだが。

 

 逃げ惑う観客達の避難誘導が始まる中、俺は立ち上がってそいつを見据える。なぜか降りてきたそいつはこちらを見ていた。目を瞑っているから多分にはなるが。……いや、俺じゃないか? どっちかと言うと隣のリルルを見ている気が。

 

 天井を破壊したそいつは会場内に入ってくると宙で停止した。俺達を襲撃しに来たのかと思ったが手を出してこない。避難が粗方完了して俺とリルルや“蒼穹”の連中ぐらいしかこの場には残っていなかった。

 

「――偶像の舞台。虚構の夢」

 

 大半が避難した後に、ようやく女は口を開く。抽象的なよく意味がわからなかったのだが、隣から「……え?」という声が聞こえた。

 

「――偽りの人気。芸術性のない歌声」

「っ……」

 

 続く言葉にリルルが顔を俯かせる。……なに言ってんだこいつ。

 

「サラス。一体どういうつもりだ? お前が自分を祀る祭典を壊すとは……」

 

 よく通る声で横槍が入る。バアルだ。あいつなに、サラスとか呼んでんの? っていうか本当にサラスヴァティなんだとしたらどういう知り合いなんだよ。

 

「――バアル。音楽と人の劣化。既に妾を祀る祭典にあらず」

 

 独特の話し方をするようだが、別に理性を失って会場に乗り込んできたわけではなさそうだ。バアルの方を向いて言葉少なくではあったが理由を答えている。

 要するに、音楽の質と人の態度が落ちてきて、サラスヴァティを祀る祭じゃなくなったから見るに見かねて登場したってわけか? それにしては、なんつうか。

 

「ならなぜこのタイミングで現れる? お前が度々魔物を使って襲わせていたのは、この祭典をいいモノにするために、不必要だと思うモノを排除するためだったのだろう? それに失敗して本番を迎え、なぜ半分が終わった今に現れる必要がある。お前の登場でお前と同じ音楽を愛する者が何人怪我を負ったと思っている」

 

 いつになく饒舌だ。おそらく怒っているのだろう。あのクールを気取ったバアルがやけに感情を露わにしていた。

 

「――問題ない。狙いはつけてある」

 

 しかしサラスヴァティの表情は変わらない。

 

「なにっ? ……つまり怪我をした者は全員、お前が今も排除したい連中だというのか」

「――然り」

 

 彼女の断言にバアルは絶句していた。……だからと言って怪我させていいわけじゃない、なんて俺が言うべきことじゃねぇな。

 

「だからって怪我をさせる必要はないと思います!」

 

 あいつらが言うだろうと思っていたら、ルリアが胸の前に両の拳を握って口にした。

 

「――彼の者が扇動して尚動くことのなかった者達が、説き伏せて改めると?」

 

 なぜサラスヴァティが俺を見てきた。ああ、煽ってやった時のことを言ってんのな。扇動ってほど大したことしてねぇんだが。

 

「は、はい。ちゃんとお話すればきっと……」

「――笑止」

 

 ルリアの希望的観測は切って捨てられる。

 

「――人は学ばぬ。人は過つ。人は簡単に変わらぬ」

 

 それは長い間この島に来る様々な人達を見てきた星晶獣の重い言葉だった。

 

「……だから、間引くというのか」

「――然り。音楽は大衆を魅せるモノではなく、芸術を宿すモノ」

「人は変わらなくても音楽の形は変わる。それでも永く続いていくのが音楽というモノだ」

「――否。断じて否」

 

 バアルの言葉を否定して、サラスヴァティは再び俯いたままのリルルを見据える。

 

「――音楽は芸術。アイドルなどという娯楽は必要ない」

 

 やはり、サラスヴァティはリルルを目の敵にしている。

 

「な、なんでリルルちゃんなんですか。私達だってアイドルですよ」

 

 リルルと組んでいた五人組の一人、確かハリエという少女が尋ねた。そう、そこだ。アイドルを認められないというならリルルだけに固執する必要はない。

 

「――然り。ただし、汝らは星晶獣ショロトルを慰むる巫女なれば」

「じゃ、じゃあ私達だって! しかも今日だけのアイドルですし」

 

 理由を述べるサラスヴァティにジータが告げた。

 

「――然り。ただし、汝らとは決定的に異なる」

 

 サラスヴァティはリルルを見やって言葉を続ける。

 

「――ありもしない、虚構の夢」

「っ!」

「――根拠の薄い夢追いほど身を滅ぼす」

 

 リルル自身彼女の言っていることが理解できたのか、ぎゅっと服を掴みながらも反論はしなかった。

 

「――汝は過去、現実にあり得ぬ夢を見た」

 

 サラスヴァティの言葉を受けて、俺は鼻で笑う。

 

「……はっ。なんの話をするかと思えば下らねぇ。過去どうだったかは問題じゃねぇだろ。大事なのは今、こいつがどれだけ本気かってことだ。それすらわかんねぇんだったら音楽を司る星晶獣なんか辞めちまえ」

 

 彼女の歌を聴けば、俺みたいな素人でさえそれが伝わってくる。だというのに、音楽を司る星晶獣とやらがそんな簡単なことをわかっていないはずがないんだ。

 

「……ダナンさん」

「――……。では偽りの人気については如何する」

 

 リルルがはっとする中、サラスヴァティは話題を変える。

 

「偽りの人気だと?」

「――然り。その者には男を魅了する力がある」

「あ……」

「――故に、アイドルとして人気であるというのはその力によるモノが大きい」

 

 その言葉を聞いて愕然とするリルル。

 

「俺は、普通に上手いと思って聴いてたぞ。バアルが『ラブリーリルル』って叫んでたのは笑えるが、俺はその力の影響を受けないみたいだ。だが、俺はリルルの魅力を知った。力なんてなくたって、こいつはアイドルになれる」

「僕も、そう思います。バアルさんだって魅了された歌を聴いて、そこまでじゃないですけどいいと思いました。リルルちゃんは間違いなくアイドルです」

 

 俺の言葉に同じく魅了されないグランが続いた。バアルは「なぜ二人共俺を例えに出す」とかなんとか言っていたが。

 

「それに、俺の【ライジングフォース】だって熱狂させる効果がある。そういう意味では俺も同じことやってんぞ。俺なんかもっと酷い、不純な動機で出ようとしてたんだぞ」

「――素晴らしき演奏。加えて、誰かに捧ぐ音楽は悪くない」

「さいですか」

 

 どうやら俺の腕が認められて、それプラスオーキスへ届かせることが加点になっているらしい。

 

「……つまり、リルルの歌があなたの基準に達してないから、怒ってるんですか」

 

 それまでずっと反論しなかったリルルが言った。

 

「――虚構の夢、偽りの人気、芸術性のない歌」

 

 サラスヴァティが思うリルルの気に入らないところを三つ挙げた。

 

「……例え現実じゃなくたって、あり得ないステージだって、リルルはアイドルであることを辞めません! あの日、リルルはアイドルに励まされたんです! その事実がある限り!」

 

 リルルは強い意志を宿してサラスヴァティを見据える。

 

「リルルの歌には確かに男の人を魅了する力があります。でも、それでもその力で皆さんが笑顔になるなら、励まされるなら構いません!」

 

 ダナーン、と呼ばれる声がしたかと思うとマイクが飛んできた。ドランクが投げてきたらしい。

 

「アイドルの歌が気に入らないなら聴かせてあげます! アイドルだって可愛いだけじゃやっていけないんです! アイドルの世界を嘗めないでください!」

 

 熱く語るリルルへとマイクを差し出す。

 

「存分に聴かせてやれ、お前の歌を」

「はいっ! ……聴いてください、リルルの歌を。『鏡花水月』」

 

 曲名からして知っている曲とは雰囲気が違う。マイクのスイッチを入れると、音楽もないまま彼女は歌い出した。

 可愛らしさを意識された歌ではない。ゆったりとしたバラードを、透き通るような歌声で奏でていく。今までのリルルの印象からはかけ離れていたが上手い。隣というこんな特等席で聴けていいのかと思ってしまうくらいだった。

 

 リルルがアイドルを目指している気持ちが現れている。

 

 例えば「ほら泣きやんで空見上げたら世界は変わる」の歌詞は当時リルルが観たという奇跡のステージを思い浮かべるだろう。

 

 彼女の気持ちが詰め込まれた、ステージで歌った『水面に映る月にも届きそう』と同じようなタイトルでありながら全く異なる曲調で歌い上げられる。

 歌い終わったら自然と拍手をしていた。俺以外もそうだ。

 

「……ど、どうでしょう。リルルの歌は、サラスヴァティさんにも届きましたか?」

 

 リルルは少し照れながら、サラスヴァティへと尋ねる。

 

「――見事」

 

 果たして、と思ったが案外呆気なく認めた。ぱぁとリルルの顔が輝く。どうやら認めるところは認められる星晶獣のようだ。

 

「……ふぅ。サラス。人も音楽も、移ろい変わりゆくモノだ。芸術としての音楽も大切だが、その変化を楽しんでみるのもいいだろう」

「――……」

 

 バアルをちらっと見てから、サラスヴァティはなにも言わずに姿を消した。

 どうやらこれで、一件落着と言っていいんかね。天井壊されちゃってるけど。

 

 星晶獣ってのも色んなヤツがいるんだなと思いつつ、俺が事後処理を手伝わされるのだった。




ということで、ライジングフォース取得及びリルルちゃんの別バー若しくは最終とかスキンとかのあるイベント、というような想定の番外編になりました。

イベント想定なら最後リルルちゃんが歌うところでサラスヴァティと戦わされる感じですかね。


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EX:『魂の音色を響かせよう』エンディング

というわけでオリジナルイベント的番外編、終了です。
明日はこの番外編のキャラ設定的なあれをまとめたヤツを更新します。
イベントを読んでたら特に見る必要はないかもしれません。

まぁでも本編で書いてないことも書いているので、興味があれば。


 GMFが終わった翌日。

 

 俺は厨房で最高のらぁめんを作っていた。

 リルルと約束した、カロリー度外視の美味しいらぁめんである。

 

 とはいえもう既に完成間近だ。

 湯切りした麺を器に入れ、特製のスープをかける。トッピングは味玉、チャーシュー、メンマ、海苔、なると。味は今回二人の要望により醤油らぁめんとなっていた。

 

「へい、お待ち」

 

 カウンター席に腰かけたリルルとその隣のイッパツの前にらぁめんを差し出す。

 二人はいざ実食、とまずはズルズル一口麺を啜った。

 

「「ん〜っ!!」」

 

 そして歓喜の雄叫びを上げる。……よし勝った。

 

「お、美味しい! 脂があって時間をかけるだけで何倍も美味しくなってます!」

「いやぁ、また腕を上げましたねダナンさん」

「だろ、今のところこれが俺の最高らぁめんだ」

 

 二人は瞬く間に平らげてスープまで飲み干した。相変わらずリルルはアイドルとは思えないくらいいい食べっぷりである。

 完食したら二人からの講評タイムとなる。二人の意見は非常に参考になるので、こちらとしても有り難い。感想を聞き終えてから集まっていた他のヤツの飯を用意していく。

 

「難点はちょっと高くなることだな」

「任せてください。言い値で払いますよ」

 

 リルルは小さな胸を張って言った。

 

「流石、最優秀賞受賞者は違うな」

 

 結局、発表された最優秀賞はリルルだった。なんでもサラスヴァティを退けた歌を聴いて決めたらしい。ステージ外の演奏だが会場が壊れたことで街にも届いていたようだ。審査外ではとも思ったが、慌てて逃げ惑う人達に刺さり、勇気づける歌だったので仕方がない。……というかサラスヴァティは俺の動機が変わったことについても気づいてたみたいだったし、元々リルルが『鏡花水月』を歌えるって知ってたんじゃないか? もしかしてリルルの歌をただのお遊びと称してるヤツがいたから、今回のことを起こしたとか? いや、流石にそれは考えすぎか。

 因みにそれがなければ審査員全員を虜にした『炎舞三人娘』というかアンスリアだった。次点で俺達というところだったが、まぁ善戦した方だろう。アオイドスとバアルがいて最優秀賞獲れなかったのは残念だが、それだけ他のヤツらも凄かったということだ。

 

 残念ではあるが悔いはない。次の開催に出る気はないのでいい思い出としては充分だ。賞金は得られなかったがシェロカルテの店で働いた金で多少稼ぎにはなったか。

 

「それにしてもびっくりしたよね。ダナン君が出場したこともそうだけど、まさか【ライジングフォース】だなんて」

 

 カウンター席の別のところに座っているジータが注文したチャーハンを一口頬張った後に言ってくる。

 

「俺もびっくりだった。なにせ前日に取得したからな」

「へぇ?」

「【ドラムマスター】の上位互換で、お前らもギターやってれば会得できんだろ。俺と組んだアオイドスとバアルもお前らの騎空団だし、一緒に練習して取得すればいい」

 

 どうやって会得するのかと言われれば、条件はギターが上手くなることと音楽への熱意。加えておそらくだが、こうなりたいという理想を掲げることだろうか。その全てを教える気はない。精々悩んでしまえ。

 

「そうだね。頼めるかな?」

「もちろんだとも。団長の頼みとあっては断る気はない」

「団長は団長って呼ぶのかよ」

「ああ。特にグラン団長は名づけると俺と同じアオイドスになりそうだからな」

「そんな理由かい」

 

 命名センスだけはないアオイドス。確かにグランやルリアはアオイドスと名づけられそうな見た目ではある。被るから名づけない。なるほど。

 

「ほい、辛味噌らぁめんに、こっちが黒胡椒らぁめん」

 

 順にアオイドスとバアルにもらぁめんを出してやる。グランは豚骨、ジータは塩だった。

 

「で、これが満腹らぁめんゼンマシマシチョモランマ」

「わぁい、すっごく美味しそうですぅ!」

 

 当店(?)最大のボリュームを誇る満腹らぁめんは、大盛のらぁめんに大盛のチャーハン、そして大盛の餃子と漬物がセットになったモノだ。加えてゼンマシマシチョモランマとは、高い高い山のように具材やらをもっともっと載せる超弩級の追加オーダー。満腹らぁめんのセット全てに適用すると、らぁめんもチャーハンも餃子も漬物も、それぞれがタワーのようにそそり立つようになってしまう。運ぶのが大変なんだ。

 

「は、はは……。私は普通でいいな、普通で」

 

 ルリアは嬉しそうだが、他は割りと引いていた。流石に常人が食べられる代物じゃないだろう。

 

「で、コク辛坦々麺に肉味噌らぁめん」

「おう」

「……」

 

 カウンターにはいないラカムとオイゲンにもらぁめんを出してやる。ラカムは片手を上げて応えたが、オイゲンはシカトした。……そうかそうか。あんたがそういう態度だっていうなら仕方ねぇなぁ。

 オイゲンがなにも言わずにらぁめんを口に含んだタイミングを見計らい、

 

「お義父さん!」

「ごふぅ!?」

 

 呼ばれたくないと思っているであろう名称で呼んでやった。噴き出しそうになって直前で押し留め一気に飲み込んだので盛大に咽ていた。

 

「て、てめえ! なんてことしやがる!」

 

 オイゲンは俺の狙い通りに睨み上げてくる。

 

「いやぁ、まさか自分の娘より小さいアイドルにハマってるなんてなぁ。グッズも買い込んで握手会にも並ぶんだって?」

「て、てめえまさか……」

「安心しろよ、アポロには絶対言わねぇから」

「て、てめっ……! マジでやめろよ!? なぁ!」

 

 俺のにっこり笑顔を信用していないのかオイゲンが焦燥していた。

 

「当たり前だろ? 父親がアイドルにハマってウン万注ぎ込んだなんて、口が裂けても言えねぇなぁ」

「や、やめろ! ホントにやめてくれ!」

 

 オイゲンはガチで必死だった。これ以上軽蔑されたくないらしい。……ふむ。どうやらこの話は聞きたくないようだ。なら別の話をしてやろう。

 

「じゃあしょうがねぇ。ベッドの上でのアポロの話でも――」

「うわああぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺が口にするとオイゲンは耳を塞いで叫び始めた。

 

「お、おい! 折角音楽で立ち直りかけてきたってのに……! しっかりしろオイゲン!」

 

 ラカムがオイゲンの精神を立て直す作業に入った。一頻り遊んだので戻ろうとすると、周囲からジト目を受けていることに気づく。無視して戻ったが。

 

「……いつの間にボスとそんなに仲良くなったの?」

「まぁ、色々あってな」

 

 我に返ってみるとなかなか恥ずかしい。なにせドランクやスツルムにも聞かれていたのだ。

 

「オーキスにあいつにと、手が早いな」

「俺だってこうなるとは思ってなかったんだよ。物好きに遭遇する確率が高すぎてるだけだ」

 

 茶化すのは楽しいが茶化されるのは苦手だ。

 

「あ、そんなことよりあれだ。お前ら、オルキスが目覚めたから機会があったら会いに行ってやれ」

 

 無理矢理話題を変えるために少し顔を赤くしている初心な双子やらへ視線を向ける。……ルリアやジータはまだしもなんでアポロとそう歳の変わらないカタリナまで赤くなってんだよ。

 

「お、オルキスちゃんがですか?」

 

 俺の話題は無視できないモノだったからかルリアが食いつく。

 

「ああ。【ドクター】取得したのが良かったのか、早めにな」

「それってボスに早く会わせたいからだったりして〜」

「まぁそれもある。あいつもメフォラシュを出なきゃいけないみたいだからな」

 

 ドランクの茶化しに平然と返す。即答するとは思っていなかったのか逆に驚かれた。

 

「まぁ、あいつらのことはいい。しばらく会えないだろうからな。……それで、黒騎士と同じことをオーキスにもしたのか?」

 

 スツルムもそういうところに興味を示すのか、と妙な驚きはあったが。なんだかとても答えづらい質問をされてしまった。……ゴーレムだしできるわけないだろ、と嘘を吐くのは簡単なんだが。いつかバレることでもあるような気はする。

 

「……ああ」

 

 大人しく頷く他なかった。途端に店内がざわつく。「あんな子供に」とか「ゴーレムでもいいんだ」とか不名誉な言葉が聞こえてくる。

 そんな中、

 

「……へぇ? ダナン君って凄くオトナなんだねぇ」

 

 妙に背筋がぞわっとする声が聞こえた。見ればジータが頬杖を突いて微笑んでいる。……あれ、なんか怒ってないか?

 

「ジータ? 怒ってないか?」

「ううん、怒ってないよ。だって私が怒る理由なんてないもん」

 

 とは言うが怒っているような気がする。近くにいたグランとビィが青褪めていることからもわかった。

 

「黒騎士さんに、オーキスちゃんもかぁ。そっかぁ」

 

 なんだか怖いジータの様子を怪訝に思いながら言い訳を述べる。

 

「……言っとくが、自分基準で考えるなよ? アポロは事実大人だ。俺の九個上なんだぞ。むしろ遅いくらいだ。それに、あいつがオーキスを蔑ろにするわけがない。ってなったらまぁ、そうなるだろ」

 

 言い訳がましいのはわかっているが、自然な流れだとは思っている。確かアポロは二十五歳だ。いい年齢だろう。オーキスはまぁ、兎も角として。

 

「そうだとしても手が早いと思うんだけどなぁ。手当たり次第って言うか」

 

 しかしジータは引き下がらない。……なんだってんだ全く。もしかしたらジータもそういうことに興味があるんだろうか。まぁお年頃だしな。思春期というヤツだ、意外ってわけでもない。

 

「ふぅん。興味があるんだったら俺が」

「えっ?」

「お前んとこの団員で経験豊富そうなヤツにそれとなく声かけてやろうか?」

「…………」

 

 なぜか物凄くぶすっとした顔をされた。

 

「……なんだよ」

「知らない。もういいでーす」

 

 ジータは拗ねた様子でらぁめんを啜り始める。

 

「?」

「……ダナンさんってなんか、凄く大人なんですね。リルルと三つしか違わないのに」

「そりゃ気のせいだ」

「えっ? ダナンって十六歳だったの?」

 

 リルルの呆れた言葉に適当な返しをしていると、グランから驚きの声が上がった。

 

「ん? 言ってなかったか? 正確にはわかんねぇけど、大体十六だぞ」

「一応年上だったんだ……」

「そう変わらねぇだろ、お前らとなんか」

 

 同年代とは言ったが年齢は言ってなかったか? まぁそんな大した差じゃない。十代半ばぐらいなのは間違いないしな。

 とりあえず、あまりよろしくない話題ばかりだったので既知の二人と話をしておく。

 

「そういやお前らがここにいるとは思ってなかったんだが、この後はどこ行くつもりだ?」

「僕達~? ちょぉ~っとザンクティンゼルに行こうと思ってるんだよねぇ」

「へぇ? ま、生きて帰ってこいよ」

「あ、事情は聞かないんだ?」

「聞いたって答えないことは答えないだろ。それに、お前が必要ない行動をするとも思えねぇしな」

「信用されてるんだねぇ」

「他人事かよ」

 

 ドランクの真意は大抵の場合読むことができない。だがこいつは必要なら行う、必要なら行わないという区別くらいはつけるヤツだ。ならザンクティンゼルになにかあるんだろう。

 

「ドランクのことはスツルムに任せた。適当に面倒見てやってくれ」

「わかっている」

「え~? 二人共僕の強さ信用してないの? そんなに心配しなくても大丈夫だよ~」

 

 ? ドランクのことだから「じゃあスツルム殿、僕のこと守ってね?」とでも言うのかと思ったんだが……。まぁこいつの考えてることは、気が合うとは思ってる俺でも読みづらいからな。

 

「そうか。だってよ、スツルム殿。甚振って連れ回しても問題ねぇって」

「それは言いすぎだよねぇ?」

「わかった」

「スツルム殿もわからなくていいよ?」

 

 珍しくドランクがツッコミに回るという状態だった。

 

「ま、安心しろ。囚われの王子様を助けるために島ごとぶっ壊すぐらいならやってやるからよ」

「……お前なら本当にやりそうだな」

「……というか島ごとだと僕も一緒に死んでるよね? 助ける気ないよね?」

「まぁな」

「そこは頷いて欲しくなかったなぁ」

 

 軽口を叩きつつ他の客にも料理を振る舞っていく。

 スツルムとドランクの二人はさっさと行ってしまった。こうして料理をしていても来なかったので、もうオーキスはこの島にいないと見て良さそうだ。

 結局ほぼ一日中料理をしてしまったので、俺はその翌日に島を出ることにしたのだった。

 

「じゃ、お前らともここでお別れだな」

 

 俺はわざわざ見送りに出てきた一部の“蒼穹"の騎空団団員達を振り返って告げる。

 

「イタイドス。いい演奏だった。次はもっと熱いパトスを、共に奏でよう」

 

 アオイドスがいつもの調子で言って右手を差し出してきた。

 

「そっちこそな。寄った島でステージがあれば聴きに行くよ」

 

 彼の手を右手で掴み握手を交わす。

 

「これは旅立つイタイドスへの、俺からの贈り物だ」

 

 そう言ってアオイドスは赤いギターを手渡してくる。

 

「いや、受け取れねぇって。俺のギターだって買ってもらったし、こいつがありゃギターはもういいだろ?」

「これはギターじゃあない」

「いやどう見てもギターだろ」

「いや、ギターじゃないんだ。イタイドスはギターをもう持っている。ならなにを贈り物にすればいい? 友情の証として俺の相棒をモデルにした武器をあげればいい、と思ってね。これは斧なんだ」

「……お前やっぱバカだろ」

「天才は常識で測れないモノさ」

 

 くれるって言うなら貰おうか、と受け取って弦を試しに弾いてみる。あ、ホントだ。音が出ない。楽器じゃねぇのかよ紛らわしい。

 

「そういうことなら俺からはこいつを。俺の力を込めた槍だ」

「おう」

 

 バアルからは変わった形の槍を手渡される。……ん? 俺の力?

 

「お前の力ってなんだ? 音が出るのか、これ」

 

 俺は不思議に思って受け取った槍を回してみるが、別に穴が空いていて音が鳴るということもない。楽器じゃないのか。

 

「ああ、そういえば言ってなかったな。俺は星晶獣だ」

「はあ!?」

 

 今回一番の驚きである。確かにヒトとしてはちょっと肌が白すぎるような気はする。謎の猫は鳴かず、食べず、ただじっとしているだけだし。

 

「……いや、だからサラスヴァティと親しげにしてたのか」

 

 それなら納得はできる。

 

「親しいというほどでもないが……まぁ腐れ縁だ。音楽を好む星晶獣同士、な」

「そうかい」

 

 いやもう、なんで星晶獣が騎空団に入ってるんだよ。いや、こいつらのことで驚く方が悪いのか? というかロゼッタがそうだから今更なのか。

 

「因みにもう何人か“蒼穹”に星晶獣が入団している」

「……もうツッコまねぇぞ」

 

 とんでもねぇ連中だ。ホント、こいつらのライバル騎空団とかなれる気がしてこないんだが。

 

「兎も角、その槍には星晶獣バアルとしての力が宿っている。雷を操る力だ」

「へぇ? まぁ有り難く貰っておくとするか」

「ああ。次に機会があったら、今度は二人でセッションしよう」

「おう。機会があったらな」

 

 俺はバアルとも握手を交わす。

 

「次はリルルですね」

 

 ひょこっとやってきた小柄な少女に、俺の視線が大きく下がった。

 

「次会う時は、リルルの新曲の伴奏をお願いしてもいいですか?」

「いいけど、俺はハープみたいなのと太鼓とギターしか弾けないぞ?」

「……それだけ弾ければ充分な気が。いいんです、今度の曲はロックな感じにしてみますから」

「そっか。まぁ頑張れよ、アイドル」

「はいっ」

 

 曇りない笑顔のリルルは、確かに見ている者に元気を与えられそうだ。

 

「それで、リルルも贈り物を。特注品なんですよ、キラキラで可愛いでしょう?」

 

 リルルからは蒼い晶球にラッパの口のようなモノのある楽器? を渡される。試しに手に取ってみると、晶球のところに指を滑らせることで口から音が出てきた。まともな楽器武器のようだ。

 

「有り難く貰っとく。頑張れよ。次機会があれば、『ダークブラック』の連中のステージでもやらせてみるからさ」

「はい、待ってます!」

 

 ずっしりと重くなった荷物を担いで他のヤツらに目を向けると、

 

「……ギターみたいな斧。雷を使える槍、綺麗な楽器」

「あん?」

 

 ぶつぶつとグランは俯きがちに呟いていた。ジータがあちゃーという顔をしている。

 

「……全部僕が持ってないヤツだ。僕が何回『召喚』しても引けないヤツ……」

 

 顔を上げたグランの目に光がなかった。これにはぎょっとしている団員もいる。

 

「……ダナン。一回でいいから触らせて!」

「嫌だね。てめえが欲しいんならてめえが貰えよっ!」

 

 グランが飛びかかってきたので、とりあえず容赦なく鳩尾に蹴りを叩き込んで悶絶させてやった。普段なら兎も角理性を失って俺に勝てると思うなよ。

 

「おふぅ……」

 

 地面に沈む情けない団長。

 

「じゃ、またなてめえら。縁があったら会おうぜ」

 

 俺はグランを無視してひらひらと手を振り去っていく。少し離れて後ろからギターの音が鳴り響いたのにはびっくりしたが、振り返らなくても誰の演奏かわかった。アオイドスとバアルだ。

 思わず笑ってしまう。

 

 ……悪くない、見送りだな。




ゲームの方では『プラチナ・スカイⅡ』が開始しましたね。

『プラチナ・スカイ』のナンダク版は考えていたのですが、
ダナンとドランクが共謀して安い費用で作ったヤツに乗り、
有望な選手のところに紐をつけて楽をしつつ、
ゴール目前で外して賞金だけ掻っ攫うというのも思いつきました。

アポロとオーキスで出場してナイトサイファーとどっちが早いか!
みたいなテンションを出しておいて脇で不正を働こうとするので
確実に叱られますね。

割かしほのぼのしそうだったので没にしました。


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EX:『魂の音色を響かせよう』おまけ

イベント内キャラ設定とかそんなの。

完全なるおまけなので読まなくてもストーリーに関わりはありません。

ちなみにアオイドス楽曲は、
『Judgement Night』――審判の夜
『Bloody Garden』――血の庭園
オリジナル曲
『Black Convictor』――漆黒の断罪者
『Ruin World』――破滅する世界

という感じでそれっぽい感じが出ればそれでいいかと適当な感じで考えていました。
適当感半端ないっすね。


○イベント名

 『魂の音色を奏でよう』

 

 バアルっぽくなってしまったイベントタイトル。

・没案

 『奏でよう、魂の共鳴(レゾナンス)』。やっぱりバアルってる。

 『虚構出づる偶像の夢』。リルルメインっぽくて採用ありかとも思ったがなんかぽくない。もっとふわふわさせたい。

 『魂の旋律(メロディ)は雷鳴の如く』。バアル。

 『奏でる音色と、心をひとつに』。それっぽいけど切ないイベントに合いそう。

 『降臨! 無量のヘイヴンに溺れるがいい!』。バアル featアオイドス。

 

○概要

 勝手に考えた音楽系イベント。言わずもがなClassEXⅡの【ライジングフォース】を取得するためのイベント。加えてイベントストーリーのような感じにしているつもり。めんどくさいので【ドラムマスター】も取得させた。【ライジングフォース】は執筆現在名前しか出ていないので適当な想像で記載中。また書いてたら必須だろと思ってしまったのでリルルの最終上限解放のきっかけにもなっている。イベント加入キャラはどうしようか。スキンとかでいいんじゃないかな。バアルの特別スキンとかで。それか『Right Behind You』みたくリルル別バー加入プラスって感じ。

 ストーリーイベントとしての中ボスは三話目で登場してきたポイ捨て三人衆。三人で一人の敵として登場するのでまとめて吹っ飛ばせる。イベント全体でのボスはサラスヴァティ。水属性の敵。多分特殊技で魅了とかかけてくる。

 

○あらすじ

 全空最大規模の音楽の祭典、Granblue Music Festa。通称GMF。四年に一度開かれるこのイベントの噂を聞きつけたダナンは飛び入り参加者の中から選ばれる最優秀賞などで出る賞金を目当てに参加を決め、音楽を司る星晶獣サラスヴァティがいるとされる島、イスエルゴを訪れた――。

 

○あらすじ(グラブル)

 全空最大規模の音楽の祭典、Granblue Music Festa。通称GMF。四年に一度開かれるこのイベントの噂を聞きつけた一行は仲間達の中に飛び入りで参加したいと告げてくる者がいたため、音楽を司る星晶獣サラスヴァティがいるという島イスエルゴを目指すのだった――。

 

 という感じになるはず。

 

○イベント報酬(妄想)

・SSR武器

 名前:魂と汗の染み込んだマイク

 属性:水

 武器種:短剣

 武器スキル:想いよ届け(EX攻刃大)。盛り上がってますかーっ!(メイン装備時通常攻撃時稀に味方のテンションアップ)

 フレーバーテキスト:全空に名を轟かせる稀代の音楽家も、無名のまま終わった虚しき音楽家も。時代を経て尚様々な音楽を響かせてきたマイクこそ、口伝の達人と言えるのかもしれない。

 

・SSR召喚石

 名前:サラスヴァティ

 属性:水

 加護:水属性攻撃力アップ40%&HPアップ20%

 召喚効果:敵全体に水属性ダメージ&敵味方全体に魅了効果

 

○登場人物

・ダナン

 主人公。GMFの賞金目当てに参加を決める。だが知り合いは他と出場するため組む相手がおらず、二人以上という参加条件を満たせないでいたところをアオイドスに誘われる。バアルと三人で組むことを決め練習に励んだ。『ジョブ』取得過程で楽器全般を極めていたので上達は早かったが、賞金目当てであることが原因で音楽に熱意がないと言われてしまう。気晴らしに別のことをしようと思ってゴミ拾い中のお爺さんに話を聞いたりシェロカルテの下で店を開いたりしていた。どちらの場合でも変なヤツに遭遇する不運を持ち合わせている。料理を食べに来たアオイドスとバアルの二人の言葉から、パトスとヘイヴンの感覚がなんとなくわかり、改めて決意することで二人に認められ本当の出場者としてGMFに参戦。

 途中衆人を煽って街のゴミ拾いに動かしたので実はそれなりに話題になっている。加えてその後にシェロカルテの下で店を開きとんでもない数の客を一人で捌き切った上に銃弾を掴んだ料理人という謎の立ち位置を獲得。あともっと前で言えば和太鼓倶楽部の全員の股間を蹴り上げて跪かせていたのが目撃されている。よって“股間クラッシャー”や“黒衣の扇動者”という呼び方をされている。まぁ無名なんで仕方ない。

 GMF本番の前日に【ライジングフォース】を取得。取得の状況としては、ちょっとだけ出したザンクティンゼル婆さんの「『ジョブ』にできるような凄い人を定める」とかと関わってくる。ダナンはアオイドスとバアルを『ジョブ』にできるほどの凄いヤツとして認識、二人のようになりたいと願ったことで【ライジングフォース】が発現した、という設定。

 因みに。やたらと股間を狙ってお仕置きしているのは、幕間で父親と遭遇した時に弾け飛ばされた時の痛みが強く記憶に残っている影響。死なない程度に痛めつける、というのを実践するならここだという学びをあの時に得た。

 

・リルル

 主役。全空一のアイドルを目指して日々頑張るハーヴィンの少女。幼い頃に奇跡のステージを体感してからずっとアイドルを夢見ている。最初の構想ではダナン、アオイドス、バアルの男三人でノリにノリまくったイベントにする予定だったが、「あいつら出すんだったらリルルにもなんかないとダメじゃね?」という結論に至り主役に昇格した。グループでは活動していないため、“蒼穹”の騎空団で知り合ったアイドルの人達、ティクニウトリ・ショロトルの面々と一緒にGMFへ出場することを決める。残念ながらオファーは来ていない。ステージではティクニウトリ・ショロトルの曲にリルルが入る形で一曲、リルルの曲が一曲、リルルが限定ステージのために考えた新曲が一曲という構成。

 ナンダーク・ファンタジーでの設定として、グランプロデュースのアイドルユニットと双璧を成すライバルグループをダナンがプロデュースしている。二つのグループが競い合っているのを見ているので本来知らないはずのダナンのことも知っている。一縷の望みをかけて声をかけたのだが見覚えがないとわかり落ち込んだりもする。好物のラーメンを通じてそれなりに打ち解けた。

 GMF当日では夢にまで見たグランプロデュースのアイドルユニット「スカイブルー(オリジナル)」のライブを観ることができて感極まり号泣する。自分のステージ前の挨拶では意気込む様子を見せた。ステージは大盛り上がりだったのだが、サラスヴァティには否定的な目を向けられている。それはティクニウトリ・ショロトルが星晶獣のための歌を歌う巫女の役割であるのに比べて、純粋なアイドルだから。そしてアイドルを夢見た出来事は実際には起こり得ないことであり虚構の夢だから。最後にリルルには歌で男性を魅了する力があり人気が純粋な人気とは断言できないところがあるから。

 そんなサラスヴァティの言い分を充分自覚していたために、それでもと跳ね除けてアイドルを貫くことを決める。アイドルに音楽性が低いという指摘を覆すために、新たなる一面として歌唱力に重きを置いた一曲を披露。サラスヴァティを納得させた。

 イベント加入か、最終上限解放のきっかけになるような感じ。折角憧れのアイドルが出てくるんだから多少はね。

 

・アオイドスとバアル

 ダナンと組んでGMFに出場する二人。ゲーム内ではバアルは結構アオイドスに対して引いていたり良く思ってはいなかったりするが、それから色々あって多少仲良くなった様子。独特の単語を使うアオイドスの通訳としての役割が大きいバアルさん。アオイドスと仲良くなったのと人の世界に馴染んだためバアルの普段の口調は通常になってきている。テンションが上がると素が出てくる。バアル本人はクールを気取っていて常識人らしい雰囲気を醸し出しているが、割りと言っていることはアオイドスに似ている。共鳴(レゾナンス)とか不協和音(ディソナンス)とか。唐突に入れてくる辺りやっぱり似てるんだなって。だから時間をかければ仲良くなれると思うんだ。

 ともあれ二人によってダナンは【ライジングフォース】に至り、【ライジングフォース】時になるとテンション高い時の二人と同じような口調に変わる予定。気分がハイになるんだろうね。

 

・和太鼓倶楽部の方々

 【ドラムマスター】取得要員。ふんどしジータに鼻の下を伸ばしていたら漏れなく股間を蹴り上げられた。

 

・ドランク、スツルム、そしてシェロカルテ

 ダナンの知り合いだったので一緒に組んで出場する候補だったのだが、別でバンドを組んでいた。バンド名は「ナイト・デイーヴァ」。三人に加えて“蒼穹”の騎空団所属のフェリがメンバーとなっている。キャラソン由来のバンドグループ。結成の経緯はルリアか誰かが「フェリさんってすっごくいい声してますよね!」とかなんとか言っておろおろしているところに「それなら記念に僕達と一緒にバンド組まな~い?」と怪しげな男に声をかけられた結果、出場することになった。多分ステージに上がるまではおろおろ不安そうにしているが、上がって前奏が始まった途端雰囲気が変わるタイプ。

 

・ユエルとソシエ。そしてアンスリア

 ユエルとソシエはキャラソン由来。ただ二人だけだといつもと一緒だから誰か一緒に舞える人を、ということで見出されたのがアンスリアだった。炎と共に舞いながら歌う、というコンセプトを行う二人に合わせられるのが彼女。炎、舞という共通点のあるエルーンなのでまぁいいかなと思っている。

 アンスリアの踊りで評価する人が虜にされるため、最優秀賞が確定する。……予定だったが話の流れ的にアレだったのでリルルに変更。綺麗に終わるしそっちがいいかなって。

 

・セレフィラ、エルタ、そしてエジェリー

 エジェリーさんは忘れてましたごめんなさい。思いついた人々をまとめた演奏グループ。まぁなんか二人のところに一人追加する形式多いので違和感はないはず。最終上限解放されたエジェリーさんは凄い。

 

・スカイフィルハーモニー交響楽団

 オーケストラ。後半の大部分を占める人達。出そうと思ってたけど出てこなかった。因みにニオちゃんは後半の部に出てきています。

 

・ウタハ

 ダナンとモブ男達以外では唯一のオリキャラ。GMFで司会・進行を務めた人。銀髪に赤メッシュ、決まってサングラスをかけて目元を見せないテンション高い男。通称“歌わないシンガーソングライター”。シンガーソングライターとして成り立っているか怪しい存在で、人前では全く歌わないという徹底振りを見せている。しかしトーク力とミュージシャンっぽい見た目、加えて音楽の知識は確かであることから音楽関連のイベントに呼ばれることが多い。巷では「いい声はしてる」や「歌の評価とか上手いし歌えるんじゃ?」という声は上がっているが、彼は決まって人前では「いやぁ、超絶歌上手いんで歌ったらGMFにオファーとかされちゃうかも」と言うために真偽は一切不明となっている。

 その実、元々歌手デビューを目指していた。しかし元々見た目が地味だったことで「歌は上手いけど華がないよね」とか「もうちょっと見た目が良ければ売り出せるんだけどねぇ」と苦笑され続けた過去を持つ。ただその頃から話が上手いためにライブをすれば盛り上がること間違いない状態ではあった。それでもマネージャーなどがつかないために伸び悩んでいた。元々「聴いている人達を勇気づけたい、盛り上げたい」という気持ちで歌手を目指していたのだが、トークだけでも充分それができそうだという考えを持ち始める。そこであんまり派手な恰好はしたくないという自分の意思を曲げ、身体を作り変えるために山籠りの修行を行った。野性と共に生き、野生と共に過ごすことで身も心も鍛え上げられた彼は完全に開き直って派手っ派手な見た目になることを決意。今のしなやかな細い長身もその頃に得たモノ。身長も伸び顔つきや身体つきが変わって声変わりを経たので山籠りを経て帰ってきた時は家族ですら誰かわからない状態だった。そして彼は失わなかったトーク力を武器に歌手ではない道を行くと決めた。歌も上手いままだがとんでもなく上手いというわけではないため、歌ったら“歌わないシンガーソングライター”の称号を失うだけで仕事が減ることを危惧しているため細心の注意を払っている。

 なんだかんだ、思い描いていた道とは違っていたが今の自分に満足している。

 因みに歌手を目指していた頃献身的に支えてくれる恋人がいたのだが、修行前に別れている。修行後変わった状態でまた付き合ってもらえないかと告白するのだが、「こんなの○○君じゃない!」とフラれた。どうやら彼女は目立たない容姿ながらも素晴らしい歌唱力とトーク力で場を盛り上げ、あまり人前に出るのは得意じゃなかったのに頑張っている姿が好きだったらしい。現在は彼女なし。今の自分と昔の自分のギャップがあるために昔のことを知られたら元カノと同じ理由の逆パターンでフラれるのでは? という不安があるためになかなか相手に巡り合えない。

 ウタハは偽名と言うか芸名? 本名はボブ。

 

・グラン&ジータ

 共に【ドラムマスター】取得の影響で和太鼓倶楽部と共に出場。あとなんとなく思いついたのでアイドルユニット「スカイブルー」としてグランがジータ含む四人をプロデュースした。「キミとボクのミライ」という楽曲については、ジータ曰く「【スーパースター】とかになったらなんか自然と口ずさむモノ」。他の三人も同じような感じ。踊りに至ってはリズムに合わせて踊ろうと思ったらそうなったとのこと。音楽は団員協力の下収録している。

 星晶獣サラスヴァティ関連でルリアがなにかを感じ取り色々やってはいると思うのだが。ナンダーク・ファンタジーなのでダナンのやり方で進んでいく。今回はただのモブ。アンド、リルルの夢を再現するための人。

 

・星晶獣サラスヴァティ

 音楽を司る水属性の星晶獣。オリジナル。楽器を携えた女性の姿。元々GMFとはサラスヴァティを祀る祭事が時を経て形を変えたモノ。時が経つに連れて忘れられていく自分への感謝の念と、開催毎に悪化していく観客と参加者の質。それが積もりに積もった結果今回の騒動を起こすに至った。アイドルに対しては音楽性よりも可愛さなんかに重きを置いているようであまり良く思っていない。そこで虚構の出来事が原因となってアイドルを目指すリルルの存在を感じ取り下らないと思う。本番直前にも襲撃して怪我をさせる。

 結局リルルは本気で歌っても上手いがあえて曲調を変えていることがわかり、アイドルというジャンルを認めることになった。

 因みにバアルとはそれなりの知り合い。

 一応書いていく内に行動の根拠が薄くなっていったので実はリルルの凄さをもっと世に知らしめるためだったのでは? というダナンの考えを入れることにした。アイドルってだけでバカにする人はやっぱりいると思うので、まぁ音楽を愛するリルルちゃんを意味もなく責めたりはしない星晶獣さんだといいな(願望)。

 

・おまけ「ダークブラック」

 リルルの観た虚構の世界でアイドルユニット「スカイブルー」と対をなす本格派バンドグループ。双子のように瓜二つで、しかし表情豊かと無表情という対照的なデュエットボーカルをメインに置いた。ギターは茶髪美女、ベースは赤髪のドラフ、ドラムは黒髪赤目の美少女という構成。

 一人以外はダナンが想像できる人物だったためリルルの観たステージに信憑性が増す。ナンダーク・ファンタジー的エイプリルフール。因みに書く気はない。




そういえば、ダナンの声ってどんなんだろうな~とぼんやり考えたことがあったような気がします。
歌イベですのでそれ関連でですね。

その時は
黒衣……?
料理……?
おや……?
みたいなことをネタで考えてた気がしますけど。

あんまりイメージとかしないんですよね、アニオタではあるんですが。


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EX:新たなる英雄

勝手ながら思いついたEXジョブ取得イベントを書きました。
……と思ってたんですがダナンだったらもうEXジョブの方は取得できるようになってるだろ、ということでEXⅡの方にしました。

本編にも一応出てくる、かも? まぁ戦闘職じゃないんであんまり重要な立ち位置にはならないと思いますが。


意識した点
・謎の老婆が登場する
・ダナンをグラン&ジータ、オーキスをルリアに変えれば一応代用可能

みたいな?
明日の更新ではオリジナルジョブのアビリティとか適当に考えたヤツをまとめたヤツを投稿します。


 White Cloud CookFes。

 

 通称WCC。

 全空から腕自慢の料理人達が集まり競い合うこの戦いに勝てば『料理協会』から“シェフ”と呼ばれる特別な称号を得られるのだ。“シェフ”になれるかどうか。そこに人生を懸ける者だっているほどその称号は重要であり、店を出した時、店で働いた時。自分が“シェフ”であるかどうかによって立場や世間からの評価が一変するほどである。

 

 つまり、俺にとっての戦場というわけだ。

 

「上等。一人残らず蹴散らしてやんぜ」

 

 他にも腕利きの料理人が集うというこの祭に、俺が参加しないわけがなかった。

 

 旅の途中で噂を聞きつけ寄った程度だが、俺は燃えていた。音楽の時よりも俄然燃えていた。

 

 とりあえず料理協会の本部があるというドゥークという島に到着。早速会場へ向かって予選への出場登録を済ませておく。

 

 WCCは予選と本選に分かれている。

 予選は数の多い出場者を減らすためのモノ。本選は十六人のトーナメント形式になっており、そこに辿り着くための十六人を選別するのが予選だ。

 予選では出場者を十六グループに分けて時間制限あり、料理を出す速さと料理の出来を競い合って一人だけを選出する。制限時間は一時間だが、料理は審査する十人へと出さなければならない。割りとハードな課題だ。まぁ問題ないだろう。

 本選はその場で出されるお題に応じた料理をその場で考え、作る。制限時間はあるが五人分なので予選よりは作る量が少ない。しかし自分で料理を考えなければならないので、悩む時間は少なめにしたいところ。本選は一対一の対決になるため相手が考えついたモノよりいいモノを作らなければならないというプレッシャーもある。

 

 料理の大会だと言うなら出ないわけにはいかない。

 

 ともあれ、料理の島ドゥークは市場が大半を占めている。流石に食材が多く、俺の見たことのないモノもあった。知らない食材が出たら本選で詰んでしまうので、準備のために食材の知識も蓄えていく。

 料理の美味しさは食材の切り方、焼く茹でるなどの時間、調理量の分量など細かな要素が組み合わさって決まるモノだ。

 

 俺は確かにそういった要素を組み合わせて美味しさを作り出している。しかしまだ粗があり最適化できるはずだ。WCCが始まるまで、ちょっと練習しようか。

 そうして俺は料理を更に洗練しつつ、自由課題である予選で作る料理を考えていくのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 WCC当日。予選会場へ向かう。応募があった四百八十人が十六グループ三十人ずつに分かれて予選を行う。本選へ進めるのはその内僅か十六人のみ……なかなか厳しい条件だ。それだけ“シェフ"の称号は重いということだろう。

 

 司会の人が開催を宣言し、事前に配布されたグループ名の会場へ通された。俺は十六個あるグループの内九番目、Iグループに分けられている。三十人が調理台へ順に並んだ。

 ガチガチに緊張している者、他は全員敵だとばかりに威圧する者など。色々な様子で立っている。合図があったら一斉に料理を作り始めるのだ。

 

 俺はWCCのために購入した紺のエプロンと紺のバンダナを巻いた姿で立っている。調理器具は自前のモノが必要なので、愛用しているヤツらを研いで持ってきていた。普段着込んでいる黒のローブは脱いできている。上着だからな、外の砂埃とかを受けていそうで料理中には適していない。黒い長袖シャツの上にエプロンをしている。腕捲りして気合いを入れ待機した。

 

 がこん、と音がしたかと思うと俺達のいる調理台の周りにある三方向の壁が自動で持ち上がり、山のような食材達が姿を現す。大がかりな仕かけだな。冷蔵や冷凍のために食材が積まれた棚から冷気が噴き出していた。

 

「“シェフ”の称号を得るべく集まった腕利きの料理人達よ。これより予選を開始する。ルールは簡単。一時間という制限時間内に十人分の料理を作り、審査員に提出する。審査員一人につき持ち点十点で採点を行い、その合計点がグループで一番高かった一人だけが、本選へと駒を進めることができる。料理人諸君。ここで大いに腕を振るい、そして挫折を味わうといい。では、予選開始ッ!」

 

 司会の人が発破をかけつつ合図しビーという音が鳴った。これが予選開始の合図だろう。これから一時間の内に料理を作り審査員に提出しなければならない。さて目当ての食材を取りに行こうか、と思っていると突然怒号が響いた。

 

「退け、邪魔だ!」

 

 バタバタとした足音が聞こえ、怒号があちこちから飛び交ってくる。……ああ、なるほど。全員同じスタートなのだから先に自分の欲しい食材を取った方が有利ということか。なるほどなるほど。

 

「んー……。人が少ないのは冷凍の方か」

 

 俺は完全に出遅れた形となり、調理台の前にいるのは最早俺だけとなってしまっている。言ってしまえばこれはWCC予選の洗礼というわけだ。

 人が一番押し寄せているのは野菜のコーナーか。逆に少ないのは冷凍のコーナー。解凍に時間がかかるから、できるだけ生の方が調理時間を短縮できるという目論見だろう。当然、それを見越して冷凍コーナーで選び放題の食材を吟味している者もいる。野菜に人が多いのは、肉や魚なんかは最悪冷凍コーナーから持ってこれるから、冷凍されていないモノを優先的に取っているのだろう。

 なるほど、よく考えている。対策と傾向を持って臨むのが正しい在り方なのかもしれない。

 

 俺はとりあえず人の少ない冷凍コーナーへ向かった。とりあえず肉を選択する。種類は鶏でいいかな。一旦調理台に肉を置くと、慌しく他の参加者が走り回って粗方の食材を取り終えている。野菜コーナーなんかはほとんど残っていないモノばかりだ。適当に何種類か取っておく。後の参加者も必要になるかもなので、一応取りすぎないようにはしておくべきか。一通りのコーナーを回って食材を集めて戻ると他の参加者達は既に調理を始めていた。気合い入ってるな。まぁ俺も負ける気はねぇんだけど。

 

 さて、始めようか。

 俺はニヤリと笑い調理を開始する。ここは料理人しかいない戦場だ。遠慮する必要はない。勝負の場では相手を蹴落とすのは当然。

 

「さて、各グループの状況を見てみましょう。Aグループには前回準優勝者、今回優勝候補筆頭のチェンがいますね。流石の手際です。近年の本選常連である彼なら、勝ち上がるのは難しくないかもしれませんねぇ」

 

 と司会をやっていた人が各グループの戦況を中継し始めた。Aから順に見ていくようだ。関係ないので俺は手早く調理を進めていく。練習期間中に調理を無駄を減らしていた成果もあり、元々速度と美味さを両立する俺なので、高速で料理が出来ていった。

 

「お次はIグループ――っと……うそーん」

 

 司会の人が俺のいるグループを見始めて、呆然とした声を漏らす。どうやら驚くべきことが見えたらしい。そんなことより俺は自分のやりたいように進めるだけだ。十人分の料理を皿に盛り分けて飾りつけを行った。そして料理を台に載せて審査員が並ぶ場所へと持っていく。

 

「これは、史上最速じゃないか!? エントリーNo.二百九十九番、所属なし! 開始二十分と経たずに料理を運んでおります!」

 

 おっと、まだ誰も届けていなかったらしい。それは好都合だ。最初の方がまだ食べ飽きていないので味つけが独特でなくとも美味しければ鮮明に感じる。後になればなるほど同じような味つけに感じてしまうという問題があるのだ。

 

「召し上がれ」

 

 俺は料理を十人の審査員に一つずつ料理を配る。

 全員が「早くやればいいってもんじゃない。そもそも料理とは……」という顔をしていたが、食べた瞬間歓喜に染まった。一瞬全員の服が吹き飛んだように見えたのは俺の気のせいだろう。誰がおっさん共の裸を見たいと思うか。一発目ということもあって全部食べ切ってくれる。聞いた話によると大勢の料理を食べるために少しずつしか食べないらしいんだが。まぁ腹を空かせてきてたんだろう。

 

「み、皆様。採点をお願いします」

 

 どうやらその場で採点してくれるらしい。審査員が一斉に札を上げる。……まぁ、上等かな。

 

「き、九十七点! 前年度優勝者が叩き出したのと同じ点数です! 無名の料理人ダナン! 圧倒的な調理速度と点数を見せつけてくれました!」

「お粗末」

 

 俺はバンダナを外して言い、終わったら退場していいという説明を受けていたのでさっさと出ていった。さて、無事本選にいけるといいんだがな。しかし九十七点か。前年度にも同じ点数のヤツがいたっていうし、俺もまだまだということらしい。もう少し詰めておくか。最悪本選にいけなくても、今後に活かせるのだからこの機会に練習してもいいだろう。

 

 約一時間後、俺の本選出場が確定した。各グループの最高得点を見ると、俺と同じ点数のヤツが二人もいた。流石に料理人が集まった大会だけはある。強敵揃いだ。

 本選へ駒を進めた者の中に見知った顔があった。久し振りに語り合いたいが、それは本選中の料理でか、本選が終わった後にしようか。

 

 本選のトーナメントは完全な抽選で決まる。もしかしたら初戦で予選に俺と同じ点数を出した二人のどっちかとや対決する可能性もあるのだ。本選は明日からだが、もう少し料理の最適化を図りたいところだ。

 

「……ダナン」

 

 ふと背後から声をかけられ、目を見張って驚き振り返る。聞き間違えるはずもないが、ロイドを連れ添わせたオーキスが立っていた。

 

「オーキス。なんでここに」

「……WCCが終わった後、希望した参加者全員で料理を振る舞ってくれるって聞いたから」

 

 料理目当てだったか。いや、オーキスなら当然だよな。

 

「それにしても、今回は話しかけてくるんだな」

「……ん。ダナンの料理、食べたくなった」

「そっか」

 

 オーキスの頭を撫でる。この感触も随分久し振りな気がする。と、妙案を思いついた。

 

「そうだ、オーキス。折角なら俺が本選に向けて料理した試作品、食べてくれないか? 率直な答えが欲しいんだ」

「……ダナンの料理なら、大歓迎」

「よし。じゃあ俺が厨房手伝う代わりに貸してもらってる店のとこ行くか」

「……ん」

 

 今までの俺の料理を食べてきたオーキスなら、美味しくなっているかどうかを判断しやすいだろう。そう思って歩き出す時手に触れる感触があった。オーキスが手を握ってきている。振り払うこともせず、ちゃんと繋ぎ直してからそのまま向かった。

 

「……ん。美味しくなってる」

「そっか」

 

 結果としてはオーキスに喜んでもらえたという大きな成果が得られたくらいだ。店の人もまさか本選に出場するなんて、と本選中も厨房を借りて練習する許可をくれた。優しい人達だ。バイト代は出ないが忙しい時に手伝ってくれればいいという条件なので破格と言える。

 本選は課題がわからないので、万全の準備を整えるというのが難しい。あえて言うなら知識を蓄えることと心構えをすることくらいか。

 

 肉の調理最適化は順調なので、今日は魚を行っていた。ある程度効率が良くなってきたので、そろそろ上がろうかと思う。明日も朝から会場入りしなきゃいけないからな。

 

「今日はもう上がるか。オーキスは宿取ってあるのか?」

「……ん」

 

 彼女はこくんと頷いた。

 

「そっか。じゃあまた明日、会場でな」

「……違う。ダナンと一緒の部屋、泊まる」

 

 俺の言葉に首を横に振り、オーキスが手を繋ぐではなく腕を絡めてくる。

 

「……そう、か」

「……ん。行こ」

「ああ」

 

 オーキスはその気なんだろうか、と思いつつ二人で俺の泊まってる宿屋に行った。宿屋の受付で「……二人部屋じゃなくても、いい」とオーキスが言ってしまったのでそういう目的で連れ込む気かと、受付のおばちゃんの視線が軽蔑したモノになったのは、誠に遺憾だった。俺もWCCで顔を知られてしまったので明日には“ロリコンダークホース”と呼ばれているかもしれない。まぁ、周囲の評価なんて気にしても仕方ない。

 というわけで二人で同じ部屋に泊まり、翌朝少し早めに会場へと向かったのだった。

 

 まず本選のトーナメントを決めるためのくじ引きを行う。遅刻厳禁なので早めに到着するようにしていた。観客席の方に向かうオーキスと別れて会場内に足を踏み入れる。案内を受けて本選会場へと入っていった。

 

 本選会場は丸い俺が案内されたフィールドを壁が囲み、その外側に階段式の観客席が並んでいる。料理人らしい恰好を、ということだったので昨日と同じ姿をしておいた。俺が入場すると歓声が強まった。どうやら昨日の予選で俺の顔を知っている人が増えたらしい。

 

「おっと、これで本選出場者全員が揃ったようです!」

 

 司会の人が並んだ料理人達の前に立っている。俺が一番最後だったようだ。少し早足で集まっているところに合流する。俺の知った顔は三人、か。

 

「さて! では本選トーナメントを決めるくじ引きを始めましょう! 誰と誰が当たっても恨みっこなし! この組み合わせに泣いた料理人は数知れず! さぁ運命の時を!」

 

 テンションが高い。司会ってのはこういう人ばっかりなんだろうか。

 順にくじ引きを引いていく。俺は最後になってしまったので一個前の人が引いたくじによって場所が決まった。

 

「本選トーナメントはこのようになりました! 第一戦から前年度準優勝者のチェンの対決だ! 史上最速無名の挑戦者ダナンは一回戦の最終戦! しかし二人と同じく予選九十七点を獲得したバウタオーダは十番、第五戦目に出てくるぞ!」

 

 知り合いの一人、バウタオーダが俺と同じ点数か。戦うとしたら強敵だが、その前に。

 

「おい、ダナン」

 

 俺は対戦相手である黒髪の少年から声をかけられる。

 

「よぉ、まさかお前が来てるなんてなぁ、()()()()?」

 

 そう。なにかと縁のある、声がほとんど俺と一緒の秩序の騎空団団員ハリソン・ラフォード君である。

 

「今回こそ、僕が勝つ!」

「やってみろ。叩き潰してやっから」

 

 ハリソンは予選八十九点。点数だけ見れば余裕だ。今までのことからも、俺の勝機は高いだろう。だからと言って容赦はしてやらない。完膚なきまでに叩きのめすだけだ。

 

 因みにもう一人の知り合いであるエルメラウラは、前回準優勝のチェンがいる側だ。彼女は予選九十五点なので勝ち目がある。準決勝でチェンと当たる位置なので、彼女と比較することでヤツの実力は明確になるだろう。

 

「続きまして本選の予定をお浚いします。本選は一回戦の半分、四戦を本日。残り半分を翌日。二回戦の四戦を翌々日に行います。準決勝の二戦をその次の日に。三位決定戦と決勝をその次の日に、という予定となっております」

 

 つまり俺は明日から本選開始ということだ。意気込んできたが、まぁ今日は他の料理人の腕前を見せてもらうとしようか。

 

 一日かけて行われた本選一回戦前半は、前年度準優勝者のチェンというヤツが勝ち上がり、三戦目に出たエルメラウラも勝ち上がっていた。

 本選の審査員はやや辛口なのか、俺と同じ点数を取ったというチェンが九十三点。九十五点だったエルメラウラも九十点だった。長い白髪に鬚を蓄えた厳格そうな老人が特に低めの点数をつけている。確かこのWCCを開催している料理協会の会長だったか。唸らせるのは骨が折れそうだ。

 

 今挙げた二人以外に九十点以上の者はいなかった。これはなかなか、俺も油断できない状況のようだ。

 本選一日目を見ていてバウタオーダを捕まえ話し合ってみたが、チェンというヤツはなかなかやるという評価に収まった。なにせエルメラウラよりも本選の得点が高い。前回準優勝の肩書きは伊達ではないらしい。

 その日もオーキスに付き合ってもらって料理の練習をしつつ、本選二日目を迎える。

 

 バウタオーダは難なく勝ち上がった。ただ得点は九十二点とチェンより一点下回っている。

 そしてようやく、俺の出番が来た。

 

「ダナン! 今日こそ負かしてやる!」

「上等だ。かかってきな」

 

 昨日ハリソンは宣戦布告をした手前か俺とバウタオーダの話に混ざりたそうにはしていたが、エルメラウラと話していた。指を突きつけて宣言するハリソンに対して不敵に笑う。

 

「双子?」

「誰が双子ですか!」

「誰が双子だ!」

 

 司会の人に首を傾げられてしまい、二人してツッコんでしまう。

 

「いやだって声ほとんど同じですし」

「こんなヤツと一緒にしないでください!」

「そうだそうだ。目元が違うだろ」

「し、失礼しました」

 

 とりあえずごり押しで乗り切ってしまった。

 

「では、気を取り直して。――十五番! 珍しくも秩序の騎空団からやってきた刺客! ファータ・グランデ空域の秩序を守る秩序の騎空団第四騎空挺団所属! 団員の食事事情を一手に引き受ける専属料理長、ハリソン・ラフォード!!」

 

 こんな風に一人一人紹介されていく。随分と大仰な紹介文だった。ハリソン君は今更ながら大舞台に緊張し始め、更には恥ずかしかったのか顔を赤くしている。

 

「――十六番! 予選では最も遅く調理を始めておきながら、全グループで最も早く料理を完成させた上に、参加者同率一位となる九十七点を叩き出した最速の料理人! 無名でありながら彗星の如く現れたこのダークホースの進撃はどこまで続くのか! ダナン!!」

 

 ……俺も俺で随分と恥ずかしい紹介だな。あ、オーキスが小さく手を振ってる。

 

「今回のお題は……ラーメン!! あまり広く知られていないこの料理! 参加者の中でも知らない者が多いのではないでしょうか! それでは第一回戦最終戦、開始ッ!!」

 

 おっと、お題はらぁめんだそうだ。俺はもちろんハリソンだってらぁめん師匠かららぁめんの真髄を受け継いでいる。相手に不足はない。早速調理に取りかかろうか。そうだな、魚介豚骨にしよう。

 

 時間制限があるので最高の出来は作れないが、それでも今持てる全てを使った。俺は早々にらぁめんを完成させて、審査員五人へと運ぶ。

 

「おぉっと、流石は最速の料理人! 開始二十分でラーメンを完成させました!」

 

 審査員が実食、採点。この流れは予選と一緒だ。慌てて作っても仕方がないが、早めに作れて自信があるなら出してしまえばいい。点数が高ければ対戦相手のプレッシャーにもなるからな。

 本選は予選と違って審査員の持ち点が二十まである。一人の評価の上下が大きく点数を左右するということだ。

 

「……まぁ、そんなもんか」

 

 俺は合計得点を確認して、ほっと肩の力を抜く。

 

「き、九十二点! 九十二点です! 最速にして高得点! これぞダナン!」

 

 大きな歓声が巻き起こる。……いや、まだまだだな。もう少し時間をかけて練れば九十三に届いたかもしれない。あと他の審査員の点数はバウタオーダより高かったが、会長の爺さんが上げた点数は二点も低かった。つまり、あの爺さんに俺の料理はそれなりのモノでしかないということだ。

 

 これでプレッシャーになれば、と思ってハリソンを見るが彼は一心不乱に自分の料理に取り組んでいた。……そうこなくっちゃな。

 対決ではあるが向き合うべきは自分の料理。相手のことなんて気にしたって仕方がない。

 

 しかし。

 

「おぉっとハリソン・ラフォード八十七点! 本選初戦で敗れましたぁ!」

 

 相手が違えば二回戦進出もできたかもしれないが、それが運。

 

「……負けた、か。でも次は負けないからな」

「安心しろ、一生そのセリフ言わせてやる」

 

 以前も聞いたような気がするセリフを受けて笑いつつ、握手を交わして退場した。

 その日もオーキスに試食してもらう。

 

「……?」

 

 しかし、オーキスは食べてからこてんと首を傾げていた。

 

「どうした、オーキス。美味しくなかったか?」

 

 不味いということはないと思っているが、試行錯誤の段階だ。美味しくなくなっているということは考えられる。

 

「……違う。美味しい」

 

 だがオーキスは首を横に振った。美味しくないわけではないらしい。

 

「なんか気づいたことがあったら言ってくれ。美味い料理を作るための試行錯誤なんだしな。失敗があったら、修正するし」

「……大丈夫。美味しく、なってる」

 

 オーキスの舌は信用できる。彼女が言うなら間違いはないだろうが。

 

「そっか。まぁもうちょっと作ってみるか」

「……ん」

 

 今度こそ美味しくなっているという評価を得られたので、その日は良しとして明日に備えた。

 二回戦。勝ち上がったのはチェン、エルメラウラ、バウタオーダ、俺の四人。今日の対戦相手は八十五点とハリソンより低い点数を出したので問題なく勝ち上がれた。ただ二回戦の点数は順に、九十四、九十一、九十三、九十二だった。同点だったバウタオーダに上回られた形となる。……準決勝の対戦相手だってのに。

 

 俺はその日、自分の対戦が終わってすぐ厨房を借りて試作に入った。俺の速さを活かすならもっと調理時間のかかる料理でも問題ないということは、二回やってわかっている。もっとじっくり考えて工夫を凝らしてもいい。そのための知識と技術を吸収していく。

 

「……ダナン、もう作ってる?」

「ああ、オーキスか。ちょっと相手が強敵だからな。色々試してみたいこともあって」

「……そう」

「試作品はその辺に作ってあるから、食べてみてくれ」

「……わかった」

 

 そうして試行錯誤を重ねること数時間。

 

「……ダナン」

「ん? なんだ、気づいたことでもあったか?」

「……」

 

 声をかけてきたオーキスだったが、尋ねてもなぜか言いづらそうにしている。

 

「どうした?」

「……」

「なにかあったら言って欲しいんだが」

「……やっぱり、なんでもない」

「?」

「……ダナンの料理は美味しい。だから、大丈夫」

 

 怪訝そうな顔をする俺に、オーキスはそう告げた。……まだ感覚は掴み切れていないが、オーキスがそう言うなら信じてみようか。

 

「ありがとな、オーキス。悪いがもうちょっとだけ付き合ってくれるか?」

「……ん」

 

 さて調理の練度を少しでも上げておくか、と調理を再開する。俺はその後オーキスが俯いていることに気づかないのだった。

 

 翌日。午前にチェンとエルメラウラの対決が始まる。

 

 エルメラウラはとっておきの料理を作り、チェンに追いつく九十四点を叩き出した。しかし追い込まれたチェンはここぞとばかりに九十五点を出し、勝ち上がる。……いい勝負だった。二人共凄腕の料理人であることは間違いない。

 

 そして俺とバウタオーダの対決が始まる。

 集中して、冷静に。本番になれば、全力を尽くす以外にやることはない。

 

「おや。今日はいつもの雰囲気が違いますね」

 

 バウタオーダが声をかけてくる。

 

「そうか?」

「はい。あなたが緊張するとも思えませんが……」

「さぁ、どうだろうな」

 

 俺は言って、自分の調理台の方に向かう。対戦相手と仲良く喋ってもあれだ。喋るなら後の方がいいだろう。

 開始の合図があって、二人同時に動き出す。お題は豚肉だ。今日は時間をかけて工夫を凝らそうと思っているので、早めに大方作り終えた上で豚肉に合う工夫を宿す。

 珍しく調理時間を長めに取って料理していると、開始から四十分が経過してバウタオーダが先に料理を完成させた。

 

「おっとダナンではなくバウタオーダが先に料理を完成させたぞ? ダナンは準決勝に向けて時間いっぱい調理に使う方向にシフトしたようだ」

 

 司会の人も俺の目論見をわかっていた。じっくり仕上げる段階なのでちらりとバウタオーダの採点を確認しておく。自分の料理は失敗しないように気をつけて。

 

「おぉ! これはバウタオーダここに来て本選での自己最高得点! 九十四点です! これはダナンも厳しいか!?」

 

 ……マジかよ。クソ、確認しなきゃ良かったか。プレッシャーが身体に重くのしかかってきて、料理する手がゆっくりになる。

 だが焦っても仕方がない。俺は自分の調理を進める。だがずっと自分の料理で敵うのか? 未だ九十二点しか取れていないのに、工夫を凝らしたところで残り二点を埋められるのか? という考えが頭の中をぐるぐる回っていた。だがやるしかないと割り切って調理を行い、工夫された一品を審査員に提出した。

 採点を待つ時間にこんなにも祈るような気持ちになるとは思わなかった。

 

「決勝へと駒を進めるのは果たしてどちらか!? いよいよダナンの採点です! ……二十、二十、二十、十九、十六!! 合計九十五点で、決勝進出はダナンに決定です!!」

 

 上がった札の点数を加算して、思わずガッツポーズ。それくらい余裕がない戦いだった。

 

「はは、やはりあなたは流石ですね」

「……いや、皮肉かよ。いっぱいいっぱいだったっての」

「はは。どうやらこれでチェンという方と技量で並んだようですね。決勝、楽しみにしていますよ」

「ああ」

 

 バウタオーダは敗者とは思えないくらい悔いのなさそうな笑顔で去っていった。

 嘆息し、歓声の中俺は退場する。点数としてはチェンに並んだが、これ以上は今の俺では難しい。一日でなんとかなるモノではない。だがチェンは対決を進める度に点数を上げていっている。九十六、九十七くらいは取ってくると見た方がいいか。俺がそれに勝つには……やっぱり練習あるのみか。

 

 そう思い、控え室で荷物なんかを持ち出ようとするところで、見覚えのない老婆が通路で仁王立ちしていた。横に避けて通ろうとしたが、

 

「迷っているようだね」

 

 婆さんの言葉を聞き、擦れ違うところで足を止めた。

 

「料理に迷いが見て取れる。最年少にしてあの腕前。WCCの決勝まで駒を進めたことは認めてあげてもいいけど。今のままではチェンには勝てないねぇ」

「……なんだあんた。料理人に助言していいのかよ」

「助言じゃないよ。ついてくるといい。見せたいモノがある」

 

 婆さんは断言すると歩き出す。ここで知らぬフリをするのは簡単だが、迷っているのは確かなのでついていくことにした。

 

 その先で見たのは、服を着た銅像だった。一室にそれだけが置いてある空間。会長はその銅像の傍に立つ。それは真正面に立って、白い服とコック帽を身につけた銅像の台座に書いてある文字を読み上げる。

 

「……偉大なる初代“シェフ”、グレオ・ドール」

「WCC初代王者にして、偉大なる料理人。彼は世の大勢を笑顔にするためにと料理を広め、料理を極めた。ある意味では英雄と呼ばれる者の一人だね」

「これを、なんで俺に?」

「大会最年少なら、まだ芽を摘ませることはない。チェンは強敵だよ。心して挑むがいいさ」

「……」

「言っておくけど、グレオ・ドール以来WCCでは百点を取った者がいないんだよ」

 

 初代王者にして歴代最高得点保持者、か。とんでもない人物のようだ。老婆は俺にこれを見せて、“シェフ”に求める人物像はこういうモノだと言いたかったのだろうか。だとしてもそれが俺の料理にどう関係あるというのか。俺は全力で最高に美味い料理を作る、それだけだってのに。

 

 その後オーキスが待っていてくれたので二人でいつもの厨房へ。

 

「さて。今日で最後になるが、もうちょっと付き合ってくれな」

「……ん」

 

 今日も今日とて試作し、オーキスに食べて評価を貰う。場所を貸してくれる人達にも食べてもらった。美味しいは美味しいが、果たしてチェンに勝てるのか、という疑問は変わらない。だが付け焼刃でなんとなる相手ではない。

 

「どうだ、オーキス。美味しいか?」

 

 俺は一通り食べ終えたオーキスに尋ねた。とはいえ少しではあったが手応えを感じていたので答えは予測できる。

 

「……」

 

 しかしオーキスは答えない。怪訝に思って待つと口を開きかけた。言いたいことはある、らしい。

 しばらく逡巡していたが、オーキスは俺の目を真っ直ぐに見つめて口を開く。

 

「……美味しく、ない」

 

 頭の中に空白が生まれる。なにを言っているのかわからず、頭が動き始めても疑問しか生まれない。

 

「……ど、どういうことだよオーキス? 今のは間違いなく俺の力作……」

「……美味しいだけの料理なんて、美味しく、ない」

 

 俺は口から否定材料を探すための言葉を吐くが、オーキスは撤回する気がないようだ。

 

「なに……?」

 

 俺が眉を寄せて聞くと、彼女はゆっくりと話し出す。

 

「……今のダナンの料理は確かに美味しい。でも、今までは美味しいだけじゃなかった。ちゃんと、心を込めて作ってた」

「今は、心を込めてないと?」

 

 そんなはずはない。愕然とする俺に、オーキスはふるふると首を振った。

 

「……心は込められてる。でも、いつもと違う。ダナンはいつも、誰かのためにがんばってた。でも今は自分のために作ってる。自分のための料理を、他の人が食べて美味しいとは思わない」

「……」

 

 オーキスの言葉が突き刺さる。

 

「……ダナンは料理してる時、楽しそうだった。それはきっと食べた人を喜ばせようとしてるから」

 

 ……だから、美味しくない、か。

 

 俺はようやく、オーキスの言葉を理解した。

 

「……そうか、俺は」

 

 最高に美味しい料理を作ることばかりに傾倒して、大事なこと忘れていたらしい。

 

 会長の爺さんも同じことを言いたかったんだろうな。

 つまり俺の高得点は、技術点が大半。ってことはワンチャン百点狙えるんじゃ? そう思うとニヤリとした笑みが浮かんでしまう。

 

「……ん。いつものダナンに戻った」

 

 オーキスが顔を綻ばせた。どうやら心配をかけてしまったらしい。

 

「悪いな、オーキス。助かった」

「……ん。いつも助けてもらってばかりだから、いい」

 

 頭を撫でて礼を言う。俺の助けになれたからなのか嬉しそうだ。……オーキスのおかげで俺に足りないモノはわかった。おそらく、これでチェンとも戦える。

 

「さて、じゃあ今日はもう宿に戻るか」

「……練習は?」

「技術はとりあえず及第点だ。なら後は心の問題。それに」

 

 とオーキスを見つめる。

 

「気づかせてくれたお礼もたっぷりしてやらないとな」

「……あ」

 

 俺が言うと、オーキスはなにを想像したのか顔を真っ赤にしていた。そこは茶化さず宿屋に向かう。翌日に決勝を控えているので、程々に。

 

 俺はオーキスのおかげもあり、晴れやかな気持ちで会場入りすることができた。午前でエルメラウラとバウタオーダの対決があったが、惜しくもエルメラウラの敗北となった。一点という僅差だったので、もうここまで来たら四人の実力はそう変わらないと見ていいだろう。出されたお題との相性とかで変わるだろうしな。

 

 午後になって決勝の舞台が幕を開ける。……ああ、そうか。昨日の時点でここが違っていたな。俺は凄いヤツと遭遇して燃えるタイプだ。もちろん俺が本気になる分野での話だが。なのにバウタオーダとの対決では勝つために、とばかり考えてしまっていた。折角だ、楽しまなきゃ損だな。

 観客席でまずオーキスを見つけて手を振る。その後バウタオーダ達を見つけて手を振っておいた。バウタオーダは昨日の俺の様子に気づいていたのか、うんうんと頷いている。だからって加減したわけではないだろうがな。

 

「さぁ、いよいよ決勝の舞台に、両者が揃いました!」

 

 司会の人も、それに応える観客も最高潮。

 

「片や前回大会にて惜しくも準優勝となった、現在最も“シェフ”に近い男! 四年連続準優勝の彼が、ようやく頂きに届くのか!?」

 

 チェンってそんなに出てたんだな。そしてずっと“シェフ”にはなれていないらしい。

 

「片や今回初参加にして史上最速での予選突破! 予選、本選共の最高得点はチェンと同点となっています! 更に最年少本選進出記録すら更新した彼が、“シェフ”の栄光を手にするのか!?」

 

 持ち上げてくれるねぇ。まぁそうしないと盛り上がらないか。有名と無名の対決なわけだし。

 

「ではいよいよ決勝戦の始まりです! お題は毎年お馴染みの、自慢の一品!! それではWCC決勝戦、開始です!!」

 

 これは店を貸してくれた人から聞いていた。ランダムなお題ではなく、渾身の一品で勝負をかける。料理人に相応しい決勝だ。

 

「〜〜〜♪」

 

 俺は食材を準備し、鼻歌を歌いながら調理を開始する。事前にある程度の品目は決めているが、その場の思いつきを取り入れるのは悪くない。

 一先ず巨大な魚を持ってきて、空高く放り投げる。すっと目を細めて空中の魚を丁寧に切り刻む。まな板に落ちる頃にはいい感じに切れていた。くるりと包丁を手の中で弄ぶ。

 

 俺が普段やっている高速調理に、今やったパフォーマンス的な包丁捌き。あと焼く時にワインで炎ボーッてヤツもやる予定だ。

 それが料理の出来以外で俺が考えてきたモノ。

 

 審査員は食べれば料理を楽しめるし、対戦相手は対決を楽しめる。作っている俺は料理を楽しめるが、観客は見ていることしかできない。スパイスを駆使して香りを楽しませつつ、今みたいなパフォーマンスで目を楽しませる。もちろん料理の腕を見て感心するヤツもいるが、興味本位で来たヤツもいるはずだ。速い、上手いだけじゃ伝わらない見ていて楽しい料理を、そいつらに提供してやる。

 もちろん食べてもらう人への心も忘れない。

 

 そうして俺の料理は三十分で完成した。

 

「やはり速い! 決勝戦にして尚制限時間の半分で料理を完成させたようです」

 

 俺は料理を五人へと運んでいく。

 

「答えは、出たようだな」

「ああ。おかげさまでな」

 

 会長は老婆と同じく俺が迷っていたことをわかっていたらしい。そんな彼に言ってやって、それ以外は食べて察しろと手で示す。爺さんが一口食べた瞬間……水飛沫の舞う断崖絶壁にふんどし一丁で立つ爺さんの姿が見えた気がした。……俺なんか料理のやりすぎで幻覚見えてきてないか? 根を詰めすぎたんだろうか。

 というかあの老婆、一体何者だったんだろうな。会場にもいねぇみたいだし……まぁ、気にしなくていいか。

 

「早々に料理を完成させたダナン! さてその得点は?」

 

 司会の人の言葉の後に、五人が札を上げる。その点数を見て思わず目頭が熱くなってしまい、誤魔化すためにバンダナを取り払って背を向ける。

 

「お粗末!」

 

 そして次第に会場全体にも理解が広がっていく。

 

「な、なんと驚異の、百点、満点! 私会長が二十点を上げているところ初めてみました! というか初代“シェフ”に並ぶ歴代最高得点が、ここに出ました! 歴史的瞬間が、今目の前に!!」

 

 司会の人が明言したことで会場を揺るがす大歓声が巻き起こった。

 

「そ、そんな……」

 

 チェンはがっくりと膝を突いてしまう。

 

「どうした、チェン。お前の料理を作らないのか?」

「……」

 

 会長が問うが、チェンは項垂れて動かない。どうやら心が折れてしまったようだ。

 

「……そうか。ならばそれが敗因と知れ」

 

 爺さんは言うとちらりと司会の人に視線を送った。

 

「チェン、百点満点に心折られ棄権! ここに新たな“シェフ”が誕生しました!!!」

 

 俺は歓声に応えて手を振った。その後興奮冷めやらぬ中授与式が行われ、俺は“シェフ”の伝統と格式ある衣装を貰った。証明書も貰い、今後の更なる活躍に期待している的なことを会長から言われた。

 

 優勝者挨拶なんかもあったが適当にそれっぽいことを言って済ませておき、お開きになったタイミングでいつも厨房を借りている店に顔を出した。大半が観客席にいたらしく人は少なかったが、新たな“シェフ”になったことを喜んでくれた。厨房の料理人からの要望もあり、オーキスも見てみたいとのことだったため貰ったシェフの衣装を着込む――すると身体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚があった。……これはあれか、“シェフ”という英雄の力が『ジョブ』に昇華されたのか。【シェフ】はClassEXⅡで、ClassEXに【料理人】が追加されているようだ。俺は元々料理を作る時は同じような気持ちだったので、『ジョブ』になっていなかったのは料理の腕が足りなかったか、または『ジョブ』に落とし込む理想がなかったからか。どちらにしても今は獲得できる状態になった、ということだろう。

 

 コック帽にコックコートを身につけ、腰に紐で巻いて布を垂らす。雲のような刺繍の施された黒のスカーフと左胸のバッジが“シェフ”である証だ。

 

「おぉ……!」

 

 料理人から感嘆の声が上がる。いつの間に作ったのかサイズが俺にぴったりだった。……俺が“シェフ”になってから割りとすぐに渡されたんだが、一体どう用意してるんだろうか。とんでもなく仕事の早い裁縫師でもいるんだろうか。

 まぁ気にしないでおこう。

 

 今日はどうしようか、と思っていると厨房の料理人達は夕飯時間近になって調理に取りかからなければならなくなった。

 

「忙しいようなら言ってくれれば、手伝うよ」

 

 それだけ告げておく。……なんかちょっと柔らかい口調だったというか。ClassEXⅡもClassⅣと一緒で口調だけはどうも制御できないんだよなぁ。

 

「……ダナンの料理、いっぱい食べたい」

 

 オーキスがそんなことを言ってくる。もちろん、俺もそのつもりだった。

 

「もちろんだとも。君のためだけに作るから、存分に味わってくれ」

 

 笑顔さえ浮かべてそんなことを言っていた。……いや気持ち的には変わらないんだが、これはこれで『ジョブ』解除した時ちょっとハズいかな。

 

「……ん。ダナンの料理、毎日食べる」

 

 オーキスも照れて頬を染めている。その言葉の真意はどういったモノだろうか、というのは野暮になるんだろうか。

 

「うん。とりあえず明後日発つ予定だから、今日と明日は存分に、ね?」

「……ん」

 

 オーキスに食べさせるためだけの料理を作りつつ店の手伝いをして、また旅を再開するのだった。



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EX:【料理人】と【シェフ】

あ、日付変わっちった。

サブタイ通りオリジョブのアビ説明とかを適当にまとめたヤツです。

強いか弱いかは全く考えていません。
参考までに、【料理人】は料理バフが10%、【シェフ】は20%とかその辺?

細かい数値までは全く考慮していないのでご了承ください。


○エピソード名

 『その料理は誰が為に』

 

○概要

 当初オリジナルClassEX『ジョブ』の【料理人】取得エピソードとして考えていたが、ダナンだったら【料理人】にはなれる実力はあると思ったのと、大会とかで取得させるならEXⅡの方がいいかという結論に至り、料理人が集まる大会で優勝するまでの過程を描くエピソードとなった。

 一応ダナンをグランジータ、オーキスをルリアに置き換えれば取得エピソードとして成り立つような感じにはなっているはず。そのため途中途中ちょっとダナンっぽくない様子があった可能性はある。

 流れとしては、White Cloud CookFes、通称WCCに出場して“シェフ”を目指す中、高得点を取れる美味しい料理を作ることばかりに傾倒していき、なんとか料理の腕だけで決勝まで進出するがそれだけでは勝てないという状況になってオーキス(またはルリア)から食べてくれる人のことを考えない料理なんて美味しくないと言われて我に返り、決勝へ挑む。で、優勝。

 設定上『ジョブ』には元となる人物がいることが多いので、適当に初代WCC王者の“シェフ”を作っておいた。偉大な人ではあるが今後出てくる予定はない。

 チェンは毎年準優勝という噛ませ要素しかないので容姿すら書かなかった。三十四歳独身。眉間に皺が刻まれた厳格そうなおじさん。黒髪黒目。口髭は細長く逆への字のようになっている。初期設定では“シェフ”になったら結婚すると約束した相手がいたが年齢を考えて既に恋人解消されてるしいっか、となった。相手がグランやジータでも決勝で敗北することになる。来年もまた誰かに負けちゃうんじゃないかな。因みに彼が準優勝になっている理由の一つは、料理協会会長の言っていた食べる相手のことを考えた料理、ではないから。会長は料理の技術と込められた心を十五、五の割合で考えてつけているため、会長からの点数が伸びずずっと敗北している。腕は本物。

 以前登場した料理得意キャラ大集合の会に出てきたローアインはなぜこの大会に出場していないのか? という疑問がある方もいると思われるが、よく考えてみるとローアインは別に料理人になりたいのではなく料理が得意なだけである。むしろキャタリナさんのナイトになりたいのであって料理人を目指してはいない。なので出場しなかった。

 豆知識。料理の大会であるWhite Cloud CookFesの由来は、コック帽の頂点が雲のような形をしているから。コック(帽)の頂点的な?

 

○オリジナル『ジョブ』について

・【料理人】

 数々の料理を振る舞い食べた者に様々な恩恵を与える。特殊タイプのジョブ。

 得意武器は剣と短剣。個人的には闇編成のために短剣、格闘得意の『ジョブ』にしたかったところがあったりする。全てはパラゾ持って虚空斧で殴るため。ゲーム内のルリアノートで武器の図鑑を眺めて料理に使いそうな武器って武器種的にどんなんだろう? と思いながら得意武器を決定した。実際悩んだのは剣、短剣、格闘。剣はフライパンがあるので考案段階から割りと決まっていた。短剣はぴにゃ包丁。この二つは強い。調理器具だし。格闘にはチョップスティック、カップ&ソーサー、タムタム麺、ファイン・バナナ、わたあめなどが存在しているので候補に挙がったのだが、よくよく考えてみると料理人が持つモノじゃなくて食べる人が持つヤツじゃね? という結論になり、他にも食材っぽいヤツやら料理関係の道具っぽいヤツやらはあったがフライパンと包丁に勝るモノはないと判断。結果として剣、短剣得意の『ジョブ』となった。グラブルって武器で大分遊んでるよね。

 アビリティとしては、忍者のような一アビ、一アビを即座に使用可能にする二アビ、敵を裁いて燃やす三アビの構成。あとリミットアビリティが二つ。

 

《アビリティ構成》

 一アビ:饗宴馳走。忍者のように任意のモノを選択して選択したモノによってアビリティの効果が変わる。組み合わせではなく一つだけを選んで発動する。選択項目は肉、魚、野菜、果物の四つ。選ぶと自動的にご飯などとセットで料理を作り、それに応じた効果が味方全体に影響を与える。複数回発動することで効果を増すようなアビリティになるので長期戦向きの『ジョブ』となる。肉が攻撃系強化効果、魚が防御系強化効果、野菜が奥義系の効果、果物が回復系の効果を発動する。使用していくと発動する効果または効果量が増えていくのだが、肉の次に魚を発動した場合は双方の一段階目効果が発動する。最大で四段階目まで上昇する。

 肉の場合:(1)攻撃力アップ。(2)連続攻撃確率アップ。(3)追撃。(4)与ダメージアップ。

 魚の場合:(1)防御力アップ。(2)全属性ダメージカット。(3)自有利属性カット(自分が火属性なら風属性ダメージカットになる)。(4)ガード効果。

 野菜の場合:(1)奥義ゲージ上昇量アップ。(2)奥義ゲージアップ。(3)奥義ダメージアップ。(4)奥義ダメージ上限アップ。

 果物の場合:(1)HPを回復。(2)弱体効果を回復。(3)活性効果。(4)弱体無効。

 二アビ:追加注文。一アビが即座に使用可能になる。

 三アビ:火炙り。敵全体に灼熱効果。香ばしい匂いに釣られた味方全体が灼熱が付与された敵に対して追撃効果。

 一リミアビ:食器洗い。味方全体の弱体効果を回復。

 二リミアビ:包丁研ぎ。自分の攻撃力、連続攻撃確率アップ。

 一サポアビ:即興調理。敵を主人公で倒した時味方全体に料理を振る舞いランダムな強化効果。

 二サポアビ:なんでも料理。人型以外に与えるダメージがアップ(与ダメ上昇系。最大ウン万とかのヤツ)。

 

《ジョブの姿形》

 ダナンがWCC出場時に着ていたような、エプロンをして頭にバンダナを巻いた恰好。鎧を身につけていないファイターの恰好の上にエプロンとバンダナかな。一から考えるのは流石にちょっとセンス問われそう。持っている武器はお玉かな。EXは無表情の絵になる。グランは腕捲りをしてお玉を持った右手を上げ左手で右腕の二の腕を掴むような恰好。ジータはお玉を持って掬う部分を顔に近づけている様子。流石のグランブルー・ファンタジーでもジータを裸エプロンとか水着エプロンにはしないはず。

 

・【シェフ】

 卓越した料理の腕で料理を口にした者の笑顔を咲かせる。特殊タイプのジョブ。

 得意武器は同じく剣と短剣。アビリティは【料理人】を強化し使いやすくした感じ。

 

《アビリティ構成》

 一アビ:永久晩餐。【料理人】の饗宴馳走と同じような効果。四つの選択肢から一つを選ぶとアビリティが発動する。一度発動した効果は二度目以降の使用時にも発動するためどの効果が欲しいかで料理を選んでいくといい。長期戦向きの『ジョブ』。

 肉、魚、野菜、果物という選択肢と効果内容は変わらないが効果量の元々が大きく上昇する。また選んだ項目に応じて作り出す料理もお洒落な品物に変わる。

 一リミアビ:オーダー追加。【料理人】の追加注文の上位互換。一アビを即座に使用可能にし、次に発動する一アビの効果を二段階上昇させる。要は累積を短縮するためのアビリティ。例で言えば、一度一アビを肉で発動、オーダー追加をした後にもう一度一アビを肉で発動すると初手から攻撃、連撃率、追撃がつく。強い。ただし料理効果は効果ターン長めで効果量少なめタイプになる。

 二リミアビ:渾身の一皿。次に発動する一アビの効果を二倍にする。多分凄く使用間隔が長い。後半に使うと超強いかも。

 三リミアビ:調理パフォーマンス。味方全体にテンションアップ、高揚効果。見る人を楽しませるための料理。

 四リミアビ:笑顔のために。一アビで付与した強化効果を延長する。

 五リミアビ:満漢全席。次に一アビを発動した時全ての料理を作る。ただし料理を十品以上作っていなければ発動できない。使用間隔が超長いか再使用不可になる。これと渾身の一皿を合わせるととんでもない。

 一サポアビ:世界を皿に載せて。主人公で敵を倒した時に味方全体にランダムな強化効果。人型以外に与えるダメージアップ。【料理人】のサポアビ二つが一緒になっただけ。効果量とかランダムの確率とかは変動している。

 二サポアビ:腹が減っては。一アビを発動した時味方全体の攻撃アップ。

 

《ジョブの姿形》

 WCCで優勝して“シェフ”となった時に貰った衣装を着込んだ姿。コック帽にコックコート、腰巻きエプロン。雲の刺繍が施されたスカーフを身につけ“シェフ”の証であるバッジを左胸につけている。【シェフ】になると爽やかな笑顔で歯に浮くようなセリフを吐く。多分高いところから調味料をかけたりもする。所作に気障が入ると思われる。ジータはあんまり思い浮かばないので、各々適当に。腰巻きエプロンだからミニスカは許されるかな。EXが無表情なので飛びっきりの笑顔でいて欲しいというくらいか。武器である包丁を手に持っているか腰に提げている。

 元々黒っぽい衣装の場合以外はダナンが発動した時に色が変わるのだが、【シェフ】に関しては貰ったコック帽とコートなので色が白のまま。スカーフが黒くなるくらい。グランは間違いなく青のスカーフ。

 

・英雄武器。

 グラブル的に言うとジョブの絵で持ってる武器のこと。ナンダク的に言うとClassEXⅡを解放するために必要な武器のこと。まぁグラブル内でもEXⅡの場合は各英雄武器を作らないと解放されないのですが。

 【料理人】はお玉(短剣)。【シェフ】は包丁(短剣)。

 武器効果までは考えておりません。

 名前はお玉はそのままで、強化後は伝家の包丁にしようかな。



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EX:『カッパサマー・クロニクル』もとい

もとい、ダナン無双。

グラブル内のイベント、『カッパサマー・クロニクル』のアレンジ番外編です。
前述した通りダナンが色々と無双します。


 サメに関する一連の騒動を無事解決したグラン、ジータ一行。

 

 ベネーラビーチで夏を満喫した後に、もう一つの夏の風物詩として祭りに行くことになった。

 それがアウギュステ列島の小島の一つ、トォノシ島で開催されるカワロウ祭りである。

 

 トォノシ島では『スシ』と呼ばれる名物料理があり、カワロウ祭り開催期間中は街の通りに屋台が立ち並ぶ。

 実際に訪れて多くの屋台、灯篭に照らされた街並みを見て興奮し、購入していたユカタヴィラに身を包んで祭りを満喫していた。ビーチの方で遭遇したアウギュステ由来の伝説の種族、カッパという緑色の動物のようなキュウタを連れて祭りを回っている。

 キュウタが祭りを怖いと言うのでグランとジータがそれぞれの手を握って歩いているため、傍目から見れば親子のようにも見えなくもない。

 

 グランは青いユカタヴィラに帽子という恰好だが、なぜか拘りのフードが飛び出ている。

 ジータはピンクの花柄のユカタヴィラを着込んでいる。赤い髪飾りで髪の片側を上げているため項が露わになっている。

 一緒に歩いているルリア、ゼタ、ベアトリクス、カシウスもユカタヴィラの恰好である。ビィはそのままだ。

 

「はわっ! すっごく美味しそうな匂いがしますぅ!」

 

 ルリアの嗅覚が美味しい料理の匂いを嗅ぎつけた。一同がそこら中からいい匂いしてるけど? と苦笑したのは当然である。ルリアの少しだけ早くなった歩みについていくと、通りに並んでいる行列があった。最後尾からは列の前が見えない状態だ。行列は一応他の店の真ん前ではなく通りの真ん中に出来ている。ただし向かいの店に行くのが大変なので、通りたい人には道を空けるようにしているようだ。譲り合いの精神が大切。

 

「な、なんだよこの行列……」

 

 ビィがぎょっとして言う。行列はゆっくり歩くくらいの速度で進んでいたが、それでも次から次へと最後尾に並ぶ人がいるため一向に減っていっていない。

 

「この行列の先に美味しい匂いがします!」

 

 ルリアが確信を持って言った。グランとジータは顔を見合わせて、そんなに美味しいなら並んでみようかと、グランとジータとルリアとビィとキュウタという面子で行列に並ぶことにした。他の人達には適当に回っていてもらう。加えて良さそうなモノがあったら買ってきて欲しいと言っておく。

 

 そうして途中途中食べ物などを買ってきてもらいつつ行列を進んでいくと、ようやく行列の先が見えた。

 ただの屋台に見えるが、出し物の種類は万屋と書かれている。どうやら万の食べ物を扱っているらしく、猛然と調理し次から次へと品物を出している。焼きそば、リンゴ飴、チョコバナナ、お好み焼き。注文に合わせて色々なモノを作り続けるとんでもない店主が、と思ったら黒いユカタヴィラを着込み頭の左上に狐の仮面をつけた恰好のダナンだった。

 

 その姿を見た途端「あ、やっぱり」とグラン達が思ってしまったのも必然なのだろうか。

 

「ここ、ダナンさんのお店だったんですねっ」

 

 ルリアは既にダナンの腕を知っているため期待満点に笑顔で言った。そこでダナンがようやく顔を上げて一行の姿を認める。

 

「おう、お前らか。リンゴ飴は書いてある通りの値段、焼きそばのゼンマシマシエベレストは書いてる焼きそばの十倍の値段だ。うち特有の品物はパイだな」

 

 ダナンはしかし恰好を茶化したりせず手を動かし続けた。挙げた料理に目を輝かせた二人がいたのは彼の狙い通りか。

 

「オイラはリンゴ飴!」

「私はえぇっと、ゼンマシマシ……?」

 

 ルリアが聞き取れなかったのか小首を傾げると、屋台の方からフォローがあった。

 

「……ゼンマシマシエベレストの焼きそば?」

「そうです、それです! って、オーキスちゃん!?」

 

 ルリアが驚いた通り、料理するダナンに後ろから大きな平たい紙皿を渡しているのはオーキスだった。彼女も睡蓮の柄が入った水色のユカタヴィラを着ている。長い髪を団子にしてまとめ、ダナンとお揃いの狐の面を頭の左上に載せていた。

 

「……ん。いらっしゃい、ルリア」

 

 オーキスは久し振りに会えて嬉しいのかわかる程度に顔を綻ばせている。ダナンはおよそ十人前の焼きそばを焼き上げるとオーキスの持つ大皿にバランス良く盛りつけている。ゴーレムの身体になったことで身体能力が向上している今のオーキスなら、それを支えるくらいわけなかった。

 

「はは、オーキスちゃんも来てたんだ。二人は一緒に? あ、とりあえずパイってヤツを全種類一個ずつ」

 

 グランが世間話をしながら注文を行う。

 

「はいよ。とりあえずほい、リンゴ飴と焼きそばな」

 

 注文を承りつつ用意されたリンゴ飴とオーキスの持つ大盛りすぎる焼きそばをそれぞれ注文した相手に渡す。焼きそばは食べるのに手が使えなくなるためジータが持った。

 

「オーキスとは別で来てたんだよ。俺はこうして万屋シェロカルテの名前を借りて出店を担当中。メインのパイは万屋経由で出店するから、その宣伝も兼ねてって感じか」

「ああ、シェロさんの。じゃあオーキスちゃんは?」

「……私は屋台食べ歩きのために来た。ダナンの料理の匂いがしたから、お手伝いしてる。お金を払えばダナンの手料理が食べられて、屋台の料理もほとんど網羅できる」

「よ、良かったね」

 

 屋台を回るのも祭りの楽しみなんじゃ? というツッコミは思い浮かべるだけにしたグランであった。

 

「もちろん一段落したら一緒に回る予定なんだけどな。なんか行列になっちまって、全然途切れん」

「ははは、そうなんだ」

「結構な速度で回してるはずなんだけどな。ほれ、パイ全種一個ずつ」

「ありがとう。じゃあこれお代」

「……ん。まいどあり」

 

 グランの出したルピをオーキスが受け取り数えて丁度であることを確認、ルピを箱にしまった。

 

「おい、ダナン。まだ行列は終わらなさそうだぞ……と、お前達か」

 

 更に屋台の裏からダナンへ声をかけてきた人物がいた。グラン達を知るその人を見て、一瞬彼らは呆然とした。

 花火柄の黒いユカタヴィラを着て、花の髪飾りで左側の髪を上げている。濃すぎないナチュラルメイクをした様子と覗く首筋、そしてユカタヴィラの上からでもわかるスタイルの良さが大人の色香を漂わせている。

 

「……ふっ。ほら見ろ、お前を見てこいつら固まってんぞ、アポロ」

 

 見惚れた様子のグラン達を見て吹き出したダナンが言い、ようやく動き出す。

 

「く、黒騎士さん! すっごく綺麗ですよ!」

「一瞬誰かと思っちゃうくらいびっくりしちゃいました」

 

 ルリアとジータが彼女のユカタヴィラ姿を褒める。というかいつの間にか焼きそばがなくなってるんだがそれは。

 

「……そうか?」

 

 暗に普段の様子からは想像もつかないと言われたからかアポロは少し眉を寄せる。

 

「それだけ綺麗だってことだろ。ほい、リンゴ飴」

「……まぁ、悪い気はしないか」

 

 ダナンは褒めつつ食べ物を与えてアポロを複雑そうな表情を変える。大分扱いに手慣れているようだ。

 

「黒騎士さんは、どうしてここに?」

「私はオルキスに土産でもと思ってな」

「あ、そういえばオルキスちゃん目覚めたんですよね」

「ああ、そうだ。オルキスは今エルステ王国をまとめるので忙しい。だがどうしても行きたかったようでな、私に土産を買ってくるように言ってきたんだ。そこでダナンとオーキスに会い、こうして手伝わされているというわけだ」

「……ダナンと一緒に回るのは、お手伝いと交換条件」

「オーキス。余計なことは言わなくていい」

 

 そのやり取りで大体の事情を把握した。

 

「で、そこの熊の面つけたヤツは誰だ?」

 

 ようやく、ダナンがグランの傍にいたキュウタの存在に触れる。

 

「ああ、カッパか」

 

 アポロがダナンの視線の先を追ってキュウタを見つけ、その正体を口にする。

 

「カッパ?」

「ああ。アウギュステに伝わる伝説の種族だ。ここトォノシ島に由来している。このカワロウ祭りの“カワロウ”もカッパという意味だな」

「へぇ。ってことはお前らはそれもあってここに来たってことか。相変わらずトラブルの種になりそうなことに遭遇してんなぁ」

 

 ダナンの苦笑しての言葉に、グランやジータも苦笑で返すしかなかった。

 その時、

 

「あっづぅ!!?」

 

 彼らの後ろで突如叫び声が上がる。一行が驚愕して振り返ると、男が熱された炭を落とし赤くなった手を押さえているところだった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 ルリアが心配そうに駆け寄て声をかける。

 

「あ、ああ。だ、大丈夫だ」

「火傷してるかもしれませんし、ちょっと診せてください」

 

 ジータが男の手を取って回復させようとする。男は火傷したからか冷や汗を掻いていた。

 

「ジータ、よくやった。そいつをそのまま捕まえといてくれ」

「えっ、あ、うん」

 

 ダナンの言葉を怪訝に思ったジータだったが、大人しく従って男の手をキツめに掴む。男は彼の言葉にびくりと身体を震わせた。

 

「あ、ダナンさん~。今そっちにスリ犯が~、って……ジータさんが捕まえてくださったんですね~」

 

 そこに自警団を伴ったシェロカルテが駆けつける。

 

「……クソッ!」

 

 男は悪態を吐いて走り出そうとするが、ジータは素早く足をかけて男を転ばせ腕を捻って取り押さえた。

 

「ぐっ!」

「ナイスです、ジータさん~」

 

 ジタバタするが身動きの取れない男を、シェロカルテの連れてきた男二人が引き受け両手首を縄で縛りどこかへ連れていく。

 

「えっと、あの人はスリなんですか?」

「はい~。それにしてもよくわかりましたね~。おかげで助かりました~」

「あ、いえ。ダナン君が捕まえておけ、って言ってくれたので」

「? そうなんですか~?」

「ああ」

 

 頷いたダナンに視線が集中する。

 

「そもそも、あいつが火傷したのも俺の仕業だしな」

「え? あ、でも確かになんで炭持ってるんだろうとは思ったかな」

「だろ? 俺が、ジータの鞄に入ってる財布をスられる瞬間に炭に変えてやったんだ」

「えっ!? 嘘、全然気づかなかった……」

 

 ダナンの言葉にジータ含む全員が驚いていた。オーキスだけはなぜか自分のことのように誇らしげだ。

 

「ダナンさん、よく気づきましたね~」

 

 シェロカルテの言葉に、ダナンはニヤリと笑う。

 

「なに言ってんだよ。俺の本業は()()()だ。言うだろ、蛇の道は蛇、って」

「「「……」」」

 

 そういやそうだった、とジト目になる一行とシェロカルテ。そう、ダナンはデフォルトの『ジョブ』もグラン、ジータの戦士(ファイター)ではなく盗賊(シーフ)なのだ。しかも幼い頃から横暴なマフィア相手にスリを働いてきた本職である。

 

「話終わったんならさっさと場所を開けてくれ。スリはこういう人混みで、祭りに浮かれて油断した連中を狙うことが多い。わかったら気をつけて、祭りを楽しんでこい」

 

 ダナンは一行を追い払うように手を動かす。そこでずっと順番待ちを阻害していたことを思い出し、慌てて退く。

 

「なぁ、アポロ。カッパの好物ってなんかあったりするか?」

「ん? そうだな……きゅうりが有名だろう」

「そうか。きゅうりなぁ。確かあれが一本あったか」

「?」

 

 ダナンがカッパの名前を出したことでキュウタが不思議そうに首を傾げていた。

 

「ほら。やるよ」

 

 彼はキュウタに串の刺さったきゅうりを差し出す。新鮮で瑞々しい生のきゅうりではないようだ。色が深みを帯びていた。

 キュウタは目を輝かせるが、ちらりとグランを見上げる。グランが頷いたことで受け取った。

 

「お代は?」

「いらねぇよ。そいつ、祭りが初めてなんだろ? おまけしてやるよ、目いっぱい楽しんでこい」

「うん、ありがとう!」

 

 キュウタは礼を言ってきゅうりに齧りつく。

 

「美味しいけど、なんだ? 普通のきゅうりと違う……」

「それは漬け物だ。今準備中だから、また食べたいなら買いに来い」

「わかった!」

 

 面倒見のいいところもあるんだな、と感心しているところでふとあることに気づいた。

 

「あれ? キュウタが祭り初めてだってなんで知ってるの?」

「そりゃあ簡単だ。見るモノ全てに驚いてるみたいだったしな」

 

 よく見ている。と、登場から料理、盗み、観察とダナンの特技が乱立したところでそろそろ後ろの人達が苛立ちを見せているので退散した。

 

 グラン一行以外にダナン達も来ている中、トォノシ島での騒動が始まろうとしていた。



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EX:カタヌキ勝負

タイトルの通りです。
グラブルのイベントとは違うので“蒼穹”の一団にヤスが敵うはずもないだろう、ということでこういう形となりました。

そしてまたしてもダナン無双。
前話でわかったかと思いますがイベント本編は端折っています。


 ダナンの屋台から離れて祭りを周り満喫するグラン一行。

 

 そんな中でカタヌキの屋台を見つける。

 カタヌキとは薄い菓子の板になんらかの模様が彫られており、彫られた形に沿った溝を針で削り刳り貫くモノだ。形を割らずに見事型を抜くことができれば、型の難易度に応じて逆に金を貰うことができる。

 興味本位、金銭目的など様々な理由でカタヌキに取り組む人がいる。

 

 一行も折角だからやってみようかと思ったのだが。

 

「っ!? て、てめえは……」

 

 カタヌキの屋台をやっていた、頭に鉢巻きを巻いた男・ヤスが熊のお面をつけたキュウタを見て驚いた表情をする。

 

「てめえ、キュウタだな!?」

「ッパ!?」

 

 男がキュウタの腕を掴む。なにか知っているようだったが、キュウタが怯えた様子を見せたのでグランが男の手を払い、ジータがキュウタの身体を引き寄せる。

 

「……てめえら、なにしやがる」

「それはこっちのセリフです」

「……チッ」

 

 ヤスの声が周囲に聞こえていたのか彼らを見てざわつき始めたことで、彼は舌打ちして力尽くは無理と判断したらしい。

 

「事情の知らねぇてめえらが出しゃばっていいことじゃねぇ……がどうしてもそいつを連れていきたいんなら俺を倒してからいくんだな!」

 

 ヤスはグラン達に告げると懐からマイ針とカタヌキを何枚が取り出す。「倒してから」という言葉にグラン達が身構える中、ヤスは机にカタヌキを十枚並べた。

 

「カタヌキ十本勝負。てめえらの一人でも俺より先に十個のカタヌキを終わらせることができたら、見逃してやる。だがもし誰も俺に勝てなかった場合、そいつは返してもらう」

 

 ヤスの目は本気だった。人数差などを考えて彼が敵わないと見たのかカタヌキに絶対の自信を持っているのか。できればグラン達もボッコボコのタコ殴りにするような事態は避けたいので、

 

「わかりました。その勝負、受けて立ちます!」

 

 グランの宣言によってヤスVS“蒼穹"のカタヌキバトルが始まるのだった。

 

 ルールは簡単。

 先に十枚終わった方の勝ち。ただし一度でも割ってしまった場合はその時点で敗北とする。

 

「一番は私だ! ……あっ」

「儂の拳で打ち砕いてくれる!」

「あたしこういうの苦手なんだけど……」

 

 合流していたベアトリクス、ガンダゴウザ、シグの三人が一枚目で自滅。ヤスは猛然とカタヌキをしており強敵だと判明する。また、彼は内心でこれなら楽勝だな、と確信した。

 

「面白そうなことやってんじゃねぇか」

「カタヌキか……いっちょ揉んでやるかぁ」

 

 ユカタヴィラ姿のラカム、オイゲン、加えてカタリナ、イオ、ロゼッタまで合流してカタヌキに挑むが、器用な者であってもヤスのスピードには勝てず敗北していく。

 いつの間にか野次馬が集まっていたこともあり、なんだなんだと集まって自分達の団長が関わっていると知り参戦していく“蒼穹”の面々だったが、ヤスには勝てず敗北していった。

 

「こうなったら僕が出るしかないね」

 

 集まってきた団員にルリアまで敗北した今、団長たる自分が出るしかない。ジータの方が器用なため最後に後にして、グランが参戦した。

 

「頑張ってください、グラン!」

 

 ルリアの声援を受けいざヤスとの勝負に挑む。

 今までの“蒼穹”最高戦績はヤスが十終わるまでに七枚目に取りかかったジークフリート。彼の冷静沈着さと器用さ、そして速度を持ってしても敵わない相手。

 そこでグランは恐れず思い切り良く削ることでヤスに挑んでいた。なんとかヤスが二枚目に取りかかるところで一枚目を抜き終わり、コツを掴んでより早く二枚目を終えるがヤスには追いつけない。なんとか最高速度を維持し続けるのだが、最終的には八枚目を削っているところでヤスが最後の一枚を抜き終えてしまった。

 

「後は任せて、グラン」

「ごめん、頼んだ」

 

 “蒼穹”の騎空団最後の砦、ジータの参戦である。グランとバトンタッチしたジータは集中して臨む。速度はグランよりも互角に近い。だがヤスは互角近いと見るや更に速度を上げ、次第にジータを突き放していく。ジータもなんとか食らいつこうとするが、結局は九枚目を抜けそうなところでヤスが終了してしまい、敗北を喫してしまう。

 

「そ、そんな……」

 

 ジータまでも破れ、後は針が持てるかどうかすら怪しいビィしか残っていない。

 

「どうした、もう終わりか? なら諦めてとっとと――」

 

 万事休す。勝負に負けて尚駄々を捏ねて逃げるのは野次馬も大勢いる都合上大変よろしくない。大人しくキュウタを引き渡すしかないのか、と思っている中に。

 

「皆さ~ん!」

 

 間延びしたよく通る声が彼らの耳に届いた。

 

「強力な助っ人を連れてきましたよ~!」

 

 人混みで姿は見えないが、間違いなくシェロカルテの声だ。彼女の声が聞こえた方向の野次馬達が道を開ける。

 そこにいたのは狐の面に黒いユカタヴィラを着込んだ男だった。仮面から黒髪と黒眼が除いている。というかダナンだった。

 

「……そうか、もしかしたら……」

 

 グランはダナンを強力な助っ人と呼んだことに納得する。三人の『ジョブ』使いの中で、最も器用さが高くトリッキーなタイプと言えるダナン。ジータがいい勝負になったなら、勝てる見込みがあるのかもしれない。

 

「兄ちゃんが最後の挑戦者ってわけか」

「そういうこった。まぁ、悪いが受けてくれ」

 

 ダナンは言ってヤスの向かいに座る。仮面をしていたら見にくいだろうというヤスの内心のツッコミは届かない。

 

「誰が相手だろうが関係ねぇ。俺が勝つ!」

「そういうヤツを驚かすのが、楽しいんだろ」

 

 両者が言って、カタヌキを猛然と開始する。ヤスは強力な助っ人という言葉を警戒して最初からトップスピード。ジータを負かした速度で一枚目を抜き終える。針を持った右手を横に伸ばし残心――と鏡を見ているかのように向かいでも同じ恰好が起こった。左手で針を持ったダナンが一枚目を抜き終えたのだ。

 ヤスのカタヌキ速度は見ていたが、ダナンが彼に追いついているという事実に野次馬がざわつき始める。ヤスは動揺しそうになる心を抑えつけて二枚目に臨んだ。二枚目を抜いて即座に三枚目に取りかかったのだが、ダナンがほぼ同時に三枚目に移ったことで焦りが生まれ始める。一枚目の時はやや遅く抜き終わっていたはずなのに。

 

 三枚目もほぼ同時。焦燥に駆られて更に速度を上げ四枚目を抜くがこれもほぼ同時。こんなガキに! という悔しさをバネにして速度を上げ続けるが、明確な差が出たのは八枚目。取りかかるのがダナンの方が早かったのだ。

 おぉ、とどよめく野次馬達。まだ追いつけると気合いを入れてかかるも、九枚目もダナンの方が早く入る。追いつくどころか差が開いていることに、愕然としてしまう。

 

 そしてダナンが十枚目を抜き終わる瞬間、つい力が入ってしまったのかヤスの持っていた十枚目、最も難しいドラゴン型のカタヌキが割れてしまう。

 

「俺の勝ち、だな」

 

 自分の抜いたドラゴンをヤスに見せてダナンが宣言した。ヤスを超えたカタヌキ名人の誕生に野次馬達が盛り上がる。

 

「……クソッ」

 

 ヤスはがっくりと肩を落とし、なんとかキュウタを守り切った一行は野次馬を押し退けて一旦立ち去るのだった。

 

「お前ら、貸し一つだからな」

 

 というダナンの不吉な言葉は、聞こえなかった方が良かったかもしれない。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 その後、一行はトォノシ島名物の『スシ』を食べに「みや里」というスシ屋に向かう。

 スシとは握ったご飯の上に色々な具材を載せて一つの形とし、ご飯と具材のセットを二つで一つの小皿に乗っていることが多い。スシの多くは刺身や貝などの海鮮が載っていることが多いのだ。

 

 海のあるアウギュステで、ということもあり海鮮を載せるスシが特に人気高いのだ。

 

 そこでスシを握っていた大将がキュウタに優しげな声をかけたり。

 みや里の大将が客のために連日連夜休みなく働いていることに、ノー残業デーの素晴らしさを世に広めることを生き甲斐とする金髪の女、フライデーが突っかかったり。

 

 スシを堪能した後に神社に辿り着き、その地下でキュウタと同じ種族のカッパ達がみや里の大将の力になるために魚を捌き続けている場面に遭遇した。

 そしてキュウタの故郷がここであることを知った一行。

 

 大将は客を喜ばせるために日夜スシを握り続け、カッパ達は大将を手助けするために魚を捌き続けるという循環が、みや里の人気を支えているようだった。

 しかし連日スシを作り続けている彼らの様子には、疲労の色が濃く見えている。

 

 身体の限界を迎えるのも時間の問題と思われた。

 

 自分達にできることはないのか、と祭りに戻っていく一行だったが、そこでキュウタがヤスに攫われてしまう。

 自分達は勝負に負けたら大人しく引き下がろうと思っていたというのに、負けて尚彼はキュウタを奪ったようだ。慌てて一行が彼を追いかけた先には、先程寄ったみや里があった。丁度入っていく姿が見えたかと思ったら、ヤスの「親父!?」という声が聞こえる。

 

 怪訝に思いつつも一行が入ると、そこには倒れたみや里の大将と大将に呼びかけるヤスとキュウタの姿があった。

 

 ここでヤスが大将の息子であるという事実が判明。どうやらいなくなったキュウタを連れ戻そうとしていたらしい。

 

 大将がいなければスシは握れない。

 

 祭りにはみや里のスシ目当てに来る客も多い。日帰りだとしても祭りを回って夜みや里で食べてから、祭り一番の盛り上がりを迎える光華―火薬を詰め込んだ玉を空に打ち上げて爆発させ光の華を咲かせる独特の文化―大会を観て一日を締める、というのも人気な周り方なのだ。

 それができず大勢の客を悲しませてしまう他ない状況に、なりつつあるのだった……。




ところでマギサが当たってホクホクしていたのですが、皆さんは熱い聖夜を過ごすなら

マギサ
アルルメイヤ

どちらがいいですか?
私のゲーム内グラン君が究極の選択肢を突きつけられています。


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EX:四人の若大将

昨日後書きに書いたマギサとアルルメイヤどっちが、という質問ですが今のところアルルメイヤの票数が多いですね。

クリスマス、浴衣とバージョンも多いですし、アルルメイヤの方が人気なのかなぁ。

私の予想では「どっちか? バカが、二人共だろ」という猛者が一番多いと思ってました(笑)


 翌朝。

 看病によって目を覚ました大将は、過労で倒れたということもあり昨晩フライデーから「やりがいだけではダメ」と諭されたことで、みや里を閉めようと思っていると語った。

 

 大将がスシを振る舞い客を喜ばせたいと常々思っていることを知っていたキュウタは、大将の代わりにスシを握ると宣言する。

 キュウタの熱意を応援するためにグランやジータも協力を申し出て、“蒼穹"一同みや里に助力することを宣言するのだった。

 

 カッパ達も疲労が蓄積しているため、食材切り分けにも団員を割き、グランとジータがキュウタと一緒にスシを握ることにした。

 

 とはいえスシは一日でなんとかなるモノではない。一時休業して最大の盛り上がりを迎える光華大会当日に向けて修行を始めることとなった。

 

 とはいえ人手も少なく料理のできない団員も存在している。更に言えばみや里は人気店のため下手なモノを出すわけにもいかない。

 果たしてキュウタ、グラン、ジータの三人で店を回せるのかという不安もある。ルリア、ビィも料理の配膳や席の案内などを手伝うにしても大半が食材の調達やら地下の作業場に割かれてしまっている。余裕を持たせるためにもあと一人スシを握る要員が欲しいところだが。

 

「……料理ができて、大勢の客を捌けるヤツか」

 

 ビィの呟きに、「都合良くいるなぁ、そういう人」と双子が顔を見合わせる。

 ということで早速その人物に会いに行き、協力を要請する、のだが。

 

「やだよ。大体お前らカタヌキの件で俺に貸し一つだろうが」

 

 当然のことながらダナンである。というかこれを口にしている時も屋台に並んでいる大勢の客を捌きながらのことである。紛れもなく適任と言えるのだが。

 

「こ、この間のは僕への貸しで、今回のはジータへの貸しってことで」

「それやったらお前らの団員全員に貸し作るまでタダ働き確定じゃねぇかよ」

「これ以上は重ねないから。お願いっ」

 

 頼む、と二人とビィとルリアまで揃って両手を合わせ頭を下げる。ダナンはどうすっか、と頭の後ろを掻いていた。

 

「……ダナンの握ったおスシ、食べたい」

 

 今日も屋台の手伝いをしていたらしいオーキスが、彼の顔をじっと見上げて告げた。一見なんの感情も映っていない瞳で見つめられたダナンは困ったようにアポロへと視線を向ける。

 

「ん? 悩む余地があるのか? お前のことだから手伝うどころか嬉々として参加すると思っていたが」

 

 アポロはむしろ断ると思っていなかった様子だ。

 

「……ったく。しょうがねぇ。じゃあ手伝ってやるかぁ」

 

 ということで、みや里へのダナンの参戦が決定するのだった。

 そうして早速修行に取りかかるグラン達。味見をするのは大将の息子としてスシを食べて育ってきたヤスである。

 

 食材の下処理は地下の団員とカッパ達がしてくれるので、キュウタ、グラン、ジータ、ダナンの四人は酢を混ぜた飯の形を整え、適度な大きさに切った刺身や貝を載せるだけ。

 ではあるのだが。

 

「ダメだな。全然、ダメだ」

 

 彼らのスシを食べたヤスの心からのダメ出しが入った……もちろん、ダナン以外に。

 スシを握ること自体は、しばらく練習して全員ができるようになった。『ジョブ』を持っていることもあり多様な才能を持つ三人は当然として、キュウタも魚を捌くために必要は器用さを持ち合わせている。四人の中では最も苦戦したのだが、それでもあっさりできたと言っていい習得速度だった。

 今はその次の段階。美味しいか、美味しくないかである。

 

 客に出すということは、即ち金を出す価値があるモノであるということ。

 しかも今回は大将の代理でスシを握る。つまり自分達が大将と同等以上のモノを出さなければ客を満足させることはできず、手伝うどころか評判を落とす結果にもなりかねない。

 

「……だがてめえ、ダナンっつったか? カタヌキも相当だったが、料理もできんのかよ」

 

 キュウタ、グラン、ジータの三人にはダメ出しをしたが唯一ダナンのスシには美味いという評価をしていた。

 

「まぁな。俺の得意分野の一つだ。こいつらとは違って、実際に店にも関わってることだしな」

 

 ダナンは素直にヤスの評価を受け入れる。その言葉にグランとジータはより強く差を実感して自らを奮い立たせた。

 

「なるほど、そりゃ美味いわけだ」

 

 ヤスは納得したように頷き、このままではなにも変わらないと思ってかダナンに助言してもらえ、と言って祭りの運営に戻っていった。彼も彼でやることがあり忙しいのだろう。

 というわけで胃袋無尽蔵のルリア&オーキスに味見をしてもらい、美味しいスシを握るための修行を続けていく。

 

「ダナン君と私達、なにが違うんだろう?」

 

 ジータが顎に手を当てて考え込む。

 

「うーん……」

 

 グランも腕を組んで考え込んでいた。キュウタは練習のために桶で酢飯を作っている。

 

「元々のセンス」

 

 ダナンはあっけらかんと言って、三十秒で握ったマグロのスシ十貫をカウンター席に座ったオーキスへと出した。身も蓋もない彼の言葉に他三人がジト目を向ける。オーキスはスシを試食しまくれてご満悦だ。

 

「ってのもあるだろうが、まず心構えじゃねぇか?」

 

 貝、イカ、タコなど十貫全て違うスシを握ってオーキスの隣に座るアポロへと出しながら続ける。

 

「心構え?」

 

 三人はきょとんとし揃って首を傾げた。

 

「ああ。それがわからねぇってことは、お前らがまだ【シェフ】の『ジョブ』を解放してねぇってことだろうが……」

「そ、そんな『ジョブ』があるの?」

「ああ。お前らんとこの団員、バウタオーダとエルメラウラは出場してたから知ってるかもしれないが、WCCっつう料理の大会があってな。そこで優勝した時に解放した『ジョブ』だ。お前らなら別に優勝しなくても、そこに至れるだけの腕前とかがあればできるとは思うが」

 

 その言葉に、そういえば二人がダナンが優勝したって聞いたような、と思い返す。その時は「へぇ、凄いなぁ」としか思わなかったのだが、どうやらそれすら『ジョブ』になってしまうらしい。

 

「で、その【シェフ】になる条件と今回のスシは、同じだ。人に料理を振る舞うってことがな」

「そっか。それでダナンは最初から美味しいスシが握れるんだね」

「だろうな」

 

 ダナンは話を続けながら早々に食べ終わったオーキスに次の十貫を出す。ルリアは美味しそうにスシを食べていくオーキスを羨ましそうに見つめていた。

 

「それでその心構えってなんだッパ?」

 

 キュウタもダナンの話には興味があるのかそう尋ねる。

 

「答えを教えてやるのは簡単だが、それじゃあ約束が違う。俺はみや里の営業は手伝うが、お前らの上達を手伝う気はねぇ。最悪俺一人でも回せるしな」

 

 一見不可能そうな言葉でも、ダナンならやり遂げてしまいそうだと思ってしまうくらいには彼の料理の速度を知っている双子である。

 

「お前らがスシ握るのはなんのためだ? つってもあれだろ、大将とかそこのキュウタのためだ」

「え、まぁ、そうだけど……」

「それじゃあダメだな。いや、正確にはそれだけじゃダメだ。果たして、お前らが代わりを務める大将はなにを考えてスシを握ってたんだっけな?」

 

 ダナンはそう告げると三人に見向きもせずオーキス達にスシを握っていく。

 

「大将がなにを考えてスシを握っていたか、か」

「む、難しいッパ〜」

「話の流れから考えて、大将は少なくともこの店でやっていく仲間……例えばカッパさん達のためにスシを握ってたわけじゃない、ってことかな」

「そうだね……。キュウタはじゃあ、大将がいつもなんて言ってたとか思い当たることない?」

 

 美味しいスシを握るため。三人はそれぞれ話し合っていく。グランとジータの視線を受けてキュウタはうーんと唸りながら首を捻った。

 

「あっ! わかったッパ!」

 

 しばらくして、キュウタの顔が晴れやかになる。

 

「大将はいつも、お客さんの笑顔のためって言ってたッパ!」

「「それだ!」」

 

 キュウタの言葉に双子も同意する。

 

「わかったらさっさとスシ握れ。そこでお預け食らってるヤツが涎垂らして待ってるぞ」

 

 ダナンの声が聞こえてカウンターの方を見ると、そこには食材をじーっと見つめるルリアの姿が……。

 

「あはは……ちょっと待ってて。今作るから」

「は、はいっ。涎は垂らしてません!」

 

 グランが苦笑して言うと慌てて口元を拭っていた。

 

「……おスシ、美味しい。いっぱい食べる」

 

 しかし追い打ちのようなオーキスの幸せそうな言葉に、どうしても目が食材を追ってしまう。

 

「へい、お待ちッパ!」

 

 キュウタが大将を真似て握ったスシをルリアへと出した。

 

「わぁい! 美味しいですぅ!」

 

 お預けを食らっていたせいか物凄い勢いで十貫のスシを平らげるルリア。気のせいか一気に吸い込まれていったような気が。

 

「……ルリアよりも、いっぱい食べる」

「負けないからね、オーキスちゃんっ」

 

 スシを食べる二人の視線が交差し火花を散らす。と、そこに赤き竜が割って入った。

 

「お前ら二人がいっぱい食べたら、店開ける前に食材がなくなっちまうぜ」

 

 あくまでも本番は当日、お客様に振るう分だと忠告する。意外と冷静なビィである。

 

「ああ。在庫にも限りはあるからな。練習用にも限りはある。ま、精々限度を超える前に習得してくれ。大将がやってたっつう元気のいい挨拶やなんかに、店を回すために掃除や食器洗いなんかも覚えなきゃいけねぇだろ。俺は今日以外自分の屋台の方に戻るから、その辺は任せた」

 

 店に関わったことのあるダナンはその辺りを知っているのだろう。事実、翌日から当日までの間彼は来なかった。しかしそれでも初日からヤスに美味いと言わしめた腕前は健在だろう。

 グラン、ジータ、キュウタは一層気を引き締めて修行に取りかかった。スシを握ることに加えて接客なども覚えなくてはならない。ビィとルリアには当日客の案内をしてもらい、他の団員達には地下の作業場を回してもらっている。合わせて船を出し食材の確保に動いていた。

 ヤスも自分の屋台があるというのに頻繁に顔を出してくれて、“蒼穹”一丸となってみや里の援護をした。

 

 そして、いよいよ光華大会当日を迎える。



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EX:おまかせ

お気に入り1000件、感想100件、総合評価2000pt、UA100000突破しました。キリがいいので報告します。ありがとうございました。

あと番外編がこれ含めて二話で終わります。計算していたわけではなかったのですが、丁度100話で区切りがつくわけです。

キリがいいのでまとめて報告させていただきました。
というわけで次の章がそろそろ始まります。活動報告を読んでない方もいると思いますのでちびちび予告しておきます。

次の章は“黄金の空編”です。
最初はオリジナルルートで、後々原作の流れに合流します。


 トォノシ島の光華大会当日には、大勢の客が詰め寄せる。

 カワロウ祭りで観光客も多くなるのだが、本番は光華大会だ。光華大会に合わせて前日までは存分に祭りを楽しみ、日が落ちてから始まる光華大会当日に備えるのだ。

 

 その人気振りは、夜空に咲く光華を見られるいい位置取りをしようと朝から場所取りをする人達がいるほどである。

 

 そして、トォノシ島名物のスシを扱う人気店「みや里」も当日から開店する。

 

 それまでは臨時休業ということで張り紙を出していた。外から見ると訪れてくれた人達がしょぼくれた様子で立ち去る様を見て、絶対に当日は笑顔にさせてやろうと意気込むのだった。

 

 張り紙には光華大会当日まで臨時休業とさせていただきます、と記載していたため当日は朝から開店を待つ人が列を成していた。

 それを紺のみや里従業員衣装を着込んだルリアと変わり映えのないビィが整列させ、列を管理していく。

 

 いよいよ本番稼動ということで地下も慌しく準備を進めていた。

 

 開店時間を迎え、ルリアの案内で扉を開き店内へと足を踏み入れる。

 

「「「らっしゃい!!」」」

 

 本日初の客を、威勢のいい挨拶が出迎えてくれる。店内にいるのは四人の若大将。みや里の制服を着込んだグラン、ジータ、キュウタ、ダナンである。

 大将は後ろで彼らを見守るだけで、実際には動かない。

 

 奥の方から詰めてカウンター席に座っていくと、並んでいた人達で店内の席が埋まってしまった。ルリアは慌てて以降の客を押し留め、満席になったことを告げる。当然また時間を見て来ようと立ち去る客も出てくるが、それでも列は増えていく。最後尾担当のビィが只今満席であると告げてもスシを食べるために列の後ろにつく人は多い。

 

「こ、これは……! 噂に違わぬ美味しさだ……」

「大将が倒れたって聞いたけど、これなら大丈夫そうね」

 

 第一陣の客は満足してくれたらしく、口々に喜びの声と笑顔を握った彼らに届けてくれる。それが更なる活力となって次のスシを握る。

 大将は基本的に四人の仕事振りを眺めるのと、常連客に元気な姿を見せることが仕事だ。あと金勘定は大人がやった方が都合がいいと思ってのこともあり、会計を執り行うことになっている。

 

 復活開店の噂と開店後の評判も相俟ってか、結局客足が途絶えることはなかった。

 昼食時になるとまた更に客が増えてその対応に追われる。美味しいと言ってくれるのは嬉しいのだが、流石に延々とスシを握り店内を片づけてを繰り返していると疲労も蓄積していく。

 

「なにバテてんだお前ら」

 

 ……唯一の例外は何時間経っても同じ速度でスシを握り続けているダナンだけだ。こいつもしや料理をする時だけ人間辞めてるのでは? と同じ『ジョブ』を持っているはずの双子が思ってしまったのも無理はない。

 スシを握るという肉体労働もあるが、客に対応するという精神的負担もある。見ず知らずの人とずっと話し続ける必要があるというのも心の疲労に繋がるのだ。

 

 その点で言えば、経験があってバカみたいに持久力のあるダナンの参戦は打ってつけと言えた。

 

「……いや、これは大変だって。ダナンがおかしいんだよ」

「うんうん。いくら普段ルリアちゃんに料理振る舞ってるとはいえ、長時間ずっとなんてキツいよ」

「つ、疲れたッパ~」

 

 まだ半分しか経っていないというのに情けないヤツらだ、とは思うがそろそろ休憩を入れるべきでもある。流石のグランやジータでも一日中スシを握り続けろというのは無理な話だ。

 

「うん? そういえば、食材が届いてないな……地下になにかあったのか?」

 

 大将も少し疲れが見えてきているが、彼は過労後充分な休息を取ったのでまだマシな方だ。その彼が言った言葉にはっとする。

 

「じゃあ休憩がてらお前らで地下見てきてくれ。しばらく俺が回しておく。あとできれば外で頑張ってる二人も交代させてやるか、看板地面に突き立てておくかして休ませるんだな」

 

 ダナンは平然と言った。おおよそ一人で他三人分のスシを握っているというのに全く疲れた様子がないのはやはりおかしいと思うが、こういう時には頼りになるモノである。

 

「わかった。しばらくお願い」

「ごめんね、助かる」

「任せたッパ」

 

 ということで疲労も溜まってきていたグラン、ジータ、キュウタの三人が食材が届かないことを危惧して地下の作業場へと向かう。外で客の対応をしているビィとルリアも呼んで、行列は一旦放置する。ある程度並んでいれば後から来た客も案内がなくてもわかってくれるだろうと思ってのことだ。

 

「さぁて、存分にやりますかぁ」

 

 一人残ったダナンは不敵に笑うと、腕捲りをして猛然とスシを握り始めた。およそ先程までの倍の速度である。それを見ていた客と大将は、え? まだ本気じゃなかったの? と呆れていたのだが。

 

 一方地下作業場を訪れたグラン達は、地下での作業が全員で行われていないことを確認した。下準備を含めてずっとフル稼働だったため休憩しているかと思ったのだが、ジークフリードやゼタ達が集まって話し合っているのが見えた。声をかけるとこちらに気づき、申し訳ないような怒っているような顔でジークフリートが彼らを見つめた。

 

「団長。俺達がいながらすまない。食材を保管していた倉庫が何者かに襲撃され、魚の大半が焼けてしまった」

 

 普段通りの落ち着いた声音ではあったが、申し訳なさが立っている。彼の言葉に五人は驚愕した。

 

「そ、そんな……じゃあ食材はもう?」

「ああ。今処理をしている、襲撃前に運び込んでいたモノで在庫が尽きてしまう」

「だ、誰がそんなことを……」

「それがわかんないのよね。轟音に気づいて私とベア、ジークさんの三人で様子を見に行ったら、って感じで。見つけてたらとっちめてやってるわ」

 

 確かに、その三人がいて捕まえられなかったということはそもそも遭遇していないということになる。犯人が誰かやなぜこんな酷いことを、というのはまた今度にしなければならない。今は客のことが最優先だった。

 

「一応カッタクリさんが船を出してくれて、シェロカルテさんにも在庫があれば回してもらえるように要請したが。どこも今日が本番、既に万屋の在庫も底を尽きかけているようだ」

 

 食材の確保に動いてくれた後だったようだが、流石にそんなすぐには用意できないようだ。スシ屋はみや里だけでなく、海鮮はどこも使いたがるモノだ。アウギュステの海をピックアップした上で外からやってくる観光客向けにとなれば誰もが考える手法である。

 

「つまり今用意してる分がなくなったら、店を続けられなくなる?」

「そういうことになるな。流石のカッタクリさんでもさっき出てすぐに戻ってくることはできないだろう。後は既に出ていたガンダゴウザさんとシグさんの二人が食材を確保して戻ってきてくれることを祈るくらいか……」

「そんな……」

 

 絶望的な状況にショックを受ける五人。みや里には朝から客が詰めかけてくれていたが、本来最も客の来る時間帯は夕方である。夕食にスシを食べて夜光華を観る。それが一つの過ごし方として紹介されており、主流となっているところもあるのだ。その辺りをわかって常連は大将の様子を見に来ることも含めて朝から並んでいたというのもあった。

 

「それともう一つ、悪い知らせがある。キュウタにだ」

 

 加えてジークフリートはしょんぼりした様子のキュウタを静かに見下ろす。

 

「君のお父さんが、大将と同じ過労で倒れたんだ。今は家で療養しているはずだが――」

 

 ジークフリートの言葉を最後まで聞かないまま、キュウタは走り出した。名前を呼びはするが止まらず、また無理に止める気もなかったので一人で行かせてしまう。

 

「キュウタ君……」

「家族のことだから、仕方ないよね。でもどうしようか。とりあえず用意できてる食材でなんとかするけど、ピークはもうすぐ終わるとはいえいっぱい来てたし」

 

 ジータは考え込み、答えの出ない思考に沈んでいく。

 

「とりあえず今ある食材を持っていってから、お昼休憩にしよう。そこで色々考えないと。と言っても仲間を信じて待つ、くらいしかないかもだけど」

「そうだね。じゃあとりあえず、私達で届けてじっくり考えよう」

 

 双子の団長が言って、カッパ達にも労いの言葉をかけて用意された食材を持っていく。

 

「あれ、ダナン君がいない?」

 

 みや里の方に戻るとここを任せていたはずのダナンの姿がなかった。大将が一人でスシを握っている状況だ。なぜかいたヤスは酢飯を混ぜている。

 

「ああ、戻ったか。悪いがもう少し手伝ってもらっていいかな? 彼はちょっと私用で抜けてしまって」

 

 大将が少しほっとしたような顔で言った。どうやら休憩は後のようだ。彼が料理より優先することなんてあるのか、と首を傾げたがすぐに戻ってくるだろうと思い休憩せずにそのまま取りかかった。

 

「ところでヤスさんはなんでここに?」

「俺はあれだよ。倉庫の方で轟音が聞こえたから、祭り運営側の人間として見に行かされてな。もぬけの殻だったんだが、急いで報せねぇとと思って店の方に来たんだよ」

 

 ヤスの言葉から、色々ジークフリートが対処してくれたのにかけた時間が少なすぎるので、持ち前の判断力でテキパキと行動してくれたのだろうと感謝を強くする。

 

「その後で金髪の嬢ちゃんが来て、『これでみや里も仕事を休むしかなくなるわね』とかそんなことを言ってきたんだが、それを聞いたダナンが嬢ちゃんを連れてどっか行っちまってな。こうして親父に手伝わされてるってわけだ。……スシは握らせねぇでな」

「当たり前だ。修行も碌にしてないヤツにスシを握らせて堪るか」

 

 その様子に親子揃ってみや里で見かけるのは何年振りになるか、と長い常連客は微笑ましく見守っていたのだが。

 

「もしかして、フライデーさんでしょうか。だとしたらなんでみや里の倉庫を襲撃するなんてこと……」

 

 話を聞く限りフライデーがみや里の倉庫を襲撃して食材をダメにした張本人だと思えた。

 

「まぁ、それを聞き出すためにダナン君が行ったんだと思うし大丈夫じゃないかな」

 

 多少痛い目には遭っているかもしれないが、と内心で思ったのは内緒だ。

 

「よぉし、頑張って再開しようぜ!」

 

 ビィはある程度元気を取り戻し、四人は少し腹ごしらえをしつつみや里の手伝いを再開するのだった。

 

 しかし、結局昼の行列と引っ切りなしに客がやってきたことで、午後二時を回る頃にはもう在庫が底を尽き始める。夕食時はあと四時間ほど。混雑することを考えて早めに来るなら五時からラッシュが始まることだろう。

 

 客足も穏やかになってはきたので満席とはいかないが、それでも人は来ている。一部のスシは「申し訳ありません。只今準備中でして」と断ることも増えてきた。それでもなんとか昼過ぎに来たんだからしょうがないか、と笑って許してくれる人ばかりだったのは不幸中の幸いか。とはいえ残念そうな顔をさせてしまったのは申し訳ない。

 とそこで、がらりと扉を開けて一人の男が入ってくる。豪華な衣服は高貴な身分であることの証のようにも見える。おおよそ高級料理店にのみ出没しそうな見た目でありながら、彼は食の評論家である。どこへでも行き、どこへでも現れる。

 

「お、お前は……!」

 

 行列がなくなったことで店内を手伝っていたビィがその人物を見て驚きの声を上げた。

 

「おや。こんなところで会うとは奇遇だね。君達がいるとは思わなかったが……これは期待できそうかな」

 

 彼は有名な食の評論家であり、以前四騎士関連で関わりがあった。

 彼が低い評価をすれば客足はほぼ途絶え、彼が高い評価をすれば直後は連日満席となる。食の世界において多大な影響力を持つ人物であった。

 

「あ、あの、今は在庫が……」

 

 ルリアがなんとか今の品薄の状況では難しいと考えて待たせようとするが、

 

「席なら空いているだろう?」

 

 彼は平然と言って他に誰もいないカウンター席へと座った。

 席に座ったなら彼は客だ。とはいえ在庫の少ない今の状況で彼の満足する品を出せるか、と言われれば微妙なところだ。ほとんど在庫がなく、出せても五貫が精々だ。

 

「ご注文は?」

 

 座ったなら対応しなければならない。グランが代表して彼に尋ねた。

 

「『おまかせ』で頼むよ。この店自慢のスシを、用意してくれればいい」

 

 つまり、下手なモノは出せないということ。余り物で作ったその場凌ぎの『おまかせ』など評論家である彼は見抜いてしまうだろう。そうなったらみや里は終わるかもしれない。どうすれば、と大将とヤスが狼狽える中、彼らだからこう応える。

 

「「『おまかせ』一丁!」」

 

 グランとジータは前向きさも取り柄の一つである。客に不安なところを見せまいと、笑顔で注文を承った。

 

「やりましょう、大将さん。これはチャンスでもあります」

「僕達もお手伝いしますから」

 

 二人の笑顔には人を惹きつける魅力がある。大将は苦笑した。

 

「……わかった。『おまかせ』は頼めるかな。俺は他の客を捌こう」

「え、僕達が、ですか?」

「そうだ。今日のみや里を切り盛りしているのは君達四人だ。だから、四人で考えた『おまかせ』を見せて欲しい」

 

 大将の言葉に顔を見合わせた二人だが、その後強く頷いてみせた。

 今はいないもう二人の若大将が、なにかしらの具材を持ってくることを信じて。

 

 そうして集まったのは。

 

 ジークフリートが取ってきた貝。

 カシウスが燃えた倉庫で見つけた、偶然残っていた炙りサーモン。

 ヤスが以前からスシを諦め切れず研究していた玉子焼き。

 シェロカルテの在庫に偶々あったというンニ。

 カッタクリが友人伝に届けるように言っていたカツヲヌスの切れ身。

 キュウタが父から託されたキュウリ。

 

 だった。

 最後の一品、戻ってこないダナンを待っていたのだが。

 

「まだ用意できないのか?」

 

 痺れを切らした評論家が尋ねる。もうこれで出すしかないかというところで、みや里の扉が開きダナンが入ってきた……簀巻きにされたフライデーを引き摺って。

 ようやく現れた彼に喜びフライデーの姿を見て硬直する。

 

「悪い、待たせた。とりあえずこいつはシメといたから安心してくれ」

 

 ボロボロの状態で簀巻きにされ涙ぐむフライデーに、なにをしたのかは聞かないでおこうと心に決める彼らであった。

 

「状況を教えてくれ」

「えぇっと、そこにいらっしゃる評論家の方にみや里の『おまかせ』を出すところです」

 

 フライデーを放置する彼に戸惑いながらも、ルリアが答える。

 

「なるほど。じゃあこいつの詫びの品を使ってみるか。あと昼飯用に作ったあれをおまけしとくか」

 

 ダナンは言ってさっさと一つスシを握って用意された器に載せると、奥に引っ込んであるモノを取ってくる。

 

「他になけりゃ、これでいいだろ」

 

 彼はあっけらかんと言って、返事を待たず器と自分の持ってきた椀を評論家に出した。

 

「「「『おまかせ』お待ちっ」」」

 

 若大将を務めた四人が声を揃えて告げる。

 

「ほう。これはまた見て楽しむこともできるように」

 

 スシと言えば刺身や貝を生で載せるのが主流だ。

 彼らが仲間達の力を合わせて生み出した『おまかせ』は、そんな主流を抑えつつ新たな道を作り出していた。

 

 カツヲ、貝は主流のモノ。キュウリとダナンがフライデーから貰ったエヴィフライは海苔と酢飯に巻かれている。サーモンは炙られ焦げ目がついており、ンニは普通なら零れてしまうところを横に巻いた海苔で縁を作り上手く載せている。

 椀には白く濁ったなんの具材もない汁物が入っていた。

 

「して、こちらの汁物は?」

「スシに合うように作られたお吸い物です。今後はどうなるかさておき、一緒に味わうとより楽しめるかと」

「なるほど」

 

 ダナンはしれっと答えたが、その実彼が魚の切れ身の余りや貝の残りなどをとりあえず全部ぶち込んで煮込んでいただけの汁である。素材がいいので海鮮の旨みが爆発し、尚且つ味つけは完璧と予想以上に美味しくなっていたのでついでに出したというだけのこと。

 

 なのだが割りと好評でスシにも満足してもらい、評論家はお得意の独り言を連発して自分の世界に入り込みつつ堪能していった。

 

「ようやく仕留めたぞぉ!」

 

 そこにガンダゴウザとシグが帰還する。入り口に捨てられていたフライデーがガンダゴウザに踏まれて生死を彷徨いかけたのは余談である。

 

「こ、これはゴッド・アルバコア、だと……!?」

 

 外が騒がしいと思ったら、巨大で生きのいい魚が吊るされジタバタしているところだった。

 そこに知り合いの漁師に手伝ってもらい食材を確保してきたカッタクリまでもが戻ってくる。これでフライデーがやらかしてダメにした食材の代わりは補充された。

 

 では巨大なゴッド・アルバコアを誰が捌くのかというところになるのだが。

 

「俺に任せろ。あいつを切りたくてウズウズしてるんだ」

 

 セリフは完全に人斬り狂人のそれであったが、ニヤリと笑うダナンに託された。

 

「よく見とけ。これが【シェフ】だ」

 

 彼はグランとジータに告げると集まった大勢の野次馬を押し退けて【シェフ】の英雄武器である伝家の包丁を手に取り『ジョブ』を発動させる。

 コック帽にコックコート、腰巻きエプロンと黒のスカーフ。そして唯一無二のバッジ。

 

「な、なんだと!? あれはまさか、今年度のWCC王者、“シェフ”だというのか!」

 

 評論家の大袈裟な驚き方に野次馬もその正体に気づき大いに盛り上がる。

 “シェフ"は毎年WCCが開かれることで任命されていくが、WCC自体が五十回と開催していない。つまり全空に五十人といない称号を持っていることになるのだ。その多くは有名料理店のオーナーになったり宮廷に仕えたりしているため滅多にお目にかかれない存在となっている。

 しかし今年は旅する料理人が優勝を果たしたため、もしかしたら世界のどこかで“シェフ”の料理にありつけるのではと一部界隈で噂になっていたのだ。

 

「さて。皆様お立合い! 今宵はみや里のためにこのゴッド・アルバコアをこの一体が尽きるまでの期間限定として、スシを握りましょう! 滅多にお目にかかれない大物故値は張ってしまいますが、どうぞこの大物を是非食していただきたい!」

 

 ダナンは大仰に野次馬へ呼びかける。

 

「た、確かにゴッド・アルバコアは滅多に食べられるモノではない。この機会に是非、食べたい!」

 

 評論家も興味津々な様子だ。「食べていただきたい」ではなく「食べたい」が最初に出てくる辺り、彼がなにより食を愛している証拠と言えるかもしれない。

 

「では皆様。いよいよゴッド・アルバコアを捌こうと思います」

 

 おぉ、という声が聞こえダナンが包丁を構えて集中する。誰もが固唾を呑んで見守る中、ゴッド・アルバコアの解体作業が始まった。“シェフ”として学んだパフォーマンスの観点も忘れず解体をする様は大いに観客達を湧かせたのだった。

 そして夕食時を無事乗り切った一行は、客が来なくなる光華大会間近の時間になってようやくみや里の手伝いを終える。

 

 因みにフライデーはゴッド・アルバコアを食べさせてもらえず目の前で美味しそうに食べる刑に処された後、反省した様子でエヴィフライに乗って去っていった。彼女の行いは決して褒められることではないが、彼女なりに働き詰めの大将達を想っての行動ではあったのだ。ただしやり方とタイミングだけは評価してはならないので、ダナンがきっちり言葉と暴力で教え込んでやったらしい。

 仕事は早く終わるに越したことはないし、できれば残業なんてしたくない。けど、それでもやらなければ問題に発展するからやらざるを得ない状況というのはあるモノだ。なにより月から金まで働き土日に休む場合、休日に仕事を残すより残業してでも終わらせてしまった方が気持ちが楽になって良い休日を過ごせるというのもある。

 

 ともあれ、飲食店は闇が深いのでフライデーがいくら頑張っても改善しない。

 

 閑話休題。

 みや里は今後従業員を雇って人手を増やすことで大将の休みを増やすという方針を作った。また安定してきたらスシの持ち帰りも検討して、より多くのお客様にスシを味わってもらえるように工夫するそうだ。スシを保存する容器などに関してはシェロカルテがテキパキと提案をしていた。仕事を増やすことにはなるが持ち帰って食べるなら多少待たせても問題ないし、ある程度決めた持ち帰りセットとして考えておけば握って用意するだけで済む。

 なにより今回の一件でキュウタとヤスが大将の弟子として残ることになった。

 

 みや里はスシの新たな道を開き、また健全に働き続けるのだろう。

 

 来年からは持ち帰りで用意したスシを光華大会に食べる、ということも見受けられるのだった。



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EX:三人で祭りを

ダナンとオーキスとアポロが一緒に祭りを回ってイチャイチャするだけの話です。

明日からの更新は“黄金の空”編になります。一応盛り返してストックが三十話分ぐらいまでいったのでまだまだ毎日更新は続きます。

で、先々の話で申し訳ないのですが、
キャラの容姿とかを書くのに検索したりするんですが、
「グラブル レオナ」で検索していたら次に「グラブル レオナ 嫌い」と出てきたんですが。
そんなにレオナって嫌われてるんですかね。
まぁ確かに精神面が未熟なので二十七歳と考えるとアレなところが目立つような気もしますが。あの時から精神的に成長してないって考えると……って感じですね。
とはいえ調べたら暁の空編にあんまり好きなキャラがいないとか言われてましたけどね。

参考までに、その辺りの意見をいただけると幸いです。


 俺がみや里の手伝いをし終わってから自分の屋台に戻るとそれなりに列が出来ていた。どうやら俺でなくとも美味しいという証明はされたようだ。

 

「悪い、今戻った」

 

 店番を任せてしまっていたオーキスとアポロにそう声をかける。

 

「……おかえりなさい」

「祭りに来て、まさか屋台を手伝わされるとは思っていなかったがな」

 

 二人は嬉しさと安心と苦笑いの混じった様子で出迎えてくれる。

 

「悪かったって。土産も持ってきたし、もう屋台を手伝う必要はないから。最終日になっちまって悪いが、約束は果たすよ」

 

 俺はすっかり助けてもらったと思いつつシェロカルテに頼んでついてきてもらった二人の店員に屋台を任せる。

 

「……美味しそうな魚の匂いがする」

「よくわかったな。まぁでもこれは後のお楽しみってヤツだ」

 

 二人と光華大会で食べるためにみや里のスシと限定のスシ、ゴッド・アルバコアを詰めてきたワンセットを持ってきていたのだ。二人に持っていくのになんか容器ないかとシェロカルテに聞いたら用意してくれたのだが、そこから彼女はスシの持ち帰りという商売を思いついたらしく大将と話し込んでいた。あいつの手腕には恐れ入る。というかまだ金稼ぐのか。あいつはそれが趣味というか生き甲斐みたいなところがあるんだろうかね。

 

「ホントは一人ずつと回ってやりたかったんだがな。光華大会まで時間がねぇし、悪いけど三人でいいか?」

「……ん。ダナンとも、アポロとも一緒に回りたかった」

「私もそれでいい。元々、オルキスに土産を買ってくるために来たのだからな」

 

 他の日はずっと手伝わせてしまっていたので、二人共まだ祭りを満喫していない。かく言う俺も客として回るのは初めてだ。

 

「じゃあ行くか。光華大会まで、のんびり店回ってようぜ」

 

 俺は言って、ようやく手伝ってくれたお礼として二人と祭りを回り始めるのだった。

 

「……ん」

 

 オーキスが手を差し出してくる。その手を握ってから、ふともう片方の手はスシ詰めで空いていないことに気づきアポロを見た。

 

「わ、私はいい。人前では少し、な」

 

 流石に気恥ずかしさが抜けないのか遠慮していた。まぁそんな柄でもないか。

 特には気にせず三人並んで祭りを回る。

 

 オーキスが手当たり次第に屋台の食べ物を回っていく。今はリンゴ飴を手にしていた。

 

「……甘くて美味しい。オルキスにも買って帰って」

「ああ、わかっている。ある程度保存の効くモノは買っていくつもりだ」

 

 俺を挟んで並び歩くオーキスとアポロ。オーキスはオルキスと食べ物を共有したいのか、アポロにそんなことを言った。頷くアポロの手には既にオーキスが買ったのと同じ店で購入したリンゴ飴が握られている。自分で食べることはなく、袋に包んだまま持ち帰るようだ。

 

「……ダナンの作ったヤツの方が良かった?」

「あまり贅沢をさせるわけにもいかないだろう。気に入りすぎてついてくるなんて言われては敵わん」

 

 いや流石にそんな子供じゃないだろオルキスは。いくら食いしん坊でも立場を弁えないってことはないはず、多分。

 

「……オルキスは女王として頑張ってる。だから大丈夫。ダナンは渡さない」

「いや別にオルキスのとこ行こうとは思ってねぇよ」

「……ホントに?」

「ああ」

 

 じっと見上げてくるオーキスにしっかりと頷きを返す。

 

「……女王だから、給料もいい」

「別に金目当てで生きてねぇしな」

 

 料理だけの話で言えば、極論俺の料理を食べて喜んでくれる人がいればどこでもいい。ただ今の俺は料理だけが好きなわけじゃない。

 

「……嘘吐いてない?」

「吐いてないって。大体、俺は料理するのは好きだがそれだけに生きるつもりはねぇしな。……お前らと旅すんのも、楽しんでるってことだ」

「……それなら安心」

 

 少し照れ臭かったが正直に告げる。オーキスが嬉しそうにはにかんだので良かったとしよう。

 

 

「しかし、あのオーキスがここまで笑顔を見せるようになるとはな」

 

 アポロが俺の隣ではなくオーキスの隣に移って温かく微笑む。

 

「……一番はダナンのおかげ。でも、アポロのおかげもある」

 

 オーキスはリンゴ飴を素早く平らげると、アポロに向けて空いている手を差し出した。それに少し驚いた様子で、しかし次の瞬間には笑って荷を片手に寄せると空けた手でオーキスの手を握る。オーキスは満足に頷いた。

 

「……ん。三人でも、楽しい」

「それは良かった」

「ああ。今こうしてお前達といられることが、なにより嬉しい」

 

 こうしてオーキスを中心に三人で手を繋いだ格好で祭りを回ることになった。

 

 となると当然、

 

「おっ? 家族でお出かけかい? お父さんとお母さんと手を繋いで、楽しそうだねぇ」

 

 気のいい焼きそば屋のおっちゃんがオーキスに焼きそばを差し出しながら言った。

 

「……むぅ」

 

 案の定オーキスは頬を膨らませてしまい、俺とアポロは顔を見合わせた。……いや流石に俺とオーキスが親子は無理がありすぎねぇか? ギリギリアポロが母親、オーキスと俺は兄妹ぐらいだろうに。

 しかしオーキスは機嫌を損ねてしまい、自棄食いするかのように三つの焼きそばを平らげてしまう。

 

「……私は、子供じゃ、ない」

 

 店から離れてもむすーっとしたままの彼女に苦笑いを浮かべるしかない。

 

「ああ。それに私とオーキスは兎も角、ダナンとオーキスは親子ほど離れていないだろう? あの店主の見る目が間違っているだけだ」

「……ホント?」

「ああ」

「……じゃあ、ダナンと恋人に見える?」

「……」

 

 おいそこで目を逸らすんじゃねぇよ。

 

「……見えない?」

 

 オーキスのトーンが一つ下がった気がした。

 

「い、いやその……」

 

 アポロも感情が一段と見て取れなくなった瞳に見つめられて言い淀む。

 

「……むぅ」

 

 そのせいでオーキスは一層不機嫌になってしまった。……ここは俺から助け船を出すか。

 

「確かにオーキスは子供に見られるよな」

「……」

 

 俺にまでそんなことを言われたからか、オーキスは非難を込めて俺を見上げてきた。

 

「でも周りの目なんて別にいいだろ。オーキスはオトナなんだから」

 

 下げて上げる。詐欺師の手口である。

 

「それに、世界にはハーヴィンっていう身長の低い種族もいることだしな。小さいからって子供扱いする方が間違ってるんだよ」

「……ん。私はオトナ。だから、気にしない」

「そうそう、それでいいんだよ」

 

 普段なら頭を撫でているところだが今は両手が塞がっているのでできなかった。

 

「そういうことだ。オルキスはほとんど変わらない見た目だが、あれで私と同い年だからな」

 

 オーキスの機嫌が直りかけていると見てアポロも続ける。

 

「……大人なら、子供扱いされても怒らない」

 

 いや俺は気恥ずかしくなると思うんだが。まぁオーキスの機嫌が直ったんならそれでいいか。

 周りになにを言われても気にしない、のだが大人なのだと納得してくれたようだ。しかし、

 

「あらお嬢ちゃん、お兄ちゃんと手を繋いで楽しそうねぇ」

「お父さんと一緒かい? ほらおまけしてあげるよ」

「お父さんにしては若い……オジさん? いっぱい奢ってもらうのよ」

 

 とまぁ、どこへ行っても子供扱いのオーキスであったので急に余裕を保ち続けることもできず、結局何店か回った後にはむくれてしまった。

 

「……子供じゃ、ない」

 

 むすっとした様子のオーキスは口癖のように繰り返す。いや精神年齢としては十歳前後だし、身体もオルキスが人形のようになった時から作られたみたいだからそれよりもっと歳月がないんだが。

 まぁ少なくとも、俺と手を繋いで歩いていたところで兄妹に見られるのがオチだとは思うのだが。実際そう見られたしな。

 

「俺達はわかってるから気にすんなって」

「そうだぞ、オーキス。人は見た目ではない」

「……むぅ」

 

 なんとか慰めようとするが不機嫌そうなのを崩さない。……仕方ない。あれを言うしかない、か。

 俺はそう考えると人混みの喧騒に声が紛れるように、オーキスの耳元に口を寄せて囁いた。

 

「……それに、オーキスは子供にはできないオトナなこともできるもんな」

「……っ」

 

 俺の言葉になにを想像したのか、急激に頬を染める。

 

「……ん。私は、オトナ」

 

 きゅっと俺の手を握る力が強くなった。これで多少は気にせず楽しめればいいんだがな。

 

「……お前、本当は誑しの自覚があるんじゃないだろうな」

「なんのことやら」

 

 アポロにジト目で見られてしまうが、肩を竦めるに留めた。いや本当にわからないんだが。

 

「ほら、もっと回るぞ。光華大会まで時間がねぇからな」

 

 俺は言ってオーキスの手を引く。浴衣は歩きづらいので無理をさせない程度に。

 そうして俺達三人は祭りを改めて楽しみ始めるのだった。

 

「……難しい」

 

 今オーキスが挑戦しているのは金魚すくいという遊びだ。取ってきた小さい魚をポイと呼ばれる道具で掬って捕まえたら貰える、という屋台のようだ。ポイは縁こそプラスチックだが掬う部分に関しては紙で濡れると破けやすくなる。破けたら終わり、というルールらしい。

 オーキスは表情少なくも悔しそうにしている。全戦全敗、金魚を取ろうとしてポイを破きに破ったからだろう。今持っているので五つ目だ。

 

「……糸で釣り上げた方が簡単」

「それは反則なんだろうよ」

「なら次は私がやろう」

 

 不満そうにしながらも、彼女なりに試行錯誤を重ねていたので大人しくアポロにバトンタッチした。

 アポロの荷物をオーキスが代わりに持ち、アポロは袖を捲くってポイを握り金魚の入った水槽に向かい合う。

 

 その真剣な横顔から本気だと悟った。……いや遊びだからそこまで本気にならなくてもいいんだが。でもまぁ珍しい魚ではあるし、メフォラシュに持ち帰ってオルキスに見せたいという気持ちはあるのだろう。

 

「ふっ」

 

 ばしゃぁ、とポイで掬った水ごと取る用の器に放り込もうとする。

 

「このっ」

 

 ばしゃんっ、と水の中に入れたポイを思い切り上に振るって水柱を起こし金魚を飛ばす。

 

「ふんっ!」

 

 どっぱーん、とポイを水面に叩きつけて水飛沫を起こし空中に飛ばした金魚を器でキャッチする。

 

 ……いやなにやってんだこの人。

 

 俺はアポロの大暴れを呆れた顔で見ていた。店主の顔も引き攣っている。

 

「ポイ三つで三匹か。それなりだな」

「……アポロ、凄い」

「「いや待て待て」」

 

 本人はなぜか得意気な顔をしていて、オーキスも器に入った三匹を眺めて褒めているが。俺と店主は声を揃えてツッコんだ。

 

「金魚を掬う遊びなんだから掬えよ。なんで力尽くなんだ」

「わ、悪いが兄ちゃんの言う通りだぜ。ポイで掬ってくれなきゃ取ったとは認められねぇ」

「なんだと……」

 

 俺達の言葉にショックを受けた様子で表情を陰らせ、しかし素直に器に入った三匹を水槽にリリースした。珍しく本気でしょんぼりした様子である。

 

「そう落ち込むなよ。こういうのは俺の得意分野だからな」

 

 二人、というかオーキスや他の客がやっているのを見て大体どうすれば掬えるのかはわかった。正直アポロは参考にならない。なにあの力こそパワーみたいな金魚すくい。

 金魚すくいは一回500ルピ、二回800ルピ、三回1000ルピまである。複数回を一気に頼むほどお得になっているようだ。そうして金を集めるのがこの金魚すくいなのだろう。

 

 金魚は四種類か。

 赤、黒と色は分かれているが小さくあまり特徴のないタイプ。

 赤より黒の方が数は多い、目玉の飛び出たタイプ。

 丸っこい体型に似合わぬ小さなヒレが泳ぐタイプ。

 他と比べるとがっしりしており頭がゴツいタイプ。

 

 値段は不明だが、高そうなのは後者の二種類か。だがアポロの一撃でも舞い上がったのは小さいタイプだけだったし、悠々と泳いでいてなかなか難しそうだ。単純に他の種類より重そうで、ポイが簡単に破けてしまいそうでもある。

 

「とりあえず三回で小さいヤツ二匹捕まえとくか」

 

 まずはウォーミングアップから。店主からポイを受け取り狙いをつける。基本的には上の方に来たヤツを狙うのがいいか。あとできるだけ紙部分を水に浸さないのも大事そうだ。水に濡れると破けやすくなるみたいだからな。

 

 一匹に狙いを定めると左手に持ったポイを手早く水面に少しだけ滑り込ませる。そのままほとんど顔を出した状態の金魚の下に縁を潜り込ませると、手首を返すようにして縁に金魚を引っかけながら掬い上げた。水に浮かせた器の中に放り込む。

 

「……上手」

「器用なモノだな」

 

 二人から褒められるともっとカッコつけたくなる。逸る気持ちを抑えて次は同じ種類らしき黒いヤツを掬う。

 次は目玉の飛び出たヤツだ。一種類目より大きかったがなんとか掬った。ただしここでポイを一つ失う。

 

「……あの丸いヤツ取って」

「おう」

 

 オーキスの要望に応えて丸い体型の金魚をターゲットにする。とはいえ大きいので難しい。泳ぎは遅いので捉えやすいのだがあまり上の方に来ないのも難易度を上げる一つか。

 俺は仕方なく、二つ目のポイを使ってその金魚を上に持ってくる。あっさりと破けてしまったが、まぁいい。

 次に早速三つ目のポイで金魚を掬った。紙の周りの縁は円になっていてそこだけでは足らないかもしれないが、取っ手の方も使えばよりしっかりと縁で捉えることができる――なんとか一発で器に入ってくれた。ただもうポイが水浸しなので最後の一種類は取れないかもしれないな。

 

「次だ。ここまで来たなら制覇あるのみだろう」

 

 アポロの声も僅かに弾んでいる気がする。俺は集中して水槽に二匹しかないそいつの内一匹に狙いを定めた。悠々と泳ぐ様は他の小さい金魚を押し退けて突き進んでいるようにも見える。

 集中しポイを水に入れる。水の抵抗を受けたり金魚の攻撃を受けたりすれば呆気なく破れてしまうだろう。慎重に、他の金魚に当たらないよう気を張ってヤツの近くに持っていき、下から触るように水面近くまで誘導していく。

 そしてポイを身体に添えると一気に持ち上げた。重量感が他とは一線を画す。しかしここ一番の返しが決まりヤツの身体が器へと入っていく。しかし離れ際のヒレの殴打によってポイが破けてしまった。

 

「「「おぉ……!!」」」

 

 周囲からどよめきが上がる。驚いて振り返ると、やけに多くの野次馬が集まってきていた。……あれか。アポロが派手に水飛沫を上げて金魚すくいをやっていたせいで、人が集まってきていたのか。

 

「……凄い。おっきいの取れた」

「ああ。だが直前でポイが破けちまったし、判断は任せるよ」

 

 俺は言って破けた三つのポイと金魚達の入った器を差し出す。

 

「……こりゃ参ったな。流石に兄ちゃんの健闘を見て食い下がるわけにもいかねぇ。いいぜ、持ってきな!」

 

 大勢の目があったことも後押しして、俺は無事計六匹の金魚を貰うことができたのだった。

 

「あ、おっちゃん。悪いがこいつらを飼育する時のコツを教えてくれるか? 知識がないと可哀想だしな」

「おう。大切に飼ってくれるなら言うことないぜ」

 

 というわけで金魚達それぞれの特徴や飼い方を教えてもらい、持っていた紙にメモを取っておく。こいつらは旅に連れていくにはあれなので、オルキスに全てやることにした。アポロに持って帰ってもらおう。

 アダムもいるので世話係には困らないはずだ。

 

 アポロがその後本領を発揮したのは射的の時だった。

 射的とはコルクの銃で並んだ景品を撃ち抜き景品を倒せれば獲得できるという遊びだ。少し観察すればわかるが、容易に倒せるようにはなっていない。

 

 だがそこは血筋と言うべきなのか。

 

 本格的に銃を構えた姿にオイゲンが重なるほど本気になったアポロは、結局景品を全て取り切るまで撃つのをやめなかった。とりあえず二度と来るなと言われたのは仕方がない状態だった。

 

「……景品いっぱい貰った」

 

 ただまぁオーキスが普段と違う犬のぬいぐるみを抱えて嬉しそうにしていたので、アポロも満足そうだったが。

 残りはオルキスに持ち帰るらしい。

 

 それからもオーキスが食べ物を巡って回ったり、なぜかくじ引きで豪華景品を引き当てたりしていた。

 カタヌキは俺だけなにもしていないのに禁止されており、二人の様子を見守るだけになった。どうやらカタヌキ屋のヤスに勝ったのがいけなかったらしい。こういう細かい作業はアポロよりオーキスの方が得意なようだ。普段から指から伸ばした糸でロイドを操ったり戦ったりしているらしいからな。指先を動かすことに慣れているんだろう。逆にアポロは細かい作業が苦手なのか、力加減が下手なのか、すぐに型を割ってしまっていた。

 

 時折遊びながら、基本的に食べ物を制覇したいと言うオーキスに付き合って祭りを回り続けるのだった。

 

「……ん。人いっぱい」

「これは座れそうもないな」

 

 いよいよ光華大会が近くなってきたところで頃合いを見て会場近くに向かったのだが。二人の言う通り光華がよく見れるポイントに敷かれたシートはいっぱいになっていた。見渡しても座れる場所がなく、立っている人も多い。俺達の周りにもたくさんの人がいて光華がよく見える場所を探し歩いている。

 

「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、場所取りを頼んでてな」

 

 言って俺は二人を連れて大勢の人がいる地点を離れていく。

 俺が向かったのは祭りの喧騒から離れた林の方だ。急に人気がなくなり静けさの漂うこの近くに、

 

「あった」

 

 飲み物の置いてあるシートを見つけた。場所は林を抜けた直後の地点で、夜空がよく見える。他に人もいないのでのんびりできるし。

 

「……ここ?」

「ああ。シェロカルテの見つけた隠れスポットなんだと。他に客も来てないみたいだし、こういう場所で見るのも悪くないだろ」

「またあの商人か」

 

 呆れたような様子で言ったアポロに続き、オーキスも座る。間に一人分空いているのに、なぜかとつける必要はない。

 大人しく空いた場所に座った。

 

「……ここからよく見える?」

「ああ。多分、だけどな」

 

 俺も実際には見たことがないのだ。

 

「アポロは見たことあるのか? アウギュステの出身だし」

「子供の頃に見た覚えがあるようなないような、というくらいだな。こうして間近で見るのは初めてだ。遠目に見たことはあったような気がするが」

 

 まぁアウギュステ列島だからな。その名の通り小さな島も多い。その全てに行ったことがあるかと言われれば微妙なところだろう。それに母親が途中で死んでいるらしいし、病気にでもかかったのかもしれない。となればあまり遠くへ遊びに行くことは少なかっただろう。オイゲンもあんまり帰ってこなかったみたいだしな。

 

「……私は初めて」

 

 オーキスは言ってじっと空を見上げる。狐の面を外してシートの上に置いた。

 

「……楽しみ」

「だな」

 

 オーキスが嬉しそうだったので良かった。かく言う俺も初めてなのでどんなモノか楽しみだ。一応絵や話で知ってはいるのだが、そういったモノと実際に見たモノは全く印象が違う。

 

「スシでも食べながらまったり待ってるか」

「……じゅるり」

「ゆっくりだぞ、オーキス」

「……ん」

 

 俺が握ってきたキングアルバコアのスシを広げて三人で舌鼓を打つ。キングアルバコアの身は引き締まっていて弾力があるのだが、噛むと程好い脂が滲み出て口の中で溶けていくように味わいが広がっていく。スシにつけるのはしょうゆで決まりらしいのだが、しょうゆを平皿に入れてつけてから食べるのが一般的らしい。だが持ち帰りだと難しいのでかける方に変更している。シェロカルテがその場の思いつきで用意した小さなしょうゆ入れでかけて食べている。あいつの手腕によって来年にはきっと持ち帰りのスシが流行することだろう。

 そんなことを考えていると、むぎゅっと太腿を抓られた。

 

「……他の女のこと考えてた」

 

 なぜわかる。というかシェロカルテはいいだろ別に。どちらかというと仕事仲間なんだから。リーシャとかなら兎も角。

 

「……今は私だけ見て」

 

 オーキスは俺との距離を詰めるとじっと見つめてきた。

 

「おい、オーキス。独り占めはいただけないな」

 

 しかし反対側のアポロが俺の身体を引っ張って阻害する。

 オーキスは俺越しにアポロを睨みつけるが、アポロは真正面から受け止める姿勢だ。……とりあえず俺を挟んでやらないでくれねぇかな。気まずい。

 

 と思っているとピュ~という甲高い音が鳴り、三人揃ってそちらに顔を向ける。

 光の玉が尾を引いて空に上がっていくのが見えた。自然と身体をそちらに向けて腰を落ち着けてしまう。

 

 少し顎を上げるくらいの高さまで昇った光の玉が大きく弾けた。正に光の華。赤の火花が夜空に大輪を咲かせた。今いる場所は少し離れているため、光華の全体がよく見える。

 左右から息を呑む気配がした。若しくは自分のモノだったかもしれない。

 赤い光華を皮切りに続けて光華が花開いていく。

 

 島中に響き渡りそうな光華が弾ける音と光華が描く光景に目を奪われ、魅入ってしまう。姿勢を直し正面から光華を眺められる座り方に変えた。

 

 しばらく眺めていると、右腕になにかが当たった。視線を落とすとオーキスが俺の肩に寄りかかっている。それに対抗するように、シートに着いていた俺の左手と指を絡めるように上から握る手があった。アポロだ。ただ光華を見ているフリをしている。とはいえ光華に照らされてもわかるくらいには顔が赤かったのだが。

 

 光華は前半と後半に分かれている。一度五分ほどの休憩を挟むのだ。怒涛の光華ラッシュが終わって、ぽつりとオーキスが呟いた。

 

「……次は、スツルムとドランクも一緒がいい」

「そうだな」

「……仕方ないから、リーシャとナルメアも」

「そうか」

 

 別に誰かを仲間外れにしようと思っているわけではないらしい。

 

「その時は、オルキスも一緒に連れてくるか」

「あいつは女王だからな。来年だったとしても、多忙なんじゃねぇかなぁ」

「……ん。でも、オルキスは絶対来る。逆が私だったらそうする」

「なら、そうなるな」

「……ん」

 

 オーキスが言うなら間違いはない。……しかし次あるとしたら来年になるのか。じゃあ俺の騎空団も出来ていて、仲間ももっと多くいるかもしれないな。だったらだったらで、その全員で光華を見にこよう。だが俺は賑やかなのよりこういう静かなのがいい。

 

 だから絶対にあいつらには会いたくない。

 

 とそんなことを思ったせいだろうか。

 

「はわぁ! 光華大会の前半が終わっちゃいましたよ!」

「ルリアがはしゃいでいっぱい食べるからじゃねぇかよぅ」

「ち、違います! ビィさんだってリンゴ飴を食べ歩いてたじゃないですか!」

「あ、あれはグランが屋台ある度に指差すから……」

 

 ……うわぁ。

 

 後ろの方からがやがやと騒がしいやり取りが聞こえてきた。聞き覚えのある声に振り向くと、思った通りの一団がある。“蒼穹"だ。

 

「あ、オーキスちゃん! ……あ」

 

 ルリアはオーキスに気づいて顔を綻ばせるが、俺とほぼ密着した状態と見て頬を染める。オーキスはそんなルリアを見てなにを思ったのか、膝を立てて身を乗り出すと俺の首に手を回してより身体を密着させてきた。

 

「……ルリアとイオは、お子様」

 

 そしてオーキスにしては艶然と微笑む。二人は彼女の言う通り顔を真っ赤にしていた。……なんでそこでグランも顔赤くしてんだか。

 

「……お、おい。アポロお前……」

 

 そういえばまだここに来て会ったことがなかったが、茶色いユカタヴィラを着たオイゲンがわなわなと震えてアポロを見つめている。

 

「……アルテミシアがそこにいるのかと思ったぜ。俺と似た仏頂面じゃなきゃそんなに似てたんだな……っ」

 

 かと思ったら涙ぐんでいた。いやお前の登場のせいで仏頂面に戻っちまったよ。

 

「……ふん」

 

 アポロはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、これ見よがしに俺との距離を詰めた。ぴしりとオイゲンの身体が硬直する音が聞こえた気がする。

 

「……て、てめえ」

 

 こんな時でも睨まれるのはなぜか俺だ。

 

「あんたに文句を言われる筋合いはねぇな。なぁ、アポロ」

「ああ」

 

 わざとらしくアポロの腰に手を回してやった。

 

「……仲間外れはダメ」

 

 それに対抗するように、オーキスが俺に抱き着いたまま胡座を掻いている上に座った。

 

「わかってるよ」

 

 オーキスに笑みを返して、

 

「わかったら邪魔しないでくれ。折角の祭りなんだしな」

 

 ひらひらと空いている右手を振って一団に言った。

 

「てめえ……! 俺の目が黒い内は――っておいラカムなにしやがる!」

 

 オイゲンは睨みつけてどしどしとこっちに歩いてこようとしたのだが、それをラカムが羽交い絞めにして止めていた。

 

「いや流石に人の恋路に手ぇ出すのは良くねぇよ」

「俺はあいつの父親だぞ」

「でも煙たがられてるんじゃなかったっけ?」

「うっ……」

 

 ラカムが諭すように言い、金髪ツインテールの女性がキツい意見を述べることで言葉に詰まってしまう。

 

「そろそろ打ち上げも再開するよな。早く座った方がいいと思うぞ」

「あっ、そ、そうですよ。早くシェロカルテさんに取ってもらった場所に行かないと見れなくなっちゃいます!」

 

 俺の言葉にルリアが思い出したように言った。そうか、あいつのせいか。こいつらに遭遇しそうだとわかってて同じような場所にしやがったな? なにが狙いか知らねぇが、やってくれやがる。

 

「そうだアポロ。余ってるスシ食っていいぞ。オーキスは試食でもいっぱい食べてたしな」

「……ん。アポロにももっと食べて欲しい」

「そうか? なら貰うとしよう」

 

 オーキスの了承も無事取れたので、アポロは柔らかく微笑んで残り三貫のスシを摘まんでいく。

 

「……アポロお前……」

「今はやめておきましょう。これ以上は印象が良くないわ」

「……ああ、そうだな」

 

 オイゲンは彼女の表情を目にしてかがっくりと俯き、ロゼッタに諭されて光華を見るポイントにとぼとぼと歩いていった。流石に可哀想な気がしなくもない。だが温厚で知られる俺とはいえ三人だけの時間を邪魔されたとなれば手を出さないわけにはいかなくなる。そうなればあいつらと全面戦争になってしまうが、オーキスもロイドを置いてきているし勝負にならない可能性はあった。

 

「……やっと行ったか」

「……ん。これでゆっくりイチャイチャできる」

「さっきまでと変わらない気もするんだが?」

「……ならもっとオトナなことする?」

 

 そう尋ねるオーキスの口元には小さな笑みが浮かんでいる。……ロゼッタに悪影響を受けたせいだろうか。

 

「ルリアやイオに見られるかもしれないぞ、こんな外でとか」

「……別にいい。むしろ見せつける」

 

 オーキスはなぜこうなってしまったのだろう。

 

「わ、私は流石に恥ずかしいぞ?」

 

 おう、アポロの方がまともなことを言っている。

 

「……なら、アポロだけ見てればいい」

 

 オーキスは少しだけ不敵に笑って言った。加えて自分の顔を俺の顔に寄せてくる。

 

「そう言われれば私も引き下がれないな」

 

 ほら、アポロが挑発に乗っちゃったじゃん。

 

「二人共、いいから今は光華見ようぜ。折角来たんだしさ」

「……ん」

「ああ」

 

 とりあえず妙な話の流れは断ち切っておいて、後半の更に盛り上がっていく光華を三人水入らずで眺めていた。

 結局その後“蒼穹”の連中と会うことはなかったが、おそらく気を遣ってくれたのだろう。私情を抜きに祭りの客として邪魔するのは忍びないと思ってくれたらしい。相変わらずのお人好しっぷりだ。

 

 そのおかげで久し振りに二人とゆっくり過ごせたし、今回ばかりは感謝だな。

 

 一応、カタヌキの時の借りはなしにしといてやるか。



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黄金の空編
空図の欠片集めの旅


各島の星晶獣を倒せたのだって、エルステ帝国を度々退けられたのだって、ユグドラシル・マリスを倒せたのだって、全部、全部ガチャピンさんがいたおかげじゃないか!!

……はい。
まぁ諸にそんな感じで草生えますねコラボイベ。ってかマジで強すぎ。アビも100%カット(ウーノ)、色んな弱体効果(ソーン)、風属性限定とはいえ全体ポンバ(シエテ)とか……。
というか原作設定的に十天三人いればユグマリって圧倒できる設定なのか……? じゃあアポロさんってマジで弱いんじゃ?

私の見間違いなら申し訳ないのですが、リーシャさん出てきてました? ちゃんと彼女いました? 仲間外れにされてないですよね? ガチャピンさんは昔から仲間だったけどリーシャさんとは出会わない世界線とかそういうわけじゃないですよね?


……そんなことより新章開始だから言わないといけないことがあったんすよ。

わかっている方も多いと思いますが、この話から始まる“黄金の空”編から原作本編暁の空編及び、十賢者のフェイトエピソードのネタバレを含みます。特に十賢者は「俺ぁ全員自力で入手するんだよぉ!」という方もいるかもしれませんので、ご注意ください。
あとオリキャラもぼちぼち出てきますのでご了承ください。


 蒼い空を白い雲が泳いでいる。風に身を任せて形を変え、優雅にのんびりまったりと。

 

 やや風が強い中を、そんな空を見上げて俺――ダナンは歩いていた。

 

 俺が俺の旅を始めようと思って最初に訪れた地は、ポート・ブリーズ群島だ。ここには風を司る星晶獣ティアマトが眠っている。まずはグラン達が旅した軌跡をなぞって空図の欠片を集めようという寸法だ。仲間を集めるにもこの空域にいた大半の強者は“蒼穹(あおぞら)”の騎空団に取られてしまっているのでなかなか巡り合うことはないだろうと思っている。

 それでも心当たりは一つだけ存在しているので、最初にそいつへ声をかけようと思いシェロカルテの情報を買ってこのポート・ブリーズ群島を訪れたというわけだった。

 

 それが俺が捕まっていた黒騎士を奪還するために潜入した中でアマルティア島から脱獄させた、ゼオという少年である。

 

 異名は“野盗皆殺し”。

 

 そこそこ強いらしいがなぜそんなことをして各地を回っているのか、という疑問はある。とりあえず会って話を聞いてみようと思ってはいるが。それから仲間になってもらうかを判断しようというところだ。

 シェロカルテの乗る商船に同乗してポート・ブリーズに来て、群島なのでどこの島にいるかを聞いて回りようやくこれから会えそうというところである。

 

 街に入って歩き、目的の場所に辿り着く。

 大衆酒場のアルテオという店だ。昼間の今はほとんどただの飯屋と化している。扉を開けて中に入り僅かに視線の集まる中見渡して目的の人物を見つけ、傍に歩いていく。

 

 俺の視線の先にはガツガツと食べカスを零しながら割りと汚く料理を掻き込んでいる、赤髪に褐色肌のヒューマンの少年がいた。

 

「よぉ、ゼオ。俺のこと覚えてるか?」

 

 向かいの席近くに立って彼に声をかける。目つきの悪さが俺といい勝負な赤い瞳が見上げてきて、んぐっと詰め込んでいた食べ物を飲み下して笑った。

 

「よォ、ダナン。久し振りだなァ」

 

 相変わらず和服を着込んだ姿ではあったが、違う点は刀を二本腰から外して置いてあるということと、和服の上に胸当てをつけていることか。あと身形が投獄されていた時よりも良くなっている。

 

「ああ、全くだ。お前のことを探してたんだぜ」

 

 俺は周囲は奇異の視線を向けてくるのも構わず対面に座った。店員を捕まえて料理を注文する。

 

「オレを? アンタ、物好きだな」

「逃がしてやった恩があるだろ。それを返すのに、ちょっと話があってな」

「そういうことか。なら断るわけにもいかねェなァ」

 

 ハハ、とゼオは笑う。

 

「まぁ話を聞いてから決めてくれりゃあいい。俺は騎空団を作るつもりなんだが、今仲間集め中でな。お前も入ってもらおうかと思って」

「――」

 

 俺はなんの気なしに言ったが、ゼオは反して言葉を失っていた。ポカンとしていると言うのが正しい表現だ。

 

「……っ、ハハハハッ! オレを、アンタの騎空団にってか! ハハ、やっぱアンタ面白ェ!」

 

 少しして我に返ったのか、大声で笑い出す。周囲もざわついていた。ゼオがあまり近寄りたくない存在だから驚いているんだろう。まぁ俺には関係ない。ある程度知った上で仲間に入れても問題ないと判断している。なにより今のところ決まっている仲間が一癖も二癖もある連中だ。今更だろう。

 

「だがホントにいいンかよ? オレァ“野盗皆殺し”で、こいつらも持ってるンだぜ」

 

 一頻り笑った後、確認してくる。ついでに顎で置いてある二本の刀を示した。

 

「問題ねぇ。元々アマルティアに投獄されてる時点で犯罪者なのは知ってたし。まぁお前が“善良市民皆殺し”とかだったらまた別だけどな。んで、その()()についてもシェロカルテから説明は受けた。その上で、特に宛てもねぇしまぁいいかと思って、お前に声かけてる」

 

 俺は正直に答えてやる。

 妖刀というのは極東由来の特殊な刀のことを言う。曰く持ち主の生命力を吸い取り、曰く人の生き血を啜り、曰く持ち主に寄生して意思を持つ。言葉の通り妖しげな力を持つ刀ということのようだ。とはいえ数が少ないため滅多に遭遇することはないという話だが。

 

「……そりゃ、ホントに物好きな野郎だな」

「まぁな。とはいえ無理にとは言わねぇよ。なんかやりたいことあるんだろ? シェロカルテにも人を探してるとか聞いた気はするし」

「そうだなァ。ま、オレの目的が終わったらでいいンなら考えてやってもいいぜ」

「そんなもんでいい。考えといてくれ。返事が決まったら、シェロカルテの店を経由してくれれば俺に伝えられる、はずだ」

「おう」

 

 とりあえず俺の話したい本題は終わった。運ばれてきた料理を受け取りゼオとなにか世間話でもしようかと思っていると、

 

「なァ、アンタ」

「ん?」

 

 ゼオの方から話しかけてきた。

 

「オレが人探ししてるってェのは聞いたンだよな?」

「ああ」

 

 彼も人脈の広いシェロカルテを頼ったらしくそう聞いていた。

 

「心当たりあったらでいいンだが、男のドラフで、拳一発で人体が弾け飛ぶようなヤツ知らねェか?」

 

 やけに真剣な眼差しで尋ねてくる。……拳一発で人体が弾け飛ぶってなんだよ。流石に心当たりねぇなぁ。そいつがゼオの探してる人ってわけか。

 

「流石にそれだけじゃなんとも言えねぇな。俺は実際に会ったことがねぇが、あいつとか違うか? 元帝国中将のガンダルヴァとか。あいつは凄ぇ強いって聞いたし、本気になればそれくらいできるかもしれねぇ」

 

 俺とアポロがルーマシーサバイバル生活を送っている中、あの時点でのグラン達が束になっても敵わなかったという強者だ。タワーに行った後はリーシャとカタリナが倒したらしいが、それはあいつらが強くなっていたことが原因だろう。充分警戒できる人物と言える。

 

「いンや。オレもシェロカルテからその名前聞いてアガスティアまで行ったンだけどよォ。騒がしかったから遠目で見て違うとわかったンだ。適当に帝国兵斬って帰っちまったけどな」

 

 あの時お前いたのかよ。

 なんとか連絡を取って呼ぼうとしていた俺からしてみればツッコみたくなることだ。

 

「そうか。なら“蒼穹”の騎空団にいたヤツだが、ガンダゴウザって言う巨漢のドラフがいるんだが、どうだ? 拳で戦うし、本気になった十天衆のシスといい勝負してたから紛れもなく強いはずだぞ。どっちかと言うと一発一発の威力が高い戦い方だ。まともに食らったら人は死ぬ」

「そいつァ知らねェなァ。……ってかアンタ今十天衆とか“蒼穹”とかっつうヤベェ名前言わなかったか?」

 

 十天衆どころかあいつらまでヤバい認定されてんのかよ。まぁ十天衆全員が所属する騎空団なんてヤバいに決まってるか。

 

「見た目の特徴は、そうだな。禿げた爺さんだ」

「あ、じゃあ違ェな」

 

 ゼオの回答はあっさりしたモノだった。どうやらいい線はいっていたみたいだが違うらしい。

 

「そいつを見たのは十年前くらいだからその時より老けてンだろうが、それでも三十代半ばってとこだ」

「ふぅん。じゃあ違うか。となると俺に心当たりはもうねぇな」

「そうか。まァそんなすぐ見つかるとは思ってねェし、しょうがねェな」

「悪いな。俺も旅してる最中遭遇したらあんたに伝えるようシェロカルテに言っとくわ」

「……あいつに遭遇して生きてられっかよ」

 

 俺の言葉に、ゼオはぼそっとそう呟いた。聞こえていたが聞こえなかったフリをしておくべきか? どうやら喜ばしい再会を目指してるわけじゃなさそうだし。いや、少しは聞いておくか。仲間にするつもりで誘ってるんだしな。

 

「ってことは復讐か?」

「っ……!?」

 

 告げた質問にゼオが驚いて腰を浮かせた。それが答えみたいなモノだ。どうやら隠し事は苦手らしい。

 

「……チッ。バレちまったらしょうがねェな」

「今のは自分からバラしたようなモンだろ」

「うるせェ。……ああそうだ、復讐だ。そいつを殺さなきゃオレァ生きていけねェ」

 

 ゼオは拗ねたように頬杖を突きながら言う。

 

「なるほどな。妖刀もそのための手段ってわけか」

 

 妖刀は先程挙げたように使い手が危険になる可能性が高い。そんなモノを持ち歩くくらいだから、復讐なんて身を焦がしてでもやり遂げたい目的を持っているヤツなら納得がいく。

 

「そーいうこった。こいつらは全て同じ妖刀なンだがな。人の生き血を啜らせることで刀が増えてくみてェだ」

「それで“野盗皆殺し”、か」

「ああ。それ以外だと、ずっと生き血を啜らせることで“鬼”になるンだと」

 

 鬼と来たか。とはいえ鬼という名前は聞いたことがない。覚えがあるのは“鬼”教官とか。後は緋色の騎士バラゴナが“緋色の鬼”なんて呼ばれていたとか聞いたな。鬼がなんなのかと聞かれれば答えられないが、おそらく恐いとか強い存在という意味合いで使われている言葉だとは思っている。

 

「鬼ってのはオレの故郷に伝わる昔に絶滅したっつう種族でな。額から角を生やした滅茶苦茶力の強ェ凶暴な種族だったンだとよ。ンで、この妖刀ムラマサは人の生き血を啜り続けることで持ち主を鬼に変えちまう刀ってェわけだ」

 

 ムラマサと言うらしい刀を見てゼオは笑う。そこまで聞いてゼオの目的の全貌が掴めた。

 復讐相手を探す旅をしながら、そいつを殺すための力を得るために野盗やなんかを殺して回っている、と。

 

「難儀な生き方してんなぁ。ま、お前が根っからの悪人じゃなくて安心したわ。生き血を啜らせるのも選んでるみたいだし、復讐ってんなら他にやりたいことないだろ? 終わったら俺が扱き使ってやるよ」

「暗い話題してンのによく笑ってられンな。あと復讐者のこと決めつけてンじゃねェよ」

「じゃあ違うってのか?」

「……違わねェけど」

 

 やっぱりそうなんじゃねぇかよ。

 

「じゃあいいだろ」

「ああ、その後でいいなら入ってやンよ」

 

 俺の言葉にゼオは笑って応えた。よし、これで一応一人確保か。

 

「あ、そうだ。ゼオ、折角だし俺と一緒にティアマトんとこ行かねぇか?」

「あン?」

 

 俺の出した名前にゼオがきょとんとする。店内も少しざわついた。

 

「ちょっと空図の欠片を貰いにな。ティアマトが力を示せってことで戦う気なら戦うし、大人しく渡してくれるなら貰って終わり。道中魔物をけしかけてくるだろうし、途中で盗賊見かけたら始末しときゃいい。どうだ?」

 

 すんなり渡してくれるならそれに越したことはない。だが力を示せと戦うことになる可能性だってある。まぁあいつらが一番最初に倒した星晶獣らしいし俺一人でも勝てるとは思うがな。

 

「なるほどなァ。まァオレの興味は人斬りだけだが、付き合ってやンよ。だが盗賊相手は手ェ出すンじゃねェぞ?」

「ああ。その時はお手並み拝見だな」

 

 二人で笑い合い、俺とゼオは街の人が心配しているのも気にせず同行を決めたのだった。

 因みに彼はもう標的が次の島に渡ってしまったとわかりやけ食いしていたところだったらしい。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ハハハッ! 恨むンなら、悪事に手を染めたてめえを恨むンだなァ!」

 

 ということで、街の人に盗賊の情報を貰って居場所を割り出し襲撃していた。

 同行前に話した通り、盗賊はゼオの獲物だ。嬉々として命を刈っていく様はどっちが悪人だと言いたくなるモノでもあったが。

 

 しかし戦い方は面白い。

 

 普段腰に提げている二本の刀。これを抜いて振り回すのはまぁ普通だ。二刀流なら基本的に片方を短めの刀にすると聞くが、彼は同じ長さの刀を二本振るう。とはいえ剣術がないわけではないらしく、流石にオクトーとまではいかないがそれなりに洗練しているようだ。

 面白かったのは、二本の刀を抜いた瞬間に彼の背後に刀が六本現れたことだった。二本の刀も、虚空に現れた六本の刀も全て同じ長さではあったがデザインが一つ一つ違っている。おそらくムラマサの能力で増えていった刀なのだろう。それらの刀が飛んでいって盗賊達を狩っていったのだ。武器を飛ばすとはなかなか珍しい能力だ。

 

 よし。こいつは対シエテ用と考えておこう。十天衆に対抗できるヤツとしたらいい候補なんじゃないか? ……つってもそう簡単に対抗できる人材がいるわけもねぇし、そもそも十人集めるのは流石に面倒だよな。半分くらいでいいんじゃないか。

 

 それなりに速く飛ばせるらしく、盗賊達は瞬殺されていった。突き刺さった刀が妖しい赤い光を放ったかと思うと物凄い勢いで盗賊の身体が干涸らびていき、全身の血を吸い上げたところで刀は消えていった。

 

「おぉ、マジで生き血を啜ってるんだな」

「おう。まァ本来は殺すだけでも充分なンだが、人数を限らせるなら全部貰ってった方がいいってンでこうしてるンだ」

「なるほどな」

 

 ゼオは悪人を選んで殺しているらしい、というのはわかる。そこで誰彼構わず殺さないために、殺した相手の血は全部妖刀に吸わせて量を補っているということか。

 だからと言って善人だとは思わないが、まぁ“蒼穹”に入るには血生臭すぎる能力だよな。

 

「変わった戦い方だよなぁ。刀飛ばせるなんて」

「アンタほどじゃねェよ。恰好変えて戦い方ころころ変える方がおかしいだろ」

 

 俺の言葉をそっくりそのまま返してやるとばかりに言われてしまった。確かに考えてみればそうだな。だが俺の『ジョブ』を活かすなら色々な戦い方をして相手に掴ませないという利点がある。

 

「それはあれだ。固有能力ってヤツだ。まぁなんつうか、どんな武器でも使えてどんな魔法でも使えるようになる能力?」

「強すぎンだろそれはよォ」

「努力の成果だっての。正々堂々戦ったら、多分いい勝負になるだろうがな」

「そうかよ」

 

 これは世辞ではない。事実盗賊十人をあっさりと仕留めた手腕は認めている。なによりそれでも余裕があった。本気で戦ったらClassⅢの俺と互角ぐらいには戦えるだろうな。もちろん戦法をころころ変えて翻弄しなければ、だが。

 

「……なァ。アンタはなんのために力を欲する? オレの話はしただろ」

 

 ティアマトの眠る場所へ向かう中そんなことを尋ねてくる。

 

「俺は、そうだな。はっきりとしたモノを探してる最中だから明言はできねぇんだが……殺したいヤツがいて、超えたいヤツがいる。守りたいヤツもいる。そのためだな今んとこ」

「気になンな。特に守りてェヤツの話。アンタ好きな女でもいンのかよ」

 

 ゼオはそういうところは年頃なのか少しニヤニヤして言ってきた。……まぁ少しくらいなら話してもいいか。信頼を得るには、まず自分から情報を晒すことも大事。シェロカルテに教わったことである。

 

「好きな、って言えるかは微妙だがいるぜ。二人な」

「マジかよ! モテてンじゃねェか!」

「いや多分三人、四人、か」

「増えてンじゃねェか! 気になンなァ。教えろよ」

「お前にはまだ早い。生憎とオトナな関係でな」

「嘘だろ!? クソ、オレァ復讐ばっかでそンなのと出会いがねェよ畜生」

 

 今にでも血涙を流しそうな様子である。

 

「まぁ頑張れ。復讐が終わったら、そういうのもいいんじゃねぇか?」

「……けどよォ。オレァこの手で何十、何百って人を殺してンだぜ? そンな人並みな願いを持っていいンかよ」

 

 やけに殊勝な態度だ。荒っぽくて凶暴に見えはするが、案外根は真面目なのかもしれん。

 

「俺だって人を殺してる。それでもって傍にいてくれるヤツに出会ったんだ。運のいいことにな」

「それが四人ってンならもう運じゃねェ」

「だな。まぁでも、世の中にはそういう物好きがいるってことだ。それはまぁ、復讐が終わってそれからの生き方を探してる時に改めりゃいいんだよ」

「なるほどなァ。……ってオレァなんでアンタにこんな話してンだ?」

「俺に聞くなよ。お前根は真面目っぽいから、あんま人寄せつけなかったんだろ? だとしたらこうして同年代のヤツと話すの久し振りか初めてなんじゃねぇか?」

「それだ! そういや十年前からこンな風に話してねェかもな。ハハッ!」

 

 笑い事じゃねぇだろ。とは思ったがなんだかんだ感性までおかしくなっているわけではなさそうだった。これなら問題ないか。そんなヤツが人斬りになってでも復讐したいって、さて過去になにがあったんだかね。まぁその辺りは追々聞くかもしれないが。

 

「そろそろ着くな。気を引き締めていこうぜ」

「おう。星晶獣となんて戦ったことねェし、戦えンなら楽しみだぜ」

 

 俺はゼオと二人でティアマトの下へ辿り着くのだった。



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ティアマト戦

本作ではグランジータ達がコロッサス戦をするところに合流するので、飛ばしていたティアマトさんとの戦いです。
割りとさっくりいきます。


 ポート・ブリーズ群島の中でも強風が吹き荒れる地域に、ティアマトはいる。そう言われていた。

 襲い来る魔物を蹴散らして神殿のある場所に辿り着くと、なにもなかったのだが。

 

「――――」

 

 竜巻が巻き起こったかと思うと巨大な影が姿を現した。

 竜が二体と、それに囲まれた緑髪の女。それが星晶獣ティアマトだ。

 

「こりゃ壮観だな。星晶獣と相見えるなんて滅多にねェ機会だぜ」

 

 ゼオはニヤリと少し獰猛な笑みを浮かべる。……そのはずなんだよなぁ。なんで俺、めっちゃ星晶獣に遭遇してんだろ。いや俺というかあいつらのせいか。俺と関わりのあったヤツなんていないし。

 

「ティアマト。俺はあんたの持ってる空図の欠片が欲しい。どうすればくれる?」

 

 問答無用で襲いかかる気はないので、まずは声をかける。強風が吹き荒れているので少し大きめの声になってしまった。

 

「――――」

 

 彼女の言葉はわからない。だが一層風を強めて竜が吼えたので、戦って力を示せということだろう。

 

「戦えってことか。いくぜ、ゼオ。加減したら死ぬかもしれねぇし全力でいけよ!」

「当然だ! 星晶獣相手に加減なんかしてられっかよ!」

 

 ゼオが応えて二本の妖刀を抜いた。六本の刀が虚空より出でて柄を中心に扇状に広がる。

 

 俺はどうしようか。有利に運ぶためにはイクサバを使うとして、刀得意『ジョブ』のどれにするかって話だ。【クリュサオル】か【ザ・グローリー】か【剣豪】ということになる。

 まぁ【剣豪】にするか。他二つより扱いやすいし。二刀流の【クリュサオル】と刀剣の力を引き出して戦う【ザ・グローリー】は少し特殊だ。真っ向から叩っ斬るなら【剣豪】がいい。

 

「【剣豪】」

 

 ということでClassEX【侍】の上位EXⅡの【剣豪】を発動した。

 【侍】は武者鎧を纏ったどちらかと言うと防御型の『ジョブ』だったのだが、逆に【剣豪】は【侍】と比べると軽装になっていることもあって攻撃寄りの『ジョブ』となっている。

 

 この『ジョブ』を発動して最初に感じる変化は口に咥えた葉っぱだ。紅葉の茎を咥えている。なぜかはよくわかっていない。精神状態が【剣豪】になってもよくわからなかったので、おそらくただカッコ良さそうだからという理由に違いない。白装束を上に着込み利き腕でない方を露出させている。腹部と露出させている右手にさらしを巻いており、右手には黒い籠手を嵌めていた。肌の上にそのまま灰色のマフラーをしているが寒いならもう片方も袖を通せと思うばかりだ。おそらくただのファッションだろう。下半身は黒い袴で覆っており、右腰に脇差と呼ばれる短い刀を二本提げていた。

 武器として取り出し左手に持って肩に担ぐのは、スツルムから貰ったイクサバだ。

 

「いっちょやったるかの」

 

 どこの訛りなのか全くわからない言葉遣いで話すようになる。あと制御できないと視界に入ったヤツを斬りたい衝動に駆られるのでただの危険人物と化す。

 

「お、おォ? 和装に刀っつうとオレみたいだな。それも『ジョブ』ってヤツか?」

「そうじゃ。【剣豪】っちゅう『ジョブ』でな、刀の扱いなら負けんぜよ」

「口調まで変わってンじゃねェか。面白ェ能力だな」

 

 ゼオは朗らかに笑う。口調どころか性格まで変わるから厄介なんだけどな。まぁ俺の思った通りの返答はしてくれるようになるのでいいんだが。

 因みに【剣豪】は刀と弓を得意としているが、なぜ刀の扱いに限定したのかは明白だ。遠距離武器のスペシャリストがClassⅣに存在しているから、それと比べたら弓の扱いとして負けると考えたんだ。

 

「喋っとらんでいくんじゃ」

「わァってるよ!」

 

 ゼオは俺に言われて臨戦態勢を整える。計八本の刀身に炎が灯った。どうやら火属性を得意としているらしい。

 

「ハハッ! いくぜェ、星晶獣!」

 

 嬉々としてティアマトに向かっていく。強風吹き荒れる中を切り裂くように六本の刀が飛んでいき、ゼオ自身も風の中を突き進んでいった。

 

「剣禅一如」

 

 俺は自身への強化を行う。身体が軽くなり、確率で攻撃威力が上昇するようになるのだ。

 【剣豪】は先程も言った通り攻撃寄りの『ジョブ』であり、自分をアタッカーとする『ジョブ』だ。なので味方への強化は一切ない。武器を変えることによる奥義効果での強化は兎も角として。

 

 俺も少し遅れてティアマトへと向かっていく。弓を持っていない状態では遠距離攻撃が、斬撃を飛ばすぐらいしかないので接近する必要がある。

 

 無論ティアマトも黙って接近を許すわけがない。風の刃を形成して放ってくる。刃は強風に乗って更に速度を上げ飛んでくるが、EXⅡも絶大な力を誇るClassⅣと同等の力を持っているので簡単に避けることができた。ゼオも二本の刀を振り回して迎撃している。飛ばした刀が風の刃を避けて飛んでいかないのは精度がそこまで高くないからなのか。それでも勢いを殺すことなく飛んでいっていた。

 あともう少しで辿り着ける、というところまで迫ったところでティアマトの一部である竜が咆哮する。そして俺達それぞれに向けて口から横向きの竜巻を放ってきた。

 

「この一刀に切り開けぬ道はなし」

 

 俺はやや冷徹に呟くと両手で握ったイクサバを上段から振り下ろし、竜巻を両断する。裂けた竜巻は俺から逸れやがて強風に紛れて消えていった。

 

「火焔斬童ッ!」

 

 ゼオの様子を見てみると、両手に持った二刀に大きく炎を纏わせ交差するように振るったところだった。特大の斬撃と化して竜巻とぶつかり合い、相殺する。流石にこの程度では手こずらないか。

 

「決めちゃるぜ、ゼオ!」

「おう!」

 

 長く戦えば消耗し、防御にほとんど能力がない【剣豪】では面倒になる。接近できたので一気に決めるのが吉と見た。

 

「受け切れるモノなら受けてみせよ。――烈刀一閃!」

 

 俺は刀を横一文字に振り抜き炎の斬撃を放つ。竜の頭に直撃させ怯ませた。本体の方はゼオが飛ばした刀で牽制し動きを封じてくれている。

 

「無明に至りし時、此処に。――無明斬」

 

 これもまた自分を強化する効果だ。しかしその効果は絶大で、僅かな間ではあるが三倍の速度で動くことが可能になる。普段一度斬っている間に三度斬りつけられるのだからそれは強い。その代わりかなり消耗するのは言うまでもないが。

 

 肉薄したティアマトへと一息に三度斬りつける。竜の頭を一つ潰した。そのままもう片方の竜も斬り捨てる。俺の速度が上がったせいかティアマトの動きがゆっくりに見えていた。

 最後、トドメの一撃として奥義を叩きつけようか。

 

「無双閃ッ!」

 

 烈刀一閃は斬撃を放つ技ではあるのだが、加えて自分の奥義火力を一時的に高めてくれる効果を持っている。【剣豪】は【侍】と同じく奥義を連発できる『ジョブ』なので、その効果はより大きいモノとなる。

 赤い斬撃がティアマトを襲う。声にならない悲鳴が零れ大きく怯ませることができた。だがまだもう一発撃てる。しかもイクサバのおかげで次の一撃はより強力だ。

 

「もういっちょ、無双閃!」

 

 容赦なく奥義を叩き込んだ。ティアマトは大きく後退して力なく俯く。……これならやっぱり俺一人でも勝てたな。

 

「ハハッ! 流石だぜ! ンじゃオレも本気でいくしかねェよなァ!」

 

 俺の攻撃を見て楽しげに笑ったゼオがトドメを刺すべく追撃を仕かけた。

 

「八つ裂きになって燃えちまいな。――修羅紋焔華(しゅらもんえんか)!」

 

 ゼオの操る六本の刀がティアマトの頭上で敵に切っ先を向ける。位置は円を描くようになっていた。それらがティアマトを突き刺し、発火させる。そこに二刀を振り被ったゼオが迫り渾身の力で振り下ろした。

 

「――――!!」

 

 ティアマトの悲鳴が響き渡るが、まだ倒れないようだ。流石に星晶獣はしぶといなと思って刀を構えたが。

 

「まだまだいくぜェ! 修羅紋焔華!!」

 

 ゼオもまた奥義を連発してみせた。……ほう。そういやオクトーも奥義を二連発してきたな。【クリュサオル】もできるし二刀流のヤツは奥義が二回撃てるんだろうか? だが【侍】と【剣豪】は一刀流だしな。でもナルメアは刀使いでオクトーの剣術にも関わりのある道場にいたというのに奥義の連発はできないらしい。なぜだ?

 ゼオの奥義が叩き込まれると、ティアマトは遂に力尽きたのか倒れて消えていく。空図の欠片はどうやって渡してくれるのかと思っていたら、頭上からゆっくりと結晶が降りてきていた。星晶獣ってのはなんでもありだな。

 

「よっしゃァ! やったぜ!」

 

 ゼオは刀を納めると俺に駆け寄ってきて手を掲げた。ハイタッチかと思ってこちらも手を挙げるとバチンと手を叩いてくる。ちょっと強めだったので痛い。

 俺は戦闘が終了し強かった風もやや収まったので『ジョブ』を解除する。ティアマトから貰った空図の欠片は大きめの革袋に入れる。……ちょっと武器が多くなりすぎたんだよなぁ。他の収納方法を考えないといけない。

 

「おう。ってかお前も奥義連発できたんだな」

「おうよ。っつーかそりゃこっちのセリフだぜ。……それにしてもあれだよなァ」

 

 俺も道中ではどちらも使わなかったので、奥義を連発できたことにお互い驚いたようだ。

 ゼオはふと俺の全身を繁々と眺めてきた。

 

「ん?」

「いやァ、さっきまでのアンタの恰好、なかなかカッコ良かったなァと思ってよォ」

「そうか? 意味もなく片腕袖通してねぇんだぞ?」

「そこがイカしてんだよ。オレもいざという時上脱げるように鎧やめようかと思ってンだ。上脱ぐとあれだ、気合い入ンだろ?」

 

 その感性はよくわからん。

 

「ま、その辺は勝手にすりゃいいさ。俺の場合勝手に衣装が変わるから能力を発動した時の服装は変えられないんだよ」

「そうなンか」

 

 それでジータは割りと露出多めの服装になるしかないわけなんだが。

 

「ああ。で、お前はこれからどうする――つってもまた人探しか」

 

 俺のやりたかったことは二つとも成し得た。ゼオに会うことと、ティアマトから空図の欠片を貰うこと。もうポート・ブリーズにいる必要はないだろう。

 

「そうだなァ。次どこ行ったかはわかってっから、もっと強くなりながら追ってやるさ」

「そうか。またどこかで会ったら、その時は進捗聞かせてくれよ」

「おう。あ、そうだ。そンならいいモンがあンぜ」

 

 騎空団に入ってくれるかもしれない人材だ。強さも申し分なさそうだし、俺としては引き入れたい。

 とそこでゼオが言って掌を上に向けて手を差し出す。するとそこに一本の刀が出現した。長さ的にムラマサの一本だろうか?

 

「これは?」

「オレの持ってるムラマサの分体? とかそンなンだ。これを持ってると本体持ってるオレから同じ島にいると居場所がわかンだよ。偶然会えそうならオレから声かけてやっから」

「ああ、なるほどな。……因みにだが俺がこいつ使っても鬼になったりしねぇよな?」

「ハハッ! 当然だろ。こいつァ本物じゃねェ。協力してくれるってンならこいつで人を斬ってくれりゃァオレの方にカウントされっからよォ。アンタが使う分にはただの妖しい刀だぜ」

 

 なるほどなぁ。つっても俺も善良な一般市民を切り刻む趣味はないので盗賊や野盗相手にはなるが。早めに復讐相手に遭遇してこいつに死なれても困るし、人を始末する機会があればこいつを使っておくか。

 

「了解。んじゃ適当に盗賊とかを斬っておいてやるよ。俺の騎空団に入るんだ。勝手に死ぬんじゃねぇぞ」

「……おう、また会おうぜ」

 

 俺の言葉にゼオはぱちくりと目を丸くしていたが、苦笑いに近い笑みを浮かべて言った。……まぁ、あんまり生きて帰ろうとは思ってないんだろうな。だが俺の騎空団に入ると言った以上簡単には見捨ててやらん。それくらいは、まぁしてもいいだろう。これはあれかね、グランやジータ達と関わった影響なのかね。

 俺にしてはお節介かもしれないな、と思いつつゼオに手を振って別れた。

 

 ――ところで。

 

「……あいつは火属性が得意で、二刀流で、刀を飛ばせるのか」

 

 一人ゼオの背を見送りながら呟く。

 俺が思う十天衆に対抗できるヤツらを集めるという目的の一つとして考えられる能力だ。強さも相当だし、もし本当に鬼とやらになったとしたらClassⅣとぐらい張り合えるかもしれない。面白い戦力だし、あいつは勝手に一部として考えておこう。

 

 となると十天衆みたく何人かの集団として集めるのがいいだろうか。

 

 “十天衆"は十種ある武器種それぞれの最強の使い手の集まり。

 “七曜の騎士”は真王に仕える全空最強の七人の騎士。

 

 しかし“蒼穹”に加入した十天衆に対抗するとは言っても、十人も集めるのは骨が折れる。というかそんなヤツらがまだ存在しているかどうかも怪しい。強いヤツらはほとんどが“蒼穹”の騎空団に入っちまってる可能性だってあるからな。できれば十人の半分、五人ぐらいがいい。だが五人だと少ない気もしてくる。五人でも高望みな気はするが……。

 じゃああれだな、六人にしよう。一旦。だって火、水、土、風、光、闇の六属性あるし。それぞれの属性で一人ずつくらい見つかればいいかな、というところで考えよう。空の世界は広いし。

 

 となるとどんな集団にするかというところだが。まだ一人しか決まってないし関連性をまだ見ぬヤツらに求めるのもちょっと不利なんだが。

 とりあえず共通点が見つかったら変えればいいとして、一旦どういうヤツらを集めるか決めておこう。

 

 とは言っても現段階では未定すぎるので本当に仮ではあるんだが。

 

 六属性それぞれの刀使いを集めてみようか。




というわけで、全属性に古戦場EX+とかで使える奥義キャラを実装してくれ、という私の私怨私情に塗れた欲望に基づき。

もとい、ダナン的に都合が良かったので。

ゼオ君は普通に侍キャラなので奥義ゲージの最大値が200になってる火属性の子です。奥義を一回ずつ撃ちます。
一応オリキャラに関しては三アビ取得フェイトみたいな立ち位置の話を更新後にアビ紹介みたいなヤツを載せようと思っています。話数稼ぎですね。

グラブル公式サイトの新キャラ紹介みたいなのを想定しています。


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初めての邂逅

日付変わってたごめんなさい。

いやぁなにと邂逅するんでしょうねぇ誰と邂逅するんでしょうねぇ。
全然わっかんないなぁ。


 ゼオと別れた俺は、思いつきで六属性それぞれ刀を使うヤツを集めようと決めた。

 そこで人脈の広いシェロカルテに、腕利きの刀使いの噂があったら仕入れておいてくれと頼んでおく。

 

「腕利きの刀使いですか~? 随分と変わった依頼ですね~」

「まぁな。十天衆みたいな集団を作ろうかと思って、ゼオ見て考えた結果だ。あんまりいなさそうだったり、俺が出会ったヤツが刀使いじゃなかったら変えるような適当なヤツだから、もしあったらでいい」

「わかりました~。今後とも是非ご贔屓に~」

「ああ。じゃあな」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺は次の目的地へ向かった。次はバルツ公国だ。

 行くと以前入った地下施設が封鎖されていたので、仕方なくバルツ公国のザカ大公を尋ねた。俺の名前は知らない可能性もあったのでグランの名前を出してやったらすんなり会えた。ヤツらから多少話を聞いていたのかザカ大公は俺の存在を知っており、直々に案内してもらってバルツにいる星晶獣コロッサスの下へ到着し、難なく空図の欠片を手に入れることができた。ザカ大公は話のわかるヤツだ。

 ついでに鍛冶が盛んな場所でもあるので武器防具のメンテナンスもしておいた。

 

 次は順番を変えてルーマシー群島へ向かう。サバイバルをしたので庭みたいなモノだし、さっさと最奥の泉へ行ってユグドラシルに呼びかけ空図の欠片を貰った。そういや最初訪れた時ロゼッタが戦わせたくないみたいだったし、おそらく戦いを好む星晶獣ではないのだろう。

 ここまでは割りと順調だ。

 

 その間に音楽の祭典で妙な連中と共鳴(レゾナンス)したり、なんてこともあったのだがここでは割愛する。だがおかげで武器が増えてしまった。どんどん担ぐ革袋が大きくなっていく。そろそろ常備するには重いので運び方を変えたいところだ。グラン達はどうしているのかと聞いたことがあるのだが、グランは『召喚』があるので問題ないらしく、ジータは騎空艇の自分の部屋に置いているらしい。頻繁に使うヤツは持っていくが、使わないモノは置いていくそうだ。あとグランが『召喚』した武器を借りるという選択肢がある。……俺も『召喚』の能力が欲しかった。

 

 俺は決まった拠点とかがないので武器を置いていくことができず、こうして嵩張っているわけだ。ほとんどが仲良くなった証にくれたヤツなので捨てることもできず、持ち歩くしかない。馬車でも購入すること考えておかないといけないなぁ。

 

 一先ず次の目的地アウギュステを訪れた。

 

 リヴァイアサンの祠があるという場所を知ったので、そこへ向かう。

 近づいても魔物が襲ってくることは多くならず、難なく祠に辿り着いた。ティアマトの時とは違って既に少し小さな状態で俺を待ち構えている。

 青い肌を持つ手足のない竜。以前見た時はとんでもない大きさだったが、どうやら真の姿で戦うようなことはしないらしい。

 

「空図の欠片が欲しい。どうすればいい?」

 

 俺は最近同じようなことを聞いているな、と思いながらリヴァイアサンに尋ねる。今の大きさは以前より小さく、全長百メートルほどの大きさだ。それでも大きいことに変わりはないので、戦うなら油断ならない相手となるだろう。

 星晶獣は大半が喋れないことが多いのか、リヴァイアサンは一つ吼えると俺に殺気を叩きつけてくる。……なるほど、こいつは戦いを望むか。

 

「わかった。じゃあやろうか」

 

 相手は水を司る星晶獣だ。それに有利となるような武器と言えば、あれか。音楽の祭典で組むことになった内の一人、“蒼穹”の騎空団に所属している人型星晶獣バアルから貰った武器。槍なので使える『ジョブ』としては【スパルタ】か【セージ】か【アプサラス】となる。全てClassⅣの『ジョブ』だ。

 【スパルタ】は強敵相手によく使うファランクスという防御障壁を使える『ジョブ』で、防御寄り。

 【セージ】は全体回復のヒールオールなどを使う回復寄りの『ジョブ』。

 【アプサラス】はちょっと特殊だが攻撃寄りの『ジョブ』と言っていいだろう。

 

 ティアマトとも戦って思ったが、ClassⅣまたはEXⅡなら割りと攻撃寄りでも戦える。いずれも身体能力が格段に上がるので強いというのもあるが、強い能力は持っているのだから特性を理解すればそれぞれの強みを発揮して更に上の段階へいける。

 なので今回は【アプサラス】にしようと思う。

 

 【アプサラス】を発動しバアルから貰ったマイムールクローズを構える。

 【アプサラス】になると頭に被り物をする。上半身の服は黒く肌に貼りつくほどで、しかし袖がなく肩までとなっている。少し離れているが袖が別にあり、なんだかやけに袖口の大きい灰色の袖がついていた。下半身を覆うズボンは膨らんだデザインとなっており、大きな袖口と合わせて動きにくい気もする。加えて足首と上半身の袖を繋ぐように布が装着されており、風を受けるととても動きづらいだろうと思う。

 

 相手は水なので、多分大丈夫だ。ダメそうだったら【スパルタ】にしよう。

 

「いざ舞わん、ってね」

 

 【アプサラス】になるとやけに柔らかな口調になってしまう。こんなの俺じゃない、とは思うがグランやジータベースと考えれば違和感がない。逆に【ベルセルク】は口調的に俺っぽいし。

 バアルの武器はなかなか強い。まず雷を放てるという点が他の武器にないところだ。星晶獣の力を武器にしたらしいからだろうか。

 

 魔力を込めればマイムールクローズが雷を放ち始め、槍を振ると溜めた雷が放たれる。身構えていたリヴァイアサンは水の壁を築いて防ごうとするが容易く貫き直撃させた。流石に威力は弱まっていたが、リヴァイアサンにダメージを与えられている。放つ他にも雷を纏って自分を強化することもできるので便利な武器だ。バアルはかなり強い星晶獣なのかもしれない。

 

 怯んだ隙に雷を纏って強化し距離を詰めた。リヴァイアサンは水弾を放ってくるが今の俺なら造作もなく対処できる。

 一つ目を槍の突きで壊し、続けて左側に来た二発目は槍を振って相殺した。そのままくるりと背を向けるように回りながら槍の柄部分で三つ目を破壊。回転をやめず前に向き直ったところで右足の蹴りで四つ目の軌道を逸らした。右足を突いて走りを再開するまでの動作に淀みはない。舞うように、流れる水のような淀みのない動きで敵を圧倒する戦い方を得意とする『ジョブ』なのだ。

 

「そぉれ」

 

 槍に魔力を込めてリヴァイアサンへと落雷を食らわせる。かなり効いているらしく大きく怯んだが、それでも水を生み出し俺の身長を悠に超える津波を引き起こした。

 

「ちょっと気合い入れて、っと」

 

 今度は流れるような動きではなく、どっしりと両足で地面を踏み締め槍を構える。バリバリと雷を槍の穂先に集中させていき、真っ直ぐに突き出した。突きが斬撃のように飛び雷を纏って突進、津波を呆気なく穿った。そのままリヴァイアサン本体にもダメージを与えると大きく悲鳴を上げて怯んでいた。津波は中断されなかったが俺は空けた穴を通って難なく回避する。

 

「手向けの花よ咲き誇れ。――曼珠沙華」

 

 全体に効果を持つ強化効果を使用する。と言っても今は俺だけなので単純に威力を高めるためのモノだ。

 【アプサラス】が特徴的なのは、使用する技の共通の効果と、それぞれの武器を装備している時に発動する効果が存在していることだ。今使った曼珠沙華は弱体効果にかかりづらくしつつ、槍か斧を装備することでもう一つ効果が発揮する。今は槍を持っているので受けている傷が少ないほど攻撃力が上がる効果だ。斧の場合はその逆、傷が多いほど攻撃力が上がる効果となっている。という風に技毎装備している武器によって違う効果が発動するという特異性があるのだ。

 

「さぁて、舞ってもらおうかな。マイムール・パニッシャー」

 

 虚空から雷をいくつも放ちリヴァイアサンを襲う。流石に奥義は威力が高いので大きく怯ませることができた。ただそれで倒せなかったので、もう少し削ってから使うべきだったなと反省する。奥義直後は特殊な『ジョブ』でもなければ動けないようになっているので、もし相手が怯んでくれなかったら窮地になっていた可能性もある。今回はなんとかリヴァイアサンが体勢を立て直す頃には俺も動けるようになっていたのでそのまま距離を取らせずに戦い、程なくして倒すことができた。

 前回ティアマトと戦った時はゼオと一緒だったが、一人でもこのくらいなら戦えそうだ。そういやあの時はあいつら全員で戦っているのを遠くから見てたんだったなぁ。そんなに時間は経っていないはずなのにやけに懐かしく感じる。あれから色々ありすぎたせいだろう。

 

 無事空図の欠片を貰えたので、これで四つ目だ。

 空図の欠片とは一体なんなのか、ファータ・グランデ空域に一体いくつあって全てとなるのか。そういったことは知らないが、とりあえずファータ・グランデ空域に関してはあいつらが辿った道をなぞれば自然と集まるので楽だ。とりあえず俺が知っているところはあと二つ。他は見当もつかないが、一つはエルステ王国の可能性が高いとは思っている。星晶獣は覇空戦争のために星の民が創った兵器だ。そしてエルステ王国の星晶獣デウス・エクス・マキナはその覇空戦争の時に星の民に降伏して貰った星晶獣らしい。空図の欠片を持っている星晶獣、持っていない星晶獣の違いはよくわかっていないが、可能性としては高いと見ている。

 

 機会があったらまたエルステ王国を訪ねて、オルキス女王に聞いてみよう。

 

 次はシュヴァリエのいる城塞都市アルビオンか、今はなにもない霧に包まれた島か。

 どちらに行くとしても少し依頼をこなしてからでいいだろう。アルビオンへの定期船は明日発だし、霧に包まれた島に至っては定期船が出ていない。……適当な小型騎空艇を借りて飛ばすしかねぇかな。まぁ後で考えよう。先にアルビオンへ行ってみようか。シュヴァリエはアルビオンと表立って関係のある星晶獣なのですんなり会えるかどうかはわからない。城主となっている人にアポを取る必要は出てくるだろうが、まぁそこも行ってから考えよう。わからないことを考えても仕方がない。とはいえ準備を怠るのは俺らしくもない。

 とりあえず、あれだな。シェロカルテの商会にアルビオンの城主とアポ取りたいからできそうなら連絡しておいて、と告げておこうか。

 

 ということで街に戻りシェロカルテの商会関係者に頼んでおいた。……とそこで「シェロカルテさんから伝言です。『先にアルビオンの城主様に連絡しておきましたので、用意しておいた依頼を騎空士として受けてくださいね~』とのことです」と言われてしまったが。相変わらずあいつは勘がいい。というか俺のとりあえずの旅の目的は知っているだろうから当然なのか。あいつには借りを作りっ放しだな。あと絶対敵に回したくない。

 

 で、シェロカルテに受けろと言われた依頼の内容を聞く。

 依頼主は別にいるそうで、その人から巷を騒がせている盗賊達の退治依頼を受けて欲しいとのことだ。なんでも商人仲間らしく、近くを通ろうとすると積荷を奪われるためほとほと困っているという。並みの騎空士では対応できない強さではあるらしく、五人の騎空士が退治に向かって首だけ帰ってきたとか、そういう連中のようだ。アウギュステの自警団も相手の人数が多くなかなか手を出せていない状況だとか。そこで俺の出番、ということらしい。

 まぁたかが盗賊に苦戦することはない、はずだ。星晶獣に一対一で勝ったばかりだし。あと人間相手なら容赦なく準備ができるし。殺りやすいったらありゃしない。

 

 とりあえず依頼主がいるという住所を教えてもらったので、そちらへ向かうことにした。

 商人ではあるが住んでいる家は質素らしく、街外れの方らしい。あまり人気のないところだ。まだ昼過ぎなのでほとんどが働きに出ているのだろう。

 

 教えてもらった住所から家を見つけ、扉をノックしようかと思ったのだが。家の中に人に気配が一つしかない。奥さんと二人で暮らしだと聞いたし、シェロカルテに頼まれた人も今の時間帯なら二人共家にいるはずと言っていた。まぁ出かけてるんだろうと思いノックしようと拳を掲げたところで、

 

「トレッビアァン!!」

 

 若い男の歓喜に満ちた声が家の中から響いてきた。……なんだ?

 怪訝に思っていると俺の前の扉が開き、俺は咄嗟に大きく後方に跳んだ。

 

「うん? ……これは幸か不幸か」

 

 家から出てきたのはローブを纏った癖のある短めの茶髪をした青年だった。俺を見て微笑んでいる。……こいつが出てきた瞬間から濃い血の匂いがしやがった。商人はおっさんらしいが息子がいるとは聞いてねぇし、こいつが殺ったのか?

 突然の事態に身構え注意深く青年を警戒する。

 

 彼はそんな俺の様子を気にも留めず、爽やかに嗤った。

 

「さぁ、キミはどんな『音』を聴かせてくれるのかな?」



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純粋悪

いやぁ、やっぱり最初こいつにして良かったですね。
皆さんの食いつきが良かったです(笑)

こいつが一番インパクトあって最初にしやすかったというのが一番の理由です。

賢者に関しては唐突に組み込まれています。いつどこでどの賢者が登場するのか……楽しみにお待ちください。
そんなにがっつり扱うか扱わないかは、出会い方にも寄りますが。


 濃厚な血の匂いを身に纏う青年の登場に、警戒せざるを得ない状況となる。

 

 青年が徐に指を鳴らす。目の前に幾何学模様が描かれた――魔術の類いだ。発動の直前に大きく後方に跳んだのだが、雷のようなモノが放たれて広範囲に渡り破壊が巻き起こった。石畳の街路が粉砕され衝撃によってより飛ばされてしまうが、空中で身を捻って体勢を立て直し着地する。……いきなりなんなんだこいつは。

 

「へぇ? なかなかやるね」

 

 あっさり殺せると思っていたのか、青年は少し感心したように言った。

 

「……てめえ、いきなりなにしやがんだよ。出会ったら即殺し合いみたいな関係でもねぇだろうが」

「そうだね。でもオレはキミの幸福な『音』が聴きたいんだ」

 

 なんだよその『音』ってのは。クソ、訳がわからねぇ。行く先々でトラブルに巻き込まれるのはあいつらの領分だろうが。

 

「……チッ。俺はその家の商人に用があって来ただけだっての。お前が殺したんだろ?」

「ああ。偶々通りかかったんだが、どんな『音』を奏でてくれるのか気になってね。キミも聴いてみるかい?」

 

 俺は舌打ちして尋ねる。ヤツはあっさりと頷いて、再び指を鳴らす。すると突然小さな巻き貝が現れヤツの手の中に落ちた。

 

「耳を当てて聴いてご覧よ。いいアルモニーを保存できたと思うんだ」

「今さっき殺されかけて近づくヤツがあるかよ。聴かせたいんなら投げて寄越せ」

 

 会話は成立している。彼は肩を竦めると巻き貝をゆっくりと投げて寄越してきた。……なにかが入っているようなことはない、か。そういえばアウギュステで小耳に挟んだんだが、波のさざめきを巻き貝に録音できるとか聞いた気がするな。あれと同じようになんらかの方法で巻き貝に『音』を保存してるってことか。

 意識はヤツから外さず、耳に巻き貝を近づけて『音』を聴いてみる。ヤツがタイミングを見て指を鳴らし、「ルジストル」と呟くのが聞こえた。やはり攻撃か、と身構えるが違ったようだ。

 

 ――骨が折れるような鈍い音に、液体の滴る音。悲鳴と絶叫。液体混じりのモノが落ちるような音。

 

「…………趣味が悪ぃな。人を殺した時の音かよ」

 

 俺は顔を歪めて巻き貝をやや強めに放り投げて返却する。

 今の音を聞く限り、こいつは巻き貝に「人を殺した時に発生した音」を保存して収集していると思われる。クソ親父も大概狂ったヤバいヤツだと思うが、こいつもこいつで狂っていやがるな。

 

「どちらかと言うとナニカが壊れる音が好きなんだ。人間は特に、ね。これを聴くと、皆顔を青褪めて逃げ出そうとするんだけど。キミは違うんだ?」

 

 少しだけ嬉しそうに笑う。その逃げたヤツも追って殺したんだろうな、とは思うが。

 

「どうやらお前は野放しにしておくのはちょっとマズいヤツみたいだからなぁ。ここで始末しとくのも悪くない」

「ふっ、ハハハッ! いいじゃないか! なんとなく、キミは他の人とは違う……甘美な『音』が出ると思ったんだ!」

 

 俺が逃げずに戦うとわかってか、ヤツは嬉しそうに笑い出し両腕を大仰に広げる。……精々短い余生を楽しんどけ。そんなに壊れる音が聴きたいってんなら、存分に聴かせてやるよ。てめえの身体が壊れる音をなぁ。

 

「……ってなったら一つしかねぇか。――【レスラー】」

 

 俺は本気で、ヤツを殺しにかかる。

 格闘得意の『ジョブ』にして、最強の肉体を誇る『ジョブ』。身体能力が格段に上がるClassⅣ、EXⅡの中でも身体能力という点では他の追随を許さない無二の『ジョブ』。

 

 それが【レスラー】だ。

 

 この『ジョブ』を発動した瞬間全身に力が湧き上がってくるのを感じる。身体能力どころか実際に筋力が盛り上がり、体格が変わってしまったのではないかと錯覚するほどになる。

 服など不要。鋼のように鍛え上げた肉体さえあればいい。最低限のパンツと靴、そして黒いマントのみの恰好だ。頭には覆面を被っており、一度鏡で見てみたが顔の真ん中で、黒と白に色が分かれた覆面になっている。

 

 その覆面の奥で、俺は邪悪に笑った。

 

「俺は悪のレスラー。人体破壊を得意とするレスラーだ。存分に味わえよ外道」

 

 ザンクティンゼルで習得した時にグランと見比べて、姿形はほぼ同じだという結論に至ったのだが。ただ性格は珍しく反対になった。グランは正義のレスラーを自称し、俺は悪のレスラーを自称したためだ。その違いがなんなのかわからなかったが、どうやら『ジョブ』毎に持っている技、アビリティとは別にプロレスの技を使用するようになるのだ。ただ俺が【レスラー】になった場合は実際のプロレスには使えないような非道な技も使うようになるのだが。

 

「珍妙と呼ぶに相応しいな。まぁいい。オレに、キミの『音』を聴かせてくれ!!」

 

 珍妙なのは自覚している。だがまぁ『ジョブ』の恰好は変えられないので昔にいた英雄を恨む他ない。

 

 ヤツは指を鳴らして魔術を展開する。それに対して俺は、一直線に走り出した。【レスラー】の身体能力は随一だ。見たところ魔術を使うタイプなので、肉弾戦は緩いはず。しかもプロレスではリングというロープに囲まれたステージ上で戦うので、その中で如何に早く相手の懐に潜り込むかも重要である。

 

「っ!?」

 

 故に、【レスラー】の突進力は全ての『ジョブ』の中で最高最速。突き出された右手を掻い潜って懐に入った。ヤツが驚いているのが見える。

 

「ふんッ!」

 

 俺は青年の腰を掴み、力任せに上へ放り投げる。ちゃんと、頭が下になるように。

 

「うおぉ?」

 

 緊張感のない声が発せられた。これから起こることを知らないからだろう。俺は跳躍して逆さになった青年の腰を両手で掴む。そして、

 

「人間ダンク!」

 

 重力に任せて急降下しその勢いのままヤツの頭を地面に叩きつけた。昔ClassⅣのグランにボコボコにされた時があったが、その時の【ベルセルク】よりも数段筋力が高い【レスラー】がこれをやればどうなるかは明白だ。

 ごしゃりと嫌な音が聞こえ地面が陥没する。陥没した地面には血塗れて潰れたヤツの頭があった。

 

「……ふん。他愛ない」

 

 俺は吐き捨てて地面に青年を倒し放置すると踵を返した。

 こいつはどうやら快楽殺人鬼の類いなので始末しても問題はないと思われる。これまでも何人か殺していそうな口振りだったので、指名手配とかされているかもしれない。後でシェロカルテに聞いてみるか。

 

 と思っていたのだが。

 

「あはははっ! 今のはイイ『音』だった! まさかオレの壊れる音がこんなに甘美だったなんてッ!!」

 

 おぞましいほど歓びに満ちた声が聞こえて、素早く振り返る。そこには血に濡れてはいたが青年が恍惚とした表情で立っている。……嘘だろこいつ。結構強めにいったんだが。

 

「……あらゆる意味で気持ち悪ぃな、お前」

 

 俺はただの魔術が使えるだけの殺人鬼でないとわかり、警戒して身構える。……だがそれなりに頑丈なのか、さっきのでも殺せていない。

 

「く、ははっ! 酷いな。……オレの壊れる『音』もいいが、キミの壊れる『音』も聴いてみたい。これは本気で戦うしかないみたいだよ――タワー」

 

 ヤツの呼び声に応えるように、巨大な影が出現する。そいつは黒い壁のような身体に蒼い線の入った巨人だった。俺が見てきたモノの中ではゴーレムやコロッサスに近いだろうか。分厚く強大な姿が顕現すると周囲に強烈な威圧感が撒き散らされる。

 

「まさか、星晶獣か? なんでこんなとこに……」

 

 あれがただの魔物であるはずがない。超常の、神にも等しき存在。最近はそいつらとばかり会っているから以前のような畏怖はないが、それでも存在自体が異常と言えるモノのはずだ。

 

「よくわかったね。こいつはタワー。そんでオレはタワーの契約者ってわけだ」

「契約者だと?」

「そう。利害の一致でね。言っておくがタワーの一撃は強力だ。イイ『音』を奏でてくれるんだよ」

 

 契約の内容とかはどうでもいい。星晶獣と契約した人間、ということはこれから行こうとしているアルビオンの城主と同じモノということだ。アルビオンの城主となった者は星晶獣シュヴァリエと契約する。契約ってのが具体的にどういうモノなのかは置いておいて。

 

「だけど一つ問題があって、タワーが本気を出すと島が割れてしまうんだ。もしキミが落ちたりしたらキミの『音』が聴こえないだろう? だから、キミを招待するとしよう」

 

 なにを言っているのか半分も理解できなかった。

 ヤツはローブのポケットから一枚のカードを取り出すと掲げて見せる。【レスラー】は所詮近接専用なので手出しできず、警戒する以外にできることがなかった。ヤツはまた指を鳴らす。するとカードが光を放ち始める。目晦ましかとも思ったがすぐ収まって視界が回復する。

 

「……なんだ、ここ」

 

 見ると景色が一変していた。さっきまで寂れた街の中にいたというのに、今は赤い荒野に佇んでいる。

 

「ここはタワーが見た、実際にあった記憶の中。空の民と星の民が争った覇空戦争の記憶。ほら、そこで空の民が戦っているだろう?」

 

 青年が指差した方向には、確かに人がいる。大勢の人が強大な星晶獣を相手に戦っている光景だった。今俺達のいる場所が丘の上だったからかよく戦況が見える。あまり芳しくはないようだ。人側が押されている。

 

「……それを信じろと?」

「どちらでも。キミが信じようと信じまいと、事実は変わらない。それより、ここならある程度融通が利くから、存分に戦う場所としては都合がいいんだ」

「そうかい」

 

 ここがどういう世界なのかはよくわからない。魔法でできる範疇を超えているとしか思えないが、星晶獣の力だと言われてしまえば納得する他ない。あとはこの世界が幻覚なのか、実際に世界として存在しているのかを見極めたいところだが。そんなことしてる余裕はなさそうだ。

 

「さぁ戦おうか。オレが負けてもオレの壊れる『音』が聴ける。キミが負けてもキミの壊れる『音』が聴ける。いいじゃないか、最高の勝負になる!!」

「俺からしてみりゃいい迷惑だがな」

 

 興奮しきりなヤツの様子に辟易しつつ、こうなったらここから出してもらうためにも戦う他ないと判断する。

 もう絶対敵わない相手だと頭と心と身体に叩き込んでやるしか、こいつから逃げ出す方法はないだろう。それ以外の道は俺が敗北し、死んで『音』になるかしかない。

 

「面倒だが、仕方がない。徹底的に破壊してやるよ」

「是非やってみてくれ。キミが壊れなければ、ね」

 

 言い合ってから、俺は最速で突っ込むことにした。タワーという星晶獣がどんな能力を持っているかわからない今、先手必勝、一発で契約者たるあの野郎をぐちゃぐちゃにしてやればいいと思っての行動だ。

 【レスラー】の飛び抜けた身体能力を生かして突っ込んでいく。しかしヤツはそれを見越していたのか俺の動きが捉えられていなくてもいいとばかりに右手から魔術を放った。火や水などではなく破壊を齎す魔術のようだ。俺は腕を交差して防御姿勢を取り、魔術に対してそのまま突っ込んだ。ヤツの口元に笑みが浮かぶ。おそらく俺の壊れる『音』が聴けると思ってのことだろう。当然直撃して身体が軋み激痛が襲ってくる。だがその程度で【レスラー】の肉体は敗れない。

 

「なにっ!?」

 

 流石のこいつも真正面から耐え抜かれたことはなかったらしい。俺は構わず驚いた表情のヤツに全力のタックルをかました。直撃した箇所の骨は粉砕され、ヤツの身体は呆気なく宙を舞う。どしゃりと地面に落ちたヤツの左腕はおかしな方向に曲がり、折れた肋骨が肺に刺さりでもしたのか苦しげに呼吸して血を吐き倒れ伏す。

 俺はそう思って腕組みをし仁王立ちして青年を見下ろす。

 

 【グラップラー】から連なる格闘しか得意武器のない『ジョブ』はガントレットや爪など拳に装備する武器を装着することは可能だが、基本的に己の肉体こそが武器である。それがClassⅣともなれば、その肉体は武器程度ではなく兵器とさえ言っても過言ではない。

 

「が、ははっ……ごふっ! イイ! 実にイイッ! キミの齎す『音』は格別だ! さぁ、今度はキミの壊れる『音』を聴かせてくれ! ――タワー!!」

 

 青年が恍惚に顔を歪め心底嬉しそうに笑い、佇んでいた巨人に指示を飛ばす。

 タワーはその巨大な豪腕を振り被り、青年が使っていた魔術のような蒼い雷を拳に纏わせた。……どうする? 避けるか? いや避けられるような一撃なのか? あいつはタワーの一撃を島を割るほどだと言った。つまり避けても余波を受けてしまう可能性がある。なによりタワーの攻撃を受けられないと思われたらあいつに諦めてもらうという目論見が達成できない可能性が出てくる。

 クソ、仕方ねぇか。

 

 俺は内心で毒づいて足を踏ん張り両手を挙げて迎え撃つ構えを取った。

 

「ははっ! 無駄だ、タワーの一撃に耐えられた人間はいない! さぁキミのアルモニーを聴かせてくれ!」

 

 青年はタワーの力を信頼しているのかこれからのことの興奮が声に大きく出ていた。

 かなり傷が治っている。魔術ではなく自然と再生していっているようだ。

 

 俺は構わずタワーの拳を両手で受け止める。直撃の衝撃で掌の皮が消し飛んだ。血が飛んでくるが無視して全身に力を込める。足と腕の筋肉が一層膨らんだ気がした。余波で覆面が弾け飛び、マントも吹き飛んでしまう。受け止め切れなかった衝撃が周囲の地面に亀裂を生み大きく陥没させた。力を入れすぎたのか衝撃を受けたせいか腕から出血し、それでも力を入れ続けてタワーの拳を受け止める。

 

「あぁ……! 『音』が聴こえる! キミの壊れていく『音』が――やんだ?」

 

 興奮に満ちた青年の声は、疑問によって萎んでいく。

 なんとか、俺は耐え切ってみせた。身体に力は入る。全身が痛いが意識ははっきりしている。なら問題ない。しかもこの状態なら、攻撃を受けた直後の今ならあれができる。

 

「……ナイフハンド・」

 

 俺は交差していた腕の内左腕を解いて振りかぶる。皮の剥けた拳を握るのは痛いが構わずぎゅっと握り締めて渾身を宿した。

 

「ストライクッ!!!」

 

 全体重を乗せて、タワーの拳に己の拳を叩きつける。

 

「――――!」

 

 タワーは腕ごと押し返されバランスを崩し、ボロボロと破片を零して後退する。加えてタワーの腕は捻じ曲がっており、少なくとも一時は使えない状態になって力なくぶら下がった。

 

「……」

 

 ヤツはその光景を、タワーの一撃が返された瞬間を、ぽかんとして眺めていた。

 

 俺は口の中に溜まった血を集めてぷっと地面に吐き捨て構えを解く。

 

「【レスラー】嘗めんなよ、てめえら」

 

 怪我はしているがまだ戦える。ボキボキと拳を鳴らしニヤリと笑った。

 

「倒せるモノならやってみやがれ」

 

 悪に相応しい態度。その力で畏怖を与え、正義を砕く残虐な心の象徴。

 それが俺の【レスラー】だ。

 

「……くははっ、あははははははっ!!!」

 

 青年は身体を震わせたかと思うと、大声で笑い始めた。

 

「まさかタワーでも壊し切れないなんて、思いもしなかった。キミ、凄くイイよ。……これはオレの負け、かな」

「随分潔いな」

「今のオレにキミを壊すだけの力はないとわかった。それで充分さ。それに、なぁタワー」

 

 ヤツは爽やかな笑顔を浮かべて契約している星晶獣を向いた。見るとタワーが()()()()()()()()拳を振り被っている。

 

「あ?」

「タワーの契約者は、負けたらそれまで壊してきたモノと同じことを、タワーにされるのさ。キミが教えてくれたことだろう? オレ自身の奏でる『音』は、最高に甘美なんだって」

 

 言って、ヤツはタワーの拳を恍惚として受け入れる。直撃するとロベリアの身体が内側から破裂した。タワーが拳を引くと光が辺りを包み込み確実に死んだヤツの身体が徐々に治っていく。

 

「悪いが邪魔しないでくれよ。オレが『音』にしてきた人数を考えても、これはずっと、長い間続くだろう。つまりその間オレはオレ自身が壊れる甘美な『音』を味わい尽くせるってことなんだ!」

「邪魔しねぇよ。自己満足できるんだったらそうしとけ」

「ああ。タワーもオレと同じ、壊すのが好きな星晶獣でね。タワーも、オレを何度も壊し続けられて幸せなんじゃないかな」

「そうかい。末永くお幸せに」

 

 だったら俺を巻き込むんじゃねぇよ、と思わないでもない。だが俺が倒さなかったらこいつはずっとどこかで人を殺し続けてたんだろうな。……また野放しにされることになったらどうすりゃいいんだよ。いや、そうなったら今度は“蒼穹"の連中に押しつけよう。うん、そうしよう。

 

「また会うことがあったら、今度はキミの力になろう。オレに最高の幸せを教えてくれたキミの力になりたいんだ」

「考えとく。できれば二度と会いたくねぇよ」

「そうかい? 近い内に会えると思うけど。まぁいいや。ありがとう、オレを壊してくれて」

「……いいからさっさと帰せよ」

 

 こいつのありがとうはよくある「止められない殺人衝動を止めてくれてありがとう」ではなく、本当に「タワーに今まで壊してきた分壊され続ける幸せを教えてくれてありがとう」なのが救えない。救う気もねぇが。

 

「わかってるよ。じゃあまた近い内に。タワーのカードは渡しておくよ」

「二度と会わないしいらねぇよ」

 

 しつこい青年に顔を顰めて『ジョブ』を解除する。

 

「ふふっ。タワーの契約者、ロベリアだ。また会おう黒衣の少年」

 

 青年――ロベリアは確信があるかのように笑うと、最後にそう名乗った。俺の身体が光に包まれ元の世界に帰っていく。当然よろしくする気がないので名乗らない。顔を覚えられてしまったようだが空の世界は広いので会わない可能性が高いだろう。というかさっさと空域を越えよう。

 

「……はぁ。トラブル体質はグランとジータだけで充分だっての」

 

 俺は戻ってきてロベリアの姿がないことに安堵にため息を吐く。ふとローブのポケットに手を突っ込むといつの間にかカードが入っていた。取り出して眺めてみると、タワーの描かれたカードのようだ。……捨ててもいつの間にか手元に戻ってくるとかありそう。一応持っとくか。これがある限り、旅をしているオーキスやアポロがあいつと出会う心配は減りそうだし。あいつらが狙われるなら、俺が引き受けた方が幾分気持ちは楽になるか。

 

「……めんどくせ」

 

 俺は言って、家に入り依頼主の死亡を確認してから一応盗賊の殲滅に向かった。

 疲労はしていたがさっくりと終わった。なにせ遠くからアジトを【ウォーロック】渾身の魔法で吹っ飛ばしたんだからな。人質がどうとかは知らない。少なくとも俺が遠距離特化の【ハウンドドッグ】で見た限りいなかったのでまとめて吹っ飛ばしてやった。慌てて出てきたところを【ハウンドドッグ】で狙撃すればさっくり始末できた。崩壊したアジトに残って様子を窺っていたヤツらは好都合だともう一発魔法をぶち込んでやったし、反応がなくなってからアジトを回って生き残りがいないかを確認して回った。

 その後シェロカルテの関係者に、「殺人鬼が依頼主夫婦を殺した直後に遭遇して撃退したこと」と「盗賊を一人残らず始末したこと」を伝えた。仕方ないと報酬を渡してくれたので今日は宿に泊まって明日、アルビオンに向かおう。

 

 念のため、星晶獣との契約に関しても話を聞いてみるとするかな。




ロベリアとかアオイドスとかバアルとかローアインとか、喋り方が特徴的なヤツは難しい。っぽくなかったらすみません。次回登場する時までに勉強し直しておきます。

本当は「エレガンスに振る舞えよ? はしたないぜ」も言わせたかったのですが言うチャンスがなくなってしました。

因みにわかっている方も多いとは思いますが、一応補足しておきます。
ロベリアさんとタワーさんは全然本気ではありません。

この作品に登場させる時本気で戦ってる感を出す時はアビリティを行使したり奥義を撃ったりさせます。それが全くありませんので、ロベリアは通常攻撃しかしていないという認識になります。
タワーは召喚効果同様、パンチが段々と強くなっていきます。なので一発目は一番弱いパンチ、ということですね。あと雷起こしたりもできるみたいなので、全く本気ではありません。ただしタワーが強すぎてロベリアが繰り返し放たれた後の本気の一撃がどんなモノなのか知らないという裏設定があるので、まさかタワーの一撃を受けるなんて、という驚きがあるという感じですね。

ダナンの幸運は二つ。
真っ先にロベリアに一撃入れて自分が壊れる音を聴かせ負けてもいいやと思わせたこと。
そして【レスラー】が超強いこと。
以上ですね。


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世界を手にする

ロベリアさんのウォーミングアップ、如何でしたでしょうか。おそらく物足りないと思った方が多いと思います。安心してください、再会が楽しみですね。

ちょっとした急展開、お許しください。


 アルビオンに向かった。シェロカルテと自分の名前を告げると難なく城主の下へ通された、と城主代理の人のようだったが。

 

「今城主のヴィーラ様はとある騎空団に席を置いております。星晶獣シュヴァリエとの契約は切れておりませんので、今は私が代理を務めています」

 

 とのことだった。

 なんとなく“蒼穹”なんだろうなぁ、と思ってしまったのは俺だけだろうか。あいつらどんだけ各国の要人抱えれば気が済むんだ。

 

「本題は簡単だ。シュヴァリエの持つ空図の欠片が欲しい。それはヴィーラ様とやらに直接会わなければ不可能か?」

「いいえ。シュヴァリエの加護が島を覆っている限り、この島でも受け取ることができるかと思います。後程ご案内しますね」

 

 良かった、受け取れるようだった。

 

「あともう一つ、わかればでいいんだが星晶獣と人が契約するってのは、具体的にどういうことなんだ?」

 

 俺は城主代理の男性に尋ねる。

 

「星晶獣との契約について、ですか。実際に契約したヴィーラ様なら具体的な答えを出せるかもしれませんが、私では抽象的なお話になってしまいますがそれでも?」

「ああ、問題ない」

 

 元々具体的な返答を期待しての質問ではない。頷いて先を促す。

 

「では。まず星晶獣シュヴァリエと契約した者は、星晶獣シュヴァリエに力を借りることができます。ただしこれにはデメリットが存在し、力を借りれば借りるほど、より強い力を使えば使うほど侵食されていきます。これは人よりも星晶獣の存在の方が強いからだと言われていますが。侵食と一口に言っても精神に影響が出る者や、肉体に影響が出る者などケースは様々だと聞きます」

 

 ふむ、と考え込む。ロベリアは精神に異常は持っているが、あれはなんというかタワーに侵食されて、という感じはなかった。つまりあいつは侵食が少ないかあまり影響しない。元々狂ったヤツで、タワーも壊すの大好きみたいな発言はしていたから、気が合って契約したみたいな感じなのだろうか。

 

「契約は基本的に、人が星晶獣の力を借りる代わりに、星晶獣が人になにかを求めるという構図になるでしょう。一方的ではなく双方の合意の下交わされるモノと思っていただければ。星晶獣が求めるモノは大半精神的な要求になるかと思います。シュヴァリエもそうですからね。これは力を貸す上で精神に影響を及ぼさない、言ってしまえば気の合う人を選びたいということだと思われます」

 

 それは納得がいく。ロベリアとタワーもその類いだろう。

 

「加えて本来ならシュヴァリエがこの島を守る星晶獣であるためヴィーラ様はこのアルビオンから出られないはずだったのですが。それが変わったのはおそらくヴィーラ様の心境が、シュヴァリエに影響を及ぼしたからでしょう。星晶獣は生物兵器として覇空戦争の折星の民によって使われましたが、装置とは異なります。彼らにも感情があり思考を持っています。……という触りくらいでしょうか、私に語れるのは」

 

 城主代理は少し申し訳なさそうに話を区切った。別に謝るようなことでもない。概要がわかっただけでも儲けモノだ。なにせ人と契約している星晶獣の話を聞くことなんて早々ないからな。

 

「いや、概要だけでも充分だ。もし城主様に会うようなことがあれば、実際契約してみてどうかって話を聞いてみることにするよ」

 

 俺は言って、城主代理の人に案内してもらいシュヴァリエから空図の欠片を受け取った。

 それからシェロカルテの商会に例の売り上げから差し引くという名義で小型の騎空艇をレンタルし、霧に包まれた島を目指した。小型騎空艇くらいなら操縦はできる。免許とか資格は持っていない。安全運転第一でのろのろと進んでいった。実際に操縦してみると、ザンツのおっちゃんの腕の良さがよぉくわかる。だって凄ぇ揺れるんだもん。

 

 誰もいないと思っていたら顔色が悪く透けた姿の住人がそれなりに出迎えてくれた。幽霊の住む島なようだ。この島に縁のあるセレストという星晶獣の力によって現世に残っているらしい。実はもう一人セレストの力で残っていたのではない幽霊がいたそうなのだが、とある騎空団に入ってしまったらしい。“蒼穹”だろ絶対。もういいよこの流れは。

 と思いつつも幽霊の住人に歓迎してもらい、お礼に料理を振る舞って昇天させかけつつ過ごした結果、セレストにお目通りさせてもらい難なく空図の欠片を手に入れた。……なんか今までで一番平和に過ごせた気がする。相手は幽霊だったが。

 

 次はガロンゾだ。確かここで既に黒騎士が秩序の騎空団に幽閉され、フリーシアに連れられたオルキスとあの連中が遭遇したんだったか。騎空艇作りを司る、言ってしまえば船大工の星晶獣ノアが関わっててんやわんやだったらしい、と聞いたことがあったような気がする。因みにそのノアとやらも今や“蒼穹”の一員だ。なにやってんだあいつらはホントに。

 ここの星晶獣はミスラ。フリーシアに連れ去られていたが返還されており、今では平和なモノだ。その能力は誓約。口約束でも絶対遵守させるという星晶獣である。そんな星晶獣のいる島だからか、この島では契約書や請求書なんかを書かない。書かなくてもミスラの加護によって遵守されるからだ。

 

 さてどうやって会うかだが、ミスラ縁の場所を聞いて回って会うことができた。意外と簡単に済んだので良かった。そもそも戦いが本分の星晶獣でないからかすんなり空図の欠片を渡してくれる。フリーシアに付き合わされて辟易しているのかもしれない。マリス化させられたりフリーシアの誓約を遵守するために何度も再生させたりしていたみたいだしな。面倒事は極力避けたいと思っている可能性もある。

 ミスラは身体が歯車みたいになっているので表情とか感情は一切読み取れないのだが。

 

 ということで、なんだかんだすぐにあいつらの持っている空図の欠片の個数に追いついてしまった。……これでまだ一人しか仲間になってくれそうなヤツ見つけられてないって、ヤバいんじゃないか? やっぱ十人とか高い目標にしなくて良かった。六人ぐらいにしよう。ロベリアは絶対いらん。

 あいつらはポート・ブリーズ群島でラカムと出会い、バルツ公国でイオと出会い、アウギュステ列島でオイゲンと出会い、ルーマシー群島でロゼッタと出会っている。どんな強運なんだろうかと思いつつも、あいつらが既に問題を解決した島に行ってもあまり仲間は得られないか、と納得しておく。問題なく平和に過ごしている連中が残っているんだろうからな。

 

 この後はリーシャとモニカに連れられてアマルティア島へ向かい、そこで俺も合流した。ユグドラシル・マリスによって敗北した時は別れたが再度アマルティア島へ行き、続いてザンクティンゼルへ向かったという。それから俺達の救助に来て、その直後も別れたが後はもう帝都アガスティアに攻め込むだけだ。

 

「これからどうすっかな」

 

 俺はアマルティア島のある方角の端の方まで来て呟いた。これまではあいつらの軌跡を追ってきたが、これからは自分で考えて各島々を回らなければならない。

 とりあえずは考えていたエルステ王国かな。王都メフォラシュだ。

 

 旅の最中でも噂は耳に入ってきたが、王国を建て直そうと色々頑張っているらしい。表立って動いているのはオルキス女王、アダム宰相。この二人だそうだ。執拗な他国への侵略などもやめたエルステ王国は、各国との信頼を持つため積極的に関わりを持ちつつ内政を整えているという。目覚めて間もないだろうに次々と動いているのは流石王族か。いや、十年前に魂が身体から離れたとはいえ意識はあったそうだから、先々のことを考えて色々政策を練っていたのかもしれない。オーキスの魂のために別の器をアダムに創らせていたくらいだから、可能性はある。十年間一人だったら余程暇だろうしな。もし元の身体に戻れてエルステ王国が復活できたらこういうことをしよう、というのを頭に思い描いていたのかもしれない。

 

 まぁそんな憶測はいい。とりあえずメフォラシュに向かうか? いや、おそらく“蒼穹”も空図の欠片がメフォラシュにあるであろうことは予想するはず。ということは一旦“蒼穹”の連中がどこで手に入れたかを、道筋から探った後に行った方がいいか? あいつらと同じ場所に行けば大抵の空図は手に入るわけだし。卑怯な考え方だが効率はいい。

 

「じゃあまだ見ぬ島へ向かうか? とりあえずは“蒼穹”の動向を知るべきかな。あいつらの存在は目立つし情報は簡単に集まる」

 

 今最も注目されている騎空団と言ってもいい。なにせヤバいヤツしかいないからな。

 となると一旦街に戻って“蒼穹”が今どこにいるか、どこへ向かったのかという情報を仕入れる。で、宛てがなければ王都メフォラシュに行ってオルキス女王にデウス・エクス・マキナから空図の欠片をくれるよう口添えしてもらい、それまでに“蒼穹”の騎空団が聞いたことのない島に行っていたという情報が入ったらそこに空図を持つ星晶獣がいる可能性を考えてそこを目指す。空図の欠片を集め終えたら空域内で仲間探し、とこんな流れでいいか。流石に騎空艇を持たずに空域を越えるのは至難の業だ。せめて騎空艇を手に入れるまでは空域内を彷徨っていよう。

 

 というわけで。

 

「“蒼穹”の騎空団? あー、なんだっけな。確かダイダロイトベルトの方に向かったって聞いた気がするんだが」

「違ぇって。“蒼穹”は今メフォラシュに向かってるところだ。ダイダロイトベルトはもう離れたんだよ」

「いやいや。メフォラシュからまたアガスティアの方に行ったのも見かけたって聞いたぜ? つい三日前のことだ」

「お前ら情報が遅すぎんだよ。“蒼穹”の騎空団はもうダイダロイドベルトにもメフォラシュにもアガスティアにもいねぇ。極寒の地ノース・ヴァストに向かったのが今日最新の情報だ」

 

 お前ら耳早すぎ。いや情報通ならこれくらい普通なんだろうか。それともあいつらがそれだけ注目されてるってことか。おそらくどっちもだな。

 一応音楽の祭典で会ったが、あれから何日も経っている。あいつらの悪運なら次から次へと問題に遭遇していてもおかしくはない。

 

 行ったことのない場所はダイダロイトベルトとノース・ヴァストか。それからの動向も仕入れて空域を越えたっていう噂が立ったらそれらを回れば空図の欠片が手に入る可能性が高いということになる。軌跡を辿るだけでいいってのは楽だな。今後は自分達で行き先を決めなきゃいけないし、最初は甘えさせてもらうとしよう。

 

「チッ。ならこんな情報はどうだ? “蒼穹”がダイダロイトベルトに行く直前、なんとあの七曜の騎士が争ってたって話だ。雲は割れダイダロイトベルトの星晶獣にも影響があったって話だぜ」

「そんなら俺だって。“蒼穹”がメフォラシュとアガスティアへ行ったのは今話題のエルステ王国を巡る陰謀に巻き込まれたって話だ」

「結成する前も話題に事欠かなかったが、結成してからも話題だな」

「そりゃそうだろ。話題の騎空団サマにはなんせ、十天衆や各国の要人が入ってるんだからな」

 

 笑い合う酒場の情報通共。……今や世界が注目する騎空団ってわけか。俺はそこまでになりたいとは思ってねぇが、弱小騎空団だとは言われないようにしたいところだな。

 

「いい情報をありがとう」

 

 とりあえずあいつらの動向は掴めた。そんなに重要な話題はなく一般的に出回ってるような情報ではあったが、それで充分だ。これ以上細かい情報が欲しければ場所を変えてやり取りすることになるだろう。

 俺は一人につき一万ルピずつ渡して立ち去った。

 

 行き先は決まったな。メフォラシュ、ダイダロイトベルト、ノース・ヴァスト。必要ならアガスティアにも行くだろうが、とりあえずの行き先はその三つになりそうだ。

 ガロンゾから出ている定期船を確認し、それら三つの行き先に行けるかどうかを調べる。……メフォラシュしかねぇや。少なくともこの島から出ている船で残り二つには行けないか。ならメフォラシュに行くかとメフォラシュ行きの定期船が出ている港に向かう。道中盗賊がいたのでゼオから貰ったムラマサで刈り取っていき、ちょっと正規の道を外れた人気のない場所を歩いた。

 

「……あん?」

 

 その時、ゴロゴロと上空で嫌な音が鳴り出したかと思うと雨が降り出し始めた。

 さっきまでは晴れていたというのに。空を見上げてみれば黒雲が渦を巻いて広がっていくところだった。……なんだ? こんな天候聞いたことがねぇぞ? しかも渦の中心が俺のほぼ真上になっている。嫌な予感しかしない。

 

 バリバリと落雷が発生する。雨風も強くなってきて僅かな間でびしょびしょになってしまった。

 

「……」

 

 不意に渦の中心から気配を感じた。人ではない、ナニカの気配だ。ただの魔物という気配ではない。明らかに強大な――そう、例えば星晶獣のような気配が伝わってくる。

 

 パキン。

 

 俺の頭上の空間に亀裂が入る。亀裂は徐々に大きくなっていき、割れたかと思うと黒い円のようなモノが現れた。淵が光り輝く様は滅多に起こらないと言われる日食にも似ている。

 

 そして遂に、()()()は現れた。

 

 姿形は巨大な人。ただし全身が黒くて顔に部位がなくのっぺりとしている。身体つきを見る限り筋肉隆々の男性といった姿だ。そいつの周囲を草の蔦らしきモノが回っており、金の動物を連れ立っていた。

 ともすればタワーよりも強大な力を感じる。俺が今まで会ってきた中では、それこそアーカーシャが近いかもしれない。あんな世界を滅ぼせるような星晶獣が何体もいるとは思えないが、それほど強い星晶獣に思えた。

 

「――時は満ちた。あえて形容するならば、オレは胎動する世界そのモノ。オレの契約者たり得る者よ」

 

 そいつから声が聞こえてくる。やはり男性の声音だ。……なにを言ってやがるのか、全く以って理解できん。いや、名前名乗って俺に声をかけてきただけか? だとしても意味はわからない。

 

「……なに、言ってんだてめえ」

「頭の回りが悪いのか、はたまた理解が追いついていないのか」

「どっちかって言うと後者だ。いきなり現れて契約者だのと抜かされて理解しろって方が無理だろうが。なぁ、胎動する世界さんよぉ」

 

 言葉に嘲りを感じたので普段通りを意識して返す。

 

「オレ達『アーカルムシリーズ』の目的はこの世を創った創造神を駆逐し新たな世界を創造すること。しかしオレの目的を阻む、蒼の少女と赤き竜を連れた者達がいる。ヤツらは強い。オレと言えど人の契約者を必要とするほどにな。故に、ここにいる」

 

 簡潔な説明をしてくれた。一方的ではあるが対話する余地は残っているらしい。残念ながら俺でもアーカーシャと同等の星晶獣を一人で相手する気はない。戦いになったら死ぬだろう。

 だが向こうも対話による接触を試みているようだ。なら戦わず場を収めることだって不可能ではないはず。

 

 というか蒼の少女と赤き竜を連れたヤツって“蒼穹”の騎空団じゃねぇか。あいつらなにやってんだよ。だがまぁあいつらぐらいでなければこいつを打倒するなんて無理なのかもしれない。いつ戦ったのかは知らないが、少なくともアーカーシャとの戦いが終わった後のことだろう。俺がいなくても、多分あいつらならアーカーシャを倒せただろうし、強い仲間を大勢増やしている。その時一緒にいたかどうかはさておき、間違っても負けることはないだろう。

 

「つまり、あいつらに負けて焦ったからより力を使えるように契約者候補である俺の下に来たってか。神を殺すなんて戯言ほざく割りに、随分とショボいなぁ」

「否定も肯定も不要。創造神を駆逐し新世界を創造する。その目的のためならオレはどんな手段でも使おう。その障害になり得る者達を排除するために契約者が必要なら探す。それだけのことだ」

 

 俺の煽りも通用しない。……しかし聞くとなんつうか、人間臭いヤツだな。

 

「話し方は兎も角、目的への執着と言うか信念と言うか、そういうのは人間っぽいな。星晶獣なんだろ?」

「そうだ。オレは星の民が創りしつまらぬ傀儡。完全なる星の民は、オレに学ぶ力を与えた。学ぶ力とは、空の民に宿る力。破壊と再生を繰り返し、進化する力。しかしそれは同時に未熟であり続けるということだ。完全である星の民とは真逆の性質。星の民はオレの自我の進化を予見できなかった。創られ、操られ、支配される存在から、固定された運命から逃れようと自我を覚醒させたのがオレ達アーカルムシリーズの星晶獣だ」

 

 難しい言葉を使ってはいるが、要約すると「オレはお前達人と同じように考える力を持っていて、自我が芽生えている。その自我に従って星の民の支配を脱しようとしているのだ。あと同じような星晶獣がいっぱいいるよ」という感じか。

 とはいえバアルと関わりのある俺からしてみれば、自我を持った星晶獣なんてそう珍しいことではないんじゃないかと思ってしまうが、自我のない星晶獣の方が多いのだろう。俺が知っているのはあくまで一例だ。

 

「……お前の話は大体わかった」

 

 こいつの意思は聞いた。だがそれと俺が契約者になることはまた別の話だ。

 

「じゃあ、なんで俺なんだ? 俺は別にこの世界に不満持ってるわけじゃねぇぞ?」

 

 星晶獣との契約についてはアルビオンで聞いたが、その時の話を踏まえると契約者はできれば星晶獣と意見の合う人物がいいとされている。俺は別にこの世界に嫌気が差しているわけでもないし、新世界創造という言葉に魅力を感じない。精神に影響が及ぶんだとしたらご免被りたいところだ。

 

「新世界を創造すれば今ある世界も、世界にある無数の命も消える。それを許容できるかどうかは重要だ」

「俺にそれができるってか? ……昔なら兎も角、今はどうだろうな」

「無論オレ達とお前、お前の連れていきたい者達を連れ立つことは可能だ。共に新世界を臨むのなら、だが」

 

 俺が選んだヤツらは連れていけるってか。流石に俺に都合が良すぎる気もするな。俺を利用するために嘘を吐いている可能性もあるが、契約者候補が少なくて自分の目的を達成するためにどうしても契約したいという可能性も捨て切れない。

 

「なるほどな。じゃあ契約者としては、この世界を守りたいと思ってさえいなければ問題ないってことか」

「然り」

 

 胎動する世界はのっぺりとした顔を頷かせる。……それなら俺が選ばれたということにも納得がいく部分も出てくるか。

 

「だが、その程度の条件ならこの広い空の世界のどこにでもいるだろ? 俺である必要性はない」

「オレは世界を創り変えるだけの力を持っているが、その力を十全に扱える人間は多くない。神とは万物を創造する者。オレの創造神に足る力を使うには、不得意のない素質が必要だ」

「魔法の属性とかって話か。確かに神になるとか豪語しといて契約者が火属性にしか適性なくて火しか創れなかったら問題か」

 

 その点で言えば、俺は適任と言える。なにせこいつの言う通り不得意がない。どんな武器も魔法も、使いこなすだけの素質が備わっている。そういう意味では『ジョブ』持ちであることが一つの指標になりそうだが、残念ながら既に“蒼穹"の団長二人とは敵対関係にあるようだ。となれば俺に声をかけるしかない、か。

 いや。それでもまだ候補はいるはずだ。

 

「だがそれだけじゃあ俺に声をかけた理由になり切らないな。破滅を望みそうで、俺と同じで不得意のない才能、『ジョブ』を持ったヤツが一人いる。俺のクソ親父なら、お前の言う条件にぴったりだろ?」

「否。ヤツは不適任だ。協力を取りつけるのは容易いだろうが、目的達成寸前でオレが殺されかねない。なにより新世界にヤツを連れていく真似は避けた方がいいと判断できる」

 

 星晶獣にも嫌われてんなあいつ。というか知ってるのか。候補を挙げていく上で知ったのかもしれないが。

 

「そうかよ。だが『ジョブ』を持ってなくても不得意のないヤツは、全空を探せばいるはずだ」

「いはするが今の世を切り捨てられる者は他にいない。また、オレと契約するには他のアーカルムシリーズ十体と契約した賢者達を従えなければならない。その点お前は既に一人従えている」

「あん?」

「そのカードが証拠だ」

 

 胎動する世界が告げると、俺のローブの右ポケットに入っているタワーの描かれたカードが熱を持って光り出す。……あいつかよ。

 

「十人いる他の賢者を従えられる者を、オレは契約者としよう」

「お断りだ。あんなヤツばっかの連中と付き合ってられるか」

 

 胎動する世界の契約者になるための条件は挙げられた。だが俺はそれならと即答する。……あんなクソ親父と同類の匂いがする野郎を味方につけて堪るか。二度と会いたくねぇって心から思ってんだぞ。あんなのが後九人もいるんだったら関わり合いになるのはご免だ。断固拒否するしかねぇ。

 

「そうか? タワーは随分とお前を気に入っていたようだが」

「傍迷惑にも程があんだろ」

「拳を真正面から受け止めた人など初めて見たからだろう。それに感謝もしているようだ。今がとても楽しいと。あの天災を従わせられるのなら、他の賢者も問題ない」

 

 ロベリアとタワーは余程気が合うのか。妙なヤツに好かれたもんだと思う。

 その口振りだと一番厄介なヤツと一番最初に出会ったことになるんだが。俺もグラン達のこと言えないかもしれん。

 

「お前にはオレのカードを渡しておく。これは仮の契約のようなモノで、オレの力の一端が使えるだろう。残る九枚のカードを集めていくことで使えるオレの力が増えていくようになる」

「へぇ? で、お前の力ってのは?」

 

 肝心なところはそこだ。世界を創り変えるなんて大層なことを言っているが、実際にどう駆使すればいいのかはわからない。

 

「オレの力は創造。この世界にあるモノを創り変えることも、無から有を創ることも、有を無に帰すことも可能」

「便利だな。とはいえ十分の一じゃ大したことはできねぇ、か」

「そうだ。お前がオレの力を使うことでオレはこの世界の仕組みを知り、新たな世界を創る礎にできる。お前はオレの力を手にする」

「力を使っていくことでも利があんのか。で、その創造ってのはどうやってやればいい?」

「直感、若しくは想像する。例えばこの雲もオレが想像し、創造したモノだ」

 

 登場の演出だったのかよこの雨。おかげでびしょ濡れだよ。

 頭に浮かべたことを実現できる能力、というようなモノのようだ。想像力がモノを言う能力のようなのでしっかり使い心地を考えていくべきだろう。

 

「全てのカードを揃えるがいい。その時は、契約を交わしお前の力となろう」

「利用し合うの間違いだろ。……ま、一応覚えとくよ」

 

 力が手に入るのなら一考の余地がある。加えて真偽は兎も角連れていきたいヤツは新世界とやらに行かせてくれるらしい。なら俺としては問題ない。

 だがもし嘘で戦うとなった場合にあいつを倒し、最悪俺を殺せるだけの準備は確保しておきたいところだ。

 

「そうか。オレのことはワールドと呼ぶがいい。では、さらばだ。オレの契約者よ」

 

 胎動する世界――ワールドと名乗った星晶獣はそう告げて、黒い輪に吸い込まれるように姿を消した。……妙なことになってきたな。

 

 ヤツがいなくなると不自然なほど急激に晴れていく。どうやら本当に登場のための演出だったらしい。

 妙なことにはなってしまったが、今一度反芻して考えると悪くない条件ではある。あいつはおそらく将来グランやジータと戦うことも考えて俺を契約者に選んだのだろう。俺の素質があいつらに対抗できるとわかって。

 

 世界を相手にするという点で言えば、空の世界の敵を自称するロキでもいいような気はする。だがあいつは星の民なので、胎動する世界的に星の民に縛られるのが変わりないため嫌なのかもしれない。

 

「……もしものための準備をして、運良く他九人の賢者に会えたら真の契約を結ぶか。折角向こうから目をつけてくれたんだ。利用するだけ利用してもいいかもしれねぇな」

 

 向こうも俺を利用する気だし、俺が利用しようとすることも見越しているだろう。なら俺だって精いっぱい利用してやればいい。

 それに、

 

「十人ってんなら丁度十天衆にぶつけられそうだしな。精々利用させてもらうとするかね」

 

 俺は笑って、ずぶ濡れの衣服を乾かしてから移動し、エルステ王国王都メフォラシュ行きの定期船に乗り込むのだった。




というわけで、一応最強の能力を手にするフラグが立ちました。

まぁこうでもしないとビィもいるのでグランジータに勝てないっすよ……。

因みに。
本編でもちょっと触れましたが、今“蒼穹”は白風の境へ向かっている最中です。
あと一緒に旅を始め――いやちょっと旅したけど全然資金足らねぇわ、となった結果またバラバラになっています。空図の欠片の話をザンクティンゼルでした後、アマルティアに行ってリーシャと再会し、と暁の空編の序盤と同じような流れを辿っています。
本当はダナンがメフォラシュでイチャイチャしている時に逡巡の夜させようかとも思ったのですが、ちょっとタイミング的に難しかったので中断したという裏事情があったりします。

というか暁の空編って短くないですか? 日付的に短い期間で色々起こりまくってるんじゃないですかね。おかげで黄金の空編は五十話分いかないかもしれません。
今のストックで佳境っすよ。


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メフォラシュへ

タイトル通りのまったり回


 色々とやりたいこと、やるべきこと、やらなくてもいいけどなんか巻き込まれたことなどが乱立していっているが、とりあえず重要なことは空図の欠片を集めることだ。

 

 というか一つ一つ終わらせていかなければ延々と続いてしまう気がする。

 

 空図の欠片回収、仲間探し(特に操舵士)、賢者探し。

 この三つを俺の主な旅の目的としよう。割りと運要素が強い気はしているが、そこは各島を回って補うしかない。

 

 ともあれ立ち止まっている時間は少ない方がいい、ということで定期船に乗って王都メフォラシュに向かった。

 オルキス女王にお目通り願うと告げたら衛兵に槍を向けられる。……なんでだ。俺ってそんなに怪しい恰好してるだろうか。

 

「アダムに話を通してくれれば伝わるって」

「アダム様を呼び捨てにするなど無礼な! ここで始末してくれる!」

 

 いや熱くなりすぎだろ。

 本気で殺しにかかってきそうなほど鬼気迫る衛兵達に対し、俺は抵抗しなかった。

 

「おやめなさい」

 

 少し厳しめにぴしゃりと言い放ったのは、赤い軍服に身を包んだ黒髪の男。件のアダムだった。

 

「あ、アダム様っ!」

 

 衛兵は槍を提げ背筋を伸ばして敬礼する。躾が行き届いているようでなにより。

 

「久し振りですね、ダナン。オルキス女王陛下がお待ちです。行きましょう」

「ああ。とりあえず減給って言っておいてくれ」

「それもいいかもしれませんね」

 

 アダムは俺を真っ直ぐに見据えて言ってくる。軽口に頷いたのはおそらく冗談だろうが、声音が変わらないせいか衛兵が顔を引き攣らせていた。

 

「すみません。つい先日オルキス女王が誘拐されたところですので、兵士も殺気立っているようでして」

「そりゃ物騒だな。体制の整っていないメフォラシュを襲ってなにになるんだか」

 

 俺が肩を竦めるとアダムは少しだけ眉を寄せた。

 

「……実は、外敵と言うには少々込み入った事情がありまして。オルキス女王を攫ったのは、脱獄したフリーシアなのです」

「は?」

 

 脱獄したというのにも驚いたがあいつメフォラシュに捕まってたのか。

 

「短い間でしたが非常に濃いことがありまして、今はなんとかエルステ王国の運営を安定させようと日々動いているというわけです。道すがら、簡単に説明しましょうか」

「頼む。外の情報じゃあ“蒼穹"の連中がここに来てからアガスティア行ったってことくらいしかわからねぇからな」

「そうですか。実は彼らがここに来てから、投獄されていたフリーシアが脱獄を企てたのです。私と彼らはまんまと裏を掻かれオルキス女王を誘拐され、アガスティアのタワーでアーカーシャを渡せという彼女の要求に応えるために旧帝都アガスティアへと向かいました」

「それでか。ったく、揃いも揃ってなにやってるんだか」

 

 まぁ十年も帝国を牛耳っていたようなヤツだ。そんじょそこらの凡人とはなんつうか、「人の使い方」が違うんだろう。

 

「返す言葉もありませんね。兎も角、そうして私は彼らにオルキス女王奪還を頼みました。……今メフォラシュが指導者を失うわけには参りませんので。ここからは聞いた話ですが、タワーでフリーシアと戦いオルキス女王を奪還されました」

「そっか。アーカーシャはオーキスが預かってるんだもんな」

「ええ。一応こちらからオーキス様に連絡を取ってみたところ、すぐに反応してくださったようでその場に間に合ったそうです」

「へぇ。じゃあそのままメフォラシュまで一緒に?」

「はい。それでその後なのですが……」

 

 アダムはまた歯切れ悪く少しだけ言葉を切った。

 

「戻ってきた直後に、同行していたリーシャさんが第四騎空艇団本部に呼び戻され、赤髪のドラフの女性、スツルムさんとおっしゃいましたか。彼女が駆け込んできてドランクさんという方を助けて欲しい、と」

 

 ……色々詰め込まれすぎててよくわかんねぇ。というかうちの連中はなんだかんだあいつらに巻き込まれすぎやしてないか?

 

「すまん、ちょっと追いつかん。まず、リーシャが呼び戻されたって話だが。あいつは確かそれこそアマルティアに行ったはずだぞ?」

「ええ、そのようですね。大まかにしか私も聞いていないのですが、ザンクティンゼルで情報を整理したところ空図の欠片は島と強い結びつきを持つ星晶獣が持っていると判明し、空図の欠片について調べるためにアマルティア島を訪れたそうです。そこでリーシャさんのお父上、碧の騎士ヴァルフリートがダイダロイトベルトに向かっているという情報を聞いて、団長さんのお父上と旅をしていた彼から得られる情報があると思い、リーシャさんも同行して向かったそうです」

「なるほどなぁ。ダイダロイトベルトに向かったって話は聞いてたんだが」

「そこで緋色の騎士バラゴナさんや黄金の騎士アリアさんと関わったり、『(えにし)』を司る星晶獣キクリによる騒動を解決したりといったことがあり、空図の欠片を手にしました。そんな中黄金の騎士から空図の欠片のある島のメモの在り処をヴァルフリートさんの伝言から知って一旦アマルティアへ行き、そのメモに書かれていたのがこのメフォラシュのあるラビ島だった、というのがこちらに来た経緯だそうです」

「……あいつら行く先々で厄介事に巻き込まれてんな。疫病神でもついてんのかよ」

 

 誰かが、と言うよりかはそれぞれが、という感じには考えているが。

 

「ええ、彼らの旅は退屈しなさそうです。それでスツルムさんの要請に従い、彼らはドランクさんの残した宝珠の示す先に従って次の島へと向かいました。少し調べさせましたが、その方角にはノース・ヴァストという島があります。空域を分かつ瘴流域にかかった、ファータ・グランデ空域で最も過酷な島と呼ばれる極寒の地です」

「大体わかった。それで、オーキスもそこについていったってわけだな」

「その通りです。あなたも、彼の地に向かいますか?」

 

 アダムがそう尋ねてくる。俺がオーキスやスツルム、ドランクと知り合いだというのは彼も知っている。まぁ色々と関わりがあったことだし、それはいい。

 だがそうか、あいつらの後を追うっていう選択肢もあるっちゃあるか。だがまぁ、そんなに心配はしてないな。ドランクを助けて欲しい、なんて状況が考えられないっていうのもあるが、あいつのことだからそう簡単に死ぬことはないだろう。そんなことよりスツルムが素直にあいつらを頼ったことの方が気になる。相当焦ったんだろうな。そのことをたっぷりからかってやるくらいはしたいが。

 

「いや、いいや。あいつらが戻ってきたら、スツルムを盛大にからかってやればいい」

「……そうですか。信頼しているのですね。彼らのことを。そして、“蒼穹”を率いる彼らを」

「そりゃあいつら強いしな。能力としちゃ俺と同等。それが二人もいるって考えたら相当なモノだろ。なにより星晶獣との騒動のおかげでどんどん強くなっていきやがる」

 

 俺みたいな凡才は置いていかれないようにするので精いっぱいだ。

 

「そうですね。しかしそれはあなたもでしょう? 随分と腕を上げたようですね」

「そりゃどうも」

 

 短い期間で星晶獣や変なヤツと戦い、確かな成長を感じていた。それがアダムにもわかったらしい。自覚する分でも問題ないが、他人から見てもそうなら確信に変わる。

 

 アダムと話している内にオルキスの部屋に着いたようだ。彼が足を止めコンコンと部屋の扉をノックする。

 

「アダムです。入ってもよろしいですか?」

「うん、どうぞ」

 

 中から以前と変わらぬ声が聞こえ、「失礼いたします」の声の後扉を開け中に入っていく。ここは彼女の執務室のようだ。書類が積み上げられ、事務作業に追われている様子が伝わってくる。

 

「あ、ダナンさん。久し振りっ」

 

 俺に気づくと華やかな笑顔を見せてくれる。

 

「ああ。元気そうでなによりだ。俺も色々回るとこがあるんで手短に済ませるか。さっきアダムとも話してたんだが、この島にある空図の欠片を手に入れたい。どうすればいい?」

 

 さっさと本題を告げる。と、二人が顔を合わせて少し笑った。そんな様子に首を傾げていると、オルキスがくすくすと笑って説明してくれる。

 

「実はその、空図の欠片はアダムの中にあるの。団長さん達もびっくりしてたよ」

「お前が持ってるのかよ……。俺はてっきりデウス・エクス・マキナが持ってるもんかと思ってたわ」

「星晶獣デウス・エクス・マキナは確かにメフォラシュに封印されていた星晶獣ではありますが、空図の欠片を持つ条件、と思われる島との強い繋がりについては怪しいところがあります。あの星晶獣の存在を知っている者はメフォラシュでも僅かです。星の民に貰ってからすぐ封印していたからでしょうね、結びつきはあまりありません」

「ああ、なるほどなぁ」

 

 空図の欠片を島と強い結びつきを持つ星晶獣が持っている、と知らなければわからない話だった。

 

「すぐ出るって言ってたけど、ダナンさんもノース・ヴァストに?」

「いや? あいつらなら大丈夫だろうし、俺が心配することでもねぇよ」

「そっか。じゃあ次はどこに?」

「今は一応空図の欠片集めをしてるところだから、次はダイダロイトベルトだな。さっきアダムに聞いて空図の欠片があるって知ったし。ノース・ヴァストに行くかどうかは、微妙なところだが」

「そうなんだ」

 

 俺の言葉に、オルキスは少しだけ表情を曇らせる。あいつらは来たようだがあちこち移動してしまうため、少し寂しいのかもしれないが。

 

「オルキスも執務で忙しそうだしな。ってことでアダム。空図の欠片をくれ」

 

 俺は言ってアダムに向けて手を出した。

 

「それはできません」

「なに?」

 

 しかし彼は首を横に振る。

 

「私はオルキス女王の部下ですので、命令なしに空図の欠片を誰彼構わず渡すのはいただけないでしょう?」

 

 ……チッ。そういうことかよ。

 

「あなたも折角来たのですから、少しはのんびりしていってはどうですか? そうすればオルキス女王も空図を渡すよう命じてくださるかもしれませんよ」

 

 続いたアダムの言葉に、オルキスは顔を輝かせる。やはり寂しかったようだ。……こうなったら素直に従うしかないか。アダムと無理に戦う必要はないだろうしな。

 

「……しょうがねぇか。ただし、明日の夕方には発つからな。それまでで良ければ」

「うん、ありがとうダナンさん、アダム」

 

 頭を掻いて言った言葉に、オルキスは嬉しそうな顔で礼を言ってくる。

 

 俺はその後我が儘な女王様の命によって、客人だというのに料理を振る舞うことになったのだった。ついでとばかりに兵士達や街の人達にも配布されたせいでほぼ一日中拘束されてしまったのだが。まぁ、喜んでくれたし良しとするか。

 翌日の昼飯を作っていたら夕方になってしまったが、夕食は作らんぞという約束をしていたので、アダムから空図の欠片を受け取り王都メフォラシュを立ち去ったのだった。



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縁を作るために

オリキャラの話です。
まぁあの騎空団の人は団長しかまだ出てきていないと思うので、妄想を全開しています。
詳細は明日の更新でなんですけどね。


 メフォラシュから意気揚々とダイダロイトベルトに繰り出そうとした俺だったが。

 

「ダイダロイトベルト行きの船は出てないのか?」

 

 ラビ島の港で定期船の確認を行っていたところ行き先になかったので乗組員の一人に聞いたのだが、返ってきたのは「他の島にも存在しない」という答えだった。

 

「ああ。ダイダロイトベルトは商船が飛ぶには危険が多すぎる。秩序の騎空団や騎空士に頼んで、危険を承知で行ってもらうしかないんだ。あそこは空域を隔てる瘴流域が近いから荒れていて、並みの船じゃ近づくことも難しい。小型の騎空艇やなんかですぐ離れるなら行けはするだろうが、行きたいと思ってくれる人がどれほどいるか……」

 

 乗組員のおっさんが苦い顔で説明してくれる。……なるほど。商売目的で行くにしても船ごと落ちたら金を稼ぐどころじゃないってわけか。確かにそんな危険な地に行くより航路が確保された地へ行って普通に売っていった方がイチかバチかすぎないか。

 

「なるほど、じゃあしょうがねぇか」

 

 俺は頭を掻いて、乗組員に礼を言いその場から離れる。……となると早速行き先を失った形になるが。

 さてどうしたもんかと悩み込む。俺の目的を達成するためにもダイダロイトベルトには行かなくてはならない意味がある。とはいえ仲間集めもどこか決まった行き先があるわけじゃない。行く宛ての全くない旅ほど途方もないモノはないぞ。

 

「――よぅ、坊主。困ってるみたいだな」

 

 流石に打つ手なしかと頭を悩ませている俺の耳に聞いたことのある声が届いた。驚いてそちらを見やると、緑髪をオールバックにしてゴーグルを装着したおっさんが立っている。

 

「ザンツのおっちゃん?」

 

 そう、確か黒騎士達が愛用していた小型騎空艇の操縦士だ。その腕前は身を持って知っている。

 

「おうよ。ダナン、つったか? こうして顔合わせんのは久し振りだな」

 

 ザンツはニカッと歯を見せて笑った。

 

「そうだな。……話聞いてて俺に声かけてきたってことは、もしかしてダイダロイトベルトまで連れて行ってくれんのか?」

 

 タイミングを考えて、そうとしか思えない。

 

「察しがいいな。そう、お前さんをダイダロイトベルトまで連れてってやる。ただし」

「条件がある、ってことか」

「そういうこった。話が早くて助かるぜ」

「大体わかるだろ、流れを読めばな。とりあえず話は聞こうか? 俺でできないことを条件に出されても仕方ねぇ」

「慎重だな。まぁそれくらいじゃなきゃなんねぇ。……俺と一緒に、ある島まで来て欲しいんだ。詳しいことは言えねぇが、そこでの出来事によっちゃ今後も島を渡る足になってもいい」

 

 少し真剣さを滲ませてザンツが告げてくる。……条件の詳細は明かさない、または明かせないか。だが見返りは非常に大きい。定期船での移動は時間がかかるしザンツの小型騎空艇は並みの騎空艇より速い。空を移動するという比較的無駄な時間を削れるということだ。

 

「……わかった。引き受けよう」

 

 俺は考えた末にそう答えを出す。というより俺には他の選択肢は思い浮かばない、わけではないが確実な手段が取れない。

 

「助かるぜ。先にダイダロイトベルトに向かうってことでいいか? 坊主は強いだろうとは思ってんだが、どうも依頼をこなすだけの力があるかってのは見抜けなくてなぁ」

「そんなんでよく俺に依頼する気になったな。というかなんで俺だ?」

 

 ザンツの言葉に呆れつつ、そういや聞いていなかったと肝心なことを尋ねる。

 

「ダナンは気にしてねぇみたいだが、ちょいと名前を出して依頼しづらい理由ってのがあってな。なにより行き先が行き先だ。生半可なヤツ連れていけねぇよ」

「さっき俺の実力が見抜けねぇって言ったばっかじゃねぇかよ。そんなんで大丈夫か?」

「大丈夫だって。ほれ行くぞ坊主」

「ったく、まぁいいか」

 

 マイペースなおっちゃんに連れられて、俺はおよそ最速でダイダロイトベルトに到着することができたのだった。

 流石にザンツの小型騎空艇は速いな。乗り心地が良くて速いって最高だろ。

 

「よし、と。んじゃ行こうぜ」

 

 ダイダロイトベルトは歪な島だった。一般的に島と言えば地続きを連想するのだが、この島は違っている。細い地や浮いた地が外側にあって、中心に行くほど地続きに変わっていくようだ。中型以上の騎空艇であれば外側につけなければ尖った岩などにぶつけてしまう可能性もあったかもしれないが、小型騎空艇とザンツの操舵技術があれば難なく中心の安定したところまで辿り着けた。

 

「おう。ってか変な島だな。島としての体裁を保ってるのかも怪しいじゃねぇか」

「ははっ。この程度で驚いてちゃキリねぇぞ。世界は広いからな。他にも変な島がたくさんあんだ」

「年寄りならではの言葉だな。とりあえず情報収集から始めるとするかね」

「いや、その必要はねぇよ」

「ん?」

 

 アダムから聞いていたのは星晶獣とその名前だけだ。どこかで祀ってる祠やなんかを探したり人に尋ねたりして回ろうかと思っていたのだが。ザンツは不敵に笑って俺を止めた。

 

「ただちょっと必要なモンがあるんでな。まずは買い物だ」

「?」

 

 ザンツのおっちゃんの行動が読めずに首を傾げることしかできなかったが、なにか考えがあるのだろうととりあえずついていくことにしたのだが。

 

「買ったの酒とつまみばっかじゃねぇか!」

 

 小一時間ほど買い物をしたところで、俺はようやくツッコんだ。

 

「ははっ! そりゃそうだろ! 手っ取り早く信頼を得るには、酒飲んで語り合うか裸の付き合いをするのがいいんだよ」

 

 ザンツは全く悪びれずに笑う。……今時流行らないぞ、そんなの。酒飲めないヤツとは仲良くなれねぇって言ってるようなモンじゃねぇか。

 

「だからって買い込みすぎだろうがよ」

「そんなことねぇって。ほれ戻んぞ」

「はあ?」

 

 二人共両手に買い物袋を持って、中に酒瓶とつまみ用の食い物を詰め込んでいる。こんなに飲み食いするつもりなのかと思ったが、ザンツは小型騎空艇を停めた場所へと歩いていってしまう。いい加減にしろよこの爺と思わなくもなかったが、一旦荷物を置きに戻るだけの可能性もあると考えて大人しくついていく。なにより言っても聞かなさそうだった。

 

「じゃあ飲もうぜ、カンパーイ!」

「ざけんな酒瓶で頭かち割んぞクソ爺」

「……いきなり口悪すぎない? 歳食うと涙腺緩むんだぜ?」

「知るかよ。なんでこんなとこまで来ておっさんと酒飲まなきゃいけねぇんだ」

 

 一応もう夕方になったからまだ時間が早いとは言わないが。

 

「いいからいいから」

「一応言っておくが俺未成年だからな?」

「……」

「おい」

 

 ザンツは俺の物言いに視線を逸らした。この様子だと知らなかったか、知らないフリして飲ませようとしていやがったな。

 

「……はぁ。しょうがねぇ、誰にも言うんじゃねぇぞ」

「おっ、付き合いいいじゃねぇか。安心しとけ、そのためにここで飲むんだからな」

 

 どうやらこのおっさん、最初から未成年の俺に飲ませる気満々だったらしい。それはそれで先達としてどうかとは思うが、律儀に守っていないヤツも大勢いるだろう。アウギュステでの宴では色々なヤツがいたし、秩序の騎空団もいた。妙な真似はできない。リーシャと酒場に行った時はあいつが真面目だから目の前で飲むのはよろしくないと思って避けた。ついでにアポロ達と一緒にいた頃はオーキスへの教育上良くないので飲酒していない。

 

「……しょうがねぇから、って言ってんだろ。あんたがさっさと星晶獣に会う方法を教えてくれりゃ無闇に法を破ることもなかったんだがな」

「ははっ。ほれ乾杯だ」

 

 ザンツは笑って取り合わず、床で胡坐を掻くと買ってきた酒瓶を掲げる。俺は仕方なく、適当に買ってきた小さめの瓶を掲げた。

 

「乾杯、っと」

 

 キン、と瓶を打ち合わせてからザンツが酒瓶の蓋を開けてそのまま一気に煽った。ぐびぐびと勢いよく飲んだかと思うと、半分くらいまでいったところで口を放す。

 

「っぷはぁ! やっぱこのヒリヒリするような喉越しだよなぁ」

 

 ザンツは堪らないとばかりに言ってどんと酒瓶を置いた。俺は酒を飲むのが初めてなので怪訝に思いつつも蓋を開けて一口を煽る……これ美味いんだろうか。苦い気がするのは俺が飲み慣れてないからか? まぁいいや。普通の飲み物も買ってきているし、あんまり飲まずに過ごしていよう。

 

「ははっ! 流石にまだ酒の味はわからねぇか!」

 

 ザンツは俺が顔を顰めているのを見てか楽しそうに笑う。

 

「うっせ。初めて飲んだんだから仕方ねぇだろ」

 

 俺は言いながら茶を開けて口直しをした。

 

「酒ってのは飲めばわかるようになってくもんだ。あと弱くても少しずつ耐性ができる」

「そこまでして飲みてぇとは思わねぇよ。それより早く本題に――」

「固いこと言いっこなしだぜ。そうだ、坊主の旅の話でも聞かせろよ。酒の肴にな」

「あん? ……まぁ、知られて困るような話でもねぇか」

 

 なんでそんなことを、と思いはしたが特に困るようなことでもない。なにより今までザンツに小型騎空挺を操縦してもらっていて、情報を漏らされたということは聞いていないしそういう懸念を抱く必要もなかった。言い触らすような真似はしないだろうという信頼はある。

 

「じゃあそうだな、俺が黒騎士達と出会ってからの話でもしてやるか」

「おっ? 気になるなそれ。聞かせてくれよ」

 

 ということで、ザンツに俺の今までの旅路を語っていく。酔いが回っているのか上機嫌な彼は機嫌良く相槌を打ってくれた。俺も酒が入っていたこともあってか滑らかに話を進めていった。

 

「ははっ! 若いってのはいいなぁ! 随分と青春してんじゃねぇか!」

「うっせぇなぁ。俺だって予想外すぎんだよ。元々俺が何者なのかっつうのを探る足がかりするためだけのヤツらだったんだぜ?」

「それにしちゃあ随分と情のあるこった」

「知ってるよ。それも含めて予想外だっての。俺だってこんなに、あいつらが大切になるなんて知らなかったんだ」

「そんなもんだ。俺だって、昔旅してた仲間達ってのは今もかけがえない仲間だしな」

 

 飲み始めてからどれだけの時間が経ったろうか。俺もすっかり酔っ払って、些か以上に口が軽くなっている気がする。アポロとオーキスに、なんて話までする気じゃなかったんだが。これが酒の力ってヤツか。

 顔が熱くて頭の働きが緩やかになっている気がする。壁に寄りかかっていないとフラついてしまいそうだ。俺はとりあえず三本ほど小さい瓶を飲み干して、それからはずっと茶を飲み続けている。アルコール度数もあまり高くない酒だったそうなので、俺は酒に弱いらしい。

 

 ザンツはそれなりに強いのか大きな酒瓶を五本ほど空けた上に小さいのが五本。本人はまだまだいけると豪語しているが、顔は赤くなってきているので酔ってはいるみたいだ。

 

「じゃあそろそろザンツの話も聞かせろよ。俺だけ、なんて言わねぇよなぁ?」

「……ああ、わかってんよ。そのためにこうして酒飲んでたんだからな」

「ん?」

 

 俺は軽口のつもりで言ったのだが、ザンツは妙に真剣な表情をし始める。

 

「……これからするのは俺の、過去の話だ。もう二十年以上も前の話になる。あんまり肴としちゃ美味くねぇ話だが、ちょいと聞いてくれや」

 

 どうやら酒が入っていないとできないような話をする気らしい。

 

「ふぅん。まぁいいぜ、俺も色々話したしな。あんたの話も聞いてみたい」

 

 俺は言って先を促す。ただ人生の先輩というだけでは説明のつかない経験論が偶に飛び出してくるため、ザンツの過去というのが気になっていたというのもある。重い話だろうが、聞かずにいるなんてことはない。

 

「そうか。じゃあ話すとするか」

 

 ザンツは酒瓶に残っていた分を一気に飲み干すと、瓶を置いて少し顔を伏せた。

 

「……知ってるかもしれねぇが、俺は『伊達と酔狂の騎空団』っつう騎空団の操舵士をやってたんだ」

 

 ぽつりぽつりと語り出したザンツの過去にまず驚く。

 『伊達と酔狂の騎空団』って言うと……全盛期は今から三十年以上前になるだろうか。未開拓の地を旅して回り、ファータ・グランデ空域を開拓していった騎空団。かつては全空に拠点を持つ最大規模の騎空団である、秩序の騎空団に次ぐ勢力だったほどだという。秩序の騎空団もそれから勢力拡大がされていっているとはいえとんでもない連中だったのは間違いない。

 その実態はただ団長のやりたいことについていきたい物好きが集まっただけの集団だったらしいが、それだけで秩序に次ぐって、現代で言う“蒼穹"の騎空団レベルだったということだろう。というかむしろあいつらがやっていることの先駆者に近い。

 

 未開の航路を切り拓き旅をしていた彼の騎空団の操舵士ともなれば、凄腕なのは間違いない。そうなるとザンツの操縦が上手いことにも納得がいく。

 どこにどんな島があるのかもわからない状態で旅を続けて航路を開拓する。そんなことが可能だったのは、間違いなく船を操舵するヤツが優秀だったからに他ならない。

 

 そのザンツに一体なにがあったのか、純粋な興味が大きくなり彼の話に耳を傾けた。



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かつて描いた軌跡

オリジナルのみしかない話。皆様の反応が気になるところ。

しかし昨日からグラブルフェスが始まっていますね。私? 家でPCにずっと向かってましたがなにか?

ぐらちゃん生放送ではナルメアの新情報が満載でしたね。クリスマスバージョンの発表とか、VSで追加キャラとしての参戦とか。
これはVS買う意欲が高まってしまう……。元々格ゲーが苦手なので玉髄に金払う気分だったのですが(笑)
ベリアルとかバブさんとかも追加されるそうで、彼らが敵として出てくるのでなかなかストーリー的な楽しみも見えてきましたよね。

明日出る情報の中には年末の追加リミキャラと来年のネズミ闇干支キャラと思われるヤツの発表とかが予想されるので楽しみです。

会場行った方はお疲れ様です。私はようつべで観てましたが、明日も一緒に楽しみましょう。


 ザンツの人生が変わったのは、二十歳の頃だった。

 

「クソッ! なんだってこんな嵐に!」

 

 父の跡を継ぎ島と島を行き来する定期船の操縦士になった彼は、しかしまだまだ若輩者ということもあってあまり信用されず客が少ないまま日々金をあまり持っていない人達を乗せて中型の騎空挺を飛ばしていた。

 島と島の連絡手段があまりなかった時代のため、航路上の天候などは遠目から見て問題なさそうかどうかで判断する。今日もいつも通り問題ない天候だったはずなのだ。

 

 だというのに、彼の船は今嵐に見舞われていた。

 

 空を色濃く覆う黒雲から雷が雨のように降り注ぐ。帆に当たって燃えたら墜落の道しかない。

 驚くべきは船を操縦する彼の腕だ。ゴーグルをして目を雨から守りつつ空が光った瞬間に方向転換をして落雷から逃れる。そんな芸当ができる操舵士が世にどれほどいるのだろうか。

 

「お、おい! 無事着けるんだろうな!?」

「知りませんよ! こっちだって必死に操縦してるんです!」

 

 客の一人が不安そうな声を上げてくるが、彼はそれどころではない。一歩間違えれば死ぬかもしれない最中なのだ。クレームなんて気にしている場合ではなかった。

 しかし限界はある。

 

 落雷が遂に甲板へと直撃した。あっという間に火の手が上がる。

 

「きゃあっ! ひ、火が……!」

 

 彼の船は木造だ。嵐の中のため全焼はないが、多少燃え広がる可能性がある。

 

「こっちは手が離せないんです! なにか、布で叩くとかして消火してください! この船が落ちたら全員一緒に死にますよ!」

 

 ザンツは舵を握り必死に呼びかける。彼にできることは客に指示を出し、操舵して無事嵐を抜けることだ。

 彼の呼びかけに、火の近くにいた女性ははっとして自分の上着を脱ぎ捨て火を払おうとする。しかし振り被った女性の手を後ろから近づいてきていた男が掴み、女性が戸惑っている間に服をそっと奪い取ってしまう。

 

「女性にそんなことは、させられない。ここは俺に任せて船室の中へ」

 

 なら最初からお前が率先して消せよ、とツッコまれそうなモノだが。後々彼に聞いてみたところ「シャツ一枚しか着てなかったからな。俺の刺激的な身体を見せてしまっては問題だ。女は一つの船に一人と決めている」とのことだった。ちょっとなに言っているか理解できなかったのは言うまでもない。

 

 ザンツは操舵に集中していたため声だけしか聞こえていなかったが、男は彼と同年代ぐらいで鍛え抜かれた肉体をしていた。顔も良く歯を見せて笑う彼に女性は見蕩れている。

 男は女性の上着を使って火消しを行い、その後焦げ目のついてしまった上着の代わりを島に着いたら購入するために街を回る約束を取りつけていた。そこまで狙ってのことなのだろうか。

 

 ザンツは後ろでこんな大変な時になにやってんだとは思いながらも落雷を避けて進む。とはいえ落雷が多すぎた。異常気象とも取れる雷の雨に、父親譲りの操舵技術を持った彼も辟易し始めていた。

 

 そんな時、甲高い鳴き声が空に響き渡る。巨大な鳥類の鳴き声のようだ。

 

 一際大きい雷が落ちたかと思うとその中から雷で出来た体長十メートルはあろうかという巨大な鳥が姿を現した。

 

「サンダーバードじゃねぇか! 道理で雷が多いわけだ!」

 

 空域内を彷徨う特殊な魔物。身体が雷で出来ているために通常の攻撃を無効化し、むしろ触れれば感電する。雷雲を引き連れて飛翔するため雲の流れなどの気象からでは予測し得ない突発的な異常気象を引き起こすのだ。

 そんな魔物が今、ザンツの船の真正面に現れてしまった。突撃されれば大型の騎空挺であっても全焼しかねないエネルギーを秘めているため、取れる行動は逃げの一手しかなかった。

 

 サンダーバードは一種の天災とすら呼ばれているのだ。

 

 しかしいくら操舵の腕がいいとはいえ、騎空挺の出せる最高速度は鳥のそれに大きく劣る。それも相手が特殊な魔物ともなれば逃げるだけ無駄と言えた。

 だが諦めるという性分ではない。

 

「全速前進! しっかり捕まっててくださいよ!」

 

 ザンツはむしろ速度を上げてサンダーバードの方へと突っ込んでいく。

 

「ま、待ってくれ! サンダーバードになんて突っ込んだら死んでしまう!」

「サンダーバードに出会ったら突っ込まなくても死ぬので一緒です!」

「えぇ!? じゃあなんで自分から突っ込んで……」

 

 ザンツの言葉に驚く乗客は、彼が笑っていることに気づいた。この窮地を前に、彼の操舵士本能が滾っているらしい。そしてその様子を、興味深げに見ている男がいた。

 

「貴重品だがここで使ってやる! くらえ、防電玉!」

 

 錬金術の開祖と呼ばれる錬金術師が考案したとされるアイテムの一つで、ザンツが持っているとっておきの一つでもある。その名の通り雷を防ぐ効果を持つ障壁を築く。その玉を上空に向かって放り投げると障壁が展開され激しくなる落雷を防いだ。

 障壁の効力が速攻、最短でサンダーバードから離れる。そういう目論見だったのだが。

 

 サンダーバードは気が立っているのか、放電で船を落とせないと見るや自ら突進してきた。

 

「嘘だろ!?」

 

 ザンツであってもサンダーバードの突進を避けることは不可能。障壁はエネルギー量が桁違いな本体の突進に呆気なく消えてしまう。

 眩い体躯が接近してきて一貫の終わりを予感させられた。

 

 ……死ぬ――!

 

 半ば確信に近い予感。それでも目を逸らさず操舵をやめなかったのが彼の性質を現している。

 しかし。

 

「ふんッ!」

 

 男がサンダーバードの前に躍り出て、その身体を()()()()()()

 

「「「はっ!?」」」

 

 思わずザンツや他の乗客達の声がハモる。サンダーバードは強烈な拳を受けて吹き飛び、船から逸れて離れていった。

 

 ……雷を殴った!? いや、違ぇ。あいつ魔力を拳に纏わせていやがった。

 

 ザンツはあり得ない事象を見て愕然とするが思いの外冷静に思考が回り答えを導き出す。操舵をしながらも甲板で仁王立ちする、雷の衝撃で上のシャツが吹き飛んだ彼と同年代ぐらいの男を見る。焦げ跡のついた肉体には鍛え抜かれた筋肉が光っていた。

 一瞬呆然とする甲板だったが、今見た出来事を頭が理解し、乗客から黄色い悲鳴が上がる。しかし当の本人は一切動かない。不思議に思って近づいた乗客が、彼が気絶していると知り大慌てになる頃には嵐を抜けていた。

 

 なんとか無事島へと辿り着いたザンツの船は、嵐に見舞われたが特に咎められることはなかった。それはおそらくサンダーバードを撃退してみせた彼の功績だろう。

 

 不思議なヤツだった、とは思いながらも関わることはないだろうと思っていた。嵐のせいで船の修理が多少必要になったため一週間ほど滞在することになったのだが。

 

「やっと見つけた」

 

 乗客の駄賃と修理費用を差し引いても赤字だな、と請求書を見て頭を掻いているところに声をかけられた。誰かと思ってみればサンダーバードを撃退した男だ。

 

「おう、あんたか。サンダーバードをぶん殴った時の怪我はもういいのか?」

 

 忘れるわけもない。というか一週間滞在している中で噂に聞くことも多かった。

 

「ああ。それより、いい操舵の腕してるよな。ただの定期船の操舵士で終わるのは勿体ねぇ」

「ん?」

 

 彼の言葉を怪訝に思い眉を寄せる。

 

「どうだ? いっちょ俺と、空の世界を旅してみないか?」

「……は?」

 

 彼の誘いに、ザンツは呆然とした。

 確かに空を旅する騎空士はいる。空域を跨いで拠点を持つ秩序の騎空団も存在している。だが航路の確保されていない島や未踏の地が多いため空域を越えなくとも危険は多い。

 

「……なんで俺が?」

「お前の操舵の腕に惚れた。落雷を見てから避けるなんて芸当、並みの操舵士じゃできねぇ」

「……」

 

 飾り気のない率直な称賛に少し居心地が悪くなる。

 

「俺はもっと広い空を旅してこのファータ・グランデ空域外すら股にかける男だ。まだ見ぬ冒険やロマンが待ってるなんて、心躍るだろ?」

 

 彼はいい笑顔で言った。ザンツは間違いなく彼がバカだと悟る。しかし得てして、天才よりバカの方が好まれる。

 

「……ご免だ。俺はしがない定期船の操舵士。危険な旅なんてしてられねぇよ」

「嘘吐け。お前、笑ってたじゃねぇか」

「――」

 

 彼が即座に否定したことに、言葉を詰まらせてしまう。

 そう、ザンツはあの時、天災とされるサンダーバードと遭遇した瞬間笑ったのだ。まるで困難に立ち向かうのが楽しくて堪らないとばかりに。

 

「だから、俺と来い。俺はこれから仲間を集めて騎空団を作り、空を旅する。未知の宝庫に飛び込むようなモンだ。――楽しくなりそうだろ?」

 

 彼はまた笑った。ともすればうんと頷いてしまいそうなほどの魅力が備わっている。異性を魅了するモノではなく、人を魅せる笑顔だった。

 しかし。

 

「……って、まだ仲間もいねぇのかよ!」

 

 よくよく言葉を反芻してツッコんだ。

 

「そうだ。何分島を出たばかりだからな」

「そんなんで騎空団やるとかよく言えたな」

「やると決めたらやる。俺は俺のやりたいことを貫くだけだ」

「……そうかよ」

 

 呆れればいいのか。ザンツはため息を漏らしつつも自分の胸の内でワクワクが踊っているのを自覚した。

 

「いいぜ、ついていってやるよ。ちゃんと楽しめればいいんだがな」

「当然だ」

 

 だから、彼に興味が湧いたということもあり申し出を受けることにした。

 

「俺はザンツ。操舵士だ。あんたは?」

 

 ザンツは目の前の男がどこまでやれるのかを試す意味も含めて組むことにして、拳を突き出す。

 

「イングヴェイ。それが俺の名だ」

 

 彼――イングヴェイはそう告げて拳を突き合わせた。

 

「俺についてこい。一緒にこの空を制覇してやろうぜ」

「大口は実際制覇してから叩くんだな。まぁ、上等だ」

 

 こうして彼らは出会った。これがいずれ伝説となる『伊達と酔狂の騎空団』始まりだった。

 

 それからは瞬く間に時が過ぎていく。

 

 ザンツの定期船で島を回りつつ資金と仲間を集め。

 金が集まったところでカッコいい中型騎空挺を購入し。

 仲間が五人を超えたところで改めて『伊達と酔狂の騎空団』を結成し。

 更に勢いを増す中で数々の伝説を残し。

 未開の地すら踏破し団長の女癖の悪さの恩恵で七曜の騎士が加わったことで空域すら越えてその活躍を全空に轟かせた。

 

 その途中でザンツがとある女性に一目惚れしてなんとかハートを射止めたり、イングヴェイやザンツと同年代が中心となった騎空団と戦友になったり。

 

 毎日が楽しいの連続で、いつしかそれはかけがえのないモノとなっていく。

 

 しかしそんなかけがえのない旅路も、十年ほどで終わりを迎えてしまった。

 楽しい日々が永遠に続くと思ってすらいた時、唐突に()()は起こる。

 

 ファータ・グランデ空域の中でも荒廃した空域と呼ばれる地域の近く。瘴流域に程近い場所でのことだった。

 一度荒廃した空域に挑み、命からがら帰ってきたこともある彼らには慢心ではない自信があった。

 

 例え瘴流域の近くで酷い嵐に見舞われようと、一切退くことなく目的地へ向かう。

 しかしそんな彼らの勇み足が生んだのか、突き進む騎空艇の船底をなにかが叩いた。

 

「チッ! なんだ!? なにが起きた!?」

「クソッ! 団長、一時離脱する!」

「おう」

 

 困惑する団員。ザンツは全く持って予想だにしていなかった事態に、一旦態勢を立て直すことを提案した。

 『伊達と酔狂の騎空団』は大きくなりすぎてしまったため、最初に買った中型騎空挺では部屋が足りなくなってしまっている。なので中型騎空挺を追加で五隻買うまでになっていたのだが、攻撃があったのは団長やザンツの乗っている本船とも呼べる騎空挺だった。

 

「ザンツ! 下になんかいるってよ!」

「はあ!? こんな場所になにがいるって――」

 

 他の船の団員から伝え聞いたらしい声に、船の下になにかいると言われても到底理解が及ばない。十年空を旅してきた彼らであっても聞いたことのない事態だった。

 困惑し方向転換をしてなんとか得体の知れないモノから逃れようと動く最中も船底が叩かれる。なにかをぶつけられているのは間違いない。

 

「攻撃はできねぇのか?」

「無理だ! 銃は届くが傷一つつけられねぇ!」

 

 なんとか攻撃しようにも対抗することができない。逃げるしかない。

 

 だが逃げるよりも早く、船に綻びが生まれた。

 

「クソッ! 船体が軋んでやがる! てめえ戻ったら覚えとけよ! うちの騎空挺傷つけてくれた礼はしてやるからなぁ!」

 

 ザンツは十年旅を共にしてきた相棒が壊されそうになっていることを受けて毒づく。

 しかしそれは負け惜しみにしかならなかった。

 

 衝撃がやんだかと思うと、一番の衝撃に船体が浮き上がり破壊音が響いて船底から甲板まで甲殻に覆われた触手が貫いてきた。

 

 ザンツは呆然として声を上げることすらできない。

 

 なんの偶然か、触手はザンツのすぐ右を上がってきたのだ。意識が持っていかれ一瞬で視界が赤く染まった。身体に力が入らず甲板に倒れ込む。

 

「ザンツ!!」

 

 彼の名前を呼んだのは誰だったろうか。ザンツは自分の右腕が触手に持っていかれたことを意識する間もなく、意識を失ってしまう。

 目覚めた彼を待っていたのは、右腕を失ったという事実ともう舵を握ることが難しいという現実だった。

 

 騎空挺の操舵は片腕でできるようなモノではない。無事だった他の騎空挺に運ばれ治療を受けた彼の顔は、死人のようだったという。

 信じたくはなかった。もう騎空挺の操舵ができないなんて。だが受け止めるしかない。『伊達と酔狂の騎空団』がこんなところで終わる騎空団でないと、誰よりも知っている彼は自ら身を引くことを決意した。

 

「……悪ぃな、団長。俺はもうダメみたいだ。俺と船は墜ちた。新しい操舵士を探して、頑張ってくれ」

 

 本人はできるだけ笑って、普段通りに言ったつもりだったが。誰よりも騎空挺を愛し仲間達を乗せて空を飛ぶことを生き甲斐としてきた彼を知っているからこそ、見ての通り悲痛な状態よりも酷いとわかってしまった。

 

「いや、いい」

 

 イングヴェイは団長としての決断を、団員と話し合って決めた決断を、彼へと告げる。

 

「俺はお前の操縦する騎空挺以外に乗る気はねぇ。だから、『伊達と酔狂の騎空団』はここで終わりだ」

 

 きっぱりとした口調だった。ザンツにとってそれは、最高の賛辞であり同時に最悪の呪いとなる。

 なんとか食ってかかろうとするが、揺るぎない様子にがっくりと項垂れる他なかった。

 

 そして旅を終えた『伊達と酔狂の騎空団』は帰還する。

 本船と操舵士の右腕を失ったことと、突然の『伊達と酔狂の騎空団』の解散。この二つは瞬く間に広まり関連性があるモノと噂された。

 つまり、『伊達と酔狂の騎空団』を解散させた原因は本船操舵士のザンツである。

 

 という結論が出回ったのだ。そういった噂は人を責める方へと変わっていき、ザンツのせいで『伊達と酔狂の騎空団』が解散したという風評となる。彼の騎空団の活躍は全空で楽しみにしている者がいるほどだったのだが、それが解散した原因が彼だという噂が立ったこともあり、ザンツは腕のいい操舵士として有名だったこともあって一気に石を投げつけられる人生へと転落していった。

 

 旅の中で出会った嫁といつも帰ってきて聞かせていた旅の話を楽しみにしてくれた息子はザンツの変貌振りに驚いてはいたが温かく迎えてくれた。

 

 しかし、それを拒んだのは彼自身だった。

 

 相棒とも言える船と操舵士人生を奪われたという虚無感。

 毎晩襲ってくるあるはずのない右腕の痛み。

 街へ出ればヒソヒソと自分を中傷する声が聞こえ、あまつさえ石を投げつけられる。

 酒を煽っても変わらず自分を蝕んでいくそれらに苦悩し、また気持ちを入れ替えることもできずに日々を過ごしていた。

 

 結果として、精神的に追い詰められた彼は酒を飲んでモノに当たるようになり、遂には家族にも当たるようになっていった。

 

 そんなことが続きなんとか宥めようとしてくれた妻の手を払っていけば、愛想を尽かされて当然だ。

 ある日妻は息子を連れて家を出て行ってしまった。

 

 彼が一人になってようやく精神が安定し始めたのは、騎空団解散から十年後のことだった。

 その後家を捨て素性を隠して旅をする中で、ある研究者と出会う。

 

 それが彼の人生の二度目の転機。

 実験も兼ねて義手を作らせてくれないかという申し出を受けたのだ。

 

 今のままでは生き甲斐もなく、しかし義手があればまた舵を握れるかもしれないと希望に縋るように、彼は申し出を受けて義手を手に入れた。

 それから彼は中型騎空挺ではなく、フリーの小型騎空挺の操縦士として生計を立てるようになる。一言妻と息子に謝ろうとも思ったのだが、家を出て別の島に移る時に乗せていた騎空挺が墜落して死亡したとの情報を知ってしまう。

 

 もう余生を過ごす他ないと決めて、それならと最期までせめて操舵士でいようと小型騎空艇を操縦し続けた。

 

 元々未開の地からすら生還したような操舵士だ。小型騎空挺の操縦技術は超一流であり、素性を隠し乗客と関わり合いを持たないままフリーとしてやっていく中で有名になっていった。

 そんな生活を始めたばかりの頃に、ファータ・グランデ空域を担当する七曜の騎士、黒騎士が現れる。そしてその黒騎士の専用騎空挺として契約を結んで欲しいと打診を受けたのだ。客と付き合いのない姿勢と操縦技術がいいという理由で採用され、まぁ光栄だし金払いがいいから受けるかというようなモノだったのだが。

 

 ある時に、聞いてしまったのだ。

 『伊達と酔狂の騎空団』として空を駆けた時に他の騎空団にいたオイゲンが、今また空の旅をしているということを。そしていつも乗せていた黒騎士がそのオイゲンの娘であることを。

 

 十年くらい徹底して客の話に興味を持たず情報を漏らしてこなかったザンツではあったが、流石に耳を疑い興味を引かれてしまった。

 アウギュステにいる妻が流行り病にかかってその治す方法を探すために方々を駆け回っていたという噂は聞いていた。更に妻の死に間に合わず、治療法を見つけて戻った時には娘もおらず妻の遺灰しか残っていなかったという。それが現在から十五年ほど前のことか。

 

 そんな彼が再び旅をし始めた理由は、おそらく娘である黒騎士が原因だろうとは思っているが。

 同年代のオイゲンが進もうとしているのだから、自分も過去に向き合わなければならないのではないか。

 そう感じて、昔の団員伝手に聞いたかつての騎空挺のある場所を聞き、そこへ行くと決めたのだ。

 そして道半ばで倒れた相棒を再び空に戻してやる。それを、願ったのだ。



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紡がれた縁

相も変わらずようつべでグラブルフェスを見ていた人です。
昨日はVSでしたが今日はリリンクでしたね。リリンクの方が楽しみだったりします、ゲームジャンル的にですが。ナルメアプレイアブル化、待ってます。

他にも色々気になる情報がありましたよねぇ。とりあえずこの作品に関係してきそうな新ClassⅣは楽しみなところ。キャラソン的ユイシス、ようやくのノア実装、『000』の時に出てきた白髪の方みたいな名前の褐色娘に、ねずみの干支キャラと色々ありました。

ですが。

私は今日来たクリスマスナルメアに全ぶっぱしました。そして爆死しました。フラム・グラスとか出ました。腹いせに砕きます。


 俺はザンツの話に、すっかり聞き入ってしまった。酒が入っていたせいかうとうとしかけていた気もするが、ちゃんと全部聞いていたはずだ。途中嫁さんの惚気が入ったとこは寝てたかもしれん。

 

「……要は、俺に手伝って欲しいことってのはその騎空挺と関係あるわけか」

 

 話を一通り聞いて、区切れたところを考えるとそこが本題になるはずだ。

 

「そういうこった。かつての俺の相棒があるのは、このファータ・グランデ空域の瘴流域に近い島。独特な気流の流れによって島に船やなんかの残骸が集まることから船の墓場と言われる島だ。船はナニカに襲われた後、偶然にも気流に乗ってそこへ辿り着いたんだと元団員から聞いたことがある」

「へぇ? 船の墓場ねぇ」

 

 物騒な呼び名だ。しかし騎空艇を復活させてもう一度飛ばしたいと来たか。それは都合がいいな。しかもこの人は凄腕の操舵士みたいだし。

 

「そこに行って、騎空挺の修理を手伝って欲しいってのが俺の条件だ」

「わかった。んで、船直してどうすんだ?」

 

 重要なのはその先だ。直して飾りたいわけではないとさっき聞いてはいたが具体的なビジョンがあるのかだけは確認しておきたい。

 

「う~ん。別に明確なこれってヤツがあるわけじゃねぇんだが。道半ばで倒れたあの船を大切に使ってくれるヤツに譲ってやろうかとは思ってる。また旅へとはいかなくても空を飛ばせてやれればな」

 

 十年も旅を共にしてきたのだから、愛着は人一倍だろう。紛れもない仲間として認識しているはずだ。右腕のことも含めて十年も立ち直れていなかったくらいだからな。

 

「そうか」

 

 それは丁度いい。

 

「じゃあその騎空挺ごと、俺の騎空団に入ってくれよ」

「は……?」

 

 酒が入ると頭が回らなくなって、交渉など考えず思ったことを口に出してしまう。

 

「騎空団起ち上げようとは思ってたんだが、騎空挺を買う金がなくてな。腕のいい操舵士も欲しかったところだし、丁度いい」

「い、いやなに言ってんだよ。さっきも言ったが俺は船墜落させてんだぞ? そんな操舵士雇うヤツなんてあるかよ……」

「そっちこそなに言ってんだよ」

 

 戸惑うザンツに半分呆れたように笑みを浮かべた。

 

「さっきの話聞いてりゃ、『次飛ぶ時も俺の手で』って思ってんの丸分かりだろうが」

「……」

 

 呆気に取られたような顔をしてやがるが、話を聞いていれば誰だってわかる。

 

「大切な相棒なんだろ? 道半ばで倒れた相棒を空に戻してやりたいんだろ? ずっとてめえと一緒にいた相棒をてめえの手で、って思ってなにが悪い。あんたが一番悔しくて、あんたが一番望んでるはずだ。誰よりもその騎空挺を大切に想ってんのはあんただ。間違いなく、その騎空挺を操縦するならあんたしかいねぇよ。……あんたの相棒だって、そう思ってるだろうさ」

 

 酔いの影響かすらすらと言葉が出てくる。ふとザンツを見れば、号泣していた。……大の大人がこんなことで泣くんじゃねぇよ。

 

「なに泣いてんだよ」

「……うっせぇ。歳取ると涙腺が緩むんだよ」

 

 そうは言いつつも涙は一向に止まらない。仕方なく、おっさんが泣きやむまで待っていた。

 

「……あー、クソ。久々だな、人前で泣いたのなんて」

 

 目を赤く腫らせたザンツは少し気恥ずかしそうに言う。

 

「五十過ぎのおっさんが泣くところなんて見たくもなかったけどな」

「うっせ」

「で、結局どうすんだ? 返答聞いてねぇぞ?」

 

 俺としては騎空団を結成するのに必須な二つが一気に手に入るまたとないチャンスだ。

 

「……へっ。どうやらホントに燻ってる時間は終わりらしい。坊主の言う通り、俺はあいつを空に戻したい。そんでもって、今でもあいつの操舵士は俺しかいねぇと思ってる。だから、過去墜落寸前までいった俺達でいいっつうんなら、俺としちゃ有り難い。むしろこっちから頼みてぇくらいだ」

「なら決まりだな。言っとくが年寄り扱いはしねぇよ? 余生費やす気でついてこい」

「はっ。老体に鞭打たせやがって。いいぜ、もし騎空挺が復活したら坊主の騎空団の操舵士になってやる」

「おう。言っとくがとりあえずの目標は星の島イスタルシアだ。オイゲンがそこまで行く気なら、嫌とは言わせねぇよ?」

「ははっ! 面白ぇ坊主だ。そこまで言われちゃ操舵士として引き下がれねぇ。どこまでも連れて行ってやるよ!」

 

 笑い合っているとザンツが左手を差し出してきた。

 

「俺は元『伊達と酔狂の騎空団』本船操舵士のザンツだ。騎空挺が直った暁には、坊主の騎空団で世話になる。改めてよろしくな、ダナン団長」

 

 団長、か。今まで呼ばれたことのない呼称だ。なんかこう、騎空団を結成するんだな、って感じがする。

 

「おう。俺はただの一般人、ダナンだ。役不足にならねぇよう精々頑張るさ」

 

 俺はそう名乗ってザンツと握手をした。

 

「ははっ! 冗談はよせよ。ただの一般人が好き好んでイスタルシアなんか目指すかよ。よぉし、今日はとことん飲むぞ!」

「俺はもういっぱいいっぱいだっての。話終わったんならもう寝るぞ」

「おう! ……って、あっ!?」

 

 一層盛り上がって酒を煽るかに思えたが、ザンツはふと思い出したかのように声を上げた。

 

「……すっかり本題のこと忘れてたぜ」

「……」

 

 そういや俺もすっかり話に聞き入っちまってたな。

 

「わざわざなんで酒飲んでまで語り合ったかっつうとだな。俺と坊主の『縁』をきちんと結ぶ必要があったからなんだよ。ダイダロイトベルトの星晶獣キクリってのは『縁』、つまりは人と人との繋がりを司る星晶獣だ。そいつを呼び出すには、簡単に言やぁ仲良くなる必要があったんだよ」

 

 ザンツの話を聞いて、ほうと密かに感心する。どうやらそこまで考えて酒を飲んでいたらしい。

 

「ってことで出てこいよ、キクリ。お前さんは『縁』を司る。なら俺とダナンの『縁』からでも顕現できんだろ?」

 

 彼が虚空に呼びかけると、光が溢れ狭い小型騎空挺の中に奇妙な存在が現れる。姿形で言えば俺が今まで会ってきた星晶獣の中だとミスラが一番近いだろうか。無生物の姿だ。糸が絡まり合ってなにかのオブジェクトのようになっている。糸という繋がりと結び目で『縁』っぽさを体現しているかのようだ。

 

「……マジかよ。とりあえず空図の欠片くれるか?」

 

 まさか本当にザンツの言う通りに出現してくれるとは思わなかった。とはいえ出てきてもらったのでそのまま空図の欠片を要求する。素直に渡してくれた。確か七曜の騎士の激突で暴走したんだったか。もう面倒事はご免だと思ったのかもしれない。……なんかミスラとかキクリとか感情読めないヤツばっかこんなこと言ってんな。

 

「ありがとな」

 

 一応礼を言うとキクリは早々に消えていった。

 

「ちゃんと出てきてくれて良かったぜ。キクリはダイダロイトベルトの星晶獣だが、祠やなんかはねぇんだ。『縁』から顕現してもらう以外に会う方法がねぇ。一日で上手く会えて良かったがな」

「ほーう? まぁそこは年の功ってヤツか助かった」

「いいんだよ、こっちは人生賭けた頼み事させてもらうんだからな」

 

 流石『伊達と酔狂の騎空団』として空を飛び回った経験は違う。“蒼穹”で言うところのオイゲンやロゼッタみたいな経験豊富な仲間が欲しいところはあったのだ。その点ザンツなら問題ないどころか、これ以上ない人材だ。

 まさかこんなところで縁が成り立つなんて思わなかったけどな。

 

「よし。んじゃもうダイダロイトベルトでやるべきことは終わったし、明日朝から船の墓場に向かっていいか?」

「ああ。できるだけ早い方がいいだろ。じゃあ俺はもう寝るぞ」

「おう」

 

 ザンツに言ってから、酔いが多少落ち着いて眠気がやってきたことによりあっさりと睡魔に敗北する。ずるずると壁際で横になり丸くなるように寝転んで目を閉じる。確かベッドがあったはずだがそこに向かう余裕もなかった。

 

 あっさりと眠って、目が覚めた頃にはベッドで寝かされていた。ザンツが運んだのだろう。

 

「……ん、あぁ?」

 

 頭が重い。頭痛がする。昨日酒を飲んだ影響か。これが噂に聞く二日酔いというモノなのかもしれない。

 

「随分ぐっすりだったな」

 

 声に気づいてそちらを向いてみれば、操縦室とを隔てる扉が空いていて、ザンツが操縦桿を握っていた。

 

「……ああ。頭が痛い」

「ははっ! どうやら坊主は酒に弱いらしいな。もう昼だぜ。今船の墓場に向かってるところだ」

「そうか。……もう少し横になってる」

「おう。大人しくしてな。最速の安全運転で、向かってやるからよ」

 

 俺は頭痛に悩まされて身体を起こすのも億劫だが、逆にザンツは元気だ。もしかしたら昨日よりテンション高いかもしれない。俺に話してすっきりしたんだろうか。俺はとても気分が悪いけどな。

 ため息を吐いてベッドに身を預けて天井を眺める。俺は酒に弱い。これは絶対に覚えておこう。あと次からはもうちょっと飲む量を減らそうか。俺、未成年なんだけど。

 

 とりあえず大人しくしておこう。余裕があったら【ドクター】で二日酔いを治す薬でも作るか。うん、常備しておこう。俺は未成年なんだけど。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ザンツの操縦によりかなり速かったとはいえ、それでも日を跨いだ頃。

 

「見えてきたぜ。あれがこれから向かう、船の墓場だ」

 

 彼に言われて窓の外を確認する。

 

 瘴流域という黒い嵐が壁のように立ちはだかっているそのすぐ手前に、その島はあった。大きさは小さめだったが遠くから見ても巨大な騎空挺が漂流しているのが見えた。また強い風が島を中心に吹いている。いやこれは、気流が島に向かって流れてるのか?

 

 がくん、と小型騎空挺が揺れる。

 

「うおっ?」

 

 ザンツが操縦している騎空挺はほとんど揺れがない。慌ててモノを掴み倒れないようにする。

 

「よし。気流に乗ったぞ。後はこのまま島に向かうだけだぞ」

「気流に乗った?」

「おう。船の墓場ってのは周囲全方位から気流が来ていて船の残骸やなんかが集まる島なんだ。島に向かっている気流に乗っちまえば後は気流が連れてってくれるってわけだ」

「へぇ」

 

 雑学に感心していて、重大なことに気づいた。

 

「気流が全方位から、ってどうやって島を出ればいいんだよ」

 

 出航時にとんでもない強風が吹き荒れるようなモノだ。とてもじゃないが離れられそうにない。

 

「そう。島に辿り着いたら一貫の終わり。出ることはできない」

「……おい」

「落ち着けよ。普通なら、って話だ。生憎と俺は普通の操舵士じゃない。一流の操舵士だ。ちゃんと出られるぜ」

「……まぁいい。そこはお手並み拝見といくか」

 

 もう気流に乗ってしまったのだから逃げ場はない。当時ザンツ以外の団員が船を見捨てるしかなかったのだから、少なくとも自力では飛べないぐらいの損傷は受けていると思うべきだが。さてその修理にどれほどの時間がかかるんだか。

 一日やそこらで終わるようなモノではないだろうし、長期滞在を覚悟しておいた方がいいかもしれない。なるべく早く終わらせるに越したことはないが。

 

 段々と島に近づいていく。すると、俺のフードのポケットに入れているワールドのカードが熱を持って光り始めた。……マジかよ。

 完全に予想外ではあったが、あの建物もないような島に賢者がいるらしい。移動中不時着したのか、それともずっと前から住んでいるのかはわからないが。ともあれ好都合だ。小さい島ということもあるし、調査だと断りを入れて会ってみよう。

 

「……今度は、ヤバいヤツじゃなきゃいいんだけどな」

 

 俺は口の中だけでボヤくのだった。




さぁて、次の賢者は、っと。

短い期間で遭遇できるダナン君もなんだかんだ運がいい?


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船の墓場

少し早めの更新。理由は明日が朝早いので早寝しなければならないからです。予約投稿するまでもないと思っていますので。

今日更新された新章は読みました。アウライ・グランデ大空域は気になっているところですからね。ただこれからのストーリー更新は大分間が空くそうなのでどうしようかというところ。とりあえず次の幕間で時間稼ぎをするしかないか? 次の幕間では『空蒼』を書こうと思っていますが、がっつり書く予定なので長くなるかもですね。ただまぁあくまで予定ですが。


 船の墓場。

 

 文字通りといった印象を受ける島だった。

 墓場と言う割りには空が晴れているので明るい時間帯なら墓場というような陰惨な印象を受けることはない。

 

 だが上陸する直前からわかっていたことではあるが、島中に船の残骸が積まれている。大型から小型まで漏れなく残骸、モノ言わぬ骸と成り果てた様子だ。俺はザンツの言う騎空挺の姿を知らないので上陸後彼についていくしかない。

 

 上陸自体も相当厳しいモノで、少しでもズレれば今島にあるのと同じように俺達まで残骸となってしまうだろう。しかも全方位からの気流で船の残骸が集まってくる、という特性上島の周りに遮蔽物が出来てしまっていることが多いので、上陸も難しい。そこをザンツは僅かな間を抜けて上陸、気流に乗った勢いを地面を滑りながら殺して着陸させた。思いっきり揺れたので珍しく乗り心地最悪だったが、腕前のほどは流石と言うべきか。

 

 周囲に集まっていく都合上、上陸さえしてしまえば足場が悪いというわけではない。島の中央の方なら住める可能性もあるが、何分この島は風が強かった。ティアマトでもいるんじゃないかってくらいの風が吹き荒れており、好き好んで住みたい場所だとは思わないだろう。あと作物が育たない。あと物資が届けられない。近くまで来て物資の入った貨物を気流に乗せて持っていくくらいだろうか。

 

 島に上陸するとカードの放つ熱がより強くなっていた。やはりここに誰かいるみたいだ。

 

 だが風の吹く音が聞こえるくらいで人の気配はない。……どっかの誰かさんみたいにいきなり襲いかかってこなきゃいいんだがな。

 一人目が一人目だっただけに警戒せざるを得ない。一応俺も鍛えてきて気配には敏感になっているはずだが、なかなか遭遇することはない。カードの熱が強いままなので結構近くにはいると思うんだがな。

 

 ザンツが目で自分の船を探しながら歩いていくのについていく。半壊した船が並ぶ中を歩いていく彼の心境は如何なモノか。もう修復不可能なほどの残骸と成り果てている可能性もあるので、そうなったら心が折れる可能性もある。なにより俺も騎空挺が手に入らない。できれば全面的に協力してやりたいところだが。

 

「……こいつだ」

 

 ザンツがある時に立ち止まった。俺は彼の見つめる先を追って、その騎空挺を視界に入れる。

 中型の騎空挺が横たわっている。損壊が激しくマストも折れた状態で、地面に着いた側の側面がボロボロになっている。だがその騎空挺が持つ風格はちっとも衰えていなかった。壊れていて尚ゾッとさせる歴戦の風格。思わず見入ってしまう。

 

「……まだ、魂は死んじゃいねぇってか」

 

 ザンツも同じようなことを思ったのだろうか。彼は苦笑してそっと騎空挺に触れた。そこにどんな想いが込められているかは、他人では察することができない。少なくとも万感の思いではあるのだろう。

 

「こいつが、俺達が乗っていた騎空挺、アルトランテ。今一流の騎空挺職人と呼ばれているようなヤツらが結集して作り上げた、人が作った騎空挺の中での最高傑作と言っていい騎空挺だ。もちろん、身内贔屓が入ってることは否定しねぇけどな」

 

 ザンツは少し嬉しそうに言った。

 

「ただ酷ぇ傷だ。修復不可能な傷を受けてねぇか確認するのが先だが、時間はかかりそうだな。坊主は適当にその辺を見ていてくれ。どうやら数日前に上陸した小型騎空挺があるみたいだし、もしかしたら生存者がいるかもしれねぇ。もし生きてたなら脱出を条件に協力してもらえるかもしれないだろ」

「おう。……ってか小型騎空挺なんてあったか?」

「ああ。俺達が上陸したところの近くにな。素人が操縦したんだか、乗り捨てたんだか知らねぇが船の残骸に突っ込んでやがったしな。真新しいからここ数日前ってところだろ。人の気配はなかったから既に生きてない可能性も高いが、念のためな」

「わかった。ザンツも船に気を取られて不意を打たれたりするなよ」

「おう」

 

 小型騎空挺を奪って逃げられる可能性もあったが、ザンツが降りる直前でごちゃごちゃやっていたのと、物資を全て持ち出していた。おそらく盗難対策はしているのだろう。

 もし賢者なのだとしたらClassⅣにも匹敵しかねない強さを持っているはずだ。もしかしたらもっと強い可能性もある。俺でも油断はできない。ザンツのおっちゃんが対峙したら確実に倒されるだろう。いくら元『伊達と酔狂の騎空団』団員だからと言っても年齢による衰えはあるだろうしな。

 

 俺はザンツの方を気にしつつ、島を回ることにした。金目のモノは奪っておこうとか考えていない。

 

 しばらく回っていて、いやぁ豊作だったとほくほくでザンツのいるところへ戻ったのだが。

 

「……」

 

 ずーんという音が聞こえてきそうなほど落ち込んだ様子のザンツの小さな背中があるだけだった。結局賢者とは遭遇していない。おそらく向こうもこちらの様子を窺っているのだろう。カードの熱が若干弱くなったり強くなったりしているので、俺に近づかれないよう一定の距離を保とうとしているということになる。まぁ機会があれば接触してくるだろう。島を出る前にはなんとかしたいところではあるんだけどな。

 

「どうした?」

 

 流石に声をかけざるを得ない。

 

「……いや、アルトランテなんだがな? 竜骨が逝っちまってたんだ。これじゃ直せねぇ」

 

 ザンツは昔の話をしていた時よりも生気のない声で答えてくれた。答えるくらいの自我はあるらしい。

 

「竜骨?」

「そうだ。竜骨ってのは人体で言う背骨部分。騎空挺を構成する上でなくてはならない部分になる。それを取り換えちまったら、こいつはこいつじゃなくなる。それはもう、別の船なんだ」

 

 ザンツの辛気臭い説明を聞き、事態は思っていたよりも悪いのだと判断する。……背骨が折れた騎空挺、か。ザンツの言う通りなんだとしたらもうアルトランテとしては空を飛ぶことができないということになる。

 

「……クソッ。まだこいつは死んでねぇってのに……」

 

 悔しそうに言って、地面に胡坐を掻いたまま拳を打ちつける。なんとかしてやりたいが、俺じゃ無理か。流石に竜骨を直すなんて真似ができるわけねぇ……いや、待てよ?

 

 もしかして、ワールドの力ならできるんじゃねぇか?

 

 俺はふと思い至って顎に手を当て考え込む。

 ワールドの力なら直せる。いや正確には直すんじゃなくて創り変えるんだが。折れた竜骨を素材に、折れていない竜骨に創り変えることが可能なんじゃないか?

 

 俺はそう思って、アルトランテに歩み寄って触れる。

 こうするとワールドの能力に付随する効果として、モノの分析が行われるようなのだ。おそらく新たな世界を創る時に今の世界を元にして創り直すからだろうとは思うのだが。これによって竜骨を創り直しアルトランテを修復することが可能かと導き出す――不可、か。これは魔力不足と言うより俺が使えるワールドの能力の度合いによる影響だろう。今の俺では船一隻に影響を及ぼすような創造は不可能ということか。竜骨だけなら可能なのかもしれないが、竜骨が折れて歪んだ船体まで修復しなければならないのでそうなると結果的に船体の全てを直す必要が出てしまうようだ。

 

「――困ってるみたいだね」

 

 そこに女性の声が聞こえてきた。ローブのポケットにあるカードが熱く反応している。俺は振り返って声の主を見た。

 

 銀髪のツインテールに赤い双眸をしたエルーンの女性だ。胸元の大きく開いたレオタード状の黒い衣服の上に、以前見かけたロベリアと同じデザインの、赤いケープのついた紺色のローブを羽織っている。高いヒールを履いているせいもあって俺より目線が高かった。

 間違いなく美人だ。うちの仲間達も美男美女が多いのだが、そんなヤツらを見慣れている俺でも確かに目を惹かれるモノがあった。

 

「誰だ、あんた」

 

 ザンツが警戒したように身構える。とはいえ立ち上がる気力はないのか座ったままだ。

 

「警戒しないで欲しいな。実はその、小型騎空挺に乗って別のところに行こうとしてたところで気流に乗ってそのまま、って感じだったんだ。着陸失敗して小型騎空挺も壊れちゃったからどうしようかと思ってたんだけど、まさかこんなところに人が来るなんてね」

 

 賢者の彼女は朗らかな態度を崩さない。

 

「脱出するなら一緒に乗せてって欲しいなっていうのと、その代わりにちょっと手助けしてあげようかなって」

 

 彼女はそう言ってちらりと俺を見てきた。……なるほど。話を聞いていて、俺がワールドの力でなんとかしようとしてることを知って交換条件を出してきたってわけか。そして俺とザンツからしてみれば、断れない。

 

「なに言ってやがる……?」

 

 ただしザンツには俺の細かい事情まで伝えていないので、なにがなんだかわかっていない様子だ。

 

「……まぁ、交渉ってほどの余地はねぇな。断る理由がない」

 

 わかっている俺は彼女を見据えてそう言った。

 

「良かった。はい、これ」

 

 女性は一枚のカードをこちらに投げてくる。受け取ると、タワーとはまた違った絵柄が描かれている。おそらくこの絵柄が彼女と契約している星晶獣なのだろう。

 

「しょうがねぇか。脱出以外に、俺にできることなら頼みくらいは聞いてやるよ」

 

 俺は言って、彼女に背を向けアルトランテに向き直る。もう一度騎空挺に手で触れて分析を行い、今度は修復可能になっていることを確認した。カードを入手すればすぐに力が解放されていくらしい。今回は前回と違って信頼を得たわけじゃないが、向こうも脱出するのが最優先と考えればいい取引か。

 

 船全体の構造を把握。竜骨含む骨組みの欠損を確認。骨組みの修復を行うことで発生する歪みの修正箇所を提示。船体の破損部位を構造。折れたマストを基にマストを修正可能。

 

 目を閉じれば脳裏に船の全体図が浮かび上がってくる。そして騎空挺を直すために必要な情報が頭に浮かんできた。便利な能力だ。彼女の渡してくれたカードのおかげで船全体を創り直すことが可能になった。俺の魔力も少し余るので足りない部分を同じ素材で補完しておこう。

 そうすると頭の中に完全なアルトランテの姿が浮かび上がった。

 

 ワールド最大の能力、再創造(リクリエイション)。今あるモノを別のモノに創り変えることができる能力だ。とはいえ完全に創り変えてしまうと竜骨を入れ替えるのと意味合いが変わらない。だから大体はそのままに修復を行っていく。きちんとここで燻っていたアルトランテの魂が宿るように。

 

 今ある船体が力によって全て金の粒子と変わる。

 

「お、おい! なにしてんだよ!?」

「邪魔しちゃダメよ。折角の機会なんだから」

 

 慌てたようなザンツを、近くから声がする彼女が止めてくれたようだ。俺は集中して金の粒子を操り、俺の身体からも魔力を粒子として放出して、騎空挺アルトランテを構築させていく。

 

 ……さぁ、騎空挺アルトランテ。休憩時間は終わりだ。次は俺達を乗せて飛んでくれよ。

 

 片面がほとんどなくなっていて傾いていた船体を補完して真っ直ぐに立たせ、ほとんど完全な状態で構築していった。

 

「……嘘、だろ……?」

 

 ザンツの呆然とした声が聞こえる。出来上がった騎空挺に手で触れて分析し、以前と変わりない風格と魂があることを確認した。

 

「……よし。これでまぁマシになっただろ。とりあえずは飛べるはずだ。もちろん、腐った板やなんかは戻すだけの力がなかったから後で直す必要はあるだろうけどな。だがこれで、騎空挺アルトランテは飛べる」

 

 俺は言ってザンツを振り返る――と俺より体格のいいおっさんが抱き着いてきた。

 

「マジかよ! 坊主凄ぇな! なんだったんだよ今の!」

 

 先程とは打って変わって歓喜に満ちた声だった。

 

「痛ぇ、っての」

 

 俺は言って、強めに腹部を殴りつけた。

 

「ぐふっ!? ……おい。割りと本気で殴りやがったな」

 

 慌てて離れたザンツは腹部を押さえて呻いている。

 

「流石に疲れたんだ。喜んでないでちゃんと直ってるか確認してやれ。あとすぐに飛べるかどうかもな。それができてから、喜べよ」

「お、おう。そうだったな」

 

 彼に「こいつ凄ぇドライだな」という目を向けられてしまう。だがぬか喜びさせてしまうよりはいいだろう。ちゃんと直っているとは思うが、操舵士から見てもそうかというところはまだ不安が残る。なにせあまり駆使したことのない能力だからな。ちゃんとできているかどうかは不明なのだ。

 

「良かったね、騎空挺が直って」

 

 俺が小型騎空挺の方に戻って一眠りしようかと思っていると、賢者の彼女が声をかけてきた。

 

「ああ。あんたのおかげでな」

「どういたしまして」

 

 彼女はにっこりと笑う。俺の行く先を遮るように佇んでいて、避けて進んでいいモノかと考えた。

 

「魔力を消耗しすぎて疲れたし、寝に行っていいか? 詳しい話とかも聞きたいところなんだが、流石に面倒だ」

「うん。一緒に行ってもいい? ここに着いてからあんまり眠れなくて」

「そこまで信用できるかどうかは別だが、まぁいいか。操縦できないように細工してるみたいだったし、俺を殺すつもりなら今狙えばそれで終わる」

「あはは、警戒心が強いんだね」

「初対面ならこれくらい普通だろ。ほら行くぞ、信用されたいなら大人しくしてろよ」

「はーい」

 

 苦笑する彼女を連れて、乗ってきた小型騎空挺のところへ向かう。……うん、壊されてるとかもないか。扉を開けて中に入り、ローブを脱ぎ捨て固い胸当てを外してベッドに飛び込む。

 

「お疲れ様。……そういえばさっき頼みくらいなら聞いてくれるって言ってたけど、例えばどんなことならいいの?」

 

 眠いというのに話しかけてきた。それほど気になること、だと思っておこう。

 

「……俺にできる範囲でのことなら、なんでも。やりたくないことはやらないけどな。あとできれば、あんたがやりたいことだったらいいな。その方が俺も手伝いやすい」

「私の、やりたいこと……?」

「ああ。なんかあるだろ。じゃあ俺はもう寝るからな」

「あ、うん」

 

 少しだけ彼女の様子が変わったことには気づいていたが、疲労もギリギリだ。俺はとりあえず明日にしようと考えて意識を落としていった。



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悪魔の囁き

ちょい長めです。独自解釈を含みます。

感想で言ってくださった方がいましたが、
賢者は全員闇が深いか過去が重いです。ご注意ください。


 目が覚めて最初に感じたのは匂いだった。

 

 甘い花の香りが鼻腔をつく。ん? と思って顔を顰めて目を開ければ、そこには自分の腕を枕にした恰好で銀髪のエルーンが寝転がっていた。じっとこちらを見てきていたのですぐに目が合ってしまう。目が合うとにっこり微笑んできた。……なぜベッドに。

 しかもロベリアと共通だったローブを脱いでいる姿のため扇情的だ。もしかしなくても誘っているのではと思いそうになるが、流石にオーキスやアポロに申し訳ないので浮ついた気持ちにはならなかった。

 

「……なんでいんだよ」

「だってベッドが一つしかないでしょ?」

 

 なんてこともないように言われてしまった。真意は全く読めないが、こんなことで絆される俺ではない。

 

「……まぁいい。早く退け、船の方見に行くぞ。ザンツのおっさんは?」

「私が寝るまで戻ってこなかったよ? 多分夜通し作業してるんじゃないかな」

 

 俺が言うと彼女はベッドから起き上がって軽く髪を整えかけてあったローブを羽織る。俺も起き上がって魔法を使い身体を清めた。彼女がじっと見てきたので同じ魔法をかけてやる。

 

「ありがと」

 

 そう言って笑う彼女は魅力的ではあったが、この程度では心が揺るがない。「どういたしまして」と適当に答えてから胸当てとローブを装着した。

 

「あっ。そういえば自己紹介がまだだったね。私はフラウ。知ってるとは思うけど、アーカルムシリーズの星晶獣デビルと契約した賢者の一人よ」

 

 思い出したように名乗る。彼女に今のところあいつみたいなトチ狂った様子は見受けられないが、さてどうなのか。あまり深入りはしない方が身のためのような気はするが、しっかりと協力を取りつけるならちゃんとした信頼を得る必要がある。……いやロベリアはもういいんだが。

 

「そうか。俺はダナン。ワールドの契約者候補だ」

 

 契約者、と断言できるような立場ではない。運がいい方だとは思うのだが今はまだ十人中二人としか遭遇できていない。先は長いのだ。

 

「うん、知ってる」

 

 彼女は頷いた。フラウはどうやら、ロベリアよりは話が通じるらしい。折角なので色々と賢者などについて話を聞いてみるとしようか。

 

「色々、賢者やなんかについて聞いてもいいか? 一人目は話の通じるようなヤツじゃなくってな」

「へぇ、そうなんだ。いいよ、ワールドの契約者なら多分隠し事をしなくてもいいだろうからね」

 

 フラウの答えで二つのことがわかった。

 まず、賢者全員がどうなのかは置いておいて、少なくともフラウはロベリアと面識がない。あんなヤツがいたら流石に覚えているだろう。集まりはないと考えた方がいいのかもしれない。

 次に、賢者に関係する者だけの機密情報がある。まぁこれは当然か。賢者という特定の相手と契約することで力を得ているなら、おそらくワールドの目的に従うような形で動いているのだろうが。なんらかの意味があるのだとは思う。

 

「賢者は十人いるって聞いたんだが、他の賢者との関わりはあるのか?」

「ううん。私が賢者やアーカルムシリーズで関係がある他の子は、精々ワールドぐらい。彼は他のアーカルムシリーズを従えている立場だから。残念だけど他の賢者の情報はないよ」

 

 これは先程聞いた印象とほとんど一緒か。連絡を取り合っているなら居場所を教えてもらうとかができたんだけどな。

 

「じゃあどうやって俺がワールドと契約しようとしてるってわかったんだ?」

「それはデビルを通じて、ワールドが契約者候補を見つけたっていう連絡をしてくるからよ。デビルはワールドと連絡を取り合うことができるみたい。だからタワーとその契約者があなたを推したっていう情報がワールドに伝わったんでしょうね」

「なるほどなぁ」

 

 ワールドはやはり他のアーカルムシリーズより上に位置しているようだ。だが俺はワールドと連絡を取り合う方法がない。賢者の居場所もわかりそうなモノだが、それを教える気はないのだろう。賢者と巡り合う運も必要ってことだと思っておくしかない。

 

「それにしても、本当に運がいいのねあなたって」

 

 そんなことを言ってフラウが一歩俺に近づいてくる。

 

「そうか?」

「うん。だって本当に、こんな場所で人に会うなんて思ってなかったもの。しかもそれが例のワールドの契約者だなんて。ねぇ、これって運命だと思わない?」

 

 前屈みになってこちらを覗き込んでくる。

 

「そんな大層なことじゃないだろ」

 

 俺は彼女の方を見ずに呆れたような声を出した。

 

「ただの偶然だ」

「ただの偶然にしてはできすぎてると思うの。人っ子一人いなくて、食糧も数日で尽きて、もうこのまま独りで餓死するしかないんだって思い始めてた時に来てくれて。しかもそれがワールドの契約者だなんて」

 

 ふふ、とフラウは嬉しそうに微笑む。そう考えれば確かに彼女の態度にも納得がいく部分もある。だが少し都合がいいような気がしなくもない。

 

「偶然も偶然だろ。ほら着くぞ」

 

 俺は言って真面目に取り合わず少し足早に騎空挺アルトランテの方へと向かう。

 

「……この方法じゃダメみたい。次は、どうすればいいと思う?」

 

 フラウが小声で誰かと話している声が聞こえた、気がした。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ザンツー? おーい?」

 

 アルトランテの下へ行くとおっさんの姿がなかったので、声をかけているかどうか確認する。

 

「おーう。ここだここー」

 

 上から声が降ってきて見上げると、ザンツが手を振っているのが見えた。

 

「そんなとこにいたのかよ」

「悪い悪い。テンション上がってついつい徹夜しちまった」

 

 悪びれず笑うおっさんの顔は晴れやかだ。どうやら船の様子は問題ないようだ。

 

「で、騎空挺はどうだった?」

 

 俺が尋ねると、ザンツは笑みを深めて語ってくれる。

 

「坊主のおかげか竜骨は新品同然だし、大まかな骨組みは無事みてぇだ。破損してた部分も問題ない。ただまぁ所々腐ってたり直ってねぇ部屋があったりするし、錆びついた部分も取り換えねぇといけねぇ。メンテは必要だがちょっと飛ぶくらいならできるだろうぜ」

 

 流石に今の俺では完全復活とまではいかなかった。だが人が作ったモノなら人が直せるだろう。ガロンゾの職人達に任せればいいか。

 

「ならさっさと出航準備だ。騎空挺直すんなら、ガロンゾに向かう必要があるだろ」

「おう、そうだな。動力部もなんとか生きてるから、いつでも出発可能だぜ、団長」

 

 彼はにかっと笑って言ってくる。……よし。これで騎空艇と操舵士は確保できたも同然だな。

 

「じゃあ準備してくれ。小型騎空挺も持ち帰るんだろ? 運び込まないとな」

「おう。ちょっと手伝ってくれるか?」

「わかってるよ」

 

 これから俺の団の騎空挺になるかもしれない船だ。手伝うのは吝かでもない。

 

「あ、ごめん。ちょっと彼を借りてもいい?」

 

 しかし、そこにフラウが口を挟んできた。

 

「ん? ……おう、わかった。頑張れよ、ダナン」

 

 なにを勘繰ったのか、ザンツはニヤニヤしながら俺にそんなことを言ってきた。……なに想像したんだか、あのおっさんは。

 呆れつつもどういうつもりだという視線をフラウに送る。彼女は目を合わせて微笑むと、

 

「ちょっと来て。二人きりになりたいの」

 

 彼女は誘うように手招きする。怪訝に思いながらも断りはしない。本心が聞けるならそれに越したことはないからだ。賢者はかなり強いみたいだが、渡り合うくらいの実力は持っているだろう。

 彼女についていくとアルトランテと小型騎空挺から離れた位置で立ち止まった。少し開けた場所だ。

 

「……あなたはなんでワールドとの契約を受け入れたの? ワールドの目的は自分に都合のいい世界に創り変えること。契約者なんて自分の目的を達成するための道具としか考えていないようなヤツよ。それとも彼の目的を知らないだけ?」

 

 フラウは振り返ると妙に真剣な顔で尋ねてきた。……ふむ。どういう腹づもりかは知らないが、隠すようなことでもないか。

 

「俺はあいつの目的に賛同も否定もしねぇよ。俺だって世界のことなんかどうだっていいし、この世界が消滅しても構わない。ただまぁ、一部生きていて欲しいヤツらはいるから、そいつらのことは守るつもりではいるけどな」

「ふぅん。もしかしてワールドにその人達だけは新世界に連れていってやるとでも言われた? だとしたら嘘だよ。ワールドは都合のいいことを言うだけで、実際には行わない」

「ま、だろうな。あいつが自分の目的に協力してくれた契約者とはいえ義理立てをするとは思ってねぇ」

「だったら……」

「そん時は俺がワールドを殺す。または俺ごとワールドを殺す手筈を整える」

 

 なぜ急にこんな話を、と思わないでもなかったが正直に答えてやった。俺の答えにフラウが少し驚いて目を見開く。

 

「……なんでそこまでするの?」

「色々と事情があってな。星晶獣でも利用しなきゃ俺はこの先詰むかもしれねぇ。だったら利用させてもらうさ。あいつが俺を利用するってつもりならな」

「……そう」

 

 オーキスやアポロには狙われる事情がある。彼女達を狙うヤツを撃退し続けるためには、もっと力が必要だ。俺はなにせ、弱いからな。

 

「――本当に残念。あなたが素直に堕ちてくれればこんなことする必要はなかったのに」

 

 あん? と聞き返す前にフラウが動いた。瞬く間に接近し脚を振り被っている。……チッ。そうきたか。

 

 俺は咄嗟に後方へ跳び回避する。しかしあまりの速さに彼女の爪先が鼻を掠めた。細脚から放たれたとは思えないほどの威力なのか突風とも思える衝撃が来て目を細める。

 

「へぇ? 凄いね。今のを避けるんだ」

 

 フラウは軽やかに着地して感心したように言ってくる。……今の動き、ただ者じゃねぇな。とりあえずヒール履いたヤツの動きじゃねぇぞ。これは苦戦しそうだ。

 

「……だから言ってるだろ、俺はまだあんたを信用してないって。で、なんのつもりだ? 俺を殺したらワールドさんに怒られるんじゃねぇの?」

 

 俺は腰を低くして身構えつつ括りつけているパラゾニウムを手に取った。

 

「大丈夫、殺すつもりはないから。ただちょっと、力づくで言うこと聞かせようっていうだけ」

「それでも充分だと思うんだがな。……俺に言うこと聞かせてなにさせるつもりだ?」

「ワールドの力を使って、小さくてもいいから私の言う世界を創らせる。どうせワールドは私達の要望なんて聞いてくれない。だったらその契約者を手駒にすればいいってこと」

「なるほど。それでやたら誘惑してきたってわけか」

 

 納得がいった。道理で都合がいいと思ったんだ。まぁ、今までの経験が俺を押し留めてくれていた部分もあるだろうが。

 戦闘となることを考えて肩に担いでいた革袋を下ろす。

 

「……じゃあしょうがねぇか。全力で抵抗させてもらうぜ。俺は賢者も利用させてもらいたいんでな。悪いがその頼みは聞いてやれねぇなぁ」

「そう。じゃあしょうがないね。ちょっと痛いけど許して……ねっ!」

 

 主張は決裂した。フラウは言いながら地面にヒビが入るほど強く踏み込んで瞬時に距離を詰めてくる。

 

「バニッシュ」

 

 蹴りが当たる直前で彼女の背後に移動しパラゾニウムを首筋目がけて振るった。しかし身を屈めて回避され、脚を戻して振り向き様に回し蹴りを放ってくる。脚の長さを考えスウェーでギリギリ避けてみせると彼女が楽しそうに笑うのが見えた。

 

「あはっ! いいわ、あなた。私の蹴りを見切れるなんて!」

 

 戦闘狂のような歪んだ楽しさではない。ただ純粋に戦うことが楽しいのだと言うように笑い、更に攻撃を苛烈化していく。回避に専念することでなんとか直撃を逸らすことはできたが、防御しても受けた腕が痺れるくらいの威力は持っていた。途中踵落としをしてきたのだが、その踵落としを受けた地面が陥没したくらいだ。一撃でも諸に受けたら負けと見ていい。

 しかし、直撃はしていなくてもこちらの体力を削ってくる。

 

「……チッ」

 

 五分もしない内に、俺は傷を増やし呼吸を乱していた。

 

「うん、あなた強いんだね。でももうおしまい」

 

 フラウは苛烈な攻撃を仕かけてきていたというのに全く息を切らしていない。反撃の隙もなかったので傷一つない状態だ。あれでも結構強かったと思うのだが、おそらくまだ本気じゃないってところか。俺をうっかり殺してしまわないようにある程度手加減していると思われる。

 

「はぁ……。ホント、賢者ってのは一筋縄ではいかねぇな」

 

 俺は言って構えを解きパラゾニウムを腰にしまう。

 

「諦める気になってくれた?」

 

 フラウは悠然と微笑む。だからこそ、俺はニヤリと笑ってやった。

 

「バカ言え。これからだろうが。いくら鍛えてるとはいえ、流石に『ジョブ』なしじゃこれが限界だしな」

「……?」

 

 『ジョブ』を使わずともどれだけ戦えるようになったのか、を試す意味もあったのだが賢者は強いので手も足も出なかった。しかもまだロベリアのように星晶獣が手を出してきていない。ここから更に強くなるということを考えるともうここらが限界だろう。

 

「いくぜ、【オーガ】」

 

 俺は言って『ジョブ』を発動する。ClassⅢだ。ClassⅣの【レスラー】でもいいんだが、あれはどちらかというとパワーに重きを置いた『ジョブ』だ。彼女のような速い相手には【オーガ】くらいの身軽な『ジョブ』の方が戦いやすい。

 

「……」

 

 フラウは衣装の変わった俺を怪訝に思ったのか警戒するように目を細めていた。そこへ、俺は一気に接近し拳を突き出す。

 

「っ……!」

 

 不意を突く形になったはずだが回避される。それでも驚かすことはできたようなのでそれでいい。

 

「このっ!」

 

 フラウは体勢を即座に立て直して蹴りを放ってくる。俺もそれに合わせて蹴りを放ち、思い切りぶつけてやった。どちらかが弾かれることもなく、蹴り同士がぶつかり合い一瞬停止する。

 

「……やるわね」

「そりゃどうも」

 

 一言交わしてから、フラウはどうやら余計に楽しくなったのか、攻撃を激化してきた。『ジョブ』なしでも一応見えてはいて、それがClassⅢになったことで身体が追いついていき対応することができている。蹴りを受ければ地面が大きく陥没するほどの威力でも充分に戦えている。

 互いに傷を増やし、互角の戦いを繰り広げていた。

 

「あはっ。本当に凄い。私、全力なのに。互角だなんて。ワールドの契約者に選ばれたのは伊達じゃないってことね」

 

 フラウは心底楽しそうに笑う。邪気のない純粋な笑みだった。

 

「でも次は、勝てないと思うよ? 今の内に降参しといたら?」

「聞かないってわかってるだろ」

「……そうだね。でも本当に、これならあなたが勝つ道理がなくなるから」

 

 フラウは首に提げた赤い宝石が埋め込まれたようなアクセサリーに触れる。

 

「私とあなたは互角みたいだけど、決定的に違う点がある。それはあなたがワールドと本当の契約を結べていなくて、私がデビルの契約者ということ。……最後通告よ。大人しく従って」

 

 彼女の触れている首飾りから赤い光が零れている。……いよいよか。

 

「上等だ、かかってこい。お前がなにをしようと、俺はそれを超える」

 

 勝算はあまりないが、いつも通り不敵に笑って答えた。誰かの言いなりで動くなんて俺らしくもない。旅を邪魔させるわけにはいかねぇんだ。なら、徹底抗戦といくしかないだろう。

 

「そっか、残念。じゃあお望み通り、私達の力で相手をしてあげる。――来て、デビル!!」

 

 フラウは少しだけ寂しそうな顔をすると、自らと契約している星晶獣を呼ぶ。

 首飾りの光が強くなり、虚空に魔方陣が描かれた。その魔方陣から巨大な黒い腕が出現する。魔方陣五つの内四つは腕が出てきて、残り一つに本体と思われる身体部分があった。魔方陣から上体だけを出し腕の先を魔方陣に入れたままの恰好となっている。本体を見るに、悪魔と呼ぶのが適切だろうか。黒い身体に捩じれた角を持つ異形。顔部分は赤くヒビ割れたようになっているだけだった。

 

 デビルを放った炎がフラウの両脚に纏われる。彼女自身も強化されるようだ。

 

 ふと彼女の姿が消えたかと思うと、眼前で脚を振るフラウの姿があった。……クソ、目で追えてねぇ……!

 なんとか腕を掲げて防御したが、そんなことは無駄だとばかりに吹っ飛ばされ、周りにあった騎空挺の残骸に突っ込んでいった。

 

「……ごほっ、ぐっ」

 

 咳き込んで吐血し、一撃で折れて焼け爛れた右腕を確認して彼女の蹴りの威力を悟る。……クソ、一撃でこれとか俺が回復使えなかったら確実に死んでるぞ。

 

 『ジョブ』をClassⅣの【セージ】に変えて回復させ一旦解除する。……いや文句言いたくはねぇけど【セージ】で人前に出るの嫌なんだよ。しかしどうするかな。ClassⅣを使うのは確実としてもどの『ジョブ』ならあいつに対抗できる?

 

「まだ無事みたいだね」

 

 しかし俺には考える時間すら与えられない。俺が突っ込んで開けた穴の方にフラウが佇んでいた。デビルも彼女についてきている。

 

「……はっ。余裕はねぇよ、残念だがな」

「それでも生きてるってだけで凄いと思うよ。それに、傷も治ってる」

「そうかよ。バニッシュ」

 

 俺は即座に移動し革袋の下へ行く。俺が普段持っているのは銃と短剣だけだ。他は入れてあるので取りに行く必要がある。……対抗できそうなのは、同じく肉弾戦を得意とする【レスラー】。だが【レスラー】はダメージを受けながらカウンターをするタイプだ。あの一撃の重さと軽やかな動きを考えるとカウンターができるかどうか、またカウンターが当たるかどうかという懸念が残る。

 となると他の『ジョブ』がいいのだが。

 

「【ウォーロック】」

 

 俺は考えた末に最初ジータが獲得した魔法中心の『ジョブ』を発動する。グランとあまり服装に変わりがなく、黒いとんがり帽子にマントという恰好だ。

 手には取り出したブルースフィアを持っている。

 

「また新しい姿? 面白いね、ダナンって」

「僕としても不思議に思ってるんだけど。因みに君のそのデビルって、前に遭遇したタワーとは違って魔方陣から出てるよね。それは悪魔が召喚されるモノとしての認識があるからなのかな?」

「……? 衣装だけじゃなくて性格も変わるの? 変な能力」

 

 口調が変わり普段俺が興味のないことでも口にしてしまう。【ウォーロック】は魔法に関連する興味を持つ。そのせいで戦闘中余計なお喋りがあるのがあまり好ましくないと思っている。

 

「さてと、次はこんなのでいこうかな」

 

 俺は言って、ブルースフィアを掲げフラウに向けて落雷を引き起こす。

 

「デビル!」

 

 フラウの声に呼応してデビルが一本の腕を上に向け雷を受けた。

 

「やるね。じゃあ、どんどんいくよ?」

 

 俺は魔法を次から次へと放っていく。火焔弾を放ち、氷塊を落とし、地面を盛り上がらせて挟み、風の刃で斬りつける。片手間に自分の周囲に不可視の障壁を作っておけば、フラウは一気に俺へと攻撃を届かせることができず、また動こうにも魔法が次々と放たれているため対処に追われる。フラウの速さを考えた上で魔法を使っているので逃げ道を狭め確実に当たるところで高威力の魔法を叩き込むような戦い方をしていた。

 立ち回りのおかげもあってか戦えている状態だったが、フラウは迫り来る魔法を蹴りで打ち落としながら火炎を滾らせて舞っている。その表情は心から楽しそうに見える。それだけは嘘偽りない彼女の本心だと思えた。

 

「ふふっ! やっぱり楽しい……! 正真正銘の本気、いくよ!」

 

 わざわざ宣言してくる辺り、俺となぜ戦っているかも忘れてしまっていそうだ。

 

「来なよ。受けてあげる」

 

 俺が言うと、フラウは高揚したように髪の毛を逆立てる。

 

「いいね! これを受けられたらあなたの勝ちでいいよ。――全てを焼き尽くす悪魔の業火よ! この私の力となれ!」

 

 フラウは言うと大きく跳び上がる。いつの間にか腕を出していたデビルがフラウの全身を自らの炎で包んでいく。灼熱の炎に大気が揺れ、俺の口の中も乾いていった。そのまま上空から噴射する炎で加速をして突っ込んでくる。

 

「パワーコンフラグレーションッ!!!」

 

 直前で左脚を高々と掲げ、渾身の踵落としを叩き込んできた。

 

「……【スパルタ】。ファランクス」

 

 俺は相殺ではなく防御を選択。

 兜に胴を覆う鎧。籠手に脚甲と完全防備。にしては袖がないのだが、全身を黒い鎧で包んでいる。兜の頭に鶏冠のような飾りがあり、マントを羽織っていた。それらは灰色だ。武器は持っていなくとも衣装と一緒に大きな丸い盾が右手に現れる。それさえあれば攻撃を受けるには充分だ。盾を掲げ障壁を展開する。

 

 直後フラウの渾身が叩きつけられた。

 

 爆ぜるような轟音が響き呆気なく障壁が砕け散る。フラウの踵が盾に当たり細脚とは思えないほど重い衝撃が襲いかかってくる。視界が業火で真っ白に染まり全身を炎が焼き焦がした――。

 

 それでも尚、俺は意識を保てていた。

 

「……ふふっ。本当に耐えちゃった」

 

 地面は大きく抉られ残った部分も融解してぐつぐつと赤く煮立っている。そこに疲労した様子で佇むフラウは驚いたように、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

「……耐えたってほど立派なモンじゃねぇだろ」

 

 俺は乾き切った喉で掠れた声を発し、腕を下ろす。『ジョブ』は自然と解除された。

 

「ううん。凄いよ、あなたは。まさかデビルの力を借りてまで倒せないなんてね」

「このまま続けてたら俺の負けだったろうが」

 

 吐き捨てつつ、傷を治すために【セージ】になる。

 

「えっ? なにその兎耳。可愛いね」

 

 フラウが興味を示してカチューシャについた耳を触ろうと手を伸ばしてきた。……だから嫌なんだ。

 

「ふふ、ありがとう。ヒールオール」

 

 柔らかく微笑して回復を唱えてフラウごと回復を行う。フラウから身を引きつつ『ジョブ』を解除した。

 

「あっ……」

 

 触れなくて残念そうな顔をし手を引っ込める。【セージ】の恰好は兎耳のカチューシャにスーツとマントという恰好なのだが、グランとジータは色が白で俺が黒となっている。

 

「なんで私も回復したの? 殺すつもりはなかったけど、半殺しぐらいにはするつもりだったんだよ?」

「俺はお前ら賢者に協力を取りつけるのが目的の一つだからな。それに、お前は戦いが楽しくて仕方がないという顔だった。とりあえず、今のところそれだけは本心だとわかったからな。その分の信用だと思ってくれ」

 

 俺を誘惑してきたのは手駒にするための演技だとしても、今の戦いは本心から楽しんでいた。それこそ俺に勝って目的を達成することすら忘れて。

 

「……そっか。なんだ、結局デビルの言う通りにしても上手くいかなかったのね」

「ああ、途中誰かと話してたみたいだったのはデビルと会話してたからなのか」

「聞かれてたんだ。そう、私はデビルの言う通りにあなたを誘惑しようとしていた。デビル達はワールドに創られた星晶獣らしいから絶対服従なんだって。でも私を通してあなたを手駒にすればワールドを意のままに操れる。そう思ったんでしょうね」

「ふぅん」

 

 なるほど、悪知恵が働くと言うか。

 

「で、お前の目的は?」

「私? 私の目的は言ったでしょ? 私に都合のいい世界を創ってもらうこと。……この世界は醜いもの。ならそんな醜いモノのない世界に、私は行ってみたい」

 

 神妙な表情でフラウは言った。彼女がそう思うに至る経緯は知らないが、そう思うだけのなにかがあったのだと察することくらいはできた。

 まぁ俺も人のことは言えない。なにせ貧しいクソみたいな場所で育ってきた身だからな。今もそう思っていないのは優しさに出会ったか、そうでないかの違いくらいなモノだ。

 

「それには賛成だな。この世界には醜いモノが多い」

 

 フラウは肯定されるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔で俺を見てきた。

 

「俺の育った街はマフィアが牛耳っててな。目に入って気に入らなければ殺され、目に入って売り物になりそうなら奴隷として売り出される。いいモノは全てマフィアのモノになり、俺みたいな雑魚は腐ったゴミか虫やなんかを漁るだけ。そんなところで育ってきたんだ。別にこの世界が綺麗とは思わねぇよ」

「そう、なんだ。でも私と違って世界を創り変えて欲しいとは思ってないみたいだけど、それはなんでなの?」

「……世界が醜いだけじゃないと、知っちまったからな。ここには優しさがあるんだって知った。だから俺は、世界を創り変えてこの世界を消すことには完全に賛同できない」

「へぇ? もしかして、それが私の誘惑に乗らなかった理由?」

 

 俺が言うとフラウは面白がるように尋ねてきた。

 

「まぁ、そんな感じだ」

「ふぅん。私、一応なにもしなくても男の人から声をかけられることが多いくらいなんだけど?」

「それは外見の話だろ。俺は、その人の内面に救われたんだ。ただ見た目がいいだけのヤツに靡いたら……多分処されるな」

 

 言っていて特にオーキスとアポロからお仕置きされる様を浮かべそうになり、身を縮込ませる。あいつら怒らせたらヤバい。命が危うくなる。

 

「そうなんだ。意外と尻に敷かれるタイプなのね」

「煩ぇよ」

 

 尻に敷かれるとかじゃなくて、あいつら怖いんだ。特に怒らせると。実際にはナルメアがあれなのだが彼女も同様である。

 

「……あなたになら、いいかな」

「ん?」

 

 ぽつりと呟いたフラウの顔を見やると、彼女は少しだけ柔らかな表情をしていた。

 

「私の昔の話。信用してもらうには、自分を出すのが一番でしょ?」

「まぁ、な。だがそうやって俺の同情を誘う策という可能性も否定できないな」

「ふふっ、そうだね。でも話すよ。私がただ、聞いて欲しいだけの話だから」

 

 そう言ってフラウは、自分の過去について語った。

 

 彼女を語る上で必須なのが、彼女が持つ圧倒的な力と圧倒的な魅力だそうだ。

 デビルを呼ぶ前の、今の俺のClassⅢと互角なのが彼女単体の力だそうな。だとしたら相当な力だろう。それこそ、一般人に紛れ込んでいたら異常と思われても仕方がない。本気の踵落とし一発で地面が陥没するなんて、一般市民に紛れていたら畏怖される可能性も高いだろう。実際、彼女はそうだった。

 そして二つ目の魅力。これは万人に好かれる魅力ではなく、男を誘う類いの魅力のようだ。最近は普段フードを被って顔を隠しているそうだが、素顔を晒していると男が言い寄ってきて仕方がないらしい。まぁそれは俺も男なので理解はできる。

 

 問題だったのは、彼女の魅力が同じ女性には通じないという点だったのだろうか。例えば彼氏ができても彼女を見ればふらふらとついていく。そんなことが繰り返されれば嫉妬を買うのは当然の流れだ。力も強く男を魅了する美貌を持つ、なんていい嫉妬の的だろう。結果として彼女は心ない言葉を投げかけられ、両親からも化け物と呼ばれてしまう。男共はそんなことどうでもいいとばかりに彼女の身体を欲した。

 フラウはそんな彼らの嫉妬などの感情を、全て受け入れたという。なぜなら彼女はそんなことを言ってくるヤツらであっても愛していたから。

 

 だが彼女が受け入れることもあって、「あの子あんな罵倒されてるのに変わりなく話しかけてくるのよキモーい」と言われ始めるといったことも起こったようだ。まぁ、だったら嫌がってやめてと叫べば良かったのかと言われたらそうではないのだろう。

 人というのは自分の上にいる者を引き摺り下ろし、自分の下にして優越感を得ることに快感を覚える生き物だ。素直に嫌がったら嫌がったで調子に乗って苛烈化するだろう。どうにかするには戦うか、逃げるかするしかない。

 彼女は受け入れたから、なにも変わらなかった。

 

 しかしそんなフラウにも一人だけ友と呼べる人物がいたらしい。彼女を遠ざけず、罵倒せず、対等として見てくれる友達が。

 だがそんな彼女もある日突然いなくなってしまう。

 

 話を聞いた限りでは「あなたのせいよ!」とかそんなことを言われたらしい。どうなったかはフラウの知るところではないので話を聞いた俺の推測になるが、その友達は殺されたか逃げ出したかのどちらかだろうとは思っている。

 前者は簡単だ。極上のフラウを最底辺に落としたいのにその友達がいるせいで心が保たれてしまう。だからその友達を殺した。殺すつもりがあったかどうかはわからないが、結果的に殺された。

 後者はフラウの友達だからという理由で嫌がらせを受けていたのが嫌になった可能性。フラウはその友達がいることで心の支えにしていたようだが、その友達に果たしてフラウから見たその子と同じような存在がいたのだろうか。いなかったのだとしたら、辛くなって逃げた可能性はある。あと嫌がらせを受け続けた結果「フラウのせいで私がこんな目に」と思ってしまう自分が嫌になったとか。

 まぁそれは本当に友達だったらの場合だ。フラウがそう思っているだけの可能性も、なくはないからな。

 

 唯一の友達がいなくなり、変わらず周りから罵倒され下卑た欲望を向けられていたところに、デビルは干渉してきたらしい。

 

「……友達がいなくなって、弱っていたとはいえ私は悪魔の囁きに耳を傾けてしまった。『私は悪くない』、『私を認めてくれない世界が悪い』って」

 

 そう陰りのある表情で語るフラウ。

 

「いや、俺も多分そうやって言うぞ」

「え?」

 

 デビルは利用するためだったのかもしれないが、その言葉自体が間違っているとは思わない。

 

「フラウはただそこにいただけだ。周りがとやかく言ってきやがったのが悪い。フラウが悪いってんなら、それは生まれたこと自体を否定することになるからな。それは違う。そんな人間は、いない」

 

 俺はやけに強調するように告げた。……生まれてきたことが間違い、か。もしかして俺は、()()()()()()のか?

 

「ありがと、優しいんだね」

 

 フラウに声をかけられ頭に引っかかったことを振り払う。

 

「そんなんじゃねぇよ。ま、とりあえず俺もデビルと同じようなことを言わせてもらうが、周りが悪いんだから遠慮しなくていい。普通に紛れて生きるより、自分本意に生きた方が楽しいだろ。向かってくるモノには容赦しない、いいじゃねぇか。俺は優しくねぇからな。敵は殺すし、手段は選ばない。世界は醜いんだから、それでいいんだよ」

「……本当に、悪魔の囁きみたい。私のやること肯定して」

「ただ一つだけ、デビルの言いなりになるのはいただけねぇな」

「うん、わかってる。ダナンの言う通り、自分のやりたいことに従おうかなって思ってるよ」

「ならいい。精々道違えるなよ。俺は別に賢者からカードを得ろとは言われてるが、ワールドの目的を手伝えとは言われてないからな。星晶獣よりか、お前ら賢者の味方って言い方の方が正しいだろ」

 

 ロベリアの味方はしないが。

 

「そっか。じゃあ今思いついたことお願いしてもいいんだ?」

「早速か? まぁ、できないことじゃないならいいが」

 

 俺が言うと、フラウは持ち前の身体能力でか素早く接近してくる。ヒールの関係で彼女の方が少しだけ高いため接近されると男を魅了する美貌が目の前に来る。その程度で俺の心は乱されない、が心臓には悪いので半歩下がる。しかし彼女も半歩進んだため距離が変わらなかった。できるだけ仰け反りつつ尋ねる。

 

「……なんのつもりだ?」

「純粋にあなたの力になりたい、って思っただけよ」

「なら近づく必要はないだろ……」

「ふふ。ここまでしても他の人と同じような欲望が見えないっていうことを確認したかったの」

「……そうかよ」

 

 少し脱力して構わず下がろうとしたのだが、脱力したのがいけなかったのか彼女に素早く抱き着かれてしまう。

 

「っ……」

 

 俺の胸板に潰され形を変える柔らかな膨らみと背中に回された細い腕、そして誘うような甘い花の香りが身体を硬直させる。

 

「……誘惑したのはデビルに言われたからだけど、本当に心細かったんだ。誰もいないこの島に不時着して、ここで独りで死ぬしかないんだって思ってた。でもデビルのカードが光り出して、あなたが来るのがわかったの。しかも乗ってきた小型騎空挺を壊さず着地させるんだもの。これはもう縋るしかないって思って」

 

 誘惑してきた時とは違う、本心からの言葉に聞こえた。

 

「自分のやりたいことって言われて、デビルの言いなりになってる自分に疑問を持ったんだ。言いなりになるのはもう終わり。自分のやりたいようにするね。あなたのおかげで見つめ直すことができた。ありがとう」

 

 今までよりも優しく聞こえる声音で言った。

 

「それを言うのに、わざわざ抱き着く必要はないだろ」

「男なら誰もが欲しがる魅惑の肢体なのに?」

「そう見られるのが嫌だって聞いたばかりだぞ?」

「そうだね。でも私って、実は寂しがり屋だから。あなたが来てくれた時凄く嬉しかったんだ。だからその、あなたともっと一緒にいたいなって」

 

 そう耳元で囁いてくるフラウの表情は見えないが、それこそ悪魔の囁きのようだった。誘惑しているのではないかと思ってしまうほど甘美な響きだ。これまでのが演技だったと考えるべきか、それとも本心だと考えるべきか迷うところだ。

 

「あなたになら、全部をあげてもいいと思うの」

 

 花の匂いも相俟って正直理性が揺らぎそうだった。グランだったら鼻血を噴いているかもしれない。

 

「……そっか」

 

 とりあえず答えに困窮したので頭を撫でてやった。

 

「な、なに?」

「いや、寂しがり屋のフラウを慰めてやろうかと。あと誤魔化せるかなって」

「……もう」

「まぁ、本当にそれがお前の望みだってんなら考えるが、それがデビルに言われたことだったり、過去、そうだったから俺にもそうすればいいんだろうと思ってのことだったりしたら受け入れられないな」

「……」

 

 俺がそう告げると、彼女は少し黙ってしまった。確実にそう言えるかの自信はないのだろう。

 

「悩め悩め。それが自分で道を決めるってことだ」

「……私の方が年上だと思うんだけど」

「言うだけなら年齢は関係ねぇよ。自分を貫いて周りから忌避されて、それから言いなりになってきたヤツと比べられてもなってことだ」

「そっか……」

 

 俺の言葉に、フラウは抱き着く力を緩めて身体を離す。

 

 ――が、気を緩めた隙を狙って一気に近づいてきた。

 

 また強くなった花の匂いと唇に伝わる柔らかな感触に否応なく身体が硬直してしまう。……なんで不意打ちが好きなんだ。

 

「……ふふっ」

 

 しばらくして離れてくれたが、首に回した手は解いてくれない。

 

「自分から、なんて初めてだけど悪くないわね。顔熱いけど、本当に悪くない」

 

 フラウは上機嫌に微笑んだ。本人の言う通り頬は上気していて笑顔も含めて魅力を更に上げているようにも思えた。

 

「言っておくけど私、こういうことしかあなたを喜ばせる方法がわからないの。今まで周りにいた男はそんなんだったから。だから、精いっぱい頑張ろうと思うわ」

「……はぁ。ったく、また文句言われるなこれは」

「拒まないんだ?」

「拒んでショック受けて賢者であるお前の協力を得られなくなるなら、お前がいいなら受け入れた方が利点が大きいだろ」

「冷めてるんだ。でも、だからこそなんでしょうね」

 

 ふふ、と微笑んだフラウは少し妖しげに笑う。

 

「……どうする? このまま続き、しちゃう?」

 

 あろうことか外で誘惑してきやがった。まぁここなら他にいるのは一人だから恥ずかしいもなにもないとは思うのだが。

 俺はフラウの美貌から視線を外し遠くのあらぬ方向を見る。

 

「……いや、あそこで出歯亀してるおっさんがいるからな」

「えっ? あっ……」

 

 俺の言葉に、今気づいたらしくフラウも同じ方を向いて気恥ずかしさからか頰を染める。おっさんは俺と彼女が見ていることに気づいたのか甲板の縁に姿を隠した。

 

「……別に私は、それでもいいよ? わざとバレるようにすることで、こいつは俺のモノだって周りに知らしめることができるらしいし」

「俺にそんな趣味はねぇよ。ほら行くぞ、サボってるってことはもう色々終わったんだろうしな」

「うん」

 

 手を外させ歩き出すと、フラウは大人しく従った。彼女も無理強いする気はないのだろう。

 

「流石、団長ってのはやっぱ手が早いな」

 

 騎空挺の下へ行くとザンツが朗らかに茶化してきた。

 

「そんなんじゃねぇよ」

「嘘吐け。隠さなくていいんだぜ、なにせ俺の前団長なんか行く先々で女作ってたからな。むしろそれが普通っつうか、懐かしいっつうか」

 

 彼はそう言って笑う。……そういや『伊達と酔狂の騎空団』の団長って、百人の女がいるとかいう伝説があるんだったな。そんなヤツの騎空団にいればむしろそれが普通という感覚にもなるか。というより団長ならそれくらいしねぇとな、という感じなのかもしれない。

 残念ながら俺の近くに誰か一人と純愛することを推奨するヤツはいないらしい。

 

 ……助けてリーシャ。




一応の注釈。

フラウさんは元肉○器説があり、本作ではそれを採用しています。
簡単に言うと「ぐへへ、俺達とイイコトしようぜ~」も含めて愛しているからという理由で全て受け入れた、という文面からの推測ですね。


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団長なら

三人目の回。なにがとは言いませんが。


 ザンツは俺とフラウがあれこれしている間に小型騎空挺をアルトランテに運び込み、出航準備を整えていてくれたらしい。

 

「よし。じゃあ行くぜ、団長! 騎空挺アルトランテ、再開の航行の始まりだ!」

 

 ザンツは甲板で舵を握り声を張り上げる。誰よりも興奮しているのは彼だろう。

 

「ああ。目的地はガロンゾだ。飛べるとはいえあちこち不備だらけだろうからな。その修理に行く」

「おうよ。じゃあ行くぜ、アルトランテ!!」

 

 ザンツが操舵すると騎空挺のプロペラなどが回り出し、アルトランテの船体が浮上する。そこからは風に導かれるように飛び立ち船の墓場と呼ばれた島から一気に離れていった。

 

「あれ、普通に飛べてるんだ。この島は気流が島に向かっていってるから、簡単には出られないんだと思ってたけど」

 

 フラウが率直な疑問を口にする。

 

「まぁな。だが風ってのは巡るもんだ。島に向かった気流は島にぶつかって、気流のない方向、つまりは上か下に流れるんだ。今は上の流れに乗っかって出航したってわけだな」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 ザンツは騎空挺が操縦できて嬉しくて堪らないのか、饒舌に語った。

 

「俺はそれより、ぎしぎし軋む音がするのが気になるんだが」

「ははっ。そりゃそうだろ。竜骨は新品同然だが、他は三十年前が最新。つまりはオンボロだ。二十年は手入れされてねぇし、坊主が修復してくれなきゃ飛べてねぇだろうな」

 

 そこかしこから騎空挺の悲鳴が聞こえてくるようで不安だ。笑い事じゃねぇだろとは思うが、彼の想いの丈は知っているから信じてやるしかない。

 

「ねぇ、部屋に行きましょ?」

 

 フラウがそっと耳元で囁いてきた。眉を寄せて彼女を見据えるが「ね?」と言ってきて取り合わない。

 

「……はぁ。後で悔やんでも知らねぇからな」

「今更よ」

 

 そう言われるとこちらとしても返答しづらい。今までの相手はこう、初めてだったからな。彼女のような相手にはどうすればいいのかと思う部分はある。しかもフラウとしてはどちらかというと黒歴史みたいな部分があるようなので触れづらい。まぁ、なるようにしかならねぇか。

 断るという選択肢もなくはないのだが、彼女を遠ざけて「あなたもやっぱり他の人達と同じだったのね」と距離を置かれるのもそれはそれで協力を取りつけづらくなる。なにより、彼女の気持ちがわからなくはない部分があった。醜い部分ばっかり見えていると世界が嫌になるもんだとは思う。俺は救われた、運のいい身だからこうして今ここにいる。となると他人事とは思えないところもある。

 

「期待はすんなよ」

「残念だけどするよ。だって自分が、って思ったのは初めてだもの」

 

 俺の言葉には笑って取り合わない。まぁ、勝手に期待してがっかりするのは勝手か。

 そう思い、俺は彼女の思いを正面から受け止めることにした。オーキスやアポロほどの深い感情ではないと思うが、この時彼女がそう思ったのなら仕方がない。

 

 そうして彼女を連れ立って部屋を探したのだが、流石に十年単位で放置されていたこともあってベッドはボロボロだった。団長室という札が下がっている大きめの部屋があったので、折角ならそこにしようと思い中へ入る。

 ある程度手放す前にモノを持ち出していたのか閑散としていて、やはりベッドはボロボロのカビだらけ。ワールドの能力で部屋全体を新品同然に創り変えて使うことにした。

 

「……ふふっ。私から迫るなんて初めて」

 

 ベッドに腰かけた俺にしなだれかかるようにしてフラウが呟く。

 

「そうか。まぁ無理はしなくていいから、ゆっくりな」

「うん。できればその、優しくしてくれると嬉しい」

 

 それはちょっと自信ない。だが欲望の吐け口にするような真似はしないでおこう。理性をしっかり持って。

 ほとんど成り行きに近い気もするが、俺は経験三人目を経ることになるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ガロンゾに到着するまでの間、俺達はずっと一緒だった。日にちに直すと三日くらいか? 正確な日付はわかっていない。それだけ求め合ったということだろう。決して俺が欲望を暴走させたわけではないということだけ記しておく。

 

 フラウは妙に手慣れている部分もありながら、優しくすると生娘のような反応を見せる。そういった一つ一つに今までがどうだったかという名残りがあって、少し激しく執拗になってしまったかもしれない。これが所謂独占欲というヤツなのだろうか。

 

 そのフラウは今俺の上でうつ伏せになっており、安らかな顔で目を瞑っている。だが寝ているわけではない。

 

「ふふ……誰かと一緒に朝を迎えるのも、悪くはないものね」

 

 愛おしそうに細い指で俺の身体を撫でている。

 

「それくらいなら今までもあったんじゃないか?」

「そうかもしれないけど、こんなに温かい朝はなかったわ。あんなのただ男が女を欲望の吐け口にするだけの行為だと思ってたのに。……今まではそうだったのに」

 

 綻ぶような柔らかい声音に、少しでもいいと思ってもらえたならそれでいいかと思う。

 

「今は凄く満たされてる気がする。私からもっと、なんて初めてだった。嫌じゃない行為もね」

「ああ、一応嫌ではあったのか?」

「うん。愛しているとは言っても下卑た欲望の吐け口にされていれば嫌悪感だって湧くわ」

 

 それもそうか。彼女は周りを全員愛していたが、愛しているからなにをされてもいいとは思っていなかった。嫌なことは嫌だった、のだろう。でなければ友達がいなくなったことで心が折れたりはしない。それでも我慢していたのはなぜなのか。そこから人生が変わったことだけは、デビルに感謝できるのかもしれないが。

 

「そうか」

「うん。……それにしても、やっていることは同じなのに不思議ね。あなたが上手だからとか?」

「さぁな。俺は経験少ない方だし、特別上手いわけじゃねぇと思うんだが。確かなのは、自分が気持ち良くなりたいだけの行為か、そうじゃないかの違いがあるってことくらいだな」

「じゃああなたのおかげなんだ」

「どうだろうな。行為自体に対するフラウの心境の変化ってのが要因じゃねぇか?」

「それもあなたのおかげよ」

 

 フラウは俺を見つめて微笑んでくる。

 

「ねぇ、一つお願いがあるんだけど」

「ん?」

 

 フラウは俺の顔の横に手を突いて覆い被さるようにしてくる。さらりとツインテールが垂れてきた。互いに全裸なので色々と見えてしまう。

 

「その、昔私がされたみたいに、自分勝手にして欲しいの」

「……なんでそんなことを?」

 

 それが嫌だったっていう話をしてたんだろうに。

 彼女の真意を探るために赤い瞳をじっと見つめる。

 

「今あるモノが、優しくされたからなのか、あなたが相手だからなのかを見極めるため」

「……そうかい。じゃあ遠慮なく。男ってのは結局そういう生き物だろうし、その辺は諦めるしかないって思ったら悪いな」

「ううん。それでもいいなって思えたら、きっと私はこの面倒事しか引き起こさない身体を受け入れられると思うの。だってあなたが求めてくれるんだもの、ね?」

「なら、どっちにしても引き受けるしかねぇな」

 

 フラウの言葉を受けて、とりあえず一日かけて要望に応えることにした。

 

 結果二人してぐったりしてしまったのは言うまでもない。

 その後魔法で身体を清めてから部屋を出たのだが。わかってはいたがとっくにガロンゾには到着していたので、港に停泊した状態だった。甲板の掃除をしているザンツに、「随分長いことお楽しみだったみてぇだな。それでこそ一騎空団をまとめる団長だ」となぜか褒められて(?)しまった。彼の場合は前例が前例なので宛てにならないだろう。

 

「じゃあこれから修理のヤツ呼ぶからよ。……ちゃんと部屋片づけたか? 私物も置いていくなよ?」

「問題ねぇよ」

「私もあの島で失ったからこの身一つよ」

「よし。じゃあ見積もりだのなんだのの話はつけとくぜ。ただその、なんだ。金に関しては協力してもらわねぇとダメなんだが……」

「わかってるよ。元々騎空挺を買うために金を工面するつもりだったし。流石に今全額払うことはできねぇだろうがな」

「悪ぃな、助かるぜ」

「いいんだよ、俺の騎空挺でもあるんだからな」

 

 俺は言って、それならシェロカルテの店を探して話をつけておかなきゃな、と考える。

 

「ダナンさん〜。丁度いいところに〜」

 

 と、背後から声が聞こえた。……お前実は【アサシン】かなんかじゃねぇだろうな。

 

「……それはこっちのセリフだ、シェロカルテ。タイミング見計らってたんじゃねぇだろうな」

 

 俺は呆れ半分の表情で振り返る。いつもと変わらぬ笑顔でハーヴィンの女性が立っていた。

 

「そんなことはないですよ~。それより一つお願いがあってですね~」

「そりゃ奇遇だな。俺もお前に用があったんだ」

 

 俺も笑って視線を交わす。

 

「とりあえず俺の方の話な。騎空挺を買うっていう予定だったが、ちょっと宛てが見つかってこいつを修理して乗ることにしたんだ」

 

 俺は港に停めてある騎空挺を親指で示す。

 

「ああ、騎空挺アルトランテですか~。かつて『伊達と酔狂の騎空団』の本船として活躍した歴戦の騎空挺ですね~」

「ほう? 嬢ちゃん目利きできるんだな。あの頃は似たような騎空挺がいっぱい製造されてて、模倣品も多いってのに」

 

 シェロカルテは見ただけでそれと察したらしい。そのことにザンツが感心したような声を上げる。

 

「商人ですからね、当然です~。それに、間違ってもこの船を模倣品だなんて思えませんよ~。歴戦の風格は、見ただけで伝わってきますからね~」

「ははっ。デキる嬢ちゃんだ」

 

 流石はシェロカルテ。ザンツともすんなり打ち解けている。

 

「まぁ、そういうわけでこいつの修理費用に突っ込むから、儲けはおっさんと話して修理を担当するところに振り込んでおいてくれ」

「わかりました~。それでなんですが、お願いの一つは例のお話に関係することでして~。お陰様で好評でしたので、事業拡大をすると同時に新メニューを二つほど開発していただきたいんです~。在庫切れを極力減らす、メニューの更新を怠らない、これがブームをできるだけ長く続けるコツですからね~」

「わかった。味つけのタイプ的になにか案があったら教えてくれ」

「わかりました~。私としてはこういう素材なんかがいいんじゃないかと思います~」

 

 シェロカルテは話の早いことで、すっと色々な素材が書かれた紙を取り出した。記載された材料は基本が果物だったが、パイ屋なのでパイに合いそうなモノが並んでいるような形だ。どれも市販されているような珍しくもない材料だが、ここから格別な美味さを演出するのは“シェフ"たる俺の仕事だ。

 

「助かる。この中から考えてみるな」

「はい~。是非お願いしますね~」

 

 彼女は最初一つ目と言った。区切りがついたので次の話に移るようだ。

 

「次のお話なんですけど、色々情報を確認したところゼオさんの目的の人物がこの島にいるみたいなんです~」

「ああ、あいつの。それでその本人は?」

「もちろんこの島にいますよ~。今追っているところだと思いますね~。ちょっと調べてわかったのですが、ゼオさんの追っている方は生身で街一つを壊滅させただとか、拳一つで人体が弾け飛んだとか、そんな逸話のある人物のようなんです~」

 

 シェロカルテは内容故かやや声を潜めて言ってきた。

 

「……そんなヤツに、か。あいつもあいつで苦労してんなぁ」

「随分と呑気なこと言ってますね~。このままだとゼオさん、殺されてしまうかもしれませんよ~」

「それは、困るな。しょうがねぇ、後でちょっと追ってみる」

「はい~。次が最後になるんですが、頼まれていた腕利きの刀使いの噂を耳にしたんです~。凄く残忍で人を人とも思わない人物ですが、刀一本で街の領主にまで昇り詰めたとか。その方の名前はオロチと言い、極東から移り住んだとされるツキカゲ城があるカラクト島にいますよ~」

「おぉ、あんな適当な依頼でも見つかるもんなんだな。ありがとな、シェロカルテ」

「いえいえ~。商売は信頼が第一ですからね~。まずはこちらから誠意を見せるのがコツですよ~」

 

 彼女はいつもの笑顔で有り難い情報を次々とくれる。

 提携相手としてこれ以上の人物はいないだろう。

 

「じゃあ騎空艇の修理費用については頼んだ」

「はい~」

 

 話が終わるとシェロカルテはザンツの方へ歩み寄り、一緒に騎空艇修理の方へと向かった。ザンツは有名だそうなので断られる可能性もあるかもと言っていたが、彼女が付き添ってくれれば問題ないだろう。後のことは任せるか。

 

「……あの子とは仲いいの?」

 

 二人が立ち去ってから、置いてけぼりだったフラウが若干冷めた声で尋ねてきた。

 

「それなりに長い付き合いだし、商人ってのは距離を詰めるのが上手いもんだからな」

 

 否定はしない。だが俺だけが、というより彼女なら誰とでも、という印象を受ける。なにせ十天衆全員とパイプを持ってるそうだし。あ、フラウみたいなローブを着た、茶髪の青年以外の人物を見かけたら情報をくれって言うの忘れてたな。後で探して伝えておこう。

 

「ふぅん。ダナンはこれからどうするの?」

「俺はゼオってヤツを探したいところもあるが、それより先にやることがあってな」

「なに?」

 

 俺はフラウに意地悪くならないよう笑いかける。

 

「どっかの普通を知らない人とのデートだよ」

 

 俺の言葉にきょとんとしていた様子だったが、やがて意味がわかったのか打って変わって顔を綻ばせると近寄ってきて腕を絡ませてきた。

 

「そっか。じゃあ仕方ないね」

 

 彼女が明るく笑ったので、とりあえず間違ってはいないのだろうと当たりをつける。

 ガロンゾのデートスポットなんて知らないので、とりあえずぶらぶらと回った。簡単に言えば彼女を楽しませるではなく、彼女に普通の付き合いとはどういうモノかというのを教えるためのモノだ。本当はこういうデートを繰り返してから先に進むんだぞ、っていう。いや俺もそんな風にしてたことはないんだが。順序的に間違っていなかったのはオーキスくらいか。まぁ早かったとは思うが。

 

 とりあえずフラウとのデート体験みたいなことをして、その日は終わった。適当な宿で一泊したが流石に眠かったのでなにもしていない。だって不眠不休だったし。



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キャラ紹介:ザンツ

昨日予告し忘れていましたが、グラブルみたいなキャラ紹介、所謂話数稼ぎです。

今回はザンツさんで、初ということで探り探りになります。

丁度騎空挺も飛ばして宿願も一応叶ったということで。


「ザンツ」

 

 

五十代を迎え肌の張りや顔の皺に老いを感じさせるが、体格は良く厚い筋肉を纏っている。

緑髪をオールバックにしており、額にゴーグルを装着している。ズボンとシャツはただの軽装にしか見えず、後は黒い手袋を嵌めているということくらい。

二十年前の一件で右腕を根元からごっそり持っていかれており、肩から少しいったところから今は義手となっている。

義手は高性能でありむしろ元の腕より気に入っているくらいで掌の放射口からレーザーを放ったり、爪の部分からナイフを伸ばしたり、手首から肘までの間が開いて銃身が出てきたりする。

 

 

年齢:52歳

身長:183cm

種族:ヒューマン

趣味:騎空挺の整備

好き:騎空挺の操縦、家庭料理

苦手:うぞうぞした生物(特に触手がいっぱいあるヤツ)

 

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルキャラクターにして、未開の航路を行き伝説となった『伊達と酔狂の騎空団』の操舵士だったザンツ。

どこぞの団長と同じく水属性で、得意武器は格闘と銃になります。

二十年前に失った右腕の代わりに義手を携え参戦した彼のアビリティをこれより紹介します。

 

◆アクションアビリティ◆

 

《ライジング・デイ》

・味方全体の奥義ゲージ上昇量UP/高揚効果

 

右腕を失い、相棒の騎空挺まで失ってしまった彼は人生のどん底にいました。しかし義手を手に入れ騎空挺が復活した彼のこれからの日々は、もう上がり続けるだけ!

どんな絶望も過去には敵わないとばかりに味方を鼓舞し、奥義の発動を補佐します。

 

《フライ・ハイ》

・自分にかばう効果(全体)/回避(1回)

 

未開の航路でさえ踏破したザンツの操舵技術はグランサイファーを支えるラカムよりも熟達しています。船に乗っている仲間を嵐などの天災から守るように、彼の操舵のみで全てを回避してみせます!

 

《オーバーヒート》

・自分に義手過熱効果◇奥義発動で解除/解除された場合自分に義手放熱効果

 

二十年前に失った右腕の代わりに得た高性能な義手をオーバーヒートさせ、毎ターンダメージを受ける代わりに攻撃性能が大きく上昇します!

後述するサポートアビリティによって義手過熱状態時には攻撃力、防御力、与ダメージが上昇し必ず連続攻撃をするようになります。

また奥義を発動することで解除されてしまいますが、効果中の奥義は性能が上がります。

加えてターン終了時に自分の奥義ゲージを一つ前の味方に受け渡します。奥義発動で義手過熱効果が解除されてしまうので奥義を頻繁に使いたい味方の一つ後ろに配置して受け渡し続けることも可能です。ただし、オーバーヒートさせたままだと前述した通り毎ターンダメージを受けてしまい命の危機に瀕してしまいますので、ご注意を。

 

義手過熱効果が解除された時に付与される義手放熱効果は、歳を考えずに張り切りすぎた反動を受けてしまい、攻撃力、防御力が下がり連続攻撃が発生しなくなってしまいます。

 

 

◆奥義◆

 

《メテオリック・バースト》

・水属性ダメージ(特大)◇義手過熱効果時性能UP

 

義手の手袋を外しその掌にある放射口から特大のレーザーを発射! 大地を抉る強烈な一撃が敵を襲います。

先述した義手過熱効果が付与されている時は奥義性能が大きく上昇しますが、奥義を放つのが難しく、奥義の発動で義手過熱効果が解除され弱体化してしまうため、ここぞという時に使いましょう。

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《取り戻した右腕》

・義手過熱効果時攻防UP/与ダメージ上昇/必ず連続攻撃/ターン終了時に自分の奥義ゲージを一つ前の味方に譲渡/毎ターンダメージを受ける

 

先述したアクションアビリティ《オーバーヒート》を使用した時に付与される義手過熱効果によって発動する効果内容となります。

 

《熟練の操舵士》

・味方全体の回避率UP

 

長年の経験則により危機を察知することで味方を守ります。窮地に陥った味方をいざという時に守ってくれるかもしれません。

 

独自効果、義手過熱効果時にはターン終了時味方一人に自分の奥義ゲージを全て受け渡してしまうため、一時的に奥義を発動することが難しくなります。代わり奥義ゲージを渡すキャラクターを考えることで、戦略の幅が増すことでしょう!

タフガイ状態時毎ターン奥義ゲージを消費していくイングヴェイと組み合わせてもいいかもしれませんね!

 

 

◆解放武器◆

メタルギア・ガントレット

 

 

ザンツの義手を開発した研究者が作ったとされる水属性の格闘武器。鋼鉄の籠手は攻防どちらにも活用することができ、また研究者の仕込みによって手の甲の辺りからジェットを噴射し拳の威力と速度を上げることができる。

奥義はジェット噴射を活かし高速の拳打を連続で叩き込む《ガトリング・ブロー》。最終上限解放後は奥義効果に次のターン必ずTAと味方全体の与ダメージ上昇がつく。

 

 

……と、多分こんな感じの紹介になると思われます。

キャラクターの三アビ取得フェイトみたいな立ち位置の話が解決した後にこういうのを、オリジナルキャラクターのみやろうかと思っています。

バランスとかは考えず書いているのでとんでも強い可能性も、全然強くない可能性もありますがご了承いただければと思います。

 

こういう妄想、したことありません?



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かつてあった出来事

偶々見たら今日日間ランキングが九位でした。
……いや、マジで? 昨日なんておっさんのキャラ紹介してただけですよ? まさかザンツさんがそんなに……(絶対違う)

まぁ真面目に予測するとフラウさんですよね。私の見たタイミングが今日だったというだけで。
確認してみたら四半期までのランキングには入っていました。
皆様のおかげです、ありがとうございます。

人形の少女編が終わったら本編から外れるし後は衰退するだけだろうな、とかひっそり思っててごめんなさい。
これからも頑張ります。


今回はゼオ君の回です。


 温かな一家団欒の時は轟音に続く轟音に壊された。

 

 確か直前でどこからか旅人が訪れ、村の大人が揉めていた。

 子供だった自分には関係なく、大人に任せていればいいかと無関心だった記憶はある。

 

 一家で考えても村全体で考えてもあまり裕福とは言えず、貧しくも協力して生活しているような状態だった。

 だから、いきなり「食い物を寄越してくれ」と頼んできた不躾な旅人に「すまないがこの村も食糧が不足している。分けることはできない」と断りを入れるのは自然な流れだったはずだ。

 

 だから村の人が悪かったわけじゃない。おそらくただ、相手が悪かったのだろう。

 

 家族と昼食を楽しんでいた彼は、そういったやり取りが行われているとは露知らず優しくも厳しい父親と、優しい母親と、我が儘で振り回されてばかりだが無邪気で可愛い妹と、団欒を過ごしていた。

 しかし直後、轟音が響いたかと思うと()()()()()()()

 

 意識に空白が生まれてなにが起こったのか理解できないまま直撃した瓦礫などに打ち据えられ、全身に痛みを覚えながら地面に倒れ込んだ。

 困惑する彼の耳に、男の声が聞こえてきた。

 

「あぁ、またやっちまったよ。まいっか」

 

 そちらを向くと身長二メートルのドラフの男が立っていた。男の全身は赤黒い液体で濡れており元の髪色はわからない。ただ光るように透き通った黄色く、獰猛な瞳が印象に残る。

 そいつの足元に見覚えのある肉塊が転がっていて息を呑んだ。先程まで揉めていたはずの村の人達だ。

 

 農作を手伝い田舎で平穏に暮らしていた彼が初めて見る死体に、身体が急激に冷たくなっていくような感覚が襲った。

 

「な、なんてことをしてくれたんだ!」

「ここは貧しい村なんだぞ! 食糧にだって余裕があるわけじゃないんだ!」

 

 血塗れの男に、各々農具やらを持った大人達が詰め寄っていく。

 

「おいおい。これ見てもまだかかってくるかよ。大人しく渡せって。なぁ?」

 

 男はあっさりと人を殺していながら、苦笑するような雰囲気を湛えている。

 

「ふざけるな! お前に殺されても、食糧を渡しても、村は滅んでしまう!」

「そうかい。じゃあ来いよ。――皆殺しだ」

 

 男は凄惨に笑って、無謀な村人達を迎え撃った。男が拳を振るうと直撃した村人の身体があまりの衝撃に砕け散り、後ろにいた者達に血と内臓の雨を降らせた。恐怖に引き攣る彼らに近づくと、容赦なくその拳を振るう。

 子供から見れば凄惨すぎて目を逸らしたくなる光景が続く。しかし彼は目を背けなかった。その光景を目に焼きつけておかなければならないと思ったのだ。悲鳴を上げ、虫けらのように次々と死んでいく彼らを見ておかなければならないと本能で悟った。

 

 その時、うえーんと近くで泣き声が聞こえた。聞き覚えのある声に惨劇から視線を外せば、我が儘でいつも振り回してくる傍迷惑な、だけど大切な妹が泣いている。あちこちに怪我をしていて痛みか家が吹き飛んでしまったことを嘆いているようだ。ふと両親はと思ったら、家の瓦礫に押し潰され血溜まりに沈んでいる。ぴくりとも動かない様子から息絶えているのは明らかだった。

 だがそのことに絶望を感じる間もなく、小さな妹に大きな影が差す。そして血塗れた男が妹の頭を大きな手で掴んで持ち上げた。

 

「……あ、やぁ……いたい……っ!」

 

 妹が苦しんで暴れるのも構わず持ち上げた男は、続いて彼の方に視線を向ける。

 

「こいつはお前の妹かなにかか?」

 

 獰猛な黄色い瞳に見据えられ、身体が竦んでしまう。妹を放せと叫びたいのに口さえも動いてくれない。

 

「おにいちゃん……!」

 

 妹は助けを求めるように手を伸ばしてくる。男はそれを見て満足そうに頷き、

 

「よく見とけよ。お前が弱いせいで、妹は死ぬんだ」

 

 男は言うと妹を掲げ、彼女がなにかを口にする前に彼の前で妹の頭をごしゃりと握り潰した。

 

「……っ!」

 

 伸ばされていた手がだらりと力なく垂れる。妹の無残な死に様に一瞬の空白が出来てから、全てを憎悪が埋め尽くした。

 

「……いい目だ。強いってのは退屈なんでな。いつか強くなって俺を殺しに来い。安心しろ、ちゃんとお前以外皆殺しにしといてやるからよ」

 

 今自分がどんな顔をしているのか自覚はなかったが、男は笑うと妹の死体をゴミのように放り投げ、言葉通り彼以外の生き残りを全て始末するために歩いていった。

 

 その時から、彼は誓った。なにがあっても男を殺してみせると。

 

 単純な復讐という動機だ。後々聞き回っていてわかったが、男は彼の村だけでなく他の村でも同じようなことをしているという。言葉通り、強いヤツと戦うために。

 

 彼は普通の子供だった。特別な才能があったわけでも、気性が荒かったわけでもない。自分を振り回す妹に苦笑して、文句を言いながら父親の畑仕事を手伝う、ごく普通の子供だった。

 だから村で見張りをしている大人達よりも圧倒的に強い男を殺すには、チカラが必要だった。

 

 だから彼は、村に伝わる御伽噺に縋る。

 

 彼の村があった地域では、昔いたとされる“鬼”という種族の逸話が伝わっていた。

 彼の住む地域にいた鬼は、気性が荒く粗野でなにかあったら暴力に訴え金銀財宝のために人々を襲ったとされている。数こそ多くなかったが、絶大な身体能力を誇っていたという。

 しかし御伽噺で悪者にされる彼ら鬼は、人の手によって退治され数を減らしやがていなくなった。

 

 そんな鬼に関わる逸話の中で、彼の村に伝わっていたのにはこんなモノがあった。

 

 ――人が妖刀に憑かれて人を殺して回りやがて鬼になってしまった物語が。

 

 子供は絶対近づくなと口を酸っぱくして言われていた村外れにある祠に、その妖刀が安置されていると言われている。元々は鬼神アシュラを祀る祠で、鬼神様のお力で妖刀を封印してもらおうという試みで安置されたという。

 だから彼は、怪我で動かない足を引き摺り這った姿勢で祠まで行った。そして祠に、一本の刀が納められているのを発見する。彼は躊躇することなくその刀を手に取った。全てを失った彼は、男を殺すためなら鬼にだってなってやると憎悪に燃えている。

 

 祠の傍には石碑があり、子供故あまり読めなかったが、妖刀は生き血を啜ることで使用者の身体を作り変えやがて鬼に変貌させると書いてあった。古い石碑なのか一部文字が掠れて読めない状態だったが、そんなことはどうでも良かった。

 

 彼は刀を杖代わりにして旅立つ。故郷の村を滅ぼした男に復讐するために。

 口調もがらりと変え、とりあえず身体を鍛えた。感性は普通の村人のため一般人には手を出さず、野盗や盗賊を狙って皆殺しにした。人を殺し、妖刀に生き血を啜らせ、チカラを蓄える。道すがら男の噂を尋ねて後を追い続けた。

 

 だから。

 

 同じ島にいるという状況で、ようやく山道で見つけた忘れもしない男の背中を見つけた時。

 

「オイ! てめえ、ぶっ殺す!!」

 

 再熱した憎悪が滾ってそう告げ、普段手に持っている二刀を抜き虚空から七本の刀を出現させていきなり殺しにかかったのは当然のことなのだろう。

 刀全てに炎を灯らせて全力の一撃を男に叩き込み、そして肌を浅く斬りつけた程度で弾かれたことに愕然とする。

 

「あぁ? なんだ、ガキかよ。まいっか」

 

 殺意を向けられながら呑気に振り返った男の顔は、十年経ったとはいえ記憶のモノとそう変わらない。

 

「殺しに来たっていうんなら大歓迎だ。精々、俺を楽しませてくれよ?」

 

 彼だけを特別扱いしたわけではない。復讐という燃料を与えてやれば、自分が戦いで楽しめると思っただけのことだった。

 それだけのために、本来必要なかった人々まで殺してたった一人だけを残していたのだ。

 

 だが彼には、男の記憶に自分が残っていないことなどどうでも良かった。

 

「じゃあお望み通り、ぶっ殺してやンよォ!!」

 

 憤怒と憎悪のままに、なんとしてでも目の前の男を殺す。それだけのために刀を振るい、男に挑んだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 だが、敵わなかった。

 

 いや、最初の一撃を加えた時からどこかでわかっていたことだった。

 

 今の自分では男に敵わないと。

 

 既に血塗れで、右腕は折れて変な方向に曲がっているし、左目は流れる血のせいで開けていられない。刀は大半がへし折られ、持ち替え杖のように使っている手に持った二本だけが無事だった。

 上半身の鎧と衣服は弾け飛び、痣のある身体が露わになっている。

 

 しかし、心のどこかで思っていたのだ。挑んで、殺されてもいいと。

 

 目の前の男を殺したい。だが同時に殺されたいとも思っていたはずだ。

 復讐のためとはいえ、人を選んでいたとはいえ、たくさん殺してきた。

 復讐に身を焦がし続けるのは難しい。人はずっと同じ感情を抱き続けているのが苦手な生き物でもあるのだ。だがそれでも始めてしまったことは止められず、ひたすら同じことを続けた。

 

 それでもただの村人だった彼の心は傷んでいった。蝕まれ、罪の意識に苛まれた。結果、彼は無意識下で罰を望むようになった。

 

 復讐を遂げた後に捕まえられるか、復讐を遂げる前に殺されるか。どちらでも良かった。どちらでも、罰が与えられればそれでいいと思っていた。

 

 ……だから、オレァここで死ぬンかな。

 

 動かない身体に、意識を失うかどうかという出血量。正直なところ勝てる気がしなかった。

 復讐したいと思っていたはずが、どこかで死んでも構わないと思ってしまっていたのだ。それでは勝てないのも当然だ。

 

「お前、なかなかしぶといな。だがもう終わりだ。どこの誰だか知らねぇが、久し振りに手応えあったぜ」

 

 男は多少切り傷をつけつつも全くダメージを負っていないようだった。

 

 男が幾人もの身体を粉砕してきた拳を振り被る。

 負けと悟り、死んでもいいと思っている自覚が生まれた彼に、抵抗する気は起きなかった。ただ目を逸らさずじっと、迫る拳を見据えていた。

 

 しかしその視界を、黒のマントが遮った。

 

 ばさりと靡いたマントの向こうに黒と白で分かれた覆面を被った背中が見える。腕組みをして堂々と仁王立ちしたそいつに、男の拳が突き刺さる。彼がかつて見たように、先程自分が受けたように、目の前の人物も吹き飛ばされる様を想像した。

 だがそいつはどんという音をさせながらも姿勢を崩さず少し後退しただけに終わった。そいつ越しに男が目を見開いて驚いているのが見える。しかも目の前の男は反撃の拳をお見舞いして男を後退させた。

 

 男は咳き込み、しかし次の瞬間には口端を吊り上げて笑う。

 

「……おい! お前、いいじゃねぇか! 次はお前が俺と戦ってくれるのか!?」

 

 拳を引き、心から楽しげに笑っていた。男はずっと自分と戦える者を探していた。退屈で、殴ったら壊れるだけの相手が多すぎたために、彼は強者を求めていた。

 

「いや、俺は別にお前に用があって来たんじゃねぇよ」

 

 目の前の人物が男とは裏腹に冷めた口調で告げる。「あ?」と男が眉を顰めたのも頷けるだろう。

 そしてその声を、鬼を目指す彼は知っていた。

 

「ゼオ」

 

 と、彼が自分の名前を呼ぶ。

 

「死ぬのは勝手だが、せめて俺に断ってからにしろよ。この間お前、目的達成したら俺の騎空団入るって言ってたじゃねぇか。その時点でお前はもう俺の中で戦力の一部なんだよ。死にたいんならそこで失血死してろ。こいつは俺が殺しといてやる」

 

 ゼオが十年追い続けた男を、彼はいとも簡単に「殺してやる」と口にした。気負っている様子もなく、悲壮な覚悟もなく、ただ事実として平坦に告げていた。

 

「だが、もしお前が自分の手で殺したいって思ってんならお前がやれ。――俺が見届けてやるよ、勝ちも負けもな」

 

 彼は肩越しに振り返って笑った。

 

 ……敵わねェな。

 

 ゼオは苦笑するしかなかった。強さでも、男という器の大きさでも彼には敵わないのだと理解する。

 冗談で口にした、思ってもいなかった復讐後の話のために駆けつけてくれて、背中を押した。一人で悩んで苦しんで戦ってきたゼオに別のナニカが生まれた瞬間だった。

 

「……ハハハハッ!!」

 

 ゼオは笑った。込み上げてきた感情をどうすればいいのかわからず、忘れてしまっていたために。

 

「アンタ、凄ェよ! こりゃ敵わねェな!」

 

 今まで苦しくても無理矢理、御伽噺の鬼のように笑ってきた彼が、戦いの中で心から笑った瞬間だった。

 

「いいぜ、諦めンのはやめだ。オレが殺す! 誰のためとかじゃねェ、オレ自身のために! だから見ててくれよ、()()ッ!!」

 

 ゼオは言って足に力を込めると杖にしていた刀を掲げる。その様子を見て微かに微笑んだ彼は、ズレて男への道を開ける。

 

「ああ、見ててやるよ」



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背中で

ゼオ君の復讐相手の名前はガンダンザ(本文で出てきます)。

ほらあの、ガンダルヴァとかガンダゴウザとか、“ガンダ”ってついてるじゃないですか(超適当

因みにガンダンザさんは不運にも自分より強いヤツに出会うことがなかったので武術を修めていません。つまりガンダルヴァやガンダゴウザよりも弱いです。
ただ生まれつきの身体能力だけは高いので、途中で挫折していれば変わったかもしれませんね。

あとモニカさんがなんとかしようとしたけど撤退させられた、という一文が出てきますが団員を引き連れていたせいです。彼女一人ならなんとかなったと思います。


 時は少し遡って。

 

 フラウと揃って宿を出た後、俺はシェロカルテに言われていたゼオの話を思い出していた。

 少し気になって、あいつを追おうと思っている。なにせ戦力の確保ができるかどうかの瀬戸際だからな。

 

「悪い、フラウ。俺ちょっと行ってくるな」

「他の女のところ?」

「いや違ぇよ。男だし、なんつうかあれだ。団員候補みたいなヤツだよ」

「ふぅん。じゃあいってらっしゃい。私は島を見て回っているわ」

「わかった。男に言い寄られたらあしらって、それでもしつこかったら股間蹴り上げとけ。大抵のヤツはそれで大人しくなる」

「ふふ、容赦ないのね」

「お前には言われたくないけどな」

 

 向かってくる者には容赦しない、と決めている彼女はさっくり蹴り倒すはずだ。

 

「じゃあ後でな」

「うん」

 

 俺はフラウと別れ、とりあえず情報を集めているシェロカルテを探しながら街を駆け回る。

 

 修理の手続きやなんかを手伝ってくれていたのか、ザンツと並んで歩いているところを見つけた。

 

「シェロカルテ」

 

 俺は彼女に声をかけ、

 

「今日ゼオのヤツがどこ行ったか知らないか?」

 

 早速本題に入る。

 

「ゼオさんですか~? 今朝方宿を出て、ここから南西の方角に行ったということぐらいでしたら知ってますよ~」

「南西だな、わかった」

 

 方角さえ聞ければ後は足で探し回るだけだ。急ぐ必要があるかもしれないのでさっさと向かおうとしたのだが。

 

「……ゼオさんの相手は強いですよ~」

 

 少しだけ神妙な顔をして告げたシェロカルテに、思わず足を止めてしまう。

 

「お前がそう言うなんて相当だな。十天衆よりもか?」

「いえ、そこまでではないと思いますが。でも十天衆にも匹敵するかもしれませんよ~」

「へぇ、そりゃ強いな」

 

 つまりナルメアくらいってことだろう。流石に俺でも勝てると断言できるようなことはないな。オクトーとは試合だったから良かったが、殺し合いだったらどうなっていたかわからない。

 

「色々と調べていてわかったのですが、あの秩序の騎空団のモニカさんが部隊を引き連れて捕まえようと挑み、あまりの被害に撤退せざるを得ない状況に追い込まれたそうです」

「あのモニカがな……」

「ゼオさんもお強いとは思いますが、勝てないと思います」

「そうか」

 

 リーシャの劣等感を刺激し、アポロの捕縛に一役買ったモニカが撤退させられるような相手と聞けば精々ClassⅢ程度の実力かなと思っていたゼオでは敵わないだろう。せめて話していた鬼になっていれば別なのだが。

 

「男の名前はガンダンザ。よくお店にも来るらしいので、情報が集まるのは早かったんですが、ちょっと予想外の人物でしたね〜」

「へぇ、店にな。なにを買いに来るんだ?」

「食べ物ですよ〜。決まって大量の食べ物を買っていかれるんです〜。随分と大食いの方みたいですね〜」

「ふぅん。まぁ関係ねぇか。じゃ、行ってくる」

「やっぱり行くんですか〜?」

 

 シェロカルテがそんなことを言ってくるので、俺はニヤリと笑った。

 

「なんだ、心配してくれるのか?」

「当然です〜。お得意様は大切にしないといけませんからね〜」

 

 流石にシェロカルテは心得ている。どこかの誰かさんのように取り乱すこともなく、笑顔で流してきた。

 

「なんだ、誰かを助けに行くのか?」

 

 それまで話を聞いていたザンツが口を挟んでくる。助けるかどうかは、見てから決めようと思っているが。

 

「さぁ、どうだろうな。ただ団員候補だからちょっとな」

「ほう? まぁ団員を増やすのはいいことだ、名前聞く限り男か?」

「ああ、男だ」

「そうかそうか。ならそうだな、背中で語れ。男相手にゃ器の大きさってヤツを見せつけてやればいいんだよ。そうすりゃ男はついてくる」

 

 人生の先輩らしい助言だった。背中で語って器の大きさを見せる、か。まぁそんなには意識せずにいこう。

 

「わかった。じゃあとりあえず行ってくるな」

 

 俺は言って、シェロカルテから教えてもらった南西の方角に向かった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 結果的に言えば、あまり探し回る必要はなかった。

 なにかの轟音と木がめきめき音を立てて倒れる音が聞こえてそちらに向かえば、血塗れになったゼオと男のドラフが対峙している場面が見えた。

 倒れた木々はへし折れているか、切断されているかで所々が焦げている様子があった。

 

 折れた刀が転がっているところを見ると、手元にある二本しか残っていないようだ。しかも右腕は折れているのかおかしな方向に曲がっている。

 

 と、対峙している男が拳を振り被っているのが見えた。ゼオはただその拳をじっと見つめているようだ。

 

「……チッ」

 

 助けたいわけじゃない。だが死を受け入れるような様は少し腹が立つ。きっとどっかの誰かさんのせいだ。そう思った時には既に身体が動いていた。全速力で駆け、【レスラー】を発動し腕組みしたまま胸板で男の拳を受ける。胸骨が折れたかと思ったが、ClassⅣで一番身体能力が高い、というのが伊達じゃないらしい。そのままカウンターを決めてガンダンザを後退させる。

 

 俺は嬉しそうに笑うドラフを無視して、背後にいるゼオへと声をかけた。

 

「死ぬのは勝手だが、せめて俺に断ってからにしろよ。この間お前、目的達成したら俺の騎空団入るって言ってたじゃねぇか。その時点でお前はもう俺の中で戦力の一部なんだよ。死にたいんならそこで失血死してろ。こいつは俺が殺しといてやる」

 

 かつてバラゴナにも言った気がするが、殺そうと思えばどんな相手だって殺せる、と思う。殺しても死なない星晶獣やクソ親父なんかは見当もつかないが、七曜の騎士であっても毒殺ぐらいはできるんじゃないかと思う。それにこいつはどうやら、大食いみたいだ。なら可能性として燃費が悪いということも考えられる。力が強いが、その力を十全に発揮するにはたくさんのエネルギーが必要とか。もしそうなら餓死させるのも簡単かもしれない。

 

 一応俺も団長になろうという身だ。試しにザンツの言っていた背中で語るということをやってみる。

 

「だが、もしお前が自分の手で殺したいって思ってんならお前がやれ。――俺が見届けてやるよ、勝ちも負けもな」

 

 果たしてそれが正しいのかどうか。言葉の正しさはないかもしれないが、その人にとっての正解はあるのかもしれない。

 

「……ハハハハッ!!」

 

 突然、ゼオが笑い始めた。強く殴られた影響でおかしくなったんじゃないかと思ってしまう。

 

「アンタ、凄ェよ! こりゃ敵わねェな!」

 

 俺は完全にゼオの事情を把握しているわけではないが、どうやら今ので彼にはなにか伝わったらしい。

 

「いいぜ、諦めンのはやめだ。オレが殺す! 誰のためとかじゃねェ、オレ自身のために! だから見ててくれよ、大将ッ!!」

 

 やはり諦めようとしていたらしい。それが変わったなら、俺の行動はきっと間違っていなかったはずだ。

 

「ああ、見ててやるよ」

 

 俺はゼオの復讐を見届けるために、道を譲った。

 

「……なんだよ。お前が戦ってくれるんじゃねぇのか?」

 

 ガンダンザは不満そうだ。ゼオが死にかけにしか見えないからだろう。

 

「ああ、別にいいぜ。そいつを倒したらな」

 

 俺は言って【レスラー】を解除し少し離れた位置で木に背中を預ける。腕を組んで俺はもう手出ししませんよとアピールした。

 

「助かンぜ、大将」

 

 ゼオは言って、掲げた刀を自らの身体に当てる。流れていた血が刀に啜られていった。妖刀が生き血を啜ったからか折れていた右腕が再生する。

 

「チッ。まぁいい。さっさと殺させてもらうぜ」

「やってみろ。オレァ今、これまでにないくらい最強だ!」

 

 やる気のなさそうなガンダンザとは反対に、ゼオはテンションが上がったまま笑う。すると彼の言葉に呼応したのか妖刀が赤く輝き出した。

 

「あン?」

 

 ゼオ自身首を傾げているので、余計に俺はわからない。だが妖刀になにかが起こったのは確実だ。

 

「ハハッ! なンだこれ! 力が湧いてきやがる! ――負ける気がしねェ!!」

 

 彼が無事だった二本目を治った右手で握り吼えると、ゼオの額から妖刀が放つのと同じ赤い光が溢れ出す。そして光を発する額に、放たれた光と同色の角が生えてきた。

 

「なんだってんだ……?」

 

 ガンダンザは困惑して眉を寄せている。

 

「見とけよ大将! これがオレの力、“鬼”の力だッ!!」

 

 ゼオが言うと、彼の背後に刀が出現する。切っ先を上に向けた一本が現れ、そこから少しズレて一本が現れる。それを繰り返していき丁度柄が円になるように無数の刀が現れた。それら全てが角と同じ赤い光を放っている。

 

「いくぜェ、覚悟しろよ!」

 

 ゼオは言ってガンダンザへ向かって駆ける、と瞬く間に懐に入った。

 

「なっ!?」

 

 驚く間もなく振るわれた右手の刀が、男の左腕をあっさり切り落とした。

 

「が、あああぁぁぁぁ!?」

 

 まるで生まれて初めて痛みを受けたかのように悲鳴を上げ血が溢れ出す傷口を押さえて膝を突く。……これは、強いな。ClassⅣぐらいと考えていたが、もしかしたら今のClassⅣでも勝てないかもしれない。

 

「ぐっ、クソッ! 急に動きが……!」

 

 ガンダンザは冷や汗を掻き血の気の引いた顔で悪態を吐く。

 

「……てめえは、人を殺しすぎた」

 

 ゼオは悠々と構えて膝を突いたガンダンザを見下ろす。

 

「今がその報いってヤツを受ける時だ。精々後悔しながら、死にやがれ」

「クソッ! 俺は、俺は……!」

「じゃあな」

 

 ゼオは言って、背後の刀全てを操りガンダンザの身体を刺してから左手の刀で首を切り飛ばした。

 噴き出した鮮血を浴びながら、ゼオは少し冷めた目で死体を見下ろしていた。やがて死体から血を啜って干からびさせると、妖刀を消した。鬼の象徴である額の角も消えてしまう。

 

「あ? 角がなくなっちまった」

「……多分本当に鬼になるんじゃなくて、鬼みたいな力を得る妖刀なんじゃねぇか? この先はわからねぇけどな。その証拠にお前のここに跡がある」

 

 俺は勝負が終わってから近づき、ゼオの額に褐色肌からだとわかる薄くなった箇所があるのを、自分の額に指差して教えてやる。

 

「おぉ、じゃあまたなれンだな」

「多分な」

 

 俺は言ってから、魔法で水を生成しゼオを洗い流す。

 

「うえっ!? な、なにすンだよ、びしょびしょじゃねェか」

「血塗れよりはマシだろ」

 

 言いながら熱風で乾かしてやる。

 

「おぉ、大将は魔法もできんだな」

 

 風に目を細めながらゼオが言った。そこでふと気になって尋ねてみる。

 

「で、その大将ってのはなんだ?」

 

 以前はそんな呼び方されてなかったと思うんだが。

 

「ん? あァ、なんつうか、あれだ。アンタの騎空団に入ンだったら団長って呼ばなきゃだろ? 団長ってのは口馴染みねェから、大将って呼ぶことにしたンだ」

 

 にかっと笑って言ってくれるゼオに、ちょっとこそばゆい気持ちにさせられる。ザンツも団長とは呼んでくれるが、彼のはこちらを試す意味もあるのだと思う。かつての団長とお前、どっちが凄ぇかな? みたいな意味合いだと勝手に思っているところだ。

 

「そうか。じゃあ俺の騎空団に入ってくれるってことでいいんだな?」

「おう! ……どうせ、特にやることもねェしな」

 

 俺の言葉にゼオが笑って応え、少し寂しそうにつけ足した。

 

「ならついてこい。折角手に入れた力だ。そんなヤツの復讐だけに費やすのは勿体ねぇよ。生き甲斐なんて、旅してる間に見つけりゃいいんだしな」

「そうだなァ。まァオレァ大将についてくぜ。オレァアンタの器の大きさに惚れたンだ。気持ちの折り合いはいずれつけなきゃなンねェけどな」

「そうかよ。じゃあ行くぜ、ゼオ」

「おうよ」

 

 ということで、俺はゼオの復讐を見届けて団員として確保するのだった。

 

 街に戻ってからゼオを合流していたザンツとフラウに紹介する。

 

「ねぇ、私も団に入っていい?」

 

 そこでフラウがそんなことを言ってきた。……ふむ。まぁ戦力としては問題ないが。人格的に大丈夫かと思うところはちょっとあるな。今のところは大丈夫そうだし、男勢も今のところドランク、ザンツ、ゼオだけか。ドランクは問題ないだろうし、ザンツはもう歳だし嫁さんがいたし、ゼオはまぁ素直な性格っぽい気はするので大丈夫だと思いたい。

 ロベリアは遠慮したいが。

 

「まぁ、いいだろ」

「ありがとっ」

 

 俺が言うとフラウは笑顔を弾けさせて腕を絡ませてきた。

 

「それでこそ団長だ」

「流石だぜ、大将」

 

 男二人はなぜか受け入れる構えだ。

 とりあえず旅を始めてから三人の団員を確保できたわけだ。ここまでは順調かな。

 

 さて次はどこへ向かおうかと考えていたら。

 

「ダナンさ〜ん! 大変です〜!」

 

 珍しく慌てた様子でシェロカルテが走ってきた。

 

「ん? どうした、シェロカルテ」

 

 何事かと視線を向ける。フラウがそっと離れた。

 

「実は、七曜の騎士が一人、紫の騎士が白風の境に停めてあったグランサイファーを持ち去ったという情報が入りまして〜」

「七曜の騎士が?」

 

 告げられたのは衝撃的な情報だった。

 

「はい〜。その前にメフォラシュとアガスティアも襲撃したらしいのですが、詳しい目的はわかってませんね〜」

「……七曜の騎士、か。ってことは真王の指示か? なぁ、オルキスやアダムは無事なのか?」

「はい〜。どちらにも死傷者は出ていません〜。気絶させられただけで済んでいますね〜」

「じゃあなにが目的だったんだ?」

「さぁ〜? ですが、極秘情報ですとオーキスさんの試作パーツがメフォラシュから、リアクターの一部がアガスティアから持っていかれたとのことですね〜」

 

 どこからそんな情報を、と思うのは無駄か。

 

「……ふむ。さっぱりだな。まぁあいつらが無事なら頭の片隅に置いておくだけにしとくが。で、なんで俺にそれを?」

 

 そこが肝心だ。

 

「グランサイファーが持ち去られてしまっては“蒼穹”の方々が島から出られなくなってしまいます〜。ですので、ダナンさんに迎えに行ってもらいたいんです〜」

「いや、あいつらって数百人規模だろ? そんなん無理だろ」

「いえいえ〜。白風の境に行ったのはダナンさんもよく知る方々だけですよ〜。空図の欠片が足りなかったみたいで、それを集めるのを先にやってしまおうというところだったみたいです〜」

「それでなんか色々巻き込まれてそれどころじゃねぇのはあいつららしいが……。でもなんだって俺なんだ? 秩序にでも頼めばいいだろ?」

「いえ〜。それが、秩序の騎空団宛てに蒼の少女と小さな赤き竜を連れた騎空団はファータ・グランデ空域で捕らえるようにという指示があったみたいなんです〜」

「……あいつらなにやらかしたんだよ」

 

 秩序に追われるのはどっちかというと俺達の方だろ。

 

「おそらくこの空域から出そうとしているんだと思いますけど、そんなこんなで依頼できないんです〜」

「ふぅん。じゃあ“蒼穹”の各地に散った団員も?」

「はい〜。とはいえ人数が多く、巷に『俺は今話題の“蒼穹”の騎空団に入ってるんだぜ』と宣う輩が出てきて、確保が難しいということで放置している状況みたいです〜」

 

 シェロカルテが妙に気合いの入った男声を交えつつ説明してくれる。……よくわからんが、その辺はリーシャにでも聞いてみるか。

 

「なるほど。で、俺にあいつらを迎えに行けと? だが結構日にち経ってるし、騎空挺が持ち去られたんなら戦ってるか死んだかしてるんじゃないか?」

 

 ラカムがおいそれとグランサイファーを手放すわけがないと思っている。とはいえあいつらが死ぬような事態になったら俺じゃどうしようもない気もする。

 

「いえ、これは推測なんですが、もしかしたら白風の境で最後の空図の欠片を見つけて空域を越えてしまったのではと思ってるんです〜」

「ほう?」

「それが、ちょ〜っと極秘も極秘の情報なのですが、ドランクさんが捕らえられた場所がどうやら瘴流域の中にあるみたいなんですよね〜。ですので、彼を助けるには瘴流域を越えられないとダメなんです〜。ダメだった場合は戻ってきていると思いますので、そうじゃないということは助けた後になにかトラブルに見舞われてしまったのではないかと〜」

 

 なるほど、いやホントにどうやって情報を仕入れてるんだろうか。

 しかし、ということなら俺もあと白風の境とやらで空図の欠片を手に入れれば瘴流域を越えられるということになる。

 

「そこにはおそらくドランクさんやスツルムさん、オーキスさんも同行していたでしょうし~。ダナンさんも他人事じゃないと思うんですよね~」

「確かにそうだな」

 

 あいつらが関わっているなら、なにか行動を起こしたいところではある。

 

「それにグランサイファーに乗った紫の騎士を見かけたという十天衆のオクトーさんとフュンフさん、それにナルメアさんが交戦したとの情報が」

「それを早く言えよ紫の騎士はどこ行った? ナルメアは無事なんだろうな?」

「は、はい~。見かけて交戦し、瘴流域に逃げ込まれてしまったらしいので」

 

 なんだ、焦らせるなよ。無事ならいいか。

 

「そうか。ならいい。で、結局お前の依頼としてはあいつらを迎えに行くこと……ってかそれじゃあ俺に空域越えろってことじゃねぇかよ」

「はい~。紫の騎士も空域を越えましたので空域を越えて騎空挺と再会する可能性もありますが、確実な方法として正規の手順で空域を越えていただき、“蒼穹”の主力メンバー達を確保してください~」

「面倒なことを……。あいつなら大丈夫だろ。面倒に巻き込まれるのは嫌だし、確保じゃなくて安否確認ぐらいにしねぇか? それなら受けることも考える」

「むむむ~。わかりました、それで手を打ちます~」

 

 よし、これで話は決まったな。

 

「じゃあシェロカルテから聞いてたオロチとかいうヤツのところに行ってから、残ったヤツに声をかけて空域越えるとするか」

「えぇ……できれば早めに行って欲しいんですが~」

「あいつらならなんとかすんだろ。騎空挺はそれまでに直らないだろうし、さっさと行って生存確認すればいい。とはいえうちのヤツらがなにかしてたらそっち手伝うから、しばらく戻ってこない可能性もあるってことだけ覚えといてくれ」

「わかりました~。それじゃあ、頼みましたからね~」

「おう。あとこの、フラウが羽織ってるようなローブを着てる、茶髪の青年以外のヤツの情報があったら集めておいてくれ」

「了解です~。ではでは、私はこれで失礼しますね~」

 

 シェロカルテはそう言って走り去っていった。あいつもなんだかんだ忙しい身なのだろう。その中でこんな依頼をしてきたということは、あいつも相当“蒼穹”の連中を気にかけているということだろう。俺なんかはあいつらなら自力でなんとかするだろうと思ってしまうのだが。

 

「ってことだから」

 

 俺は今確保している団員三人に顔を向ける。

 

「いや、って言われてもな」

「なに言ってンだかさっぱりだったぜ?」

「空域を越えるなんて普通は簡単に言えないことだと思うんだけど」

 

 ゼオは兎も角、残る二人は呆れたような様子だった。

 

「とりあえずは団員をもうちょっと確保したいからシェロカルテの言っていたオロチってヤツのいるカラクト島まで向かう。その後他に確保してる団員を回収しながら空域を越えてあいつらの生存を確認する。で、そいつらに同行していると思われる仲間を連れて戻ってくる。以上」

 

 シェロカルテと話していて決まったことを簡潔にまとめる。

 

「わかったぜ、大将! とりあえず大将についてけばいいンだな?」

 

 ゼオはいい笑顔でそう言った。……もしかしてこいつバカなのでは。

 

「俺は空域越えたこともあるし、七曜の騎士とも関わりがねぇわけじゃねぇから今更ではあるか」

「えぇと、とりあえずやるべきことはわかったわ。色々ツッコミどころがあるのは、気にしないでおく」

 

 ザンツとフラウの二人からも理解が得られたようだ。ってことで、カラクト島へ行こう。それから空域を越える準備を進めておくとしようか。




前話からもそうだけど珍しく団長っぽいダナン君でした。

次はゼオ君のキャラ紹介を挟みます。


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キャラ紹介:ゼオ

予告通りゼオ君のキャラ紹介になります。

因みに初日のルーレットはなんと……200連でした! マジです。更新待たずにプラスで引いちゃった辺り、割りと効率派なのかなと思いつつ。

とりあえずフェスでは絶対当たらない呪いにかかりましたね。今まで100連すら当たってなかったので、絶対全部10連でSSR0とかあり得そうで怖い。……まぁ幸先はいいので文句ばかり言うのもあれですけどね。


「ゼオ」

 

 

引き締まった身体つきをした少年。生まれつきの褐色肌でちょっと犬歯が長い。極東にある辺境の村出身のため、和装を好む。赤い和服に緋色の胸当てをつけている。赤髪に赤い目をしており、目つきは悪い。また鬼になる術を得てからは額の真ん中に菱形に薄くなった部分が出来ている。

鬼化すると額の真ん中に赤い光で出来た角が現れる。戦いに明け暮れていたせいで傷跡がいっぱいある。

 

 

年齢:14歳

身長:174cm

種族:ヒューマン

趣味:身体を鍛えること、刀研ぎ

好き:熱湯風呂、辛い物

苦手:じっとしていること

 

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルキャラクターにして、作者の「全属性に奥義パ運用できるキャラ実装しろやぁ!」という私怨によって生み出された刀得意六キャラの内の一人、ゼオが火属性として登場です!

侍キャラらしく奥義が200%まで溜まり、鬼化によって攻撃性能を大きく上げることもできる純然たるアタッカーとしての彼のアビリティを以下に紹介します!

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《火焔斬童》

・敵に火属性6倍ダメージ/防御ダウン(累積)◇鬼化時二回発動

 

手にしている二刀に炎を宿し、交差させるように振るう! 炎で出来た斬撃が敵を襲います。ついでとばかりに防御力を下げることもでき、更には後述するアビリティによって鬼化した時には二回発動します。

 

《心灯滅却》

・敵対心UP/カウンター効果(被ダメ/3回)

 

戦闘で熱く滾る心を鎮め、集中を高める……。敵の攻撃を引きつけ逆転の一撃を見舞う。そんなアビリティとなっています。味方を守りつつ反撃の機会を作れますのでどんどん使っていきましょう。

 

《鬼化》

・自分に鬼化効果を付与

 

ゼオの独自効果である鬼化を付与します。鬼化することで後述するサポートアビリティにより、攻撃性能(攻撃力/連続攻撃確率/ダメージ上限/奥義ダメージ)が大きく上昇し、与ダメージ上昇と火属性追撃効果が付与されます! 鬼化状態時には先述した《火焔斬童》が二回発動し、デメリットもないためがんがん使っていきましょう!

鬼になると額に角が現れ刀身に赤い輝きを纏います! SDキャラも応じて変化しますので是非彼の持つ妖刀の怪しげな輝きを目にしていただければと思います。

 

 

◆奥義◆

 

《修羅紋焔華》

・火属性ダメージ(特大)/鬼化効果を2ターン延長

 

二刀と彼が飛ばす刀を使い敵を火葬する勢いで攻撃します。また独自効果である鬼化を二ターン延長することができるため、奥義ゲージが溜まり次第撃っていいかと思います。奥義ゲージは200%まで溜まるため他のキャラより回しやすくなっていますので、どんどん回して常時鬼化しましょう!

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《修羅の道を》

・奥義ゲージの最大値が200%になる/鬼化効果時攻撃性能/与ダメージUP/火属性追撃効果

 

ゼオはとある事情により人生の全てを捧げてでも成し得たいことがあり、そのためならどんな修羅の道をも乗り越える覚悟を持っています。

そんな彼の心意気が反映され、侍キャラ同様奥義ゲージが200%まで溜まり、鬼化効果時に様々な効果を得ることができます。

 

《並び立ちたい背中》

・通常攻撃に吸収効果

 

彼はとある人物の背中を見て、その背中に並び立ちたいという思いを抱くことになります。自分が攻撃を受け傷を負っていっても敵の生き血を啜らせHPを回復することでより長く並び立つことが可能となります。

 

鬼化効果によって攻撃性能が高く、サポートアビリティによって継戦能力も高い彼は戦場で熱く燃え上がります。

二本の刀と浮遊する刀を存分に振るって苛烈に戦う彼の戦闘力は実際に使って確かめていただければと思います。

 

 

◆解放武器◆

ムラマサ

 

人の生き血を啜ることで力を得る代わりに鬼へと変貌してしまう妖刀ムラマサ。その分体。本体とは違って使用者へのデメリットはなく、生き血を啜り切れ味が良くなる火属性の刀。

奥義は魔力を込めることで一時的に浮遊する刀を出現させ、その全てで敵を刺し貫く《無我血貫》。自分のHPを回復する。また最終上限解放後は敵の防御ダウン効果が追加される。



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ツキカゲ城

オリしかない話。ゼオ君に続き、もう一人仲間にします。

あと今日のガチャでクリスマスナルメアが引けました。毎日更新が突如途絶えたらそういうことだと思ってください。


 カラクト島。

 ファータ・グランデ空域にある島の一つで、そこの建築形式は特殊となっている。

 

 なんでもこの島の領主が極東から来たらしく、私財を投じて島全体を造り変えていったのだとか。

 その結果、小型騎空挺で上陸した俺達を、俺からしてみれば異様な街並みが出迎えてくれる。

 

「で、あれが例のオロチってヤツがいるツキカゲ城か」

 

 俺は港からでも見える大きな建物を仰いだ。

 城と言われるとぱっと思いつく建物はなかったが、確かに城のように大きく権力を誇示する建物ではあるが、その建築形式は全く異なっているようだ。出で立ちからして違う。これが極東で言うところの城なのか、と感心するくらいだ。

 

「極東の城ってのはどれもあンな感じなンだぜ。懐かしいモンだな、もう十年は帰ってねェし」

 

 同行しているゼオが目を細めて言った。そういやこいつは極東出身なんだったな。

 

「へぇ、珍しい建物の形ね。皆ゼオと同じような和装を着てる」

 

 普段通りの少し扇情的な恰好だからと言うより本人の持つ魅力によってか視線を集中させるフラウが呟く。

 

「俺が来た頃はまだまだ城も建築途中だった気がするし、新鮮だぜ」

 

 かつて各地を回ったザンツも感心しているようだ。

 港はそれなりに賑わっている。どうやら観光に来る人も多いようで、港周辺の町も栄えているようだ。土産屋や、それこそ和服を売っている店なんかもある。

 

「ふぅん。じゃあ折角だし、和服着てから町で聞き込みしてみるか。オロチってヤツの情報も聞きたいし」

「賛成。じゃあ行きましょ。とことん付き合ってもらうから」

「おい、引っ張るなよ」

 

 団長という立場も考え俺が当面の指示を出すと、フラウが言って俺の手を取り駆け足で和服屋の方に向かう。行先は結局同じなので引っ張る必要はないと思うんだが。

 

「……流石大将だぜ」

「……あいつらイチャイチャしてんなぁ。若いっていいぜ」

 

 後ろから二人の声が聞こえたような気がしたが、俺はそれからフラウの和服選びに付き合わされてそれどころじゃなかった。

 

 結局、数時間かけてフラウが選んだのは赤い和服だった。なんでも俺の反応が一番良かったらしい。……そんなに反応変えてたつもりはないんだけどな。まぁ本人も気に入ってるならいいか。

 俺は無難に黒一色の和服。ゼオは元々和服だし、ザンツは紺色の和服を着ていた。着替えているザンツを見ると生の腕と義手の接合部が生々しく見えてしまうため、更衣室が個室になっているのは有り難いだろう。

 

 その本人はと言えば、煙管なんかを買って極東由来の酒なんかを買っている。煙管は兎も角酒は後にしとけよと思わなくもない。

 

「じゃあ聞き込み開始だ。オロチってヤツの情報を集めてくれ。できればどうやったら会えるかがあるといいな」

 

 集まった他の三人にそう指示をする。手分けした方が早いということで分かれて情報収集をすることにしたのだが。

 

「あっちのお土産屋さんを見に行きましょ」

 

 とフラウに手を引かれてしまった。

 

「だから引っ張るなって。というか情報収集をだな……」

「もちろんそれもするけど、折角来たんだから楽しまないと」

 

 本来の目的は別なのだから真面目に聞き込みを行いたいところはあるのだが、彼女の無邪気な笑顔を見ていると少しくらいはいいかと思ってしまう。もしかしたら俺も彼女の魅力にやられているのかもしれない。

 

「……はぁ、しょうがねぇ。情報収集が基本だからな」

「うん、わかってる。ほら行こ」

 

 というわけで、結局フラウと町を回ることになってしまった。最近こればかりのような気がする。……オーキスにどやされそうだな。

 そんなことを考えながらもフラウと二人で町を回った。彼女がいると聞き込みがスムーズにいっていい。特に男性相手に、だったのは少し複雑だったが。まぁ彼女も聞き出したら聞き出したらでわざわざ目の前で必要以上にイチャついてみせるのだから人が悪い。本人としては執拗に迫られるのを避けるためなのだろうが、そうなると俺が睨まれることになるのは少しだけ面倒だ。

 

「ねぇ彼女。一人? だったら俺達と一緒に行かない?」

「絶対楽しいと思うんだよねぇ」

 

 かと言って、少し屋台から買ってきたら絡まれているのは流石と言えばいいのか呆れればいいのか。

 カラクト島にも俺が考案したパイ屋の屋台があったので店員特別価格で購入してきたのだが。戻ってきてみれば、チャラ男っぽい見た目の男二人がフラウに絡んでいた。相手が凄く嫌そうな顔をしていることに気づいてないんだろうか。いや、こういう自分勝手なヤツらに絡まれるのがフラウってことなのか。

 

「連れがいるの。悪いけど他を当たって」

 

 俺が以前言った時のように、最初はあしらおうとしてくれているみたいだ。

 

「連れ? まぁいいじゃん。俺らと一緒の方が絶対楽しいって」

「そーそー。ほら行こうぜ」

 

 男の一人がフラウの手首を掴んだ。フラウの顔が一層険しくなり、左脚を引く動作が見える。

 

「いい加減にして!」

 

 怒りの声と共に、彼女の蹴り上げた爪先が手首を掴んでいる男の股間にめり込んだ。俺もそれに合わせてもう片方の男の股間を後ろから蹴り上げる。

 

「「こぱぁ!?」」

 

 奇妙な悲鳴を上げて道端に蹲る男二人。

 

「あ、ダナン」

 

 フラウは男が蹲ったことで俺の姿を認め、打って変わって顔を綻ばせる。

 

「おう。……いや、なんつうか流石だよな。少しだけと思ってたんだが」

「ずっと前からこうだから慣れてきちゃった。……そう思うなら一緒に歩いてこ」

 

 少しでも目を離せばすぐにこうなるモノなのだろう。俺がもう少し気をつけておくべきだったかと悔やまれる。彼女は気にしていなさそうに言うと、パイを掲げる俺の右腕に抱き着くようにして並んだ。

 

「わかったよ、あいつらと合流するまでな」

「うん」

 

 少しだけなら大丈夫、と思ったのは俺だ。ほんのちょっと後ろめたかったので了承し、それから他の二人と合流するまで腕を組んで歩いていた。

 

「大将とフラウの姐さんだろ、柄の悪い男共を撃沈して回ってたのってよ」

「そこかしこで噂聞くぜ。随分派手にやってたみたいだな」

 

 とは昼頃に合流したゼオとザンツの言葉である。どうやら既に噂になっていたらしい。そういえば最後の方は向こうにしつこくナンパしてくるヤツがいるんですよ、とか耳打ちされてたな。結局フラウの魅力に抗えなかった男達が手出ししてきて喧嘩になったり土下座させたりしていた。

 そんなことが何回が続くもんだから有名にもなるか。フラウは美人だしな。そういう意味でも目立つだろう。

 

「そうか。とりあえず、情報交換といくか」

 

 俺は適当な食事処に向かい、四人でテーブルを囲み極東料理に舌鼓を打つ。

 

「まずは俺からだ。ツキカゲ城ってのはこの島に移り住んだ極東の領主の一族が納めていた城だったみてぇだが、三年ぐらい前に今のオロチってヤツが領主の一族を皆殺しにしてなり替わったんだと。前領主がいいヤツだったみてぇだから不満は上がってるみてぇだな」

「それは私達も聞いたわ。でもオロチも別に民を虐げてるわけじゃないから生活に変わりがなくて良かった、ってことくらい」

 

 ザンツの情報にフラウが頷く。彼女と一緒に行動していた俺もその情報は聞いていて、いい領主から変わったのは嫌だが変わったからと言って重税や強制労働があるわけじゃないから構わないという話だった。

 

「オレも同じようなこと聞いたぜ。けどよォ、オロチってヤツに会うにはツキカゲ城に行きゃいいンだとよ。『俺様を殺せるヤツは大歓迎だ』みてェなこと言ってやがるらしい」

 

 ゼオが別の情報を口にする。それも聞いたな。オロチは実力至上主義らしく、領主一族を皆殺しにした後「俺様がこれから領主だ! 文句があるヤツはかかってこい! 欲しけりゃくれてやる! もちろん俺様を殺せたらの話だがなぁ!」と宣言したとのことだ。戦闘狂も大概にしてくれ、と思うモノだが。

 

「私達も似たようなモノね。領主一族は子供から親戚に至るまで全員殺害され、元家臣がそれを確認したそうよ。領主になったのも領主の座を賭けると言えば強者と戦えるから、って。随分な戦闘狂みたい」

「だな。領主になってから来た挑戦者は誰彼構わず勝負を引き受けて、腕自慢共を倒してるって話だ。負けたヤツの首は城下町の真ん中に飾るんだとよ。趣味悪いことで」

 

 港町だから噂話程度なのかと、最初に聞いた時はそう思っていた。だが実際に生首が飾られているのを見た、オロチが放置しているが故に治安の悪くなっていった城下町から逃げてきた人から話を聞いたので間違いなさそうだ。

 その全てが強いヤツと戦いたいため、だという話なので相当狂ったヤツなのだろう。

 

「まぁ会う方法がわかって、それが簡単だって言うなら行けば済む話なんだが、問題は行ったら殺し合いになるってところか。これは仲間にすんのは難しいかもな。重度の戦闘狂なんていても仕方ねぇし」

「流石にこればっかりは背中で語れとは言えねぇよな。俺も厳しいと思うぜ。実際に会うまで、なんて言わなくても大体わかる」

「だよなァ。どうすンだよ、大将」

 

 ザンツもゼオも仲間にできるとは思っていないようだ。

 なにせどちらかが死ぬまで勝負する、というルールだけは設けているようなヤツだ。殺さず「今お前は死んだ。だから新たな生として俺についてこい」みたいなことはできないと見ていいだろう。

 

「……とりあえず、城行くか。ダメそうだったら殺っちまおう」

 

 俺はそう結論を出した。その言葉にザンツは呆れた顔をし、ゼオはにかっと歯を見せて笑う。フラウは微笑んで見守るような仕草だ。

 

「それでこそ大将だぜ」

「それがどういう意味なのかは置いておいて、昼飯食ったら城下町の方に行くぞ。そこの様子を見ながら話を聞いて、ここで聞いた話が本当かどうか確かめる。……本当は仲間が欲しかったんだが、まぁこういうこともあるさ」

 

 俺は言って肩を竦め、適度に昼食を取ってから城下町へ向かうことにした。

 

 で、

 

「……ンだこりゃあ……」

 

 口をあんぐりと開けて呆然とするゼオを責められない。かく言う俺も驚いているところだった。

 

 なにせ城下町は荒れ果てていたのだから。

 

 城下町は等間隔で通りが分けられており、上空から見れば綺麗な網目状になっていると言われている。そこにある建物はもちろん極東風で昔は観光地として栄えたのだと言うが。

 今ではそんな栄えた様子は一切なく、道端で塀を背凭れに人が座り込んでいるような場所だった。その塀も壊れた箇所があり修理されていない。

 

「きひっ! おい今日も相手してくれよぉ!」

 

 入口の脇で男が女の服を引っ張って服を脱がそうとしている。言葉を聞く限り日常的に無理矢理襲っているのだろう。

 俺がなにかをする前に、フラウが動いた。

 彼女は素早く男に接近すると持ち前の蹴りを男の脇腹に見舞う。確実に骨盤が砕け散ったような男が聞こえ、男は彼方まで吹っ飛んでいった。あれは死んだな、そう確信できる高さだ。

 

 助けられた女の方はフラウに対してぺこりと頭を下げ足早に去ってしまう。礼はしたいが見返りを求められても困るからだろうか。

 

「ごめん、勝手しちゃって」

「いいぜ、フラウの姐さんがやらなきゃオレがやってた」

「そうだな。それよりこの状況を見るに、人に話を聞ける状態じゃねぇな。さっきのヤツみたいな連中が蔓延ってるなら治安は最悪、統治してないどころか衛兵なんかもいねぇってことになる」

 

 手分けするのはやめた方がいいかと思い、四人一塊りになって城下町を練り歩いた。それでもフラウを狙うヤツは多かったのだが逐一対処していった。

 

「ごめんね、問題を引き寄せちゃって」

「別にいい。それより離れんなよ。数が多くて面倒だ」

「うん。じゃあ腕組むね」

「それは意味合いが違うだろ……。それよりやっぱまともなヤツはいねぇな」

 

 フラウは嬉しそうな顔で抱き着いてきて、振り解くのが躊躇われた。話を変えることにする。

 

「ああ。飯や金を与えたって引き出せる情報はなさそうだ。城近くならまだマシだといいんだがな」

「オレァ別にこの辺でもいいけどな。血を啜らせるのに持ってこいだ」

 

 ザンツとゼオはそれぞれの意見を口にする。俺としてはザンツの意見に賛成だ。町を回っても荒れ果てていてもうまともなヤツは残っていなさそうという結論が出るだけだった。

 

「じゃあ城に近づくぞ。そのまま乗り込むかどうかはその時に決める」

 

 割りと行き当たりばったりになったが、件のツキカゲ城に向かう。

 ツキカゲ城正面には大きな広場があり、そこには槍で貫かれた頭蓋骨が飾られていた。

 

「うお、趣味悪ぃな」

「おう。こりゃ一回殺した後に火葬してからもう一回刺し直してンぜ。変わったオブジェクトの趣味があるみてェだな」

 

 ゼオの言う通り頭蓋骨は焼けている。おそらく飾りつけるために生首を燃やしたのだろう。おそらく挑戦者の頭蓋骨だ。……ロベリアと似たタイプか? じゃあ加入はしなくていいな。

 

「……こういう時って怖ーい、とか言って抱き着いた方がいいの?」

 

 一人だけ観点が明らかにおかしいな?

 

「いや、お前がそんなこと始めたらデビルの指示かと思っちまうかもな」

「じゃあやめとく。演技なんてせず、私のままで落としたいから」

 

 ふふ、と意味深に笑うフラウから目を逸らす。それ以上見ていると魅了されてしまいそうな笑顔だった。

 

「乗り込むかどうか、だが」

 

 ツキカゲ城を見上げる。アガスティアのタワーとまではいかないが充分高い建物だ。正面からは一本道になって城の門へと繋がっている。遠目からでは見えなかったが城の周囲を雑木林が囲っていて、城とは聞いていたが特に兵士の類いは見当たらなかった。だが違うのは、この城周りだけ妙に綺麗だということか。

 あれだけ城下町が荒れているのにここが無事ってことは、守ってるヤツがいるはずだ。オロチは城の最上階で待ち続けていると聞いたので、おそらく家臣やなんかはいるはず。

 

「やめとくか。まずは周りの雑木林から確認しよう。秘密の抜け穴とかで一気にオロチのとこ行けるかもしれねぇし」

「了解、団長。城内部の状況も確認したいし、いきなり乗り込まないのには賛成だ」

 

 ザンツのおっさんも城だけ綺麗だということに、オロチ以外の人がどう過ごしているかなどを気にしているようだ。

 

「大将の決め事に従うぜ」

「私も異論はないよ」

 

 二人の了承も得られたので、城の周囲にある雑木林に足を進めた、のだが。

 

「うおっ!?」

 

 しばらく行ったところでザンツがずぼっと落とし穴に嵌まってしまった。なんとか腕を引っかけて落ち切っていない状態だが、カッコ悪いことには変わりない。

 

「「「……」」」

 

 俺達三人はなにやってんだおっさん、というジト目を向けてしまう。

 

「す、すまん。引き上げてくれ」

 

 ザンツもカッコ悪いことは自覚しているのか申し訳なさそうだ。

 俺とゼオで片方ずつ腕を持ってせーので引き上げる。引き上げてから穴の底を確認すると無数の槍が先端を向けていた。落ちていたら即死だったろう。

 

「……な、なんだってんだよ……。危うく死ぬとこだったじゃねぇか」

 

 ザンツも俺の視線を追ってか穴の底を見て肝を冷やしたようだ。その時、めきめきめき……っ! と木がへし折れるような音が聞こえてきた。なんだと思って音のした方を見ると、フラウの右足にかかった縄と繋がっている木が折れて倒れているところだった。……見ても状況が理解できねぇんだが?

 

「それ、なにやったんだ?」

「多分自動で足に縄をかけて宙吊りにする仕かけだと思う。引っ張られるのに対抗したら木の方が折れちゃったみたい」

 

 フラウはどうやら力ずくで罠を突破してしまったらしい。

 

「罠が敷き詰められた場所、か。宝でもあれば割りに合うんだがなぁ」

「引き返さねぇのかよ」

「ザンツのおやっさんは鈍臭ェなァ。即死の罠もあるみてェだから気ィつけろよ」

「お、おう」

 

 ゼオがおそらく善意で忠告している。しかしザンツは何回りも年下のヤツにそんなことを言われるのはショックなのか「……俺も歳か」と遠い目をしていた。

 

「ま、気をつけて進んでこうぜ。オロチの弱みとか握れるんなら強請れるだろうしな」

「お前は笑顔でなんて悪どいこと言ってんだよ」

「流石は大将だぜ」

 

 と呑気に罠だらけの雑木林を探索しようとしていたのだが。

 

「オロチに関わるのはやめておけ」

 

 静かな声が聞こえてきた。俺達四人の声ではない。降ってきた声に顔を上げると、どうやっているのか木の枝から逆さに立ったような姿勢の少年がいた。全身黒ずくめで、側頭部から伸びている耳があるので間違いなくエルーンだ。目にかかるような長さの灰色の髪に黄色い瞳。表情はなくただじっと俺達を見ている。

 逆さで立つという異様に、彼が胸の前に持っていっている左手の形。人差し指と中指を揃えて立てるあれは俺の『ジョブ』にも似たようなモノがある。

 

「……お前、忍者だな?」

 

 俺は確信を持って尋ねた。彼との視線が交差する。




そういやちゃんとした忍者っていなくね? というところから思いついたキャラクター。

十天衆で言うならシス枠かな。


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月影衆頭領

メリークリスマス。イヴですが。

今現在全く書けていませんが、クリスマス番外編でも書こうかな……(自ら追いつめていくスタイル)

時系列ガン無視のクリスマス番外編が出来上がったら、明日の更新は唐突なクリスマスの話になると思います。
滅多に言っていませんが、クリスマス番外編が読みたい! などいただけますと燃料になります。


 突如現れ警告してきた黒ずくめの少年に、俺は忍者かと尋ねる。すると少年の無表情が僅かに動いた。

 

「忍者を知っているか。ただ者ではないな」

「それは偶然だな」

 

 偶々『ジョブ』の一つにあったから、という理由で知っているだけだ。影に生き影に死ぬ忍びの者。となれば吹聴されている以外での情報は極端に減ってしまう。

 

「ならば確かめさせてもらうとしよう。お前達がオロチに挑むに相応しいのか」

 

 彼はそう言うと腰の後ろに持っていた忍者刀を逆手に抜き放つ。

 

「――月影衆頭領、レラクル。参る」

 

 静かに名乗りを上げると、消えたかと思うほどの速度で俺に向かって突っ込んできた。どうやら最初の狙いは俺らしい。

 

「大将に手出しさせっかよォ!」

 

 しかしゼオが二刀を抜いて躍り出て、少年へと攻撃する。空中で身動きが取れないはずだったのだが、器用に身を翻して避けながら刀身を踏んで軽やかに跳び上がる。

 

「この野郎!」

 

 逃したゼオが悔しそうに怒鳴る。刀を振る速度が変わっていなかったので、余程上手いのだろう。

 

「悪いがちょっと退いてくれや」

 

 俺を超えて着地した少年にザンツが殴りかかる。しかし完全に見切られてしまいとんと押されて体勢を崩し、落とし穴に嵌まりそうになる。

 

「うぉ!? またかよ!」

 

 なんとか耐えたが自力で上がってくるのは時間がかかるだろう。それにこの様子を見るとあいつは罠の位置をわかっているらしい。それにさっきザンツが落とし穴に呆気なく嵌まったのを見ていて、そこに押したのだろう。

 

「ふっ!」

 

 今度はフラウが蹴りを放つ。動きとしては向こうの方が早いが、それを威力によって補うつもりらしい。その目論見は成功したのか、避けられはしたが風圧で体勢が乱れている。その後も蹴りを続けて放つが捉え切れていない。フラウでさえ攻撃を当てられないとなると相当な強さだな。いや、ザンツは兎も角残り二人は更に強化できるから、そうなったら勝てるのだろうが。

 

「影分身の術」

 

 レラクルは一旦距離を取ると印を結んで忍術を発動した。ぼんと白い煙が彼の傍で上がるとレラクルが増えた。

 

「おぉ、凄ェな」

 

 二人に増えた敵に、なぜかゼオが喜んでいる。

 

「影手裏剣」

 

 レラクルは分身と同時に黒い手裏剣をいくつも投げてくる。俺を狙ってではなくフラウとゼオそれぞれにだった。そうして牽制した上で二人同時に俺へと距離を詰めていく。そこを銃弾の乱れ撃ちが襲った。

 

「なんの活躍もしねぇのはご免だ」

 

 ザンツが落とし穴に落ちないよう縁に捕まりながら右腕から銃身を出して射撃したらしい。不意打ちは見事当たったかと思えたが、白い煙と共に丸太へと姿を変えてしまう。

 

「変わり身の術」

 

 静かな声が聞こえたかと思うと、俺の頭上に忍者刀を構えたレラクルが迫っていた。

 

「じゃあこっちも【忍者】」

 

 俺は折角だからと【忍者】の『ジョブ』を発動しイクサバを逆手に持つ。頭上のレラクルの表情が見てわかるくらいには変わった。

 

「まさか同じ忍者とは……。ならば加減は無用。我が月影衆に代々伝わる奥義、とく受けよ。――忍刀・鎌鼬」

 

 レラクルは空中から更に加速するとおそらく彼のトップスピードと思われる速度で高速移動しながら刀を振るって斬撃を飛ばしてくる。それに合わせて自身でも攻撃を仕かけてくる様は、さながら斬撃の嵐だ。

 

「無双閃」

 

 それらを、俺は火焔の一太刀で一掃した。奥義を放ったレラクルは分身だったらしく白い煙となって消えてしまう。

 

「我が奥義を破るか。だがこれには対応できまい。――忍刀・鎌鼬」

 

 奥義を放った直後の俺の後ろに現れたレラクルの、おそらく本体が同じ奥義を使ってきた。ゼオや【侍】とは違うやり方だが、分身とそれぞれで奥義を撃てるらしい。なかなかやるヤツのようだ。

 

「だが、甘いな」

 

 俺は再び襲いかかってきたレラクルの動きを見切り、イクサバの奥義後で強力になった拳を叩き込む。直接は当たらなくても渾身の一撃を放てば風圧によって巻き込み吹き飛ばせた。

 

「くっ……」

 

 レラクルは軽やかに動くため地面にしっかり踏ん張っていないこともあってか吹き飛び、木に激突した。

 

「……負けたか」

 

 レラクルはその場で座り込みこちらを見上げてくる。

 

「なるほど、お前達ならあのオロチを倒せるかもしれない」

 

 彼はそう言って武器を納めた。折角話を聞けそうなヤツに出会えたんだ、利用しない手はない。ゼオがザンツを引っ張り上げて救出し、フラウも警戒を解いて近づいてくる。

 

「お前、オロチのなんだ? 城の周囲を警戒する忍者だって言うなら様をつけるはずだろ?」

 

 罠を張り巡らし侵入者を警戒しているなら家臣だと思うが、こいつからは表面上の敬意すらも感じられない。

 

「……」

 

 レラクルは少し視線を外した後、観念したように嘆息した。

 

「僕は前領主様の警護を務めていた忍の一人だ。オロチがやってくる直前で逃がされ、こうして無様に生き延びている。以来ずっとここに息を潜ませてヤツを殺す機会を窺っていた」

「それを信じる根拠がねぇな。協力してオロチを倒そう、から目前で後ろからなんてのはご免だ」

 

 レラクルの言葉にザンツが告げる。こういう現実的なところは嫌いじゃない。どこかの誰かさんと一緒だと夢見がちすぎて居心地が悪いんだ。

 しかし彼の語る状況に、一つ違和感はあった。

 

「わかっている。もちろん信じて欲しいとは思うが強要する気はない。なにより、ヤツを殺すのは僕だ。それを邪魔はさせない」

 

 無表情の奥に確かな意思を宿して俺達を見据える。復讐というか仇討ちか、と思いゼオの方を見る。彼は真剣な顔でレラクルを見ていた。

 

「だから、共闘してくれとは頼まない。僕がオロチと戦う時に、露払いを頼みたい」

「露払い? オロチとは一騎討ちできるんじゃないのか?」

「そういう報せを出しているが、実際にはオロチの強さに惚れ込んだ輩が護衛についていて、自分達を倒せなければオロチ様に敵うはずもない、と立ちはだかる」

 

 それは初耳だ。

 

「オロチもそれを黙認しているため、オロチの下まで辿り着いたとしても疲弊した状態の可能性が高いということだ。手も足も出ずオロチに負ける、とは思っていないが取り巻きを相手にした後では勝ち目が薄くなる」

「それまで温存するために協力しろと?」

「そうだ。今は返すモノがないが、義理には応じるのが忍だ。いつか必ず返す」

 

 なるほど。大体の事情はわかった。それが本当かどうかは目を見ればわかる、とまでは言わないが。少なくともオロチってヤツよりは良さそうだ。折角恩を返してくれるって言ってることだし、こいつにしよう。

 

「よし、じゃあ俺の騎空団に入れ」

「なに?」

 

 俺の誘いにレラクルの目が僅かに細められた。

 

「実は、元々腕の立つヤツを仲間に引き入れようと思ってオロチを訪ねる予定だったんだ。予想以上にヤバいヤツだったから適当に倒して帰ろうと思ってたんだがな。丁度いい、お前なら問題ないだろう」

「……。構わないが」

 

 彼は少し微妙な顔をしているようだったが、頷いてくれた。よし、これで団員の確保という目的も達成できそうだ。しかもゼオに続き刀使いだ。これは六人集められるかもしれない。闇っぽいから最悪ナルメアを含めるという案はできなくなってしまうが、まぁいいだろう。

 

「そうと決めたら早速いくか。準備運動には丁度良かっただろ? オロチ、倒しに行くぞ」

 

 俺は言って四人を連れて雑木林を出てツキカゲ城の正面に回る。途中ザンツがまた罠にかかるんじゃないかと思ったが、レラクルは罠の位置を全て記憶しているらしく避けて通ることができた。

 

「そういやツキカゲ城とアンタの月影衆って関連してそうなンだが、なンか関係あンのか?」

 

 城を見上げてゼオがふと思いついたらしく疑問を口にする。

 

「ああ。僕達月影衆とツキカゲ城は、由来が同じだ。ツキカゲ城の一番高い屋根に三日月と遠吠えするように仰け反った鼬の装飾がある。それらは前領主の一族が極東にいた頃から関わりのあった星晶獣ツキカゲを現しているらしい」

「へぇ、星晶獣の」

「月影衆はそんな星晶獣ツキカゲの加護を得た、領主一族の護衛集団だ。……今では僕しかいないがな」

 

 由来が同じだから同じ言葉を使っている、ということらしい。しかし星晶獣と関係を築いた一族か。滅んでしまったのが惜しいな。アルビオンと同じような形態だったかはわからないが、ワールドと契約しようとしている身なので参考にしたかった。

 

「レラクルって言ったっけか? お前さん、まだなんか隠してることがあるんじゃねぇか?」

 

 門の前まで来てザンツが尋ねる。

 

「いよいよ乗り込むってんだ。すっきりさせておいた方がいいと思うんだがな」

「僕もお前達について深くは知らない。これ以上の詮索は無用だ」

「そうかい」

 

 互いに深入りせずにいこう、というスタンスのようだ。おそらくザンツも俺と同じ疑問に行き当たっているのだろうが、まぁ本人が語る気がないなら仕方ないか。

 

「お、鍵かかってンぜ。どうする? 斬るか?」

「いや、折角だ。フラウ」

「なに?」

「蹴破れ」

 

 どうせなら派手な乗り込みにしようと、フラウにそう命じる。

 

「わかった。皆、下がってて」

 

 フラウが一歩進み出て、他四人が一歩下がる。

 その後、フラウの左脚でしなり大きな門の中央を蹴りつけた。鍵部分が粉砕され、門を固定している金具も取れてしまった結果、門は中へと吹っ飛んでいく。

 

「ぐわぁ!」

「な、なんだぁ!?」

 

 中に人がいたのか悲鳴が聞こえてくる。下敷きになったヤツもいるようだ。門を蹴破り中が見えるようになったので、和服を着た男達が何人かいるのがわかった。

 

「な、なんだてめえら!」

「ここをオロチ様が治めるツキカゲ城と知っての狼藉か!?」

 

 狼狽え警戒して武器に手をかける下っ端共。

 

「ああ。そのオロチってクソ野郎に喧嘩を売りに来たんだ。文句あるならかかってこいよ」

 

 俺が代表して宣言してやる。

 

「たった五人で乗り込んでくるなんざ上等だ!」

「やるぞ、皆殺しの、晒し首だぁ!」

「女は残せよ! 上玉だぜ!」

 

 口々に叫んで雑魚がわらわらと湧いてくる。どうやらそれなりにカリスマ(?)があるらしい。烏合の衆とはいえここまで人が集まっているとはな。

 

「レラクル。城の破壊は?」

「極力控えてくれ。前領主様の大切な城だ」

「わかった。じゃあ城はあんまり壊さず、好きに暴れろ。殲滅だ」

 

 俺は団員達に指示を出し、自分も銃を抜いて下っ端を撃っていく。

 

「ハハッ! 盛り上げてくれンぜ!」

 

 ゼオは二刀を抜き遠距離武器を持っている敵から刀を飛ばして攻撃していく。

 ザンツは右の拳が鈍器なので殴りつければほぼ即死、そうでなくとも仕込まれた銃で撃つことで敵を減らしていく。

 フラウは一番寄ってきていた敵が多かったのだが、一蹴りで一掃していた。

 

「……強いな」

「さっき戦った通りな。まぁあの時は加減してただろうが。小手調べの意味が強かっただろ、お互いに」

「そう、だな」

 

 相手に容赦さえしなければ問題なく無双できる戦力だと思う。ただオロチとやらは別だろう。本気で殺しにかかる必要がある。

 

「よし、がんがん行くぞ。襲いかかってくるヤツは一人残らずぶっ倒せ」

「了解、大将!」

「団長が物騒すぎるぜ。気楽に言ってくれるしよ」

「向かってくる相手に容赦しなくていいのは楽でいいわ」

 

 ということで、レラクルと俺もほぼ見ているだけでツキカゲ城を上がっていったのだった。



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レラクルの過去

……ま、無理ですよねー。

今現在7000字を超えてまだ書き終わってません。想定より長くなっちゃいましてね。
ってことでレラクル君のお話がここで終わり、明日キャラ紹介で区切りが良くなるのでその次でクリスマスの話を更新しますね、はい。

あと書いている内に書きたいことが増えていって二話に渡りそうだったのでもう無理だと思いまして。

一話はダナン、オーキス、アポロ、スツルム、ドランク、オルキス、アダムが登場します。
二話目はダナン、シェロカルテ、ジータとその他、ナルメア、リーシャが登場予定です(まだ書いてない)。


 忍者レラクルの頼みもありツキカゲ城へと挑んだ俺達は、迫り来る雑魚共を薙ぎ払ってオロチがいるとされている最上階を目指し突き進んでいた。

 面子が強すぎたせいか特に疲労も怪我もなく最上階まで辿り着く。

 

「ヒャハハハッ!」

 

 耳障りな笑い声が聞こえてくる。

 最上階では、まだ夕方になろうという頃だというのに酒盛りに興じた連中がいた。

 

 流石の俺達も面食らってしまう。

 

「おっ? なんだなんだぁ? 姉ちゃん酌してくれんのかい? いや酌じゃなくてもっとイイコトしてやってもいいぜぇ?」

 

 赤ら顔で酔っ払った男達はフラウを見つけると下品な声で笑い始める。……とりあえず始末するか。

 

「【ベルセルク】」

 

 俺は狂戦士と化すと、腰を上げて近づいてきた男の腕を掴み、男を武器に見立てて酒を煽る男へとぶつけた。【ベルセルク】の腕力によってどちらも潰れて死に至る。

 

「ひ、ぃっ!」

 

 血をぶち撒けて死んだ仲間に怯えた声を出す男にも、潰れた男を振り回して叩き潰す。残った一人は全く酒に酔っていない様子だったが、血飛沫を避けようともせず飲食を続けていた。男の血がかかっても構わず、だ。

 

「邪魔だ、雑魚が。おい、てめえがオロチか?」

 

 俺は武器として使用した男を投げ捨てると、座り込んだひょろ長い体型の青白い肌をした男に声をかける。

 

「……あぁ、俺様がオロチだ。挑戦者が来てるとは聞いてたが、まさかこんなガキとはな」

 

 オロチと名乗った男はゆっくりと立ち上がり、玉座のような豪華な座る場所に歩いていき、そこにあった長い刀を手に取った。鞘には納められておらず、刃はなぜか一定間隔で途切れている。また途切れた一つにつき一つのトゲが刃についていた。

 薄い水色の長髪を揺らし、男がこちらを向く。和服で右肩を出した恰好。背には蛇の模様が彫られていた。

 

「まぁ、強ぇならなんでもいい。かかってこい。まとめてか? 一人ずつか? どっちでも結果は変わらねぇがな」

 

 耳に嫌な風に残る声質だ。

 

「いや、一人だけだ」

「なに?」

 

 俺が言って正面を開けると、レラクルが前に進み出た。

 

「お、お前は……!」

 

 するとオロチが細い目を見開いて驚いた。

 

「……覚えているか、この顔を。虫けらの如く殺したから覚えていないかと思ったのだが」

 

 レラクルはその反応の意味がわかるのか、忍者刀を抜き放ち構えた。

 

「いや、そんなはずはねぇ。てめえは確かに殺して、家臣共にも確認させた。生首にして飾ってやったのに生きてるわけがねぇんだ。なぁ、()()()()()!」

 

 オロチは目の前にある現実を否定するかのように告げた。ゼオは驚いているようだが、他三人に驚きはない。ある程度予測ができていたからだろう。

 

「……黙っていてすまない」

「いや、気にしなくていい。大体予想はしてたからな」

 

 俺は謝るレラクルにそう言った。

 

「領主一族は皆殺しにされた。その中に十代半ばの息子がいたっていう情報は港町の連中ですら知っていた。で、お前は自分だけが生き延びたと言った。もし俺が領主なら、直前で替え玉を用意して誰か一人でも一族を生き残らせることを考える。それも、まだ大人になっていない子供だったら生かすことを考えるはずだ。となれば同年代の忍者が生き残ってるのはおかしいだろ? お前が実は領主の息子だったっていう方が納得がいく」

 

 と、俺は考察していた。レラクルが自分の事情を話し始めた段階でな。それは経験豊富なザンツも、フラウも同じだったのだろう。ただしゼオは全くそう考えていなかったのか、「流石だぜ大将」と尊敬の眼差しを向けてきた。……やっぱりこいつバカなのでは。

 

「そうか、そこまでお見通しだったか。……そう、僕は本当の領主の息子。殺されたのは影武者だ。元々僕はそっくりな子供と立場を入れ替えた状態で育ってきた。だから家臣達も僅かな特徴の違いに気づかない。なぜなら、ずっと領主の息子だと思っていた人物が影武者だったのだから」

 

 レラクルはそう種明かしをする。

 

「……はん。なるほどなぁ。で、親族の仇討ちをしようってか? 言っておくが俺様にはてめえの父親も、今のてめえと同じ恰好をしたような連中も敵わなかったんだぜ?」

「わかっている。だから三年の月日を必要とした。とはいえ当時僕がいれば勝てた可能性はある。後悔ばかりだが。――僕はその当時から、月影衆の頭領だ」

 

 レラクルは堂々と言い放ち、本気の速度でオロチに肉薄する。俺達と戦っていた時が本当に小手調べだったのだとわかる速度だ。小回りの利かなさそうなオロチの刀であれば懐に入るのが一番有効だろう。

 オロチは驚愕しつつも、ニヤリと嗤う。飛び退きながら刀を振るった。レラクルは問題なく屈んで避けたのだが、問題なのは振った刀が()()()ことだ。おかげで俺達の方にも届いてしまい、避けざるを得なくなってしまう。

 

「……貴様の相手は僕だ」

「はん。俺様の刀は伸びるんだ。不可抗力だろうがよぉ」

 

 伸びる刀。面白いコンセプトだ。振ると遠心力に合わせて途切れた刃の間に仕込まれているゴム状のモノが伸びる。振り終えるとゴムが縮まって元に戻る。そういう風に作られた刀のようだ。……ちょっと欲しいな。

 

「レラクルー。その刀欲しいから、できれば武器自体は壊さずに頼むわ」

 

 俺はオロチに接近してなんとか攻撃を当てようと必死な彼に声をかける。

 

「なにを呑気な……。善処はする」

 

 呆れられてしまったが、とりあえずやってみてはくれるようだ。あんな武器なかなか見ないからな。こういう機会でもないと手に入らない。

 

「影分身の術」

 

 白い煙と共に現れた分身の数は四つ。しかも戦った時の感覚からして一人一人がレラクルと同等の戦力を持っているようだ。俺達と戦っていた時は同じタイミングで技を放っていたが、それぞれが別々の思考で動いているらしくオロチを押し始めた。

 

「おォ、強ェなあいつ」

「おっさんに縄跳びさせないで欲しいんだが?」

「どっちも強いみたい。いい人に目をつけたね」

 

 ゼオとフラウはレラクルの実力に感心しているようだったが、おじさんはオロチの振るう刀を避けるので精いっぱいなようだ。

 わざとなのかそういう刀だからなのか、度々俺達の方にも刃が飛んできていた。レラクルの戦いを眺めながら伸びる刀をかわすのは面倒だ。しかもオロチの操る刀はそれこそ大蛇のようにうねりレラクルの数を減らそうとのたうち回っている。

 

 レラクルは五人で翻弄しながら多方面からオロチを狙う。

 オロチは四方八方から攻めてくるレラクルをやり過ごしながら伸ばした刀を自在に操って数を減らそうと狙う。

 

 敵はレラクルの強さを身を持って感じているのか裂けそうなほど笑っている。強いヤツと戦うのが楽しくて楽しくて堪らないというような表情だ。

 

「そこんとこどうなんですか、戦い好きなフラウさんや」

 

 実力は拮抗しているのか切迫した戦いを繰り広げているので、事態が動くまでは雑談をしていてもいいと思う。

 

「……話の振り方が雑なんだけど。でもそうね、気持ちはわからなくもない、かな」

 

 フラウも俺と戦っている時楽しくて仕方がないというような表情だった。

 

「でも強い人と戦うことに全てを賭けていたわけじゃないの。例えるなら生き甲斐と趣味の差ね」

 

 彼女の言い分になるほど、と納得する。どこまで本気なのか、ということの差だろう。彼女が戦いを好きなのは、可能性として力が強いことによる抑圧を解放できるからなのかもしれないが。

 

 戦況がそろそろ動きそうだ。オロチは数を減らそうとしているが、それを軽やかに回避していくのがレラクルだ。とはいえレラクルの表情に余裕はない。五人でかかっているというのにオロチに致命傷を与えられていないからだろう。

 

 しばらく眺めていると、ぼんと音を立てて四人のレラクルが煙を化してしまう。

 

「どうやら時間制限があるみたいだなぁ」

 

 オロチはニタリと嗤い今までとは比べ物にならない速度で刀を振るい、レラクルの全方位に刃があるような状態にした。そこから柄を引くとレラクルを囲むように伸びていた刃が縮まり全身を漏れなく傷つける。

 大量の血を噴き出し膝を突く彼に、勝機はないように見えた。傷だらけで床に血のシミを作っているので分身ということはないだろう。

 

「これで終わりだな。いいのかよ、お仲間が死んじまうぜ?」

 

 オロチは刀を振り上げ、俺達の方を向いてくる。こいつも本気で戦いたいという欲求は持っているのだろう。だからこそレラクルの全力に対処できるだけの速度で戦っていた。俺達も加われば自分が本気で戦えると思っているのだろう。

 

「……まぁ、死んだら死んだらだろ。別にまだ仲間ってわけじゃないしな。仲間になるのはこれからだ。その条件に、そいつが一人でお前と戦うのをフォローするってのがあってな。つまり手出しはしない」

「チッ。そうかよ。じゃあこいつを殺して、さっさと二回戦だ!」

 

 オロチは言って刀を満身創痍なレラクルへと振り下ろす。

 

「後ろががら空きだ」

 

 と静かな声が当たる直前で聞こえたかと思うと、

 

「忍刀・鎌鼬」

 

 すかさず奥義を放ちオロチの身体を切り刻む。そのおかげで攻撃が逸れてレラクル本体は死ななかった。とはいえ当たらなかったわけではないので傷が増える。

 奥義を放ったレラクルは煙となって消える。そう、分身だ。

 

「ぐっ、てめえ……!」

 

 忌々しげに睨むオロチに、なんとか立ち上がったレラクルが視線を合わせる。

 

「……生憎、僕の影分身は最大四人ではない。だから、時間切れに見せかけて消し貴様が隙を作るのを待っていた」

「俺様を、嵌めやがったのか!」

「ああ。僕は当時から月影衆の中で最も強く、頭領になっていた。だがあの時他の全員がかりで貴様を殺せなかったことを甘く考えてはいない。相当強いのだろうと思っていた」

「だから分身を潜ませてたってのか。クソッ、俺様としたことが」

「だが奥義を放つには他の分身の動きを止める必要があり、一体ずつしかできない。こうして一発目が入った今、あと何回耐えられるか」

 

 レラクルがそう告げた時、天井に姿を現した分身が奥義を放った。

 

「がぁ!! クソがっ! 最初の一撃で腕の腱をやりやがったな!?」

「当然だ。抵抗されては敵わない」

 

 オロチはだらりと下がった腕に悪態を吐き、身体を曲げ口で柄を咥える。そのまま身体を捻って刀を振り回し始めた。

 

「これでてめえの分身を八つ裂きにしてやるよぉ!」

 

 柄を咥えながら器用に喋るな。縦横無尽に振るうせいで俺達も避けないといけなくなってしまう。あと他人が咥えたモノを使いたくないなぁ。

 

「すまん、レラクル。その刀いらねぇわ。咥えてるし」

 

 俺は率直な気持ちを口にする。がっくりとレラクルが肩を落とした気がした。

 

「……わかった」

 

 まずオロチへと左から分身が迫る。だがヤツも刀を振り回しながらその遠心力を活かして分身を捉えてみせた。手で振るよりも遅いが分身には追いつき斬ってしまう。しかし消された分身とほぼ同時に逆側からも迫ってきており、奥義を使う。

 

「がっ……!」

 

 呻き声を上げたところで咥えていた刀を落としてしまう。そうなればもう、地べたを舐めるように咥え直す他ないだろう。それをヤツのプライドが許すかどうかは置いておいて。

 

「お、俺様は、まだ……」

「いや、終わりだ」

 

 オロチの執念をレラクルは静かな声音で切り捨てる。

 ヤツの背後に現れた分身が狙い、本体も駆け出した。そして同時に奥義を叩き込む。

 

「悔いて詫びろ。――忍刀・鎌鼬」

 

 前後から奥義を同時に受けたオロチは深々と切り裂かれ、力なく倒れ伏す。確実な致命傷だろう。

 

「……ふぅ」

 

 無事目的を達成できたからか、レラクルは肩の力を抜いてよろけると数歩進んだところで座り込んだ。

 

「……疲れた」

 

 仇討ちをやり遂げた直後の一言がそれかよ、と思わないでもないが。彼の中である程度折り合いをつけた上での討伐だったのだろう。そこがゼオと違うところなのかもしれない。

 

「……これ、惜しい武器だったなぁ。コンセプトは面白かったんだが」

 

 俺は死体の傍にある刀を、オロチが咥えていない部分を考えて持ち上げた。

 

「持ち帰ってシェロカルテに渡して、同じような武器を作ってもらうか」

 

 そうだな、そうしよう。まぁあいつじゃなくても、あいつの伝手で作ってもらえればそれでいい。

 

「……ァ」

 

 ふと、声が聞こえた気がした。あり得ないはずのことだったが、まさかと思って死体を見下ろす。……いや、もう脈はねぇぞ?

 

「……アァ、ガアァ!!」

 

 なにがそこまでヤツを駆り立てるのか、死んだはずの身体を動かして座り込んだレラクルに迫った。血塗れの身体で肘までを突いて進むオロチの姿はホラーだ。……チッ。余計なことをしてんじゃねぇよ。

 既に勝負は着いているというのに、往生際が悪い。俺は手に持っている刀を振るい、ヤツの真似をして刃を巻きつけるようにオロチの身体を止める。

 

「ガ、ァ……」

 

 ギリギリ、レラクルの眼前で止まってくれた。

 

「大人しく死んどけ」

 

 内心安堵しながら、俺は思い切り刃を引く。刃の当たっている箇所から切り裂き、完全にバラバラ死体と化した。そのせいでレラクルに大量の血がかかってしまうが、これくらいは大目に見て欲しい。

 

「危ねぇな。勝負着いたんなら、潔く死んでろ」

 

 俺は咄嗟に上手く刀が扱えたことにほっとしながら言って、レラクルに近づいていく。

 

「悪いな、結局手出ししちまった。まぁ死んだ後だからノーカウントにしといてくれ」

「あ、ああ。いや、助けられた」

「いいって。あいつを一人で倒した以上、お前は団員だからな。団長なら助けねぇと」

「そう、か。その話もあったな」

 

 彼は俺の言葉にそう言って、口元を覆う黒いマスクの下で微かに笑った、気がした。

 その後レラクルを回復し、オロチは倒したが領主はやらないのでレラクルの昔の知り合いに頼み込んで島を治めてもらうようにした。前領主になにかあった場合の領主として確保していた人物らしく、レラクルの生存を知って喜んでいた。

 とまぁほとんど前領主が慎重だったおかげで無事団員の確保と島の後始末を両立できた俺達は、今後のことを任せてさっさと退散することにした。

 

「言っておくが、僕は仕事の時以外戦わないからな」

 

 とは小型騎空挺に入って早々端の床に寝転んだレラクルの言葉である。

 

「僕は元来怠け者なんだ。のんびりさせてもらう」

 

 忍者の衣装を脱いで黒いジャージに着替えたレラクルは、これでもかというほどだらんとし始める。その様子を見て呆気に取られている者が多かった。今まではもっときびきび動く印象だったからな。

 

「別に構わねぇよ。どうせ空域越えたら忙殺できるくらい仕事やるから」

「……笑顔で恐ろしいこと言わないで欲しい。まぁ、それなら今の内にのんびりしている」

 

 そう言うと、彼はどこからか持ってきたなにかの動物を模したらしい抱き枕を抱えて眠り始めてしまう。

 

「……また、変なヤツ仲間にしたもんだな団長」

「大丈夫だ、そこにお前も含まれてる」

「おいそりゃどういう意味だ坊主」

 

 軽口を叩きながら出発の準備を進める。とりあえず新たな団員を確保できたので、シェロカルテの要望通り空域を越えて“蒼穹"の主力面子を探してやるとしよう。

 既に団員になる予定のヤツらの情報はシェロカルテから聞いている。ナルメアは俺がこれからリーシャのいるアマルティア島に行くと言ったらシェロカルテの方からアマルティアへ向かうように伝えてくれると言っていたので問題ない。

 

 アポロはどこにいるとも知れず、オーキス、ドランク、スツルムは“蒼穹”に同行しているはずだ。他の面子は今いるだけなので、仕方ないがアポロさんには留守番してもらおう。回収して戻ってこれたら、修理した騎空挺で一緒に旅する感じで。

 

「次の行き先はアマルティアだ。そこで二人の団員を回収する。それから白風の境に行って、“蒼穹”の連中を探す」

「了解だ、団長」

 

 小型騎空挺を操縦するザンツに告げて、次の目的地へと向かう。鍛える時間がないが以前のように強敵との連戦をするような事態にはならないだろう、多分。

 

 ……いや、あいつらと関わるってことを考えるとむしろ強敵連戦祭になるんじゃねぇかっていう懸念はあるんだが。あぁもう、嫌な予感しかしねぇなぁ。



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キャラ紹介:レラクル

机上の空論キャラ。
AT中EX+ワンターンキル編成とかで必須レベルになりそうな強さになりました。

明日はクリスマス・イヴです(?)
……まぁ12月初旬に浴衣で花火でしたし、数日くらい大目に見てくれるでしょう。

クリスマス第一話は大体一万字くらいで書き終えました。
今は二話目を書いてます。三千字くらい。明日一話目を更新して、二話目を明後日に更新ですが多分いけますね。お楽しみに。


「レラクル」

 

身体に沿った黒ずくめの衣装に黒のマフラーを巻き、黒い布で顔の下半分を覆った少年。灰色の髪と黄色い瞳を持ち、表情をあまり変えず声も平坦。エルーンなので耳が生えている。細身でやや童顔。

 

年齢:15歳

身長:164cm

種族:エルーン

趣味:罠作り、昼寝

好き:惰眠を貪ること、仕事を早く終わらせること

苦手:連日連夜働き詰め、スキンシップの多い女性

 

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルキャラクターのレラクルが闇属性で登場です。彼の得意武器は忍者ということでEXジョブの忍者と同じく刀と格闘になっています。忍者らしく忍術によって敵を翻弄し、レラクルが得意とする影分身の術によって攻撃性能の高い構成となっています!

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《影手裏剣》

・敵全体に3回闇属性ダメージ/闇属性防御ダウン(累積)◇影分身の数だけ追加で発動

 

敵全体に手裏剣を投げつけダメージを与えつつ、闇属性防御力を累積でダウンさせていくアビリティです。ダメージ自体は低いのですが、後述する影分身が付与されている場合複数回発動するため合計ダメージは高くなることがあります!

 

《変わり身の術》

・敵の攻撃を全て回避(1回)/回避時影手裏剣が発動

 

攻撃を受けてしまった! かと思ったら丸太だった。そんな変わり身の術によって回避し、回避直後敵の隙を突いて先述した影手裏剣を発動します。この効果は変わり身の術で付与される回避効果を使用した時にしか発動しませんが、影分身があればあるほど多くダメージを与えることができるようになります!

 

《影分身の術》

・影分身を最大まで回復する

 

独自効果である影分身のストックを最大まで回復します。影分身は最大9となっており、奥義の発動や敵の攻撃を受けることで減っていってしまう影分身の効果を最大まで回復して他のアビリティを活かすモノとなっています。

 

 

◆奥義◆

 

《忍刀・鎌鼬》

・闇属性ダメージ(特大)◇影分身を1つ消費してもう一度発動

 

忍者刀を構えて高速移動しながら自身と斬撃で敵を四方八方から切り刻む。彼が代々受け継いできた奥義を発動します。また影分身が付与されている場合、影分身を1つ消費して2回目が発動します。この効果は一度目の奥義を発動した時にしか発動しません。

ただし奥義再発動効果とは別になるため、一度目の奥義を放つ→奥義効果で二度目発動→再発動の効果で三度目発動→奥義効果で四度目が発動する形になります。

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《月影衆頭領》

・バトル開始時影分身を9付与/影分身が付与されている時必ず連続攻撃◇影分身は被ダメージ時1消費

 

月影衆という忍者集団最後の生き残りにして頭領である彼は、頭領に相応しい実力を持っており複数の影分身を出すことができます。影分身は奥義や被ダメージで減っていくためなるべく被弾しないように工夫するといいと思います。

 

《惰眠こそ正義》

・影分身が付与されていない時ターン開始時自分に睡眠効果/影分身が付与された場合睡眠解除

 

彼は本来のんびりしたいタイプなので、仕事がないオフの時は寝て過ごします。そんな彼を体現したアビリティとなっており、影分身が付与されていないと睡眠効果が付与されてしまいます。ただしこういったデメリットがあるため睡眠効果時でも影分身の術は使用可能となっております。またこのサポートアビリティ以外で付与された睡眠は影分身付与時無効化されるようになっています。

隙あらば怠けようとするレラクルの使い方を考えて是非ずっと戦わせ続けましょう!(ブラック)

 

 

◆解放武器◆

蛇腹刀

 

レラクルが仇討ちをする相手が使っていた特殊な刀。闇属性。大太刀並みの刀身を持った刀が勢いに応じて伸びるようになっており、そんな刀をシェロカルテの伝手が改良した一品。本来のモノとは違って他と同じく斬れ味に重きを置いた設計になっている。熟練の使い手は刃を蛇のように自在に操るという。

奥義はしなる刃による連撃。《大蛇邁進》。奥義を放つと毒効果を与え、最終上限解放をすると自分に連続攻撃確率UPを付与する。



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EX:クリスマス・イヴ

今日はクリスマス・イヴですね!(?)

クリスマス当日に書いて間に合わなかったヤツです……。

一応イヴの話になっています。
予告通りダナン以外ではオーキス、アポロ、スツルム、ドランク、オルキス、アダムが登場人物となっています。


 クリスマス。

 

 それはサンタクロースという赤服の老人が一夜の内に良い子達へプレゼントを配って回る日、らしい。

 

 俺としてはそんな素性の知れない爺さんから貰ったプレゼントなんて怪しすぎていらないんだが、そういう懸念はないらしい。

 理由は簡単、サンタクロースは一般的には謎の老人なのだが、実在が確認されているから。

 

 老人なので色々と年齢的な身体トラブルに見舞われてプレゼント配りが難しくなり、騎空士に助力を求めるなどの行動が世に知らしめる結果となった、という経緯があるようだ。

 

「……雪、降ってる」

 

 宿泊している宿屋の中から、窓際に立つオーキスは外を眺めて呟いた。ゴーレムなので凍える心配はなさそうだが、薄着で少女を連れ回すのはいらぬ誤解を受けそうなので、温かい恰好をさせている。

 まだ室内なので今は普段の服装に厚いブーツぐらいのモノだ。外に出る時はマフラーにダッフルコートと厚着をする。

 

「雪か。久し振りというわけではないが、こうしてのんびり見たのは何年振りだろうな」

 

 室内では相変わらずノースリーブなアポロさんである。とはいえセーターなのは冬らしさではあるのだが。いくら暖房が効いているとはいえそこまで拘るモノなのかは甚だ疑問である。外出の時はちゃんと上を着る。袖もあるヤツだ。白のセーターの上に黒のコートを羽織るような恰好だったか。

 

「いやぁ、最近寒かったからね~。雪も降るんじゃないかと思ってたんだよ~」

 

 ドランクは逆に室内だというのに着込んでいる。既に上着を羽織りぬくぬくとした恰好だ。それはそれで暑いような気もするんだが。

 

「だからって厚着しすぎだ。暑苦しい」

 

 相変わらずドランクに厳しいスツルム。彼女は暑がりなのか薄着だ。上がシャツ一枚という恰好である。とはいえ外出する時にはカーディガンに上着を着込むので暖かそうではある。

 

「雪なんて初めて見るんだがなぁ。寒いし歩きづらそうだ」

 

 俺の恰好は普通だ。黒いシャツに黒いズボン。外に出る時はフードつきのコートを着てマフラーを巻き、手袋を嵌める。完全防備だ。

 

「……アポロ。雪だるま作る」

「私か?」

「……ん。アポロと一緒に遊ぶ」

「そうか、まぁ今日くらいはいいだろう」

 

 オーキスは折角雪が降り積もったなら、とアポロを誘って外で雪だるまとやらを作るようだ。二人は外出用の恰好に手袋をして宿を出ていった。どんなのを作る、とか話し合っている二人の様子を見るとオーキスが無事でいることが良かったと思える。

 

「無事で良かったねぇ、オーキスちゃん」

「ああ。オルキスも戻って、雇い主も憑き物が取れたみたいだ」

 

 どうやら傭兵二人も同じようなことを思っていたらしい。

 

「二人は行かないのか?」

「僕達は雪だるまって歳でもないからね~。夜パーティしようと思ってるから、その材料とかを買いに行くつもりだよ~」

「そうだな。あとはプレゼントか」

 

 二人も二人で色々と考えれているらしい。

 

「プレゼント、ってあれか? サンタクロースとやらが配るとかいう」

「そうだよ~。ダナンはクリスマス初めてなんだっけ?」

「ああ。今までは縁がなかったからな」

 

 生きるために人を騙すような子供だったので、現れないのも仕方がないと思うのだが。なによりあの場所では弱い俺がいいモノを持っていたらより強い大人に奪われるだけだ。

 

「そうか。もしかして、プレゼントを用意してないのか?」

「うん?」

 

 スツルムが首を傾げるのに合わせて、俺も首を傾げる。……プレゼントってサンタが勝手に配ってるんじゃないのか?

 

「あ~、やっぱりだねぇ。そんなことだろうと思ったよ~」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ~。クリスマスにはプレゼントを贈る風習があるんだ~」

「サンタからも貰えるのにか?」

「まぁね~。でもサンタは子供にしか配らないから、大人だと貰えないでしょ~。だから大切な人達にプレゼントするっていう日でもあるんだ~」

「なるほど、そういうことか」

 

 要はクリスマスというイベントを利用した市場の活性化だ。あとはなにかに理由をつけてプレゼントを贈りたがるのが人の習性でもある。

 

「僕もね、毎年スツルム殿にプレゼントしてるんだよ~。ね、スツルム殿?」

「お前のプレゼントは奇をてらいすぎて使い道がないんだ。もっとマシなのにしろ」

「え~。面白いと思ってるのに~」

「土偶とかを贈りつけるのは嫌がらせかなにかだろう。……置き場所に困るんだ」

「え、なになにスツルム殿。僕が贈ったプレゼントちゃんと取ってくれてるの――痛ってぇ!」

「う、煩い。あたしは貰い物を捨てるような薄情じゃないだけだ!」

 

 ドランクがニヤニヤし始めたのを、スツルムが照れ隠しに剣で刺していた。いやあの照れ隠しは痛いんだよ。最近食らってないが全然物足りないとは思わない。そこをあいつは自ら刺されにいってるからなぁ。傍から見てると割り込めないくらい仲良しなんじゃないだろうか、この二人。

 

「……しかし、プレゼントかぁ」

 

 そんな二人を眺めつつ言われたことについて考えを巡らせる。

 贈り物なんてしたことがない気がするなぁ。俺は元々なにも持ってないヤツだったってのもあるが、誰かから貰うことはあっても自分からあげたことなんて今までにあったか? 非常に怪しいところだ。

 

「クリスマスはサンタからプレゼントが貰える子供のイベントでもあるんだけど、プレゼントを大切な人にあげるイベントでもあるからねぇ。ダナンもまだ買ってないなら、渡したい人にプレゼントを選ぶといいよ~」

 

 ぷすぷすと刺された箇所を撫でながらドランクが言ってきた。

 

「ああ、そうだな」

「あ、因みに~。僕は今日の夜ダナンが腕を奮って料理してくれるならそれでいいかな~」

「あたしもそれでいい。今夜のメインは鍋にするぞ」

「はいはい。宿屋の許可は取っとけよ」

「もう取ってあるんだよねぇ」

「俺に許可取る前にかよ。まぁいいけどさ」

 

 とは言うが、二人にもなにかプレゼントは考えてやろう。料理なら他の二人も食べるだろうし、そうなると不公平だ。街を見て回って考えるかな。

 

「仕方ねぇ。クリスマスメニューを作るための勉強も兼ねて、街回ってくるか」

「楽しみにしてるよ~」

「ああ。ローストチキンは必ず作ってくれ」

「はいよ」

 

 二人に言って、身支度を整えるときちんと財布を持って宿を出る。

 

「……ダナン。どっか行く?」

 

 外でせっせと雪玉を転がし大きくしていたオーキスが顔を上げて尋ねてくる。

 

「ああ。ちょっと買い物にな。今夜はクリスマス仕様の料理を作ってくれって言われてるから」

「……っ。楽しみにしてる。いっぱい食べる」

「はいはい」

 

 食に素直なオーキスの反応に微笑みを返しつつ、俺は一人街を歩くことにした。

 クリスマスだからと朝からイルミネーションに彩られた街並みが見える。街の中央、交差する大通りの真ん中には飾りつけられた大きな樹木があった。紐にライトを取りつけたようなヤツを撒きつけ、頂点には星が輝いている。目立つので待ち合わせ場所にも最適なのか、カップルが多いようだ。大切な人に贈り物を、というならそうか。カップルのイベントでもあるのか。

 

「となると二人を誘った方がいいのかね」

 

 マフラーに埋めた口の中でぼそりと呟きつつ、街を散策していく。

 考えられる流れとしては、街を歩いた後に夜景の見える場所で夕食を食べてそのまま流れでプレゼント。が一番妥当かね。とはいえ今夜はもう飯を作る約束をしてしまったのでその流れは作れない。とはいえ二人きりでプレゼントを渡すくらいならタイミングを見計らえば問題ないだろう。最悪二人に協力してもらえばいいだけだしな。

 

「さてどんなモノを渡すべきか……」

 

 贈り物なんてしたことがないのでよくわからない。とはいえ普段身に着けているモノやなんかだと有り難いかな? 俺が貰って嬉しいモノは……武器だが。流石にそれが該当するヤツなんてそれこそグランかジータくらいのモノだろう。例えば冬の防寒具とか、普段の靴とかアクセサリー。それくらいなら新しいモノに替えるだけだと考えれば問題ないだろう。

 

 ならアポロはなんだろうか。普段は鎧とレオタードのイメージしかないんだが。最近は私服が増えてきているとはいえ、そうなるとノースリーブになる。アクセサリーでなんか選んでみるかな。夏祭りで見たイヤリングしてるのは珍しくもあったが良かったと思うし。

 オーキスは髪留めかな。普段同じモノを使ってるし、替えてもいいんじゃないかと思う。

 ドランク……はイメージがないな。無難なヤツで見繕おう。

 スツルムは肉、刺すのイメージだな。肉は今夜ご馳走してやるし、刺すイメージから贈り物なんて浮かばねぇよ。武器は俺が貰って嬉しいヤツだし、装備品は常日頃から整えるようにしているだろうからな。他は、あれか。豹柄だな。スツルムが胸元につけているヤツ。肉食だからなのかあれの主張が強いんだよ。だからきっと好きなはず。冬でも使える豹柄のマントでも買ってやるか? ちょっと高そうだが。

 

 色々と考えながら、プレゼントの売っている店を回りながら四人へのプレゼントを選んでいく。その最中他にも渡しておいた方が良さそうなヤツの分も確保しようと考える。考えながら店を巡っていたら三時間も経過していた。ある程度目処がついたので良かったが、まだ買えていない。クリスマスの料理も全然知らない。また午後に回るとしよう。

 昼飯をどうするかは、一旦宿に戻ってから決めるとしようか。

 

 戻ると宿屋の前に三段重ねの雪だるまが鎮座していた。枝を刺して腕を、炭で目と口を、人参で鼻を作り帽子を被せて一応の完成形にはなっているようだ。それなりに大きいので一番上の雪玉はオーキスが届かなくてアポロが載せたんだろうか、と思うと感慨深い気持ちになる。

 

 宿屋の扉を開けて中に入り、オーキスとアポロに雪だるま見たぞーと言おうかと思ったのだが。

 

「……ダナン。おかえり」

 

 蒼髪をツインテールにして猫のぬいぐるみを抱えた少女が、無表情に言ってくる。……?

 

「なんでここにいるんだ、()()()()?」

 

 俺は首を傾げて尋ねた。すると少女の無表情が呆気なく崩れる。

 

「……残念。すぐにバレた」

 

 ひょっこりと俺の前にいる少女とほとんど全く同じ姿をした少女が机の下から這い出てくる。厨房に続く扉からアポロ、ドランク、スツルム、アダムが姿を現した。

 

「ね、すぐにバレちゃった」

 

 俺を出迎えた方は茶目っ気で少し舌を出す。

 

「流石はダナンさんですね。人とゴーレムという違い以外はなく、関節は隠していたはずですが」

 

 防寒着の一切がない普段通りの恰好なアダムがそう告げてくる。

 

「なに言ってんだ、俺がオーキスを見間違えるはずがないだろ」

「……っ」

 

 俺の呆れた言葉に、オーキスが目を僅かに見開く。

 

「……ん。信じてた」

 

 そのまま近寄ってきゅっと抱き着いてくる。

 

「だ、ダナンさんは私のことも見抜ける?」

「見抜けるんじゃないか、ほぼ一緒だし」

「むぅ」

 

 見抜けることには肯定したはずなのだが、オルキスは頬を膨らませてしまった。

 

「で、なんでいるんだ?」

 

 肝心なことに答えてもらっていなかったので聞き直す。

 

「オルキス様がどうしても雪を見たいとおっしゃったので。偶の休暇です」

「うん。メフォラシュって砂漠だから雪が降らなくって。折角のクリスマスだしちょっとくらいってお願いしたんだ」

 

 そういう事情らしい。

 

「それでこの島に来たのか。妙な偶然だな」

「あ、それはメフォラシュに来てたシェロカルテさんが、『それならいい出会いがありそうなオススメの島があるんですよ~』って」

「あいつの仕業かよ。まぁオルキスとしてもオーキスやアポロに再会できて良かったろうし、別にいいか」

「うんっ」

 

 恰好が普段のオーキスなのだが、満面の笑みを浮かべて頷いた。少し違和感というか、これじゃない感はある。

 

「……エルステは大丈夫?」

「うん。ポンメルン元帥が頑張ってくれてるから」

「オルキス女王陛下自らポンメルン元帥に瞳を潤ませながらお願いして許可を取ったのです。元帥は家族に謝っていましたがね」

「ね、年末には戻るので大目に見て欲しいなぁって」

 

 オルキスがポンメルンに目を潤ませながら「クリスマスに休暇が欲しいんです!」と懇願した結果ポンメルンは「やれやれ、仕方ありませんねぇ」と渋々ながらも受け入れた後に家族へクリスマスが一緒に過ごせなくなったことを通信中に顔も見えないのにぺこぺこと頭を下げて謝っている姿が想像できた。

 

「じゃあ夜食べてくか? 俺が料理作るんだが」

「食べる! ……あっ」

 

 俺が尋ねると、嬉しそうに食いついて照れたように頬を染めた。

 

「……仕方ない、ダナンの料理は世界一」

「評価が高すぎてむしろ怖いんだが」

 

 オーキスがこくんと頷くのにツッコみつつ、ぽんぽんとオルキスの頭を撫でる。

 

「陛下のために、頑張って作ってやるとするか」

「うんっ!」

 

 オルキスは子供のように目を輝かせていた。なぜかオーキスがむすっとした表情になってしまう。

 

「……オルキスとイチャイチャしちゃダメ」

 

 そしてオルキスを撫でていた手を掴むと俺の隣に移動した。

 

「お、オーキスばっかり狡い」

「……オルキスより仲いい証拠」

 

 俺の手を握って胸を張るオーキスと、反して唇を尖らせるオルキス。

 

「いいから席に着け。昼食の時間だ」

 

 アポロが注意したことで睨み合いをやめて席に着く二人。喧嘩するからか二人を隣にして座らせるようだ。俺は端でアポロの隣だった。

 

「……こっそりアポロが隣にいる」

 

 目敏いオーキスが指摘するが、アポロの鉄面皮は剥がれない。

 

「ああ。お前達が争っている間にな」

 

 堂々と言い放った彼女にオーキスが歯噛みする。

 

「いやぁ、でも意外だったよねぇ。まさかボスがダナンを、なんて」

 

 ドランクはニヤニヤと尋ねる。

 

「そうか? ルーマシーでの件があるからな、私としては妥当だったのだが」

「ってことはあの時僕が残ってたらワンチャン痛ってぇ!」

「ないな」

「ああ、ないな」

「二人して否定しなくもいいんじゃない?」

 

 ドランクが軽口を言ってスツルムに刺される。

 変わらないやり取りがなんだか懐かしく感じられてしまう。

 

 しかしアダムとオルキスまで来たとなると用意するプレゼントが増えるな。料理も増えるし。

 というわけで食事が終わったらすぐ料理のためと言って街へ繰り出した。オルキスは折角だからオーキスとお揃いにしてやろう。髪留めはあまり使わないかもしれないが。デザインは一緒でも色が違うとかにしようかな。姉妹っぽいし。

 アダム……正直思いつかんぞ。まぁ欲しいモノなんてないだろうし適当でいいか。成人男性にプレゼントする上位に来ていそうな手帳と万年筆。万年筆でも贈ってやろうか。ゴーレムだから記憶力が良くて手帳は必要ないかもしれないし。

 

 六人へのプレゼントと決めた俺は下見した店に入って実物を見て細かいデザインとかを確認して購入していく。六人以外のヤツにも遭遇したらプレゼントしてやろうとは思っている。更に四つほど購入しておいた。

 残りの時間でクリスマス定番料理を探す。スツルムが言っていたローストチキンは外せない。あとはなんだろうか。鍋もするって言ってたが、それはあの二人が材料を買うらしいのでいいか。ついでだからケーキも作ってやろう。サンタの飾りがついたヤツ。こういうのはこの日のために予約するモノだろうから、自分で作った方が手っ取り早い。

 

 残りは街を見て回って適当に選んでいった。

 

 午後四時。俺は食材などを持って宿屋に戻ってきていた。

 

「おっ、戻ってきたね~」

 

 なぜか室内でチェスに興じているオーキスとオルキスがいつつ、室内はクリスマス仕様なのか飾りつけされていた。それを他の面子で手伝っているのは、貸し切りだからなのか。

 

「おう。鍋の食材も切ってやるが、厨房の方か?」

「そうだよ~。今宿の人達に用意してもらってるとこ~」

「わかった。いっぱい用意してやるから、楽しみにしとけよ」

「……わくわく」

 

 てなわけで、俺も厨房に入っていく。

 

「あ、すみません。厨房お借りしますね」

「ええ、どうぞ。今代の“シェフ”の腕前が見られるなんて光栄ですから」

 

 完全にこっちが借りている立場だというのに畏まられると居心地がちょっと悪い。まぁ見たいって言うならお礼としちゃあれなんだが存分に見せてやるとしよう。

 

 さぁ、二時間でたくさん料理を作ってやるぞ。

 

 俺は存分に料理ができる機会が訪れたことで、ニヤリとした笑みを浮かべてしまった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 メインに鍋、周りを俺の料理で囲んだクリスマスパーティーは大いに盛り上がった。

 満腹にはならないようにオーキスとオルキスが処理しつつ舌鼓を打った後が、クリスマスの本番だ。

 

「ほい、これが俺が作ったクリスマスケーキだ」

 

 厨房で作っていたケーキを運び込み、机の上に置く。

 

「……おぉ」

「美味しそう……!」

 

 俺のケーキに食いしん坊二人が食いついた。

 

 三段重ねの巨大なケーキだ。変にデコレーションはせず、生クリームの白色で城のように彩ってある。チョコなどにはせず、ただひたすらにスポンジと生クリームの出来だけを追い求めた逸品だ。

 

「……オルキスより、いっぱい食べる」

「私だっていっぱい食べるもん」

「喧嘩するならなしな」

「「ごめんなさい」」

 

 食いしん坊二人の言い合いを先手打って止めて、ケーキを分けていく。まぁ大半は二人に食べてもらうことになるからいっぱい食べるのはいいんだけどな。

 

「美味しい~! 食べてく端から口の中で溶けてくよ~!」

「ああ。甘い物をもっと食べたいと思ったのは初めてかもしれないな」

「甘すぎる気もするが、紅茶と合っていいな」

「……どんどん食べる」

「たくさん食べれるっ」

「オルキス様、虫歯になりますので程々にお願いしますね」

 

 反応は様々だったが気に入ってくれたようだ。俺も味見は済ませているが、皆で食べるのがいい。ケーキだしな。

 

 ケーキも食べ終えて食休み、というところで。

 

「それじゃ~折角だし、プレゼント交換といっちゃう~?」

 

 ドランクがいつもの軽い調子で言い出した。

 

「……ん。ちゃんと用意してある」

「ああ、問題ない」

「私も来てからアダムと一緒に街を回ってきてますので」

「俺も問題ねぇよ」

 

 どうやら全員準備は終えているようだ。

 

「じゃあ適当に配ってこうね~」

 

 特に順番とかの縛りはつけないらしい。まぁ俺もその方が楽だ。

 

「じゃあほれ、ドランクにはこの手帳だ。超無難だろ? 使うか知らんけどな」

「へぇ~? じゃあ折角だから日記でもつけてみよっかな~。スツルム殿にその日何回刺されたとか! 痛ってぇ!?」

「余計なことを数えるよりもっと考えることがあるだろ。ダナン、これはあたしからだ」

 

 言った傍から刺されたドランクに代わり、スツルムが俺にプレゼントを手渡してくる。包みに入っていないのでなにかはすぐにわかった。包丁だ。

 

「お前が料理が好きだからな」

「おぉ、有り難い。じゃあこれがお返しだ」

 

 実際とてもいい贈り物だ。非常に嬉しい。というわけで俺が選んだ豹柄のマントを渡す。

 

「実はアポロとお揃いだったりする」

「おぉ、そうか。有り難く使わせてもらう」

 

 というわけで、ドランクと交換する予定だったが先にスツルムとしてしまった。

 

「僕からは、じゃーん! お鍋~。料理に最適。というかいくつか鍋自体に機能がついててね~」

「おぉ! これ俺が欲しかったヤツだ。ありがとな」

「……思ってたより純粋な笑顔で眩しいよ」

 

 ドランクが改めて差し出してきたのは、以前見かけて欲しいとは思っていたが当時金がなくて泣く泣く諦めた高性能鍋だった。とても嬉しい。

 これでドランクとも交換を終えた。次は誰にしようかと悩んでいると、

 

「ダナンさん。これ、私達から」

 

 オルキスとアダムが声をかけてくる。二人で選んだモノを代表してオルキスが手渡してきた。ラッピングされたプレゼントだ。

 

「開けていいか?」

「うん」

 

 さて二人がくれるのはどんなモノなのかと気になり、許可を貰ってから開けてみる。

 

「これは、羽根ペンと手帳か。これ結構いいヤツじゃないか? 特に羽根ペンの方」

「ええ。オルキス様が選んだ選りすぐりの逸品です。あなたには恩がありますので、これくらいは」

「是非それを使って美味しいレシピを考えてねっ」

 

 それが狙いかこの食いしん坊め。

 

「わかったよ、ありがとな」

 

 礼を言って代わりに俺が用意したプレゼントを渡す。

 まずはアダムに買ったそれなりに高い万年筆を。

 

「ありがとうございます。丁度、執務に使っていた筆記用具が消耗していたところだったので」

 

 アダムは普段と変わらない冷静さで受け取り礼を言ってきた。世辞かどうかはわからないが、あって困るようなモノではないのでいいだろう。

 

「オルキスにはこれだ。後で渡すオーキスのとお揃いなんだけどな」

「あ、ありがとうっ」

 

 オルキスに用意していた赤い髪留めを渡す。ラッピングはそこそこにしていた。……渡す時に見えていた方が期待が上がりすぎなくていいかなと思ってのことだ。

 

「……お揃いと聞いて」

 

 喜び早速アダムにつけてもらおうとするオルキスを他所に、オーキスが声をかけてくる。

 

「ああ、オルキスとお揃いの髪留めだ」

「……ん。嬉しい。つけて?」

 

 オーキスへのプレゼントを渡すと、手早く開けて青い髪留めを俺に渡してくる。仕方がないのでツインテールの片方を外して髪を括り直してやった。

 偶然にもというか、オルキスは右側でオーキスは左側につけている。

 

「……オルキスとお揃いは、嬉しい」

「ふふっ、そうだね」

 

 顔を見合わせて笑う二人は本当の姉妹のようだ。

 

「あ、僕もお揃いの手袋なんだよね~」

「あたしもお揃いにしていたな」

「私達が選んだのもお揃いでしたね」

「私もお揃いにしてしまったな」

 

 なんと他の全員からお揃いのプレゼントを渡されていた。皆考えることは一緒ということらしい。各自からプレゼントされたお揃いのアイテムを身に着けると、服装は兎も角左右対称の恰好になってしまった。まるで双子だ。

 

「……双子みたい」

「そうだね」

 

 顔を見合わせて鏡を見ているようなお互いの姿にくすりと笑っている。……いやまぁ、年齢を考えると親子ぐらいの差があるんだけどな。

 

「……ダナン。プレゼントは、後で渡す」

「ああ、わかった」

 

 どうやらこの場では渡さないらしい。良かった、年上にはあげないってことなのかと思った。まぁ子供だから貰うだけでも許されるんだが。

 で、あと渡してないのはアポロだけか。

 

「アポロ、プレゼントはこれだ。あんま高いモノじゃないんだが」

「気にするな。お前から貰ったモノならなんでも嬉しい」

 

 それはちょっと照れるな。

 ともあれプレゼントを手渡す。開けたアポロが掲げて眺めると、銀の装飾が照明を反射して光る。

 

「これは、ネックレスか」

「ああ。いつかの祭りの時イヤリングつけてただろ? それが似合ってたし、こういうのもいいかと思ってな」

「そうか、ありがとう」

 

 以前は滅多に見られなかった笑顔を向けられると、まだちょっと慣れないが。喜んでくれたならいいか。

 

「私のプレゼントは後で渡そう。少し大きくてな」

「わかった、楽しみにしてるな」

 

 アポロもオーキスと同じく後での渡しになるようだ。大きい、か。なんだろうな、さっぱり見当がつかん。

 

「アポロにはこれあげるね。前はつけてたでしょ?」

 

 オルキスのアポロへの贈り物は眼鏡だった。どうやら幼い頃は身につけていたらしい。

 という具合にそれぞれ配っていくと、渡っていないのはオーキスから俺、アポロから俺、スツルムとドランクが互いにという状態だった。まぁそれぞれ渡したいタイミングというのはあると思うので、そこは好きにやればいいと思う。俺も二人からのプレゼントは純粋に楽しみだ。

 しかし一旦パーティーはお開きにした。後は個人でタイミングを見るということだろう。パーティーをなんだかんだ仕切っていたドランクもまだスツルムに渡していないので、二人きりで渡すらしい。……いや、あいつのことだから多分色恋とかはないんだろうな、とは思うんだが。

 

 食後のコーヒーやなんかを淹れつつのんびりと過ごしていた。

 オーキスとアポロが早めに風呂に入ろうとして、折角だからとオルキスが一緒になり、ついでにスツルムも連れていかれた。そこにドランクが「じゃあ僕も~」と言われて鉄拳と刺突を食らったのは完全なおまけだ。入浴場は男女が分かれているので別に待つ必要はなかったのだが、俺は食器洗いの手伝いやなんかの関係で結局上がってくるのを待つことになった。アポロは準備があるとかでそそくさと部屋の方に行ってしまう。

 

「……お風呂上がって、少ししたらダナンの部屋入ってきて」

 

 オーキスは湯上りの火照った身体を近づけて耳元でそう告げてきた。きっと他に聞かせないためだと思う。まぁなにが待っているのか全くわからないので、とりあえず頷くことしかできない。

 俺はのんびりと風呂に浸かり、上がってから身体を冷まして部屋に向かうことにした。俺が泊まっている部屋、ということである程度予想が立てられなくもないのだが、ここはなにも知らないフリをして入っていくのがいいだろう。

 

 なにが待っていようと受け止める。俺が男の器だ、多分。

 

 というわけで意を決し扉を開ける――赤いリボンで頭から爪先までぐるぐる巻きになったオーキスがいた。

 

「オーキス!?」

 

 流石にそのまま受け止めるのは無理だった。隙間なくぐるぐる巻きになっているが、リボンの間からツインテールだけはぴょこんと出ている。音は聞こえているのか目元まで巻きつけているせいで見ていないだろうに、両手を前に伸ばしてよたよたと歩いている。

 

「全く、なにやってんだよ……」

 

 苦笑して屈みオーキスを抱き止めると、結び目のある後頭部から解いて顔を露わにさせる。

 

「……苦しかった」

「だろうなぁ」

 

 ホントに、なにやってんだか。

 苦笑してリボンを解いていると、傍目からでも薄々わかってはいたが全裸の上にリボンを巻きつけていたらしい。解いていくと色々見えそうになってしまうが、長いリボンが適度に隠してくれた。

 

「で、なにやってたんだ?」

 

 こっそり扉が閉まっていることを確認して、裸の上にリボンを纏ったオーキスに尋ねる。

 

「……プレゼントは、私」

 

 それはわかる。

 

「じゃあなんで息できないくらいぐるぐるにしてたんだよ」

「……読んだ本に、寒いから風邪引くってお布団をかけられないようにしましょうって」

 

 それで全身に巻きつけるのは多分違う。どういう本かは知らないが、少なくとも書いている人の意図とは違うと思う。多分だけど部屋を温めるとか服はちゃんと着るとかそんな感じだと思う。

 

「オーキスはゴーレムなんだから風邪引かないし、その心配はないだろ?」

「……そう、だった」

 

 さも今思いついたという表情だ。……全くもう。

 とりあえずリボンは解けた。適当に纏っているような恰好になる。

 

「……それで、クリスマスプレゼントは?」

「うん?」

 

 聞き返すとオーキスは少しだけ熱っぽい瞳で、頬を染めて俺を見上げてくる。

 

「……クリスマスプレゼントは、私。受け取ってくれる?」

 

 オーキスはなにかを期待するようにじっと見つめてきた。……そう言われると、断れないな。まぁ別に断ろうと思っていたわけではないんだが。

 

「ああ、受け取るよ」

「……一生、大切にして」

「ああ、大切にする」

 

 オーキスの身体を抱き寄せてやると、彼女も俺の背中に腕を回してくる。

 

「――そういうことなら私も混ぜてもらおう」

 

 左側から聞き覚えのある声が、と思って二人してそちらを向くと置いてあった巨大なプレゼントボックスの蓋を持ち上げるようにサンタ衣装のアポロが出てきていた。……いやなんでそこに。ってかその恰好は?

 

 箱から出てきたアポロはサンタの衣装だった。だが胸元は大きくはだけているし、ミニスカと呼ぶには少しギリギリすぎる丈だ。サンタ帽子を被った彼女の首元には俺が今日渡したネックレスが提げられている。少し輪が大きいせいか装飾の部分が胸元に乗っかっていた。……と、そこまで目で追ってオーキスが脇腹を抓ってくる。

 露出度の激しい衣装に加えてアポロの持つ抜群のスタイルなので、かなり目のやり場に困る恰好だ。

 

「実は箱を置いて私も『プレゼントは私だ』をやろうと思ったのだが、その途中でオーキスが来てな。思わず隠れてしまった」

「……全然気づかなかった」

 

 そこは気づけよ。俺はまぁ、オーキスが衝撃的すぎて完全に視界から外れてたんだが。

 

「というわけで、私からのプレゼントだ。受け取れ」

「命令形かよ」

「オーキスのは受け取って、私からのは受け取れないとは言うまい?」

「まぁ、な」

「……むぅ。私は、負けない。アポロより凄いプレゼントする」

「甘いな、オーキス。私は負けず嫌いだ」

「……知ってる。でも勝つ」

 

 いや、勝ちも負けもないと思うんだけどな?

 

「……はぁ、まぁいいや。二人のプレゼント、堪能させてもらうよ」

 

 俺は諦めて嘆息し、苦笑いを浮かべる。

 この後、二人のクリスマスプレゼントをたくさん堪能した。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、宿屋のロビーに残ったスツルムとドランク。

 

「ねぇ、スツルム殿~」

「なんだ」

 

 オルキスとアダムはそれぞれ部屋に行っており、アポロとオーキスとダナンも部屋に行った。宿の従業員も今はいない。つまり二人きりである。

 

「スツルム殿にプレゼントがあるんだよね~」

「ああ、あたしもだ。……だが交換の時に渡せば良かったんじゃないか?」

「それはスツルム殿もでしょ~?」

「あたしはお前が避けてるように見えたから、それに合わせただけだ」

 

 流石に長年コンビを組んでいるだけあって互いのことはよくわかっているらしい。

 

「そっかぁ。実はねぇ、明日クリスマスだし、一緒にどっか行こうかと思ってね~」

「一緒に? ……なんだかんだ一緒にいるだろ」

「それはそうなんだけど~。実はどうしても欲しい限定品があるんだよね~」

「なんだそれ」

「サンタとトナカイの衣装で行くと貰えるんだけど。お願い~、スツルム殿~」

「……まさかそのプレゼントって」

「うん、サンタ衣装痛ってぇ!」

 

 満面の笑みで答えたドランクをスツルムは無言で刺した。

 

「なんであたしが」

「スツルム殿しか頼める人いなくってね~。カップル限定って言うからダナンには頼めないし」

「カッ……!? バカかお前!」

「痛っ! 痛いってスツルム殿!」

 

 頬を染めたスツルムがぐさぐさとドランクを刺し続ける。話が進まないとなんとか間合いから逃れた。

 

「そんなに怒らないでってば、スツルム殿。他に頼める相手がいないんだよ~」

 

 ドランクは頭を下げて両手を合わせ頼み込む。珍しく真摯な様子に、無碍に断ることはできなかった。

 

「……ま、まぁ他に予定はないからな」

「助かるよスツルム殿~」

「調子に乗るな」

 

 歓喜を示すために抱き着こうとしたのは喉元に切っ先を突きつけられてしまったが。

 

「あたしはこれだ。最近激闘が多くていくつか減っただろ」

 

 話題を切り替えるために、スツルムは自分が用意したプレゼントを渡す。それは袋に入れられた三つの宝珠だった。

 

「ありがと~」

 

 実用的な贈り物だった。ガンダルヴァに踏み潰されたり弾かれて空の底に落っことしたりしていたので、有り難いプレゼントだった。

 

 因みに。

 翌日サンタ衣装のスツルムとトナカイ衣装のドランクが街を歩いていたのだが。

 

「ねぇねぇスツルム殿~。カップル限定だし手とか繋いじゃう?」

「二人で一つの飲み物飲むんだって~、あれやってみない~?」

 

 とドランクがからかい続けた結果。

 ダナンから貰った手帳の「スツルム殿に刺された回数」が初日から三桁を突破したらしい。



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EX:クリスマス

間に合ったーーーーっ!!!

いやクリスマスには間に合ってないんですけどね。
……ギリギリになったのは新サクラ大戦をやってたせいですごめんなさい。



因みに私は昨日仕事納めでした。年末年始もお仕事の方はお疲れ様です。

私のフェス初日はSSR運が良かったのにムーンとエレメントが基本でしたね。唯一の当たりはあの、水属性の刻印の数で属性攻撃力が上がっていく石です。水のサブ石しか捗ってねぇっす……。

あ、あと今日ガイゼンボーガさん取りました。次はまったりハーゼちゃん取りに行く予定です。


 今日はクリスマス当日。イヴに仲間達プラスオルキスとアダムと過ごしたので、他のヤツに会えないかと街を回っているところだ。

 

 街を回っていれば一番最初に会えるのは、決まって神出鬼没な商人だ。

 

「よっ、シェロカルテ」

 

 俺は寒いというのに露店を出しているシェロカルテを見つけた。普段の服装ではなく、サンタ服を着込んでいる。そういうところも商売には必要なのだろう。

 

「ダナンさん~。メリークリスマスです~」

 

 にっこりといつも通りの笑顔で応えてくれる。

 

「当日になっちまったが、一応クリスマスプレゼントだ」

 

 俺はいつも世話になっている礼として彼女に用意したプレゼントを渡す――書類を。

 

「これは……パイの新作レシピじゃないですか~。新年限定用に、バレンタイン限定用まで先取りして、流石ですね~」

「ああ。しばらく会えなくなることも考えてな。あといくつか案もまとめてある」

「ありがとうございます~。でも、これだと仕事上だけの関係って感じで寂しいですね~」

 

 礼を言って、しかし彼女は眉尻を下げる。

 

「ははっ、冗談に決まってるだろ。クリスマス版は出せなかったから、おまけだ。本命はこっち」

 

 笑って言い、改めてプレゼントを渡す。クリスマス限定の付箋だ。

 

「付箋ですか~」

「ああ。お前なら適当に買えるだろうが、あっても困らないだろうからな」

「はい~。有り難く使わせていただきますね~」

「おう」

「じゃあ私からはこれを~」

 

 渡すだけで終わるかと思ったが、そこは商人。シェロカルテもごそごそと漁って包装された袋を渡してくれる。

 

「これは?」

()()スマスに最高級の()をプレゼント~。うぷぷ~」

「……まさかそれを言うためだけに用意したのか?」

 

 久々に彼女のダジャレを聞いた気がする。思わずジト目になってしまった。

 

「それもありますけど、パイの中身に使えないかな~と思いまして~。次にブームが来るんじゃないかと睨んでるんですよ~」

「へぇ。じゃあ有り難く、色々と使わせてもらうかな」

「是非~。栗は焼いても煮ても美味しいですから、色々試してみるといいですよ~」

「ああ、ありがとな」

「いえいえ~」

 

 思わぬプレゼントもあったが渡せて良かった。いつも世話になってるから、礼はしたかったんだよな。

 

 シェロカルテにプレゼントを渡した後、また街をぶらぶらしていると丁度いい連中に遭遇した。

 

「あっ、ダナン君」

 

 “蒼穹”の連中だ。グラン、ジータ、ビィ、ルリア、カタリナ、ラカム、イオ、オイゲン、ロゼッタがいる。皆クリスマス衣装なので、こいつらもこいつらで楽しんでいるのだろう。

 

「よう」

 

 片手を挙げて応える。ホントに丁度いいな。

 

「ほれ、ジータ」

「えっ?」

 

 俺は渡そうと思っていたプレゼントをジータに投げ渡す。申し訳程度にリボンが括りつけられた武器の製造過程が記された書物だ。

 

「あ、これ発行部数が少なくて買えなかったヤツだ」

「なら丁度良かった。俺からのクリスマスプレゼントだ。偶々売ってたんでな」

「ありがとう、嬉しいよ」

 

 女の子へのプレゼントとしてそれはどうなんだ、というツッコミは受けつけない。あくまで俺とジータはそういう関係じゃないからな。

 

「あれ、僕のは?」

「ねぇよ」

 

 素知らぬ顔で首を傾げるグランを切り捨てる。

 

「えぇ……」

「ジータ以外にやるわけねぇだろ」

 

 そんなに関わりねぇんだから。グランにはやりたくないし。

 

「えっ……!?」

「あら、大胆ね」

「うん?」

 

 ジータが顔を赤くしてロゼッタはからかうように微笑む。……思い返すと確かにそれっぽい発言ではあったかもしれん。

 

「あー……。お前らの中ではって話だけどな」

「あ、うん。だよね……あはは」

 

 ジータは勘違いしてしまった自分が恥ずかしいとばかりに頬を掻いて笑った。

 

「あ、そうだ。私もダナン君に渡そうと思ってたのがあったんだ」

 

 そう言って話題転換をすると彼女は一つの杖を取り出した。先端がクリスマスの飾りのようになっているためクリスマス仕様の武器に見える。

 

「これ、今私とグランが使ってる『ジョブ』のClass0に該当する【サンタクロース】の解放武器なんだ」

 

 ジータの口から驚きの情報が飛び出した。謎のClass0というのも俺は全く聞いたことがない。

 

「なんだ? その、Class0ってのは」

「うーん……。あえて言うなら『どのClassにも該当しない』ってことなのかな? 今のところそれ自体になにか能力があるわけじゃなくて、解放しても『ジョブ』を使った時にその姿になれるくらいしか効果ないし」

「うん。僕も後は水着とユカタヴィラぐらいしかないからあんまり情報はないんだけど」

「へぇ」

 

 そんなのがあるのか。というか俺のユカタヴィラはなぜ解放されてないんだ。

 

「あ、でも解放されたのはそれ持った時だから、特定の武器を持って姿が変わらないとClass0は解放されないのかも」

 

 まぁ、それなら一応理由になるか。とはいえ戦闘に効果ないんだったら季節感味わうためでしか使えないだろうけどな。

 

「まぁ、そういうことなら有り難く貰っておくな」

 

 言って杖を受け取る。すると『ジョブ』を変えた時のように俺の姿が変わった。

 グランが着ているような赤のガウンだったが、俺の方が少し丈が長いようだ。色は黒くなっていなかったが細かいデザインが違う。逆に言えばそれくらいの違いでしかなかった。

 

「やっぱりちょっと違うね」

「そうだな。あと俺も【ユカタヴィラ】が解放されたわ。ありがとな、ジータ」

「ううん、喜んでくれたなら良かった」

 

 思わぬ『ジョブ』の解放があったが、そこでジータ達とは別れることにした。色々団員達にプレゼントを配らなければならないらしい。まぁ二百人全員に配るってなったらそりゃ忙しいよな。

 

 続いては誰に遭遇するかと思ったら、

 

「あ、ダナン。いいところに」

 

 サンタ衣装のリーシャと遭遇した。当然の如く下はミニスカートで、上も胸元を開け臍を出している。……お前それ寒くないのかとツッコみたくなるような恰好だ。

 

「なんて恰好してんだ……遂に痴女に目覚めたか?」

「ち、違います! これは秩序の騎空団の見回りで、盛り上がりは壊さないようにと……」

 

 頬を染めてそう言い訳した。だからって着るヤツがあるかよ。……選んだのは秩序の団員だな。リーシャのこの姿が見たかったんだろう。秩序乱すような恰好させてどうするんだよ。

 

「そ、それに……」

 

 リーシャはちらちらと俺の方を窺いながら、

 

「ダナンがいるって聞いて、見せたくて……」

 

 上目遣いで一言。破壊力はあるがもうわざとやってるんじゃないかと思うくらいなので段々と慣れてきた気がする。

 

「はいはい。可愛い可愛い」

「……なんか雑じゃないですか?」

「いや、もうお前のその上目遣いにも慣れつつある」

「そう言われましても……」

 

 リーシャはちょっと困ったような顔になる。こいつ、ずっと無自覚で続けてるのか。それはそれで凄いな。

 

「で、あれか? そのサンタ姿の私がクリスマスプレゼントです、とか言い出すパターンか?」

 

 既に何回かやっているんだが。

 

「えっ!? ち、違いますよ! 私はその、クリスマスをダナンと一緒に回りたかっただけで」

 

 それはそれで恥ずかしいこと言ってる気が。

 

「そっか。じゃあ、回るか? 折角会ったんだしな」

「っ……。は、はい」

 

 少しずつ、リーシャも歩み寄ってきているようだ。もうそろそろ俺も心の準備をしないといけないのかも、しれない。

 と思っていたらリーシャが手を掴んできた。俺が視線をそこに向けると、我に返ったのかぱっと手を放す。……それくらいなら、別にいいか。

 

「手、繋ぐんだろ」

 

 今度は俺から手を差し伸べる。上目遣いで頬を染め、恐る恐るといった風に俺の手を握り、嬉しそうにはにかんだ。そういうとこだ、そういうとこ。

 

「行くか。見てて行きたいところとかあったか?」

「あ、はい。えっと……」

 

 ということで、リーシャと二人でクリスマス一色の街を練り歩いた。手を繋ぎお互いサンタ衣装で歩いているので、傍目から見ればカップルに見えるんだろうか。まぁ、リーシャは楽しそうで気づいていないしわざわざ指摘してやる必要もないか。こいつはちょっと不憫に思えてきたから、少しは優しくしてやろうかと思ってたんだったわ。

 今はまぁ、二人きりの時間を楽しむとするかな。

 

 というわけでカップル限定の商品が売っている店に入ってみようと思ったのだが。……スツルムとドランクがいたので遠慮しておいた。あいつらの邪魔をしちゃ悪い。まさかあの二人がそういう関係だったなんて……。プレゼントもきっと二人きりのタイミングで渡したんだろうなぁ。なんだかんだでイチャイチャしてたしなあいつらも。うん、そっとしておこう。

 

 結局別の店で二人昼食を済ませることにした。それからはそういやプレゼントを渡していなかったと思い出し、少し人気のない場所に向かう。見回せば人がいるかな、といったくらいの場所だ。クリスマスの喧騒からは少し外れて、ベンチがありのんびりできるのがいい。

 

「ここは?」

「まぁ、プレゼントを渡してなくて、タイミングをどうしようかと思ったんでな」

「あ、私にプレゼントですか?」

 

 ベンチに腰かけて、期待してくれているのかそわそわとし出すリーシャ。リーシャへのプレゼントは結構重めだ。手軽なモノとは一味違う。一応アクセサリーではあるんだが、付き合いの長い恋人でもないヤツにあげる代物ではないと思う。

 

「ああ、開けてみてくれ」

 

 促して少しだけ高そうな箱を開けてもらう。

 

「これって……」

 

 箱は片側を持ち上げて開くようになっていたため、中身を覗いてリーシャは目を丸くする。

 中身はそこそこの値段がした指輪だ。俺はあまりそういうのに詳しくはないのだが、多分「付き合いの浅い彼氏に贈って欲しくないプレゼントランキング」上位になる贈り物になるだろう。

 とはいえそんなに宝石が乗った重いモノではなく、オシャレとして装着できるようなデザインとなってはいると思う。俺にはセンスがないので勧められた中から選んだのだが、氷の結晶の周りに羽根の飾りがあしらわれている。氷の結晶は水晶のような色をしていた。

 

「……綺麗」

「そこそこ奮発したからな」

 

 我ながららしくない贈り物だとは思っている。ただリーシャにあげるのはアクセサリーにしようと思っていたが、イヤリングはこの間アポロがつけていて、ネックレスは今回渡したし、髪飾りも他と被るし、そうなるとブレスレットとどっちかって感じになったんだが。ブレスレットだとチャラチャラしてリーシャっぽくない気がしたので、こっちにしたというわけだ。値段が全てではないのだが、値段だけで言えば今回のプレゼントの中で一番かもしれない。

 

「も、貰っていいんですか?」

「ああ。そのために買ったんだしな」

 

 俺の言葉に、リーシャは指輪を摘み上げるときゅっと手の中に大切そうに握り込んではにかんだ。

 

「ありがとうございます。凄く、嬉しいです」

「喜んでくれたなら良かったよ」

 

 心から嬉しそうな笑顔を見ていると、贈ったこっちも嬉しくなってくる。渡した甲斐があったというモノだ。

 

「その、つけてもらってもいいですか?」

 

 こちらを窺うような上目遣いで尋ねてくる。リーシャの差し出した指輪を受け取り、

 

「ああ、いいぞ。手を出してくれ」

 

 左手を差し出して右手で指輪を持つ。

 リーシャは左手を俺の手の上に乗せてきた。角度から考えて薬指に入れるような形だ。左手の薬指って……いやまぁ、薬指の大きさに合うヤツを選んだのは俺なんだが。

 

「なんだ、左手の薬指につけて欲しいのか?」

 

 また無自覚天然の発動かと思ってからかうように告げてやる。だが顔を真っ赤にしても否定はしてなかった。

 

「……はい、欲しいです。ダメ、ですか?」

 

 リーシャはいじらしい表情でこちらを見上げてくる。やはりと言うべきか破壊力は凄まじい。

 

 だから俺は、素早く右手を取って薬指に指輪を嵌めてやった。

 

「あっ……」

 

 彼女は少し残念そうな声を上げる。俺はリーシャの耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「……お預けだ。その時が来たら、もっといい指輪買ってやるよ」

「っ……」

 

 高ければいいというわけではないが、安くていいという理由にはならない。なによりもっとちゃんとすべきだろう。

 

「……わ、わかりました。その時が来るように、頑張ります……」

 

 リーシャの顔はMAXまで赤かった。もう少しからかったら目を回してしまいそうだ。

 

「……き、今日はその、一歩にします」

 

 か細い声でそう言ったかと思うと、彼女から密着しそうなほど近づいてきて左頬に柔らかな感触が触れた。キスされたと気づいたのは彼女が離れてからだった。

 

「い、今は、これ以上は、無理です、から」

 

 その言葉を体現するかのように、湯気が出そうなほど真っ赤だ。……いやびっくりだよ。リーシャからとは思わなかった。

 

「……そうか。よく頑張ったな」

 

 少しだけ温かい笑みを浮かべると、今度は俺から近づいて同じく左頬に唇を触れさせる。面白いように身体を硬直させたのがわかった。

 

「お返しだ」

 

 言ってさてどんな顔を、と思い身を引いたのだが。

 

「……きゅう」

 

 目を回して倒れかけてしまう。

 

「あ、おい。リーシャ?」

 

 慌てて抱き止めて呼びかけるが、返事はない。完全に気を失っているようだ。……ほっぺにチューで気絶とか、お前は最初のオーキス未満かよ。精神年齢十歳程度のヤツより初心ってお前……。

 

「……しょうがねぇ。駐屯所かどっかに運んでやるか」

 

 少しは成長したかと思ったが、どうやら本当に少しだけだったらしい。苦笑して【サンタクロース】を解除し俺が着ているコートで包んでやってから抱える。そのままこの島の秩序の騎空団の駐屯所に向かって彼女を送り届けた。

 実は部屋に連れていって添い寝して目覚めた時にからかってやる案もあったのだが、流石にこれ以上は申し訳ない。それに、もう一人プレゼントを渡したい相手がいる。

 

 その人物を探してうろちょろし始める。もしかしたらこの島に来ていないかもしれないので、事前にシェロカルテにでも聞いておくべきだったかと頭を悩ませた。

 駐屯所にコートを忘れてしまったが、取りに戻るほどでもないかと思って買い直すついでに探し回ってみる。同じような黒のコートを買ってしばらく回っていた。

 午後三時くらいだろうか。

 

「あっ、ダナンちゃん」

 

 お目当ての人物を発見した。ナルメアだ。ナルメアは俺を見つけると表情を明るくして駆け寄ってきた。ダッフルコートにマフラーに手袋を寒さ対策はばっちりに見えるが、ブーツの上は生脚だった。コートの裾で下になにも履いていないように見える短さなので、少し寒そうではある。偶に女性って冬でも脚出してる人いるよな。

 

「ああ、ナルメア」

 

 降り積もった雪の上にブーツの足跡を作りながら近づいてきたナルメアに、笑顔を返す。

 

「メリークリスマス、ダナンちゃん」

「ああ。ナルメアもここに来てたんだな」

「うん。クリスマスケーキ作りのお手伝いに。ダナンちゃんは?」

「俺は適当に、雪が降る島に行きたいって言うから」

「そうなんだ。……じゃあ今も他の人と?」

 

 そう尋ねてくるナルメアは少しだけテンションが下がっているように見えなくもない。

 

「いや、今はナルメアを探してたんだ」

「えっ?」

 

 思わぬ言葉だったのか目を丸くしている。

 

「なんつうか、クリスマスプレゼントを買ったはいいがここにいるかどうかもわからなかったからな。会えて良かった」

 

 なんだか照れ臭くって頬を掻き目を逸らした。

 

「ほ、本当?」

「ああ。これ、プレゼントだ」

 

 まだ信じ切れていないのか尋ねてくるナルメアに、しっかりと頷く。見てわかるように顔を輝かせていた。

 俺は用意していたプレゼントを渡す。包装していないのは昨日材料を買って急いで作ったからだ。

 

「これセーター?」

 

 俺が渡したのは折り畳まれた白のセーターだ。なにがいいかと悩みに悩んで……と言うよりか、正直ネタが尽きてしまったのでナルメアなら引かないだろうという考えもあり、手編みのセーターなんてモノを選んでみた。

 

「ああ。これからまだ寒くなるだろうしな」

「ありがとう、大切に使うねダナンちゃん」

 

 にこにこと微笑んでセーターを胸元に抱える。喜んでくれたようで良かった。

 

「あ、私もダナンちゃんにプレゼントしようと思ってたんだ」

 

 彼女はそう言って、セーターを片手で持つと持っていた紙袋を差し出してくる。

 

「俺に?」

「うん。ダナンちゃんに似合うかなって」

 

 受け取り開くと、白い毛糸のなにかが入っていた。取り出してみるとやたらと長い……マフラーのようだ。

 

「マフラーか」

「うん。……えへへ、模様も一緒のお揃いだね」

 

 ナルメアは嬉しそうにはにかんだ。……確かに、よく見てみると編んである模様が一緒だ。色も白だし。

 俺があの模様にしたのは初心者向き、と書かれた一段階上だったからなんだが。

 

「しかし白か。俺にしては珍しい色合いだよな」

「うん。いつも黒ばっかりだから。でも白も似合うと思うよ? 巻いてあげるからお姉さんに貸して」

「ああ」

 

 俺は貰ったマフラーをナルメアに渡す。元々首に巻いている黒のマフラーを解いて手に持った。彼女は長めのマフラーを受け取って俺の首に手を伸ばすが、身長差があるせいか背伸びをしても上手く巻けない。それでも懸命に巻こうとする様子に苦笑して腰を屈めた。

 手が届くといそいそと俺の首にマフラーを巻きつける。かなり長いマフラーなので、首の後ろから巻いて前に垂らした後交差させて後ろに垂らす。屈んでいると地面に先が着いてしまうので立ち上がる。

 

「うん。似合ってるね、白も」

「ありがとう、ナルメア」

 

 純粋にプレゼントは嬉しい。

 

「あ、ダナンちゃん。ちょっと持ってて」

 

 ナルメアはそう言うとなぜかコートを脱ぎ出した。必然的にそれなりの薄着になってしまう。いや、寒いだろうに。と思っていると俺が渡したセーターをその上に着たのでなにをする気かようやくわかった。

 

「よいしょ、っと。これでお揃いだね」

 

 セーターを着込みそう言って笑いかけてくる。少しサイズが小さかったのだろうか、裾が腰ではなく臍辺りになってしまっている。

 

「ちょっと、小さかったかな」

「ちょっとだけね。胸の辺りがキツいかな」

 

 そう言われるとそこを注視してしまう。セーターを大きく押し上げて、裾の足りなくさせる要因になった双丘を。……いや、一応半年も一緒にいたからある程度目測でサイズがわかっていたつもりだったんだが。褒められたモノではないが、観察眼には定評があるし。間違ってはないと思ってたんだけどな。

 

「そうか。サプライズするってのも難しいもんだな」

「気にしないで。凄く嬉しいし」

 

 ナルメアは優しいからそう言ってくれるが、俺は納得ができていない。

 

「まぁでも、次はちゃんとサイズ測ってからにするよ」

「えっ……? 胸のサイズを……?」

「えっ!? い、いやそういう意味じゃ……」

 

 思わぬ返しにわたわたと手を振ってしまう。俺にしては珍しい反応かもしれない。

 

「ふっ、ふふふっ。ダナンちゃんったら慌てちゃっておかしい」

 

 不意にナルメアがくすくすと笑い出して毒気を抜かれる。照れ臭くなって頭の後ろを掻く。

 

「……ナルメアにからかわれるとは思わなかったんだよ」

「ふふっ。そうだね」

 

 やっぱりというか、ナルメアの前だと他のヤツと同じようにはいかないな。俺の中でナルメアの存在が人生に影響を与えた結果だとは思うんだが。

 

「なぁ、ナルメア。折角だし俺と街を回らないか?」

「うん、いいよ。お姉さんと一緒に行こっか。あ、手繋いであげよっか?」

 

 俺の提案にあっさりと頷くと、お姉さんモードを発動して尋ねてくる。……ナルメアとはオーキスやアポロのとは違う感じだが。でもまぁ、俺も多分()()なんだろうな。

 

 そんなことを思いつつ、俺とナルメアは手を繋いで二人街を回っていった。

 

 夕食を食べた後にイルミネーションが綺麗だということで街を歩いて回り、そろそろいい時間になってきたというところだ。

 

「そろそろお開きにするか? 明日に差し支えるのは良くないだろ」

「あ、もうそんな時間なんだ。ダナンちゃんと一緒の時間は過ぎるのが早いなぁ」

「俺も同じだよ。どこの宿泊まってるんだ? 送ってくよ」

 

 ナルメアだけじゃなく、誰かと一緒に過ごす時間は過ぎるのが早く感じる。だがそれも、教えてくれたのはきっと彼女だ。

 

「それなんだけど、あのね?」

「?」

 

 言いづらそうにもじもじとし始めるナルメアに首を傾げる。

 

「……今日、お部屋に行ってもいい?」

 

 っ……!? 頬に朱を差して上目遣い。……この破壊力を一日で二度も知る羽目になるとはな。しかもナルメアは珍しいと思う。少なくとも俺に対しては。

 

「久し振りにダナンちゃんと一緒に寝たいなぁって」

 

 ナルメアがつけ足したことで納得する。別にがっかりはしていない。

 

「まぁ、それくらいならいいぞ」

「ありがとう」

 

 彼女に拾われてからはずっとそんな感じだった気がする。特に身体が動かなかった時期は。されるがままだったしな。

 ということで、急遽俺が泊まっている宿に行くことになった。……オーキス達にバレないようにしないと厄介なことになりそうなので、気配察知を使って超慎重に。部屋に案内してからきちんと鍵をかけておく。夜訪ねて来られたらマズいからな。別にやましいことはないんだが。

 

「歩き回って疲れたから、もう寝ちゃおっか」

「そうだな」

 

 俺も色々あって、昨夜寝不足だったのでその申し出は有り難かった。

 コートを脱ぎ貰ったマフラーを外して室内用の薄着になったところで気づいた。寝間着に着替えるの、どうしようかと。流石にナルメアの前で着替えるのは抵抗がある。まぁ俺は中に着込むタイプではないので薄いシャツ一枚になれるし、そこまで気にする必要はないか。

 

「あ、寝る時どうしよう……」

 

 丁度ナルメアも同じことで悩んでいるようだ。ごそごそと着替えているようだったのでそちらを見ないように気をつける。

 

「……これだと、ちょっと短すぎるかな?」

 

 やがて衣擦れの音はやんだのだが困っている様子だ。どんな格好になったのかと振り返って、

 

「――」

 

 絶句した。

 

 なにせ俺の渡したセーター一枚の恰好だったからだ。ただでさえ裾が短かったので見えてしまった。……紫のちょっと大人っぽいヤツだったな。いやナルメアは確かアポロの一個下だ。充分大人である。いや、すじゃなくて。

 

「……なんで、服がそれだけなんだ?」

 

 俺は顔を手で覆いながら尋ねる。俺も男なので指の隙間を開けてしまうのは性か……。

 

「えっとね、下に履いてたスカートが皺になっちゃうから」

 

 ナルメアはうんしょ、と懸命に裾を下に引っ張って下着を隠そうとしている。おかげで隠れてはいるのだが、ただでさえ短いせいで余計に胸が強調される恰好となってしまっている。あれだ、頭隠して尻隠さずみたいな。下は諦めた方がいいんじゃないだろうか。

 

「そ、そうか。じゃあ仕方ないな」

「うん。じゃあお布団入ろっか」

 

 そう提案されたので大人しく従う。布団を被って見えなくなればそう意識することはないだろう。

 というわけで二人してベッドの上に寝転び布団を被る。見ないようにしながらナルメアのために布団を持ち上げていたので向き合うような恰好となってしまう。……いかんな。俺が意識しすぎている。ナルメアは全くの自然体だ。これが多分俺じゃなくてもこうする……それはそれでダメな気が? というか嫌な気が?

 

 そうこうしている内にナルメアが俺に抱き着いてきた。平常心を取り戻せていないせいで俺の胸板で柔らかく形を変える膨らみに意識が行ってしまう。

 

「えへへ……前もこうやって一緒に寝てたよね」

「……そう、だったな」

 

 二人で暮らしていた時のことだ。その時のことを思い出す彼女の温もりが触れていることで、なぜか浮き足立っていた心が落ち着いていく。よく、眠れそうだ。

 

「おやすみなさい、ダナンちゃん」

「……ああ。おやすみ、ナルメア」

 

 俺も彼女を抱き返して目を閉じる。そうするとすっと意識が落ちていった。

 

「……あの時と同じだけど、ちょっと違うね」

 

 ナルメアの気恥ずかしそうな声が、最後に聞こえてきた気がした。

 

 ……因みに翌日オーキスに見つかってやっぱり揉め事が起きましたとさ。




Class0はアレの伏線です。スキンとかどこで持ってこようかなって思った結果だと言ったらなにが出てくるかわかっちゃうと思いますが。
アレの登場を楽しみにお待ちください。


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碧の騎士

本編に戻ります。

アマルティアを訪れたヴァルフリートとリーシャが話しているところにヤツが乱入するだけの話です。



 秩序の騎空団第四騎空挺団本部のある、アマルティア島。

 第四騎空挺団はファータ・グランデ空域の秩序を守るために存在しており、他の騎空挺団より若干船団長の年齢が若いのだがそれが退廃に繋がるようなことはなかった。むしろ盛り上がっているまである。

 

「リーシャ船団長! モニカ船団長補佐! ヴァルフリート団長がお見えになりました!」

 

 団員の一人が姿勢良く敬礼して報告する。その報告にリーシャの身体が硬直し自然と背筋が伸びてしまう。

 

「そう緊張するな。久し振りの再会だから気持ちはわからなくもないが……」

 

 見てわかる程度に緊張する彼女に、いつでも変わらず自然体なモニカが苦笑して告げた。

 

「す、すみませんモニカさん。その、再会というよりその後の申し出のことを考えてしまって……」

「ああ、なるほどな。確かにあの申し出は団長に直談判するには少し勇気がいることだろう。しかし自分で決めたことだ。そうだろう?」

「は、はい。ありがとうございます、モニカさん」

 

 頼りになる船団長補佐の言葉に、リーシャはある程度緊張が解れたらしく笑顔を見せる。

 

 こつこつこつ、と一定間隔で足音が聞こえて表情を引き締め、既に道を挟むように敬礼して整列した団員達と同じように、敬礼して彼を出迎える。

 やがて、茶髪を後ろに流しダンディな口髭を生やした男が整列した団員の間を歩いてきた。

 

 顔から歳を感じるが、厳格さと歴戦の風格が見ている者の緊張を助長させる。リーシャからしても最後に見た時とほとんど変わっていない父の様子に無事だったという安堵やら相変わらず険しい表情だという感想やらが湧いてきた。

 

「出迎えご苦労」

 

 彼の一言で一斉に敬礼を解き、足を肩幅に開いて姿勢を楽にする。

 

「元気そうでなによりだ、ヴァルフリート団長」

 

 かつて右腕として従っていたモニカが気さくに声をかける。

 

「お、お久し振りです、ヴァルフリート団長」

 

 続けてリーシャも堅苦しく挨拶した。そんな娘の様子にヴァルフリートはふっと口元を緩める。

 

「久し振りだな、リーシャ。そう畏まらなくてもいい。気を楽にしてくれ」

「は、はい。父さん」

 

 形式上ではなく、普段呼んでいるように直すリーシャ。ヴァルフリートは一つ頷くと表情を引き締めて二人を見据える。

 

「……一つ、お前達に頼みたいことがある。極秘の任務だ。話は中で行いたいが構わないか?」

 

 彼の言葉に一体どんな用件なのだろうかと二人が顔を見合わせる。しかしその話をされる前に、モニカから視線で「先に申し出を伝えておけ」と合図される。確かに重大な用件を聞いてしまえば申し出を口にする機会がなくなってしまう。先に話しておくべきだろう。

 

「あの、父さん」

 

 リーシャは勇気を振り絞ってヴァルフリートに声をかける。

 

「なんだ、リーシャ」

「えっと、その……実は、聞いて欲しい話があるんです」

 

 非常に言いづらそうな様子の彼女に、ヴァルフリートは小首を傾げる。

 

「それは今申し出る必要のあることか? 一応火急の用件なのだが」

 

 言外に「時と場合を考えろ」と言われてしまう。だが彼女としては今言わなければ言えないまま終わってしまうかもしれないという懸念もあるので、言うしかなかった。なにより言わなかった場合なし崩し的に任務を続けてしまいそうでもある。

 

「は、はい。今言っておかなければならないと思います」

 

 リーシャは一呼吸置いてからきっぱりと告げた。真っ直ぐ自分を見据えてくる娘に、精神的な成長を感じてしまう。それで話を聞いてしまう辺り、彼も人の親である。

 

「わかった、話を聞こう。場所を変えた方がいいか?」

「い、いえ、ここで。モニカさんや他の団員の方々には既に伝えていますので」

 

 リーシャはそう言うと、胸の真ん中に手を置き深呼吸して心を落ち着かせる。

 彼女が一時秩序の騎空団を離れたことをきっかけに得た経験の数々と、色々な人の影響もあり、戻ってきてからモニカにも相談した結果決めたことを頭で整理していって、意を決し口を開く。

 

「……父さん。私、秩序の騎空団を辞めようと思うんです」

 

 悩んで決めた結論をまず告げる。

 

「なに?」

 

 ヴァルフリートの眉間の皺が深くなる。確かにこれから重大な任務を告げようと思っていた団員から辞めると告げられれば責めるような顔にもなる。

 

「……リーシャ。一体どういう理由だ? 空の秩序を守るためと日々精進してきたお前が、ここに来て脱退するなど……」

「空の秩序と、私が彼らに同行している中で得たやりたいことを両立するためです」

 

 苦言を呈するヴァルフリートに一歩も退かず、リーシャは言葉を続ける。彼女の「彼ら」という言葉を聞いてヴァルフリートは「ああ、そういえばあいつの子供の騎空団に同行していたのだったか」と頭の中で理解する。

 

「両立か。空の秩序を守ることが、そんな片手間にできると思っているとでも?」

 

 ヴァルフリートはリーシャの覚悟を試すかのように鋭い視線を向ける。平団員が向けられればチビってしまいそうな迫力があった。

 

「いえ。でも私は、これまで……父さんに憧れて、理念に共感して秩序の騎空団に入団して活動してきました。今もその気持ちは変わりません。ただそれは結局のところ人から与えられたモノだと思います。私は彼らとの旅を通じて、やりたいことを見つけたんです」

 

 彼の迫力にも退かずきっぱりと自分の気持ちを口にする。娘から憧れている、と言われて喜ばない父親はいないが今までそういった雰囲気はあったが正面から口にすることはなかった。そういった面も彼女の成長と言えるだろう。

 

「そうか。それで、そのやりたいこととはなんだ?」

 

 ヴァルフリートの目が「覚悟を問う団長の目」から「娘を温かく見守る父親の目」に変わったのだが、リーシャは尋ねられたことに視線を泳がせてしまい気づいていない。傍に立つモニカだけが二人を微笑ましいモノを見るような目で眺めていた。

 

「その……“彼”の傍にいることです……」

 

 頬を染め俯き気味にもじもじしながらそう口にした娘の様子に、ヴァルフリートが半歩たじろいだ。内心で「ま、まさかこれは……!」と雷に打たれたのだ。

 彼も一児の父である。リーシャの表情に心当たりがあった。具体的に言うと彼女の母親が子供が出来たと告白してきた時とのデジャヴがあった。

 

 いや待てしかし娘も二十一歳。彼が今四十五歳と考えると彼女の誕生が二十四歳の頃だ。そういう相手ができたとしても不思議ではない年齢ではある。むしろ遅いかもしれない。多感な十代の年頃を実力の研鑽のために注ぎ込ませてしまった身でもあるのでもしかして娘の貰い手は現れないのでは? と懸念を抱きそうになった夜もあったくらいだ。モニカはもう遅――いや殺気がしたので考えるのをやめておこう。しかし父親としてはそういう相手ができたということを素直に受け入れ難い面もある。

 と考えている中でリーシャのこれまでの話を整理していき、一つの答えに行き着いた。

 

 「彼らの騎空団に同行している中で“彼”の傍にいたいと思った」=その“彼”とは騎空団の人間である=つまり“彼”は団長を務めるあいつの息子。

 

 という図式が成り立ったのだ。

 そう考えるとどこの馬の骨ともわからないヤツよりも多少信頼が置ける気はする。色々な問題を抱えていることになるのだが、まぁそれはそれ。

 あいつの息子か、ならあいつに似てきっと周囲を振り回したりそれでいて引っ張っていったりしているんだろうなぁ、と若い頃旅した記憶を辿って思いを馳せる。少なくとも極悪人ではないという確証は持てた。とはいえヴァルフリートの親友である彼は自分と同じでほとんど家に帰っていない状態なので育てたと言えるかどうかは怪しいところだ。だがあの二人の子供ならきっと世界の醜悪さに負けず強く育っているだろうという確信もあった。

 

 そうなってくると心が多少落ち着いてくる。

 

「……えぇと、彼がいたから私が成長できたと言うか……。その、元秩序の騎空団のガンダルヴァが帝国の手の者として攻めてきて戦った時も、モニカさんのお力添えがあったとはいえガンダルヴァに勝てたのは彼との出会いがあったからで……」

 

 リーシャは惚気始めている。いや、惚気ていると言うより一言では伝わらない可能性を考えて気持ちを言葉にしようと話しているような状態らしい。

 

「いや、リーシャ一人でもガンダルヴァに拮抗していた。私もそろそろ超えられてしまうかもしれないな」

「そ、そんな……。私はまだまだですよ。結局アガスティアでもカタリナさんに手を貸してもらってしまいましたし。もっと精進しないと」

 

 二人がそんな会話をしているのを聞いて、ほうあのガンダルヴァとと感心する。

 行動に問題があり、ひたすらに強さを求める彼は秩序の騎空団に相応しくないとして決闘後追放したのだが。あの時から更に強くなっていることを考えると、戦いが拮抗していたという話が本当なら大した成長である。精神面の成長も色々わかってきたが、実力面も相当に成長しているらしい。

 

 相手の推測を立て、娘の成長を理解したヴァルフリートはいよいよ口を開く。

 

「……事情はわかった。秩序の騎空団団長代理の命を断ったのもそれが理由だな?」

「はい。すみません、父さん」

「謝る必要はない。しかし、それならなぜ今“彼”の騎空団と一緒に行っていない?」

「それはその、船団長という立場を放り投げるわけにはいかず、退団するための準備をしなければと思って……」

 

 彼女の生真面目な言葉に納得して頷く。

 

「わかった。私は秩序の騎空団団長ではあるが、無論団員の退団を止める権利はない。引き止めはするが本人の意思次第だ」

 

 ヴァルフリートの言葉にリーシャの顔があからさまに晴れた。わかりやすい反応に苦笑を湛えつつ、

 

「しかし秩序の騎空団は他所の騎空団との兼任を、許可があれば認めるとしているはずだ。“彼”の騎空団に入るからと言って辞める必要はあるのか? もちろんその場合役職を降りてもらうことにはなるが……」

 

 疑問点を挙げていく。

 

「あの、それなんですが。彼は完全に無実とは言えない黒騎士の脱獄を手助けしました。脱獄の手引きは犯罪です。黒騎士の罪状全てが事実でなかったとしても彼女が帝国に加担したことは間違いない事実です。理由があったとしても脱獄の手引きをしたという罪は消えません。なのでその、犯罪を犯した騎空団に入るのは秩序の騎空団としてどうかと思うところがありまして。中途半端も良くないので、辞めようと思いました」

 

 リーシャは事前に話し合ったこともある答えをすらすらと告げる

 

「そうか……。だが彼らの活躍によって帝国の支配という秩序の混乱が防がれたのも事実だろう? だとしたら情状酌量の余地はあるかもしれない」

「それはそうですが……」

「それに、団長としては有望な団員を退団させるのは惜しいと考えている。彼らとの旅が終わった後のために籍を残しておきたいとは思っている」

「父さん……」

 

 ヴァルフリートの考えを聞いてリーシャが感激していた。

 

「私、実は父さんに反対されると思っていたんです」

「そうか? 私も認めるところは認める。お前が成長した結果出した答えなら当然だ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 リーシャとしてはヴァルフリートも大層嫌っている人物の息子が相手なので、という意味合いなのだが。

 

「それで辞めるタイミングは考えているのか?」

「はい。彼が迎えに来てくれますから。その時が来たら退団します」

「そうか」

 

 しかし彼の騎空団は今隣のナル・グランデ空域に入っていると情報が入ってきている。真王が動いていることを知っている彼はそれなら用件も丁度いいかと考えた。

 

「大体わかった。団長としての結論を告げよう。――第四騎空挺団船団長リーシャ。本日を以って第四騎空挺団船団長の役職を解任する。尚第四騎空挺団の船団長は補佐のモニカが務めることとする。新たな船団長補佐の任命は後日改めて行う。そしてリーシャを他騎空団特別派遣団員とし、派遣先騎空団の団員として各空域へ向かうことを許可する」

 

 ヴァルフリートは表情を引き締めて秩序の騎空団団長としての辞令を出す。

 

「これで他の騎空団にいながら各空域の秩序の騎空団の協力を得られるだろう」

「ありがとうございます、ヴァルフリート団長!」

 

 リーシャは彼の寛大な処置に深々と頭を下げた。

 

「……それにしても、リーシャもそんな年頃になったか……」

 

 話は一段落したところでヴァルフリートがそんなことを言った。彼の言っている意味を理解し、リーシャが恥じらうように頬を染める。

 

「全くだ。未熟だったリーシャを一晩で変えたほどの出会いだったぞ」

「も、モニカさん!」

 

 彼が秩序の騎空団に潜入した時のことは、言ってしまえば馴れ初めの一つである。今から思い出しても夜の中庭で押し倒された時の動悸は変わらない。いやむしろ酷くなっているかもしれない。

 

「ほう? それはそれは……」

「父さんもニヤニヤしないでください!」

 

 頬を染めて一々言及する彼女は、確かにからかいやすい部類に入るだろう。

 

「……まぁ、なんにせよお前が幸せならそれでいい。いつかお前の口から彼を紹介して欲しいものだな」

 

 ヴァルフリートは優しく微笑んでそう告げた。

 

「っ……。は、はい! いつか、必ず!」

 

 リーシャは弾けるような笑顔でそう応えた。

 そんな親子の微笑ましいやり取りを繰り広げる最中。

 

 ヴァルフリートは「しかしあいつの息子と私の娘が……奇妙な縁もあるモノだな」などと呑気に考えつつ、迎えに来るまでは退団しないということなので用件を任せること自体に問題ないと考え話を本題に戻そうと思う。

 

 ――そこに、ヤツがやってきた。

 

「あ、いたいた。よぉ、リーシャ。迎えに来てやったぜ」

 

 その少年の声を聞いた途端、目の前のリーシャの顔が明らかに輝く。その“彼”とやらが来たのだと、彼のセリフと娘の表情から察して振り返る時に、はてあいつの子供は空域を越えたはずでは? という疑問が発生した。

 しかしその答えが出ることはなく、振り返り終わって“彼”を視界に入れる。

 

 黒髪黒目。黒い衣服の上に灰色の胸当てを装着しており、その更に上には黒いフードつきのローブを着込んでいた。

 

 その顔立ちにヴァルフリートは見覚えがあった。なにせ一緒に旅をした。同じ団で旅をしていたあの男の若かりし頃にそっくりな見た目だ。精々瞳の色が違うくらいで、実は「あ、もうちょい生愉しむために若返ってみたんだわ」とけろっとした表情で言ってきてもおかしくはないと思えた。

 

 娘はその少年に駆け寄って笑顔で話しかけている。

 しかしヴァルフリートにとってそんなことはどうでも良かった。

 

「……前言撤回だ、リーシャ」

 

 ぼそりと呟いた彼の言葉に、リーシャが「えっ?」と振り返ってくる。

 

「……寄りにも寄ってあの男の息子だと!? 認めん、認めんぞぉ!!」

 

 その時ヴァルフリートの全身から憤怒のオーラが立ち昇っているように見えたと言う。

 ここに、父の怒りが炸裂する――。




キャラ崩壊タグを追加した方が良さそうなら言ってくださると幸いです。


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それでも父だから

わかっているとは思いますが今回の話はコメディです。

あとヴァルフリートさんの能力は思いつかなかったのでネタ丸出しですごめんなさい……。
シャドバとか神バハとか見てもこう、指揮官的な能力っぽくて本人の書いてないんですもん。真面目そうな感じだけ出てればそれでいいかなって。


 怒りに燃えるヴァルフリート。

 彼の頭の中では娘をあの手この手で誑かしヴァルフリートがショックを受けているところに娘も拒絶する少年の姿があった。

 

 断じて許してはならない。

 

 娘のためにもここで今始末しておくべきと判断する。

 

「と、父さん? さっきはいいって……」

 

 リーシャとしては父がなぜこんなにも怒っているのか理解できない。

 

「さっき?」

「あ、そうなんです。さっきまで騎空団に入るから退団したいっていう話をしてたところなんですよ」

「へぇ」

 

 リーシャから聞いてダナンは怒りに燃えるヴァルフリートを眺める。彼自身ヴァルフリートを見たことはなかったのだが、状況と彼の顔立ちにリーシャと似た部分があること、そして奥にいるモニカが腹を抱えて笑いを堪えていることから大体の状況を察した。

 

「おい。貴様に娘はやらん。とっとと失せろ」

 

 ヴァルフリートは今までにないくらい激怒した様子だ。近くで整列を保っていた団員がちょっとチビったくらいである。

 しかし相手はダナンだ。

 

「悪いがそれはできない相談だなぁ」

 

 むしろニヤリと笑って挑発する。

 

「リーシャはもう俺の団に入るって決まってるんだ。悪いが貰ってくぜ」

 

 彼は見せつけるようにリーシャを抱き寄せ腰に手を回した。久し振りだというのに距離の近いダナンにリーシャが頰を染めれば、ヴァルフリートの青筋が一つ追加される。……そしてそんな様子を眺めながら笑いを堪えるのに必死なモニカ。おそらく彼女は傍から聞いていて二人の会話がズレていることを察し、擦れ違ったまま進んでいることを知っていたのだ。それもこれもはっきりとした名前を言わずややこしい言い方をするリーシャと、そこを追及せず自分が頭の中で推測した人物像で話を進めようとするヴァルフリートが悪い。もっと根掘り葉掘り聞けば違うとわかったかもしれないというのに。そこに悠々と整列した団員の間を歩いてきた影が見えた時は、もう限界だった。

 

「寄りにも寄ってあの男の息子など……。私は認めん。ここで処刑する」

 

 ゴゴゴ……と怒りのオーラを纏うヴァルフリートが腰の剣に手をかける。過激に見えるが考えていた相手との落差を考えれば当然なのかもしれない。

 

 背中を預け共に旅をした無二の親友と、ことある毎に問題を引き起こし非道な行いすら嬉々として行う敵。

 落差が激しいのは明白だった。

 

「と、父さん……」

 

 旅の途中ジータから聞いた話もあるが、緋色の騎士バラゴナやザンクティンゼルで鍛えてくれた老婆、実際に旅に同行していたロゼッタから聞いた限りでは確かに非人間で唾棄すべき人物だと言える。しかしそれ自体にダナンは関係ない。父親への憧れという枷から解き放たれたリーシャは心からそう思っていた。

 

「……なぁ、リーシャ。折角だし一緒に戦ってみないか?」

「えっ?」

「お前も強くなったんだし、ヴァルフリートにどれだけ食らいつけるようになったか、試してみたくないか?」

 

 ダナンは小声で囁くように提案する。確かに、とリーシャは少し考え込む。ヴァルフリートは身近な強者であるモニカや死闘を繰り広げたガンダルヴァよりも強いことが確実な相手だ。なによりずっと憧れてきた父の背中がどれだけ近づいてきたのか試してみたいところはあった。

 

「事情はなんとなくしかわかってねぇが、ちょっと戦えば多少頭も冷えるだろ」

「……そうですね。わかりました、やりましょう」

 

 話が終わりリーシャは腰の剣を抜いてヴァルフリートを見据える。

 そんな彼女の様子に会話が小声だったせいで内容が聞こえていなかったヴァルフリートは、「あいつは俺達の仲を引き裂こうとしてる悪いヤツだ。だから殺っちまおうぜぐへへへ」と囁いているように見えた。

 

「リーシャに戦わせようとするとは、いい度胸だ。余程私に引導を渡されたいらしい」

「それはこいつが決めることで、俺は口添えくらいしかできねぇよ」

 

 ダナンは担いでいた大きな革袋を下ろし口に手を突っ込んで二本の刀を取り出す。革袋は丁寧に少し離れたところに置いた。

 

「【クリュサオル】」

 

 新たに得たClassⅣの『ジョブ』を発動する。

 黒い鎧に白いマント。二本の刀剣を装備し二刀流で戦う『ジョブ』。

 

「……『ジョブ』か。成功例というわけだな」

 

 ヴァルフリートも能力については知っているらしく、しかも『ジョブ』では最上位であるClassⅣまで至っていることを考えて警戒を強める。

 

「そういうことだ。アーセガル」

 

 ダナンは早速アビリティを使用し二刀を交差させるように斬撃を放つ。しかしヴァルフリートは真上からの一閃で斬撃を切り裂いた。

 

「すみません、父さん。認めてもらいます!」

 

 そこに風を纏い強化したリーシャが突っ込む。風で自身を強化した上に周囲に風を放つことで動きを阻害するのだと理解する。剣を受け止めて僅かに押されたことで実力の成長を感じ取り嬉しく思う。しかしそれとこれとは別だ。

 

「成長したな、リーシャ。だが言ったはずだ」

 

 ヴァルフリートは告げて自身も風を纏うとリーシャの全力を押し返した。

 

「強さは心・技・体の全てを満たすことで得られるモノだ。お前ではまだ、届かない」

「そりゃそうだろ。年季が違う。技と体ってのは時間をかけて練り上げるモノだからな」

 

 言いながら今度はダナンが襲いかかる。二刀による攻撃をヴァルフリートは見切り、しっかりと受ける。

 攻撃の合間を縫うように繰り出される攻撃は正確無比だったが、ダナンもそれを見切ることができていた。

 

 しばらく剣を合わせていて、それなりに人柄が伝わってくるのだが。『ジョブ』によって多少性格に影響が出ている可能性があるとはいえ、まともな剣筋だった。ヤツなら戦っている最中に事前に用意していた団員の生首を放り投げるくらいは平気でやってくるだろう。

 それにリーシャに合わせて攻撃を仕かけてくる様は厄介だ。あの男なら人に合わせるなんて真似するはずもない。それができているという点でヤツとは違うのだと理解させられる。

 

 なにより。

 

 悪人に惚れ込むような育て方はしてきていない。

 

 という自負もあった。娘を騙している悪い男、というよりは娘が惚れたのだから悪人ではないという方が信頼できる考え方でもある。

 

 そういう考えが湧いてくるとヴァルフリートの熱されていた頭は段々と冷めていく。

 

「ふっ!」

 

 リーシャの一閃が鼻先を掠めた。

 彼女の目を見ればわかる。ずっと一緒ではなかったとしても親子だ。彼女は本気だった。彼が父の思うような悪人ではないと思っており、それを父にもわかってもらおうとしている。

 

 少し視線を動かせばヤツの息子がいる。顔立ちに面影は感じるが戦い方からは一切気配を感じない。先入観で判断するのは失礼だったか、と内心で己を恥じた。

 

「……お前達の力はよくわかった。ならば、こちらも全力で応えなければならない」

 

 激怒していた時とは違い冷静な声でそう呟くと二人を剣で大きく押し返す。

 

「強さとは心・技・体の合わさりである。それら全てを戦場で活かし、統合することで強さとなる。そして統合し強化した時私は――通常の三倍の速度で動く」

 

 彼はそう告げた直後、リーシャの眼前に移動した。振り下ろされた剣を彼女が紙一重で避けられたのはほとんど偶然だ。

 

「【剣豪】」

 

 そこに『ジョブ』を変えたダナンがイクサバを握り斬りかかる。それを易々と受け止めると圧倒的な速度で動いた。

 

「無明斬」

 

 しかしダナンも負けじとアビリティを発動し高速移動を行うヴァルフリートの剣についていく。

 

「ほう。咄嗟の判断にしては上出来だ。だがいつまで持つかな?」

 

 彼は『ジョブ』持ちである父親達と空を旅していた。故に【剣豪】の無明斬が短い時間しか使えないことを知っている。

 そして効果が切れた途端についていけなくなりダナンは直撃を受けてしまう。剣の腹で殴ったのは情けか。

 

「……流石に、七曜の騎士ってのは強ぇ。若い頃とんでもねぇ強さだったっていうあいつらの親父の団にいて、更には七曜の騎士だもんな。そりゃそうか」

 

 『ジョブ』を解除し立ち上がったダナンは、何本か骨が逝ったらしく苦しげに息を吐いていた。

 

「ダナン、大丈夫ですか?」

 

 リーシャが彼に駆け寄り回復を唱える。

 

「そろそろ終わりにしてはどうだ、ヴァルフリート団長」

 

 そこで一頻り笑って落ち着いたモニカが止めに入る。

 

「……そうだな。年甲斐もなく熱くなってしまった、すまない」

 

 もう冷静にはなっていたので、ダナンに向けて素直に頭を下げる。

 

「いや、もう慣れた」

 

 しかし彼はあっけらかんと言った。何度かあったため父親の知り合いに会った時は殺されそうになると考えていたところがある。

 

「で、リーシャを迎えに来たんだがダメだったか?」

「ダメじゃないです! 全然、その嬉しいですから」

「そうかい」

 

 素直になったリーシャに優しげな苦笑を向ける様子からは、父親の影が感じられない。あの人を人とも思わない男と重ねるには、少しリーシャを対等に見すぎている。

 

「私もまだまだ未熟ということか」

「というより娘のことに関して耐性がないだけだろう。放任していたツケが回ってきたと思うべきだな」

「モニカ……」

 

 彼女の率直な物言いに、ヴァルフリートは眉を寄せた。

 

「モニカさん、どうして父さんを止めてくれなかったんですか? モニカさんがいれば父さんと戦うようなことには」

「そりゃあれだろ。不器用に擦れ違う親子を見て笑ってたからだ」

「えっ?」

「なに?」

 

 ダナンの言葉に、リーシャとヴァルフリートがほぼ同時に反応した。

 

「いやぁ、すまない。二人の話がかみ合っていないのはわかっていたのだが、明かされた時のヴァルフリート団長の反応が見たくてつい……」

 

 モニカはむしろ笑顔で謝った。

 

「「……モニカ(さん)」」

 

 親子からジト目を貰った彼女は小さく舌を出して(おど)ける。

 

「で、結局なにが食い違ってたんだ?」

「リーシャが秩序の騎空団を辞めて入ろうとしている騎空団が“蒼穹"で、ずっと傍にいたい相手がグランだと思っていたんだ」

「も、モニカさん! ずっとなんて言ってませんよ!」

 

 モニカの説明に、ああと納得するダナン。リーシャは頬を染めていたが、大した差はないように思う。

 

「なるほどなぁ。つまりヴァルフリートは親友の息子が相手だとわかって了承したが、実は俺だったからキレたと。まぁあんたとあいつの関係は知らないが、聞く限り秩序とは程遠い存在だっていうのはわかってるからな」

 

 話の流れを知り、うんうんと頷いて納得を示す。

 

「……でもダナンがそんな風に言われるのは間違っていると思います」

「かもな。だがまぁお前と一緒で、誰の子供かなんてのは一生変わらないモノだからな。そういうレッテルってのはずっとつきまとってくるモノなんだろうよ」

 

 リーシャとしてはダナン本人を見てくれれば、まぁ多分多少はマシだと思ってくれるはずだと思っているのだが。返ってきた彼の言葉は珍しく真面目なモノだった。レッテルというモノについてはよく理解できた。なにせ父親が団長を務める秩序の騎空団に入団した身だ。あれがヴァルフリート団長の一人娘か、と色眼鏡で見られ続けていた。

 

「……ふむ。ヤツとはかなり違うようだ。随分と、いい出会いがあったようだな」

 

 ヴァルフリートは先入観なしに彼を見定めてそう告げる。

 

「まぁな。あんたの娘も、その一人だよ」

「そうか」

 

 彼の言葉を聞き、ヴァルフリートは瞑目する。心を落ち着かせると、意思を固めて目を開いた。

 

「生まれは本人の罪ではない。……リーシャ。後悔はしないな?」

「はい。自分で決めた道です」

 

 娘に問いかけ、真っ直ぐ芯のある答えが返ってきたことに満足して頷く。続いてダナンに目を向けた。

 

「娘を幸せにすると約束できるか?」

 

 父親としての問いにダナンは少し驚いて、頭を掻く。その後神妙な表情で真っ直ぐヴァルフリートを見返した。

 

「……約束なんてできねぇよ。俺にできることは、俺の最善を尽くすことだけだ。なにより、まだ応える気はない」

 

 取り繕うことなく、今の自分の気持ちを誠実に返す。

 

「……そうか。なら娘を大切にしてやってくれ」

「できる限りはな」

 

 煮え切らない様子ではあったが、なにか悩みがあるのだと察した。また彼が悩み人と真剣に向き合うだけの人間性を兼ね備えていることはわかったので、今はそれで充分だと考える。恋は一生続かずいつか途切れることもあるのだ。無理に約束を取りつける必要もない。

 

「……先程の辞令に変更はない。リーシャ。空を旅して得られる経験は、秩序の騎空団にいても得られないことばかりだ。存分に学ぶといい」

「はいっ」

「ただ、もし帰ってきたくなった時は歓迎しよう。いつでも、帰ってくるといい」

「はい。ありがとうございます、父さん」

 

 親子の絆を見せた後、

 

「リーシャ。すまないが先に行ってくれるか? 彼と少し話したい」

「? は、はい」

 

 なんだろうと小首を傾げつつも、大事な話なんだろうと思い最後に深々と頭を下げてから整列した団員の間を歩いていった。団員達は涙ながらにリーシャを見送っている。

 

「……あの男は危険だ。だが私達が当時全員がかりでも討伐しなかったのには、それだけの理由がある。そしてそれは、子供にも引き継がれるだろう。いつか直面することもあるだろう」

「なるようにしかならねぇよ。先のことなんてわからねぇし」

 

 抽象的な忠告は要らないと切り捨てる。

 

「そうだな。だが心するべきだ。好いている女性がいると知れば殺すか犯すかするだろう。なんにせよ、奪うはずだ。そうなりたくないなら精々強くなるがいい。せめて七曜の騎士を一人で倒すくらいには強く、な」

「……わかってるつもりだ。そのために日々頑張っているところだがな」

「そうか。くれぐれも、娘のことは頼んだ」

「ああ、約束する」

 

 ダナンはヴァルフリートと話した後、踵を返してリーシャを駆け足で追いかけた。整列する団員達が血涙を流しそうな形相で睨みつけていた。

 

「行ってしまったな」

「ああ。リーシャにまさか想い人ができているとは、思いもしなかったがな」

「ふふ、そうだろうな。それで団長、重大な用件があるのだろう? 私一人でも問題ない案件か?」

「ああ。モニカなら問題ないだろう。では、中に入ろうか」

 

 リーシャの新たな旅立ちを見送った二人は、ようやく本題に入る。そこでモニカに告げられたヴァルフリートからの指令とは、「ナル・グランデ空域の罪について調べて欲しい」というモノだった。

 

 既に“蒼穹”の主要メンバーは空域を越えており、これからモニカも向かう。更にはダナン達もシェロカルテの依頼により空域を越えることになるため、隣接したナル・グランデ空域に人が集まり始めているのは明白だった。




☆今日のおふざけ☆

リーシャ「あ、あの父さん。実はずっと言いたくて、言い忘れていたことがあるんです」
ヴァルフリート「なんだ?」
リ「父さんって、イジメを受けてるんですか?」
ヴァ「???」
リ「だってあんなダサい兜貰って……」
ヴァ「ダサっ!!?」
リ「黒騎士さんの兜がカッコ良かったのに、父さんの兜って『あの人が父です』って言うのも恥ずかしいくらいダサいじゃないですか」
ヴァ「恥ずかしい!!?」
リ「だからきっと父さんだけ仲間外れにされてるんじゃないかって不安で……」
ヴァ「そ、そんな事実はない」
リ「そうなんですね、良かった。じゃあもしかして趣味……?(白い目)」
ヴァ「し、趣味ではない。だが七曜の騎士は剣と鎧を受け継ぐからな」
リ「そうだったんですね。安心しました」
ヴァ「う、うむ……」
リ「じゃああのダサい馬の兜をつけて私に会うことはしないでくださいね、父親だと思われたくないので。それじゃあいってきます!」
ヴァ「…………カッコいいだろアレ」
モニカ「そのセンスだけは捨てた方がいいと思うのだが」


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合流

連載開始してから約四ヶ月ほどですかね。2019年、読んでいただいた皆様に感謝を。

大晦日だろうが元旦だろうが変わらない毎日更新で、お届けします。
要するに暇人ということです。実家にも帰らず一人寂しく過ごしてますよー。

では良いお年を。明日も更新しますけどね。


 まさか碧の騎士ヴァルフリートと戦うことになるとは……。

 

 というのが俺の率直な感想だった。

 

 アマルティア島にリーシャがいるそうなので、小型騎空挺で向かいすぐ済むからと俺一人で行ったのだが。

 秩序の騎空団団員が道の左右に整列している状態だった。なんだこれ、なにかあるのか? と思っていたのだが庁舎に向かう一本道だったので迂回するのも面倒だとそのまま通ってきたのだが。

 すると茶髪のおっさんとリーシャとモニカがなにやら話している様子が見えて、とりあえずリーシャに声をかけたという経緯だ。

 

 そうしたらそのおっさんはリーシャの実の父親である七曜の騎士が一人、碧の騎士ヴァルフリートだった。しかもキレて戦い始めてしまった。いい経験にはなったが正直なにすんだよという気持ちの方が強い。まぁどうやら団を辞めてうちに入るという話をしていたようだ。それとヴァルフリートのセリフを考えると、リーシャがなにか言ったんだろうとはわかったのだが。

 とはいえ一応話のわかる人ではあったらしく、戦いの途中から怒りを収めて冷静になってくれたのは良かった。そこで色々とやり取りをした後リーシャと共に小型騎空挺を停めてある港に歩いている。

 

 その途中で、

 

「……これからはずっと、一緒にいられますね」

 

 と頬を染めて上目遣いに言ってくるモノだから、見ていた団員の何人かが鼻血を噴いていた。

 

「そうだな。で、今はあれから出会ったヤツらと一緒にいるから、後で紹介するな」

「はい。スツルムさん達はグランさん達と一緒に白風の境に行ったとは聞いてましたけど、他にも仲間ができたんですね」

「ああ、運のいいことにな。と言っても各島を回ったところで得られた仲間は四人だ。……あいつら多分ほとんどの目ぼしいヤツら持っていきやがってるな」

「そう、かもしれませんね」

 

 秩序の騎空団として“蒼穹”のメンバーの洗い出しやなんかも行ったリーシャとしては、その言葉に苦笑するしかない。どんな旅をしたらあそこまで貴重な人材を確保できるのかと思ったほどだ。

 

「あ、ダナン。その子が団員?」

 

 俺達が小型騎空挺に近づくと、フラウが近寄ってきて自然に腕を絡めてくる。

 

「なっ!」

 

 その親しげな様子にかリーシャが頬を染めてむっとした顔になる。その様子にフラウは気づいたらしく、勝ち誇った笑みを浮かべた。……挑発してやんなよ。

 

「……そ、その人とはどういう関係なんですか、ダナン」

 

 リーシャはそのままの顔で俺に尋ねてくる。

 

「それはもう、特別な関係よ。毎日可愛がってもらっているもの」

 

 フラウは妖しげな笑みを浮かべて空いている手を俺の胸元に這わせる。リーシャはなにを想像したのか耳まで顔を真っ赤にしていた。

 こういう場面でリーシャがフラウに敵うことはないだろう、と思ってそろそろ止めようと思ったのだが。

 

 リーシャが俺のもう片方の腕を取って抱き着いてきた。

 

「……わ、私だって負けるわけにはいかないんです」

 

 傍目から見ると可哀想なほど真っ赤だったが、それでも勇気を振り絞った様子だ。これにはフラウも驚いている。

 

「……そう。じゃあ今夜は二人で、ね?」

「えっ!? い、いえそういうのはちょっと……。まだ早いと言いますか……」

 

 リーシャは彼女の申し出にあわあわと首を振る。やはりフラウの優位は揺るがないか。

 そこに、

 

「あ、ダナンちゃん――ナニシテルノ?」

 

 たった今到着したらしいナルメアが声をかけてきて、両手に花状態を見てか目から光を消していった。マズいと直感し二人を振り払って彼女の下に行く。

 

「来てくれたんだな、ありがとう」

「……ダナンちゃん、また知らない女の子と一緒に」

「ナルメア。ほら、そんな顔するなって」

 

 頭を撫でてやって普段のナルメアを取り戻させる。

 

「……やはりナルメアさんは強いですね」

「……う~ん。難しいね」

 

 二人がなにかを言っている気がしていたが、今は気にしないでおこう。

 

「無事合流できたか」

 

 ナルメアと一緒に行動していたらしいオクトーとフュンフが近寄ってくる。黒い鎧に白いマントという特徴的な恰好に、置いてけぼりになっていた三人が色めき立つ。

 

「おいおい、十天衆かよ」

「噂には聞いているが、あれが刀神オクトーか」

「ハハッ。丁度いいぜ」

 

 二人が驚く中、ゼオがオクトーの前に歩み出る。

 

「む?」

「オレァゼオってンだ。刀使いとしちゃァアンタに会って手合わせしねェ手はねェ」

「俺からも頼むわ。ちょっと相手してやってくれ。話してるから」

「あいわかった。では手合わせするとしようか」

「おう。助かンぜ、大将」

 

 ゼオにとっていい経験になるだろうと思い、俺からも頼んでおく。オクトーの肩に乗っていたフュンフはぴょいと跳び下りた。

 

「とりあえず紹介からな。オクトーに挑んでるのが、ゼオ」

「ダナンが前に逃がした“野盗皆殺し”のゼオさんですね?」

「ああ。それなりに強いし、気になるなら見てればわかる」

 

 細かい紹介はいいだろう。とりあえず名前さえわかれば。

 

「で、そこで眠そうにしてるのがレラクル。忍者だ。仕事になればしゃきっとするが、普段はあんな感じだ」

「よろしく頼む」

 

 小型騎空挺の入り口で寝転びながら小さく手を挙げる。いやもうちょっとしゃっきりしろよと思わないでもない。

 

「で、ザンツ。操舵士だ。おかげで騎空挺の宛てもできた」

「おう、よろしくな嬢ちゃん達」

「もしかして『伊達と酔狂の騎空団』の?」

「おう、よく知ってるな。石は投げないでくれよ?」

「もちろんです。空域を越えるのに、これ以上なく心強い人選だと思いますよ」

「お、おう。……人ができてんなぁ」

「?」

 

 ザンツはおそらく騎空団を解散させたことを言いたかったのだろうが、まぁ生真面目リーシャにそういうのは通用しない。

 

「次は私ね。私はフラウ。ダナンとはとても親密な仲よ」

 

 とても、という部分を強調する。リーシャとナルメアがむっとした表情になった。まぁ関係としてはあながち間違っていないのが難点だ。フラウの性分もあるだろうが、隙あらばという感じだからな。

 

「んんっ。私は秩序の騎空団他騎空団特別派遣団員、リーシャです。よろしくお願いしますね」

 

 真面目な彼女は長ったらしい肩書きをすらすらと名乗る。どうやら船団長は降りたらしい。

 

「わ、私はナルメア。よろしくね?」

 

 続いてナルメアも名乗った。

 

「そうだ、ナルメア。シェロカルテから紫の騎士と交戦したってのは聞いてたんだが、なんで十天衆と一緒にいたんだ?」

「それは“蒼穹”が資金集めや空図の欠片を集めるために一旦元のメンバーで行動するっていうことになったから、それなら一緒にって誘ってくれたの。二人と色んな島を回りながら色んなことを教えてもらってたんだけど」

「色々って、あれか? ナルメアが使う魔法と刀に関して?」

「う、うん。二人に教わって強くなれたと思うから。これでもっとダナンちゃんの役に立てるね」

 

 邪気のない笑顔が眩しい。……ただでさえ強かったナルメアが、おそらく全空でも最強と思われる魔法と刀の使い手それぞれから教わったって。強くなりすぎるんじゃね?

 俺の最初の師匠の強さが留まるところを知らないかもしれない、と思い戦々恐々としていた。他のメンバーももしかして滅茶苦茶強いのでは、と思っているようだ。

 

「?」

 

 当の本人はこてんと首を傾げて集中した視線に対し不思議そうにしている。

 

「とりあえず、今のところはこの人数だな。あと他に今どこにいるかわからないアポロとか、“蒼穹”と一緒に空域越えちゃったらしいオーキス、スツルム、ドランクとかいるが」

 

 集めてきた四人に加えて、既に確保していた二人。俺と合わせて今は七人だ。残る四人がいるとしても合計十一人か。……あれ、小型騎空挺で行って全員回収できんのかな。まぁいいか。

 

「ハハハッ! やっぱ噂話と手合わせは違ェな! 上は高ェぜ!」

「曇りなき眼で上を目指すが良い。剣の高みでまた会おう」

「おうよ!」

 

 短い間だったがゼオの手合わせは終わったようだ。ゼオが楽しそうなので良かった。オクトーから見てもあいつは見所あるみたいだしな。偶然にしても、いいヤツと巡り会えたモンだ。

 

「じゃあ行くか。最後の空図の欠片だかを取りに、白風の境にな」

 

 俺の言葉に、団員達が一斉に応えた。

 

「じゃあねー、ナル姉ちゃんー」

「またね、フュンフちゃん」

 

 ナルメアを送り届けに来てくれただけだったようなので、十天衆の二人は早々に立ち去る。手を振り返すナルメアの顔はにっこにこだったので、随分と仲良くなったようだ。まぁ問題のオクトーともいい関係を築いていそうだし、宴の時の行動は悪くなかったのかもしれない。

 

 二人と別れて小型騎空挺に乗り込んだのだが。

 

「人数多くなってくるとなかなか狭く感じるな」

 

 七人が小型騎空挺に乗ると若干手狭に感じた。黒騎士一行として行動していた時より一人増えた程度なんだがな。ザンツが操縦士だから。ベッドは二段だからまだ寝転んでもスペースはあると思うのだが、ここにあの三人が加わるとなると流石に多すぎだろう。

 

「操縦士込みで定員十人って触れ込みだったな。空域越えたところでなにがあるかわかんねぇし、まぁなんとかなるだろうよ」

 

 小型騎空挺の持ち主であるザンツがそう言うのであれば構わないのか。

 

「じゃあ合流したヤツもいることだし、今一度整理するな? 俺達の目的は白風の境で空図の欠片を集めて隣のナル・グランデ空域に乗り込み、シェロカルテの依頼である“蒼穹”のヤツらの生存を確認する。で、同行してたはずの団員三名を確保して離脱。後はあいつらに任せると」

「任せるんですか……。と言うか厄介事に巻き込まれていること前提ですか?」

「いや、あいつらなら巻き込まれてる。絶対」

「確かにそうかもしれませんけど」

 

 リーシャもそう思ってるんじゃねぇかよ。

 

「ということでとりあえすの行き先は白風の境だ。ザンツ、頼んだ」

「おう。と言いたいところだがちょっと別の島寄らせてもらうぜ」

 

 操縦士の座る席との間の扉を開いたままにして会話を続ける。

 

「なんでだ?」

「坊主は知らねぇのかもしれねぇが、白風の境ってのは超(さみ)ぃんだ。人数分の防寒着は必須だぜ。せめて防寒着の上下とブーツ、マフラーと手袋はあった方がいい。動きづらいだろうが凍え死にかねない場所だ。用心しとくに越したことはないぜ」

 

 流石おっさん。経験と知識を活かして必要なことを伝えてくれる。

 

「そうか。じゃあしょうがねぇ。行き先は任せるな」

「おう」

 

 ということで、白風の境ではなく近くの島に立ち寄ることとなった。

 

 その道中、ゼオは不意にこんなことを言い出した。

 

「なァ、大将」

「ん?」

 

 聞き返すとさも当然というような表情で聞いてくる。

 

「大将の騎空団はなんつうんだ?」

「あん?」

 

 俺は聞かれて初めて、そういや全然考えていなかったなと思い立つ。

 

「……考えてなかったわ」

「ンだよ。じゃあ今から決めようぜ?」

 

 他も気になるようだったが、俺が決めていないとわかって肩を落とした。……そんな重要か?

 

「名前っつったってなぁ……」

 

 急に言われても思いつかない。

 

「例えば『伊達と酔狂の騎空団』なんかは団長のやりたいこと、つまりは伊達と酔狂に付き合う連中の集まりだからそう名づけてたな。団長としては俺のやりたいことをやる騎空団、みたいな意味合いか」

 

 まずザンツが以前いた団を例に挙げる。そう言われると俺のやりたいことについてきてもらう形だから、『伊達と酔狂の騎空団』とも言えなくもない。

 

「空の秩序を守る騎空団だから、秩序の騎空団。こちらもそのままですよね」

 

 リーシャが兼任する騎空団を挙げる。確かにな。とはいえ俺は別にこれっていう一本筋がないからな。空を旅して“蒼穹”より先に星の島イスタルシアに辿り着く、というくらいか。そうなると“旅空”の騎空団とか“星空”の騎空団とかになりそうだ。なにそのメルヘンチックな名前。

 

「“十天衆”、は騎空団名だけど同時に称号でもあるのよね。じゃあ参考にならないかな」

 

 フラウは先程会ったからか十天衆を挙げる。そういえばあいつらって十人で一つの騎空団だったな。そういう形もあるのか。だが別に俺達に共通点があるわけでもなく、これからまだ増えるかもしれないので難しいかもしれない。特例ということで彼女の言う通り参考にしない方がいいだろう。

 

「じゃあグランちゃんとジータちゃんの“蒼穹”の騎空団になぞらえたらどう? ダナンちゃんの騎空団は、あの子達の騎空団のライバルになるんでしょ?」

 

 ナルメアがそう提案してきた。……まぁ確かにそう言ったが、よくよく考えてみると勢いでライバルとか名乗れる規模の相手じゃねぇんだよなぁ。だがあいつらより下ってのはそれはそれで気に食わない。それにもう遅い。ライバルとして宣言したからには、なんとか対抗できるような騎空団にしていきたいモノだ。

 

「まぁ、そうだな。あいつらより先にイスタルシア行くって宣戦布告した手前、そういう名前でもいいかもな」

 

 とはいえどういう名前にしようかという案があるわけではない。

 

 ……青と空の別の字で、“蒼穹”か。青っつうとグランのイメージカラーみたいなところはあるよな。ルリアのイメージカラーでもあるか。あとはカタリナも青のイメージあるかもな。となるとグラン、ルリア、カタリナの反対となると……俺、オーキス、アポロになるか? その三人に共通する色かぁ。って深く考える必要ねぇな。俺はずっと黒ずくめだし、アポロなんかは黒騎士だ。オーキスも黒い衣装を着ることが多い。ってことで黒になるな。

 じゃあ後は空の位置か。とはいえ空の反対は地だと思うが、“黒地”はあんまりぴんとこない。そこまで反対にする必要はねぇか。あいつらが空なのだとしたら、俺はなんだろうな。もっと小さくて清々しい印象のない言葉がいい。加えて黒に合わせられる言葉と言えば、俺は一つしか思い当たらなかった。

 

「“黒闇(くろやみ)”」

 

 俺が口にした名前に、ザンツ以外の全員の視線が集中する。

 

「あんまり表舞台に立つ気はねぇし、大きなことは“蒼穹”の連中にでも任せて適当にやればいい。元々俺は暗躍の方が性に合ってるんだ。だったら、そういう意味合いの名前でもいいだろ」

 

 俺は名づけ理由を並べる。

 

「ま、いいんじゃねぇの。俺もなんだかんだ表に立ちづらいしな」

「うん、ダナンちゃんらしくていいと思う」

「確かにダナンが団長の騎空団らしいですね」

「いいじゃねェか、大将」

「別になんでもいい」

「あなたの騎空団にぴったりの名前ね」

 

 六人の賛同も得られたので、じゃあこれにしよう。

 俺の騎空団は今日から、“黒闇”の騎空団だ。




ダナンの騎空団の命名は、実は番外編『魂の音色を響かせよう』でヒントが出ています。
エイプリルフールのユニット名ですね。
グランプロデュースが「スカイブルー」→“蒼穹”で
ダナンプロデュースが「ダークブラック」→“黒闇”です。

因みに黒を玄にしようかと思ったのですが、遠目から見た字面が玄関と一緒だったのでやめました。


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白風の境

明けましておめでとうございます。
今年もナンダーク・ファンタジーをよろしくお願いします。

三が日でも変わらず更新します。

そういえばグランジータって今どんな感じだったっけ? と思ったので一応記しておきます。
この時は大体二度目のベスティエ島の辺りかな? ギルベルトがバラゴナとアリアを連れて攻め込んできた時ですね。ダナン達がナル・グランデ空域に辿り着くタイミングは決まっているので、大体それくらいかと思います。それかもうちょっと進んでいるかもしれません。


 ザンツの進言により防寒装備を一人一式揃えた後、俺達は白風の境を訪れた。

 

「「「寒っ!」」」

 

 何人かが声を揃えて言った。俺もその一人だ。

 

 島の外からも見えていたが、一面の銀世界。俺は雪というモノを初めて見たのだが、そんな感動などあってないようなモノだった。着く前から冷え込んでいたのだが、島に着いて防寒装備を揃えた状態で出てみれば、それでも尚凍えるほど寒かった。

 

「とはいえあんま厚着すんのもマズいんだよな。過酷な環境のせいで魔物共が巨大化してやがるからな。動きが遅くなったらなったらで魔物に殺されかねない」

「マジかよ。まぁだが、魔物なら油断しなけりゃなんとかなる、はずだろ。視界悪いし見失わないよう一まとまりになって動くぞ。想定より苦戦しそうなら俺が足場をなんとかする」

「了解だ。団長がそう言うなら、従うぜ」

 

 ザンツの忠告も考慮し、いざという時はワールドの力でなんとかしようと思っている。まだ検証段階なのでずっと使用するのはやめておきたいところだ。戦闘にも活かせるように色々と考えてはいるのだが、まだ実戦で使ったことはない。

 

「とりあえず山の方に行くか。住んでるヤツがいるとは思えねぇが、ここに星晶獣がいるはずなんだ。情報を集めるために色々歩き回らないとな」

 

 というわけで、俺達は白風の境を探索し始めたのだが。

 

「ハハッ! 強ェ、強ェぞ大将! 手応えのある魔物だ!」

「わかってるよ。さっさと倒せ、ゼオ」

 

 この中では一番の年下になるゼオは動きづらいと言って上の防寒着を脱ぎ捨てると、体長二メートルはある狼の群れに挑んでいった。こいつはアホだからか動きが鈍らない。いや火を灯して多少は熱を確保しているらしい。だがそんな程度で防げる寒さではない。あいつは絶対バカだ。

 

「はっ!」

 

 ナルメアは離れすぎないよう遠くから斬撃を放って魔物を狩っている。もこもこの防寒着を着ているのだが動きは鈍っていないようにすら見える。

 仕事状態となったレラクル、フラウ、リーシャも問題なく動いている。ザンツのおっさんは寒い寒い言いながらも銃で的確に数を減らしていた。

 

 まだ身体が冷え切っていないから問題なく戦えているが、長時間の戦闘と探索は無謀だろう。山に洞窟でもあれば入って暖を取り身体を休められるのだが。

 

「キュイイイィィィィィィ!!」

 

 そこに甲高い鳴き声が聞こえた。山の麓までもう少しという距離だ。

 

「あん?」

 

 顔を上げれば巨大な影が頭上に現れる。……とんでもない大きさの鳥が飛来してきていた。

 

「ハハッ! あいつでけェぞ、大将!」

「なんでお前はテンション上がってるんだよ」

 

 防寒着を着ずに歩くバカが楽しげに笑うので、ついツッコんでしまった。

 全長十メートルは下らない巨体で、翼を広げた幅は二十メートルを超えるだろう。クソ、こんな化け物もいんのかよ。

 

「なぁ、こいつが星晶獣だったりしねぇか?」

「いや、違ぇな。ここの星晶獣は昆虫みたいな姿だ」

「なんだ、会ったことあんのか?」

「まぁな。当時団長が山頂からの景色が見てぇとかで登ってる最中に遭遇したんだよ」

 

 お前らは冒険しすぎだろ。いやまぁ、そのための騎空団なんだろうが。

 

「じゃあこいつは倒していいってことだ。よし、てめえら。今日は焼き鳥だ!」

 

 過酷な環境下で育ってきた鳥肉……引き締まっていて美味いか、それとも大味になっているか。楽しみだ。

 

「それ、オーキスちゃんも言ってそうですね」

 

 リーシャが呆れたように言ってくる。確かに、遭遇していたらそんなことを言っているかもしれない。

 

「いいから、ほら来るよ!」

 

 フラウの声の直後、飛翔したまま巨大怪鳥が突っ込んでくる。俺達は回避を選択したのだが、警告をした張本人は避けなかった。

 

「はぁ!」

 

 真正面に立って構えると、思い切り鳥の顎を蹴り上げたのだ。全力だったのか鳥の身体が一回転したのだが、頭が潰れるようなことはなかった。やはり大きいだけじゃなく強いようだ。

 だがそこを隙と見たナルメアとリーシャが斬りつけ、更に傷を負う。ゼオが飛ばした刀で翼を串刺しにするが、それでも鳥は上空に退避しようと羽ばたいた。

 

「即席だけど、完成だ」

 

 飛ぼうとした鳥の足に細い糸が引っかかり、それが引っ張られることで罠が発動する。地面からせり上がるように出てきた網によって地面に縫いつけられた。

 

「大人しくしてろよっ」

 

 そこをザンツが殴りつけて暴れる鳥を大人しくさせたところで、

 

「【シェフ】」

 

 俺はあまり使いたくない『ジョブ』を発動すると即座に包丁で鳥の首を落とす。そこで完全に動かなくなった。

 

「解除解除、っと。寒いんだよなぁ」

 

 【シェフ】が嫌なのではなく、『ジョブ』自体が環境に適していない。なにせ発動すると衣装が変わってしまうからだ。それは俺の装備を一新した時もそうだったが、どれだけ着込んでも発動したら発動した『ジョブ』に応じた衣装に早替わり。……寒さに強い『ジョブ』とかないんだろうか。こんなところで【レスラー】とか発動したら凍死すんぞ。

 

「ゼオ、元気あり余ってるならそいつ運んでくれ。首はいらん」

「おう!」

 

 俺はゼオに頼んで鳥の死体を引っ張ってもらう。レラクルの設置した網を使えば縄を持つだけで運べるようになっていた。この気温なら血抜きをしなくてもすぐ凍っちまうだろう。仕事中のレラクルはホント役に立つな。

 

「おい、今のって“シェフ"っつったか? ホントお前さん何者だよ……」

 

 ザンツが今の『ジョブ』に驚いて呆れた。

 

「今のは俺がこの間WCCで優勝した時に取得できた『ジョブ』だからな」

「ってことはマジで“シェフ”なのかよ。俺も長く生きちゃいるが、滅多にお目にかかれない料理人だってのに」

「あれ? ということはまだ皆さんに料理振る舞ってなかったんですか?」

 

 ザンツが驚く中、リーシャは首を傾げて言った。……そういえばそうだな。こいつらと会ってからは適当に済ませてたかもしれん。この中で俺の料理を食べたことがあるのは、リーシャと宴の時にナルメアが食べてるかどうかってところか。

 

「ああ。そういやしたことなかったな。じゃあしょうがねぇ、今日の獲物を飛びっきり美味く調理してやるとするか」

「ふふ、ダナンの料理久し振りで、楽しみです」

「あ、デザートはねぇから安心して食えよ。作れるとしてもここじゃあかき氷が精いっぱいだろうが」

「あのことは言わないでください! ……寒いところでわざわざかき氷食べなくてもいいと思いますけど」

「だよな。とりあえず山の麓に洞窟があれば、そこで休憩しよう。まだ余裕があるとしても長時間歩くのは危険だからな」

 

 そう判断し、一直線に山の方に向かいつつ洞窟などがないかと見ていたのだが。

 

「うん? なんだ貴様ら」

 

 青と黄色の軍服を着込んだ男と遭遇してしまった。こんな雪山にどこの国が居住してるんだかと怪訝に思う。

 

「団長! 早くそいつを取り押さえろ!」

 

 しかしザンツがやけに切羽詰まった声を上げたことで、疑問しかなかった状況が一変する。男が驚いて武器を構える前に俺が手首を掴んで押さえ、足を払って雪の積もる地面に倒した。

 

「くっ! 貴様ら……!」

 

 足掻くが、きちんと関節を決めておいたので外すことはできない。

 

「……勢いでやっちまったが、こいつ捕らえて良かったのか?」

「ああ。こいつの軍服は、隣接したナル・グランデ空域の更に向こう、アウライ・グランデ空域を統べるイスタバイオン王国の軍服だ。空域を越えて軍が来てるなんて余程の事態だろうぜ。……アウライ・グランデ空域ってのは真王の居城があるところだ、つったらわかるか?」

「なるほど。じゃあここでこいつらのやってることを暴いて阻止してやれば真王の邪魔ができるかもしれない、と」

「ああ。つっても確信はねぇし、そいつから情報を聞き出すしかねぇだろうな」

「そうか」

 

 ザンツの話を聞き、じゃあこいつに聞いてみようということで行動を開始する。まず頭に被っているヘルムを取った。

 

「な、なにを……!」

「いや、情報を聞くために、ちょっとな。俺はこれからお前が質問に答えない度に装備を剥いでくから、凍死したくなかったら正直に答えろ」

「だ、誰が……!?」

 

 渋ったようなので上の服をまとめて剥いでやった。

 

「ひぃっ! や、やめ……! なんで上全部いきやがった!?」

「立場がわかってねぇようだなぁ」

 

 口の利き方がなっていない男に対し、俺は靴と靴下も脱がせてやった。

 

「あぁ! 冷たい! 寒い! た、助けてくれ! 話す、話すから!」

「よし。じゃあ確認だ。お前はイスタバイオン軍の兵士ってことでいいんだな?」

 

 俺の質問にこくこくと震えるように頷く。

 

「他の仲間は何人いる?」

「じ、十九人だ! 早く、早く服を! このままじゃ死んじまう!」

 

 答えはしたがまだ立場がわかっていないのかそんなことを言ってくる。

 

「……俺も甘くなったもんだ。まさか完全有利なこの状況下で、敵にそんな口を利かれるなんてな」

 

 そう呟き左手を剥き出しの背中に当てると炎を灯した。

 

「あっづぅ! 熱い! 熱い!」

 

 これでは答えられるモノも答えられないので、一旦炎を止める。俺は声から感情を消して淡々と告げた。

 

「まだ立場がわかってねぇみたいだな。てめえは俺になにか請えるような立場か? ガキだからって甘いと思うなよ。十九人いるんなら、お前は殺しても問題ねぇしな」

 

 火傷を負った背中を手で押し込んで痛みを与え、絶対的不利を叩き込む。

 

「……わ、わかりました」

「それでいい。イスタバイオン軍の兵士がこんなとこでなにしてる?」

「そ、それは……」

 

 まだ言い淀む余裕があるらしい。俺は下半身の装備も引ったくってパンツ一丁にさせる。

 

「次、全裸な」

「言う! 言いますから!」

 

 動揺せず淡々と続ける。命乞いをしても響かないとわからせてやることが大切だ。

 

「……イスタバイオン軍の兵士はこの先の瘴流域の中に砦を構えていました。そこにエルーンの傭兵を捕らえたところ蒼の少女と赤き竜を連れた騎空団がここを訪れました。ヤツらはどういうわけか瘴流域を越えて砦を襲い、逃げ果せました。しかしそこで我らを率いていた黄金の騎士様がヤツらに同行していた者に目をつけました。その者はナル・グランデ空域にあったトリッド王国王族の末子。必要だったため元王子を連れ出し、そのためにここにいた里の者達を人質に取っているところです」

 

 一から十まで説明してくれた。大体の事情はわかったので凍死しかけで確かでない頭にしてはわかりやすかったのかもしれない。

 

「そうか。じゃあもう眠っていいぞ」

 

 俺が言って火傷から手を退けそいつを離すと、限界だったのかあっさり意識を手放した。こんなところでパンツ一丁で寝れば死は確実だ。

 

「これで大体の事情はわかったな」

 

 俺が普段の調子で振り返ると、ほとんどが微妙な顔をしていた。ナルメアだけは悲しそうな顔をしている。

 

「こりゃ表舞台に立てねぇわけだなと思ってよ」

「敵に容赦しないところはいいと思うよ?」

「……複雑ですね」

 

 いい顔をしていないのはリーシャとナルメアか。まぁそんなところだろう。

 

「悪いな。俺は本来、容赦しない性質なんだ」

 

 リーシャはある程度知っているだろうということで、ナルメアに向けて告げた。彼女は少し考える素振りを見せると普段の表情に戻り口を開く。

 

「……そっか。でも、知ってたから大丈夫」

「うん?」

「ううん、なんでもない。気にしてないってこと」

 

 今「知ってた」と言ったとは思うんだが、どこで知ったのかが全然見当つかなかった。しかし話す気はないようだ。不思議ではあるが、まぁ失望はされていないようなので、後に置いておこう。

 

「とりあえず情報をまとめよう。イスタバイオン軍はここにいた要人を攫うために一緒にいた人達を人質に取っているらしい。どうするかは団長が決めてくれ」

「俺は助ける方に意見したいがな。元々真王ってヤツは気に入らねぇんでな。どういうつもりなのかは知らねぇが、得体が知れないのは確かだ。なにより空域を越えてこんなところに砦作ってる時点で信用ならねぇだろ」

 

 レラクルの言葉に続いたザンツは吐き捨てるように言った。

 

「助けることに異論はありません」

 

 リーシャが言って他も頷く。となると最終決定は俺がするにしても団員の意見はイスタバイオン軍を倒して人質を助けることか。まぁイスタバイオン軍の兵士を殺っちまったので今更敵対するもなにもないだろう。それに七曜の騎士の一人が欲しがるような要人の知り合いを助けたとなれば恩を売れる。

 

「そうだな。俺も、ドランクのヤツを攫ってくれた礼はたっぷりしてやらねぇといけねぇしなぁ」

 

 ニヤリと笑った。

 ドランクは騎空団に入る予定だ。それはつまり仲間だということ。仲間がやられたなら、報復をしなければならない。存分に、な。

 

「……」

 

 ふと妙な視線を感じて顔を向けると、リーシャがなぜかじっと見つめてきていた。他は苦笑して呆れた様子だというのに。……お前まさか。

 

「確かにダナンのあの顔はある種ゾクゾクするよね」

 

 俺が怪訝な顔をしている理由がわかったのか、フラウがそんなことを言っていた。そこでリーシャに視線が集中し、ようやく本人がはっとする。

 

「え、な、なんですか?」

 

 何事なのかと他の人を見回すくらいだ。

 

「ダナンの悪い顔に見惚れてたんじゃないの、って」

「えっ!? ち、違いますよ。そ、そういうんじゃないですから」

「じゃあなんだって言うの?」

「それはその……久し振りに見たのでつい」

「見惚れちゃった?」

「違いますから!」

 

 リーシャはフラウに詰め寄られて赤面している。……なんだ、もう手遅れな段階までいってなかったのか。良かった良かった。今のところリーシャとナルメアがいることでフラウとの行為も抑制されているし、どこかのおっさんはむしろハーレム推奨の構えなので常識人がいると有り難い。

 とりあえず深く追及してやるのはやめておいて、踵を返した。

 

「よし、じゃあ行くぞ。兵士がいたならおそらくこの近くに人が住める場所があるはずだ。助けるついでに泊めてもらおう」

 

 直近の方針を決め、俺達は住処を探して再び雪山を進むのだった。



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白風の境にあった里

「お、お前達は一体――ぎゃあ!」

「くっ、敵襲! 敵襲だぐほぁ!」

「た、助けてくれぇ!」

「ひ、ひぃ!」

「つ、捕まったら服を剥がされるぞ! この土地でそんなことされたら即死確定だ!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 そしてその様子を作り出しているのは俺達だ。

 

「す、すみません! あの、一応助けに来たのでそんなに怯えないでもらえますか?」

 

 悲鳴を上げているのはイスタバイオン軍の兵士達。部屋の隅で縮こまっているのが人質になっていた人々だ。リーシャが申し訳なさそうに声をかけたことで、ようやく心を落ち着けてくれた。

 

「手荒な救出で悪いが、手荒なのは向こうも同じだろ?」

 

 俺は言って殴られたような痣のある女性に回復の魔法を使用する。女性は「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。少し警戒が解けたように思う。

 

「助けた直後で悪いんだが、休める場所と調理場を貸してもらえないか? あと調味料とかも貰いたい。食料を分けるぐらいはできるんだが」

「は、はい。必要最低限しかありませんが」

 

 里の人の許可が下りたので、俺が存分に料理するとしよう。

 

「あ、ダナンちゃん。手伝おっか?」

「いや、今回はいい。久し振りにナルメアの料理が食べたいところもあるんだが、料理がしたくてうずうずしてるんだ」

「ふふ、そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

「ああ」

 

 ナルメアに断りを入れ、久し振りな気もするが料理を開始する。メインディッシュは襲ってきた巨大な鳥だ。軽く焼いてから一口。うむ、美味い。過酷な環境下で凝縮された旨味がある。量も多いし、焼き鳥だけでなく色々な料理を作るとしよう。

 身体が芯から温まるスープなんかもいいだろう。やっぱり料理は考えてると楽しくなってくるな。

 

 久し振りということもあって鼻歌を歌いながら調理を開始した。

雪山だったのであまり期待していなかったのだが、それなりに調味料は充実していた。流石に一から百まではなかったが、その感覚で言うと五十くらいまではある感じだ。野菜などもこの自然環境では育たないだろうに、それなりの数があった。天然の冷凍庫もあるだろうし、食糧は問題ないのかもしれない。となると誰かがここに運び込んでいると考えるべきか。要人を囲っていた場所だし、亡命とかそういう類いだったと考えれば事情を知っている誰かが密かに届けている可能性は高いか。

 

 俺は俺達人数分に加えてとりあえず見かけた人数より少し多いくらいの量を作っておく。一応俺の料理の腕なら泊めてもらう代わりに振る舞っても文句は言われないはずだ。というか言わせない。

 

「ほい、お待ち」

 

 というわけでリビングらしき場所の大テーブルに作った料理の数々を並べた。

 

「おぉ……!」

 

 無邪気に目を輝かせているのはゼオだけだが、他も俺の腕を知らないヤツらは驚いているようだ。

 

「調味料使わせてもらってるのもあるしある程度見えた人数分くらいは作ってある。泊めてもらうお礼と言っちゃなんだが食べてくれ」

「私達の分まで……ありがとうございます」

 

 里の人達も席に着かせて一緒に食事を行う。同じ飯を食えば仲も深まると言うが、あれは今食べている料理という共通の話題が作れるからだと思う。今回は警戒心を解いてくれるようにという狙いもあってだが。

 当然ながら「美味い」と言わせて和気藹々と食事をしていく中で、次第に会話も増えていった。

 

「ところで、あなた方はなぜこんな辺境に?」

 

 おかげで向こうから話題を振ってくれることも増えてきた。

 

「ちょっと空図の欠片を取りに。あとついでに“蒼穹”のヤツらの情報集め、かな」

「空図の欠片を? では星晶獣ディコトムスに。それとその“蒼穹”というのは……」

「今話題の大騎空団でな。今は少人数で動いてるが、赤い小さな竜と蒼髪の少女を連れた双子の団長率いる騎空団だ」

「ああ、それならここに来ましたよ」

 

 よし、現地の人に確認が取れた。イスタバイオン軍もそれっぽいことは言っていたが、信用に値するかと言われれば悩むところだからな。

 

「あの方々は攫われたハル様と一緒に星晶獣ディコトムスから空図の欠片を得ると、イスタバイオン軍が作っていた瘴流域内にある砦に囚われたお仲間を奪取しに行ったそうです。その後はここの山頂に行ってから行方不明と言いますか……。おそらく瘴流域に呑まれて隣のナル・グランデ空域かどこかに行ってしまったのではないかと思われます」

 

 事情を説明してくれた人は苦々しい表情で言った。瘴流域に呑まれた、か。

 

「瘴流域内の砦に行ったってことは瘴流域を越えられるはずなんだろ? じゃあなんで呑まれたんだ?」

「さぁ、そこまでは。ただファータ・グランデ空域の空図の欠片は全部で十個とのことでしたので、ディコトムスの持っているモノを入手すれば通れると言っていたかと」

 

 空図の欠片の必要個数がわかるとは、相当特殊だと思うんだが。空図の欠片自体が伝説や伽話と認識されているくらいだ。相当な事情を抱えた集団なのだろう。

 十個か。ポート・ブリーズ、バルツ、アウギュステ、ルーマシー、アルビオン、霧に包まれた島、ガロンゾ、メフォラシュ、ダイダロイトベルト、そして白風の境。確かに十個だな。ファータ・グランデ空域にも島は多いってのに、よくもまぁ短い期間で空図の欠片がある島を巡れたもんだ。あいつらの強運はヤバいな。俺達だけでやったら倍の時間はかかりそうだが。

 

 しかし本来なら通れるはずの瘴流域に呑まれたということは、なにか瘴流域に関わる者の意思を感じるな。必要な空図の欠片が足りなかったんなら、そもそも瘴流域内に入ることすらできず立ち往生していたはずだ。ということは通れるだけの空図の欠片を持っていながら呑まれたということになる。瘴流域を操るヤツ、か。見当もつかないが、七曜の騎士は真王の力によって瘴流域が通れる。なら真王が瘴流域を操る力を持っていると考えることも可能だ。

 また真王かよ。

 

「なるほどな。とりあえずディコトムスに会うとするか」

「そうですか。星晶獣ディコトムスは山頂付近にいるようなので、そちらを目指せば会えると思います」

「わかった。一晩泊まっても構わないか?」

「はい。助けていただいたお礼もありますし、一部屋に雑魚寝いただく形になりますが」

「ああ、それでいい。むしろこんな寒い場所で建物に入れることが奇跡みたいなもんだからな」

 

 洞窟で一泊、と思っていたくらいだ。ここに泊めてもらえるだけで有り難い。

 

「そう言っていただけると助かります。では客室の一つに案内しますね」

「ああ、頼む」

 

 こんな場所でも客室とかあるのか、と思ったがおそらく余分に部屋は取ってあるのだろう。来客は少ないだろうが、来なかったら生活はできないだろうけどな。

 

 それなりの広さの客室に、予備の布団を合わせて敷き詰めてもらった。縦の敷布団が横に三つ並ぶ幅があったのだが、六つしか布団がないということになり、また誰がどこで寝るかが火種となった。

 

「一緒に寝ましょう、ねぇダナン」

 

 とフラウがしなだれかかってくれば、

 

「ダナンちゃんはお姉さんと一緒がいいよね?」

 

 とナルメアが圧力のある笑顔で手を引く。

 

「ふ、ふしだらなことはダメです! ダナンは端っこの上で、私が隣で見張りますから。下はゼオ君にしますので」

「ちゃっかり隣取ろうとしてるじゃない」

「リーシャちゃん狡い」

「違います、お二人が来ないように見張るためですから」

「でもそれだと誰かが結局二人で入ることになるでしょ? だったら私が一緒に寝てもいいってことよね」

「ダメです。私がいる限り認められません」

 

 リーシャはきっぱりと告げてフラウとナルメアを押し留めている。流石は秩序の申し子。どうせならもっといい思いをさせてやりたいが。

 

「よし。じゃあリーシャ。お前が俺と一緒に寝るか?」

「えっ!?」

 

 からかい混じりに言うとすぐに顔を赤くする。しかしそれだけでは終わらないのがリーシャだった。

 

「……えっと、その、優しく、してくださいね……?」

 

 恥らうように頬を染めて若干俯き気味にそんなことを言ってきた。

 

「ダメに決まってるでしょ」

「リーシャちゃん、さっき私達に言ってたこと思い出して」

 

 当然、先程まで押し留められていた二人がそんなリーシャを切り捨てた。

 

「だ、ダナンが選んだならそれでいいんです」

「今のは話の流れよ。いっつも一緒に寝てる私とがいいよね?」

「ダナンちゃんはお姉さんと一緒に寝たいよね?」

「だ、ダナン。どうなんですか?」

 

 そして最終的には俺の方に来てしまった。……いやどうしろと。

 最近の傾向で言うなら、二人が俺と一緒にいようとするのをリーシャが阻むという構図が多い。まぁ結局朝になったら潜り込まれている率の方が高いのだが。その点で言えば二人を阻む方が多くて結果先を越されがちなリーシャが少ないとも言える。なら偶にはいいだろう。

 

「よし、リーシャにしよう」

「えっ? ほ、ホントにいいんですか?」

「ああ。その二人は結局押し通ることが多いからな。偶にはいいだろ」

 

 ということで、布団が一つ足りない分を補足する方法が決まった。

 

「…………」

 

 結果的に就寝するとなった時、俺とリーシャが左上、左下がフラウで左上の隣がナルメアになった。残りは適当に、ということでザンツが右上、右下がゼオ、真ん中下がレラクルとなる。……実はゼオは寝相がよろしくないので、俺から一番離れたところにさせてもらったという事情がある。鼾の煩いザンツと、寝たら蹴られてもなかなか起きないことに定評があるレラクルで周りを囲っている。

 で、俺の間近にいるリーシャは俺の方を向いた姿勢で寝転がっている。俺もわざと彼女と向き合うように寝ているので、リーシャの顔は耳まで真っ赤だ。そんな彼女を見ていると、どうしても俺の嗜虐心が顔を出してしまう。

 うっかりちょっと近づくと身体を硬直させるのも面白い。

 

「……あ、あんまり近づかれると眠れなくなります」

「ふぅん? まぁ今日は特別に、どんな要望にも応えてやろう」

「ど、どんな……!?」

「ああ。本当になんでもいいぞ。ほら、どうしたい?」

 

 俺からやるのもいいが、言わせるのもまた一興。

 

「…………じゃあ、抱き締めて欲しい、です」

 

 リーシャはしばらく間を取って消え入りそうな声で口にした。

 

「そうか」

 

 しかし折角言わせたのだから言わせるだけでなく叶えてやるのも大事だ。俺は平気なフリをしてリーシャの細い腰の間から腕を通し、抱き寄せる。ほとんど密着した状態になるとリーシャは半分目を回し始めていた。これだからリーシャは。

 

「……やっぱり狡いわ」

「リーシャちゃんだけ狡い」

 

 しかしそうなると近くにいた二人が黙っていない。ナルメアがリーシャの背中を押し上げフラウが俺の肩を引き倒す。そうすることで俺は仰向きになりリーシャを載せる体勢となった。

 

「上はリーシャに譲ってあげる。今日だけね」

「お姉さんと手繋いで寝よっか」

 

 俺はリーシャ、と言ったはずなんだが結局三人共近くにいる状態となった。

 

「……あ、の」

 

 耳元でか細い声が聞こえてきた。

 

「これ、さっきより寝れないんですけど」

「じゃあ降りるか? 無理しなくていいからな」

「リーシャちゃんが退くならお姉さんがそこね?」

「ダメよ、私が載るから」

 

 別に載らなくていいんだが。流石に俺も寝つけない可能性が高いし。

 リーシャがどうするのか待ちの状態だったが、彼女は少し身を捩って体勢を変え俺の身体をきゅっと抱き締めてきた。

 

「……いえ。私は、ここにいます」

 

 恥ずかしさは消えないだろうが、それでもきっぱりと告げる。

 

「そうか」

 

 本人がそう決めたのならそうするしかない。少し顔を動かすだけでリーシャの火照ったすべすべで柔らかい頰に触れた。

 

「じゃあ、このまま寝ような」

「はい」

 

 リーシャにしては勇気を振り絞ったんだ、それに応えてやるくらいはいいだろう。その証拠に二人も静かになった。ただ俺の腕を抱え込むのはやめて欲しい。とはいえ俺が意識しすぎるとリーシャが意識しっ放しで眠れなくなってしまう。目を閉じてできるだけ周りに意識を傾けずじっとする。

 今日は珍しく、普段より高いリーシャの体温を感じながら眠ることになった。

 

 ……俺とフラウがもっと進んだ関係だって言ったらこいつはどんな反応をするんだか。




ダナン君は積極的ですが、私は新サクラ大戦でもサービスシーンがありそうな場面で「いやここで行ったら警察突き出されんじゃね?」と日和るタイプです(ヘタレ


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ディコトムス戦

ワールドの能力を戦闘に活かそう、の回。


 里に泊めてもらった翌日。

 

 俺達は改めて里を出ると山頂付近にあるという星晶獣ディコトムスの棲家へと近づいていった。

 

「だが、まさかディコトムスが瘴流域内にいるとはな。これじゃあどうあっても入れねぇぞ」

「とはいえ行くしかないだろ。あいつらが来たってことはディコトムスは少なくとも正常だ。つまり根城から出てこない可能性だってある」

 

 ルリアがいる限りあいつらが星晶獣に問題があったとして見過ごすことはない。なのであいつらが通った島の星晶獣は暴走していない、ということになる。

 

「呼んだら出てきてくれないかな?」

 

 流石に無理だと思うんだが。

 

「ディコトムスー! 出てこいよ、俺だよザンツだよ!」

「いくら星晶獣がずっといるからっつっても流石に呼んで出てくるわけ」

 

 ディコトムスの棲家近くの瘴流域を目前にして叫ぶザンツに呆れる。

 星晶獣に寿命があるのかわからないが、少なくとも覇空戦争の時から生きているのは確かだ。要は時間の感じ方が人とは違う。ザンツが訪れたのは精々三十年前くらいだそうなので、果たして覚えているかどうか。永遠にも等しい時間を生きるなら僅かしか会っていない連中のことを覚えていないだろうし。

 

「――――!」

 

 そこでなにかの咆哮が聞こえた。山なので反響しているが、間違いなく吹き荒れる瘴流域の中から発せられている。なんだ、と思って待っていると瘴流域を切り裂くように一つの巨体が姿を現した。

 単純に表現するなら、黄金の昆虫。頭に生えた一本の立派な角とがっしりした造形から、昆虫の中でもカブトムシに分類されそうだ。

 

 そいつは俺達の頭上を越えて近くにズズンと着地する。重いせいかそれだけで少し雪崩れが起きていた。

 

「来てくれたか、ディコトムス!」

 

 ザンツのおっさんだけが喜んでいるが、他は呆気に取られていた。……だってまさか呼ぶだけで登場するとは思わねぇじゃん。

 

「……マジかよ。まぁ来てくれたんなら有り難いっちゃ有り難いんだが」

「ほらな? 三十年前に立ち寄って、歯に異物が挟まったこいつを助けてやった恩がこうして実を結んだんだ」

「関わりショボいな。まぁ普通星晶獣と関わるならそんなモノか、間接的だろうしな」

「そういうこった」

 

 あいつらが特殊すぎるんだよ。一般の騎空士は多分星晶獣と戦ったりしねぇ。

 

「まぁ来てくれたなら良かった。なぁ、ディコトムス。お前の持ってる空図の欠片が欲しい。どうすればくれる?」

 

 最近はなかった問いを巨大な星晶獣に投げかける。

 

「――――!」

 

 ディコトムスは言葉として聞こえない声を発し、前足を持ち上げるとズドンと踏み鳴らした。積もった雪が津波のように襲いかかってくる。

 

「戦うか。いいぜ、やってやる」

 

 闘気を正面からぶつけてくる星晶獣に、俺はニヤリを笑った。

 

「お前らは手ぇ出さなくていい。ちょっと試したいことがある!」

 

 俺はそう言って、一人前に躍り出ると雪の津波に対し右手を伸ばした――想像するのは先程までの光景。つまりは雪の津波がない状態。

 

「――消えろ」

 

 津波が手に触れ俺が呟いた瞬間、手袋越しに凍えそうになる感触が消失した。迫ってきていた津波が消滅し金の粒子が舞っている。

 

「……これって」

 

 唯一能力の正体を知っているフラウが呟く。

 

「かかってこいよ、ディコトムス。お前の相手は俺だ」

 

 『ジョブ』を使うと服装が変わってしまうためこの環境下では死にかねない。標高が高くなってきていて更に寒さが著しくなってきているところだ。こんな場所で【レスラー】とか自殺行為である。

 なので今回は、『ジョブ』を使わずワールドの能力を戦闘に活用するという目的の下戦うつもりだ。ワールドの能力と合わせれば『ジョブ』を使うこともできるのだが、実戦で有効打となり得るかを試すにはいい機会だった。なにせ、俺はあいつらと違って星晶獣と戦う機会なんて限られてくるはずだからな。星の民が作った生物兵器に通用するかを確かめておきたい。

 

 ディコトムスは羽を震わせて巨体を浮かせる。対して俺は右手を地面に着けるとディコトムスの真下から巨大な氷で出来たトゲが出現するのを想像した。想像の通りに氷のトゲが巨体を攻撃するが、回避されてしまう。飛び回るディコトムスを同じように追うが捉え切れない。先回りしようにも地面から少しでも突き出てきたところで避けられてしまう。

 そこで多少魔力量に無理を言わせディコトムスの避ける先にも一斉に氷のトゲを創ってみた。そうなっても少し上昇すれば回避できる。なかなかに手強い相手だ。

 

 俺は腰を上げて右手を横に伸ばし、吹雪を炎に創り変える。極寒の地でもこれができるので凍えることはない。吹雪と積もった雪を炎に変えて奔流を創り出した。燃え盛る炎に手を翳してまた創り変える。形のない炎に形を持たせて飛び回るディコトムスに向かわせた。想像したのは大蛇だ。炎の大蛇を複数創り出してディコトムスを狙う。寒冷地帯にいるから暑さに弱い、というのは貧困な発想だが、流石に当て嵌まらなかったらしい。巨体を揺らして器用に避けていく。

 無からでも創り出せるが有から創り変える方が魔力が少なくて済む。そしてこの地には雪が豊富だ。材料なら腐るほどあった。つまり俺は少ない魔力消費でナニカを量産できるということ。この場においてはそれが炎だが。それは向こうもわかっているのか、炎の大蛇を避けながら方向転換をし一直線に俺へと突っ込んできた。頭の角を俺に向け、加速して向かってくる。当然俺も直撃を受けるのはマズいので大蛇を殺到させるのだが、さほどダメージは与えられていないのか構わず突っ込んで来られてしまった。

 

 炎だけでなんとかなれば良かったんだが。

 

 俺は右手を前に突き出してディコトムスの強烈な突進を受ける。これはタイミングが重要だ。集中し風圧を纏って突進してくるディコトムスの角が当たった瞬間に、

 

「無に帰せ」

 

 ワールドの能力を発動し突進が生み出す衝撃を無へと創り変えた。結果勢いを失ったディコトムスが停止する。突進の瞬間までは吹雪が方向を変えていたのだが、能力を発動した瞬間に元通りの流れに戻っている。

 そのまま相手が行動を起こす前に左手でディコトムスを殴りつける。できるだけ力強く。ただ【レスラー】を発動していない時の俺の拳なんて高が知れている。星晶獣の巨体にダメージが通るほどではない。

 

 だから俺の拳が作った衝撃を、ワールドの能力で巨体が吹っ飛ぶまでに創り変える。

 

 当たった直後に発動させるため拳が直撃してから少し遅れてディコトムスの巨体が浮いた。流石に吹っ飛ばすまではいかねぇか。角度にして六十度ぐらいまで浮かせたくらいの成果だった。

 

「よし、とりあえずは順調だな」

 

 ワールドの能力は幅が広すぎるので使い道に困るところはある。なのでまずは俺が思いついた使い方を一つずつ試していっているような感じだ。あともう一つ思いついたことがあるので、それで勝負を決めるとしよう。

 

「この力もある今、俺に真似できねぇことは大分減ったんでな」

 

 俺は笑うと、大量の剣を虚空に創った――シエテの剣拓を模倣した形だ。

 とはいえあいつの技と違うのは、俺が知っている武器の形にしかならないってところか。あいつは剣拓を取ってそれを攻撃に役立ててるみたいだが、あれら全ては別の剣だ。流石に万とかを使う場合は被ると思うのだが。俺が想像できる形のみなので、英雄武器や俺が持っている武器、店で見たことのあるモノなどしかない。ほとんど同じ形というわけだ。

 

「こいつぁ痛ぇぞ、なにせ俺も死にかけたことがあるくらいだからな」

 

 言って、大量の擬似剣拓を叩き込む。それでも頑丈な甲殻に物言わせて離脱したのは流石と言うべきか。

 

「逃がすかよ」

 

 俺は光の弓を形成して矢を番える。

 一矢放っただけで大量の矢へと変わり弓からずっと放たれていく――ソーンの弓のイメージだ。まぁ俺は彼女ほど目が良くないので超長距離射程とまではいかないのだが。弓の向きを変えるだけで狙えるので楽だ。

 他の十天衆も再現できなくはないんだろうが、想像しやすかったのはこの二人だ。逆に難しいのはシスやオクトーだろうか。あの辺りの自分の身体能力やなんかで強さを体現するヤツはワールドの能力では真似しにくい。

 

 シスの速さやオクトーの剣技はまぁ仕方ないだろう。

 

 剣拓もどきに光の矢を加えてディコトムスを追い、攻撃を加え続ける。

 遂にディコトムスの巨体が雪山に墜落した。……いや、あれは違うな。

 

 巨体が雪山に突っ込んだことで、大規模な雪崩れが巻き起こった。地震かと思うほどの揺れに、上から迫る雪の大津波。

 とはいえ俺のやることに変わりはない。右手を突いて雪崩れのない一帯を想像するだけ。

 

「戻れ」

 

 雪崩れが迫っても集中を切らさず、巻き込まれそうな仲間達をカバーできるようにここら一帯を雪崩れがない光景に創り変える。ワールドの力が金の波となって広がっていき、当たった端から雪崩れが消失していく。

 雪崩れが跡形もなく収まると、雪に埋もれたディコトムスがいた。

 

「まだやるか?」

 

 俺はそう尋ねる。正直なところあまり魔力的な余裕がないのでここらで降参して欲しい。想像力さえあれば自由に創れるので戦闘にも活かせる能力だとわかったことだしな。

 

「――――」

 

 向こうもこれ以上は無駄だと思ってくれたのか、身をゆっくり起こすと一鳴きしてどこからか空図の欠片を出現させる。そしてそのまま俺にまで飛ばしてきた。受け取り、防寒用に買ったバッグの中に入れる。これで十個揃ったわけだな。

 

「よし、これで空図の欠片集めは一旦完了だな」

 

 言って仲間達を振り返る。

 

「凄ェぜ大将!」

 

 開口一番ゼオが褒めてくれる。こういう手放しの賞賛は少し擽ったい。

 

「星晶獣を一人で、か。とんでもねぇ強さだな」

「少し見ない間にまた強くなりましたね。あとあの能力は一体?」

 

 ザンツとリーシャも続く。だがリーシャの言葉を発端にフラウはふっと微笑んだ。

 

「もしかしてリーシャは教えられてないの、彼の能力」

「ふ、フラウさんは知ってるんですか」

「もちろん」

 

 勝ち誇るフラウと悔しそうなリーシャ。いやそんなことで争うなよ。

 

「ダナンちゃん、お姉さんにも教えて?」

「いや、まぁ色んなことができる能力だよ。詳しいことはまた今度な」

 

 ワールドの目的を話さなきゃいけない状態になった時、それを聞いて彼女達がどう思うかは微妙なところだ。なにより俺もワールドに全面協力すると決めているわけではない。

 

「ホントに、ダメ?」

「ダメなモノはダメだ。ほら、さっさと行くぞ」

 

 上目遣いのナルメアにもきっぱりと告げる。

 

「ここの人達に挨拶してからいよいよナル・グランデ空域に乗り込むぞ。気を引き締めろよ」

 

 俺は言って、自分から歩き出す。大体の方角はわかっているので簡単に辿り着き、無事に空図の欠片を手に入れたのでこの島を発つと伝えた。攫われたハル様とやらは俺達がこれから行くナル・グランデ空域にいると思われるとのことで、もし縁があったら助けて欲しいと言われてしまった。

 まぁ、もし会ったらな。

 

 いやまぁ、多分会うとは思っている。だってあいつらが行った空域だぜ? また厄介事に巻き込まれてるに決まってるだろ。となると七曜の騎士とやり合ったり空域特有の出来事に巻き込まれたりするわけだ。結果その攫われたハル様もなんらかの関わりがあるのだろう。

 

 つまりあいつらを探すのと厄介事の中心に向かうのはイコールで繋がっている。

 

 ともあれ確証はないので「もし」とつけ足しておいたが。

 

 俺達は木の板を創って雪山の斜面を滑り降り、素早く小型騎空挺まで辿り着く。グランサイファーのように盗まれていなかったので一安心だ。積んでいた食料やなんかも無事。

 早速乗り込んで暖房を使い暖めながら瘴流域へと向かった。

 

 白風の境があるノース・ヴァストに被った瘴流域。ディコトムスに会う前にも目前まで近づいたが、小型騎空挺で近づくとその威容と大きさがより伝わってくるように思う。

 

「よーし、じゃあ空図の欠片を並べるぞ」

 

 瘴流域を越えるには七曜の騎士の存在または空図の欠片が必要になる。アポロ以外に七曜の騎士の知り合いはいないので、俺達は必然空図の欠片を使うことになる。一空域の空図の欠片を集めて、おそらく空域全ての空図の欠片を集めることで新たな空域への瘴流域を開くことができる、ということだとわかった。そして十個と知っていたということは空域ごとに空図の欠片の数が決まっているということでもある。おそらくナル・グランデの次に行くには今持っている空図の欠片ではなく、ナル・グランデの空図の欠片が必要なのだろう。面倒だが、仕方がない。

 

 小型騎空挺の中で床の真ん中辺りに空図の欠片を、なんとなく円になるように並べてみる。すると空図の欠片が全て光り出し、宙に浮く。おぉという感嘆の声がいくつか聞こえてきた。

 

「おっ? 見てみろよ、瘴流域に道が出来てくぜ」

 

 操縦席に座っているザンツから言われて前方を確認すると、確かに空域を遮断する巨大な瘴流域の中に道が開けていた。

 

「瘴流域にいる魔物は強いらしいが。ザンツ、ぶっちぎっていいぞ」

「了解、団長。俺の最高速を見せてやるぜ!」

 

 なぜかテンションの上がったザンツが、瘴流域の開けた道に高速で突っ込んだ。がくん、と負荷がかかって体勢を崩す。……フラウが俺に寄りかかってきたのは多分わざとだ。

 

「じゃあナル・グランデ空域行って、適当にあいつら見つけて帰るか」

 

 俺は軽く言って、遂に空域を越えた。




十天衆の技を真似できるなんて、なんて強い能力なんだ!(フラグ

※この作品は主人公最強ではないので、どっかの双子さんに先を越されるのが常です。ご注意ください。


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イデルバ侵攻

遅れてしまい申し訳ありません。
この話を修正しようと思っていたのですが、すっかり忘れていたことに気づきまして……。その気づいたのが11:30っていう状況でした。

戦争中と言えばあの男との邂逅でしょ、ってところです。
……あいつ、途中まで読んでいたエピと印象が変わったので、この話の流れに違和感が出ちゃったんですよねぇ。


 空域を越えた騎空団なんて数少ない、という。

 

 まぁ俺達はまだ正式な騎空団ではないと思うのだが、構わないだろう。一度来てしまえば二度目も同じだ。

 

 景色で違うところはあまりない。だが一つ、見覚えのないモノがあった。空域をまた越えようかというほど彼方に、巨大すぎる壁が聳えている。

 

「ナル・グランデ空域に来て早速なんだが、誰か今のナル・グランデ空域の情報とか持ってねぇか?」

 

 俺は無事瘴流域を抜けられたので気を抜いて尋ねる。

 

「俺の知識は三十年くらい前のモノだな。島の名前なら兎も角情勢については知らねぇよ。当時はまだトリッド王国が一大勢力だった時代だからな。今じゃあ崩壊して紛争が絶えないとは聞いたことあるけどな」

 

 実際にかつて旅したらしいザンツがそう言った。となると残る情報源は一人か。

 

「では私から説明させていただきます」

 

 こほん、と一つ咳払いをしてリーシャが居住まいを正した。

 

「現在ナル・グランデ空域はザンツさんがおっしゃったように紛争が絶えない空域となっています。とはいえそれも小競り合い程度の争いです。無数の小国があるナル・グランデ空域ですが、今は十年前に崩壊したトリッド王国の代わりに二つの国が覇権を争っている形となります。それがイデルバ王国とレム王国です。両国は互いに牽制し合いながら中立を加えて勢力を拡大していっている状態ですね」

 

 流石はリーシャ。秩序の騎空団という空域を越えて活躍する団の一船団長だっただけはあって情報を持っていた。

 

「なるほど。じゃああの騎空挺はどこの国のモンだ?」

「えっ?」

 

 ザンツに聞かれて、リーシャは身を乗り出し確認する。

 

「あれは……レム王国の騎空挺のようですね。向かっている先はどこでしょう」

 

 ザンツの言う通り統一感のある騎空挺が一方向に向かっているのが見えた。リーシャによればそれは今ナル・グランデ空域を二分する国の一つ、レム王国のモノだという。

 

「おかしいですね……この辺りはイデルバ王国の領地だったと思うのですが」

「だよなぁ。俺も確かこの辺にイデルバ王国の首都があったと思ってたところだったんだよ」

 

 他空域を知る二人の意見が一致した。つまり、なんだ? 敵国に乗り込もうってわけか。

 

「ふぅん。じゃあついていってみるか。別にどっちの味方をするわけじゃねぇが、情勢の最新情報真っ只中に行けそうだ」

 

 もしかしたらこの国の覇権が決定するかもしれねぇしな。

 という俺の思いつきでレム王国の騎空挺を、攻撃されない距離を保ちながら追跡した。

 

「……あん?」

 

 とそれらの騎空挺が停泊した島を見つけて近づいていくと、不意にローブのポケットに入っているワールドのカードが熱を持ち始めた。

 

「あ、新しい賢者がいるのね?」

「みたいだな」

 

 カードを取り出すとフラウが覗き込んでくる。他は「賢者?」と首を傾げていたが。

 

「じゃあ賢者の一人がレム王国にいるってこと?」

「どうだろうな。イデルバの可能性もある。まぁいいや、とりあえず賢者のいない方を味方しよう」

「なんで? 私みたいに仲間に入れるんじゃないの?」

「お前含めて賢者は大概おかしいんだよ。だから最初は信用しない」

「……なんとなく自覚はあるけどムカつく。最近相手してくれないし」

「こんな一部屋でなにするってんだよ」

「人前でも私は構わないけど?」

 

 こいつの神経が図太すぎる。

 

「いいから上陸するぞ。レラクル、仕事の時間だ。俺達が戦ってる間にできる限りの情報を集めてくれ」

「わかった」

 

 ぐでーっとしているレラクルに指示する。すぐに忍び装束になって目つきも普段と同じになる辺り流石だ。

 

「ザンツは上陸しても小型騎空挺から離れるな。どっちにつくわけでもねぇし、奪われたら事だ」

「おう」

 

 移動手段である小型騎空挺を失うわけにはいかない。その守りは操縦士でもあるザンツに頼む。

 

「ゼオ、リーシャ、ナルメア、フラウは俺と一緒にレム王国の連中が向かった方へ。戦争になったら均衡を崩さない程度に戦って、賢者を見つけたら俺とフラウが話つける」

「賢者ってのは教えてくれねェのか?」

「詳しくはな。フラウの同類だ」

「わかったぜ」

 

 仲間とは違うから同類、またはワールドの言うこと聞く同士か。

 

「じゃあ行くぜ、各自適当にな。本格的に参戦する気はねぇから。あと“蒼穹”の誰かがいたら身を隠せ。絶対に見つかるな」

「あの子達に見つかっちゃダメなの?」

「ああ。あいつらには騎空団としてちゃんと宣戦布告したいしな。それまでは仲間集めしかしてませんよーってフリしとく」

「相変わらずそういうの好きですね」

 

 以前の旅を知っているリーシャが呆れた目をしている。それはまぁ仕方がない俺の性分だ。

 

「暗躍とかの方が性に合ってるんだよ。いいから行くぞ」

 

 俺は言って、イデルバ王国の首都があるというグロース島に上陸した。もちろんレム王国が停まった場所からは離れている。

 

 レラクルは忽然と姿を消した。ここからはあいつの働きにかかっている。そしてそういう情報を探るのが得意だというから任せておこう。ザンツは貴重な移動手段でもある。戦いでヘマするとは思っていないが、小型騎空挺を任せておくのが最善だと思う。避難用だと思って勝手に使われる可能性もあるしな。

 というわけで、残りの面子で戦いのある方へ向かっていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 硝煙の匂いが鼻につく。

 雄叫びを上げ自己を鼓舞し、味方を叱咤し、敵を威圧する。

 両軍が激突しそれぞれが握る武器を敵の命を刈るために振るう。

 

 本来、防御側が本拠地にいる戦いの場合防衛側が有利に進む。それは地の利や戦力の投入しやすさなどが理由として挙げられる。

 侵攻側は限られた戦力しか持っていけず、補給もままならない。どちらが不利になるかは言うまでもないだろう。

 

 しかしレム王国による突然の侵攻と異様な士気の高さによって互角以上の戦いとなっていた。

 

 レム王国軍の士気の高さは軍を今率いているギルベルトという金髪の青年が発破をかけたためだ。

 

「紫の騎士様から賜った騎空挺をイデルバ王国の者が奪った」

 

 つまりは“蒼穹”のせいである。

 白風の境で奪われたグランサイファーは、紫の騎士がそのままレム王国に持っていったのだ。

 紫の騎士はレム王国王家の血筋で、そちらが本家、今のレム王国国王は分家となっているという事情があった。本家の人間から賜ったモノを奪うとは何事だ、とレム王国の人間は猛っているのである。ただし元々停めてあった騎空挺を盗んだのは紫の騎士だということを忘れてはならない。

 

 加えてギルベルトにはもう二つ、勝利を得るための策があった。

 

 その一つは既に発動している。

 

 トリッド王国がなくなり各地で紛争が起き始めた頃、そいつは突如現れた。

 傭兵を名乗っていたが紛争においてたった一人で戦況を覆せる傭兵など聞いたこともない。一人で多を蹂躙する様はその男の呼び名である“戦車"に相応しく、ギルベルトが彼を見つけた時にはほくそ笑んだモノだった。

 敵国に雇われていたがその場で敵国が払った金の二倍を支払い、またこれからもっと他国を侵略するために必要だと説得したことで彼を獲得することができた。

 

「ぬぐわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その男は雄叫びを上げて戦場を駆ける。

 黒い衣服の上に紺のローブと赤いケープを纏っており、両脚を金の具足で、左腕を金の籠手が覆っていた。男性ドラフの中ではあまり体格のいい方ではないのか二メートルほどの身長で、整えられていない焦げ茶に近い長髪にドラフ特有の角が生えている。無精鬚を生やしていることからも身嗜みに気を遣う性格には思えなかった。

 

 そんな彼は戦場を駆け周り拳を振るってイデルバ王国軍の兵士達を薙ぎ払っていく。剣で斬りつけても銃で撃っても止まらない、正に“戦車(チャリオット)”。立ち塞がろうモノなら吹き飛ばされるのがオチだ。

 独断専行が止まらないのだが、実際彼を止められる者はいなかった。

 

 戦場で愉しげに蹂躙する男に気圧される者もいる中、一つの影が後方から飛び出してきて彼の眼前に降り立った。それは見えていたが、構わず突っ込む。戦場で出会った敵は、悉く屠るからである。

 

 しかし降り立った女は、怒涛の勢いで突っ込んできてそのまま拳を振るってくる男に対し細い脚で蹴りを見舞った。拳と蹴りが激突し、その衝撃が周囲にいた兵士達を吹き飛ばす。しかし、両者がどちらも後退しなかった。

 

「初めまして、賢者さん」

 

 余波で銀髪が靡き、男と同じデザインのローブがはためいた。

 

「ちょっと話があるの。拳を収めてついてきてくれない?」

 

 彼女はそっと笑うと提案した。彼女の妖しい美貌と意識された表情と言葉、これらによって大抵の男はあっさりとついてくる、のだが。

 

「ならぬ。吾輩の居所は戦場のみ。戦が終わっていないというのに戦場を離れるわけにはいかん」

「えっ? いや、だから同じ賢者として話があるって……」

「ふん。賢者になぞ進んでなったわけではないわ」

 

 残念ながら、フラウの魅力も戦闘狂と呼ばれる男の前では形なしであった。

 

「ああもう。折角ダナンにいいこと見せられるチャンスなのに。じゃあ力尽くで連れていくから」

「やってみるがいい、吾輩の前に立ったからには蹂躙あるのみ!」

 

 決裂したらしいやり取りの後、二人は拳と脚を交え始める。両者の一撃がぶつかり合えば余波で体勢が崩れる。そのためか二人の近くから兵士が離れていった。

 

 そんな一際激しい戦いを繰り広げている両者に、のんびりと歩み寄る者があった。

 

「やっぱ失敗してたか」

 

 彼はローブのフードを被り、なぜか顔が見えないようにしながらイデルバ王国軍の間を歩いて二人に近づいた。

 

「あ、ダナン。ちょっと待って。こいつ連れてくから」

「加勢か? 構わんぞ、二対一でかかってくるがいい」

 

 遠巻きに見ていた兵士達とは違ってあっさりと両者の戦いに巻き込まれそうなところまで踏み入っていた。

 

「フラウ。いいからさっさとするぞ。もうすぐあいつらが来るってレラクルから連絡があった」

「わかったわ。どうするの?」

「さっさと用を済ませる」

 

 現れたダナンはそう告げると、フラウと戦っている男へと目を向ける。男の身体は銃で穿たれ、切り傷をつけて血を流している状態だ。

 

「あんた、なんでその身体で動ける?」

「負傷で吾輩の戦意が衰えることはない。むしろ尚尚昂ぶるばかりである」

「……戦闘狂かよ。痛みに慣れてんだか興奮してて痛みを今は感じてねぇのか」

「ふん。痛みなど極星が奪ったわ。吾輩の戦での高揚を、苦痛をな!」

 

 そう告げる男の目には怒りが宿っていた。彼の様子を見てダナンは考え込むように顎に手を当てた。

 

「……なるほどな。じゃああんたを倒すのは簡単だな」

 

 そうしてなにかを思いついたのか不敵に笑う。

 

「なに?」

 

 男が眉を顰めるのも構わず、ダナンはフラウに顔を向けた。

 

「フラウ。手ぇ貸せ。こいつを倒す」

「うん、わかった」

 

 頼られたフラウは嬉しそうに笑うと、先程よりも勢いを増して男に襲いかかる。それでも男を完全に押し切ることはできなかったが、

 

「【レスラー】」

 

 手がいっぱいになったところで衣装を変え筋肉が盛り上がったせいか体格が変わったかのように見える少年に懐に入られる。一瞬でパンツ一丁にマントと覆面という姿になった彼は滑り込ませるように拳を腹部へと叩き込んだ。強烈な拳がめり込むと骨の折れる鈍い音が聞こえ、男の身体がくの字に折れて飛んでいった。

 

「がぁ!?」

 

 それまで如何なる傷も物ともしなかった男が苦悶の声を上げて倒れ伏す。殴り飛ばしたダナンはすぐに元の恰好に戻った。関わり合いになりたくないと思って目を逸らしている者が大半だったことを活かし、一瞬で衣装を変えて戦うヤツという印象をつけないためだ。

 

「……ククッ」

 

 しかし男は倒れ伏した状態で肩を震わせ笑い始める。

 

「はははははっ!」

 

 笑いながら、彼は地面に手を突き身体を起こす。

 

「これだ、これこそが……! 吾輩が求めてやまなかった()()!! 失ったはずの痛覚が殴られた瞬間のみ戻ったぞ!」

 

 血塗れの口で喋るために血が飛び散っている。それでも尚彼は歓喜に身を震わせていた。

 

「上手く作用したみたいで良かったぜ。これであんたがやってた痛みを感じないのを活かした突撃はもうできないってわけだな。大人しく――」

「吾輩になにをした? 極星に奪われたあの時から、吾輩の肉体は痛覚も暑さも寒さも感じなくなった。どんな傷を負おうと、どれだけの戦場を駆けようと得られなかった痛みが、今の拳には宿っていた。それだけではない。殴られた痛みだけでなくそれまでに受けた傷の痛みまで感じた。一体、どういうことだ?」

 

 男はかつてない興奮に身を焦がし、怪我を押して立ち上がる。

 

「拳が当たる瞬間に痛覚を創ったんだよ。今の力じゃこれが限界だが」

「痛覚を創っただと? なにを言っている」

「俺はあんたら賢者が契約してる星晶獣の元凶、ワールドと仮契約を結んでいる。その力の一端で、なんでも創れるって話なんだが。それを使ってあんたの痛覚を創ってみた」

「……世界を冠する獣とは、また大層なモノだがな」

「全くだ。ってかフラウはワールドの存在知ってたのにあんたは知らないんだな」

「吾輩は星と全面的な協力を結ぶ気はない。星が吾輩が願った死にたくないという希望を叶える代わりに、吾輩から痛みなどを奪った故にな」

「ふぅん」

 

 彼の話を聞き、今のフラウもそうだが仲良くないヤツもいるんだなと考える。最初に出会ったロベリアとタワーはそれこそ意気投合していそうなモノだったが。

 

「じゃあ俺と来い」

 

 ダナンはそう言って男に手を差し伸べる。

 

「なんだと?」

「今はまだ創り直してやれねぇが、賢者のカードを集めれば力が増幅する。そうすればあんたの痛覚やなんかも戻せるかもしれねぇ」

「不要だ! 吾輩は“戦車”! 吾輩の力のみで取り戻す!」

「……そ、そうか」

 

 鬼気迫る様子に若干引いた様子のダナン。だがそれで退くことはなかった。

 

「じゃあしょうがねぇな。だが俺はあんたの力が欲しい。生憎と金はないんで、俺が対価として渡せるのはそんなモノしかねぇんだが」

「……同情ではないと?」

「ああ。俺はできるだけ、あんたのやりたいようにさせてやりたい。あんたが自分の力だけで取り戻したいってんなら手は貸さない」

「……吾輩が求めるのは戦場のみ」

「戦場か。わかった、あんたが戦えるように計らってはみる。だから、俺達と来てくれ」

「極星の親玉たる獣を従える者を信じろと?」

「従えてるわけじゃねぇんだが……まぁ最終的にはどうなるかわからないにしても、星晶獣がどうとかは関係ねぇよ」

「……」

「信じるかどうかはあんたが決めればいい。最悪ワールドと戦うかもしれねぇが、それはそれであんたとしてもありだろ?」

 

 フードの奥で不敵に笑い手を差し伸べる少年に、男は言葉を失ってしまう。

 

「……星々ですら夜空の一部、か」

「?」

 

 彼が苦笑して呟いた言葉の意味を、他の者は理解することができない。

 

「いいだろう。このガイゼンボーガ、貴公の軍門に下ろう」

 

 そう言ってガイゼンボーガは俺に別の絵柄が書かれたカードを手渡してくる。

 

「おう、助かる。ただ軍じゃなくて騎空団だけどな」

「では何故ここに?」

「情報収集と賢者に会うため。つまりもう達成した」

「そうか」

「合流して情報交換するか。フラウ、ガイゼンボーガを連れて小型騎空挺の方に向かってくれ。途中で戦ってる三人に声かけといてくれ」

「わかった。ダナンはどうするの?」

 

 フラウに指示を出した本人は、

 

「ちょっと、経過を見ておきたくてな。あと気になるヤツがいた」

「仲間に加えるの?」

「いや、間違いなく敵だ。だが様子だけは見ておきたい」

「そう。わかった、気をつけてね」

「ああ」

 

 二人の賢者と別れると、ダナンはイデルバ王国軍の中枢へと向かった。気になる人物、妙な気配を漂わせた金髪の青年が目指している場所だからだ。




というわけで三人目の賢者、ガイゼンボーガさんが仲間に加わりました。

スターさんは出てこなかったのですが、いずれ出しますのでお待ちを。


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彼らとの合流

前日分を遅れて更新しましてごめんなさい。
一話飛ばさないよう一応ご注意ください。


 俺達が去った後、イデルバ王国軍は押され始めた。それが俺達のせいだとは思わない。俺達がいなかったらとっくにこうなってたわけだろうからな。

 あとイデルバ王国軍の士気が前線から下がっていっている。

 

「イデルバ王国軍の間で国王フォリアこそがかつてトリッド王国を滅ぼした張本人である」

 

 とはレラクルの教えてくれた情報だが、どうやら戦争中に敵国の流した情報を信じるバカが多すぎるらしい。普通に考えたら士気を下げるためにわざと流したっていう戦略だろうに。

 

 それから程なくして“蒼穹”の連中が到着していたが、周囲の兵士の士気が下がっているので次第に撤退していった。ラカムとオイゲン、イオとロゼッタがいないな。流石に別行動をしていたら情報を集めるもなにもないか。

 

 あいつらがいて尚戦線は下がり、遂に王宮であるフォルクシルト宮まで押し込まれてしまう。

 

 俺は実際のやり取りを聞くためにその近くの路地裏にまで来ていた。わざわざ【アサシン】で気配を消して、だ。

 と、丁度死角になっていていい盗み聞きポイントだと思った裏路地に、傷だらけの女性が倒れているのを発見した。

 

 俺が曲がる方の角を背に座り込んでいたので危うく踏むところだった。

 

 襟足が長い外ハネショートの茶髪に青目の女性だ。赤と白のロングドレス風の服を着込みブーツと黒いニーソを履いているが、それらは所々切り裂かれ血を流している。傍に置いてある薙刀から、彼女も戦争に参加したのだろうかと思ったのだが。

 

 レム王国軍は赤を基調としている。兵士は銀甲冑に赤が入っており、ギルベルトってヤツも赤だ。

 イデルバ王国軍は青を基調としている。甲冑のデザインも違う。しかし“蒼穹”の連中と知り合いらしいドラフの男と黒髪の青年はあまりそういった意識がなさそうだ。

 

 さて彼女はどちら側の人間なのだろうか、と迷ってしまう。赤が入っているからレムの方か?

 

「……こんなところで、なに、してるの……?」

 

 傷だらけの状態で片目だけを開き、踏む直前で止まった俺を見上げてくる。瞳は不安そうに揺れている。そこに芯のようなモノはなかった。

 

「あんたこそ。回復しようか?」

 

 命に関わる怪我ではなさそうだが、疲弊しているのは間違いない。

 

「ううん。いい。この傷は、まだ残しておく」

 

 なにか事情があるのか彼女は弱々しく首を振った。

 

「それより、ちょっとお願いがあるの。足が動かなくなっちゃって。彼女の声が聞こえるところまで、運んでくれない?」

「誰のだって?」

「いいから、そっちの路地の近くに」

 

 急いでいるのかそんなことを言ってきた。敵か味方かもわからないヤツに手を貸すのはあれなんだが、まぁ手負いならなんとかできるだろう。

 俺はそう思い、嘆息すると座り込んだ彼女の脚と背中に手を伸ばし、持ち上げる。そのまま通りの方まで歩いていき、直前で下ろした。

 

「ありがとう」

 

 そう言って彼女はまた壁に背を預けて話を聞く。この距離なら俺も聞こえた。

 

「――頼む! 教えてくれ、陛下! ギルベルトの言うことは、陛下が大罪人だというのは……」

 

 必死さが込められた声だった。見れば“蒼穹”の連中と合流したらしい黒髪の青年が、傷だらけではあったが豪華な衣装に身を包んだ銀髪の少女を向いているところだった。ギルベルト率いるレム王国軍もいる。ここでの戦いは大詰めってところなんだろうな。

 

「事実じゃ。ヤツが広めた内容に嘘偽りはない」

「なっ!?」

 

 少女は古めかしい口調で、青年の言葉を肯定した。その言葉に青年は驚き言葉を失っている。“蒼穹”の連中だってそうだ。そんなまさか、という顔をしている。

 

「……カイン」

 

 ぼそりと座り込んだ女性が呟いた。おそらくあの黒髪がカインというヤツなのだろう。ってことはこの人はイデルバ王国側の人間か? ならなんで隠れて話を聞く必要がある?

 

「すまぬ。こればかりは嘘を吐くわけにはいかぬのでな。ただ、ナル・グランデを平和にしたいと、そう掲げた心は真実じゃ。……まぁ、今更信じてくれ、というのも虫が良すぎる話じゃがの」

 

 少女は見た目にそぐわぬ苦々しい声で語った。

 それから彼女はギルベルトに対し、自分の身柄と引き換えに軍を退いて欲しいと申し出る。その申し出を聞き入れ、大人しく引き下がるらしい。

 

「――では皆の者、後のことを頼んだぞ。妾がおらずともこの国は回る。イデルバは強い国じゃ。それは妾が誰よりも知っておる。もっともっと国を豊かにして、いずれはナル・グランデに、あの頃のような平和を取り戻すのじゃ」

 

 イデルバ国王フォリアと思われる少女は静かに告げると、兵士達に囲まれて連れ去られていく。グランやジータが止めようと立ち塞がったのだが、

 

「我々はフォリアお嬢様の申し出により、停戦を受け入れました。これ以上の戦いは望みません。それでも取り戻すと言うのなら――あなた達は無抵抗の私達を殺すことになりますね?」

 

 とギルベルトに言われて、大人しく引き下がる他なかった。……よく考えていやがる。俺なら「あ、そう」っつって取り返すかもしれないが。あいつらの性分をわかるくらいには付き合いがあるんだろうな。しかしあいつらはそうか、イデルバ王国側についた状態か。かと言って俺達がレム王国につく義理はねぇがな。

 

「……陛下」

 

 ぽつりと零した彼女を見下ろすと俯いていた。陛下と呼べそうなヤツはフォリアだけ、となるとこの人はやっぱりイデルバ王国の人ってことでいいか。

 

「……あんた、事情を知ってそうだな」

「まぁ、ね。これでも一応、イデルバ王国の将軍の副官だから」

「へぇ、それなりの立場があるんだな。で、そのそれなりの立場にある人間がなんでこんなところで、傷だらけで隠れてるんだよ?」

「……」

 

 思いの外重要そうな情報源と見て、俺は尋ねた。

 

「……私には婚約者がいたの。でも、十年前トリッド王国が崩壊したあの日に、死んでしまった」

 

 悲しみが溢れ出ないようにするためか固い声だった。話が繋がっていなさそうな語り始めだったが、トリッド王国の崩壊に関わる人物を、俺は一人だけ知っている。それが先程レム王国軍に連れていかれた、イデルバ国王フォリアだ。

 

「それを知って私は、彼が死んだ原因を作ったと思われるフォリア様を問い詰めて、刃を向けた」

「……じゃあ戦ってる間に、敵国が流したよくわからん情報を信じて自国の王様を疑ったってのか?」

 

 イデルバの民は強い、とかフォリアは言っていたが、そんな根も葉もない噂に踊らされて士気を落とすようじゃダメだろ。最後まで戦っていたヤツらがいるからフォリアが信頼されていなかったってわけじゃないんだろうが、信頼が薄すぎだろ。

 

「……それは、ちょっと違う。私は戦争が起こる前に、ギルベルトに言われて気になって文献を調べてたところで見つけることができたの。元々フォリア様が誰にもわからないようにしてたみたいなんだけど」

「おいおい。イデルバ王国とレム王国は睨み合ってるんじゃなかったのかよ。なんで敵から聞いた情報を信じてんだ」

「……その、言われたら気になっちゃって。元々トリッド王国が崩壊した理由って、私の婚約者を奪ったのは誰なんだって、ずっと抱えてきてたから」

 

 余程その婚約者ってのが好きなんだろうな。だが、それにしても迂闊にすぎる。

 

「あんた、バカだろ」

 

 だから俺は、きちんと侮蔑を込めて言い放つ。

 

「……」

 

 女性は少し驚いたように俺を見上げてきた。俺はその青い瞳と目を合わせて言葉を続ける。

 

「どれだけ婚約者が大切だったかはあんたにしかわからねぇから、トリッド王国を崩壊させたヤツを恨む気持ちは置いておく。だがあんたは敵国の将の言葉を信じて、将軍の副官として見てきたフォリアのことを信じなかったんだろ? まぁ、現状を見るにフォリアってヤツは国王としては信頼されてなかったんだろうがな」

「そんなことは……!」

「ないと言い切れるか? あいつは最後、ナル・グランデを平和にするために尽力してきたと言った。その気持ちがあるとわからなかったから、敵の言葉一つで刃を向けられるんだろうが。戦争中の癖に兵士が士気を落とすんだろうが」

「それは違う!」

 

 俺の言葉を、これまでに初めて聞くほど強い声で否定してきた。

 

「……フォリア様は、私達民を想って行動してくださっていた。それは間違いない。イデルバ王国の民の一人として見てきてる。それでも信じられなかったのは、私の心の弱さ」

「そうか。じゃあ不憫な王様だな。自分は民に尽くしていたってのに、噂一つで忠誠心が薄れる民ばっかりでよ」

「……」

「だがあいつはそれを肯定した。間違いなくあいつがトリッド王国の崩壊を招いたんだろうな、本人が言ってるんだし。だがたった一人の人間にできることなんざ高が知れてる。あいつだけがやったとは、限らねぇよ」

「……それは、確かに。崩壊が確定したのは、七曜の騎士が一人、緋色の騎士バラゴナがトリッド王国の王族を皆殺しにしてから」

「へぇ、あいつがねぇ。ってかあいつトリッド王国の王族なのか」

「え、うん」

 

 なるほど。トリッド王族王家をバラゴナが皆殺しにした。ってことは真王がきな臭いなぁ。あいつ、七曜の騎士がやってることの大半に関わってそうだし。アポロは自分の意思だったみたいだが。

 

「さて、トリッド王国崩壊は誰がやったんだか。到底一人じゃできないよなぁ、国一つを滅ぼすなんて。実際、今挙がってるだけでもフォリアとバラゴナ。つまり複数人を同時に動かしトリッド王国を崩壊させていく筋書きを描く必要がある。それができるヤツが、この空にどれだけいることやら」

「……えっと?」

「悪い、独り言だ。とはいえ話をざっと聞いただけでもフォリアが実際にあんたの婚約者を殺したかどうかは置いておいて、トリッド王国の崩壊を全てあいつの罪と見るのはただのバカだな」

「……自覚は、してる」

「もちろん心を入れ替えて今のナル・グランデを平和にしようとしてますって言われたところで虫がいいのはわかるが、真実を知りたいんなら目先の情報に飛びつくなよ。少なくともあんた、俺より年上だろ?」

「うん、そうだね。いい大人が、なにしてるんだろう」

「そう思うんならこれからなんとかするんだな」

「これから?」

 

 とりあえず今は感情の暴走が収まった状態らしいので、思ったことを告げていく。

 

「ああ。あんたがフォリアに挑んだせいでフォリアが戦線に出てこられず士気を維持できなかったって考え方もできるよな?」

「うっ……」

 

 とはいえ戦線に出ていたところで噂が流れた段階でフォリアがそれを認めて降伏したんじゃねぇかなとは思うんだが。

 

「出てても降伏が早くなっただけかもしれねぇが、それでも早めに降伏することで犠牲者は減ったかもしれねぇな」

「……私がフォリア様に刃を向けたせいで、犠牲者が増えた?」

「と言うこともできる。だからあんたは今、取り返しのつかないことをやった身ってことだ」

 

 俺の言葉に彼女の顔から血の気が引いていく。

 

「過去はなくならないんだ、だから今から行動を起こすしかねぇだろうよ」

「今から……」

「そうだ。これ以上迷惑をかけないために家に引き籠もって全てが終わるのを待つか、戦うか」

「戦うって、誰と?」

「それは自分の目で判断しろよ。誰かに言われなきゃ考えられない歳じゃねぇだろ」

「……」

 

 俺がこの人に優しくする道理はない。むしろここまで初対面なのに親身に話を聞いているだけでマシな方だろう。

 

「考えて悩め。それで答えが出なきゃ……そうだな。俺が道具として使ってやる。命令に忠実で、ただ言われた通り動いてろ」

「あはは、それは勘弁したいかな」

 

 道具として使われるのが嫌なら、一人の人間として生きたいなら、悩み続けるしかない。

 

「そうかい。じゃあ考えろ。自分のやりたいことがなんなのかをな。せめて、死んだ婚約者に顔向けできるような答えを出すんだな」

 

 俺は言って、元々座り込んでいた位置に置いてあった薙刀を拾い、彼女の傍に置く。

 

「……君は、何者なの? なんで私にそこまでしてくれるの?」

「別になにもしてないだろ。運んで、話聞いただけだ」

 

 言いながら手を翳し脚の傷を少しだけ治す。

 

「歩ける程度にだけ治してやった」

「あ、ありがとう」

「じゃあな。もう会うことがあるかはわかんねぇが」

「それで、何者なの? なんでイデルバでも、レムでもない人がこんなところに」

「通りすがりの騎空士だ。新設だから無名の騎空団のな。あ、俺と会ったことは“蒼穹”の連中には言うなよ」

 

 俺は言って口の前で人差し指を立てる。

 

「え、あの子達の知り合いなの?」

「さぁ、どうだろうな。じゃあ頼み聞いてやった礼として頼むわ」

「あ、うん」

 

 女性にそう告げて、俺は用済みとばかりに踵を返す。

 

「えっと、君の名前は?」

「言う必要がないな。縁があったら教えてやるよ」

 

 ちょっと必要以上に関わりすぎてしまったので、取り合わず立ち去ることにする。俺も名前知らないし、名乗る必要もないだろう。

 

 さて、小型騎空挺の方に戻って情報交換をしよう。余計な寄り道しちまったし、話しながら聞いていた感じだとあいつらはフォリア奪還に向かう可能性が高そうだな。つまりギルベルトを追ってレム王国に行くってことだ。まぁあいつらならやりそうだよな。

 

 と、裏路地を歩いていると背後から物凄い殺気を感じた。身構えて振り返るまでの間に、裏腹な軽い声が聞こえてくる。

 

「あっれ~? こんなところで会うなんて奇遇だね~」

 

 声が聞こえている間に振り返ると、視界いっぱいに蒼髪ツインテールに黒いドレス姿の少女が現れた。

 

「っと、オーキス」

 

 いきなりのことではあったが抱き止める。彼女の身体を抱えると一緒にいたらしい青髪のエルーンと赤髪のドラフが見える。

 見慣れたヤツらだが恰好が変わっていた。おぉ、スツルムの胸を覆っていた豹柄のちょっとダサいヤツがなくなってる。いやスカーフみたく首に巻きついてたわ。これならまぁちょっとしたアクセント程度に留まってる、かな?

 

「……また女作ろうとしてた」

「いやしてねぇから。ってか殺気はお前か」

「……ん。見境なくは、許さない」

 

 それはちょっと、マズいな。フラウとか。

 

「丁度いいや。お前らもいるんなら、確保した団員と合流していいか? こっちの情報については、お前らの方が詳しいだろうしな」

「ああ、元々そのつもりだ」

「まさかこんなところで会えるとは思ってなかったけどねぇ。あ、でも後で僕達と来てもらうけどいい?」

「別にいいぞ」

 

 さてと、まさかの再会にはなかったがこれでナル・グランデの情勢は大体把握できるだろう。

 

「……このまま行って。見せつける」

「はいはい。じゃあ行くかぁ」

 

 ちょっと揉めそうだが、俺が撒いた種とも言える。心の準備をしつつ、あいつらと合流しよう。

 そうしたら情報交換と整理の時間だ。



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自己紹介、つまり修羅場

タイトル通り。
前話で合流したオーキスとフラウ達が合流するだけのなんの変哲もない話ですね。


 思わぬところでオーキス達と再会した俺は、三人と一緒に停泊させた小型騎空挺へと向かったのだが。

 

 当然のことながらオーキスを抱えての登場なのでジト目を向けられてしまったのだが。

 話が進まなさそうなのでオーキスを下ろし咳払いをする。

 

「情報交換、と行きたいが先に紹介からだな」

 

 四方八方から視線が突き刺さっているので流石に無視はできない。

 

「こっちの三人は俺が団を起ち上げる前に一緒に旅をしていたヤツらで、まぁもう一人いるんだが今はこの三人だけだな」

 

 まずオーキス、スツルム、ドランクを手で示す。

 

「……オーキス。こっちはゴーレムのロイド。ダナンの一番。よろしく」

 

 オーキスから名乗った。傍らに立つロイドを紹介するのはまだいいのだが、勝手に一番を名乗るのはやめて欲しい。ほら、三人がピリついてる。

 

「僕はドランクだよ〜。いやぁ、少し見ない間に随分と団員が増えたねぇ。伝説の傭兵までいるなんて、流石に予想してなかったかな〜」

 

 ドランクはいつもの軽い調子で名乗った。ちらりとガイゼンボーガを見ていたが、どうやら彼は有名人らしい。同じ傭兵だからかドランクだからか知っているようだ。

 

「あたしはスツルムだ」

 

 口数少なく端的に自己紹介をしたのは相変わらず無表情で素っ気ないスツルムだ。あ、そうだ。後で折を見てドランクがいなくて焦ってたってのを茶化してやろう。

 

「で、こっちが俺が旅の最中に出会ったり元々団員になる予定だったりした連中だ」

 

 集まった六人を手で示す。

 

「リーシャです、と言っても改めて名乗る必要もないと思いますが。秩序の騎空団との兼任にはなりますが、こちらの団を中心に考えてもらって構いません。……私の目が黒い内はふしだらなことは許しませんので、そのつもりで」

 

 三人とも面識があるリーシャが初めに名乗った。なぜかオーキスに対抗するようだったが。

 

「私はナルメア。ダナンちゃんとは半年ぐらい一緒に暮らした仲なの。一回会ってると思うけど、よろしくね」

 

 ナルメアは一応顔合わせたことくらいはあったかな。宴の時にだが。直接関わったのはオーキスだけか。しかしなぜ対抗するようなことを……。

 

「俺も面識あるんだが、ザンツだ。騎空挺の操縦なら任せとけ」

 

 オーキスは知らないかもしれないが、傭兵コンビは知っているザンツが軽く挨拶をした。

 

「オレはゼオってンだ。大将についてく者同士、仲良くしようぜ」

 

 ゼオは無邪気に笑う。この中ではオーキスの次に若いんだと思うと不思議な気分だ。

 

「僕はレラクル。忍者。諜報活動なら任せて」

 

 仕事モードのレラクルが冷静な声音で告げる。諜報活動と聞いてドランクの耳がぴくりと動いた。お前の悪巧みに使えそうなヤツだろ?

 

「吾輩はガイゼンボーガ。訳あってこの団に席を置くこととなった」

 

 ガイゼンボーガが名乗ったので、最後はフラウになってしまう。いや、言い争うことで話が逸れるだろうから先に名乗りたかったのか。

 

「私はフラウ。ダナンとは何度も夜を共にするような、親密な仲よ」

 

 直球だった。妖しく微笑んでオーキスを見据えている。リーシャはなにを想像したのか顔を赤くしており、ナルメアの目からは光が消えかけていた。オーキスも動揺はったようだが、

 

「……それなら私は、負けてない」

「へぇ? じゃあ私みたいに何日もずっと可愛がってもらったことある?」

「……む。ダナンは優しくしてくれる」

 

 妙な暴露大会と化し始めていた。リーシャだけがどんどん顔を赤くしていっている。ドランクはニヤニヤしているし、スツルムからは「お前なにやってるんだ」と責めるような視線を向けられていた。

 

「……自己紹介終わったんなら次いっていいか? 情報交換が本題なんだぞ」

「……じゃあ、どっちが多い?」

 

 話を変えるために言うが、オーキスからそれだけ答えてと言わんばかりに尋ねてきた。

 

「それは私も気になるわね」

 

 フラウは勝ちを確信しているのか余裕の表情だ。……なんだこれ。いやこれも俺がやってきたことの報いか。

 

「……日数ならオーキス。回数ならフラウだな。はいこの話題おしまいさっさと本題入るぞ」

 

 どっちが勝ちとも言わず、誤魔化して矢継ぎ早に言い話題転換を図る。

 

「え〜? 僕はこのまま続けてもらってもいいんだけど?」

「ドランク。ふざけたこと言ってると耳引っこ抜くぞ」

「酷っ! エルーンにそれは酷すぎない!?」

「わかったら早くしろ。じゃあまず、お前達からここに至るまでの経緯を説明しろ」

 

 軽口を叩き合って調子を戻しながら、ドランクに経緯を尋ねる。

 

「僕達はねぇ、海を越え山を越え、島を渡っては問題をすばばっと解決して……いってぇ! ちょっとスツルム殿?」

「時間がないんだ、ちゃんと説明しろ」

「……ドランクが白風の境に捕まったから“蒼穹”と助けに行って、その後山頂で瘴流域に呑まれて離れ離れになった。私達は白風の境にいた黄金の騎士に拾われて、協力してる」

 

 黄金の騎士ときたか。

 

「あ、因みに僕を捕まえたのが黄金の騎士の部下だったんだけどぉ。そこから逃げる時に取引してたんだよねぇ。協力するから今は見逃して! って」

「そうか」

「あれ〜? 責めないの〜?」

「お前がそうしたってことはそれだけ余裕がない状況だった、そうしなけりゃ全滅もあり得たってことだろ。だったら責めることはしねぇよ」

「……」

 

 俺の言葉にドランクは少し目を丸くした。

 

「まぁお前らが世話になったんなら俺も黄金の騎士に協力しねぇとな」

「そう言ってくれると助かるよ〜」

「で、それからは黄金の騎士に協力して色々やってたってわけか」

「そゆこと〜」

 

 黄金の騎士は確かアポロと因縁のあるヤツだったか。まぁとはいえ不義理を働くわけにもいかん。

 

「でね〜? 僕達はそれから色々協力してたんだけどぉ。それは置いといて“蒼穹”の軌跡でも語っちゃおっかな〜。あ、時間ないから小型騎空挺乗るよ?」

「わかったよ。で、行き先は?」

「レム王国の主島、ライヒェ島。黄金の騎士ちゃんは訳あってギルベルトに協力してるんだよねぇ。だから僕達もそこにお世話になってるってわけ」

「了解だ。全員小型騎空挺に乗れ。道すがら話を聞くぞ」

 

 俺は言ってドランクの言う通りに動く。さっきそうだが、俺とこいつの仲だからな。信用はしてる。

 

「すっかり団長っぽくなってるな」

「そうか?」

「……ん。皆に指示出してるとことか」

「そうかねぇ」

 

 あんまり意識してない、と言えば嘘になるかもしれない。多少は団員を引っ張っていけるようにとは考えている。とはいえそれっぽいだけで団長としてちゃんと振る舞えてるかはまた別なところだ。

 とりあえず時間がないらしいので全員小型騎空挺に乗り込む……いや狭ぇな。

 

「……場所がないから仕方がない」

 

 オーキスは先手を取るが如く胡座を掻いた俺の上に座った。他がむっとするがとりあえず「真面目な話だから後にしてくれ」と言い争いの火種を後回しにする。オーキスはご満悦な様子だ。ロイドもいるからホントに狭いし、そうせざるを得ないところもなくはないのだが。

 

「で、あいつらがなんだって?」

 

 小型騎空艇が発信したところでドランクに話を促す。

 

「“蒼穹”は瘴流域でバラバラになっちゃったんだけどぉ、まず団長二人とルリアちゃんにビィ君にカタリナさん。この五人はメルクマール島に流れ着いた。で、そこを占拠していた盗賊を偶然にも一緒にいたイデルバ王国将軍のカインと共闘して制圧、盗賊の頭のラインハルザを捕らえてイデルバ王国の首都がある、さっきまでいたグロース島に行ったと」

「そこからはイデルバ国王フォリアの命に従い、イデルバ王国の使者として中立の立場にある場所へ赴き交渉した。教えを広めるクルーガー島、星晶獣の楽園ベスティエ島。この二つだな」

「……クルーガー島で一番偉い賢者と呼ばれるゼエンとそこにいたイオをギルベルトが拉致。レム王国にいたラカムはグランサイファーを人質に取られて交戦。ラカムから話を聞いた後二人を助けるためにレム王国軍と戦闘して、グランサイファーを取り返した」

「その後一旦グロース島に戻ってからベスティエ島に向かったって順番だね〜。ベスティエ島にはいっぱい星晶獣がいるんだけどぉ、そこで騎空士として普通に活動してたオイゲンさんと再会。けどそこに黄金の騎士と緋色の騎士を従えたギルベルトとイスタバイオン軍がっ! ギルベルトはここだけの話真王の代行者として力を持っててねぇ。星晶獣を無理矢理従わせることができるみたいなんだ〜。その力でベスティエ島に混乱を巻き起こして、その隙にベスティエ島で一番の星晶獣エキドナが封印してるっていう幽世の門を開かせ、幽世の力を手に入れるのが目的だったんだよね。で、まんまと幽世の力を手に入れちゃいました〜っと。もちろん“蒼穹”も抵抗はしたみたいだけど、まぁ七曜の騎士が二人もいたら勝てないよね〜」

「それからクルーガー島のゼエンに教えを請い、クルーガー島の修行者が目的にしてる教えの最奥に至って七曜の騎士に対抗する力を得ようとしたんだ。それがあそこにいなかったラカム、オイゲン、イオ、ロゼッタだな」

「……それからはさっき見た通り。戦争に巻き込まれて、レム王国まで移動中」

 

 おそらく大分端折ってはいるのだろうが、長い話を三人が示し合わせたように語ってくれる。

 

「ゼエンってヤツは賢者なのか」

 

 だとしたら俺も会っておいた方がいいよな?

 

「そうだよ? クルーガー島で一番偉い、教えを広めてる人が代々賢者って呼ばれてるんだってぇ」

「そうか」

 

 どうやら違うらしい。アーカルムシリーズと契約した賢者ってわけじゃなさそうだ。だが七曜の騎士に対抗するための力として教えの最奥ってヤツに至るんならいい戦力アップになりそうだ。話を聞いてみるのもいいか。まぁ、流石に今すぐは無理だろうが。

 

「“蒼穹”の状況はこんなところかな~。他に聞きたいことある?」

「ああ。ギルベルトってヤツはなにがしたいんだ?」

 

 七曜の騎士と二人も従え、真王の代行者で、幽世とやらの力も手に入れた。レム王国を導くためってんならもっと他にやりようがあるだろう。

 

「さぁ? それも僕達の調べてる内容ってとこかな~。少なくともレム王国のためじゃなくて、自分の目的で動いてるのは確かだよねぇ。だって今頃レム王国は、イスタバイオン軍に制圧されてる頃だしね」

「イスタバイオン……別空域の国か」

「そそ。アウライ・グランデ空域にある国の一つで、黄金の騎士がいるところ。あと真王もいるって話だねぇ。なんにせよギルベルトは真王の手駒の一つではあるみたいだよ~」

「ふぅん」

 

 真王ってヤツも大変だな。わざわざ他空域にまで手を出すなんて。

 

「なるほど。で、これからはどうするように言われてる?」

「ん~。集めてきた情報を渡して、それから指示を仰ぐって感じだね。集めろって言われてた情報は大抵集まったしね」

「そうか」

 

 大体、ナル・グランデ状態と“蒼穹”の軌跡はわかった。

 

「レラクル。グロース島で得た目ぼしい情報は?」

「ほとんどない。今その人達が言った情報の他だと。ただ情報によるとレム王国との戦争が始まる直前に、イデルバ王国の将軍副官であるレオナがフォリアに勝負を挑んだらしい」

「ああ、なるほど」

 

 ってことは多分あいつがレオナってヤツだな。

 

「とはいえ決着はつかず、国王フォリアはギルベルトに身柄を渡し、レオナは今のところ姿を現してなかった、かな」

「ああ。それは知ってる。倒れてたのを見かけたからな」

「そう。じゃあ他には情報ないかな。フォリアが現れず、噂が流れ始めてから彼女の下にいた将軍達は意見が合わず対立している。助けるか助けないか、なんかで今も議論しているみたいだ」

「今も? ってことは近くに影分身を残してきてるのか」

「うん。影分身とはどんな遠距離でも意思疎通が取れる。まぁその分一時間程度で消えちゃうけど。それでも直近の監視ができるから楽でいいでしょ?」

「ああ」

 

 流石に情報量としてはドランク達に及ばなかったが、彼なりの得手を見せてくれた。思っていた以上に有用かもしれない。

 

「他に情報がなけりゃ、これで情報交換は終わりってことでいいか?」

 

 俺は全員の顔を見渡して尋ねる。しかしドランクが手を挙げた。

 

「はいはーい。ちょぉっと聞きたいんだけどぉ。フラウちゃんとガイゼンボーガさんって同じような服着てるよねぇ。どういう関係なのかな~って」

 

 まぁ、それは気になるか。

 

「……私も気になる」

 

 続いてオーキスもじっと見上げてくる。……まぁ、言っていいところまでは言うかぁ。

 

「フラウとガイゼンボーガは、特別な星晶獣の契約者だ。特別な星晶獣は十体いて、それぞれの契約者を賢者って呼ぶらしい。丁度十人いるらしいし、“蒼穹”の十天衆に対抗するにはいいヤツらかなぁと思って集めてるんだ」

 

 一人を除いてな。

 

 とりあえず俺が今の世界をぶっ壊して新世界を創ろうとしている星晶獣と契約しようとしてるってことは言わなくていいだろう。

 

「……星晶獣。全然気配がしない」

「そうなのか。まぁ特殊な星晶獣みたいだし、契約形態が普通じゃないのかもしれないな」

「……そう」

 

 思わぬ情報が引き出せた。つまり俺がワールドと真の契約を結んだところで、オーキスにバレる心配はないということだ。いやまぁ、バレたらバレたらで正直に打ち明ければいいだけの話なんだが。

 

「素でも強いが、星晶獣の力を使うことでもっと強い。十天衆の全力全開ってヤツを知らないからなんとも言えないが、それと比肩するくらいには強いと思うぜ。俺もClassⅣでギリって感じだったしな」

 

 つってもフラウとしか全力で戦っていないが。

 

「へぇ? それは僕達も負けてられないね、スツルム殿?」

「ああ。だがあたし達もこっちに来て色々経験してきた。そう突き放されはしない」

 

 しばらく振りなので、その辺りも気になるところだ。

 

「俺だって色々あったからまた強くなってると思うぜ」

「そうなんだ? じゃあダナンの話も聞かせてよ~。ここに来るまで、なにしてたのかとかねぇ」

 

 ドランクは面白がって聞いてくる。こっちも聞かせてもらったから、俺も話すとするか。

 

「俺の方は簡単だ。空域を渡るために空図の欠片を集めてた。各島々を回ってな。その道中でアマルティアから逃がしたゼオと再会したりここにいない賢者と遭遇したりしたな。残る空図の欠片を探すために“蒼穹”が通った軌跡を辿るのが効率いいから、あいつらがどこへ行ったかを元にメフォラシュに行った。丁度お前らが白風の境に向かった直後だったみたいだけどな。それから後を追わずにダイダロイドベルトに向かうためにザンツと協力して、騎空挺を確保しに行った先でフラウと出会い、騎空挺を直しに行ったガロンゾでゼオを引き入れ、そこでグランサイファーが数日前に盗まれたって話をシェロカルテから聞いた。あいつから“蒼穹”の連中が白風の境にいるようなら迎えに行って、空域を越えたなら安否確認をしてくれって依頼を受けてな。まぁお前らもいるしあいつらがそう簡単に死ぬとは思わなかったから、強いヤツの噂聞いてたそっち先行ったんだけどな。そこでレラクルと出会った、と」

「ひっど~い。もうちょっと僕達の心配してくれても良かったんじゃないの~?」

「こうして生きてるんだから俺の予想は間違ってなかったってことだろ?」

「それはそうだけどねぇ」

 

 それに、グランとジータ達がいて死んだんなら俺がいたとしても一緒に死ぬだけの話だろうしな。

 

「で、レラクル仲間にしてからナルメアとリーシャに声かけて白風の境へ行き、最後の空図の欠片を手に入れて空域越えたってわけだ。まぁ空域越えて早々戦争に巻き込まれる辺り運がねぇな」

「……でもダナンが空域越えてすぐ再会できたから、運がいい」

 

 俺が言うと、オーキスに否定される。なるほど、そういう見方もあるか。

 

「それもそうだな。……で、戦争にいたガイゼンボーガが賢者だったから引き入れたって感じだ」

「そこはギルベルトも誤算だったろうねぇ。ま、フォリア様の噂だけで充分な効力を発揮したんだけど」

「ふぅん。じゃあ手駒を一つ奪っちまったわけか。しかもイスタバイオン軍と協力してるって考えるとギルベルトとはもう対立しちまってるかもな」

「そうなの~?」

「ああ。だって白風の境でハル様ってヤツを囲ってた連中をイスタバイオン軍倒して解放しちまったし」

「あ~。まぁいいんじゃない? 黄金の騎士様も目的の人物さえ手に入れば、特に用はないでしょ」

「だといいんだがな」

 

 こいつらが世話になった礼はちゃんとしなきゃだが、既に手を出しているのがちょっと不安だ。まぁなるようになるだろ。

 

 ということで、その後も他愛のない話をしながらレム王国へと向かった。

 ……オーキスをいつまでも抱えていることに不満を漏らし始めて言い合いが始まったのは、ちょっと他所でやって欲しいと思ってしまった。一応渦中の人なんだが。




若干“蒼穹”の説明がくどくなりつつあります。
本編暁の空編を知っているのであれば全然読み飛ばせます。ここまでの旅路のおさらいなので。


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黄金の騎士

一応この人の味方につきます。まぁドランク達いますしね。


 レム王国に着いた俺達は、大勢で押しかけるとややこしくなるということで、警備の一角としてイスタバイオン軍の部隊のいない場所に配置させられていた。とはいえ俺は黄金の騎士の下へ、ということで王宮の一室に案内されていたのだが。

 

「報告を聞きましょう、と言いたいところですが。そちらは?」

 

 冷静な物言いでオーキス、スツルム、ドランクの三人に連れられた俺を出迎えたのは黄金の鎧を身に纏った女性だった。兜を被っていないことからもそうだが、黒騎士と違って全身が鎧に覆われているわけではないので細くくびれた腰が見えていた。

 銀髪のエルーンだった。

 

「僕達が入る騎空団の団長だよ~。戦力になると思って連れてきたんだ~」

「そうですか」

 

 ドランクは普段と変わらない様子で彼女にそう告げた。すると黄金の騎士は黄色の瞳でじっと俺を見つめてくる。

 

「どうかしたか?」

 

 怪訝に思って尋ねた。

 

「いえ。貴方の顔に見覚えがあるような気がしまして」

「? 初対面だと思うぞ? アウライ・グランデに知り合いはいねぇしな」

「ええ、そうですね。ですが確か城の書斎に……」

 

 顎に手を当てて考え込み、やがてはっとしたような様子を見せる。

 

「思い出しました。確か黒騎士になった後管理が面倒だとかで島一つを落とした愚か者の絵に似ているのです。目の色は違いますし年齢も離れていますが」

 

 ……おや。こんなところでもあいつの話題が。

 

「あれ~? でも黒騎士ってぇ、確か長い間いなかったんじゃなかったけ~?」

「よく知っていますね。いえ、貴方なら当然でしょうか。……記録から抹消されたのです。男が黒騎士になってから三日で追放され、管理という管理もしていなかったそうですから。汚点として抹消されたのだったかと思いますが」

「ああ、納得。多分そいつ俺の父親だわ。赤目だろ?」

「はい、その通りです。……奇妙な縁ですね」

「まぁ、あいつは各地で色々やらかしてるらしいし、七曜の騎士にヴァルフリートがいるってんなら気紛れでなろうとするだろうしな」

「ええ、私の記憶でもそのような理由だったかと」

 

 やっぱりな。あいつ思いつきでなにやってんだか。どうしようもねぇな。イスタルシア行くとか言ってやがったが、その道中でもなんかやってんじゃねぇだろうな。というかちゃんとイスタルシア行ってんのかあの野郎。

 わからないことを考えても仕方がないんだが。

 

「まぁクソ親父の話はどうでもいい」

 

 俺は言って本題に戻す。

 

「こいつらは俺の仲間なんでな。あんたのところで世話になってたんならそれに報いる必要がある。あんたに協力するのは吝かじゃないってことだな」

「そうですか。戦力の増強は有り難いことですが、信用できるかどうかは……良しとしましょう。これまでその三人はよく働いてくれましたからね」

「そりゃ助かる」

 

 アポロと因縁があると言うからどんなモノかと思っていたが、意外と話のわかるヤツだった。

 

「では報告を聞きましょうか」

「はいはーい」

 

 ドランクは軽い調子で言うと懐から紙を取り出して手渡す。

 

「……これは」

 

 書類に目を通す黄金の騎士の表情が、驚きに塗り替わっていく。

 

「いやぁ、驚くよねぇ。でもそれが僕達が調べた事実だよ」

「あたし達は仕事に対しては誠実だ。こいつの態度はいつだって軽薄だがな」

「こんな時まで貶さないで欲しいんだけど、スツルム殿?」

 

 この中で俺だけ置いてけ掘りなのはちょっと困る。

 

「一体なんの話だ?」

「……私は彼らを白風の境で見逃す代わりに協力するよう取りつけました。そしてナル・グランデ空域に来てから、緋色の騎士バラゴナの狙いについて調査を依頼していたのです」

「ほう、あいつの」

「その結果がこれです。これから協力するというのであれば、ある程度事情を知っておいた方が良いでしょう」

 

 そう言って読み終わったらしい書類をこちらに手渡してくる。それを受け取り内容に目を通して、俺は眉を顰めた。

 

「……へぇ」

 

 ……あの温厚そうなヤツの裏に、こんな真意があったとはなぁ。

 

 俺は内容にざっと目を通してから紙を黄金の騎士に返す。白風の境にいたヤツらの言ってたハル様ってのが、おそらくこの書類に書いてあるハルヴァーダ様ってわけだな。どうやらハル様とやらは殺されるはずだったトリッド王国の末子だったようだ。

 三人が集めてきた情報を元に書かれた報告書の内容は主に二つ。

 

 トリッド王国の王族を皆殺しにしたのはバラゴナだということ。

 ナル・グランデに聳えるグレートウォールは島一つなど簡単に消滅させられる巨大兵器であるということ。

 

「……」

 

 黄金の騎士は今一度書類に目を落としてから物憂げに窓の外に目をやった。

 

「……ギルベルトが……不安? あの人は怖い、嫌な感じがする。幽世の力だけじゃない。……あの人は多分、危ない」

 

 そんな彼女にオーキスが告げた。視線をそちらに向けてから、黄金の騎士は頷く。

 

「同じ真王陛下の配下でありながら、バラゴナとギルベルトの行動には不可解な点が多い。貴方達に調査してもらった内容にしてもそうです。これだけのことを陛下が知らないはずはない。しかし、だとすればどうして見逃されているのか……その理由がわからない。トリッド王国の崩壊には我々が知る以上に裏がある。それがバラゴナやギルベルトの独断による暗躍なのか……」

 

 ぽつぽつと内心漏らすように話し、一旦口を閉じる。

 

「……信じたくはないが、父上、真王陛下が私には話してくださっていない、なにかがあるのか」

 

 そう吐いた声は弱々しかった。……こいつ、真王の娘なのかよ。それは知らなかったな。真王がアウライ・グランデにいるってのはイスタバイオンと関わりがあるからっていう理由なのか。

 

「真王ってヤツはあんたの父親なのか」

「……ええ」

「なるほど」

「でねぇ、黄金の騎士ちゃんは真王陛下に心酔してるんだよ~」

「あ、なる。そりゃアポロと気が合わねぇわけだな」

 

 ドランクの茶々に納得して言った。彼女の顔があからさまに顰められる。

 

「あの女と関わりがあるのですか?」

「まぁファータ・グランデで色々やってきたしな。ってかこいつらも黒騎士の一味だったんだぞ」

「……」

 

 どうやら伝えていなかったらしい。今までの信用がガタ落ちになるくらいの目を向けられていた。

 

「もうダナンってば折角秘密にしといたのに~。ねぇ?」

「全くだ。ここにいることはあいつと関係ないから、言う必要がないだろう」

「……アポロと仲悪そうだったから、言わなかったのに」

 

 三人から文句を言われてしまう。

 

「……はぁ。今更貴方達を疑うような真似はしません。これまでで腕が立つことはわかっていますので」

「意外と話がわかるんだねぇ」

「色々と、ここ最近考えることが多いというだけです。余計な不安材料を増やさないでください」

「そりゃ悪かった」

 

 俺は肩を竦めて謝った。

 

「失礼いたします! ご報告申し上げたいことが!」

 

 とその時、扉の外から慌ただしい声が聞こえてきた。

 

「許す。入れ。なにがあった?」

 

 黄金の騎士は気を引き締め平坦な声で告げる。すると扉が勢いよく開きイスタバイオン軍の兵士が入ってきた。

 

「はっ! 城下でレジスタンスと交戦した者から報告がありました! レジスタンスの中に、イデルバ王国軍と思われる者が数名混じっていたとのことです!」

「……来たか。すぐに向かう」

「はっ! ご武運を」

 

 火急の用件とはそういうことだったらしい。……フォリア奪還に来たあいつらだろうな、このタイミング。

 

「私はこれから侵略者の対処に当たります。貴方達はもし――彼ら若しくは誰かしらがハルヴァーダ様か姉さんを連れ去ったならその者を捕らえてください」

「姉さん?」

「イデルバ国王フォリアのことです」

「あん? ……どう見ても逆じゃねぇか?」

「……姉さんは生まれつき魔力が強大すぎて肉体の成長すら遅れていますから。私よりも年上になります」

 

 見た目は俺より年下だったのにな。黄金の騎士はおそらくアポロと同じくらいの年齢だろう。

 

「ふぅん」

 

 姉のことを話す時に少しだけ翳りが見えた。劣等感でも抱いてるんかね。

 

「一応言っておくが“蒼穹”の連中の前に俺は姿を出さない。ここにいるはずのないヤツとして扱ってくれ」

「? まぁ、いいでしょう。元々ある戦力というわけでもありませんので」

「悪いな。代わりと言っちゃなんだが、あんたが誰かの命令とか使命とか関係なく自分のやりたいことが見つかったら、その時は手ぇ貸してやるよ」

 

 お決まりとなり始めたセリフを口にする。黄金の騎士の顔が少し驚いたようになる。

 

「……やりたいことがない、と?」

「少なくとも迷ってはいるんじゃねぇか? さっき会ったばっかりだがそれはわかった。それにドランクは『真王に心酔してる』って言ったがさっきあんたは真王に不信感を持ち始めたようなこと言ってたからな。それだけわかればこれまで真王の言いなりだった可能性と、これからの立場ってヤツを迷ってるんじゃねぇかと思った」

「……」

「だから真王の命令とか、七曜の騎士としての使命だとか、そんなモノに縛られねぇあんたのやりたいことが出来たら、手ぇ貸してやるって言ったんだよ」

「……あなたは」

 

 黄金の騎士は驚いているようだ。まぁ材料はあったし、なにより俺の観察力はアポロのお墨つきだ。ずっと前、出会って間もない頃からのな。

 

「……。そういえばまだちゃんと自己紹介をしていませんでしたね」

 

 黄金の騎士はなにを思ったのか、真っ直ぐ俺に向き直り俺を見据えてきた。

 

「七曜の騎士が一人、黄金の騎士。アリア・イスタバイオンです。あなたはどうやら、油断ならない人のようだ」

 

 どうやら彼女は俺を認めてくれたらしい。すっと右手を差し出してくる。どんな理由かはイマイチよくわからないが。

 

「“黒闇”の騎空団団長、ダナンだ。七曜の騎士にそう言われるとは光栄だな」

 

 今までは適当な肩書きだったが、今はちゃんと団長として名乗ることにした。俺も右手を差し出し黄金の騎士と握手を交わす。

 

「では私はこれで。貴方達もすぐに移動しなさい」

「了解~」

 

 黄金の騎士は冷静に告げると踵を返しすたすたと立ち去ってしまう。

 

「いやぁ、流石はダナンだねぇ。観察力で言うなら僕よりも上だったりして~」

「どうだかな。俺のはただの染みついた習慣だ。なにより、なんだかんだ顔に出るタイプみたいだしな」

「まぁわかりやすいっちゃわかりやすいよねぇ。その分こっちはやりやすくていいんだけど」

「ああ、そうだな」

 

 俺はドランクと顔を合わせて笑い合う。

 

「……こいつら組ませると碌なモノにならないな」

 

 スツルムの呆れた声が聞こえた気がするが、今は置いておく。

 

「……ダナンがまた新しい女作ろうとしてる」

「してねぇよ。ってかまたってなんだ」

「……フラウとか」

「いやそれはまぁ、なんつうか」

「……あの人に手を出したら、アポロに言いつける」

「それはやめてくれ」

 

 オーキスのはなんと言うか見当違いではあったが、後の火種になりかねないのでやめて欲しい。

 

「じゃあ僕達はこれからフォリアちゃんとハル君連れ出しに行くから」

「うん? 連れ去ったらって話じゃなかったか?」

「え~? 二人の安全を確保するなら、連れ去られるより先に連れ出した方がいいんじゃない? 結果的に助けられればいいんだから、文句は言われないと思うけどぉ?」

「ま、そうだな。じゃあそっちは頼んだ。俺はあいつの言う通りもしお前らが突破された時の場合に備えて適当に待機しておく」

「了解~。じゃあ僕の宝珠を渡しとくね~。わかってると思うけど、一つはレラクル君に渡しといてね~」

「当たり前だ。じゃあまた後でな。精々不意打たれて死ぬんじゃねぇぞ」

「もっちろん~」

「またな」

「……他と仲良くしてたら怒る」

 

 ドランクから宝珠をいくつか受け取り、俺は三人と別れた。……なんかオーキスはいつもそういう風に言ってくるようになったんだが。いやしかし一々忠告しないとダメと思われるようなことを俺がしているのが原因とも言えなくもない。

 俺はそんなに無節操に見えるんだろうか。少なくともグランやジータよりは節操あると思ってるんだが。

 

 ……難しいな。



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最強の懐刀

あくまで裏に徹しようとするダナン君。
そんなダナン君の前に立ちはだかるのはあの二人です。

またちょっとストーリーの裏感出てきましたね、最近。

あと更新が遅れてから感想が来なくなったので盛り下がっているのかなと思っていたら日間ランキングに乗っていました。……なぜだ。いやまぁ、感想の有無とランキングに関係はないんでしょうけど。
皆様、本当にありがとうございます。


 アリアが立ち去り、三人とも別れた後。

 

 俺は待たせておいたヤツらと合流した。

 

「“蒼穹”が到着した」

「わかってる。だからアリアが行ったんだ」

「……また女の名前?」

 

 レラクルの報告に返したら、フラウがトーンの下がった声音で言ってきた。

 

「いや黄金の騎士のことだよ。一々黄金の騎士って呼ぶのが長くて面倒ってだけだ」

「ふぅん? だといいけど」

 

 なぜだろう、最近同じような目を向けられることが増えてきた気がする。

 

「兎に角。俺達は“蒼穹”の前に姿を出さないつもりだから、もし誰かが捕らえてる二人の要人を連れ去ろうとしたら止めるってことで。まぁそれもあいつらがミスったらでいい。さっきの三人も確保に動いてるから、余程のことがなけりゃ連れ去られることはねぇと思うがな」

 

 俺は言って、ドランクから借りた宝珠をレラクルとリーシャとフラウに手渡す。一個は俺の手元に置いておく。

 

「配置は適当でいい。なにかあっても連絡が取れるように宝珠を持ってるヤツの周辺にはいてくれ。レラクルは例外として影分身使って各地に配置。動きがあったら伝えてくれ」

「既にやっている。牢のある方と“蒼穹”が向かった地点に一人ずつ」

「それ以外にも何人か頼む。連携の要だからな」

 

 俺は指示していき、それぞれ団員を配備する。なにやらガイゼンボーガさんが興奮していたが、まぁいい。やる気を出してくれるならな。

 

 しばらく経過し、欠伸が出るのを堪えながら待っていると持っていた宝珠が光を帯びた。

 

『ギルベルトがフォリアを連れて出てきた。あの三人が後を追っている。――“蒼穹”も出てきたようだ。星晶獣と七曜の騎士が、向かったはずだが』

 

 レラクルからの報告だ。どうやらあいつらはレム王国の星晶獣を打倒した上に、待ち受けていた七曜の騎士まで退けてしまったらしい。とはいえ本気の黒騎士にすら勝っていた連中だ。教えの最奥とやらで仲間が強くなったことを考えれば妥当だろう。無論それでもアリアとバラゴナの二人が向かったはずだから、脅威と言う他ない。あの二人を倒すだけの力が、果たして俺達にあるかどうか。アポロがいればまた別だが、今の面子で勝てるのか?

 

『三人がギルベルトと交戦中だ――待て、別方向から妙な三人組が出てきた。白い全身甲冑を着込んだ者と、豪勢な装飾を纏う老いた男と、ドラフの少年だ』

「あん?」

 

 俺は怪訝に思って聞き返す。

 

『白い騎士がこちらを見てい――』

「おい?」

『……影分身が倒された。まさか僕の隠密を見破るとは思わなかった』

「……」

 

 レラクルの隠密は一流だ。俺でも気配を察知できないほどである。それを見破るような白い全身甲冑の騎士……まさかな。

 

「おい、レラクル。どっちの方向だ?」

『倒されたのは、リーシャさんとナルメアさんのいる方向だ』

「……チッ。白い騎士と一緒にいた老人の姿について詳しく教えろ」

『銀髪。頭部の耳からエルーンと思われる。鬚を生やしている』

 

 銀髪のエルーンだと? そういえば確かアポロが言ってたな。

 

 ――白騎士は真王の懐刀だと。

 

 クソ、嫌な予感がする。なによりこの会話を聞けるはずのリーシャから応答がないのが厄介だ。

 

「……レラクル。お前は様子を見続けろ。決して本体が戦おうとはするな」

『……了解』

「ゼオ、フラウ、ガイゼンボーガに伝えろ。もしギルベルトが“蒼穹”からも逃げ果せるようなら、連れ去ったヤツを最優先に足止めしろって」

『わかった。団長はどうする?』

「リーシャとナルメアのところへ向かう。お前はさっきの三人組の方を見ていなくていい。……そいつらはヤバい」

『わかっている。気をつけるといい』

「ああ」

 

 俺は彼と通信してから二人がいるはずの地点へと走った。

 その途中で、宝珠が光り始めたので魔力を込めて通信をすぐ開始させる。

 

『こちらリーシャ! 白い騎士にナルメアさんが――きゃぁ!』

「リーシャ!? おい! ……クソッ!」

 

 切羽詰まった声で、すぐに途切れてしまった。……チッ。遅かったか。

 俺は宝珠をポケットにしまい、そして到着する。

 

「……リーシャ、ナルメア」

 

 俺が到着した時には既に決着していた。

 

 白い全身甲冑の騎士に、老いた男性エルーンに、青褪めた様子のドラフの少年。レラクルが発見した三人組だろう。

 そして彼らの近くにはナルメアとリーシャがそれぞれ血塗れで倒れていた。既に意識はないのか、ぴくりとも動く様子がない。

 

 俺は三人を無視して倒れるナルメアへと歩き、息がないことを確認した。抱え上げてリーシャのところに持っていき、彼女も生きていないことを確かめる。

 

「リヴァイブ」

 

 蘇生を二人に使って生き返らせ、ジータの時のように心肺停止状態になっていないかを確認する。

 

「……けほっ、けほっ」

 

 ナルメアの意識はすぐに戻らなかったが、リーシャは咳き込みながら目を開けた。

 

「……あ、れ? 私……」

 

 戸惑う彼女の頬にそっと手を添える。ちゃんと温かい。

 

「……リーシャ。悪いがナルメアを頼む」

「は、はい……」

 

 それだけ伝えると二人から離れて三人を振り返る。

 

「……ああ、クソ。これは無視できねぇなぁ」

 

 吐いた言葉は自分でもわかるくらいに震えていた。……いや、ここまで来たら取り繕う必要もねぇか。

 

「――バニッシュ。とりあえずてめえから死ね」

 

 俺は瞬時に老人の背後に回ると掌を差し向ける。だが俺が存在ごと消去する前に白い籠手が腕を掴みぶん投げられる。身体を捻って着地したところに白騎士が剣を抜いて迫っていた。

 

「邪魔すんなよ」

 

 俺は剣を避けて手を伸ばし、とんと胸部に触れる。ディコトムスにやったのよりもっと強い衝撃へと創り変えて大きく吹っ飛ばしてやった。

 

「聞いた話じゃ白騎士ってのが七曜の騎士最強だったんだが。大したことねぇな。『ジョブ』使ってねぇ俺に避けられるなんてよ」

 

 言いながら、沸々と湧く怒りを抑えようとする。わざと軽い調子で言えばそれに釣られるだろうと思ってのことだ。

 

「御子の代用品か」

 

 そこで男が口を開いた。

 

「あ?」

 

 眉を寄せて聞き返しつつ白騎士から意識は外さない。ヤツはゆっくりと男の隣に戻ってきていた。

 

「御子ですら二人もいるというのに、その上代用品など不要」

 

 男の言葉の意味はよくわからないが、とりあえずバカにされていることだけはわかった。

 

「初対面で代用品だの偉そうな口利いて、あんた友達いないだろ。護衛が一人だなんて随分と疎かだなぁ、真王陛下?」

 

 真王を名乗るヤツはアリアの父親だと聞いた。髪色と種族が一致し七曜の騎士を従えているというのなら間違いないだろう。

 

「代用品にしては、よく調べている」

「……さっきから代用品代用品と神経を逆撫でするヤツだな。自分が殺されようとしてるっていう自覚が足りねぇらしい」

 

 俺は言って、真王と白騎士を襲う無数の剣拓を想像、創造する。が、白騎士が渾身の一振りで全て薙ぎ払ってしまった。アポロより上と考えればまぁ当然か。

 

「そう簡単に倒せるとは思ってねぇが……まぁ倒せねぇとも思わねぇな」

 

 俺は言って、肩に担いでいた革袋を下ろし口を緩めて武器を取り出す。ブルトガングとイクサバだ。

 

「【クリュサオル】」

 

 ClassⅣの『ジョブ』を発動し二つの武器を構えた。

 

「『ジョブ』か。代用品の分際で忌々しいことだ。親子揃って」

「……」

 

 こいつ俺を煽ってきすぎだろ。一周回って冷静になってきたぞ。

 こいつが言っている代用品ってのは、おそらくグランとジータに対する代用品という意味合いだ。生憎あいつらの代わりなんて死んでもご免だしできるとも思っていない。ってことはあの二人が御子と呼ばれている存在ということになる。しかも親子揃ってということは、おそらくクソ親父も俺がグランとジータの代用品であるのと同様に、双子の父親の代用品だったのだろう。とはいえ代わりがそれぞれ務まるかと言われてしまえばノーと答える他ない。つまり完全な互換ではなく役割や能力的な互換と考えられる。とはいえ能力的にもあいつらの代わりなんて俺に務まるわけもねぇが。

 

「……はぁ。呼び名からして偉そうだとは思ってたが、ここまでとはな。真の王を自称するなんて笑わせやがる」

「私はこの空の正統な支配者だ」

 

 自称じゃないってか。

 

「まぁ、そんなのはどうでもいいか。丁度いいところに出会ったんだ、ちょっと聞きたいんだが――なぁ、真王の座ってどうやったらあんたから奪えるんだ?」

 

 俺は喋っていてある程度落ち着けたので、ニヤリと口端を吊り上げて笑った。途端に白騎士が突っ込んでくる。どうやら感情やなんかは見えないが、怒っているらしい。

 

 白騎士の剣を二本の刀剣を交差し受け止める。鍔迫り合いをしながら雷を落として白騎士の身体にダメージを与え、押し返した。直後にもう一発落雷を叩き込み、白騎士に攻め込んでいく。

 

「それは不要だ。始末して良い」

 

 そこに真王が命令を下す。途端に白騎士の動きが加速した。流石に最強の七曜の騎士だけはあって強い。二刀流の片方で受けられる程度の速度に変わり、しかも一撃の重さは両手分なので押し返される。……チッ。真王の命令がなけりゃ本気を出さないってか。忌々しい野郎だ。

 

「言いなりで従順、そんな駒しか扱えねぇようならてめえに上に立つ才能がないって言ってるのと一緒だろうが。上に立つ気があんなら、清濁併せ呑むぐらいしてみろよ。名ばかりの支配者ほど恥ずかしいモノはねぇな」

 

 真王への挑発ではあるが、同時に白騎士の動揺を誘って隙が生まれないかという試みでもある。だが流石にそこまで未熟ではないらしく太刀筋がブレることはなかった。

 本気になったらしい白騎士相手では、俺一人ではキツいらしい。切り結ぶ内に俺の傷がどんどん増えていった。二刀流とワールドの能力の両立による攻撃も、ワールドの能力での攻撃は当たるが大してダメージが入っている様子ではなかった。これは俺の想像力のなさなのか、持っているカードの枚数による低下なのか、それとも向こうの防御力が高いのか。確かなことは言えないがまだまだ課題は多いらしい。

 

「ぐっ……!」

 

 そして、胸当てが切り裂かれて身体まで傷が通ってしまう。怯んだ俺に対し追撃をするためか、剣を左腰に構えて腰を落としていた。白い光が剣に集まっているのが見える。強力な一撃で、俺を消し飛ばすつもりのようだ。

 

「はっ」

 

 俺は笑い、まずイクサバで無双閃を放ち溜めを妨害する。だがそのままの姿勢が耐えられてしまった。これは防御が高いという認識で良さそうだ。無論本命はもう一発の方なので、ダメージが多少あっただけでも儲けモノだろう。

 

 声を発さず、白騎士は溜め込んだ一撃を解き放つ。辺りを白い光が包み視界すら上手く働かなくなる。

 白騎士の一撃に対抗するのは、やはりこれだろう。

 

「――黒鳳刃・月影」

 

 俺は幾度となく身体で受けた黒騎士の一撃を再現する。

 白騎士が放った白い波動に剣を叩きつけると虚空にヒビが入っていき、砕け散ったところで波動を押し返し闇の奔流が放たれる。

 

 黒と白の一撃が鬩ぎ合い、辺りの建物やなんかを吹き飛ばしていく。……だが、これは押されるな。溜めの短さをイクサバの強化で補う形にしたが、多分カードの枚数が少ないことで再現度が低くなってしまったのだろうと思う。アポロが放った奥義なら相殺どころか押し返していたはずだ。

 

「……チッ」

 

 俺は舌打ちして、闇の奔流を押し返した白の波動に呑まれる――前に『ジョブ』を解きバニッシュで()()()()()()()()()。腰に提げている銃を抜き放ち後頭部目がけて即座に引き鉄を引く。が白騎士に突進されたせいで狙いが外れ頭を掠めるだけに留まった。

 

「……この、彼方まで吹っ飛びやがれ」

 

 俺は右手をなんとか白騎士の鎧に当てて、衝撃を増幅させ吹っ飛ばす。想像の中では空にキラーンと光る星と化す予定だったのだが、それでも街並みに突っ込ませる程度に留まった。

 だが突進のせいで肋骨がおそらく逝っている。真王抹殺には失敗するし、今回は負けだな。

 

「……ここで無駄な時間を費やす必要はない。行くぞ」

 

 真王は俺がただでは死なないと思ったのか、白騎士に告げて踵を返した。即座に駆けつけた白騎士も隣に並ぶ。多少ダメージはあるだろうが、まだまだ余裕だろうな。ドラフの少年は少し戸惑っているようだが、俺に勝ち目が薄いことはわかっているのか二人についていこうとする。

 

「おい、あんたがハル様か?」

「えっ?」

 

 俺はそこで、少年に声をかける。驚いたようにこちらを見てきて「は、はい」と頷いてくれた。

 

「なら一つ伝えておく。白風の境にいた連中は全員無事だ。人質に取られてはいない」

「っ……!」

 

 ハルの顔から血色が戻っていた。そして真王が僅かに歩を止める。だが些事と判断したのか何事もなかったかのように歩いていった。

 

「あ、ありがとうございます」

「連中に頼まれてたが、助けてやれなくて悪いな。後で、頼もしいヤツらが行くと思うから勘弁してくれ」

「は、はい」

 

 俺は言って怪我を押し一緒にいる二人の下へ歩く。

 

「ナルメアの様子は?」

「容態は安定しています。意識がないだけで、すぐ目が覚めると思いますよ」

 

 看てくれていたリーシャに尋ねるとそんな答えが返ってきて、ほっとする。

 

「そうか。ならいい。……ったく。こんなところで真王の野郎と出くわすことになるとはな」

「はい……ナルメアさんを不意打ちとはいえ一撃で倒したという動揺もありましたが、あそこまで強いとは思いませんでした」

「俺もあのまま戦ってたら死んでたな。用事があって助かった。とはいえ、このままじゃ終われねぇよな」

「はい。私も、不甲斐ないままで終わる気はありません」

「そう言えるならそれでいい」

 

 俺はよしよしとリーシャの頭を撫でてやる。

 

「な、なにするんですか?」

「いや、お前真面目だから『手も足も出ず殺されるなんて……』とかって悩みそうだったし」

「……」

「だからそうやって次に繋げられるのはいい変化だなって思ってな」

「……そ、そうですか」

 

 素直に褒めたからかリーシャは照れたように頬を染めている。

 

「……ん、うぅ」

 

 そこでナルメアが呻き目を薄っすらと開ける。と、一度開いてからもう一度目を閉じてしまった。

 

「……ダナンちゃんの撫で撫でがないとお姉さんは目覚めません」

「ふざけてる場合かよ」

 

 仕方のないヤツだった。頭を撫でてやってきちんと体温があることを確認する。

 

「ごめんね、ダナンちゃん。お姉さん、ダナンちゃんのために強くなろうと思ってたのに」

「気にすんな。今回は相手が悪かった。と言ってられない可能性もあるし、これから頑張ればいいだろ」

「うん」

 

 しかしナルメアの不意を突けるとはな。レラクルの影分身を見破ったこともあるが、真っ向からの戦闘も強いが搦め手も得意なのかもしれない。

 

「立てるなら行くぞ。あいつらと合流してギルベルトがどうなったかを聞かねぇと」

 

 言って、二人を連れ自分の回復をし移動を始めるのだった。




リヴァイブができるからと言って二人も殺させてしまった……。
ナルメアは魔改造フラグが立っているというのに。

まぁでも、白騎士は多分それくらいの強敵です。


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隠者の出会いは唐突に

タイトル通りの、四人目です。めっちゃ強引にいってしまいました……。

というかこの人って立場的に引き入れるのが難しくて難しくて。
結局割りとフェイトエピソードに沿った形でいきました。


 ゼオ達と合流しようと思った、のだが。

 

 こんな時でもカードは熱くなる。今までは弱かったのか気づかなかったが、どうやらこの島に賢者がいるらしい。

 

「あ、悪い。ちょっと用事できたから俺寄り道するわ」

「えっ?」

「隠し事はダメだからね?」

「賢者がいるっぽいから会いに行くだけだ。別に危険なことするわけじゃねぇよ」

「そっか。じゃあ後でね」

「ああ」

 

 というわけで、二人と分かれてカードの熱を頼りにその辺をうろちょろしてみる。フラウの時のように様子を窺うようなことはしていないのか、俺が歩けば距離が縮まっていた。

 そうして手に持ったカードの熱を頼りに彷徨っていると、

 

「あん?」

 

 思わず目を細めて怪訝な声を上げてしまう。

 それは人が宙に浮いていたから、ではなく。

 

「ん~むにゃむにゃ……」

 

 その浮いている爺さんが眠っていたからである。

 

 今まで見てきた賢者達同様、赤いケープをつけた紺色のローブを纏っている。白く長い鬚と眉毛が特徴的で、頭の天辺から一房だけ伸びた白髪もそれなりに長い。一目でわかるようにハーヴィンの男性だ。賢者と対面したからかワールドのカードから熱が去っていった。

 

「……いやこんな寝てるヤツとどう会話しろってんだよ」

 

 どうしたらいいモノか、と頭の後ろを掻く。試しに叩き起こしてみるかと思ったのだが。

 

「心配はいらんぞ、ワールドの契約者」

 

 なんと爺さんが喋った。しかも寝言という感じはなくはっきりと応えた形だ。

 

「……寝ながら喋っただと?」

「むにゃむにゃ……ワシは大魔導士エスタリオラと申す者。早速じゃがワールドの契約者よ。ついてくるのじゃ」

 

 俺が驚く間もなく、エスタリオラと名乗った老人はまた別の絵柄が描かれたカードを取り出した。光が放たれたかと思うと、確かロベリアにやられた時と同じく場所が移り変わる。覇空戦争時代を模した、とかあいつは言ってやがったか。変わり果てた景色を眺めるのもそこそこに、俺はエスタリオラへと鋭い視線を向ける。

 

「どういうつもりだ、爺」

「……すまんが、ワシに協力しなければここからは出られんよ。ここを出たくばワシの言う通りに、ヤツらの企みを阻むのじゃ」

 

 眠っているのは変わらないが、神妙な声音だった。

 

「なに?」

「お主がどこまでワールドから計画を聞かされているのかは知らん。じゃがお主がカードを集めワールドの力を得ていくことが、ワールドが全能を発揮し新世界を創造するその目的に通ずる。ワシは、ワシの契約主含め『アーカルムシリーズ』の星晶獣の企みを良しとはせん」

「だからワールドの契約者である俺を、阻む側に協力させようってか。とんだ爺だな」

 

 要は、こいつには俺にカードを渡すつもりがないということでもある。好きに生きているヤツらとばかり出会っていたが、こいつはまた厄介だ。なまじ頭がいいだけに、騙されているということもなく企みを知った上で阻もうとしている。

 

「だがそれならなぜ俺を殺さない。協力させるより、ワールドが力を得られないように契約者を端から抹殺した方が確実だろ」

「それはそうじゃが……ワールドは兎も角、お主に恨みはないでの」

「そうかい」

 

 つまりカードを獲得するにはこいつから信頼を得る必要があるのだが、こいつはワールドの企みを阻止するため俺にカードを渡す気がない、と。

 

「……しょうがねぇ。依頼を、聞こうか。悪いがさっさと出たいんでな」

「それでこそワールドの契約者。では頼もうかの」

 

 一応、ロベリアの時に入ってわかったがここでは時間の経過がない。それか遅い。後者だった場合何日もかけてしまうと何時間もいないことになってしまうので、手早く片づける必要があった。

 

 

 それから俺は一日中駆け回ってエスタリオラの依頼をこなしていくことになる。……時折肩叩きが混じっていたのは老人故か。

 

 そして二日経った昼。一度作ったらその後は毎回作れと言ってきた俺の飯を食べた後に、エスタリオラは言った。

 

「お主、なぜそこまで早く元の世界に戻ろうとしておる」

「あん?」

「ワシに協力するしか道はないとしても、ワールドの目的である新世界創造が叶った時、今の世界は消滅する。そんなワールドに協力する契約者は、少なくとも世界の有無に興味のない者だと思っておったのだが」

 

 彼の言うことは、ほぼ正しい。俺は世界に未練なんてない。世界を守ろうとは思わない。

 

「そんなのは簡単だ。俺は別に、世界に興味はねぇからな。だが……俺の周りにいるヤツは別だ。あいつらだけは、俺が、例え世界を敵に回したって守り抜く。そう思ってるだけの話だ」

「……」

「だからワールドがこの世界を滅ぼしたって別にいいんだよ。もちろん、俺の障害になるなら話は別だがな」

 

 ワールドがもし新世界とやらに俺達を連れていかず、ただあいつのためだけの世界を創るならそれを許すわけにはいかない。世界の全てを守るなんて豪語はできないが、少なくとも自分の周りにいるヤツくらいは守りたい。

 

「……そうか」

 

 エスタリオラはなにを思ったのか、神妙な面持ちで頷いた。

 

「……他の賢者とは、どんな様子じゃ?」

 

 世間話の体で尋ねてくる。やはり誰も関わりはないらしい。

 

「一人目は快楽殺人鬼。二人目は生まれ持ったチカラに悩む女性。三人目は重度の戦闘狂。四人目は眠りながら話す爺さん」

「ワシで四人か……しかし妙な連中ばかりのようじゃな。ワシも大概じゃが」

「賢者ってのはどうも変なヤツが多いみたいだからな。こうして話が通じるというか、まともな感性を持ってるだけでも珍しいんじゃねぇか?」

 

 ワールドの目的を阻止してやろう、ってヤツはいなかった。同調、言いなり、反発。なんにせよな。

 それからも他愛のない雑談を続け、午後の依頼のために少し遠出することになった。二日目だが元の場所ではどれだけの時間が経過しているのか見当もつかない。もし星晶獣によって変わるのであればできる限り早くここから出るべきだ。

 

 と焦りつつも落ち着いてこなしていたのだが。

 

「――――」

 

 爺さんの使っている小屋の方から轟音が聞こえて、なにが起こったのかと遠くから眺める。ここからだとよく見えないが、巨大な影があるように見えた。

 

「……チッ」

 

 舌打ちして、なにか予想外のことが起きているのだと思い駆け出した。爺さんになにかあったのなら、俺がここから出られなくなる可能性がある。すると走っている最中突然頭に痛みがやってきた。

 

「っ……!」

 

 思わず立ち止まる。

 

『ワシは愚かじゃった……。全ては驕り、顧みなかったワシの失態じゃ』

 

 エスタリオラの悲痛な声が耳に聞こえてくる。……クソッ、なんだこれ。

 

「……頭痛ぇ。幻聴まで聞こえてきやがる。あの爺さん、なにやってやがんだ」

 

 言って歩を進める。すると少しずつではあるが頭痛が酷くなっているのがわかった。これ以上進むなってか?

 

「上等だ」

 

 だが俺はニヤリと笑うと再び駆け出した。当然エスタリオラの方へと向かう。頭痛は増すばかりだが、俺はカードを集めて賢者と関わりを持つと決めている。そのためには、あいつのカードも必要だ。

 

 進めば進むほど頭痛は酷くなり、幻聴が頻繁に聞こえてくるようになった。脳裏に一瞬、おそらくエスタリオラの記憶と思われる場面が映し出されていく。

 

 とある国の宮廷魔導士として研究を重ねていたが、その研究成果は全て国の者の権謀術数のために使われていたこと。

 それらの研究によって反国王派の首謀者に祀り上げられ、妻を人質に取られたこと。

 そしてその妻が殺されたこと。

 結果エスタリオラの中にドス黒い感情が湧き出てしまい、全てを費やしてでも国を滅ぼしたい衝動に駆られたこと。

 その自分では制御できない激情に駆られて『アーカルムシリーズ』の星晶獣であるテンペランスに縋ったこと。

 そうしてエスタリオラは感情をテンペランスに節制され、妻の死にも波風立たぬ精神を手に入れたこと。

 節制によって生命活動を極限まで減らし、常時睡眠することによって長生きさせられていること。

 

 それから。

 

「憎い! 憎い! 意のままに国を操ろうとする国王も! ワシの研究成果を掠め取り悪用する者共も! ……愚かで救いようのない己も……! 全てが憎いいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 テンペランスに先程、取り上げた感情を返してくれと頼んだことも。

 

「……」

 

 憤怒の表情で魔法を撒き散らし自分が使っていた小屋を消し飛ばした彼は、身を焦がす激情に支配され全てに憎悪を向けていた。その傍らには、脳裏で見えた『アーカルムシリーズ』の星晶獣テンペランスが佇んでいる。女性の姿をした星晶獣だ。両手に水瓶を持っている。

 

「……まぁ、偶には感情を吐き出さなきゃいけねぇ時もあるか」

 

 俺は言って、革袋を下ろし腰のパラゾニウムを手に取った。

 

「あんたの怒り、俺が受け止めてやる。あとついでにそこの星晶獣もムカつくから倒すな。痛いだろうが、加減はしねぇぞ」

 

 俺は言って、【ウォーロック】を発動する。魔導士に対抗するための魔法と、近接戦もこなせることから適任だと考えたのだ。

 

「ワシの魔法で、滅びるがいい!」

「聞けない相談だな!」

 

 エスタリオラが杖を振るうと特大の竜巻が頭上に現れ俺へと向かってくる。竜巻の下から短剣を振り上げ魔力の刃を飛ばすことで両断した。だがエスタリオラの怒りはそんなモノではない。次々と魔法を使ってくる。俺はそれに対処しながら隙を窺った。テンペランスは見守る気なのか動かない。だが油断はしない。この状況を作り出したことがこいつを信用しない理由になる。

 だがエスタリオラの猛攻に対処しながら星晶獣と戦うのはキツい。攻撃が苛烈な彼から倒してしまおう。

 

「死んでしまえ!!」

 

 地面を抉る竜巻が四つ。俺は短剣を持っていない右手を翳して無風の光景を想像し、力を行使する。一気に無効化して素早く距離を詰めるがエスタリオラは自身の周りに風の球体を張った。エーテルブラストを放つが球体に辺り中に入った傍から切り刻まれていった。近寄る者を拒絶するような防壁だ。

 魔法では相手の方が上。だとしたら近接でぶん殴るのが一番。それを彼は俺より早く理解したのだろう。だが誤算だったな。

 

「【レスラー】」

 

 俺はパラゾニウムを軽く放り投げると『ジョブ』を変更して左拳を握り込む。そして風の防壁に突っ込む形で拳を放ち、切り刻まれるのも構わずエスタリオラの顔面に叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

 流石に予想外だったのか彼は吹き飛び、受け身も取れず地面に激突してしばらく転がった。すぐに【レスラー】を解除してパラゾニウムを掴む。

 

「【トーメンター】」

 

 俺は【アサシン】の上位『ジョブ』、EXⅡの【トーメンター】を発動する。

 グランやジータでも変わらぬ漆黒の衣装。漆黒のマントの内側には様々な拷問器具が吊り下げられている。首には枷のようなモノが嵌められており、左手に持った短剣とは別に右手に鎖のついた取っ手がある。鎖の先には重いアイアンメイデンの頭部が繋がれていた。

 

「素直に謝罪なさいな。そうすれば苦痛を受けることはありません」

 

 俺はテンペランスへとそう告げる。だが大人しくするはずもない。

 

「ワールドの契約者。何故邪魔をする」

「私は別にあなた方星晶獣のことなどどうでもいいのです。ただ、守りたい人達が無事でいれば」

「……ワールドの契約者であっても愚昧さは変わらぬか。ここで露と消えるがいい」

「抵抗はオススメしませんが、仕方ないでしょう。存分に甚振ってあげますね?」

 

 俺はテンペランスへとにっこり微笑んだ。制御できない場合はただの拷問厨で誰彼構わず拷問し悲鳴を聞きたがる。……ロベリアに似た気配を感じるので遠慮願いたい状態だ。

 とはいえ拷問官の性分は変わらないのか、Sな性分が顔を出す。イジメるなんて俺の性質じゃないってのに。

 

 テンペランスは臨戦態勢に入り風と水を操って俺に攻撃を仕かけてくる。星晶獣だけはあって強いが、果たしてエスタリオラとどっちが強いかは悩みどころだ。大魔導士を名乗るだけはあって凄まじい威力だった。俺はまともにやり合わなかったが。

 

 投げナイフを使って逸らそうとするがなかなか強力なのか意味を成さない。

 【トーメンター】は【アサシン】の暗器と同じく秘器というアイテムを駆使して戦う『ジョブ』だ。使えるアイテムの効力が上がっている。『ジョブ』全体で見ても一つの『ジョブ』でできる幅が広いのは間違いなかった。

 

「リフレイン」

 

 秘器の一つを使用する。【クリュサオル】のデュアルアーツと同じように奥義を一度撃った後もう一度発動できるようになる。

 

「アポクリファ+」

 

 敵の攻撃を避け、隙を窺いながらも着々と準備を進めていく。奥義の火力を高める効果だ。

 

「オーバーパワー」

 

 普段以上の力を発揮することができる効果。【アサシン】は素早く動けていたのだが、【トーメンター】になるとアイアンメイデンの頭部が重いので動きが鈍る。まぁ身体能力の高まりが増すので引けを取らないぐらいにはなるのだが。

 

「ミゼラブルミスト、アーマーブレイク」

 

 【トーメンター】の力だけでなく、敵の防御力も下げておく。

 

「キリングダガー・B」

 

 【義賊】などが持つブレイクアサシンと同様の効果を付与し、全身に赤雷が迸る。これで準備は完了だ。

 

「麻痺針」

 

 トドメの基点となる針を投擲してテンペランスの動きを止める。星晶獣さえ麻痺して動けなくなる強力な効果を持っている。

 

「睡眠針」

 

 任意の弱体効果の重ねがけ。これが【アサシン】や【トーメンター】の強いところだ。麻痺はかかっている間行動を阻害し、睡眠は攻撃を与えるまで動きを封じその上無防備になるためダメージが上がる。

 

「石化針」

 

 石化は動きを封じる上攻撃すると砕け散りダメージが上昇する。

 ここでテンペランスは無防備にも動きを封じられた状態で硬直した。短い間の効果になるので一気に叩きかけよう。

 

「リゾブル・ソウルッ!」

 

 強化を重ねた上での奥義。闇の斬撃が襲うとテンペランスの身体が脆くも崩れ去る。だがそれで終わりではない。

 最初に使ったリフレインの効果より、

 

「リゾブル・ソウル」

 

 もう一度奥義を叩き込む。威力は下がってしまうが弱体効果を重ねた今の状態には効くだろう。

 そのまま攻撃し続けていると、弱体が終わる前にテンペランスの身体が粉砕され切った。

 

「……ふぅ」

 

 一息吐いて『ジョブ』を解除する。テンペランスは倒したので、エスタリオラの方へと歩く……ヤバいな。血塗れで倒れている。加減する余裕がなかったとはいえ、やりすぎたか。

 

「悪いな、爺さん。強く殴りすぎちまったみたいだ」

「……むにゃむにゃ」

「寝てんじゃねぇよ!」

「すまんのぅ。だがこれでワシはまた眠りに着いてしまった。ワシとテンペランスは運命共同体、一蓮托生。お主の技、痛かったぞ」

「そりゃすまん」

「じゃが死にかけの老体でもできることはある」

 

 回復しようかと思ったのだが、妙に真面目なエスタリオラの声を怪訝に思った直後彼の身体から絶大な魔力が迸る。

 

「お、おい。なにしてんだ?」

「ワシの残り全てを費やして、ここに蓄えた情報を全て消失させる」

「なに?」

「……付き合わせて悪かったの。老人からの最期の願いじゃ。ワールドの新世界創造を、阻んでくれんか」

 

 覚悟を決めたらしいエスタリオラの様子に、しかし俺は首を振った。

 

「ワールドが世界をどうしようがどうでもいい。だが、そんなことよりも大事なことがある」

「なんじゃと?」

 

 目を見張るエスタリオラに対して屈み、手を伸ばす。

 

「言っただろ。俺は世界なんてどうでもいい、人を助けたいだけだって。だからまぁ、なんだ。お前は世界のために死ぬことはねぇよ」

「……」

「カードを渡してくれ。お前の危惧するところはわかるが、俺は俺のために力を使う。俺がワールドの力を使って、ここを消失させる」

「……」

 

 エスタリオラは眠っているままだが、驚いているようだった。

 

「ワールドが俺の仲間に手ぇ出すってんならあいつは俺の敵だ。そん時は――俺と世界(ワールド)を滅ぼそうぜ」

 

 俺は笑って、手を取ってくれるように差し伸べる。エスタリオラは驚いた様子のままだったが、やがて魔力を収めて懐からカードを差し出してきた。

 

「……敵わんの。もしこれでお主がワシを騙していたら、お手上げじゃ」

「はっ。俺がワールドに操られてあいつの思う通りに動いてるかどうかくらい、研究に歳月注ぎ込みまくった偏屈爺だってわかんだろ」

「お主口に容赦がないのぅ」

 

 俺は差し出されたカードを掴む。するとワールドの力がまた一つ解放されたのがわかった。

 

「……これならいけるか。――無に帰せ」

 

 分析の把握範囲が格段に広がっているのがわかった。七枚とか集めたら空域全てを把握できてしまえそうだ。

 この記憶世界の構造など全てを把握し、分析する。今の俺なら問題なく消失させられることがわかり、実行する。

 世界は端から金の粒子へと形を換えていく。丸々一つが消失し、元のライヒェ島に戻ってきた。

 

 爺さんが血塗れのままだとわかり、【セージ】になって回復させる。だがぴくりとも動かない。

 

「……むにゃむにゃ、すぴー」

「寝てんじゃねぇこら」

 

 俺はエスタリオラの身体を踏みつけようとするが、

 

「ひょい~ん」

 

 と浮遊して避けられてしまう。……意識あるんじゃねぇか。

 

「……てめえこら、寝たフリとはいい度胸だな」

「ワシの特技じゃよ」

「いつも寝てんだろうが」

 

 クソ、記憶に触れて色々わかったとはいえ、やっぱり変な爺だ。

 

「愚昧なる我が契約者、及びワールドの契約者よ」

 

 声がして思わず飛び退くと、傍にテンペランスが佇んでいた。無傷の状態だ。確か倒したはず、だが。確かエスタリオラは運命共同体とか言っていたな。彼が完治したから、復活したとでも言うのか。

 

「ワールドの呪縛から、これより解き放たれた。ワールドの契約者によるモノとは思わず」

「ワールドの呪縛? そういや他のヤツから『アーカルムシリーズ』はワールドが創った星晶獣だとか聞いた気がするな」

「肯定する。我らはワールドに創られたが故、ワールドには逆らえぬ」

「それを俺が解き放ってしまった、と。まぁいいだろ、不可抗力だ」

「テンペランス。ワシとお主は一蓮托生、死なば諸共。ワールドの呪縛から逃れ得たと言うのなら、ワシと共に来い。ワールドの野望、阻止してくれようぞ」

「契約者が目の前にいるんだがな。まぁそれなら丁度いい、俺の騎空団に入らねぇか? 監視にもなるしな」

「自分で言うかの。……良いぞ。この大魔導士エスタリオラ、お主の力となろう。共に、世界を倒す日を待っておるぞ」

「ああ、よろしくな」

 

 こうして俺は、四人目の賢者と遭遇し三人目の賢者の仲間を手に入れた。カードも四枚目と、折り返しが近い。なんだかんだ俺も運がいいのかと思い始めている。

 

 エスタリオラに確認したところカードの中に入っていた時間は僅かにも満たない時間だけとのことだったので、すぐに仲間達と合流した。そして自己紹介を済ませてそれぞれにあったことを確認し合うのだった。



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いざグレートウォールへ

ライヒェ島に向かい、グレートウォールへと向かう過程です。
“蒼穹”より少し遅れて参戦します。


 新たな賢者エスラリオラを仲間にした。

 それからゼオ達と合流して一通り自己紹介を済ませる。

 

「あ、じゃあ僕達から報告するね~」

 

 そして互いになにが起こったのかを確認し合うところだ。まずドランクはいつもの調子で手を挙げる。

 

「僕達は“蒼穹"を無視して真っ先に捕まってる二人のところに行ったんだけどぉ、なぜか来てたギルベルトと鉢合わせちゃったんだよね~。彼、幽世の力もあって逃げられちゃった」

「不覚を取った。次会う時はやり返す」

 

 ドランク、スツルム、オーキスの三人でも逃げられてしまったらしい。相当な力なのだろう。

 

「ギルベルトはフォリアちゃんを使ってなにかしようとしてるみたいだねぇ。ハル君の方はいらないみたいだったから置いてきちゃったんだけど」

 

 そこでドランクはちらりと俺の方を見てくる。宝珠による通信やレラクルの情報共有でハルのその後を知ったのだろう。

 

「その後ギルベルトを追いかけて交戦したが苦戦している内に“蒼穹”が追いついてきて、幽世の力なのか異形化したギルベルトをなんとか倒したんだよねぇ。でもフォリアちゃん連れて逃げられちゃってぇ。その後はゼオ君に任せよっかな~」

「おう! まずガイゼンボーガの兄貴がぶン殴って止めたンだけどよ。そこにオレとフラウの姐さんも合流したンだが、異形化するととんでもねェ強さでよォ。結局逃がしちまったンだ」

「と言ってもガイゼンボーガが殴り合おうと躍起になって私とゼオがサポートに回ることになったからだけどね」

「戦いの場では、いつ如何なる時も己が前に出るモノだ」

 

 “蒼穹”プラスうちの三人から逃げ果せただけじゃなく、ガイゼンボーガと戦闘力だけなら随一の三人からも逃げやがったらしい。なかなかとんでもないヤツだったんだな。小物だと思ってたんだが。

 

「と言ってもありゃ正気じゃなかったぜェ、大将。力に呑まれかけちまってる」

 

 ゼオがそう言ったことで、大物感はなくなってしまったが。

 

「……際限なく力を欲してる。その結果、収まり切らなくて潰れそう」

 

 オーキスが苦々しそうに言った。それが事実なのだろう。

 

「で、あとは俺達か。まず別ルートからハルを連れ出した二人がいて、そいつにレラクルの影分身がやられた。それから俺が向かったんだが、到着する前に……ナルメアとリーシャの二人が殺された」

「生きてますけどね」

「不甲斐ないお姉さんでごめんね?」

 

 二人がそれぞれに反応を示す。

 

「俺が駆けつけて蘇生したから良かったが、あいつはヤバい。俺がその後戦ったが、その時の全力全開でも勝てないってことは確かだった」

 

 今はカードが一枚増えたので多少マシになるだろうが。

 

「で、そのハルを連れ去った二人ってのが、遠路遥々やってきた真王とその腹心、白騎士だ」

 

 俺の発言に緊張が走る。

 

「……真王と白騎士……ってなんだっけ?」

 

 神妙な顔をしていたかと思ったら、こてんと首を傾げるゼオ。……思わずずっこけるところだったぞ。

 

「真王ってのは全空の正統なる支配者を謳うアホ。白騎士ってのは真王が手駒にしてる七曜の騎士の一人。で、白騎士ってのは七曜の騎士でも最強だ」

「ほう」

 

 適当ではあるが簡単に説明をしてやった。わかってるんだかわかってないんだか。

 

「……アポロよりも強い?」

「ああ、そうだな。あと俺は碧の騎士とも多少手合わせしたんだが、あいつよりも多分強い。本気出したらどうかってところまではわかんないけどな」

「そう、ですね。あそこまで手も足も出ないとは思いませんでした」

 

 ヴァルフリートも相当に強かった。だが白騎士はおそらくもっと強い。真王が懐刀にしているだけのことはあるだろう。

 

「真王サマが来てるってなるときな臭いよねぇ。流石にちょっと予想外かな~」

「僕の情報にもない事態だ」

 

 情報収集を得意とする二人が言ったことで、より不明点が増える。

 

「まぁわからないことを考えても仕方がない。で、その真王達とギルベルト、あと“蒼穹”の連中はどこに向かったんだ?」

 

 俺は様子を見るように言いつけていたレラクルに顔を向ける。

 

「真王と白騎士は不明だ。だがおそらく、グレートウォールに向かっている。一定間隔で影分身を向かわせて、消されても居場所が掴めるようにしていたが」

「グレートウォール?」

「あれだ」

 

 俺が尋ねると、レラクルは遥か遠方を指差した。そこにはナル・グランデ空域のどこからでも視界に入るような大きさの、壁がある。あれがグレートウォールというヤツなのか。

 

「どうやってあそこまで行くのかは知らないけど。ギルベルトに関しては小型騎空挺で別の島に向かったが、それがシュテルケ島だ。シュテルケ島はかつてトリッド王国の王都があった場所で、“天罰”が落ちた場所だ」

「天罰ってのはなンだ?」

「トリッド王国崩壊の決定打になった、空から降り注いだ光のことだ。その光によってシュテルケ島は王宮のあった辺り一帯が抉られたらしい」

「ほう、そんなことがあったのか」

「正体不明、だがバラゴナならなにか知っているかもしれない。トリッド王国崩壊に立ち会った人物の一人と思われるから」

「そうか」

 

 グレートウォール、天罰、トリッド王国の崩壊。それらが一つとなっているということは、ドランク達の調べでわかっている。

 

「……そろそろ最終局面ってか。で“蒼穹”は?」

「教えの最奥を会得した仲間達と合流し、騎空艇に乗ってギルベルトを追っていった。行き先はシュテルケ島だ」

「なるほどなぁ」

 

 真王はグレートウォール、ギルベルトと“蒼穹”はシュテルケ島。

 

「あ、実はグレートウォールの秘密握ってるのってトリッド王家だったっていう噂があるんだよね~。だからバラゴナさんもグレートウォール行くんじゃないかな~って。それにもしグレートウォールの調査とかをしてたんならグレートウォールへの移動手段やなんかもあるのかな~って思うんだよねぇ」

「ふぅん。じゃあ行くか。今から行けば“蒼穹”の連中と鉢合わせるようなこともねぇだろ」

 

 ドランクの話を聞いて、俺はシュテルケ島に向かうことを決める。真王の動向も気になるが、最終的にグレートウォールへ行くのであればまた出会うだろう。その時は絶対ぶん殴る。あの白騎士野郎は絶対にぶん殴る。ナルメアとリーシャの仇だ。今は生きてるけど。

 

「じゃあ早速乗りな。出遅れた分、最速で向かうからよ」

 

 ザンツが俺の出番だとばかりに言って、俺達はまた増えたことにより狭い小型騎空挺でシュテルケ島に向かった。

 シュテルケ島に近づくとその異様な様子が目に見てわかるようになってくる。

 

 廃墟の島だった。

 

「十年前、天罰によって廃墟と化した島」

「トリッド王国の首都として栄えたって話だけど~」

「こりゃ見る影もねぇな」

 

 人すらいる気配のない島だった、はずなのだが。島を回っているところでグランサイファーと小さな騎空挺が停まっているのが見えた。しかも()()()が迸る箇所がある。

 

「えっ!? あれ、まさかモニカさん?」

 

 見覚えのある紫電にリーシャが驚愕する。どうやらなにかと戦っているらしい。上陸する前だとよく見えないが、なにかが無数に蠢いているようにも見える。

 

「グランサイファーとは離れた箇所に上陸するぞ。んで、事情を知ってそうなヤツに会いに行く」

「ここまで来てもこっそりは変わらないんですね……」

「一度決めたことをあっさり曲げても仕方ねぇだろ」

 

 呆れるリーシャに言い返し、俺達はシュテルケ島に上陸した。それから紫電の見えた方向に駆け出したのだが、異形の生物が道を阻む。

 

「あん?」

「なンだァ?」

 

 俺とゼオが首を傾げる。魔物、なのかはわからないが同じような姿の生物がうようよといやがった。色は姿形が違って種類があっても統一感がある。紫とか黒の辺りのぱっとしない色見だ。……別に自虐ではない。

 

「……ギルベルトと、同じ感じがする」

 

 蠢く妙なヤツらに、オーキスがぽつりと呟いた。

 

「じゃあこれ、幽世の魔物ってことなのかな~」

「さぁな。兎に角さっき見た感じだとモニカしかいなかった。さっさと合流してやるぞ」

「はい」

 

 俺は言って、先頭を切って歩く。数は多く際限なく湧き出ているようであったが、強さはそうでもない。複数体が相手でも問題なく戦えていた。

 

「モニカさん!」

 

 しばらくしてようやく合流を果たした。リーシャは心配ではあったのかすぐに駆け寄る。

 

「おぉ、リーシャ。こんなところで会うとは奇遇だな」

 

 モニカは疲労は見えていたが笑顔で応える。

 

「モニカさんこそ、どうしてここに?」

「……ヴァルフリート団長からの重要な案件だ。リーシャもいることだし、諸君になら言ってもいいだろう」

 

 そう言ってモニカはヴァルフリートに頼まれたという案件について語る。

 

「ヴァルフリート団長からの依頼は、『ナル・グランデ空域の罪について調べる』ことだ。その罪とはグレートウォールが関わっているのではないかと、調査の結果睨んでいる。この島の奥の地下にグレートウォールへ転移可能と思われる魔方陣を発見したのだが、周りにいる者共に阻まれてしまって、ここまで後退してきたという現状だ」

「ナル・グランデ空域の罪……。それで、こっちに“蒼穹”の人達が来たと思うのですが、どちらに?」

「彼らは最初に来たギルベルトを追ってこの奥に向かった。ギルベルトが来てから敵が増えたからなにか関係があるとは思うのだが」

「……ギルベルトと同じ力を感じる」

「ルリアも同じことを言っていたが、そうか。なんにせよ加勢するなら急いだ方がいい」

 

 迫り来る異形に対処しながら会話を続ける。

 

「いや、別にあいつら助けに来たわけじゃねぇしな」

「なにっ?」

 

 俺の返答にモニカの剣閃がブレる。

 

「ではなぜ貴公らはここにいる」

「グレートウォールにいる真王と白騎士をぶん殴るため」

「なんだと……?」

「俺はあいつらと顔を合わせる気がねぇ。まぁそう簡単に死ぬヤツらじゃないとは思ってるけどな」

「それはそうだが……」

 

 モニカと言い合いながら、俺はこれから俺達がどう動くかを考えていく。

 

「……なぁ、ドランク」

「なぁに、ダナン?」

 

 俺は頼りになる親友に声をかける。周辺の敵はゼオ、フラウ、ガイゼンボーガ、ナルメアに任せても大丈夫そうだ。

 

「バラゴナは、なにがしたいんだと思う?」

「緋色の騎士? うーん、難しいよねぇ」

「わかってる。だがおそらく知る必要のあることだ」

「ん〜。黄金の騎士様は、バラゴナがギルベルトと結託してグレートウォールの力を手にしようとしている、とか考えてそうだけどねぇ」

「それはないな。バラゴナは俺の親父を嫌ってる。それはつまり、悪人を嫌う性分を持ってるってことだ。ギルベルトに好き好んで協力するとは思えねぇ」

「確かにね〜。あと調べてる内に思ったんだけどぉ。なんでハルヴァーダ様は生き残ったのかなぁって」

「ああ、俺もそれは思った。バラゴナがみすみす見逃すとは思わねぇ。余程ハルの護衛が手練れだったらわかんねぇけどな」

「そうなんだよね〜。大体バラゴナのトリッド王家虐殺って、真王の命令じゃないっけ? 反抗したトリッド王家に対して、バラゴナに忠義を示せ〜って。なら余計にハル君が生きてるのはおかしいんだよね〜。だってそれって真王に虚偽の報告をしたってことでしょ〜?」

「ああ。忠義を示すための行動で嘘を吐く意味がわからん。なら簡単だ、バラゴナがハルを逃したとしか考えられねぇ」

 

 ドランクと話しながら考えをまとめていくと、一つの答えに辿り着いた。

 

「ま、待て。諸君はこの空域のことについてどれだけ知っている? グレートウォールとは一体なんなのだ?」

 

 聞いていたらしいモニカが慌てたように言ってくる。

 

「グレートウォールはこいつらが調べたところによると、兵器なんだとよ」

「そそ。このシュテルケ島を襲った天罰ってあるでしょ〜? その光が、グレートウォールから放たれているのを見たって人がいてねぇ」

「なんだと……!?」

「しかもグレートウォールの秘密はトリッド王国が握ってた。ならなぜ天罰はトリッド王国に落ちた?」

「その答えはトリッド王国を崩壊させた張本人だ。一応黄金の騎士への報告書には書かなかったがな」

「……トリッド王国を滅ぼしたのは、真王、だと思ってる」

 

 実際に調査をした三人が補足してくれる。

 

「真王が……?」

「まぁグレートウォールっつう兵器が欲しかったんじゃねぇか? とんでもない兵器みたいだからな」

「そんな軽く口にすることか?」

「口にするだけならタダだしな」

 

 俺はモニカに肩を竦める。三人の調べを知る俺以外の話がわかっているヤツらは驚いているようだ。ゼオとガイゼンボーガは戦いに夢中で聞いていないようだったが。

 

「……なら、グレートウォールをぶっ壊すのが真王の邪魔になるか」

 

 ワールドの能力で把握可能な大きさだろうか。いや、流石に難しいか? グレートウォールの端っこだけ残してできる限り消滅させるとか、やってやりたいところだな。

 

「いやぁ、あれ壊すのは無理でしょ~」

「まぁ、普通に考えればな」

 

 もしバラゴナがハルを逃がした張本人なのだとしたら、彼は真王に奪われたハルを取り返すために戦うはずだ。だが真王に協力しているということは、おそらく彼にはグレートウォールを破壊する手立てがある。ハルにどんな利用価値があるのかわからねぇが、ハルを利用することがグレートウォールに関係があると考えれば、根幹から覆すためにグレートウォールの破壊を目論むのが一番だ。……流石に飛躍しすぎか。

 

「……とはいえ真相を知るにはグレートウォールに行かなきゃいけねぇか」

 

 俺は頭上を見上げて遥か高いところまで伸びているグレートウォールを見据える。

 

「よし、じゃあ俺だけ行ってくるわ」

 

 頭の中で決めたことを団員達に告げる。

 

「なんで? 白騎士と戦うならリベンジしたいのに……」

 

 ヤツに負けたナルメアがそう呟く。

 

「“蒼穹”に顔の割れている人は行かせづらいってのと、オーキスには下に残って欲しいってのと、モニカを手助けしたいだろうってのと、その辺かな」

「そんな拘りよりダナンちゃんの力になる方が大事なのに」

「……私も一緒に行く」

「そうですね、私はここに残ろうと言い出すつもりでしたけど」

 

 俺が挙げた三人がそれぞれに言った。

 

「“蒼穹”の連中がハルを助けるために白騎士と戦っている可能性は高いから、ちょっとぶん殴ってくるだけだし無理そうだったら逃げるつもりだ」

「そ、それでも……」

「ナルメア。そんなに心配しなくても大丈夫だから」

 

 俺は不安そうな彼女の頭を撫でて宥めてやる。

 

「……うん」

「今回は、とりあえず俺が無事グレートウォールまで行けるように道を開いてくれ」

「わかった。お姉さんに任せて」

 

 ナルメアをケアして次にオーキスを見据える。

 

「オーキスには、もし俺がグレートウォールから落っこちてきた時のフォローを頼みたいんだよ。糸でな。これはオーキスにしか頼めないことだ」

「……ん。わかった。任せて。絶対キャッチする」

「ああ、頼んだ」

 

 俺はオーキスの頭を撫でて頼み事をする。少し卑怯な言い方だったかもしれない。

 

「スツルムとドランクはオーキスのフォローを。リーシャはさっき言ったようにモニカの手助けをすればいい。ゼオとガイゼンボーガはそのまま戦わせておいて、エスタリオラとレラクルが二人の補助をしてくれ。ザンツは適当にここで戦ってればいいわ。小型騎空挺だけは守ってな」

 

 俺は仲間達に指示を出していく。大体はここで戦って待ってろっていう簡単な指示だったが。

 

「よし、俺は歩いていくから、道はお前らが切り開け。これから最終決戦会場に向かうんだし、温存させるくらいいいだろ?」

 

 俺は笑って言い、幽世の魔物共が犇めく方へ徐に歩き出した。



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グレートウォール目前

本編暁の空編を踏襲した話は、あとこれを入れて三話か四話だったかと思います。
ただ黄金の空編はもうちょっと続きます。


 俺は悠々と幽世の魔物達の方へと歩いていく。仲間達なら俺の歩く道を開くぐらいわけないだろう。

 

 歩く俺より先に、紫の蝶が群れを成して飛んでいく。蝶は幽世の存在一体一体に向かっていき、

 

「一切合切、斬り捨てん」

 

 久し振りに聞くような気がする冷めた声。直後、蝶のいる場所に連続で移動し一刀の下両断していく。移動が速すぎてナルメアが何人もいるように見えたほどだった。

 

「ここはお姉さんに任せて、行ってダナンちゃん」

「ああ、任せるよ」

 

 不甲斐ないところを見せたからだろうか、ナルメアがやる気に満ちている。ゼオやガイゼンボーガよりも早く行動するとは思っていなかった。

 

「ハハッ! やるじゃねェか、ナルメアの姐さん! オレも負けてらンねェなァ!!」

 

 ゼオの高揚した声が聞こえ、視界に赤い光が届いてきた。続けて鬼化した――その上なぜか上半身を肌蹴させていたが――ゼオが俺の前に飛び出してくる。一刀で何体も薙ぎ払い血を啜る姿は鬼に相応しい鮮烈さだ。

 

「無限に湧き出る異形が相手とは、存分に戦える!」

 

 ガイゼンボーガは嬉々として群れに突っ込んでいった。相手が人でなくとも“戦車"の異名は伊達ではなく、異形を蹴散らして駆けていく。ただ、俺の道を作るとかそういうのはないらしく、出来た道は押し寄せる異形に埋め尽くされてしまった。姿が見えなくなってしまうが、彼の位置はわかる。なにせ異形が景気良く吹っ飛んでいる場所があるからな。

 

「世話の焼ける団長だな」

「僕達をこんなに働かせるなんてね~」

 

 俺が歩く前を火焔の斬撃が拓き、浮遊する宝珠から放たれた魔法が側面の敵を穿つ。

 

「なに言ってんだよ。この程度、お前らの負担にならねぇだろ」

「それはもちろん」

「当たり前だ」

 

 二人の実力はずっと前からよく知っている。二人の方を見なくても問題ない。

 

「私も本気の本気でいこうかな。デビル、力を貸して!」

 

 飛び出したフラウはガイゼンボーガの使っていない星晶獣の力を顕現させる。彼女の蹴り一発で異形の群れが爆ぜていった。

 

「加減する必要はねぇから、伸び伸び戦ってな。頼りにしてるよ、フラウ」

「ええ、もちろん!」

 

 彼女の戦い方は、彼女自身が見目麗しいこともあって鮮烈だ。綺麗で、派手で、楽しそう。見ている人を惹きつける魅力のある戦闘だ。異形に性別があるのかはよくわからないが、少しだけ群れが彼女に向かっていくように流れを変えたように感じる。流石だ。

 

「高威力は羨ましいね」

 

 レラクルは他のように薙ぎ払う火力がないためか、影分身を使いながら一体一体確実に仕留めていっている。大勢を薙ぎ払うため雑になりがちな他のヤツが討ち漏らした敵を排除している形なので、それはそれでいい役割だと思う。

 

「むにゃむにゃ……若人のために道を切り拓くのも老人の役目よ」

「エスタリオラさん、私が合わせます」

「んじゃいっちょ、団長にいいとこ見せっかなぁ」

 

 エスタリオラ、リーシャ、ザンツの三人である。なにをするのかと思っていたら、エスタリオラとリーシャが膨大な魔力を放ち始めた。ザンツは右掌に嵌めている手袋を外し鋼の義手を露わにする。

 

 二人が俺の右側の、ザンツが俺の左側の後方にいるような形だ。

 

 リーシャとエスタリオラが各々の武器に風を纏わせ、ザンツは伸ばした義手の掌に光を集束させる。

 

「ぐうぅ~……」

「いきます。風よ、舞い上がれ!」

 

 寝息と共に振る舞われた杖から特大の竜巻が放たれる。

 リーシャが突き出した剣から特大の竜巻が放たれる。

 

 結果、二つの竜巻が融合し一つの巨大な竜巻と化して異形を一掃していく。

 

「その威力は隕石が如し、ってな。――メテオリック・バースト!!」

 

 ザンツは義手の掌から特大のレーザーを放射する。大きさで言えば二人の竜巻には及ばないが一人分ならザンツのレーザーの方が大きいくらいだった。レーザーに当たった敵は破片も残さず消滅していく。

 

 俺の左右に高威力の技が放たれたのでちょっと肝を冷やすことになったが、俺の前後にいる敵もギリギリまで倒してくれたおかげで悠々と歩き続けることができた。

 

「団長の我が儘に付き合うのは慣れてっからな。行ってこい、坊主」

 

 ザンツは義手を冷却しているのか煙を出しながら俺の背中を押してくれる。俺は肩越しに手を振って歩いていたのだが、出来た道を塞ぐように一際大きな異形が俺の前に立ち塞がった。これは誰か一人かかりそうだ、と思ったのだが。

 

「……ロイド」

 

 静かな声が聞こえて俺とその異形の間に大きなゴーレムが割り込んでくる。ゴーレムは大きな異形を迎撃し、俺の前を開けるように押し込んだ。周囲の異形は糸に絡め取られて動けない状態となり、その後切断されていった。

 

「……がんばって」

「ああ」

 

 振り返らずとも誰かは明白だ。俺は応えて、その後も仲間達の開いた道を通っていった。

 

 最奥にあるという魔方陣を目指していたのだが。

 

「はぁ!」

 

 雄々しい気合いの声が聞こえた。かなり本気だと思われるが、バラゴナの声に違いない。

 

「おらよっと」

 

 しかしラカムの声が聞こえたかと思うと、金属の激突する音が響いた。

 

「くっ……!」

 

 苦しげな声を上げたのは、バラゴナの方のようだ。

 

 俺は声のする方に向かい、入り組んだ道を利用して物陰から様子を窺う。そこでは緋色の騎士バラゴナと、“蒼穹”に所属している三人、いや四人が戦っているところだった。

 バラゴナは普段と変わらぬ様子だが、対峙しているラカム、オイゲン、イオは違っている。それぞれ星晶獣と共に在った。四人と表現したのはラカムがティアマト、オイゲンがリヴァイアサンといるのだがイオといる星晶獣がロゼッタだったからだ。

 

 それがどういった力なのかはわからないが、教えの最奥に挑んだ三人であり、たった三人で七曜の騎士を圧倒していることから絶大な力であると察することができる。

 

「お前さんにも譲れない想いってのがあるんだろうが、ここで足止めさせてもらうぜ」

「なにする気かわかんないけど、ここを通すわけにはいかないんだから」

 

 四人しかここにいないということは、残りは既に先へ行った後ということになる。

 

「……そろそろ、頃合いですか」

 

 しかしバラゴナは退かずそう呟くと、剣を大上段に振り上げた。

 

「はあぁッ!!」

 

 そして渾身の一振りを地面へと叩きつける。轟音が響き、地面がヒビ割れて廃墟の王宮が崩れ砂埃を巻き上げた。

 

「このっ!」

 

 ラカムはティアマトの風を纏わせて銃弾を放ち砂煙を払うが、その時には既にバラゴナの姿はなかった。俺からの位置だと見えづらくはあったが細い道に入っていったのは見えていた。

 

「クソッ! 逃がしちまったか」

「あいつがなにする気かはわかんねぇが、俺達も向かった方が良さそうだな」

「早く行くわよ!」

 

 星晶獣二体は姿を消し、ロゼッタは人の姿になって、四人はおそらく他のヤツらが向かってであろう方向へと駆け出した。バラゴナはハルを守りたいのか、殺したいのか。守りたいならなぜこの期に及んで真王の味方をするような真似をするのか。“蒼穹”とは遭遇したくないので、一度バラゴナに会ってみるとしよう。俺に真実を話してくれるかは、わからないけどな。

 

 俺はそう思ってワールドの能力を使い王宮内の侵入者用と思われる入り組んだ道を辿り、一直線に最奥に向かった四人の方ではなく、回って移動しているバラゴナの方に近づいていった。

 

「……っ」

 

 壁に手を突き呼吸を乱して移動するバラゴナの先回りをするのは簡単だった。

 

「よう。随分とボロボロみたいだな」

「あなたは……!」

 

 軽く声をかけると、俺がここにいるとは思っていなかったのか驚愕した様子だった。兜をしているため顔は見えないが声色でわかった。

 

「……なぜ、ここに」

 

 彼の声に警戒するような色が混じる。ここでクソ親父だったらバラゴナを殺したりすると思われるからだろうか。

 

「いや、あんたの目的が知りたかったんでな。とはいえ誰にも言えないなら、別にいいんだが」

 

 俺は言いながら回復魔法を使い治療する。

 

「……どういう、つもりですか?」

「いや、俺はあんたがトリッドの王族を皆殺しにしたのに、ハルだけが逃れたってとこに違和感を覚えてな。殺す気なら仕損じるとは思えねぇ。つまりハルが生きてる理由はあんたにあるんじゃないかと睨んだわけだな」

「……」

「だとしたらなぜ、真王がハルを連れてグレートウォールに行った今、あんたはあいつらと戦う必要があったのか。真王がハルをどう使うつもりなのかがわからないから、答えが出ない」

「……それを、聞きたいと?」

「ああ、そうだ。俺はあの真王と白騎士をぶん殴りたい。一泡吹かせてやりたい。だから、あんたが服従してないなら協力して欲しいんだよ」

「私が、あなたにですか」

 

 バラゴナは兜の中で笑ったようだった。

 

「奇妙なこともあるモノですね」

「縁ってのはそういうもんだ。それで、どうする?」

 

 俺は神妙な顔でバラゴナに尋ねる。正直なところ、俺はある程度こっちなんじゃないかという考えは持っていた。ドランクと話したこともあり、こうして協力を持ちかけていることを考えれば当然だ。

 

「……わかりました。全てをお話しすることはできませんが、一部のみ明かしましょう」

 

 彼の中でどんな葛藤があったかはわからないが、やがてそう答えてくれた。

 

「真王はハルヴァーダを、グレートウォールを起動する鍵として使用するつもりです。グレートウォールは空域すら超えて攻撃可能な兵器。しかしその起動には、我々トリッド王家の血筋が必要となります。今では私かハルヴァーダしかいませんので、真王はハルヴァーダを鍵に、力を際限なく取り込んだギルベルトを燃料としてグレートウォールを起動させるつもりです」

「ほう? つまりハルかギルベルトを止めれば邪魔できるってわけか」

 

 ついつい悪どい笑みが浮かんでしまう。

 

「……止めるならハルヴァーダを。私の目的のためには、ギルベルトが真王の下へ辿り着かなければなりません」

「そうか……。もうあいつらはグレートウォールへ向かったみたいだが、ギルベルトもいねぇな。アリアと他三人だけだ、こっちにいるのは」

「なぜそれがわかるのですか?」

「それは秘密だ。よし、じゃあハルが使われる前に間に合わせてやる。手を取れ」

 

 俺はバラゴナに手を差し出す。躊躇しているようだったが、すぐに手を伸ばしてくれた。その手が触れた瞬間に、能力で把握した最奥までナルメアの移動方法を真似して瞬時に移動する。

 

「貴方は……!?」

「……これは。感謝します、ダナン」

「なら見返りを要求する。……言っとくがあいつらはお人好しが過ぎる。簡単に死ねると思うなよ?」

「……ええ、そうでしょうね」

 

 驚くアリアは放置しておいて、バラゴナを送り出す。彼もさっさと魔方陣の中に入って転移していった。

 最後のやり取りは簡単だ。なぜバラゴナがギルベルトを止めるようにとは言わなかったのか、を考えれば自ずと予想がつく。ハルヴァーダは鍵だが、もう一人トリッド王家がいる。だからおそらく、彼はグレートウォールを起動させた上でなにかを行うのだろう。詳しくは知らないが、まぁいいとする。

 

「君はこの間の……」

 

 とアリア以外の二人の内の一人、レオナが声を発した。面識があったのだが、覚えていたらしい。

 

「よう。奇遇だな」

 

 彼女の傍には四本足で狼のような獣が座っており、そいつは眠っているフォリアの枕になっていた。

 

「なぜここにいるのですか? 貴方は一体……」

「俺は“蒼穹”と遭遇せず、グレートウォールにいる真王と白騎士をぶん殴りたい」

「……真王陛下が、グレートウォールに?」

 

 アリアに答えを返すと愕然としていた。おそらく知らされていなかったのだろう。

 

「……貴方はバラゴナと結託して、なにを考えているのですか」

「別に結託はしてねぇよ。この空域で会ったのもさっきだけだ。だが、俺はあいつから真王の狙いを聞いた。そしてそれを邪魔したい」

「……」

「だが“蒼穹”のヤツらと顔を合わせる気はねぇ。ってことで先に行ってもらったわけだ」

 

 もしバラゴナが俺の予想通り、自ら鍵となってグレートウォールを起動させるつもりなのだとしたら。あいつらは確実にバラゴナを助けるために行動を起こすだろう。つまりバラゴナの計画を進めさせてやればそっちに気を取られて“蒼穹”と鉢合わせする心配がない。

 

「……彼の言う、真王陛下の狙いとは一体なんだと言うのですか? 私に知らされていない真意とは」

「グレートウォールが兵器だってのはあいつらの報告書にもあったが、そのグレートウォールを起動するのに必要なのが二つあるらしい。それが鍵と燃料だ」

「鍵と、燃料?」

「ああ。鍵とは、トリッド王家の人間。燃料とは、人」

「なっ!? では、まさかハルヴァーダ様かバラゴナが?」

「鍵になれる人間ということになるな。で、真王は白騎士とハルを連れて、グレートウォールに行っている」

「そんな……まさか……」

 

 それすらも知らなかったのか、アリアは項垂れる。

 

「ギルベルトに力を与えたのも、グレートウォールの燃料にするためなんだと。全く、ここまでずっとあいつの掌の上だったってわけだな」

「……」

「バラゴナは多分、ハルの代わりに鍵となってグレートウォールを起動させるつもりだ。そっからどうするのかは知らねぇが、そうなったら真王が阻むだろうな」

「そう、ですね」

「というところで、グレートウォールを利用したい真王とバラゴナを助けたい“蒼穹”がぶつかり合うはずだ。白騎士の強さはあんたも知ってるだろ? さて、あいつらは勝てるんかね?」

「……無理、でしょうね。いくら七曜の騎士に対抗し得る力を得たとしても、これまでの連戦を考えれば」

「だろうな。そこであんたに聞こう。あんたはこれからどうする?」

「私は?」

「ああ。このままだと“蒼穹”は全滅、バラゴナもグレートウォールを起動した結果死亡、晴れてグレートウォールは真王の手に渡るってことになるな。真王陛下に心酔するあんたなら万々歳か?」

「……それは」

 

 俺の極端な推測に、アリアは表情を曇らせていることだろう。

 レオナと獣は成り行きを見守っているらしくなにも言ってこない。ここはアリアが答えを出す場面だ。俺も彼女の答えを待つ。

 

「……いいえ」

「ほう?」

 

 しばらく間を置いて、アリアは首を横に振った。

 

「私はずっと、真王陛下――父上に見て欲しくて努力を重ねてきました。ですが、父上はどれだけ努力しても私を見てはくれなかった。でも、あのギルベルトにも虚仮にされるくらい、見て見ぬフリをして過ごしてきました。それを、終わりにします。私は私として、立ちたい」

 

 顔を上げたアリアの目には信念に近い光が灯っていた。……おぉ、やっとか。

 

「なら手助けしてくるといい。自分のやりたいようにな」

 

 俺は言って、【セージ】を発動。ヒールオールでまとめて回復してやった。すぐに解除するが。

 

「貴方は行かないのですか?」

「俺はあいつらと顔合わせたくないから、お前の後に行くつもりだ」

「……こんな時まで貫くことですか?」

「ああ、俺にとってはな」

 

 ここで颯爽と駆けつけるのも悪くはないが、裏で動いている方が楽だ。

 

「では、私は私のために、行ってきます」

「おう、いってら」

 

 黄金の騎士は緋色の騎士に少し遅れて魔方陣により転移する。

 

「さて、と」

 

 俺は言って眠っているフォリアの方に歩いていく。薙刀に手をかけるレオナと、毛を逆立てる獣。

 

「そう警戒すんな。別に大した用じゃねぇよ」

 

 俺は軽く言って、【ドクター】を発動させる。黒衣をはためかせて眠るフォリアへと傅き、触診を行って容態を確認する。

 

「……それ、団長さん達と同じ」

「ああ。俺に会ったことは内密にしておいてくれ」

 

 俺は器具を取り出し、フォリアの身体を回復させるのに適切な薬を作成する。同じ【ドクター】同士でも手際の良さは俺が一番だったな。器用さの問題だろうか。

 

「これを飲ませれば、フォリアは完治する」

「我が王に得体の知れない薬を飲ませろと?」

 

 獣が喋った。え、と内心で固まりかけるが【ドクター】のおかげでツッコまずに済む。

 

「なら貴様が味見をすれば良い。飲ませずとも死にはしないから、好きにするがいい」

 

 俺は言って立ち上がり『ジョブ』を解除する。

 

「さて、んじゃ行くとするか」

 

 軽い足取りで魔方陣へと向かう。

 

「バラゴナさんや黄金の騎士さんと知り合いなんて、あなた本当に何者なの?」

「通りすがりの一般騎空士だよ。運良く七曜の騎士とも知り合った、な」

「……」

 

 流石に苦しい言い分だからかレオナが呆れているような気配を感じる。

 

「名前くらい、教えてくれてもいいんじゃない?」

「物好きだな。……ダナンだ。“蒼穹”には絶対俺と会ったって言うなよ?」

「うん、わかった。お礼を言いたかったから。ありがとう、ダナン君。あの時ちゃんと責めてくれて」

「礼を言われるようなことじゃねぇよ」

 

 俺は言って魔方陣の中に足を踏み入れる。そして他の者と同じようにグレートウォールへ転移していった。



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黄金の騎士との共闘

グレートウォールにて真王に喧嘩を売るお話。
あと一話で暁の空編上は完結します。次話はグランとジータ達側の話です。

度々誤字脱字報告いただいてありがとうございます。
一応更新前に見直そうかと思います。昨日報告が多かったというのもありましてね。

あとTwitterアカウントを作ってみました。
更新通知とかそういうのをする予定です。
プロフィールに名前書いておきます。
良かったらフォローしてやってください。


 転移した俺の視界に入ってきたのは少し離れた位置で真王、そして白騎士と戦う黄金の騎士の姿だった。

 

「はあぁ!」

「……」

 

 アリアの渾身を、全く退かずに受け止め切る白騎士。やはり白騎士は七曜の騎士の中でも別格らしい。

 しかしグレートウォールってのは殺風景だな。本当にただ壁の上に立っているような状態だ。その壁ってのが島のように巨大というだけなのだが。

 

 俺はまず右手で地面に触れてグレートウォールが把握可能かを確かめる。……まぁ、無理だよな。分析にも時間がかかる。それでもナル・グランデ空域に見えている大半は範囲内だ。いざとなったらやるしかねぇか。

 

「同じ七曜の騎士でも苦戦してんな」

 

 俺は言って吹き飛ばされたアリアに近づき回復を行う。

 

「御子の代用品か。再び相見えるとは」

「いや、なに言ってんだよ。俺は真王の座が貰えねぇかなって思ってるんだぜ? 会いたくねぇんだったら俺を殺すんだな」

「白騎士」

 

 余程俺を始末したいのか、白騎士に命じて俺を襲わせる。白騎士はすぐさま俺へ飛びかかってきた。

 

「真正面から俺を倒せると思ってんなよ?」

 

 俺は右手を伸ばし掌を向ける。ザンツのレーザーを想像し放った。もちろん、後ろの真王を巻き込む方向で。足を止めさせたが白騎士はレーザーを切って後方の真王の左右へ逸らす。

 

 レーザーが収まってから傷の治ったアリアが切りかかった。俺も【クリュサオル】でイクサバとブルトガングを持ち白騎士に襲いかかる。

 しかし俺とアリアが力を合わせても押し切れない。俺達の計三本の刀剣に防御が間に合っている。だが攻撃の手は劇的に少なくなっている。俺はアリアがいることで余力があることもあって落雷や突然の炎などを使い白騎士を削っていく。だが果たしてちゃんとダメージが通っているのか不安に思ってしまうほど戦いに揺らぎがない。真王をバカにした時が一番揺れたかもしれない。

 

「アリア、合わせろ!」

「仕方ありませんね」

 

 俺はブルトガングを振り被り、アリアは剣を大きく引いた。白騎士も剣を腰に据えて白光を発生させる。

 

「――黒鳳刃・月影ッ!!」

「――星閉刃・黄昏ッ!!」

 

 俺が虚空にブルトガングを叩きつけると、空間に亀裂が走っていく。亀裂はカードが増えて再現度が上がったからか以前より大きくなっている。やがて空間が砕け散ると闇の奔流が放たれた。

 アリアが剣を三度振るい軌跡で黄金のトライアングルを描く。三角形の中央から黄金の奔流が放たれた。

 

 同時に放った奔流が混ざり合い、一つとなって白騎士に向かっていく。対する白騎士も剣を振るい白の奔流を放つ。

 

 黒と黄金、白の奔流が激突して辺りに衝撃が発生した。グレートウォールが抉れ、ヒビ割れ激突している箇所が陥没する。

 二人の奥義を以ってしても、白騎士には相殺されてしまった。

 

「クソがっ! どんな力してやがんだあの野郎。俺が足りないとしても七曜の騎士二人分だぞ!」

「流石に、一筋縄ではいきませんか」

 

 とんでもないヤツもいたもんだ。七曜の騎士をある程度自由にしていて、服従せずとも構わないという姿勢すらある真王の懐刀をやっているだけはある。

 

「白騎士。遊びは良い。早々に始末を」

 

 真王が焦れたのかそんな命令を下した。直後白騎士の動きが明らかに良くなる。加減していたわけではないだろうが、本気になったということだろう。

 

「くっ!」

 

 先にアリアが狙われる。アリアの剣は速く鋭いが、その分一撃が軽い印象を受ける。もちろんそれが悪いと言うつもりはない。だが、白騎士はアリアよりも剣速が速い上に威力が高い。彼女からしてみれば完全な格上、到底敵わない相手だろう。事実三度剣を合わせたところで弾かれてしまう。

 そこに俺が突っ込み彼女への追撃を中断させる。だが一撃が重い。片手で受け流せるほど柔くない上に、片手では受け切れない。

 

「【レスラー】」

 

 俺は『ジョブ』を切り替えて懐に潜り込むと首の前に腕を持っていった。左腕に力を込めて二の腕で首元を打つようにする。

 

「ラリアット!」

 

 腕に伝わる確かな手応えと、白騎士が吹き飛ぶという光景。……ようやくいいのが一発入った。

 

 だが白騎士は吹き飛んだものの容易く着地してみせる。

 

「……ホントにダメージ入ってるんだろうな」

「ええ、そのはずですが」

 

 『ジョブ』を解いて武器二つを拾い様子を窺うも、負傷した様子もなく呻き声一つ上げない。本当に人なのかこいつ。一応ラリアット中に分析をかけてみたがわからなかった。おそらくあの甲冑に真王の加護が宿っているせいだ。カード四枚分の力じゃそれを貫けない。

 

「疲労は回復しねぇだろ、まだいけそうか?」

「ええ。でなければ私達は終わりでしょう」

 

 彼女も白騎士と自分の実力差はわかっているのだろう。二人がかりなら若しくは、と思っていたのだが二人がかりでも互角かそれ以上だ。

 油断ならない相手……一人だったら周りを巻き込むようなモノも使えるんだが、と思ってしまうのは俺の甘えなのだろうか。ワールドの能力で心当たりのある強化方法を全て使用した全力ならいい勝負もできるかもしれない。どれだけ持続させられるかと、俺の身体が持つかどうかは怪しいところだが。

 あと、グレートウォールの分析に割いている分魔力的な余裕がなさすぎる。全力全開はちょっと厳しいか。

 

 俺達が勝つために必要なことはなにか、と考えていた時。

 

 グレートウォールが揺れた。

 

 思わず体勢を崩し地面に手を突いてしまうほどの揺れだ。なにが起こったのか理解が追いつかないまま、崩壊の音が響く。

 

「うおっ?」

 

 グレートウォールに亀裂が入り、割れる。俺達のいる場所だけじゃなくグレートウォール全体が崩壊しているようだ。

 覚束ない足場に苦戦していると、軽やかに割れた足場を渡った白騎士が迫ってきた。間一髪振られた剣を回避したが、俺の体勢が崩せればそれで良かったらしい。俺はバランスを崩し落下し始めてしまう。

 

 その間にも白騎士は落下する地面にいるアリアの方に

へ向かい崩した体勢で受けられた一撃目を餌に、二撃目を直撃させる。

 

 

「かはっ……!」

 

 吹き飛び落下中だったために壁に激突し、意識を失ったのかそのまま落ちていく。

 

「アリア!」

 

 別に情が深いわけでもないが、ここまで共闘した相手をあっさり見捨てるほど薄情ではない。俺は落下しながら身を翻して裂けたグレートウォールを駆け下り間を縫って跳び彼女の身体を抱き止める。腹部に手を回し脇に抱える形になってしまった。

 気配に顔を上げれば眼前まで白騎士の剣が迫っている。……俺と見せかけてアリア、と見せかけて俺ってか。

 

 俺は反射的になによりも硬い壁を想像する。それは今手に触れている、アリアの腹部にある鎧の硬さだ。剣との間に割り込んだ黄金の鎧は白騎士の剣を弾いてくれる。その隙に壁を蹴ってグレートウォールの上を目指すが、白騎士がそれをさせてくれない。どうやらここでまとめて始末する気らしい。

 

 手元にあるパラゾニウムで剣を受けるが、人一人抱えた状態では格上の白騎士相手に戦うことすらできない。

 

「おい、アリア! アリア! 起きろ!」

 

 だから俺はなんとか傷を増やしながらも攻撃を受けて、アリアに呼びかける。

 

「おい、黄金の騎士! ったく、いつまで寝てんだよ」

 

 全く反応がない。連戦の疲労もあったのと、白騎士の直撃を受けたのがいけなかったのだろう。どう呼べば起きるんだか、と思うと悪ふざけを入れたくなってしまう。

 

「アリア! 真王の娘! フォリアの妹! ……えっと、アリアちゃん!」

 

 ふざけているように見えるかもしれないが、切羽詰まった状況だ。白騎士の攻撃をやり過ごしながらのこれである。

 

「……ちゃんづけは、やめなさい」

 

 掠れた声が聞こえたかと思うと、アリアの身体に少しだけ力が戻る。

 

「やめて欲しいんならさっさと自分で立て!」

「え? あ、……」

 

 まだボーッとしているのか生返事だ。そこに白騎士の斬撃が迫る。俺はなんとか受け流して透明な壁を作り白騎士の邪魔をした。

 

「お、下ろしてください! 離せば貴方だけは助かります!」

「それは無理な相談だ。俺はこの状況を打開する策を持ってるが、発動に時間がかかる。時間稼ぎのできるお前の力が必要だ」

「っ……!」

「意地見せろよ? どうせ姉さんと大して話せてないんだろ。こんなところで死んでいいのか?」

 

 俺はアリアに発破をかける。

 

「……そうですね。ありがとうございます」

「礼はいい。そろそろ腕が限界なんだが」

「わ、私はそこまで重くありません」

「いや鎧着てんだから重いに決まってんだろ」

 

 緊張感の欠けるやり取りを咎めるように白騎士が突撃してくる。防御が間に合わず横腹を浅く裂かれてしまう。

 

「ダナン!」

「いいから、作戦開始だ! 頼んだぞ、これが決まれば真王ごと殺れる!」

 

 アリアを壁に足をつけられる姿勢で離し、白騎士が俺を狙ってくるように大声で宣言する。案の定、傷を治す魔力も惜しいと上を目指し始めた俺を狙ってきた。

 だがそれは折り込み済みだ。

 

「はぁ!」

 

 そこにアリアが突っ込み攻撃を防ぐ。白騎士が俺を狙って上に向かえば、アリアも上でヤツを阻む。そうなればアリアが助かる確率も上がるはずだ。

 俺は出せる限りの全力でグレートウォールの上に向かう。真王は崩れるグレートウォールの上で悠然と佇んでいた。……余裕こいてられんのも今の内だ。

 上に着いて俺の荷物が落ちていないのを確認してほっとする。一応戦いながら落ちてきてないか確認していたが。とりあえず回収だけはちゃんとしておく。

 

「……大体把握は完了してるな。分析も終わってるか」

 

 屈んで地面に手を突けばグレートウォールの情報が俺の頭に流れ込んでくる。製作者がどうやって作ったのかも。そしてグレートウォールの中で奇妙なモノを見つけた。……こいつは星の民ってヤツか? なんでこんなとこに封印されてるんだかは知らねぇが、まぁ消さないでおくか。というか単純にグレートウォールの中にあってもグレートウォールでないので余計に魔力を消費することになる。

 あと燃料と化したギルベルトか……。こいつは元に戻さなくてもいいんだがな。真王の情報とか貰える可能性もあるから、一応元に戻しとくかぁ。

 

「もう俺達以外は転移した後か。なら存分にやれるな」

 

 “蒼穹”もいない。後は俺が好き勝手やるだけだ。

 

「グレートウォールを手中に収めようとしてバラゴナに裏掻かれて、その上あいつらにグレートウォール壊されて、これから俺に跡形もなく消されるんだ。欲しいモノが手に入らない悔しさでも噛み締めて落っこちろ!」

 

 俺は依然として悠然としている真王を睨みつける。

 

「アリア、上がってこい!」

 

 俺は白騎士を止めてくれているアリアに声をかけてから、能力を発動した。

 

「――消えろ、グレートウォール!!」

 

 地面に突いた右手から力の波がグレートウォールを這っていく。壊れて離れた場所にも力の波を届かせた。そして、次の瞬間にグレートウォール全体が金の粒子へと変換される。

 

 俺は予め透明な足場を形成しておいたので落下しなかったが、真王は重力に従って落ちていく。のを白騎士が拾った。

 

「ほれ、捕まれ」

 

 俺は跳び上がってきたアリアに腕を伸ばし抱える。白騎士に利用されることを考えて、最低限俺の足裏程度にしか作っていない。

 大量の金の粒子が舞っていく。流石にグレートウォールの質量だとすぐには消えていかないようだ。

 

「これは、一体なにを……?」

「ちょっとした俺の能力だな。まぁ今は気にすんな」

 

 アリアの困惑には答えずにおく。というか白騎士のヤツがどうやったのか知らんが、真王を置いてこちらに跳んできていた。ってか真王のヤツが浮いていやがる。……流石にただの老害ってわけじゃねぇか。

 

「……チッ。全く、面倒な連中だな」

 

 俺は跳び退き足裏に足場を創って避けていく。さて空中で動きを取ったのは真王の力か、白騎士の力か。

 と思っていたら俺が創った足場に着地してきやがった。

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐きながら迫ってきた白騎士の剣を身体で受けてしまう。真っ二つにされる前にヤツを蹴って離れたが、袈裟斬りにされかけた。

 

「ダナン! このままでは」

「わかってる!」

 

 俺が応用を効かせてアリアの足元にも同時に足場を創れればいいんだが、もう魔力もカスほどしか残っていない上にそこまで器用には扱えなかった。

 小さな足場を創って離れようと跳び続けるが、アリアの防御が挟まったとしても、どうしても押されてしまう。

 

 致命傷は防いでいたが遂に白騎士の蹴りをまともに受けてしまう。グレートウォールだった金の粒子の中に突っ込んでしまい空気抵抗を受けて体勢を直すことすら難しい。

 

 その時頭上に白い光の柱を見た。

 

 白騎士が空中で振り被った剣に巨大な光を纏わせている。

 

「……まだ余力あるってのかよ」

 

 こっちは二人共満身創痍だってのに。

 

 白騎士は無情に剣を振り下ろす。俺は魔力を振り絞って足場を形成し、白い剣の軌道から逃れる。……だがここからは落下していくだけだ。

 金の粒子を真っ二つにして白の斬撃が向かう先を見ると、一隻の騎空挺があった。

 

「は……?」

 

 間違いなく、それはグランサイファーだった。なんでそこに、と思っている内に白の巨剣が迫り回避が間に合わず騎空挺に掠めてしまう。結果浮力を維持することができなくなったのか、徐々に落ちていってるように見えた。

 

 俺のせいで、と思うことはない。俺なら避ける方法はあっただろうが、そもそもあんなところにいるあいつらが悪い。

 だがそれよりも、白騎士があいつらの騎空挺に気づかなかったという方が不自然だ。……まさか狙ってやったんじゃねぇだろうな。

 

 それを問う間もなく白騎士は姿を消した。隠れているのではなくこれ以上ここにいる意味はないと判断したのだろう。ワールドの能力で知覚範囲を広げて探ってみたが感知できなかった。真王もさっき見かけた場所にいない。

 

「……余計なことしてくれやがんな、ホント」

「それよりこれからどうするのですか? ここまでは私達も空の底に……」

「俺はもうなにもできん」

「えっ?」

「だってさっきグレートウォール消したので魔力ほぼ尽きたし。白騎士の攻撃避けるのに足場創ったので、もう空っぽだ」

「え? で、では本当にこのまま……」

 

 アリアが兜の奥で若干青褪めているのが見て取れた。だが本当にどうしようもないので俺は待つしかない。

 

「どうしても島に戻りたいってんなら俺を踏み台にして島までジャンプしてみたらどうだ?」

「い、いえ……。貴方を蹴落として生き延びるくらいなら、一緒に落ちます」

「そうかい」

 

 本音を言うと別にそれでも構わなかったのだが。大体二人って掴めるんだろうか? 重くて持ち上げられないとかあるかもしれない。いや、ロイドを操れるくらいなら問題ねぇか。

 

 俺は蹴られた勢いそのままの速度で急激に落下しながら、そんなことを考えていた。

 こんなこともあろうかと、ちゃんと事前に頼んでおいたんだ。

 

 加えて、グレートウォールを消した後白騎士から逃げながら徐々に島の方に近づいていっていたのもある。

 

 だからこれは信頼していたというだけでなく、必然の生還だ。

 

 しゅる、と伸びてきた細い糸が俺の身体に絡みついてくる。勢いで切断しないように緩めた状態で、上から引っ張りながら受け止めてくれた。

 

「……ロイド」

 

 彼女の声に応じて、島の端に現れた影が俺に巻きついた糸を掴んで引っ張り上げてくれる。

 

「助かったぜ。オーキス、ロイド」

 

 島に引き上げられて、助けてくれたゴーレム二人に礼を言う。

 

「……ん。そっちのは落としても良かった」

「そう言うなよ。アリアがいなかったら俺だって普通に殺されてただろうしな」

 

 島に上がったことで、オーキスのジト目もありアリアを離す。傷が多いせいか、救助されたことで気が緩み立っていられなくなる。

 

「ダナンちゃん!」

「悪い、ちょっと血が足りねぇ。回復とか、任せるわ」

 

 ナルメアが呼びかけてくるのにも応えられず、俺は意識が薄れていくのに抵抗せず、気を失うのだった。



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Class0

急遽のクリスマスで伏線を張ったアレが登場します。
……また、ダナン君は置いてかれるな。


 異形と化したギルベルトを遂に倒した、かに思われたが。

 満身創痍でありながら彼はグレートウォールへと続く魔方陣を抜けて行ってしまった。

 

 一行が慌てて向かった先には、既に意識のない状態となったギルベルトがいた。

 

 待ち受けていた真王と白騎士によって、幽世の力を際限なく取り込む肉の門にされてしまっていたのだ。意識はなく、トドメを刺す気で倒しても不死身と化したギルベルトを、あろうことか真王はグレートウォールの燃料として炉に通じる穴に放り込んでしまった。

 

 グレートウォールを使うには、“弾”となる燃料と“鍵”となるトリッド王家の人間が必要だった。

 

 ギルベルトは常人の何倍もの魔力を保有するフォリアを燃料にしようとしていたが、それでは数発しか撃てないと真王はギルベルトを燃料にしたのだ。

 

 真王の非道に憤る一行だが、連戦の上に万全な白騎士を相手取るとなると難しい。

 

 真王に連れてこられたハルヴァーダを鍵にされてしまうかというところで、緋色の騎士バラゴナが登場。

 彼はずっと、トリッド王国が崩壊する前からずっとこの時を待っていた。

 

 かくしてバラゴナがグレートウォールと一体化したことでグレートウォールを起動させ、“蒼穹”に自分ごとグレートウォールを破壊するように頼む。

 

 だが彼らは心底お人好しだ。敵として暗躍してきたギルベルトでさえも助けようとしてしまうくらいの。

 だから双子がこう答えたのは必然だったのだ。

 

「「嫌だ!!」」

 

 二人の絶対に助けるという意志の込められた瞳を見て、バラゴナは諦めたように笑う。

 

「……彼の言う通りでしたか」

 

 直前でのやり取りを思い出して口の中だけで呟くと、真王に邪魔されないように場所を変えていく。グレートウォールは破壊するがバラゴナを助けるという意志の下彼の待つ方へ行く前に、白騎士が立ち塞がった。

 

「行かせるとお思いか?」

 

 真王としてはグレートウォールが欲しい。バラゴナと言えどグレートウォールと一体化して意識を保ち続けるのは難しかった。つまり、白騎士に足止めを命じてバラゴナの意識が消えてからじっくりグレートウォールを使えばいいというわけだ。

 

「――貴方達は行ってください」

 

 だがそこに、傷が癒えた様子の黄金の騎士アリアが到着する。

 

「白騎士は私が足止めします。貴方達は早くバラゴナの下へ」

 

 白騎士に剣を向ける彼女の目に、迷いはなかった。その行動は全て、真王というこれまで心酔してきた者への反逆を意味するというのに。

 

「アリア。私の邪魔をするというのか?」

 

 真王は慈悲すら匂わせる表情で彼女を見据えた。以前なら真っ直ぐに自分を見ていることに感激すら覚えたかもしれないが、この期に及んでそんな目が出来る者を少し気味悪く思ってしまう。

 

「……はい。私は私のために、戦います」

 

 だからこそ、しっかりと目を見て言葉を紡いだ。白騎士が構わずグランに向けて接近しようとするのを、アリアが割り込んで防ぐ。

 

「行ってください!」

 

 アリアとしても傷が癒えているとはいえ格上の相手である白騎士相手にそう長い間持つとは思っていない。すぐに通す必要があった。

 

「ありがとうございます、アリアちゃん!」

「死なないでくださいね、アリアちゃん!」

「ならその呼び方はやめなさい!」

 

 気の抜けそうになる双子の声に言い返しつつも、一切気は抜かない。

 

 アリアの助力もあり、バラゴナの待つ場所へと一行は辿り着いた。ちゃっかりハルヴァーダもついてきている。

 

「……考えを改める気は、ありませんか」

「はい。僕達はグレートウォールを破壊して」

「でもバラゴナさんを助けます」

 

 剣の師である彼の子供二人の真っ直ぐな言葉と瞳を受け止める。

 

「どちらもいい方を、などと都合がいいとは思いませんか? 受け取りようによっては傲慢とも言える考えです」

「そうですね。でも、そのどっちもいい方を取れる、誰も犠牲にしないために力を得た!」

「うん。いくよ、グラン!」

 

 二人は視線を交わして頷き合う。

 

 仲間達も教えの最奥に至り、たった三人(四人)で七曜の騎士一人を渡り合うほどまでになった。

 

 ――なら、彼らの団長として自分達も強くならなくてはいけない。

 

 それは彼らの父親やダナンの父親ですら辿り着いていない、二人だけの一つの境地。

 ClassⅣやClassEXⅡとも一線を画すチカラ。

 

 ファータ・グランデ空域で、伝説とされる十種ある武器それぞれの最強の使い手達と出会った。

 彼らは皆個人で得たとは思えぬほどの能力を有しており、かつての英雄にすら並び立つ戦力だった。

 

 ――だから二人は願ったのだ。

 

 全ての武器を扱える自分達が、彼ら全てのチカラを統合したチカラを得たいと。

 彼らのように十種ある武器の最強となり、どんな強敵がいても仲間を守れるチカラを得たいと。

 

 その願いに『ジョブ』は応えた。それこそが――。

 

「「【十天を統べし者】!!!」」

 

 二人声を揃えて唱える。

 ()()()()()に、()()()

 既存の『ジョブ』の枠組みを超えた境地の一つ。

 

「「……」」

 

 これまで以上の力が二人の底から湧き上がる。溢れ出る闘気が風のように吹き荒れてマントを靡かせた。

 

「……これは」

 

 グレートウォールと一体化したバラゴナですら畏怖を感じるほどの力が発現している。

 

 それこそが、二人だけが辿り着いた『ジョブ』。

 ()()()()()()、【十天を統べし者】。

 

「……僕達はこれまで以上に強くならなきゃいけない。強くならないと、仲間を守れないから」

「私達はもっと強くなりたい。強くなきゃ、相手を救えないから」

「「そのための力がこれです!!」」

 

 威風堂々と並び立つ彼らに、バラゴナは少しだけ笑みを浮かべてしまう。この子達はいつだって、自分の予想を超えてくると。

 

「……わかりました。全力でかかってきなさい!」

 

 一体化し巨大になったバラゴナが一行に襲いかかってくる。

 

 二人はそれに対して半透明な白い天星器の形をしたエネルギーを手に出現させた。そして攻撃に対して一振りすることで圧倒し本体まで斬撃が飛ぶ。

 

「す、凄いです……」

 

 ルリアが呆気に取られたのも無理はない。

 

「皆。僕もジータも初めてこれを使う。だから制御が効かないし、いつまで持つかもわからない」

「だから力を貸してくれる? 皆でバラゴナさんを助けよう」

 

 二人は振り返らず背後にいる仲間達に告げる。

 

「もちろん! あたし達だって強くなったんだから! いくわよ、ロゼッタ!!」

「ええ、もちろんよ」

 

 イオと教えの最奥に至ったロゼッタがその力を発揮する。

 

「ははっ! まるで十天衆がそれぞれ二人ずついるみてぇだな! 頼もしいぜ、うちの団長はよ!」

 

 オイゲンは笑ってリヴァイアサンを顕現させる。

 

「全くだ。俺達も負けてられねぇな、ティアマト!」

 

 ラカムもティアマトを顕現させて教えの最奥で得た力を発現させた。

 

「また、置いていかれてしまうな。微力ながら力を貸そう」

「ホント、驚かせてくれるよ。なぁ、ラインハルザ?」

「ああ。オレ達も負けてられねぇなぁ!!」

 

 苦笑を湛えたカタリナが前に進み出て、カインも呆れを交えて言い、ラインハルザは胸の前で拳を打ちつけると黄色い闘気を纏う。

 

「す、凄い……」

 

 それらを少し下がった位置で見ていたハルヴァーダが呆然と呟いた。

 

「当たり前だぜ! オイラ達は、星の島イスタルシアに行く騎空団なんだからな!」

 

 その声を拾ったビィが得意気に、誇らしく返した。

 

「……これが、“蒼穹”の騎空団」

 

 そう小さく呟くハルの瞳には、紛れもなく彼らに対する羨望が混じっているのだった。

 

「いこう、皆!」

 

 グランの声を合図に、ナル・グランデ空域最後の戦いが幕を開ける。

 

 グランとジータが消えたと思う速度で移動する。制御が上手くいかず巨体を通りすぎて後ろに辿り着いていた。二人の動きに驚きつつも、自分達も負けていられないと教えの最奥に至った後衛の三人が巨体に攻撃をしかける。地面から生えた腕に対して牽制する形で、遅れて駆けた前衛三人の援護をする。

 

「おらぁ!」

 

 ラインハルザは正面から突っ込み、本体に殴りかかった。カインは遊撃に徹するようで、回り込むように駆けていく。カタリナは防御を担当した方がいいと考えライハルザを襲おうとする魔法などを防いでいった。

 

 グランは思っていた以上に動けてしまった身体の調子を確かめるように手を閉じたり開いたりする。そして頭に浮かんできた【十天を統べし者】の使用方法を整理した。

 

「……七星剣!」

 

 グランが唱えると、彼の手に半透明な七星剣が現れる。エネルギーとして形成された七星剣だったが、本物の七星剣と変わらぬ力を秘めていた。それは言ってしまえば、シエテの使用する剣拓に似ている。

 

「なら、こうするしかないよね!」

 

 グランは面白いことを思いついたとばかりに七星剣を握っていない左腕を横に払った。それと同時に彼の頭上に自身が持つモノと同じ七星剣が出現する。シエテの剣拓をそっくり真似したような状態だ。

 

「いけっ!」

 

 払った左手を前に突き出して、七星剣の全てを巨体に叩き込んだ。

 

「あ、それはいいね」

 

 それを見ていたジータはグランが思いついた戦法に対して呟くと、左手の指をぱちんと鳴らして半透明な五神杖を虚空に並べる。グランの七星剣と違って縦のまま並べていた。

 

「発射――――ッ!!」

 

 彼女の号令直後、五十本はある五神杖の全てからエーテルブラストと同等の魔法が放たれる。

 二人の攻撃を受けてグレートウォールから生えた巨体が大きく揺れた。

 

「凄すぎでしょ……」

「ふふ、私達も負けてられないわね」

「もちろん!」

 

 驚嘆するしかない団長二人の強さに、仲間達はやる気を漲らせる。

 

 “蒼穹”とカイン、ラインハルザは順調にダメージを与えていた。

 

 人智を超えた力を手にした者達と言っても過言ではない彼らの中でも、やはり際立つのはこの二人。

 

 駆けたグランは手元に三寅斧を出現させて握り、高速移動の勢いそのままに斧を振るう。着地しながら身体の向きを変えると再び飛び出し、八命切を構えて突きを放つ。巨体が大きく穿たれ彼はそのまま反対側へ抜けていった。その位置から振り向き様に十狼雷をぶっ放す。再び突っ込むと両手に六崩拳を装着して連続で殴り続けた。格闘をしながら七星剣を出現させて飛ばし攻撃を加える。

 

 ジータは並べた五神杖から魔法を、二王弓から矢を、九界琴から音の衝撃波を放ち続けていた。加えて彼女自身は次々と四天刃を手元に出現させて投擲していく。両手に複数持って一斉に投擲した後全速力で駆ければ投擲した短剣と並んで走ることができた。そこで一伐槍を持ち短剣達と共に槍で巨大な本体を穿つ。

 

「一気に決めるよ!!」

 

 ジータはそのまま仲間達に告げて、トドメを刺すべく力を溜める。

 

「んじゃ俺からいかせてもらうぜ! テンペスト・ピアーズッ!!」

「いっちょ叩き込んでやるか! ディー・ドラッヘン・カノーネッ!!」

 

 ラカムはティアマトの風を銃弾に纏わせて放つ。

 オイゲンはリザイアサンの水を銃弾に纏わせて放つ。

 

「私達だって負けてないんだから!」

「ええ、いきましょう!」

「「インヴィテーション・ガストッ!!」

 

 イオとロゼッタが声を合わせて唱え、氷と茨が魔方陣から突き出て本体を襲った。

 

「ははっ! いくぜおらぁ! 千・烈・絶・招ッ!!」

 

 黄色い闘気を纏ったラインハルザが拳の乱打を見舞った後、トドメの一発を叩き込む。

 

「張り切ってるな。俺も、ちょっとは頑張らないとな。乾坤陣ッ!!」

 

 カインは緩そうな表情を引き締め連続で刀を振るった。

 

「グラキエス・ネイルッ!!」

 

 そこに加えてカタリナの放った青い巨剣が突き刺さる。

 トドメは当然この二人。

 

 グランとジータは自分の身体の周囲に十種の天星器を出現させていた。

 そして右手を引いて腰を落とすと周囲を回転していた天星器の全てが右手にエネルギーとして集約されていく。

 

「「……レギンレイヴ・」」

 

 双子故に息が合い同時に動いた。

 

「「天星ッ!!!」」

 

 凝縮された天星器のエネルギーが放出される。

 それは星晶獣が生み出す天災よりも強く、グレートウォールと一体化したバラゴナを消し飛ばした。

 

 新たに得た、圧倒的な力。それで以ってバラゴナを倒しグレートウォールから分離させる。二人の放った衝撃は一体化したバラゴナに多大なダメージを与えたからか、グレートウォール全体が震動し崩壊していく。

 急いで倒れたバラゴナとグレートウォールを脱しなければというところだったのだが。

 

「「っ〜〜〜!!?」」

 

 『ジョブ』を解いた二人が全身に走ったあまりの激痛に顔を歪めて膝を折りそうになる。解放されただけで、まだまだ使いこなせるような段階ではないようだ。

 それでも彼らが新たな力を手にしたことには変わりない。

 

 そして、彼らが戦っている相手さえ救えるようにと願ったことからもわかるように。一度救えなかったと思った者が落ちてきたら、つい身体が動いてしまうのだろう。例えそれが仇敵であっても。

 その結果仲間達と共に空の底へと落下したとしても、“蒼穹”は諦めることを知らないのだ。




というわけで十天を統べし者に手をかけました。
スキンをご存知の方はわかっていると思いますが、使いこなし始めると武器も手にします。まだまだ制御できないってことですね。


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暁のその後

本編で言うところの暁の空編が終わった直後からのお話が始まります。
黄金の空編は一応区切りの良さを考え星の旅人編の途中まで入ります。

具体的に言うとナル・グランデでのお話が終わるまでは黄金の空編にします。

ダナン君は落っこちていないので本編だと見えていない部分を作者の想像で埋めています。
ご了承ください。


 後から聞いた話だと、俺は翌日に目を覚ましたらしい。

 

 心配をかけた連中に謝りつつあの時なにが起こったのかを周囲に尋ねた。

 

「団長達はグレートウォールと一体化したバラゴナを助けるために奮闘して、見事助けた。まぁバラゴナはグレートウォールの鍵になった影響か意識不明の状態で、ここイデルバ王国にある王宮の一室で寝かせている」

 

 そう答えたのはカインというイデルバの将軍だった。彼の言葉でここがイデルバ王国だと察する。

 

「ふぅん。で、なんであの時、グランサイファーは飛んでたんだ?」

「それは……。グレートウォールが金の粒子になった後、ギルベルトが落ちてきたんだ。二人はあいつを助けるために島を飛び出して……」

「はっ。あいつら、敵助けるために空の底に落ちそうな危険に飛び込んだってのかよ。バカなくらいのお人好しだな」

 

 そういうところが、好きじゃないんだ。

 

「……全くだ。それより黄金の騎士から聞いたよ。君がグレートウォールを消滅させたんだって?」

「ああ」

 

 どうやら俺が眠っている間に、アリアが話してしまったらしい。そのアリアは兜や鎧を外した恰好で腕を組み壁に背を預けている。ぴっちりタイプではないがそれなりに薄着だ。

 

「ギルベルトはグレートウォールの燃料にされたはずだ。それが元に戻るなんてあり得ないと思っている。君がなにかしたんじゃないのか?」

「ああ。ギルベルトは俺が、真王の情報が得られないかと思って元に戻した」

「っ!」

 

 そう答えるとカインは怒りを露わにして俺の胸倉を掴み上げてきた。

 

「カイン!」

「……あんたが余計なことさえしなければ、“蒼穹”の皆は落ちることがなかったんだ」

「ギルベルトを助けるとは思わないだろうがよ。大体、落下したのはその後の白騎士の攻撃だったろうが」

「それだってあんたが避けたから当たったとも考えられるだろ」

「冗談キツいな。白騎士の一撃を俺が受ける程度で威力弱められるわけねぇだろうが。アリアを盾にして一緒に真っ二つにされたとしても、結果は変わらねぇよ。……責任をすり替えるなよ、将軍。白騎士が狙ったんであって、俺がどうにかできたわけじゃない」

「……」

 

 カインは俺の言葉に唇を噛み締めると、乱暴に手を離した。頭ではわかっちゃいるが、吐き出さないわけにはいかなかったって感じか。

 

「大体お前、これまであいつらと旅してきたんだろ? なのにどうしてわからねぇ? あいつらが、墜落した程度で死ぬヤツらだと思ってんのか?」

「……それは」

「あいつらは常識を超えてくる。そんなこともわかってねぇんだったらそうやって誰かを責めてるんだな。精々葬式気分でいやがれ」

 

 空の底に落ちた? ならあいつらはそこから這い上がってくるだろう。そして何食わぬ顔でただいま、とか抜かしやがるんだ。

 だから、シェロカルテもそうだがあいつらを心配するだけ無駄だってんだよ。

 

「もう良い、カイン」

 

 そこで幼いようで厳かな声が聞こえた。アリアの横に立つ少女、フォリアだったか。

 

「その者はアリアに協力し、助けてくれた。妾にとってそれ以上の信頼はない。なによりもうわかっておるのじゃろう? アリアから状況を聞いて二人にはどうしようもなかったということに。誰かを責めたくなる気持ちはわかる。じゃが、それよりもやるべきことがあるはずじゃ」

「……はい、陛下」

「これこれ。もう“陛下"ではなくなるぞ」

 

 引き下がるカインにフォリアは笑って告げる。

 

「ふぅん。イデルバ王国の国王は辞めるのか?」

「そうじゃ。ギルベルトの流した噂もあっての。晴れて隠居の身というヤツじゃな」

 

 そこまで重く捉えてはいないのか、彼女は朗らかに笑っている。

 

「んで、ギルベルトは? 意識あるなら話を聞こうと思うんだが」

「地下牢に幽閉しておる。じゃが幽世の力を取り込み真王に肉の門とされてしまった影響か心が磨耗してしまったのじゃろうな。受け答えもはっきりしない状態じゃ」

「そうか……。俺にできたのは燃料をギルベルトに戻して、幽世の力と分離するところまでだからな。なにより正常だった頃の精神を知らねぇから、戻すことはできない」

「……それで良いじゃろう。あやつは幽世の力を手にする前から他者を支配できるだけの力を欲していた。グレートウォールがなくなったとはいえ、同じようなことを繰り返すじゃろうな」

「ならいいか。元々、真王の情報もダメ元だったしな。後の身柄は煮るなり焼くなり、死刑にするなり好きにするといい。レム王国と相談して決めればいいだろ」

「うむ。じゃが一つ問題があってな」

 

 フォリアは鷹揚に頷いたが、眉を寄せて語る。

 

「今イデルバ王国は、妾という国王の不在により混乱状態にあるのじゃ」

「あんたは……そうか、過去の罪を民の前で認めたんだったな。じゃあ無理か。今までやってきたことは兎も角、信頼は落ちてる」

「そういうことじゃ。今イデルバは誰が次の王になるかで揉めておる。内乱の気配すらあるほどじゃ。……正直、今はギルベルトの処遇を決める余裕はないの」

 

 なるほど。イデルバもイデルバで大変らしい。まぁほとんどフォリアのせいと言えばそうなんだが。

 

「……ダナンはこれからどうするつもり?」

 

 俺が寝ているベッドの傍にいたオーキスが尋ねてくる。団員全員は狭いからか入っていなかったが。

 

「いくつか思うところはあるが……まぁしばらくはナル・グランデで情報収集だな。ファータ・グランデ空域の強者は“蒼穹”に取られちまったから、こっちで団員集めでもしてるかとは思ってるんだが」

「……わかった」

「俺としちゃあ騎空挺を見に行きたいところもあるんだがな」

「それは後にしといてくれ。俺も様子は見たいんだけどな」

 

 ザンツの言葉に返して、これからの行動を考える。

 

「ふむ。もう少し滞在するならどうじゃ? イデルバの内乱を抑えるのに協力してくれんかの」

「陛――フォリア、様!?」

 

 カインが陛下と呼びそうになりながら驚きを示す。

 

「もう国王でないのじゃ、様をつけずフォリアちゃんと呼んでくれてもいいんじゃぞ?」

「いや流石に年上の女性をちゃんづけは……」

「姉さん、恥ずかしいのでやめてください」

 

 茶目っ気たっぷりにウインクするフォリアだったが、カインとアリアに呆れられてしまい子供っぽく頬を膨らませていた。

 

「なんで俺達がイデルバに協力しなきゃいけないんだよ。アリアにうちのヤツらが世話になった礼は返したつもりだし、イデルバに協力する義務はねぇぞ?」

「そう言うな。お主らは騎空団なのじゃろう? なら妾からの依頼ということで受けることは可能なはずじゃ」

「依頼なら断る権利はあるだろ?」

「もちろんじゃ。じゃが、これを機にイデルバを離れたいという者もおるじゃろう。そういった者達を勧誘する機会ではないかの?」

「元国王が引き抜き推奨してどうすんだよ……」

「ふふ、もちろん妾は今内乱が起ころうとしているのも、単にそれぞれがイデルバをいい国にしようと思っておるからじゃと考えておる。なればこそ、イデルバを出て騎空士になると考える者がいないとも考えられるじゃろう?」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべて笑った。その表情には自信が見て取れる。

 

「ふぅん? 敵の噂を信じかけて左右されるような民がねぇ」

「うっ。そこを突かれると痛いのじゃが」

「ま、そういうことなら引き受けるか。ただの騎空士風情になにができるかは知らんけどな」

「そこは臨機応変に、じゃな。案内にはレオナについてもらう」

「姉さんに?」

「うむ。本人の要望もあってな」

 

 そこはカインじゃなくて助かったと言うか、多少関わりがあるヤツならやりやすくはあるな。というか本人から言い出したらしい。だがここにレオナの姿がないので、元からそのつもりでフォリアは動いていたのだろう。

 

「そのレオナはここにいないみたいだが?」

「うぅむ……。あやつは妾の罪に一足早く気づいて挑んだとして、次期国王にと押されている一人でな。将軍達に捕まっておる」

「そんなんで案内とかできるのかよ」

「まぁ、それはお主ら次第じゃな」

 

 こいつ、その問題も俺達に協力させようとしてやがんな。まぁ、それくらいはいいか。どうせ行く宛てもないから島を巡る旅をするだけだしな。

 

「しょうがねぇ、引き受けるか。レム王国の動きはどうなってるんだ?」

「今のところ、イデルバの使者であった彼らがイスタバイオン軍との戦いに協力してくれたということもあって比較的友好な関係を築いておる、と言っても良いじゃろう。向こうも疲弊しておるが故、無駄な争いは避けたいというところじゃろうがな」

「だろうな。ギルベルトの身柄については?」

「民衆の全員があやつの所業を知っているわけではない。それにギルベルトがイスタバイオン軍と協力関係にあったということは、身柄を保持しているとイスタバイオン軍が奪いに来る可能性があるということを懸念しておるのじゃろうな」

「ないだろ」

「じゃな。……イスタバイオン王国の国王は、捨てた駒に未練など持たぬ」

 

 即答した俺に、フォリアも即答で返してきた。

 

「大体は、把握した。とりあえずはレオナのとこに行くのもあるが、先にバラゴナだな」

「うん? あやつは今も眠ったままじゃが……なにか用があるのかの?」

「状態を確認する。あいつには見返りを要求してあるんでな。きっちり返してもらうためにも、早く目覚めてもらわないといけない」

「ふむ。ではアリアよ、案内してやるといい」

「私が?」

「アリアも気にしていたじゃろう?」

「それはそうですが」

「なら行ってくるのじゃ。なに、妾は既に隠居を決めた身。国王という立場ももうすぐなくなるでの、いつでも話せるじゃろう」

「そう、ですね」

 

 フォリアの言葉にアリアは少しだけ柔らかく微笑むと、壁から背を離した。

 

「では案内します。ついてきてください」

「ああ」

 

 アリアが言って部屋を出ようとするので、俺もベッドから降りてついていく。露わになった彼女の引き締まった背中を眺めつつ、七曜の騎士ってのは鎧の中が薄着じゃないといけない決まりでもあるんだろうかとバカなことを考える。いやまぁ蒸すだろうから実用的ではあるんだろうけど。

 

「……ついてく」

「別に来なくてもいいぞ?」

「……心配だから」

「バラゴナが?」

 

 オーキスとバラゴナに接点なんかあっただろうかと首を傾げるが、オーキスはふるふると横に首を振った。

 

「……ダナンは目を離すとすぐ他の女に手出しする」

「いや出してねぇから。というか変な印象つくだろうが」

「……つければこれ以上増えなくなる」

「さいですか。まぁ好きにすりゃいい」

「……ん」

 

 というわけでなぜかオーキスの他にもフラウ、ナルメア、リーシャがついてきた。

 

「ここです」

 

 アリアについていき、案内された一室へと入る。扉をノックすると中から「どうぞ」と少年の声が聞こえてから扉を開ける。

 

「あ、アリアさんにダナンさん、皆さんも」

 

 中でベッドの横にある椅子に腰かけていたのはハルヴァーダだった。あとレオナもいる。俺の名前はアリアか誰かから聞いたのだろう。

 

「よう。バラゴナの様子はどうだ?」

「呼吸や脈は安定していますが、意識が戻っていません。命に別状はないということですが……」

「そうか」

 

 俺は頷いてから、なぜいるかわからないレオナに目を向ける。

 

「で、なんであんたがいるんだ?」

「それはその、次期国王を誰にするかっていう言い争いが嫌になって、容態を確認するためにって言って逃げてきたから……」

 

 レオナは辟易した様子で苦笑した。

 

「そうかい。フォリアから依頼されてあんたに協力することになったから、また後で詳しく聞く」

「あ、うん。引き受けてくれたんだ。ありがとう」

 

 レオナとの会話は区切り、眠るバラゴナの横に立つ。

 

「【ドクター】」

 

 こういう時にはこれ、という『ジョブ』を発動。黒衣の医者へと姿を変えてバラゴナの身体を眺める。布団を捲って上半身の触診を実行。中は普通のシャツとズボンだった。薄着というルールはなさそうなので、つまりはあいつらの趣味ということになるか。

 脈拍は問題ないが、身体の方に影響が出ているな。目で見えない傷みたいなモノだから普通の医者が気づかないのも無理はない。

 

「なるほど。グレートウォールと一体化した影響で身体に見えない傷が生じているようだ。グレートウォールが崩壊した時のダメージもあるようだが」

 

 俺がグレートウォールを分析したのはバラゴナが一体化した後のことだ。だから彼に混ざってしまったグレートウォールを消すことはできなかった。だがこれくらいなら対処可能だな。

 

「今のままでは目覚めるのに三ヶ月から半年ほどかかるだろう」

「……そうですか」

「だが、私が治療すれば多少早まるだろう」

「本当ですか?」

「ああ。だが、私の治療は高いぞ?」

 

 俺が言ってハルを見据えるも、特に怯むことなく真っ直ぐに見つめ返してきた。

 

「どんな金額であっても、バラゴナさんが目を覚ますのであればお支払いします。どれだけかかっても、僕が必ず」

 

 一切の躊躇がない返答だった。

 

「そうか。ならいい。早速始めるとしよう」

 

 俺は言って、バラゴナの顔の上に右手を翳す。ワールドの力でバラゴナの身体を分析し、混じってしまった異物を取り除いて正常な状態に戻していった。バラゴナの身体から金の粒子が浮いてきて虚空に消える。

 

 続いて先程視診した時に最適として頭に浮かんできた薬を作成する。近くにあった台を借り、持っていた素材を使って手早く薬を作った。

 五分ほどで作成できた薬をバラゴナの後頭部を以って僅かに開いた口から飲ませる。

 

「……これで、およそ三日で目覚めるだろう」

「さ、三ヶ月がたった三日に、ですか?」

「だから高いと言っただろう。代金は目覚めてから請求するとしよう」

「あ、ありがとうございます! 里の者達のことも助けていただいて、バラゴナさんまで」

「気にする必要はない。見返りは要求する」

「はい、必ずや」

 

 残念ながらこの少年に俺が最初三ヶ月と言ったことを疑うという考えはないらしい。まぁ、多額の代金を吹っかける闇医者という『ジョブ』の人格だから、見返りはたっぷり請求してやるんだが。とはいえ患者に関して嘘は吐かないという信条がある。制御できない時は金をふんだくる上に薬の実験体にするとかいう非人間と化すのだが。

 俺は【ドクター】を解除して肩の力を抜く。

 

「これでまぁ、いいだろう。こいつの戦力は必要になるだろうからな。さっさと目を覚ましてくれねぇと困るんだ」

 

 まだ俺の要求も伝えてないことだし、な。

 

「しかし薬の作成の手際が凄まじいですね。白騎士との戦いでも見ましたが、戦闘も薬剤もこれほどとなると全空を探してもそうはいないでしょう」

「まぁ、それが俺達だからな」

 

 アリアの言葉にそう返して、ここでの用は済んだのでレオナに向き直る。

 

「さて、お次はイデルバの内乱を起きる前に対処しろって依頼だが。詳しい話、聞かせてくれるか?」

「わかったわ。じゃあ場所を変えましょう」

 

 レオナは俺の言葉に頷くと、バラゴナの眠る部屋でする話ではないと思ったのかそう言って部屋を出る。

 移動するのだが、戻るのもあれだったのかアリアまでついてくるようだった。



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アリアの話

ゲーム内で新章追加に伴い、イスタバイオン王国の内情とかがちょっと見えるかもしれないお話。


「こほん」

 

 俺達を自室に連れてきたレオナは空気を整えるように咳払いをする。

 

「今のイデルバ王国の内情をお伝えします」

 

 空気を真面目なモノにして話し出した。

 

「今、この国ではフォリア様がいなくなったことで混乱に陥っています。……そして恥ずかしながら、混乱に陥り内戦を始めている状態です」

「あ、もう始まってるのか」

 

 フォリアに聞いた話だと内乱が起こりそうってことだったんだが。

 

「うん。実は今日の会議中にも裏で他の人を蹴落とそうとしてるって話が出たんだ。……もう始まっちゃってるみたい」

「そうか」

「それで、今はなんか派閥とかに分かれてるのか?」

「うん。大半は元々ついていた各将軍ごとに分かれているみたい。ただそこに……」

「フォリアに挑んだあんたが入ってるってことか」

「うん」

 

 レオナは疲労の見える苦笑を浮かべた。

 

「じゃあもう『全員平伏せ!』って王になったらいいんじゃねぇの?」

「別に私は王になるつもりはなくて、できればフォリア様が退位した後は国王なしでやっていくのがいいと思うんだ。現状を考えると、誰か一人が国王になるのは良くないと思う」

「まぁ、言い争いが絶えないわけだしな」

 

 言い争いどころか内戦が本格的に始まろうとしているくらいだ。

 

「で、それを他のヤツらには言ったのか?」

「うん。言ったけど聞く耳を持ってくれなくて……。『将軍を差し置いて発言するな!』とか『そんなことを言って自分の下に置くつもりか!』とかって」

 

 そう話す彼女は辟易した様子だ。勝手に持ち上げられて行ってみれば会議に口出しするなとは身勝手なモノだ。

 

「じゃあ将軍様の一人であるカインには頼まないのか?」

「カインも……あんまり良く思われてないみたい。若くして将軍に、って言うと凄く見えるけど傍目から見ればフォリア様のえこ贔屓。カインは頑張ってるし成果も上げてるんだけど、若輩者が出しゃばるなって反感を買ってるみたいだから」

「まぁ悪評の悪化なんて目も当てられないか」

 

 とはいえ、だ。ただの一般騎空士である俺になにができると言うのか。“蒼穹”なら一人一人将軍と話して折り合いをつけるとかやるかもしれないが、俺はそんな面倒なことはしたくないし折り合いをつける、なんていう中間管理職みたいな真似をし続けたくはない。

 

「となると……俺にできることはあんまりねぇな」

「そうなの?」

「ああ。俺が得意とするのは、盗み、暗殺、恐喝、煽り。こんなところだしな」

「…………ホントにあの子達の知り合いなの?」

 

 俺の発言に、レオナはジト目になっていた。仕方がない、それが俺だからな。

 

「……あと誑し」

「おいこら変なの追加するんじゃねぇ」

 

 オーキスの茶々にツッコミを入れておく。妙な勘違いを引き起こされても困るのだ。

 

「兎に角、俺は別にこの国のことをどうこう思ってるわけじゃねぇ。だから俺が情に訴えかけても響かない。ちゃんとその国に生きてる人の声じゃなきゃ民に届けられない。だから俺ができるのは、人の話を聞く耳を持たせることと、動揺を煽ることだけだ。その後上手くまとめてもらう必要がある」

 

 周りに女性しかいない状況下で誑し呼ばわりされると酷く居心地が悪い。空気を変えるために少し真面目な話をした。

 

「うん、それなら。私もダナン君におんぶに抱っこでやってもらうわけにもいかないから。……今は争ってるけど、皆がイデルバを良くしていきたいと思ってることくらいはわかってるから。その擦り合わせをすれば、大丈夫だと思ってる」

「ふぅん。まぁ人に関しては俺よりあんたの方が知ってるだろうから、その辺は任せる」

「ありがとう。なんだかごめんね、面倒事に巻き込んじゃって」

「悪いと思うならさくっとまとめるんだな。で、できるだけ民衆が集まって将軍も呼び寄せられるような場を設けられれば一網打尽にできるんだが、なんか案はないか?」

「それはフォリア様やカインに相談した方が早いと思う。ちょっと聞いてくるね」

 

 そう言ってレオナはつかつかと部屋を出てしまった。ここ自分の部屋なのに。ドランクと二人なら「ねぇねぇ、部屋物色するなら今なんじゃな〜い?」とか言われそうだなと思いながら、周りの目が怖いのでさっさと出ることにした。

 

「アリアはこれからどうするつもりだ?」

 

 俺は道すがら彼女に尋ねる。

 

「これから、ですか……」

「ああ。真王のところへ戻るのか、この国で暮らすのか、はたまた別の選択肢を取るのか」

「できれば……もう少し姉さんと話がしたい、と思います」

「そっか」

 

 ならできればそれは手助けしてやりたいところだ。七曜の騎士に恩を売っておいた方が、真王に挑んだ時懐柔できるかもしれないしな。

 

「しかし、真王から逃れられるとは思っていません。いずれ決着をつけなければならないでしょう」

「そうかい」

 

 そう口にするアリアには覚悟や信念といったモノが見え隠れしていた。

 

「とりあえずは現状の調査に努めるか。スツルムとドランク、あとレラクルとゼオ、ガイゼンボーガが見当たらないな?」

 

 エスタリオラは確か俺の眠っていた部屋ですぴーすぴーしていたはずだ。

 

「……二人は調べることがあるってどっか行った」

「レラクル君もそこについていった形ね」

「ゼオさんとガイゼンボーガさんは意気投合してどこかに行ってしまいましたね。戦いが呼んでいる、とかなんとか」

 

 自由か。

 

「しょうがねぇ、俺達はここを拠点にしとくかぁ。できれば調べに行った三人が戻ってきてくれるといいんだが」

「……それなら二人きりで部屋行く」

「いや、それは流石に」

「……大丈夫。どんな空気でも気にしない」

 

 オーキスの大胆発言(?)に、周囲の空気がピリつき始めた。

 

「ダナンは私と二人きりがいいよね?」

「私の目が黒い内はダメですからね!」

「ダナンちゃんはお姉さんがお世話するの」

 

 早速四つ巴の状態となってしまった。じゃあ四人全員と、みたいな器量は持ち合わせていない上にリーシャがいるので不可能だ。ナルメアもそういうんじゃないし。

 

「……ふむ。では私と今後について話し合いましょうか」

 

 なにやら顎に手を当てて考え込んでいたアリアが、囲まれた俺を上手く引っ張り出した。

 

「おっ?」

 

 予想外の助太刀に戸惑いが湧く。一応白騎士と一緒に戦ったが、そう仲良くはないはずだ。

 

「……ついてきてください」

 

 ぼそりと小声で囁かれ、なにか大事な用があるのだと察して彼女についていくことにした。四人に悪いなとジェスチャーで謝っておき、アリアに連れられるがまま歩いていく。

 やがて人気のない裏庭まで来るとベンチがあって、そこを取り出したハンカチで払い腰かけた。所作に育ちの良さが見える。案外教育はしっかりしているらしい。俺は片側を空けて座ってくれたので、ある程度距離を置いて隣に座る。こういうのは節度が大事。

 

「すみません、連れ出してしまって」

「いや、いい。……あのままだと収拾つかなさそうだったからな。助かったとも言える」

「そう言っていただけると助かります」

「それで、なんか話があるんだろ?」

 

 俺は前置きもそこそこに本題へ入らせる。

 

「……ええ、実は。先程あったこれからどうするかという話なのですが」

「姉さん、フォリアともう少し話したいって言ってたな」

「はい。ですが、それ以外で一つ聞いて欲しいことがあるこです」

「へぇ? けどなんで俺なんだ?」

 

 他の人に聞かれずちゃんと相談したいことなのかもしれないが、俺である必要はない。それこそ姉にでも相談すればいい。きっと喜んでくれる。

 

「……ここにいる者達の中では貴方が適任だと思ったのです。貴方は傭兵二人を始めとする何人かを団長として率いているそうですが、空を旅するのは楽しいですか?」

 

 思いも寄らなかった質問だ。

 

「先に言っておくが、あんたも知っての通りあの三人とは別でこの空域に来たし、確保していたとはいえあまり旅っていう旅はしてないな」

「そうですか」

「だが一つ言えるのは、ただじっとしてるよりは楽しいってことだな」

「ただじっと……」

「……俺はな、マフィアが支配するゴミ溜めのような場所で育った。圧倒的弱者として、目をつけられたらマフィアに殺されるだけの人生だ。だから、抜け出したかった。結果が決まってるモノほどつまらないモノはねぇしな」

「決まった人生から抜け出す、ですか。それだけの力が貴方にはあったのですね」

「ああ。幸運にも、師に恵まれてな。……それに、嫌なんだよ。こうしなきゃいけないとか、そんなことできるわけがないとか、そういう固定観念に囚われてんのがな。自分でも嫌だが、他人がそうしてるのも嫌だな」

 

 安直に言えば気に食わない。不自由に見えるし、世界は広いんだから別の視点だってたくさんあるはずだ。俺だって元々優しさや料理の存在すら疑ってたくらいだからな。

 

「……だから貴方は、最初『使命や命令にない自分のやりたいことを手助けする』と言ったのですね」

「ああ。ってか覚えてたんだな」

「ええ。あれは迷っている私に刺さった言葉でした。私個人のやりたいこと、それは父上に認めてもらうことでしたが、その父上は一向になにもくれはしない。父上のためなら、と目を逸らしてきましたが真王の非道は目に余る。それを除けば私のやりたいことはあの時、姉さんを守りたいという気持ちだけでした。それがおそらく初めて出来た私の、なににも縛られないやりたいことだったのだと思います」

「そうか」

 

 ぽつぽつと語った内容は、まぁ俺が手助けしてやりたいことと相違なかった。できればもっと願ってもいいと思うのだが。

 

「で、どうだった? 自分でやりたいと思ったことをやるのは、命令よりマシだったか?」

「……どう、でしょうね。使命や命令は決まったことをやればいいだけなので、自分で考える必要はありませんから。楽と言えば楽な生き方なのだと思います。ですが、なにかに縛られて行動するだけでは得られないモノを得た気がします」

 

 そう呟くアリアは穏やかな表情をしていた。

 

「ただ難しいですね。これからどうしたいのか、どうすればいいのか常に頭を悩ませなければならないとは」

「大まかな道筋だけ決めちまえば後はそれに従うだけなんだがな。まぁそれを決めるのも、決めた後続けるのも難しいことではある。だが、一度決めたらころころ変えないことだな。身の丈に合ってなくても、いつか叶うかもしれねぇし」

「貴方には、それがあるのですか?」

「ああ」

 

 俺は迷うことなく頷く。

 

「俺は、あいつらより先にイスタルシアに辿り着く。そのための騎空団だ」

「あいつら……“蒼穹”の騎空団ですか。『ジョブ』と言い、貴方達には因縁があるのですね」

「まぁな。ライバル宣言しちまったが、ちょっと逸ったかなってとこはあるし、分不相応にならないようにするだけで精いっぱいだ」

「それでも諦める気はないと?」

「当然だろ。なにより仲間と旅するのが楽しいって知ったからな。一癖も二癖もある連中だが、退屈はしねぇよ」

「そう、ですか」

 

 アリアはそう言うと、空を仰ぎ考えを馳せているようだった。

 

「……貴方達の在り様は、イスタバイオン王国、ひいては真王とは真逆ですね」

「そうなのか?」

 

 俺が、と言うよりは空域を隔てると情報が途絶する。イスタバイオン王国は真王、七曜の騎士の力によって他空域に行き来可能なようだが。基本的には空域を越えるなんて真似はできもしないということだ。

 

「ええ。真王陛下が掲げる理想は、誰もが等しく幸福である世界。実際、イスタバイオン王国はその理想に基づいて運営されています。そして既に、ファータ・グランデ空域とナル・グランデ空域を除くほとんどの空域が真王の支配下にあります。真王と敵対したまま空を旅し続けることは難しくなるでしょう」

「もうそんなにか……。ま、空域を越える手段を持ってるのがほぼほぼ真王だけってなると当然の結果ではあるのかもしれねぇな」

「はい。時には武力行使も行いましたが、真王陛下の理想に基づいて各空域を管理しようとしています」

「ふぅん。そこまでして、あいつはなにを目的にしてるんだろうな」

「……真王は、全空域の力を結集しなければ、一つにならなければ脅威から人々を守ることはできないと豪語しています。そのための全空統一だと」

 

 全空統一ねぇ。

 

「そういや真王は、多分“蒼穹”の団長二人を“御子”って呼んでると思うんだが、その理由は知ってるのか?」

「いえ、私は聞いていません。しかし真王には御子を導く使命があると言っていたので、おそらく全空統一後に脅威に対抗する要になるのではと思っています。例えば……全空域の人々を率いて戦う、とか?」

 

 これまで真王に重大な仕事を任されたことがないらしいアリアちゃんではそこまでわからないらしい。だが彼女の推測混じりの発言に少しだけ心当たりがあった。なにせあいつらはファータ・グランデ空域で出会ってきただけでも二百人以上の団員を確保している。そのカリスマ性が発揮されれば全空域の人々を率いて脅威と立ち向かう役目、と言われても不思議ではない。むしろあいつら以外にそれができるヤツはいないだろうとさえ思う。

 だがそうなると俺に代用品とか無理があるだろう。このペースだと全空を旅しても百人も集まらねぇぞ。あいつらは千人とかいきそうだが。

 

「まぁ、そう考えるのが妥当だな。あいつらは一緒にこっち来てる以外にも団員が大勢いる。大勢を率いて戦うってんならあいつらが要になるのも頷けるな」

「そのようですね」

 

 真王の具体的なビジョンはよくわからないが、ナル・グランデを越えた先の旅は真王の目的に協力するか、阻むかで大きく変わってくることになるだろうな。

 

「しかしイスタバイオン王国には、等しく幸福を管理するために自由が存在しません」

「なに?」

「決められた仕事をする、決められた相手と結婚する……。そういう管理の下、平等を実現している国なのです」

「……それ、楽しいか?」

 

 俺は多分嫌そうな顔をしていたと思う。なにせさっきも言った通りなにかに縛られるのが嫌いなタイプだ。

 

「私は以前、イスタバイオン王国の在り方になんの疑問も抱いていませんでした。それが普通なのだと思っていました。ですが、今はどうでしょうね。私にはわからなくなってしまいました」

 

 アリアはそう言うと少しだけ顔を歪める。

 真王の掲げる理想は立派だし、聞こえはいい。だが自由を謳歌している俺達の様子を見ると、必ずしも正しいとは言えない。と、そんな感じかね。

 

「合ってるか間違ってるかは一生答えが出ねぇから、折り合いつけて納得するしかねぇんじゃねぇか?」

「そういうモノですか」

「そういうモノだ。俺は一応やりたいようにやる、がモットーではあるが全員にそうしろと強要する気はねぇ。やりたいようにやったら世界滅ぼそうとするヤツだっているかもしれねぇしな。だから統一なんて最初から無理なんだよ。せめて一丸となる、くらいのモノだ」

「……そうですか。だから陛下はあのように……」

 

 俺の言葉に呟くと、なにかを考えるようにアリアは眉を伏せた。

 

「……少し、私にも考える必要が出てきたようです。話を聞いてくださってありがとうございました」

 

 今のイスタバイオン王国に思うところがあったのか、アリアはそう言って俺に頭を下げてきた。

 

「礼を言われることじゃねぇよ。それより言い忘れてたことがあるんだが」

「? なんでしょう?」

「最初、旅するのは楽しいかって聞いたよな。悪いが楽しいかどうかはそいつにしかわかんねぇことだ。全員が全員旅をして楽しいかと言われればまた別だ。だから、旅が楽しいかを知るなら他人から話を聞くんじゃなくて、自分でやれよ」

「――」

「しばらくはナル・グランデ空域にいる予定だから、もし俺達が島を回るのについてきたいと思うなら言ってくれ。旅をさせてやる」

 

 話はもう終わりかと、ベンチから立ち上がって笑いかける。彼女はきょとんとした様子だったが。

 

「……そう、ですね。それもいいかもしれません」

 

 少し苦笑い気味だった気もするが、笑顔で返してくれた。

 

「あいつらがもう空域の問題を解決した後だし、そこまで問題が残ってるわけじゃないと思う。だから苦難はないが、のんびり旅ができるだろうな。体験には持ってこいだ。気が向いたら言ってくれよ」

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

 言っておきたいことは言ったので、俺はその場から立ち去った。アリアも一人で考えたい気分のようだったので、一緒に戻る必要はない。

 と戻る途中、物陰から覗いている顔がいくつかあった。

 

「……真面目な話し合いしてるんだから自重しとけよ」

 

 呆れて呟く。アリアのことはそっとしておいてあげたいので、あまり覗き込むようなことはしないで欲しい。

 

「……ん。聞いてたから、わかってる。また誑かすと思ってた」

「おいこら」

「でも随分と仲良さそうだったよね?」

「そんなんじゃねぇって」

「ああやって真面目に相談聞いてくれる人って心に入ってきやすいですよね」

「そこはアリア次第だから俺の非じゃないだろ」

「ダナンちゃんが不良に」

「それはちょっと違うな?」

「アリアは固すぎるところがあるからの。誰かに相談できるのはいいことじゃ」

「我が王よ、あまり身を乗り出すと気づかれます」

「……なんでお前までいんだよ」

 

 四人はある程度予想がついていたから良かったが、なぜかフォリアと喋る獣までいた。

 

「妹の様子を見に来るぐらい良いじゃろう? てっきり恋愛相談かとも思ったが、まだ早かったようじゃの」

「楽しそうにしてんなぁ。いいから退散しようぜ。アリアも一人で考えたいみたいだったしな」

「――その必要はありません」

「「「っ!?」」」

 

 呆れの混じる冷めた声が聞こえたかと思うと、俺の背後にアリアが立っていた。目がとても冷たい。特にフォリアを見る目が。

 

「あ、アリア。違うのじゃ、これは違うのじゃ……」

「なにが違うのですか? ちゃんと説明してもらいましょうか。姉さんと話す時間はたくさんありますからね」

「そういう意味で言ったのではないのじゃ!?」

 

 アリアは特にフォリアに対して怒っているようで、首根っこを掴むとずるずると引き摺っていった。

 

「だから私は止めたのです」

 

 獣はこちらにぺこりと頭を下げると、引き摺られるフォリアを助けようとはせずついていった。なにあの礼儀正しい獣。魔物か星晶獣かなにかか?

 

「……とりあえず、折角空域越えたんだしのんびり街でも回るか?」

 

 俺はそう提案し、四人と街を回ることにしたのだった。



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別のゴーレムの少女

あの子の道中がちらっと出てきます。


 俺はオーキス、フラウ、リーシャ、ナルメアの四人とのんびり街を回ることにした。ナル・グランデ空域に来てからずっと戦争に巻き込まれたり白騎士と戦ったりしていたからな。気の休まる暇がなかった。今は比較的のんびりできる時だから、街でゆったりと楽しむのだった。

 

 とはいえ街の雰囲気はあまり良くない。

 

 ギスギスしていると言うか、不安が見て取れると言うか。

 なんにせよ上が争っているせいで民衆にまで不安が拡散しているのは確かだった。真に国を想うんだったらこの街の様子を見て自分達がやるべきことを見直せ、と言いたい。

 兵士の配置もしっかりしているところもあれば手薄になっている箇所もあり、ちぐはぐだ。手薄になっている箇所の住民は武器を携帯している俺達を見ただけでも少し怯えた様子だった。

 

 民を不安にさせるなんてどいつもこいつも国王失格だな。と言ってやれば煽れるだろうか。

 

 その日の夜、レオナとカインから声をかけられた。

 

「三日後に、フォリア様の退位を正式に発表する」

 

 それが俺がレオナに話した、将軍や民衆が一同に集うタイミングとはそのことだろう。

 

「そこで俺が不安を煽り、動揺を誘って場を悪くする。その後でお前らが情に訴えかける。そんで上手くまとめてくれ」

「改めて聞くと完全な悪者になっちゃうみたいだけど、いいの?」

「別に気にしねぇよ。ここに長居する気もねぇしな」

「……わかった。成功した暁にはこの空域にある空図の欠片の情報を渡そう」

「そりゃ助かる」

 

 まだ全く情報がないからな。いくつあるのかは知らないが、ファータ・グランデ空域で十個だったことを考えると同じくらいと考えてもいいのかもしれない。

 

「このナル・グランデ空域は星晶獣との関わりが薄いから、多分空図の欠片も少ないと思うよ。だから重要な情報になる、はず」

 

 レオナがそう補足してくれた。丁度ファータ・グランデと同じくらいの数かな? と思っていたところだったので有り難い情報だ。

 

「そうか。じゃあその時には有り難く貰うとするかな」

「ああ。もう“蒼穹”は持っている空図の欠片だから、彼らの先に行かせるような真似でもないしな」

 

 なに? あいつらはもう持ってる空図の欠片なのか……。まぁ空域一つ分出遅れていると考えれば、それくらいは許容範囲内だろうな。

 

「わかった。とりあえず欲しい情報をくれるってんなら適度にやってやるさ」

 

 言って、今日のところは休むことにする。

 

 その際にぞろぞろと俺に宛がわれた部屋に四人がついてこようとしてきたので、

 

「悪いな。今日はオーキスと過ごすことにする」

 

 はっきりとそう言って三人には断った。

 

「だ、ダメですよ子供に手を出しちゃ」

「……子供じゃ、ない。そういう意味ならリーシャの方が子供。私の二倍も生きてるのに」

「うぐっ」

 

 リーシャが突っかかろうとするが、残念ながら経験ではオーキスの方が上なので逆にダメージを負わされていた。

 

「私は?」

「また明日な」

 

 フラウにはぽんぽんと頭を撫でて言い聞かせる。別に誰かを蔑ろにしたいわけじゃない。ただあまり逃げ続けるのも良くないとは思っているだけだ。

 

「……」

 

 リーシャは止めたいが俺の意向でもあるので強く言い出すことができない様子だが、ナルメアはおろおろしている。一人で抱え込まなければいいんだが。

 

「悪いが、そういうことでな」

「……ん。精々指咥えてて」

「こらオーキス」

「……ん」

 

 必要以上に挑発しない、と諌めつつ二人で部屋に入った。ちゃんと鍵はかけておく。まぁ俺から言ったので邪魔はしてこないと思うのだが……。

 というわけでその日は久し振りにオーキスと二人きりで過ごすことにしたのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 次の日の昼頃、スツルム、ドランク、レラクルの三人が戻ってくる。

 

「おっ? 目が覚めたんだね~。心配したんだよ~」

「嘘臭いな。あたしは心配してなかったぞ」

「無事で良かった」

 

 ひらひらと手を振って言ってくるドランクと、そんな彼にジト目を向けるスツルム。そして二人とは関係なくマイペースに振る舞うレラクル。

 

「おう。で、なにかわかって戻ってきたのか?」

「もっちろん~。聞いてくれる? 僕のモテモテ冒険活劇――いってぇ!」

「モテたことないだろ。嘘吐くな」

「これまでの人生も否定しないでね!?」

「仕事終わったなら寝てきていい?」

「お前はホントマイペースだな」

 

 傭兵コンビのいつものやり取りには関与せず、レラクルは自分のやりたいように振る舞っている。そこまで我を貫けたらある意味楽なんだろうな。

 

「いいから報告だ。無駄話をしている暇はない」

 

 スツルムは割りと真面目なトーンで告げると、ドランクも気を取り直すように咳払いをした。

 

「そうだねぇ。ちょ~っと厄介なことになるかもしれないんだ~」

 

 それでも軽い口調を崩さないのは、多分大した理由じゃない。

 

「厄介なことだ?」

「そそ。実はねぇ、アウライ・グランデ大空域のある方角から瘴流域を越えて一隻の小型騎空挺がナル・グランデ空域に到着したんだよね~。しかもその小型騎空挺は、そのままファータ・グランデ空域の方に抜けていったみたいなんだよね」

「アウライ・グランデから瘴流域を越えて、ってことは十中八九七曜の騎士じゃねぇか?」

 

 ドランクの言葉を聞いて確かに厄介なことになりそうだと思い眉を寄せる。

 

 七曜の騎士は、ファータ・グランデのどこかにいるであろうアポロこと黒騎士。今イデルバ王国にいる緋色の騎士バラゴナと黄金の騎士アリア。あと所在不明が紫の騎士と緑の騎士か。碧の騎士ヴァルフリートは最後に見た時はファータ・グランデにいた。あれからどうしてるかは知らないがな。残る一人、白騎士については真王の懐刀としてついて離れないだろうと思われる。

 つまり紫、緑、白と真王のどれかが乗っていると考えられるわけだ。

 

「で、どいつだ?」

「紫の騎士だよ~」

 

 ……紫かぁ。緑と紫はまだ全然行動原理が読めねぇんだよなぁ。だが真王の命令で動いている可能性は十分にある。ってことは真王がファータ・グランデ空域になにか仕込ませに行ったと考えるのが妥当か? とはいえあまり心配する必要はなさそうにも思える。なにせあそこには“蒼穹”の大半がいるはずだ。放置していてもいいと思えなくもない。

 

「……お前らは、どう見る?」

 

 だが俺の直感よりも実際に紫の騎士を見たこいつらに聞いた方が信用度が高い。

 

「実はねぇ、小型騎空挺に乗ってたのは紫の騎士だけじゃなかったんだよね~」

「蒼髪に赤い瞳の少女」

 

 ドランクに続いて言ったスツルムが、俺の隣にいたオーキスに目を向ける。確かに、その特徴はオーキスを連想させるモノだ。

 

「気づかれないように遠目だったからゴーレムかどうかの判別はできなかったけど、顔立ちはオーキスそのモノだったと言っていい」

「……私そっくりの娘が、紫の騎士と一緒に?」

 

 オーキスも困惑している様子だ。

 

 ……んー。紫の騎士に、オーキスとそっくりな少女、か。なんか引っかかって……あぁ、そうか。

 

「……オーキスの試作パーツで造られたゴーレムかもな」

 

 俺は以前に聞いた情報を思い起こし、そう口にした。

 

「へぇ? それは僕達も知らない情報だね~」

「根拠はあるのか?」

 

 情報収集を得意とする傭兵は気になるのか食いついてくる。

 

「ああ。そもそも俺がここに来たのは、お前らを助けるためじゃない。シェロカルテに依頼を受けて“蒼穹”の主格メンバーが無事かどうかを確かめるために来たんだ」

「……その前は言わなくて良かった」

 

 俺が告げるとオーキスは感情の込められていない瞳をジト目っぽくしていた。

 

「心配する必要はねぇと思ってたからな。で、そのシェロカルテがあいつらを心配してたのが、白風の境にあったグランサイファーを紫の騎士が奪ってったからだったんだ」

「なるほどねぇ。それでダナンに。空域を越えられる騎空士なんてほとんどいないもんねぇ」

「ああ。で、その紫の騎士が他に行った場所ってのが、帝都アガスティアと王都メフォラシュだ。そこでリアクターの部品とオーキスの試作パーツを奪ったらしい」

「……オルキスは無事?」

「ああ、問題ねぇよ。誰も殺さず、見張りも気絶させただけらしいしな」

「……良かった」

 

 オーキスはほっと胸を撫で下ろす。

 

「ってことは~、紫の騎士、というか真王はオーキスちゃんの試作パーツでオーキスちゃんそっくりのゴーレムを造ってファータ・グランデ空域に行かせたってことなのかな? でもそうなるとなんでそんなことをしたんだろうねぇ」

「さぁな。わからねぇが厄介なことが起こりそうなのは間違いねぇよなぁ」

 

 呟いて顎に手を当て考え込む。思考を巡らせて最適になるべく近い答えを出せるように。

 

 さて。

 その情報を知っている俺達が今すべきことはなんだ? 

 

 俺には真王の考えが全て読めるわけじゃない。真王になった気分で、と思ってもあいつはどんな思考回路をしているのはさっぱりわからん。だから、俺には俺だったらこれからなにをするか、という風に考えることしかできない。

 

 まず、これまでの情報を整理する。

 真王は(おそらく)紫の騎士に命令してオーキスの試作パーツとリアクターの部品を回収させた。グランサイファーは多分だが関係ない。真王が奪わせたのならもっと取り戻すのに苦労したはずだ。

 その後紫の騎士は造ったオーキスそっくりなゴーレム――ここでは一応偽オーキスとしておくが――とファータ・グランデ空域に向かった。

 

 つまり、真王はファータ・グランデ空域で偽オーキスにさせたいことがある。そんな誰でも思いつく推測が立つわけだ。だから、俺がもしファータ・グランデを手中に収めたい場合、偽オーキスになにをさせればいいかと考える。

 

 とはいえそう簡単に思いつくモノでもない。一番簡単なのはオーキスを知る人物にオーキスだと思わせて近づき、暗殺するという方法。だがオーキスを知っている人物と言うと……アポロやオルキス、アダムになるだろう。だがあいつらがオーキスと似ているゴーレムを間違えるはずもない。

 となると知り合いを騙すのは不可能と見た方がいいか? ならなんでわざわざオーキスのパーツにする必要がある? ゴーレムとしての最高傑作ならアダム、戦闘用ならロイドというもっと使い道のありそうなゴーレムがいる。アダムは長年エルステにいるからパーツも失われていそうだが、それなら同じ域に達しようと作られたパーツがあるはずだ。そういうのを使えばいい。

 

 ならなんだ? なんでオーキスの試作パーツを奪う必要があった?

 

 オーキスに似せて造るためなら知り合いを騙すためだろうが、知り合いを騙せるとは思えない。ならどういうヤツなら騙せる――?

 

 まさか、()()()()()()()()()()()()か?

 

 いや、意味わかんねぇだろ。なんでオーキスを知らないヤツにオーキスだと騙す必要があんだ? つうか騙してなにになるんだよ……。

 

「……なぁ、お前ら。特徴だけで言えば、そいつはオーキスだったんだよな?」

 

 俺は確信を得るために尋ねる。三人は顔を見合わせていたが、こくりと頷いた。

 

「強いて言うなら髪結んでなかったけどね~」

「そうか……。なら、そいつがオーキス自身を知らない民衆を騙せるだけの理由があるってわけだ」

「……。なるほど、ねぇ。でもそれがなんになるんだろうね~」

「それは俺も全くわからん。だが」

 

 俺は僅かに目を見開いたドランクに頭を振って、しかしニヤリと笑う。

 

「向こうが偽物を送り込んだなら、俺達は本物を送り込めばいい」

 

 俺の言葉に、スツルムとドランクが笑いオーキス本人ははっとしていた。

 

「……私が、行く?」

「ああ。オーキスだと名乗るつもりなら、お前が阻めばいいだけの話だ。なにをしたいのかは知らないが、あいつの思い通りにさせたくはねぇ。スツルム、ドランク、リーシャ。お前達はオーキスと一緒にファータ・グランデに向かってくれ」

 

 俺は戦力とファータ・グランデ空域の地理を知る者を選別し告げる。

 

「ザンツ。空図の欠片を渡す。四人を送り届けろ。なにか真王がやらかすなら、騎空挺の無事も保証されるとは限らねぇ。最悪戦争勃発だ。四人を送り届けて、騎空挺を守れ。団長命令だ。それから、戻ってこい」

「おう。任せときな、団長!」

 

 頼りになる操舵士に四人の送迎を頼む。

 

「三人はわかりますけど、私は?」

「ファータ・グランデのことならリーシャも各地を回って色々わかってるだろうからな。それに、七曜の騎士関連でヴァルフリートの動向も探っておきたい」

「父さんの……。わかりました、やってみます」

「ああ、頼んだ」

 

 他はまぁいいだろう。レラクルはこっちで情報を集めるのに必要だし、フラウ、ゼオ、ナルメア、ガイゼンボーガ、エスタリオラは基本的にただの戦力だ。ファータ・グランデには“蒼穹”の別の連中が山ほどいる。つまり戦力過多の状態だ。なら戦力を送る必要はなく、こっちでなにか起こる可能性もあるのでできるだけ戦力は残しておきたいところもある。

 

「よし、とりあえずの方針はこんなところだな。行動を起こすなら早い方がいい、行ってこい。アポロに会うようならよろしく伝えといてくれ」

「オッケー」

「三人のお守りは任せておけ」

「……任せといて」

「お守りは多分黒騎士さんとドランクさんとオーキスちゃんだと思いますが……」

 

 というわけで、ザンツに俺が持っている空図の欠片を渡しファータ・グランデ空域まで向かってもらった。

 

「オーキスちゃんもいなくなったことだし、これから私と毎日一緒ね」

 

 とフラウが腕に絡みついてきて、ナルメアが対抗するようにもう片方の腕を掴んでくるという一幕はあったのだが。四人から二人に減ったとはいえ、俺の負担はそう変わりそうもないのだった。




先がわかっている方ならわかると思いますが、ダナン君の予測は当たっていなくもないですが、そう思わせるための彼女であるため、真王は本物を送り込んでくれることを狙っています。
つまり、ダナン君は真王の掌の上ということですね。


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演説って難しい

タイトルに全てが込められた一話。

リミカインのフェイト関連のイベントがあります。ネタバレ注意?


 イデルバ王国国王フォリア・イスタバイオンの正式な退位式が行われる当日となった。

 

「ここに、フォリア・イスタバイオンは国王の地位から退位することを宣言する!」

 

 壇上に上がったフォリアが礼服に身を包んで高らかに告げる。彼女を見上げる形で多くの民衆が集っており、壇上の傍らには将軍達が座る席が用意されていた。

 

 フォリアの退位に拍手は沸かない。

 

 トリッド王国を崩壊させた一因であり、身勝手に地位を捨てた者だからだろう。

 フォリアが壇上から降りると民衆にとっては重大な演説が行われる。

 

 この国のこれからについて語る時間となるのだ。

 

 壇上を見上げる民衆の顔は、不安や期待など様々な顔となっている。だが不安の割合が多いだろうか。国王フォリアはいなくなり、将軍はレム王国に攻められたあの日から自分が国王になろうと躍起になり争っている。と来れば不安に思うのも無理はない。

 

「さて、不肖私めがこれからの進行を務めさせていただきます!」

 

 そしてここからが俺の出番である。司会が俺だ。この時のためにイデルバ王国でよく使われる一般的な礼服を着せられている。曰く、馬子にも衣装だなだそうだ。

 

「国王を長い間務めたフォリア様が退位され、不安に思う者も多いと思います! これからイデルバはどうなってしまうのか? 新たな国王が決まる気配もない中これまで国を支えてくれた将軍様方の意見を、展望を聞く場を設けたいと思います! この場で以って決めることはできませんが、是非皆様が誰を次の国王に据えればイデルバが良い国になるかを考えて欲しいのです!」

 

 ここまでは台本通り。事情を知っていてこういう大勢の前で緊張なく振る舞える者、ということで俺に白羽の矢が立っただけだ。あと俺が煽る時にこの立場が便利になる。

 各将軍にも事前に通達しており、誰が国王に相応しいかとか、この国をどうしていきたいとか、そういう演説を行ってもらうように依頼していた。三日後の退位に合わせてということで急な申し出ではあったが、民衆の支持を得られれば国王へ一気に近づくと説得した結果、了承を得ることができた。行動には出ていないが、なんだかんだ民意が大事であることは理解しているらしい。

 

「私が国王になった暁には――」

 

 自分が国王になったらどんな国を目指していくか、どういう施策を行っていくかを語る者。

 

「国王に最も相応しいのはフォリア様に挑んだレオナ様であり――」

 

 レオナを推し、その上で彼女は武人であるため将軍達が会議し国を運営していく方針を述べる者。

 

 様々な思惑が語られる中、袖で民衆の顔を見ていた俺は思う。顔の不安が全く拭えていない、と。

 

「若輩者の私にも他の将軍と同じ場を設けていただき、ありがとうございます」

 

 殊勝な物言いから始めたのは、一番最後の将軍カインだ。

 

「私は――この国に国王など必要ないと思っています」

 

 彼の発言に、当然民衆も将軍もざわつく。

 

「この国に、王族はおりません。なら王という立場に縛られる必要があるのでしょうか? より良い国にしていくために、象徴的な指導者が必要だという意見もわかります。ですが、国王がいなくても回る国は存在しています。誰か一人ではなく、誰もが代表であるという国の形。イデルバを王国ではなく、共和国にするというのが私の展望です。国の運営はこれまで通り将軍が行っていく。誰か一人の意見に偏ってしまわぬよう会議によって国の方針を決めていく。これまでフォリア様という一人の人間が行ってきた政策を、将軍の皆様、そして国民の皆様の手によって考え、引継ぎ、実施していくのです」

 

 最初に「若輩者にも~」と言ったのは俺の意見だ。他の将より年齢が低い分、そして国王直属の雑用部隊として動くことが多かった分、民衆の支持が少ない。彼を初めて見たという人はいないと思うが、それでも彼を見て「あんな若造に国を任せられるか?」と疑念を抱く者もいるだろう。だからこそ低い姿勢から入っていくことが大事だと考えたのだ。とはいえ演説の内容は彼が勝手に決めたヤツだ。ぶっちゃけカインの意見に支持を集めるのが俺の役目でもあるのだが、細かい内容については目を通していない。頑張って説得力のある演説をしてくれ、としか思っていないくらいだ。

 

「フォリア様が作り上げてくださったイデルバの民は、わかりやすい代表者がいなければ奮い立てないような弱い民だと、私は思っておりません。一丸となって皆様とイデルバをより良い国にしていければと思います!」

 

 カインはある程度政策についての展望を話し、王を立てないことでどう運営していくのかを語った。そして最後の締めにそう告げると、演説を終えた。第三者視点で聞いていてもカインの演説には力があった。少なくとも他の将軍よりはまともだったように思う。民衆がどう思ったかはまた別だが。

 

 そして、ここから俺の本番が始まる。

 

「皆様、如何だったでしょうか。これで将軍様全員の意見を聞き終わったことになりますが……どなたか王に相応しいと思えるような人物は見つかりましたでしょうか? 私はですね、僭越ながら申し上げさせていただきますと」

 

 俺は司会の体で切り出した後、トーンを下げ冷めた声音で告げた。

 

「どいつもこいつも眠たいこと抜かしてんじゃねぇよ」

 

 誰を、と注目を浴びる中で冷や水を浴びせてやったような状態に、場が静まり返った。

 

「という感じですねー」

 

 口調を元に戻して言うが、民衆はざわつき始め将軍は何人か苛立ち腰を浮かせている。

 

「まぁ正直な話、今誰が王になるかで言い争い仲間割れしてる時点で説得力ねぇよ、って話なんですわ。今国を守れてないヤツらがこれから国を背負っていきます! なんて笑い話にもなりゃしねぇ。お前らに任せていいのかって不安になるのは当然だよなぁ」

 

 俺の発言に、遂にキレたらしい将軍の一人が椅子を倒して立ち上がった。

 

「黙って聞いていればふざけおって! 将軍をなんだと思っている!」

 

 将軍をなんだと、か。そんなに聞きたいなら即答してやろう。

 

「今国を混乱に陥れている張本人だろ」

「なっ……!」

「間違ってるなら言ってくれ。将軍は今まで王を誰にするかやなんかの方針で会議し、連日言い争っていたらしいな。国王が不在の中なら将軍が一番上の地位になるよな? だというのに将軍が争い続けてたら、当然民衆には不安が広がるだろう。これから先この国はどうなっていくのか、そんな不安を抱えながら過ごさなきゃいけなくなる」

 

 この場において、大事なのは将軍の声じゃない。民衆の声だ。だから民衆に届くように、少し真剣な口調で告げる。

 

「ここ数日、俺は街を見て回っていた。誰もが不安そうだった。特に下らない内輪揉めのために兵を招集して、その後街を守る兵士がいなくなった日には武装した人が通るだけで怯える様を見せた。別の島では兵士が足りないせいで賊による人攫いが横行しているらしいな? つまり、今この国の民の不安を助長させ統治を蔑ろにしてるのは将軍だとも言えるわけだ」

 

 俺は民衆に語りかけるように、言葉を紡ぐ。

 

「今は混乱があるかもしれない。だがその混乱を収めるため、一刻も早く王を立てるべきだという話を――」

「なら民衆に聞いてみればいい。今国を治められていない人間が、これから国王になってこの国を統治できると思うか、ってな」

 

 俺は将軍の意見に対して真っ向から告げた。

 

「じゃあ折角だから聞いてみよう。さて、皆の衆! 今国を混乱させている将軍達の誰かが王になることに、賛成できる者はいるか? なに、これはただの一意見だ。民意の確認でもある。どちらにしなきゃいけない、なんてことはない。だから遠慮なく挙げてくれ」

 

 言いながら集まっている民衆を見回す。だが、しばらく待っても手が挙がる気配はなかった。ざっと見ても空気に呑まれて挙げられない、というようなヤツもいないように思える。

 

「な、なに……?」

「これが、結果だな。少なくともこの場にいる民衆は、あんた達を信用できていない。それはフォリアがいなくなってからの体たらくの結果だ。この場にいない民はそもそも治安が悪化して辟易しているとか経済が混乱しているとかそういう理由も多い。ここにいる者のほとんどは、レム王国の侵攻時にいて、当時の混乱を体験している者のはずだ。フォリアがトリッド王国を滅ぼした一端を担っていた、と聞いて動揺した者も少なくなかったはずだ。……その時点で次の国王の見定めは始まってたんだよ。これから国がどうなっていくのかを憂いてたのはあんたら将軍だけじゃない。なにより民が憂いていた。だからあれからずっともたもた争ってたあんたらを認めるわけがねぇんだ」

 

 俺は事実を突きつけるように、冷静に続けていく。

 

「とはいえ、だ。急に敵国に身柄を渡したフォリアが悪い部分は大きいけどな。いくらそれ以上戦争を続けさせないためとはいえ引き継ぎもなにもなしにいなくなれば国が混乱するのはわかり切っていたはずだ。それを無責任に投げ出したんだから非がないとは言わねぇ」

 

 誰が悪い、と一人だけを指定することはできない。俺から見れば誰もが悪いようにしか見えないからだ。

 

 最初になにも引き継がず身柄を引き渡したフォリアが悪い。

 その後民をまとめようともせず次の王をと言い争い続けた将軍が悪い。

 そして。

 

「だが俺にはフォリアや将軍だけが悪いとは思えない。国王がいなくなり、将軍が混乱している中、大勢の民がいてなぜ、誰一人として自分達が変えようとしない? 国王や将軍なんかよりも大勢いるはずの民衆で、なぜ誰もこのままじゃダメだと声を上げない? 将軍の結論が出るまで現状維持を許していたのはなんでだ?」

 

 続けて民衆に矛先を向ける。

 

「言っておくが、俺は外部の人間だ。だからこんなことも言える。……俺はレム王国の侵攻があった時にイデルバへ来た。つまり、俺が来た時にはイデルバはもう混乱の中にあったわけだ。だから俺はイデルバ王国がどんな国だったのかを知らない。どいつもこいつもなにをするでもなく、混乱を終わらせることはなかった」

 

 壇上から民衆を、将軍を見下ろす。

 

「フォリアは捕まった時、イデルバの民は強いと言ったそうだ。だが俺はここ数日イデルバを見てきて、全くそんな気配はないと知った。異論があるなら申してみろ。『イデルバは強い』と胸を張って断言できる者は名乗り出るがいい!」

 

 俺は言って全員を見回す。しかし民衆も将軍も、誰も声を上げる者はいなかった。カインやレオナは様子を見ているのかもしれないが。

 

「……それが答えか。わかってるなら言う必要もない、なんて言う気はねぇぞ。てめえらは弱い。わかりやすい誰かがいなけりゃなにもできないってことだ。その点フォリアはさぞ優秀だったんだろうな。てめえらを見事まとめ上げて国を運営してたんだから。それを敵国が流した噂で疑って士気落としてりゃ世話ねぇよな。過去の罪がなくなるわけじゃねぇが、これまでの頑張りがなくなるわけでもねぇだろ。バカなのか?」

 

 そろそろ適当言いすぎて論点がズレていそうだ。というかなにを話していたかすら怪しくなってきている。

 

「兎も角、てめえらは弱い。フォリアがいなくなってからの様子がそれを表してる。だから今のお前らにイデルバをより良くしていくなんて不可能だ。できもしない理想を掲げるなよ」

 

 できるだけ冷たく突き放すように告げる。しんと静まり返った広場で、俺は更に続ける。もしかしたら俺の煽りが下手クソでカインとレオナが出るタイミングを見失っているかもしれない。……柄じゃないが、ここは俺が盛り上げてやるべきだろうか。いやまぁ俺が適当やってたせいで入るタイミング逃したんなら俺の責任だし。

 

「弱さは自覚したか? 俺に言われるだけじゃなく、自分達の行動を思い返してそう思ったか? 周りの誰もが自分で変えていこうなんて、混乱を収めるために本気で行動することなんてしてなかったとわかったか?」

 

 まず、下げる。冷たく突き放して、今の自分達の在り様を理解させる。

 民衆も将軍も皆俯いて、表情に影を落としていた。空気が暗く沈んでいる。

 

「――なら、顔を上げろ」

 

 俺はトーンを変えず、言い分を変える。聞こえた声に驚いたらしく顔を上げる者は多かった。だがそれは俺の言葉を待つための「顔を上げる」行為だ。精神的に「顔を上げて」もらわなければならない。

 

「弱いお前らでは国は良くなっていかない。弱くても力を合わせれば、なんて綺麗事を言えるような現状じゃない。なら、変わるしかないだろ。弱くて国が動かせないなら、国を動かせるように強くなるしかないだろ。じゃなきゃ国は良くならない。今の不安募る状態は、お前達が作り出したモノだからだ」

 

 できるだけ熱く聞こえるように抑揚を持たせて語る。

 

「この国を想い、行く末を憂うなら顔を上げて俯くな。イデルバが好きなら変われ。でなきゃこの国はもう終わりだ。そうなりたくなければ前を見ろ。もうお前達を導いてくれる国王はいない。新たに優秀な王が見つかる、なんて淡い希望は持つなよ。現実はそんなに甘くない。油断すればまとまりのないこの国なんか一瞬で滅ぶぞ。国を守りたいなら意識を変えろ、行動を起こせ。誰かに甘えていい時間は終わったんだ。自分達で、自分達の国を作れ。……そうすりゃ、多少はマシになるだろ」

 

 似合わないことこの上ないが、俺は民衆を励ます方向にシフトした。カインやレオナには申し訳ないが、収集がつかなくなりそうだったので仕方がない。後で謝っておこう。

 

 急な転換についてこれていないのか、民衆は呆然としているような雰囲気さえあった。

 

 そこで、パチパチと拍手をする音が聞こえてくる。俺の演説(?)が終わり静まったこの場に、やけに大きく響く。

 

「いやぁ、立派な演説だね。感動しちゃったよ」

 

 民衆が集まっている向こうに、そいつらは現れた。

 

 先頭に立つのはドラフの女性だ。そいつらお揃いの青と黄色の衣装に、鉄の胸当て。金髪で前髪を全て上げている。背中には巨大な大砲を背負っている。

 彼女の三歩後ろを歩くのはエルーンの男性だ。青と黄色の衣装に鉄の胸当て。赤紫色の紙に笑顔の女性とは違いキリッとした表情をしている。背に槍を負い左腰に剣を提げていた。

 

 二人が引き連れているのは青と黄色の衣装に身を包んだ兵士達――イスタバイオン王国軍だ。



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娘は預かった

まぁダナンがいれば、そうしますよね。
というお話です。

そういえばストック分、黄金の空編が書き終わりました。
本編で言うと、アウライ・グランデに行く前までの話が入ります。
まぁそこがキリいいので。
黄金の空編の最後を皆さんにお届けできるのは約一ヶ月後ぐらいになると思います。

そこまでお付き合いいただけますと嬉しいです。


 フォリアの退位式後、急遽行った演説会。そこで俺が民衆を煽っていると、イスタバイオン王国軍が現れた。……敵国にあっさりこんなところまで攻め入られるとは、流石混乱の最中にあるイデルバ王国。

 

「駐屯している兵士では立ち向かう士気もなかったようだ。連絡が遅れて申し訳ない」

 

 近くのどこからかレラクルの声が聞こえてきた。一応警備はしていたが、俺の話を邪魔しないように待っていたのだろう。彼に非はないと思われる。

 

「……別にいい。よく考えてみれば手出ししねぇわけねぇからな」

 

 俺は彼だけに聞こえるよう、小声で返した。

 真王がファータ・グランデになにかを仕かけているのはわかった。だが同時進行でこちらにも手を出してこないとは限らないのだ。なによりこっちには裏切り者のバラゴナ、アリアがいる。加えてフォリアも真王の娘だろうし、ハルヴァーダもここにいる。ついでにギルベルトもな。あいつの存在を真王が知ってるかはわからないが。

 

「是非交渉がしたいんだけど……今の代表者はアンタでいいのかね?」

「まさか。俺はどこにでもいる善良な一般騎空士だよ。取るに足らない、な」

「ははっ。真王陛下と白騎士に喧嘩売ったヤツが一般騎空士だなんて、冗談が過ぎるんじゃない?」

 

 俺と女性ドラフの視線が交錯する。……なんだろうな、この感じ。どっかで感じたことがある気はするんだが。

 

「なんだ、バレてるのか。じゃあしょうがねぇな。――道、開けてくれ」

 

 俺は肩を竦めると、民衆を威圧して壇上から一歩前に出る。ちゃんと伝わったらしく、群集が割れて俺の正面にイスタバイオン王国軍への道が出来た。

 

「どうも」

 

 軽く言って威圧感を消し、壇上から飛び降りて道を歩く。向こうも女性ドラフと男性エルーンの二人が進み出てきている。俺が歩いている時に民衆に紛れていたり、裏で待機していた仲間達が寄ってくる。そこにカイン、レオナ、そしてアリアの三人までやってきた。フォリアは表に出てこず様子を見るらしい。まぁそれが賢明だろう。

 やがて俺達はほぼ中央で対峙することになる。

 

「ようこそ、イスタバイオン王国軍。俺はイデルバの者じゃないが、“黒闇”の騎空団団長、ダナンだ」

「イスタバイオン王国軍、アニシダ。こっちは副官のハイラック」

「……」

 

 俺が名乗るとアニシダと名乗った女性ドラフは返してきたが、ハイラックというらしい男性エルーンは軽く会釈するだけに留めた。まぁ俺に礼を尽くす必要はないだろうしな。

 

「イデルバ王国将軍が一人、カインだ」

 

 イデルバ側の人間として名乗るべきと考えたのか、カインが俺の隣に並び立った。

 

「……なにをしに来たのですか」

 

 アリアは固い声で二人に尋ねる。

 

「なにって、そんな警戒しなくても大丈夫だよ、アリアちゃん」

 

 アニシダは軽い調子で言うと、不敵な笑みで続ける。

 

「アタシ達はなにもしない――アンタ達が素直に交渉に応じてくれさえすればね」

「……交渉の内容は?」

 

 兵士を大勢引き連れて、交渉もなにもないだろとツッコまない辺りカインは冷静に振る舞おうとしてるな。

 

「一つ。真王陛下の騎士である緋色の騎士バラゴナの身柄の返還」

 

 アニシダは出した左手の人差し指を立てる。

 

「一つ。真王陛下の騎士であり、ご息女である黄金の騎士アリア様の身柄の返還」

 

 続けて中指も立てた。

 

「一つ。同じく真王陛下のご息女であるフォリア様の身柄の返還」

 

 薬指まで立てたところで、

 

「以上、この三つが真王陛下のイデルバ王国に対する要求になるね」

 

 そう言って手を下げた。……そう来たか。七曜の騎士二人は兎も角、フォリアまで求めるとはな。ハルヴァーダはグレートウォール関連で欲しかっただけだからもう不要、と。ギルベルトは興味がないのか知らないのか。

 

「……わかった、交渉は受け取ろう。だがイデルバは今フォリア様が退位したばかりで体制も整っていない状態だ。なにより、将軍の一人とはいえ俺一人で決められることじゃない。相談する時間をくれないか」

 

 結論を急く必要はないと思ったのか、カインはそう伝えた。

 

「うーん……。まぁアタシ達もいつまでにーとは言われてないから別にいいよ。また明日、来るから」

「明日は早いんじゃないか? せめて三日は……」

「ダメダメ。あ、もし渡さないならイスタバイオン王国国王でもある真王陛下と袂を分かったとして、優先敵対国家に認定することになるかもね。ナル・グランデ空域に侵攻したら真っ先に、イデルバ王国を攻め滅ぼすことになるよ」

 

 カインが譲歩させようとするが、アニシダは取り合わず脅しをかけてきた。イデルバとしてはレム王国との抗争があり、フォリアの退位で混乱している今他国と戦争するわけにはいかない。そんな余裕がないからだ。

 要は、最初からお前らに拒否権はねぇぞ、と言っているわけだな。

 

「……わかった、一日考えさせてくれ」

「いいよー、一日だけ待ってあげる」

 

 苦渋の表情のカインとは裏腹に、アニシダはにっこりと笑って踵を返し肩越しにひらひらと手を振った。ハイラックは生真面目に一礼して回れ右をする。……あ、ようやくわかった。

 

「あんた、アニシダっつったか?」

「うん?」

 

 俺は彼女に声をかける。

 

「なんかどっかで会ったような感じがすると思ったら、あれだよ。あんたドランクに似てるんだ」

 

 振り返ったアニシダに対してそう告げた。

 

「あの傭兵とアタシが? 面白いこと言うね」

「いや似てるって。俺が言うんだから間違いない。あんたとあいつは真意の読めないところと色々企んでるところが似てるんだな」

「アタシがなにを企んでるって?」

「さぁ、俺の直感だからな。だがそういうヤツは得てして話していることとは別になにかを狙ってるもんだ」

「根拠が薄いね」

「ああ。だが間違ってはないと思ってる。あんたは命令に忠実じゃないと思うんだよなぁ。今回の件も個人的な思惑があって引き受けた可能性もなくはないだろ?」

「アタシ達が来たのはそこのアリアちゃんの部下だからで、深い意味はないよ」

「……この場でその呼び方はやめなさい」

 

 俺が言い合っていると、軽い調子で呼ばれたアリアが額に手を当てて言った。……アリアを見る目が妙に温かいというか、仕事上の付き合いというだけじゃない気がするな。こういうヤツはそういう細かな感情を見せないようにできるはず。ということは俺にそれを見せてるのが答えってことかよ。

 

「……チッ。あんたの思惑に乗るのは癪だな」

「なんのことかさっぱりだね。もう行っていい?」

「ああ」

 

 ハイラックは俺とアニシダに訝しげな顔をしていたが、アニシダが歩き出すとそれについていった。……兵士全員がそうではなさそうだな。あいつの独断ってことか。

 

「……はぁ。ったく、こんなの俺が考えることじゃねぇってのに」

 

 イデルバとは全く関係ないはずだったが、どうやら口出しせざるを得ない状況になってしまったようだ。

 

「カイン。とりあえず民をまとめてこの場を解散させろ」

「わかってる。元からそのつもりだった」

「そうかい。ならさっさとやってくれ。考えないといけないことが増えちまった」

「それは半分あんたのせいでもあるだろ」

「俺のせいにするなよ……」

 

 カインと言い合いながら来た道を引き返す。その後壇上に上がったカインが民衆に向けて演説を行い、その場はお開きとなった。彼のおかげで多少民衆の意識も改善されたように思うが、まだ整理がついていないのだろう。まぁそんなに早く変わるとは思っていない。後のことは将軍達に任せればいいだろう。

 

 当面の問題はイスタバイオン王国だ。

 

 というわけで会議すべく将軍全員と前国王フォリア、そして当事者でもある俺、アリア、ハルヴァーダが集められた。

 

「イデルバ王国が以前の状態であったとしてもイスタバイオン王国と事を構えることはできない! ここは大人しく引き渡すべきだ!」

 

 だん、と将軍の一人が円卓を強く叩いて主張する。

 

「まぁそうじゃな。昏睡状態のバラゴナに、妾、そしてアリアの身柄を引き渡すのがイデルバが生き残るための近道じゃな」

 

 フォリア本人も頷いている。

 

「確かにフォリア様が国王でなくなった今、三人を引き渡しても我々になんら損失はない」

「そうだ、守るためには仕方のないことだ」

「元々七曜の騎士にフォリア様は真王の手の内だったわけだしな」

 

 と、早速三人を引き渡す方向で話が進んでいる。

 

「まぁそれが一番楽だよな、自分達の言い訳になるし」

 

 俺は冷や水をかけるように、自然な口調でそう言った。しん、と会議室が静まり返る。国を守るために、という理由をつければ三人をむざむざと引き渡す言い訳になる。他人のために仕方なく、と言える状況であれば自分の心に言い訳ができる。そんなに楽なことはないだろう。

 

「……彼の言い分は兎も角、フォリア様は置いておいて二人はイデルバの客人だ。易々と引き渡してはイデルバの信用に関わる。もちろん引き渡さないという選択肢はない。それをすれば、イデルバは終わりだ」

「ではどうしろと言うのだ!」

 

 カインとしては助けたいという気持ちが強いのだろう。とはいえ、イデルバを守るという結果は変わらない。

 

「……バラゴナさんは、どうしようもないと思う。昏睡状態にあるから丁重に、と頼むくらいしかできることはない」

 

 身柄を引き渡さない理由が思いつかなかったのだろう。カインが言うとハルヴァーダは表情を曇らせた。

 

「フォリア様については罪人として罰するという名目があるから自由にしてもらっては困るという理由を唱えることはできるけど……」

「無理じゃろうな。今日妾がなんの拘束もなく立っていたことが伝われば、今更幽閉などと言ったところで説得力がない」

「ですよね。となると追放くらいが妥当ですか」

「カインよ。無理せず妾を差し出して良いのじゃぞ? ……元々、国王になる前は真王の下で言われるがまま行動しておったからの。もう空を拝むこともできんかもしれぬが、それも仕方のないことじゃろう」

「姉さん……」

 

 見えもしない空を天井越しに仰いだフォリアの瞳には、幼い外見とは裏腹に哀愁が漂っていた。

 

「いえ。フォリア様は国外追放とします。……あなたのやったことは許されないかもしれませんが、この国で罪を犯したわけではありません。直接害するような罰を与えるのは、筋違いだと思います」

「カイン……」

 

 カインがきっぱりと告げる中、

 

「ふ、ふざけるな! そうなると直前でフォリアを逃がしたと思われて、イスタバイオン王国の反感を買う可能性があるだろう! そうなればイデルバは終わりだ!」

「そうだ! 罪人を解放した結果我々に危害が及ぶなど……!」

 

 それでも将軍達が反論した。

 

「……ふむ。仕方ないのう。妾は国外追放ということで明日その場に居合わせて、勝手に逃走するか選べる状態となれば良かろう? あくまでもイデルバとは関係ないと主張する。……その後逃げるか大人しく捕まるかは妾次第というわけじゃな」

「ま、まぁそれなら我々の責任を問われることはないか」

 

 将軍はあからさまにほっとしたような顔をしている。フォリアは太眉を寄せて呆れた様子だ。

 

「……姉さんは、逃げるつもりなんですか?」

 

 アリアは姉の今後が気になるのか、そう尋ねた。おそらく自分がどうするかも含まれているからだろう。

 

「うむ。まぁあの真王から長らく逃れられるとは思っておらんがの。束の間の自由を謳歌したい気持ちはあるので、のんびり空を旅してみようかと思っておるのじゃ」

「そうですか」

 

 フォリアの屈託ない笑みに、アリアは自分はどうすることもできないのかと思い悩んでいる様子だ。

 

「ならアリアも一緒に行ったらいいんじゃないか?」

「えっ?」

 

 俺はここで助け舟を出してやることにした。

 

「アリアは客人だが、ここから出ていくのを引き止められるような関係でもないだろ。建前としてはアリアが勝手に出ていきましたで通して、後で合流みたいな」

「流石に無理があると思いますが……」

「ダナンの案は兎も角、アリアさんを簡単に渡すわけにはいかない。大切な客人だから丁重にもてなさなければイデルバの国の威信に関わるとして断ってみよう。あと本当に戻ってきて欲しいなら真王自ら出向くようにとも」

「……そこまでしていただかなくても」

 

 カインの提案にも、アリアは乗り気でない様子だ。どうやらまだ真王に逆らうことに抵抗があるらしい。そこは流石姉というべきかフォリアの方がしっかりしていそうだ。

 

「ならしょうがない。俺達で攫うか」

「「「えっ?」」」

 

 俺の発言に空気が固まった気がした。

 

「俺は真王が気に食わない。だから真王がアリア達を手元に置いておきたいなら邪魔をしたい。というわけで引き渡すくらいなら直前で攫って『娘は貰った! 返して欲しくば民衆の前で全裸土下座でもするんだな!』って」

「考えが突飛すぎてついていけないのですが。というかなぜ全裸土下座」

「あいつ豪華そうな服着てたから」

「……そんな理由で」

 

 アリアは話を聞いてこめかみを抑える。

 

「くくっ、はははっ! いいではないか、そうしてもらうのじゃアリア」

「姉さん。笑い事ではありません」

「元々喧嘩売ってる身だし、今更なにしようが変わらないしな」

「それはそうかもしれませんが……」

「俺達が攫うならイデルバは関係ねぇし、一緒にどっかの国外追放されたヤツでも拾っちまえばいいんだろ」

「「っ!」」

 

 俺が口にした言葉にフォリアとアリアが驚いていた。イデルバでは、二人が一緒にいることはできない。おそらく大人しくイスタバイオン王国に戻ってもそう変わらないだろう。ならそれ以外の場所に身を寄せるのが理想だ。できればイスタバイオンと事を構えても問題ないところ。

 

「お主まさかそれが目的で……」

「私は貴方のことを誤解していたかもしれません」

「誤解もなにもねぇよ。俺は俺のやりたいようにやる。それだけだ」

 

 少しだけ俺を見る目の種類が変わってしまったので、照れ隠しのように告げた。

 

「そ、それなら!」

 

 そこでこれまで全く喋っていなかった少年が意を決したように口を開く。全員の視線がそちらに集中した。

 

「バラゴナさんも攫ってくれませんか!?」

 

 ハルヴァーダだ。この場で唯一バラゴナの身内である。

 

「バラゴナを?」

「はい。……トリッド王国崩壊前からずっと、バラゴナさんは一人で戦ってきました。ずっと真王に表向きは服従して機会を狙っていました。そんな彼が真王の下に戻ってなにをされるかは……正直わかりません」

 

 ハルは服の裾をぎゅっと掴んで不安を露わにした。……まぁ少なくとも俺なら始末するだろうな。そのままにはしない。

 

「……おそらく矯正されるでしょうね。真王に忠誠を誓うよう、徹底的に」

 

 イスタバイオンの内情を知っているアリアが苦々しく口にした。

 

「僕も、具体的には兎も角バラゴナさんをそのままにしておくとは思えません。だから、あなた達にお任せしたいんです」

 

 顔を上げて俺を真っ直ぐに見据えるハルには強い意思が宿っていた。それはよくあいつらが宿していた、人を想う心だ。

 

「……そうかい。ならお前も一緒に来るか? どうせここにいる意味もあんまりないだろ」

「その、申し出は嬉しいのですが、僕はやめておきます。僕が一緒に旅をしたい方々は、別にいますので」

 

 俺の提案に、ハルははにかむような笑顔で応えた。……ああ、多分あいつらだな。

 

「そっか。なら精々頑張るんだな。……あいつらの旅は酷いぞ? 俺も少しの間一緒にいたが、各島の星晶獣と戦うわ世界を左右する事態に巻き込まれるわで」

「ふふっ、そうですね」

「だから強くなれ。あいつらは優しいから足手纏いだなんて思わないが、辛くなるのはお前自身だ。役に立ちたいって思い続けることにならないようにな」

「はい」

 

 珍しく、と自分で言うのもなんだがまともな助言をした気がする。特に下げたりもせずに。

 

「……不覚にも驚きました。貴方、まともなことも言えるのですね」

「どういう意味だこら」

「まぁ演説もあちこちいってたしの」

「俺もそう思ったから自分で励ます方向に変えたんだろうが。本来なら誰かが奮い立ってくれるまで貶し続ける予定だったってのに。どいつもこいつも」

 

 将軍達がいる手前、カインと裏でやり取りしていたということは言えない。

 

「とりあえず、俺達で三人共攫うことにする。ちゃんとイデルバは関係ないってことを伝えるために、話し合って建前を決めろよ。あんたらは王に相応しくないんだ。将軍全員合わせて、やっと国を動かせるくらいにな。頭冷やしてよく考えろよ」

 

 俺は結論を告げてさっさと部屋を出ることにした。これ以上長居しても仕方がない。

 

 部屋を出たところには仲間達とレオナがいた。

 

「どうなったの?」

「それはカインに聞いてくれ。慣れないことして疲れた」

「あ、ごめん」

 

 レオナに尋ねられるが、軽くあしらっておく。正直やっと終わったかと思うと疲れが全身に出てきた。休みたい気分だ。

 

「あの、ありがとう。君の言葉になにも言い返せなかったから。代わりに、皆を激励してくれて」

「適当言って混乱させちまったかと思っただけだ」

「それでも、ありがとう。この国の人達に考えさせるようにしてくれて」

 

 レオナの大袈裟な礼をひらひら手を振りいなすと、俺は部屋に向かった。そこにフラウとナルメアがついてきて俺をあらゆる手で癒そうとしてきたのはちょっと、また別の疲れがあったのだが。



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俺達と戦争でもするか?

 翌日。イスタバイオン王国の代表としてアニシダとハイラックが兵士を引き連れて再度訪れた。

 太陽が真上に昇ろうかという時間帯だ。

 

「それで、答えは決まったかな?」

 

 アニシダは余裕たっぷりに笑みを浮かべて対峙している二人に目を向ける。

 

 一人はイデルバ王国の将軍、カイン。黒髪に青い瞳の青年だ。一連の騒動では“蒼穹”と行動を共にし彼の策が窮地を救ったことも一度や二度とではない。

 もう一人はイデルバ王国には騎空団“黒闇”の団長、ダナン。黒髪に黒い瞳の少年だ。一連の騒動では影で動いていたというが、その行動の全てを把握しているわけではない。ただアリアと共に白騎士に挑んだということは知っている。

 

「ああ。まず、緋色の騎士バラゴナ。彼は現在昏睡状態にあり、意識が戻らない状態だ。安静に運んで欲しい。後で彼の眠っている部屋に案内しよう」

「イスタバイオン王国の名に賭けて、無事送り届けると約束しよう」

 

 カインとの公式なやり取りのためか、応えるアニシダの声音も真面目なモノだ。

 

「次にフォリア様の身柄だが」

「うむ。妾はここにおるぞ」

 

 カインが話しながら後方を振り返ると、そこには獣の姿をした星晶獣ハクタクを従えるフォリアが佇んでいる。その横にはアリアもいて、カインの言葉を待っている様子だ。

 

「大人しく渡してくれるって?」

「こちらとしてはそうしたいところなのだが……彼女は罪人だ。ただ引き渡すだけではイデルバの国民の一部が納得しない。ということで、国外追放に処すことにした。だから今彼女はイデルバの国民ではない。だから連れていくなり、好きにすればいい」

「へぇ、そう来たんだ」

「うむ。まぁ折角なのでぽーんと逃げ出してしまっても良いのじゃがな」

「あはは、それは困るね。こんな目の前から逃げられたらアタシ達が責任を問われそうだ」

 

 アニシダはカインの答えでそれなりに満足する。本当なら実はもう国外追放しました、という体で来るのが一番だったのだが……おそらくそれは彼の隣に立っている人物が関係してくるのだろう。その当人は不敵な笑みを湛えて悠然と構えている。見たところ年齢は“蒼穹”の団長と同じくらいだが、肝の座り具合は上なのだろう。実力でもそう変わらないという話だ。

 

「それでアリアちゃんはどうなのかな?」

「彼女はイデルバ王国の大切な客人だ。歓待を尽くし切れていないのでもう少し滞在させていただきたい。火急の用件なら真王直々に訪れるのが筋だと思うんだけど?」

「なるほど、ねぇ。確かに、一理あるね」

「アニシダ……」

 

 アニシダが頷くのでハイラックが窘めるように呼んだ。

 

「もちろん拘束を強要するわけじゃない。彼女が戻りたいなら今すぐでも構わないが、この国を気に入って欲しいというこちらの気持ちも汲んで欲しいとは思っている」

「大体わかった。もちろん大人しく引き渡してくれるなら文句はないよ。抵抗する気がないのもいいことだ」

 

 うんうんとアニシダは頷く。安心しかけるカインだったが、

 

「ただ、アリアちゃんの引き渡しを待って欲しいっていうのはちょっとねぇ」

 

 アニシダは言いながら背負った大砲についている取っ手に手を伸ばした。

 

「だからここは戦おうか。勝ったら見逃してあげよう。相手はアタシ達二人だよ」

「巻き込まないでくださいよ、全く」

「いつものことじゃん」

「自覚しているなら改善してください」

 

 アニシダが武器を構えると、ハイラックも渋々と言った様子で槍を構えた。なんだかんだで仲はいいらしい。

 

「盛り上がってるとこ悪いんだが」

 

 カインも携帯していた刀に手をかける中、ダナンは一歩進み出る。

 

「三人は俺が貰う。真王の思い通りにさせるなんてご免だしな。ってことで諦めてくれ」

 

 にっこりと笑って臨戦態勢の二人に告げた。

 

「……おい、どういうつもりだ」

「それが聞けると思ってるのかな? それは戦争になるよ」

「ははっ。戦争だってよ、ガイゼンボーガ」

 

 アニシダの脅しにも軽く笑って、名前を呼ぶ。

 

「戦争か! 吾輩の血が滾るというモノ。さぁ、始めようではないか!」

 

 戦争にここまで乗り気なヤツが他にいるだろうか。現れた無精鬚のドラフが興奮したように叫んでいる。両足の具足に左腕の鉄腕。ギルベルトが雇っていたので一応見た顔ではあった。

 

「大将の役に立てんなら、オレもやるぜ!」

 

 そう言って赤髪に褐色肌の少年が二刀を抜き放つ。各地を転々としていた二人の戦力が帰ってきたのだ。

 

「ダナンちゃんに手を出すなら、斬り伏せる」

 

 一見可愛らしい容姿ではあるが、刀の柄に手をかけ構える姿からは冷たい闘気を感じさせた。

 

「仕方がない、仕事は仕事だ」

 

 レラクルは近くの建造物の上に立って見下ろしている。

 

「指示をくれれば、私が皆蹴散らすから」

 

 フラウも脚を掲げて鮮烈に笑った。

 

「……やる気満々だね」

 

 笑みこそ崩さなかったが、一切恐れを抱いていない様子の一行にアニシダは冷や汗を垂らす。彼女としては今回、イデルバ王国がイスタバイオン王国に反抗せず、しかしフォリアを逃がしアリアを多少譲歩させるところまで落とし込めたならそれでいいと思っていた。

 それがどうしてこうなったか。カインだけならそこまでできれば上出来、と撤退する気だったのだが彼がいるせいで争いが起きようとしている。

 

 仲間を引き連れ堂々と立ち、不敵な笑みを浮かべる黒衣の少年。

 

 真王が珍しく気をつけるようにと口にした彼は、真王曰く「なにをしでかすかわからない血筋」だそうだ。多少読みやすくはなっているためきっと()()()()()()()()()()()()()()()()()とは言っていたのだが。

 “蒼穹”の団長二人とはまた毛色が違う。おそらくアリアとフォリアを一緒にいさせつつバラゴナを匿う気ではあるのだろうが、それにしても手段を選ばなさすぎる。

 とはいえ実際いくら練度の高いイスタバイオン軍であっても彼らを相手に勝利するのは難しいと思えた。ともすれば“戦車”一人に蹂躙されてしまうだろう。

 

「うーん……」

 

 アニシダは悩んだ。どうにか死傷者を出さず、兵士達も納得する形で撤退できないかと。

 

「――おや、騒がしいかと思えば。これは一体なんの集まりですか?」

 

 そこに穏やかな男の声が届く。カインが驚きに目を見張ってそちらを見たので、彼らにとっても想定外の出来事だろう。そして、真王の予測にもなかったことだ。

 

「……緋色の騎士バラゴナ」

 

 ハイラックが警戒するようにその名を呼ぶ。

 七曜の騎士たる証、緋色の甲冑こそ身につけていないが鍛え抜かれた強靭な肉体は強者のそれだ。昏睡状態にあると聞いていたが、顔色も良く衰えを感じさせなかった。

 

「はい。とはいえ今の私は緋色の騎士を名乗ることが許された身分なのか。少し疑問ではありますがね」

 

 バラゴナは白いシャツに黒いズボンというラフな恰好ではあったが、剣を携帯している。看病していたらしいハルヴァーダも一緒だ。

 

「陛下から、追放するとのお話は聞いていないね」

「そうですか。ではまだ名乗っても良さそうですね」

 

 アニシダの言葉に柔和な笑みを崩さず答える。彼女の頭では更に戦力が増えたと悩みが加速しているのだが、それを一切表に出していない。

 

「バラゴナ殿、昏睡状態と聞いていましたが目を覚ましたのですね」

「はい。どうやら、彼のおかげで」

 

 カインが言うと彼はダナンに目を移した。視線がダナンに集中する。

 

「あんたがグレートウォールと同化したってんなら、グレートウォールを消滅させた俺がなんとかできないわけねぇだろ? それからは疲労やなんかの一般的な治療だけで良かった。とはいえ同化の影響が大きかったのか、予測から一日ズレちまったってわけだ」

「私としてはもう少し休んでいたかったのですが?」

「そう言うなよ。あんたほどの人材を腐らせておく余裕なんてねぇんだよ。なにより、ハルと話す機会を作るならそれが一番だろ」

「……そうですね。そこは感謝しなければならないようです」

 

 ダナンとバラゴナが会話している間にもアニシダは思考を巡らせていたが、正直なところ無理だと確信した。それでも鎌をかけてみるかと一つ言葉を放る。

 

「いくら七曜の騎士と言えど、何日も寝たきりだったら多少弱体化してるんじゃないかと思うんだけど?」

「ええ、そうですね」

 

 アニシダの問いにバラゴナは表情を変えず頷いた。しかし次の瞬間には凄まじい闘気を放つ。

 

「……それでも、そう簡単に勝てるとは思わないことですね」

 

 口調こそ変わらないが、彼の全身から放たれる気迫に兵士達は半歩下がってしまう。

 

「――私ももう、大人しく従う理由はないようですね」

 

 冷静な声音と共にもう一つ凄まじい闘気が放たれる。出所は今まで黙っていたアリアだ。イスタバイオン軍としては彼女は国王のご息女であり、上官でもある。彼女が前に進み出て戦意を見せつけるだけで兵士の士気はぐんぐん下がっていった。

 

 ……なにも言わないと思ってたんだけど。

 

 誰の影響なのか、ここで彼女自身が反抗を示すとは。嬉しい誤算と言えるのかは微妙なところだが、予想外ではあった。しかも見事に兵士達の心を折りに来ている。本人がそこまで考えていたかどうかはわからないが。

 

「もちろん妾も戦うのじゃ。ここより逃げ果せるかの瀬戸際じゃからの」

 

 ハクタクに跨ったフォリアまで加われば、要するに身柄を引き渡して欲しいと挙げた三人が反抗の意思を示しているということだ。そうなると自分達がここに来た意義というのも薄れてしまう。いくら真王陛下のご命令だからと言い聞かせても、そのご息女二名に拒絶されバラゴナも敵対している今、士気を保つことはできなかった。

 

「……ハイラック。勝てると思う?」

 

 アニシダはそんな兵士達の心をひしひしと感じつつ、頼れる副官に尋ねる。

 

「……無理でしょうね。私とアニシダで七曜の騎士のお二人を抑えたとして、その間に兵士達全員がかりで残りを抑えられるかと聞かれれば不可能だと考えます」

「そうだよね。じゃあもう諦めるしかないかなぁ。でもそれだと三人と“黒闇”の騎空団は本当に真王陛下、ひいてはファータ・グランデとナル・グランデを除く全ての空域と敵対することになるけど、いいのかな?」

「元より真王に喧嘩売ってる身だ。それに、元々この空で味方が多い方だとは思ってねぇよ。上等だ、蹴散らして進む」

「ホントに厄介な子だよ、“蒼穹”の子達の方がまだ扱いやすかったね」

「そりゃ凄いな。俺にはあいつらの方が読めない」

 

 アニシダの皮肉にも、肩を竦めて受け流す。

 

「ホントならあんたら二人も人質として捕らえる予定だったんだが」

「そんな予定ありませんでしたよ」

「俺の中にはあったんだよ。まぁ一兵卒より発言力はありそうだし、残念ながら“黒闇”の騎空団に阻まれましたって報告をしてもらうヤツは必要だからな」

「そうだね。それしかないかぁ。あ、イデルバの特産品とかない? 流石に手ぶらで帰るわけにもいかないし」

「いいんですか、アニシダ」

「いいもなにも、この戦力相手に戦うだけ無駄だろうね。三人の身柄は確保できず、アタシ達は全滅なんてことも考えられる。なら戦いを避けてこのことを真王陛下に伝えることが優先だ」

「です、ね。仕方ありませんか。では撤退です。カイン将軍、この辺りで特産品はありますか?」

「え、ああ」

 

 急激に終息していく状況に戸惑いながらも、カインは言われた通りに特産を教えることにした。アニシダとハイラック、そしてほっとした様子のイスタバイオン軍はイデルバから撤退することになったのだ。

 

「とりあえずあいつらは去ったし、ここに長居することもできねぇな。国外追放になったフォリアを拾うなら」

「人を犬や猫みたいに。のう、ハクタク」

「そこで私に聞くのは悪意がありませんか、我が王よ」

「戦争が、吾輩が求めた戦争が……」

「ガイゼンの兄貴、そう落ち込むなよ。オレァアンタの武勇伝が聞ける時間が出来て嬉しいぜ?」

「そうか。ならば吾輩の戦い振りを、幾多の戦いに勝利し凱旋した吾輩の話を聞かせてやろう」

 

 フォリアとハクタク、ガイゼンボーガとゼオが軽口を交えている。いや、ガイゼンボーガは本気だったが。

 

「じゃあバラゴナ。お前は俺が預かる」

「奇妙な縁ですね。しかし私が目覚めた今、無理に同行する必要はないのでは?」

「ハルからの申し出でな。多分だが、真王が強硬手段に出た場合一所に留まれないことになるからそれを含めての俺達だろうよ」

「なるほど、それは妥当な判断ですね」

「ってわけで、一応他の団員と同じように扱わせてもらう。あんたには他に頼みたいこともあるんだが、それは後でいいや。最初の団長命令だ」

「仕方ありませんね」

「ハルを白風の境まで無事送り届けろ。そして戻ってこい」

「……えっ?」

 

 俺の団長命令に驚きの声を上げたのはハルだった。

 

「あんまりここに置いておくわけにもいかねぇが、それくらいはいいだろ。あんたなら護衛にもなるしな。ハルもここにずっと置いておくわけにはいかない立場だ」

「なるほど、一理ありますね」

「あ、ありがとうございます、ダナンさん」

「気にすんな。ちゃんと、バラゴナを治した代金は貰うからな」

「うっ……。わ、わかっています。僕がきちんとお支払いしますから」

「ああ。気長に待ってる」

 

 ダナンもすぐに返してもらえるとは思っていないのだろう。とりあえず吹っかけたのではと疑われるほどの金額を提示するつもりなのだ。

 

「それに、あんたには使命が終わって今と向き合う時間も必要だろうしな」

「――」

 

 ダナンの何気ない言葉に、バラゴナは言葉を失った。今までも思っていたのだが、あまりにも父親の面影からかけ離れた表情だったからだ。

 

「ってことで行ってこい。戻ってこいよ、他に頼みたいことがあるんだからな」

「はい。不思議なモノですが、一時でもあなたに剣を預けることになるのも悪くないかもしれませんね」

「そうかい。ま、それならこっちとしては有り難いけどな」

 

 ダナンは言いながらポケットに手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。

 

「ほい、請求書」

「は、はい」

 

 用意がいいな、とは誰もツッコまなかった。笑顔で手渡された紙には堅苦しい言葉遣いで正当な権利として支払いを求める旨の説明が記載されており、また請求金額が書いてあった。

 

「っ……!?」

 

 その金額を確認したハルの両目が見開かれる。

 

「支払ってくれるんだよな?」

 

 とにっこりむしろ爽やかなくらいの笑顔を浮かべていた。

 

「……はい。いつか、必ず」

 

 途方もない金額にがっくりと肩を落としながらも、自分がお願いしたことだと受け止めていた。

 

 そんなこともありつつ、ハルヴァーダとバラゴナは小型騎空挺で二人白風の境まで向かっていく。おそらく道中で色々とゆっくり話し合うだろうが、それについては二人の問題だ。他が口を出すモノでもない。

 

「さてと、じゃあ俺達も出発するか。フォリア島流し用の騎空挺は貰ってくぞ、カイン」

「島流し用って……ああまぁ、いいんだけど。とりあえず収束したから礼は言っておく。あと、空図の欠片はクルーガー島にいる千里眼の賢者、ゼエンと契約している星晶獣が持っている」

「そうか。じゃ、精々上手くまとめてみせろよ」

「ああ、わかってる」

 

 掻き乱しただけのように見えるが、彼の演説によって少しずつ民の声が大きくなっているのは事実だった。一日経っただけだが、それでもどういう国にすれば良いかという声が届くことが出てきたのだ。

 これからイデルバという国をまとめ上げるのはカイン達将軍の役目だ。

 

 ダナン率いる“黒闇”は、まだ客人扱いではあるアリアとフォリア、そしてハクタクを加えてイデルバの騎空挺を使い島を出る。

 

「行っちゃったね。不思議な子だったからもうちょっと話したかったんだけど」

「ああ、うん。レオ姉にその気がないとわかってても凄く止めたい」

「?」

 

 そんなことがあったとかなかったとか。



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千里眼の賢者

古戦場頑張ってください。私は程々に頑張りまする。


 かくして、俺達“黒闇”はイデルバの首都から旅立った。目指すはカインから聞いた、空図の欠片があるというクルーガー島だ。

 

 騎空挺の操縦は一人旅で必要だった、と言うガイゼンボーガに任せている。なかなか安定した操縦だ。各地を転々とするために必要だという話だ。流浪の傭兵は大変だな。

 

 現在の面子は昔一緒にいたヤツらがほとんどいない状況だ。

 

 俺、ナルメア、フラウ、ゼオ、レラクル、ガイゼンボーガ、エスタリオラ。

 そしてイデルバで拾ってきたアリア、フォリア、ついでにハクタク。……ハクタクは星晶獣だということが判明した。俺はなんかモフれればそれでいいかと思ってたんだがなぁ。

 

「ナル・グランデ空域について一番詳しいのって、この中だと誰だ?」

 

 俺はふと思って甲板に集まっている全員に尋ねた。

 

「ふむ。なら、妾が一番事情に明るいかの」

 

 誰も言い出さないのを見て寝そべるハクタクに凭れかかったフォリアが口にする。確かに彼女はトリッド王国が滅んでからトリッド王国の代わりにナル・グランデを治める国を作ろうと頑張ってきたわけだし。統治するには情報の入手が必須だろうからな。

 フォリアは訥々と語り出す。

 

「クルーガー島。教えの最奥に至るため日夜修行する集団のいる島じゃな。その教えを源流として、しかし完全に分かたれた世界的宗教ゼエン教があるの。教えの最奥は、今まで秘匿とされておったが、知っての通り“蒼穹”のあやつらが会得したの。星晶獣と共に戦うための術じゃ。その力は複数集まれば七曜の騎士すら圧倒できるほどじゃな」

「その強さを身を持って知る私からしてみれば脅威としか思えません」

「そうじゃなぁ。……妾も聞き齧った程度じゃが、生死を彷徨う目に遭って短期間で手に入れた力じゃ。本来はクルーガー島で長く修行するらしいがの」

 

 ほう。つまり強力だがその分大変だというわけか。あいつらのことだからそうせざるを得ない状況に追いやられたんだろうな。俺も、結局白騎士を倒せてねぇ。仲間が一度殺されてるってのに情けねぇ話だよ。

 

「……星晶獣ねぇ。お前らは会得できると思うか?」

 

 俺はワールドのことを思い浮かべつつ、賢者の三人に尋ねた。

 

「私は無理。デビルの言うことを信じれそうにない」

「吾輩は孤高の“戦車”。星の獣、それも極星と共に戦うなどあり得ん」

「ワシは構わんがのう。のう、テンペランス」

 

 フラウとガイゼンボーガはダメか。エスタリオラについては彼の首に下がっている飾りが明滅したので問題ないのかもしれない。

 

「妾とハクタクはどうじゃろうな?」

「さぁ、どうでしょうね」

「なんじゃ、冷たいの」

「教えの最奥が実際にどういったモノかは知りませんが。私は既に我が王と共に在りますので」

「そうじゃな」

 

 星晶獣とのコンビということでフォリアも傍らのハクタクに声をかけていた。

 

「ダナンはどうなの?」

「俺は別になぁ」

 

 フラウの問いに頭を掻いた。……俺はワールドの意思とは別で動いている。向こうも俺と共闘するなんて夢にも考えていないだろう。

 

「? ダナンちゃんも星晶獣に宛てがあるの?」

 

 流れからそう読むのは当然か。どう答えたモノかな、と考えてしまう。

 

「ああ、まぁな。旅の途中で出会ったヤツが、な」

 

 結局、真実は話さなかった。嘘も言ってないんだが。

 

「そうなんだ」

 

 ナルメアは納得してなかったが、追及もしてこなかった。

 

「兎も角、クルーガー島の星晶獣から空図の欠片を手に入れるのが先決だ。教えの最奥の話は聞くだけ聞いてみるけどな」

「うむ。それがいいじゃろう。クルーガー島の星晶獣は教えの最奥に至った千里眼の賢者ぜエンと共に在るそうじゃ。因みにハクタクは空図の欠片を持っとらんの」

「ええ。私は島に縛られず、王と定めた方につきますので」

 

 島ではなく人か。ならしょうがないか。

 

「じゃあ他に候補はあるのか?」

「そうじゃな。少なくとも二つは予想がついておる」

 

 フォリアはそう言って鷹揚に頷いた。

 

「一つはベスティエ島。別名は星晶獣の楽園じゃ。そこを治めるエキドナが持っておるじゃろう」

「間違いないでしょうね。エキドナは幽世との門を封印する役目を負っています。島と深い関わりがあるでしょうから」

「うむ。二つ目はレム王国じゃ。レム王国には繁栄を司るガネーシャがおる。これも確実に島との関わりが深い星晶獣じゃ」

 

 フォリアの説明で三つまで判明してしまった。となれば、近いところから順に回っていくのがいいな。

 

「よし。じゃあ順に行くとするか」

 

 というわけで、俺達ははまずクルーガー島に到着するのだった。

 

「お待ちしていました。ゼエン様がお待ちです」

 

 島に着くと、修行僧らしき剃髪の男性に迎えられた。

 

「待ってただと?」

「はい。我らが師は千里眼の賢者。未来を見通す力を持っていますので」

 

 なんだその便利能力。俺も欲しいな。トラブルに巻き込まれる方だから、事前に知って回避したい。街でばったり殺人鬼に遭遇とかもうしたくないんだが。

 

「大人しくついてゆくのじゃ。何人か船に残しておくかの?」

 

 すっかりフォリアが溶け込んでいる。いや有り難いんだけどな。

 

「じゃあそうだな……。ガイゼンボーガとエスタリオラは騎空挺の守りに。レラクルは影分身を一体置いておいてくれ。ま、そんなもんでいいか」

「ワシを置いていくのかのう」

「ああ。あんたは魔法に長けている。なにより冷静だ。いざって時に動ける人材としてこれ以上のヤツはいない。ガイゼンボーガは戦闘があったら突っ込んでくだろうしな」

「流石は団長、よぉくわかっておるのう」

 

 というわけで大半を連れてゼエンとやらの下へ向かうことにした。

 

「私もついていっていいのですか?」

「なんじゃ、留守番が良かったかの?」

「いえ、そういうわけでもないのですが。私には星晶獣との縁がありませんから」

「これからできるかもしれないだろ。それに、お前には色んな場所に連れていく約束をしてるからな」

「……」

 

 アリアは俺の言葉にはっとしているようだ。

 

「妾が言わずとも、ダナンがおればなんとかなりそうじゃな。遂に妹にも春が来るかもしれん」

「ね、姉さん。変なこと言わないでください」

「んー? 顔が赤いのう?」

「これは姉さんが変なことを言ったせいです」

 

 フォリアは後ろを振り返っているせいで顔が見えなかったのだが、ニヤニヤしていることは間違いないと思われた。……いやマジでないと思うぞ。その紅潮は多分リーシャと同じあれだ。耐性がなさすぎるんだろう。

 

 弟子についていくと、それなりの厳かさを感じる建物に着いた。華美ではないが息を呑み背筋を正してしまいそうになる。

 

「ゼエン様。お連れしました」

 

 修行僧が恭しく頭を下げてから、建物の一室から出て行ってしまう。案内された部屋に佇むのは壮年になりそうな坊主の男だった。瞑目し落ち着きを払った動作で俺達を見据えてくる。

 

 こいつがゼエンか。教えの最奥に至った千里眼の賢者。

 

「ようこそ、クルーガー島へ。欲しいのは空図の欠片か、それとも教えの知識か」

「そのどっちも、って言いたいけどな。空図の欠片が最優先だ」

「良かろう。アンティキティラよ」

 

 ゼエンがそう言うと、俺の目の前で光が生まれ空図の欠片となりゆっくりと降りてきた。それを受け取った、はいいのだが。

 

「……随分と簡単に渡してくれるんだな」

「星晶獣アンティキティラの力で既に絆の力は見せてもらった。……間に合うかどうかわからないが、時間を短縮したのだ」

「よくわからねぇが、くれるって言うなら貰っとく。教えの最奥については教えてくれないのか?」

「……本来なら教えを無闇に外へ広めるわけにはいかないのだが、すぐに至れるモノではない。故に、話のみ聞かせるとしよう」

 

 なんだか話のわかるヤツだな。

 

「教えの最奥とは星晶獣と心を通わせ、共に戦う力。七曜の騎士にも対抗できるその力は、長い修行でしか会得することはできない」

「だがあいつらは短期間でやったらしいな」

「それは正当な方法ではなく、言ってしまえば邪道。あまりオススメはできない方法だ。方法を教える気はない」

 

 なるほど。まぁそこは期待してない。

 

「長い時をかけるのであれば、星晶獣と語らい、心を通わせ友として接するのだ。そうすることでしか辿り着くことはできない」

「わかった。まぁそう期待しちゃいない」

「……最後に、星晶獣と縁のある者を教えてしんぜよう」

 

 もう最後らしい。具体的にどういう修行を行うのか、とかは島外秘というわけか。

 ゼエンは俺達の中で、一人ずつ指を差していく。

 

 俺、はまぁワールドと仮契約中なので当然だ。フラウも契約しているからだろう。フォリアは見ればわかる。わからなかったのはゼオとレラクルだった。

 

「外の二人もそれぞれ星晶獣との縁があるようだ。契約上の関係、だろうか。だが契約するには契約するだけの理由がある。己と縁のある星晶獣のことをよく知ることだ」

 

 ゼエンの言うことも、少しはわかる。アーカルムの星晶獣達は、それぞれ自分達に相応しい誰かを探し出して契約を持ちかけることがほとんどだ。俺とワールドは少し違うかもしれないが、自分の能力を十全に活かせる契約者を探す、というのも理由の一つだろう。

 

「なァ、爺ちゃんよォ。オレと縁のある星晶獣ってのはなンだ?」

 

 ゼオは心当たりがなかったのかそう尋ねていた。いや爺ちゃんて。

 

「……。その腰にある刀から、微かに星晶獣の力を感じる」

「刀? あァ、妖刀ムラマサのことか。だがこれの由来が星晶獣ってのは聞いたことがねェ……あっ! そうだ、この刀を封印してあった祠だな!」

 

 ゼエンのヒントから考えて、どうやら思い当たる節が見つかったらしい。

 

「この妖刀ムラマサってのは人を鬼にしちまうやべェ刀だ。だからオレのいた村では、こいつをアシュラ様の祠に封印してたンだよ」

 

 ゼオは俺達にわかるようにそう説明してくれる。なるほど、それなら縁があるとも言えるかもな。

 

「レラクルはなんだと思ってる?」

「僕は多分だけど、ツキカゲ様だろう。僕の祖先が領地の守り神として祀ったとされているから。僕は領主の子孫で、ツキカゲ様から業を教わったとされる月影衆の頭領だ。これ以上ない縁だと思う」

 

 折角なのでレラクルにも聞いてみた。ある程度察しがついている上にゼオとは違ってはっきりとした縁がある。ってことは一番有力なのはレラクルなのかもしれないな。

 

「了解。じゃあ機会があって、やってもいいって言うなら星晶獣と仲良くなってみればいいか」

 

 俺やフラウは互いに腹に一物を抱えた状態だ。正直言って今の関係性で教えの最奥に至れるとは思わない。もし互いに歩み寄るような気配があったら、少しだけ考えてみようか。

 

「私から話せるのはここまでだ。では行くが良い。次の島、ベスティエ島に」

 

 ゼエンはそんなことを言って話を切り上げてきた。

 

「……なんで俺達がベスティエ島に行くと思ってるんだ?」

 

 ベスティエ島かレム王国のある島で近い方へ行こうとは思っているのだが。

 

「空図の欠片を目的に、そこの前イデルバ国王フォリアの申し出でベスティエ島とレム王国、どちらかの近い方に行こうと思っているのだろう?」

「……それが未来を見通す力ってヤツか?」

「左様。星晶獣アンティキティラは未来を見通すことができる。……このままではナル・グランデ空域が未曽有の危機に晒されることだろう」

 

 ゼエンの言葉にフォリアとアリアが身を硬くする。

 

「なら、なんであんたは動かない?」

「未来とは、少しの行動で変わるモノである。そして、なにをやっても変わらないモノでもある」

「……つまり、なんだ? その危機ってのはあんたがどう行動しようが避けられないモノだってのか?」

「そういうことになる」

「俺達がこれからベスティエ島に行けば避けられると?」

「……それは、わからぬ。行ったところで変わらないかもしれないが、変わる可能性は残されている」

「ベスティエ島に行ってなにが待ってるかってのは言えないんだな?」

「そうだ。未来に関わることは、(みだ)りに伝えてしまうと結果を変えてしまう」

 

 大体わかった。未来を見通す力とはいえ未来を変えられるかどうかはその未来の大きさによる。だから俺が例えばロベリアに出会わないように行き先を変えたとして、その変えた先で出会う可能性もあるってことだ。……そんな逃れらない運命だとは思いたくないんだが。まぁ、例えだ。

 

「……しょうがねぇ。ベスティエ島の星晶獣、エキドナだったか? そいつになにかあったら空図の欠片が手に入らない可能性もあるしな」

 

 ゼエンの思惑に乗るのは癪だが、結局のところ元々行こうとしていたのだ。彼がなにも言わなければそのまま呑気な気分でベスティエ島に行っていただろう。

 

「あんたの思惑に乗ってやる。代わりに、教えの最奥が必要になった時はまたここに来るぞ」

「……。空域の危機となれば、やむなし」

 

 不満そうではあったがその辺りの分別はあるらしい。

 

「よし、言質は取った。お前ら、早速ベスティエ島に向かうぞ。厄介事の処理はあいつらの領分だが、仕方ない」

 

 俺は言って踵を返し、仲間達の間を抜け先頭を切って建物を出て行った。

 

 ……ホント、行く先々で厄介事が起こんだな。世界ってそんなモノなんだろうか?



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珍しく空を守るために

古戦場予選お疲れ様です。


本編で名前だけは出ているオリキャラ、みたいな感じのヤツが出てきますが本編でキャラが出てきたら変更しますのでご了承ください。
相変わらず裏側作品と化していますねぇ。


 騎空挺に戻った俺達は、留守を頼んでいた二人へ簡単な説明を行いできる限りの最高速でベスティエ島に向かうよう頼んだ。

 エスタリオラには教えの最奥について聞いた話を伝える。

 

「ん~むにゃむにゃ。なんとも抽象的じゃのう」

「ああ。外部の人間だからかは知らないが、概要だけって感じだったな。あいつとしても危機が迫っていることで時間を短縮したかったってのもあるんだろうけど」

「ふむ。機会があればワシも直接会って話したいもんじゃ」

「落ち着いたら、な。魔法に長けた戦力が少ない今、あんまりあんたを別行動させるのは良くない」

「わかっておる。意外と慎重じゃのう」

「意外って言うな。元々俺はこういう気質だ」

 

 話してながら、賢いエスタリオラならなにか掴んでこれるんじゃないかと思いいずれはクルーガー島に一時期滞在してもらうことを考えておく。

 

 それから数日経って、

 

「そろそろ着くぞ、団長殿」

 

 ガイゼンボーガに声をかけられた。彼に目を向けると彼方を指差されたのでそちらに見やる。確かに島が見えてきていた。およそ建物などの人工物が見えない島だが。

 

「……小型の騎空挺が一つ停まっている」

 

 単眼鏡で島の様子を窺っていたレラクルがそう口にしたことで不穏の気配が強くなった。星晶獣の楽園に用があるヤツなんて碌なモンじゃないだろ。

 

「マズいかもな。さっさと行くぞ」

 

 嫌な予感がひしひしとする中、俺達はベスティエ島に到着した。

 

 星晶獣の楽園と呼ばれるだけで、そこかしこに強力な気配を感じる。実際、少し歩いただけで星晶獣に遭遇した。紅蓮の鱗に蜥蜴にも似た体躯。ドラフにもあるような角を持つこいつは、確かイフリートだ。パンデモニウムで遭遇したことがある。

 しかし――。

 

「寝てる、な」

 

 俺はイフリートに近づき様子を確かめてそう呟いた。どこからどう見ても寝ている。鼻提灯まで作ってぐっすり眠っている様子だ。だがこれは、自然なモノじゃない、か?

 

「【ドクター】」

 

 『ジョブ』を発動してイフリートの状態を詳しく探る。

 

「……解除。誰かがこれをやったってことか」

「ダナン。向こうの星晶獣も眠っている。少し突いてみたが起きる気配はない」

 

 レラクルが戻ってきて報告を寄越してくれた。

 

「ん~むにゃむにゃ。ワシも眠ってしまうのぅ」

「元々寝てんだろうが。こんな時にボケはいらん」

 

 エスタリオラのボケは兎も角、一帯の星晶獣が全員眠りこけている現状はおかしい。

 

「もうちょい奥に行ってみるしかねぇか」

 

 呟いて、仲間達を引き連れて奥地へと進んでいく。ある程度広がって進んでいくと、やがてなにかの音色が聴こえてきた。

 

「急ぐぞ!」

 

 妙に不安を煽ってくる音色に気が急いて、全力疾走で向かう。

 

「う、うぅ……!」

「流石に島と契約する強力な星晶獣はしぶといですね」

 

 上半身は白髪の女性だが、下半身は蛇のようになっている巨大な姿。

 それと金の長髪を持つ青年が見えた。青年は琴を持っており、そこから出る音色で星晶獣と思われるヤツが苦しんでいる。となれば、

 

「耳障りな音色だな、五流音楽家!」

 

 俺は真っ先に青年へ突っ込んでいき、蹴りを放つ。しかし身のこなしはいいようで間一髪回避されてしまう。だが演奏は止まった。

 

「……君、達は」

 

 青年は糸目ながら眉を寄せて俺達の姿を確認する。

 

「なにをする気かは知らねぇが、お前の好きにさせるとナル・グランデ空域に未曾有の危機が迫るらしいんでな」

「誰からそれを……ああ、千里眼の賢者ですか。クルーガー島にいると言われる、未来を見通す力を持つと言われる。なるほど――先にそちらから潰しておくべきでしたね」

 

 青年穏やかな口調で言葉を紡ぐ。「潰す」という強い言葉を使いながらも一切感情を昂らせないのが逆に不気味だった。

 

「……星晶獣を眠らせて回ってたのはお前か?」

「ええ。とはいえここにいる星晶獣は元々疲弊していたようでしたがね」

 

 青年の言葉を補足したのはフォリアだった。

 

「それはギルベルトが真王の力で星晶獣を操り争わせた影響じゃな」

「あなたは……。幼い容姿と傍に仕える獣――イデルバ王国国王のフォリア様ですか」

「元、じゃがな」

「そうですか。ではそこにいる星晶獣が認知を司る星晶獣ハクタク。丁度いい機会ですので、一緒に始末してしまいましょうか」

 

 そう告げた青年は琴の弦を爪弾く。

 

「くっ!?」

 

 途端にその琴の音色を聴いたハクタクが顔を歪めて伏した。蛇女の星晶獣も苦し気にしている。

 

「ハクタク!? ……貴様、なにをした」

 

 フォリアが鋭い視線を向けて詰問するが、青年は全く表情を変えずに演奏を続けた。

 

「私の持つこの琴、レイドラスの琴の力は星晶獣によく効くんですよ。眠らせることも、こうして苦痛を与えることも、音色一つで自由自在」

「やめるのじゃ!」

「やめろと言われてやめる者がどの世界にいますか。それに、星晶獣の始末は私の使命ですので、やめるわけにはいきません」

 

 青年はフォリアの制止も聞かず演奏を続けて苦しめる。……フラウ達賢者には影響がないんだな。だが星晶獣を呼び出すのは良くないか。俺も特になにも感じない。だが、黙って見てるわけにもいかないだろう。

 

「なら、俺達人が相手ならいいわけだな?」

「誰が、人に効かないと言いましたか?」

 

 俺の不敵な笑みを嘲笑うように、ヤツは音色を変える。途端にがんと頭を殴られたような痛みが生じた。

 

「チッ……!」

 

 その痛みはずっと続く。ガイゼンボーガ以外は俺と同じように頭を押さえている。……そっか、あいつ痛覚ねぇんだったな。

 耳を塞げばある程度小さくなりはするが、完全に消えることはなかった。

 

「……五流っつったが、訂正するぜ」

 

 俺は顔を顰めながら告げる。

 

「なん流って呼ぶのも悪いくらいの、素人に毛が生えた程度だな。――【ライジングフォース】!!」

 

 俺は言って『ジョブ』を発動する。……実はこの『ジョブ』、別に武器がなくてもいいんだよな。なにせ、楽器を持っていてもぶん投げるから。そして自前のギターとアンプで演奏し始めるんだ。

 

「てめえの演奏じゃ全っ然ヘイヴンしねぇなぁ!」

 

 俺は言ってギターを掻き鳴らしヤツの音を相殺した。

 

「荒々しい、品のない演奏ですね……! しかし音で相殺するとは忌々しい!」

 

 ヤツは演奏を強めるが、俺も合わせて演奏するせいで効果を発揮しない。ハクタクもぐったりはしているがマシになったようだ。

 

「ガイゼンボーガ。俺は仲間を守るために演奏するが、後はあんたに任せる。好きに蹂躙してやってくれ」

「当然だ!」

 

 うちきっての戦いたがりに指示を出す。彼は嬉々として青年に突っ込んでいった。

 

「ぬぐわあああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄叫びを上げて突進していくガイゼンボーガをひらりとかわす。

 

「品性のない方ですね」

「戦場に品など、貴賤など不要! ただ目の前の敵を蹂躙するのみ!!」

「なるほど……。あなたは確か苦痛を与えても反応がなかった方ですね。なら眠らせてしまいましょうか」

「させるか!」

 

 青年は音色を変えようとするがガイゼンボーガは鉄腕を振るって動きを阻害する。一般兵士を一撃で蹂躙し続けるあいつは避けられようが構わず攻撃を続けた。本人曰く攻撃を受けても構わないそうなので、攻撃を避けて手を止めるということすらない。その我が身を省みない戦い方が功を奏し、青年を圧倒していた。

 

「手強いですね! こうなれば仕方ありません。使う気はありませんでしたが、先にエキドナを落としてしまいましょうか!!」

 

 青年は琴を鳴らすことができない状況を変えるためかなにかをするようだ。ガイゼンボーガは様子を見ることもせずなにもさせず倒すつもりで襲いかかろうとするが、

 

「レイドラスの琴よ、力を示せ!!」

 

 青年が叫ぶと甲高い、頭が割れるような音がそこかしこから響いてきた。

 

「ぐぁ!?」

 

 頭が痛い。集中力が乱れて演奏を止めるともっと痛みが増した。

 

「あ、あぁ、あああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 一際大きな女性の悲鳴が聴こえる。エキドナらしき星晶獣だ。ハクタクも苦悶の声を上げていた。

 ガイゼンボーガは増幅した音によって眠りに落ちたらしく、攻撃の勢いを一切失くしてぱたりと倒れ伏した。

 

「使いたくはありませんでしたが、こうなっては仕方のないことです。大人しくエキドナが幽世に堕ちる様を見ていてください」

 

 青年が耳障りな音の中でも平然としている。……クソッ。この中で唯一音を無視して動けるヤツがやられちまった。残りは全員頭を押さえて蹲っている。

 

「クソが、【ライジングフォース】を嘗めるなよ!!!」

 

 俺は痛みを無視して仰け反りながらギターを思いっきり掻き鳴らす。音を相殺し、衝撃波でヤツ以外の音の出所を攻撃した。無理したせいで右の鼓膜が破けたらしいが、おかげで音は収まった。

 

「……クソ、無傷とはいかねぇか」

「驚きました。まさか私の子機を狙うとは」

「……煩ぇ。てめえ、組織の人間だな?」

「っ!?」

 

 俺が回復しようと『ジョブ』を解除し尋ねると、青年は糸目を開いて赤い瞳を露わにし驚いた。……やっぱりか。あの能力を発動した時の文言、アウギュステで聞いた覚えがある。それが確か、星晶獣の討伐を行う組織の一員だったはずだ。

 

「やっぱりか。さっきのセリフ、どっかで聞いたことあると思ったんだよな」

「……あなたは、ここで始末していかなければならないようですね」

 

 青年は言って琴を構え直すが、遅い。彼の目の前に紫の蝶が飛んでいた。

 

「蝶……っ!?」

 

 その蝶が瞬時にナルメアへと変わる。

 

「切り捨てる」

 

 冷たく呟いたナルメアが高速で刀を振るったのを、咄嗟に跳躍して回避したのは星晶獣と戦ってきている所以か。

 

「がぁ!!」

 

 しかしナルメアは十天衆にも匹敵する強さだ。完全には避け切れず袈裟斬りにされていた。とはいえ琴を弾くための腕は守ったのはいい判断だな。

 

「……ここは退くしかありませんか。ですが、目的は達しました」

 

 怪我を負いながらも嗤う青年に不気味なモノを感じ振り向くと、エキドナから黒いナニカが溢れ出ていた。クソ、間に合わなかったのか。

 

「また会いましょう。次は、ハクタク共々始末してあげますね」

 

 青年はそう告げると琴を弾いてナルメアを衝撃波で押し留めて撤退していった。

 

「こうなったらエキドナを止めるしかありません!」

 

 アリアが言って剣を翳すが、

 

「吸収できない? まさかもう混じって……」

 

 なにも起こらず彼女も困惑しているようだ。

 そうこうしている内にエキドナの姿が変わる。黒いマスクをした禍々しい姿に変化していった。そして虚空に黒い渦のような空いたかと思うと、紫の身体を持つヤツが湧き出てきた。雪崩のように多く、一斉に。

 

「あいつらは幽世の……! エキドナを落とすってのはこういう意味かよ!」

「毒づいている場合ではないぞ! 幽世の存在が次から次へと湧き出て、飛べる者は島を出ようとしているのじゃ! このままではナル・グランデ中に飛び散ってしまう!」

 

 歯噛みする俺にフォリアが言ってくる。確かに、湧き続けるヤツらの中で翼を持つヤツは飛び立ち移動しようとしているようだった。

 

「……総員、全力で迎え討て。一匹も島の外に出すなよ!」

 

 撤退するわけにもいかないが、長くは持たないとはいえやるしかない。仲間達にそう命令すると眠りに着いたガイゼンボーガを蹴り起こす。

 

「? 吾輩は……」

「寝惚けてんじゃねぇよ、ガイゼンボーガ。あんたの出番だぜ」

「吾輩の? ほう、これは」

「絶え間なく湧き続ける異形の存在だ。片っ端から蹂躙しろ。あんたの得意分野だろ?」

「くく、当然だ。吾輩の“戦車”たる所以、見せてくれよう! いざ行かん!!」

 

 状況を理解すると無限に湧き出ているような軍勢の中に単身突っ込んでいった。……まぁ、心強いっちゃ心強いか。

 あいつは多分こういう扱いでいいはずだ。

 

「オレも行くぜ、全力だ!!」

 

 ゼオは二刀を抜き放って赤い輝きを放つ角を出現させた。

 

「これより目標を殲滅する」

 

 レラクルが影分身を生み出してそれぞれ撃破に向かう。

 

「全て塵へと変えん」

 

 戦闘モードのナルメアが言って一刀ごと数体まとめて薙ぎ払っていった。

 

「私もやろうかな。デビル、力を貸して!」

 

 フラウが楽しげに笑ってデビルを呼び、一撃で十体近く屠ながら突き進んでいく。

 

「ワシらは空の敵を優先的に叩くとしようかのぅ、テンペランスよ」

 

 エスタリオラも星晶獣を呼び出して高い位置へ上がり魔法を連発していく。

 

「力を振るうことはないと思っていましたが、七曜の騎士の一人として負けていられませんね」

 

 アリアは黄金の鎧こそ身に着けてはいないが、七曜の騎士に選ばれた実力があるので幽世の存在を次々と切り刻んでいった。

 

「すまぬの、ハクタクよ。平気か?」

「……我が王。不甲斐ないところを見せてしまい、申し訳ありません」

 

 フォリアはぐったりしているハクタクに寄り添っている。近くに来た敵は魔法で処理しているが、本格的には戦わないようだ。まぁハクタクを放っておくわけにもいかないし、それくらいでいいだろう。

 

「……俺は空の敵を優先的にやるとするか」

 

 流石に数が多すぎてエスタリオラとテンペランスだけでは手が回らない可能性もある。まぁ今のところ問題はなさそうだが、

 

「穴が増えやがったな。……俺達だけでどれくらい持たせられるか」

 

 こんな時“蒼穹”がいたら、交代で押さえつつ解決に乗り出せるんだろうな。だが俺達には個々の強さがあってもあいつらとは数が違いすぎる。持って何日か、だろうか。

 

「……ハクタク、お前空飛べたりしないか?」

 

 救援とまではいかないが、知らせて回るくらいはやっておきたい。

 

「万全なら、空を駆けることも可能ですが?」

 

 今は無理ってことか。

 

「なら調子が戻ったらフォリアと一緒に近くの島々に警告をしに行ってくれ」

「なんじゃと?」

「……悪いが俺達じゃ数日持たせるのが精いっぱいだ。だからそれまでに、迎撃態勢を整えるよう訴えてくれ」

「しかし妾は……」

「信用されないならしょうがない、自業自得のヤツまで面倒見れる余裕はないからな。だが、少しでも信用するヤツがいれば少しだけは救えるはずだ」

「……わかった、責任を持って行うのじゃ」

「私が島と島を渡れるほどに回復するのは、おそらく半日ほどになります。それまでは駆けても落ちてしまう可能性があります」

「半日後でいい。俺達はできるだけここに幽世の存在を留めておく。エキドナを倒せば戻るかもしれないが、あいつの周囲には幽世の存在が多すぎて無理だ。今も増え続けてることを考えると難しいだろうしな」

 

 星晶獣を倒すって言うならそれこそ“蒼穹”に任せたいところだが。行方不明のヤツらを頼っても仕方がない。オーキスもいないができることはやらないとな。

 

「さて。じゃあ珍しく、空を守るために戦うとするか」

 

 俺は不敵に笑って参戦する。

 

 その後、俺達“黒闇”は一週間に渡って幽世の存在をベスティエ島に留めることに成功した。




ベスティエ島でエキドナを襲ったヤツとの交戦でした。

ネセサリアさんが本編で口にしていた組織の一員で、一応単独行動もしそうな感じのキャラクターにしてみました。
武器の能力は星晶獣の力を抑制する、みたいな? まぁ楽器得意なんで割りと適当です。戦闘力低そうでアレですよね。

残念ながら出し抜かれてしまったんですけどね。


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戦力集めの旅へ

ここから、ベスティエ島攻略のための戦力を集めるための旅が始まります。

次々とキャラが出てくる上、非常事態なのでキャラを回収し切りません。ご容赦ください。


 俺達“黒闇”の騎空団団員プラス、七曜の騎士が一人黄金の騎士アリアで幽世の門から湧き出続ける幽世の存在をベスティエ島の外に出さないよう戦い続けて一週間が経過した。

 

「……流石に、キツいですね」

 

 休憩用に張ったエスタリオラの結界の中で俺の治療を受けるアリアが弱音を吐く。まぁそれも当然だ。いくら倒しても倒してもキリがない幽世の連中に、体力と精神力が削られ続けるのだから。

 彼女もかなり疲弊しており、一応寝ずに三日戦った後からは交代で休憩を取るようにしているのだが。休憩を取るヤツがいる=頑張っているヤツの負担が増える、だ。

 

 エスタリオラとガイゼンボーガがいなければ五日で突破されていただろう。

 

 アリアは黄金の鎧を持っていないので、イデルバに滞在していた時のような薄着だ。その衣服も所々切り裂かれている。

 

「ああ。そろそろ頃合いだろう。一週間も持てばいい方だ。一部を残して各地の防衛に回る。エキドナに近づけもしない今、時間稼ぎをするくらいしかできることがねぇからな。防衛に回りつつ戦力を集めて攻める予定だが、どれだけかかるかはわからねぇな」

「そうですか。……これだけの状況でも、貴方は諦めていないのですね」

「諦めるって性分じゃねぇってだけだ」

 

 弱気になっているらしいアリアに即答して、俺も休憩がてら状況を打破できないか考えてみる、が。

 

 ……無理だな。俺達の戦力で初日にエキドナを倒せなかったのは痛い。まぁできる限り被害を減らすために戦ってたってのもあるが。俺達が時間を稼いでいる間にフォリアとハクタクが各島を回って迎撃態勢を整えられれば多少被害は抑えられるだろうし、押し切れなかったんだから仕方がないとも言える。

 

「……あいつらが戻ってこないことを考えるとファータ・グランデ空域でもなにか起こってることが考えられるわけだが」

 

 独り言を呟く。真王の企みを邪魔する意味を込めて送り出したオーキス達が全く来る気配がなかった。ザンツに騎空挺を飛ばしてもらえばかなり短い期間で戻ってこられるはずだが。

 ということは、やはり厄介事に巻き込まれているんだろう。

 

「……だからこそ新しい戦力が必要、か」

 

 クソ、思うようにいかねぇな。不確定要素に頼るのは好きじゃねぇんだが。とはいえカインやレオナに助力してもらうにも国を空ける必要が出てくるからな。あいつら抜きで緊急事態に対処できるとは到底思えない。

 

「そう上手くいくでしょうか」

「不確定要素に頼るんだからなんとも言えねぇが、やるしかねぇ」

 

 いないヤツらに頼るのはもっとダメだ。だが、あいつらがこんな状況のナル・グランデ空域に来ないわけねぇんだよなぁ。世界の厄介事の中心にいないなんて、らしくねぇ。

 

「だが、予感はしてる」

「予感ですか?」

「ああ――“蒼穹”は必ずここに来る。こんな厄介事に巻き込まれないなんて、あり得ねぇよ」

 

 俺はアリアに向けて不敵な笑みを浮かべる。

 

「……ふふっ。随分と信用しているのですね」

 

 彼女は思わず零れたというような自然な笑みを見せた。

 

「ああ。なにせ、あいつらの旅に付き合わされた結果世界の運命を決める戦いに巻き込まれたからな。空域の危機にあいつらが来ないで滅びるなんてことはねぇだろうよ」

 

 妙な確信がある、とはいえ頼り切るのは癪だ。俺だけで乗り越えられる可能性もなくはないし、やるだけやってはみるつもりだ。

 

「確かに、そうかもしれませんね」

「ああ。ってことで、そろそろ動くか」

 

 島を出て戦力を集めなければならない。

 

 俺は結界の外に出て屈み右手で地面に触れる。……既に分析と把握は終わっている。だが幽世の門を強制的に閉じられるほどの力は、今の俺にはない。それでも一時的に封じることくらいはできるだろう。ま、一分にも満たないからその間にエキドナを倒すのは無理だ。一回試したんだけどな。今は疲労も蓄積しちまってることだし。

 

「――無に帰せ。そして閉じろ」

 

 俺を中心に、力の波がベスティエ島に広がっていく。その波に当たった傍から幽世の存在が消滅して金の粒子へと変換されていく。やがて波は島全体を覆い尽くした。エキドナを幽世の力が解き放つことはできなかったし、門を閉じることも叶わない。だが一旦だけでも軍勢が押し寄せるのを留めることはできた。

 

「“黒闇”全団員に告ぐ!!!」

 

 俺は団長として命令を出す。

 

「これよりベスティエ島内で抑えるのをやめて、各地を回り戦力を集めることとする! ナル・グランデ中に幽世の存在が散らばるだろうが、そこはフォリアを信じるしかない! 俺が戦力を集めて回る間、ここで戦い続けてくれ!! ガイゼンボーガ、エスタリオラ、ゼオ、頼めるか!?」

「当然だ。ついてこいと言われても拒否させてもらう」

「ここは任せるのじゃ……むにゃむにゃ」

「おうよ、大将! ここはオレ達に任せときな!!」

 

 三人の頼もしい返事が聞こえてくる。……ああ、任せた。

 

「残りは俺と一緒に一時撤退だ! 行くぞ!!」

 

 俺は言ってから、力を解く。これ以上は俺の魔力が持たない。騎空挺で空を飛ぶことすら難しい状況だからこそ、消耗し切るわけにはいかなかった。

 再び溢れ出る幽世の軍勢に、我先にとガイゼンボーガが突っ込んでいく。ゼオも遅れないように戦い始め、エスタリオラも魔法を放ち続けた。

 

 残りのレラクル、ナルメア、フラウは俺とアリアのいる方に戻ってくる。

 

 流石に強いとはいえ三人では軍勢を抑えることはできず、島から飛び立ってしまっているモノもあった。遂に幽世の軍勢がナル・グランデの空に解き放たれてしまったのだ。……クソ、なにか他にいい方法があったんじゃ――いや、考えるのは後だ。今はこれが最適と思ってやるしかない。

 

「騎空挺に戻るぞ。アリア、操舵できるか?」

「わ、私ですか? で、できないことはありませんが……」

「ならそれでいい。まずイデルバに行って小型騎空挺に乗り換えるぞ」

「イデルバですか? あんな旅立ちのし方をしてよく戻れますね」

「緊急事態だから多少大目に見てくれんだろ」

 

 言って向かってくる分だけを処理しながら俺達は停めてある騎空挺へと向かった。騎空挺は最優先保護対象なので一週間幽世の存在に襲われないように気をつけてはいたのだ。

 

「しかしこの面子にした理由はなんです? 戦力的にももう少し残しておいた方がいいような気もしますが」

 

 アリアが騎空挺の舵を握り、緊張しすぎないようにかそんなことを聞いてくる。

 

「残した三人の理由は簡単だ。殲滅力が高くて継戦能力が高いヤツだな」

「ガイゼンボーガさんはずっと戦っていられるような身体だそうですし、エスタリオラさんも魔力が桁違いな上一気に殲滅できますからね。ゼオ君も鬼になると人とは一線を画す強さで、疲労すら軽減されるようでしたから、妥当だとは思います」

 

 短い付き合いだが、よく見ている。

 

「ああ。連れてきたヤツの基準は、まぁレラクルは移動手段が確立できれば影分身で島を回れるっていうのが強いな。あと能力的に殲滅には向かない」

「確かに、実力が足りないという意味ではなく一体ずつ倒していく戦い方でしたね」

 

 アリアはそう言いながら騎空挺を離陸させる。

 

「フラウはちょっとあの中に残したくない事情があってな」

「それって一週間戦い続けたから、溜まってるってこと?」

 

 彼女自身が俺の腕に抱き着いてくる。柔らかな膨らみを押しつけるのも忘れていない。……フラウの場合俺に対してだけだが劣情を煽ってくるんだよな。そのせいで結構大変だ。

 

「あんまり人に聞かせる理由じゃないのは確かだな」

「じゃあお姉さんはなんで残さなかったの?」

 

 フラウに対抗するように、ナルメアが反対の腕に抱き着いてくる。身長差故低い位置に膨らみが当たる。大きさの違いで腕がほとんど挟まれているような状態だ。……いかんな。平常心を保て、俺。

 

「……今ナル・グランデの危機という場面なのですが、程々にしていただけますか」

 

 レラクルが船室でごろごろしているであろう今、ツッコミを入れるのがアリアしかいなかった。

 

「危機だからこそ癒しが必要なの、ね、ダナン?」

「癒しならお姉さんがいるから大丈夫」

「とりあえず離れてくれな。俺もそこそこ疲れてるし……。ナルメアはちょっと、俺のことを気にしてる風だったからな。あんまり長い間離れてるのも良くないと思ったんだよ」

「……気づかれてたんだ。ごめんね、色々と考えちゃって」

 

 気まずそうに謝るナルメアの頭を、さっき掴まれていた方の手で撫でてやる。

 

「では私はどういう理由で? 操舵ができるという話はしていなかったと思いますが」

「操舵したことはなくても知識はあるだろうから、ガイゼンボーガを残す以上ワンチャンあるかと思ったのはある。あとアリアは素早い攻撃が得意だから、一撃で複数の敵を倒すのに向いていない部分はあったかな。で、もう一つの理由は精神的に不安だ。目を離すとすぐ弱気になりそうだし」

「……私だけ理由が多いですね。しかし、そんなに私は弱気に見えましたか?」

「ああ」

 

 俺は話しながらも操舵に集中するアリアへと頷いた。

 

「真王に従わないと決めたのはいいが、お前自分がどうしたらいいかでまだ迷ってるんだろ。見識を広めるための旅がこんなんになっちまったし、今は目の前のことに集中すりゃいいけどさ」

「……よく、おわかりで」

「まぁな。なんかアリアって、リーシャに似てるんだよなぁ。だからつい口出しちまうのかもしれないが」

「リーシャさん……秩序の騎空団の方でしたか。碧の騎士ヴァルフリートの娘でもある」

「ああ。あいつは父親に憧れて、父親やその右腕だったモニカと自分を比べて劣等感を抱いてたんだ。自分から縛られにいってると言うか、なんつうか。妙に真面目なところも共通点の一つかね」

「そう、ですか」

「だから、なんか見てられないんだよな」

 

 だからリーシャにも初対面だったのに色々言ってしまった。そういうヤツを見るともやもやするって言うか、そんな性分らしい。

 

「……そうやってまた他の女に手を出そうとする」

「……ダナンちゃんのスケコマシ」

「おい待てなんでそうなるんだよ」

 

 左右の二人からジト目を向けられてしまった。なぜだ。

 

 そこでフラウは少し考え込むようにしてから、俺を神妙な表情で見つめてくる。

 

「ねぇ、ダナン。アリアさんがなにしたらいいかわからないならダナンのモノにすれば?」

 

 がくん、と身体ではなく騎空挺が傾いた。すぐ持ち直したがアリアの顔が引き攣っている。

 

「は? ついさっきと言ってることが逆だぞ?」

「うん。でも言いなりって部分とか私もアリアさんと共通してたから。そこから脱したなら、やっぱり別の目標を作るのが一番だよ? 私はダナンの傍にいるのが今の目標」

 

 ふふ、とフラウは魅力的に笑みを零す。

 

「だから、アリアさんもダナンに抱いてもらってこのために生きようって思ってもらえば万事解決でしょ」

 

 がくん、とまた騎空挺が傾いた。……おいやめろこれ以上動揺させるな。操舵に集中させてやれ。

 

「いや、流石にそれはダメだろ。アリアだって好きなヤツの一人や二人くらい……」

 

 見たところアポロと同年代ぐらいだし。あれ、アポロって俺が初恋みたいな感じだったような?

 

「い、いませんよ。そもそも私はイスタバイオン王国の王女ですから、自由恋愛なんてあり得ませんでした。真王の全空統一のため、他空域の方と親交を深める目的で嫁ぐと思っていましたから」

「じゃあ真王から脱する決意として始めてみたらどう? ダナンとシちゃったら他の男じゃ満足できなくなっちゃうでしょうけど」

 

 そう言ってフラウは妖しく笑う。あまりのオープンな話に二人の女性は顔を赤くしていた。リーシャがいたならきっと卒倒していただろう。

 

「……お前そんなに明け透けなこと言うタイプだったか?」

「ダナン以外の男がいる前では言わないだけよ。……私にとってそういうのは、ずっと普通だったから」

 

 少しだけ表情が陰った。だがそういう表情一つでさえ誘惑のためなんじゃないかと思ってしまう部分もある。まぁ、それくらいなら乗っても問題はないんだがな。

 

「で、どうなの?」

「ふ、ふざけないでください。そんなことできるわけないでしょう」

 

 フラウの問いにアリアは頬を染めて断言した。

 

「なんで?」

「なんでと言われましても……」

「そういう貞操観念こそ、真王に植えつけられたモノじゃないの?」

「それはそうかもしれませんが……」

 

 フラウの様子にアリアが戸惑っている。俺も珍しいなと思い始めていた。

 

「どうした、フラウ。珍しくお節介と言うか、口出しするな」

「誰かに言われた通りとか、昔の自分を見てるみたいで嫌だから、かな。別に無理にとは言わないけど」

「……そう、ですか」

 

 フラウの言葉にアリアは少しだけ考え込む様子を見せる。

 

「……今の私には難しいですが、少し考えてみようとは思います。これまでの思想に捕らわれない考え方を」

「真面目ね。もっと軽い気持ちでいればいいのに」

「いえ、それはそれで相手に失礼な気が……」

「そう? ダナンなんかそこかしこで女増やしてるのに」

「「……」」

 

 おいやめろ。アリアとナルメアがジト目になってるじゃねぇか。

 

「俺はそんなんじゃねぇって。ただまぁ、断るのもどうかと思うだけだ」

「それが誑しって言ってるのに」

「……私がもしその気になっても、ダナンかどうかは怪しいですね」

 

 反論してみたが、フラウには呆れられアリアにはジト目を向けられたままだった。

 

「それはどうかしらね。ダナンよりいい男がそうそういるとは思えないけど」

「……あんま持ち上げるなよ。そこまでじゃないんだから」

「そう? あんまり謙遜も過ぎると嫌味になるけど」

「いや、謙遜とかじゃなくてだな」

「私が言うんだから間違いはないわ」

 

 まぁ、確かに。とはいえそういう他よりいいってことを言うことで男に自尊心を持たせるのも手管の一つではあるんだよなぁ、と思うところはある。……俺がフラウを疑っているのは、エスタリオラと違ってまだデビルの呪縛から逃れていない可能性を考慮してのことだ。デビルは未だワールドの手中にあることだしな。とはいえ、俺を想ってくれていそうなヤツをあんまり疑いたくはない。

 

「まぁ、そういうことにしとくか」

「ふぅん? じゃあこれから確かめてみる?」

 

 フラウは小さく舌を出して妖しく微笑んだ。

 

「だ、ダメ。ダナンちゃんは疲れてるんだから」

「別にそれでもいいよ? ダナンが寝てる間でも構わないから」

「ダメ、ダナンちゃんを休ませないと」

 

 しかしそんな彼女をナルメアが止めようとしている。アリアは操縦に集中したいのか、関わりたくないのか知らん顔だ。……確かに今は疲れてるな。ナルメアはそれを俺の様子を見て察したってことか。ただフラウを阻みたいだけじゃないのは流石と言うべきか?

 

「確かに、ほぼ一週間戦い漬けだったからな。ゆっくり寝たい」

「じゃあお姉さんが添い寝してあげるね」

「ちょっと、ナルメアだけ狡い」

「フラウちゃんはダナンちゃんを疲れさせるでしょ」

「……私だって我慢しようと思えばできる、かもしれないし」

 

 なんでそこ自信なさげなんだよ。

 

「だから、ダメ。ダナンちゃんは疲れてるんだから」

 

 今この時はナルメアが優勢だった。というかフラウも疲れてるだろうに。

 

「……わかった。今回は退く」

「うん、お願いね」

 

 フラウは不満そうだったが頷いていた。というわけで、別にナルメアと寝る必要はないのだが二人で部屋に行く。

 

「ふあぁ……お姉さんも疲れちゃった」

 

 部屋に着くなりナルメアは眠たそうに欠伸をして目を擦った。

 

「そりゃな。悪かった、無茶なこと言って」

「ううん、私達が踏ん張らなかったら今頃ナル・グランデは幽世の存在でいっぱいだったと思うし。先にフォリアちゃんを行かせてなかったら今より被害が多かったと思う」

「まぁ、そうかもな」

 

 俺が考える限りでは、速攻でエキドナを倒せなかった場合ああして時間を稼ぐしかなかった。……厄介なことに、“蒼穹”がいた方が良かっただろうと思うくらいに。

 

「じゃあ寝よっか。ほら、ダナンちゃん」

 

 ナルメアはベッドに被せてある布団を捲って手招きしてきた。ここ俺が使ってる部屋なんだけど、というツッコミは野暮だろうか。ともあれ疲れているので有り難く入らせてもらう。

 俺はナルメアのいる方とは逆からベッドに入る。というところでローブを着たままだということに気づき脱いで椅子の背凭れにかけておいた。それからベッドに入り仰向けに寝転がる。

 

 と、ナルメアが俺の隣に寝転んで布団をかけてきた。俺の髪に彼女の手が触れる。

 

「よしよし。お疲れ様、ダナンちゃん」

 

 そのまま頭を撫でてきた。

 

「ああ、ナルメアもお疲れ」

「うん。このまま一緒に寝ようね」

 

 言い合ってから俺は目を閉じ疲労感に任せて眠りに沈んでいく。ナルメアはしばらく俺の頭を撫でていたようだが、その後撫でるのをやめて寝に入ったらしく俺の手を握っていた。

 それを確認したくらいで俺も意識が暗転していった。



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イデルバの戦力

始まりは薄い本の如く。

……申し訳ない。


 俺は眠っていた、はずだった。

 

 なんだか妙に気持ち良くて、目が覚める。目を開けると全裸のフラウが俺の上に乗っている――ズボンを下された俺の腰の上に。

 

 ……いや人が寝てる間になんつうことを。

 

 ゆっくりと上下に動いていたフラウだったが、俺が目覚めていることに気づくと動きを止めてこちらを見てきた。彼女の赤い瞳が薄黒い中で妖しく輝いていた。頬は上気しており恍惚とした笑みを浮かべている。髪が振り乱されているのがこれまでの彼女の様子を表しているようだ。

 

「起こしちゃった?」

「……いや、起きるだろこれは」

「そう? でももう何時間かこうしてるけど」

 

 どの口が、と思ったのだがどうやらこれまで全然気づいていなかったらしい。

 

「で、なにしてんだよ。我慢するんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけど、最近誰かに邪魔されてたし。その上一週間も戦い続けて全然できなかったから、我慢できなくなっちゃって」

 

 ちろりと小さく舌を出すが、可愛らしさより妖しさが際立つ。

 

「……そうかよ」

 

 俺はふと気になって左横に眠るナルメアを見た。すぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠っている。起きる気配はなさそうだ。

 

「大丈夫、今のところ起きてないから」

「だからっていいわけじゃないだろ」

「わかってるよ。ある程度満足したら部屋に戻るから」

「……ホントだろうな」

「うん。起きた時ナルメアさんに見つかったら面倒だもん」

「まぁ、なら好きにしてくれ」

 

 俺は諦めて身体から力を抜く。フラウのせいか、まだ身体に疲れが残っている。このまま二度寝してしまおう。

 

「うん。好きにするね。だから、寝てていいよ」

「そうする。くれぐれも、騒ぎすぎんなよ」

「うん、わかってるって」

 

 言って、現実逃避をするようにすぐ目を瞑った。意識しそうになると眠れないので、できるだけ意識しないように努めていると眠ることができた。おそらく彼女も俺が眠るのを待っていてくれたんだとは思う。流石に動かれてたら眠れん。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 次に俺が目を覚ました時、フラウはいなかった。ナルメアが変わらず横で眠っているのを見ると、もう戻ったらしい。自分の身体の様子を確認して、彼女がちゃんと掃除をしていってくれたことに感謝する。

 しかしあれほどとは思っていなかったな。今度からは気をつけるとしよう。

 

 一度目覚めた時は薄暗かったのだが、今は明るい。おそらく一晩明けたのだろうと思う。詳しいことを聞くためと今の位置を確認するために、一度甲板へ上がるか。

 

「ナルメア」

 

 俺はずっと手を握っていたらしいナルメアを揺り起こす。

 

「ん、ぅ……?」

 

 寝惚けている様子で、手を放すとこしこし目を擦った。

 

「もう俺は起きるが、まだ眠いなら寝てていいぞ」

「……うん。もうちょっといるね」

「わかった」

 

 ナルメアは起きないようだったので、頭を一撫でしてからベッドから降りて部屋を出た。部屋を出て扉を閉めさて甲板へ、と思っていると隣の部屋の扉が開く。見るとフラウが出てきていて、こちらを見てきた。瞳を妖しく輝かせてきたと思ったら素早く駆けてきて俺に抱き着いてくる。甘く誘うような香りが鼻をついた。

 

「おい、どうした?」

 

 なんとか受け止めつつ尋ねると、

 

「……ねぇ、今から部屋に行きましょ」

 

 耳元で甘く囁いてくる。

 

「いや、俺が寝てる間に来ただろうが」

「それだけじゃ足りないの。ねぇ、いいでしょ?」

 

 我慢ならないのかぐいぐいと俺の身体をさっき自分が出てきた部屋へと引っ張っていく。……まぁ、長らく放置することになった結果だと思って諦めるしかないか。

 

「わかったから、離してくれ」

「嫌」

 

 フラウはむしろ強く抱き締めてくる。仕方がないなと苦笑して、彼女が出てきた部屋へと歩いていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 フラウに長時間付き合ってやり、満足したそうなので身体を清めてから部屋を出て今度こそ甲板に上がる。

 

「……よくもまぁ、こんな事態が起きているのにのんびりしていられますね」

 

 上がって早々アリアからジト目を向けられてしまったが。彼女の衣服の傷が若干増えていることに気づいたので申し訳なさがやってくる。

 

「……悪い。まぁそんなに心配はしてないけどな。七曜の騎士なら余裕で撃退できるだろ?」

「ええ、騎空挺の操舵をしていなければ、ですけどね」

 

 あれ、言葉にトゲがあるんだが。

 

「いや、悪い。アリアも疲れてるのはわかってるんだが、どうしようもなくてな」

「どうしようもないことないでしょう。……あんなに大きい声で、全くはしたない」

 

 おや? アリアさんの顔が少しだけ赤くなった。

 

「…………もしかして、聞こえてた?」

 

 俺は急に気恥ずかしくなって尋ねる。アリアはこくんとこちらを見ずに頷く。……そっかぁ。そっかぁ。

 

「いや、悪い。ホントに。そういや貰った騎空挺だから防音とか全然だったっけな」

 

 すっかり忘れていた。完全にフラウとの行為が丸聞こえだったんだろう。ってことはナルメアにも隣の部屋で致していたことを聞かれてたってことじゃないか? なんだろう、凄く恥ずかしい。

 

「……この話題はやめにしましょう」

「お、おう。で、今どの辺りだ? イデルバ王国に向かってるなら、そろそろ着く頃じゃないか?」

「きちんと向かっていますのでご安心を。もう見えていますよ」

 

 ちょっと距離を感じる喋り方をされてしまったが、それも仕方のないことだと諦めて周囲を見渡す。すると遠くに見覚えのある島が見えた。

 

「そうか。なら良かった、って言える状況なんかね」

 

 しかしその島には黒い群れが襲いかかっていた。ただ迎撃態勢は整えているようで、被害を食い止めながら大砲などで処理していっているようだ。あいつらが現地で戦っていることを考えても複数が固まって襲いかかっているような状況だ。もっと数が増えないことには空域中に飛び交うような事態にならないと思うんだが。

 

「どうでしょうね。しかし彼らは持ちこたえているようにも見えます」

 

 確かにアリアの言う通り対処できている様子だ。

 

「これはおそらく、貴方が姉さんだけを行かせて時間稼ぎに徹した結果でしょう」

「……だといいがな」

 

 俺は言って、担いできた革袋の中からなんの変哲もない弓を取り出す。甲板で弓を構えると弦を振り絞って黒い群れに狙いを定めた。

 

「……吹っ飛べ」

 

 番えたのは光の矢。十天衆ソーンの力を模倣した光の矢を群れに放つ。光の矢は俺が思い描いた通りに群れに当たる直前で無数に増殖して降り注いだ。群れの半数が削れただろうか。

 

「援護射撃にしては充分だろ。ほら、着陸だ」

「はい」

 

 アリアには操縦に集中してもらって、俺が騎空挺を守護することにした。幽世の存在が間違ってもこっちに攻撃しないようにな。

 だがヤツらもある程度の知性があるのか、それとも優先順位でもあるのか、こっちに襲いかかってくることはなかった。無事に着陸してから前線の方へ行って弓で援護し幽世の群れの殲滅を手伝う。

 

「よう、生きててなによりだ」

 

 俺は前線にいた顔見知りに声をかける。

 

「……あんたは」

「ダナン君? なんでここに……アリアさんまで」

 

 カインとレオナだ。将軍だってのにこんな前線にいていいんだか。

 

「フォリアから聞いてないのか?」

「事態を聞いてるからこそだ。あんたらは時間を稼ぐためにベスティエ島に残ってたんじゃなかったのか?」

「手が回らなくなって逃げてきたんだよ」

「そんな言い方しなくてもあんたらを責める気はない。フォリア様が必死に空域中を駆け回ったんだ、事態の重さくらい把握してる」

 

 カインは俺を良く思っていなさそうだからこう言えば胸倉ぐらい掴んでくると思ったんだが、どうやら分別はつくらしい。まぁ、それくらいじゃなきゃ将軍は務まらないか。

 

「そうかい。じゃあ素直に説明するか。俺達じゃ幽世の門を管理してるエキドナを倒すことができない。戦力が足りないからだ。……俺の能力ならエキドナから幽世の力を乖離させることはできると思うんだがな」

 

 やろうにも俺がエキドナに直接触れなければならない。それを成し遂げるのに湧き続ける幽世の軍勢を退け続けて暴れるエキドナを押さえなければならない。そこに至るまでの戦力が、俺達にはなかった。

 

「それで、一旦幽世の軍勢を押し留めるのをやめて戦力を整えようとしてるわけか」

「話が早くて助かる」

 

 俺のやろうとしていることを察したカインに、素直に感心する。

 

「言わんとしてることはわかった。けどイデルバも見ての通り幽世の存在に対抗するので精いっぱいだ」

「みたいだな。……ベスティエ島に何人か残してきてるってのにこんなに散らばってるのは予想外だが、まぁ仕方ねぇ。どんどん増えていってたからな。我ながらよく一週間も一体も漏らさずにいれたもんだ」

 

 途中から幽世の存在が出てくる穴が増えていって、全力全開フルパワーが常時続いたような一週間だったからな。倒し続けられただけでもマシと言うべきか。

 

「そこは感謝しないとな。……あんた達がいなかったら今頃ナル・グランデ空域全体が混乱して、小国のいくつかは滅んでただろうな」

「そこは必至に駆け回ってたフォリア様に礼言っとくんだな」

「そのフォリア様が言ってたんだよ。今もベスティエ島で戦ってる仲間がいるから、って」

 

 あいつ、そんなことまで言ってたのか。まぁ責任重大だったし、空域の危機だから必死になってくれるのは有り難いんだが。

 

「それでその姉さんはどこに?」

「悪いが俺達も行方まで知ってるわけじゃないんだ。最初の方にイデルバに寄ってくれたみたいだったから、会ったのは一週間以上も前だから」

「……そうですか」

 

 カインの返答にアリアの表情が暗くなる。

 

「なぁ、アリア。フォリアって凄いのか?」

「えっ?」

 

 俺が尋ねると彼女は戸惑っていたようだが、少しずつ話していった。

 

「は、はい。それはもう……。肉体年齢を遅らせるほどの魔力を有し、真王から色々な仕事を任されるほどでしたから」

「なら心配いらねぇだろ? そこにハクタクもいるんだからな」

「っ……。それもそうですね」

 

 わかっているなら良し。アリアは俺の言葉に微笑んでいた。少しは拭えていそうだ。

 

「……はっ。なるほど、これが貴方の手管というわけですね」

 

 しかしなぜかはっとして警戒するように俺から距離を取った。……なぜだ。

 

「いや、違ぇよ。まぁいいや。とりあえず、急いで戦力集めないといけないんだが、イデルバからは無理そうってことでいいか?」

 

 否定しつつあまり余裕のない事態だと思い直しカインへと目を向ける。

 

「ああ。ようやくまとまり始めたばかりのこの国に、正直言って出せる戦力はない。首都のここ以外にも兵力を派遣してイデルバ国内の島を全て守ろうとしているから、むしろ人手不足だ」

「そうか……。なら仕方ねぇな」

 

 国にある島を全て、か。なら厳しいのも頷ける。

 

「ねぇ、カイン」

 

 イデルバからの助力は諦めるかと思っていたその時、傍に立っているレオナが口を開いた。何事かと俺達は彼女の方を見やる。

 

「私が彼についていってもいい?」

「えっ!?」

 

 彼女の申し出に、他でもないカインが一番驚いていた。俺も驚いていたが、カインの驚きっぷりは大袈裟なんじゃないかと思うくらいだ。

 

「そ、そんなに驚くこと?」

「い、いやだってレオ姉が自分から俺と離れるって言い出すとは思ってなくて……」

「まぁ、確かにね。ちょっと前の私だったら考えられなかったかも」

 

 カインの言葉にレオナも苦笑した。ある程度自覚はあったらしい。

 

「でも、なんでだ?」

「私ももうちょっと、全体を見なきゃいけないなぁって思って。カインは立派に将軍やってるから、私も頑張らないとね」

「レオ姉……」

 

 どうやらレオナも少しだけ前を向こうとしているらしい。

 

「だがレオナって確か強いんじゃなかったか? 真面目な話レオナがいなくなってここ落ちるとかあり得るんじゃないか?」

「正直頼りにしてたとこはあったけど、大丈夫だと思う。レオ姉がいないくらいで崩れるイデルバじゃないから」

 

 俺の疑問に応えたのはカインだった。

 

「いいの?」

「ああ。レオ姉が前を向こうとしてるなら弟の俺が背中押さなきゃな。レオ姉、行ってナル・グランデを救ってくれ」

「うん、わかった」

 

 カインの言葉に頷いたレオナは、俺が見た中で一番晴れやかな笑顔だった。

 

「ということで、これからよろしくね」

「おう。よろしくな」

「言っとくが、レオ姉に手を出すなよ」

「出さねぇよ人を誑しみたいに言うんじゃねぇ」

「えっ、違うの?」

「……お前らな」

 

 なんでこいつらにまで誑しだと思われてんだ。いやまぁイデルバにいる頃オーキスやらフラウやらと夜を過ごしつつリーシャやナルメアとも一緒にいたからか。確かにそう思われても仕方ないかもしれない。

 話題転換も含めて俺はさっさと踵を返し騎空挺へと向かう。

 

「まぁいい。さっさと次行くぞ。レオナ、騎空挺の操舵はできるか?」

「あ、うん。一応軍人として一通り習ってるし、経験もあるけど?」

「なら良かった。俺達操舵士送り込んだ関係でできるヤツに頼むしかなくてな。これまではアリアに頼んでたんだが、休ませてやりたいし頼めるか?」

「うん、いいよ。次の目的地はどこにするの?」

「イデルバ以外ならどこでもいい。空域中から戦力を募ろうと思ってるんだ」

「わかった。近い方から順に回る感じにするね」

「ああ、頼む」

 

 いや、意外と頼りになる戦力が来てくれることになって良かった。しかも操舵ができるからアリアを休ませることもできる。

 

「休ませてもらえるのは有り難いですが、次はちゃんと防音してくださいね」

「わかってるよ、二度としないって」

 

 アリアの冷ややかな忠告に返す。いやホントに。俺だってバレバレだって知って恥ずかしかったし。

 

「防音って、なんの話?」

 

 レオナが尋ねてくる。……うわ、話しづらい。

 

「彼と連れのフラウさんが激しく交わっていた声が響いて、酷かったので」

「えっ!?」

「言うんじゃねぇよ」

 

 しかしアリアはあっさりと話してしまった。レオナは思ってもみなかったのか頰を薄っすらと染めている。

 

「言っておいた方がレオナさんのためでしょう」

「それとなくでいいだろうが。なんでそのまんま伝えるんだよ」

「えっと、若いんだね?」

「……無理にコメントしなくていいから。あと防音は気をつけるから、ホントに」

「……う、うん。お願い」

 

 こういう話題は同性なら兎も角異性相手には厳しい。さっさと区切るに限る。アリアをジト目で見るが、ツンと取り合わない。余程はしたない行為をしていた俺が気に入らないらしい。まぁ今回のは俺が悪いので仕方がない、か。

 

 少し空気を悪くしつつ、俺達はレオナの操縦で次の島に向かっていった。



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姉なるモノ

展開は同人誌の如く。

……いやホント、申し訳ない。
サブタイトルまで同人誌のような気がするのは気のせいです。似て非なるモノがあったとしても一切本話とは関係ありません。

タイトルから推測できる通り、ナルメア回かな。


 騎空挺がレオナの操舵で出航してから、フラウは兎も角ナルメアの様子を見ていなかったなと思い、自室へと戻る。

 

「ナルメア、いるか?」

 

 がちゃりと扉を開けると、ナルメアがベッドの上で座り込んでいた。

 

「……あ、ダナンちゃん。ちょっとこっちに来て?」

 

 こちらに気づいて手招きしてくるのは不自然じゃない、んだが。なんだか頰が上気していて、ぼーっとしているようにも見える。熱でもあるのかと思い、不思議には思ったがそのまま近づいていく。

 

「えいっ」

「うおっ」

 

 ベッドの近くまで来るとナルメアは俺に手を伸ばして引き倒しながら身体を入れ替えてきた。結果俺はベッドでナルメアに覆い被さられている状態だ。

 

「な、ナルメア?」

 

 近くだとわかるが呼吸が荒い。おそらくだが、興奮状態にはあるようだ。

 

「……ダナンちゃんは、フラウちゃんのこと好き?」

「えっ?」

 

 なんでここでフラウの名前が?

 

「いいから答えて? フラウちゃんのこと、好き?」

 

 妙に気迫のある問いに、ここは真剣な答えを返さなければならないのだと悟る。

 

「……俺は、好きかどうかの答えは出せない。あいつらの気持ちに応えることは、今もできてないんだ。けど嫌なら拒んでる」

「そっか。じゃあ、なんでフラウちゃんとエッチなことするの?」

「それは、その……。フラウがそれでもいいからって。それに甘えてるのは確かなんだけど」

 

 やっぱり聞かれていたのか、と気恥ずかしさが出てくるがちゃんと答えを返す。

 

「でもダナンちゃんも、嫌なら拒むんだよね? だったらダナンちゃんもフラウちゃんとエッチなことしたいの?」

 

 ……なんだこの状況。ってかなんでそんなこと聞く必要があるんだ? でも真面目に答えないといけない気だけはする。

 

「……嫌、じゃないからな。俺も別に、人から好かれること自体が嫌ってわけじゃない。フラウはああやってでしか気持ちを表せないって言うから、それに応えてる」

「でもこの間のはダナンちゃんも乗り気だったでしょ? ダナンちゃんがエッチなことしたいなら、お姉さんが相手でもいいんだよね?」

「えっ?」

 

 俺が戸惑う間もなく、ナルメアはふにゅとドラフ特有な大きい双丘を押しつけてくる。

 

「……ダナンちゃんがエッチなことする相手は、私でもいいの?」

「な、なにを言って……」

 

 ナルメアの紫色の瞳が妖しく光っているように見えた。これはフラウでよく見る目だ。

 

「ダナンちゃんのお世話、お姉さんがしてあげよっか?」

 

 やはりおかしい。「はい是非」と頷こうとする欲望を抑えつける。だが彼女の身体を押し退けようにも腕が押さえつけられているので無理だった。体勢の不利もあるが、ドラフに筋力で敵うはずもない。

 

「な、ナルメア。急になにを言い出すんだ? 俺は別に、俺のやりたいってだけでフラウとシてるわけじゃ……」

「ホントに?」

「ああ」

 

 しっかりと頷く。そこに偽りはない。もちろん興が乗ることはあるが、嫌がるなら絶対にしない。

 

「……じゃあ、お姉さんがしたかったらしてくれるの?」

「へぁっ?」

 

 俺としたことが、間抜けな声が出てしまった。

 

「い、いきなりなにを言って……今日のナルメアは様子がおかしいぞ」

「うん。おかしいの。フラウちゃんが来てダナンちゃんとエッチしたのを見てから、ダナンちゃんとフラウちゃんが隣の部屋でエッチしてるのを聞いてから、変なの」

 

 やっぱり聞いていたのか。というかあの時も起きてたのかよ。

 

「……ずっと、ダナンちゃんと一緒にいられるだけで良かったのに。一緒にいるだけじゃダメみたいなの」

 

 ぽつりぽつりと呟くナルメアからは、苦しんでいる様子が見て取れる。

 

「ダナンちゃんともっと、進んだ関係になりたいって思っちゃってるの。あの時一緒に暮らしてからずっと、ダナンちゃんと一緒にいたいと思ってた」

 

 ナルメアは少しだけ潤んだ瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 

「……ダナンちゃん、大好き」

 

 どくん、と心臓が大きく跳ねた。なんて返せばいいか咄嗟に出てこない。他のヤツに言われた時ともまた違う。これは多分、あれだ。()()んだ。

 俺は彼女に追い打ちをかけられないように、身体を抱き寄せる。

 

「……ごめん、ナルメア」

「……えっ」

 

 耳元で囁くと悲しんでいるとわかる声が聞こえた。真っ先に謝罪が出てきたからだろう。

 

「すぐに、答えは返せない。けど、俺の話をちょっとだけ聞いてくれるか?」

「うん」

 

 言って、頭の中で自分の気持ちを整理する。……そうだ。俺はナルメアに対してだけ、オーキスともフラウともアポロともリーシャとも、この世で誰に対しても持っていない感情を抱いている。それは恋なんてモノじゃないが、俺の中では初めての感情だ。

 

「……俺はあの時、ナルメアから貰ったモノで今を生きていくことができている。だからか、俺がナルメアに抱いてる気持ちは他とはちょっと違うんだ」

「違う?」

「ああ」

 

 俺にはずっとなくて、でも他のヤツらには大半が持っているモノ。

 本来なら生きる過程で色々と教育してくれて、人生にとって必要不可欠となる存在。

 

「家族だ」

 

 そうだ。俺はナルメアを、家族だと思っている。

 

「今の俺が持ってるモノの最初をくれたナルメアのことを、そう思ってるんだ。母親じゃないからまぁ、姉……かな」

 

 今まで言ってこなかったから気恥ずかしいが、嘘偽りはない。俺はナルメアを大切に想っている。だがそれは色恋ではなく、姉のように見ているからだ。

 だから、肉体関係を持ってしまえば、それが崩れてしまうから。俺は怖いと思ってしまう。

 

「……そっか」

「ああ。だからごめんな」

「謝らなくていいよ。私もダナンちゃんのこと、弟みたいに思ってたから。でも、それだけじゃないの」

 

 ……俺はナルメアのことを家族だと思ってるからそういう関係にはなれないと伝えたはずなんだが?

 

「ダナンちゃんとずっと一緒にいたいのは、大好きだからだよ」

「い、いや、だから俺はナルメアを姉みたいに思ってて、だからずっとナルメアには幸せになって欲しいと思ってたんだよ。他は、幸せにしてやりたいだけど。ナルメアはそこが違って」

「ふふっ。逃げちゃダメ」

 

 諭すように言われてしまい、俺が逃げ道を探していたことを自覚させられる。

 

「私に幸せになって欲しいなら、ダナンちゃんが受け止めてくれないとダメ。だって私の幸せは、ダナンちゃんと一緒じゃなきゃないもん」

「っ……」

 

 少し離れて見た彼女の笑顔に、俺は自分の敗北を悟った。

 

「……そっか」

「うん。けどこれからもずっとダナンちゃんの傍にいるのは変わらないよ」

「……ああ」

 

 ナルメアには敵わないな。俺が不安に思ってることも見抜かれていたらしい。

 

「だから、ダナンちゃんが幸せにして欲しいな」

「……頑張ってみる」

「うん。辛くなったらお姉さんがいっぱい癒してあげるからね」

 

 よしよしと頭を撫でてくる。接し方はこれからも変わらないと伝えているようだ。

 

「……ホント、ナルメアには敵わないな」

「だってダナンちゃんのお姉ちゃんだもん」

「……そうだな」

 

 できればもうちょっと前向きなヤツのところにいて欲しかったんだが、これも今まで俺がしてきたことのツケなのかね。

 

「……わかった。じゃあしようか」

「う、うん。優しくしてね?」

「もちろんだ」

 

 緊張し始めたナルメアをリードする形で、その行為は始まった。……ちゃんと防音はして。

 

 ただまぁ、夢中になりすぎてしまったらしい。何日か経過して呼びに来たフラウに気づかず、興奮した様子で参戦してきた彼女を巻き込んで、という風になってしまったからだ。

 それもこれもナルメアの身体が悪いんだきっと。よくあれでフラウと同じ過去にならなかったもんだと思う。それはあれか、強くなることにしか興味がなかったせいか。

 

「えっと、若いって凄いね?」

「……はぁ」

 

 とはコメントに困ったレオナと呆れてため息しか吐かなかったアリアである。

 というのも俺の理性が結構きてたせいで休みなくだったために、様子を見に行くこともできず二人で最初の島で協力を求めたからだ。……いやホントすまん。

 

「……いや、俺もあそこまでとは思ってなかった。悪い」

 

 流石に罰が悪かったので素直に頭を下げて謝った。

 

「……次からはないようにお願いしますね」

 

 アリアからの好感度が見る見る低下していっているように思う。元々大してなかったような気もするのだが。

 

「じゃあまた次の島に行くまでにいっぱい楽しめるってことね」

「お、お姉さんも頑張るからね」

 

 なんでお前らはまだ元気なんだよ。

 

「いや、寝たいし。あと流石に悪い気がして気が乗らん」

「じゃあ添い寝するね」

「添い寝はお姉さんの特権なのに」

 

 関係上の優勢が消えたこともあり、フラウとナルメアの言い合いは基本拮抗することになった。挟まれている側としてはそう変わらないんだが。

 兎も角次の島に行くまでは身体を休めることにした。まぁ、少し二人に付き合ったのは仕方がない。

 

 ともあれ次の島に着いてからは俺が自主的に協力を求めることにしたのだが。

 

「戦力? なにをバカなことを! ここの現状を見てもわからないのか!?」

 

 島の代表者らしきヤツに尋ねてみたのだが、結果はこの通り。

 

「……まぁ、だよな」

 

 前の島もそうだったそうだが、どこも襲い来る幽世の存在に手がいっぱいで俺達に助力してくれそうなところなんてなかった。レオナが協力してくれるだけでも幸運だったのだろう。

 

「どうでした? 結果は聞くまでもないことでしょうけど」

 

 騎空挺に戻ってくるとアリアが冷たい言葉をかけてくる。

 

「まぁな。……あいつらの殲滅力を考えてもこれだけの数が空域中に散らばってるとなると、難しいか。せめてフォリアだけは回収しないとな」

「確かに姉さんがいれば戦力の補充にもなるでしょうが、この状態の空を駆け回っているとなると運良く合流できるかどうか……」

 

 確かに、アリアの懸念も尤もだ。

 

「あ、そうだ。アリアさんにはもう言ったんだけど」

 

 とそこでレオナが騎空挺を発進させながら思い出したように声をかけてくる。

 

「皆がイデルバを去った後、幽世の存在が来る前かな? その時点で真王がイデルバを訪ねてきたの」

 

 ほう、あの真王が?

 

「へぇ、そりゃ知らなかった」

「真王は白騎士を伴って訪れて、黄金の騎士アリアの身柄を返還するように求めてきたんだ」

「なるほど。で、手筈通り“黒闇”の騎空団が誘拐したって伝えたのか?」

「うん。というか、そうするしか私達にできることはなかったから。ちゃんとイデルバは無関係だっていうことを強調しつつ伝えておいたよ。……ありがとうね、私達のために」

「別にイデルバのためじゃねぇよ」

 

 レオナの感謝を拒絶する。照れ隠しではなく、本当にイデルバのためじゃない。

 

「ふふ、そっか。アリアさんのためだもんね」

「……その言い方も引っかかるが、まぁ間違っちゃいないな」

 

 本人を前にして言うのもあれだが。

 

「私のため、ですか。……もしイデルバに残っていたらこうして面倒事に巻き込まれることもなかったかと思いますが」

「捻くれるなよ。そうなった場合騎士剥奪されてお姫様になってたかもしれないな? で、真王の目的のためにどっかの誰かに嫁がされる人生だ。どっちがいいよ?」

 

 彼女の皮肉に笑って返す。

 

「……確かに、まだマシなような気もしてきます」

「だろ? ならこれでいいんだよ。精々今の内に自分のやりたいことでも探してな。それを叶える手伝いぐらいは、してやるよ」

「そう、ですか」

 

 まだ吹っ切れていない様子だが、この旅で少しでも得るモノがあればいいと願っている。

 

「……ダナン君って結構面倒見がいいよね」

「そうか? ……まぁだとしたら俺の唯一の家族のおかげだろうな」

 

 どこの誰とは言わないが、面倒見の良さの塊みたいなヤツに拾われたのが今の俺を形成している要素になっているのだろうと思う。

 

「ふぅん? でもダナン君ってオーキスちゃん以外は年上が多いよね? 年上好きだったりするの?」

「はっ……。まさかそれで先程のような言葉を?」

「別にそんなんじゃねぇよ」

 

 アリアも冗談を言うようになって、全く。……だが確かに、今のところオーキス以外は全員年上だ。というか同年代の知り合いがジータぐらいしかいないんだが?

 

「多分だが空を旅するには若い方だからだろ。十代半ばで空の旅路に出てるヤツなんて、俺か“蒼穹”の双子ぐらいなモンだろ? あいつらの騎空団は人数が多いから若いヤツも多いだろうが、うちは少ないからな。危険な旅に出るには若い方の年代ってだけだ」

 

 よくよく考えてみれば、そういった理由だろう。ルリアやオーキスは特殊な事情を抱えているから除くとして。そうなるとイオが一番若いか。それもまぁ色々バルツでのあれこれがあった結果だろうし。

 

「確かに、そうだね」

「そこまで真面目な回答が返ってくるとは思いませんでしたが」

「年上だとか年下だとか、そういうので括られちゃあいつらが不憫だからな」

 

 そんな簡単な言葉で俺を好きになってくれるような物好き達を語って欲しくない。

 

「……案外真面目なんですね。ところ構わず手を出しているのに」

「その一言が余計なんだよ。というか別に俺は自分から手を出してるわけじゃねぇ」

「向こうから手を出させるように日々口説いているでしょう」

「そんなことはしてねぇ、よ?」

「……そこで疑問にしちゃう程度には自覚があるんだね」

 

 リーシャに関してはその辺りが否定できない部分がありますね。

 とはいえ他はあまりそんなに口説いてはいない、ような? いや、あまり否定しすぎると怪しくなってしまうか。

 

「兎に角、また次の島に着いたら教えてくれ。あとこの中だとナル・グランデに詳しいだろうレオナに聞いておきたいんだが」

「ん、なに?」

「この空域で強い刀使いの噂とか聞いたことないか?」

「えっ? 刀使い? ないこともないけど……なんでそんなピンポイントに?」

 

 あるんかい。

 

「いや、ちょっとな。で、あるなら聞かせて欲しいんだが」

「あ、うん。一つは凄い大きな刀を引き摺って歩く剣豪の噂。大きな刀を柄の鎖で引き摺って歩いた跡と、小さな足跡が特徴なんだって。戦う時は身の丈の二倍はある凄く重い刀を豪快に振り回して戦うとか」

「へぇ、そいつは凄いな」

 

 小さな足跡ってことは女性ドラフかハーヴィン辺りか? まぁどっちでもいいか。なんとか会ってみたいな。

 

「うん。でも放蕩の旅をしているみたいで、色々なところで目撃されているけどなにが目的かはわからないからどこにいるかはさっぱりって話だったかな? 悪い人じゃないとは思うけど」

「なら、この非常事態に表に出てくるかもしれないし、声かけてみるとするか」

「私が知ってる他の噂はあと一つかな。こっちは悪い人の噂だけど、ナル・グランデ空域で時々現れる人斬りの話」

 

 人斬り? また物騒な噂だな。

 

「腕の立つ剣士の下を現れては勝負を挑んで斬殺することから、人斬りって呼ばれてるんだ。人斬りに殺された人の傷跡から、剣士の剣術を真似した上で殺してるらしいから、紛れもない天才だとは思うんだけど」

「天才か。しかも剣術を真似して殺すとか調子乗ってんな。会ったら鼻っ柱を叩き折ってやりてぇ」

「そこだけは同意かな。なんの罪もない人を殺して回ってることも許せないし」

「……まぁ、会えたらの話だな。ありがとな、教えてくれて。一応頭に入れておくわ」

「うん。じゃあ島に着いたら呼ぶね」

「ああ、頼む」

 

 俺はレオナとアリアに甲板を任せて自室に戻った。直前までぐったりしていたであろう二人の相手をしてやらないといけないからな。



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お空の民度

オリキャラ登場回。
サブタイトルはあれですが、サブル島の人達よりは多分マシ。きっと。

ただし民度は低いですご注意を。


 小さな二つの足跡に、なにかを引き摺る一本線の跡。

 

「♪」

 

 呑気な鼻歌を引っ提げて、彼女は今日も放蕩する。

 

 求むるモノは未だ遠く、終わらぬ旅路は続いていく。

 

 水色の和服を着込み、童顔に似合わぬ豊かな胸元を晒す。

 水晶のように透き通った長髪は後頭部で一括りに結われ、風に靡き川のようにさらさらと舞う。

 右手に握った鎖を肩に担いで引っ張る先には、身の丈の二倍はあろうかという刀があった。鞘が地面に擦れて跡を作っている。

 彼女の髪を掻き分けるように捩れた焦げ茶色の角が生えている。紛れもないドラフの証だ。

 

 彼女は今日も放蕩する。終わらぬ旅路を終わらせるために。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 本来なら俗世との関わりを持たない彼女が、気を変えざるを得なくなったのはつい一週間ほど前のこと。

 

「話を聞くのじゃ! 数日後にナル・グランデ空域中に異形の群れがやって来る! それまでに迎撃態勢を整えるのじゃ!」

 

 ふらりと立ち寄った村で、少女の必死な叫びを聞いた。

 しかし村の人達は首を傾げるだけで一向に少女の話を信じようとはしない。

 

「お願いじゃから言うことを聞くのじゃ! なにも準備をせず時を迎えては滅びてしまう!」

 

 銀髪に左右で瞳の色が違うのが特徴的な少女だった。彼女の顔に映る悲壮感を見れば、誰だって真実を言っているとわかるだろうに。

 

「……そう言われたってなぁ」

「ああ、こんな辺境になんの用があるって言うんだ?」

 

 村の人達は顔を見合わせて現実味のないことだと告げる。少女は悔しげに歯噛みした。

 

「いいから言うことを聞くのじゃ! さもないと数日後に困るのはお主らの方じゃぞ!」

 

 少女の方も余裕がないのかそんな言い方になってしまう。

 

「そうかよ。大事な話があるっていうから聞いてやってるのに、根も葉もない話じゃ信じられるのも信じられねぇよ」

「全く、子供の悪戯にしちゃ度が過ぎる」

 

 見た目も相俟って信じてもらえず、冷たい言葉を投げかけられる。少女が悲しげな顔をして、傍に立つ獣もがっかりした様子を見せたのが見ていられなくて、本当は関わるべきではないのに声をかけてしまった。

 

「それなら数日私がここにいるよ〜」

 

 いきなり声をかけた彼女にぎょっとする人々。彼女はにこにこと人懐っこい笑みを浮かべて警戒を解かせようとする。

 

「……お主は」

 

 少女は彼女の容貌をしげしげと眺めた。

 

「私は通りすがりの剣士なんだ〜。そこそこ腕は立つから、事態が起こって動き出すまでは守れるよ〜」

「……ふむ。お主の噂は妾も聞いているのじゃ。心強い、感謝する。妾達はまだ回っていない島に行かねばならないのでな」

「うんうん〜。ここは任せてね〜」

「ありがとうなのじゃ!」

 

 少女は「行くぞ、ハクタク」と声をかけて獣に跨り空を駆けて去っていった。

 

 ……今ハクタクって。じゃああの子もしかして?

 

 彼女の脳裏には一つの可能性が浮かんでいた。彼女の噂を聞いていると口にした時の知性的な瞳も只者ではない様子だ。あながち思い浮かんだ可能性も間違ってはいないのかもしれない。

 

「……結局なんだったんだ?」

「さぁ?」

 

 彼女が去った後も危機感を覚えていない様子に少しだけ苛立ちが募る。

 

「迎撃の準備しなくていいの〜?」

「? なに言ってるんだ? あんなのただの悪戯だろ」

「全くだ。姉ちゃんがああ言って追い払ってくれて助かったよ」

 

 そんなことまで言い出す始末だ。彼女はこっそりとため息を吐いた。

 

 そして、その時はやってくる。

 

 少女が去ってから五日後のことだ。

 

「お、おい、なんだあれ!?」

「鳥、じゃないよな?」

「鳥なもんかよ! 空が黒く染まるくらいの大群だぞ!?」

 

 案の定、遠方の空からやってきた黒い群れに騒ぎ出す村人達。

 

「ま、魔物だ! 魔物の大群なんだ!」

 

 黒い群れが近づいてきて姿形が見えてくると、更に騒ぎは大きくなった。

 

 だから彼女はあれだけ必死に訴えかけていたというのに。

 

 また彼女はため息を吐いた。結局村の人達は少女の言葉を信じずにここ数日普段通りの生活を送っていた。呆れるほど呑気に。

 だから彼女も再忠告はしてやらなかった。忠告しても同じように受け取ってもらえずこちらのストレスが溜まるだけだからだ。

 

「ひ、ひいっ!」

「早く避難を!」

「避難つってもどこに!」

「いいから逃げないと!!」

 

 案の定阿鼻叫喚の状態となる。少女の言葉を信じないからそうなるんだ、と彼女は村の人達を見下した。

 

「……でも、約束しちゃったからね〜」

 

 彼女は普段と変わらぬ口調で言って、村へ向かってくる異形の群れの前に飛び出した。

 

「え〜い」

 

 気合いもなにもないかけ声と共に大太刀を振るう。異形の怪物達は直撃した箇所をぐちゃぐちゃにしながら一撃で絶命した。

 

「なっ!?」

 

 それを見た村人達は驚きの声を上げる。

 彼女は構わず大太刀を鞘から抜き放ち、鍔のない刀身を露わにする。

 

「じゃあいっくよ〜」

 

 彼女は軽い口調とは裏腹に豪快な太刀筋で異形の群れを一体残らず殲滅した。

 

「す、凄ぇ」

「姉ちゃんはこの村の救世主だ!」

 

 殲滅を終えた彼女に、村人達の歓声と拍手が降り注ぐ。……それがなによりも嫌だった。

 

「姉ちゃん強いんだな。おかげで助かったぜ!」

「ああ。姉ちゃんがいてくれればこの村は安泰だ!」

 

 その言葉を聞いて、彼女の指がぴくりと跳ねる。……「あなたがいてくれれば」。その言葉がなにより嫌いだった。

 

「……なに、言っているの?」

 

 彼女は繕っていた柔らかな口調と雰囲気を消し、元来の冷たい無感情な声で殺気すら滲ませて振り返った。

 

「「「っ!!?」」」

 

 冷たい水色の瞳に見据えられて、怖いと感じ村人全員が硬直する。

 

「私がこの村に滞在するのは最初だけって言ったはず。後のことは自分達だけでなんとかして」

 

 突き放すような言葉に、村の人達は愕然とする。

 

「な、なんだと!? 俺達を見捨てるのか!?」

「うん。だってあなた達に情なんてないから。私が力になってあげたかったのは、必死の訴えを聞いてもらえなかったあの子。あなた達なんて、究極的にはどうでもいいの」

「なっ……!」

「ふ、ふざけるな! 困ってる人を見捨てていいと思ってるのか!?」

「この世は弱肉強食。弱いままなんの努力もしない者から死ぬのは当たり前。大体、あの子の訴えを信じようともせずに暮らしていたのはあなた達でしょう? 自業自得を、人のせいにしないで」

 

 人の強さに胡座を掻いてなにもしない人が、彼女はとても嫌いだった。

 

「そ、そんな……」

「じゃあ私はこれで。あの子に対する、最低限の義理は果たしたから」

「ま、待ってくれ!」

「嫌。死にたくないなら、足掻くしかないでしょう」

 

 彼女は村人達の引き止める声も無視して刀を納め踵を返す。

 

「こ、ここ数日泊めてやった恩があるだろう!?」

「ありもしない恩をでっち上げないで。そう言われないように、宿泊もせず食料も遠くから取ってきていたの」

「う、裏切り者!」

 

 村人が投げた石を見ずに避けてそのまま歩く。

 

「恨み言を言う暇があったら村を守る準備をしたら? 次は、誰の助けもないから」

 

 突き放す言葉に愕然とした村人達が絶望に暮れるのも構わず、彼女は島を去った。

 その後その村がどうなったかは知らないが、何日か経って訪れた一行とのこんなやり取りがあった。

 

「手がいっぱいで手助けするなんて無理だよ。それより、あんた達強いんだな。良かったらこの村に滞在していかないか? 泊まるところと食料は渡す」

「いいけど、そんなモノより俺達の頼みを聞いて欲しいな」

「っ! わかった、なにをすればいい!? なんでもしよう!」

「そうか! 良かったぁ、じゃあ一緒にあいつらが湧き出てくる中心に行って、戦ってくれよ。そのための戦力を募ってるんだ」

「……えっ。あ、いや……」

「なんだ、来ないのか? じゃあいいや。悪いが俺達は一所に留まるわけにはいかないんだ。なにせ、この事態の終息を計ってるんだからな」

 

 と一行を率いているらしい少年に言われて、ぐぅの音も出なかったとか。

 

 場所は変わって、現在の彼女。

 

 旅をしながら行く先々の異形を倒す手助けをしつつ、適当な理由をつけて滞在せずに放浪する。

 そんな日々を送っていたある日のことだった。

 

 ある街を守る手伝いをしていた時のことだ。

 

「?」

 

 異形の群れを撃退しようと待機していたところで、島に近づいてくる騎空挺があった。しかもあろうことか異形の群れの方に向かっていくではないか。

 

「自殺志願者?」

 

 彼女がそう思ってしまったのも仕方がないことだろう。しかし目の前で死なれるのは目覚めが悪いので、巨大な斬撃を飛ばして群れを攻撃しできるだけ行かせないようにしたのだが。

 

「えっ……?」

 

 次の瞬間彼女は目を疑った。

 

 業火が群れを焼き払い、蝶の群れが細切れにし、騎空挺に接近した異形は全て剣か薙刀で切り倒される。終いには極大のレーザーが残る全ての異形を薙ぎ払ったのだ。

 騎空挺に乗っている者達が自殺志願者などではないことはわかった。なにせ、おそらくたった数人で異形の群れを全滅させてしまったのだから。

 

「……嘘」

 

 信じられない、という思いとは別に胸の中に高揚感が湧き上がっていた。

 彼女の足は自然と着陸した騎空挺を出迎える街の人達の方へと向かっていく。

 

「あんた達凄いじゃないか!」

「若いのにあの化け物達を倒すなんて!」

 

 彼女が辿り着く頃には、既に騎空挺から降りてきた数人が街の人達に囲まれていた。

 

 いたのは黒髪に黒眼の少年と、大人びた銀髪エルーンの女性と、茶髪の女性。それに紫色の髪を持つドラフの女性と、妖しげな雰囲気を持つ銀髪エルーンの女性。

 誰がなにをやったのかはわからないが、とりあえず紫色の髪を持つドラフの女性が個人的に気になった。刀を持っていたからだ。同じ種族で同じ武器を持つとなれば気になるのは当然だが。

 

 明らかに若い少年も気になった。他が全員二十代にいっていそうな見た目なのに、彼だけは十代だとわかる顔立ちだ。

 

「おっ?」

 

 その少年が、彼女と目を合わせて顔を輝かせる。彼らは人に囲まれているので彼女と、なのかは不明瞭だ。

 

「なぁ、レオナ。あいつじゃないか? 噂の剣豪ってのは」

 

 少年は茶髪の女性を向いて尋ねる。その女性も高い身長を活かして彼女を見つけたらしく、

 

「あ、うん。多分そうだね。身の丈の二倍はある刀に、女性のドラフだっていう話だから」

 

 女性の口にした特徴に彼女の心臓が跳ね上がる。自分のことだとはっきりわかったからだ。街の人達も彼女のことは知っているので、街を助けてくれた人達が彼女に話があるのだと思い道を開けてくれる。

 恐る恐る、彼女は開いた道を進んで彼らの前に現れた。

 

「あんたが噂の、腕の立つ剣豪か。さっきの斬撃があんたの攻撃だろ?」

「えっと、うん~。そうだよ~」

 

 彼女は迷った末、表向きのにこにことした笑顔を向けて答える。

 

「そうか。噂では旅してるっていう話だったが本当か?」

「うん~」

「そうかそうか」

 

 なにやらうんうんと頷いている少年。

 

「あんた、名前は?」

「えっと、私はアネンサだよ~」

 

 迷いはしたが素直に答えていく。少年からは自分に頼ろうとする弱い心が見えなかったからだ。

 

「アネンサか。じゃあ、アネンサ。俺達と一緒に来てくれないか? 俺達には、あんたの力が必要だ」

「っ……」

 

 その言葉に、最初に連想したのは自分だけに戦わせる人々の笑顔が浮かんだ。少年の真摯な表情からは見て取れないというのに、どうしても連想してしまう。無意識の内に半歩下がってしまった彼女の脳裏には生まれ故郷の村での出来事が蘇っていた。

 

『アネンサがいてくれれば、この村は安泰だな』

『あなたがいてくれれば村も平和になるわ。これからもお願いね、アネンサ』

 

 それが両親の口癖だった。

 当時十にも満たなかったアネンサのご機嫌を取るようにずっと笑顔で接してくる両親の口癖だ。

 

 一度、その笑顔をやめてと怒鳴ったことがあった。確か七つの頃だ。

 

『あ、アネンサ? 急にどうしたんだ? お父さんどこか悪かったか? 悪かったなら言ってくれないか?』

 

 と面白いように怯え出したのだ。

 それから、彼女は嫌だという気持ちを表に出すのをやめた。

 

 アネンサは生まれながらに強すぎた。通常のドラフよりも身体能力が高かった。だから、辺境の村では魔物を狩るのも一苦労だったために、彼女の存在を持ち上げた。それはもう、五歳の時から魔物との戦いを強要するほどに。

 最初は魔物を上手に狩れたら喜んでくれるのが嬉しかった。けれど次第に、数少ない同年代の子とも遊ばせてもらえず村のために村のためにと魔物狩りを強要されるのが嫌になっていった。

 

 そんな状況でアネンサが壊れなかったのは、理解者がいたからだ。

 

『いくらアネンサが強いと言ったって、小さい女の子に魔物と戦わせるのは間違ってる』

 

 そう主張しておかしいのは村の人達だと、アネンサではないと言い続けてくれたのは、彼女の実の兄だった。

 アネンサにとって兄の存在がなかったら、今頃どうなっていたかわからない。

 

『凄いぞ、アネンサ。今日の村のために魔物を狩ってきたんだな』

『ええ、本当に凄いわ。あなたは自慢の娘よ』

 

 そう、毎日毎日毎日毎日同じような言葉で褒めて、機嫌を損ねないように振る舞う両親が嫌いだった。

 決して必要以上に関わろうとしない他の村人達が嫌いだった。

 

 彼女の強さに胡坐を掻いてなにもしようとしない人達が嫌いだった。

 

『お兄ちゃん、なに書いてるの?』

『ん? ああ、これは武器、かな。アネンサがいなくても村が守れるようにしないとな』

 

 アネンサに頼り切りの状況を打破しようとしてくれる兄が大好きだった。

 

『今日より、衛兵を撤廃する』

 

 アネンサがいなければならないように村を変えていく大人達が嫌いだった。

 そうして、大人達は言うのだ。アネンサが間違っても村の外へ出ていかないように。

 

『アネンサちゃんが頑張ってくれるおかげでこの村は平和なんだ』

『アネンサがいてくれないと明日から食料の確保もままならないな』

 

 お前がいなければ村の人全員が死ぬぞと言外に脅しながら。

 そんな村の人達が嫌いだった。だからある日、彼女は兄に言った。

 

『お兄ちゃんは生きてて欲しいけど、他の人なんて守りたくないよぉ』

 

 アネンサが弱音を吐けるのは、兄の前でだけだった。

 

『……そっか。じゃあ兄ちゃんと二人で逃げよっか』

 

 少しだけ悲しそうな顔で微笑んだ兄はそう言って、二人で逃げるための準備をしてくれた。二人で逃げ出した後のことを考えればそれまで言いなりになることは耐えられた。

 だが、

 

『えっ……? お兄ちゃんが、死んだ?』

 

 ある日狩りから戻ってきたアネンサを凶報が出迎える。

 

『そうなんだ。あいつは村の掟を破ったんだ。だから……』

『お兄ちゃんは悪いことをしようとしたのよ。だからしょうがないの。だって、アネンサを村から連れ出そうとしたんだもの、ねぇ?』

『でももうアネンサを連れ出そうとするヤツはいないから、安心してこの村で頑張っていいんだぞ』

 

 ――その時の両親の笑顔ほど、気色悪いと思ったモノはなかった。

 

 アネンサを村から出したくない一心で、一人の人間を殺したのだから。しかもそのことに罪悪感すら覚えていない。

 吐き気を催すほどの気色悪さだった。

 

 それから数日経って、せがまれるからといつものように狩りに出ていたのだが。

 少しだけ荒れた兄の部屋から、兄の遺書を見つけ出した。

 

『これをアネンサが読んでいるなら、俺はもうこの世にいないってことになるかな』

 

 そんな一文から始まる遺書は、こうなることを予期して書かれたモノのようだった。

 

『これは一応、念のためと言うか。流石にそこまではしないだろうけど、アネンサを外に出さないために俺が殺された場合のための保険だ』

 

 とはいえ兄もそこまで予期してはいなかったのかもしれない。最悪の場合、ということで考えていたらしい。

 

『アネンサ。兄ちゃんはお前が生まれてから狂っていく村を見ていて、どうにかしなければと色々考えてきたし、実行に移してきた。けどその全ては否定されてしまった。結局お前に戦わせるばかりの情けない、無力な兄ちゃんでごめんな』

 

 そんなことはない。兄がいなければ心が壊れてしまっていた。アネンサという個人はとうの昔に死んでいただろう。

 

『だからこそ、お前が外に出たいと言い出してくれたことは嬉しかった。ちょっと厳しい言葉になっちゃうけど、この村にお前はいるべきじゃないんだ。この村に、アネンサの力は大きすぎたんだ。だからこれまで通りにしていても村が運営できていたはずなのに、お前だけに頼るようになっていってしまった。けど、これはどうしようもないことだ。お前は悪くない、それだけは忘れないでくれ』

 

 兄の書き綴った文字からは自分への優しさが見て取れる。ずっと、ずっと、そうだった。自分に本当の意味で優しくしてくれたのは兄だけだった。

 

『本題に入ろう。アネンサ、お前が村の外に出ようと思えば誰も止められる者はいない。元々この世は弱肉強食、強い者が生き残る世界だ。弱い者は生き残れるように工夫しなければ生きていけない、そんな世界だ。だから、お前がこの村を見捨てて出ていってもいいんだ』

 

 どくん、とアネンサの心臓が跳ね上がった。

 

『……本当なら、この村のヤツらはアネンサを留めるつもりなら俺を殺すんじゃなくて俺を脅してアネンサを押し留めればいいんだろうけどな。余計な口出しをする俺が気に入らないっていうのもあるだろうから、どっちかなら始末に傾くはずだ。だから、そこまでしてお前を村に縛りつけようとするようなヤツらなら見捨てていい。兄ちゃんが保証する』

 

 どくん、とまた心臓が跳ねる。

 

『旅をして、閉鎖的なこの村にはいない、自由を知るんだ。お前は強いから、行く先々でお前に縋ってくるヤツもいるだろう。だが無視していい。弱いまま工夫しないヤツなんて、生き残れないのが世の常なんだ。だから、お前は誰にも縛られず思うままに生きればいい。俺は村のことなんて知らないし、これからお前が出会う人々のことも知らない。そんなヤツらのことよりもお前のことを大事に想ってる。自由に生きろ、アネンサ。お前にはその力がある』

 

 知らない内にアネンサの瞳から涙が溢れてきていた。

 

『人は俺を無責任だのと罵るだろうが、そんなことは関係ない。ずっと、アネンサにとっての幸せがあればいいと願ってきた。だから気にしなくていいんだ』

 

 確かに、兄の言うことは村を滅ぼす非情な口添えなのかもしれない。だが、アネンサにとっては唯一自分のことを考えてくれた言葉だ。

 

『旅をしたら、そうだな。世界は広いから、アネンサより強いヤツだっているんじゃないか? いるとしたら、きっとアネンサにとって助け合う、支え合える仲になれると思う。そういう人達を探すんだ。そして、背中を預け合うような仲間になるんだ。そしてその仲間達と一緒にいることが、お前の幸せになればと思う』

 

 この世で一番大切な妹、アネンサへ。そう締め括られた兄の遺書を読んだことで彼女の心は決まった。

 遺書の裏に書いてあった村を出るために用意していたモノの在り処を頼りに一晩で準備をし、翌朝には堂々と村を出た。

 

『ま、待ってくれ! どこへ行くんだ!?』

『村を出るの。さようなら』

『な、なんだと!?』

『あなたがいなかったら私達生きていけないのよ!? 私達が死んでもいいの!?』

 

 両親が必死に引き留めようとする。

 

『うん、いい。だって私、あなた達のことが大嫌いだもの。それこそ、死んで欲しいくらいに』

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。村の人達も両親も硬直している。

 

『……この世は弱肉強食だって、お兄ちゃんが言ってたんだ。だから頑張ってね、死にたくないなら』

 

 最後にそう告げてアネンサは故郷を去った。

 

「う~ん……?」

 

 そして、現在、アネンサが昔を思い出して呆然としていることからなにか気に障ったのかと考え込む少年がいた。

 

「……ち、力が必要っていうのは?」

 

 はっとして彼女から少年に尋ねる。

 

「ん? ああ、そのことか。確かに目的も言わずについてこいってのもおかしな話だよな」

 

 少年は言われて気づいたとばかりに笑った。そして真剣な表情でアネンサを真っ直ぐに見つめる。

 

「……俺達は、あの異形共が湧き出る島に乗り込む戦力を集めてるんだ。どれだけの戦力があればなんとかできるのかはわからないから、できるだけ戦力が欲しいところでな。あんたの力を借りたい」

 

 少年は言ってアネンサに手を伸ばしてくる。

 

「だから、俺達と一緒に戦ってくれないか?」

「っ……!」

 

 少し屈んでそう告げてくる少年の言葉と、思い返した兄の遺書の言葉が重なる。

 彼らは紛れもなく強い。それは先程証明されている。そんな者達が自分の力を求めているのは、彼がさっき言った通りどれだけ戦力があれば事態を変えられるかわからないから。

 

 アネンサは思わず、差し伸べられた手を無視して少年に抱き着いた。

 

 ――兄の言っていた人とは、彼らのことだと思ったから。

 

「うんっ、一緒に戦おう!」

 

 ずっとずっと昔、兄といた頃にしか浮かべていなかった笑顔で彼に応えた。

 自分の強い力は、この時のためにあったのだと予感しながら。




一応姉的ポジションのナルメアと対になる感じの予定。
次話がキャラ紹介になるか続いて次の島まで行かないかはちょっと覚えていないので確認しますがそんな感じになります。


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アネンサの仲間入り

確認したところ次がキャラ紹介でした。

古戦場お疲れ様です。ちょっと早いですが、多分現役騎空士の皆さんは日付変わってからになると思いますが。
私は今回ギリギリ十万位に入れるかどうかというところになりそうです。


 なんで俺はアネンサに抱き着かれているんだろうか?

 

 そんな疑問を俺が抱いてしまうのも当然だと思う。だって初対面の女性だぞ? 普通そんなに気安くされるとは思わないだろう。……背中に突き刺さる痛い視線は俺のせいじゃないと思う。だって俺はなにもしてないし。一緒に戦ってくれとは頼んだけど、それだけだ。

 

「……えっと、アネンサ? 悪いんだが、ちょっと離れてくれないか?」

「あっ! ご、ごめんね~」

 

 俺が言うと彼女は我に返った様子でぱっと離れてくれた。

 

「で、一緒に来てくれるんだよな?」

「うん~。一緒に行く~」

 

 アネンサは人懐っこい笑みを浮かべると間延びした口調で言った。

 

「俺はダナンだ。これからよろしくな」

「うん~」

 

 改めて手を差し出すと、今度はちゃんと握手を交わしてくれた。残る面子は騎空挺に乗った後で自己紹介してくれればいいと思ってのことだ。

 

「じゃあとりあえず騎空挺の方に行くか。状況とかの話は移動しながらにするぞ」

「うん~」

 

 俺は踵を返して騎空艇の方へと歩き出す。すると柔らかな手が俺の右手を握ってきた。ぐさりと正面の女性陣からの視線が突き刺さる。視線を落とせば水色の頭があった。どうやらアネンサが俺の手を握ってきているようだ。そんなに懐かれるようなことをしただろうかと疑問に思うが、それよりも突き刺さる視線が痛い。ってかなんで俺が責められてるんだ?

 

「アネンサ?」

「? なに~」

 

 俺は声をかけにくいなぁと思いながら呼ぶ。きょとんと顔を上げてきた彼女の目には俺がなにを言いたいかわからない様子が浮かんでいる。

 

「いや、なんで手繋いだのかと思って」

「えっ!? あっ、ご、ごめんね~」

 

 俺に言われてようやく気づいたらしく、はっとして頬を赤らめ手を離した。だが少しだけ名残り惜しそうな顔にも見える。

 

「別に繋ぎたいならいいぞ」

「ホント~? じゃあぎゅ~」

 

 なぜこうも懐かれているかはわからないが、どうやら彼女は年下のようだ。ドラフの女性は小柄だから見分けが難しいのだが、ナルメアより幼さを感じる。

 アネンサはにこにこしながら俺の右手をまた握った。嬉しそうに腕を振り出している。子供っぽい様子だ。これで強いっていうんだから不思議なモノだよな。

 

 彼女が無邪気な様子だからか視線の痛さも和らいだ。

 

「えへへ〜。こうしてるとお兄ちゃんみたい」

 

 そう呟くアネンサは実に嬉しそうだ。

 

「お兄さんがいるの?」

 

 子供の相手ができるのか、ナルメアが話しかける。しかし兄の話題になるとアネンサの表情は沈んだ。

 

「……ううん。もういないの」

「……そっか。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

 

 彼女の様子から、もうこの世にはいないんだろうなと察しがつく。

 

「ううん、大丈夫。お兄ちゃんのおかげで嫌いだった村を出ることができたから」

 

 そう言って笑顔を見せるアネンサは少しだけ晴れやかに見えた。……嫌いな村ってのが気になるが、まぁそこは気にしても仕方がないか。戦力になりそうなのは間違いないし、精々懐いていてもらおう。ナルメアも相手にしてあげられそうだしな。

 というわけで新たな戦力であるアネンサを味方につけることができた。

 

 彼女を連れて騎空挺に乗り込み、アリアの操舵で発進する。

 

「これからどこ行くの~?」

「とりあえずはアネンサみたいに強いヤツを集めるところだな。もうちょっと戦力が欲しいところなんだが」

「そんなに大変なの~?」

「ああ。あいつらがいっぱい湧き出てくる島に乗り込んで、親玉みたいなヤツを止めないといけないんでな」

「そうなんだ~」

 

 アネンサに説明をして、島を巡る順番とかはレオナに任せているので、操舵のできる彼女とアリアに行き先は完全に丸投げの状態だ。まぁ俺はナル・グランデ空域内の地図すら持っていないからな。行く宛てもなく彷徨うには時間が足りなさすぎる。

 

「この騎空挺は俺達が借りてるヤツだから、好きな部屋使っていいぞ」

 

 子供っぽいので自分の自由にできる部屋が貰えると聞けば嬉しいだろうと思ったのだが。

 

「じゃあね~……一緒の部屋がいい~」

 

 少しだけまた視線が痛くなってしまった。……いや俺のせいじゃないじゃん。

 

「一人一部屋の決まりだからな」

「え~。わかった~」

 

 アネンサは少し唇を尖らせて不満そうだ。しかし他、特にアリアの目が怖いので別の部屋に行ってもらわなければ困る。

 

「アネンサちゃん、お姉さんと一緒にお部屋見に行こ? 荷物置いてゆっくりしたいでしょ?」

「うん~」

 

 ナルメアは流石と言うべきか、手を差し出してアネンサを誘った。アネンサはナルメアの手を取ったが俺の手を離すのが惜しいというように困った顔をしていたが、やがて離した。

 その様子に苦笑して、さっきまで繋いでいた手でアネンサの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「あっ……」

「これから一緒に行くんだからいつでも大丈夫だろ。行ってこい」

「うん、お兄ちゃんまた後でね~」

 

 嬉しそうにはにかんだアネンサは、手を振ってナルメアと二人船内へと向かっていった。……お兄ちゃんて。まぁ、拠り所ができるのはいいこと、なのか?

 

「……また女を増やした」

「オーキスの真似かそれは。やめてくれ、アネンサを見ればそういうんじゃないってわかるだろ」

 

 感情の込められていない平坦なアリアの声にツッコみ、これからのことを話す。

 

「で、ナル・グランデにはあと島がどれくらいあるんだ?」

「細かな数までは私もわからないけど、私が回ろうとしているだけの数でも三分の一くらいは回ったと思うよ」

 

 レオナの返答に、少しだけ考え込む。三分の一、か。まぁナル・グランデ全体を回り切ることはできないだろうが、回ろうとしている島の数が大体二十ぐらいってことか。今イデルバの首都含めて六つ目だし。イデルバの他の島に寄らなかったことを考えてもまぁそれくらいになるだろう。元々トリッド王国が崩壊してからは小国同士の小競り合いやなんかも多かったらしいしな。

 六つの島を回って二人、か。そのペースで行くと多くても六人。六人でも充分多い方か。とりあえずレオナの宛てを回り切ったらベスティエ島に向かうとするか。あまり長くかけすぎても残したヤツらが力尽きる可能性だってある。あいつらは強いが、無茶をしそうなヤツが多い。そこはエスタリオラが調整してくれるとは思うが、あまり時間をかけられないのも事実だ。

 

「次々行くしかねぇか。レオナ、フラウ。部屋で休んでていいぞ。俺がしばらく撃退を担当する」

 

 ここ最近フラウとナルメアの相手をすることが増えて全く戦っていなかったからな。色々とワールドの能力を駆使して試したいことも増えてきたし。

 

 というわけで、それから日が落ちるまで俺が魔物やら幽世の存在やらを撃退していった。騎空挺に被害を出さずできるだけ早く仕留めるのが大事らしい。久々に伸び伸び戦えて楽しかった。途中アネンサが来たのだが、今回は見ているだけにしてもらった。実力を示す意味もあることだしな。

 夕飯時に改めてアネンサに自己紹介をした。なぜか食べる時俺の膝の上に乗りたがっていたのだが。まぁ子供のすることだと思って大人しくその通りにした。どうやら俺をお兄ちゃんに見立てて甘えたいらしい。俺に妹なんて、少なくとも今はいないだろうが。子供の可愛がりというヤツだ。悪い気はしない。

 

 聞けば十四歳だそうなので、ゼオと同い年のはずだ。ただ戦闘時以外はかなり幼く見える。ゼオも打ち解けてくると素直で少年らしい部分が見えてくるのだが。

 

「お兄ちゃんとお風呂入っちゃダメなの〜?」

 

 夕飯後の問題発言である。ナルメアが付き添ってくれるということでなんとかなったので良かったが。下心の一切ない純粋な甘えというのもまた扱いが難しい。断ると悲しい顔をされるからだ。その辺り、ナルメアが上手くやってくれている。なんだかんだフラウも面倒見はいいのか、邪険にはせず声をかけられた時は優しく接していた。この中で接し方に困っているのはアリアだろうか。あいつ不器用そうだもんな。どっかの誰かさんと一緒で。

 

「お兄ちゃんと一緒に寝る~」

 

 入浴後、ナルメアの寝巻きを借りて着込んだアネンサが抱き着いてくる。アネンサの身長はそこまでナルメアと変わらないので、サイズが少し大きいかなというぐらいに留まっている。同じドラフの女性がいて本当に良かったな。特徴的だからなかなかサイズが合わないことが多いだろうに。

 

「アネンサも大きいんだから一人で寝られるんじゃないのか?」

「うん~。でもお兄ちゃんと一緒がいいの~」

「そっか」

 

 服の裾を引っ張ってにこにこと笑うアネンサの頭を撫でて、今日は仕方がないかと思いアネンサと寝ることにした。フラウには自重しろよと伝えておく。

 

「抱っこ~」

「はいはい。全く、アネンサは甘えん坊だな」

 

 ベッドに座った俺に、両手を伸ばしておねだりしてくる。苦笑して小さな身体を抱き上げた。

 

「えへへ~。だってお兄ちゃんみたいな人に会うの久し振りだから~」

「そうか。兄ちゃんのこと、好きなんだな」

「うん、大好き。……お兄ちゃんにだけは、話しておくね」

「……ああ、聞くよ」

 

 アネンサは俺の胸に顔を埋めるような恰好で、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

 アネンサと兄が生まれた村のこと。

 その村の在り方が嫌になって二人で逃げ出そうとしていたこと。

 アネンサを外に出さないために兄を殺した村人達のこと。

 兄の遺書を読み自分の意思で村を出て、助け合う仲間を探す旅に出たこと。

 

「……だから、どこか一箇所には滞在しすぎないで旅してたんだ~」

「そっか。大変だったな」

 

 いくら強いからと言っても、五歳の女の子に魔物の狩りをやらせるか? その神経が信じられない。村の背景は語られなかったが、まぁ魔物が強くなって狩人がどんどん減ってしまっているとかそういう事情があったのなら、理解は示せるかもしれないな。共感と納得はできないが。

 

「うん。でもお兄ちゃん達と会えたから。皆強いんだね、ナルメアお姉ちゃんに負けちゃったの」

 

 負けたことを、とても嬉しそうに語る。村と旅の間も強さが逸脱しすぎていて仲間に出会うことがなかったのだろう。……いやでも、ホントに凄かった。最初は加減しているらしく豪快に刀を振り回すだけだったんだが、ナルメアが相当強いとわかって巨大な刀で剣術を使い始めた時、ナルメア独特の回避方法がなければ無傷では済まなかったんじゃないかと思うほど強くなった。それからかな、フラウがアネンサに優しくするようになったのは。

 アネンサの話を聞いて思ったが、確かに強すぎる力という点で二人は共通している。そういったところに気づいたのだろう。

 

「ナルメアはまぁ特に強いが、他のヤツらも皆強いからな。ちゃんと、アネンサと一緒に戦えるだけの実力は持ってる」

「うん。お兄ちゃんも強いよ」

「俺はまだまだ、もっと強くなるからな」

「そうなんだ~。お兄ちゃんが強くなるなら、一緒に戦えるように頑張るね~」

「ありがとな」

 

 よしよしと頭を撫でてやる。

 

「そろそろ寝るか」

「うん~」

 

 話をしている内にすっかり夜が更けてしまったので、眠ることにする。

 アネンサの要望もあって抱っこしたままの体勢だ。ちょっと息苦しいと思うところもあったが、彼女が嬉しそうだったのでそれくらいは我慢することにした。

 できればもっと色んなヤツと仲良くなって、アネンサにとって大切な居場所になればと思う。




グラブルとは全く関係ありませんが。

ラフム、やっべぇっすわ。
シナリオで読んでいたとはいえ、アニメになるとやっべぇっすわ。


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キャラ紹介:アネンサ

古戦場お疲れ様でしたーっ。

私はギリギリ十万位に入りました。そして金剛は出なかった……。

セフィラ玉髄を手に入れたのでハーゼちゃんをあとアストラ55個あれば加入できそうです。アーカルムチケットも25枚くらいあるので、使い切ったら大分近づきそうです。

ハーゼのエピソードを読むとカッツェのエピソードも読みたくなりますね。VSを買う特典で玉髄ゲットして次はカッツェにしようと思っています。
今丁度二人とのエピソードを書いているところでもありますしね。


「アネンサ」

 

ドラフらしく捩れた焦げ茶色の角を持つ水色の髪の女性。髪は幼い頃兄に結ってもらってからずっと後頭部で一括りしたポニーテール。水色の瞳は透き通るようで綺麗だが、同時に氷のような冷たさを持つこともある。服装は水色の和服を好み、大きく胸元を晒している。柄に鎖のついた大きな刀を得物としており、戦闘時には豪快に振り回す。基本的にはにこにこしており甘えん坊。

 

年齢:14歳

身長:129cm

種族:ドラフ

趣味:鼻歌(下手)

好き:甘やかしてもらうこと

苦手:一方的に頼られること

 

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルキャラクターにして、刀得意六キャラの内の一人、アネンサが水属性として登場です!

アネンサは奥義が200%まで溜まりますが、火属性のコロッサスと同じように奥義ゲージが200%まで溜まっていないと奥義を発動することができません。その代わりにストーリー同様大きな刀を豪快に振り回して火力充分に戦う様子を反映した彼女のアビリティを以下に紹介します!

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《流麗先駆》

・自分の連続攻撃確率UP/攻防UP/奥義ゲージ上昇量UP

 

攻撃力と防御力を高めつつ奥義を撃ちやすくすることのできるアビリティとなっています。効果量は高めで効果時間も長いのでどんどん使っていきましょう!

 

《断切刃》

・敵に水属性ダメージ/自分に水属性追撃効果

 

特大の斬撃で敵を薙ぎ払う! 加えて自分の火力を更に押し上げる効果を付与します。ダメージアビリティとしても大きなダメージを与えられますのでがしがし使っていただければと思います。

 

《一刀無圏》

・自分の奥義ゲージを200%増加

 

剣気を高め、力を溜めて次に備える……。というところで奥義ゲージが最大まで溜まるアビリティです。他のキャラクターで言うところのウェポンバーストのようなモノとなりますので、200%まで溜まらないと奥義が撃てない彼女でも瞬時に奥義発動可能まで持っていくことができます。

後述する奥義はその分強力なモノとなっているため、他の奥義発動可能状態と比べると少し使用間隔は長くなっています。

 

 

◆奥義◆

 

《一刀華流》

・水属性ダメージ(極大)/自分のアビリティ使用間隔を2ターン短縮◆奥義ゲージが200%の時のみ使用可能

 

奥義ゲージが200%でなければ放てない代わりに奥義のダメージとダメージ上限が他より高い仕様となっています。

高速の斬撃を見舞った後に上段から振り下ろす渾身の一太刀で敵の両断……!

奥義を使うことでアビリティの使用間隔も短縮され、自分の火力を維持しつつ奥義も撃ちやすくなります!

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《生まれ持った強さ》

・通常の与ダメージが上昇

 

生まれながらに強大な力を有する彼女の強さは弱き者にとって拠り所となってしまうほどです。故に常時通常攻撃のダメージが他のキャラクターより出やすくなっています。

 

《助け合う背中》

・バトルメンバーが多いほど味方全体の攻撃力UP

 

一方的に頼られるのではなく、互いに助け合う関係にこそ彼女は憧れを持っています。そんな彼女の心情が反映されたサポートアビリティではバトルメンバーが多いほど味方の攻撃力を上げることができます。最大が四人の状態となりますが、助け合う背中がない状態、彼女一人の場合だと効果がなくなります。

 

 

◆解放武器◆

大解刀乱魔

 

刀の形状をしてはいるが、多くの者はそれを刀として振るうことができない。大きすぎるためだ。よって刀ではあるが斬りつけることはできず、結果として殴りかかることになる。刀と思うことなかれ。其は鈍器である。

というわけで刀の形状をした、武器種斧の武器。アネンサが持っているのと同じく二メートル以上の大きさを持ち、柄の先端から鎖が伸びている。

奥義はその重さを活かした渾身の一振り。敵は爆散する。




というわけで、コロッサスタイプの奥義キャラでした。
水はカツヲがあるんで火よりは絶対楽。あと刀得意とか絶対使う。多分能力的には強い! って感じではないと思いますけどね。


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お前はバカだよ

あの子が出てくる単発のお話です。解釈的にこんな感じで合っているといいなぁ。


 戦力を確保するために島を回り始めてどれくらい経っただろうか。

 

 次で十個目の島になる。

 

「……っ」

 

 小国のとある島だ。国の都市というわけでもなく、住人が小競り合いに辟易しつつ平和に暮らしていた街がある。

 その島が見えてきたというところで、俺のローブのポケットに入っているワールドのカードに反応があった。

 

 どうやら、五人目の賢者があの島にいるらしい。

 

 狂った殺人鬼に、魅力が過ぎる女に、痛みを感じない戦闘狂に、感情を奪われた老魔導士。

 

 さて、次はどんなヤツがいるんだか。

 

 まともなヤツは期待していないが、マシなヤツだといいな。

 

 俺はそう思いながら島への着陸を待った。

 

「俺はちょっと行くところがある。宛てがあるかどうかは、お前らで探しといてくれ」

 

 俺は言って、フラウならある程度察しがつくだろうと思い島での助力交渉を任せてカードの反応を頼りに歩いた。

 熱と光が強くなっていくので、カードをポケットの中で握りながら反応を見て方向を決めて進む。

 

 しばらく追いかけっこをしていたが、やがて人気のない路地裏で待ち構えられていた。

 

 耳や頭の特徴から種族はヒューマンだとわかる。ただ小柄だったので、明らかに子供なのだとわかった。賢者でお揃いの紺のローブに赤いケープを着ているので間違いはないだろう。乱れた銀髪に銀の瞳をした少年だ。ゼオよりももっと若く、俺が知っているヤツで挙げるなら“蒼穹”のイオと同年代ぐらいだろうか。

 しかし彼の瞳にはその歳にそぐわない知性が宿っていた。見た目通りの子供と侮ってはいけなさそうな雰囲気を持っている。

 

「賢者の一人、か。全く、今度は頭の良さそうな子供とはな」

 

 俺は頭を掻いて呟く。

 

「へぇ? 見た目で人を判断しない辺り、慎重だね」

 

 少年は笑って言葉を返してくる。……今のは俺の観察眼じゃない。頭のいいこいつは、多分だが俺を試したんだ。こういうヤツの相手は面倒なんだがな。

 

「よく言うぜ。わざと無邪気な子供を装わずわかるようにしてただろ? まずはそれを見抜けるか、ってのがお前の試験ってわけだ」

 

 俺が告げると、少し驚いたように目を丸くしてから面白いと笑った。

 

「なるほどね、流石にワールドの契約者に選ばれただけはあるかな。それくらいやってくれなきゃ、こっちも面白くない」

「その様子だと、間違ってはなかったみたいだな。悪いが俺はそこまで頭が良くないんだ」

「ふぅん? でも最低限の頭は回るみたいだし、とりあえず合格にはしといてあげるよ」

 

 上から目線の生意気なガキだな。まぁ、話が通じる分マシな部類だと考えるべきか?

 

「……その分だと俺にカードを渡すかどうか、いくつか試してから決めるってことか」

「そう、察しがいいね。そういう人は嫌いじゃない」

 

 今のところは大丈夫なようだ。

 

「カードを渡すだけでも意味があるけど、それ以上に今あなた達は戦力を欲してるでしょ? だったら賢者として星晶獣と契約した僕が加わるのは有り難いんじゃないかな」

「そこまで察しがついてるのか。確かに、そうだな。賢者が二人いても時間稼ぎぐらいしか思いつかなかった状況だ。まぁ、お前みたいに頭が良ければ他の手を思いつけたかもしれないけどな」

「そうだね。僕が知るだけの情報からでも二つくらいは案が思いつかないでもないけど、でもシミュレーションと現実は違う。そこにいなかったのにあれこれ言うことはしないよ」

 

 意外と話のわかるヤツだな。さり気なく僕だったら案の一つや二つ思いつくけどね、と自慢してくることがなければな。まぁでもこいつを引き入れられればいい参謀になりそうだ。今いるうちの参謀は頭がいいのを気取らせないタイプなんだけどな。

 

「で、どうやって俺のことを試す?」

「簡単だよ。僕と勝負をしよう」

「勝負だ? ……頭脳戦重視なら勝ち目はねぇぞ」

「もちろん、そうなったら僕が勝つ」

 

 即答するんじゃねぇよ。まぁ自信と言うよりただの事実だと思っているんだろうが。

 

「でも頭脳を使わない勝負というのもつまらない。チェス。そして記憶の世界でどれだけ多くの敵を倒せるか。もう一つの勝負はあなたが決めていいよ」

「……わかった。三本勝負で、二回勝った方の勝ちか?」

「ううん。一回でもあなたが勝ったら勝ち」

 

 ……言い切りやがるな。まぁ、チェスは俺に勝ち目がねぇし、どれだけ敵を倒せるかも事前にシミュレーションできる立場が有利だ。となるとその二つでどこまでこいつに食い下がれるか、三つ目の勝負で勝利を捥ぎ取れるかはどんな勝負なら勝てるか、というのを二つの勝負中に見出すかにかかっている。

 つまり俺は二つの勝負に全力の様子見で挑み、三つ目で勝てる勝負を用意すると。……それがこいつの筋書きなんだろうな。それができてついていってもいいと思わせることができると。

 思惑に乗っかりすぎるのも減点の可能性があるから、できれば敵を倒す方の勝負で勝ってみたいんだけどな。勝てると思っているなら、俺では無理な可能性もある。

 

「よし、じゃあチェスからだな。ルールを教えてくれ」

「えっ?」

「俺はやったことがない」

「…………」

 

 少年に呆れた目を向けられてしまった。

 

「……はぁ、いいよ。流石にルール知らないと勝負にもならないし」

 

 嘆息して、ごそごそとチェス盤を取り出し地面に置く。そしてチェスの概要を教えてくれた。どの駒がどんな役割を持っていてどんな動きができるのかを説明してくれる。キングの駒を獲得した方が勝ち、ということのようだ。

 つまりチェスとは、各駒を動かして互いの駒を取り合いながらキングの獲得を目指すゲーム、のようだ。

 

「……よし、覚えた。じゃあ早速やるか。勝負は一回でいいんだよな?」

「うん。一発勝負。精々足掻いてね」

 

 こうして俺と少年のチェス勝負が開始した。

 

 ルール覚えたての俺と頭がいいらしい少年では、序盤全く勝負にならなかった。適当に駒を取ったり取られたりしながら相手の出方を窺うと、少年の大まかな戦略が見えてくる。

 これは多分、理詰めと呼ばれる戦法だ。

 俺が悪手を打てば容赦なくその悪手を攻めて後々の痛手にしてくる。堅実かつ効率的。

 逆に向こうは一切の悪手を打たない。まるで勝利への道筋が見えているかのように迷いなく、俺を追い詰めていく。中盤でそこそこ押し返したりもしたが、終盤になればもう打つ手がない状態にさせられていた。

 

「なるほどな、いい戦い方だ。堅実で効率的、最適な一手でスムーズな勝利」

 

 俺はニヤリと笑う。……こいつに勝つ方法が、見えてきたかもしれない。

 

「負けたのに楽しそうだね」

「ああ。だって三本勝負の勝ち筋が見えてきたからな」

「へぇ?」

 

 少年のつまらなさそうな瞳がすっと細まった。

 

「もちろん次も負ける気で挑むわけじゃねぇが、まぁ簡単に勝てるとは思ってない」

「当然だよ。次も僕が勝つ」

 

 言ってからいそいそとチェス一式を片づけると、少年はカードを取り出した。今までのどのカードとも違う絵柄だ。おそらく彼と契約している星晶獣なのだろうが、異形ではなく人型だ。なぜ逆さまなのかはわからないが。

 

 カードはやがて光り出し、視界を白く染めていった。感じる風の種類が変わったと思い目を瞬いて慣らすと見覚えのある光景が広がっている。

 

「覇空戦争時の記憶、だったか。どっちの味方をするとかはあんのか?」

「ないよ。空も星も、どちらも倒してしまって構わない」

「そうか」

 

 俺と少年が立つ丘の下で、星晶獣らしき巨大な影と人々が戦っていた。どちらに味方する必要もないなら手早く済みそうだ。

 

「集計方法は?」

「この世界の全ては記録されているからね。僕と契約しているハングドマンが集計できるよ」

「勝てる勝負をイカサマする理由もないか」

「当たり前でしょ。じゃあ、始めようか」

 

 とは言ったものの、集計結果を鯖読まないとは限らない。ワールド能力でどれだけの数がいるのかは把握しておくか。倒した数も数えておこう。

 さて、一見すると子供にしか見えない彼がどんな力を持っているのかは気になるところだ。

 

 だが加減する気はない。様子見をして出遅れれば負けるのは当然だ。

 

「さて、やるか」

 

 俺は言って全力、無数の剣拓を出現させ争っている中に降らせた。これなら特に狙いをつけなくてもかなりの数が倒せる。

 

「やるね。じゃあ、僕も」

 

 少年は感心したように言って、右手を掲げる。

 

「それ、()()()()()()()

 

 口先だけの自信ではない。本当に、俺が出してみせた剣拓を無数に出現させていた。……おいおいマジかよ。天星剣王形なしだな。俺ら二人にパクられるなんて。

 

「見たまんまを真似できるのか。本人の能力あってのモンだな。まぁ俺も真似したヤツだけどな」

「そうなんだ。さぁ、どんどんやっていってよ。僕も同じように、あなたより多く倒すからさ」

 

 生意気なガキだ。それを実行できるだけの能力があるのが面倒臭さを引き立てている。

 直接殴りに行っても良かったが、それだと剣拓を真似した方が効率的なのでそうされてそのまま負けるだろう。

 

 その後、増える光の矢や焼き払う熱線など色々な攻撃方法で殲滅していったが、全て少年に模倣されてしまった。まぁ悔しくはない。元々そこまで拘りのある能力じゃないからな。なにより俺の力じゃなくてワールドの能力でのことだ。

 

「678対492で、僕の勝ちだね」

「そうだな」

 

 俺が把握していた数とも相違ない。俺が放ったのより少しだけ規模を大きくして放てば、まぁ勝てるのも当然だろう。

 

「随分あっさりしてるんだね」

「まぁ、最初の攻撃でどう勝ってくるかは予想ついたからな。後は適当に攻撃しながら三本目の内容を決めてればいい」

「なるほどね。じゃあ、最後の勝負を始めようか」

「ああ。じゃあ元の場所に戻してくれ」

「わかった」

 

 この記憶の世界じゃ、最後の勝負はできないからな。

 

 また光に包まれて元の場所に戻ってくる。

 

「さて、じゃあ最後の勝負をするために、人のいるところに行くぞ」

「まぁいいけど、どんな勝負でも僕が勝つと思うよ?」

 

 当然の如く、少年は口にする。だから俺は不敵に笑った。

 

()()()、お前は負ける。お前が絶対勝てない勝負を見つけたんだ」

「……へぇ? それは楽しみだね」

 

 俺の宣告に、少し眉をヒクつかせて返してきた。

 というわけで俺が勝てる最後の勝負の場へ向かう。と言ってもただの街だ。人がいて、幽世の存在が襲撃してくる中必死に生きようとしているただの街だ。

 

「ここでどんな勝負をするの?」

「簡単だ。これから、一つのカップルを指定する。そのカップルにチンピラが絡んだ時の反応を予想して当てた方の勝ちだ」

「……なにその勝負」

 

 俺の告げた勝負内容に、少年は呆れた顔をした。

 

「天才なら実に簡単な勝負だろ?」

 

 俺は挑発的に笑う。

 

「……いいよ、やってあげる」

「そうこなくちゃな。じゃあとりあえずチンピラは金で雇って、指定したカップルを脅迫させるか」

「じゃあ先にどのカップルにするか決めないとね」

 

 すんなりと乗ってくれて助かった。これで逃げられたら勝ち目をまた探さなくちゃいけなくなる。

 

「そうだなぁ。じゃあ、俺が買収してないって証拠のためにお前が選んでいいぞ」

「ん、いいけど。じゃあ……あのカップル」

 

 買収するタイミングなんてなかったのでこいつもそれを疑うことはないだろうが、一応な。少年が指差したカップルを確認する。そこまでカップルの数が多いわけじゃないので、ある程度仕込む疑いが持てる状況ではある。

 

 ……あのカップルか。男の方は気が弱そうで、女の方は緊張してそうな男を見て苦笑と微笑が混ざった表情をしている。

 

「わかった。じゃあちょっとチンピラ雇いに行くか」

 

 そう言って彼を連れ立って手頃なチンピラ二人組に金を渡し、カップルに脅しをかけるよう依頼する。女性の方がそれなりに可愛いので「奪っても構わない」と口にすると乗り気になってくれた。

 

「じゃあ準備は整ったことだし、屋根の上で予想タイムといこうか」

 

 ってことで屋根の上からカップルとチンピラの様子を見守る。

 

「お前からいいぞ、ハンデだ」

 

 俺の言葉にむっとした様子だったが、素直に従って予想を述べていく。

 

「……勝負にならないね。彼氏の方が逃げて彼女は取り残される」

 

 と簡潔に告げた。

 

「ほう、思い切ったな」

 

 俺の予想を裏切らない答えに内心でほくそ笑む。

 

「理由を聞こうか?」

「あの彼氏がチンピラ二人に勝てる道理がない。抵抗しても無駄なのに、逃げる以外の選択肢があるわけないでしょ。チンピラは彼女の腕を掴むから、逃げれば自分は助かると理解する。だから彼女は取り残されて、彼氏だけが逃げる」

 

 そうなるに決まっているというような口調だった。……ああ、良かった。こいつが俺の思った通りの人物で。

 

「……じゃあ、俺の予想をしようか」

 

 俺は笑って、予想を口にする。

 

「まずチンピラが彼女の腕を掴むってところは同じだな。だがそこから先が違う。彼氏は勇気を振り絞ってチンピラの手を払い、その彼氏の行動で頭に血が昇ったチンピラは彼氏をぶん殴る。で、その騒ぎを聞きつけた秩序の騎空団団員が駆けつけてチンピラ二人は捕まってことなきを得る。そんなところだな」

「そんなわけないじゃん。あり得ないね」

「さぁ、どうだろうな。見てればわかるさ」

 

 俺の観察眼をフル活用した答えは気に入らなかったらしい。まぁ、今にわかるだろう。

 

 俺達が目を向けると、丁度チンピラ二人がカップルに声をかけたところだった。

 

「彼女可愛いじゃん。そんなヤツより俺らと遊ぼうぜー」

「い、いえ、その……」

 

 柄が悪く体格のいいチンピラ二人に声をかけられるという不運。当然のように他人は見て見ぬフリだ。

 

「いいから来なって」

「嫌っ!」

 

 二人が予想した通り、チンピラの一人が彼女の腕を浮かんだ。嫌がる彼女と、蒼褪めて突っ立ってるだけの彼氏。

 

「ほら、なにもできない」

 

 少年はわかっていたとばかりに呟く。彼氏は拳を握ることもなく愕然とした様子だ。確かに、ここまではこいつの予想通りだな。だが、お前には肝心なことがわかっちゃいない。

 

「それはどうかな?」

 

 俺が言った次の瞬間、彼氏は目を剥き自らを奮い立たせて彼女の腕を掴んでいる手を払った。

 

「なっ!?」

「彼女に手を出すな!」

 

 少年の驚く声。震えた、でも勇ましい声が彼氏の口から放たれる。

 

「あ? 調子乗ってんじゃねぇ!」

 

 腕を払われたチンピラは額に青筋を浮かべて彼氏に握り拳を見舞う。彼氏は避けられもせず呆気なく倒れた。街中で行われた暴力に小さな悲鳴が上がり見て見ぬフリをしていた人達も野次馬と化す。彼女は倒れた彼氏に近寄って声をかけていた。

 

「おい、なんの騒ぎだ!」

 

 そこに野次馬を掻き分けて秩序の騎空団団員が現れ、状況を見るとチンピラ二人を拘束する。

 

「ち、違う! 俺達は頼まれただけなんだ!」

 

 ホントにな。まぁ殴れとまでは言ってないし俺達は無実だろう。ともあれチンピラ二人は秩序の騎空団に連れ去られていった。

 

「……嘘」

「ま、こんなところだな」

 

 少年は一連の様子を呆然として見ていた。俺は結果に内心でほっとしている。なにせ俺の観察になかった予期せぬ要素が出てくる可能性だってあったからな。

 

「さて、あの二人に謝っておかねぇとな。答え合わせは後でしてやるよ」

「……」

 

 納得のいっていない様子だったが、構わず俺は屋根から降りてカップルの下へ行き、ヒールで彼氏の傷を治してやる。

 

「あ、ありがとう」

「いや、礼は言わないでくれ。元はと言えば俺がやったことだからな」

「えっ?」

「これは詫びだ。二人でなんか美味いモノでも食ってくれ」

 

 俺は彼氏に五万ルピを手渡し、そそくさと去っていった。同じ屋根の上に少年はまだいてくれたので、屋根に上がる。

 

「……なんで、あそこまでわかったの」

 

 少し拗ねたような声になっている。天才君でも悔しいと感じることがあるのかもしれない。

 

「一つ、あの彼氏は確かに気が弱そうだったが、気が弱いってのは自信が持てないヤツに多い特徴だ。それに服装からも、オシャレしようとはしてみたがそこまで決めすぎるのもなぁという葛藤が見て取れた」

 

 俺の純粋な観察眼だ。

 

「一つ、そういう自信がないヤツってのは、運良く恋人ができたけど次はもう恋人ができないかもしれないという不安を抱く。となれば二度とないチャンスだし、こんな俺を好きになってくれた人は他にいないかもしれない、という二つの理由、若しくはどちらかの理由で奮い立つ可能性が高い。ここぞという時で勇気を出せないヤツが、彼女なんてできるわけないんだよ」

 

 二人の様子から、おそらく告白したのは男からだろうというのが予想できた。もし逆だった場合男はかなり浮かれた様子だったはずだ。

 

「一つ、遠くに秩序の騎空団団員が見えた。だからチンピラがキレて殴ったら騒ぎになって駆けつけるとわかるな。というわけであんな推測が立つわけだ」

「……」

 

 俺の答え合わせに少年は難しい顔になる。

 

「なんにせよ、お前がバカで助かったよ」

「なんだって……?」

 

 俺の貶すような言葉に少年は剣呑な空気を纏う。

 

「……お前がいくら天才だって言ってもな、人は心を持った生き物だ。効率や合理性なんかを無視して行動する。お前は頭がいいから、それがわからないんだ。違うか?」

「っ……!」

「頭が良くて効率良く物事を考えられる。だがその代わりに心が理解できない。ただ効率を突き詰めるなら、極端な話誰にだってできる。突き詰めるまでの時間には個人差があるだろうけどな。だが人の心を読み解き掌握するのは難しいことだ。なにせ心には明確な答えがない。不可解で不確かな心をこうと決めつけるのは難しい」

 

 俺だって、いくつか可能性を考えた上で一番高そうなヤツを口にしている。見方と捉え方には個人差があるし、全員が全員俺と同じ答えにならないことだってある。

 

「だから、そういう不確定要素を取り除いて普通に考えたらそうなるっていう答えに辿り着いたお前を、バカだって言ったんだよ」

「……」

 

 少年は少しだけ考え込むようにしていた。もしかしたら、かつて誰かに心がわからないのかと言われたことがあるのかもしれない。

 

「さてと、とりあえず一回勝ったし俺の勝ちでいいんだよな?」

「……まぁ、いいよ。約束は約束だから」

「よし」

 

 ここで駄々を捏ねる気はないらしい。俺はぽんぽんと少年の頭を撫でた。ぱしっ、とすぐに払われる。

 

「なにすんだよっ」

「いや、生まれつきそうなんだとしたら人の輪に溶け込めなさそうだなと思って」

「余計なお世話だよ」

「そうかい。けどまぁ、人の輪に溶け込もうとしないでずっとそうやってきたんだったら、お前はやっぱ子供なんだなって思ってよ」

「? どういう意味?」

「人に合わせず我を貫くってのは歳を取ると段々としづらくなることだからな」

「……まだ十も違わないでしょ」

「違いねぇ。まぁいいさ。もし人の輪に入りたいと思うならさ、バカになってみればいいんじゃねぇか?」

「……なに?」

「お前が孤独なんだったら、バカなフリができるようになればいい。頭がいいだけのヤツならいっぱいいるが、頭が良くて周りに人がいるヤツは少なくなる。……今は離れてるうちの団員に、そういうヤツがいてな」

「……」

「それでも心は理解できないだろうが、天才なんだったら人の心まで計算に入れてみろよ。そうしたら少しはわかるだろうぜ、人がどういう時にどう思うかがな」

 

 それっぽいことを言っているが、こいつに心がなさそうというのは二番目の勝負で判明した。

 なにせ、十歳前後の少年が記憶の世界とはいえなんともなさそうに人を殺していったんだぜ? 観察していたが、全く心が動いていなかった。その辺りで予測がついたんだけどな。

 

「……口車に乗ってあげるよ。負けたままなのも嫌だしね」

「そっか。じゃあよろしくな。えっと……」

 

 どうやら誘いには乗ってくれるようだ。そういえば名前を知らないなと思っていると、

 

「カイム。僕はカイムだよ。アーカルムシリーズの星晶獣ハングドマンの契約者」

『よろしく、ワールドの契約者君。君は確かに面白いね。ワールドの契約者にしておくのが勿体ない』

 

 カイムの名乗りに合わせて、彼の首飾りが明滅し別の声が響いてきた。ハングドマンの声のようだ。こうして喋るのは初めてのことかもしれない。

 

「俺はダナンだ。仮の契約者だが、まぁ頼むわ」

 

 俺は言ってカイムに右手を差し出す。

 

「それは知ってるよ、握手でしょ。意味があるとは思えないけどね」

 

 相変わらずの生意気さだが、握手には応じてくれた。

 

「人は形ってのを重んじるんだ。国と国との同盟時、代表者同士が握手していたらこれからは手を組むんだってのがわかりやすいだろ? まぁ、それが起源なのかは知らないけどな。多分そんなんだ」

「適当すぎない? まぁいいや」

 

 カイムは言ってからハングドマンの書かれたカードを渡してくる。

 

「約束だったからね」

「おう」

 

 受け取って、これで五枚目か。

 

「じゃあ騎空挺まで行くか。あ、そういやチェスでもお前最適で効率いい手を打ってきてたよな? ってことは罠とか搦め手とかに弱いんじゃね?」

「理論上は可能かもしれないね。途中で破られたり不利を招いたりすることもあるだろうけど」

「そうかそうか。じゃあもうちょっと勉強すればチェスでも勝てるようになるかもしれねぇなぁ。なにせ、人の心を読み取る方が俺の得意分野だ」

「だといいね」

 

 俺の挑発に、しかしカイムは乗ってこなかった。しかし彼の口元には少しだけ笑みが浮かんでいた、と思う。

 その後騎空挺に戻ってから仲間達にカイムを紹介しておいた。俺の真似を容易くできるってのはいい戦力だ。ベスティエ島での決戦にも役立ってくれるだろう。あと、彼が状況を聞いて思いついた案二つというのも聞いてみたいな。

 

 五人目の賢者にして頼れる頭脳を持つカイムが同行することになった。ちょっと生意気なのは大目に見るしかないな。




というわけで、五人目の賢者カイムとの遭遇回でした。

カイム君とダナンはなんというか、空と白みたいな感じですかね。得意とするジャンル的に。
こんな感じの結果になったので、カイム君はダナンがバカ扱いしたことによって本編のように記憶喪失になることもなく、そのままの状態で加入します。


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人斬りの噂

六人の刀使いで、二番目にヤバいヤツの登場です。

あとTwitterではちらっと言いましたがハーゼリーラを加入できました。四人目の賢者です。ダナン君は今四人賢者がいるので同数ですね。
古戦場までにカッツェいけるかなぁ、というところです。


 幽世の存在によって燻んだ空へと変えられたナル・グランデ空域を、今日も俺達は騎空挺で駆けていた。

 

 カイムと出会ったのが十個目の島で、次が十三個目の島になる。実はこの島、当初は行く予定がなかったのだが人斬りの噂を聞きつけ急遽寄ることにしたのだ。

 

「ベスティエ島で最初に幽世の存在が現れた時の案を教えて欲しい?」

 

 俺はカイムと日課になりつつあるチェスをしながら件のことについて尋ねていた。

 

「ああ。前に当時の状況については話しただろ? それを聞いた上で、話を聞いただけで思いついたっていう案からこの状況でも活かせるのがないかと思ってな」

「ああ、そういうこと」

 

 話しながらチェスをするが、なかなかカイムは手強い。少しずつこうすればというのは見えてきたのだが、なかなか突破口が見えてこないのだ。

 

「二つ思いついてたけど、一つは使えなそうだからもう一つの案だね。もう一つは場所を利用した案だから今の状況でも、使おうと思えば使えるモノだとは思うよ」

「ほう?」

 

 じゃあ天才の案とやらを聞かせてもらおうか。

 

「幽世の門があったのはベスティエ島、別名星晶獣の楽園だ。そしてベスティエ島の主は母を司る星晶獣エキドナ。エキドナは言ってしまえばチェスで言うキングの位置なんでしょ? だったらそのエキドナを守るのが周りの駒、星晶獣達の役割だ。だから島にいる星晶獣達はエキドナを救うために協力してくれると思うんだ」

「確かになぁ。役割とかで動くもんじゃないだろうが、答えだけは合ってる」

 

 母を慕うってことがこいつにはわからないんだろう。

 

「しかし星晶獣の力を借りる、か。幽世の存在をあの島に留めることばっかり考えてたぜ」

「これくらいは思いつかないとね」

「……やっぱ生意気だわお前。まぁいいや。だがエキドナが中心になっていたベスティエ島の星晶獣が無事だと思うか?」

「普通の星晶獣なら意識が呑まれるだろうね。でも強力な星晶獣なら意識を戻す可能性がある。だから一旦幽世の存在を押し留めておいて、その間に声をかけるんだ」

「声を?」

「そう。小説で読んだよ。人はそういう時、発破をかけるんでしょ? ダナンの得意分野じゃん」

 

 どうやら着実に学びを得ているようだ。

 

「なるほど。まぁ俺の能力なら全体に伝えるってのもできるし、やってみる価値はあるわけだ」

「そういうこと。はい、チェック」

「なんだと? ……………これ、事実上のチェックメイトじゃねぇか」

「よくわかったね、次どう動いてもチェックメイトになるようにしたんだ」

「チッ。また負けかぁ。初心者にしては善戦してると思うんだけどなぁ」

 

 一日三戦。カイムとチェスをやっているが勝った試しがない。

 

「今日も三勝だね。どうする? まだ続ける?」

「……いや。戦略を練るターンだ。また明日な」

「いつでもどうぞ」

 

 余裕綽々である。十歳の癖に大人びたガキだ。まぁ頼りにはなるし悪くはないのか。ロベリアに比べたらマシだろ。

 

 そんなこともありつつ俺達は次の島に到着した。

 

 ここ最近部屋に籠ってばかりのレラクルを連れ出し、剣士狙いのようなのでアネンサとナルメアとで人斬り探しに向かった。残りには戦力がいないかどうかの確認と物資の補給を頼んでおく。

 

 俺達は道行く人に人斬りの話を聞きながら回った。

 そこで一人の少年と出会う。

 

「あ、お兄さん達も人斬りを探してるの?」

 

 少年は人懐っこい笑顔を浮かべて声をかけてきた。歳はカイムと俺の中間くらいだろうか。薄い青の髪に和装を着込んでいる。刀を腰に差しているので剣士だろう。体格はしっかりしているので鍛えてはいるようだ。身のこなしも良さそうなので手練れには違いない。俺より若くてかなり強い可能性もあるってことか。カイムに引き続き、天才ばっかりで嫌になる。

 しかし、それよりも気になることがあった。

 

「……お前は?」

 

 俺は警戒して尋ねる。気になることのせいで信用できないが、そうでなくとも人斬りを追っていて遭遇したヤツを信用することはない。

 

「そう警戒しないでよ。僕はトキリ。僕も人斬りを追ってるんだ。痕跡を探している内にお兄さん達を見つけてね。見たところ剣士だし、一緒に戦えるならその方がいいかと思って」

 

 少年は笑みを浮かべたまま言った。……そういうことね。

 

「そうか。じゃあ一緒に行くか」

「おい、団長」

 

 俺が快く引き受けるとレラクルから待ったの声がかかった。まぁこいつは気づくだろう。エルーンは鼻がいいからな。

 

「いいんだよ、レラクル」

「……わかった」

 

 俺は言って彼の懸念を理解していると示す。ここは大人しく引き下がってくれた。

 

「良かった。さっきまで人斬りがいたんじゃないかってところまで追って、怖くなっちゃってね。人数が増えれば心強いよ」

 

 トキリはいつまでも無邪気な笑顔で言ったのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ここが人斬りがいたと思われる現場だよ」

 

 トキリが案内したのは街道沿いの林だった。そこには一人の男性が絶命している。アネンサくらいは青褪めるかと思っていたが、取り乱すことなく冷静そうだった。それがいいことなのかはわからないが。

 割りと綺麗な太刀筋で斬りつけられている。人斬りの噂が本当なら、この男性が使っていた剣術を真似して斬ったからだろう。なにがしたいのかよくわからんが、下らないことをする。

 

「人斬りは剣術を真似て相手を殺す。この人はさぞ悔しかったんだろうなぁ。憤怒の表情をしてる」

 

 呑気というかなんというか、トキリはそんな感想を零した。内にある感情が隠し切れてないぞ、未熟者。

 

「下らないことをするヤツもいるもんだな。……血が乾いてないし、近くにいるかもしれねぇ。手分けして探そうぜ。見つけたら大声で呼ぶ、それでいいだろ」

 

 俺は言って死体に屈み傷跡を見る。……【ドクター】になれるようになったおかげでこういう傷跡からどういう武器を使ったかがわかるんだよなぁ。まぁ人斬りは剣士だって話だから大雑把には刀なんだけど。【ドクター】を所持してる俺は、更にその先を行く。どんな形状の刀なのか、刃渡りはどれくらいなのか。そういったことを含めて傷から割り出せるのだ。観察が得意という俺の長所を伸ばすいい『ジョブ』だ。

 誰も俺の提案に反対しなかったので、五人それぞれで分かれて探索することになった。俺は死体を少し調べてから、四人が行かなかった方角へと歩を進めていく。とはいえ多分こうして探していて出会うことはないだろう。

 

「あ、ダナンさん!」

 

 少ししてなぜかこっちに来たトキリが声をかけてきた。

 

「どうした? 手分けして探してるところだろ?」

「そうなんだけど、ちょっと見て欲しいモノがあって」

「俺に?」

「うん。だってダナンさんがリーダーなんでしょ? レラクルさんが団長って呼んでたし」

 

 なるほど、いい判断だな。よく見ている。

 

「わかった。じゃあ案内してくれ」

 

 俺に声をかけるのは正しい判断だ。こうして彼の案内で見てもらいたいモノとやらの場所へ行く。

 

「……これは、さっきと同じ殺され方をしてるな」

 

 トキリに連れていかれた場所には、別の死体があった。こっちはさっき見たモノより更に新しい。傷跡から同じ剣術で殺されているだろうということがわかった。

 

「やっぱり、ダナンさんにお願いして良かったよ。同じなんじゃないかなぁとは思ってたんだけど」

「いい判断だな。確かにこれは同じ力の入れ方、振り方が基本となってるみたいだ」

 

 俺は死体に屈み込んで様子を調べる。

 

 ――そこで、俺の首横に冷たいモノが触れる。刀だ。

 

「……さっきさぁ、人斬りを下らないって言ったよね? その言葉、撤回した方がいいよ? だって、僕こそが人斬りなんだからさぁ!」

 

 紛れもなくトキリの声だ。興奮した様子なのが伝わってくる。……なんだか、簡単すぎてつまらない結末だな。

 

「……そうだな、だからいい判断だって言ったんだよ」

「? ……っ!」

 

 俺は言って即座に振り返り様拳を叩き込もうとしたのだが、間一髪スウェーで避けられてしまった。それくらいはやるらしい。

 

「いやぁ、俺を狙ったのはいい判断だったぜ。なにせ、俺はあの三人とは違って凡才でな。まだ、お前に勝ち目がある」

「……はっ。なに言ってるんだよ。僕は剣士が相手なら誰にも負けない。僕は最強だ。僕に真似できない剣術なんてないんだからね」

 

 俺の言葉に、トキリは表情を豹変させ歪に嗤う。……いや、あいつらが剣士とかいう次元ならな? でもあいつらの剣は昇華されすぎてて真似しようもないと思うんだが。

 

「そうかい。じゃあ俺は剣士じゃないし真似される心配もないってことで」

 

 俺は軽く言って首を回し手首をぶらつかせて身体を解す。

 

「さて、かかってこいよクソガキ。痛い目に遭わせてやる」

「遺言がそれでいいのかなっ!」

 

 トキリは刀を構えて突っ込んでくる。……うん、まぁ速いっちゃ速いんだけどな。

 俺は必要最低限の動きで刀を回避するとカウンター気味に脚の爪先を鳩尾へ叩き込んでやった。

 

「がっ!?」

 

 呻いて後退したところを追い、懐に潜り込んで顎に一発拳を入れる。続けて顔面をぶん殴ってやったが、その後後ろに跳んで距離を取られる。間合いが確保できれば問題ないと言わんばかりに距離を一定に保って攻撃してくるが、横一閃を屈んで回避しながら足払いをかけて体勢を崩させると、低い姿勢から倒れていくトキリの腹部に掌底を捻じ込んだ。

 

「ぐっ、あぁ!」

 

 呻き声を上げて吹き飛び、地面を転がって和服に土をつける。それでも俺を睨み上げながら立ち上がろうとしていた。

 

「なんだ、弱いなお前」

「っ!!」

 

 俺ががっかりしたように呟くと、トキリが憤ったらしく目を剥いて歯軋りして立ち上がり、そのまま俺に突っ込んできた。

 

「相手との力量差くらいわかれって」

 

 俺は言いながら突っ込んできた攻撃をかわす。どこの剣術かは知らないが、こんなヤツに使われていたら可哀想だ。

 とりあえず肋の一本や二本は折って大人しくなってもらうとしよう。ということで回避した隙に蹴りを叩き込んでやった。手応えはあったし、トキリも動きを止めて咳き込んでいる。

 

「クソッ、なんで……!」

「実力の差だろ。お前みたいな見様見真似だけの剣士に負ける筋合いはねぇよ」

「なんだと!? 僕は最強なんだ! 天才なんだ! お前なんかに負けるはずがない!」

 

 肥大化した自尊心故だろうか。だが顔に痣を作って言う様は天才だとか最強だとかには程遠い。

 

「ふぅん。じゃあ剣士として戦ってやろう。【剣豪】」

 

 『ジョブ』を使っていない俺にすら勝てないようじゃ、他三人にも当然勝てない。だがプライドが高いようなので剣士としての勝負なら乗ってくれるだろう。

 俺は【剣豪】を発動してイクサバを担ぐ。

 

「……後悔しても遅いからなぁ!」

 

 トキリはこれなら勝てると言わんばかりの笑みを浮かべて襲いかかってきた。当然、俺が負けるはずがない。むしろ徹底的に叩きのめすために、

 

「無明斬」

 

 自分の動きを短時間三倍にさせる。『ジョブ』なしでも圧倒できたので【剣豪】を発動すれば相手にもならない。その上三倍速になれば、

 

「は……?」

 

 トキリの目にはもしかしたら、俺が複数人いるように見えているのかもしれない。敵を前にして呆然とした声が漏れていた。俺は容赦なく、しかし峰打ちでトキリを滅多打ちにしてやった。

 何本かは骨折しているだろう。吹き飛ばされてごろごろと転がったトキリは血反吐を吐いた。

 

「主の剣には心がない。信念がない。そっ刀で儂に傷つけようゆうのが百年早い。そうやって地べた這うのがお似合いじゃき」

 

 俺はイクサバを肩に担いで無様に転がるトキリを見下ろす。

 

「……クソ。僕が負けるわけない。僕は最強なんだ!」

 

 そこになんの意地があるのか、彼は立ち上がった。

 

「……これは僕がコピーした中で一番の技を改良した技だ。これを受けてみろ!」

 

 トキリは刀を両手で握り左腰に添える。

 

「上等じゃ、かかってこい。真っ向から叩き潰したる」

 

 俺は言って刀を持っていない右手の人差し指でかかってこいと挑発する。

 

「風間心眼流、奥義!」

 

 トキリは風を纏い突進してくる。落ちていた草木や土などが舞い上がり、技だけは凄いのだと訴えてくる。

 そして俺の目の前で立ち止まると刀を振った。振った刀に巻き起こした風が集中し、竜巻すら纏っているかのような一太刀が襲い来る。

 

「疾風怒涛ッ!!」

 

 技自体は確かに強力だ。だが本人に気迫が備わっていない。こいつの剣術はただの真似事。中身が伴っていないのだ。

 

「無駄じゃ」

 

 俺は言って、渾身の一振りをぶつけて技を相殺してやった。

 

「……嘘、だ」

 

 眼前のトキリは愕然とした表情で呟く。

 

「じゃあもう一度放ってみゆうか?」

 

 俺は言いながら、殺気をぶつけ冷たい目で見下す。

 

「次はそっ首刎ねちゃるが」

「っ……!?」

 

 トキリの顔から血の気が引き、震えた手から刀が落ちた。がっくりと膝を突いたので、勝負はあっただろう。

 俺は『ジョブ』を解除して屈み込む。

 

「お前は今のところうちの団員の誰にも勝てないが、まぁいいだろ。お前に殺せるヤツはうちにはいない。上には上がいることを教えてやるよ。つまんない自己満足の旅は終わりだ」

「……なにを言って」

 

 俺は髪の毛を掴んで顔を上げさせる。

 

「……お前は負けたんだ。お前が今までしてきたように、殺してやってもいいんだがな。今は少しでも戦力が欲しいところだし、なにより今風っぽい奥義使ったから、丁度俺が集めてる六人の刀使いの風枠になりそうだしな」

「……なんだよ、それ」

「死にたくなけりゃ俺と来い。断るなら殺す。簡単な話だよ」

 

 俺は表情を消して冷淡に告げる。トキリは自分が負けると思っていなさそうだったし、ピンチに弱いのかもしれない。視線を泳がせると力を抜いた。

 

「……わかったよ、言うことを聞けばいいんでしょ」

「立場がわかってるようでなによりだ」

 

 俺はにっこりと告げて手を離す。それから顔を別の方向へと向けた。

 

「ってことでいいな、お前ら」

 

 俺の視線の先には先程分かれた三人が立っていた。おそらくレラクルが声をかけたのだろうと思う。

 

「それが団長の判断なら。なにより、そこの自称天才剣士の痛々しさは目に余る。人斬りを放置しておくわけにもいかないしな」

「ダナンちゃんがそう言うならいいと思うよ」

「弱いのにいいの~? そういう人、足手纏いって言うんでしょ~」

 

 レラクルとアネンサの言葉に苛立っていたようだが、トキリは我慢しているようだ。流石に多対一で粋がるほどではないようだ。

 

「人数の埋め合わせみたいなもんだからいいんだよ。それに、その辺の幽世の存在になら負けないぐらいの実力はあるだろうしな」

 

 あと本人には絶対言わないが、戦っている間に相手の剣術を真似するところは天才さが窺えはする。……まぁそれ以上の天才にこの間会っちまったからショボく見えるかもしれないが、才能自体はあるようだ。

 ただそれが間違った方向に伸びてしまっているようだったので、ここらでプライドをべきべきにへし折って更正してもらった方がいいだろう。

 

 というわけで、騎空挺に戻り他と合流してから、人斬りを確保して仲間に入れたと報告した。善人のアリアやレオナは驚愕していたが。




六人の中で二番目にヤバいヤツ、ではありますが同行している者も含め仲間達の中では最弱君です。
中途半端に天才性を持っていたせいで性格が歪み、他者を害することを楽しみ出してしまいましたが、天災ともされる星晶獣とも戦うような化け物達と遭遇した結果プライドがべきべきにされていく予定。

更正というか矯正させられる子ですね。まぁ自業自得ですが。


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蜘蛛の子

トキリ君のキャラ紹介でも良かったんですが、キリが悪かったので次にします。
トキリの続き、プラス次のオリキャラになりますのでご注意を。

そしてそのオリキャラの話が終わるので、明日明後日とキャラ紹介が続きます。


「ほら、土下座しろよ土下座」

 

 騎空挺の甲板の上、共に行動している者達が全員集まった中で俺はトキリにそう告げた。

 

「……完全にダナン君が悪役に見えるんだけど」

「……普段ならそれでいいのですが、今回は向こうが人斬りですからね」

 

 比較的常識人枠であるレオナが苦笑し、アリアも同意していた。……おいこら、「普段ならそれでいい」ってなんだよ。

 

「……なんで僕が」

「悪いことをしたなら謝るのが筋だ。お前は人を殺して回った。なら最大級の謝罪を要求するのは当然だろ?」

「だとしてもなんでこの人達に……」

「これから一緒に旅する間柄だしな。蟠りは極力なくしたい。なにより直接謝らせに行った場合、お前は殺されるだろうしな」

「……」

 

 想像はできたのか黙り込むトキリ。俺はそんな彼に、にっこりと声をかける。

 

「なぁ、トキリ。お前自分の立場わかってるのか? ……死にたくないなら、ちゃんと言うこと聞いておけよ?」

「っ!」

 

 声のトーンを下げてつけ加えるとびくっと身体を震わせていた。アリアは俺に呆れた目を向けてはきたが、相手が相手だからか口出ししてこない。

 

「……わかったよ。やればいいんでしょ」

 

 渋々といった感じを出しながら、トキリは甲板の上で正座をして両手を突くと腰を折って頭を深々と下げた。

 

「これでいい?」

「ああ、土下座はな。だが謝罪の言葉が足りないよなぁ。『剣士の剣術を真似して殺人なんてもうしません。相手を甚振って屈辱に歪む顔を見て愉悦に浸ることもしません。どうかこの船に置いてください』だ」

「…………剣士の剣術を真似して殺人なんてもうしません。相手を甚振って屈辱に歪む顔を見て愉悦に浸ることもしません。どうかこの船に置いてください」

 

 とんでもない棒読みだった。悪いと思っていないと取られてしまう声音だ。

 だから俺は下げられた頭を踏みつけた。

 

「痛っ!」

「当然だ。お前には反省の色が見えない。もっと心を込めろよ、死にたいのか? わかってねぇな、やったことには責任が伴うんだよ。お前はその点、こんな真似をされても文句が言えない立場だ」

「っ……! ……剣士の剣術を真似して殺人なんてもうしません。相手を甚振って屈辱に歪む顔を見て愉悦に浸ることもしません。どうかこの船に置いてください」

 

 今度のは心が込められていた。まぁ本当に反省しているかどうかは怪しいところだけどな。

 

「よし。じゃあこいつを踏みつけるも唾吐きかけるも好きにしていいぞ」

 

 俺は足を退けて他の面子に顔を向けて言う。……あれ、なんでちょっと引いてるの?

 とはいえ俺の行いで充分だと見たのか、誰もなにもしない。かと思っていたら一人だけ歩み出た者がいた。

 

「無様だね、自称天才剣士クン」

 

 カイムだ。

 彼には心がないのでトキリの頭を躊躇なく踏みつけた。屈辱に彼が震えているのを冷めた目で見下ろしている。

 

 カイムが足を下ろしてから、

 

「顔を上げていいぞ、トキリ。これを機に心を改めるように」

「……」

 

 俺に言われて顔を上げたトキリが全員睨みつけるような形相だった。まぁそう簡単には折れないよな。

 

「さて。この船に同乗する中で、一つだけお前に許可してやろう。――四六時中、全員お前の挑戦は受けて立つ。どんな時でもかかってこい。ここにお前程度に負けるヤツは存在しないからな」

 

 俺は不敵に笑って告げた。

 

「あ、ただ最初はさっきお前の頭を踏みつけたカイムにしてくれ。いいだろ、カイム?」

「うん、いいよ」

「ってことでこれからよろしくな。最弱からのスタートの、自称天才剣士クン?」

「……っ。いいよ、やってやる。一人残らず、殺してあげるよ……!」

 

 トキリは俺の言葉に笑って返してきた。……だから無理だって。『ジョブ』なしの俺にすら勝てないのに。

 カイムを最初にした理由は簡単だ。トキリより年下で、真の天才だから。完膚なきまでにプライドをべきべきにへし折ってくれるだろう。

 

「やる気満々だね。じゃあ早速僕と戦ってみる? 勝てないだろうけど」

「いいよ、その余裕ぶった顔を歪ませてあげる!」

 

 ということで二人の勝負が始まったのだが。

 

「もう終わりにする? 降参するならやめてあげるよ」

 

 数分後には、無傷のカイムとボロボロになったトキリがいた。まぁ天才としての格が違うのだろう。というかうちに天才が多すぎてトキリ程度では相手にならないと思っている。

 

 俺は『ジョブ』持ち故にある程度才能があるし。ナルメアは感覚派の天才だし。アネンサは生まれながらの強者だし。レラクルは若くして忍者の頭領になれるほどだし。フラウもアネンサと同じく生まれながらの強者だし。レオナも思っていたより強いみたいだし。アリアは七曜の騎士だし。

 

「……参った」

 

 悔しそうではあったが、勝ち目がないとわかってか降参を口にした。カイムにそのつもりはなかっただろうが、負けを自ら口にさせるというプライドに効果的なことをさせている。

 

「うん、いい判断だね。勝てないとわかったら僕に挑まないでね。無駄な時間は過ごしたくないから」

 

 カイムはあっさりと言って臨戦態勢を解いた。

 

「お前が挑んでついた傷は治さないから、存分に敗北を噛み締めろ」

 

 トキリに告げて、身体を休ませようかと自室に戻る。

 それからというもの、トキリは最初一巡するよう全員に挑み全員に漏れなくボコボコにされた。結果一番勝てそうだと思ったのか俺によく突っかかってくることになった。……手加減しすぎたのかな。

 一回フラウとの行為中に来た時はどうしようかと思った。まぁその時はフラウが記憶がなくなるまで頭を蹴り続けたので心が磨り減ったらしく、ちょっと大人しくなったのだが。あと夜には決して挑んでこなくなった。少年には刺激が強すぎたらしい。それかフラウが怖かったのかもしれん。いやそっちの方が可能性として高いか。

 

 ともあれトキリも負け続けた結果自信が磨り減っていって徐々に落ち着きを持つようになっていったので、良かったと思う。いや、天才が多すぎて凡人は心折れるぞ普通。それでもいつか見返してやるとばかりに鍛錬に励むようになったので、とりあえずはいいだろう。

 【剣豪】を習得する過程でわかったのだが、剣とは己との戦いだ。つまりトキリが他者を弄ぶために剣を学ぶ以上、真の意味で剣士になることはない。

 

 さて、そんな日は来るんだろうかね。

 

 まぁそんな生意気最弱剣士クンを加えて島を巡っている中で、次に動きがあったのは十七個目の島だった。

 

 その島では特に賢者の反応もなく、他の島と同じく助力は願えないかと思っていたのだが。

 

「ああ、それなら村の兵士じゃないんだが、強い子がおるので声をかけてみたらどうだね」

 

 と立ち寄った村のおじさんが言ったのだ。

 いるのはアネンサとアリアだけ。トキリは負け続けて不貞寝中だ。レオナはここまでの操舵を担当したので、アリアがこれからの操舵をする予定であり島にいる人々に助力を請うところまでやるのだ。

 レラクルはもうすぐベスティエ島で働き詰めになるからとサボり中。カイムはこういう交渉に向いてないし、フラウは直前まで俺に付き合っていたので睡眠中だ。ナルメアはもし寝ている連中をトキリが襲った場合に阻止する要員として置いてきている。

 

「強い子?」

「ああ。山の主に育てられておる子だよ。白髪に赤い瞳の子だ。私達と同じハーヴィンだから、あっちの山に行ってみたらすぐわかると思うよ」

 

 俺が聞き返すとその子とやらの特徴まで教えてくれた。白髪に赤目のハーヴィンか。覚えておこう。

 

「ありがとう。ここまでは流石にそう来てないんだな、被害は少ないみたいだが」

「そうだね。黒い化け物の集団はここに来る数が少ないから、なんとか他の村やなんかと協力して撃退できてるんだよ」

 

 田舎の平和な村といった風で、特に異様な雰囲気も感じない。こんな事態でもなければ平和に暮らせただろうな。

 

 ただまぁそんな村だからか強い人もいないし戦力も少ないので、助力は得られなかったが。ダメ元で山の主に育てられたというそいつを当たってみることにする。

 

「そんなに薄着で虫に刺されるかもしれないな、アリアお嬢様?」

「バカにしないでください。これでもあの極寒の地で活動していたこともありますから。虫程度平気です」

 

 おぉ、いいとこ育ちにしては立派な。

 

「じゃあそのままでいいか。行くぞ、二人共」

 

 言って、アリアとアネンサを連れ村の人が指した山へと歩いていった。

 

 山の森を歩くこと数分。

 

 山に入っても特に神聖さや邪悪さを感じない。なんの変哲もない山のように思える。

 

「なにもないね~」

「ありませんね。もう少し奥に行ってみましょうか」

 

 アネンサとアリアもなにも感じないようだ。

 俺も特に違和感はなかったのでもう三十分ほど登ってみる。

 

「山の主どころか、魔物一匹いねぇな」

 

 俺にはそれが違和感だった。

 

「ええ。村に来るまでは魔物に遭遇しましたので、この島が特別というわけではないと思いますが」

「ん~」

 

 二人も不思議には思っているようだ。だが結論は出ない。魔物が見当たらないことによる嫌な予感がないのも理由の一つだろうか。駆逐されているなら、その山の子がやった可能性だってある。

 

「……ただ一つ、どうも蜘蛛が多いんだよなぁ」

 

 俺は魔物がいないこと以外にもう一つ気づいたことがあった。それが、山の中に蜘蛛が多いという点だ。山なら蜘蛛くらいいるだろうと思うかもしれないが、そこかしこに蜘蛛を見つける。他の虫は見かけないぐらいなので異常と言えるのかもしれない。

 

「そういえば、こうして見回してみても蜘蛛の巣が多いですね」

 

 アリアの言う通り、蜘蛛の巣をあちこちに見かける。これはちょっと不穏になってきたか? と考えたのだが。

 

「……帰れ~」

 

 どこからか声が響いてきた。妙に低くされた声だ。だが複数方向から聞こえてきてどこにいるのかを諭させない頭があるらしい。

 

「い、今の声は?」

「どこだろうね~」

 

 警戒するアリアと変わらずのんびりとした口調のアネンサ。

 

「立ち去れ~、立ち去れ~。この山から立ち去れ~」

 

 声は続いて響く。……ふむ。詳しくはわからないが、この声が村の人が言っていた子というヤツだろうか。

 

「お前は山の主に育てられたってヤツか? なら丁度いい。姿を見せてくれ。お前に用があるんだ」

「……帰れ~。立ち去れ~」

 

 大きな声で提案してみるが、無視された。

 

「出てこい、さもないとこの森燃やすぞ」

「っ!! そんなことさせるわけないでしょ!」

 

 それっぽく右手に炎を灯してみたところ、効果覿面で素の声が出ていた。女性らしい。

 

 やがてドドドという音が聞こえ始め、一方から白い影が走ってくるのが見えた。

 

「この森は燃やさせない! ()()()()、いくよ!」

 

 走ってくるのは巨大な白い蜘蛛だった。蜘蛛が苦手なヤツだったら怖気が走るだろう容貌をしている。長い脚と身体には長めの白い毛が生えており、頭部分には八つの赤い瞳が爛々と輝いていた。

 その上に、耳の尖った白髪に赤い瞳の少女が乗っている。いや、少女という表現が正しいのかはわからない。ハーヴィンの女性の年齢はなかなか見分けづらいのだ。白い無地のシャツを着込んでいる。下半身は蜘蛛の毛に覆われていてよく見えないが、彼女の背中には刀が背負われていた。……まさか刀使いとはな。

 

「脅して悪かった、争う気はないんだ、話し合おう」

 

 俺は右手の炎を強くさせて微笑む。

 

「そんなに火を灯して信じられるかぁ!」

「尤もな意見ですね」

 

 蜘蛛の子のツッコミにアリアがうんうんと頷いていた。いや俺もどうかとは思うんだが、あんなデカい蜘蛛に突撃されるよりはマシだろう。

 

「斬る? お兄ちゃん」

「いや、いい。丁度良さそうだし、交渉しよう」

「……敵の弱点をチラつかせた交渉なんて脅迫と変わりないですが」

 

 物騒なアネンサと、ジト目のアリア。

 

「ほらよ」

 

 俺は言いながら右手を突き出し炎の奔流を蜘蛛に向けて放った。

 

「お、お母さん避けてっ!」

 

 母親らしき白蜘蛛は素早い動きで炎を避けて回り込んでくる。ほう、なかなか反応速度が高いな。

 

「お母さんは下がってて、私がやるから!」

 

 そう言うと炎に弱い蜘蛛を守るためかハーヴィンの彼女が飛び出してきた。下にも真っ白いズボンを履いている。背の刀を抜き放と刀身が露わになり、刀身に丸い穴が空いた特徴的な刀だとわかる。刀身は純白となっていた。刀を握る右手とは別に左手をなにやら動かすと、空中で着地した。……いや、陽光が微妙に反射してるな。細い糸の上に立ってるのか?

 

「この森に手を出すなら許さないから。ただじゃ済まさないからね」

 

 彼女は俺達、特に俺を睨みつけて宣言してくる。蜘蛛の巨体が突進してくる危険がなくなったので炎を消した。

 

「いや、悪かった。流石に俺もあの巨体に突っ込まれたらヤバいんでな。威嚇させてもらった」

「今更そんなこと言っても見逃してあげないんだから」

 

 俺は謝るが刀を下ろす気はないようだ。よく見ると裸足なので糸が食い込んでいる様子がよく見える。……注視してみれば、あちこちに糸が張り巡らされているのがわかった。

 

「今更気づいたの?」

 

 俺が視線を走らせているのがわかったのか、彼女は得意気な顔でふふんと胸を張っている。

 

「もう私の糸でここら辺は囲んであるから。もう逃げ場はないってわけ。わかったら大人しく観念しなさい」

 

 余程自信があるのか彼女は踏ん反り返った。……そんな不安定な足場で踏ん反り返ったら――あ、ほら。

 

「あ」

 

 彼女はバランスを崩して後ろ向きに倒れ込む。蜘蛛は遠いし糸を出して自ら助かるかどうかの保証はない。なにより真下に糸が張られていた。あの勢いで落ちたら大怪我程度で済むかどうか。最悪真っ二つだろう。

 そう考えたら身体が動いていた。戦力として加えようと思っていたところもあるので、助けるのは当然だろう。

 

 俺は落下する彼女の真下に移動して、張り巡らされた糸に当たらない位置で受け止める。軽い。ハーヴィンとあまり関わりがないせいか、とても軽く感じる。

 

「ふぇ!?」

 

 腕の中の彼女が間の抜けた声を上げる。見ると顔が赤い。

 

「気をつけろよ、危ないだろ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 注意すると先程までの様子はどこへやら、縮こまっている様子だった。

 

「で、でもこんな、お姫様抱っこで……」

 

 どうやれそれで照れていたらしい。

 

「いや、お前の身長じゃお姫様抱っこじゃなくて赤ちゃん抱っこじゃ」

 

 とはいえお姫様抱っこというような形にはならない身長差なのでそう指摘したのだが、彼女の額に青筋が浮いた。あ、嫌な予感と思った次の瞬間には小さな拳が顎にクリーンヒットしていた。……痛ってぇ。

 思わず腕を緩めてしまい、その隙に彼女は抜け出してみせる。

 

「私は立派な大人なの! 二十四歳よ、二十四歳!」

「……ハーヴィンは若く見えるんだよ」

「だからって赤ん坊扱いはないでしょ、もう!」

 

 彼女はびしっと俺を指差してぷんすか怒っている。二十四歳って言うとナルメアと同い年か。それは確かに失礼だった。しかし感情表現が豊かだからかちょっと幼く見える。

 

「悪かったよ。で、少しは話を聞いてくれる気になったか?」

 

 殴られた顎を擦りつつ尋ねた。

 

「ま、まぁ話くらいなら」

 

 とはいえ激怒はしていないのか、敵ではないとわかってくれたのか聞いてくれるようだ。

 

「実は、空からやってくる異形の群れが湧き出している島を攻略しようと戦力を集めてる最中なんだ。そこで麓の村に立ち寄ったら、山の主に育てられた子に声をかけたらと言われたもんでな」

「それでこの山に来たんだ。なにを隠そう、この私がその子よ。あ、こっちのお母さんが山の主ね」

 

 俺が事情を説明すると張った胸に手を当てて自白し、続いて敵意がないとわかったのか近寄ってきた大蜘蛛を紹介する。

 

「なるほど、この蜘蛛に育てられたのか。で、ここを離れて俺達に力を貸してくれる気はあるか?」

 

 肝心なことを尋ねる。それが本題だ。

 

「嫌よ。ここを離れる気はないもの」

 

 しかし簡潔に拒否されてしまった。……そうか。まぁ悪いヤツじゃないみたいだし、できれば仲間に入れたかったが仕方がない。無理にとは言えないしな、トキリはあれだが。

 と俺は諦めていたのだが、彼女の傍に立っていた蜘蛛が器用につんつんと突いていた。

 

「なに? お母さん」

 

 きょとんとして振り返る彼女に、蜘蛛がなにやらキチキチと音を発している。鳴き声なのだろうか。俺には全く理解できないのだが、

 

「えっ!? この人達についていけって!?」

 

 彼女には伝わっているようだ。

 

「な、なに言ってるのお母さん」

 

 戸惑う娘にキチキチとなにかを告げる母蜘蛛。はっと目を見開き、涙を滲ませて目元を拭う。

 

「……うん。ありがとう、お母さん。私頑張るね」

 

 どうやら説得は終わったらしい。彼女と蜘蛛は揃ってこちらを向き、

 

「ということでついてくことにしたから。よろしくお願いします」

 

 頭を下げた。おっ、これはわかるな。多分「娘をよろしくお願いします」だ。

 

「おう、こちらこそ」

 

 というわけで、二人の間に感動するようなやり取りがあったのだろうと勝手に納得して受け入れることにした。

 

「私はクモルクメル。見ての通りハーヴィンよ。改めてよろしくね」

 

 にっこりと笑ってクモルクメルは名を名乗る。

 

「ダナンだ。よろしくな」

「アリアです。よろしくお願いします」

「アネンサだよ〜。よろしくね〜」

 

 簡単にこちらも自己紹介して、彼女を連れて騎空挺の方に戻っていく。

 

「新しい子、見つかったんだ」

 

 甲板を掃除していたらしいレオナを筆頭に、全員が見覚えのないクモルクメルに注目する。

 

「私はクモルクメルよ。この船でお世話になるわ」

 

 彼女は自分から名乗った。この中では常識人の部類になるかもしれない。山で蜘蛛に育てられたのに。

 

「剣士なんだ。じゃあ、とりあえず勝負だよね」

「なにそれ。いいけど、まず名乗り返すのが礼儀じゃない?」

「……トキリ」

 

 そしてその野生児らしき彼女に礼儀を教えられるトキリとは一体。

 

「そう。じゃあ始めましょうか。いつでもかかってきなさい」

「その余裕を覆してやる!」

 

 両者は刀を構え、トキリから突っ込んでいく。クモルクメルは刀を持っていない左手を振るうと糸に足を引っかけさせた。

 

「くっ!」

「もう勝負あったわね」

 

 体勢を崩した彼の身体を糸が雁字搦めにする。結果トキリは縛られた状態で倒れ込んだ。

 

「はい、これで私の勝ち」

「このっ……! 全然振り解けない!」

「当たり前でしょ。私の糸は鋼鉄よりも硬いの」

 

 足掻くトキリにふふんと胸を張って得意気にするクモルクメル。褒められると弱いのかもしれない。

 

「そいつは元人斬りのヤバいヤツだから、死なない程度に痛めつけていいぞ。あと暇さえあれば襲ってくるから」

「なにその危ない人」

 

 俺の言葉にまともなツッコミが入る。常識ある人物だとわかったからかレオナが少し嬉しそうだ。アリアも満足そうにしている。……確かにまともなヤツは少ないよな。で、そのまともなヤツの中に俺は入ってるんだよな?

 

「っ……!?」

 

 と、俺の方を向いたクモルクメルがぎょっとして顔を真っ赤にした。フラウがしな垂れかかっているからだろうか。

 

「は、破廉恥! 不潔! 変態!」

 

 と思っていたら罵倒された。……そんな不名誉な三拍子をつけられるような状態か?

 どうやら彼女は異性に免疫がなさすぎるらしい。




というわけで白髪赤眼な蜘蛛の糸使いハーヴィンの登場です。
蜘蛛に育てられたので異性への免疫はゼロです。

……割りと個人的趣味剥き出しな気がしますね。
最近だと鬼滅の刃が挙げられますが、こういう見た目の子好きです。


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キャラ紹介:トキリ

前回の予告通り、オリキャラの紹介です。

今日のレジェフェス更新はイルザさんが当たったので悔いはありません。
フェイトの新人時代のイルザさんが可愛かった、丸。


「トキリ」

 

薄い青色の髪に碧眼を持つ整った顔立ちの少年。身体を鍛えているため育ち切っていない身体ではあるがしっかりとしている。和装を好んで着る。軽やかな身のこなしをするために草履を履く。所持している刀はどこかの道場で奪った先祖代々に受け継ぐ名刀。切れ味がいいのでそれなりにちゃんと手入れをしている。

 

年齢:13歳

身長:156cm

種族:ヒューマン

趣味:人斬り

好き:絶望や悔恨の激しい表情を見ること

苦手:負けること、バカにされること

 

キャラ紹介文。どういうキャラか、得意武器と属性も。

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルキャラクターの刀使い、風属性枠のトキリが登場です。得意武器には刀と剣があります。自尊心が大きくなり、剣士を探しては相手の剣術を模倣して上回り殺し回るという極悪非道っぷりを見せたトキリですが、アビリティにもそれに伴った特殊な傾向のモノもあります。

また彼は剣に心がなくても侍ではありますので、奥義ゲージが最大200%まで溜まります。

そんな彼のアビリティを以下に紹介します。

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《多様剣術》

・敵に全属性防御ダウン

 

トキリが人斬りの最中に会得していった様々な剣術を相手や状況に合わせて変えることで多種多様な戦い方ができます。そういった彼の手札の多さが反映され、どの属性の防御力も下げることができます。

火属性の十二神将アニラとは異なりどの属性防御ダウンの値も一定になるため使い分けていただければと思います!

 

《千剣灯籠》

・敵に10回風属性ダメージ/自分の連続攻撃確率UP(累積)

 

高速の剣撃を見舞いながら自分の連続攻撃確率を上昇させるアビリティです。効果が累積された時のトキリは疾きこと風の如し! がんがん使って風の速さを体感してみましょう。

 

《模倣剣技》

・味方の剣、刀得意キャラクターのアビリティを模倣する

 

トキリの代名詞とも言えるアビリティです。味方の剣または刀得意キャラクターのアビリティを模倣できます。ルナールとは異なりキャラクターが限定されますが、その代わりにより強力なアビリティも模倣することが可能となっています。どんなアビリティが模倣可能か、是非使って確かめていただければと思います。

 

 

◆奥義◆

 

《疾風怒濤》

・風属性ダメージ(特大)/味方全体の奥義ゲージUP(10%)

 

作中でも使ってみせた、風を纏って突進し刀へ纏った風を移すことで斬撃と共に暴風すら見舞う彼の奥義です。前述した通り200%まで溜まる奥義ゲージを使い最大で2回奥義を放つことができます。更に味方の奥義ゲージを増加させますので、味方の奥義も回しやすくなります!

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《人斬り》

・奥義ゲージの最大値が200%になる

 

人斬りとはいえ剣士は剣士、奥義ゲージの最大が200%となっております。

 

《天性の才》

・味方の剣、刀得意のキャラクターの数に応じて性能UP

 

剣術を真似る才能は味方に対しても有効。味方剣士の数に応じて戦闘の最中自らの技を増やしていく、そんなアビリティとなっています。剣と刀が得意武器のキャラクターも一人分と換算されます。

性能UPは攻撃力、防御力、連続攻撃確率、奥義ゲージ上昇量、奥義ダメージ、奥義ダメージ上限が上昇します。

是非他の剣士の腕を盗ませてトキリを強化しましょう!

 

 

◆解放武器◆

白鞘・天能

 

真っ白い鞘に収められた銀の刀身が天から降り注ぐ光を反射する。まともな刀だが、刀を収める鞘は頑丈で武器になるということをご存知だろうか。

二刀流でこの武器を装備、またはスキンを使うと強制的にもう片方の武器が鞘になる。

奥義は一度刀を鞘に収めた後、一気に解き放つ「白刃・天罰」。アレーティアと奥義モーションが一緒に見えるかもしれないが、別物。奥義モーション案が尽きたわけではない。

奥義がどんな感じか。



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キャラ紹介:クモルクメル

オリキャラ紹介です。蜘蛛っ娘ですね。

風ミリンと同じく奥義ゲージが200%まで溜まっている時は一回のダメージ高い奥義になる系キャラクターです。


「クモルクメル」

 

錦糸のような美しい白髪に宝石のような赤い瞳を持つ女性。両親どちらの特徴にも該当せず、村の近くの山を縄張りとしている蜘蛛と似ていたため、蜘蛛の子ではとされた結果捧げられた。物心つく前に捧げられたため、本人は本当に蜘蛛の子だと思っており、蜘蛛と同じ白髪と赤目に誇りを持っている。

山で育ったため基本裸足。服は母蜘蛛の糸で編まれた白いシャツとズボン。だが人と関わってオシャレを知り色々な衣装になるかもしれない。

白い鞘に収められた刀を持っている。刀身に丸い穴が空いているのは糸と組み合わせて使うため。剣術は我流。

 

年齢:24歳

身長:87cm

種族:ハーヴィン

趣味:編み物

好き:お母さん、自然

苦手:自然を壊す者、蜘蛛が嫌いな人

 

「ナンダーク・ファンタジー」オリジナルの刀使いの一人、クモルクメルが土属性として登場です! 特徴的な白髪と赤目を持ち、褒められて調子に乗ると思わぬミスをする。そんな彼女のアビリティを以下に紹介します。

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《粘着糸》

・敵に粘着糸効果を付与◆敵が特殊行動をした時、相手を拘束する

 

粘着する糸を放ち、敵が特殊行動を行った時に拘束します。粘着糸で拘束されている間敵は3ターン身動きが取れなくなります! 水着バージョンのイルザや十二神将のビカラのアビリティに似た効果となります。

 

《鋼鉄糸》

・味方全体に全属性ダメージカット(60%)

 

糸は鋼鉄より硬く、敵の攻撃から身を守ってくれます。そんな糸を張り巡らせれば味方全体を守ることすら可能になり、敵の攻撃を阻みます。

 

《斬裂糸》

・自分の奥義ゲージを100%UP/奥義ダメージUP/奥義ダメージ上限UP

 

彼女は刀使いのキャラらしく奥義ゲージの最大が200%となっています。後述しますが200%の状態で奥義を放つことで、より威力の高い奥義となる、風属性のSRキャラクターミリンと似た性能となっていますので、メカニックなどで奥義ゲージを上げた後に使って200%にしても良しのアビリティです。

200%にするためでなくとも奥義のダメージと上限が上がる効果はつくので、使えるようになったら使う、といった使い方でもいいと思います!

 

 

◆奥義◆

 

《蜘蛛糸白夜》

・土属性ダメージ(特大)◆奥義ゲージが200%の時発動する奥義が一回になるが性能が上昇

 

糸を刀の穴に通して振るうことで刀と糸による無数の斬撃を発生させる……!

上でも説明した通り、ミリンのように奥義ゲージが200%時には二回放つ奥義が一回だけとなり、代わりに二発分以上の性能を発揮します。

また後述するサポートアビリティによって追加効果が発生し、糸による攻撃で追加ダメージが発生します。

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《蜘蛛糸使い》

・奥義ゲージの最大値が200%になる/奥義ゲージが200%の時に奥義を発動した時、奥義の性能が上昇し追加ダメージが発生

 

前述で説明してしまったサポートアビリティです。

 

《母蜘蛛の衣装》

・防御力UP/奥義、アビリティを使用時に蜘蛛糸Lvが上昇(蜘蛛糸Lvに応じて攻撃性能UP/最大6)

 

育ての親である母蜘蛛の糸で編まれた衣装は頑丈なためどんな刃物も通しません。

またアビリティや奥義を使用する度フィールドに蜘蛛の糸を張り巡らせていくことで自分に有利な戦場へと変化させていきます。蜘蛛糸Lvは最大6まで上がり、クモルクメルの攻撃力、連続攻撃確率、ダメージ上限、奥義性能が上昇していきます。奥義が使えない時も戦える彼女の強さが現れたアビリティとなっています。

 

 

◆解放武器◆

蜘蛛の釣竿

 

 

長い柄の先から垂れた頑強な糸。その先には小さく蜘蛛の形をしたオブジェクトがついている。鋼鉄より硬く、しかしよくしなる竿に、鋼鉄より硬く頑丈な糸。そして巨大化して獲物を捕獲する蜘蛛。この釣竿なら、どんな巨大な獲物だって釣り上げられるだろう。

奥義は竿を奮って先端の蜘蛛を敵に向けて飛ばす。巨大化した蜘蛛が敵に襲いかかり脚でざっくりやってしまうのだ。

因みに両手で振るうので斧です。



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戦力集め最後の島

寝落ちして遅れました。申し訳ないです。

今回は朝に更新しますがあの子が出てくるため惨殺シーンがあります。あまり詳しくは描写していないので大丈夫だと思いますが、念のため読む時間にはお気をつけください。


 そして、最後の島に来た。

 

 途中トキリと会った島は当初の予定にはなかったので、二十一個目の島となる。これでレオナの宛ては全て回ったことになるか。ただ最後の島は広大だった。大きく発展しているというわけではないのだが、島が大きい。一応港には着いたが手分けして戦力を集うことになるだろう。

 あとここまでフォリアはまだ見かけていない。島の心当たりを回ったらベスティエ島に戻ったのだろうか。

 

「……ん」

 

 俺は島に上陸して、ローブのポケットにあるカードが熱を持っていることに気づいた。どうやらここにも賢者がいるらしい。……これで六人目か。まぁ順調と言えば順調だな。かなり短い期間で半分以上見つけられたみたいだし。

 

「どうかした?」

「ああ。まぁ、俺一人で済ませてくる」

 

 カイムが怪訝そうに尋ねてくるのに答えると、彼はそれだけで理解したらしい。

 

「その方がいいね」

 

 こくりと頷いた。

 

「じゃあ各自決戦前最後の補給を済ませておいてくれ。トキリからは目を離さないように。俺はちょっと用があるから別行動だ」

 

 一応団長という立場なので、指示は俺が行う。

 指示を出した後の細かいことは優秀な人材が揃っているので各々で調整してくれるだろう。

 

 ということで、俺は一人カードを頼りに賢者を探し回ることにした。……島が広いから、大まかな感覚しかわからない分面倒そうなんだが。

 とはいえ賢者集めに手を抜くわけにもいかない。できれば十人集めたいことだしな。ただ十人集めた瞬間にワールドの野望が実行される、なんてことになるなら対策を練っておいた方がいい。今のところワールドの手にない賢者がエスタリオラだけだからな。何人かワールドの支配から解放させておいた方がいいか? まぁそう簡単には集まり切らないだろうからまだ考慮の段階でいいだろう。

 だが十枚目のカードを手にする段階では念のため全員解放させておいた方がいいな。ワールドの目的を阻止するか否かはまだ決め切れていない部分だが、諸手を挙げて賛同するわけでもない。着々と準備だけは進めておいた方がいいだろう。

 

 賢者のことやベスティエ島に着いてからの作戦などを考えながら賢者を探し歩いていると、森に突き当たった。道なりには移動せず賢者のいる方へと歩くことにしていたのだが。カードの熱はかなり強くなっている。賢者が近い証拠だ。方角も、これまで歩いてきた通り真っ直ぐ森の方だと思われる。……つまりこの森の中に賢者がいる可能性があるわけだ。森がかなり浅い場合もあるけどな。

 まだ午前中なので明るいし、方角さえ見失わなければ迷うこともないだろう。

 

「行くか」

 

 道沿いではないが、真っ直ぐカードに導かれるまま賢者の下へ向かうとしよう。

 

 次はどんなヤツなんだろうか。一筋縄ではいかない曲者だとは思っているが、さて。

 

 できればマシなヤツであってくれという期待はすればするほど裏切られるんだろうなと思いつつ森を歩いていると、

 

「この女! お前この間ヨッちゃんと一緒にいたヤツだろ! あいつをどこへやった!!」

 

 カードに触っていなくても熱くなっていることがわかるほど近づいてきたところで、男の怒鳴り声が聞こえてきた。気配を消してこっそりと窺う。

 

 男が三人、険悪な雰囲気で各々剣などの武器を持って徒党を組んでいる。

 そんな男共と対峙しているのは、長い黒髪を持つエルーンの少女だった。赤い瞳は怯えを帯びており、目の下には大きく隈が出来ている。服装は紺色のローブに赤いケープという賢者共通の恰好なので、彼女が探していた賢者なのだろう。おどおどした雰囲気で胸の前で手を組んでいる様子からは、他の賢者が持っているような自信というモノが見て取れない。だが彼女は星晶獣と契約した賢者のはずだ。

 

 ……ここは様子を見ておくか。

 

 険悪な雰囲気だが、賢者なら相当に強いはず。どうやって撃退するのか見てみたいというのもある。あと人柄がわかるといいんだけどな。

 

「……ヨッちゃん? 誰のこと?」

 

 賢者の少女は怯えた様子で男達を見ている。

 

「ヨハンネだよ! 数日前までお前と一緒にいた!」

「ヨハンネ……? ああ、あの」

 

 男が名前を口にしたことで、少女も誰かわかったようだ。……その名前を聞いた時、少女が口元に暗い笑みを浮かべたのは俺の気のせいだろうか?

 

「覚えがあんだろ! あいつはどこにいやがる! 答えねぇと、ただじゃ済まさねぇぞ!!」

 

 男達は相当怒り狂っているようだ。剣の切っ先を向けて怒鳴りつける。

 それを受けて少女は、両手で顔を覆い――指の隙間から暗い瞳を向けた。ナルメアも偶に目から感情が消えることがあるのだが、それは目から光が消えるという表現が正しいだろう。ただ今の少女の目は闇が覗いていると言った方が正しい気がする。

 

「「「っ!?」」」

 

 ぞっとしたらしく、男達が反射的に半歩下がった。

 

「……あなた達も、私も否定するのね」

 

 低く暗い声で呟いたかと思うと、

 

「ならあなた達もいらない! 消えればいい! ――デス!!」

 

 ヒステリックに叫び、少女はおそらく契約している星晶獣であるデスを呼び出す。デスは漆黒の死に装束のようなドレスを纏い仮面をつけた女性といったような姿だ。

 

「殺して!!」

「……嗚呼、私ノ愛シイ人。私ダケハ貴女ヲ愛シテル」

 

 デスは言うと鎌のようになった揉み上げを振り回して襲いかかった。

 呆気なく先頭にいた男が切り裂かれ絶命する。赤黒い血が噴き出して男二人の顔を濡らす。

 

「ひっ……!」

「嫌だぁ、死にたくない!!」

 

 残った二人は怯えていた。一人は腰を抜かして尻餅を突き、もう一人が逃げ出そうと背を向けて走り出す。

 デスは契約者の命令に忠実に応えて、まず尻餅を突いた男を頭から両断する。血塗れになるのも構わず走り出した男に追いつくと鎌のようになった刃を男の首前に持ってきて、そのまま引いた。男の首が飛んで血が噴出する。男の身体は斬られたことに気づいていないかのように数歩走ったがやがて崩れ落ちた。

 

「ありがとう、デス」

 

 そう言って戻ってきたデスを見上げる彼女の目にはある程度の信頼が見て取れた。……ああ、こいつは。

 

 俺は目を細めて六人目の賢者を見据える。

 

 ……ヤバいヤツだ。

 

 確信した。間違いなくヤバいヤツだ。これまでの賢者で、ヤバいかヤバくないで分けるなら確実にヤバいヤツ側に入る部類だ。

 因みにロベリア、ガイゼンボーガ、この娘がヤバいヤツ側に位置する。この三人に比べたらまだフラウやエスタリオラ、カイムはマシな方だ。

 まとも順でいくとエスタリオラ、フラウ、カイム、ガイゼンボーガ、この娘、ロベリアだろうか。

 

「愛シイ人。迎エガ来テル」

 

 デスは不意に俺が隠れている物陰の方に目を向けてきた。……そういやフラウも俺の存在を感知してたとか言ってた気がするな。

 

「えっ? 迎えって?」

 

 彼女はきょとんとデスを見上げ、続けてデスの見ている方向に目を向ける。これは姿を現した方が身のためだな。

 

「……悪いな、様子を見てたんだ」

 

 言って姿を現し、同時に頭をフル回転させる。……こいつはおそらく、選択肢を誤れば躊躇なく俺を殺しに来るだろう。つまりこれまでの様子を元に正解を引き続けなければいけないわけだ。ああクソ、ホント厄介なヤツがいたもんだ。ロベリアの方がまだ扱いやすいかもしれん。いや、ないわ。

 

「……あなたは?」

 

 少女はさっきの様子からすぐにおどおどした様子に戻っていた。彼女の琴線にさえ触れなければ基本的には大人しいのかもしれない。

 

「俺はダナン。ワールドの契約者候補だ。あんた賢者なんだろ? あんたを探してたんだよ」

 

 半分もこの期間に集めておいてなんだか、一応まだ仮のはずだ。有力候補ではあるだろうけどな。

 

「ワールドの……じゃあ、あなたがデスの言ってた人なんだ」

「デスが?」

「う、うん。デスがワールドの契約者がこの島に来たって教えてくれてたから」

「ワールドノ契約者、賢者求メル。賢者ヲ探シテイル。ダカラ、私ノ愛シイ人ノトコロニモ来ル」

「ふふ、デスの言う通りあなたが来たんだね」

 

 こうしてみると、良好な関係を築いているようにも思える。……良好な関係を築いてた賢者ってロベリアぐらいしかいないぞ? つまりヤバいのでは? いや、今更か。

 

「なるほど。わかってるなら話が早い。俺達と一緒に来てくれないか? 賢者とカードを集めてるってのもあるが、今は少しでも戦力が欲しい」

 

 俺は言って、少し近づき手を差し伸べる。少女は俺の掌と顔を交互に見比べておろおろしていた。

 

「……えっと、私なんかが行っても、いいの?」

「ああ。さっきのを見る限り、星晶獣が戦えるからな。充分戦力になる」

 

 俺が頷くと、自信なさげな表情の中に少しだけ光が差したような気がした。

 

「もちろん、戦力が欲しいとかってのは俺の都合だ。俺にできることがあれば言ってくれ。できる限りの見返りはする」

 

 一方的な関係はよろしくない。できれば俺もなにかあげたいところだ。さて、ここでなにを求めるかも人柄が出てくるんだけどな。

 

「……えっと、なんでもいいの?」

「俺にできることならな」

 

 できないことを要求されても困る。しかし要求を断ったら「……あなたも私を否定するのね」モードに入る可能性が高い気がする。そうなったら終わりだから、できればそう難易度の高くないことだといいんだけどなぁ。

 

「……あなたにできるのか、できないのかがわからなくて」

「そうか。難しいことなのか?」

「多分……? 今までデスしか、してくれたことがないから」

 

 疑問形だったがヒントが出てきた。……デスしかしてくれなかったことを、自分にして欲しいってのが要求か。これまでデスの発言は少ないが、そこで出てきたことから読み取るなら……愛するとかか? デスがこの娘を「愛シイ人」って呼んでるし、最初登場した時も「私ダケハ貴女を愛シテル」とか言ってたし。その可能性が高いか。

 ってことは俺にも愛して欲しいってか? いや、愛するってなんだよ。けどもしデスしかこの娘を愛してくれたことがないんだったら、この娘は愛がなんなのかすらわかってないんじゃないか? つまり、実際に愛を求められるかどうかは怪しい。なら多分、「愛している」と告げて彼女を否定せずにいればいい、のか?

 

 確信は得られない。だが今わかるだけではこれが限界だ。……やってみるしかねぇかぁ。どっちみち彼女を拒絶する道はないんだからな。

 

「……わかった。そういうことなら、言うだけ言ってみてくれ」

「いいの……?」

「ああ。できるだけ、できるように頑張ってみる」

「わ、わかった。じゃあ、その……」

 

 少女は胸の前で軽く手を合わせて不安げな瞳で見上げてくる。

 

「……私を認めて、否定しないで……。私を、愛して……!」

 

 それが、俺に対してして欲しいことのようだ。……いや重い。まぁ、覚悟の上だ。

 

「わかった」

 

 俺は頷いて彼女に近寄りできるだけ優しく、柔らかく頭を撫でてやる。

 

「……え?」

 

 エルーン特有の耳がぴくぴくと怯えたように動き、しばらく頭を撫でていると怯えが減ったのかへたりと倒れた。……こういうところだけなら小動物っぽい可愛さがあるんだけどなぁ。

 

「いきなり愛するってのもなかなか難しいモノがあるけど、そこはまぁ追々な。とりあえずは否定しないし、認めてみよう。これはその一歩だ」

「……うん」

 

 嫌がる様子は見せず頷いてくれたので良かった。まぁ愛するなんてモノがなにかわかっていない以上、口にすればそれでいいような気はするんだけどな。

 しばらく撫でてからそろそろいいかと手を離す。

 

「そういや名前を聞いてなかったっけな」

「あ、うん。ごめんなさい。私はニーア。そこにいるアーカルムの星晶獣デスの契約者」

「よろしくな、ニーア」

「うん。それでえっと、一緒に行くなら準備しないといけないから……」

「そうか。じゃあ荷物運びとか手伝うよ」

「ホント? じゃあうちに来てもらっていい?」

「ああ」

 

 俺は言って、デスが引っ込んだのでニーアと二人彼女の家に向かった。この調子ならなんとかなるかな、とこの時の俺は思っていた。

 

 だがまさか、彼女の家にあんなモノがあるなんて――この時の俺はまだ知る由もないのだった。



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腫物に触るように

ニーアちゃんの扱いって難しいですわ……。

ダナン君は色々頑張りますが、本当に彼の思い通りになるかはまた別の話だと思います。
フェイト全部見た方はわかっていると思いますがね。


 俺は六人目の賢者、ニーアと二人で彼女の家に来ていた。

 

 まさか初対面の男を家に上げるとは、と思っていたのだが倉庫というか、一軒家には満たないような家へと案内された。一人暮らしなのだろうか。

 

「ちょっと待ってて、部屋で荷物を準備してくるから」

 

 ニーアはそう言っていそいそと自室らしき部屋へと消えていった。

 そんな彼女の自室よりも気になっている部屋がある。

 

「……」

 

 俺は険しい表情でその部屋を見ていた。……微かな血の匂いがしたからだ。厳重そうな扉の奥から微かにでも血の匂いがする。つまり中は濃厚な血の匂いを発している可能性が高いということだ。とはいえ一般人なら気づかない程度のモノか。いや、もしかしたら最近入り口付近で誰か殺されたのかもしれない。

 

 そういえば、さっきの男達は、誰だっけ。「ヨッちゃん」とか言ってたか。そいつの姿が見えないことで最近一緒にいたニーアを問い詰めていたわけだが。

 じゃあそいつは今どこにいるのか?

 となった場合、ニーアの「あなた達“も”私を否定するのね」という発言から考えると既に殺されているのだろう。それが彼らも薄々わかっていたからこそ、武器を持って問い詰めていたのかもしれない。

 

 ワールドの能力があれば扉を開けなくても確認できるので、使ってみる。

 

「……なるほど。そりゃ否定するわ」

 

 中を確認して、俺は苦笑を浮かべようとした。だがおそらく上手くできず、口端が引き攣ってしまったかもしれない。

 

 中には肉があった。

 

 実験器具らしきモノなどが置かれた部屋に、無数の肉。扉を開ければ血みどろでぐちゃぐちゃな光景が目に飛び込んでくるだろう。なによりそれが動物やなんかの肉ではなく、人間のそれだとわかってしまうだけに恐ろしい。

 ワールドの分析能力をこの時ほど余計だと感じたことはない。一歩間違えれば俺もそこの仲間入りってわけだ。……引き入れて良かったんだろうか、ホントに。仲間が知らない間に実験道具にされてるとか嫌だぞ。言い聞かせてなんとかなるもんなのか? いややるしかねぇよな。知らないなら教えてやればいい。暴走しそうならなんとか引き止めるしかない。他に、俺に取れる道はないんだ。

 

「ご、ごめんね、待った?」

 

 しばらく突っ立っていると、ようやくニーアが自室から出てくる。大きめのバッグを持っていた。

 

「いや、大丈夫だ。それより荷物はそれだけでいいのか?」

 

 旅行に出かける程度の荷物に、おそらく着替えを中心に入れてきているのだろうと当たりをつける。一緒に旅をするならもっと大荷物になると思ったのだが。

 

「うん」

 

 しかし彼女は頷いた。……仕方ない、ちょっと鎌をかけてみるか。

 

「ふぅん。――隣の実験室の道具はいいのか?」

「っ……!」

 

 何気ないことのように尋ねると、ニーアの顔から表情が抜け落ち瞳に宿る闇が強くなる。

 

「……見たの?」

「いいや。けどワールドの能力で中の様子は確認させてもらった」

 

 彼女の豹変ぶりをなんとも思っていないように振る舞い返答した。……勝手に見たことに対しての怒りはないんだろうな。見られたくないと思ってるなら、地下に作って家具を上に置き扉を隠すとかするだろう。見られたくないとは思っていないのだ。隠す必要性を感じていないからすぐそこの部屋を実験室にできる。だから今彼女がなにを思っているかというのは簡単で、俺がこれまでのヤツらと同じように部屋の中を確認して自分を否定するのかという不安が攻撃的になって現れているのだろうと思う。

 

「持っていかないなら始末していったらどうだ? 肉をそのままにしておくと後が酷いぞ。腐ったりカビが生えたりしてな」

「……え、あ、うん」

 

 だから俺は、普通のことのように話す。

 

「旅する以上戻ってこれないだろうから、その辺りを考えた方がいいと思うな。荷物はそれだけで本当に大丈夫か? 後で忘れ物するなよ」

「うん……大丈夫、だと思う」

「そうか。じゃあこっちの部屋のヤツは俺が始末しとくな」

 

 俺は言って壁に手を当てワールドの能力で室内にある肉を全て消し去った。……善人ならここで、「埋葬できなくてごめんな」とか思うんだろうか。

 

「……えっと」

 

 作業を終えた俺に、ニーアがなにか言いたそうにしている。「ん?」と小首を傾げて彼女の言葉を待った。

 

「……あなたは、私を否定しないの? 前の人達はその部屋を見て、私を拒絶したのに……」

 

 前の人“達”ね。一体どれだけの人を殺してきたんだか。ざっと確認しただけでも、およそ十人分はあったと思うんだが。さっきの男達の死体は放置してあるし、まだまだ多そうだよなぁ。

 

「俺はニーアを否定しないように、って思ってるしな。あと一般的な話、人を殺すのは悪いことだし死体は見たくないモノだ。だが俺はちょっと見慣れてるってのもあるかな」

「そ、そうなんだ……」

 

 ちょっとだけ嬉しそうではある。

 

「準備が整ったら行くか?」

「うん」

 

 結局他の荷物は持っていかず、用意したバッグだけで行くようだ。重いなら持とうかとも言ったが大丈夫らしいので、疲れないかだけ見てやりつつ二人並んで騎空挺のある方へと歩いて向かった。

 

「そういや、ニーアはあそこでずっと暮らしてるのか?」

「う、うん」

「そっか、家族はいないのか?」

 

 デスだけが愛してくれた、という話なので答えのわかり切った質問になってしまうが。

 

「……ううん。もう、いないの。私を否定する人達なんて、いらない……」

 

 ニーアは首を振り、暗い声で呟いた。やっぱりか。ある程度予想はついていたので驚きはない。

 

「そっか。じゃあ知らなくても仕方ないことかもしれないが、人を殺すことは一般的には悪いことになるんだ」

「そうなの?」

「ああ。ニーアはデスと出会うまで誰にも教わってなかったんだと思うけどな。人を殺すことに対して、今までの人はこう、『なんてことを』とか『最低だ』とか言ってこなかったか?」

「そういえば、言われたような気がする……」

「だろ? 一応、一般的には悪いことなんだ。だから人は怒るし否定する。……本当ならそういう、なんつうんだろうな。道徳みたいなモンは親から教育を受けるんだけどな」

 

 俺は親がいないようなモノなので商人に教わったのだが。もちろん、実際に道徳を受けていたわけではない。そういうモノもある、と知識として教わっただけだ。もし教わっていなかったら、人前で邪魔だと思ったヤツを殺すくらいやってのけるヤツになっていただろう。

 つまり、見方を変えるとニーアは出会いに運がなさすぎた俺、という解釈もできる。

 

「……私は、全然魔術が使えなかったから。だから、お父様とお母様も放っておいてたの。使用人の人達も、皆……」

「使用人、ってことは結構な名門魔術師の家系なのか?」

「う、うん。でも私は全然、ダメで。妹が生まれてからはずっとクーリエのことばっかり」

 

 名門に生まれた落ちこぼれ、か。確かに放置されそうな環境だ。

 

「だ、だから私、魔術があんまり使えなくって……ごめんなさい」

「謝る必要はねぇよ。元々、俺がニーアを引き入れたかったのは賢者だからだ。……俺が思うにアーカルムの星晶獣ってのは、気が合う特定のヤツとしか契約ができないんだ。その点、ニーアはデスと相性がいいんだろうな」

「……うん。優しいね、ダナン君は」

「優しくはねぇよ。今までニーアの周りにいたヤツが優しくなさすぎただけだ」

「ふふ、そうだね」

 

 俺の返しにニーアは少しだけだが笑っていた。……こうしている限りではマシに見えるんだが。カイムとか心わかんねぇし、他も癖あるし。ニーアと話すのは俺が気をつければなんとかなるにしても、団員同士の会話に嫌な予感しかしねぇな。

 

「まぁ、とはいえできるだけ優しくしようとは思ってるんだが、俺はちゃんとニーアのことを叱るからな」

「叱る? ……あなたもいつか否定するの?」

 

 予想通りと言うべきか、ニーアの雰囲気が変わる。……想定通りの反応だから問題ない。平常心だ俺。

 

「いいや。ニーアはまだわからないかもしれないが、愛するってのは色々あってな。叱るのも愛だ」

「叱ることが……?」

「ああ。本来なら、親は子供が悪いことをしたら叱って注意するんだが、ニーアは叱られたことがあるか?」

「…………ない」

 

 彼女はふるふると首を振った。

 

「それは、言っちゃあなんだが親が興味なかったってことになる。愛してないなら叱らなかったって考えれば叱ることが愛とも取れるだろ?」

「……えっと、うん、多分」

「まぁもちろん叱られることがいいわけじゃないが、悪いことは悪いってちゃんと教えないとダメなんだよ。ニーアはそういう相手に恵まれなかっただけだ。これから、俺がちゃんと教えてあげるからな」

 

 よしよしと頭を撫でて言い聞かせる。

 

「……うん」

 

 とりあえずニーアは頷いた。……さて、口で言うのは簡単だが、ちゃんとわかってるかどうか。もしわかってなくてなにかやらかしたとしても拒絶したら終わりという綱渡り状態だが、一先ずのところはこれでいい、はず。

 その後もニーアと世間話をしながら騎空艇へと戻っていった。ちゃんとデスの描かれたカードも貰えたのでカード集めも折り返しというところだ。

 

「この島で発見した賢者の一人、ニーアだ」

「えっと、デスの契約者のニーアです」

 

 俺の紹介に応じてニーアがぺこりと頭を下げる。だが立ち位置は俺の左斜め後ろで少し隠れた形なので、内気そうな彼女にとって大勢の前にいきなり投げ出されるのは厳しいということだろうか。

 

「賢者が他に男しかいないと思ってたから女の子で良かったよ。私はフラウ。同じ賢者で、デビルの契約者よ。よろしくね」

 

 夜は兎も角大分まともになり始めたと思われるフラウが優しく声をかけていた。

 とりあえず初見では彼女の異常性がわからないので、気にかけられそうなヤツに注意するように話しておくとするか。……団長ってこういうこともしなきゃいけないんだなぁ、面倒だなぁ。よくあいつらは平気でやってられるよなぁ。

 

 と少し遠い目をすることになってしまったが、とりあえずは喧嘩という名の殺し合いに発展することもなく過ぎていった。次はいよいよベスティエ島に向かう。

 そこで、港などで情報収集をしていたレラクルから驚きの情報が齎される。

 

「“蒼穹”がナル・グランデ空域に来たらしい」

 

 その一言で、彼らを知っている者達に動揺が走った。……いや、やっぱあいつらはヤバいわ。空の底に落ちたかもしれねぇってのによくやるわホント。

 

「ナル・グランデにってことは他の空域から来たのか?」

 

 問題はそこだ。一応グレートウォール付近から落下していったはずなので、戻ってくるならナル・グランデ空域に直接来るかと思っていたんだが。

 

「ファータ・グランデ空域から来たらしい」

「ふぅん? ……だとしたら送り込んだあいつらが事情を知ってるか。じゃあ後で詳細は確認すればいいな。で、あいつらはベスティエ島に向かってるのか?」

 

 おそらく真王が狙った出来事に巻き込まれているはずだ。ホント行く先々で巻き込まれてやがんな。しかもこっちの空域の事態にだって関わるはずだ。

 だが、こちらも戦力は整っている。あいつらより先に解決してしまおうか。ともあれ勝機が見えてきた。面倒臭いのは押しつけてもいいし、あいつらに無駄足を踏ませるのも面白い。思わず笑みが零れてしまう。

 

「いや、それがベスティエ島には向かったようだ。“蒼穹”が来たのは少し前で、ベスティエ島から別の場所へ向かった、というところまではここにも情報が届いている」

 

 だが、あいつらは撤退したらしい。……あいつらでも流石にあの数の幽世の存在を相手にしながらエキドナを解放するのは難しいか。ってことは大勢の団員は引き連れてない可能性が高いな。十天衆だけでも連れてきていれば、おそらく現地の三人と協力して事態を収束させていると思う。それだけの力があいつらにはあるはずだ。

 

「わかった。あいつらが撤退したってことは、俺達と同じように協力を仰ぎに行ったか、他に必要なモノがあるか、思わぬ事態に見舞われて撤退を強いられたか。それくらいは考えられるか。まぁ俺達は俺達で動こう。ベスティエ島に直行だ」

 

 あいつらがどんな状況なのかは知らないが、俺達は俺達のやりたいようにやるだけだ。……というかここまで準備してきて、あいつらに手柄全部持ってかれるとかご免だぞ。

 

「あいつらは幽世との問題を解決しないってことを教えてやるとするか」

 

 俺はニヤリと笑って、ベスティエ島に着いてからの作戦をカイム達と立てながら、決戦の地へと向かうのだった。




教えたら回避できるかもって考えてる辺りまだ甘いのかなぁ、と思いつつ。
ただ育った環境が凄く悪いだけという気もしているのでワンチャンあるかもしれないと願っています(希望)


とりあえず戦力集めの旅は一旦終わり、ダナン達は次ベスティエ島に向かいます。
その前に一旦神聖エルステ帝国編のダイジェストを一話挟みますね。


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神聖エルステ帝国

予告していた神聖エルステ帝国編を挟みます。


 神聖エルステ帝国――。

 

 その名が轟き始めたのは一隻の小型騎空挺がナル・グランデ空域を抜けてファータ・グランデ空域に到達する少し前のことだ。

 自分達をエルステ帝国に代わりファータ・グランデ空域を統治する正当な国家だと主張する神聖エルステ帝国。その皇帝は、以前各地をエルステ帝国の支配下に置くため侵攻を行っていたハーヴィンの将軍によく似ているとの噂もあったが。

 

 小型騎空挺の一隻目が到達する頃には、不自然なほど“蒼穹”の騎空団の噂が広まっており、悪のエルステ帝国を滅ぼした英雄的存在として語られていた。

 そして蒼髪をしたゴーレムの少女であるオーキスが、エルステ帝国が崩壊した今の世の中の、平和の象徴であるとも。

 

 そして一隻目の小型騎空挺が到着すると、神聖エルステ帝国軍がそれを迎え入れた。

 

 その小型騎空挺から、蒼髪の少女が降り立つ。少女の間接には節があり、ゴーレムであることが窺えた。

 つまりその少女こそが平和の象徴オーキスであると民衆は認識した。

 

 オーキスが神聖エルステ帝国についたということは、正当な統治をする国であるという宣言も真実味を帯びてくる。

 

 ざわめく民衆が神聖エルステ帝国の次の行動に注目する中、彼らはまずバルツ公国を制圧しに向かった、のだが。

 

「ごめんね、()()()()()()()()()。団長ちゃん達がいない間、このファータ・グランデ空域で悪ささせるわけにはいかないんだよ。バルツ公国は諦めてくれないかな?」

 

 いつも通りのニヤケ顔を引っ提げて、腕を組み白いマントを風にはためかせるその男は。

 

「……十天衆か」

 

 以前の様子とは打って変わって大人しい雰囲気を持つハーヴィンの男性、フュリアスが静かに呟いた。

 そう、神聖エルステ帝国は彼が指揮を取っているのだ。目の下に隈が浮かび肌も生気が薄いように白んでいるが、間違いなくフュリアスなのである。

 

 そんな彼が視線を向けた先には、お揃いの黒い鎧に白いマントを纏った十人の最強達、“蒼穹”の騎空団に加入したと噂の十天衆が立ちはだかっていた。

 

「あ、もちろんここだけじゃなくて各地に“蒼穹”の騎空団に所属した団員達が君達を阻むから、思い通りにいくなんて思わない方がいいよ? 大人しく君の目的を白状した方がいんじゃないかな」

「……生粋の本物にはわからないことだ。だが、民衆はどうかな」

 

 シエテの言葉に、しかし相手が最強の集団であってもフュリアスは退かなかった。

 

「……」

 

 彼の隣に、静かにゴーレムの少女が歩み寄ってくる。その姿にバルツの職人達も知っている平和の象徴オーキスの噂が脳裏に浮かび上がってきた。

 

「あ、あれってもしかして……」

「平和の象徴オーキス」

「じゃあ神聖エルステ帝国に従った方がいいのか?」

 

 少女を見て職人達にも動揺が広がり、神聖エルステ帝国に歯向かえばいいのか従えばいいのかわからなくなり始めていた。

 

「……これはちょっと、マズいな」

 

 シエテはニヤケ顔を苦いモノに変える。民衆が迷ってしまえば、彼らを守る側である十天衆も行動が難しくなる。

 

「でも、さ。フュリアス皇帝陛下? その子はオーキスちゃんじゃないよね?」

 

 シエテが言うとゴーレムの少女は怒り狂うように目を剥いたが、フュリアスに制される。

 

「……証拠は?」

「それは……」

 

 フュリアスの質問に言葉を詰まらせる。証拠はたった一つ、本物のオーキスが姿を現すこと。だがオーキスはこの場にいない。

 

「証拠がないなら、説得力は生まれない」

 

 彼は決して彼女こそがオーキスだとは言わなかったが、計画を進めるためシエテの反論を封じた。

 

「僕達神聖エルステ帝国は、バルツの職人達にあるモノを作って欲しい。きちんと代金は支払うが、急を要するため他の仕事は切り上げて欲しい。これは侵攻ではなく取引だ」

 

 残虐と噂だったフュリアスの真摯な様子に、バルツの職人達が傾き始める。

 

「儂らに殺戮兵器を作れと言うのなら、それは断らせてもらう」

 

 そこにバルツ公国の代表者である、ザカ大公が姿を見せた。彼の登場により職人達もザカ大公の決定に従えばいいのだと判断を任せる構えになる。

 

「ザカ大公。僕達が作って欲しいのは誰でも扱える戦闘兵器だ。これの普及によって魔物の討伐がしやすくなり、わざわざ騎空士を頼らなくても良くなる。兵士それぞれの身体能力ではなく兵器の操縦練度が重視される時代に変わるんだ。……これが設計図の、前半部分だ」

 

 フュリアスはザカ大公の前に護衛もつけず歩み出ると、懐から数枚の用紙を取り出して差し出した。

 言葉を聞くだけなら、魅力的な提案にも思える。もしそれが普及してしまえばファータ・グランデ空域の戦力が大きく向上し、多く製造し多く操縦者を得た国が勝つ時代に変わるだろう。

 ザカ大公は緊張した面持ちでフュリアスから前半の設計図を受け取りぱらぱらと捲って目を通していく。

 

「……これは」

 

 目を通したザカ大公は驚き、設計図を彼に返す。

 

「……引き受ければ、設計図の全てを連携すると?」

「ああ。設計図は全て明け渡し、製造を一任する。代わりにできるだけ多く生産して欲しい」

「……」

 

 ザカ大公は顎に手を当てて考え込む。やがて手を下ろしてフュリアスを真っ直ぐに見つめた。

 

「……良かろう」

 

 彼は、取引に応じた。ザカ大公にとって、その兵器はそれだけの価値があるモノだったのだ。

 なにより、誰にでも扱える設計なのが利便性を高めている。多く生産して戦争に活かすなら危険性が高いが、生産を制限して管理すれば多くの人のためになる、そう思わせるだけのモノが備わっていた。実際バルツ公国でも軍の手が届かないところでの魔物や盗賊被害などは挙がっている。それに対抗できるならいいと思えた。

 

 ザカ大公が決定を下したことにより職人達も従い、守るために動いていた十天衆も引き下がるしかなくなった。

 

 こうしてバルツを手中に収めた神聖エルステ帝国は、他の島に侵攻を開始した。

 

 それから少しして落ちたはずのグランサイファーがポートブリーズ群島へと舞い戻り、また別のところで二隻目の小型騎空挺、オーキス達を運ぶそれがファータ・グランデに到着した。

 

「団長さん!」

 

 “蒼穹”の主力はポート・ブリーズで戦っていたエルステ王国軍率いるオルキスとポンメルン、“蒼穹”に所属する各国の騎士団長という連合軍に合流する。正直一般兵は散らばった団員達だけで蹴散らせるので出番はなかった。

 

 そこでファータ・グランデの状況を聞いた一行は、無茶を重ねてボロボロになったグランサイファーの修理のため、先にガロンゾへ向かうことを決める。

 しかしグランサイファーは動力部がやられていた。そこにヴァルフリートとモニカが現れ、双子の父が敵になるかもしれないという懸念を示した上で、旅を続けるかの覚悟を問う。

 

 答えの決まり切った二人は旅を続けるのだと宣言した。

 

 そこになんの憂いも見出さなかったヴァルフリートは、ガロンゾに眠るグランサイファーの兄弟艇、動力部に互換性のある騎空挺グランスルースの動力部を交換することを提案するのだった。

 

 各島に散っている団員を集めながらガロンゾへと到着した“蒼穹”は、騎空挺の生みの親であるノアと共にグランサイファーを復活させるため、動力部の交換作業を開始する。

 

 その間、メフォラシュへと神聖エルステ帝国軍が攻め入る。

 

 当然、結集した戦力の一部が抵抗しオーキス達も戦うのだが、フュリアスの策に上手く嵌められてしまい結果としてロイドを奪われてしまう。

 エルステ王国に幽閉されていたフリーシアと到着したアポロの指揮を以てしてもフュリアスは裏を掻き、オーキスからロイドを奪ってみせたのだ。知略で帝国をのし上がってきたのは伊達ではないらしい。

 

 そして彼らはバルツへと移ったのだった。

 しかしバルツ内で、ゴーレムの少女は幽閉されていた。暴走した結果閉じ込められたらしく、その情報をバルツのザカ大公から受けた一行は、彼女を助けるためにバルツ公国へと赴く。オーキスやオルキス達と共に向かい、その場にいた十天衆が陽動を行い派手に新兵器を蹴散らす中バルツへと侵入した一行は、ゴーレムの少女を発見する。

 そこに現れた紫の騎士がそのゴーレムを始末しようとするが、そこにロキが現れ彼女達を逃がす。

 

 フュリアスと決着をつけに行く一行とは別に、ジータが道中で集った仲間達を集合させていた。その目的はもちろん、

 

「……おじさん一人のために、戦力募りすぎじゃない?」

 

 とロイドを持ち去ろうとした紫の騎士が、おそらく兜の奥で半笑いを浮かべたのも仕方がない。

 

 ジータ率いる“蒼穹”の騎空団総勢二百名近く。それが一同に会しているのだから壮観極まりなかった。

 

「あなたが真王の命令でロイドを奪うなら当然の考えですよ。空域を渡る手段は空図の欠片か、七曜の騎士か。ならこの空域からロイドを持ち去る場合、あなたが必要不可欠ということです。要するに、あなたをきちんとマークして止めさせすれば、ロイドを持ち去られることはない、ってことですね」

「末恐ろしいね。確かにこの人数じゃいくらおじさんでも厳しいよね」

 

 そう言いながらも、紫の騎士は愛用の槍を構えた。

 

「念のため星晶獣の皆さんには近くに来ないよう言ってありますけど、やる気ですか?」

「もちろん。お仕事しないと、真王陛下に怒られちゃうからね」

 

 紫の騎士はその小さな身体から凄まじい闘気を放ち威圧する。

 

「かかってきなさいよ、おじさんが揉んであげるから」

「気を引き締めていくよ、皆!」

 

 目の前のたった一人の強敵に対して、総力を挙げて挑みかかる。

 

 だが紫の騎士の姿が消えたかと思うと、二百人近い団員全員に対して一撃ずつ攻撃が仕かけられた。

 

「「「っ!?」」」

 

 猛者が多い“蒼穹”の団員でも、反応し切れなかった者が出るほどの速度だ。当然速さで引けを取らないシスは回避した上にカウンターを見舞ったのだが、ビクともしなかった。

 

「流石に、これで倒せるほど甘くはないよね」

 

 元の位置に戻った紫の騎士は何気なく呟くが、七曜の騎士の誰よりも速い。なにより目が追いついていた者は反撃しようとしたのだが、シスほどの速さでなければ対応できなかった。強烈な一撃というほどではなかったのだが、高速移動の中でも巧みに動く手練れということが今の瞬間でわかったのだ。

 

「僕はハーヴィンだからね、筋力で言えばドラフに勝るべくもない。だから速さと技術を鍛えた。実に合理的でしょ?」

「全くだね」

 

 紫の騎士の前に、同じハーヴィンで同じ槍使いでもある十天衆のウーノが現れる。

 

「槍は攻防一体最強の武器だよ」

「同感だね」

 

 二人の強者が槍を突き出し、激突する。防御にも優れたウーノとはいえ七曜の騎士には一撃の重さで敵わぬようで、押されてしまう。

 

「押して参るであります!」

 

 躍り出た小さな体躯から放たれる強烈な斬撃が地を這って進み、紫の騎士はそれを回避して斬撃を放った人物へと目を向ける。

 

「噂は聞いてるよ。ハーヴィンでありながら歴代最強。リュミエール聖騎士団団長殿だね」

「光栄であります。ですがこの場では敵同士、お覚悟を!」

 

 ハーヴィンの強者が一同に集ったのではないかという場面で、

 

「おじさんも全力でいかせてもらうね」

 

 軽い口調とは裏腹に、先程全員に向けて放った高速攻撃を、ウーノとシャルロッテに向かって放った。流石の二人も対応し切れずに吹き飛ばされる。

 

「――メテオスウォーム」

 

 どこからか魔法が唱えられたかと思うと、空中から隕石が飛来してきた。

 

「……これは面倒だね」

 

 紫の騎士が空から降ってくる威容を見上げて言うが、受ける気は更々ないのか逃れようとする。しかしそれを四方から飛んできた魔法が封じた。避ける隙間がないように練られた魔法はを薙ぎ払って対処している間に隕石が到達していた。

 

「仕方ないねっ」

 

 紫の騎士は飛び上がったかと思うと槍で隕石を打ち返した。ハーヴィンにしては珍しい力技である。むしろ味方のピンチを招いてしまった隕石だが、それを躍り出たヨダルラーハが二刀で細切れに切り刻んだ。

 それを巨漢のドラフ、筋肉の塊のような男が前に出ると拳を突き出す。それだけで細切れになった隕石が拳圧で吹き飛び紫の騎士を襲った。当然岩石の群れが襲来した程度で止まる七曜の騎士ではない。槍の一振りで自分に当たる範囲を一掃し次の手を待つ。

 

 一対多という状況故に全員で一斉にかかるということができないでいる“蒼穹”の団員。相手が巨大な星晶獣なら兎も角、小柄なハーヴィンともなると近接を巻き込む遠距離攻撃も難しくなってしまう。また、人数が多く力を合わせて戦うことに慣れている団員達だったが、これほどの人数で共闘する機会には恵まれていなかった。

 

「手強い相手のようだ、俺達が出よう」

 

 次はどう攻めるかで躊躇する中、黒い鎧を身に着けた男が歩み出る。ここは連携できる者同士で波状攻撃を仕かけた方がいいと判断したジークフリートだ。

 

「我々も協力しよう」

 

 ジークフリートを含む四騎士と組織の面々が加わり、戦い慣れた彼らが即興の連携を見せて挑むが、それでも届かない。

 

「慌てず騒がず、一人ずつ確実にってね」

 

 七曜の騎士同士で戦った場合の想定は難しいが、これだけの大人数を相手するのに立ち回りが上手かった。年季の違いもあるだろうが、“蒼穹”の団員が総力を挙げて挑む中、十天衆の頭目シエテは以前戦った黒騎士よりは確実に強いなと考える。

 最強の槍使い、と称されるウーノだが流石に槍以外の要因、七曜の騎士としての力があっては不利になってしまう。

 

 十天衆も援護をし、味方に強化をかける者は強化を施し、ようやく“蒼穹”が優勢になっていく。

 

「……流石に歳だね、僕も」

 

 なにより紫の騎士の速度についていけるシスが存在していることが大きく、徐々に弓や短剣、ハンドスピナーなども当たるようになっていった。

 時間をかければかけるほど“蒼穹”の連携は上手くなっていき、紫の騎士を追い詰めていく。

 

 全力を出し続けなければすぐに倒されてしまうような状況で、まだ最強は動いていなかった。

 

 疲弊した紫の騎士に向けて、二百人近い団員達の奥義が放たれる。きちんと飛べる者も含めて全方位を囲んだ形だ。逃げ場の一切ない攻撃に対して、一方向に集中して突進して抜け出した。

 

「君がそう来ることは視えていたよ」

 

 大人な女性の声がしたかと思うと、紫の騎士の身体に影が差す。

 

「っ!」

 

 見れば上に光る拳を構えたジータがいる。その衣装は白いマントに黒い鎧となっていた。

 

「レギンレイヴ・天星!!」

 

 渾身の力で、味方の強化効果を全て受けた彼女の、必殺の一撃が放たれる。避ける先を予知されてしまった紫の騎士は回避が間に合わず、ジータの放ったエネルギー派に呑まれてしまう。真下に向けて放たれた一撃は島を貫き空の底へと伸びていったという。

 

「……あ」

 

 ジータは波動が収まって、紫の騎士の影がなくなってしまったことに、もしかしたら落としてしまったのではないかと声を漏らした。

 

「安心していい、と言うべきか残念ながらと言うべきか迷うところだけどね」

 

 予知のできるハーヴィンの女性がそんな彼女に苦笑して告げる。

 

「彼に逃げられることは予知していたよ。この人数を相手にどうやって、とは思っていたんだけどね」

「そうだったんだ……。あっ、ロイドは?」

「残念ながらいつの間にか持ち去られてしまったようです」

「えぇ……」

 

 ロイド確保係も出し抜かれてしまったらしい。まさか逃げ果せるなんて、と思ったがおそらく本気で戦いながらもどうやってこの場からロイドを持って逃げようかをずっと考えていたのだろうと予測を立てれば当然の結果だった。

 上手いことしてやられてしまい、どう他の皆に言い訳しようかと頭を悩ませる団長であった。

 

 一方のグラン達はフュリアスと戦い、倒すのだが彼は既に寿命が尽きようとしていた。

 彼は結局死亡することとなり、唯一彼だけが自分をオーキスでない者として見てくれていたと知ったゴーレムの少女、改めツヴァイがそれを目撃する。傷心するツヴァイはフュリアスを死なせる要因となった一行ではなく、現れたロキの手を取って姿を消したのだった。

 

 その後合流したジータにロイド奪われちゃったてへっと言われ慌てて一行は紫の騎士を追い、ナル・グランデ空域へと向かう。

 その時急ぎということで団員達は置いていき、ファータ・グランデ空域の後処理を頼んだのだった。




紫の騎士はモーションとかで勝手に速度の人と思っています。まぁ、本作の七曜の騎士補正ありきでのことですがね。


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決戦、ベスティエ島

遂に黄金の空編も終盤に差しかかります。
あいつとかこいつとかそいつとか色々なヤツが大集合する回。グラブルやってない人は置いてけぼり食らう予感。……既に食らってるか。

明日発売のVSはRPGモードをまったり進める予定です。


 ナル・グランデ空域、ベスティエ島。

 

 別名“星晶獣の楽園”とも呼ばれ、珍しく星晶獣がコミュニティを形成している島だ。コミュニティが成り立つのはベスティエ島を統べる、母を司る星晶獣の存在があるからに他ならない。

 そんな彼の島は今、黒い群れに覆い尽くされていた。

 

 島のあちこちにある黒い穴のようなモノから続々と姿を現す黒い群れ、幽世の存在。

 

 飛翔できるモノは軍勢を成して空を飛び、現世を我らのモノに変えようと人々を襲う。

 幽世との門が開いたことによって蒼い空はくすんだ異様の空へと変わり、異形の群れが人々を襲撃する。

 

 それがナル・グランデ空域の現状である。

 

「……以前いた時より酷くなってんな」

 

 遠目から見るとベスティエ島から黒い巨大な竜巻が出来ているような状態だ。俺達がいた頃はあそこまで酷くなかった。おそらく幽世との出入り口が増えているのだろう。

 流石にあの状態ではエスタリオラの大魔術も見えるわけないか。というか生きてるんだろうな、あいつら。

 

「……まぁいい。騎空挺を島につけてくれ! 上陸して、島に残してきた三人と合流する。それから作戦通りに幽世の軍勢を殲滅しながらエキドナを倒すぞ!」

 

 俺は団長らしく仲間達に言って、甲板で上陸を待つ。無論向かえば幽世の存在が襲いかかってくるが、俺達の敵ではない。適当に蹴散らしながら突き進んだ。……グランサイファーは上陸してねぇな。“蒼穹”は撤退してから戻ってきてないと思うべきか。

 

 騎空挺を置いてベスティエ島の中心部を目指す。騎空挺は俺がウーノの障壁を真似した頑丈な障壁を、カイムと一緒に模倣しながら全体を覆うように形を変えさせて覆っておいた。これでしばらくは持つだろう。

 

「遅れるなよ、お前ら」

 

 俺は言って先陣を切って歩く。

 

 ――ベスティエ島の全体を把握。穴を減らすくらいならできるが、カイムの作戦であるアレをやるために少し温存しておいた方がいいだろう。無闇に使うべきではない。カードが二枚も増えたことで把握と分析の速度も上がっている。だが一人見つけられない。ゼオがいなかった。……なんでだ? 死んでる可能性もあるっちゃあるが、死体すらないのはどういう了見だよ。

 少しだけ心に不安が募る。ガイゼンボーガが戦い続けてハイになりすぎている可能性があるので、エスタリオラに聞いてみるとしよう。

 

 飛べない軍勢も加わったことで敵の数はどんどん増えていくが、この時のために力を温存しておいたので容易く蹴散らしていった。

 俺達が突き進んでいると、眼前の軍勢が竜巻によって消し飛んだ――エスタリオラの仕業だ。

 

「ん~むにゃむにゃ……ひょい~ん」

 

 相変わらず眠っているハーヴィンの爺さんが空中から現れた。

 

「待ちくたびれたぞい。随分遅かったようじゃが、賢者も増えておるようじゃな」

「そりゃ悪かった。で、ゼオはどこだ?」

「それなんじゃが……」

 

 彼は俺の質問に、ゼオがいなくなった経緯を語って返してくれる。

 

 一週間ほど前に、このベスティエ島に“蒼穹”の一行がやってきたらしい。だが幽世の存在に襲われエキドナの下に辿り着く前に、各所で空いた穴に蒼髪の少女――ルリアと女騎士――カタリナと銃を持ち煙草を吹かす男――多分ラカム、そして別騎空団の団員と思われる金髪の幼女(こっちは俺も知らない)が吸い込まれていったそうな。そこでゼオはこう言ったらしい。

 

「あっちって幽世に繋がってンだよな? だったら、あっちでもなンか起こる気がすンだよ。ってことでちょっと行ってくる」

 

 ……あのバカ。

 兎も角、ゼオは自ら穴に飛び込んでいったらしい。それからなにも音沙汰がないようだ。

 そして“蒼穹”の連中は幽世に行ってしまった四人を助けるために色々と行うらしい。とりあえず空を取り戻すにはナル・グランデ空域の空図の欠片が全て、つまり四つ必要なのだとか。

 まぁあいつらが仲間を見捨てるとは思わない。色々回って情報を得ているのだろう。因みにエスタリオラの見る限りでは、ドランク達はいなかったらしい。

 あと俺も心当たりがなかった金髪の幼女は、黒髪の少年と青髪の狼みたいな少女達と一緒にいたらしい。……となるとロキか? あいつが関わってるとなるときな臭いんだが、さてどうなんだか。

 

「……ゼオのことは一旦置いておくか。エキドナを取り戻すと幽世の門は閉じるだろうからそれまでにはなんとかしたいんだが」

 

 ワールドとしても幽世の分析は有意義なはずだ。……俺が直接行って道創って戻ってくるか。力が増したおかげで幽世の存在が出てきている穴の分析は完了している。いけなくはないはずだ。

 

「よし、まぁいい。エスタリオラ、決着をつける。このまま合流していてくれ」

「了解じゃ」

 

 とりあえず彼は少ない時間でも休んでもらって、まぁいつも寝てはいるんだが。

 

「まだまだまだまだぁ!!」

 

 咆哮し拳一発で一体を弾き飛ばすのは孤高なる“戦車(チャリオット)”ガイゼンボーガ。

 

「精が出るな、ガイゼンボーガ」

「団長殿か! くくっ! 吾輩はこれほど長い間戦い続けたことはなかったぞ! 蹂躙しても蹂躙しても湧き続ける敵の軍勢!! これはこれで良いが、やはり戦場とはいつか終わり、凱旋と勝利の美酒がなければならぬ!!」

「だろうと思って、準備してきたんだ。回復薬はやる。だから、もうちょっとだけ戦い続けてくれるか?」

「無論だ! 戦いを投げ出すなど、吾輩は絶対に行わぬ!」

「そうか。なら、頼んだ。頼りにしてるぜ、“戦車”」

「くくっ、話のわかる男だ!!」

 

 ガイゼンボーガにはポーションをいくつか渡して、そのままにしておいた。合流して俺達と一緒に戦おうぜ、とか言ったら俺が殴られそうだし。あいつはこれでいいんだ。

 彼の気迫に引いている者が何人かいたが、ただの戦い大好きなおじさんだから気にするなと言っておく。もちろん、本人には聞こえないところで。

 

「さて、と。そろそろ始めるとするかぁ」

 

 俺はガイゼンボーガの邪魔だけはしないように移動して、立てた作戦の流れを頭の中で復習した。

 

「……全員、俺の周囲で構えろ。全方位の敵を迎撃し続けるんだ」

 

 俺は指示を出して屈み地面に右手を突く。

 

「力の波を起こしたら、幽世のヤツらが一斉に向かってくる可能性がある。全力で迎え討て。その間に俺は、事前に話した通り意識がありそうな星晶獣に力を与えて幽世の影響を跳ね返させ、加勢してもらう」

 

 俺は説明してあったことを簡潔に述べる。そして一息吸って、

 

「頼んだ」

 

 仲間達を信頼し、全てを任せることにする。

 

 右手を中心に島全体を把握する。今までのようなただそこにあるモノを把握するモノではなく、星の力を使って星晶獣達の反応を見るのだ。

 結果、幽世ではない力の中心地となり幽世の軍勢が一斉に向きを変えてこちらに来た。……最悪の場合の予想通りかよ。

 

 だが集めてきたここにいるヤツらは、全員凄腕だ。一般人なんか一人もいない。

 

「いくよ、デビル。全力も全力で!」

 

 フラウは契約している星晶獣を呼び出し火焔を纏って鮮烈に笑う。

 

「舞え、胡蝶……」

 

 刀を構えたナルメアの周囲に紫の蝶がひらひらと舞う。普段と打って変わって冷静な声音は戦闘モードの証だ。

 

「月影衆頭領レラクル、いざ参る」

 

 レラクルは忍者刀を構えて影分身を生み出し十人となった。

 

「僕は最強になるんだ……!」

 

 ニーアにも負けて自尊心ボロボロのトキリは少しだけ発言にそれが出ていた。一応間違いなく天才ではあるので、活躍を期待したい。

 

「お兄ちゃんの敵は、斬る」

 

 本気になって冷たく告げたアネンサは身体に似合わぬ大太刀を構えている。

 

「むにゃむにゃ……少しは休ませて欲しいのじゃが、我が大魔術で蹴散らしてやろうかのぅ」

 

 エスタリオラは戦い続けて尚尽きることない魔力を滾らせた。

 

「数が多いし、効率的に狩ろう。ね、ハングドマン?」

『もちろんだとも。我が契約主の仰せのままに』

 

 カイムはハングドマンを呼び出す。頭の中では既に無数の戦法が巡っていることだろう。

 

「話には聞いてたけど多すぎじゃない? まぁいいわ、私の糸でバラバラにしてあげる」

 

 クモルクメルは呆れつつ余裕の笑みを浮かべた。……あんまり調子に乗りすぎないようにな。

 

「……お願い、デス」

 

 闇の深い瞳を覆った手の指の間から覗かせたニーアがデスを出現させる。

 

「私もイデルバの代表として負けてられないね」

 

 レオナが愛用の薙刀を構える。彼女も伊達に将軍の副官をやっていない。カインの補佐をこなしつつも武人としての面も持ち合わせている彼女が、紛れもなく強者であることはこれまでの旅でわかっていた。

 

「……七曜の座を与えられたことの意味を示しましょう」

 

 アリアも静かに燃えているらしく、左手を前に突き出し剣を持った右腕を上げて切っ先を前に向ける。彼女の独特の構えで幽世の存在を待ち構えていた。

 

 頼りになるヤツらだ。俺はその内にベスティエ島で幽世の力にやられている星晶獣達を存分に探ることができた。……数多くいる星晶獣の中でも、まだ意識を保っている、幽世の力に対抗できているのはたった四体か。

 

 今幽世の存在が全てこちらに迫ってきているため、全員が全力全開で戦っている。一切余裕なんてない様子で死力を尽くしていると思う。だが、それでもギリギリそうだ。この軍勢を相手にし続けながらエキドナを倒すとなると不安が残る。

 果たして、この戦力で足りるのだろうかと。

 

 俺の頭にそんな疑念がよぎる中、島を揺るがすような轟音が響いた。と同時に、

 

「くはっ!」

 

 ――声がした。

 

「あはははははっ!!」

 

 ――楽しそうな、それはもう楽しそうな嗤い声がした。

 

「ああ、ああ……! 壊しても壊しても敵が現れ続けるなんて……!」

 

 ――見れば見覚えのある()()()()()が大仰に両腕を広げている。

 

「トレッビアン!! ブリリアントッ!!」

 

 ――以前見た時と些かも変わらぬ紺色のローブに赤いケープの姿。

 

「パパ、ママ、オレの幸福はここにあるよ! オレは今、最っ高に幸せだッ!!」

 

 ――恍惚とした表情で、無作為に周囲へと破壊の魔術を撒き散らしながら、彼は嗤う。

 

「さぁ、タワー! 今度はキミの番だ。キミの奏でる最高のアルモニーをオレに、聴かせてくれ!!」

 

 ――彼の声に呼応して青い光を所々から放つ巨人が現れる。巨人ははゆっくりと拳を振り被り、幽世の存在が襲いかかってくるのを羽虫が集る程度にしか思っていないのか、微動だにしない。そして拳を振り下ろし、島に激突する直前で止めた。島を割ってしまわないためだろう。しかしそれでも拳の威力は、当たっていない範囲の敵まで粉々に砕け散らせたことが物語っている。破壊の嵐は留まることを知らず、幽世の軍勢を周辺一帯全て肉片と化すほどだった。

 

「んんーっ! セボンッ!! やっぱりキミは最高だ、タワー!! くっははははははっ!!!」

 

 ……相変わらずの清々しさだな。

 

 完全に予想外ではあったが、見ての通り戦力にはなる。そう考えた後の行動は早かった。

 

「……バニッシュ」

 

 俺はアビリティを使ってそいつの眼前に現れ、

 

「うん?」

 

 反応ができていないヤツの鼻っ面を靴裏で蹴り飛ばした。

 

「ああっ!」

 

 蹴られておいてちょっと嬉しそうな声が漏れるところも気持ち悪い。

 

「……チッ。二度と会いたくなかったぜ、ロベリア。だが丁度いい。手を貸せ」

 

 事態を解決するためには手段を選ばない。背に腹は代えられない。だから、こいつも利用する。

 

「くっ、ははっ。オレはまた会えると思ってたよ」

 

 鼻から血を流しながら、蹴り飛ばされたロベリアが起き上がって嗤う。

 

「オレもキミに会いたかったんだ。オレの魔術はキミのモノだ、好きに使ってくれ、ってね」

 

 俺は会いたくなかったんだって言っただろうが人の話を聞け変態クソ野郎。……じゃなかった。

 

「……事情は後で聞いてやる。存分に暴れろ。それくらいしかお前の魔術なんて使い道ねぇだろ」

「心外だな。けどオレは今上機嫌だ。だから大人しく、キミの指示に従ってあげよう」

 

 なんでここにいるのかとかは後で聞けばいいことだ。今は一刻も早く、事態を解決に導くのが先決だ。

 俺はバニッシュで元の場所に戻ってくる。

 

「さっきの、私達と同じ賢者でしょ? 知り合い?」

「ああ、残念なことにな。あいつが俺が最初に出会った賢者だ」

 

 フラウの声に応じつつまた屈んで右手を地面に突く。もう把握は終わっているので、後は星の力を流し込んで四体の星晶獣を復活させ、加勢してもらおう。

 

「……エキドナは母を司る星晶獣らしいな。ってことはお前らの母親でもあるわけだ」

 

 俺は声を拡散させて語りかける。

 

「今まで世話になってきてんだろ? なら寝てないで苦しんでるエキドナを助けてやれよ。そのための力はくれてやる」

 

 俺の身体から掌を通して地面に繋がりを持たせ、そこから更に倒れ伏す星晶獣達に力を与えていく。

 

「だから俺達に力を貸せ、星晶獣ッ!!」

 

 彼らを苦しめる幽世の力を押し退け、星の力で満たしてやる。

 元々ほとんど侵食された状態であっても意識を保っていたほどの星晶獣達だ。押し退けて自由にしてやればすぐに立ち上がる。

 

「……人の子よ、礼を言う」

 

 厳かで低く響くような男の声が聞こえた。見ればどこからか黒い長髪に紫色の肌と四本の腕を持つ男性が降り立ってきている。身体には真っ白な蛇が巻きついており、右の上の腕に金色の三叉槍を携えていた。

 

「おかげでエキドナを助けるために戦えます」

 

 聞いた限りでは可憐な少女であり、また見た目もそうだった。白いミニワンピースを着て濃い青のマントを羽織った金髪青目の美女だ。花飾りとブーケのついたティアラをしていて、姫のような印象を受けた。

 

「本来であれば、彼女の守護するのは我々の役目。喜んで力になろう」

 

 凛とした声に目を向ければ、白地に赤を基調としたワンピースを着込む赤毛の美女が立っている。刃の部分が縦に赤と白で分かれた色の巨大な剣を携えていた。彼女の周囲にはガラスの破片のようなモノが浮遊している。

 

「この軍神グルリィィィィィィムニルが来たからにはもう安心していい。我と共にエキドナを救い、この空を晴らすのだ!」

 

 やけにテンションの高いヤツが出てきた。藤色の髪に左右で目の色が違う青年だ。軽装の鎧とマントを纏い、右手に柄が長く先端が円錐の形になっているタイプの槍を持っている。……他と同じように一瞥してから目を逸らしただけなのだが、「あ、あれ? 今のカッコ良かったよね?」とかボソボソと言っている声が聞こえた。

 それがなければもうちょっとカッコ良かったんだろうな、とは思う。

 

「妾もいるのじゃ!」

「遅れて申し訳ありません」

 

 俺の周囲に現れた四人、もとい四体の星晶獣に加えて空を駆けて近づいてきたフォリアとハクタクが俺の眼前に降り立った。

 

「……これでとりあえず全員集合か」

 

 俺が呟いた声に異論を示すように、斬撃が迫ってきていた軍勢を粉砕する。

 

「私を忘れては困りますね」

 

 穏やかな口調に、強大な一撃。見れば新調したらしい鎧を身に着けたドラフの男性が立っている。

 

「バラゴナ……!」

 

 アリアがその顔を見て驚き声を上げた。……ハルヴァーダは無事届けたみたいだな。まさか来るとは思ってなかったが、いいタイミングだ。

 

 思わず笑みが浮かんでしまう。

 

「やるぞ、お前ら。エキドナを助けて幽世に落ちた連中を引っ張り上げる。んで、ついでにこの空域救うぞ」

 

 俺は立ち上がって言い放つ。

 

 さぁ、この騒動を終わりにしてやろう。




Q.ロベリアはどうやって空域越えてきたの?
A.普通に小型騎空挺に乗って。

Q.じゃあなんで瘴流域越えられてんの?
A.小型騎空挺ごとぐちゃぐちゃにされながら漂着して、運良く空域越えられたんですよ。まぁ当然、普通の人なら死んでますねぇ。


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ここに全ては整った

前回全員集合したのでベスティエ島の決着となります。

VSはリアタイでコロッサス倒したところですね。まったりいきます。


 準備は全て整った。

 このナル・グランデ空域にいる仲間は全員ここにいるし、島にいた強力な星晶獣達も復活させた。“蒼穹”の合流なんて待たずに解決してやる、と考えていたことを考えると充分な戦力が集結している。

 フォリアとハクタクも戻ってこれたし、おまけでロベリアも来ていたし。……ってかあいつホントどうやって空域越えてきたんだか。いや、あいつのことはどうでもいい。

 

 兎も角、後は全力で挑むだけだ。

 

「幽世の存在に対処しつつエキドナを倒す。エキドナを倒して動きを止めてくれれば俺がエキドナから幽世の力を引き剥がす」

 

 俺は合流したフォリアや作戦内容を知らない星晶獣に向けて、改めて流れを説明する。

 

「付き合いが浅いヤツも多いから連携なんて言わねぇ。全員好きにやれ、勝つぞ」

 

 “蒼穹”のように全員で協力して、なんて上等な真似ができるとは思っていない。なにより団長である俺自身が、好きにやる方がやりやすいってのもある。連携はスツルムとドランクのようにできるヤツ同士でやればいい。

 

「ならこの軍神が一番槍を貰うとしよう。暴風よ、荒れ狂え!!」

 

 なぜか顔を手で覆ったポージングをしながら復活した星晶獣の一体が大袈裟な所作で特大の竜巻を形成し幽世の群れを細切れにしていった。

 流石に同じ星晶獣だけあって先程タワーが粉砕した数と同等を巻き込んでいた。

 

 ふっ、と髪を搔き上げてちらちらとこっちを見てくるのはなんだろうか。

 

「むにゃむにゃ……ワシも負けておれんのぅ。テンペランスよ、力を貸すのじゃ」

「応じる」

 

 エスタリオラは言ってテンペランスを出現させ、同時に風を放つことで巨大化させて攻撃した。星晶獣がやったのと同等の範囲攻撃だった。

 

「……ぐっ、まさか僕に匹敵するなんて」

「ふぉっふぉっふぉ。この大魔導師エスタリオラ、星晶獣とはいえ小童の姿をした者には負けんのぅ」

 

 星晶獣は多分覇空戦争時代から生きてるから大分年上だろうけどな。まぁ人間味ありそうだしいいか。

 

「万象悉くを焼き尽くそう」

 

 紫の肌を持つ男が左の上の手を掲げて掌に雷と炎を集めて一つの槍を形成する。無造作に放ると通り道の軍勢を焼却するのはもちろん、一定距離飛んでから白光を撒き散らして爆発した。爆発に呑まれた幽世の存在は塵も残さず滅された。

 

「悲嘆に暮れよ」

 

 金髪の美女が澄んだ声で呟くと、彼女の周辺から淡い緑色の閃光が放たれる。閃光は幽世の存在を貫き、終いには爆発して広範囲を滅していた。

 

「刃鏡、展開!」

 

 赤髪の美女の声に呼応して周囲を浮遊していたガラスの破片が俺達の周囲に飛び散る。なにが起こるのかと思えば、幽世の攻撃に対して赤い障壁を展開し防御してくれるようだ。

 

 ……四体とも強すぎるだろ。それに匹敵してる賢者も化け物だが。

 

「これは頼もしい。新しい仲間もたくさん増えているようですね」

「そこの星晶獣四体は利害の一致だけどな」

 

 バラゴナへ正直に返す。

 仲間入りしてくれたわけじゃない。まぁ無理を言う気はないし、今助けてくれるだけでも有り難いモノだ。

 というかこいつらを率いてる団長として、俺って格みたいなのを見せた方がいいんじゃないだろうか? 団長が急遽現れた援軍より戦果上げないとか情けないかもしれん。

 

 そう思ってワールドの能力で島周辺にいる全ての軍勢を把握する。

 

「――消えろ」

 

 そして、漏れなく金の粒子へと変換した。おかげで遠くにエキドナの姿を確認できた。

 

「……流石にこれは真似できないね」

 

 カイムが口にした言葉を聞きちょっと得意気になりそうになってしまう。俺の力じゃないのが残念なところだ。

 

「この隙に近づくぞ。穴からいっぱい出てきてるしな」

 

 とはいえ穴を塞がない限り無限に湧き続けるんじゃないかとさえ思う。全滅も一瞬だけで、すぐ湧いてきた。

 だが格段に進みやすくなったのは間違いない。加勢によって迎撃の手が増加し倒しながら進む速度が上がっている。

 

「ダナン君。さっきみたいに一掃すれば戦力を掻き集めなくても大丈夫だったんじゃないの?」

 

 進みながら、飛んできた幽世の存在を斬り伏せながらレオナが尋ねてくる。

 

「いや、無理だな」

 

 俺は駆けながらきっぱりと否定する。

 

「あれは段階的に力を増すから当時だとできなかった可能性が高い。それにあれと同時にエキドナから幽世の力を引き剥がすのは並行しづらい。できないとは言わないが、成功確率が低くなる」

「そっか」

 

 もっと早くに解決できれば、空域内の被害も減ったかもと考えているのだろうか。

 

「そういえばアリア嬢」

「なんですか、バラゴナ」

 

 呼び方のせいか、アリアの言葉には険がある。

 

「あなたはいつまでその薄着姿なんですか? 鎧くらい買えばいいでしょう」

「……私は元々イスタバイオンの騎士です」

「知っていますが?」

「……言わなければわかりませんか? 私は今、無一文の身です」

「ああ、なるほど。それで鎧を新調できなかったと」

「わかったなら言わなくていいでしょう」

「はは、すみません。お嬢様にしては随分と軽装でしたので」

 

 アリアがずっと薄着なのはそういった理由があるらしい。……それなら言ってくれれば買ってやったのに。まぁそういう妙なところで真面目さを発揮したんだろう。それに、もしかしたら自分で稼いだ金でモノを購入すれば自分で動くことの意義を実感できるかもしれないしな。

 

「むぅ、妹が貧乏じゃ。姉として将来が不安じゃ……ハクタク、右から来ておるぞ」

「わかっています」

 

 アリアを不憫に思ってかフォリアが嘆息している。

 

 ……こいつら雑談しながらなのに無双しすぎだろ。強者がいすぎてどれだけの軍勢が来ようと即座に倒していってやがる。

 

「しかしこれだけの猛者が集うとは、あなたも曲がりなりにもカリスマがあるのですね」

 

 余裕があるのか、バラゴナが楽しげに話しかけてくる。もしかしたら今まで誰も信用せず生きてきたせいで会話に飢えているのかもしれない。

 

「カリスマってほどじゃねぇだろ。利害の一致やらだ。カリスマが理由でついてくるのは、あの双子の方だろ」

「そうですか? どう思います、アリア嬢」

「……なぜ私に聞くのですか」

「私はほとんどの方を知りませんから。あなたの見解なら見ず知らずの他人よりは信用できる」

 

 バラゴナは終始穏やかな口調だ。それでいて剣は強く幽世の存在を一撃で葬っているのだが。

 

「……カリスマは、あると思いますよ。でなければ少数でも人が集まることはないでしょう。“蒼穹”の二人よりは弱いというだけで」

「ほう」

「懐も広く、団長として動こうとしているのか周囲に気を遣っているようにも思えます。ある程度上に立つ才能はあるようですね」

 

 うわ、なんか凄くハズい。そんな風に思われてたのか俺。……何方向からか生温かい視線が向けられてる気がする。

 

「意外と高評価ですね。あなたもそれを実感しましたか?」

「……それは個人的な内容では?」

「ええ、個人的な興味です」

「では答える義理はありませんね」

 

 ツンと返すアリア。……俺、アリアに対して懐が広いようなところ見せたっけか? いや、見せてない気もするな。まぁちょっと買い被られてるところはあるのかもしれん。オーキスやらドランクやらを仲間に引き入れるくらいだからと。

 

「雑談はそこまでにしとけよ。……着いたぜ」

 

 俺から言って空気を引き締めてさせる。これもまた団長としての役割みたいなモノだろうか。

 

 やがて辿り着いた先には姿の変わり果てたエキドナがいた。とはいえ俺は苦しめられている様子しか通常状態を見ていないので、険しい表情になったのは四体の星晶獣だろうか。

 白髪に黒い目隠しをしたような姿で、全体的に禍々しさを湛えている。幽世の存在が纏っている霧のようなモノを発しており、完全に取り込まれてしまった形だ。

 

「幽世の軍勢を蹴散らしながらエキドナを倒す。動きを封じてさえくれれば俺の方でエキドナを解放する。頼んだぞ」

 

 俺は言って腰のパラゾニウムを手に取り【ウォーロック】へと変化する。

 

「労しい姿ですね、エキドナ。私は普段のあなた様を取り戻すために、この力を振るいましょう」

 

 金髪の美女が言って手を掲げる。

 

「プレアデス」

 

 そこから水の奔流が放たれて幽世の存在を巻き込みながらエキドナを撃った。だが直前でエキドナが障壁かなにかを展開して防いでみせる。母として子を守る星晶獣なんだとしたら、防御力が高い可能性はあるか。

 

「踊り狂え、終焉の風よ!」

「ひょい〜ん!」

「僕だってぇ!」

「じゃあ僕も同じことしようかな」

 

 星晶獣、エスタリオラ、カイムの竜巻がエキドナを襲う。トキリもなにかの技なのか高速で回転し斬撃の竜巻を巻き起こすのだが、射程の問題か周囲の幽世のヤツらを斬り刻むだけに終わった。だがそれもまた戦闘で役に立つことだ。最強である必要なんてないんだがな。

 三人の竜巻によって水の奔流を防いだ障壁が砕け散る。

 

「一切合切灰燼に来さん」

 

 火の星晶獣が三叉槍に業火を纏わせて振るう。辺り一帯の軍勢を蹴散らしながら進んだ炎の斬撃が障壁の壊れたエキドナに直撃するが、多少ダメージを与えた程度だった。

 

「これはこれは、頼もしい限りですね」

 

 バラゴナは穏やかに微笑みながら悠々と敵を斬り伏せていく。

 

「貴方も本気で戦ったらどうですか?」

 

 剣速が速いこともありバラゴナより多くの敵を斬っては捨てていくアリアが咎めるように告げた。

 

「これでも加減をしているつもりはありませんよ」

 

 バラゴナは言いつつ「ですが」と加える。

 

「戦力になっていないと思われるのも癪ですね。――五月雨斬り」

 

 彼は幾度も剣を振るい斬撃を複数見舞って軍勢をまとめてバラバラに切り刻む。

 

「……真面目に戦う気があるなら構いません」

 

 アリアは言うと剣に光を灯して一閃する。虚空に黄金の軌跡が浮かび、やがて光を強めて周囲の敵を一掃した。

 

「皆、強いね」

 

 とは言うがアネンサも幽世の存在を瞬く間に斬り捨てていっている。

 

「妾達も負けておれぬの、レオナよ」

「はい」

 

 各自の奮闘を見て燃えたらしいフォリアとレオナも奮闘している。いや、誰もが奮闘してくれていた。見えないがガイゼンボーガとロベリアも楽しく戦っているはずだ。

 一部好き勝手やっているだけのヤツらもいるが、一丸となって事態の終息に動いている。

 

 連携なんてなく、ただ自分の目の前の敵を倒し続けているだけにも思えるが、全員が担当を被らず目の前の敵を倒せば全方向がカバーできるということだ。意思疎通がきっちりできるわけではないため、それが俺達にできる最大の連携だ。

 だがそのおかげで先頭だった俺はエキドナ目前まで到達することができた。

 

「――――!」

 

 目前まで迫ったエキドナは敵愾心を露わにして咆哮する。あろうことか周辺に幽世の軍勢が出現する穴が出来ていき、わらわらと湧いてくる。

 

「面倒だな、ったく」

 

 奥義でまとめて攻撃するかと思いパラゾニウムを構えると、

 

「あなたの力にならせて」

 

 ニーアからなんらかの効果を付与される。強化効果の類いだろうと思い、奥義を発動。闇の斬撃を無数に放ち眼前の敵ごとエキドナを斬りつけた。直後は反動で動けないはずなのだが、もう一発奥義を発動できた。エキドナ周辺の敵を一発目で蹴散らし、二発目はエキドナのみに全て向かった。残念ながら障壁によって防がれてしまったが、反動なしに奥義を二連発できるとは予想外だった。……正直なところ、自分のためだけの能力が多いのかと思ったのだが。味方をサポートするような能力も持っているらしい。

 

「援護ありがとな、ニーア」

「……うんっ」

 

 自信のない娘なので、ちゃんと礼は言っておく。デスの戦闘力も星晶獣故に高いモノだし、なかなかニーアとデスのコンビは強いのかもしれない。

 

「やるね。私も負けてられないかな。クリムゾンナイトメア!」

 

 フラウは笑って劫火を脚に纏わせ敵の群れに叩き込む。範囲内の敵は焼き払われていった。

 

「我が神剣の威力を見よ! ラーグルフ!」

 

 赤髪の星晶獣が巨大な剣を振り下ろし大地を割る斬撃で敵を蹴散らす。強力な一撃がエキドナの障壁を破砕した。

 そこに突如真横から突っ込んできた人影がエキドナの巨体へと殴りかかる。

 

「吾輩の行く手を阻めると思うなぁ!」

 

 ……あのおっさん、好きに戦っていいとは言ったが。

 

 ガイゼンボーガは殴り飛ばしたエキドナを無視して幽世の軍勢を殴りまくりながら群れの中に消えていった。……なんだあいつ。

 

「……まぁ、無視でいいかな」

 

 その様を見ていた数人が困惑しているのか固まったので、そう言って気にしないことにした。

 

「しかしエキドナは硬いですね。今のところ直接的な攻撃はありませんが」

 

 アリアが空気を取り持つためか考察を口にする。

 

「確かに厄介な守りですが、ここにいる方々なら貫けないということもないでしょう」

 

 バラゴナは同意しつつも確信を持って告げた。

 

「じゃあ何人かで幽世の軍勢を相手にして、他のメンバーでエキドナを攻撃したらどう?」

 

 カイムが思いついた案を俺に向けて聞いてくる。……まぁ、それが妥当か。

 広範囲殲滅向きのヤツらを雑魚掃討に回したいところもあるが、総じてそういう連中は総合火力が高い。となると人員を割くのを悩むところはあるな。

 エキドナも脅威を感じ取れば何枚もの障壁を張って防御に徹する可能性がある。障壁を貫いて敵にダメージを与えられるヤツを選別すれば、自ずと分担もできてくるか。

 俺はエキドナから少し距離を取って『ジョブ』を解除する。

 

「……トキリ、レラクル、カイム、クモルクメル。雑魚担当で頼んだ」

「少ないけどいいの? 僕の想定だともう少し増やすと思ったんだけど」

「俺は温存しときたいんだよ。俺が加勢しなくてもエキドナを倒せるだけの戦力を向かわせた方が確実だ」

「確かに、成功確率が高い方がいいね」

 

 カイムの賛同が得られれば、作戦の成功はほぼ間違いなしだ。俺に見えていないところまで考慮した上での結論だろうからな。

 

「貴方の力を消耗せずに攻撃する方法なら、私に案があります。最後は任せます」

 

 アリアはそう言って前に踏み出し剣を構える。そこにバラゴナも並んだ。

 

「……また貴方と共闘することになるとは思っていませんでした」

「私もですよ。……ここには随分と強い方が多いようなので、ここらで七曜の騎士たる所以をお見せするべきだと思いませんか?」

「構いませんよ。元よりそのつもりです」

 

 並び立つ七曜の騎士が二人。確かこの二人はギルベルトについてベスティエ島に攻め入ったんじゃなかったっけか。その二人が今度はエキドナを助けるためにとは、因果なモノだ。

 

「ならば人の子よ、我も力を貸そう。――ブラフマン・ルドラ」

「私もお手伝いします。――テュロス・アジリス」

「守護を与える。存分に攻めるがいい。――ニーベルン・シルト」

「汝らに軍神の加護を与えよう……ラストストーム・テンペスト」

 

 それに応じて四体の星晶獣がやたらと強化効果をつけてくれた。それぞれができる最大の強化なのだろう。明らかに感じ取れる力が違う。

 

「じゃあ全力全開で叩き込め。後先は考えなくていいぞ、これで終わらせる」

 

 俺は一応団長の立場なので指示を出し、各自に任せる。

 

「ええ。ではやりましょうか」

 

 アリアが言って、三度振るった剣の軌跡でトライアングルを描いた。

 

「星閉刃・黄昏ッ!!」

 

 そこから黄金の奔流が放たれる。

 

「私も本気で参りましょう。――朱連刃・朱華」

 

 バラゴナは剣を横薙ぎに振るって朱色の蓮華を咲かせるとそこから赤色の奔流を放った。四体の星晶獣が強化した七曜の騎士の全力の一撃。エキドナを守ろうとしたらしい幽世の群れも、エキドナが張った障壁も難なく粉砕する。エキドナは幽世の力を借りたらしい禍々しい奔流で対抗しようとするが、あっさりと押し返されて二つの奔流に呑まれていく。

 

「一気に畳みかけてください!」

「後のことは、お任せしましょう」

 

 二人の一撃によってエキドナまでの幽世の存在が全滅し、エキドナも体勢をすぐには立て直せていない。

 

「……謳え」

 

 追撃しようとする中で真っ先に動いたのはナルメアだった。紫の蝶の群れが飛び立ち、こちらに向かいエキドナまでの道のりを塞ごうとする軍勢を細切れにする。本人は突如エキドナの眼前まで現れていた。

 

「胡蝶刃・神楽舞」

 

 刃の形状を変えて一閃、エキドナにダメージを与える。

 

「一刀華流」

 

 ナルメアと同じように冷たく響く声音で唱えると、アネンサは持っていた大太刀を大上段から渾身の力で振り下ろした。特大の斬撃が放たれて、集まろうとした軍勢ごと両断する。

 そこで二つの影が飛び出す。レオナと、フォリアとハクタクだ。

 

「レオナ、先に行かせてもらうぞ。ハクタク、合わせるのじゃ」

「承知しています、我が王よ」

「「風雅煌玉ッ!!」」

 

 フォリアとハクタクが息の合った連携でエキドナを追撃する。終わった後のハクタクの咆哮がよく響いた。

 

 ハクタクの脚には敵わないので遅れて、レオナもエキドナに迫る。先の二人がエキドナにしか攻撃していなかったため軍勢もレオナを狙ってきていた。だが彼女は駆けながら薙刀を振るい幽世の存在を確実に仕留めていくと、高々と跳躍する。空中でも自在に操る薙刀で敵を薙ぎ払い、頂点から一気に飛んできた幽世の存在を蹴り飛ばしてエキドナへと武器を振り下ろした。

 

「獅子烈爪斬ッ!!」

 

 気迫充分に振り下ろされた渾身の一撃がエキドナを追い討ちする。

 

「人の子よ、避けるがいい」

 

 整った顔立ちの額にもう一つの目を描き、そこから煌々と輝く光を放つ。レオナが慌てて横に逸れた直後、彼の額から超高熱の熱線がエキドナへと放たれた。近くにいた俺の肌が焼けそうになるほどの熱線はエキドナを穿ち島の反対側まで抜けていく。

 貫通力はあるが広範囲を殲滅するような攻撃ではなかったため、エキドナの周辺に軍勢がまた集まってきてしまう。

 

「我が奥義、受けるがいい! ――刃鏡螺旋ッ!!」

 

 そこにもう一人の星晶獣が巨大な赤白の剣を引き、刃の周辺にガラス片を集めていく。そして剣を突き出すと同時にガラス片の混じった奔流を発生させて軍勢を細切れにしつつエキドナまで攻撃を届かせた。

 

「今が好機ですね。トーラス・ブライト」

「万象を穿つ必滅の一撃! 今此処に顕現せん!」

 

 エキドナまでの道に星の軌跡が描かれ、そこから放たれる波動が一帯を綺麗に掃除する。

 掲げた槍に風を纏わせ、エキドナに向かって真っ直ぐ投擲した。吹き荒れる暴風が槍の勢いを後押しして突き進んだ結果、雑魚を吹き飛ばし障壁を貫いてエキドナの脇腹を穿った。しかも投げた槍が消えて手元に戻ってくる。凄く便利そうだ。

 

「じゃあ思いっきりいこうかな。パワーコンフラグレーションッ!!」

「……ダナン君の敵は皆、皆消えればいい。クラーゲン・トーテンタンツッ!!」

 

 賢者が二人、奥義を炸裂させる。同じアーカルムシリーズの星晶獣と契約した者同士でありながら、その在り方は別物だ。

 フラウは鮮烈に、炎に照らされて美しく、派手な爆裂音を響かせて蹴りを放つ。

 ニーアは暗く沈んだ瞳でエキドナを捉え、地面から怨霊の群れのようなモノを発生させる。亡者の雄叫びのような音がして幽世の軍勢を呑み込み、範囲内にいた全ての敵がぱったりと動かなくなり、落下していった。……幽世って死後の世界とも言われてるから死の攻撃は効かない可能性も考えたんだが、問答無用で死んでいったな。まぁ倒せるんだからただの死者ってわけでもないのか。

 

「すー……すー……。エテルネル・レーヴ」

 

 穏やかな寝息とは裏腹に、エスタリオラとテンペランスが風を吹き荒らして軍勢を一掃させた。彼は最後に俺が攻撃することを考えてか、周囲の軍勢を排除することを優先的にしたらしい。流石は大魔導師。

 

「くっははは! 素晴らしい破壊のアルモニーじゃないか! オレも混ぜてくれよ。ラ・ドゥルール・オーヴァーチュアッ!!」

 

 テンションが上がっているらしいロベリアが参入してきて、タワーと共に破壊の嵐を撒き散らす。エスタリオラの攻撃の後だったために、エキドナを守る全てのモノが排除された状態と化した。……連携するようなタイプじゃないことはわかってるんだが、タイミングだけはいいな。

 

「ダナン、こちらを」

 

 そこで最後の一撃を加えるための案があるというアリアから、彼女の持っていた剣を手渡される。思わず受け取ってしまうが、どういうつもりなのだろうか。

 

「それは七曜の騎士として真王から授かった剣です。その剣なら、星晶獣の力を吸収して力を振るえるでしょう」

 

 その言葉に、彼女の提案というのがようやくわかった。

 アリアは俺に、この剣を使ってこの場にいる星晶獣の力を掻き集め、その力を使って攻撃しろと言っているのだ。

 

「けどいいのか? これ、七曜の騎士しか使っちゃいけない大事な武器なんだろ?」

「構いません。私も追放されかけの身でしょうし、使えるモノは使ってしまいましょう」

 

 おぉ、アリアの発想が柔軟になっている。

 

「じゃあなんで俺なんだ?」

「得意とする属性の問題です。貴方なら、どの属性であっても扱えるのでしょう? なら色々な属性の星晶獣がいるこの場では、貴方が適任です」

「なるほどな。じゃあ有志だけでいいが、この剣に力を分けてくれるか?」

 

 こんな力があったなら、ベスティエ島では無敵に近いだろう。そこを“蒼穹”は星晶獣の力ありきで退けたということは、教えの最奥に至った場合この剣で奪えなくなるのだろうと思う。おそらくだが、賢者達と契約している星晶獣達も奪えない可能性が高い。

 つまり自主的に分けてもらう必要があるわけだ。

 

 四体の星晶獣は躊躇なく、エキドナを助けるためだと割り切っているのか力を分けてくれる。

 

「デス、お願い」

 

 それから真っ先にニーアがデスに頼み、その後もデビル、ハングドマン、テンペランスの順で力を与えてくれる。……ワールドは、まぁ無理か。

 

「助かる。さぁ、これで終わりだ」

 

 俺はエキドナを見据えて剣を上段に振り被る。煌々と輝く刀身を渾身の力で真っ直ぐに振り下ろした。当然幽世の存在もいたが、直撃していなくても蒸発させていく。

 振り下ろしと同時に刀身の輝きが強まり天まで届く巨大な刃と化した。輝きのみのはずだが幽世の軍勢は片っ端から蒸発し、難なくエキドナまで振り切れる。エキドナの障壁をモノともしない一撃がベスティエを両断するかのように放たれた。

 

「星天撃ッ!!!」

 

 なんとなくで名前を考え、それっぽく叫ぶ。

 星晶獣の力を集めた天まで届く剣撃、というそのままだがネーミングセンスについてはとやかく言われたくない。

 

 しかしその威力は絶大で、大半の軍勢を消滅させた上でエキドナは倒れて動かなくなっていた。……星晶獣だから死にはしないとはいえ、やりすぎたかもしれん。

 

「ありがとな、アリア」

「いえ」

 

 彼女に剣を返し倒れて動かないエキドナへと歩み寄る。意識はないようだが油断は禁物だ。幽世の力を得て復活する可能性はある。そうなる前に俺が解放してやろう。

 屈んで倒れた巨体の頭に触れる。エキドナの身体をじっくりと分析する。万が一にも幽世の力を残さないために。やがて全体の把握を終え、少しずつ慎重にエキドナから幽世の力を引き剥がしていく。

 

 その間も俺を仕留めようと穴から這い出てくる軍勢は、エキドナを倒すのに力を使い切ったであろう連中が倒していってくれた。おかげで俺は作業に集中できる。

 

 八割方引き剥がすと幽世へ繋がる穴も減っていく。とそこで、ゼオ達が幽世から戻ってきていないことに気づいた。エキドナの分析も行ったことで穴の開き方がわかったので、適当に穴を抉じ開ける。覗き込むと幽世の軍勢がうじゃうじゃといやがった。だが何度か閉じたり開いたりしている内に当たりを引けたらしく、ゼオの姿が確認できた。

 巻き込まれたというルリア、カタリナ、ラカム、そして金髪の幼女の四人も無事だ。丁度なにかが起こったのかカタリナが騎士の姿をしたなにかを呼び出し、現世への道を形成する。……あれは教えの最奥か? まぁよくわからんが無事帰ってこれそうだ。ワールドの能力的に幽世が少しでも分析できたのはいいことだろう。あいつが喜ぶかどうかは知らないが。

 

 いなくなるまで様子を窺っていたがゼオも一緒に帰ってこれるようだ。なら俺の手助けはいらないかと思い、穴を閉じる。

 島の状態を把握して五人がこっちに戻ってきていることを確認してからエキドナの幽世の力を完全に引き剥がす。

 

「……ふぅ。これで問題ないだろう」

 

 俺が一息つくと四体の星晶獣達が近寄ってきた。

 

「人の子よ。感謝する」

「私からも、心からの感謝を」

「礼を言おう」

「人にしてはやるようだな。褒めてつかわす」

 

 他三体は殊勝な態度で、一体だけ偉そうに礼を述べる。しかし他の三体から白んだ目を向けられてバツが悪くなったのか、頰を掻いた。

 

「……エキドナを助けてくれてありがとな」

 

 おそらく素の口調でそう口にした。カッコはつかないが、親しみやすい星晶獣なのかもしれない。

 

「……んぅ、あれ、私……」

 

 そこでエキドナは目を覚ます。とはいえ糸目なのか瞼は持ち上がっていない。

 

「エキドナ、無事ですか?」

「え、あ、うん。ごめんね、あんまりなにが起こったかわかってなくて……」

 

 金髪の美女が心配そうに屈み込みエキドナに回復を施していく。

 

「あんたは星晶獣を狙う野郎に、幽世に落とされてたんだよ」

「そうなんだ、お母さんを助けてくれたんだね、ありがとう」

 

 俺の言葉にエキドナは柔らかな笑みを浮かべる。……お母さん、か。俺にはわからない感覚だな。

 

「とりあえず戻ったなら良かった。用は済んだし、もうここにいる必要はないな。あんたは空図の欠片を持ってるのか?」

「うん。持ってるわ。はい、どうぞ」

 

 エキドナは頷くとどこからか出現させた空図の欠片を渡してくる。すんなりといったな。さて、これでもうここに用はないな。ルリアとカタリナに見つかる前にとんずらするとしよう。幽世の軍勢が湧き出てこなくなったことに気づいた“蒼穹”の連中も戻ってくるだろうしな。

 

「助かる。じゃあ行くわ、縁があったらまたな」

「うん、いってらっしゃい。今度はゆっくりできる時に」

 

 引き止めようとはしないらしい。子供の旅立ちを見守るのも母親の役目ということだろうか。

 

「お前らも、協力してくれて助かった」

 

 俺は四体の星晶獣達に礼を述べる。

 

「礼をするのはこちらの方だ、人の子よ。我が名はシヴァ。この度の協力、感謝する」

 

 シヴァと名乗った四本腕の男が頭を下げる。

 

「いいって。俺もこの時のために戦力が欲しくてあんたらを復活させたんだからな。互いにこれでチャラだ」

「ちゃら?」

 

 彼は首を傾げていた。どうやら言葉の意味がわからないらしい。

 

「チャラってのは、あれだ。貸し借りなしってことだな」

「ふむ、なるほど。ではちゃらにしよう」

 

 凄く渋カッコいい声なのにチャラとか言ってるのが凄いギャップなんだが。

 

「……人の子よ。我の力を求むるか?」

「うん?」

 

 シヴァに尋ねられ、一瞬意味が入ってこず首を傾げてしまう。

 

「力? まぁ、くれるって言うなら欲しいところだが」

 

 強くなれるに越したことはない。

 

「我は人の子の強さに興味がある。……それとは別に思うところもあるが、それはまたの機会にわかるだろう」

 

 シヴァの言っていることがなに一つ理解できない。だがこの間に興味を持たれたことは確かなようだ。

 

「私も同じ思いです。あの方の気配を感じます」

「我もだ」

 

 二人の美女まで同意している。……なんの話なんだろうか。まぁいずれわかるなら待てばいいか。

 

「故に、人の子よ。我は問おう。このシヴァの力、己が旅路に役立ててみぬか?」

「っ!?」

 

 シヴァからの申し出に思わず顔に出して驚いてしまう。

 

「……そりゃ有り難いが、うちでいいのか?」

「周囲には悪に通ずる者もいるようだが、それすら抱える器量もまた興味深い。道を過つようなら、我が劫火にて救いを齎そう」

 

 シヴァの慈悲すら見える宣言に、むしろ面白いと笑ってしまう。……いや、ホントにこれじゃあワールドに協力できねぇな。

 

「面白そうだ。よろしく頼むぜ、シヴァ」

 

 俺は彼に右手を差し出す。

 

「うむ。これは人の文化、握手というのだろう? 我は知っている」

 

 右の下の手で俺の手を握り、少し得意気に見えなくもない表情で頷いている。

 

「これは我の力を込めた逸品だ。人の子には余る力、使いこなしてみるが良い」

 

 手渡されたのは紅蓮の弓だった。途轍もない力を感じる。星晶獣の力が込められた、と言うとバアルを思い出すな。あんまり槍使ってなくて悪い。

 

「私も同行してもよろしいですか? あの方はおっしゃいました。人の営みを知るようにと。貴方様との旅路でそれに触れられればと思います」

「営みが知れるかはわからないが、協力はする。仲間なんだったらな」

「はい、お願いいたします。私はエウロペと申します」

「よろしくな」

 

 エウロペとも握手を交わす。姫というような風貌の彼女にうちの騎空団はちょっと合わないかもしれないので、気をつけよう。どこかに姫の立場のヤツはいないもんかね。オーキス……はちょっと違うしな。アリアは一応そうだよな?

 彼女も続いて武器を出現させ、渡してくれる。水色の槍だった。それこそバアルを思い出す。使う機会があるといいんだがな。いや、星晶獣の力が込められていればかなり強いのは間違いないんだが。

 

「我が名はゴッドガード・ブローディア。ブローディアと呼んでもらって構わない。我も共に行こう。我が刃鏡にて汝らを守り抜くと誓おう」

「頼りにしてる」

 

 彼女とも握手を交わす。真面目そうなヤツだ。多分リーシャとかとなら気が合いそうかもしれない。あとはちょっと騎士っぽいところもあるし、気が合うヤツがいるだろうか。

 ブローディアからは彼女の周囲に漂っていたガラス片のような色合いをした短剣? と貰った。短剣はよく使うので有り難い。

 

 さて、三人は俺達と来てくれるようだが。

 

「……ふっ。この軍神の力を、汝は欲するか」

 

 気取ったように顔を掌で覆っている。短い付き合いだがこいつについてはなんとなくわかっている。

 

「いや、悪いしいい。三体も仲間になってくれたら上々だろ」

「えっ!?」

 

 にっこりと笑って断ってやれば驚いて狼狽する。……こいつ、あれだな。

 

「まぁ無理に来てもらってもあれだしなー」

「……俺も、ついていきたいんだけど」

 

 案外折れるのは早かった。

 

「来たいっていうなら歓迎するぜ」

「っ……!」

 

 途端に彼は顔をぱぁと輝かせた。が、すぐに表情を取り繕う。

 

「この軍神グルリィィィ……」

「グリームニルだろ。最初に聞いた」

「ちょっ、最後まで言わせてよぉ!」

 

 やけに長く伸ばす名乗りを中断してやれば、素の調子が出てきた。

 

 やっぱりこいつ、弄られタイプだ。リーシャに通じる部分がある。

 がっくりと肩を落とした様子ながら、彼も他の三体と同じく武器を渡してくれる。今度は槍だった。珍しく本人が持っている武器と一緒だ。

 

「ならオレもキミの旅に加わろう!」

「お前はいらん」

 

 他方向から来た声には即答した。

 

「酷いな、言っただろう? オレの魔術はキミのモノだ、って」

「だからいらねぇっつってんだろ。お前だけは、絶対いらん」

「なんでだい? キミがオレの趣味のことを言っているなら、その心配はいらない。なにせ、今もタワーの行いは続いているからね」

 

 近づいてきていた茶髪の青年、ロベリアはめげずに言葉を続ける。……タワーの行いって、あれか。今まで殺してきたヤツの殺し方が返ってくるっていう。

 

「じゃあなんでてめえはここにいるんだよ」

「音の分身を置いてきた。だから今もオレの頭にはオレの分身が壊される音がずっと響いている……! ああ、今凄く幸福なんだ! もう無理に人を壊す必要はないくらいに!」

「信じられると思うか?」

「信じられないならオレを手元に置いて監視してみたらどうだい?」

 

 ロベリアはニヤケ面を変えずに告げてくる。……ふざけてんな。そういうのは“蒼穹”に任せてしまいたいんだが。

 

「ふむ。人の子よ、滅するか? 我が劫火は悪を焼き払い、救いを齎す」

 

 早速シヴァが役に立ちそうである。

 

「残念ながらそれは難しいな。なにせ、オレはタワーと契約しているから不死身だ。そして、タワーごと焼き払ってはそこの少年が困る。タワーの契約者がいなくなれば賢者を一人集められなくなるからね」

「……む」

 

 ロベリアの論調にシヴァが圧されている。なるほど、他に手はないって言いたいわけか。

 

「……カイム、穴は?」

「ないと思うよ。なにより、タワーの契約者がその性質上現れにくい。そして現れるのは大抵、多分だけどこういう人間になる」

 

 やっぱり、星晶獣が契約者を選ぶというなら破壊を好き勝手やるようなヤツが選ばれるってことなのかね。

 

「……チッ。気に食わねぇが引き入れるしかなさそうだな」

「くはっ。感謝するよ、少年」

「ただし、条件がある。俺の許可なしに人を殺さないこと。仲間に手出ししないこと。趣味は一人部屋で寂しく堪能すること。もし破ったなら、そうだな。タワーを止めさせた上で魔術と手足を封じた上で生きるのに最低限な状態で監禁し、なにもさせない。それか、自分の身体が壊れる音でもいいって言うんなら……股間の潰れる音でも堪能させてやるよ。嬉しいだろ?」

「……え、いや、遠慮するよ」

 

 わざとらしく邪悪な笑みを浮かべてやったらロベリアが若干引いていた。……いやお前だけには引かれたくねぇよ。

 

「……戻ったぞ、団長殿」

「おう、ガイゼンボーガか。お疲れさん。凱旋とはいかないが、俺の料理で宴会ぐらいはしような」

「ふん。……まぁいいか。貴様の料理は格別だ。空腹がないとはいえ、おそらくもう身体が限界に近い頃だろう」

「ああ、割りと顔色悪いな。薬やるから騎空挺で寝ておけ。本人が宴で無惨な姿だったら盛り下がるヤツもいるかもしれねぇぞ」

「ふん。まぁ、今回は存分に戦えたから良しとしてやろう」

 

 どうやらガイゼンボーガは戦い漬けの生活を送れて多少なり満足できたらしい。

 

「おーい、大将ー!」

 

 そこにゼオが一人で駆けてくる。戦い続けでボロボロだったが、その手には見覚えのあるようなモノが握られていた。

 

「おう、ゼオ。ってかそれは、空図か?」

「おうよ! 幽世にいてカタリナの姐さんと教えの最奥っつうヤツに至ったアレスって星晶獣が持ってたヤツだ。幽世で力貸した礼に貰ったンだぜ」

「おぉ、お手柄だな。じゃあさっさとここを離れるぞ、“蒼穹”に見つかったらおじゃんだ。休憩とかはその後でじっくりな」

「おう」

 

 まさかの大手柄により、空図の欠片が三つ集まった。とりあえずは全員揃ってここを離れるとしよう。

 というわけで何人か思わぬ加入と招かれざる加入もありつつ、俺達“黒闇”の騎空団はナル・グランデ空域の危機を救い、ベスティエ島を発つのだった。



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黄金の空

人形の少女と比べるとややさっくりな章タイトルになってしまった……。
まぁ当初グレートウォールの分解で考えていたことを考慮すれば規模が大きくなった方ですね。

グラブルVSは意外にもストーリーが終わりそうです。短めでしたね。まぁおまけ程度だと思えば良かったという感じなんでしょうかね。


 ベスティエ島から離れた俺達は、おそらくグランサイファーがベスティエ島に向かうだろうと思いイデルバへ状況を聞こうかと向かっていた。

 

 ゼオがまた役立ったのが、幽世に落ちていた四人からある程度話を聞いていたというところだ。

 

 カタリナは空図の欠片とやらを持っていたアレスという星晶獣との教えの最奥に挑んだ。それは、空図の欠片同士が引き合い星晶獣として完全な力を持つことができれば現世に戻ってこられると考えたからだそうだ。

 また、幽世の力で覆われた空を戻すにはナル・グランデ空域の空図の欠片が全て必要になる。その数は四つなので、あと一つ、レム王国にあるガネーシャが持つ空図の欠片があれば俺達は全て揃うということになるな。

 そしてアレスとの遭遇は予想外だったが“蒼穹”は行方のわかっているガネーシャの空図の欠片を取りに向かったらしい。

 

 なんでも一緒にいた、ミカボシという名の幼女は星の民で、ナル・グランデ空域の管轄だったらしい。空図の欠片を設置したのもそいつなんだとか。

 こいつらが戻ってきた後に分析してようやくわかったが、そいつはグレートウォールに封印されていた星の民だった。なんの因果で一緒にいたんだか。

 

 肝心の“蒼穹”がなぜこの空域に来ていたのかはわからないらしいが、充分な情報だった。

 

「つまり、俺がこの空を戻してやればあいつらのお株を奪えるってわけだな」

 

 俺は言って不敵に笑う。

 

「大将達はまだ三つしか持ってねェんじゃねェのか?」

 

 ゼオが首を傾げて聞いてきた。

 

「まぁな。だが空図の欠片がなくてもこの空域から幽世の力を排除することは可能だ」

 

 俺はそう言ってくすんだ色の空に向けて手を伸ばす。ワールドの能力の把握範囲も順調に広がっている。カード四枚でグレートウォールの大半。五枚は試していないが、六枚となった今はどうか。

 十枚集めれば世界を把握できる、という可能性も出てくるので、そう考えると徐々に規模が広がっていくのなら七枚くらいで空域全体を把握できてもおかしくはない気がする。

 

 六枚なら、と最大限に駆使して空の状態を把握してみる――島やなんかの様子を含めなければ、ナル・グランデの空全体に把握が及んだ。

 

 どうやら幽世の力は瘴流域にも影響を及ぼしているらしい。入る者は拒まず、出る者は逃さずという風になっている。その辺りまで含めて、ワールドの力が行き届いていることを確認できた。これなら、問題なさそうだ。

 

「――消えろ」

 

 呟いて、力を行使する。空全体を覆っていた幽世の力を除去する。能力の行使により力の全てが金の粒子へと変換され、空に散った。くすんだ空の色も蒼に変わり空に舞う金の粒子を陽光が照らし出す。ナル・グランデ中の空で同じ光景が広がっていることだろう。

 

「……美しい」

 

 エウロペが空を仰ぎうっとりと呟いていた。他も見蕩れているのかは怪しいヤツもいるが空を見上げている。

 きっと“蒼穹”の連中も今頃、驚いていることだろう。一体誰が、と。もちろん誰も俺達のことを話していなければ、だが。

 

「これで空は良しと。エキドナも倒したし、それなりの活躍だっただろ」

 

 ファータ・グランデ空域では“蒼穹”に同行した形だった。ナル・グランデでも、遅れを取ったために裏で動くだけの状態だった。今回は、俺達“黒闇”が事態のほとんどを解決してやったわけだ。この空域の強者も結構集められたしな。

 

「幽世の軍勢を退けてエキドナを救い、空を取り戻したことが“それなり”の活躍ですか。過小評価ではありませんか?」

「俺はこれくらいで調子乗るほど現実が見えてねぇわけじゃねぇよ」

 

 バラゴナの言葉にそう返す。

 

「俺はただ、あいつらにもできることを先に終わらせたに過ぎない。俺達がいなくても“蒼穹”なら解決できたことだ。あいつらみたく、世界の命運を懸けて戦うようなこともしてないしな」

「それでも誇っていいと思いますが、言っても仕方がないことですね」

 

 バラゴナは、というか何人か苦笑している。いや、別に謙遜とかそういうんじゃないんだが。

 

「……なにより、彼らと比較するのが他にはない点でしょうね。普通に考えて、“蒼穹”と張り合おうとする騎空団など存在しません」

「俺だってあいつらと張り合えるとまでは思ってねぇよ。けどライバル宣言しちまったからな。なら、そう振る舞うまでのことだ」

「……なるほど。あなたはやはり、あの男とは違うようです」

 

 バラゴナは穏やかな笑みで告げると、俺の前で片膝を突いてみせた。予想外の畏まった様子に困惑してしまう。

 

「……どういう、つもりだ?」

「どうもこうもありません。私、バラゴナ・アラゴンは今後あなたの騎空団に入りましょう」

 

 これまた予想外の申し出だ。無論、見返りとしてある時だけでも力を借りようとは思っていたところだ。なにより戦力としてこれ以上ない加算となる。

 

「……有り難い、が。あんたとしては“蒼穹”の方に入りたいかと思ってたんだがな」

 

 関わりがあり、好意的に思っている男の子供の騎空団、ともなれば面影を追って入ることも考えられるだろう。だからこそ、一時だけでも力を借りれればと思っていたのだが。

 

「その気持ちはありますが……強さという点であの子供達はあなたより上、七曜の騎士にすら届きそうな領域に足をかけています。それが二人、ともなるとバランスが悪い。真王の企みには賛同しかねますが、一騎空団にあれほどの戦力が偏ってしまうのは、世界にとって良くないという見解には納得できます」

「だから、あいつらより弱くて人数も少ないうちに入った方がバランスが取れるってことか」

「はい」

 

 素直に俺達の方が弱いと肯定されるのは心外だが、おそらく紛れもない事実だ。

 

「それに、彼らの方が人に恵まれているようですから。あなたを鍛えるのも悪くないでしょう。あの男があなたを放置するとも思えませんし、放置していたせいであなたより強くなってしまいましたよ、と言ってやるのも悪くないでしょう」

「……そうかよ。まぁ、悪くない話だ。元々あんたには、そいつと戦う時に手を貸してくれっつう要求をする予定だったんだが」

「そうですか。では丁度いいですね」

「ああ。あんたがいいって言うなら断ることもねぇか」

「よろしくお願いしますね、団長」

「はいよ。頼りにしてるぜ」

 

 話がついて、バラゴナと握手を交わす。これでアポロに続き七曜の騎士が二人目か。かなりの戦力補強になるな。まさか俺達の方についてくれるとは思ってもみなかったんだが。

 

「……私も、貴方がダナンにつくとは思っていませんでした」

 

 一段落したのを見てからアリアが話に入ってくる。

 

「貴方はてっきり、ハルヴァーダ様と密かに暮らすモノだと」

「それもいいですね。しかし私は彼に恩義があります。その恩を返すというのも申し出の理由の一つですから」

「そうですか」

「ええ。ですので、これからよろしくお願いしますね」

「? ……あぁ、いえ。私は騎空団に所属しているわけでは」

「そうなのですか? すっかり彼らの一員として行動しているようでしたが」

「それは利害の一致と言いますか、同行してすぐに空域を揺るがす事態に巻き込まれたので、成り行きです」

「そうでしたか」

 

 そういえばそうだったな。アリアはしばらく旅もしたし、これでお別れかもしれん。

 

「妾も入っていないのじゃが、どうしようかの」

「私は我が王に従います」

「狡いヤツじゃ。一人気ままな旅というのも悪くはないが、折角の機会じゃ、アリアについていくとしようかの」

 

 フォリアは自分で決めるとは言わず、アリアに任せるようだ。

 

「わ、私にですか?」

「うむ。妾はゆるりとアリアと過ごしたいからの。お主の行くところについていこうと思うのじゃ」

「姉さん……」

 

 国外追放で逃げられるフォリアと、正当な理由がなく長期滞在が認められないアリアが一緒にいられるのは、俺達が攫ったという前提の下だ。もちろんその後で逃げ出したから行方なんて知らねぇよ自分で調べたら? と言うこともできるのだが。

 

「まぁ俺達“黒闇”が攫ったざまぁっていう形だけはついたし、もう自由にしていいんじゃないか?」

「えっ?」

 

 俺はアリアの選択範囲を広げるためにそう伝える。

 

「元々真王の追跡を撒くためってのもあったからな。もうその必要もないし、旅したいならフォリアとハクタクと三人旅でもいいだろ。ここにいなきゃいけないってわけでもない」

「……そう、ですか」

「まぁ大事な選択だから精々悩むんだな」

 

 アリアに笑って告げ、すぐの返答は貰えないだろうと考えていたのだが。

 

「わかりました。貴方の騎空団に入りましょう」

「そうか……って、あん?」

 

 アリアの思わぬ言葉に、一旦頷いてから聞き返す。

 

「……なんだって?」

「聞こえませんでしたか? 貴方の騎空団に入ると言ったのです」

「なぜに?」

「貴方の在り方は真王を描く理想とは真逆。場面も考えず、一大事だというのに自分のことばかり優先します」

「……貶してんの?」

 

 いやまぁ、自覚はあるんだが。

 

「いいえ。そういった在り方が自然とできる貴方を、私は多少参考にしたいと思います。一から十まで参考にするのは難しそうですが」

「自由って言うなら“蒼穹”でもいいんじゃないか? 少なくとも俺よりはいい見本になると思うんだが」

「ええ、そうでしょうね」

 

 だから素直に肯定するんじゃねぇよ。事実そうなんだろうけどさ。

 

「ですが、貴方から学ぶことも多いと思います。なにより彼らが切羽詰まっていたというのもありますが、貴方の方が楽しそうでした」

「そうか? まぁ、そうか」

 

 首を傾げたが、よくよく考えてみると確かにと納得できるような気がしなくもない。

 

「もちろん“蒼穹”の方が真剣に向き合っているという見方もできますが、貴方も決して適当を行なっているわけではないようです。それに、今私が自由の身なのは貴方のおかげです。強引なやり方とは思いますが、それくらいでないと真王の手からは逃れられないでしょうからね」

 

 俺もアリアの精神的な面で不安定なのをよく見るようにしていたが、彼女も俺のことをよく見ていたらしい。

 

「ですので、貴方から自由を学ぶために、今後も傍で見ていたいと思います」

 

 アリアは真っ直ぐに俺を見つめてきた。真剣な様子だ。なんだかまるで――

 

「告白のようですね」

 

 バラゴナの声が俺の思考と合致する。

 

「なっ!?」

 

 アリアは予想していなかったのか驚き赤面する。

 

「……遂に、遂にアリアが異性に興味を……」

「長い道のりでしたね、我が王」

「姉さんも乗らないでください! 違いますからね!」

 

 嘘の涙を拭うフォリアと、案外ノリのいいハクタクが続く。それをアリアが詰め寄るが反省の色が見えないのでフォリアの頬を左右から引っ張っていた。

 

「ひ、痛いのじゃ」

 

 アリアもそういうやり取りの加減がわかっていないのか、すぐに離してもフォリアの頬が赤くなっていた。それを掌で擦りながら、

 

「……軽い冗談じゃよ。なんにせよ、真王に縛られない意見が聞けて良かったのじゃ」

「姉さん……」

「後でこっそり馴れ初めについて教えてくれればそれでいいのじゃ」

「だから違うと言っているでしょう」

 

 茶目っ気を見せる小さな姉にツッコミを入れつつ、和んでしまった空気を咳払いで整える。

 

「兎も角。これからは貴方の騎空団の一員として、よろしくお願いしますね」

「妾も世話になるのじゃ」

「我が王共々、お世話になります」

 

 アリア、フォリア、ハクタクの三人(?)まで加わってしまった。仲間集めが捗りすぎてヤバい。やっぱりファータ・グランデ空域の強者は根こそぎあいつらが持ってってたんだよ。まだ手をつけ切れていないからこんなにいっぱい増えるんだ。いやぁ、あいつらが空の底かどっかに落ちて良かった。いや不謹慎すぎるか。

 

「……ってなると私だけ団員じゃなくなりますね」

 

 そこで騎空挺を操舵していたレオナが頬を掻いて言った。

 

「元々イデルバから派遣された戦力ってだけだし、まぁそうなるよな」

「そうだね。でもフォリア様達まで入ってる騎空団なんてね」

「国外追放を拾われた身じゃがな。お主も来るか? と言いたいところじゃが、カインがおるしの。イデルバがもう少し安定すれば、あやつとラインハルザと共に国を出るのも良いじゃろう」

「はい。それも、一つの手ですよね。まぁカインと一緒だとダナン君の騎空団は嫌がるかもしれませんけど」

「安心しろ、俺も遠慮したい。ラインハルザってヤツとも関わりないしな。そいつらと一緒ってんなら“蒼穹”に相談したらどうだ?」

「あぁ、うん。そうだね」

 

 レオナも今後について悩むところがあるらしい。俺としてはカインとラインハルザという関わりがない、若しくはあまり向こうがいい印象を持っていない相手となるとなかなか引き入れづらいところがある。だがレオナはあまり“蒼穹”に入るのにはっきりと応えなかった。フォリアもそれに気づいたようだが、理由はわからないらしい。

 

「じゃあイデルバで休んで、ガネーシャから空図の欠片貰いに行って、それからファータ・グランデに戻って向こうにいる連中と合流だな。騒動が落ち着いて良かったぜ」

 

 俺は言って、今後のある程度の方針を思い描く。

 だが俺達は知らなかった。なぜ“蒼穹”がこの空域に来ていたのかという理由をカインから聞くことで、まだ事態が終わっていないと理解することを。




前回に続きですが、戦力強化に次ぐ戦力強化。
やっぱるファータの強者根こそぎ奪ってたんだよあいつら。


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巡り巡って

本編で読んだ時からずっと思いついていた話。

VSのハードクリアは私の腕だともうちょっと時間かかりそうです。装備集めなきゃ……。


 何人か仲間を増やしつつ、俺達はイデルバ王国の首都があったグロース島へと降り立った。

 

「あんた達か! 丁度いいところに来た!」

 

 到着早々、カインが駆け寄ってくる。

 

「どうしたの、カイン。なにか揉め事?」

「レオ姉。いや、揉め事というか、なんというか。とりあえず、“蒼穹”の騎空団が戻ってきたことは知ってるか?」

「うん。幽世の軍勢が湧き続ける事態の解決に乗り出した、っていうことくらいは」

「そうか。じゃああいつらがなんで戻ってきたのかは?」

「知らない、けど」

 

 レオナと話して俺達の認識を把握したカインは、呼吸を整え俺を見据えてそれを口にする。

 

「……七曜の騎士が一人、紫の騎士がロイドを持ってこの空域に来たのを、追ってきたんだ」

「っ!?」

 

 思わず、身体が少し震える。……ロイドだって? じゃあオーキスのヤツがやられたのか? なんだってあれを紫の騎士、要は真王が欲しがるってんだ?

 

「……オーキスは、どうなった」

「誰も命に別状はない、らしい。紫の騎士も“蒼穹”の面々も、あんたの仲間が死んだとは言っていなかった」

 

 なら、とりあえずは安心か。

 

「ただすぐこの間まで幽世のせいで瘴流域を通って出られなくなっていたんだ。だから、紫の騎士は彼らと停戦し、協力をしようって」

「なるほど? で、あいつらはベスティエ島に行き、なんやかんやしながらレム王国まで行ったりしていたわけか」

「……その辺りのことは俺は知らない。けど、あんた達が戻ってきて空が戻ったなら、幽世の問題は片付いたんだな?」

「ああ。おかげ様でな。……それより紫の騎士はどこに行った?」

「さぁな。けど“蒼穹”はロイドを真王の下へ運ばせないために追っている」

「……あいつらについていけば良かったってことか。まぁいい。なら、成り行きを見に行くとするか。今から行ってももう決着には間に合わないかもしれねぇしな」

 

 俺は言って、早速騎空挺に戻る。

 

「よし、じゃあ適当に休暇でいいぞ。あ、レラクルはダメだけどな」

「なぜだ」

「お前の能力は有用だ。ついてこい。他は休むもついてくるも自由だ。暴れることはねぇだろうし、イデルバで宿泊しててくれていい」

 

 と言ったのだが結局皆ついてくることになった。レオナは降りてもいいはずなのだが、「ここまで来たら行く末を見たい」と言ってきたのだ。

 結局、俺達はベスティエ島に出戻りする羽目になった。

 

 到着した頃には、既に紫の騎士が乗った小型の騎空挺が島を出るところだった。様子を見るにまんまと逃げられたらしい。……追うか、一応。真王の下に戻られるよりは、あいつらに負けて手傷を負った今始末しておくのも悪くない。

 だが判断を迷っている内に星晶獣アーカーシャが顕現した。なんであいつが、と警戒するがロイドの動力になっているのがアーカーシャのコアだったな。

 

「……これはロキか? なんであいつらと一緒に。ミカボシとゴーレムの少女もいるな。アーカーシャを倒し直してなにをするつもりかは知らないが……レラクル、影分身を潜ませてあいつらのやることを確認してくれ」

「わかった」

「俺達は紫の騎士を追う」

 

 現状の把握を行った後、レラクルに指示を出して影分身を送り込み、騎空挺で紫の騎士が向かった方向に追いかけた。

 

「なぁ、真王が星晶獣アーカーシャを奪う理由ってなんだと思う?」

 

 俺はアリア、フォリア、バラゴナという真王のことを知っていそうな三人に顔を向ける。

 

「彼の思惑は深く広いので全てを予測することは難しいでしょう」

「それでも予想を立てるなら、おそらく以前バラゴナの言った力のバランスでしょうか」

「そうじゃな。アーカーシャという星晶獣が個人や他の者では管理できないと考えて奪ったのだと思うのじゃ」

 

 なるほど、確かに元々アーカーシャを警備する兵力のないエルステ王国のために、役割を欲したオーキスがアーカーシャのコアの番人となった。そのオーキスも旅をするなら一所に留まれない状態を強いられるだろうとのことだったが。

 

「確かに、一理はあるな」

 

 手に余っていたのは俺にも察していた。だからと言って真王に任せればそれで解決するかと言われれば微妙なところだけどな。

 

「アーカーシャってのは、過去、現在、未来の事象を書き換えることのできる星晶獣だ。ファータ・グランデ空域でそいつを使おうとしたヤツは、空の世界から星に関するモノを消し去ろうとしていたんだっけな」

「アーカーシャか。確か封印されていたはずだが」

「ああ。封印を解いて悪用しようとしたんだよ」

 

 同じ星晶獣ということで存在を知っていたらしいシヴァの言葉に補足する。フリーシアがアーカーシャについて知っていたのも、オルキスの父親、星の民だったそいつが教えたからだったな。懐かしい、それらを知った時のことが遠い昔のように思える。

 

「まさかそのためにオーキスの試用パーツを使ったゴーレムを送り込んだのか? いや、なんのためにそんなことをする必要があるんだよ。オーキスのロイドを奪うのにオーキスに似せて作る必要なんてないはずだよな?」

「そこまでは私達にもわかりませんよ。真王のやり口は巧妙ですからね」

 

 流石、真王に関わったことで一族がほぼ全滅することになったヤツの言葉は重みが違うな。

 

「……ダナン。“蒼穹”の騎空団がアーカーシャを倒した。アーカーシャが、赤い竜の力で消滅したことが確認できる。喜んでいる様子からすると、どうやらアーカーシャを還し消滅させることが目的だったようだ」

「ほう。それはそれは。あの方と同じことを、彼らも成し得たようですね」

 

 レラクルの報告に、バラゴナが少し嬉しそうな顔をする。

 

「あの方、ってことはあいつらの父親か。同じことってのはなんだ?」

「彼らの父親が“星晶獣殺し”と呼ばれた所以、ですね」

 

 アリアも知ったような様子だ。

 

「彼は、星晶獣を星に還すことができたのですよ。実際に星晶獣は殺していないのですが、星晶獣を事実上消滅させられることから、そう呼ばれていました」

 

 バラゴナの説明に、なるほどと思う。そんな能力を持っていたということは、そうやって星晶獣達を還していくのも役目だった可能性は高い。だからこそ、

 

「父の背に追いついたと喜んでいる様子だな」

 

 俺の考えをレラクルが口にする。憧れて、あいつらの旅立ちのきっかけとなった父の背中が見えてきたことに、歓喜している様が目に浮かんだ。

 

「ロイドは回収して返却するようだ」

「そうか。まぁ、そこは俺がなんとかすればいいだけのことだ」

 

 ワールドの能力を以ってすれば、ロイドを再び動かすことはできるだろう。

 

「さてと、後は紫の騎士だな」

 

 逃げた紫の騎士がどうするつもりなのかに考えを巡らせつつ、小型騎空挺の後を追っていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ナル・グランデ空域にある、とある島。

 紫の騎士は身元を示さないよう鎧と兜を脱ぎ、白いシャツと茶色のズボンというラフな恰好で島に降りた。それでも槍は手放さない。

 

 ハーヴィンではあるが、鬚を生やし濃くはあるが整った顔立ちから見え隠れするのは威厳だった。

 

 彼は仕事の後、近くの店で食事をする習慣があった。故に、真王陛下に今回のことはどう報告しようかなと考えはするも、負けてしまったことは仕方がないと思い食事に来たのである。

 

「痛てて……。全く、おじさん相手に加減を知らないよね」

 

 食堂で案内された席に座ると、“蒼穹”との戦いでついた怪我が痛んだ。無論手加減なしの本気で挑んだが、教えの最奥に至った三人でバラゴナ一人を抑えられる戦力だ。教えの最奥に至った者が四人もいて、尚且つ団長二人も強いとなると、流石に勝ち目がない。

 それでもこうして逃げ延びているのは、勝利後の油断と甘さがあるというのはもちろん、負けたとしても逃げるだけの余力は考えていたというのがあるだろう。アリアやバラゴナほど使命感に囚われていないのと、年季の違いが余力ある理由だ。

 

「お客様、ご注文はなににしましょう」

 

 ドラフの女性店員が彼に声をかけてくる。

 

「えっと、じゃあね、これとこれ、あとこれもお願いね」

「えっ、は、はい」

 

 小さな身体で大量の料理を注文していく様子に戸惑ってはいたが、そこは仕事だからか注文通りに受けつける。

 それからしばらくして、店員が数多くの料理を運び込んできた。到底一人では食べ切れない量に見える。

 

「……」

 

 そこで彼は店内へと視線を走らせる。店員の様子、そして客。どんな店員がいて、どんな客がいるのか。店員は彼の頼んだ料理の量を話題している様子だったが、怪しげな素振りはない。

 店内の客は他に、夫婦と思わしきドラフ、商談中らしいハーヴィン、黙々と一人で料理を食べるヒューマンの少年に、紫の騎士に背を向ける形で座るエルーンの男がいた。

 

 彼はエルーンの男に近づいていく。

 

「ね、そこのカウンターの君さ。もし良かったらこっちで一緒に食べない? もちろん、僕の奢りで。メニューがついつい気になって、一人で食べるには頼みすぎちゃったのよ」

 

 声をかけられたエルーンの男が振り返る。白髪で鍛えてはいるが線の細い男性だった。

 

「あら……実は丁度、一人じゃ味気ないと思ってたの。そういうことならご相伴に預かろうかしら」

 

 エルーンの男は女性のような口調で答えると、紫の騎士がいる席に移動する。

 そうして彼は、その男に一品ずつ自然に勧めていく形で食べさせていった。いい食べっぷりだと言って一通り料理を食べさせていくが。

 

(……見たところ変化はなし、か。少なくとも即効性の毒は入っていないみたいだね。致死量の問題もあるけど、ハーヴィンの僕を狙うなら致死量の少ない毒を使うだろうし)

 

 紫の騎士はその生まれと立場故、常に暗殺を警戒し食事にも毒見役を立てていた。

 一通りの料理を確認し終えた彼は、安堵した様子でグラスを手に取る。

 

「にしても暑いね。窓を閉め切ってるのかな」

 

 シャツの襟元を持ってぱたぱたと仰ぎ、

 

「すいませーん。お冷切らしちゃったから、水持ってきてくれるー?」

 

 大きな声で店員を呼びつける。

 

「はーい、只今お持ちしま……かひゅっ!?」

 

 ドラフの女性店員が彼に水を持っていく途中で、突如喉を詰まらせたような声を漏らし倒れる。

 

「なっ!?」

 

 倒れた女性はただ全身を痙攣させるだけだ。驚く紫の騎士を他所に、店内にいた客達が次々と倒れていく。そして彼自身、ぐらりと視界が揺れた。

 

(毒……!? いや、でも、なんでこの子が……)

 

 彼を暗殺するなら、無関係の人達まで巻き込む必要はない。内心の疑問に答えたのは、紫の騎士が一緒にと誘ったエルーンの男性だった。

 

「どう? そのブレンド。私の自信作なの。常温では気体で無味無臭無色。呼吸で体内に入っても、まず誰も気づけない。その代わり、作用するにはそれなりの量を摂取してもらなきゃいけないんだけど。効き始めたらもう、ホント凄いんだから」

 

 店内で唯一平然としているのは彼だけだ。

 

「くっ……そう、それで窓を閉め切ってたわけね」

 

 完全に嵌められた形の彼は苦しげに返す。

 

「貴方、一仕事終えた後は必ず食事をとるでしょう? 毒見のことも知ってたわ。だから料理じゃなくて、お店そのモノに細工をさせてもらったの。この集落に食堂はここしかないもの。部下に命じて工作させるのは、難しくなかったわ」

 

 男は平然と言って椅子から立ち上がる。

 

「部下、ね。君、何者? なにが目的?」

 

 全身に毒が回り始め身体を震わせながら尋ねる。

 

「わかってるでしょう? 私達は――っ!?」

 

 答えようとした男のすぐ横を、鋭い槍が掠める。頰に切り傷がついた。

 

「ああ、やな毒だねこれ……。手が震えて、狙いが……」

 

 毒が回っているのにも関わらず一歩間違えば即死していた一撃を放った紫の騎士は、槍を持つ力もなくなったのか柄から手を離す。

 

「お、お褒めに預かり光栄だわ」

 

 男は動悸と動揺を抑えて返すが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。

 

「でもダメね。計算を間違えたもの。もうかなり毒が回ってるはずなのに、あんな力が出せるなんて」

「はは、凄い、でしょ……。おじさんの、底力ってヤツ……」

 

 もう限界が近いのか、言葉も途切れ途切れになってきている。

 

「ええ。いいモノを見せてもらったわ。次に活かさせてもらうわね」

「はは、次かぁ……」

 

 力尽き、紫の騎士は地面に倒れ伏す。

 

「……ああ、クソ。最後の晩餐は、大将のラーメンって決めてたんだけど……」

 

 絞り出したようなか細い声に、暗殺者の男は耳を貸さない。だが、それに応えた声はあった。

 

「――クリアオール」

 

 紫の騎士でも、エルーンの男でもない。紛れもなく第三者の声。男の言った部下でもなく。しかもそのたった一言で、終わりそうだった紫の騎士の命が寸でのところで留まった。

 

「っ!? だ、誰!?」

 

 入念な準備と完璧な流れに暗殺の完了を確信していた男は動揺しながら振り返る。紫の騎士も霞んだ頭で状況把握に努めた。

 

 男が振り返った先には、黒いローブを着込んだ少年が不敵な笑みを湛えて佇んでいる。

 

(……さっきまで、こんな子いたかしら? ううん、いたのは間違いない)

 

 男、ネセサリアは頭を急速に回していく。確かに、少年はいた。しかし他の一般客と相違ない気配で、今のように異様な気配は発していなかった。

 

「いやぁ、ホントはそいつ始末してくれるならそれでもいいかと思ってたんだけどな。気が変わった」

 

 少年は自然な足取りでネセサリアに近づいていく。彼の中で目の前の少年を始末するかしないかの判断が鬩ぎ合う。不確定要素が発生した場合、撤退するのが基本だ。しかし一緒に始末してしまえるなら結果に変わりはない。

 紫の騎士の暗殺ともなれば、チャンスは少なく、二度と同じ手は通じないだろう。

 

「……」

 

 完全に毒が抜け切ったわけではない様子の今、先に解毒ができる少年から始末するべきだと判断。部下にだけわかる合図で奇襲をかけるよう命令を下す。

 

「あ、それは無理だわ」

 

 だが当の本人から言われ、また部下も現れない。そのことにまた動揺が広がっていく。

 

「あんたの部下なら俺の仲間が捕縛した。……ま、捕まった途端自害して情報を漏らさなかったのは流石組織の諜報員ってとこかね」

「っ!?」

「ん、あぁ組織立った動きだったが、合ってたのか。……いや、諜報員ってのは大抵わかるよな。なのにその驚きようってことは、あれか。あんたら例の組織って集団の諜報員なのか?」

「……」

 

 少年の言葉に驚愕してしまい、その驚愕が組織の諜報員だと言い当てられたことだというところまで見抜かれ、内心で苦虫を噛み潰しつつポーカーフェイスを取り繕う。

 

「ははーん。ってことは、あれか。“蒼穹”のゼタやバザラガとかいうヤツらと同じ所属なんだな? あとはあいつかぁ」

 

 少年は察しをつけて笑い、直後表情を消し殺気を漲らせる。ネセサリアの身体が硬直し、霞んだ紫の騎士の意識が覚醒させられるほどのモノだった。

 

「……面倒なことしてくれやがってよ。おかげで俺まで厄介事に巻き込まれちまった」

「……なんのことかしら?」

「惚けんなよ。てめえらだろ、エキドナを落として幽世の軍勢を湧かせたのは」

「っ!?」

 

 探るようなネセサリアの言葉に返した少年の声に、今度こそ彼は訳がわからなくて驚愕する。

 

「……なん、ですって?」

「うん? それはなんも知らない驚きだよな? あいつの単独行動か? それともあんたが知らされてないだけか?」

 

 少年は正確にネセサリアの表情を読み取り考え込んだ。その様子にネセサリアの中にもいくつか名前が浮かんできた。あとはそれが組織の指示かどうかだが。

 

「知らねぇって言うんならいいや。なぁ、あんた。ここは退いちゃくれないか? そいつを見逃してくれるっていうんなら、あんたを見かけても今回のことを言わないでおいてやろう」

「……あら、随分と優しいわね」

「冗談だろ。あんたに選択肢はねぇよ。あんたが取れる選択肢は、俺と戦うか、撤退するかだ。部下が合図に反応しない今、俺と俺の仲間がいるかもしれない状況で、あんたは戦うという選択肢を取ることができない。自分一人で勝てるかどうかわからない状態だ。不確定な要素を、あんたはできるだけ排除したいはずだろ? 暗殺者ってのはそういうモノだと思うんだがな」

「……そうね」

 

 少年の言葉に、ネセサリアは頷く。彼の頭の中でも、素直に撤退した方が身のためだと思っていたところだ。なにより、目の前の少年の素性を思い出したのだ。

 

「……貴方、ダナンよね? “黒闇”の騎空団団長の」

 

 ネセサリアの言葉に、少年は素直に目を丸くする。

 

「へぇ、流石。俺の名前と騎空団名まで知ってるなんてな。まだ大々的に活動してないってのに」

「それはもう、あの子達と同じ能力を持ってるってだけで警戒に値するもの」

 

 どうやらグランとジータと同じ『ジョブ』を持っていることが、組織の警戒を煽っているようだ。つまりあの双子のせいということである。

 二人の会話を聞いていた紫の騎士は、未だあまり動かない身体で真王に喧嘩を売ったという少年の名前がダナンだと聞いたことを思い出す。その少年がなぜここに来たのかは、おそらく最初に言ったように始末するためだろうが。ではなぜ助ける意味があるというのだろうか。

 

「……他にも仲間がいるなら私に勝ち目は薄いわね。今回は引いてあげる。でも私の任務を阻むってことは、私の組織からマークされるってことよ? その意味、わかってる?」

「残念ながらもう複数の空域を統治するヤツに喧嘩売った身だ。今更多少敵が増えようが気にしねぇよ」

「そう、余計なお世話だったわね」

 

 ネセサリアは彼の返答を聞き、自然な所作で横を通り過ぎて店の出入り口まで向かう。

 

「あんたの部下は捕縛して草むらに突っ込んである。回収して帰れよ」

「ええ、そうするわ」

 

 黒子のような恰好をした数人の死体が捕縛されていたのが発見されれば、この集落は大騒ぎになる。とはいえ、きちんと一人ずつリヴァイヴしてあるというのは教えなかった。店の客を生かす代わりに、部下も生かして返してやろうという交換条件のつもりだった。

 

「……さて」

 

 ネセサリアが完全に店からいなくなってから、ダナンは紫の騎士の前に屈み込む。

 

「毒はまだ抜け切ってないはずだ。あんただけには弱めたからな」

 

 ニヤリと笑い、そしてどこからか鼻腔を激しく擽ぐる香りが湧き立つ。ことん、と紫の騎士の前に置かれたのは――一杯のラーメンだった。

 

「……?」

 

 突然のことに理解が追いついていない彼に、ダナンは説明をする。

 

「あんた、死ぬ直前で最後の晩餐はらぁめん、とか言ってたよな? それがなかったら俺はあんたを見捨ててた。らぁめん好きに悪いヤツはいねぇってのが俺にらぁめんを教えてくれた師匠の言葉でな。オーキスからロイドを奪ったお礼参りといきたかったが、気が変わったってわけだ」

 

 少年は笑う。七曜の騎士を警戒させるほどの殺気とは打って変わって、純粋な笑顔で。

 

「……」

「もちろん、食うも食わないもあんた次第だ。食事に毒見させるらしいが、それもなしで食え。当然、俺があんたをこの手で殺したいから助けたって可能性もあるわな。だがあんたもわかってる通り、このままでもあんたは死ぬ。なにせ空気中にはまだ毒が残ってるからな。一時的に治したとしても、出られないまま吸い続ければ死に至ること間違いなしだ」

 

 ダナンの言う通り、命の危機だけは回避したがまた徐々に毒が回り始めていた。

 

「食わなければ死ぬ。食っても毒でも死ぬ。あんたが生き残るには、食って毒じゃないことを祈るしかない」

 

 彼はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「さぁ、どうする?」

 

 尋ねられ、紫の騎士の頭にいくつもの思案が浮かぶ。だが選択肢がないことと、結局食事をできていないために美味しそうなラーメンの匂いに屈服した。

 

 なんとか起き上がり、箸を使ってラーメンを口に運ぶ。毒で手が震えていたが、それでも口に入れた。

 

「うっ……!」

 

 紫の騎士が瞠目する。そして次の瞬間、勢いよく麺を啜った。

 そのまま毒の影響なんて忘れてしまったかのようにがつがつとラーメンにありつく。

 

 その様子を、ダナンは少しだけ嬉しそうに眺めていた。

 

「……ぷはっ」

 

 汁の一滴まで堪能し尽くした彼が顔を上げると、ニマニマしたダナンの顔がある。

 

「美味かっただろ?」

 

 聞かれて、夢中になっていたことに気づきはっとする。

 

「……あれ、身体が治ってる?」

 

 そして自分の身体が毒に侵されているどころか、傷すら残っていないことに気づいた。

 

「ああ。だって回復する効果つけたしな」

 

 あっけらかんと彼は言った。あれだけ言っておいて、どうやら殺す気は一切なかったらしい。おそらく、紫の騎士の最後の言葉だけで。

 

「……こんなおじさんを助けてなにになるんだろうね」

「俺には価値のある選択だよ。で、俺は命の恩人なわけだが、取引しないか?」

「取引?」

「ああ、取引だ。俺の騎空団に入れ。あんたの力が欲しい」

「代わりに、おじさんになにをくれるのかな」

「仕事の後の飯。まぁ料理で手を抜く気はねぇし、さっきのも即興で作った程度だからな。俺の騎空団に入れば今みたいな飯が食えるし、当然ラーメンもある」

「……おじさんを餌づけしようなんて、物好きな子もいたもんだね」

「使える手は全て使う派だ。もちろんあんたは真王に咎められた場合、脅されていると言えばいい。あんたに家族がいることは知っている。真王が家族を人質に取らないとも限らないし、あんたの不利にはしないつもりだ」

「なるほどね。けど、僕の子供は心配いらないけど妻は危険だからね。取引としては弱いんじゃない?」

「命を助けて売っても構わないって言ってるのに、強情だな。まぁそれだけ真王がでかい相手と考えるべきか。じゃあ、そうだな。あんたがここでつこうとつくまいと、俺は()()()()()

 

 ダナンの宣言に紫の騎士は目を見張る。

 

「それはまた、大きく出たね」

「どうかな。アリアから聞く限り、自分で考える頭を持ってるヤツは真王に不満を持つはずだ。なら、真王の権威を覆す隙はある。あいつの理想は多分、高すぎる。そしてやり口が汚い。常人には理解できない方法でやるから、盲信しなければついていこうとは思いづらいんだ」

「……」

 

 紫の騎士も真王の命令で仕事をこなしてきているため、心当たりがあった。なによりフュリアスとツヴァイの件がそれだ。自分の家族がいる空域も、そういうことはあった。

 

「“蒼穹”が真王に従うとは思えねぇ。ってことは、あいつらと俺らが揃って敵対するわけだな。まぁ俺らはそんな脅威じゃないが、あいつらはヤバいからな。きっと、真王は最後にやり方を誤ったんだって思うことになるだろうぜ」

 

 妙に信頼した様子に戸惑わなくもなかったが、どっちにしても紫の騎士に最初から選択肢などなかった。今ここで殺されることの方が、余程嫌だった。そこを救ってくれたというだけでも、手を貸す価値はある。

 

(……最近子供に、避けられてばかりだからね)

 

 流石に愛する我が子に臭いと言われて避けられたまま一生は終えられなかったのだ。

 

「……まぁ、いいよ。でも脅しだったとしても、家族がどうなってもいいのか、なんて言われたら離れるからね」

「ああ、それでいい。俺も、俺の旅に最後まで付き合ってくれよ、なんて言うつもりはないからな」

 

 取引はここに成立した。

 

「よし、じゃあ行くか。あんたの鎧は先に回収させてもらってるし、そのまま騎空挺に向かうぞ」

「はいはい、仕方ないね」

 

 当然、どちらも互いの心の奥まで読み通すことはできない。だが今は、共に歩を進めるのだった。

 

「そういえばさっきアリア嬢の名前が出てたけど、ってことは僕含めて七曜の騎士が二人もいるのかな?」

「ん? ああ、いや。紫の騎士のあんたを含めて、黄金の騎士アリアとファータ・グランデで関わった黒騎士、あと拾った緋色の騎士バラゴナだな」

「…………えっ?」

 

 ダナンの言葉に、紫の騎士は思わず固まった。

 

「……七曜の騎士が、四人?」

「ああ。とはいえ団全体の人数は多くないからな、あいつらにはいいハンデだろ」

「……」

 

 軽く頷き答えたダナンに紫の騎士はこっそり険しい表情をする。

 なにせヴァルフリートという真王に忠実か怪しい七曜の騎士を除けば、残りが白騎士と緑の騎士のみ。そうでなくとも過半数が彼の騎空団にいることになるのだ。

 それでまだ「そんな脅威じゃない」とよく口にできるモノだと思う。

 

(……もしかしたら、本当に世の中を引っ繰り返せるのかもしれないね)

 

 “蒼穹”と“黒闇”。

 この二つの騎空団が力を合わせた時、真王の権力は覆るかもしれない。

 

 そう思わせるだけの戦力が彼らにはあった。

 

 因みに。始末してくるとか言って仲間に引き入れたことに、団員一同が驚愕したのは言うまでもない。




紫の騎士がイッパツの師匠を攫い。
イッパツがラーメンをダナンに教え。
イッパツから聞いた言葉によってダナンが紫の騎士を救う。

ということです。


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“蒼穹”と“黒闇”

これにて黄金の空編は終わりになります。
次回から幕間Ⅱが始まる予定。

あと茶番注意です。


 ナル・グランデ空域の騒動が終わり、アーカーシャを星に還した“蒼穹”の騎空団はイデルバに寄ってからファータ・グランデ空域へと帰っていったらしい。残りの団員を連れてくるためだろう。

 

 あとバラゴナから聞いたが、あいつら『ジョブ』のとんでもないヤツを手に入れたらしい。超強いんだとか。……また先を越されちまったな。

 それは兎も角、その制御をするために修行する可能性が高いそうだ。

 

 俺達は紫の騎士ことリューゲルを加えてレム王国へ向かい、こっそりガネーシャから空図の欠片を貰っていった。いやまぁ、全然こっそりじゃなかった。紫の騎士に頭が上がらないらしいから協力してもらった。

 

 で、その後はイデルバに戻っていった。ファータ・グランデに戻るにはザンツに預けた空図の欠片が必要になるので、戻ってきてもらわなければならないからだ。

 まぁ無事というか合流できたので良かった。“蒼穹”にバレるなという俺の指示を守るためか彼一人しかいなかったが。

 

 そしてめっちゃ人数が増えてぎょっとしていた。

 

「今まで世話になったな」

 

 というところで、レオナをイデルバに返すことにする。彼女は団員ではないのだから当然だ。

 

「えっと、それなんだけど」

 

 少し言いにくそうに返してくる。一応イデルバの人に事情は聞いていたのだが。

 

「カインとラインハルザのことか? まぁ顔出しをちょっと待ってもらうなら、送っていくぐらいいいんだが」

 

 そう。実はあの二人、一緒にファータ・グランデへ行く“蒼穹”についていってしまったらしい。レオナを置いて。レオナを置いて、だ。大事なことなので二回言った。

 

「うんと、少し考えていたことがあって」

 

 だがはっきりと答えはせずに言葉を続ける。

 

「私も、ダナン君の騎空団に入ろうと思うの」

「……なんでそうなった?」

 

 だがその言葉に、俺はこてんと首を傾げる羽目になった。

 

「えっと、色々思うところはあるんだけど。それは人に言いづらいから後でいい? 兎に角、“蒼穹”には入らないようにしようと思ってるから。……それに、悪くない旅だったかなって」

 

 一応彼女にとってもいい旅だったようだ。主にアリアのおかげだと思うのだが。

 

「まぁ、それでいいんならいいか。じゃあ行こうぜ、レオナ。入るって言うなら歓迎するよ」

「うん、ありがと」

 

 というわけで置いていくはずだったレオナまで加入してしまった。大分戦力の補強になったなぁ。まぁいいことなんだけど。

 

 ともあれ、戦力補充に加えて空図の欠片も追いついたし、次の空域にはほぼ同じタイミングでいけることだろう。

 とりあえず、ザンツが戻ってきてくれたおかげでファータ・グランデ空域へと戻ることができた。

 

「そういや、騎空挺の修理が終わったぜ」

 

 そのザンツから、吉報が齎される。

 

「おっ。マジかよ。じゃあなんでそれで迎えに来てくれなかったんだ?」

「バカ野郎。折角の進空式に団長がいねぇんじゃ締まらないだろうが」

「そうか。なら、仕方ないか」

「おう。楽しみにしてろよ、当時より凄ぇからな」

 

 ザンツの晴れやかな表情を見ていると、本当に復活したんだなとわかる。なんでも外見はそのままに、今の航行に耐えられるよう改造を施したんだとか。最新技術をありったけ突っ込みつつも重量などはそのままに、操舵のしやすさは向上させてとかなり金を使った様子だ。金額は足りるのかと思ったが、どうやらパイ屋が好評らしく将来的な売り上げも含めれば簡単に払えるらしい。つまり借金したというわけだな。

 まぁでもシェロカルテは売り上げを落とさず運営するだろうし、確実に払える金なら許されるのか。

 

「……また、女、増えてる」

「錚々たる面子だな」

「やっほ〜」

 

 行き先はザンツに任せていたが、オーキス達のいるアウギュステに向かっていたらしい。しかもここでは“蒼穹”がナル・グランデ騒動解決記念パーティをしているという。なぜまたアウギュステに、と思うが島を回ると海がなくて海の幸を食べに来たくなるらしい。気持ちはわからなくもない。

 

「アルトランテもここに運び込んできてもらってるぜ」

 

 ということらしいので、俺達“黒闇”の騎空挺を全員で見に行った。

 

 外観は新品同然でありながら、佇む様は威風堂々。俺が初めてこいつを見た時にも感じた歴戦の風格はそのままに、「俺は新しく生まれ変わったぞ」と言わんばかりの気迫を放っているようにも思えた。

 

「……流石ガロンゾの職人達。いい仕事しやがる」

「ああ、全くだぜ」

「ザンツさんは初めて見た時号泣したもんね〜」

「それは言わない約束だろ!?」

 

 俺の呟きに賛同するザンツだったが、ドランクに茶化されていた。……まぁ、ザンツの立場だったら号泣するよな。爺さんに足をかけた年齢とはいえ、そこは仕方がない部分だと思う。

 

「とりあえず全員集めたいな。アポロとリーシャの居場所はわかるか?」

「ああ。招集かけるなら俺が迎えに行くぜ」

「じゃあ頼んだ。他はアルトランテへの荷物の運び込みとか、日用品の購入をしててくれ。金額は……シェロカルテ?」

「あれ~? 私に気づくとは流石ですね~」

 

 相変わらずの神出鬼没。とはいえ“蒼穹”がいるともなればこいつがここにいるのは当然のことか。

 

「商品については任せる」

「はい~。この万屋シェロちゃんにお任せあれ~。皆さん~、様々な商品を取り揃えていますので、是非お立ち寄りください~」

 

 ということで大半をシェロカルテが引き取ってくれた。

 

「ドランク。俺はとりあえず元々の団長室を使おうと思ってるが、残りの部屋割りを決めるためにリストを見取り図を作っておいてくれるか? 話し合いで決められれば、決めていいから」

「了解~。ダナンはどうするの~?」

「俺はちょっと、“蒼穹”の団長に会ってくる」

 

 俺は笑って、宴をしているという“蒼穹”の騎空団の下へ向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 “蒼穹”の騎空団。

 現存する騎空団の中で、秩序の騎空団に次ぐ大騎空団となった総勢二百人超の騎空団。しかもその戦力の中にはエルステ帝国を滅ぼした主力のメンバーに、国を代表する騎士団長諸君。星晶獣を殺す武器を持った“組織”の一員に、個人で一部隊並みの実力を持つ強者。そして伝説にして最強の騎空団、十天衆。

 

 半分事故ではあったが、空域を渡り活躍してきたのだ。しかも彼らのエルステ帝国との戦いは英雄譚のように語られており、戻ってきた時はなぜか島の()から飛んできたというところで、まさか空の底を冒険してきたのかという憶測を呼び、より話題になっていたのだ。

 

「じゃあナル・グランデ空域から無事に戻ってこれたことと、」

「ナル・グランデ空域で出会った新たな仲間に!」

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 そんな彼らは今、ファータ・グランデ空域のアウギュステ本島にて宴を催していた。

 

 強敵との連戦続きだったがための休息もあり、ナル・グランデから連れてきたカインとラインハルザの歓迎会も兼ねてである。

 

「んーっ! ここのお料理美味しいですぅ!」

 

 宴が始まり早速料理に手をつけたルリアが頬に手を当てる。

 

「ん? これって……」

「Doしたよ、ローアイン」

「まさかシーメーが不味いとか? 超美味いっしょ!」

 

 料理を口にしたローアインが眉を寄せるのを、傍らのエルセムとトモイが言及する。

 

「おや、これは……」

「どうしたでありますか? 食べないと冷めてしまうのであります」

「これはこれは、とても美味しい料理ですな」

「はい。とことん食べるです!」

「あまり食べすぎないようにね」

 

 また別のところでは、バウタオーダが料理に反応を示し、シャルロッテに尋ねられる。卓越した料理の腕を持つセワスチアンの舌を唸らせる料理に、ブリジールが舌鼓を打つ。そんな彼らをコーデリアが優雅に見守っていた。

 

「これって確か……」

 

 一行の中でも、気づく者はいたようだ。ジータが小首を傾げている。

 そんな彼らの疑問は、

 

「はいよ、次の料理な」

 

 と黒髪黒目の少年が料理を運んできたことで瓦解する。

 

「ダナン君!? 久し振り!」

「おう」

 

 店のエプロンを身につけ料理を運ぶ様は、ライバル宣言をしたのと同一人物とは思えない。どこからどう見てもただの店員である。

 

「ここで働いてるの? 騎空挺を購入する資金集めとか?」

 

 横で同じく驚いていたグランが尋ねるが、ダナンは少し困ったような笑みを浮かべる。

 

「いやぁ、ちょっと思うところがあってな。それだけじゃないんだが、その話は後でな」

 

 言って料理を取りに戻り、他の店員と同じように各テーブルに料理を運んでいく。相変わらず料理を振る舞う時は心底楽しそうだ。いや、他の時も楽しそうではあるのが、裏もなく楽しそうな様子を見せる。

 そんなダナンを眺めながら、ジータはんん? と首を傾げた。

 

「どうしたんだよぅ、ジータ」

「えっ、ううん。なんか、前と違うなぁって」

「ダナンがか? あいつは前からあんなんだったと思うがな」

 

 ビィに聞かれて返すが、オイゲンは娘のこともあるためか素っ気なく答える。

 

「……う~ん。なんか、前より穏やかになった気がする」

 

 しかしジータはむむむ、と顔を顰めてダナンを目で追った。そんな様子に、本人が気づいたようだ。

 

「どうした、ジータ。料理美味しくなかったか?」

 

 近づいてきてそう尋ねる彼の顔は、少し悲しそうでもあった。

 

「えっ!? いや、全然、すっごく美味しいよ?」

 

 思いの外覇気のないことを言われたせいかジータは動揺してしまう。

 

「そっか、なら良かった」

 

 にっこりと、純粋に爽やかな笑顔を見せてまた厨房に戻っていくダナン。ジータと他の者達は確信する――やはり彼女の言う通り、なにかがおかしいと。

 

「……おいおい。あいつあんなに穏やかだったか? もっとからかったり自信持ってたりしてただろ」

 

 彼らは顔を突き合わせて声を潜め始める。ラカムの言葉に全員がうんうんと頷いた。

 

「もしかして私達がいない間になにかあったんじゃ……」

「なにかってなんだよぅ。オイラ、ダナンが変わっちまうような出来事なんて見当もつかねぇぜ?」

 

 イオの推測にビィが反論する。確かに、と他の者も納得した。

 なにせこれからアガスティアで最終決戦だ! という場面で「俺船降りるわ」とか口にする野郎である。他がどうしようと俺には関係ないねと言わんばかりの行動を取ってきた彼が変わるとは、到底思えなかった。

 

「……でもなにかなかったらあんな風にならないと思うんだよね」

「……けどさ、あれがダナンの演技って可能性も捨て切れないんじゃないか?」

 

 ジータとグランの考えについても話し合っていくが、結局結論は出なかった。ダナンの様子を逐一確認するという結論保留状態で終わり、なぜか歓迎会で一人の店員を観察するという事態になっていた。

 以下はダナンと他の団員達とのやり取りである。

 

「おい、ダナン。ここで会ったが百年目、今日こそ再戦してもらうぞ」

「嫌だよ」

「なに?」

「俺は今日厨房で働きに来てるんだよ。お前と戦うわけないだろ。それとも料理対決にするか? それなら受けて立つぜ」

「……いや、やめておく」

 

 十天衆が集まったところに通りかかればシスが再戦を希望するが、軽く流されている。

 

「また腕を上げましたね」

「っべーわマジで」

「負けてられないでっす」

「まぁ俺もただじっとしてたわけじゃないからな」

「……おいおいローアインのヤツあんな人達と仲良くしてんべ?」

「……べーっしょ。俺らお役目ご免的な?」

「バカ言えダチ公」

「「ローアイン」」

「俺が例えお前らより先にキャタリナさんといい感じになったとしても、俺らの友情はトワに永遠によ!」

「ローアインそれ被ってっし。ってかお前だけキャタリナさんといい感じになるとかねーから」

「それもそうだなー。ローアインが俺ら以外とバイブス合うとか多分ねーわ」

「そりゃねーっしょ。ってか今日は折角のパーリィなんだし、楽しんでいきましょーっ! せーのっ」

「「「ウェーイッ!」」」

「お前ら仲いいなぁ」

 

 料理得意同士の集まりかと思えば、チーム・ローアインに巻き込まれていた。

 

「……やっぱり違う。でも、楽しそうだね」

「うん。企んでるとかなさそう」

 

 そんな様子を見て、ジータとグランは納得してしまった。だから甘いと言われるのである。

 

「お前らずっと俺のこと見てたよな? なに、そんなに俺がここで働いてるのがおかしいか?」

 

 とまぁよく観察していたせいか、バレて突っ込まれることになったのだが。

 

「え、いや、なんか前と違うなぁって話してて」

「そうか? まぁあれだな、気持ちの問題だろ。……その話は、後で三人でな」

 

 そう答えたダナンだったが、グランとジータにだけ小声で囁きその場を去った。

 やっぱりなにかあったんだと考え、双子は顔を見合わせてからどんな話が聞けるのかと気になりながら、宴を楽しむのだった。

 

 それからしばらくして、成人組に酒が入り混沌と化し始めたところでダナンに合図されて、グランとジータはこっそりと抜け出す。

 

「悪いな、宴中に」

「ううん。話があるんでしょ?」

 

 二人共気になっていたこともあり、宴の最中だろうが彼の話を聞く気はあった。

 

「まぁなんつうか、さ」

 

 ダナンは二人を連れ出したベランダで、縁に体重を乗せて話し出す。

 

「俺、旅をやめようと思うんだ」

「「えっ!?」」

 

 思わぬセリフに双子は驚愕する。てっきり生涯のライバルとしてやっていくのだと思っていた。

 

「ど、どうして?」

「まぁ、ライバル発言をした手前言いにくくはあるんだけどな。やっぱり旅ってのは厳しいモンだ。お前らが平和にしたはずのファータ・グランデを回るだけで一苦労だったってのもあるが」

 

 ジータの問いかけに答えて、ダナンは自分の掌を見下ろす。

 

「……働いてると、悪くないなぁって思えてくるんだよな」

 

 思いがけず優しげな笑みを浮かべた彼に、二人はなにも言えなくなってしまう。

 

「料理を食べたヤツがさ、笑顔で美味いって言ってくれるんだよ。料理を手伝ったヤツがさ、おかげで助かったって言ってくれるんだよ。なんつうか、それも悪くなくてな」

 

 感慨の込められた言葉に、納得してしまう。そうか、ダナンは旅以外のやりたいことを見つけてしまったのだと。

 

「だから、旅は終わりだ。俺はこの空域で、精々お前らが持ち帰る武勇伝を聞いて、お前らを最高の飯で迎えてやるよ」

 

 ダナンは振り返り二人に向けて笑いかける。その真摯な言葉に、本当に旅をやめてしまうのだと理解してしまう。

 

「……そっか、そうなんだ」

 

 最初は敵対していた。短い時間ではあったが一緒に旅をし、世界の命運を懸けて共に戦った。その彼が旅をやめてしまうことに一抹の寂しさを覚え、思わず瞳を潤ませてしまう。なんだかんだ言いつつ、楽しかったのだ。

 

「……泣くなよ。別に後ろ暗い理由じゃないんだから」

「……うん」

 

 目元を拭うジータ。グランも目頭が熱くなっており、ダナンと競い合うような関係も良かったのだと物語っている。

 

「……僕達が、ダナンの分まで旅するから」

 

 グランは決意を秘めた表情で告げる。

 

「うん。私達は空の果てまで辿り着いてみせるから」

 

 強い意思の込められた瞳には、双子の決意が表れている。

 

「……そうか。楽しみにしてるよ」

 

 ダナンは笑って言い、二人の頭をぽんと撫でてベランダから戻っていく。

 残された二人は託された思いを背負って旅していくのだと決意を新たに、拳を打ちつけ合った。

 

 ――翌日。

 

 決意も新たに物資の補給をしようかとグランサイファーの停めてある港に向かった一行。ぞろぞろと仲間を引き連れて注目を浴びる行列を形成していた。

 

「でね、ダナン君は料理人としてやっていくんだって」

「なるほど、それで昨日のような感じに」

 

 一夜明けて、団長二人は昨日ダナンと話したことについて仲間達に打ち明けていた。

 

「うん。だから僕達がダナンの分まで頑張ろうっていう話を――」

 

 グランは話を締め括ろうとしたのだが、その途中でグランサイファーの横に停泊してある騎空挺に目を奪われる。

 その騎空挺は新品同然の見た目ではあったが風格があり、見た時の感覚はグランスルース、父が乗っていたという騎空挺を見た時に近しいモノがあった。

 

 思わず言葉を止めたグランを不思議に思って視線を追った団員達も、その騎空挺に目を奪われる。

 

「……嘘だろ、おい。こいつぁ……」

 

 中でもオイゲンの驚き様は大きかった。ラカムも眉を寄せて首を傾げ、記憶を思い起こしたのかはっとする。

 

「オイゲン、知ってるの?」

「……ああ。なにせこの騎空挺は、あまりの活躍に模倣した騎空挺が一帯を埋め尽くしたしたくらい、当時の人間にとっちゃ馴染みある船だ」

「そうだな。しかもこいつ、本物だ」

 

 イオの問いに答えたオイゲンとラカムの表情は真剣そのモノだ。

 

「騎空挺アルトランテ。かつて伊達と酔狂の騎空団っつう、伝説の騎空団の本船だった騎空挺だ。事故で失われたって話だったが、こいつぁ間違いなく本物だ。俺が見間違えるはずがねぇ」

 

 オイゲンの言葉に、一行もごくりと生唾を飲み込んだ。古くからの騎空団で、各地に拠点を持たず空域を越えることができた、数少ない一つ。未開の航路を行った伝説の騎空挺。父の乗っていた船も星の島イスタルシアに辿り着いた歴戦の騎空挺だったが、紛れもなく比較できる船だった。

 

「当たりだ、オイゲン。目は曇ってねぇみたいだな」

 

 そこに声をかけてきたのは、オイゲンと同年代ぐらいの見た目をした男性だった。

 

「っ!? ……いや、そうだよな。この騎空挺を操縦するのが、お前さん以外にいるわけがねぇ。なぁ、伊達と酔狂の騎空団本船操舵士、ザンツ」

 

 驚き、しかし考えてみれば当然だと笑う。

 

「まぁな。久し振りだなぁ、オイゲン。すっかり老けちまってよ」

「ははっ。そりゃお互い様だろうが」

 

 二人は旧交を温め合うように笑って、歩み寄る。そしてがっしりと抱き合った。

 

「ったく。事故から落ちぶれたって聞いてたが、元気そうじゃねぇか! それに腕失ったんじゃなかったか? なぁおい!」

「こりゃ義手だ。オイゲンこそ生き別れた娘と再会はできたみたいじゃねぇか、良かったなぁ!」

 

 ばしばしと互いに手で背中を叩き、笑って再会を喜ぶおっさん二人。とそこでザンツがラカムの姿に気づいた。

 

「おぉ、お前ラカムだろ! あの頃はこんなちっこかったってのに、すっかりおっさんの仲間入りだなぁ!」

 

 オイゲンと抱き合うのをやめ、彼はラカムに近づきぐりぐりと頭を撫でる。

 

「痛っ、痛ぇよ! おっさんは余計だが子供扱いもすんな!」

 

 仲間とも交流のあるらしいザンツ。ラカムに対する接し方は、ガロンゾの職人達を思い出させた。

 

「けどよ、お前さん騎空挺あっても騎空団は解散しちまっただろ? なんでここにアルトランテが……」

「それはあれだ、俺はこいつと新たな旅に出るからな」

「なに? ってーことは、別の騎空団に入ったのか?」

「おう。そっちほど立派じゃねぇが、操舵士としての腕で負けるとは思っちゃいねぇな」

「けっ。言ってろ、歳重ねただけの爺さんと、年季が入り始めた俺は違うんだよ」

「ははっ、そりゃ楽しみだな」

 

 伝説の騎空団の操舵士が、新しい騎空団に所属した。ザンツという人物の経歴上、もっと全空を駆け巡る大ニュースになってもおかしくない情報だ。しかも騎空挺アルトランテが大復活、ともなれば湧き上がって然るべきとも言える。

 

「これを運び込めば良いか?」

「はい、とりあえず甲板に置いていってください」

 

 四本腕を活かして荷を四つの手で持ち運ぶ男と、手元に書類を持ち荷の確認をしているらしいレオナが騎空挺の前で会話している。

 

「レオ姉!?」

「あ、カイン」

 

 置いてきたはずのレオナがこっちに来ていることにカインが驚きラインハルザも目を見張る。本人は軽く手を挙げて応じ、他の団員の荷を確認していたが。

 

「あ、あの人、星晶獣です! あの人も、あの人も、あの人も……!」

 

 ルリアが四本腕の男を指差し、続けて他の者にも指を向けていく。

 

「他にも星晶獣の気配がする人が……た、たくさんいます!」

 

 紺色のローブに赤いケープというお揃いの恰好をした者達からも星晶獣の気配を感じ取る。なぜそんなに多くの星晶獣が自分達以外に? と疑念しか湧かない。

 

「騒がしいですが、あなた達がいれば当然かもしれませんね」

 

 穏やかな表情で荷物を多く運ぶドラフの男性。

 

「ば、バラゴナだと……っ!?」

「確かハルを送ったって話じゃ……」

「それから合流したということですよ」

 

 面々の驚きに答えたのはまた別の女性。

 

「「アリアちゃん!」」

「……だからその呼び方はやめてくださいと言っているでしょう」

 

 嘆息しつつ荷物を運ぶのは黄金の騎士アリアその人だ。その二人も騎空挺アルトランテへと向かっている。

 

「……嘘、でしょ。七曜の騎士が二人もなんて……」

「妾もいるのじゃ」

 

 騎空挺の甲板からハクタクが前足を縁に乗せて顔を出す。その上に乗ったフォリアが見えた。

 

「ふ、フォリアちゃんまで!?」

 

 ルリアが片手で口の覆ういつもの驚きポーズをする。

 

「はぁ。おじさん、こういう力仕事は苦手なんだよね。最近腰に来るから……いたたた」

 

 そうボヤいて槍を背負い荷物を運ぶハーヴィンの男性は、

 

「紫の騎士だぁ!?」

「あ、この間振りだね」

 

 つい最近まで敵対していた者の登場に、もう驚きが追いついていない。まさか真王が騎空団でも設立したのか、とすら思うような面子である。

 

「……ふん。どうやらあいつの悪戯は成功したようだな」

「アポロ!?」

 

 続いて姿を現したのは一行にとっても馴染みある黒騎士ことアポロである。彼女のあいつという言葉と、彼女のいる騎空団ということで「ま、まさか……」という理解が広がり始めた。

 

「いやぁ、あの人達を一つの団に引き入れるなんて、君達以外だと考えられる人いないんじゃないかな~」

「全くだ。とはいえ、あたし達も驚いたがな」

 

 続いても顔馴染みだ。スツルムとドランクの傭兵コンビだった。

 

「……ルリア、久し振り。()()()、挨拶して」

 

 二人の後ろから現れたオーキスが、紳士然とした出で立ちのゴーレムを連れてくる。

 

「「「ロイド!!?」」」

 

 声を揃えて驚愕する。当の本人はぺこりとお辞儀してみせた。

 

「……もうなにがなんだか」

「……ダメだ、頭がついていかねぇ」

「……なんでロイドが動いてるんだよぅ。アーカーシャのコアはないはずだろ?」

「……そのはず、なんだけど」

 

 もう頭を抱え始めていた。だが彼らがいるということは、誰の騎空団なのかはわかった。だが理解が追いついてくれない。

 

「団員の名簿を作って……あとは荷物のリストと……」

 

 ぶつぶつ言いながら歩くのはリーシャだ。見ればナルメアが知らないドラフの少女を連れて一緒に荷物を運んでいる。

 

「おう、大将。頼まれてた分置いとくぜ」

「彼は、幽世で会った……」

 

 甲板で誰かに声をかけている赤髪褐色の少年を見て、カタリナが目を丸くする。こんなところで再会するとは思っていなかったという顔だ。

 だが話し合った時、彼の言う“大将”という人物がエキドナを幽世から解放し、ミカボシが晴らす予定だった空を戻した張本人だというのは間違いないという結論に至っていた。

 

 つまり、

 

「おう、ゼオ。ありがとな」

 

 その少年の視線の先から現れた黒髪黒目の少年こそが。

 

「「「……ダナンじゃねぇかっ!!!」」」

 

 ダナンが旅をやめるという話は既に団全体に広がりかけていたので、総ツッコミである。

 

 その様子を見て彼は、ニヤリと笑い甲板の縁に肘を突いた。

 

「はっ。なに言ってんだよ、当たり前だろ? 俺以外に誰がこんな面子集められるよ」

 

 その余裕たっぷりで意地の悪い笑みこそ、馴染み深い彼の表情である。

 

「き、昨日の話は?」

「は? あんなん嘘に決まってんだろ」

「「っ!!」」

 

 あんなに殊勝だったのに、と双子は愕然としていた。……一部彼の人となりをわかっている人達はああやっぱりという表情だったのだが。

 

「まさかあんな当日考えたような作り話に騙されるとは思わなかったわ。むしろお前らくらい付き合いあったら見抜いて欲しかったなー」

 

 本気でダナンの分まで、と考えていた二人の決意を嘲笑うような発言である。

 

「……じゃあ、旅をやめて料理人目指すっていうのは?」

「料理は楽しいが、それよりもこっちの方がいいに決まってんだろ」

「……じゃあなんで僕達がナル・グランデで会った人達が加わってるの?」

「そりゃだって俺もナル・グランデ空域行ったしな」

「「……」」

 

 あっけらかんと答えるダナンに、二人は黙り込んでわなわなと震え出す。

 

「いやぁ、笑い堪えるのが大変だったんだぜ? お前らがマジに受け取って泣くからさ」

「いやぁ、あれはびっくりだったよね~。皆で見てたんだけど」

「「……っ」」

 

 ダナンとドランクの言葉で、あれが完全な演技でしかも他の者達にも見られていたと知ってしまう。

 

「……何度も言うようだが、俺が旅をやめるわけねぇだろうが。ったく、人を信じやすいっつうか。詐欺に騙されやすそうなヤツらだな、相変わらず」

 

 ダナンは苦笑するが、二人は怒り心頭の状態である。

 彼は騎空挺から飛び降りて、グランとジータの前まで歩いてきた。彼の仲間達もその後ろについてくる。

 

「「……【十天を統べし者】っ!!」」

 

 双子は新たに手にした最強の力を発動させ、怒りを込めてそれぞれ拳を振る。――ライバルに向けて、ふざけている間に強くなったんだぞと。

 

「無に帰せ」

 

 だが全員まとめて吹き飛ばせるくらいの拳圧は、突如消滅した。――ライバルに向けて、強くなったのはお前らだけじゃないんだぞと。

 

 グランとジータは思わぬ光景に目を丸くし、『ジョブ』を解く。しかし悔しそうな表情はしなかった。

 

「改めて名乗ろうか、“蒼穹”の諸君。俺達“黒闇”の騎空団はお前らより先に、イスタルシアに辿り着く。よろしくな」

 

 ダナンを代表として、錚々たる面子が後ろに並び立つ。その威容は“蒼穹”に劣ると言い切れない。

 

「「上等!」」

 

 対する“蒼穹”の団長二人も、ダナンの宣戦布告に応えて不敵に笑った。

 彼らはきっと、無意識の内に願っていたのだ。ダナンが自分達のライバルであることを。

 

 だからこんなにも、彼らは燃えている――。




黄金の空編、完。

人形の少女編は始まりの物語。
黄金の空編はダナンがグランとジータに追いつく物語。

アウライ・グランデ編はどうしようか悩んでいる最中ですが……。


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幕間Ⅱ
“蒼穹”の騎空団団員一覧


予告していた団員の一覧になります。大勢いて整理がつかないので自分メモ的な意味合いですね。
ただ文字数が足りなくて“黒闇”は投稿できなさそうです。明日から普通に本編戻りますね。
属性は登場順が基本ですが、うろ覚えなので大目に見てください。キャラ含めて抜けがあったら言っていただけると助かります。
他のキャラが出てきたら順次追記していきます。

ガチャピンさんはいません。探してもいません。縦に読んでもいません。いいですね?


・“蒼穹”の団員 総勢二百余名(九十七名)

 グラン《団長》

 ジータ《団長》

 ビィ

 ルリア

 カタリナ(水)

 ラカム(火、土)

 イオ(水、火、光)

 オイゲン(土)

 ロゼッタ(風、闇、土)

 ウーノ《十天衆》(水)

 ソーン《十天衆》(光)

 サラーサ《十天衆》(土)

 カトル《十天衆》(水)

 フュンフ《十天衆》(光)

 シス《十天衆》(闇)

 シエテ《十天衆》(風)

 オクトー《十天衆》(土)

 ニオ《十天衆》(風)

 エッセル《十天衆》(火)

 パーシヴァル《四騎士》(火)

 ランスロット《四騎士》(水、風、火)

 ヴェイン《四騎士》(水、火)

 ジークフリート《四騎士》(土、風、火)

 ゼタ《組織》(火、光、闇、土)

 バザラガ《組織》(闇、土)

 ユーステス《組織》(土、闇)

 ベアトリクス《組織》(闇、火、土)

 イルザ《組織》(土、火、光)

 カシウス(闇)

 シャルロッテ《リュミエール聖騎士団》(水、風、光)

 バウタオーダ《リュミエール聖騎士団》(光)

 ブリジール《リュミエール聖騎士団》(水、光)

 コーデリア《リュミエール聖騎士団》(水、光)

 ローアイン(闇、水、土)

 トモイ(闇、水、土)

 エルセム(闇、水、土)

 エルメラウラ(火)

 イッパツ(火)

 ドロシー(火、光)

 クラウディア(土、光)

 アーミラ(光)

 レッドラック(土)

 アルベール(光)

 ヴィーラ(闇、土、水、光、風、火)

 ファラ(土)

 フェリ(光、闇)

 アオイドス(火)

 バアル(土)

 リルル(水)

 ディアンサ(水)

 ジオラ(土、水)

 ハリエ(火、水)

 リナリア(闇、水)

 カンナ(風、水)

 ユエル(火、水、風)

 ソシエ(水、火、風)

 アンスリア(火、闇)

 セレフィラ(風)

 エルタ(光)

 エジェリー(水)

 マリー(火、光)

 カイン(土)

 ラインハルザ(火)

 ゼヘク(闇)

 マキュラ・マリウス(水)

 ザザ(闇)

 ソリッズ(土、光)

 ジン(土、風)

 ガンダゴウザ(火)

 アレーティア(土)

 ヨダルラーハ(水、風)

 バルルガン(土)

 セワスチアン《リュミエール聖騎士団》(風)

 ターニャ(闇)

 ヴァンピィ(闇)

 ライアン(火)

 ルシウス(闇、火)

 ティナ(火)

 ジャミル(土、闇)

 ヴァイト(闇)

 スカル(土、闇)

 メリッサベル(風、光)

 アイル(土)

 ジェシカ(土)

 サラ(土、光)

 ボレミア(土)

 アテナ(火)

 レディ・グレイ(闇)

 ダヌア(闇、火、光)

 マギサ(火、土)

 シグ(水)

 スピナー(風)

 アルルメイヤ(土、闇、水)

 ヘルエス(火、光、風)

 セルエル(光、風)

 ノイシュ(火、光)

 スカーサハ(風)

 クラリス(火、土、闇)

 カリオストロ(土、闇、水)

 クムユ(火、土、水)

 ククル(火、水)

 シルヴァ(水、光)

 

・属性毎の人数(※ただし複数の場合は初期)

 無属性 四人

 火属性 二十一人

 水属性 十六人

 土属性 二十三人

 風属性 七人

 光属性 八人

 闇属性 十六人



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“黒闇”結成記念

幕間Ⅱの開始です。
二話ぐらいはただパーティしてますが。

そしてストックがそろそろ尽きそう……。
毎日更新が終わる日が近いかもです。


 時は少し遡る。

 

「随分と人数が増えたな」

 

 合流したアポロが言葉を発すると、ぴくりとアリアが反応を示した。

 

「……貴女、まさか黒騎士ですか?」

「……その声、そう言う貴様は黄金の騎士か」

 

 アリアはここに来てからエルーン用の軽鎧を購入して着込んでいる。アポロもアポロで新しい鎧を身に着けていた。

 そういえばこの二人は因縁があるんだったな、と視線を交錯させるのを見て考える。

 

「……あの時は失礼しました」

「……なに?」

 

 数秒睨み合っていたような状態だったが、アリアから頭を下げた。予想外だったのかアポロが驚いている。

 

「……少なくとも、いきなり貴女に挑みかかったことは謝罪しましょう」

「……そ、そうか。まさか貴様に頭を下げられるとはな」

 

 アリアの殊勝な態度に、アポロは困惑しているようだ。……しかしこうして見ると、七曜の騎士が合計四人か。それぞれ七曜の騎士としての鎧は身に着けていないが、紛れもない強者ではあるはずだ。

 

「仲直りができたようで良かったですね」

「うんうん。歳を取ると意固地になっちゃうからね、いいことだよ」

 

 他の二人であるバラゴナとリューゲルが二人を見守っている。

 

「……緋色の騎士に、紫の騎士か? 全く、なにをやったら僅かな間で七曜の騎士を三人も引き入れられる」

「そこは運だな。偶々こいつらが困ってたところに俺がいただけだ」

 

 苦笑するアポロに返答する。

 

「……私が謝罪したことを意外に思ったようですが、貴女も随分と雰囲気が柔らかくなりましたね」

「そうだろうな。貴様と同じく、私にも色々あったということだ」

 

 今度はそんなアポロにアリアが驚いていた。

 

「貴様は星の獣なぞに頼らないと戦えないのか? 軟弱者めが!」

 

 親交を深めるような中、ガイゼンボーガの怒鳴り声が聞こえてくる。対面しているのは……ニーアだ。ヤバい。ガイゼンボーガの発言に、顔を手で覆ってぞっとするような目で見返している。

 

「……あなたも私を否定するの?」

「戦場に赴くなら己の力のみで戦え。それができぬと言うなら必要ない」

「……そう」

 

 俺は二人のやり取りを聞いてすぐそちらへ向かい、ニーアを後ろから羽交い絞めにする。

 

「こらニーア。ちょっと落ち着けって」

「退いて、ダナン君。この人殺せない」

「貴様のような軟弱者に殺されるわけがなかろう」

「ガイゼンボーガも煽るなよ。大人げないぞ?」

「ふん」

 

 なんとかガイゼンボーガが離れていってくれた。俺はなんとかニーアを撫で回して機嫌を取り、落ち着かせる。

 

「……なんだ、その、大変そうだな」

 

 アポロがたった一言そう言ってきたことが、現状の全てだった。……いや、こいつらホント協調性ないんだよ。十天衆の方がまだ良かったに違いない。

 

「……全くだ。団員を確保したはいいんだが、その分管理が大変でな。ホントあいつらはよくやってるわ」

 

 “蒼穹”はもっと団員が多いってのに。あいつらのところにはガイゼンボーガとかニーアとかロベリアみたいなヤツはいないんだろうか。いないんだろうなぁ。

 

「どうやら私が最後みたいですね」

 

 とそこに、最後の仲間であるリーシャが合流する。

 

「……あれ、なんか凄く多いような」

 

 そして見たことのない人達に戸惑っていた。だが気を取り直すと、

 

「初対面の方もいると思いますので、念のため。私はリーシャと言います。秩序の騎空団と一応兼任ですが、こちらに常駐しますのでよろしくお願いします」

 

 礼儀正しく自己紹介をしてみせた。……なぜだろう、普通のことのはずなのにリーシャが輝いて見える。

 

「……よしよし。リーシャはちゃんと仲良くする気があって偉いなぁ」

「な、なんですかいきなり!」

 

 思わず頭を撫でてしまった。困惑していても振り解かない辺りリーシャと言うべきか。

 

「いや、ついな。まぁ自己紹介はそれぞれやってくれ。で、オーキス。ロイドはいるか?」

「……ん。アーカーシャのコアはもうないから、動かない」

 

 オーキスは糸を操りロイドを動かす。だが目に光はなく、操られていると言うより糸で引っ張られているというような状態だ。

 

「じゃあそのままにしておいてくれ」

 

 俺は言って右手でロイドに触れる。分析してみれば大体の構造がわかり、なんとかコアを補えそうだということがわかった。

 ワールドの能力の内、あまり使うことがなくなってしまった創造の力。俺の魔力を全て注ぎ込んで星晶獣のコアのようなモノを形成する。アーカーシャより強力かつ厳密にはどの星晶獣のコアでもないエネルギーの塊みたいなモノだ。

 

 俺が作業を終えると、ロイドの目に赤い光が灯った。

 

「……ロイド」

「とりあえず、これで“黒闇”の騎空団は全員だな」

 

 ロイドまで復活させたから抜けはないはずだ。オーキスが喜んでいるようだったので、魔力が足りなくてふらふらするのは後に見送ろう。

 俺は周囲を見渡す。七曜の騎士に賢者に、刀使いが複数、などなど。

 

「多少増えるかもしれないが、この面子でこれから旅をしていく。まとまりはねぇし協調性もないが、まぁ“蒼穹”より先にイスタルシアに到達しよう」

 

 団長としての抱負みたいなモノだ。

 

「簡単に言ってくれるぜ、うちの団長はよ」

「お前らがいてできねぇとは思ってねぇよ。まぁ親睦を深めるのは後で、“蒼穹”と一緒に宴した時にでも」

 

 というやり取りがあって、翌日の朝騎空団への物資の運び込みをやっていたのだ。きちんとグランサイファーの横にアルトランテを停泊させてな。

 

 そして現在。

 

「よし、じゃあ今日は“黒闇”正式結成記念パーティってことで!」

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 “蒼穹”と“黒闇”の合同パーティが催されていた。

 

「……あんなやり取りした後なのに、よく合同パーティなんて言えるよね」

「あそこのおっさん二人が言い出したことだろ」

 

 左隣に座るジータに苦笑を向けられて、料理を摘みつつオイゲンとザンツを指す。

 二人は乾杯早々に酒をがぶ飲みし、再会を祝して肩を組みはしゃいでいる。

 

「はは、まぁオイゲンが嬉しそうで良かったよ」

「そりゃそうだろ。ザンツは操舵士だったが、事故で片腕を失った。……操舵士なら怖気が走ることだぜ、舵が握れなくなるなんてよ」

 

 俺の向かいに座るグランが苦笑し、ラカムは同じ操舵士としてしんみりと酒を煽る。

 

「おいラカム! お前まさかもう飲めないってんじゃねぇだろうな!」

「はははっ! ミルク頼んでたガキの頃と変わらねぇじゃねぇか!」

「ん? って、酒臭っ! なんでもうそんな飲んでんだよ!」

「いいからお前もこっちに来て飲め!」

「俺らの酒が飲めないとは言わせねぇぞ!」

「あ、ちょ、おい! この酔っ払い共!」

 

 そのラカムは酔っ払い二人に連れ去られてしまったが。

 

「まぁでも、楽しそうだからいいかな」

「そうだね」

 

 ジータとグランは団員達を見回して微笑んでいる。

 

「そうだ、折角だからこれまでダナン君達がなにしてたか聞きたいな」

 

 にっこりと笑って手を合わせるジータには、妙な迫力が伴っている気がした。……俺の隣を陣取った時と言い、昨日のことをかなり怒っている様子だ。

 

「……まぁ、隠すことでもねぇか。俺は一人旅を始めてたんだが、色々と回って仲間集めをしてる内にグランサイファーが白風の境から紫の騎士に持ってかれたって話を聞いてな。それでシェロカルテから、空域を越えられる他の騎空団ってことでお前らの安否を確認するために行けって依頼されたんだよ」

「へぇ、そうだったんだ。それで、結局ナル・グランデに来たのはどれくらいの時だったの?」

「俺達が来てすぐに、レム王国軍がイデルバに攻め込んでたな」

 

 その時のことを思い返す。まぁ俺達はドランクからある程度事情を聞いているためタイミングはわかっているのだが。

 

「あ、じゃあ丁度ラカムさんとオイゲンさん、イオちゃんとロゼッタさんが教えの最奥に挑んでた時くらいだね」

「ああ。お前達がイデルバに来る直前だな。俺達はオーキス達三人が事情を知ってたからある程度知ってるんだよ」

「そうなんだ」

「お前らが到着する前に来て、ちょっとイデルバに加勢して、お前らが来る前に退散したんだ」

「……なんで、私達が来る前に退散する必要があるの?」

 

 にっこり笑顔に迫力がある。

 

「なに言ってんだよ。今日みたいに驚かすために決まってんだろ?」

 

 だから俺も爽やかな笑顔で返したのだが、ジータの額に青筋が浮かんだ。その様子にグランが呆れて苦笑し、ビィがため息をついている。

 

「で、退散した後は隠れてフォリアがギルベルトに捕まるのを見てて、それから来てたオーキス達と合流してレム王国に行ってアリアと会ったんだ」

「その辺で私達もレム王国に行ってガネーシャのフォリアちゃんと助けようとしてたんだね」

 

 そう、その辺りだったな。

 

「その後はうちの団員が、お前らが取り逃がしたギルベルトと交戦したり、俺は俺でハル攫った真王と白騎士に会って白騎士と戦ったりしたんだがな。あのクソ強い白騎士には手も足も出なかった」

「……うん。私達も、会ったのはグレートウォールだけど相当強いのはわかったよ。七曜の騎士に対抗できる教えの最奥があっても、勝てるかわからないくらい」

「だな。で、お前達に遅れてシュテルケ島に行ってな。グレートウォールまで向かったんだ」

「あれくらいの時かぁ。ギルベルトと戦ってる間ぐらいなのかな?」

「多分な。俺が到着した時にはバラゴナが戦い終わりそうで、フォリア、アリア、レオナが休んでたし」

「そっか。その頃に真王と会って、それからバラゴナさんが来てグレートウォールと一体化して、バラゴナさんを助けようとしたところにアリアちゃんが来たんだよね、確か」

「そうそう。白騎士とアリアちゃんが戦ってる間にバラゴナさんと戦ってグレートウォールを破壊したんだ」

 

 当時を懐かしむように双子が言い合う。その辺はバラゴナから少し聞いた程度だったな。

 

「お前らがバラゴナと戦ってる間に、俺はアリアと共闘して白騎士と戦ってたんだな。その段階でバレる可能性もあったんだが、お前らが割ったグレートウォールの中で戦ってた時もあったからな」

「そっか。肝心なのはその後なんだけど、グレートウォールを消したのってダナン君なの?」

「ああ、そうだ」

 

 俺はジータの問いにあっさりと頷いた。ここまで来て隠す必要はないだろう。もちろん、ワールドのことやなんかは隠し通させてもらうが。

 

「お前らが到達したって言う【十天を統べし者】だっけか? あれの攻撃を消したのもその力だな。ま、強くなってるのはお前らだけじゃないってことだ」

「ふぅん……どうやってやってるのか、是非知りたいんだけどなぁ」

「じゃあ【十天を統べし者】になる条件を教えて、獲得の手伝いをしてくれればいいんだけど?」

「むぅ……」

 

 俺は、無理だとわかっていて条件を提示する。おそらく、その名前の通り十天、つまりは十天衆を全員仲間にしていないと獲得できない『ジョブ』なのだろう。だから俺がそれを獲得するには十天衆を移籍させる必要があるのだ。そこまではしないだろう。

 しかもワールドの契約者は一人だけだと思うので、俺が使った力は二人には手に入れられないということになる。

 

「まぁその力を使ってグレートウォールを消滅させ、あわよくば真王と白騎士を落下させて始末しようと思ったんだけどな。結局追い詰められるわお前らのグランサイファーごと白騎士にぶった斬られそうになるわで大変だったんだぞ。ギルベルトを戻したのも俺なんだが、あいつはいらなかったな」

「いらなかったって……。もう、人の命を救うことに上下なんてないんだからね」

「はいはい」

 

 ずっと敵対していたヤツが落っこちるのを助けるようなバカだよ、お前らはホント。

 

「で、その後はお前らがファータ・グランデの方に戻ってきて、神聖エルステ帝国だっけ? そいつらとなんやかんやしてたことくらいしか知らねぇな」

 

 その辺はオーキスやドランクから聞いた話ぐらいだ。そこで紫の騎士にロイドを奪われて追っかけてきたところからはなんとなく知っているが。

 

「どうやって空の底から短期間で戻ってきたんだ?」

「正確には空の底に落ちたわけじゃないんだけど、どこに行ってたかは秘密」

 

 俺の質問に、ジータは意趣返しのようにべっと舌を出して答えた。

 

「そうかよ。まぁ相変わらず運がいいというか、色々ツイてるんだな、お前らは。その後はフュリアス率いる神聖エルステ帝国と争って、オーキスと同じ姿の、ツヴァイって言うんだったな。そいつと戦ったり紫の騎士にロイド奪われたりしてたってのは聞いた」

「うん、そうだね。フュリアスも、元々のフュリアスとは違うみたいだし、ツヴァイちゃんは本物のオーキスになるんだって言いながらロイド奪おうとしてきたし、それを仕組んだ真王がなにを考えてるのか全然わからなかったんだよね」

「そうだなぁ。僕もロイドが目的ならちょっと回りくどいというか、ツヴァイちゃんを送り込む意味がわからなかったな」

 

 やはり人のいいこいつらも、真王のやり方には疑念を抱いているらしい。こいつらに否定されたら真王は目論見を打破されること請け合いだろう。その時は俺もこっそり手を貸すかもしれない。

 

「ふぅん。ってか、お前らがいてロイド奪われるとかなにやってんの?」

 

 そこまで聞いて、俺はずっと言いたかったことを口にする。

 

「いくら紫の騎士がいたからとは言っても、お前らなら勝てるだろ? しかもこっちには十天衆だとか“蒼穹”の団員が大勢いるわけだしよ。それでロイド奪われるとか、ホントお前ら油断しすぎじゃねぇの?」

 

 その場にいなかった俺が言うのもなんだが、弛んでいたとしか思えない。

 

「うぅ、それを言われるとちょっと申し訳ない」

「ははは……確かに、見事に出し抜かれたところがあるからね」

 

 二人もそれはわかっているようだった。まぁ確かに、紫の騎士リューゲルがその辺りの見極めに聡いというか、巧みなのはなんとなくわかっているが。

 

「スツルムとドランクにもお前らなにやってんだとは言ったが、お前らがいて奪われたことの方がおかしいわ」

 

 反論してこないことをいいことに、好き勝手言わせてもらう。まぁロイドが欲しかったんなら、送り込んだ俺の判断も間違っていたってことになるんだが。それは棚に上げさせてもらおう。

 

「……ダナン。大丈夫、ロイドは戻ってきたから」

「それはそれ、これはこれだ」

 

 右隣に座るオーキスに咎められるが、責めるところはきっちり責めておかなければならない。いつか後悔するのは俺じゃなく、こいつらだ。

 

「今回は人じゃなかったからいいけどな。もし真王がビィを狙ってきて、それで出し抜かれましたで殺されたら今そうやってられねぇだろ。肝に命じとけよ」

「……うん。一つ上だけのはずなのに説教臭いよね、ダナン君って」

「説教臭いとか言うな。親切だよ親切。お前らが不甲斐ないからな」

「うぐっ……でも確かに否定できない」

 

 宴の席ではあるが、きちんと反省しておいた方がいい。

 

「……その頃、ダナンはなにしてた?」

 

 二人がダメージを受けているからか、オーキスからそう聞いてくる。

 

「私も気になるな。どうしたら七曜の騎士を三人も集められるのか」

 

 オーキスのもう片方の隣に座ったアポロも聞いてくる。

 

「オーキス達を行かせた後はイデルバの内乱に手を貸してたんだが、結局大してまとめられずにイスタバイオンが来てな。フォリアとアリアとバラゴナを渡せって要求してきたんだ。アリアは一時的にイデルバにいたし、バラゴナは意識不明で療養中だったな」

「そうなんだ……」

「そこで俺は、どうせ真王に喧嘩売ってるし今更だろってことで真王の思惑通りに行かせたくないし俺らと戦争でもするか? って」

「……うわ、ダナンっぽい」

 

 それはどういう意味だグラン?

 

「まぁとはいえイデルバとしてはイスタバイオンと戦争はできないからな。フォリアは国外追放、バラゴナは引き渡す気だったが目覚めて反抗した、アリアは客人なので真王自らが来ないと無理っていう体にカインがしたんだ。もちろん、俺が全員回収したんだけどな。アリアは誘拐ってことで」

「その強引っぷりはダナン君らしいというか、だね」

「バラゴナにはハルを白風の境へ連れていくように頼んで、フォリアとハクタク、アリアとは一緒に旅することになったわけだ。それからはクルーガー島行って、ゼエンから空域の危機がとか言われてベスティエ島行ったな」

「あ、じゃあもしかしてエキドナを襲った人とも?」

「ああ、会った。とはいえ出し抜かれたんだけどな。倒すより先にエキドナを幽世に落とされちまってな。そいつ追うより湧いてきた幽世のヤツらを押し留める方を重視したんだ」

「どんな人だったの?」

「さぁな。さっぱり見当がつかねぇ」

 

 暗殺者の男の様子を見る限り、組織としての行動と言うより単独行動の可能性が高いからな。星晶獣に対して恨み持ってるような感じもしたし。

 “蒼穹”には組織の一員もいる。そいつらが関わっているか関わっていないかはさておき、迂闊に情報を漏らすのは良くないだろう。

 

「で、そこからフォリアとハクタクにナル・グランデ中を回って敵がやってくるってことを伝えてもらって、残った全員で幽世の軍勢と一週間戦ってたんだよ。初動でエキドナ倒せる戦力がなかったのは痛かったがな」

「幽世と一週間って……それでも充分凄いんだけど」

「一週間なんとか押し留めてから戦力を集めるために各島を回ることにしたんだ。それからはもう移動し続けてな。イデルバでレオナに加わってもらったり、他のヤツらとも大半はその時に会ったかな。それから戻ってきたところで、お前らの内ルリア、カタリナ、ラカムが幽世に落ちたってのを聞いたんだよ」

「そうなんだ。じゃあ私達が来たのはそのちょっと前で、イデルバにいたカインさんに頼まれてベスティエ島に行ったのかな。ルリアちゃんが幽世に行っちゃったせいでグランは役に立たないし、それでもなんとかガネーシャの暴走を鎮めてよしベスティエ島に行こう、ってなったら結局どっかの誰かさんが解決しちゃうんだもん」

 

 いやぁ、あれは良かった。いい気分だったわ。

 

「後でゼオから聞いたんだが、ミカボシって星の民、グレートウォールに封印されてたと思うんだが、そいつと落ちた幽世で出会った星晶獣のアレスも一緒にいたんだよな。で、確かアレスの持ってる空図の欠片を使って、空図の欠片同士が引き合うのを利用して幽世を脱出しようって感じだったんだっけか」

「ああ、そうだな。幽世に落ちてから君の仲間であるゼオ君に加勢してもらって、私はアレス殿と教えの最奥に至った」

 

 アポロの向かいに座るカタリナがそう補足する。

 

「教えの最奥に挑んでる最中に俺達はベスティエ島に到着して、まだ戦えそうだった四体の星晶獣に力を貸してもらいつつ、バラゴナやフォリアも合流してエキドナを倒したんだよ。俺の力でエキドナから幽世の力を消して、島を離れてから空図の欠片を四つ全部集めて空を戻すってヤツを代わりにやってやろうと思って戻したんだ」

「簡単に言うけど、凄いことだよね。あと金色のヤツは綺麗だったなぁ」

「そりゃどうも」

 

 まぁおかげでエキドナを倒して空を戻したのが、グレートウォールを消したヤツと同一人物だということがバレたわけだが。

 

「一旦イデルバに戻ったんだが、そこでカインから紫の騎士がロイド奪ってこっち来てて、お前らがそれを追ってるって言うからベスティエ島に戻ったんだよ。まぁ、戻った頃には紫の騎士は逃げようとしてて、お前らはなんかアーカーシャ出現させてるしでよくわからなかったんだけどな」

「ああ、あの辺か。ロイドを取り戻すために紫の騎士と戦って、その後アーカーシャを星に還そうと思って戦ったんだ。ロイドには申し訳ないけど、アーカーシャは危険だからね」

「ま、それも一理あるな。真王に渡すよりかマシな選択だろ」

 

 グランの説明に賛同を示す。

 

「それから僕達はイデルバでカインとラインハルザを連れて戻ってきたけど、ダナンの方は?」

「俺達は紫の騎士を追って、ばったり倒れて腹空かせてらぁめん食べたかったって言ってたから始末するのはやめて引き入れるか、って」

「始末って……もう」

「いやだって敵じゃん。しかもロイド奪ったってことは俺達の敵だし。真王の下に返すくらいなら削れる内に削っといた方がいいだろ?」

「いや、合理的な考え方ではあるのだが、それにしても情がないというか」

「だから俺はお前らと一緒にいるのが嫌なんだよ。でまぁ結局取引というか、死にたくないなら俺のために働けってことで引き入れてな。その後レム王国に行って紫の騎士経由で空図の欠片貰って、レオナがうち入るって言うからそのまま連れて帰ってきたってところだな」

「そうなんだ。あ、じゃあもしかして空図の欠片全部持ってるの?」

「ああ。ファータ・グランデも、ナル・グランデもな」

「……そっか。もう追いつかれちゃったんだ」

 

 そう呟くジータの口元は少しだけ嬉しそうだった。ライバルが張り合いないとつまらないからな、気持ちはわかる。

 

「あと聞きたいことは……あれだ。ミカボシってヤツが別の騎空団だってのは聞いたんだが、どこのどいつだ?」

 

 そう、それだ。あとロキがいたのも気になるし。

 

「あ、それくらいは言ってもいいかなぁ」

「うん。ミカさんはロキの騎空団に入ったんだよ」

「ロキだぁ? ……あいつもいたことは知ってるんだが、マジかよ」

「うん。どういうつもりかはまだよくわかってないけど、ロキにフェンリル、ミカボシさんにツヴァイちゃんにガンダルヴァ。あとネセサリアさんっていうエルーンの綺麗な男の人が団員かな」

 

 ロキとフェンリルはわかる。ガンダルヴァは確か、リーシャより強いんだったか。ミカボシは星の民としかわからないが。ツヴァイはオーキスと同じゴーレムだよな。どういう経緯で入ったのかは知らないが。ネセサリアって名前には聞いた覚えがないんだが、綺麗なエルーンの男って言われるとあいつを思い浮かべるよな。

 

「相当強い面子ではあるんだな。ネセサリアってヤツだけ全然知らないな」

「私達も全然知らなかったよ。女性口調の綺麗な人なんだ。白髪の」

「ふぅん」

 

 あ、あいつだわ。紫の騎士を殺そうとしてた諜報員。なにが目的でロキの騎空団に入ったのかは知らないが、まぁ約束だし言わないでおいてやろう。

 

「ロキも強かったよね。フェンリルと教えの最奥に至ってるみたいだったんだけど、私達が束になっても敵わなかったんだ。【十天を統べし者】を使ってなかったとはいえね」

「へぇ、そりゃ凄いな。強敵になる」

 

 “蒼穹”と関わりがあるってことは、俺達とも関わりが出てくる可能性があるということだ。

 

「因みになんか名前はあるのか?」

「えっと……確か“紅星(あかほし)”だったかな? 『君達が“空”と名乗るなら、僕達は“星”を名乗ろうかな』とか言ってたよ」

「ふぅん。じゃあお前らの“蒼穹”に対比するような感じでつけてるんだな」

 

 あいつらもあいつらで、こいつらに注視しているらしい。俺も名づける時参考にしたし。

 

「うん、みたいだね。ダナン君の“黒闇”はどういう由来なの? ダナン君っぽいなぁとは思ってるけど」

「俺もどんな感じがいいかわからなかったからお前らを参考にしたぞ。グラン、ルリア、カタリナ。俺、オーキス、アポロって感じで」

「? ああ、色か」

 

 丁度今は席が対面になっているのでわかりやすい。

 

「闇の方は適当だな。黒に合いそうななにかってことで思いついただけだし」

「そういう由来だったんだね」

 

 とまぁそんな他愛ないことを雑談しながら宴を過ごしていった。ある程度話し終わってからは各団員達の様子、特にロベリアやニーア、ガイゼンボーガの様子を見るために席を回ることにする。



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合同パーティの様子

“黒闇”の団員と“蒼穹”の団員がそれぞれ関わるだけのお話。

大人しくキャラ崩壊タグを追加しました。
あとついでに死亡キャラ生存? だかを追加しました。まぁ紫の騎士生かしたので一応。


 “蒼穹”と“黒闇”。

 ファータ・グランデ空域にあるアウギュステ本島にて合同パーティを開く両騎空団。

 全く関わり合いのない者も、話が合いそうなヤツを見つけて雑談しているようだ。俺は団員達の様子を見て回ることにした。

 

「くっ……! 俺の腕が疼く……!」

「ふっ。わかるぞ、強者ほど腕が疼くモノだからな」

 

 グリームニルが、腕を押さえた黒髪の青年に声をかけている。腕に包帯を巻いた痛々しい姿の青年だ。

 

「? いや、俺は病気で……」

「俗世の者は病気だと言うかもしれない。だが俺にはわかっているぞ、同志よ。強者は民衆とは相容れぬ定め。理解されない辛さも、共有できる」

「い、いやだから俺は本当に病気」

「隠さなくていい。ここで貴殿と巡り合えた奇跡を、分かち合おうではないか。思う存分語り合おう! 滅多に会えないし!」

「あ、ああ」

 

 どうやら友達を見つけたらしい。あと分析してみたが、そいつは本当に病気だからな。

 

「おっ、お前さん」

「なんだい?」

「その腕、カッコいいじゃねぇか」

「っ! おっさん、これのカッコ良さがわかるのかい!?」

「おうよ」

 

 ザンツが右腕にバルカンをつけたハーヴィンに話しかけている。

 

「実は俺も義手でな」

 

 ザンツはそう言って手袋を外し腕から銃を生やす。

 

「おぉ!」

「どうよ? 義手造ってくれたヤツに頼んで仕込んでもらったんだが」

「カッコいいぜ! 他にはなにかないのか!?」

「オレにも見せてくれよおっさん!」

「おう、いいぜ」

 

 酔っ払っているのか装備を見せびらかしていた。別の白髪褐色ハーヴィンも食いついている。流石歳を重ねただけあって誰かと打ち解けるのが早いようだ。

 

「妹を!? なんてヤツだ!!」

 

 一際大きい声が聞こえたかと思うと、ゼオの隣に座っている黒髪で頰に傷のある青年がだんと強くテーブルにグラスを叩きつけていた。

 

「全くだぜ。まァ仇討ちはしたし今は、そこまで執着してねェよ」

「復讐を遂げたのか。どうだったんだ、その感覚は」

「兄さん、あんまり人の事情に入り込むのは……」

「いいンだ、オレにとっちゃもう終わったことだしよ」

 

 どうやら自分の過去の話をしているらしい。俺も聞いたことがないんだがな。近くにいる金髪の兄妹も話を聞いているようだ。兄らしい男の方は顔つきが険しい様子である。

 過去のことを語るゼオの表情に翳りはなかった。ある程度吹っ切れたというか、今は今のことを見ているらしい。ゼオの話を聞いて黒髪の青年の方は涙ぐんでいた。

 

 あいつは不遇だが基本的に素直だからな。あの様子なら打ち解けるだろう。

 

「お前は忍者だというのか」

「うん。仕事中はね」

 

 次に見かけたのはだらけた様子で背凭れに体重を預けるレラクルだ。その向かいにいるのは褐色肌の少年だ。同年代ぐらいに見える。

 

「そう言う君は暗殺者? 気配の消し方とかそれっぽいけど」

「っ……よくわかったな。同年代はいるが、同じ影に生きる者はあまりいないんだ」

「わかるよ」

「そうか」

 

 なにやら共通点を見つけて会話しているらしい。その近くで会話に入ろうとしているのかおろおろしている短い銀髪に眼帯をした女性も見かけた。あまり自分から話しかけるタイプじゃないようだ。まぁ、頑張れとしか言えない。そういうのは勇気を持つことが大事。

 

「へぇ、糸が出せるんだ。便利だね」

「そっちこそ、髪の毛を動かせるなんて便利じゃない」

 

 次はクモルクメルだ。やたらと髪の長い金髪のハーヴィンと話している。

 

「ううん。髪の毛だと凄く遠くまでは伸ばせないから。私の髪の長さまでだし」

「糸だって束ねるのが難しいのよ。それに、指につき一本だもの」

「そうなんだ。でも斬れるところは一緒だね」

「ええ、一緒ね」

 

 なんかいい雰囲気で話している。同じ種族で同じく繊維を武器に戦うのか話が合うようだ。

 

「でもぱわーがないと操れないから。とうもろこしを食べないと」

「大変なのね。でも私も糸を出すのにいっぱい食べる必要があるのよ」

「一緒だね」

「一緒ね」

 

 ふふ、と笑い合っている。クモルクメルは人里離れて暮らしてたんだったな。彼女と話せて楽しそうだ。

 邪魔はしないでおこう。

 

「ネェチャン。俺達と一緒に楽しまねぇか?」

「嫌よ」

 

 おっと。フラウが男に絡まれている。白髪に髭を生やしたむきむきの男だ。傍らには黒髪の筋肉質な男が立っている。髪を後頭部で結び和服を着ていて刀を腰に提げていた。侍というヤツだろうか。

 まぁ、誘いはにべもなく断られていたが。

 

「ソリッズ殿、いい加減やめてはどうか。先程から断られてばかり」

「煩ぇ! こんなにネェチャンがいて一人も誘えないなんて、男が廃るってもんだろうが!」

「いや、某はボレミア殿とサラ殿がいる手前付き合いたくないのだが」

「ジンてめえ! 妻帯者みたいなこと言いやがって!」

 

 フラウを他所に男二人で言い争いを始めていた。

 

「まぁいい。なぁネェチャン、ちょっとくらいいいだろ?」

「嫌よ。あんまりしつこいと力尽くで黙らせるから」

「そういうことなら受けて立つぜ。俺ぁ腕っぷしには自信があるんだ。その代わりネェチャンの一撃を受けて立っていられたら、付き合ってもらうぜ」

「ふぅん、よっぽど自信があるんだ。いいよ、それで」

「ほら、いつでもいいぜ?」

 

 どうやらあの男、フラウの一撃をまともに受けるらしい。……まぁ頑丈さに自信があるみたいだし、死にはしないだろう。

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 フラウは言って思い切り蹴りを繰り出した。男は全身に力を込めて耐える構えだ。だが、蹴りが直撃するとどごぉ! と重い音が響き男の厚い腹筋に足がめり込んだ。男の顔も苦悶に変わっている。

 フラウが足を引くのと同時に男が仰向けに倒れ込み、ぴくぴくと痙攣したまま起き上がらなかった。

 

「ソリッズ殿ーッ!!」

 

 ジンとかいうヤツの叫び声が響き渡る。フラウはふんと鼻を鳴らして去っていった。……まぁ、心配はいらなかったかな。ただこういう場だと浮かれてフラウの魅力にやられるヤツもいるだろうし、ちょっと悪いことをしたかもしれない。後で埋め合わせはしよう。

 

 しかしこうして見回っていると本当に色んなヤツがいるな。

 

「よーし、けんぞくぅをいっぱい増やしちゃうぞーっ」

「こら、走り回るなよ!」

 

 金髪の少女と少年がとたとたと走り回っている。

 

「こら、アイル。食べる時ぐらい行儀良くしなさい」

「姉さん、いいって。自分でやる」

 

 姉弟らしき二人がなんだか言い合っていた。黒髪のちょっとやさぐれた少年と、黒い長髪を綺麗に切り揃えた少女だ。

 

「お久し振りですね。再会を祝して、始めましょうか」

「うむ。良かろう」

 

 エウロペと水色の髪を持つ女性が会話をしている。どうやら向こうも星晶獣のようだ。

 

「では妾から。つい十年の話だが、妾の眠りを妨げた愚かな人共を凍てつかせたのだ」

「前にも聞いた気がしますが、聞きましょう」

「ふふ、やはり愚かで醜い人共が凍てつき美しい氷像と化すその瞬間がいい。人の文化ではこれをぎゃっぷと言うらしい」

「ぎゃっぷ、ですか。しかし貴女はどれだけ経とうと変わり映えしませんね」

「ふん。そこまで言うなら聞かせてもらおうではないか。そなたの美しいモノとやらを」

「ええ、いいでしょう。あれは私が旅を始めたばかりの頃です。幽世によってくすんだ色の空が蒼に戻り黄金の粒子が散る……。あれほど美しい光景は見たことがありません」

「吹雪の方が何倍も良いと思うが」

「あの光景を見ていないからそのようなことが言えるのですよ」

 

 美しいモノ談義? に花を咲かせているらしい。旧交を温めるのはいいことだな。そういえばエウロペはあの時の空をうっとりと眺めていたような気がする。そういう美しいモノが好きなのかもしれない。

 

「リュミエール聖騎士団のモットーは、『清く、正しく、高潔に』であります」

「む、立派なことだ。人の世にもそのような心得があるのだな」

 

 今度はブローディアがバウタオーダ達のいるリュミエール聖騎士団の面々と話をしている。生真面目そうなブローディアと馬が合うようだ。……うちのヤバいヤツらとは馬が合わないだろうし、ここらで息抜きをするのはいいことだ。そして精々苦悩するがいい。是非俺の悩みを共有してくれ。

 

「なぜだ! なぜ闘争本能を抑える必要がある!」

 

 聞き覚えのある声が、と思ったらガイゼンボーガだった。彼は対面に座っている黒い肌の男性ドラフに詰め寄っているような様子だ。

 

「……私の村の者達は皆、同じように闘争本能に悩まされていた。貴殿のような純粋に戦いを重んじる心はないのだ」

「では一度闘争本能に身を任せ、戦場を駆けるが良い。敵を蹂躙し、また自らも敵の攻撃を受ける! 勝利後の美酒はまた格別なモノよ。貴様も一度味わってみればわかる」

「い、いや。私はこの闘争本能を戒めねば……」

 

 相手の男を戦いの道に引きずり込もうとしているらしい。……やめてやれよ、ホントに苦しそうだから。

 とは思うが好きにさせてやった方がいいだろう。今正に勝利の宴の最中だからな。邪魔するのは俺とガイゼンボーガの取引に反するだろう。という名目で厄介事には関わらないのが良し。

 

「そのうぇーい、というのはなんだ?」

「そりゃあれよ、なぁ?」

「え? おうよ、あれだよなトモちゃん?」

「お前ら説明できねーからって俺に押しつけんなよ……。えっと、ウェーイってのはあれっす。挨拶とかかけ声とか、まぁなんていうかそういう時に使うモンすよ。別にこれといった決まりがないっつーか」

「ふむ、なかなか奥が深いのだな」

「そんじゃシヴァさんも一緒にやっちゃいます? せーのっ」

「「「ウェーイッ」」」

 

 うちのシヴァになんてこと言わせてんだあいつら。

 マズい場面に遭遇してしまった。ローアイン達とシヴァが話している。しかもウェーイを覚えてしまった。クソ、なんてことだ。

 

「シヴァさんなかなかノリいいっすね。バッチリっすよ」

「あ、バッチリってのはいい感じってことなんで」

「うむ、ばっちりであったな」

 

 ヤベぇ……! あいつらと会話しているだけでシヴァ語録がおかしくなっていく! とんでもねぇ出会いもあったもんだな。

 

「じゃあお次はあれいっちゃいますか」

「おう、あれだな」

「いやあれじゃわかんねーべ」

「トモちゃん、あれよあれ。さっきヤバいを教えたじゃん? その最上級、見せちゃおう的な?」

「もうあれいくのかよ。それはマジで」

「「「ヤバババハムート!!」」」

 

 ……流石に止めるか。

 

「それはなんであるか?」

「さっき教えたヤバいの一番上っすよ。超絶ヤバい時に使うんす」

「ふむ、心得た」

 

 流石にシヴァの無表情で「ウェーイ。ダンチョー、今日はカフェでパーリィと洒落込んじゃいますか?」とか言われた日には会話が成り立たん。笑い死ぬ。

 

「貴方はシヴァではありませんか。お久し振りですね」

 

 そこに赤い鎧を纏った赤髪の美女が現れた。

 

「アテナか。うぇーい、である」

 

 振り向いたシヴァは彼らに習った挨拶を早速活用する。

 

「…………」

 

 喧騒に包まれた宴の会場で、沈黙の風が吹き荒んだ。

 

「人違いだったようです」

「む、我はシヴァなるぞ。アテナ?」

 

 くるりと踵を返して立ち去る彼女を、シヴァは不思議な様子で後を追っていく。一応これで被害は最低限に抑えられたか。抑えられたか?

 念のため釘を打っておくか。

 

「……なぁ、ローアインよぉ」

「おっ、ダナンっち。あれ、なんか怒ってね?」

「いやぁ、別にお前らがうちのシヴァに妙なことばっか教えてて腹立ってるとかそんなこたぁねぇよ?」

「それおこなヤツじゃん」

「大丈夫だって。明日カタリナが急にお前を避けたりとか絶対ねぇから。なぁ?」

「……すんませんっしたーぁ!!」

「ぎゃははっ。謝るまではえー」

「お前らのこともローアインから聞いてるぜ? 街中の女性から避けられたりとか、釣り銭すら手を避けて台に置かれるとかねぇから、まぁ安心しとけよ」

「「……すんませんっしたーぁ!!」」

「おう、よろしくな」

 

 よし、これで釘は充分だろう。ヒソヒソと「……マジっべーわあいつ」「いやダンチョー並みに強くてダンチョーより容赦ねーからダナンっち」「うわー絶対敵に回したくねー」とか話している声は聞こえてきたが、まぁそれくらいはいいだろう。

 

「「「ずるるる……!」」」

 

 らぁめんの屋台コーナーで三人並んで麺を啜っているのは、らぁめん師匠にリルル、そしてリューゲルだ。二人のハーヴィンはらぁめん師匠を挟むように座っている。

 らぁめん好きな師匠が宴に用意するように頼み込んだのだと思う。あの人のらぁめんにかける熱意は本物だ。

 

「「「ぷはっ!」」」

 

 一気にらぁめんを完食し汁まで残さず飲み干した三人。

 

「実にいい食べっぷりですね、お二人共」

「私はステージが終わって久し振りのラーメンですからね」

「おじさんは、仕事の後に一杯と決めてるのよ」

 

 らぁめん談義に花を咲かせるのかと思い、ちょっと立ち聞きしてみる。

 

「あなたは“黒闇”の方ですよねぇ。ラーメン、お好きなんですか?」

「うん、まぁね。僕のいたところだとあんまりラーメンは知られてないんだけど、いつも行ってる大将のラーメンが本当に好きでね」

「凄いんですね、私も食べてみたいです」

「機会があれば行ってみるといいよ。ところでラーメンはどこで知ったのかな。おじさんはその大将のお店なんだけど」

「私は偶々そこにあったラーメン屋です。子供の頃にいっぱい通ってて好きになったんです」

「いいことだね。おじさんも君くらいの娘がいるんだけど、あんまり食べたがらなくてね。太るからって」

「うぐっ! そ、そうなんですよねぇ」

 

 確かそれでリルルは昔太ってた、って話をどこかで聞いたことがあったな。

 

「私はラーメン作りの師匠がいるんですよ。その、私が大将と呼んでいた人は私が知る限り、最高のラーメンを作る人です。ですが、ある日離れ離れになってしまいまして」

「七曜の騎士に連れ去られたんですよね」

「っ!? ぐっ、ごほっ!」

「だ、大丈夫ですか? すみません、お冷貰ってもいいですか?」

「あ、ありがとうね。おじさんは、大丈夫だから」

「七曜の騎士の一人に連れ去られてからは行方知れずですが、私は大将のようなラーメンを作ってみたいと思っていますよ」

「そ、そうなんだ。それでその、大将を連れ去った七曜の騎士のことを恨んでるのかな?」

 

 ……見るからにリューゲルが挙動不審だ。お前かよ、らぁめん師匠の師匠攫ったのは。

 

「どうでしょうね……とりあえず一発ぶん殴ってやりたい気持ちはありますが、そこまで恨んではいません」

「そうなの? ……ふぅ」

「ラーメン好きに悪い人はいません。なら、その七曜の騎士も大将のラーメンに惚れたのでしょう。流石に、手段は選んで欲しかったですが。いつか大将のラーメンに惚れた者同士、熱く語り合ってみたいですね」

 

 今隣にいるよそいつ。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、今日はおじさんと語り合おうか。仕事も忙しくて、身近に語れる人がいなくてね」

「いいですね、リルルも含めて三人で議論しましょう」

「もちろん、ラーメンのこととなったら手が抜けません」

 

 まぁ、盛り上がってるならいいか。水差すのも悪いし、放っておこう。

 

 ……ただリューゲル、いつかちゃんと謝れよ。

 

 辺りを見回せばニーアが誰かと話している。女性二人だ。あいつも気が合う人間ってヤツがいるんだろうか。

 と思って近づき様子を窺うことにする。

 

「愛、ねぇ。私は死んだ夫と息子がそれでも傍にいてくれるから、それが愛でしょうね」

「へんぜぇ……ぐれぇ……」

「今は俺達が家族だってよ! 嬉しいじゃねぇか!」

「確かに愛と言えるかもしれないな」

 

 やはりというか愛について話を聞いているようだ。

 女性の片方は見るからに怪しい。なにせ傍に骸骨の幽霊が二体寄り添っているからだ。おそらく言っていた夫と息子なのだろう。

 もう片方は黒髪のドラフだ。へんてこな人形二体を連れている。

 

「……死んでも、か。愛されてるんだね」

 

 ニーアは二人の話をどこか羨ましそうに聞いていた。彼女の琴線に触れるようなことは多分、ない、かな? これなら放っておいても良さそうだ。

 

 さて次はどこにいるかな。おっ、あそこの一角は……凄い、穏やかだな。

 

「ふむ、アストラルか。興味深いね」

「そうじゃろうそうじゃろう。ただ吸いすぎると酔うんじゃよ〜」

「じゃが寿命を極端に延ばすこともできる。一考の余地はあるじゃろう?」

「確かにね」

 

 ずず、と三人揃って宴の席で湯呑みで茶を啜るハーヴィン髭爺。十天衆のウーノ、サングラスをかけた白い髪と髭に長いヤツ、そして賢者エスタリオラだ。星晶獣などを除けば、多分一番平均年齢の高い集まりだろう。

 騒がず茶を飲み議論を重ねている。宴の中ではある意味近寄りづらい空気を醸し出しているところでもある。

 

 ウーノはここだったが、と他の十天衆がどうしているのかを見回して確認する。丁度ナルメアとアネンサがいるところにフュンフとオクトーがいた。最近アネンサはナルメアと凄く仲がいい。自分より強くて同じ種族で同じ刀使いというところから慕っているのだろう。最近はちょこちょことナルメアについて回ることも増えてきた。まぁ俺もお兄ちゃんと呼ばれて甘えられることが多い方ではあるのだが。

 

 フュンフとも上手くやっているようだし、心配はなさそうだと思っていたのだが。

 

「あんた、最強と名高いオクトーでしょ? 僕と勝負だ!」

 

 トキリがオクトーに勝負を吹っかけていた。

 

「良かろう」

 

 挑まれた勝負は受けると言うのか、あっさり頷いて席を立つ。一応俺も声をかけておくか。

 

「オクトー。そいつは本気で瞬殺でいいからな。格の違いを見せつけてやってくれ」

「? うむ。あいわかった」

「ふん! オクトーを倒せば他を倒せなくても僕が最強だ!」

「いや、俺らに勝てなくてオクトーに勝てるわけないんだが、まぁ頼んだ」

 

 どうやらまだ心は折られていなかったらしい。そろそろ折れると思うんだけどなぁ。

 

「あ、お兄ちゃん」

「ダナンちゃん。一緒に食べる?」

「よう。いや、悪いんだが皆の様子を見て回っててな。楽しそうで良かったわ」

 

 二人の頭を撫でてやって相手をしつつ、次の行き先を決める。次は一番の懸念人物だ。

 

「におおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 普段冷静そうなニオが奇妙な叫び声を上げている。その表情は恐怖に彩られていた。

 

「いきなり叫び声を上げないでくれないか? オレはただ、キミが音を好むって言うから是非話をと思って」

「ち、近づかないで! 歪んでるのに、正しい旋律? 調律しようもないのに、凄く嫌な音……!」

 

 ニオは彼が一歩近づいただけで怯えた様子を見せ、部屋の隅で耳を塞いでがたがたと震え出してしまった。……出会わせちゃダメなヤツだったかぁ。

 

「ニオ、しっかりして!」

「におおぉ……におおぉ……」

「ダメだね、心を閉ざそうとしてる」

「ニオがそんなになるなんて、あなたは何者ですか?」

「オレはロベリア。音を愛する天才魔術師さ。是非彼女と意見を……」

「におおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「これはマズいことになった。着々とトラウマとして植えつけられてるね」

 

 これは、俺が始末をつけるとするかぁ。

 

「……なぁよぉ、ロベリア?」

 

 俺はがっしりと肩を組んでロベリアの胸骨を掴むようにみしみしと軋ませる。

 

「だ、ダナン。オレは大人しく彼女と話をしようと思ってたんだけど、なぜいい音をさせてくれるんだい?」

「いやぁ、お前って近づくだけで有害になることもあるんだなぁと思ってよぉ。是非遥か遠くへ行って欲しいんだよ。じゃあ、上空一万メートルから水面に叩きつけられて死んでこい」

「それは褒美じゃ――」

 

 俺はワールドの能力でアウギュステの海の上空一万メートルへとロベリアの身体を転移させる。今頃空から落下しながら楽しみにしているだろうよ。

 

「あー、悪いな。うちの団員が。言っても聞かないだろうが、ホント悪い」

「い、いやそれはいいんだけど、彼大丈夫なの?」

「ああ。あんなんで不死身だから性質が悪いんだ。……しかしシエテ」

 

 俺はぽんと彼の肩に手を置いた。

 

「お前は充分、頭目として頑張ってるよ」

「っ……!」

 

 団長という立場になってわかったこの苦労、シエテもさぞ大変だったと思う。

 と同情の目を向けていたらシエテが号泣し始めた。

 

「……ダナン君! 俺は君を誤解していたのかもしれない。君はすっごくいいヤツだ。最初に会った時はごめんね。いつか二人で飲みに行こう」

 

 どうやら気苦労が絶えなさすぎて感極まったらしい。俺から見たら充分頭目らしいと思ったのだが、実態はそうではないらしい。

 シエテと妙な友情が芽生えかけたところで、部屋の隅で震えるニオへと目を向けた。

 

「さて、ロベリアの尻拭いといくか」

 

 俺はニオに近づき一定の距離を置いて屈む。

 

「なぁ、ニオ。もうあいつはいないから安心していいぞ」

「……? 団長と、似た旋律?」

 

 できるだけ優しく声をかけたが、人それぞれの旋律とやら聴けるのか俺が声をかけたことで少しだけ目に光が戻ってきていた。

 

「うちの団員が悪いことしたな。誰か、一番安心する旋律のヤツはいないか?」

「……安心する旋律、なら団長」

「よし来た。悪いがニオ借りるぞ」

 

 俺は言って彼女を抱え上げ、なるべく最速で団長二人のところへ向かう。ジータは取り込み中のようだ、グランにしよう。

 

「おいグラン」

「ん? ってニオ? ど、どうしたの?」

「団長……?」

 

 ニオはグランに気づいたらしく、俺に抱えられた格好から両手を伸ばす。

 

「抱っこ」

 

 余程ロベリアの旋律が堪えたのだろう。グランに抱かれたニオはそのままじっとしていた。グランも戸惑ってはいるようだったが拒むつもりはないようだ。まぁニオも弱ってたしな。

 しばらくはグランとイチャイチャさせておこう。隣のルリアはオーキスと料理大食い対決中だから良かった。

 

「ダナン。丁度いいところに戻ってきたな」

 

 そこでアポロから呼び止められる。アポロの顔には朱が差しており、酔っているのだとわかった。

 

「まだ勝負はついていませんよ、まだ飲めましゅ!」

 

 その横にはアポロより盛大に酔っ払ったらしく耳まで真っ赤にして半眼のアリアがいる。……お前らなにやってんだ。

 

「あ、ダナン〜。丁度二人で飲み比べをしてたところなんだよ〜」

「だがアリアが思ったより早くバテて、それでも飲み続けて悪酔いし始めてな」

 

 二人の向かいにはスツルムとドランクもいる。席替えをしたらしい。

 

「なるほど。で、俺が戻ってきたのが丁度いいってのは?」

「お前にも審判をしてもらおうと思ってな。以前私とこいつは戦って引き分けたのだが、その時につかなかった決着を、今度は飲み比べでつけようという話になって」

 

 随分と平和的な方法にシフトしたんだな。いいことだけど。

 

「私はまだまだ飲めましゅから、負けてないんれす!」

 

 呂律の回っていないアリアはまだ酒を煽っている。お嬢様という品性が剥がれ落ちた姿だ。遠くでフォリアが笑っているのが見えた。あとなんか記録として残そうとしているらしい。後で怒られるぞ。

 

「と、ずっとこの調子でな。審判が私の勝ちを宣言してもやめないんだ」

「なるほど?」

「それで、ダナンにも混ざってもらって別の勝負をしようかと思ってね〜」

 

 ドランクのニヤケ面に嫌な予感がした。

 

「その名も誘惑対決~! ダナンを二人で誘惑して、どっちがいいかを審査してもらうんだよ~」

「てめえ禿げろ」

「辛辣すぎない!?」

 

 なんだその適当に考えた感満載の対決は。大体さっきまでいなかった俺を巻き込むんじゃねぇよ。

 

「大体、そんなの勝負にならないだろ。アリアお嬢様がそんな真似できるわけねぇじゃん」

 

 加えて、俺はそう口にする。ドランクの唇が吊り上ったのは目の錯覚だろうか。

 

「……いいれしょう。私にもできるということを証明してみせましゅ!」

 

 無造作に立ち上がったのはアリア本人だ。呂律が回っておらず、立ち上がる動作にも上品さが全くなかった。……ヤベぇ、地雷踏んだわ。こういう場面は以前にもあった気がする。あれはそう、アポロの告白翌日のオーキスとのやり取りだったか。

 

 俺の方に近づいてくる足取りも怪しい。思わず肩を貸したくなってしまうくらいだ。

 倒れないように少し手を伸ばしながら待っていると、ふらついた要領で俺に抱き着いてきた。俺の首の後ろに手を回し、しな垂れかかるような体勢だ。酒で火照った体温や彼女の持つ甘い香りを感じてしまうが、近づけた赤ら顔でにへらっとだらしなく笑ったことで台無しになる。なにせ酒臭い。

 

「どうれすか? ふふ、ゆーわくですよ」

 

 なにが楽しいのか微笑んでいる。倒れそうになる可能性も考えて剥き出しの腰に手を回した。でも確かに、これは誘惑だ。酔っていなければ完璧だったが、酔っていなかったらできないというこのジレンマである。

 

「これはまさかの優勢だな。酒で理性が緩んだ結果だろう」

 

 スツルムが解説のようなことをしている。どこかからヒューヒューと古臭い冷やかしが聞こえた。ローアイン達とフォリアだ。通常状態のアリアに言いつけるからな、お前ら。

 

「……む」

 

 対するアポロは少し困っている様子だ。アポロは俺とああいう関係になってはいるのだが、人前では恥じらいを持ってしまう。酒に強かったことが災いしてしまった状態だ。

 

「……まさか、こんな結果になるとは」

 

 アポロなりに頑張って俺の左手を取るが、誘惑には程遠い。人前でというだけでアポロには無理難題だったようだ。

 

「おおっと、我らがボスは初心なんだねぇ。これは勝負あったかな~?」

 

 ドランクがわかりやすく煽りを入れている。アポロは負けるのは癪だと思ったのか、意を決したように近づいて俺の腕を抱えるようにした。

 

「ふん、これでどうだ?」

 

 酔いではない理由で顔を真っ赤にしているようだが、確かに体勢の問題で柔らかいモノの間に腕が挟まっていて誘惑にはいいかもしれない。

 

「いやぁ、羨ましいね~。僕もあれやってみた痛ってぇ!」

「黙れ。お前には一生訪れない」

「酷い!?」

 

 傭兵コンビは相変わらずのやり取りだ。さて、そろそろ判定しないと俺の立場がおかしなことになりそうだ。あとアリアが酔った時のことを覚えていたら立ち直れなくなりそう。

 

「じゃあ、そうだな。アリアの勝ちで」

「なんだと!」

「誘惑っていうテーマ的にな」

「ふふふ、私の勝ちれすね」

「ま、待て! 飲み比べは審判の判断で私の勝ちだっただろう! だから一勝一敗一引き分けだ。まだ勝負はついていない」

「往生際が悪いですね。ダナンは私を選んだんです。貴女ではなく」

「貴様……!」

 

 アリアはいつになく饒舌で、アポロの怒りを煽っている。……勝負が終わったんだからいい加減離れてくれないかな二人共。

 

「……ダメですよ、ダナン。私を忘れちゃ」

 

 不意に背後から声が聞こえたかと思うと、後ろから手を回して抱き着かれた。

 

「リーシャ?」

 

 声からして彼女に間違いはない。

 

「ずっとダナンと離れ離れで寂しかったんですから。今日から一緒にいてくださいね」

 

 素直なリーシャは狡いと思う。さておき、主張は控えめだが確かに感じる柔らかな膨らみとかに意識がいってしまう。この状況は非常にマズい。

 

「……ダナン。両手と背中に華で、嬉しい?」

 

 無表情から紡がれる無感情な声が一段と冷え込んでいる気がした。

 

「お、オーキス」

「……嬉しい? 私を放って皆とくっついて、嬉しい?」

 

 なんだろう、凄く怖い。途端に空気が張り詰めていくような気がした。

 

「おっと、これは修羅場だね~。さ、スツルム殿~。僕達は料理食べてよっか~」

「ああ。お前の言う通り、他人の修羅場を見ながら食べる飯は美味い」

「てめえら後で覚えとけよ……!」

「……余所見?」

「……ごめんなさい」

 

 二人を睨みつけようにも、怒り心頭な様子のオーキスに服を引っ張られてしまう。……クソ、これはマズい。なんとかして鎮めなければ! フラウとナルメア(他の二人)が来る前に!

 

「楽しそうね、ダナン。私も混ぜて?」

「ダナンちゃんはお姉さんと一番仲良しだもんね」

 

 ――時、既に、遅し。

 

「……面白い冗談。ダナンの一番は私」

「オーキスちゃんに負けてるところはもうなくなったからね」

「……っ。また私がいない間に、他の女に手出しした」

「そういえば貴様、随分と増やしたな? 殴っていいか?」

「ダメですよ、ダナン。皆となんて。私一人だけにしてください」

「リーシャじゃ欲求不満になるでしょ? ダナンには私がいないと」

 

 ……嗚呼、この世界に俺の胃を労わってくれるヤツはいないのか。

 

 そしてニヤニヤしながら酒の肴にしてるそこの親友殿。爆発しろ。

 

「……すぅ」

 

 一触即発の状態だったのだが、寝息が聞こえてきたかと思えばアリアが俺に抱き着いた姿勢のまま眠っていた。

 これを口実にと他のヤツから離れてアリアを座らせ、机に突っ伏させておく、と思ったのだが。手を離してくれない。

 

「……クソ、寝てるのに力強いとかそんなところで七曜の騎士っぽさを主張するんじゃねぇ」

「……ダナンは私じゃなくて、アリアを選ぶ?」

「違うからな!?」

 

 傍目には俺が他のヤツではなくアリアとだけくっつくようにしたように見えるらしい。いや、引き剥がすの手伝えよ。

 

「アリアさんがいいなら私もいいですよね」

 

 珍しくと言うべきかリーシャが真っ先に背中に抱き着いてくる。腕をアポロに取られ、正面を三人が鬩ぎ合っている。

 

「いいから話を聞け。というかアリアを剥がすのを手伝えって!」

 

 なんとかアポロを真っ先に説得してアリアを引き剥がし、一人ずつちゃんと話をすることで収めていった。……クソ、二度とご免だ。だがこれから先はもっと大変になるんだろう。団長って、大変。いやこれは団長とは関係ねぇか。

 

 妙な疲労感を伴いながら移動した先には、ナル・グランデの錚々たる面子がテーブルを囲んでいた。

 

「それにしてもびっくりしたよ、レオ姉。まさかダナンの騎空団に入るなんて思ってなかった」

「ああ、俺もだ」

「うん、正直私もそう思ってるかな」

 

 イデルバの将軍、カイン。カインの戦友にして元トリッド王国でそれなりの地位だった人、ラインハルザ。イデルバの将軍カインの副官、レオナ。

 

「妾はお主の方が意外だったがの、バラゴナ?」

「はは、私もこうなるとは思っていませんでしたよ。……正直、余生を過ごしている気分ですがね」

 

 元イデルバ王国国王、フォリア。緋色の騎士にしてトリッド王国の第一王子だった、バラゴナ。そしてフォリアの横で座っているハクタク。

 

 ナル・グランデ空域におかえる一連の騒動を巡る中心にいた人物ばかりだ。アリアもその一人だが、彼女は今あれだったので入っていない。

 

「……そうでした。こんな機会でもなければ言うことがないかもしれませんが、お二人には謝罪と感謝を」

 

 バラゴナはふと思い出したように、カインとレオナへ深々と頭を下げる。おそらく言い出すタイミングを計っていたのだろう。それぞれ適度に酒も入っているようで、深刻な話をするには丁度いい。

 

「謝罪は、ハルヴァーダの護衛であった彼――アベルの死に関わっていた張本人であること。彼は真王の命令で一族を皆殺しにする私がハルヴァーダを殺すのを止めようとして、監視役だったギルベルトに殺されました。その場にいながら見殺しにするしかできなかったことを、謝罪したい」

 

 バラゴナは殊勝に頭を下げたまま罪を自白した。

 

「感謝は、今ハルヴァーダが生きており私が彼を生かすために尽力していたことからもわかる通りです。彼がいなければ、私はハルヴァーダを殺し、人の心を失くしてしまっていたでしょう。彼が、私の親友が命を賭してハルヴァーダを守るように説得してくれなければ、今の私はありません。……当時言えなかったために、これは私の身勝手な思いですが」

 

 バラゴナは抱え込んでいた想いを吐き出すように、そっと語った。それを聞いたレオナは涙していたが、悲しさを思い出したわけではなかった。

 

「……ああ、やっぱり、アベルは最期までアベルだったんだなぁって」

 

 涙を拭いながら、彼女は笑った。

 

「……そうだな。兄さんは兄さんだった。謝罪は受け取るけど、あんたを責める気はないよ。ギルベルトがその場にいなければ変わっていたことだと思うから。恨むべきはあんたじゃなくて、ギルベルトだ。それは今の変わらない」

「……ありがとうございます」

 

 顔を上げて話を聞いたバラゴナは、再度頭を下げる。

 

「……私も、バラゴナさんを恨む気にはなれません」

 

 レオナもそう言った。

 

「……まさかそんな、レオ姉の視野が狭くならないなんて……」

「いつの間にか随分と成長したようじゃな」

「カイン! フォリア様も。……私だって、そろそろ色々と考えなきゃなぁって思ってるんだからね」

「ほう? それはそこで俺達の話を盗み聞きしてる小僧の影響か?」

「えっ?」

 

 おや、バレてしまったか。なかなか鋭いなあのドラフ。

 

「ダナン君」

「おう。盗み聞きってほどじゃねぇけどな、問題が多いヤツが多いから様子を見て回ってたんだ。あ、もちろんそこにお前も入ってるからな?」

「うっ……。ちょっと否定できないけど」

 

 レオナは猪突猛進というか、視野が狭くなりやすいからな。あと精神的に不安定。充分注意が必要な人材だ。

 

「まぁ上手くやってるようなら良かった。じゃあ俺は他のところも寄るから」

「あ、うん。そうだ、ちょっとだけ話いい? そんなに時間が取らせないから」

「ん? まぁ、いいけど。そいつらとの話はいいのか?」

「うん」

 

 レオナが俺に話があるらしい。

 

「じゃあここだとあれだから、外でいい?」

「ああ」

 

 というわけでレオナに連れられて会場の外へと出ていく。

 

「……う~ん。まぁ、レオ姉に限ってそれはないか?」

「そうじゃな。レオナは変わり始めたばかりとはいえないじゃろう」

「ああ。そういや、俺としちゃあんたと飲むってのは妙な気分だよな。ただの軍人と王子様だぜ? 奇妙な縁もあるモンだ」

「確かに、そうですね。とはいえ腐敗した王国の王子となど、酒が不味くなりそうですが」

「トリッド王国の腐敗の話を出されると弱いのじゃ」

 

 残った面子は面子でそれぞれ話すようだ。初めて別空域に渡ったヤツも多いだろうから、もっとこの空域に馴染んだヤツと話してもいいと思うんだがな。

 まぁ、今はレオナの話をちゃんと聞こうか。

 

 彼女に連れられて、人気のない夜のベンチに腰かける。なんだかロマンチックだが、彼女がアベルという人物とのことを今も引き摺っているとなるとそんな気分にはなれない。流石に刺されそう。

 

「それで話っていうのは、私が騎空団に入ろうと思った理由なんだけど」

「ああ、そういえばそんな話をしてたな」

 

 あまり他人に聞かれたくない理由そうだったから聞かずじまいだった。

 

「うん。空を旅して自分の狭い世界から抜け出す、っていうだけならどこの騎空団でも良かったと思うけど。私ももうちょっと、前を向かなきゃいけないのかなって思ったから。……そう思わせてくれたのが、ダナン君だったから」

「俺が?」

「うん。ダナン君だけが、私を叱ってくれた。責めてくれた。今まではずっと、トリッド王国の崩壊に巻き込まれて婚約者を失った可哀想な人、っていう印象だったと思うから。カインも、他の皆も私に優しくしてくれた。私がフォリア様を裏切って、ギルベルトの口車に乗って行動した後も、それを知っても。“蒼穹”の皆だってそう。だからきっと、私がずっとアベルのことを忘れられずにうじうじしてたって、皆は受け入れてくれる。優しく」

 

 その言葉が容易に想像できた。もし“蒼穹”に所属したら、きっとそうなるだろう。俺が別に変わらないことを許容しないってわけじゃないが、変わらずヘマをやらかしたなら罰を与えるだろう。周りが優しすぎて、俺のように罰を与えてくれる人もいない環境だったのだ。そして、旅をしようにも“蒼穹”が優しいからそういう周りからは抜け出せない。

 

「アベルのことを忘れるっていうのは難しいし、忘れたいとは思ってないよ。でも変わらないままなんて嫌だなって、変わらないままいつかまたなにかをしてしまうことが怖くなって。カインも変わろうとしてる。ううん、もう少しずつ変わり始めてる。……昔は誰も死なせないっていうそれだけのためだったのに。目的は同じでも気持ちが違うって言うのかな。ラインハルザと一緒にいるのもいい影響だと思うし」

「そうか」

「それに気づいて、今の自分を見つめ直した時に思ったんだ。私、ただ十年足を止めていただけなんだって。バラゴナさんは、ハルヴァーダ君を殺そうとしたことをアベルに止められて、アベルの死にハルヴァーダ君を守り抜くって誓いを立てた。フォリア様はなにも知らない頃にトリッド王国の崩壊に手を貸して、でも今度は自分がトリッド王国に代わる国を造ろうってイデルバ王国を率いた。……このままじゃ私だけずっと変わらないままなんだなって思ったら、悩みが増えちゃって」

「それで、前を向こうってか。まぁ、いいんじゃないか? “蒼穹”にしなかったのは団長二人含めて環境が優しすぎるからなんだな」

「うん。まだいくつか理由があるんだけど。一つはカインが入ったって聞いたから。アベルがいなくなってからの十年、私はずっとカインをアベルに重ねてきた。まずはそれをやめるために、カインとは別の騎空団に入ろうと思ったの」

「なるほど」

 

 どうしても重ねてしまうなら、そういう物理的な離別も必要か。

 

「あと、あのほら、アベルのことを忘れるなら、新しい男の人を好きになればって思うところもあったんだけど」

「ああ、まぁそういう意見もあるよな」

「でね? アベル以外でいいなぁって思う人がいなくはなかったんだけど」

「へぇ? じゃあそいつのとこ行けば良かったんじゃないか?」

「その人っていうのがその、グラン君なの」

 

 ほう。いや、あいつは競争率高いぞ。現段階では俺もあれなんだが、いずれは俺を超えて伊達と酔狂の騎空団の団長くらいにはなるはずだ。

 

「じゃあそっちでいいんじゃないか? ちゃんと自分で自分を戒めればなんとかなるだろ」

「それが……グラン君がいいなって思った理由が、アベルに似てるからなんだ」

「……」

 

 それは、意味ねぇわな。

 

「だからアベルを連想する人が少ない“黒闇”の方がいいかなって思って。あと、ダナン君は容赦ないし」

「……それは貶してるんじゃないだろうな。まぁ、レオナがそれでいいんなら、好きにすればいい」

「うん」

 

 さて、レオナの話は聞いた。団長としてはここでなにかを言うべきなんだろうか。言うべきだろう。こう、ためになる言葉を。……いや、無理だな。俺は俺に思いつける範囲でしか言えん。

 

「まぁ、あんまり力になれる気はしないが困ったら相談しろよ。これでも団長なんだからな。団員の精神的ケアも仕事の内だしな」

 

 俺はレオナにできるだけ優しく笑いかける。上手くできていた自信はないが、まぁそんなモノだろう。

 

「……なるほどね。これが年上キラー」

 

 なぜかレオナが納得していた。……いや、それはどういう意味だ?

 

 疑問を抱えつつ残りの団員はと思って会場を見渡せば、残る一人であるカイムが一人でジュースを煽っていた。

 

 ……まぁ、あいつはあれでいいのかな。害はないし。

 

 そう結論づけることにした。

 因みに宴をお開きにし始めたところで目覚めたらしいアリアが気に入ったのか俺に抱き着いてきて、またもやあの状態に逆戻りした。寝たんなら正気に戻れお嬢様。

 結果、全員で同じ宿の大部屋に泊まる羽目になったのだが。……リーシャとアリアが目を覚ました時、ショック死しないといいんだが。

 

 俺は自分の心配よりも、生真面目な二人の心を案じるのだった。




次はそれぞれの騎空団の現団員の一覧を更新しますが、割り込みで幕間IⅡの最初にしようと思ってます。
実質明日は更新なしだと思っていただいた方がいいかもしれませんね。

“蒼穹”、“黒闇”の順にする予定。


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嘆きの恋人、動く

文字数の関係で“黒闇”の団員一覧はなしになりました。人数少ないので千文字に達しないという……まぁなくても大丈夫でしょう。


 朝。

 それは目覚めの時。

 意識が覚醒し、新たな日にちが始まる最初の時。

 

 同時によく眠ると酒を飲んだ酔いからも覚める時である。

 

「……あ、ああ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 心地良い朝の目覚めから、真っ青と真っ赤を行き来して頭を抱えるのは当然アリアである。

 

「……私はまぁ、酔っていたので頑張った方ですね」

 

 リーシャは思っていたよりマシだった。なにやら自分を褒めている。普段だったら絶対にできないことだったからだろうか。いや、少しずつではあるが彼女は進んできている。油断はならない。

 

「……アリアが一番、ダナンとイチャイチャしてた」

「言わないでください! なぜ、なぜあんな行動に……! しかもなぜ記憶が残っているのですか!」

 

 なまじ記憶が残っているタイプだったからか、アリアの精神状態はしっちゃかめっちゃかになっているようだ。

 

「……お酒は、当分控えます。二度とあんな過ちは犯しません」

 

 アリアは表情を普段のモノで取り繕い、きっぱりと告げた。そして俺をきっとなぜか俺を睨んでくる。

 

「念のため言っておきますが、私は全く貴方のことを好いていません。昨日のことは忘れなさい」

「……ん。なら良し。今後ダナンに色目使わないなら、昨日のことは許す」

 

 アリアに対してなぜかオーキスが鷹揚に頷いた。

 

「なぜ貴女が……いえ、やめておきましょう。兎に角、昨日のことはなにかの間違いなので勘違いしないよう」

 

 彼女も俺と同じようなことを思ったらしいが、触れずにおくらしい。

 

「ああ。二日酔いには気をつけろよ」

「問題ありません。気遣いは無用です」

「あとフォリアが昨日の酔っ払いっぷりをどうやってか映像に残してるはずだから気をつけてな」

「……そうですか、ありがとうございます。どうやら姉さんとはじっくり話し合う必要がありそうですね」

 

 ふふ、と少し暗い笑みを浮かべるとアリアは身だしなみを整えて部屋を出て行った。おそらく宿屋の店主に「昨晩はお楽しみでしたね」と言われて赤面しているだろうか。それとも意味がわからなくて首を傾げているだろうか。まぁ、どっちでもいいか。アポロとの飲み比べの結果酒に呑まれたのはアリアの責任だし。

 

「……ダナン。今日はどうする? デート? それともこのまま?」

 

 昨夜当然のように俺の上を陣取ったオーキスがそう尋ねてくる。「このまま?」の問いはあれだろう、昨夜は大半が酔っていたこともあって大人しく寝ることにしたからな。本当にお楽しみする気だ。正直なところそうなるとリーシャが仲間外れになるので、あまりよろしくない。リーシャを追い出すか、見学させるかという究極の二択を迫られることになってしまう。後者はあり得ないと思うのだが。

 

「折角皆いるし、出かけるか。とはいえ前来た時にデートスポットは回り尽くした気もするしな」

「……むぅ。二人きりがいい」

「また今度な。今日は皆で出かけるぞ。嫌なら好きにしててくれ」

「……ついてく」

「そっか」

 

 結局、全員ついてくることになった。

 街では死ねオーラを事ある毎に向けられ、宿に戻ってきた時には「あ、この人達二日連続なんだ」と悟ったような目を向けられることになる。

 

 まぁリーシャがいたのでなにもなかった。ホントだよ。

 

 それからは翌朝九時まで含めてを一日とし、一人ずつ二人きりの時間を作ることにした。翌朝まで、つまり夜を含むのはまぁ、あれだ。リーシャには不利な理由ですね。

 オーキス、アポロ、フラウ、ナルメア、リーシャの順だった。ただしリーシャとは同じ部屋で寝泊まりしたが本当になにもなかった。彼女は勇気を振り絞って添い寝するという事態が起こったのだが。顔を真っ赤にして頑張っていたのでよしよししてあげた。

 

「放っておいて皆一緒なんて狡い!」

 

 むすっと頬を膨らませてそう言ったのはアネンサだった。挙句、

 

「私もお兄ちゃんと一緒に寝る~」

 

 と無邪気に抱き着いてきたので、ホントどうしようかと思ったモノだ。

 まぁとはいえ拒むわけにもいかないので、アネンサとも二人で街を回り一緒に寝ることにした。もちろん彼女には一切下心がない。「お兄ちゃん抱っこ~」と無邪気に甘えてくるアネンサに苦笑して、抱えて眠った。

 

 他のメンバーも含めて、数日は自由に過ごすように言っている(ロベリアとニーアは殺人厳禁)ので束の間の休暇を過ごしているわけだ。当然ガイゼンボーガのような変人は休暇だと告げると「戦場が吾輩を呼んでいる」とか訳のわからないことを言い出してどこかへ行ってしまったのだが。無論どこにいるかは連絡を寄越す約束は取りつけてある。

 もちろんシェロカルテに頼んでおいた賢者の情報が入ってくればそこへ向かうし、残り一人の予定である六人の刀使いの情報も欲しい。

 

 そう簡単に手に入るとは思っていないが、最近別行動をしたり厄介事に巻き込まれたりして相手してやれていなかったのでしばらくは一緒にいてやろうと思っている。まぁどうせ移動中は相手することになると思うんだけどな。

 

 男連中とも多少はやり取りがあった。

 

 レラクルは仕事がないとわかった途端惰眠を貪っている。宴以来会っていない。仕事があるまではずっと宿で寝泊まりするそうだ。

 とはいえザンツに会ったところそろそろ進空式をやりたいと言い出したので、全員を呼び戻してアルトランテの新たな門出を祝った。

 

 そこで結局決まらなかったらしい部屋割りを議論することになったのだが。

 

「……ダナンの隣の部屋は私」

「片方は私が貰おう」

「ダメ、私もダナンの隣の部屋がいいんだけど。移動が楽だし」

「お姉さんはダナンちゃんのお世話をするから隣だよね?」

「皆さん落ち着いてください。ここは私が風紀を乱さないために監視として……」

「私もお兄ちゃんの隣がいい〜」

「わ、私もダナン君の隣がいい、かな」

 

 とまぁ数人が数少ない枠を争っている状態だった。

 

 レラクルは「ダナンの部屋から遠い静かな部屋」。

 ゼオは「どこでもいいぜ」。

 トキリは「端っこでいいよもう」。

 クモルクメルは「破廉恥から遠いところでお願い!」。

 ガイゼンボーガは「どこでも構わん。強いて言うなら甲板の近くだ」。

 エスタリオラは「どこでも一緒じゃのぅ」。

 面倒なので一気に。レオナ、バラゴナ、リューゲル、アリア、シヴァ、ブローディアはどこでもいいそうだ。

 エウロペは「美しい空が見える部屋がいいです」。

 グリームニルは「真ん中に決まっている。ボスに相応しいだろう?」とのことだった。オーキスに「……ダナンが団長なのになに言ってるの」とロイド越しで小突かれていたが。小突かれるという感じではなかったのだが。まぁ真ん中でいいんじゃないかな。

 ロベリアは俺の独断で誰の隣でもないぽつんとした位置に確定している。異論は認めない。

 

 アルトランテは中型の騎空挺だが部屋数は多く五十部屋となっている。全て個室なのはかつての団長の意向だそうだ。

 ザンツ曰く、

 

「女を連れ込めるようにな」

 

 とのことらしい。確かに相部屋だと連れ込めないからな。いや、連れ込む必要はあんまりないんだが。……俺が言えるセリフかそれ。

 兎も角団長部屋は居住区画の一番下だ。向かいに部屋はなく、階段だけがある。隣に二部屋あるので、そこをうちの団員が争っているらしい。

 

 団長部屋のある階を含めて三階層あり、団長部屋のところは騎空挺に対して横になっているが、他は縦に並んでいる。団長部屋のある場所から階段を上がると左右に部屋が並び廊下が続く。逆側の下り階段を降りると倉庫やらがあるようだ。

 その上にも居住空間があり、同じような廊下と左右に並ぶ部屋がある。その上が甲板だ。

 

 他にも機関室とか船に必要な部屋に案内されたが、正直覚えていない。ザンツが覚えてればそれでいいと思う。食堂と厨房は大事だが。

 以前の団長の要望により個室にはシャワー室完備である。一応浴場もなくはないのだが。男女別でないのが困ったところだ。団規則として入浴中の札がなかった場合を除き覗いたら落下刑に処されるので注意。まぁ俺は把握できるから誰が入ってるかはわかるし問題ないだろう。

 

 あと個室の前には名札を下げることが確定した。俺の場合団長室があるのでいいが、他はすぐに覚えられないだろうという判断だ。考案はリーシャ。

 

 あとは救護室やなんかの位置も大事である。まぁ、甲板を降りてすぐの階層でいいだろう。運び込むのに便利な位置がいいと思う。

 

「あー……相談して決めといてくれ」

 

 俺はぶん投げた。自分の知らないところで決めてくれればいいと思う。

 

 結果。

 

 俺の左隣がオーキス、右隣がリーシャになった。

 すぐ上の左列がアポロ、ニーア、フラウ。右列がナルメア、アネンサ。

 

 となれば、必然上を一階とするなら一階を男が、二階を女が使うことになっていった。その辺りは節度を持って。それぞれ二十人ずつくらいは入るので、まだまだ余裕がある状態だ。救護室は以前使っていた場所をザンツが覚えていたのでそこにした。一階の階段を降りてすぐの場所だ。回復を使えるヤツがいれば必要ない可能性もあるが、回復を使えるヤツが倒れたり病気にかかったりしたら使う必要が出てくるだろう。問題は治療できるヤツが【ドクター】の俺と軍にいたレオナとなぜかできるナルメアぐらいだということか。そこはレオナ教官に頑張って広めてもらおうか。【ドクター】はあんまり教えるの上手じゃないし。

 

 家具やなんかは部屋を決めてから個人で、ということなので、俺もベッドを購入しなければ新品の家具なんていつ以来だろうか。

 

 ともあれ、それからは部屋のレイアウトを考えながら過ごしていた。

 

 ゼオは自分の部屋を持ったのが初めてだとかで浮かれていたし、強くなるためにオクトーへ弟子入りしてくるとか言ってどこかへ行ってしまった。

 レラクルは言った通り。ただし騎空挺があるのでそっちで眠るらしい。家具を運び込むのは流石に早かった。

 

 ガイゼンボーガは必要最低限の準備をしたらまた戦へ。

 ロベリアは趣味の悪いコレクションを置くために大きな棚を立てていた。

 カイムはシンプルだ。眠る場所と机さえあればいいと言わんばかり。

 四体の星晶獣はそれぞれ好きに人の街を見て回っているようだった。

 

 まぁ、それぞれ楽しんでくれていたようなので良かった。

 

 買い物に付き合わされたりもしたが、概ね何事もなく過ごせていた。

 

 ある時皆で街を回っていたところに、見覚えのある黒髪の少女が俺達の前に躍り出てきた。

 

「だ、ダナン君!」

 

 ニーアだ。優しく接しているはずだが未だに隈が消えないのは癖になっているからだろうか。一応フラウにも頼んで仲良くしてもらっているので、多分マシになっているとは思うのだが。

 

「どうかしたのか?」

 

 そんな彼女は俺に話があるらしい。

 

「えっと、その……ふ、二人で話したいの」

 

 ニーアはそわそわとした様子でそう言ってくる。隣のオーキスがむっとしていたが、流石にオーキスが警戒するようなことではないだろう。多分。

 

「まぁ、いいか。場所変えるか」

「っ、うん。ありがとう」

 

 買い物も一通りは回ったところだったので、悪いなと一緒にいたヤツらに謝って彼女を連れ場所を移す。二人でゆっくり話せる場所か、どこに行くかと思っていたのだが彼女は迷いなく歩いていく。どうやら行く宛てがあるらしい。

 街をすいすいと進んでいく。俺は呑気にニーアが行先を決めてるならそこでいいか、と考えてついていった。

 

 やがて人気のない路地に差しかかり、ん? と首を傾げることも増えてくる。俺はどこに連れていかれるんだと眉を顰め始めて、ようやくどこへ向かっているかに見当がついた。

 

 まだ昼過ぎなので人気のない通りに入る。その通りにある看板には「休憩 一時間 ○○ルピ」みたいな項目が書かれていた。……いやいや。

 

「……ちょっと待って」

「?」

 

 俺はニーアを呼び止める。本人は振り返ってこてんと首を傾げていたが。

 

「……ちょっと確認なんだが、もうちょっと歩くのか?」

 

 それが大事。すぐそこと答えられたら「え、マジで?」となること間違いなし。

 

「ううん。そこだけど」

 

 ニーアはすぐそこの建物を指差した。……あ、マジでそういう建物なんだな。

 

「なんでそこにするんだ? 話すだけならこう、喫茶店とか……」

「えっとね、フラウちゃんに相談したらここがいいって」

 

 あいつかーっ!!

 

 あいつのことだから確信犯だ。間違いない。ってことは今日ニーアが声をかけてきた時もわかってて退いたんだな? ……後で仕置きが必要なようだ。

 

「……相談する相手、間違ってないか?」

「えっ? で、でも私はその、いつも家だったから。家以外だったらどうすればいいかわからなくって」

 

 いつも家? ……一体なにをフラウに相談したんだ?

 

 ……まぁ、行くしかないか。場所が場所なだけで話の内容とは一切関係ないしな。

 

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

「私を愛して!」

 

 部屋に着いて早々、ニーアはそう訴えかけてくる。

 

「ぐ、具体的にはなにかあるのか?」

「う、うん……。えっとね、私を抱いて欲しい、の」

 

 ……ああ、そういう愛し方は知ってるのね。

 頰に朱を差して上目遣いにそう告げてくるニーアに対してそんなことを思っていた。愛されたことがなさそうだから愛され方を知らないモノだと思っていたが。どうやら間違っていたらしい。

 

「……なんで急に?」

 

 だがそれなら初日にそう言って迫れば良かったんだ。このタイミングで言い出す意味がわからない。

 

「最初はダナン君が愛してくれるようになるのを待つつもりだったんだけど、ダナン君がその、いっぱいの子を愛してるって知ったから。私も愛して欲しいって……」

 

 なるほど。確かにニーアは仲間外れとかを嫌う感じするしな。宴の時のことを見てフラウに相談したのかもしれない。人に相談するより先に行動を起こすタイプだと思っていたが、どうやら過去家に男を連れ込んでいたことから、俺をどこに連れ込めばいいかわからなかったから一旦聞くという過程が生まれたようだ。

 いいのか悪いのかわからんな。

 

「それでか、なるほどな」

「それでその……ダメ、かな?」

 

 頷く俺にニーアが再度尋ねてくる。……断ったら死ぬよなぁ、これ。

 ニーアの性格上、選択肢は受け入れるという一択しかない。そして一度受け入れれば一生ついてくるモノである。まぁどっちかが死ぬ前提なら一生というわけではなくなるのだが。

 

「わかった、いいよ」

 

 俺は頷くとニーアは嬉しそうな表情になる。そこだけなら特に不安もないんだけどな。

 

「ただ一つ聞いてもいいか? なんでここにしたんだ?」

「? フラウちゃんが、愛のための施設だからって言ってたから」

 

 ……確かにまぁ、名前だけならな。

 

 しかしフラウもよくニーアに勧めたよな。オーキスとか相手だと対抗しがちなのに。アリアの時も勧めてたし、共感するところがあったんだろうか。

 頑張っていたのに愛されなかったニーアと、愛していたのにほとんどの人から大事にされなかったフラウ。確かに境遇で似ているところはあるのかもしれない。

 

「そうか。じゃあ、いっぱい愛してやらないとな」

「っ、うんっ」

 

 ニーアはこくりと頷いて、まず賢者共通のローブを脱ぐ。続いて中に着ていた服を脱ぎ去り、下着姿になる。下着は黒の扇情的なモノだった。扇情的というか、透けているせいで隠すべき部分がほとんど見えている。

 恥じらいはあるようで頬を染めもじもじしている。

 

「ど、どうかな……?」

 

 そうやって尋ねてくる様はとても可愛らしい。ニーアと初めて会った時揉めていたのは、元カレだかの関係だったと思うが、正直こいつに彼氏ができるのかと思っていた。だが琴線に触れさえしなければこうして可愛らしい姿を見せてくれる。……一歩間違えれば即死なんだけどな。

 

「凄く似合ってる。それもフラウが?」

「うん。フラウちゃんが、こういう下着を着ていった方がいっぱい愛してくれるって」

 

 間違ってはいないんだよなぁ。「愛して」の定義がアレなだけで。

 

「じゃあ始めるか。おいで、ニーア」

 

 俺はできるだけ優しく接してやろうと、ニーアに声をかける。恐る恐る近づいてきて抱き着いてきたニーアは潤んだ赤い瞳で俺を見上げてくる。

 それから俺は、ニーア判断で愛されているか不安にならないように手を尽くした。全力も全力である。夜戦はフラウのお墨つきなので例え過去男を何人も連れ込んでいたとしても大丈夫な、はずだ。




フラウの時のような注釈。

私独自の解釈では、ニーアちゃんが家に男を連れ込む→男が肉部屋を見つけてしまう→ニーアちゃんを拒絶してバイバイ。
というパターンと、
ニーアちゃんが家に男を連れ込む→無事に致す→肉部屋を見つけたり彼女の態度で拒絶してサヨウナラ。
のパターンがあるんじゃないかと思います。
おそらくニーアちゃんは今まで多くの彼氏を連れ込んではいますが、経験があるかないかはその人の解釈によって違っていいと思います。どっちのパターンもあり得そうですしね。

というわけで、本作では後者のパターンがあって経験豊富(意味深)という解釈で進めます。
ご注意ください。


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翌朝

今日、バレンタインじゃねぇかっっっ!!!

作者にとっては全く以ってなにもない日ですが、世間はバレンタインですもんね。……また番外編描いてねぇよorz。
というわけで明日バレンタインの番外編を更新する予定です。丁度区切りがいいので、明日です。

……クリスマスと言い、なぜ当日に更新できないんでしょう。


 朝を迎える。

 

 両親に愛してもらうため、認めてもらうために魔術の努力を重ねてきたというニーア。

 ではその相手が恋人などの場合どうなるかという想像を働かせてみよう。

 より愛してもらうため、より喜んでもらうために精いっぱい努力をすることだろう。

 

 その結果、相手に合わせて可能なプレイの幅が広がっていくということが考えられるわけだ。

 

 なにが言いたいかというと、欲望の捌け口にされていたフラウよりも巧みだった。

 

 そんな話である。

 

 ……別に一々感想みたいなのを挟まなくてもいいんだけどな。個人的主観である。

 

 ともあれ、今は朝になって休憩しているところだ。

 互いに全裸で、仰向けに寝転がる俺の上にニーアが乗っている状態である。

 

「……フラウちゃんの言ってた通り、いっぱい愛してくれるんだ」

 

 そう呟くニーアの声色は嬉しそうではある。満足してもらえたならそれでいいんだが。

 

「フラウちゃんが言ってたけど、いっぱい愛してくれた方が気持ち良くなれるんだよね? それってホントなんだ」

 

 ハードルを上げてんじゃねぇよあいつは。

 

「反応が薄いって言われて愛してくれなくなっちゃうこともあったから、フリをするようにしてたんだけど、それも必要なくって」

 

 意外とやり手なんだなと他人事のように思いつつ。ポジティブな捉え方をすれば頑張り屋さんではあるはずなのだ。ただ、それ以外が必要だと思われない環境で育っただけで。

 

「ダナン君に愛してもらえて良かった」

 

 ふふ、とニーアは嬉しそうに微笑んでいる。……こうなったらもう引き返せないぞ、俺。ニーアと関係を持つなら、墓場まで共にする覚悟でないと。

 

「喜んでもらえたなら良かった」

「……うん、嬉しい。そろそろ続きシよ? もっと、愛して欲しいな……」

 

 ……まぁ、ニーアの体力がなくなるまではそうなりますよね。わかってたけど。

 

 というわけで結局、その後二日に渡り相手をすることになってしまった。……これ、もしニーアより先にバテてたら殺されてたんじゃないか? 「……なんでもう出ないの? 私を愛してくれないの? じゃああなたはもういらない」みたいな感じで。いや怖っ。

 なにが引き鉄になるかまだわかり切っていないところがあるので、その辺を探りながらなんとかやっていこうと思う。最大限気をつけつつな。

 

 戻ったら他のヤツらが不満たらたらだったので、その埋め合わせをしてやる必要が出てきた。ニーアも混ざることになるのだが、混ざっても問題を起こすことはなさそうだ。まぁ、凄く揉めはするのだが。男冥利に尽きる状況ではあったが、ニーアがいつ爆発するかわからないという不安が募るせいで胃がキリキリしました。

 

「もう街で噂になっていますよ、この“不潔サイテー男”」

 

 そんな中で遭遇したアリアから軽蔑した目を向けられてしまった。俺はそんな目を向けられても興奮しないのでただ嫌なだけだ。

 彼女はレオナと一緒にいた。レオナは俺達を見て苦笑しきりだったが。まぁ彼女からしてみれば想い人がいるので対面の火事といったところなのだろう。別に俺は誰彼構わず手を出しているわけではないため、レオナに手を出す気はない。俺がもし惚れ込むようなことがあれば違ってくる可能性もあるが、まぁそれはないだろう。俺は今いる面子だけで手がいっぱいである。だから誰が手を繋ぐかで揉めないで。

 

「二人はこっちの空域には慣れたか?」

 

 偶々会えたので世間話をしてみる。

 

「……はい、慣れましたよ。七曜の騎士でもなければ滅多に空域を越えることはないからでしょうが、私が素顔でいても溶け込めるのはとても新鮮です。こうしてのんびり過ごすのもいいですね」

「うん。立場に縛られず好きなことをしていいっていうのも珍しくって。今までは誰かのことばっかり考えてたから」

 

 アリアは嘆息してから真面目に回答してくれる。レオナも馴染んでいるようだ。二人で外出という形なのか、武器も携帯せず私服である。レオナの私服って珍しいなとか思ってしまったがあまりじろじろ見ると横で脇腹を抓ってくる手が追加されるので良くない。

 

「そうか。まぁ真王が攻め込んでくる可能性もあるから、気を抜きすぎず適度に休んでくれ。他のヤツもだが、これまで頑張りすぎてたんだよお前らは。折角だしのんびりしてろよ」

「はい。……そういう心遣いはできるのですね」

「うん、ありがとう」

 

 俺の言葉にアリアが呆れた顔に、レオナが笑顔になる。

 

「……レラクルは騎空艇でずっと休み。ゼオはオクトーと一緒だろうけど行方知れず。ザンツはまぁ必要物資やらを買い込んで、足りない金を補うためにシェロカルテの手伝い中と」

 

 ロベリアは人を壊す音でない音を楽しみにどこかへ行っているし、ガイゼンボーガは戦場を求めている。カイムは特にやることがないなら暇になったのか、図書館で本を読み漁っていると言っていた。人の感情がどういう時どう動くのかを学ぶつもりではあるのだろう。まぁ、俺にその点で勝つにはまだまだだと思うけどな。エスタリオラは……どこかで眠っている。節制を受けている状態なので、休んでいていいとなればどこかで眠りこけているだろう。トキリは“蒼穹”のヤツと意気投合して、強くなるために色々やっているらしい。プライドはべきべきなので多少療養は必要だろうが、また自尊心が肥大化しても仕方がない。戻ってきたら容赦なく叩きのめしてやることにしよう。

 星晶獣四体はそれぞれ好きに街を回っている――と思ったのだが。

 

「……お前なにやってんだ?」

 

 俺達が街を歩いていると、シヴァに遭遇した。屋台で。しかも買う側ではなく売る側の方。

 

「人の子よ、うぇーいである。人の営みに触れるため、仕事というモノを行おうと思っていたのだ」

 

 しっかりローアイン達の影響受けてんじゃねぇよ。

 ともあれ、シヴァは四本の腕で串焼きをしていた。いや確かに適任というか、一人で実質二人分だから給料半分で雇ってるようなモノだし。

 鎧ではなく白いタンクトップだ。鉢巻を巻いて串焼きを作る様は確かに様にはなっている。

 

「……まぁ、本人がいいならいいか」

 

 金が欲しいのではなく、仕事をしてみたいのなら給料をもっと上げてもらった方がいいとは言わなくていい。誰も損をしないのだから。

 

「君! 我が劇団で劇に出てみないか!?」

 

 今度はグリームニルを見かけた。しかも劇団にスカウトされているようだ。確かに芝居がかった喋り方をするし適任かもしれない。こいつら俗世に染まりすぎでは。

 

「構わないが、当然主役なんだろうな?」

 

 ふっと髪を掻き上げて応える。

 

「主役ではないんだけど、メインの役所には違いないよ。勇者と魔王の物語で、魔王の役だからね!」

 

 ぴったりじゃねぇか。

 グリームニルの耳がぴくりと動いていた。どうやらお気に召したようだ。

 

「魔王か……くくっ。勇者に終焉を齎し、世界を我が物にしてみせよう」

 

 早速乗り気になっている。

 

「いいよその感じその感じ! いやぁ、実は魔王役の人が急遽来れなくなちゃって困ってたんだよ。なぜか容姿も魔王にそっくりだし、是非お願いしたい!」

「いいだろう、受けてやる」

「助かる! で、魔王だからやっぱり最後には倒されちゃうんだけど、その辺でこう、みっともない演技をして欲しいんだよね。できる?」

「み、みっとみない?」

 

 カッコつけ続けるだけじゃないのか、とグリームニルが素に戻っていた。

 

「そう! 『もうやめてぇ! 殺さないでぇ!』って感じの」

「……ま、まぁいいだろう。そこまではカッコ良く決めればいいのだろう?」

「そうそう。偉ぶってる魔王が命乞い、このギャップだよ! 今回のテーマは悪を倒せば必ずしも正義ってわけじゃない、だからね。命乞いをする魔王を容赦なく叩き潰す勇者達を見て、そこに疑問を呈するんだ。すっごく大事なところだから!」

「そ、そうですか……」

 

 熱弁する相手に若干引き気味のグリームニルであった。ま、頑張れよ。ヘマするようなら笑い者にしてやるつもりだが、成功したらちゃんと褒めるからな。

 その後、虐めたくなる役者第一位に輝いた星晶獣がいたらしいのは、盛大に笑ってやったのだが。

 

 次は、残る二人だ。

 水着という季節ではなかったので、ただ海岸を散歩するというデートの最中だった。

 

 ざぱぁと水面から上がってきたのは透明な球体だった。その中にいたのが、星晶獣の残る二人。エウロペとブローディアだった。……なんで海から上がってくるんだよお前ら。

 

「ダナン様方ではありませんか。海になんのご用でしょう?」

「それはこっちのセリフだ。なんで海から上がってきたんだ?」

「私達はこの街にある美しいモノを探していたのですが、その中で水族館という施設に行きました。まるで海の中を歩いているかのような水槽に圧倒されたのです」

 

 エウロペはうっとりと手を合わせる。ああ、あれか。でかい水槽の中を通っているかのようなヤツ。確かにあれは綺麗だった。銀の小魚が群れで通ると光が反射してキラキラして見えるんだよな。

 

「そこで、エウロペの提案で実際に海に入ってみたのだ」

 

 ブローディアの言葉を聞き、そういう理由だったのかと納得する。凄い行動力だな。普通は考えつかないというか、考えついても実行に移すのは難しいかもしれないが。

 

「しかし海の中は残念ながら美しいとは言えませんでした。ここに棲むリヴァイアサンとも話したのですが、以前海は汚染されてしまい、まだ綺麗にはなっていないのだと」

「ああ、そうか……。エルステのヤツらが廃棄物を流してたんだったな」

 

 ちらり、と傍のアポロへ視線を向ける。確かその時、リヴァイアサンを怒らせようとしていたのはこいつだったな。わかっていて止めなかったところだ。俺やオーキスの視線に気づいたのか、アポロは気まずそうに目を逸らしていたが。

 

「美しい海を穢すなど……人にはそのような者もいるのですね」

 

 ご立腹らしくエウロペはむっとした表情をしている。

 

「全くだ。そのえるすてとやらがいれば、我が神剣で斬り捨てるのだがな」

 

 今目の前にそのエルステ最高顧問だった人がいますよ。

 

「……まぁ、水族館はちゃんと見た人が楽しめるように工夫されて作ってあるからな。実際の海とは違う点も多い。創られた美しさってヤツだ。その代表は確かプラネタリウムとかいうヤツがあるんだっけかな」

「ぷらねたりうむ……わかりました、行ってみましょう」

「ああ」

 

 二人は、というかエウロペの趣味にブローディアが付き合っているようだが、色々と見て回っているようだ。あの二人はナンパされそうだが、まぁ星晶獣だし大丈夫だとは思う。襲われそうになったら反撃するだろう。

 

 バラゴナとリューゲルはどこに行っているかはわからないが、まぁ子供じゃないので大丈夫だと思っている。真王の手の者に居場所を悟られなければ、それだけでいい。リューゲルは立場と家族の身が危ういので多少真王に連絡を取るくらいなら目を瞑ってもいいだろうしな。

 

 アウギュステには大所帯な“蒼穹”の騎空団がいるのである程度カモフラージュにはなると思うが、そこは確かなことが言えない部分だ。

 

 俺はその後も仲間達と過ごしながら、“蒼穹”にいて滅多に顔を合わせない顔見知りとも話しておく。

 当然のことながら鍛錬も忘れない。全員強いので誰が相手でも不足はないし、問題なかった。アリアとレオナは二人で鍛錬するのが日課となっているらしいので、そこに顔を出して二人とも手合わせをした。

 

 それから俺達は、シェロカルテから新たな賢者の情報が貰えるまで束の間の平穏を謳歌していたのだった。



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EX:バレンタインへ向けて

なんとか書き上がったバレンタイン番外編第一話。
本番は明日になります。

時系列はあんまり考えていませんが、とりあえず幕間一個目の辺りだと思ってください。
登場キャラはオーキス、アポロ、リーシャ、ナルメア、ジータです。


 バレンタイン。

 

 その単語を聞いて、心躍らせる者と全く関心が湧かない者に世間は分かれるだろう。

 基本的には女性が日頃お世話になっている人、若しくは意中の男性にチョコを渡す日である。

 そこから派生して女性同士で日頃の感謝を込めて渡し合うとか、男性が女性にチョコを渡すこともあるようだ。

 

 とはいえ基本的には意中の男性がいる女性が湧き立つ日が、二月十四日バレンタインデーというわけである。

 

 そして。

 ダナン達からもそのイベントは注目されていた。

 

 ただ大半は世話になっている人達への義理チョコとダナンへの本命チョコで構成されているのは、なんというか世の男性を敵回しそうではある。

 

 しかし貰うだけで収まらないのがダナンであった。

 

「♪~」

 

 バレンタイン前日。その世話になっている人達にチョコを贈るというイベントの存在を聞いたダナンは今、団員に日頃の感謝を込めてチョコを作っている最中である。

 その手際たるや、“シェフ”の名に偽りなしといったところだ。

 

 今彼らはバレンタインのためにチョコを作ろうという話になってから騎空挺の修理が終わっていないためにシェロカルテから店の厨房を借り、材料を購入して作っているのだ。が。

 

「「「……」」」

 

 他の面々は彼の手際の良さに押し黙ってしまっていた。なにせチョコを渡そうと思っている本人が料理上手という、なんともハードルの高い状況になってしまっているからだ。

 とはいえ料理のできるメンバーはとりあえず作ってみようかと取り組んでいる。

 

 因みに形の良い試作品を店員が選んで商品として売り出すことが決定している。それを含めて厨房を借り材料を提供してもらっているのだ。

 

 そしてシェロカルテが快くその条件で厨房を貸している原因でもあるダナンは、物凄い速度で料理本片手にチョコを作っていた。

 

 苺が載ったホールのチョコレートケーキ。チョコクッキー。チョコのロールケーキ。期間限定発売のチョコソースパイ。並びにチョコ生地パイ。ピーナッツをチョコレートに混ぜて型に流し込んだ塊。

 チョコレートの種類もビター、ブラック、ホワイト、生チョコやなんかもあり、各種取り揃えて商品として売り出しやすく作り続けている。

 

 その上で片手間に個人的なチョコを試作中のようだ。……その中になぜか精密な黒騎士型のチョコもあったのだが。

 

「んー……」

 

 ただ本人はイマイチ決めきれていないのか、商品用のチョコを作るだけで思い悩んだ様子を見せている。

 

 他の面子はオーキス、アポロニア、ナルメア、リーシャである。中でもオーキスとアポロはどう作ったモノかと悩んでいる様子だ。リーシャはレシピと睨めっこをしながら作っている最中だ。ナルメアはある意味ダナンの料理の師匠でもあるので、手際良くチョコケーキを作っている。味見しながら自分の納得いくモノを作ろうとしているようだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()は一人ため息を吐いた。

 

 ジータは団長としてこのバレンタインというイベントに伴い、全団員へチョコを作らなければならない。ならグランもじゃないかと思うのだが、あの男は毎年貰うばかりで「ホワイトデーにお返しするんだしいいんじゃない?」というスタンスだ。よって毎年のバレンタインで団員へチョコを配るのはジータの役目になっていた。

 別にそのこと自体に文句はない。日頃お世話になっていることへの感謝を示すのだから団員へプレゼントをするのは当然のことだ。

 

 ならなぜジータは今ため息を吐いているのか。

 

 原因は今彼女に背を向けてチョコ作りに勤しんでいるあの男である。

 

 ……ダナン君にもあげようとは思ってたけど、まさかあんなことを言い出すなんて。

 

 憂鬱になっている原因は彼の発言にあった。

 

 シェロカルテの厨房を借りようと思ったのはいいのだが、そこで彼らと遭遇した。まぁそれは構わない。会えたなら配っておこうと思っていたので手間が省けるというモノだ。

 問題はその後の言葉だ。ジータが「団員皆に配る用のチョコを作ろうと思って」と厨房を借りた理由を説明すると、

 

「ふぅん。じゃあ俺も“蒼穹”の連中全員で分けられるようなチョコでも作っとくかな」

 

 となんでもないように言ってみせたのだ。

 それに硬直してしまったのはジータだ。なにせ彼の作るモノは美味しい。一応【料理人】の『ジョブ』は取得しているのだが現状彼に及ぶ料理人を、ジータは片手で数えられる程度しか知らない。

 つまり、自分が渡したモノよりもダナンが作ったモノの方が美味しいに違いないと思ってしまうと、そこはかとなく憂鬱になってしまうのだ。

 

 まぁ、ダナンという男からよりジータという女からのチョコの方が嬉しいのは確実なのだが、残念ながらそういう意識はないようだ。

 

 因みにジータがなぜ騎空挺の方ではなく、シェロカルテに厨房を借りているかというと。

 

 今グランサイファーの厨房では同じく団員全員に日頃の感謝を込めてチョコを配ろうと、寄りにも寄ってカタリナが気合いを入れたからだ。彼女の料理は控えめに言って殺戮兵器であり、この世のモノではない。そんなモノが団に配られてしまっては極度の味オンチ以外全滅してしまうだろう。具体的な人数で言うと二百人超えの強者がたくさんいる“蒼穹”の騎空団でも生き残れるのは五人もいかないくらいだろう。

 そのため他の団員が総出で阻止、またはなんとか改善しようと取り組んでいるところだ。まぁ、多分無理だろう。そしたら後で大切に食べる体で全団員のカタリナチョコを回収、ノイシュに全て処理してもらう他ない。

 

 今頃阿鼻叫喚の地獄絵図と化していそうなグランサイファーの厨房のことを頭から放し、今直面している問題について考える。

 

 ジータが更に問題だったのは、ダナンが「じゃあ適当に五百個くらいチョコ作っとくわ」と軽い調子で言って作り始めた一口サイズの小さなチョコ達を、ちょっと気になって口にしたことだ。あまりの美味しさに頬が蕩けそうになってしまい、その後で膝から崩れ落ちた。

 このチョコを食べたら自分の作ったチョコなんて記憶に残らないんじゃないかという懸念が湧き立ったのだ(そんなことはない)。

 

「……ナルメアさんとリーシャさんは順調みたいだけど」

 

 そう呟きながら、失礼ながら料理ができる印象のないオーキスとアポロの様子を眺める。二人は互いにレシピと睨めっこをしながらここをこうしたら、そこをああしたらと話し合っている。そういえばこの間までアポロさんはつんつんしてたんだなぁと思い返すと微笑ましい光景である。

 二人は正直なところどう足掻いてもダナンが作るモノより美味しいモノは作れないと思うのだが、特に自信喪失している様子がない。さて、どんな想いで作っているのかと近づいてみる。

 

「えっと、二人はあんまり料理とかしないんだっけ?」

 

 傍目から見ていてもあまり手際がいいとは言えなかったので、ジータはそう尋ねる。

 

「……ん。いつもダナンに作ってもらってる」

「そうだな。あいつが来る前もあまり料理はしてこなかったか」

 

 二人共エプロンに布巾を被った恰好だ。黒い鎧を着込んだ仏頂面のアポロはどこへ行ったと思うような恰好だ。流石にピンクのフリフリエプロンではなかったが。

 

「そうなんだ。二人はどんなチョコを作ろうとしてるの?」

 

 彼女が一番気になっているのはそこだ。

 

「……愛情たっぷりのチョコ」

 

 ちらりとオーキスはダナンに視線を向けた。隠す気ゼロ、というか表立って宣言することで周囲を牽制している節さえある。

 

「……あとはアポロとオルキスとアダムとスツルムとドランクの分」

 

 ちゃんと世話になっている人達にも渡すようだ。

 

「……ジータやルリアにも作ろうとすると、いっぱいかかるから」

 

 どうやら自分で作れる限度を考えて人を絞ったらしい。

 

「私はオーキスの言った連中にも作る予定だ。だがチョコ作りなど初めてだからな。無理のない範囲で決めている」

「……因みにオイゲ――」

「作らんぞ」

「……ですよね」

 

 否定が早かった。まぁ世話になっているわけではないのだから家族とはいえあげる義理はない、と言えばそうなのかもしれないが。オイゲンはそうやって自分に言い訳をしながら今年も娘にチョコを貰えない悲しみを癒すのだろうか。

 

「……一番大事な本命を言ってない」

 

 オーキスから指摘があり、アポロの頬に若干の朱が差した。

 

「……言い触らすモノでもないだろう」

 

 やや間を置いて言った言葉から、間違いなく渾身のチョコを渡すのだろうと察しがついた。

 

「その……ハードル高くないですか?」

 

 あんまり惚気を聞かされるのも気分が良くないので早速本題に入る。ジータの小声の問いに、なにを聞きたいかある程度察した二人はそれぞれの意見を述べた。

 

「……ダナンの料理は世界一。誰が作っても勝てないから、関係ない」

 

 オーキスの意見は贔屓が入っている気もするが、開き直りに近いだろう。

 

「……だから代わりにいっぱいの愛情を込める。愛情なら、自分のが誰にも負けないから」

 

 彼女は自信を持って胸を張りそう宣言した。その言葉にぴくりと反応したのはチョコ作りに勤しんでいたリーシャとナルメアだ。ダナンは聞こえているのかいないのか、鼻歌を歌いながら人外の速度でチョコを作り続けている。

 

「まぁ、基本的にはそういうことだ。チョコの美味しさで勝とうとはしない、むしろ勝たなくてもいい。バレンタインとはそもそも、人に日頃の感謝など想いを伝える日だろう? なら気持ちを込めるのが最優先だ」

 

 尤もそれが不味くてもいいという理由にはならないがな、とアポロは言った。この場にいる最年長らしく、ためになる言葉だった。

 

「……それはそうなんですけど、美味しすぎて込められた気持ちとか吹き飛ばしちゃいそうで」

「……一理ある。でも大丈夫。グランや他の皆はちゃんとわかってくれる」

「そうだな。あの連中が、お前の込めた気持ちを蔑ろにするわけがない。そんなこと、私達に言われなくてもお前が一番よくわかっているだろう?」

「あっ……」

 

 二人の言葉にはっとする。そうだ、いくらダナンのチョコが美味しいからと言ってそれだけで他者の気持ちを蔑ろにする人達ではない。そう、その通りだった。

 

「……そうですね。うん、そうでしたっ」

 

 そう言って頷くジータの顔は晴れ晴れとしていた。

 

「よぉし、ちゃっちゃと作らないとね! 二百人以上作らないといけないんだし!」

 

 気合いを入れるためか腕捲りをする。

 

「あ、そうだ。ねぇ、ダナン君」

「ん?」

 

 そしてふとなにを思ったかダナンに声をかけた。

 

「ダナン君にもちゃんと作るから、楽しみにしててね?」

「ああ、わかった。……料理ってのは何事も美味しさより食べる人への気持ちが大事だからな。それを忘れんなよ」

「あ、うん。ありがと」

 

 聞いてたんだ話、と思いながらもしっかりアドバイスしてくれたことへの感謝を述べる。

 それからジータは精いっぱいの気持ちを込めてチョコを作り始めるのだった。

 

「……ジータ」

 

 そこへオーキスがこそっと近づく。

 

「……ダナンへのチョコは、あんまり込めなくていい」

「ふふっ、大丈夫。オーキスちゃんが思ってるような気持ちは込めないから。ちゃんと義理だからね」

「……なら、いい」

 

 正妻(自称)なりの警告だったようだ。

 

 ともあれそれからは互いに意見を交わすこともあったが、それぞれの想いを込めたチョコ作りに勤しむ六人。

 チョコ作りも大切だが、本番は明日のバレンタイン当日である。

 

 想いを込めたチョコを相手に渡す日。

 彼女らは前日である今日同じ場所で同じ相手に渡すチョコを作ってはいたが……それは明日の本番で渡すタイミングを被らせないため。ライバル同士で日程を合わせるためだったのだ。



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EX:バレンタイン当日

書き上げほやほやのバレンタインの番外編。次回から本編に戻ります。

順序はナルメア、アポロ、ジータ、オーキス、リーシャとなっています。
誰それが良かったなど感想いただけますと幸いです。


 今日はバレンタイン当日。

 世間はカップルやカップル未満の人達が溢れ返っている。

 

 ……それ以外の者はチョコの甘い香りとカップルのイチャイチャで胸焼けするため外出を控えるのだ。

 

 そんな中、カップル未満の男女がここにも一組。

 

「ダナンちゃん。今日は時間取ってくれてありがとう」

 

 ナルメアとダナンである。

 昨日の話し合いの結果、なぜか一番美味しいチョコを渡せるであろうナルメアが一番手になったのだ。理由は昨日話していた通り、味が全てではないからだろうが。

 二人は今、シェロカルテの店の席で二人座っていた。

 

 ダナンは灰色のズボンに白いシャツの上に黒いベストを着込んだ普通の恰好だったが、ナルメアはなぜかエプロン姿のままである。一応理由は知っていて、朝まで試行錯誤を繰り返していたからなのだが。

 

 ……なんであのエプロンは胸の真ん中にハート型の穴が開いてるんだろうか。

 

 そこに対する通気性はいらなくないか? とダナンなんかは思ってしまうのだが。

 

「いや、いいんだ」

 

 ダナンはそう言いつつ内心で、呼び出された理由は知ってるしなとつけ加えた。

 なにせ本人のいる近くで相談していたのだ。ある程度聞こえていた。

 

「はい、これ。ハッピーバレンタイン、ダナンちゃん」

 

 ナルメアが差し出してきたのはケーキを入れる箱だ。ダナンはそれを受け取りテーブルの上に置く。

 

「ありがとな。開けていいか?」

「うん」

 

 確認してから箱を開ける。甘い香りを広げて中から姿を現したのはハート型のケーキだった。目につくのはハート型のチョコとナルメアの形をした飾りだろうか。ハートの縁を生クリームで囲っており、苺が載っている。また表面はベリーのソースで覆われている。

 

「おぉ」

 

 ダナンは素直に感嘆の声を漏らす。料理の腕が立つ彼はこのケーキがどれほどの技量で作られたモノか察しがついたからだ。ただ一つ言いたいのは、ナルメアの形をしたヤツが若干だらしないと言うか、にへらっとした笑みに見えることだろうか。これを自分で作って食べさせるというのはそこはかとなく闇を感じなくもなかったが、それについては無視した。

 

「じゃあ俺からもお礼に」

 

 食べてみたい気持ちはあったがその前にと用意していたお返しを渡す。本来ホワイトデーと呼ばれる日にバレンタインのお返しをするモノだが、折角だしいいやと併せて作っていたのである。

 

 ダナンは取り出した縦長の箱を開けて中身を見せる。そこにはロールケーキがあった。同じ場所で作っていたのである程度ナルメアがなにを渡してくるかわかっていたので、被らないようにはしていたのだ。加えてナルメアのケーキは甘そうだったのでブラックにしてみている。甘すぎないようにと工夫を凝らした結果だ。

 

「美味しそう。ありがとね、ダナンちゃん」

「俺の方もありがとな。じゃあ食べるか」

「うん。あ、ケーキ切り分けるね」

 

 ナルメアのにっこにこな笑顔を見られたからかダナンも少し満足そうだ。何気に彼女には甘いというか、他とは一線を画すところがある彼である。

 ナルメアは嬉しそうにしながら二人の作ったケーキを切り分ける。店の中ではあるが大きなケーキを作ってきていたのでナイフを用意していたらしい。席を立って前屈みになりながらケーキを切り分けているとエプロンの穴が丁度見やすい位置に来るのだが、ダナンは意識して視線を外していた。

 

 ただし近くの男性客は見ようと身体を傾けて対面の女性に蹴り飛ばされていたが。

 

「これで良し、と。ダナンちゃん、あーん」

 

 ケーキを切り分けたナルメアは皿に自分の作ったケーキを載せてスプーンで一部分を掬うと、それをダナンの方へ差し出してきた。

 おや流石に恥ずかしいし、と思ったがここはバレンタイン中のカップルしかいない甘々空間である。むしろそうしていない男女の方が少なかった。

 

 そしてナルメアはこういう時に遠慮するとショックを受けていじけてしまうのだ。

 

 まぁ今日くらいはいいか、と大人しく差し出されたスプーンを咥える。スプーンに載ったケーキを取って顔を引きスプーンを放す。ケーキは咀嚼を始めた瞬間にふわりと口の中に溶けた。甘さが口の中に広がっていつの間にか呑み込んでしまう。強めの甘さだったがしつこくなく後味もいい。

 

「どう?」

「……美味しいな。もっと食べてもいいか?」

「うんっ。じゃあはい、あーん」

 

 口溶けが良すぎて一口では物足りないと思わせる逸品だった。果たして自分にこれと同じモノが作れるかと言われればまた別の話だろうとも思う。

 簡単に結論づけるのであれば、ナルメアの作るモノは気持ちの込め方が異常なのだ。その点ダナンは人よりそういうところが下手というか、無意識にブレーキをかけてしまうのだ。

 

 それからしばらくして口直ししたいと思い始めたので、

 

「じゃあ次はナルメアの番だな。ほら」

「えっ? い、いいの?」

 

 今度はダナンが自分の作ったロールケーキをスプーンで掬ってナルメアに差し出す。人にしてあげたいナルメアは戸惑っていたようだが。

 

「いいんだよ。ほら」

「う、うん。あーん……」

 

 言うと大人しく目を閉じて口を開けて待機の姿勢に入った。その口にスプーンを差し入れた。

 

「んっ、美味しい……!」

 

 咀嚼して呑み込んだナルメアは顔を綻ばせる。

 

「だろ?」

 

 ちゃんと味見をして作る彼は自分の料理に絶対的な自信を持ち始めていた。だから「どうだ?」とは聞かない。美味しいのはわかり切っている。

 

「うん。ダナンちゃんってばすっごくお料理上手になってて、お姉さんびっくりしちゃったんだよね」

「はは。まぁそれもナルメアから貰ったモノの一つだ。ほら」

 

 その後も二人は談笑しながら互いに作ったケーキを食べさせ合いっこしていた。

 

 醸し出す空気はその場にいるカップルの誰よりも甘ったるかったという。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 午前中二人目はアポロだった。

 彼女は他の目があるのを嫌がり、ナルメアの時とは違って二人きりになれる個室で待ち合わせていた。

 

「……」

 

 どことなくそわそわしている様子で、待ち合わせした個室の椅子に座っている。

 ついこの間自分の気持ちに素直になったばかりで、尚且つこういう経験に乏しい。

 つまりどうしたらいいかよくわかっていないのだ。

 

 そして遂にがちゃりと音がして扉が開く。びくりと面白いほど跳び上がった彼女が目を向けると、コートを着込んだダナンが入ってきている。

 

「悪い、遅くなったな」

「い、いやいい。私も今来たところだ」

 

 嘘だ。三十分は前から待っていた。

 

 明らかに上擦った声だったがダナンは気にした様子もなく「そうか」と言ってアポロの隣に腰かける。個室の椅子は長椅子になっており、二人が並んで座れるようになっていた。店の場合対面に座ることも多いので、横並びという新鮮な形で話せるということだ。

 

「……」

 

 ダナンが隣に座ってから緊張はピークに達していた。目的は相手もわかっているのだからバレンタインのチョコだと言って用意してきたチョコを渡すだけでいいのだが、シミュレーションが上手くいっていない中で来てしまってので気が動転しかけている。

 

 ダナンもダナンで「アポロはなんか緊張してんなぁ……つっても俺から渡すんじゃバレンタインっぽくねぇし、温かく見守るか」と完全に待ちの構えである。相手の内心をある程度察した上で決して手助けしないのは内容が内容だからだろうが。

 

「……だ、ダナン」

 

 ぐるぐると回す思考を押し退けて、開き直るアポロ。所謂「ええいままよ!」というヤツだった。彼女は策略も練るが基本脳筋思考である。というか力尽くでなんとかなるならそれが手っ取り早いと思っているのだが。

 

「ん?」

 

 わかってはいるが、ダナンは惚けて彼女の言葉を待つ。できるだけ優しい声音と笑顔なのが彼女への気遣いか。

 

「……バレンタインのチョコだ。受け取れ」

 

 呼びかけはしたが渡す時はすっと目を逸らして差し出してくる。そんな照れた様子に苦笑しながら、

 

「ありがとう」

 

 素直に礼を言って受け取った。

 中を開けるとホワイトチョコケーキが入っている。

 

「食べていいか?」

「ああ……そのために作ったんだからな」

 

 そっぽを向いても素直ではあった。取り出して口にする。美味しく、味だけで見ればお手本のようだった。料理したこととかなさそうだからヤバいのが出来上がるのでは、と危惧していたがそんなことはなかったらしい。

 

「美味いな」

「ふん。お前が作っているモノと比べれば全然だろう」

「いや、美味しいって。昨日お前が言ったんだろ? 気持ちが込められてれば関係ないって」

「……まぁそうだが」

 

 なにより自分の作ったモノに自信を持っているからこそ、人の作ったモノに対しては自分より美味しいモノを望まない。

 

「あ、そうだ。俺からも渡すモノがあるんだ」

 

 アポロの作ったチョコを食べた後、自分が持ってきたチョコを取り出す。珍しくというか、箱が直立した長方形だった。高さのあるモノとは珍しいな、とアポロが眺めているとダナンはそれを机の上に置いてゆっくりと箱を開けた。被せるように下にした一面以外が持ち上がり、中から出てきたのは。

 

 ――黒騎士だった。

 

「……ん?」

 

 怪訝に眉を寄せてアポロはそいつに顔を近づける。何度目を瞬かせても変わらない。

 少し前なら鏡などで毎日見ていたその姿に目を見張った。

 

「どうだ、よく出来てるだろ? 力作なんだ」

 

 なぜかダナンは得意気である。

 

「……貴様は」

 

 チョコで作られたらしい黒騎士の全身甲冑姿を見て、彼女は。

 

「私に私を食べさせる気か!?」

 

 とりあえずツッコんだ。

 

「いやまぁ、黒騎士の甲冑ってチョコに出来そうだなって思って」

「だからと言ってここまで精巧に作らなくてもいいだろう!」

 

 彼女の言う通り、チョコ人形はよく出来ていた。甲冑の細部まで着ていた本人の記憶と相違ない。むしろ持っていないのにここまで精巧に作れるとかおかしいとしか思えなかった。

 

「あ、因みに鎧部分は剥げる」

 

 言いながらぽろりと手甲を剥ぐと中から細腕が出てくる。

 

「けど顔作るのはなんかアレだったから、兜は取れないんだよな」

「逆に変態度が高いな!?」

 

 兜だけ被った様子を思い浮かべそうになってしまった。

 

「鎧がブラック、手足はビター、胴体はホワイトだ」

「……なぜ胴体をホワイトにした」

「だって手足と一緒にすると裸みたいだろ? それに白いの着てたし」

 

 ぽろりと胴体の鎧を剥がすと確かにホワイトチョコで作られた胴体が顔を出す。

 

 ……よし。

 

「殴っていいか? 殴っていいな?」

 

 アポロはとりあえず握り拳を作った。

 

「え?」

「なんでそう不思議にそうにする!」

「いやだって、自信作だぜ?」

「バカか貴様! あんなモノを渡すなど……! バレンタインはこう、もっと甘い感じではないのか!?」

 

 想定していたモノと全然に違ったことに怒りを表す。するとアポロの手が取られぐっとダナンの顔が目の前に現れる。

 

「……なんだ、甘い方が良かったか?」

 

 とちょっといい声で口にした。相手が自分に好意を抱いているという確信があればこそ効果のある行為だったが。

 

「……」

 

 危うくどきっとしてしまいそうになりながらもちらりと机に目を向ければ黒騎士チョコ人形が立っている。

 

「……誤魔化せると思ったか?」

「ちぇーっ」

 

 目を細めて告げるとダナンは身体を放した。それを少し惜しいと思いながらも口には出さない。代わりに、

 

「……ムードもなにもあったモノではないな。罰として、昼までは一緒に過ごしてもらうぞ」

 

 呆れつつ、ダナンの手に自分の手を重ねる。その様子にできるだけ柔らかく笑ったダナンは、

 

「ああ、わかってるよ」

 

 頷くと掌を返して指を絡ませた。

 それから二人は人目を気にする必要がないのをいいことに、甘い一時を過ごしましたとさ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 昼頃。

 昼食をなににしようかとダナンは街を歩いていると、

 

「あれ、ダナン君?」

 

 ばったりとジータに遭遇した。

 

「ああ、ジータか。俺は昼飯食べようかと思ってるところだが、ジータこそどうしたんだ?」

 

 大勢いる団員達にチョコを渡すらしいから今日は忙しいと思ってたんだが、という意味合いを言外に含んでいる。

 

「私は団員へのチョコを配り終えて、お昼休憩でもしようかと思ってるとこだけど」

 

 なんという偶然か、二人して昼食を取るところだった。

 

「折角だし一緒に行く? 行きたいところあるんだけど、そこで良ければ」

 

 躊躇いがちにダナンを誘うジータ。

 

「ああ、いいぞ」

「良かった、じゃあ行こっか」

 

 自然な流れで二人で昼食を食べに行く。ジータが向かう先には、街の中央の噴水があった。

 

「噴水の水がチョコになってら」

 

 昨日まではただの水だったが、バレンタイン当日だけチョコに変えているようだ。そしてそのチョコ噴水には人だかりがあった。

 

「うん。バレンタイン限定で、前日の夜から噴水を止めて別口に繋げてチョコを出すようにするんだって。前日の夜に頑張って掃除して衛生上問題なくなってるから飲めるんだよ」

「へぇ」

 

 そんな手間のかかることを、と思っている内に気づく。チョコの噴水に集っている人達が串を突っ込んでいるのを。

 

「ああ、フォンデュになってるのか」

「そ。不特定多数の人が使うっていうのと、気を遣ってるとはいえ外だから衛生面に不安があるっていうのが問題点だけどね」

「ふぅん。けど噴水自体に浄化の魔法がかかってるな。これで衛生を保ってるのか」

「うん、そうみたい」

「で、ジータが来たかったのはこれか」

「うん。折角の限定だし、一回やってみたくって」

 

 受付のところに行くと一時間食べ放題だということがわかる。用意された食べ物をチョコにつけて好きに食べていいということだろう。

 二人はルピを払って噴水チョコフォンデュに臨む。

 

「へぇ、なかなかいい催しだな」

「うん。ちょっとだけ人を選ぶけど、皆でワイワイやるにはいいよね」

「そうだな。今度“蒼穹”で貸し切ったらどうだ?」

「それもいいけど、今あんまりお金ないからなぁ。維持費がね……」

「へぇ、団員多いと大変なんだな」

 

 世間話をしながら二人してチョコフォンデュを楽しむのだった。

 

「あ、ジータ。チョコついてるぞ」

「え、ど、どこだろう?」

 

 食べている内に口元についてしまったらしい。ダナンが気づいて指摘するが、ジータは右手で串を持っているため左手で左側を触っている。しかしチョコがついているのは右側だ。

 

「しょうがねぇな」

 

 ダナンは言うと手を伸ばし、ジータの口元についたチョコを指で掬うとそのまま舐めた。

 

「っ……!?」

 

 なぜだか彼の顔を真っ直ぐに見れなくなってしまう。それは顔から火が出るかのようで、顔が熱くなっていることを否が応にも自覚してしまった。

 

「ほれ」

 

 そんな中ジータの口になにかが押し込まれる。チョコの味が口いっぱいに広がって、困惑しながらもそのまま口を放すのははしたない気がして齧った。どうやらバナナだったらしい。

 

「さっきまで俺が食ってたヤツな」

「っ!?」

 

 その発言に口の中にあったヤツを吐き出しそうになってしまう。

 

「これでそう恥ずかしがることでもなくなったろ?」

 

 むしろさっきよりも酷いのだが、と口にする前にコップに入れたチョコにジータが齧ったバナナをつけて口にしている。……なんだか自分だけが意識しているみたいで、急に顔の熱が萎んでいった。ある意味では成功したらしい。

 

「……前に」

 

 仕返しとばかりに言わないでおこうと思っていたことを口にしようとする。

 

「ん?」

「……前に、口づけしたことだってあるけど」

 

 頬を染め口元を押さえて恨みがましく睨みながら、そう告げた。ダナンはきょとんとしていたがすぐに思い至ったらしい。

 

「ああ、あれか。あの時起きてたんだな。まぁ必要だったんだから仕方ないだろ」

 

 そう言って新たな串を噴水に浸ける。やっぱり無駄だったかと思うがよくよく見ると薄っすらと頬に朱が差している。

 

 ……意識してないわけじゃ、ないんだ。

 

 年上と聞いてなんだか納得してしまっていたが、可愛いところもあるんだと新発見したジータであった。

 

 当然、「なんだこいつら人目も憚らずイチャイチャしやがって」と周囲のカップルからさえも見られていたが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 午後三時。おやつの時間とも言われるその時間に、ダナンはオーキスと待ち合わせていた。

 呼び出されたのは街中にあるベンチだ。

 

「お、いたいた」

 

 見かければわかりやすい。蒼髪のツインテールに赤い瞳。そして座った自分の膝の上に載せている大きなハート型の箱。

 

「オーキス」

「……ダナン」

 

 少し駆け足で近づいて呼びかけると感情を映さない瞳がダナンを向いた。

 

「悪い、待たせたみたいだな」

「……ん。時間ちょっと前」

 

 三時に待ち合わせるようにしていたので、時間の少しだけ前ではあるが。

 

「……座って」

「ああ」

 

 ダナンはオーキスの隣に腰かける。代わりにオーキスは立ち上がり、身体を横向きにした体勢でダナンの膝の上に座った。そしてダナンに身を寄せる。

 

「膝の上に座るのか?」

「……ん」

 

 これからチョコを食べるなら食べづらいのではないかと思ったが、とりあえずオーキスの背中を右腕で支えることにした。

 

「……これ、バレンタインチョコ」

 

 オーキスは言って膝の上に置いていたハート型の箱を開ける。そこには大きなハート型のチョコレートが入っていた。

 

「……味見はしてるから、味は大丈夫なはず。でも美味しく作るのは難しいから、愛情は大きさで勝負?」

「はは、そうか。ありがとな」

「……ん。おっきく作ったから、二人で食べる」

 

 一人で食べ切るにはちょっとキツいと思っていたので、彼女の思惑は有り難い。とそこで大きなチョコを作っているところは見ていたのでオーキスが言い出さなくても二人で食べようと思っていたのだがと考える。そしてそこまで察しがついていたので彼が持ってきたモノも量を考慮してあった。……まぁ、オーキスの胃袋はルリアと同じく異次元に属しているので量は関係のだが。

 

「ああ。それで俺からは、これだ」

「……飲み物?」

「チョコのだけどな。一応くどくないように味は調整してるけど。量はあるだろうから、固形物じゃないのにしようと思ってたんだ」

「……そう。嬉しい」

「そりゃ良かった」

 

 ダナンが持ってきたココアとオーキスの作った大きなチョコを二人で楽しんだ。その最中、

 

「オーキス、口元にチョコついてるぞ」

 

 ダナンのが飲み物だったからか、オーキスの口周りにはチョコがついている。飲み物にしては濃かったからかいつもよりついてるとな、と思っていたのだが。

 

「……舐めて」

「え?」

 

 オーキスの言葉に思考が一瞬固まった。

 

「……舐めて、取って」

 

 彼女はそう言って唇を突き出すようにしてくる。明らかに指でというのは無理そうだ。しかもさり気なく左腕を手で押さえられていた。

 流石に公の場で、と思ったが他のカップルもイチャイチャはしていた。まぁ気にされないか、と思って顔を近づけ舌でオーキスの唇についたチョコを舐め取る。

 

 柔らかい感触と甘い味がして、そのまま舐めているとオーキスから顔を近づけてきてダナンの伸ばした舌に自分の舌を絡ませてきた。さっきまでチョコを食べていたせいか甘い味がする。

 

 ……まさか最初からこのつもりだったんじゃねぇだろうな。

 

 と文字通り甘いキスをしながら懸念を抱くが、流石にそれはないだろうと思い直す。

 妙に大胆な推定十歳近い少女と、最もオトナなバレンタインを過ごすダナンであった……。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 最後、夕方のいい時間を獲得したのはリーシャだった。

 これには訳があり、他の三人だと夜まで縺れ込むことが予想されたからだ。

 その点リーシャならどうせ一緒に夜を過ごすとかできるわけがないだろうという妙な信頼があったという。

 

 しかもこれを提案したのがリーシャの半分ほどしか精神が生きていないだろう少女なのだから恐ろしい。

 

「お待たせ、リーシャ」

 

 まだ二月だと寒く、しかも日が暮れたとなれば寒くなって当然だ。

 ベンチで座って待っていたリーシャのところへ、コートを着込んだダナンが現れる。

 

「いえ、私も今来たばかりですから」

 

 嘘ではない。五分前行動の五分前行動でに十分前に来たばかりである。真面目であった。

 

「そうか」

 

 リーシャはダナンが隣に座る前にすっと立ち上がり、持っていた箱を差し出して頭を下げる。

 

「こ、これっ……その、ほ、本命のチョコですからね?」

 

 告白しているかの状態で顔だけ上げて窺うように見上げた。ダナンは、相変わらず無自覚に赤面して上目遣いするんだなと思いながら有り難く箱を受け取る。

 

「ありがとな、お前の気持ちもちゃんと受け取っておく」

「は、はい……!」

 

 そういえばちゃんと好意を伝えたのは初めてでは、と思うと顔の熱は一層強まるばかりであった。頭を上げたリーシャに、今度はダナンから袋が渡される。中が少し見えてチョコクッキーだとわかる。

 

「あ、ありがとうございます」

「ああ。じゃあ座るか?」

「はい」

 

 それを大切そうに受け取ったリーシャとダナンはベンチに腰かけた。

 

「開けてもいいか?」

「はい、どうぞ。……その、上手く出来たモノを選んだつもりですけど」

「いいんだよ、気持ちが籠もってさえいればな」

 

 包装を解いて蓋を開けると丸いチョコが九個入っている。それぞれ微妙に違う作りとなっているようだ。

 

「へぇ、洒落てるな」

 

 作った人の工夫が見て取れるかのようなチョコに感心しつつ、ダナンは真ん中のチョコを摘まんで口に放る。

 

「ん、美味い」

「良かった……」

 

 味見はしていたが、口に合うかどうかは別問題である。美味しいという感想が聞けてリーシャはほっと胸を撫で下ろした、のだが。

 

「んっ!?」

 

 突然ダナンがびっくりしたような声を漏らして、びくっと肩を震わせる。

 

「だ、大丈夫ですか? なにか悪いモノでも入れてたりとか……」

 

 自分がなにかしてしまったのかと思い口元に手を当てるダナンを見ておろおろしていたが、よく見るとダナンの顔が赤くなっている。

 

「……リーシャ」

「は、はい」

「……これ、酒入ってるだろ」

 

 言ってからふらりと倒れそうになった彼の身体をリーシャは慌てて抱き留める。

 

「えっ? で、でもシェロカルテさんがあんまり強いお酒じゃないから大丈夫って」

「……俺、酒弱いみたいだ」

 

 そう言って顔を上げたダナンはぼーっとしているらしく弱っているような様子でもあった――なぜかその顔にきゅっと胸が締めつけられるような感覚があった。

 

「そ、そうなんですね。すみません、未成年なのに」

「……いい。ちょっと横になってもいいか?」

「は、はい。どうぞ」

 

 そう言ってリーシャは自然な流れで自分の膝を貸しダナンを寝かせる。

 

「悪いな」

 

 リーシャも寒さ対策はしているが、可愛らしい恰好をしようとした結果ミニスカになってしまったので彼の頭が乗る太腿は剥き出しになっていた。そこにダナンの頭が乗っているかと思うと少し変な感じだ。

 

「ダナンってお酒弱かったんですね。意外です」

「俺にも弱点くらいあるっての。まぁ、酒を飲んだことはないんだけどな」

「そうなんですね」

 

 つまりダナンが酒に弱いということを知っているのは自分だけということか、と思うと少しだけ得をした気分になってしまう。

 さらりとダナンの頭を撫でた。

 

「……ちょっと、寝るな」

「はい。休んだ方がいいと思います」

「ああ。悪いな、折角の機会なのに」

「いいんです、ダナンと一緒にいられれば」

「そうか……」

 

 ダナンはそのまま目を閉じてしまう。やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら本気で酒に弱すぎるらしい。意外な弱点を知ったリーシャはそのまま頭を撫で続けていた。

 

 ……そういえばクリスマスの時は仕返しされてそのまま気を失ったんでしたね。

 

 クリスマスでの一件を思い出す。直後に許容量を超えて気絶してしまったが、目を覚ました後思い出してニヨニヨしてしまうこともしばしばあった。

 そして、今なら仕返しされることもない。

 

「……」

 

 そう思ってからリーシャは膝の上で眠るダナンの頬にゆっくりと顔を近づけていって、口づけした。

 

「……ふふ」

 

 密かな達成感に笑みが零れてしまう。

 

 ……こうしているとちょっと可愛いですね。

 

 実際五歳も年下だが、普段はその年齢差が逆転したかのように振り回されることが多い。だが今は酒に負けて膝枕をして眠っている最中で、言ってしまえば弱みを見せているところだ。

 その様子がなんだか新鮮で、今までになかった庇護欲が湧いてきていた。

 

 しばらくそうしていて、ふと思い立ったことがあった。

 

 眠っているダナンの唇を頭を撫でている右手とは逆、左手の人差し指でなぞる。その指で自分の唇に触れてみた。それだけで顔が熱くなり耳まで熱が広がる。指を放して眠る彼の耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「……次は、直接。頑張りますからね?」

 

 今はまだその時ではない。けれどいつか必ず実現してみせる。

 

 そんな乙女の宣戦布告が、バレンタインの夕暮れに溶けていくのだった――。




ナルメアはバレンタインバージョンが出ているので抑えめ。
アポロはおふざけを入れてしまった。
ジータは割とちゃんとヒロインしている気がする。
オーキスは最年少にして最も大胆。
リーシャは珍しくお姉さん側に立つ。

という感じになりました。
その日の思いつきで書いているので時系列しっちゃかめっちゃかですね……。まぁ番外編なので許してください。


余談ですが唇のチョコを舐めてキス、というシチュエーションは私が中学生の頃に観たkis×sisのアニメであった気がします。観たのは放送時期とはズレてるかもなのですが。
あれは中学生には刺激が強すぎたなぁ……。


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二人の賢者

感想で予告してしまいましたが、あの二人とのお話が始まります。

題して「ガルゲニア皇国編」です。……わかりやすっ。
今これの終盤を書いているところですので、ストックは残り六つ。日々増やしているとはいえいつか追いつく日も近いかもしれません。

あと二話か三話で書き上がる予定なので、他の賢者と比べるとかなり長めのエピソードになります。
この間ツイッターでは言いましたがカッツェも加入させたのでフェイトエピソードはばっちりです。
※ただし独自解釈を含みます。


 皆とゆったり過ごしつつ、鍛錬は欠かさなかったが数日が経過した。

 

「あ、ダナンさん~」

 

 一人で街をぶらぶらしていると、神出鬼没の大商人シェロカルテから声をかけられる。

 

「どうした? 新レシピならこの間渡しただろ?」

 

 アウギュステに来て宴を行ってから、外出中に彼女と遭遇した時ついでに旅の最中思いついたレシピを渡していたのだ。季節モノを取り入れたレシピやなんかも参考にしたので、しばらく売り上げが落ちることはないだろう。

 

「いえいえ~。本日はその件ではなくてですね~」

 

 そっちの用件ではないらしい。またなにかの厄介事だろうか。例えばロベリアが集団虐殺をしたからその後始末とか。絶対嫌だ他人のフリをしたい。

 

「実は、以前ダナンさんから頼まれていた紺色のローブに赤いケープ姿の方を見つけたんですよ~」

「マジかよ。この間いた“黒闇”の団員以外でだよな?」

「はい~。ダナンさんがナル・グランデ空域に行っている最中の発見ですので。一応特徴も合致していませんね~」

「そりゃ助かる」

 

 どうやら新たな賢者の情報を持ってきてくれたらしい。あと四人、長い道のりだろうがなんとかファータ・グランデにいるヤツは全員会っておきたい。アウライ・グランデに行ったらまたしばらく戻ってこれなくなるだろうからな。

 

「それが二人も、ですよ~。お代は弾みますよね~」

「勝手に売り上げから差し引いてろ。んで、どことどこだ?」

「……ダナンさんは私のことを信頼しすぎでは。まぁいいです~。実は、そのお二人は同じ場所にいるみたいなんですよ~」

 

 ほう。フラウから聞いた話では、賢者同士の関わりはないとのことだったが。他のヤツらも賢者の存在は知っていても面識はないようだった。第一互いに協調性がなくて一緒に行動するのに向いていない。

 

「とある島の貧民街に、その二人はいるそうです~。名前はわかりませんが、それぞれ“王様”、“王女”様と呼ばれているようですね~」

「王に王女、か」

「はい~。とはいえ本人がそう名乗っているわけではなく、名前を知らないので貧民街の方々がそう呼んでいるみたいです~。その方の立ち居振る舞いから“王様”、と」

「へぇ、随分大層な名前だな」

 

 王と言うと真王しか出てこないんだが。あと振る舞いだけで王と呼ばれるってのはなんだか偉そうだ。

 

「それがかなり優秀な方みたいですよ~。実はその貧民街で密造酒を売っている方がいまして、私達商人の間ではなんとかしたいとは思っていた場所なんですよね~。ですが、その密造酒を売っている方が材木屋に転職しまして、なんとも素晴らしい目利きでいい材木を仕入れてくださるようになったんです~」

「へぇ? 話の流れからすると、そいつの木の目利きの良さを見破った“王様”ってヤツの指示か」

「そうです~。貧民街の皆さんは“王様”の指示で天職を見つけ、真っ当な仕事を見つけて暮らしも良くなったそうなんです〜」

 

 へぇ、そりゃ凄い。適材適所を実現できる指導者ってのは有能だ。人の上に立つことに慣れてるんだな、そいつは。

 

「“王様”についてはわかった。“王女”の方は?」

「それが、あまり情報がないんですよね〜。“王様”の傍に仕える侍女だそうですね〜。それ以上の情報がないんです〜」

「ふぅん……」

 

 それはおかしいな。今いる賢者を考えればわかる通り、曲者揃いだ。ただの侍女で収まるわけない。断言しよう、そいつは本性を隠している。

 憶測を立てるなら侍女を演じ自分を見せないようにしている可能性が高いか。そうなると頭が回るヤツということになる。俺も演じることには多少自信があるとはいえ、本場の人間には敵わないだろう。

 

「ただそのお二方、気になる情報がありまして〜」

「?」

「いえ、私も半信半疑と言いますか、確証のない情報なんですが」

 

 首を傾げた俺に、シェロカルテはそう前置きしてから口を開く。

 

「……実はその二人、行方不明になったガルゲニア皇国の皇子様と似ているらしいんですよね〜」

 

 厄介事の匂いしかしねぇな。よりにもよって皇族かもしれないのか。

 

「“王様”の方は、ガルゲニア皇国第五皇子にそっくりだそうですね~。楽団の指揮者をしていて表に出てくる方だったので、目撃情報は“王様”の似顔絵情報と照らし合わせていった結果、同一人物ではないかと思われます~。もちろん、この情報はどこにも売ってないですよ~。いくら私でも、弱みを握れないと国に楯突く気にはなりませんからね~」

 

 弱み握ったら楯突く気かよ。

 

「今のガルゲニア皇国は暴君による独裁政治とされていますが、きな臭くて取引していないのであまり情報がないんですよね~。前の皇帝が病死し、第一皇子が皇帝に即位した直後などは相当色々あったようで。第二皇子を殺害したのが第四皇子だとされて投獄、第三皇子は皇帝より前に病死していましたし、第五、第六皇子は行方不明、と。皇族が現皇帝ただ一人になってしまったというのは知っていますが~」

 

 なるほどなぁ。つまり皇子と思われる二人が貧民街で暮らしているのは、その皇族が次々に死んだり捕まったりしていった結果ということかもしれない。現皇帝が暴君だと言うなら、現皇帝が他の者が皇帝になれないよう謀略した、というのが簡単な考えだ。二人は魔の手から逃れるために国を離れた、という考え方もできる。

 もちろんシェロカルテの話を聞いただけでの推測だし、彼女が俺にそう思わせるように話を選んでいる可能性も捨て切れない。まぁ、実際に行って聞いてみるのが一番だな。

 

「よし、情報さんきゅ。同じ恰好をしたヤツは、多分あと二人いるはずだからもし見つかったらまた教えてくれ」

「はい~。引き続き刀使いさんも探しておきますね~」

「助かる。あとは光っぽいヤツが欲しいから、よろしくな」

「……更に限定的な。もし見つかったら連携します~」

「ああ、頼んだ」

 

 シェロカルテから情報を貰った俺は、とりあえず二人の賢者がいるという場所の詳細を聞いた。

 最近一緒にいるヤツらにしばらく留守にするとだけ告げて、そこへ向かうことにする。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 シェロカルテの情報を頼りに、その貧民街へ入ろうとした。しかしドラフの男性が俺の前に立ち塞がる。

 

「待て! 君みたいな子供が貧民街に入っちゃいかん! ヤツらは姑息だ。所持品を根刮ぎ奪われちまう!」

 

 その男はそう俺に忠告してくる。……別に俺を騙している様子はないな。ただの親切心か。

 

「気にすんな、俺は貧民街の“王様”に用があるだけだからな」

 

 言ってするりと横を抜け貧民街へ入っていく。

 ワールドのカードが反応しているので、間違いはないのだ。事情を知らないとはいえ無駄な時間を取られるのは勿体ない。

 

「……どうなっても知らないからな」

 

 男はそう呟いていたが、俺はひらと手を振るだけに留めた。止めても無駄なのだからわざわざ答えてやる必要もない。

 

 というわけで貧民街へ。

 貧民街はかなり汚らしいところではあった。だが治安が悪いわけではないようだ。街を歩いている住民の身なりはそれなりに整っている。顔色も俺の故郷のヤツらとは全く違う。

 住民達は余所者の俺を警戒するように見ていたが、危害を加える気はなさそうだと思ったのか話しかけてはこなかった。恰好から街の住民ではないとわかったのだろう。

 

 俺はローブのポケットに手を突っ込み、右手で握るワールドのカードの反応を頼りに歩いていると、一つの家屋に辿り着く。

 ここにどうやら賢者がいるようだ。

 

「……なぁ、あんた」

 

 とそこでようやく貧民街の住人が声をかけてきた。

 

「ん?」

「……そこになんの用だ?」

「“王様”と“王女”様に用があるんだよ」

「“王様”は俺達の恩人だ。怪しいヤツを行かせるわけにはいかない」

「安心しろ。危害を加える気はねぇよ。それに、危害を加える気なら正面から行く必要がないだろ?」

 

 俺は声をかけてきた住人に言ってから、扉をノックする。

 

「入っていいぞ」

 

 中から男の声が聞こえた。おそらく“王様”だろう。向こうも俺が近づいてきていることはわかるので、アポなしでも問題ないと思っていたが。

 “王様”の許可が下りたからか、住人は大人しく引き下がっていった。

 

 さて、ガルゲニア皇国の皇族はハーヴィンだと聞いているが、実際にどういう人物かはわからない。本当に皇族なのだとしても、『平民と一緒に楽団をやる物好きな指揮者』に『皇位継承権が低くパーティなどで顔を見せるだけのお飾りの皇子』。それが本当の顔なのかは直接会って話をしてみないといけないからな。

 

 俺は許可が下りたので扉を開けて中に足を踏み入れる。玄関から少し行った居間の奥に二人はいた。

 

 片方は堂々と椅子に腰かけているハーヴィンの男性だ。茶色の髪をオールバックにしている。小柄だとヒューマンの感覚で子供のように思ってしまうが、一切そんな雰囲気を感じさせない理知的な瞳と醸し出される威厳があった。あと目つきがちょっと悪い。

 もう一人は椅子には座らず、男の少し後ろで慎ましく佇んでいるハーヴィンの女性だ。髪色は男と同じ茶色で、長い後ろ髪を編んでいる。佇まいから英才教育の跡が見えた。

 

 そして二人共、やはりと言うか紺色のローブに赤いケープを纏っている。

 

「ようこそ、我が城へ。歓迎しよう、ワールドの契約者」

 

 男が口を開く。堂々とした口振りは、まるで「俺が王だ」と言わんばかりである。そう思っているのかそう振る舞っているのかは不明だが、王だと思われるような態度を見せ民に采配を与えるところが“王様”なのだろう。

 

「あんたが“王様”か」

「如何にも。ここの住民達は、私のことをそう呼んでいる」

 

 自分から名乗っているわけではない、という情報だったか。

 しかしシェロカルテから借りたガルゲニア皇国皇族の肖像画にそっくりだな、二人共。もちろん小さな模倣品なんだが。行方不明となってから見かけたら情報を、という動きはあったようで、肖像画を小さく印刷したモノを配布していたようだ。

 

「立ち話もなんだ、座ってくれ」

 

 許可が出てから“王様”の向かいに腰かける。礼節なんて弁えなくてもいいんだが、まぁ一応な。本物の皇族だしなにが相手の気分を害するかわからない今、下手なことはしない方がいいだろう。ニーアみたいになにかがきっかけで豹変する可能性もあるわけだしな。

 

「用件はわかっている。ワールドの真の契約者となるために、私達の持っている星晶獣のカードが必要なのだろう?」

「話が早くて助かるな」

 

 敬語を使ってまで畏まる必要はないと思っていたが、特に二人の表情は変わらない。そこは期待していないと取るべきか。

 俺が席に着いたところで女性の方が一礼してから離れてキッチンの方へ向かう。茶でも淹れてくれるんだろうか。

 

「あんたの言う通り、俺はワールドと契約するために賢者が持つ星晶獣のカードを集めている。あんたら二人が持つカードが欲しい。代わりに、俺にできる範囲であんたらのやりたいことに手を貸そう」

 

 すぐ本題に入る。

 女性が俺の傍に紅茶をことりと置いた。ハーヴィンなのでテーブルから顔だけを出すようになるが、危なげはない。軽く会釈だけして手繰り寄せ、一口紅茶を飲んだ。

 貧民街にいるからかそう高級な茶葉ではないようだが、美味しい。キッチンの方でちらちらと見えた範囲で確認していたが手慣れているようだった。

 

「手を貸す、か。有り難い申し出だが、君にはなにができる?」

 

 “王様”の品定めが始まった。いや、最初の瞬間から始まってはいたのだが。

 

「戦闘、料理……盗難、暗殺?」

 

 とりあえず俺にできそうなことを並べてみる。少しだけ彼の表情が崩れた気がした。

 

「……随分と物騒なモノだが」

「生憎とここより酷い環境で孤児として育ったんでね」

 

 肩を竦めて返す。孤児という言葉に少しだけ女性の方から感情の揺れが見えた気がしたが、すぐに戻ったので気のせいという可能性がまだ残っている。

 

「そうか。細かく聞く必要はないな。力を借りれると言うなら、借りるとしよう。――我らが祖国のために」

 

 彼は真っ直ぐに俺を見据えて告げてきた。

 

「……祖国、っつうとガルゲニア皇国か」

 

 俺はある程度そちらの事情を知っているんだぞと見せるためにそう相槌を打った。“王様”の眉が明らかに上がる。

 

「ほう、知っていたか」

「ああ。優秀な情報網を持った商人と伝手があってな」

 

 言って、ローブの左側のポケットから二枚の肖像画のコピーを取り出し机の上で滑らせ放った。

 

「……これは私達の肖像画の」

 

 これには驚いた様子で目を見開く。“王女”が横から手を伸ばして彼の見やすいように絵の向きを調整した。“王様”が迂闊にモノに触れないのはいい判断だな。皇族なら当然なのかもしれないが。

 

「ああ。あんた達二人がガルゲニア皇国で行方不明になった後、見かけたら連絡する程度の捜索が行われた時に配られたモノだ」

 

 何年前の話なのかまでは聞いていなかったが、そっくりな絵だった。二人を直接見たことがあって、絵を渡されればわかるモノだと思う。皇子の時とは恰好が異なるが。

 

「……ここ最近貧民街の住民以外の目があったのはこれが原因か」

「かもな。あんたらには悪いが、情報網の広い商人に紺色のローブと赤いケープを身に着けたヤツを見かけたら情報をくれるように頼んでたんだ。それで探っていた可能性はある」

「そうか」

 

 賢者を集めるという急務に、伝手を使って早めに臨むのは当然の結果だろう。まぁ、どうやって割り出したかまでは俺の知るところではないのだが。

 

「では私達の素性についても察しがついているということだな。一応、私の方から名乗らせてもらおう。ガルゲニア皇国第五皇子、カッツェリーラ・アロイス・ガングスである。カッツェと呼ぶが良い」

「同じくガルゲニア皇国第六皇子、ハーゼリーラ・アロイス・ガングスと申します。ハーゼとお呼びください」

 

 カッツェは偉そうに、ハーゼは深々とお辞儀して自己紹介してくれた。

 

「俺はダナンだ」

 

 名乗る名字も、他称もないので簡潔に名前だけを告げる。

 

「では、ダナン。我々の祖国ガルゲニア皇国の現状についてもある程度知っているという前提で話す。私達はガルゲニア皇国を取り戻したい。我が祖国には残念ながら、害悪が蔓延っている。ヤツらから国を取り返し、民を救う。それこそが私達二人の目的だ」

 

 カッツェは堂々と、目上に立つ者であると疑っていない表情で口にした。ハーゼはなにも言わず、ただ佇んでいる。

 

「力を貸してくれるというなら、私達の目的に協力してくれ。無事祖国を取り返した暁には、私達の持つカードを渡そう」

 

 なるほど。まぁ、妥当な条件だな。目的はやたらと壮大だが、国を相手にするくらいできるとは思う。戦力が足りなさそうだったら団員を呼び集めてやろう。人格に問題がありそうな連中は除いて、話がわかって且つ侵略を良しとできる人物を。

 

「わかった、協力しよう。互いの目的のために、な」

 

 俺は笑ってカッツェに手を差し出す。相手は“王様”であり皇族だが、媚び(へつら)う関係ではない。あくまで条件が満たされる限りは協力する対等な関係だ。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 カッツェは少しだけ逡巡したが、その関係を良しとしたらしい。俺の手を握って握手を交わしてくれた。

 さて。兄貴の方はちょっと見えてきたが、妹の方は全然見せてこない。一応、注意だけはしておくとするか。




ナンダクでは本編とは異なり、ダナンと協力して国を引っ繰り返す話になります。お楽しみに。


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二人の目的

ハーゼのスタンスの解釈は、
・自分の身に起きたことをカッツェには言っていない
・けど皇帝からカードを受け取っているため賢者になっていることは話している
みたいな感じだと思っています。
間違っていたらごめんなさい。

古戦場、頑張ってください。
準備期間が短い中なので大変かと思いますが。


 カッツェとハーゼの二人からカードを貰うために、二人がガルゲニア皇国を取り戻すのを手伝うことになった。

 

 裏社交界という名のグループが、ガルゲニア皇国に蔓延っているらしい。

 噂では前皇帝が病死したのも、第三皇子が病死していたのも、第二皇子が殺害されて第四皇子が捕まったのも、カッツェの楽団への差し入れに毒を盛ったのも、全てはそいつらだという可能性があるようだ。裏社交界は今の皇国を裏から牛耳っているらしく、現皇帝はそいつらに利用されている可能性が高いという。そしてその裏社交界のボスとして君臨しているのが、彼らの叔父だそうだ。皇位継承権が皇子達に次ぐ形なので皇子を全員陥れて自分が皇帝になる、というのがカッツェの予想だ。

 なんでも現皇帝、元第一皇子のヤツはプライドが高く乗せやすいらしい。利用しやすい駒としての価値は高いようだ。

 

「ん? ハーゼも皇子なんだったらなにか仕かけられてるんじゃないのか?」

 

 話を聞いていて疑問に思ったことを尋ねてみる。

 

「いえ。ハーゼはなにもされておりませんわ。所詮は最も皇位継承権の低い、お飾りの皇子でしたから。お兄様の執事に連れ出され、国の現状を憂い、お兄様についてきました」

「お飾りだなんてことはないよ、私の可愛いハーゼ。ハーゼがいてくれるからこそ、私はこうして希望を捨てずにいられる」

「まぁお兄様ったら」

 

 カッツェがハーゼに向ける感情は愛情だ。妹への家族愛ではあるだろうが。聞いたところによると、現皇帝達とは異母兄弟らしい。カッツェとハーゼは同じ母から生まれた子供なので、結束は固いのだろう。

 

「国を裏社交界から取り戻すためには、まず現皇帝を駒とするヤツらの所業を暴き、民に認知させなければならない。……現皇帝は傍若無人な政治を行っているそうだから、不信感は高まっているだろうが。とはいえ民に武力はないと言っていい。革命を起こそうにも国の軍には立ち向かえないのだ」

 

 カッツェは傍にない祖国の民を憂うように悲しげな表情をした。……ハーゼは兎も角、こいつからは嘘の気配がしないな。心からそう思っているのだろうか。

 

「なるほど。つまりあんたは民意を味方につけ、現皇帝を断罪し裏社交界を退けて皇帝の座につこうってわけだ」

「そうだ」

 

 現皇帝は第二皇子殺害の疑いを片っ端からかけて処刑していく、などの所業を行うような人物らしい。影で操られていたとしても到底見過ごせることではない。

 

「ですが、裏社交界が実際にどれだけの規模で動いているかは存じませんわ。誰か一人でも逃してしまえば無辜の民に報復されてしまうかもしれません。ですので、構成員の全てを洗い出す必要があります」

 

 ハーゼは真剣な顔でそう告げてくる。……感情を隠すのが上手いんだが、やっぱり根幹に関わるモノだと少し揺れるな。言葉を選んではいるが、要は「あいつら皆殺しにしてやるわ!」という気持ちなのだろうと思う。

 先程尋ねたが、ハーゼにもなにかしらの策謀があったはずなのだ。つまりそこで裏社交界に大きな怒りを抱いた可能性が高い。

 

「なるほどな。で、潜入して情報を集める役が必要なんだな?」

「その通りだ。だが君を送り込むかどうかとは別だ。なぜなら、裏社交界に私達の居場所を漏らさないとも限らないからだ」

 

 まぁ、だろうな。俺がぱっと思いつく手としては、二人の居場所を突き止める代わりに裏社交界での確かな地位をやろう、みたいな。そしてカッツェとハーゼを始末した後で殺される、と。まぁ普通の考え方だな。

 

「だが、それだけが目的なのだとしたらこうして話している時点で既に達していることになるな」

 

 カッツェが俺に試すような目を向けてくる。

 

「ああ。だからここで俺を見逃せばあんたら二人と貧民街の住人は殲滅されることになるな」

 

 俺は肩を竦めておどけてみせる。話に聞いただけだが、裏社交界なら貧民街ごと焼き払うだろう。

 

「それは困る。君を見逃す手はなくなるな」

 

 ふっ、とカッツェは口元に笑みを浮かべた。

 

「……送り込むことも、ここで逃がすこともできなくなってしまったな。さて、ハーゼ。彼の扱いをどうすれば良いか案はあるかな?」

 

 彼はどうやら俺が裏社交界の送り込んだスパイではないとわかってくれたようだ。そして妹の方は、どう出てくるかな。

 

「いえ、お兄様。ダナンさんを送り込みましょう」

 

 しかしハーゼはそう提案した。

 

「ほう、なぜだ? 彼は信用できない可能性が残っているが」

「簡単ですわ、お兄様。私達が契約しているアーカルムの星晶獣は、ワールドの目的のために契約者を必要としています。契約者がいなければカードを手にすることはできず、手にした後に殺してしまっては意味を為さなくなってしまいます。次の契約者がどれくらいの時間で見つかるかは不明ですが、ワールドと契約を結びたい彼がそのような不確定要素に委ねるとは思えませんわ」

「それだとカード奪って幽閉するだけにさせるって手もあるんじゃないか?」

「星晶獣で打ち破れない牢獄は、ガルゲニア皇国にはありませんわ。万全を期すなら処刑を選ぶでしょうね」

 

 ハーゼは彼女の考えを語った。……なるほど、確かにな。まぁ元々ガルゲニア皇国についていないんだから、俺がいくら疑わせようとしたってボロが出るだけだろうが。

 

「流石は私の可愛いハーゼ。聡明だな」

「ふふ、光栄ですわお兄様」

 

 カッツェは自分のことのように誇らしげで、ハーゼはにこにこと笑顔で彼の言葉を受け止めている。

 

「では、君にガルゲニア皇国での情報収集を依頼しよう。手段は問わない。……できれば民の現状も集めて欲しい。如何に民が苦しんでいるか、それによって現皇帝の崩御が決まると言っても過言ではないからな」

 

 カッツェも俺が刺客ではないと思っているからか、案外あっさり俺を送り込む方向で話をつけてきた。

 

「手段を問わないなら俺の領分だ。……もし現行犯で民を苦しめているようなら、事故に見せかけて始末しても?」

「……やむを得ない場合は、それも考慮してくれて構わない。私は良き王であれと思っているが、非道な輩の命を考慮して善良な民が傷つくようではならない」

 

 よし、言質は取った。まぁ殺りすぎると警戒されて姿を潜めることも考えられるからな。一人二人殺って警戒を起こす前くらいに大半は把握しておくべきだろう。誰かが裏で動いていると悟られないようにするのが第一だ。こういう隠密での情報収集なら頼りになる人材がうちの騎空団には存在する。

 

「わかった。じゃあ受けよう。裏社交界で今わかっているメンバーとか、裏社交界に繋がっていそうな情報はあるか?」

「ああ。ハーゼ」

「はい、お兄様」

 

 俺はあっさりと頷いて取っかかりがあるかを尋ねる。カッツェが指示をして、ハーゼが懐から折り畳んだ紙を取り出す。彼女はそれを開くと内容を読み上げた。

 

「明言できるのはただ一人、私達の叔父様ですわ。表向きはボランティアや資金援助などを行う善人とされていますが、その実裏社交界でも中心と思われる地位に就いております。裏社交界には貴族も多く参加していますが、城へ自由に出入りできる立場ですので立て続けに起きた皇族の不慮も、彼が糸を引いている可能性が高いと思われます」

「なるほど、大物だな」

 

 二人の叔父ってのがキーパーソンというわけだ。その人物を追っていけば裏社交界の全容を把握できるかもしれない。

 

「……お兄様、少し場所を変えて二人で話してもよろしいでしょうか。あまりお耳に入れたくないお話ですので……」

「気遣いは無用だよ、ハーゼ。私は皇帝となるべく、どんな時も平静を心がけている。どんな話であれ、きちんと受け止めよう」

「はい。ただこれは宮殿で少し噂になっていた程度のお話だということを、念頭に置いてくださいまし」

 

 ハーゼはそう前置きしてから神妙な面持ちで語り始めた。

 

「……叔父様が目をかけている孤児院の子供を引き取って人体実験を行い、裏社交界の見世物にしていると」

 

 彼女は語る最中兄に見えないよう拳を握り締めている。まるで湧き上がる怒りを抑え込んでいるかのようだ。

 

「そんな噂があったのか……。罪のない子供達に人体実験を行い見世物にするなど人の所業ではないな。もし本当なら、一刻も早く止めなければならない」

「ええ、そうですわねお兄様」

 

 あくまで彼女はカッツェにはなにも言わないつもりのようだ。カッツェは政治に興味がなく楽団の指揮者として過ごしていたという話だが、ハーゼはお飾りだったとしても式典などに顔を出していたという。だからこそ彼女しか知らない情報もあると考えられるのだが。

 ハーゼは間違いなく裏社交界に個人的な怒りを抱いている。様子の端々にそれが感じ取れる。

 

「あんたの内情はわかった。本当にやりたいことが見えたなら協力するのは吝かでもない」

 

 俺はニヤリと笑ってハーゼへ告げる。彼女の表情は一切変わらない。だが心の中ではこう思っているはずだ。

 

(かかった……!)

 

 と。そうほくそ笑んでいるに違いない。

 カッツェには見えないように、ということは俺だけに見えるように、ということでもある。つまり彼女は自分の本心を俺にちら見せしてきたのだ。理由は単純、信用させるため。

 向こうは俺が表面上の様子を疑っていることに気づいたのだろう。流石にこいつの仮面の向こうは見通せなかった。俺の観察眼もまだまだだな。

 

 ともあれ自分の中の感情を見せることで俺を信用させようとしてきたわけだ。

 

「……と言うだけなら簡単だけどな」

 

 俺がつけ足すと僅かにハーゼの片眉がぴくりと反応した。

 

「まぁ、わざわざ見せてくれたんならそれに乗っかってやるよ。真意についてはどうだろうな?」

 

 その程度で俺を操れると思うなよ、と告げるように笑う。

 

「あら、なんのことでしょう」

 

 ハーゼはにっこりと微笑んで小首を傾げた。

 

「さぁ、なんのことだろうな?」

 

 俺も明言はしないが不敵に笑う。

 

「うふふ……」

「くくく……」

「ふふふふふっ……」

「はははははっ……」

 

 ハーゼと俺の笑い声が部屋に響いた。ただし二人共目が笑っていない。

 

「は、ハーゼ? 一体どうしたというんだ?」

 

 一人だけついていけていないカッツェは戸惑っているようだが。

 

「いえ、なんでもありませんわお兄様。どうやらダナンさんは私が思っていた以上に優秀な方のようです」

「そ、そうか。ならいい。ではそのハーゼが見込んだ手腕を振るってもらうとしようか」

 

 ハーゼが微笑んで告げるとあっさりカッツェは納得してしまった。それでいいのか次期皇帝。

 

「さて、いくつか詳細な情報を得たいところだし、もう少し聞いてもいいか?」

「私達に答えられることなら答えよう」

 

 街で聞き回れば民衆の状況、気持ちやなんかは調査できるだろう。しかし貴族や皇族の今を調べるとなると少し難易度が上がる。宮殿に忍び込んで調査するのは適した人材に頼めるとしても、人から話を聞き出すには潜入の必要があるかもしれない。潜入の手立てはいくつか聞き出しておくべきだろう。

 

「俺は“シェフ”なんだが、宮廷料理人として通用すると思うか?」

 

 俺が思いつく最良のカードはそれだ。

 

「“シェフ”とはあの、WWCで優勝したという……?」

「ああ。ほら、“シェフ”だけが持つバッジだ」

 

 説得力を持たせるためにバッグからバッジを取り出してテーブルに置く。ハーゼはまず手に取り、繁々と眺めた。

 

「……ハーゼは目利きに通じているわけではありませんが、どうやら本物のようですわ」

 

 これには流石のハーゼも驚きを露わにしていた。まぁ驚かない方が不自然だろうし。

 

「……ガルゲニア皇国に“シェフ”はいない。充分通用すると思うが」

「とはいえ実際に食べてみませんと判断しかねますね」

 

 ということなので、調理をすることになった。まぁ“シェフ”じゃないからと言って宮廷料理人の腕前が劣るわけではないからな。既に宮廷料理人になっているようならわざわざ“シェフ”の称号を取りに行くまでもないだろう。

 貴族が食べるような上品な品々をイメージして何品か作ってみる。

 

「これは確かに美味しそうだな」

「ええ。ではまずは私が」

 

 見た目にも拘っているので二人して目を輝かせている。だが毒見役も兼ねているのかハーゼは一品ずつ口にしていき――

 

「……ハーゼよ。毒見にしては多くなかったか?」

 

 カッツェはそう口にするまで、料理の半分ほどをそれぞれ食べてしまった。思わずはっとするハーゼに俺は薄ら笑いを浮かべてしまうが、彼女はこちらよりも兄に言い訳をするようだ。少し頬を染めてしゅんと肩を窄めると、

 

「……申し訳ありません、お兄様。あまりの美味しさにたくさん食べてしまいました。はしたないところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。ハーゼは毒見役失格です」

 

 悲しげにそう言ってみせた。当然、カッツェは柔らかく微笑むと彼女を慰めるように口を開く。

 

「いいんだよ、ハーゼ。ハーゼが食べたいならもっと食べても構わない。二人で食卓を囲めばもっと美味しくなるだろう? ほら、一緒に食べようか」

「お兄様……」

 

 ハーゼは感極まった様子でカッツェに抱き着く。それを当然のように受け入れ頭を撫でるカッツェ。……しかし俺からはハーゼがちろりと舌を出したのが見えた。

 

 うわぁ、手玉に取られてるよお兄様。

 

 それくらいは俺に見せてもいい、と彼女は判断してくれたのだろう。ある程度の信頼は勝ち取れたらしい。

 他にも貴族に取り入るために必要そうなことを聞いておく。連絡手段もちゃんと確保しておかなければならないが、それはまた次の機会にしよう。

 

「よし。俺が聞きたいのはそれくらいだが、情報収集に適した仲間がいる。そいつらを呼ぶから、それからまた打ち合わせをしよう。連絡手段の確保やなんかも、そいつらがいると捗るはずだからな」

 

 二人にはそう告げておく。

 

 ……さて、あの二人と呼ぶとしようかね。




ダナンとハーゼの心理戦みたいなのが描きたかった……難しい。


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国を引っ繰り返せる三人

古戦場からは逃げられない……!


「え~。僕ってばスツルム殿と休暇を楽しんでたんだけど~?」

「……まだ休んでいたかった」

 

 というわけで“黒闇”の騎空団において情報収集に長けた二人を呼んで戻ってきた。他のヤツらには長くかかりそうだということを告げてきたので、とりあえずは放置しておく。戦闘能力が高い連中ではあるのでいざとなったら力を借りるかもしれないが、今のところは大丈夫だ。むしろ人数を増やしてボロを出す可能性を高めてしまう。

 どこから情報を仕入れてくるんだかわからないが情報網の広いドランク。

 影に潜み気配を遮断した上分身も使えるレラクル。

 

 そして秩序の騎空団にも潜入したことがあり、『ジョブ』持ちなおかげでなんでもできる俺。

 

 この三人でガルゲニア皇国殲滅し隊を結成したというわけだ。……名前はダサいが。本当に名づけているわけではないので見逃して欲しい。

 

「団長命令だ」

 

 の一言で大人しくついてくる辺り、二人も言ってみただけなのだろうとは思う。

 

 兎も角大人しくカッツェとハーゼのいる家に来てくれた。

 

「というわけで情報収集が得意なうちの団員だ。俺が聞いた情報については共有してあるが、他に聞きたいことがあったら尋ねる」

「わかった。ダナンから話は聞いている。ダナンが率いる“黒闇”の騎空団の団員だそうだな。この度は我が祖国ガルゲニア皇国のために、一つ頼みたい」

「私からもお願いいたしますわ」

「もっちろん~。ダナンの頼みならあんまり断る気はないよ~」

 

 ちょっとはあるんじゃねぇかよ。

 

「僕は仕事ならやり遂げる。それだけだ」

 

 レラクルはもう少し燃えた方がいい。まぁ、仕事はテキパキこなすから最低限はいいっちゃいいんだが。

 

「まずは連絡手段だが、当初の予定ではいくつもの郵便を経由して事前に決めた暗号で記載した手紙を送るという風にしようと思っていたのだが」

「あ、それなら僕の魔法で遠くからでも連絡できるようになるよ~。特殊な魔法で使い手も全然いないから、傍受される心配もなし」

 

 ドランクが持っている宝珠のいくつかを取り出しころころとテーブルに並べる。二人は興味深げにそれを眺めていた。

 

「流石に空域越えると難しいんだけどね~。ガルゲニア皇国ってこの空域内にあるし、僕の宝珠でも会話ができるってわけ。まぁでも会話してるところを聞かれたら意味ないから、そこは注意が必要かな~」

「それはそちらで注意することだな。充分に気をつけてくれ」

「その点俺なら周辺一帯の全てを把握できるから、問題なく会話可能だ」

 

 ワールドの能力だけどな。そこは信用してもらう他ない。

 その他、ドランクとレラクルが思った点を二人に尋ねて事前情報をいくつか集めた。

 

「もう聞くことないなら、早速ガルゲニアに潜入するがいいか?」

 

 俺は四人に尋ねる。四人共こくりと頷いてくれた。

 

「よし。じゃあ早速行って情報収集開始だ。目的は現皇帝を取り巻く叔父とやらを含めた裏社交界の人間全てを暴き、悪事の証拠を押さえること。民衆の反感が煽れれば最高だ。細かい手順は移動しながら打ち合わせするとして、あまり長い時間はかけられない。早々に国を引っ繰り返すぞ」

「おっけ~」

「うん」

 

 俺の号令に、二人が普段の調子で言った。もう用はないので、さっさと家を出ていく。二人が出た後に続いて俺も出ようと思ったのだが、

 

「ダナン」

 

 カッツェに静かな声で呼び止められた。足を止めると先に出ていたドランクがひょっこり顔を覗かせたが、「先行ってていい」と告げて俺だけが残る。

 

「……なんだ、カッツェ。俺だけに話があるなら前の時でも良かったんじゃないか?」

 

 俺は振り返り、彼に尋ねた。

 

「なに、急に思いついたのでな。呼び止めてすまない。君が宮殿に潜入するつもりなら、一つ確認して欲しいことがある」

 

 カッツェはタイミングを見計らっていたわけではないと言い、用件を告げてくる。

 

「第二皇子殺害の疑いで投獄された第四皇子、私達の姉が生きているかどうかを確認して欲しい」

 

 真剣な表情だった。投獄された後どうなっているかは二人も知らないのだろう。生きている望みは低いが、生死の確認はしておきたいのか。

 

「わかった。もし機会があってわかったら、連絡の時に報告する」

「ああ、頼む。彼女は信頼の置ける人物だ。それに、殺害の疑惑は(なす)りつけられただけだと思っている。その辺りの事実関係の確認が取れたら救ってやって欲しい」

「了解。だけどいいのか? 皇位継承権の順位は第四皇子の方が上なんだろ? 同じく裏社交界にしてやられたってんなら、自分が舵取りをしたいと思う可能性もあるんじゃないのか?」

「……その時はその時だ。元々皇帝に興味などなかったが、私が王らしく振る舞うのは民に幸あれと願ってのことだ。私が皇帝にならずとも民が幸せになるのなら、それでも良い」

「流石ですわお兄様」

 

 彼は自分が皇帝になりたいのではなく、他人のためにいい皇帝であろうとしているだけだという。ハーゼに褒められて気分良さそうなのはちょっと不安だが。ハーゼの操り人形にされそうで怖いな、こいつが皇帝だったら。むしろその姉とやらが生きていたらやる気を出してもらった方がいいかもしれん。

 

「ま、第四皇子については気にしとくわ。じゃあ、また連絡の時にな」

「ああ、期待している」

「ご武運を」

 

 俺は武運が必要にならない方に祈って欲しいんだがな。と思いつつ外の二人と合流して、足取りを追わせないために遠回りをしながらガルゲニア皇国の地に足を踏み入れたのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ガルゲニア皇国の首都に降り立った俺達は、街の現状に眉を寄せる。

 

「……皆の顔が暗いねぇ」

「嫌な空気だな」

 

 ドランクとレラクルが率直な感想を口にした。俺もそう思っている。

 

 広がっている街の光景は、ここだけ淀んだ空気が蔓延しているかのように見えたくらいだ。街を歩く人の顔色は悪い方で活気がない。げんなりしている。……こんなんで国が成り立つのかとすら思うくらいだ。

 

「……これは察しが悪くてもなにかあるよなぁ。じゃあ各自分かれて調査開始な。一週間後、定期連絡を行うために落ち合おう。場所は街の中央にあるっていう広場だ。なにかあれば宝珠で連絡を。じゃあ、始めようか」

 

 国を引っ繰り返す準備をな。

 

 俺はドランクとレラクルと別れて街をしばらく歩き回ってみることにした。

 ハーヴィンの皇族がいる国ではあるが、特段種族の差別はなさそうだ。やつれて歩く人々の種族にはハーヴィンもエルーンもドラフも、関係なくいた。

 

「……さてと、どこから情報を得るべきかね」

 

 一応料理で宮廷に取り入ろうとは思っているが、いきなり言っても皇族や貴族に料理を出す、信用に値する料理人かどうかを判断できなければ採用されない可能性もある。なにかしらの足がかりは作っておくべきか。こういう時ドランクならささっと伝手を作り上げるんだろうが、俺にはそこまでの能力がない。

 手っ取り早く人目について、こいつは優秀だと皇族に知らしめるいい方法はないだろうか。

 

「そこのあんた! 他所から来たんだろう!? なんでもいいから、うちのモノを買い取ってくれ!」

 

 俺が考えをまとめようとぶらぶらしていると、必死に呼び止めてくる者があった。痩せこけたエルーンの男性だ。野菜を売っている店のようだが。

 

「んー……。けどなぁ、ちょっと高くないか?」

 

 俺は言って並べられた野菜の一つを手に取ってみる。悪い品ではないが、特別いい品というわけでもない。だが値段がとても高い。おそらく相場の二倍くらいはするだろう。

 

「そ、それはそうかもしれないが……」

 

 素直に意見を述べると店主は項垂れてしまった。……必死な様子だったし、話を聞いてみるか。

 

「でもなんだってこんなに高いんだ? まだこの国に来たばかりで事情には明るくないんだが、他の国ならその半分くらいの値段だろ?」

「ああ、相場だとそれくらいだな。けど……ここだけの話、ガルゲニア皇国は度重なる重税によって値段を上げざるを得ない状況なんだ」

 

 店主はあまり聞かれるのは良くないと考えたのか、声を潜めて理由を口にした。

 

「重税かぁ」

「そうなんだ。それで生活が苦しくなって売り物の値段を上げて、でも他の皆も生活が苦しいから買う人がいなくなって、そうして今に至るってわけさ」

 

 悪循環だな。しかし二人の話を聞く限りでは元々はそういった国ではなかったという。

 

「……その重税を主導してるのは、皇帝陛下か?」

「ああ、そうだ。あの皇帝は身勝手な振る舞いで政治を思うままに動かしている……! 前皇帝陛下がご存命ならこんなことにはならなかったのに!」

「あんまり取り乱さないようにな。大きな声も、危険なんだろ?」

「あ、ああ。すまない、ありがとう」

 

 溜め込んできた不満を吐き出すためか声が大きくなってきていたので注意しておく。俺にとっては貴重な情報源だ、聞かれていて始末されては困る。あとここで見つかったら俺の潜入計画がおじゃんだ。

 

「皇帝の暴走を、他のヤツらは止めないのか?」

「ああ。放置しているのか、それとも加担しているのかはわからないが。皇帝の政策に異を唱えた者は皆処刑されていった。なんの罪で、とか言ってるがあれは絶対でっち上げだ」

 

 口調が荒くなっている。相当キているようだ。

 

「なるほどねぇ。ところで現皇帝の叔父はどうしたんだ? 彼は確かボランティアなんかの慈善活動に収支する、皇族の変わり者と聞いていたんだが」

「それが少し前からあまり姿を現さなくってね。あの方が無事ならいいんだが、もしかしたらもう皇帝に……」

 

 行方不明になった皇子と皇子を殺害したらしい皇子しかいない今、ハーゼに次ぐ皇位継承権を持つ叔父とやらに期待するのは民衆の心として頷ける。確かカッツェの話では全皇子を除外して自分が皇帝になろうとしている、という話だったか。

 利用しやすい第一皇子だった現皇帝を唆して他の皇子を次々に始末していき、今こうして民衆に登場が期待される立場となったわけだ。散々利用した後は暴君として切り捨て自分の支持のために利用する。ヤツが思い描いたシナリオはこんなところだろうか。

 

「そうか。大体事情はわかった、ありがとな。じゃあ買い物といこう。全部くれ」

「えっ、はっ!?」

 

 俺の告げた言葉に理解が追いついていないのか、店主はぎょっとしていた。

 

「……ぜ、全部って、ここにある全部か?」

「ああ。金ならある。まぁ多少は割引してくれると有り難いんだが。あと肉屋と魚屋と果物屋とかその辺りの店の場所を教えてくれないか?」

「あ、ああ。買ってくれるって言うなら売る。店の位置も教える」

 

 戸惑ってはいたが頷いてくれた。よし、これで俺が思いついた方法を実行できそうだな。ルピをいっぱい持ってきていて良かった。空域を越えて“蒼穹”の生存を確認する依頼料が思っていたより高かったからな。助かっている。

 

「だがこんな高いモノを全部買うなんて、あんた若いのに何者だ?」

 

 まぁ当然、店主はそう尋ねてくる。俺はニヤリと笑って懐から雲の形をしたバッジを取り出して見せた。

 

「そ、それは……!」

「しがない料理人だよ、今年最高のな」

 

 言って、店主は納得したのか尊敬の眼差しと共に全面的な協力を約束してくれた。

 

 俺はその後必要と思われる食材を買い集め、調味料も買い漁り、大鍋のような器具も買い込んで。

 

 山ほどの食材を街の広場に運んでもらった。即席の調理場を設置して、作業していることからなんだか野次馬が集まってしまったが。

 街にどれだけの人がいて、どれだけの人が飢えているかはわからない。だから思う存分に料理を振る舞おう。美味しい匂いが広がって、口利きとでできるだけ大勢の人に知られるのがいい。

 

 俺は鼻歌を歌いながら迅速に料理を進めていく。見ているだけで楽しめる“シェフ”のパフォーマンスを意識して野次馬を集めつつ、美味しそうな匂いが沸き立つ料理を作っていく。その気になればもっと早くに完成させることができるのだが、焦らすようにじっくりと作っていく。

 

 やがて渾身の品々が出来上がり、顔を上げれば待ち切れないといった表情の民衆がいる。

 

「さて、と。腹が減っているなら並べ! これは全て俺の奢りだ。たくさんあるから、押し合うんじゃねぇぞ!」

 

 余程生活が苦しかったのだろう。俺のその一言を聞いた野次馬達は、一斉に整列し始める。押し合いになりかけていたが、「押し合うならやらんぞ」と注意したら大人しく並んでくれた。ここまで追い詰められていると逆に扱いやすくていい。裏社交界がどう動いているかの情報は他二人を待つとして――って、てめえらまで来るんじゃねぇよお前らは情報収集してろ。

 途中列にドランクとレラクルを見つけてしまったが、まぁ腹ごしらえは必要だよなと思っておく。後で仕置きな。

 

 ともあれ口コミもあって食べに来る人は続々と増えていった。ちゃんと他の人の分のために二周目はダメだぞと言っておいているんだが、どうやら街中の人達が来ているらしい。一応ある程度人の顔を覚えておいてはいるんだが、別の人ばかりが来ている。

 美味い飯を食えば人の表情も明るくなる。俺の料理で多少は街の活気がマシになったかなと思っていると、長い間料理をして人に配っていたためかなり大きな騒ぎになっていたせいだろう。

 

 兵士達がやってきた。

 

「……お、おい。あれって……」

「……ああ、城仕えの兵士様だ」

 

 ヒソヒソと言い合う声が聞こえたので、鎧が綺麗に磨かれた兵士達がそれなりの立場であることがわかった。

 

「貴様か、ここで料理を振る舞っているというのは

 

 隊長らしき兵士が俺に尋ねてくる。料理を食べていた人達は少し離れていった。

 

「ええ、そうですよ」

 

 俺はにっこりと笑う。

 

「ここの方々は随分と暗い顔をされていたので、それなら私の料理で笑顔にしようかと思った次第です。法律上、公の場で調理をすることは禁じられてないとお聞きしましたが?」

「確かに法律では禁止されていない。だがそんなに美味しい料理だというなら、民衆に振る舞われるべきではなく、皇族や貴族の方々に振る舞われるべきだ」

 

 うわ、典型的。それが本心からの言葉なのか、それとも叔父にそう振る舞うよう言われているかでこいつの立場が決まってくるんだが。

 

「それは残念です。どうやらあなた方と私は考え方が合わないようです」

 

 俺は眉尻を下げてわざとらしく告げる。

 

「料理を振る舞い、人々を笑顔にする。それが私含む――“シェフ”の称号を持つ者の役目ですので」

 

 俺はこれみよがしにバッジを見せびらかす。店主以外には内緒にしていたのでどよめきが広がった。

 

「“シェフ”だと……?」

「はい。私の料理は、私の料理を喜んでくれる方のために振る舞われます」

「……どうやら今代の“シェフ”は腕がイマイチのようだな」

「と思うのでしたら、食べてみますか?」

 

 というわけで兵士達一人一人にスープを一杯手渡していく。

 

「こ、これは……!」

「ふ、ふん。こんなモノ匂いだけだ」

 

 隊長は気丈に振る舞おうとしているが、他の兵士達は匂いに釣られて食べたそうにしている。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 俺は手で差し示す。直後、隊長とその他で反応が分かれた。

 

「こんなモノいらん!」

「「「美味っ!」」」

 

 地面に投げ捨てた隊長と、兜を持ち上げスープを啜った兵士。

 

「「「えっ?」」」

 

 互いに反応の違いにきょとんとして顔を合わせている。

 

「……おい貴様らなぜ施しを受けた」

「だって美味しそうでしたし。なぁ?」

「ああ。超美味いっすよ隊長」

「なんで食べなかったんすか? 勿体ない」

「貴様らぁ……!」

 

 拳を握ってぷるぷると震える隊長。……あれ、なんかこいつ悪人になり切れてない感が出てきたぞ。

 

「あ、因みに大人数に配るため一人一杯までですので」

「え」

 

 くっ、俺も食べておけば良かったか、という表情をしている隊長に告げると、硬直してしまった。

 

「……そこまで言うなら食べてやろう、と言ってもか?」

「はい、お代わり禁止です」

「…………」

 

 隊長は俺の返しに黙り込むと、なにを思ったのか一番近かった街の人に近づいていく。そして剣を抜き放つと喉元に切っ先を突きつけた。いきなりの凶行に小さく悲鳴が上がる。

 

「……こいつを殺し、その分を貰う。そうされたくなければ大人しく渡せ」

 

 たった一杯にそこまでするかよ。

 

「……あんまり、料理人の前でお客さんに手を出さない方がいいですよ? 兵士さん達見てましたよね、そっちの方が先に手を出したんです」

「はい、見てましたよ」

「貴様ら!」

 

 俺が尋ねると兵士達は頷いた。人望がないのか弄られるタイプなのか、隊長はあまり尊敬されていないようだ。

 

「じゃあ、反撃されても文句は言えませんよね」

「っ!」

 

 俺は言いながら本気で迫り包丁で剣を弾き飛ばす。

 

「なんだと……」

「料理人だって鍛えているってことですよ。これ以上やるなら、怪我じゃ済みませんけどね」

 

 逆に包丁を突きつけて言ってやれば、隊長はがっくりと肩を落とした。

 

「あ、食べます?」

 

 そこに新たに用意した一杯を渡す。

 

「……っ!」

 

 隊長は嬉しそうにスープを口にした。今度はちゃんと完食する。

 

「ほら隊長、言うべきことがあるんじゃないですか?」

「住人脅したんすから、当然ありますよね?」

 

 と部下にせっつかれる隊長。隊長は頭が冷えたのか我に返ったのか、「すまなかった」と脅した住人に頭を下げた。どうやらこの人は根本的に悪人というわけではないらしい。信用できるかはわからないけどな。

 

「……ところで“シェフ”の少年。実は君の捕縛命令が出ている」

 

 真剣な表情で隊長が言ってきた。どうやらこちらが素のようだ。

 

「宮殿に来て是非腕を振るってくれ。場合によっては宮廷料理人として雇うことも検討するそうだ。……皇帝陛下直々の勅令である」

「はい、わかりました。では行きましょうか」

 

 俺はざわめく民衆を置いて即答した。願ってもない機会だ。当初の目的の通り、宮廷料理人になるとしようか。

 

 こうして俺は着いた初日に宮殿へと招かれることになったのだった。



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初日の報告

世間ではP5Sの発売で盛り上がっているらしい。
いや私も勝ったんですけど。

ただVSのハードクリアしてないのに他のゲームに手を出しちゃうと、多分VSやらなくなるんですよねぇ。
あと古戦場が忙しい。オート編成作らないと他ゲーをやる暇はありませんな。


 宮殿は流石に立派だった。中の従業員も街の人達とは違って元気そうだ。身形も整っていて、街の人達と見比べるとかなり格差がある。

 

 俺はと言えばいきなりではあるが、謁見の間に連れていかれることとなった。

 

 謁見の間最奥に玉座があり、そこに豪華な衣装で身を包んだハーヴィンの男が座っている。人を見下すような目と曲がった口髭が小物感を醸し出している。……なんだろうこの、見ればわかる皇帝に相応しくない感じは。本人もその自覚があるから叔父の口車に乗って次々に弟妹達を嵌めていったんかね。

 

「貴様が腕の立つ“シェフ”か」

 

 自分が人の上に立つのは当然と言わんばかりの態度だ。カッツェの方がまだいい王様に見えるが、あいつもあいつでハーゼの言いなりになりそうだからなぁ。いや、こいつが叔父の言いなりなんだったか。大して変わらないな。

 

「腕が立つ、かどうかは食べた方が決めることですのでわかりかねますが。私が“シェフ”にございます」

 

 畏まった所作で恭しくお辞儀をしてみせる。

 

「ふむ。ならば今日の夕食を任せる。そこで貴様の腕を見せてみるがいい。……ただし、もし口に合わなかったらどうなるかわかっているな?」

「皇帝陛下は冗談がお上手ですね。私の料理が口に合わないわけがないでしょう?」

 

 そんなふざけたこと、なにがなんでも言わせるわけがねぇだろうが。

 

 俺がにっこりと微笑んで告げると、皇帝はきょとんとしてから笑った。

 

「ほう? 相当に自信があるようだな。よし、ならばこの舌を唸らせてみるがいい!」

 

 ばっ、と手を突き出して堂々と宣言したのだが、その数時間後には。

 

「美味い! この料理は最高だ! 流石は“シェフ”、これまでに食べたことのない美味しさだ!」

 

 本気で料理を振るった俺に死角はない。皇帝陛下もお気に召したようでなによりでございますねぇ。

 

「お褒めに与かり光栄です、陛下」

 

 表向きは殊勝な態度で優雅にお辞儀をしてみせる。内心でチョロいなこいつ、やっぱ皇帝向いてねぇわと思ったのは全くおくびにも出さない。

 

「決めたぞ! この者を宮廷料理人に任命する! 異論がある者はいるか?」

 

 俺の意思とは関係なしに話を進めていく。嫌な皇帝だが、この場合は都合がいい。皇帝が見回すが、毒見役や他の味見した者、全員が首を横に振っていた。

 

「では貴様を宮廷料理人に任命する。して、名をなんという?」

 

 今更か、とはツッコまない。

 

「ダナンと申します。謹んで宮廷料理人の任、受けさせていただきます」

 

 まさかこうも上手く、初日で潜り込めるとは思ってもみなかった。……裏で誰かが俺を利用しようとしていないか警戒しておく必要があるな。レラクルにもその辺りを調べさせるか。

 

「そうかそうか。では励むが良い。この者に宮殿内を案内してやれ」

 

 皇帝は満足そうに頷くと、従者に命じて俺をまず厨房へと案内してくれる。

 料理人とは食事を作った時に顔を合わせているので問題ないが、まずは快い自己紹介から。

 

「本日から宮廷料理人になりましたダナンと言います。よろしくお願いしますね」

 

 にっこりと爽やかな笑顔で自己紹介をしてやった。愛想のいい自己紹介は大事、リーシャから学んだ。まぁ、別にいい顔はされなかったんだが。そこはこれからの俺の振る舞いで改善するとしよう。鼻っ柱をへし折る気で本気出したからな。仕方がないと言えば仕方がない。

 

 その後その場にいた料理人全員と顔合わせを行い、料理長ともちゃんと挨拶をした。それから宮廷料理人用の寮に案内されて荷物を運び込む。

 それから皇帝の従者らしき案内役の人に宮殿内を大まかに案内してもらって、初日は終わった。

 

 盗聴されないように音を通さない壁を創り、ドランクから渡された宝珠を取り出す。

 

「こちらダナン、こちらダナン。初日の成果は宮廷料理人になった、どうぞー」

『いやぁ、流石に手が早いよねぇ』

 

 俺が魔力を込めて話すと、すぐにドランクから返答があった。

 

『初日で問題の皇族に取り入るとは思っていなかった』

 

 レラクルも今会話できる状況のようだ。

 

「俺だってこう上手くいくと思ってなかったんだけどな。で、その件で裏社交界が俺を起用させてなにか企んでる可能性も考慮した。二人共頭の片隅に置いておいてくれ」

『はいは~い。考えすぎだと思うけどねぇ』

『僕もその可能性が高いと思う。だが慎重なのはいいことだ。調べておく』

「頼んだ」

 

 あまりにもスムーズにいきすぎて裏を勘繰ってしまう。なにより俺が皇帝と謁見する時も叔父が姿を現さなかったのは気がかりだ。

 

「じゃあこの流れで俺から報告。見た感じ掴みは上々、しばらくは大人しく宮廷料理人として宮殿全員の胃袋を掴みまくる予定だ」

『……平然ととんでもないことを口にしてるけど、秩序の騎空団でも同じことをやってたんだもんね~。胃袋掌握されたら気を許しちゃうだろうし』

『……うちの団長は本音に自信のない物言いが目立つが、明らかに異常だね』

 

 異常とか言うなよ。俺はあのとんでもない連中と張り合おうと精いっぱい頑張っているだけだってのに。料理はまぁ、好きでやってるのもあるんだが。

 

「ま、精々溶け込んでみるさ。もう一つ気になることがあった。……皇帝と謁見したんだが、裏社交界を仕切ってるはずの叔父がいなかった」

『へぇ? それはおかしいねぇ』

『僕の方でも分身で宮殿を探っていたけど、見かけた覚えはないかな』

 

 レラクルは既に宮殿へも手を伸ばしているようだ。分野が違うから仕方がないとはいえ、手が早いな。

 

「で、色々と街で聞き込みをしてる中で、俺は一つ叔父の目論見について仮説を立てた」

『僕も多分似たような考えだけど、聞かせて~』

 

 どうやらドランクも同じような結論に至ったようだが、俺に華を持たせてくれるらしい。

 

「叔父は現皇帝を批判、処刑して次期皇帝になる気のようだ」

 

 簡単な推測だが間違ってはいないだろう。そうでもなければ今この民が苦しんでいる状況で慈善活動を行う表の顔を維持するためになにもしないというのはおかしい。

 

 

「叔父の計画では多分だが、暴走して政治を行う現皇帝を作り出した上で、最後に残った他の皇族で且つボランティアなども行う善人だという立場から国民が自分が代わって皇帝になって欲しいと願われる存在になるよう謀略した。……そろそろ民も限界だ。近々突如現れた叔父が現皇帝をわかりやすく批判して皇国を乗っ取るんだろうぜ」

 

 クソみたいな話だ。カッツェの話では己の野心のために、ということだったが果たしていつから皇帝になろうと計画していたのかは見当がつかない。

 二人から聞いた話では叔父は少なくとも二人が知る限りずっと慈善活動を行ってきている。二人の年齢も考えて数十年単位で費やしているのは明白だ。

 

 加えて、俺は現皇帝の元第一皇子が叔父が操るのに適した性格なのも気がかりだった。

 

 プライドが高く身内でさえ処刑するのにためらいがない。

 叔父の言うことを疑いもせず真に受ける。

 他の皇子を皇帝にしようと画策していると聞いて信じてしまうほど他の皇子に劣等感を持っている。

 

 こういった点が、叔父が裏から操るのに適しすぎている気がしたのだ。

 要は、第一皇子にそういった刷り込みを行ってきているのではないかということ。もちろん劣等感を抱くかどうかは続けて生まれる皇子が優秀かどうかにかかってくるのだが。とはいえ第二皇子が非常に優秀だった場合、劣等感を抱くことがほぼ確定する。後は地道に刷り込み作業を行っていけば、唆すことも容易になるかもしれない。

 

 そう考えると何十年越しの悲願というヤツになってくるのだが俺には皇帝という立場になることがそこまで価値の高いモノかと言われれば首を傾げるしかない。そもそも俺に譲れない信念みたいなモノがあるかどうかさえ怪しいところだとは思っているのだが。

 

「ってところが俺の初日の報告だな」

『いやぁ、ほぼ僕と同じ結論で有り難いよ~。じゃあその流れでこっちの報告も済ませちゃうね~』

 

 いつものニヤケ面を浮かべているであろう声音の後、ドランクの報告が始まった。

 

『僕は今回裏社交界に属してる貴族サマに取り入ろうと思ってるんだけど、そのために色々聞き込みして情報収集してる最中かな~。ダナンほどの進捗はないけどねぇ。で、聞き込みをしてた時に思い浮かんだ叔父の目論見はほとんどダナンと一緒。でね? 僕占い師でもやろうかと思ってるんだ~。水晶の中に未来が視え~る~って。どぉ? それっぽくない?』

「『胡散臭い』」

『え~? 合ってると思うんだけどなぁ』

 

 いや、似合ってはいるぞ。顔隠して路地裏に迷い込んだヤツに意味深な占いをしていく占い師とか。

 

「まぁ占い師は胡散臭いモノだし、ドランクの胡散臭さなら右に出るヤツいないだろ」

『……いや、褒めるように物凄く貶されてるんだけど? 僕ってそんなに胡散臭い?』

「『かなり』」

 

 またレラクルと俺の声が被った。レラクルとは比較的接点が少ないはずだが、どうやら既に共通認識と化しているようだ。流石は俺の親友殿だぜ。小声でぶつぶつ言っている声が聞こえてきたが、報告には関係ないことなのでスルーする。帰ったらスツルムに慰めてもらえ。いや、あいつはあいつで「なんだ、そのニヤケ面で胡散臭くないとでも思っていたのか?」と更に追い打ちをかけそうな気がする。根本的Sだからなぁ、スツルムは。

 

『僕の報告はそこまでない。分身を使って街の内外を調べて回っていた。首都のここも酷いが、外の街も同じような状態で、景気が(すこぶ)る悪い。崩壊寸前だ』

「全くだ。だからこそ俺の料理を振る舞って宮殿のヤツらの目に留まらせるという作戦ができたんだが、複雑だな」

『裏社交界も嫌なことするよねぇ』

 

 この国の現状を見ればわかる。早くなんとかしなければならない。裏社交界という害悪を排除しなければ、間違いなくこの国は滅ぶだろう。……まぁ、好き勝手に民衆をコントロールする叔父様が皇帝になってどうするかはわからないがな。皇族が他にいないからと暴君になるのかもしれないし、善良な政治を心がけるのかもしれない。それは本人に問い質してみないとわからないよな。

 

「初日はこんなところか。じゃあ第一報として、カッツェとハーゼに繋げるぞ」

『はいは~い』

 

 二人に告げてから魔力を込めて遠方にいる二人まで魔法を届かせることに成功する。これはワールドとの契約が近いせいか魔力量が跳ね上がっている俺にしかできなかった。

 

「こちらダナン、こちらダナン。仲の良い兄妹はいらっしゃいますか?」

『こちら、幼い頃からずっと仲の良い兄妹だ。今問題ない』

『……あの、やはりこの合言葉やめませんか?』

 

 俺の呼びかけにカッツェの声が応え、続けてハーゼの少しだけげんなりした声が聞こえてくる。この様子だと、ドランクがこっそり耳打ちしてきた「この子あんまりお兄ちゃん好きじゃないのかもね~」という言葉は本当だったのかもしれない。カッツェは嬉々として賛同してくれたのでハーゼは断れないという結果に終わったのだが。

 

『なぜだい、私の可愛いハーゼ。私達が仲の良い兄妹であることは事実だろう』

『それは当然のことですが、ダナンさんが名前なので』

「お前らは身分を隠す必要があるからな。でまぁ、とりあえず今日わかったことについての報告を、手短に済ませる」

 

 悠長に話す必要もないだろう。二人も立場はわかってしまった場合追われることになってしまう。

 

「まず、国の現状は酷い有様だ。増税に次ぐ増税で民は疲弊し、見るからにやつれて活気がない。あ、因みに宮殿の方は充実してたし小奇麗だったぞ」

『……なんということだ』

 

 カッツェの愕然とした声が聞こえてくる。

 

「まぁ手が届く範囲の一時凌ぎはこっちでもやってみるが、時間がない。そして民衆の限界が近いということは、叔父の計画の最終段階が近いってことでもあると思ってる」

『どういうことだ?』

「民衆がやつれて今の皇帝、お前らの兄貴への不満を燻らせている。そして一番最後に残った他の皇族、慈善活動も行っている叔父が国を変えてくれることを期待している。ここまで言えばどんな計画かは見えてくるよな?」

『……ええ。叔父様は現皇帝を批判、処刑して民衆の支持を得て皇帝へと即位。裏社交界による新政権を立ち上げる気なのでしょう』

 

 そう口にするハーゼの声は震えていた。おそらく怒りに。

 

『……一刻も早く止めなければならないな。欲を言えばもう少し準備をしていたかったが、場合によっては早めなければならない』

「ああ。こっちで裏社交界の動きは探っておく。初日は現状の把握と地盤作りを始める程度だったが、俺は宮廷料理人になって、ドランクとレラクルは情報収集の最中だってよ」

『初日で宮廷料理人とはな……。いや、“シェフ”なら当然と思うべきか』

『美味しいお料理でしたわ。ここしばらく宮殿の豪勢な料理から離れていましたので、もう恋しくなってしまいました』

『なに!? ダナンが恋しいだと!?』

「『言ってねぇから(おりませんわ)』」

 

 このシスコン耳めが。そんなやり取りをして無駄に時間を使ってしまったが、とりあえず初日の報告は以上となった。

 

「じゃあこれからは事前に決めた通り三日おきに連絡する。緊急だった場合宝珠を熱く発熱させるから、肌身離さず持っていてくれ」

『肌に直はダメだよ~。熱いからねぇ』

 

 そう報告を締め括り、

 

『では皆の者。ガルゲニア皇国をこの手に取り戻すために』

 

 “王様”らしくカッツェがそう告げて気を引き締めさせ、通信はお開きとなった。

 

「じゃあ俺らも終わるか。次はまた三日後にな」

『はいは~い』

『ああ』

 

 それぞれの返事があって、通信が切れる。……さて。国を滅ぼすために、全力を尽くすとしましょうか。



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幽閉された第四皇子

存在だけ明かされている第四皇子、姉上が出てきます。
一応オリキャラになるのかな?


 油の跳ねるジューッという音がする。

 まな板を包丁で叩く音がする。

 

 ガルゲニア皇国の厨房は現在フル稼働中である。

 俺の料理を大層気に入ってくれた皇帝陛下が、是非貴族にも食べさせたいと立食パーティを開催してくださったのだ。おかげで俺は周りから「余計な真似をしやがって」という視線に晒されることとなっていた。ふざけてんなあの皇帝。その立食パーティとやらも民からの重税で賄ってんだろ。

 

 俺達がガルゲニア皇国に来てから五日が経過していた。明日は二回目の定期連絡の日だ。二日前の連絡では他の二人もある程度調査の地盤を固めることができた、という状況だったと思う。

 レラクルはある程度調査に入る場所を絞ってこれたとのことだ。ハーゼの言っていた孤児院についても調べているらしい。あと最重要案件、叔父の行方だな。

 ドランクはなんと占い師として裏社交界の一員である貴族と関わりを持てたらしい。……なんでそいつが裏社交界の一員だとわかって、あの胡散臭さで占い師として関われるんだか全くわからんが。

 

 ともあれ、潜入は順調だ。

 

 立食パーティでは好きなだけ料理を作るだけなので別に俺がなにかやることもないだろうし、のんびり料理を作っていよう。

 と思ったのだが。

 

「皆に紹介したい者がいる。つい最近宮廷料理人となったダナンだ」

 

 と皇帝陛下がわざわざ厨房まで呼びに来てくださった。マジでふざけてやがる。

 料理を邪魔された怒りを呑み込んで爽やかな笑顔で上品に挨拶してやったが。あと怪しげな服装でベールを被った胡散臭さ全開で水晶を持った男がいたのには笑いかけた。ベールの奥でニヤニヤしてやがったのは多分わざとだ。俺を笑わせに来てやがった。

 まぁ予想外のことはあったが無事乗り越えられたので、良かった。

 

 ただし立食パーティにも叔父はいなかったようだ。

 

 叔父の行方はレラクルに任せるしかなさそうだ。裏社交界の実情の調査はドランクに任せるとしよう。

 俺はこのまま働きつつ、カッツェの言っていた第四皇子様が生きてるかどうかを確認するとしようか。とはいえかなり生きている確率は低そうだけどな。正直言って皇子を生かしておく意味がない。処刑しておいた方が叔父に都合がいいだろう。

 とはいえ調査もせずに報告しては団としての信頼に関わる。まぁあんまり団として依頼を受けるようなことはないかもしれないけどな。

 

 一応評判も少しずつ出てくるだろうし、例えこの依頼が広まらないとしてもな。

 

「……あー、珍しく疲れたな」

 

 主に皇帝のせい。料理を中断させ、立食パーティの貴族様方が大勢いる前で挨拶させ、挙句これでやっと厨房に戻れると思ったら挨拶して回ったらどうだと来た。料理をするからと断ったのだが、“シェフ”と話したい者も多いだろうと言われてその後も貴族と愛想笑いで応対する羽目になった。……確かハーゼはパーティで話す役割だったんじゃなかったっけ? これは作り笑い上達するわ。というかこんなことばっかりやってたとかあいつ凄いわ。

 俺は部屋に入ってからベッドにダイブする。ぐったりと倒れ込み、いや待て料理人の制服のままではいけないと思い直してゆっくり起き上がった。制服を脱ぎ、シャワーは明日の朝でいいかと下着のままベッドに潜った。……そういえばこんなにゆっくりした夜は久し振りだよな。俺のせいでもあるんだが、色々と夜も忙しい日々だったし。これを機にのんびりしよう。してもらおう。

 

 帰ったら酷いんだろうな、とかは考えない。

 

 その日は疲れていたこともあってすぐに眠った。

 

 翌朝。シャワーを浴びて早朝に料理人の制服で厨房へ。というのも俺が一番の新入りなので食材の仕入れの手伝いをするからだ。というか俺が入ってから初の仕入れなので参加しなければならない。

 ちゃんと先輩の前では殊勝な態度を取っているので、それなりに信用されてきているとは思うのだが。

 

「そういえば、一つお聞きしたいんですが」

 

 仕入れの作業を教えてくれている先輩料理人に敬語で尋ねる。

 

「どうした?」

「仕入れとは関係ないんですけど、この国には囚人用の食事を届けることはないんですか? 以前立ち寄った国ではあったんですが……」

 

 牢獄の様子を見に行きたいので、それとなく聞いてみる。特に第四皇子がいるかどうかは重要だからな。

 

「ああ、囚人用の。あるにはあるが、三日おきに一食しか与えないようにしているんだ。それもまた罰ってことだ。因みにちゃんと食べさせる。毒とかは入れずにただ美味しい料理を与える。そうすることで食べられない期間の苦痛を上げるという囚人への罰だよ。慣れてきた囚人は長めに期間を置くなどで苦しみを増幅させる。昔からそうやってきているらしいが、惨いモノだよ」

 

 先輩は苦笑して言った。……食べさせるのが罰か。いや怖いわ普通に。でもまぁ、食べさせてるなら生きている可能性もある、か?

 

「腕によりをかけて作った料理で拷問なんて複雑ですねぇ」

「まぁそれはそうだな。けど、それがこの国のルールだ。なによりそれが嫌なら牢獄に入れられるようなことをしなければいい」

「そうですね」

 

 不当に入れられたヤツいるだろうからなんとも言えないところではあるんだけど。

 

「丁度いい、俺もそろそろあんな場所に行きたくないと思ってたんだ。丁度今日持っていく日だから、ダナンも一緒に来い」

「了解です。……あんな場所って、自分で言っておいてなんですが牢獄って酷いんですか?」

「それはもう。……便は看守に言えば連れていってもらえるが、なにせ身体を洗うことはできないからな」

「ああ、なるほど」

 

 それは臭そう。というかそんな状況下に置かれた皇子様なんて正気でいられる保証がないよな。そんなヤツを皇帝にするくらいならカッツェの方がいいかもしれん。死にたいと思って自害した可能性も出てくるよな。

 

「それなら自分から言い出さなくても、いずれやることになってそうですねー」

「はは、そうだな。というか俺が押しつける」

「酷いっす」

 

 この先輩とはそれなりに仲良くやれているはずだ。一番年齢が近く、俺が入るまでは一番日が浅かったらしいので当然と言えば当然か。本人は雑用を押しつけられるようになって嬉しそうだった。

 まぁ、料理の速度は俺の方が上だから仕事にまだ余裕あるし、雑用くらいなら別にやらされても問題はないんだが。

 

 というわけで、その日の昼に先輩と牢獄へ足を踏み入れることになったのだった。

 

「すみません、囚人五名分の食事を持ってきました」

「ご苦労様です。そちらの方は新しく入った宮廷料理人の方ですね。では今回は私も一緒に入って説明を行いましょう」

「ありがとうございます、看守さん」

 

 先輩についていって看守室まで辿り着くと、看守と話して今回だけついてきてくれることになった。普段は一人のようだ。それは都合がいい、かは第四皇子がいたらの話か。

 

「では、どうぞ。私についてきてください」

 

 牢獄は地下にあるらしい。看守室に保管してあった鍵で地下への扉を開き、率先して中に入っていく。その後に先輩、俺と続いた。扉を閉めると壁にかけられた松明だけが階段を照らしている。薄暗く、既に少しだけ嫌な匂いが鼻についていた。先輩はあからさまに鼻を摘んでいる。……まぁ、これくらいなら俺の故郷とそう変わらないか。

 嗅いだことのある匂いで、昔なら嗅ぎ慣れた匂いとも言えたほどだ。俺は鼻を摘むようなこともせず、そのまま降りていった。

 

「まず、どの囚人にいつ食事を与えるかは看守である私達と、料理を作る宮廷料理人であるあなた達で同じモノを持っています。書類なので今は手元にありませんが」

 

 看守の人は丁寧な口調で俺に向けて説明してくれる。

 

「それを見て、一日毎に漏れがないよう食事を与えていきます。囚人は名前ではなく番号で管理されていますので、囚人番号で見ていってください。囚人番号は各牢獄の中央に立て札で書いてあります」

 

 看守がそう言ったので実際に見て確かめてみる。確かに牢屋の柵に札がかかっていて、「囚人番号 ○○○○」などと書かれている。基本連番になっているようなので、おそらく一か零からずっと続いているのだろう。

 

「そしてその囚人番号と同じ記載があるプレートを、宮廷料理人の皆様が持っています。そのプレートと同じ番号の囚人に、それぞれ料理を与えていく形になります」

 

 今回は先輩がやっているのを横で見ているだけなので、先輩が実際にプレートと札の番号を照合してから蓋をされた料理の盆を持ち上げた。

 

「料理は普段私が渡すこの鍵で、下の小さい入り口から中に入れます」

 

 先輩が看守から鍵を受け取り、屈んで南京錠を外す。引いて開けると素早く盆を縦に入れ込んだ。盆が入り切ったらすぐに閉めて鍵をかけた。囚人に掴まれるようなことを避けるためだろう。

 

「この動作はできるだけ素早く行ってください。でなければ怪我させられることもありますからね」

 

 恐ろしい話だ。まぁ犯罪者を相手にしているのだからそれくらいの脅しは必要か。

 

 先輩は看守の説明通りに四つの牢獄へ食事を入れ込んだ。しかしその後、料理を載せたカートを押す先輩の足が止まってしまう。

 

「先輩?」

 

 まだ配り終わってないですよね? という疑問を込めて呼びかけると、躊躇いがちに足を進め始めた。しかし足取りは重い。残る一人に食事を与えるのがそんなに嫌なのだろうか。看守なら知っているだろうと思って目で尋ねてみるが、

 

「行けばわかります」

 

 と答えるのみだった。

 どんな凶悪犯罪者が待ち構えているのだろうと思ったが、看守が足を止めて顔を向けた牢獄には小柄な人影があった。髪は伸び放題でボサボサだったが女性のようだ。痩せ細り目に隈を作ったハーヴィンである。他の囚人と同じ白いボロ切れのような服を着て、両手首に枷が嵌められている。……まさか。

 

「……あら。ちゃんと三日後に持ってきてくれたのね。前回噛みついたからてっきりもっと遅いと思ってたわ」

 

 彼女はやつれた顔で笑う。先輩が身を縮こませていたのでおそらく先輩に噛みついたのだろう。そりゃ苦手意識も持つわ。

 

「……口を慎め、囚人番号〇〇〇四。いや、元第四皇子レーヴェリーラ・アロイス・ガングス」

 

 看守が俺と話していた時とは全く異なる冷たい声音で告げた。……こいつがカッツェの言っていた姉上か。なんていうか、やさぐれてんな。

 

「なんで説明口調? ああ、なるほど。そっちの若い子が次から持ってきてくれるから、私が何者なのかってことを教えてあげてるのね。優しい看守サマ。この調子で不用意に鍵開けてくれないかしら」

「……減らず口を」

「減らず口を叩けるまで意識を保ってられるのはあんたのおかげよ? あんたの顔を見る度、私がここに幽閉された経緯を思い出せて――憎悪が湧いてくるもの」

 

 彼女は皇族とは思えない凄惨な笑みを浮かべた。まぁ、冤罪で捕まって囚人生活を送らされたらそりゃ人格変わるよな。嵌めたヤツへの憎悪と憤慨が起こるよな。

 

 がしゃん! と看守がレーヴェのいる牢屋の柵を蹴った。ただ本人は笑みを浮かべたまま怯む様子もない。

 

「なにが憎悪だこの身内殺しが!」

 

 そうか、看守的には皇子を殺害した最悪の犯罪者だもんな。そりゃキツく当たって当然だ。

 

「……そこのあんた、新入りの子よ」

 

 そこで不意に俺が呼ばれた。演技ではなくきょとんとしてしまう。

 

「そう、あんたよ。折角だからあんたが私に料理を与えなさい。鍵もあんたが開けて。で、他の二人はさっさと消えて」

「なんだと!?」

「ふふ、乗せやすい看守で助かるわ。いい暇潰しになってくれて」

「……チッ!」

 

 完全に看守が掌の上で踊らされている。彼は盛大に舌打ちするとずかずかと牢獄を出ていった。

 

「……じゃ、じゃあ後はよろしくな」

 

 先輩もむしろ安心した様子で俺に鍵を渡して逃げるように去っていく。……ふむ。一応防音はしておくか。

 

「あんた、新入りの癖に度胸あるじゃない。あれだけ脅したのに、全然響いてない。落ち着きを払ってるわ。余程の修羅場を潜ってきたんでしょうね。ただの料理人じゃないでしょう?」

 

 彼女は面白がっているような笑みを浮かべて尋ねてくる。

 

「ああ。ただの料理人じゃねぇよ」

 

 こいつの前で猫被るのは下策だな、と直感で考えて盆を持ったまま柵に歩み寄った。そのまま歩いて牢屋へと入る。触れた瞬間にワールドの能力で消滅させ、俺が通り抜けてから全く同じように創り直したのだ。

 

「……は?」

 

 レーヴェリーラは呆然としている。まぁ当たり前か。

 

「初めまして第四皇子様。俺はダナン。あんたの弟と妹の遣いだ」

 

 俺が不敵に笑って告げると、彼女は更にこれでもかと目を見開いて驚愕した。

 

「まぁ積もる話はあるが、とりあえず食えよ。俺の料理は美味いんだぜ」

 

 言って床に胡坐を掻いて座り、持っていた料理をレーヴェへと差し出す。

 

 さて。こいつからはどんな話が聞けるかね。




補足説明
今のところカッツェ《猫》とハーゼ《兎》というドイツ語が名前についている一族の人なので、一応そこに合わせました。
今出ている情報が「気が強いけどいい人」なので気が強そうな動物「レーヴェ《獅子》」にしてみました。
牢獄に入れられてやさぐれている状態なので獅子っぽさはあんまりないかも。まぁ二人もそれぞれの動物っぽさは星晶獣にしかないので大丈夫でしょう、多分。


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例え死ぬとしても

やってしまった……P5Sに手を出してしまった……。
VSのハードまだ終わってないのに。

ともあれそのP5Sで才能のない作家が登場してて、あぁなんかわかるなぁと思ってました。

古戦場? 朝からずっとフルオートですよ。
100ヘルフルオート放置できないかもなぁと思ってますが……。


 してやったりの名乗りをした俺と、牢獄で囚われていたやさぐれてしまった第四皇子レーヴェリーラ。

 

 とりあえず美味しそうな匂いには抗えないのか抗うつもりがないのか、彼女は俺が差し出した料理をがつがつと食べ始めた。全く以って上品は食べ方ではない。腹に入ればいいと言わんばかりのワイルドな食べ方だった。食べカスをあまり散らばらせないで欲しいのだが。

 

「ご馳走様。自信満々なだけあって美味しい料理だったわ。これまで食べたどの料理よりも」

「そりゃ良かった」

「それは皮肉? 料理が美味しくなれば美味しくなるほど、次の食事までの苦痛が強くなるのよ?」

「あんたがどこにいるかさえわかっていれば、俺の方でなんとかできる」

「今柵を通り抜けたみたいに?」

「ああ。俺だったら今すぐあんたを外に出してやることもできる」

「……つまり今は出す気がないってことね」

 

 はぁ、と彼女は嘆息した。よくわかったな。

 

「脱獄させるだけが目的なら、今ここで悠長に話す必要なんてないもの」

「飯食わせたら出て、安全な場所での方がいいもんな。よく考えてる」

「当たり前じゃない。捕まってから今日まで、それくらいしかできなかったもの。ドラフならまだしもハーヴィンの私じゃ身体を鍛えても付け焼刃でしかない。魔術を覚えようにも教材がないしこの枷で魔力が使えなくされてる。なら頭を働かせて鍛えるくらいしかないでしょう?」

 

 確かに。

 

「だけどよく皇子サマがこんなところに幽閉されて心折れなかったな」

「折れたわよ。三日だかそれくらいで」

 

 俺が言うと、彼女は素っ気なく答えた。短いな。

 

「……だって身内の不幸は多かったけど、当時は優雅な宮殿生活だったもの。お父様――前皇帝陛下がお亡くなりになる時も、私は所詮皇位継承権三位だから上二人どちらかのお兄様が就くモノだろうと思っていたわけだし」

 

 ふぅ、と憂いを帯びたため息を吐いた直後瞳に暗い炎が灯る。

 

「……あのクソ兄とクソ叔父。私にお兄様を殺した罪を着せるなんて。今度会ったらなにがなんでも十発くらいぶん殴ってやるわ」

 

 ふふふ、と歪に笑うお姉様は随分とわかりやすい。ともすれば下二人よりも復讐に燃えている。まぁ本人が直接実害を(こうむ)っているのだから当然だよな。というか随分と言葉遣いが汚いな。それも囚人生活の弊害かな。皇帝に就いても直るかどうかは怪しいよなぁ。

 

「で、さっき言ってた私の弟と妹の遣いっていうのはどういう意味?」

 

 そこまで時間を取らせる気はないのか、早々に切り替えて話題を振ってくる。

 

「そのまんまの意味だ。俺はカッツェとハーゼの二人から頼まれてガルゲニア皇国の現状を調査し国を引っ繰り返すために活動しているところだ」

「……それ、こんな場所とはいえ言っちゃっていいの?」

「ちゃんとあんたと話す前から防音はしてる」

「……へぇ?」

 

 聞かれたら困る話もしようと思ってたしな。

 

「でもそう、あの二人は生きているのね」

 

 そう呟いた彼女の顔には安心が浮かんでいた。俺が初めて見る姉としての表情だった。

 

「ああ。なんとか逃げ出したらしい」

「そう。なら一つ、伝えて頂戴。……二人を逃がした執事は凄惨な拷問の上処刑されたわ」

 

 彼女は真剣な表情でそう口にした。……二人を逃がした人物か。それはまぁ、おそらく覚悟の上だろうな。

 

「牢獄にいたらそういう情報には疎いと思ったんだけどな」

「最初の頃、あの二人はどうしたかと看守に詰め寄ってたのよ。私を突き放すために教えられたのは、その情報だけだったわ」

「そうか。わかった、伝えておく。――って、聞いてるよな?」

『ああ。しっかりとこの耳で聞いた』

「……え?」

 

 俺は彼女の言葉に頷き、俺の懐から別の男の声が聞こえてきてレーヴェが呆然としていた。

 

「……今の声。カッツェ? カッツェなの?」

『はい、姉上。カッツェリーラでございます。姉上がご存命でなによりです』

「……それはこっちのセリフよ、もう」

『先程とは打って変わって嬉しそうな声色になりましたね。お久し振りです、お姉様』

「ハーゼまで……もう、本当にあんたって二人の遣いだったのね」

「ああ。信じてもらえるように、一応通信だけ入れておいたんだ」

 

 防音を開始した直後くらいからな。まぁ二人が用事で聞けない可能性もあったからいきなりにはしないつもりだった。

 

「届くのは音声だけ?」

「ああ。今のみすぼらしい姿は映ってないぞ」

「……それが聞きたかったのよ。残念だけど、私は随分と酷い恰好だから見られなくて良かったわ」

「髪は伸び放題でボサボサ。ボロ切れみたいな服を着させられている上に隈がついてる。そして風呂入ってないから臭い」

「言わないでよ隠す意味ないじゃない!」

 

 俺が具体的に告げたらきっと睨まれてしまった。

 

『お労しいですわ、お姉様。そのような酷い有り様で』

『今しばらくの辛抱です、姉上。必ずや私達が国を変えてみせましょう』

 

 その後小さく『映像として見たかったわその無様な姿』という声が聞こえた気がするのは気のせいだろうか。一応映像として記録しておこう。ハーゼと打ち解けるきっかけになるかもしれないし。あいつ性格悪いな。俺も人のこと言えない気がするが。

 

「国を変えるかどうかは別にどうでもいいわ。私はあいつらを必ずぶち殺してやる。特にあのクソ兄とクソ叔父だけは必ず」

 

 憎悪に燃えた怨嗟の声で言った。

 

『姉上……』

『叔父様のやっていることは確かに非道ですが、お姉様はそこまで憎悪されてらっしゃるのですね』

「当たり前じゃない。私の暮らしをぶち壊してこんな臭い場所に幽閉して。あのクソ共をボコボコにぶん殴ってやるまで死ぬに死ねないわ」

 

 吐き捨てるようなレーヴェの言葉に、俺の懐に入っている宝珠からの返答はなかった。思わず黙り込んでしまったというような状態だろう。なにせ二人が知っているレーヴェリーラとはかけ離れた人格になっているだろうからな。

 

「と、いうわけでとりあえずレーヴェは無事だ。流石にこれ以上いると怪しまれるだろうから、一旦終わるぞ。続きは今日の夜の定期連絡でな」

「夜だったらダメなんじゃない? 一応料理を運ぶ仕事は食べた後の片づけも含まれるから」

「さっきみたいに通り抜けるから問題ない」

「ああ、そう」

 

 俺は宝珠での通信を切って盆を手に取る。

 

「……そういや、なんであんたを生かしておく意味があるんだろうな」

「えっ?」

 

 ふと思い立って口にする。よくよく考えてみれば、彼女を生かしておく意味がない。温情なんて有り得ないし、他の皇子には殺したヤツもいる。犯罪者に仕立て上げれば皇位継承権の剥奪まではいけるから問題ないと言えばない。だが情のない話をすると生かしておく必要もない。生かせばその分食費がかかるのだから。

 

「正直なところ、叔父が皇帝になるだけなら冤罪を被せた時点で皇位継承権はない。だがそれだったら生かしておく意味もない。他の皇子と同じく殺せばいいだけのことだ」

 

 そう、冤罪を被せたのならむしろ処刑しておくのがいい。

 

「……要は、私を生かして利用する価値が、あのクソ叔父の考えではあるってことね」

「ああ、多分な」

 

 一応いくつかの案は頭に浮かんできたが、一番最悪なケースを想定しておくか。準備は怠らず、油断しない。用意周到な相手だしな。

 

「ま、その辺も探り入れとくか。じゃあまたな、レーヴェ。夜になったら来るから」

「ええ、わかったわ」

 

 そんなやり取りをしてから各牢屋の空になった盆を回収して回った。それから牢屋を出ると看守と先輩が雑談している。

 

「おっ、やっと戻ってきたか」

「すみません、遅くなりました」

「いいって。……俺も散々煽られ付き合わされたからな」

「ははは、そうですね……」

 

 先輩の実感が籠もった言葉に困ったような笑みを浮かべてみせる。如何にも俺もそれに付き合わされましたよというように受け取れる顔で。長話をしていても怪しまれないのは有り難いな。レーヴェが今まで誰彼構わず噛みついて(物理精神問わず)いた結果だろう。

 

「もしかして、他の囚人に料理を持っていっても呼び止められるんですか?」

「ああ、そうなんだ。……頑張れよ、次からはお前一人だからな」

「はい……」

 

 気は進まないけどやるしかないんですよね、と思っていそうは表情を作って頷いた。内心では都合が良くて有り難い話だと思っているのだが。まぁハーゼぐらいでもなければ見抜くことはできないだろう。

 

「さて、じゃあ念入りに洗って囚人用食器棚に収納するところまでがワンセットだからな。戻るぞ」

「はい」

 

 流石に貴族様と囚人が同じ食器を使うということはないようだ。作った後の盛りつけ時は違う棚から取ってるなぁとしか思っていなかったが。まぁ考えれば当然だよな。貴族様が一緒の食器を良しとするわけがない。

 器具も決まったモノになるようなので、そこは徹底しているようだ。アマルティアとは全然違うな。あそこはまとめて作っていたし。そういう差別はしないのだろう。あそこは更生施設でもあるから分けて考えないようにしているのかもしれないな。

 

 その後囚人五人分の空になった食器などを洗い、その後で他の先輩方が用意した後の片づけを手伝わされた。俺が“シェフ”だとしても新入りには違いないからと扱き使われている。まぁ料理に関することならほとんど疲労しないし過酷な労働環境だろうがいいんだけど。

 給料はそこそこだった。宮廷で働く上に“シェフ”という何物にも変えられない称号を持っているので、既に何人かの先輩より高い。それには皇帝が一枚噛んでいるとの噂もあるが、果たしてどうだろうか。突然現れた料理人が宮廷料理人になって皇帝の信頼を得ている、と言えば聞こえはいいがこの国の現状が現状なのでなんらかの裏を感じてしまう。考えすぎだといいんだけどな。レーヴェのこともある。三人の中で誰が一番危険な立場かと言われれば、間違いなく俺だと思う。

 

 一応、充分に警戒しておくべきだろうな。

 

 そんなこんなで夜の定期報告の時間になりそうだ。仕事が終わって疲れたからとそのまま寮の部屋に戻り、制服から普段の服装に着替える。俺と全く同じ姿をした人形を創ってベッドに寝かせ、ちゃんと生きた人間の気配がするように細工しておく。その上で【アサシン】となり気配を消して部屋を出た。ClassⅣの【トーメンター】は【アサシン】の上位『ジョブ』ではあるのだが、隠密行動には向いていないという欠点を持つ。なにせ棺桶が邪魔だ。

 ともあれ誰にも見られず悟られずに宮殿へ侵入、地下牢獄へと入って姿を隠す壁を創り防音もしてレーヴェの牢屋に辿り着いた。そのまま本人も悟られず中に入り、それから彼女を壁の内側に入れることで俺の姿を認識させた。

 

「っ!? い、いつの間に」

 

 レーヴェからしてみればいきなり現れたように見えただろう。びくっと肩を震わせていた。

 

「姿が見えなくなって、音が周囲に聞こえなくなる壁を創ってたからな。その範囲内に入ったら、レーヴェにも俺が見えたってわけだ。そういうわけだから気にせず喋ってていいぞ」

 

 俺は言いながら【アサシン】を解除し服装を戻す。

 

「……あんた、なんだかんだ言いつつ凄腕よね」

 

 なんだか呆れられてしまっている。まぁ達人でないヤツから見たらそうかもしれないな。あらゆる才能を持つのが『ジョブ』だというだけの話だとは思っているが。

 

「こちらダナン、こちらダナン。こっちは準備オッケーだ。どうぞ?」

 

 俺は懐から取り出した宝珠に魔力を込めて呼びかける。

 

『こっちはオッケーだよ~』

『僕も』

『こちらも問題ない』

『私も問題ありませんわ』

 

 宝珠が明滅して他の四人から返事が来る。

 

「とりあえず俺から報告してくな。カッツェとハーゼの二人は確実に知ってるが、二人の姉、第四皇子レーヴェリーラだ」

 

 俺は言った後彼女の前に宝珠を差し出す。ここに向かって喋ればいいんだぞと小声で伝えた。彼女は不思議そうに眉を寄せながらも話し出す。

 

「紹介されたレーヴェリーラよ。今は牢獄で服役中。現皇帝と叔父だけは絶対許さないわ。よろしくね」

 

 わかりやすい自己紹介をどうも。

 

『へぇ? お姉様生きてたんだねぇ。てっきり処刑されてるモノと思ってたよ~』

「俺もそう思ってる。ってことは生かしておくだけの理由があるんじゃないかとは思うが、まぁそこは俺の方でなんとかする」

『そっかぁ。じゃあ任せるね~』

 

 流石にドランクは鋭い。早々にその可能性に行き着くとは。

 

「レーヴェとは度々顔を合わせられそうだから、こっそり料理食べさせてわかりづらい程度に体調を改善していく予定だ。身体洗ったり服変えるのはバレるから今はできない。いよいよ脱獄ってなってからだな」

「それは仕方ないわね。まぁ捕まってからずっとこんなんだし、今更気にしないわ」

 

 逞しい皇子様である。

 

「宮廷料理人の仕事をしながら日々怪しまれないように胃袋掴んでる最中だ。俺からは以上だな」

 

 俺の主な報告はレーヴェのことになる。彼女の無事をカッツェとハーゼに伝えられたら他には特に言うこともない。宮廷内の怪しい動きなんかも一応見てはいるが、仕事の都合上あまり宮殿をうろつくわけにもいかないので進み具合は良くないといったところか。

 

『じゃあ次は僕だね~。前回報告した裏社交界のメンバーリストを作成中だよ~。完成度は全体の三割ってところかなぁ。姿を見せない人もいるからこれから難易度上がりそうだけど、次までには半数いけると思うよ~』

 

 ドランクは裏社交界の全員を把握、始末するという目的を考えて構成員を洗っているところだ。

 

「裏社交界って?」

 

 そこでレーヴェが尋ねてきた。どうやら彼女は知らないらしい。

 

「叔父率いる貴族で構成されたクソ共だそうだ。人体実験とかやってるらしい」

「死ねばいいのに」

『口悪い皇子様だねぇ」

 

 ド直球な罵倒にドランクの苦笑したような声が聞こえてくる。折を見てレラクルが報告に入る。

 

『僕の方では裏社交界がよく使っている施設やなんかを調査してる。あと叔父の行方』

「叔父がいない?」

「ああ。少し前からいなくなったらしいんだよな。一応裏社交界は動いてるし、皇帝も権力振り翳してるからいるとは思うんだが」

 

 レラクルの調査でも未だに見つかっていないというのは相当だ。機を窺っているのだろうが。

 

『一応進捗はあるけど、完全な報告は見つかってからにする。施設の一覧はダナンとドランクにそれぞれ配っておくから』

「おう、頼んだ」

 

 レラクルが書類なんかの共有をしてくれる。……忍び込んで置いていくだけなんだけどな。表立って郵便を使わなくて済むので非常に助かっている。

 

『叔父の動きはどうだ? なにか進展ありそうか?』

「さぁ、どうだろうな。多分もうちょっとしたら動きがあるとは勘で思ってるが。その時多分俺は身動き取れなくなるだろうだからな」

『なに?』

「いや、まぁ憶測の域を出ないから言わなくでおく。俺なら大抵のことはなんとかなるし」

『……まぁ、ダナンがそれでいいなら良いのだが』

 

 念は入れておくつもりだが、俺程度の頭脳では叔父とやらを上回ることはできないかもしれない。まんまとしてやられる可能性もある。……そうなったらただ力尽くでやるだけだから楽と言えば楽なんだけどな。

 

『兎に角、このまま調査を進めてくれ。叔父の行方がわかったら緊急で連携してもいい。では、頼んだぞ』

 

 カッツェがいつものように“王様”らしく締めて、一旦通信を切った。

 

「……さて、じゃあ俺は準備のためにもう戻るわ」

「そう。……あんた、もうちょっとで叔父に動きがあるとか言ってたけど」

「ん? ああ、それはちょっと俺が予想し始めてることだから、気にしなくていい。ミスったら俺が死ぬ程度で終わるだろ」

「……そんなあっさり自分の命投げ出せるの?」

「いいや」

 

 俺は否定し、裂けるように口元を歪めた。

 

「俺が()()()()で終わるんだったらそれまでだ。倍返しにしてやるさ」

「っ……」

 

 死ぬ程度で終わるとわかっていれば対策の打ちようはある。

 

「さて。じゃあ色々対策練るからそろそろ帰るな」

「え、ええ」

 

 そう言って俺は踵を返し、牢屋の壁を消滅させ元に創り直しながら地上へと戻る。その途中、

 

「……なにあれ怖い」

 

 レーヴェの呟く声が聞こえた気がした。……いや、言っとくがお前とハーゼは多分同類だからな?



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素のハーゼ

鬼滅の刃って面白いなぁ(今更
二次創作も盛り上がってるし良さげなの思いついたら書きたいですが、まぁそれはナンダクは一段落してからですね。あとまだ漫画買ってないので買わないと。


 ガルゲニア皇国での調査は順調に進んでいた。

 

 ドランクのリストも八割方完成したそうだし、レラクルが裏社交界の潜伏場所をほとんど特定している。

 根絶やしにする準備は着々と進んでいた。

 

 二人が活躍しているのに、俺だけ料理してレーヴェの面倒見てを繰り返すだけでは味気ない。一応休日を貰ったら街でひもじい人々に料理を振る舞っていたのだが。

 

「ダナン、報告だ。言われていた孤児院を見つけた」

 

 ある日の休日。午前中に街で料理を振る舞い人々を笑顔にする“シェフ”としての役目を果たした後、寮の部屋に戻ると天井から素早くレラクルが降りてきた。膝を突き畏まった姿勢だ。

 

「おう、ありがとな」

「あと例の見世物についても、次の日程を掴むことができた。五日後の夜に行われる」

「……そうか。わかった、仕事に戻ってくれ」

 

 彼の報告を聞き終える。しゅばっ、とどこかへ移動していった。

 

「……いよいよ、動く時が来たな」

 

 孤児院と、重要な要素である見世物の日程を掴んだ。レラクルには、探り当てても襲撃するなと伝えてある。人体実験に使われる子供達を見るのは心苦しいだろうが、やるなら一気に始末する必要がある。だからこそ、見世物のタイミングを見計らうのだ。

 

 俺は色々と頭で策を巡らせながら、懐から一つのモノを取り出す。

 

「じゃあ、始末に向いたヤツを呼ぶとするか」

 

 俺の手には小さな()()が握られていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 レラクルが置いていった紙に簡単な地図が描かれていたので白いシャツに黒いズボンというラフな恰好で孤児院へと足を運ぶ。

 

「ここか」

 

 孤児院の子供達に会うためここに来た。とはいえ土産の一つでも持っていかないのはあれかと思い、子供達も食べられる簡単なお菓子、クッキーを作ってきていた。

 

「すみませーん」

 

 孤児院の扉をノックして大きな声で呼ぶ。しばらくしてがちゃりと扉が開き、中から女性が出てきた。孤児院を管理している人だろう。

 

「あら、えぇと、確か料理を配っていた……」

 

 女性は俺の顔に見覚えがあったらしい。俺も何度か見た記憶があったので、どこで会ったのかはすぐにわかる。

 

「はい。この国に孤児院があると聞いて、暇を見つけて来てしまいました。実は私も孤児だったので、一度見に来たいとは思っていたんです」

 

 嘘は言っていない。ただ、それ以外の目的があるというだけだ。

 

「そうだったんですか。わざわざありがとうございます」

 

 ぺこりと女性はお辞儀をする。と、頭を下げたからか俺が手に持っている袋が目に入ったようだ。

 

「ああ、これですか? 子供達にと思って、クッキーを焼いてきたんです」

「え、く、クッキーを?」

 

 俺が笑って袋を掲げると、なぜか院長の女性は表情を強張らせていた。……ん? なにかおかしかっただろうか。

 

「えっと、クッキーダメでしたか? 子供達が分けやすいようにと思ってこれにしたんですが……」

「ああ、いえ、その……すみません。前によくクッキーを焼いて持ってきてくれる方がいらっしゃったので」

「そうですか」

「その方は今行方不明になってしまって……」

「そうだったんですね。となると、クッキーを子供達に渡すのは良くないでしょうか」

「あ、いえ。子供達は喜ぶと思いますよ、私が考えすぎてしまうだけで」

 

 ふぅん。ってことはハーゼの噂話として語ったあのエピソードは、彼女が実際に見聞きしたことってことだろうかね。ハーゼは孤児院と個人的な付き合いがあって、その孤児院の子供達が裏社交界に人体実験として使われていると知って復讐したい、といったところだろうか。

 

「院長せんせー、お客さま?」

「え、ええ。最近お料理を配っている優しい方よ」

 

 院長が入り口で立ち話をしていたからか、子供の一人が声をかけてきた。

 

「あ! あのお料理の人? すっごくおいしかった!」

 

 幼い少女は顔を輝かせてお礼を言ってくれる。

 

「そうか、それは良かった」

 

 屈んで目線を合わせにっこりと笑う。

 

「あ、そうだ。今日はお土産にクッキー焼いてきたんだ。皆と分けて食べていいよ」

「わぁ! ……えへへ、クッキーなんてハーゼお姉ちゃんみたい!」

 

 俺がその女の子にクッキーの入った袋を渡すと、少女は顔を綻ばせて言った。ハーゼの名前を出したことで院長が息を呑んだのがわかる。

 

「そっか。ハーゼお姉ちゃんは優しい人だったんだな」

「うん! いつも来る時はクッキー焼いてきてくれて、あとお絵描きが下手なの!」

「ふふっ、そうか」

「えっと、クッキーありがとうお兄ちゃん!」

「ああ」

 

 どうやらあいつは絵が下手らしい。いいことを聞いた。からかってやろう。

 女の子が「料理おいしいお兄ちゃんがクッキー持ってきてくれたよー!」と袋を持って他の子供達の下へ向かってから、俺は立ち上がる。

 

「……あの、その」

 

 ハーゼという皇族の名前を出されてしまったからか、院長はとても言いづらそうにしている。

 

「一応、場所を変えましょうか」

「はい」

 

 子供達にはあまり聞かせたくない話の可能性もある。院長と二人、孤児院から少し離れた場所に移動した。

 

「ハーゼ様は、度々ここに来ていたんですか?」

「は、はい。お忍びで偶に。ですがその、ある時行方不明になったと聞いています」

「ええ、行方知れずとは聞いています」

「あの、このことはご内密に……」

「大丈夫ですよ、他人に言うような真似はしません」

 

 院長はそこが不安だったようだ。現皇帝の暴君っぷりは知っているだろうし、子供達含め皆殺しにされるようなことは避けたいのだろう。……まぁ、その心配は無用だな。なにせここの子供達を引き取るフリして人体実験しているんだから。裏社交界の催しに使われる大切な材料だ。そう簡単に潰すとは思えない。

 

「と、そうでした。一つ気になっていたことがあったんです」

「?」

「ハーゼ様の叔父、ここの支援を行っていたモノと思われますが、最近の行方などはご存知ないですか?」

「えっ? ああ、あの方ですか。よくあの方が大きくなった子供達の引き取り先を探してくださっていたので関わりはあったのですが、申し訳ありません。今どこにいらっしゃるかは全く」

 

 嘘は、言っていないようだな。

 

「そうですか。ボランティアなどの慈善活動を行っていたというその方でしたら、その現状を変えてくださる可能性があるんじゃないかと思ったんですけどね」

「そうですね。よく、街の人達もあの方がいればと口にしていますが」

 

 しかし院長は続けた。

 

「……実は私は、あまり良く思っていません」

 

 彼女の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったので、思わずきょとんとしてしまう。

 

「それはなぜ?」

「実は、引き取り先を探してくださるのはいいのですが、度々引き取られた子供達と連絡が取れなくなってしまって。もしかしたら子供達に悪い人へ引き取らせているのではないかと思って……」

 

 院長は悲しげな表情で顔を伏せ口元を手で押さえる。……嘘は言っていなさそうだ。ただ、それが真実を言っているかどうかはわからない。

 

「そうなんですか、そういう意見はここに来てから初めて聞きましたね」

「もしかしたら、私の思い違いかもしれませんが。ハーゼ様もいなくなって、悪い方向にばかり考えがいってしまうせいかもしれません」

「いえ、子供達を想ってのことなので仕方ありませんよ。貴重なお話が聞けて良かったです。ではまた、気が向いたらクッキーを持ってきますね」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺は話を切り上げて、ぺこぺこと頭を下げる院長を背に寮の方へと歩いていった。

 

 その途中、見知った顔を見かける。向こうも俺に気づいたようでこちらに近寄ってきた。

 

「ダナン殿。休日に料理をしていないとは珍しいな」

 

 私服姿の三十代ぐらいの男性だ。この人はガルゲニア皇国の騎士団で部隊長を務める人で、俺が初日に料理していた時突っかかってきた隊長さんでもある。道理で悪役が板についていないと思った、というのは後に自己紹介してもらってからなのだが。

 

「ちょっと孤児院にな。俺も孤児だったから、ちょっとお菓子でも持っていこうかと思って」

「そうかそうか。いい心がけだ。私も小さい子供がいるからな、今度誕生日ケーキを作ってもらえないかと打診するつもりだったのだが」

「それくらいならいいぜ。子供の年齢と誕生日さえ教えてくれれば、最高のケーキを作ってやる」

「はは、それは頼もしいな」

 

 この人とはそれなりに打ち解けていた。その理由は、

 

「そうだ、良かったら鍛錬に付き合ってくれないか?」

 

 とよく彼と手合わせをしているからだった。初日に料理人とは思えない速度で彼の剣を弾いたので、それから手合わせを頼まれている。

 

「ああ、いいぞ。丁度今日やろうと思ってた用事はなくなったところだ」

「そうか。では頼む」

 

 向こうも俺の方が強いことはわかっているので、勉強になるということらしい。

 しかし彼については俺に重大な隠し事をしているので、完全には信用していない。だがそれでも問題ないとは思っている。彼の抱えている事情を思えば、な。

 

 それから部隊長と汗を流して寮に戻った。それからシャワーを浴びて身体を綺麗にする。……さて、今日のことをあいつにだけ報告しないとな。

 そう思って防音した中で宝珠を取り出し魔力を込める。全体にではなく、特定の誰かと通信する時は魔力を込めながら設定した特定の単語を口にする必要がある。

 

「淑女」

 

 それがハーゼリーラと繋ぐための単語だ。淑女然とした振る舞いをするからという理由だ。誰かがわかりやすければなんでもいい。

 カッツェの場合は指揮者、レラクルは忍者、ドランクは傭兵。因みに俺は黒衣だそうだ。俺だけなんか人の命名じゃないのはなぜだろう。

 

『こんな夜遅くに、それも個人通信だなんて、どうかなさいました?』

 

 やや間があってハーゼの声が宝珠から聞こえてくる。

 

「ちょっとお前とだけ話したいことがある。カッツェは聞いてない方がいい」

『では少々お待ちくださいね』

 

 それから少しの間があって、

 

『いいですわ。それで、私とだけ話したいことというのは?』

 

 場所を変えてカッツェには聞こえないところに移したのだろう。それは俺からだとわからないが、聞かれて困るのは彼女の方だ。

 

「とりあえず、腹割って話さないか? その口調もやめていい」

『どういうことですの?』

「レーヴェと話している時にちらっと聞こえるように言っただろ。ああいう感じでいい。なにせこれからする話は、孤児院の子供達を見世物にするっていうあんたにあったことだからな」

『っ!』

 

 ハーゼの息を呑む声が聞こえた。それから彼女は、淑女然とした口調とは打って変わって話す。

 

『……まぁ、ヒントはいっぱいあげたし、それくらい気づかなかったらおかしいわね』

 

 嘆息混じりにそう言った口調は、どちらかというとレーヴェに近い。あいつは牢獄生活で憎悪を燻らせているからだろうが、素でそれなのはちょっと問題だと思う。

 

「やっと話す気になったか。それは良かった」

『いいから早く話しなさいよ。こっちはあのお兄様の目を撒いてるんだから。見つかったら元の口調でしか話さないわよ』

 

 つっけんどんと言うか、刺々しい言い方だ。まぁそれくらい明け透けな方が接しやすい。変に畏まられてもなという感じではあった。

 

「じゃあ簡潔に。次に人体実験した子供達を見世物にするパーティの日程がわかった。五日後の夜だ」

『……パーティ、ねぇ。ホント殺してやりたいくらい』

 

 明らかな怒りを含んだ声音だ。

 

「全くだ。で、そのパーティに潜入した来ていた全員をまとめて始末しようと思ってるんだが、お前はどうする?」

『私が言うのもなんだけど物騒な考え方ね。どうするって言うのは?』

「今日、お前がお忍びで通ってた孤児院に行った。クッキー焼いて持っていって、絵が下手で優しいお姉ちゃんだとか言ってたな」

『……そう。絵が下手は余計よ。誰が言ったんだか』

 

 「……そう」だけは優しい響きがあったが、それ以外は刺々しかった。

 

「どうするって言ったのはお前が一番、子供を実験して見世物にした連中を殺してやりたいだろうと思ったからだ。お前に与える選択肢は、『始末を俺達に任せる』、『映像としてヤツらの死に様を見届ける』、『生で見に来る』、『直接始末する』の四つだ」

 

 これは皇国を取り戻す戦いでもあるが、同時にハーゼとしては復讐するための戦いでもある。俺達が勝手に始末をつけるのは今後の関係のためにも良くないだろう。

 

『……そりゃ、直接この手でぶっ殺してやりたいわよ』

 

 真っ先に口にしたのは四番目の選択肢だったが、それはつまりその選択肢を選ばないということだ。

 

『お兄様の目があるから単独でそっちへは行けないし』

 

 続いて三番目の選択肢も潰す。

 

『けどあいつらの死に様は見たいわ。二つ目の選択肢、映像として見届けるにするわ、大人しくね』

「言ってることは全然大人しくねぇんだけどなぁ。ま、今の方がいいと思うぜ、俺は』

『……あなた変わってるわね』

「取り繕ってるのが気に入らなかっただけだ」

 

 そういう意味ではドランクもなかなか見せてはくれないが、ちゃんと心からの言葉を織り交ぜて話すからある程度信頼が置けるのだ。その点ハーゼは偽りの姿とでも言うべき上っ面なので信用しづらい。なにを考えているのか常に疑わなければならないのだ。その点で言えば上っ面を取っ払った今の彼女は思ったことを口に出すので好感が持てる。

 

『ここまでバラしちゃったならあなたには言ってもいいわね』

 

 そう切り出すと、ハーゼは当時あったことの全てを語ってくれた。

 

 孤児院によく通っていたこと。孤児院の子供達を誰よりも大切に想っていたこと。……ある日引き取られた子供が、裏社交界の人体実験で洗脳され殺そうとしてきたこと。そこで病死した前皇帝から預かっていたムーンのカードから出てきたムーンと契約を交わし、自分を庇って死んだ侍女と洗脳された子供と始末の後片づけに来た兵士の死をなかったことにした。ムーンとは真実を暴き、欺瞞で真実を隠すモノだそうだ。

 それから「あいつら全員八つ裂きにしてやるわ」という激情を抑え込みながら過ごしていたらしい。

 

「……賢者ってのは、色々抱えてるもんだなぁ」

『他の賢者も私ぐらいのモノを持ってるわけ?』

「まぁ、一部はな」

 

 男達から欲望の捌け口にされたり、先導者に仕立て上げられて妻を殺されたり、全く愛されなかったり。

 壊れる音を聴くのが快感だと知ったり、戦場で見捨てられたり、人の気持ちがわからなかったり。の三つはまぁ、なんとなく周囲の気持ちが理解できたから同情はしない。というかロベリアだけ異色すぎんだろ。

 

「その賢者の一人、一番ヤバいヤツに始末してもらうから、楽しみにしておけ」

 

 二重の意味でな。

 

『ええ、まぁ、そうしとくわ』

 

 これで会話は終わりかと思ったが、

 

『……なんで、あなたにこんなことまで喋っちゃったんでしょうね』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

「バレたからいい、ってお前が言ったんじゃなかったか?」

『ええ。でも、話さなくてもいいことでしょ』

「どうだろうな。順当な流れだったと思うぞ」

『そう。なら、気にする必要はないわね』

「ああ。じゃあ最後に、お姉様のみっともない姿の映像を送るな」

 

 俺は言って魔法で記録してあった映像をハーゼが持つ宝珠から映し出されるようにした。

 

『ぷっ……ふふっ! お、お姉様ったらみっともない……! ふふっ、……っ!』

 

 姉の無様な姿を見て笑っているようだ。牢獄に入れられている姉に対して失礼じゃないだろうか。

 

 やっぱりお前、性格悪いわ。……こうなるとわかってて見せる俺も性格悪いんかね。



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最悪のパーティ

グロ注意。
時間がギリギリなのは古戦場のせいです。


 ハーゼの本性と過去を知り、多少打ち解けたと思われる日から丁度五日が経った。

 

 今日は裏社交界の面々が大勢集まり、人体実験によって狂ってしまった子供達が見世物にされる、最低最悪胸糞悪い集会がある日だ。

 

 俺はちょっと早めに仕事を切り上げて会場へ向かっていた。

 

「さぁて、やるとするかぁ」

 

 俺は【アサシン】の『ジョブ』を発動して気配を消し、フードを被って顔が見えないようにしながら街を歩いていた。当然人通りの多い場所は通らない。人気のない裏路地を選んで歩いた。

 夜になって薄暗い中、大きなドーム状の建物は煌びやかに輝いている。

 

『趣味の悪い場所ね』

 

 俺の前ではすっかり本性そのままに話すようになった。飾らないのはいいことだが口が悪いのは問題である。

 今ドランクから借りている宝珠を首から提げるアクセサリとして身につけていた。その上で声は俺にしか聞こえないようにしてあるのだ。視界は宝珠から真っ直ぐに正面という形なので、彼女にも会場の外観が見えたのだろう。

 

「性根が醜悪なヤツが揃ってるからな、建物にもそれが滲み出てるんだろうよ」

 

 声は周りに聞こえないようにして返す。口の動きまでは誤魔化せないのであまり動かさないように注意を払いながらではあったが。

 

『で、どうするの? 皆殺しにするとは聞いてるけど、具体的な計画はなに一つ聞いてないわ』

「潜入してショーの最中に虐殺。そういうのが得意な賢者がいてな」

『どんな賢者よ。まぁいいわ、その辺は任せることにしてるから』

 

 ツッコみつつも自分があまり戦闘向きではないことを自覚しているのか食い下がることはなかった。

 会場が近くなってきたのでハーゼとの会話を控えつつ近寄り、身体を解してから人目がないタイミングで裏口から中に入る。

 ワールドの把握能力を駆使することで会場内の見取り図を手に入れたも同然となる。人の位置までわかるのだから潜入に苦戦することはなかった。人が来る時は物陰に隠れて、人がいない時はすいすい進む。

 

『……あなたホントは騎空士じゃなくて暗殺者が本業なんじゃないの?』

 

 と宝珠の視界から見ていたハーゼが呟いたくらいにスムーズだった。俺もそっちの方が向いてると思ってる、と答えたかったくらいだ。

 

「無理だよ! 俺にはできないよぉ!」

 

 と、どこかで聞いたことがある声が聞こえてきた。震えて今にも泣き出しそうだ。

 

「……ハリソン?」

『ダナン?』

 

 俺は俺でないとわかっているので某秩序の騎空団第四騎空挺団料理長の名を、ハーゼはハリソンを知らないので俺の名を口にした。つまりはそういうことだ。

 

「……ははっ。天は俺に味方してくれるらしい」

『見えてなくても悪どい顔してるのがわかるわね』

 

 早速物陰からその声が聞こえてきた部屋の様子を盗み聞きする。

 

「頑張れよ! お前ならできるって! 貴族様方の前で司会やるんだからそりゃ失敗したら即抹殺だろうけどさ、大丈夫だって! 練習の時も十回に一回も失敗してなかったじゃないか!」

 

 九割の確率で抹殺されんじゃねぇかそれ。

 

「だから無理なんだって! 特に本番が近づく度に成功確率減ってたんだから、間違いなく殺される!」

 

 だろうなぁ。

 

「代わってくれよ、なぁ!」

「いや無理だって! 台本だってあるんだぞ!? 俺が覚えてるわけないんだから殺されるし、代役を勝手に立てたってことでお前も結局殺されるぞ! ……俺達が生き残るためには、お前が成功させるしかないんだよ!」

 

 必死すぎる。

 

「……クソ、前金で娘の誕生日プレゼント買って、明日の誕生日に渡そうと思ってたのによ」

「なら乗り越えてやろうぜ、クソ貴族さん方に負けるなよ」

「ああ、そうだな。娘の笑顔を思い浮かべて、明日絶対に渡すんだ」

 

 あ、これ死ぬわ。

 

「なら、俺にその司会役譲ってくれねぇか?」

 

 そこに、俺は普通に扉を開けて入っていった。

 

『アホなの!?』

 

 ハーゼから驚きの声が上がるが、俺はこういうヤツである。突然聞こえた声に、中にいた男二人がぎょっとしている。

 

「あ、あんた今の話を聞いて……」

「さ、さっきクソ貴族って言ったのはこいつだ!」

「違ぇよてめえだろうが!」

 

 責任の(なす)りつけ合いを始める二人。

 

「黙れ」

 

 俺が低く告げると、びくりと身体を硬直させて押し黙った。放った殺気を収めて二人の間に入り肩を組む。

 

「別に俺はあんたらを殺す気はないんだ、あんたらが俺がここに来たことを漏らさなきゃなぁ」

 

 深く心に入り込めるように声音を調整する。

 

「あんたらも抹殺されるかもしれないんだろ? なら簡単だ、その司会を俺に寄越せ。怪しまれないように気絶はさせてもらうが、あんたが司会をやるよりは生存確率が高いと思わないか?」

「……な、なんでそんなことを」

「決まってる。今日来た観客を全員、ぶっ殺すためだ」

「「っ!?」」

 

 物騒な響きに男二人は怯えたように身体を震わせる。

 

「だから司会って立場が都合いいんだよ。……あんたらに残された選択肢は二つだ。ここで俺に殺されるか、気絶させられて生き延びる確率を上げるか。どっちにしろ司会の座は奪うが、協力するかしないかであんたら二人の命は消えるかが決まる」

 

 俺は言いながら肩に回した手に暗器を取り出しそれぞれの首筋に当てる。

 

「……き、協力する!」

「お、俺もだ! だから殺さないでくれ!」

 

 恐怖故か引き攣った声音だったが、協力してくれる気になったようだ。

 

「おぉ、そうかそうか。協力してくれる気になって嬉しいよ」

 

 俺はにこやかに言って二人からぱっと離れる。

 

「さて。じゃあ司会の衣装とかを渡してくれ。んで、もう一人のあんたも気絶してもらうことになるが、あんたはなんの役割だ?」

「お、俺はただの清掃員だ。……と言っても、使えない子供の始末が終わった後の、だけどな」

『虫唾が走るわ』

 

 ハーゼの冷酷な声は兎も角、つまりは事前準備のあまりない汚れ仕事というわけだな。

 

「子供の始末ってのは?」

「ここの一種のパフォーマンスってヤツでな。気に入らない子供をショーの後始末させるんだ。……死ぬ様子までもショーの一環ってわけだな」

『吐き気がするわね』

 

 なるほど、まぁ見世物としてつまらなければ始末するのが娯楽の観点から見た通常なのだろう。クソみたいなのは変わらないが。

 

「わかった。で、台本は?」

「ここだ」

 

 司会役だった男から衣装と台本を受け取る。衣装は腕にかけて、台本をぱらぱらと捲る。……まぁ、最初だけ覚えればいいんだから全部を読む必要はないな。細かい部分も台本で指定されてるのは間違って貴族の反感を買わないようにだろう。概要や主な流れなんかは頭に入れておき、最初の方のセリフは暗記する。「レディース、アンド、ジェントルメーン」的なアレだ。まぁノリで押し切ろう。

 

「じゃあ後は気絶してな」

 

 【アサシン】のままだったので、そのまま睡眠針を首元に刺して眠らせた。

 

『……やっぱり騎空士じゃなくて暗殺者が本業でしょ』

 

 いや、本業にするなら料理人なんだけどな。とは返さなかった。

 とりあえず『ジョブ』を解除してから衣装に着替えて司会役の恰好になる。シルクハットに燕尾服、先のカーブした黒いステッキ。目元を隠す赤いマスクという変な恰好だ。この恰好になったらClass0で【マジシャン】とか追加されそうである。追加されなかったけど。

 

「どうだ、ハーゼ」

『ぷふっ。に、似合ってるわよ、最高に面白いわ』

「バカにしてんだろ」

 

 宝珠を持ち上げて俺の姿が映るようにしたら笑われた。素性の知れない感じがするから俺だと見てわかることもないとは思うのだが。

 

『ま、まぁ会ったことある人でも一目でダナンとわかることはないんじゃない? 後は声色や態度ね』

「それを聞きたかったんだよ。まぁその辺は俺の得意分野だ」

 

 更に言えばハーゼやドランクの得意分野でもある。

 

「さて、台本の読み込みと演じる人物像を固めていかないとな。協力してもらうぞ、演技上手な皇子サマ?」

『ええ、任せて頂戴。私以上に演技で騙せる人なんていないんだから』

 

 割りと自信家だな、と思いながらも頼りになることは間違いないので二人で相談しながら演じ方を固めていった。

 

 お次は始末役として出てくるヤツの入れ替えだ。まずはそいつの待機部屋へと向かう――麻袋を被った筋肉隆々の大男が血塗れの斧を持って座っていた。……一目でわかるヤバいヤツじゃん。ぱっと見でわからないヤツの方がヤバいだろうが。

 麻袋を突き破って角が出ているのでドラフだろう。というかドラフ以外でこの身体つきはない。

 

「……オ」

「ん?」

「オォ、アアァァ!!」

 

 挨拶かと思ったが、叫び声を上げて襲いかかってきた。いや、これがこいつなりの挨拶なのかもしれない。

 

『ちょっ!』

「なるほど、初めまして(物理)ってとこか」

 

 ハーゼの焦った声を無視し、俺は斧を持つ手を蹴り上げて弾き挨拶を返す。

 

「……オッ?」

「不思議そうな顔だな。……生態的な上下もわからないんじゃ、てめえは獣以下だな」

 

 首を傾げる男に殺気をぶつけると、大きく飛び退いた。

 

「処刑役は交代だ。後で替えのヤツが来るから、もう必要ない」

 

 思考力が低下しているのは、おそらく裏社交界による人体実験の結果だ。壊れすぎてて俺でも直せないな。

 

「オオォォォァァァァァ!!」

 

 雄叫びを上げて襲いかかってくるそいつの頭を、司会として持っているステッキで殴りつけた。頭蓋が陥没してどたんと倒れ込み血を流して絶命する。

 

「埋葬する時間もねぇ。じゃあな」

 

 俺は言って証拠隠滅のためにワールドの能力で男の身体と流れた血を消滅させた。

 

『……強いのね』

「騎空士って言っただろ。この程度のヤツに負けてちゃ、外の魔物共の退治なんかできやしねぇよ」

 

 ハーゼからしてみれば、俺は強く見えるのだろう。だがそれは間違いだ。今の段階では、だが。

 

「さて、じゃあ後は本番を待つだけだな。これから俺は演技して回るから、ハーゼにはあんま答えられなくなる」

『それくらいわかってるからいいわよ』

「……ところで、見世物の待機部屋は見たいか?」

『……いい。見たらきっと、即座にここのヤツら殺したくなるもの』

 

 我慢はするようだ。というより我慢できなくなるから見ないのか。賢明な判断だな。俺も見てそのままにしておけるかと言われれば微妙なところだし。

 

 ということで子供達のいる部屋は見ずに司会役として挨拶回りを済ませ、打ち合わせを行った。集中を切らすと素が出ちゃうんで、という理由により常に演技していたので素の彼を知っていたとしてもバレなかったと思う。

 

『バレてはなさそうね、順調だわ』

 

 とは演技の皇子サマからのお墨つきなので大丈夫だとは思うのだが。

 

 そうして時間は過ぎ、いよいよパーティが始まる。ただしこれから始まるパーティは多くが思っているような、子供を見世物にして嗤う最悪なパーティではなく、観客の全員が死亡する最悪なパーティだ。

 

 今宵の客は血に飢えている、とは言わない。

 今宵の魔術師は血に飢えている、と言える。

 

 さぁ、パーティの始まりだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 夜も更けた頃。普段ならほとんどが眠りに着き静けさを漂わせる時間帯。

 しかし今夜は違った。

 

 仮面をつけ、華美なドレスやタキシードに身を包んだ貴族の男女が階段式の客席に所狭しと並んでいる。

 これら全てが、ガルゲニア皇国を牛耳る裏社交界に入っている貴族達であった。

 

 全メンバーがここに集結しているわけではないが、地方の島に領地を持つ貴族ですらも、今日この日のために遠路遥々首都まで来ているのだ。

 皆待ち遠しいかのように浮き足立ち、今日はどんな催しがと話をしている。高貴な身分で下卑た笑みを浮かべているのは世間一般から見れば吐き気を催すほどだ。

 

 そんな中、階段式になっている客席の中央、降りていったところにあるステージの幕が上がる。幕が上がるその地点に、俺は気取ったお辞儀をしたまま立っていた。

 わーわーぱちぱち、と貴族連中から拍手と歓声で迎えられる。俺は幕が上がり切ったことを確認して前に出てくると、ステージの上で華麗なステップを踏んだ。青い宝珠で作った即席のアクセサリも一緒に踊る。

 

 ステージの一番前の真ん中で足を止めた俺は、かかっとステッキでステージを叩くとぴたりと動きを止める。客側も示し合わせたかのように拍手と歓声を止める。

 

「レディース、アーン、ジェントルメーンッ!!」

 

 声を張り上げて、俺は台本通りに振る舞う。

 

「今宵ここにお集まりいただきましたのは! ガルゲニア皇国を手中に収めている――失礼いたしました、手中に収めんとしている裏社交界の皆々様! 国にとって大事な時期ではございますが、今宵は思う存分お楽しみいただければと思います!」

 

 俺の挨拶に客席から歓声が上がる。ちょっと台本から変えてしまったが、掴みがいいので許されるだろう。

 俺が変えたのは間違えたところ。本来「収めんとしている」のところを間違って「収めている」と言ってしまった、ということで貴族様方の機嫌を窺おうというわけだ。この様子を見る限りでは成功だな。

 

『……どいつもこいつも……。あいつもパーティで見たことあるわね』

 

 宝珠からぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。どうやら見ている範囲でも顔見知りがいるらしい。顔見知りだからショックを受けている、というわけではなく「騙してやがったのね死ねばいいのに」という感じだ。

 

「さて早速ですが本日の一番手にご登場いただきましょう! この子です!」

 

 俺が壇上の右側に避けて中央を指し示すと、幕が上がっている奥から踊り子の衣装に身を包んだ年端もいかない少女が緊張した面持ちで登場する。台本はハーゼに見えないようにしていたが、とりあえず胸糞悪いぞとだけ伝えてある。

 ともあれ、胸糞悪いパーティの一番手というのは不穏だ。

 

「この愛らしい彼女はダンスを披露してくれます! ではミュージック、スタートッ!」

 

 俺がそう言うと、早速音楽がかかり始める。少女は緊張しているようだったが前奏の間に心を落ち着けさせて、意を決し踊り始める。ダンスとしてみるならなかなかの出来だと思う。とはいえ俺が知っているダンサーは“蒼穹”のアンスリアという有名人なので、年齢を考えればかなりいいと思う。

 彼女もおそらく事前に「失敗したらその場で殺される」とは聞いているだろうから、丁寧にしかし見目良く踊ろうと必死な様子を見せている。順調に序盤を経て、中盤に移る。少女も調子が出てきて踊りにメリハリが出てきているが、客席はむしろニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

『……そうよ、その調子。大丈夫よ』

 

 と宝珠から素直に応援する声が聞こえてきたが、これは事前に伝えておいた方が良かったかもしれない。まぁ最初の見世物が途中の段階で行動を始めるから殺させはしないが、ハーゼがショックを受けてしまうかもしれない。

 

 なにせ、この子のダンスは()()()()()()

 

 バレエと呼ばれる踊りを披露する彼女が跳んだ時、それは起こった。完璧な流れだったにも関わらず着地の直前で足が勝手に動いたのだ。

 

「『えっ?』」

 

 少女とハーゼの声が重なる。着地が思わぬところでズレた少女はどうしようもなく、転んだ。会場は大爆笑である。少女は目を白黒させ、自分が失敗したとわかると顔が蒼白になる。

 

『ど、どういうことよ! さっきまであんな上手に! あの時だけ、まるで勝手に身体が動いたみたいに……っ!?』

 

 ハーゼの動揺した声が、言っていて自分で気づいたらしく停止する。

 

「……ああ。ここまで、()()()()だよ」

『胸糞悪いにも程があるわね……!』

 

 全くだ。ぎり、と歯軋りする音が宝珠越しにも聞こえてくる。

 

「……俺は台本通りに動く。俺が近づいたらお前の声をあの子にだけ聞こえるようにする」

『……ありがとう』

 

 口は動かさないように告げると、素直な礼が返ってきた。礼を言われることじゃない。黙っていたのは悪かったしな。

 

「おやおや、どうやら“失敗”してしまったようですねぇ」

 

 俺がかつかつと転んだ少女に近寄りながら「失敗」という部分を強調するとびくぅと怯えた反応をする。宝珠から『必要以上に怖がらせるんじゃないわよ』と声が聞こえてきたが仕方のないことだ。なにせ本気で演技しないとバレてしまう。

 

「ち、ちが……っ! し、失敗なんてしてません! まだ、まだ踊れます!」

「それは会場の皆様が判断されることですね」

 

 俺は無情に言ってハーゼの声が届くように仕向け、ばっと客席の方を向いて両腕を大仰に広げる。

 

「では皆様、お聞きしましょう! 彼女の可憐な踊りを見たいという方は拍手をお願いいたします!」

 

 俺の声に反して、しー……んと静まり返る。少女の顔からどんどん血の気が引いていった。

 

「では――この可憐な少女が始末されるところを見たいという方!」

 

 俺の声に比例して、いやそれ以上に盛り上がって全体から拍手喝采が巻き起こる。そう、これは前座だ。ここがどういう場所なのかをわかりやすくする、前座。洗脳によって必ず失敗するように仕組まれたダンスに、今夜の第一号が殺される様を期待する貴族共。

 最悪の舞台だ。

 

「おやおや、これは満場一致で決まってしまいましたねぇ。では本日の処理係にご登場いただきましょう!」

 

 歓声が上がる。俺の声に応じて登場したのは、岩を乗せた台座を押した紺色のローブに赤いケープを纏った、()()()()()だ。

 しかし歓声がその姿を見て次第に萎んでいってしまう。思っていたモノと違う処理係が来たからだろう。戸惑いが大きいようだ。

 

「元々処理を予定していた彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので皆様に被害が及んでしまうかと思い、急遽交代となりました」

 

 俺の述べた建前にくすくすと嫌な笑い声が響く。あいつが人体実験にされた結果理性を失ったというのは周知の事実だからだろう。

 

「新顔に不安を抱かれるのも無理ありません。なので本日は彼の手腕を見ていただくために、岩をご用意いたしました! 彼は巷で何人もの罪なき人を魔術によって手にかけた連続殺人鬼! 皆様のご期待に沿えるショーを作り出してくれるでしょう! では、どうぞ」

「ああ」

 

 青年、ロベリアは俺の演技に応じて台座を押したままステージの前方真ん中まで歩く。一体どんな、と注目を浴びる中、彼は右手を掲げ親指と中指の腹をつける。指を鳴らす直前の形だ。

 

「スリー、トゥー、ワン」

 

 ロベリアがカウントダウンしてからぱちんと指を鳴らすと岩が粉々に粉砕された。おぉ、とどよめきが客席に広がる。……打ち合わせ通りだ。あいつはカウントダウンを別のヤツで、と言い出したが納得させた。わかりやすく皆が乗りやすいヤツじゃないとな。

 

「ご覧いただけましたでしょうか? 彼は魔術によって、前任よりも多彩な処理を見せてくれるでしょう!」

 

 俺の言葉に会場が熱を取り戻す。少女が粉々に砕け散る様を期待し歓声が上がる。……少女は蹲ってがたがたと震えていた。

 

『大丈夫よ、あなたは助かるわ』

 

 そこに俺が聞いたこともないくらいに優しい声音で、ハーゼが少女に語りかける。

 

「……え?」

 

 少女は呆然として顔を上げそうになるが、

 

『顔は上げないで。絶対助けるから、バレないようにそのまま蹲ってて』

「……たす、ける? お姉ちゃんは、誰なの?」

『それはまた後で。私とそこの怪しい司会は味方よ。終わったら背中を撫でるから、それまで蹲って耳を塞いでなさい』

「う、うん……!」

 

 ハーゼの優しい声が絶望に打ちひしがれる少女の心に染み入ったのだろう。ちゃんと言うことを聞いてくれた。ただ怪しいは余計だ。

 

「では皆様、いよいよショータイムのお時間です! 彼は理性ある殺人鬼! 先程皆様がご覧いただいた通りタイミングを合わせることができます。なので皆様、どうぞ盛大なカウントダウンをお願いいたします!」

 

 俺は大仰に振る舞い観客の興奮を煽る。

 

『よくやるわね、ホント』

 

 さり気なく呟いてくれる辺り、少女への俺の印象を和らげようとしているらしい。お優しいことで。

 

「では皆様、ファイブからお願いいたします!」

 

 くるりとステッキを回し、持っていない左手で五本指を立て突き上げる。

 

「ファイブ!」

 

 俺がカウントすると、興奮を煽られた客達は次のフォーからカウントダウンに参加する。

 

「「「スリー!!」」」

 

 少女が死ぬところを楽しみにした、狂気のカウントダウンは進む。

 

「「「トゥー!!」」」

 

 あともう少し。俺は指を折り曲げてわかりやすくカウントダウンをしながら冷静に客席を見渡し、一番前の列真ん中で立って興奮しきりにカウントしている禿頭で肥満体の男性に目をつける。

 

「「「ワン!!」」」

「……ロベリア。真ん中の最前列、禿げたおっさんだ」

 

 俺はヤツにだけ聞こえるようにして指示を出す。ニヤリと嗤うのがこちらからでも見えた。

 カウントダウンは終わり、ぱちんとロベリアが掲げた指を鳴らす。

 

 ヤツの魔術は俺の傍らで蹲っている少女、ではなく。

 

 びちゃぁ!

 

「……はぇ?」

 

 俺が指定したおっさんに発動、その禿頭は破裂して周囲に脳漿をぶち撒けた。しん、と静まり返る会場。なにが起こったのか理解できないとばかりに周囲の人は自分の被ったおっさんの体液に呆然とする。

 

「……くっ、はははっ!」

 

 そんな中、ロベリアは高笑いを始めた。その声を聞いて理解が広がったのか絶叫があちこちから上がる。血を浴びて気絶した者もいた。混乱は広がり慌てて逃げ出す者など反応は様々だった。

 

「ロベリア。客席にいたヤツは全員黒だ。一人残らず、好きに壊していい」

「くくっ……! キミの騎空団に入ってからはもうないと思ってたけど、やっぱりキミは最高だ!」

「てめえみたいのはずっと我慢しろって方が無理だろうが。だからこうやって、発散させられる時にさせる。俺の許可なく手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「わかっているとも。ここまで充実させてくれたなら、文句はない」

 

 ロベリアは本当に俺の言いつけを守っているのか怪しいが、ともあれ片っ端から逃げ惑う人々を壊していく。俺がやっても良かったんだが、まぁそこはさっきも言った通り発散させた方がいいとは思っているからだ。

 

『いい気味ね。……あっ、聞こえてないわよね?』

 

 くつくつと笑いながら言ったかと思えば、少女に聞こえていることを危惧して狼狽している。

 

「今は俺にしか聞こえてないから安心しろ」

『そう。なら存分に罵倒してやるわ、あの蛆虫共』

 

 既に始まっているようだ。俺だけに聞こえるハーゼの罵詈雑言だが、大部分は無視した。皇子がよくこれだけの暴言を思いつくモノだなぁ、と感心することにした。内容については触れない。

 

 やがて、客席にいた全員は死滅した。会場が血の海と化している。その中心で感極まった様子のロベリアが立っていた。逃げ出した客はいない。レラクルに閉じ込めるように頼んであった。

 

「くくっ……あはははっ!! 久し振りに最高のアルモニーを奏でられたよ。やっぱり、壊すなら人だね」

「俺の許可なく殺ったら滅するぞ」

「くはっ、わかっているとも」

 

 本当だろうな?

 

『……私は立場が立場だったらいいけど、こんなのが仲間だっていうなら困りモノだわ』

「俺の気持ちがわかってくれて嬉しいよ」

『苦労してるのね』

 

 ハーゼに共感された。まぁ性分が近いから割りと仲良くなれそうなところはあるしな。というかあいつを見れば誰だってそう思う。

 

「さて、行くか」

 

 俺は言って蹲った少女の背中を撫でて、しかし惨状は目に入れないように抱き上げて目元を隠す。

 

「わっ」

「もう終わったから、大丈夫だ。まだ自由にはできないが、我慢してな」

「は、はい……」

 

 怖がらせてしまったこともありできるだけ優しく声をかけた。ハーゼにはタメ口だったのに俺には敬語だ。まぁそう簡単に警戒を解いてくれはしないか。

 

『はぁ』

 

 なぜかハーゼがため息を吐いていたが。

 とりあえず触れている内に身体を分析、洗脳の痕跡を消去する。

 

「他のヤツも解放して、実験の痕も戻してやらないとな」

「痕を戻す?」

「ああ。もう、操られることはないから安心していい」

 

 俺はステージから裏手に回ったので目を隠していた手を放して頭を撫でてやる。

 

「あっ……」

『もう大丈夫だから、安心して泣きなさい』

「っ……!」

 

 ハーゼの言葉に安心したのか少女は俺の胸元に顔を埋めて、声を上げて泣いた。俺は彼女が泣き止むまで頭を撫で続けていた。

 

『ちゃんと頭撫でてやりなさいよ』

「それくらい俺にもわかってるっての」

 

 そんなことを言い合いながら、捕まっている子供達を解放しようと場所を移動するのだった。

 因みにロベリアは役目が終わったので追い出した。




というわけでロベリアを活かすというダナンの手腕が発揮されました。
グランとジータならこんな活躍のさせ方絶対しない。


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動き出す事態

古戦場はなんとか七万位以内に入りました。
今回は玉髄ではなくヒヒ取ってカトル君を取得。周年イベでウーノを取ることで統べるという計画です。

金剛が集まったのでバハ五凸目指そう、と思ったら天司のアニマが足りなかった……。
あ、金剛ガチャでは出たことないので悪しからず。

なにはともあれ、短い準備期間の中古戦場お疲れ様でした。
六周年も期待しましょうね。私はアリア実装を願います。収録的な意味合いでもあり得そうですし。


 会場に囚われていた子供達は全員俺が分析、除去をして実験の影響をゼロにした。成功しているかどうかは子供達がいる前でドランクに頼んで生け捕りにしてもらった一人に命令させてみて効果がなかったことを確認している。命令が「その男を殺せぇ!」だったのはウケた。

 誰も言うことを聞かなくて焦っていたのもウケたが。そいつもちゃんと子供達のいないところで始末しておいた。

 因みに俺が来ていた衣服はレラクルに回収してもらっている。

 

 子供達はハーゼの通っていた孤児院に預けることにした。レラクルに買ってきてもらった大量の食料を渡したのでそれで食い繋ぐように頼み込む。

 院長は突然のことに驚いていたが、以前引き取られた子供もいたらしいので再会できて涙ぐんでいた。

 

「……あの」

 

 さて俺は戻るかと思っていると、最初に助けた少女が俺の服の裾を引っ張ってきている。

 

「ん?」

「……お父さんと、お母さんのとこへはいけないんですか?」

 

 不安げに顔を上げた少女の問いに、この子は孤児じゃなかったのかと少しだけ驚いた。まぁ政界の大半を牛耳っていれば誘拐の一つや二つ簡単に揉み消せるだろうが。

 

「んー。一応全部が片づくまではここにいてくれ」

 

 俺は少女の頭を撫でてそう告げる。

 

「因みに名前はわかるか?」

「はい、――」

 

 少女は両親の名前を口にする。……その名前には聞き覚えがあった。

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 俺は合点がいってニヤリと笑う。

 

「?」

 

 少女はなんのことかわからずこてんと首を傾げていた。

 

「ああ、気にするな。とりあえずはここでな。必ず会わせてはやるが、もうちょっとの辛抱だ」

「は、はい……」

 

 落ち着くようにとしばらく頭を撫でてから、俺は孤児院を後にする。その直前、

 

「あ、あのっ!」

 

 院長から呼び止められた。

 

「なんですか?」

「……」

 

 俺が振り返ると院長は口を開いたり閉じたりする。言いたいことはあるが言い出せないという様子だ。……その理由も察しがついている。

 

「言えないなら無理に言わなくてもいいですよ? 相手が悪かったんですから」

「えっ……?」

「まぁそれは相手も同じですけどね――俺達を相手にするなんて、運が悪い」

 

 不敵に笑って告げ、踵を返し歩き出す。言い出そうとしてくれただけで充分だ。

 

「……ハーゼ。緊急通信で全員に繋ぐ」

『わかったわ』

 

 俺は言ってから宝珠に強く魔力を込めた。

 

「……ダナンだ。いきなりで悪いがカッツェとハーゼはバレないように首都まで来てくれ。レラクルは二人が到着後身を隠すように案内するのと護衛を。向こうも動いてくるだろうし、こっちも決めるぞ」

『詳しい説明はちゃんとしてくれるのだろうな?』

「ああ」

『なら良し。では後日直接会おう』

「ああ、悪いな」

『構わない。元より私達の戦争だったのだからな』

「そうか。じゃあ、頼んだ」

『わかった』

 

 ハーゼから了承を取っていないが彼女は事情を知っているので急ぐ理由も予想をつけているだろう。なによりカッツェが来るとなったら彼女もついてくる。

 

「さて、と。終わりにするか」

 

 そろそろ他の仲間達も恋しくなってきた。帰ったら思う存分のんびりしたいところはある。

 

 もう深夜だが、一度レーヴェにも会っておこう。今回やったことの報告も兼ねてな。

 そう思って俺は見えない壁を作り姿を消すと宮殿の地下牢獄に向かう。

 

「よう」

「っ! びっくりさせないでよ」

 

 壁から出てきた俺をレーヴェは鋭く睨んでくる。入った瞬間に防音と不可視は整えてあった。

 

「正面から入るわけにいかないんだから仕方ないだろ」

 

 俺は言いながら屈んでレーヴェの手錠に触れる。そのまま消滅させて金の粒子へと変えた。

 

「……どういうつもり?」

 

 レーヴェは急な俺の行動に訝しむような目を向けてくる。

 

「詳しい話は場所を変えてからな」

 

 言って虚空に右手を翳し、レーヴェと全く同じモノを創る。

 

「……うぇっ」

 

 自分と全く同じ姿の人形が出てきたらそりゃ気持ち悪いだろうが。

 

「文句は言うなよ? お前の脱獄に必要なんだから」

 

 人形の方にはちゃんと手錠をつけてある。

 

「でもこれは流石に気持ち悪いわよ」

 

 つんつんと倒れ伏した人形の頬を突いて本物の感触に顔を顰めている。

 

「そりゃお前と全く同じだからな。違いは命がないことくらいだ」

「……私の死体ってことね。気味悪いわ。じゃあさっさと行きましょう」

「ああ。よっと」

「……抱え上げるのはやめて。荷物みたいじゃない」

 

 俺がレーヴェの脇を持って持ち上げると文句を垂れた。少しの間なんだから気にしなければいいのに。

 

「転移」

 

 空間移動を発動してそのまま俺の割り当てられた部屋に来た。常に防音してあるので問題ない。牢獄の方は解除しておこうか。

 

「……あんた、割りとヤバいヤツよね?」

 

 なぜかレーヴェからそんなことを言われてしまった。

 

「俺は色々できるだけでヤバいヤツじゃない。そんなことよりまずは風呂だな」

 

 抱え上げたままシャワールームへ向かう。

 

「よし、洗うか」

「ちょっと待って」

 

 シャワールームでレーヴェを下ろしローブを脱いでシャツの袖とズボンの裾を捲くる。シャワーを出して湯にしてさぁ始めるかと思ったが、レーヴェが止めてきた。

 

「ん? どうした?」

「どうした? じゃないわよ! なんであんたが洗う感じなの!?」

「安心しろ。流石に汚すぎてなにも抱かないから」

「私が気にするの!」

 

 要は裸を見られたくないんだろう。だがよく考えて欲しい。何年も風呂に入れてもらえず汚れ切った身体と髪。言葉を選ばずに言ってしまうなら今のレーヴェリーラは洗濯物だ。それも汚れが酷い。

 

「汚れが酷くて一人じゃ洗いづらいってのが一つ。で、ずっと運動してないお前が身体を洗うっていうことすら疲れて倒れる可能性が一つ。わかったら大人しく洗われろ」

「は、ハーゼ! ハーゼは!?」

「まだ来ない。大体見られるの嫌がってただろ」

 

 ハーゼには映像で見せたんだけど。

 

「今のよりはマシよ!」

「洗わなかったら部屋で過ごさせないからな。というか俺もシャワー浴びたいんだからさっさとするぞ」

 

 今日は仕事終わってからすぐ会場に行ったからシャワー浴びてないんだよ。

 

「やーめーてー!」

「大人しくしなさい」

 

 というわけでボロ切れのような服を剥ぎ取り半ば無理矢理レーヴェを洗浄した。特になにもない。時間はかかったなぁ、と思うくらいだ。

 

「……しくしく」

 

 その後部屋のベッドで買っておいたハーヴィン用の寝巻きを着たレーヴェがうつ伏せになっていた。本当に泣いてるヤツはしくしくとは言わないんだよ。

 

「めそめそしてないで次だ次。髪整えるぞ」

「……それはさっきのよりはマシ」

「悪かったからほらこっち来い」

 

 湯上がりなせいか別の理由はまだ顔の赤いレーヴェが俺の方に来る。俺はレーヴェを椅子に座らせ、ビニール製の布で首から下を覆い口の隙間をなくすと散髪用の櫛と鋏を取り出した。目の前には姿見がある。地面には切った髪を集めるためにビニールを敷いておいた。

 

「元々はどういう髪型だったんだ?」

 

 少しだけカッツェとハーゼとは髪色が違う。同じ茶色ではあったが、レーヴェの髪はどちらかというと焦げ茶に近い。伸び放題だったため地面に着いて余りある長さになっている。風呂で切らなかったのはレーヴェが動揺しまくってて刃物が危なかったからだ。

 彼女の髪を櫛で整えながら尋ねる。

 

「うーん……そうね、肩にかかるかかからないかくらいの長さだった気がするわ。変に編んだり結ったりはしてなかったと思うけど」

「そっか。じゃあその辺はセンスに任せるかな」

「不安だわ。というか切れるの?」

「ああ」

 

 その不安を払拭するように鋏を入れていく。基本的にばっさりやってしまっていいので後ろ髪を肩甲骨の辺りまでばっさり切ってしまう。肩ぐらいの長さにするならそれでいいだろう。その後も櫛と鋏を駆使して髪を切り揃えていく。

 

「へぇ、結構手際いいのね」

「手先が器用だったからな。ただまぁ、美容師とは違うんだけどな」

 

 俺にできるのは精々切って整えるくらいだ。高い技術まで持っているわけではないので求めらたら困る。だが切り揃えるのに必要な手際だけは確保してあった。故郷の街ではレーヴェの牢獄生活よりちょっとマシくらいの生活レベルだったから髪切るのも大変だったしな。商人の知り合いがいたら鋏を借りていた。

 その後も雑談しながらレーヴェの髪を切り揃えていく。

 

「ま、こんなもんだろ」

「なかなか上手ね。確かにこんな髪型だった気がするわ」

 

 大分さっぱりした髪型になった。いや、この場合は元が酷かっただけか。

 

「じゃあ髪洗いに行くぞ。さっきは洗うだけだったが、トリートメントは大事らしいからな」

「今更な気もするけど、まぁそうね」

 

 切った髪は消滅させておく。大量の俺じゃない髪が見つかったら誰のだ!? ってなるだろうから、そこは仕方がない。というわけでビニールの布を着たままのレーヴェの髪だけを洗った。乾かせばそれなりに整った感じになる。

 

「まぁ、こんなところか。随分マシになったんじゃねぇの?」

「ええ、そうね。隈はちょっとずつ薄くなってるけどまだ消えてないし、ある程度化粧で誤魔化せば以前みたいに見えるでしょうね」

「そうだな。簡単な運動やらをここでしてもらって、外には出ず留守番してもらうことになるだろうが」

「わかってるわ。表立って街を歩ける立場じゃないもの」

 

 そういうところの理解があるのは助かるな。

 

「……ってことはここであんたと同居?」

「そうなるな」

「……まぁいいわ。もう、お嫁に行けないし」

「皇族なんだから婿貰う可能性の方が高いし問題ないな」

「そういう意味じゃないわよ、もう」

 

 なぜかレーヴェは膨れっ面である。

 

「じゃあ俺は風呂入ってくるから、眠かったら先寝てていいぞ」

「ええ」

 

 言ってから俺もシャワーを浴びて身体を綺麗にして戻ってくる、とレーヴェがベッドの上で横になってうとうとしていた。

 

「あ、やっと戻ってきた」

「先寝てていいって言わなかったか?」

「それはそうだけど」

 

 眠そうに目を擦る彼女に近づくと、少しだけ頬を染めてこちらを見上げてきた。

 

「……脱獄していつ襲われるとも限らないから、不安なの。一緒にいてくれる?」

「俺が暗殺者だったらどうするんだよ」

「大人しく殺されるわ」

 

 レーヴェは手を伸ばしてきてぎゅっと俺の服を掴んでくる。牢獄から出て気が緩んでいるのだろう。まぁ少しの間だけだろうしいいか。

 

「仕方ないな」

 

 俺は苦笑してベッドに入りレーヴェの隣に寝転んだ。

 

「……襲ったら許さない」

「大人しく殺されるんじゃなかったのか?」

「そういう意味じゃないわよ、もう」

 

 言った後もう限界だったのかレーヴェの瞼が落ちた。仕方ないので俺もこのまま眠ることにする。せめて安らかに熟睡できるといいんだけどな。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 二日後。

 カッツェとハーゼがガルゲニア皇国の首都に到着した。レラクルが合流して誰にも見つからないよう気をつけて俺が暮らす寮の部屋まで来てもらった。

 

「姉上!」

「お姉様」

「二人共、元気そうね」

 

 レラクルは分身の方だったらしく二人を送り届けてくれた後に消えてしまった。感動の対面、とばかりにひしっと抱き合う三人。

 

「姉上、よくご無事で」

「お姉様、聞いていたよりも随分とマシになっていますのね」

「ええ。ダナンが色々としてくれたの。おかげで人前に出られるような恰好にはなったわ」

 

 兄妹と会う、ということで少しおめかしした恰好ではあったが、この二日で随分と血色が良くなっていた。夜もぐっすり眠れるようになったし、俺が持ってきた飯もきちんと食べている。このままなら健康状態も快復するだろう。

 

「……そんなことが」

「悪いな、つい子供達が非道な人体実験でと思うと」

「いや、いい。つまらない遊びで無辜の民が犠牲になるよりは遥かにマシだ」

「そうか、そう言ってくれると助かる」

 

 ハーゼは多分心の中で「よく口が回るものね」と思っていることだろう。お前だけには言われたくない。

 今は三人に二日前の夜にあったことを話し終えたところだった。

 

「……あのクソ叔父、そんなことやらせてたのね」

 

 レーヴェがちょっと皇子がしてはいけなさそうな憤怒の表情になっている。

 

「で、向こうがそろそろ動くだろうからそれに応じて俺らも作戦を開始、国を引っ繰り返す。あんたらの叔父ももう姿を見せるはずだからな」

「わかった。作戦の段取りは――」

 

 カッツェが俺の立てた作戦の段取りを聞こうとしたところで、部屋の扉がばんと荒々しく蹴破られる。

 

「「「っ!?」」」

 

 三人がびくりと震えた視線の先には、兵士達がいる。……おっと、もう来たか。

 

「……抵抗はしなくていい。作戦開始だ」

 

 俺は想定通りの流れに笑って小声で三人に告げる。

 

「宮廷料理人ダナン!」

 

 俺は後ろを向いていたので背後から押し倒され、腕を後ろに捻られてがちゃりと手錠をかけられる。

 

「並びに元皇族三名!」

 

 三人もそれぞれ兵士が取り押さえた。

 

「放せこのっ!」「放してください!」「ハーゼ!」

 

 などと俺の言葉を汲み取ってか演技をしてくれている。……カッツェだけはガチか?

 

「国家反逆の罪で逮捕する!」

 

 兵士の宣言に、まぁだろうなと内心ほくそ笑んだ。ここまでは俺の予想通り。多分ここからも。

 

 じゃあ、そろそろガルゲニア皇国を引っ繰り返してやろうか。




追伸:最寄りの本屋に鬼滅の刃は一冊もなかった。


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ガルゲニア皇国、終幕

周年イベでようやく十天衆を統べることができました。
……星屑の街を救っちゃったんだよなぁ、この作品では。

とりあえず独自解釈なりにガルゲニア皇国の話は終わりになります。


 兵士達に部屋へ乗り込まれた俺達四人は、手錠を嵌められ宮殿に連行された。

 

「叔父上……!」

 

 宮殿の謁見の間にて、俺達はたくさんの兵士が並ぶ中央に連れてこられる。玉座には皇帝が、玉座から少し離れた右側にはその姿を見てカッツェがそう呼んだことから、件の叔父とやらがいた。カッツェに睨まれてニヤリと口端を吊り上げている。

 

「この、クソ野郎! 私を嵌めやがって! そもそも私の前に無実の人を何人も処刑しておいてなんのお咎めもなしっていうのがおかしいのよ! 二人共ぶん殴って――ぐっ!」

 

 演技なのか今までの鬱憤が爆発したのか怒鳴り散らすレーヴェは、彼女を捕らえた兵士に殴られてしまう。

 

「姉上!」

「お姉様!」

 

 二人が彼女を呼ぶ。レーヴェは殴られはしたが鋭く皇帝と叔父を睨みつけた。

 

「おぉ、怖い怖い。流石身内を殺した犯罪者は違うな」

 

 皇帝はおどけたように告げる。

 

「カッツェとハーゼも久し振りではないか。だがまさか国家転覆を企むなど、兄として悲しいぞ」

「……兄上。どうやらまだ、叔父上の企みに気づいていない様子ですね」

「皇帝陛下と呼ぶように言ったであろう?」

()()

「っ!」

 

 カッツェは眉間の皺を更に深めて皇帝を睨み上げる。申し出を聞き入れないカッツェに皇帝が苛立ち、代わりに兵士の一人がカッツェを殴りつけた。

 

「……ふん。まぁいい。それよりまさか、貴様がこいつらの手引きをした犯人だったとはな、ダナンよ」

「なにかの手違いでは?」

「往生際が悪い。……叔父上」

「わかっているとも」

 

 皇帝の声に応じて叔父が前に進み出ると、

 

「入れ!」

 

 謁見の間に誰かを引き入れる。入ってきたのは俺に見覚えがある人達。

 

「……院長?」

 

 ハーゼとしては馴染みのある院長が入ってきたことに驚きを隠せないようだ。院長は気まずそうに目を逸らした。

 入ってきたのは仲良くしていた先輩料理人、看守、孤児院の院長の三人だ。

 

「そして、最も剣の腕が立つ部隊長」

 

 叔父の声に応じて俺と関わりのある隊長が前に歩み出てくる。

 

「……まさか」

「そう、全てはカッツェかハーゼの間者を見つけるために、一芝居打ってもらっていただけのこと」

「……そんな」

 

 俺は叔父の宣言にがっくりと膝を突く。

 

「くくっ、叔父上にかかれば貴様の浅知恵などお見通しというわけだ。さぁ殺せ! 国家に反逆した愚か者を処刑せよ!」

 

 皇帝が高々と命令し、隊長がそのまま俺の前に出てきて腰の剣を抜き振り被る。

 

「ダナン!」

 

 レーヴェが悲痛な声で俺の名前を呼ぶ。だが、そう気にする必要はない。

 振り下ろされた刃は俺の首目がけて迫り、そして()()()が鳴り響いた。

 

「「「っ!?」」」

 

 剣は弾かれ、周囲に驚愕が広がっていく。

 

「流石、いい腕だな。おかげで手錠が斬れちまった」

 

 俺は言って両手首の手錠を振るい落とした。

 

「な、なに……?」

 

 他でもない隊長が驚き半歩下がる。

 

「手錠の鎖を引き千切って、枷の部分で防御したのか……!」

「ああ。まぁ少人数で国引っ繰り返すなら、これくらいできないとダメだろ。いざとなったら実力行使できねぇとな」

 

 俺は言って平然と立ち上がる。後ろ手に手錠つけられてたから一回引き千切らないといけなかったんだよな。まぁでも上手くいって良かった。

 

「初日でわかってただろ? あんたじゃ俺には勝てねぇよ」

「嘗めるなっ!」

 

 隊長に向けて告げるが、残念ながら聞き入れてはくれなかった。剣を構えて肉薄してくる。その速さは俺と模擬戦をやっている時より数倍速い。当然手加減していたのだろうとは思っていた。

 

 袈裟斬りを紙一重で回避して兜ごと顔面を殴りつける。隊長はよろめいて数歩後退した。

 

「た、隊長の剣を!」

「クソ、ただのちょっと強い料理人じゃなかったのか!」

「当たり前だろ」

 

 驚く兵士達に対して冷静に応えるが、皇帝は玉座の上でわなわなと震えている。叔父の方は、そこまで動揺がないな。まぁ、あんたからしたら俺達が強い方が都合いいだろうし。

 

「こ、殺せ! いいから殺すんだ!」

 

 皇帝は動揺を声に出して命令する。隊長含めた大勢でかかってきた。俺は回避に専念しながら雑魚兵士を壁まで蹴っ飛ばして数を減らしていく。最後には結局隊長一人になってしまった。紛れもない本気の剣技は流石に『ジョブ』なしではキツい。避けるので精いっぱいか、と思っていると、

 

「……俺を玉座の近くに吹っ飛ばしてくれ」

 

 隊長が小声で俺に言ってきた。どういうつもりだと問う必要はない。俺には大体予測ができているので、申し出の通り玉座の横へ吹っ飛ばしてやろう。

 

「【ベルセルク】」

 

 ClassⅣを発動して蹴れば、鎧にヒビを入れ今までとは桁違いの速度で壁まで吹っ飛びめり込んでしまう。

 

「がはっ!」

 

 吐血したらしく兜の中から鮮血が舞う。横を猛スピードで通過した隊長に、皇帝は顔を青褪めていた。『ジョブ』を解いてニヤリと笑う。

 

「悪いが俺はそこそこ強いぞ? さぁ皇帝陛下、どうする?」

 

 “蒼穹”の団長と決死の覚悟なら相打てるくらいには強いと思っているので、この程度物の数ではない。

 

「くぅ……!」

 

 皇帝はあっさり殺せると思っていたのだろうが、見込みが甘い。しかし状況を見て判断するだけの能力は持ち合わせていたようだ。はっとしたかと思うと皇帝が悪い笑みを浮かべた。

 

「貴様、後ろの連中はいいのか?」

「……」

「貴様があの二人の間者だと言うなら簡単だ、まだそこの三人は捕らえられている」

 

 皇帝の言葉通り、まだリーラ達が囚われている。兵士達は剣を抜き放ち三人の喉元に突きつけた。

 

「……なるほど、いい手だ」

 

 俺は笑みを引っ込めて構えを解く。皇帝はしてやったりと笑みを深めた。

 

「さぁ、国家に仇なす愚か者を処刑せよ!!」

 

 皇帝は手を翳して兵士達に命令する。その瞬間、叔父の口端が吊り上がったのを見逃さなかった。

 

「……かしこまりました、皇帝陛下」

 

 皇帝の命令を聞く声が一つ、()()()()()から聞こえる。皇帝がなにか反応を示す前に、彼を後ろから突き出された剣が刺し貫いた。

 

「……え? あ、え……?」

 

 理解できない皇帝は呆然と呟き自分の身体を見下ろす。そこで身体から生えている刃を見て、滲む血液に目を見開き、

 

「い、痛い……! 血が、誰か助けて……っ! 叔父上!」

 

 皇帝は痛みに悶えて叔父を見るが、彼は嫌らしく笑っていた。

 

「ここに()()()皇帝は討たれた! 私の策に協力してくれた三人の皇子と間者のダナンのおかげで!」

 

 彼は高らかに宣言する。

 

「お、叔父上……? なにを言って……」

「これまで民を散々苦しめてきた報いだ」

「叔父上っ! 叔父上ぇ……!」

 

 絶望に染まる皇帝に、偽善で彩られた黒幕が告げる。皇帝は声を荒らげるが取り合わず、そうしている内に吐血して、やがて息絶えた。彼の目からは涙が流れ落ちる。

 

「ありがとう、君達のおかげで皇帝の暴走を止めることができた」

 

 叔父は人のいい笑顔を俺達に向ける。

 

「叔父上! あなたは最初からこの時のために兄上を!」

「なんのことだかわからないね。それより新たな皇帝を決め、急ぎ政治を整えなければ。しばらく宮殿から離れていたことだし、ここは民意によって皇帝を選出するというのはどうかな」

「あんたが私達を嵌めておいてなに言ってるのよ!」

 

 なるほど、そういうシナリオなら叔父が皇帝になる道筋もあるか。俺達を利用して現皇帝を処分し、自分が皇帝になる。継承権ではレーヴェが一番だが、身内殺しの冤罪があるので民意は選ばない。不在だったカッツェとハーゼよりも叔父が強くなるだろう。というか行方不明だったら皇位継承権がもう叔父一位になっていそうなモノだろうけどな。

 

「それは困るなぁ」

 

 俺は言って玉座の死体を奪い取り、

 

「リヴァイブ」

 

 皇帝を生き返らせる。

 

「……え、あ、わ、私は……」

「なんだと!?」

 

 皇帝が生き返ったことに叔父が驚愕する。

 

「ほら、寝惚けてんな」

「えっ? あ、き、貴様! なぜ私を……下ろせ!」

「下ろしていいのか?」

「えっ……? ひぃ!」

 

 俺が聞くときょとんとして周囲を見渡し、そして身を縮こませた。周囲には復帰した兵士達が剣を構えて立っていたのだ。

 

「こ、これは、どういう状況だ!?」

「叔父の策略で全ての罪を被せられて殺されたあんたを俺が生き返らせた。以上」

「はあ!? と、兎に角今は味方でいいのだな!?」

「いや、どうだろうな。できるだけ苦しんで死ねばいいと思ってるかもしれんぞ」

「味方ではないのか!」

「それもお前が今までやってきたことの責任ってヤツだ。一度殺されて、頭は冷えたか?」

「……わかっている、わかっているとも。私の犯したことは、死んでも償えるモノではない」

 

 殺された絶望に突き落とされたからか、自分を省みるということをし始めたらしい。生き返った直後なのでまぁ精々これから後悔するといいさ。

 

「……どういうつもりだね?」

「俺はあんたに国を渡すわけにはいかないんだ。だからこそ、祀り上げたこのバカ皇帝を殺させるわけにはいかない」

「その皇帝の言葉が、信じるに値するとでも?」

「まぁ信用はないよな」

 

 俺が服を掴んで掲げた皇帝も「だろうな」と同意していた。自覚を持ち始めたのはいいことだ。

 

「だが証拠なら山ほどある。この間殺害された裏社交界のメンバーが八割だ。なら残り二割のあんたを除くメンバーは、生きてるんだよな?」

「まさか……」

 

 俺の言葉の後、どさどさとどこからか縛り上げられた貴族達が落ちてくる。

 

「見覚えがあるだろ? 言質は取ってある。あんた率いる裏社交界が暗躍してこの皇国を我が物にしようとしてるってことはな」

 

 上にレラクルが待機しているので当然のことだ。

 

「で、出鱈目を……!」

「あとは偽装書類とか。あんた直筆のサインがあるヤツな。あんたの部屋にあった前皇帝と第三皇子がかかった病気の()()()に関わる資料とかも有力じゃねぇかな?」

「な、なにを言っている! 出鱈目だ! そいつを殺せ、部隊長!」

 

 叔父の命令で、俺の一撃を食らった部隊長がゆらゆらと歩き出す。

 

「もう、やめておいた方がいいと思うぞ。次は死にかねない」

「……私が死ぬのは構わないとも」

 

 部隊長はなにか決意を秘めたような声で応えた。

 

「奥さんと娘さんなら無事だぞ?」

「っ!?」

 

 しかし俺の言葉に驚愕して足を止める。

 

「な、なんで娘のことを……」

「そりゃだって、この間あんたの娘を助けたのが俺だしな」

「……」

 

 あっけらかんと答えると、部隊長は呆然としているようだった。部隊長の名前を知っている俺は、孤児院に預けてきた一人――最初に助けた少女が口にした父親の名前と同じだということに気がついた。初日に会った反応から悪役っぷりに慣れてないのは明白だったので、脅されてるんだろうなと考えたわけだ。因みに奥さんの方は常に叔父の放った暗殺者が近くにいて、もし謀反でも起こそうモノなら即座に殺されてしまう状態だった。それも娘に家の場所を教えてもらい、レラクルに暗殺者を始末してもらっている。

 

「ほ、本当です! 二日前から孤児院で預かっています!」

 

 叔父の手の者としてここに来た院長が保証し、部隊長は力を抜いてがくりと膝を突いた。

 

「……そうか、生きてるのか……!」

 

 死ぬ直前だったけどな、とは言わない方がいいのだろうか。恩着せがましいし。

 

「チッ! 仕方がない、孤児院も貴様の妻も、殺してくれる!」

 

 叔父は苛立たしげに言ってなにかの笛を鳴らす。おそらくそれが合図なのだろう。首都にいる暗殺者全員が、狙っている者を殺害するという連帯責任の合図。だが直後に起こったのは、黒ずくめの人達が縛り上げられて落ちてくるという光景だった。

 

「……え?」

 

 叔父はその者達に見覚えがあったのか呆然とした声を漏らす。

 

「えぇと、部隊長の奥さんに、孤児院の子供達、先輩の恋人に、看守の母親。その他諸々の俺を騙すために使った人達の人質のところにいた、暗殺者達全員だな」

「な、んだと……! まさか貴様、わかっていた上で乗ったというのか!」

「ああ。だって予想ついたしな」

「っっっ!!!」

 

 あっさりと答える俺に、叔父は苦虫を噛み潰したような顔をした。そういや本性出てるけどもういいのかね。

 

「もういい! 殺せ! その三人を殺せ!」

 

 叔父は吐き捨てるように命令し、レーヴェ、カッツェ、ハーゼの三人を捕まえている兵士達が剣を振り被り――

 

()()()()

 

 それぞれが魔法によって吹き飛ばされた。

 

「ダナンってば人遣い荒いんだから~」

「悪いな。だがいいタイミングだ」

 

 軽い調子の声が聞こえた先には、ベールを被った怪しげな占い師……に化けたドランクの姿があった。その横にはどこかの貴族がいる。

 

「な、なにをしている!?」

「え~? 僕最初に言ったでしょ? 『今の皇国は終わるだろう』って~。僕達が終わらせるんだけどねぇ」

「……っ!」

 

 ドランクの言葉に貴族はがっくりと膝を突いた。いや、そんなんで騙されるなよ。多分信じやすいヤツを選んで取り入ったんだろうけどさ。

 

「く、クソッ! どうして、あと一歩のところで邪魔をする!」

 

 叔父は悔しげに地団太を踏んでいる。

 

「あんたの思惑はわかってた。レーヴェを生きて捕らえていたのは、逃げ出した他の皇子――カッツェかハーゼが間者を送り込んで牢獄を確認させるはずだと読んでいたからだ。そんなあんたが悪目立ちをする俺を疑ってかからないわけがない。だから部隊長に命じて俺を連れてこさせ、実際に牢獄のレーヴェに会わせるようにした。料理人の先輩と看守はそこで使われたんだな。先輩がわざわざレーヴェが飯を運ぶ度に食ってかかるっていう俺に有利なことを教えてくれたのもそのせいだな。で、孤児院の院長。あんたはハーゼが孤児院に通っていたことを知っているから、ハーゼの間者なら確実に孤児院を確認させるだろうとわかっていた。だから院長を脅して『引き取られた子供と連絡が取れないから叔父は怪しい』と味方であるかのように思わせる発言をさせた。などなど、思い当たる節は色々とあるけどな。まぁ潜入が簡単に行きすぎて疑ってたんだよ最初から。読みが甘かったな、あんた」

「ふざけるな! あと一歩で、あと一歩のところで私が皇帝になれたモノを!」

 

 叔父が怒鳴り散らす中、小さな影が俺達の間を擦り抜けて移動し、

 

「このクソ叔父!」

 

 叔父の眼前まで行ったレーヴェが顔面をグーで殴りつけた。

 

「へぶっ!」

 

 情けなく吹っ飛ばされる叔父につかつかと歩み寄り、胸倉を掴み上げる。

 

「れ、レー……ごふぅ!」

 

 レーヴェはそのままグーで叔父を殴る。殴る。殴る。

 

「よくも私を嵌めてあんな汚いところに閉じ込めてくれたわね! 好き勝手皇族を、国を引っ掻き回してっ! この、死んで詫びなさい外道!」

 

 この間まで牢獄で身動きが取れなかったとは思えないほど苛烈に、叔父の顔面をボコボコにしていく。ほぼ全員引いていた。いや自業自得なんだけど。

 

「や、やめっ……」

「ふんっ」

 

 怯える叔父を放り投げて地面に転がす。兵士達も邪魔する気はないのかスペースを空けている。

 

「……もっと殴ってやりたいしもっと罵倒してやりたいけど、私はここまでにしとくわ。次、カッツェとハーゼの番よ」

 

 これ以上やると二人の恨みが晴らせないものね、と冷徹な目で告げる。

 

「……では叔父上」

「ひぃ!」

 

 床に這い蹲る叔父の前にカッツェが進み出る。完全に心が折られているのか怯え切った様子だ。

 

「審判の時だ――ジャッジメント!」

 

 カッツェの呼び声に応じて彼と契約している星晶獣、ジャッジメントと呼ばれたそいつが顕現する。楽器の周りに猫がついていた。……随分と可愛らしいな?

 

「せ、星晶獣だと!?」

「叔父上。あなたはこれまでに多くの命を踏み躙り、己が野心のために利用してきたその報いを受けるがいい!」

「ひぎゃああぁぁぁぁぁ!!」

 

 星晶獣が楽器を吹くと風が叔父の全身を切り刻んだ。血はたくさん出るが傷が浅い。ちゃんとハーゼのために残しておいたのだろう。

 

「では叔父様。私も」

「も、もうやめてくれぇ……もう許してぇ……」

 

 カッツェと入れ替わりでハーゼが歩み出ると、叔父は情けない嗚咽を零した。

 

「叔父様……。仕方ありませんわね。わかりました、顔を上げてください叔父様」

 

 同情するような声と、優しく聖母のような声音に叔父が顔を上げると――思い切り蹴飛ばされた。

 

「ぶっ!」

 

 鮮やかな蹴り上げに叔父の身体が宙を舞い、どしゃりと落下する。

 

「……とでも言うと思った? 騙されるなんて、本当に救えないわね」

 

 どうやら感情が昂ぶっているらしく、本性の方で話していた。「は、ハーゼ……?」とカッツェが一番おろおろしている。

 

「私が孤児院に通ってることを知っていて、あの子達を引き取るフリして人体実験に使っていただなんて! 万死に値するわ――ムーンッ!!」

 

 激昂という表現が相応しいハーゼはそのまま契約している星晶獣を呼び出す。白い兎に鎖をつけて従える青い毛むくじゃらのおっさんだった。……これまで動物いなかっただろ、なんで急に。

 

「ひぃ……!!」

 

 ハーゼの本性を知らないからか、叔父はこれまでで一番怯えている。普段怒らないヤツが怒ると怖いってヤツだな。ムーンから光線が放たれ叔父へ向かう……が叔父の目の前を穿つだけだった。それでも精神的に追い詰められていたらしい叔父は気絶していたが。

 

「ふんっ!」

 

 ハーゼは苛立たしげに鼻を鳴らすが、それでも叔父は殺さなかった。生かしておくつもりなのだろう。

 

「は、ハーゼ……?」

 

 戸惑うカッツェの呼びかけに、彼女がはっとする。しまったという表情を一瞬見せるが、

 

「……お兄様! ハーゼは、ハーゼはお兄様に嘘を吐いておりました! ハーゼはいけない子です……!」

 

 途端に目に涙を浮かべカッツェに抱き着く。

 

「気にする必要はないよ、私の可愛いハーゼ。私はどんなハーゼでも、大切にしている」

「お兄様……」

 

 カッツェは快く受け入れハーゼの身体を抱き締めていた。……きっと内心でほくそ笑んでんだろうなぁ、ハーゼのヤツ。

 

 そんなことより今は皇帝と叔父だ。俺は叔父を足蹴にして痛みで起こし、服を摘んで掲げる。

 

「な、なにをするつもりだ?」

「悪いことをしたら謝る。これが世界の常識。てなわけで行くぞ、民衆の前で洗い浚い吐いてもらうからな、お前ら」

「わ、私もか!?」

「当たり前だろ」

「……そうだな」

 

 というわけで、皇帝と叔父は民衆の前で全てを洗い浚い自白すると土下座した。

 二人を除くと皇位継承権最高位であるレーヴェリーラの「叔父が全ての黒幕で、兄は調子に乗ったただの阿呆よ」と弁護? をしたので叔父は地下牢獄で幽閉され、皇帝はなんと退位せずそのままになった。

 

「私は皇帝なんて窮屈なことは嫌よ」

 

 とレーヴェリーラが無碍もなく断り、

 

「私は皇帝たろうと努力してきたつもりだ」

 

 とカッツェリーラは乗り気だったのだがハーゼへの甘さによって以前と同じく傀儡政権が出来上がりそうな予感がした全員に反対され、

 

「私はお兄様を差し置いて皇帝になるつもりはございませんわ」

 

 とハーゼリーラが断ったことで三人共皇帝にならず、結局そのまま継続することになったのだ。民衆からの反対は酷かったが、謝罪した時誠心誠意、全て叔父のせいだと言って罪から逃げることなく向き合ったことでほんのちょっとだけ見直されたのだという。

 加えて、

 

「ほらきりきり働きなさい! こんなんじゃ一生かかっても罪を償えないわよ!」

 

 と牢獄から戻ってきた第四皇子が皇帝の尻を蹴飛ばし叱咤激励する様が見受けられたのも現皇帝が継続することの不安を払拭させる要因となっているのかもしれない。

 とりあえず税率を以前のモノに戻し、宮殿の食糧を配給することでこれまでの印象を払拭し始めている。騎士団総出で街の清掃にも務め、これまでの印象を変えようという政策が多い。

 

 無事部隊長と娘さんと奥さんも再会できたし、孤児院の子供達とハーゼも再会した。叔父が白状したことでカッツェが指揮者を務めていた楽団の団員達も「マエストロを責めるのは間違ってた」と何人からか謝罪を受けていた。レーヴェは能力が高いのか皇帝を叱咤しながら皇帝以上に仕事をこなしている。

 

「一件落着って感じだねぇ」

「うん、疲れた」

 

 少しずつではあるが活気を取り戻していくガルゲニア皇国の様子を見て俺達三人はほっと一安心というところだ。

 政治体制をいきなり変えるのは金がかかるのだが、裏社交界に属していた貴族達から多額を押収したらしい。

 

「……賢者だから仲間に加えるのもアリかと思ってたが、どうやら難しそうだな」

 

 カッツェとハーゼの二人は皇族だ。騎空団に入ってくれというのは難しいだろう。ここには二人が取り戻したいと思っていたモノがあるはずだ。

 

「さぁ、どうだろうねぇ」

「?」

 

 なぜかドランクはニヤニヤしていたが、その理由は俺にはわからない。なにか思うところはあるのかもしれないが。

 ともあれ、二人の手伝いは終わった。俺達の役目はここで終わりだ。

 

「というわけで、この国出るな」

 

 俺達三人は影の立役者なので有名ではないし、とりあえず事情を知っている皇帝と皇子三人のところに挨拶しに来た。

 

「えっ!?」

 

 四人の中で一番驚いたのはレーヴェだった。

 

「ん? なんかあったのか?」

「い、いえ、別に、なんでもないわ」

 

 なんかありそうな感じではあったが、言わないなら仕方がないな。

 

「ああ、カードを取りに来たというわけか」

「そういうことだ」

「ふむ。私が想定していたモノとは違ったが、よく働いてくれた。報酬は必要だろう」

 

 カッツェは快くジャッジメントのカードを渡してくれる。

 

「そしてこれから世話になる」

「おう……うん?」

 

 カードを受け取ったはいいが、予想していなかった言葉が聞こえてきた気がして首を傾げる。

 

「今なんて?」

「これから世話になると言った。楽団の者達は一応私を許してくれたが、当時毒殺された団員の親族達は結局私がマエストロをやっていなければ、と恨んでいることだろう。ここで楽団を再開するつもりはない」

「けどあんたの人を見る目は確かだ。皇帝にならなくても国をよく導くことはできるんじゃないか?」

「そうかもしれないが、この国にもう私の力は必要ない。この数日で私達のいた貧民街から優秀な者達を引き入れ、適した仕事に就かせている。あとは兄上と姉上の方でなんとかできるだろう」

 

 カッツェは王として振る舞うことに慣れてしまっているのか堂々とした立ち居振る舞いだった。正直なところ皇帝より皇帝らしい。

 

「けど俺についてくる必要はないんじゃないか?」

「それなのだが……」

 

 とカッツェは傍らに立つハーゼを見やる。今度は彼女が進み出てきた。

 

「実はハーゼから、ダナン様の騎空団に入ると申し出たのです」

「……なにを企んでるんだ?」

「企むなんてそんな、誤解ですわ」

 

 にっこりと微笑むハーゼをジト目で見つめる。するとこっちに近寄ってきてしゃがむように合図してきた。屈むとハーゼは耳元に口を寄せてくる。

 

「……孤児院の子供達と一緒にいられるのはいいんだけど、正直社交場には出たくないのよ。めんどくさい」

 

 相変わらず素は明け透けな物言いである。

 

「そういうことな。……けどカッツェがいるならあんまり変わらないんじゃないか?」

「……そこは隙を見て。あとタイミングを見て『実は猫を被っていたのお兄様。ハーゼはお兄様が思っているような子ではないのです』とかなんとか言って泣きつけば普通に話せるようになるわよ」

「お前相変わらず実の兄に対してドライだよな」

「妹っていうのはああいう兄をウザく感じる瞬間があるのよ」

 

 なるほどなぁ。

 

「まぁそういうことなら歓迎するよ。二人共、これからよろしくな」

「はい、これからお世話になりますわ」

「ハーゼ共々よろしく頼む」

 

 予想外ではあったが賢者という星晶獣と契約を交わした者が二人も増えた。いい調子だ。賢者もこれであと二人、統べる日も近いかもしれないな。

 

「……え、えっと」

 

 レーヴェが声を上げる。なぜか頬を染めてもじもじしている。トイレか? などと聞く愚かな俺ではない。

 

「お前はダメな」

「えっ!?」

 

 なにを驚いているんだか。

 

「お前がいなくなったらそこのバカ皇帝を誰が面倒見るんだよ」

「……」

 

 俺が言うとレーヴェは皇帝を睨みつけた。びくりと身体が反応する辺り教育が行き届いているようである。身体の芯までな。そのままげしげしと皇帝を足蹴にし始めた。

 

「痛っ! 痛い、なぜ私が!?」

「煩い! 元はと言えばあんたがしっかりしないからでしょ!?」

 

 それは確かに。

 

「ほら、そう怒ってやるなよ」

 

 俺はレーヴェの身体を抱えて止める。レーヴェは顔を真っ赤にして硬直していた。

 

「そこのバカ皇帝は間違えばかりだったから、善悪の目がしっかりしてるヤツがついてなきゃダメなんだ。その点レーヴェなら信用できる。だから頼むんだ。ダメか?」

 

 レーヴェの身体を向き合うように変えてじっと見つめる。ぷいっとそっぽを向かれた。だがその顔は耳まで真っ赤になっている。

 

「……わかっててやってるでしょ、ホント狡い」

「さぁ、なんのことだかな」

「……まぁいいわ。頼まれてあげるわよ。その代わりっ!」

 

 呆れたような顔をしながら、しかし睨み上げてくる。

 

「ガルゲニア皇国が他国にも誇れるようになったらせ、責任取ってもらうから!」

 

 ……おぉ、これは予想外。だがここで断るのは流石に男らしくない。

 

「わかったよ。その時は、な」

「言ったわね。言質取ったから」

「ああ。約束してやる」

 

 俺はしっかりと頷いてやる。

 

「……これはオーキスちゃんに報告かな」

「どうでもいいから早く帰りたい」

「いつかお義兄様と呼ぶ日が?」

「これ以上ハーゼに兄などいらん!」

 

 報告はやめてください。いやまぁ、秘密にしておいた方が怒られそうだが。

 レラクルは変わらずマイペースだ。

 ハーゼが冗談? なのか言うとカッツェがハーゼを抱き寄せていた。そういうのがウザがられるんだぞ、シスコン兄貴。

 

 とりあえず話は終わったのでレーヴェを下ろす。

 

「じゃあ行くわ。またな、二人共」

「ええ、期待してて」

「うむ、また会おう」

 

 レーヴェと皇帝に別れを告げて、カッツェとハーゼを連れドランクとレラクルと一緒にガルゲニア皇国を出たのだった。

 

 ……アウギュステに戻ったらオーキスにレーヴェとのことをバラされて責められる羽目になったのだが。もっと酷かったのは、それを見たハーゼはいいことを思いついたとばかりに俺の腕に抱き着いてきたことだ。

 

「こんなに多くの女性を侍らせているのでしたらハーゼも立候補しますわ」

 

 当然他のヤツには睨まれるわで大変だった。カッツェなんかはマジギレしてジャッジメントを呼び出したので倒す羽目になった。……いや、こんな流れでワールドの支配から外すなんて誰が思うよ。

 仲間達を混乱に陥れた本人はこっそりと舌を出して笑っていた。……楽しそうでなによりですが俺を玩具にしないでくれません?

 

 やっぱハーゼ(こいつ)性格悪いわ。




追伸:鬼滅の刃は間空いて買って残りは予約しました。人気作って凄い。


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神の仔

オリジナル要素多数の小話です。
今回からの話はヤバいヤツ多めなのでご注意ください。


 ガルゲニア皇国の一件が終結した後。

 

 アウギュステに戻って俺はオーキスやアポロ達と離れ離れだった時間を埋めるのに数日を費やした。

 

 その後、騎空士として依頼を受けないと資金が足りないということもあり手分けして行動していた。その中でシェロカルテ経由である村を襲った悪徳宗教団体の様子を見に行くという依頼を受けたのだが。

 

「ダナン様。依頼ならば私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「我も共に行こう。偶には身体を動かさなければな」

 

 街でばったり遭遇したエウロペとブローディアが同行することになった。

 

「私も一緒に行くわ」

 

 とハーゼが単体で現れまた一人増える。カッツェはと尋ねれば、

 

「ダナンが言ってた“蒼穹”の騎空団ってのがあるでしょ? 楽器演奏できる人がいたから押しつけてきたわ。いつまでもお兄様と一緒だと肩が凝るもの」

 

 ということらしい。

 

「依頼? じゃあ私も行こうかな」

「困っている人がいるなら積極的に動くべきでしょうね」

 

 偶然にも遭遇したレオナとアリアもついてくることになった。

 

「暇だからついていってあげてもいいわよ」

 

 ということでクモルクメルもついてくるらしい。

 よって俺含め七人で行くことになった。……食費や旅費なんかを考えると確実に赤字なんだが、まぁいいか。なにかしらの理由をつけてシェロカルテに割り増し料金を貰おう。例えば悪徳宗教団体を退治したとか。

 

「今回は様子見だから大事にはならないと思うんだけどな」

「それ多分大事になりますよね」

 

 アリアは俗に言うフラグというヤツがわかるらしい。

 兎も角、おそらく過剰戦力だとは思うがこの七人で依頼のあった村へと向かった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アウギュステ列島内にある島の一つにその村があったので、その日の内に到着していたのだが。

 

「酷い……」

「こんなことが許されていいのか」

 

 俺達が目にしたのは焼け跡を残す惨状となった村の姿だった。火を放たれたのか焼け焦げた家屋があり、かと思えば斜めに両断された家もある。あちこちからすすり泣く声が聞こえ、血の滲んだ包帯を巻きつけている痛々しい姿の怪我人が歩いている。

 レオナとブローディアが悲しみと怒りそれぞれで言葉を発したが、他も息を呑んだり険しい表情をしたりしている。

 

「私は皆様を治療してきます」

「私も行ってくる」

 

 エウロペとレオナが率先して怪我人の治療に当たる。

 

「我はこれ以上の襲撃を防ぐため、周囲の警戒に当たろう」

「私も警戒の方についておくわ」

 

 ブローディアとクモルクメルが周囲の警戒に当たる。

 

「……悲惨ね。宗教を相手取るならどんな宗教観を持っているのかきちんと見定めないと、一生追われ続ける羽目になるわ。報復するにしてもね」

「そうですね。しかしこの様子だと皆殺しにはされていないようです。この村の方々の立場をわからせて、この後また別の行動を起こすかもしれません」

「ああ」

 

 二人の考えに同意する。こんな状況でも冷静に頭を回せるヤツがいてくれると非常に助かるな。

 

「じゃあ俺達は村の人に話を聞くか」

 

 ハーゼとアリアというこの中では適した人材が傍にいるので、詳しい状況を、村の人の偏見なしで見抜くこともできるだろう。早速怪我で意識がはっきりしていない人ではなく、大人でまとめ役そうな人を探して村を練り歩く。あまり大きな村ではないのでせっせと人を治療するレオナの姿が見えた。エウロペは魔法でさっと回復してしまうので必死さはあまり見えないが、「もう大丈夫ですよ」と可憐な美女ににっこりと言われてしまえばそれはもう元気になると思う。治療された男性が「……女神だ」とエウロペにやられていた。

 

 ……なんか嫌な予感がするなぁ。

 

 エウロペから醸し出される神々しさにうっとりしている人達を見てそんなことを思っている内に、村の人達に指示を出している男性を見つけた。

 

「すみません、ちょっといいですか」

 

 三十代ぐらいの男性に声をかける。

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 男性はこちらを向いてくれる。

 

「俺達はこの村が悪徳宗教団体に襲われたと聞いて来た騎空士なんだが」

「ああ、シェロカルテ様の遣いの方達でしたか」

 

 俺が説明すると男性が顔を輝かせて言った。尊敬されてんな、あいつ。

 

「村の者を治療していただきありがとうございます」

「いえいえ。村の現状は……どうにもできないので申し訳ないのですが、その宗教団体について詳しい話を聞かせていただいても?」

「はい、もちろんです。シェロカルテ様があの狼藉者達を放っておくわけがないと思っていたんですよ」

 

 人任せとも取れる発言だが、まぁ頼りにされていると考えれば?

 

「あの宗教団体は、いもしない神、その仔を教祖とする宗教です。ですが神の仔を祀り上げてその恩恵に縋り他の村を“小布施”という名目で襲撃する野蛮な集団ですよ。神の仔の意向に沿わぬ者は罰する、とかで村もこの有様に……」

 

 嘘は言っていないな。後でハーゼとも確認しておこう。

 

「要は食糧とかを分けろとそいつらが言ってきて断ったらこうなった、と」

「ええ。簡単にまとめればそうなります」

 

 なるほどなぁ。確かに傍迷惑な集団だ。

 

「この村に戦える者はいませんから、神の仔を名乗る教祖には抗えず、何人か殺されてしまいました」

 

 男性の表情が明らかに沈む。

 

「ふぅん。その神の仔っていうのは強いんですか?」

「ええ、それはもう。歯向かった者を一太刀でばっさり。あそこの家屋を斬ったのも彼女です」

 

 男性が怯えた様子で一つの家を指差す。斜めに斬られてズレるように崩れた家屋があった。……刃物の使い手で女なのか。

 

「一先ずの安全は保証しましょう。向かってくるようなら迎撃しますので」

「ありがとうございます! 村もこんな有様で、シェロカルテ様に感謝しなければ」

「尊敬しているのですね」

「ええ、それはもう! あ、そうだ。遣いの方々には大変申し訳ないのですが、こちらに来ていただけますか?」

 

 男性の妙な迫力を怪訝に思いながらもついていくと、村の広場に石像の残骸らしきモノが転がっていた。

 

「ここに建てたシェロカルテ様の像を壊されてしまったのです。神の仔に従わずこんなモノを信仰するなど、と」

 

 像って……。確かに残骸の中にシェロカルテがいつも連れているゴトルらしき形がある。粉々にされた残骸の破片の造形もシェロカルテを連想するモノになっているような気はした。というか今信仰って言ったか?

 と思っていると壊されていない台座のところになんの像かというのが彫られていた。

 

『女神シェロカルテの像』

 

 と書かれている。

 

「「「……」」」

 

 俺、アリア、ハーゼは多分同じことを思ったに違いない。間違いなく嫌な予感が的中した形だ。もしエウロペがやりすぎた場合信仰が移ってしまうことも考えられる。

 

「き、奇跡だっ! 奇跡が起きたぞーっ!!」

 

 その時、歓喜の声が響き渡る。……あ、もうやってたわ。

 

「蘇生は一日以内でないと不可能とされているのに三日前の死者を生き返らせるとは……! あなた様こそ正に女神! お名前をお聞きしても?」

「? ……私はエウロペと申します」

「エウロペ様! こうしてはいられない! 早速新たな女神エウロペ様の像を作らねば!!」

「???」

 

 圧が凄い。エウロペはこてんと首を傾げて不思議そうにしているが。……確かに俺達が使うリヴァイブもそうだが、一日経過した以降に使っても蘇生ができないなどの制限が存在するのだ。基本的には蘇生できても一日が限度なので、エウロペは星晶獣であるからとはいえ常識を覆す蘇生魔法の使い手ではあるようだ。

 

「あなた様こそ天から遣わされた、正に天使です!」

「バカ野郎! 天使なんかと一緒にするんじゃねぇ! エウロペ様はシェロカルテ様と同じ女神様だぞ!」

 

 村の人々が言い合う中、俺はエウロペの指がぴくりと動いたのを目にした。

 

「……天司()()()?」

 

 底冷えするような声が聞こえた。効果音をつけるならゴゴゴ……だろう。

 

「あなた方は天司を、ガブリエル様を愚弄すると言うのですか!」

 

 エウロペは完全にキレてしまっているようだ。右手を掲げて頭上に星空を描く。あれは死ねるな、とあわあわする村人達を見て思っていたが。……エウロペってあいつの知り合いだったんだなぁ。今の様子を見ると知り合いっていうレベルじゃない気もするが。

 

「ま、待ってエウロペさん! それは死んじゃう、死んじゃうから!」

 

 とりあえずエウロペを羽交い絞めするようにレオナが止めてくれたので村人は助かった。

 

「放してください! 天司様を愚弄するなどあってはならないことです!」

「多分エウロペさんの言ってる天司様とこの人達が言ってる天使は違うから!」

 

 レオナの言う通り、意味合いが違う。とそこにブローディアが駆け寄ってくる。

 

「どうした!? エウロペが技を使っていたが、なにかあったのか?」

 

 騒ぎを見て駆けつけてくれたらしい。

 

「ブローディア。この者達が天司様を愚弄するような発言を……!」

「……ほう?」

 

 底冷えするような声第二弾。ブローディアはどこからか赤と白の巨剣を取り出すと村人の喉元に突きつけた。

 

「ひぃ!」

「貴様らは天司様を蔑ろにするというのか。いいだろう、その報いを受けるがいい!」

「ブローディアさんも待って! っていうかその三人見てないで止めて!?」

 

 怯える村人に剣を振り被るブローディアを、すかさずレオナが羽交い絞めにした。加えて遠目に見ていた俺達に文句を言ってくる。アリアははっとして三人のいるところに駆け寄った。

 

「……あいつらをまとめる団長って大変だと思わないか?」

「……ダナンも苦労してるのね」

 

 ハーゼに同情されながら四人のいるところに向かい、事態を収束させてやる。なんとか宥めたのだが、

 

「全く、人は天司様の尊さを知らなさすぎます」

「全くだ」

 

 エウロペは腕組みをして頬を膨らませている。ブローディアも同意するところではあるのか頷いていた。

 

「女神エウロペ様! 生贄に村一番の美少年を捧げますので、どうか! どうか機嫌を直してくださいませ!」

 

 村の男性が十にも満たない可愛らしい少年を連れてくる。……そういうことじゃねぇんだよなぁ。

 

「……あなた方はこのような幼い子供を差し出すのですか、恥を知りなさい!」

 

 案の定エウロペ様はお怒りである。

 

「ひぃ! 何卒、何卒~!」

 

 村の人達は怯えっ放しである。まぁ自業自得だな。

 

「大変よ!」

 

 そこにクモルクメルが飛び込んできた。

 

「妙な連中が攻めてきてるわ! 私の糸を斬れるヤツがいるの」

 

 どうやら想定外の事態のようだ。クモルクメルの糸は鋼鉄並みの強度を誇っているはずなのだが、それを斬るとなると相当な腕だな。村の家屋を斬ったっていう神の仔かもしれない。

 

「ヤツらです! どうか、どうか我らをお助けください!」

 

 周囲にいた村人達は膝を突き額を突いて俺達、特にエウロペに頼み込む。当の彼女ははぁとため息を吐いていた。

 

「……まぁ、シェロカルテからの依頼は宗教団体の様子見だし、行くか」

 

 仕方がない。あと放置しておいたらおいたでこいつら面倒なことになりそうだし。まぁ滅んだ方が世のためになる可能性があるかもしれないが。

 ともあれクモルクメルの案内で集団が現れたという方向に向かった。

 

 そこで待ち構えていたのは、純白のローブに身を包みフードを被って素顔を隠した一団だった。しかしその先頭に立つ女はシスターのような恰好をしている。

 修道服と呼ばれるモノに似ているが、服装の雰囲気が同じだけで全く異なる。まず修道服はそんなに胸を強調しない。ボディラインに貼りつくようなデザインで抜群のプロポーションを見せつけることはしない。下は短くスリットが入っているものの黒いストッキングがあるため露出はなかった。豊満な胸を強調しているのは黒い紐が間を通っているからでもあったが、その紐は細長い白銀の十字架を背負うためのモノだろう。金色の長髪に金の瞳、白磁のように透き通った肌。

 見た目の神々しさの度合いで言えばエウロペといい勝負だ。

 

「あなた方はどうやら私の行く手を阻むおつもりのようです。ではあなた方を“悪”として、神の仔である私が断罪しましょう」

 

 彼女は俺達を見るや否やにっこりと微笑んで言うと、背の十字架を手に取り上を通して抜き放った。……それは背の太刀を抜く動作にそっくりで、事実十字架の長い縦棒が交差している箇所から抜けている。白く透き通った刀身が現れていた。

 

 ……ああこいつ、ヤバいヤツだ。

 

 会って数秒で敵として認定する辺りにヤバさが滲み出ている。

 そしてどうやら、残る光属性っぽい刀使いとの遭遇である。



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気持ち悪い

ヤバさ増し増し注意です。こんな話を思いついてしまって申し訳ない。

グロ注意? だと思います。


 シスターのような恰好をした神の仔を名乗る刀使いと白いローブの一団に遭遇した俺達。どうやらこいつらが村を襲った悪徳宗教団体という認識で間違っていないようだ。

 

「っと」

 

 問題はその神の仔が、いきなり十字架だった刀を抜いて俺に斬りかかってきたことだった。間一髪避けたのだが、その刃に触れた木が伐採されている。家屋やクモルクメルの糸などでわかっていたが、切れ味はいいらしい。

 

「避けてはいけません。断罪を受け入れるのです」

「ご免だな」

 

 神の仔はどうやら俺に狙いを定めたらしい。しかも他のヤツらも魔法で攻撃しようとしてきている。

 

「とりあえず大人しくさせましょうか」

「そうですね、実態の調査をするわけですから」

 

 アリアとレオナが言ってそれぞれ魔法を掻い潜って接近し白いローブのヤツらを打ち倒していく。ハーゼも光線で倒し、クモルクメルは糸で軽く首を絞めて気絶させていく。ブローディアは仲間達に被害が及びそうな魔法を赤いガラス片のようなモノ――刃鏡というらしい――を使って防いでいる。エウロペも水の弾などで攻撃していた。白いローブの連中はあっという間に全員倒された。やっぱり過剰戦力だったようだ。

 

「避けてはなりません、天罰が下りますよ」

「なに言ってかさっぱりだな」

 

 俺は避け様腹部に蹴りを食らわせる。

 

「くっ! 神の仔を足蹴にするとは……!」

「いや知らんし。大体お前ただの人だろ」

「いいえ、私は神の仔。私の行いを妨げることは許しません」

「そこまでだ!」

 

 神の仔は再び俺に突っ込んできたが、割って入ったブローディアが剣で受け止めた。

 

「あなたも邪魔をしますか……!」

「人の子よ、神の仔とはなんだ? なぜ斬りかかる必要がある!」

「私が神の仔としてこの世に生を授かったからです。斬りかかったのは、神の仔である私の行いを阻もうとしたからです」

「なにを言っている、神の仔とは一体なんだ?」

「神の仔は私だと言っているでしょう?」

 

 埒が明かなかった。神の仔とやらの言っていることが全く理解できなかった。

 

「神の名の下に正義を執行します。神の力に平伏しなさい」

 

 彼女はそう言うと白く輝くオーラを纏いブローディアを押し返す。そして俺に斬りかかってきた。どうやら彼女はまず俺を仕留めたいようだ。

 

「【レスラー】」

 

 俺は『ジョブ』を発動して素早く突撃してきた彼女の不意を突いて腹部に思いっきりドロップキックをかました。

 

「っは……!?」

 

 悶絶してぶつかった木をへし折りながら吹っ飛んでいく。

 

「……やりすぎでは?」

 

 アリアに指摘されるが、俺はそうは思わなかった。

 

「……あなたは神の仔である私を傷つけた」

 

 ゆらり、と吹っ飛んだあいつが立ち上がったのだ。

 

「万死に値するッ!」

 

 身に纏うオーラの輝きが一層強まり、彼女は猛然と駆けてきた。

 

「そうかよっ!」

 

 俺は突っ込んできた彼女にカウンター気味のラリアットをかます。彼女の身体は呆気なく吹っ飛んだ。

 

「神の、仔は、私の正義が絶対です!」

 

 傷つけば傷つくほどオーラが強く輝き、何度も俺に立ち向かってくる。その心意気は認めるが、

 

「俺に勝てないってことは、てめえが神の仔でも正義でもねぇってことだろ」

 

 トドメの拳を顔面に叩き込み、完全に意識を刈り取った。流石に気絶してくれたのか、ぱったりと倒れて動かなくなる。『ジョブ』を解除して一息吐くと、

 

「ダナンは鬼畜ね、女性の身体をああもボコボコにするなんて」

「思ってた以上にタフだっただけだろ」

 

 それなりには強かった。結局俺に攻撃が当たっていないので、精々ClassⅢ程度の強さではあるだろうが。

 

「話を聞く前に全員倒しちまったし、仕方ないから全員縛り上げて村に戻るか。目を覚ましたら本拠地? とかそういうのの情報を聞き出そう」

「話が通じる相手ではないと思いますが、それしかなさそうですね」

 

 問答無用で襲いかかってきたことを思い返してはアリアが嘆息している。

 

「それにしても神の仔ってなんなのかしらね。私のお母さんは山神とか呼ばれてたけど、そういう意味だと私も神の仔?」

「さぁなぁ。言葉の定義が曖昧と言うか、『私が“神の仔”なので正義です』ってのをそのままで信じてるような感じだったし」

「ええ。おそらく神の仔の言葉の意味を彼女は知らされてないのよ。ただそうやって教えられて育っただけね」

 

 クモルクメルの疑問に答えると、ハーゼが見解を示してくれる。確かに中身があるような様子じゃなかったしな。

 

「とりあえずこのエロシスターは亀甲縛りでいいわね?」

「……なんで皇子がそんなモン知ってんだ。手だけでいいだろ」

 

 ということで手首だけを縛り神の仔とその一団を村へ連れていった。

 

「おぉ、ありがとうございます! 流石はシェロカルテ様の遣いの方々!」

 

 まとめ役らしい男性が喜色満面の笑顔で近寄ってきた。村の人達も嬉しそうだ。

 

「これで特産品を作れます!」

 

 特産品? と首を傾げる羽目になったのでそのまま聞き返してみる。

 

「ええ、特産品です。かつて女神シェロカルテ様がおっしゃいました。『お礼なんていいですよ~。ただ食糧を分けただけですので~。もしそれではダメだと言うのでしたら、そうですね~。この村に特産品が出来た時は優先的に私と取引してくださいませんか~?』と」

 

 その口調はシェロカルテで間違いねぇなぁ、と思いながらも特産品とはなんだろうかという疑問が残る。シェロカルテの像は壊されてしまっていたが再現度が高い様子だったので工芸品かなにかだろうかと思った。

 

「ああ、そうだ。シェロカルテ様の遣いの方々にはお見せしないといけませんね。おい、アレを持ってきてくれ!」

 

 男性が呼びかけると、村人の一人がすぐに無事だった倉庫のような小屋から布の被さった容器を持ってくる。男性はそれを受け取ると俺達に見せるため覆っていた布を取り去った。

 

「「「っ……!!?」」」

 

 ソレを見た仲間達は何人か青褪めた顔で口元を覆う。容器に入っていたのは茶色い液体に漬かった()()だった。魔物のではなさそうだ。

 

「……これはなんの臓器だ?」

 

 比較的マシだった俺が尋ねる。アリアが「尋ねないでください嫌な予感がするので」と視線を向けてきたが、聞かなければならない。

 

()ですよ?」

 

 男性はなんの躊躇いもなくそう口にした。こちらはほぼ全員が気持ち悪そうにしている。

 

「あ、もちろん村の者のは使っていません。ただでさえ人手が足りないので、その方達がいた村の人から作ってるんです」

 

 にこやかに、縛られているローブの集団を指差す。

 

「最初は苦味が酷かったんですけど、ここ最近は工夫を凝らして()()()()なってきたんです。これなら特産品として出せるんじゃないかと思うんです。あ、そうだ。皆様もお一つどうですか? シェロカルテ様への捧げモノとして相応しいか確かめていただきたいんです」

 

 男性はどこか誇らしげに告げてくる。男性だけでなく、村の者達全員が同じような顔をしていた。

 

 ……気持ち悪ぃ。

 

 オーキスやアネンサを連れてこなくて心底良かったと思う。

 こいつらはあれだ、ロベリアやニーアと同じ類いの人種だ。しかも村全体でこうなっている。全く罪悪感を抱いておらず、それを食すことにすら違和感を抱いていない。本当に救いようがなく、理解しようもない。

 

「「「……」」」

 

 俺達は結局押し黙ってしまった。

 

「だから、そんな神を信仰するのはやめなさいとあれほど言ったのです」

 

 そこで神の仔を名乗っていた彼女が目を覚ましたらしく声を上げた。

 

「……タフだなお前」

「神は私にここで終わってはならないと告げているのです」

「じゃあその拘束解いてみたらどうだ?」

「……」

 

 拘束はクモルクメルの糸で行っている。神の仔は力尽くで千切ろうとしたようだが断念していた。

 

「まぁいい。つまりお前らはコレについて知ってたんだな?」

「はい」

「ってことはこいつらの所業を止めるために襲ったってのか?」

「? ()()()。信者を殺されましたので、その報復です」

「……」

 

 つまり、この所業についてはなにも思っていないってことか。だからもしこの村のヤツらが村人を特産品に変えていたら知っていても攻め入らなかったと。

 

「偽りの女神への捧げモノとして信者を殺しているのであれば、神の仔を信じる信者となればやめるということでしょう? ですので、報復と同時に信仰対象の変更を推奨しました」

 

 彼女はそうとしか思っていないような表情でそう告げてきた。……こいつと話をしようとしても無駄だな。

 

「おいこら起きろ」

 

 俺は白いローブの一人を揺さ振って起こす。

 

「……な、なんだ?」

「あいつを神の仔だと言い出したのはどいつだ?」

「……」

「答えろ」

 

 俺は平坦な声音で命令し、縛られている手から指を一本捻り上げる。

 

「いっ!?」

「答えろと言った。お前はまだ自分の立場がわかってないのか?」

「わ、私達に手を上げてみろ! 神の天罰が、ぎぅ!?」

 

 ぼぎり、と持っていた指をへし折った。

 

「そんなことはどうでもいいんだ。答えろ」

 

 俺は折った指を離して別の指を掴む。

 

「わ、わかった! 話す、話すから!」

「いいから話せ」

 

 その指も折ってから、また次の指を持つ。ひくっと白ローブの男の喉が鳴った。

 

「む、村の占い師だ! その子は神の仔だと、従わなければならないとそう言った!」

「占い師か。わかった」

 

 これでもうこいつらに用はないな。

 

「さて、やるか」

 

 俺は男から離れて呟く。その意味がわかったのは二人だった。

 

「手伝うわ。醜悪すぎて見るに堪えないもの」

「気は進みませんが、貴方がやりそうなことです。ただ、貴方だけが背負う必要はありません」

 

 ハーゼとアリアだ。別にアリアが言うように背負うつもりはなかったが、まぁ手伝ってくれるなら手間が省けて助かる。ハーゼはまぁ割りと外道に対する容赦のなさがあるからな。

 俺は腰の銃を抜いて白いローブの連中に狙いをつける。

 

「や、やめろ! 天罰が、天罰が下るぞ!」

「ここで俺に天罰下すような神なら俺が殺してやるよ」

 

 言って引き鉄にかけた指の力を強める。

 

「てめえらが好きな言葉で言や、今まで散々人を苦しめてきた天罰ってことだ」

 

 俺は躊躇なく引き鉄を引いた。ローブの男の額を撃ち抜き後ろにいた男の身体に突き刺さる。その後も続けて引き鉄を引いていき、やがて白ローブの連中は全員絶命した。

 

「始末までやっていただけるなんて、ありがとうございます! これで処理が楽になります! ――えっ?」

 

 嬉々として声をかけてきた男性にも銃口を向ける。

 

「……そこの神の仔は置いておいて、まだこいつらの方がマシだったな。自覚がある分ただの悪党で済んだ。けどあんたらはもっと酷い。本当に、救いようがねぇくらいにな」

「つ、遣い様……?」

 

 驚く男性の額を撃ち抜いて殺す。村から悲鳴が上がった。……不思議なモノだ。さっきまで悲鳴の一つも上げず、特産品の材料が増えたと喜んでいるだけだったのに。

 アリアが腰を抜かした男性を斬った。ハーゼが逃げる女性を光線で撃ち抜いた。

 

「……なんで、どうして……!?」

 

 ハーゼの前にエウロペに捧げられようとしていた少年がいた。涙ぐんで訴えかけている。彼女は少年も殺そうと手を翳したが、躊躇っているようだった。

 

「ぼくたち、なにも悪いことしてないのに……!」

 

 少年の訴えを聞いて手遅れだと理解したのだろう。ハーゼは光線を少年に撃とうとして、その前に俺が銃弾で撃ち抜いた。

 

「……俺は人殺しではあるが、お前に子供殺させるほど外道じゃねぇよ」

「……別に、良かったのに」

 

 目を逸らすハーゼの頭をぽんぽんと撫でてから他の村人の始末に移る。

 家に逃げ込んだ三人家族がいた。気配を察知して家のどこにいるかを把握し銃口を向けたが、俺が引き鉄を引く前に家が巨大な水の玉に潰されてそこにいた人達も死亡する。

 

「……エウロペ」

 

 俺はそれをやったヤツに目を向ける。

 

「……。人の営みを知ったばかりの私には、あなた様ほどの理解はありません。ですが、この方達はとても――醜い。おそらくもう、綺麗になることはないのでしょうね」

 

 彼女は悲しげに目を伏せている。ブローディアはまだ躊躇いがあるのか手は出していなかった。クモルクメルとレオナもそうだ。まぁ無理に手伝ってもらう必要はない。頼むつもりもなかった。

 

 やがて、村人全員の始末がつく。

 

「信者と村の人々の冥福を祈りましょう」

「……お前ただ神の仔を名乗る痛いヤツじゃなかったのか」

 

 手を縛られた恰好ではあったが瞑目して祈りを捧げていた。それだけ見れば立派なシスターである。

 

「死せば全て神の下へ還る。となれば神の仔である私が祈るのは当然のことでしょう?」

「ここには頭おかしいヤツしかいねぇんだな、とは思ってる」

「神の仔に対する侮辱は死罪に値します」

「その天罰をお前が下すっていうなら立場逆だろうよ」

 

 言って彼女の手首を掴む。

 

「ほら、案内しろ。占い師がいるお前達の村にな」

「私達に仇をなす愚か者を村に入れろと?」

「村に訪れることも許さないなんて、神ってのは随分と心が狭いんだなぁ」

「そのようなことはありません。神は寛大な心をお持ちです」

「じゃあ案内してくれるよな?」

「……ええ、いいでしょう」

 

 ここの村の住人と比べればこいつの方が扱いやすく思えてしまうから不思議だ。

 こいつの村に行って占い師を問い詰めるかと移動を始める前に、すっかり気が沈んでしまっている仲間達のことを考えなければと思い至る。

 

「……あー、なんだ」

 

 俺が先導したのでなにを言っても通じないとは思うが。

 

「人ってのは綺麗なモノばっかりじゃない。俺含めてな。無理してついてこなくていいぞ?」

 

 それは団のこと含め、である。俺はこういうケースに遭遇した場合、どうしようもない連中を生かす必要はないと思って始末する。“蒼穹”ならそんなことはないのだろうし、あいつらに言えば多分引き取ってくれるはずだ。

 

「……ううん。今回のは私に覚悟が足りなかっただけ。団を抜けるとかはしないよ」

 

 レオナはそう言って困ったように笑う。

 

「……やりすぎだと思うが、間違いなく連中は悪だった。そこを責める気はない」

 

 ブローディアは憮然として腕組みをしてはいるが、ある程度理解している様子だ。

 

「わ、私は人は優しいって信じたいけど、悪いことがなにかもわかってないみたいだったのはわかるから、いい」

「悩むなら別に無理しなくていいんだぞ?」

「……私は今までお母さんに守られてたから知らなかっただけで、ちゃんと知らないといけないことだと思う」

「そうか」

 

 クモルクメルは一番悩んでいるようだったが、ちゃんと向き合う気持ちはあるらしい。

 

「じゃあ行くか。元凶の村にな」

 

 できるだけ軽く言って、神の仔の案内で彼女の村に向かうのだった。



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六人の刀使い

オリキャラ加入編完結。

割りとさっくりとですが六人の刀使いの総称をつけます。


フェス開催からのレイやリーシャ、ヴァンピィ&ベスの追加が来ましたね!
……ま、出なかったんですけど。ココミミだけだったんですけど。


「次に生まれる子は、神の仔である」

 

 田舎の小さな村にいた占い師は、ある日そう予言した。……割りと適当に。

 占い師の予言の的中率はこれまで半分程度と高いのか低いのか微妙なところではあったが、その予言は正直なところ勘であった。

 

 占いの結果出たモノではなく、つい口から出任せを言ってしまった。

 

 その裏には最近占いが当たらなくなってきて、村の人達から信用を失っていたという事情がある。とはいえ本気で当てずっぽうだったために当たることはないだろうと思っていたのだが。

 

 生まれてきた赤子は両親と全く違う鮮やかな金髪を持ち、透き通った肌を持つようになった。目の色も両親とは異なり、金であった。

 あまりの美しさに生まれた瞬間から輝いて見えたというその少女は、村の人々から占い師の予言通り神の仔として崇められることになる。

 

 そのことに一番驚いたのは占い師である。

 

 生まれたその日に見て村人達が神の仔だと信じてやまないことから、占い師はあることを思いつく。

 

(……神の仔を利用しよう!)

 

 そして自分の地位を確固たるモノにし、莫大な富を築こう、と。

 

 それから占い師は村人達が神の仔をどう育てれば良いかと聞いてくるのに(かこつ)けて、自分の思うままに神の仔を育てさせた。

 

 曰く、神の仔の行いは絶対である。

 曰く、神の仔を阻んだ場合天罰が下る。

 

 などなど。

 加えて神の仔である彼女を自分に都合のいい、命令を従順に聞く子に育て上げた。両親からも取り上げ、自分の手で神の仔として仕込んでいった。

 尚、彼女の両親は「神の仔であるなら仕方がありません」と潔く引き渡したそうな。

 

 神の仔は育てば育つほどその美貌を進化させていき、絶世の美女に育っていく。

 神の仔は育てば育つほどその実力を進化させていき、強靭無比な戦士に育っていく。

 

 誰もが羨む美貌に頑丈な身体。鍛えれば鍛えるほど強くなる天性の才能。そして占い師にとって都合のいい従順な思考回路。自らを神の仔として疑わない異常性。

 

「この子さえいれば、儂はもっと名を上げられる!」

 

 占い師は神の仔へのお布施と称して金を集め、豪遊していた。彼女には最低限の食事と衣服などしか与えず、富は全て自分のモノとして活用していた。

 村人は進んでそうしてくれるし、金や食糧が足りなくなったら神の仔と神の仔を信奉する者達で構成された教団に攻め入ってもらえばいい。神の仔は強い。大抵の場合問題なく攻め滅ぼせるだろう。

 

 だから自分を省みることもなく。神の仔が出張るだけなので自分が襲われる心配もなく。なに一つ不自由なく暮らしていた。

 

 ――が、好き勝手やってきた報いを受ける時は近い。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ひぃ!」

 

 村の家屋から怯えた悲鳴が上がる。いや、正確には家だったモノか。

 

「てめえが神の仔がどうとか言い出した占い師だな?」

 

 まぁ、俺が家を蹴りで吹っ飛ばしたんだが。

 中には頭を抱えて震えるとんがり帽子にローブという怪しげな恰好の老人がいた。

 

「だ、誰じゃ! 儂になんの用がある!」

「今言ったのが聞こえなかったかクソ爺」

 

 俺は近づいて胸倉を掴み上げる。やけに鼻が長く皺だらけの老人だ。腰が曲がっているせいで小さく見え、肉つきが悪いせいか軽かった。

 

「な、なにをする! おい、誰か助けんか! 儂は偉大な占い師じゃぞ!」

「もう、誰もいねぇよ」

「へ?」

 

 間抜けでぽかんとした顔をする老人を掴み上げたまま外に出して、人気のない村を示す。

 

「な、なんじゃと……」

「神の仔を語って多くの人を手にかけた報いだ」

「わ、儂はなにもしていない! 儂はただ神の仔の生誕を予言してだけで……!」

 

 俺は見苦しく言い訳する老人を地面に叩きつけた。うぎゃ、と情けなく倒れる。

 

「てめえが吐いた嘘だろうが」

「っ……!?」

 

 老人の顔がなぜそれを、と告げている。

 俺達は道中神の仔を連れてこの村に辿り着くまで、他の村にも立ち寄った。そこでも神の仔率いる集団の非道な行いを目にし、また頭おかしいヤツがいなくても問答無用で襲撃されていることを理解した。

 その中で神の仔を捕らえた俺達の前に、神の仔の誕生からおかしくなった村を逃げ出したという男性に会ったのだ。占い師が適当に予言し、偶々当たってしまった。それを占い師は私腹を肥やすために利用している、というモノだ。ハーゼとも相談し彼が嘘を吐いておらず、また正常な感性を持っていたことから話を信用することにしたのだ。

 

「神の仔を利用して豪遊とはまた、恨まれて当然だよなぁ?」

「ひぃ! ち、違う! 違うのじゃ! 儂はただ、村の者を見返せればそれで……」

「嘘を言うなよ、この家にある調度品だって、この村の水準からすれば高級すぎる品ばかりだ。神の仔が得たお布施とやらもてめえが懐に入れてたんだろ?」

「……そ、それは」

 

 老人は気まずそうに目を泳がせる。

 

「神の仔とは、なんでしょう? 正しいこととは一体、なんでしょう?」

 

 ふらふらと神の仔本人である彼女が老人に歩み寄っていく。

 

「お、おぉ! クラウス! 儂を助けておくれ! これまで育ててきた恩があるじゃろう! さぁ、クラウスよ! この者達を殺し、儂を!」

 

 老人は近づいてくる彼女に両腕を広げて迎え入れる構えだ。ただ、今の彼女は今までの彼女とは全く異なる精神状態だ。

 

「占いは信用できるのでしょうか? そもそも神はいるのでしょうか? 私はなぜ……?」

「く、クラウス……?」

 

 クラウスというらしい彼女は虚ろな目でぶつぶつと呟いている。

 実は道中、俺とハーゼがついつい暴言を吐き続けてしまったのだ。他の村に行けば村人から石を投げつけられ、基本的に肯定されることしかなかった彼女の精神がずたずたになってしまった。

 九割方ハーゼの罵詈雑言だと思う。他のヤツが引いてたぞ。……いや俺もそう変わらないか。

 

「救い? 殺人? お布施? 強奪? 供給? 略奪?」

「く、クラウス!? どうしたというのだ!」

「……なぜ、あなたは、生きて、いるの、でしょう?」

「え? ――かひゅっ」

 

 呆然と彼女が呟いたかと思うと、手に持っていた十字架モドキを振るって老人の首を切り落とした。

 

「なんだ、結局殺すのか」

 

 事前に彼女には話をつけていた。

 占い師が全てを仕組んだのであれば、占い師はその報いを受けるべきだ。というか俺は確実に始末する。

 だが、人生を狂わされたのはお前も同じだ。だから殺すか生かすか、まずはお前に選ばせてやる、と。

 

 結局殺す方を選んだようだが。

 

「はい。私や他の信者の方を操り、他の村の方々に非道を、間接的に行ってきた彼は死ぬべき存在だと考えます」

 

 クラウスの声には以前のような覇気がない。心をずたずたにしすぎてしまったようだ。

 

「そうか。で、これからどうする?」

「これから?」

 

 こてん、と彼女は首を傾げた。

 

「……神の仔としての役目――は元々なかった。守るべき信者も、育ての親ももういません。私は、なにをしたら良いのでしょう?」

 

 言われるがままに生きてきた彼女が壊れた後に残った、自然な問い。

 

「それはお前が決めることだ。人に決めてもらうばかりで生きられるわけがないだろうがよ」

「人に言われるがまま生きてないで、自分の心に従いなさいよ」

 

 俺とハーゼが冷たく告げる。クラウスは俯いてしまった。……とはいえすぐに答えなんて出せるわけがねぇし、見張る意味も含めて団入って旅する中で見つければいいさとでも言おうかな。

 と俺が思っていると、

 

「……わかりました」

 

 先にクラウスが顔を上げた。その瞳には先程よりも意思が宿っているように思える。だがそう簡単に思いつくことではないはずだ。

 

「私はあなたを神と崇めましょう」

 

 クラウスは真っ直ぐに、俺を見つめて言った。

 

「…………は?」

 

 理解が追いつかない。こいつがなにを言っているのかわからない、と言うかわかりたくもない。

 

「この世に神はいないのでしょう。しかし、あなたは神です」

 

 なに言ってんだこいつ。

 

「あなたは人を罰し、私の間違いを正しました。それは人ではなく神の所業です」

 

 言いながら、クラウスは十字架刀を手放すと胸の前で手を組み俺の前で膝を突いた。まるで祈りを捧げるような姿勢だ。

 

「私はこれからあなた様に従います、神よ」

 

 瞑目する彼女を、俺は蹴り飛ばした。

 

「……や、り直しだボケ!」

 

 どさ、と背中から地面に取れるクラウス。……思わず足蹴にしてしまった。しまった外道みたいな行為を、と思ったが上体を起こしたクラウスの顔を見て一切消え去った。

 

「嗚呼、これが神から与えられる痛みなのですね」

 

 と頬を染め恍惚とした表情でうっとりと頬に手を当てている。思わず顔が引き攣った。

 

「……ぷっ、くくっ……! い、いいんじゃない? ダナンが神、いいじゃない。……ふふっ」

 

 ハーゼは他人事だからか肩を震わせて笑っている。ぱしぱしと俺を叩いていた。

 

「おいこら他人事だからって面白がってるんじゃねぇぞ」

「真面目よ……ふふっ。どうせ見張る意味も兼ねて団に入れるつもりだったんでしょ? ならダナンの言う通りに行動するようになってくれるならいいじゃない。すぐにはクラウスが正常になることはないんだから……ぷっ」

「笑い堪えながら言うんじゃねぇよ」

 

 呆れつつも、確かにハーゼの言うことにも一理ある。だが正直言って関わりたくない度合いで言えばそう変わらない。無作為に人を殺さなくなることを考えればマシなような気もするが、俺が気を揉むことが前提になると考えれば嫌だ。

 

「神よ、どうか私にご慈悲を」

「俺は神じゃねぇっつってんだろうが」

「ではダナン様。卑しき迷い人に救いを」

「与えられるだけでいいと思ってんじゃねぇ」

「その通りですね、まずは徳を積まなければなりません」

 

 そういう意味じゃねぇんだが。いや待てよ? これを利用してこいつを再教育すれば真人間に近くできるんじゃないか?

 

「……わかった。じゃあまずは道徳を学べ」

「わかりました。道徳を学びます。それはどこで学べるのでしょうか?」

「あー……図書館とかで道徳の本を読めばいいと思うし、今度連れていってやろうな」

 

 こいつを放っておいてまた誰かに利用されでもしたら問題だ。それにこいつはなまじ見た目がいいのでフラウの過去のような事態にもなりかねない。「俺が神だ。だから俺に奉仕するのは当然なんだ。わかるよな?」などと宣う外道が現れる可能性だってある。

 

「嗚呼、神よ。なんとお優しい」

「蹴り倒すぞ」

「はい、どうぞ。神に与えられるモノであれば全てを受け入れます」

 

 彼女は両腕を広げて受け入れる構えだ。ぷふっ、とハーゼが吹き出していた。

 

「だから他人事だからって笑うんじゃねぇよ」

「あら。男ってああいう従順な子が好きなんでしょ? ならいいじゃない」

「いや、俺はどっちかというとお前みたいに気が合うヤツの方が好きなんだが」

 

 ドランクもそういう友人だし。

 

「えっ!」

 

 ハーゼは頬に朱を差したが、次の一瞬でジト目に変わった。

 

「……あの胡散臭いドランクさんと同じ扱いを受けた気がするわ」

「よくわかったなお前心が読めるのか」

「女の勘よ。はぁ……」

 

 なんか思い切りため息を吐かれてしまった。冗談はさておき、当面クラウスは道徳やら常識やらを学ばせることにする。アウギュステの図書館に放り込んでやった。

 

 因みに女神シェロカルテ様に今回のことを報告すると、

 

「……私の不用意な発言で殺人に繋がってしまうとは、言葉は難しいですね~。皆さんにご迷惑をおかけし、不快な思いをさせてしまいました~」

 

 と神妙な様子で俺達に深々と謝罪してくれた。基本的に善人ばかりなので謝罪を受け入れ、シェロカルテに悪気はなかったのだからと許していた。

 

「じゃあ割り増し料金で頼む」

「謝るって言うなら形のある誠意が必要よね?」

 

 ただし、俺とハーゼを除いては。なんていうか性分が似てるんだろうな、俺達は。

 ともあれ、クラウスは俺が教育することになった。いや、基本的に図書館通わせてるだけなんだが。

 

 俺の精神にダメージを与えてくること間違いなしではあったが、とりあえずこれで六人の刀使いが揃ったわけだ。丁度光っぽいし。……こんなことになるんだったら仲間集めなんて始めなきゃ良かったかもしれない。

 いや、気を取り直して名前を考えよう。

 

 六人の刀使いの総称だ。十天衆とか七曜の騎士とかそういう感じで六という数字を使う。とはいえそいつらみたいに滅茶苦茶強いヤツばかりではないから、大仰な名前はいらない。刀使いっぽい感じがあれば良し。

 

「よし、“六刃羅(ろくはら)”にしよう」

 

 思いついたままに口にする。

 

「いきなりなにを言ってるんですか~?」

 

 思わず声に出したことで周囲が驚いてしまう。

 

「ああいや、当初目的にしてた六人の刀使いが集まったから、呼び名をつけようかと思って」

「それは私を含めてのことですね? ありがとうございます、ダナン様に呼び名をつけていただけるなんて光栄の至り」

 

 街中で拝み始めやがった。

 

「こら、拝むの禁止だ」

 

 チョップという名のツッコミをくれてやる。

 

「ありがとうございます、ダナン様」

 

 ……そうだった、と思った時にはもう遅い。更に喜んだ顔をしてしまっている。

 

「個性豊かですね~。あ、私は仕事がありますので~。今回のことはご迷惑をおかけしました~」

 

 シェロカルテは忙しいのかぺこりと頭を下げて去っていく。

 

「……もう色々あって疲れたわ。しばらく騎空艇の部屋で休む」

 

 クモルクメルは外の世界のあれこれに疲れてしまったらしく、とぼとぼと歩いていった。

 

「人には色々な者がいるのだな。善もあれば悪もある、奥が深い」

「はい。できれば今回のような美しくない方が、少数であればと願っています」

 

 ブローディアとエウロペもどこかへ行ってしまう。一応ベスティエ島を襲ったのは汚い人間だったが、根本から醜悪なヤツは初めて見たのだろう。休息は心の整理のために必要だ。

 

「ホント、色々あって疲れたよね。ダナン君もお疲れ様。今度はもうちょっと普通の依頼の時に協力するね」

 

 レオナは俺を労って、しかし疲れたのか立ち去った。

 

「私もこれで。団長としての責務、頑張ってくださいね」

 

 アリアが珍しく俺を労って去っていく。どんな心変わりだろうか。

 

「私もお兄様に謝っておかないと。じゃあまた」

 

 ハーゼもさっさとどこかへ行ってしまう。残されたのは俺と――

 

「ではダナン様、図書館に行きましょう。道徳を学び、ダナン様から色々なモノを与えていただけるように」

 

 クラウスだけだった。……あいつらまさかこいつを俺に押しつけるために逃げたんじゃないだろうな。いや、多分アリアとハーゼだけだ。あの二人は絶対そうだ。

 

「与えてくださるモノは苦痛でも快楽でも、ダナン様に与えられるモノは全て喜んで受け入れます。のでどうか、ご慈悲を」

 

 クラウスはうっとりと微笑んでそんなことを言ってくる。殴り飛ばしたいが、喜ばせるだけなのでそれもできない。

 

 ……俺はまた、厄介なヤツを拾ってしまったらしい。




というわけで次はクラウスのキャラ紹介。

“六刃羅”は日本史からです。別に共通点とかはありません。響きで決めました。


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キャラ紹介:クラウス

そろそろストックが尽きそうです。もしかしたら近い内にほぼ毎日更新が途絶えるかもしれません。


「クラウス」

 

煌びやかな金の長髪に金の瞳、透き通る肌を持つ美女。修道服に近い恰好をしてはいるが抜群のプロポーションにぴったり這わせるデザインとなっており、露出がほとんどない中で色気を実現している。見た目は絶世の美女に相応しい。武器は白銀の十字架、に見える刀。細長く交差している箇所がかなり上の方に来ていて、長い下の部分は鞘になっている。

 

年齢:19

身長:162cm

種族:ヒューマン

趣味:祈りを捧げること

好き:神のために働くこと、神の恩寵を受けること

苦手:自分で考えて行動すること、神に見捨てられること

 

神の仔として育てられてきた『ナンダーク・ファンタジー』オリジナルキャラクター、六人の刀使い通称“六刃羅”の一員であるクラウスが、光属性キャラクターとして登場です。彼女は十字架型の刀を扱いますが、その十字架で殴りつけられることから斧得意でもあります。

神の仔として崇められてきた彼女ですが、今までの自分を省みてダナンを神と崇めて接しています。そんな信心深い彼女の特徴的なアビリティを以下に紹介します!

 

 

◆アクションアビリティ◆

 

《神のご威光が降り注ぎます》

・味方全体の光属性攻撃力/奥義ゲージ上昇量UP/極光の刻印を付与◇自身の極光の刻印の数にて性能UP

 

神の威光が天から降り注いで味方全体を強化します。光属性攻撃力と奥義ゲージ上昇量はクラウスに付与された極光の刻印の数に応じて性能が上昇するため、極光の刻印が付与できる他のキャラを組み合わせることでもより効果を発揮します。

 

《神の名の下に道を開けなさい》

・自身が必ず連続攻撃/効果ターン中に被ダメージを受けた時敵全体に光属性ダメージ

 

道を塞ぐ敵を猛攻で薙ぎ払うアビリティです。連続攻撃で攻撃を重ねつつ攻撃された時に全体へダメージを与えて敵を一掃します!

 

《嗚呼、神のお力が……!》

・自身に逆境効果/光属性追撃効果/奥義性能UP/被ダメージ時にカウンター(5回)◇極光の刻印を5消費

 

彼女が試練を乗り越えるために神から力を賜って超強化されます。効果ターンも長く強力な効果内容となっていますが、極光の刻印が5個の時にしか使うことはできません。

 

 

◆奥義◆

 

《神の偉大さを知りなさい》

・光属性ダメージ(特大)/自身に極光の刻印を付与/味方全体の防御UP

 

愚かな敵に神の偉大さを知らしめるため、神の信奉者である自身の手で敵をボコボコにします。十字架型の刀で敵を切り刻み相手の身体に偉大さを教え込んでやりましょう。

 

 

◆サポートアビリティ◆

 

《一緒に神へ祈りましょう》

・奥義ゲージが最大200%/光属性キャラそれぞれの極光の刻印の数に応じて回復性能UP◇サブメンバー時も効果発動

 

信奉する神へ祈りを捧げさせて味方キャラの回復性能を上昇させます。サブメンバー時にも効果を発揮しますので、特に強敵との戦いではサブに置くことでも活躍します。

また、奥義ゲージが最大200溜まるようになります。

 

《神から与えられるモノは全て喜んで受け入れましょう》

・敵対心UP/敵の攻撃のターゲットになった時攻防UP(累積)

 

敵から受ける攻撃でさえも神からの試練と捉えて真っ向から挑みます。むしろ自分から攻撃を受けにいくその姿勢は味方を守り自分を強化することに繋がります。

累積攻防UPは最大5回まで累積可能です。

 

 

◆解放武器◆

神の言葉の重み

 

白銀の十字架。武器種は斧。神の言葉の重みを再現しているため重量があり、片手では到底持ち上げられない。両手で持って相手を殴りつけて神の言葉の重みを頭で理解させるための道具。過激派のゼエン教にはこれと同じようなモノがたくさんある部屋が存在するという。

奥義は殴る。ただそれだけ。十字架で散々殴りまくる。奥義を使用した後味方全体に与ダメージ上昇効果がつく。



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またまた宗教

あの人が出てきます。

ストックがあと一話分しかないので明日書き上がらなければ明後日から更新が途絶えるやもしれぬ……。
その時は「まぁ半年持ったんならいい方じゃね?」と思ってやってください。


「依頼ですか~? ではレナトゥス教の――」

「宗教はもう懲り懲りだ。なぁ、女神シェロカルテ様よぉ」

「……その呼び方はやめてください~」

 

 依頼がないかとシェロカルテに尋ねたら「~~教」という言葉が聞こえてきて、思わず嫌気を顔に出してしまう。そんな軽口を叩いていたが、

 

「レナトゥス教はこの間ダナンさんが遭遇した悪徳宗教とは違うんですよ~。教祖様もお優しい方ですし~。ただちょっとお金に困っているところがあって、よく買い取りとかを依頼してくるんですけどね~」

「ふぅん」

 

 レナトゥス教とかいう宗教の話らしい。俺が知っているのは世界的宗教のゼエン教ぐらいか。あと神の仔教。あれはもう滅んだ、というか滅ぼしたけど。

 

「こほん。で、今ある依頼としてはそのレナトゥス教に痛んだお野菜なんかを安く売りに行く、というモノがありますよ~。私も一緒に行きますので、護衛も兼ねてますけどね~」

「そんなん他の騎空士に頼めよ。もうちょっとこう、危なげがなくて宗教と関わらずに済んで儲かるヤツがいい」

「贅沢なこと言わないでくださいよ~」

「はぁ……それ以外ないって言うんならまた今度にするわ」

 

 俺はそう言って踵を返そうとしたのだが。

 

「あ、因みにレナトゥス教の司祭様は赤いケープに紺色のローブを着込んでいますよ~」

「……」

 

 続く言葉に足を止めた。

 

「……お前、先にそれを言えよ」

 

 わかっててやってるだろ、とジト目を向けるが彼女の笑顔には一分の隙もない。

 

「……はぁ。仕方ねぇな。受ければいいんだろ、受ければ」

「毎度ありがとうございます~」

 

 嘆息して言うと、にこにこ笑顔でシェロカルテがお辞儀した。よく言うぜ、と思いながら賢者と戦えるだけの戦力を集めないといけないなと考え始める。とはいえ先日のクラウスと出会った一件で宗教にあまりいい思いをしていない者が多そうだ。

 つまりあの辺のヤツらは誘えない。できてもアリアくらいだろう。“六刃羅”の誰か、もあんまり頼りにならない。星晶獣の四体は、誘うならシヴァか。七曜の騎士はアリア除く三人を誘うと過剰戦力すぎて相手が可哀想なので、誘ってももう一人か。他の初期メンツはいい人が多いので万が一のためにも誘いにくい。賢者は……好き勝手やりすぎててなぁ。最近は気が合うというのもあるがハーゼが癒しになりつつある。あいつもあいつで性格は悪いんだけどな。

 とはいえあまり誰かに頼りすぎるのは良くない。ここは少数精鋭で行こう。

 

 と、いうことで。

 

「うぇーい、である」

「珍しいな、私を誘うとは」

「……このメンバーでなぜ私が?」

「暇なのでついてきたのじゃ」

「皆様すみません」

 

 シヴァ、アポロ、アリアの三人を呼んでみた。ある程度割り切ることができつつ信頼が置けて強いという考えられる限り最高の戦力だ。……まぁちょっとフォリアとハクタクがアリアについてきてしまったのだが。

 

「……ほとんど護衛の依頼に七曜の騎士が二人とはまた、随分豪華ですね~」

 

 集まった俺達にシェロカルテが苦笑したのも無理はない。

 因みに他の二人については。バラゴナはファータ・グランデを観光したり白風の境に行ってハルヴァーダに会ったりしているらしい。リューゲルは子供の土産を確保したりらぁめん師匠が広めていることで普及し始めたらぁめん巡りの旅をしたりしているようだ。

 

 自由気ままか。

 

「教祖と戦うことになることも考えての布陣だよ。まぁシヴァは前回いてくれれば助かったってのが理由だが」

 

 あの村を丸ごと焼き払ってもらえただろうな、と思っている。

 

「まぁちゃんと依頼をこなしてくれるなら文句は言いませんよ~。ただいくら七曜の騎士とは言っても報酬が弾むわけではありませんからね~?」

「わかってるよ、団員一人分換算でいい。あ、ハクタクも一人分だからな」

「わかってますよ~」

 

 過剰戦力を連れてきて「こいつら超強いから報酬も弾めよ」は押しつけがましい。嫌がらせとも言える。だがハクタクも立派な団員なのでそこは譲れない。

 

「では行きましょうか~」

 

 ある程度話もまとまったのでシェロカルテが先導しようとしたところ、

 

「私もご一緒させていただきます」

 

 とどこからかクラウスが姿を現した。

 

「お前は呼んでないぞ」

「直接お呼びにならなくても声は聞こえます」

 

 それはただの幻聴だ。

 

「なにがなんでもついていきますよ。移動時も騎空挺にしがみつきますから」

「……はぁ」

 

 こいつは言ったら実行する。間違いなくだ。

 

「わかった。俺の指示には従えよ」

「はい、ダナン様の啓示に従うのは当たり前のことです」

 

 啓示じゃなくて指示な。ともあれ、俺達は島を移動した。

 

「ところで、私はなぜ呼ばれたのですか? 前回もご一緒したでしょう」

 

 移動中の騎空艇内でアリアが尋ねてくる。

 

「常識的で且つ、ある程度割り切れることが前回わかったから」

「なるほど」

「アポロはその辺もあるけど、二人が仲悪かったのは聞いたし互いに謝ってはいたけどそれからあんまり話してないっぽかったから、この機会にと思って」

 

 例外として酒の席でのあれこれはあったけど。アリアが普段通りではなかったのでノーカウントだろう。

 

「前々から思っておったが、ちゃんと団長してるんじゃな」

「団長になるって決めてからはな。昔は俺も団長なんて真っ平ご免だと思ってたんだがなぁ」

「そんな時もあったな。……随分と昔のことのように思える」

 

 思わずという風に零れたフォリアの感想に応えると、アポロが懐かしむように言った。

 

「付き合いの長さ故の通じ合っている感じじゃな。どうじゃ、アリア。羨ましいとかないかの?」

「ありませんよ、全く。姉さんはなぜそうもダナンとくっつけたがるんですか」

「くっつけたがるもなにも、アリアの中では一番脈アリじゃからの」

「勝手なこと言わないでください」

 

 からかっているのかそんなことを言い出すフォリアに、アリアは深く嘆息していた。

 

「真面目な話、妾は見た目が幼い故に恋が難しい。見た目は子供でも中身は大人じゃからな。吊り合う者が少なくなるのじゃ。その点アリアは普通に大人じゃ。そろそろ結婚も考えて欲しいと、姉として思うのじゃ」

「姉さん……」

 

 せめて妹には人並みの幸せを、ってか。それが俺相手だと多分思う通りにいかないと思うんだが。

 

「だからと言ってこの人だけは遠慮します」

「まぁ、そうだろうな」

 

 しかし冷たく言い放ったアリアに、他ならぬ俺が同意した。

 

「むぅ……。あ、そうじゃ! 妾がダナンといい感じになれば良いのじゃな」

「……なんでそんな結論に至るのですか」

 

 ぽんと掌を叩くフォリアに、アリアが額を押さえて呆れている。

 

「簡単に言うと姉妹丼というヤツじゃ。アリアも妾がおれば入りやすいかもしれんしの」

「嫌ですよ、姉さんと一緒とか」

「ふっふっふ。見ておれ、妾のセクシーポーズでダナンを悩殺してくれるわ!」

 

 フォリアはアリアの話を聞かず身体をくねらせて胸元を引っ張り鎖骨辺りまでを晒す。

 

「ほぉれ、どうじゃ? せくしぃじゃろ?」

 

 流石に恥ずかしさはあるのかほんのりと頬が桜色に染まっている。……ふむ。

 

「子供が無理して大人ぶっているようにしか見えないな」

 

 見た目のせいで。

 

「なん、じゃと……?」

 

 フォリアががっくりと膝を突いて項垂れてしまった。

 

「姉さん。ああいう真似ははしたないのでやめてください」

「うぅ……妾の悩殺ボディが通用しないとは」

「我が王よ、残念ながらそれを裏づける言葉を私は持っておりません」

「ハクタクまで!?」

 

 頼りにしている相棒にまで見捨てられ、フォリアはしくしくと嘘泣きを始めてしまった。流石に嘘泣きだとわかるモノだ。

 

「……のじゃ、であるか。そういう言葉遣いも……」

「シヴァ」

 

 なんか危ないことを言っていたシヴァにすかさず言葉を放る。

 

「口調ってのは個性にも繋がってくる。真似してばかりじゃ、元のお前の個性が潰れちまう。そして口調が被ることで被ったヤツの個性を殺してしまうんだ」

「人の子の個性を殺してしまう、か。ではのじゃはつけないでおこう」

 

 そう、それでいい。できれば挨拶にウェーイを使うのもやめて欲しい。

 

「随分と賑やかなことだな」

 

 アポロが苦笑して言ってきた。彼女は自然と俺の隣に並ぶような位置に立っている。

 

「混ざってもいいんだぞ? 団員として、アリアとも仲良くしてもらいたいところだしな」

「確かに(わだかま)りは解けたことだし、私としては思うところはあまりなくなった。あとは向こうがどう思っているかの問題だとは思うが」

「同年代で同じ七曜の騎士っていうライバルにいいヤツだし、仲良くなれると思うんだけどな」

「そうかもしれんな。だが考えてもみろ。お前の周りに私の同年代は多い方だぞ?」

 

 確かに。けどそれとこれとは別だ。

 

「あいつは父が真王だからお前と同じで父親のことで色々抱えてるし、お前もアリアも努力で七曜の騎士の座を勝ち取った身だ」

「……」

「あとあれ、腹心の二人が性別と種族一緒なんだよ」

「そうなのか?」

「そうですよ」

 

 アポロと話しているとアリア本人が入ってきた。

 

「貴女のところはあの傭兵……ドランクとスツルムでしたか」

「ああ、そうだ。私がエルステ帝国で最高顧問をやっていた頃からの付き合いだな」

「それはまた長いですね。私のところにはアニシダとハイラックという部下がいました。アニシダが女性でドラフ、ハイラックが男性でエルーンですね」

「ん、本当に性別と種族が同じなんだな」

「ええ。……あの時はただ真王に従わない者として見ていましたが、まさかこうして貴女と旅をする日が来るとは思ってもみませんでしたよ」

「私の方もな。お前と次会う時は真王を倒す時だと思っていた」

「ふふ、不思議なモノですね」

「全くだ」

 

 色々と憑き物が取れた後だからか、二人は自然と談笑していた。それを微笑ましく見守っていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られる。向けばフォリアがいた。屈むように合図されたので屈むと彼女は俺の耳元に顔を寄せる。

 

「……アリアと仲良くしてくれてありがとうなのじゃ。あの子は対等と言える関係が今まであまりいなかった。じゃがこの騎空団にはアリアと肩を並べられる者も多い。そしてその団員達をまとめるお主にも感謝しておる」

「俺よりレオナが一番仲良くしてると思うけどな」

「それでも、お主のおかげであることには変わりない。レオナもぽつりと『ちゃんと叱ってくれて良かった』って言っておったしの。世間は“蒼穹”にばかり注目しておるが、“黒闇”も負けず劣らずの騎空団じゃと思うぞ」

「そうかい。お前もその一員なんだからな?」

「わかっておる。協力は惜しまないのじゃ」

 

 普段からこうしていればアリアに怒られることもないと思うんだがな、とは思うが。多分二人も打ち解けたばかりで距離感を測っている最中なのかもしれない。まぁ団員は基本的に仲良くしてもらう方が俺に都合がいいので、それとなくフォローはしてやろうと思う。

 

「皆さ~ん。そろそろ着きますので、忘れ物がないように準備してくださいね~」

 

 仲間達と談笑していると、シェロカルテから声をかけられた。どうやら目的の島に着いたようだ。……ポケットのカードも熱く反応している。クラウスは大人しくしてろと指示を出したら本当に一切喋らなかった。従順すぎるというのも考えモノである。

 因みに、騎空挺を襲ってきた魔物共は話しながら蹴散らした。生憎とそれができる面子だったのだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そこまで規模が大きい街ではなかったが、田舎の村というほど寂れてもなかった。

 治安はそこそこいい、んだろうか。柄の悪そうな男達はいるが老人の荷物を持つなど親切にしている場面も見かけた。

 

「司祭様はこの先の教会にいらっしゃいます~」

 

 シェロカルテの先導で教会へと向かう。彼女に案内されなくても、俺の場合カードの反応を追っていけば辿り着くことができるのだが、まぁそこはいいだろう。彼女を先頭に俺達が歩き、その後ろに商品を載せた荷馬車を押す店員達がついていく。荷運びの手伝いは申し出たが、そこまでやらせると護衛より報酬を払わなくてはならなくなるので構わないとのことだった。シェロカルテ曰く、頼りすぎると他の騎空士と仕事をした時に困惑してしまうから、だそうな。

 コンコン、とシェロカルテは教会の扉をノックしてから開く。

 

「おう、シェロカルテさんか。毎度毎度悪いな」

 

 扉を開けた先には、赤いケープに紺色のローブという賢者お揃いの恰好をしたエルーンの爺さんが立っていた。しわがれた声で長い白髪を揺らし、シェロカルテを歓迎するように笑みを浮かべる。

 

「いえいえ~。こちらも売れ残った商品を買い取ってもらうという利点がありますからね~」

 

 彼女は商人の笑みを浮かべて返した。

 

「で、そっちのは……」

 

 爺さんが見覚えのない俺達を見渡す。シヴァ、ハクタクという星晶獣二体の正体に感づいたのか表情を険しくして、最後に俺を見て狂喜の笑みを浮かべた。

 

「おぉ! あんたが創造神の遣いか!」

 

 

 創造神の遣い? なんのことだ?

 爺さんが俺を見て言っていたから仲間達から説明を求めるような目を向けられてしまうが、俺もよくわかっておらず首を傾げる。

 

「隠さなくていい。全て太陽神から聞いている。太陽神を創りし創造神が存在し、ワシと同じように契約者となっている、とな」

「あー……?」

 

 要はアーカルムシリーズの星晶獣を太陽神として崇めていて、そのアーカルムシリーズを創ったワールドが創造神というわけか。

 

「創造神の遣いが来たってことは、新しい世界に旅立つ準備ができたってことだろ? なら始めようじゃねぇか、ワシが思い描く楽園の創造を!」

 

 なにかに酔ったように、爺さんが大仰に腕を広げる。……どういう経緯でこういう考えになったかはわからないが、シェロカルテも戸惑っていることから普段はこうじゃないんだろう。

 

「なに言ってんだ、爺さん」

「なにっ……?」

「俺はあんたからカードを貰いに来ただけだ。なにより道半ばでな、楽園の創造なんて真似はできねぇよ」

 

 小規模なら可能な気もするが、そこはいい。

 

「なにを言う。太陽神は以前よりワシにそう告げて……」

 

 そこで爺さんははっとしたような顔をする。

 

「貴様、謀ったな!?」

「あ?」

「創造神の遣いのフリをするとはな。ワシを利用しようという腹づもりなんだろうが、そうはいかねぇ。――太陽神よ! その威光を示してくれ!」

「人の話を聞かない爺さんだな」

 

 俺はため息を吐きながら、虚空より出でた星晶獣を見上げる。

 そいつが姿を現した直後から周囲の気温が上昇し、すぐに汗ばんでしまう。見た目は可憐な少女のようだったが、その実そいつからはそれこそ太陽のような熱気が発せられていた。

 

「嗚呼、太陽神よ。あの不届き者に天罰を!」

 

 俺達は武器を構えて出現した星晶獣と対峙する。

 こうしてなし崩し的に戦闘が始まったのであった。



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善悪

VSのDLCでナルメアが登場したので使ってみました。難しい。

アストラルウェポンは闇にしました。火はまぁ、弱いので。


 レナトゥス教司祭が呼び出した太陽の如き星晶獣との戦闘が開始される。

 

「さぁ太陽神よ! 我らが楽園創造のために!」

 

 司祭の爺さんの呼びかけで煌々と輝く少女の姿をした星晶獣が動き出す。

 

「――私は太陽。人々を照らす光」

 

 見た目に似合う声で星晶獣は告げて、陽炎を燻らせる。教会に火が点き燃え始めた。

 

「……チッ。ほれ、シェロカルテ連れて避難誘導!」

 

 俺はいきなりの展開に舌打ちしながら先頭にいたシェロカルテの首根っこを掴んで後ろの店員に投げ渡す。

 

「日輪の炎に焼かれるがいい」

 

 太陽神と呼ばれた星晶獣から炎が放たれて俺達を教会ごと丸焼きに――なる前に一つの影が飛び出した。

 

「我が業火にて打ち払わん」

 

 火焔を纏ったシヴァだ。彼は炎の波を自らが纏った炎で相殺する。今のシヴァは人の大きさに合わせているそうなので体格の差はどうしても出てしまうが、同じ炎を司る星晶獣として彼が太陽神に劣る道理はない。

 二体の視線が交錯し、太陽神が光を放つ。それをシヴァが槍で薙ぎ払ってみせた。

 

「神はダナン様だけです」

 

 俺も神じゃねぇよ、とツッコミを入れる間もなくクラウスが飛び込んでいく。相手に近づけば近づくほど熱くなっているというのにお構いなしだ。

 

「こうなっては仕方ありません。まずはあの星晶獣を止めましょう」

「ああ。足を引っ張るなよ、黄金の」

「それはこちらのセリフです」

 

 まだ名前を呼び合うほどではないが、進んで共闘しようとしてくれる分だけ有り難い。アポロとアリアも構わず突っ込んでいってしまった。

 

「妾達も行くのじゃ、ハクタク」

「かしこまりました、我が王よ」

 

 続けてフォリアとハクタクも突っ込んでしまう。

 シヴァが正面を押さえてくれているので俺の役目があまりない。こういう時は後衛で援護をしよう。

 

「【ウォーロック】」

 

 俺は担いでいた荷袋からブルースフィアを取り出して『ジョブ』を発動させる。シヴァはいいとして、接近戦を仕かけている三人には身体を冷ますように水の魔法をかけておいた。僅かな援護だがそれだけで動きが格段に良くなり、シヴァもより熱くさせてしまうために加減していたらしいのだが、更に苛烈に炎を放ち槍を振るう。

 

「くっ……」

 

 太陽神などと大層な呼び名をつけられてはいるが、所詮は一体の星晶獣。ただでさえ星晶獣の中でも強い部類に入ると思われるシヴァを相手にしているのだ。その上星晶獣を一人で相手にしかねない七曜の騎士が二人。あとおまけの元自称・神の仔。攻撃は全てシヴァによって相殺され、アポロの豪快な剣とアリアの華麗な剣、そしてクラウスの剣にダメージを与えられてしまう。フォリアはフォリアというかハクタクの爪や牙だったが。もし誰かが怪我をしても俺が魔法で治してしまうし、最低限崩落したら困るので教会の火も鎮火させている。

 

「た、太陽神よ!」

 

 司祭も劣勢になるとは思っていなかったのか表情に焦りを浮かべていた。……そろそろ決めてやるか。

 

「ベイルアウト」

 

 ブルースフィア固有の奥義を発動。魔力をふんだんに使った一撃が太陽神を直撃、よろめかせる。

 

「一気に攻め込んで」

「合わせろ、黄金の!」

「命令される筋合いはありませんが、いいでしょう」

 

 俺が声をかけるとアポロとアリアが肩を並べて渾身の奥義を解き放つ。

 

「黒鳳刃・月影!」

「星閉刃・黄昏!」

 

 俺の攻撃で怯んだ太陽神に容赦なく追撃した。……お前らは周囲への被害を考えろ。仕方がないので俺が障壁で周辺を囲って教会などにまでは被害が及ばないようにしておく。

 クラウスとフォリアとハクタクもやる気充分に構えていたが、流石に二人の奥義を受けて立ってはいられなかったらしい。太陽神は倒れて、金の粒子を撒き散らして姿を消していく。

 

「た、太陽神? ど、どうして、どうしてワシが……!」

 

 頼りにしていた太陽神が倒され爺さんは愕然としている。しかしまぁあっさりいったな。シヴァという強力な星晶獣と七曜の騎士が二人もいたとはいえ。クラウスと俺、ほとんど出番なかったんだが。俺が一人で倒したテンペランスは状態異常盛りまくって動き封じたから簡単に思えたが、なんだかあっさりが過ぎる気もしなくはない。

 

「……答えろ、星晶獣。お前手加減してただろ」

 

 俺は一つの可能性に思い至って問いかける。こちらで驚いていなかったのはシヴァとクラウスとフォリアとハクタク。司祭が一番驚いていたが。

 

「――」

 

 すっと先程の太陽神が司祭の傍に現れる。ただし先程のような力はないのか小さかったが。

 

「ど、どういうことだ?」

 

 狼狽する司祭を他所に、俺は出てきたそいつに話を振る。

 

「賢者にはないが、アーカルムの星晶獣にはある程度繋がりがあるみたいだからな。お前はテンペランスやジャッジメント、他のアーカルムシリーズが一度倒されることでワールドの支配から逃れたことを知ってやがて来るであろう俺と戦う必要があった。……ワールドってのはどうも、恨みを買ってるらしいからな」

 

 多分タワー以外からだが。あいつらだけ立ち位置が特殊すぎるんだよ。

 

「否定は、しない」

 

 その星晶獣は俺の推測にそう答えた。

 

「なんだと!? ワシは、ワシは楽園創造を実現する使者が来ると言うから……!」

 

 それで最初俺を見た時あんなに興奮した様子だったのか。

 

「私は光。人々の全てを照らす光。……ワールドの創造する新世界は、アーカルムの星晶獣にとって都合のいい世界。そこに人がいる可能性は低いと考える」

「なるほど、それがお前のやりたいことってわけか」

 

 星晶獣にとっていい世界。それが一体どんなモノなのかは想像もつかないが、星晶獣にとって仇敵とも言える空の民を新世界に連れていく道理はない、か。

 

「……ワシを騙していたのか?」

「否定はしない。私達アーカルムの星晶獣は波長の合う契約者を見つけ、契約を結ぶ。そしてワールドにとって都合のいい新世界創造のため利用する。ワールドによって創造された私達に、その命令から逃れる術はない」

 

 数分前より老けて見える司祭に、星晶獣は答える。そしてちらりと俺を見た。

 

「それを覆したってのがわかったから、俺と戦うようにそいつを利用したってわけだな」

「……」

 

 星晶獣は答えなかった。感情で言うなら後ろめたい、といったところだろうか。

 

「これで私はワールドに縛られず、人々を照らすことができる。今一度契約を」

 

 しかし倒されたことで契約が千切れたのか、そう言って司祭に向き直る。だが司祭は利用されていたと聞いたせいか険しい表情で拳を握り込み星晶獣を睨みつけた。

 

「……ワシを利用してワールドとやらの束縛から逃れたとして、ワシが貴様を許すとでも?」

 

 また利用したいように利用する気なのではないか、と疑ってかかっている様子だ。まぁそうなるわな。だが星晶獣はあまり表情を変えず司祭の目を見つめて一言。

 

「善行のための悪行は善なり」

 

 彼女の言葉に司祭が目を見開いて身体を硬直させる。

 

「私はワールドの支配から逃れ、ワールドの野望を止めるためにあなたを利用した。私は太陽神ではなく、ただの傀儡だった。それは悪? それともかつてあなたが言ったように、善?」

「……それは」

 

 星晶獣は責めるでもなく、ただ問いかける。司祭は気まずそうに目を逸らした。

 

「……ははっ、ははははははっ」

 

 司祭はしばらく考え込んでいたようだが、突然笑い出した。ただ楽しそうな笑いではない。どこか寂しそうな、悲しそうな笑いだった

 

「……善行のためでも悪は悪、か。ワシの今までやってきたことは、善ではなく悪だ」

 

 爺さんはどこか疲れた様子でそう言って膝を突く。……んん? 話が見えないな。

 

「ワシが今体感してわかった。善行のためと言ったところで悪行に晒されたヤツはそいつを悪としか思えねぇ。善行のためだからといっても、到底納得はいかねぇよ」

 

 ふるふると力なく首を振って爺さんは呟く。話の全貌は見えないが、とりあえず因果応報といったところか。かつて爺さんが口にした言葉の通りに星晶獣は爺さんを利用した。因果応報若しくは悪因悪果だな。

 

「……ワシはレナトゥス教の司祭を辞める。お前とも契約はしねぇ。業を負ったワシが善人の善人による楽園創造なんざできるわけがねぇってんだ」

 

 爺さんはすっかり燃え尽きてしまったような表情で言った。おっとこれはマズい。新たな賢者を持つしかなくなってしまう。

 

「それは違う」

「ちょっと待て爺さん」

 

 俺が呼ぶ声に、星晶獣の声が重なった。思わず目を合わせて先どうぞと促す。

 

「……波長の合う契約者を見つけ、利用し、ワールドの野望を果たすことが役割だった。故に私はあなたを利用した」

「だからなんだってんだ? ワシのせいじゃないとでも言うつもりか。違うな、ワシはお前と出会う前に罪を犯した」

 

 星晶獣は利用したはずの契約者に対して庇うような発言をする。

 

「ワシが悪行に手を染めた後、自分に対する言い訳のように『善行のための悪行は善なり』と言った。お前はそれを肯定するかのように振る舞い、ワシを利用した。……ワシの罪は消えねぇよ。その前に犯した罪も、その後に犯した罪もな」

 

 流石にそこまでは押しつける気がないらしい。いや、かつて罪の意識から逃げようとしたことから今回は、とでも思っているのかもしれない。

 

「……」

 

 星晶獣は静かに嘆息して俺をちらりと見た。説得を諦めるようだ。

 

「俺からの要求は一つだ、爺さん。その星晶獣と契約してカードを寄越せ」

 

 元々そのためにここに来たと言っても過言ではない。

 

「賢者は契約していなければ意味がない。そしてアーカルムの星晶獣は波長の合う者しか契約者に選べない。その星晶獣の契約者になれるヤツがあんた以外にすぐ見つかるとは限らない」

「……貴殿もワシを利用しようってのか」

「ああ」

 

 俺は胡乱げな目を向けてくる爺さんに躊躇いなく頷いた。

 

「俺は悪人だからな。必要とあらば殺しもするし盗みも働く。目的のためなら手段は選ばない」

「ふっ、悪人が自分を悪人と言うか? それも、わざわざ敵の拠点を壊さないように気遣う悪人が」

 

 だが笑われてしまった。というか気づいてるとは思ってなかったな。

 

「なに言ってんだよ、爺さん。悪人だからって人を助けちゃいけないなんて決まりはねぇだろ」

「っ……」

「逆もまた然りだ。あんたにどんな事情があるのかは知らねぇが、善人による善人の楽園は()()()()()()。善人が悪を為すことだってあるからな、あんたのように」

「……ワシを、善人と言うか。善行のためと言い訳をしながら悪事を働いてきたワシを」

「詳しくは知らないからな。赤の他人にはなんとでも言える。結局善悪なんて個人の裁量でしかないし、人の善悪を決めるのは人の身に余りある。だから人は大多数の意見を参考にして裁判を行い、または神という超常の存在の判断に委ねるんだ。……善をずっと貫けるような強い人間は、この空全体だって数少ない。大抵は善を貫けなくなる」

 

 俺は元々善で動いていない。だから悪を為そうとも気にならない。……まぁ根っからの善人で、未だ善を貫いているヤツもいるんだが。

 

「だから気にするな、とは言わない。あんたが納得するかどうかの問題だ。けどそうだな、こういう時そういうヤツならあんたになんて言うかは簡単だ」

 

 思考回路は理解できないが、どういうことを言いそうかくらいはわかる。

 

「罪を犯したんだったら償うしかない! 楽園の創造も諦めなければできる!」

 

 みたいな? 熱く言っておいてなんだが無理言ってるよな、これ。こういうのを平気で口にするからあいつらは。

 

「ふっ、くくっ、ははははっ! 確かに、まるで純粋な善人のような言葉だ」

 

 爺さんはなにがおかしいのか声を上げて笑っている。

 

「だろ? まぁ色々言ってきたが、この街にはあんたを慕ってるヤツも多いみたいだし、そう簡単に諦めてやるなよ。レナトゥス教っつったか? その教えに従って善行を為してるヤツだっているんじゃないか?」

 

 街でレナトゥス教の名前はよく聞いた。街の人達との関係も良好そうだった。

 

「信じてついてきてるヤツがいるのに投げ出すような真似するなよ。あんたが始めたことだろ」

 

 できるだけ爺さんに真っ直ぐ突き刺さるように告げる。

 

「……はは。ワシの半分も生きてねぇような子供に諭されるとはな」

 

 爺さんは困ったように笑った。今までの笑顔よりはかなりマシになっていると思う。

 

「……そうだな、簡単に諦め切れるわけねぇ。ワシが今まで費やしてきた全てを諦めることなんかできるねぇよ。罪を償う旅に出て、そしていつか楽園の創造を成し遂げる。それが我らが悲願ってヤツよ」

 

 そう言って彼は幾分か覇気のある顔で笑った。どうやら精神的に立ち直れたらしい。

 

「じゃあそいつと契約してやってくれ」

「それとこれとは違うってモンだろ」

「言ったろ? アーカルムの星晶獣であるそいつは、あんたの同志だ」

「ワシとこいつが?」

 

 彼は若干嫌そうな顔で星晶獣を見ている。

 

「ああ。だってあんたは――こいつに救われただろ?」

「っっ……!?」

 

 俺の言葉に司祭の爺さんは驚愕して目を見開いた。

 

「こいつと会ってこいつに肯定されて、あんたは救われた。それが利用していいっていう理由にはならないけどな」

「私はただ照らすだけ」

 

 その後のやること成すことには関与しないってか。

 

「……はは、人々を照らすか。だがお前はワシに翳りを齎した。それはお前の罪だとは思わねぇか?」

「……」

 

 星晶獣は司祭の言葉に少しだけ笑った。

 

「私は人々を照らす、それだけ。罪も罰も、私は照らす」

「それが在り様ってわけか。仕方ねぇ、もう一度契約は交わしてやる。だからワシの贖罪に付き合え。そうすれば、ワシが真なる太陽の輝きを世に伝えてやる」

 

 そう言って彼は星晶獣の描かれているらしきカードを取り出した。絵柄がよく見えてない状態だ。カードが輝き出し、絵柄が鮮明になる。

 

「私はザ・サン。ワールドに創られしアーカルムシリーズが一体」

「ワシはアラナン。レナトゥス教の司祭だ」

 

 今まで自己紹介したことなかったのかよ、と言い出したい気持ちはあったがとりあえず丸く収まったので良しとしよう。

 

「ほら、カードだ」

 

 アラナンは俺にカードを投げて寄越す。……これで九枚。残りあと一か。

 

「これからワシはサンと贖罪の旅に出る。目を覚まさせてくれた礼になにかしてやりてぇが」

「それならいざという時に協力してくれりゃいい。カードももう九枚なんでな。近々呼ぶかもしれないが」

「わかった。それくらいなら付き合おう」

 

 それからアラナンは真剣な面持ちで俺に向き合う。

 

「最後に一つ問おう。――善とはなにか、悪とはなにか」

 

 彼はそう尋ねてきた。宗教的な問答なのだろう。少し難しいが、答えは簡単だ。

 

「善とは“蒼”、悪とは“黒”」

 

 俺は少し考え込むだけで答えを出した。意味がわかったらしいアポロから小突かれてしまう。アラナンはと言えば、怪訝な表情で首を傾げていた。まぁ、普通はわからないよな。

 

「あー……なんだ。善も悪もねぇよ、多分。人の見方による。特に善は兎も角、悪の定義は難しい」

「そうか。はっ、ワシも老いぼれたモンだぜ」

 

 自嘲気味に笑ってから、アラナンは深々と頭を下げる。

 

「迷惑をかけちまって悪かった。この借りは必ず返す」

「気にすんな。人生長いんだ、間違いくらいある」

「……ははっ、本当に貴殿は子供とは思えねぇな」

 

 場数が違うんだよ、人の悪に揉まれた場数がな。

 

「最後に名前を聞いていいか?」

「ダナンだ」

「ダナンか。貴殿には今後どうしたら会える?」

 

 再会するつもりなのか。別に俺はどっちでもいいような気が……いや待てよ? いいこと思いついた。

 

「俺は騎空団に所属してるんだ」

 

 俺はにっこりと笑って告げる。

 

「“()()”って騎空団を訪ねてくれ」

「そうか、覚えとくぜ。ありがとうよ、ワシの道を正してくれて」

「ああ、じゃあな」

 

 そうして九人目の賢者アラナンは去っていった。その後レナトゥス教の信者と思われるヤツらに囲まれていたのは、彼の人望というモノだろう。

 

「……なぜ嘘を吐いた?」

 

 アラナンを見送ってからアポロが尋ねてくる。

 

「嘘は言ってない。俺は騎空団に所属してる。だが、“蒼穹”に所属してるとは言ってない」

「屁理屈じゃな」

「ああ。だがあいつの理想から考えて、一回あいつらには会っておくべきだろ?」

「まぁ、そうかもしれませんね」

 

 善人による善人の楽園。それを実現するには、どんな悪にも負けない生粋の善人に会う必要がある。

 

「お前は冗談混じりであいつらを善、お前を悪と言ったようだが、本当に悪なら私はこうしてついてきていない」

「ええ。貴方は大きな括りで言えば、善人だと思いますよ」

「妾とアリアも助けてくれたしの」

「我が王を助けていただいた恩がありますからね」

 

 アポロだけじゃなかったようだ。全員気づいていたらしく、そんなことを言ってくる。

 

「ダナン様が悪なわけがありません。それを証明するために、これからダナン教を広めていきましょう」

「やめろ」

 

 クラウスの主張はズレていたので割りと本気でチョップしてしまったのだが、「嗚呼、ダナン様から与えられる痛みもまた恩寵ですね」とうっとりしていたので押し退けた。普通に引くわ。

 ただシヴァはなにも言わなかった。悪滅の炎を放つシヴァにはわかるのだろう。その炎に焼かれれば、俺が残らず灰になる悪であることが。

 

 まぁそれはシヴァの力の問題であり、俺が悪だからどうだというモノでもない。

 

 善と悪で括れるんなら、人間そんなに苦労しないってのに。




一話は書き上げられたので明日も更新できます。


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アーカルムの星晶獣を解放しよう

ゲーム内とは違って倒されないまま仲間になっているヤツも多いので、その回収回です。
オリルート真っしぐらでいきますよっと。

明日分も書けましたのでもうちょっと更新が続きます。

あとVSのナルメアのカラー変更の一つが清姫っぽいなぁと思ってたり。


 先の一件で賢者十人の内、九人と出会い九枚のカードを集めてしまった。ワールドと真の契約を交わすその日も近いかもしれない。

 なので一応九体全てをワールドの支配から脱しておいて、いざという時に牙を剥かれないようにしておく必要があった。

 

 倒すことで支配から逃れている星晶獣は、九体中三体。テンペランス、ジャッジメント、サン。

 

 まずは一人ずつ近くにいる賢者達に対処していく。

 

「フラウ。デビルを一回倒して再契約結ばせてもらっていいか?」

「いいよ、はい」

 

 フラウの時はそれはもうあっさりと進んだ。その後デビルの真意を聞いたフラウだが、「私を利用したことがそれで消えるわけじゃない」と言って素っ気ない態度を取っている。

 

 それから近くにいたニーア、ハーゼ、カイムもスムーズに済ませることができた。

 

「よぉ、ロベリア」

 

 俺は人気のない場所にロベリアを呼び出していた。こいつの便利なところは本人曰く空域を越えても声を届けることができる魔術。俺は団員で唯一こいつと通信できる巻貝を持っている。それを使えば簡単に呼び出すことができるのだ。

 

「オレになにか用かな? こんな大所帯で」

 

 ロベリアは飄々と笑って言う。

 彼の言う通り、俺は所属団員の六割を連れてきてロベリアを囲んでいた。

 

「いや、タワーを倒すついでにお前も倒してやろうかと。この間活躍してくれたからな、褒美だよ褒美」

「くはっ! それでこの人数で押しかけてきたというわけか! 嬉しい限りだよ」

「よし、じゃあ遠慮なくこいつをサンドバッグにしてやれ! 生き返るから好きにしていいぞ!」

「くははっ! 言っておくけどオレも加減はしない。もしかしたら二度と聴けないキミ達の『音』が聴ける機会かもしれないからね!」

 

 負けるとは思っていないが、容易に勝てる相手とも思っていない。こいつには一部の団員と違って仲間意識というモノが存在しない。だから容赦なく俺達を攻撃してくるだろう。事前に人を殺すのはちょっと、という団員には遠慮してもらっていた。

 

 というわけで俺達とロベリアの戦いが始まった。タワーを倒すまでにロベリアを十回ほど殺すことになったが、まぁ悦んでいたので良しとしよう。

 

 残るはガイゼンボーガただ一人。

 

「断固として拒否するッ!!」

 

 やっと連絡が取れたかと思ったらこれだよ。

 

「いいじゃんかよ別に。星晶獣スターとの契約の都合上、どう足掻いてもお前一人じゃ不可能なんだ」

「決めつけるな、吾輩は“戦車(チャリオット)”なるぞ!」

「そういう問題じゃねぇんだよ。契約ってのはそういうモンだ。わかったらさっさとスター出して倒されやがれ」

「吾輩の邪魔だけはするなと言ったはずだぞ」

「譲れないモノがあるのがぶつかり合うのが男ってもんだろ?」

「いい度胸だ、なら吾輩に勝ってみせろ」

 

 通信で話していたら決闘をすることになってしまった。……なぜだ。いや結局は戦うんだけど。

 その後ガイゼンボーガと待ち合わせてある島の荒野で会うことになった。

 

「……一人で来たか」

 

 ガイゼンボーガが以前と変わらぬ姿でそこに立っている。

 

「ああ。複数人で戦っても、あんたは認めないだろうと思ってな」

「ふん。わかってはいるようだが、吾輩を一人で倒せるなど思い上がりも甚だしい」

 

 俺とガイゼンボーガは荒野に二人対峙した。

 

「準備はいいか?」

「ああ、【レスラー】」

 

 頷きClassⅣを発動する。

 

「この“戦車”と殴り合うか! 面白い!」

「その思い上がりを正してやる!」

 

 俺達がほぼ同時に駆け出し真っ向から拳をぶつけ合う。その衝撃で大地が抉れた。

 

「ぬぐおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

「おらあああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 足を止めて殴り合う。一発一発がそれこそ人体を壊すほどの拳だ。だが俺の【レスラー】は強靭な肉体となるし、ガイゼンボーガは痛みを感じない。正直言って正面からの殴り合いは分が悪いと言って良かった。グランの【レスラー】なら張り合えるかもしれないが、俺の【レスラー】は少しだけ技巧派というか、折りにいく技をよく使いたくなる。しかも向こうは痛みなどがないから全く怯まない。俺は殴られれば痛いし、殴った箇所が悪ければ拳が痛む。

 とはいえガイゼンボーガを認めさせるにはこの手しかないと思っていた。

 

 殴っても殴っても拳が返ってくる。直撃しても怯まないからそのまま殴り返される。しかも鉄腕があるので一発の威力が大きい時がある。正直最も殴り合いに適した【レスラー】であっても押し負けそうだ。

 そこは意地でカバーするしかないか。

 

 それからしばらく必殺の拳を互いにぶつけ合っていると、先に俺の攻撃に綻びが生まれた。顔面を殴られて大きく吹っ飛んだのだ。殴り合うのはいいがダメージが足に来てしまって踏ん張り切れなかった。

 

「ははっ、どうやら吾輩の勝ちのようだな――っ!?」

 

 ガイゼンボーガは凄惨に笑って追撃しようとしてくるが、突如がくりと膝を折った。

 

「……はっ。なんだよ、あんたもダメージ負ってんじゃねぇか」

 

 いくら疲労を感じないとはいえ、疲労が溜まらないわけではない。俺はその間に体勢を立て直す。

 

「くっ……!」

「わかったらさっさとぶっ倒れろ!」

 

 立ち上がろうとするガイゼンボーガに接近し、蹴りやすい位置に下がっていた顔面へ膝蹴りを叩き込んでやった。どさりと仰向けに倒れるガイゼンボーガ。

 

「……いい蹴りだ。どうやら団長殿は吾輩に匹敵する強さらしい」

 

 くくっ、とガイゼンボーガは笑って折れた鼻からダラダラと血を流しながら起き上がる。……どこが匹敵するだよ、俺の姿を見ろ。満身創痍だろうが。と言ってやりたかったが意地でなんとかしていると思われないために勘違いしてもらうくらいで丁度いい。

 

「……それ故にさぞ、団長殿に勝った時の美酒は格別だろうな」

 

 ガイゼンボーガは言って、首に下げた赤い飾りを掌に載せる。

 

「極星よ。貴様が吾輩の願いを叶えたというのなら、今こそ応えよ。吾輩に()()()()、そして今一度勝利を!」

 

 ガインゼンボーガが星晶獣を頼った、だと……? いや頼ったという表現はおそらく本人に否定されるだろうが。それでも共に戦うことを許すとは思わなかった。

 契約者の呼び声に応えて星晶獣が姿を現す。金髪の長髪と鍛え抜かれた肉体を持つ男だった。

 

「……意外だな。あんたが星晶獣に力を貸せ、だなんて」

「ふん。(しゃく)も癪、(かん)に障ることこの上ない屈辱である。が、それよりも敗北し土を舐めることの方が屈辱であると考えただけに過ぎん」

「……」

 

 ガイゼンボーガの態度にスターが嘆息しているような気がした。

 

「そうかよ。だが甘いな、ガイゼンボーガ」

 

 俺は言ってワールドの能力を使い身体を万全な状態へと創り変えて治療する。

 

「あんたが星晶獣に頼っても俺には勝てないってことを、教えてやるよ!」

「上等、受けて立つ!」

 

 また、俺とガイゼンボーガの殴り合いが始まった。俺は消耗戦に持ち込む気満々で、自分の怪我を端から治して殴り合う。相手も星晶獣の手を借りてるんだ、これくらいはいいだろう。

 だがガイゼンボーガに加えてスターまで殴りかかってくるので厄介極まりない。いくら治し続けても怯んだら一巻の終わりだ。怯んだ直後にどちらかの拳が来て殴られ、更にその次もと繰り返されて負けるだろう。……負けるだけなら兎も角死にかねない。

 

「まだ吾輩と殴り合えるか!」

「受けて立つって言っただろうが!」

 

 真っ向から互いを力いっぱい殴り合う。血が飛び散って互いに傷を与えていくが、それでも倒れず拳を振るう。

 

「……星の獣よ。吾輩と共に行くことを許す。合わせろ!」

 

 “戦車”としての矜持を捨ててまで勝ちに来るつもりだ。一歩下がって距離を取ると、両の拳に力を込めた。スターも同じように構えている。……チッ。

 予想される攻撃に、俺は両腕を交差して防御を固めた。次の瞬間、拳の嵐が降り注ぐ。

 

 防御に全てを注いでいるにも関わらずどんどんダメージが与えられていく。常に一定の速度で回復し続けさせていても追いつかない。踏ん張る足が徐々に後退させられていくのを感じていた。腕が重い。何回かへし折れている。

 

「ドラァ!」

 

 ラッシュがやんだ直後にスターの強烈な一撃が叩き込まれて俺の腕が弾かれる。その間にガイゼンボーガが肉薄していた。

 

「ハルマステール・フィストッ!!」

 

 鉄腕が下から迫る。だが俺に打つ手はなかった。直撃を受けるしかない。

 

 顎に拳を食らって意識が飛ぶ。顎も多分砕け散った。踏ん張ることなど無意味であるかのように身体が宙を舞う。

 

 ……ああ、クソ。息ぴったりかよ。

 

 これまで拒んでいたのが嘘かと思うような連携である。吹っ飛んだ意識はすぐに戻ってきてくれたが、意識がとんだことで『ジョブ』も解除されてしまっている。

 

 ……流石に強ぇ。武器なし【レスラー】縛りじゃこんなもんか。

 

 【レスラー】は俺に適した『ジョブ』じゃない。俺が本来の通りに戦うとしたら色々な武器と『ジョブ』を駆使して戦闘スタイルを変えながら翻弄して戦うってところだ。

 だから負けるのは当然、それだけガイゼンボーガが強かったってことだ。

 

 だが。

 

「……だ、んちょうとして、団員に負けてやるわけにはいかねぇよなぁ!」

 

 俺は自分の身体を万全にして地面に手を突き体勢を立て直す。

 

「星天撃!」

 

 今俺が思う最強の一撃を再現する。光の剣を手に創り出してスターを即座に両断する。幽世の力で強化されたエキドナを、弱っているとはいえ一発で倒した技だ。無事スターを倒すことができたので、一旦ガイゼンボーガとの契約が解除される。

 

「ぐ、ううぅぅぅ!?」

 

 つまり彼の全身を痛みが襲うのだ。

 

「ぐっ、はははっ! これだ、これこそが、吾輩が長年求めていた感覚!」

 

 瞳孔が開いて歓喜に嗤う。こいつもこいつでイカレてんな、と思いながら駆け出して距離を詰める。

 

「ならそのまま倒れとけ!」

 

 歓喜に震えるガイゼンボーガを殴り飛ばす。相手が体勢を立て直せないように考えて殴り続ける。絶え間なく休ませず。拳を振るおうとはしてくるが、狙いを絞らせないために顔面を執拗に狙う。また鉄腕は大きいので懐に入ってしまえば片腕だけを警戒するだけで良かった。

 さて、そろそろ仕留めるとするか。

 

 俺はワールドの能力でスターと全く同じ姿をした黒い人影を出現させる。そのまま足を止めてそいつとラッシュをかます。その後頃合いを見て黒いスターが強烈な一撃を見舞い、身体が流れたところを俺が決めた。

 

「ハルマステール・フィスト!!」

 

 先ほどやられた仕返しだ。俺の振り上げた拳でガイゼンボーガは高々と打ち上げられる。俺のように回復はできないため、どさりと地面に落ちて大の字になった。

 

「……吾輩の負け、か」

 

 起き上がってくるかとも思ったが、ガイゼンボーガは意外にも負けを認めてくれた。

 

「意外だな、負けを認めるなんて」

「……ふん。“戦車”としての矜持を捨て、それでも尚こうして土をつけられている。それで認めないほど吾輩は愚かではない」

 

 いや多分だけど長年戦い続けて頭のネジは飛んでるよ。

 

「……この先の戦いはもっと厳しくなる。あんた単体でも充分強いが、そこに星晶獣の力が加われば勝てる確率は大幅に上がる」

「貴殿に負けただろう」

「俺はまぁ、一応団長だからな。一団員に負けてちゃ話にならない。俺に負けたってことはあんたより強いヤツが……少なくともあと四人いるな」

 

 “蒼穹”の双子、“蒼穹”の主格メンバー相手を圧倒したというロキ、そして七曜最強の白騎士。この四人は俺より強いと見て間違いないだろう。

 

「そうか」

「だから、俺の足を引っ張りたくないんならスターと再契約しろよ」

 

 俺は挑発的に笑う。ガイゼンボーガはふっと笑みを零すと怪我をした身体を押して立ち上がる。

 

「極星よ」

 

 呼びかけるとスターが姿を現す。

 

「吾輩の邪魔をすることは許さん。吾輩と契約する以上、その力であらゆる困難を乗り越える覚悟を決めろ」

「……痛みも報酬も、勝利も敗北も全ては我が主のモノ。また我が主がその気になったのであれば、この身を捧げて力になろう」

「ふん。……まぁいい」

 

 やはりガイゼンボーガはあまりスターのことを気に入ってないようだ。

 

「そういやスターはなんでガイゼンボーガに目をつけたんだ? 確かに今までの賢者と違って拳で戦うっていう共通点はあったが」

 

 それだけなら他にもたくさんいる。ガンダゴウザとかでもいい。

 

「……」

 

 スターは無言で一つの映像を映し出した。そこには薄暗くてよく見えないが星晶獣らしき存在が重傷で座り込んでおり、星を見上げて「勝利の凱旋」を祈っていた。俺にはそれがなにかわからない。だがガイゼンボーガの表情が少しだけ変わった。

 

「かつて今と異なる星晶獣だった私は、覇空戦争の折戦場にたった一人取り残され、そのまま命尽きようとしていた。その時星に願ったのだ。そこをワールドに創り変えられ、今のザ・スターとなった」

 

 スターはそう説明した。ガイゼンボーガとの共通点と聞いてその話をしたので、おそらく彼にも似たような出来事があったのだろう。

 

「ふぅん。それがどうガイゼンボーガと関係があるのかは知らないが、大抵の場合賢者とアーカルムの星晶獣は似た者同士だ。仲良くしろよ、ガイゼンボーガ」

「それはまた別の話だ」

 

 彼はまだスターを認められないらしい。だが共闘する気にはなってくれたらしいので、一応良かったのかな。

 

 とりあえずその後は戦場を駆け巡って苦痛を味わってくると怪我も治さずに飛び出したガイゼンボーガと別れて、アウギュステに戻ってきた。

 

 これで賢者九人カード九枚星晶獣九体が揃った。あと一人もきっとヤバいヤツなんだろうが、ロベリアとニーアよりヤバいヤツなんてほとんどいないはずだから大丈夫。

 シェロカルテの情報網に引っかかればすぐに向かおう。厄介事はしばらくご免だから数日置いてからがいいが、見つからないのが一番困る。ここまで来たら折角だから十人全員集めてワールドと契約を結んでおきたい。

 

 賢者集めが捗って油断していたのだろうか。それとも全く気配を感じ取れなかったからだろうか。

 

「――あなたの()()、確かめさせてもらうわ」

 

 背後から女の声がしたかと思うと、ずぶりと俺の背中から腹部までを刃物が貫いていた。

 

「……あ?」

 

 不意を打たれるという滅多にない事態と刃物を突き刺されたこと、しかし痛みはなく血も出ていないのに意識が遠退いていっていることなどが困惑となって押し寄せてくるが、おそらく刺された時点で抗う術はないのだろう。

 

 俺の意識が抵抗する間もなく暗転していった。




戦闘狂 拳と拳で 語り合い 死力尽くせば 戦友同士(超適当

まぁガイゼンボーガはフェザーほど爽やかではありませんが。
あっ、フェザーで思い出しましたが「サウザンド・バウンド」の番外編はやる予定です。ダナンとフラウが出場予定ですね。


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正義を問う

ストックはかつかつですが、なんとか賢者編(?)が終わるまでは更新を続けたいところです。
その後はストックに関わらずお休みをいただくと思います。


 目覚めた俺の前には白い空間が広がっていた。

 

 なんだここ、と思っていると俺から十メートル離れた位置に小さな人影と大きな人影が立っていることに気づく。

 

 小さい方は紺色のローブに赤いケープを纏っている。大きな胸元の横を伝う金髪がロールしている。体型と頭の角からドラフ女性であることは明白だ。身長から考えられる年齢はアネンサより少し上くらいだろうか。

 大きい方は星晶獣だ。水色の長髪を持ち、頭に白い翼を生やした女性の姿をしている。剣と天秤を持っているようだ。

 

 ……紛れもなく賢者だ。だが、なんでだ?

 

 着ているローブの右ポケット、いつものところに手を入れればワールドのカードが入っていることがわかった。だが目の前の賢者には一切反応を示していない。ここが異空間だからと言われればそうなんだが、ここに連れてこられる直前もなにも反応がなかったように思う。背後に立つという超接近するまではもちろん、接近した後も反応がなかったのは少しおかしい。

 

「カードなら反応しないわ」

 

 その答えは他ならぬ彼女が口にした。

 

「あなたがどう聞いているかは知らないけど、あなたが持っているワールドの描かれたカードは私達が持っているカードに反応しているの。私達賢者自身ではなくね」

 

 なるほど。その説明を聞いて、それさえわかっていればバレないようにすることは可能かと納得する。つまり彼女は俺に居場所がバレないよう、カードをどこか別の場所に置いてきたのだろう。

 なぜそこまでする必要があったのか、なぜ特殊な武器(?)を使ってまで俺をここに連れてきたのかはわからないが。

 

「……なるほどな。で、あんたは俺になんの用だ? わざわざバレないようにここに連れてきたんだ、大層な用があるんだろうな?」

 

 場合によっては殺せた状況を鑑みるに、彼女は俺と完全に敵対する気はないらしい。そういえば気を失う直前に「正義」がどうとか言っていたような気がする。もしかしたら敵対するか味方するか、その判断をするために誰にも邪魔されない場所に連れてきたかったのかもしれない。

 

「……そうね。あなたが話の通じる相手で良かったわ」

 

 彼女は言ってぱさりとフードを取り払う。気の強そうな茶色の瞳が覗いた。後ろ髪もロールしているが、ロールの髪型にするというだけでお嬢様なんだろうなと予想してしまうのは偏見だろうか。

 

「私はマリア・テレサ。マリアでもテレサでも好きに呼んでいいわ。ジャスティスの契約者よ」

 

 彼女はそう名乗って髪をふぁさりと払った。堂々たる立ち居振る舞いを見ているとお嬢様というより当主にも見えてくる。

 

「ここ数ヶ月、私はあなたを、ひいてはあなた達を監視していたわ」

 

 そしてそう語り出した。……数ヶ月っていうとナル・グランデにいる時も含まれてるか? 少なくともここ最近だけの話ではなさそうだ。

 

「具体的に言うと、そうね。エルステ帝国が滅んだ後くらいよ」

「結構前じゃねぇか」

 

 その頃から監視されていたらしい。ただ空域は越えられないはずだから(ロベリアみたいなアホを除いて)ナル・グランデ空域に行った後のことからわからないはず、だ。

 

「とは言っても空域を越えた後のことは知らないわ。……流石に私は瘴流域に小型騎空挺で突っ込むような真似したくないもの」

 

 テレサはつけ加えるように嘆息した。……ああ、あいつのことを言ってるんだなと理解できてしまう。そしてそれだけで遭遇時点は兎も角それなりにまともな感性をしている人だということがわかった。実際にそれをやったヤツ、戦があればそれをやりそうなヤツ、愛のためなら死も厭わなさそうなヤツと揃っているので比較的まともな部類だろうか。

 

「……なんでそこまでして俺を監視する必要があった?」

 

 問題はそこだ。確かに理性ある賢者にとって大元となるワールドの契約者という俺の存在は注目すべきだろう。だがそうまでして、更にはこのタイミングで行動を起こす意味がよくわからない。

 

「ワールドの契約者は、力の源がワールドという星晶獣だとしても文字通り世界を左右するだけの力を手にするわ。だからこそ私はあなたに“正義”があるかどうかを判断しなければならない」

 

 “正義”と来たか。俺の行動に正義があるか、と聞かれれば「そんなモノは知らん」と答えるしかない。俺は俺のやりたいようにやっている。もちろんその場その場での判断もあるが、大局を見て問題ないかの判断は挟んでいるつもりだ。ナル・グランデで裏方に徹したのも“蒼穹”がいればなんとかなるだろ、というくらいだったのが大きな理由だ。俺も参戦して全力を尽くさなければなんともならない相手だったらそうする。

 

「“正義”なんて大層なモノはねぇよ」

 

 これまでの賢者ならある程度合わせる方に寄せていたところもあるが、こいつに関してはそれが通用しない気がする。だから正直なところを答えるしかなかった。

 

「俺は俺のやりたいようにやってるだけだ。それが倫理に反していようが、義に準じようが、根幹の部分は変わらない」

 

 究極的にそれは変わらない。

 俺はオーキスに生きていて欲しいと思ったから助けたし、アポロと仲良くして欲しいから余計な手を出した。

 だがもし星の世界なんて消滅してしまえクソったれと思っていたならフリーシアに全面協力していただろう。

 

 旅の始まりはただ自分のことが知りたいという気持ちだけだった。

 旅をする中でやりたいことは増えていったから今だと一口にそう言っても色々出てきてしまうだろうが。

 

「そう。ではあなたに聞くわ。ワールドと契約を交わして手に入れた力をどう使うつもり?」

「要所要所では決まってるが、大まかにこういう使い方をしようっていうのはないな。ワールドの能力は確かに強大だが対抗できる手がないとは言わない。あんたも俺を監視してたならわかるだろ?」

「“蒼穹”のグランとジータ、二人の団長よね。確かにあの子達なら、なにかをやり遂げるような雰囲気はあるけれど」

「そういうことだ。俺がもし世界をぶっ壊したくなったら悪役らしくあいつらの華々しい栄光のために倒されるだろうしな。正直言ってワールドの力を持っていたところで勝てると思ってねぇ。だから俺は好きに使うさ」

 

 もちろんその逆も然りだ。あいつらが俺の邪魔をしようってんなら容赦なく叩き潰す。慈悲はない。だがそれを簡単にさせてくれるヤツかどうかと言われると、なかなかどうして悩ましいところではあるのだ。

 かたん、とジャスティスが持っている天秤が右に傾いた。……なんだあの天秤。さっきまで釣り合ってたのに。なにも載せてないのに傾きやがったな。少し、確かめてみるか。

 

「少し他人に頼りすぎなきらいはあるけど、どうやら悪用する気はないみたいね」

「悪用する気ならわざわざ十人集めなくてもいい。九枚も集まってりゃ空域一つぐらい創り変えられんぞ。こうなってルピ創ったりな」

 

 俺はテレサに言って掌の上にルピを創り投げて寄越す。

 

「……本物ね、間違いなく」

「そりゃ本物と同じモノを創ってるからな。だが例えば名匠の作品なんかを創った場合、全く同じモノを創ることはできるが作品に対する想いやなんかは込められない」

「全てが同じ形ならそれは本物と同じよ。あなたが贋作で儲けようとする悪辣な人間でなくて良かったわ。ルピもこうして生成できるのにしていないみたいだし」

 

 心が込められているかなんてでっち上げられるからな。テレサは俺が投げた硬貨を投げ返してくる。受け取ってから金の粒子へと換えて消した。……確かにそれをやってればもっと楽に金を稼げたんだろうなぁ。でも製造元の怪しい硬貨は疑われやすいし、本物と同じ贋作はその界隈を騒がせすぎる。真っ当に料理で稼ぐのが一番厄介なことにならなさそうだった。

 

「では次の質問よ。あなたはワールドの目的を知っているわよね。ワールドの新世界創造に協力するための契約者でもあるのだし。でもあなたはワールドの支配下に置かれていた他九体の星晶獣を支配から逃したわね? それはなぜ?」

「元々俺がワールドを利用して力を手に入れようと思っていたから。もしワールドと契約を交わす時戦闘になったとして他の星晶獣までワールドにつかれたら流石にお手上げだ。だから星晶獣の契約者である賢者とはそれなりの付き合いをしておいて、星晶獣はワールドの支配から逃しておく必要があった。あと新たに加わったヤツらがこの世界を滅ぼすとか持っての外みたいなことを言い出しそうなヤツらだから反抗はするな」

 

 こっちに邪悪なヤツしかいなかったらそれはそれで気が楽だったのかもしれないが。元々の面子がそうじゃないから仕方がないと言えば仕方がないのかね。

 かたん、とジャスティスの天秤が更に右に傾く。……ふむ。こういうのって多くの場合、善悪か真偽か相反する二つの物事で判断した結果だと思うのだが。善悪だと俺の場合グレーなところがあるし、真偽だったらまぁわかるか。嘘は吐いてないからな。

 

「ワールドの目的を阻む場合戦うことになるでしょうけど、それについては?」

「かつての“蒼穹”にできたことが俺達にできないわけがない」

 

 天秤は右に傾く。

 

「……自信満々ね」

「俺はまだあの二人に追いついてはいねぇが、それでも団員達は強いからな。ワールドと戦った時のあいつらの戦力はわからないが、劣るとは思わない」

 

 まぁどれだけの人数が力を貸してくれるかは微妙なところだが。特に俺と関わりの深いというか、仲のいい連中は巻き込む。あと賢者はワールドにも関係があるので参加させる。あとはアリアやらフォリアやらを引っ張ってこれば余裕だと思う。ワールドが本当に単体で世界をなんとかできるんだったら、あいつらも勝てはしなかっただろう。だがワールドは負けた。なら戦いようはあるってことだ。

 

 天秤はまたも右に傾いた。……んー。真偽が一番有力っぽいかな。ちょっと嘘吐いてみたいところはあるんだが。

 

「じゃあ最後に聞くわ。……あなたは自分の父親を殺したいと思っている?」

 

 テレサはなぜか最後の質問としてそれを持ってきた。それが俺の“正義”と関係があるのか全く理解できないが。

 

「……ああ」

 

 俺は静かに頷いた。表情が抜け落ちてしまったかもしれないが、あいつの話になるとあまり普段通りにはいられない。そういう相手だ。

 

 ――ジャスティスの天秤は()()傾いた。

 

「う、嘘っ!?」

 

 テレサはそれを確認して驚きの声を上げる。

 

()()()()()()()()()()()殺したいと思っていないだなんて……!」

 

 テレサの今の言葉と質問、そして俺の答え。これらから考えるにやはり真偽を判断する天秤と考えて良さそうだ。しかしテレサのこの動揺、つまりあれか。こいつはアウギュステで遭遇した時のことを知っているんだな。

 

「なんだ、見てたのか」

「え、ええ。あの時はあなたがワールドの契約者候補ですらなかったから、本当に偶然で」

 

 それはまぁ気づかないわけだ。あの時は俺もまだまだ未熟だったからな。ドランクもいたが正直それどころじゃなかったというのが素直な気持ちかもしれない。

 

「……殺したくないって言うと少し語弊があるな」

 

 俺は天秤が「殺したくない」という俺の答えを嘘と判定した理由を大体察した。

 

「多分、俺はそこまであいつに強い感情を抱いてないんだ。正しく言葉にするならきっと“殺しておいた方がいい”」

 

 俺はテレサにそう言い放った。かたん、と天秤が右に傾く。真実だと判断したのだろう。

 

「……なんであんな風にされて、そうなるの?」

「んー……。これは完全な推測になるが、俺はあいつのことに意識を割きたくないんだろうな。強い感情を抱いたり、あいつを殺すために旅を続けたり、そういう俺の原動力になりそうなモノにすらしたくない。あんなののために俺の人生を左右されるのが嫌、と言えばいいのかね」

 

 全身をぐちゃぐちゃにされて何度も何度も執拗に殺されたが、そのことに対してあいつに対する感情は()()()()()()。今思い返して確かめたから間違いない。

 

「……そう。大体あなたの事情はわかったわ。そしておそらく、あなたなりの“正義”があなたの中にあることも」

「……正義ねぇ」

 

 ぱちりと瞬きをしてから意識して切り替える。そうしないといつまでも表情が戻らなくなってしまうのだ。俺の場合本質がそっちだからだろう。

 

「今度は俺から聞いていいか?」

 

 話題を変えるために尋ねる。

 

「ええ、どうぞ」

 

 テレサは快く頷いてくれた。

 

「なぜ俺をここに連れてきた?」

 

 最初に尋ねるべきだったが、そのままテレサの質問に行ってしまったため聞く機会を逃してしまっていたことだ。

 

「あなたとこうしてゆっくり話がしたかったからよ。あなたは自分のことを少し過小評価しているきらいがあるけれど、最早アウギュステであなたを知らない人はほとんどいないわ。“蒼穹”のライバル騎空団団長、料理の達人、美女美少女を連れたモテ男」

 

 ……最後のだけちょっと毛色が違うな? というかそれを言うならグランだって相当なモノだぞ。この間なんか二十人くらいの美女に囲まれてたし。

 

「……そんなわけだからあなたと邪魔されずに話すというのは骨が折れるのよ。だから刺した人を異空間に連れ込む、なんていう特殊な能力を持った短剣を使ったわけだし。なによりあなたの周りの娘達が、私と話しているところを見たら嫉妬するかもしれないでしょう? それはお互いにとって良くないことだから」

 

 ちゃんと気遣いのできる子であった。

 

「じゃあなんでわざわざカードを置いてまで俺に忍び寄ったんだ?」

 

 カードがあって接触したとしても別に良かったような気がするが。

 

「正面から接触したとして、あなたは『異空間で話したいから刺されてくれる?』なんて言われて信じるの?」

「それは確かに。だがそれならそれで俺がそういう異空間を創ればいいんじゃないか?」

「それは私が信用できないわ。私も単独で会うからにはそれなりにあなたの人となりを判断しているけれど、あなたの創った異空間はつまり、あなたの思いのままに動くということ。流石にそこまでの度胸はないわ」

「ふぅん。まぁ、もうこの異空間は把握したから動かせるんだけどな」

 

 白い空間を黒く染めて、もう一度白に戻す。

 

「……それは私がワールドの能力を甘く見ていただけね。覇空戦争以前のモノだから、ワールドの力でも関与できないと思っていたのだけれど」

 

 目論見が甘かったわ、とテレサは素直に自分の非を認めた。

 

「なるほど。じゃあ次だ。……あんたの目的はなんだ? こっちがカードを貰う以上、あんたに手を貸す理由がある。交換条件は必要だろ」

「あなたはそうやって賢者達を取り入れてきたものね、そうくるだろうとは思っていたわ」

 

 テレサは少し柔らかく微笑んだ。

 

「私の本名はマリア・テレサ・フォン・エスタライヒ。ロマ帝国の女帝、だった女よ。裏切り者によって奪われた皇帝の座を取り返しなさい――()()()()()()()

 

 彼女は自分の正体を明かして、しかしどこかの兄妹のようなことではないと言う。

 

「あなたは二人の賢者のためにガルゲニア皇国を取り返したそうだけど、そこまでしたら交換条件として釣り合わないと思うの。それはあなたが条件を呑むしかないからと条件を釣り上げるにも似た所業。だから帝国を取り返して欲しいとまでは言わないわ。ただ、一度でいいから私の代わりに皇帝となった妹に会って、話がしたいの。お願いできないかしら」

 

 テレサの申し出を聞き、俺はがっくりと膝を突いた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 心配に思ったのかテレサは駆け寄ってきて俺を気遣ってくれる。屈んで肩に手を置く彼女を、俺は抱き締めた。

 

「えっ!?」

 

 テレサが困惑しているが、そんなことはどうでもいい。

 

「……良かった、ホントに良かった! 賢者ってただヤバいヤツの総称じゃなかったんだな……!」

 

 心から感激していたからだ。

 

「うぅ……まぁ確かに気持ちはわかるけど」

 

 ホントにあいつらはもう、気が滅入ることしかなかった。

 

「ということで、お前団に入ってくれ。そして賢者のまとめ役に任命する」

「っ!? い、嫌よ! まとめ役が人間に務まるわけがないでしょう!」

「そう言うなって。器の大きい女帝殿ならなんとかなるだろ? 帝国の曲者共を治める練習だと思って」

「間違ってもロマ帝国にあんなのはいないわよ!?」

 

 流石、長く俺を監視していただけあってよくわかってらっしゃる。

 

「というわけでよろしくテレサ」

 

 俺はぱっと彼女から離れてにっこりと笑う。

 

「え、ええ……。善処するわ」

「ああ」

 

 逆に彼女は嫌そうな表情だったが。

 

「じゃあジャスティスは倒すな」

「えっ?」

 

 言ってから星天撃でジャスティスを両断する。

 

「よし。これでワールドに縛られず行動できるな。ちゃんと再契約結んどけよ?」

「え、ええ」

 

 テレサは困惑していたようだったが頷いた。

 

「さて、戻ってさっさと依頼達成するか。暗殺すればいいんだっけ?」

「誰をよ。もう、妹に会えればそれでいいの」

「殊勝だな。じゃあさっさと乗り込むか」

「……秘密裏に会うのよね? 正面から殴り込みに行くわけないわよね?」

「当たり前だろ、俺を非常識連中と一緒にするなよ。夜中にこっそり部屋に侵入するだけだ」

「……それを非常識と呼ばないべきか凄く悩むわ」

 

 テレサとそんな雑談をしつつ、異空間から出て街中に戻ってきた。ただ短剣は刺さっていない。

 

「ほら、早く。周りの女の子達に一言言っておかないと後が大変でしょ?」

「……気遣いもできるいい子だなぁ」

「言っておくけれど私の方が一つ年上だから」

「へぇ、そうなのか」

「ええ。だからあまり年齢差は気にしなくていいわ。私はいずれ皇帝に戻るけれど、今は皇帝でもないことだしね」

 

 俺は心の中で決めていた。テレサだけは絶対に騎空団に入れようと。そして俺と同じ苦しみを味わうがいい。

 

「あまり仲良くしているように見えても悪いから、フード被って他人行儀にするわね」

「わかった」

 

 テレサと打ち合わせてあくまで仕事の関係だと強調するようにする。

 だが。

 

「……ダナンがまた別の女と歩いてる」

「あいつはどこを歩いても引っかけてくるな」

 

 同じローブだから賢者でしょうね、とそこに同行していたフラウは言わなかった。その方が面白そうだから。

 

 ……俺達はまだ、手遅れであることに気づいていなかったのだ。



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皇帝の姉妹

独自解釈ならぬオリジナル設定が入ります。
勝手な想像で補足しているのでご了承ください。


 俺とテレサは仲間達、特に俺の周りにいてくれる女達に依頼を受けたから少し離れると伝えたのだが。

 

「……怪しい」

 

 オーキスがじっとフードを被ったテレサを見据えていた。

 

「なにも怪しくないわ。あなたが懸念してるようなことはないから」

 

 テレサはなんの動揺もなく冷静に答える。

 

「……むぅ」

 

 しかしオーキスはじーっとフードの奥の思惑を見透かそうとでもしているのか、テレサを見つめていた。

 

「正妻のあなたが不安がるようなことはないわ」

「……っ」

 

 テレサは自然を装って告げる。するとオーキスの目の色が変わった。ちょいちょい、と俺の袖を引っ張ってくる。

 

「……この人、いい人」

 

 認めるの早ぇな。……そういやオーキスを正妻と言った人はいなかったか。テレサはその辺りの事情もある程度知っているからこそそう言ったんだろうが。

 

「兎も角、私の用事に少し彼を借りるだけよ。正当な取引だから、心配することはなにもないわ」

「……ん。仕方ない。でも接触は最低限に。手を繋ぐのも抱き合うのもダメ」

「ええ、わかっているわ。親しい男女でもなければそうはしないもの」

 

 テレサは微笑んでオーキスに告げる。……いやまぁ、抱き合ってはいないよな? うん。

 

 テレサの手腕によってなんとかオーキスを説得して、他の面々はある程度賢者の関係だとわかっているのかあまり口出ししてこなかった。

 というわけで、俺はテレサと一緒にロマ帝国へと向かうのだった。

 

「決行は夜ね」

「ああ」

 

 ロマ帝国内に潜入して宿を取っていた。どうせ泊まりはしないのとテレサが気にしないと言ったのとがあり、二人部屋にしている。一人部屋を二つよりは安くて選択肢が多いというのもあるか。

 ただお互いフートを目深に被って顔を隠すようにしていたからか恋人同士には見られなかったようだ。それとも種族が違うとはっきりわかるからそう思わなかっただけなのか。

 

「それで、どうやって潜入するつもり? 私としては色々と伝手を当たって紛れるのを想定していたけれど。あなたはこっそり潜入するんでしょう? 言っておくけれど、私はあなたと違って隠密に優れていることはないわよ」

 

 それはわかっている。今回も顔隠すだけでいいのか? と懸念したほどだ。なにせ前皇帝その人だからな。月日が流れているとはいえ現皇帝の顔とそっくりではあるのだろう。姉妹だそうだし。

 

「わかってる。だからワールドの能力で不可視、防音防臭やなんかの効果を持つ壁を創って歩いていく。壁や鍵なんかも俺の前じゃ意味がないし、扉が消滅するところを誰かに見られなければ大丈夫だろ」

「……便利すぎて怖いわ」

「それが新世界の神になろうって星晶獣の能力だからな」

「あなたに使いこなせるのかしらね」

「さぁな。だが手放す気はねぇよ」

 

 便利だから、という意味ではなく。この能力がなければ俺はあの二人に置いていかれてしまうだろうから。

 ライバルを名乗っている手前、そこだけは譲れない。

 

「……まぁいいわ。もしあなたが道を違えることになったら、私は離反するから」

「いいんじゃないか、好きにしたら。それもお前の“正義”を貫くってことなんだろ」

 

 笑いかけるとテレサは少し驚いたように目を丸くしてから、ふっと微笑んだ。

 

「そうね」

 

 しかしその後で少し真剣な表情をする。

 

「……それがわかるなら賢者のまとめ役もやらないということで」

「それはダメ。絶対お前にやらせる」

「気が重いわ」

「清濁併せ呑んでこその皇帝だろ?」

「濁の方が強すぎるのよ」

 

 同感だ。だが撤回はしない。というか彼女以外にあいつらをまとめられるヤツなんていないと思う。……いや、もしかしたら彼女でも無理かもしれないな。

 

「そうだ、折角だし過去のことを聞いてもいいか?」

「過去のこと? ……あまり聞いていて気持ちのいい話じゃないわよ?」

 

 雑談している間に思い立って尋ねると、テレサは少し悲しげな表情で薄く笑った。

 

「大丈夫だ、他の賢者も似たようなモノだろうからな。皇帝の座を奪われたっていうしガルゲニア皇国の兄妹の話は――」

 

 俺は例としてカッツェとハーゼの境遇について語る。

 

「……皇室は策謀蠢くモノよね、どこの国でも」

 

 話を聞いたテレサは嘆息してそう零した。

 

「というわけだ。勝る劣るって話じゃないが、他もまぁそれなりの修羅場経験してるからな。問題ない」

「そうね、それなら私の話も重すぎるということはないわね」

 

 そうして、テレサはこれまでの経緯(いきさつ)を語った。

 前々皇帝の父が崩御した後、テレサが皇帝となってロマ帝国を治めていた。

 しかしロマ帝国は男系相続の国であり、跡継ぎが他にいない関係でテレサが初の女帝として就くことになる。

 若くして皇帝になったが才覚はあったため国を動かすのに支障はなかったのだが、周囲には婿を迎えたらなどと言ってくる輩が多かった。やはり初めての女帝では不安が多かったのだろう。

 だがテレサは自由恋愛を謳っており政略結婚に興味がなかった。そんな中城から抜け出したところで出会った男性に惹かれていく。

 しかしある時テレサは裏切り者によって投獄された。だが皇帝マリア・テレサはそのまま君臨していた。生き別れた妹をマリア・テレサと偽って挿げ替えたのだ。妹はマリア・テレサとして婚約者と結婚した。その婚約者とは、テレサが惹かれていた男性その人だった。

 

 テレサはこうして自分の名前も地位も想い人も奪われてしまったのだ。

 

 その時一緒に投獄されていた侍女のシャーロットが自決し、ジャスティスの契約者だった彼女が死ぬことで新たな契約者を探すジャスティスとテレサが契約。皇帝の座を奪い返すと決意した。

 その後偶然亡くなったと聞いていた母と再会し、妹と二人で平和に暮らしていたのをお前が邪魔したと罵倒される。権力争いになることを懸念して妹は存在を隠されて暮らしており、その妹と共に暮らすために母は死を偽った。しかしマリア・テレサの代わりにするために妹は母から引き離されてしまったのだ。

 

「だからこそ私は妹の本心を聞きたい。あの子――マリアンナが果たして皇帝を続けたいと思っているのか、母と暮らしたいと思っているのか。それがわかればあの子が素直に退いて私が再び成り代わるだけで済む可能性もある」

「皇帝を続けたいと言ったら?」

「残念だけど奪うわ。私は皇帝としてロマ帝国を治めるために生まれたのだから」

 

 ふむ。だがまぁ今回の依頼は妹と話をするところまでだ。そこまでは手助けしない。頼まれてもする気はない。なにせ賢者のまとめ役に任命するんだからな。

 

「了解。とりあえず夜潜入しようか。それまでは休んでいよう」

「そうね、バレないか気を張っていたから少し疲れたわ」

 

 というわけで、本番の夜を迎えるまで互いにそれぞれのベッドで仮眠を取ることにした。テレサがすぐにすやすや眠ってしまったのは、ただ疲れていたと取るべきか信頼されていると取るべきか悩ましいところだったが。

 

 そして夜が更けた頃に俺とマリア・テレサは宿を出て皇帝のいる城へと向かった。

 

「よし、人目のない内に隠すか」

 

 宿を出てからは少し人目があったので難しかったが、離れた人気のない場所で能力を発動する。不可視、防音防臭などの効果を持つ壁だ。ほぼ自分の姿を消すと言ってもいい。

 その壁を周囲に展開して歩けば誰にも認識されることなく行けるというわけだ。

 

「……ホントにこれバレてないんでしょうね」

「ああ。見えない聞こえない匂わないその他諸々。まぁとはいえ壁で遮断しているだけだから壁を抜けられると意味がない。一応後ろから突っ込まれることは警戒しておけよ、俺の方でも壁の位置とかは調整してぶつからないように気をつけてはいるが」

「壁じゃなくて膜とかでできないものなの?」

「それだと互いの声が聞こえない。管とかを伸ばしても声の聞こえ方が違ってくるし、まぁ壁でいいかと思ってる」

「そう」

 

 夜更けなので人通りもそこまで多いというわけではない。だが念のため二人共フードを被って顔を隠している。見えないとしても能力を破られる可能性や、不測の事態で破れてしまう可能性もあるからな。まぁいきなり姿が現れたフードの男女なんて即捕縛されるだろうが。

 

「流石に門は閉まっているわね。どうするの? 裏口が開いているか見に行く?」

「いや、その必要はない」

 

 俺はテレサに答えて振り返り、

 

「ほれ、捕まって」

「えっ?」

「跳び越える」

「…………」

 

 手を伸ばして告げるとテレサが呆れたような顔になった。

 

「まぁ、それが手っ取り早い方法よね」

 

 そう言って自分を納得させると身を寄せて屈んだ俺の首に手を回した。腰と膝裏を腕で持ち上げる。所謂お姫様抱っこだが、流石にテレサは頬を染めることもなかった。

 そのまま少し助走をつけて跳躍し、見えない足場を作って更に跳び、を繰り返して大きな城の門を跳び越える。テレサは流石に肝が冷えるのがぎゅっとしがみついてきていた。越えてからもいくつか足場を作って落下の衝撃を弱め着地する。

 

「……お姫様抱っこってもっと優雅で甘い場面に使われるモノだと思っていたわ」

「城の門を跳び越えるのに使われるモンだよ」

 

 冗談めかしてそう答えつつ、テレサを下ろす。

 

「で、皇帝はどこにいると思う?」

「私に成り代わった形だから、十中八九私の部屋でしょうね。場所は覚えているわ。行きましょう」

「ああ。壁なら擦り抜けられるから、向こう側に誰かいなきゃそうするから言ってくれ」

「ええ」

 

 そうして俺とテレサは城内を歩き回り、とある部屋の前でぴたりと足を止めた。

 

「……ここよ」

 

 テレサの声が重くなる。珍しく緊張を孕んだ声だった。

 

「覚悟はいいか? 中で妹と想い人が行為中、なんて可能性もあるんだぞ」

「それは遠慮したいから日を改めるわ! というかワールドの能力でわかるのよね!?」

「ああ、わかるよ。残念ながら取られた現場は見れないな」

「そんなモノ見なくていいのよ! ……はぁ、もう。調子狂うわね」

 

 軽口を叩いているとテレサは嘆息しながら扉にノックをした。周囲を警戒しつつ発動していた壁を解く。

 

「……はい」

 

 返事は来た。

 

「本日は皇帝陛下に重大な用件があって参りました。夜分遅くに申し訳ございませんが、扉を開けてください。――マリアンナ様」

「っ!?」

 

 本来皇室周辺の者しか知らないはずの現皇帝の本名を口にすることで、話に興味を持たせたのだろう。扉越しにも驚いた気配を感じる。

 

「……あなたは、誰ですか?」

 

 恐る恐るといった風に尋ねてくる。

 

「私はマリア・テレサ・フォン・エスタライヒ。……前皇帝と言った方が、あなたにはわかりやすいのかしらね」

「っ……」

 

 テレサが名乗ると正体がはっきりとわかったのだろう。微かな足音が近づいてくると、かちゃりと鍵を開ける音がした。

 

「……どうぞ」

 

 少なからず警戒が読み取れる声音だ。テレサは一つ深呼吸をしてから扉を開けて中に入る。……と、妙な視線を感じた気がした。背後を振り返って見回してみるが、俺の視界には入らない。ワールドの能力で周辺の把握を行い――見つけた。単眼鏡でこちらを見ているヤツがいる。不可視の壁を解いたのが仇になったな。まぁ仕方がないか。テレサもそれくらいのリスクは覚悟の上だと思う。一応釘を刺す意味を含めて覗いているヤツを真っ直ぐ見据えて薄く笑った。

 見えるはずがないと思いつつぞっとしてくれれば御の字かな。

 

「ダナン?」

「ああ、悪い」

 

 テレサに呼ばれて俺も皇帝の寝室に入った。

 

「……そちらの方は?」

「私の護衛、みたいなモノよ」

 

 皇帝は寝るためにネグリジェを着ていた。テレサとそう変わらない年齢だが恰好のせいか妙な色香を纏っている。夜伽用かと思いつつも視線は集中させないでおく。流石に人妻に興味を示すほどのモノでもない。顔つきはテレサによく似ているが、少し覇気がないというか気弱という印象を受けた。そのせいかやつれているようにも見える。

 

 テレサは素顔を見せるためかフードを取っている。

 

「……初めまして、ですよね。お姉様?」

「ええ、そうね」

「あなたが私の名前を知っていることに驚きました。存在を知らないとばかり」

「ええ、知らなかったわ。偶然母と再会して、あなたのことを聞くまではね」

 

 妙に刺々しい口調だ。まぁ話を聞いた限り、マリアンナはテレサに人生を振り回されてばかりだからな。今更戻ってきてなんの用かと思っていてもおかしくはない。テレサもそれには気づいているようだが、努めて冷静に応えている。もしかしたらそれが苛立ちを募らせることになるかもしれないが、俺には関係ないことだ。

 

「会ったんですか、母に?」

「ええ。……あなたさえいなければ、と罵倒されたわ」

 

 マリアンナの目が少し細まる。テレサは正直にあったことを話していた。

 

「ええ、そうでしょうね。私が連れ去られるまでは平和に過ごしていたもの」

 

 彼女は皮肉げに薄く笑う。やはりというかいい印象を抱いていないようだ。

 

「それで? 本日はどんな用件ですか? まさか、奪われた全てを返して欲しい、なんて言うんじゃないでしょうね」

 

 マリアンナは尋ねる。正にテレサが思っていることとそのままだった。テレサはその言い方が更に刺々しくなったのを感じ取って少し表情を歪めそうになっている。

 

「……ええ、その通りよ」

 

 テレサの答えを聞いて、マリアンナは表情を憤怒に歪めた。目を見開き握り締めた拳を震わせる。

 

「……虫のいいこと言わないでよ! 今まで私がどれだけあなたに人生を左右されてきたと思ってるの!? 私があなたの代わりに連れてこられたのだって、あなたが婚約者と結婚しないと言ったからでしょう!? 皇帝でいたかったなら妥協すれば良かったじゃない! 自由恋愛で伴侶を、とか言ったらしいけど、それなら一度その人と会ってみれば良かったじゃない! そんなこともしないで自分勝手にやって追い出されたから、今度は皇帝の座を返して欲しいって!? 身勝手にもほどがあるわよ!!」

 

 今まで積もりに積もった不満が爆発したようだ。防音くらいかけておけば良かったと後悔する。防音がある程度効いているかもしれないが、それでも外に聞こえそうなほど悲痛な叫びだったのだ。

 

「……っ」

 

 ある程度覚悟していたのかもしれないが、想像よりも現実の方が厳しいモノだ。テレサは唇を噛み締めてぎゅっと拳を握っていた。

 

「どうしました!? なにかありましたか……っ!?」

 

 一大事と思ったのかノックもなく一人の男が部屋に駆け込んでくる。そして俺達を見てぎょっとした。見られてしまったなら口封じするかと思ったのだが、入ってきたドラフの男性はテレサを見て目を見開いている。

 

「……マリア・テレサ様……?」

 

 彼女を一目見て本物だと見抜いていた。つまり皇帝だった彼女を知っている人物なのだろう。面識のない俺はそいつが裏切り者なのかどうかと思っていたのだが。

 

「……今日は無理のようね」

 

 テレサは彼の存在を無視してフードを被った。

 

「ま、待ってくれ! 私はあなたを……!」

 

 男がなにかを言いかけると、マリアンナは唇を強く噛み締めていた。テレサはこれ以上なにも言わせないためか俺の方に抱き着いて、唇を重ねてくる。柔らかな感触が伝わってきた。……これは予想外。

 

「……急にどうしたんだ?」

「……いいえ、なんでも」

 

 唇を離した後に尋ねるが答えてはくれない。だがおそらく彼女も俺と同じ予想を立てたのだろうと思う。

 

「さぁ、行きましょう」

「ああ」

 

 テレサは首に手を回して身を寄せてくる。それを片手で抱き上げ、俺は思い立ってマリアンナの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「な、なにを……!?」

「あんたが、誰かに泣きつきたそうな顔をしてたからな」

「っ……!」

 

 俺の言葉に彼女は泣きそうな顔をする。すぐ近くでため息が聞こえてきた。

 

「そんなだから女誑しって言われるのよ」

「煩い」

 

 言って、空間転移を使う。

 

「待ってくれ、話を……!」

 

 男はテレサに手を伸ばしてくるが、その手が届く前に俺達は宿屋の裏に転移した。

 

「……これができるなら最初からこうしていれば良かったんじゃない?」

「俺じゃ皇帝の居場所がわからないだろ。ほら、とりあえず下りて部屋行くぞ」

「……」

 

 しかしテレサは下りなかった。

 

「テレサ?」

「……私にも、少し誰かに寄りかかりたくなる時くらいあるのよ」

「そうかい」

 

 仕方ないと思ってそのまま宿の中へ向かった。驚かれはしたがまぁいいだろう。顔はバレてないことだし。

 テレサをベッドに下ろして、しかし離してくれなかったので俺も隣に腰かける。手は離してくれたがこてんと体重を預けてきた。

 

「……はぁ。覚悟はしていたけれど、辛いモノね」

「やっぱ自分から言われにいってたか。優しくせずただ自分はなにも気にしてませんってフリしてたしな」

「ええ。あの子の本音を引き出すために、少しね。でも予想以上に複雑というか、厄介そうだわ」

「あの男……結婚相手のことか」

 

 テレサは「ええ」と呟く。

 あの様子を見るに、テレサとマリアンナ、“マリア・テレサ”の結婚相手の関係は複雑だ。

 

「お前はあの男が好きだったが、皇帝の座と一緒に奪われた。妹はいきなり皇帝になったが、婚約者の男を好きになった。男はお前に想いを寄せていて結婚する予定だったが、実際には成り代わった妹がいた」

 

 ドロドロしてんなぁ。

 

「だからって目の前で俺とキスする必要あるか?」

「ええ。少なくとも今の私に……あの人と純粋な気持ちで接することができるかと言われれば微妙だもの。私は皇帝の座を取り返したい。けどそれは妹を不幸にしたいということではないの」

 

 だからこそ悩ましい。

 

「むしろあの子には幸せになって欲しい。そう思ってはいるけれど、今のままだとどうにも難しそうね」

「だからその一歩として、もう他に好きな人ができたから諦めてねアピールをしたわけか」

「そういうこと」

 

 まぁ二人共若いから、まだやり直せると言えばやり直せるだろう。

 

「皇帝の座を渡したくない気持ちはありそうだけれど、それも私への恨み辛みの結果だとすればなんとかできる。けど恋愛はどうしようかしら。あのままあなたに口説いてもらって新たな恋を見つけさせるとか?」

「それだとキスしたのが裏目に出るな。またお前に、ってなるかもしれん」

「それもそうね……」

 

 考え込むように唸って、それから嘆息する。

 

「……すぐには思いつかないわ。またゆっくり考えることにする」

「それでいいと思うぞ。向こうも今回のことで頭に血が上ってるだろうし、いくらいい手だろうがすぐには納得できないだろう」

「そうね」

 

 テレサはまたため息を吐く。……なんだかんだ言ってかなり精神的に参っているようだ。

 

「なぁ。良かったら今度、気晴らしにどこか行かないか?」

 

 そう尋ねてみる。テレサは身体を起こして呆れた顔で見上げてきた。

 

「そんなだから女誑しって言われるのよ」

「煩い。まぁなんだ、団に入ってくれるなら団長として、団員の精神状態もちゃんと見ておかないとだしな」

「そういう気遣いが自然とできるからモテるのね」

「煩いって」

 

 からかうように言ってくるテレサにそう返す。彼女は少し考え込むようにした後、

 

「今度、なにか古いモノが飾られている場所に連れて行って」

「古いモノ?」

「ええ。私は幼い頃から父に『本物と贋作を見分けられるようにしなさい』と言われてきたの。そこで養った鑑識眼で、今は鑑定士をやっているのよ。そういう影響もあって、そういうモノが好きなの」

「ふぅん。まぁ、また今度な」

 

 今度シェロカルテに聞いてみようか。そしていいのがあったらテレサを誘おう。

 

「ええ。改めて、これからよろしくね。カードは私が鑑定士をしている美術館の個室に入れてあるから、明日取りに行きましょう」

「了解」

 

 それから二人で少し話した後、それぞれのベッドに入った。

 明日、いよいよ十枚のカードが俺の手元に揃うことになる。

 

 長かったような短かったような賢者集めの旅ももうじき終わるのだ。そんなことを考えながら、目を閉じ眠りに着くのだった。




しかし姉妹の関係がドロドロしてんなぁ、我ながら。

ゲームではもっと爽やかに終わると信じていてください。


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契約者となるために

マリア・テレサさんのエピソードでわかりづらいところがあって申し訳ないです……。

遂に十枚のカードを揃えたダナンがワールドとの契約者になるために頑張ります。


 ロマ帝国を訪れた翌日。

 

 宿屋を出ても別にフードの怪しい二人組を見かけたら殺せだのという噂は流れていなかった。どうやらあの二人は俺達のことを言わなかったらしい。

 まぁ色々と思うところはあるだろうし、言わないのが賢明だと考えてくれたようだ。そのおかげであっさりと脱出できたので良かった。

 

 すぐに二人でテレサと関わりのある美術館に向かう。

 

「こんにちは、館長」

 

 古き良き備品はもちろん、新しい芸術も見受けられる。とは言っても俺に芸術はわからないのだが。最近なんかでこういうのが流行ってるとか聞いた気がするんだよな。

 そんな美術館に正面から入り、受付に手を挙げるだけで入場料は払わなかった。それだけ顔見知りということだろう。

 

 テレサが館長と呼んだ男性はテレサの姿を認めると人の好い笑みを浮かべた。

 

「いらっしゃい。今日はどうしたんですか?」

「実は彼の騎空団に入ることになって。しばらく顔を出せなくなるかもしれないから、その挨拶に」

「そうですか。……くれぐれも、お願いしますよ」

 

 館長は頷いてから俺に向けてこそっとつけ加えた。彼は彼女の素性を知っているのかもしれない。

 

 挨拶もそこそこにテレサに与えられた個室に向かい、カードを取りに行く。近くなってからワールドのカードが強く反応を示したので、賢者ではなくカードに反応するというのは本当だったようだ。まぁここまで来て疑っていたわけではないが。

 

「はい、これがカードよ」

 

 テレサはそう言って厳重に鍵をかけた引き出しからジャスティスの描かれたカードを手に取って俺に差し出してくる。これでアーカルムシリーズのカードが十枚揃ったわけだ。

 

「これで……」

 

 ワールドと真の契約が結べる。そう言おうとした時、周辺が一気に暗くなった。近くにいたテレサの姿も消え、四方八方が星空のような暗い空間に変わる。まるで夜空の中に立っているような感覚に陥った。

 

「……この壮大な演出、ワールドか」

「そこでオレだと判断しないで欲しいモノだが」

 

 タイミングと起こった事象で判断したが、合っていたようだ。あれから一度も聞くことがなかったワールドの声が聞こえ、黒いのっぺりとした人型の星晶獣が目の前に現れた。

 

「久し振りだな、ワールド」

「オレからすればそうでもない。随分と早く、賢者を揃えたモノだ」

 

 表情がないため声からしか感情を読み取れない。ワールドがなにを思っているのか見当がつかない。

 

「お前はオレの力を手にするだけの“運命”を持っていると、ここに証明された」

「運命?」

「そうだ」

 

 ワールドは頷き肯定を示す。そして俺の目の前に()()()のカードを並べる。わかりやすく拡大した形だ。それらには俺が持っているのと同じようにアーカルムの星晶獣が描かれている。俺が集めた十枚と、そしてワールドのカードもある。

 続けてそのカードの前に契約している賢者達が白黒になったような姿が出現する。ワールドのカードの前には、フードを目深に被った人影があるだけだった。まだ俺と契約を結び切っていないため、俺かどうかはわからないが。一応背丈は多分俺にしてくれているのだろうと思う。

 

「タロットカード、というモノを知っているか?」

 

 ワールドに尋ねられて頷きを返す。

 

「ああ。占いとかでよく使われるヤツで、アーカルムシリーズの参考にしたヤツだろ?」

 

 俺はそう告げた。「そうだ」とワールドはあっさりと肯定する。

 

「俺はアーカルムシリーズを創る時、空の民が持っていたタロットカードを参考にした。二十二のアルカナの半数、十一の星晶獣とそれに対応する十一の契約者」

 

 これは俺もわかっていたことだった。覇空戦争の折にタロットカードなんてモノがあったのかどうかはその当時に生きた者しかわからないが、現代には存在している。

 わかりやすいタワーやスター、デスなんかもいたのでそれぞれに対応してるんだなぁ、とは思っていたのだ。

 

「『塔』と“魔術師”。『悪魔』と“力”。『星』と“戦車”。『節制』と“隠者”。『吊るされた男』と“愚者”。『死神』と“恋人”。『審判』と“皇帝”。『月』と“女教皇”。『太陽』と“教皇”。『正義』と“女帝”」

 

 ワールドの言葉に応じて対応するペアに色がついていく。

 

「そして、『世界』と“運命の輪”」

 

 ワールドの契約者は共通のローブとケープに色がつくだけだったが、最後に灯る。

 

「“運命の輪”に相応しきは数奇な運命に左右される持ち主。お前はその資格がある」

 

 数奇な運命って言うとグランとジータの方が合っているような気もするが。ビィとかいう謎に溢れた生物を連れているわけだし。ルーツのわかっているオーキスオルキスと違ってルリアもいるし。

 

「オレと契約を結べ。これらが揃い各賢者が集めたデータがあれば、新世界創造に近づく」

 

 だが、とワールドはおそらく俺を鋭い視線で見据えた。

 

「お前がオレの支配下にあったアーカルムシリーズを次々とその枠組みから外していった結果、データは中途半端に終わってしまった」

「データなんて意味ねぇよ、ワールド」

「なに?」

 

 俺はワールドに告げる。

 

「俺は覇空戦争のことをよく知らねぇが、データを集めたところで無駄なヤツはいる。……現在進行形で進化し続けるようなヤツらが」

「……」

「それに聞けば星晶獣である限り七曜の騎士にはどう足掻いても勝つことができない。剣に吸収できるらしいからな」

 

 もう一度覇空戦争のような規模の戦争が巻き起こったら、星の民が創った兵器であるところの星晶獣は七曜の騎士によって殲滅される。七曜の騎士が元々どういう存在だったのかは知らないが。今の能力を考えると星晶獣に勝ち目はない。

 

「教えの最奥に至ったり契約したりすれば吸収されないが、果たしてどれほどの星の民がそれをやるか」

 

 ロキは異端っぽいから例外としても、どうにも星の民が勝てるイメージが湧かない。星の民も強いんだろうが、空の民も強くなっている。

 

「空の民の最高戦力を使ったシミュレーションもなしにデータなんて、意味ないだろ」

「……一理ある」

「だから()()()、ワールド。お前の願いを叶えるためにはどうしても“蒼穹”に勝てる戦力が必要だが、俺がお前の目的を果たさせる気がなくなった今お前とわかり合うのは無理だ。わかり合わずに反発したままあいつらに勝てるなんて甘い考えではねぇだろ?」

「理解はできる。だが納得はできない」

「わかってる。俺もできればやりたいことをやらせてやるのが信条ではあるんだが、世界の命運を分けるとなれば今の俺には難しい」

「だから諦めろと? 都合がいいことだな。オレには目的を諦めろと言い、お前は周りを諦めないと言うのか」

「まぁな。けど譲れないんだからしょうがない」

「なら、オレも譲ることはできない」

 

 平行線だ。交渉は決裂、と言ってもいいだろう。まぁ元々こうなることは予想していたが。

 

「よし、わかった。俺と勝負して負けたら俺の時は諦めてくれ」

「なんだと?」

「お前らは相応しい契約者を代々見つけてきてるんだろ? なら俺の次の契約者も見つかるってもんだ。現在に俺が確認してるだけで三人もいるんだし、俺が死んでから次の契約者探しても見つかるだろ」

 

 俺はにっこりと笑って言った。覇空戦争なんていう大昔の時代から目的を遂行するために活動してきたって言うんなら、俺という一人の人間が死ぬまでの間くらい我慢してもらってもいい。賢者達はエスタリオラ以外寿命で死ぬだろうが、すぐに次の契約者を探せばいい。あいつらもワールドに従う義理はなくなっているが、契約者がいなければ存在が維持できないような星晶獣達だ。ワールドによって在り方を変えられてしまった今、それだけはどうしようもない。消滅を許容しなければの話ではあるが。

 

「……」

 

 ワールドの表情は依然として読めない。だがなぜか呆れを含んでいるような気がした。

 

「“運命の輪”を司るに相応しい契約者はそう現れない。だからこそ新世界を創造するオレの契約者に相応しい」

「いつ現れるかわからないから待つのは嫌だと?」

「有り体に言えばそうだ。オレの契約者候補は何度か現れたが賢者を全員集め切ることはできなかった。賢者を揃えてオレと真の契約を結ぼうという段階まで進んだのはお前だけだ」

「それは買い被りすぎだと思うが、仕方がない。お前が勝ったら俺はお前の目的達成に尽力する。これなら平等じゃないか?」

 

 元々考えていたことだが、俺は負け側の条件を伝える。

 

「……なるほど。負けた方がやりたくないことをやる、か。それなら平等ではある」

「だろ? 加えて俺は、一人で戦う」

「仲間は兎も角、賢者すらもか」

「ああ。これは俺とお前の一騎討ち、互いに譲れないからぶつかり合う勝負だ。なら邪魔はいらない」

「そうか。だが、それでオレに勝てるとでも?」

「ああ。お前に従うことになったらどうせ神とも戦うんだろ? なら新世界の神になるお前に対抗できるってところも見せておかねぇとな」

 

 俺が笑うとワールドは鼻を鳴らした。

 

「いいだろう。ならば約束の地――セフィラ島に来るがいい」

「セフィラ島?」

「ああ。そこでオレは待っている。お前が言ったのだ、一人で来い」

「ああ、わかってるよ」

 

 ワールドは俺が頷いたのも確認してから姿を消した。同時に周辺も元の美術館の一室に戻っていく。

 

「……今、ジャスティスがワールドが来ていたと言っていたけれど」

 

 変わらず近くにいたテレサが神妙な表情で口を開く。

 

「ああ。来てたな。いよいよ最終段階ってわけだ」

「最終段階……ということはまだ契約は結べていないのね」

「まぁな。これからセフィラ島ってところに行くんだが、知ってるか?」

「セフィラ島? ええ、まぁ。確かメネア皇国が占領している島ね。立ち入るには皇国の許可が必要だったと思うから、ダナンの伝手で言うとシェロカルテさんか秩序の騎空団に頼むしかないわ」

 

 シェロカルテか秩序の騎空団か。秩序の騎空団は伝手というかリーシャに頼むことになるんだろうが。

 

「じゃあ早速連絡を取ってみるか。セフィラ島がどんな島かってのは知ってるか?」

「ええ。覇空戦争の戦火が最も大きかった島の一つよ。調査隊以外に人は住んでいないと言われているわ。どうしてメネア皇国が真っ先にその島を占領したのかは不明だけれど。ああ、侵入はできないわ。上空に特殊な気流があって、島の中に飛んでいくことはできないの」

「わかった、ありがとな」

 

 言って、早速どちらかに話をつけてみようかと思って踵を返す。

 

「ついてこいとは言わないのね」

「ああ。今回は一人で行く約束だからな」

「一人でって……セフィラ島は危険よ。その危険性故に未だあまり調査が進んでいないと言われているくらいだもの」

「それでも、だ。ワールドとの約束でな」

「そう……。なら仕方ないわね。無事を祈っておくわ」

「おう」

 

 そうして俺はテレサと別れてアウギュステへと戻る。

 

「……また出かける?」

「悪いな、ちょっと優先したいことがあるんだ」

 

 オーキスに尋ねられて苦笑を返す。

 

「それでリーシャ、セフィラ島へ行くことはできるか?」

「ちょっと私では……モニカさんに聞いてみますね。今なら父さんもいるかもしれませんし」

「頼んだ」

 

 しばらくして、モニカと通信したリーシャから俺一人なら同行させられる、と伝えられた。

 しばらく戻ってこない可能性を考えて他の団員に告げると、助けになれればということで武器を渡してくれるヤツもいた。ワールドとの戦闘があるとわかっているので有り難いことだ。中でも星晶獣の四体がそれぞれ三つずつ武器を渡してくれたことには驚いた。

 

 おかげでいっぱいありすぎて荷物が大きくなってしまった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 俺が持つ全ての武器を引っ提げて向かうので一大決戦を迎えるのだとわかったようだ。

 迎えに来たモニカの騎空挺へ乗り込む時には多くの団員が見送ってくれた。テレサも結局合流している。

 

「……がんばって」

「おう」

 

 皆に見送られて、俺はセフィラ島へ向かう。

 

 俺の命運を決める戦いに向かうのだ、気合いが入らないと言えば嘘になる。だが帰ってきた時俺は【十天を統べし者】に匹敵する力を得ることができるという、妙な確信があった。

 だから俺は不安や緊張よりも、心が躍っているのかもしれない。




少し遅めですが周年記念イベントの感想などをば。

シスとネハンのやり取りが凄い王道で良かったですね。初期のシスたそは拗らせてたんだなぁと感慨深く思っていました。
全体的に凄く良かったので満足なのですが、一つだけ言わせていただきたい。

今回のイベントで十天衆と秩序の騎空団が戦ったじゃないですかぁ。
そこでシエテとヴァルフリートがいい勝負してたのはまぁ、シエテの底が知れていないので百歩譲っていいとしても。(とはいえヴァルフリートは主人公の父親を除くと現在最強キャラであることを考えて、シエテとはいえいい勝負する相手がいるのはどうかと思うところはありますが。まぁ多分いい勝負するような感じにしてたんだと勝手に思っておきます)
まぁ最初に言った通りそれはいいんです。問題はもう一個の方ですよ。

モニカ、サラーサに敗れる。

ここですよここ。この作品ではモニカだけとは戦わせなかったあの人がいるじゃないですか。むしろ十天衆&モニカで倒したあの人がいるじゃないですかぁ。

そう、黒騎士ですよ。

黒騎士さん、本編だとモニカに負けて捕まったんですよね。
つまり、


サラーサ〉モニカ〉黒騎士


ということでは?
……アポロってもしかしてホントに弱いんじゃ?

と思ってしまった周年記念イベントでした笑


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セフィラ島

六周年生放送は観ていました。情報盛りだくさんで期待したいところも多いのですが、とりあえず置いておきます。

色々ここで語るのもいいですが、まぁその時思いついたらにしましょう。

ともあれ、
ナルメアのEXポーズ追加ありがとうございます。


 メネア皇国に連絡を取り、モニカが話をつけた後。

 

 俺は迎えに来たモニカと共にメネア皇国が占領しているセフィラ島を訪れた。

 

「セフィラ島調査の責任者、ビザンだ」

 

 俺達を迎えてくれたのはメネア皇国の緑の軍服に身を包んだおっさんだ。軍服の胸元に勲章をいくつかつけているので優秀な軍人なのだろう。

 

「秩序の騎空団第四騎空挺団船団長、モニカだ。こちらは“黒闇”の騎空団団長のダナン。今回話すことの重要参考人でもある」

「あの“黒闇”の……」

 

 モニカの紹介に応じて会釈する。ビザンはなぜか驚いた顔をしていた。……“どの”なのかは非常に気になるが、置いておこう。

 

「数ヶ月前、秩序の騎空団にエルステ帝国の研究所から押収した絵画が届いた。だがその絵画は星晶獣となって逃走してしまった。聞けば新世界を創造すると言う。新世界を創造すれば今ある世界は消えるらしい。そしてその新世界を創造すると宣った星晶獣が約束の地と呼んだのがここセフィラ島というわけだ」

 

 道中その話は彼女から聞いていた。“蒼穹”とワールドが戦った時の話だ。“蒼穹”としては見過ごせない話題だったのだが先にダイダロイドベルトに行かねばならず放置していたというわけだ。まぁその間に俺がワールドの契約者候補になって賢者を集めていたんだな。

 

「その星晶獣ならおそらくその直後にこの島に来た痕跡がある。だがしばらくしてどこかへ行ってしまい、ついこの間また舞い戻ってきたのだが」

「それは俺と約束を取りつけたからだな。この島に来てから行った場所ってのが俺の下で、戻ってきたのは俺にここへ来るように言ったからだろう」

「貴殿はあの星晶獣と関わりがあると?」

「ああ。なにせ俺は、あいつの契約者になるんだからな」

 

 俺は笑ってポケットからワールドのカードを取り出す。この世で唯一、おそらくだが俺だけが持っているワールドのカード。

 

「間違いない。アマルティアに現れたのはその星晶獣だ」

「セフィラ島に現れた星晶獣とも酷似している……しかし契約者というのはどういう了見だ?」

 

 ビザンは鋭い視線を俺に向けてくる。

 

「俺があいつに協力して新世界創造を手伝う――かどうかはわからねぇが。これから行って決めるところだ」

「なに?」

 

 怪訝な顔をする二人に、本当のことを話す。賢者以外に俺がワールドの契約者になろうとしているということを話すのは初めてだったな。

 

「俺が行って勝負に勝てば、大人しく俺の代での新世界創造は諦めてもらう。負けたら大人しく俺は新世界創造を手伝う。そういう約束なんだ」

「……“蒼穹”の団長もそうだが、貴殿もとんでもないな」

「ここで貴様を始末すれば新世界創造が成り立たないと?」

 

 モニカは呆れて苦笑したが、ビザンは険悪な雰囲気を発している。

 

「まさか。俺が死んだところであいつは次の契約者を探すだけだろうよ」

「それでも結局のところこのセフィラ島に来るのであれば、契約者を常に始末し続ければ空の世界の危機を先送りにできるというわけだな」

「流石に判断が早い。だが――モニカがいたところで俺に勝てるとは思うなよ?」

 

 俺は少しだけ威圧しつつ不敵に笑った。隣から「私を巻き込まないでくれ」という声が聞こえてきたが、しかしこいつはこいつで空の危機を助長する俺の存在を黙認すると言うのだろうか。

 

「……やめておこう。このセフィラ島はその星晶獣の出現によって魔物が凶暴化している。二人で突破できるとは思えない」

「いや、俺は一人で行く」

「「なにっ?」」

 

 そこでようやく二人の声が重なった。モニカはついてきてくれるつもりだったらしい。

 

「それもあいつとの約束でな。一人で行くことにしてるんだ」

「正気か? セフィラ島はこれまでただ一人の生還者も出していない危険な地だ。それを一人で行くなど……」

「死んだ方が都合がいいんだったら許可してくれ。勝手に行くから」

「……」

 

 ビザンに対して俺はにっこりと笑いかける。彼は黙り込んでしまった。

 

「星晶獣が魔物を凶暴化しているなら、その契約者となる貴殿を襲わないという可能性は?」

「ないだろうな。なにせ俺は面と向かってただでは従わないって言ってるし。途中で死ぬようなら契約者の資格なしと判断してもおかしくはない」

 

 死にかけたところに現れて「ではオレに従ってもらうぞ」とか言うんだきっと。

 

「私は容認できないな。貴殿の心配はしていないが、なにかあってはリーシャに顔向けできん」

「別に勝手に行ったって言えばいいことじゃねぇか」

「そうはいかない。仕方がない、私も同行しよう。もちろん道中の戦闘や星晶獣との勝負にも手は出さない」

「それじゃあ荷物持ちくらいしかできねぇじゃねぇかよ」

「そう、荷物持ちだ。貴殿にとってはそれも有り難いことだろう?」

 

 そう言ってモニカは笑う。……確かに武器をたくさん持ってきたから嵩張ってはいるが。

 

「……まぁ、それくらいならあいつも許してくれるだろ」

「任せておけ。これでも体力はある方だからな、存分に頼るといい」

「じゃあ頼むわ」

 

 俺は担いでいた大きなバッグを渡す。

 

「……いきなりか」

「荷物持ちなら頑張れよ。容赦なくアイテムとか持ってくからな」

「それを笑顔で言える辺り鬼畜だな」

 

 そんな会話をしていると、ビザンは深くため息を吐いた。

 

「……仕方がない。では行ってくるといい」

「ああ」

 

 止めても無駄だと判断したのだろう。

 

「最後に一つ、聞いていいか?」

「ん?」

 

 ビザンは真剣な眼差しを俺に向けてくる。

 

「なぜ危険な星晶獣との契約を求めている?」

 

 その問いに、俺は薄ら笑いを浮かべた。

 

「どんな手を使ってでも、俺は俺のやりたいようにやる。それだけだ」

 

 ビザンはぴくりと眉を寄せて、なにかを思い出すように苦笑した。

 

「……君はあの双子とは違って意味でまた異質だな」

「そりゃどうも」

 

 俺は言って、モニカに荷物を持たせたままセフィラ島の奥地へと向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「おっ? 宝箱あんじゃん」

 

 ワールドと明確に敵対してから、俺はワールドの能力が使えなくなってしまった。まぁ当然だな。とはいえ凶暴化した魔物も一人で倒せる程度だったので良かった。

 そんな中で金色の宝箱が落ちているのを発見する。ぱかり、と蓋を開けると牙を生やして襲いかかってきたのでパラゾニウムを口の中に刺して倒す。俗に言うミミックというヤツだったらしい。だがミミックを倒すと本当の宝箱と化した。今度こそ、と蓋を持ち上げると中から武器が出てくる。

 

 赤い木の枝のような形をしている武器だ。一応刃になっているみたいだが……剣か? 手に取って軽く振ってみる。妙な形をしてはいるが振り心地はなかなかいい。まさか探索していた武器も見つかるとはな。

 

「よし、もうちょっと細かく探索して回るか」

「私を荷で押し潰す気か!?」

 

 俺の呟いた言葉に、荷物持ちをやっているモニカがツッコんだ。彼女の方を見れば、最初に担いだ大きなバッグがぱんぱんになっている。心なしか足元も覚束ないようだ。

 

「なに言ってるんだよ。まだまだ序盤、もっと回収しまくるに決まってるだろ?」

 

 俺は俺ができる最も爽やかな笑顔で言った。

 

「……くっ! やはりリーシャがなぜ惹かれたのかわからん!」

 

 モニカは本気で忌々しげに睨んでくるが、荷物を手放す気はないようだ。

 

「嫌ならどーぞ、荷物置いて帰っていいんだぞ」

「……チッ。ほら、早くしろ。魔物が集まってくる前に移動しなければならない」

 

 舌打ちはしたがついてくると言う辺り、彼女もあいつらと同じ人種だ。他人を見捨てることができない。俺なら必要とあらば見捨てることができるが。とはいえモニカが途中で倒れたとしたら俺は見捨てるわけにもいかなくなってしまう。流石にリーシャに申し訳ないしな。

 

「へいへい。荷物持ちを申し出たのはお前とはいえ倒れられたら荷物がお前分増えるんだから、ちゃんと休憩取りたいなら言えよ?」

「……わかっている。私から言い出したことだ、意地を張って迷惑をかけるつもりはない」

 

 釘を刺すが彼女もわかってはいるらしい。流石リーシャよりも年上なだけはある。どれくらい上かは知らんが。

 

「……で、もう休憩したいのだが」

「……おう」

 

 まぁ、黙って無理して倒れられるよりはマシか。

 なんだかんだもう数時間は経っている。いくらモニカが強者の一人とはいえ、身体より大きくなっているバッグを背負って数時間歩きっ放しなのはキツいだろう。仕方がない、これも俺のためだと思って疲労回復ドリンクでも作ってやるか。

 

「あ~、肩凝ったぁ」

 

 モニカは荷物をその場に下ろしてぐるぐると肩を回しながら俺をちらちらと見てきた。……揉めと?

 というかさっき魔物が集まってくる前に移動しなければとか言ってなかったか? まぁ、無理せずと思って撤回したのだろう。

 

「はぁ、仕方ねぇな」

 

 俺はため息を吐いてモニカの背後に移動し彼女の肩を揉んでやる。

 

「くぅ……なかなか上手いな」

 

 絶妙な力加減で肩揉みすると少し気持ち良さそうな声を上げた。

 

「ああ。まぁな」

 

 肩揉みくらいならそこまでの難易度でもない。とはいえ俺が肩揉みがそれなりに上手なのには理由がある。

 

 元々は某お世話好きな姉代わりへの日頃のお返しとして考えたモノだった。ただあの人のお世話は割りとガチが入っているため並み大抵のお返しでは釣り合わない。ということで俺もお返しするならガチで会得しなければ、と思い色々試行錯誤したのだ。

 その結果肩が凝りやすいらしいアポロにも頼まれることになった、と。

 

 因みにそれを見て肩凝りにくい同盟なるモノがオーキスとリーシャの間で交わされたとかなんとか。

 

 しかしこうして肩を揉んでいるとよくわかるのだが、とても背中が小さい。ナルメアとあまり身長差がないくらいだからな。

 

「悪かったな、小柄で」

「あ、すまん。声に出てたか」

 

 小さな背をまじまじと見ていると、モニカから少し刺々しく声をかけられた。

 

「……いや、いい。んっ、私はこれでもいい歳なのだが、はぁ、この見た目のせいで未だ嘗められることが、あっ、あるのでな」

 

 喋りながらだと声が出てしまうのはまぁ仕方がない。別に変な気持ちになることはないが、自覚はあるのだろうか? リーシャの無自覚さを傍目から呆れているような節はあるのだが、こいつもこいつで似たようなところがあるのかもしれない。

 

「まぁ、だろうな。リーシャも以前椅子と机の高さが合っていないのを気にしてたらしく、その時厚めのクッションを贈ったとか聞いた」

「……あれはやはりそういう意味だったか」

 

 モニカはがっくりと肩――は俺が掴んでいるので頭を(もた)げた。

 

「それで、最近リーシャの様子はどうだ?」

 

 休んでいる間は雑談をする気のようだ。……リーシャの様子か。

 

「ん~。まぁ、頑張ってるな」

「随分と大雑把だな」

「いや他に言いようがなくてな。団員をまとめたり、騎空挺に運び込む荷物を選んだり、なにかと助けられてる」

「そうか。いや私が聞きたいのはそういうことではなくてな」

「ん?」

「リーシャは、その、なんだ。お前と上手くやれているか?」

 

 ああ、そういう。

 

「まぁ、そういう意味でも頑張ってるみたいだな」

 

 少し他人事のようだが、そう言った。

 

「最近は外を回るより屋内で長時間くっついても気を失わない訓練をしてる、みたいだし」

「……」

 

 言うとモニカから呆れている気配が漂ってきた。おそらく「それで気を失ったことがあるのか……!」といった心情だろう。

 

「そういえばクリスマスで顔を真っ赤にして気を失ったリーシャを運び込んだらしいが、あの時はなにがあった?」

「あー……あれなぁ。リーシャが頑張って頰にキスしてきたからし返したんだよ」

「それでか……」

 

 モニカの小さな背中に哀愁が漂う。妹分の情けなさに苦悩を示しているようだ。

 

「ふっ……そういや最近、アリアと仲良くなっててな」

「アリア? ああ、黄金の騎士か」

「ああ」

 

 俺は言って少し笑いながら話してやる。

 

「意外とあの二人共通点が多くてなぁ」

 

 そうして一つずつ挙げていく。

 

「父親、劣等感、真面目。そして小さい姉」

「小さいは余計だ! しかしそうか、七曜の騎士とな」

「まぁ今じゃ七曜剥奪されてるかもしれないが、まぁそんなところだ」

 

 一通り雑談が終わったところで手を離す。

 

「それじゃそろそろ行くか。疲れも大分取れただろ」

「あ、ああ」

 

 モニカは頷きつつも戸惑っているようだった。

 

「私から振っておいてなんだが、休憩はいいのか?」

「ん? ああ。俺はまだへばってないしな。あの程度の戦闘で疲れることはねぇよ」

「そ、そうか」

 

 言って、またモニカに荷物持ちを頼んでセフィラ島の探索に移る。

 まだまだ序盤、休んでいる暇はあまりない。




セフィラ島を探索=モニカ。
という謎の図式を思ってしまった。ゲーム同様加入するのかしないのかはどうぞお楽しみに。

あとついでにビザンが“蒼穹”と関わりあること言ったので関連イベキャラを気が向いたら団員一覧に追加します。

……しかしあれだなぁ。周年スキンがクラリスだったから一個思いついてた短編書きたくなるなぁ。三月十日に間に合うかなぁ。
とりあえずワールドとの話が終わった次はそれにします。


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ハングドマン戦

別に他のアーカルム全員と戦うところを書くわけではありません。

あと前々話ぐらいで二話くらいで終わるかもとか言ってましたが全然そんなことはありませんでした。
数話続いた後番外編一話挟んでインターバルに入る予定です。


 セフィラ島を隈なく探索していると三日が経った。

 そこで俺達の前に現れたのが――。

 

「……こりゃどういう冗談だ? ハングドマン」

 

 俺は冷や汗を笑みに隠しながら目の前の逆さ男――星晶獣ハングドマンに問いかける。

 

「冗談もなにもないさ」

 

 彼は真意の読めない笑みで告げた。

 

「僕らはワールドによって創られた星晶獣。今回は君の試練のために、ここに呼び出されたってわけさ」

「あいつの力で創られたから俺との勝負にも持ち込めるってわけか」

 

 考えやがったな。

 

「で、そっちこそどうなの? そこの彼女は」

「こいつは荷物持ちだ。戦いには参加しない」

「ふぅん、ホントかなぁ?」

「そいつが手を出したら問答無用で俺の負けでいい、ってワールドに伝えておけ」

「わかったよ、それなら文句は言わないだろう」

 

 ハングドマンにモニカのことを聞かれたが、彼女はこれまでの道中でも一切魔物と戦っていない。だからワールドも許してくれるはずだ。俺が拒んでもついてきたのだから大丈夫だとは思うが。

 

「ま、待て! なにを一人で勝手に決めている! 相手は星晶獣なのだろう? なら一人では……!」

 

 モニカは焦ったように言ってくる。

 

「しかもこの三日間、()()()()()()()()だろう!」

 

 続いた言葉にハングドマンがへぇ、と面白そうに笑った。

 

「そうなんだ。そんな状態でワールドの下まで辿り着けるかな?」

「元々不眠不休で突破する予定だったからな。まぁ、流石に一睡もしないのは無理だろうから仮眠くらいは適当に取るさ」

 

 夜も見張りが必要なのでずっと起きていただけのことだ。モニカに見張りをさせては俺の力でワールドの下に辿り着いたことにならない。だからそうしなかった。

 とはいえ一週間睡眠を取らずにおいて、それから少し仮眠を取る予定ではあったのだ。

 

「っ……!」

 

 モニカは唇を噛んでいた。

 

「お前のせいだとかは思う必要ねぇよ? 仮眠くらいなら今までも取れてただろうが、それをしなかったのは俺だ」

「寝不足になりにいくなんて珍しいこともあるモノだ。もしかして、君には愚者の方がお似合いなのかな?」

「安い挑発だな」

 

 俺は言って、準備をするためにモニカの背負うバッグから色々な武器を取り出す。

 

「君に圧倒的不利な条件だから、準備が整うまでは手を出すなって言われてるんだ」

「そりゃ有り難い」

 

 言いながら武器をいくつか見繕ってその辺に置いておく。

 

「じゃあ始めるとするかぁ」

「あ、もういいの? じゃあ始めようか」

 

 俺は構えるが、ハングドマンは変わらない。

 

 実のところ、こいつと戦うのは初めてのことだ。なぜならワールドの支配から脱するために一度倒すのに、彼は抵抗しなかったからだ。俺は無抵抗のハングドマンを遠慮なくボコボコにしてやった。「君の方が心ないよね」と後で言われたが。

 

 ともあれ初対戦なのでどんな能力を持っているか不明。充分警戒して……。

 

 突如、見えている景色が逆さになった。

 

「っ!?」

 

 思わず駆け出そうとした身体が止まる。

 

「ようこそ、逆さまの世界へ」

 

 ハングドマンはにっこりと笑って言った。今の視界だと彼は宙に立っているように見える。……感覚的に見えてる視界だけが逆さになった感じか。視界の左右と感覚の左右が違うのが厄介だ。

 

「……ま、問題じゃねぇな」

 

 俺は言って置いておいた武器を頭の中で整理する。まずは小手調べといくか。

 見えているモノが上下逆さまだというなら、極端な話目を瞑って戦えばいい。身体の感覚だけで戦えればそれで事足りるのだ。この能力はあくまで相手に戦いにくくするだけのモノでしかなく、混乱させて上手く戦えないようにさせ、相手の力を削ぐモノである。とはいえ俺は目に頼っている部分もあるので完全に目を瞑って戦えるほどではない。だから上下逆さになっていることを念頭に置いて考えながら戦うしかなかった。

 

 まずはグリームニルから最初に貰った武器、虚無ノ哭風。一突きすれば烈風を生む、自称荒れ狂う軍神から貰うのに相応しい武器だ。

 

「おっと」

 

 俺がそれを手に取って振るうとハングドマンはおどけたように言って巻き起こった烈風を避ける。

 

「これは予想外だね、目を開いたまま対応してくるなんて」

「ただ上下逆さになってるだけならこんなモンだろうよ」

 

 言い返してそのまま突っ込む。……まだ動きに無駄が多い。長時間ずっと動けるように、もっと無駄を削って余計な力を入れず、最短で最大の結果を手にしなければ。

 呼吸も最小限に、ただし十全に身体を行使できるよう無駄なく。神経を研ぎ澄ませて一瞬を狙う。

 

「じゃあ、これはどうかな」

 

 余裕たっぷりに笑って左右上下にタイミングをズラし岩石を放ってきた。視界が逆さになっている相手に対しては実に嫌らしい攻撃だ。だが右上に来ている攻撃が実際には左下である、とわかっているのであれば対応は可能だ。俺は走りながら一つ一つの攻撃を弾いていく。混乱しないよう冷静に考えながらであれば問題なかった。

 

「流石」

 

 全く思っていないような顔でよく言いやがる。ふと嫌な予感が足元から湧いてくる。咄嗟に跳ぶと地面から竜みたいな怪物が飛び出してきた。

 

「おぉ、よく避けたね」

 

 槍で突き刺して倒しておく。一体だけならいいんだけどな。

 

「なんでわかったのか、是非教えて欲しいな。この子は見せてなかったと思うけど」

「勘だ」

 

 簡潔に答えて接近、烈風でハングドマンを薙いで牽制しながら近づき奥義を叩き込む機会を窺う。

 

 勘が今凄く冴えている状態になっているはずなので、言葉以上の信頼を持っていた。そのために一睡もせず神経を研ぎ澄ませてきたのだ。寝不足の状態で仮眠を取ってもすぐ起きられる身体になっておかないとこの先生き残れないというのもある。

 

「ははっ、それは残念」

 

 ハングドマンは笑ったまま地中からさっきとは別の色の竜を呼び出し、距離を取るために後退しながら俺を狙って口元に光を集束させていく。熱線が放たれるが最低限の動きです回避した。顔のすぐ横を熱線が通り抜けて肌が少し焼ける感覚がする。見えているのは右側だったのに熱いのは左側というおかしな状態を無視してハングドマンに肉薄した。

 

 ……守る術を削いでから一発で決める。

 

 距離を取らせないままハングドマンの竜を何度か打ち合った後に喉元を貫いて倒す。当然彼自身も様々な攻撃を繰り出してくるが、俺の研ぎ澄まされた感覚がどう身体を動かせば攻撃を受けないかを教えてくれるように、全て回避することができた。俺の身体の調子はほぼ万全以上かもしれない。

 

 距離を詰めて一撃当てようとする俺と一撃も受けようとしないハングドマンの攻防が続き、遂に槍がハングドマンの腹部を穿った。

 

「ッ……! でも残念、まだ浅い」

 

 同じく星晶獣の力を宿した武器だと思うので効果は覿面だったようだ。だがすぐに距離を取られてしまう。直後、俺は「バニッシュ」と呟き背後を取る。

 

「……あぁ、そういえば君にはそれがあったね」

 

 完全に後ろを取られたハングドマンは言って、

 

「神聖滅闇晄」

 

 俺の放った奥義による暴風で細切れになった。……かと思ったのだが。

 

「よくやるな」

 

 俺は()()()()()()視界でハングドマンの残骸、顔から左肩にかけてまでしかない無残な姿を見下ろした。

 

「……よくやったと、言える風体じゃない。全く……『ジョブ』も使われずに負けたなんて、ワールドにどやされる」

「咄嗟に避けられるとわかって俺の視界を正常に戻し、微妙なズレを無意識で修正させるのが狙いだったんだろ。右は左、左は右っていうのが刷り込まれてたからな。戻った瞬間にちょっとズラしちまった」

 

 完璧に当たっていれば欠片も残らなかったはずだ。

 

「向上心があるというか、君は随分と殊勝だね。……最後にワールドからの伝言だ。『十体いるアーカルムシリーズの星晶獣を倒せ。それから島の中央に来るがいい』だってさ」

「お前と遭遇したからそんなことだろうと思ってたよ」

「はは。……カイムのことをバカだと言ってくれた君に感謝を。きっとカイムは言わないだろうから」

 

 最後の言葉の意味はわからなかったが、ハングドマンは消滅した。おそらく契約者のところに戻ったのだろう。

 

「……よく、一人で勝てたな。しかも『ジョブ』を使わずにとは。恐れ入る」

 

 勝負が終わったからかモニカが落ちている武器を拾いながら声をかけてくる。

 

「ちょっとやりたいことがあってな。『ジョブ』はワールドとの戦いまでは、本当に死にそうな時でもなければ使わないつもりだ。それでも充分通用するってのは今わかったしな」

「そう、か。しかし『ジョブ』というのは一体どれくらいの効果があるのだ? 手合わせする限りでも普段より強くなっていることはわかるのだが」

 

 そういや『ジョブ』が実際どれくらい影響してくるのかを言ったことってなかったか。別に隠す必要もないことだしいいだろう。

 

「じゃあ簡単に説明するか」

 

 言って、俺は少しの休憩も兼ねて適当な岩の上に腰かける。モニカもバッグを下ろして倒れた木を払って座った。

 

「まず『ジョブ』は戦闘スタイルや使える武器種などによって適性がある」

 

 これは俺とグラン、ジータを見ていればわかることだ。

 

「同じ『ジョブ』を使っても向き不向きによって多少変わるということか。まぁそれくらいはあるだろうな」

 

 そこまでが個性の話。

 

「更に言えば『ジョブ』を発動した時にその『ジョブ』に応じた補正がかかる。近接物理の【ファイター】と魔法攻撃の【ウィザード】、防御の【ナイト】を例に挙げると、それぞれ近接物理の攻撃力、魔法の攻撃力、防御力が他の『ジョブ』より上がるんだ」

「それぞれの戦闘スタイルに応じた補正か。では戦いに応じて切り替えながら使うのがいい能力というわけか」

「ああ。で、問題はClassによる違いだな。知ってるとは思うが『ジョブ』には今ClassⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、EX、EXⅡ、そして0がある。0は例外としての分類だから今回は省くが、それぞれそのClassの『ジョブ』を発動した時に身体能力が跳ね上がる」

 

 これが『ジョブ』を発動する上で最も大きな効果だ。これがあるから『ジョブ』の発動は本気になればなるほど必須になる。

 

「例えばClassⅠは身体能力を一倍にする。つまり変化なしだな。これは普段あいつらが【ファイター】、俺が【シーフ】に分類されていることが関係してるとは思う。ClassⅠ内であれば戦闘スタイルを変えるだけで身体能力は補正と適性の差はあれどそう変わらない」

「問題はそれ以外のClassというわけか」

「だな。これは俺の体感だが……ClassⅡだとおよそ二倍。Ⅲだと三倍。Ⅳだと六か七倍辺りだな」

「……ClassⅣは化け物だな」

 

 モニカからそんな言葉が出てくるとは意外だった。

 

「今の戦いを見て、『ジョブ』を使っていない時の身体能力がわかった。ではClassⅣを発動した時にダナンがどれほどの力を持つのか。そう考えれば生身で星晶獣と渡り合う人間の六倍以上の身体能力だ。途轍もない能力であることくらいはわかる」

「昔はClassⅣで星晶獣と戦ってたくらいだからな、地力を鍛え続けた結果だ」

 

 因みに暴走状態のClassⅣは五倍くらいだと思う。そこまで冷静に考えられる頭じゃなくなるからグランの【ベルセルク】でボコボコにされた時の感覚からプラス一倍で片づけられる強さじゃなかったな、という推測だ。

 操れている時のClassⅣは暴走状態よりも強いので五倍の上、六か七辺りだと思っている。

 

 そう考えるとあの二人が手にしたClass0の【十天を統べし者】は十倍とかになるんじゃないか? ヤバいな。いや、多分だが十倍は制御し切れていない状態の話だ。つまり制御できたらその二、三倍は上をいくだろう。

 

 ……考えたくもねぇな。

 

「ふむ。『ジョブ』を発動した時は身体能力が倍になっていく。だから地力を鍛えれば鍛えるほど『ジョブ』を使った時の強さが上がっていく、と。恐ろしいな。やがて単独で七曜の騎士とも渡り合えそうだ」

「その渡り合える力をあいつらは持ってる。例外中の例外、Class0の【十天を統べし者】。俺が持ってないその力は、制御し切れば普段の十倍は下らない強さになるだろうな」

「考えたくもないな」

 

 いや全く。

 モニカが呆れを孕んだ苦笑を浮かべているのに全力で同意する。……予感はある、とは言ったが実際にこう考えてみるとあれに匹敵する力なんてあるんだろうかと思ってしまう。

 

「そろそろ行くぞ。まだ九体も星晶獣が残ってる。無理ないように休むのはいいが、休みすぎても時間がかかる」

「ああ。……私はいいが貴殿はどうだ? 一睡もしていない中星晶獣とも戦って」

「問題ない。むしろ調子がいいからな。あと四日は寝ない予定だ」

「……はぁ。荷物持ちが言えることではないが、無理はするなよ」

「ああ」

 

 もちろん、無理しないで勝てる相手なら無理はしない。

 だが今回の相手は文字通り神にも等しい力を持った星晶獣だ。多少の無理や無茶はしなければならない。

 

 ……全く。ホント、あいつらのライバルでい続けるのも大変だ。

 

 俺達はその後もアーカルムの星晶獣を探してセフィラ島内を探索して回った。ワールドが島の中央にいるというのでその周りをくるくると見て回っていく。

 

 見事十体の星晶獣を倒した後、俺達は島の中央へ辿り着く。

 モニカ曰く、そこはセフィラ平原と呼ばれる地帯。周辺を囲む三つのポイントの中心に位置するそこは、残念ながらなにもなかった。

 

 戦火に焼かれたのか、真っ黒で草木一本すら生えていない。どころか岩すらも存在しなかった。

 

 その中央に佇むは、『世界』を司る星晶獣ザ・ワールド。またの名を胎動する世界。

 

「……来たか、我が契約者よ」

「ああ。来たぜ、望み通り、お前と勝負をつけるためにな」

 

 ワールドはここでなにを想っていたのだろう。かつての覇空戦争か、それ以前の話か、それともこれからのことか。

 まぁいい。俺のやるべきことはただ一つ。ここでこいつに勝利することだ。

 

 さて、久し振りに全力全開で挑もうか。

 

 新世界の神となる相手に。




次回、ナンダークファンタジー。

「“世界”をこの手に」


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“世界”をこの手に

幕間Ⅱの最終決戦みたいなモノ。(番外編は除く)
ちょっと長めでワールドと戦います。

スクラッチ四回でガリレオ・サイトとエーケイ・フォーエイ当たった私は多分めちゃ運がいい方。
リミジャンヌ出ないかなぁ。


 セフィラ島の中心で、ワールドと対峙する。モニカにはバッグを下ろして離れていてもらった。この辺はもう慣れたモノだ。なにせここまで一ヶ月かかっている。

 

「ワールド。勝負をする前に、ルールを決めようか」

「ルールだと?」

「ああ」

 

 俺はバッグから武器の数々を取り出しては周辺に間隔を空けて設置していく。

 

「お前に勝つとは言ったが、それは俺が勝てる勝負でなければ不可能なことだ。例えば俺そのモノを消滅させる、とかされたらな」

 

 あれをやられたら一溜まりもない。あれに耐えるのは「世界に対する己の存在力」が強くなければならないが、全空に名が轟くような者でなければ耐えられないだろう。大半に一撃必殺という俺には絶対勝てない能力である。

 “黒闇”の名は“蒼穹”の影響もあって有名になってきているが、団長の俺の存在が世界に知れ渡っているわけではない。精々“蒼穹”と同じくらい若い団長、というくらいだ。その程度では存在を保てず消滅させられてしまう。

 

「他には武器そのモノを消滅させるのも禁止とする。他には島にいられなくなるようなのも、俺が問答無用で即死するようなのもダメだ」

 

 問答無用で即死する、というのは消滅でなくとも肺の中の空気を水に変える、とか。血液を空気に入れ替える、とか。人なら対策のしようがない攻撃をされてしまったら負けは確定してしまう。

 

「加えて俺の荷物は壊さないこと。それくらいか」

 

 武器も含まれるが、バッグが壊されては持ち帰るのも大変だ。あとついでに荷物兼荷物持ちの安全も入る。

 

「……いいだろう。元よりする気もない。真っ向から勝負しなければ、この戦いに意味などない」

「はは、流石に空の民と同じ学ぶ力を持った星晶獣だ。考え方が似てるんだな」

「無駄口はいい。準備は終わったか?」

 

 俺は全ての武器を並べ終えていた。

 

「ああ。やろうか」

「そうだな」

 

 言って、俺は身を低く構える。じっとワールドを見据えて集中した。ワールドはまだ動かない。俺に合わせて動く気なのだろう。

 深く息を吐き、一つ目の戦略を頭に浮かべる。

 

「……【ベルセルク】」

 

 駆け出すと同時に今回初のClassⅣを発動。黒い毛皮を被った狂戦士へと姿を変える。格段に上がった身体能力で一気にワールドの下へ行く途中でブルドガングを手に取った。ワールドも駆け出すのとほぼ同時に地面からトゲを突き出してきていたが、それを置き去りにした。後ろからでは創造速度が間に合わないと見たのか俺の直線上に壁を創ってくる。だが構わず突っ込みぶち抜いた。

 あと十メートル、というところまで来た途端に地面の感触が変わる。硬い土ではなくずぶりと沈む沼に創り変えられたようだ。これでは駆けるのも難しい、とは思わない。足の回転を速めて無理矢理に沼の上を駆ける。そして思いっきり跳躍した。もちろん沼が足場では跳躍なんて厳しいため、より詳細に言えば蹴り出した風圧で跳んだのだ。ここに至るまで地力を滅茶苦茶に鍛える必要があったのだが。

 

「レイジ、ウェポンバースト。――無明剣ッ!!」

 

 初っ端、ワールドの眼前で渾身の奥義を解き放つ。だが、

 

「キャンセル」

 

 俺の奥義そのモノが、伸ばされたワールドの右手から放たれた力に掻き消される。俺もよく使っていた手だ。

 

「……流石にそう上手くはいかねぇか」

「当然だ」

 

 俺はブルドガングを沼になっていない場所に投げて突き刺し、【ベルセルク】から次の『ジョブ』に変える。

 

「【ウォーロック】」

 

 携帯しているパラゾニウムを持って魔法使いの最上位『ジョブ』へ。四方八方から迫るワールドの放った火焔を魔力の壁で防ぎ、自由落下に身を任せて沼を凍らせて着地する。直後俺の周辺に無数の剣拓が出現した。

 

「エーテルブラスト!」

 

 俺は魔力の奔流を放ちながら一周させて全てを薙ぎ払う。だが地面が突如水に変わったせいで落ちてしまう。身動きが遅れる、と思った直後に落雷が襲った。雷撃が全身を貫く激痛に耐えながらバニッシュを発動して水から上がった。

 

「っ……!」

 

 だが足を着いた地面が溶岩に変化して呆気なく靴を溶かして足にまで侵食してくる。いくら堪えたって無駄だとわかる。自分の足が焼け溶ける痛みなんて味わうもんじゃない。俺はそれでも無視してワールドに攻撃を仕かけた。

 

「リゾブル・ソウルッ!!」

 

 パラゾニウムを持った時の奥義だ。ワールドは予想外ではあったらしいが当たる直前でキャンセルと唱えて無効化する。その間に溶岩から飛び出して【セージ】となり回復を行う。焼けた足もなんとか戻ってくれた。『ジョブ』を発動した状態だったので元の靴に影響はないし、【ウォーロック】でも発動し直せば戻るから問題はない。

 

「あの状態から反撃するとはな。痛くないのか?」

「痛かったに決まってんだろ。骨の髄まで焼かれて痛くないヤツなんているかよ」

 

 ワールドから問われて鼻で笑う。正直なところ滅茶苦茶痛かった。思考が掻き乱されて勝負どころじゃなくなりそうだった。だが、無視できる範囲だった。それだけのことだ。

 

「なら、次はもう少し激しく攻めるとしよう」

「好きにしろ。次も上手くはいかねぇよ」

 

 『ジョブ』を解いて腰の銃を抜きワールドに発射する。空気の壁だかで受け止められてしまうが、まぁいい。その間に武器を刺しておいた場所に戻ってきて、次の手を考える。

 因みにこの銃も新調していた。自分だけ武器を渡していないからと言ってリーシャが選んでくれたモノだ。

 

「よし、次はこれでいこう」

 

 決めて、まずは【スパルタ】となる。

 

「神聖滅闇晄ッ!!」

 

 虚無ノ哭風で奥義を撃ちながらワールドに向けて投擲した。それとは別にエウロペから最初に貰った水色の槍、ガリレオ・サイトを手に取る。持った手がひやりと冷たくなっていく。

 

「テュロス・ワンダーッ!」

 

 こちらも奥義を撃った直後に投擲してやった。二つを迎え撃つ構えのワールドに、俺は【ハウンドドッグ】に切り替えてシヴァから貰った悪滅の雷を手に取る。腰にもう一つ武器を備えておいた。

 

「この世界の破壊を目論む星晶獣相手に相応しい一撃だ。ダガラハットッ!!」

 

 雷の矢を構えて渾身の一矢を放つ。矢は二つの槍よりも速くワールドへと飛んでいくが、結果的にそれら三つはほぼ同時に到達する。

 暴風、冷気、雷鳴の三つが向かうと少しワールドの動きに迷いが見えた。……キャンセルを使うのは両手だろ? なら三つで攻撃してやればいい。

 

 無論これだけで当たるとは思っていない。俺は【トーメンター】に切り替えると腰の短剣を抜いて駆け出した。

 

「キャンセル――ぐっ!」

 

 ワールドが両手で三つの中でも威力の高そうな二つを選んで奥義をキャンセルさせた。雷と氷の二つだ。結果暴風に片腹を抉られる。

 

「ワールド! 油断してんじゃねぇぞ!」

 

 俺はわざわざ呼びかけて手に持った短剣、ブローディアから貰った刃鏡片を構える。そうすればこれが強い星晶獣の力を持った武器だとわかるだろう。

 

「剣盾一体!」

 

 間合いに入ってすぐに奥義を放つ――直前でこっそり【トーメンター】でのみ扱える『秘器』の針をいくつか飛ばしておく。強大な奥義をキャンセルさせてその裏で針を刺す企みである。

 

「キャンセル」

 

 想定通りにワールドはガラス片を巻き込む巨大な刺突を消失させた。その間に投げた針が向かい、刺さる。

 

「ぬっ」

「……流石に石化と睡眠は無理か。だが、麻痺さえかかればこっちのモノだ」

 

 ワールドの動きが止まる。だが意識はあるので睡眠でもなく、固まっているわけではないので石化でもない。三つの針の一つ、麻痺は効果があったようだ。

 

「この、程度で、オレを、止め、られると、でも?」

 

 麻痺のせいか途切れ途切れの言葉で告げて、俺の周囲から火焔の津波が巻き起こる。身体は動かなくても能力は使えてしまうらしい。強い星晶獣だとそうなのだろうか。いや、この場合は身体を動かさなくても能力を駆使できる星晶獣だからか。

 

 だが問題はない。この場面も考慮した上で戦略を練ってある。

 

 俺はニヤリと笑って刃鏡片を手放し落ちていたガリレオ・サイトを拾う。そしてある『ジョブ』を発動させた。

 

「【キャバルリー】!」

 

 控えめに言って俺に似合わないきっちりした黒い軍服と軍帽。そして俺の下から突如出現する灰色の馬。馬は『ジョブ』発動時に出てくる服などと同じ扱いのため、この『ジョブ』を使っている間だけ出現してくれる。『ジョブ』能力の内なので通常の馬とは馬力が桁違いで、賢くとても優秀ときた。

 

 馬は状況を見ると俺の考えを汲み取って火焔の津波を上から抜けるように跳び上がる。助走もなしに数メートルの高さに至る脚力は、この世の馬の範疇ではない。

 

「なに……!?」

 

 そしてそのまま俺はワールドの眼前へ。奥義は消去されるので決定打になりにくい。だが武器による直接攻撃なら防ぐしかない。馬の力を借りて意表を突いた俺はそのままワールドの顔面にガリレオ・サイトを突き刺した。絶対零度の槍から星晶獣すらも凍てつかせる冷気が容赦なく広がっていき、やがて全身が氷漬けになった。そのまま重力に逆らわず進んでいけば勢いで氷像と化したワールドは崩れていく。星晶獣なので死にはしないだろう。

 

「……これで」

 

 俺の勝ち、と言おうとした瞬間に全身を怖気が襲った。

 

「ダナン!」

 

 モニカの声と怖気はほぼ同時。その怖気の正体は俺の()()()――。

 

 俺が顔を上げ切る前に放たれた白い熱線に焼かれる。だが咄嗟に反射だけで身体を動かせたおかげか左肩の周辺が消し飛ぶだけで済んだ。衝撃で仰向けに倒れるが、一瞬のことだったため痛みはあまりない。というか感覚がほとんどなくなっていた。左目も見えなくなっている。おそらく熱線に近かったせいで焼け焦げたのだろう。足は動くが上半身は半分がまともに動かない状態。辛うじて生きているという体である。なんとか首を動かして左側を見れば離れた場所に黒焦げになった俺の腕の肘から先が落ちている。相当な高威力だ。油断したな。

 

「オレの勝ちだな」

 

 仰向けになったことで目の前にいる黒い巨体が目に入る。

 

「その身体では碌に動けないだろう」

「……まぁな。だが負けを認めるわけがない」

「そこからどう盛り返すという? その状態では『ジョブ』の発動すら不可能だろう」

 

 だな。負傷しすぎて『ジョブ』が発動できない。だが打つ手がないわけじゃない。

 

「バニッシュ」

 

 俺はアビリティを使用してワールドの下から離れると、バッグの中に入れておいたキュアポーションを取り出して身体にかける。

 

「……往生際が悪いな」

 

 ワールドの呟きが聞こえたかと思うと、俺の身体を癒すはずのポーションが酸に変わった。痛覚がほぼ遮断されている左半身だったので少し焼け爛れてしまったが、慌てて魔法で水を生み出し流す。

 

「これで回復手段は封じた。回復魔法ヒールは『ジョブ』発動時しか使えないことは知っている。……これでもまだ諦める気はないか、我が契約者よ」

 

 ワールドは努めて淡々と俺の敗北だと告げてくる。……甘いな、ワールドは。

 

「なに言ってやがる。諦めが悪くなかったら、そもそも空の民は覇空戦争で星の民に負けている」

 

 動かない顔の左半分では笑えなかった。右端だけ唇を吊り上げる。

 

「お前も覇空戦争の時にいたんならわかってるはずだ。……星の民は長寿で星晶獣なんかを創っちまうほどの技術を持っていて、ロキを見てればわかるが強い」

 

 そこに数多の星晶獣も加われば、空の民に勝ち目はないと思っている。それでも、少なからず影響が出ているとしてもこうして空の世界が残っているということは、そういうことだ。

 

「悪いが、俺も世界の命運を懸けた戦いで命張らないわけないんでな」

 

 左目は潰れている。左腕は肩から消失している。俺の利き腕は左だったんだが。右手でも武器を扱う練習をしておいて良かったと思う。

 

「その身体で万全のオレに勝てるとでも?」

「さぁな。だが俺に勝ち目のある勝負にする気があるならさっきみたいな分身体は一度きりだ。今のは弱体化したお前の分身体で、俺がどこまでやるのかを見るためのモノだった。道中もClassⅣを温存してたし。……お前はデータ収集を重視する傾向にあるから、そういう意味でのあれだと推測するが、どうだ?」

「当たりだ。だがそれがわかったところで今の劣勢が覆るわけでもない」

 

 そして、最初に遭遇した時と全く同じ姿になったワールドはつけ加える。

 

「今まではお前の発想を参考した創造の能力を行使していたが、これからは使わない。オレがこれまでに培ってきた能力でお前を倒す」

「そうかい」

 

 俺は話の最中ずっと突き立てた武器をできるだけワールドに近づけるために放っていく。……弓と楽器は無理だな。両手じゃないと。斧とか槍はもう頑張るしかない。

 ついでに言えばワールドは俺には告げていないが、ある程度自分の中でルールを課していると思う。創り直しによる自己回復はキリがないので使わないのだろう。分身体だったとしてもそれくらいできるならやるはずだからな。

 あと把握能力だろうか。完璧に俺の仕かけがわかっていれば攻撃を受けることもない。麻痺させた針だってそうだ。

 

「ま、待てダナン! その身体で戦っては死ぬぞ!」

 

 しかし決着をつける前にモニカが呼び止めてくる。

 

「死んでも大丈夫だ。ワールドが治すだろうから」

「そ、そうは言ってもだな……!」

 

 どうやら彼女には俺が瀕死の重傷に見えるらしい。

 

「問題ねぇよ。俺は勝つからな」

 

 振り返らずに答える。

 

「……今の状態の貴殿が、どう勝つと言うのだ」

「見てればわかる。だから心配は無用だ」

「今のダナンを見て心配するなという方が無茶だ」

「はは、優しいなモニカは。だが問題ねぇよ。俺は勝つ、だからそこで見てろ」

 

 言いながら身体の調子を確かめる。……問題ないな。

 

「……信じるぞ」

「ああ」

 

 やっぱりモニカはいいヤツだ。立場を考えなければ“蒼穹”に入っても違和感がないだろう。

 

「悪い、待たせたな」

「構わん。いくら待ったところで勝敗は変わらない」

「ああ、そうだな。俺の勝ちで決まってる」

「……この状況でそう言い切れる根拠はどこから来るのか」

 

 ワールドは表情がなくとも明らかに呆れているとわかる声音だった。それに俺は右半分だけで笑い返す。

 

 ……とはいえ勝つと言い切れる根拠なんてありはしない。負けるわけにはいかないから勝つしかないんだ。

 

「そろそろ、決着といこうか」

「ああ」

 

 呼吸を整えて身構えるワールドを片目で見据える。片目になって狂った距離感の修正は武器を手に取って投げる最中にやった。片腕だと少しバランスが取れなくなるのだが、それも動いている内に調整している。セフィラ島を回る道中で『ジョブ』なしの戦闘に慣れておいて良かった。『ジョブ』なしの利点はどんな武器でも即座に使うことができるということだ。焼けて破けた上半身の服を剥いだ。俺は別にゼオのように上半身肌蹴(はだけ)たら気合いが入るとかはない。

 

 まずは腰の銃を抜いてワールドを撃つ。が特に壁を創られたわけでもないのに弾かれてしまう。肉体の強度が高いのか、身体には当たっているように見えたが。

 

「その程度の攻撃ではオレに傷一つつけられん」

 

 回避や防御を取るまでもならしい。ワールドの身体は鍛え上げられた筋肉で出来ているように見えるが、通常ならあるべき目などの弱点がないので銃弾はほぼ無意味。相当な威力を出さないとダメージを与えることはできないだろう。ならこの銃はここで留守番だ。

 

 俺はシヴァの力が宿った武器の一つ、三叉の赤い槍を地面から抜き取って投げの構えを取る。

 

「ルドラ」

 

 紅蓮の業火を纏わせて投擲、その間にエウロペの力が宿った杖を手に取った。

 

「ふんっ」

 

 槍は両側から拳を叩きつけるように相殺されてしまったが、そう簡単にいくとは思っていない。氷弾を生み出して放つが、防御姿勢を取られるだけで防がれてしまった。……奥義なら効果あるんだろうが、序盤から連発しすぎたな。かといって距離を取って戦うには魔力が少なくなってきてる。近づくしかねぇ、が。

 こうして遠距離にいる時まだなにもしてこないと見るに、遠距離より近距離なのだろう。俺が考えた使い方は基本遠距離なので俺が近づくのを待っているはずだ。

 

 と思ったのだが。

 

「コメット」

 

 ワールドが唱えると上空の空間が開き、中から巨大な燃える岩石が降ってきた。隕石を持ってくるだか創るだかする技か。なかなか有用だ。

 普段ならファランクスで防御やら攻撃して相殺するやらするところだが、今の俺には難しい。避けるしかないので降ってくる隕石を避けるように次の武器の下へ走った。

 

 グリームニルの力が宿った、虚無ノ哭風とはまた別の槍。手に取ってすぐに振り竜巻を起こして隕石を逸らしながら、また奥義を使いながら投擲する。

 

「瞬滅閃」

 

 突風を巻き起こして加速する槍はワールドの防御より先に身体へ到達した。ヤツの右脇腹が抉れる。

 

「マイムールパニッシャー」

 

 更にバアルから貰った槍をぶん投げる。雷撃を纏って飛ぶ槍はしかし、ワールドの拳に打ち払われた。多少焼け焦げたようだがあまりダメージはなさそうだ。

 その後も走り回って隕石を避けながら道中で拾った槍をぶん投げていく。……槍はもう全部投げ終わったかな。

 

 戦略の一つは下準備が整った。

 

「借りるぜ、バアル。――響け、レゾナンス・オブ・ランスッ!!」

 

 バアルが持つ共鳴する力が宿ったマイムールクローズを基点に、それぞれの槍に込めておいた魔力を誘発させる。ワールドの周りを囲むように突き刺さった槍達が共鳴し、それぞれが持つ能力を発揮して一斉にワールドへと攻撃を放つ。

 火、氷、風、雷。様々なモノが混じった嵐に呑まれたワールドは、防御するも傷を負いダメージを増やしていく。

 

「ぬぅ!」

 

 おそらく全てなにかしらの星晶獣の力が宿っている槍だ。これにはワールドも苦悶の声を上げる。……だが、かなり高威力ではあったはずだが倒すには至らなかった。

 

「一応、俺のとっておきだったんだけどな」

「槍を投げていたのがこの布石とはな」

 

 もちろん投げて牽制を行うってのも一つの手だったんだけどな。分身体で集めたデータによってそれらは防がれる、警戒されると思っていたから別の手でも使えるように投げた槍には魔力を込めておいたのだ。

 

「随分傷だらけになったな。自分ルールで創り治すのは禁止してるんだろ?」

「……ああ。どんな傷も修復できるのはお前に勝ち目がないからな」

 

 有り難いことだ。おかげで少しは勝ち目が見えてきた。とはいえここからは近接戦闘を強いられる。奥義も温存していかないと体力が尽きてしまう。

 近くに突き立てていた丙子椒林剣を右手で握る。ゆらりと倒れるように踏み込み一気にワールドへ近づく。対してワールドは右拳を突き出してくる。見た目通りと言うか豪腕が振るわれてゴォ! と音がした。俺は最低限の動きで回避、拳の上に着地して一気に駆け上がる――前に腕を横に振られて宙に放り出される。空中で身動きできない俺をワールドの左拳が狙っていた。

 

 ……研ぎ澄ませ。俺の師匠なら簡単に斬ってみせるぞ。

 

 昔習ったことを思い出す。天才ながら狂気の修練で高みへと駆け上がっている彼女はいとも容易くやってみせるだろう。一番弟子を自称する俺がそれをできなくてどうするよ。

 

「ふっ!」

 

 身体を捻って勢いをつけ、ワールドの拳に向けて刀を振るう。集中して研ぎ澄ませた一撃はワールドの拳を裂いた。が、勢いを弱めた程度だったので殴られて吹っ飛んでしまう。……痛ってぇ。痛み分けにしてはこっちが不利だな。

 

「コメット」

 

 しかもワールドはまたしても同じように隕石を降らせてくる。急いで体勢を立て直し走り出す。刀を置いて転がっていたブルースフィアを拾う。だがほとんど魔力もない今魔法を使う余裕はない、か。

 

「チッ」

 

 俺は舌打ちして、ブルースフィアを地面に転がす。余力を考えれば当然のことだ。

 続いてイクサバを手に取る。……二回奥義が撃てないとどうしても最大限活かしづらいんだが、仕方がない。隕石が絶え間なく降ってくるので足を止めずにワールドに接近。近接は己の肉体を使う気なのか、斬られたままの左拳はそのままに攻撃を繰り出してくる。斬れているせいで微妙に軌道が読みづらいので、無事な右拳より優先して肘から切り落とした。そのことに集中していたせいで殴り飛ばされ、その先で隕石が迫る。

 

「無双閃!」

 

 余裕が一切なかったので奥義を使用して隕石を両断するが、その後ろにも隕石が迫ってきていた。奥義を使うのは反動がキツい。なら奥義を使わず相殺するしかない。

 

「おらぁ!」

 

 イクサバを手放し拳で隕石を殴りつけた。イクサバの奥義効果で超強化された一撃が隕石を砕く、が代償として俺の右手は焼けてしまった。だがまだ指が動く。普段通りとはいかないが動くなら問題ない。

 

「……俺の、魔法の師匠は言った」

 

 ちらりと見れば転がしたブルースフィアがワールドの足元にまで届いている……狙い通りだ。

 

「『魔法って色んなことができるけど~、やっぱり相手の意表を突くのが楽しいよねぇ』」

 

 口調を真似して告げた直後、ブルースフィアに込めておいた魔力が爆発を起こす。

 

「くっ!」

 

 ワールドが爆破に足をやられて膝を突いた。俺は勝負を決めるつもりで駆け出し、足が縺れるのを右手で立て直しながら接近する。武器の一つを手に取った。片手では扱いにくいが、レラクルと戦ったオロチとかいうヤツが持っていた武器を模倣して作ってもらった特殊な刀だ。遠心力を使って伸びる刀の本領を発揮、間合いは充分を見て思い切り振るいワールドを袈裟斬りする。

 

 直前で少し後退されてしまい、切断し切ることはできなかった。

 

「……武器を消してはダメだが、吹き飛ばしておくべきだったな」

 

 ワールドはそう呟くと、無事な右手を俺に向けて突き出す。そして、強大すぎる魔力が俺の眼前に現れた。ぎゅる、と空間が中心に向かって歪曲していく。渦を巻くように空間が収縮していった後、

 

「エンド・オブ・ワールド」

 

 カッと白い光が俺の視界を染め上げたかと思うと、全身が焼かれて吹き飛んだ。

 

「まだ、息があるか」

 

 いつの間にか仰向けに倒れていて、ワールドが俺を見下ろしているのが見えた。

 

「だがもう動けまい。オレの勝ちだな」

 

 彼がそう言う中で瞬時に身体の状態を把握。全身黒焦げの状態だが、まだ身体は動く。……問題ないとは言わないが、勝ちを確信してる今が好機だ。動けよ、俺の身体。たった一回でいいんだからな!

 

「っ!」

 

 俺は無事だったパラゾニウムを右手で握り飛び起きた。ワールドが息を呑むのがわかる。

 

「リゾブル・ソウルッ!!!」

 

 残るありったけを込めた、文字通り渾身の奥義。漆黒の斬撃が幾重にも重なり、ワールドを細切れに――

 

「……キャンセル」

 

 しなかった。

 当たる直前で掲げられた右手に消去されてしまう。……ああ、クソ。届かなかった。

 

 急激に力が抜けてパラゾニウムは手から滑り落ち、足に力が入らなくなってへたり込む。

 

「……使わない、つもりだったのだがな。これはオレの負けか?」

「……いいや」

 

 ここでそうだ、と言ってしまえば俺の勝ちになるかもしれないが、元々そんなルールはなかった。

 

「あれはルールじゃなくてただの宣言だ。破ったところで負けじゃねぇよ」

「……そうか」

 

 ワールドは返すと拳を振り被ってそこに光を集束させる。

 

「反撃の余地がないように、一度葬る」

 

 死ぬか気絶しない限り負けを認めないと判断したのだろう、そう告げた。……全くその通り、だが。生憎ともう抵抗するだけの気力がない。今ので力を使い果たしてしまった。あいつらには悪いが俺はこの世界を滅ぼすのに力を貸そう。それがこの勝負の約束だ。

 

 諦めたくはないがもう一度パラゾニウムを拾って奥義を使うだけの力すら残っていない。

 

 ……ああ、これは俺の負けだな。

 

 ワールドの振り被った拳を眺めてそう思う。悔しいが仕方ない。俺の実力が遠く及ばなかっただけのことだ。

 

 いよいよワールドの拳が振られて俺へと迫る。目は閉じずそれを受け入れた。

 

 ……はずだったのに。

 

 ()()と共に剣が降ってきて、ワールドの拳を切り飛ばす。目を見張って一瞬なにが起こったのかわからず、しかしこんなことができるのはこの場に一人しかいなかった。

 

 俺が目を向けると、張本人であるモニカが紫電の名残を纏いながらなにかを投げた姿勢で立っている。

 

「……すまない! ()()()()()()()()()!」

 

 彼女はそんなことを言った。思わず笑ってしまう。そんなわかりやすい言い訳があるのかと。しかもワールドの拳を切り飛ばすだけの威力とタイミングで投げてきている。誰がどう見たって明らかだ。

 

「……これは、俺の負けかな?」

 

 自分一人で戦うと言った手前、俺はワールドにそう尋ねる。

 

「いいや」

 

 だが彼は首を横に振った。

 

「仲間に託された力も、お前の力だ。ルールには反しない」

 

 意外な言葉だった。正直言い訳が苦しくてお前の負けだと宣言されるかと思ったんだが。

 

「……そうかい」

 

 それにワールドにとって新世界創造という悲願は早く叶えたいモノだろう。それが遅れることを許容するとは思ってもみなかった。

 

 俺がその剣を手に取ると纏っていた紫電が流れ込んでくる。死にかけの身体に活力が戻ってきた。立ち上がり剣を振り被る。ワールドに抵抗の意思はないのか身構えなかった。両手もないままだ。

 

 ……ありがとな、モニカ。それとワールド。

 

 なにを使えばいいかはなんとなくわかった。彼女に託された力を持って使うべきはあの技だ。

 

「紫電一閃ッ!!!」

 

 真っ直ぐに剣を振り下ろす。俺の残りカスみたいな魔力と剣に込められた魔力が紫電の斬撃を発生させ、ワールドを両断した。

 俺のように往生際悪く足掻くこともなく、ワールドは消滅する。

 

『勝負は勝負だ。我が真なる契約者よ。ここに汝との契約を交わそう』

 

 どこからかワールドの声が聞こえてきて、俺の首に赤い石のついた首飾りが出現する。他の賢者が持っているのと同じモノだ。

 

「……ああ、悪いな。せめて、世界を旅して世界構築のデータだけは集めるようにするよ」

 

 言ってから、勝負が終わった安堵感とどっとやってきた疲労感やらに身体の言うことが利かなくなり、手を突くこともなくその場で倒れ伏した。

 

『……よく、その身体で動けたモノだ。オレのデータでもこの状態でオレを追い詰められる空の民は存在しない』

「お、おい!」

 

 ワールドの呆れたような声とモニカの慌てた声が聞こえてくる。

 

「悪い、もう無理だわ。寝る」

「このタイミングでか!? 確かに睡眠を削ってはいたのだろうが、おい寝るな!」

 

 駆け寄ってきたモニカに呼び止められるが、俺の意識は旅立った。死の淵に立って戦っていたんだ、これくらいは許して欲しい。

 

 ……ワールドと契約したことについては、また次目が覚めた時だな。

 

 ワールドの能力で治っていく身体の感触を味わいながら意識を暗転させていった。




あと一話後、一話の番外編を更新してインターバルになると思います。


※追記&補足
・【キャバルリー】について
実装当日に持ち込んだClassⅣジョブ。馬は召喚することにしました。
まだ使ってもいない時に書いたのでアビリティなどは使用せず。
馬の毛色はグランが黒、ジータが白だったので間を取って灰色に。
服装はグランが青、ジータが赤なのでダナンは黒で。
性格については厳しくも真面目で凛とした軍人、のような感じになる予定。

・【ランバージャック】について
未だ出番はなし。
馬が召喚できるなら動物も召喚すればええやん、と思ったのでどこでも使用可能。
適性はグランが斧で、ジータが楽器、ダナンが動物とそれぞれに特色を強めた形になる予定。
性格は心優しき野生児。

・唐突なオリジナル奥義『レゾナンス・オブ・ランス』
バアルが持つ共鳴効果を使ってバアルの力が宿った武器を含む同じ武器種を共鳴させ、その武器に宿っている能力を、注ぎ込んだ魔力を消費して一斉に発動させる。共鳴させることによってそれぞれの能力を高め合い、強力な一撃を放つことができる。
複数の同じ武器種を使わなければならないが、共鳴させる武器が多ければ多いほど威力を増す。下準備に時間がかかる分強力な技となっている。
因みに現在バアルの力が宿った武器は槍、銃、斧の三種しかないので、同系統の奥義は三つまで。ただしバアル本人がいれば共鳴させることができるのでどの武器種でも可能になる。
また市販の槍では全く効果を生まないため、星晶獣の力が宿っている、曰くつきであるなど強力な武器である方がいい。
ダナンが『召喚』持ちのグランにだけは絶対バアル武器は触らせんと誓っている理由の一つ。


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帰ってくる場所

勢いで書きましたごめんなさい。
前回いい感じで終わったのになぁ……。

あと前話の後書きに補足説明を追加しました。そんなに重要ではありましたが、気になる方は戻ってみてください。
新ジョブとオリジナル奥義についてです。


 目を覚ますと知らない天井が見えた。

 だが木造の天井なのであの後メネア皇国に捕まったというわけではないらしい。

 

「ようやく目が覚めたか」

 

 少し嬉しそうな声に顔を向けると、簡素な白いシャツに黒のスカートという滅多に見ない私服姿のモニカが立っていた。なぜか俺に背を向けていたが。

 

「ああ、モニカか」

 

 柔らかな布団の感触に包まれているので彼女がこの宿屋? に連れてきてくれたのだろう。

 

「あれからどうなった?」

「ダナンが気絶した後、ワールドとやらの能力で身体自体は治った。だが寝不足や疲労を解消するように丸三日眠っていたところだな。あのままセフィラ島にいるとメネア皇国に目をつけられかねなかった。だからこうしてセフィラ島から一番近い島に来て宿を取ったというわけだ」

「そうか」

 

 モニカの説明で大体の状況を把握できた。ワールドと契約できたのはとりあえず夢ではない。俺の勝ちなのもだ。ワールドと話せる首飾りはベッドの横の棚の上に置いてあった。

 

「色々してくれてありがとな」

「構う必要はない。私としても貴重な体験だった」

 

 礼を言っているというのに彼女は背を向けたままだ。……なんだ? 流石に表情を見れないと考えを読み取るのも難しいな。こういう時はそのまま指摘するのがいいか。

 

「……で、なんでずっと背を向けてるんだ?」

 

 俺の指摘にびくりと小さな肩が震えた。

 

「い、いや、気にしないでくれ」

 

 平然を装っているが、少し上擦った声だった。……ふむ。俺の顔を見られない理由があると考えてみよう。とはいえなにか後ろめたいことがあるわけでもないと思うのだが。武器を失くしたとか? いや、多分全部あのバッグに詰め込まれている。それが理由なら彼女の性分で顔を見られないというより気まずそうに謝ってくるだろう。つまり違う理由だ。

 

 もう少しよく室内を見渡してみようと思って上体を起こす。かけられていた布団が滑り落ちた。……ぴくっとモニカが反応する。

 おや? と思っていると違和感に気づいた。俺の服はワールドの攻撃で破けてしまったので、上半身のモノがないのはわかる。だが焼けていても残っていたはずの下の服がない。下着もない。全裸だ。俺の記憶が正しければ下は残っていたはず。

 なるほど、つまりはこういうことか。

 

「……なんだ、裸見ただけか」

「っ!?」

 

 呟くと後ろから見ても耳が赤くなっているのがわかった。……いやリーシャじゃないんだから。

 

「……はぁ。所詮はリーシャの姉だな」

「なんだと? 私はリーシャよりも大人だぞ」

「俺の顔を見て、もう一回どうぞ」

「……」

 

 しかしモニカはこちらを向かなかった。

 

「はぁ。ったく、お前がそんなんだからリーシャがあんなんなんだぞ」

「う、煩い。仕方がないだろう、私はこの歳になっても子供扱いが抜けないのだ」

 

 そこでようやく振り返ってくれた。「……どうせ私は子供っぽいんだ」と唇を尖らせて拗ねている。そういうところが可愛く見られるんだろうなぁ、とは思うが。

 

「まぁ、とりあえず気にするな。見られても気にするようなモノじゃないし」

「こちらが気にするのだ。……これまで一切そういう縁のなかった私にはな」

 

 羞恥と諦観が混じったような珍しい表情をしている。

 

「まぁリーシャの姉だと考えれば不思議じゃないだろ」

「……姉代わりがここまで不名誉に聞こえたことがないぞ」

 

 この姉にしてあの妹あり、と言われれば納得できる。あとちゃんとしたお相手がいなければ秩序を重んじる彼女らが恋人さえいない、というのはそう珍しいことではないのかもしれない。根が真面目だと結婚するまでそういう行為はしない、と決めている人もいるだろうし。そこは個人の裁量だ。

 

「しかしあれだけリーシャを情けないとか言ってた癖に、お前もそう変わらないんだな」

 

 セフィラ島を探索する一ヶ月の間で彼女とは色々な話をした。その中でも一番話題に上がるのがリーシャのことだったのだが、姉らしく「全くあいつは、十にも満たない子供か」と呆れた様子を見せていたのに。

 

「なんだと……?」

 

 ぴくり、とモニカが眉を寄せて険しい顔をする。

 

「私がリーシャのようだと言うのか?」

「ああ。リーシャよりそれなりに年上なんだろ? なのに男の裸見ただけで動揺するとか、今頑張って成長してるリーシャを思えばリーシャ以下だな」

「なんだと!? 私をあのリーシャ以下だと言うか!」

 

 俺に煽られてつかつかと憤慨した様子で歩み寄ってきた。

 

「ああ。リーシャも今のままならお前の年齢になる頃には問題なくなってるだろう」

 

 あいつから羞恥が消えることは想像できないが、ある程度吹っ切れる様子ならなんとなく想像できる。

 

「……いい度胸だ。私の大人っぽさを見せてやろう」

「俺にはいいから彼氏でも作るんだな」

 

 まぁ、今更無理だろうが。

 

「……いいだろう、受けて立つ」

 

 モニカはそう言うと、ばさっと着ていた服を脱いだ。

 

「あ……?」

 

 目の前に飛び込んできた無駄な脂肪のない引き締まった身体なのに胸元の(無駄な)脂肪があるという小柄ながらもプロポーションで見れば見劣りしない体型に驚くしかない。もちろん下着に覆われてはいたが。

 

「お、おい、モニカ?」

 

 だが俺はそこまでしろとは言っていない。というか俺じゃないヤツに見せてくれと言ったはずだが。彼女はそのまま俺に跳びかかってくる。見た目相応に身軽だった。

 

「おい、落ち着けって。煽ったのは悪かったから」

 

 ついついリーシャ相手のように煽りすぎてしまった。モニカに対しては悪手だったらしい。この一ヶ月ぐらいしかまともに関わってないからわかっていない部分があるのは仕方ないと思うのだが。

 

「……私がリーシャより大人であるところを見せてやる」

「そんな身を切らなくてもいいから。悪かったって、ほらよしよし」

 

 俺は他のヤツにやっているように頭を撫でて宥めようとするのだが、

 

「そうやってすぐ菓子を渡すか頭を撫でるかしてくるのだ! 私は子供ではない!」

 

 モニカ、心の叫びである。

 

「わかった、わかったから。別に俺は子供だから撫でてるわけじゃないって。こうすると落ち着くって言うから」

 

 俺が煽ってしまった後ろめたさもあり、できるだけ優しく接してやることにする。俺が裸なので肌の密着箇所を意識してしまわないようにしなければならない。胸元で形を変える柔らかな膨らみもである。

 

「……うぅ。どうせ私なんか一生女扱いされずに十年も二十年も子供っぽく見られて気がついたら小さいおばさんになって年老いていくんだ……!」

 

 少しは落ち着いたかと思ったが今度はネガティブになってしまった。……アラサー拗らせてんなぁ。

 

「大丈夫大丈夫。モニカにもいつかいい人が見つかるって」

「他人はいつもそうやって言うのだ。二十年以上相手なんて見つかってないというのに」

 

 若干瞳から光が消えた。良くない傾向である。

 

「種族がドラフなら良かった。この低身長も大人と見られるし。ヒューマンでこの身長だから子供に見られるのだ」

 

 随分と思い悩んできたんだろうなぁ、と思いながらどうやって宥めれば丸く収まるのかと考えていく。……とりあえず今までの経験通りに声をかけてみよう。

 

「そう言うなって。モニカは充分魅力的な女性だから。種族とか見た目とか関係なくそう見てくれる人はいる」

「本当か?」

「ああ」

 

 不安そうに見上げてくるのでしっかりと頷きを返す。できるだけ不安を払拭できるように。

 

「……そ、そうか。それで、その、ダナンはどうだ?」

 

 モニカにそう尋ねられて、少しだけ固まってしまう。だがこういうのはこの状況だと簡単に伝わってしまうのですぐに答えを出さなければならない。

 

「俺はちゃんと女性として見てるぞ」

「そ、そうか……!」

 

 声が喜色に変わる。……答えとしては間違ってない、かな。じっくり考えても俺の周りにいるヤツで言えば……それこそオーキスは一番一応年齢が低いわけだし。あと某ハーヴィン皇子とも約束があるし。ハーヴィンはどう足掻いても小さい子供の身体のままなので、モニカより見た目的なあれがな。

 

「で、では私に色香を感じるか?」

 

 モニカはそう言って俺に首に手を回す。余計に密着するような体勢になってしまうが、モニカはなにを考えているのか。ただ感じないと答えることはこれまでのやり取りから不自然な流れで、正直に言えば色香は感じている。当たり前だ。モニカは低身長で子供っぽく見られがちだが大人っぽさも兼ね備えている。身体つきもだが性格もそうだ。リーシャといる時の大人な対応は素直に立派だと感じる。

 

「ああ。もちろんだろ」

「そうかそうか」

 

 モニカは嬉しそうに何度も頷いていた。これで良かったらしい。

 

「では……私をオトナにしてくれないか?」

 

 ……え?

 

 思わず表情が固まってしまった。モニカは潤んだ瞳で俺を見上げてきている。……なんだこのモニカ。これがリーシャにも受け継がれた上目遣い……かどうかは知らないがぐっとくる表情である。

 

「……え?」

 

 内心で思ったことをそのまま声に出し直した。

 

「……私は子供っぽい見た目のせいでこれまで一切男と縁がなかった。どうせこれからも一緒だ」

 

 そんなことはない、と言うのは簡単だがそれを理由に断っては「やはりダナンも一緒だったんだな」と言って拗ねる可能性もある。

 

「こんな機会でもなければ私なんて一生未経験だ」

 

 目に光がなかった。

 

「……でもお前はそれでいいのか? そんなって言うとあれだが好きでもない男となんて」

「それなんだが……」

 

 モニカはそっと目を逸らして薄っすら頬を染める。

 

「……この一ヶ月、その、なんだ。悪くはなかった」

 

 妙に照れ臭いことだが、確かに俺自身も悪くはなかったと思っている。それはおそらくモニカが根本的に善人で人柄がいいという理由なのだろうが。

 

「……本当に俺でいいのか?」

 

 改めて聞き直す。モニカも根が真面目だから遠慮したい相手だろうと思っていたのだが。

 

「ああ。私がいくら切羽詰まっていてもいいか悪いかくらいはある。……だから、問題ないと言っている」

 

 モニカの顔は赤かった。この一ヶ月で随分と好意的に思われたモノだと思いつつ、それなら俺に断る理由はないと考える。最近受け入れすぎて主にオーキスから咎められているが、ここまで来たらそれ以外の選択肢を持たなかった。

 

「そうか。なら、オトナにしてやろうな」

「っ……」

 

 言うとモニカは顔を真っ赤にしてしまう。リーシャみたく気を失わないだけマシなのかもしれない。

 こうして、俺はモニカにまで手を出すことになったのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 モニカと何夜か過ごした後。

 

「では私も“黒闇”に加入しよう」

「いいのか? 第四騎空挺団の船団長だろ?」

 

 事後心なしか晴れやかな表情をしたモニカがそう言い出したので尋ねたのだが。

 

「構わないだろう。今はヴァルフリート団長もいることだし、こんなこともあろうかと後進の育成には力を入れてきたつもりだ」

 

 ということで、モニカが“黒闇”の一員となったのである。

 それからアウギュステに戻ったのだが、

 

「……ダナン、おかえり」

 

 オーキス含むほぼ全員に迎えられて俺達は無事帰ってきたんだと実感する。

 

「お帰りなさい、ダナン」

 

 気になるのはリーシャである。彼女はそれはもういい笑顔で出迎えてくれた。……一見すると全く怒っていないかのようである。だがそんなわけがないと俺は知っている。

 

 なぜなら戻ってきた俺はモニカと腕を組んでいるのだから。

 

「それで……その腕はなんですか?」

 

 リーシャはそのままの笑顔で尋ねてくる。それが逆に怖い。

 

「新たに団員となったモニカだ」

「改めてよろしく頼むぞ、リーシャ」

「それはいいんですけどなんで腕組んでるんですかって聞いてるんですよ」

 

 トーンも全く変わらない。それが不気味さを増していた。

 

「実はな、リーシャ。私もダナンに誑かされてしまってな」

 

 モニカははにかむように笑って頭の後ろを掻く。……リーシャの額に青筋が浮かぶのが見えた。

 

「……へぇ? モニカさんはダナンに手を出したんですか」

 

 リーシャはゆっくりと近寄ってくる。

 

「なぜ私が、なんだ? ダナンが手を出したのかもしれないぞ?」

 

 モニカは平静を装って答えているがリーシャの妙な迫力に冷や汗を掻いていた。

 

「ダナンからは手を出さないってわかったんですよ。ダナンがするのは女性を口説くことだけです。ダナンと女性が二人きりで長期間一緒にいてなにもないと思うほど私はバカじゃないんですよ」

 

 俺はリーシャにそんな風に思われていたのか……。だが否定できなさそうなのが痛い。

 

 リーシャはモニカの真ん前に立つともにぃと彼女の頬を両手で挟んだ。

 

「じっくり、話聞かせてもらいますね?」

 

 リーシャは終始笑顔のままモニカを手早く拘束して引っ張っていった。

 

「ま、待てリーシャ! 落ち着いて話を!?」

「話ならこれからじっくり聞かせてもらいますので」

 

 やはり小柄故なのか、モニカは成す術なく引き摺られていった。

 そこにひしっとオーキスが抱き着いてくる。

 

「……一ヶ月も放置して他の女作って、もう」

「悪いな」

「……ん。わかってたことだから、仕方ない」

 

 わかってたとか言わないで欲しい。

 

「……でも、その分はちゃんと取り返す」

 

 相変わらずオーキスは俺の周りの中でも一番積極的である。

 

「上手くいって良かった」

 

 俺の右腕を取って言うのはフラウだ。彼女はデビルからある程度事情と経過、そして結果を聞いているのだろう。彼女は俺の首に提げられている飾りを掌に載せた。

 

「でも、待たせた分はちゃんと埋めてもらうからね」

 

 それはそれとして妖しげに笑っている。

 

「ダナンちゃん疲れてるでしょ? お姉さんが癒してあげるね」

「私もお兄ちゃん癒す〜」

 

 ナルメアが申し出ればアネンサも追随し、皆がわらわらと寄ってくる。

 俺の周りで口々にああだこうだ言っている様子に、思わず笑みが零れてしまう。

 

「どうした?」

 

 アポロに尋ねられて、周囲に集まっている者達の存在を確かめながら、俺は心から本心を口にする。

 きっと、だから俺は死ぬ気で戦い、ここに戻ってきたのだろう。

 

「いや、なんていうか」

 

 彼女達の気持ちには応えられていないが、それでも全員を大切に想っているのは間違いないのだろう。

 

「……帰ってこれて良かったなぁ、って」




というわけで最終回感出して終わりましたが、まだ幕間Ⅱが続きます。

とりあえず明日は一話の番外編の予定。


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EX:とある天才錬金術師が開発した年齢操作装置をそのバカ弟子がどかーん☆して暴走させてしまった騒動とその顛末

タイトルが長ぇ。
こんなんが毎日更新継続最終日の話でいいのかというツッコミはなしで。
次の更新はちょっとお休みをいただいて来週の水曜くらいになるんじゃないかなぁと思っています。次からは『サウザンド・バウンド』の番外編ですね。
具体的な日にちが決まったらTwitterでお知らせします。

※今回の番外編の注意事項
・時系列は度外視してください。登場キャラクター的には人形の少女編のリーシャ合流からルーマシーで置き去りにするまでの間ですが。ご注意ください。
・この番外編ではショタ化、ロリ化、老人化などが含まれます。ご注意ください。
・時系列の問題でオーキスがオーキスではなくオルキスになっています。ご注意ください。
・ビィの存在を忘れていました。ご注意ください。
・続編はありません。今のところは。ご注意ください。
・ひらがなだけのセリフがあって読みにくいかもしれません。ご注意ください。
・最後に、ナルメアは出ません。彼女が出たらなにかと暴走してヤバいことになっていたと推測されます。ご注意ください。

以上の注意事項にご了承いただける方のみお読みください。


 大空を往く騎空挺グランサイファー。

 

 近い将来大騎空団となり全空にその名を轟かせることになるのだが、それはまだ未来の話。

 

 そんな騎空挺内に我が物顔で自分用の研究室を確保している人物がいた。

 

「……くくっ」

 

 彼女、と言えばいいのか彼、と言えばいいのか少しだけ迷ってしまうその人物は、薄暗い部屋の中でたった今完成した一つの装置を眺めていた。

 

「これでオレ様が世界で一番可愛いと証明されるな」

 

 世に存在する錬金術の開祖にして、昔は男だった病弱な身体とは別の身体を創る過程で折角なら理想の美少女にしようと画策した結果金髪美少女として生まれ変わった。研究室の壁際には同じ見た目をした美少女の身体が全裸で液体に浸かっている。今使っている身体が壊れた時のためのスペアボディだ。

 

 そんな天才錬金術師である彼女が作ったのは、特殊な装置だ。自分が紛れもなく世界一可愛い美少女になるための装置。即ち――

 

「その名も年齢操作装置、だ!」

 

 ニヤリ、と稀代の錬金術師は唇を歪める。要は自分以外を美少女じゃなくして自分を世界一の美少女にしようというコンセプトの装置である。

 どうしても人々には個性があり、好みが存在する。いくら自分の理想を体現し続けても世界一可愛い美少女であると自他共に認める日が来るのかは怪しい。なので自分以外をおばさんにしてしまえば問答無用で世界が獲れるというわけだ。

 

 発想がトんでいる上にそれを実現するための装置を開発してしまうだけの天才性を持っているのが一番の問題である。

 

「しかしまさかオレ様をしても一ヶ月もかかっちまうとはな。しばらく部屋に籠もり切りだったし、久し振りに外の空気でも吸ってくるか」

 

 カリオストロはそう言って、大きく伸びをした後に部屋を出ていく。……余程浮かれているのか鍵を閉めずに。

 

 その数分後、ばんと研究室の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのはカリオストロではない。

 

「ししょー! 遊びに来たよー!」

 

 明るいオレンジのポニーテールと大きな黒いリボンを揺らして入ってきたのは、カリオストロに弟子入りしたクラリスだ。

 カリオストロが千年前に錬金術を確立し、そして封印されて時が流れてから封印が解かれて再会したカリオストロの妹の子孫。クラリスもクラリスで美少女錬金術師を名乗っている辺り、血筋なのかもしれない。

 

「あれ? ししょー? いないの?」

 

 勢いよく突入した彼女だったが、カリオストロが不在だったのできょろきょろと研究室を見渡す。そして、カリオストロがつい先ほど完成させたばかりの装置が目に留まった。

 

「なんだろ、これ。前来た時はなかったのに」

 

 こてんと首を傾げて見覚えのない装置に近づいていく。

 

「どんな装置なんだろ……」

 

 その答えを知っているのは作った張本人だけなのだが。

 

「ま、使ってみればわかるよね☆」

 

 にこっとそれはもういい笑顔で言って、がちゃがちゃと装置を弄り始める。

 

「う~ん。全然動かない」

 

 操作方法もわからないなら動かさなければいいモノを。と彼女を諭す者はいなかった。

 そもそもこういうバカがいるからカリオストロは秘密の起動方法を設定しているのだが。

 

 しかしクラリスはカリオストロの思惑を超えてくる。

 

「壊れてるのかな~、よし、じゃあどかーんとやっちゃおう☆」

 

 そう結論づけるとクラリスは己が錬金術を駆使して、

 

「おいバカ弟子! なにやってやが――」

「どかーんっ☆」

 

 猛烈に嫌な予感がして戻ってきたカリオストロの声も届かず、装置を攻撃した。間一髪間に合わなかったカリオストロの身体に衝撃が走る。だが見た目的には崩壊することもない。とりあえず後で調子を確かめねぇと、とは思いつつまずは叱るべき相手がいる。

 

「……おい、バカ弟子」

「あ、ししょー! 遊びに来たよー!」

 

 低く怒気を孕んだ声に爛漫な声が応える。それが更に怒りを誘発させた。

 

「オレ様の研究室に勝手に入るなって何度言ったらわかるんだ? あとオレ様の作った装置に触るなとも言ったよなぁ?」

「し、ししょー?」

 

 流石に邪悪な笑みを浮かべている彼女を見て、クラリスも気圧されている。

 

「オレ様を怒らせたらどうなるか、みっちり教えてやらないといけないみたいだな――っ!?」

 

 カリオストロがクラリスにお灸を据えようと構える中で、突如装置が動き出した。ランダムに明滅して狂ったようにボタンが押されていく。

 

「……ま、まさかさっきので制御装置がイカレて……! おい、なんてことしやがった!」

「えぇ? うち、なにもしてないよ?」

 

 きょとんと首を傾げるクラリスにカリオストロがブチ切れた――直後に装置から白い光が放たれる。

 

「あん?」

「えっ、なに?」

 

 二人が不思議に思う中、全ては光に呑まれていく。

 

「きゃあぁ!」

「チッ、どうなってやがる!」

 

 こうして暴走した装置はグランサイファー全体を白い光で呑み込んだ。

 

 そう、運悪く()()()()()のいるタイミングで、である。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 目を覚ます。慣れない寝心地に、ああそういやグランサイファーで部屋借りてるんだったなと思い返す。

 

「……あさめしつくらねぇと」

 

 こう言うのは癪だが世話になっている身だ。家事手伝いくらいはしておきたい。あいつらに借りを作りっ放しというのも気に入らないし。

 

 もぞもぞと身体を起こしてベッドから降りる。というところで身体に布が絡まっていたせいかずるりと頭から落ちてしまった。

 

「ぎゃっ」

 

 受け身も取れず顔面からいった……クソ、なんて様だ。あいつらに見られることだけは避けたいんだが。

 なんか動きづらいな、と思いながら動きを邪魔する布を退けて這い出る、となぜか裸になってしまった。……ん?

 

 なんで服が脱げてるんだ? と思って部屋に備えつけられている姿見を向くとそこには。

 

「……な、」

 

 黒髪黒目でちょっと目つきの悪い()()()()()()()()()が素っ裸で立っていた。

 

「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 思わず叫び声を上げる。鏡の中の子供もだ。両手でぷにぷにになった頬を挟んでみれば鏡の中でもそうしていた。

 

 ……これはまさか、俺が子供になっているのか?

 

 それしかあり得ない。だがなぜ起きたらそんなことに。いや、考えるのは後だ。まずは情報収集をしなければ。部屋の外に出たいがそのためにはこの恰好をなんとかしなければならない。

 

「……なるほど。おおきいときのふくがからまっておちちまったのか。そのちいさいからだでさいほうができればいいんだけどなー」

 

 言いながらごそごそと荷物を漁る。裁縫道具を見つけたので予備の衣服を今の俺の姿に合うよう改造していく。子供サイズの服なんて作るのは初めてだったのと慣れない身体での作業だったので少し時間はかかってしまったが、なんとか下着から衣服、それもローブまで完全に再現することができた。とりあえずそれに着替えておく。

 

「よし。じゃあじょうほうしゅうしゅうだな」

 

 この現象がグランサイファー全体なのかどうかを調べなければ。皆子供になってしまった場合どこかの島に上陸するのも難しいし、今帝国兵に襲われたら目も当てられない。急いで状況の把握と対策を練らなければならない。

 ドアノブに背伸びして手を届かせて扉を開けて廊下に出る。と左の部屋の扉が少し開いていることに気づいた。確かアポロが使っている部屋だ。

 

 アポロの様子が確かめられれば情報収集にもなるし、うちのボスと情報を連携するのは大事だ。基本的には冷静な思考を持っているというのもある。

 とてとてと駆け寄ってこっそり中を覗く――と布団で身体を隠した眼鏡で茶髪の少女と目が合った。……どなた?

 

「お、お前……ダナンか?」

 

 声には全く聞き覚えがなかった。歳相応の可愛らしい声だ。だがなんとなく理解した。

 

「アポロ……でいいのか?」

「ああ」

 

 頷かれて驚愕する。……まさかあのアポロがこんな大人しそうな子供に変わるなんて。どんな事態なんだ一体。

 

「それよりお前のその恰好は……?」

「ああ、これか? これはおれがさっきちょきちょきぬいぬいしてつくったんだ。それなりにいいできだろ?」

 

 聞かれて返すと、なぜかアポロがぽかんとしていた。

 

「ん?」

「い、いや……今お前ちょきちょきぬいぬいって」

 

 ……あれ? 俺普通に切ったり縫ったりしてって言ってなかったか? 嘘だろ、この身体になるとそんなところにまで影響出るのか?

 

「……くっ、これもこのからだになったへいがいか」

 

 思わぬ事態に膝を折った。

 

「落ち込んでないで状況を、いやそれより私の服を作れ」

「ああ、そっか。いちだいじだもんな」

 

 彼女も俺と同じように縮んでしまい、着れる服がなくなったのだろう。ハーヴィンでも同行していればそいつから借りるという選択肢もあったろうが、今この船にハーヴィンはいない。予備の服があるかどうかは俺達の知るところではなかった。

 

「わかった。まかせろ」

「ああ」

 

 というわけでアポロの服を作ってやる。

 

「ようぼうどおりのノースリーブにズボンだ」

「助かった」

 

 服を着てようやく布団から出てきたアポロは白いノースリーブシャツに黒のズボンという恰好だった。大人しそうな容姿なのでスカートでも良さそうなモノだが、彼女はこれがいいと言って聞かなかった。

 

「けどめがねなんてもってたんだな」

「ん? ああ、これか。夜読書する時なんかはかけている。子供の頃のモノがあって良かったがな」

「へぇ、こどものころはかけてたのか」

「ああ。言っても信じないだろうが読書好きで大人しい子供だったからな」

「うそだぁ」

「わかってはいたが腹立つ返答だな」

 

 あの鋭い目つきで殺気振り撒いてたようなアポロが? まさかぁ。ただ今の容姿はそう言われても納得できるモノだった。

 

「ところでアポロはいまのこのじょうきょう、どうみる?」

「さぁな。起きたらこうなっていた、としか」

「アポロもいっしょかぁ。じゃあほかのヤツともごうりゅうするしかないな」

「そうだな」

 

 というわけで二人でとりあえず朝食の時間が近いということもあり、食堂へ向かうのだった。

 

「……」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 まず視界に飛び込んできた二人の姿に言葉を失ってしまう。

 

 赤い髪をしたドラフの()()に青い髪をしたエルーンの()()。連想した二人の面影はあるが、信じられない光景だった。

 

「お、おい! スツルムとドランクなのか!?」

「なん、だと……?」

 

 俺は尋ねるが反応を示さない。アポロも長年連れ添ってきた傭兵二人の無残な姿にショックを受けている。

 

「……」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 二人は隣り合って壁際のベンチに座っている。ドランクに聞き返されて、俺は彼に近づき声を張り上げた。

 

「おまえは! ドランク! なんだよな!?」

「えぇ? なんだってぇ?」

「……」

 

 ダメだ、聞こえていない。もう一度繰り返すが同じように聞き返してくるだけだった。なにも言わずに様子を窺っていても「えぇ? なんだってぇ?」と言っていた。

 

「……ダメだな。かんぜんにボケてやがる」

「えぇ? なんだってぇ?」

「むしょうにはらたつききかえしかたしてくるな。そのくちチャックしてやろうか」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 ……ダメだ。こいつに話しかけてもちゃんとした返事はこない。むしろ俺の苛立ちが募るだけだ。

 俺は諦めてドランクから離れる。耳が遠くなっているのとボケているのと従来の惚け方が重なって最早手のつけようがない。残念だが意思疎通は諦めよう。

 

「……」

 

 次はスツルムを観察してみる。さっきからずっと無口だ。黙り込んでいてなんの反応も示さない。一応息はあるようだが。

 

「……すぅ」

「ねてんのかよ!」

 

 寝息を立てていることがわかって思わずツッコんだ。……クソ、こいつら普段の有能振りがどこかに行ってしまったくらいの体たらくだ。俺達五人の内二人が完全な役立たずと化したわけだ。

 

「……アポロとダナンがちっちゃくなってる。可愛い」

 

 聞き馴染みのある声が聞こえたかと思うと、傍にいたアポロと一緒に抱え上げられる。

 

「お、オルキス」

 

 アポロが困惑した声を上げてようやく気づいた。どうやら小柄になってしまったことで易々とオルキスに片手で持ち上げられるようになってしまったらしい。

 

「ん、なぁオルキス。おまえはそのまんまか?」

 

 今の俺との身長差などを考えて、彼女は変わっていないと思えた。

 

「……ん。変わってないと思う」

「オルキスは星の民とヒューマンの間に生まれた子供だ。多少年齢が上下しても見た目は変わらんのかもしれない」

「なるほど、そういうことか」

 

 俺達みたく精神年齢に変わりがなければ、肉体年齢が変わりにくい種族だと支障がないということか。

 

「いやーっ! ししょー、ゆるしてーっ!」

「許すわけないだろうが、このバカ弟子が! 潔く罰を受けろ!」

「もう少し静かにしたらどうだ?」

「あー……すまねぇな。そこ、そこ気持ちいい」

「全くもう、ラカムがホントにお爺ちゃんになっちゃうなんて」

「ふふ、まるで孫とお爺ちゃんね」

 

 食堂の他に目を向けてみれば、阿鼻叫喚とは言わずとも混沌とした状態だった。

 

 俺とアポロの三頭身より小さく、二頭身くらいの大きさにまで縮んだクラリスが縄で縛られて食堂のテーブルの上に転がされている。

 そのクラリスの正面に座っているのがカリオストロで、彼女は変わっていない。まぁこいつは本来の身体じゃないから影響を受けなかったのだろうか。

 テーブルに着いて座るのは穏やかな妙齢の女性――多分カタリナだ。傭兵コンビと違って老人ではないが、三十代後半から四十代ぐらいの見た目になっている。物腰に落ち着きが加わっているように見えた。

 別のベンチにうつ伏せで寝転がっている白髪の爺さんになったラカムの腰を、俺達と同じくらいの大きさになったイオが叩いている。ラカムは老人になっているが、うちの二人よりはマシのようだ。イオは発言からしても身体が縮んだだけっぽいな。

 ロゼッタはまぁ当然と言えば当然だが、そのままだった。

 

「うわーん!」

 

 一人の子供が裸で食堂に駆け込んでくる。二頭身くらいの茶髪の男の子だ。グランかとも思ったが顔立ちが似ていない。誰だろうか。と思っていると俺の横から殺気が漂ってきた。思わずというようにオルキスが俺達を下ろす。

 

「……な、なにをしているこのバカがーっ!!」

 

 わなわなと震えたアポロは、駆け込んできた子供の顔面に跳び蹴りをかました。……ああ、あいつオイゲンか。若返りすぎてわからなかったぞ。嫌っていても流石は親子、わかるんだな。

 

「ぷぎゃっ!」

 

 オイゲンらしい男の子は情けなく吹っ飛んでごろごろと床を転がった。

 

「おい貴様どういうつもりだ! いくら子供の姿とはいえ全裸で走り回るとは!」

「えっぐ、えっぐ……!」

 

 アポロはオイゲンを怒鳴りつけるが、オイゲンは泣きじゃくるばかりだ。……これは、精神年齢も変わってるパターンか?

 

「あ、オイゲンったらもう、ダメでしょ。裸で走り回ったりしちゃ」

 

 そこに長い金髪を靡かせた美女が現れる。……金髪? ああ、ジータかあれ。なんていうか丁度いい感じに年齢が上がってるな。身体が成長していて二十代半ばという風貌になっている。身長も少し伸びているが、なんというかアポロとも張り合えるスタイルになっていた。

 そしてそのジータが負ぶっているのが、青いパーカーを着た茶髪の男の子。俺と同じくらいの大きさだ。見た目というか服装でグランだとわかった。そうしているとジータが母親に見える。

 

「ジータ、おろして、おろして」

「あ、うん。あんまり走り回っちゃダメだからね?」

「うん!」

 

 グランは中身も幼くなっているように見える。無邪気な笑みを浮かべると、ジータに下ろしてもらってなんとこちらに駆け寄ってきた。

 

「ぼくグラン! あそぼ!」

 

 そして俺に向けて笑顔で手を伸ばしてくる。……なんかイラつくなぁ。

 

「ふんっ」

「あぐっ!」

 

 とりあえず腹を蹴ってやった。グランは蹲って震えている。

 

「おらどうした?」

 

 俺はニヤリと笑って頭を踏みつける。

 

「うぅ……ひ、ヒーローごっこだね。ヒーローはまけない!」

 

 善人だなぁ、と思いながら転がって体勢を立て直すグランを見て思う。

 

「ふははは、ヒーローめかかってこい」

 

 精神年齢上の問題で負けるわけがないのでノリノリで応える。その後、グランを容赦なくボコボコにしてやった。

 

「おらおら、どうしたよヒーロー。そんなんじゃだれもたすけられねぇぞ?」

「うぅ……」

 

 ボコボコになってうつ伏せに倒れるグランの背中を踏みつける。これは俺の性分じゃない、ただの悪役の演技だ。だから思いっきりやっていいのだふははは。

 

「もう、ダナン君。グラン苛めちゃダメでしょ?」

 

 だがひょい、と後ろから抱え上げられてしまい中断された。むにゅ、と大きくて柔らかな膨らみが当たる。

 

「ジータ、はなせよ。ひごろのうらみをはらすチャンスなんだぞ」

「もう、そんなこと言って……って、ダナン君はちゃんと記憶あるの?」

「ああ。おれはおれのままだ。からだがちいさくなってるだけでな」

「そうなんだ」

 

 ジータは精神も大人になっているというわけではないらしい。グランは涙目で「ジータ、いじめられたぁ」と足にしがみついてきているが。

 

 そうこうしている内に新たな人物が。

 

「あ、ジータさん。オイゲン君の服見つけましたよ。ハーヴィンの子供のならサイズが合うと思うんです」

 

 その女性は二十代後半ぐらいなのだろう、茶髪を靡かせてたおやかな雰囲気を醸している。乗っている残りの人物から考えて当て嵌めれば、リーシャだとわかった。背が伸びているようだったが、一部、全く育っていない箇所があった。……そうか、ジータと違ってお前は成長しなかったんだなリーシャ。

 格差社会の現状を見て内心涙している中、リーシャはアポロに怒鳴られて泣いているオイゲンを抱えると、手早く持ってきた服を着せていく。手馴れてるなぁと密かに感心した。

 

「はい。もう裸で走り回っちゃダメですからね」

「はーい」

 

 おぉ、リーシャが保育士に見える。

 

「あれ、ダナンですか? ……ふふっ、小さい頃のダナンってこうだったんですね。ちょっと生意気そうですけど可愛いです」

 

 オイゲンを解放したリーシャはジータに抱えられている俺に気づき、近づいてきて少し大人びた顔で笑みを浮かべ鼻をつんと突いてきた。

 

「つっつくなよ! このっ!」

「ふふっ、見た目通りのやんちゃさんですね」

 

 短い手足を振り回して戦おうとするが、残念ながら届かない。むしろそのせいでより微笑ましいように見られてしまった。

 

「クソ、こどもあつかいしやがって」

「子供ですからね」

 

 リーシャは睨むのも取り合わずころころと微笑んでいる。……クソ、一旦置いておくしかねぇか。

 

「はわ、すっごい状況ですね。あ、カタリナぁ」

「ルリアは変わりないようで安心したよ」

 

 そこに混沌とした食堂を見て口を手で覆うルリアがやってきた。少しも変わっていないように思える。蒼の少女は特別な存在だからだろうか。まぁ蒼の“少女”だしな。十年経って姿が変わって蒼の女になるとかはないのだろう、多分。

 

「あとはあの三人だね」

「はい。ばたばたしていたみたいなので心配ですけど」

 

 この中では完全に保護者となっているジータとリーシャが言い合っている内に、グランサイファーに乗っている最後の三人がどたばたと到着した。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 一人はおそらく大人になっているのであろう、銀髪をしたドラフの女性。ただ髪はぼさぼさで服装も乱れている。

 

「クムユ姉遊んでーっ!」

「ねーたんあそんでーっ!」

 

 そんな彼女の身体にぶら下がっているのが、二人の女の子だ。ツーサイドアップの髪型をした銀髪三頭身の女の子に、青みを帯びた長い銀髪二頭身の女の子だ。

 

「……おおう、さんしまいがごちゃごちゃしてんぜ」

「うん、あれは大変だね」

 

 ドラフなのでわかりにくいが、おそらく二十代後半ぐらいの年齢になった本来末っ子のクムユ。

 俺と同じ三頭身になった次女のククル。

 そして二頭身かつ舌足らずでこれまでの誰よりも幼い様子の長女シルヴァ。

 

 別に三人に血の繋がりはないが、同じ銀髪且つ三人共銃工房にいることから銃工房三姉妹、なんて呼ばれ方をすることがある。……完全に姉妹関係が逆転してるんだよなぁ。まぁククルはどっちにしろ真ん中だから変わらないんだろうけど。

 

「ああもう、どうにでもなりやがれってんですーっ!」

 

 やつれた様子から自棄になって暴れるクユムだが、二人はぎゅっと掴んで離れない。むしろ振り回されてきゃっきゃっと嬉しそうな声を上げている。

 

「うぅ、なんで私が一番お姉さんに……」

「クムユ姉もっとやってーっ!」

「もっとやってー」

 

 疲れた様子で動きを止めれば妹となった二人から催促される。……ああ、あれは心に来るな。一番大変な役回りかもしれない。

 

「……とりあえず、私が朝ご飯作るからリーシャさんとクムユさんで完全子供状態の子達の面倒見ててくれる?」

「はい、わかりました」

「ま、まだ続くんですかこれ……」

 

 リーシャとクムユが二人で臨時子供部屋にする部屋へと子供達を連れていく。と、その時リーシャが俺を抱えようとした。……ん?

 

「ほら、ダナンも行きますよ」

「なんでだよ、おれもりょうりする」

「ダメですよ、子供が料理なんて。危ないんですから」

 

 断るとリーシャは俺を無理矢理連れていこうとする。だが俺は料理がしたいのでジータの腕にしがみついた。

 

「離してください」

「いやだ、おれはりょうりするんだよ」

「我が儘言っちゃダメですよ」

「あはは……」

 

 リーシャはどうやら俺のことを精神まで子供になっていると思っているらしい。全く、心外だ。見た目だけだってのに。

 

「リーシャさん、いいですよ。ダナン君くらいなら見てますから」

「そうですか? まぁそれなら……」

 

 ジータが間に入ってくれたおかげでリーシャは離してくれた。

 

「いいですか、ダナン。ジータは忙しいんですから、邪魔しちゃダメですよ」

 

 だが人差し指を立てて注意してくる。わかってるっての。

 

「よしジータ、だいどころへゴーだ。りょうりするぞ、りょうり」

「はいはい」

 

 俺はジータに連れられて台所に向かったのだが。

 

「……ほうちょうがもてない」

「うん、だと思った」

「……そもそもだいにのってもてがとどかない」

「そうだね」

 

 身長という問題に直面してしまった。しょんぼり。

 

「うぅ、りょうりしたかったのに」

「そんなに落ち込まなくてもいいのに。今日のところは私に任せて」

「ん~。さいほうならできたのになぁ。このふくもおれがけさぬいぬいしたモノだし」

「ぬいぬい?」

「……ぬった!」

 

 クソ、妙なところで。

 

「ダナン君って、微妙に幼くなってるよね」

「そんなことはない。おれはしっかりしてる」

「しっかりしてなくても、本人はそう言うんだよ」

 

 むぅ、そうだろうか。だがジータに言われるとそんな気もしてくる。

 

「……ジータ。ダナンはこっちで預かる」

「うん、お願いね」

 

 ようやくジータが俺を下ろして、今度はオーキスに捕まった。そしてカリオストロと向かいになる長テーブルの反対側でオーキスの上に座らされる。アポロが左脚の上、俺が右脚の上だ。

 

「むぅ、りょうりしたかった」

「そうやってむくれてると子供っぽく見られるぞ」

 

 アポロに指摘されて、ぷひゅーっと口の中の空気を吐き出す。

 

「そういやカリオストロ。このげんしょうのこころあたりあるのか?」

 

 クラリスにお前のせいで、とかなんとか言っていたような気がした。

 

「ああ、まぁな。けどとりあえず飯が先だな。このバカは天井から吊るして食べさせない」

「そんなぁ! ししょー、うちもお腹減ったーっ!」

「煩ぇんだよ。だったらあんなことするんじゃねぇ」

「ししょー!」

 

 クラリスは縄に縛られた恰好でもぞもぞ動くが、為す術なくカリオストロに吊り下げられていた。テーブルの真上ではなかったが。

 その後、ジータの作った料理が運ばれてきて、遊んでいたリーシャ達も合流して皆で仲良く食卓を囲んだ。老人組は食べるのが大変そうだったが、その辺も考えられた献立だったのは流石だったと言うべきか。

 

 そして朝食後、またリーシャとクムユが精神的子供達を一部屋で面倒を見ることになる。満腹になったので少しは落ち着いているようだったので大丈夫だろう。

 

 それから俺達まともな思考を残している組は食堂のテーブルに着いていた。……あ、スツルムとドランクはベンチの上である。

 

「うぅ、しくしく……」

 

 朝食を抜きにされた挙句テーブルの上で縛り上げられたちっちゃいクラリスは涙目だが、俺達の向かいに座るカリオストロは険しい表情で腕組みをしている。ルリアが「あの、クラリスちゃんの縄解いてあげた方が……」と恐る恐る口にしたら殺気混じりの視線で睨まれ、「あ? こいつにはこれくらいでも足りないくらいなんだよ。てめえらがそうやって甘やかすからつけ上がるんだろうが」とそれはもう迫力満点な顔で言われては引き下がる他なかった。

 

「そろそろせつめいしてくれないか、カリオストロ」

 

 オルキスの膝の上に乗ったカッコつかない恰好ではあったが、とりあえず俺が取り仕切ることにする。ジータはまともだが片割れが役に立たないので責められる謂われはないはずだ。

 

「ああ、そうだな。……事の発端はオレ様の開発した年齢操作装置にある」

「それはなんか、すげぇこのじょうきょうにぴったりなそうちだな」

「ああ。結論から言えば、オレ様が作ったその装置をこのバカがぶっ壊した」

「「「はあ!?」」」

 

 彼女の言葉を聞いて、一斉にクラリスへの同情が責めるようなモノへと変わる。

 

「だって、だって装置が動かなかったから……。壊れてるんだと思って、叩いたら直るかもって……」

「こわれてるモノよけいにこわすってなにかんがえてんだおまえ」

 

 泣きべそを掻くクラリスを冷ややかな目で見据えた。

 

「うぅ……ごめんなさい反省しますだから許して……ご飯……」

「ダメに決まってんだろ。お前が余計なことして、今帝国兵に襲われたら全滅もあり得るんだぞ。そうなったらどう責任取るつもりだ?」

「うぅ……」

 

 クラリスはそれはもう深く反省しているようだった。かといってここで助け船を出すつもりはない。存分に悔めばいい。

 

「で、カリオストロ。もんだいはこのすがたがいつもどるかってことなんだが」

「あー……それなんだが」

 

 俺が聞くとカリオストロは頭の後ろを掻いた。

 

「オレ様もいつ戻るかわからねぇんだ」

「「「えっ?」」」

 

 その答えに大勢が絶望した。

 

「あ、いや。一生戻らないってわけじゃねぇ」

 

 カリオストロは慌ててつけ加える。その言葉に肩から力を抜いた。……なんだ、戻らないってわけじゃないのか。

 

「だがこのバカが装置を壊しちまったせいで、オレ様でも戻す装置を作るのに一週間はかかる見込みだ」

「一週間かぁ。その間島に行くのも難しいし、ずっと空で漂ってた方がいいのかな」

「なに言ってんだ。騎空挺の操縦なら俺に任せ――ひぐぅ!」

 

 ジータの考えにラカム爺さんが立ち上がり、ぎっくり腰になってしまったらしく腰を深く曲げてとんとんと腰を叩いていた。

 

「ああもう、なにやってるのよ。ほら、また腰診てあげるからベンチに横になって」

「ああ、すまねぇなイオ」

 

 すっかり祖父と孫である。

 

「……と、あんな感じで操舵士さんは難しいの。もう一人操舵できる人はいるけど、子供になっちゃったものね」

 

 ロゼッタは普段通り悠然とした笑みを浮かべている。

 

「うん、そうだね。操舵士が本調子じゃない以上、着陸ができない状況なんだ。なんとかラカムさんに教えてもらって自動操縦に切り替えはしたんだけど。流石に着陸ってなると一朝一夕でできるモノじゃないだろうから」

 

 ジータがそうつけ加えた。つまりしばらくの航行には問題ないが、着陸もできないためカリオストロの装置完成を待つしかないというわけか。

 

「だいたいはわかった。つまりカリオストロのそうちがかんせいするまで、おれたちはいまのすがたのままでせいかつしないといけないわけだ。そこですわってるろうじんにめいとべつのへやでめんどうをみられてるがきどもをなんとかしないといけない。そこでリーシャ、クムユ、ロゼッタ、ジータ、カタリナのまともなおとなたちにそいつらをまかせる。のこりはてきとうにこどものあいてをしたりかじをてつだったりしてフォローだな」

 

 俺が代表して話をまとめる。

 

「ざっくりとはこれくらいだが、もんだいはやまづみだ。ぐたいてきなたいさくをねりねりするひつようがある」

 

 しん……と静まり返る食堂。……んん?

 

「……ねりねりって言った。可愛い。よしよし」

「ねるひつようがある!」

「……言い直さなくていい可愛かった」

 

 なぜか出てくる擬音言葉によって締まらなかったが、とりあえずそんな感じで具体的な対策について話し合った。

 ラカムは精神的にはそのままらしいが身体が老人すぎて重労働は無理。ぎっくり腰もあるのでまぁ仕方がない。

 

 カリオストロは急いで装置の開発を行う必要があるのでこっちのことはいいからさっさと開発を進めてくれと頼んだ。

 

 小さくなってしまった組は心から子供組の遊び相手になるなどまともな大人のフォローに回る。これは俺が提案した通りだ。

ルリアとオルキスという影響のなかった組も同じようなことだ。

 

 本格的に動き出したその夜、問題の風呂の時間になった。

 

「とりあえずシルヴァとククルはクムユがいれるよな」

「また自分ですか!?」

「クムユ姉といっしょにお風呂ーっ」

「おふろーっ!」

 

 一日中振り回されっ放しのクムユは記憶がないはずの姉妹に懐かれまくっていて、疲れ切った様子だ。だがそれでも一番懐かれているのが彼女なので任せる他ない。他の人がやろうとしても駄々を捏ねるのだ。

 

「がんばれクムユ。もどったときはぞんぶんにあまえてかねをふんだくればいいんだ」

「途中まで良かったのに最後ので台無しだな」

 

 俺はやんちゃな子供達をボコボコにしたりちゃんと手伝いをしたりと過ごしていたが、基本はオルキスとアポロと一緒にいた。

 

「問題は男の子だね」

 

 ジータはそう呟く。

 

「それならおれがめんどうみてやろうか? まとめてあらってやるし」

「それもいいんだけど、お風呂が深くて子供だけだとちょっとね」

 

 男の子の一人である俺が言うと、ジータは苦笑して断った。確かに何度か使っているのでわかっていたが、ちょっと湯船が深い。子供だけでは不安に思うのも仕方ないかもしれない。

 

「それなら私が入れてあげるわ」

 

 あのやんちゃ小僧共を誰が、というところでロゼッタが申し出てくれた。

 

「いいんですか?」

「ええ」

 

 ロゼッタは余裕そうな笑みを浮かべている。まぁ大人の余裕というヤツだろう。カタリナでも良さそうだが、子供の扱いに慣れていなくて苦戦する様を何度も見ているこちらとしては不安が残る。

 ロゼッタは無駄に歳を重ねていないというわけだな。

 

「なにか言ったかしら?」

「なにもいってない」

 

 にっこりと顔を向けられて即答する。嘘は吐いていない。余計なことは思ったが。

 

「じゃあおれはどうする? もどったとききおくきえないならいっしょにはいるのはマズいだろ」

「……大丈夫。ダナンとアポロは私がいっしょに入る」

 

 ぎゅっとオルキスに抱き締められる。

 

「おれはひとりでもはいれるぞ」

「……子供だから危ない」

「だからこどもあつかいするな!」

 

 そう言ったが通用しなかった。なぜだ。

 

「オルキスちゃんだけだと不安だし、私も一緒に入ろうかな」

「私でもいいですよ? お年寄りの方達は複数人で身体を拭く形にすれば、残るはカタリナさん、ルリアちゃん、イオちゃんだけですし」

 

 ジータとリーシャがそんなことを言い出した。だから俺は記憶が残るかもしれないからダメだって言っただろ。……まぁ、どちらも成長した姿なので本来の身体とは違うんだろうが。

 

「それなら二人共入るといい。私はルリア、イオと入ろう。比較的やんちゃではないから二人共ゆっくり入れるはずだ」

 

 カタリナが穏やかに述べる。そうして風呂の入る面子が決まった。

 

 特に慌しかったのは最初に入ったクムユ担当の二人だが、大変さという意味ではほとんど自力では動かないスツルムとドランクだろうか。ラカムは一人で入れると言い張ったが結局ぎっくり腰で動けなくなり、救助される結果となった。グランとオイゲンはロゼッタと入ったが、物凄く大人しかったらしい。流石だ。全く問題なかったのはカタリナ達か。まともな状態しかいなかったので当然と言える。

 

「あー……つかれがとれるなー」

「ああ、全くだ」

 

 問題が色々とありそうな俺達。オルキスが張り切って俺とアポロの身体を洗いたがるという事態を経て、しかしゆったりと風呂に浸かっていた。湯船が深いので縁に腕と頭を乗っけた体勢だ。

 

「……二人共可愛い。よしよし」

 

 後ろで浸かっているオルキスが俺達の頭を撫でてくる。今日はずっとこんな調子だ。おそらく今まで一番子供だったので弟や妹ができたような気持ちなのだろう。それで浮かれているというわけだ。

 

「……ちゃんと百数えるまで上がっちゃダメ」

「ひゃくいじょうつかってたいからだいじょうぶだ。のんびりしたい」

「ああ、そうだな……」

 

 今日は色々あって疲れた。ゆっくりのんびり風呂に浸かろう。

 

「あ、もう浸かってる」

「ふふ、ああしていると可愛いですね」

 

 そこにジータとリーシャが入ってきた……だからお前らはせめてタオル巻けよ。全裸なので色々と見えてしまっていた。かといって目を瞑るようなことはしない。所詮今の俺は子供の姿だ。特に惹きつけられるようななにかがあるわけでもない。

 

 二人は互いを労いながら身体を洗っていく。……ふむ。

 

「こうしてみるとやっぱりきょういのかくさしゃかいってひどいんだな、って」

「……お前殺されるぞ」

 

 ジータとリーシャの圧倒的な差に思わず呟くと、アポロから呆れられた。……いやでもなぁ。一応見た目的にはリーシャの方が年上なんだが、スタイルが変わらなさすぎて不憫になる。まぁ元々でもジータと比べれば割りと貧相だったような気がしなくもない。不憫だ……。

 

「……むぅ、私も大人になったらジータとアポロくらいになる」

「オルキスはせいちょうしないからならないな」

「……」

「ま、まぁそうだな。星の民は何百年経っても少年少女のような姿だからな」

「…………」

 

 俺達が言うと、頭を撫でていた手でぽかぽかと叩いてきた。

 

「……怒る」

「オーキスちゃん、子供の言うことに目くじらを立てちゃダメですよ」

 

 からかえて満足だったのだが、洗い終えたらしいリーシャが近づいてきていた。……だから不用意に近づくんじゃねぇよお前は。

 

「……リーシャ」

「あ、お邪魔しますね」

 

 ちゃぷ、と大人びたリーシャが湯船に入ってきて、縁に掴まっていた俺の身体を抱き寄せた。

 

「お、おいっ」

「ふふ、小さくて可愛いですね。普段もこれくらい可愛げがあるといいんですけど」

 

 背中に柔らかな感触が当たる。オルキスが少しむっとした表情になった。

 

「はなせっ」

「お風呂で暴れちゃダメですよ」

 

 抜け出そうとするが、圧倒的な体格差がそれをさせてくれない。……クソ、なんでこいつ今日はこんなに大胆なんだ? 普段ならそもそも一緒に入るわけないってのに。

 

「じ、ジータ!」

 

 俺はもう一人の大人に助けを求める。彼女も遅れて湯船に浸かっていた。浮いている、という事実に目を逸らして。

 

「あ、うん。はい、おいで」

 

 ジータはわかっているような顔でリーシャから俺を受け取り、抱き寄せた。

 

「っ!?」

 

 そんなことをすればどうなるか。想像に難くないだろう。

 

 ……。

 …………埋まった。

 

「お、オルキス!」

 

 あまりの出来事に固まってしまったが、ジータは良くない。色々と。

 一番安全そうなオルキスに助けを求めたのだが、

 

「……ぎゅーっ」

 

 正面から思い切り抱き締められてしまった。……なぜだ。

 

「あ、アポロぉ」

「……お前と同じような身体の私にどうにかできるわけがないだろう。大人しく可愛がられていろ」

「はくじょうもの」

 

 その後も俺は三人に代わる代わる弄ばれることとなった。……畜生め。俺の安らかな入浴タイムが。

 

 そんなこともあったが無事に一日を終えることができた。

 そろそろ寝る時間だ、となって俺は一人で寝ることにしたのだが、スツルムとドランクがベンチに座って眠っているのに気づいた。肩を寄せ合って寝ている。そういやこいつらはずっと隣に座っていたな。まるで長年寄り添った老夫婦みたいだ。

 

「……もうふくらいかけてやるか」

 

 ドランクが借りている部屋から毛布を持ってきていそいそと二人を包んでやる。流石に老人二人を今の俺が運ぶのは難しいからな。寝てしまっているし、このままにしておいてやろう。起きたら自室に向かうだろうしな。

 ……因みに食堂でめそめそ泣いている声が聞こえてきたのだが、ガン無視してやった。俺はあいつを助ける義理がない。こんなことをしでかしやがって。

 

 それから瞬く間に一週間が過ぎた。

 ようやくカリオストロの装置が完成して、俺達が寝ている間に戻す手筈となった。

 その日はよく眠れて、朝になったら本当に元の身体に戻っていたのだ。姿見で全裸の俺が映った時はちょっと感動した。実に一週間振りの姿である。全裸なのは身体が大きくなったことで子供の服が破けたからだな。

 

「よぉ」

 

 俺は普段の服装になって食堂に顔を出す。そこにはもうほとんどのヤツがいて、馴染みかけた姿ではなく通常の姿となっていた。

 

「あ、ダナン君。良かった元に戻ったんだね」

「ああ。お前らもな」

 

 ジータがこちらに気づいて微笑んでくる。……なんで一緒に風呂入ってたんだろうな、ホント。ジータは体型の問題で結構変わっていたのと、もしかしたら精神も大人になっていたのかもしれない。母親感あったし。

 

「……残念。可愛かったのに」

「不便で仕方なかったよ俺は。とりあえず一週間振りに料理を――ってあれ? リーシャとシルヴァとオイゲンがいないな。あいつら早起きな方じゃなかったか?」

 

 食堂を見渡し、普段通りの面々の中で三人だけが姿を見せていないことを疑問に思う。特にリーシャは早起きの代表格だ。真面目だからな。

 

「あいつらは姿が変わっていた時のことを思い返して今更ながらに恥ずかしくなったらしく、部屋に引き籠もっている」

 

 すっかり元通りの厳つい顔つきになったアポロがそう説明してくれた。

 

「そうなのか?」

「うん。シルヴァ姉は一番幼くなって色々やってたから、年齢が高い私があんなことを、ってショック受けてたよ」

 

 ククルがそう説明してくる。

 

「オイゲンも幼くなって色々やらかしてたからな、特に娘の前でってのがでかかったんだろうぜ。しばらく部屋を出たくねぇらしい」

 

 続いてラカム。当のアポロはふんと鼻を鳴らしただけだったが。まぁ、そんなモンだろう。

 

「あの小娘はここに来ていた時に私が『ダナンと一緒に風呂に入るとは大胆だったな』と言ったらそこでようやくお前が記憶を引き継ぐ可能性に思い当たり、真っ赤になって部屋に籠もったな」

 

 そのアポロがリーシャについて告げた。

 

「……あいつまさかとは思ってたが、俺が他と同じように子供になった状態だと思ってやがったのか」

「アポロさんよりは幼くなってたみたいだけどね」

 

 そういやアポロは完全に外見が変わっただけのようだったな。俺は……確かにちょっと幼くなっていたかもしれない。

 

「ダナンは記憶あるんだ。僕なんかすっぽり抜けてるのに」

「僕もだよ~。スツルム殿もだよねぇ?」

「ああ、全く記憶がないな」

 

 どうやら記憶が残る、残らないもまちまちになっているようだ。グラン、ドランク、スツルムは残っていないらしい。

 

「グランが残ってなくて良かったぁ」

「えっ? ぼ、僕なにかしてたの?」

「色々してたが、一番は俺が毎日のようにボコボコに殴ってたことだな。覚えてないなら仕返しされる心配もねぇ」

「!?」

 

 グランのことだから覚えてないことを怒ることはできないだろうと思って白状する。驚いてはいたがうーんと頭を捻るだけだった。俺だったらとりあえず何発か殴るんだけどな。

 

「兎に角これで一件落着だな。カリオストロ、クラリスにもう二度とこんなことするなってちゃんと言い聞かせておけよ」

「ああ、わかってる。ま、もうしないだろうよ」

 

 俺の言葉に対して意味深な笑みを浮かべるカリオストロ。その理由はすぐにわかった。

 

「ししょー! 反省したからもう戻してよーっ!」

 

 扉を開けてててて、と駆け込んできたのは二頭身のクラリス……戻ってねぇじゃねぇか。

 

「てめえはもう一週間そのままだ」

「そんなぁ!」

 

 カリオストロに言われてがっくりを膝を折る。どうやら戻ってないのではなく、わざと戻さなかったらしい。

 

「まぁ、罰なら仕方ないな」

「うん。クラリスには申し訳ないけど、今回のことはちゃんと反省してもらわないと」

「まぁ程々には必要だからね」

「団長までぇ!」

 

 俺、グラン、ジータが告げる。心優しい二人も今回のは事の重大さを鑑みてしっかり反省してもらうことにしたようだ。

 

 ともあれ、大幅遅れはあったがこれで目的地に到着できる。……なんか、色々あって疲れたなホント。




※簡単なキャラ設定
・ダナン
三頭身。記憶は保持しており頭はちゃんとそのままなのだが、舌足らずになっていて時々擬音が出てきてしまう。本人はわかっていないが少しだけ幼くなっており、表情の振り幅が大きくなっている。
・アポロニア
三頭身。精神への影響は皆無。ただ子供の頃に愛用していた眼鏡をかけることになった。あと目つきが柔らかくて一瞬ダナンが困惑するほど。
・オルキス
変化なし。現オーキスだが生身の時期。ただし自分より小さくなったダナンとアポロを年上らしく可愛がろうとする。一週間毎日どちらかまたは両方を抱いて寝ていた。
・スツルム
無口に拍車がかかった老婆。普段の無口かと思えば眠っている。一日の半分は寝ているらしい。なぜかドランク爺さんの隣に座りたがる。
・ドランク
耳が遠くなってボケが始まった老人。「えぇ? なんだってぇ?」が口癖だが誰も喋っていない時でも言っていることから耳が遠いだけでなくボケていることがわかる。なぜかスツルム婆さんの隣に座りたがる。
・リーシャ
二十七、八歳の姿となった。身長が伸びて顔つきも少し変わりたおやかな様子を見せるため大人びている。ただし、ある一点においてはまるで成長が見られなかった。どこがとは言わないが。無念。
姿が戻るまでダナンが精神そのままだということに気づいていなかったためとても大胆だった。
・グラン
三頭身。肉体と共に精神まで幼くなってしまった。ヒーローごっこと称してダナンに毎日ボコボコにされてはジータに泣きついている。一番不憫かもしれない。
・ジータ
およそ二十半ばになった。髪が伸びており背が伸びて顔つきも変わった。本人曰く「お母さんにそっくり」とのこと。記憶は保持したままでまともに見えるが実はちょっと精神が大人になっており、子供達に対して母のように接する。因みにどこがとは言わないがある部分がアポロ並みに成長してしまったため、サイズが合わずにそれこそアポロのモノを借りたらしい。
・ビィ
存在を忘れていたという衝撃の事実。
・ルリア
変化なし。流石は蒼の少女。蒼の幼女、蒼の女、蒼の老婆などにはならなかった。
・カタリナ
四十くらいにまで歳を取った。精神にも影響しており、例えビィが現れても穏やかな表情で撫で回せるくらいに成長している。見た目はアレスにそっくり。
・ラカム
白髪の爺さん。ぎっくり腰に悩まされてしまった。精神に変わりはないが身体がついてこない。イオに腰の手当てをしてもらうことが多い。
・イオ
三頭身。精神はそのままに身体が縮んだ。まるで孫のようにラカム爺さんの世話をしている。
・オイゲン
若返り率ナンバーワン。二頭身。眼帯はしておらず両目共見えている。このことから肉体の時間を巻き戻す装置だということがわかっている。超ヤバい。精神も幼くなっていたが運悪くその時の記憶があったため、寝込んでしまう。主にロゼッタに世話されていたことと素っ裸で走り回ったことが原因。
見た目では誰もオイゲンだとすぐに察することができなかったため、一目でわかったアポロは腐っても娘である。
・ロゼッタ
まだ星晶獣だと完全に判明しているわけではないが、変化はなかった。人が老いる、若返る程度の時間が変化したところでなんら影響を及ぼさないということだろう。つまりはBB……(手記はここで途切れている
・カリオストロ
問題の装置を使った天才錬金術師。才能の無駄遣いが激しい。理想の身体を体現するために作った身体は永遠の美少女なので時間が変化しようとも変わりはない。そもそも自分以外に作用するように装置を作っている。作用していても大差はなかっただろう。
・クラリス
問題の装置を暴走させて騒動を起こした張本人。二頭身になった。基本的に縄で縛り上げられているので出番という出番はあまりない。他が戻してもらう中、小さくなっている期間を伸ばされてしまった。
六周年で可愛いスキンを貰った裏でこれである。不憫さはグランといい勝負。
・シルヴァ
二頭身。精神年齢が一番下に下がってしまった二十七歳。クムユとククルを姉として慕い、無邪気に駆け回っている。舌足らずさでは一番。案の定記憶が残っていてショックを受けた。
・ククル
三頭身。精神が幼くなって記憶も残っているがどこぞの姉よりはマシだったのでショックは受けていない。「久し振りに子供になって楽しかったー」とか思っている辺り大物。上と下が入れ替わっただけだったので、次があるなら自分もどっちかになりたいと思っている。
・クムユ
大人になった。姉という存在への憧れはあったがこんなに大変なら妹でいいと確信する。日々銃を触ろうとする二人の妹に神経を擦り減らしたので騒動鎮圧後に休暇を取ったらしい。


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EX:スカイグランデ・ファイト開幕

お待たせしました。更新再開します。
とりあえず『サウザンド・バウンド』番外編が終わったらまた構成を練り練りする時間になりますが。四話か五話で終わる予定です。

色々とご報告はありますが、とりあえずグランデフェスでは百二十連して最初の十連で出た水着ユエルの武器とキャラメドゥーサ以外にSSRは出てません。
ガチャピンモードに入ったらワンチャン天井あるかもしれぬ……。

※番外編注意事項
・時系列は気にしないでください。考えてみると“蒼穹”はナル・グランデ行ってるタイミングなので。大体は黄金の空編に入ったところですが。
・十二人という決勝トーナメントの枠は変えないようにしましたので、二人脱落者が出ています。
・書きたいバトルの都合上、一部トーナメントを変更しております。
・珍しくずっと三人称です。


 城塞都市アルビオンは今、異様な熱気に包まれていた。

 

 全空から集った大勢の参加者達が己の肉体のみを駆使して戦うスカイグランデ・ファイト。

 

 その初開催となる日、大勢の応募があった腕自慢達を(ふるい)にかけるため、まずは予選が行われる。

 参加者を十二のグループに分けてそれぞれ勝ち残った一人だけを決勝トーナメントに出場させる。十二人が決勝トーナメントで戦い、優勝した者には主催者が叶えられる範囲でだが、なんでも望むモノが与えられる。

 

 そんな破格な優勝賞品と全空から名だたる格闘家が集まるということもあって大いに盛り上がっていた。

 

 予選のサバイバルでは有名選手の戦い振りや予想外に活躍した無名選手に目を見張ることとなった。

 

 その後日、十二人の選手達が決勝トーナメントに駒を進めた。いずれも強者、若しくは曲者。

 

「いよいよ第一回スカイグランデ・ファイト決勝トーナメントを開始しますッ!」

 

 リング上でショートボモブの髪型をしたサングラスに白と黒の縦模様をしたシャツを着込んだ審判の男性がマイクを持って声を張り上げる。

 

 いよいよ本番、と興奮冷めやらぬ観客席から雄叫びにも似た歓声が上がった。

 

「この熱狂っぷり、予選もあって随分と期待しているみたいだな。かく言う私も大いに期待している!」

 

 ノリ良く答えると本選を待ち遠しく思っている一部の観客から「早く始めろ!」などと声が飛んでくる。

 

「私も早く決勝トーナメントを始めたいが、大会である都合上ルールの説明を行わなければならない!」

 

 審判から改めてルールの説明が行われる。

 スカイグランデ・ファイトでは武器、魔法の使用を禁止している。己の肉体のみで戦う大会なのだ。この試みが成功したら今度は武器ありなども他で開催されるかもしれない。もちろん肉体で戦うからこその熱狂振りということもあるのだが。

 決勝トーナメントはリング上で行われる。リングの外に出てしまったらリングアウト、つまりは負けだ。その他にも倒れてからテンカウント取られる、若しくは自分から負けを宣言するなどで勝敗が決する。

 当然ながら相手を殺してはならない。

 

「さて、ルール説明を終わったことだしそろそろ始めましょうか!!」

 

 打って変わってテンションが上がる会場。

 

「記念すべきスカイグランデ・ファイト一回戦は、この二人ッ!」

 

 リングを挟んで正反対から、二人の男が入場してくる。一人は屈強な老人だ。白髪や皺が年齢を感じさせはするが、その岩のような肉体に衰えはない。

 

「ソリッズ!!」

 

 現在“蒼穹”の騎空団に所属する格闘家である。

 

 片や、その出で立ちは珍妙だ。白と黒の縦半分で色が分かれた覆面を被る、謎の男。黒いマントを羽織った下は股間を隠す一枚で、鍛え上げられた肉体を晒している。不敵な笑みを浮かべて堂々と入場した。

 

「エヴィルマスク!!」

 

 読み上げられた名は観客席にいたジータ、ルリア、ビィの三人が思い浮かべた名前とは異なる。だが、彼なのは間違いない。

 

「ソリッズはいくつもの武闘大会で優勝を勝ち取ってきた文句なしの格闘家だ! 対するエヴィルマスクは無名ながら予選で他の参加者を圧倒! 同じグループにいたヴァンツァ選手を制して決勝トーナメントに出場しております!」

「この勝負はあのソリッズに覆面がどこまで食いついていけるかだよな」

「ああ。グループを勝ち上がるだけの実力はあるみたいだが」

 

 審判の紹介に観客がそれぞれ考察を述べている。

 会場の予想では予選を勝ち上がったとはいえソリッズの勝ちが濃厚、といったところだったが。

 

「……ソリッズさんには悪いけど、この勝負は負けるね」

 

 対戦相手の強さをよく知るジータが難しい顔で呟いた。

 

「えっ? ジータはあの人のこと知ってるの?」

 

 決勝トーナメントに出場したが自分の試合がまだなので観客席に来ていたドラフ少女のアリーザがきょとんとして尋ねる。

 

「ああ、まぁ、うん。多分だけど……私達よりも強いんじゃないかなぁ」

「えっ? 団長達より?」

 

 団長二人の強さは知っているため、ジータは推測で自分より強いと評価するあの覆面は一体何者なのか。アリーザは驚きを隠せなかった。

 

「あれ? そういえばグランは? というか二人も出場すれば良かったのに」

「えっ? ……まぁ、そうだね。でも私達まで出ちゃうとその……決勝トーナメントほぼ独占とかになっちゃうから」

「ああ……今もそんなに変わらないけど」

「あはは……」

 

 決勝トーナメントに進出した十二人の内、わかっている範囲だけでも八人が“蒼穹”の騎空団である。内々で潰し合うならまだしも、他の選手達を押し退ける形となってしまったら問題だ。

 

 そう話している内に二人の選手がリング上に上がる。審判は巻き込まれることを恐れてか開始前にリングを降りた。

 

「さぁ、いよいよ一回戦の開始だ! ソリッズVSエヴィルマスク!! ファイトッ!!!」

 

 審判の開始合図があって早々、ソリッズが拳を構えて駆け出した。

 

「ソリッズが突っ込んだーっ!」

「速攻で決めてやるぜ!」

 

 本人としてはネェチャンとの試合以外じっくり楽しむ気があまりないという理由なのだが、それでもソリッズの拳は強烈だ。間合いに入った瞬間足を止めて拳を唸らせる。空気を裂く音すら聞こえる中で、エヴィルマスクは腕を掲げて防御した。それでも半歩分後退させられてしまうほどの威力――ではない。

 

(この野郎、衝撃を吸収しやがった)

 

 拳に伝わる手応えのなさに確信する。そして間違いなく強いとも。

 だがそれでも負けるとは思っていない。己の拳に力を込めて放つ、放ち続ける。エビルマスクはそれを防御姿勢で何発か受けた後、(おもむろ)に腕を解いた。

 

「おおっとこれはどういうことだ!? エヴィルマスクガードを解いて、そこにソリッズの拳が迫るーっ!!」

 

 がら空きの顔に向かって突き出されたソリッズの拳はしかし、エヴィルマスクに当たることはなかった。拳を突き出した姿勢でぴたりと静止すれば、エヴィルマスクが上体を逸らし鼻先ギリギリで回避していることがわかる。

 

「っの野郎!」

 

 避けられるから防御を解いたというのか、という驚きが会場とソリッズに広がる中、しかし一歩踏み込んで再び拳を放ち続けるが、それら全ては間一髪、紙一重のところで回避されてしまう。

 

「こ、これは! ソリッズの拳が当たらない! 全てかわされてしまっている! 先ほど防御を解いたのも、もうお前の拳は見切ったという意思表示なのか!?」

(冗談じゃねぇ!)

 

 審判の声に心の中で吐き捨てて、ソリッズは拳を見舞い続ける。パンチの種類を増やし、フェイントを入れ、身体が温まってきたことで速度が上がっても尚、届かない。

 

「……悪いな。もう充分、観察は終わったんだ」

 

 ソリッズにしか聞こえない大きさの声で告げられたかと思うと、次に放った拳に合わされた拳がソリッズの顔を捉えた。

 

「エヴィルマスクのカウンターが決まったぁ!!」

 

 勝利濃厚の予想を立てていた観客がどよめく。この試合初の直撃がソリッズではなくエヴィルマスクだったからだ。

 

「このっ!」

 

 だがソリッズも格闘家。一撃受けた程度で崩れていくことはない、はずだったのだが。

 拳を放てばカウンターを合わせられ、怯めば追撃される。完全に動きが見切られてしまっている状態なのか、一切歯が立たなくなっていく。

 

(クソッ! なら肉を断たせて骨を断つ!)

 

 動きが読まれていてもやりようはある。相打ち覚悟の一撃も、しかし容易くかわされてしまう。しかも常に不敵な笑みを湛えているのだから、格闘大会優勝者でもあるソリッズが圧倒されている、という事実が会場に突きつけられていった。

 

「あん?」

 

 やがて、後退し続けたソリッズはいつの間にか自分がリング際まで追い詰められていることに気づく。

 

「ソリッズ追い詰められたぁ! まさかの番狂わせなるかぁ!?」

 

 審判が観客の興奮を煽るが、ソリッズとしては冗談ではない。

 

(俺はこの大会に勝って、綺麗なネェチャンに囲まれた生活をするんだよぉ!!)

 

 ソリッズは自分の出場理由を思い返して闘志を燃やす。

 

 気力を滾らせて防御姿勢のまま自分の身体を膨れ上がらせる。

 

「こ、これは! ソリッズ反撃となるか!?」

「剛破天衝ッ!!」

 

 乱打を見舞う。気力によって強化された肉体で放つ拳は数段跳ね上がった威力と速度になっている。エヴィルマスクも避け切ることはできないのか防御をして後方に弾かれる。ソリッズは範囲から逃さないために一歩前へ出た。この技は気力を消耗するので持続時間が存在し、その後は疲労で隙を見せてしまう。だからこそ今決める必要があった。

 

(このまま押し出して……っ!?)

 

 この技なら通用するとソリッズが思った矢先、エヴィルマスクが腕を交差して前のめりに構えているのが見える。まさか、と思ったがエヴィルマスクはソリッズが予想した通り、乱打の中へと突っ込んでいった。

 

「エヴィルマスク! なんとソリッズのラッシュの嵐の中に飛び込んだぁ! 押し返していたソリッズを真っ向から捩じ伏せるつもりかぁ!?」

「野郎、くっ……!」

 

 ソリッズはエヴィルマスクの突進で拳が弾かれていることを理解する。まるで効いていないわけではないだろうが、ダメージ覚悟で突っ込んできたということだ。ラッシュの嵐を持続させるために動きが遅くなるので素早く退避して距離を取り時間を稼げばやり過ごすことができるはずだ。それができないと考えているわけではないだろうに、真っ向から挑んでくるとはソリッズとしても予想外だった。

 間近に迫ったエヴィルマスクの覆面の奥で光る黒い瞳と目が合う。そこには確かな格闘家としての矜持が宿っていた。

 

(へっ、漢気あるじゃねぇかよ)

 

 いけ好かない戦い方をするヤツだと思っていたが、最後に見せてくれた。懐に入り込まれては為す術もなく、ソリッズはエヴィルマスクのタックルをまともに受けてリング外へと吹き飛んでいく。宙に放り出されては抗うこともできず、背に土をつけた。

 

「ソリッズ、リングアウトーッ!! 一回戦の勝者はなんと、エヴィルマスクーッ!!」

 

 審判の宣言があって、歓声が巻き起こる。思わぬ番狂わせに、会場は大いに盛り上がっていた。

 

「まさかあのソリッズを圧倒しちまうとはな!」

「ああ、これは期待が持てるぜ!」

「けど、なぁ?」

「ああ、そうだな」

「「絶対性格悪い」」

 

 二人の男性が言い合っているのが、おおよそのエヴィルマスクに対する評価だった。

 そんな中エヴィルマスクはさっさとリングから降りて退場していく。ソリッズは気絶していなかったので自力で歩いて戻った。

 

「凄い、ソリッズさんを倒しちゃった」

 

 ジータの言葉を聞いていても尚、ソリッズが負けるとは到底思っていなかったアリーザは唖然として言った。

 

「うん。流石と言うか、なんと言うか。でもなんでこの大会に出たんだろう?」

 

 少し苦笑気味に言ってから首を傾げるジータ。

 

「腕試しじゃないの?」

「うーん……。普通に考えればそうなんだけどね」

「やっぱオイラ達と同じってことか?」

「どうなんでしょう」

「?」

 

 なにかを知っている様子の三人に、アリーザは首を傾げるしかなかった。

 

「一回戦も存分に熱く盛り上げてくれました! では続いて二回戦!」

 

 まだ一回戦の興奮冷めやらぬ状態で、二回戦に移る。

 

「ファスティバ!!」

 

 片側から一人の漢女(おとめ)が入場する。カジノ、デュエルリゾートで人気を誇る巨漢のドラフ。金髪を靡かせ愛を掲げるファイター。

 ファスティバの入場に観客席は一層湧き上がる。

 

「サイファーマスク!!」

 

 対するは青と赤の縦に色が分かれた覆面を被る男。オレンジのマントを羽織ったその下は股間を隠す一枚のみ――とそこで気づいた。

 

「あ、あれ? エヴィルマスクと恰好がそっくりじゃね?」

「あ、ああ。デザインの細かいところは違うけど」

 

 彼の入場で会場がざわついていく。

 

「会場も気になっているようだが、私も気になっている! だが二人の関係性は謎に包まれている! どちらも無名の格闘家であるという事前情報しか出てないぞーっ!!」

 

 審判はそんな疑問を汲み取って口にする。

 

 会場の期待は先ほどのエヴィルマスク同様ファスティバという有名選手を倒せるかどうか、というところに向いていた。ファスティバは珍しく負けを期待されている空気を感じ取りながらも全力でサイファーマスクとぶつかった。

 

 結果的にサイファーマスクがファスティバを打ち破り、今回の大会は名だたる格闘家が敗北するという様相を呈していた。

 

「やったぜ!」

「はい、やりました!」

 

 サイファーマスクの勝利にビィとルリアが喜びを露わにする。

 

「? あれ、二人はあのマスクの人と知り合いなの?」

 

 傍にいたアリーザが首を傾げたので二人は慌てて否定し、覆面がカッコいいからと理由をつけた。エヴィルマスクと違って色が気に入ったらしい。そんな言い訳にジータが嘆息していると、アリーザは三回戦に出場するからと慌てて観客席を立った。一息吐く中で三人はなぜグランが正体を隠してスカイグランデ・ファイトに出場することになったのかを思い返していた。

 

 大会開催の十日前。グランサイファーに単独でやってきたシェロカルテのオウム、ゴトルが「シェロ、イナイ」などと縋ってきたのだ。ゴトルが喋る断片的な情報からアルビオンで開催されるスカイグランデ・ファイトが怪しいと睨んだ一行は、正体を隠して出場することを決めたのだった。

 

 因みに二人共が出場しなかった理由は観客と参加者という両側から大会を見ることができるから、という理由もあるが。

 一番の理由は互いにサイファーマスクという名前を譲らなかったためである。

 

 ビィは「どっちかが別の名前でもいいんじゃねぇか?」と言ったのだが、二人は絶対に譲らないと言い張った。サイファーマスクじゃないなら出場しない方がマシとまで言い切る二人に、仕方なく役割分担という名目で片方が出場することになったのだ。なぜグランが出場することになったかは、二人の真剣勝負(じゃんけん)の結果である。

 

 ともあれ、もしかしたらだがゴトルが助けを求めたのが“蒼穹”だけとは限らない。

 

 特に勝ち上がってくると思っていたヴァンツァを倒した見覚えのあるエヴィルマスクと、そしてもう一人。

 “蒼穹”の団員でもあるアイルを一撃で倒した全く事前情報のない女性の存在が、一枚岩でないことを示しているようだった。

 

 ……因みに。瞬く間に予選を終わらせた結果一行に存在が認知されていない仮面の格闘家がいるのは、また別の話である。




風竜強すぎィ。
初日は二敗しました。今日は二回共勝てましたがキツかった……。
ランバージャックつおい。面子はタヴィーナ、アテナ、アニラと完全に攻撃回数重視ですねぇ。

攻略サイトを参考にしました。


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EX:エヴィルの元はEvil(邪悪)

『サウザンド・バウンド』編描き終えました。全四話です。

次はまたお休みいただきますね。次はなに描こっかなぁと絶賛悩み中ですので。


 アルビオンで開催されたスカイグランデ・ファイト。

 その一回戦と二回戦は大勢の予想を覆す結果に終わっている。無名の似た恰好をした選手が有名選手を倒して勝ち上がるという健闘を見せたのだ。

 

 大盛り上がりを見せる武闘大会の三回戦。

 

「アリーザ!!」

 

 リングを挟んだ片側から姿を現したのは、先ほどまで観客席でジータと話していたアリーザだ。脚技を得意とする格闘家で、お転婆ではあるがああ見えてバルツ公国の中でも有数な権威の家に生まれたドラフの少女だ。

 

 対するも女性。そして脚技を得意とする。

 

「フラウ!」

 

 アリーザの反対側から現れた女性に、観客席の男性が怒号にも似た雄叫びが上がる。歓声と呼ぶには野蛮が過ぎる声だ。

 彼女は銀髪を靡かせて赤いケープのついた紺色のローブを纏っていた。およそ格闘家の恰好ではないが、それでも彼女は圧倒的であった。

 

「片やバルツ公国からやってきた炎鳴流継承者ッ! 片や全くの無名でありながら、予選で優勝候補とすら呼ばれた元地下闘技場の無敗王者アイルを一撃で土につけ、残りの参加者を圧倒的な強さで薙ぎ払った! これは見所のある勝負になりそうです! 互いに脚技を得意としているところもポイントが高いですね!!」

 

 心なしか審判のテンションもそれまでと違って高いように見える。その全ては、フラウという女性が理由である。彼女の持つ妖しい美しさは男に暗い感情を引き起こさせるのだ。

 

「一体どちらが勝つのか! それはこれから両者に見せてもらおう! では第三回戦、ファイトッ!!」

 

 熱く滾った様子で審判が試合開始の合図をする。リングに上がった両者は対峙して相手の出方を窺った。他二試合とは違い静かな立ち上がりだ。アリーザはフラウが予選で相手を蹂躙した話を知っているため警戒している。フラウは不敵な笑みを浮かべて佇んでいるだけだ。それでも負ける気はないのか隙だらけではない。

 

「……来ないなら、こっちから行こうかな」

 

 フラウは言って、笑みを浮かべたまま駆け出した。アリーザは集中を深めて迎撃するように構える。フラウが間合いに入って足を止めて右脚を振るうのに合わせてアリーザも右脚を振り、両者の脚が激突する。

 

「っ!」

 

 蹴りの激突とは思えない衝撃が二人の長髪を靡かせた。互角のように見えたが顔を歪めたのはアリーザの方だ。

 

「へぇ、やるね。じゃあもっと強くするね」

「上等!」

 

 フラウは蹴りで自分の蹴りを受け止める相手だったことを嬉しく思いながら、より激しく攻め立てる。アリーザも自分の分野で退く気はないのか、真っ向から受けて立つようだ。

 両者の華麗な脚技の応酬に観客も大いに盛り上がる。先ほどまでとは違って見た目に華があるのも理由の一つかもしれない。

 

 種族という点ではアリーザの方が有利には違いない。ドラフ族は男女問わず力が強いことで有名だ。エルーンのフラウと蹴りをぶつけ合ってアリーザが押されるという結果にはなり得ない。とするとフラウの膂力が異常なのである。

 蹴りの応酬は一見互角に思えたが、どんどん速く強くなっていくフラウが余裕そうな表情のままだというのに、アリーザは険しい表情をしている。

 

「激しい蹴りの応酬だが、これはアリーザが押されているか!?」

(わかってる、けど強くて速くて重い!)

 

 フラウがまだ本気を出していないからこそ互角になっているような状態だ。それが如実に現れたのは、アリーザが全力を出し切った少し後だ。まだまだ上げるフラウに食らいつくことができなくなり、大きく体勢を崩されたのだ。

 

「くっ!」

「ふっ!」

 

 呻くアリーザの腹部にフラウの蹴りが直撃する。耐えようと力を込めていたにも関わらずリング際まで押されてしまった。

 

「げほっ……!」

「フラウの蹴りが直撃ぃ! 流石の威力で一気にリング際まで押し込んだ!」

 

 熱狂の渦が更に強くなる会場。

 

「もう終わりとは言わないよね?」

「当然!」

 

 フラウの声に応えて、自分が今使える全力を見せると決めた。

 

「蒼炎嵐翔ッ!!!」

 

 渾身の奥義を真っ向から放つ。避けるような真似はしないだろうと思ってのことだ。

 

「ふふ、そういうの嫌いじゃないよっ!」

 

 フラウは楽しそうに笑って、しかし自分は奥義を使わない。ただ全力で、アリーザの蹴りに合わせて蹴りを放った。

 観客席まで衝撃が届く両者の一撃が真っ向からぶつかり合い、そして相殺される。

 

「っ!?」

 

 流石にただの蹴りで相殺されるとは思っていなかったのもあり、驚愕に目を見開くしかなかった。

 

「楽しかったよ、またやろうね」

 

 フラウは勝利を確信した笑みを浮かべてアリーザを蹴り飛ばし、リング外へ追いやった。

 

「アリーザ、リングアーウトッ! 三回戦の勝者はフラウだぁ!!」

 

 「フ・ラ・ウ!!」と男性の観客から熱狂の声援が送られる。だが彼女はそれに応えることなくそそくさとリングを去った。今の彼女にそれを受け入れる気はないのだ。

 

 続く四回戦。

 熱くてバカで拳で語り合うことを信条とする金髪の青年、フェザー。

 そしてそのフェザーと幼馴染みで脚技を得意とするのに拳で戦いたいとフェザーに言われ続けてうんざりしているライバル、紫の長髪を後頭部で括ったランドル。

 二人の試合だ。

 

 強敵と書いて「とも」と読むと審判が最初に紹介した通り、因縁のライバル対決は大いに熱く盛り上がったのだが。

 結局両者が倒れてしまいダブルノックダウンで引き分けとなってしまった。

 

 二人が次の試合、勝者が臨む試合の前に目を覚まして決着をつけなければ、そのまま敗北となるとのことだ。

 

「まだまだいくぞぉ! 続いて第五回戦ッ!!」

 

 ソリッズを打ち倒した無名の選手エヴィルマスク対メイド服を着込み籠手を嵌めた黒髪の女性クラウディア。

 両者がリングに上がれば主にクラウディアを応援する声が多いことがわかった。特に「そんな野郎やっちまえネェチャンーッ!!」と叫んでいるのはエヴィルマスクに負けたソリッズだったりする。

 

「お久し振りですね。その妙な恰好で、名前も隠して、一体どういうおつもりですか?」

「……」

 

 クラウディアは彼の正体に感づいていた。アウギュステで行われた宴の席でやたらと料理を作り続けていた人物を、彼女は記憶に残していたのだ。

 あとその人物が度々料理を運ぶように頼んでいた少女のことをよーく覚えていた。

 

「答えるつもりはありませんか。では、私が勝ったらあなたの思惑を聞かせてもらいます」

 

 クラウディアは籠手を構えてやる気を滾らせる。

 

「おおっとクラウディアがやる気満々の様子だーっ! それじゃあ早速始めよう! 五回戦、ファイトッ!!」

「グランツファウストッ!!」

 

 審判の合図直後、クラウディアが地面に拳を叩きつける。その衝撃が一直線にエヴィルマスクを襲った。それを防御でやり過ごしたところに、彼女が直接殴り込む。

 

「……やはり先ほどの発言は取り消します。私が勝ったらオーキスお嬢様をください!」

「いや、そっちの方が無理あるだろ」

 

 クラウディアの欲望塗れの発言に、思わず素で返してしまったエヴィルマスクの中の人。ともあれ拳を避けてカウンターをかます。……ソリッズの時同様、クラウディアの顔面に。

 

「っ!?」

 

 完璧に見切られたことを驚くよりも、情け容赦なく顔を狙ってきたことに少し驚いた。

 

「あの野郎、ネェチャンの顔になんてことしやがる!」

 

 キレるソリッズの声は当然届かず、エヴィルマスクはそのまま追撃として腹部に拳をめり込ませた。

 

「かはっ!」

 

 苦しげに息を吐いて身体を折るクラウディアの下がった頭を、膝蹴りで打ち上げた。クラウディアも反撃しようと拳を振るうが、当たらない。若しくは当たっても構わず突っ込んでくる。代わりに強力な一撃を叩き込んでいくのだ。

 

 容赦のない攻撃を、笑みを浮かべたまま行うのだからそれは当然、空気が悪くなる。

 

「あの野郎! ふざけやがって!」

「甚振ってんじゃねぇクソ野郎が!」

「そうだそうだ!」

 

 観客から次々に野次が飛んでくる。だがエヴィルマスクは聞こえていないフリをしているのか容赦なくクラウディアに攻撃を重ねていた。

 

「こ、これは予想外! エヴィルマスク完全アウェイ! 野次がたくさん飛んでいる!! だが手を緩める気はないようだぞ!? あ、ちょっと、モノを投げないでください!?」

 

 ブーイングの嵐が巻き起こるのだが、エヴィルマスクには全く効果がないようだ。クラウディアは攻撃を重ねられてフラつき、そこを背後に回ったエヴィルマスクが腹部を抱えるようにして持ち上げた。

 

「……どういうつもりか、説明を求めてもよろしいですか?」

「全て終わればわかるさ」

 

 当人にしか聞こえないそんなやり取りの後、エヴィルマスクは海老反りになってクラウディアをリングに叩きつける。離して起き上がればクラウディアは力なく倒れた。

 

「ジャーマンスープレックスが決まったーぁ! 五回戦の勝者は残念ながらエヴィルマスクーッ!!」

 

 勝ってしまったことでブーイングが激化する。そんな中、エヴィルマスクは徐に審判へ近づいて持っていたマイクを奪い取った。

 

「文句があるなら俺に勝ってみろよ」

 

 一言、そう挑発した。その言葉に一瞬間を置いてブーイング、と言うより罵詈雑言が飛び交うこととなる。エヴィルマスクは気にした様子もなく審判にマイクを返して去っていった。

 

「そ、そんなエヴィルマスクと次に戦う選手が決まる第六回戦を始めましょう! モノは投げないでくださいね!?」

 

 審判はなんとか場を回していく。

 

 エヴィルマスクに対するヘイトが高まった観客席で、ここにも苛立った様子を見せる人が一人。

 

「……」

 

 ジータである。腕を組みとんとんと一定の間隔で指で腕を叩いている。表情も険しく如何にも怒っていますよという様子だ。

 

「お、おいジータ? クラウディアがボコボコにされたからってそんな怒るんじゃ……」

「違うよ」

「えっ?」

 

 ビィが恐る恐る尋ねるが、彼女は否定した。それに聞き返すのはルリアだ。

 

「別に、勝負の世界だからクラウディアさんを容赦なく殴るのを責める気はない。女だからっていう理由で気を遣われる方がもっと嫌」

 

 それはジータが女性だから思うことなのかもしれない。真剣勝負の場にそういうのを持ち出されるのは嫌だという気持ちはあった。フラウに負けて戻ってきていたアリーザも神妙に頷いている。

 

「それよりも気になるのは、ダナ――エヴィルマスクがなんで必要以上に嫌われにいってるのかってこと」

 

 正体を言いかけるがアリーザの手前途中で切って、口にする。

 

「必要以上に嫌われにいってる? なんでそんなことする必要があるんだ?」

「さぁ? でもクラウディアさんの怪我だってちゃんと後遺症が残らない範囲だったし、怪我の深刻さよりも見た目の酷さが大きい怪我ばかりだった。多分、狙ってやってる」

「そんなことしていっぱいブーイングされて、なにがしたいんでしょう」

 

 ジータの推測に心優しいルリアが悲しそうな表情をした。

 

「それは本人にしかわからないけど、試合が全部終わったらとりあえず殴る」

「うぇっ?」

「絶対殴る。真意を聞き出すから」

 

 ジータの宣言に三人は引いていた。だが余計なことを言ってイライラを増やしてしまうと余波が飛んでくるかもしれない。元々自業自得なんだからと言い聞かせて触れなかった。

 

 その後サイファーマスクとガンダゴウザの試合が開始されたが、ガンダゴウザに傷がありそれが魔物の襲撃によるモノだということがあった。それをサイファーマスクが加勢して倒したのだが、サイファーマスクには傷がない。

 同じような恰好をしたエヴィルマスクにヘイトが溜まっていることもあり、あいつもなにかしているんじゃないか、と懸念を抱かせていた。

 

 徐々に嫌な雰囲気になっていく会場で、サイファーマスクとガンダゴウザは互角に渡り合う。しかし決着をつける前にガンダゴウザが自らリングを降りて試合は終わった。ガンダゴウザの様子から二人は知り合いだったようだとなんとなく察しがつき、その上でガンダゴウザが勝ちを譲ったことでサイファーマスクに対する懸念は少しずつ増えていく。

 

 それを、観客席の一番上から観察していた黒ローブの少年は。

 

「……なるほど、こういう手か」

「どうするの?」

 

 彼の呟きに返したのはフードで顔を隠したフラウだった。

 

「予定に変更はないな。それより次の試合だろ? そろそろ行ったらどうだ?」

「うん、そうする」

「次の対戦相手はかなり強いぞ。……存分に楽しんでこいよ」

「ええ、もちろん」

 

 フラウは微笑みを返して立ち去る。

 

「……そう上手くいくと思うなよ、英雄さん」

 

 その後彼は不敵な笑みを浮かべて呟くのだった。



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EX:鮮烈なる力VS漆黒の断罪者

この番外編で一番描きたかったところかもしれない。

Twitterでは報告しましたが本日100連が当たりムゲンなどが出ました。天井まであと五十連になったので天井してリミジャンヌを取得しました。
……今日の新キャラはそれだけでしたが充分前半の爆死を取り返す当たりだったと思います。


 入場してきたのは二人共エルーンだ。

 

 片や優勝候補の一角を予選で倒しアリーザを退けたフラウ。

 片や予選で他の参加者を瞬殺しすぎた結果早く終わりすぎたため実力に疑いを持たれている漆黒の断罪者。

 

「な、なぁあれって」

「うん。多分というかシス君だね」

 

 ビィの言葉にジータが同意する。漆黒の断罪者と名乗った彼は、普段と違う仮面をつけたシスだった。十天衆がなぜ、と考えるが答えは出ない。

 シスはシエテの頼みでこの大会に参加しているのだが、それを団長であるジータは知らなかった。

 

 騎空団の運営費用がバカ高いため稼ぐのは別に構わない。稼ぎ方も合法でという以外に縛りは設けていなかった。ギャンブルも可である。

 とはいえ十天衆がわざわざ動くなにかがこの大会にはあるのだろう。

 

 まぁシェロカルテの行方という世界にとって一大事なモノを探っているのかもしれないが。

 

 変な恰好の参加者が多いな、などと審判が話している間にリング上で二人は対峙する。

 

「「……」」

 

 両者は対峙してこの相手は強い、と確信する。

 

「漆黒の断罪者は予選で他の参加者を瞬殺した、とされている。だが速すぎて観客が目で捉えられていなかったという事態が発生し、嫌疑がかけられているぞ! フラウが紛れもなく強いことはわかっていると思うので、ここで是非彼の実力も見てみたい!」

 

 審判が場を盛り上げつつ、

 

「さぁ、それでは始めよう! 第七回戦、ファイトッ!!」

 

 試合開始の合図をする。と同時にシスの身体がブレた。一般客の目では正確に捉えられないほどの速度でフラウへと突っ込んだのだ。

 だがそれは一般客の話。シスが放った拳はフラウの蹴りで受け止められていた。

 

 互いの視線が交錯する。

 

 シスはこれくらいの動きにはついてくるか、という確認。

 フラウはこっちが蹴りなのに吹き飛ばなかったな、という喜び。

 

「は、速い! 漆黒の断罪者、これまでのどの選手よりも動きが速いぞ! だがフラウも防いでみせた! この勝負、面白くなりそうだぁ!」

 

 審判の盛り上げに応じて観客の熱気も高まっていく。

 

 シスが高速でフラウの背後へと回り込む。しかし最小限の動きで蹴りを合わせて防いでみせた。シスはそれを受けて更に速度を上げながらフラウの周りを移動して攻撃を重ねていく。フラウもそれを蹴りで相殺させた。

 観客にはシスが残像すら残るほどの速度で動いているように見えているのだが、それをフラウはコンパクトに動くことで対応していた。高い次元の試合に観客は大いに盛り上がっている。

 

 となると次に観客が期待するのは、試合が動くこと。

 

 いつどちらがなにを仕かけるのかを期待しながら観ていた観客達は、徐々にシスの動きが加速しているのを理解した。シスの攻撃が掠ることが増えてきたのだ。フラウも対応してはいるのだが、どうしても受け損なうことが出てきてしまう。

 それはフラウよりもシスの方が速いため当然のことなのだが、それでも直撃しないように立ち回っているのは脅威の一言である。

 

「あの姉ちゃん凄ぇぜ……仮面の兄ちゃんと互角だ」

「うん。実際に戦ったからわかるけど、シス君の強さは速さだけじゃなくて、力もなんだ。筋力っていう意味じゃなくて、速さをそのまま攻撃の威力に換えてるって言うのかな。徐々に調子を上げてくシス君の攻撃を、ずっとコンパクトに威力を抑えた蹴りで相殺し続けてるのは、あの女の人が凄いんだと思う」

 

 攻撃を受けた時はあの細腕のどこにそんなパワーがと思うのだが、速く動けるという利点を攻撃に変換していると思えば納得がいく。

 ただそれを腕力の三倍はあると言われているとはいえ蹴り一発で相殺できているフラウも充分おかしい。

 

「……ふふっ」

「なにがおかしい」

 

 戦いの最中に笑みを見せるフラウにシスが手を休めずに攻撃しながら返す。

 

「楽しいなと思って。本気の本気で戦えないのが残念なくらい」

「……」

 

 フラウの言葉になにも返さなかったが、シスも同様だった。戦いが楽しいと思っていることではなく、本気の本気が出せないという点だ。

 シスは暗殺者であるために本気を出すとはつまり、相手を殺してしまう可能性を高める。

 フラウは個人の全力なら兎も角、契約している星晶獣の力を駆使してこその本気だ。大会のルールに反してしまう。

 

「でも勝ちは捨てないけどねっ」

 

 フラウはシスの攻撃の一つに狙いを定め、相殺させるだけに留めておいた威力を本来の全力に変えて蹴りを当てる。攻撃力という点ではシスを上回っていたためにシスの体勢を崩すことに成功した。

 

「っ……!」

「ああっとここで漆黒の断罪者の動きが止まったぁ!」

 

 体勢を崩されてはシスもすぐには動けないため、フラウはそこを狙う。

 

「ふっ!」

 

 渾身の回し蹴りは衝撃が観客席まで届くほどの威力だったため、直前で回避したシスの体勢を風圧で阻害した。そこを追い立てるようにフラウは攻める。シスの速さを邪魔できるほどの風圧を起こす威力の蹴りを放つ、なんてことが可能なのはシスと同じ十天衆の中でも数人しかいないだろう。

 

「……衝動は止められぬ」

 

 自身を強化するアビリティを使用、動きを加速させてフラウ渾身の蹴りを拳で相殺する。その間に体勢を立て直したシスは瞬時に背後を取って攻撃を、というところで動きを読んでいたらしいフラウの回し蹴りが当たる――かに思われたがそこにいたシスは残像だった。

 シスは既にフラウの蹴りが向かう先とは別方向に移動しており、蹴りを放った直後の彼女の腹部に拳を叩き込んだ。

 

「この試合最初の直撃は漆黒の断罪者だ!」

 

 審判が声を上げて遂に試合が、と思われたがフラウは持ち前の脚力で吹き飛ぶのを抑えて手でシスの腕を掴んでいた。どこかで受けたような戦法で、フラウは避ける術のないシスへと浮かせていた脚を戻して全力の蹴りをぶつけた。シスの身体は勢いよく弾かれる。地面に足を着けて踏ん張ろうとするがそれでも勢いが止まらずリング際まで来て、ようやく停止した。

 

「……」

 

 シスは掴まれていない方の腕を防御に使ったのだが、その防御の上からでも傷が出来て血を流していた。防御に使った左腕も折れてはいないがヒビくらい入っているかもしれない。

 

 ……俺が相殺したと思っていた一撃は、まだ本気じゃなかったか。

 

 アビリティまで使って相殺した、と思っていたのだがその蹴りよりも格段に威力が高い蹴りだった。当然本気の蹴りはその分溜めが長いため動きの速いシスに当てられないという理由で、足を止めさせる必要があったのだと思うが。

 

「漆黒の断罪者が先に攻撃を入れたかと思いきや、フラウも負けじと反撃! これは凄まじいバトルだ!」

 

 二人の攻防に会場は盛り上がっていたが、

 

「……そろそろ決着をつけてやる」

 

 シスは構わず勝負をかけにいく。フラウは楽しげな笑みを浮かべたままシスの行動を待つ。

 

「……これで断ち切る」

 

 途端、シスが三人に分裂した。……ように見えるほどの速度で動き続けているのだとは思うが。

 

「こ、これは一体!? 漆黒の断罪者が三人いるように見えるぞ!?」

 

 会場にもどよめきが起こる。シスは三人になったままフラウへと駆け出し、

 

「――天地虚空」

 

 三人それぞれが攻撃を仕かけていく。

 

「夜叉閃刃ッ!!!」

 

 単純計算で先ほどの三倍の攻撃がフラウを襲うのだが、彼女は笑みを浮かべたまま右脚を高々と掲げると、

 

「はあぁ!!」

 

 ただ思い切り地面へと振り下ろした。観客席の一番上まで衝撃が届くような一撃がリングを真っ二つに割り、両側を持ち上げる。流石のシスも足場を狂わされては持ち前の速さを活かし切れず三人の分身は一人にまで減ってしまう。それでも怯むことなく強行した結果、シスの拳がフラウへと届いた。フラウの身体はなんとかリング際で踏ん張ったが、

 

「……これ以上は、流石に殺し合いになっちゃうかな」

 

 そう呟くと、

 

「楽しかったよ。また戦おうね」

 

 軽やかな足取りで自らリングを降りた。

 

「…………っと、私としたことが呆然としてしまいました! 漆黒の断罪者が三人に分裂しかかと思ったらフラウが一撃でリングを割って、それでも一撃入れられてしまいましたが、今、彼女自らの足でリングを降りました! よってこの勝負、漆黒の断罪者の勝利ですッ!!」

 

 各地で武闘大会を見てきた審判ですら唖然としてしまう事態ではあったが、ハイレベルな試合を見せてくれた

二人に惜しみない歓声が上がる。

 

 シスは腕を組んだ姿勢で喝采を受けながら、俺はやるべきことをやるだけだと思い直してリングを去った。

 

 その後リング修繕のため一時休憩となり、その間に目を覚ましたフェザーとランドルが決着をつけることとなった。

 リングが破壊されていることと腕相撲などでは拳を重視するフェザーが有利なのでは、という意見が上がったために究極の真剣勝負(じゃんけん)の三本勝負で二勝した方が勝者とされた。

 

 結果、真っ直ぐなフェザーがランドルの読みに敗北した。だが二人はいつか戦いで白黒をつけてやると誓い合い、今回は一旦の引き分けとしたのだった。

 

 その後リングの修繕が終わってからスカイグランデ・ファイト主催者にして民衆から圧倒的な支持を集めるハーヴィンの男性、アルハリードが勝者となったランドルと戦った。

 

 アルハリードは漆黒の断罪者並みの速度と力を見せつけ、終始ランドルを圧倒してみせる。

 支持する彼の活躍に会場は大きく盛り上がるのだった。

 

 こうして準決勝に駒を進めた四人が決定する。

 

 性格が悪いと噂され、悪役っぷりで観客から反感を買いまくるエヴィルマスク。

 有名強者と二回当たり、しかし今は策を弄しているのではないかと疑われているサイファーマスク。

 圧倒的な力を見せつけたフラウを倒して勝ち上がった最速の男漆黒の断罪者。

 支持を集め実力で魅せた主催者兼参加者にして英雄アルハリード。

 

 エヴィルマスクVSサイファーマスクでは色違いの同じ恰好をしているということでなにか関係があるのではないかと噂されている。この勝負では魔物が事前にけしかけられるのか、どちらかが自らリングを降りるのか、などなど嫌な雰囲気が漂っている。

 ただし純粋な勝負という点ではヘイトを集めまくっているエヴィルマスクではなく、サイファーマスクに勝って欲しいという声が大きいようだ。

 

 漆黒の断罪者VSアルハリード。アルハリードの活躍する姿を見たいと思う者も大勢いるが、準々決勝の戦い方を見る限りどちらも速くて強いタイプだ。つまりどちらがより速くて力強いかによって勝敗が決すると思われた。

 今大会最速決定戦だと言う者もいるくらいに注目度が高い勝負だ。

 

「きゃぁ! 場内にまた魔物が!?」

 

 突如現れた魔物に悲鳴が上がり動揺が広がる。なぜか、エヴィルマスクのいる近くで魔物が現れた。

 だが彼は慌てず、襲われそうな人を助ける素振りも見せない。

 

「フラウ」

 

 一言そう告げると、現れた女性が一発の蹴りに炎を纏わせて現れた魔物を一掃した。

 

「これで、今回のは全部かな」

「ああ。魔物の襲撃は結局、あいつの対戦相手を少し消耗させる程度で留めてる。客に被害が出ないのもそうだが」

「ええ。でも、なんでこんなことするんだろう」

「さぁな。だがフラウには、とりあえず一生わからないことだろうよ」

「……予想がついてるの?」

「まぁな」

 

 二人の会話から、今大会のダークホースとも言われていた彼らが知り合いだという事実が発覚する。

 

「さて、そろそろ行くか」

「試合、頑張ってね」

「ああ」

 

 言ってからエヴィルマスクは一人リングへと歩いていった。

 

 本気でサイファーマスク――グランと勝負するのは久し振りかもしれない。最近はどちらかというと共闘、同じ側で戦うことが多かった。

 

 ……【ベルセルク】でボコボコにされた時以来かね。

 

 そんなことを思いながら、ここに来た目的を達成するためにエヴィルマスクと名乗ったダナンはリングへと向かう。

 

「さぁ、いよいよ準決勝! まずは全く同じ恰好をした二人の戦いだ! エヴィルマスクVSサイファーマスクッ!!」

 

 エヴィルマスクの登場に会場中がブーイングを起こす。サイファーマスクへの疑いはあってもエヴィルマスクよりはマシなようだ。

 

「おっとここで新情報だぁ! 先ほど魔物の襲撃があった近くにエヴィルマスクがいたのだが、そこでフラウがエヴィルマスクと親しげに話しているところを見かけたとのことだぞ!」

 

 審判が告げると、魔物の襲撃がサイファーマスクの対戦相手にあったこと、ではなくエヴィルマスクがフラウと親しげだったことに対してブーイングが巻き起こる。マスクの下でダナンが「煽るんじゃねぇよ審判」と苦笑していたのは内緒だ。

 とはいえ順調な流れなので気にせず、リング上に上がる。反対側から入場してリングに上がったサイファーマスクと目が合った。

 

 真剣な面持ちの相手を見て、逆にニヤリと笑う。彼にとってこの勝負こそが本番なのである。

 

 ……さぁ、精々俺の計画のために利用されてくれよ? グラン。



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EX:己が拳に懸けて

番外編完結です。本来とは異なる流れになっています。

次の更新は今のところ未定ですね。次に書く話を別の番外編にしようか、本編に戻ろうか決めかねているところもあるので。
ただエイプリルフールにはまた番外編を投稿する予定ですね。次の更新はエイプリルフールになりそうですねぇ。あ、その番外編はるっ関係ではないので悪しからず。


 スカイグランデ・ファイト第九回戦。

 ほとんど同じ恰好をしたエヴィルマスクとサイファーマスクの試合が開始される。

 

「ファイトッ!!」

 

 審判の合図と同時に二人が駆け出す。突進時の構えからなにをしようとしているのかがわかった。

 

「これは両者ラリアットをするつもりだぁ!!」

 

 審判の言葉通り、二人がラリアットをする。どちらも首に直撃はせず、腕同士がぶつかる結果となった。リング中央でぶつかり合って、しかしどちらも弾かれない。

 

「これは両者互角の模様!」

 

 声を返す余裕があったのなら、エヴィルマスクの中の人は「互角じゃねぇよギリギリだアホ」と言っているだろうが、傍目からでは互角にしか見えない。

 一瞬二人の視線が交錯して同時に離れた。そこからは殴り合いだ。

 

 まずは小手調べとばかりに拳を放っては腕で防御するというまともな殴り合いである。思いの外真っ向勝負で始まった試合に会場はちゃんとした盛り上がりを見せ始めていた。

 

「クラウディアさんの時と違って真っ向勝負ですね」

「うん。でも絶対なにか狙ってると思う」

 

 ちゃんとした試合になりそうだとほっとするルリアだが、ジータはじっと疑いの眼差しを向けている。片方の日頃の行いというヤツだろう。

 

「おっとここでサイファーマスクが突如タックルーッ! エヴィルマスクに直撃した、ように見えるが!?」

 

 拳の打ち合いから流れを変えるためかサイファーマスクが低い姿勢でタックルをかます。当たりはしたのだが、エヴィルマスクは吹き飛ばされることなく受け止める。そのまま上からサイファーマスクの身体を抱え込んで持ち上げた。

 そして相手を叩きつけるように倒れ込む。

 

「これは決まったぁー! だが両者ほぼ同時に起き上がったためダウンはなし! だがそこにエヴィルマスクが膝蹴りを入れたーっ!」

 

 サイファーマスクはすぐに起き上がってみせたのだが、起き上がり直後を狙う気満々だったエヴィルマスクの跳び膝蹴りが顔面に直撃してしまう。威力の高い攻撃によろめくサイファーマスクに殴って追撃を行った。

 

「おおっとこれはサイファーマスク劣勢か!?」

 

 何発も直撃を受けてしまってサイファーマスクがこのまま負けてしまうのではないかと観客に思わせてしまう。だがラッシュの合間を縫ったカウンターがエヴィルマスクの左頬を捉えて後退させた。その間に体勢を立て直して、仕切り直させる。エヴィルマスクもぺっと血を吐き捨ててから構え直した。

 

「なんとか仕切り直したサイファーマスク! 実力は拮抗に近いが、ややエヴィルマスクが有利か?」

「やっちまえサイファーマスク!!」

「そんなヤツに負けんじゃねぇ!!」

 

 審判の言葉に少しずつサイファーマスクを応援する声が増えていく。サイファーマスクの証拠のない噂よりも実際に見たエヴィルマスクのヒールっぷりが印象に残っているのだろう。

 

「サイファーマスクを応援する声が聞こえてきます! さて彼は声援を力に変えて勝利することができるのでしょうか!?」

 

 審判の声を待っていたわけではないだろうが、言葉の直後にサイファーマスクが突っ込んだ。果敢な姿勢に観客の心も傾き続けていく。エヴィルマスクもそれに迎え撃つ形で殴り合いが再会された。

 

「う~ん……サイファーマスクが応援されてるのはいいんだけどよぅ。ちょっと複雑な気分だぜ」

「はい……」

 

 お人好し勢の二人はサイファーマスクの味方をしてくれる会場を嬉しく思うことよりも、エヴィルマスクにアウェイな会場を気にしていた。

 しかし二人もそんなことを気にしていられなくなる事態が発生する。

 

「エヴィルマスクのカウンターが決まったぁ!」

 

 殴り合いの流れが変わり、サイファーマスクが大きくよろけたのだ。追撃を避けようと放った拳も回避されてカウンターを決められてしまう。

 

「こ、この流れはソリッズの時と同じ!? サイファーマスクの攻撃が悉くカウンターで返されてしまうぅ!!」

「クソッ、負けんな!」

「頑張ってサイファーマスク!」

 

 同じパターンを以前見ていたため、一方的な試合になってしまうことを懸念した多くの観客から声援が送られる。ビィとルリアも堪らず応援する中、声援が力になったのか力強い一撃がエヴィルマスクの腹部に深々と突き刺さった。だがエヴィルマスクはそれを耐えると、突き出された左腕を右手で掴み左手で二の腕を外側から掴む。

 

「ま、まさか……!?」

 

 審判が引き攣った声音で言った直後、エヴィルマスクは左手を左側に、右手を右側にズラした。今の状態でそんなことをすれば、サイファーマスクの左腕の肘から先が逆側にへし折れてしまう。実際、ぼぎりという嫌な音が響いてサイファーマスクの左腕が変な方向に折れた。

 

「っつ~~~!!?」

 

 真顔を保っていたサイファーマスクも流石に腕を折られては苦悶の表情に変わり、怯んでしまう。

 

「な、なんて野郎だ!」

「正々堂々戦え卑怯者!」

 

 明確に禁止されていないとはいえ、故意にやったとなれば反感を買うのは当然のことだ。会場中がブーイングに包まれる。だが本人は気にした風もなく、怯んだだけでダウンしてねぇだろ? とでも言うかのようにサイファーマスクの顔面に跳び膝蹴りをかました。直撃して後ろによろめき、跳ね上がった顔から血が飛び散る。

 

「こ、これは酷い! 腕を折るだけでなく容赦のない追撃を行ったぁ!」

「なんて野郎だ、この外道!」

「最低!」

 

 またしてもブーイングの嵐が巻き起こる。だが当の本人は相変わらずニヤリとした笑みを浮かべたままだ。というかその上にまたサイファーマスクに攻撃を仕かけている。情け容赦の一切ない全力攻撃を、片腕で受けなければならないサイファーマスクの被弾は見る見る内に増えていく。観客も精いっぱいの声援を送っているが、一方的に嬲られるばかりだ。直撃も何度かあったせいでがくんと膝が折れるが、それをエヴィルマスクがアッパーで無理矢理立ち直らせる。

 

「ひ、膝が折れるサイファーマスクを無理矢理立ち直させた!? これは酷い、残虐非道だ!」

 

 数多くの勝負を見てきた審判も完全に引いていた。一方的に殴られ蹴られ、ダウンすることも許されないサイファーマスクを応援する声よりも、心配する声が増えてくる。

 

「見てらんねぇよこんなの……」

「そろそろヤバいんじゃないか?」

「し、審判! 勝負を止めてやってくれ!」

 

 観客から審判に声が飛ぶ。強制的に中断する方向に向いていた。審判もそれは考えていたのでリングに上がろうと近づき、しかしその前にサイファーマスクの拳がエヴィルマスクの顔面を捉えて吹っ飛ばした。空中で一回転させるほどの威力である。エヴィルマスクは難なく着地してみせたが、豪快な一撃にサイファーマスクを心配する声がやんだ。そして次の瞬間には歓声が上がり、サイファーマスクを応援する声に変わっていく。

 

「これはサイファーマスクからのまだ戦えるという意思表示なのか!? エヴィルマスクを豪快に吹っ飛ばしたーぁ!!」

「いいぞ、サイファーマスク!」

「そんなヤツ叩きのめしちまえ!」

「頑張ってーっ!」

「観客席から声援が送られる! 果たしてサイファーマスクはこの声援に応えることができるのか!?」

 

 会場を味方につけたサイファーマスクはそこから反撃に出る。実際中の人は応援を力に変えるタイプの人間だ。孤高の戦いにはあまり向いていない。むしろ孤高が向いているのは相手の方なのだが。

 

 サイファーマスクの攻撃がエヴィルマスクにかわされなくなっていく。観客にはまるでサイファーマスクが声援を力にパワーアップして逆転するかのように。……当然直撃した一撃がかなり膝に来ているというのも理由の一つではあるのだが。

 

 どちらにも直撃が増えて、足を止めての殴り合いになる。サイファーマスクは片腕しか振るえないこともあるが、エヴィルマスクもノーガードで正面から殴り合っていた。

 

「激しい殴り合いだぁ!! サイファーマスクには声援が飛んでいるが、果たして制するのはどちらだぁ!?」

 

 やがてサイファーマスクを応援する声がサイファーマスクコールに変わって会場を揺らす。

 

「会場全体がサイファーマスクを応援しているッ!! しかし片腕の影響で徐々に押されているか!?」

 

 審判が言うように、いくら頑張っても限度がある。勝利はエヴィルマスクに傾き始めていた。

 

「ここでてめえを倒しさえしちまえば、もう小細工を使う必要もねぇなぁ!」

 

 突如、エヴィルマスクは攻勢に出ると同時に叫んだ。一瞬会場は今更なにを、と思うのだが次の言葉に歓声が鳴りやんだ。

 

「魔物の襲撃を、ちゃんとてめえに(なす)りつけとけばもうちょっとヒール同士の戦いになったのによぉ」

「「「っ!!?」」」

 

 会場に動揺が走る。もちろん一番驚いているのは()()()()()だろうが。

 エヴィルマスクの非道ですっかり忘れていたが、サイファーマスクには対戦相手に魔物をけしかけている疑いがあったのだ。

 

「やっぱり俺もちゃんと怪我負っておけば良かったなぁ。……てめえがちゃんと悪者になれるように」

 

 エヴィルマスクが覆面の奥でニタリと笑う。その表情を見てサイファーマスクの中の人の正義感に火が灯った。更には観客のブーイングも酷いモノになり、サイファーマスクを応援する声が強まっていく。

 

「審判! あの野郎を反則負けにしろ!」

「そうだそうだ!」

「おいおい、反則なんてしてねぇじゃねぇか。だって“俺”は手出ししてないんだぜ? それに、証拠もないのにでっち上げるなんて最低だな」

 

 観客の野次に本人が答えた。自分のことを棚に上げての様子に怒りがブーイングへと変換され罵詈雑言が飛び交う。本人は全く気にしていないのだが。内心でも「おぉ、凄い煽れてるわ」と呑気に思っているくらいだった。

 

「……悔しいがエヴィルマスクの言う通り、証拠がない以上反則負けにすることはできない! だから頼むしかない! サイファーマスクに、勝ってくれと!!」

 

 審判の言葉に、ブーイングも全てサイファーマスクを応援する声へと変わっていく。声援を胸にサイファーマスクはエヴィルマスクに向かっていった。また二人の殴り合いが再開されるが、妙にサイファーマスクの攻撃が通る。本当に応援が力に変わるタイプの彼は、動きが良くなっていたのだ。

 

 渾身の右拳がエヴィルマスクをガード越しに吹き飛ばす。間髪入れずに突っ込んで、まずはガードを崩すための一発を見舞った。両腕が弾かれた恰好になったエヴィルマスクに、サイファーマスクは思い切り力を溜めて最後の一撃を放つ。ガードを崩されて対処できない……ということはないのだが。

 

 ……ま、ここまでやれば及第点だろ。

 

 わざとガードを戻さずに溜めの大きいアッパーを顎に直撃させられた。フルパワーの一撃はエヴィルマスクの身体を高々と吹き飛ばす。

 

「サイファーマスク怒りのアッパーがエヴィルマスクに突き刺さるゥ!! エヴィルマスクは宙を舞い、そのままリング外へと――!!」

 

 審判のそんな声を聞きながらエヴィルマスクことダナンは観客席にいたハーヴィンの男性と目が合った。そして口だけで告げる。

 

 お前の思い通りになると思うなよ、と。

 

 結局はそのままリング外へと落ちて、気絶したフリをするために目を閉じる。しかし薄目でリング上を見れば、アッパーを打ち終わり拳を突き上げた姿勢で立つサイファーマスクの姿があった。

 

 一拍置いて、会場を震動させるほどの大歓声が湧き起こる。

 

「エヴィルマスクリングアウトーッ!! サイファーマスクの勝利ですッ!! 不利な状況下からの逆転劇に会場が湧いていますッ!!」

 

 歓声の後、サイファーマスクコールが巻き起こる。だが結局力尽きたサイファーマスクは気絶フリをしたエヴィルマスクと共に医務室へ運ばれることになったのだった。

 

 ビィとルリアはサイファーマスクの勝利に喜びを見せたが、ジータは不機嫌オーラ全開だった。

 

「じ、ジータはなにをそんなに怒ってるの?」

 

 アリーザが恐る恐る尋ねると、不機嫌なことを隠そうともせずに答えた。

 

「……なにもかも掌の上で、ムカつく」

「えっ?」

「だってそうでしょ? エヴィルマスクがサイファーマスクを嵌める利点がないし、そもそもあんなわかりやすい気絶したフリないし。最後の一撃だって防げたのをわざと受けて、むしろ派手に飛ぶために自分からちょっと跳んでたし」

「最後のを防げたかはわからないけど、気絶したフリなんてこの距離でわかる?」

「うん。だってあれ、『ジョブ』の【レスラー】だもん」

「えっ!?」

 

 ジータのネタ晴らしアリーザが驚く。だが戻ってきた他の選手、クラウディアとファスティバに驚きはなかった。

 

「じゃ、じゃあサイファーマスクっていうのがグランで、エヴィルマスクっていうのがいつか見たあの……?」

「うん」

 

 今の今まで気づかなかった彼女は驚いて尋ねるが、呆気なく頷かれる。

 

「で、『ジョブ』は気を失うと解除されちゃうからあれは気絶したフリなの。大体一対一なら小細工なしでも勝ってくるのに、わざわざ策を練る必要なんてないでしょ」

「な、なるほど?」

「よし。私ちょっと行ってくる」

「どこに?」

「決まってるでしょ、医務室だよ。一発ぶん殴らないと気が済まないし」

「ど、どっちを?」

「決まってるでしょ、ダナン君をだよ」

 

 そう言ってジータは席を立ったのだという。ご愁傷様、と全員が思ったのは言うまでもない。

 

「あれ、そういえばクラウディアさんって結構怪我してたんじゃ」

「はい。ですが試合の後に本人が治しに来ましたよ」

「そうなんだ」

 

 その答えにもしかしてサイファーマスクの汚名を被るためにわざと悪く振舞っていたのかな、と考える。

 

 多分素ですとは誰もツッコまなかった。

 

 一方、試合終了後になぜか同じ部屋に寝かされたダブルマスク。

 

「あー、やっと終わった」

 

 誰もいなくなったことを確認してあっさり起き上がったダナン。既に『ジョブ』は解除している。

 

「……」

 

 グランも『ジョブ』は解除していたが声は上げなかった。

 

「なんだよ、まだ怒ってんのか?」

 

 怪我が治っていないのを確認して【セージ】となり回復してやる。

 

「……疑ってごめん」

 

 ぽつりとグランが口にした。

 

「なにが?」

 

 本当に謝られる理由がわからずに聞き返すと、

 

「……ダナンは魔物に襲撃させるとかそういう手段を取りそうだけど、僕達とは真っ向から戦うと思うから。一瞬でもそこを疑った」

「そうかよ」

 

 茶化すよりも少しだけ妙な信頼を気恥ずかしく思いそう言うだけに留めた。

 

「そうだ、一つ頼みたいんだが」

「僕に? ダナンが?」

 

 思わぬ申し出にグランはダナンを振り返ってしまう。

 

「なんだよ。できることならしない方がいいんだけどな。まぁ成り行きだ。……その頼みっていうのは簡単で、決勝戦、誰になにを言われても真っ向から勝ってやって欲しいんだ」

 

 ダナンは妙に真剣な表情で告げた。

 

「変な頼みだね」

「ああ。だが必要なことだ。……頼めるか?」

「もちろん」

 

 彼の問いに、お人好し代表は快く頷く。

 

「じゃあ任せた。俺はそろそろ乗り込んでくるだろうジータから逃げないといけないんでな」

「なにそれ」

 

 ダナンの言葉に吹き出すと、

 

「お前だって気づいてただろ? 試合中ずっとあいつが俺のこと睨んでたんだよ。絶対説教するつもりだぞあれ」

 

 眉を顰めて口にしたのを聞いて少し押し黙る。グランはあの試合、全く以って余裕がなかったのだ。観客席の誰がどんな顔をしていたとかを見ていなかった。

 

 ……試合には勝ったけど、それもダナンの思いのままなんだろうなぁ。

 

 勝てたというのに全然勝った気のしないグランなのであった。

 

「じゃあな」

 

 そう言うとダナンはさっさと医務室を出ていってしまう。その数分後にジータが凄い形相で医務室に飛び込んできた。その後も追いかけたそうだが、結局は撒かれてしまったようだ。

 

 準決勝二戦目、漆黒の断罪者VSアルハリードは序盤互角の戦いを見せ、シスが上回ったのだが。突如アルハリードの動きが加速してシスを大きく上回り、結局はアルハリードの勝利に終わった。

 その後シスがグランに試合中鋭敏な聴覚で聞いた機械音から、首の後ろに装置があるのだと告げられる。

 

 だがグランはダナンの頼みもあったので、それはそうと真っ向勝負を仕かけるつもりだとシスに告げるのだった。

 

 その裏で。

 

「よぉ、アルハリード」

「……君は、エヴィルマスクか」

 

 ジータから逃げ切ったダナンはアルハリードの下を訪れていた。

 

「よくもやってくれたモノだ。私の計画を悉く不意にするとは」

「なんだ、隠さないのか?」

「君達の動きは知っている。……魔物を駆逐し、シェロカルテの居場所の情報を流したんだろう?」

「バレてるならしょうがねぇな」

 

 アルハリードの鋭い視線にも肩を竦めて取り合わない。

 

「……サイファーマスクに支持を集めて、なにが目的だ」

「誰かの思い通りになるのが嫌だから、ってのもあるが。……あんたに本物の英雄に挑む権利をやろうと思ってな」

「なに?」

 

 アルハリードは眉を寄せるが、不敵に笑うダナンの真意は読み取れない。

 

「あんたの目論見は、推測だが英雄になりたいってところだ。しかもただの英雄じゃない、己が拳で戦う英雄だ」

「……」

 

 一部の者しか知らないはずのことをなぜ、という疑問に答えるように彼は続ける。

 

「ただの英雄ならもうあんたはなってる。民に慕われる英雄にな。だがあんたはこうして自ら武闘大会を催し、そして出場している。名声は貰っているならなぜか? と考えたところで俺はあんたが拳で戦う英雄に憧れてるんじゃないかと推測した。確信はあのあんたの憧れを体現したような巨体――ガンダゴウザの試合を見ている時のあんたの表情で持ったんだけどな」

「……なるほど、面白い推測だな」

「だろ?」

 

 そんな事実はないと言ったつもりだが、笑って返されてしまう。それが事実かどうかはなによりも本人がわかっているのだから、話を聞かせるだけで充分なのだ。

 

「だがあんたはハーヴィンだ。ハーヴィンが全員弱く生まれるかと言われれば否だが、拳一発で道を切り拓くような拳豪になるには、種族という限界があった。……だからあんたはその装置を使って本来以上の実力を発揮して、この大会で夢に見た英雄になろうとしている」

 

 どこまでこちらの事情を知っているのかはわからない。推測だと言ってはいるが、口振りからすると確信を持っているようにも見える。

 

「だが、あんたもわかっている通り姑息にも魔物を使ったり身体能力を上げる装置を使ったりするのは英雄に相応しくない」

 

 彼の言葉はアルハリードの心に的確に突き刺さった。

 

「だからそんなあんたが英雄になるために、真っ向から英雄の座を勝ち取る場を用意してやったんだ」

「……」

「今のあいつを嵌めるような真似をすれば、いくらあんたとはいえ不信感を持たれてしまう可能性がある。それはダメだ。となればあんたはあいつに真っ向から挑み、優勝という栄誉を勝ち取らなければならない。それでこそ英雄、民衆が期待するアルハリードの姿ってヤツだ」

「……」

 

 ダナンの言うことも一理ある。というよりは、そうしなければ英雄になれない状況に追い込まれてしまっていた。

 

「装置を使っても構わない。だから最後ぐらい、真っ向勝負で勝ち取ってみろよ。英雄の称号ってヤツを」

 

 その言葉は、どこかアルハリードに最後の一線を守らせようとするような印象さえある。怪訝に思いながら表情を読み取ろうとするが、やはり彼の真意はわからない。

 

「……私を、告発しようとは思わないのか?」

「別に」

 

 尋ねると即答された。ダナンにとって、アルハリードがグランを嵌めようとしていたことや武器や魔法なしの武闘大会でなんらかの装置を使っていることなどはどうでも良かった。

 

「あんたはどんな手段を使っても、なんて思ってるのかもしれないが。わかったような口を利かせてもらうが、それで優勝したとして、あんたの心は納得するのか? 最終的にはシェロカルテを人質に取って脅すんだろうが、それで勝ったとして納得できるのか? それで英雄になったとして、英雄になるために仕方がないと自分に言い聞かせ続けるのか? ――それで本当に英雄になれるとでも?」

「っ……!」

 

 言われて、冷静さを保っていたアルハリードの表情が歪む。怒りや悔しさ、哀しみなど様々な感情が渦巻いていた。

 

「断言してやる。()()()

 

 そんな彼に、ダナンは容赦なく告げる。

 

「憧れを夢に掲げているのはあんた自身だ。だから、あんた自身が一番よくわかってる。そんなことをして勝ち取った英雄の称号に、価値なんてないってことをな。自分が欲しい英雄の称号とは違うってな」

 

 だから、

 

「最後ぐらい、全力でぶつかってみろよ。装置を使った全力を尽くして真っ向から挑んでみろ。……あいつは、世界を救った本物の英雄だぞ」

 

 下げて、そこから上げる。詐欺で学んだ手口だ。突くのが当人の深いところであればあるほど効果を発揮する。

 

「偽物なりに足掻いて、本物を体感してこい」

 

 そう告げると、言いたいことは言ったとばかりに踵を返す。

 

「……なぜ、私にそこまでする?」

「計画の邪魔をしただけだろ。……まぁ、あいつよりはあんたの方が気持ちがわかるってだけのことだよ」

 

 アルハリードの問いに答えると、そのまま立ち去っていった。

 最後の言葉だけは、少し本心が混じっているように思う。立てた計画を悉く邪魔してきた相手は、わざわざ本物とぶつかり合う場を用意するためだったらしい。

 

 そのことに苦笑して、一つ呟いた。

 

「……装置を使った上でも全力でぶつかる、か。なるほど。確かにそちらの方が楽しそうだ」

 

 どんな手でも、手を汚してでも勝ち取ろうとしていたが、その時の彼は真っ向から挑んだ方が面白そうだと心から思っていたのだった。

 

 その後、遂に始まった決勝戦は。

 

 互いに死力を尽くしたスカイグランデ・ファイトの決勝に相応しい激闘だったという。

 

 武闘大会屈指の名勝負とも言われたが、その後準優勝となったアルハリードがそれを辞退。装置のことを告白するという騒動もあった。

 だがそれでも戦いを盛り上げてくれた彼に観客は感謝を示し、今度は純粋な実力で、と彼の再起を待つ答えを示した。……年齢と共に衰える身体を考えればもう無理だと思うのだが、アルハリードはその気持ちに表面上応えるのだった。

 

 魔物襲撃についても告白したのだが、観客席の一部から「アルハリードさんは優しいからエヴィルマスクを庇ってるんだよ」という声が聞こえて観客もそれに納得し、結局エヴィルマスクの仕業とされた。最初の一声を上げた主は黒いローブを羽織って顔を隠した男だったという。

 

 ……余談だが。

 

 その後アルハリードはサングラスをかけた謎のハーヴィン爺さんに声をかけられ、アストラルという謎の物質を吸うことで身体を維持する術を会得し、アストラルを吸うことによって魔力的な補助を獲得したのだとか。

 

 アルハリードが魔法ありの亜種スカイグランデ・ファイトで見事優勝を果たしたのは、また別の話である。



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IF:『ゼロから共にイスタルシアへ』

お久し振りな気がします。
今日はエイプリルフールですので、特別な番外編になります。

タイトルの通り通常の番外編EXとは違う、IFの番外編です。もしもの世界のお話です。
もしもボックス風に言うなら「もしもダナンがグラン、ジータ、ビィと一緒にザンクティンゼルで育ったとしたら」という感じになります。

なぜこういうのを書こうと思ったかですが、エイプリルフールに近年IFルートを書く作品があって、それが好きだからです。具体的に言うとリゼロです()。

注意事項をよくお読みの上、読むか読まないか決めてください。

※この番外編はエイプリルフールネタのため、本編ではありません。一切関係ありませんとは言いませんが、別の物語として考えてください。
※るっ関係ではありません。
※IF世界のため本編とはキャラの関係性などが違ってきます。そういったモノが許せる方のみお読みください。
※本編の重大なネタバレはないはずです。本編の細かな伏線などはありますが、気にしなくても平気です。
※約五万字と長いのでエイプリルフールイベントなどをこなす人はその後でも大丈夫です。明日になったら削除することはありません。


 島民が自給自足をしているために他島との交流が少ないザンクティンゼル。

 

 その島から途轍もなく強い男性二人と巫女として滞在していた女性が空の果てへと旅立った。

 それから十年近い月日が流れ、その子供達がザンクティンゼルに暮らしていた。

 

 茶髪の男の子と金髪の女の子の双子。そして小さな赤き竜。ある日、双子の父親が突然汚らしい黒髪の男の子を連れてきた。

 

「今日からこの子はうちの家族だ」

 

 双子の父はそう言って紹介した。

 

「ぼくグラン。よろしくっ」

 

 茶髪の男の子は無邪気な笑顔を浮かべて黒髪の男の子に手を差し出す。汚らしくて臭い相手であっても嫌な顔一つしないいい子である。だがその相手はぱしんと手を払いのけた。双子とは違ってやさぐれた目で睨みつけている。

 

「きやすくしてんじゃねぇよ」

 

 刺々しい言葉にグランは怯んでしまう。当然空気も悪くなるが、

 

「そんなこといっちゃダメでしょ!」

 

 双子のもう片方が叱りつけるように言った。だが彼はぷいとそっぽを向くばかりだ。それに女の子、ジータと赤い竜のような生物、ビィがむっとした様子を見せる。

 

「四人共仲良くな」

 

 そんな様子に父は苦笑しながら、仲良くなるためには裸の付き合いだと言ってまとめて風呂に入れてやった。そこでもまぁ一悶着あったのだが、後のことは当人達に任せて父はまたどこかへ行ってしまうのだった。

 それから夕食になったのだが世話をしてくれている女性が作った料理に、黒髪の男の子、ダナンは手をつけなかった。

 

「ど、どうしたの? お腹空いてない?」

 

 女性はできるだけ優しく声をかける。島の大人達はダナンが双子の父と共に旅へ出た極悪非道の問題児の子供であるということを聞いていた。だからこそ接し方に迷いがあるのだ。

 

「……これはなんだ?」

 

 だが彼は貧しい孤児として育った影響で、知らないだけだった。

 

「えっ? ……えっと、シチューって言う料理よ?」

「りょうりってなんだ?」

「えっ!? ……食べ物を美味しく食べられるようにしたモノ、かしら」

 

 思わぬ質問にこれで合っているのか迷いながら答えを返す。ダナンはじっとシチューを見つめていた。存在すら知らなかった目の前の白い液体が食べ物であると認識しているのだ。だが彼が普段口にしているモノが入っていない。

 

「たべものか。けどむしとかねずみがはいってないぞ?」

「「「っ!?」」」

 

 彼は不思議そうに首を傾げているが、一般的にそういったワードは食事中に出してはいけない。

 

「うへぇ、へんなこというなよな」

 

 ビィがしゃりしゃりと齧っていたリンゴから口を放して嫌そうな顔をする。グランとジータも虫が入っていないかちょっと気にし始めてしまった。

 

(食べ物と言って虫と鼠が出てくるなんて、スラム街にでも住んでたの? もう、あの人はなんでこの子を連れてきたのよ!)

 

 女性は頭の中でそう考えて彼を連れてきた男を恨む。

 

「……えっと、虫や鼠は料理には使わないのよ」

「そうか」

 

 少し引き攣った笑みで告げると、ダナンはあっさりと頷いた。

 どうこの料理を食べるのかで少し悩んだ後、グランとジータがしているようにスプーンで掬って一口入れる。

 

「っ!!」

 

 口にした瞬間、ダナンが口元を押さえて俯いた。

 

「だ、大丈夫? 口に合わなかった?」

 

 突然変わった様子に慌てて腰を浮かせる。他三人も心配そうな表情をしていた。だが、そんな彼らとは裏腹に顔を上げたダナンは――無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

「これがりょうり、これがりょうりか! おいしいというのはこういうことか!」

 

 やさぐれた様子とは打って変わってきらきらと目を輝かせている。あまりの豹変っぷりに四人がぽかんとしたほどである。

 

「なぁ! りょうりおしえてくれ! おれもできるようになりたい!」

「え、ええ……」

 

 ダナンに予想外の視線を向けられて戸惑いながらも、女性は頷いた。かつてのあの男を知っている身としては、不思議で仕方がない顔だったのだ。

 食事中、ダナンはずっと笑顔だった。

 

 その後寝る前になって、女性は三人に話をすることにした。まだ心が出来上がっていない子供の時期なら、そしてあの人の子供達なら彼をきっといい方向に導いてくれるのではないかと思ったのだ。

 

「ダナン君は多分、色々知らないだけだと思うの。家族とか友達とかもね。だから、できれば三人にそういうのを教えてあげて欲しいの」

 

 ただの希望的観測かもしれない。それでも彼女はそう言った。将来お人好し代表として有名になる双子はあっさりと頷く。

 それから寝る時になってとりあえず床の端で寝転がればいいかと思っていたダナンを、顔を見合わせた三人が頷き合ってから、

 

「つかまえた! グランそっち!」

「なにしやがる」

「つかまえたっ!」

 

 ジータが左腕を掴み、グランが反対の腕を掴んだ。楽しそうなのは結構だが寝るのを邪魔しやがって、と思うばかりである。

 

「ビィ!」

「おう!」

「うぎゃっ」

 

 二人でダナンを寝室に引っ張り、それでも抵抗する彼をビィが正面から突撃して押し込んだ。結果ダナンは抵抗できずベッドに倒れ込む形となる。

 

「じゃまだ、このトカゲ」

「オイラはトカゲじゃねぇ!」

「いいからここでねるの」

「かぞくはいっしょにねるものなんだよ」

 

 双子より一歳年上とはいえ、三人がかりでは抵抗することもできない。ため息を吐いた。

 

「わかったよ、ここでねればいいんだろ」

 

 ぶっきらぼうな言い方だったが思い通りにいって三人が笑い合う。

 

「でもおもいからどけ」

「やなこった」

「……」

 

 寝るに寝れないから退いて欲しいのに、と思いながらも言うことを聞かなさそうなビィを見て嘆息した。

 

「……はぁ」

 

 そして目を閉じる。いきなり生活環境が変わって疲れたのだ。

 

「おやすみくらいいえよぅ」

「はいはいおやすみおやすみ」

「てきとうかよ!」

 

 ビィのツッコミが炸裂するも、少し煩いなと眉を寄せただけで眠ってしまう。本当に疲れていたのだ。

 

 それから四人は一緒に過ごして、ダナンも少しずつ三人と仲良くなっていった。料理を教わって才能を現したのは意外だったが、そういう理由で街の人とも接していく。親のことを理由に不安がっていた大人達も受け入れていった。

 

「グラン、ダナンも! 危ないからやめてって!」

 

 なぜか張り合いたがる二人が、今日は崖登り勝負をしていた。先に上まで登った方が勝ち、というルールである。それをジータとビィが呆れと心配の混じった顔で見守る。最近ではいつものことだった。

 

「へへっ。こりゃ俺の勝ちだな」

 

 ダナンが素早く登って差を離す。グランは悔しそうにして一気に登ってきた。その結果足を踏み外して、そのまま落下する。

 

「っ〜〜〜!!」

 

 後頭部を勢いよくぶつけ、手で押さえながら悶絶して転げ回った。

 

「ははっ。じゃあこの勝負も俺の勝ち、ってあれ?」

 

 無様なグランを笑って登っていくダナンも足を踏み外して、落下する。

 

「っ〜〜〜!!」

 

 後頭部を勢いよくぶつけ、手で押さえながら悶絶して転げ回った。

 

「こりゃ引き分けだな!」

 

 同じような格好で悶絶する二人を見てビィが笑う。

 

「もうっ、二人共危ないって言ったでしょ」

 

 頰を膨らませて怒るジータ。ダナンは頭を撫でながら彼女に近づくと、別の手でジータの頭に手を置いた。ちゃんと土は払ってある。

 

「っ……」

「ジータがちゃんとしてくれてると助かるよなぁ。よしよし、いつもがんばっててえらいいな」

 

 そして撫でた。ジータは払うべきか迷ってされるがままになる。ジータは世話の焼ける双子の兄と小さい竜、あと友達がいるくらいなので身近な年上が少なかった。よく「ジータちゃんはしっかりしてるわね」と言われるくらいである。だがダナンという身近な年上が現れたことで素直に甘えられるようになっていたのだ。

 

「ジータ、ごまかされてるぞ!」

「はっ!」

 

 ビィに指摘されるまで先ほどまでの怒りがどこかへ行ってしまうくらいである。

 

「ちぇっ、ビィはするどいな。よしもっとなでてやろう」

 

 しかもダナンはこれを狙ってやっている。それはわかっているのだが、どうしても抗えないのであった。

 

「あ、おい! ジータになにしてやがる!」

 

 そこへ三人と同年代の少年アーロンがやってくる。彼は傍目から見れば一目瞭然なのだが、ジータに片想いをしているのである。

 

「よう、メーロンじゃん」

「アーロンだよ!」

「マーロンな」

「だからアーロンだって! わざとだろ!?」

 

 ダナンとしてはからかい甲斐があるのでそれなりに気に入っているのだが、アーロンとしてはジータを取り合う(?)ライバルのような存在である。食ってかかるのは当然だった。

 

「グラン! 今日こそダナンをたおすぞ!」

「わかった!」

 

 アーロンはグランを誘ってダナンに挑む。

 

「上等だ、やれるもんならやってみやがれ! いくぞ、ビィ!」

「オイラかよ!?」

 

 そういう時ダナンは決まってビィを指名する。その上で二人をボコボコにしてしまうのだから、一歳差というだけでなく巧いのだろうとわかった。

 残ったジータはむくれつつも楽しそうだからまぁいいかと思ってやりすぎだと思ったら止めることにしている。

 

 ダナンが来てから二年。随分と仲良くなったモノである。

 

 そうして時は過ぎ。

 

「あれ、帝国の船じゃないか……?」

「嘘だろ、なんでこんな辺境に」

 

 グランとジータが十五歳、ダナンが十六歳になった年にそれは訪れた。

 

 今ファータ・グランデ空域で最も勢力を持つエルステ帝国の騎空挺がザンクティンゼルの上空を移動していたのだ。ザンクティンゼルは控えめに言って辺境の田舎である。エルステ帝国がわざわざ兵力を割いてまで支配しようと思うはずもなかった。

 それだけならまだ良かったのだが、騎空挺が爆発する。なんだなんだと混乱が起こる中、グランは蒼い光が落下していくのを見て駆け出し落下地点である森の方に向かっていった。

 

「お、おい、グラン!」

 

 ビィが慌ててグランを追う。

 

「ち、ちょっと! もうっ!」

「はぁ、しょうがねぇな」

 

 後からジータとダナンがついていった。

 そこでグランは蒼の少女ルリアと出会い、帝国兵に追われる彼女を助ける。ジータとダナンも協力すれば修練されているとはいえ帝国兵など相手ではない。そこにルリアを守らんとする女騎士カタリナも合流したが。

 

「ここまでですよォ、裏切り者のカタリナ中尉とガキ共」

 

 ポンメルン大尉が多くの帝国兵を引き連れてやってきた。

 

「なんだあのセンスない鬚のおっさん」

 

 ダナンの率直な悪口にポンメルンの額に青筋が立った。

 

「う、撃ち殺してしまいなさいィ!!」

 

 そのまま怒りに任せ兵士に命じた。銃口が一斉にダナンを向く。なにも知らないルリアとカタリナは息を呑むが、彼のことをよく知っているグラン、ジータ、ビィは次の動きに頭を働かせていた。

 一斉に引き金が引かれて森の中に銃声が木霊する。だがダナンは引き金を引く瞬間に屈んで銃弾を回避した。そしてそのまま低い姿勢から帝国兵へと駆け出し攻撃を仕かけていく。ほぼ同時にグランとジータも駆け出しており、帝国兵達は囲んでいた有利から一人残らず倒されてしまった。

 

「こ、こんなガキ共に……!」

「こんなガキに状況覆されるようじゃ、帝国も大したことねぇな」

 

 呻くポンメルンに不敵な笑みを浮かべて返すダナン。だが残るはお前一人だ、とはならなかった。

 

「チィ! 仕方ありません。こうなったらあれを出すしかありませんねェ、ヒドラァ!!」

 

 奥に潜ませていたらしい帝国兵達が、五つ首の魔物、ヒドラを連れてくる。木々をへし折りながら突き進んでくる巨体にカタリナが戦慄した。カタリナだけではない。六人の内五人は息を呑みその圧倒的な存在感に圧されていた。

 そんな中グランが密かな決意を固める。自分達三人の中でも自分だけが持っている『召喚』という能力によって性能のいい武器を『召喚』して戦えるからこそ、僕がやらなければならないと。

 

 そう決意してヒドラに向かって飛び出――そうとしたのだがパーカーのフードをダナンに掴まれてつんのめる。

 

「ぐえっ」

 

 思わず潰された蛙のような声を出してしまい、けほけほと咳き込んだ。

 

「バカかお前は。いずれ騎空団の団長になろうってヤツが真っ先に死にに行くような真似するんじゃねぇよ」

 

 唯一冷静だったダナンは呆れたように言う。そう言われてはなにするんだと目で訴えていたグランもなにも言い返せなかった。

 

「ほら武器出せ」

 

 そして手を差し出してくる。グランの『召喚』のことだろう。

 

「……勝てると思う?」

「意地でも勝つんだよ。じゃなきゃまとめて死ぬだけだ」

 

 一緒に暮らす前のこともあってか一つ年上と言うには達観したところも見せるダナンに言われて冷静さを取り戻し、大人しく三人分の武器を『召喚』する。グランは剣、ダナンは短剣、ジータは杖だった。

 

「……さり気なく私も戦う流れになってるんだけど」

「おいお前の妹酷いぞ。兄が決死の覚悟で戦おうとしてるのに見殺しにする気だ」

「しないからねっ!?」

 

 話に入っていなかったジータの分まで武器を『召喚』しているため、巻き込む気満々だ。当然彼女の助けなしではヒドラを倒すことができないし、ジータ自身も黙って見ている気はないのだが。

 とはいえそんなやり取りをすることである程度ヒドラが現れた時の緊張は解れていた。

 

「よし、じゃあやるか」

「ま、待て! 多少腕が立つ程度でヒドラをどうにかできるわけがない!」

 

 構える三人をカタリナが呼び止める。

 

「すみません、カタリナさん。僕達旅に出たいので、ここで立ち止まるわけにはいかないんです」

「目指すは空の果て、だもんね」

「そういうことらしいぞ。……あんたは大人だから、やるべきことくらい察しがついてんだろ?」

 

 グランとジータはダナンもノってきてくれなかったことに不満を示していたが。

 

「……私はこの子を、ルリアを守ると誓っている。勝ち目のない勝負には乗れないぞ」

「だろうな。だが俺達三人が無事な時の方が勝率が上がると思わないか?」

「……」

 

 どうも彼の思い通りに動かされているようで嫌だったが、確かに言う通りではある。

 

「はぁ。仕方がない。私も手を貸そう」

 

 嘆息して腰の剣を抜き放ち、三人の近くまで歩く。

 

「ふん。カタリナ中尉が加わったところで所詮ヒドラには敵いませんよォ。やってしまいなさい、ヒドラァ!」

 

 戦う構えの四人を見て、ポンメルンは鼻を鳴らし始末を命じる。ヒドラが雄々しく吼える中、

 

「ジータは援護を頼む。突っ込むぞグラン!」

「「わかった!」」

 

 ダナンが言ってジータは三人固有の『ジョブ』を駆使して【ウィザード】へ姿を変え魔法の準備する。グランは『召喚』した輝剣クラウ・ソラスを構えて威勢良く突っ込んだ。しかしダナンはそれに隠れて腰の銃を抜いて()()()()()()()銃口を向ける。そのまま身構えられる前に引き金を引いた。銃弾はダナンの()()()()、ポンメルンの頬を掠める。顔すれすれに放たれた銃弾に、ポンメルンの顔から血の気が引いた。

 

「チッ。もうちょっとで当たったにのな。まだまだ狙いが甘いな俺も」

「当たってたらそれはそれでダメだからね!」

「お前らがそうやって甘いから、俺がこうして非情さを演出してやらないといけないんだよ」

 

 ジータに注意されて肩を竦めるダナン。その間に帝国兵はポンメルンを守るように身構えていた。

 

「……もう不意打ちは狙えねぇな」

 

 銃口を向ければ盾を構えた兵士が割り込んでくる。奇襲失敗、と思わせておいてさっきの一発には二つの意味があった。

 

「ひ、ひひ、ヒドラァ! あの黒いガキを真っ先に殺すんですよォ!!」

 

 青褪めたポンメルンが慌ててヒドラに命令することで、ヒドラの攻撃がダナンへと多めに向かう。そしてヒドラ以外の脅威である帝国兵達はポンメルンを守るために動けない。

 ダナンはこれを狙っていたのである。自分が狙われればグランが攻撃しやすくなり、カタリナもダナンのフォローをすればいいのだとわかる。即興の連携をするために攻撃が向く相手を限定しようと考えたのだ。グランとダナンで比べるとダナンの方が動きが速いというのも理由の一つだ。

 

 その結果。

 そして誰にとっても予想外であったルリアの皆を助けたいという気持ちに呼応して出現した黒銀の竜によって、ヒドラは滅された。大地を抉る一撃と堂々たる威容に気圧されたポンメルン達は、一睨みで退却を決意したという。

 

 それから勝利を分かち合った六人は、カタリナが用意していた小型騎空挺でルリアと逃げるのについていく形で、ザンクティンゼルを旅立つ。

 

 ……というところで待ったがかかったのだが。

 

「えっ!? 一緒に来てくれないの!?」

 

 始まりはダナンの「おう、いってら」という何気ない言葉だったのだが。てっきり一緒に空の果てを目指してくれると思っていた双子にとっては衝撃の事実である。

 

「一緒に空の果てを目指そうって言ってたのに?」

「それ言ってたのお前らだけじゃん。俺は行くって言ったことないし」

 

 いよいよ旅立てるとなった時にそんなことを言い出すのはダナンらしいと言えるのかもしれないが。

 

「……ホントに来てくれないの?」

 

 ジータが悲しそうに告げる。流石に十二年もの付き合いだ。情がないわけではない。

 

「だって俺は別にイスタルシア目指す理由ないしな」

 

 だが彼はあっけらかんと言った。

 

「でもダナンがいてくれないとルリアちゃんもカタリナさんもいい人そうだからきっとどっかで騙されちゃうよ? ダナンみたいにちょっと意地悪な人がいないとすぐ騙されて身売りされちゃうんだ……!」

 

 うっうっと嘘泣きして目元を拭いながらジータが言う。

 

「ならそうならないように頑張ればいいだろ」

「その前に身売りされて、見知らぬおじさんに奴隷として飼われて一生過ごすんだ……!」

「……どこで覚えたんだそんなの」

 

 呆れつつも、人のいい彼らならそれもあり得てしまえそうだと思ってしまう。奴隷として飼われるジータか、それはそれで悪くないかもしれないが流石にな……と外道の子供たる所以を見せつつ、大きくため息を吐いた。

 

「しょうがねぇな、ついていってやるよ」

 

 やれやれと言いたげにダナンが言うと、ジータは笑顔を見せる。

 

「ありがと、ダナン」

 

 しかしダナンは眉をハの字にしながらもジータの顔に手を伸ばして目元を拭った。

 

「なに自分で言って泣いてんだよ」

「うっ……だってなんか悲しくなっちゃって」

「……まぁ、そういうことにならないように守ってやるから」

 

 指で目元を拭った手で頭を撫でてやる。そんな二人を微笑ましく眺めた後、ザンクティンゼルを旅だった。

 

 因みに操縦はダナンが行い、アクロバティックな操縦を知識だけで実行した結果ほとんどがグロッキーな状態で次の島に着陸した。その操縦を着陸地点の近くで見上げていた操舵士ラカムが声をかけてきて、彼と共に次の島ポート・ブリーズ群島での騒動を解決することになるのはまた別の話。

 その騒動の一環で青髪のエルーンと赤髪のドラフの傭兵コンビと遭遇して一戦交えることになるのだが、そこで裏を掻いて奇襲しようとしたエルーン、ドランクの作戦をダナンが防ぐ場面があった。

 その後二人がそれぞれ、相手は自分と思考が似ていると思ったと言う。何度か繰り返される対戦の始まりだった。

 

 騒動を解決する最中で騎空挺グランサイファーと操舵士ラカムを仲間に加えた一行は次なる島へ向かう。

 近くの他の島に立ち寄ったり、バルツ公国で星晶獣コロッサスを巡る騒動で傭兵コンビを含む黒騎士の一行と対面したりした。

 またバルツでの騒動に際してイオという魔法使いの少女が仲間に加わった。

 

 次はアウギュステ列島へ向かうとなった時、途中でパンデモニウムに立ち寄りそこで獲得できる『ジョブ』をいくつか獲得して戦力を上げていく。

 

 アウギュステ列島でラカムが操舵を教わった一人であるという隻眼の老兵、オイゲンと出会いエルステ帝国との戦いに身を投じていく。そこでエルステ帝国の兵士に追いかけ回されていたのだが。

 

「こりゃキリがねぇぞ!」

「わかってる。けど一回戦ったらその間に他の部隊に囲まれる可能性が高いんだ。オイゲン、ちゃんと道案内してくれよ!」

「任せろ! と言いたいところだが俺も帝国兵がどこにいるかまでは知らねぇからな。できるだけ人通りが少なくて囲まれにくい方へ行くぞ!」

「それでいい。やっぱ立地知ってるヤツがいると役に立つなぁ、グラン?」

「……そこでなんで僕に振るのか聞いていい?」

「だってお前方向音痴じゃん」

「方向音痴じゃないから、偶々道間違えるだけだから! ね、二人共……?」

「「……」」

 

 そもそもここまで追いかけ回されているのがグランが方向音痴を発揮して帝国兵の滞在している方へ入り込んでしまったせいなのだ。流石に大勢で囲まれるとマズいのでこうして逃げ回っているのである。

 グランは長い付き合いである残る二人、ジータとビィに顔を向けるが逸らされてしまった。

 

「ねぇ、なんでそっぽ向くの? 二人共?」

 

 本人に自覚がないだけで、周知の事実であるというだけの話である。

 

「ははっ。こんな状況でもそんなやり取りができるなんて、お前さんら度胸あるなぁ」

 

 オイゲンはそんな彼らを見て笑っていた。確かに今は一大事な状況である。

 

「それを心強く思うこともあるが、今は自重してもらいたいところだな」

「時と場合を考えなさいよね」

 

 カタリナとイオは少し呆れた様子を見せた。ただ実際どんな強敵が目の前にいてもその態度がブレないので、精神を落ち着かせるのに一役買っているのはわかっているのだ。

 走って帝国兵の追っ手から逃げる彼らとは別に、走っている人影があった。

 

「……全く、逃げた先々に帝国兵がいるなんてついてないわ」

 

 たった一人で帝国の追っ手から逃げ回る彼女は長い黒髪を靡かせて走っていた。腰には剣と白い仮面を提げている。

 別方向から来ていた彼女と、先頭切って走っていたダナンが曲がり角でぶつかった。互いに逃げることに必死で直前まで気づかなかったのだ。

 

「悪い」

 

 ダナンは彼女の腕を掴んで後ろに倒れそうなのを支えた。相手ははっとした様子でダナンを見上げてくる。先頭が立ち止まったので慌てて後ろも停止した。

 

「いえ、こちらこそごめんなさい。……あなた達、帝国兵じゃないのね」

 

 彼女も謝り、一行の恰好を見てかそう呟いた。

 

「ああ、今追われて――」

「いたぞ、あそこだ!」

「機密の少女を奪った連中もいるぞ! まとめて捕らえろ!」

「おっとマズい。逃げるぞ! 牽制は任せた!」

 

 のんびり話をしている時間はなかった。女性を追っている帝国兵達が追いついてきている。一行の後ろの連中も距離を詰めているだろう。

 

「ジータ、イオ。氷壁! こうなりゃ巻き添えだ、あんたも来い」

「あ、ちょっ……」

 

 魔法が得意な二人に道を塞ぐ氷壁を頼み、とりあえず追われている彼女の手を掴んで引っ張っていく。……因みにジータはずっと手を掴む必要はないんじゃないの? と少し不機嫌だったらしい。

 土地勘のあるオイゲンの誘導で見事追っ手を引き離して辿り着いた先に、しかし大勢の帝国兵が詰めかけていた。

 

「ようこそ、間抜け諸君」

 

 待ち構えていた帝国兵を率いていたのは、眼鏡をかけたハーヴィンの男性。

 

「これはこれは、ポート・ブリーズ群島で結果的に作戦が失敗したフュリアス将軍じゃないですか」

 

 彼とはポート・ブリーズで一度対面したことがあった。ダナンはそれを挑発に使うのだが。

 

「チッ……。そんな挑発に乗ると思う?」

「当たり前だろお前短気だし」

 

 あっさりと肯定してみせた。フュリアスの額に青筋が浮かぶ。やめて挑発しないでという視線が仲間達からではなく帝国兵から向けられた。

 

「……んん? おやおや? そこにいるのは仮面の実験体じゃないか。まさか君達と一緒にいたなんてね。これはまとめて始末できるしラッキーってところかな?」

 

 だがフュリアスは冷静さを失わずにダナンが引っ張ってきた女性を見て嫌らしく笑った。そこでそういえば掴んだままだったなと思い出し手を放す。

 

「仮面だと……?」

 

 その言葉に元帝国騎士のカタリナが反応する。

 

「……知っているのね。そう、私は帝国の新兵器、仮面の装着者として選ばれた。その後逃げ出した脱走兵よ」

「確か装着者が研究資料を持って逃げ出したという話だったと思うが、それが君なのか」

「ええ」

 

 カタリナの言葉に彼女は頷いた。そして腰に提げた仮面を手に取り、顔の右半分に装着する。

 

「……目論見通り巻き込まれてしまったからには手を貸すわ」

「それは有り難い。じゃあさっさとこのアウギュステから退いてもらうぞ、短気で足が短くて背の小さいフュリアス将軍閣下?」

 

 仮面には装着者の能力を大幅に上げる効果があることは帝国兵も知っているのか、彼女の参戦にたじろいでいる。その上ダナンがフュリアスもこれでもかと煽るのだが、

 

「フュリアス将軍閣下!!」

 

 キレて皆殺しを命じようとするフュリアスを呼び止める声があった。その声は一行にとっても聞き覚えのある声だ。

 

「……心中はお察ししますが、そのガキはペースを乱そうとしてきます。フュリアス将軍閣下の頭脳があれば問題なくこの場を収められるでしょうが、冷静さを欠いては思う壺ですねェ。それにここは私に任せていただけるお約束では?」

「ポンメルン大尉!」

 

 帝国兵を割って歩み出てきたのはポンメルンだった。彼の言葉によって少し落ち着きを取り戻したフュリアスは苛立たしげに舌打ちする。

 

「……チッ。いけ好かないけど向こうの思い通りになるよりはマシか。いいよ、ポンメルン大尉。その代わり皆殺しだ」

「わかっていますよォ。私はあの時から、こうして復讐する機会を窺っていたんですからねェ」

 

 ポンメルンはそう言って笑うと懐から禍々しい気配を放つ結晶を取り出した。

 

「っ! す、凄く嫌な気配がします!」

「これは魔晶と言うんですよォ。星の力を解析している過程で生み出されたモノですねェ。これをこうして使えば……」

 

 ルリアがなにかを感じ取る中、ポンメルンは魔晶を掲げてその力を自分に注ぎ込む。ポンメルンの身体が禍々しい騎士のような巨体に覆われていった。

 

「力が、力が漲ってきマすネェ! これなら全員、私の手で殺せますヨォ!」

「これはマズいな」

 

 巨大化したポンメルンが放つ威圧感に言いながら腰の銃を抜いて躊躇いなく発射する。胸部にポンメルンの顔が出ているためそこを狙ったのだが、右腕と一体になったような剣で防がれてしまった。

 

「銃弾を弾くとかどんな装甲してやがる!」

「多少怯ませるくらいならなんとかなるかもしれねぇが、決定打にはなりそうもねぇな」

 

 ラカムとオイゲン、銃を主に使う二人が険しい顔をする。

 

「じゃあしょうがねぇ。グラン、二人でやるぞ」

「珍しいね、ダナンが僕となんて」

「近接でお前より息の合うヤツはいねぇよ」

「確かにね」

 

 ダナンとグランが並び立ってグランが『召喚』した武器を手にポンメルンと対峙する。

 

「僕達でポンメルンは抑えるから、残りは皆でよろしく」

 

 グランがアバウトな指示を出して【ウォーリア】へと姿を変える。ダナンも色違いの【ウォーリア】となった。

 

「二人だけデ、今の私を倒せると思わないことですねェ!」

「それはどうだろうな!」

 

 ポンメルンの振るった剣をダナンとグランがそれぞれの武器で受ける、が。

 

「……おいグラン、まさか手加減してねぇだろうな?」

「……そんなまさか。全力だよ」

「その程度ですカ? 軽いんですよォ!」

 

 徐々に二人の方が押されていき、ポンメルンが押し勝った。ダナンは直前で身を屈めたが、グランは吹き飛ばされてしまう。その隙に距離を詰めようとするダナンだが、ポンメルンの動きが速くすぐ剣を戻されてしまい間合いに入る前に攻撃されてしまった。それを回避すれば、続けて回避させられる状況に陥り攻撃に手を回すことができない。

 そこに体勢を立て直したグランが斬りかかるがダメージはなさそうだった。ポンメルンは攻撃が効かないのをいいことに相打ちで殴り飛ばす。

 

「グラン!」

「チッ!」

 

 ビィの呼び声とダナンの舌打ちが重なる。

 

「次はお前の番ですねェ。魔晶剣・騎零ッ!!」

「っ!? 【フォートレス】! ファランクス!」

 

 ダナンに強力な一撃が放たれ、咄嗟に障壁を張り最大限の防御態勢になるまでは良かった。だが障壁はあっさりと打ち砕かれ、ダナンは吹き飛ばされた。

 

「ダナン!」

 

 ジータの悲痛な声に反応することもなく、遠くまで吹き飛んだダナンは地面を転がってそのまま動かなくなった。

 

「ククッ。まさかここまでとは思いませんでしたねェ。この力があれば皆殺しなど容易いでしょう。クーックックック!!」

 

 ポンメルンはあっさりグランとダナンを打ちのめし、高笑いしている。事実一行の中で主戦力となっているのは『ジョブ』が使える三人だ。その内二人をいとも簡単に倒してしまうとは、全員がかりでも厳しくなってしまう。

 

「――帝国式操符術・穿」

 

 しかし別方向から飛んできた光線がポンメルンの巨体を直撃し、よろめかせた。

 

「クッ! これは、帝国の……!」

「ええ、そうよ。帝国式操符術。油断したわね」

 

 攻撃をしたのは近くの帝国兵を一人残らず倒してみせた彼女だった。仮面は二つの穴から紫のオーラを発している。

 

「あなたも帝国を裏切ったんですよねェ。万死に値しますよォ……!」

「帝国に加担する気になれる方がおかしいわ」

 

 両者の視線が交錯して新たな戦いが、というところで。

 

「ふ、フュリアス将軍閣下! たった今、海に展開していた帝国の軍艦が全て、海に呑まれました!」

「なんだと……!?」

 

 どうやら帝国にとっても予想外の事態が起こっているらしい。

 

「……撤退だ」

「えっ?」

「撤退するって言ったんだよ! もうアレは出来てる! 無事に持ち帰ることが最重要だ!」

「……チッ。命拾いしましたねェ。次こそは必ず、この手で始末してあげますよォ」

 

 フュリアスの号令でポンメルンも魔晶による変化を解き、撤退していく。そのすぐ横を銃弾が駆け抜けた。

 

「っ……!」

「あ、惜しいな。こんな姿勢じゃなきゃ当てられたかも」

「貴様……!」

 

 倒れ伏したままのダナンだ。苛立って振り返るポンメルンだったが、それが相手の思う壺なのだと思い返してそのまま撤退していった。

 

「あれで撤退をやめて襲いかかってきたらどうするつもり?」

「そうしないとわかってたからの挑発だろ」

 

 仮面を外した女性が倒れたダナンに手を差し伸べる。その手を取って立ち上がったダナンだがフラついていた。

 

「威勢良く挑んでいた割りには情けない姿ね。肩貸すわ」

「悪い。……まぁ勝てないのはわかってたから、生きてりゃ大丈夫だろ」

 

 ダナンはフラつく中肩を借りて皆が集まっている方へ歩いていく。ジータはなぜか膨れっ面だ。

 

「ジータ、治して――」

「……嫌」

「……」

 

 治療を頼んだのに不機嫌な様子で断られてしまう。なぜかはわからないが、とりあえず他にもいることだしまぁいいかとイオを向く。

 

「イオ、頼むわ」

「なんであたしが」

「ジータに断られた今、頼れるのはイオしかいないんだよ」

「ま、まぁ治してあげてもいいけど?」

「助かる。ありがとな」

 

 頼られると弱いイオであった。怒り損のジータは拗ねてしまうのだが。

 

「ああ、そうだ。助けてくれてありがとな。えっと……」

 

 ようやく一人で立てるようになり、ダナンは助けてくれた彼女に礼を言う。そこでまだ名前を聞いていなかったなと思い返した。

 

「ロザミアよ。帝国の騎士だったけど、今は脱走兵として追われる身ね」

 

 名乗った彼女にそれぞれ名乗り返して、

 

「とりあえず今は海の異変? を気にしないとな」

「それなんですけど、凄く、怒ってるみたいなんです」

 

 事情を聞くなどは後々にやればいいことで、今は対処するべき事態がある。そう切り出すとルリアが言った。

 

「怒っている? 誰が、なににだ?」

「それは多分、この島の星晶獣だと思います」

「アウギュステのってーと、星晶獣リヴァイアサンだな」

 

 カタリナの問いに答えたルリアを、オイゲンが補足する。

 

「そうだ」

 

 それに頷いたのはしかし、一行の中ではなかった。

 

「黒騎士!」

「バルツで会ったあの子も!」

 

 声のした方には黒騎士と猫のぬいぐるみを抱いた蒼髪の少女が立っている。

 

「黒騎士だぁ?」

「……ふん」

 

 オイゲンの声に忌々しそうに鼻を鳴らし、その存在を無視するかのように視界から外して言葉を続ける。

 

「海の化身リヴァイアサンは、エルステの研究によって廃棄物が大量に海へ流れ込んだことを怒り、荒れ狂っている」

「なんだと? てめえ、それがわかってて……!」

「貴様にとやかく言われる筋合いはない!!」

 

 オイゲンは責めようとしていたが、強く一喝されて口を噤んだ。どうやら二人は知り合いのようだ、とはわかったが。

 

「……リヴァイアサンは暴走するだろうな。街を呑み込むかもしれんが、我々は見物させてもらおう。精々足掻くことだな」

 

 黒騎士はそう言って踵を返す。少女もそれについていった。

 

「ま、……っ! 来ますっ!」

 

 ルリアは少女を呼び止めようとしたが、その前になにかを感じ取った。次の瞬間海が逆巻き、青い竜が顕現する。

 

「リヴァイアサン……!」

 

 オイゲンの言葉を聞くまでもなく、その巨大な姿と放たれる威圧感が、星晶獣であると認識させてくる。

 

 暴走状態にあるリヴァイアサンは海にいるため手が出せなかったが、ルリアが召喚したバハムートに乗って近づき、攻撃できる場所にまで辿り着く。だが街を狙った大津波を発生させられてしまい、巨体にダメージを与えるために力を溜めていた一行はどちらかを選ぶ他ない状態に追い詰められる。しかし街にいた猛者達が津波を相殺して街を守ってくれたため、一行は気兼ねなく全力の一撃でリヴァイアサンを倒すことができた。

 それからバハムートが消えそうになったため急いで海岸まで戻り、ルリアの力で吸収する。だが途中で黒騎士の傍にいた少女が吸収をしてしまった。

 

 謎が謎を呼ぶ中、一行は街を守ってくれた人達と一緒に宴に招かれる。そこでオイゲンが旅に加わることが決まり、ロザミアも同じく帝国に追われる身なので利害の一致があり加わった。

 津波を相殺してくれた強者達は一行の誰よりも強かったため、またグランとダナンの二人がかりでも魔晶を使ったポンメルンには手も足も出なかったため強くしてもらえるように頼み込むのだった。

 

 結果、三人は『ジョブ』のClassⅢにまで至ることに成功する。

 

 そして途中で立ち寄ったパンデモニウムの素材の中で、武器のレプリカと思われるモノを発見していたため、それを目利きのできる商人シェロカルテに見せたところ、英雄武器と呼ばれる代物に加工できるかもということになった。

 同じくパンデモニウムの素材で強化して出来上がった英雄武器を手にすると、対応した『ジョブ』のClassⅣと呼ばれるこれまで全くの未知であった領域に足を踏み入れることができるようだったが。

 

 残念ながら制御できず、また性格も変わってしまうために扱える代物でないと結論づけられた。

 

 それから黒騎士が言った「ルーマシー群島で待つ」という言葉通り、一行はルーマシーへ向かう。

 そこで妖艶な美女ロゼッタと出会い、黒騎士と一緒にいた少女オルキスと話をして、緋色の騎士バラゴナと手合わせした後に最奥で黒騎士と対面した。

 バラゴナと会った際にバラゴナが双子の父だけでなくダナンの父についても知っている風な口振りを見せた。双子やビィもダナンの父親についてはなにも聞いていなかったが、ダナンは朧気な記憶で黒い長髪に赤い目をした男が父だと知っていたが、言う必要もないとして覚えていないと嘘を吐くのだった。

 

 黒騎士に人形と呼ばれた少女によってルーマシーに眠っていた星晶獣ユグドラシルが呼び起こされ、一行に襲いかかる。それをなんとか制した後、ロゼッタがなぜかついてくると言い出し仲間に加わった。

 それからルーマシーに帝国の使者が降り立ち、フュリアスが和解を望んでいると聞かされる。アルビオンにて話し合いの場を設けるとして去ったのだが。

 

「いや絶対罠だろ」

「罠に決まっている」

「罠以外にあり得ねぇな」

 

 ダナン、カタリナ、ラカムが口を揃えて言った。だが結局は城塞都市アルビオンの人々が帝国兵に脅かされている可能性もあるとして、向かうことになった。

 それからアルビオン、霧に包まれた島、ガロンゾと旅を続けていく一行。

 

 ガロンゾでオルキスが帝国の宰相フリーシアと共に現れ、騒動の後秩序の騎空団から黒騎士を捕縛したと言われ重要参考人として秩序の騎空団第四騎空挺団が本拠地とするアマルティア島に招かれる。

 

 招かれたのだが……。

 

「あなた方の手を借りる必要はありません」

「じゃあどうぞ、船団長様。一人で頑張ってください?」

「なんですかその言い方。喧嘩を売っているつもりですか?」

「は? 喧嘩売ってんのはそっちだろうが。そこまで言うならさっさと魔物倒してどーぞ」

「っ……ええ、もちろん全部倒しますよ。あなたの力なんて必要ありませんので」

「よし、言質取れたな。あーっ、しまったー。魔物用の撒き餌がー」

「え?」

「船団長お願いしまーす」

「な、なんてことしてるんですか! というかわざとですよね!? わざとですよね!?」

「じゃあよろしく船団長ー」

「あ、あなたと言う人はーっ!!」

「えっ? もしかして船団長ともあろう人が二言あるんですか? 頭下げてくれるならまぁ手を貸してあげてもいいですけど?」

「っ! 必要ありません、私一人で充分ですからっ!」

 

 第四騎空挺団の船団長を務めるリーシャがつんけんしているのが気に入らなかったのか、ダナンがやけに突っかかって言い争っていた。

 

「……そういえばあいつ、アーロンをからかう時すげー楽しそうだったよな」

「……うん。ダナンってああいうところあるから」

 

 ビィとグランが少し遠い目をしていた。ジータ以外はそういうダナンを見るのが初めてだったので意外に思うばかりだ。ジータはといえば楽しそうに話しているせいで不機嫌度が溜まっていくばかりだったが。

 結局リーシャが一人で襲い来る魔物を一掃してみせたので、彼女の強さだけは証明されたのだが。

 

「こ、これで、文句、ない、でしょう?」

「ああ。お疲れ様。あーまた撒き餌がー」

「ふ、ふざけないでください!」

「冗談だよ冗談。ただのおやつ」

 

 肩で息を切らすリーシャに追い打ちをかけるフリをしたダナン。リーシャは「本当に撒き餌じゃないんでしょうね?」と彼を睨みつけるばかりだ。

 

「……全く、もう」

 

 しかしダナンがそれを仕舞うとようやく安堵できたのか、リーシャは一息吐いた。襲い来る魔物の群れをばったばったと薙ぎ払っていたのでかなりの運動になっているためか頬が上気している。薄っすらと汗ばんでいて陽光に照らされる姿は色気を纏っていると言っても良かった。

 

「……ふぅ、熱いですね」

 

 リーシャが胸元の衣服を引っ張って仰ぐのだが、元が薄着なせいで目のやり場に困る見た目となってしまう。

 

「ああ、ほら。リーシャのせいでグランが真っ赤になってるじゃねぇか」

「えっ? な、なんで私のせいなんですか?」

「だって今エロい顔してたし」

「えろっ!? そ、そんな顔してるわけないじゃないですか、ねぇモニカさん!」

「なぜ今私に……まぁ、悔しいことに先ほどのリーシャとお色気勝負をしても私は勝てないだろうな……」

「えぇ……」

 

 小柄な船団長補佐のモニカに尋ねるが、残念ながらダナンを肯定する言葉だった。元々お色気じゃ勝負にならないだろ、とは誰も言わなかった。

 他を見るとグランは耳まで真っ赤になってそっぽを向いていた。その近くでルリアが頬を膨らませている。

 

「さて、リーシャがエロい顔をしてたことは証明されたし、そろそろ汗拭いて身嗜み整えような? 元は俺のせいとはいえ目に毒だ」

「あ、はい」

 

 ダナンにタオルを手渡されて、リーシャは素直に汗を拭うことにした。汗を拭う時もリーシャの無自覚さが発揮されたのだが。それを見たダナンが「まさか人前で胸元拭うヤツがいるとは思わなかったわ」と言ったのがその全てであった。

 

 その後一行は一泊した後に捕らえられた黒騎士と邂逅する。

 白いレオタード姿の、目つきが悪いとはいえ美女が拘束されていた。

 

「いい気味だな、黒騎士さんよぉ。牢獄で不味い飯を食う気分はどうだ?」

「いいから入って。進まないから」

 

 悪どい笑みたっぷりに告げるダナンだったが、ロザミアに後ろから押されてしまった。「一回やってみたかっただけなのに」と唇を尖らせる姿は子供のようである。

 黒騎士と話している最中に帝国による襲撃があり、リーシャとモニカはそちらに手がいっぱいになってしまう。そこで黒騎士ことアポロニアから脱獄の手助けをするように頼まれてしまった。彼女になにか理由があるとわかった一行は彼女の提案を受け入れ、真の敵が宰相フリーシアであると再認識した上で脱獄を目指す。

 オイゲンと黒騎士が親子だったという衝撃の事実は流された。

 

 だが黒騎士の脱獄に手を貸すということは秩序の騎空団と敵対することであり、脱出する寸前でリーシャとモニカが率いる秩序の騎空団とポンメルン率いる帝国兵に挟まれてしまう。

 

「これはこれは、最高顧問閣下ではありませんか」

「黒騎士を逃がすということは、あなた方も捕らえなければなりません」

「うむ。秩序のために、貴殿らを捕縛させてもらう」

 

 ポンメルン、リーシャ、モニカがそれぞれ黒騎士の身柄若しくは命が欲しいために一行を標的とする。

 

「……チッ。まず黒騎士の枷を外すのが先決だ! ジータとグランはモニカを、俺がリーシャをやって鍵を奪う!」

「そう簡単にやれると思わないでください」

 

 ダナンがリーシャ、ジータとグランがモニカと対峙する。三人それぞれがClassⅢを使用して挑んでいた。……その戦いでダナンがなんの因果かリーシャの胸元に手を入れるハプニングが起こり、頭が真っ白になった彼女を人質に取ることで秩序の騎空団を無力化した。

 

「さぁリーシャ、大人しく鍵の在り処を吐け。安全性を考えて、お前らのどっちかが持ってることはわかってるんだ」

「い、言いません!」

「なら仕方ないな。勝手に(まさぐ)って探すか」

「えっ!? ひゃっ! ち、ちょっとどこ触ってるんですか!?」

「ん~。ここかな、それともこっちか?」

「ぁんっ。……わ、わかりました、わかりましたから! 鍵はスカートの左ポケットです、左ポケットですから!」

「そうかありがとう」

「うぅ……」

 

 ダナンは全く罪悪感を抱いていないような顔であっさり鍵を手に入れると、黒騎士のいる方へと放り投げた。

 

「ビィ!」

「お、おう!」

 

 その鍵をビィが受け取り、黒騎士の枷を外す。他の仲間達が帝国兵、特に魔晶を使ったポンメルンをなんとか抑えていたのだが、それが楽になる。

 

「ふん。上出来だ」

 

 黒騎士は笑うと、転がっていた帝国兵から剣を奪い身体の調子を確かめるように素振りする。そしてポンメルンへと顔を向けた。

 

「試し切りには丁度良さそうだな、ポンメルン大尉?」

「い、いいでしょう! 今の私には勝てないことを教えてあげますねェ!」

 

 黒騎士は一行が苦戦したポンメルンを三振りで撤退に追い込んでしまうのだった。

 帝国兵は撤退し、アマルティアには一行と黒騎士と秩序の騎空団が残る。しかも秩序の騎空団はリーシャがダナンに捕まったままだ。

 

「よし、これで状況が覆ったな。さて秩序の騎空団。お前らの可愛い船団長をあられもない姿にされたくなければ俺達を出航させるんだな」

「あられもない姿ってなんですか! 放してください!」

「……なんかオイラ達が普通に悪者に思えてくるぜ」

 

 脅しにかかるダナンに対して、リーシャはなんとか抜け出そうとする。ビィ含めて一行は本気で呆れていた。

 

「まずは武器を下ろしてもらおうか? 十秒経って全員武器を下ろさなかったらリーシャを本当にあられもない姿にしてやるぞ。まずはそうだな、この上のヤツからいこうか?」

「や、やめてください!」

 

 ダナンが取り出して短剣の刃をリーシャの上の服に滑り込ませる。悪役が堂に入った演技だった。

 

「十、九、八……」

 

 カウントダウンが進むとまずモニカが武器を下ろした。他の団員も武器を下ろすかと思いきや、微動だにしない。

 

「一、零……ってほとんど下ろしてねぇじゃねぇかよ」

 

 ダナンはカウントダウン後すぐにはなにもせず、ただ嘆息した。

 

「ち、秩序は屈してはいけないんです……うぅ」

 

 そうは言いつつもちょっと涙目になっているリーシャ。

 

「いや、実はただお前の下着が見たいだけじゃねぇの? なぁ」

「えっ? い、いやそんなはずは……ありませんよね、皆さん!?」

 

 ダナンの言葉にリーシャが尋ねると、団員がさっと顔を背けた。

 

「皆さん!?」

 

 わざわざ取り繕わないで顔を背ける辺り正直者と捉えるべきか。ともあれリーシャにとってはショックが大きかった。

 

「はぁ。なんかごめんな、リーシャ」

「えっ?」

 

 ダナンはため息を吐くと拘束を解いてリーシャを解放する。

 

「まさか団員に見捨てられるなんて、お前も苦労してんだな。なんか不憫だし、戻っていいぞ?」

 

 ダナンは優しげに頭を撫でてやる。ショックを受けていたリーシャの心には温かく浸透していった。

 

「それとも俺達と来るか? あんな薄情者はいないぞ?」

「えっ? ……いいんですか?」

「ああ。あいつらは心が広いから、快く受け入れてくれるぞ」

「……」

 

 リーシャの心は傾きつつあった。

 

「り、リーシャ船団長! 違うんです! わ、我々は秩序の体現者として悪に屈してはならないと!」

「そ、そうです! 決して下心とかは一切ありません!」

 

 団員達は口々に叫ぶが、残念ながら彼女の心には届かなかった。

 

「そうですか皆さん今までお世話になりましたではさようなら」

「「「リーシャ船団長ーっ!!!」」」

 

 にっこりと他人行儀な笑顔で別れを告げられた団員達の阿鼻叫喚を眺めて嘆息したモニカは、

 

「……リーシャ。とりあえず監視の名目でついていくということにしてくれ」

 

 と提案した。

 というわけで妙な流れではあったがリーシャの臨時加入が決まる。

 

「というわけで皆さんよろしくお願いしますね」

「あ、ああ」

 

 にっこりと笑顔で挨拶したリーシャに戸惑いを隠せないカタリナ。

 

「まさかダナン、ここまで考えてリーシャさんを人質に取ったの?」

「まさか。俺が狙ってたのはあそこで武器下ろしてくれた後、リーシャを出航間際まで捕まえといて直前で解放するって方法だしな」

「……因みにあれって演技?」

「ああ、もちろん。できるだけ悪役っぽい方が様になると思ってな」

 

 ははは、と笑うダナンに一行は呆れ顔から戻らない。唯一ロゼッタだけは微笑ましく見守っていたのだが。

 

「……ねぇ、ダナン? 随分楽しそうだったね?」

 

 笑顔の額に青筋を浮かべたジータが彼に尋ねた。

 

「なに言ってんだよ、ジータ。人質を取るような真似が楽しいわけないだろ? ……真っ向から戦うよりは被害が少なさそうだったからそうしただけだ」

「……」

 

 思いの外真面目な表情にジータは責めるに責められなく――

 

「でもリーシャさんの服に手を入れたのは違うよね?」

「あれは不可抗力だ」

「問答無用ッ!!」

 

 ダナンにはジータの鉄拳制裁が下ったという。

 

「……呑気なモノだな」

 

 少しだけ疎外感を覚えた黒騎士は、ぽつりと呟くのだった。

 因みにグランサイファーには黒騎士を助けようとしていたらしい傭兵二人が潜り込んでいて、また一悶着あったのだが。

 

 それから一行はフリーシアにオルキスを奪われたという黒騎士の案内で王国時代のエルステの首都メフォラシュがある、ラビ島に向かった。そこで黒騎士とオルキスの過去について触れたが、しかしフリーシアとオルキスはいなかった。

 一行がグランサイファーに戻るとシェロカルテがいて、彼女からフリーシアはルーマシー群島へ向かったという情報を得る。

 

 そして一行はルーマシー群島でフリーシア率いる帝国兵と戦い、それからユグドラシル・マリスという既存の星晶獣に魔晶を使って強化、コントロールする術を用いた。

 マリスの強さは異常であり、黒騎士がオルキスを取り戻せないと知って茫然自失となる中一行は全員まとめて倒されてしまう。

 フリーシアと一緒にいたオルキスがルリアと接触してルーマシーの遺跡に眠っていた過去や未来の事象を書き換える能力を持つ星晶獣アーカーシャが出現するが、オルキスがアーカーシャの能力を使うことを拒否した結果フリーシアの野望はあと一歩で叶うことがなかった。だが一行の窮地は変わらない。

 

「……こうなったら、ClassⅣを使うしかない!」

「ダメ、グラン! あれはまだ制御できないでしょ!」

「でも……! このままじゃ皆が……! それは、それだけはダメだ!」

 

 人一倍仲間想いのグランであるからこそ、このまま全滅してしまうことだけは避けたかった。だから『召喚』でベルセルク・オクスを手元に呼び出し、【ベルセルク】の『ジョブ』を発動する。

 

「それの情報は少ないですが、制御できないそうですね。では、私はこのまま離れましょうか。マリス、行きますよ」

 

 フリーシアはあっさりと退いた。グランの手で仲間達を皆殺しにした方がより残酷な仕打ちだからである。もちろんその後グランも殺すのだろう。

 

「待てよ、逃げんのかあぁ!?」

 

 グランとは思えない柄の悪さで言うが、結局フリーシアとマリスは離れてしまった。

 

「お、おいグラン! 今の内にここから離れようぜ!」

 

 無事なビィがグランに呼びかけるが、

 

「あぁ!?」

「ひっ!」

 

 グランに睨まれて縮こまってしまう。

 

「てめえはいつもいつも指示するばっかで戦わねぇで、役立たずの自覚あんのか?」

「っ……!」

 

 普段のグランからは想像もつかない暴言に、ビィは俯いた。

 

「わかったなら邪魔すんじゃねぇよっ!」

 

 グランはベルセルク・オクスを振り上げてビィに攻撃しようとする。精神的ショックなどで動けないビィは目を瞑ることしかできず。

 しかし痛みとは別の誰かに押されるような感触があって手を開けた。……そのビィの視界に血がいっぱい広がる。

 

「……全く」

 

 普段の余裕がない少し掠れた声だった。

 

「ホント、世話の焼ける弟を持つと大変だよな」

 

 ビィが見れば、肩から右腕を削ぎ落とされたダナンが立っている。

 

「ダナン!!」

「なに、して……!」

 

 ビィの悲痛な呼び声と、グランの驚きが重なる。流石に家族同然に育ったダナンに致命傷を負わせたという事実がClassⅣの精神状態に一石を投じていた。

 ダナンはふらりと残った右腕をグランの肩に回せて寄りかかる。急激に落ちていく意識の中で最後の力を振り絞り、グランが手に持っている英雄武器を蹴飛ばして放させた。グランの『ジョブ』が解ける。

 

「ダ、ナ……」

 

 呆然としたグランはダナンを抱き止めようとするが、血で滑ったのかずるりとダナンの身体が崩れ落ちた。

 

「ダナン!!」

 

 慌ててジータが駆け寄り、治療を施す。グランは呆然として突っ立ったままだ。

 

「残念ですね、一人だけでしたか」

 

 遠くから見ていたフリーシアがマリスを引き連れて戻ってくる。最悪の事態だ。

 

「……ここは私が時間を稼ぐわ。皆は急いでグランサイファーに戻って頂戴」

「ロゼッタ?」

 

 そこで前に出たのはロゼッタ。直後、突如として現れた巨大な薔薇に彩られる星晶獣がユグドラシル・マリスへと襲いかかった。

 

「ろ、ロゼッタさん……?」

 

 なにが起こっているのかほとんどが理解できない中、未だショックで固まるグランへと、ロゼッタは背後から抱き着いた。

 

「大丈夫よ。強い力は確かに怖いモノだけど、怖がってはダメ。力は全て使い方次第。滅ぼすも、守るもね」

「ロゼッタ、さん……?」

 

 優しく、それこそ母のように温かく包み込まれたグランの目に光が戻ってくる。

 

「皆を守りたいなら、もっと力がいるわ。あなた達なら、きっと大丈夫」

 

 それからロゼッタはビィの力について仄めかすと、一行から離れていった。

 イオがロゼッタを引き止めるがどうしようもなく、一行はなんとかグランサイファーへと逃げ帰るのだった。

 

 ダナンは意識不明となり、ロゼッタはルーマシーに残った。黒騎士も行方知れずだ。

 不安や現状について吐き出し、言い合って、それでもロゼッタや黒騎士を助けるための手がかりを探すという方向に落ち着いた。特にダナンを傷つけてしまったグランはビィや他の皆に深く謝っていた。

 ジータはダナンの治療をして、なんとか腕を繋げることができた。

 

「……ん」

 

 二日経って、ようやくダナンは目を覚ます。

 

「だ、ダナン! 良かった、目が覚めたんだ!」

 

 ベッドの横で座っていたジータが感極まって抱き着いてくる。丁度ザンクティンゼルで育った三人がいる時だった。

 

「全く、心配かけやがったよぅ!」

 

 続いてビィも飛びついてくる。

 

「……ああ、悪い。心配かけたみたいだな」

 

 ダナンは二人の頭に手を乗せて優しく微笑んだ。罪悪感のあるグランは少し黙ってしまったが、ダナンと目が合ってから意を決して口を開く。

 

「……ダナン、あの」

「悪かった、グラン」

 

 謝ろうとしたグランを遮るように、ダナンが先に謝った。グランが戸惑う中、彼は言葉を続ける。

 

「俺が、いや俺達が弱いせいでお前にClassⅣ使わせるくらい、追い詰めちまったな。……悪かった」

「っ……! そんな、僕が、僕のせいでダナンは……!」

 

 グランはくしゃりと顔を歪める。

 

「……強くなるから、絶対、皆を守れるように」

「ああ。俺達で強くなろうな」

 

 近づいてきたグランの手を、ビィを撫でていた方の手を放して掴み固く握り合った。

 

「……グランには散々言ったけど、ダナンもああいうことしちゃダメだからね」

「ビィの命よりは腕一本の方がマシだろ」

「それでも! ……凄く、心配したんだから」

「……わかったよ、極力気をつける」

「うん」

 

 また涙目になりそうなジータに、ダナンは苦笑して答えた。

 四人は改めて強くならないとという気持ちを強めるのだった。

 

 それから目覚めたダナンはリーシャにちゃんと腕が繋がっているのか確かめると言われて脱がされそうになったのを「大胆だな」と茶化したり、ロザミアに「二人と違って底抜けのお人好しじゃないとは思ってたけどあなたもバカなのね」と言われて「心配してくれたのか?」と返し「(心配なんてしてないわ。あなたが戦えなくなると戦力ダウンすると思ったのよ)心配しないわけないでしょ。あなたは大事な仲間なんだから。……ハッ」と本音と建前を逆転させてしまったのをからかったりした。

 

 それからロゼッタが言っていたビィの力があればユグドラシルを救えるかもしれないという言葉からヒントを得るために、まずは全空に支部を持つ秩序の騎空団の資料を漁ることになり、アマルティア島へとグランサイファーを進めるのだった。

 

 しかしアマルティア島は帝国兵によって占領されていた。モニカさんがいたはず、と動揺するリーシャの前にエルステ帝国中将ガンダルヴァというドラフの戦闘狂が現れる。ガンダルヴァは秩序の騎空団していたことがあり、秩序の騎空団団長ヴァルフリートとの一騎討ちに破れ追い出されたという。

 リーシャが団員達やモニカを倒された怒りで突っ込み、ガンダルヴァを圧倒するのだが。結局は倒されてしまう。それから一行は全力を尽くして戦うのだが、結局は負けてしまう。スツルムとドランクがなんとか撤退に追いやったものの、全員がかりでも勝てるかどうか怪しいところだという結論になった。

 残っていた団員達と合流し、全員が目覚めたところで現状の確認を行う。

 

 リーシャはモニカからの伝言を団員から預かり、ガンダルヴァ打倒の一手を考えるのだが。

 

「……はぁ」

 

 前提条件は、ガンダルヴァを誰かが足止めまたは倒すこと。全員がかりでも厳しいが、捕まっているモニカや他の団員を助け出す戦力は必要だ。できるだけ少人数でガンダルヴァに対抗できるのが望ましいのだが。

 

「はぁ」

 

 リーシャはアマルティア島に着いたその日の夜、建物のベランダで何度目かもわからないため息を吐いた。

 

「なんだ、悩んでるのか?」

 

 そこに、何気なく訪れたのはダナンだ。当然リーシャが悩んでいそうというのをわかって来たのだが。

 

「ダナンですか。……はい。正直なところ、ガンダルヴァを止める手立てが思い浮かばなくて」

 

 自分の頭では、モニカの助言を実行したとしてもどうなるかわからないという結論に至っていた。だから他の誰かを頼ることにしたのだ。それだけでも最初に会った頃から変化しているようである。

 

「まぁ、あいつ強かったもんな」

「そうですね。父さん――ヴァルフリート団長と一騎討ちの末追い出されたとは言いますが、ヴァルフリート団長は七曜の騎士です。年齢差を考えても、黒騎士さんより強いと考えられます。そもそもモニカさんでも勝てない相手にどう戦えば……」

 

 考えを述べるリーシャの声は少し沈んでいた。父やモニカへの劣等感を感じて、ダナンはなぜリーシャに食ってかかるようなことをしたくなかったのか理解する。

 

「ああ、なるほど。俺が最初お前を気に入らなかった理由がわかったわ」

「えっ」

 

 気に入らないと言われて地味にショックを受ける。まぁリーシャもあまりいい印象を受けていなかったのでお互い様だろう。旅の最中ただ悪ふざけをする人ではないと理解しているからこそ、今はマシなのだが。

 

「お前は周りと自分を比べて過小評価してるからだ」

「そんなことは……」

「あるんだよ、それが。確信したのは今日のガンダルヴァとの戦いを見た時だ。……悔しいことにお前以外は相手になっていなかったと言っていい。だからこそモニカはお前が一皮剥けるような助言を残して、ガンダルヴァに対抗できるようになってもらいたいんだろうな」

「私はそんな……」

 

 ダナンは言うが、リーシャは自信なさげに俯いてしまう。

 

「リーシャ」

 

 そんな彼女に、ダナンは優しく呼びかける。リーシャが顔を上げると柔らかく微笑んだダナンの顔が真っ直ぐに見つめてきた。

 

「大丈夫だ、お前は強いよ。お前がそう思えなくても、俺が、俺達が保証してやる。だからもう少しお前の力を、お前の努力を認めてやってくれないか?」

「私の、努力を」

「そうだ。お前はこれまでヴァルフリートやモニカなんていう強者達に追いつくために一生懸命努力してきたんだろ? だったら大丈夫だ。お前ならできるよ。だからもう少し自分を信じてみな」

「……」

 

 思いの外優しい声音がリーシャの心に染み渡る。それでも、まだ自分を疑ってしまう自分がいた。

 

「それでもダメなら、そうだな。俺が一緒に戦ってやるよ」

「えっ?」

「リーシャがガンダルヴァに及ばないって思ってる分を、俺が補ってやる。お前が勝てないと思っても、隣に立って支えてやる」

 

 ダナンはリーシャの手を握る。優しく、包み込むように。

 

「だから心配するな。お前はお前ができる最善を尽くせばいい」

 

 手に伝わる温もりが、かけられる優しい言葉がリーシャに浸透していく。

 

「……えっと、では」

 

 だから少しだけ、自分のことを信じてみようと思う。

 彼女は頬を染めて上目遣いにダナンを見つめて告げた。

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 それこの場面で言うセリフか? と思うダナンではあったが、空気を読んでツッコまないことにした。

 

「ああ」

 

 代わりに力強い笑顔で応えるのだった。

 

「またダナンが女の子と仲良くしてる」

「あれは天然の誑しね。気を揉むだけ無駄だと思うわ」

「……ひゅーひゅー」

「お、オルキスちゃんっ。気づかれちゃう!」

 

 ……いい雰囲気になったところで、隠れているつもりなのか顔だけを出しているジータ、ロザミア、オルキス、ルリアの四人の声が聞こえた。リーシャがはっとして振り向くと、目が合ってからささっと顔を引っ込めている。オルキスはなぜか抱えていたぬいぐるみの顔を覗かせた。それで誤魔化せると思っているのか。

 

「い、いつからいたんですか!?」

「ほとんど最初からだな。皆お前のこと心配してたんだろ」

「気づいてたなら言ってください!」

「いや、それ言って雰囲気壊れると大事なことが言えなくなるだろ、流れ的に」

 

 ダナンは悪びれずに答えたのだった。顔を真っ赤にしていたリーシャだったが、こほんっと咳払いをして居住まいを正す。

 

「……皆さん、作戦が決まりました。明日、庁舎を襲撃します。私とダナンでガンダルヴァを抑えますので、皆さんでモニカさんや他の方達を救出してください。細かい作戦は明日詰めます。おやすみなさいっ!」

 

 リーシャは冷静を装って告げると、恥ずかしかったからか勢いよく部屋に駆け込むのだった。

 

 翌日。

 昨日より晴れやかな顔をしたリーシャはテキパキと作戦の説明を行い、事情を知らない者達を驚かせた。だが事情を知らなくても、ダナンと二人でガンダルヴァに挑むということからダナンとなにかあったのだろうなとは推測されたのだが。

 

「なんだ、一対一じゃねぇのか?」

「はい。あなたに確実に勝つためには、仕方のないことだと思ってください」

「はっ。オレ様に勝つだと? 上等だ、二人がかりでも勝てねぇってことを教えてやるよ!」

 

 リーシャの作戦で誘き出されたガンダルヴァはリーシャとダナンと対峙する。その間に他の全員で庁舎を襲撃するという算段だった。

 

 他がモニカ達を救出している間に二人はガンダルヴァとの死闘を繰り広げる。リーシャが少し前向きになって一皮剥けたことと、ダナンがそのリーシャに合わせて共闘したことが要因となり、ガンダルヴァと互角以上に渡り合えていた。

 

「ぐっ、てめえ……!」

 

 傷だらけのガンダルヴァが呻く。

 

「これで、お膳立ては済んだな。……リーシャッ!!」

 

 向かい合っているのはダナンだ。ガンダルヴァの太刀が彼の脇腹を裂いているが、代わりにダナンの短剣がガンダルヴァの太腿に突き刺さっていた。相打ちで機動力を奪った形だ。共闘相手に呼びかけ、短剣を抜いて正面から逸れる。そこにリーシャが駆け込んでいた。

 

「これで決めますッ! トワイライトソードッ!!!」

「嘗めるんじゃねぇ! フルブレイズ・バッター!!!」

 

 リーシャの剣に纏わせた疾風と、ガンダルヴァの太刀に纏わせた火焔が激突する。近くに立っていたダナンの全身が焼き尽くされるのではないかというほどの衝突が一帯の水分を干上がらせ、両者互いに奔流に呑まれていった。

 あとに残ったのは刻まれ焼けた周囲と、互いにボロボロになったリーシャとガンダルヴァ。どちらが勝ったのか、と思う間もなく両者同時にふらりと身体を傾けた。

 

「っと」

 

 しかしリーシャは倒れる前にダナンに支えられる。

 

「これでお前の負け、俺達の勝ちだな」

「……チッ、ぐっ、ははっ。二対一でも、勝てると思ったんだが、な。だが次こそは、てめえらが相手だろうがオレ様が勝つ」

「何度やっても、同じ結果にしてみせますよ」

 

 ダナンに支えられながらも気丈に返すリーシャに対して笑い、ガンダルヴァは遂に気を失った。逃げてきた帝国兵達がガンダルヴァを連れて行ってしまうが、流石にダナンも見逃す他ない。体力が尽きてしまっていたのだ。

 

「リーシャ!!」

「モニカさん……!」

 

 そこに仲間達が救出したモニカが顔を綻ばせてやってくる。リーシャも満身創痍の状態で彼女の無事を喜んだ。

 

「流石だぜ! ガンダルヴァを倒したんだな!」

「ああ、なんとかな。リーシャがいてくれたおかげだ」

「そんなことありませんよ、ダナンがいてくれたおかげです」

 

 ビィの声に応えると、リーシャも同じようなことを言う。彼女と顔を見合わせて笑った。

 

「……ガンダルヴァを倒せたのはいいけど、なんか複雑な気分」

「なら彼を労ってあげたらどう?」

「そうだね。……って別にダナンは関係ないから!」

「へぇ? なら行かなくていいんじゃない?」

「そ、それはその、やっぱり一番大変だった人を労わないのはダメって言うか……」

 

 言い訳しつつジータはダナンとリーシャの方に近づいていき、それぞれ治療するからという名目で引き剥がしていた。なにやらジータとリーシャの間で火花が散っているように見えたのは気のせいだろうか。

 

 無事アマルティア島を取り戻した一行は、第四騎空挺団の資料庫を漁ってビィに関する記述を探していた。

 そこでリーシャが父ヴァルフリートの手記を発見する。そこにはビィと思われる小さな赤き竜とルリアと思われる蒼の少女の記述があったが、相容れない存在であるという文言があった。思わず見せる前に破いて隠そうとしたのだが、様子がおかしいことに気づいたダナンは誤魔化されないのだった。

 

 ビィに関連すると思われる記述を元に、一行はビィ、双子、そしてダナンの故郷と言えるザンクティンゼルへと立ち寄った。

 ザンクティンゼルの森の奥の祠にビィの力が封印されていると推測した一行だったが、その前に四人が一緒に暮らした家に別の誰かがいた。

 

 それがエルステ帝国皇帝を名乗る、オルキスの父の弟であるロキという星の民と枷を嵌められた星晶獣フェンリルだ。

 

 一戦交えるもすぐに撤退してしまった。そんな時村から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、慌ててそちらへ向かう。そこには帝国の少将フュリアスがいた。彼は一行の顔に覚えがないようなことを言って魔晶を使い味方の兵士諸共薙ぎ払ってくる。精神を犠牲にしていることもあってか強力な相手に追い詰められる中、魔晶によってマリスと化したユグドラシルを助けることができると言うビィの能力なら、フュリアスをどうにかできるのではないかと推測を立てて祠へと向かう。

 

 しかし祠の前で自分が自分じゃなくなる不安に怖気づくビィ。

 

 そんなビィを、黒騎士を助けたい傭兵二人が脅そうとするが、それを読んでいたダナンがビィを庇う。

 

「ビィ。安心しろ、お前がとんでもない化け物になって仲間を傷つけるようなら、その前に俺がお前を殺してやる」

 

 一切軽い雰囲気を見せない、覚悟を決めた表情に普段ならそんなこと言わないでと注意する面々も押し黙ってしまう。

 

「ダナンのはちょっと置いといても、心配しなくていいよ」

「うん。僕達は気にしないから」

 

 彼の作った真剣すぎる空気を緩めるかのように、双子が声をかける。

 

「まぁそうだな。それに、今更なにを言われるまでもなく、覚悟はとっくに決まってるだろ? ……あの時、強くなろうって決めたじゃねぇか」

 

 ダナンも真剣さを引っ込めて普段通りに告げる。

 ビィは彼の言葉に、マリスに負けてルーマシーから逃げ帰った後のことを思い出していた。あの時、誰も彼もが無力感に打ちのめされていた。特にビィは戦えないこともあってそれがより重くのしかかっていた。

 

 ……そうだ、オイラだってもうあんなことにならないようにしたいって思ったんだ。

 

 そう思い直したビィの目には覚悟が宿っていた。くるりと祠に向き直って意を決し、祠についている扉を開け放つビィを、三人は保護者のように温かな目で見守っている。祠を開け放つと光が溢れて――特にビィの身体に変化はなかった。

 だが確かな力を感じるらしく、丁度やってきたフュリアスにそれを試して大幅に弱体化させることに成功する。またグランもビィの覚悟に感化されロゼッタの言葉を思い返し、強力な武器である天星器を取り出した。天星器は強力故に制御が難しく、未熟な時に誤って仲間を傷つけてしまったことがあるのだ。それ以来少し恐れを抱いていたのだが。

 

 グランが天星器の一つである七星剣を取り出し制御しているのを見て、負けられないとジータも四天刃を取り出す。ダナンはどれを使おうかな、と思いながら二王弓を取り出して援護射撃に回っていた。

 弱体化したフュリアスなど相手にならず、一行は彼を倒す。しかしスツルムとドランクとダナンがトドメを刺そうとしたところ、突如現れたロキに回収されてしまうのだった。

 

 それから、一行の前に謎の老婆が現れる。それはザンクティンゼルでは“なんでもお見通し婆ちゃん”と呼ばれる不思議な老婆だった。特にグラン、ジータ、ついでにダナンのことなら百発百中である。

 

「ClassⅣにもう足をかけてるね?」

「な、なんでお婆ちゃんがそのことを!?」

「ふぇっふぇっふぇ。なに、年寄りは物知りなモノだよ」

 

 一見普通の老婆にしか見えないのだが、底が知れない人物である。

 

「ClassⅣ、会得したいんじゃないかい?」

「「「っ!」」」

 

 老婆の言葉に『ジョブ』持ちの三人が反応する。

 

「他の子達もまとめて面倒見てあげようかね。もし、良ければだけど」

「「お願いします!」」

「ふぇっふぇっ。……本当はあんたにだけは教えないと思ってたんだけどねぇ」

 

 グランとジータが声を揃えて言うのに笑い、三人目のダナンに目を向けた。

 

「まぁ、だろうな」

 

 他の面々はなぜと驚くのだが、ダナンはあっさりと頷いた。双子の『ジョブ』が父から受け継がれたモノだと言うなら、ダナンも父から受け継いだモノだという簡単な推測だ。そしてダナンは物心つく前に一度、父親に会っていた。

 

「覚悟は決まってるんだろうね?」

「当然。……野郎に会った一歳の時からな」

「ふん。だったら、この子達のためにも協力してやらないとねぇ。なんの因果であたしがあの男の子供を鍛えるんだか」

「さぁな。けど多分、こいつらの親父は最初からそのつもりだったんだろうよ」

「だろうね。まぁ全員まとめて面倒見てあげるよ」

「助かる」

 

 ダナンが礼を言うと老婆は変な顔をするのだった。

 

 ともあれ三人はClassⅣを取得し、その他も鍛えてもらった。途中ロザミアが仮面の力を暴走させてしまうなどもあったがなんとか乗り越え、一週間の時を経て装備も一新した一行は、満を持してルーマシー群島へ向かう。

 

 ルーマシーに来ていたポンメルンを退け、ロゼッタを助け、スツルムとドランクが黒騎士を探しに行き、マリスと戦う。その戦いでオルキスが黒騎士と話し、心ここにあらずの状態であった彼女に自我を取り戻させた。

 黒騎士が加わった一行にとってビィの力で弱体化したマリスなど相手にならず、ユグドラシルを元に戻すことに成功したのだった。

 

 しかし肝心のアーカーシャは帝国に奪われてしまったらしく、フリーシアの野望を止めるには帝都アガスティアへ行かなければならないとわかる。

 スツルムとドランクが申し出てこれまでの旅で出会ってきた者達や秩序の騎空団などに加勢を頼む手紙を届けることになった。

 

 二人に手紙を任せて一行と黒騎士、オルキスはアガスティアへと乗り込む。

 そこで帝国大将のアダムからフリーシアの計画を聞き、計画を止めて欲しいと告げられる。お人好しの双子は了承し、帝国兵が大勢いるアガスティアへ本格的に攻め込んだのだった。

 またオルキスを元に戻す方法があることもわかる。

 

 絶え間なく兵士達が襲ってくる中、突然ロザミアが別方向に走り出した。

 

「お、おい! ……ロザミアがどっか行きやがった! 俺は後を追う、先に行っててくれ!」

「えっ? ああもうっ!」

「あいつ、連戦に次ぐ連戦でずっと仮面つけてたから、多分精神に影響が出てるんだ。さっさと連れ帰らねぇと」

「……放っとけないんだね?」

「お前らお人好しほどじゃねぇよ」

「わかった、私も行く」

「そういうことなら俺も行くぜ。あの嬢ちゃんの顔、どっっかで見覚えがあってな」

「……わかった。グラン、すぐ戻ってくるからがんがん突き進んでくれ。なんならフリーシア倒してもいいからな」

「うん、いってらっしゃい」

 

 ダナンが少し焦りを見せる中、ジータとオイゲンが彼についてロザミアを追っていく。グランは三人を苦笑しながら見送った。

 

 ロザミアを追うダナン達は彼女の影を追って帝国内の研究施設に辿り着いた。

 すぐに来たはずだったが、そこで目にしたのは施設内にいた研究者達がロザミアの手によって殺害されている光景だった。

 

「ロザミア!」

 

 ダナンにしては珍しく、声を荒らげる。

 

「珍しいわね、あなたが血相を変えるなんて。そんなに慌ててどうしたの?」

 

 振り返ったロザミアはいつもと変わらないように見えた。

 

「……なんで、そいつらを殺したんだ?」

 

 ダナンは警戒しつつ、ロザミアに語りかける。

 

「こいつらは私に仮面の実験をして望まない仕事を強要させた。そして私の両親を殺すように命じたの。……死んで当然の外道よ」

 

 冷めた声音で告げるロザミアの様子にジータが息を呑むが、ダナンは平然を装って言葉を続けた。

 

「そうだな。……全員殺したなら一旦休憩したらどうだ? 連戦で疲れてるだろ、仮面を取って休むべきだ」

「必要ないわ」

 

 遠回しに仮面を取って精神状態を確認しようとしたが、きっぱりと断られてしまう。

 

「仮面は完全に私の制御下にあるの。外れなくなってしまったけどもう問題ないわ。仮面は完全に私の力になった」

 

 ロザミアは告げるが、ダナンは顔を歪める他なかった。どうやら仮面がロザミアの一部となり、精神にじっくりと影響を与えている状態のようだ。それを覆すには、ロザミアが仮面の影響を受けていると自覚し抗わなければならない。

 

「それは違うな」

「……なにが?」

「お前は仮面を制御下に置いちゃいない。体良く操られてるだけだ」

「なにを根拠にそんなこと……」

 

 ダナンはロザミアに近づき、顔を持って目を合わせた。

 

「これまでと顔が違うからな」

「……」

 

 ロザミアはなにそれ、という呆れた顔をしている。

 

「なにも変わらないわ、私は私よ」

「いや、この辺とかちょっと違う」

「……」

 

 むにむにと無遠慮に仮面に覆われていない顔を触るダナンに、ロザミアの目が冷たくなっていた。

 

「あなたになにがわかるの?」

「むしろ俺がわからないとでも思ってるのか?」

 

 突き放すような問いに聞き返されて、ロザミアは怪訝な目をした。

 

「……どういう意味?」

「どういう意味もなにも、俺はずっと見てきたからな。それくらいわかる」

「っ……」

 

 ロザミアはほんのりと頰を染める。もちろん特別な意味はなく、仮面の力が暴走しないか心配だったからである。

 

「そう……」

「一番は目だな。……普段のお前はもうちょっと優しい目をしてる」

「そんなこと……」

「ないと言い切れるか? ほら、戻ってこい。お前はこっちにいていいんだ」

 

 ダナンはロザミアの手を握って身体を引き寄せる。こっち、の意味がわかったのはオイゲンだけだったが。強引とはいえ少しだけ効果があったらしい。

 

「……私はそっちにいていいの?」

「ああ。わざわざ復讐しなくてもいい。無理に人を傷つける必要はない。お前がホントにやりたいなら兎も角」

「あなたは本当にバカね」

 

 ロザミアはふっと微笑んだかと思うと、ダナンの腹部に剣を突き刺した。

 

「私が、仮面に操られてるってわかっててなんでそんなに無警戒で近づいてこられるの!?」

 

 仮面のない方の目からは涙が流れていた。だが身体は言うことを聞かないからか刃を突き刺す手が止まらない。

 

「大丈夫だ」

 

 しかしダナンは構わず前に出た。

 

「な、何が大丈夫だって……っ!?」

 

 ロザミアの言葉は、ダナンが抱き寄せたことで遮られる。

 

「ロザミア」

 

 真に心に届いて欲しい言葉がある時だけ、彼は優しく呼びかける。

 

「大丈夫だから。剣から手を放して、心を落ち着かせて。仮面の支配に抗えるよ。ロザミアならできる」

「っ……、ぁ……」

 

 そうすると不思議とできる気がしてくるのだ。ロザミアは震えながらも剣から手を放した。

 

「そう、その調子。深呼吸して、心を落ち着かせるんだ」

「……ええ」

 

 ダナンの声に応じることができるようになって、ロザミアは落ち着きを取り戻す。

 

「これで大丈夫だな。後は仮面には精神を渡さないよう気をつけて」

「大丈夫なわけないでしょ!!」

 

 ダナンは彼女を落ち着かせたので離れようとするのだが、今度はロザミアから抱き着かれた。

 

「刺されても優しくして、ホントにバカなの? バカなのね?」

「そうかもな。でもまぁ、それでロザミアが戻ってくるなら安いモンだ」

「バカ……」

 

 笑うダナンにぎゅうと抱き着くロザミア。これで仮面の支配から盛り返せたようだが。

 

「終わったら離れてもらっていい? ダナンを治療しないといけないし」

 

 笑顔に青筋を浮かべて割って入ろうとするのはジータだ。

 

「……まだ仮面の支配が不安定だから、誰かと一緒にいて存在を保ってた方がいいと思うわ」

 

 ロザミアは平静を装って告げるが、その頬は紅潮していた。ダナンには身長差と密着度で見えていないが、ジータにはばっちり見えている。額の青筋が一つ増えた。

 

「ふぅん? 逆転してないってことはそれが本音なんですよね? つまりそれは私でもいいんですよね? じゃあ私と抱き合いません? 私もロザミアさんが仮面の支配に抗えて嬉しいなー」

 

 終始笑顔ではあるが、妙な迫力が備わっている。

 

(……よりにもよってこんな時に、ちゃんと建前が言えるなんて)

 

 そう、残念ながら建前だった。おそらくジータもそれがわかっていて、それが本音ならと言い出したのだ。

 だがロザミアの本音としては、離れるという選択肢はない。けれどジータを納得させるには自分の意志で本音を言わなければならない。どちらを取るべきか、ロザミアは少し逡巡した後、少し深呼吸をしてから意を決した。

 

「……だ、ダナンともう少しこうしていたいから、離れたくないわ」

 

 自分でも顔が熱くなっているのを自覚できるほどに羞恥心がやってくる。ぴしり、とジータの身体が硬直した。

 ジータはつかつかと近寄ってくると、密着する二人を離れさせようとする。

 

「尚更離れてくださいっ。そんな私情で治療を邪魔するなんて……!」

「治療くらいこのままでもできるでしょ?」

「傷口をちゃんと診て最適な治療方法をする必要があるんです!」

「回復魔法で一発の癖に患部診る必要ないでしょ!」

 

 二人の視線が交錯し、火花が散った。正に修羅場、ではあるのだが。

 

「あー……悪ぃが後にしたらどうだ?」

 

 疎外感溢れたオイゲンが気まずそうに声をかける。理由は、さっきから全く無言な彼である。

 

「ダナン、多分貧血で意識朦朧としてるからな」

「「っ!!」

 

 言われて気づいたが、顔から血の気が引いて青褪めており、意識がはっきりしていないのか反応を示さない。

 

(仕方ないから、ここは一時休戦ね)

(はい、まずはダナンを治療しないと)

 

 先程まで睨み合っていたはずなのに、完全に息の合ったアイコンタクトでテキパキと行動していた。

 

「……若ぇって凄ぇな」

 

 彼自身若い頃はまぁ、モテなかったわけではなかったが。嫁一筋だったのでよくわからない。とはいえもっと凄い化け物みたいなモテ方をする男を知っているので、まだまだ一般的にはモテるという範囲なのかもしれないが。

 ともあれダナンはジータの治療によって一命を取り留めた。その後意識を失ったダナンにどちらが膝枕をするかという言い合いに発展したのだが、結局はロザミアが「元々は私の失態よ。これくらいは私にやらせて」との言葉でジータが退いた。

 

 ここ、敵地のど真ん中だぞ。

 

 とはオイゲンもツッコまなかった。ただ、目覚めたダナンは二人にそう告げるのだった。

 

 それから充分休憩になったので四人はグラン達と合流するために研究施設を出る。

 因みにロザミアの両親は殺されたと思っていたが、オイゲンが助けていたので今も生きているらしい。

 

「(仮面の力が不安定だから手を繋いで人の存在を感じるようにすべきだと思うの)ねぇ、手を繋ぎたいんだけどいい? ……ハッ」

「ん? ああ、いいけど」

「えっ、いいの?」

「ああ。またどっか走って行かれても困るし」

「そ、そう……」

 

 役得と思うべきか信頼されていないと嘆くべきか微妙なところだと思うロザミアであった。

 ガンダルヴァとフュリアスに立ち塞がられているグラン達と合流した時、リーシャが目敏くそれを見つけて一悶着あったのはまた別の話である。

 

 敵地でなにイチャついてんだと微妙に帝国兵の指揮が上がったのだが。

 

 そこにモニカ率いる秩序の騎空団やザカ大公率いるバルツ公国軍、四騎士や組織の面々などが参戦し、彼らに書状を届けてくれていたスツルムとドランクも合流する。

 帝国兵を薙ぎ払い、他の者達が帝国兵の足止めを引き受けてくれたことで一行はタワーに接近することができたのだった。

 

 しかし帝国兵が召喚したマリス四体に絶体絶命の窮地を迎える。

 

 そこに天星器を強化する過程で知り合った最強の騎空団、十天衆の面々が参上して足止めを買って出てくれた。

 一行はフリーシアの野望を止めるためにタワーを登る。

 

 だが皇帝ロキが人数が多いから減らそうという理由で一人が残ってマリス一体と戦うようにさせる。断ればマリス四体を一斉に使うと言われてしまい、一行は従う他なかった。

 

 一人ずつ置いて一刻も早くフリーシアを、と駆け上がる。

 

 そして契約遵守の星晶獣ミスラと野望を果たすまで何度でも立ち上がると契約し、その履行によって不死身と化したフリーシアを剣と鎧を取り戻した黒騎士が足止めする中、タワーの最上階でアーカーシャを起動させる。契約をしてしまったフリーシアを解放するには、未来で存在を消す他ないという黒騎士の言葉に従って。

 だが正規の手順で起動されなかったアーカーシャは暴走してしまう。

 

 あわや存在を消される直前でビィの力により踏み留まり、一行に敵意を向けるアーカーシャを鎮めるために戦闘へ入った。

 下の階で留まったままの仲間達もいるが、彼らが託してくれたモノのために人数が少ない中で全力を尽くしていた。

 

「ジータッ! 四天刃!」

「うん!」

 

 全員が瀕死になるという異常事態をオルキスの機転で脱した一行は、切り札を切ってきたらしいアーカーシャにトドメを刺すべく最後の一撃を繰り出そうとしていた。

 強力な武器である天星器は武器種それぞれに一つ、計十種存在している。それを三人はグランが四つ、二人が三つずつそれぞれ所持しているのだ。とは言っても双子に得意なヤツからどうぞ、というスタンスを取った結果ダナンは得意というわけでもない武器が増えてしまったのだが。

 

 ジータが持っている四天刃を借りて、自分が持っている十狼雷を手に取る。

 

「【義賊】ッ!!」

 

 ダナンが一番に会得したClassⅣを発動する。【義賊】の得意武器は短剣と銃、持っている天星器と同じなので使えなくはない。

 

「我が隙を作る。後は任せよう」

「わかった。いくよ、グラン!」

「うん!」

 

 ダナンは二人に後を任せてアーカーシャへと迫る。

 

「ブレイクアサシン! 桜門五三桐!」

 

 まずは【義賊】で最大の攻撃力を発揮できるように準備を整えた。そして、

 

「四天洛往斬ッ!!!」

 

 左手の四天刃を閃かせる。渾身の奥義がアーカーシャの巨体を怯ませた。……通常であれば、特殊な『ジョブ』でもなければ奥義を連発することはできない。奥義後の反動が激しく身体が動かなくなるからだ。

 だがダナンはそこを、無理矢理に右腕を動かしていた。

 

「ブレイクアサシン……!」

 

 再度僅かな間だけ攻撃力を大幅に上げるアビリティを使用。右手に持った十狼雷の引き鉄を引く。

 

「十絶星駆!!!」

 

 体勢が整わず威力が落ちるのをアビリティの強化でフォローした奥義がアーカーシャを追撃した。

 強すぎる反動によって『ジョブ』が強制的に解除されてしまうが、今回はそれで構わなかった。

 

「お膳立ては終わりだ、決めろよ?」

 

 軋む身体に汗を浮かべながら不敵に笑う彼に、残った全員が応える。

 追撃の一番手はルリアの召喚したバハムートの大いなる破局(カタストロフィ)。アーカーシャの巨体にその強大な一撃を食らわせた。

 オルキスの召喚したリヴァイアサンが水の奔流で更に怯ませる。

 ロゼッタ、リーシャ、カタリナ、イオ、スツルム、ドランクが放つ奥義が次々と決まる。

 

「操符術・虚冥穿ッ!!!」

 

 幸か不幸か仮面と一体化したことでより仮面の力を引き出せるようになったロザミアが奥義を放った。剣を突き出すと同時、呪符の力で力を増幅させて極大の閃光を放射する。撃った後に呪符が援護攻撃を行った。

 

「レイジ! ウェポンバースト!!」

 

 【ベルセルク】となったグランが強化を行う。双子は同時に駆け出していた。アーカーシャにトドメを刺すために。

 

「北斗太極閃!!!」

「聖柱五星封陣!!!」

 

 【ベルセルク】グランの七星剣、【ウォーロック】ジータの五神杖が閃き、それぞれの最大の一撃がアーカーシャへと叩き込まれ、そして。

 

「――――」

 

 断末魔のような声を上げて、アーカーシャはようやく沈黙するのだった。

 

 それからルリアとオルキスの手でアーカーシャは正常に再起動される。

 そして、黒騎士の意思に反してフリーシアとミスラの契約をなかったことに書き換えた。

 

 その後下の階に残って合流できなかったラカムとオイゲンが十天衆に助けられて合流し、秩序の騎空団に後始末を任せる。一行はグランサイファーを守って壊れてしまったゴーレムのアダムを埋葬するために旧王都のメフォラシュへと向かうのだった。

 

 そこで星晶獣によって心を喪い人形のようになってしまった今のオルキスと、天真爛漫だった昔のオルキスどちらも大切に想っているが、昔のオルキスを諦めることもできない黒騎士がそれぞれの立場となって戦おうと一行に進言してくる。

 一行は黒騎士の覚悟を受け止め、魔晶を使った黒騎士と全力で戦い勝利するのだった。

 

 これで黒騎士は昔のオルキスを諦めようと決めるのだが、それをオルキス本人が不意にする。

 しかし魂だけの存在となっていた昔のオルキスがアダムに用意させていたオルキスと同じ身体をしたゴーレムがあったため、今のオルキスは“オーキス”と名を改めてゴーレムの身体を得た。

 昔のオルキスは生身の身体に戻り、肉体と魂が定着するまで眠り続けることになる。

 

 それから一行は帝国を倒した祝勝会をアウギュステで開く。その際本格的に騎空団を立ち上げることにしようという話題が持ち上がり、多くの伝手を持つシェロカルテにこれまで関わってきた人達の中で騎空団に入ってくれそうな人達は宴に呼ぶことにした。

 

「ねぇ、ダナンはどんな名前がいいと思う?」

 

 アウギュステへ向かう途中、騎空挺の甲板でジータはダナンに尋ねる。グランとビィも合わせて、四人で騎空団の正式な名前を相談しているのだ。

 

「ん? まぁ適当でいいんじゃね?」

「ダナンも一緒に考えようぜ? オイラ達の騎空団なんだからよぅ」

「俺は別に、お前らの手助けしてるだけだしな。お前らで決めればいいじゃん」

「ダメだよ。ダナンだって団長なんだから」

「は?」

 

 興味なさそうなダナンだったが、グランの言葉に思わず聞き返す。

 

「なんで俺が団長だよ」

「え? だって僕達三人で始めた旅だよ? ビィはまぁ、団長って柄じゃないから置いておくとしても」

「そこはオイラ気にしてねぇって。オイラとしてもダナンが団長やった方がいいと思うぜ?」

「いや、団長三人って聞いたことねぇから」

「例外はあるモノじゃなくて作るモノなんだよ?」

「作らなくていいだろそんなモノ」

 

 他三人はダナンにも団長をやって欲しいようだが、本人はあまり乗り気でないようだった。

 

「なんでやらないの?」

「面倒。柄じゃない」

「ダナンなら団長もできるって」

「やだよ、平団員にしてくれ」

 

 ダナンは断り続け、三人は不満顔になる。

 

「じゃあ百歩譲って副団長は?」

「なんで俺をそういう立場にしたがるんだよ。お前らの旅についていってるだけなんだから、俺はそんな立場いらないっての」

「そうじゃなくて、僕達はダナンに団を支えて欲しいんだ」

「……」

 

 グランの真っ直ぐで曇りのない目に見つめられて、ダナンは押し黙った。

 

「……はぁ」

 

 そして諦めたように嘆息する。このパターンは常人が折れる時のモノだが。

 

「だから断るって言ってるだろ」

 

 付き合いの長い彼には関係なかった。

 

「なんで? 一緒に団長やろうよ~」

「そうだよ、三人で団長やろう」

「オイラも三人が一緒の方がいいと思うぜっ」

 

 三人はぐいぐいと詰め寄ってくる。付き合いの長い彼だからわかる。

 

 ああ、これ頷かないと先進まないヤツだ。

 

 がりがりと頭の後ろを掻いた。自分が折れるしかないとわかっている。

 

「……ああ、クソ。わかったよ、やればいいんだろやれば」

 

 仕方ない、という彼の言葉に三人は顔を見合わせて笑った。

 

「ただし」

 

 しかし有無を言わせないように語調を強めて釘を刺す。

 

「副団長だ。あと面倒な仕事を押しつけるようなら団ごと辞める」

「「わ、わかった」」

 

 その言葉に団長となる二人が揃って頷いた。

 それから四人で改めて騎空団名について相談して、“蒼穹(あおぞら)”と名づけることにするのだった。

 

 宴がいい感じに盛り上がってきたところで二人の団長と副団長の三人で宴に来ていた者達を勧誘する。

 これにより“蒼穹”の騎空団は二百人超の大騎空団となる。

 

 更には、

 

「ねぇねぇ団長ちゃん達~。俺達も団に入れたくない?」

 

 十天衆の頭目であるシエテが軽い調子で声をかけてきた。

 

「えっ!? 入ってくれるの!?」

 

 それを聞いたグランは最強の十人とも言える彼らが加入してくれることを無邪気に喜んだのだが。

 

「うん。俺達一人ずつと戦って勝てたらね?」

「え」

 

 しかし彼の言葉に固まった。

 

「いいじゃねぇか、とりあえず加入させるために三人で分けて戦おうぜ」

 

 だがダナンは笑って条件を呑む。

 

「ま、まぁそれならとりあえずはいいかな」

「異論はないよ~。ま、いつかは全員とそれぞれが戦って欲しいけど」

「でもどうやって分けるの?」

 

 ジータの問いにダナンはニヤリと笑った。

 

「持ってる天星器でいいんじゃねぇか?」

「ああ……って僕一個多いんだけど?」

「団長やるって言うならそれくらい許容しろよ」

「いやでも、天星剣王のシエテさんに刀神オクトーさんもいて四人はキツくない!?」

「それを言うなら俺だって一番手堅くて攻略しづらいウーノとやるんだぞ? 残る二人は遠距離から一方的に嬲れるし、お前はお前の土俵でもあるんだから頑張れよ」

「うぅ……」

 

 グランは想像した。一騎討ちとはいえシエテ、オクトーという二強とも名高い二人と戦う上にサラーサとシスとも戦うという難題を。

 しかしダナンが戦う相手であるソーンとエッセルという遠距離得意な二人を相手に戦う難しさもなかなかのモノだ。確かに優先的に得意な武器種の天星器を持っていることもあってグランの土俵であるのだが。加えてあと一人が攻防一体で隙のないウーノである。ウーノの手堅さは理解しているので、正直なところグランとしてはダナンが戦うのがいいとは思っているのだ。

 ジータが戦うフュンフ、カトル、ニオも厄介というか、正攻法の通じない相手ばかりである。なら自分が多く天星器を持たせてもらっている分頑張らなければならない。

 

 ……と、グランに思わせるところまでがダナンの思惑である。

 

「わかった、やろう!」

 

 グランが意を決したことでジータも受けるしかなくなり、三人はそれぞれ十天衆と戦うことになったのだった。

 

「……まさか負けるなんて、ね」

 

 それぞれ巻き添えにしないよう別々の場所で戦っていたのだが、ダナンは無事ウーノ、エッセルに引き続きソーンを打ち破ることに成功していた。おそらく別の場所で戦っている二人も順調に勝っているだろうという確信にも近い予感があった。

 

「まぁ、流石に三人連戦はキツかったけどなぁ……っ」

 

 そうは言うがダナンに一切怪我が見受けられないので相当綱渡りだったとはいえ凄まじいことだった。

 

「まぁ、俺もあいつらもあんた達に入って欲しいし手段選ばなかったところはあるけどな。真っ向勝負でなんとかなるのが一番だが、ならなければ他の手も辞さないってことだ」

「……ふふ」

 

 ダナンが言うと、不意にウーノが笑う。同じ十天衆の二人もあまり見たことがないことだったため小首を傾げている。

 

「いや、すまないね。君のスタンスは少し、育ての親に似てるような気がして、思い出してしまったんだ」

 

 そう言うと彼は少しだけ懐かしむように目を閉じた。

 

「……いや、今の俺のセリフで思い出すようなスタンスのヤツってあんまいいヤツじゃなくないか?」

 

 ダナンは自分の言葉ではあるが、そうツッコんだ。ウーノはしかしどうだろうね、とはぐらかして去っていく。これからよろしく、と言っていたので入る気ではあるようだ。

 

「じゃあ私も、カトルの勝負が気になるから行くね」

「ああ」

 

 エッセルもジータと戦うカトルの様子を見に行ってしまう。その場にはダナンとソーンだけが残った。

 

「ほら、立てるか?」

 

 ダナンも他二人、特に強い二人と戦うことになっているグランの様子を見に行きたいという気持ちもあったので、まずは勝負直後のソーンに手を差し伸べる。

 

「あ、ありがとう」

 

 手を取って、引っ張られるのに合わせて立ち上がる。

 

「……私も化け物だと思ってたけど、なんて言ったら勝ったあなたに失礼かしら?」

「いや、いいんじゃないか?」

「えっ?」

「俺はできる限り強く在りたいからな。……あいつらを守るためなら、化け物だろうがなんだろうが被ってやるさ」

 

 遠く見つめるようなダナンの横顔に、彼が誰のことを言っているのか察しがついた。彼は言った後に片目を閉じて人差し指を唇の前に立て「あ、今のはあいつらには内緒な」と悪戯っぽくソーンに笑いかける。釣られて笑って、ふとまだ手を握ったままであることに気づいた。

 

「ああ、まだ放してなかったな」

 

 ダナンもソーンの視線に気づいて手を放す。その温もりが離れていってしまうことを少し惜しく思ってしまい、

 

「えっと、これから化け物同士仲良くしましょうってことでもう少しだけ……」

 

 と口に出してしまってからはっとする。いくらなんでも気安すぎたかもしれない、というかいきなりこんなことを言って引かれないだろうか? と後から色々なことが頭の中を巡るがもう遅い。

 

「ああ、じゃあこのまま行くか」

 

 だが天然の誑しとして周知されつつあるダナンはなんの迷いもなくソーンの手を握った。

 

「化け物同士なら共喰いでもしない限り一緒にいるだろうしな」

「ええ……!」

 

 ソーンは華やぐような笑顔を綻ばせた。ダナンの笑顔がとても眩しく映ったという。

 

 当然ながら手を繋いで仲睦まじく談笑して戻ったせいでジータ、リーシャ、ロザミアに睨まれることとなるのだが。ソーンが申し訳なさそうにしょんぼりすると凄んでいた三人も強く出れず彼女に譲ってしまう辺り、どいつもこいつもお人好しばかりである。

 

 しばらくアウギュステで滞在している中、ダナンはある人物を見かけた。近くに誰の目もないことを確認してそいつを追った。

 そいつもダナンが追っていることに気づいているのか人気のないところに進んでいく。完全に人目がなくなったところで、ダナンはそいつを本気で殺しにかかる。

 

 しかしそいつはモノともせずダナンを殺した。その後蘇生させたのだが、その相手こそダナンが記憶に留めている黒髪の長髪に赤い瞳を持った男、彼の父親であった。

 父親はダナンが息子だとわかると嬉々として殺して生き返らせを続け、最後に殺して立ち去っていくのだった。

 

「ダナン……!?」

 

 偶然、なにかに引かれるように現れたジータが血塗れの一帯で死亡しているダナンを見つけていなければ、リヴァイブでも生き返ることができなくなっていたであろう。

 ジータは一体この場所でなにが行われていたのか理解できなかったが、すぐにダナンを蘇生させた。死んでから少し経ってしまっていたのか呼吸しない彼を人工呼吸で息を吹き返らせる。

 

「……ジータ?」

 

 咳き込み、目を覚ましたダナンは目を開くと真上にあったジータの顔を認めた。声に気づいてはっとしたジータはぼろぼろと涙を零しながら倒れるダナンに抱き着く。

 

「良かった……! 良かったよぉ……!」

 

 彼女の様子にどうやら意識不明ではなく殺されてしまっていたらしいと認識した。

 

「……悪かった。心配かけたみたいだな」

「……うんっ、すっごく心配したんだから」

「悪い。ちょっと、下手打ったみたいだ」

「なにがあったの?」

「そんな難しいことじゃないんだが、なんて言うかな。今のままじゃどうしても勝てない敵とばったり出くわした? らしい」

「らしいって……」

「俺もちょっと意識がはっきりしなくてな。まぁ、助けてくれてありがとな」

「うん。……でも、私達は家族なんだからちゃんと頼ってね?」

「ああ、わかってる」

 

 けど、これは俺がやらなければならないことだ。

 

 ジータと会話しながら、ダナンは内心でそうつけ足していた。とりあえず心配をかけないために他の人達には内緒にしてもらい、彼はいつかイスタルシアに行く時、全ての決着をつけると決心するのだった。

 

 それから“蒼穹”は最強の騎空団十天衆を加入させたという事実が周知され、各国の要人も続々と加入が判明して一躍ファータ・グランデ空域中にその名が轟いた。

 とはいえ一気に団員が増えたことで団の運営費用だとか、大人数で移動する手段としてグランサイファー一隻じゃ足りないとか、様々な問題が浮き彫りになってしまう。

 

 とりあえずなにをするにも金が必要ということで、自腹は切らないで欲しいが金稼ぎは手伝って欲しいという妙な団長命令が下ったのもいい笑い話である。

 資金も必要だが強い敵と対抗する力も必要だ。ClassⅣ、そして突如現れたEXⅡという『ジョブ』を全て解放することにした。

 

 ある程度準備が整ってから色々あって隣のナル・グランデ空域で旅したり、空の底に落ちそうになったり、神聖エルステ帝国と戦ったり、また少し準備を整えてからナル・グランデの隣、空の支配者を自称する真王が待つアウライ・グランデ大空域に行ってそこでも騒動を起こしたり巻き込まれたりした。

 それから他全ての空域を回り、遥かなる旅路を経て、遂に。

 

 ――“蒼穹”の騎空団は空の果てである星の島イスタルシアに到達した。

 

「来たか」

「大勢引き連れやがって、大層なこったなぁ」

 

 グランとジータ、ビィ、そしてダナンが目指す旅路の果て。父の手紙から始まった最終目的。

 ここに来るまで数多のドラマと伝説があり、苦難と悲哀を乗り越えて、彼らはここに立つ。

 

 そこで待ち受けていたのは、グランとジータの父親、そしてダナンの父親である。

 

「父さん」

「二人共、いや三人共大きくなったな」

 

 グランの呼び声には応えず、彼の父は温かい笑みで三人を見つめる。三人は既に二十近い年齢になっていた。彼の顔つきはグランにそっくりだ。グランをそのまま歳を重ねさせたような姿に見えた。

 

「だが……」

 

 そのまま彼はグランとジータの傍にいるビィとルリアの姿に目を向ける。

 

「ヴァルフリートならきっと忠告しただろうが、それには応じてもらえなかったようだな」

 

 少しだけ悲しげに言った。

 

 ビィとルリアはそれぞれ、空の神と星の神が遣わせた特殊な存在である。空の神は星の力を、星の神は空の力を狙っていたために二人が創られたらしく、充分にそれぞれの力を取り込めた段階で神が二人を回収しに来るだろうと予想されていたのだ。

 だからこそ相容れない存在だという記述があったのだ。

 

「うん。ごめん、父さん。僕達はどっちも大切な仲間だから、二人を放すことなんてできない」

「……覚悟は、決まっているようだな」

「うん。私達はビィもルリアも、神が相手だろうと渡さない」

 

 双子の強い覚悟が宿った瞳を見て、二人の父は諦めたように笑った。

 

「……そうか。いや、これも当然の結果かな」

「ええ、そうでしょうね。だってこの子達は、あなたとあの子の子供なんだもの」

 

 かつて彼と共に旅をしていたロゼッタが告げる。

 

「ああ、そうだな。……わかった。覚悟は受け取ろう。だが本気で神に挑む気なら――俺を、この父を超えてみせろ……ッ!!」

「「っ!! うん……ッ!!!」

 

 剣を構えた父の姿とその身から放たれる威圧感に、双子は興奮を覚えた。いよいよ憧れていた、ずっと背中を追ってきた父と刃を交えるのだ。

 

()()()()()で来い。お前達が長い旅路で紡いできた絆もお前達の力だ。旅で培ってきた全てを、ぶつけてこいッ!!!」

「うん! 行くよ、皆!」

「“蒼穹”の騎空団第一部隊、戦闘用意!!」

 

 “蒼穹”の騎空団、その団員は空の世界全てを回って集めてきた者達だ。

 その団員数は二千を優に超える。だが、今双子についているのは便宜上第一部隊とした千名ほどの団員達だ。

 

「おうおう。なんだよ、あいつの子供と同じくらいの数の団員率いて、俺のガキがまさか団長って柄じゃねぇよな?」

「お前にしては珍しく戸惑っているようだな」

 

 ダナンの父親に笑って返したのは、彼らと縁の深いヴァルフリートである。

 

「あん? てめえもこっちにいやがんのかよ。てっきりあっちかと思ってたぜ」

「それも面白そうだが、生憎と彼は私の、そうだな。義理の息子みたいなモノでな」

 

 その言葉に、相手は目を丸くした。ダナンの近くにいたリーシャが真っ赤になったのはご愛嬌だ。

 

「……ぷっ、ははははっ! なんだよそれ! てめえのガキと俺のガキが!? なんの冗談だそりゃ! くくくっ……!!」

 

 腹を抱えて、心底可笑しそうに笑う。その様子に、向こうと違って事前に聞いていた通り神経に障るヤツだなと団員達は思った。

 

「いや、そうか! 俺の息子だもんな! 俺と同じように手当たり次第犯して孕ませたんだな!? そりゃ納得――」

 

 全てを口にする前に疾風が、呪符が、光の矢が、炎が、闇が、水が、様々なモノが一斉に襲いかかった。それらは片手を払うだけで掻き消されてしまったが。

 

「……父さんに聞いていた通りの下種ですね」

「ええ。こんなのが肉親なんて苦労するわ」

「彼はあなたとは違うわ。バカにしないで頂戴」

「全く。あなただけは以前の私でも愛さないでしょうね」

「彼をバカにするなら、殺すね?」

「こんな外道死ねばいいのよ」

 

 全員がダナンに想いを寄せる女性達だった。その中でも手が出やすい方と言ったら失礼だろうか。

 それにまたダナンの父はきょとんとしてから、腹を抱えて笑う。

 

「くくっ……! 随分とモテモテじゃねぇかよ! あいつに聞いた通り、あいつのガキと一緒に育って影響されてんな? 本気で俺のガキか疑っちまうぜ」

「ええ、彼とあなたでは器の大きさが違いますね」

 

 その言葉にバラゴナが返す。

 

「んん? なんだよ、七曜の騎士が勢揃いしてんじゃねぇかよ。なんだお前、真王の真似事でもしようってのか?」

「さぁな。それより早く始めようぜ。てめえと話すことなんてねぇんだからな」

「そうかよ。まぁそこは俺のガキらしいってことにしとくか」

 

 言ってから、ダナンの父親が左手に剣、右手に短剣を持つ。

 

「かかってこいよ、皆殺しにしててめえが今まで培ってきたこと全部、無駄にしてやるからよぉ……ッ!!」

 

 父親の挑発には応えず、少なくとも表面上は冷静そうにダナンは呟く。

 

「……遠慮はいらねぇ。全力を尽くして、こいつを倒す!! いくぞ、てめえら!!!」

 

 まるで別の誰かの子供を見ているような感覚だ。

 

「……つまらねぇな」

 

 ぼそりとしたその呟きは、他の誰にも届かなかった。

 

 それから一人対千人以上の戦いが二つ、イスタルシアにて開始される。

 空の世界を旅してきた“蒼穹”は既に空の世界最大最強の騎空団と言っても過言ではない。その騎空団が二分されているとはいえたった一人と死闘を繰り広げられていること自体がおかしいのだ。

 

 誰も彼もをして規格外と称し、本人の強さは兎も角一時は全空の大半を支配下に治めた真王が目の敵にしていたほどの存在。

 それも集団ではなく単体での警戒である。

 

 星晶獣すらもモノともしない強さで、且つ星晶獣を還す力を持っている。今回は団員にも星晶獣がいるのだが当然その力は使わない。

 とはいえそれでも、空を巡って成長し続けた彼らであっても、二人との戦いは熾烈を極めていた。

 

 しかしその戦いも、数時間に及べば状況が変わってくる。

 

 ――結果は、“蒼穹”の勝利だった。

 

「……はは、成長したな。本当に、強くなった」

 

 傷だらけで仰向けに倒れ込んだグランとジータの父親が、清々しく笑っていた。

 便宜上第一部隊と名づけられた面々も後衛まで含めて誰一人無傷な者はおらず、戦いが終わったとわかってへたり込む者も大勢いる。

 

「……チッ。クソ、俺のガキの癖に、皆と力を合わせてとか柄にもねぇことしやがって」

 

 ダナンの父親は倒れ込みこそしなかったものの、疲弊した様子で怪我を負い片膝を突いていた。

 

 これでひとまず戦いは終わりだ。皆安堵して達成感を味わう中。

 

「……」

 

 ダナンは傷だらけの身体でふらふらと父親に近寄っていく。その手には愛用の短剣が握られていた。

 

「……俺を殺すか」

 

 父親は笑っている。そうするのが当たり前だとでも言うように。

 

「ああ、殺す」

 

 頷いたダナンの瞳にはなんの感情もない。躊躇いも当然ないが、目の前の人物を恨む理由も憂う理由もないのだ。そうする必要があるとでも言うかのように父親の眼前まで歩み出るダナン。その瞬間だけ、彼の父は息子の気持ちをよく理解していた。

 

「ダメだよ、ダナン」

 

 だがそんなダナンの前に、傷だらけのジータが両腕を広げて立ち塞がる。彼女もふらふらのはずだが、それでも気丈に立っていた。

 

「こんな人のために、ダナンが手を汚す必要はないよ」

「いや、そいつは……」

 

 ジータの言葉になにか返そうとするが、言葉を切る。彼女の真っ直ぐな目を見てしまったからだ。

 そもそもこうなるとわかっていたから、必要最低限の人達にしかこうすることを伝えていなかった。具体的に言うと敵対していた時から気が合いそうだったドランク、そして父を好んでいないバラゴナなどだ。

 特に一緒に暮らしてきた三人は絶対に止めるだろう。相手が例え生粋の悪人であったとしても、殺すことを許してはくれない。できればその前に殺っておきたかったが。

 

 ダナンはジータを退かすことができずに、短剣を下げた。

 

 もしあのまま、スラムで孤独に生きていた彼なら引かなかっただろう。確実に仕留めていた。

 だからここで短剣を下げたのは、彼らと一緒に過ごしてきたダナンであったからこそである。

 

 仕方ないな。そう言って笑おうとした時、ジータの頭から股座まで赤い線が走った。

 

「え……?」

 

 呆然とする中、ジータの身体に無数の線が走ったかと思った直後、彼女の身体が細切れになってほぼ液体へと変わる。

 

「ジー、タ……?」

 

 目の前で姿が消えびちゃりと地面に落ちる彼女の名前を呼ぶダナンの瞳から光が失われた。光のない目を彷徨わせてジータが死んだことを認識したのか力なく膝を突く。

 

「……リヴァイブ」

 

 しかし諦めたわけではなく蘇生を試みる。反応はなかった。

 

「無駄だ。てめえも知ってんだろ? 俺はリヴァイブを極めてっからなぁ。逆に言や蘇生されないように殺す、なんてこともできる」

 

 それをやった本人であろうダナンの父親が平然と立ち上がる。先程までの疲弊した様子はない。

 

「……リヴァイブ。リヴァイブ、リヴァイブ」

 

 目の前で仇が立ち上がっているのにも関わらず、ダナンは何度もリヴァイブと呟くだけだった。

 

「無駄だっつってんだろうが。まさかてめえ、そいつのこと好きだったのか? あぁ、そりゃ悪いことしたなぁ。――どうせなら滅茶苦茶に犯してやってから殺すべきだったぜ!」

 

 愉快そうに、不愉快に嗤う。

 ダナンはリヴァイブを唱えることをやめ、そこにいないジータを探すように手で血溜まりを掬った。

 

「お前……! ジータはお前を助けようとしてたんだぞ!」

「は? それがなんだってんだ?」

 

 ビィが怒りを露わにするが、ダナンの父は怒っている理由がわからないとでも言うかのように首を傾げた。その様子に大勢がぞっとする。

 相変わらずの様子と娘を殺されたことで双子の父も立ち上がろうとするが、本当に死力を尽くした戦いだったため身体を起こすに留まっていた。一番そいつに近いと思われるロベリアも立ち上がって「キミの音は美しくない、不快だ」と告げようとしていたのだが、動いた者に気づいて口を閉ざした。

 

「……てやる」

 

 怒りをぶつけたいのに、あいつの口を封じたいのに、誰も先の戦闘で傷つきまともに動くことができない。

 だが、ダナンはゆらりと立ち上がった。

 

「あ? なんだよ、まだリヴァイブでも唱えてんのか――っ!」

 

 煽る気もなく煽るが、顔を上げたダナンの目を見て言葉を区切り、今までで最も嬉しそうに笑った。

 

「……殺してやる」

「ははっ! いい面になったじゃねぇか! その方が俺のガキっぽいぜ、なぁ!!」

 

 ジータの死で光を失っていたダナンの目に、再び光が宿っていた。憎悪という名の炎で。表情も一番長い付き合いであるグランとビィが見たこともないほど憤怒に歪んでいる。最初に会った時も廃れた表情だったが、今はそれよりも酷い。

 全身から放たれる殺気がその場にいる全員の肌にピリピリと刺さっていた。

 

「てめえだけは俺が、ぶっ殺す……ッ!!!」

「やってみろよ、次のヤツを殺されたくなきゃなぁ!!!」

 

 父は歓喜を、息子は憎悪を表情に浮かべて対峙する。

 当然、ダナンの父親はこうなったらダナンを容赦なく死ぬ寸前まで痛めつけてから他のヤツにも手を出すつもりである。できるだけダナンが怒り狂うように、なるべく手段を選んで。

 

「――あ?」

 

 が、計算違いが起こった。

 黒いなにかが通ったかと思ったら、左腕の肘から先の感覚がなくなったのだ。直後に痛みがやってきてようやく理解する。腕を切り飛ばされたのだと。

 

「っ、あぁ!! クソ、どうなってやがる……ッ!!」

 

 混乱と困惑が襲ってきて大きく回避しようと後退して――距離の変わらなかったダナンに袈裟斬りにされる。

 

「がぁ! クソ、クソッ!!」

 

 ヒールを唱えて腕を修復し、右手の短剣でダナンを殺しにかかった。……だが、当たる直前で二の腕の半ばから切り落とされ、届かない。

 

「あぁ、痛ぇ!! クソ、クソッ、クソがっ!! てめえが、俺より速く動けるわけねぇだろうが!!?」

 

 何度考えても、どう思考しても理解できない。納得できない。

 さっきまで手加減した上で千人といい勝負だったはずだ。その中の一人であるだけのダナン一人に圧倒されるのはおかしい。大体さっきまでと動きが全く違う。

 

 ダナンの父も、グランとジータの父も、他の団員も。誰一人としてその動体視力でダナンの動きを完璧に捉えられている者はいなかった。おそらくこの世の中で頂点に君臨する二人ですら動きが霞んで見えるのだから、誰にも追えるわけがないのだ。

 

 誰も、知っている者がいなかっただけだ。

 

 ダナンが()()()()()()()ということを。

 

 幼少期、双子の父に拾われてグラン、ジータ、ビィと一緒に育ってきた。それからずっと、誰かと一緒に戦ってきた。皆と力を合わせて、協力して。一人で戦うことももちろんあったが、彼らの影響でいつも周囲や相手を気にして戦ってきた。それが普通になっていたし、違和感を覚えることもなかった。

 だから、ダナンがその本領に気づくことはなかった。周囲も気づくことはあり得なかった。

 当然、形振り構わなければ普段よりも強いだろう。そこにダナンの才能が加わって、憎悪というブーストがかかって、圧倒している。その上観察力で以って相手が行動するよりも早く動いているのだ。

 

 毒づくために口を開けば舌を切断され、こちらを見るなとでも言うかのように目を切りつけられる。掴みかかろうとしても腕を切り落とされ、おまけとばかりに腹を抉られる。

 治った目でダナンを見てみれば、てめえは必ず殺してやると言わんばかりに睨みつけてくる目と合ってしまう。

 

 ――背筋がぞっとした。

 

「あぁ! 違う、違うッ!! 俺は、俺が……っ!!」

 

 得体の知れない感情を掻き消すように修復した左掌に強大な魔力を集め、目の前の相手を消し飛ばそうとする。だが左手を突き出す途中で指から肩までを細かく輪切りにされてしまい、中断される。

 

「づっ!」

 

 その痛みに顔を顰める。だが動きを止めることはできない。ずっと、ダナンが睨んでいるから。

 

「……掻っ消えろッ!!!」

 

 初めて胸中に生まれた感情を消すために、目の前の存在を消すように武器を振るう。だがどれだけ本気で斬りつけても刃が届かない。憎悪の瞳から逃れられない。

 

「っ!?」

 

 一歩、後退した。初めてだった。血の気が引いて、口の中が乾き、ここから逃げ出したい衝動に駆られる。

 

 人はその感情を、恐怖と呼ぶ。

 

「ふ、ふざけ、るんじゃねぇ!!」

 

 自分が怯えていることを理解しかけた頭からそのバカな考えを振り払い、全力で殺しにかか――

 

「いい加減その汚ぇ口閉じろよ」

 

 る前に皮肉なほど流麗な斬撃が四肢を半ばから切断した。

 

「っがあああぁぁぁぁぁ!!?」

 

 思い通りにならない現状への苛立ちと激痛による悲鳴が混じり合う。どさりと仰向けに倒れこんだ彼は、あることに気づいた。

 

「あぁぐっ! こ、これはまさか……! ふ、ふざけんなよ!? なんで俺が……ッ!!」

 

 切り落とされたはずの四肢に()()()()()()。その現象を、彼は知っている。

 

「……ここまで来てもまだ、喋る余力があるのかよ。反吐が出るしぶとさだな」

「っ!」

 

 嫌悪たっぷりの声にびくりと身体が反応した。見上げれば瞳に憎悪と殺意と嫌悪を燃やすダナンと目が合う。

 

「や、やめっ……!」

 

 口を突いて出た言葉は届かず、ダナンの腕が振るわれて更に切り刻まれる。痛みが全身を襲って、脳が真っ二つにされた状態であっても意識が保たれ、しかし出血はしない。脳が痛いという気が狂いそうになる頭で理解していた。

 ヒールは効かない。死んでいないのでリヴァイブも不可。死んだとしてもリヴァイブが効果ないようにされている。かと言って全身を蝕み続ける痛みを無視することなどできはしない。受けた者の気が狂うまで生き続け、狂っても身体だけは生き続けるこの醜悪な所業。

 これをよく、彼は知っていた。なにせ()()()使()()()()()のだから。

 

「……できればこのまま永遠に生き続けて欲しいが、てめえが存在していること自体が不快だ。せめて、苦しんで絶望して恐怖して、死んでくれ」

 

 吐き捨てるような言葉と共に、ダナンは魔法で火を放つ――焼死は長く苦しむ死に方だと有名だ。

 

「あががあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 繋がっていない喉から絶叫を上げる。だが、それを止める者はいなかった。

 焼死した彼が最期に見たモノは、少し離れた箇所で可哀想なモノを見る目でこちらを眺める人達の視線だった。

 

 ダナンは焼死体を踏み砕き、一部を地中に埋め、一部を空の底に落とし、一部を魔法で消滅させ、灰一つ残さず後処理を行った。そこに収まらぬ怒りなどなく、ただ徹底的に生き返らないように念を入れているような、事務的な作業だった。驚くべきほどに空虚でなんの感情もない作業だった。

 

「……」

 

 ジータの仇討ちを終えたダナンがその場に立ち尽くす。誰にも、彼が今どんな表情をしているかは見えなかった。想像もできない。

 

「ダナンッ!!」

 

 そんな彼に声をかけるべき人がいるなら、きっとそれはたった一人だ。

 勢いよく駆け寄って、背後から思い切り抱き着く。いきなりのことに前のめりになるダナンは、信じられないとでも言うかのように目を見開いていた。

 

「……ジー、タ?」

 

 彼がその声を聞き間違えるはずがない。恐る恐る振り返れば、見慣れた金髪の女性がいる。涙をぼろぼろと流しているのがわかった。

 

「ごめんね! 私が、私が余計なことしたばっかりに、悲しい想いさせちゃって……! でも大丈夫、ビィの力でリヴァイヴできるようにして、ちゃんと生き返ったから。私はここにいるからっ!」

 

 彼女の訴えに、ダナンの瞳に光が戻っていき、顔がくしゃりと歪んで目に涙が溜まって頬を伝う。少し彼女の身体を離すようにして身体の向きを変え、向かい合う形で強く抱き締めた。

 

「……良かった! 良かったぁ……!」

 

 ぼろぼろと泣き崩れてジータを抱き締めるダナン。彼がここまで泣き崩れることなど今までにあっただろうか。いや、なかったからこそほとんどが微笑ましいような表情で彼を見ていた。

 

「ごめんね。私が余計なことしたばっかりに」

「いや。わかってたのに、あそこで退いちゃったのは俺の甘さだ。ごめん」

「ううん、いいよ」

「……でもホントに良かった」

「うん。……ふふっ、でもなんか、不謹慎だけど嬉しい。ダナンがそんなに怒ってくれるなんて」

「当たり前だろ」

「そっか。えぇと、いつまでこうしてるの?」

「もう少しこうしてたい。ダメか?」

「ううん、いいよ。……ちょっとだけど、弱さを見せてくれるダナンって可愛い」

「……そんなことねぇよ、誰かが死んだらこんなモンだ」

 

 まぁ当たり前だけど、自分だけじゃないよねとジータは内心で苦笑する。だから少しだけ、聞いてみたくなった。

 

「……その、ダナンは私のこと大切に想ってくれてるんだよね?」

 

 まずは遠回しに尋ねてみる。頷いたところに次の問いを投げて確かなモノにする目論見だったが、彼女がなにを言わせたいかを察したダナンは先手を打つことにした。

 

「ああ。好きだよ、ジータのこと」

「ふぇっ!?」

 

 さり気なく口にされた言葉にジータの顔が真っ赤に染まった。

 

「そ、そそ、それは家族的なアレとかで?」

「いや、異性として」

「っ~~!!」

 

 有利に立とうと試みてみるが、それもあっさりと覆されて湯気が出そうなほど真っ赤になってしまう。

 

「……じゃ、じゃあその、け、結婚とかは?」

 

 まだ付き合ってもいないのだが、おそらくほぼ全員もう付き合っているようなモノだろうと思っていたので二人がそうなっても不自然はない。二人共二十前後といい年齢でもあることだし。

 

「じゃあするか? 結婚。俺はそれよりも旅の方が大事だろうなって思ってるから後でいいんだけど」

 

 ダナンは平然と告げた。

 

「ま、まぁそれはそうだけど……」

 

 ジータとしては競争相手に三十を越えてしまった人がいるから、できれば乗り遅れたくないしあまり年齢が行き過ぎてしまうのも申し訳ないという気持ちもあるのだが。

 

「じゃ、じゃああの……私のことを、一番に愛してくれる……?」

 

 そこが一番重要である。上目遣いに尋ねたジータに対し、ダナンは即答しなかった。ちらりと他のところへ視線を向けてから、

 

「……まぁ、家族愛と合わせれば一番?」

「……だよねー」

 

 曖昧な答えにジータの目が死んだ。

 とはいえこれはわかっていたことだ。ダナンは心が広くて優しいので、おそらく「俺を好いてくれるなんていいヤツだな」と基本的には受け入れる姿勢に入る(ジータが見ている限り)。兄のように想って暮らしてきたが、グランと同じように誰にでも優しくする癖があるので当然人気は高い。“蒼穹”の団員にはイケメンからショタから老人からと様々な男性が所属しているのだが、大抵グラン派かダナン派かで分かれる勢いである。しかもそれぞれいつも周りに誰かしらはいるとされている通称“近衛”と呼ばれる者達が存在していた。

 ……因みにジータも男性団員からの人気が高いのだが、残念ながら彼女の想い人がわかりやすいので誰もなにもしていない。

 基本的には“ジータの幸せを見守る会”に加入するのだ。

 

「……まぁそれでもいいかな。私は、ダナンの傍にいたいんだから」

 

 ぎゅっ、と愛おしそうに彼に抱き着く。ダナンも優しく抱き返していた。

 幸せそうな二人の周りに、続々と人が集まってくる。早かったのは特に、ダナンに想いを寄せる子達だったが。

 

「あ、ちょっ、今は私の番なのに!?」

 

 結果、協力して引き剥がされたジータであった。膨れる彼女に手を伸ばして頭に置く辺り、ダナンもある程度わかっているようだ。

 

 ダナン達がイチャイチャしている中、改めて“蒼穹”の団員達はイスタルシアに辿り着き団長の父に勝利した達成感と喜びを分かち合う。

 しばらくした後に、改めて双子の父が成長を褒めてこれまでの旅路を労う。

 

「それで、これからどうする?」

 

 彼に尋ねられて、具体的な案が浮かんでこなかったグランとビィは揃って首を傾げた。

 

「神を倒すか、星の世界にでも行くんだろ」

 

 そこにジータと腕を組んだダナンがやってくる。仲睦まじい様子に二人がニヤけそうになって、ジータに睨まれていた。

 

「ビィとルリアを守りたいなら神を倒さなきゃならない。そのためになにが必要かは知らないけどな。もう一個の方はここが“星”の島って言うくらいで、空の果てなんだから星の世界へ通じる場所なんじゃないかっていう勝手な憶測だ。まぁどっちにしたってここが旅の終着点じゃないことは確かだろうけどな」

 

 ダナンの言葉にグランとジータの父親は答えを返さなかった。

 

「とりあえずしばらくは休もう。大事な話はそれからでもいいだろう? ――それに、結婚するのだろう?」

 

 彼は代わりにそう告げる。最後の言葉だけは面白そうに笑ってだったが。実の父に言われて赤面しながらも、こくんと頷いた。

 こうなったきっかけは先程のイチャイチャだ。その中でニーアが「愛し合ってるなら結婚するんだよね?」と言い出したのが始まりで、なら私もと立候補していった結果全員と式を挙げることになってしまったのだ。

 

 星の島イスタルシアで結婚式、なんておそらく彼らだけだろう。

 

「ああ、そうだな。グランはしないのか?」

「えっ!?」

 

 ダナンからのいきなりの発言にグランは頬を染める。

 

「ほう、グランにも意中の相手がいるのか」

「ち、違うって! その……」

 

 面白がる父に反論しようとして、彼の方をじーっとなにかを期待するような目で見ている女性陣に気づいた。

 

「なに言ってんだよ、そいつ俺より多いぞ? そこかしこに手を出しやがって」

「それ、ダナンだけは言っちゃいけないと思う」

 

 やれやれ、と言いたげなダナンにジータがツッコんだ。まぁ当然である。

 

「はは、俺は一途だったからわからない感覚だが、それは良かったな」

 

 彼はジータ似の妻一筋だが、息子のモテっぷりを素直に喜んでいた。

 ともあれ、グランも結局イスタルシアで挙式することになり、某元騎空団団長が「どっちを後継とするか悩むな」と口にするほど大勢と同時に結婚するのだった。

 

 そんな幸せを噛み締めながら“蒼穹”の騎空団は旅を続けていく――。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 彼らが星の島イスタルシアからどこへ旅立ちなにを成し遂げたのか、史実には残っていない。

 

 仲間のために星の神と空の神を倒したのか。

 はたまた星の世界すら旅してきたのか。

 

 全ては語られないままであったが、一つだけ確かなことがある。

 

 彼らは誰一人欠けることなく、ファータ・グランデ空域に戻ってきた。

 

 伝説に挑み、伝説を超え、新たな伝説となった“蒼穹”の騎空団の名は全世界に轟き永久に途絶えることはなかったのだと言う。

 その伝説的な“蒼穹”の騎空団を率いていたのは、三人の若き騎空士だった。

 

 “蒼き空”グラン。

 “赤き陽”ジータ。

 “黒き夜”ダナン。

 

 双子の団長と、その双子と共に育った副団長。若くして世界最多数の団員達を率い、まとめ、先導した彼らはなるべくしてそうなったのだろう。

 

 かくして彼らの旅は終わったが、しかし終わっていないとも言える。

 世界は広く、彼らであってもまだ見ぬモノはまだまだあるのだ。若しくは、新たに生まれてくる。

 

 だから旅は続く。いつになっても、世界がどうなろうとも。

 戻ってきた彼らは一時解散し、全空に散らばった。だが世界になにかあった時はまた集結し、その伝説的な力で世界を救うのだろう。

 

 こう願うのは不謹慎かもしれないが、またいつの日か、彼らの旅路が再開されることを祈って――。

 

 『蒼穹(あおぞら)叙事詩 終の章 最終巻 著・シェロカルテ』より抜粋。




IFルートなのでちょっと変わってきているキャラ設定などを活動報告に載せます。
興味のある方は是非見に来てください。

本編では一切出てきていないキャラもいますしね。


次の更新はいつになるかわかりませんが、「どうして空は蒼いのか」の番外編でも書こうかなと思っています。
なぜ最近番外編が多いのかは、本編が区切りいいのと時系列的に番外編の時間を本編に近づけたいからですね。
「どうして空は蒼いのか」パートⅠは一個目の幕間辺りの時系列で考えています。

番外編ではありますが実際に起きたこととして書くつもりです。
それでは次の更新……まぁ四月中ではあると思いますが、その時にお会いしましょう。


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EX:『どうして空は蒼いのか』プロローグ

前回の予告通り、『どうして空は蒼いのか』の番外編になります。
丁度『000』が復刻する当日に思い立って書き始めたので割りと見切り発車になります。
当然の如くゲーム内イベントを改変しておりますのでご注意ください。

この番外編は明確に時系列が決まっています。
音楽イベントと黄金の空編序盤のアウギュステでロベリアと遭遇するまでの間です。色々あってそんな時期になりました。

近況は、Twitterでは言いましたが今日フラウを取得しました。六人目の賢者で、六属性を一巡した形になりますね。なのでアラナンは取得してません。
次の賢者はアストラ的にロベリアになりそうです。まぁ古戦場も次の火古戦場で玉髄取るとしたらその次は土有利かなと思うので丁度いいでしょう。

という感じです。
ではどうぞ。


 アウギュステ列島の区役所にて。名だたる商会の長が集まり腹の探り合いをしつつ談笑していた。

 

「ふむ……主だった商会は揃ったようだね。では緊急会議を始めよう」

 

 この場を取り持つ区長が音頭を取る。

 

「集まってもらったのは他でもない。既に察している者も多いだろうが、本日の議題は噂の『災厄』について。僭越ながら利権に中立的立場の私が、連絡系統に優れる皆さんの協力を仰ぎ、情報を集め対策を検討させていただきたい」

 

 区長の殊勝な言葉に、武器屋の男は不満げに口を開いた。

 

「手短に頼むよ。こちとら大事な取引の最中だったんだ」

「呑気なことを……。世界が滅びたら取引もなにもないだろう」

「世界が滅びる? 災厄とかってのを本気で信じてんのか?」

 

 道具屋が苦言を呈するが、気にした様子はない。しかし同席している雑貨屋の女性がくすりと笑った。

 

「あら、白々しい。あなたほどの商会なら真偽を把握済みでは?」

 

 互いに牽制し合うような中、間延びした声がやってくる。

 

「まぁまぁ、皆さん。美味しい珈琲を淹れてきました、とりあえず今は団結しませんか~?」

 

 万屋シェロカルテである。彼女が仲裁したタイミングを見計らって区長も口を開いた。

 

「その通りだ。今は腹を探り合っている時ではない」

 

 言って、本題に入るために自分から語り出す。

 

「では私から……まず島々の落下現象は、事実だ」

 

 今全空で噂となり、人々の不安を煽っている現象。それが、区長の口にした『災厄』である。

 これまで、島の落下は数百年に一度しか起きていないほどで、問題にすることもなかった。しかし、最近頻発していた。

 

「瘴流域付近の調査員の報告では、隣の空域でも同様の状況らしい」

「なるほど、とすると全空域の……」

 

 区長の報告に道具屋は呟き、自分が持つ情報を口にする。

 

「僕の商会の情報網では、気流も気象も異常はなかったようです。やはり原因は浮力の消失が有力ですね」

「『四大元素』よ。信頼できる筋の学者によると、その異変が災厄の発端みたい」

 

 原因について雑貨屋から補足が入る。

 

「それで? 次はあなたの番よ?」

 

 女性は武器屋に話を振った。

 

「ふん……わかったよ、しょうがないな」

 

 武器屋は鼻を鳴らしつつ、やはり情報を持っていたようだ。

 

「島は面積の小さい順に落下してる。まだ人的被害は確認されてないが、その規模は徐々に拡大してるってよ」

「そうか、ありがとう。皆さんの協力に感謝する」

 

 武器屋の情報までを聞いて、区長が改めて礼を言う。

 

「それでは急いで各勢力に連絡を。今は利害に関わらず連携を図らねば」

「わかりました。僕は各国の首脳陣に話をしてみます」

「私は末端の商会に。市井の人々にも注意を呼びかけるわ」

「じゃあ俺は帝国か? 確かにパイプはあるが面倒だなぁ……」

「でしたら私は、騎空士さん達に情報提供してきますね~」

「ああ、任せるよ。万が一に備えて信頼できる騎空団に、空の避難経路の確保も頼みたいところだ」

「わかりました、ではグランサイファーの皆さんに――」

 

 区長と合わせて各商会が情報連携について決めていく中、シェロカルテが“蒼穹”の騎空団に依頼しようかと口にした、その時だった。

 

「その者達こそ、災厄の元凶だとしたら?」

 

 聞き覚えのない、どの商会の代表者でもない男の声が聞こえた。見れば、黒いフードに黒い鎧を纏った人物が立っている。男は剣を握っていた。

 

「むっ……? なんだ、会議中だぞ? 警備兵はなにをしている?」

 

 区長は関係者ではない侵入者に顔を顰める。

 

「ここにはもう誰もいない。俺と君等を除いて、誰も」

 

 男の言葉に動揺が走った。

 

「な、なんだって? いきなり現れてなにを言っているんだ?」

「警備兵、警備兵! ……嘘でしょ、本当に誰もいないわ!」

「馬鹿な……! 俺の護衛もやられたってのか!?」

 

 呼びかけても誰も来ない、返事をしないという状況に焦りが募る。たった一人の乱入者に、警備兵も連れてきた護衛も倒されてしまったようだ。

 

「なぁ、俺にも珈琲を貰えるかい? こう見えても商談に来た身でね」

 

 そんな中、男は穏やかとも取れる口調で告げる。

 

「商談……? あなたは一体……?」

 

 唯一冷静さを失わなかったシェロカルテは慎重に尋ねた。

 

「俺は『天司』さ。空と星の狭間の者という意味だそうだ。フ、ナンセンスだろう? 星の研究者の感性はどうも理解できん」

「天司……? 星の研究者……?」

 

 男の言葉をオウム返しにするシェロカルテの頭にはいくつかの仮説が上がってはいたが、確かなことは言えなかった。

 

「さて、商談を始めよう。なに、シンプルな話さ」

 

 男はそんな反応を意に介さず、早速話を進めていく。

 

「俺はこの空の世界に審判を下す。できる限りスピーディにね? だが君等の連絡系統が微妙に邪魔だ。そこで成り行きを静観していただきたい。対価は新世界の民に選んでやること……。どうだろうか?」

 

 どうだろうかと言われても、という感じである。

 詳細は置いておくにしても、男の言っていることを要約するとこうだ。

 

「俺はこれから空の世界を滅ぼすから、それを静観していてくれ。静観してくれればお前達だけは助けてやろう」

 

 実に身勝手な、商談と呼ぶこともできない一方的な要求であった。

 

「君はなにを……意味がわからん、なにが目的だ!?」

 

 区長は男の話が理解できずに動揺のまま返す。

 

「そうか、話せて良かった。ではヴァーチャーズ、後始末を」

 

 商談に乗らないのであれば、目的の邪魔になる彼らを生かしておく必要はない。それを示すかのように、ヴァーチャーズと呼ばれたモノが姿を現した。

 

 それは中心に黄緑色の球体を据えた謎の物体だった。球体を囲むように赤い結晶が浮いており、その外側を輪が囲っている。その輪から翼を生やし、上部の小さな結晶から輪のようなモノを形成している。

 

「……――」

「ま、魔物……!? だが、この奇妙な物体は……」

「――――!」

「うわあぁぁぁ……!」

 

 それが光線を放ち、道具屋の身体を貫いた。続けて雑貨屋にも同じように光線を放つ。

 

「おいおいおい……! なんなんだよ、こりゃあ……!?」

「二人共息はあります! ひとまず背負って脱出しましょう!」

 

 動揺する武器屋に引き替え、シェロカルテは比較的冷静だった。

 

「う、うむ。そこに裏口がある! 傭兵の詰め所に行って迎撃要請を……」

 

 動揺していたのは区長も同じだった。だがシェロカルテの対応によって少し冷静さを取り戻し、次の行動を指示しようとするが、途中で言葉を止める。

 

「いかん、シェロ君!?」

 

 それは、今にも光線を放とうとしているヴァーチャーズの姿を見たからだった。

 

「――――!」

 

 戦闘力のないシェロカルテに、それを防ぐ術はない。流石の彼女でもただ待つことしかできなかった。

 

「珈琲、ご馳走様。勝手に飲んだけど美味しかったよ」

 

 男はそんな危機的状況に追いやっておきながら、全くの平常心だった。

 

 そして、ヴァーチャーズがシェロカルテに光線を放ち――一筋の剣閃がその物体を両断する。

 

 ばさり、と黒いローブがはためいた。フードを目深に被った第二の乱入者は、シェロカルテを守るように割って入っている。

 

「悪い、遅くなったな。まぁ許してくれ。最悪の事態には間に合ったことだしな」

 

 その人物は、シェロカルテが雇った護衛だった。

 遠距離から区役所を見ており、瞬く間に警備兵が倒されたことで急遽駆けつけたという次第だ。

 

「ダナンさん……!」

「特異点の一人か」

 

 シェロカルテの嬉しそうな声と、男の警戒した声が重なる。

 

「ほら、ポーションやるから応急処置して連れて行け」

 

 ダナンは手早くポーションを後ろ手に二つ渡した。目の前の男から目を逸らすわけにはいかない。彼の直感がそう告げていた。

 

「予想外の乱入だが、やることは変わらない。だがヴァーチャーズでは相手にならないか」

 

 男が持っていた剣を構える。かと思ったら眼前まで迫っていた。

 

「っ!」

 

 手に握ったパラゾニウムで剣を受けるが、完全には間に合わず頬に浅く切り傷がつく。

 

「だ、ダナンさん!」

「いいから行け、守りながらの余裕がない! 【カオスルーダー】!」

 

 シェロカルテの心配そうな声に応えて、『ジョブ』なしでは太刀打ちできないと判断。短剣得意のClassⅣを発動して剣を押し返した。

 

「やるね」

「そっちこそ」

 

 仕切り直し、男はダナンに襲いかかる。刃を交わす金属音が立て続けに鳴り、彼が襲撃者を受け持っているため会議に出ていた者達は裏口から次々と脱出していった。

 ダナンが防御に徹しているためか押し切れないと悟った男は一旦退いて剣を下げる。

 

「襲撃は失敗か。……ところで、君は俺に構っていていいのかな?」

「どういう意味だ、って聞くのが筋なんだろうが言わせてもらう。問題ねぇよ。予め、襲撃があった際の退路確保を頼んである。信頼できる二人組にな」

「それは残念だ。君等がいなければ、今頃彼等を静観に押し込めていたろうに」

 

 男は肩を竦めた。まるでもう潮時だとでも言うかのような仕草の直後、再度斬りかかる。間一髪防いでダナンだが、力強い一撃に半歩後退させられた。

 

「……へぇ、よくわかったね」

「なにかを狙ってるヤツは目にそれが出るんだよ」

「そうか、覚えておこう」

 

 男は言うと今度こそ下がり、剣を納める。

 

「……名を聞いておこうか」

 

 ダナンは撤退すると見て尋ねた。

 

「俺は……サンダルフォン。空の世界に審判を下す者だ」

 

 そう告げて、男――サンダルフォンは背を向ける。

 

「また会おう、特異点の一人。君等がそれまで生きていれば、の話だけどね」

「……」

 

 サンダルフォンが完全に姿を消すまで警戒を解かず、シェロカルテ達の方にも向かっていないとわかって肩から力を抜き『ジョブ』を解除する。

 

「……ったく。面倒なことになってきやがった。厄介事なんて、あいつらだけで充分だろうが」

 

 頭を掻き、自分も裏口から区役所を出た。彼を待ち構えるように二人の人影が立っている。

 

「シェロさん達は無事に傭兵の詰め所まで送り届けたよ~」

「途中妙なヤツは出てきたが問題はない。……お前の方も無事みたいだな」

 

 青髪のエルーンと赤髪のドラフ。シェロカルテに雇われたのではなく、ダナンが協力を頼んだ傭兵コンビ。“疾風怒濤”の傭兵コンビ、スツルムとドランクと言えばその界隈では有名である。

 

「ああ、悪いな二人共」

 

 ダナンはフードを取って頬の傷を指でなぞった。既に血は乾いていたが、それでヤツの鋭い剣筋を思い返すことができる。

 

「……とりあえず、シェロカルテ達と合流して野郎が他になんか言ってなかったか聞かないとな」

「はいは〜い。じゃあ案内するね」

「おう。悪いがもうちょっとだけ付き合ってくれ」

「ここまで来たら最後まで付き合うよ〜。ね、スツルム殿?」

「ああ。お前は未来の団長なんだ。もっとどっしり構えたらどうだ?」

 

 今回だけの協力でも良かったのだが、どうやら二人は手伝ってくれるらしい。

 

「……ありがとな、二人共」

 

 素直に礼を言って、

 

「よし。じゃあ三人でどうやって世界の危機を“蒼穹”だけに押しつけるか考えるか」

「いいねぇ、それ」

「おい、真面目に話し合え!」

「「痛ってぇ!?」」

 

 ダナンとドランクが楽しげに笑うのを、スツルムがプスッと刺してツッコんだ。二人して跳び上がる。

 

「いい加減にしないと刺されるぞ」

「今スツルム殿に刺されたばっかりだよ〜」

「安心しろ、ちゃんとバレないようにやるからさ」

「反省してないなお前達」

 

 はぁ、とスツルムは嘆息した。どちらも真面目にやれば優秀すぎるくらいなのだが、ふざけるのが玉に瑕である意味特に相棒の方。

 

 ともあれ、三人は語らいつつ傭兵の詰所まで行ってシェロカルテから情報を聞くのだった。




というわけでゲーム内でもプロローグだった箇所ですね。

今回は三人称で進めます。

明日は更新できるので、また夜に。


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EX:『どうして空は蒼いのか』光

独自ルート真っしぐらでいきます。
明日も更新できると思いますね。


「四大元素に、天司。審判に、新世界ね……」

 

 ダナンはシェロカルテ達から情報を聞いて、顎に手を当てる。

 

「ドランクはなんか知ってる要素あるか?」

「全然だね~。僕は確かに情報通で通ってるかもだけど、流石に世界の在り方は専門外かなぁ」

 

 ドランクにも思い当たる節はないようだ。

 

「四大元素と天司に関してはちょっとだけ情報がありますよ~。四大元素というのは、知っている方もいるかもしれませんが『火水土風』の四つですね~。元素というのは目に見えないこの世のあらゆるモノを構成する物質、だと思っていただければ。四大元素とは、それら四つを構築している目に見えないほど細かな物質のことを言うんですね~」

「元素、ねぇ」

「それなら僕も知ってるよ~。人やモノも全てが元素で構築されてるって話だよねぇ」

「知ってる要素あるんじゃねぇか」

 

 なら説明しろよ、と睨んでみるが効果はなかった。

 

「天司というのは、うろ覚えなので申し訳ないんですが、確か原初の星晶獣の一部の呼び名だったかと~」

「原初の星晶獣?」

「はい~。原初の星晶獣というのは、覇空戦争で空の民と戦わせるために兵器として造られた多くの星晶獣とは違って、その以前に造られた星晶獣達のことを言うのだったと思います~。私も人伝に昔聞いた記憶がある程度の知識なので、保証はできませんが」

「原初の星晶獣の一つ、天司か」

「はい。で、その天司の中には四大元素を司る、四大天司と呼ばれる存在もいるとかいないとか~」

「四大天司なぁ。要は今島が落下してる現象は、四大元素の乱れが原因の可能性が高く、その四大元素を司る四大天司ってヤツに異常が発生してるかもしれないってわけか。星晶獣の暴走とかってんなら戦って鎮めるだけでいいんだろうが、だとするとあの野郎がなんで出てきたかがわからねぇな」

「はい~。あの天司さん、サンダルフォンでしたか。あの人が現れた理由が掴めないですよね~。それに、どうやら彼は“蒼穹”の騎空団、それも中核メンバーが原因ということを仄めかしてるようでしたが」

「本当のことを言う気がない可能性も否定はできないけどな。まぁあいつらが故意にってことはないだろ」

「ですね~」

 

 シェロカルテと話し合いを続ける。

 

「う~ん。難しいですね~。叡智の殿堂ならもっと詳しい情報があるかもしれませんが」

「叡智の殿堂……確か膨大な書物が保管されてる施設だっけか」

「そうだ。貴重な資料も数多く眠っているらしいな」

「はい~。ですので、そこを調べればなにかわかるかもしれません~。ただそちらには“蒼穹”の団長さん達が行っていると思いますよ~」

「そうなのか?」

「はい、今“蒼穹”の団員さん達は各地に散らばって情報を集めているらしいので~」

 

 総勢二百人を超える規模の騎空団、“蒼穹”。彼らが各地を回っているのなら、情報収集は任せても良さそうだ。

 

「じゃあ目下の目的はサンダルフォンを見つけ出してぶん殴ることと、四大天司を探して事情を聞くことってわけだな」

「はい~。私達はこれから各地を回って情報を広めますので、ダナンさん達には引き続き災厄に関する情報収集をお願いしたいのですが~」

「ああ。まぁ全くの無関係ってわけじゃないし、追加の報酬があれば手伝うぞ」

「はい~。そちらはお任せください~。では、お願いしますね~」

 

 そう言ってシェロカルテや他の商会は各地に散らばっていく。サンダルフォンの襲撃はあったが、死者は出ておらずダナンのポーションによってすぐ復帰していた。

 

「……四大元素を司る星晶獣、四大天司。火、水、風、土ねぇ」

 

 彼らがいなくなってから、ダナンは独りごちた。

 

「どうしたの? なにか気になることでもあった?」

「いや……なんつうか、その四つの元素が強そうな島を知ってるなぁ、って」

「あっ! それならここ、アウギュステもその一つだよねぇ」

「ああ。残りはバルツのフレイメル島、ポート・ブリーズ群島、強いて言うならルーマシーってところだな」

「なるほどな、四大元素に関わるモノが多く集まっている島なら、その四大天司が顕現しやすいかもしれないわけか」

「そういうことだ。……とはいえ、この広い列島を隈なく探すのは骨が折れそうだしなぁ」

「だねぇ。サボっちゃう?」

「おい、空の世界の危機だって言って――」

「よし、じゃあサボるか。海岸でバーベキューでもするか?」

「いいねぇ」

「いいわけあるか!」

「痛ってぇ! って、なんで僕だけ!?」

「刺しやすい位置に立つからだ」

「刺しやすい位置ってなに!?」

 

 そんなバカなやり取りをしていると、遠くから悲鳴が聞こえてくる。

 

「……どうやら、海岸でバーベキューって感じじゃないねぇ」

「乗り気だったのお前だけだからな」

「えっ、そんなぁ」

「いいから、さっさと行くぞ!」

「「はいは~い」」

 

 緊張感のない二人だったが、スツルムに叱咤されて悲鳴の上がった方へ向かう。と、道中でサンダルフォンが呼び出していた謎の物体が現れた。

 

「こいつは……!」

「あいつがヴァーチャーズって呼んでたヤツだな」

 

 ダナンが早撃ちで核のような箇所を撃ち抜くと、そいつは消滅していく。

 

「ちょっと、そこら中にいるんだけど?」

「さっきの悲鳴もこいつらの仕業か」

「みたいだな。迎撃態勢を整えてもらうまで、俺らでなんとかするか。……さっきの区長から謝礼とか出ないんかね」

「がめついぞ」

「騎空艇買うお金足りないもんね~」

「煩い」

 

 よく見れば無数にヴァーチャーズが出現していた。

 

「片っ端から片づけるぞ」

「了解~」

「問題はないな」

 

 三人は謎の物体を見つけ次第倒してアウギュステを回っていくが、それでも間に合わないモノは間に合わない。何人も怪我人を出していた。

 

「しゃきっとしろてめえら! これ以上被害出したら自警団の名折れだぞ!」

 

 街を回っていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。そちらに行ってみると、自警団と思しき集団がヴァーチャーズと戦っている。

 その内一体を銃で撃ってから、そこに合流した。

 

「よぉ、オイゲン。随分な体たらくだな」

 

 ダナンが声をかけると、顔を向けたオイゲンはあからさまに嫌そうな顔をした。彼は脇腹から血を流して応急処置を受けている。

 

「……お前さん達もこの島にいたのか」

「ああ、ちょっとシェロカルテに依頼を受けてな」

「癪だが、手ぇ貸してくれ。あのよくわからねぇ物体を倒すのに人手が必要だ」

「わかってるよ。俺も別に、見逃す気はねぇしな」

 

 ヴァーチャーズは多く集まっていたが、三人が加勢したことであっさりと殲滅することができた。

 

「で、なんか事情知ってんのか?」

 

 戦いが一段落してから、オイゲンが尋ねてくる。

 

「俺達が知ってるのは、区役所で会議してたシェロカルテ達が襲撃されて、襲撃してきたヤツがさっきのヤツらを呼び出してるってことくらいだ」

「重要な情報じゃねぇか!」

「ああ。悪いが、取り逃がしちまってな。一対一じゃ相討ちも難しかったかもしれねぇ」

「……お前さんがそこまで言うなら、何人かで協力しねぇと捕らえられないじゃねぇか」

「その辺はあんたんとこの団長に任せるよ。人数用意できるって言ったらあいつらだろうしな」

 

 それから、具体的に浮力を失って島が落下している現象と今回出現してきた謎の物体などについての情報を連携する。

 

「……そんなことが」

「ああ。とはいえ下っ端にまで今の情報を晒す必要はない。問題は、サンダルフォンの野郎がどうやろうとしてるかってことだけどな」

「そうだな。流石に俺もなんとも言えねぇが、襲撃してくるってんなら返り討ちにしちまうのが一番の対抗策ってモンだ。お前さんはしばらくこの島に?」

「ああ、まぁな。四大元素の一つ、水を司る天司が顕現できるとするならアウギュステだと思ってるから、ちょっと探そうと思ってるんだ」

「そうか。ならなにかあったら自警団に連絡くれれば手伝えることがあるかもしれねぇからよ、言ってくれ」

 

 娘のことで色々あるだろうに、こういう事態だからこそオイゲンはなにも言わず協力してくれる。娘との関係が上手くいっていないだけで人格者なのである。

 

「た、大変だ、オイゲンさん!」

「どうしたぁ?」

「あ、あんたに一億ルピの賞金がかかってる!」

「「「っ!?」」」

 

 自警団の一人が慌てた様子で駆け寄ってきて、そう告げた。とんでもない額の賞金に驚愕する者達が多い中、ダナンはちゃきっとオイゲンの頭に銃口を向ける。

 

「……おい。洒落になってねぇぞ」

「いや、一億ルピ欲しいなぁって」

「本気じゃねぇだろうな!?」

「欲しいのは本気だが、流石に冗談だ」

 

 金が必要なので欲しいは欲しいのだが、流石にアポロの父親を殺したり捕まえたりすることはない。これで相手がグランだったら捕まえて差し出した上で逃げる手助けをしてやるのだが、とか全く思っていない。

 あっさりと銃を引いた。周囲にいた自警団の面々があからさまにほっとしている。人望があるのも大変である。

 

「で、なんだってそんな額の賞金がかけられてんだ? 一応エルステ帝国を倒した英雄的な扱いだと思ってたんだが」

 

 気を取り直して駆け寄ってきた男に問いかけた。

 

「そ、それが……今起こってる災厄の原因は“蒼穹”の騎空団の主格メンバー達だって噂が流れてて、それを信じた富豪がオイゲンさん達を……」

「ああ、そういやあいつもそんなこと言ってたんだっけな。しかし手が早ぇ。さっきの今でアウギュステを襲撃して、更には賞金までかけさせるとか。会議に乗り込むより先に準備してやがったな。流石に行き当たりばったりの作戦じゃねぇってわけか」

「みてぇだな。幸い賞金がかけられてるのは俺達初期メンバーだけみてぇだし、各地に散ったヤツらが狙われねぇのは不幸中の幸いってヤツか」

 

 問題はバルツに戻ってるイオのヤツになるか、とオイゲンは冷静な頭で考える。

 

「で、あんたはアウギュステの連中が自分を狙うとか考えねぇの?」

 

 ダナンの無遠慮が問いに、オイゲンはきょとんとした。

 

「っ、ははっ! そりゃ考えてなかったな!」

 

 そして考えもしなかったというように腹を抱えて笑い、傷が痛んで顔を顰める。

 

「……こんな人だから、俺達もオイゲンさんをどうこうしようなんて考えてませんよ」

 

 痛がるオイゲンを男が苦笑しながら支えていた。他の自警団も同じような表情である。

 周囲を見渡して、これならすぐに狙われるような心配はしなくて良さそうだと判断した。

 

「そういうことなら別にいいか。ほら、ポーションやるからさっさと治せよ。あんたが怪我してると士気が下がって俺達の負担が大きくなりそうだ」

「おう、ありがとよ」

 

 ダナンは最後にポーションを放ってオイゲン達から離れていく。

 

「これからどうするの?」

「あのヴァーチャーズとかいうヤツがいつ出てくるともわからねぇから見回りも兼ねて四大天司探しかね」

「天司がどんな姿なのか知らないだろ」

「そこはまぁ、勘だな。大層な名前してるし、なんか見た目からして人間離れしてんだろ」

「適当だねぇ。おっ、イカ焼きの屋台発見~。買ってかない?」

「お前、この非常時に……」

「そこのイカ焼き買うならからしつけるのが美味いぞ」

「了解~」

「……はぁ」

 

 やはりと言うべきか緊張感のないやり取りに、もうツッコむのを諦めたスツルムはため息を吐いた。まぁ、ドランクが三人分買ってきたので一緒に食べることになったのだが。

 

 それからしばらくして、またヴァーチャーズによる襲撃が起こった。一回目より規模の大きくなった襲撃に、三人はそれぞれ街を三分割して担当を分けて行動することにする。そこまで強くないため、スツルムとドランクも二人がかりで相手にする必要もなかったためだ。

 

 その最中のことだ。

 妙な気配を感じて街を駆け回っていると、

 

「きゃっ」

「っと」

 

 曲がり角でうっかり人とぶつかってしまった。気配には気をつけていたはずだが、妙な方に気を取られたのだろうと思い直す。どちらも倒れはしなかったが、ぶつかってしまったのは事実だ。

 

「悪い」

「いえ、私こそ……ってあなたは」

 

 謝ると相手は顔を上げてからダナンを見て驚いていた。なぜ、と思ったが心当たりはない。

 彼の知り合いにピンクの長髪をした美女の看護師なんていう人物はいなかった。

 

「っ、来る!」

「なにが……」

 

 美女が先になにかを感じ取り、遅れてダナンも感じ取っていた妙な気配が急速に近づいてくるのを察知する。

 

 現れたのは、巨大なヴァーチャーズと呼ぶ以外に表現のない謎の物体だった。そいつが一鳴きすると虚空から小型なヴァーチャーズが現われ出でる。

 

「なんだこいつ。ヴァーチャーズの親玉みたいなヤツか? まぁいい。まとめて吹っ飛ばすしかねぇな」

「なぜその呼び名を……いえ、今はやめておきましょう。お願い、あれを倒して私を人の多い場所まで連れて行って!」

「……なるほどな。後で事情を聞かせてくれるんならいくらでも、倒してやるよ。戦う気がないなら俺の後ろから離れるんじゃねぇぞ」

 

 美女はヴァーチャーズを知っていて、目の前の敵に追われているらしい。と来れば正体にある程度予測が立てられた。

 なら全力で守るしかないだろう。人助けなんて柄ではなかったが、そんなことを言っている場合ではない。

 

 こうして、ダナンは美女を守りながら巨大な個体と戦うのだった。



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EX:『どうして空は蒼いのか』空

 ダナンが巨大な個体を倒すと、司令塔をやっていたのか小型のも動きが乱れて容易に倒すことができた。

 

「流石に強いわね」

「俺のことを知ってるみたいな言い方だな」

「ええ、一応ね。それより早くここから移動しましょう。まだバレてはないと思うけど、人の多い場所の方がいいわ」

「わかった。確か自警団が住民を避難させてるはずだから、そこに向かうか。ついてこい」

「ええ」

 

 ダナンは彼女の手を掴んで駆け出す。道中小さな個体がうろちょろしていたが、あっさりと倒して避難所に連れてくることができた。

 

「あれ~? ……ボスとオーキスちゃんに言っていい?」

「そういうのじゃねぇよ」

 

 美女の手を引いて現れたダナンをドランクが茶化してくる。

 

「こいつは今回の件の重要参考人だ」

「なんだと? ……つまりこいつは四大天司の一人なのか?」

 

 あっさりと手を放して、ドランクが周囲に聞かれないように防音の魔法を使っていることもあって、早速本題に入る。

 

「あら、もう知ってるのね。そう、私は四大天司の一人、水の元素を司るガブリエルよ」

 

 美女――ガブリエルはそう名乗った。確かに一般人と言うには些か以上に際立った容姿をしているように思う。

 

「その四大天司様がなんでこんなところにいるの~?」

「ふふ、私は時々人間の姿で遊びに来てるの。この格好もその一環というところかしら」

 

 ガブリエルは少し茶目っ気を見せて微笑んだ。

 

「あんたも天司ってことは強いんだろ? なんであの程度の敵から逃げ回ってたんだ?」

「それはその……天司ということを敵にバレるわけにはいかなかったの。天司としての力を行使すれば、否応なく感知されてしまうから」

 

 ヴァーチャーズは大きい個体でもダナン一人でそれほど相手にはならなかった。あれがいるだけで小型の統率が取れるのは厄介だが、それでも一人で対処できる程度のモノだった。それなら星晶獣である天司が逃げ惑う必要もないかと思っていたのだが。

 どうやらそういう事情があるらしい。

 

「敵、か」

「ええ。敵は同じ天司。でも大半の天司は封印されていたの。それが少し緩んでしまって、出てきたんだと思うわ」

「封印が緩んだ……? つまり誰かがそれをやったってことか?」

「……」

 

 ダナンの憶測に、ガブリエルは少し言い淀む。

 

「いいえ、違うの。封印が緩んでしまったのは誰のせいでもないわ。……蒼の少女と赤き竜が邂逅して、大いなる存在が目覚めてしまった。それがきっかけなの」

 

 それを聞いた三人は誰がその原因を作ったのか察してしまう。

 

「ルリアとビィが出会ったことが原因というわけか」

「……ええ。彼らになんの罪もないけれど、事実は事実よ」

「ふぅん? あの子達にそんなことがねぇ。それ聞いちゃったら自分を責めちゃいそうだよね~。ダナンはどう思う?」

「ん? いや、別になんとも。あいつらのことだしあいつらが解決するだろ」

「あっさりしてるな。ライバルの窮地だろ」

 

 スツルムに言われて、ダナンは明後日の方向を見やる。

 

「……それくらいなんとかするだろ。あいつらのことだしな。正直、あいつらに関わると碌なことにならないから基本的に関わらなくていいんだが」

「ダナンも相当だと思うけどね~」

「俺はあいつらほどじゃねぇよ、多分」

 

 今回もシェロカルテの護衛依頼を受けたら首謀者らしき人物と遭遇したが。事件の渦中にいる彼らと比べられては仕方がない。

 

「……兎に角、敵は私達四大天司の羽を狙ってるの。もう私以外の二つは取られてるみたいだから、なんとしてでも防がなきゃ。もし四大天司の羽を全て集めたら……天司を統べる天司長すら超えて神の領域に達してしまう」

「そうなれば世界の終わりってことか。つまりなにがなんでもあんたを守り通す必要がある、と」

「そうなるわね。お願いできる?」

「あ? まぁ、世界を終わらせるわけにもいかないしな」

 

 ということで、急遽ダナン達はガブリエルの護衛をすることになった。

 

「しっかしなんだってサンダルフォンのヤツは世界を滅ぼそうとしてるんだろうな」

「えっ?」

「ん?」

 

 ダナンの何気ない一言を聞いてガブリエルが固まる。怪訝に思って見ると、

 

「……今、なんて?」

 

 驚いた表情のまま尋ねてきた。

 

「世界を滅ぼそうとしてる?」

「その前!」

「サンダルフォンのヤツは?」

「そう、それ!」

 

 ガブリエルがぐっと顔を近づけてくる。ダナンは近いな、と思いながら少し仰け反った。

 

「確かに彼は封印されてたけど、どうしてルシフェル様を超えるような真似を……? 研究所にずっといた彼が」

 

 ガブリエルは考え込むが、その半分も他の人には理解できない。

 

「よくわかんねぇが、封印されてたならその封印された理由が今回のことと関係あるんじゃないか?」

「その可能性は否定できないけど……多分違うわ。あの時は被造物である天司達が星の民に叛乱したからなの。天司長ルシフェル様や私達四大天司で鎮圧して、パンデモニウムに封印して、っていう形だから」

 

 パンデモニウムと言えば、ClassEXの『ジョブ』を手に入れて、英雄武器の素材を集めた場所だ。あそこに叛乱した天司達が封印されているらしい。今はサンダルフォンだけかもしれないが、今度ルリアとビィが力を振るう度にそいつらが出てきてしまうかもしれない。

 そう考えると、浅慮は拭えないが災厄の原因として彼らに賞金をかけるのは間違っていないかもしれない。

 

「……赤の他人からしたら、余計なことをして自分達を危険に晒した連中だからな」

 

 多くの民衆は、彼らが仲間想いだから一緒にいるのだ、その仲間を守るために災厄を解き放とうとも力を振るい、もし災厄が起ころうモノならそれに対処する、なんて都合のいいことを言ったって聞くわけがない。死んだらなにもかも終わりなのだから、それに巻き込まれる身としてはいい迷惑だ。そう思うはず。

 

「でも、そのことに責任は感じても仲間を諦められないよねぇ」

 

 本人は独り言のつもりだったが、ドランクはその意味するところを察したらしい。

 

 ……まぁ、本当にあいつらが世界を滅ぼすようなら、悪気がなくたってそれは止めなきゃいけないか。

 

 それを誰がやるのかは、明確に決まっている。

 ともあれただの独り言のつもりだったので、話題を強引に変える。

 

「……多分あいつらも四大天司について調べてるだろうし、水に関係があると思ってアウギュステには来るだろうから、それまで耐え続ければいいってことだよな」

「とりあえずはねぇ。もしバレて首謀者が来たらできれば倒しちゃいたいんだけど、僕達でできると思う?」

「難しいと思うわ。四体の内二体が羽を奪われてる状態だから。おそらくその力は私達四大天司と同等、もしかしたら超えているかもしれない。並みの星晶獣とは桁違いの強さよ」

 

 残念ながら、ガブリエルから見ても今のサンダルフォンは敵わない相手らしい。せめてもう少し人数がいればな、とは思うが望むべくもない。

 

「野郎がここだけを狙ってるとも思えないし、他の島も同じように襲撃されてる、若しくはされる可能性があるから増援は難しいか。となるとあいつらの到着待ちになるのが癪だなぁ」

「増援なら宛てがある」

「ホントか?」

「ああ。上手くいけばすぐ駆けつけるだろう」

「ねぇスツルム殿、その増援ってもしかして……」

「ああ。残念だが間に合わない可能性もある。それまで持たせるのと万全の準備をすることが必要だ」

 

 どうやらスツルムには増援の宛てがあり、ドランクもそれが誰かわかったらしい。だがダナンは知り合いの顔を思い浮かべては適当な理由をつけて消していく。多分ないだろうと。

 

「けどガブリエルの護衛をするって言ったって、俺は前線に出た方がいいだろうしそこはどうするんだ?」

「私は看護師として働いてるから、護衛しながら手当てして回ってるっていうのはどう?」

「なんで看護師が無名の騎空士についてくのかっていう理由づけがなぁ」

「そうねぇ……あなたにも私と一緒に行動して問題なさそうな恰好してもらう?」

「あん?」

 

 ガブリエルは面白そうに微笑んだ。看護師と一緒に行動して問題ない恰好……と首を捻り、三人は丁度良さそうなヤツを思い浮かべる。

 

「じゃあ包帯ぐるぐる巻きにしてみる?」

「違ぇだろなんで患者の方だよ」

「じゃあ同じ服着て女装とか?」

「じゃあお前それな。細身だしいけるだろ良かったなー」

「冗談、冗談だってば~」

 

 ドランクがふざけ始めたので、スツルムからお仕置きを入れつつ。具体的に言うと三刺しぐらいしつつ。

 

「それなら【ドクター】だろ」

 

 戦っている人や怪我人を治療しながら、看護師と戦場を駆け巡る医者。悪くない。

 

「ってことで、俺はあんたの看護師に追随する医者として行動しつつ、敵を退けたり怪我人を治したりする。スツルムとドランクは勝手にしてくれ。ちゃんと迎撃してくれれば後はいいや」

「適当だねぇ。でもそういうの大歓迎。スツルム殿、僕達も医者と看護師の恰好してみる?」

「当然お前が看護師だろうな」

「えぇ? 白衣のスツルム殿……あ、ちょっといいかも。でもそれだと僕がふざけると注射で刺してきそうだよね~」

「ふざけなければいい話だろ!」

 

 そんな話をしながら傭兵コンビは去っていった。相変わらず仲いいなあいつら、と思いながらただの騎空士と看護師の組み合わせは目立つので早速人気のない場所に隠れて『ジョブ』の【ドクター】を発動させる。

 

「あら、似合ってるわね」

「世辞は不要だ。行くぞ、ガブリエル。患者が待っている」

「はい、先生♪」

 

 なんだかんだガブリエルは乗り気のようだ。人の生活に遊びで混ざるくらいの茶目っ気は持ち合わせているようだし。こういうのを楽しむ心は持っているのだろう。

 

 それから、襲撃がある度に二人で戦場を駆け回った。

 

 流石に部屋までは一緒でなかったが宿は同じにして襲撃がありそうならすぐ駆けつけられるようにする。護衛も兼ねているためほとんど四六時中一緒にいなければならなかったので、割りと目立ってしまっていた。

 “蒼穹”の騎空団の団長達が火の天司ミカエルを連れてアウギュステにやってくるまで大抵の場合ずっと一緒にいたので、二人はアウギュステで有名な二人組となっていく。

 

 対応は素気なくて愛想が悪いが、腕は物凄くいい黒衣の医者。

 慈愛に満ちた天使のような笑顔で接してくれる優しい看護師。

 

 対照的な二人組の存在は瞬く間にアウギュステ中に広まっていった。

 

 ……主に、あの美人看護師に特定の相手がいたのか、という方面で。



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EX:『どうして空は蒼いのか』命

光の六竜で二回共超越食らって死んだ雑魚騎空士です。なぜ二回目でターニャを入れなかった……。


 ダナンがアウギュステでサンダルフォンを退け、その後ヴァーチャーズによる襲撃が発生したのとほぼ同時刻。

 

 各地で騎空団として活動するための資金集めなどを行っていた“蒼穹”の騎空団も、丁度分散していたこともあり今全空で起きている厄災について調べてもらえるように打診していた。

 団員達が各地で情報を集める中、グラン、ジータ、ビィ、ルリア、カタリナは情報集めのためにいいと思われる本命の場所を訪れていた。

 

 それが、数多の書物や資料が眠る叡智の殿堂である。

 

 ここなら島が落ちる現象についても情報が集められるだろう、との思惑である。

 

 叡智の殿堂で司書を務めるアルシャに協力を仰いで関連書物を持ってきてもらい、全員で一つずつ読み漁るという力業で探っていた。

 知識の広いヨハンも連れ立っていたがなかなか進まない。

 

 日が暮れてきた頃、ヨハンの姿が見当たらないことに気づいた一行は、彼が好奇心で叡智の殿堂にある貴重な書物のある一般の立ち入りを禁じた部屋に入っていたことがわかる。

 慌てる一行だったが、彼はそこで四大天司にまつわる記述を発見するのだった。

 

 しかしそんな折、衝撃音がして外へ出る。と、アウギュステを襲っていた謎の物体が現れていた。

 

「すぐ片づけるよ、グラン!」

「わかってる!」

 

 二百人規模の騎空団を率いるのは伊達ではない。二人は『ジョブ』を使うことすらせずに謎の物体の第一陣を切り抜けた。

 

「私が攻撃パターンを見極める! 一大事だ、指示に従ってくれ!」

「は、はいっ!」

 

 周辺に駐屯していた兵士達を、帝国でも中尉の位についていたカタリナが指揮して謎の物体の軍勢を押し退ける。

 

「二人共、ルリアのことは任せたぞ」

「カタリナはどうするの!?」

「私のことは心配ない。もう少しここでこいつらを食い止める」

 

 一行を背中で見送るようなカタリナに、ルリアが不安そうにする。そんなルリアを安心させるように微笑した。

 

「四大天司になにかが起こっているなら、ルリアの力が必要不可欠だ。それに、今もどこかで浮力を失った島が落ちていっているかもしれない。時間がないんだ、急ぎ四大天司がいそうな島に向かってくれ。ポート・ブリーズ、フレイメル、アウギュステ、ルーマシー。私達の知っている島の中ではこれらが有力だ。……ここは私が持たせるから、行くんだ二人共」

「はい、カタリナさん!」

「ここはお願いしますね。アルシャさんとヨハンさんも!」

「お任せください! 貴重な書物を襲うなんて許せません!」

「僕が防壁を張ってるから大丈夫だと思うけどね」

 

 頼りになる仲間達に背中を押されて、双子とビィ、ルリアはポート・ブリーズ群島へ向かおうとする。だが島から島へ移動する騎空艇がなく、この状況では定期船も出ていなかった。

 

「皆さ~ん。ご無事でなによりです~」

 

 そこに、計ったように聞き馴染みのある間延びした声が聞こえてくる。

 

「シェロさん! どうしてここに!?」

「今起きている厄災について、島々を回っていまして~」

「そうだ、シェロさん。小型騎空艇に乗ってきたりとかしてないですか?」

「? もちろん乗ってきてますけど?」

 

 ビンゴ、と四人は顔を合わせる。

 

「良かった。じゃあその小型騎空艇で、私達をポート・ブリーズまで運んでくれませんか? 今起きてる問題を解決するために、必要なことなんです!」

「僕からもお願いします!」

「いいですよ~。皆さんにはいつも助けられていますからね~。一刻を争う事態ですし、早速行きますか~?」

「「「お願いします!」」」

「よしっ、万屋の騎空艇でポート・ブリーズまで行って、ついでにラカム達の様子も見てみようぜっ」

 

 双子とルリアが言ってから、ビィが拳を突き上げる。

 こうして四人はシェロカルテと共にポート・ブリーズ群島へと向かうのだった。

 

 到着したポート・ブリーズ群島でティアマトとは違う星晶獣の気配を感じて様々な風が巻き起こる奇妙な事態に見舞われながらも天司と思しき人物と遭遇した。

 風を司るラファエルはさっさと消えてしまったが、今回の敵は天司だと教えてくれる。

 

 また、自分達に一億ルピの賞金がかかっていることを知り柄の悪い連中から襲撃されもしていた。謎の物体による襲撃を退けてラカムとも再会したが、天司が襲われているために猶予があまりなく、一行は小型騎空艇でバルツ公国のあるフレイメル島まで向かう。

 

 そこでも謎の物体達による襲撃が発生していた。

 

 それを抑えていたのは団員でもあるイオとアリーザ。アリーザと共に来ていたはずのスタンの姿が見当たらないことを懸念して、一行はスタンの向かった方へと急いだ。

 

 到着した頃には、白髪に赤い鎧を身に纏った美女にスタンが抱き締められ頭を撫でられていたのだが。

 

 彼と両想いであるアリーザがキレたのは言うまでもない。

 

 なんでも、ミカエルが敵に不意を突かれて羽を奪われてしまった後、スタンが男気を見せて守ったのだとか。それを褒め称えているらしい。スタンは殴られた。

 

 ともあれ四大天司の内三体まで羽を奪われてしまった現状、一行は最後に残った羽を守るべくアウギュステ列島へと向かうのだった。

 

 そこで、アウギュステにいた帝国の脱走兵、ユーリがオイゲンが大怪我をしたと言うので大慌てで彼の下に行く。

 

「「「オイゲンさん、大丈夫ですか!?」」」

 

 彼がいるという病室に駆け込んできた四人が雪崩れ込むように尋ねるが、

 

「ん? おう、お前らも無事みてぇだな」

 

 そこには、怪我をしてはいるが元気そうな彼の姿があった。

 

「病室ではお静かに、ね?」

「全くだ、騒々しい」

 

 病室にいた看護師と黒衣の医者が四人を注意する。

 

「ご、ごめんなさい……」

「オイゲンさんが大怪我したって聞いてつい……」

「ははっ。なんて伝えたらそうなるんだよ、ユーリのヤツ」

 

 ルリアとグランが謝る中、オイゲンは朗らかに笑っていた。傷は治っていないが無事のようで安心する。

 

「って、ダナン君!? なんでここにいるの?」

 

 ジータが真っ先に気づく。遅れて他の三人も医者が彼だと気づいた。

 

「ただの依頼、いやこの場合は護衛か。その一貫だ」

「えっと、オイゲンさんを治してあげないの?」

 

 【ドクター】発動中のため理知的な喋り方をするダナンに問いかける。【ドクター】を使っているなら問題なく治療できると思ったのだ。

 

「……はぁ。こいつは私が治す度、襲撃で毎度の如く怪我を負うのだ。その理由は自警団の新人を庇って、住民を庇ってなど様々だが。今回は商人を庇っての怪我になる。そこで自警団から治すとまた無茶をするから治さず休ませてくれと頼まれている」

「ああ、それで……」

「悪ぃな、つい身体が動いちまってよ」

 

 苦笑する彼らに、オイゲンは笑って頭を掻いている。

 

「それじゃあごゆっくり。行きましょう、先生」

「ああ」

 

 看護師に腕を取られ、ダナンは病室を出ようとする。距離が近いせいでジータがむっとしていた。

 

「……いつまで戯れているつもりだ、ガブリエル」

 

 しかし後ろからついてきていたミカエルが合流して、呆れたように言う。

 

「ふふ、久し振りね。ミカちゃん」

 

 ガブリエルはダナンの腕を放して微笑んだ。

 

「ガブリエル、ミカちゃん!? も、もしかして……」

「ええ。私は水を司るガブリエル。四大天司の一人よ」

 

 すぐバレてしまったからか、彼女は呆気なく正体を明かした。ダナンも嘆息して『ジョブ』を解除する。

 

「バラすなら俺も【ドクター】でい続ける必要ねぇじゃねぇか」

「ふふ、ごめんなさいね。楽しかったからつい」

 

 ダナンが呆れて言うも彼女は悪びれず微笑んでいる。

 

「ダナン君はガブリエルさんが天司だって知ってたの?」

「ああ。で、四大天司を狙ってる敵がいるからってことで護衛してたんだよ」

「さっきの【ドクター】は?」

「ガブリエルが看護師やってるって言うから、一緒にいるのに不都合ない恰好をしなきゃだろ? ただの騎空士がずっと看護師と一緒ってのもおかしな話だし」

「確かにね」

 

 それからお互いの状況を確認していく。ミカエルは既に捕捉されていると思われるので、できる限りガブリエルとは別々に行動しようという話になった。

 

「赤き竜と蒼の少女が邂逅し、大いなる咆哮によって厄災の封印が緩み二千年前に叛乱を起こした天司の一人が脱獄し、この事態を引き起こしている」

 

 ということをミカエルが口にする。直接そうしようとしてやったわけではないにしろ、それは事実である。天司二人はお前達のせいではないと言ってくれたが、責任を感じてしまったルリアがどこかへ駆け出してしまう。

 ルリアは役に立とうと頑張っており、その結果がこの厄災だと知ってショックを受けたのだと聞く。だがダナンにはどうすることもできない。手分けしてルリアを探そうという流れになったのだが。

 

「久方振り、と言っていいのかな」

 

 一行の前にフードを被った男が現れた。アウギュステ中にヴァーチャーズによる襲撃が起こっている。

 

「貴様……!」

「四大天司の羽を三つ集めたら残る一つのところへ行く。簡単な考えだろう? 一向に尻尾を出さないから後をつけさせてもらった。……そっちの看護師がガブリエルかな?」

 

 敵の登場に警戒して武器を構える一行だが、彼は飄々と振る舞う。

 

「バレちゃったら仕方がないわね」

 

 ガブリエルは人の姿から、天司としての真の姿へと変化した。衣装は露出の高いハイレグタードに変わり、羽衣を纏っている。なによりその背中には、青い翼が四枚生えていた。

 

「ようやくだ。ようやく、これで全ての羽が揃う。……できる限りスピーディに終わらせよう」

 

 サンダルフォンは剣を抜き放つが、その眼前にはグランとジータ、ビィ、そしてミカエルが構えている。その上羽のある天司のガブリエルとその護衛をしているダナンまでいる状況で、随分と余裕である。

 

「オイラ達がいて、それをさせるわけねぇだろ!」

「赤き竜か……。なにを見て言っているのかわからないが、今の俺はルシフェルと同等だ。君等の敵う相手ではないと思うが?」

「あら。これまで不意打ちで天司の羽を奪ってきて、羽のある天司の強さを知らないんじゃない? 簡単に勝てるとは思わないことね」

 

 ガブリエルが密かに力を強めていく。だが、サンダルフォンはため息を吐いた。

 

「無駄だ。ルシフェルと同等だと言わなかったか? 今の俺は元素の高まりすら感知できる」

「あっさりバレちゃった。残念ね」

 

 ガブリエルはわざとらしく目を丸くする。その眼前に、サンダルフォンが肉薄した。

 

「「「っ!?」」」

 

 警戒していたグランとジータ、羽がないとはいえミカエルすら反応できていない。ガブリエルは目で追えていたが迎撃には時間が足りなかった。

 

「これで俺はルシフェルをも超えられる」

 

 サンダルフォンは距離を置くことも間に合わないガブリエルへと手を伸ばす。

 

 だが、その手は割り込んできた短剣によって引っ込めるしかなくなってしまう。

 

「これで天司長と同等か。ただの人間に防がれるようでは、どうやら大した力でもないらしい」

「……会議襲撃の時にいた、確かダナンと言ったかな」

 

 その短剣はパラゾニウム。そして、彼は今【ドクター】となっていた。衣装も口調も変わっていたが、声と容姿で思い出したらしい。

 

「たかが人間が一人増えた程度で――」

「【ベルセルク】!」

「【ハウンドドッグ】!」

 

 サンダルフォンはそれでも余裕そうだったが、追い抜いた二人がClassⅣを発動してそれぞれ攻撃を仕かけている。彼は軽やかに大きく後ろへ宙返りを決めて元々立っていた位置へと戻っていった。

 

「俺達もいるぜぇ」

「私、狙った獲物は外さないの」

 

 『召喚』したソウルイーターと呼ばれる黒い鎌を持った【ベルセルク】のグランと、ディアボロスの力が宿った弓・ディアボロスボウを構えた【ハウンドドッグ】のジータも臨戦態勢だ。

 

「三人いたところでそう変わらない。だけど丁度いい、手にした三枚の羽の調子を確かめさせてもらおうかな」

 

 サンダルフォンは言って、余裕を崩さずに剣を構えた。

 

 その場に静けさが降りる。誰もが集中し、相手の一挙手一投足を見落とさないようにしていた。

 サンダルフォンの姿が消えた、とビィには錯覚してしまうほどの速度で正面からガブリエルへと向かう。

 

「おらぁ!」

 

 だが割り込んだグランが鎌を剣にぶつけて押し留めた。

 

「目標捕捉。対象を指定。……撃ち抜く!」

 

 ジータは弓を番えると、グランの向こう側にいるサンダルフォンの姿を捉えて矢を放つ。矢はグランを越えて曲がり敵へと迫った。それに直前で気づいてサンダルフォンは即座に後退して距離を取り、ジータが発射した矢を全て剣で打ち払った。下がった彼の足元が熱されて光を放つ。直後高熱の火柱が上がったが剣を払う動作一つで掻き消されてしまう。

 

「今のミカちゃんだと効果ないみたいね。じゃあ、これならどうかしら」

 

 今度はサンダルフォンの身体を天へと突き上げる水の竜巻が襲った。規模、威力共に羽のないミカエルと比べると格段に高い。

 その上、どこからか小さな宝珠が飛んできて竜巻に雷を乗せた。立っていた人影は僅かによろめいたが、竜巻が剣によって両断されてしまう。

 

「チャンス到来、って思ったのにねぇ。全然効いてないじゃーん」

 

 軽い調子で言ったのはドランクだ。

 

「無駄口を叩いてないで援護に回れ」

 

 その横を駆けて通り抜けたのはスツルムだ。サンダルフォンに迫って二本の剣で襲いかかり、剣を交える。

 

「スピーディにいきたいが、そうも言っていられないか」

 

 サンダルフォンはボヤいてからスツルムを強引に押し返すと、ガブリエルの方へ全力で駆けた。ドランクの魔法やジータの矢をかわして近づき、割り込んできたグランを力技で押し退ける。

 だがガブリエルの一歩手前で、ダナンに防がれてしまった。

 

「優秀な助手でな、指一本触れさせるわけにはいかん」

「ふふっ、頼もしいわね」

「厄介だな」

 

 ガブリエルに近づこうにも、ダナンが徹底的に邪魔をする。ダナンが邪魔をするせいで突き放した他の者達が対処できるようになってしまう。

 それでも諦めるわけにはいかない彼は、一行と戦いを繰り広げていた。




進捗具合がいいので、多分番外編は毎日更新できます。
一応サブタイはイベントをなぞっていますが、同じ話数になるかは微妙なところ。


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EX:『どうして空は蒼いのか』星

「……どうあってもガブリエルの羽を渡す気はないか」

 

 サンダルフォンは無傷ではあったがガブリエルの羽を奪うには至っていなかった。

 

 双子故に息の合った連携。負けず劣らずな傭兵コンビの連携。天司の助力。そしてガブリエルの傍を離れることがないダナン。

 

 勝てなくはないはずだが、粘られていた。このまま持久戦に持ち込めば人間はバテて天司だけとなり羽を奪うことも可能だろうが、できる限りスピーディに物事を進めたかった。

 空の脅威と判断されれば天司長ルシフェルが降臨し、加勢されて一気に形勢は傾いてしまうのだ。まだ出てこないのは、おそらく自分が出てこなくても対処可能、若しくは目に入ってすらいないのか。

 

 サンダルフォンは拳を強く握り締め、しかし心を落ち着けてそんなはずはないと言い聞かせる。四大天司を超えた自分を歯牙にもかけないはずはないのだ。ガブリエルの羽を手にすればもうルシフェルでさえ自分を止められなくなる。

 そうなれば、ヤツも出てくる他ないだろう。

 

 しかし、しかしだ。ここで時間を食うのは避けたい。

 

 だがガブリエルの守りは堅い。羽のある天司の援護に加えてダナンが防御に徹しているという事実が壁となっている。

 

(……ガブリエルの羽を一旦諦めるか? いや、そうなればヤツ等に体勢を整える時間を与えるだけだ。なにかで代用できるモノでもなし……)

 

 構えを解かずに思案していると、彼の中に一つの案が思い浮かんだ。

 

(いや、ある! あるぞ、四大天司に代わる羽が!)

 

 思い立ったサンダルフォンは、視線で考えを読み取られないようにしながら赤き竜の位置を確認する。ビィの羽なら四大天司の代用に足る。

 

「だが、この程度で俺が折れると思うなよ!」

 

 ばさり、とサンダルフォンは自身の羽を背中に生やした。彼が持つ焦げ茶色の髪と同じような色合いをした四枚羽だ。一行が警戒を強める中、サンダルフォンは近接をしてくるグランとスツルムを低空飛行しながら剣で離れさせるように吹き飛ばす。

 

「……狙いはビィか」

 

 ダナンは二人の吹き飛ばされた方向が、誰を襲うのに都合がいいかを考えていたためすぐ答えに行き着いた。だが、そう見えてダナンを誘導しその隙にガブリエルを狙う戦法かもしれないという懸念は消えないため、ダナンはビィを守るために動くことはできない。

 

「ガブリエルの羽が奪えないのなら、赤き竜の羽で代用させてもらう!」

「痴れ者がッ!」

 

 ミカエルが炎を放つが難なく突破されてしまう。だが炎を抜けた先に小さな宝珠が無数に散らばっている。ダナンが気づいた動きに、ドランクが気づかないわけがなかったのだ。

 

「天司様一名いらっしゃ〜い」

 

 軽い調子の声とは裏腹に大きな魔法が発動、雷や炎がサンダルフォンを包むのだが。

 

「甘いな」

 

 翼で身体を覆って防御したらしい彼は無傷であり、そのままビィに向けて手を伸ばし接近する。ガブリエルとジータの攻撃も意に介さない。ビィが捕まってしまう、その直前で人影が割り込んだ。

 

「ビィさん!」

 

 ミカエルの話を聞いて離脱していたルリアである。サンダルフォンは止められずにルリアを掴んで急上昇した。

 

「これはこれは……赤き竜を捕らえたつもりだったが、蒼の少女が釣れてしまった。今日は本当にツイていない。幸運を司る天司は誰だったか」

 

 サンダルフォンはルリアを掴み上げて己の不運を嘆く。

 

「ルリアッ!!」

「おい、ルリアを離せ! お前の目的はオイラの羽だろ!?」

「ダメ! 狙おうにもルリアに当たっちゃう!」

 

 グランとビィが叫び、ジータは矢を番えてみるが直前でサンダルフォンがルリアを盾にしないとも限らないため撃つことはできなかった。

 

「……土の島に来い。そこで赤き竜と蒼の少女を交換しよう。対価は、そうだな。君等を天の民に選んでやってもいいぞ」

 

 サンダルフォンはルシフェルを超え、空と星に代わる天の世界を作ろうとしている。それを行う理由については不明だが、そのためにビィ若しくはガブリエルの羽が必要だった。

 

「竜と共に世界の滅亡を見るか、少女と共に新世界を生きるか。……賢明な判断を期待している」

「グラン……! 私、ちゃんとやれたよね? ビィさんを守ることができたよね? こんな私でも、最後に役に立てて――」

 

 サンダルフォンが光となって飛び去ろうとする中、ルリアは精いっぱいの笑顔を浮かべる。

 

「ルリアァ!!」

 

 グランが叫んで跳ぼうするも、二人は消え去ってしまった。一行は拳を握り締め、光の軌跡を睨む他ないのだった……。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一行がサンダルフォンを相手している間に他の相手をしていたアウギュステの人々は、なんとか凌ぎ切っていた。ポーションを無理矢理奪って再度前線に立ったオイゲンは【ドクター】のダナンに説教されていたが。

 

 それでも被害は出ているため、その復旧作業に追われていた。

 そんな中で、ミカエルとガブリエルが話をしている。

 

「サンダルフォン……。ヤツは結局、なにを望んでおるのだ?」

「わからないわ。ただ天の世界の創造だのって話は、本当の目的ではない気がするわね」

「本当の目的ではない……?」

 

 ガブリエルの言葉にミカエルは眉を寄せる。

 

「存在証明……私達の羽を奪い天司長様も超える力を、世界を変えて天司長様を超えた実績を。そう考えると、わざわざ審判をなぞる意味がある。……気がするのだけど」

 

 彼女にも確信はないようだった。

 

「だが、あの天司長に因縁? あり得る話なのか?」

「私はあまりサンダルフォンと面識はなかったけど……天司長様は関わりがあったと思うの。そこでなにか、サンダルフォンが叛乱に加担する理由が出来たのかも」

「そうか……。どのみち判断は人間に委ねるしかない」

「そうなるわね」

 

 仲間を連れ去られて悔しさを滲ませていた彼らの顔が浮かぶ。そして、もう一人の少年はどうするのだろうかとふと考えていた。

 

 夜になり、静かな波の音が漂う浜辺に彼らはいた。

 

「なぁ。よろず屋に頼んでた艇が手配できたぜ。一番速いヤツを用意したってよ!」

 

 ビィが集まっていたグラン、ジータ、そしてダナンに向けて告げる。

 

「絶対にルリアを取り戻そうぜ! そのためならオイラ、なんでもする! 万が一アイツに捕まっても……羽が千切られるとかそんなモンだろ? オイラが何者なのか、この羽がなんなのか、正直なんもわかんねぇけど……でも、ちっとも怖かないぜ! トカゲに近づいちまうのは癪だけどよ?」

 

 ビィは明るく振舞って「あははっ!」と笑う。しかし、普段通りの自然な元気の良さでないのは付き合いの短いダナンにもわかった。

 

「無理しないで」

「うん。僕達が絶対に守るから」

 

 二人は力強くて優しい言葉を返す。ビィは、しょんぼりと耳を垂らした。

 

「はは、やっぱりダメかぁ……。お前らに嘘は吐けねぇな」

 

 力なく笑って、今は離れ離れになっているルリアを思う。

 

「『役に立ちたい』、『誰かを守りたい』かぁ。焦ることなんてねぇのに。だってルリアはず~っと、皆の役に立ってるじゃねぇか。星晶獣の力のことじゃねぇ。皆ルリアの笑顔に励まされて、アイツの頑張りに引っ張られてよ……」

 

 ビィは時折、思いもよらないことを言う。

 

「……うん。ずっと、ルリアには助けられてきた。今この瞬間だって、ルリアがいなかったら僕は生きてないわけだし」

「そうだね。力も、心も。どっちもルリアちゃんがいなかったらここまで来れてないかもしれない」

 

 命を共有しているグランが、出会ってからこれまでの旅を思い返したジータが、それぞれ言って空を見上げる。夜の空には星々が瞬いていた。

 

「……オイラ、ルリアに会いてぇ」

 

 ぽつりとしたビィの呟きは、三人共が同じだ。

 

「もう赤とか蒼とか、原初獣とか天司とか、どうでもいいぜ! 皆とルリアがここにいて欲しいんだ!」

「うん。私達も同じ気持ちだよ」

「決着をつけに行こう」

「おう! じゃあアイツをとっちめに行こうぜ!」

 

 ルーマシーには今ロゼッタがいるはず。他の仲間達は各地で頑張っているはずだが、彼女と息を合わせればルリアを取り返せるはず、とビィが息巻いた。

 

「……やっぱり、お前らはそうするよな」

 

 それを傍で聞いていたダナンが、意気込む三人に声をかける。その顔は笑っておらず、真剣なモノだった。

 

「うん。私達は、ルリアちゃんを取り返す。ビィも渡さない」

 

 ジータはそれに、強い意志を宿らせて応えた。

 

「……だと、思ってたよ。まぁ、今回はいいか。あいつを倒せば終わる話だからな」

 

 ダナンが見据えているのは先のこと、今後のことである。とはいえ今の決意を揺さ振ってサンダルフォンとの戦いに集中できないのもそれはそれで困る。

 

 ……話すなら全てが終わった後、か。

 

 彼はそう考え直して踵を返す。

 

「今世界を滅ぼされるわけにはいかないんでな、今回は手を貸してやる。……足引っ張るなよ」

「もちろん、そっちこそね」

 

 ひら、と肩越しに手を振るダナンにジータが応えた。立ち去るダナンを見てビィは首を傾げる。

 

「……アイツ、なんか言いたそうだったよな」

「そう? まぁダナンは僕達より大人っぽいところもあるから、色々と考えてるんだろうね。言いたいことに言いたいこと言う印象はあるけど、また今度話してくれるんじゃない?」

「そうだな! それより今はルリアのことだぜ」

 

 三人は気を取り直して、ルリアを助けに行く準備を整えるのだった。

 

 一方その頃、ルーマシー群島に連れ去られたルリアは眠っており、不思議な夢を見ていた。

 

(ここ、は……? 夢? 誰かの記憶? 私の心に流れ込んで……)

 

 夢のようだが、意識はある。記憶の中にただ立って眺めているような感覚だ。

 

 そこは見覚えのない中庭だった。これまで旅してきた島のどの様式とも違う建物の中庭だ。

 

「ルシフェル様! いらしてたんですね」

 

 誰の記憶なのかはすぐにわかった。厄災を引き起こしているサンダルフォンが、嬉しそうに声をかけている場面を見たからだ。

 

「サンダルフォン。なにか変わりはないか?」

 

 それに応えたのは白髪にサンダルフォンと似た鎧を持つ複数の白き翼を持つ男だった。

 天司長ルシフェル。進化を司り空の世界を管理する役目を持つ者である。

 

「はい。俺も研究所も変わりありません。ああ、ただ……」

 

 丁寧な口調で答えたサンダルフォンは少し表情を曇らせる。

 

「どうした? また役割のことを考えていたのか?」

「はい……。どうしても悩んでしまいます。なぜ俺には未だ役割がないんでしょう。四大元素の均衡しかり、敵性異分子の排除しかり。全ての天司には役割があります。貴方の司る進化を支えるための。でも俺は安穏と日々を過ごすばかり……」

 

 どうやらサンダルフォンは自分に役割がないことを悩んでいるようだ。この記憶の時期はサンダルフォンが叛乱を起こして封印される前のこと。まだルシフェルを慕っているような様子から、これは彼の芯に迫る記憶の可能性が高いだろう。

 

「何度も言っているだろう? その件で君が案ずることはないよ」

 

 ルシフェルはそう言って立ち去ってしまう。

 

「……ですが」

 

 また一人になった中庭で、ぽつりと彼は零す。続く言葉は出てこず、しばらくの時間を要した。

 

「俺も、貴方の役に立ちたいんだ」

 

 その言葉は、最近ルリアが意識してきたことでもあった。だからこそ他が皆役に立っているのに自分だけ、と思った時の気持ちもよくわかる。

 

 また、場面は変わる。

 

「友よ、聞いても良いか。サンダルフォンについてだ」

 

 今度はルシフェルともう一人の誰かが話している場面だ。もう一人は角度が悪く顔が見えない。それを、物陰からサンダルフォンが聞いているという状況だった。

 

「あぁ……随分とヤツに目をかけているようだな。他の天司達が嫉妬しているそうだぞ?」

 

 ルシフェルと同じ声。しかしどこかからかうような様子がある。一定とも言えるルシフェルとは違うようだ。

 

「君の指示で造ったが、彼の役割は私も知らない。そろそろ教えてもらえるか? 彼はなんのために生まれてきたのだ?」

 

 ルシフェルは取り合わずに質問をした。

 

「今となっては瑣末な話だ。故に、お前にも伝えなかった。ヤツは、お前の『スペア』だ。お前の身になにか問題が起き、稼働不能な状態に陥るなどすると……ヤツが覚醒して一時的な代役を務める。お前が回復するまでの繋ぎ要員だな」

 

 それを陰で聞いていたサンダルフォンは、息を呑む。

 

「スペア……一時的な代役……?」

「フフフ。だが結果的に言えば杞憂だったよ」

 

 オウム返しにするルシフェルを置いて、彼は喜びを露わにする。

 

「お前は私の想像を遥かに超えていた。問題など起きようもない至高の存在だ。サンダルフォンはなんの役にも立たん。あの不用品は適当な時期に廃棄する。お前の愛玩用として飼ってもいいがな?」

 

 彼の言葉に、ルシフェルは答えなかった。表情を変えることもない。だから、彼の心情は誰にもわからない。

 

「あぁ、そんなことより新たな検体がある。新区画に来い、お前の意見を聞きたい」

「……わかった」

 

 二人は次の話題へと移っていき、そのまま別の場所へ歩いていった。

 

「不用品……? ルシフェル様の繋ぎ……? なんの役にも立たない……?」

 

 話を最後まで聞いたサンダルフォンは、絶望の表情で震えていた。

 

「嘘だ……。じゃあ俺の存在意義は一体……!」

 

 その事実は、ルシフェルの役に立ちたいと思っていた彼にとって根底から覆されるモノだった。

 

「……――――ッ!」

 

 表情が絶望から怒りに変わったのは、それからすぐ後のことだった。

 

 夢はそこで途切れ、ルリアの意識が現実に引き戻される。

 

「うぅん……? ここは……私はどうして……?」

 

 目覚めたばかりの頭ではぼーっとして考えがまとまらない。夢を見ていた気がするが、すぐには出てこなかった。

 

「御機嫌よう。君は気を失っていたんだよ」

「あ、あなたは……!」

 

 目を向ければサンダルフォンがいる。気を失う前に言っていたように、ルーマシー群島のどこかだろう。

 

「珈琲は飲めるか? 悪いが、砂糖はないぞ」

「い、いいです。それより、ここでなにを……」

「俺が、俺達が造られた場所だ。かつて星の民の研究所があった」

 

 そう言われてみれば、確かに研究施設の跡地に見えなくもない。

 

「だが、蒼の少女か。まさかこんな姿形をしていたとは」

 

 思い出したくないことでもあるのか、話題をルリア本人へと移す。

 

「姿形? 私のことを知ってるんですか?」

「君よりは。だが創世神の思惑など、俺には関係のないことだ」

 

 素気なく答え、言葉を続けていく。

 

「もうじき空と星の物語が終わり、天の世界の新たな神話が紡がれる」

「そ、そんなこと……! 私達の物語は終わりません!」

 

 ルリアが否定するのを、「ふぅん?」と片眉を上げて見据えた。

 

「グランとジータは、とってもとっても強いんです! どんなに苦しい時でも、どんなに悲しい時でも、たった一言で皆の心を変えて。私も何度も励まされました。ずっと励まされてきました。いつも、いつだって、だから……」

 

 ルリアはきっとサンダルフォンを正面から睨む。

 

「グランとジータは凄いんです! あなたの思い通りにはさせません!」

「だがヤツは来る。俺の思惑通り、ここにね」

 

 意気込んだルリアの言葉を、平然と受け流した。

 

「まぁいいさ。では、また後で。君はここで泣いているといい」

「な、泣きませんよ!」

「フ……」

 

 ルリアを笑い、彼は去っていく。それが強がりだとわかっての笑みなのかはわからないが。

 

「うぅ、グラン、ジータ……ビィさん、皆さん……」

 

 それでも連れ去られてきたという事実と誰も周りにいない心細さが迫ってくる。

 そんなルリアに、こっそり近寄ってきたロゼッタが声をかけてきた。

 

 もう少しだから、辛抱してと。

 

 ルーマシーにも仲間がいることがわかったルリアは少しだけ勇気を貰って、運命の時を待つ――。



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EX:『どうして空は蒼いのか』羽

やっべ、更新するの忘れた。というわけでギリギリの更新です。書き上がりたてではないので明日も更新できます。


 シェロカルテの用意した艇で、グラン、ジータ、ビィ、そしてダナン、スツルム、ドランク、加えてミカエルとガブリエルがルーマシーへと降り立った。

 

 するとサンダルフォンもまた、ルリアを連れて姿を現す。

 

「うぅ……。み、皆さん」

「ルリア! 大丈夫か、ちょっと待ってろよ!」

「御機嫌よう。特異点、赤き竜。少し観客が多い気もするが、ミカエルとガブリエルも来たのか」

「……余計な真似はせぬ。尤も、その力も残っておらぬがな」

「私達の役割は進化の観察に集約される。見せてもらいましょう、世界の行く末を」

「フ……この期に及んで仕事熱心なことだ」

 

 言ってから、サンダルフォンは赤い瞳をグランとジータへと向けた。

 

「ここに来たということは、身柄の交換に応じると?」

「違うよ」

「僕達はお前を倒しに来た」

 

 しかし二人は交換に応じる気はなかった。彼らにどちらかは選べない。どちらも助ける方法を選ぶ。

 

「……ほう? どうやって成すつもりだ? まさかとは思うが、実力で奪い返せるとでも?」

 

 サンダルフォンは言いながら、二人の蛮勇を鼻で笑う。

 

「聞いていなかったのか? 俺を阻める可能性があるとすれば、ルシフェルを置いて他にはいない」

「思い上がるな。所詮は奪った羽の仮初の力に過ぎぬ」

 

 ミカエルが告げても効果はない。

 

「もう完全に馴染んだ。少々持て余すほどにね。既にルシフェルは愚か、俺を害える者は俺のみかもしれんな」

「そう……。では赤き竜の羽は必要ないのでは?」

 

 ルシフェルを超えるという目的なのであれば、既に達している可能性すらあるというのに、まだ戦うのか。言外にそう告げてみるも、

 

「必要はない、だが奪う。ルシフェルの遥か頭上……神を超えた境地を見たい」

 

 サンダルフォンの言葉に、ビィがムカついた様子で声を発する。

 

「フン、なんなんだよ! ルシフェル、ルシフェルってよ! お前は結局ソイツのことばっかだぜ!」

「む……」

 

 時折出る核心を突く一言に、サンダルフォンは口を噤む。それをきっかけに、ルリアが夢で見たことや感じ取っているモノを口にした。

 

「役に、立ちたい……? ルシフェルさんの……」

「なに……? 貴様、なにを視た? 俺のなにを視ている……!?」

 

 ずっと余裕を崩さなかったサンダルフォンが、初めて動揺した。

 

「なんだ? 急にヤツが動揺したぞ?」

「ルリアちゃん、続けて!」

 

 ミカエルが訝しみ、ガブリエルはそこにつけ入る隙がないかと促す。

 

 

「は、はい! えっと……」

 

 ルリアは星晶獣の力を感じ取る時と同じポージングでより深くサンダルフォンの内情を読み解いていく。

 

「この感覚は……。尊敬する人に認めて欲しい? 愛してる人に慰めて欲しい? あるいは、えっと……自分を許して欲しい――」

 

 だが言っている途中でサンダルフォンがルリアに掴みかかった。

 

「きゃぁ!」

「……もういい、気が変わった」

 

 サンダルフォンの表情が変わる。これまでどこか対等な相手を見ていないかのような、同じ場所に立っていないような雰囲気すらあったが、今では明確な敵意を向けていた。

 

「赤き竜は生きたまま解体する。その臓物は一片一片、君等に喰わせる。この終末に、最後の晩餐を楽しむといい」

「ゥヒッ……!」

 

 その様を想像してしまったのか、サンダルフォンの敵意に充てられたのか、ビィが悲鳴を上げる。だがすぐに気を取り直し戦闘開始を促そうとしていると、ルリアが突然飛び出してきたロゼッタによってサンダルフォンの手から救出される。

 

「今よ、ルリアちゃん!」

「ロゼッタさん! わ、わかりました!」

 

 ロゼッタによって助けられたルリアが双子の下に戻ってくる。

 

「ろ、ロゼッタ!? そんなとこに隠れてたのか!」

「知っていたよ。だがなにをするかと思えば……。話せて良かった、蒼の少女よ!」

 

 サンダルフォンは上空へと飛び上がり、ルシフェルさえ超えていると豪語するその力を振るわんとする。

 

「来た! ウリエル、ユグドラシル! あの攻撃を弾き返して頂戴!」

 

 ルーマシーに住まうユグドラシルが、ウリエルの力を借りてその力を増幅させ障壁を張った。

 サンダルフォンが放った一撃は障壁に当たり、威力と軌道を保ったまま彼へと弾き返す。

 

「なんだと……! この障壁、ウリエルか!?」

 

 サンダルフォンは自身が放った攻撃を自分自身で受けてしまった。

 その隙にルリアは合流を果たしてグランとジータとそれぞれ手を取り合う。

 

「はぁ……はぁ……。あの、私……!」

「はは、無茶しやがってよぅ! でも無事に戻ってきて良かったぜ!」

 

 再会を喜び合う四人。

 

「四人共、油断は禁物よ。まだサンダルフォンは生きているわ」

 

 そんな彼らをロゼッタが窘める。

 

「ロゼッタさん。あ、さっきのユグドラシルの力は?」

「ウリエルの力を借りたの。土の力を源とする者同士の成せる技ね」

「ぜぇ……はぁ……。チャンスは一度きりだったが、なんとか嵌ったみてぇだな?」

 

 ウリエルという筋肉の盛り上がりが半端ない男が息を切らして言った。

 

「――――……!」

 

 ユグドラシルも心なし誇らしげである。

 

「フフフ……! 褒めて遣わすぞ、ウリエル。貴様にしては巧みな奇襲だ」

「自分を害えるのは自分のみ。彼、その言葉を証明したみたいね?」

 

 ミカエルとガブリエルも二体の健闘を称える。

 

「チィッ……! 無様な戦法だな、ウリエル。この程度で一矢を報いたつもりか?」

 

 舌打ちしつつも、そこまでダメージがなかったために余裕が戻ってきていた。

 

「うるせぇ、バ~カ! テメェの鼻を明かせりゃあいいんだよ!」

「はぁ……下らん。下らん上に始末が悪い。君等は本当に手を焼かせる」

 

 ため息を吐いたサンダルフォンの全身から強大な力が発せられる。

 

「天の世界を形成するために、無益な損害は避けていたが……君等が悪いんだぞ?」

 

 上空にいるサンダルフォンの身体が巨大化していき、その背中に羽が複数枚生えていく。焦げ茶色のサンダルフォンが元々持っている羽を一対。その上にミカエル、ウリエル、ラファエルから奪った羽を三枚。ガブリエルの羽は奪えていないため対の部分を自分の羽で代用している。背に白く輝く幾何学模様のなにかを描いており、周囲に紫の刃を持つ巨大な剣を従えていた。

 大きさは騎空艇とも変わらないほどで、正に神話の時代の存在を思わせる。

 

「さあ、続けよう。審判の鐘を鳴り響かせるんだ……!」

 

 翼は空を支配する威容。強大な気配は抗う気力を削っていく。

 

「なんだ、ヤツの纏う気配は!? 既に天司とも魔物ともつかぬ!」

「数種の羽が混在して、未知の怪物にまったみたいね」

「ど、どうしましょう!? このままだと島ごとやられちゃいます!」

 

 天司すら超えたサンダルフォンには、いとも簡単に島一つを吹き飛ばすだけの力が備わっているだろう。

 

「くそぅ! せめて手が届きさえすりゃあ! おい、降りてこい卑怯者ぉ!」

 

 例え銃や弓であっても今のサンダルフォンには届かず、ただの魔法でも効果はないだろう。

 

「――――……?」

「ユグドラシル? どうしたの、なにか気になることが……」

 

 ユグドラシルが真っ先に()()に気づく。遅れてロゼッタも気づき、笑みを浮かべた。

 

「あぁ、なるほど、そういうことね。往生際の悪い子達が到着したみたい」

「往生際の悪い子だぁ? お前達、なにを笑っていやがる――」

 

 彼らを知らないウリエルは怪訝そうにするが。

 

「ルリアァァ!!」

 

 どこからか女性の叫び声が聞こえてきた。

 

「カタリナ……? あ、見て! 空にグランサイファーが見えます!」

「ホントだぜ! おぉい、ここだここだぁ!」

 

 駆けつけたのは、これまで旅を共にしてきた仲間、グランサイファーである。ビィ達はグランサイファーさえあれば空のサンダルフォンにも届く、と喜ぶのだが。

 

「……って、ちょっと待てよ? ちっとも止まる気がねぇぞ? むしろ加速してる気がするぜ?」

 

 ビィの言う通り、グランサイファーはどこかへまっしぐらに突き進んでいた。

 

「艇の進路はえっと……サンダルフォンさんに向かって……!?」

「んなっ!? ななな、なにやってんだよ! まさか正面衝突する気だってのか!」

 

 驚く一行を置いて、場所はその今にも突撃しそうなグランサイファーの甲板。

 

「貴様がサンダルフォン……! ルリアを傷つける者は許さんッ!」

「神だか天司だか知らねぇが、俺はルリアと約束したんだよ! どんな時でも駆けつけるってな!」

「そうよ! あのワッカ達は皆で退治したわ! 追い詰められてるのはあんたの方よ!」

「そういうこった! この落とし前はつけさせてもらうぜ!」

 

 各島で奮闘していた仲間達が乗っているらしいグランサイファーは更に速度を上げていく。

 

「カタリナ、皆さん! ほ、本当に衝突するつもり!?」

「む、無茶苦茶だぜ! そんなことしたらタダじゃ済まねぇぞ!?」

「……そうでもない」

 

 ルリアとビィが心配した様子を見せる中、最後の四大天司が姿を現した。

 

「ラファエル! 貴様、今までなにを……」

 

 ミカエルの言葉には応えず、彼はグランサイファーを見つめている。

 

「天司の間隙を縫える者は、天司のみ。空よ! 今こそ風を!」

 

 ラファエルが力を発動し、グランサイファーを追い風が加速させる。

 

「この追い風は……! はは、凄まじい力が集まってきたぜ!」

「ラファエル殿の援護だ! このままサンダルフォンに突っ込むぞ!」

 

 物凄い勢いで迫ってくるグランサイファーに、ようやくサンダルフォンは警戒を持つ。

 

「む……! 今度はラファエルか!?」

「ふっふーん! やっぱり油断してたわね! 今更気づいたって遅いんだから!」

「はははっ! 最高だぜ、ラファエルの兄ちゃんはよぉ! 全て片づいたら、一杯奢ってやるぜ!」

「進路は制御不能! 速度は針が振り切れてて不明! 頼むぜ、グランサイファー! お前さんに俺達の全てを賭けるッ!」

 

 グランサイファーはラファエルの追い風を受けたまま、巨大化したサンダルフォンへと突っ込んだ。

 

「ぐおおぉ……!!」

 

 同じくらいの大きさのモノに突撃されて、サンダルフォンは体勢を崩される。

 

「やったわ! サンダルフォンが崩れたわよ!」

「す、凄ぇ……! でもグランサイファーは大丈夫なのか?」

「は、はい、大丈夫みたいです! ちょっぴりフラフラしてますけど」

 

 地上の者達が喜びを露わにする。そんな彼らにラファエルが提言した。

 

「では、最後の攻勢に出るぞ」

 

 その言葉に全員の視線が集中する。

 

「今より汝等を艇まで移動させる。ヤツに()()()を与えて終止符を打て」

「ラファエル、貴様……。反撃に足る好機を待ち、策を練り力を溜めていたのか?」

「ウフフ……医癒の異名を誇る貴方なら、確かに回復が早いはずよね」

 

 ラファエルの策が嵌って事態が好転していく中、

 

「ま、待ってください! えっと、ユグドラシルとウリエルさんの反撃が一撃目で、グランサイファーの突撃が二撃目ですよね? それで私達が四撃目ってことは……」

「三撃目がまだある?」

 

 ジータが言ってグランが追随し、そういえばとなる。

 

「なんだお前ら。気づいてないのか?」

 

 それを知っているのはラファエルだけかと思われたが、ダナンが割って入った。彼には見えていたのだ。

 

「グランサイファーに乗ってるの、オイゲンやカタリナだけじゃねぇだろ?」

 

 ちらりとはためく、()()()()()が。

 

 それを確かめるためにも、一行はグランサイファーの上へと移動することにした。

 

「おい人間共。あのクソヤロウをブッ飛ばしてこい! ギッタギタのメッタメタにな!」

「言われるまでもねぇ! オイラ達がとっちめてやるぜ!」

「そうです! この世界と、ここに生きる皆さんは……私達が絶対守ります!」

 

 ウリエルの激励にビィとルリアが応え、

 

「その意気だ」

「行ってこい、空に生きる人間達よ……!」

 

 ミカエルに背中を押される。

 

「「行ってきます」」

 

 最後は双子が声を揃えて言い、一行とダナン達は緑色の光に包まれてグランサイファーの方へと飛び去った。

 

 羽が奪われていないガブリエルも加勢のために向かい。

 

 そして、最後の決戦が行われる――。



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EX:『どうして空は蒼いのか』獣

独自路線の三撃目から始まる最終決戦。二話分かかります。


 ラファエルの力でグランサイファーの甲板へと移動してきた彼らが見たのは、風にはためく白いマントだった。

 

「三撃目を頼んだぜ、お前さん達!」

「頼りにしてるぜ、()()()!!」

 

 白いマントに黒い鎧。お揃いの衣装に身を包んだ彼らは、全空最強の騎空団。今は全員“蒼穹”の一員であり、グランサイファーで各島を回る中で掻き集めてきた者達である。

 これから最終決戦で、相手が世界を滅ぼそうとしている強大な敵であれば、彼らの力が必要になる。

 

 そう睨んだラカムの英断である。

 

「任せて~。俺達は今回、全力全開全身全霊で攻撃して、後は団長ちゃん達に任せていいって話だから。遠慮なくやっちゃおう!」

 

 軽く答えるのは頭目のシエテだ。

 

「さあ、皆いくよ! 打ち合わせ通りにね!」

 

 シエテが剣を抜き放って構え、他の九人もそれぞれ武器を構えている。

 

「じゃあいくよ? せーの……っ!」

 

 シエテの号令に合わせて、各々が全力の一撃を放った。

 

「天逆鉾ッ!!!」

「アストラルハウザー!!!」

「メテオスラストッ!!!」

「メメント・モリ!!!」

「スーパーミラクルエクストラハイパーアタック!!!」

「天地虚空夜叉閃刃ッ!!!」

「捨狂神武器!!!」

「ネビリューサ・フリューデ!!!」

「ダンス・マカブル!!!」

「ノヴァストリーム十天――って、あれ!?」

 

 各自の奥義が炸裂し、サンダルフォンに多大なダメージを与える。だが、シエテにとってそれはどうでもいいことらしい。

 

「ねぇ! 俺事前に言ったよね!? 皆で声を揃えて『ノヴァストリーム十天スカイフィニッシュ』にしようって!」

「そんなダサい名前、誰が唱えるんですか?」

「ダサっ……!?」

 

 シエテの必死の訴えは、カトルの辛辣な言葉に返される。ショックを受けるシエテを放ってすたすたと歩き、グランとジータの方へと近づいてきた。

 

「後のことは任せます。精々、ここでヤツを倒してください」

 

 そう言って船内へ向かっていった。少し足元が覚束ない様子なので、本当に全ての力を出し切って攻撃してくれたのだろう。

 

「あたしがそんな長いの覚えられるわけないだろー。団長達、頑張れよ! 終わったらまた勝負しようなっ」

 

 サラーサもシエテに言ってから、双子ににかっと笑って宣言する。

 

「……趣味じゃない」

「シスはこう、雰囲気の違う名前をよく使うものね。オクトーと同じ感じの」

 

 素気ないシスと、シスの補足をするソーン。

 

「……俺達がここまでやって、倒せないとは言わせんぞ」

「頑張ってね、楽しみにしてるわ」

 

 続けて他の二人と同じようにグランとジータを激励して去っていく。

 

「む、忘れていたな」

「もう、じっちゃはいっつもそうやって物忘れするんだから! あ、あちしはあちしのがいっちばーんカッコいいと思ってるからね!」

 

 オクトーと、その彼に捕まってぶら下がるフュンフ。そして二人も双子に目を向ける。

 

「この世は万華よ。しかし、時には視野の狭まった者もおる。目を覚まさせてやるのも一興よ」

「悪いヤツなんてぎったんぎったんにしちゃえ!」

 

 続けてエッセルがシエテに顔を向ける。

 

「団長や弟達、妹達を守るために来ただけで、シエテのダサい名前を叫ぶために来たわけじゃないから」

 

 辛辣にする気はないのだが、充分に辛辣である。

 

「あと、お願いね」

 

 二人に激励する時は簡素だったが、気持ちは充分伝わってきた。

 

「他がそうするなら、僕も言う必要はないと思ったんだ。ごめんよ、シエテ。……君達に、空の世界の平和を託すのも変だけど、任せるよ」

 

 ウーノはシエテに言ってすぐに双子へも言葉をかける。空の危機を救う一助になれば、というスタンス

のようだ。

 

「センスがないから、皆ついてこない」

 

 ぐさり、と最後に残ったニオの言葉がシエテの心を貫いた。泣いているような旋律が聞こえてきたが、それも仕方がないことである。余計なことを言わず「皆で力を合わせて団長ちゃん達を助けよう!」だけだったならこうはならなかっただろう。こっそり嘆息した。

 

「頑張って、応援してる」

 

 簡潔に述べて、そのまま船内へと。

 

「……んんっ!」

 

 最後に残されたシエテは、視線が集まっているのを感じてか咳払いをして気を取り直すと真剣な表情をしてみせる。わざとらしいので白い目がいくつかあった。

 

「空の秩序を守るのは、本当は俺達の役目なんだけどね。今回は団長ちゃん達が戦いたいだろうし、ちょっとだけ手助けするだけにしておくよ。じゃあ、後のことはお願いね。お兄さんは中で一休みしてるからさ」

 

 ぽん、と二人の肩を叩いて立ち去っていく。一番威力を高く攻撃していたはずだが、最も余力を残しているように思えるのだから不思議だ。頭目の名は伊達ではないなと思いながらもサンダルフォンに目を向けた。

 

「クソッ……!」

 

 軽い調子だったが、彼らは紛れもない強者だ。それも指折りの。そんな彼らが後先を考えずにただただ最強の一撃を叩き込んだのだから、いくらサンダルフォンと言えど無傷で済むわけがない。

 

「ナンセンスだ、ふざけているのか!」

「ううん、ふざけてないよ」

「だね。全力で君の力を削って、私達に後を託してくれたんだ」

「一部もしもの時のために力残してるヤツもいたけどな。まぁ、お膳立てにしちゃ充分だろ」

 

 睨みつけてくるサンダルフォンに、グラン、ジータ、ダナンが告げる。

 

「ここが正念場だ! 皆、決着をつけよう!」

「私達が皆を、空の世界を守るんだ!」

「「「おう!!!」」」

 

 “蒼穹”の面々が団長二人に応じた。

 

「やるぞ、お前ら。まぁ、いけるだろ」

「だねぇ。ここまでされてできないなんて言えないよ。ね、スツルム殿?」

「ああ。問答無用で叩きのめす」

「ふふ、皆やる気ね。私も力を貸すわ」

 

 未来の団員、足すガブリエルがダナンに応える。

 

「……いいだろう、どれだけ足掻いても今の俺には勝てないということを、教えてやる……ッ!」

 

 構える一行を見下ろして、サンダルフォンが周囲に浮遊させていた巨大な剣をグランサイファーへと向かせる。

 

「来るぞ!」

 

 ビィの声に警戒を強める中、サンダルフォンはまずまとめて薙ぎ払うために足場であるグランサイファーに目をつけた。巨大な剣がグランサイファーに迫り突き刺さる――前に水が内側から刃を叩くように発射されて軌道を逸らす。

 

「今の貴方が相手でも、攻撃を逸らすくらいはできそうね」

「チッ!」

 

 ガブリエルに目論見を打破されたサンダルンフォンは舌打ちして、仕方なく直接攻撃するように切り替えた。

 

「まぁいい。君等に倒されることはないのだから」

「そいつぁどうだろうなぁ!」

 

 言い返す声の直後、サンダルフォンの身体にオイゲンとラカムが銃弾を撃ち込む。

 

「この程度、痛くも痒くも――」

「じゃあこれならどぉ?」

 

 防御することすらしないサンダルフォンの顔にドランクの魔法が炸裂した。

 

「小賢しいだけだな――」

 

 鬱陶しそうに手を払う彼の前に、三寅斧を構えた【ベルセルク】のグランが飛び込んできている。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 叩き落そうとした手を、魔法や銃弾が阻害した。そのせいで頭に直接攻撃を受けてしまう。

 

「ぐぅ……!」

「いけるぜ! やっちまえっ!」

 

 ダメージはある様子にビィが拳を突き上げて鼓舞していた。

 

「無駄な足掻きを」

 

 しかしやはりサンダルフォンは強大であり、一撃で致命傷を与えられるほどではない。手で甲板へと叩き落とされていた。

 

「無駄じゃないよ!」

 

 【アプサラス】と化したジータが槍を持って躍りかかっていた。

 

「愚かな」

 

 サンダルフォンは巨大な剣で真っ二つに引き裂こうとするのだが、ジータは槍の柄を上手く使って剣の刃を飛び越えてみせる。しかしその眼前にサンダルフォンの手が差し出されており、光を収束させていた。

 

「湧水の羽衣!」

 

 直前で唱えた言葉に呼応して、ジータの幻影が二つ出来上がる。ふわり、と舞い上がった本体は手の前から更に上へと移動しており、幻影二つは光線によって消し飛ばされていた。

 

「霹靂閃電ッ!」

 

 サンダルフォンの眼前まで到達したジータは槍を雷の如き速さで三回振るいサンダルフォンの頭に直撃させた。

 

「チィ! 滅びよ!」

 

 ぐるん、と勢いよく巨大剣の一つが回転してジータに迫る。だがそれと打ち合わせるように槍をぶつけその勢いで甲板まで戻ってきた。

 

「っとと」

 

 バランスを崩しかけるが、結果的に無傷で打撃を与えることに成功している。

 

「……流石にやるね」

「あなたは行かないの?」

 

 【ウォーロック】となったダナンは、ブルースフィアを指の上でくるくると回し弄ぶばかりで、近寄って攻撃することはなかった。その傍に佇むガブリエルが艇を襲おうとした巨剣を水で弾き飛ばしながら尋ねる。

 

「当たり前だよ。ここから最悪の事態に陥る条件は二つ」

 

 ダナンは左手でブルースフィアを回し、右手で二本指を立てながら説明していく。サンダルフォンの眼前の細かな氷の塊を出現させて動きを阻害しつつである。

 

「一に、当初の目的だったガブリエルの羽を奪われて力を増幅させられること。羽を獲得したから回復、なんてことになったら流石に勝ち目がない」

「じゃあもう一つは赤き竜の羽を奪われること、ね?」

「そういうこと」

 

 ガブリエルが左二つの巨剣を、ダナンが右二つの巨剣を水で弾き飛ばす。

 水の元素の流れを感じ取ることのできるガブリエルがダナンと合わせた形になるが、ダナンもダナンでガブリエルが合わせられるように水を選んだところがある。互いに勝手を知っているが故の連携であった。

 

 更にはガブリエルが後方支援をしている者達に自身の力を分け与えて援護しているのに対して、ダナンはサンダルフォンの動きを邪魔することで前衛の支援を行っていた。

 

 助け方は違うが結果は同じ。アウギュステで奔走した数日が彼らの連携を強めていた。

 

 加えて、もっと言ってしまえばガブリエルよりもダナンと連携している者が二人。

 お互いに動きを見ているわけではないが、こいつならこうするだろうという信頼を持っているために息を合わせる必要すらなく連携していた。

 

「ドランク!」

「もうやってるよ~」

 

 スツルムに迫った巨大な剣の迎撃をドランクが担当する。彼の操る宝珠が刃の横っ腹に風を纏って直撃して軌道を逸らしていた。

 しかしその間にドランクへと別の剣が迫る。スツルムにもそれは見えていたが、忠告はせず自分の仕事に専念した。ドランクならなんとかするだろうという信頼もあったし、彼女が信頼しているのはドランクだけではない。

 

「うわぁ、怖い~」

 

 迫ってくる剣を見上げて緊張感なく呟くドランクは、全く以って避ける素振りを見せなかった。

 

 別方向から飛んできている魔法が見えていたからだ。氷塊を左右から少しズラして挟み込むように飛来させる。その結果ぐるんと剣が回転して切っ先がドランクでない方を向いた。

 

(あれ? これって……)

 

 その剣が向いている先には、ドランクが浮遊させている宝珠がある。もしかしなくても近づけるように弾いたのだろう。

 

「さっすが〜」

 

 それをやった意図を汲み取り、手早く宝珠を魔法で加速させ刃にぶつけて回す。するとサンダルフォンの羽の一枚に剣が叩きつけられた。操っているわけではないため切りつけるとまではいかないが、充分な威力を持っている。

 

「小癪な」

 

 自分の力を利用されることほど苛立ちを覚えるモノはない。サンダルフォンが標的をドランクへと向けた。

 

「ロウ・プリズン!!」

 

 サンダルフォンの放った光の牢獄がドランクを捕らえる。

 

「あ、これちょっとマズいかも」

 

 心なしか引き攣った笑みを浮かべたまま、牢獄ごとが爆発した。

 

「ドランクッ!」

 

 スツルムの呼び声に応える声はなく、彼は甲板に倒れ伏してぴくりとも動かない。

 

「まず一人。これが新世界創造のカウントダウンと知れ」

 

 サンダルフォンはそのままドランクと息を合わせていたスツルムに狙いをつける。怒りに任せて突っ込む……フリをして虚を突き一撃与えたスツルムだっったが、サンダルフォンの迎撃によって倒れ伏すことになった。

 

「二人目」

「くそぅ! あの二人がやられちまうなんて!」

 

 スツルムとドランクがやられた穴は大きく、より一行に意識を避けるようになったサンダルフォンは一人ずつ確実に仕留めていくように戦法を変えた。仲間の回復や支援をしている者から順に一人ずつ。

 

「残るは君等だけか」

 

 甲板の上で立っているのはグラン、ジータ、ビィ、ルリア、ダナン、ガブリエルとなってしまった。

 

「ここまでの健闘を称え、その騎空艇ごと墜としてあげよう」

 

 サンダルフォンはそう言うと六枚の羽をばさりと広げる。

 

「ダメ、大きいのが来るわ!」

「君等では防げないだけの威力を込めて撃つ。抵抗は無意味だ」

 

 サンダルフォンが纏う力を増幅させていく。否、一行を殲滅するだけの力を練り上げているのだ。

 

「さあ、審判の鐘を鳴らす刻だ。――アイン・ソフ・オウルッ!!!」

 

 四本の剣と強大な光が合わさってグランサイファー全体を襲う。多くの仲間が倒れている今、打つ手は一つしかなかった。

 

「【スパルタ】、ファランクスッ!!」

 

 ジータが【スパルタ】へと姿を変えて強固な障壁を張る。

 

「その程度で防げるわけがない……と言うつもりだったがよく耐える」

 

 ジータは絶えず力を注ぎ込んで障壁を支えていた。意地ではあったが、技が終わるまでの間ジータ一人で耐え抜くことができていた。

 

「流石は特異点の一人、と言うべきかな。では、()()()()()()()()()()

 

 直後【スパルタ】が解けてがっくりと膝を突くジータ。そこに絶望を促すような声が降ってくる。

 

「アイン・ソフ・オウル」

「【スパルタ】、ファランクス!!」

 

 連発できるのか、と驚く暇もなく十秒ほどの間隔で次が放たれた。咄嗟にグランがジータがやったのと同じように受ける。

 

(ジータはこれを一人で受けたのか……!)

 

 グランはその強すぎる衝撃に歯を食い縛って耐えながら、疲労困憊で膝を突くジータの頑張りを理解した。

 

「ほう、二回目も耐えるか。ならあと一回、いや二回撃てば全てが終わるか。――アイン・ソフ・オウル」

 

 力を使い果たして膝を突くグラン。その様子を見て、一人一回だとカウントすれば残り一回耐えられるだろうが、もう二回撃てば防ぐ手立てがなくなるかと冷静に判断していた。

 

「【スパルタ】、ファランクス」

 

 今度はダナンが受ける番である。なにか打開する手は……とグランとジータが考える中で彼は笑みを絶やさなかった。

 

「……?」

 

 絶望しない彼の表情を見て怪訝に思うサンダルフォンだったが、次の攻撃を防ぐことは四大天司の一角であるガブリエルでも不可能だと判断する。

 技が撃ち終わった後、ダナンも同じように膝を突いた。力を隠していて力尽きたフリをしているわけでもない、と元素を感知可能なサンダルフォンは判断する。

 

「これで終わりだ。――アイン」

「任せた!」

 

 サンダルフォンが手を掲げて最後の一撃を放とうとすると、ダナンが声を上げた。なにを言って、と思い他を探ってようやく察する。

 

「はいは~い。お任せあれ、ってね」

「人遣いの荒い」

 

 最初に倒れたドランクとスツルムが起き上がったのだ。ドランクは兎も角、スツルムは完全に気絶していた。だが時間さえ稼げれば目覚めてこの時に間に合うだろうという目測を立てていたのだ。

 

「たかが二人起きたところでなにができる」

 

 サンダルフォンは動作を中断することなくアイン・ソフ・オウルを発動させる。

 

「これを防げるとでも?」

「防ぐ必要はない。()()()()()()()()()

「ひゅ~っ。スツルム殿カッコいい~」

「ふざけてないで援護しろ!」

「了解~っと」

 

 放たれたアイン・ソフ・オウルがグランサイファーに迫る。だがダナンは、二人合わされば自分達にだって負けていないと知っていた。だから気負いなく全てを任せられる。

 

「容赦はしない」

「“疾風怒涛”は伊達じゃないんだよねぇ」

 

 二本のショートソードを構えるスツルムと、その周囲に宝珠を浮かばせるドランク。

 

 まず、スツルムが右の剣を振るって攻撃を切り裂き左右に弾く。だが放たれ続ける一撃は振り終わったスツルムに迫っている。そこをドランクが宝珠から魔法を放って僅かな間押し留めていた。ドランクが作った僅かな間にスツルムは左の剣を振っており、丁度ドランクの魔法が撃ち終わって攻撃が間合いに入った直後切り裂いて逸らす。振り終わった後にはまたドランクの魔法が時間を稼ぐ。

 それを、アイン・ソフ・オウルが撃ち終わる瞬間まで延々と繰り返していた。

 

 スツルムはただただ剣を振り続けるだけ。ドランクなら次の剣閃が間に合うまでの時間を作ってくれると信じるだけでいい。

 ドランクは剣を振り続けるスツルムの動きを完璧に把握し、次の剣が間に合うまでの時間を作り出すだけでいい。そうすれば攻撃はスツルムが弾いてくれる。

 

 最後、両手の剣を交差した状態から開くように振るったスツルムが、グランサイファーの左右に攻撃を散らせた。

 

「はぁ……はぁ……」

「さっすがスツルム殿~。やるねぇ」

「煩い」

 

 肩で息をするスツルムも流石に限界を迎え、剣を持つ腕が上がらなくなっていた。ドランクもまた、余裕そうではあるがあと何発魔法が使えるか、という状態である。

 それでも一度、サンダルフォンの攻撃を凌いでみせた。

 

「お見事。特異点以外の人間に防がれるとは思ってもみなかったよ。では、もう一回撃ってみようか」

 

 称賛するようでありながら、小バカにするような口調。一撃で一人以上が脱落していくような大技を、彼は容赦なく連発することができるのだ。

 

「うわぁ、容赦ないねぇ。でも、残念だけどもう撃てないよ、それ」

「……? どういう意味だ? いや、気にするほどのことでもないか。このまま、終わらせてやる」

 

 光を収束させるサンダルフォンだったが、ドランクの意味深な言葉が引っかかる。それでももう防ぐ術はないだろうとアイン・ソフ・オウルを放とうとしたのだが。

 

「ッ!?」

 

 感知が鋭いサンダルフォンが最初に気づき、空の彼方を見据える。

 やがて小型騎空艇がサンダルフォンの頭上を超高速で通過する。丁度真上に来たタイミングで飛び降りてきた大きな人影があった。

 

「実は、ワッカの襲撃には間に合わなかったけど助っ人を呼んでたんだよねぇ」

「意外と頼りになる援軍だ。覚悟しろ」

 

 ドランクとスツルムが言って、大きな黒い人影に抱えられた少女は静かに呟く。

 

「……()()()

 

 無機質な声に呼応して、黒い人型が動く。手の長い爪でサンダルフォンに一撃を入れ、身体を踏み台にして軽やかにグランサイファーの甲板へと着地した。

 

「ぐぁっ!?」

 

 力の強い星晶獣のコアを動力としたロイドの一撃は、流石にダメージが大きいようだ。放とうとしていたアイン・ソフ・オウルも中断せざるを得ない。

 

「……確かに、強力な助っ人だな」

 

 二人が誰に応援を頼んだか知らなかったダナンは驚きつつも、不敵な笑みを浮かべていた。

 ロイドがそっと下した少女は猫のぬいぐるみを抱えていない右腕を横に伸ばし、ぐっと親指を立てる。

 

 頼りになる援軍の到着だ。




ノヴァストリーム十天グランフィニッシュ→ノヴァストリーム十天スカイフィニッシュ
るっのサンダルフォンとの決戦から持ってきたヤツ。相変わらずゲーム内の世界の危機には参戦してくれないので、この作品では出してみます。立場的にストーリーに組み込みにくいのですが、この世界ではちゃんといるよ! というアピールですね。
名前変更の理由は「“グラン”フィニッシュ? じゃあ“ジータ”フィニッシュもあるの? なんでそっち選んだの?」とシエテさんが正座で叱られそうだからです。

個人的には最速の小型騎空艇(例のあの人操縦)から飛び降りて参戦したオーキスがダナンに背を向けたまま親指を立てるのが超カッコいい。と思ってます。
本来フリーシアとの話でオーキスと会うのですが、そこを書いてないのでここでロイドを見ていたとしても初見の反応がないので矛盾が起こらないという。
あとそういえばオーキスとロイドの戦闘シーン書いたことあったっけ? と今更ながらに思ったのもありますね。


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EX:『どうして空は蒼いのか』神

遂にサンダルフォン戦、決着。

話数はイベントと一緒にするために、次で終わりにします。


「オーキスちゃん!? えっと、その子は……?」

「……皆は、私が守る」

 

 ぬいぐるみをちょこんと自分の後ろに置いたオーキスは、両手を挙げて構える。

 

「……ロイド、いこう」

 

 赤い瞳を光らせて戦闘用ゴーレムのロイドが躍りかかった。それを操り、補助するのはオーキスの両手と繋がった細く頑丈な糸である。

 

「ガブリエル、今の内に」

「ええ」

 

 オーキスとロイドがサンダルフォンを抑えている間にガブリエルが負傷者の回復を行う。

 気を失っていた者達はサンダルフォンと戦っているオーキスの姿に驚き、更にサンダルフォンの攻撃を真っ向から捌くほどのパワーを持ったロイドの存在に驚愕させられていた。

 

「ただの木偶人形如きが……っ!」

「……ロイドはただの人形じゃ、ない」

 

 苛立たしげなサンダルフォンの剣を、ロイドの爪が弾く。逸らす。受け止める。ゴーレムの中でも規格外の戦闘能力を持つロイドの強さは、今のサンダルフォンとすら同等であった。

 

「いやぁ、間に合って良かったよねぇ。それじゃあ反撃といこうかな?」

「ああ。散々遊ばれた礼はしてやる」

 

 余力はあまり残っていないが、それでも治療を受けた傭兵二人は立ち上がる。

 

「なにがなんだかわからねぇが、なんにせよまだ戦えるってこったな!」

「おうよ! ここ一番の騎空士の強さってヤツを教えてやるよ!」

「絶対張っ倒してやるんだから!」

「あまり、嘗めない方がいいわよ?」

「皆、ここからが正念場だ!」

 

 気絶させられていた者達も次々と復活し、参戦していく。

 

「鬱陶しい……集る虫を払う感覚がわかるようだ。何度やっても同じだということを教えてあげよう」

「何度やったって同じだよ。僕達は立ち上がるから」

「うん。諦めることなんて絶対しない」

 

 グランとジータも立ち上がって笑みを浮かべる。

 

「……愚かな。こうなれば徹底的に君等を始末することにしよう」

 

 サンダルフォンは煩わしそうに吐き捨てると、本気で一行を殺しにかかった。光線を放ち、巨大な剣を振るう。

 

「……そろそろか。ガブリエル、いけるよな?」

「ええ、もちろんよ」

 

 ダナンはガブリエルに声をかける。

 

「スツルム! 剣四本に攻撃してくれ! ドランクはそれが終わったらすぐに氷漬けに!」

「わかった」

「任せて〜」

 

 ダナンがこの戦いで初めて二人に指示を出す。二人は戸惑うことなく従った。

 

「レックレスレイドッ!!」

「フェアトリックレイド、っとぉ!!」

 

 スツルムが火焔の斬撃で四本の剣を攻撃した直後、ドランクが剣を氷漬けにする。

 

「エーテルブラストッ!!」

 

 ダナンがそこに炎に寄せた奔流を放って追撃した。

 

「これで、最後っ!!」

 

 ガブリエルが冷水で四本の剣を冷まさせる。

 

「まさか……! させると思うか!?」

 

 ダナンの狙いを察したサンダルフォンは剣を引き戻そうとするが、その前に剣に絡みついた糸が剣を引き寄せていた。

 

「……ロイド」

 

 静かな呟きに応えたゴーレムは、その力を持って四本の剣を打ち()()

 

「ば、バカな……!?」

 

 砕け散る剣を、サンダルフォンは信じられないモノを見る目で眺めていた。

 

「隙だらけだぜ!」

「武器壊されて動揺するようじゃ、まだまだ甘いな!」

 

 すかさずラカムとオイゲンの銃弾が襲いかかる。

 

「ここまでしてもらって、いいとこなしなんて顔向けできないよね!」

「僕達だって、負けるわけにはいかない!」

 

 『ジョブ』を切り替えた二人も追撃する。

 

「クソッ……!」

 

 形勢が変わり、サンダルフォンは呻く。

 

「じゃ、後はよろしくなー」

 

 ダナンは自分の仕事は終わったとばかりに言って、

 

「【ランバージャック】」

 

 しかし『ジョブ』を発動させる。どこかから落ち葉を取り出すと火を点けて焚き火を作り始めた。

 

「落ち葉焚き」

 

 にこにこと心優しい笑みを浮かべたダナンは穏やかにアビリティを発動する。

 

「おっ? いいねぇ。焼き芋焼いちゃう?」

「もっと緊張感を持てと……私にも一つくれ」

「わかった、すぐ準備するね」

「……狡い。後で食べるから、残しといて」

「うん、用意しとくよ」

 

 大事な場面で焼き芋まで始めてしまう。落ち葉焚きは焚き火が残っている間ずっと味方全員に強化効果を付与し続ける効果を持つ。焚き火が消えなければ累積で効果が上がっていくため、あれば間違いなく有用なアビリティだ。

 それにしても呑気な、というような気はするが。

 

「……有り難いけど、大事な戦いの最中に焼き芋焼かないで欲しいな!」

「皆、あっちは無視して集中!」

 

 【ランバージャック】というのは自分が戦わなくても強い『ジョブ』である、と二人は知っているからこそただ責めるような真似はしない。ダナンが楽器を取り出して奏で始めたのも聴こえてきたので完全に補助に回る形だと理解しているのだ。

 まぁサンダルフォンにとっては戦いを嘗めているとしか思えないのだが。

 

 放っておいても構わないか、と“蒼穹”一行と戦っていると、疲労があるはずなのにどんどん強くなっていることに気づく。そして時折どこからか現れた鳥や熊が襲いかかってくるのだ。大したダメージはなく痛くも痒くもないが、目潰しをしてきたり動きを遅くしてきたりと鬱陶しいことこの上ない。

 

 そこで考えてみると、動物達が攻撃してきたり相手が強化され始めたのは、極力見ないようにしてきた甲板の後ろの方で呑気に焼き芋を焼いているヤツが現れてからだ。

 

(……まさか、アレにもちゃんとした意味があるのか?)

 

 意味がわからない。ナンセンスにもほどがある。だが『ジョブ』については新しい知識のために知らないことも多い。思いついたことは試してみるべきだ。

 

「ロウ・プリズン!」

「あれ、気づかれちゃった」

 

 ダナンを囲むように光の檻が形成される。彼は焦ることなくおどけてみせると、

 

「【アサシン】。バニッシュ」

 

 檻が完成する直前で外へと転移した。

 

「ま、援護としては充分だろ。ってかなにちんたらしてんだよ。さっさと倒せ?」

「全力も全力だよ、もう!」

「というか休憩してたなら回復してるでしょ、手伝ってよ!」

 

 焼き芋が焼き上がるだけの時間が経過していた。疲労困憊もいいところだがそれは相手も同じである。

 あと一押し、あと一押しできれば、と思いながら全力を尽くしていたところだ。サンダルフォンもあと一歩のところでなぜこうも踏み留まれる、と思いながら一行を倒せるように力を尽くしていた。

 

「まぁ、しょうがねぇか。じゃあ残る全魔力使い切ってでかいのやるとするかぁ。ガブリエル、力を貸してくれるか?」

「ええ、お安い御用よ」

 

 ダナンはガブリエルに一声かけてからブルースフィアを掌の上に乗せて魔力を集中させる。その背後に立ったガブリエルが両手を前に伸ばして瞑目し、周囲から水の元素をブルースフィアへと注ぎ込んだ。

 まるで水が周囲からブルースフィアを中心に渦巻いて吸い込まれていくようだ。

 

 羽のある天司が助力するというだけでも脅威で、その力の高まりは味方に希望を、敵に警戒を抱かせるには充分だった。

 

「させると思うか?」

「……邪魔は、させない」

 

 サンダルフォンが矛先をダナンとガブリエルに向けたのだが、その前にロイドとオーキスが立ち塞がる。他の者達も意識がダナン達に向いたのをいいことに攻撃を仕かけてきて鬱陶しい。かと言って鬱陶しい方から倒そうにもイマイチ押し切れない状態が続いていた。

 

「チィ! アイン・ソフ――」

「……させない。ロイド」

 

 まとめて一気に吹き飛ばす、と動けばロイドが攻め込み中断させられる。ころころと戦い方を変えてくる双子や援護に回っている連中も面倒だ。

 

「出来たぞ、下がれ!」

 

 しばらくしてダナンの声が聞こえ、大技の準備が整ってしまったのだと理解する。だが所詮は四大天司一体分程度。直撃しない限りは大したダメージにならないだろう。

 

「ガブリエルの力を得た程度で、俺を超えられると思うな! ――アイン・ソフ・オウルッ!!」

「ならこいつを受けてみやがれ! 呑まれて消えろ、水龍剛破!!」

 

 サンダルフォンの一撃と、ダナンがブルースフィアから放った水で出来た巨大な龍がぶつかり合う、前に。

 

「……ロイド」

 

 アイン・ソフ・オウルの正面にロイドを携えたオーキスが立っていた。

 

「……アンセストラル」

 

 オーキスが紫色の障壁を展開し、ロイドがそれを支えるように手を伸ばす。障壁に激突した波動が押し留められる中、

 

「……うおおおぉぉぉぉ……っ!」

 

 感情があまり込められていない調子で気合いの声が漏れる。障壁はそこかしこにまでヒビが入っていたが、受け切ってみせた。

 

「……やっぱり、アポロみたいにはいかない。でも、がんばった」

 

 力を使って疲労を露わにしながら、オーキスは達成感に頷く。

 それを見て、サンダルフォンは違和感を覚えた。

 

(さっきの水はどこへ行った……?)

 

 オーキスとロイドは間に割って入るような位置だった。当然、後ろから当たってしまう形になるのだが。そういえばどこかへ行ってしまっている。サンダルフォンが今感知できる元素の流れを読み取っても、どこに行ったのか理解できなかった。この場にはない、という結論が出るだけだ。

 

「オーキスちゃんが頑張ってくれたんだし、僕達もきっちりやらないとねぇ」

「ああ。――フロム・ヘル!!!」

 

 接近してきていたスツルムが火焔の斬撃を複数放って攻撃する。またドランクの操る宝珠がサンダルフォンの頭上で六角形を描き浮遊する。

 サンダルフォンはまずスツルムの奥義を打ち消し――直後頭上に感じた膨大な水の元素に思わず顔を上げた。

 

「っ……!?」

 

 見上げれば、六つの宝珠が線で繋がって六角形を描き、その中を夜空のような不思議な空間へと変えている。そこから水の龍が顎を開けて出現した。

 

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!」

「デモリッシュ・ピアーズッ!!」

 

 迎撃しようと腕を掲げる前に、両腕に強大な一撃が撃ち込まれて阻害される。

 

「クリスタル・ガスト!!」

「グラキエス・ネイル!!」

「エンドレス・ローズ!!」

 

 “蒼穹”の仲間達が次々と奥義を放ってサンダルフォンを牽制する。

 

 結果、ガブリエルの力を盛大に込めた水龍が彼へと直撃する。

 

「ぐあああぁぁぁぁ……!!」

 

 水龍に呑まれたサンダルフォンはこれまでと違って明確に苦しげな悲鳴を零す。上体を前傾させ、両手を甲板に突いた。

 

「効いてるみたいです!」

「今だ、やっちまえ!」

 

 ルリアとビィが余力の残った二人を鼓舞するが、サンダルフォンはギンと強く睨みつけて威圧する。

 

「負けるはずがない……! 負けられない、俺は……っ!!」

 

 だが顔を上げたサンダルフォンの眼前に、【剣豪】となったグランと【ザ・グローリー】となったジータが迫っていた。

 

「儂らも同じだ! 空の世界を守るために、負けられん!!」

「これで全部、終わりにしましょう!!」

 

 渾身の一閃が交差し、サンダルフォンを討つ。

 防御も相殺も間に合わなかった彼は攻撃を受けて、大きく仰け反りそのまま力尽きて人ほどの大きさに戻った。天司から奪った羽も分離して持ち主の下へ戻っていく。

 

「やったぜぇ!!」

「ま、待ってください! あのままじゃ落ちちゃいます!」

 

 ビィが喜びに拳を突き上げる中、ルリアはサンダルフォンの身を案じていた。

 

「ラカムさん!」

「おうよ! ちっとばかし癪だけどな!」

 

 ジータが操舵士に呼びかけ、ラカムは瞬時に動く。落下しそうなサンダルフォンをタイミング良くグランサイファーの船首に引っかけたのだ。

 

「このままルーマシーに着陸する。見晴らしのいい岬に降りるぞ」

 

 見事サンダルフォンを打ち破った一行は、慌ただしく島へと降り立つ。そこでサンダルフォンを岬に下ろして天司達と合流した。

 

 サンダルフォンは敗北し、蹲るように座り込んでいる。

 

 その表情はどこか憑き物が取れたかのようですらあった。

 

 彼の周囲に一行と天司達が並ぶ。

 

 直に、物語は終幕する――。



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EX:『どうして空は蒼いのか』君

これにて『どうして空は蒼いのか』の番外編は終幕です。

次からは本編に戻りますので、まぁあんまり間は開けずに毎日更新せず、再開するかも? っていう感じですね。

一応『失楽園』の方はダナンがワールドと契約してからなので、まだ本編のちょっと先くらいです。


 勝敗が決してルーマシーの岬に座り込むサンダルフォンと、それを囲む一行。

 

「終わりだ、サンダルフォン。貴様の目論見は完全に潰えた」

 

 サンダルフォンから羽をを取り返して真の姿となったミカエルが告げる。彼は答えなかった。

 

「このサンダルヤロウ。テメェ、相応の覚悟はできてんだよな?」

 

 ウリエルが凄むと、彼は微かに笑みさえ浮かべて頷く。

 

「あぁ、もちろんだ。自分でも不思議だよ。なぜここまで暴虐を振るったのか」

 

 そこに戦いの最中に顔を出していた熱意はなかった。

 

「研究所に軟禁されて育ち、檻に封印されている間に、魂が淀み切ってしまったんだろう……。本当に惨めな男だ、俺は。役に立たぬ捨て駒という宿命に、最悪の手段で抗おうとするなんて」

 

 これまでの行いを自嘲するように笑う。それに、ルリアは表情を歪めた。

 

「うん? どうしたんだ、ルリア?」

 

 その様子に付き合いが最も長いカタリナが気づく。

 

「あ、あの! 四大天司さん! サンダルフォンさん!」

 

 ルリアは意を決して様子で声を発した。サンダルフォンが訝しげに首を傾げる。

 

「役に立たない、とか……その、ちょっぴりわかります。サンダルフォンさんはずっと、ルシフェルさんの役に立ちたかった。でも星の研究者さんのせいで、そういうのが踏み躙られたというか……。簡単には許せない、ですけど。もしかしたらサンダルフォンさんも、星の民の犠牲者なのかもしれません」

「そっか……ルリアはあいつの記憶を見たのね?」

 

 鎮痛な面持ちで告げるルリアにイオが尋ねると、彼女はこくりと頷いた。

 

「犠牲者……奇妙な考え方をするんだな、貴様は」

 

 ミカエルは少し呆れたように呟いた。

 

 そんな中、ジータがサンダルフォンへと歩み寄る。

 

「代わりだからって自分に意味が見出さなくなる気持ち、わかるよ」

「なに……?」

「ジータ……?」

 

 彼の前まで歩み出てからジータは穏やかな微笑を浮かべて語りかけた。その言葉に、サンダルフォンとグランが怪訝な顔をする。

 

「……私もね、ずっと、自分がいる意味がないんだって思ってたんだ」

 

 彼女はサンダルフォンの前で屈んだ。

 彼女が語る言葉は、もっとも長い付き合いであるグランとビィも知らない、今まで誰にも語ったことがないことだった。

 

「そ、そんなことねぇって! ジータがいなくちゃダメだったこともあるぜ!?」

「そ、そうですよ!」

「うん、ありがとう。別に今はそのことで悩んでないから、大丈夫」

 

 ビィとルリアが励ますが、ジータは既に悩み立ち直っている。だからこそ、彼にかけられる言葉があるのだろう。

 

「私は、双子だから。能力もほとんど一緒。違いなんてちょっとした才能ぐらい。だから、感情を抜きにすれば私はいなくてもいい。今ルリアちゃんと命を共有してるのだってグランだし、今私が存在ごと消えたって問題ない」

 

 当然、感情を抜きにした形だ。感情を入れればジータがいないなんて考えられないというのが皆の意見だろう。

 

「……真っ先に行動するのがいっつもグランで、私がグランが怪我した時とかに代わりを務めることが多いっていうところも、そうなのかな」

「……確かに俺は、ルシフェル様が倒れた時などに一時的な代用として、天司長の力を継ぐらしいが」

「やっぱり。だから、似てるなって思って」

 

 ジータはサンダルフォンの言葉ににっこりと微笑んだ。

 代用であることを喜ばれるなんて、妙な感覚だ。

 

「だからってサンダルフォンのしようとしたこと、してきたことを許せるわけじゃないけど。でも、気持ちだけはわかるから。……自分がいなくてもいいんだって思った時の気持ちは、そう思ったことがない人には絶対わからない」

「……」

 

 ジータの独白に、ずっと一緒にいたグランでさえも言葉を失っていた。

 

「……えっと、私が今こうしていられるのはね。皆のおかげなんだ」

 

 急に自分の言っていることが恥ずかしくなってきたのか、少し頬を染めて言い出す。

 

「――誰かの代わりじゃない、“私”を見てくれる人がたくさんいるから。だから自分はここにいていいんだって心から思えたの」

 

 瞑目して自分の胸元に手を添える。そこにある誰かから貰った心を確かめるように。

 

「だから、サンダルフォンにとってもそんな人がきっといるよ。若しくは、今はいなくてもいつか現れるから。だから大丈夫」

 

 ジータはそっと彼に手を差し伸べる。柔らかな笑顔で手を差し伸べる姿は、天司よりも天使らしい。

 

「……」

 

 サンダルフォンはその手に思わずといったように手を伸ばし、彼女に手を掴まれる。そして引っ張り上げられ立たされた。

 

「……君は代わりと言ったが、今君達が赤き竜と蒼の少女を束ね、四大天司にも認められるのは間違いないだろう。君は、紛れもなく本物だ。そんな君に、最大限の敬意を表させて欲しい」

 

 サンダルフォンは今まで見た中で最も優しい笑みを浮かべて、握っているジータの手と握手を交わす。ジータも彼の言葉に少し嬉しそうに笑っていた。

 

 ジータの言葉により和解に近い形となって穏やかな空気が流れ、二人を見守る。

 

「……華奢な指だ」

 

 そんな中、ぽつりとサンダルフォンが呟いた。その目はジータの細い指を見ていた。

 

「君等自身に自覚はないだろうが、世界は君等を中心に動いている。進化を加速する『特異点』として。……話せて良かった。良い旅を」

 

 顔を上げてジータを真正面からじっと見つめたサンダルフォンは、これからの旅の健闘を祈るかのような言葉の後に。

 

 ジータを岬の外へと()()()()()

 

「え……?」

「な……!?」

 

 誰もが呆然と、真っ逆さまに空の底へと落ちていくジータを眺めていた。ジータ本人も呆気に取られていたほどだ。

 

「「っ……!!」」

 

 そんな中でほぼ同時に動いたのは、グランとダナンだった。

 

 グランは落ちるジータに全速力で駆け寄って手を伸ばし、ダナンはジータを放り投げたサンダルフォンに蹴りを放つ。

 

「づ……っ! フハハハハ! 呆気ない! 呆気なさすぎる!」

 

 サンダルフォンはダナンに蹴られてよろめきながらも哄笑した。

 

 グランの伸ばした手はジータを掴むことができず、落下してしまう。

 

「如何に力があろうとも、所詮は人間に過ぎない。その身であること自体が最大の欠点だ――ッ」

 

 尚も笑うサンダルフォンを、ラファエルが取り押さえた。

 

「貴様……! ウリエル、追うぞ!」

「間に合うか……!? クソ、間に合わせるしかねぇ!」

 

 ジータを追い、空の底へと向かうミカエルとウリエル。その間にラファエルがサンダルフォンの身体を拘束する。

 

「愚かな真似を……。この期に及んでなんの意味がある?」

「フ、フフフ……。俺を必要としない空の世界など、無茶苦茶になってしまえばいい」

「幼稚ね。貴方の思考には反吐が出る」

 

 やや虚ろな目で笑うサンダルフォンに、慈愛に満ちていたガブリエルですら不愉快そうに吐き捨てた。

 

「うぅ……ジータ」

「クソ、なんてこった。天司でも自由落下の速度には……」

 

 岬の淵を覗き込んでいた者達は天司が追いついていないのを見て絶望し、重苦しい空気になってしまう。

 

「……チッ。まさかてめえの思惑に気づけないとはな」

「フ、フフ。君が言ったんだろう? なにかを狙っている時は目にそれが出るのだと」

 

 吐き捨てるダナンに、サンダルフォンは笑う。最初シェロカルテ達を襲撃した時に忠告したことを活かしていたらしい。そのことに苛立ちが募るも、それをぶつけたところでジータが助かるわけでもない。

 

「ジータ……こんなの嘘ですよね? きっと助かりますよね? またいつもみたいに笑って呼んで、大変な目に遭っても『大丈夫だよ』って安心させて……」

 

 悲しみに暮れるルリアはしかし、表情に決意を漲らせる。

 

「今度は私が……私がジータを――!」

 

 ルリアの瞳が蒼く輝き、蒼い光が溢れ出していく。

 

「オイラは信じねぇぞ、お前が死んじまうなんてよ。まだ全然、旅の途中だぜ! お前がいなくてどうするんだよ! どっちが欠けたってどうしようもねぇだろ!? オイラは絶対に――」

 

 ビィの瞳が赤く輝き、赤い光が溢れ出す。

 

 二人の力が発現すると、島が、大気が、否世界が鳴動し始めた。

 

「この鳴動は……! かつてザンクティンゼルで起きた……!」

「フハハハハッ!! いいぞ、再び大いなる咆哮が響き渡る! この鳴動が封印を解き、あらゆる原初の星晶獣を世に放つのだ!」

 

 ジータを落とした目的はそこだったようだ。

 

「よせ……力を発現してはならん!」

「このままだとサンダルフォン同様、邪悪の星晶獣が空の世界を食い潰すわ!」

 

 ラファエルとガブリエルが二人を制止する。サンダルフォン一体が出てきただけで空の世界は混乱に陥ったのだ。複数解放されれば世界がどうなるかわかったものではない。

 

「……っ!」

「で、でも、オイラ達……!」

 

 助けたい気持ちはあるが、無関係な人間を災厄に巻き込んでしまうかもしれないという恐れが躊躇させ、二人が放つ光が弱まった。

 

「ルリア、構うな! ジータを救えるのなら、君達はできることを精いっぱいやるんだ!」

 

 そこで背中を押したのは、共に旅する仲間達だった。

 

「頑張って、二人共! なにが起きても皆で解決しましょ!」

「そういうこった。昔の連中が残した負債なんか、若ぇもんが気にするこたねぇ!」

「ふふふ……その通りね。後のことはアタシ達に任せなさい」

 

 心強い言葉が続いた後、二人はグランを見た。

 

「ルリア、ビィ。お願いだ、ジータを助けてくれ! それで原初獣が暴れるっていうなら、僕達が止めるから!」

 

 真っ直ぐに二人を見つめて告げた。

 ルリアとビィは頷き合い、覚悟を決めて内なる衝動に身を任せた。二人の放つ光が強まり、そして――。

 

「――――!!!」

 

 全てを震わせる大いなる咆哮が鳴り響いた。その咆哮に、ダナンの小さな呟きが掻き消される。

 

「っ……!」

「ぐぅ……!」

 

 突如、グランとダナンが頭を押さえてよろめく。強烈な頭痛の後、二人とジータは互いに干渉できない状態で、互いに背を向けたまま此処ではない彼方の空間に立っていた。風景は同じ、黄昏の空。そして目の前には影でよく見えないが、巨大な黒い存在が佇んでいる。

 目の前に立っているだけで身体に重くなるかのような重圧感。全貌が見えないほど強大でありながら神々しさすら称えているそれに、三人は息を呑む他なかった。

 

 その大いなる存在が、同時に語りかける。

 

「空の子よ……。我は始祖にして終焉なる者。裂かれし身に寄りて刹那に顕現せり……。今こそ汝等を試さん。特異点たる力と覚悟を……」

 

 頭は冷静に回っていたが、それでも存在感と重圧感に無駄口を叩く余裕はなかった。できればこいつ重要そうだし色々と情報を聞き出したいんだが、と思っているヤツもいたのだが。

 

「特異点……世界の行く末を左右する因子。赤き竜と蒼の少女を伴えば、相反する宿命の狭間に惑い、汝等は数多なる苦難に苛まれるだろう。尤も、一人伴っていない者もいるようだが」

 

 余計なお世話だ。こいつらと旅するなんて御免だよ、と口を開くことはできない。内心で思っておくだけに留まる。また、双子の方もこれをもしかしたらダナンも聞いているのではないかと察した。

 

「此れより起こる苦難。それは此度の禍の如き大いなる苦難。それでも尚、空の果てを目指さんとするか?」

 

 問いに答えさせるためか、少しだけ重圧が軽くなったように思う。

 

「もちろん」

「宿命なんて信じない」

「巻き込まれるのは面倒だが、俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

 

 三者三様に、しかし従わない形で答えを返した。

 

「……。二つの宿命の交錯は、やがて全ての世界を無に帰すモノ。その時、汝等は選択できるか? 禍を迎えし時、友か魂の共有者を」

 

 再度、大いなる存在は質問する。

 

「「二人共救う」」

「必要なら殺す」

 

 二つの答えは一致し、しかし一つの答えは反対を示した。おそらく双子はこう答えているだろうな、という考えはありつつ相容れないのも仕方がない。

 

「大それたことを」

 

 『二人共救う』という答えも、『必要なら殺す』という答えも、大それたことである。なぜなら、二つの存在を必要として、創ったモノの存在があるからだ。救うも殺すも、どちらでも敵対することになるだろう。

 

「……では最後だ、特異点よ。汝等にそこまで断言させるモノはなんだ? なにゆえ破滅の旅を恐れずにいられる?」

「皆と一緒だから、かな」

「独りじゃなくて、仲間がいるから」

 

 即答した双子とは違って、ダナンは少し間を置いた。

 

「……元々あってないようなモノだ。それなら、やりたいようにやるしかねぇだろ。あいつらは仲間がいるからとか言ってそうだが、俺は俺のために」

 

 ニヤリ、とダナンは重圧感を跳ね除けて不敵に笑う。

 

「それが汝等の力……。幼き人の身を特異点せしめるモノ。余りにも拙き覚悟、極めて脆弱なる力。だが、故に可能性は……」

 

 それを最後に、三人の意識が元の場所に戻っていく。

 

「……ダナン?」

 

 ダナンが目を開けると、オーキスが覗き込んできていた。

 

「……ああ、悪い。大丈夫だ」

 

 嫌そうな顔をしながらではあったが、頭に直接響くような声も強い頭痛もなくなっている。

 

「クソ、俺まで巻き込みやがって」

 

 そして吐き捨てつつ周囲を見回し、ジータが岬に倒れているのが見えた。どうやら無事に救出できたようだ。

 岬に倒れていたジータが目を覚まして、ルリアとビィが抱き着き仲間達も安心した様子で喜び合っている。

 

 反対に、

 

「……なぜだ!?」

 

 サンダルフォンは驚愕していた。

 

「大いなる咆哮は成った! 確かに世界は鳴動した! なのに何故パンデモニウムが開かない!? なにか別の条件が要るのか? あるいは俺の時と状況が変わった? なぜだ、なぜだ、なぜだッ!?」

 

 彼は目論見通りにいかず、大いに動揺していた。

 

「喧しい。いよいよ万策が尽きたようだな」

「ぶん殴って黙らせるか? もう今は手加減しねぇと一撃で死んじまうのが癪だけどよ」

「放っておきましょう。でも確かに彼の疑問は気になるわ。運が良かった、で片づけられる話?」

「考えられる可能性は一つしかない」

 

 四大天司達が語り合う中で、空の底より発せられた眩い光の筒が、島の大地を貫いて遥か上空まで迸る。

 

 その光の筒の中を、ほんの僅かな羽ばたきで一人の男が静かに舞い上がってきた。

 

 白髪に、白き六枚の羽。身に纏う鎧はサンダルフォンのモノと似ているが、その身から放たれるオーラは羽を吸収した彼と同等、若しくはそれ以上にさえ感じ取れる。

 

「天司長!」

「ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル。ご苦労だった。君達の尽力に感謝する」

 

 彼が労いの言葉をかけた直後、四大天司は恭しく傅いた。

 四大天司という天司の中でも上位の存在である彼らが傅くほどの存在。なにも知らない一行であっても感じ取れるほどの強大で清廉なオーラ。紛れもなく、天司を統べる長。天司長ルシフェルだろう。

 

「ルシフェル……!」

「サンダルフォン」

 

 二人の天司の視線が交錯する。

 

「既に顕現していたのか。ではパンデモニウムが開かないのも……」

「ああ、私だ。その封印の要を抑えていた」

「フ、フフフ……。そうか、最初から全て。俺のことなど歯牙にもかけず、ずっとパンデモニウムの監視を……。フハハハ! 貴様にとって俺は、その程度の……対峙する価値もなかったってことか!」

 

 サンダルフォンは自らの滑稽さを笑う。

 

「そうではない。天司には幽世と関わることを禁じている。故に私の役目だと――」

「そうだ、アンタは! いつだって冷静に物事を篩で選別する! 無価値な者の苦悩なんかわかってない! 選ばれなかった者は、奪い取るしかないだろう……!?」

 

 ルシフェルの波立たぬ物言いが気に入らないのか、彼は慟哭した。それに、ルシフェルは口を噤む。サンダルフォンはそっと瞳を伏せた。

 

「誰でもいい。たった一人でいい。誰かに『お前が必要だ』と、誰かに『ここにいて欲しい』と……。わかるか? 必要されて生まれたアンタに。全ての天司に望まれるアンタに。だったら憎まれてでも俺は……! 俺は……」

 

 揺さ振られる感情のままに話しているせいか、サンダルフォンの言葉は浮き沈みが激しかった。彼の本音に圧される中、ジータはぎゅっと拳を握り締めていた。

 

「サンダルフォン。君が急に心を閉ざした理由は役割を知ってしまったせいか」

「フ……幼稚と嗤いたければ嗤え」

「研究所に寄る時はいつも、私の精神は安らいでいた。役割がなければ上下関係もない。君の無垢な言葉が安寧だったのだ」

 

 自嘲するサンダルフォンに、今度はルシフェルが自身の心を明かしていく。

 

「ッ……!?」

 

 その言葉に、サンダルフォンが瞠目する。

 

「すまなかった。私は君の劣等感に甘んじていた」

「やめろッ……! そんな三文芝居が通用すると思うな! 今更もう遅い! 俺を憎め、滅ぼせ、罰しろ! アンタに許されたら俺の二千年間は……」

「私も同罪だ、共に罰を受けよう。我がコアに眠れ、サンダルフォン――」

「ルシフェル――!」

 

 サンダルフォンは光の粒子となってルシフェルの羽に吸収されていった。サンダルフォンとルシフェルの心内に、誰もが言葉を失っている。その中で辛うじて言葉を発したのは、ミカエルだった。

 

「……終わりましたか」

「……ああ」

 

 短いやり取りに悲しみを感じないでもなかったが、ルシフェルは気を取り直して一行に目を向ける。

 

「感謝する。おかげで私の麾下の暴走を止められた」

「あ、あの……サンダルフォンさんは結局、どうなっちゃったんですか?」

「私のコアに還った。そうだな、なんと例えれば良いか。揺り籠から再出発すると思えばいい」

「は、はあ?」

「では、また会おう。君達は君達の信じる道を進め」

「貴様等、此度のことは褒めて遣わす。いずれ武勇を競い合いたいモノだな?」

「ウフフ、ミカちゃんったら。じゃあね、また会いましょう」

「なかなか熱かったぜ、人間共! お前達とはイイ喧嘩ができそうだ!」

「汝等の旅路に、良き風を」

 

 サンダルフォンのことが終わったからか、天司達は次々と消えていく。ガブリエルだけはダナンに向けて意味ありげにウインクをしていたのだが、そのせいでオーキスから脇腹を抓られることになる。

 

 残された者達はぽかんとしていたのだが。

 

「終わったみたいだし、もう帰るとするか。悪いな、付き合わせて」

「いいっていいって。大変だったけど楽しかったし。ね、スツルム殿?」

「楽しいわけないだろ。あたしは依頼だから全力を尽くす。それだけだ」

「えぇ? お金出ないのに? お仕事だって割り切っちゃうの~?」

「煩い!」

「痛ってぇ!?」

「……スツルムとドランクは相変わらず、仲良し」

 

 終わったことは終わったとしてさっさと帰ろうとする連中がいた。

 

「じゃあ僕達はこれで。またなにかあったら気軽に呼んでね~」

「まぁ、なにかあれば力は貸してやる」

 

 ひらひらと手を振るドランクと、歩き出せば振り返らないスツルム。対照的な二人の背中を見送ってから、

 

「……私も、まだ旅を続ける」

「ああ。またな、オーキス」

「……ん」

 

 ダナンとオーキスが向かい合う。こくんと頷いたオーキスだったが、ふとダナンの手を取った。

 

「……私はダナンの代わりはいないと思う。だから……」

 

 言いにくそうにするオーキスの頭を、空いている方の手で撫でる。

 

「安心しろ。俺はそこまで気に病んじゃいねぇよ」

「……ん」

 

 おそらく、オーキスはジータがサンダルフォンを説得する時に言っていたことを気にしていたのだろう。ジータがグランの代わりであるなら、それはダナンにも言えることだから。

 

「……じゃあ、また」

「ああ」

 

 少し名残り惜しそうにしながらも、オーキスはロイドを連れてダナンから離れてルーマシーを立ち去った。

 

「さて、と。じゃあ俺もそろそろ行くが、最後にお前らに言っておくぞ」

 

 オーキスを見送ってから、ダナンは振り返らずに一行へと告げる。

 

「……やっぱりお前らは、仲間のために力を使って、例え厄災が巻き起ころうとも退く気はないんだよな」

「……うん。僕達は、厄災が起こるなら皆と力を合わせて乗り越える」

「今回は助けられる側だったけど、私も逆の立場ならそうしてたよ」

「ああ、だろうな」

 

 そこに、「お前らだししょうがねぇよな」というような軽い雰囲気はなかった。

 

「厄災が起こっても仲間達となら。……悪いが、俺はそんな風に楽観視はできねぇな」

 

 ダナンは少しだけ、ピリついた気配を発している。

 

「サンダルフォンよりも大きな脅威が今起こっていたとして、今のお前達にそれを乗り越えられるかと言われて断言するのは不可能だ。意思だけじゃどうにもならないことだってある。――誰かが死んだ後じゃ遅ぇんだよ」

 

 冷たい言葉に、異論を唱えることはできなかった。

 誰がどう言ったって、綺麗ごとで納得できないこともある。

 

「……もし、俺の仲間の誰か一人でもお前らがパンデモニウムとやらの封印を解くことになったせいで殺されたら。殺したそいつは当然殺すとして」

 

 肩越しに、敵意に満ちた黒い瞳が振り返って一行を見据えた。

 

「俺はてめえらを殺すからな」

 

 真っ向から殺意をぶつけられて、一行の誰もが身動きと反論を封じられる。

 これまでの旅の中で、最初は敵同士だった彼らも打ち解けてはいた。いいライバルになれるだろうとも思っている。だが、それでも譲れないモノはあった。

 

「……というわけで、仲間のために、なんて言い出すのはいいが恨まれる心構えだけはしておけよ。あと、俺と殺し合う覚悟もな」

 

 顔を正面に戻したダナンは、ひらと軽く手を振り普段通りの口調で告げるとその場を立ち去っていく。

 一歩間違えれば彼とも敵対してしまうのだと突きつけられた双子とルリア、ビィには重くのしかかったが、それでもそうならないように強くなればいいという言葉に、前を向き始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 それからしばらくして。

 

 サンダルフォンが使役していたヴァーチャーズなどによる襲撃の結果、島では各々復旧作業が行われていた。

 

 そんな中、一人旅を再開していたダナンはふと歩みを止める。

 

「……なんの用だ?」

 

 虚空に問いかけると、光を伴って四大天司が姿を現した。

 

「釣れないわね。また会いましょう、って言ったでしょ?」

「やっぱなんかあったのか」

「フフ、そうね。実は私、貴方のこと気に入っちゃったの」

 

 微笑むガブリエルに、ダナンは片眉を上げてみせる。

 

「ガブリエル。戯れはそこまでにしておけ」

「ウフフ、わかってるわ」

 

 ミカエルに注意されて、ガブリエルは本気とも冗談ともつかない笑顔で応えた。

 

「ホントにこいつに素質があんのか? 俺にはそうは見えねぇがな」

「ルシフェル様の言葉だ。信じるしかあるまい」

 

 腕組みをしたウリエルは値踏みするようにじろじろと眺めてくる。ラファエルは冷静に言葉を返していた。

 

 ……こいつらが動く、ってことはやっぱりルシフェルの関係だよな。だが素質とかなんとかってにはなんの話だ?

 

「小僧。貴様にルシフェル様から言伝がある。心して聞くが良い」

 

 四大天司でもリーダー格に見えるミカエルがダナンを見下ろして告げる。

 

「『君はいずれ“世界”を手に入れる。その時のために、四大天司の羽根を授けよう』」

 

 ダナンにはルシフェルの言葉の半分も理解できなかった。

 

「……ルシフェル様もなにをお考えなのか。人間に我等の羽根を授けるなど」

 

 ミカエルは文句を言いながらも手の中に炎を纏った白い羽根を出現させる。他の三体も同じように羽根を出現させている。

 

「これは我等の力が宿った聖なる羽根だ。有り難く受け取るが良い」

「ま、待ってくれ。“世界”ってのはなんだ? なんで俺にそんな貴重なモノを授ける必要がある?」

 

 話についていけていないダナンは慌てて質問した。

 

「詳しくは妾達も知らぬ。だが“世界”とは、我等の司る四大元素ならず元素そのモノを創り変えてしまうほどの、強力な星晶獣のことだ」

「……そいつも例のパンデモニウムに封印されてる原初の星晶獣だってのか?」

「いや、違ぇよ。そいつは天司でもなけりゃ原初の星晶獣でもねぇ。覇空戦争のために創られた兵器の一体、のはずだった」

「その星晶獣は空の民と同じく思考し成長するモノとして創られた」

「その結果、“世界”を司る星晶獣にまで至ったの。その力を、あなたは近い内に手に入れるとルシフェル様が予見したのよ」

 

 そんな星晶獣の知り合いはいないし聞いたこともない。ともすればアーカーシャすら超えかねない強力すぎる星晶獣だ。その力が本当だとしたら、四大天司すら超えるだろう。

 

「……俺にはこの先のことなんてわからないから現時点ではなんとも言えないが、それとお前らの羽根にどんな関係がある?」

「ヤツは元素すら創り変えることが可能な星晶獣だ。たった一体で我等四大天司を超える力を持っていると言って良い。その星晶獣の力を手にする貴様に目をかけるのは当然のことだろう? 監視のためか、貴様を守るためかあるいは……いや、全てを語る必要はないか」

 

 ある程度思惑を知ってはいるようだったが、ダナンに話す気はないようだ。

 

「ルシフェル様がどうかは知らないけど、私はダナン君ならきっとその星晶獣をいい方向に導いてくれると思うわ」

 

 にっこりと微笑んだガブリエルがそんなことを口にする。要は真意を伝えたくないってことだな、と勝手に納得しておいた。

 

「四大元素すら操れるってんなら俺達より上だ。癪だけどな。ルシフェル様も、もし二千年前の叛乱の時にその星晶獣がいたら世界がどうなってたかわかんねぇって話だからな。放置ってわけにはいかねぇんだろ」

 

 ウリエルは乱暴な口調だったが、納得できる答えを返してくれる。

 

「なるほどな。ところでこの羽根はなにかに使えるのか? あんた達ほどの力が宿ったモノなら是非有効活用したいんだが」

「……貴様。天司の羽根を嘗めていないか? 信心深い者なら家宝として代々受け継いで良い代物だぞ?」

「俺は別に信心深くないしな。それに、使えるモノは使う主義だ」

 

 なぜか四大天司に呆れたような目で見られてしまう。

 

「フフ、じゃあ特別に教えてあげるわ。この世界のどこかに、たった一つだけ私達の力が宿った依り代があるの」

「ガブリエル」

「いいじゃない、折角だし」

「依り代?」

「ああ。簡単に言や俺が司る土の元素の力が強まった特別な武器ってことだな」

「武器か。……へぇ?」

 

 それを聞いて、ダナンは悪どい笑みを浮かべた。

 

 ……武器で、しかも一つだけと来たか。ならあいつらにやるわけにはいかねぇなぁ。特にグランにはよぉ。

 

「……おい。本当に大丈夫なのだろうな?」

「……そのはずだ」

「……笑い方が完全に敵だぜ」

「ウフフ。いいじゃない」

 

 ガブリエル以外は完全に引いていたが。

 

「そうかそうか、いいことを聞いた。“世界”とやらは兎も角、武器の方は是非欲しいな。ありがとな」

 

 考えていることは兎も角、表面上はいい笑顔で礼を述べる。

 

「最後に一つ、貴様に告げることがある」

「まだなにかあるのか?」

「……汝がもし“世界”を手中に収めたなら」

「俺達、若しくは俺達の使徒がテメェに同行する」

「羽根はそのための目印でもあるってことね」

 

 四大天司に言われて、素直に目を丸くした。

 

「……同行って、いや使徒ってのは知らないけど。にしても俺の方でいいのか?」

「良いか悪いかではない。どうせ貴様はもう一方と切っても切れない縁で結ばれている。我等に与えられた使命は、“世界”の行く末を見届けること。となれば貴様に同行するのが筋というモノだろう」

「実際に私達が同行するかはわからないけど、もし使徒に会ったらよろしくね」

「……まぁ、わかった」

 

 先の話ばかりで正直ついていけないが。それでも頷いておく。目をかけてくれるのは有り難いことではあるのだ。

 

「貴様が“世界”を手にした時、また相見えよう」

「ウフフ、楽しみにしてるわね」

「そん時は喧嘩しようぜ!」

「良き風が在らんことを」

 

 四大天司は別れの言葉を告げて、たちまち消えてしまう。

 

「……はぁ。人と同じように話す癖にマイペースとか。やっぱり人とは違うんかね」

 

 ダナンは頭を掻いて、天司達から言われたことを頭の片隅に置いて歩を進める。

 

 彼が“世界”を名乗る星晶獣と邂逅するのは、その数日後のことだった。




※おまけ 竜の試練
双子は二百人いる全団員で始原の竜と戦ったが、自分のためにと言ったダナンは一人で戦う羽目になったとさ。

独自解釈になりますが、ワールドの星晶獣としての強さは異常です。アーカーシャもヤバいヤツでしたがそれと同等レベルだと個人的には思ってます。なので、そんなヤツに目をつけられることになるダナンをルシフェルが放っておくわけないだろう、と。
あとついでに天司武器フラグ立てたのでまたグランを煽れますね!

そして。
もしかしたら敵になる、という話を挟んだので「仲間を助けるために大いなる咆哮を使った結果島一つを滅ぼされちゃってその島に家族がいた人に恨み言を呟かれた挙句パンデモニウムから解き放たれたヤツに仲間を殺される」ことでグランの闇堕ちバッドエンドIFが完成するかもです。
ダナンの闇堕ちバッドエンドIFは元々あるので、エイプリルフールかどこかで二つ同時に書きたいですね。


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賢者を統べし者

本編再開です。とはいえ多分すぐに番外編というかイベント編に入ると思ってください。いやちょっと、書きたいイベントができたんですよ。

最近はお絵描きにハマってます。急にダナンを書きたくなったので練習しているところですね。……まぁ、お披露目するのに何年かかることやらという感じですけど。

他にも色々鬼滅完結とか楓さんはボイスありなんだとか半額ないので今は虚無ブル期間かとかプリコネのBlu-rayで金剛が最大二つかぁとかFGOで巻数の少ないレクイエムコラボかとか、色々あるんですけど。

大事なのはあれですね、統べジョブの名前です。
初期考案→【十賢を統べし者】←ダサい
次考案→【転輪せし運命の輪】←他の賢者の二つ名っぽく
最終的に→【十の願いに応えし者】←実際の統べ称号
となります。
ゲーム内称号があることをTwitterで統べた人がいたのを見て初めて知ったので、右往左往してました笑
まぁ最終的にそこに落ち着いたので変な名前ではありません。

これからはワールドと手を組んだ後のこと、統べジョブの力などなどを見せていく形になります。実力を見せる用にイベボス蹂躙したりするかもしれません。
あとそろそろ幕間終わった後、アウライ・グランデ編の話もしていかなきゃなぁという感じですねぇ。

ともあれ更新再開です。
次の更新は二十四日を予定してます。


 遂に俺は、ワールドと真の契約を結ぶことに成功していた。

 

 仮契約の時に使えていた能力はもちろん、更に強い力を行使することができるようになっている。

 

 その上で、問題は『ジョブ』の方である。

 こちらも無事、という形である。ソレを目にした時は思わずニンマリとしてしまった。

 

 となれば当然、次は力試しを行うことになる。頭では理解しているしシミュレーションも欠かしていないが、それでも実戦と想像は違うモノだ。

 

 是非この力を振るってみたい。

 だが大抵の相手では相手にならず、仲間との模擬戦で使うのもどうかと思う。加減するからな。

 

 全力全開をぶつけられて、尚且つ被害の出ない相手。

 

 といことで俺は、エルステ王国王都メフォラシュのあるラビ島に来ていた。

 

 能力の調子を確かめるために空を飛んでの移動である。とても楽しい。

 

「よっ、と」

『星晶獣の気配がするな。ここがお前の目的地か』

「ああ」

 

 空を飛ぶ時にぐるぐる旋回したり滞空したりと自在に飛行する練習を、ちょっとテンション上がりながらやっていたのでもう飛行については問題なかった。思うままに飛ぶことができる。

 飛行後に体勢を直して足から着地すると、首から提げた赤い飾りからワールドの声が響いてきた。

 

 ここに、俺が目当てにしている相手、つまりは星晶獣がいる。当然ながらワールドの能力で消滅して勝利、なんて真似はしない。まともに戦って勝利するのが目的だ。

 

「出てこいよ」

 

 俺が呼びかけると、上空に暗雲が立ち込める。ゴロゴロと紫の雷が鳴り、その暗雲を裂くようにヤツが降りてきた。

 

「Colling!! 無量の天恵に溺れるがいい!!」

 

 現れたのは、いつの日かセッションを奏でたあの星晶獣バアルの真なる姿である。やっぱりこいつは煩い。

 

「ん? ああ、なんだダナンか。なんの用だ? セッションなら“蒼穹”と行動を共にしている本体の方に声をかけてくれ」

「お前が分体の方なのかよ」

 

 てっきり本体がこっちなのかと。

 

「ああ。とはいえ力はここにいる俺の方が強いがな。人型を取っている以上、限界はある」

「そうか。なら、丁度いい。ちょっと力試しをしたくてな」

「ほう?」

 

 不敵に笑う俺を見て、バアルは面白いという風に笑みを浮かべた。

 

「たった一人で俺と戦うと?」

「ああ。知ってるならわかるだろ? 俺はあの二人に並ぶんだぜ?」

「そうか、そうだったな。では遠慮は無用ということか。……共にいる星晶獣共々、かかってくるがいい!」

 

 流石に同じ星晶獣だけはあって、存在を感じ取っていたようだ。

 

「ああ。容赦はしねぇよ。いくぜ、ワールド。俺達の初陣だ」

『わかっている。存分に力を振るうがいい』

 

 そして、俺は新たな力の名を口にする。

 

「――【十の願いに応えし者】」

 

 それこそが、俺が手に入れた新たな『ジョブ』。あいつらが使う【十天を統べし者】と同格の『ジョブ』にして、現最強の力。

 

 俺が纏っていた黒いローブが、賢者達が纏っている者へと変わる。紺色のローブに赤いケープのついたそれを羽織り、赤い飾りを提げた姿はまんま賢者のそれだ。

 衣装の変化は、ただそれだけ。しかし通常状態より格段に強くなっている。

 

 身体能力は、おそらく【十天を統べし者】と同程度。その上で知覚範囲が広がり俺の周囲であれば自在に創造ができるようになっている。知覚範囲は具体的に言うと大体半径百メートルってところだ。これから伸びるかもしれないし、これで固定なのかもしれない。

 当然それは無意識下、つまり特に意識していなくても感知できる範囲の数値だ。俺の把握範囲、分析範囲はとっくに空域すら覆えるほどになっている。無論、旅がつまらなくなってしまうのであまり使ってはいない。とりあえずナル・グランデを抜けてアウライ・グランデにまで伸ばせるのはわかっているが、実際に目で見て確かめたいので瘴流域を越えたところで中断している。

 

「……なるほど、団長達の【十天を統べし者】と同等の『ジョブ』を手に入れたか」

「そういうことだ。悪いが、実験台になってもらうぜ」

「いいだろう。俺も加減はしない。かかってくるがいい!」

 

 バアルが楽器を爪弾くと、紫の雷撃が空から迸った。今の俺なら一瞬で空を塗り替えることもできるが、今回はそれをしないでおこう。

 

「さぁ、無量の天恵を受けるがいい!」

 

 バアルが楽器を奏でると、空から雷が雨のように降り注いできた。しかも俺を狙って、である。初手から嫌らしいことをと思いながら身体を動かす。

 

 俺のいる位置から百メートルにまで接近すれば、どういう軌道で雷が落ちてくるかが感知できた。だからその軌道を避けるように動くだけで、

 

「なに……っ!?」

 

 落雷を避けることができる。百メートルにまで迫った雷を避けるほどの速度は【十の願いに応えし者】で増幅した身体能力が補ってくれていた。

 

「……なら、もっとテンポを上げるとしよう!」

 

 楽器を掻き鳴らして頭上から雷の雨を降らせ、バアルの周囲の虚空から顔を出すように生えた変なヤツからも雷を放ってきた。上と横から迫る雷撃だったが、今の俺には全てが視えていた。

 降ってくる雷撃の軌道は頭の中に視える。その上で前方から迫ってくる雷撃の軌道を見切り、回避すればいいだけ。降ってくる雷の軌道を被らなければそれでいい。

 

 身体が軽い。能力と合わさって、今ならなんでもできる気さえしてくる。

 

 だが慢心はしない。この力を使いこなしてようやく、俺はあいつらと同じ土俵に立った程度なのだから。

 

「震えるがいい、魂の奥底まで!」

 

 一極集中、俺の真上に雷が収束してから落ちてくる。避けるなら避けられないほど大きく、か。理に適ってるな。

 

「……これでも避けられそうだが、折角だし防御するか」

 

 俺の周囲をドーム状の障壁で覆う。直後雷が当たったが障壁にはヒビ一つ入らなかった。知覚範囲を広げて攻撃の威力を分析、それを受けられるだけの強度にして障壁を展開する。これができていればなんの問題もなかった。

 結果、雷は障壁を逸れて地面を焼き焦がすだけに留まっている。

 

「硬いな。だが守るだけでは勝てないぞ。アダドの境界!」

「わかってるさ」

 

 紫の雷が幾重も襲いかかってくるが、俺の知覚範囲に入った時点で分析、消滅させた。

 

「まずは考えてた新技を試すとするか」

 

 笑った俺は右拳を振り被る。

 

「……実際に創らなくても、ワールドの能力さえあれば同じことはできるんだよな」

 

 なにより、元々ワールドが創ったヤツらだ。その能力がわからないはずがない。

 

 

「リメイク=タワー!!」

 

 右拳にタワーの一撃を再現。地面に突き立てるように見舞った拳の破壊力は巨大な星晶獣が巻き起こした拳一発による災害を再現した。

 

 大地が割れ、余波が砂漠の砂を巻き上げる。磁気嵐が発生して空に構えていたバアルすらも呑み込んだ。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 ただの余波とはいえ、その一撃はバアルが放つ力と同等のモノだ。彼もまた災害に例えられる星晶獣である。

 

 

「リメイク=サン」

 

 ダナンは左手の人差し指を立てて掲げる。そこに暗雲募る周囲を明るく照らす太陽のような、炎の球体が出現した。立てた人差し指をバアルへ向ける。すると球体は一直線にバアルへと飛んでいった。

 

「赤く狂い咲け、ハッドゥの雷ッ!!」

 

 雷撃が続け様に球体を襲うが、太陽は全てを呑み込み巨大化する。

 

「無駄だ。それは傲慢にして慈愛の太陽。全てを呑み込み全てを明るく照らす太陽の再現だ」

 

 ダナンの言葉通り、バアルが雷撃を放つ毎に球体は大きく速くなっていった。

 

「くっ……!」

 

 回避を選択するバアルだったが、球体はそれよりも速く到達してしまう。

 

 カッ、と球体がその身に宿る力を放出して白い光が全てを包み込んだ。超巨大な白い球体となった外にも高熱の余波が発せられて大地を干上がらせる。

 

「……あれを受けて原形を留めてるとはな。流石は星晶獣ってところか」

 

 それが収まった後、まだバアルは動けていた。咄嗟に全身を防護したのだろう。でなければ星晶獣であっても五体満足ではいられないはずだ。

 とはいえ瀕死の状態で、衣服もボロボロに煤けていたのだが。

 

「……これでは勝ち目も遠い。だが、最後まで俺の演奏は終わらない。お前の悲鳴があってこそ、俺の演奏は完成するのだ。――ソロモンの轟音!!!」

 

 バアルが演奏を再開すると、吹き飛びかけていた暗雲が濃くなり辺り全域に雷鳴が轟き始める。

 

「これで終わりにしよう。我が魂の共鳴者よ」

「ああ。決めてやる」

 

 バアルの周囲にあった雷を放ってくる突起が無数に増えていく。バチバチと強烈な紫電を纏わせて必殺の一撃を放つつもりのようだ。それほど余力が残っていない、と言った方が正しいか。

 

「いけッ!!」

「エンド・オブ・ワールド!!」

 

 バアルが雷撃を解き放つのと同時、俺は彼我の距離の真ん中より相手寄りの位置へワールドの力を発動させる。

 空間が中心に向かって歪曲し、渦を巻くように収縮していく。そこに雷撃が激突するがあまり意味はない。

 

 カッ、と白い光が巻き起こって周囲一帯を焼き払った。

 

「――ッ!!」

 

 瀕死の状態だったバアルは跡形もなく消し飛んでいる。

 

「……ふぅ。まぁ、こんなモノか。武器すら使わずに星晶獣を圧倒できるくらいには強いみたいだな」

『当たり前だ。誰の力だと思っている』

「俺とお前の力だろ」

『……』

 

 残念ながらワールドは答えてくれなかった。バアルに関してもそもそもが分身らしいので、すぐ復活するだろう。

 

「バアルの武器がまだあるって聞いてたから、一回来たかったんだよな」

 

 それもあってバアルを相手に選んだところがある。バアルが消えた地点の傍に武器が二つ落ちていた。

 ソロモンドライブとマイムールビジョン。バアルの力が宿った斧と銃だ。これでワールド戦でも使ったレゾナンス・オブシリーズの奥義が使えるかもしれない。とはいえ銃はあまり持っていないので、これからも地道に集めなければな。

 

『なら適当に武器屋に入って全て分析してしまえばいい』

「それは卑怯ってモンだろ。やらないって決めてるんだよ、そういうのは」

 

 今の俺なら、ワールドが持つ創造の力であらゆる武器を創造することができる。店にあったいい武器を分析して全く同じモノを創ることが可能だ。

 だがそれではどこぞの触れただけで武器を『召喚』できるようになる卑怯者と同じになってしまう。それだけは嫌だった。やっぱり武器は自分の手で集めないと。それにあまり多すぎても使いづらくなるからな。

 

「ま、お前のおかげで革袋に入れて持ち運ばなくて良くなったのは有り難いけどな」

 

 俺はワールドの能力を手にしたことで、武器保管用の異空間を創ったのだ。前々から思いついたはいたのだが、ワールドと仮契約しているという立場上ワールドの能力で創った異空間に武器を保管したくなかったのだ。実際に起こったが、一時的な契約解除をした場合その武器達は果たして戻ってくるのか、という懸念があった。

 流石に武器なしの状態でワールドに勝つのは無理な話だからな。

 

 俺が念じればいつでも手元に出現する仕組みにしている。もちろん普段から腰に提げている武器はそのままにしている。流石に帯剣もしていないのはマズいだろう。俺もまだ幼いと言われがちな年齢だ。嘗められるわけにはいかなかった。

 右腰にはリーシャに貰った片手銃。左腰にはオーキスから貰ったパラゾニウムとアポロから貰ったブルドガングを提げている。よく使う武器だな。

 

「ある程度調子は確かめられたし、帰るとするか」

『その前に寄って欲しい場所がある』

「珍しいな、お前が要望を言うなんて」

『オレはお前に負けたとはいえ、新世界創造を諦めたわけではない。新世界を目指す協力者を得ようと思ってな』

「へぇ?」

 

 そんなヤツがいるのか。新世界の創造なんて、今ある世界に不満を持っていないと望まないと思うんだが。

 

『とは言ってもあまり宛てがなく、心当たりはあっても居場所がわからないことの方が多い。オレの知っている協力者になり得そうな者は一体だけだ』

「その数え方ってことは人じゃないのか」

『ああ。その者は星晶獣。かつて堕天司と呼ばれた者の一体だ。……お前に天司の説明は不要だろう?』

 

 なんだ、バレてたのか。まぁワールドの分析で俺が常に携帯している四大天司の羽根を読み取ればわかることだしな。

 

「まぁな。けど俺はそれこそ四大天司と関わりがある身だぞ? 堕天司ってのはかつて四大天司や天司長に叛乱を起こした結果封印されたヤツらなんだろ? お前には兎も角、俺に協力してくれると思うか?」

『そこはお前の手腕次第だ」

「人任せかよ」

『最悪、お前が死んでオレが自由になった時に協力を取りつけるだけでも構わないが』

「そうかい。んで? お前単体でそいつに会わなかった理由はなんだ? それだけ聞くと俺と契約してから行く必要はないだろ?」

『……』

 

 俺の質問にワールドは押し黙った。しばらく返答を待っていると、

 

『……実は、オレが行った時は勧誘を拒まれたのだ』

「なんだよそれ」

 

 少し笑ってしまう。勧誘に失敗したから俺に頼もうということのようだ。

 

「アーカルムの星晶獣を創った時みたいに創り変えれば良かったんじゃないのか?」

『あれはそう簡単にできるモノではない。新世界の神になるとはいえオレもただの星晶獣。星晶獣に対する干渉力など微々たるモノだ。ある程度隙がなくては実行できん』

「なるほどねぇ」

『あとそいつは少し厄介な事情を抱えているらしく、オレに従うように言うと拒絶するように襲いかかってきた。新世界を望む星晶獣は少ないから協力関係にしたいのだが、どうもオレでは聞く耳を持たないようだ』

「それを俺がどうにかできるとも思えねぇんだけどな」

『お前は……いや、なにも言うまい。兎に角やるだけやってくれ。新世界創造は実行しないまでも、その協力自体はするという約束だろう?』

「わかってるよ」

 

 言われなくてもやるだけはやってみるさ。

 とはいえ新世界創造を望みながら、新世界創造という甘言に惑わなかった星晶獣を俺に説得できるかは怪しいところだな。

 

『その星晶獣は今、お前が霧に包まれた島と呼ぶ場所にいる。先程と同じように分身の方かもしれんが、話を通すだけでも充分だ』

「わかった。で、そいつの名前は?」

 

 俺の問いに、首飾りからワールドの答えが返ってくる。

 

『――オリヴィエ』




そういえば惜しいことに私の推しアイドルが二位でした。(タイミング的なダジャレではありません)
中の人繋がりは全くなく、知らずに好きになったら同じ人だったというだけです。世間は狭いですね?

直前で「どうして空は蒼いのか」を入れた理由は最後のあれが理由です。
次回をお楽しみに。


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新世界を望む者

ゲーム内とはまた違った関係性になりますね。まぁ当然ですけど。


 ワールドの要望により、俺は久方振りに霧に包まれた島を訪れた。ここでは“蒼穹”のヤツらが星晶獣セレストを巡る騒動に巻き込まれたそうだ。

 あとドランクの祖母の故郷だとスツルムから聞いた気がする。その祖母の姉の幽霊が“蒼穹”の一員だそうだ。

 

 複雑怪奇かよ。

 

 ともあれ今は幽霊達が普通に(?)暮らす平和な島となっている。流石に観光客はいないし島を訪れる来訪者もいないのだが。

 

「この辺りだな」

『ああ』

 

 俺はワールドと共にその島を訪れ、件の星晶獣オリヴィエとやらに協力を取りつけようとしていた。

 ワールドが以前会ったと言うのでその情報を頼りにオリヴィエのいる場所へと到着する。

 

「……出てこないな」

『ああ。警戒しているのだろう。空間を創り変えれば出てくるはずだ。縄張りを荒らされた魔物と同じ原理だな』

「まさかお前、前もそうやって呼び出したんじゃないんだろうな」

『? そうだが?』

 

 そうだが? じゃねぇよ。

 

「……なんで協力してもらうってのに敵対するように呼び出してんだよ」

『あくまで新世界の神となるのはオレだ。協力者とはいえ嘗められるわけにはいかないだろう。はっきりと立場の上下というのを植えつけなければならない』

「そんなんだから断られるんだ」

 

 はぁ、と嘆息する。こいつは交渉のなんたるかをわかっていない。「新世界へ導いてやる。だからオレについてこい」じゃ釣れるヤツも釣れないだろう。

 

「俺の時もそうだが、無駄にカッコつけすぎなんだよ」

『第一印象というのは大事だろう? 見る者に威厳を見せつけなければ神を名乗れはしない』

「だから協力を取りつけられないんだよ」

『……そこまで言うならお前に一任しよう。精々取りつけてみるがいい』

 

 拗ねるなよ、子供か。まぁいいや。とりあえず余計な口出しさえしてくれなければなんとかなるだろう。真っ直ぐに伝えて相手を折れさせるのが双子だとしたら、俺はちゃんと利益を互いが得られるように対等な関係に持っていくつもりだ。交渉ってのはそういうモノじゃないとな。

 

「とはいえまずは出てきてもらわないと話にならないか」

 

 呟いて、適当に歩き回る。一応この辺りに星晶獣の気配が漂ってはいるのだが、実体はどこかに隠れてしまっている、若しくは実体化しないでこちらを観察しているといったところか。

 

「オリヴィエ、出てきてくれないか? ワールドの昔の態度が気に食わなかったのはわかるが、話をしよう。新世界創造自体はお前にとっても悪い話じゃないんだろ?」

 

 俺の問いかけにも応えてくれないか、と思ったその時。

 

「――己を知らぬ愚者よ。D・フォールン・ソード」

 

 静かな女性の声が聞こえてきたかと思うと、どこからともなく巨大な黒い斬撃が飛来してきた。急襲ではあったが知覚範囲に来てから充分に避けられる速度だ。回避し、抉れていない地面を踏んで飛んできた方向に顔を向ける。

 

 そこに黒い翼と黒い角、鮮やかな長髪を持つ美女が降りてきていた。

 

 二本の黒い剣を携え、緋色の瞳で冷たくこちらを見下ろしてきている。

 

 ワールドの分析を行えば星晶獣だとわかる。その中でも天司と称される者と同じ構造のようだ。

 

「……人の子の中では、女性を不躾に探るのは失礼ではないのか?」

「なんだ、気づけるのか。気に障ったなら悪かった。ワールドの言うことを一から百まで信じる気はないんでな、確かめさせてもらった」

 

 天司がそう簡単に見つかるわけがない、と思っていたのもあるが。なにせ原初の星晶獣だ。天司長ルシフェルの下についているか、サンダルフォンがそうだったようにパンデモニウムに封印されているかの二択だと思う。それ以外に天司がいるという話は知らない。

 

「……お前は四大天司の遣いか?」

 

 オリヴィエは俺を訝しむように眺めている。どうやら同じ天司なので俺が持っている四大天司の羽根を感知できるようだ。でなければ俺を四大天司の遣いとは思わないだろう。遣いというか使徒? は“黒闇”にいる星晶獣四体がそうであるようだったが。

 

「いいや。そう思った理由は羽根だろ? これは貰っただけで、別に遣いってわけでもない。堕天司の話は少し聞いてるが、創造主の星の民に叛乱して捕まったってくらいか」

 

 あとは蒼の少女と赤き竜によって起こる『大いなる咆哮』で封印が解ける。今まで、俺が知っている中でそれが起こったのは二回のみ。一回目は新世界創造を目論む叛乱に加担したらしき天司が解き放たれた。二回目は天司長が解かれるのを抑えていたので結果的になにもなかった。

 だからと言ってほいほい使っていいモノではないのだろうが。

 

「その通りだ」

「じゃあなんで堕天司であるはずのお前がここにいるのかって話だよな。同じようにパンデモニウムに封印されてたなら天司長や四大天司がお前を野放しにしてるわけがない。ってことは二択。叛乱前に失敗した時の保険として別の場所に送られていたか、お前が今も封印されたままかのどっちかだろうな」

「……。そうだ、私の本体は今もパンデモニウムに封印されている。ここにいる私はただの分身、のようなモノだ」

 

 オリヴィエが頷いた。……つまりこいつは、少なくとも本体を解放したいと思っていそうということだ。パンデモニウムのヤツらを解放させて仲間危険に晒したらぶっ殺すぞとまで言っている手前、協力しづらいなぁ。

 

「なにが目的だ、って聞いて答えるわけはねぇか」

「当たり前だ」

「だよなぁ」

 

 どうするか。ワールドにああも言った手前協力を取りつけるしかない。カッコつかないし。ただ対等な関係として手を組むには、こいつが果たして信用に値するヤツなのかという疑問が残る。

 

「……目的は聞かなくても、少なくともお前は自分の本体を解放したいとは思ってるはずだ。最終目的がどうなのかは知らないが、間違ってないよな?」

「ああ、間違ってはいない。なにをするにも、本体でなければ思うように活動できないからな」

 

 それはそうだろう。とはいえ最終目的はおそらく別にあるはずだ。だからできればお前の本体を解放してやるからワールドに協力してやってくれ、と言うのが一番いい。目的の半ばまでを手伝ってやるという取引だ。

 だが問題は、さっきも言った通りこいつを解放して本当にいいのかという疑念は消えないことだ。

 

「ん〜……。俺はお前に協力を取りつけたい、が。俺が聞いている話だとパンデモニウムに封印されてる堕天司は災厄と呼ぶに相応しい連中だそうだ。前にパンデモニウムから解き放たれたヤツは世界を終わらせようとしていたし、あんなのが大勢解放されたんじゃ対処のしようがない」

「……」

「ワールドの能力があればお前一人を封印から抜けさせるくらいできるかもしれないが……お前が空の世界を滅茶苦茶にする目的があるなら協力できるはずもない」

「だろうな」

 

 オリヴィエは握っていた二本の剣を握り直した。

 

「とはいえアーカルムの星晶獣からも目の敵にされたワールドに一人で頑張ってくれと言って死ぬわけにもいかないから、協力は欲しい」

 

 このままでは俺が死んだとしてもワールドはなにも成せず滅びるだろう。それは契約上と言うか、俺が納得できない。せめてワールドが新世界を創れる段階にまでしてから死ぬのが、それまで俺に付き合ってくれているであろうワールドへの礼だ。

 俺が死んだ後の世界まで面倒見てやるのはあの双子ならやりかねないが、俺にとっては関係ないのでやらなくていいだろう。……まぁ、もし俺が後継とかに託すようなことがあれば別なんだろうが。流石にそこまではな。

 

「俺としてはお前の本体をパンデモニウムから出すことを、協力してもらう条件にしたいと思っている」

「……さっき堕天司とは協力できないということを言っていなかったか?」

 

 臨戦態勢を取ろうとしていたオリヴィエだったが、剣を持つ手から力を抜いた。

 

「ああ。だがお前が空の世界を危険に晒さないと約束してくれるなら、手を組むことはできる」

「私がその後裏切る可能性もあるだろう?」

「そうだな。俺が知っている知識の中で、お前の目的を予想できるとしたらだが。自分の本体をパンデモニウムから解放する。パンデモニウムに封印されている他の堕天司を解放する。どっちもにかかって、かつて失敗した叛乱を再度行う。こんな程度だ」

 

 情報が少なすぎて、簡単に推測できるようなことしか思いつかない。そもそもなぜ堕天司が叛乱を起こしたのか、その理由すらもはっきりとはわかっていない。叛乱と言うくらいだし創造主に不満があったんだろうなとは思っているが、それも憶測でしかなかった。

 

「……ま、叛乱をするにしてもお前一人で天司達を倒すってのは無理だろうから、堕天司を解放するってのが濃厚だとは思ってるんだけどな」

「それなら余計に私と手を組むとは思えないのだが。さっきからなにを言おうとしているのかわからないな。まるで、私が裏切ると思っていて手を組むと言っているように聞こえるぞ」

「それで間違っちゃいない」

「……なに?」

 

 俺が頷くと、オリヴィエは怪訝そうに眉を顰める。

 

「お前は空の世界を危険に晒さず、仲間達に危害を加えないと約束する。その約束さえしてくれればお前をパンデモニウムから解放することを手伝おう。その代わりにワールドの協力をしてやってくれ」

「……その間私が例えパンデモニウムから同朋達を解放しようとするのも勝手ということか」

「まぁな。だが堕天司達を解放しようとするなら先に約束を反故にしたのはそっちだから、遠慮なく戦える」

「なるほど。だが私のメリットはなんだ?」

「簡単だろ、お前が今分身であることを考えれば。お前が自力で分身を出しているにしろ、誰かに出してもらったにしろ、現状封印を解く術がないわけだ。まぁ大いなる咆哮とやらで解けるらしいが、一番は封印を行った天司を倒すこと、だろうな。相手の戦力とお前が本体じゃないことを考えれば後者は無理だ。つまりお前は現状だと自分の本体の解放すらままならない。だからそこだけでも協力する、っていうのは悪い話じゃないと思うんだけどな?」

「……もしお前の推測が見当違いで、本体の解放すら不要だったとしたらどうする?」

「それならしょうがない。断ればいい」

 

 相手のやりたいことを読み違えたなら、交渉は失敗する。そんなの当然だ。首飾りがなにか言いたげに明滅していたが無視した。

 

「……一見いいように聞こえはするが、お前が四大天司に私を売らないという確証はない」

「だな。そこは信用してもらうしかないが、まぁ羽根があるせいで多分天司長から監視とかはされてるだろうし、今更だ。諦めろ」

「……」

 

 なぜかジト目をされてしまう。

 

「四大天司と関わりあるっちゃあるが、外で空の世界を謳歌してるだけだとか言い張ればなんとかなるだろ」

「……わかった、とりあえずの協力はしよう」

「ん? そうか?」

 

 なんで急に。

 

「いや、お前が天司と関わりがあるにしろ、完全な協力関係にないと思っただけのことだ。少なくとも与しているわけではなさそうだからな」

 

 オリヴィエは少しだけ微笑んでいた。

 

「まぁ、世界の危機でもなければ俺があいつらに味方する必要もないからな」

 

 どこぞの双子達がなんとかするだろうし。

 

「そうか。……私の本体を解放すると言ったが、それでは天司に目をつけられかねないが構わないのか?」

「まぁ一体くらいなら大丈夫だろ。少なくとも前に解放されて暴れたヤツよりは、お前の方が話が通じるというか、冷静そうではあるし」

「前に解放された堕天司がいたのか?」

 

 最終的に「俺を必要としない世界なんて壊れてしまえばいい!」とか言ってたからな、あいつ。そう考えるとオリヴィエはここで大人しくしている(?)分マシな気がする。

 

「いや、あいつは堕天司じゃないらしい。サンダルフォンってヤツだ」

「ああ、中庭の」

 

 俺の言葉に、オリヴィエは納得したように頷いていた。

 

「確かに、そいつは堕天司ではないな。どんな役割を持っていたかは知らないが、ずっと研究所の中庭にいたという印象しかない」

「ああ、らしいな。四大天司や天司長みたくなにかを司っているわけじゃなく、天司長が機能しなくなった時一時的に代理を務めるために創られたらしい。叛乱の理由もそれだな」

「……そうか。そういう天司もいたのだな。叛乱に加わっていたことは知っているが、私達堕天司とは根本的な参加理由が異なる。最終目的が新世界の創造という一致はあったが、それだけだろうな」

 

 まぁ、確かにサンダルフォンは叛乱で同志を得たヤツの思考をしてなかったからな。周りが見えていかなかった。独りで足掻こうとしていた結果が、あれだったのだろう。その証拠にルシフェルを超えるために四大天司の羽を狙うばかりで、パンデモニウムに封印されていた堕天司達を解放しようとはしなかった。……封印したのが天司長なら、ルシフェルを超えたと豪語していたあいつがそれを破れないわけないと思うんだが。叛乱という手段と新世界創造という目的が同じだっただけで、仲間じゃなかったんだろうなとは思う。

 

「そうか。まぁそのサンダルフォンは四大天司の羽を奪ってルシフェル超えようとしたんだが、結局は“蒼穹”の双子達に阻まれたってわけだな」

「お前と同じ特異点だろう。存在は知っている」

 

 まぁこいつも一応天司の括りではあるんだろうしな。それくらいは当然か。

 

「ともあれこれからよろしくな、オリヴィエ。四大天司への言い訳に使うから、ちゃんと人の生活を体験するように過ごせよ?」

「ああ。堕天司オリヴィエ、一時ではあるがお前の下に下ろう」

 

 複雑な事情を抱えていそうな仲間が加入した。一応言っておくか。

 

「ようこそ、“黒闇”の騎空団へ」

 

 彼女に手を伸ばす。取引上の関係とはいえ堕天司による叛乱については興味がないわけではない。ある程度仲良くなっておくのも悪いことじゃないと思っていた。

 

「奇遇だな。『宵闇』を司る堕天司だ。よろしく頼む」

 

 これはまた、俺の団にぴったりな天司である。彼女が伸ばしてきた手を掴んで握手を交わす。

 

「問題は四大天司の使徒になんて説明するかだよなぁ。封印されててどうにもならないから空の世界を堪能してるとかどうだ?」

「好きにしてくれ」

「わかった。じゃあ冷静な美女に見えるけど実は部屋でこっそりメルヘンなぬいぐるみとかを集めてる感じにしよう」

「……なぜそうなる」

「いや、ギャップ。あと馴染んでる感じ出るだろ?」

「……まぁ、好きにすればいい。どちらにしろ表向きの理由は必要だろう」

 

 嘆息するオリヴィエ。流石に星晶獣だけあって人間離れした美貌ではある。一見冷たく見えるからこそ可愛いモノを集めていると知ったら意外に思って堕天司がどうとかいう問題から意識が離れるだろう。……なんで俺は真面目に叛乱の片棒を担ぐようなこと考えてるんだろうな。

 

「わかった。嘘とバレないように、ちゃんと勉強しておいてくれ。あと、こういうのはちょっと人に言うのは恥ずかしい、くらいの感じを出すといいからあんまり人には言わないようにな」

「ああ。……随分と協力的だな。もしかしたら敵になるかもしれない相手に」

「まぁな。けど今は協力関係にある。なら最低限必要な協力はしてやるさ。だから、誤魔化せるようにしばらくは大人しくしといてくれよ」

「わかっている。時期を見誤れば全てが無に帰してしまうことくらいは理解しているつもりだ」

「ならいい」

 

 オリヴィエは比較的冷静だ。子供っぽいサンダルフォンと比べると一目瞭然なほどに。

 彼女にも俺に言っていない思惑があるだろうが、それでいい。日頃の行いで信頼を勝ち取って最低限俺が死んだ後ワールドに協力さえしてくれるようになったら、な。

 

 『宵闇』を司ることだしこの縁は偶然じゃないかもしれない。ともあれ、また一つ新たな戦力を獲得したのだった。



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堕天司の加入

この話を書いている時に「圧迫面接」というタイトルのコマ漫画を思いつきましたが描くだけの技量がなかった……
オリヴィエが受ける側で、四大天司が圧迫してくる感じのヤツです。


 俺がオリヴィエを連れてアウギュステまで戻ってくると、なぜかシヴァ、エウロペ、ブローディア、グリームニルの四体が待ち伏せしていた。エウロペとブローディアは一緒にいることも多いが、シヴァとグリームニルすら一緒にいるとなると彼らの目的はオリヴィエだろうな、とわかる。

 オリヴィエは今恰好はそのままに堕天司特有らしい漆黒の羽をしまってもらっている。ただでさえ人間離れした美貌なのに羽が生えていたら目立つからな。

 

 ……なぜか一緒にいるのが俺だとわかった瞬間街の人が「ああ、あいつね」と呆れたような目になるのだが。

 

「……やはり、ダナン様も一緒でしたか」

「どういうことか説明してもらうぞ」

 

 四大天司と通じているらしい彼らが堕天司の存在を見逃すはずはない、か。まぁこんなこともあろうかと既にオリヴィエと打ち合わせはしてあるので大丈夫だ。

 

「落ち着け。確かにこいつは堕天司だが、本体は封印されてる身だ。分身だから力も普通の星晶獣くらいしかない。お前ら一人ずつと戦っても苦戦するくらいだろうよ」

 

 本来の力は原初に創られた星晶獣に近しいので覇空戦争のために創られた星晶獣達よりは強いのだろう。しかし残念ながら本体がパンデモニウムにあるため、そこまでの力は出し切れていない。

 

「だからそう脅威でもないし、こいつも無茶無謀をするほどバカでもねぇよ。なぁ?」

「……ああ。今の私では到底叛乱など起こせはしない。起こす気もない、と言ったところで信用されないのはわかっているが」

「まぁ、なにか怪しい素振りがあったら問い詰めればいい。俺も別に完全に信用しているわけじゃないからな」

 

 とは言うが、四体共難しい顔をしている。シヴァはあまり表情が変わらないが、思うところがないわけではないだろう。

 

「……人の子についていくと決めた身の上。好きにするがいい」

 

 シヴァは簡潔に言って、踵を返し去っていく。一応在籍を認めてくれたらしい。

 

「僕は別にどっちでも。『宵闇』の堕天司ってカッコいいしね」

 

 グリームニルは興味なさそうに素で答えていた。天司だとかに拘る気はないのかもしれない。一応使徒って四大天司それぞれの後継者だから、関係あることだと思うのだが。

 

「……納得はできんが、ウリエル様やルシフェル様が貴様を放置していることから考えても、そう脅威でないと思っているのだろう。妙な真似をすれば我が神剣の錆にする。肝に銘じておけ」

 

 ブローディアは終始厳しい顔で言って、足早に去っていった。真面目だからな、納得いかない部分はどうしても出てきてしまうだろう。俺ももちろんフォローはするが、結局はオリヴィエの態度次第だろう。後で話しておくか。

 

「……ふぅ。私もおおよそはブローディアと同じ意見です。ですが手の届かぬところで画策されるよりは、手の届くところで監視した方が良いとも思います。くれぐれも、妙な真似はしないでくださいね」

「ああ」

 

 エウロペは水の天司ガブリエルを敬愛しているところがあるから納得しないかもしれないと思ったが、どうやらある程度自分の中で折り合いをつけてくれたようだ。

 まぁ、実際に四大天司が納得してくれるかどうかはわからないが。会った時の人格(?)を見る限り「堕天司死すべし!」というような感じでもなかったから大丈夫だとは思う。……オリヴィエがなにもしなければ。

 

「と、いうわけで後々裏切るにしても今は大人しくぬいぐるみ集めてろよ」

「ああ、わかっている」

 

 オリヴィエは大人しく頷いてくれた。これでしばらくは下手な動きは見せないだろう。

 

「泊まるのは宿か俺達が持ってる騎空艇のどっちかが基本だ。騎空艇なら宿代はかからないが、偶に団員を運ぶために他の島に行くこともあるから、宿を取るのもありだ。俺は宿を取ってるしな」

 

 オリヴィエに説明しつつ、俺は騎空艇の停めてある港へ足を向ける。

 

「まずは騎空艇に案内する。空いている部屋からお前の部屋を決めないといけないからな」

「まだ部屋に余裕はあるのか?」

「ああ。団員を一気に増やす予定ももうないし、お前一人が部屋持つくらいの余裕はあるぞ」

「そうか。なら有り難く使わせてもらおう」

 

 というわけで進空式以来あまり乗ることのない騎空艇アルトランテへと案内した。早くこいつに乗って空域を越えアウライ・グランデ空域へと乗り込みたい気持ちはあるのだが。まぁ賢者とかワールドとの契約とかで忙しかったからな。力を使いこなす練習をきちんとしてから乗り込みたい気持ちはあるし。真王がどう出るかわからない以上、万全の準備は整えておきたい。

 

「珍しいですね、ダナンが騎空艇のところに来るなんて。……ああ、女を連れ込むのですね」

 

 甲板の掃除をしてくれていたらしいアリアがジト目を向けてきた。そういうんじゃねぇよ。

 

「そう言うなよ、アリアの嬢ちゃん。男ってのは好かれてナンボだからな」

「大勢から好かれるのと大勢を侍らすのとは意味合いが違いますよ」

 

 掃除を手伝ってもらっていたザンツの言い分にもつんと返している。最近アリアはこういう反応を返すことが多い。

 

「オリヴィエはそういうのじゃないから。取引相手というか共犯というか」

「あなたの共犯と聞くといい予感はしませんが?」

「お前も大分俺のことわかってきたみたいだな」

 

 最悪の場合世界を滅ぼしかねない相手だからな。

 

「……はぁ。新しい団員ですよね? レオナさんが空き部屋の掃除をしているので、掃除の終わっている部屋の中から適当に選んでください」

「なんだ、わかってるじゃないか」

 

 呆れたようなアリアではあったが、俺がここに来た理由は察していたらしい。

 

「ええ、あなたのことがわかってきましたので」

 

 彼女は少し微笑んでそう返してきた。俺がさっき言った言葉を使う辺り、茶目っ気を見せてくれるようになったと言うか。一応団長の責務だと思って団員には適度に連絡を取っているが、その成果なのかもしれない。

 

 ともあれレオナが船内の掃除をしてくれているようなので、そっちに掃除の終わって綺麗になった部屋を教えてもらうとしよう。

 

「そうか。じゃあ、レオナに聞いてくる」

「はい、そうしてください」

 

 甲板の掃除をしているアリアとザンツに労いの言葉をかけてから、オリヴィエを連れて騎空艇内に入る。

 

「……騎空艇、と言うらしいなこれは」

 

 俺の話が終わったからか彼女はそう口にした。

 

「ああ。知らないのか?」

「何度か通りかかったモノを見たことはあるが、実際に乗るのは初めてだ。そもそも、私が自由だった頃空の世界にはなかった代物だ」

「そうなのか?」

「ああ。かつて空の世界にはなかったモノ……覇空戦争の時に星の民がより空の世界を侵略しやすくするように造らせたのが始まりだったかと思うが、私も最近学んだ程度だから確かなことは言えない。どこかに騎空艇を司る星晶獣がいるようだが」

「へぇ、そんな経緯だったんだな」

 

 騎空艇がどうやって出来たかなんて気にしたことがなかった。歴史の勉強も大してやってないしな。星晶獣を除くとうちの団で長生きなのはエスタリオラだが、あいつもまだ(?)百二十一歳だ。エスタリオラの友人で同じく長生きなマルキアレスとかいう爺さんは二百二十七歳。覇空戦争が五百年近く前だったとすると今を生きている人間にはいないんじゃないかと思う。それこそ星晶獣だけだろう。

 まぁ、星晶獣に話を聞くって言うなら“黒闇”より“蒼穹”の方がそういうのに縁がありそうだ。……そう考えるとうち天司関係の星晶獣多いな。

 

「あ、ダナン君。……そっちの人は?」

 

 船内の掃除をしていたらしく、バケツを淵に雑巾をかけた状態で持ちもう片方の手には箒とはたきを持ったレオナが丁度部屋から出てきたところだった。頭に白い頭巾を被り白いエプロンをしている。……うわぁ、やたら似合うなその恰好。いい嫁さんになりそう。って言ったら過去を掘り起こすことになるので言わないが。

 

「新しい団員だ。部屋を割り当ててやろうと思ってな。今空いてるところで、掃除終わってしばらく経ったところはあるか?」

 

 掃除終わった直後だと床が湿っていたり埃が舞っていたりするかもしれない。掃除していても完璧になくなりはしないからな。

 

「使ってない部屋の端からやってきたから、あっちの方なら大丈夫だと思うよ?」

「そうか、ありがとな。掃除までやってもらって」

「ううん。私が好きでやってることだから。気にしないで」

 

 レオナは首を振って微笑んだ。……過去に縛られてなきゃ、今頃結婚できてたんだろうなぁ。まぁ過去に縛られてるのも一途な証拠、と言えばそうなんだが。まぁ今の状況を楽しむだけの心の余裕ができていればそれで良しとするかな。

 

「えっと、私レオナって言います。同じ団員として、これからよろしくお願いしますね」

「ん、ああ……。私はオリヴィエだ。不慣れなことも多いだろうから、よろしく頼む」

 

 ぺこりと頭を下げるレオナに、関係ないフリをしていたオリヴィエが少し戸惑いながら自己紹介を返した。案外きちんとした自己紹介ができるもんなんだな、と密かに感心していたが。

 

「それならオリヴィエが家具を買うのを手伝ってやってくれないか? 男の俺じゃセンスの合う合わないもあるだろうし、服とかも必要だろ」

「そうだね。それじゃあ掃除が終わったらオリヴィエさんと買い物行こうかな。いいですか?」

「ああ、構わないが……」

「良かった。じゃあアリアさんも誘って三人で出かけましょう」

 

 にこにこと愛想良く振舞うレオナにオリヴィエは少し圧倒されているようだった。あまりそういう人付き合いをしてこなかったのだろう。“人”付き合いというか、天司だしな。

 

「じゃあさっさと部屋決めるか。オリヴィエはなんか希望とかあるか?」

「特にないが……端でいいだろう」

「そうか。じゃあこっちかこっちだな。……こっちにするか」

 

 通路を挟んで左右の部屋を見比べて、俺は右側の部屋を選ぶことにした。左側は丁度あの野郎の真下になるんだよな。新入りにその位置はキツい。いつか埋まることになるかもしれないが。

 先導して扉を開けると綺麗に清掃された一室が飛び込んでくる。元々中にあった家具は貴重なモノ以外全て捨ててしまったので、部屋にはなにもない状態だ。

 

「今日からここがお前の部屋だ。好きに使ってくれていい。とは言っても家具もなにもない状態だからな。まずは家具の買い出しからになる。レオナとアリアが一緒に行ってくれるみたいだから、適当に家具を集めてくればいい。カーテンすらないが、まぁあの二人が必要なモノは揃えてくれるだろうから大丈夫だろ。服は今羽を隠してるからヒューマンの服でも着れるだろうが、念のため背中の空いた衣装があると便利かもな」

「わかっている。わかってはいるのだが……」

 

 オリヴィエは言い淀んでいた。不思議に思って首を傾げていると、言いづらそうにその理由を口にする。

 

「……金がない」

 

 けれど最終的には俺の目を見て告げてきた。

 

「ああ、そうか」

 

 そういえば他の星晶獣四体もそうだったな、と少し前のことを思い返す。星晶獣は人とは違うので、同じような見た目をしていても成長せず風邪も引かないので食事を取る必要がなく、睡眠も必要ない。子が生まれるわけでもなかった。まぁその辺りは星晶獣それぞれの創り方に寄るだろうが。実際あの四体は食事ができる。必要ではないというだけで。例えばだが星晶獣ミスラやキクリなんかは同行していたとしても食事すらしないだろう。口ないしな。

 要は、金を払って生活するという習慣がない。

 

 だからルピを一切持っていない。

 

 それがオリヴィエの言い淀んだ理由である。

 まぁ俺は“蒼穹”と違って「私物は基本自腹な」とは言ってあるのだが、こういう特殊なケースのヤツもいるのでそういう場合は一律でルピを渡して揃えていいぞ、という風にしている。

 

「そういうことなら仕方がない。家具や衣服などを揃えるのに五十万ルピ。それから個人的な稼ぎがない場合は生活費を五十万ルピ。ただしそれ以上は用意しないのでそれでも尚金を稼げなかったら勝手に飢え死んでくれってことで」

「その金額がどれほどの価値を持つのかわからないが、意外としっかりしているな」

「まぁお前がさっき会った星晶獣がそうだったしな。常識がないことが多いし、いきなり自腹ってのは無理がありすぎるからこういう手段を取ることにしたんだよ。ま、“黒闇”の騎空団はあんまり団員が多いってわけでもないからな。それくらいの援助はできる」

 

 放浪の旅をしていたらしいロベリアはあまり金を持っていなかったのだが、「は? てめえに援助する金はねぇよ。真っ当に働いてこい」と優しく説得して騎空士としての仕事をやってもらったという経緯がある。レラクルは金はオロチを倒した時に回収していたので有り余っていて、配達料まで上乗せして家具を運び込ませてずっと引き籠っていた。あいつは筋金入りだ。今の把握能力を使えば自室でごろごろしているのがわかる。

 

「そうか。では、有り難く受け取っておこう。……とはいえ、そうなると私も働かなければな」

「そう思うなら、街の人に聞いて万屋のシェロカルテを頼ればいい。騎空士に仕事を斡旋してくれる。まぁ世間知らずの星晶獣ができる仕事は大抵魔物退治とかの簡単な仕事だけどな。お前愛想悪いし店の手伝いとかできないだろ」

 

 そう言うとなぜか少しだけむっとした気がした。

 

「そこまで言うなら、私にも普通の仕事ができることを証明してやろう」

「へぇ? まぁ頑張ってくれ。因みにシヴァは串焼き屋の店員。グリームニルは劇団員代役。ブローディアは兵士への剣術指南。エウロペは喫茶店の店員だな」

「……なんと言うか、馴染んでいるな」

 

 そうなんだよ。すっかり溶け込んでいてな。とはいえ有名にはなっていても問題にはなっていないのが大半ではあったのだが、残念ながらエウロペだけは問題が発生していた。エウロペを見に来る人で喫茶店が溢れ返ってしまうという事態が発生してしまったのだ。常連の時間を邪魔しない時間帯に勤務に入るという謎の勤務形態になっているらしい。客が多くて手が足りなくなってしまうらしいので俺が料理を作りに行ったこともあるのだが、ヤバかった。あそこだけ視線の熱帯雨林だった。

 

「ああ、意外なことにな。まぁお前もあいつらを見習って、とは言わないが精々頑張れよ。馴染めるように振舞わないと怪しまれるから気をつけてな」

「わかっている」

 

 オリヴィエの部屋が決まったので、あとはレオナとアリアに彼女のことを任せて退散することにする。俺の団では比較的常識人な二人と接することになったので、おそらくオリヴィエは大丈夫だ。世間知らずではあるだろうがきっちり常識を与えてくれるだろう。これをハーゼとかに頼むと厄介なことを仕込んでくれてたりするから嫌なんだが、あの二人ならきっと大丈夫。悪ふざけを入れてくることはないだろう。安心して任せられた。

 

 戦力もかなり増えてきたことだし、そろそろ次の段階へ行きたい気もするが。

 

「……さて、どうするかな」




次も三日後の三十日に更新予定です。


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最後の賢者

皆さん覚えているとは思いますが、賢者を統べたわけではありません。

ということで、あの人が登場します。


 レオナとアリアが用事でついていけないため、騎空士として依頼を受けにシェロカルテの下へ行くオリヴィエの付き添いは俺がやることになった。

 

 二人で街を歩いていると、妙な面子と遭遇する。

 

「……む。またダナンが新しい女連れてる」

 

 少し頬を膨らませるオーキスに、アポロ、ナルメア、アネンサ、フラウ、ニーア、ハーゼ、リーシャ、モニカという面子だった。アネンサとハーゼを除けば共通点はあるのだが、二人が入るとなると珍しい気がする。まぁアネンサはナルメアと一緒にいることも多いのでそう考えると珍しくない気もするのだが。

 

「そういうんじゃねぇって」

 

 不満そうなオーキスを腕に座らせるような恰好で抱き上げた。

 

「狡い~。私もお兄ちゃんに抱っこしてもらうの~」

 

 その様子を見てアネンサが正面から服を引っ張ってくる。最近構ってやれていないからな不満そうだ。どこかに遊びに連れていった方がいいかもしれない。

 そんなアネンサごと後ろから抱き締めるようにナルメアが抱き着いてきた。フラウとニーアが後ろから抱き着いてきて、アポロ、ハーゼ、モニカがそれらを呆れたように見つめている。リーシャは残った片腕に抱き着こうかどうかで迷っているらしかったが。

 

「……ふむ」

 

 リーシャがちらちらと見ていた俺の右腕に、顎に手を当てて考え込むようにしていたオリヴィエが抱き着いてきた。

 

「おい……っ」

 

 誤解を招くだろうが、と睨みつけると彼女は「ん?」と首を傾げている。

 

「どうかしたか? たくさんの女が集まったら男に抱き着くモノなのだろう?」

「いや違ぇよ」

 

 妙なところで世間知らずを出すんじゃない。他のヤツもきょとんとしていた。こういう時真っ先に口を出すオーキスでさえもだ。

 

「なんだ、違うのか。しかしこれになんの意味があるかはよくわからないな」

「……わからなくていいんだよ、別に」

 

 オリヴィエはさっと惜し気もなく俺から離れていった。余計なことを、と思い切り嘆息する。抱き上げているオーキスが少し強めに抱き締めてきた。

 

「……仲良しじゃないと、わからない。ただ真似してもダメ」

 

 彼女はそのままオリヴィエに告げる。見せつけるように抱き締めてはきているが、傍から見たらただ甘えている妹にしか見えない、というのは本人には言ってはいけない。

 

「ふむ。人というのは難しいモノだな」

 

 オリヴィエは考え込むように言った。からかうようなつもりがなかったので責めるに責められないというのもあって特に火種になるようなことはなかったはずなのだが……。

 

「なら、学べばいいんじゃない? ダナンのところで」

「?」

 

 そう言って火種を放ったのはフラウだった。

 

「特別仲良しじゃなくても抱き着くことへの不快感はなかったのよね? じゃあ大丈夫、お試しもできると思うの」

「ふむ……」

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ……」

(けだもの)?」

「……」

 

 俺にとってはお前の方がそれに近いんだが。

 まぁフラウもフラウで基本面倒見のいいところがあるので、それの一環なんだろうなとは思っているのだが。とはいえなんだか最近はその方向性がちょっと捻じれているような気がしなくもない。

 

「……ダメ」

「まぁ、あんま真面目に受け止めすぎるなよ、オリヴィエ。とりあえずここから真っ直ぐ行って噴水を右に曲がるとシェロカルテの店があるはずだから、そこに向かってくれ。付き添えなくて悪いが、まぁ一人で歩くのもいい経験になるだろ」

「わかった。お前はどうするつもりだ?」

「まぁ、最近色々あってのんびりできなかったからな、ちょっと」

 

 俺を好意的に思ってくれているヤツらに寂しい思いをさせるのは忍びない。

 

「そうか。私も好きにさせてもらおう」

「ああ。またな」

 

 オリヴィエはすたすたと去っていった。

 

「……今の人、星晶獣」

「ああ。その中でも天司の括りだ。まぁ大人しくはしてるだろうさ」

「……また相談なし?」

「別に抱え込んでるわけじゃないから安心してくれ」

 

 相談なしとは、ワールドとのことだ。大分無茶やったので叱られてしまった。というかモニカが告げ口したのが悪い。死にかけながら単独でワールドと戦ったことも、道中の戦闘を一人でやったことも。あとワールド関連のことを賢者以外には知らせていなかったことも。

 ガチで説教されたのは案外初めてなのかもしれない、と思っていたが。

 

「……言ってくれたら、いつでも力になる」

「ああ、わかってるよ」

 

 オーキスの頭を撫でてやってから、彼女を下ろす。アネンサが「まだかな~」という顔をしていたからだ。

 

「アネンサも、最近一緒にいてやれなくて悪いな」

「ううん~。その分一緒にいられる時はいっぱい一緒にいてくれるからいいの~」

 

 彼女を抱き上げると顔を綻ばせてぎゅーっと抱き着いてきた。オーキスより年上なはずなのにもっと幼い理由での甘えん坊だ。最近のお気に入りは俺とナルメアに挟まれて手を繋いだまま眠ることらしい。

 

「お兄ちゃん私も抱っこ~」

 

 ……。ハーゼが悪ノリしてきた。

 

「……お前それ、カッツェ(シスコン兄貴)にキレられるからな。あいつの前では絶対にやるなよ。面倒なんだよ、ジャッジメント呼び出すし」

 

 あいつ普段は冷静で頭も回る人格者なんだが、ハーゼのこととなると周りが見えなくなることが多い。ジャッジメントを呼び出して「審判の時だ! 可愛い妹に手を出した罪で、死刑!!」とか言って攻撃してくるから対処が面倒なんだよ。

 

「私のおも――お兄様は私に甘いものね」

 

 ハーゼは苦笑した。……いやお前今実の兄のことを玩具って言いかけなかったか?

 

「まぁ、付近にカッツェはいないから別にいいんだが、ハーヴィン相手だと結構子供の抱いてるみたいに見られがちと言うか、お前がいいんならいいんだけど」

 

 ひょい、とハーゼを残った片腕で抱き上げる。

 

「ち、ちょっと! 別に言っただけで本当に抱っこする必要はないのよ!?」

「なんだ、そうだったのか?」

 

 なら言わなければいいのに、と思いながら頬を染めたハーゼを地面に下ろした。

 

「……全く、淑女の扱いがなってないわね」

「悪かったな、スラム育ちなモンでよ」

 

 服の皺を伸ばしながらつんとそっぽを向くハーゼは少しだけ年齢より幼く見える。

 

 貴族の社交界とかに駆り出されていたハーゼと違って、俺はスラムで薄汚く育った身だ。礼儀作法も基本と帝国式ぐらいしか知らない。お貴族様の素晴らしい作法なんて知りたくもないしな。

 

「お兄ちゃん、一緒に水族館行こ~」

「いいけど、この前も行かなかったか?」

「いつ行っても楽しいの~。イルカさん可愛かったよ~?」

「そっか。まぁアネンサが楽しいなら行くか」

「えへへ~」

 

 心底嬉しそうににこにこしているのを見ると、行くことを決めて良かったと思ってしまう。なんだかんだ、俺は身内には甘いのかもしれない。とはいえ唯一の家族があんなんなので身内と家族がイコールで繋がってないというのは不思議な感じだが。

 

「ほらリーシャも、行くぞ」

「えっ? あ、はいっ」

 

 躊躇して以来動けていなかったリーシャを呼び寄せて、結局全員で水族館へ行くことになった。

 水族館はデートスポットの一つなのでカップルも多いのだが、その中でもまぁ目立つ目立つ。他にイチャイチャしたカップルはいるというのに俺達(主に俺)に向けて「ハーレムたぁいいご身分だなぁあぁん?」という殺意の込められた視線を受け続けることになったのだが。

 まぁ皆が楽しそうだったのでいいだろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「儂に嘘吐くたぁどういう了見だ?」

 

 皆で水族館に行ってから四日が過ぎ、一人で街を歩いていると険しい表情をしたエルーンの爺さんに道を塞がれてしまった。すっかり忘れていたが、そういえばまだ十人目の賢者は団員じゃないんだったな。

 長い白髪に賢者特有の紺色のローブと赤いケープ。

 

 ザ・サンと契約した賢者の一人、アラナンだ。

 

 そういや、会ってサン倒した後に贖罪の旅に出ていたんだったな。で、俺はまた会うためにどこを尋ねればいいかと聞かれて“蒼穹”の騎空団と答えたんだった。そうだったそうだった。嘘は吐いてないけど限りなく嘘に近い誘導をかけたんだったな。思い出してきた。

 

 そしてどうやら謀ったと勘違いされてしまっているらしい。まぁ俺の思惑通りなので言い訳の言葉はすらすらと出てくる。例え突然の再会であってもな。

 

「嘘は言ってない。俺は騎空団に所属しているし、“蒼穹”の騎空団を尋ねれば俺の居場所を教えてくれる。俺が“蒼穹”の騎空団に所属しているとは一言も言ってないだろ?」

「……」

 

 俺の言葉に、アラナンは険しい表情に呆れを混ぜていた。彼の心情を言葉にするとしたなら、「なにをぬけぬけと」かな。

 

「まぁあんたは動揺してる時相手の言葉を愚直に受け取りやすいみたいだから、わざとなんだけどな」

 

 終いにはにっこりと笑って告げた。

 サンがアラナンを誘惑(?)したのに近い状況だったから、俺がそう言えばきっと勘違いしてくれるだろうと睨んでいたのもある。理由はあの時仲間達には言ったが、こいつに真なる善人を見せるため。

 

「……はぁ。全く、本当に貴殿は人が悪いと言うか。だがおかげで、楽園の想像自体は出来上がった。真意はさておき、礼は言う」

「そうかい。じゃああんたは“蒼穹”に加入するのか?」

 

 テレサはうちに入ってくれたが、それはおそらく“蒼穹”とあまり関わりがないからだ。二択を突きつけられたらきっと向こうを選んでいただろう。テレサは人格的に向こうの方が性に合っていると思う。まぁそういう意味ではレオナとかもあっち側になるんだろうが。

 

「いいや」

 

 俺が今挙げた人達のように、根が善人で悪を許容するのが難しい場合。特別な事情がなければ“蒼穹”に入りたがるモノと思っていた。

 テレサは実際に“蒼穹”と関わりがなく、レオナは思うところがあって“黒闇”を選んだ。同じ性質で言うとエウロペとブローディアもそうなんだが、あれは俺が天司の羽を持たされているからというのが大きいのだろう。

 だからどちらの騎空団も知ったアラナンが、特別な事情がないと思われるため“蒼穹”を選ぶのだろうと考えていた。

 

 しかしアラナンは首を横に振る。俺の予想に反して。

 

「……儂には、あの騎空団は眩しすぎる」

 

 彼は少し俯いて呟いた。

 

「これは逃げかもしれねぇ。だが、あの騎空団にいると儂は、善人になったかのような気分になってしまう。己が起こしてきた罪を、責任を、忘れちまいそうになる。あそこはある種、儂が思い描いた楽園に近しい場所だ。そこに入って儂が“楽園”に選ばれた善人だという錯覚に陥っちまいそうで、儂には堪えられなかった」

 

 アラナンの独白に口を挟む余地はなかった。気持ちはわかる、というのは烏滸(おこ)がましいことだが。それでも少しはわかる。なにせ俺も最初、あいつらが眩しいという気持ちを持っていたからだ。

 

「じゃあこれからも贖罪の旅を続けるってことか」

「いいや、それも違う」

 

 そう思ったなら贖罪だろうかと思ったのだが、彼は否定した。少しだけ口元に笑みを浮かべて。

 

「儂は、貴殿の騎空団に入りたい」

「……あん?」

 

 思い切り怪訝な表情をしてしまった。別に俺達が悪の集団だとは思っていないが、殺る時は殺る。そういうヤツが多い騎空団ではあった。

 

「善がなにかはわかった。“蒼穹”の騎空団を見ていれば明白だ。だがな、儂には“悪”がなにかの結論が出ねぇんだ。簡単に割り切れるモノじゃねぇってのはわかってる。だが善人による善人のための楽園創造には、悪がなにかを知る必要がある。まぁ要は、儂は貴殿が善か悪かを見極めたい」

 

 爺さんは不敵に笑う。

 

「もちろん贖罪は終わらねぇ。だが夢を追いかけるのはやめねぇ。それを両立するために、貴殿の騎空団に入れて欲しい」

 

 言って、アラナンは深々と俺に頭を下げた。公衆の面前なので注目を浴びてしまうが、まぁいつものことと言ってしまえばそれまでだ。

 

「……まぁ戦力増強は有り難いし、賢者九人だけってのもキリが悪いから歓迎はするが。あんまり期待するなよ? 俺は間違いなく悪だ」

「儂は善よりの悪である可能性も考えてるんでな。きっちり見極めせてもらうぜ」

「勝手にしろ。あんたはもういい年齢だ。誰になにを言われるまでもなく、自分で考えられるだろ。せめて、もう介護されるようなことがないようにな」

「言わなくてもそのつもりだ。改めて、よろしく頼むぞ団長殿?」

 

 アラナンが手を差し出してくる。礼儀として握手に応じた。

 

 これで、一応賢者全員が揃ったわけだ。まぁ一人くらい“蒼穹”でもいいかなとは思っていたんだが、揃ってくれた方がいいと言えばいい。十天衆に対抗する戦力として期待したいところだからな。丁度十人いるし頑張って欲しい。

 となると俺が名づけた“六刃羅”はなにに対抗する連中にしようか迷うところだが。まぁそこまで気にしなくてもいいだろう。アネンサとクラウス以外はあまり見かけないのが少しだけ不安なところだが。

 レラクルはぐーたらしていて、ゼオは武者修行、トキリもゼオに同じ。あと一人のクモルクメルだけは近辺にいて、他のヤツから話を聞くことはあっても俺と顔を合わせることが少なかった。というか最近はほとんどない。近くにいるのはわかってるんだけどな。

 まぁ、今度タイミングが合ったら話してみようか。




次の更新はまた未定になります。Twitterとかでお知らせしますね。


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土属性の集い

まだ回収してないオリキャラの話を含みます。
古戦場が始まったので周回中、またはインターバルなんかに読んでください。現役の騎空士の方々、お互い頑張りましょう。……程々に。

最近更新が遅いのはアレです。
お絵描きが楽しいのと筆が乗ってる鬼滅二次創作が楽しくって……無限列車編描き終わったんですけど楽しくってもう……。
一区切りしてそろそろナンダクの執筆再開するのでご安心ください。
お絵描きはサイト読んで基礎学んだりトレースして遊んだりしてます。まだ楽しいです。

ともあれ、次は今回よりは早い更新できるかなと思います。


 なぜこうなったのかはよくわからなかったが、レオナとアリアと一緒に公園のベンチで座って新作のパイを食べていた。

 

「あ、美味しい」

「はい、とても。ミカンパイとはまた、聞いたことのないパイでしたが」

 

 二人には新作のパイの味見をしてもらっていたのだ。偶々パイ屋の近くにいたから呼び止めたというだけなのだが。

 どうやら二人でのんびり公園を散歩していたらしい。「そういうことするんだな」と驚いたら不満そうな顔をしていたが。

 

 レオナは以前まで、カインを死んだ婚約者のアベルに重ねて私が守らなきゃ、と視野が狭まっていた。

 アリアは以前まで、真王に認められるべく努力し続けていた。

 

 そこから変わった、若しくは変わろうとしているからこそ、こうしてのんびりしているのだろうなとは思うのだが。

 

「他の店にはない味を考えないと、なかなか客ってのはつかないモノだからな。まぁ元々の美味さってのも大事だが。季節やなんかを取り入れた新作を定期的に出していかないと、売り上げが落ち込むんだと」

 

 シェロカルテの手腕で新規の客を取り入れ、屋台の数を増やし、順調に売り上げを伸ばしてはいる。「誰が作ってもレシピ通りに作れば美味しくなるパイ」の販売はなかなかに上々だ。俺がこの間加入したオリヴィエにぽんと合計百万ルピを渡せたのも、そのおかげだ。……その後に入ったアラナンはアラナンで金がないらしく、あいつにも百万渡す羽目になったんだけどな。あいつは人なんだからちゃんと仕事して稼げよ、と思わないでもなかったが。自分は節約しつつ自分のいた街のレナトゥス教の教会生活費に仕送りしたらしい。

 

「ああ、だからミカンなんだ。夏が近いから、そのための新作?」

「そういうこと」

「まだ夏には早い気もしますが、季節限定モノというのは確かに早めに出しているような気がしますね」

「ああ。その辺の調整は本業のシェロカルテに丸投げしてるんだけどな。俺はあいつの要望に応えて新作を考えるだけ」

 

 今回考えたのは夏に発売する用のパイだ。とりあえず冷たくて爽やかな風味のパイを作ろうと思い、ミカンにしてみている。ひんやりしたパイが真夏には美味しいだろう、と思って試作しているところなのだ。冷蔵で保存するのはなかなか難しいところもあり、今はまだ作り置きで冷蔵しても美味しさが損なわれないかの実験にまで至っていない。だがまぁ、なんとかなるだろう。シェロカルテにも相談しているし、日々研究しているからな。

 

「私はいいと思うな。でもちょっとミカンだと甘さ控えめな感じがする、かな? この間食べた、普通に売ってるパイと比較してになるけど」

「味については文句ありません。ただ冷たいとパイ生地が少し硬いような気がしますね」

 

 二人の意見は参考になる。うちの団では比較的常識人に分類されるからというのもあるが、なんでも美味しい美味しいと言ってくれる勢とも違うのがいい。ある程度美味しいモノを食べ慣れている立場だったというのも大きいだろう。その点で言えばハーゼやカッツェもいいのだが、今回はタイミングの関係だな。

 

「なるほど。まぁそうだなぁ、色々考えてはいるが、久し振りに籠ってパイ作りに精を出したいところだ」

「あなたは本当に、料理している時だけは無害ですからね」

「俺が普段有害みたいに言うんじゃねぇよ」

「とっかえひっかえ女性を口説いて回っているあなたを無害と思えと?」

 

 それについてはなんというか、誤解が激しいだけだ。きっと。

 

「そう言うアリアさんだってよくダナン君の話をしてる癖に」

「なっ!? ち、違いますよ、私はただもう少し人目を憚らないモノかと……」

 

 からかうようなレオナの発言に、アリアが動揺していた。慌てて否定するものだから言い訳がましくなってしまっている。そんな彼女を見てレオナはくすくすと笑っていた。……仲いいなお前ら。

 

「……そう言うレオナだってダナンの話をするでしょう?」

「えっ!? い、いやそんなことはないと思いますよ?」

「敬語が出てますよ、わかりやすく動揺してますね。もし自覚がないなら重症です。いつの日かレオナまで“あの”中に加わることになるんですね」

「あ、アリアさん! 変なこと言わないでくださいっ!」

 

 今度はレオナが茶化される番だった。ホント仲いいなお前ら。まぁそういう話ができるのも平和でいる証拠だろう。……この間放置している真王がなにか企むかどうかは別として。

 

「……そ、そんな……!」

 

 と、そこで平穏な場面にそぐわぬ愕然とした声が聞こえてきた。三人でそちらを向くと、“黒闇”の騎空団の一員であるクモルクメルが立っている。わなわなと震えている様子だ。

 そういや話したいと思っていたんだった、と徐に思い出した。

 

「ふ、不潔! へんたい! バカッ!!」

 

 いきなり出てきたかと思えば罵倒されてしまった。一体何事だ? と首を傾げるも心当たりが……いや、もしかしてあれか?

 

「まさかレオナさんとアリアさんまで毒牙にかけるなんて……!」

 

 クモルクメルは少しだけ頬を染めてきっと俺を睨み上げてくる。

 

「えっと……毒牙って?」

「……どうやら誤解を招いてしまったようですね」

 

 レオナは苦笑し、アリアは額を押さえていた。要は逢引していると勘違いされてしまっているらしい。そもそも、クモルクメルは複数人と、というのがあまり好ましくないらしく。

 もしかしたらそれで俺のことを避けていたんだろうか、とようやく当たりをつけることができた。

 

「成敗ーっ!!」

 

 ハーヴィン故の身軽さで軽やかに跳び上がると、背に負っていた刀を抜き放つ。糸を操り空中に糸を張ってその上を器用に駆けていた。公共の場でそんなことをすれば注目を浴びるのは当然だ。というか彼女を真下から見上げていたヤツがいる。……マズいなぁ、と思ってちょっとだけ手を加えてやった。それでも鼻血を噴いて倒れていたが。

 

「蜘蛛糸白夜!!!」

 

 刀に空いた穴に蜘蛛の糸を通し、一度に蜘蛛の巣のような複数の斬撃を放つ奥義を使ってくる。動機は勘違いだとしても、割りと本気で始末しにかかってきていた。

 

「まぁ落ち着けよ、クモルクメル」

 

 俺は言って、俺が感知できる範囲の蜘蛛の糸を全て無へと変換させ、白刃取りして刀を止める。

 

「えっ!?」

「こんな場所じゃ騒ぎになる。話すなら他のヤツがいない方がいいだろ?」

「あ、うん……」

 

 彼女はあっさり奥義を受けられたからか、勢いに押されて頷いてくれた。注目されてしまっているのでとりあえず逃げるべく、ワールドの能力で騎空艇アルトランテの団長室、俺の私室へと繋がる門を創り四人を転移させた。

 

「ど、どうなってるの? さっきまでと違う場所にいる……」

「転移したんだよ。一応ワールドと契約したって話はしただろ?」

「う、うん。でもこんなことまでできるんだ」

 

 クモルクメルは落ち着かない様子できょろきょろしている。

 

「私達まで連れてこなくても良かったのではありませんか?」

「あのまま残されても困るし、誤解も解かないといけないからいいんじゃないかな」

 

 呆れたようなアリアと、苦笑するレオナ。こういう二人の表情を最近よく見かける気がする。アリアを呆れさせているのは主に俺のような気はするが。

 

「とりあえず、まず言っておく。レオナとアリアについては誤解だ。別に、そういうんじゃない」

「……そうなの?」

「うん。私はその……ちょっと複雑なんだけど。前の人が忘れられないっていうのがあるから、全然」

「私は絶対にあり得ませんね」

 

 少しは冷静になったのか、話を聞く気にはなってくれたようだ。

 レオナは変わらず苦笑して、アリアは腕組みをし憮然とした様子で答えた。どこからか「この世に絶対はないのじゃ……」という声が聞こえてきた気がしたが無視する。アリアの眉がぴくりと跳ねたので彼女にも幻聴が聞こえたのだろう。

 

 ともあれ、クモルクメルはあからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。

 

「なんだ、良かったぁ……。まぁそうよね、二人が不潔な真似するわけないものね」

 

 邪気のない笑顔を見せてくれるが。

 

「いや、不潔って。まぁ俺としては否定しづらい面の方が多いんだが」

「ふんっ。あんただけはダメよ。不潔の権化だもの」

 

 彼女は腕組みをしてそっぽを向いてしまった。酷い言い草だな。まぁ否定はしない。と言うかできないんだけど。

 

「まぁ、俺にはいいけど他のヤツとは仲良くしてやってくれよ? 悪気があるわけじゃないんだから」

「……別に、わかってるわよ。でも毎日毎日べたべたしちゃって。兎じゃないんだから、もう」

「……なんで兎だ?」

「あの動物は年中発情期らしいですからね、あなたにぴったりというわけです」

「俺は違うだろうが誹謗中傷だぞそれ」

 

 別に俺が盛っているわけではない、と思いたい。

 

「あはは……あ、そういえば。クモルさん、前にも注意したと思うけどその……下着ぐらい履くべきだと思いますよ?」

 

 レオナが苦笑して話題を転換する。あ、それは俺も言おうと思っていた。

 

「あぁ、あれ? でも下着って窮屈じゃない。別にこの糸の服さえあればいいでしょ?」

 

 クモルクメルはこてんと首を傾げた。……そうなんだよなぁ。こいつ、意外にも常識的で異性との接触は嫌がる癖に下着をつける文化がねぇんだよなぁ。今日も靴とかすら履いてなかったし。だからあんな公の場で糸の上に立ったら、まぁ見える。真下にいるヤツには丸見えになってしまう。だからちょっと俺がワールドの能力で謎の光を創って隠してはいたのだが。『オレの能力をそんなことに使うな』というワールドの声が聞こえてきそうである。

 

「だ、ダメですよ。クモルさんは山で育ったからわからないかもしれないですけど、服を着るだけでは常識的な服装とは言いません。下着もちゃんと履いてください。……公園で跳び上がった時、下の人から見えてましたよ?」

 

 レオナはなんとか彼女を説得しようとしている。裸体ではなくとも大事な部分が人前に晒される事態を避けたいのだろう。頑張れ。

 

「別にいいでしょ。動物は服なんて着ないんだから。それともなに? ハーヴィンってヒューマンの子供ぐらいの身体だっていう話だけど、子供の裸見て欲情するの? ……うわぁ」

 

 なんで俺の方を見て引いてるんだよ。別にハーヴィンだからという理由で欲情することも、欲情しないこともないぞ俺は。

 

「そういう人は一定数存在すると思いますよ。ダナンはおそらく、ただ見境がないだけですね」

「もっと酷いわ! この変態っ!」

「酷い言われ様だな……」

 

 罵倒されてしまった。俺には罵倒されて喜ぶ性癖はないのだが。

 

「……まぁ、俺は別にハーヴィンの裸ならそこまで意識することもないんだが、実際さっきお前の真下にいたヤツは鼻血噴いてたぞ。趣味は人それぞれと言うか、まぁ気をつけるに越したことはない」

「ただの変態では?」

「……オブラートに包んでるんだから剥ぐんじゃねぇよ」

 

 俺のそこはかとないやんわりとした気遣いが台無しだ。

 

「……ふぅん? まぁそこまで言うなら、着てもいいけど」

 

 おぉ、説得されかけている。

 

「お願いします。あとクモルさんのその糸の服は柔らかいからいいんですけど、衣服って結構硬いから。大事なところを守る意味もあるんですよ。そうだ、今度一緒に買い物行きません? これを機に色々な服を着てみるといいかもしれませんし」

「そうですね。色々な服を着て色々な恰好をする、というのも人の文化の一つです」

 

 ファッションに興味とかなさそうなアリアが……と思っていたらなぜか睨まれた。なんでこういう時に鋭いんだろうな。

 服装に拘るヤツがあんまりいないからな、うち。色々な服を着るのが楽しいオーキスやアネンサと、意外にも拘るらしいドランクとかがころころと私服の変わる面子だが。俺も大抵黒い服しか着ないしな。センスなんてあってないようなモノだ。

 

 どこからか「アリアも服装に興味を持つようになったのじゃな……」と感激したような声が聞こえてきた気がしたが多分気のせいだろう。

 

「兎に角、人と暮らすなら人の暮らしに合わせるのもまた楽しみの一つってことで。あんまり毛嫌いせずに色んなことをやってけよ」

 

 ぽんぽん、とクモルクメルの頭を撫でた。

 

「わかってるわよ……っは! こ、こうやって手籠めにするのね、このスケベ!」

 

 素直に頷いてくれるかと思ったが、はっとしたように手を振り払われてしまった。……いや別にそこまで考えちゃいねぇよ。

 

「ふふ、クモルさんって凄く髪が綺麗だから、服選ぶのとか楽しそうですね」

「そう? ふふんっ、この髪は両親からお母さんに近い神聖な髪なのよ?」

 

 レオナに褒められて得意げに胸を張っている。

 

「そういえば、あなたはあの蜘蛛に育てられたのですね。血の繋がった両親はいないのですか? あぁ、答えにくいことなら構いません」

 

 そういや、クモルクメルについては素性を詳しく聞いてなかった気がするな。いい機会だから俺も聞くか。

 

「いるわよ? 私は普通にハーヴィンの両親から生まれたもの。今も私がいたところの麓の村で平和に暮らしてるんじゃないかしら」

 

 彼女はあっけらかんと言った。その口振りからすると、会おうとはしていない上に未練も愛情もなさそうである。

 

「じゃあなんで蜘蛛に育てられることになったんですか?」

「それは、この髪と瞳が理由よ。糸みたいに細くて綺麗な白髪に、赤い瞳。見たことあるならわかると思うけど、お母さんと一緒でしょ? お母さんはあの村の人達にとって……なんて言うんでしょうね、守り神みたいな存在なのよ。だから生まれてきた子供を守り神の娘だーって連れていって預けたってわけ。それが、私があそこで暮らしていた理由」

「……なんと言いますか、随分と特殊な家庭事情ですね」

 

 お前ほどじゃないと思うけどな。真王の娘さんや。

 

「えっと、寂しくはなかったんですか?」

「全然。お母さんは優しかったし、動物達もいたから。私にとって血の繋がりのある両親と、多分弟がいるんだけど、その人達は家族じゃないから。私の家族は最初から、あの山にいる全て。だから寂しくなかったわ。まぁ途中から山を下りて人の言葉を学びなさい、ってお母さんに言われたんだけど」

 

 それで人語(?)が達者なのか。

 

「それまでは蜘蛛の言葉を使ってたのか?」

「ん~と、そんな感じだと思う。けど私とお母さんは波長が合ったみたいで、最初からなぜか声が聞こえてたのよね。それこそ本当にお母さんの娘として生まれてきたみたいに」

 

 クモルクメルは嬉しそうにはにかんだ。見方を変えれば両親に捨てられた可哀想な子なのかもしれないが、あの母蜘蛛の娘として育ってきて良かったと思っている顔だ。

 “六刃羅”の中では最も生まれがいいのかもしれない。

 

 両親と妹を殺された。両親や臣下を殺された。兄を殺された。道徳を教えてくれる相手がいなかった。神の子だと祀り上げられた。

 一応人の下で育ってきたと思われるヤツはいるが、人に育てられても尚人でなしに育つヤツもいる。トキリとクラウスはそのケースに近い。

 逆に人でないモノに育てられたクモルクメルが最も良心のある子に育つのは、なんと皮肉なことか。

 

「そういやお前の話って聞いたことなかったし、聞けて良かった。ありがとな」

「礼を言わせるようなことじゃないわ。それより、レオナとアリア、買い物に行きましょ。早い方がいいでしょ?」

「予定がないなら、喜んで」

「私も構いませんよ。……ただ、行く前に一つだけ」

 

 このまま解散の流れになるかと思っていたら、アリアが言って腰に提げた剣に手をかける。

 

「そこです!」

 

 そのまま部屋の壁に向かって剣を投擲した。ざくりと壁に突き刺さってびぃ……んと震える剣の真横に、突如としてフォリアが現れる。レオナとクモルクメルもぽかんとしていたが、フォリアも呆然としていた。

 

「……あ、危ないのじゃ!? あともう少しズレていたら死ぬところだったのじゃ!?」

 

 我に返って青褪めた顔で反論するが、アリアは謝るどころかわざと聞こえるように舌打ちする。

 

「……外しましたか。いえ、牽制でしたので当てるつもりはありませんでしたよ、ええ」

 

 しれっと取り繕い、アリアは近づいて剣を抜く。……ああ、俺の部屋の壁に穴が。

 

「ところで、なぜ姉さんがここに?」

 

 そしてそのまま刃を実の姉の首筋に突きつけた。フォリアが冷や汗を掻いているのが見える。

 

「じ、実はかくれんぼをしていたのじゃ。子供に紛れて遊ぶのも偶にはいいじゃろうと思っての」

「星晶獣ハクタクの認知操作の力まで使って、ですか? 年甲斐もなくかくれんぼをしていただけでは飽き足らず、大人気なく星晶獣の力まで持ち出すなんて。軽蔑しますね」

 

 アリアの瞳から光が完全に消えていた。流石に妹からそんな目を向けられては敵わないらしい。

 

「うっ、じ、実は……偶にアリアのことをつけておったのじゃ♪」

「そんなことを考える首はこの首ですか? この首ですね?」

「首は考えたりしないのじゃ!? と、というか少し食い込んで、食い込んでいるのじゃ!? ま、待つのじゃアリア! 早まるでない!」

「では、洗い浚い吐いてくれますよね、姉さん?」

「……はい」

 

 アリアは本気でキレているらしい。フォリアを床に正座させた。そのまま度々ぺちぺちと剣の平らな刃で肩を叩きながら尋問していく。叩かれる度にフォリアはびくぅと肩を跳ねさせていた。

 

 それからフォリアは、今までも偶に認知を操作して認識されない状態になったままアリアを尾行したり寝ているアリアの耳元であれこれ言って睡眠学習させようとしたりしていたことを告白した。

 アリアの苛立ちが上昇すると()()()()刃を縦にしかねない、というかした。刺さりかけた。流石に止めたけど。

 

 

「……うぅ。許して欲しいのじゃ。姉として妹の動向を観察するのは当然のことなのじゃ。とはいえ行き過ぎたのは事実。この通り反省している。だから許して欲しいのじゃ!」

 

 フォリアは正座した状態から額を床につけるほど平伏した。土下座である。

 

「許すわけないでしょう。……姉さん、まだもう二度としません、って言ってないですよね?」

「ぎくっ」

 

 この期に及んでまだ反省していなかったらしい。はぁ~っと深く、それはもう深くため息を吐いたアリアは剣先で土下座するフォリアの背中をぷすぷすと刺し始める。

 

「い、痛い!? 痛いのじゃ!? 刺さってるのじゃ!?」

「大丈夫ですよ、こんなこともあろうかとスツルムさんに傷をつけない刺し方を教わっておきましたので」

「こんなこともあろうかと!?」

 

 俺もここまでは考えてなかったわ。フォリアがどこにいるんだろうなぁ、と思ってもワールドの能力なら認識できるからな。尾行してるだけだと思ってた。あと頻度も俺が思っているより多かったみたいだし。

 

「ま、まぁまぁ。姉が妹のことを気にするのは当然だし、仕方ない部分もあるよ? やりすぎはダメだけど、もういいんじゃないかな」

「レオナは姉側だからわかりませんよ。……仕方ありません、これから外出する時に姉さんを見かけたら甲板に吊るし上げてから行くことにしましょう」

「酷いのじゃ!? ……いや、その前から準備すれば……」

 

 まだ諦める気がないのか。

 

「その辺りはきちんと考えていますよ、姉さん。それと……」

 

 薄く笑ったかと思うと、少しだけはじらうように頬を染める。

 

「姉さんに言われなくても、私は私で考えていることがありますから」

「アリア……」

 

 その表情を見て、はっとしたように顔を上げる。そしてなぜか俺の方をちら見してきた。……俺はなにもしてないぞ。

 

「……ではクモルさん、姉さんを縛り上げて甲板に。レオナさんはハクタクに頼んで姉さんを助けないように伝えてもらえますか?」

「「は、はいっ」」

 

 アリアは普段通りの表情に戻って二人に指示を出す。すっかり圧されていたのか二人共敬語だった。

 

 その後、フォリアはクモルクメルによって甲板の柱に括りつけられた。レオナはハクタクによく言って聞かせたという。まぁ「我が王がご迷惑をおかけしました」と頭を下げていたので多分すぐに助けるようなことはしないだろう。というかお前は止められる立場なんだから止めろよハクタク。と思ったのだがハクタクにとって王の願いは断りづらいらしい。つまりフォリアが悪い。

 

 まぁ、仲良く過ごしてくれる分にはいいんだけどさ。




鬼滅の二次創作描いてるせいかモンクに「こいつ岩の呼吸使えそうだな」とか思いました。


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団員との手合わせ

水曜日の夜に更新するとか言っておいて普通に忘れてましたごめんなさい。

レオナリミ化したのでその辺と絡めた話書きたいなぁとかようやくストーリー更新があるので次の章の構成とか進められるかなぁとか。
そんなことを思う日々です。


 ある日。

 

 俺は“黒闇”の騎空団の全団員を集めていた。

 

「じゃあ早速だが、俺と戦ってもらう」

 

 用件は既に伝えてあったので、特に驚く様子はない。

 

「移動するぞー」

 

 俺が言うと首に提げた飾りが赤く輝き、その場にいた全員をワールドの能力で創造した世界へと誘い込んだ。延々と続く大地。剥き出しの地面があって草木のない、暴れるのに相応しい場所だ。

 

「理由は説明した通り。俺が新しく手に入れた力を試したい。遠慮なく倒せるからってことで死なない星晶獣相手に戦ってみたんだが、正直星晶獣一体じゃ相手にならなかった」

 

 たった一体ならClassⅣでも相手にしてきたからな。その更に上である【十の願いに応えし者】を使って苦戦するはずもなかった。

 

「というわけで、参加したいヤツだけ参加して俺と戦って欲しいんだよ」

 

 事前に七曜の騎士は全員参加必須と告げてあるので、四人は臨戦態勢だ。ちゃんと甲冑に身を包んでくれている。アリアやアポロなんかは素顔に見慣れてしまったので久し振りな気がした。

 

「最近強敵との戦いもないし、とはいえお前達に鈍ってもらうのも困るし。いい機会だからここらで一丁戦ってみようかと思ってな」

「彼らと同等の力を手にしたのであれば、楽しみですね」

 

 バラゴナは俺の方が弱いからとこっちについた身だ。まぁ向こうは双子だから俺達はどうしても半分ほどになってしまうというのは仕方がないとしても、同等の力を手に入れておくことは悪いことじゃない。“蒼穹”にだけ戦力を集中させすぎるのは良くない、という真王の意見も少しわからないでもないからな。

 

「最初は参加したくなくても、参加したくなったらいつでも参戦してくれていいからな。……ってことで、始めるとするか」

 

 事前に説明していることをいつまでもお浚いしていても仕方がない。そろそろ始めよう。

 

「――【十の願いに応えし者】」

 

 俺が普段着込んでいる黒いローブの代わりに、紺色のローブと赤いケープを纏うことになる。

 

「さぁいこうか、ワールド。全力全開だ。遠慮なくかかってこいよ、お前ら!」

 

 ただ日々を過ごしていたわけではないのは知っているが、実際にどれだけ仲間達が成長しているのかはわからない。死力を尽くして戦う相手にも遭遇していないからな、仕方がないと言えば仕方がないんだが。

 それでも力試しをしたくなる時だってある。仲間達の今の実力を知りたい時もな。

 ワールドを顕現させて一緒に戦うという手もあるが、今回は補助に徹してもらうよう頼んでいる。

 

「ははっ! いいじゃねェか、大将ッ! 凄ェピリピリしてンぜ!」

 

 武者修行をしていたゼオが楽しそうに笑う。

 

「この人数相手に一人でとか、頭おかしいでしょ。まぁ、僕が今度こそ斬るんだけどね」

 

 トキリは相変わらずな様子だ。いい加減学んで欲しいんだけどな。人に教えるのって難しい。

 

「ならかかってこいよ。結構時間経ったんだし、多少は強くなったんだろ?」

「結構強くなったんだよ、それを思い知らせてやる!」

「オレも修行の成果ってヤツを見せてやンぜ!」

 

 トキリは捻じ曲がって、ゼオは無邪気に臨戦態勢に入る。……お前はホント、悲惨な過去があったわけでもねぇのにどうしてこうも捻じ曲がっちまったのかね。ゼオを見習えよ。家族虐殺されて尚純粋なとこ残してるんだぞ。

 呆れつつ、警戒はきちんとしておく。トキリは抜刀せずに駆けてきた。居合いを使う予定のようだ。ゼオは上半身をはだけさせると腰の太刀二本を抜き放って額に赤く光る角を現した。序盤から本気も本気のようだ。

 

 普通の人間と鬼化した人では身体能力に差が出る。トキリが五メートルほど離れた位置で強く踏み込んで急停止した瞬間に、遅れて駆け出したゼオは追い越して俺へと迫ってきた。

 

「居合い・旋風ッ!!」

「焔獄斬ッ!!」

 

 トキリは強い踏み込みからの高速移動で一気に俺へと迫り、そのまま刀を抜き放っていく。鞘走りを利用して加速する刀には風が渦巻いており、抜刀と同時に風によっても切り刻まれることだろう。

 ゼオは両手の太刀に赤々と燃える炎を纏って上段から力いっぱい振り下ろし、炎の斬撃を放ってきた。

 

「おぉ、強くなってるな、二人共」

 

 以前と比べても格段に実力を上げてきている。遊び惚けていたわけではなさそうでなにより。

 俺は二人の攻撃の間を擦り抜けるように身体を動かして回避した。連携しているわけではないのでどうしても間はある。

 

「なっ!?」

「技直後の油断が治ってねぇな」

 

 俺は驚くトキリの脇腹を軽く蹴飛ばした。俺達と出会うまで苦戦したことすらなかったらしく、「自分が技を使えば相手は受けられない」という認識があるようだ。そのせいか技の直後に緊張が弛緩する瞬間がある。……前々から言ってるんだけどなぁ。

 

「これならどうだ!!」

 

 ゼオは斬撃が防がれたと見てか背後に円になるように浮遊した何本もの刀を俺に向けて放ってきた。その上で自分も突っ込んできている。……ゼオはちゃんと成長してるな。刀の操作と身体の動きを両立できるようになっている。こいつは頭が弱い方だから身体で覚えられるように何度も何度も練習しろよと言った気がする。きっとそれを素直に、愚直にやったんだろうなぁ。それと比べてトキリと来たら。

 

 呆れつつもゼオへの対処はしっかりやらなければならない。戦闘センスはあるので戦いで相手がどう対処するかを誘導できるような戦略を練られればまた更に成長するだろう。性格上素直だからな。

 

 俺は刀の軌道上に空気で道を創る。刀の刃に沿うような形で棒状に創り、俺に届くまでの間に外側へ曲げる。すると刀は真っ直ぐ進めようとしても自然に逸れてしまうのだ。

 

「っ!?」

 

 刀が誘導されたことがわかったのだろう、ゼオは目を丸くしていた。だがすぐに好戦的な笑顔を浮かべると勢いを増して突っ込んでくる。刀を飛ばす技量を上げる特訓はしても、そちらが主力ではなく自ら刀を振るう。当然その腕も上がっているので伸びしろはかなりあると言っていいだろう。

 まぁ当然のことながらトキリにも同じことが言えるのだが。そこは意識の違いというヤツだ。

 

 あれだけ散々痛めつけてやったというのに、まだプライドを保っているらしい。なにかあいつの傲りを真っ向から打ち砕くようなことがあればいいんだが、そう簡単に起こらないよな。

 

「歯ぁ食い縛れよ!」

 

 俺はゼオの刀を掻い潜って懐に入ると強く腹部を蹴り飛ばした。攻撃を受ける側なのに素直に俺の忠告に従って歯を食い縛る辺りゼオである。

 とはいえClassⅣとも比較にならないほどの身体能力だ。踏ん張ることはできず元の位置以上に吹っ飛んでいった。

 

「疾風怒涛ッ!!!」

 

 蹴りを放った直後の俺に向かってトキリが突っ込んでくる。技の精度、規模、威力。どれを取っても以前とは比較にならないほどに成長している。だがそれだけで強くなれた、と断言するのはまだ早い。

 

「剣が軽いな、相変わらず」

 

 俺は風を伴った無数の斬撃を全て見切ると、軽やかに回避してトキリの真横にまで接近した。屈辱で顔を歪めているのがよく見える。隙を突いて攻撃することもしないでいたら、やや自棄の混じった一太刀が飛んできた。そんな攻撃が当たるはずがないだろうに。

 半ばおちょくるように、攻撃をすれすれで避けて実力の格差を如実にわかるようにしてやった。そうすると更に躍起になって攻撃してくるのだが、雑念が増すばかりで刀の振りが甘くなっていく。本人は追い詰めようとしているのかもしれないが、逆にどんどんとかわしやすくなっていくばかりだ。

 

 いい加減飽きも入ってくるので、軽い回し蹴りを脇腹に叩き込んでやる。

 

「ぐっ!」

「確かに強くなってはいるが、まだまだだな」

「煩いっ!」

「そうやって周りのことを跳ね除けてるから、心が成長しないんだよ」

「煩いって言ってるだろ!?」

「もしかして、お前まだ自分が強いと思ってるのか?」

「っ!!」

 

 図星だったのか一瞬動きが止まり、それを誤魔化すような隙の大きい大振りをしてきたので容赦なく鳩尾を小突いてやった。咳き込んで手を止めるトキリ。

 

「もう一回自分の弱さと向き合えよ。でなきゃ、一生弱いままだ」

「うるさ――っ!?」

 

 口答えは鉄拳制裁で封じ込める。普段なら兎も角トキリ相手なら仕方がない。顔面を強打させて腕を掴むと叩きつけるようにぶん投げた。

 

「大人しくそこで見てろ。手を出させると思ったら向かってきてもいいけどな」

「くっ……!」

 

 挑発してみたが、悔しそうに顔を歪めるだけで向かってはこない。ようやく敵わない相手と認識してくれたようだ。

 

「悪いな、お前ら。待たせちまった」

 

 ゼオとトキリに手傷を負わせて一段落したので、改めて残りの者達に向き合う。

 

「いいんじゃないの。おじさん、そういうの嫌いじゃないよ」

 

 紫の騎士ことリューゲルはくるくると持ち前の槍を遊ばせると、軽い調子で言ってから槍を構えてみせる。

 

「どこまで強くなっているか、楽しみですね」

 

 緋色の騎士ことバラゴナも剣を抜き放ってプレッシャーを放つ。

 俺としても強くなっていることはわかっているのだが全空でも屈指の実力と思われる七曜の騎士四人相手にどこまで戦えるかは正直気になっているところだった。

 

「よし、来い!」

 

 ワクワクして告げると、まずリューゲルが瞬時に眼前へと躍り出てくる。流石に速い。七曜の騎士の中でも速度で言えば一番かもしれない。まぁ当然のことながら同じ七曜の騎士であってもドラフであるバラゴナに力で敵うわけがない。それを速度と技量で補っているのだろうとは思うが。

 鋭い槍捌きに、先程とは打って変わってかなりギリギリ回避していく。この速さに真っ向から対応できる者は数少ないだろう。それこそ俺やあいつらレベル、同等の七曜の騎士、十天衆でも一部の者しかついてこれないかもしれない。

 

「やるね。おじさん、もうちょっと本気出しちゃおうかな。――レインッ!!」

 

 リューゲルが高く跳び上がる。そこから無数の突きを繰り出しながら急降下してきた。槍の雨が降り注ぐかのような攻撃だ。常人では一溜まりもないが、今の俺なら回避が間に合う。

 全力で後方に跳躍して範囲外に逃れた。

 

「五月雨斬り!!」

 

 だが直後に幾重もの斬撃が飛んでくる。リューゲルが先鋒を切っている間に接近してきていた。特に七曜の騎士なんかはまともに戦える相手が少なくて暇しているとすぐに鈍ってしまいそうだ。まぁ、暇なら暇で鍛錬をして調整する面子だとは思っているが。偶には全力でぶつかり合うくらいはしておいた方がいいだろう。

 

「はぁっ!」

 

 俺は斬撃に向けて拳を振るった。拳の衝撃波で斬撃を掻き消すことができている。衝撃波を大きく創り変える必要もないことから身体能力の向上も著しいことが目に見えてわかったのだろう、バラゴナが兜の奥で笑みを深めた気配がした。

 そうこうしている内に技直後のリューゲルが体勢を立て直し、バラゴナも真っ直ぐ俺に向かってくる。

 

「グレイトホライゾン!!」

 

 だが二人が迫ってくる後ろから黄金の甲冑を纏ったアリアが水平線目がけて横一文字に斬撃を放ってきた。作戦を立てていたわけではないだろうが、リューゲルはハーヴィン故に当たらずバラゴナも屈んで回避している。

 俺は手の前に見えない壁を創って受け止める、が流石に消去させないと七曜の騎士の攻撃を完璧に受け止めることはできないか。無傷では済んだが少し後退(あとずさ)ってしまった。

 

 その間にリューゲルが最高速で俺の左へ回り込み、速く鋭い突きを連発してくる。透明な壁を隔てて防御している間に反撃しようとするも、壁が出来たことを理解したのか蹴って離脱してみせる。直後迫ってきていたバラゴナの強烈な斬撃に、同じくらいの壁で対処したら呆気なく破壊された。同じ七曜の騎士とはいえハーヴィンとドラフじゃ膂力に差が出るか。豪快な一振りの衝撃を受けながら軽く後ろに跳んでやり過ごす。

 

「やりますね」

「そりゃ、これくらいやらなきゃあいつらと並ぶなんて無理だろっ!」

 

 バラゴナの言葉に蹴りの衝撃を増幅させて吹っ飛ばしながら応える。蹴り直後の体勢を嫌らしく狙うリューゲルと、バラゴナと入れ替わりで近づいてきたアリアが迫っている。総合的に一番強い七曜の騎士は白騎士だろうが、速さ柔軟さで言えば断然この二人だ。

 強さという点では意見が分かれるところだが、手数の面でこの二人は高い位置にいる。そんな二人に左右から攻め立てられれば、流石の【十の願いに応えし者】であっても捌き切るのは不可能か。

 

 一応推定ではあるが、【十の願いに応えし者】は双子の持つ【十天を統べし者】と同等。そして【十天を統べし者】はその名の通り十天衆全員の実力を併せたぐらいの強さ。つまりは十天衆十人分の強さである。更に七曜の騎士は十天衆三、五人分ぐらいの強さと思われる。個々で差はあるだろうが、大体それくらいだろう。

 つまり二人相手なら俺一人でも戦える。

 

 というのはまぁ、理論上の話であって。

 

 正直なところ手数が多すぎて対処し切れないというのが本音だった。

 

 かなり強くなったと思っていたのだが、やはり強者にも色々あって、戦い方によってはただ強いだけじゃ勝てないこともあるのだ。まぁ、理不尽な攻撃はしないように心がけているのもあるのだろうが。

 反撃の時間を作ろうと先程よりも分厚い壁を形成してみたはいいが、二人共一撃目で壁が創られたことを察すると溜めを作って威力の高い攻撃で突破してきた。

 

 判断が早い。

 

 しかもこの上もう一人、

 

「はあっ!!」

 

 凛々しい気合いの声と共に、特大の斬撃が放たれた。当たる直前で二人が離れたから良かったものの、巻き込まれそうな大雑把な一撃だった。手の前に壁を創って受け止め、数メートル後退したが耐え切ることには成功する。

 

「……」

 

 斬撃が舞い上がった砂煙の中を、悠々と歩いてくる黒い影。剣を横に払って砂埃を掻き消すと、漆黒の甲冑が姿を現した。……カッコいい演出しやがる。

 

「……大雑把ではありませんか? 味方側を巻き込むような攻撃は賢いとは思えませんね」

 

 それにツッコんだのはアリアだ。

 

「ほう? 私はお前達なら問題なく避けられると思ったのだが、どうやら荷が重かったらしいな」

 

 アポロも気分を害されたのか突っかかるような物言いで返す。兜の奥でアリアがぴくりと眉を顰めたのが容易に想像できた。

 

「そういう意味ではありません。共闘するという点で配慮に欠ける行動だと言っているのですが、伝わりませんか?」

「頭のお堅いアリアちゃんがよく言うようになったモノだな」

「ええ。貴女こそ、随分と丸くなったようで」

 

 なぜか一触即発の空気を醸し出している。しかし互いに相手のことをよく見ているようで、「仲直りしたんじゃないのかよ……」とツッコめばいいのか「さては仲いいだろお前ら……」とツッコめばいいのかよくわからない。

 とはいえこのままだと「前に戦った続きでもするか?」という流れになってしまい、折角七曜の騎士四人と戦う機会を作ったのが無駄になってしまう。

 

「……おいおい、相手を目の前にして余裕だな。じゃあ、もうちょい遠慮なくいくかぁ」

 

 既に身体能力で対処できる範囲を超えている。ここからは容赦なくワールドの能力を駆使していこう。周囲の空間を噛み砕くように、虚空から黒いドラゴンの頭部を創造する。警戒する四人に対して一つずつ、そのまま首を伸ばして迫った。真正面から受ける者、回避を選択する者とそれぞれ対応してくるが、中でも厄介なのが回避してドラゴンの頭部に乗り、首を伝って接近してくるリューゲルだ。

 あいつはホント、こっちの攻撃を利用するのが巧いと言うか。

 

「キューブ・レイ」

 

 そんなリューゲルは、ちゃんと考えて嵌めるしかあるまい。

 俺は左掌から彼を囲む立方体が形成されるように光線を放つ。囲って通り道を塞いでから、立方体の出来た範囲の内側に幾重もの光線が放たれて焼き払う――とはいえそう簡単にはいかない。

 

「っとと、おじさん相手に容赦ないね」

 

 内側が光線で埋め尽くされる前に全速力で範囲から逃れられていた。深く地面を抉った踏ん張り跡がそれをよく表している。

 

「ん、あれ?」

 

 そこから動こうとするも、彼の足は足首まで地面が不自然に盛り上がる形で埋まっていた。上手くいった、と俺は笑みを深める。

 

「悪いな。あんたの速度は厄介だから、嵌めさせてもらった。あの位置から光線が遅い部分を一部作っておけば、あんたならそこに移動すると思ってたんだよ」

「……してやられたってわけね。ホント、容赦ないよね」

「加減して七曜の騎士と戦えると思ってないんでね」

 

 俺は多少手傷を負ってくれることを願って、彼の足元から特大の光の柱を立ち昇らせた。常人が喰らえば死すらあり得る威力だが。

 

 光の柱が収まると、紫の騎士の鎧がバラバラになって地面に落ちる。中身が蒸発したということはあり得ない。

 

「危ない危ない、危うくいいの貰っちゃうところだったよ」

 

 槍を携え軽装になったハーヴィンの男性が少し離れたところに立っている。危ないとか言いつつ傷一つどころか汗一つ掻いていないのはどういう了見だろうか。

 判断の早さは流石だった。鎧を脱いで抜け出すとは。というか早脱ぎが過ぎるんだが。

 

「こちらも忘れてもらっては困りますよ」

 

 当然忘れてはいない。突っ込んできたバラゴナの一撃をしっかりと受け止める。バラゴナの剣を避けていくが、戦闘経験の違いによって見切っても次の一手で更に詰められる。それを繰り返されればいくら相手の動きを読めていたとしてもいつかは攻撃を当てられてしまう、ということだろう。いくら鍛錬しても戦闘経験の差はそう簡単に埋められるモノではない。

 相手が年上なら尚更仕方のないことだ。

 

 俺はそれを能力で補うしかない。

 

 一人相手ならなんとかなる気もするが、それは相手も同じ考えだろう。

 

「合わせてください!」

「わかっている!」

 

 少し離れた位置からアリアとアポロがタイミングを合わせて斬撃を地に這わせる。黄金の細かな斬撃と黒の大きな斬撃が合わさるように迫ってくる。威力を合わせなければ実現できないので、やっぱりお前ら仲いいだろ。

 

「はぁ!!」

 

 拳を放ってその威力を増幅させ、斬撃を相殺した。その間にもリューゲルとバラゴナは俺を倒すべく攻撃に転じている。

 この四人が連携の練習をしたとは思えないが、即興にしては上手く立ち回られている。それぞれが戦闘慣れしているのもあるのだろうが。

 

 特に厄介なのがリューゲルだ。おそらくこの中では最年長と思われるが、速い上に巧い。今の俺でも回避し切ることはできないので防御に徹するしかなかった。そこで頭と手を持っていかれるから他の三人はもっと厳しくなる。全方位感知できるからと言って、全方位からの攻撃を対処できるかどうかはまた別問題ということだ。慣れないと身体と頭が追いついてくれない。

 

 リューゲルの素早い攻めは突きの動作を感知した直後に狭い範囲に強固な障壁を創って対処。

 バラゴナの堅実な剣は正面で受けつつ調子に乗らせないように所々で能力を使い妨害する。

 アリアの精密且つ柔軟な攻撃はまだ対処可能な速さなので回避を優先しながら他の対処に支障が出るなら防御。

 アポロの大胆且つ大雑把な戦闘スタイルは動作がわかりやすい代わりに対処がしづらい。時折入れてくる魔法はなんだかんだ味方側を巻き込まないようには考えられているのが厄介なところだ。

 

 だがこうして四人の対処ををするために極限まで集中すると、段々と頭が冴えてきて手いっぱいだった時には見えなかったモノが見えてくる。頭が冴えて余裕が生まれるとワールドの能力を行使しやすくなる。

 

 そうなってからが反撃の機会だ。

 

 とはいえ、そう簡単に事が進むわけもなく。

 

「私も加勢します!」

「アリアが頑張っておるのじゃ、妾達も行こうかの、ハクタク」

「……アポロ、加勢する」

 

 レオナ、ハクタクに乗ったフォリア、ロイドを連れたオーキスから始まり次々と参戦を表明してくる。

 

「よし来い、遠慮しねぇからな」

 

 七曜の騎士四人でもかなりキツかったので、そこから更に追加となると勝ち目はゼロに近いだろう。だがそれでいい。今回は自分の全力を試すための企画なのだから。

 

 乱戦も乱戦、混戦になってきた戦いの中でようやくあの男が動き出した。

 

「ぬぐおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを上げて突っ込んでくる一人の男。俺としてはゼオやトキリと一緒で最初に向かってくるモノと思っていたのだが。

 というかあいつ、真っ直ぐすぎて味方側の邪魔になってるんだが。

 

 脇目も振らず俺に向かって一直線に突進してきた。あれは止まる気一切ないなと察したのか誰もが通り道を開けていく。実際、ガイゼンボーガなら蹴散らしてでも突き進んだだろう。

 

「ぬわぁ!!」

「おらぁ!!」

 

 俺も迎え討つべく拳を振り被り、ガイゼンボーガと拳をぶつけ合う。ゴウッ! と激突の衝撃波が舞った。……へぇ? 前は【レスラー】よりちょっと強いくらいだったってのに、まさか今の状態でほぼ互角とはな。

 

「極星よ!」

「リメイク=スター!」

 

 彼の呼び声に応じて出現したスターの連打に合わせて、俺も隕石の如く虚空から拳の雨をぶつける。流石に威力はそう変わらない。相殺した形だ。

 

「……くくっ! 鍛えに鍛えたと思ったが、まだ上があるとはな!」

「それはこっちのセリフだ。まさかこんな短期間でここまで強くなってるとは思わなかった」

 

 鍛えた成果が相殺されても楽しげに笑っている。戦場の高揚感を味わえているからだろうか。

 

「ふん。粋がるのはいいが、単独で戦えると思うなよ」

「吾輩は“戦車”なるぞ! 加勢などいらぬ!」

「勘違いするなよ、私はただダナンと戦うだけだ。貴様を手伝う気はない」

「吾輩の敵を横取りすると? この“戦車”を前に上手くいくと思うな」

「ふん、勝手にしろ。……おい、久々だが鈍ってはいないだろうな?」

 

 かつて一人で突っ走っていたからかアポロがガイゼンボーガに突っかかっていた。そして彼女は傍に控えた二人に声をかける。

 

「もっちろ〜ん。まぁ僕は見てるだけで良かったんだけどねぇ」

「嘘吐け。お前、ダナンの戦いを見て自分だったらどう攻めるか考えて楽しんでただろ」

「えっ! す、スツルム殿〜。いくら僕ら長い付き合いだからって心を読むのは狡いんじゃない?」

「お前は顔に出やすいんだ」

「そんなことないと思うけどなぁ……」

 

 戦いそっちのけで話す二人の傍で、アポロが苛立ったようにザクッと剣を地面に突き立てた。

 

「……お前達。いい加減にしておけよ」

「うっわ。ボスの怒ったとこ久し振りに見たかも。最近丸くなってたからね〜」

「ああ、懐かしいな」

「貴様ら……!」

 

 怒られても反省した様子のない二人に対して、アポロがゴゴゴ……とオーラが出そうなほど怒りを露わにした。

 

「おぉっと! ボスに叱られちゃったしそろそろ始めよっか」

「ああ」

 

 ドランクは大袈裟に驚いてみせてから俺に向き直り指の間に複数の宝珠を挟み構える。スツルムも腰のショートソードを抜き放った。

 

 そんな三人の様子を見て、アリアが少しだけ寂しそうに、羨ましそうにしているような気がした。……そういやこいつにも、部下がいたんだったな。真王のところに追い返しちまったから酷い目に遭ってなきゃいいんだが。

 後でアリアのフォローだけはしておくか。

 

「……喋ってないで、手を動かす」

 

 オーキスに叱られては、流石の二人も茶化せないようだ。少しだけ困ったような顔で参戦する。

 

 そこにゼオが復帰してアネンサも加わり、ナルメア やリーシャ、モニカにシヴァ、グリームニルとブローディア、フラウとロベリアまで参戦してくる。流石に人数と強さが増してすぎて手と頭が追いつかなくなっていく。

 だが楽しい。いっぱいいっぱいなはずなのに、怪我もしないわけではないのに、楽しくて堪らない。

 

「退いていろッ!」

 

 乱戦の最中、剣を大きく振り被ったアポロが大声で合図する。

 

「そう来るなら……」

 

 俺は笑みを深めて虚空からブルドガングを取り出した。

 

「「黒鳳刃・月影ッ!!!」」

 

 剣を振るって空間を割り砕き、漆黒の奔流を放つ。全く同じ動作、全く同じ規模。二つはぶつかり合って空間を軋ませ、相殺される。

 

 最初は【ナイト】のファランクスで受けて気絶した。

 いつだったかは加減した威力を短剣一本で切り裂いた。

 そして今、相殺に成功した。

 

 身体の奥底からなにかが湧き上がって自分の身体が一回り大きくなったように感じる。

 

「……ふん。あの頃から随分と成長したモノだな」

 

 アポロが兜の奥で笑っているのが容易に想像できた。おそらく彼女も俺と同じ場面を思い返していたのだろう。

 

「ああ、だろ?」

 

 なんだか嬉しくなって不敵でない少し無邪気な笑顔になってしまったかもしれない。

 

 だが空気を読めないガイゼンボーガ、ロベリア、ゼオの三人とオーキスが襲いかかってきてしまう。

 

「……むぅ。なんか通じ合ってる」

 

 なんともわかりやすい理由だった。苦笑しつつ、対処のために真面目に戦っていく。

 観戦だけのヤツもいるが、この人数の強者相手に充分戦えていた。自分の中の確かな成長を感じ取り、少し自信にも繋がっていく。

 

 ……次、あいつらと戦う時が楽しみだな。




次回はトキリの話です。
そろそろあいつもなんとかしてやらないといけませんからね。


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トキリの思惑

まずは心をへし折るべし、と思っているのですがそこまで辿り着けなかった……。
予告していた通りのトキリ回。過去回想ありです。


 トキリはただひたすらに、それを見ていた。

 

 ダナンが七曜の騎士を含めた団員達と戦っている様を。

 

 ……クソッ。

 

 見ているだけで悔しさと屈辱、苛立ちが募っていく。

 ただ、決して入っていこうとはしなかった。

 

 なにもできないことを本能で悟ってしまっているからだ。心では否定しても、挑んでも全く勝ち目のないビジョンしか見えてこない。それを否定して、しかし身体は動かず。そんなことを内々で繰り返して鬱憤が溜まっていく。

 

「……クソッ」

 

 だからこうして、吐き捨てることしかできなかった。

 

 いつしか戦いは終わり、ダナンは汗だくな笑顔で「いい経験になった」と口にする。

 だがトキリにとってはほとんど得るモノがなかったと言っていい。じっと戦いを見ていた。トキリは見て真似る才能がある。今まではそうやって剣術を盗んでいた。しかし今の戦いは、はっきり言って次元の違うモノだった。

 もちろん形を真似るだけなら簡単だ。だが威力や精度を盗みそれを自分の技量で超えることはできない。威力や精度、技量に至るまで全てが自分の届く範囲にない者達ばかりだ。なんなんだよこの騎空団、と思わないでもなかったがこの騎空団はライバルとしている大規模騎空団がある。そこにはかつて手も足も出ず赤子扱いされて負けた全空一の刀使いと称されるオクトーがいる。聞いた話によればトキリが一人で彷徨っている中出会った一見釣り師の爺さんや仕込み杖との二刀流を使う爺さんというとんでもなく強かった剣士も加入しているらしい。というかそれよりもせんべえに負けたのが悔しい。

 ダナンはよく“蒼穹”はおかしいと言っているが、トキリからしてみればどっちもどっちだ。七曜の騎士を四人も擁しておいて普通を名乗れるとは思っていないだろうが。

 

「……」

 

 しかし、だから自分が一番弱いのは仕方がない。とはならなかった。

 

 “黒闇”の騎空団の誰にも勝てず、流浪の剣士にも負け、それでもまだ彼はプライドを残していた。心が折れてはいなかった。それは幼い頃から信じてきた自分の天才性を未だ信じていたからだ。

 

 戦いが終わり、ダナンの能力で元いた空間に戻ってくる。他の団員達は、戦いの感想などを言い合いながら解散していく。

 トキリは一人、騎空艇の自室に戻っていった。

 

 ――彼が()()()()()きっかけは、昔にある。当時六歳の頃だ。

 

「ねぇ、暇なら道場に来ない?」

 

 一人蟻の巣を眺めていた彼を、近所の同い年くらいの子供が誘った。実家の近所にあった剣術道場主の子供だ。この頃のトキリは比較的大人しい性格で、両親が早くに亡くなってしまったことから親戚の叔母の家で暮らしていた。ただ叔母はあまりトキリの両親とは仲が良くなったようで、トキリに対しては干渉してこなかった。トキリにしても両親に溺愛されていたわけではなかったためにそれならそれでいいか、と思って一人遊びを続けていたくらいだ。

 

「……いいけど」

 

 特にやることもなかったので、トキリはその子についていくことにした。……水でいっぱいになった巣の周りで慌てふためく蟻達を尻目に。

 

「お父さん、今日からこの子も見学させて欲しいんだけど」

 

 その子はトキリを連れて自分の家の道場まで行く。中で道着を来て木刀を振るっていた男性は手を止めると朗らかな笑みを浮かべた。

 

「おぉ、ツジリか。そっちの子はお友達かい?」

「ううん。でも暇そうだったから」

「そ、そうか」

 

 友達ではないと言われて少し困惑しながらも、彼女の父は笑顔で屈みトキリと視線を合わせてくる。

 

「えっと、名前は?」

「トキリ」

「そうか、トキリ君か。剣を握ったことはあるかな?」

「ないけど」

「そうかそうか。あ、気にしなくていいよ。剣を握ったことがなくても、鍛錬を積めば強くなっていくからね」

 

 彼の言っていることが、よくわからなかった。トキリには努力をするということがよくわかっていなかったから。それに、剣を学ぶことがそんなに時間を費やすようなことなのかも疑問だった。

 

「じゃあ基礎を教えてあげる。えっと、剣はこう握って……」

 

 連れてきたその子は仲間が出来たことを喜ぶように、嬉しそうに説明を始める。トキリにとってはそうでもなかったが、まぁ暇潰しになるならなんでもいいかと思ってその子に付き合っていた。

 

 その一週間後。

 

「じゃあ試しに打ち合ってみようか」

 

 ツジリの父はそうトキリに提案してきた。剣の振り方は教えたので、実際に打たせてみるようだ。剣術は素振りなどを延々と繰り返してつまらないイメージが強いため、そこを変えてある程度実際に打ってみることを経験させる方針にしていたらしい。

 

 物は試しに、と二人に勧められてトキリはツジリの父と向かい合う。大の大人と小さな子供。勝負は見えていたはず、なのだが。

 

 受けようと構えていた彼の懐に踏み込んで、トキリは木刀で右足の脛を強かに打った。

 

「ぐっ!?」

「え――?」

 

 呻き声を上げる父を呆然と見つめるツジリ。この中で一番冷静だったのはトキリだったかもしれない。

 

 トキリはそのまま下がっていた手首を的確に打ち砕いて木刀を落とさせ、容赦なく左足を狙う。体勢を崩して倒れ込んだ彼の前で、木刀を大きく振り上げた。打ち所が悪かった、と言えばそれまでの話だが実際には違う。全てトキリは狙ってやっていた。力で足りない威力は角度などで補っていたのだ。

 

「ま、待て――っ!?」

 

 彼がこれ以上を制止しようと手を伸ばしてくる。それを見た瞬間、トキリの全身をある種の衝撃が貫いた――快感だった。大の大人が、自分よりも強いはずの大人が跪いて情けない声を上げている。堪らなく心地良かった。もっと見たい、とトキリは高揚感に身体を震わせる。

 彼が制止しようとして顔を上げ、唖然としたのはトキリがあまりにも恍惚とした表情で歪んだ笑みを浮かべていたからだった。

 

 トキリはそのまま、愕然とする彼の頭部を木刀で強打した。

 

 出血して道場の床が少しだけ赤く染まる。彼は意識を失ったのかぴくりとも動かなくなった。

 

「お、お父さん!?」

 

 ツジリの悲鳴にも似た声が聞こえる。トキリは表情を変えずにそちらを振り返って、

 

「ねぇ。剣ってすっごく楽しいね」

「っ……!?」

 

 今まであまり表情を変えていなかったトキリが見せた、初めての笑顔。しかしその意味合いの違いにツジリは恐怖し、怯えた顔で口元を覆った。

 しかしトキリは興味を失くしたように顔を背け、木刀を持ったまま道場を後にする。彼を呼び止める声はなかった。

 

 血のついた木刀を持って歩いていれば呼び止められることもあったが、邪魔するなら同じようにしてしまえばいい、という答えを得てしまっているトキリは油断している大人を木刀で滅多打ちにした。そんなことをすれば大人達が止めようとしてくるが、それを嘲笑うかのように叔母の家に戻る。戻っても叔母にガミガミと煩く言われたので、木刀で黙らせた。そして食糧などの必要そうなモノを持ち出し、トキリは故郷を出立するのだった。

 

 それからは迷子のフリをして商人に近づいたり、無垢な子供と思わせて油断した盗賊を一網打尽にしたり、自由気ままに遭遇する人達に応じて対応を変えながら気に入らないモノを倒して悠々と旅をしていた。

 

 特に大の大人が情けなく「やめてくれ!」と懇願する様子は堪らなかった。

 

 もっと見せて欲しい。もっと優越感に浸りたい。

 

 そんな感情に突き動かされて過ごしている内に、トキリは“人斬り”と呼ばれるようになった。ある時から真剣を使うようになり、その方が命乞いに必死さが加わって楽しいからという理由だった。相手のことなど一切考えたことがないので、結果的に死んでしまっても特に気にしてこなかった。

 それが間違ったことだと教える人も、教えられるほど強い人もいなかった。

 

 トキリが敵わない相手に出会ったのは、もう他者の意見を聞き入れなくなって久しい頃だったのだ。

 

 ――時は現在に戻る。

 

「……どうやったらあいつに一泡吹かすことができるんだ?」

 

 トキリは自室で自問していた。ただ答えは簡単だった……今よりもっと強くなればいい。だが前より格段に強くなった、今度こそ手も足も出ないなんてことは起きない、とそう思っていたのに遥か上を行かれた。

 正直あいつはおかしい。自分の方が年齢的にも伸びしろはあるはずなのに、なぜかその遥か上を行かれる。この短期間で手の届かないところを飛ぶ鳥が手の届くはずがない星になったようなモノだ。アホみたいに強くなりやがっている。

 

「……クソ」

 

 わかってはいた。あいつが団にいる誰よりも強くなるだろうということは。だからこそトキリはダナンに勝つことに拘るようになっていったのだ。ある意味、天性の勘で彼が最も強くなるとわかっていたのかもしれない。若しくは団の長を務めるヤツに勝てば事実上自分が一番強くなる、と思っていたのかもしれないが。

 

「……強さで頭がおかしいのはあいつと、“蒼穹”のグランとジータとかいうヤツ」

 

 トキリはぶつぶつと呟いた。他にも強者はたくさんいる。七曜の騎士だって、十天衆だってそうだ。だがトキリにとって意味不明な存在があの三人だ。成長の底が知れない、という意味での畏怖を感じているのかもしれない。

 だがそうは思っても心が納得できない。どうにかして勝つ方法は……と思考を巡らせる。

 

「……そうだ!」

 

 ダナンについて考えを巡らせている内に、一つの方法を思いついた。トキリの顔にはいつも通りの歪んだ笑みが浮かんでいる。

 

 この方法を実行し、もし想定するように上手くいけば自分が強くなれて、且つダナンに精神的なダメージを与えられるかもしれない。そう思うと堪らなかった。

 ただこの方法を試すにはタイミングを見計らう必要がある。

 

 トキリは自室を出て急いで目的の人物を探した。

 

 すぐに見つかった――はいいがダナンと一緒にいる。流石にダナンと一緒のところに声をかけたら警戒されてしまうだろう。仕方なくこっそりと機会を窺い、一人のタイミングを見計らって声をかけることにした。

 

 偶然居合わせた、というのを装うために心を落ち着けて。

 一応もう本性はバレているが少しでも学びの姿勢を作るためにこやかに振舞うように。

 

 ちゃんと意識をしてから、心を決めて声をかけた。

 

「あのっ、ナルメアさんっ」

 

 トキリは笑顔でぱたぱたと駆け寄りながら、一人街を歩いていた目的の人物――ナルメアに声をかける。

 

「? トキリちゃん? どうかしたの?」

 

 ナルメアは警戒した様子もなく、きょとんと小首を傾げている。第一段階は突破、と内心で少しだけほっとした

 

「えっと、相談があって。僕に剣を教えて欲しいんだ。お願いできないかな?」

 

 トキリの目論見はダナンが大切に想っているナルメアに頼んで師事してもらい一緒にいる時間を減らして精神的に影響を与えること。そしてダナンが最初に師事を受けた剣の師匠ということで強さの一端を担っていると考えていた。

 

「えっと、お姉さんでいいの? 他にもいっぱいいると思うけど」

「うん、ナルメアさんにお願いしたいんだ。ダメかな?」

 

 軽く頭を下げて頼んでみる。それが効果あったかは兎も角、

 

「……うん、いいよ。丁度これから鍛錬するところだったから」

「良かった、ありがとう」

 

 笑顔をより深いモノにして礼を言い、ナルメアの後についていく。

 

 その後ろ姿を見ながら、表面上では笑顔を保ちつつ内心で歪な笑みを浮かべるのだった。




ちょっとした天才が狂気の天才に師事を乞う……ということで次の展開は予想できちゃうんじゃないかなぁと思いますが、一応言っておくとトキリ君の心が折れます。一回折れないとね、彼はどうしようもないからね。

ちょっと更新ペース上げようかなぁと思っていますので、またしばらくお待ちください。


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目指すべき場所

めっちゃ石が貰える夏のキャンペーンとか新イベめっさ面白いとか色々ありましたが、珍しく週に一回とかのペースで更新できてますね。
皆様の幸運をお祈りしています。


ただ、不意打ちの浴衣ロザミアは狡い。


 ナルメアに目をつけて鍛錬してもらうことにしたトキリ。

 

 彼女はダナンの剣と刀の師匠でもあり、加えてオクトーとも関係がある。しかも過去に互角の勝負を繰り広げていたという噂を耳にしたことがあった。

 ナルメアの強さの秘密を紐解けば一気に近づける。そんな思惑もあったのだ。

 

「じゃあまずは素振りからね」

「うん」

 

 全団員に勝負を挑んだことがあるトキリもわかっているが、ナルメアは強い。おおよそ欲しい剣の要素を全て網羅しているようなモノだ。見て盗めるモノは盗んでおきたい。

 以前はその速さについていくことすらできなかったが、今ならその強さを知り盗むことができるはず、とにこにこ笑顔の下でほくそ笑んでいた。

 

「……」

 

 ナルメアは刀に手をかけて神経を研ぎ澄ました瞬間、空気がヒリついた。やや不純な動機を含めてナルメアを選んだところはあったが、一瞬なそんな心は吹き飛んでしまう。

 

 ……凄い集中力だ。これも真似するか。

 

 強くなりたいという気持ちは本当に持っているので、盗めるところは真面目に盗むつもりだ。

 腰に提げた刀の柄に手をかけて、呼吸を整え神経を研ぎ澄まして深く集中する。確かに昔、素振りも実戦を想定しながらやった方がいいと聞いたことがあったような気がする。

 

「――ッ」

 

 ナルメアがどうするのかをじっと観察していると、白刃の軌跡が美しい弧を描く。居合いか――そう思うよりも速く、同じ速度で刀を翻した。そのまま刀を振るい続ける。

 

「……」

 

 トキリは無意識ではあったが、口をぽかんと開けて(ほう)けていた。

 彼が見ている間にもナルメアの剣速は加速していき、一つ前に振るった刀の軌跡が残像として残ったまま次の一太刀へと移っている。更に加速を続けている内に同時に何度も刀を振るっているのではないかと思ってしまうかのような速度へと昇華されていく。

 少しずつではあるが足の位置がズレていっている。それほどの勢いで刀を振るっているのだ。

 

 やがて軌跡が十に届くかと思われたところで一気に加速し十に届いたところで静止した。刀を振り切った姿勢のまま残心、その後納刀する。ふぅ、と息を吐いたナルメアは汗一つ掻いていなかった。

 

()()素振りをして身体を温めたら、次は型の練習かな。今の自分にできることを繰り返すの。三時間くらい? その後は今の自分がやらない、使わないようにしてることを考えてやってみる。それが大体二時間くらいだから、日付が変わるまでね」

 

 今のが軽くやった素振りなのかよ……と嫌気が差してくるが、それよりも今から五時間くらいで日付が変わるので、休憩なしに鍛錬し続けるつもりだということがわかってしまう。

 

「それって休憩の時間ないよね? まぁ寝る前だからいいのかもしれないけど。朝は鍛錬してるの?」

「うん、してるよ。早朝に起きて二時間か三時間くらい。その後は朝ご飯作りに行くから」

「へ、へぇ……」

 

 朝食は確か七時半くらいだったはずだ。つまり四時頃には起きて鍛錬しているらしい。

 

「他の子がダナンちゃんと一緒にいる時はお昼も鍛錬するし、夜ダナンちゃんのところにいる時は他の時間を鍛錬に使ってるけど」

 

 よくそれで身体を壊さないな、と呆れてしまった。要するにダナンがいなければ一日の大半を鍛錬に費やしているということだからだ。ダナンと一緒に行動する前、出会う前はずっとそれを続けてきたと考えれば今の強さにも納得してしまう。

 

 トキリは鍛錬に費やしてきた時間が、同年代の団員達と比べても極端に少ない。それこそ最近始めたばかりだ。なにせ、ある程度見ただけで剣術を模倣することができるようになる。すぐに使えるようになるのだからわざわざ練習するまでもない。そう思って鍛錬などほとんどしてこなかった。

 その結果、団で一番弱いという不名誉な認識を植えつけられてしまっている。負けてからはきちんと鍛錬しているのだが、本音を言えば「鍛錬ってなにすればいいの?」という疑問すら浮かんでくる始末。

 

「そ、そうなんだ。素振りをする時のコツとか、なに考えてるとかある?」

 

 ナルメアの鍛錬に対する異常性は一先ず置いておいて。トキリはなにか少しでも近づけるように質問をしてみた。

 

「う~ん……。素振りだったら、身体を疲れさせない動きを意識したり後は相手と打ち合いをするイメージかなぁ」

 

 悩む素振(そぶ)りを見せて口にする。なるほど、と彼は一つ頷いた。言われてすぐにできることではなさそうだったが、それを聞けただけでも声をかけた甲斐があったモノだ。

 

「わかったよ。今日はその、見てるだけでもいい? わからないところがあったら聞くから」

「うん、いいよ」

 

 真似して同じ動きをしようと思っていたが、今の実力では到底真似できないということがわかっただけだった。目的を変え、得意な観察に重きを置くことにする。

 

 それからナルメアは、本格的な鍛錬を開始した。

 

 結論から言えば、なにも学べるモノはなかった。

 

 一つは、全力を出したナルメアの動きが速すぎてほとんど目に追えなかったから。それでもなんとか食らいつこうと、なにかヒントを得ようと声をかけてみたのだが。

 

「速く動くコツ? えっと、鍛錬して身体を鍛えること、かな?」

 

 とすぐにはどうにもならない答えが返ってきた。それはそうなのだろうが。「ドラフは筋力がヒューマンと違うから」という身も蓋もない答えが返ってこなかっただけマシだろうか。

 

 次は動きの中で蝶が舞い、舞った先に瞬間移動する方法を聞いてみる。

 

「い、今の動きはどうやってやるの?」

「? どうってなんのこと?」

「あれだよ、蝶が飛んで飛んだ場所に移動する……」

「……? ただ移動しただけだけど?」

「えっ?」

 

 まさか隠そうとしているのか、と思ったがナルメアが本当にわからない様子で小首を傾げていたので、心からそう言っているのだと理解してしまう。トキリはこれ以上聞いても無駄だと察して引き下がった。

 

 ――ぎし、と心が軋む。

 

 その移動方法を使い、鍛錬中特殊なことをする。一度刀を振るってから移動して反対側から刀を振るい、自分の攻撃と攻撃をぶつけ合わせるのだ。そんなことが並み大抵の者にできるはずもない。

 

 ――ぎぎぎ、とプライドが強く軋んでいく。

 

 しかもそれを絶え間なく、まるでナルメアが二人いて手合わせしているかのように続いていくのだ。しかも動きの一つ一つがトキリの剣より遥かに洗練されており、まともに目で追えない。

 

 ――胸が絞めつけられるように痛みを持ち、呼吸が浅くなる。

 

 ナルメアは鍛錬に集中しているのかトキリの様子に気づくことはなく、刀の形状を変化させると奥義を放った。

 

 ――今のトキリに、なにも聞く気は起きなかった。

 

 認めたくはない。いや、今までもわかってはいたのだろう。わかっていて見て見ぬフリを続けてきた。

 

 ――ぐらりと視界が歪み足元の地面がなくなって浮遊しているような感覚に陥る。

 

 目の前のナルメアは、トキリの理解の範疇を超えた動きで鍛錬を続けている。何度繰り返しても、休みなく刀を振るい続けても動きに乱れがない。

 

「……はは」

 

 思わず乾いた笑みが零れた。

 

 じっくり見れば剣術を会得できるという自負。

 強さのヒントが得られれば自分も強くなれるという目論見。

 

 その二つが見事に打ち砕かれた瞬間だった。

 

 ……僕は、天才じゃない。

 

 心の中で、ようやくそれを自覚する。

 

 見て真似するという自分の天才性を、見ても全く理解の及ばないことを本人は普通だと思って実行されることで粉砕されたのだ。

 そこまで来たらもう認めざるを得なかった。トキリはやや俯き気味になり、強くなろうという気概が薄れていくのを感じていた。

 

 ……もう、いいかな。

 

 剣を振り続ける意味を見出せなくなった。そもそもが弱者を甚振るための剣だ。そうだ、強くなる必要なんてない。自分より弱いヤツを見つければいい。上を目指したって楽しくなんかない。努力なんて下らない。

 

「……ちょっと急用を思い出したから帰る」

「う、うん」

 

 一言だけ告げて、トキリはその場を立ち去った。背後からは鋭く風を切る音が聞こえてくる。だがトキリはもう振り返らなかった。

 

「……バカバカしい」

 

 今まで自分はなにを躍起になっていたのだろう。努力せずともある程度は強くなれるのだから、余計な努力をする必要はない。初心に帰れば簡単なことだった。

 自分より弱いヤツを見つけて、無邪気を装って近づき努力を踏み(にじ)る。それが楽しくて剣の道に入ったのだから。努力して壁にぶつかる、なんて非効率的でつまらないことなんかしなくていい。自分より弱いヤツを虐めているだけでいいのだ。それが最も楽で、苦労もなにもしない、自分は傷つかなくていい方法なのだから。

 

 少しふらふらとしながらも、特に誰からも声をかけられることなく騎空艇まで戻ってきた。やる気もなにも起きず、そのままベッドに倒れ込むようにして眠りに着いた。

 

 翌朝。

 本来なら朝食の後食後の運動として鍛錬をしていたのだが、今は全くそんな気が起きない。もう一眠りしよう、と思い直して二度寝をし始めた。途中で起きてしまったが、すぐに寝直して昼まで睡眠を摂り続けた。

 いい加減身体が空腹を訴えてきたので、仕方なくベッドからのそりと起き上がって個室のシャワーを浴び目を覚まさせる。最低限身嗜みを整えると部屋を出た。なにをしようか、と思ってやる気の起きない身体でぶらぶらと街を歩くことにする。ダナンに会うことがあったら団を抜けると言うか? まぁ会えなくても抜ける準備はしておこう。なにせあいつらといると気が滅入る。

 

「なァ、もう一回頼むぜ」

「いいだろう」

 

 道中、聞き覚えのある声がしてそちらを向くと、ゼオとレラクルが手合わせをしているのを見つけてしまった。見なかったことにしようかとも思ったが、そういえばレラクルが外に出ているのを久し振りに見かけたような気がして少しだけ気になってしまう。レラクルは忍装束を着込んでいた。きちんと服装をしているのを見るのも久し振りな気がする。朝食を食べる時、偶に緩い寝間着姿でいるのを見かけるくらいなのだが。

 

 少し見ていると、ゼオが鬼化してレラクルは影分身を使い、一対複数で手合わせを開始した。

 

 昨夜のナルメアよりは目で追いやすい。が、そもそもゼオは人を超えた力を手にしている。レラクルは忍術を併用しているため一人で何人分もの戦力になる。真似しても元ほどの効力は得られないだろう。

 

 ……なに考えるんだか。

 

 やや自嘲気味に苦笑した。まだ強くなる道を探しているように感じたのだ。

 

 心が折れたことで他者への興味が湧いてきて、今までなんの関心も示さなかったのだが休憩を挟んだ二人へと近寄っていく。

 

「ねぇ」

 

 声をかけると、ゼオはにかっと笑いレラクルはわかりにくいが嫌そうな顔をしてみせた。

 

「おう、トキリじゃねェか。一緒にやるか?」

「休憩中に勝負を挑みに来たか」

 

 ゼオは無邪気で、レラクルは勘繰っていたようだ。だがトキリは全くそんな気がなかったので緩々と首を振った。そんな普段と違う様子に、二人は思わず顔を見合わせている。

 

「ちょっと興味本位で聞きたいんだけど。なんでそんなに頑張ってるの?」

 

 努力の意味を見出せなくなったトキリは、自然とそう尋ねていた。レラクルは「それはお前もだろ」と思っていそうな顔だったが、なにかあったのだろうと推測しその言葉を呑み込んだ。

 

「オレは大将に背中を任せられるでけェ漢になるためだな。遠くなるばかりだけどよ、それは諦める理由にはならねェからな」

「ふぅん? でも、君じゃ届かないと思うよ?」

 

 伸びしろを考えても、ダナンは異常だ。いくらゼオが鬼になれるからと言って到底追いつけるモノではない。トキリはそう理解していた。

 レラクルはいくら思っていても言っていいことと悪いことがあるだろう、と窘めようとするのだが。

 

「それを決めンのは他人じゃねェんだよ。オレが“なる”って決めたからなるンだ。なれるかなれねェかなんて、どうでもいいンだよ」

 

 ゼオは晴れやかな笑顔でそう言った。トキリは目を丸くし、レラクルは仄かに口端を吊り上げた。確かこの二人は同年代だが、どうやらゼオの方が精神年齢が上らしい。

 

「……で、そっちは」

 

 しかしトキリはすぐレラクルに目を向けてくる。微かに嘆息して応えてやる。

 

「月影衆の業と血を絶やさないため。それが俺の誇りだから」

「なにそれ」

 

 トキリは思い切り鼻で笑った。そうすると思ったから言いたくなかった。そもそもレラクルはトキリが嫌いである。理由は簡単、人が積み重ねてきたモノを踏み躙るのが好きだから。代々受け継いできた剣術を真似してより上手く使って斬り捨てる、なんて所業が容認できるわけもない。

 初めて会った時から、「こいつだけには負けない」と珍しく熱くなったのは誰にも言っていないことである。

 

「……お前にわかるはずもない。信念のないお前にはな」

「……チッ。あいつと同じこと言いやがって」

「お前に足りないモノだから当然だ。人にはその人の根幹を成す、柱が必要だ。それが刃の重みになる。……お前には理解できないか。可哀想だな、お前に使われる剣術が」

 

 互いに苛立った様子で言い合いをする終わりに、レラクルはトキリへと憐憫を向けた。それに噛みつこうと口を開けかけたトキリは、はっとなってそういうのはもうしないのだと自分に言い聞かせて引っ込めた。

 

「ふん。まぁいいや。精々頑張れば?」

 

 トキリは言い合いを途中で切り上げて、立ち去ってしまった。やはりなにかがおかしい、とゼオとレラクルは顔を見合わせる。

 

「面白いことになってきてんな」

「「っ!?」」

 

 彼の背中が見えなくなってから突然背後からかけられた声に、揃ってびくりと肩を震わせた。同時に振り返って、黒い外套を羽織った少年の姿を認める。

 

「なンだよ、大将かよ……。驚かせンじゃねェよ」

「悪い悪い。いや、ちょっとトキリの様子が気になって、遠目に見てたんだけどな。いやぁ、これは面白いことになってんなぁと思って」

 

 いたのはダナンであった。彼は言いながら意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「……確かになにかが変わった様子はあったが、あれで人格まで変わると思うか?」

「さてな。まぁでも昨日の夜、あいつのプライドが遂にへし折れたっぽくてな」

「それで妙にやる気がないのか。だがそれだけで人が変わるかどうか……」

「ああ。けどもう一人、あいつを探してるヤツがいてな。そいつと邂逅する時までにヒントを得られるか、それとも早めに邂逅しちまってなにも起こらないか、それが楽しみなんだよ」

「ハハッ。大将って偶に性格悪いよなァ!」

「そう言うなよ、ゼオ」

 

 なにかを知っているらしいダナンの言葉に眉を顰めつつ、レラクルはトキリが去った方向に目を向けた。

 

 なにかが変わることになるのは間違いないようだが、変わるならせめて今までのことを土下座して謝るくらいはできるようになっているといいけどな、と思うレラクルであった――。




まだトキリ回は続きます。しばらくお付き合いください。


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再会

いやぁ、生放送楽しかったですね。
色々楽しみなことがあってテンション上がってました。賢者スキンがめっさ早いことに驚きましたけどね。
全体的に良きでした。

※前書き書いてる間に日付変わってましたすみません。


 ゼオとレラクルがいた場所から立ち去ったトキリは、妙な苛立ちを抱えながら街を彷徨っていた。

 

 目的はない。やることもない。強いて言うなら弱者を見つけて甚振ることだが、それで目をつけられても困る。できれば調子に乗ったチンピラぐらいの適度に弱くて滅多打ちにしてもあまり責められないような相手だとやりやすいな、と思いながら歩いていると。

 

 その途中でまた、見知った顔を見かける。

 

 ……よくやるよ、ホント。

 

 以前の自分は本当に自分だったのかと思うほどの熱意に満ち溢れていたが、今は違う。だからこそ必死になって頑張っている人間の心内が全くわからなかった。

 

 手合わせしているのは七曜の騎士が一人アリアとレオナ、そして一応トキリも同じ括りにされている“六刃羅”の一人クモルクメルである。

 クモルクメルはさっき会った男二人とは違ってトキリと年齢が近いわけではない。ハーヴィンなので全くそうは見えないのだが、年上のお姉さんなのである。

 アリアはクモルクメルに近しい年齢だと思われ、レオナは二十七と二人より少しだけ年上になる。まぁ団内でも比較的年齢が近い者で集まっているということだろう。

 

 手合わせは三人で行っており、誰と誰が組んでということではないようだ。レオナとクモルクメルがアリアに襲いかかったかと思えば、今度はクモルクメルを二人が攻める。三つ巴の戦いをしているようであった。アリアは七曜の騎士で他二人より強いため、若干攻め入られる回数が多いだろうか。

 

 アリアは剣、レオナは薙刀、クモルクメルは刀。それぞれ使う武器は異なりトキリが真似できそうなのは……強いて言うならアリアだろう。刀を使う点でクモルクメルも候補に入っているのだが、実際には蜘蛛の糸を自在に操ることで独自の戦闘方法を確立している。刀を振る技術もハーヴィン特有のコツを取り入れているためヒューマンであるトキリが真似する必要はない。まぁ応用はできるのかもしれないが。

 ただアリアは七曜の騎士だ。軽いが速いという特徴を有している剣技だと定義すると、それでも威力が高いのは七曜の騎士として真王の加護を得ているから、という結論に至るだろう。つまりヒューマンであるトキリが真似しても仕方がない。

 

「……」

 

 それでもぼーっと気紛れ程度に眺めていると、やがて手合わせを中断したところで三人が近寄ってきた。気づいた様子は見せなかったので、元々彼に気づいていたのだろう。

 

「……なんだよ」

「それはこちらのセリフですよ。随分と覇気のない顔をしていますが、なにか用ですか?」

 

 アリアとしてもじっと手合わせを眺めているトキリがなにを思っているのかは気になっていた。当然、普段あまり見かけないからと言っても様子の違いは察している。

 

「いや、別に。ただぶらついてただけだよ」

「ふぅん……?」

 

 クモルクメルは訝しむようにじろじろと見上げてきた。居心地が悪くなって視線を横に流す。

 

「まぁ、私には関係ないわね」

 

 しかしそれ以上はなにも言わなかった。彼女にはなにか察したことがあったのかもしれないが。トキリも聞く気はなかった。今の自分には関係のないことだろうからと。

 

「……ふん。別に僕もなにかして欲しいとは思ってないよ。もしかしたら団を抜けるかもしれないし」

「なに? 勝てないからってイジけてるの? だから団を抜けて自分より弱い人探そうって魂胆?」

「……っ」

 

 呆れたような声を受けて、思わず向き直ってしまった。正しく自分が考えていたことに近かったから。

 

「図星? まぁ今のあんただったらそうなるかなって思ってたから別にいいけど。せめて自分を省みるぐらいはした方がいいと思うけど、その様子じゃ無理そうね」

「……なんだよ、知った風な口利きやがって」

「あんたがわかりやすいだけでしょ。大体こう見えてもあんたより私の方が十歳上なんだから。当然でしょ?」

 

 そういえばそうだった、と思い出す。クモルクメルは二十四歳だそうだ。……種族のせいでそうは思えないだけで。

 

「……チッ。好き勝手言って」

 

 なんだかそれ以上話していたくない。少し足早にその場を去った。

 

「……クモルさんって意外と言うんですね」

「だってムカつくもの」

「はっきりした性格ですね。少し羨ましい気もします」

「そう?」

 

 どうやら色々と抑圧されて育ってきたと思われるアリアは率直な彼女を羨ましく思ったらしい。レオナは性格上そういったことを口にしないので、大人しく見ていたのだが。

 

「なにかあったみたいですけど、変わるには誰かが手を出してくれないとダメそうですね」

「その当てはあるから大丈夫だろ」

 

 ぽつりと呟いたレオナの声に応えたのは他の二人ではない。突然聞こえた男の声にビクリと肩を震わせる三人だったが、その顔を見て胸を撫で下ろした。

 

「……なんで盗み聞きしているんですか? 趣味が悪いですよ」

「そう言うなよ、これも団長の責務ってヤツだ」

 

 いたのは当然、ダナンである。アリアにジト目をされているが、本人はどこ吹く風だ。

 

「団長の責務ということは、ダナン君はある程度トキリ君の事情を知ってるの?」

「まぁな。あいつが最終的に団を抜けるって言い出すか、それとも別の結果になるか。そこは俺じゃなく別のヤツがどうするかが大事なんだけど」

「……責務とか言っておいて、随分と楽しそうね」

 

 レオナに聞かれて答えたダナンが楽し気に笑っていたので、クモルクメルもジト目になった。

 

「趣味と実益を兼ねる、実にいいことだろ?」

 

 しかし返ってきたのは晴れやかな笑顔だった。ジト目にはなっていなかったレオナも苦笑気味である。

 

「……だが、一度なら兎も角二度目だからなこれは。あいつにも最後の堤防が残ってると信じてやりたいところだが、さてさて」

 

 

 彼が呟いた言葉の意味はわからなかったが、自分達の知らないところでトキリが変わろうとしていることだけはよくわかった。団長の意向を汲んで、とまでは言わないが成り行きを見守ることを決める。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 トキリはまた、ぶらついていたところで見知った顔を見かけた。どうやら知らぬ間に秩序の騎空団のアウギュステ駐屯所まで来てしまっていたらしい。そこでは第四騎空艇団の団長、副団長だった二人が団員達の前で手合わせしている。どうやら日頃からただイチャイチャしているだけではないようだ。今は役職に就いていないが、その実力は秩序の騎空団全体で見ても屈指と思われる。団員達からしたら二人の手合わせを観戦するだけでも学べることは多いだろう。

 疾風と紫電がぶつかり合う。互いの実力に大差がないのか全力だったが互角の戦いを繰り広げていた。

 

 多くの団員が囲っているため遠目に見て、下らないと小さく呟いてその場を後にした。

 

 次に見かけたのはクラウスとアラナンが言い合っているところだったが……宗教関係なので無視した。下手に近づいたら「どっちが正しいと思う!?」と詰め寄られること間違いなし。見て見ぬフリをするのが一番である。

 まぁそれでも見つかって捕まりそうになり、全力で逃げ出したのは余談だが。

 

 なんとかシスターと爺さんを撒いたトキリは息を切らしながらふらふらと歩き、また見知った顔を見かける。昨日の今日で考えると少し見たくなかった顔だ。

 

 ナルメア、そしてアネンサの二人である。

 

 ナルメアは言わずもがな昨日心をへし折られた。アネンサは種族が違うとしても同年代ではあるのだが完膚なきまでにボコボコにされた記憶がある。正直言って苦手だ。

 小さいからと油断していたとは思わないが、でかい刀を普通の刀を扱うが如く振り回す様は圧倒される。打ち合っても相手の方が力が強いのに、相手の方が大きい刀を使っているので間合いが長いという嫌な相手だ。加えて同年代ということも苦手意識を加速している。

 

 しばらくこっそりと眺めてから、トキリは声をかけずかけられることもなく立ち去った。

 

「……クソ」

 

 なぜだか無性に胸の奥が重い。気持ちが落ち着かない、イライラする――それを他者にぶつけたくなる。

 

「……なんで僕がこんな風に」

 

 鍛錬なんてしなくていい。今の自分が勝てるヤツを痛めつければいいだけ。そう思ったはずなのに、なぜか心が苛立っている。悔しいという感情が湧いてくる。そんな風に思う必要は一切ないはずなのに。

 

「クソッ……!」

 

 適当に誰かを斬って憂さ晴らしをしよう。そう決めて街の外へ出た。街の中は比較的安全で、それこそ秩序の騎空団やアウギュステの自警団、駐屯している騎空団などが守っている。

 しかも今の時期は天下の“蒼穹”の騎空団とそのライバルである“黒闇”の騎空団が大勢いる。流石にそんな場所で無謀にも犯罪に走るヤツなんていないだろう。

 そのせいで街の外も比較的安全なのだが、街から離れると街から遠ざかるように拠点を移した荒くれ共が屯している。そこへ行くつもりなのだ。

 

 ある意味で自尊心を取り戻すための行為でもある。

 

 盗賊程度なら強くならなくても狩れる。そう思うと気分が高揚してきた。

 

「あの、すみません。この辺りで希少な魔物が出ると聞いたのですが、ご存知ありませんか?」

 

 トキリは以前やっていたのと同じように、人懐っこい笑みを浮かべて盗賊の根城に乗り込んだ。人の住処があったので訪ねてきただけ、という体を装って。

 因みに実際今いる地域では滅多に姿を現さないレアな魔物がいるという噂がある。目撃情報が少ないため真実味はないが、確保できれば高値で売れる。そう思って盗賊達もここで暮らしているのかもしれない。

 

「なんだぁ、坊主。ここはお子様が来ていい場所じゃねぇんだよ」

「すみません、それでも是非探したいので……。あのこれ、少ないのですが情報料です」

 

 入口にいた男に追い払われそうになったので、わざとらしく膨らんだルピのたくさん入った袋を取り出し、一部を握って手渡す。袋の中身いっぱいに詰まったルピを目にした途端、男が目の色を変えたのが丸わかりだった。

 

「へぇ? わかってんじゃねぇか。まぁ詳しい話は中で聞いてやるよ。俺より詳しいヤツだっているだろうしな」

「わぁ、ありがとうございます」

 

 男がルピに眩んだことははっきりわかる。無邪気な笑顔を見せて大人しく男についていった。

 相手の狙いは手に取るようにわかる。仲間達が集まる広場のようなところに着いたら、盗賊達はトキリを囲み逃げ場のないように位置を取った。

 

 そして、案内を買って出た男が短剣を抜き放ってトキリの喉元に突きつける。

 

「な、なんの真似ですか!?」

「なんの、って決まってんだろ? 俺たちゃ盗賊だぜ? わかったら有り金全部置いてきな。死にてぇってんなら話は別だが?」

 

 わざとらしく驚いてみせると、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。周りも武器を取り出して脅しをかけてくる。

 見えている範囲で三十人。見えない範囲にもいることを考えれば五十人は下らないだろう。外に出ている可能性も考えたらもう少し多いかもしれない。

 

 トキリが帯刀しているからか全員姿を見せないのは慎重だった。それくらいはできないと“蒼穹”もいるこの島で生き残れはしなかっただろう。

 まぁそれも今日で終わるのだが。

 

「ほら、もたもたしてねぇで金出せってんだよ!」

 

 他の男がドスの効いた声で手に持った凶器をチラつかせながら急かす。

 

「……それは、困ったなぁ」

 

 内心でほくそ笑みながらそんなことを言って腰の柄に手をかけるトキリ。

 

「動くんじゃねぇ! 下手な真似したら――」

 

 男が怒鳴る中、トキリは素早く屈んで突きつけられた短剣から逃れると目の前の男に足払いをかけた。男は呆気なく体勢を崩して倒れていく中立ち上がって腰を低く構え、居合い一閃。倒れる最中にあった男の驚いた顔の下に刃を潜り込ませて切断した。

 

「なっ!?」

「て、てめえ!」

 

 先程まで圧倒的有利だった盗賊達だが、トキリがあっさりと一人殺したことで動揺が走る。首を落とされた男の死体から血が噴出するのを気に留めず、浴びながら笑みを深めた。

 

 ……ああ、やっぱりこれだ。

 

 命に関して思うところはない。死んでようが生きてようが些細な問題だ。だが優位に立っていると思い込んだバカなヤツらを斬るのは堪らない。

 

「……ふ、くくっ。ああ、やっぱりだ。僕はこのために剣を握ったんだって実感する。やっぱりいいよ、人斬りはさぁ」

 

 本性を露わにして瞳孔を開き血濡れたまま嗤うトキリを見え、盗賊達は背筋に悪寒が走った。

 

「く、クソッ! 人数はこっちが上なんだ! やっちまうぞ!!」

「魔法で焼いちまえ!!」

 

 動揺は激しくなるばかりで、浮足立つ。そんな状態で“人斬り”に勝てるはずもなく。

 トキリはたった一人で盗賊達を殲滅した。

 

 と言っても最初の一人以降は誰も死んでいない。当然のことながら盗賊達に情けをかけたわけではない。

 

「クソ、クソぉ……」

「いてぇ、いてぇよ……」

「お願いだから殺してくれ……!」

 

 情けなく命乞いをする連中が見たいから生かしているというだけの話である。

 

 全員漏れなく、身体の一部を欠損していた。少なくとも逃げられないように足だけは斬り落とされている。それでも這って逃げようとしたヤツは腕まで斬り落とされてしまい、もう誰も逃げ出そうとしていない。ただ痛みに呻き泣き叫ぶ男達の残骸が転がっているだけだ。直接は殺していないが、煩いという理由で何度も斬られたヤツは出血多量で死んでいるかもしれない。まだ辛うじて息があるかもしれない。

 

 その後トキリは何人か刀を刺して捩じり痛めつけてから殺すなどを行い、場が恐怖に染まって反応が一辺倒になりつまらなくなってから。

 

「もう飽きちゃった。ありがとね、僕満足できたよ」

 

 にっこりと笑って、彼は残骸含めてオイルをぶち撒ける。助ける気はないと突きつけられて絶望する盗賊達を無視して、鼻歌混じりに下準備を整えて、最後に火を放る。焼死は最も苦しい死に方、とも言われるくらいに死ぬまでの時間が長い死に方だ。燃え盛る炎の中から聞こえてくる絶叫をBGMに、トキリは立ち去った。

 やったこととしては盗賊退治だ。やり方は褒められたモノではないが、例えバレたとしても取り締まられることはないだろう。

 

 とりあえず身体を綺麗にしたいかな、と思いながら高揚したまま歩いていると、ふと目の前に立ち塞がった人物がいた。

 

 清楚さを印象づける白装束に、艶のある黒髪。長い髪を後頭部で一つに括っている。顔立ちや身長から考えてもトキリとそう変わらない少女だろう。左腰に提げている刀から剣士だとは思うのだが。

 

「……?」

 

 トキリはなぜか、彼女の顔に見覚えがあるような気がした。だが誰だったか思い出せない。知り合いにこんな少女がいた覚えもない。

 

「久し振りだね、トキリ。八年振りくらいになるかな?」

 

 少女はトキリを知っているようでそう声をかけてきた。八年前? とトキリが記憶を呼び起こそうとしている前で、少女は腰の刀を抜き放ち、構える。

 

「っ……!」

 

 そこでようやく、トキリは目の前の人物が誰なのかを思い出した。

 

 八年前、トキリが六歳の頃故郷の村にいた子供。

 彼を道場に誘い剣の道に引き込んだ当人だ。

 

「――“人斬り”のトキリ。その首、貰い受ける」

 

 動揺を隠せないトキリだったが、彼女の発する気迫を感じ取って刀を握り直す。

 内心では確信していた。彼女は昔会った、道場主の子供だ。




宝箱はリミモニ出ました嬉しい。
ロベリア加入させました。

更新はこのペースを続けていきたいですねぇ。


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決着とこれから

Twitter予告忘れててすまぬ。
これにて一旦トキリ回は終了します。

今更ですが総合評価5000突破ありがとうございます。
いやぁ、いつ下がるか不安でなかなか言い出せなかったのですが。無事安定したようで良かったです。
これからも頑張っていく所存です。


 トキリの前に立ち塞がったのは、故郷の村の道場に誘ってきた子供だった。

 

 ……っていうか女だったんだ。

 

 あの頃は髪を短くしていたので男女の区別がつかなかった。身に纏う空気こそ剣士のそれ、見た目も少女になっている。まぁ一部本当に成長したのか? と首を傾げる箇所もあるのだが。

 

 そんなことを考えているとやや落ち着きが戻ってくる。

 構えを見て思い出したが、間違いなく彼女はあの時トキリが父親を滅多打ちにした時にいた子供だ。ということは、復讐が目的といったところだろうか。今までもそういう連中はいたことだし、死に際に「弱いから悪いんだよ」と嘲笑って終わればいい。

 

 はずなのだが、彼女は明らかに昔戦った彼女の父親より強い。そう思わせるだけのモノがあった。

 

 少女の身に纏う雰囲気は他の“六刃羅”に近いだろうか。

 つまり自分よりも強い可能性が高い。少なくとも容易に勝てる相手ではなさそうだ。

 

「「……」」

 

 斬るのは好きだが斬られるのは嫌いだ。不用意に挑みたくはない。ただ今回は相手から吹っかけられた戦いだ。逃げることは許されず、最低でも相手の動きを止めてからでないと難しい。止めることができたなら勝てると思うのでそこまでいくことができたなら斬り捨てる。

 昔馴染みとはいえ、当時でも一週間程度の付き合いだ。情もなにもなかった。

 

 空気が張り詰めていく。手の内という点ではトキリが有利なはずだ。トキリが色々な剣術を吸収していっていることもあるが、彼女の構えが昔道場で習った剣術そのままだったから、というのもある。後は傾向として、復讐を掲げて戦いに来る者はその剣術に拘ることが多い。

 例えば父が人斬りに遭って死んでしまい、その復讐を遂げる場合。父が遺した剣術で、と躍起になるはずだ。当然復讐には手段を選んではいられないと思ってあらゆる手を考え尽くして挑んでくる可能性もあるが。

 

 とりあえず油断せず戦えばいいというだけでの話ではある。

 

 静寂を破ったのは相手の方だった。一息に間合いを詰めて刀を振り被っていた。見覚えのある動きだった。しかしトキリが知っているモノとまるでキレが違う。慌てて後ろに跳んだが、刃は微かに頬を掠めていた。赤い筋から薄く血が流れている。

 

 ……疾い!

 

 トキリの目を以ってしても尚、初見でなかったにも関わらずかわし切れなかった。

 

 相手は振り切った刀を持ち替えて片手で振り被っている。その構えから放たれる型は知っていた。

 

「万極流、二ノ型。連武」

 

 静かに呟いた一言の直後、少女の動きが加速する。ぎゅる、と回転し始めると身体を捩った遠心力で刀を振るっていく。一太刀目は咄嗟に上体を後ろに逸らして避ける。しかし“連”武と名づけられていることからもわかる通り一撃では終わらない。

 この型の真骨頂は絶え間なく動き続けて剣を振るう動作により風を起こし竜巻となることにある。無論そこまで到達するには剣術を極め抜くほどの修練を必要とするのだが。

 

 流れるように繰り出される連撃が竜巻へと変貌していく。トキリは子供の頃からある程度できるようになっていたが、今やったとしても少女より竜巻と化すのが遅いだろう。しかも竜巻へと変貌してしまった今、ほとんど手がつけられない状態だ。

 

「柔印剣術、第五番。渇き」

 

 しかしトキリは広く浅く剣技を会得している。自分が使える剣の中から状況に適したモノを選んだ。柔らかく空気を撫でるような一閃が少女の刃に当たると、激しい竜巻が嘘のように静まっていく。

 如何に激しい攻撃であっても全てを柔らかく受け止め衝撃をいなし中断させる。あっさりと技を防がれてしまった少女が驚いているのが見えた。

 

 それでも少女は手を緩めることなく次の行動に移る。しかし型を使う時の構えを含む予備動作から使おうとしている型がわかるので、それを先読みすればいいと感づいたトキリによって手が封じ込められていく。

 どの型を使おうとしているか先読みできればその型に対抗するために彼が使える剣技の中でどれを使えばいいかを選択できる。普段からそうすればいい、と言われるかもしれないが最近は自分より強い剣士とばかり戦っていたのでそんな余裕すらなかった。選択肢を与えられないというのが正直な話だ。

 

 だが目の前の少女は違う。自分より多少強いくらいの実力なので対応できないわけではない。目は追いついている。

 

 しかも型を全て知っているので相手の動きや狙いを読みやすいというのもある。

 ただ全体的な剣技では相手に上回られてしまっている。それがトキリが容易に勝てない理由だった。

 

 互いに掠り傷を増やし、しかし決定打が与えられない状況が続く中で少女は引く。誘っているのかと思って攻めないでいると、

 

「……ねぇ。本気でやってる? 手加減してるの?」

「は?」

 

 急になにを言い出すかと思えば。トキリは少女がなにを言いたいのかわからず聞き返した。その反応を見てトキリが手抜きなどしていないということがわかったのだろう、深く嘆息していた。

 

「……全然なってない。万極流も、他の剣術も。どんな流派でも中途半端。剣が軽い」

「なにわかったような口利いてんだよ」

 

 少ししか剣を合わせていないというのに断言されると苛立ちを覚える。そんな様子にも嘆息され、余計に腹が立った。

 

「そっちこそ、なに剣術を会得した気になってるの? 剣術って、型通りにできて扱えるようになったら会得、じゃないんだよ。心を受け継がなきゃ。その剣術がどういう成り立ちでどんな理由でそういう形になったか理解しないと。剣術はただの道具じゃないんだから」

「別にそんなの知らなくても使えればいいんだよ。大体、僕はそれでずっと戦ってきたんだから」

「ふぅん? でも、最近は上手くいってないでしょ? てっきり一人で旅していると思ってたから、騎空団の人達といるところをこっそり見てたの。一番弱いんだって?」

「煩いっ!」

 

 図星を突かれて飛び出したトキリの攻撃を、少女は軽く受け流すと浅くない一太刀を腹部に与えた。

 

「剣術は、突き詰めれば明鏡止水。感情に駆られて動くなんて愚の骨頂だよ。……誰も教えてくれる人がいなかったんだね」

「煩いって言ってるだろ!」

「……でもそこは私の責任もあるから、ここで正さないと」

 

 少女は呟くと、トキリへの追撃を開始する。

 

「ッ……!」

 

 先程と速さはそう変わらないが、攻撃が一段と重くなったように感じた。刀で受けると柄を握る手に一撃の重さが伝わってくる。筋力はトキリの方が上のはずだ。同じヒューマンで性別の差を考えれば、余程のことがなければトキリの方が腕力があるはず。しかし受け止め切ることはできずに弾かれてしまっている。

 トキリにはその理由がわからなかった。剣の技術は劣っていないはずだ。動きもきちんと真似できている。だがなぜか少女の刃に押されてしまう。

 

 ……クソッ。なんだってんだよ……!

 

 歯噛みする思いで刀を振るう。眼前に迫る少女の真剣な顔がやけに目についた。先程言っていた明鏡止水という言葉が頭を()ぎる。

 

 しかし疑念は晴れないまま、遂に少女の一刀がトキリの刀を半ばからへし折った。愕然とするトキリの喉元に切っ先が突きつけられる。

 

 ――負けた。もう終わりだ。

 

 少しでも動けば喉元を掻き切られそうな状況にまで持っていかれて、トキリは敗北を確信した。途端に身体から力が抜けて折れた刀が手から滑り落ちる。がっくりと膝を突いて項垂れた。

 

「……殺せよ」

「うん」

 

 最初に宣言された通り、敗者は首を獲られるのみだ。いつかはこうなる、自分のやってきたことの仕返しが来る。彼は今までなら考えなかったであろうことを頭に思い浮かべていた。

 それを確か、因果応報と言ったはずだ。

 

 トキリは目を閉じて終わりの瞬間を待つ。みっともなく泣き喚いて命乞いする気もない。大人しくその時を待っていた。

 

 そして、少女は大きく振り被って――

 

「ぶっ!!?」

 

 ()()()()()()()()でトキリの顔面をぶっ叩いた。予想外の攻撃にトキリは腫れ上がる頬を手で押さえて目を白黒させている。口を切って血を流してはいるが、殺されたわけではない。呆然と少女の方を見上げた。

 

「甘い、甘いよ。今までトキリが何人殺してきたと思ってるの? “人斬り”がただ死ぬことを許されると思ってるの?」

 

 睨みつけるように眉を吊り上げた彼女が告げる。

 

「……今ので、“人斬り”のトキリは死んだってことにしてあげる。元々本当に殺すつもりなんてなかったから」

 

 少女は言いながら抜き身の刀を鞘に納めた。トキリは生殺与奪を握られている状態なので、珍しく大人しかった。

 

「……どういうことだよ、殺すつもりがなかったって。お前は昔親父さんをボコられて、その復讐に来たんじゃないの?」

「そんな風に思ってたの? まぁ、私とトキリの間にある出来事なんてそれくらいだもんね」

 

 少女は意外という風に目を丸くしてから、あっけらかんと言う。どうやら彼女にとって過去の出来事はあまり重大ではなかったらしい。もちろんその時のことをきっかけにこうして追いかけてきたのだろうが。

 

「そっちはまぁ、ショックと言えばショックだったけどそんなに重要じゃないよ。確かにトキリが出て行ってからお父さんとおばさんは村の人達からしっかり教育しなかったせいで怪我人を出したんだ、とかで散々言われてたけどね。おばさんはそれで思い詰めて自殺しちゃったし」

 

 軽く言ってはいるが、かなり重苦しい話題である。とはいえトキリもあの場所に思い入れはないので死んだかそうか、ぐらいの感想しか抱けないのだが。

 

「それはあんまり言いたくない話題だから置いといていいんだけど、お父さんがね。トキリのことで思い詰めてるようだったから、なんでかって尋ねたの」

 

 父親が責められたということは、彼女も同じような立場に置かれたのだろうということは想像に難くない。人に言いづらいこともあったのかもしれない。

 

「そしたらお父さんは、『正しい剣の道を教えることができなかった。それだけが心残りだ』って」

「正しい剣の道?」

「そ。言ったでしょ? 剣術にはそれぞれ、どういった場面で求められたかによって成り立ちが違ってくる。それを知らずにただ道具として使う剣術に、芯はないの」

「……」

 

 奇しくも今まで言われてきたことと似たようなことだった。やはり自分に足りないのは理解できないその“心”に(まつ)わる一点のみなのかもしれない。

 

「だから私はトキリを追ってきたんだ。お父さんの心残りを解消するためにね。でもトキリは小さい頃でもお父さんに勝っちゃうくらいに強かったから、並み大抵の努力じゃ勝てないと思って必死になって剣を振ってた。勝てて良かったぁ……」

「……」

 

 心から嬉しそうなはにかんだ顔に、負けた側のトキリはなにも言えない。なにを言っても負けてからでは負け惜しみになってしまう。今まで無様だと嘲笑っていた者達のような情けない姿を晒すことだけはしたくなかった。

 

「トキリ。わからないなら、私が正しい道に連れ戻してあげる。正しい剣の道を教えてあげる。その性根叩き直して、更生させてあげるから」

 

 彼女はにっこりと笑って手を差し伸べてくる。掴む気はなかったのだが、無理矢理手を掴まれて引っ張り上げられてしまった。その手は、何度も肉刺を潰して肉刺を作りを繰り返して出来たごつごつした手だった。対する自分の手は最近努力するようになって多少肉刺は出来ていたが、痛いからと剣を振るのをやめたこともあった。

 

 一つのことを極め抜くために努力を欠かさなかった者と、才能に慢心して努力をしなかった者。

 

 それがこの結果を生んだのだ。

 

「じゃあ最初は万極流の極意から話そっかなぁ。万極流はね、名前は大層なモノだけど覚えること自体はそんなに難しくないんだよ。筋力や体格の差は関係なく使えるように、って作られた剣術だから。男の人が使っても、私みたいな女の子が使っても。ドラフの男性が使っても、ハーヴィンが使っても。誰にでも使えるように工夫された剣術なの。それが万極流の“万”。万人が扱える剣術にするという願いが込められてる。じゃあ“極”はなにかって言うと、文字通り極めること。さっきも言った通り万人に使えるように工夫された剣術だけど、極めれば遥か高みに到達できる。入口は広く、高みは奥深く。それが万極流の極意」

 

 自分の家の剣術だからか、やや早口で饒舌だった。興味はなかったが、きちんと聞いておかないと後で聞かれた時に答えられず殴られ叩かれるかもしれない。別にこの少女はトキリを心配しているわけではないのだから。

 

「……だっていうのにさぁ、トキリは入口に立って少し使えるようになったからってすぐ他の剣術にいっちゃってるみたいだし。ホント、中途半端だよね」

「……煩いな」

「でもこれからはそういうのは許さないから。心も態度も全部ひっくるめて私が矯正しますので」

「めんどくさいね。そこまでしなくていいんじゃないの?」

「ダメだよ。トキリは自分に甘いから。痛いことは苦手だけど他人ならいいとか、そういうことなんでしょ? だから誰かがトキリに厳しくしないと」

「あっそ」

 

 気に入らない。だが一度負けてしまった以上、強く出ることはできない。そうでなくとも今まで心が折れていたのだから。

 

「そういえばさ、名前、なんだっけ?」

 

 トキリは不意に自分から尋ねる。

 

「えっ!?」

 

 少女は目を丸くして驚いていた。

 

「い、今まで私の名前を知らないで話してたの!?」

「まぁ。顔はわかったんだけど、名前が出てこなくって」

「はぁーっ……」

 

 少女は盛大なため息を吐いた。八年も前のことなら忘れていても不思議じゃないだろう、と言い返したい。

 

「ツジリ。私の名前はツジリだよ。どう、思い出した?」

「あー……うん、そんな感じだった気がしてきた」

「……はぁ、もう。まぁいいや。あ、そうだっ。これからトキリが悪さしないか監視しなきゃいけないし、私も騎空団入るね。団長さんにお願いしないと」

「いや、嫌なんだけど」

 

 絶対ニヤニヤとなにか言われる。容易に想像できてしまったので想像の中だけでも八つ裂きにしておいた。

 

「団長さんって普段どこにいるの?」

「さぁ?」

「団員なのに知らないの? もしかして友達いない? まぁトキリだもんね、友達なんていないか」

「別に、友達とか必要ないし」

「友達いない人はそうやって強がるの。で、ホントにどこ?」

「ホントに知らないってば」

 

 出会わなければ諦めてくれる可能性も、と思っていたのだが。

 

「おう、トキリじゃねぇか。やさぐれて帰ってこないかと思ってたぞ」

「…………」

 

 なぜこうもタイミング悪く遭遇してしまうのか。クソ、忌々しい。他人のフリをしようとしたがツジリに腕を捻り上げられて逃げられない。

 偶然なのか必然なのかばったり出会ってしまったダナン。

 

「あ、もしかしてトキリが所属してる騎空団の団長さんですか?」

「ああ、そうだけど?」

「良かった。あの私ツジリって言うんですけど、私も騎空団に入れてくれませんか? トキリの面倒を見ますので!」

「ああ、頼むわ。そいつなにかとお子様だから。保護者が欲しかったんだ」

「ですよね、私に任せてください!」

「……好き勝手言いやがって」

「「反論できるとでも(できるの)?」」

 

 二人で勝手に話を進めていく中、ぼそりと呟いた言葉に口を揃えて言われてしまいなにも言い返せなかった。精々むすっとしたまま口を閉ざすだけだ。

 

「じゃあ、まぁ頼むわ」

「はいっ」

 

 ツジリはいい返事をして、トキリの手を引き歩いていく。彼女に振り回されいそうなトキリは、以前よりはほんの少しだけマシになったのかもしれない。

 

「まぁ、及第点ってとこじゃねぇの? なぁ、()()()

 

 ダナンが二人の背中を見送った後になにもないはずの後ろを振り返ると、そこから“黒闇”の騎空団の団員ほとんどが現れた。ワールドの能力でいないように見せかけていたのだ。

 

「……本当、性格が悪いと言いますか」

「……ん。でも、それもダナンのいいところ」

 

 アリアが呆れオーキスが頷きつつフォロー? する。

 

「いいのではありませんか? 先日から色々あったようですし、彼がこれから変わっていくなら」

 

 バラゴナはいつもの穏やかな声音で告げた。他も概ね同意見のようだ。

 

「だな。さて、どうなることやら。変わったんならその時は、精々昔のあいつの話題でからかってやるとするかなぁ」

 

 一応団長として色々と考えていた彼は、二人が去った方角を見つめながら呟くのだった。




次回の更新はまだ決まってませんが、イベント番外編にしようと思ってます。
どうしても書きたいイベントがあるんですよねぇ。救いたい人がいるんですよねぇ(ヒント)

番外編は一気に更新したいので結構空くかもしれませんが、少々お待ちをば。


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EX:『一周年記念』

本日9/2を持ちまして、『ナンダーク・ファンタジー』は連載開始より一年が経ちました!
本当は一話目と同じ時間に更新したかったのですが、間に合わなかったんです……。
皆様のおかげもあり、ここまで来ることができました。
初期から読んでくださっている方、最近読み始めたという方、色々いらっしゃると思いますが今後ともよろしくお願いします!

前回イベント番外編やるよ、という話をしていたのですが一周年記念当日になにも更新しないのもなぁと思ったので急遽描き始めた次第です。
記念パーティーでイチャイチャするだけの話です。
次こそちょっと間が空いてイベント番外編になります。

あと、明日辺りに今後の予定を活動報告の方で上げる予定です。主にアウライ・グランデどーすんのという話にしようと思っています。まぁ簡単には前書き後書きでも言おうと思っているので見ないとダメということはないのですけれどね。


 複数のシャンデリアが高い天井から吊り下がって屋内全体を(まばゆ)いばかりに照らしている。しかしその真下にいても目がチカチカしないのは建築の工夫が凝らしてあるからだろうか。

 天井を仰いでも金のかかり具合がわかるというモノだが、床を見下ろしても感じ取れる。革靴で床を歩くとコツコツという澄んだ音を奏でるこの床は、鏡のようにとはいかないまでも俺やシャンデリアの姿をぼんやりと映し出していた。磨き抜かれた床も、ここを訪れるまでに通った庭園も、一切手抜きが感じられない仕事振りである。

 

 普段の俺の生活風景からすれば華美とも取れる装飾品に彩られた建物の広い屋内で、着慣れない窮屈なタキシードの襟元に指を差し込んで隙間を確保した。

 

「窮屈そうだねぇ。かっちりしてるのも似合ってると思うよ~?」

 

 (しき)りに着心地が悪そうにしていたせいか、傍に立っていたドランクにそう声をかけられた。

 

 ドランクも俺と同じくタキシードに身を包んでいる。俺が黒なのに比べて、ドランクは紺色だ。……普段の緩い調子とは裏腹にと言うべきか、きっちりした服装が似合う。身体つきの問題だろうな。長身痩躯にタキシードは似合いすぎる。

 

「……それはこっちのセリフだろ。ってかお前はあんまり窮屈そうじゃないのな。素性云々(うんぬん)は知らないけど、いいとこの出とか? 着替えるの早かったし」

「さぁ、どうだろうね~?」

 

 あからさまに誤魔化されてしまった。とはいえ、大体当たっているのだろうとは思う。タキシードを難なく着こなし蝶ネクタイをあっさり結ぶ手際の良さは、他のヤツも驚いていた。あれはちゃんとした教育がないとできない芸当だ。俺はもうしんどかった。出自の関係で教養がないと言ってもいいからな。

 

「ダナン、そっちの騎空団はあんまりいないみたいだけど、どうかしたの?」

 

 青のタキシードを纏ったグランが声をかけてきた。考えなしに突っ込む所謂“やんちゃ”な部類に入るグランだが、タキシードを着ていると少し落ち着いているように見えるから不思議だ。

 そう、これは“蒼穹”と“黒闇”の合同パーティーなのだ。元々“蒼穹”の方が規模が大きいので少なく見えて当然なのだが。

 

「あー……うちの男連中は、こういう堅苦しいの苦手なんだと」

 

 今は支度の時間が短かった男しか会場にいない。女性は支度に時間がかかるので、後から入場するようになっていた。

 そして我が騎空団からは俺、ドランク、トキリ、カイム、シヴァ、グリームニル、バラゴナ、ロベリア、カッツェ、そしてハクタクが参加している。俺は団長だから、ドランクは付き添い。トキリはツジリに無理矢理引っ張られてきて、カイムはこういう場をじっくり見てみたいから。シヴァは人の営みを知るためとかで、グリームニルは一回こういうのやってみたかったから。バラゴナは王族でもあるので拒否することなく、カッツェも同様。ロベリアは気紛れなので厄介なことを仕出かさなければそれでいい。

 ザンツ、ゼオ、レラクルはこういう堅苦しい場が苦手だから来ていない。ガイゼンボーガとエスタリオラは興味がないらしく、リューゲルは立場上の問題で不参加だそうだ。アラナンは過度な贅沢を好ましく思っていない。特に自分が、という点において。

 

 という具合に付き合いが悪かったわけだ。ただでさえ人数が少ないのに結構減ってしまった。まぁ威厳だとかを出したいわけじゃないからいいんだが。

 

「そうなんだ。と言ってもうちもそんなに人数がいるわけじゃないけどね」

「まぁ、パーティーだからな。多すぎても面倒だ」

 

 見渡せば、それぞれの団員達が何ヶ所かに集まって雑談している。うちの団員もそれなりだが、正装している連中を見渡すと綺麗どころしかいないな。一般に開放したら各地のご令嬢が我先にと殺到しそうなヤツらが多い。

 まぁ内々のパーティーなのでその心配は無用だと思う。というか一般開放のパーティーだったら俺はこっちじゃなくて厨房に籠もる。そもそも今からでも厨房に回りたい。

 

「……はぁ、ったく。パーティーに参加するくらいなら厨房でパーティー用の料理を作りたい」

「ははっ。ダナンはホント料理好きだよね」

 

 思わずため息を()くとグランに苦笑されてしまった。仕方ないだろ、料理は楽しいんだから。

 

「ほら、来たみたいだよ。お待ちかねのお姫様達がね~」

 

 ドランクの珍しく気障ったらしい言い回しに視線の先を追うと、重く荘厳な音を響かせて入り口にある大きな扉が開いていく。従業員が二人がかりで押し開いているようだ。既に来ている者達が皆そちらに注目していると、女性陣が入場する。

 

 姿を現したドレス姿の女性陣に、普段同じ騎空団として見慣れているはずの者達ですら「おぉ」と感嘆の声を漏らしていた。

 

 先頭を歩くのはジータ、ルリア、そしてオーキスの三人だ。

 

 ジータは深紅のドレスで口の紅を差している。そのせいか普段より大人びて見えた。左耳にのみつけたイヤリングも色香を増幅させているようだ。

 ルリアは純白のドレスだ。大人びたジータとはまた違った印象で、清楚且つ可憐を体現しているようである。頭の髪飾りは、確かグランが買ってやったモノだとニヤニヤしたジータから聞いたことがあった。おそらく思惑通り、グランがぽかんと口を開けて見惚れていたので成果ありだ。おめかしした甲斐もあるというモノだろう。

 

 そしてオーキス。入場から真っ直ぐ俺に向かって歩いてきていた。オーキスは紫紺色のドレスを着込んでいる。若干普段もドレスのような服装をしているが今夜は雰囲気が違った。髪は下ろした後に左側を少しだけ括っている。それだけでも随分と印象が変わる。ドレスは胸元までで背を回るようになっているが、そこから上の首までの部分には黒い薄手の生地があった。露出という点では普段より減っているのだが、薄手の生地の奥に覗く鎖骨や首筋が大人っぽさを演出している。今日猫(ぬいぐるみ)は留守番のようだ。

 

「……どう?」

「似合ってる。普段とはまた違う雰囲気だな。大人っぽくてびっくりした」

「……ふふ」

 

 目の前まで来たオーキスに尋ねられて率直な感想を述べると、仄かな笑みを浮かべてドレスの裾を摘まんで身体を揺らしていた。表情はあまり変わらないが、照れているらしい。

 

「ほらグラン、さらっと褒めなきゃ」

「う、うん。えっと……凄く似合ってるよ、ルリア。それにその髪飾り、つけてくれたんだ」

「は、はい……折角だからと思って……えへへ」

 

 ジータが背中を押しつつ、照れて頬を赤くしながらグランとルリアが対峙している。

 

「良かったな、ルリア。その髪飾りに合うようにとドレスを選んでいたから」

「カタリナっ! それは内緒にしてって言ったのに!」

 

 後ろからやってきた蒼のドレスを着込む麗しき女性、カタリナが茶化すと頬を膨らませてルリアが反論する。

 続々とやってきては俺達の方へと流れてきていた。まぁ二つの団の団長が固まっていればこっちに来るのは当たり前か。

 

「あまりはしゃぐなよ、オーキス。ヒールで転んだら事だ」

「貴女こそ浮かれて転ばないといいですが」

「貴様……」

「ま、まぁまぁ。二人共、折角のパーティーなんだから仲良くしましょう、ね?」

 

 オーキスの後ろを歩いていたのはアポロとアリアだ。アポロが黒、アリアが白と対極的なドレスにスタイルなどまで加味すると対照的な組み合わせだ。狙ってやっているのではないかと思うほどである。アポロもは珍しくと言うべきかきっちりおめかしをしてきていて、アリアは王女という立場上慣れているのかドレスなどの恰好が馴染んでいる様子だ。別に見たことがあるわけではないのだが。

 その二人を苦笑しながら諫めるのがレオナ。オレンジ色で裾の短いドレスを着ていた。左肩のみかかっているデザインで、スリットが入っていることも相俟ってレオナの長い美脚が強調されているようにも感じる。というか布面積が少なくなると自然に目がいくような脚をしていると言うべきなのか。

 

「似合ってるな。ところでアポロとアリアはわざと対照的になるように選んだのか?」

「そんなわけがないだろう。むしろ合わないようにしていたくらいだ」

「……その結果正反対になっていったのがこの恰好だと思ってください」

「「仲がいいのか悪いのか」」

 

 最初からそうだろうとは思っていたが。思わず俺とレオナの言葉が被ってしまった。アポロとアリアは複雑そうな顔をしていたが。

 

「ダナンちゃんダナンちゃん、お姉さんのドレスはどう?」

 

 ひょっこりと横から近づいてきたナルメアが、期待を瞳に込めて尋ねてくる。

 

 彼女は青のドレスを選んだようだ。ナルメアは紫のイメージが強いが、正直なところ何色でも似合うと思う。ドラフ特有の胸元に目がいきそうになるが、ドレスのワンポイントはその少しした。谷間の終わりから下に入った切れ込み部分だそう。肌面積は通常のドレスとそう変わらないがそこがあるかないかで印象が変わる。

 

「ああ、可愛いな」

「そっかぁ、えへへ~」

 

 褒められて嬉しいのか口元を緩めてにこにこしていた。その横に同じドラフの、淡い水色のドレスを纏ったアネンサが姿を現す。ドレスの形はほぼ同じだ。こちらは髪の色とほぼ同じ色合いなのでイメージ通りなのが違う点か。

 

「お兄ちゃん、私は~?」

「似合ってるぞ。ナルメアと同じドレスで、姉妹みたいだな」

「だって、ナルメアお姉ちゃん~」

「良かったわね、アネンサちゃん」

「うん~」

 

 アネンサもにっこにこでナルメアの傍に寄っていた。仲が良くて結構。特にアネンサには、過去のこともあるし充分に甘えて欲しいと思う。

 

「ダナン君。どう、かな……?」

 

 しずしずと進み出てくるのはニーアだ。少し暗めの赤を基調としたドレスである。着飾っているのを見ることはあまりなかったが、思いの外似合っていた。やはり素体がいいとどんな衣装でも似合うモノなのだろう。

 

「いいんじゃないか? 普段とは違った印象が見えて、綺麗だと思う」

「良かった……!」

 

 俺も良かったよ、ニーアの琴線に触れなくて。

 

「ねぇ、ダナン。私は?」

 

 そこにフラウが登場する。黒のドレスを着ていた、のだがかなり露出が多めな気がした。胸元が大きく開いているのは言うまでもなく、裾も短い。ほとんど太腿の付け根ぐらいまでしかない長さで、その上左側にスリットが入っていた。ただそれだけだと心許ないからか裾の上に黒い透けたベールがついていたのだが。それでも随分と扇情的な恰好をしていることに違いはない。

 

「……なんか、布少なくないか?」

「普段のローブ脱いだ後と比べればまだマシじゃない?」

「まぁ、確かに」

「それに、裾が短くないと動きづらくて嫌になるの、ほら動きやすい」

 

 フラウは片足を軽く上げてみせる。しかもスリットが入ってベールのない左脚だったために太腿の付け根ギリギリぐらいまでが明るみに出てきていた。思わずといった様子で目を惹かれた男連中がいたほどだ。

 

「はしたないからここではやめとけって」

「はーい。……じゃあ、二人きりになった後でね」

 

 適当に返事をした後、声を潜めて耳打ちしてきた。周囲に皆が集まってきているので聞こえた者もいただろう。特にニーアはわかりやすく耳をぴくりと反応させていた。

 しかし誰かがなにかを言う前に、

 

「すまない、通してくれないか?」

 

 やや張り上げたモニカの声が聞こえてきた。

 

「も、モニカさん! まだ心の準備ができてませんからっ!」

 

 続けてリーシャの慌てた声が聞こえる。どうやらリーシャが恥ずかしがって前に出てこれず、モニカが背中を押している状況のようだ。前に集まっている団員達に隠れて見えなかったが容易に想像できた。

 

 どこか微笑ましい空気が発生して俺の真ん前にいた団員達が左右に捌けていく。……ただリーシャが咄嗟に感づいて右に避けてしまったのでひらりと浮かんだ深い緑色の裾しか見ることはできなかった。ベージュのドレスで着飾ったモニカが呆れたように嘆息している。

 モニカは小柄なので子供っぽく見られがちだが、ドレスに身を包んでいることで妙な大人っぽさを見せていた。首元の黒いチョーカーがぐっと印象を引き締めてくれている。髪をアップにしてまとめているため普段あまり見る機会のない白いうなじが露わになっているのも印象を変えている一因だろう。

 

「ほら、リーシャ」

 

 そのモニカは見えないように逃げるリーシャの後ろに回り込んでいる。

 

「あっ、ちょ、モニカさん、押さないでくださいっ!」

「心の準備をさせるといつまで経っても動かないからな。行ってこいっ」

 

 なんだかんだリーシャの後押しをする辺り、本当に姉らしいというか。

 

 成り行きを見守っていると、どうやらモニカが背中をどんと強く押したらしく、

 

「わっ! あ、ちょっと……!」

 

 ヒールを履いているからかかつかつと覚束ない足取りで、なんとか転ばないようにバランスを取りながら俺の見えるところにまで出てきた。

 

 正直言って、言葉を失った。

 

 さっきちらりと見えたのでわかっていたが、深い緑色のドレスだ。注目すべきはそのデザイン。胸元から角度によっては臍まで見えるほどに真ん中が開いているのだ。大胆な衣装である。裾は左側だけ短くなったモノだ。リーシャが、と考えればかなり大胆なドレスを選んだモノだと思う。それはまぁ、前に出てくるのも躊躇うか。

 だが大胆なドレスも開けた胸元に落ちているネックレスも、髪飾りで括って大きく右側を持ち上げた髪型も、全てがリーシャという存在を際立たせている。

 

「あっ……」

 

 目が合った。それまでも羞恥で頬に朱を差していたが、広がって顔全体どころか耳まで真っ赤になる。

 

「あ、あんまり見ないでください……!」

 

 リーシャは恥ずかしさが立ったのか自分の腕でドレスの前部分を隠そうとしていた。

 

「リーシャにしては大胆な恰好だな。けどよく似合ってる。綺麗だぞ」

 

 普段も臍出しスタイルだが、胸元はあまり開いてなかった気がする。その点今回のドレスはかなり頑張ったのだと思う。ので、ちゃんと褒めておく。

 ぼんっ、と音が鳴りそうなくらい真っ赤になってしまったので良かったのかどうかは置いておこう。

 

「ねぇトキリ、このドレスどう?」

「べ、別にどうでもいいけど?」

「ふぅん? その割りには顔赤いけど?」

「そ、そんなことないし……」

「ふぅん……?」

 

 トキリはトキリでドレス姿のツジリに見惚れてしまい、そのことを指摘されて顔を赤くしている。ツジリもニヤニヤしてからかっているのでいい組み合わせなのかもしれない。あのトキリが変わっていくきっかけになりそうなツジリの存在はいいモノである。

 

「皆さん集まりましたね〜」

 

 会場全体に間延びした声が響いた。今回のパーティーを主催した張本人、シェロカルテである。彼女もドレスに身を包んでいた。シェロカルテがああいう正装をした姿は珍しい気がする。季節に合わせた恰好をしているのはよく見かけるのだが。

 

「それではこれより“蒼穹”と“黒闇”、二つの騎空団によるパーティーを開催します〜。皆さん、今日は存分に楽しんでいってくださいね〜」

 

 普段なら歓声が上がる挨拶も、場に合わせてか拍手になっている。

 本人から聞いたが、今回のパーティーは立食と舞踏に分かれて行われるそうだ。食事だけにすると若干一名そっちを手伝いたがる人がいるから、だそうだ。是非ともそいつと会ってみたいな、気が合いそうだ。

 

 最初は立食から行われる。豪勢な料理が運ばれてきて振舞われていく。今回の調理係はバウタオーダ、エルメラウラ、そして助っ人のハリソンだ。できれば混ざりたかったが断られてしまった。

 当時仲良くなった残る一人、ローアインはタキシード姿でカッコつけてカタリナに声をかけようとしていたが目敏く赤のドレスを着込んだヴィーラにバレてしまい恨めしそうな目で見られていたのだがそこへトモイとエルセムがケツアゴが特徴的な緊張した面持ちの男を連れてきてヴィーラに話しかけさせることにより見事ローアインとカタリナが一対一で話す機会を設けることに成功していた。……あっ、キレたヴィーラに三人まとめて吹っ飛ばされてら。

 

 他だと雰囲気にそぐわないらぁめんのコーナーへとリルル、カシウスの二人が足を向けている。誰が作ったかよくわかるなぁ。らぁめん師匠は厨房の係ではなかったはずだが、メニューにらぁめんがないと知って乗り込んだのだろう。

 

 ともあれ。

 俺は珍しく作る側に回ることなく食べる側として純粋に立食パーティーを楽しんでいた。

 

 そこではやいのやいの言い合うことなく楽しく過ごせていたのだが。

 

「これより舞踏パーティーを始めますよ〜」

 

 料理が片づけられて楽器が運び込まれた後、シェロカルテから宣言があった。そういえば俺、あんまり踊りってやったことなったなぁ、と呑気に考えていたのだが。

 

「ねぇ。ダナン、私と一緒に踊りましょう?」

「ダナン君、私と踊ってくれるよね?」

「お姉さんと踊ろっ?」

 

 演奏される中、一斉に踊りの申し込みを受けてしまった。困惑していると、

 

「だ、ダナンっ! わ、私と踊ってくれませんか!?」

 

 顔を真っ赤にしたリーシャが割り込んでくる。女性は手を取ってもらうように差し出すのだが、それに準じている。……ドレスに加えてここまで勇気を出されたら、応えないわけにもいかないよな。

 

「じゃあ、踊ろうか」

 

 俺は差し出された手を取って握る。リーシャはぱぁと顔を輝かせて飛び切りの笑顔を見せた。

 

「……私と、踊ってくれないの……?」

「そういうわけじゃないでしょ。順番よ、一人ずつね」

 

 ニーアの鬱々とした声にフラウが応えて精神を持たせている。……うん、次は絶対ニーアにしよう。

 

 兎に角、最初はリーシャと踊ることになった。俺が不慣れなこともあったが、他を盗み見てなんとか合わせていく。リーシャも高いヒールで動くのにあまり慣れていないのか、なんだかんだ互いにややぎこちない踊りになってしまっていた。

 

「あっ」

「っとと」

 

 踊り慣れていないせいもあってか終盤リーシャが足を縺れさせてしまい、俺は足を止めて前のめりに倒れ込むリーシャを身体で受け止めることとなる。

 

「っ……!」

 

 顔を上げたリーシャを見下ろすとかなり近い位置に顔があった。そのせいか湯気が出そうなほど赤くなっていた。

 苦笑しつつ、曲が終わったので誰かに割って入られない内に声をかける。

 

「大丈夫か? 足挫いてないか?」

「……は、はい。大丈夫です」

 

 リーシャは顔を茹蛸みたいにしながら俺に手を引かれて歩いた。

 

「……あざとい」

「ああ、あれは半分わざとだな」

「やるではないか、リーシャ」

 

 多分素で足が縺れたのだろうが、戻ったリーシャは散々な言われようだった。

 皆の下に戻ると次は誰か、という話になるのだが俺の中でニーアに決定していたので彼女と踊ることにする。なんとか機嫌を取り持てたので良かった。それからフラウ、ナルメア、アネンサ、モニカ、アポロ、アリアと順に一人ずつ踊っていく。

 

 ふとドランクがどこにいるのかと思って視線を巡らせると、“蒼穹”の団員の一人であるフェリに声をかけていた。フェリが壁際に立っていたので気にかけたという感じのようだ。

 いつもの飄々とした調子でなにかを話しかけていて、結果としてフェリは意を決した様子でどこかへ歩いていき、それをドランクは手を振って見送っていた。

 

 その後赤のドレスで着飾ったスツルムが登場して、いつものように言い合いをしてドランクがスツルムを怒らせたかと思うと、ドランクからスツルムを踊りに誘っていた。スツルムは面食らった様子だったが少し頬を染めてそっぽを向きつつその手を取っていた。……クソッ。なんで会話内容が聞こえる位置にいないんだ。聞こえてたらきっと面白かっただろうに。

 

「レオナも踊ったらどうですか?」

「えっ? い、いいよ私は」

「深く考えず、ただ楽しめばいいんですよ」

 

 レオナは一歩引いて見ていたのだが、興味本位か踊ったアリアが勧めていた。それでも乗り気でない様子だ。別の人が声をかけてくることもなかったので、アリアの思惑に乗ってみることにする。

 

「私と踊ってくださいませんか?」

 

 気取った仕草でレオナに向けて手を差し出した。

 

「もう、それって狡くない?」

 

 レオナの呆れた声が聞こえてきて顔を上げ、小さく舌を出してお道化(どけ)てみる。少し間はあったが、俺の手を取ってくれた。

 

「言っておくけど、私あんまりこういうの得意じゃないよ?」

「さっきから踊りっ放しだから任せておけ」

「うん、じゃあリードしてもらっちゃおうかな」

 

 別に踊りたくないわけではなかったようだ。まぁそれならアリアが勧めるわけもないか。

 少なくとも、終始楽しそうだったので良しとしよう。

 

 レオナと踊り終えて、そろそろ時間が空くかと思ったのだが。……そういえば一人こういう時真っ先に声をかけてくるヤツがいたはずなのだが。まだ大人しくしている。今はルリアと談笑しているようだ。

 

「ダナン君、空いてるなら私と踊らない?」

 

 その時、ジータが声をかけてきた。

 

「いいけど、あんまり踊れないぞ?」

「大丈夫。無茶な動きにもダナン君ならついてこれるだろうし」

「無茶する気満々じゃねぇか」

 

 呆れたが、まぁ断る気もない。無茶な動きというのがどういうモノなのかも少し気になるし。

 

 と思っていたら、大分アクロバティックな踊りをやらされた。

 例えばジータの身体を横回転させながら投げて腰を抱くように受け止めるとか。なまじ動けるだけに大分激しい踊りだった。

 

 ……なぜか、その後【ダンサー】の『ジョブ』を取得したのだが。

 

 終わりにウインクされたので、おそらく俺に【ダンサー】を取得させるために誘ってくれたのだろう。自分がやりたいようにやったというのもあるだろうが。俺と同じことができるだろうグランは多くの団員達にひっきりなしに誘われていて空かなさそうだしな。

 

 それからは偶に踊りに誘われつつものんびりと談笑して過ごしていた。

 

 やがて終わりの一曲となるというアナウンスが入った時、俺は他のヤツが見ていないタイミングを見図られて外へと引っ張り出される。

 

 中の演奏が薄っすらと聴こえる外の庭園に俺を連れ出したのは、いつもは積極的なオーキスだった。

 

「普段なら真っ先に誘うかと思ってたんだが、それをしなかったのはこれが理由か?」

「……ん。パーティー会場で踊るのも、あり。でも本命は静かな外での、二人きりの時間」

 

 オーキスはそう言うとすっと手を差し出してくる。

 

「……私と踊って、ダナン」

 

 月明かりに映し出されたオーキスが俺を誘っていた。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 迷わずその手を取って身体を引き寄せる。

 微かに聞こえる会場からの演奏に合わせて、二人だけの舞踏会を催すことになった。

 

 やがて曲が終わり、舞踏パーティーも幕を閉じる。

 

「……ダナン」

「ん?」

 

 終わって互いの身体が近い距離のままオーキスが声をかけてきた。

 

「……ちょっとしゃがんで」

「ああ」

 

 なんだろうと思いながらオーキスと目線が合うくらいにまで膝を曲げると、途端に顔が近づいてきて唇に唇が触れた。

 しばらくそうしていて、やがてオーキスの方から離れていく。

 

「……別に不意打ちにする必要ないんじゃないか?」

「……不意打ちの方が、効果ある」

「そういうもんか」

「……ん。そういうモノ」

 

 言い合って、そろそろ会場に戻るかと思い顔をそちらへ向けると見慣れた顔がたくさんあった。……まぁ、そりゃバレるよな。

 

「じゃあ、戻るか」

「……ん」

 

 苦笑して歩き出すと、オーキスがあからさまに腕を絡ませてきた。見せつけるかのようなこの行動、普段のオーキスだ。

 

「そういや、一つ思ったんだが」

「……なに?」

「これって、結局なんのパーティーだったんだ?」

「…………さぁ?」




※ナンダク一周年記念パーティーです。

あと本当はこの日までにダナンの絵を描きたかったのですが、流石に間に合いませんでしたね。皆さんもやりたいと思ったことがあったらそれが長くかかることほど早めに始めるといいですよ、今日も遅れましたし。


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EX:『窮寇迫ること勿れ』プロローグ

大変お待たせしました。四ヶ月振りでしょうか。

あと新年明けましておめでとうございます。
年末年始は如何お過ごしでしたか? 私は朝までゲームして夜起きるというボロボロの生活でした。

グラブルのシャトラは無事天井の途中で引けたので良かったです。可愛いんですよねぇ。ナンダクでは一切十二神将出てきてないんですけど。
十天衆の限界超越やら色々とありつつのグラブル生活でしたが、私はようやく賢者を統べました。あとゼウス編成に手を出し、ダマをアークに突っ込みました。
アナダルフォンは引けなかったんですけど、ああいう感じ好きなのでIFとかで出したいですね。

閑話休題。

今回から全九話? の番外編が始まります。毎日更新します。次はまだなにを書こうか迷っているので、また間があくかもしれませんが。
時系列はこれまでと違って本編に沿っているので、若干敵が強くなっているように感じるかもしれません。そこはまぁ、大目に見てください。イベントでグラン君ジータちゃんが弱くなる都合上、時系列を戻すか敵を強くするしかないんです……。

イベント『窮寇迫ること勿れ』はコロナの影響で最初ボイスがなかったイベントです。読み飛ばしてる人もいるかもしれませんが、これを機にボイスありで読み直してみるのもいいかもしれませんね。

2021年もナンダーク・ファンタジーをどうぞよろしくお願いします。


 戦争に参加して欲しい。

 

 小国エルデニの遣いがアルタイルの下を訪れたのは、彼がいつものように図書館で黙々と本を読み耽っている時だった。

 

 アルタイルも知っていたが、エルデニという国は数年前からユラントスクという隣国と戦争をしている真っ最中だ。

 そんな重要な時期に使者が訪れる。加えてその使者であるドラフの男こそ、エルデニの王レオニスの側近であるザウラなのだ。国の重鎮、最大戦力とも言える彼を遣いに出すという意味がわからないアルタイルではない。

 

 それだけエルデニは追い詰められ、著名な軍師に頼るしかない状況なのだと。

 

 事実、エルデニは先日流通の最大拠点であるザハ市が陥落してしまった。

 

「ご期待に沿えず申し訳ありませんが……その依頼を受けることはできかねます」

 

 しかし、彼は淡々と申し出を断った。

 

「なぜなら、今の私は騎空団の一員。団の意向を無視して、個人で活動……ましてや戦争に加担するなど。それに、私は部外者です。そんな者が急に出張っていっても軍からは強い反発もあがりましょう。そういうことですので、どうかお引き取りを」

 

 話はこれで終わりだと示すように、手にしていた書物へと視線を落とそうとするアルタイル。だが、ザウラは動じることなく話を続けた。

 

「貴殿は……この空の成り立ち、“創世神話”に深く興味がおありとか」

 

 効果はバツグンだった。アルタイルは書物へ落そうとしていた視線を落とすよりも早い速度でザウラへと戻す。冷静沈着な彼の中ではかなりわかりやすい反応である。

 

 そも、アルタイルがエルデニのことを知っていたのは戦争の最中ということもあるが、エルデニの国土から創世神話に関する遺物が数多く発掘されているからというのが大きい。

 加えてまだ一部の者しか知らないが、創世神話にまつわる記述が遺された新たな石碑が発掘されたのだ。しかもその石碑はザバ市に保管されている。

 ユラントスクは歴史を軽んじる傾向があり、エルデニが敗北すれば遺物の多くは葬られる可能性が高い。

 

 そう後押しすると、先程きっぱり断ったアルタイルが思案するように口を噤んでいた。誠意を見せる意味も含めて頭を下げていたザウラは手応えのほどを感じていたのだが。

 

「申し訳ないですが……やはりお受けすることはできません」

「っ……残念です。どうあっても引き受けてはいただけないのですね」

 

 一回目は動じなかったザウラが、二回目は僅かに動じた。レオニスから託されていた秘策……というと大袈裟だが、それも破れてしまった今交渉材料がないのだ。

 

 しかし。

 

「先程も言った通り、今の私は騎空団の一団員です。ですから、協力を求めるのであれば私個人ではなく、騎空団への依頼、という形を取ってください」

 

 続く言葉を聞いて、ザウラは弾かれるように顔を上げた。

 

「それは、つまり……ご協力いただけると……?」

「それを判断するのは私ではなく、騎空団の団長です」

 

 断言は避けたが、アルタイルの中でこの戦争への参戦は確定事項だった。あくまで自分は団員の一人である、という立ち位置を保ってはいるが“蒼穹”の団長二人はお人好しである。どう言ったとしても、残念ながら受けてしまうだろう。

 それを理解しているからこそ、彼らに会わせると告げた時点で承諾したも同然だった。

 

 とはいえ小国エルデニが求めているのは、“蒼穹”の総力ではない。もし“蒼穹”の騎空団が総力を上げて参戦したのなら、それはもう戦争が呆気なく終結してしまう。そうなったら最早“エルデニの戦争”とは呼べないだろう。ザウラもそこまでは求めていなかった。

 逆にエルデニ求められているのは、当代随一と謳われる若き軍師。白銀の髪に知的な眼鏡をかけた青年だ。背中についた翼のような装飾品が特徴的なヒューマンである。

 

 “銀の軍師”アルタイル。

 

 劣勢を強いられているエルデニの戦況を覆し得る助力としてエルデニの王が挙げた者。

 

 港に停泊している騎空艇へと向かい団長の片割れであるグランの私室へ迎えられたザウラは、改めて事情を説明していた。

 

 あわよくば噂に名高い“蒼穹”の戦力も借りたいと思うところはあったが、エルデニの使者として訪れたザウラも流石に年端もいかない子供達に「戦場に来てくれ」と頼むのは気が引けていた。

 

 騎空団の団長を務めるグラン、ジータに加え更に幼い容姿のルリアと変てこトカゲことビィ。アルタイルはまだしも子供と呼べる彼らに頼み込むのは上に立つ者の一人として良くない気がした。

 当然、“蒼穹”の実力は聞き及んでいる。だが苦肉の策として“銀の軍師”の力を借りるのは兎も角、自分達よりも若い者が率いる集団に国の命運を任せて良いのか。

 

 あるいは、エルデニの者としてのプライドなのかもしれない。

 

 加えて()()()()()()()は我が儘のようにも思えたのだ。

 

 最終的には受けるだろうと睨んでいるのだが、それでも最初は戸惑いを見せていた。

 

「……団長殿」

 

 そんな四人に対して、アルタイルは静かに声をかける。

 

「戦争に加わるとなれば、多くの命を奪い、奪われる瞬間を目の当たりにすることになる。仮に、あなた達がこれを断っても、エルデニがあなた達を責めることはないでしょう。それを踏まえた上で、私は、あなた達に判断を委ねます」

 

 彼の言葉を聞いて、四人は話し合う。

 

 しかし戦争という残酷で救いようのない領域に足を踏み入れるとしても、グランとジータが怯むことはなかった。

 結局は心優しい彼らも参戦することが決定してしまう。

 

 とはいえザウラとしても劣勢中の劣勢なので加勢は有り難いことだ。あまりに多くの加勢をすると相手の過剰な侵攻や他国の介入といった不確定要素を招いてしまう可能性もある。もちろん大勢の援軍を連れてきたぞ! と思わせて相手を撤退させるというのもそれはそれで策になるのだが。

 残念ながら相手の軍師も相当頭がキレるので、それを額面通りに受け取ってくれる保証はない、というのはあった。

 

 結果、この場にいた五人のみがエルデニに加勢することとなる。

 

 少人数とはいえ、グランとジータは十天衆とも渡り合う(本気だったかは兎も角全員に勝利している)実力の持ち主であり、ビィは一旦置いたとしてもルリアも星晶獣を呼び出すことができる。たった一人で戦況を変えられるほどの強さを持った者(“蒼穹”で言うところのジークフリードやガウェインなど)を連れてきては過剰戦力となってしまう。

 

 ……まぁ、もう充分過剰戦力ではあるのだが。

 

 騎空艇でエルデニを目指す一行は、向かう騎空艇の中でザウラから詳しい状勢を聞くことにした。

 

「戦況が頭に入っていれば、現地に向かいながらでも策を立てることはできます」

 

 とはアルタイルの言だ。

 

 ザウラは彼に応じて、エルデニ軍の状況から説明していく。

 

 数日前、首都に次ぐ国の重要拠点である流通都市、ザハ市から撤退したエルデニ軍。ザハ市での戦いは犠牲が少なく済んだのだが、撤退時に追撃を受けて数を減らしてしまっていた。

 

「度重なる追撃の果てに前線は我が国における最後の砦、アヨール山脈近くまで撤退させられました」

「アヨール山脈……エルデニの首都を守る自然の要塞と名高い山ですね」

「はい。その頂上が、現在エルデニ軍の最前線基地となっています。それ以上の進軍を許せば、最早首都を守る砦も戦力もない。つまり、エルデニは終わります。……私が発つ前に反攻作戦を実行していたので、それが成功していれば多少巻き返しているでしょうが」

「流通拠点を抑えられたのはかなりの痛手ですね……。残る資源はどれほどですか?」

「食料も薬品も、民の数を考えればふた月……切り詰めてもふた月半が限界でしょう」

 

 数年前から起きている戦争、と考えるとかなりの佳境を迎えている。残ったエルデニ軍陣地も首都を除けばアヨール山脈のみ。劣勢も劣勢だった。

 

「おいおい……。なんか思ったより大変な状況じゃねぇか」

 

 ビィが率直な感想を零すのも無理ない。

 

兵站(へいたん)を制する者が戦場を制する。やはり、優先すべきはザハ市の奪還ですね。しかし現状、アヨール山脈からではザハ市まで距離がありすぎます。ましてや背後を取られるようなことがあれば、今度こそ全滅は免れない。まずはアヨール山脈の砦から、段階的に拠点を取り返し、ザハ市までのルートを確保しましょう」

 

 しかしアルタイルは至極冷静に方針を定めていく。

 

「なんか……思ったより変わったことはしねぇんだな」

 

 ただしビィはやや残念そうにしていた。

 

「ご期待に沿えず恐縮ですが……奇抜な策を取るのは最後の手段です。戦争は賭博ではありません。順当に定石を固めていくことが、一番の勝利への近道なんですよ」

 

 方針が決まったところで、ザウラの案内により一行はまずアヨール山脈の砦へと向かうことにするのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 王への報告に向かうというザウラと別れた一行は、山脈の頂きにある砦を訪れていた。

 

 出迎えたのは、鎧に身を包み武器たる大鎚を担ぐハーヴィンの女性。

 

「待っていたわ、アルタイル殿。そして、騎空団の皆様。初めまして、私はポラリス。この砦の指揮を執るエルデニの将の一人よ」

 

 恭しく頭を下げた彼女の瞳には、紛れもなく期待が宿っていた。

 

「“銀の軍師”の評判はかねがね……。貴方の力も借りられるなら、これ以上心強いことはないのだわ」

 

 当初援軍として助勢を頼んだアルタイルへと瞳を向ける。そして次はグラン達へ。

 

「そして、貴方達騎空団についても……報告を受けてビックリしちゃったわ。まだ若いのに、何度も死線を潜り抜けてきたそうね?」

 

 戦争で忙しかったために外の最近の情勢には疎い面もあった。“蒼穹”の騎空団と言えば、知っている者は皆最終的にただ一言「ヤバい」と評価する騎空団である。そんな彼らが今までなにをしてきたのか、それについて聞き及んだポラリスの正当な評価だった。

 彼女の言葉に胸を張るのは、大体いつも戦っていないことでお馴染み、ビィであるのだが。

 

 それでも少し誇らしげというか、照れ臭そうな団長二人に微笑みかけて、ポラリスは芝居がかった様子で両手を広げた。

 

「ようこそ、この戦争の最前線へ。私は貴方達を歓迎するわ。うら若き騎空士さん達」

 

 彼女は明るく朗らかに歓迎の意を示したが、反して周囲からの視線はあまり明るくなかった。完全な諦めが宿っているわけではない。だが状況が芳しくないことを誰もが察していた。辛うじてアヨール山脈の戦線を維持しているが、その均衡をいつ崩されるかもわからないのだ。これまでの劣勢が祟って士気は最悪一歩手前というところである。

 

「敗色濃厚と言わんばかりですね。だからこそ、私が呼ばれたのでしょうが……。しかしここにいる者の半数が、もう既に戦いを諦めている。これでは策以前の問題です」

「これでも持ち直した方なのだわ。辛うじて心が折れていない状態。死力を注ぎ、最善を尽くしても、それでも仲間が死んでいく。絶対的な暴力とも呼ぶべき大きな力に翻弄されて、しかし今はそれが起こり得ないとわかっているからこの砦を死守するために戦えている。大きな力に翻弄されて生きるか死ぬかすら選べなかった状況から、生きる選択肢を見出してくれた人がいるから、まだ諦めていない者がいるけれど」

「……」

 

 一行が到着する前の状況では、微かな希望すら危うかった。もし予想外の戦力がなかったらもっと酷い樣であっただろう。

 

「でも、私は彼らのことを誇りに思っているの。あの絶望に支配されそうな戦場で、戦いから逃げ出すような者はいなかった。今だってそうなのだわ。皆、あまり元気はないけれど、軍を脱走した者は一人もいない。だから、彼らの中にある灯火はまだ完全に消えたわけじゃないと、私は信じているの」

 

 そう語るポラリスの瞳には仲間への信頼と強い決意が込められていた。

 

「立ち話が過ぎたわね。詳しいことは奥で説明するわ」

 

 彼女はふっと微笑んで一行を砦の奥へと案内する。一行は奇異の視線を向けられながら砦の中にある一室へと通された。

 

「さて、戦況はザウラから聞いているかしら」

 

 大きな机に地図と地形図を広げながら確認するポラリスに、一行は揃って頷く。

 

「貴方達も知っている通り、エルデニは物資も兵力も不足していて、正直絶望的と言う他ない状況よ。それでもこのアヨール山脈に攻め込まれていないのは、この山の恩恵とあと二つ」

 

 ポラリスがアヨール山脈のある場所を指差す。アヨール山脈は年中霧深く、複雑な森の植生もあり自然の要塞とも称される。他国からの侵略者には踏破しづらい環境だった。

 

「ザウラが出立する直前が決行するタイミングだったから貴方達は聞いていないと思うけれど、エルデニの反攻作戦があったの。それが森に逃げ込んだと見せかけて誘い入れ、霧深い中で奇襲。一部を逃がすことで攻略が難しいという印象をユラントスクに与えたのよ。その結果、ユラントスクはアヨール山脈に立ち入る前で立ち往生しているわ。そこをエルデニの軍師率いる部隊が牽制しているから余計にね」

 

 ポラリスが指差す地図にはいくつもの線と印が書き込まれており、なんらかの作戦を示していた。おそらく森に入られてしまった場合、の想定だろうか。

 それらをじっと見ていたアルタイルはその意図を察したかのように、感心した様子で頷いて見せる。

 

「悪くはない手です。貴国にも、それなりに腕の立つ軍師がいるようですね」

「ええ、彼女は優秀よ。少しだけ自分に自信がないのが玉に瑕なのだけれど。アルタイル殿と同じく、スフィリアにいたこともあるそうよ。もしかすると知り合いかもしれないわ」

 

 スフィリアはかつてアルタイルが軍師として名を馳せた国だった。思いがけない名前が飛び出したことに驚きつつも、アルタイルは静かに尋ねる。

 

「その軍師殿の名前をお聞きしても?」

「シュラ。それが彼女の名前。聞いたことはある?」

「シュラ……? 彼女ならスフィリア軍で私の部下でしたが……」

 

 答えつつ、アルタイルは納得いかない様子であった。

 

(妙ですね。彼女はエルデニに縁はなかったはず……)

 

 エルデニの出身でもなければ、アルタイルのように創世神話の遺物に興味があって足を運んでいたわけでもない。少なくとも彼はそのようなことを聞いた覚えがなかった。

 

「いえ……話を戻しましょう」

 

 考えてもわからないことは頭の片隅に置くだけでいい。残念ながら戦争においては詮無きことである。

 

「それで、前線を維持できている理由でしたか。アヨール山脈の恩寵と、つい先日行われた反攻作戦。まだ理由が一つ残っていますね」

「ええ。時間的に、そろそろ始める頃だと思うわ」

 

 話題を戻すと、ポラリスはそう言って口を噤む。しかしなにも起こらず、訪れた沈黙に耐えられなくなったのかルリアが声を上げようと口を開いて

 

「しっ……! 始まったわ」

 

 口元で人差し指を立てたポラリスに制止される。直後、微かではあったがなにか音が聞こえてきた。ドンッ! という重い音が聞こえ、山脈で反響する。音の発生源に行ったらさぞ大きな音が鳴っているのだろうと思うが、かなり距離があるらしく耳を澄ませていないと聞こえないほど小さな音になっていた。

 

「これは大砲……ではありませんね。なにかの合図でもない。かなり距離があるようですが、この音は?」

 

 アルタイルは少し考え込んだが答えが出なかったので、音の正体を知っているらしいポラリスに尋ねる。

 

「これは、()()()()()()()()()()()()()()()よ」

「「「っ!?」」」

 

 彼女の答えに、普段冷静なアルタイルでさえも僅か目を見開いていた。アルタイルやポラリスは当然アヨール山脈の頂上とザハ市との距離を理解している。グラン達は実際にどれくらいの距離なのかはわからなくても、地図を見て相当に遠いことはわかっていた。

 

「……この距離で戦闘音が届くとなると、相当に熾烈な戦いが繰り広げられているかと思いますが」

「ええ。片方は、ユラントスクの最大戦力。たった一騎で戦況を変え得る私達が絶対的な暴力とまで思っている存在よ」

 

 ドラフと見紛う巨漢の敵将。策を練って最善を尽くしてもそれらを無為へと帰す大いなる力。一薙ぎで部隊を半壊させる存在に、心が折れそうになったことは一度や二度ではない。むしろ数年間戦い続けてよくここまで凌いでいる。

 

「もう片方は……自称・無名の騎空士よ。外から物資を補給できないか試した時に、唯一支援に応じてくれたの」

「自称……?」

「ええ。自分では無名で大したことはない、なんて言っていたのだけれど。敵の最高戦力と渡り合っているのを見れば、そうとは思えないわ」

 

 ポラリスはその誰かを思い浮かべているのか、苦笑していた。偶然が重なった結果、生き永らえている者もいる。その騎空士が遠いザハ市で今も戦っていると伝わってくるからこそ、兵士達の心は辛うじて保ててるのだった。

 

「その騎空士の名前は?」

「聞いていないのよ。どうせ短い付き合いになるだろうから、と言って。シュラなら聞いているかもしれないけれど」

 

 仮にも恩人の名前を知らないとは、と悔やんでいる様子だった。

 流石に“蒼穹”の団長であっても、いくら顔が広いとはいえ特定は難しそうだった。本当は有名だが無名を名乗っている可能性もある。そもそも、“蒼穹”にも強者との熾烈な戦いを演じれそうな団員が多くいる。可能性を考えたらキリがない。

 

「兎に角、これが三つ目の理由。敵の最高戦力がザハ市で足止めを食らっているの。ユラントスクにはアヨール山脈の霧と最高戦力の不在という攻めるに攻め切れない理由がある。おそらくザハ市での決着がついたところで本格的に攻め込むつもり……というのがうちの軍師の予想よ」

「そうですね。攻略が難しい地帯で足止めされている……となれば雑兵を蹴散らすことのできる者を送り込むのが手っ取り早い、というモノでしょう。ならばシュラの部隊と合流して、均衡を崩しましょうか」

 

 眼鏡のブリッジを押し上げて淡々と告げるアルタイルは、既に戦争の未来さえも見通しつつあるのだった。




村正欲しいな。


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EX:窮鳥入懐

番外編開始早々に皆さんからいただいた感想に共通点が見えてとても楽しかったです(小並感)。

状況が変わっているのでイベントとの違いを楽しんでいただければ幸いです。
あとなんとなく察している方もいらっしゃるかと思いますが、某ナンとかさんのせいで本編よりシリアス差分が減っています。ご注意ください。


 シュラの部隊へ合流する前に、アルタイルはポラリスに頼み込んで山道に慣れた兵士を集めてもらっていた。

 

「ザウラ将軍を介しレオニス王より軍師として力を貸すよう依頼を受けたアルタイルです。作戦実行のため、これよりあなた達は私の指揮下に入ってもらいます」

 

 兵達の前で、アルタイルは堂々と告げた。

 

「最終目標はザハ市の奪還。まずは麓を陣取っているユラントスクの兵を一掃しましょう」

 

 目標を掲げたアルタイルへと、エルデニの兵士が向ける目は冷たかった。口には出さなかったが、部外者への不信感と突如現れた者の命令に従う不安が見え隠れしている。

 

「この状況で部外者である私に不安を抱くのは尤もです」

 

 彼はそんな兵士達の心境を察し理解を示して語り始めた。

 

「かつて……ですが、私は軍師を生業としていました。そして軍師としての職務に己の知恵と技を注ぎ、それを生き甲斐とすらしていた。今、在りし日の武勲を辿り私の力を必要とする者がいる。ならば、私はそれに応えましょう。今再び軍師として、過去の己に恥じないように」

 

 自分がここに在る理由と意思、そして覚悟を示す。堂々とした立ち居振る舞いにアルタイルの自信を見て取れる。

 

「無論、私も前線へ出ます。そうなれば後は一蓮托生です。あなた達が私に従わず、策の遂行を怠ったなら、私もこの戦場で散ることになります。しかし、私を認め従ってくれるのなら、私はあなた達に勝利を授ける。そして、必ず生還させる。約束しましょう。“銀の軍師”の名に懸けて」

 

 アルタイルの静かな言葉に、信頼していなかった兵士達はばつが悪くなって視線を逸らす。

 だが誰一人として、その場から立ち去る者はいなかった。少なくとも従う気はあるようだ。

 

「では、ポラリス殿。兵をお借りします」

「ご武運を。貴方の采配に期待しているわ」

 

 最後にポラリスへと声をかけ、アルタイルは兵を引き連れて戦場へ向かうのだった。

 

「ルリア、さっきから静かだけどどうかしたの?」

 

 戦場へ向かう道中、森の中を突き進む最中に、逸早くジータがルリアの様子に感づいた。と言うより、他も気づいてはいたが声をかけるのが躊躇われたという具合だ。

 

「えっ? その……ずっと考えてたんですけど、星晶獣にも力を貸してもらうのはどうかなって。皆さん暗い顔をしていて、この戦いがどれだけ辛いモノかは、私にもわかります。ユグドラシルの力を借りれば、誰も傷つけずに敵を追い出すこともできるし、街の奪還だって……」

 

 ルリアの申し出に、一理あるとは誰もが思った。だが今回の指揮を執るアルタイルが、幼子を諭すようにゆっくりと首を振る。

 

「星晶獣に頼るつもりはありません。星晶獣の力は、人間にとって神の力にも等しいモノ。人の戦いにおいて、それは強大すぎる。世界の存亡がかかっているような、絶対的な悪との戦いであれば、私は迷いなくあなたを頼ったでしょう。ですが、これは戦争です。国同士、人同士の戦いなんです。どちらが正義ということはありません」

「でも……私、不安なんです。本当に、この戦いに勝てるのかって……。グランやジータ、アルタイルさんにもしものことがあったらって怖くて……!」

 

 不安そうなルリアの背中を、グランとジータが揃って優しく撫でて宥めている。

 その様子を見ていたアルタイルは、小さく息を吐き出した後振り向いてルリアと視線を合わせた。

 

「私の軍師らしい活躍をお見せしたことは、あまりなかったかもしれませんね。“銀の軍師”の名は伊達ではありません。星晶獣に頼るまでもなく、私の策だけで勝利へと導いてみせます」

 

 アルタイルの自信に満ちた言葉に、ルリアの不安が多少取り払われる。それでもなにか手伝いたいというルリアに、怪我人の救護や後方での支援を示すアルタイルだった。

 

「団長さん。あなた方も、『ジョブ』は極力使わずにお願いします。あれもまた、人が本来持ち得ない力。無論、戦争は戦いが続くモノですのでできる限り温存しておいて欲しい、というのもありますが」

 

 彼の言葉に、二人は少し戸惑いつつも頷いた。

 例えば、森の中という今の立地を考えると適する『ジョブ』は【ロビンフッド】になるだろうが、一般兵程度なら一人で一部隊を壊滅させられてしまう。あくまで“人”の力でこの戦争に勝つつもりなのだった。

 

「しかし、窮地に陥ってどうしようもない時は使用して構いません。命あっての物種と言いますから」

 

 そうならないようにするのが私の役目ですが、とつけ加える。

 

「ルリアさん。もし万が一、ユラントスクが星晶獣を用いるようなことがあれば……その時には、力を貸していただけますか? 反則には反則を以って対処するのが一番ですから」

 

 そう最後に告げるアルタイルの頭には、既に幾重もの戦況の流れが思い描かれているのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アヨール山脈に攻め入る直前で押し留めている、シュラの部隊。

 目的は足止め。それと霧の中を進もうとするユラントスクの先遣隊の排除。

 

 霧が晴れれば攻め入られてしまうが、それまでは山脈にすら入れない。そうすることによって敵を高所、登山に慣れさせないという意図があった。一息に登頂しようとすれば高山病に悩まされ、慣れない足場を進まなければならず、上からの奇襲に注意しなければならない。

 エルデニにとって最後の砦であるアヨール山脈。それらが持つ有利な要素を全て使わなければ敗北は必至なのだ。だからこそ要素を活かすための戦略を練りながら、目の前の戦闘に勝利する作戦を考えなければならなかった。

 

「……しかし、これでは状況を好転させることは」

 

 シュラは一人誰にも聞かれない場所で、そっと弱音を零す。しかしすぐに首を横に振った。戦況を預かる軍師が弱気ではいけない、そうわかってはいるのだ。

 首を軽く振ると艶やかな黒髪がはらりと舞った。

 

「ふぅ……」

 

 悩ましげにため息を吐いて、これまでのことを想う。果たして自分の策で一体何万人もの人が死んだのだろうか、と。極めつけはザハ市を奪われたと言っていい状況に陥ったあの時。読み違えたために敵将に対抗できる戦力を回していなかった。

 予定外の助力がなければ、果たしてどうなっていたことか。

 

 そんな弱気な思考も、近づいてくる兵士の足音を聞いて引っ込める。すぐに冷静な軍師の顔が表に出てきた。

 

「シュラ様。客将の方がお見えになりました」

「わかりました。すぐに合流します」

 

 気持ちを切り替えて一行と合流する。

 

「――アルタイル様?」

 

 合流した者達の顔触れを確認して、シュラは思わず驚きを露わにする。だが同時に納得してもいた。

 

 かつてスフィリアにいた時の上司。彼の権謀術数を知っていればこそ、軍師として劣っていることに悔しさを覚えはしても納得ができた。

 彼ならきっと、この状況を打破できる。

 

「伝令にあった増援の客将が、まさか貴方だったとは……」

「話は後です。相手の状況は?」

 

 見知った、その能力もよく知っている者が増援だったことにほっとしたのも束の間、アルタイルに促されて気を引き締める。

 

「はっ。ユラントスクの先遣隊はアヨール山脈の麓に野営を築いており、大きくは侵攻してきておりません。こちらの様子を窺うための偵察隊のみを送り込み、機を待っているモノと思われます」

 

 かつて部下だったからか、報告が様になっていた。

 

「やはりそうですか。では早速、今夜仕かけてしまいましょう。野営地の場所と双方の人数を教えてくれますか?」

「はい」

 

 旧知を温める暇もなく、アルタイルは話を進めていく。とはいえ半ば予想通りの状態だったため、スムーズに進行できた。シュラが上手く立ち回っていたおかげで想定より良かったまである。この人数差なら、単なる夜襲で事足りそうだった。

 

「今回の作戦は単純です。正面から夜襲をかける最中、少人数で後方から潜入、敵陣を崩します。正面からの襲撃はシュラの部隊にお願いします。相手もバカではありません、おそらくここで足止めに徹しているシュラの部隊が大体どの人数かは把握されているでしょう。ですので、敵にとって予想外の援軍である我々が二手に分かれて襲撃します。向こうもこちらの援軍を想定しているでしょうが、多少意表は突けるかと。そして、その多少があれば充分この戦いを勝ち取れます」

 

 アルタイルは疲弊した兵士達もいる中で、堂々と断言した。ただし人数差はまだ大きいため、半信半疑の者もいるようだ。

 

「今回は奇策を用いる必要がありません。私の軍師としてのお力を示したいところではありますが、まずは皆さんがご存知でない、彼らについて知ってもらった方が後々のためになります」

 

 アルタイルが手で示した先にいるのは、年端もいかない少年少女。即ちグランとジータである。

 急に紹介されて戸惑う二人を他所に、ビィが自分のことのように胸を張る光景も普段と同じだ。

 

「彼らはまだ子供ですが、私の所属する大騎空団を率いる団長です。その実力は敵将にも劣らない、と私は考えています。……無論、それをただ聞いただけで納得することは難しいでしょう。ですので、今回の戦いで彼らの持つ力の片鱗をお見せしたいと思います」

 

 周囲の兵士は「本当にこんな子供が?」と俄かには信じ難いという顔を()()()()()()()。ただ心の底から信じているわけではないようだ。代わりに二人はアルタイルに褒められて少し照れている。そんな歳相応の反応には、大丈夫なのかと不安に思う者もいたのだが。

 この場で真に二人を正確に評価しているのはアルタイルのみだろう。だからこそ彼は理解していた。この程度の戦いであれば、二人なら簡単に乗り越えられる、と。彼の軍師としての本領はまだ発揮せずとも良い。今は共闘する仲間として二人を認めてもらうことの方が重要だ。味方に対する不信感、不安は第一に取り除いた方がいい。もちろん、自分の信頼を勝ち取ることも大事なので、多少の策謀は取り入れるつもりだが。

 

「では、今回の作戦の詳細を詰めていきましょう」

 

 アルタイルはとりあえず反対の声が上がらないと見て、そう告げると眼鏡を指で押し上げ説明を始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 作戦決行直前。シュラの部隊が張った陣の中で、グランとジータ含む奇襲部隊が本隊とは別で待機していた。

 

 なによりも、二人は今回奇襲部隊二つそれぞれの指揮を執ることになっている。これもアルタイルの計らいだが、若干ながら脅迫めいたモノを感じていた。

 

「あなた達ならそれくらいできるでしょう?」

 

 と。

 

 初めて戦争に出る十五歳の少年少女に対する評価としては、些か以上に高い。思い返すと今でも苦笑が漏れてしまいそうだった。とはいえ、彼らはエルステ帝国軍との戦いを、少人数で実行している。その実力を考えれば兵士の数人は簡単に倒すことができるのだが。

 

 ただ双子故にというわけではないが、お互い緊張しているのは伝わっていた。できるだけ普段通りに振舞おうと、普段通りに身体を動かせるようにと、作戦直前にストレッチで身体を解しているのがいい証拠だ。

 

「ねぇ、グラン。緊張してる?」

 

 だから緊張を解そうと、ジータから声をかけた。

 

「うん。まぁね」

 

 彼は否定しない。否定して強がるよりは吐露してしまった方が気持ちが楽になると知っているからだ。それにジータやビィには隠しても無駄だった。

 

「アルタイルさん、あえて私達にプレッシャーかけるような言い方してたよね?」

「うん。あれは絶対わざとかな」

 

 緊張を解すための話題とはいえ、グランは苦笑を浮かべる。アルタイルは作戦の詳細説明をする時、頻りに「作戦の要はあなた達二人です」とか「あなた達がどれだけ素早く敵陣に切り込めるかが勝敗の鍵、ひいては死傷者の有無に関わります」とか言ってきた。そのせいか、自分達が失敗すれば一巻の終わりという重い責任を背負わされていた。

 当然のことながら、アルタイルも悪戯に重圧をかけて作戦を失敗させたがっているのではない。反撃の狼煙を上げる重大な最初の戦いで、プレッシャーの最中期待以上の成果を出してみろと告げているのだ。全ては信頼故、とわかってはいるのだがそれでも緊張してしまう。

 

 今回はビィもルリアと一緒に置いてきている。後方支援ならぬ、後方で増援と思わせる作戦の手伝いをする予定だ。

 

「……よし。そろそろ時間だ。再確認だけど、僕達は正面からの夜襲が始まったら即座に後方から奇襲、できるだけ多くの敵を不意打ちで素早く倒していく。()()()()()()()()()()()。タイミングは僕達二人に任せる、だそうだから開始直後に攻め入ろうとは思ってる」

「うん。正面が陽動とわかっても、そこに兵力を割かないと対応できないようにするから必然後方は人手が減る。そこを突いて後方の敵を片づけた後に正面の対応をしてる軍を背後から挟撃……簡単に言ってくれるよね」

「早めに動かないと後方に人員を動かされちゃう。まぁそうしないための増援工作なんだろうけど。僕達は僕達の役割を」

「わかってる。では二手に分かれて配置につきましょうか。皆さん、お願いしますね」

 

 二人言い合って、最後にジータが周囲で待機していた兵士達に告げる。開戦前にすっかり落ち着きを取り戻した様子に、場慣れしている一端を目にした。

 グランとジータはなにも言わず、互いに前を向いたまま拳を横に掲げる。距離感、タイミング、高さ。全てが難なく噛み合って拳を軽くぶつける結果となる。

 

「ジータ、気をつけて」

「グランこそ、無茶しないでね」

 

 顔を見合わせることなく告げると、二人は拳を下げて歩き出す。その大人と比べると少し小さな背中から放たれる歴戦の風格に、兵士達は呑まれていた。ただの十五歳が出せるオーラではない。先程まで仲良く談笑していたとは、直前まで緊張していたとは、全く思えなかった。

 

 兵士は二人の雰囲気に呑まれてしまったが、自分達もついていかなければならないことを思い出し慌てて歩き出すのだった。

 

 グランとジータがそれぞれ配置についた後。アルタイルは残念ながら目立ってしまうために後方で野営地に迫る軍を眺めていた。前線指揮はここまでエルデニを守ってきた軍師シュラに任せている。シュラの部隊全員で正面から来ていると思わせるためには、彼の特徴は目立ちすぎた。戦争に関わる者なら一度は名を聞くであろう“銀の軍師”。流石に戦場でああだこうだという者は少ないだろうが、早々に囮とバレてしまう可能性があった。まずは勘繰らずこちらの夜襲に応戦してもらわなければ。もちろん変装しても良かったのだが、アルタイルはあまり剣での戦いが得意ではなかった。わざわざ兵士に紛れ込ませて足手纏いになる必要はない。

 

 月明かりが照らし出す静かな夜に、アルタイルはただ時を待つ。夜襲を仕かけるタイミングはシュラに任せていた。だが彼女ならおそらく、日付の変わる時に行動を開始する。

 

 アルタイルの予想は的中し、日付が変わった瞬間にシュラの部隊は動き出した。

 

 夜にも見張りはいるが、日中帯働いていた者は疲れて眠っている。基本的に夜番は人数が少なめになるのだが、シュラの部隊がずっと日中帯に交戦していたこともあり余計に少なかった。

 代わりにエルデニ軍は今回のために身体を休めて多少英気を養っている。

 

 夜襲に際して、敵の動揺を誘うためにシュラの部隊は雄叫びを上げて野営地へと突っ込んでいった。当然野営地にも雄叫びは聞こえ、若干の眠気を湛えていた門番の兵士も意識を素早く覚醒させて迎撃態勢を整えられるよう万全を尽くす。目立った将のいない最前線だったが、突然の夜襲にも対応しようと動きを見せていた。見張り台に立つ兵士がガンガンと鐘を鳴らし、熟睡していた兵士達を無理矢理起こす。部隊が突っ込むにも時間があるので、慌ただしく戦の準備を進めていた。

 それでも敵が到着するまでにユラントスク軍をまとめて陣を敷いたのは流石というべきか。単純に大国と小国という兵力差と異常に強い敵将のみが劣勢の理由ではないのだ。

 

「……?」

 

 エルデニの突撃を視認して、ユラントスク軍は怪訝な顔をした。エルデニ軍の先頭が、身体を覆うほどの大盾を担いでいたからだ。些か、と言うよりあまりにも襲撃に向いていない。それの意味することはつまり――

 

「正面は陽動か!!」

 

 ユラントスクの野営地を任された指揮官が逸早く理解した。ただ同時に懸念も浮かぶ。こんなにもわかりやすい陽動があるだろうか? と。陽動と思わせて本命、陽動と見て他方向を警戒させ戦力を分散させにかかった途端一気に攻勢に出る、という作戦も考えられた。

 敵指揮官もバカではない。だがバカではないが故にすぐ判断を下せなかった。

 

 その逡巡さえも、アルタイルの想定通りである。

 

 アルタイルは野営地の戦力の大半が正面に集中したままであることを確認した上でダメ押しを加えるために、後方待機の味方に指示を飛ばすのだった。

 

 ――片や、野営地後方に待機しているグランとジータ。

 

 アルタイルの予測では夜襲に際し、慌ただしく陣形を組んだ場合野営地の戦力は敵が来る正面に集中し、残り三方の兵力は各方面一部隊程度の見込みだった。奇襲部隊の役目はその後方にいる部隊を蹴散らしてから挟撃すること。討ち漏らしては自分達が背後を狙われてしまう。手抜かりなど許されなかった。

 

 彼らにもシュラの部隊が上げる雄叫びが聞こえ、戦の始まりを実感する。各々緊張する心を落ち着けて時を待ち、金属の激しくぶつかり合う音が響き始めてから、行動を開始した。

 

「行きます」

 

 そう告げたのは、奇しくもグランとジータでほぼ同時だった。緊張による声の硬さは完全になくなったわけではないが、それでも戦う雰囲気へと変わっている今では疑う余地もなくついていく。

 野営地の守りを固めている丸太の柵は正面以外を全て覆っている。入口を限定することで敵を迎え撃つ方向を決めておく算段だ。だがいざという時に正面しか開いていないのであれば逃げ道がなくなってしまう。柵の一部にわかりにくく扉をつけて裏口を作っていた。大抵は外側から見ると木で隠れていたり茂みで見えにくくなっていたりするのだが。

 アルタイルから外側のそういう部分から侵入できるようになっていると聞いていた奇襲部隊は、ある程度目星をつけて待機していた。

 

 息を潜めて見張りに見つからないようにこそこそと柵に忍び寄り、木の陰を探る。見事にアルタイルの予想が的中し、扉があった。だが完全な逃走用なのか内側から鍵をかけている状態だ。しかも扉が見える範囲に敵兵がいるのを、グランは気配で察知していた。

 どうするべきか、グランは周囲の状況を素早く把握すると、手で味方の兵士を制止させる。待機を指示して自分はどうするのかというと。

 

「……」

 

 グランは静かに柵から距離を取り、見張りの位置と視線を再確認。そして柵の向こう側にいる敵兵の位置を正確に捉えた。

 兵士達がなにをする気だと注目する中で、グランは柵に向かって駆け出した。地面を蹴り柵を蹴って更に上へ。無論足音がするのでグランの上がっている柵の丁度向こうで「なんだ!?」と困惑の声が上がっていた。だが構わず三度目にまた柵を蹴って上がり、頂点の尖るように削られた部分に手を届かせる。グランが駆け上がってもあまり揺れないくらいの頑丈さはあるようだ。彼は柵の頂点を掴んだまま柵を蹴って身体を上へ持っていく。柵の上でくるりと回り、眼下で驚きを浮かべる兵士を視認した。

 

「ひっ!」

 

 およそ人が越えられない柵を乗り越えてきた侵入者に、兵士は唖然として怯えることしかできない。故に、グランは当初の予定通り落下しながら頭部に蹴りを食らわせ一撃で昏倒させることができた。息はあるがぴくりとも動かない兵士を見て、グランは自分の作戦が成功したことにそっと息を吐く。

 

「今なにか物音が……ッ!?」

 

 兵士の怯えた声か倒れる音か、ともあれ他の兵士に聞かれてしまったらしい。追加で一人やってきたかと思うと、倒れた兵士と傍にいる見慣れない少年を見て敵襲だと察知した。

 だがバレることは折り込み済み、というよりアルタイルからバレることを()()されていたので動揺することはなかった。冷静に内側からかけられた鍵を抜き放った剣で壊し、軽く開く。すると待機していた兵士達が扉を開けて侵入してきた。見慣れたエルデニ軍の兵士の姿を見て侵入者の正体を悟る。

 

「て、敵し――ッ!!?」

 

 叫ぼうとした兵士だったが、グランはその隙に猛然と駆け出し兵士を思い切り殴り飛ばして気絶させた。だがズザザァと滑っていった先は、曲がり角を越えてしまったため別の場所で待機していた兵士達にバレてしまう。

 グランはわざと顔を出して敵影を確認し、敵から見えない角度で後方の兵士達にハンドサインを送った。敵が五人固まっているため、回り込んでくれという意味のハンドサイン。形は事前に打ち合わせていたため、兵士達も意図を理解してスムーズに動き出すことができた。

 

 ユラントスク兵は殴り飛ばされた兵士が叫ぼうとしていたのをわかっているのか、それともその場の判断か。五人の内最後尾の一人が見張り台へと声を張り上げて敵襲を報せる――同じような声が逆方向からも上がった。どうやらジータ達も既に動き出していたらしい。そのことに微かな笑みを浮かべながら、自分を待ち構える兵士達へと駆け出した。その速度は先程よりは遅く、正面にいた三人の兵士と剣を抜いて戦い始める。油断なく一人ずつ隙を突いて捌いていく内に、回り込んだ兵士達が後ろで周囲を警戒していた残る二人を撃破。グランが三人目を倒すことで制圧した。

 その間も見張り台で後方からの奇襲を報せる鐘が乱暴に鳴り響いている。それが大盾を打ち破ろうと奮闘する兵士達の耳にも届き、ほんの一瞬だけ意識が目の前以外に向いた。例えそれが前列にいた者の一部のみであったとしても、隊列を成している今一部でも気を緩めて押されれば乱れてしまう。なによりエルデニ軍の大盾を構える者達は、アルタイルの指示で一瞬の気の緩みを待っていた。

 ぐっ、と強く一歩踏み出して押し上げる。武器の間合いを確保するために距離を取って応戦し始めたら足を止めてひたすら耐えていた。

 

 ――時は少し遡り、ジータが率いる隊。

 

 彼女はグランのようにアクロバティックなことをして侵入してわけではなかった。こっそりと抜け出す用の、扉のない小さな穴を見つけていたのだ。茂みに隠されていたのだが、そこはアルタイルの助言様様である。

 とはいえ大人が四つん這いになって這って進めば入れる程度の穴でしかなく、逃げるには適していなさそうだ。敵の気配を探って周囲の安全を確認し、ジータから穴を潜ることになる。大の大人が鎧を纏って通れる大きさなので、小柄なジータは難なく通ることができた。ただし問題だったのはその姿勢である。

 

 ジータは控えめに言っても可憐な美少女だ。そんな彼女が戦場に相応しいとは言えないピンクのスカートをひらひらさせながら歩いていれば、戦争に明け暮れているむさ苦しい男共が惹かれないわけもなかった。加えて今は四つん這いになっている。そのせいでお尻とスカートを振っている様しか映らなかった。

 色々な意味でご無沙汰な兵士達がぼーっとした様子でふらふらとついていき、がきんと兜をぶつけ合って我に返ったのも当然だろう。そうなると必然、誰から行くか睨み合うことになるのだが、残念ながらジータはさっさと穴を通り抜けてしまった。幸か不幸か魅惑の時間が終わってしまったので、男達は虚しさを覚えながら一人ずつ順番に潜っていくのだった。

 

 敵の気配を探って兵士達に的確な指示を出し奇襲を成功させていく様を見て、ちょっと罪悪感に駆られもしたのだが。

 せめて疲弊した戦場の清涼剤とも言える彼女の役に立とうと奮闘していったのだ。その後は()()()()見張りに見つかり、敵襲を報されてしまう。一部隊分の人数を倒した後は後方の戦力を残らず叩くだけだが、一通り回って敵兵を減らした後、前方からグランの隊が走っているのが見えた。

 声もハンドサインもいらない。視線を合わせればなんとなく考えていることがわかる。

 

 だから一瞬視線を交わした後、二人はそれぞれ左に曲がった。

 

 左右から中の方へ進んでいた二人は、視線を交わす間に役割分担をしたのだ。ジータは後方部隊の残りを対象し、グランは挟撃のためにできるだけ敵本隊へ追い込むように動く。

 長年の信頼関係による連携で瞬く間にアルタイルの作戦をほとんど成功させていた。

 

 見張りから警報が鳴れば、多少は後ろにも兵が回されるはずだ。しかしユラントスクが後方へ送った部隊は本当に少なかった。

 

 と言うのも、アルタイルが後方部隊に指示を出して策が発動していたからである。

 

 簡単な仕かけで一斉に松明を点けられるようにしておくことで、指揮官が後方にも部隊を割こうとしたと思われるタイミングを見計らい、多くの松明に炎を灯す。それを見た指揮官は「まさか奇襲すらも陽動だったというのか!?」と慌てて後ろへ送るはずだった部隊の半数を手元に留まらせた。

 続けて後方の援軍と思しき者達から矢が飛んでくる。丁度敵陣の密集地帯に飛来するよう射程を計算に入れた後方部隊の配置だ。大変ではあるが、大人数が交代交代で絶え間なく矢を放っているように見せかけていた。

 矢を撃ったら一歩ズレてもう一矢。それを繰り返し続けて一人二役を演じている。無論長続きするわけもない。故に短時間でも敵を撹乱し、正面側に足止めさせることが大事なのだ。

 

 この作戦で一番の要となるのは敵戦力を掻き回すグランとジータの二人だが、重要な役割は大盾持ちである。彼らが奇襲部隊との挟撃が始まる前に押されてしまっては作戦が成り立たないのだ。

 だからこそ、大盾持ちは交代させるようにしている。と言っても相手と激突している最前衛だ。簡単には交代できない。相手も易々と見逃しはしないだろう。

 

「交代するぞ!!」

 

 大盾持ちの後ろにいる交代待ちの兵士達が声を張り上げて、だから最後まで踏ん張れよと告げる。やっと交代できる、と気を抜く者は一人もいなかった。合図があってから、「せーのっ」でユラントスク軍の前衛を大盾で思い切り弾く。僅かに距離が空いた瞬間後ろにいた兵士と素早く入れ替わって、大盾を代わりに構えるのだ。

 向こうが攻撃を再開する頃には代わりの大盾持ちになっている、というわけだ。……まぁ、一度見せてしまえば二度目は合図が来た途端になんらかの対策を取られてしまう。なのでアルタイルはそこまで回数を稼ぐつもりがなかった。頻繁に入れ替わるつもりがないため、一度目の兵士達がへとへとになるまで時間を稼いでもらった。

 

 エルデニ軍がまだ実力を知らない味方を信じて耐えている、その後方。ユラントスク軍は後方にいた少数の部隊が壊滅させられたことを受け、仕方なく本隊の三分の一を後方に回すことにした。例え半分になったとしてもエルデニを押さえる分には問題ない。だが奇襲部隊の手際があまりにも良かったため警戒して半分に割いてしまうと相手の思う壺なのではないか、と思ってしまったのだ。

 

 それこそ、アルタイルの思惑なのだが。

 

 グランが後方を少し削っていたところ、ユラントスク軍が大勢彼らを取り囲む形に動き始めた。グランとしては焦りがない。ただエルデニの兵士達は人数差からこのままでは挟撃どころではない、と思ってしまっていた。

 

「皆さん。連携を忘れず、僕を援護する形で構いません」

 

 だが、これまで背中を見てきた年齢以上に頼りになる少年の冷静な言葉に、落ち着きを取り戻す。

 

「相手は少人数だ! 油断ならないが我々が有利だぞ!!」

 

 隊長らしき者の声に、雄々しい声が呼応した。事実、人数は圧倒的有利にあっても奇襲部隊を警戒している。本隊が拮抗されてしまっているので、奇襲部隊が敵の要になっているということは理解していた。

 

 グランは大人数の兵士達を見据えながら、大きく息を吐く。心は随分と落ち着いていた。身体のキレも悪くない。――いける。

 

 息を吸い込んで、ぴたりと呼吸を止める。直後今の全速力で駆け出した。無謀にも一人で飛び出してくるグランを嘲ることはない。相手が見た目以上に強者であることはわかっていた。だからこそこちらは連携して迎え撃とうとする。

 

 グランが向かっていった正面の兵士がまず一歩踏み出し、迎撃しようと剣を振るった。それを最小限の動きで会回避して剣を一閃し、一撃で兵士の意識を刈り取る。崩れ落ちる味方の兵士を気にする余裕はなく、グランの両側から襲いかかった。剣の軌跡を読み取って、一歩身を引き剣と籠手を使って自分に当たらないように逸らす。素早く身を翻して右の敵を蹴りで倒すと、倒れた時のためにと構えていた兵士の攻撃を回避してから左にいた敵を殴りつけた。人数が多い相手と戦う時、できるだけ一撃で相手を倒していかなければならない。もちろんそれができるのは、彼が『ジョブ』の力に頼らずとも一騎当千レベルの戦いを見せるだけの実力を備えているからなのだが。

 

 順当に兵士を一撃ずつで倒していくグランの強さに、ユラントスク軍も焦りを覚え始めていた。グランの四方を囲めるように、できるだけ内側の兵士から攻撃してグランが倒す度に突き進むようにしていく。そうすることで完全に囲い込むことができるようになるのだが。

 

「はぁ!!」

「ぐっ!?」

 

 グランの背後を取ろうと動いていた兵士が、別方向からの攻撃に倒れた。グランが率いていた、奇襲部隊の仲間である。

 

「後ろは任せてください!」

 

 彼らはグランの戦い振りを見て、未だ一切の疲れを見せない彼を補助することが自分達の仕事だと感じ取っていた。

 

「じゃあ、ここをお願いしてもいいですか? 多分、もうそろそろ合流すると思うので」

「グランさんはどちらへ!?」

 

 グランの唐突なお願いに、兵士達は応戦しながらも返事をする。

 

「ちょっと、本隊の方に」

 

 暗に一人で特攻すると答えた彼の、ヒリついた気配を纏う横顔に異論を唱えることなどできなかった。

 

「武運を祈ります!」

「させると思うか!?」

 

 だから、彼らは短い間だが自分達を率いて戦った彼を信じることにする。当然、内緒話ではないので敵兵にも聞こえているのだが。

 

「加勢します!」

 

 そこへ後方に残っている敵がいないか確認していたジータの部隊が合流した。だがジータの姿はない。おそらく機を窺っているのだろう。グランは大体察していた。

 

 少しは余裕ができたことで、グランは一気に駆け出した。ユラントスクもみすみす逃してなるモノかと彼を止めようとしていたが、グランを捉えることはできない。

 

 先頭にいた兵士が絶対に止めてやる! と剣を構えた踏ん張るが、グランは身体ごとぶつかるようにして体勢を崩させ、拳を叩き込んで姿勢を下げさせる。加勢しようと動く兵士達を無視して目の前の兵士を足場にして跳躍した。その上で着地点にいた兵士を蹴りつける。その後もグランは足を止めることなく部隊の中を駆け抜けていった。襲いかかる兵士をかわし、撃退し、利用する。たった一人で敵陣に切り込む姿は正に、一騎当千の英雄である。

 ただ挟撃のために奇襲に参加した兵士を倒されるわけにはいかない。過半数を倒して進む姿は獅子奮迅の強さ。

 

 彼はやがて、奇襲部隊のために割かれたユラントスク軍を抜けた。行かせてなるものかと追い縋る兵士達を引き連れて、正面で戦っている本隊の後方で辿り着く。別で指示が出ていたのか、全員がグランを狙うように向いていた。流石に敵兵一人のために味方の邪魔をする可能性のある弓矢を使うことはしないらしい。

 グランはそのまま本隊へと切り込んだ。乱戦へと持ち込みながら前へ前へと突き進んでいく。本隊の中央まで辿り着いたグランは、ふと突進をやめた。それを好機を受け取って一斉に攻撃を仕かけるのだが。

 

「やあぁっ!!」

 

 どこからか気合いの声と共にジータが剣を振り被って()()()()()。まとめて数人を吹き飛ばす渾身の一撃と、グランの迎撃によって二人の周囲に隙間が出来た。

 

「やっぱり無茶して」

「そうでもないよ」

「そう? じゃあ、この人数を相手に大立ち回りをして生き残れないって?」

「そうは言ってないって。だって、ジータがいるし」

「まぁね」

 

 大人数を前に、二人は普段通りだった。

 

「背中は任せたよ」

「了解」

 

 剣を構えてユラントスク軍の本隊中央で構える二人。不利に飛び込んだ形だが、ユラントスク軍に油断も慢心もなかった。むしろこれで二人を仕留められなければ自分達の敗北は必至だと、精神的に追い詰められていた。

 

「やれ――――ッ!!!」

 

 指揮官の号令を合図に、戦闘が再開される。だが、“蒼穹”の団長二人を前に刃が届くことはなかった。

 

 味方を射る覚悟で、高いところから矢が射かけられる。しかし迫る矢を剣で叩き落としてみせた。その隙にと攻撃を仕かけた兵士をあっさりと迎撃してしまう。

 味方である暴力の化身とも言われる将ほどの派手さ、怪力はないが一般兵士と比べれば圧倒的とも言える実力の持ち主だと理解させられる。

 

「後方の部隊を呼び戻せ!!」

 

 あの二人さえなんとかすれば勝機は見える、と作戦を変更したのだが。

 

「今です! 攻勢に出てください!!」

 

 正面を請け負っているシュラの号令で、先頭が一気に敵陣へと攻撃を開始した。ほとんどの兵士は中央に陣取ったグランとジータへ意識を向けざるを得ない状況で、正面から余力を持って構えているエルデニ軍すら気にしなければならなかった。

 今まで時間稼ぎに徹していた部隊が攻勢に出たことで、なんとか防御を打ち破ろうとしていた兵士達が次々と倒れていく。前線に出ていた兵士達は正面の軍と中央の二人、どちらに対処すればいいか判断に迷ってしまう。その隙に、どんどんと兵士達が倒れていった。

 

 やがてグランとジータとシュラの部隊が合流して、残りを片づける。やがて、国外からの援軍が参戦した初めての戦闘は終結した――。



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EX:捲土重来

「いやぁ、一騎当千、獅子奮迅の活躍でしたな!」

「いえ、アルタイルさんの作戦があったおかげで相手の対応が遅れてましたから」

 

 アルタイルの目論見通り、いや目論見以上にグランとジータはエルデニ軍の信頼を得ていた。反撃の狼煙となる一戦だった先の戦闘を勝利したため、兵士達の指揮を上げるために宴を催していたのだ。……まぁ、あまり食糧に余裕がないので程々に、ではあったが。

 

 大活躍だった二人を称える声が聞こえ、アルタイルの策によって二人が存分に戦えていたという認識が広まった結果エルデニ軍にも多少光明が見えてきた。

 怪我人は出てしまったが、人数差を考えれば死者なしは快勝と言っていい。

 

「皆さん、お怪我はありませんか!?」

 

 後方支援だったルリアとビィが心配そうに一行へと駆け寄って、無事を確認するとほっと胸を撫で下ろした。

 

「うん、怪我はしてないよ」

 

 グランの答えに華やぐような笑顔を浮かべているところに、

 

「アルタイル様!」

 

 喜びを声に乗せて、これまで軍師を務めていたシュラが駆け寄ってきた。

 

「相変わらずの見事な采配でございました。兵達も快勝を喜んでおります」

 

 自分には見出せなかった光明を作り出してくれたからだろう。もしかしたら悔しさも胸の内にあるのかもしれないが、今はただ心から喜びを露わにしていた。

 続けてグランとジータへ目を向ける。

 

「そちらのお二人も、正に一騎当千の見事な戦い振りでございました。貴方方が、アルタイル様がお仕えしているというグラン様、ジータ様でございますね。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私の名はシュラ。エルデニで軍師を務めております。此度の援軍、誠に感謝致します。先程の戦闘を見せていただきましたが、御年に見合わぬ強さをお持ちの様子。“銀の軍師”アルタイル様に続き、これほど心強い味方はありません。引き続き、よろしくお願いいたします」

 

 シュラはグランとジータそれぞれと握手を交わす。裏のない謝辞に照れていると、彼女は言葉を続けた。

 

「ポラリス様よりお話は伺っています。お二人も、騎空団に属する騎空士なのだとか」

 

 一見するとそうは見えないと思われるルリアとビィに告げ、互いに自己紹介を交わす。

 

「そういえば、ポラリス殿がザハ市に残った者の名前を、あなたなら知っているかもしれないと言っていたのですが」

 

 一通り挨拶が終わったと見てアルタイルが尋ねた。しかし、シュラは長い睫毛を伏せて首を横に振る。

 

「いえ、私に対しても『しがない騎空士だ』としか彼は名乗りませんでした」

「なるほど……なにか身体的な特徴はありませんか? 同じ騎空士であれば、知っている者かと思ったのですが」

「そうですね……黒髪のヒューマンの方でした。ですがずっとフードを被ってらっしゃったのと、顔がはっきりと認識できないようにされていたのかお顔立ちを覚えている者がおりません」

「……そうですか。名乗らず、顔を隠す。それでよく、敵軍の最高戦力を任せるような大役を命じましたね」

 

 素性の知れない怪しい男を作戦に組み込んだと言うシュラに、アルタイルはやや呆れた様子を見せた。ただ彼には怪しいフードの男の正体にある程度目星をつけているので、彼なら可能なのかもしれないと半ば投げ槍に思っていたのだが。

 加えて、ポラリスの話では自信がないことが短所であるという話だったが、怪しげな男を組み込む大胆さが別の印象を受ける。

 

「それは……」

 

 流石にシュラも言いにくそうにしていたが、

 

「それは私から答えるのだわ」

 

 いつの間にやら傍にいたポラリスが言った。

 

「ポラリス様!?」

 

 慌てた様子を見せるシュラの前で、しかし彼女は口を開くのをやめなかった。

 

「……劣勢の国の軍師が味方からどう思われるかなんて、大体どこも同じなのだわ。そんなシュラに、彼は陰口を叩く者達の前で言ったの。『凄いじゃねぇか。大国相手、しかもとんでもなく強いヤツがいて、まだ負けてないなんてな』と」

「そ、それが理由ではありません! 彼は元々いなかった戦力ですから、動きの読めない敵将のみ注視してもらうようにとしただけで……!」

「確かに、突然現れた実力もわからない戦力に、命を預けるのは難しい話なのだわ。そういう意味では、彼自身の評価も正しいのだけれど……珍しくシュラが打って出ると言い出したから、なにか心境の変化があったのだと思ったのだけれど?」

「ポラリス様、冗談も程々にしてください」

 

 ニヤニヤした様子のポラリスと、茶化されて憮然とするシュラ。

 

 一体誰が来ていたんだ、とアルタイルを除く四人で首を傾げる中、一人冷静な眼鏡の軍師はこほんと咳払いをして話題を転換する。

 

「そういえば。シュラ、あなたはスフィリアを離れる前に母国であるスイに帰ったと記憶していたのですが……。エルデニとスイは友好国であっても、軍事同盟は結んでいなかったはず。あなたはなぜエルデニに?」

 

 真面目な話題になって明るく振舞っていたシュラと、ポラリスの表情に気まずいモノが漂う。

 

「それは色々と、事情がありまして……。ええ」

 

 一瞬視線を泳がせて口にした答えは、全く答えになっていなかった。

 

「アルタイル様! お話し中申し訳ありません、少々ご相談が……」

 

 そこに、慌ただしく鎧を揺らして駆け寄ってくる兵士があった。

 

「わかりました。この後の動きについて、私の方からも話があります」

 

 アルタイルはシュラになにか言いたげな目を向けて、しかしなにも言わず兵士と共に去っていく。

 シュラはその視線に気づいていたが、ついぞ応えることはなかった。

 

「……シュラ」

 

 事情を知るポラリスが心配そうに見つめるが、シュラはすぐに表情を切り替える。

 

「ポラリス様。私達も準備がありますので、そろそろ行きましょうか」

「え、ええ。次の戦いも、よろしく頼むのだわ」

 

 会釈するシュラに続いて、ポラリスも手を振って立ち去っていった。

 

 気まずい空気に顔を見合わせる四人だったが、快勝に浮かれる兵士達に絡まれて過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 麓の野営地が壊滅させられた、という伝令はユラントスク軍に届いていた。だが次にエルデニが攻略しなければならない陣地を考慮し、撤退は必要ないと判断する。

 

 エルデニが次に攻略しなければならない陣地。それがアヨール山脈とヌフ平原を繋ぐ唯一の玄関口、ウーデン大橋であった。

 ウーデン大橋の入り口には軍事基地を兼ねた監視塔が建っている。その監視塔からはどう攻め入っても相手から姿を見られてしまうため、敵魔導部隊の格好の的にされてしまう。

 

 それが、作戦を練るシュラが頭を悩ませている理由であった。

 

 砦で束の間の休息を取り英気を養った後、下山して本営を敷いている。そこでウーデン大橋攻略の策を練っていた。

 

「構いません。ただし、すぐに撤退できるよう予め道の準備を」

 

 監視塔を射程に入れた、魔導部隊の攻撃。それには部隊を展開する充分な広さを持っている山腹の高台を示すシュラだったが、やはり敵から丸見えになってしまうのが難点である。そう結論づけたのだが。

 

「ああ、それと。破損して使えなくなった装備をすぐに集めてください。作戦の決行は夜。それまで少しばかり、工作の時間と参りましょうか」

 

 新たに指揮を執ることとなったアルタイルは至極冷静に策を積み重ねていく。

 

 そして夜。闇の帳が降りた静かな夜を、光華の如く鮮やかな魔導部隊の攻撃が切り裂いた。

 

 魔法による攻撃を行う傍ら、本隊が接近する。その様子が丸わかりであるため、ユラントスクにはエルデニが魔導部隊の援護を受けながら突き進む算段だと読んでいた。

 そしてまずは援護をやめさせるため、魔導部隊の位置を割り出し同じく魔導部隊で応戦した。早めに片づければその分こちらが有利になる。そう考え激しく魔法を放ち始めたのだ。

 

「報告します! アヨール山脈中腹が、敵魔導部隊による攻撃を受けています! ユラントスク軍は魔導部隊の全戦力を投じたらしく、凄まじい勢いです。完全に、“銀の軍師”様の読み通りですね!」

 

 アルタイルへと報告する兵士が嬉々とした表情で告げる。

 

 ユラントスクが敵影と思って攻撃していたのは、破損した装備で作った案山子達であった。エルデニの魔導部隊は最初の一撃の直後、即座に離脱していた。

 

「あくまで敵の一部隊を引きつけているだけです。油断してはなりませんよ」

「はっ!」

 

 恭しく応える兵士だったが、浮き足立っているには目に見えてわかった。シュラの反攻作戦は成功していたが、敗色濃厚の空気での、時間稼ぎが成功したに過ぎなかった。だが今は違う。ユラントスクから陣地を取り返して反撃しているのだ。一変した空気に当てられるのも仕方のないことなのかもしれない。

 戦場での気の緩みが大敵であることを知っていても、人というのは心に素直なモノであった。

 

 やがてエルデニの魔導部隊(に扮した案山子達)を殲滅したユラントスクは、勢いづいて迫る本隊との戦いへと加勢し押し返そうとし始める。

 

 そのユラントスク内部の動きが見えているかのように、アルタイルは頃合いを見計らって本隊をアヨール山脈に撤退させていった。

 策略により、ユラントスクはエルデニが魔導部隊を失い慌てて退いていくように見えている。故に、後詰めではなく追撃を優先させた。

 

 戦争では、如何に武勲を上げるかが昇進の肝となる。劣勢であればそんなことに拘っている余裕はないが、絶賛ユラントスク優勢の戦争だ。司令官によっては欲を見せる者もいた。

 その一人が、今監視塔にいる司令官である。

 その彼が全軍での追撃を命じ昇進を夢に見た直後。

 

「た、大変です! エルデニ軍の小隊が塔内部に侵入、こちらに真っ直ぐ向かって……!?」

 

 必死の形相で報告していた兵士が、最後まで言葉を続けられずに崩れ落ちる。

 

「貴方がこの監視塔の司令官ね。その首、討ち取らせてもらうわ」

 

 ハーヴィンの小さな身体には大きい鎚を担いだエルデニの将、ポラリスが佇んでいた。

 

「ば、バカな……」

 

 困惑する司令官を、ポラリスはあっさりと討ち取った。本隊がユラントスクの軍勢を引きつけている間に、ポラリス率いる小隊が別ルートから接近していたのだ。

 司令官を失った後の軍は脆い。加えて殲滅したと思っていた魔導部隊が五体満足で戦闘に加わるのだから、ユラントスク軍にとっては堪らない。戦局は一気に逆転し、ユラントスク兵の多くは捕虜として捕らえられるのだった。

 

 ザハ市奪還にまた一歩近づいたエルデニ軍。

 

 瞬く間と言っていい、たった数日の作戦でウーデン大橋まで戦線を押し返していた。

 

 それが誰の功績であるか、と言われれば口を揃えて“銀の軍師”と答えるだろう。無論グランとジータも一騎当千の活躍を見せてはいるが、『ジョブ』を使っていない二人など敵の絶対的暴力の化身と比べられればたった一人で戦況を覆せるとは言いづらい。……【十天を統べし者】まで使えば、戦況を覆すどころか一人で国相手に戦争ができるのだが、それは置いておいて。

 

 ともあれエルデニ内でのアルタイルの評価は鰻登り。となれば必然軽視されるのはそれまで軍師として知恵を振り絞ってきたシュラである。

 

(あっという間にウーデン大橋まで戦線を押し返してしまった……。やはり私には、知識と経験が圧倒的に足りていない。兵の動かし方も、作戦の種類も……)

 

 これまで、その時その時自らが思う最善の手を突けるように努めてきた。だがアルタイルは容易くシュラの最善を超えてくる。

 同じ土俵で優れた者がいると、自分の力不足が如実に理解できてしまう。理解させられてしまう。シュラは盛大にため息を吐いて空を仰いだ。

 

(“銀の軍師”の采配を学び、吸収し、少しでも我が糧としなければ……)

 

「私自身の……いえ、エルデニのために」

 

 未熟さを認め、しかし精進しようと決意を固めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アヨール山脈麓の野営地に続き監視塔まで快勝を果たしたエルデニ軍の士気はかなり上がっていた。

 

 そんな兵達の様子にポラリスもほっとした表情を見せる。

 

 だがここで気を緩めるわけにはいかない。アルタイルの先導により士気が高い内に次の攻略戦へと移っていく。

 

 ウーデン大橋からではザハ市までかなり距離がある。そのため、ザハ市に辿り着く足がかりとして中間に位置するタタル軍事基地の制圧が必須となっていた。

 

 タタル軍事基地の兵力について確認し、アルタイルは素早く策を組み立てていく。

 兵士の数は二万ほど。名高い将もおらず、しかしザハ市手前の拠点となるため専守防衛に努める可能性があった。故に陽動は通用しないのだが。

 

「好都合です。むしろ、そうでなくては困ります」

 

 アルタイルはこれまで通り、淡々と告げた。

 

 彼の提案した策は、一定時間毎に包囲した部隊で基地へ攻撃を仕かけるというモノだった。それと悟らせないため、最も明るい時間帯に隙間を作るようにとも。

 本作戦の目的は、あくまで敵に休む暇を与えず、常に警戒させること。必要以上に戦闘しなくて良いという。

 

 最も明るい時間に隙間を作ることで相手にその時間は安全だと思わせる。そうすればユラントスクはその時間に兵を休ませるようになるだろう。それが隙になるのだ。

 

 加えてもう一押し、捕虜から郷土料理を聞き出すようにルリアへと指示を出すのだった。

 

 そうして昼夜問わず攻撃を開始してから三日が経過する。

 

 意図的に作り出した隙間の時間。三日でそれが刷り込まれた兵士達は上官の指示がなくとも気を緩めるようになっていた。

 基地全体でそういった雰囲気を作り出すようになったところで、アルタイルは別働隊へ伝令を飛ばすように指示を出す。

 

 アルタイルの指示した別働隊は、商人を装っていた。確実に司令官を討ち取るため、唯一潜入可能なポラリスを木箱の一つに入れてのことである。

 木箱の一部にはきちんと食料が入れてあったが、それ以外は別働隊の装備が収納されていた。もしバレれば武装のない状態で襲われてしまう。万が一に備えて唯一武装したポラリスが鎚の柄を握り外の様子に聞き耳を立てていた。

 

 しかしそんば彼女の懸念を他所に、ユラントスクは全ての荷を確認することなく彼らを通してしまう。正に、アルタイルから聞いていた通りであった。

 

 そのことに浮かれる兵士達とは逆にポラリスは薄ら寒いモノを感じることになる。

 

 荷の中身がユラントスクの郷土料理を作れるだけの材料があった、というのもあるかもしれない。なんにせよ、ユラントスクは警戒を全てエルデニに向けているのか全く商人を疑っていなかった。

 中へ案内し、もうすぐエルデニの攻撃が始まるからと言ってさっさと行ってしまう。商人に扮した彼らを置いて。

 

 鼾などが聞こえ全く機能していない軍事基地で、悠々潜入したポラリスの部隊が装備を整える。そして可及的速やかに役目を果たすため行動し始めるのだった。

 そうして充分な警戒をしていなかった司令官を討ち取り、双方共犠牲者を最小限に抑えてエルデニが勝利したのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 タタル基地を取り戻し、祝勝ムードに包まれるエルデニ軍。

 

 ささやかではあったが、基地では兵士達を労うため祝勝会が催されていた。

 

「いやー、銀の軍師様様だな! まさか、こんな短期間でタタル基地まで取り戻しちまうとは!」

「連戦連勝の軍師なんて随分大袈裟な話だと思っていたけど、これは本当かもしれないね」

「実際そうだろう。ここまで一切の敗北はなし……正に連戦連勝だ」

「“銀の軍師”が味方についている以上、ユラントスクなんざ恐れるに足らずだな!」

「よく言うよ、最初は散々胡散臭そうに見てた癖にさ」

 

 愉快に談笑する兵士達の口から聞こえてくるのは、敗色濃厚だったエルデニの状況を覆したアルタイルのことばかりであった。最初こそグランとジータの活躍が目立っていたが、作戦指揮を執るアルタイルの評価の方が上がり幅が大きいようだ。

 

「ここまでは前哨戦です。こんなところで躓いていては、ザハ市奪還には手が届きません」

 

 浮かれる兵士達とは対照的に、アルタイルはどこまでも冷静だった。

 

 ユラントスクが備蓄を補充していたからいいモノの、流通都市であるザハ市を奪還しなければ根本的解決にならない。だがザハ市はユラントスクにとってもエルデニに勝利するため必要な拠点。そう易々と明け渡す気はないだろう。

 これまでは目立った敵将がいなかったが、最悪主要な将は出張ってくる可能性が高い。

 

 これまでより厳しい戦いになることは、容易に想像できた。

 

 気を引き締める一行の下に、一本の瓶を持ったシュラが訪れる。

 

「皆様、ここにいらっしゃったのですね。こちら、ポラリス様が皆様にと。とっておきの果実水だそうです。それと、こちらは私から。乾燥させた果実で作ったお菓子です。慣れぬ戦場でお疲れでしょうから、少しでも心が安らげばと思いまして」

 

 彼女の持ってきたモノに、喜びを見せるルリア。有り難い厚意にあやかりそれらを受け取る。

 そんな彼らを見て少し表情を緩めたシュラだったが、すぐに険しく変えた。思い詰めた様子に一行が首を傾げ、ビィが声をかける。

 

「……この先に待つのはザハ市の奪還戦です。戦いは一層激しさを増すでしょう。それ故に私は……皆様にお話ししなければならないことがございます」

 

 その返答は、シュラに向き直って話を聞く体勢になるのに充分な真剣さが込められていた。

 

「それは……あなたがここにいる理由ですね?」

 

 アルタイルも話を聞かなければならないと理解して促す。

 

「それともうひとつ。おそらくはザハ市で戦っているであろう敵の将についてでございます」

 

 一つ頷くと、補足してゆっくりと語り出した。

 

「エルデニの隣国である商業国家スイ。ここが私の生まれ故郷です。私の家族には両親と、歳の離れた妹ランファがおりました。私の生まれた家は貧しく、両親に私達姉妹を育てるだけの余裕はありませんでした。そこで私は早々に奉公に出て、奉公先で勧誘を受け、スフィリアの軍人となりました。ランファもまた、スイの裕福な貴族に養女として迎えられ……やがては、スイの権力者と婚約の話まで持ち上がっていたそうです」

 

 しかし、婚約者の客人として訪れたユラントスクの将によって、事態は一変する。

 

「その男は一目でランファを見初め、手段を選びませんでした。男はランファの婚約者を殺し、ランファをユラントスクへと連れ去ったのです。国の権力者を殺されたスイは、その報復としてユラントスクに攻撃を仕かけ、二国の戦争が起こりました。私がスイに戻ったのはその直後です。私は、妹を取り戻すため、スイの軍師として戦いました」

 

 まだ比較的冷静に話していたが、そこでやや間を置いた。睫毛を伏せた様子から、また彼女が今スイではなくエルデニにいることから、なにか遭ったのだと察してしまう。

 

「ですが、拮抗し始めていた戦況の中、ランファがユラントスクの兵を率いて戦場に現れ攻撃を仕かけてきました。……ランファは、無理矢理攫われたわけではありませんでした。あの子は自らの意思でスイを裏切り、ユラントスクにつくことを選んだのです。更にランファは、元婚約者から得たスイ内部の情報をユラントスクに渡していました」

 

 そして、アルタイルへと暗い目を向ける。

 

「アルタイル様ならおわかりでしょう。内部の情報を売られた国に、最早成す術などないと」

 

 深刻な話題に、一向は押し黙って彼女の言葉を待った。

 

「……その結果、スイは国を奪われました。スイの国民達は怒りの矛先を裏切り者の姉である私へと向けるようになりました。私は拷問を受け、命からがらエルデニへと逃げ込みました。そこを偶然、ポラリス様に救助され、ポラリス様の口利きで、エルデニに仕えることとなったのです」

 

 最も凄惨だとシュラが感じている場面を語る時には、一切の感情が込められていなかった。そうでもしなければ、その時に抱いていた様々な感情が漏れ出してしまうからだろうか。

 

「私が戦う理由は、妹をこの手で断罪し、元凶たるユラントスクを討つため……。そして、それが私を救ってくださったポラリス様と陛下への恩返しにもなる。そう信じ戦っているのです」

 

 自らの戦う理由と、ここに至るまでの経緯を簡単に話し終えたところで、グラン、ジータ、ルリア、ビィはなんと声をかければ良いか思いつかなかった。

 

「事情はわかりました。シュラ……あなたがなに故にこのエルデニに戦っているのかも」

「身勝手でしょう? 私は民のためにではなく、自分のために戦っているのですから」

 

 静かに口を開いたアルタイルへ、シュラはやや自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「戦う理由など人それぞれです。どうあれ、今あなたは戦っている。戦場ではそれが全てだ」

「え……?」

 

 アルタイルの言葉に、シュラは目を瞬かせる。

 

「どんな理由で戦っていても、あなたは軍師です。兵の命を、軍の指揮を預かる以上、決して感情に流されてはなりません。自分の戦う理由が身勝手であると自覚があるなら、肝に命じておくことです。我々軍師は、兵の命を背負っている。軍師の判断が、策が、指示が。多くの命を生かし、殺すのですから」

 

 アルタイルも、言ってしまえば個人的な理由で参加している。創世神話に関する遺物があるザハ市を奪還し、それらを閲覧したい。最終判断を団長に任せたとはいえ、参戦を決めたきっかけはそこである。

 沈黙したシュラに対し、アルタイルは僅かに瞳を伏せて言葉を続けた。

 

「感情に呑まれた軍師によって多くの命が失われる瞬間を、私は何度も目にしてきました。私の部下であった者に、そんな愚かな者達と同じ轍を踏んで欲しくありません」

 

 どこか遠くを見つめるアルタイルの言葉を受け、シュラは自らの胸に手を当てる。

 

「そのお言葉、確とこの胸に刻みます。そして、真実を伏せていたことに心よりの謝罪を……」

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

 顔を上げ再び前を見据えたその双眸は、強い決意の光に満ちていた。

 

「それで、シュラ……。その話からすると、ザハ市にいるであろうユラントスクの将というのは」

「はい。スイ滅亡の引き金を引き、圧倒的な力でザハ市を蹂躙せんとした男。『ロウファ』……おそらくはこの男こそが、今後の最大の障壁となるでしょう」

 

 来たる最悪の戦禍の名を聞き、グランとジータが一層気を引き締める。ロウファが最大戦力である以上、自分達が挑まなければならない相手だと悟ったのだ。

 

 何者かが足止めしているという話だが、そう簡単に行くようならエルデニはここまで追い詰められていない。

 

 そして、衝突の時はすぐ傍まで近づいてきているのだった。



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EX:三軍暴骨

これまではイベントの流れに沿ってきましたが、ここから色々と流れが変わってきます。



あとソーンを限界超越しました。
ただ110レベにするための経験値が多くって……。今週末はスラ爆まみれですよ。


 エルデニの陣地にてシュラが不安を抱き、アルタイルは念のための保険をかけていた頃。

 

 エルデニ軍がザハ市攻略の準備を進める中、ユラントスクでも軍が動き始めていた。

 

 エルデニが次々と拠点を取り返し、ザハ市奪還に向けて攻勢に出ているというのは、当然ながら聞いている。

 ユラントスクで軍師を務めるヴィータリーは、ザハ市にあるユラントスク軍本営が置かれている建物の一室へ向かっていた。

 

 ザハ市は奪った……と言っていいのだが。残念なことに今も轟音が街中へ響き渡っている。それはたった一人で暴虐の化身である自軍の将と渡り合っている謎の男が理由だ。ロウファの前に立ち塞がり、彼をこれ以上侵攻させまいと足止めに徹している。まぁ、元々重要拠点であるザハ市を防衛するために置いておこうとは思っていたので、構わないと言っても問題ない。

 

 ただおかげでザハ市中心部の使いやすい建物は奪えず、端の方に本営を敷かなければならない事態となった。

 それがとある人物の癇癪を買っているので、それ自体がエルデニにとっていいことなのかは微妙なところだ。

 

 ヴィータリーが向かっているのは、そんな人物のところである。向かう先から絶え間なく悲鳴が上がっている一室だ。

 

「最近、殿下は随分と荒れていますねぇ」

「なんだ、ヴィータリーか」

 

 そこにいたのは、捕えたエルデニの捕虜を八つ当たりで殺している、一人の青年であった。

 彼こそユラントスクの王子、エリクである。性格は残忍にしてプライドが高く捕虜を同じ人間として見ていない。言ってしまえば幼稚なのであった。故に扱いやすい、というのがヴィータリーの正直な感想だ。

 

「当たり前だろ? ロウファがずっと足止めされてるんだぞ!? それがエルデニに希望を持たせる理由になってるんだから」

 

 同感である。ただエリクはどちらかというとロウファが足止めを食らっていることに苛立っているようだ。

 エリクは強さというモノを重視する。故に圧倒的に強さを誇るロウファのことを気に入っていた。ヴィータリーには意見するなと横柄に接するが、ロウファの言うことは聞くことがあるのだ。つまり、扱いやすいエリクが自分の思うように動いてくれないことがある。

 

「最近エルデニが盛り返しているのは、なんでも“銀の軍師”が采配を振るっているからだそうですよ」

「? ……なに、そいつ」

「ファータ・グランデでは知らぬ者がいないほどの策士ですよ。どういう交渉をしたのか、エルデニについているようですね」

 

 軍師ならば誰もが知っている名前を知らないことが、エリクが勤勉でないことを示している。強さにしか興味がないのだ。

 それでもプライドが高く負けることを嫌う故に、当然の帰結へ至る。

 

「邪魔だね、そいつ。殺そうか」

「ええ、ええ! 殿下には仮初めの勝利に酔うエルデニ軍を蹂躙していただきたいのです!」

 

 ぽつりと呟いた提案に、ヴィータリーは心からの喜びを示して告げる。ヴィータリーの告げた言葉を頭の中で反芻し映像として思い浮かべた。

 このままユラントスクに勝てる! と調子に乗って攻めてきたエルデニ軍を蹂躙して勝利への希望をへし折る。その時のエルデニ兵士達の顔ったらないだろう。

 

 夢想して、不機嫌から一気に上機嫌に表情を切り替えるエリクに、ヴィータリーは内心でほくそ笑んだ。

 

「では次の戦では、殿下には前線で活躍していただきましょう。そろそろ、殿下も身体が疼いてきたのではありませんか?」

「当たり前じゃないか! まだ碌に斬り合いもしてないんだぞ!」

「次は、ご存分に」

 

 恭しく頭を下げるヴィータリーに、エリクは笑みを深める。ヴィータリーもエリクに見えない位置で笑っていた。

 

「……」

 

 そんな二人の会話を盗み聞きしていた、華奢な女性は静かにその場を離れるのだった。もう一人の将軍にこの事実を伝えるために。

 

 彼女が本営から出て将軍の下に向かうと、道中通りがかりの男が無意識の内に視線を吸い寄せられていった。女性は華奢であるものの、魔性の色香とでも言うべき魅力が備わっている。だが誰も彼女に声をかけることはない。声をかけたらどんな目に遭うか知っているからだ。

 以前酔っ払った兵士が彼女に声をかけて、文字通り捻り潰されたのは有名な話だ。それ以来間違っても彼女と仲良くなろうとする者はいなかった。ただ彼女はそれをむしろ心地良いとすら感じている。自分が誰よりもあの人に想われていることがわかるからだ。

 

 彼女の行く先は、ザハ市の中心部。激しい轟音が響く()()()だ。

 

 近づくほどに大気の震えが大きく伝わってくる。激しすぎる戦いのせいで、攻撃の余波のみでヒビの入った建物が見受けられた。舗装されていたはずの道も、今や天変地異にでも遭ったかのような有り様である。

 地面は抉れ、陥没し、建物は崩壊して瓦礫の山と化す。

 

 そんな爆心地では、二人の男が激突していた。

 

 片や、ドラフと見間違うほどの大男。黒髪に黒と赤の衣装を纏った武人であるロウファ。ヒューマンであるはずだが盛り上がった筋肉がただヒューマンでないことを証明していた。豪快に振るった斧の威力は当たっていない地面の表面が剥がれるほどの破壊力を持っている。

 片や、ローブで素顔を隠しなぜか素顔が認識できないようになっている黒髪の少年。ロウファと比べれば体格差は一目瞭然、斧の一撃を受けることなどできないと思われたが、豪快な一撃に対して拳をぶつけ、相殺させる。実際に拳をぶつけているわけではないのか僅かに隙間があったが、ドン! という重い音が響いて衝撃を周囲に撒き散らした。

 

 女性は余波に眉を寄せて手を翳し、足を止める。これ以上近づいたら余波を受けて死ぬと本能で悟っていた。というか一度死にかけたのだが。

 

 あれは一番最初、ザハ市の防衛をしていた兵士達にロウファが襲いかかった時のこと。突如割り込んできた少年が一撃を受け止め、兵士に撤退を促した。それがなければもう数千エルデニ軍は減っていただろう。

 ロウファは今までにいなかった強者の到来に驚きつつも我が道を阻む者は蹴散らす、とばかりに猛攻を開始した。しかしそれら全てを凌ぎ切り、エルデニ軍の撤退を許してしまう。結果、ロウファが責められる……ことはなかった。両者の戦闘を少しでも目の当たりにすれば、他者が入り込む余地などないということが理解できたからだ。ロウファをあまり良く思っていないヴィータリーも、流石に茶々を入れることはなかった。

 

 ともあれ、そんな激しい戦闘を三日三晩繰り広げたロウファを心配して、彼女は死地に飛び込んだ。余波で危うく死にかけたが、我に返ったロウファは一旦戦闘をやめ、休息することになる。休まずに戦い続けていたらどうなっていたかわからない、という恐れからの行動であったが、今はそれで良かったと思っている。

 

 エルデニ軍兵士ではない敵のローブ男についてわかっていることは、以下の通り。

 

 曰く、『俺の役目はあんた(ロウファ)を足止めすることだ』。

 だからロウファ以外には極力手を出さない。こちらから手を出した場合は容赦なく殺されることもわかっていた。

 足止めができれば戦闘でなくともいいらしいが、戦闘しか行っていない。

 

 ロウファが夜休んでいる間も眠っていない。これは兵士に見張らせているため間違いなかった。

 また食事も摂っていない。これも四六時中誰かが見張っているため間違いない。

 

 ……ロウファが休憩を取りながら戦っているのに対して相手は休憩を取っていない。はずなのだが今も互角以上に戦っている。

 

 それが意味するところは、相手がロウファより強いということである。信じ難いことだが、ロウファは朝から晩まで戦い続ける毎日を送っているため、恐るべきことに日々更に強くなっている。互角に戦える相手と連日戦い続ける日々。それは確実にロウファの力量を上げていた。

 だがそれでも、ロウファが彼に勝ったことはない。

 

 もし相手が「足止め」ではなく「侵攻」を目的としていたら……。相手がロウファを下すつもりがあったなら。ザハ市はユラントスクのモノではなかったかもしれない。

 誰かの評価ではなく、実際に戦っているロウファが口にした言葉である。

 

「……ランファか」

 

 しばらく続いていた戦闘が止まる。相手は常に迎撃の姿勢を取っているため、ロウファが動きを止めれば戦いは止まるのだ。

 彼は肩越しに華奢な女性・ランファを振り返る。その後ちらりとフードへ目を向けると、その前から追い払うような仕草で手を動かしていた。さっさと行け、という意味だろう。

 

 ロウファが背を向けないように後退るのに対し、少年は背を向けて定位置となっている瓦礫の上に腰かけた。それを見てロウファも踵を返しランファに歩み寄る。

 

「なにかあったか?」

「実は……」

 

 二人が戦っていた場所は余波で抉れて陥没していた。そのため、近づいてくるロウファの頭が徐々に上がっていく。上がり切る前に、ランファが手で口元を隠して背伸びをすると、合わせてロウファも屈み込み耳を向ける。

 そこでヴィータリーがエリクを煽り、前線に配置しようとしていたことを伝えた。

 

「……はぁ。ヴィータリーはなにを考えている。殿下にもしものことがあれば、責任を取るのは我々だぞ」

 

 若干眉を顰めた様子から、呆れと苛立ちを見て取ったランファはしかし、副官として冷静に尋ねる。

 

「如何なさいますか?」

「俺が二人と話をしよう。殿下が前線に配置されては俺も動きにくい」

 

 言って歩き出したロウファに、寄り添うようにランファもついていく。フードの男は背を向けた二人を狙うようなことはせず、ただじっと座って戦争の行く末を見据えるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アルタイルがエルデニの陣地で準備をしている最中のことだった。

 

「た、大変です! アルタイル様!」

 

 彼の下に一人の兵士が慌ただしく参上する。

 

「なんです? 朝から騒々しい」

 

 少し苦言を呈するような彼の様子を、しかし兵士は一刻も早く伝えなければという責任感で無視した。

 

「ザハ市へ斥候に出ていた兵士達が重傷で戻ってきました! ユラントスク軍に見つかって戦闘になり、数人が捕らえられたようです!」

 

 兵士が持ってきた報告に、さしものアルタイルも表情を変える。早速兵士達が連れられた医務室へ向かうと、ベッドの傍にはポラリスの姿があった。

 

「今眠ったところよ。話なら私が聞いておいたから、そっとしてあげて欲しいのだわ」

「わかりました。報告をお願いします」

 

 アルタイルは医務室から離れて、ポラリスから状況の報告を受ける。

 

 ユラントスク軍はザハ市の手前に陣を敷いており、決戦はザハ市周辺に広がるヌフ平原が舞台になると予想された。民間人を巻き込むわけにはいかないため、ザハ市を戦場にすることはできない。

 

「やむを得ませんね。我々もすぐに出陣しましょう。こちらの情報が漏れてしまっていた場合、動かずにいることはなによりの下策です。囚われた斥候を救い出すにしても、兎に角今は進むしかありません」

 

 いつになく切迫した様子で、アルタイルは兵士達へ急ぎ伝達する。程なくして整列した兵達の前で、アルタイルは今回の戦闘について話す。

 

「――この出陣はあくまで威力偵察に留めます。情報の収集が優先です。各自、戦闘が発生したら、最低限の応戦の後、すぐに撤退するようにしてください」

「「「はっ!」」」

 

 改めて指示を出し、エルデニ軍はヌフ平原を進み始めた。

 

 索敵しながら突き進む中、空を飛べるビィが上空から前方を確認するようにしていた。そこで進路上に妙なモノが見え、降りてくる。

 

「なぁなぁ、ザハ市の方から誰か来るぜ。一人でこっちに歩いてきてるんだけどよぅ……」

「一人で……? その人物の詳細はわかりますか?」

「でっかいおっさんだぜ! 多分ドラフの……あ、いや、角がないからドラフじゃねーか……」

 

 ビィの言葉を聞いて考え込んだアルタイルは、ドラフ男性を見間違うほどの大男と聞いて、一人の人物に思い至った。

 

「全隊停止!! すぐに迎撃態勢を――」

 

 最悪の事態を予感して声を張り上げたが、僅かに手遅れだった。

 

「おおおおっ!!」

 

 獣のような咆哮の後、エルデニ軍前線を衝撃と破壊音が襲う。ビィが見た、ドラフ男性と見間違う大男とはユラントスクの将軍、ロウファであった。

 ロウファの放った一撃は大きく地面を抉り数十名の兵士達を再起不能にする。

 

 その一撃が、彼がザハ市を奪った張本人であると示した。エルデニ軍に動揺が広がり、しかし“銀の軍師”がついているからと勇んだ兵士が突っ込んでいく。アルタイルの静止も虚しく、ロウファの一撃が掠っただけで胴が真っ二つに分かたれ物言わぬ骸と化した。

 

「脆い。所詮はこんなモノか」

「ひっ……」

 

 つまらなさそうなロウファと、完全に怯え切り彼の強さに呑まれた兵士達。

 

「……全軍撤退!!」

 

 アルタイルは兵士達の様子を見て戦える状態ではないと判断し、即座に撤退の指示を出した。

 

「陣形は放棄して構いません! タタル基地まで生きて戻るのです!」

 

 逃げてもいいと指示され、エルデニ軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。しかし撤退も敵の読み通りであり、その先にはランファの部隊が挟撃のため待ち構えていた。

 

「まだ迂回できます! そちらへ撤退を――ッ!?」

 

 ランファは完全に退路を塞ぐ形ではなかったため、迂回しようと指示を出す。だがその先にもユラントスク軍が待ち伏せしていた。

 

「やっと斬り合いができる。さぁ、蹂躙の時間だ」

 

 ヴィータリーに唆されたエリク率いる部隊が、完全に退路を塞いでいたのだ。かなり人数を多めにしており、逃がす気など毛頭ないことを示していた。

 

 前も後ろも封じられ、エルデニ軍にとっては絶望的な状況だ。

 

「……団長殿。ロウファの足止めをお願いできますか?」

 

 アルタイルは撤退を進めるために、まずグランとジータへ頼み込む。小声で機を見て撤退するようにとつけ加えて。

 

「ほう? その子供達が俺の相手をすると言うのか?」

 

 ロウファは少し怪訝そうだったが、侮りはしなかった。

 

「……いいだろう。かかってこい」

 

 ロウファは一切の油断なく斧を構える。その巨体から放たれる闘気が空気をヒリつかせた。

 

「おおっ!」

 

 そして巨体を持ち前の脚力で発進させ、斧を地面に叩きつける。ジータは咄嗟に後ろへ跳び、グランは一撃目で見ていた範囲ギリギリまで下がった。

 斧を叩きつけられた地面が爆散する。爆薬などはなく、ただの膂力でこれかと戦慄する中グランは勇猛にも浮いた破片を足場にしたロウファへと接近した。

 

「うおぉ!」

 

 接近して大きく振り被った剣を叩きつける。だが、

 

「軽いな」

 

 容易く斧で受け止められてしまった。軽く弾かれ体勢を崩された後、ロウファは落下するグラン目がけて斧を振り被る。直撃したら死ぬ。グランの全身を駆け巡った悪寒がそう告げていた。

 

「【スパル――ッ!!」

「遅い!」

 

 『ジョブ』を解禁して防御する前に、ロウファの一撃が入った。間一髪刃を挟んだが、膂力の差は大きく弾丸のように吹っ飛ばされていく。

 

「グラン!!」

 

 ビィが心配そうな声を上げるが、グランはなんとか原型を留めていた。並みの兵士であれば死んでいただろう。

 

「次はお前か」

「【スパルタ】! ファランクス!!」

 

 ロウファがジータへ目を向けた直後、ジータは『ジョブ』なしでは足止めすらできないと理解して早々に【スパルタ】を使用。衣装を変えてロウファを迎え撃つ。

 

 だが、それでは足りない。

 

「あの男と同じ力か。だが足りんな」

「……えっ?」

 

 直前に呟いた言葉の意味を考える前に、ロウファが渾身の力でファランクスの障壁へと斧を振り下ろした。

 

 パキィ……ン!

 

「そ、んな……!」

 

 『ジョブ』の中でも【スパルタ】のファランクスは一番の防御力を誇る。だが、それすらロウファを止める要因になり得ない。

 

「嘘だろ……!?」

 

 近くで見ていたビィも驚愕していた。その声に反応してか、ロウファはビィに狙いをつける。

 

「ッ……!!」

 

 ジータはClassⅣすら破られてしまった事実と、先程のロウファの言葉を思い返す。そして、結論を出した。

 

「【十天を統べし者】!!!」

 

 目の前の強敵には、全力全開で応じなければならないと。

 

 ジータの判断は正しかったと言えるだろう。事実、ビィとロウファの間に間一髪割り込んで斧の一撃を受け止めていた。その手には、【十天を統べし者】を使っている時にしか使えない特殊な剣が握られている。身の丈ほどもある長剣だ。暗い紫に青が埋め込まれたようなデザインをしている。

 【十天を統べし者】が十天衆を統べるに相応しい能力を備えているとするならば、その『ジョブ』で使える剣は十本の天星器を統べるに相応しい性能を誇っていて当然だ。

 

 二本の武器が衝突した瞬間、辺り一帯が衝撃波だけで爆ぜた。平原の草むらは消し飛び、剥き出しの地面が一段下がる。攻撃を直接受けなかったビィも、衝撃波によって大きく後方に吹き飛ばされてしまっていた。

 

 ……この人、強い!

 

 ジータは斧の一撃を全力で受けたところで、ロウファの強さを再認識する。【十天を統べし者】を使っても、圧倒し切れるとは断言できなかった。負けるとは思わないが、ClassⅣでも対抗できないほどの強さを持っているのは確かなのだ。

 

「俺の一撃を受け止めるか」

 

 ロウファは自分が異質なほどに強いという自覚があるからこそ、この短い期間で自分と真っ向から戦える者に続けて出会ったというのは珍しい。エルデニではそれこそ王国最強と言われるザウラくらいのモノだろうと思っていたのだが。

 

「ここは通さない」

 

 強い意志の込められた少女の瞳に、間違いなくここ数日戦っていた少年と同等、いやそれ以上の力を感じ取っていた。

 ジータがロウファを素通りさせるはずもなく、ロウファも今は退く気がない。それでは作戦が成立しないからだ。そういう戦局面での理屈を抜きにしても、彼は立ちはだかる者に容赦する気はなかった。

 

 つまり、全力でぶつかり合うしかない。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「はああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 これが一行が来てから最初のロウファとの激突。後にヌフ平原の一部地形を破壊した戦いの始まりであった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、ロウファから逃げ出したエルデニ軍。退路をランファの部隊とエリクの部隊に塞がられ、陣形を崩して逃げるところだったため成す術もなく立ち往生してしまっていた。

 

「こちらの部隊の方が規模が小さいようです! こちらの部隊を突破しましょう!」

 

 シュラは撤退する軍の指揮を執っている。アルタイルに諭されたように絶望感を出さないよう必死に抑えていたが、このままでは全滅もあり得ると感じていた。なんとか活路を見出したいが、ロウファの出現と挟撃に兵士達の心が折れてしまっている。

 このままではどうすることもできないか、と半ば諦めかけたその時だった。

 

「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 聞き覚えのある、しかし本来聞こえるはずのない雄叫びが耳に入ってくる。はっとして声の聞こえた方角を見てみると、エリクの部隊へと突っ込んでいくドラフの男が見えた。

 

「ザウラ様!?」

 

 エルデニ最強と言っても過言ではない、唯一ロウファに対抗し得る将・ザウラ。彼率いる精鋭部隊がエリクの部隊後方から突っ込んできていたのだ。撤退するエルデニ軍を挟み込んで蹂躙するだけの簡単な役割、と高を括っていたエリクの部隊はてんやわんやである。

 

「クソッ! エルデニを蹂躙するだけだって言ってたじゃないか!」

 

 エリクは何人か斬り殺して浸っていたところに水を差され、苛立ちを露わに吐き捨てた。

 

「ユラントスクの王子、エリク!! この場で討ち取ってくれる!!」

 

 ザウラの勢いは留まるところを知らなかった。先陣を切ってユラントスク軍に突っ込む彼は、兵士達を容易く薙ぎ払って一直線にエリクへと迫っている。

 並みの兵士なら逃げ出すところだが、王国最強と戦えるという事実にむしろ指揮を放棄して迎え撃つ構えを取るのだった。

 

「突き進め!! 我が軍の退路を開く!!」

 

 更には、エルーンの男性が部隊の指揮を執っている。

 

「レオニス陛下!? なぜここに!?」

 

 彼こそ、エルデニを治める国王である。王が前線に立つなど……と思う部分もあるが、王になる前は自ら前線に立ち奮っていた。実際、今もエルデニ国王を討たんと襲いかかってきたユラントスクの兵を一刀の下切り伏せている。

 

「シュラ!! こちらは我々が対処する! お前はもう一方を撤退に追い込め!!」

「はっ!」

 

 今は疑問を置いておき、エルデニ軍が少しでも多く生き残るために動くべきと思考を切り替えた。

 

「シュラさん! 僕もこっちを手伝います」

「グラン様、しかしロウファの方は……」

「ジータが一人で抑えています。全力戦闘をしているので、正直合流しない方がいいですね。……あと残念ですが、怪我を負った自分ではアレに入るのは難しいかと」

 

 シュラの下へ、グランが駆け寄ってくる。ユラントスクの最大戦力であるロウファと戦うべきではないかと思ったが、グランは苦笑して後方を見やった。その視線を追って、彼女は納得する。

 

 おそらくジータがロウファと戦っている地点で、特大の粉塵が上がっていた。かと思うと粉塵が消し飛ばされ、地面の破片が巻き上げられる。およそ人の戦闘ではなかった。

 

「……では、あちらに加勢していただけますか?」

「わかりました」

 

 グランの加勢により、崩れそうだった前線が持ち直す。彼は前線で兵士を薙ぎ倒しつつ、言葉でも味方を鼓舞していた。グランの活躍もあって、ランファの部隊はなんとか退けられそうだ。

 

 ――少し時は遡って、ザウラとエリク。

 

 ザウラはなんとか王子の下へ辿り着かせまいとするユラントスク兵を薙ぎ払い、エリクと対峙する。

 

「ぬぅうん!!」

「ッ……!」

 

 ザウラの振るった薙刀とエリクの剣が衝突し、エリクが身体ごと大きく弾かれてしまう。ビリビリと痺れる手と残った重い感触が、正面から撃ち合うのは避けた方がいいと訴えてきた。

 

「クソッ!」

「戦闘中に余所見とは余裕だな!」

 

 一旦距離を取りたくて、視線を横に走らせた。それを隙と捉えて迫るザウラの刃は、直前で引っ張られたユラントスク兵へと突き刺さる。

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」

「っ、外道が! 自国民を盾にするか!!」

 

 ザウラが激昂した息絶えた兵士を退かすと、そのタイミングでエリクが飛び出してきた。だがエリクとザウラでは戦闘経験が圧倒的に違う。この程度のことで致命的な隙は作らなかった。

 

「甘いわ!!」

 

 薙刀を回転させて剣を下から跳ね上げると、その間に力を溜めて渾身の力で横薙ぎにする。

 

「ぐっ、ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!?」

 

 剣を持っていた方の腕が切り飛ばされ、エリクが絶叫する。

 

「僕の、僕の腕が!? クソッ!! 誰か止めろよ!?」」

 

 初めての実戦でこれまでにない大怪我を負ったエリクは敵前であることにも構わず尻餅を突いて血を噴き出す右腕を押さえた。ザウラはそれを冷たく見下ろし薙刀を振り上げる。窮地だというのに兵士を盾にしたせいか一歩離れていた兵士達は助けに入ろうとしなかった。エリクの全身を死の悪寒が駆け巡って顔を上げれば刃が振り下ろされる直前だ。ひっ、と喉をヒクつかせるエリク。助ける者は誰もいないかに思われたが。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びと共に割って入った影があった。その人物はザウラと並び立つほど大きく、全身に傷を負って血を流している。

 

「ロウファッ!!」

「ッ……!! 噂に違わぬ怪力……!!」

 

 エリクとザウラが登場した彼にそれぞれの反応を見せる。

 

「殿下、撤退を。ヴィータリーから連絡がありました」

「なんでだよ!? あいつはこの僕を傷つけたんだぞ!?」

「腕を治せる見込みはあるようです。それに――俺の足止めをしていた者の洗脳に成功したようですので。どちらにしても次で終わりましょう」

「ッ……! わかったよ、クソッ」

 

 ロウファの登場で我に返った兵士達が、エリクの腕を縛って応急処置を施していった。

 

「それを聞いて、このまま行かせると思うのか?」

「勢いで誤魔化しているようだが、このまま戦って苦しくなるのはそちらだろう」

 

 ザウラが威圧するも、同格以上であるロウファには通用しない。なによりザウラ達の加勢で勢いを取り戻してはいたが、エルデニ軍の心は折れる寸前、規模もユラントスクの方が多い。もしこのまま戦ってザウラがロウファに敗れでもしたら、完全に戦意を失くしてしまう。

 今は兵士達を休ませることが先決だった。

 

「ロウファッ!!」

 

 ユラントスク軍が撤退に動き始める中、レオニスが彼を呼び止めた。その瞳には激しい怒りが渦巻いている。

 

「エルデニの王、レオニスか……」

「答えろ、貴様なぜ父上を……前王を殺した!!」

「……」

 

 レオニスの問いに、ロウファは少し逡巡しているようだったが答えず立ち去るのだった。もう一度強く呼びかけるが、振り向くことはない。それなら挑んで……と勇むレオニスを、合流していたアルタイルが制止した。

 

「レオニス陛下。ここは退きましょう」

「だが……!」

「兵は皆疲弊しております。あなたが動けば我々も動かざるを得ない……。エルデニの王は民を想わぬ自分勝手な王であると示すのですか?」

「っ……」

 

 アルタイルの必要以上に冷たい言葉に、レオニスは唇を噛んで悔しさを押し殺した。

 

「――撤退だ。タタル基地まで戻るぞ。負傷者には手を貸してやれ」

 

 なによりも優先させる国王の言葉に、エルデニ軍は撤退していく。

 

「ジータ!?」

 

 そんな中、ロウファの足止めをしていたはずのジータが、左肩から血を流してフラフラと合流した。グランはその有様に驚き、ビィは心配そうに彼女の周りをうろちょろと飛んでいる。

 

「……ごめん、しくじっちゃった」

「今回復する。……【十天を統べし者】でも敵わなかったの?」

 

 グランは慌てて駆け寄って魔法で回復を試みる。そしてロウファの強さを確認するために尋ねて、ジータが首を横に振るのが見えた。

 

「ううん。ちょっと、動揺しちゃって。それまでは無傷だったんだけど」

「動揺? なにか言われたの?」

「……」

 

 ロウファと戦って途中まで無傷だったジータを褒めるべきか、それとも【十天を統べし者】のジータと戦っていて重傷を負っていないロウファを称えるべきか非常に悩むところではあったが。

 グランが尋ねると、ジータは言いにくそうに視線を逸らした。代わりに話が聞こえていたビィが答える。

 

「……あいつの足止めをしてたっていうローブのヤツがいるって話だっただろ?」

「? うん。……さっき、ロウファの口から洗脳できたって聞いたけど」

「それがよぅ、ジータが【スパルタ】使った時に、あいつ『あの男と同じ力か』って」

「っ!!?」

 

 ビィの説明で、ようやくジータがなぜ動揺したのかを悟った。

 【スパルタ】――つまり『ジョブ』の力を持っているのは、グランとジータ、彼らの父親。そして二人の最大のライバルと、その父親しか確認されていない。

 父親側の二人は所在不明につき考慮しない、となればローブ男の正体は確定する。

 

「で、でもダナンがそう簡単に洗脳されると思う?」

 

 グランにも動揺はあったが、すぐに考え直す。

 二人にとってダナンとは、「どれだけ頑張っても突き放せない得体の知れない存在」であると言っていい。なぜか自分達と同じ『ジョブ』の力を持っていて、二人の旅路で事ある毎に遭遇した。時には敵として、時には共闘相手として、時にはそれぞれの敵と戦って。今や最大のライバルである。

 故にか、二人共が「ダナンを倒すなら自分達しかいない」という認識があった。それに洗脳という搦め手において、ダナンが誰かに上回られることなど想像できない。

 

「それはそうだけど……あの人が言うには、ユラントスクの軍師のヴィータリーっていう人が倒す算段をつけたから自由に動けるようになったんだって。エルデニの兵士に爆発する術を仕込んで襲わせる、とかなんとか」

「卑怯なヤツだぜ! でも、あいつがそういうので負けるって思えねーんだよな」

 

 ビィは憤慨してから首を傾げる。グランも同じ気持ちだったので、二人のダナンに対する印象が窺えるというモノだった。

 

「……ジータ。どっちにしても、次からは覚悟しておかないと。敵に回るなら――僕達にしか相手できないよ」

「……うん、わかってる」

 

 グランの言葉に頷いて顔を上げたジータの目には、確かな意志が宿っているのだった。



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EX:慷慨憤激

分岐入りましたー。


 エルデニ軍との交戦後、ロウファはユラントスクの首都に召還されていた。

 

 年老いた国王と、政治を支える文官達が並ぶ前に、ロウファは佇んでいる。

 

「先程の戦、エルデニ国王のレオニスがいたそうだな。なぜ仕留めなかった」

 

 王から苦言を呈される。この光景は、いつものことだった。ロウファが戦で挙げた功績は凄まじいの一言に尽きる。だが彼の出自など様々な理由を見つけてはロウファを忌まわしいモノとして扱っていた。

 

「……レオニス王とは浅からぬ因縁があり、あの場でその因縁に決着をつけるかどうか、少し逡巡しました。なによりあの場には“エルデニの英雄”ザウラと、エルデニの援軍がおり、そう簡単には殺せなかったでしょう」

「言い訳は良い。……全く、貴様のせいでエリクが片腕を失ってしまったではないか。ヴィータリーがローブの男を支配下に置かなければどうなっていたことか」

「……」

 

 ザウラに切り落とされたエリクの右腕は、ローブ男によって治療されて元通りになっている。繋ぎ合わせるだとか再生させるとかではなく、再構築という表現が似合う現象ではあったが。

 ともあれ、そのエリクが腕を斬られるような事態に陥ったのは、エリクに対してローブ男を始末する作戦を行うための時間稼ぎが主な役割だったと伝えなかったヴィータリーのせいでもある。挟撃してエルデニを蹂躙するだけ、斬り合いにはならないかもしれないがエリクの優越感を満たすには充分だったはずだ。結果としてエリクは腕を切断されてしまったのだが。

 というか、エリクがザウラと正面から戦いに行ったのも悪い。そこまでロウファの責任とするのは如何なモノか、と思いたい気持ちはあった。

 

「貴様にはエルデニの侵攻を一任している。今回はヴィータリーから『犠牲に見合うだけの成果があった』と打診があったため不問とするが、次はないぞ」

「御意に」

 

 王の言葉に反論をしても意味がない、無駄な労力を使うだけだとロウファは学んでいた。苛立ちはするが己の目的のために呑み込む。

 

「やはり奴隷の出で戦事は難しいか」

「粗野粗暴な暴力なら兎も角、戦術には心得がないのであろう」

 

 王にも聞こえる声量で、隠す気もない悪口が文官達の口から次々に出てくるが、それらも全て無視した。

 

 王から行って良いと許しを貰って退出したロウファは、自室でランファに迎えられる。

 

 その後ユラントスクの王は、一人になったところでヴィータリーを呼んだ。

 

「はい、ここに」

 

 どこからともなく現れたヴィータリーは、顔や手、身体含めて右半分を包帯で痛々しく覆った姿だった。

 

「手酷くやられたようだな」

「ええ、それはもう」

 

 王はヴィータリーの有様を笑う。ヴィータリーも笑みを返していた。彼は軍師であると同時に、王の腹心であるのだ。

 

「折角ローブの男の洗脳に成功したのだろう? ならその男の力でエリクのように治させればいい」

「私の至らぬところですが、流石にまだ生きたまま人を洗脳するのは難易度が高く。『治す』や『治療する』など同じ類いの命令を一度しか行えない状態のようです。……それに、治せたとしてもこのままにしておくつもりでしたよ。戒めとして、ですが」

「そうか、完全とまではいかないか。だが洗脳はできたのだろう? エルデニを攻め落とすのに、使えるか?」

「ええ、ご心配なく。エルデニに与する者を殺すように命令しておりますので、戦場に出せばいくらでも使えます」

「そうか」

 

 ヴィータリーの報告に、王はくつくつと身体を揺らして笑った。

 

「それで、ランファはどうだ?」

「相変わらずの様子ですね。ロウファにべったりです」

 

 ヴィータリーが正直に告げると王は顔を顰める。このユラントスク王、ランファにご執心なのである。そもそも、ランファがスイの婚約者の下へ行った時なぜユラントスクの将が護衛についていたか。それは王がランファを見初めていたため、機会を窺っていたからだ。あわよくば奪えないかと画策していたのだが、ロファが強引に奪って自分の傍に置いてしまった。

 残念ながら力尽くで奪えるほど、ロウファは容易くない。取り繕わずに言ってしまえばロウファの強さは手に余るのだった。

 

「……陛下。実はロウファをランファから引き剥がす、いい方法がございまして……」

「ほう? ヴィータリーよ、やはり余のことをよくわかっているな」

 

 腹心の提案に頬を緩めた王は、ヴィータリーの策に耳を傾ける。……その企みが、自らの終焉に向かっているとも知らずに。

 

 そんな身内の暗躍を知らず、ロウファはランファと共に眠っていた。目を開ければランファの顔がある。その寝顔を愛おしく見下ろして、過去に思いを馳せていた。

 

 ランファはスイの権力者に婚約させられようとしていた。そのことが、売られていったロウファの妹の境遇と似ていたのだ。だから衝動的に、彼女を攫ってしまった。

 妹の面影があることから攫い、傍に置いただけだったのだが。今ではそれ以上の存在になりつつある。

 

 彼女が傍にいるという事実を確かめれば確かめるほどに、己の目的を果たすためエルデニに勝利しなければという思いを強くしていくのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

  タタル基地まで撤退したエルデニ軍。

 

 生きて戻ってきた者の方が多いが、その表情は沈痛そのモノだった。

 

「撤退は完了しましたが、ユラントスクの追撃を……レオニス陛下はどちらへ?」

 

 心を持ち直させる必要はあったが、先に現状必要なことを指示していくアルタイル。色々と手配を行ってからシュラへ追撃を警戒、もし逃げ遅れている者がいるなら連れて戻るように頼もうかと思っていたのだが。基地内にレオニスの姿がないことに気づいて尋ねた。

 

「レオニス陛下でしたら、ザウラ様や他の方々と共にユラントスクからの追撃がないか巡回していますよ」

「……。行動が早いことはいいことですが、国王自らとは」

 

 アルタイルが指示しようとしていたことまんまだったため、そのこと自体は有り難いと思う。ただそれを行っているのが国王とその側近であるというのがなんとも言い難い感情を残していた。

 

「陛下は王になる以前、前線に立って自らその剣を振るっていたようですから」

 

 答えたシュラも気持ちはわかるのか、嘆息するアルタイルに苦笑するのだった。

 

「陛下が戻ったら、休息後本営に集まるよう伝言をお願いします。今後について、話し合わなければなりません」

「はい」

 

 アルタイルからは敗北必至の悲壮感など伝わってこない。しかしどうやってこの状況を覆すのか、やはりシュラにはわからないのだった。

 ともあれ、レオニスとザウラが戻ってきて、ジータも治療を終えたところで集まって情報の確認と今後の方針について話し合う。

 

「まず、レオニス陛下。あなたとロウファとの因縁について、お話し願えますか?」

 

 アルタイルは作戦の前に、レオニスへとそう尋ねた。あるいは、今後の方針にも関わってくるロウファの人柄を知りたかったのかもしれない。

 

 レオニスは、特にアルタイルとグラン、ジータ達に向けて語り出す。

 

 ロウファは孤児であったが、レオニスの父、前王カノプスが拾って義兄弟として育ててきた。身分の違いによる差別などを厭う前王が率先して行動した結果だ。しかし王国内では受け入れられず、厭われてきていた。

 そんなある日のこと、冷戦状態だったユラントスクがエルデニに先制攻撃を仕かけてくる。

 前王カノプスは戦争を嫌い、ユラントスクとの和平にこぎつけた。だがその矢先、ロウファがカノプスを暗殺してユラントスクに寝返ったのだ。

 

「……なるほど。ロウファという人物は、恩義などよりも己の利を優先するようですね。となると……ユラントスクも扱い切れていない可能性が高い。もし彼の利を害するような真似をユラントスクが行えば――」

「ユラントスクを裏切る可能性がある、と?」

 

 アルタイルの感想に、シュラが尋ねる。

 

「今はあくまで仮説の段階ですが。なにより、戦争を有利に運んでいる将軍を害するなど愚策中の愚策でしょう。己の利のために離反するかもしれないともなれば当然です。なので、私達はやはりあの者を退ける手立てを考えなければなりません」

 

 アルタイルの言葉に、皆が押し黙った。ロウファの強さは誰よりもエルデニの者達が知っている。グランとジータも、実際に対峙してみて一筋縄ではいかないことを知った。

 そんな中レオニスが因縁ある自分に任せて欲しいと発言したが、アルタイルは個人の感情よりも王としての立場を守るべきだと諭すのだった。

 

「ではまず、ロウファに対抗する手段ですが。実際に手合わせをして如何でしたか、ザウラ殿」

 

 皆が押し黙っても、アルタイルは淡々と策を打ち立てていく。

 

「一騎討ちであれば必ずや……と言いたいところですが、おそらく良くて相討ちでしょう」

「ザウラでもか!」

 

 “エルデニの英雄”と称され、エルデニ国内では唯一ロウファに対抗できる可能性があると目されていたザウラが、正直な感想を零した。一般の兵士が聞けば卒倒モノである。

 

「一撃合わせたのみではありますが、あの傷であの威力。私でもその首に届くかどうか……」

「そうですか。ではその傷を与えたジータ殿、如何です?」

 

 ザウラが難しい顔で首を振る中、アルタイルはロウファの足止めをしていたジータへと視線を向ける。

 

「私達なら、一人で相手をしたとしても勝てると思います」

 

 ジータは真っ直ぐにアルタイルを見て応えた。その言葉に、まだあまり彼らの戦いを見ていないレオニスとザウラが驚いている。アルタイルは一つ頷くと、

 

「なるほど。では問題は――新たに敵の手に渡ったローブの彼、ということになりますね」

「えっ……?」

 

 反応を示したのはシュラだった。確かになぜ足止めされているはずのロウファが前線に、と思う部分はあったが、ロウファを動かすためにザハ市でも彼に対して攻撃が仕かけられたのではと考えていた。だがロウファと渡り合うほどの実力を持っている者がそう簡単に敗北するとは思っていなかったのだ。

 

「そういえば、あの場にシュラはいませんでしたね」

 

 シュラはあの時、ランファの部隊と交戦中だった。グランもそうだが、ジータとビィから話は聞いている。

 

「ロウファによれば、彼は敵によって洗脳されてしまったそうです。今回斥候を捕らえてこちらを動かしたのは我々を殲滅するためではなく、最大戦力であるロウファを自由にする目的だったのかもしれません」

 

 あわよくば殲滅する、というのはあったに違いないが、本来の目的はおそらくローブの彼の方だ。とアルタイルは読んでいた。

 

「そんな……」

「シュラさん。多分ですけど、心配はいりませんよ。そう簡単に思い通りになるヤツじゃないので」

「えっ? 皆様は彼が誰なのか知っているのですか?」

「まぁ、はい。僕達の最大のライバルと言いますか……」

 

 顔を青褪めるシュラに、グランが苦笑して告げる。

 

「ただ本当に洗脳されてしまっていた場合、僕達のどちらかが全力で戦っても勝てるかどうか、というところです」

「ただ洗脳であれば解除も可能と考え、二人のどちらかが抑えている間に洗脳を施した敵の軍師……ヴィータリーを捕らえるというのが大まかな流れになるでしょう」

「解除できればロウファに匹敵する戦力がもう一人増える。そうなればユラントスク軍にも勝利できる、か」

「ええ。できればそこまで彼らの力に頼らず勝利したかったのですが、敵が思っていたよりも非道な手を打ってきましたので、そうも言っていられなくなりました。……これは未確認情報ですが、敵軍師は捕虜にしたエルデニの兵士達に爆発する術を仕込んでいるそうです」

「「「っ!!?」」」

 

 グランとジータが事前にアルタイルへと伝えていた情報を口にすると、エルデニに属する四名が驚き怒りを露わにした。

 

「我が民になんということを……!!」

「陛下、落ち着いてください。未確認情報、と前置きしたはずです」

「っ……」

「アルタイル様。ではその術を仕込まれた兵士を使って、ローブの彼を脅迫したということでしょうか?」

「定かではありませんが、それはないでしょう。彼にそういう類いは通用しません。なにより策に嵌まって大人しくするような人物ではありませんからね。むしろ策を逆手に取って嵌めようとしてきた相手を手玉に取るタイプです」

 

 アルタイルは事前に予想をつけていたというのもあってローブの男がダナンであるという事実に驚くことはなかった。そして双子の騎空団に所属している以上、多少関わりがあったので彼の人柄についてもわかっている。

 

「……ですので、彼には彼でなにか狙いがあったモノと推測しますが。答えは出ないので後にしましょう」

 

 アルタイルはそう締め括って、ダナンの思惑に関する推測を止める。

 

「兵站もそう余裕があるわけではありません。近い内に進軍を余儀なくされるでしょう」

 

 アルタイルはそう告げると、これからの進軍について打ち合わせるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アルタイルが口にした通り、兵站が限界に達したエルデニはザハ市奪還へ動くこととなる。

 万全の態勢とは言い難かったが、それでも勝利するためには進軍しなければならない。

 

 アルタイルは部隊を三つに分けた。それぞれザウラ、ポラリス、シュラが指揮を執る形だ。レオニス陛下には基地で待機してもらっている。

 グランとジータはロウファとダナンに対抗するための手札として、珍しく後方待機である。二人は出で立ちが非常に目立つため、現れたらすぐに飛び出す予定だった。

 

 戦闘が始まったところで、ポラリスの部隊がエリクの部隊と交戦していた。

 

「ユラントスクの王子エリク! その首討ち取らせてもらうのだわ!」

「エルデニのゴミが、吠えるな! 皆殺しにしてやれ!!」

 

 ザウラが切り落としたはずの右腕は綺麗さっぱり直っていた。繋ぎ目も見当たらないほどである。予想できていたこととはいえ、利き腕を失った成果がなかったことにされるのは心に来るモノがあった。

 

 エリクが斬り合いを好む性質であるためか、ポラリスはエリクと真正面から対峙する形となる。

 

 エリクの剣技は、王族としての英才教育の賜物か一般兵士相手であれば圧倒することも可能なレベルに達していた。だが実戦経験で言うのであれば、先日の戦闘が初だ。

 逆に、ポラリスは将軍として実戦を積み重ねてきている。ヒューマンとハーヴィンという体格差こそあれど、決して勝ちを拾えないわけではない。

 

 ただし。

 

(味方の盾と自爆の術に注意……!)

 

 事前に得た、彼とヴィータリーが非道な手も辞さない相手であるというのは念頭に置いておく。隙を見せれば簡単に勝利は手から零れ落ちてしまう。

 

 剣と鎚を打ち合わせ、最大限警戒しながら相手を打ち倒す算段をつけていく。

 

「くっ!」

 

 何度目かの打ち合いの末、ポラリスはエリクの体勢を崩すことに成功した。実戦経験の差が生んだ結果だ。すかさず追撃を選択するポラリスに対して、エリクは近くにいた味方の兵士を掴むと間に割り込ませた。

 実際に目の当たりにするとより嫌悪と憤りが湧いてくるが、躊躇はしない。そのまま兵士を一撃の下沈めた。そうしながらも、兵士ではなく後ろのエリクの動きに注意しておく。兵士を盾にして作った隙を突いてくる、これもザウラがされたことだ。

 よく見ていたため、腕の動きが突きの構えであることがわかり、咄嗟に飛び退く。直後兵士の身体を貫いて刃が生えてきた。ポラリスが攻撃していなくてもそのつもりだったのだろう。エリクの動きに迷いは見て取れなかった。

 卑劣な行いとエリクの人間性に顔を顰めるが、回避することはできている。その上で心の中で謝りながら刺された兵士の身体を足場にして跳び上がった。そのまま驚くエリクの顔目がけて、渾身の力で鎚を振り下ろす。

 

「やあぁッ!!」

「がっ!?」

 

 重い音が響き、確かに頭蓋を砕く手応えがあった。血が出ており脳震盪を起こして倒れてもおかしくはない。だが跳び上がった姿勢だったために少し浅くなってしまったのか、当たりどころが良くなかったのか。エリクはよろめいて頭を押さえながらも血走った目でポラリスを睨みつけていた。

 

「……よくも、よくもこの僕に傷を……っ!!」

 

 仕留め切れなかった、と悔やむポラリスを他所にエリクは周囲で慌てた様子を見せる兵士に目を向ける。

 

「おい! あれを持ってこい!!」

「はっ……? し、しかし一刻も早く応急処置をした方がいいのでは……?」

「いいから早くしろよ! 僕に口答えするな!!」

「は、はっ!!」

 

 吐き捨てるようなエリクの命令に、慌てて兵士達は動き出す。ポラリスはなにをしてくるかわからなかったため、警戒して一旦様子を見ていた。

 そんな中ユラントスク兵が持ってきたモノは、手足を拘束されたエルデニ兵だった。おそらく捕虜として捕らえられた者だろう。呻き声を上げるだけで、正気すら失った様子である。手足の内何本か指が欠けていて、血が滲んでいる痛ましい姿だ。鎧を着せられている下もどうなっているかわからない。

 

「っ……!!」

 

 捕虜の凄惨な姿に、ポラリスは息を呑む。と同時にユラントスクに対する強い怒りが湧いてくる。

 

「……人質にでもするつもり?」

 

 だが部隊を預かる将軍として、感情に左右されて突っ込んではならない。培ってきた理性によってなんとか怒りを抑え込み、一番最初に思いついたことを尋ねた。

 

「こんな状態のヤツに人質の価値なんて、あるはずないだろ?」

「っ……!!」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたエリクの言葉に、再び湧き上がってきた怒りを鎚の柄をぎゅっと握って堪える。おそらく、怒りに任せて突っ込んだら相手の思う壺だ。

 

「ただ、使えなくなったから返してやろうってだけだよ」

「……どういうつもり?」

 

 相手の意図が読めない。このタイミングで出したからには、なにか策があるのだとは思うが。

 

「疑うなら疑ってればいいさ。ほら、返してやるよ。さっさと治療しないと本当に死ぬかもね?」

 

 エリクは言って、その兵士を乱暴にポラリスのいる方へ放ってきた。足を縛られた兵士は成す術なくどさりと地面に倒れてしまう。なにかの罠だとわかっているのだが、エリクが少し下がって血を拭うモノを兵士に要求している様を見ると、本当に使えなくなった捕虜を返すだけのようにも思えた。それはないとわかってはいたが、目の前で苦しんでいる味方の兵士を見捨てることはできず、兵士へ近づく――その直前。

 

『……これは未確認情報ですが、敵軍師は捕虜にしたエルデニの兵士達に爆発する術を仕込んでいるそうです』

 

 作戦の打ち合わせをした時に聞いたアルタイルの言葉が蘇った。

 まさか、と思い足を止めると、丁度自分が兵士の下に辿り着くであろうタイミングで兵士の身体に魔方陣のような幾何学模様が浮かび上がってくる。勘に従い咄嗟に後方へ跳んだ直後、その兵士の身体が爆発した。

 

「ぐぅ!?」

 

 まさか本当にこんな非道なことを、と思いながらも爆風に晒されてポラリスの小さな身体が吹き飛んでしまう。顔は守ったが爆風で焼かれ背中から倒れ込んだ。――爆風の中から、エリクが剣を構えて飛び出してくる。

 他の兵士達はフォローに間に合わず、鎚は手放さなかったがすぐに受けられる体勢ではない。エリクの獲物を見るような目を見るまでもなく悟ってしまう。……自分の死を。

 

「死ねぇ!!」

 

 エリクが剣を高々と振り上げてポラリスにトドメを刺そうとする。

 

(……ごめんなさい。シュラ、ザウラ、陛下……)

 

 道半ばで退場してしまうことを仲間に謝罪しながら、しかし最期まで目は逸らさずにいた。

 

 ――しかし。

 

 嬉々として振り下ろされた刃がポラリスへと届く前に、エリクの腕が停止する。

 

「……えっ?」

 

 すぐには殺さず甚振るつもりかとも思ったが、怪訝そうな声を上げたのはエリク自身だった。一体なにが、と思っているとエリクの右腕がまるで別の生き物であるかのように波打つ。

 

「な、なんだよ! なんなんだよこれ!?」

 

 エリク自身もなにが起こっているのかわからないらしく、自分の腕に怯えたように後退り握っていた剣を落とす。すると、エリクの右腕の肘から先が膨張し、人の皮を破って五本の触手が飛び出してきた。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 自分の腕が変わっていく様を見て、エリクはすっかり怯えてしまっている。周りの兵士達も動揺していた。

 触手はうねうねと空中で動いていたかと思うと、五本の先端それぞれに刃のように鋭くて硬いモノを生やす。そして一人でに動き近くにいた兵士の首を刺した。

 

「ひっ! なんだよあれ!? ユラントスクの新兵器なのか!?」

「こ、こっちに来るな――ぎゃあぁぁ!!」

 

 触手は確実に急所を突いて兵士を殺し、殺したら次という風に殺戮を始めたのだ。兵士達は互いに異形に殺される恐怖に怯えて阿鼻叫喚の状態となっている。

 

「クソッ!! 勝手に動くなよ、このっ!!」

 

 エリクは恐怖から復帰したらしく、残った左腕で右腕から生える触手を止めようとしているが、言うことを聞く様子はない。つまりエリクの意思で殺戮しているのではなく、無差別に殺しているということだ。

 

 それにしては、と一番近くにいるはずのポラリスは疑問を覚えた。自分が真っ先に殺されていないのはなぜなのか。

 

「どういうことだよ!? ヴィータリーのヤツ……いや、()()()か!! あいつ、僕の腕をこんな風にしやがって……!!」

 

 エリクの言葉から事前の予想通り洗脳されたローブの彼、ダナンに治させたのだと推測が立つ。

 ポラリスははっとして素早く視線を走らせ触手に殺された者達を確認する――全てユラントスク兵だった。エルデニ軍には被害が出ていない。

 

 それを理解した途端、少しだけポラリスの全身に力が戻った。

 

(……あの子達やアルタイル殿が『ただで洗脳されるわけがない』って言ってたのも頷けるのだわ)

 

 内心で苦笑して、鎚を握り素早く身体を起こす。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 洗脳されているはずのダナンが遺した反撃の機会。仕かけのグロテスクさは置いておいて、一緒に戦っていなくても助力してくれる仲間を想いエリクへと肉薄した。

 触手に注意を引かれていたエリクは迫るポラリスの存在に直前で気づき、直前だったために対処に回れない。

 

 ポラリスは全力で鎚をエリクの胸元に叩きつけた。鎧の内側で骨をへし折る感触がして、おそらく折れた骨が心臓に突き刺さったのだろう。血反吐を吐き、信じられないモノを見るような表情のまま息絶えた。倒れ込んだエリクは僅かに痙攣していたが、確実に死んだと断言できる。

 触手が動きを止め、阿鼻叫喚の地獄絵図だった兵士達が沈黙した。

 

 そんな中で、ポラリスは愛用の鎚を大きく掲げる。

 

「ユラントスクの将軍エリク、討ち取ったのだわ!!」

 

 堂々たる勝ち鬨に、一拍置いてエルデニ軍から歓声が上がった。逆にユラントスク軍は半ば安心したように項垂れる。悲しみが見て取れないのは、おそらくエリクが好ましくない人物だからだろう。

 

 ただあんなのでもユラントスクの王子である。エリクが殺されたと見るや、ユラントスク軍は撤退を始めた。ザウラの部隊がヴィータリーの部隊と交戦していたが、ダナンの姿はなかったようだ。ロウファも怪我のせいか前線に出てきていなかった。

 故に、グランとジータの出番はやってこなかった。もし前線に立っていない内に顔見知りが戦死してしまったら、自責の念に駆られていたことだろうが。そうならなかったことは良いことだ。

 

 しかもポラリスがエリクを討ち取ったことで、少しだけ兵士達の気力が戻ってきた。

 

「エリク王子が戦死したことで、ユラントスクはこちらを殲滅する気で攻めてくるでしょう。……当然、そこにはロウファやダナン殿、ユラントスクの全戦力が集います」

 

 残り少ない兵站で持久戦はない。エルデニは向こうも仕かけてくると予想し、迎え撃つ形でザハ市奪還に決着をつけなければならなかった。

 

「いよいよザハ市奪還最後の戦となります。充分に休息を取って挑みましょう」

 

 アルタイルの号令に気を引き締めて応えつつ、エルデニ軍は各自の休息を堪能することにしたのだった。



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EX:薤露蒿里

 ザハ市奪還最後の戦いへと向けて、英気を養うため各々休息を取っているエルデニ軍。

 

 戦いへの不安を解消するために鍛錬を続ける者も、存分に眠る者もいた。

 

 明日に影響するほどはダメだと言って聞かせているが酒も飲んでいるため、宴会に近い雰囲気を醸し出している。

 

 酒を飲んでいない者の方が多かったが、シュラはなんとなく一口だけ飲んでいた。お酒に強い、と断言できるほどではないため本当に軽く、である。酔っ払うというほども口にしていなかった。

 

「珍しいわね、シュラがこういう時に飲むなんて」

 

 一人ベンチに腰かけてぼーっとしていたシュラの下に、ポラリスが現れる。

 

「ポラリス様こそ、こういう時に飲まないのは珍しいですね」

 

 乾燥させた果物の菓子を手にやってきたポラリスは、ハーヴィンには少し高いベンチに登って腰かけると菓子をシュラに手渡してきた。

 

「飲む気分にならない時もあるのだわ。……死にかけた後だとね」

 

 ポラリスは地面に着かない足をぷらぷらさせながら、しんみりと呟く。間一髪ダナンが施した仕かけ(?)のおかげで命拾いをしたが、それがなかったら確実に死んでいたと断言できた。シュラも基地に戻ってきた後将やアルタイルと状況の擦り合わせをした時にその時のことを聞いている。

 

「事前にアルタイル殿からエルデニの兵士を自爆させてると聞いていなかったら、ここにはいなかったでしょうね」

「そう、ですか……」

 

 仲良くしている人が突然戦死する――それが当たり前の戦争とはいえ、エルデニでは最もお世話になったポラリスの死は、きっとシュラに重く圧しかかることだろうと容易に想像できた。

 

「だからこそ、生きて訪れた今を大事にしないと」

 

 晴れやかな笑顔を見せて、持ってきた菓子を摘まむ。

 

「美味しいモノを食べると、やっぱり生きてて良かったって思うのよ。だから、とっておきは残しておくの」

「とっておき、ですか?」

「ええ。とっておきの果実酒。ザハ市を奪還したら、開封するつもりなのよ」

 

 ポラリスはそう言ってとびっきりの笑顔を見せた。明るく振舞おうとしている部分はあるだろうが、心から楽しみにしているのが伝わってきて苦笑してしまう。

 

「……彼のこと、考えてたんでしょ?」

 

 その後、菓子を一摘まみしてから少し真剣な声音で尋ねてきた。

 

「……」

 

 どう答えようか口を噤んでいると、ポラリスは言葉を続ける。

 

「あの子が相手の手にかかったのは、あなたのせいじゃないわ」

 

 諭すような口調だった。確かに、シュラが仮にも楽しめていないのは、そのことを考えていたからだ。見抜かれたことに自分の未熟さを実感しつつ、口を開いたポラリスの言葉を待つ。

 

「もし誰かが悪いと言うのなら、それは私達全員の責任なのだわ。だから、気に病まないで」

「しかし……私が足止めのみを命じたために撤退せずザハ市で戦い続けることになりましたし」

「そもそも、あの時までは彼の実力も半信半疑。重要な役目を任せる方がおかしいのだわ」

 

 素性の知れない騎空士にもしもの時はロウファを足止めして、その後撤退してくれ。なんて最初から殿を務めるような真似はさせづらい。足止めというのも、流石にロウファには勝てないだろうからもし本当に助力してくれるのなら、時間稼ぎが少しでもできればと思ってのことだ。思えばあの時点で、ロウファに対する打つ手がないと思ってしまっていたのかもしれない。

 

「でもその結果彼は敵の手に渡ってしまいました。……エルデニにとっての不利を呼んでしまったのです」

「そうね。でも相手が人体実験を行っているだなんて、誰にも――それこそアルタイル殿にだって予測できなかったことだわ」

「そうですね……」

 

 事実として、もし助っ人の正体を知っていたとしてもおそらく洗脳されてしまったという情報自体が偽物だと判断するだろう。

 

「それに、只者じゃないのは確かだわ。洗脳の影響下にあっても仕込みを行えるなら、必ずつけ入る隙はあるはずよ。ヴィータリーを倒して彼を奪還し、ザハ市を取り戻す。ロウファにも対抗できるようだし、エルデニの勝利もあり得るわ」

 

 ポラリスは希望的観測を、光明に見えるよう口にする。それはもしかしたらというモノではあったが、今は近づいているとすら思えることでもあった。

 できればそれを現実のモノとしたいがために、今は英気を養う時なのだ。

 

「……ええ、そう願っています」

「実現するために戦うのよ」

 

 ぱしん、と軽く背中を叩かれて「そうですね」と少しマシになった表情で笑う。

 

「やっぱり、私も飲もうかしら。人が飲んでいるのを見ると飲みたくなってくるのだわ」

「ふふっ……兵士の方々やザウラ様に飲ませないでくださいね」

 

 真剣な表情で言うポラリスに笑みを零して、ひらひらと手を振り去っていく背を見送った。

 

「……」

 

 天を仰げば静かな星空が映る。吸い込まれそうなほど、とはよく出来た表現だと思った。

 今回はエルデニ外からの助力が大きい。だがいつか、エルデニの力のみで対抗できるようにしなければならないのだ。“次の機会”を作るために、エルデニという国を亡くさないために、今回は呑み込む他ないが。

 

 その時までに軍師としての能力を上げられるよう、シュラは決意を新たにするのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、ユラントスクでは。

 

「ロウファ。エリクが戦死したそうだな? 前線の指揮は貴様に一任していたはず。王子を失わせるとは一体どういうことだ?」

 

 ロウファは首都に呼び戻され、国王から叱責を受けていた。王の傍にはヴィータリーと、彼が洗脳したフードの男が立っている。

 

 加えて俯くランファの姿もあった。ランファが先に呼び戻されてしまったため、ロウファもエルデニとの決戦を控えた最中でありながら首都へ早急に戻らざるを得なかったのだ。

 

「……聞けばヴィータリーが洗脳した男の治した腕が異形になったと。優勢が覆されたのはそのせいだと聞いていますが――」

「言い訳は聞かぬ。エルデニ侵攻の指揮を貴様に任せている以上、戦場で起きたことの責任は貴様にある。全く、力しか能のない奴隷の分際で」

 

 国王の物言いに苛立ちを覚えるが、ランファがいる手前ぐっと拳を握って堪えようとする。

 

「奴隷は奴隷らしく言うことを聞いていれば良いのだ。一生を懸けて王に奉仕できることを喜ぶがいい。血筋こそが全てなのだからな」

「……なに?」

 

 普段であれば反論しつつも堪えるのだが、聞き捨てならない言葉があった。

 

「どういうことだ? 力を示し続ければ、武力こそが全てであるこの国ならば貴族にでもなれると、そう言ったではないか!」

 

 ロウファは憤りも露わに、ヴィータリーへと目を向ける。今にも詰め寄らんばかりの迫力だったが、ヴィータリーはどこ吹く風だ。

 

「ああ、私の言葉ですか? 嘘と言えば嘘、真と言えば真……。しかしここユラントスクは王の決定こそが全てですからね」

「ではエルデニの前王が我を……俺をレオニスの盾として利用するために拾ったという話は……」

「私は可能性の話をしたに過ぎません。あくまで最終的な判断は貴方が行ったのですよ。……まぁ、エルデニの前王カノプスが理解できないほどのお人好しではあったのですが」

 

 ヴィータリーの悪びれた様子の一切ない言葉に、ロウファはようやく理解した。自分がそれこそヴィータリーが話した可能性のように、ただエルデニに勝利するために利用されていただけなのだと。

 

「駒にしか過ぎん奴隷が将軍にまで昇り詰めたのだから充分な出世だろう? ただ立場には責任がつき纏う。戦を任された貴様がエリクの死の責任を取るのは当然のことだ」

 

 一見通っているように見えて納得し難い言葉への反論を考えていたのだが、王の次の言葉を聞いて吹き飛んだ。

 

「よって、ランファを取り上げることとする」

「っ!! なぜだ、ランファは関係ないだろう!!」

 

 ロウファにとって触れてはいけない部分に触れられ、激昂する。だが幕の中の人影は肩を揺らして笑っていた。

 

「簡単なことだ。貴様の力に利用価値があるように、ランファの美しさにも大きな価値があるのだ」

 

 国王の声音が下品なモノへと明確に変化したのを感じ取り、激しい怒りがロウファを内側から焼き尽くす。それはかつて、妹を失った時に感じたモノにも似ていた。

 

「……そうか。貴様も俺の目的を阻むかッ!!」

 

 ロウファは憤怒に身を任せて国王のいる幕に迫り人影の首を掴み引っ張り出す。それだけで国王の細い首はへし折れていた。

 

「な、なんということを……! 自分がなにをしたのかわかっているのですか!?」

 

 動揺するヴィータリーの首にも手を伸ばしたが、

 

「私を守りなさい!」

 

 直前で命令を行いフードの男が割って入ってくる。

 

「ロウファを捕まえろ!!」

 

 マズい、と思ったのも束の間。ロウファは腕を掴まれてしまう。

 

「そのまま自爆しろ! そしてその獣を、殺してしまえ!!」

 

 ヴィータリーがその後ろから魔術を行使し、ダナンの身体に自爆する術を仕込み、発動する。位置さえ調整すれば身体の一部が残り、そこから再生することは既に実験済みだ。

 如何にロウファと言えど至近距離で爆発を受ければ一溜まりもない。逃れようにも腕を離させることができない。後ろで笑うヴィータリーを始末したいがどうにもならなかった。

 

「ロウファ様!」

 

 そこに、ランファがヴィータリーへ向けて突進する。包帯に巻かれた側に直撃したせいでヴィータリーが倒れ痛みに呻く。しかし術は既に発動していた。

 

「無駄ですよ、起動も目前……こっちは再生しますので、貴方だけ死んでください」

 

 ヴィータリーは苦悶の表情を哄笑に変えてロウファを見上げる。ランファが引っ張っても、ロウファが引き剥がそうとしても離れる気配はない。確実に殺れる、とヴィータリーが確信した瞬間だった。

 

 ダナンが首から提げている石が赤く光を放ち、辺りを照らす。

 

「『契約者の身体に魔術が組み込まれたことを確認』」

 

 無機質に呟く声は、聞き覚えのある少年と聞いたこともない男の声が一緒になっている。

 

「『対象を解析――完了済み。効果、術の仕込まれた身体が爆発する。契約者の身体を著しく損なう術のため、対処を行う』」

 

 無機質な二人揃った声の内容は、三人をぽかんとさせるに足るモノだった。

 

「『敵性存在の攻撃と判断――()()()()()()』」

「……は?」

 

 怪訝な声を上げたのはヴィータリーだった。発動直前の状態だった自爆の術はダナンの身体から消え、代わりにヴィータリーの身体へと、()()()()()()()()術が移ってくる。

 

「……ま、待て! どういうことだ!? なぜ僕に術を――は、早くやめろ!!」

 

 慌てて止めようとするが、単純な命令しか受けつけないためダナンは今受けている命令をやめる――つまりロウファを捕まえている手を放した。

 

「違う、そっちじゃない! クソッ、こんなはずじゃ――ッ!!!」

 

 自分の使った術を返され、自らの術の放つ光に呑まれるヴィータリー。直後、他の者同様爆発して四散した。飛び散る血肉と爆風は、ダナンが構築したと思われる不可視の壁に阻まれて一切三人へと届かない。

 

 策士策に溺れる、とはよく言ったモノだ。なんとも呆気ない最期を迎えた。

 

「……ロウファ様! お怪我はありませんか?」

 

 逸早く我に返ったランファがロウファに近寄り様子を確かめる。

 

「ランファ。……お前は俺が怖くないのか?」

 

 仕えるべき王を自らの手で殺害した自分に未だ寄り添おうとするランファへと尋ねた。

 

「はい。私はロウファ様を愛していますわ」

 

 しかし、彼女ははっきりとロウファの目を見てそう答えた。

 

「……」

 

 瞑目し、今あるモノを守るためにやるべきことを思案する。

 

「まずはエルデニに勝利し、次はユラントスクだ。この国に勝利して、俺が自由を勝ち取る」

「どこまでもお供します」

 

 再び開かれた瞳にはこれまで以上の決意が漲っていた。当然の如く告げるランファに目を向け、そしてヴィータリーが死んだ後だらりと棒立ちしているダナンへ振り向く。

 場合によってはヴィータリーが死ねば洗脳が解除される可能性もあった。あるいは、もう解けることはないのか。ロウファの専門分野でないため断言はできなかったが、どうやら今は待機状態のようだ。

 

 勝つために手段は選ばない。己が自由を勝ち取るためなら義父も、仕えるべき王ですら手にかける。そうやって生きてきた。

 

「ついてこい。……エルデニを堕とす」

 

 命令して踵を返すと、確かについてくる足音が二つ。

 

(あの子供はこいつより強かった。アレを使わなくてはな)

 

 ロウファはエルデニを打倒する算段をつけるのに、自らが持つ最大の切り札を使うことを決めるのだった。



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EX:竜攘虎搏

 ロウファがランファとダナンを引き連れてザハ市へと向かっている最中。

 

 エリクが死に、主だった将軍が首都に召還されたこのタイミングで消極的になったユラントスク軍に対して、エルデニは攻勢に出ていた。

 更に舞い込んでくるロウファがクーデターを起こしたという情報。これを好機と見て攻め入っていた。

 

 ただ専守防衛に努めるユラントスク軍を押し切るだけの余力はエルデニにもなく、徐々にザハ市へと近づいていたがそれでも鬼の居ぬ間にザハ市奪還とはなっていない。

 

 ――その最中、ヴィータリーの指示によって動いていたユラントスク別動隊の様子である。

 

 別動隊は二つあり、ヴィータリーから自爆の魔術を施したエルデニ兵士を二名預かっているのが一部隊。もう片方は大きく迂回してエルデニ国王レオニスを暗殺できないか試す部隊。どちらもエルデニにとっては反撃の機会を断つ厄介な部隊である。

 

 しかしアルタイルはそのどちらも、ある程度予測を立てていた。

 

 先の戦いで前線にレオニスがいることはユラントスクもわかっただろう。故にレオニスを殺してエルデニの心にトドメを刺す動きも警戒していた。

 だからこそ、少数ではあるがエルデニ軍も部隊を巡回させていたのだ。役割は戦闘ではなく、見つけたら退いて基地で待機している軍に報告すること。具体的な警戒を持つことでも大きく変わるのだ。

 

 ともあれ、両軍の部隊の遭遇はおそらく必然だったのだろう。

 

「くっ! こんなところでエルデニ軍に見つかるとは……!」

 

 ばったり遭遇したレオニス王暗殺部隊は、エルデニの部隊を警戒して臨戦態勢に入る。エルデニ側も同様だ。部隊の人数はほぼ同じ。となれば各々の力量と作戦が物を言う。

 

「「かか――ッ!!?」」

 

 「れ」と続けようとしたところで、両部隊は雄叫びを聞いた。雄々しく勇ましい雄叫びだ。しかし聞き覚えがない。両国の主な将軍の存在は頭に入っている。つまり第三者による介入の可能性が高い。となれば、どちらかの援軍かもしれない。そう考えた両部隊は、第三者を警戒して動きを止めた。

 

「ぬおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 雄叫びを上げて突っ込んでくるのは、ドラフの男。ただユラントスク最強のロウファよりも小さいだろうか。しかし両足、なによりも左腕を覆う大きな籠手が目を引いた。その風貌を彼らは知っていた。

 

「“戦車(チャリオッツ)”だと!?」

 

 ユラントスクの隊長が驚愕の声を上げ、エルデニの隊長は“戦車”ことガイゼンボーガがどちらの味方でもないことを察した。噂に聞けば、かつてとある国で戦っていた彼は、今やどこからともなく現れて敵味方関係なく薙ぎ払うという行動を繰り返しているという。

 位置関係の問題でガイゼンボーガが突っ込んだのはユラントスクの方だった。激突と同時に左腕で殴られた兵士が高々と舞い上がり、勢いと装備の重さによって地面に落下した時にごしゃりと潰れた音が聞こえてくる。噂に違わぬ怪力と突進力。ユラントスクで言えばロウファを思わせる力である。

 

「て、撤退! 撤退だ!!」

 

 それを見て完全に敵わないと考えたエルデニは即座に撤退していく。逆にユラントスクは、眼前まで迫ってきた男と戦わなければならない事態となる。

 

「迎え撃て――ッ!!」

 

 間合いに入られた状態では逃げることもままならない。圧倒的な力を見せつけた“戦車”を相手にすることを決意した、が。

 

「ぬぅんっ!!」

 

 突き出した剣が刺さることすら歯牙にも止めず突進しては薙ぎ払っていく。

 

「くくっ……! やはり痛み(これ)がなくてはな……ッ!!」

 

 傷を負いながらも笑うその姿は、“戦車”というより狂人のそれである。怯え、一人ずつ蹂躙されていくことしかできなかったユラントスクの部隊は、あえなく全滅した。

 

「……つまらぬ戦場だ」

 

 エルデニの部隊が去った方を見やって呟く。果敢に挑む者もなく及び腰で戦う兵士相手では、一時の高揚しか得られない。

 

「吾輩の求める戦場ではないか……」

 

 期待外れだ、と言いたげな物言いでガイゼンボーガは踵を返す。戦場はまだまだこの広い空に存在している。……とはいえ戦場はお前の欲を満たす場所じゃねぇよ、と冷静にツッコむ者はいないのだった。

 

 ――場所は変わって。

 

 もう一方のユラントスク別動隊も、運悪くと言うべきかエルデニの部隊と遭遇していた。

 

「こちらには人質がいる。投稿しろ」

 

 もう一方とは違って、圧倒的にユラントスクが優勢だった。ヴィータリーから預かった自爆人間がいたからだ。術が発動していない間なら、拷問で心を病んだ者とそう区別がつかない。明らかに正常ではない様子だったが、その兵士が術を仕込まれているのかどうかは判別がつかず、ユラントスクが人質だと言い切ってしまえばそれを信じるしかなかった。

 ユラントスクは非人道的策も容赦なく使うが、エルデニはそうではない。そうではないが故に人質を取られたまま戦う、反抗するという選択肢が取れなかった。

 

 このまま大人しく投稿するしかないのか!? とエルデニの隊長が頭を悩ませていると、どこからか軽快な足音が聞こえてくる。

 

「ここがユラントスクとエルデニが戦争している真っ只中か。戦場に来ればアルモニーが聴き放題、とはよく言ったモノだ」

 

 楽しげに笑うのは茶髪の青年だ。紺のローブに赤いケープを合わせた恰好をしている。明らかな第三者の登場に、両軍共に困惑を隠せなかった。

 

「んん? なぁ、彼は()()()()? 人の形をしているが、どうやらなにか魔術が仕込まれている……ふむ、興味深い」

 

 青年は困惑する中でもユラントスク兵に刃を突きつけられているエルデニ兵へと近づいていく。緊迫した状況にも関わらず自分のことしか考えていないかのように、人質に顔を近づけて観察していた。

 

 彼の言葉にユラントスク兵は焦りを覚え、エルデニは兵は確信を得た。人質を取り返したとしても、あるいは取り返させて諸共始末する気だったのだと。

 

「クソッ! バラしやがって!!」

 

 人質を取っていた隊長は毒づいてエルデニ兵を青年へと押しつけ部隊を下がらせる。青年はエルデニ兵を受け止めて興味深そうに魔術を眺めるだけだ。

 

「お、おい! あんた死ぬぞ!!」

「もう遅い!!」

 

 エルデニ兵も後退しながら忠告するが、人質だった兵士は青年の腕の中で光を放ち始める。

 

「……なるほど。人体を爆発させる魔術、か。面白い発想だ。くくっ、どんなアルモニーが聴けるのかな?」

 

 だが青年は退く気配がない。それどころか笑みを浮かべてしっかりと兵士を抱えた。

 

 直後、光と共に兵士が爆発、青年ごと爆風の中に消える。

 

「クソッ! ユラントスクめっ! おそらくもう一人ももう手遅れだ! ここは一旦退くぞ!!」

 

 爆風と飛び散る血肉に顔を顰めながら、分が悪いと判断して即座に撤退する。

 

「妙なヤツだったが、兎に角エルデニを追うぞ!」

 

 死んでしまった第三者は捨て置き、エルデニ兵を追い詰めるため追撃を仕かけようとしたその時だ。

 

「あ、そんな……嘘だ……っ」

「? なにをそんなに怯えて……!!?」

 

 一人の兵士が怯えて一点を見つめていた。それに気づいて視線を追い、驚愕の光景を目にすることとなる。

 

「くはっ、くははははっ!!」

 

 先程爆発に巻き込まれた青年が、生き返り高揚したように笑っていたのだ。あの距離で死なないはずがない。そう言い聞かせても目の前の光景を否定することなどできなかった。

 

「人体を破裂させるなら兎も角、人体を爆発させる魔術なんてどうかと思ってたけど、なかなかいいアルモニーを奏でるじゃないか!!」

「き、貴様! 何者だ!? なぜ死んでいない!!?」

「細かいことは気にするなよ。それよりもう一人は……そこのキミかな?」

 

 青年は隊長の追及にも動じず、自我のない残る一人のエルデニ兵士を指差す。部外者だろうと考えてはいるが、見事言い当てられたことに少なからず動揺があった。

 

「人を爆弾に見立てるというのは実にいい考えだ。けどどうせ爆弾にするなら――もっとたくさんあった方が派手でいいと思わないかい?」

「な、なにを言って……!」

 

 戸惑う兵士達の前で、青年はぱちんと指を鳴らす。軽快な音が耳に届き、直後兵士達の身体から光が放たれる。

 

「な、なんだと!? これはまさか、ヴィータリー様の魔術!? なぜ貴様が使える!!」

「オレは魔術の天才だ。まぁ、完全再現とまではいかないが、オリジナルで創るぐらいは造作もない」

 

 青年は得意気に言って、再度指を鳴らそうと手を掲げる。それが発動の合図だと直感した兵士が手を伸ばして制止しようとした。

 

「やめ――」

「残念、フィナールだ」

 

 ぱちん、と指の鳴る音が響く。直後エルデニ兵士を含めた全員が爆発する。

 

 青年――ロベリアは当然ながら間近で爆発を受けたため掲げていた右腕が千切れ飛び、爆風で肌を焼かれる。血肉や臓物が飛び交い辺りを真っ赤に染め上げるのにも構わない。

 

「くっは! くはははははっ!!! いいアルモニーだ! んんッ……!! トレッビアンッ!!!」

 

 恍惚として表情でそれらを受け、音を愉しみ、そして死亡する。だが死亡直後からタワーの契約者であるが故に生き返った。

 

「……ふぅ。なかなかにいいコンセルトだったよ。おかげでオレのコレクションがまた一つ増えた」

 

 ロベリアはどこからともなく巻貝を取り出し、弄ぶ。この巻貝には先程の一部始終が録音されていた。ロベリアは人の壊れる音などを録音した巻貝を収集しているのだ。

 

「さて、そろそろ帰ろうか。あまりやんちゃすると、団長に怒られてしまうからね……くははっ」

 

 愉快そうに笑い、ロベリアは戦場を後にする。

 

 ――ガイゼンボーガとロベリア。両名がこの場に来たのは全くの偶然である。利害が一致しているので助力を請えば意気揚々と来て戦争をぶち壊して満足そうに去っていっただろうが。

 

 正直、国同士の戦争程度であれば、ダナンは一人で終結させられるだけの力を持ってしまっている。今回誰も連れてきていないことがその証左でもあった。

 

 ただ、基本金さえ稼いでいれば自由にしていいと言ってある手前、戦場を求めるガイゼンボーガと“音”を収集するロベリアが好き勝手(多少は自重)すれば、戦場というのは都合のいい場所なのだ。

 

 図らずもエルデニの手助けをした二名が離れてくれて、“世界”を手にした故に知覚範囲の広い誰かさんが胸を撫で下ろしていたとかいないとか。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 時は変わって。

 

 ロウファ達がザハ市のユラントスク本陣に辿り着いた頃には、エルデニがかなり押していた。

 

 軍師のいなくなったユラントスク軍を、“銀の軍師”アルタイルが翻弄しているからである。

 

 ザハ市を囲うように広がったヌフ平原は、自然の亀裂が無数に備わっている。地の利があるエルデニはその亀裂を活かしてユラントスク軍を落下させ、順調に数を減らしていた。

 

 本陣に到着したロウファだが、このまま本陣まで来させて迎え撃った方が早いと判断。戦闘の邪魔になることを考えて本陣を離れるように指示していく。

 ランファは別部隊を指揮してシュラの部隊と交戦していた。その中で一騎打ちをした姉妹は、互いの想いをぶつけ合う。しかし私情を切り捨てた軍人として戦っていたシュラが上回り、ランファを下す。

 

 ユラントスク軍には「本陣にエルデニ軍を進ませろ。そして本陣に敵が辿り着く前に距離を置け」と指示を出していたので、エルデニの複数部隊に分かれての攻撃に対処できず、できたとしてもせず、多少数を減らすだけに留めていた。

 当然ロウファがクーデターを起こしたという話は聞き及んでいたが、それでも敗北して死するよりはマシだとわかっているのだ。加えて、これまで勝利を運んできたのは軍師ヴィータリーと将軍ロウファである。

 これまでもそうだったように、ロウファが負けることなど微塵も考えていなかった。

 

 そうしてアルタイルが指揮する部隊はロウファとダナンの待つユラントスク軍本陣へと到達する。

 

 本陣とは言うが、周囲には人気がない。伏兵でもなく、ただ自分達がまとめて倒せばいいと考えているのがアルタイルにはわかった。

 

 佇むロウファの横に、紺色のローブに赤いケープという恰好の少年もいた。シュラ達が言っていたように、不自然に顔だけが認識できないようになっているが。

 

「うん、間違いない。ダナンだよ、あれは」

 

 一目見た瞬間に直感した。間違いなく、自分達が生涯のライバルとして意識している彼だ。

 

「……うん。じゃあグラン、予定通りに」

「わかった。ホントにいいの?」

「うん。もう、覚悟は決めてるから」

 

 二人は言い合って、表情を引き締める。

 

「来たか、エルデニ軍。先の子供に、エルデニ最強の将軍ザウラまでいるとなると、流石に我だけでは厳しいかもしれんな」

 

 ロウファの正直な感想に、なにか策があるのだと勘繰り緊張が走る。

 

「聡いお前達のことだ。既に我が業については知っているな」

 

 質問に、アルタイルとグラン、ジータが代表して頷く。

 

「ならばこれ以上は語るまい。この戦場にて戯れるのも、これが最後だ。我はこの戦いに勝利し、真の自由を得る」

 

 ロウファは静かに、しかし確固たる決意でエルデニの前に立ちはだかる。

 

「冥土の土産だ。このロウファの正真正銘の全力を受け、空の底へと散るがいい。……今こそ来たれ! 千里を駆けし真紅の麒麟よ!! 顕現せよ、星晶獣セキトバ……!!!」

 

 唱えたロウファの周囲から力が巻き起こるのを感じ取り、警戒を強めた。そして、紅の体躯を持つ馬が顕現する。顕現しているだけで火の粉を散らし、見ている者に畏怖を与える威容の姿――星晶獣である。

 

 星晶獣の顕現を、基地で待機していたルリアが感知しレオニス王の馬に同乗して前線を向かい始める。

 

「ど、どーいうことだよ! なんだよ、星晶獣セキトバって!」

「スイを占領した際の戦利品だ。強者にしか首を垂れぬ気位の高い獣でな。主なくスイに祀られていたのを我が己の力を以って召し抱えたのだ。しかし、この程度で驚いてもらっては困るな」

 

 説明しつつ、セキトバが焔と化してロウファの身体を包み込む。

 

「貴様らが相対するのはこのセキトバでも、このロウファでもない」

 

 炎の渦の中からロウファが告げ、中の人影が変化していく。変化を完了して焔を裂き現れたのは、セキトバの首があったところにロウファの上半身が生えた姿の、異形の将軍だった。

 

「人馬一体……“飛将軍”こそ、貴様らを葬る者の名だ!」

 

 炎を散らし、人を割るのに充分すぎる巨大な戦斧を構えた姿と化している。ロウファが基となった上半身も、セキトバに合わせて大きくなっていた。

 

「だが些か数が多いな……減らせ」

 

 エルデニ軍を見下ろした飛将軍は、未だ洗脳状態にあるダナンへと命令する。

 

 ダナンは右手を振り被り、そこへ青白いエネルギーを凝縮させていく。それを向けられた兵士達の全身をぞわり、と悪寒が襲った。あれを食らったら全軍丸ごと消し飛ぶ……生物としての直感がそう告げている。

 彼が右手を振るったのとほぼ同時。

 

「「【十天を統べし者】!!!」」

 

 双子が同時に現時点最強の『ジョブ』を発動して前に出た。青白いエネルギー波がエルデニ全軍を消し飛ばす直前で、無駄だとわかっていても腕で防御姿勢を取る兵士達が多い中。二人は固有の武器を一点に向けて振るい、両断した。

 

 エネルギー波が収まった頃に顔を上げた兵士達が見たモノは、自分達がいた範囲以外が大きく抉れた地面だった。

 

 その様子を大人しく見ていた飛将軍は、やはりあの時点では手加減されていたかと納得する。

 

 エルデニ軍としては、ロウファの足止めができるほどの脅威が一つ増えた状態である。

 

「ほう、あの一撃を受けるか。だが、我らに勝てるか?」

 

 ClassⅣでは敵わないロウファが更に強化され、【十天を統べし者】と同じ領域まで達しているダナンが相手。

 

 双子の旅史上、最大とも言える戦いが繰り広げられようとしていた――。




いよいよ次回が決戦。エンディングまで向かいます。


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EX:『窮寇迫ること勿れ』エピローグ

イベントのネタバレとは別に、シュラのフェイトエピソードのネタバレも含みます。ご注意ください。


 ロウファとセキトバが融合し通常の星晶獣よりも高い戦力を持つ飛将軍。

 

 星晶獣の体躯、速度で戦場を駆け回り焔を放ち巨大な戦斧を振るう。今や【十天を統べし者】を使っても手に余る強さとなっていた。

 ユラントスク軍はロウファの指示により距離を置いていたため巻き込まれなかったが、エルデニ軍は違う。

 

 焔に焼かれ、大地を割る戦斧に両断され、蹄に潰される。

 

 一切容赦のない蹂躙具合であった。

 

「はあぁぁ!!」

「ふんッ!!」

 

 なんとか動きについていけるグランが追い縋ってはいたが、使いこなせている【十天を統べし者】であっても攻撃が受け止められてしまう。それどころか、二人がぶつかり合った余波で兵士達が吹き飛ばされてしまう。

 それをグランが気にしないわけがなく、隙を見せたところで飛将軍に吹き飛ばされていた。

 

「距離を取ってください!」

 

 アルタイルはなんとかグランが全力で戦える状況を作ろうとするのだが、飛将軍が速すぎる。距離を取ろうにも人の移動速度とは桁違いの速さで接近されてしまう。

 このまま平原の亀裂に誘導して足を嵌めるかとも考えたのだが、

 

「ぬぅんッ!!!」

 

 一人だけ、距離を取っていない者がいた。エルデニの戦の要にして、最強の将。渾身の一撃を以って飛将軍の左前脚を打ち上げる。走っている最中であったため自らも吹き飛ばされ無事では済まなかったが、それでも足を止めることはできていた。

 

「ザウラ殿……!」

 

 アルタイルは嬉しい誤算と言うべきか、頼もしい味方に内心で惜しみない賞賛を送る。

 

 そして少しでも足が止められれば、グランが間に合う。

 

「おおぉぉ………!!」

 

 両手で握った黒の長剣を大きく振り被った状態で、彼は飛将軍の眼前に躍り出た。迎撃が間に合わないタイミング、斧を翳して受ける他なく。

 

「はあぁぁ!!!」

 

 全力を込めた一撃が、飛将軍の巨体を後退させた。図らずも主力が飛将軍と対峙し、兵士達が遠目に援護する陣形に変えることができた。

 

「陣形を整えてください! 前には出ず、彼らを援護します!!」

 

 すかさず指示を飛ばし、兵士達に体勢を立て直させる。怪我を負ったザウラは一旦ポラリスが引っ張って退かせ、応急処置を受けている。

 よって今、グランと飛将軍の周りには誰もいない――全力を惜しみなく発揮できる。

 

「レギンレイヴレシディーヴ・天聖ッ!!!」

 

 グランが腕を振るうと、天星器十本の形をしたエネルギーが無数に飛将軍へ飛来した。ザンクティンゼルに帰郷した時、ビィの力を解放した祠の近くで突如出現したプロトバハムート。そのプロトバハムートが使ってきた技を模倣したのだ。

 

「ぐうぅ……!!」

 

 炎で全身を覆い防御していたが、それでも攻撃を受けて更に後退する。

 

 ようやく戦う準備が整った、という具合ではあったが。

 

「無駄な足掻きを……」

 

 飛将軍は依然としてそこに佇んでいる。全力であっても強敵と言わざるを得ない相手に気を引き締めて、戦闘を継続していた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、ダナンは場所を変えてジータと戦っていた。

 

「この、バカッ!! 簡単に洗脳されて……もうっ!!」

 

 毒づきながら常人なら即死する攻撃を次々と放つジータに対し、ダナンは無表情で対抗していた。飛んできた天星器型のエネルギーを当たる直前で消滅させ、拳と炎や氷など様々なモノで攻撃している。

 

「絶対、目を醒まさせるから。――力を貸して」

 

 決意を滲ませて、手にしている剣に呼びかけた。

 

 【十天を統べし者】を使いこなすことで使えるようになるこの剣が持つ能力はたった二つ。

 

 一つが、武器性能が全ての天星器を足した以上であること。

 もう一つが、武器の能力を引き出すことによって()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

 ただでさえ強力な武器である天星器を、十本束ねた性能。それだけでも充分強力だが更に使用者の身体能力を向上させる能力まで持っている。

 

「いくよ。ちょっと痛いけど、許してね」

 

 加減できる相手でないことはわかっている。だからこそ、全力で倒す。そう宣言したジータがダナンの懐に潜り込んだ――ダナンの今の身体能力では追い切れないほどの速度で拳を放ち、直撃させる。受けることもできずに高速で地面を跳ねて吹き飛んでいくが、勢いが弱まったところで身体を捻り地面を削りながら着地……したところに剣を振り被ったジータが迫っていた。

 

「はああぁぁぁ!!!」

 

 渾身の力で振り下ろし、最悪両断してもいいように頭だけは避ける。……だが、そんな杞憂は不要だった。

 

「ッ!!?」

 

 ダナンが右手で剣を掴み、受け止めていたからだ。追いつけていないことはさっきの攻撃でわかったはずだが、なぜ力を込めても動かないほどになっているのか。

 違いと言えば、首に提げた飾りが赤い光を放っているくらいだが――。

 

「『なるほど。これが今のお前達の全力か』」

 

 洗脳されているはずのダナンが、誰かと声を重ねて喋った。そのことに驚愕して距離を取ろうとして、直前で重なっている男らしき声に聞き覚えがあることを思い出す。

 

「そ、その声……! まさかアマルティアの――」

「『そう。あえて形容するならば、オレは胎動する世界そのモノ。若しくはザ・ワールドと名乗っておこうか』」

 

 かつてアマルティア島に運び込まれた十枚の絵画。エルステ帝国の研究所にあったというそれに関連した騒動。

 その時に戦ったのが、このワールドという星晶獣であった。

 

「……なんで、ダナン君に」

「『この者がオレの契約者だからだ。オレが与えた試練を越え、真の契約者となった。それ故の、この『ジョブ』というわけだ』」

「じ、じゃあダナン君はこのままだと砂に……!?」

 

 戦う気は満々だったが、求める結果は助けるというモノである。あの時ワールドが顕現じた時点で怪しいローブの男は砂になって死んでしまった。もしダナンがそうなるのであればどうしよう、とジータは青褪めてしまっていた。

 

「『問題ない。使い捨てのあれと真の契約者となったこの者では、扱いが違う』」

 

 あの時死んだ男は、ワールドにとって都合のいい者だったからこそ契約を結んでいたに過ぎない。大して能力もないため顕現する度に身体が耐え切れず死亡するくらいだ。他のアーカルムの星晶獣同様、契約者を生き返らせることなど造作もないのだが。より良い契約者を発見し乗り換えたというだけの話である。

 

 ジータはダナンが死なないと聞いてほっとしつつ、果たして彼はどの程度までワールドの目論見を知っているのかと懸念する。もし騙されているのなら契約を切るように迫るが、もし全てを知った上で契約したなら後で()()()()が必要になる。

 

「……洗脳されてるのに、自由に喋れるんだ?」

「『いつでも解除は可能だが、契約者の意識が沈んでいる内にお前達の全力を計っておくべきだと判断したまでのこと』」

「じゃあ、倒してダナン君の意識を戻せばいいだけってことだね」

「『そう受け取ってもらって構わん』」

 

 やる気を出したジータが剣にエネルギーを纏わせると、手を放して距離を取る。そしてダナンの背後に現れる形で、ワールドそのモノの姿を顕現させた。

 

「貴様は武器、オレは星晶獣。形は違えど行き着く先は同じか。どうやら現時点での全力を出しても問題なさそうだ」

 

 ワールドの身体が出現したからか、そちらのみが喋っている。

 

「以前のオレと同じと思うな、特異点の少女」

「そっちこそ!」

 

 警戒を強めてワールドに向かって突っ込むジータの眼前に、ダナンが割り込んでくる。どうやら実際の戦闘はダナン主体のままのようだ。先程とは打って変わって、武器の力を借りたジータの動きについてこれている。

 

「太陽の焔に焼かれるがいい――」

「リメイク=サン」

 

 ワールドの言葉に、ダナンの声が続く。

 ダナン一人で編み出したアーカルムの星晶獣達の力を再現した技。それをワールドが顕現した状態で使うことで、より威力と規模を本物に近づける――否、本物以上にすることができていた。

 

 出来上がった太陽のように白熱した球体をジータへ向けて放つ。常人であれば近づいただけで炭化してしまうほどの高熱が発生しているが、生憎とこちらも常人ではなかった。

 

「水の一伐槍!!」

 

 水の魔力で形成された一伐槍を呼び出す。あらゆる武器、あらゆる属性が使えるという利点を最大限に活かした形だ。当然であるが、双子もただ資金集めだけをしていたわけではない。

 常に上を目指していた。

 

 呼び出した水の槍を疑似太陽に向けて投擲する。超高熱の球体に水の魔力が凝縮された槍が衝突し、互いに互いを打ち消し合いながら水蒸気を発生させて霧散した。

 

「星の数だけ受けるがいい――」

「リメイク=スター」

「シエン・ミル・エスパーダッ!!!」

 

 互いに視界が潰された中でも、ワールドはジータの位置を正確に把握できる。故に拳大の光の球体を無数に出現させ、ジータに向けて一斉に放った。

 それらが視認できた直後、剣だけで受け切れないと見て十天衆シエテの奥義を模倣する。数多の剣拓の代わりに六属性それぞれを凝縮した七星剣を無数に呼び出した。長剣の一振りで一斉に放射し光の球を迎撃する。

 

 球体と剣が飛び交い、相殺しなかったモノが飛んでくるが互いに直撃はない。

 

「月よ、我が身を照らせ――」

「リメイク=ムーン」

 

 相殺された次は、実力が同等とわかったために自己強化を行う。彼らの頭上に疑似的な月が創られた。最初は黒かったが、徐々に白い部分が増えていく。

 存在する限り、月の満ち欠けに応じて自己強化できる効果を持っている。

 

 その状態でジータに戦いを挑めば、必然ダナンが優勢になる。月が完全に満ちた直後、対応し切れなくなったジータの腹部にダナンの拳が直撃した。吹き飛ばされながらも空中で身体を捻って体勢を立て直しつつ、

 

「レギンレイヴ・天星!!!」

 

 頭上の月に向けて奥義を放った。迫るダナンに対しての攻撃でなかったのは、月が身体能力を強化していると察したからだろう。月が消し飛んだ途端、ダナンの身体能力が戻る。自分と同じ土俵に引き摺り下ろした形だ。

 

「感づいたか。だが全力でもここまで渡り合えるとは計算外だった。やはり契約者の言う通り、お前達を低く見積もるのはやめた方がいいようだ。常に想像を上回ると考えるべき、とはよく言ったモノだな」

「……」

 

 ダナンが言っていたなら、どの口がと言い返すところだが。実際ダナンはワールドを顕現させれば今と同じぐらいの強さにはなるだろう。あれだけ頑張って使いこなせるようになった【十天を統べし者】にこうして追いついていると考えればそう言いたいのはこちらの方だ、とも思った。

 

「ならば仕方がない。――ワールド・リクリエイト」

 

 ワールドから膨大な力が放たれ、広がっていく。広がった端から景色が青白く変わっていった――否、別空間が創造されている。

 辺り一帯が別空間に切り替わると、ジータを取り囲むように十体の青白い星晶獣が姿を現した。ジータには見覚えがなかったが、それらは全てアーカルムシリーズの姿形をしている。当然、能力も全く同じモノである。

 

「ここはオレが創り出した空間。改変も自由自在……果たして貴様は破れるか?」

「破らないといけないんだから、可能か不可能かなんて関係ないんだよ」

 

 自分と同等の強さを持つ相手一人に加え、十体の星晶獣と相対してもジータは一切退かなかった。

 

 そうして始まった戦いはどんどん苛烈になっていく。大地を揺るがし、空を裂き、辺り一帯を平地に変えるほどの熾烈極まりない戦いが終わりを迎えたのは、もう一方の戦いが終わってからのことだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「善戦したようだがこの程度か」

 

 グランとエルデニ軍が相手をしていた飛将軍は、無傷とはいかないまでも軽傷で済んでいる。

 対してエルデニ軍は満身創痍、数を大きく減らし他より強いために前へ出ているグラン、ザウラ、ポラリスはそれ以上に追い込まれていた。

 

 兵を動かしているアルタイルでさえ負傷している始末である。

 

「あれです!」

「これは一体どういうことだ!?」

 

 そこへ、ルリアを伴ったレオニスが到着する。

 

「ルリア! 王様まで、どうしてここにいるんだ!?」

「星晶獣の気配がしたので、無理を言って連れてきてもらったんです」

「本来、前線に出てきたことを責めるべきだとは思っていますが……今の陛下の判断に感謝します」

 

 アルタイルは冷静に振舞ってルリアに一縷の望みをかけ尋ねる。

 

「あれは飛将軍。ロウファと星晶獣セキトバが一体となった姿です。ルリア、ロウファからセキトバを引き剥がすことはできますか?」

「や、やってみます!」

 

 ルリアがセキトバに干渉しようとするも、

 

「ダメです。今は、星晶獣の意識がロウファさんに呑まれてしまっていて……! せめて、一瞬でも隙ができれば」

「可能性があるなら試してみるしかありませんね」

 

 アルタイルは平静に答えつつ、これまででも隙ができそうなタイミングはあまりなかったことを考えると厳しそうだと思っていた。そこに、

 

「全軍、発射ッ!!」

 

 凛々しい号令の後、飛将軍を砲弾の雨が襲う。ランファを下してから合流した、シュラの部隊による砲撃である。

 

「どうです? これなら多少は……」

 

 土煙の奥に消えた飛将軍だったが、

 

「やはり、ランファは及ばなかったか……」

 

 少し悲しげな声音で、斧を振るいほぼ無傷の状態で姿を現した。

 

「なっ!? あれらを受けて無傷ですか……!」

「いや、当たっていないだけだ。よく見るがいい、全て地面に炸裂しているだろう。この飛将軍の目にかかれば、見切ることは可能だ」

 

 砲弾の雨を見て回避するなど常人の業ではない。星晶獣と一体化したことで更に能力が引き上げられているようだ。

 

「ならば、当たるまで撃ち続けましょう――」

「いや、そろそろ決着としよう」

 

 シュラが再度号令を出す前に、飛将軍は援護部隊に肉薄した。グランでも速さでは及ばない故に、援護部隊を蹂躙されてしまうかと思ったが。

 

「ひっ! ……クソッ、これでも食らえッ!!」

 

 一人の兵士が自棄気味に閃光弾を投げて、眩い光を放つ。

 

「ぐ、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」

 

 すると飛将軍が異様なまでの苦しみ具合を見せた。それを見たアルタイルが、頭の中でこの戦いにおける活路を見出す。

 

「飛将軍の弱点が判明しました。皆さん、指示通りに準備を! この戦いの勝利は我々の手にあります!」

 

 アルタイルは敗北直前の兵士達を鼓舞しつつ、素早く指示を飛ばして準備を整えさせる。しかしその間に視力が回復したのか、飛将軍が動き始めていた。

 

「させると思うか!?」

 

 準備を整える前に兵士を蹴散らそうとする飛将軍の一撃を、割って入ったレオニスが受け流すことで対処する。

 

「レオニスッ!!」

 

 宿敵を前に飛将軍がそちらへ刃を向けたところを、

 

「シュラ、合わせて!」

「はい!」

 

 ポラリスとシュラがそれぞれ前脚を同時に攻撃して、後ろ脚だけで立つ恰好へ仕向ける。そして後ろ脚近くにいるのが、エルデニで最も頼りになる戦力。

 

「ぬうううぅぅぅぅぅんっ……!!!」

 

 ザウラが渾身の力で掬い上げるように武器を振るった。

 

「ッ……!!?」

 

 見事、飛将軍の巨体が一回転する。空中に身を放り出された形の飛将軍が目にしたのは、激戦の最中で穴の空いた白いマントを羽織り黒い鎧を纏ったグランである。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉ……ッ!!!」

 

 グランは飛将軍の真上に跳び上がり、勢いをつけて真下へと蹴り落とした。地面が大きく陥没するほどの勢いで叩きつけられた飛将軍は苦悶の声を上げるが、それでも素早く起き上がった。

 

 しかし、その間にアルタイルが指示していた準備は終わっていたのだ。

 

「全弾発射ッ!!」

 

 号令を受けて、飛将軍へと殺到する弾丸達。だがただの砲弾などではない。それら全てが閃光弾、音響弾の類いである。直接的威力はないが、

 

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 飛将軍は絶叫を上げて動きを停止した。

 

 飛将軍は星晶獣セキトバと一体化することによって人とは桁違いの身体能力を手に入れた。それは五感も、である。その結果が砲弾を回避する動体視力であり、閃光弾がより強く効く理由でもあった。音響弾も常人では捉えられないほど小さな音を聞き取れるほどになっていれば、効果は覿面だ。

 

「ルリア、今です」

「は、はいっ!」

 

 アルタイルが合図し、ルリアがセキトバに干渉する。動きを止めた飛将軍相手であれば干渉可能だったようで、ロウファからセキトバを引き剥がすことに成功した。

 

 ロウファの巨体が消えたのを少し離れた位置で確認したジータとダナンは。

 

「この世界に終焉を齎そう――」

「エンド・オブ・ワールド」

「レギンレイヴ・天星ッ!!!」

 

 最後の一撃を放っていた。

 

 ダナンという真の契約者を得て、ワールドの力を上乗せしたエンド・オブ・ワールドは空間そのモノを歪ませ、凝縮して世界が元に戻ろうとする反発力に方向性を持たせてジータへ向けて発射していた。

 ジータも全身全霊を込めた奥義で迎え撃つ。

 

 その二つが衝突した中心点では、音、光、時、全てが消失して黒い空間が出来上がるほどだった。世界に傷ができるほどの強力なぶつかり合いも、相殺されたことによって終わりを迎える。

 

「……はぁ……はぁ……っ」

 

 ジータは肩で息をして、今にも『ジョブ』が解除されそうな状態だった。向こうの戦いは終わったようだが、まだこっちの目的を果たせていない。諦めるわけにはいかないんだと自らを奮い立たせているところへ。

 

「……そろそろいいか」

 

 気のない声が聞こえてきた。

 

「そうだな。情報は充分に収集できただろう。流石に今のオレでは、二人共を相手して勝てる保証がない」

「だな。加勢される前に終わっておくか」

 

 そんなやり取りがあって、ワールドは姿を消しダナンのローブも普段着ている黒いモノに切り替わる。

 

「……ふぅ。いやぁ、おかげで洗脳解けたわ。助かった」

 

 フードを取って素顔を晒し、にっこりと笑ってジータへ告げるダナン。だが、ジータは全く以って納得していなかった。

 

「こ、これでめでたしになるわけないでしょ!? というか、さっきダナン君自分から口開いてたよね!?」

「気のせいだろ? だって洗脳されてたし」

「絶対嘘だ! も、もしかして最初から洗脳されてなかったんじゃないの!?」

「そんなわけないだろ。ヴィータリーのヤツが言ってたんじゃないか?」

「言ってたけど、結局その人も死んじゃったし……エリクさんの腕が触手になったのだってダナン君の仕業でしょ? ポラリスさんが言ってたけど、いいタイミングだったらしいし」

 

 ジータはジト目でダナンに疑いをかける。ダナンはにっこりと笑ったまま、

 

「いくら油断してても洗脳なんてされるわけないだろ、なに言ってんだよ」

 

 ぬけぬけと白状した。一瞬なにを言われたのか頭に入ってこなかったが、発言を咀嚼して呑み込むとダナンに詰め寄る。

 

「やっぱりされてなかったんじゃん! ……ッ~!!」

「無理すんなよ、怪我してんだから」

「ダナン君だって……ってあれ? 怪我は? 治ってない?」

「ああ。だって自動で回復するようにしてるし」

「狡い! ……そうだ、さっきの星晶獣と契約したってどういう――」

「そんなことより、そろそろ戻った方がいいんじゃないか? 向こうの決着が、この戦争において一番大事なんだし」

「わかってるけど……もうっ! 後で絶対吐かせるからね!」

「はいはい」

 

 怒っている様子のジータに苦笑して、腕を掴まれロウファ達が戦っていた方へ引っ張られていく。

 

 二人が到着する頃には戦いは完全に終結しており、レオニスがロウファの処分を告げる段階であった。

 

「ロウファ。お前を、島流しの刑に処す。拘束したランファも同様である」

「……レオニス」

 

 どんなやり取りが行われたのか、ジータは知らない。実際にはロウファが吐き出した己の願望を受けて、レオニスが恩情を与えたのだ。

 島流しの刑とは、無人で秩序もない島へ罪人を送り込む処刑法である。ここしばらくは使われていなかったので、おそらく本当に無人と化しているだろう。そこへロウファとランファを送るということは、世のしがらみ関係なく二人で静かに暮らせ、という意味でもあった。

 

 それがわかったのだろう。ロウファはレオニスに向かって黙って頭を下げていた。おそらくレオニスにとっては、義兄弟に向けた最後の温情というところだろうか。

 

 ロウファはセキトバと一体化した影響か両足が動かなくなっており、力尽きたこともあって大人しく拘束されていた。

 

「あっ、ダナン! 元に戻ったみたいだね」

 

 ジータに引っ張られてきたダナンに、グランが真っ先に気づく。注目を浴びる二人だが、なぜかジータが怒っている様子だったので、首を傾げている者も多かった。というかそんな素顔だったのかという反応がほとんどである。

 

「ダナン様、と言うのですね。洗脳されていたそうですが身体に異常は――」

 

 一行に先んじてシュラが前に進み出て様子を見ようとしたのを、ジータが手で制す。

 

「シュラさん。心配する必要なんかありませんよ。元から洗脳されてなかったのに、嘘吐いてたんですから」

 

 むすっとした様子で告げるジータに、大半は「えっ?」と驚いていた。ただ一人アルタイルは、

 

「……やはり嘘でしたか。そんなことだろうと思っていました」

 

 呆れを滲ませて口にする。視線が自分に集まったのを理解して説明した。

 

「ロウファがかなりの手練れであることは、戦の状況を聞いた時点で察しがついていました。その人物を足止めできて、且つ素性を隠し通せる者などそうはいません。その時点でおそらくダナン殿だろうと当たりをつけていました。そして洗脳されたという情報ですが……まぁ、そういう手口を使う相手にとって一番やりにくい相手だろうと思い、おそらくそう見せかけているのではないかと思っていましたよ。相手が上手くいったと思っているところを落として種明かしをする――というのが好きなようですからね」

「ははっ。流石は“銀の軍師”様。よくわかってるなぁ……。さぞ、予測不能な連中の面倒を見るのは大変だろうに」

「いえいえ、あなたほどではありませんよ」

 

 視線を合わせて互いに薄い笑みを浮かべて言い合う二人の間には、なぜか火花が散っているようにすら見えた。

 

「……な、なぁ。眼鏡の兄ちゃんとダナンってなんかあったのか?」

「……し、知りませんけど、グランとジータは知ってますか?」

「……さ、さぁ? そもそも喋ってるとこも見たことないけど」

「……私も。顔見知りだなんて知らなかったくらいだし」

 

 二人をよく知っている四人がこそこそと言い合っている。

 実際、彼らの知らないところでダナンとアルタイルがバチバチにやり合っていた、ということはない。ただ互いが互いに、苦手なタイプとしていると認識しているだけの話だった。

 

 ダナンは色々と暗躍したがる傾向があるため、そういうところすら見抜いてくる癖に自分の内側は滅多に晒そうとしないアルタイルを苦手としている。

 

 アルタイルはアルタイルで、一人でなにかしようとするダナンに苦手意識があった。彼は軍を動かすのは得意だったが、全体を動かしたはずなのに勝手に一人で行動するタイプのダナンを苦手としていた。しかもなんだかんだ勝手に動いた結果悪い方向に転がっていかないのが余計に納得しない部分もあるのだが。

 

「な、なぜそのような回りくどいことを?」

 

 しかしシュラには納得できなかったのか、困惑した様子で尋ねた。

 

「前提として言っとくと、別に最初っからユラントスク側につく気はなかったからな? 俺も最初はあんたの指示通りロウファの足止めだけしてればいいかと思ってたんだけど。そしたらユラントスクのヴィータリーってヤツがさ、俺を捕えて洗脳しようとしてるって言うじゃん? そこで俺は閃いたわけだよ」

 

 言いながら、ダナンは見知った者にとっては見慣れた不適な笑みを浮かべる。

 

「こいつらと全力で戦ういい機会になるんじゃね、って」

 

 エルデニ勢とロウファがきょとんとし、よく知った者達はやっぱりかと呆れた。

 

「そ、そんなことのために、ですか?」

「ああ。――俺は、こいつらに負けるわけにはいかないんでな」

 

 未だ困惑の最中にあるシュラへと頷いて、自らが指した双子へと目を向ける。三人の視線が交錯して、三人共が同じ気持ちであることが第三者から見ても理解できた。

 

「……では、なぜ俺を助けた。それも敵対するのに都合がいいからか?」

 

 拘束されたロウファが尋ねる。

 

「それもある」

 

 それに対して頷き、

 

「けど、正直最初あんたの話を聞いた時は、ユラントスクから引き抜こうと思ってたんだよ」

 

 まぁ、自由を求めてるってんなら難しいだろうけどとつけ足しながら。エルデニにとってはぽかんとする内容を平然と口にした。

 

「俺を……?」

「ああ。俺もこいつらも騎空団を率いる身だが、俺の方は少人数なんでな。こいつらのライバルを名乗るにはちょっと人数不足なんだ。だから、強いヤツには目をつけるようにしてるんだよ。兵士を一発で蹴散らせるだけの膂力を持ってるなら、ただ戦争の道具で終わるには惜しいと思ってな」

「……」

「まぁ俺がヴィータリーとどう違うのかって言われたら否定できる要素はないが、少なくとも奴隷だとかなんだとかってのを気にする環境じゃないってのは確かだから脈ありかと思ってたんだが……残念だ」

 

 ダナンは肩を竦めて、全く残念そうに見えない様子で告げた。明け透けな物言いもそうだが、不思議とヴィータリーのような嫌な感じはしない。

 

「あと、あの野郎は俺がどの程度の傷なら自動で再生するのかを確かめるために実験で身体の八割を自爆で消し飛ばさせたからな。……できるだけ無様に死んで欲しかったんだよ」

 

 しかし、その直後見ている者が悪寒を覚えるほどの冷たく薄い笑みを浮かべてつけ足した。

 その雰囲気を変えるためか、シュラが質問をする。

 

「では、私からも一つお聞きしたいのですが……なぜあなたはエルデニの味方をしたのです? ロウファを引き抜くおつもりなら、ユラントスクでも良かったのでは?」

「別に元々助けるつもりはなかったぞ? 味方するつもりなら、わざわざ洗脳されたフリして敵対しないだろ? 絶望感与えるし」

「そ、それもそうですね……というかわかっていてやったのですか」

 

 納得しかけ、やや呆れた様子を見せるシュラ。

 

「それはもう。見るからに敗色濃厚だったし? なんでわざわざ砦まで戦闘音届けたと思ってるんだよ?」

「っ……あれは故意にやっていたのですか?」

「ああ。あんなに離れてて音届く方がおかしいって。いくら俺とロウファでも」

 

 エルデニ勢は唖然としていた。ダナンが、きちんとエルデニの士気のことを考えていたことを知ったからだ。先程までの印象で適当に気のまま行動しているのかと思いきや、のタイミングである。

 双子に対しても思っていたことだが、そのライバルを自称するだけあって底の知れない少年であると驚嘆している者が大半だった。

 

「それはその……色々とありがとうございます」

「礼なんていいって。その後こいつらとアルタイルが来たから多分なんとかなるだろ、って丸投げしたんだしな」

 

 シュラに頭を下げられて、ダナンは苦笑していた。自分が褒められるようなことだけをしていたつもりがないからだろう。

 

「洗脳されてなかったなら、エリクと戦っていた時助けられたことになるわね。感謝するのだわ、ダナン殿」

「気にすんな。ただの気まぐれだ。あんたに貰った菓子が美味かった、ってだけの理由だしな」

「ふふっ、それならあの時渡しておいたのが巡り巡ってきたのね。なによりだわ」

 

 命の恩人に対して握手を求めるポラリスと、腰を屈めて握手を交わす。

 

「エルデニへの助力、感謝します。一時とはいえ兵達の支えになっていただいたのは事実ですからな」

「いいや、最後の支えはあんたの方だ。俺のはただの余計なお世話だよ」

 

 それから、歩み出てきたザウラとも握手を交わした。

 

「この流れなら俺も出るべきか。内情は兎も角、助力感謝する」

「ああ。ここから戦争を終わらせるのはあんたの役目だ。ちゃんとしろよ、王様?」

 

 最後にレオニスとも握手を交わして、エルデニとの挨拶は一通り終えた。あとはシュラだけだが、どうやら逡巡しているらしい。色々と思うところがあるからだろう。

 

「じゃあ、先にザハ市入ってるわ」

 

 ダナンはそう言って本陣からザハ市へと入っていった。言葉は宴の時でもいいかと思い、シュラ達も行動を開始する。

 

 その後、主だった将軍が全て敗れ去り、また国王も死亡したユラントスクはエルデニ国王レオニスの提案した和平協定に合意。エルデニを攻め落とすために引き入れたロウファが捕まったことにより戦が長引くだけと見て撤退していった。

 

 当のロウファはランファと共に島流しの刑に処され、誰もいない島で二人で暮らすこととなる。それを見送る時、シュラはランファとの姉妹の縁を切られてしまったようだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 戦争の終結と実質的なエルデニの勝利を祝い、休息を挟んだ翌日盛大な宴が催されることとなった。

 

「ダナン様、こちらにいましたか」

 

 ゆっくりと話す時間を取りたいと思っていたシュラは、ダナンが一人屋根の上で飲み物片手に菓子を摘まんでいるのを発見した。

 

「ああ、シュラか。お前こそこんなところにいていいのか? 酒飲んだポラリスが探してるぞ」

「お酒の入ったポラリス様は……強引ですからね。それに、貴方とゆっくり話がしてみたかったモノですから」

「そっか」

 

 ダナンは応えて菓子を一摘まみ。謙遜や緊張などは見て取れない。そのおかげか多少緊張していた心が解けていくのを感じた。隣に腰かけ、自分も持ってきた菓子を口にする。

 

「改めてになりますが……。この度は援助、加勢いただきありがとうございました」

「気にするな。元々はただ偶然、物資補給に行く船を護衛するだけの予定だったわけだしな」

「ではなぜ船で戻らなかったのです?」

「んー……。強いて言うなら、そうだな。活気がなかったから、飯を作ってやりたかった」

「え?」

 

 思ってみなかった回答に、シュラは思わず横顔を見つめた。

 

「助ける気とかはあんまなかったんだけどな。あまりにも暗い顔してるヤツが多いもんだから、料理を食わせたくなったってのが本音だな」

 

 確かに、思い返してみれば唐突に料理を作らせろと言い出していた。しかも物凄い腕前を振るって少し兵士達の気力が戻った様子もあって驚いたのをよく覚えている。おそらくそれがシュラが初めてダナンを認識した瞬間だったろうか。

 

「ではなぜ困窮している私達に助力すると言い出したのですか? 料理だけでも兵士達の気力はある程度回復していましたし、そもそもメリットがありませんが……」

「それは最初に言わなかったっけ?」

「?」

 

 納得いかない様子のシュラに苦笑して、顔を向け尋ねる。しかし彼女は心当たりがないらしい。

 

「言っただろ? エルデニではおよそ誰でも敵わないロウファ率いるユラントスク相手に結構な期間国を負けさせず戦ったんなら優秀な軍師だと思ったからな。急に出てきた俺をどう使うのか気になった」

「……本当にそれが理由なのですか?」

「ああ。なにせ、余程規格外――この場合はロウファよりももっとヤバい、星晶獣すら簡単に倒せるようなヤツのことだが――そういうヤツが相手じゃなけりゃ死ぬ要素はないからな。ロウファの時も言ったが、優秀なヤツは騎空団に欲しいことだし」

「私を、貴方の騎空団にですか……?」

 

 思いも寄らない言葉に、きょとんとしてしまう。ポラリスが最初一行にも言っていたが、自信がないため自分が勧誘を受けるなど考えもしていなかった様子だ。

 

「それなら私よりもアルタイル様の方がいいのではありませんか?」

「あいつは“蒼穹”所属だからな。まだ入ってないヤツを選ばないといけない。……まぁうちにも軍師っぽいことができるヤツがいないわけでもないんだが、専門家じゃねぇしなぁ」

「それでしたらエルデニを敗北寸前まで追い詰めてしまった私は力不足でしょう。それに、私はまだエルデニに救っていただいた恩を返していません。ここを離れるつもりはありませんから」

 

 恩を返すために軍師として力添えしたが、その結果が奮わなかったからこそアルタイルへと助力を求めたのだから。

 

「そっか。一個目の理由は俺が見所があると思ってるからどうでもいいんだけど、二個目の理由はどうしようもないからな。しょうがねぇ」

 

 ダナンは半ばわかっていたようにあっさりとした反応を見せる。

 

「申し訳ありません、折角お誘いいただいたのに」

「いいんだよ、元々が俺の我が儘だからな」

 

 相変わらず腰の低いシュラの様子に、もう少しなんとかできないかと思いつつも自分も含めて破壊したザハ市を屋根から見渡す。

 

「……しかし、中央とかは酷いな。俺が言うのもなんだけど。ホントにいいのか? 俺なら無償且つ素早く直せるぞ?」

「はい。幸い生活に必要な拠点などは無事でしたから。それに、国外から来た貴方の力ばかり借りてしまうと、少しばかり軍への不信感が募ってしまう可能性が高まりますから。あくまで民を守るのは、手助けするのはエルデニ軍であるというところを見せていかなければなりません」

「軍の信用ってのはそんなモノだよな。まぁなんかできることがあったら言ってくれ、復興指揮官殿」

 

 ダナンの口にした通り、シュラは戦争終結後の都市復興を指揮する立場にあった。本当ならこうして宴をしている間も計画を練っていなければならないほど多忙なのだが、流石に止められてしまった。ポラリスからは当然、首都に戻ったザウラや国王レオニスから言われてしまえばシュラに断ることなどできようもなかったのだ。

 偶にはゆっくり身体を休める日も必要、という判断もある。もちろんシュラも多少睡眠時間を削ってはいるがしっかり休み食べるようにしている。健康状態に問題はなかった。

 

「いえ。貴方には日頃の炊き出しでかなりお世話になっていますから。……と言いますか、本当ならこのような宴をする余裕などないくらいの食糧になるはずだったのですが。私も料理には多少自信があったのですが、貴方には到底及びませんね」

「当たり前だろ。俺はこれでも今年“シェフ”になったんだからな。プロの料理人にだって負ける気はねぇ」

 

 他と同じような謙遜ならダナンも否定しただろうが、ダナンもダナンで誰にも負ける気はないという自負があるからこそ否定はできなかった。

 

「あの“シェフ”に……その若さで凄いですね」

「そこは向き不向きの問題だろうよ。……つっても俺やあいつらは不得意と言えるモノはないみたいなモンだけどな」

 

 ダナンが視線を落とした先には、兵士達に囲まれて和気藹々と宴を楽しんでいるグランとジータの姿があった。

 

「……お三方は特別な関係なのですね。不思議な能力をお持ちのようですし」

「まぁ、因果なモノだよな。……じゃあそろそろ、明日の朝飯の仕込みでもしてくるかな」

「お手伝いします」

「いいって。お前は普段ずっと忙しいんだから、こういう時くらいのんびりしてりゃいいんだよ」

「いえ。こういう時の料理は気晴らしにもなりますから。それに、貴方から学べることも多そうです」

「勤勉なことで。そう言うなら、手伝ってもらおうかね」

 

 苦笑して、ダナンが腰を上げる。シュラもそれに続くと偶々目に入ってしまったらしく、

 

「シュラー! そんなところでなにしてるのよ! ダナン殿と二人きりで楽しんでないでこっちに来ればいいのだわ!!」

 

 酔っ払って赤ら顔となったポラリスが、ぶんぶんと手を振ってきた。大声で叫ばれたので、周囲の者達にも筒抜けである。

 

「茶化さないでください、ポラリス様! あと、あまり兵の皆様を酔い潰さないでくださいね?」

「これでも加減はしてるから大丈夫よ!」

 

 若干頬を赤らめて言い返すシュラに対し、ぐっと親指を立てるポラリスだったが。彼女の周りには既に五人もの兵士達が酔い潰れている。まだ加減している方なのか……と戦慄する一方で、軽く頭を下げて断る意思を示した。

 

「いいのか? ポラリス達の方へ行かなくて」

「はい。……今のポラリス様に巻き込まれると、明日に差し支えそうですから」

 

 尋ねるとシュラは少し茶目っぽくそう答える。確かに、とがんがん付き合わされている兵士達を見て納得するのだった。

 

「じゃあ明日の下準備しに行くか」

「はい」

 

 屋根から降りて二人で翌朝の炊き出しの準備をしに行く。……のをポラリスが傍目に見ていて、

 

「……シュラも大胆になったモノだわ」

 

 と感慨深げに呟いた。……のを周りで聞いてしまった兵士達がまさか!? と勘繰ることになり翌朝からダナンへの視線がキツくなったのは余談である。全くの冤罪であるのだが、ジータからは「日頃の行いじゃない?」とばっさり切り捨てられてしまうのだった。

 

 レオニスとザウラは既に首都へ戻っており、ポラリスも各地警備のための指揮を執らなければならないため、ザハ市を後にした。宴であれほど飲んでいたのにも関わらずけろっとしていたのには、酒に弱いダナンが若干引いていたのだが。

 アルタイルは創世神話の遺物達が無事であったことを喜びその解読、考察に明け暮れている。復興に関しては「私が依頼を受けたのはザハ市奪還までですので。後はレオニス国王に任されたシュラの仕事でしょう」とあっさりしたモノだった。レオニスはエルデニの軍師にと引き抜きたい様子だったがすげなく断っている。そうなれば無理に留めるわけにもいかず、おそらく今も無事であった館で悠々と書物や遺物を漁っていることだろう。

 

 ダナンももう用がないと言えばそうなのだが、炊き出しで料理を大人数に振舞える機会というのと、ザハ市中心部を破壊した理由の一端が自分にあるという多少の負い目から復興を手伝っている。

 

 シュラが多忙に動き回り、軍へ指示を出して復興を進めていく中、彼女の下を一人の男性が訪れた。

 

 その人物はシュラの義父に当たるそうで、戦争で死亡した両親の代わりに引き取ってくれた人物である。

 その人物がシュラの顔を見るついでに手紙を届けてくれたのだが、その手紙には食糧を強奪しようとしている貴族がいるため捕縛して欲しいと書かれていた。

 

 ザハ市の備蓄があったためまだ余裕はあるのだが、なくては困るのが食糧だ。もしもの時のために備える必要もある。

 

「すみません、一つ手伝っていただけませんか?」

「ああ、いいぞ。そいつを捕まえればいいんだろ?」

「はい。捕縛ですので、その辺りはお願いしますね」

「わかってるよ」

 

 シュラは食後の片づけを行っているダナンへと声をかけた。

 

「僕達も手伝おうか?」

「ん? ああ、必要ない。……それに、多分街に残ってた方が良さそうだ」

「「「???」」」

 

 グランの申し出に答えて、シュラと彼女が選抜した兵士達で貴族の屋敷に乗り込むこととなった。

 

「ぐあっ! や、やめろ! 俺は貴族だぞ!? 薄汚い手を離せ!!」

 

 貴族は正面から乗り込んできたダナン達に兵を鎮圧され、ダナンに取り押さえられていた。

 

「離してもいいけど、その前にベランダへ移動するからちょっと待ってくれよ」

「ひぃっ!!」

 

 普段通りの声音で脅されたのが余計に恐怖を煽ったのか、貴族は一旦大人しくなった。その後兵士達が拘束し、護送する運びとなる。

 

 馬車に乗せ、兵士に護衛させて運ぶ、その最中のことだ。

 

 魔物の大群が街に押し寄せてきた。そこかしこで上がる悲鳴、混乱する市民。シュラはすかさず部隊の再編成を命じるが、

 

「シュラ様! 魔物が護送していた馬車を襲い、無事だった貴族が逃亡しました!」

 

 相次ぐ不測の事態。ここで臨機応変に対処してこそであったが、

 

「……っ! 仕方ありません。貴族を逃した全責任は私が負います!! 兵の皆様は魔物の撃退を!!」

「僕達が追う」

 

 民の安全を優先したシュラの判断に対して、傍にいたグランが申し出る。

 

「し、しかしこのような事態にも備えておけるようにしておかなかったのは私の責任であり、皆様に尻拭いをさせるわけには……!」

「かもな。でも、全部を全部備えるってのは、完全には不可能だ。俺はある程度可能だが、ただの人の域じゃ“世界”の全てを見通すなんてことはできないんだよ」

 

 シュラの反論に最初だけ肯定しつつ、しかし否定した。ダナンの言う通り、全てに備えるのは不可能だ。……()()()()()()()()()()

 

「もちろん色々なことに備えておくのはいいことだ。けど全ては無理だ。人の頭には限度があるし、備品だって十全じゃない」

「そ、それはわかっていますが……」

「わかっているだけじゃダメだ。ちゃんと、理解しないとな」

「……?」

 

 二人の会話は続いたが、

 

「なぁ、呑気に話してる場合かよぅ」

 

 ビィの至極真っ当な意見にシュラははっとする。

 

「……とりあえず、申し訳ありませんが貴族の追跡はお任せしてもよろしいですか?」

「ああ、もう終わってる」

「えっ……?」

 

 ダナンが虚空に手を伸ばしたかと思うと、その手で服を掴むようにして逃亡したはずの貴族が出現した。

 

「はぇ?」

 

 一番驚いたのは貴族本人だろう。本来なら森を走っているはずだったのに、突然街の中に戻ってきてしまったのだが。

 

「……クソッ! 離せ!!」

「いいけど、逃げられねぇよ?」

「私は……こんなところで終われないんだよぉ!!」

 

 混乱は置いて逃亡を続けようとする貴族の服をあっさりと手放す。また逃げ去る貴族を止めようとした双子を制止して逃したかと思えば、少しして同じ場所に貴族が現れた。

 

「はあぁ!!?」

「だから無駄だって。大人しくしてろ?」

「く、クソぉ!!」

 

 再び走り出す貴族を尻目に、ダナンは目でシュラに合図する。突然のことについていけていなかったシュラも、我に返って部隊の再編を急いだ。

 

 部隊の指揮を執って魔物を鎮圧したシュラが戻ってきた頃には、汗だくで蹲る貴族の姿があった。

 

「どうした? 逃げ出すんじゃなかったのか? ほら、もしかしたら回数が決まってるかもしれないぞ?」

 

 そう言って煽るダナンの様子に、その貴族がどんな人物か知っていてもより悪なのはダナンの方では? と思ってしまう。

 

「ありがとうございます、皆様」

「僕達はなにもしてないよ」

「いえ。こちらに魔物が何体か行っていたようですので、その討伐はしてくださったのでしょう?」

「お、おう。まぁな……」

 

 ビィは目を逸らして頷くのを不思議に思いながら、四肢を投げ出す貴族・ベルダ卿を再度拘束する。

 

「……クソッ。あと少し、あと少しで俺は今以上にユラントスクで成り上がれたのに……!」

 

 悔しさを滲ませて吐き捨てるベルダに、ダナンは密かに感心した。まだ喋る元気があったようだ。

 

「どういう意味ですか、それ?」

 

 ジータが眉を顰めて尋ねる。ベルダはエルデニの貴族だ。ユラントスクの名前が出てくる時点で不穏さは増す。

 

「その男は、ランファとロウファの首を土産にユラントスクへと亡命しようしていたのですよ」

 

 答えたのはシュラだった。

 

「実力社会のユラントスクに、一級手配犯の首を差し出せば確実に相応の地位を得ることができる。富と地位に固執する貴方らしい浅慮で杜撰な計画ですね、ベルダ卿」

 

 シュラは気持ち普段より冷たく告げた。

 

「横領した補給物資を計画実行に必要な手駒を雇うための代価とし、あまつさえ自分が成り上がるためにランファを、義理の娘を手にかけようとするなど見下げ果てた性根です」

 

 軍師たる者常に冷静でいるべし、とはいえ肉親のこととなると感情が昂ぶって然るべきでもある。

 

「はっ。なぜアレに情など持たねばならぬ?」

 

 だがベルダ卿は嘲笑った。

 

「アレは奴隷だ。奴隷は主のための道具にすぎん。どう使おうが、主である私の勝手だ」

 

 エルデニには、こういった考えの貴族が存在している。シュラに逆風だったことからも余所者に対しても厳しい目を向ける部分はあった。それを変えるために、前王カノプスは自らが率先してロウファを養子にした。戦闘終了後に遅れて合流したためジータは知らないが、レオニスはロウファに対して身分による不平等をなくしていくと宣言していたのだ。ただし、目の前のベルダ卿の発言こそがエルデニの現状でもある。

 

 あまりにふざけた言い分に、ルリアは強く言い返す。

 

「そんな、道具だなんて……酷すぎます!」

「酷いだと? 酷いのはあの女の方だ!」

 

 だがベルダも反論した。

 

「あの女のせいで、私がどれだけの被害を被ったか……それが貴様らにわかるか!?」

 

 唾を飛ばして怒鳴り散らす。

 

「バカで碌に学もなかったが、あの女の見た目だけは極上だった。だから買い取ってやったのに! 自分の立場も弁えず、よりによって敵国の男を誑かし裏切るなど! だから、私はあの女の実の両親を告発し、処刑させたのだ! 全ての責任をあいつらに押しつけてな!」

 

 自分勝手にして救いようのない言葉に誰もが顔を顰める中、シュラの素性を知る者ははっとした。ランファの両親ということは、シュラの両親でもあるのだ。

 

「……処刑? ランファの実の両親は戦争に巻き込まれて死んだのでは……」

 

 それでも取り繕って口にした。

 

「先程私が言った通りだ。責任を取ってもらったんだよ、あの女の両親にな」

 

 その言葉に、シュラは悔しさを顔に出す。

 

「悔やむことばかりです。私が養子に行くことなく、ずっと両親やランファの傍にいれば……。私がランファを守れるだけの、貴方を追い返せるだけの力を持っていれば……」

「あの女を守る? 貴様、なぜあの女の肩を……いや、そういえば幼い頃に養子にいった姉がいるとかあの女が言っていたか。ということは貴様があの女の……」

「私が何者であろうと、最早貴方には関係のないこと」

 

 最後まで言わせず連れていくように合図を出そうとした時、

 

「いやぁ、しまったなこれは」

 

 軽い調子の声が聞こえた。ひくっとベルダの喉が鳴って身体が硬直したのは気のせいではないだろう。

 

「……やっぱあの時、魔物に腕の一本や二本食わせとくべきだったか」

 

 瞳を覗き込むように顔を近づけたせいで、光の見えない黒い瞳と目が合ってしまった。そして追いかけられていた時の恐怖が蘇り冷や汗が止まらなくなる。

 

「……っ、っっ!!」

 

 口をパクパクとさせて、しかしなにも言わず今度こそ兵士達によって連行されていった。

 

「……あの、あの時とは一体?」

 

 しんとしてしまった場で、シュラが恐る恐る尋ねる。

 

「……だ、ダナンがこっちに来た魔物一体を脅してさっきの人を追いかけさせてたんですよね」

「け、怪我だけはさせなかったので安心してください!」

 

 双子が言うも、あれでは身体が無事であっても心に深い傷を負ってしまっただろう。

 

「……もしかして、貴方は悪人なのでは?」

「ん? 言ってなかったっけ? 善人のつもりはねぇよ?」

 

 シュラが呆れて尋ねると、いい笑顔が返ってきた。嘆息すると他四人が理解ある苦笑を浮かべている。それを見てああいつもこうなのだと理解してしまった。

 

「今回は見逃しましょう。……私情を挟むのは良くありませんが、少し胸がすっとしました」

 

 しかし色々と思うところのある相手でもあったため、そう告げることにした。

 

「んんっ。……皆様、今回は私が至らぬばかりにお手を煩わせてしまいました」

 

 シュラは咳払いをして表情を引き締めつつ五人に向き合った。

 

「ありとあらゆる可能性を予測し不測の事態にも即座に対応する。私は今回、咄嗟の判断ができなかった。それは明確に、私の落ち度です。もっともっと努力をしなければ。大切なモノを全て一人で守れるように……」

 

 彼女の独白を聞いて、最初に口を開いたのはダナンだった。

 

「傲慢だな、シュラ。人一人にできることなんて、限りがあるんだよ。ってのはさっきも言った通り」

 

 ばっさりと切り捨てる言い方を止める者も、今はいなかった。

 

「一人で全部できる、言ってるようなモノですよ、それ」

「一人でなんでもできるようになる必要なんてありませんよ!」

「一人でできないことは、皆でやればいいんだよな!」

「逆を言えば、皆で力を合わせればできないことなんてないからね」

 

 口々に告げる四人とは、多少意見が食い違うのだが。

 

「皆で……。それは考えたことがありませんでした」

 

 しかしシュラにとっては目から鱗だったようだ。四人としては、それが当然だったのでわからないということが理解できない。

 

「こいつらほどお気楽にならなくてもいいだろうが、まぁ自分じゃどうにもならないことだってある」

 

 しかし元々独りで生きてきたダナンには、彼女の気持ちが充分理解できた。……一言余計なのは兎も角。

 

「自分にできることを把握して、伸ばしながら他人を頼ること。これをしてねぇと追いつけないヤツがいるんだよ。なんでもできる、なんてない。それはまぁ、不得意のない俺達が保証する。どんなに万能でも、全てにおいて誰も彼も上回るのは不可能だ。たった一つのことに人生を捧げてる連中だっているしな。だからいいんだよ、全部をできなくたって。足りない部分を補い合うのが仲間ってヤツなんだから」

 

 ダナンらしくない真面目な回答に、グランとジータは少しだけじーんとしてしまった。ずっと彼の仲間だった四人が聞いたら涙ぐんでしまうかもしれない。

 

「……なんだよ」

 

 四人の微笑ましい空気を感じ取ったのか、ダナンは拗ねたような顔で聞いた。若干顔が赤い気がするので、これまた珍しく照れているのだろう。

 

「ふふっ。そうですか、そうなんでしょうね……」

 

 ずっとシュラの頭から外れていた言葉だったが、確かに道が開けたような気がした。

 笑う彼女の表情は、憑き物が取れたようでもある。

 

「誰かに頼ってもいい、と考えると少しだけ気が楽になったような気がします」

「いつでも力になりますよ」

「頼られると嬉しいですしね」

 

 グランとジータ、続いてビィとルリアも歓迎する。すぐには考え方を変えることはできないだろうが、それでもいざという時には周りを頼ることができる、という考えが浮かぶようになったのであれば僥倖だ。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろこの国を出るとするかな。お前らも、多分シュラのことが気になって残ってた面もあるだろ?」

 

 ダナンが言って歩き出すのに続きながら、シュラは四人を振り返る。苦笑した様子に彼の言葉が本当だとわかり、そして“も”という言葉にダナンも同じ気持ちだったことがわかり少し居心地が悪くなった。

 

「あの、ダナン様もそうなのですね?」

「ああ。俺はまぁ、うだうだ悩んでるのとか見てると手ぇ出したくなるから」

 

 悩み事を抱えやすい、真面目な人物に前もそんなことをしていたような気がする。

 

「あとそうだ。シュラってさ、多分だけど予測できないことに弱いよな」

「うっ……!」

 

 あまりにも直球な言葉に、冷静に振る舞おうとしているシュラが呻いた。

 

「な、なぜそう思うのです……?」

「復興の指揮は、多少忙しすぎるとはいえ問題なかったからな。貴族の屋敷に攻め入るのも問題なかった。わかっていることなら対処できるってことだ。じゃあ逆に、自分のわからないことがあると予測できないから適切な対処ができない、と」

「……」

 

 確かに、と納得してしまい反論の余地すらなかった。

 

「そういうのは多分経験とか知識が物を言う部分もあるし、それを補えてるヤツに聞いてみたらどうだ? どうやれば身につくのか、って」

「……あっ。アルタイル様に、ですか?」

「ああ。明日出るって話をどっかで聞いたし、聞くなら急いだ方がいいかもな」

「そうですね……。では皆様、お先に失礼します。この度はご協力いただきありがとうございました」

 

 シュラは思い至ってなるべく早く向かうために、最後に一度腰を折って頭を下げてから足早に立ち去った。

 

「ねぇ、ダナン君」

 

 ひらひらと手を振っていたダナンに、ジータが声をかける。

 

「ん?」

「もしかしなくても、帰るつもり?」

「よくわかってるな」

 

 質問をあっさり肯定した。

 

「……ダナンってそういうとこあるよね」

「ちゃんと挨拶してから行けばいいのによぅ」

「シュラさんも残念そうにすると思います!」

「いいんだよ、別に今生の別れってわけでもねぇし。いつか会う日もあるだろ」

 

 勧誘に断られた身だが、あまり頓着していないようだった。二人勧誘しようとして失敗したのでどちらかは、と思う部分もあったが。それでも気にしていないのは、シュラが少し吹っ切れた様子だったからだろう。

 

「そっか。じゃあ、私達ともお別れだね」

「そうなるな。また今度、会った時を楽しみにしてろよ? 今度は全力で戦えるといいんだけどな」

「もちろん、次があったとしても負けないから」

「同じく」

 

 三人は互いに視線を交わした。その後、ダナンは空間に溶けるように転移していく。その姿を見送って、ザハ市内へ戻ろうとして、

 

「あっ!!!」

 

 突然ジータが大きな声を上げる。

 

「ど、どうしたんだよぅ。急に大声なんて出して……」

「ご、ごめん」

 

 三人をびっくりさせてしまったこともあり素直に謝って、思い出したことを語り始める。

 

「……ダナン君が胎動する世界っていう星晶獣と契約を交わしてたの」

「っ!? そ、それってアマルティアで戦った……?」

「そんな……!」

「あ、アイツどういうつもりなんだ……?」

「それがわかんなかったから聞こうと思ってたのに忘れたの! ……次会ったら絶対聞いておかないと。騙されてるのか、それともわかった上で契約してるのかはわからないけど。このままにしておくわけにもいかないでしょ?」

 

 ジータの神妙な言葉に残る三人も頷いた。

 

 一行は新たな課題を見つけて決意を固める。しばらくしてシュラに合流し、ダナンがいないことに苦笑した。

 

「私のやることに変わりはありません。まずはエルデニ各地の復興、あとアルタイル様がおっしゃっていた見聞を広めるということをしてみようかと思います」

 

 しかしシュラは微笑んでそう言った。彼女の言う意味がわかった四人は、また強敵が増えると顔を見合わせて笑うのだった。

 

 未だ戦争の爪痕は残っているが、それでもエルデニの未来を明るく照らすために力を尽くす者達がいる。彼がいれば今後もエルデニは安泰、そしてレオニスの方針転換によってもしかしたら良い方向に向かっていくのかもしれない。

 

 国の行く末など不明瞭なモノだが、そう願っている者も多くいるのだった――。




エピローグまで辿り着きましたが、次もあります。

ダナン視点でほぼ全編通します。


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EX:一方ダナンは

予告通り、ダナン視点ダイジェストです。
一応全部回収してあったはず。


 俺がその依頼を受けたのは、全くの偶然だった。

 

 今後空域を渡ってアウライ・グランデ大空域に乗り込むことを考慮し、俺達“黒闇”の騎空団としても資金集めなどは課題の一つであった。

 そのため今は各々好きに過ごしながらも、依頼などを受けて資金を集めている最中である。

 

 俺が一人でのんびり街を周り依頼を探していると、急遽戦争を行っている国に物資を運び込むため護衛が欲しいとの依頼が舞い込んできた。

 

 まぁ、誰もいない。俺やあいつらなら気にしないが、一般の騎空士なら戦争中の国へ物資を届けるという戦争相手に襲撃されそうな依頼を受ける者などそうはいないのだ。

 しかも戦況を調べてみれば、負けそうな国の物資補給らしい。援助を行えば勝った方の国が仕かけてくる可能性もなくはない。となると難しい問題なのだろう。

 

 ただそういう問題は俺にとって問題ではない。

 

「俺が受けてもいいか?」

 

 それなりに金額が良ければなんだって良かったのだ。流石に異常なまでに高い金額を提示されれば怪しむが、危険な分金額が高いと考えれば相場より少し低めぐらいか。相場より高ければもう少し人が集まったのかもしれないが。

 

 しかも緊急の依頼だ。俺が来た時点で誰もおらず、また名乗りを上げる者もいなかったので結局護衛が俺一人。余程余裕のない国のようだ。

 俺が依頼を受けて他にいないと見るや、早速出立した。その間暇だったので、その負けそうな国――エルデニという小国と大国ユラントスクとの戦争内容について尋ねていた。

 

 どうやらユラントスク側にとんでもなく強い将がいるらしく、そいつが打ち破れないのだとか。

 

 この時に俺は、どうせならそいつうちの騎空団に引き抜けねぇかなと思ったものだ。人数不足とまでは言わないが、“蒼穹”に比べれば少ない。もう少し戦力を集めてもいいとは思っている。まぁ人数が増えすぎても今でさえ手に余るところはあるので、多少融通の効く相手だといいなという感じ。

 襲撃してくる魔物を撃退する傍ら、にそう考えてどうせなら炊き出しぐらい作ってやるかと思い立ったのが本当の始まりだった。

 

 一応顔がわからないようにフードを被り、その上で顔が認識できないようにしておく。団員は欲しいが極端に有名にはなりたくない。自分でも面倒だとは思うが、“蒼穹”のように大々的に世界へ名が広まるようなことにはなって欲しくないのだ。

 

 顔の知れない怪しい騎空士に料理を作らせるのは良くないのでは? という意見も挙がっていたのだが。そこはいつもの通り実力で捩じ伏せてやった。俺が敵国のスパイではという懸念もあっただろうが、そこはごり押した形になる。問答無用で食べたくなるほど美味しそうな匂いをさせればイチコロなのである。本当に敵の回し者だったら終わってたなとは思ったが。

 俺は料理には嘘を吐かない主義だ。

 

 港で真っ先に俺の料理を口にしてくれたのが、ポラリスというエルデニの将だった。ハーヴィンの女性で余所者の俺に対しても気さくに接してきた。自らが積極的に接することでエルデニ民の警戒を解かせ、また監視しているぞと思わせることができる。……というのは俺の穿った関係なのでそこまで考えていたかどうかまでは知らないが。

 なにせ補給船を護衛してきたというだけで直々に美味しい果実の菓子をくれたので、いい人ではあるようだ。

 

 そんな中、俺は物資を削減しながら満足いく料理を振る舞ったことで国王から追加の報酬が貰えると聞き、王の待つ首都へ招かれた。

 

 そこで国王レオニスから褒美の言葉を貰っていると、

 

「やはり外部の者に軍師を任せるのは良くありませんでしたな」

「おかげで戦は負け続き、どう責任を取るのやら」

 

 一部でそんなヒソヒソ声が聞こえてきた。客人の前でそれを言うかと思うモノだが、どうやらエルデニの貴族達は身分差別、余所者嫌いが大半らしい。とはいえ国王はそうではないらしく、黙らせる意味を込めて強く咳払いしていたが。

 その批難を受けている軍師とやらは、多分整列している中にいた女性だろう。黒い長髪を真っ直ぐに伸ばした長身の女性だ。顔が俯き気味で悔しさを滲ませていたのですぐにわかった。

 

 しかし、俺は文官共が言っていたのとは違う印象を抱いていた。確かに戦況は悪く攻め入られるばかりで反攻できていない。だがロウファとかいう途轍もなく強いヤツが率いているユラントスク軍を相手に数年戦争を続けていられるというのは充分に凄いことなのではないかと思ったのだ。

 エルデニで唯一対抗できそうなのは、エルデニの英雄とも呼ばれているドラフのザウラだと言う。だがザウラは王の側近、軽々しく前線に出すわけにはいかない。その状況で、勝てないとわかっているヤツを相手にどうすれば長期間耐えられるのか、俺にはわからなかった。

 

「……すまない、見苦しいところを見せてしまったな」

 

 レオニスは嘆息した後聞こえていたであろう俺に謝ってきた。

 

「いえ、お気になさらず。それよりも……貴国の軍師は随分と優秀な方のようですね」

 

 だが俺は正直な印象を口にすることにする。俺の言葉は先程の声とは真逆の意味を持つため、この場にいた全員が驚いて俺を注視することになった。

 

「だってそうでしょう? 敵将のロウファなる人物は相当に強く、エルデニ国内ではザウラ様しか対抗できないほどと目されているとか。しかしザウラ様は陛下の側近であり、軽々に前線へ出ることはない。となれば絶対に強さで勝てない敵を相手に未だ敗北していないのですから。少なくとも私にはどうやればいいのか見当もつきません。その方の優秀さがわからないのであればきっと……より良い案をお持ちな方か、戦知識のない愚者でしょう」

 

 だから俺ははっきりと言ってやった。これで例え国王が打ち首を命じたとしても、俺にはそれを御する力がある。ただ国王は俺の発言を咎めたとしても否定することはない。でなければ今の軍師と任命することはないからだ。軍師が無能であるという風になってしまえば、それは軍師を務めるように命じた国王の責任でもある。なにより無能だから他の軍師を、と代えられるならとっくに変えているだろう。

 

 俺が明らかに先程の文官達を愚者と定義していることがわかったのか、一部で色めき立つ気配があった。

 

「これは、出過ぎた発言をしましたね」

「……いや。先に不用意な発言をしたのはこちらだ」

 

 恭しく頭を下げると、レオニスは咎めることもなく不問としてくれた。この王様も王様で色々と国内の対応について思うところがあるのだろうか。

 

「国王陛下。一つお願いがあるのですが……」

「なんだ?」

「この戦争、私にも助力させていただけませんか?」

「……? なぜ急にそのような申し出をした?」

「簡単です。貴国の軍師に興味が湧きましたので。少なくとも騎空艇を一人で護衛するくらいは強いのですが、素性も知れない私をどう使うか気になったのですよ」

 

 それに、うだうだ悩んでいそうなヤツを放置するのなんとなく気持ちが悪い。

 

「……力を貸してくれると言うなら有り難く貸してもらおう。ただし最終的な判断はシュラ、お前に任せる」

 

 レオニスは軍師に顔を向けて告げた。これで俺は、参戦させるもさせないも自由な身となる。

 

「……はっ」

 

 シュラと呼ばれた軍師、俺が予想を立てていた女性が恭しく応えその場はお開きとなった。助力する分報酬を上乗せしてくれるとも言ってくれたので金銭面ではかなり捗った。

 

「改めまして、このエルデニで僭越ながら軍師を務めさせていただいております、シュラと申します」

「無名のしがない騎空士だ。誇って名乗るほどの名はない」

「では、騎空士様。この度はご助力いただきありがとうございます。振る舞っていただいた料理には兵達も大変喜んでおりました」

 

 シュラは年下であろう俺にも敬語を使ってきた。特に人に聞かれているわけでもないだろうに、生真面目なことだ。ただ俺にはなにも言ってこないので、自分に厳しいのかもしれない。

 

「いや、人手も足りなさそうだったから手伝っただけだ。それで、あんたは俺をどう使う?」

 

 改まった謝意を受け取り、本題へ流す。

 

「……それなのですが、貴方がどれほどの実力をお持ちか私にはわかりません」

「そうだな」

「ですので、基本作戦に加わっていだたくことはありません」

「そうか」

「貴方にやっていただきたいのは、敵特記戦力の足止めです。……敵軍のロウファという将のお話は既に耳に入っていると思いますが、彼が出てきた時は率先して足止めを行なって欲しいのです」

「ユラントスクで一番強い将、だったか」

「はい。ザウラ様以外では太刀打ちできないロウファの相手をお願いする、というのは些か貴方自身の危険が大きいのですが……」

「なるほど。しかし随分と大胆な策だな。実力も知らない俺を相手の一番強いヤツにぶつけるなんて。……まぁそれもそうか。急遽連携なんてできるはずもなし、かと言って素性が知れないから作戦の要になるような部隊には放り込めない。ならもし前線に出てこられたら敗北必至の相手を足止めさせてみる、と。それなら元々部隊壊滅するかもしれないところを、もしかしたら多少マシにできるかもしれない。俺が動かなかったとしても被害は想定の範囲内になる」

「え、ええ……そうですね」

 

 シュラは少し驚いた様子で頷いた。もしかしたらそこまで細かくは考えず、最も影響のないところへ組み込んだのかもしれない。

 

「わかった。じゃあロウファの足止め、引き受けるとしようか」

「ありがとうございます。ロウファ進軍の情報が入り次第貴方へ伝達するようにいたしますので」

「いや、ある程度の範囲なら知覚できるから問題ない。あんたはあんたの役目に集中していればいいさ」

「は、はあ」

 

 納得はいかなかったようだが、人員を極力割かないで済むというのであれば断る理由もないだろう。

 

「それでは次のユラントスクの進軍が始まる前に、前線へ向かいましょうか」

「そうだな。……というか、軍師のあんたがここにいて大丈夫なのか?」

「はい。ある程度、想定できるユラントスクの攻めに対抗できるよう指示は出しておりますので。……尤も、ロウファが本格的に攻めてきた場合は除きます」

「それでも極力ロウファが出てこれないような状況にさせる工夫はしてあるんだろ?」

「はい。ですが、それもどれほど効果を持つかわかりません」

「多分大丈夫だろ。そんなに不安なら早めに出立した方がいいだろうけどな」

「そうですね」

 

 物資を前線に補給する――のはエルデニ軍の役目だった。俺は港まで護衛し、そこで多少料理を振る舞っただけ。まだ前線の様子は知らないのだ。ただ知覚範囲を広げてみても前線方面での慌ただしい動きはなさそうだ。ちゃんと策は機能している。事実として負けているのだから無能呼ばわりも仕方ない部分はあると思う。ただこのシュラという軍師は優秀だ。飛び抜けて優秀などこぞの本の虫ほどではないが、優秀な方ではあるらしい。でなければエルデニはとっくに負けているだろう。

 

 こうして、俺はシュラが連れてきていた部隊の中に混じって前線であるザハ市へ向かった。

 

 前線の雰囲気はより酷い、と断言していいほどだ。暗く沈鬱で敗色濃厚の雰囲気が丸出しである。

 素性の知れない俺をある程度は警戒させないため、料理を作るために呼んだという形で美味い飯を食わせてやり、多少は改善しただろうか。そこまでしてやる義理はなかったが、暗い顔で俺の飯を食うのは許さん。

 

 シュラが離れている間に前線崩壊、などという事態はなかったがシュラが想定していなかった事態がいくつか発生し現場指揮のみでなんとか凌いでいたらしいが被害はあったようだ。シュラは慌てて現状の確認を行い今後の方針を立てていく。

 

 それを人気のない離れた場所からワールドの能力によって知覚して聞いていた俺は、

 

「んー……優秀ではあるが、想定が甘いってところかな。知識と経験不足ってヤツかね」

『そうだろうな。非力な空の民が覇空戦争で生き延びたのは工夫によるところが大きいとの推論が出ている。そして工夫を凝らすために必要なのが、知識と経験だ』

 

 周りからは声が聞こえないように特殊な空間を設置している。だからこそワールドとも会話ができていた。

 

「覇空戦争ねぇ。星晶獣や星の民と争ったってんなら、随分と強いヤツがいたんだろうなと思ってたが。違うのか?」

『いや、中にはお前やあの双子のような……特異点とも呼べる存在がいた。だがほとんどは、平和になったために多少弱体化しているとはいえそう変わらん。練度の高い兵士程度の強さだったはずだ』

「へぇ? それで星の民とやり合ったのか。相当だな」

 

 覇空戦争時代の話なんて、早々聞けるモノではない。ワールドがあまり情報を開示してくれないのもあって珍しい機会だった。

 

『どうする? この戦争、勝たせるつもりか?』

「いいや。最初に言った通り俺はあのシュラの作戦に乗るだけだ。ロウファってヤツ、ちょっと知覚してみたがあれは凄いな。引き抜ければいいんだが」

『常人とは膂力が異なるようだ。だが改造を受けた形跡はない。ヒューマンにしては異常なほど強いな』

 

 ただ、引き抜きに関してはあまり期待していなかった。戦争真っ只中で素性も知らない男にほいほいついていくようなことはないだろう。勝敗が自分の肩にかかっていると自覚していれば尚更だ。

 

「ああ。足止めとなるとClassⅣは必須か。いい運動にはなりそうだ」

 

 その上を使ってもいい。全力で戦えば間違いなく勝てるだろうが、そこまで手助けをする気はなかった。俺個人、エルデニに肩入れする気はないからな。ただ優秀な人材は是非とも引き抜きたい。

 

 それからユラントスクの侵攻に向けて準備を進めながら、エルデニ側もポラリスが率いてきた援軍を加えての戦力となっていた。

 ユラントスクの侵攻が開始されると同時にシュラはエルデニの部隊を展開させ、迎撃作戦を始動する。

 

 俺の役目はあくまでロウファの足止めだ。ロウファに動きがない限り余計な手出しはしない。

 

 ということで、部隊が展開していない場所で待機していた。どこに現れても最悪近場まで転移すればいい。というか俺ならロウファの現在位置まで把握しているので、別段慌てる必要はなかった。

 

「……あー、これはダメだな」

『ああ。完全に裏をかかれたようだ』

 

 知覚範囲を広げて全体を見渡していた俺とワールドは、戦況の流れを見てエルデニの敗北だと悟る。

 

 ユラントスクが大きな部隊を率いて進軍してきたところへ、シュラ達の部隊が移動し始めたのだ。大軍を率いているユラントスクの将は、生意気クソ王子ことエリクだったか。王子を討ち取れればロウファが不可能と考えるとエルデニ側に多少傾きが戻るだろうと思うのも当然だ。

 ただどうやらそれこそが敵の思惑通りだったらしい。ロウファが単騎でザハ市防衛のために残っているエルデニ本陣へと迫っていた。……それなりに数がいるんだが、一人で攻め落とせるってか。

 

「さて、じゃあ足止め役の務めを果たすとするか」

 

 言って、俺は全速力でザハ市へと向かう。俺が到着した頃には、ロウファが本陣へと差し迫っていた。だがまだ手出しはされていない。その寸前ってところか。

 

「おおぉ……!!」

 

 知覚してはいたが視認してみると確かにヒューマンとは思えない肉体だ。ドラフほどもある背丈と筋力。黒い衣装で迫る様は正に暴力の化身。エルデニ兵も腰が引けている。これでは最早勝ち目などないだろう。

 

 だが、軍師殿に指示された以上俺が割って入らないわけにもいかない。

 

「【スパルタ】、ファランクス」

 

 襲いかかるロウファとエルデニ兵達の間に躍り出て、防御に特化した『ジョブ』を発動する。ロウファは驚いていたが関係なく戦斧を振るってきた。

 耐えられるだろうと思ってのことだったが、ファランクスで造った障壁はあっさり砕け散ってしまった。その余波が全身を襲い、内心で毒づく。

 

 ……マジかよ。一応日々鍛えてる中のClassⅣが通常の最上位だぞ? それに対抗できるレベルなのは一部の強者のみ。それこそ“蒼穹”で噂に聞くジーフフリートやガウェイン辺りぐらいなモノか。つまりその次元の強者。

 

「ほう? 我の一撃を受けて息があるとはな」

 

 ロウファは感心したように呟く。顔を上げて視線を合わせると身体の大きさがよくわかる。本当にドラフと相対しているような感覚に陥る。だが角はない。特徴は確かにヒューマンのそれだ。ワールドの能力で知覚していたから知っていたが実際に目で見るとやはり違うな。

 

「……そりゃこっちのセリフだ、全く。まさかあっさり超えられるなんてなぁ」

 

 言いながら、『ジョブ』を解いて恰好を戻す。

 

「それよりほら、さっさと撤退しとけ。ここにこいつが来たってことは、作戦失敗だ」

 

 その後及び腰なエルデニ軍を追い払うようにした。

 

「逃がすと思うか?」

「逃がすさ。俺の役目は、あんたの足止めなんでな」

 

 一歩踏み出したロウファにも退かない。ちゃんと態度で足止めすることを示さないとな。

 

「……い、いや俺達も――」

「やめとけ。俺も流石に、あんたらを庇いながらじゃ厳しいだろうしなぁ」

「……」

 

 数年もユラントスクと戦争していれば、ロウファの強さなんかは心の奥底に沁みついているだろう。俺が割って入ってから武器を構える素振りすらなかったのがいい証拠だ。

 

「さぁて、やるとするか――【十の願いに応えし者】」

 

 そして俺は、足止めに徹するため最強の『ジョブ』を解禁する。俺の放つ雰囲気が変わったのか、ロウファが明らかに警戒してきた。

 

「さぁ、かかってこいよ。ここから先には行かせないぜ?」

 

 全く、俺に似合わないセリフだが。ローブの裾をはためかせてロウファの前に立ちはだかってみる。

 

「おぉ……!」

 

 だが流石ユラントスク最強の将軍か。怯むことなく渾身の一撃をかましてきた。

 

「甘ぇ」

 

 俺は一言告げて【スパルタ】のファランクスを三枚圧縮した障壁を挟み込む。今度は破壊されることなく弾くことができた。ロウファが目を見開いて驚いているのが見える。おそらく後ろでも同じような顔をした兵士達が並んでいることだろう。

 

「ほら、早く撤退しろよ。俺の役目はあくまで足止め、時間稼ぎだ」

 

 俺は言って肩越しにエルデニ軍を撤退させる。ロウファはその間も障壁に攻撃し続けており、三撃目で破砕した。だがその頃には撤退を開始してくれている。

 

「……逃がしたか。だが、我の役目はザハ市の制圧。貴様が残ることになんの意味がある?」

「少なくともあんたをここに留められる。そうすれば多少はマシになるだろうよ」

「だといいがな」

 

 ロウファは斧を構えて力を溜めていく。本格的な戦闘の開始だ。

 

 大地を蹴り上げて巨体が接近してくる。巨体に見合わず、とは思わないが相当な速さだ。全体的に膂力が高いのだろう。

 

「ふんッ!!」

「はあぁ!!」

 

 ロウファの振り下ろした一撃と、俺の拳が激突する。正確には、俺は拳の前に空気を圧縮しており直接は激突していない。だが圧縮した空気の塊に衝撃が見舞われたタイミングで、轟音を響かせるようにしている。流石に首都までは届かないが、その直前にあった山頂の砦までは届くだろう。当然、撤退中の軍にも届くはずだ。

 

 ロウファは強い。常人とは一線を画す力を持っている。それは事実だ。

 

 だが、【十の願いに応えし者】を使えば俺の方が強い。だから勝とうと思えば勝てる。ただ俺の役割はロウファの足止めであって打倒ではない。なので俺は足止めしかしない。ロウファがエルデニにとっての絶望なのであれば、ロウファさえ止めてしまえばエルデニにも反撃の機会が訪れるだろう、とは思うが。その辺りは軍師殿の腕の見せ所かね。

 

『酔狂なことだ。倒してしまえばいいモノを』

 

 ワールドが俺にしか聞こえない声で若干の呆れを露わにしてくる。

 

(いいんだよ、これで。俺はこいつに興味がある。だから多少は手助けしてやるんだ)

 

 それを汲み取って仲間になってくれればとは思うが、おまけ程度だ。とりあえず武力は高いが相手になる敵がいなかったのか、やや大雑把にも感じる。なのでその辺りから矯正してやるとしよう。

 あまり人に教える、なんてことをやってきてないから上手くいく保証はない。ただ俺がそうしたいから、そうするのだ。

 

 その後、俺とロウファは三日三晩休みなく戦い続けた。

 

 終わりを迎えたのは、どちらかが限界に達したからではない。

 

「ロウファ様ッ!! もうおやめください!!!」

 

 周囲の風景地形を変えるような激しい戦いの最中、一人の女性が飛び込んできたのだ。俺は当然気づいていたが、俺から手を止めるわけにもいかないので応戦するしかなかった。一応流れ弾(?)が当たらないようにだけはしていたが。

 

「ッ!!? ランファ!!!」

 

 攻撃に転じていたロウファが、なんとか身体を停止させて女性を傷つけないように振る舞い、敵との交戦中であることを考慮してか彼女を抱えて後退した。……三日間戦い続けて一切怯むこともなかったヤツが、女性が入ってきて退いた、か。これはアレだな。男女の仲というヤツだ。

 

「なぜここに来た!?」

「ご自身を省みてくださればわかります!!」

 

 責めるような口調のロウファに負けじと、ランファという女性も言い返す。怪訝に思って自分の巨躯を見下ろせば、かなりの傷を負っているのがわかったのだろう。はっとしていた。

 

「ロウファ様。ここは一度退きましょう。これ以上は……」

 

 荒れ果てたエルデニ本陣を見渡し、周囲を取り囲むように見守っていたユラントスク軍へ目を向ける。横槍が入らなかったのは、単に入れられなかったということに過ぎない。魔法や矢を放っても余波で消し飛んでしまうのだから当然か。常人が割って入ったとして、肉塊になる以外の選択肢はなかった。

 

「……」

 

 ロウファはおそらく初めて攻め切れなかったからか俺を睨むようにして顔を上げた。俺は退くなら戦う気はないということを示すために、ローブのポケットに両手を突っ込む。

 

「俺の役目はあくまであんたの足止めだけだ。退くっていうなら追撃はしない。ザハ市で待機してるさ」

「この状況であなたを逃がすとでも思っているのですか?」

 

 俺があえて口で告げると、割り込んでくる声があった。笑みを湛える胡散臭い青年だ。

 

「逆に聞くが、ロウファですら倒せてない俺を倒せるとでも?」

 

 俺はフード越しに視線を交わす。

 

「ええ。疲弊している今なら。……やりなさい」

 

 そいつが合図した直後、無数の矢が俺に向けて放たれた。

 

「――止まれ」

 

 だが、その程度で死ぬわけがない。俺に当たる寸前で停止させる。ユラントスク軍が驚く間もなく矢先を反対側に向けた。

 

「返すぜ」

 

 そして弓で放つよりも速く射手全員の心臓へと叩き返す。

 

「「「……」」」

「これでわかったか? 俺はこいつの足止めだけできればいいんだ。余計な手出しさえしなければ、無駄に兵を減らすことはねぇよ」

 

 唖然とする空気の中、平然と言い放つ。

 

「……ヴィータリー、やめておけ。我がいずれ打ち破る。徒らに兵を減らす必要はない」

「そのようですね。ここは大人しく通しましょう。……どうやらあなた以外の兵が進軍する分には手出ししないようですので。エルデニ追撃には充分でしょう」

 

 ヴィータリーと呼ばれた男は肩を竦めて言うと、ザハ市へ戻る道を塞いでいた兵士達を退去させる。俺は悠々と開いた道を通ってザハ市まで戻った。なぜザハ市内にしたかと言うと、既にユラントスクが制圧済みでユラントスクの民も滞在しているからだ。流石に味方のいるところなら俺に手出しする確率が減るかなといったところだ。ただ急に戦われても迷惑だろうし、目立つ広場で鎮座しておく。数日ぐらい寝ず食べずでも問題はないだろう。いざとなったら創ればいい。

 

 と思っていたのだが甘かったようだ。夜間、物陰から俺に弓矢で奇襲をかけてきた。あのヴィータリーとかいう野郎が指示したのだろう。もちろん一人残らず撃退してやった。

 俺が不思議な力で矢を返せるのなら、矢を放った直後に身を隠せばいい、という結論に至ったらしいが。俺は別に投げ返しているわけではないので、軌道変更、威力増減も自由自在。障害物を避け、貫き、弓を射たヤツの急所を貫いて始末する。

 

 夜間も監視は怠らないようで、ずっと見張られていた。睡眠若しくは食事を行おうとすると邪魔が入ったので、自軍のロウファを夜休ませつつ俺を休ませないという方針なのだろう。それならそれで構わない。付き合ってやることにしよう。

 

 日中はロウファ、夜間はヴィータリーの兵士。俺はザハ市の中央で日夜ユラントスクと戦い続けることになった。

 

 その途中、

 

『我が契約者よ。……来たぞ』

 

 ワールドに声をかけられた。ああ、わかってるよ。内心でそう返して笑う。

 

 知覚範囲に、グランとジータが来たのだ。しかもザウラと共にエルデニへ向かっている。おそらくエルデニの本命は同行しているアルタイルの方か?

 

『“銀の軍師”と呼ばれるあの男の助力を求めたようだな』

「ああ。加えてあの双子まで、となると俺の出番はそろそろ終わりだな」

 

 面倒だったので周囲と遮断して話す。

 

『ならば手を引くか?』

「いいや、とりあえずは続ける。一応顔はバレてないはずだし、アルタイルじゃなきゃ気づかないだろ」

『あのヒューマンなら気づくと?』

「ああ。多分な。まぁあの二人やルリア、ビィに言うかは兎も角としてな」

 

 アルタイルとは直接会ったことがない。頭がキレるヤツだという情報くらいだ。なんでも見透かしているような雰囲気すらあって空恐ろしい。だがいくつかヒントはある。おそらく話を聞いた段階である程度予想されてしまうだろう。

 

「とりあえずはこのままロウファの足止めに徹するか。エルデニがここまで盛り返すのが先か、ユラントスクが俺をなんとかするのが先か」

『倒される気があると?』

「負けはしねぇよ? ただ、状況によっては変わるなぁ」

 

 正直に言ってしまえば、俺は負けることがない。疲労困憊の空腹状態であってもロウファ程度の強さであれば勝てる。例え俺との戦いを通じてロウファが日々強くなっていっているとしても、だ。

 そこにあの双子や軍師サマまで加われば、確実にエルデニは勝利を収めることだろう。ユラントスクに勝ち目がないと断言してもいいくらいだ。

 

 ともあれ、あいつらが来たなら俺が無理にロウファの足止めをする必要もない。他所から向かおうとしても止めてきていたが。ただシュラからの指示はそれだけなので、それくらいはやっておきたいところだ。

 

「さぁて、どうなることやら」

 

 とりあえずは、双方の出方を窺うためにこれまで通りに振る舞っておくことを決めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺が普段通り、ロウファを待つためにザハ市中央の広場にある噴水の縁だった瓦礫に腰かけていると、ヴィータリーが兵士達を引き連れて俺の前に姿を現した。

 

「……なんの用だ? まさかその程度の人数で俺を足止めして、ロウファを行かせようってんじゃないだろうな?」

 

 兵士達は大人数だ。道を埋め尽くすほどの人数が用意されている。だが、雑兵程度が何人集まろうが同じことだ。それはもうヴィータリーもわかっているはず。つまり別の狙いがあるということだ。それに関わってくるのはおそらく、ユラントスク兵ではない者達――捕虜となったエルデニ兵だ。ただ俺がロウファのみの足止めに徹していることからも、エルデニに強い恩義があって行動しているわけではないということは察しているはず。となれば人質に取るという愚策はない。

 

(へぇ? 初めて見る魔術だな。どんな効果だ?)

 

 だから俺は、捕虜達の身体に刻まれた術に注目する。

 

『魔術が刻まれた者を、爆発させる効果のようだ。威力は人一人を簡単に消し飛ばせるほど。密集しているところで使えば数人は殺せるだろうな』

 

 俺の疑問に、ワールドが分析して答えてくれた。……なるほど。ってことは、ヴィータリーはエルデニの捕虜を返す名目で俺にそいつらを近づけさせて、一緒にドカン! が作戦ってところかね。

 

『お前に情で訴えかけるような作戦が通用すると思っているとはな』

 

 人じゃないお前にだけは言われたくないんだが。

 

「そうではありません。――ここで、あなたにはご退場願いたく」

 

 ヴィータリーはムカつくほど恭しく一礼してみせる。

 

「俺に勝てるとでも?」

「ええ。こちらの方々に、見覚えはありませんか?」

 

 ヴィータリーが合図すると、ユラントスクの兵士達がエルデニ軍の捕虜達を差し出してくる。……魔術を刻んだ実験の影響か、それともそれ以外が原因なのかはわからねぇが自意識ってモノがねぇな。廃人になってやがる。

 

「ねぇな。んで? そいつらと一緒に爆発して死ねってか? お断りだな」

「……っ。これはこれは、気づかれていたとは予想外です。ですが、やることは変わりません」

 

 ヴィータリーが指示するとユラントスク兵が捕虜の一人に押し出した。ある程度は自力で動けるのか、勢いに任せてこっちへ駆けてくる。

 

 そいつを掴んで引き止めた。一発、どんな威力か受けてみるか。

 

 掴んだ瞬間にヴィータリーから魔力が流れ込み、そいつの身体に幾何学模様が浮かび上がる。なるほど、遠隔からだとどうかは知らないが、近くにいれば手動でできるのか。掴んでいた右腕が肩口まで消し飛んでしまう。

 

「……いって」

「わかっていて片腕を失うとは意外でしたね。こちらとしては好都合――ッ!?」

 

 消し飛んだ腕を再生していると、ヴィータリーがぎょっとしていた。まぁ普通は再生するとは思わないよな。千切れてしまったローブも元に戻しておく。

 

「まぁ、そんなに威力は高くねぇな」

 

 爆風で肌が焼ける程度だった。抱き着かれでもしない限り死ぬことはないだろう。

 

「あくまで不意討ち用ってことか?」

「……これほどとは思いませんでしたよ。やはり――欲しい」

 

 尋ねたが答えは返ってこない。代わりにヴィータリーは嬉々として呟いた。……欲しい? 一応俺は表立って裏切る気はないんだが。

 

「どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。あなたが障害となるならあなたをこちらに引き込んでしまえばいい……簡単な話でしょう?」

「ロウファみたいにか?」

「あなたはアレほど易くないでしょうから、交渉や説得という手段は使いませんよ」

 

 障害となる敵を引き込む。それは、ある種ロウファに当て嵌まることだった。エルデニで聞いていたが、ロウファは元々レオニスの義兄弟だったそうな。そこから前国王を殺しユラントスクについたと言うのだから、きっとそこにはユラントスクからの干渉があったんじゃないかと睨んでいたわけだ。ヴィータリーは肩を竦めて断言しなかったが、おそらく俺が鎌をかけたのが事実。随分と口が巧いようだ。

 

「ですので、あなたを瀕死に追い込んで捕らえることにしましょう。恐るべき再生力ですが、身体の中枢を欠損すれば時間がかかるでしょう?」

「さぁな。だが捕らえるだけで俺を御せると思ってるなら愚かもいいとこだな」

「ええ、それだけなら。私は軍師という地位をいただいている身ですので、それだけで終わるわけにはいきません。……あなたを、洗脳させていただきます」

「洗脳ねぇ」

 

 なるほど、考えたな。それなら俺の意思に関係なく駒として使えるってわけだ。正直こいつの手駒になるとか嫌だし上回られるとも思っていないが、丁度いいな。

 

(ワールド。洗脳をかけられたら、即時に分析して相手にわからないように弾いてくれ。かけられたフリをしたいから、誤魔化せるように効果を教えてくれよ)

『どういう理由か、聞こうか?』

(簡単だ。洗脳っていう免罪符片手に、グランかジータと全力で戦ってみようぜ)

『……』

(なんで呆れるんだよ。無言が返ってきても感情が読み取れてんぞ)

『いや、どういう経緯でその理由に至ったのか理解ができなかっただけだ』

(理由は簡潔だろ。あいつらが今どこまで強くなってるのか確かめるためだ。俺にとってもお前にとっても利益のある行為だろ?)

『確かに、あの二人は未知数だ。定期的にデータを収集するのは悪くない』

(だろ? 俺もお前を出した方が強いのはわかったんだが、あいつらがどこまで強くなってるかは正直見当もつかねぇ。だから、放置だけはしたくねぇんだよな。【十天を統べし者】ってのがどれくらい強いのかも、実際に戦ったわけじゃねぇからわかんないしな)

『そうだな。ここはお前の提案に乗っておくか』

(ああ、頼んだ)

 

 ワールドとの話し合いに決着がつくまでにもヴィータリーがぺらぺらと喋っていたようだが、あまりよく聞いていなかった。まぁなんとかなるだろう。

 

「エルデニの民が人質に取られれば、流石のあなたでも大人しくしているしかないようですね」

 

 おっと。話を聞いていない間にザハ市民が人質に取られてしまっている。

 

「少しでも動けばこの方を殺します」

「動かなくても奪還はできるんだな、これが」

 

 ヴィータリーに意趣返しをするように言って、人質を俺の後ろへ転移させた。

 

「逃げていいぞ。大人しく家に帰っておけ」

「は、はいっ!」

 

 人質に取られていた男性を逃がすと、ユラントスク兵から弓を射かけられた。標的はもちろん男性の方だ。途中で不可視の壁を張って落としておく。

 

「おや、意外ですね。市民を守るとは」

「一応助っ人だからな」

「では仕方がありません。直接やるしかありませんね」

 

 ヴィータリーが合図をするとユラントスク軍が規則正しく動き始める。よく訓練された兵士達だ。

 

 四方から兵士達が剣を構えて突っ込んできた。後方では弓矢を構えている部隊もある。波状攻撃か。確かに一人相手に対抗するにはいい手だ。

 前衛が辿り着く前に矢が放たれる。放物線を描いて俺に降ってきた矢の雨を全て空間操作で受け止め、逆向きにする。その間に前衛が辿り着いて俺に攻撃を仕かけてきた。……普通にやれば勝てるし、ここはヴィータリーに弱点っぽく見せて負けるか。

 

 洗脳されてあいつらとやり合うなら、ここで負けておかないといけない。向こうも絶賛ロウファと戦っている最中だが、勝つだろう。

 

 俺は兵士達の攻撃を凌ぎながら、捕まえた矢を弓兵に返却した。これで矢は使用者以外へは返せない、不思議な力は一回ずつしか使えない。この二点を読み違える材料が出来たわけだ。後はこれを徹底しながら戦い続ければ、自然と俺の弱点を誤解してくれるというわけだ。もちろんこれまでのロウファとの戦いでこの条件に外れていないことが必須だが。それについてもロウファとの戦いでは拳の前に空気を圧縮していただけで、ほぼ肉弾戦だった。拳に付与した能力があったから他の能力を使えなかった、と誤解することのできる状況だ。

 

 さぁて、引っかかってくれるかな?

 

 期待して戦うこと数時間。確実に始末していっているはずだが、ユラントスク兵はまだ残っていた。……基本的には肉弾戦で倒していたとはいえ大人数を連れてきたもんだな。

 

「わかりましたよ、あなたの弱点が」

 

 ようやくか。待ちくたびれたぞ。そう口に出しそうになるのを堪えて怪訝な顔をしてみせる。

 

「あなたのその不可思議な能力ですが……同時に複数のことはできないようですね。加えて矢を放った時は必ず射かけた本人に返すしかない。違いますか?」

 

 上出来だ。そう思ってくれたのなら万々歳。さっさと勝ってくれ。

 

「ですので、矢を順に撃ちつつ捕虜で爆破することにしましょう」

「作戦を言っていいのか? 俺の弱点を読み違えていたらどうする?」

「弱点に関してあなたの弁を信じることはありません。それにあなたは回復できるから、と能力で受けられない攻撃は防御すらしないようです。それなら勝機はこちらにありますよ」

「へぇ?」

 

 確かに、その指摘は正しいな。一々大袈裟に避けるのも面倒だったから受けてたんだ。

 

「では作戦通りに!」

 

 既に伝達してあったのか、ヴィータリーの合図で一斉に動き出した。まず最初に、全方位から術の刻まれた捕虜が押し出されて迫ってくる。

 それからユラントスク兵が全方位満遍なく、五人ずつ矢を放ち続けてきた。矢に対処させつつ捕虜を使おうという魂胆のようだ。今挙げた弱点が本当に弱点なら厄介な状況だ。だが、まぁ想定の範囲内。流石の軍師サマも超常の現象については読み取れないらしい。若しくは、それがアルタイルとの差か。

 

 適当に先頭のヤツをぶん殴る。すると術が発動して肩口まで爆発に呑まれて消し飛んでしまった。

 

「あなた用に、爆発の条件を調整したんですよ」

 

 ヴィータリーの嫌味な笑みが癪に触る。だがもちろんわかっていてやったことだ。ワールドの分析能力を持ってすれば読み取れないわけがない。

 

 顔を顰めているところへ背後から別のヤツがしがみついてきた。引き剥がそうとしている間に別のヤツからも掴まれ、大ピンチになってしまう。

 

「では、これで終わりですね」

 

 ヴィータリーが術を発動させて俺を消し飛ばそうとしてくる。

 

 ……ふむ。正直このまま吹き飛んで瀕死になり、洗脳されたフリをするのがいいんだろうが。ヴィータリーが五体満足でいるのはムカつくなぁ。

 

 悪どい笑みを浮かべるユラントスクの軍師を睨みつける。適度に痛めつけておくか。終始思い通りにしてやった、と粋がられても面倒だし。

 

 俺はワールドが算出した、攻撃してから魔術が起動するまでの時間を考慮する。

 

 ……ああ、全力で蹴っ飛ばせば間に合うな。

 

 答えを出して一番左脚で蹴りやすい位置にいた捕虜を、全力で蹴飛ばした。

 

「えっ……?」

 

 そいつは銃弾よりも速く、爆発するまでの僅かな時間でヴィータリーの眼前へと到達する。突然の出来事に間の抜けた表情を晒すヴィータリーにほくそ笑みながら、俺は一緒に爆発された。

 

「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 ヴィータリーの絶叫を聞きながら、俺の身体は八割ほど消し飛んでしまう。軍師の負傷に慌しい空気を感じつつ、身体と衣服を同時に再生しながら横たわっていた。残ったのが首から少し下だけなので、普通の人間なら死んでいる。というか半分死んだようなモノだった。ワールドがいるとはいえ、死亡するのは困る。ワールドが俺の記憶を弄ることがないと言い切れないからな。

 

「ヴィータリー様!?」

「肩を貸しなさい! 一刻も早く洗脳の魔術を使わなければ……!」

 

 見てみれば、右半身に火傷を負ったヴィータリーが焦って指示を出している。それもそうか。負傷したとはいえ折角訪れた好機だ。活かさない手はない。俺は今も少しゆっくりめに再生を続けている。完治すればまた戦えてしまうので、復帰する前に事を済ませる必要があった。

 

「……随分と、いい面になったモンだな?」

 

 俺は覗き込むようにしてきたヴィータリーへ負け惜しみのように告げる。

 

「ええ、お陰様で」

 

 彼は短く応えて早速術を行使した。ヴィータリーも負傷しているので、早く済ませて治療したいのだろう。不思議能力は再生にも使用しているため攻撃されない、とでも思っているのか余裕がないのか割りと不用心だ。本当なら近寄ってきたところで殺してやるんだが、今回は他に目的がある。

 

 こうして俺はヴィータリーに洗脳された――フリをすることになったのだった。

 

『まさかここまで上手くいくとはな』

(まぁ俺がロウファですら倒せない強い相手ってことはわかってたからな。もし俺が能力の制限とかないんだったらどうしようもないだろ? だから、あいつとしても強力だが制限のある能力、だと思いたい。思うしか道がなかったんだよ。なにせ、全力なら一瞬で全員始末できちまうしな)

 

 最初から加減していたのが功を奏した結果だ。もちろん最初から思い描いていたわけじゃない。偶々が重なった結果でもある。だがその偶々を活かせる状況が俺の思惑に傾いたというだけの話。

 

『それもまた運命か。この後はヤツの言う通りにエルデニの者を殺すのか?』

(それでもいいが、言うこと聞き続けるのも癪なんだよなぁ。同じ命令は一度しか聞かないとか、そういう制限を勝手に設けとくか。抵抗されて上手くいかなかったと思ってもらえばいい)

 

 どうせ自意識のない状態にする洗脳だ。質問には答えられないし、命令をどんな風に解釈するかは個人差があるだろう。

 

「さて、とりあえず一つ命令してみましょうか。――エルデニを滅ぼしなさい」

 

 おっと。初っ端から良くない命令が来てしまった。

 

『どうするつもりだ? 本当に滅ぼすのか?』

(いいや。こういう時こそ、解釈の差を使うんだよ)

 

 自我があると思われないように、命令には従っているがそういう意味じゃないと言いたくなるような解釈で実行すればいい。この場合だったら比較的簡単だ。

 

 俺はヴィータリーの前で左手を掲げ、そこに力を凝縮する。

 

(ワールド、全力全開だ。補助してくれ。エルデニの()()()()を破壊するだけの威力を込めるぞ)

『……なるほど、それは考えたな』

 

 俺が力を凝縮していくのに、ワールドの補助が加わる。正真正銘、今俺達ができる最大のエンド・オブ・ワールドの発動である。俺の左手を中心に空間が歪み、周囲のモノを引き寄せて消滅させていく。おかげでユラントスクの本陣に張っていたテントが引き寄せられてなくなった。

 

「ヴ、ヴィータリー様ッ!!」

「わかっています! 命令を中止なさい!!」

 

 近くにいた兵士が声を上げ、ヴィータリーが命令を追加する。……チッ、感づかれたか。仕方がないので大人しく中断して手を下す。

 

「な、なぜここであのような規模の攻撃を放とうとしたのでしょうか……」

「推測ではありますが、おそらくここがエルデニだからでしょう」

「? ……ッ!! な、なるほど! ここは今我々が制圧しているとはいえ元々エルデニの国土! つまり今の攻撃は――」

「ええ。おそらく、エルデニ全土を滅ぼす威力を持っているのでしょう。もちろん、それを実行するに限りなく近い威力の攻撃だとは思いますが」

 

 確かに、エルデニが小国とはいえ島を叩き割るほどの攻撃手段を持っている、と考えるよりそちらの方が現実的か。

 

「……恐ろしいモノですね。もしこの者が本気で我々に勝ちに来たらどうなっていたか」

「ええ。ですが、今は私の手の中にあります。実験を続けましょう」

 

 ということで、俺は自我のないフリをしながら矛盾のないように勝手にルールづけしてヴィータリーの実験に付き合っていた。

 

 ただ途中で俺がどれだけダメージを受けて再生できるのかの実験をさせられたのは面倒だった。身体の大半は消し飛ぶし、痛いのに顔を歪めることもできないし。

 殺す時は無様に死んでくれるようにしてやらないとな。

 

 それからエルデニの進軍があったが、ヴィータリーは俺を使わなかった。どうやら勝たなくていいらしい。動きを窺っていたら、ヴィータリーはユラントスク国王と結託してロウファを嵌めようとしているようだ。目的はランファを奪うこと。そのためにエリク王子を殺させるつもりのようだ。……仮にも自分の息子に対する行いじゃねぇな。

 どうやらユラントスクは内乱があった後らしく、王子が碌に動いていないらしい。その中でもエリクはバカで扱いやすく死んでも、と言うか死んだ方が利益になる立ち位置になると。いや、そう育てたのはあんたらだろ。やっぱ親なんて碌なモノじゃないな。

 

 エルデニは俺が来た段階で食糧不足が間近に迫っていた。故にユラントスク本陣へ進軍しなければならなかったのだろう。ザハ市は流通都市だと言っていたから、ザハ市が制圧されると物資の面で厳しくなるからの現状だ。

 

 それは優先的にザハ市を押さえたユラントスクにもわかっていた。だからこそどう足掻いてもここ数日の内に仕かけてくると予想を立てた。俺が護衛した物資で多少はマシになったのだろうが、それでも焼け石に水だったか。

 ともあれユラントスクにとっては読みやすい状況だったわけだ。アルタイルは頭のキレる軍師だが、食糧不足をなんとかする手立ては専門外だろう。知識量が多いので長い目を見ればできるかもしれないが。

 

 食糧のやり繰りにも限界はある。作る、補給する以外の選択肢はその場凌ぎでしかない。ワールドの創造能力があれば万事解決とはいえ、それこそ神の所業。星晶獣でなければ不可能だ。

 

 兎も角。エルデニは進軍を開始し、前線に送り込まれたエリクも戦っている。俺は扱いが慣れていないのとエリク死亡確率を上げるため留守番。折角腕を治してやったってのに。ロウファは首都に呼び戻されていたのと怪我を負ったのとで今回は前線に出ないようだ。

 

 エリクの生死が今後の動きを決める。俺は集中してエリクを知覚した。

 

 どうやら今はポラリスの部隊と戦っているようだ。エリクは知覚範囲の評判を聞いたところ、傍若無人にして強さに惹かれる性質。ユラントスク内上位ではロウファを買っている数少ない人物ではあるようだ。ただ他人を見下しモノのように扱う非道さを持っている。

 

 英才教育の賜物か多少はやるようだ。だが前線に出たのがこの間だそうで、実戦経験が少なすぎる。ポラリスが隙を突いて優位に立っていた。だがそこで味方を盾にしたりエルデニの捕虜を自爆させたりしてポラリスの隙を作り出している。……手段はともあれ、どんな手を使っても勝つという執念だけは立派だな。

 

 ポラリスが死にそうなタイミングで、俺は能力を行使した。

 

『手を出すのか?』

(ああ。ポラリスから貰った菓子は美味かった。なによりあそこであいつが率先して歓迎することで兵士達の警戒心を解こうとしてたしな。個人的な恩は返すさ)

 

 頭の中で言って、俺が再構築してやったエリクの腕の制御を乗っ取る。自由に動かなくなり、また改変すら自在。まぁ分析が終わった相手なら俺が再構築していなくても改変可能なんだが。洗脳されたことになっているので、全身に干渉するのはマズいだろう。俺の治癒は新たな腕を生やす能力だとでも思ってもらえればいい。ただし、人の皮を被った触手のな。

 

 ついでに触手を操って近くにいたユラントスク兵を殺していく。ポラリスなら気づいて攻勢に転じるだろう。と思っていたら早速気づいてエリクを仕留めていた。

 

 これで、エリクが死んだことによりヴィータリーはまんまとロウファを嵌めるだろう。あいつがどんな事情でユラントスクに尽くしているのか知らないが、大事にしていそうなランファを奪われると知ったら離反したくなるだろう。最悪ヴィータリーを殺害する可能性だってある。そこでヴィータリーは死んで洗脳解けたことだし俺の味方になれよ、ってのもアリかもだが。

 

 それだと当初の目的であるあいつらとの全力バトルってのができないしなぁ。謀反を起こすなら起こすで、洗脳状態のままにしとくか。

 

「ついてきなさい」

 

 そんなことを考えてぼーっと突っ立っていると、近づいてきたヴィータリーに命令された。ロウファを呼び戻すように伝令を行っていたようなので、俺をロウファへの抑止力にするつもりだろうか。だとしたら面倒だな。俺がいるからロウファは始末してしまえ、という結論に至らなければいいんだが。まぁ殺せと言われても互角の戦いしかしてないから、サボって接戦しながら攻撃の角度でヴィータリー仕留めれば問題ないだろう。

 

 ということで、俺は首都の国王の御座で待機していた。ヴィータリーの横で、しわがれた国王の声を聞き策士の予定通りに話が進んでいく。ロウファがエリクを殺させてしまった罰として、ランファを取り上げるというモノだ。

 ……ヴィータリーもそうだが、国王もロウファやランファをまるでモノみたいに認識してるのはなんなんだろうな。いや、俺も昔はそんな感じだったかもしれんが。それに違和感を覚えるってことは、俺も変わってきたってことかね。

 

「な、なんということを……! 自分がなにをしたのかわかっているのですか!?」

 

 考え事をしている内に佳境を迎えていた。ヴィータリーの策略を聞かされたロウファが逆上して国王の首を握り潰し殺したところだ。ヴィータリーもここまでやるとは思っていなかったようだ。やはり軍師としてはアルタイルの方が上手だな。あいつならきっと、ロウファとレオニスの因縁を聞いた時点で国王の忠臣にならないことは理解したはずだ。だからこそロウファが国に従う理由を失くすような真似はしないと断言できる。

 

 要は、ロウファをちゃんと一人のヒトとして認識していなかったことが敗因なわけだ。

 

「私を守りなさい!」

 

 ロウファがヴィータリーに手をかけようとしたところで、俺に命令が下った。本音を言えばヴィータリーなんぞを守りたくはないが、今はまだ洗脳のフリだから聞かないわけにもいかない。

 

「ロウファを捕まえろ!!」

 

 ロウファとヴィータリーの間に割り込んだ俺に、更なる命令が下った。仕方がないのでロウファの腕をがっしり掴んで離さない。……とはいえ単純に殺せという命令でなかったのは意外だ。俺の強さの底がわかっていない状態だからだろうか。慎重だな。

 

「そのまま自爆しろ! そしてその獣を、殺してしまえ!!」

 

 ヴィータリーの命令で、俺の身体に魔術が発動する。……これをこのまま食らうのはちょっとな。ロウファもランファも焦ってるし、なにかいい手はないモノか。

 

(そうだ、いい案を思いついたぞ。ワールド、もうこの術の分析は終わってるよな?)

『ああ、当然だ。どうするつもりだ? ただ解除するだけでは不自然だが』

(わかってるさ。だから、自動防衛機能が反応した体にする)

 

 ワールドに語りかけて、俺の思惑を話す。

 

(一度目に防がなかった理由づけとして、一度受けて解析した術は術者に返すっていう設定を適当に作ろう。実験の時に一回受けてるからいけるだろ。それ以外に受けてないしな)

『急に反応すれば怪しまれると思うがな』

(ああ。だから、俺の中の別の存在が反応している……みたいな感じにするんだよ。ってことでワールド、俺に合わせて喋ってくれ)

『……わかった。好きにするがいい』

 

 というわけで、俺は頭の中で口にする言葉を思い浮かべてワールドに教えながら無感情に呟くことにした。一応異変が起こったことを示すために首から提げている飾りを赤く光らせておく。

 

「『契約者の身体に魔術が組み込まれたことを確認』」

 

 ワールドが完璧にタイミングを合わせてくれたおかげで、違和感なく口にできただろうか。

 

「『対象を解析――完了済み。効果、術の仕込まれた身体が爆発する。契約者の身体を著しく損なう術のため、対処を行う。敵性存在の攻撃と判断――術を返還する』」

「……は?」

 

 俺とワールドが告げると、ヴィータリーは間の抜けた声を上げていた。

 

(ワールド。今だ、俺の方を解除してヴィータリーのヤツに同じ術を返してやれ)

 

 ワールドの能力によって俺の思う通りに術が返還される。

 

「……ま、待て! どういうことだ!? なぜ僕に術を――は、早くやめろ!!」

 

 ヴィータリーが珍しく動揺している。当たり前か。……そうか、やめて欲しいか。ならやめてやろう。

 

 俺は今受けているヴィータリーからの命令、つまりロウファを捕まえることをやめて棒立ちになった。

 

「違う、そっちじゃない! クソッ、こんなはずじゃ――ッ!!!」

 

 目元が見えないのをいいことに、目を閉じて後ろに視界を作りヴィータリーの顔が悔しげに歪んでいることを確認する。

 

(お前のその顔が見たかったんだよ、ヴィータリー。因果応報ってヤツだ。精々後悔して死んでくれよ?)

『……』

 

 おい。なんでお前がため息吐いてるんだよ。お前は気持ち的にこっち側だろうが。世界ごと消滅させようとしてる癖によ。

 

 背後で爆発したヴィータリーの肉片は受けたくなかったので、不可視の障壁で防御しておく。俺の前にロウファとランファがいるので必然一緒に守る形になるが、まぁそこはおまけだ。

 

 さて。後はロウファがこれからどうするかに委ねるとするか。このままエルデニとの戦争を続けるなら洗脳が解けないフリをする。もし停戦に向かうなら洗脳が解けたことにして別れる。

 

 ロウファに寄り添うランファを見て自分がやるべきことを定めたらしい。

 

「まずはエルデニに勝利し、次はユラントスクだ。この国に勝利して、俺が自由を勝ち取る」

「どこまでもお供します」

 

 戦う覚悟を決めたようだ。……じゃあ、俺はこのまま洗脳されておくとするか。

 

「ついてこい。……エルデニを堕とす」

 

 ロウファは棒立ち状態の俺の方を見て、そう告げてきた。利用できるモノは利用する、いい心がけだ。俺は内心でほくそ笑みながらロウファの後をついていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 その後、ロウファは切り札と呼べる存在を連れてザハ市へと舞い戻った。……その途中でうちの問題児二名が戦争に参加しそうになっていたが、まぁいいだろ。多分バレないだろうし今は去ったみたいだし。

 

 ともあれ。

 

 ロウファはセキトバという星晶獣の力を借りてエルデニに挑むようだ。これまで双子やルリアが全力でユラントスクに挑んでいないのはおそらくアルタイルの拘りだろう。流石にロウファの相手をするのに『ジョブ』なしは無理だったみたいだが。

 

(セキトバってのがどんな星晶獣か知ってるか?)

『ああ。強者にしか首を垂れぬ星晶獣だ。認めた者と融合し大幅に強化する能力を持つ特殊な星晶獣だ』

(へぇ。確かにそれは珍しいな。星晶獣ってのは島や村で信仰された神みたいな存在のことが多いんだが。人に従う特性を持った星晶獣とはな)

『覇空戦争で言うのであれば星の民と融合していたのかもしれんが』

(それもあるか。なんにせよ、かなり強そうだ。お前なら俺と融合できるだろうけど、そうした方が強いのか?)

『いいや。オレが融合したところで顕現している時とそう変わらない。セキトバは融合することで機動力を大幅に引き上げることができる、そういう利点を目的に創られた星晶獣だろうからな』

(そっか)

 

 もっと強くなるための手がかりとしては弱いか。

 

 そしていよいよ、俺はエルデニ軍と対面した。

 

 俺はロウファと一緒にユラントスク本陣で待機していた。そこへエルデニ軍が切り込んできたという形だ。邪魔になるためユラントスク兵は既に展開してしまっている。本陣には俺とロウファしかいない状態だった。

 

「うん、間違いない。ダナンだよ、あれは」

 

 顔が認識できないようになっているはずだが、グランは神妙な顔で言い当てた。……直感ってヤツか。逆の立場だったとしてもわかりそうな気がするから不思議だ。

 二人共覚悟はしてきたようで、表情が引き締まっている。これは遠慮とかしなさそうだ。良かった良かった。

 

 その後ロウファが星晶獣セキトバを召喚し、融合して下半身が赤色の馬の身体をした飛将軍となった。今の俺でも苦戦しそうなほどに強い覇気を感じる。切り札と呼ぶに相応しい。

 

「だが些か数が多いな……減らせ」

 

 命令が下ってしまった。特に別解釈にする必要もないので、俺はそのまま全力で数を減らしにかかる。右手を振り被り、そこへ青白いエネルギーを凝縮させていく。本当に全力で消し飛ばすつもりだった。

 しかし、

 

「「【十天を統べし者】!!!」」

 

 エルデニ軍に直撃する前、グランとジータが割って入って対処してみせた。……あれは、俺の攻撃を斬ったのか? 前に見た時はあんな武器持ってなかったはずだが……分析するとヤバいな。

 俺が星晶獣なら、あいつらは武器ってことか。やっぱりまた強くなってやがる。定期的な情報収集は必須だな。

 

「ほう、あの一撃を受けるか。だが、我らに勝てるか?」

 

 それが開戦の合図となった。開始と同時、グランとジータが俺達に突っ込んでくる。俺の方にはジータが来ていた。

 

「そっちは任せたよ、ジータ!」

「うん! ――レギンレイヴ・天星!!」

 

 俺の眼前まで肉薄したジータは、十本の天星器を模したエネルギーの塊を右掌に凝縮して俺に向けて放ってくる。……俺だけを引き剥がそうってわけか。ならそれに乗ってやるかな。俺はグランとジータのどっちかと戦えればそれでいいんだし。

 防御態勢を取って吹き飛ばされるに任せてロウファのいる場所から離れていった。その間ロウファはグランが押さえているようだ。俺がロウファを手助けするのはここまでになるか。ここからはジータと全力で戦闘するとしよう。

 

「この、バカッ!! 簡単に洗脳されて……もうっ!!」

 

 場所を変えて戦っていると、急に罵られてしまった。まぁこの二人のことだ、心優しいからきっと心配してるんだろう。まるで無用なんだが。

 

 しかしこうして初めて【十天を統べし者】と戦ってみるとあれだな。本当に【十の願いに応えし者】と同等の力を持っているとわかる。

 一応攻撃も防御も全力で行っているはずだが、全く有利にならない。対応力で言えば俺の方が高いんだろうが、それでも押し切れないことを考えるとやや身体能力は向こうの方が上なのか?

 

 このままでは埒が明かない。ただジータの顔は真剣であるが焦りがない。勝って俺の洗脳を解くことが目的なら、互角の勝負をしている間焦りを抱いていてもいいモノだが。

 そう思っていると、ジータが攻撃の手を止めて距離を取った。

 

「絶対、目を醒まさせるから。――力を貸して」

 

 なにかしてくる、と思っていたらジータは手にしている武器に呼びかけた。途端、彼女の身に纏う気配が変わる。

 

「いくよ。ちょっと痛いけど、許してね」

 

 うなじ辺りの産毛が逆立ち脳内で警報が鳴り響く。直後、ジータが目の前まで迫っていた。

 

 ……マジかよ!

 

 急激な強化に対応できず、拳が顔面を直撃する。防御も間に合わなかったせいで無様に地面を跳ねて吹き飛ばされてしまった。

 

(クソッ、痛ぇ! 再生するからって手加減ねぇなぁ、全く!)

 

 なんとか空中で身を捻って体勢を立て直す――がその間に剣を振り被ったジータに上を取られていた。……ホント、お前を出し抜くなんて無理だと思えてくるよ。

 

(仕方ねぇ。ワールド、出ていいぞ)

『ああ』

 

 どうやら【十天を統べし者】は十種の武器を扱う十天衆を束ねた者の証。つまり武器と呼応することで強くなる。

 逆に俺の【十の願いに応えし者】はアーカルムシリーズの星晶獣と相性のいい十賢者を束ねた者の証。つまり星晶獣と呼応することで強くなる。

 

 ジータが武器に呼びかけて強くなるように、俺もワールドが顕現することで強くなるのだ。

 

 首飾りが赤い光を放ち、ワールドの力が加算された。これでジータの動きが目で追えて、その動きに身体がついていける。

 

「ッ!!?」

 

 よって、ジータの振り下ろした剣を素手で受け止めつつ衝撃を消去することができた。

 

(ここからはお前が身体を操ってる体で話していいぞ。顔見知りではあるんだろ?)

『そうだな、ではそうするか。オレも実際にこの者の強さを測っておく必要がありそうだ』

 

 ということで、ワールドに喋ってもらう。

 

「『なるほど。これが今のお前達の全力か』」

 

 俺の口を介しての会話となったため、声が重なって発せられた。近い距離にあるジータの顔の驚愕が更に増していた。

 

「そ、その声……! まさかアマルティアの――」

「『そう。あえて形容するならば、オレは胎動する世界そのモノ。若しくはザ・ワールドと名乗っておこうか』」

 

 一言聞いただけでピンと来たようだ。まぁ世界をどうこうする、とか言っているヤツを簡単に忘れるわけないか。

 それから言葉を交わし、倒せば俺の洗脳が解けるというジータの勝利条件が明確になった。

 

 ジータが剣にエネルギーを纏い斬られそうだったので手を放す。距離を取ったのに合わせてワールドが久々に真の姿を現した。

 

「以前のオレと同じと思うな、特異点の少女」

「そっちこそ!」

 

 それが第二ラウンドの開始だった。ただワールドは直接戦闘を得意としていない。どちらかというと事象改変や創造などを得意としている。ジータは迷わずワールドへと突っ込んでいくが、俺が割り込んで行く手を阻んだ。

 

「太陽の焔に焼かれるがいい――」

「リメイク=サン」

 

 ワールドが顕現した状態の技は、俺が単体で使うよりも威力が高まる。これは普段俺がワールドの能力を借りているからだ。直撃すれば人体が瞬時に炭化するほどの熱量を持っているのだが。

 

「水の一伐槍!!」

 

 だがジータは掲げた右手の中に水の魔力を凝縮した槍を作り出す。それを俺の攻撃にぶつけて相殺してみせた。炎に水が激突して水蒸気が舞い上がる。俺達はジータの位置が正確にわかるので、そのまま攻撃に移った。

 

「星の数だけ受けるがいい――」

「リメイク=スター」

「シエン・ミル・エスパーダッ!!!」

 

 だが水蒸気を切り裂いて迫る光の球体が見えた瞬間に六属性の七星剣が無数に飛んできて次々と相殺されていってしまう。……いや、一応俺が自主的に戦っていないフリをするぐらいの程度に抑えてるとはいえ、ワールドが顕現しても同等ってのはな。相当強くなってやがる。

 

(いやぁ、やっぱり強ぇな)

『ああ。お前の言う通り、一度戦っておいて良かったようだ』

 

 おっ、珍しい。ワールドが素直だ。とはいえワールドの最終目的を叶える最大の障害は、俺はグランとジータ含む“蒼穹”の連中だと思っている。だからこそワールドはこいつらの調査をしなければならない。

 

 ただこの調子だと互角。本気で殺し合わなければ勝負は着かなさそうだな。ロウファの方の決着がついたらこっちも終わりにするとするか。

 ジータの攻撃を捌き、迎撃し続けながらロウファとグラン達の戦いの様子を確認しておく。

 

 しばらく戦っているとロウファが倒されたのが知覚できた。なので、勝手に戦いの衝撃で洗脳が解けたフリ……ももう面倒だし終わりでいいか。

 

(ワールド。情報収集はもう充分か?)

『ああ、問題ない』

 

 じゃあ最後に、思い切り攻撃してみることにしようか。

 

「この世界に終焉を齎そう――」

「エンド・オブ・ワールド」

「レギンレイヴ・天星ッ!!!」

 

 必殺の一撃を放つと、ジータもそれに対抗してきた。……うーん。やっぱり全力でも相殺されんな。

 

「……そろそろいいか」

 

 俺自ら声を発することでワールドへの終戦の合図とする。

 

「そうだな。情報は充分に収集できただろう。流石に今のオレでは、二人共を相手して勝てる保証がない」

「だな。加勢される前に終わっておくか」

 

 それから【十の願いに応えし者】を解除する。

 

「……ふぅ。いやぁ、おかげで洗脳解けたわ。助かった」

 

 俺はフードを取って笑顔でジータに声をかけた。だがきょとんとしていたジータはジト目に変わる。

 

『おい』

「こ、これでめでたしになるわけないでしょ!? というか、さっきダナン君自分から口開いてたよね!?」

 

 ワールドとジータからツッコまれてしまった。

 

 

「気のせいだろ? だって洗脳されてたし」

「絶対嘘だ! も、もしかして最初から洗脳されてなかったんじゃないの!?」

「そんなわけないだろ。ヴィータリーのヤツが言ってたんじゃないか?」

「言ってたけど、結局その人も死んじゃったし……エリクさんの腕が触手になったのだってダナン君の仕業でしょ? ポラリスさんが言ってたけど、いいタイミングだったらしいし」

 

 流石に騙せないか。まぁやることはやったから騙す気もないんだが。

 

「いくら油断してても洗脳なんてされるわけないだろ、なに言ってんだよ」

 

 だから俺は、にっこりと笑って告げた。一瞬きょとんとしていたが、すぐジータに睨まれてしまう。向こうの戦いを見に行くということで、逃げないように掴まえられてしまった。

 

 でまぁ結局は丸く収まったようだ。ロウファとランファはレオニスの温情(?)で島流しの刑に処されることとなった。ロウファはずっと誰の思惑にも左右されない自由を手に入れたかったらしい。ユラントスクに寝返ったのも、確かな地位を手に入れられると言われたというのがあるようだ。

 まぁ戦争も無事終結したようだし、めでたしということで。

 

 戦後の復興は、シュラの方で指揮することになっていた。……シュラはシュラでなんていうか危ういところがあるから、その辺は気にしておくか。あとザハ市内で思い切り戦闘したのは俺だしな。広場とか盛大に壊しちまったし、復興の手伝いくらいはしてやるべきだろう。ワールドの能力で直すと言ったら断られたんだけどな。

 ロウファは騎空団には入らなさそうだったし、せめてシュラでも勧誘しておくかと思って色々してはみたが。本人はエルデニに恩義があるので来れないそうだったが。

 

 とりあえずシュラの心持ちに一区切りついたようなので、俺はジータにワールドとのことについて言及される前にさっさと退散することにした。

 

『おい。追いつかれるぞ』

 

 だが、ワールドの忠告通り猛然と迫ってきていた。……いや、この速度【十天を統べし者】使ってるだろ。そこまでするか?

 

「「見つけたーっ!!」」

 

 と思っていたらぎゅんと物凄い速度で俺の進行方向に回り込んできた。砂煙が巻き起こったので全身を薄い膜で覆いかかるのを防いだ。フードモノは砂入ると面倒なんだよ。

 

「傍迷惑だな。なんの用だよ?」

 

 ビィとルリアも置いてきやがって。この様子だとシュラに預けてるんじゃないか?

 

「わかってるでしょ? ダナン君が、その星晶獣と契約してることについて、話を聞きに来たの」

「胎動する世界はこの世界を消滅させて新世界を創ろうとしてる星晶獣だよ。目的をわかって契約してるの?」

 

 回り込んで『ジョブ』を解除して真剣な表情で尋ねてきた。……ふむ。さて、どう答えたモノか。

 

「一応話には聞いてるし、その辺も考えてはいるけどな。ワールドが本当に全部を話してるかは知らねぇよ」

「新世界を創造させる気なの? それともなにか考えがあるの?」

「大層なことは考えてねぇよ。でも、まぁなんとかなるだろ」

「そんな適当なことじゃダメだよ! 世界が滅びるかもしれないんだよ!?」

「その時はその時だが、しばらくは問題ねぇって。……流石に俺も急に世界が消滅するような真似はさせねぇさ」

 

 俺も声のトーンを落とす。双子は黙り込んで、少ししてから息を吐いた。

 

「一度決めたことを覆させるのは難しいよね」

「うん。というか、ダナン君が私達が言ったところで聞くのが想像できないんだけど」

 

 二人は諦めたように苦笑している。

 

「そういうことだ。どうしても力尽くで止めたいんだったら――本気で殺し合ってみるか?」

 

 殺気を滲ませて笑みを浮かべるが、残念ながら怯まなかった。

 

「もう、すぐそういうこと言うんだから」

「そんなこと言ったって、いくらダナンでも二人相手じゃ無理じゃない?」

 

 ジータはちょっと拗ねた風に、グランは少しドヤって言ってきた。……そりゃ二人相手じゃ無理だろうが余計なんだよ。

 

「……チッ。まぁいい。聞きたいことがそれだけなら、俺はもう行くぞ」

「あ、うん。なにかあったら相談していいからね」

「お前らに相談するくらいなら、先に相談するヤツらがいるからねぇよ」

 

 言って、空間転移を実行する。俺はそのままグランとジータの前から去った。騎空挺のあるアウギュステの海に浮かぶ無人島へ転移する。ここなら人目がつかないので転移してもバレることはない。

 

『お前は、オレが全てを話していないと思っているのか?』

 

 他の人の目がないからか、声を発して尋ねてきた。

 

「ああ。けど、お前に話すつもりがないなら聞くつもりもねぇよ。お前が全貌を話さないことで俺が焦ることはねぇからな」

『まるで、オレが焦ることはあるような言い方だな』

「さぁな。先々のことなんか、俺には視えねぇからわからねぇよ。気が向いたら話してくれればいいんだ」

『……』

 

 ワールドからの返答はなかった。そして、ワールドが会話している証である首飾りの明滅はなくなる。

 

 これはあくまで俺の推測に過ぎないが、あの双子の強さには底がない。今はまだ俺と同等だが、いずれ今俺達が立っている域を超えるはずだ。だが逆に俺は、ここから先がない。なぜならワールドとわかり合っていないからだ。俺が星晶獣との契約を力としている以上、今以上の強さを手に入れる手段に見当はついている。

 

 星晶獣との契約を基にしている以上、辿り着く先は一つ――教えの最奥だ。

 

 だが、教えの最奥はヒトと星晶獣が互いのことをわかり合っていなければならない。その上で共に戦う決意をしなければ至れない、ようなモノだと思っている。つまりワールドが己の思いの丈を吐き出し、計画の全貌を話してくれない限りは。そして心の底から俺と目線を同じにする必要がある、というわけだ。その時はもちろん俺の目的も洗い浚い告げる必要はあるだろうが。

 

 ワールドは神にも等しい星晶獣だ。そんな星晶獣と教えの最奥に至れればそれはもう強大な力になる。しかしそうなっても、おそらくあの双子はついてくるだろう。教えの最奥なのか、それとも別の方法なのかはわからないが。だが今と同じように武器と対話するとか、星晶獣の力を得るとか、どちらにしてもあいつらの性格上簡単に辿り着きかねない。

 だからあいつらが手がかりを見つける前に俺とワールドは腹を割って話さなきゃいけないと思うんだが……果たしてワールドはそのことを気づくのかね。

 

 あと、もう一つ。

 あいつらに対抗するためには必要不可欠な要素がある。奇しくもグランに言われてしまったが、向こうは二人、こっちは一人ってことだ。だからどうしても“蒼穹”を止めるには俺とワールドだけでは足りない。

 俺達と同じ『ジョブ』を持っているヤツはもういないだろうが、せめて俺達みたく特殊な力を持ったヤツがいればいいんだが。流石に親父の子供は……俺以外にいねぇはずだよな。期待するだけ無駄だ。

 

 ……はぁ、都合良く俺に妹でもいれば丁度いいんだけどな。流石にねぇか。




次になにを書くかがまだ未定なので、また番外編になるか本編に戻るかはわかりません。

周年も近いし、どう空第二弾でも書きますかね。三月ぐらいには更新したところ。


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EX:『セカンド・バレンタイン』

かなり遅れて、しかもバレンタインキャンペーンすら終わった後ですが、ようやくバレンタイン番外編を投稿することができました。

去年に書いたキャラクター以外のキャラクターで思いついた話をいくつか集めています。どんなキャラが出てくるかは、読んでみてのお楽しみということで。

次は本当に『失楽園 どうして空は蒼いのか Part.Ⅱ』になると思います。
こちらはなんとか今年の周年イベントが終わる前には投稿したいところ。

今年の周年は組織イベになるので、ナンダクではおそらく書かないと思います。
……だって組織関連イベって多いですからね。しかももう“蒼穹”に入団しちゃってますし。ストーリー的にも難しそう。ただグレイスさんが仲間に欲しぃ……。

閑話休題。
では、遅れてやってきたナンダクのバレンタインをお楽しみください。
時系列はバラバラですが気にしないでくださいね。


 今年もバレンタインがやってきた。

 

 意中の相手がいれば浮き足立ち、いなければいる人を羨み舌打ちをかます。街も商機を見てチョコレートを大量に店頭へ並べるのだ。

 

 ダナンは去年と同じように、世話になっている人にチョコを配る予定だった。そういうイベントではないのだが、ただ貰うのも気が引けるからという理由で。加えてホワイトデーにもお返しを渡すのだから三倍返しとはいかないが二倍返しくらいにはなっていた。

 とはいえ本人は楽しくチョコ作りをしているので止める理由もなく、貰えるモノは貰えばいいというのが主な意見だ。一部真面目な人はそれならホワイトデーの時にお返しを用意しておかないと、と思うのだが。

 

 ともあれ、義理や本命に関わらず人数が増えればそれだけ渡す機会も重要になってくる。特に本命チョコの場合、誰かと被るのは良くないので事前に打ち合わせすることにしていた。

 

 義理チョコであっても本命の邪魔をしてはいけないので、渡すなら機を見なければならないのだ。

 順番などを綿密に打ち合わせして、各々チョコ作りを開始した。ダナン宛てのみならず、他の団員にもチョコを渡す場合は更に個数が必要になってくる。

 

 厨房を預かる身でもあるダナンだが、この季節は追い出されがちだった。他にも店や宿屋で場所を借りる者もいたが、各自下準備は着々と進めていた。

 

 バレンタイン当日。

 ダナンは朝からチョコを渡されたりお返しをしたりと忙しい日になっていた。何人かが合同で作った義理チョコは朝一団員へ配られたが、それとは別に個人的なチョコを渡される機会が多かった。

 

 本命だとわかり切っているチョコは兎も角、団長ともなれば世話になる機会が多いので当然なのかもしれない。

 

「ダナン、丁度いいところに来たわね」

 

 街を歩いて遭遇したのは、ハーゼリーラだった。恰好は変わらず賢者お揃いのローブだが、両手を後ろ手に隠すように佇んでいる。服装は兎も角バレンタイン当日と考えると甘い空気が漂ってきそうな待ち伏せである。

 

「ああ、ハーゼか。カッツェが探してたぞ?」

「それは好都ーー大変ね。こういう日だからこそ、乙女には色々あるということをお兄様はわかっていらっしゃるのかしら」

 

 このハーゼという妹を溺愛する兄のカッツェはバレンタインにハーゼの姿が見えないとわかると「ハーゼはどこだ!? 私の愛しいハーゼがまさか、どこの馬の骨ともわからない男に……!! ハアアアァァァァゼエエエエェェェェェ!!!」と絶叫して走り去っていった。最近妹への愛が暴走しがちな兄上である。

 因みのハーゼは隠れていただけで、カッツェが出て行ったのを見計らって現れたのだが。

 

 しかし今好都合と言いかけなかったか? とダナンは表情に出さず勘繰る。

 

「ここじゃなんだから、人気の少ない場所に行きましょ」

「ああ」

 

 手に持っているモノをダナンには見せないようにしながら、ハーゼは先導して裏路地に入っていく。ハーゼはダナンからしても本命にはなり得ない共犯者のような関係だと思っている。今回もなにか企んでいるのだろうなと考えてしまっていた。

 

「それでその……今日、バレンタインじゃない?」

 

 人気の少ない裏路地に入って立ち止まったハーゼは、足を止めてくるりと向きを変える。頰は薄っすらと赤らんでおり、不安そうな瞳は若干潤んでいるようにすら思えた。どこか落ち着きのない様子でもじもじと立っている。

 

「だから特別に、私が作ったチョコをあげるわ」

 

 恐る恐るといった風で、隠していたチョコの入った箱を手渡す。両手で差し出して頭を下げる辺り、本気度を感じた。

 箱の包装も可愛らしく、まるで自分を女の子として見てくださいと言わんばかりである。

 

 だが、ダナンはハーゼの思惑に勘づいていた。

 

「これっ、丹精込めて作ったから美味しいと思うけど、日頃の感謝も込めて是非受け取ってください!!」

 

 勇気を出した最後の一押しに応えたのは、

 

「おぉハーゼ! そんな風に想ってくれていたとは嬉しく思うぞ!!」

「…………えっ?」

 

 聞き覚えのある、聞き覚えのありすぎる声にハーゼは呆然として頭を上げる。目の前にいたのはやはりと言うべきか、カッツェだった。加えてその後方にダナンが不敵な笑みを浮かべて立っているのが見える。

 

「毎年美味しいが、食べる度に腕を上げるから今年も楽しみだったのだ。無論、ハーゼの作るモノなら全て嬉しいがな」

「え、ええ……。今年も頑張りましたので」

「そうか、ありがとう。私の愛しのハーゼ」

「はい、お兄様」

 

 ハーゼは喜ぶカッツェの様子に顔を引き攣らせないよう取り繕いながらも、兄の抱擁を受け入れていた。奥でダナンが踵を返して去っていくのが見える。

 

(……チッ!!)

 

 ハーゼは、内心で盛大に舌打ちするのだった。

 

 ハーゼの目論見では本命っぽいチョコの渡し方をしてそれをカッツェに目撃されキレさせるところまでが計画だった。だがダナンはカッツェが迫っていることを知覚していたため、チョコを渡される直前で位置を入れ替えたのだ。カッツェはカッツェで不思議に思わないでもなかったはずだが、ハーゼへの愛おしさに勝るモノはなかった。

 

 残念ながら逃してしまったため、急遽兄の相手をしながら祖国の孤児院に行くつもりだったことを理由に彼と別れた。孤児院の子供達にチョコを配ってやってから、国の様子が随分と変化したことを確認し、ある仕かけを施しておく。

 帰ってくる頃にはバレンタインはとっくに終わっているのだが、結局ダナンにチョコを渡せていないので改めて彼の部屋を訪れた。

 

「ダナン? ちょっといいかしら」

 

 ドアをノックして反応を窺う。夜が近いので、というか油断ならないのでいつでもノックするようにしているのだ。

 しばらくしてがちゃりとドアが開き部屋着姿のダナンが顔を出す。慌てて着たわけでもなさそうなので本当に一人だったのだろうか。

 

「どうした、っと」

 

 出てきたところへチョコの入った箱を投げつける。ドアのある方の壁に背を向けて寄りかかる恰好から投げたのだ。

 

「そういやまだ貰ってなかったな」

 

 箱を受け取り、一旦顔を引っ込めてからハーゼへ箱を投げる。お返しのためと作っていた菓子だ。

 

「律儀ね」

「そりゃそっちだろ」

 

 ハーゼは顔を合わせることなく受け取った箱をしげしげと眺めている。嵌めようとしたのはこちらとはいえ、わざわざ自分用に作ったチョコを取っておいたらしい。

 

「まぁ日頃の感謝ってヤツよ。国を取り戻せたのだってあんたの助力が大きいのは事実だし、あの叔父とかのクソ共にやり返せたのはすっとしたし」

 

 それがハーゼ、カッツェと出会い団に入ってもらうために必要だったことだ。当時も今も別に人助けを性分としているわけじゃない。ただそれで助けられた人がいるのも事実なのだ。

 

「そういうことだから。来年も精々楽しみにしておきなさい」

 

 彼女はそう言い残して颯爽と去っていった。その小さな背中を見送ってから部屋の中に戻り、箱を開けてチョコを確認する。流石にないだろうとは思っていたが、真っ当なチョコだった。

 

「あ、美味い」

 

 一口摘んだチョコは、菓子作りに定評のあるハーゼだけはあって素直にそう口にできるモノだったという。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 フラウは、バレンタインなど単なる口実に過ぎないことをよく理解していた。

 

 感謝を伝えるにしても想いを伝えるにしても、そんなモノはいつだっていい。こういう時に伝えなければならないというモノではないのだ。

 とはいえ感謝と愛情を毎日伝えていたら飽きられるかもしれないし、普段は適度にしておいて特別な日に盛大に伝えるのがいいのだろうか。

 

 彼女としては日頃からやや過剰に表現しているので今更必要かと言われれば首を傾げるところではあるが。

 

 とはいえ他がアピールしているのに自分はしない、という選択肢はない。

 

 だが皆でスケジュールの打ち合わせをする時に、わざわざ当日にしなくてもいいかと思って翌日の夜一番最後を貰った。夜にしたのは自分にできる最大限のプレゼントを行うからだ。当日は熱意ある人に譲った方が、渡す相手も喜ぶだろうと思ってのことでもあった。

 ……ただ、当日にしないだとか相手に譲るだとか、善意の含む行動であったとしても他の者からは自信から来る余裕だと受け取られてしまうのだが。

 

 フラウのそういった態度が、当日の夜を勝ち取ったオーキスの「全裸にチョコソース作戦」が実行される要因の一つになったとかならないとか……。

 

 閑話休題。

 

 やると決めたからには、フラウも準備をしなければならない。どうしよっかなーと散々悩んだ挙句、やはり自分が彼にあげられるモノ、料理よりも自信のあるカラダを使ったプレゼントしかない。

 

 とはいえ他の人の話を聞いて被るのはちょっとなぁと思い悩んでいた。

 

 それでも色々な情報を参考にしてなんとか導き出した答えがあった。

 

 それが、チョコフォンデュの食べさせ合いである。これならモノを用意するだけでほぼ準備完了。本番は食べさせ合う時になる。

 これにしよう、と思ったら行動は早かった。材料やフォンデュ用の機械を購入して備えておく。複数の異性からチョコを貰った後だと考えるとあまり量は多くなくていいだろう。バレンタインは所詮きっかけに過ぎない。今回はその後が本命であった。

 だからその後に向けて気分が盛り上がりそうな催しがいいと考え、その時が来るまで試行錯誤するのだった。

 

 そして彼女が渡す当日。

 

 ダナンには事前に部屋に来るように伝えていた。部屋は飾りつけなども含めてかなり雰囲気が出ている。

 

 ドキドキしながら待っていると、部屋がノックされた。ノックされた直後は少しびくっとしてしまったが、それもまた良し。日頃ない刺激があることも大事なのだ。

 

 新鮮な気持ちで待っていたフラウが扉を開けると、もう夜なのでシャツにズボンだけのラフな恰好をしたダナンが立っている。

 対するフラウは今日のために買った赤のネグリジェを着込んでいるので、かなり扇情的な姿になっていた。普段よりもドキドキしているせいかほんのりと頬が赤く染められていて、どこか期待するような眼差しになっている。

 

 普段も見た目や仕草で妖艶さを醸している彼女だが、今日はより悪魔的な魅力を引き出していた。

 

「さぁ、入って。色々と準備してるから」

 

 相手によっては魅入ってしまうほどの蠱惑的な笑顔で招き入れられる。

 

 部屋に入ると机の上にフォンデュ用の小さめなチョコマウンテンが置いてある。並んで腰かけられるように椅子が置いてあり、椅子の近くにチョコをつけるための具材が載った皿があった。

 

「座って一緒に食べよ?」

 

 誘われて席に着くと、彼女に勧められてフォンデュを食べ始めることになる。料理の腕では敵わないため、せめてもとチョコや具材の品質には拘ったつもりだ。

 きちんと自分で味見して美味しいことを確認している辺り、彼女なりに全力を尽くしたことが窺える。

 

 談笑しつつ二人でチョコを食べていたのだが。

 

 指についたチョコを舐める、咥える所作が妙に艶かしい。

 ただ彼女がわざとそうしているのか、それとも自然とそうなっているのかわからない。フラウの過去を考えれば、わざとでないなら乗りたくはない。

 

 前日の夜のことがあるので、フラウならもっと過激な方法を取ってくる可能性もあると見て身構えていた。そのせいか、些細な艶っぽい仕草を意識してしまう。

 

「はい、あーん」

 

 フラウにチョコのついたいちごを差し出されて、ダナンはぱくりと口に入れた。

 

「ふふふっ」

 

 その時のフラウの楽しげな表情は、そんな邪推を吹き飛ばすほどだった。

 純粋に楽しそうならいいか、と思って気にしないことにしようと考えていたのだが。

 

「ねぇ、今度は食べさせて?」

 

 フラウが口を開けておねだりする。それくらいならいいかと思いながらマシュマロにチョコをつけて垂れてもいいように左手を下に添えつつフラウの口元へ持っていく。

 

「はむっ」

 

 すると、マシュマロごとダナンの指まで咥えられた。

 

「おい……」

 

 口の中でマシュマロを転がしながら、丹念に指を舐める。口を放すと銀の糸が伝った。

 

「……お前な」

「ふふっ。ご馳走様」

 

 指にチョコがついていたわけでもないのに、わざわざ指まで舐めるのはただ楽しむだけとはまた違う。

 

「じゃあ次は私の番ね?」

 

 彼女はそう言うとオレンジをチョコにつけた。また食べさせるのかと思ったが、今度は自分で軽く咥える。そのまま顔を近づけてきた。

 

「どうぞ?」

 

 口を動かさずに突き出すように差し出してくる。今日くらいは純粋に楽しもうと思ったらこれだよ、と呆れつつもなんとなく察してはいたので頭を掻いて付き合うことにする。

 

 反対側からオレンジを咥えて、互いに食べながら熱烈なキスへ移行する。口の中のチョコがなくなっても続行され、充分に堪能してから口を放すと銀の橋が渡った。

 

「ふふっ……やっぱりこうでなくっちゃ。まだまだあるから、たくさんしましょう?」

 

 恍惚とした表情になったフラウが妖しく微笑む。彼女に誘われて、二人は甘く熱い夜を過ごすことになるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ――これに深い意味は全くない。ただ感謝を伝えるためだけの行為。

 

 そう言い聞かせていても、多少緊張があるのは認めざるを得ない。

 

 とはいえ誰かに贈り物をするというのは緊張するモノだ。それも、そういった行為が初めてであれば当然のことである。特別な感情がないにしても緊張してしまうのも無理はないはず。

 

 そんなことを考えながら冷静さを保とうと心を落ち着けていると、

 

「悪い、待たせたか」

 

 声をかけられてびくっと背筋を伸ばしてしまいそうになるのをなんとか堪えた。……エルーン特有の耳だけはピンとなってしまったが。

 

「……いえ。待ち合わせ通りですから」

 

 平静を装い、普段と同じを心がけて言葉を返すアリア。彼女は気負わずラフすぎず無理にオシャレしようとしていない無難なラインを悩みに悩んで服を選んだため、気合いが入っているようには見えていないはずだった。

 ただ彼女ほどの実力者が声をかけられるまで相手の存在に気づかなかったというのは、それだけ普段よりも固くなっていることが窺える。

 

 バレンタイン当日では本気が過ぎると考えて他の者に譲り、翌日の夕方を自分が渡す時間としていた。

 

 それでも夕暮れの黄昏時、橙に染まる街並みの人気のない場所で待ち合わせをするのは、かなりムードのある状況だということを本人が自覚しているのかは不明だ。

 

「立ち話もなんですから、座りましょうか」

「ああ」

 

 緊張しながらも緊張を表に出さないよう気をつけて、近くにあったベンチへ座ることを提案する。近すぎず遠すぎずの距離で隣に座る二人が傍目からどう見えるかは難しいところだ。

 

「それで……今日は折角の機会ですので、諸々の感謝を込めてになりますが」

 

 そうぎこちなく切り出すと、アリアは持っていた肩かけバッグの中から包装した箱を取り出す。

 

「バレンタインということもあってチョコです。……あまり慣れていないので味は保証できませんが」

 

 アリアがバレンタインにチョコを渡すかと考えついた時、どんなチョコを渡すか悩んで仲のいいレオナに助言を求めたのだ。その時に、気持ちを込めるなら手作りが一番と言われたのでレオナに教わりながら四苦八苦して作り上げたのだ。

 あまり美味しくないなら市販品の方がいいかと思ったのだが、レオナのお墨つきを貰ったので手作りのまま渡すことになった。

 

「へぇ、手作りしたのか。意外だな」

「ええ、なにせ贈り物自体が初めてのことでしたので」

 

 自信があるとは言えないので、予防線を張っていくようになってしまう。だが味見はしてあるので不味いわけではないはずだった。

 

「じゃあ俺の方も渡しておくか」

 

 ダナンがアリアへと返したのは、大人びた包装の箱だ。あまり可愛らしいモノを好まなさそうなイメージがあったので、チョコもビターな味わいとなっている。

 

「少し意外でしたが、存外マメですね」

「余計なお世話だ。まぁ、なんとなく自覚はしてる」

 

 チョコを交換し合った後、アリアからおずおずと切り出した。

 

「あの……食べてみてくれませんか? 直接感想を聞きたいので」

 

 気持ちの込めたモノを受け取った相手の反応を見たいと思うのは自然なことだ。

 

「ああ、わかった」

 

 ダナンは頷くと包装を破かないよう丁寧に解くと、中に入っていた箱の蓋を持ち上げる。入っていたのは一口サイズのチョコだ。同じ形のチョコがいくつか並んでいた。

 

 その一つを手に取って口に入れる。若干不安そうに見守るアリアの前で味わって食べた。

 

「ん、美味いな」

 

 呑み込んでから、率直な感想を伝えた。流石に途轍もなく美味いということはなかったが、不味いことはなかった。ローアインに聞いたところ世の中には奇妙且つ恐ろしい料理を作る者もいるそうなので、普通に美味しいというのは立派なことである。と言うより初めてということを考慮すれば元が器用なのもあるのかもしれないが、形が不揃いだとかそういう点もなかったので上出来だ。

 

「そうですか……」

 

 ダナンが取り繕っている様子もなかったので、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「俺のヤツもここで食べていくか?」

「いえ。次もあるでしょうし、私はここで」

「そうか」

 

 しばらく時間を取っても大丈夫なはずだが、アリアは二人きりで談笑するとなるとどうすればいいのかわからず、とりあえずこの場を去ることにした。ダナンとしても無理に引き止める必要はないと思っていたのでアリアを見送る。

 

 立ち上がって去るアリアは、兎にも角にもチョコを無事渡せたことに安心していた。

 

「あ、アリアさん」

 

 だから正面からやってきているレオナにも気づいていなかったのだ。

 

「その様子だと無事に渡せたみたいですね。あれだけ頑張っていたんですから、美味しいって言ってもらえたようで良かったです」

 

 レオナは心から嬉しそうにしている。

 

「み、見ていたのですか?」

「? いえ、アリアさんが嬉しそうだったので」

 

 頬を染めるアリアの問いに、不思議そうな顔で答えた。実際には見られていないようだが、レオナの発言はダナンにばっちり聞こえている。あまり距離が離れていないのだから当然だが、気恥ずかしさは加速度的に上がっていた。

 ダナンもダナンで聞こえないフリ以外にいい方法も思いつかなかった。

 

「そ、そんなことはありません」

「いいんですよ、隠さなくても。気持ちの込めた贈り物を喜んでもらえるのは嬉しいことですから」

 

 否定するアリアだったが、レオナはにこにこと微笑んでいる。アリア本人にそのつもりがないとしても、傍目から見た時にどう見えるかはレオナのみぞ知るところ。普段料理などしていなかったアリアがきちんとチョコを作るためにどれほど努力したのかは本人と彼女しか知らないのだ。

 

「あれだけ頑張って、服装にも悩んでましたから。もし直前で気が変わって渡さなかったからどうしようって思ってたんですよ?」

「よ、余計なことは言わなくていいですから」

 

 茶化すような言葉に、アリアの顔は真っ赤になっていた。よくよく思い返してみると、感謝を表すためのチョコとしては方々に気合いを入れすぎたかもしれない。ただ真面目な気質がそうさせたのだとも言えるため、自分を納得させることはできた。

 

「……私はこれで」

 

 平静を装い直すと、話を切り上げてそのまま立ち去っていく。その様子を見ていたレオナは苦笑した。

 

 その後、彼女は迷いない足取りでダナンの座っているベンチまで近づいてくる。

 

「はい、これ。日頃のお礼」

「ああ……」

 

 何事もなかったかのようにチョコを渡してきた。流石に予想していなかった展開だが、まるでダナンがそこにいることを知っていたかのような足取りだった。おそらく彼に聞こえるように話すことが目的だったのだろう。とはいえその真意はよくわからないのだが。

 

「じゃあまた。これからもよろしくね」

「ああ、後でお返しを渡しに行くから」

「気にしなくてもいいのに。でもくれるなら貰っておこうかな。また後で」

「おう」

 

 レオナと会う予定はなかったので彼女の分のお返しを持ってきていなかったのだ。

 経験の差なのか、レオナに緊張した様子は一切見られなかった。

 

 だからだろう。立ち去るレオナがほっと胸を撫で下ろしているのに気づかなかったのは。

 

 ともあれ、レオナは先に戻っていたアリアに散々文句を言われることになるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 バレンタインからは少し離れた数日後のことだった。

 

 バレンタインの雰囲気も落ち着き始めたという頃、街を歩いていたダナンは思い切り裏路地に引っ張り込まれた。

 特に敵意などもなかったので事前に察知することもできず、やけに強い力だったので身体を傾けて引っ張られてしまった。

 

 それでも対処は可能と思って成り行きに身を任せていたのだが、

 

「久し振りね、ダナン」

 

 彼を引っ張ったのはカッツェとハーゼの腹違いの姉、レーヴェリーラだった。お忍びなのか被っていたフードを取って素顔を見せて笑っている。

 

「レーヴェか。久し振りだな、国を離れるとは思ってなかった」

 

 知覚範囲を広げていても、誰がどこにいるかわかるだけで探そうとしたり意識を集中させたりしなければ予想外の来訪はわからない。先程も路地裏にいる人物の存在には気づいていたが、敵意もなければ他を襲う雰囲気でもなかったのであまり意識していなかったのだ。

 

 兎も角、彼女とはガルゲニア皇国を巡る争いで関わり親しくなった仲だ。十賢者であるカッツェリーラとハーゼリーラを除くと王位継承権を持つ者が三人しかいなかった。だがその内一人は国家転覆を企んでいて、もう一人はそいつに利用されていた。十賢者の二人を手放したくはなかったため、最後に残った信頼できる彼女を監視として置いてきたのだ。

 

 信頼を失った現皇帝の兄を支えつつ見張る役割だったのだが、そんなレーヴェが国を離れていいものだろうかと思ってしまう。

 

「ええ。このことはあまり知らせてないわ。でも一日くらいはいいわよ。最近真面目に働いてるし、他にも監視はつけてるから」

「そっか。で、なんでここに? アウギュステと言えば海だが、この時期は正直シーズンじゃないぞ?」

 

 今は二月。とてもじゃないが海で泳ぎたい時期ではない。寒い。

 

「それくらい私だってわかってるわよ……」

 

 むっとしたように返すが、次の瞬間には頬を染めてもじもじし始めた。気の強い彼女にして珍しい光景だ。普段から我の弱い兄を蹴り飛ばしているとは思えない。

 

「?」

 

 とはいえ、ダナンに読心術の心得はない。彼が読み取りやすいのは悪巧みが主だった。

 

「ち、ちょっと遅いけど、その、バレンタインだったから……」

 

 頬を赤らめてごそごそとポケットを漁り、包装された袋を取り出した。中には形が不揃いなチョコレートクッキーが入っている。

 

「……。わざわざ作ったのか?」

「こういうのって気持ちを込めるには手作りが一番なんでしょ? 市販品でも良かったけど、やっぱり手作りがいいかなって思ったから……か、形が悪くても不味くはないから! ちゃんと味見はしてあるから! 大丈夫、な、はず……」

 

 若干驚いて問いかけると、顔を赤らめた乙女な表情で語り出した。言い訳もしていたが、続けるに連れて声が萎んでいった。

 

「いや、くれるだけで嬉しいよ。わざわざありがとな」

 

 食べ物を作ることが難しいのはダナンも理解している。だから数年幽閉されていて、且つ皇族ともなれば作れないことを責める謂われはない。しっかりと受け取ることにした。

 

「そ、そう? じゃあ帰ってから味わって食べなさい。私の前で食べないで」

 

 少し嬉しそうにしながらも、自信のない手作り品を食べた時に美味しくなさそうな顔をされたら心が折れそうなので今食べてもらうのはやめておく。

 

「はいよ」

 

 苦笑しつつ、なんとなく気持ちが理解できたので受け取るだけに留めておいた。

 

「……ねぇ、ダナン」

「ん?」

 

 随分としおらしいなと思っていると、レーヴェが頬を染めてそっぽを向き手を差し出してくる。

 

「この街初めて来たし、ちょっとエスコートしてくれない?」

 

 少し驚いたように目を見開いて、それから苦笑する。

 

「はいよ」

 

 その手を取って、彼女を連れて街を歩くのだった。

 

 ……道中で他の団員に見つかって「その女誰よ」状態になったのはご愛敬である。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 バレンタインデー。

 

 それは人の子が浮き足立つイベントであり、星晶獣たるエウロペにはあまり関係のないモノと思っていた。

 

 ただ当日限定来場者プレゼントとして、バイト先の喫茶店がチョコを配布することになったのだ。

 

 バレンタインの存在を知ったその日から準備を始めて、おそらく大量に来るであろう当日の来場者に備え出す。……例年なら来場者はそこまで多くないのだが、今年はエウロペという人外の美貌を備えた(実際に人ではない)絶世の美女がいるので来場者は例年の比でない予想だ。彼女の集客効果は喫茶店で働いている者なら誰もが知っている。自覚がないのは当人だけだった。

 エウロペは基本的に接客を手伝っているので、実際にチョコを作るのは厨房の人達。なので実際には女性どころか男性が作ったかもしれないチョコを貰うことになるのだが。それでもエウロペに渡されるというだけでも救われる者がいる、と思われる。

 

 本人はよくわかっていないので、与えられた仕事をこなすだけなのだが。

 

 そして事前の予想通り、バレンタイン当日はてんてこ舞いの大忙しとなった。当然売り上げも、チョコを配布したとはいえ上々となった。

 

「あっ、エウロペさん。ちょっといい?」

 

 帰りが遅くなってしまったが今日はもう上がれるとなった時点で、よく話す同僚の女性から声をかけられた。

 

「? はい、構いませんよ」

 

 特段用事もなく、夜の帰り道を気にする必要もあまりため、快く残ることにする。

 

「良かったぁ。ごめんね、ちょっと試食してもらいたいんだけど」

 

 申し訳なさそうにしつつ、皿に乗ったハート型のチョコを差し出してきた。ハート型の大きめなチョコの上にソースなどでトッピングされたお洒落なチョコである。

 

「これはチョコレート、ですか?」

 

 配布したチョコはここまで凝っていなかったため、首を傾げて尋ねた。

 

「うん、まぁね。毎年仕事終わりにチョコ作って持ち帰ってるんだ。彼氏と一緒に食べるの。店長からもチョコの素材が余ってるなら使っていいって言われてるし」

「なるほど。確かバレンタインでは、大切な人にチョコレートをあげるのでしたか」

「まぁ、そんな感じ。大切な人じゃなくても、日頃お世話になってる人に感謝の印としてあげるのもアリかな」

 

 それを聞いたエウロペは、脳裏に二人の人物を思い浮かべた。大切な存在と世話になっている人それぞれである。

 

「……私も少しだけ、作ってもいいですか?」

「えっ!? エウロペさん好きな人いるの!? 誰!? どんな人!?」

 

 思いつきに近い申し出だったが、彼女ほどの美女が一体どんな人をと機になって矢継ぎ早に聞いてしまう。

 

 エウロペとしてはそれぞれ二人いるのだが、しかし大切な存在として思い浮かべたのは「四大天司として世界の均衡を保っている御方です」と答えようにも難しい。一般人には到底理解できないだろうし、あまり大っぴらに話していい存在ではない。

 かと言って日頃世話になっている騎空団の団長を挙げるのも違う。感謝を形にするだけの話だ。

 

「いえ、そういったことではないのですが」

「ホントに?」

「はい。味見をする代わりと言ってはなんですが、少し手伝っていただいてもよろしいですか?」

「もちろん。……それで、男の人にあげるの?」

「……まぁ、はい」

 

 しつこい様子に若干戸惑いながらも、事実は事実なので頷く。すると同僚の目がキランと妖しく輝いた、気がした。

 

「へぇ~、そうなんだ。へぇ~?」

「なんでしょう?」

「ううん、なんでも~。でもそっかぁ、エウロペさんがねぇ」

 

 なにかを勘違いしている様子で、ニヤニヤと口元を緩めている。のんびりしていると日付が変わってしまってバレンタインデーではなくなってしまうのだが。そう思って話を進めるためにチョコをフォークで分けて試食してみる。

 

「あっ。どうかな、美味しい?」

「はい、とても。売るために作ったと言われても納得できます」

「ホント? 嬉しいっ。じゃあ後は本番用に気合い入れて作るだけだし、先にエウロペさんに教えちゃおうか」

「いいのですか?」

「うん。作り方は毎年進化させてるとはいえ、大体同じだからね」

 

 そう言うと、気合いを入れて改めて腕捲りをする。

 

「それじゃあ、意中の人(チョコを渡す相手)がオチること間違いなしのチョコを伝授するとしましょうか!」

「? はい、よろしくお願いします」

 

 言っていることはよくわからなかったが、贈り物をするなら良いモノを作りたい。自信に満ちているようなので彼女に任せれば大丈夫だろう。先程食べたチョコもとても美味しかったし、と思っていた。

 

 それから同僚による指導の下、エウロペはチョコ作りに着手する。

 

 元々不器用でないこともあって呑み込みは早く、着実に成長していった。味が問題なくなってから、形の話になったのだが。

 

「エウロペさん、どんな形のがいい? 異性に渡すならハートだと思うけど!」

「そうですね……」

 

 別に形を元から考えていたわけではない。あまり時間もないことだし、形で悩んでいる時間もなかった。これといって案が思い浮かばなかったので、

 

「ではそれで作りましょう」

「オッケー! じゃあチョコの型を取って固めちゃおう。冷やして大体一時間くらいかかるから、いくつか作ってそのまま本番の飾りつけしちゃった方がいいかな」

「わかりました」

 

 そうして作業を進めていく。冷やしている間に同僚は自分のチョコを作り、空いている時間で渡し方の話になった。

 

「チョコの美味しさとか形とかも大事だけど、やっぱり渡し方も大事だよねっ!」

「渡し方、ですか」

「うん。気持ちを込めた贈り物なんだから、そういうところにも凝らないと。特に最初に渡す時なんかはね」

 

 そう言われて、どんな風に渡すのが良いだろうかと首を捻る。

 

「心を込めた贈り物ですので、私と瓜二つの氷像を作ってその胸元にチョコを埋めるのはどうでしょう? 貴方の熱い心で氷像の胸を溶かし、チョコとなった私の想いを取り出していただく……という」

「いいね、それ! でも今からで間に合うの?」

「はい、数分で作れます」

「凄いね。あっ、でも氷像だと今の時期寒くない? その後『お互いの温もりで暖め合いましょう』的な展開にするなら兎も角」

「なるほど、それは盲点でした」

 

 エウロペの突飛な発想は賛同が得られたものの、実際にやったらどうなるかを想定していった結果断念することになった。

 

「でもそっかぁ。エウロペさんって結構ロマンチック思考なんだね。だったら少なくともシチュエーションというか、場所には拘った方がいいのかな? 綺麗な夜景の見えるディナーに誘うとか」

 

 ディナー、食事に誘うと言われたがあまりピンと来ない。下手に食べに行くよりも本人に作ってもらった方が美味しいからだろう。人の営みに触れるようにしていたためわかってきたが、どうやらあの団長は料理スキルが著しく高く並みの料亭では敵う保証がないようだ。

 

「食事はあまり……。やはり普通に手渡した方が良いでしょうか」

「まぁそれが一番無難にして最強ってとこもあるね。後は頬を染めながら上目遣いでおずおずと渡せば完璧っ」

「はあ」

 

 熱く語る彼女の言い分はよくわからなかったが、演技をする必要があるのだろうかと疑問に思ってしまう。

 

「まぁ、素直な言葉で真っ直ぐに伝えるのが一番かな。日頃の感謝の気持ちとか、想いとかそういうのを込めて作りましたよーって」

「なるほど、それならわかりやすいですね」

 

 イメージしやすい提案だった。その方法なら実行できそうだ。

 

「じゃあその辺は任せちゃおうかな。色々考えるのも楽しいけど、相手に喜んでもらうのが一番だからね。なんだかんだ真っ直ぐに気持ちを伝えるのが最適解だよ」

 

 実感の込められた言葉だった。もしかしたら実体験を基にしているのかもしれない。

 

「相手に喜んでもらうのが一番……」

 

 そう考えると、敬愛するガブリエル様に渡すには付け焼き刃のモノではいけないだろう。今日は申し訳ないが、ダナンにのみチョコを渡すことになるかもしれない。後日バレンタインは過ぎてしまうが最高の一作を渡せばいい。

 

 ならば、今日はダナンへのチョコについて考え抜くのが正解か。

 

「そうそう。味はもう決めちゃってるから、トッピングの時に相手が喜ぶ顔を思い浮かべながらするといいよ」

 

 そんな話をしながら待つこと一時間。冷やしていたチョコが固まったため、型から出してみる。

 

 一つ欠けてしまったのがあったが、大体は綺麗なハート型になっていた。

 

「じゃあとりあえず可愛くデコレーションしてみようか。ピンと来なかったら別の試すってことで」

「はい」

 

 そうしていくつかデコレーションを試して、これと感じたモノを包装する。

 

「うん、これならきっと喜んでくれるよ! 思いの丈をぶつけておいで!」

「わかりました。色々とありがとうございます」

「いいのいいの。今年はエウロペさんのおかげで稼がせてもらっちゃったからね」

 

 丁寧にお辞儀をしてから、ラッピングしたチョコの箱を持って帰路に着くのだった。

 

 星晶獣なので寒さには強いのだが、人の営みに溶け込むためには必要だと思って防寒具を身に纏っている。露出が減っていても美貌が変わることはないため酔っ払いから声をかけられたのだが、文字通り冷や水を浴びせて酔い冷ましを手伝ってあげた。

 

 それからダナンのいる部屋を訪ねる。エウロペはチョコを渡す気がなかったため時間調整の打ち合わせには参加していないが、丁度空いている時間帯だった。

 

「ダナン様。今空いておりますか?」

 

 コンコンとノックをしてみる。防音設備があるため返事はなかったが、かちゃりと鍵の開く音がした。直後扉が開く。

 しかし目の前にダナンの姿はなく、一筋の水が宙に溶けるのが見えた。部屋の奥を見ればなにが起こったかは察しがつくだろう。

 

 奥にあるテーブルには、ラフな恰好のダナンともう一人。

 

「ガブリエル様!?」

 

 そう、エウロペが敬愛してやまないガブリエルである。特に驚いた様子もなく微笑んで手を振っている。ダナンが若干呆れた様子なのは、おそらく彼が許可を出す前にガブリエルが水を操ってドアを開けてしまったからだろう。

 

「いらっしゃい、エウロペ。貴女も彼にチョコを渡しに?」

「いえ、その……“も”ということはガブリエルはダナン様にチョコを?」

 

 なぜここにいるのかという疑問が一瞬にして解消される。

 

「ええ。折角の機会だから、手作りチョコをプレゼントしてみたの」

 

 にっこりと微笑むガブリエルに、未だ混乱が抜けないエウロペは立ち尽くすばかりだった。

 

「貴女も座る?」

「いえ、お邪魔でしたら後に……」

 

 同僚が教えてくれた気まずい場面というのが、他の誰かがチョコを渡している場面に遭遇することだった。今がそれに当たるのではないかと思い、ガブリエルの邪魔をすべきではないと改めようとする。

 

「気にしなくていいわ。折角だから一緒に食べましょう?」

「はい、ガブリエル様」

 

 ガブリエルが特に気にした様子がなかったため、エウロペに断る理由はなかった。お言葉に甘えて空いていたガブリエルの対面の席に座る。いつまでもコートでは暑そうなので、マフラーを外しコートを脱いだ。丁寧に折り畳んで膝の上に乗せる。

 

「その様子だと、人の営みには随分と慣れてきたみたいね」

「はい。ガブリエル様のお申しつけの通り、日々精進しています」

「そんなに硬く考えなくてもいいのに。最近はのんびりしているようだし、平和を満喫してね」

「はい」

 

 最近本気で戦ったのはいつだろうか、と思い返してもすぐには出てこないくらいには満喫している。それだけではもちろんないが、人の営みに触れることは悪いことばかりでないと思っていた。……偶に変な宗教があったり殺人鬼がいたりするのが厄介なところではあるが。

 

 席に着くとテーブルの上に置いてある菓子に視線がいく。

 

「こちらは……ガブリエル様が?」

 

 置いてあったのは区分けされた箱の中に小さな丸いチョコレートがいくつも入っている菓子だった。ガブリエルが人の暮らしに紛れているのは知っているが、市販品のようなクオリティだ。

 

「ええ。良かったらエウロペも食べてみて?」

 

 ガブリエルに勧められて、エウロペはおずおずとチョコを一つ摘まんで口に入れた。

 

「んっ……とても美味しいです」

 

 ガブリエル様の作ったモノだから不用意なことは言えない、と思うまでもなく口に入れて溶けるように広がる甘さとほろ苦さ。思わず美味しいと零してしまうほどだった。

 

「ふふ、それは良かったわ。きちんと練習した甲斐があったわね」

 

 ガブリエルは嬉しそうに微笑んでいる。エウロペも彼女が人の営みに溶け込んでいることがあるのは知っていた。だから料理などをする機会があっても不思議ではなかったのだが、流石にこれは予想していなかった。

 口にしたチョコは毎年彼氏のために作っていると言っていた同僚の女性が作ったモノと同等、いやそれ以上のモノに感じたのだ。

 

「……ガブリエル様。このお返しは後日でもよろしいでしょうか?」

 

 だからこそ、やはり彼女に渡すチョコはもっと練習してからでなければと思ってしまう。

 

「ええ。と言うより、チョコをあげるのってお返しを期待してのことじゃないもの。相手に食べて欲しいから作る、簡単なことでしょう?」

 

 ガブリエルはエウロペの生真面目さを感じ取って苦笑しつつ、ふわりと微笑んだ。

 

「そうですね」

 

 その言葉を受け取ったエウロペも、今日持ってきたチョコのことを思い返して、チョコを作っている時の気持ちを思い出して薄っすらと微笑む。

 ガブリエルは当然のことながらこのタイミングでダナンのいる部屋を訪ねてきたエウロペの目的を察していたが、その表情から彼女がどんな感情でチョコを持ってきたかは判断がつかなかった。だがどちらにしても後継であるというのは置いておいて目をかけている彼女の後押しはしたい。

 

「エウロペも持ってきたのよね?」

「は、はい……」

 

 温かい眼差しで見守るガブリエルに促されて、戸惑いつつも鞄からチョコを取り出した。

 

「あ、あの、ダナン様。こちらをどうぞ」

 

 ガブリエルに見守られて、初めての贈り物ということもあり、エウロペはおずおずとチョコを差し出す時に頬が紅潮していた。自分の実力がガブリエルよりも劣っていることが判明した今、不安が顔を出してやや俯き気味の上目遣いになっている。しかも同僚の差し金で可愛らしくラッピングされたハート型の箱だ。

 ……これを見たガブリエルが一つ勘違いをしてしまったのも仕方がないだろう。

 

「もしかしてとは思ってたが、わざわざありがとな」

「いえ、ガブリエル様のチョコレートと比べると粗末なモノですが……」

「料理含めて作ったヤツの気持ちが込められてれば、それこそ味の上下なんて些細なもんだよ」

 

 あまり彼自身口にしないことではあるが。作った人の技術と心、両方が最高に嚙み合ったモノが一番おいしいと思っている。そして、ダナンは料理を食べたヤツを絶対に喜ばせるという信条を欠かさないために自分の作る料理に対して絶対的な自信を持っているのだ。

 

 ダナンも作る側であるからこそ、表情と箱を見ただけでエウロペが本気で取り組んでいたことくらいは理解していた。だからできるだけ箱を丁寧に受け取るし、その頑張りも認める。

 

「開けてもいいか?」

「はい」

 

 ダナンの問いに迷うことなく頷いた。これは同僚から言われていたことではあるが、チョコを渡すのが初めてなら相手に時間がある場合その場で食べて反応を見た方がいい。

 

 ダナンはラッピングを丁寧に解くと箱の蓋を持ち上げて中身を確認する。エウロペはその様子に自分の努力を認められたような気がして少しドキドキしていた。

 

「へぇ、上手いな。細部まで凝ってる」

「あら……」

 

 ダナンは単純にハート型のチョコをデコレーションしたセンスの良さに感心していたが、ガブリエルは見事に中身までハート型だったのでやはりこれは本命に間違いないと確信する。

 

「お口に合えばいいのですが……」

「見れば大体わかる。これは間違いなく美味いな」

 

 少し笑って言うと、フォークでチョコを少し切り分けて口に運ぶ。

 

「んっ。……驚いた、美味いな」

 

 ダナンの反応をじっと窺っていたエウロペは、彼がチョコを口にした途端目を丸くして素直に驚いていたことを確認する。感想を聞いて緊張に強張っていた頬が安心で緩み、喜んでもらえたという嬉しさが笑みを深くさせる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 生真面目な性格故にぺこりと頭を下げて彼の言葉を受け取った。エウロペはあまり感情の起伏の激しい方ではないが、今は声で嬉しさが伝ってくるほどだ。

 

「本当に美味しそうね」

 

 本音を言えば、少し食べ比べてみたいところだった。だがガブリエルもダナンも、このチョコを誰に食べてもらうために作ったかは明白だからこそ、言うつもりは毛頭ない。

 

「いや、ホントに美味いんだよ。正直びっくりした」

「教えてくださった方が凄いのだと思います」

「それもあるだろうけど、やっぱりエウロペの頑張りが一番じゃねぇかな。こういう凝ったヤツって、余程本気で作ろうとしなきゃ作れないしな」

「難しいモノほど作っていて諦めそうになるものね」

「ああ。だからありがとな、エウロペ。凄ぇ美味しいよ」

 

 ダナンは自分にできる最大限の誠意でエウロペに感謝を伝える。彼にしては珍しく爽やかないい笑顔である。

 

「ッ……! い、いえ、その……喜んでいただけたなら良かったです」

 

 同僚から言われて実践していた「食べてもらう相手の喜ぶ顔を思い浮かべながら料理する」だが、自分が思い浮かべていたモノよりも遥かに良いモノだったためにどうしようもない嬉しさが込み上げてきてしまう。ようやく自分でもわかるほどに頬が緩んでしまい、恥ずかしさで顔を赤くし俯くと表情を誤魔化すように両手で頬を捏ね始めた。

 

 そんなバレンタインに相応しい甘ったるい雰囲気を横で見ていたガブリエル。

 

 ダナンはもう一口、とチョコを食べ進めている。

 

 ガブリエルが今この時ダナンの部屋にいたのは、全くの偶然というわけではない。エウロペがダナンにチョコを渡そうとしていることだけはなんとなくわかって、そのタイミングに合わせていたのだ。自分の使徒が一体どんな風にと気になり実際に見てみたいという好奇心もあったのだが。

 それでもバレンタインにダナンへチョコを渡すため練習を重ねたことは紛れもない事実だ。だからと言うわけではないが、目の前で甘い雰囲気を醸し出されるとなんだか悔しいような気がしなくもない。

 

 ガブリエルはダナン斜め前にある椅子ごと、彼のすぐ隣へ移動する。ダナンが顔を上げる時には身を乗り出して手に持った自分のチョコを口へ差し出すところだった。

 

「はい、あ~ん」

 

 にっこりと告げる彼女には、普段見せない迫力があるような気がしなくもない。

 

「いや、自分で食べられるし」

「はい、あ~ん」

「…………はぁ」

 

 一応反抗はしてみたが、全く聞く耳を持たない様子にため息を吐いて大人しく口を開きチョコを咥えるのだった。

 

「美味しい?」

「ああ。ってか、さっきも言っただろ」

「ええ。でももう一回聞きたくなったの」

「ああ、そう」

 

 ふふ、と嬉しそうに微笑むガブリエル。ダナンは若干呆れ気味だが彼女のチョコも紛れもなく美味しい。美味しさだけで言うならエウロペのそれよりも。

 

 それを間近で見せられていたエウロペは、なんだか二人の距離が心身共に近いことが気になってしまう。

 すす、と少し椅子を動かして近づくとダナンの手からフォークを優しめに取り上げた。そのまま自分のチョコを切り分けると左手を下に添えて口元へ持っていく。

 

「ダナン様。私のチョコレートもまだありますので、どうぞお食べください」

 

 ダナンは「いや、自分で食べれるんだけど」と思わなくもなかったが、とりあえず「エウロペがお前の真似し始めたじゃねぇか」という意味を込めてガブリエルにジト目を向けておく。

 エウロペからだと自分が食べさせようとしているのにガブリエルの方を見た、ように見えていた。ずい、と更にチョコを近づける。

 

「ダナン様」

 

 もう一度、名前を呼んで催促した。

 流石にこれで断ると角が立ちそうである。ダナンは諦めてエウロペの差し出したチョコを食べることにした。

 

「美味しいですか?」

「ああ、美味い」

「エウロペ。聞いたところによると、人は異性に食べさせてもらえると更に美味しく感じるそうよ」

「なるほど。では私が食べさせるのは効果的だということですね」

「ええ」

「おい。お前な……」

「ダナン様。ではもう一度どうぞ」

「食べさせる時はあ~ん、よ」

「はい、ガブリエル様。ダナン様、あ~ん」

「そうそう。ほら、私のチョコもまだあるわ。あ~ん」

 

 若干面白がっているようなガブリエルと、彼女の言うことをまんま信じて実行してくるエウロペ。

 

 結果的に二人からチョコを差し出されて「どっちから食べる?」という選択肢を突きつけられているような状況になってしまう。

 

 対するダナンは、

 

(どうしてこうなった……)

 

 と引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。

 

 元々予定していなかった来訪ではあったが、基本的に修羅場になるようなことは避けるようにスケジュールが組まれている。だからこそこういう状況にはならないはずだったのだ。

 とはいえ嬉しくないわけではない。本気なのか茶化しているのかイマイチ判断つかない部分はあるが、どちらにしても自分のためにチョコを作ってきてくれたことには変わりないのだから。

 

 ともあれ、ダナンは二人のチョコを綺麗に完食して甘い一時を過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 急遽訪れた二人が帰る時、エウロペだけが少しだけ残った。

 

「あの、ダナン様。お願いがあるのですが」

「ん?」

「私へのお返しをするとおっしゃっていましたが、それでしたらチョコ作りのお手伝いをしていただけないでしょうか」

「まだ作るのか……ってあれか。ガブリエルへの」

「はい。ガブリエル様にチョコレートをお渡しするのであれば、私の理想とする最高のチョコレートを作らなければなりません」

 

 そう告げるエウロペの表情には熱意が込められている。

 

「はは……そっか」

 

 苦笑しつつ、まぁそれくらいならいいかと思い、

 

「わかった。いいぞ。まずはどんなチョコを作りたいかだが……」

 

 引き受けることにした。

 その後エウロペの力説するガブリエルへのチョコ理想像を聞き出す。

 

「やはりガブリエル様へチョコをお渡しするのでしたら、最高の美を突き詰めるのが良いでしょう――つまり、ガブリエル様ご自身の姿形をチョコで再現するのです。当然、ガブリエル様の美が損なわれてしまうような程度の低いモノではいけません。これこそがガブリエル様の美しさであるという芸術品のような造形美とガブリエル様の最高の笑顔を引き出すような絶品の美味しさを両立しなければ。数日で出来るとはあまり思っていませんが、それでもできる限り早めにガブリエル様へチョコをお渡ししたいと考えています」

 

 彼女の熱意は充分に伝わってきた。……もしこれが同僚の女性や他の団員への相談だったならいやいやいや! と引き留められていたことだろう。

 

 

 しかし。

 

 ここにいるのは()()()()である(※172話『EX:バレンタイン当日』を参照)。

 

「わかった。そういうことなら俺も全力で手伝ってやるよ。空いた時間で良ければみっちり教えるからな」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 若干の悪ノリもあったがダナンが本気で手伝い、エウロペの溢れる熱意もあったためか。

 彼女の思い描いた理想のチョコレートは一週間で完成した。

 

 エウロペは完成したチョコレートをガブリエルへと自信満々なドヤ顔で渡すのだが。それを見たガブリエルの笑顔が珍しくも固まったのは言うまでもなかった。

 理想を追い求めるエウロペが“完成した”と思うだけあってそのクオリティは異常なまでに高い。全身がチョコで出来ているはずなのに圧巻とも言えるほどの“美”を再現していた。天司の姿で作っているため翼の細やかさなど職人技である。……流石のダナンも「こりゃ同じモノ作れって言われても無理だな」と言うほどの恐るべき出来映え。二人が全力を出し尽くし極限まで集中した果てに出来上がった奇跡の一品である。

 

 ……とはいえ。努力のほどは認めても貰えたのはガブリエル様の引き攣った笑顔だけだった。

 

 食べると頬が落ちそうになるほど美味しいことには違いないのだが。

 

 後日。

 明らかにエウロペ一人の所業ではないと察したガブリエルが問い詰めてダナンの協力――もとい悪ノリがあったことを知ると、一日街へ一緒に出かけることを強要するのだった。

 

 因みに、その時にちゃんとしたお返しをダナンが渡したのは余談である。




なぜバレンタインにコメディを入れないと気が済まないんだ……。

というわけで、今回の面子はこんな感じでした。

・ハーゼリーラ
若干コメディチックにしつつも信頼が見えるような感じが出せていればいいかな、っと。
カッツェは……まぁバレンタインエピソードで開口一番「ハーゼか!?」と言っていたくらいにはシスコンなのでこういう扱いでいいんじゃないかと思います。
・フラウ
今年の大胆枠。もうちょっと具体的に描いた方が喜ぶ人がいたかもしれませんが。
・アリアとレオナ
アリアちゃんが可愛く見えていればもうそれだけでこの話を描いた意義があるってものですわ。
・レーヴェリーラ
ハーゼがガルゲニア皇国に戻った時にダナンの居場所を伝えて煽った結果急遽参戦した。なんだかんだオリキャラでこういう番外編に出るのってこれが初めて?
・エウロペとガブリエル
今回の締め・オチ担当。エウロペはフラグ建てにくいよなぁと思いながら描いてました。正統派かと思えばオチだった……。とりあえず可愛ければそれでヨシッ。


またどのキャラが良かったなどの感想がいただけると嬉しいです。
特に原作キャラをもっと好きになっていただけたなら作者冥利に尽きます(そういうのが描けているかは兎も角)。

では、本日のグラブル生放送を楽しみにしつつ七周年も楽しんでいけるといいですね!
更に周回が増えまくるんでしょうけど、お互い程々に頑張っていけたらいいと思っています。


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EX:『失楽園』プロローグ

周年イベント中に投稿する話、ギリギリでしたね。……まぁ、いつもみたいに毎日更新するわけじゃなく、完成したら更新する形なんですけどね。

騎空士の皆様は周年キャンペーンを如何お過ごしでしょうか。
私は絶賛カトル限界超越のためにヘイロー走ってます。めんどくさいです。

ただアナサンのために天井したり無料期間中にウリエル、メタトロン、キャラシヴァなどが出て今のところ満足しています。
スクラッチは……ルシフェルとリボンが当たったんですけど、当たりの中での外れ感強くてびっくりです。
皆様のスクラッチに幸運があらんことを。


 いつぞやの、サンダルフォンが起こした厄災と天司達の騒動。

 

 その影響は小さくなかったが、幸いなことに死者は出なかったらしい。起きた現象から考えて、死者が出なかったことが不思議なくらいだ。

 それだけ空の人々が頑張ったという印でもあるのだが、他の要因もあると目された。

 

 天司達の庇護である。

 

 もちろん実際にそうしているのを見たわけではないが、超常の力が人々を守ったのだと思うのが自然な厄災だった。

 

 一方、厄災に見舞われた人々は逞しく祭を開催しようという動きを見せる。

 祭も厄災の損壊を復興したことを記念して、『復興記念祭』と題されていた。

 

 復興には“蒼穹”も総力を尽くしており、団員は各地に散らばって手伝いをしていた。各国の要人もいる騎空団なので基本散らばっているのだが。

 厄災の時は賞金首にされていた彼らだったが、彼らの奮闘により厄災が収まったことは周知の事実。復興に尽力したことも相俟って信用が回復していった。

 

 騒動の中心にいることが多いので偶に深読みされることもあるのだが、彼らは単純に“持っている”だけである。基本的には裏表のない善人なので、実際に会ってみれば根も葉もない噂に振り回されなくなるのだった。

 

 厄災の傷跡はそうそう消えないが、それでも復興に近づき祭を行うまでに回復した空の人々は、賑やかに時を過ごしていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 空の世界で島が浮いているのは、四大元素のおかげである。それ故に前回サンダルフォンが暴れた時は四大元素のバランスが崩れてしまい、小さい島の欠片から徐々に落ちていくという現象が発生していた。

 つまり四大元素とは、空の世界の人々が暮らす上でなくてはならない要素である。

 

 四大元素という重大な要素を管理、司るのが四大天司。他の天司と一線を画す能力を備えていてもなんら不思議ではない。

 

 では。

 

 四大天司が崇め仕える天司長ルシフェルは、なにを司るのか。

 

 それは『進化』という概念である。

 

 他の天司が「今そこに在るモノ」を司るのに対し、ルシフェルは「過去から未来に渡り続いていくモノ」を司る。それがどれだけの違いであるかは想像に難くない。

 加えて、彼を創造した星の民をして最高傑作と言わしめたほどの能力。

 

 そんな彼は今、とある名もなき神殿にいた。

 

 神秘的な静寂に包まれた、なにもない空間。神々しい繭と思しき物体と、背に純白の六枚羽を携えた男が佇んでいる。

 

 天司長ルシフェルである。端正な顔立ちが、他人からはわからないほど細やかに歪んでいた。

 瞑目した彼が思い浮かべるのは、反旗を翻したサンダルフォンのことである。

 

「サンダルフォン……」

 

 彼の生(と呼んでいいかはわからないが)において、サンダルフォンの存在は他の天司と同じモノではなかった。

 

『ルシフェル様! いらしていたんですね』

 

 反逆する前、かつて中庭にいてルシフェルが訪れると笑顔で迎えてくれた。

 

『なぁ、ルシフェル。君の司る『進化』に意味はあったか?』

 

 封印から抜け出して独り呟くように言った言葉。

 

『ルシフェル……!』

 

 厄災を起こし特異点達に敗れた後、再会した時。こちらを睨みつけ怒りや憎しみをぶつけてきた。

 

「…………」

 

 思い返すのは容易い。彼と中庭で過ごした日々は二千年以上も前のことだが、鮮明に思い出すことができた。

 

「私の役割は……終わりつつあるのかもしれない」

 

 ルシフェルは繭に掌を当てて、語りかけるように言葉を重ねる。

 

「君の心の変遷は、空の世界を破壊するほどの激情は、私には予想できないモノだった。だが……その君を阻止したのもまた、特異点を中心とする空の民の心だった。誰かを想い、誰かに想われる……その力は私達天司の思惑を超えるのだ」

 

 繭に指を滑らせながら、目を細める。やがて決意したように口を開いた。

 

「私は空の進化のために差配してきたが、時として親の保護は子の成長を妨げる。……あるいは、歪める」

 

 つけ加えた言葉が誰のことを言っているのかは、ルシフェル自身もよくわかっている。しばしの沈黙を経てまた口を開いた。

 

「私は『最後の務め』を終えた後……空を自然な成り行きに委ねようと思う。元素の均衡も進化の促進も、あるいは滅亡の道を辿るとしても、空の民に全てを還元するつもりだ。天司の役割も無用となり、私も君と一緒の立場になるな……。君はなんと言うだろうか。やがて君が再び目を醒ました時に――……!」

 

 それは一瞬の出来事だった。ルシフェルが感知するより僅か先に、凶刃が彼の胴を抉っていた。

 

 凶刃を振るった主は、ルシフェルの背後の空間、そこに開いた虚空より足を踏み出す。本来であれば多少傷をつけられた程度問題にならない。だがルシフェルは苦し気に顔を歪め、汗を掻いていた。常に冷静な表情をしている彼にしては珍しいことだ。

 そのことが、この異常事態を際立たせている。

 

「つまらぬ。余りにつまらぬ結論だ」

 

 凶刃を振るった主は、体格のいい男だった。フードを被り全貌は見えないが、金髪に浅黒い肌をしているのはわかる。

 ルシフェルは受けた傷を修復しようとするが、治らない。

 

「無駄だ、修復はできぬ」

 

 男の言葉に、ルシフェルは彼が自分を確実に殺す手段を持って訪れたのだと察した。

 

「……生きていたのか、久しいな」

 

 そしてルシフェルはこの男を知っている。

 

「苦労したぞ。途方もないほど永い時を放浪させられた。現世では何年になる? 貴様に空の底に落とされてから……まぁ、構わぬ。おかげで不滅を滅する力を得た」

 

 星晶獣は倒されはしても滅びることはない。例外は“蒼穹”の双子の父親、そして双子自身、“世界”と契約した少年のみが復活させないようにできる。この男も、それら全てとは違う手段で滅することができるようになった。

 故に、ルシフェルすら殺すことができる。

 

「なにが目的だ? 己の復讐か、彼の仇か?」

 

 ルシフェルの問いを、しかし男は鼻で笑った。

 

「些末なことを。無論『ルシファーの遺産』だ。ここに封印していることはわかっている。貴様自身が鍵ということも」

「……」

 

 答えないルシフェルの羽を、男の凶刃が切断する。

 

「時代は変わる。貴様が望もうと、望むまいと。フフフ……」

 

 男の嗤い声だけは、神秘的な静寂の中に響き渡った。

 

 こうして空の世界に再び、新たな災厄が襲いかからんとしていた。

 

 そして天司達の因縁もまた、再び――。




次回がいつになるかは不明ですが、できるだけ早くに更新したいですね。
番外編完結の目標はいつ始まるかわからない『こくう、しんしん』が終わるまでになりますが。

ではまた次回、例のあいつが出てくる第一話『闇』でお会いしましょう。


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EX:『失楽園』闇

気紛れ更新の失楽園、第一話になります。

3/22に周年アップデート第二弾がありまして、神石に五凸が追加されましたね。思っていたより素材は軽かったですが、それでも神石を砕くのは賛否ありますよねそりゃ。
自分はティターンだけできました。

あ、因みに色々と言われていた金剛の欠片は十賢者の最終で使わされると思ってます。
この作品でも言いましたが、十天衆は武器、十賢者は星晶獣。十天衆で骸晶を使わされたということは……と勘繰ってます。
まぁわかんないですけどね。


 ポート・ブリーズ群島で、厄災の『復興記念祭』が開催されている。

 

 賑やかな祭囃子と人々の笑顔。復興記念祭は活気に満ち溢れていた。

 

 グラン達もまた、シェロカルテに案内される形であちこちの座興を楽しんでいる。

 

「あはは、ホントに大爆笑だったぜ! 大道芸って色々種類があるんだなぁ」

「わ、私も笑いすぎて脇腹が……流石シェロさんのおすすめですね!」

「喜んでいただけて良かったです~。さっきのは“漫才”というモノでして~」

 

 五人は先程まで観ていた催しの感想を言い合って笑っていた。

 

「時事ネタって言ってたよな。邪神とか怪物とか化物とか、サンダルフォンも散々言われてたなぁ」

「そうですね。お客さん達もウンウン頷いて……」

 

 ビィの言葉に相槌を打っていたルリアの表情が不意に曇る。傍にいたジータも同じような表情だった。

 

「ルリアさん~? どうしたんですか~?」

 

 急に表情が落ち込んだことを気にして、シェロカルテが声をかける。

 

「あ、すみません! なんでもありません。……なんでもないんですけど、仕方のないことなんですけど」

 

 ルリアは言葉を探りながら、腰のつけた「白い羽根」を取り出した。この羽根はサンダルフォンの騒動があった後日、共通の夢の中で団員達と黒銀の竜相手に戦いを繰り広げた時のモノである。その夢を見た翌朝、ルリアの近くに落ちていたのを大切にしているのだ。

 夢の内容が余りにもリアルだったこと、そして白い羽根になにか力が宿っているような気がしたからだ。

 

「この羽根を観てると思うんです。サンダルフォンさん、本当は……」

 

 続けるルリアの脳裏には、サンダルフォンに連れ去られていた時に見た夢の内容を思い出していた。

 

『不用品……? ルシフェル様の繋ぎ……? なんの役にも立たない……? 嘘だ……じゃあ俺の存在意義は一体……! ……――ッ!』

 

 天司は必ずなんらかの役割を持たされて生まれる。役割が不明だったために中庭でずっとルシフェルを待ち続ける日々を送っていたサンダルフォンは、いつか天司長ルシフェル様の役に立つことを夢に見ていた。

 

 そしてそれが、夢に終わった瞬間のことだ。

 

 ルシフェルが存在する限り自分は役に立たず、自分が役割を果たすことがあればそれはルシフェルにもしものことがあった場合だ。彼の望む「役に立つ」ことはできない。

 

「邪神みたいに言われると、ちょっと違うような気がしちゃって……」

「私もちょっとわかるかな」

 

 ルリアに同意したのはジータだ。彼女はルリアのように記憶を追体験したわけではないが、彼の思いを知って共感したのは皆が知っている。

 

「でもよぅ、なんだか惨めなヤツではあったけど、それでも大した悪党だったと思うぜ」

「はい……決して許されないことをしたのは間違いないです」

 

 同情はするが、それで全てが許されるわけではない。それはルリアもジータも理解していた。

 

「そういえばルリアは、アイツの心の中を覗いたんだったよな」

「ええと、詳しいことはわからないですけど……。誰かの役に立ちたいと願って、自分の存在意義がないことを苦しんで、誰にも必要とされてないって悩んで……。災厄のことはもちろん許せません。私だって皆さんと一緒です。すごく怒ってます。でも私も自分のことがわからないから、誰かの役に立ちたいと思ってるから、なんだか他人事じゃない気がしてて……」

「ルリアさん……」

「あはは……。すみません、変な話をしちゃいました。ちょっと色々考えてしまって――」

 

 祭を楽しんでいた先程までの空気を壊してしまったこともあり、誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

 

「おっと、素敵な羽根だねえ。ソレ」

 

 そこへ、妙な男が話しかけてきた。

 

「うん? え、えっと……?」

「悪い、脅かせちゃった? オレはデザイナーでね。美しいモノにはつい食いついちまう」

 

 戸惑うルリアに、男が告げる。

 

 男は短い黒髪に、赤い瞳をしていた。肌はやけに白く、故に着込んでいる黒いパンツと黒いドレスシャツが際立っている。シャツは胸元を大きく開け、上に黒いファーストールを纏っていた。

 奇抜な恰好だが、しかし彼の名乗ったデザイナーという職業が説得力を持たせている。

 

「で、良かったら……キミの持ってるソレ、見せてもらっても?」

 

 男は薄い笑みを浮かべたままルリアに向けて手を差し出した。

 

「はあ……ど、どうぞ。いいですよね、グラン?」

 

 念のためグランに確認を取って、頷いたことを確認してから男に白い羽根を手渡す。

 

「フフフ……どうも、お二人さん」

 

 彼は白い羽根を受け取ると、人差し指で羽根を撫でた。ゆっくりと堪能するように。そして恍惚とした表情で吐息を漏らす。

 

「ほぉ……。やはり抜群のプロポーションだ。だが問題は光に透かして見た時の……ハハハッ! なんてこった、完全なる黄金比かよ!? ヤバイ、達する達する!」

「ひゃあ……!?」

 

 笑い出したかと思うと急に白目を剥く。急激なテンションの変化にルリアが驚いて声を上げていた。グランとジータもヤバいヤツなのかと若干警戒した様子を見せる。

 

「おっと、また驚かせちゃった? でもキミ達、イイ素材持ってんじゃん」

 

 おどけたように言って笑いかけた。

 

「なぁなぁ……なんか凄ぇ興奮してるけど、その羽根がなんだってんだ?」

 

 ビィが不思議そうに尋ねると、露骨に下がった表情になる。

 

「あぁ~……キミ達にはわからないか。そそるんだよ、最高にね」

「そ、そそる……?」

「ん~……まぁオレの求める理想ってことさ」

 

 理解できない者に長々と説明する気はないらしく、わかるようなわからないような答えだけを返した。そして用は済んだのかルリアの掌に白い羽根を握らせる。

 

「ありがとう、堪能させてもらった」

 

 男は興奮していた時とは打って変わって紳士的に立ち振る舞い踵を返した。

 

「では。良い一日を」

 

 歩き出す男の背を見送って、ビィが正直な感想を零す。

 

「なんか変わったヤツだったなぁ……祭で酔っ払ってんのか?」

「そ、そうかもしれませんね……。じゃあ私達も次のところに――」

「お待ちくださ~い。本物を返してもらってもよろしいですか~?」

 

 男との遭遇をもう終わったモノとして次へ行こうとするルリア達を他所に、じっと男の方を見つめていたシェロカルテが声をかけた。

 

「本物ォ? 一体なんのことだよ?」

「えっ……あ!? この羽根なんだかちょっと小さい……」

「いけませんね~? シェロちゃんの目は誤魔化せませんよ~?」

「え、もしかしてオレに言ってる?」

 

 バレそうになったからか、それまで無視していた男が胡乱気な表情で振り返る。

 

「はい、そうです~。さ、盗ったモノを返してください~」

「よせよ、揉める気か? 偉いさんもいる祝祭なんだぜ」

「私は一向に構いませんが~?」

 

 振り返った男とシェロカルテの視線が交錯する。実際、彼女のコネの数と幅を考えれば多少の騒ぎなど問題にはならない。しかも後ろの方でグランとジータが実力行使も辞さないというアピールで腰の剣に手をかけていた。

 

「フゥ……わかった。降参、だ」

 

 男がにっこり笑うと、どこからか白い羽根が舞い落ちて……

 

「って、これも偽物じゃねぇかよ!」

 

 しかしルリアが今持っている羽根と大差ない大きさだったためか、すぐに気づいたビィのツッコまれる。

 

「あれ、おかしいな……?」

 

 男も不思議そうに首を傾げている。演技ではなく本心から困惑している様子だった。

 

「はぁ……」

 

 そんな男の様子を見てシェロカルテが呆れたように嘆息する。誤魔化そうとしている男に対して苦言を呈する……のではなく。

 

()()()()()。スリはいけませんよ〜」

 

 男の背後に立っていた黒い外套を羽織った少年に声をかけた。男は今になって気づき、肩越しに振り返ってわざとらしく目を丸くしている。

 

「悪い、綺麗な羽根だったんでついな」

 

 ダナンは手に掲げた白い羽根を、歩み寄ってルリアへと返却した。その際握らされていた偽物の羽根を取って男へと投げて返す。

 

「驚いたな。オレのマジックがこうも見破られるなんて」

「はぁ……? なんだか色々怪しい気がしてきたぜ。ホントにマジシャンなのか?」

「もちろん、嘘だ。本当はパティシエなんだけど……信じないだろう?」

 

 肩を竦める男をビィが訝しむが、開き直った様子の男を見て埒が明かないと察してしまう。

 

「だが人間も侮れないモノだ。こんなにもあっさりとバレるとは……」

 

 視線の先にはシェロカルテとダナンがいたが、ダナンは別物のため外した。

 

「正直、勃起した。では今度こそサヨウナラ」

 

 最後に爆弾発言を残して踵を返す。言葉の意味が通じる者は若干顔を顰めていた。

 

「あ……。あの、えっと……」

「な、なんなんだよアイツ……。人間がどうとかって言ってたけど、マジで危ないヤツなんじゃねぇか?」

 

 わからない側のルリアが困惑し、ビィは顔を顰めている。

 正体不明の男に一行が困惑する中、

 

(なぁ、ワールド。あいつ……)

『ああ。アレも天司のようだ』

 

 唯一分析によって正体を探り当てたダナンは、契約しているワールドと心の中で会話する。天司が一行に声をかけた時点で、彼はなにかあると睨み近づいていたのだ。

 しかも、天司の中でもおそらく上位。四大天司よりも上ではないかと思わせるモノがあった。だからこそこの場で戦闘になることを避ける必要があると思い言及はしなかったのだが。

 

「どうする? なんだかオイラ、嫌な予感がするぜ」

 

 ビィが言った直後だった。目に見える変化が起きる。それよりも早くダナンの感知に引っかかっていた。

 

「きゃあ……! そ、空が真っ暗に……?」

 

 ルリアの言う通り、空が暗くなっている。だが雲がない。

 

「通り雨でしょうか〜? でも雨雲は出てませんね〜?」

「来るぞ」

 

 島にいる全ての人々が急に暗くなった空を見上げる中、睨みつけるようなダナンが忠告した。

 

「来るってなにが……」

 

 ジータが尋ねようとした時だ。上空に複数の影が現れる。

 

「ウオォォォン!」

「アアァァァッ!」

 

 緑色の竜と幽霊のような風貌が互いに光と闇を撃ち合っていた。

 

「あれは……星晶獣です!」

「ど、どうなってんだよ……星晶獣同士が戦ってるぜ!?」

 

 人々はかつてない光景に呆然と上空を眺める他ない。だが星晶獣のぶつかり合う衝撃の余波は、やがて街にも波及した。

 

「うわぁ!? 危ない、巻き込まれるぞ!」

「ひ、避難だ! 騎空艇で脱出するんだ……!」

「待ちたまえ、移動は危険だ! 報告では平野にも異常が発生している!」

「じゃあどうすればいいの!? このままだと災厄の二の舞になるわよ!」

 

 混乱する人と混乱を収めようとする人で街は阿鼻叫喚だ。それは数々の死線を潜り抜けてきた一行でも変わりない。

 

「なんてこった……一体どうなってるんだよ!」

「ルリアさん……! なにかわかることはありますか〜!?」

 

 他と違う点を挙げれば、すぐに“原因”を探り始めたことだろう。星晶獣に干渉できるルリアへと視線を向ける。

 

「はい、えっと……!」

 

 ルリアが目を閉じて集中し力を行使した。

 

「この感じ……暴走と言うより混乱して、怯えて凶暴化してるみたいです……! それにこの、気配の、数は……島中の、いえ……ひょっとしたら全空中の」

 

 ルリアが探り探りで感知する中、

 

「ガルアアァァァッ!!」

 

 別の星晶獣が唸りを上げながら突進してきた。

 

「ヤベェ! 別のヤツが街に突っ込んできたぞ! 構えろ!」

 

 ビィに言われるまでもなく、グランとジータが星晶獣の進行方向に立ち塞がる。

 

「「はああぁぁぁぁ!!」」

 

 『ジョブ』を発動する間がなかったが、双子の息の合った剣撃が見事星晶獣の突進を止めた。しかしその戦意が失われたわけではなく、再び襲いかからんと牙を剥いている。

 

「うぅ……! 流石に一筋縄ではいきませんね……!」

「上空の二体もなんとかしねぇと……他のヤツらと合流して対策を練る時間を――」

 

 緊急事態に対してすぐ行動に移せる一行は流石だが、そんな間もないようだ。

 

「うわぁ!? 今度は東の門に別の星晶獣が現れたぞ! 人間を襲ってきた!」

「な、なんてこった……! また災厄が起きるってのかよ!?」

 

 三体の星晶獣に対処する暇もなく次の星晶獣出現の報告が挙がってくる。

 

「【十天を統べし者】を使っても一人一体が限度かな……」

「ダナン君も、じっとしてないで手伝ってよ!」

「そんな……!?」

「クソォ、冗談じゃねぇ! また災厄なんて起こさせるもんか!」

 

 意外にも冷静に状況を判断するグランと、行動を起こさないダナンに突っかかるジータ。顔を青褪めるルリアと、意気込みは一流なビィ。

 状況に振り回される四人とは対照的に空を睨みつけるようにしながら黙っているダナン。

 

 彼らの下に、火の粉のようなモノが出現し集まっていく。それはやがて人型に近くなっていき、五人が見知った姿が現れた。

 

「――その通りだ、特異点達よ」

 

 凛とした声と共に現れたのは、白髪の赤い鎧を纏った美女だ。

 

「ミカエルさん!?」

 

 四大元素の内、火の元素を司る天司。ミカエルである。

 

「獣は妾が引き受ける。貴様等は街の者達を避難させろ」

「お、おぅ、わかったぜ! でもひとりじゃあさすがに……」

 

 頼もしい言葉だったが、ビィは不安な様子だ。ミカエルはそんなビィにやや目を細めると、

 

「妾を誰だと思っておる? あの災厄では醜態を晒したが……はあぁぁぁ!!」

 

 力を開放した。世界の根幹を成す元素を操る彼女の炎が、柱となって突進してきていた星晶獣に直撃する。

 

「グオォォォ……!」

 

 星晶獣は呻き声を漏らしてその巨体を横たえた。

 

「た、たった一撃で星晶獣を~……!?」

 

 シェロカルテは驚き、前回の体たらくを見ている四人はほっと息を零す。

 

「この空域も光と闇の機能不全か。やはり原因は『エーテル』の横溢(おういつ)……天司長の御身に一体、なにが……」

「エーテル……? 天司長ってルシフェルさんの――」

 

 ミカエルの独り言にルリアが反応を示すが、彼女はルリアではなくダナンの方に目を向ける。

 

「おい、貴様。この空域だけでも元素を安定させることは可能か?」

「いいや、流石に無理だな。……全開でやっても持続はしないな。お前らと違ってソレ自体に特化してるわけじゃねぇから」

 

 管理権限を奪えばその限りではないが。というのは言わなかった。言う必要がないことなのと、すぐにできることではないからだ。

 

「そうか。まぁいい、そこまで期待していない」

 

 ミカエルに落胆した様子はなかった。ある程度予想はしていたのだろう。若しくはできると思いたくなかったか。

 

 突如、ミカエルが出現した時のような粒子が集まってくる。

 

「諸君、話は後だ。まずは僕達の張った結界の中に避難を。街の人間達も誘導しよう」

 

 金髪に浅黒い肌を持った、おそらく天司。

 

「うわぁ!? なんだぁ、いきなりなんか出てきたぞ?」

「こんにちは♪ さあ、急いで移動しましょ? ミカエル様の邪魔になるわ」

 

 更に黒髪に白い肌を持った天司も現れる。

 

「安心しろ、特異点。その者達も天司だ」

 

 突然のことに混乱している一行に苦笑しながら告げて安心させる。続けて二人の天司に顔を向けた。

 

「……頼んだぞ。ハールート、マールート」

「承知しました! ミカエル様も、ご武運を!」

「はいはーい♪ では特異点さん達、参りましょ!」

 

 二人の天司がそれぞれ先導して避難していく。

 

「できないとは言ったが、やれないわけじゃねぇし嘗められても癪なんだよな」

 

 ミカエルと二人の指示に従おうとする四人に対して、ダナンは空へ左手を掲げた。

 

「――整え」

 

 一言呟いた直後、彼の手の先にある空から光が広がっていく。暗くなっていた空が明るく晴れて元通りに戻り、暴れていた星晶獣が一斉に停止した。

 

「……まだまだだな」

 

 しかしすぐに暗くなってしまい、再び星晶獣が暴れ出す。収まったのは一瞬のことだったが、ミカエルには充分だった。特大の炎が上空にいた二体の星晶獣を包み込んで撃墜させる。

 

「余計なことを」

「俺としてはあんたらを手伝うべきかと思ってたんだけどな」

「無用だ。貴様もあの者達についていくがいい。……根本原因の排除に人数を割くのは当然のことだ」

「そうか。じゃあ任せるとするか」

 

 他四人がさっさと行ってしまった後に、ダナンも遅れてついていく。ミカエルは気を取り直して次々と星晶獣を倒していった。

 

「皆さん、避難するならこっちへ!」

「この二人についてきてください!」

 

 避難するならするで、行動が早いのは“蒼穹”の双子だ。ハールートとマールートが先導するのについていきながら、混乱の最中にある観光客に声をかけて避難を呼びかけていた。

 その最中に空が一瞬明るくなったことで阿鼻叫喚の事態が収まり声がよく耳に入るようになったのは余談である。

 

 双子の天司が先導した先は街の公民館だった。

 そこには二人が結界を張っていたのだ。

 

 天司という人外が先導する一行はかなり目立つ。一緒にいるのが彼の有名な“蒼穹”の騎空団の団長達だったのなら尚更だ。

 

「最後の一人も見つかったぜ。これで住民と観光客の数はピッタリだ」

「怪我人も全員、軽傷だったよ。応急処置の道具が揃ってて良かったぜ」

「お、そりゃあ良かったぜ! 思ったよりスムーズに避難できたなぁ」

「皆、比較的冷静で助かったよ。非常時に備えて訓練していたようだな」

「あとミカエルさんの迫力よね。星晶獣をどんどん倒してって、凄い安心できたって言うか」

「そうですね。ただ星晶獣達も不思議な力が漲ってて、このままだとキリがありません……」

「本質的な解決策が必要ね。そこで事情を聴きたいのだけれど……」

 

 公民館が安全とわかってから住民と観光客を避難させ、全員無事避難できたことで広がりかけた混乱は収まりつつあった。

 ポート・ブリーズ群島には“蒼穹”の主要面子が揃っていたので、一角に集まって話し合っている。

 ここにいるのはミカエルに会った四人とラカム、オイゲン、カタリナ、イオ、ロゼッタだ。

 

 加えてあまり人数が集まっていなかった“黒闇”のメンバー。一行と一緒にいたダナンと、別行動をしていたオーキス、レオナしかいない。

 

「……ダナン、どう?」

「ん、全員無事だ。まぁあいつらなら当たり前だろ。他にもカインとかラインハルザとか、見知った連中は無事だったぞ」

「そっか……。ありがとう、ダナン君。カインのことも確認してくれて」

 

 ダナンが壁に寄りかかって目を閉じ、知覚範囲を広げて団員達の安否を確認していた。その途中で“蒼穹”の団員達が避難を誘導、星晶獣を足止めしているのが確認できたのだ。というよりも、レオナがあまりにも不安気だったのでカイン達のことは安否確認をしておこうと思っていた。

 各地でも四大天司達が島を移動しながら戦っているが、全く同時に複数箇所存在することはできない。そこで二つの騎空団の団員達が率先して避難や陽動を行っていた。

 

 中でも四大天司の後継と言われるシヴァ、エウロペ、グリームニル、ブローディアの四人は積極的に四大天司の代わりとして戦っていたのだ。……意外だったのはオリヴィエか。あまり姿を見せないようにしているのは確かだが、彼女のいた島の人々が危険に晒されたかと思うと積極的に助けていた。力を使えば天司達に察知されてしまうのは理解していただろうが、やはり根本的には悪人でないということだろう。

 

 珍しくレオナが一人で行動していたのは、精神的な意味で誰かに頼りがちな部分をなんとかしようと思ってのことである。なので普段一緒にいることが多いアリアもいない。ただ流石に誰もいないところへ行くのは勇気がいるので、念のためを考えてダナンもいる島で復興記念祭を楽しんでいたわけである。

 

「もういいかしら、双子の天司さん達?」

 

 ロゼッタが事態の原因を知っていそうな二人へと声をかけ、一行の視線が集中する。だが彼女達は気づいていないようだ。

 

「久々のファータ・グランデだなぁ。確か海があったはずだけど観光するかい?」

「もうちょっと暖かい時期がいいわ。私はPSCっていうレースが見た~い♪」

「走艇を競わせる大会のこと? でも、この時期にやってたかなぁ……」

「え~? ちゃんと調査しといてよ、もお。私達の役割は調査と伝令なのよ」

「おいおい、呑気なカップルかよ……天司ってのは変なヤツばっかだな」

 

 正にラカムの言う通り。異常事態にも関わらずお互いのことばかりだった。

 

「ご、ごほん! 二人共、ちょっといいか? 事情を聞かせて欲しいんだが……」

 

 堪らずカタリナが大きめの咳払いをして注意を引く。流石に気づいた様子で一行に顔を向けた。

 

「あぁ、失礼! じゃあ本題を……」

「実は四大天司様の総意により、皆さんに協力を依頼したいの」

「この状況は先に起きた災厄と同様、解決には特異点達の力が必要なんだ」

「そうそう。なぜなら、今回の件ってあの時起きたことと少なからず繋がりがあると考えてるの」

「なんだと……?」

 

 彼女達の話した本題に、一行も気を引き締める。

 

「まずは星晶獣達の異常と、空の明滅についてなのだけど……」

 

 そうして二人は語り出す。

 

 『希少元素』『エーテル』――空の世界を構成する物質の中で、特に変わった性質の元素である。エーテルには光と闇の二面性があり、特定の周期に従って状態を変えるが……その周期が突如として狂い、星晶獣の精神に影響を来たし、破壊的な行動に走らせているのだった。

 

「え~っとぉ……二面性とか難しい話はわかんねぇけど、エーテルってのが直接の原因ってことか」

「そのエーテルも四大元素みたいに天司さん達が管理してるんですか?」

「エーテルを司り、その周期に影響を及ぼすのはただ一人……」

「天司長、ルシフェル様です……あの御方に危機があったとしか……」

 

 語る二人の表情が曇っていく。同時に一行の表情にも緊張が走る。

 

「ル、ルシフェルさんに危機……? でもミカエルさんより凄い天司なんでしょ?」

「あぁ、僕達も信じられない。でもこのエーテルの状態は明らかに……通常あり得ない、起こり得ないことだと理解している。しかしなにか違和感があるとすれば――」

「天司長様は先の災厄の際、人間である貴方達に接触したわ。それもまたイレギュラーだった」

「もちろん、それ自体で諸君を責めるなどというつもりはないよ。だが、一度起きたイレギュラーは二度三度と続くのが世の習い……。因果の影響も考えられる」

 

 確証のない憶測に不安を増長させても仕方がない。まずは異常事態をなんとかする手段を聞かなければならなかった。

 

「なるほどな。で、そのルシフェルの安否は確認することはできないのか?」

「天司長様は今、『カナン』にいるわ。この空域の中心に位置している地よ」

「カナン……? 記憶にない地名ね、どの島のことかしら?」

 

 マールートの告げた名前に聞き覚えがなく、ロゼッタが悩ましく小首を傾げる。

 

「カナンは島というより球状の厚雲に包まれた、一定の空域そのモノを指す呼び名だ」

「人間達は、え~っと……カナン周辺のことをナントカモンって……」

 

 カナンについて説明する二人が口にした言葉に、知っているらしいオイゲンとラカムが反応を示した。

 

「ナントカ……門!? お、おい、そりゃまさか『天国の門』のことか?」

「あぁ、そうだ! 天国の門! 知っているのかい?」

 

 オイゲンが詰め寄るが如く尋ねると、ハールートから肯定が返ってくる。

 

「カナンは元素の薄い低層にあって、四大天司様は行動が縛られてしまうの。そこで貴方達に調査を頼みたい……と」

「おう、任せろ! 急いでグランサイファーで向かおうぜ!」

 

 マールートの言葉にビィは威勢良く答えて大半もやる気ある様子だったが。肝心のグランサイファーの舵を任されている操舵士ラカムの表情は曇ったままだ。

 

「カナンに至る航路、天国の門か……」

「ラカムさん……?」

 

 彼が難しい表情をしていることに気づき、ルリアが怪訝そうな顔で尋ねる。

 

「……無理だ」

「どういうことだ?」

 

 ラカムの発した一言に、カタリナが眉を寄せた。

 

「今のグランサイファーじゃあ……天国の門の突破は不可能だ」

「……」

 

 ラカムが告げ、オイゲンが黙り込む。

 

「な、なによ、二人共……。随分深刻な顔して……」

 

 あまりにも深刻な様子に、天国の門とは余程の場所なのかと唾を呑んだ。

 

「はぁ……とはいえ、って感じだよな。悪い、時間を貰えるか。なんとか方法を考えてみる……」

 

 険しい表情のラカムと、肯定するように目を伏せるオイゲン。

 重々しい空気に、一行はそれ以上追及せず一旦彼に任せるのだった。

 

「……ダナンは手伝わないの?」

「騎空挺をどう改良するかなんて俺が手を出すわけないだろ」

 

 ワールドを顕現させれば気流だとかを周囲全て整えながら強行突破することはできるだろうが、それをやった上での決戦ともなれば万全の状態にしておいた方がいいだろう。

 

(……天司長ルシフェルが()()()、か。正直今の俺が戦っても勝てる確証はないんだが、そのルシフェルを殺ったヤツが相手ともなると必要以上に消耗したくはねぇよな)

 

 ダナンはワールドの感知能力により、カナンの様子を一足早く探り終えていた。

 強敵が待ち構えてると知っているが故に、力を温存する意味も含めて成り行きを見守るのだった。




更新ペースは気紛れですが月に何回かは更新したいですね。

次回もお付き合いいただけると幸いです。


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EX:『失楽園』絆

現役騎空士の皆様、古戦場お疲れ様です。

ファーさんの天破が追加されたりレリックバスターが追加されたりしたせいか、かなり個ランが厳しい状況になってますね。
あとは十天衆限界超越の素材が勲章で手に入るからですかね。古戦場毎に取っていくんだとしたら他の勲章報酬手に入りづらくなりますし。

流石に限界超越はそろそろキャラを絞った方が良さそうですねぇ。今回もカトルを限界超越しましたけどしんどいですし。まだ五分の一なのに……。

古戦場三日目四日目も、引き続き頑張っていきましょう。


 天司長ルシフェルのいるカナンへと向かうためには天国の門を通る必要がある。

 

 ただし天国の門を行くのは今のグランサイファーでは不可能だと、ラカムとオイゲンは考えていた。

 

 だからと言ってはい諦めますとはならない、いや今の状況だとなれないというのが正しいか。

 事態は一刻を争う。

 

 今のグランサイファーは天国の門へ行く航路を突破できない。

 

 なら突破できるグランサイファーにすればいい。

 

 というのが今ラカムが取り組んでいることの概要だ。だがどこをどう改造してグランサイファーを適応、進化させるのかが問題なのである。

 

 ミカエルの獅子奮迅の活躍によって束の間の平穏が訪れ、邪魔されずに考えることはできていた。

 ラカムは夜を徹して艇の強化の設定図案を描き続けているが、その進捗は芳しくない。

 

「クソ、駄目だ……。どうしたって推進力がもたねぇ。速度で振り切るには無理がある……。だが鈍行じゃ浮力がついてこねぇ……。あぁ、畜生! 時間も資材もアイディアも足んねぇよ!」

 

 二進も三進も行かず、毒づいて乱暴に頭を掻く。

 

「調子はどうだ、ラカム? ルリアが握ったおにぎりを持ってきたぜ」

 

 そこにビィとグランが訪れる。グランが盆でおにぎりを持っていた。

 

「グラン、ビィ。あぁ、ありがとよ」

 

 ラカムは一旦手を止めて二人を迎える。

 

「やっぱり大変なのか? 天国の門とやらの航路の突破ってのは」

 

 ビィが描き捨てられた設定図案を見てラカムに尋ねた。彼は二人が持ってきたおにぎりを口にしながら、

 

「……まぁな。昨日ざっと説明した通り、カナンは所謂『到達不能区域』だ。そこに至る天国の門は、浮力が及ぶギリギリの低層にあって、理屈の通用しねぇ乱気流の中を通る。身を切る風と雨みてぇに降る岩石、僅かな舵捌きで空の底に落ち、ついでに時空が歪んでるんだとよ?」

 

 呆れを含んだ苦笑が漏れている。どこから手をつけていいかすらわからず、加えてそれら全ての対処を両立しなければならないのだ。

 

「じ、時空が歪んでる……? その話を聞く限りだと瘴流域よりヤバそうだな」

「まぁどこまでが本当か眉唾だけどな。何度も有名な騎空団が挑戦したが、誰一人として帰ってきてねぇんだよ」

「うわぁ……それで天国の門、なのかよ」

 

 ラカムの言葉にビィは顔を顰める。グランの表情も似たようなモノである。

 

「あぁ、皮肉か哀悼か。いつの間にか呼ばれてた通り名さ。自由を求めて空に漕ぎ出した人間達に、不自由を突きつける象徴ってとこだ」

「「……」」

 

 天国の門へ挑む行為の重さを改めて突きつけられ、二人は思わず押し黙ってしまう。

 

「さて、ご馳走さんっと! なんだ、ビビっちまったのか?」

 

 重い空気を払うように、必要以上に明るく言って二人を煽る。

 

「安心しろ、なんとかするさ。設計図も一応半分は出来てんだぜ?」

「ビ、ビビってなんかねぇ! なんか手伝えることとか考えてたんだよ!」

 

 ムキになって言い返すビィに、ラカムは笑顔を返した。

 

「ははは、本当かよ? まぁ他の連中のおにぎりも頼んだぜ!」

「なんだよ……まぁいいけどよ」

 

 ビィは少し不満そうにしている。だが本人がなんとかすると言っているのだから、深くは突っ込まず出て行こうとする。

 

「じゃあ行こうぜ、グラン」

「うん。ラカムさん、頑張って」

「おう」

 

 手伝いたいからと言ってアイディアが出せるわけでもない。彼らにできるのはラカムを信じることだけである。

 

「わかってねぇなぁ……。既に手伝ってんだよ。お前さん達の応援が原動力なのさ」

 

 二人が完全に部屋を出てから独りごちる。

 

「それを直接言やいいのにな」

「ラカムさんも素直じゃないよね」

 

 気を取り直して再開するかというところで、窓の方からちゃかすような声が聞こえてきて内心飛び上がった。慌てて振り返ると、そこにはにやにやしたダナンとジータがいる。資材かなにかを運んでいる途中のようだ。

 

「お、お前ら……!」

 

 独り言を聞かれていた羞恥心で顔が真っ赤になっている。

 

「『お前さん達の応援が原動力なのさ』、ねぇ。なんつうかすっかりおっさんだな」

「もう、酷いなぁ。……後でグランとビィに言っとこ」

「それが一番酷ぇよ」

「そうかなぁ? 応援が力になってるって知ったら喜ぶよきっと」

 

 好き勝手話す二人を見て、ラカムはわなわなと震えていた。

 

「……て、てめえらはさっさと仕事しろ!!」

 

 ばん、と乱暴に窓を閉め、肩で息をする。

 

「あっ……」

 

 しかしなにかを思いついたのか再び窓を開けると、

 

「さっきの、誰にも言うんじゃねぇぞ」

 

 まだ赤い顔で二人に告げ、今度こそ窓を閉めるのだった。

 

 やがて窓の外の気配がなくなってからため息を吐き、心が落ち着いてからまた作業を始める。

 

「……おっし、やるか!」

 

 気合いを入れ直したラカムは、引き続きグランサイファーを強化する方法を考えるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 港ではラカムの設計図を基に、オイゲンが作業員達に指示を出していた。

 

 資材も船大工も足りない中、被害を拡大させるものかと、各々懸命に取り組んでいるが、

 

「あぁ、その木材は船首の強化だ! 動力機関まわりは耐久力優先で頼むぜ! ……あ、おい、ちょっと待った! 羽の張り具合がマズい、設計図を見ろ!」

 

 手元の設計図を見ながら指示を出しているが、上手く事が運んでいない。

 

「って、そうか。最新版は俺の手元にしかねぇのか……」

 

 今現在、進行形でラカムが設計図を更新している最中だ。完成してから手をつけたのでは遅いため途中の設計図でも作業を始めているが、全作業員の持つ設計図を最新版に更新し続けることは難しく、時折設計図にそぐわない作業が発生してしまう。

 

「あ〜……羽は後でいい! 1班は休憩、2班は甲板を頼む!」

 

 設計図の関係と人手不足。それらをなんとかしながら回していかなければならないオイゲンの悩みは尽きない。

 

「オイゲンさ〜ん! 新しい資材が届きましたぁ!」

「おぅ、助かるぜ! どんどん運び込んで――」

「ウ、ウィッス……! ガンガン行っちゃいますよ〜……!」

 

 朗報にオイゲンが振り向いた先では、改心した元悪党のコンビが資材を運んでいた。ただ疲労が明らかに目に見えるほどで、片方は既に青い顔になりかけている。

 

「待ちな、お前は休め。顔色が真っ青だぜ」

「そうだよ、相棒。俺も言ったろ、足だってフラフラだぜ」

 

 オイゲンは無理をさせすぎないために制止する。顔色がマシな方も同意するのだが、

 

「バカヤロウ、この人手不足の時に、他の有志のパンピーに負けてられるか! 根性でフツーのヤツに劣ったら、俺達クズに残るもんはねぇんだ!」

「お、お前ってヤツは……! その心意気、ゴリゴリに感動したぜ!」

「フッ、よせよ……。じゃあ行こうぜ、限界の向こう側に――」

 

 なんだかいい感じで締めようとしていた。それを止めるのがオイゲンの役目。言っても聞かないようなら拳骨でも。

 

「痛ッ!?」

「船体の向こう側で休んでろ。休憩も仕事の内だって言ったろ」

 

 呆れた様子で告げると、拳骨を食らった元悪党は殴られた箇所を手で撫でながら他方を見やる。

 

「で、でもあの嬢ちゃんは休まず働いてますぜ……?」

 

 視線の先にいたのは、猫のぬいぐるみを脇に抱えたオーキスであった。資材運びを手伝う彼女だったが、その運搬方法はとても真似できるモノではない。ゴーレムのロイドにドラフの大男数人がかりで運ぶような資材を、軽々と持ち運ばせているからだ。

 

「ありゃあ……例外ってヤツだよ」

 

 オイゲンも若干困惑した様子である。幼い少女(実際にオーキスが運搬しているわけではないが)が休まず働いているのを見ると、休むのは気が引けるというモノだろう。まぁ、ロイドがなくても彼女はゴーレムなので肉体的疲労は大幅に軽減されているのだが。

 

「じ、じゃああそこの姉さんは……」

 

 続いてもう片方が向いた先には、ドラフの大男数人がかりで持つような資材を意気揚々を運搬するレオナの姿があった。本人は人の役に立てることが嬉しいようだが、傍から見ていると驚くばかりである。なんならオーキスの時よりも驚きが大きいかもしれない。

 レオナはナル・グランデ空域での一連の騒動の中で、星晶獣であるハクタクの力を借りた、七曜の騎士アリアが羨ましいと感じるほど膨大な魔力を持つフォリアと互角の戦いを繰り広げたのだそうだ。それはまぁ、当然ながら並み大抵の身体能力ではないだろう。

 

「あ、あれも例外ってヤツだな……」

 

 一際目立つので仕方がないとはいえ、二人の挙げた者は真の意味で一般人とは異なる存在である。オーキスは兎も角レオナはただのヒューマンなのだが、フォリア・ハクタクコンビと素で渡り合える者を“ただの”で済ませられるわけがなかった。

 

「兎に角! てめぇらはさっさと休んどけ。今倒れられちゃ、それこそ困るってもんだ」

 

 締まらなかったのでやや強めの口調で、二人に休むよう改めて告げる。

 

「「ウ、ウィッス……」」

 

 元悪党コンビはその勢いに押され、ややほっとしたように休憩へ向かうのだった。その様子を見送り本人達が無理しそうなので目の前では言わなかったが、心意気を嬉しく思い笑みを浮かべる。

 

「だがまぁ確かに、人手不足は深刻だな」

 

 表情を引き締めて今グランサイファー強化作業に加わっている全体の人数を見渡す――明らかに人数が足りない。資材運搬はある程度マシだが、なにより船大工が足りなかった。

 

「あの空の明滅が厄介だぜ。ガロンゾに救援も飛ばせねぇ……」

 

 オイゲンは未だに明滅を繰り返す空を睨むように見上げる。歴戦の操舵士なら今の空すら突破できるだろうが、星晶獣の暴れ回る現状でそんな無謀な航行をやってのける者はそう多くはない。

 

「――なんだ、オイゲン? シケた面しやがって」

 

 背後からの声を聞いた途端、高揚で鳥肌が立った。振り返れば馴染みある顔が見える。そう、彼であれば今の不可解な空であっても航行可能だ。

 

「ザンツ! この島にいたのか! ……いや、お前ほどの操舵士ならこの空でも――」

「ま、そういうこった。で、ラカムの小僧はどこだ? 騎空艇の強化で困ってるらしいじゃねぇか」

 

 歴戦、凄腕。そういった言葉がこれほど似合う男はそういない。助力を願うならこれ以上にない、強力な助っ人だ。

 

「操舵士経験だけは長ぇ、この老いぼれが知恵を貸してやるよ」

 

 にっ、と歯を見せて笑うザンツに、頼もしさを覚えて仕方がなかった。

 

「ははっ! こりゃいいぜ! っつうかよ、なんで俺達がここにいることがわかったんだ?」

 

 思いがけない光明に笑いながらザンツの肩を叩き、気になっていたことを尋ねる。

 

「そりゃあ、彼の有名な“蒼穹”の騎空団ともなれば居場所が知れ渡ってるもんよ。ってのは冗談で、あれだ。()()()()ってヤツだよ」

 

 そう言って早速ラカムの下へ行くザンツを見送りながら。

 

「……チッ。認めるのは癪だが、粋な真似しやがるぜ」

 

 娘のこともあるので心中は複雑だったが、限りなく最適に近い人選である。舌打ちしながらも、オイゲンの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「オイゲン殿! スフィリア警備隊、全員集合しました!」

 

 そこへ、金属の擦れる音を響かせながら更なる援軍が到着する。

 

「あ? 警備隊、全員集合って……。国の許可はいいのかよ?」

 

 鎧を身に纏った物々しい集団に尋ねるが、

 

「当然でしょう! あの災厄を繰り返さぬためにも、我々にも指示を頼みます!」

 

 返ってきたのは迷いない返答だった。

 

「は、はは……はははははッ! おっしゃあ! 光明が見えてきたじゃねぇか、おい!」

 

 設計図の進捗と人手不足、二つの解消糸口が見えてきたことでオイゲンのやる気も急上昇していく。

 

 スフィリアの警備隊に指示を飛ばし、急ピッチで作業を進めていくのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 街の一角ではイオとロゼッタが、『第二動力機関』に魔力を込めていた。それはラカムの発案による装置で、一般的な動力機関と違って魔法で動き、補助的な推進力を得るためのモノだった。

 

「むうぅ……! むうぅぅぅ……! たあぁぁぁッ!」

 

 イオが難しい顔で魔力を装置へ込めていくのだが、

 

「あ〜!? 魔力が逃げてっちゃった……!」

 

 上手くいっていなかった。

 

「焦っちゃダメよ、イオちゃん。この装置は繊細に扱わないと」

 

 対するロゼッタは安定して魔力を込めている。

 

「わかってるけど……どうしても力んじゃうのよね。あの災厄を思い出すと」

「そうね……次は半分、楽しいことを考えましょう? その強い感情自体は魔力に必要だもの」

「半分、楽しいこと? う〜ん、なんだろ……」

 

 ロゼッタの助言を聞いて首を捻るイオは、思いついた端から実践しようと試みる。

 

「えっと、じゃあ……サンダルフォンめ〜! 次のバーゲンセールはいつなのよ〜!?」

 

 半分半分で思い浮かべたモノをそのまま魔力に込めると、今度は上手く装置へ込めることができた。

 

「あ、スゴイ、ホントにできたぁ! ロゼッタって教えるのも上手なのね!」

 

 イオは上手くできたことが嬉しいのとで、笑顔を見せる。

 

「あら……そ、そうね、良かったわ」

 

  ロゼッタは言いつつも脈絡のない「バーゲンセール」という単語について疑問符が浮かび上がっていた。

 

「こんにちは〜。ごめんなさい、ちょっといいかしら?」

「うん? ……あ、バーゲンの!」

「あら、どうしたのかしら?」

 

 そこへ遠慮がちにドラフとエルーンの女性魔導士がやってくる。

 

「噂を聞いたの。艇の強化に魔力が必要なんだって」

「それで私達にも手伝えることがないかなぁって」

 

 二人の申し出にイオは顔を輝かせた。

 

「本当!? ありがとう、すっごく助かる!」

「うふふ、じゃあ早速お願いさせてもらうわね」

 

 人員が加わり、より効率良く魔力を込められるようになった。二人は引き続き第二動力機関へ魔力を込めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「よいしょ、よいしょ……!」

「ここだ、ルリア」

 

 ルリアとカタリナも準備を手伝っていた。

 

「ありがとう、次は備品の補充だが……」

「うん、任せて! 倉庫に行って必要なモノを確認してくる!」

 

 カタリナがどうしろと言う前に、ルリアが行動を始める。

 

「あっはは……空の旅にもすっかり慣れたものだな」

 

 そんな様子を見て嬉しいような、少しだけ寂しいような気持ちに駆られるカタリナの心境は、親心に近しいモノだった。

 

「あぁそれで、シェロカルテ殿。先程言っていた提案というのは?」

 

 続けて傍らのシェロカルテへ顔を向ける。

 

「はい、実はですね〜。万が一の時に備えてなんですが〜……」

 

 シェロカルテはカタリナに対し、ある提案を行うのだった。

 

 そして。

 双子の天司が依頼をしてから数日が経過したところで、一行は街の人々の協力により、グランサイファーの強化を完了させた。

 突貫工事ではあったが、各々最善の努力をした結晶が港に鎮座している。強化前とは一風変わった姿をしていた。

 

「大したモノだ。傍目には変わらないように見えるけど、磨き上げられてるね」

 

 出発準備が整ったことで双子の天司も甲板に来ていた。ハールートが興味深そうにグランサイファーを見回しながら感心する。

 

「お、わかるか? 色々と仕込んで特別仕様にしてんだ。我ながら無茶だと思ったが……本当に設計通り仕上げられるとはな」

 

 そこにはグランサイファーの強化に不可欠だったラカムの姿もあった。

 

(ノア……。俺とグランサイファーの成長、見ててくれよな)

 

 ラカムが感慨を覚えていると、すっとマールートが近寄ってくる。

 

「ウフフ♪ ラカムさん、とても嬉しそうね。少年みたいにキラキラしてるわ」

「そ、そうか? まぁ操舵士だったら誰だって嬉しいさ。理想の艇が目の前にあるんだからな」

 

 その言葉にマールートが更にずいっと近づいた。

 

「うんうん♪ 理想を語る男性って素敵だなぁ……」

「はぁ? お、おい、なんだよ? 顔が近ぇよ、ちょっと離れろ」

「ゴホン! ま~ちゃん、なにやってるの。そんなに近づいてどうする気だい?」

 

 女性慣れしていないラカムが言いながら自分から遠ざかり、ハールートが咎めるように強い咳払いをする。

 

「ん~……? あはは、ごめんなさい♪ 興味が湧いちゃうと、つい」

 

 軽く謝りながらすっとラカムから離れるマールート。

 

「別に謝ることじゃねぇが、昔っからその調子なのかよ?」

 

 言いつつもラカムは若干呆れた様子だ。ハールートが同じような顔をしているのも見るに、昔からそうなのだろう。

 

「あぁ、それより誘導灯の件だ」

 

 歓談はそれくらいにして、本題を思い出す。

 

「お前さん達が務めるってのは本気か?」

「あぁ。天国の門は僕達が先行して飛行する。天司長様の気配を探りながらね」

「任せて! 空図も羅針盤も意味がないところだし……ちょっとは役に立ちたいもの」

 

 いくら天司とはいえ天国の門で飛翔するのは困難だろうと思っての言葉だったが、二人の返答を聞いて任せることにする。

 

「わかった。かなり厳しい旅路になるが、頼んだぜ」

 

 双子の天司への確認が終わったことで、天国の門を突破する全ての準備が整った。

 ラカムは今一度準備してきたモノを思い返し、なにも抜けがないことを確認する。操舵士という騎空艇に乗る全員の命を預かる役目を担うからには当然のことだ。

 

「……グラン、ジータ。今の確認で準備は整った。後の判断は任せるぜ」

 

 ただし出航は彼が決めるモノではない。甲板に来ていた二人の団長を見つめ、黙って反応を窺う。

 

「「いこう」」

 

 二人は同時に頷いて、出航の合図を出した。

 

 団長の合図が出てから出航間近になって、見送りに出てきた者がいる。

 

「おう、もう出航か? うちの団長もいるんだ、落ちるんじゃねぇぞラカム」

「……あんたが言うと冗談に聞こえねぇんだよ」

 

 ラカムの設計図完成に貢献したザンツだ。親指を立てる彼に苦笑しつつ、「おう」と応えて親指を立て返した。

 

「ダナン君も手くらい振ったら?」

「いらないだろ、死にに行くわけでもあるまいし」

 

 甲板の縁に寄りかかる団長本人はいつもの調子であったが。

 

「よし、じゃあ出発だ! 行こう、カナンへ!!」

 

 グランが意気揚々と宣言して、一行とその他は強化されたグランサイファーに乗って天国の門へと出発するのだった。




番外編でもオリキャラ出したいなぁとは思っていたんですが、なかなか難しかったので。
今回は折角の機会ということでザンツを登場させてみました。

ゲーム本編よりも出発までの時間が若干短縮されていますが、大筋にはあまり関係ありませんね。


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EX:『失楽園』嘘

大分遅れましたが更新です。
年度を跨ぐのはやっぱりちょっと忙しくなりますね。

あとモンハンと原神が悪い。


 天国の門へ向けて出航した彼らを、上空から眺めている人影があった。

 

「おいおい……本気でカナンに向かうつもりかよ。まぁ単一元素を纏った四大天司より、可能性はあると言えばあるけどねえ。だが……さて、どうしたもんか。バブさんは特異点を警戒してるが、オレだって前戯を楽しみたいわけで。ふぅむ……。オーケイ、お手並拝見だ。一緒に昇天しようぜ、特異点……!」

 

 やけに危ない言葉選びの人影は、そう呟くとどこかへ飛び立つのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、天国の門に今、一隻の騎空艇が挑んでいた。

 

 言わずもがな、グラン達の乗るグランサイファーである。

 

 吹き荒ぶ風は刃物より鋭利だった。

 飛来する岩屑は集中豪雨のようだった。

 

 それでも艇は後退の兆しを見せずただ前に向かって突き進んでいた。

 

「あ、クッソ! 随分とまぁ激しい洗礼だぜ! だが俺達はなぁ……ここで沈むわけにはいかねぇんだよ!」

 

 舵を握るラカムは天国の門の気候の異常さをより感じていた。少しでも油断すれば騎空艇ごと持っていかれる。

 それでも団員プラスその他の命を預かっている以上ラカムに許されているのは、全員を生還させることだけである。

 

「ロゼッタ、また竜巻だ! こっちに向かってくるぞ!」

「わかったわ、任せて頂戴! これで打ち消すわ……ダーティ・ローズ!」

 

 グランサイファーを襲う竜巻を、ロゼッタの放った奥義が搔き消した。

 

「やったぜ! 竜巻を相殺できたな!」

「……! イオちゃん、右よ!」

 

 喜ぶビィとは打って変わってロゼッタは油断を見せない。すぐに次の天候による襲撃を察知した。

 

「うん、あの岩石ね! あたしの魔法で粉々にしちゃうんだから! エレメンタルガスト! それぇ!」

 

 巨大な岩石が騎空艇に向かって一直線に飛んできていたのだ。イオも奥義を駆使して岩石を粉砕する。……岩石の破片は騎空艇に当たる直前で金の粒子となり消滅していった。

 

「ラカム、尾翼が破損してるぞ! 三十秒でいい、艇の平行を保てるか!?」

「任せろ! 足滑らせんなよ!」

「誰に言ってやがる! 熟練の技術ってヤツを見せてやるぜ」

 

 ラカムの軽口に勇ましく応えたオイゲンだったが、乱気流に乗って現れた魔物の群れに行く手を阻まれる。

 

「なッ、魔物の群れだと……!? 乱気流に流されて迷い込んだってのか? いつも間の悪ぃこったぜ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 

 オイゲンが行く手を阻む翼竜のような魔物に向けて銃を抜き放つ前に。

 

「はあぁぁぁ!」

 

 カタリナが剣を一閃して魔物を後退させた。

 

「オイゲンは艇の修理を! グラン、ジータ、ルリア! 舳先に誘い込んで反転攻勢に出るぞ!」

「うん! いこう、グラン!」

 

 カタリナの指示に従ってルリアが近くにいたグランに声をかける。

 

「ダナン君もちょっとは手伝ってよ」

「俺は一番対処しづらい破片やらを担当してるだろうが。お前らだけでも問題ねぇだろ、あの程度」

「そうだけどさ……もういい」

 

 ジータは傍目にはあまり働いていないダナンにも声をかけたが、少し拗ねた様子でグラン達についていった。

 

 ジータとしては彼をフォローするつもりだったが、本人に取り繕う気がないため諦めている。ダナンもダナンで遠目からこちらを窺っていた人影を警戒して下手に消耗するわけにはいかないと踏んでいた。

 

 ともあれ、実際ダナンが手を出すまでもなく魔物の掃討は終わる。星晶獣なら兎も角ただの魔物程度で苦戦する一行ではないのだ。

 

 一行とグランサイファーを猛然と襲う自然の脅威。そこに魔物の群れまで追加され一瞬の油断も許さぬ状況だったのだが、航路の中間と思しきところまで達すると、その圧力は奇妙に静まり返っていた。

 すると、誘導灯を務めていた双子の天司が一旦戻ってくる。

 

「お〜い、特異点達!」

「ふぅ……お疲れ様、皆さん調子はいかが?」

 

 二人が戻ってきたことから警戒をやや緩めて一息吐く一行。持ち場を維持しつつ束の間の休息となった。

 

「あぁ、一応なんとか……。アンタらこそ平気なのか? いくら天司っつっても大変だろ?」

「僕達のことは気にするな。カナンでは諸君の力が重要になる」

「天司長様の危機の原因に、悪者が関わってる可能性もあるもの」

 

 ビィの心配に対して双子の天司がそれぞれ応える。

 

「でも、無理は禁物ですよ? 私達は仲間なんですから! 一緒にカナンへ行きましょう!」

 

 そこへルリアが告げると、ハールートは彼女に目を向け微笑んだ。

 

「仲間……。君の心は本当に美しいね、蒼の少女。外見と同様に」

「はわわ……? うつ、美しい……!?」

 

 爽やかな笑みと共に紡がれる飾り気のない褒め言葉に、ルリアも戸惑うやら照れるやらである。

 

「あぁ。君は自分の美貌に気づいていないのか? 可愛らしいな。そうだ。依頼の後、僕に時間を貰えないか? 君を更に輝かせられる自信がある」

「か、かわわ……!? えっと、その、あの……!」

「ちょっと、は〜ちゃん? ルリアさんを口説いてどうするつもり?」

 

 言い慣れているのか淀みない言葉を続けるハールートに、マールートの責めるような視線が突き刺さる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は口説いてなんかない。原石は磨かずにはいられないんだ」

 

 マールートに咎められるとやや焦ったように言い訳した。

 

「その意味わかんない趣味のせいで、何百という少女を誤解させたことか……」

「うぅ……。それは反省してるけど……」

「おいおい……お前、二千年の生きてなにやってんだよ?」

「あははは……。な、なんだか天司さんも身近に感じてきましたね……」

 

 呆れたようなビィの的確なツッコミが入る。周囲で待機していた者達も同じような表情だった。

 

 和やかな雰囲気に気が緩みそうになったその時、大きな衝撃がグランサイファーを襲う。

 

「うわぁぁぁ! なんだ、またなんか当たったのか!?」

 

 崩れそうになる体勢を制御して耐える者が多い中、ビィが驚いた声を上げた。

 

「で、でもなにも見えませんでした! ひょっとしてラカムさんが言ってた……」

「グラン、ジータ! 良かった、お前達もここにいたか!」

 

 ルリアが最後まで口にする前にラカムが甲板へ出てくる。

 

「ラカム! どうしたんだ、なにかトラブルか!?」

「動力機関が限界だ。予想よりは遥かに保ってたんだがな」

「ど、どうするの?」

「第二動力機関を発動させた。装置自体は突貫で粗っぽい出来だが、イオ達の込めた魔力で飛んでる状態だ。この推進力でカナンまで奔る。届かなければ空の底だ。誘導を頼むぜ!」

「わかった!」

「頑張ってね!」

 

 ラカムの指示に従い、双子の天司は再び空に舞い上がる。

 

「第二は順調に動いてるぜ。だが遂に余力に頼るってわけだ」

「心配ないわよ! 皆と頑張って魔力を込めたんだもん。きっと、きっと……」

「そうね。魔力の純度は保証するわ。動力機関を休ませる時間は確保できる」

 

 心配ないと言いつつ不安気なイオの肩に優しく手を置き、ロゼッタが口添えする。

 

「そうだな。その間に修理を済ませられれば、帰る時の推進力も」

「きゃあ!」

 

 ラカムの言葉を遮るように、ルリアが悲鳴を上げた。

 

「どうした、また魔物か!?」

 

 カタリナ含め周囲を警戒するが、なにもない。

 

「あ、ううん。今、雲の中になにか……その……」

「雲の中? なにが見えたってんだよ?」

 

 ルリア自身も戸惑っている様子だが、ビィに尋ねられて自分の見たモノを自信なく答えた。

 

「……フネ?」

「うん? 私達の他に艇が飛んでいただと……?」

「う〜ん。近くを飛んでればとっくに気づいてもいいと思うんだけど……」

 

 しかしカタリナもジータもピンと来ていない様子だ。

 

「きゃあ!」

 

 ルリアに続いてイオまでも声を上げる。

 

「イオちゃん? どうしたの、まさか本当に……?」

「……あっち」

 

 ロゼッタも困惑する中、オーキスが左舷の雲を指差す。

 

「おいおいおい……! 左舷の雲見ろ、お前ら」

「嘘だろ、おい……。なんなんだよ、あの艇は……!?」

 

 それとほぼ同時、ラカムとオイゲンまでもが驚きの声を上げた。そうして一行の視線が同じ方向を見る。

 

 そこには、現代の騎空艇とは違った型の艇が無数に飛ぶ光景が映っていた。いや、映っているのではなく実際にそこに存在しているようだ。

 

「ここまでか……! だが俺達、空の民の勝利は目前だ! 既に星の民は撤退を始めている! 俺達は空を取り戻せるんだ……! 数百年に及ぶ支配は終わるんだ!」

 

 鬼気迫る声と、自らを奮い立たせるような強すぎる声。

 

「そのためなら俺は……うおぉぉぉ!!」

 

 一隻の騎空艇が敵らしき影に突っ込み、そのまま墜落していく。

 実際に目の前で起きていることのようなリアルさに呆気に取られた一行だが、見ている光景がふっと消えて全く別の光景を目にしたことで今の出来事ではなく、幻影だと理解する。

 

 それでも生々しさ故に声を上げることもできていなかった。……赤く点滅する首飾りを提げてくつくつと笑うダナン以外は。

 

 次々と現れては消える幻影が、やがて空の歴史の断片であることを察する。

 

「なぁなぁ……。時空が歪んでるってのはまさか……」

「あ、あぁ。この過去の幻影かもしれねぇ……」

「実際に起きた出来事よ。あの古い型式の騎空艇は記憶にあるわ」

 

 過去の幻影、歴史の残滓を目にした一行は呆然とそれらを眺めていた。

 

「――……」

 

 その中で、妙な人影が見える。今度は外の出来事ではなくどこか建物の中の光景らしい。

 

「あの人は……」

「これは……!?」

 

 現れた人影の顔は、いつか見た天司長ルシフェルと酷似していた。しかしルシフェルと似ている、ほぼ同じであっても雰囲気が異なる。それにその人影とルシフェルが対峙していたので別人だとわかった。

 ルリアだけはサンダルフォンの過去を覗き見た時に、彼の姿を見ている。

 

「どうした、改まって」

 

 平然と尋ねる彼に、ルシフェルが言葉を返す。

 

「……友よ、話がある。かつての星晶獣の叛乱についてだ」

「叛乱? ただの波状的に広がった暴動だろう? お陰で獣を造った俺も疑われたものだ」

 

 ルシフェルに友と呼ばれた男は肩を竦めていた。だがルシフェルの表情が険しい。

 

「その疑惑は真実でないと?」

「その疑惑は真実であると?」

 

 全く同じように返されて、ルシフェルは切り込む。

 

「……首謀者は君だ」

「……ほう?」

 

 断言したルシフェルに対して、相手は否定しなかった。

 

「君の直接指揮下にある天司が、各地で扇動していたのだろう。叛乱が失敗することもまた、君の目論見の範疇だった。何故だ? 星の民である君にとって――」

「大量のコアを効率的に得るためだ」

 

 ルシフェルの言葉を遮って、あっさりと彼は白状する。

 

「お陰で禁忌の実験が可能になった。フッ……それで話は終わりか、ルシフェル?」

 

 叛乱を裏で操っていたと暴露した上で、彼は余裕を崩していなかった。

 

「なにをしようとしている? 君の目的は『進化』の研究だったはずだ。その行動と一致しない」

「『進化』の行末、その結論は出た。お前も既に行き着いているのだろう? 空も、星も、人間も。その身を裂いた創造神の、ホメオスタシスに過ぎん。宛がわれた揺り籠の中で神の都合に振り回されるだなどと……極めて不愉快だ。お前はそうは思わないか? 小石を積み上げ塔を築くが如く。無数のコアを繋いだ実験体も、全て神を否定するための代物というわけだ」

 

 語る彼を見て、ルシフェルは顔を歪める。

 

「その反抗心のために……世界を滅ぼす可能性を造り続ける気か?」

「フフフ……お前と見解を違えることはわかっていた。こうなることもな」

 

 笑みすら浮かべた彼に対して、ルシフェルは武器の柄に手をかけた。

 

「ルシファー……!」

 

 そして躊躇なく一閃、ルシファーの首が地面に転がり身体が後から倒れていく。

 

「無駄、だ……。俺の研究を知る者が必ず……。遺産は……引き継がれる……」

「それでも私は……空の可能性を信じたいのだ」

「……」

 

 ルシファーからの返事はなかった。星の民とは言えど、首を落とされれば死ぬだろうとは思うが。そこで幻影が途絶えてしまったため、その後ルシフェルがなにをしたのかまではわからなかった。

 

「な……なんだったんだよ、今のは……」

「わ、わかりません……。ただ、世界を滅ぼす可能性って……」

「ルシフェルは、その可能性を造り続けるつもりだった、ルシファーという星の民を止めた?」

「でも遺産がどうとかって言ってたわ。それってつまり危険は残ってるって――」

 

 各々が重要そうな幻影について語る中、グランサイファーが大きく揺れる。

 

「うおッ!? なんだ、高度が下がってるだと!?」

「ヤベェぞ、おい! この一帯は妙な磁場が働いてやがる!」

「船底の下の雲が渦を巻いてるぜ! なんか引き寄せられてるみてぇだぞ!」

「このままだと……艇が空の底に落ちる……!?」

 

 突然の事態に慌てつつも、なんとか持ち堪えるためにそれぞれ行動を開始した。

 

 第二動力機関をフル稼働させ、重い荷物を捨てていく。

 

「見ろ、雲海が開いてる! あとちょっとでカナンだぜ!」

「あ、本当です! 出口まであと一歩……!」

「だがジリ貧だぜ。クソ、ここまで来て沈んでたまるかよ!」

「重い荷物は全て捨てたが、他になにかできることはないのか!」

「カタリナ、こっち! このコンテナを捨てるの手伝って!」

「なんてこった……雲の渦が目の前まで迫ってるぜ! あとは祈るしかねぇってのかよ!?」

「なにか……祈る他になにかできること……」

 

 ダナン達も一行を手伝って対応していたが、それでも限界はある。他に手はないのかと探る中、ルリアがなにかを察知した。

 

「な、なに、この感覚は……!?」

「ルリア! どうした、一体なにが……」

 

 コンテナを落として戻ってきたカタリナが声をかける。

 

「わからない! わからないけど、なにか力が……」

「――!」

 

 皆がルリアに注目する中、ルリアの傍に四体の星晶獣が出現した。ティアマト、コロッサス、リヴァイアサン、ユグドラシル。一行が旅の中で出会った星晶獣達である。

 

「ティアマト!? それに他の皆も!」

「ルリアの意思ではない? 自分達の意思で顕現したということか!?」

 

 突然現れた星晶獣達は目配せをして人にはわからない言葉で会話する。すると物凄い追い風が吹き、グランサイファーがぐんと持ち上がった。

 

「んなッ!? 凄ぇ風が吹いてきたぜ!」

「皆……! そっか、そうだよね……。皆も仲間で応援してるんだよね! ありがとう! 本当にありがとう!」

「ははははは! 流石だぜ、ここ一番の追い風だ!」

 

 星晶獣達の力によってグランサイファーはなんとか雲の渦にぶつからずカナンへ至る道を行く。

 

「遂に……遂に俺達は突破したんだ……! 数多の騎空士を阻んだ、天国の門を――」

「……」

 

 危機的状況を脱して一行の表情が明るくなる中、ダナンは一人空を見上げて左手を上に突き出した。それに気づいたのはオーキスとレオナくらいで、他は喜びを分かち合っている。

 左手に光を集束させて球体を創ると、明るさで一行からもバレてしまう。

 

「えっ?」

「――いけ」

 

 きょとんとした声を無視して、それを放つ。球体は無数の光線となって雨のように散っていく。明らかに攻撃の意思がある行動だった。光線は雲間に消えていく。

 

「……な、なにしてるの!?」

「……当たった?」

 

 驚くジータと、全く別のことを尋ねるオーキス。

 

「いや、避けやがった。――来るぞ」

「来るってなにが……きゃあ!?」

 

 首を横に振るダナンが言った直後、グランサイファーの船首側になにかが落下してきたような音が聞こえて少し揺れた。

 

「皆、気をつけて! 船首になにかいるわ!」

 

 ロゼッタの警告と、先のダナンの攻撃を避けたという“なにか”。二つが合わさってすぐに臨戦態勢を整える。

 

 こつこつという軽快な足音と共に船首から歩いてきたのは、やけに色白な黒い服の男だった。

 

「んん……? まさか本当に突破するとはねえ……」

「お、お前は! 祭の時の変態野郎!」

 

 ビィの率直且つ直球な悪口にも、笑みを浮かべて返す。

 

「よせよ、公衆の面前で。オレのマゾヒズムを擽る気か? まぁそれでもいいが。少々時間を貰えるか? 先ほどサディズムを満たしたばかりでね」

 

 そう言うと、男は腕に抱えた双子の天司を甲板に放り捨てた。二人は傷だらけになっており、この男一人に敗北したことが窺える。

 

「ハールートさん! マールートさん!」

「う……うぅ……。皆、気をつけろ……!」

「この男……ベリアルは……天司のひとり……ルシファーに組する……」

 

 不幸中の幸いか痛めつけられただけで済んだ様子だ。だがいくら天司とはいえ、瀕死の状態ではどうなるかわからない。

 

「喋るな! 今、応急手当をする!」

 

 カタリナとロゼッタが双子の天司を運んだが、ベリアルはそれを邪魔しなかった。カタリナとイオとで二人の回復に努める。

 

「てんめぇ……! ルシフェルの敵の一味ってことかよ! オイラ達の邪魔をする気か!?」

 

 怒りを露わにするビィと、それぞれ武器を構える一行。だがベリアルは飄々とした態度を崩さない。

 

「そういうことになるな。キミには本当に申し訳ないと思ってる。パティシエなんて嘘を吐いて悪かった」

「バカにしてんのか! そこはどうでもいいんだよ!」

 

 悪びれた様子もなく、また的外れな謝罪だった。

 

「カッカするなよ。別に通してあげてもいいんだが……条件としてオレと姦淫しないか?」

「うん? えっと、カン……?」

 

 ベリアルの言葉の意味がわからずきょとんとするルリアと、わかった者は嫌悪感を示しわからない者を守るように前に出た。ラカムもその一人である。

 

「下がってろ、ルリア。この下品な野郎に耳を貸すな」

「キミがやるのか? いいね、ソドミーといこうか」

「はぁ……?」

「ソドミーはいいぞ。半永久的なオーガズムが得られる」

「このヤロウ……! やるぞ!」

 

 ふざけた答えを返すベリアルに痺れを切らし、交戦に入る。

 ベリアルは笑みを浮かべたまま跳躍すると、背中から黒い蝙蝠のような翼を六枚生やした。グランサイファーの前に立ち塞がるように翼を広げ、背に不気味な紋章を浮かべる。赤黒い剣が四本滞空する様は、どこかサンダルフォンにも似ていた。その身から放たれるプレッシャーの強さからもひしひしと伝わってくるが、どれだけふざけた言動をしていてもベリアルが上位の天司であることに間違いはないのだろう。

 

「オーケイ、やろうか」

 

 ベリアルはあっさりと戦闘態勢を取り、一行に牙を剥く。

 グランとジータが飛ぶ相手に有効な『ジョブ』を選択する中、ダナンが両手を突き出して光を集束し始めた。

 

「ん? あぁ、さっきのはキミか」

 

 先ほどよりも距離が短く、数も単純に二倍。だがベリアルの感想はたったそれだけで、手から放った黒い波動によりまとめて消し飛ばしてしまう。

 

「……チッ」

 

 ふざけた物言いとは裏腹に、紛れもない強敵である。ダナンの舌打ちを聞いたグランとジータは迷いを捨てた。

 

「「【十天を統べし者】!」」

 

 カナンへ辿り着いた時にどんな障害が待ち受けているかはわからない。だが出し惜しみができる相手ではなかった。

 グランとジータが揃って十天衆と同じ衣装に身を包む。

 

「フフッ……いいねえ。俺を楽しませてくれよ、特異点?」

 

 二人の本気を目の当たりにして尚、ベリアルの余裕は崩れない。だが軽い足音とほぼ同時に、三寅斧を持ったグランが眼前まで迫っていた時は驚いた様子を見せていた。

 

「おっと」

 

 一撃をさらりと避け、

 

「いいのかい? そんな無防備な姿を晒して」

 

 空中で身動きの取れないグランへと赤黒い剣の切っ先を向ける。しかし落下するグランの後方から、無数の矢が飛来してきた。それらの対処をしている間にグランは落ちていくが、氷の板が形成されて着地する。

 

「ありがとう、ジータ、イオ」

「ちょっとは考えてから向かってよね」

「グランはホントに無茶ばっかりするんだから」

 

 一旦グランサイファーの甲板まで戻ってきて、彼をフォローした二人へと礼を告げた。

 退いたグランの代わりに遠距離攻撃のできるラカム、オイゲン、イオ、ロゼッタがベリアルを攻撃するが大きな隙は生まれていない。サンダルフォンと違って巨大化しているわけではないものの、逆に小回りが利くため対処しづらかった。

 

「ダナン君。私とグランが動くのに合わせて足場を設置できる?」

 

 【十天を統べし者】グランですらベリアルに決定打を与えられていない。相手が飛んでいるからというのもあるが。

 だからこそジータはベリアルの様子を見つつ、ダナンへと尋ねた。彼女の考えとしては、【十天を統べし者】の驚異的な身体能力を活かせるだけの足場さえあれば、ベリアルに対抗できるというモノ。

 

「できなくはないが、お前ら二人の動きを先読みして足場を作り続けるのは面倒だな」

「じゃあお願いね」

「……はぁ」

 

 遠回しにやりたくないと発言するのだが、全く取り合ってもらえずついため息で返事をしてしまう。

 

「オーキス、レオナ。流石に俺も集中する必要があるから、無防備になる。任せていいか?」

「……もちろん」

「任せてください」

 

 とはいえダナンもジータの提案が有効であると判断してからこそ、信頼の置ける二人に任せて提案に乗ることにしたのだった。

 

「頼んだからね!」

「わかってるよ、いいところで落としたりしないって」

「それ言うのはやるってことだよね!?」

 

 冗談交じりの返答にツッコミつつも、ジータはベリアルとの戦闘に加わる。ベリアルは遠距離攻撃に対処しながら、跳んでくるグランの攻撃をひらひらとかわしていた。未だ直撃は与えられていない。

 

「グラン! 自由に動き回っていいよ!」

「……っ! わかった!」

 

 ジータが声をかけて、グランも大体の状況を察する。彼も考えていたことだが、安定した足場を創れる者がいれば、なんとかなりそうだった。それが解決したということだろう。

 

「……ったく」

 

 仲間になったつもりはないが二人からの信頼に嘆息しながら、ダナンは近くにあった木箱に座る。立ったままよりは集中しやすい。

 

(……ワールド、補助してくれ。流石に【十の願いに応えし者】を使ってない状態であいつらの動きについていけるとは思えねぇ)

『では使えばいいのではないか?』

(バカ言え。こいつ相手に全力出してたら、別のヤツに敵わないだろうが)

 

 頭の中でワールドと会話し、知覚と創造に意識を集中させる。

 

「はぁ!!」

 

 ジータが一伐槍を手にベリアルへと真っ直ぐ突っ込んでいく。

 

「おっと。けどいいのかい? そんなに勢いよく突っ込んだら落ちて――ッ!?」

 

 簡単に避けられてしまうが、後方まで跳んでいってしまったジータが突如現れた壁に足をつけて方向転換した。ベリアルが振り返った頃には眼前まで迫ってきていて、回避が間に合わず攻撃を受けてしまう。

 

「なかなか激しいプレイじゃないか」

「はっ!!」

 

 それでも余裕を崩さなかったベリアルだが、続けてグランも肉薄している。それを回避する中でファーストールに攻撃が掠り黒い羽根が散った。口を開く間もなくジータが接近、赤黒い剣で防御しているとグランの七星剣に背後から斬りつけられる。

 

「ッ――!!」

 

 ベリアルが体勢を崩すと双子が同時に蹴りを放って追撃。その勢いを利用して離れまた虚空から現れた壁に足をつけて跳躍する。空中を縦横無尽に跳び回りながら攻撃してくる双子に、流石のベリアルも苦戦している様子だった。

 ダナンは普通の人の目には追えないほどの速度で動く二人を先読みして壁を創り、更には遠距離攻撃がしやすいように邪魔な壁から消している。ワールドの補助があるとはいえ戦闘と両立できないのも納得だ。

 

 

「なるほどねえ。キミを狙えばいいわけだ。――ゴエティア」

 

 だが余裕が真に崩れることはなかった。剣や翼で二人の猛攻の被害を最小限に抑えると、今の自分が不利になっている状況を作り出した張本人を割り出す。赤黒い剣の一本を巨大化させ、ダナンへと向けて放った。

 ダナンは攻撃を知覚してはいたが仲間二人に任せていたため、瞑目したまま一切動かない。

 

「……ロイド」

 

 オーキスの声に応じたロイドが星晶獣並みの豪腕を振るって剣を受け止める。

 

「はぁっ!」

 

 動きを止めた剣に対し、跳び上がったレオナが薙刀をぶつけ跳ね返すことに成功していた。二人共遠距離攻撃手段を持たないが故に、自分ができることに対しては全力である。一筋縄ではいかなかった。

 

「それなら、もっと激しくしたらどうかな? ――アナゲンネーシス」

 

 しかしベリアルの余裕が崩れることはない。大技を放つべく力を溜めて、

 

「獅子烈爪斬ッ!!」

 

 背後に現れたレオナの渾身の一撃をまともに食らった。空中でよろけたベリアルだったが、すぐさま振り返って攻撃に移る。だがその時には既にレオナの姿はない。大技の溜めという隙を確実に突くためだけに空間転移を使ったようだ。

 体勢を立て直す間もなくグランとジータの二人が飛び出している。

 

「「レギンレイヴ・天星!!!」」

 

 双子の大技がベリアルに叩き込まれた。天星器のエネルギーを凝縮した波動が相手の身体を呑み込み、空の底へと墜落させる。

 消し飛ばすとまではいかなかったが、確実に倒したという手応えがあった。

 

 ベリアルは力なく落下しながら、どんどん遠くなっていく騎空艇を見上げる。

 ……本当は特異点の二人だけと遊べればいいはずだった。もう一人の方は、所詮ファーさん以外の創った星晶獣の力を使っているだけ。原初の星晶獣を知る自分からしてみればそうそそることはないと思っていた。だが存外、楽しめそうだ。

 

 上から見えなくなったところで飛翔して上がろうとした直後、黒い箱に閉じ込められて壁に激突する。ぶつかった衝撃から考えても相当に頑丈な箱だ。少なくとも内側から破るのは至難の業だろう。そしてよくわからない現象を引き起こせる相手は見たところ一人しかいなかった。

 

「フフ……」

 

 こちらが力尽きていないことを察してトドメを刺しに来たと言ったところか。ベリアルが不敵な笑みを浮かべた次の瞬間には、黒い箱ごと空間が圧し潰された。




エウルア完凸しました。


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EX:『失楽園』繭

『こくう、しんしん』が始まってしまいましたね。
できればイベント開催期間中の番外編完結を目指したい所存。ただしそうなるとは言ってない。


 なんとかベリアルを退けた一行。ダナンの協力がなければ相当な苦戦を強いられていたであろう相手を撃退できて、少しほっとした様子だった。

 

「――世界は箱の中に(ワールド・イン・ボックス)

 

 だがダナンが手元に黒い立方体の小さな箱を形成したことで怪訝に思い注目が集まる。

 

「圧壊」

 

 そのまま黒い箱を両手で左右から潰すようにすると、箱は見事にぺしゃんこになった。見ているだけでは一体なにをしているのかわからない。

 

「……はっ。()()()()()()

 

 ダナンは吐き捨てるように笑う。内心で冷静に分析しながら。

 

「……なにしたの?」

「気にするな、大したことじゃねぇよ」

 

 オーキスの質問に返答して、警戒しつつも余分な力は使いたくないので追撃の手は止めておく。

 

 なにも言わないことに対して不満そうな面々もいたが。ティアマト達が協力して起こした風の力によってギリギリ飛翔している状態のグランサイファーが航行し、ようやくカナンを目にすることができたので意識がそちらに逸れる。

 

「カナンが見えてきました!」

「あぁ! 飛ばすぜ、グランサイファー! もうちょっとの辛抱だ!」

 

 カナンへの到着に光明が見えてきて明るい雰囲気を作る一行だったが、ボォと甲板が燃え上がったのを確認して騒然となった。

 

「お、おい! 甲板が燃えてるぞ!」

「どうして……!? 爆発物など置いていないのに……!」

 

 カタリナの言う通り、爆発物は置いていない。爆発音などもしなかった。となれば第三者の仕業である。

 黒い影が視界の端を通ったかと思うと、

 

「フ、フフフ、ウフフフ……」

 

 傷を負ったベリアルが舞い降りてきた。倒したはずの相手が無事だったとなれば驚愕もする。

 

「ベリアル……! まだ生きていたのか!?」

「忘れたのか、オレの役割を。他人を騙すことが生き甲斐なのさ」

 

 全員の気持ちを代弁したハールートの言葉に、ベリアルは余裕を持って応える。【十天を統べし者】の大技を、それも二人同時で受けても余裕そうな相手に、彼の実力を上方修正した。

 

「『狡知』……。役割なんてほとんど無視する癖に……ルシファー直属の元天司のことなんて――」

「『堕天司』と呼んでくれよ。創造主のファーさん直々の命令だぞ?」

「なにがルシファーだ! 知ってるんだぞ、ルシフェルにやられたヤツだろ!」

 

 過去の幻影を見てビィが告げると、ルシファーのことを語る時は気分が良さそうだったベリアルの表情がすっとつまらなさそうに変化する。

 

「ルシフェルね。完璧で、公明正大で、無私無欲で……実に退屈なヤツだった。人も獣も神も、少々偏ってこそ魅力的なモノだろう? その意味ではファーさんの偏り具合は、無限にイキまくれるほど際どいモノだった。そして……その彼が遺した作品……天司長が封印した『ルシファーの遺産』も」

 

 ルシファーのことを語る度に、ベリアルの表情は高揚していく。

 

「アレを拝める日が来ると想像するだけで昇天モノだ……! 世界がオシマイになっちまうんだぜ? そんなの、生きてる内にどうやったって拝みたい!!」

 

 白目を剥きかけ興奮し切った様子で熱弁する。言い方こそ耳障りだったが、内容は聞き捨てならないモノだった。

 

「あ、あなたの目的はその危険な遺産の封印を……!?」

「天才の所業を世に開示する。そのための施錠は破壊する」

 

 ベリアルは断言した。

 

「では今度こそ本当にサヨウナラ」

 

 言うが早いが、ベリアルは姿を消す。グランサイファーの炎は取り逃がした手前ダナンがさっさと消していた。

 

「待て……! 天司長様になにをした……!」

 

 呼び止めようとするハールートだが、彼女らの受けた傷は浅くない。

 

「動いてはダメだ! 君達は羽の損傷が特に酷い。ここは堪えて機会を待とう」

「わかったわ。でもこのままだと艇が空の底に……」

 

 カタリナが止めて、双子の天司は浮かせた腰を落ち着けた。カタリナはマールートの発言に考え込む様子を見せる。そしてラカムへと顔を向けた。

 

「ラカム。『あの艇』の推進力は、カナンまで届きそうか?」

「可能性はある。遠心力が加わるように射出すればな」

 

 明言しなかったが、ラカムには伝わったようだ。わかっていない様子の者も多いが。

 

「あの艇……? なんの話をしてるんだ、姐さん?」

 

 ビィも首を傾げている。カタリナは悩んでいる様子で、グラン、ジータ、ダナンを順に眺めた。

 

「グランかジータとルリア、そしてビィ君。若しくは――」

「俺はパスでいい。ぶっつけ本番じゃ無理だろ」

 

 ダナンとオーキスと言おうとしたのだろうが、先んじてダナンが手を振り断る。知覚範囲の広い彼はカタリナがなにをしようとしているのかを大体察していたのだ。

 

「そうか。ならグランかジータのどちらかに、格納庫まで来て欲しいんだが……」

 

 カタリナが告げると、双子は顔を見合わせた。なにをやろうとしているのかはよくわからないが、どうやら二人一緒には無理な様子だ。

 

「時間がない。どちらか片方、決めてくれないか」

「えっと……」

「そう言われても……」

 

 急かされるも戸惑う二人に、ダナンが歩み寄る。

 

「深く考える必要もねぇが、俺はジータが行くべきだと思うな」

「私?」

「ああ。俺やグランよりも向いてる」

「??」

 

 明言を避けているせいで余計に頭を悩ませているようだが、

 

「ダナンがそう言うなら、ジータでいいんじゃないかな」

「グランまで……」

「ダナンはちょっとアレなところもあるけど、こういう時に嘘は言わないだろうし」

 

 グランからの評価に、本人は肩を竦めていた。

 

「……わかった。じゃあ私が行ってくるね」

「「よろしく」」

 

 二人に軽く肩を叩かれたジータがルリア、ビィと共に装備を整えて格納庫まで向かう。

 

「こ、こりゃあ……」

「ナイトサイファー!?」

 

 格納庫にあったのは、速度に特化した小型騎空艇の一種で、走艇と呼ばれるレース用の艇だった。

 ナイトサイファーは、かつて一行が参加したレースで乗り、見事に準優勝を果たしたモノである。一応ジータも操縦はしていたが、本番レースではグランが操縦していたモノになる。

 

「シェロカルテ殿の案で、緊急時のために運び込んでおいたんだ。定員は概ね二人……ジータ達は先行してカナンに向かって欲しい」

「ちょ、ちょっと待てよ! じゃあ姐さん達がどうするんだ?」

「そうだよ……! イオとロゼッタが魔力を込め直して、ラカムとオイゲンが策を練っている。それに先のベリアル……ルシフェル殿は今も危機の渦中だろう。だとすれば君達の力が必要だ」

「う、う~ん……そうかもしれねぇけどよぉ……」

 

 ルリアとビィは他の仲間を置いて先に行くことに不安があるようだ。だがジータはそんな二人を尻目に着々と準備を進めている。

 

「ハールート達によると、ルシフェル殿の気配はカナンの中央地点の神殿にあるそうだ。……だが、走艇は飛行と言うより走行……射出後は滑空する形で乗ることになる。つまり君達も大きな危険を伴うんだ。頼めるか?」

「……後でカタリナ達も来るんだよね?」

「もちろんだ。あの災厄の時も約束は果たしただろう?」

「うん! 行こう、二人共! カナンの神殿に向かって! ……って、あれ?」

 

 ルリアがカタリナとのやり取りの後、後ろにいるはずのビィとジータを振り返ってようやく気づいた。ビィはそこにいるが、ジータはいない。というかもう準備万端でナイトサイファーに乗り込んでいた。

 

「っておい! もう乗り込んでるじゃねぇかよっ!」

「あはは……ジータは皆のことが心配じゃないんですか?」

 

 ツッコミを入れるビィと尋ねてくるルリアに顔を向けたジータは、明るい笑顔を浮かべる。

 

「うん。だって、グランもダナン君もいて、心配する必要なんてないでしょ?」

 

 屈託のない笑みを見て、三人は苦笑するしかなかった。

 

「それもそうだな! よし、景気づけにアレをやるか?」

「アレ? まさかルリアが作った応援歌のことか? ちょ、ちょっと待っ……!」

「「「wow wow wow wow♪ wow wow wow wow♪」」」

 

 ジータ、ルリア、ビィが声を揃えて歌う。同調圧力がかかり、カタリナも仕方なく加わることになるのだった。

 

「ふふ……!」

 

 士気を上げたところで、三人共がナイトサイファーに乗り込み射出を行う。

 ナイトサイファーは天国の門を突破し、弧を描いてカナンの空を走り出した。そのまま旋回するように、神殿が佇む岩塊へと滑り込んでいく。

 

 遠目で見ていたカタリナ達は安心したように笑顔になると、早速艇の修理に取りかかるのだった。

 

「ねぇ、ダナン」

「ん?」

 

 修理に取りかかる中、グランがダナンへと声をかけた。

 

「ジータに行かせたのってさ、もしかしてカナンにサンダルフォンがいるから?」

 

 思わぬ質問に、一度瞬きをする。

 

「なんでそう思ったんだ?」

「天司関連で、僕達よりジータが適任だって言うならサンダルフォンがいるからかな、って思ったんだけど」

「へぇ?」

 

 グランの回答に、ダナンはにやりと笑った。

 

「お前も頭でモノを考えるようになったんだな」

「酷くない? 元からちゃんと考えて動いてるよ」

 

 むすっとするグランだったが、話を聞いていた彼の仲間達が苦笑しているのを見ると察しの通りである。

 

「ま、いるって言うと微妙なところだけどな。天司関連は俺達でも分析できない部分が多い」

「……なぁ。カナンの様子がわかるということは、キミは天司長様が今どんな状態かわかるのかい?」

 

 グランと話していると、休んでいるハールートが尋ねてきた。

 

「んー……」

 

 正直に言えば、わかる。だがルシフェルを慕う天司に対して事実をそのまま告げると無謀にも直接飛翔して突っ込んでいかないかと思ってしまう。ちらりとグランに目を向けると、何事か察したらしく小さく頷いた。ダナンとしては無理をしそうなら力尽くでも押さえろよと言いたいのだが伝っているのかどうか。

 

「まぁ、わかるぞ」

「なら教えて頂戴。天司長様の安否を」

 

 マールートも気になる様子だ。いつの間にか修理の手を止めて全員の視線がダナンへ集中している。

 

「……死にかけも死にかけの状態だ。もうじき死ぬ。辛うじて保ってるが、長くは続かねぇな」

 

 言い淀んだが、期待を持たせるのはより残酷な行為であるため、飾らず事実を口にした。いつか息を呑む声が聞こえてきたが、双子の天司は声を荒げるようなことも慌てて飛び出すようなこともしない。

 

「なんだ。感情任せに否定するか、飛び出すんじゃないかと思ってたんだけどな」

「……異常事態が起こってから、覚悟はしていたよ」

「でも天司長様が倒されるような相手なんて……」

「それが起こったからの“異常事態”なんだろ。ったく、面倒なことしてくれやがる」

 

 ダナンにはおそらくルシフェルを殺ったであろう敵の目星もついている。だがワールドの知覚能力を以ってしてもどういう相手か断言ができない。多分星の民……だとは思うが混じっているせいでわかりづらい。

 

 更なる困難が待ち受けているかもしれない状況下で、カナンへと向かった三人の無事を祈りながら今後に備えてグランサイファーの修理を続けるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ジータ、ルリア、ビィの三人はなんとかカナンへと上陸することができていた。ナイトサイファーを降りてルシフェルの気配がするという神殿内を探索していく。

 神殿は色も装飾も乏しい空間で、異様なまでの静寂に包まれており、自分達の呼吸の音さえ耳についた。

 

「ふぃ〜……なんなんだよ、ここは。妙に息が詰まっちまうぜ」

「そうですね。どの部屋もとても綺麗なんですけど、清らかすぎるというか……?」

「そうそう。でかい癖にすっからかんだしよ。なんか落ち着かないぜ」

「ルシフェルさんがいるっていう話だけど、誰かがいそうな気配はないよね」

 

 神聖にして厳格。そんな神殿内の空気に呑まれないよう話す三人。そこで、ビィが思いついたように告げる。

 

「そういえばルシフェルの気配はどうだ? ここまで来りゃあルリアもわかるのか?」

「う〜ん……。わかるんですけど、なんだか変なんです。あちこちに広がってる感じで。すみません。この神殿の中にいるのは確かだと思うんですけど……」

「いいってことよ! 天国の門だって変なことばっかだったし、ここはもっと常識が通用しねぇんだろ」

 

 励まし合う二人を、微笑ましく見守るジータ。

 

「はい。じゃあどっちの道に行きましょうか、ジータ」

 

 そんな彼女をルリアが振り返った直後、ルリアの方から光が発せられる。

 

「ひゃい!? な、なんですか、この光は……?」

 

 驚きつつも光の出所を探ると、ルリアの腰に飾った羽根が輝き、風が吹いているかのように靡いていた。

 

「ど、どういうことだ? あっちに向かって流れてるような……」

 

 ビィが羽根の指し示す方向に、やや高めに飛ぶ。

 

「お? ジータ、ルリア! あっちの台座になんかあるぜ!?」

「あ、本当です! 行ってみましょう!」

 

 ビィの指した方向に近づいたことで二人もそれを発見し、駆け足で向かった。

 

 向かった先には台座があり、その上に奇妙な物体がある。空域を渡って旅をしている三人でも見たことがない形状の物体だ。

 

「なんだぁこりゃあ? ワッカのついた卵みてーな置物があるぜ」

「ワッカと言えば天司さんですけど……この白いところはなんだか温かいです」

 

 腕を組み首を傾げるビィと、卵みたいな部分に触れるルリア。ジータは首を傾げて考え込んでいる。

 

「おいおい、あんまり不用意に触るなよ。あの変態堕天司の罠かもしれないぜ?」

「そ、それは嫌です……。えっと、他に変わったところは……」

 

 ビィの言葉に触るのをやめて、別方向から見てみようと右側から覗き込むルリア。ジータは逆の左側から覗き込んでいた。

 

 その瞬間、ルリアの羽根と物体が共鳴するように輝き出す。目も眩む光はどんどん輝度を増していき――。

 

「うわぁ! め、目が見えねぇ!」

「ジータ、ビィさん! どこですか! どこに……!?」

「二人共、あんまり動かないで!」

 

 光に視界を潰された二人は慌てそうになるが、ジータの叱責に動揺を僅か抑え込む。

 やがて目を閉じてもわかる光の明るさが和らぎ、目を開けた。目が眩んだ影響でよく見えないが、少なくとも神殿の中ではない。

 

「う……う~ん。二人共、そこにいるのか?」

「は、はい。ジータもいますよね?」

「うん。ここにいるよ」

 

 互いの姿がどこにあるのかもわからないため、声で無事を判断して少しほっとする。

 

「とりあえず一安心だぜ。目が慣れてきたけど、ここはなんなんだ?」

 

 ビィがきょろきょろと辺りを見回す。緑豊かな自然と街並みが広がる、彩のない神殿とは打って変わって普通の場所だった。

 

「私達、神殿にいましたよね……? でもここはカナンでもなさそうです」

「うん。全く別の場所って感じかな」

 

 カナンは特殊な天候を越えた先にある島だからか、人気を一切感じない。だが今三人がいる場所は穏やかな風景が広がっていた。

 

「驚いたな。ここに人が来るなんて。どこから来た? うん……?」

 

 そこに、第三者から声をかけられる。現れた人物と聞き覚えのある声に、三人は一斉にそちらを向いた。

 

「んなッ! お、お前は……!?」

「……! さ、サンダルフォンさん……!?」

「どうしてここに……!」

「き、君等は……!」

 

 向こうもこちらに気づいていなかったのか、声をかけてから驚愕している。謎の世界に引き込まれて、予期せぬ再会をしたのだった。

 

 サンダルフォンは話を聞くためにひとまず自身の住処に案内してくれる。そこで三人はここに来た経緯と事情を語るのだが。

 

「カナン? 不思議な繭に引き込まれた?」

 

 口にした単語がピンと来ていないのか、繰り返すと考え込んでしまう。

 

「わからないな……。その羽根がなにかの扉の鍵といったところか」

「お前でもわかんねぇのか。元の場所に帰る方法はどうだ?」

「それもわからないが、探せば出口はあるかもしれないな」

「探せば? サンダルフォンさんは探したことはないんですか?」

 

 まるで他人事のような物言いに、ルリアは小首を傾げて尋ねた。

 

「ないよ。あの後、目を覚ましたらここにいた」

 

 彼の言う「あの後」とは前回サンダルフォンがルシフェルによって回収された時のことを言っているのだろう。

 

「天司長の意図は俺ごときが推測しても無意味だ。だが、俺は納得しているよ。審判を気取って空を壊そうとしたんだ。君達にもすまないことをした。どんな罰でも受け入れるさ」

 

 サンダルフォンからは以前のような八つ当たり気味の雰囲気がなくなり、穏やかになったように見える。

 

「お、おぅ……。でもよぅ、すまないで済む話じゃねーんじゃねぇか?」

「だろうさ。だからどんな罰でもと」

「罰、ったって、なぁ……」

 

 ビィはサンダルフォンと会話しているが、ルリアとジータは黙り込んでいる。

 

 誰もなにも報われない不毛な問答になることは理解していたため、その後は沈黙が続く。

 

「……ああ、ところで」

「は、はい?」

 

 数秒の沈黙を破りサンダルフォンから口を開いた。

 

「天司長が危険だと言っていたな? あの彼が滅びるとは思えないが……。とりあえず脱出方法が見つかるまで、ここを拠点にしてもらって構わないよ。この空間には時間が存在しないんだ。偶には寛いで英気を養ってみては?」

「時間がない? ちょっとよくわかんねーけど」

 

 首を傾げ三人の気持ちを代弁するビィ。

 

「いつもなにをして過ごしてるんですか?」

「はは、別になにも。ただ珈琲の木々を育てている。実がなったら収穫して、焙煎して抽出して淹れて飲む。何年か何十年か、あるいは……。ずっと一人でそうしている。時間が存在しないのに何年というのもナンセンスだが。兎に角そういうところだ」

「おいおい……。ずっと繰り返してるっていうのかよ。そんなの頭が変になっちまいぜ」

「フフフ、なにを気にしている。加害者の心配なんてどうかしているぞ?」

「心配っていうかよぉ……。もちろん災厄のことは許せねぇけど、なんか神妙で調子狂っちまうぜ」

 

 サンダルフォンの以前とは全く異なる様子に困るビィとは裏腹に、ルリアとジータはややむっとした表情になっている。

 

「ジータ、ルリア。ここを出る方法を探すとするか。まずはこの辺りを見て回――」

 

 ビィが二人のいる方を振り返ろうとした時のことだった。

 

「ウソです……」

 

 ルリアが小さく呟いた。

 

「うん……?」

「ルリア?」

 

 話していたサンダルフォンとビィが怪訝そうに彼女の方を向く。

 

「サンダルフォンさん。どうしてウソなんか吐いてるんですか? あなたは本当の意味で反省してません!」

 

 サンダルフォンの今の態度を糾弾するように、ルリアは断言した。

 

「あなたは必要とされたいのに……ルシフェルさんの役に立ちたいのに……。ただ全てを諦めて、悩み事を放り投げて、ここに閉じ籠もって……それでいいんですか!?」

「蒼の少女、なにが不服なのかな? 災厄は君達が阻止した。空は安寧が戻り、俺は裁かれるんだぞ?」

「そういう……そういうことを言ってるんじゃないんです!」

 

 ルリアの必死の訴えも、未だサンダルフォンには届かない。

 

「どう言えばいいのかわからないけど、このまま裁かれてもなにも変わらない。あなたが変わらなければ、災厄は終わらないんです!」

 

 ルリアの珍しい剣幕に、他二人もサンダルフォンも黙っていた。

 

「……では、どうすればいいと?」

「それは……」

 

 彼の問いに、ルリアは明確な答えを持ち合わせていない。ただこのままではダメだという感情に突き動かされて言葉を発していた。

 

「俺に悩み続けろと言うのか? 苦悩を抱えて永遠に生きればいいのか? なるほど、それも確かに罰と言える。だがそれこそ以前となにも変わらない。解決できない苦悩を忘れて、静かに暮らすことのなにが悪い?」

「本当に解決できないんですか? ルシフェルさんはわかろうとして――」

「国王と平民の子供が、対等に相互の心を理解できると思うか?」

「君はわかっていない。アレの見ている地平はあまりに高い……」

「でもあの時、ルシフェルさんは歩み寄りました!」

「そうだな。裕福な者が貧しい者を同情するように」

「どうして……! そんなことない、ルシフェルさんは――」

「もういいだろう! 君がルシフェルのなにを知っている!?」

「知りません!!」

「……ッ!」

 

 ルリアとサンダルフォンの言い合いは白熱していく。ルリアも精神的に未熟な部分があるため感情を落とし込む言葉を持たず、おそらくそれはサンダルフォンにも言えることだった。

 

「けど! サンダルフォンさんのことなら、ちょっとわかってるつもりです! 似てるんです、私も……! 帝国に捕まってた時は特に……。私は何者なんだろう? なんでここにいるんだろう? なんの役に立てるんだろう? でも、その、存在意義? というのがわからないままでも……私は元気です! 皆と出会えてわかり合えたから!」

「元、気……。なにが、言いたい……?」

 

 ルリアの言いたいことが理解できないのか、理解しようとしていないのか。

 

「君が特異点に救われたとして、捨て駒の俺など誰も救わない! そうだ、俺は捨て駒だ! 初めからその役割を与えられた! 埋めようのない差なんだよ!」

「――いい加減にしろ!!」

 

 サンダルフォンの左頬に、それまでずっと黙っていたジータの右拳が炸裂した。突然のことに誰もなにも言えず、サンダルフォンは後ろによろけて半ば呆然と殴られた左頬に手を当てている。

 殴った本人であるジータはと言えば、珍しく額に青筋を浮かべなんらかのオーラでも出ていそうな形相だった。

 

「さっきから黙って聞いてればうじうじぐだぐだいじいじと、もうっ!! ホントに昔の自分を見てるみたいでイライラする……ッ!!!」

 

 ルリアからしてみれば初めて見る荒ぶった様子だが、ビィは初めてではない。

 

「特異点……君は」

「悪いことをしたら謝る。次にしないことを誓う。心を入れ替えたところを行動で示す。簡単なことを、二千年も生きててなんでわからないの? いじけて閉じ籠もってもなにも変わらない。誰も救えない。結局、自分が楽な方に逃げてるだけじゃん」

 

 ふーっと大きく息を吐いて、しかし突き刺すような刺々しい言葉を放つ。

 

「サンダルフォンはそれでもいいかもしれないけど、じゃあルシフェルさんは? ルシフェルさんは歩み寄って謝った。それで終わりじゃないでしょ? ルシフェルさんはきっと、サンダルフォンが心を入れ替えてくれるのを待ってる」

「やめろ、俺なんかに構うな……!」

「まだそんなこと言うなら無理矢理にでもルシフェルさんの前に引っ張り出してやる……!」

 

 尚抵抗するサンダルフォンに、ジータは眉を吊り上げて手首をがっしり掴んだ。

 

「やめろと言っているだろう!」

「でも、ここで自分を虐めるだけじゃなにも変わらない! ルシフェルさんも、サンダルフォンも! そんな哀しいままの結末を、私は認めない!」

「煩いっ!」

「サンダルフォン!!」

「やめろぉぉ――――!!!」

 

 ばき、となにかがヒビ割れる音が聞こえた。見ればのどかな風景そのモノに亀裂が入っている。亀裂はどんどん大きくなっていき、蜘蛛の巣のように広がっていった。

 そして、呆気なく砕け散るのだった。



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EX:『失楽園』首

『こくう、しんしん』終わるまでに番外編完結ってことは、明日までにあと二話投稿しなきゃいけないってことですよね。

まぁ一応書き終わってはいるので、更新は可能です。
ただ一日一話にしようと思っているので結局過ぎちゃいますね。

久し振りに三日連続更新になります。


 カナンの神殿では、三人が発見したワッカのついた卵のようなモノ――繭が再び光り輝き、編まれた糸が解けるように消失した。

 繭が消え去った後には、サンダルフォン、ジータ、ルリア、ビィが倒れている。

 

「……む……ぅ」

 

 サンダルフォンは真っ先に気がつき、身体を起こした。

 

「ここは……カナンの神殿なのか?」

 

 辺りを見回して今いる場所を予測する。

 

「俺の身体が肉を得て戻っている……無意識に顕現を成したということか――?」

 

 なぜ先程までいた空間から出てしまっていたのか考えるも、確信は得られない。

 

「……ッ! こ、この微弱な力は……?」

 

 混乱しつつも現状の把握に努めようとしていると、カナン内に今すぐ消えてしまいそうなほど弱々しい力を感じ取った。

 

「嘘だろ、まさか……本当にアンタなのか、ルシフェル!? おい、特異点……!」

 

 ルシフェルの身になにか起きたというのは聞いていた。だが実際に力を感じ取ってその事実を体感すると動揺が胸の内に湧き上がる。床に横たわるジータ達に外傷はなかったが、声をかけても返事がない。完全に気を失っている様子だ。これではしばらくの間目を覚ますことはないだろう。

 

「……」

 

 しばらくどうするか考え込むが、

 

「反応は北か。だがどうせ戦略か計算なんだろう? 俺など行っても無意味――」

 

 自分に対する言い訳を並べ立てている最中で、自分に対して怒っていた二人の少女に目を落とした。その主張は到底今の自分が受け入れられるモノではなかったが……。

 

「フン……いいさ、今度こそ真に認めさせてやる。いつまでも、アンタの掌の上だと思うなよ……!」

 

 サンダルフォンは行動する決意をして立ち上がり、その場からルシフェルの反応がある北へと歩き出すのだった。

 

 だが意図せぬ顕現をした身体はまるで鉛のように重い。平衡感覚も定まらず、足は泥沼に浸かっているようで半ば引き摺って歩いている状態だった。

 それでもサンダルフォンは、ルシフェルの痕跡を辿って、神殿の長い回廊を進んでいた。

 

「はぁ……はぁ……。この先の扉か? もう気配を読み取る力もないな……。なんのつもりかは知らんが、随分と胡乱な真似を――ウッ!?」

 

 自分の体たらくに自嘲気味の笑みを浮かべて歩いていると、小石に足を取られ、柱に(もた)れかかってしまう。

 

「フ、フフフ……ただの小石で転がり回るとは……」

 

 姿勢を戻そうとすると、支えにしていた柱が崩れ砕けた石片に押し潰されてしまった。

 

「ぬ、うぅ……」

 

 苦悶の声を上げるが、ふと客観的に見た自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「ハハ、ハ……無様だ、あまりにも……。アンタが見たかったのは、この光景か? ……クソッ!!」

 

 しかし苛立ちがやってきて、なんとか石片を押し退けた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ただルシフェルの痕跡を追って歩き回るだけでサンダルフォンの身体は傷つき、這う這うの体と化している。

 

「来たぞ、ルシフェル。この騒動の目的を教えてもらおうか」

 

 それでも彼は意地でルシフェルのいるであろう場所まで辿り着いた。しかし、この場所に人影は見えない。

 

「うん……? 誰もいない……? ここではなかったのか、あるいは既に移動したか……」

 

 痕跡を読み取る力もまともに機能していなかったくらいだ。サンダルフォンの感覚が間違っていた可能性もある。

 

「フン……バカバカしい。やはり関わるんじゃなかったな」

 

 必死に足を運んだのに無駄足になったとわかり鼻を鳴らす。踵を返そうとしたが、

 

『誰か……』

「……?」

 

 微かに声が聞こえたような気がして、神経を研ぎ澄ます。

 

『誰か……そこにいるのか……』

 

 聞こえた。だが耳からではなく頭の中に響いている。

 

「この微かな思念……まさかアンタなのか……?」

 

 信じられない、と思いながら頭の中に響き渡る思念の弱々しい筋道を辿っていく。

 そこにルシフェルがあった。

 

 ――ルシフェルの残骸(・・)があった。

 

「ルシフェル――」

 

 胴体から切り離された首。サンダルフォンの目にはそれが映っていた。

 

 今までに考えていたことが全て消え去り頭が真っ白になる。意地だけで動かしていた身体から力が抜け、足元が定まっていないかのような浮遊感が襲った。自分の中のなにかが根底から覆されてしまったかのようだ。

 

 彼は無意識の内に歩み寄り、震える膝を抑えて床に突き、なにか考えるより先に残骸を胸に抱いた。

 

「なぜだ……なにがあったというんだ!?」

『誰か……いるのか……?』

 

 呼びかけるが、まともな反応は返ってこない。

 

「ルシフェル! 俺だ、サンダルフォンだ!」

『私は五感を失った……。なにも見えず、なにも聞こえず……。故に方法を吟味する余裕はない』

「なんだと……? 誰がアンタに……再生は……!?」

『カナンに辿り着いた者よ。君、あるいは君達に頼みたいことがある』

 

 サンダルフォンは強く呼びかけるが、望む答えが返ってくることはなかった。

 

『サンダルフォンという者に、私の言葉を伝えてもらいたい。天司長の座と力を君に継承すると』

「……ッ!」

 

 頼み事を聞けば、サンダルフォンの名前が出てくる。それを聞いているのが本人だということを、五感を失ったルシフェルはわからない。

 

『私達は災厄の罰を受けねばならない。故に私は滅び、君は空の世界を守るために生きるのだ。生き続けて、いつか天司長としての最後の務め……『ルシファーの遺産』を破壊して欲しい』

「なにを……なにを言っている……? 災厄は俺の……どうしてアンタはいつも……!」

 

 災厄とは、サンダルフォンが起こした空の世界を滅ぼそうとした時のことを言っているのだろう。

 

「勝手に背負って勝手に決めて勝手に……死ぬな!!!」

『『ルシファーの遺産』は邪悪だ。空の世界にとって、創世以来最大の脅威となる。ルシファーから奪い、封印していたがこうなっては覚醒も近いだろう。だから、どうか……』

 

 どれだけ呼びかけても、ルシフェルがそれを聞き届けることはない。そのまま話を続けていく。

 

『全て終わった暁には、君の役割は君自身が決めるといい。空の世界は常に進化を遂げている。私達天司もまた役割を自然に還元してただの命として生きることも良いだろう』

「世界、世界、世界……! そんなことはどうでもいい! 俺に天司長の力を与えてみろ! その世界を滅茶苦茶にしてやるぞ! それが嫌なら――」

『ゥ……ア……』

「お、おい! ルシフェル!?」

 

 言葉を続けようとしたサンダルフォンだったが、ルシフェルが呻き声を上げたことで意識がそちらに向く。

 

『もう……時間が限られているようだ……』

「……ッ! どうして最期まで……世界のことより自分のことは厭わないのか! アンタ自身の言葉はないのか!? なあ!!」

『……伝言は以上だ、頼む』

「……」

 

 必死の呼びかけも、ルシフェルには通じない。歯がゆい思いを抱えてサンダルフォンが唇を噛み締めた直後、言っていた天司長の力の継承が起こり始めたのか、彼の周囲を光が舞う。

 

『アァ……どうして……どうして空は蒼いのか……』

「なに……?」

『人は幾千年も問い続けた……原理を教えても問い続ける……。私は……思った……「問い」は「願い」なのだと……。なにかに焦がれて、誰かに惹かれて……手にしては喜び、届かずには泣いて……。なぜ、どうして、どうすれば……。願い続けることが、進化の道筋なのだ……』

「問い……願い……」

 

 伝言は終わったが、ルシフェルの言葉は続く。彼が永い年月をかけて得た答えを誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 

『私の問い……は……もう一度あの中庭で……君と珈琲を……――』

 

 ルシフェルの口にした「願い」の内容に、サンダルフォンは愕然とする。つまりルシフェルはサンダルフォンと過ごしたあの時間を――

 

「……ッ! 嘘だ……嘘でしょう……?」

 

 サンダルフォンは掠れた声で呟く。

 

「だって貴方は完璧で、皆を導いて皆に愛されて……その貴方がどうして……!?」

 

 ルシフェルの思念は途絶えてしまい、その答えが永遠に返ってくることはない。ルシフェルが完全な最期を遂げたことにより、彼が持っていた天司長の力と座は次の天司長へと継承されていく。

 サンダルフォンの猛禽類のような茶色い羽が純白の羽へと変化した。

 

「……」

 

 力が継承されたということは、ルシフェルの死を意味する。その事実に歯軋りした。

 

「俺の背に……貴方の羽は白すぎる……。ルシフェル……――」

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 場所は変わって、繭のあった場所で目を覚ました三人。いるはずのサンダルフォンの姿が見当たらず、ルリアの力で気配を辿り急いで探していた。

 

「ぜぇ……はぁ……! あ、あの扉の中にいるんだな!?」

「は、はい……! でもこの気配はなんだか……急ぎましょう、ジータ!」

「うん……!」

 

 サンダルフォンの身になにかあったのではないかと思い、神殿の回廊を走り続けている。そして辿り着いた部屋では、神々しい六枚羽が辺りを照らしていた。

 

「……」

 

 立っているのはサンダルフォンだ。

 

「サンダルフォン、さん……!?」

 

 サンダルフォンの変化と気配により、この場で起きた出来事を悟るルリア。ルシフェルの消滅。代行機能を有するサンダルフォンが、新たなる天司長として力を継承した……。ジータ達は、その超常的な現象に驚き、言葉が見つからなかった。

 すると、神殿全体が震動し始める。

 

「な、なんだぁ! 地震か!?」

「きゃあぁぁぁ!?」

 

 ジータは悲鳴を上げるルリアが転ばないように支えた。

 

「こ、これって……!? うぅ……なに、これ……この気配はなんなの……!?」

「どうした、星晶獣の気配か!?」

 

 眉を寄せるルリアの様子に、ビィが声をかける。

 

「神殿の奥になにか……無数の、でも一つに繋ぎ合わされて……言葉では言い表せない異常な……!」

「オオオォォォ!!」

「今のは声か!? おいおい、本当に不気味すぎるぜ……!」

 

 神殿に響き渡る咆哮にびくりと身体を震わせた。

 

「ジータ達! とりあえずここを脱出するぞ! 足場は平気か!?」

「わ、わわわ……!? す、凄い揺れてます! ちゃんと前に進めません……!」

「ルリアは私に掴まって」

「……」

「おい、サンダルフォン! ここを出るぞ、しっかりしろ!」

 

 脱出しようと頭を巡らす中、彼らの下に二つの影が飛んでくる。ハールートとマールートだ。

 

「ジータ、ビィ、ルリア!」

「皆さん、お怪我はありませんか? 飛行して脱出します、私達に掴まって!」

「お前達! 助かったぜ、グランサイファーは――」

 

 これで脱出できる、と喜ぶ三人を他所に、双子の天司は一緒にいるサンダルフォンを見て驚いた。

 

「なッ……! き、君はサンダルフォン!?」

「……」

「そ、その羽は……つまり天司長様はやっぱり……」

「うぅ……その……詳しい状況まではわかりませんが……」

「なんてことだ……だが、こうしてはいられない……!」

 

 ルシフェルの死が確定してしまったことを嘆く時間はない。すぐに気持ちを切り替えた。

 

「さぁ皆、脱出だ! グランサイファーと合流しよう! 急がないと黒い化け物に潰される!」

「黒い化け物だとぉ……? とりあえず、わかったぜ!」

 

 細かい確認は後にして、脱出を優先する。双子の天司に掴まり脱出するところで、未だ動きの遅いサンダルフォンはジータが手首を掴んで引っ張った。

 なんとか神殿を脱出するジータ達。

 

 だがカナンの景色は一変しており、そこには禍々しい巨大な化け物がいた。

 

「オオオォォォ!!」

 

 雲を裂き岩塊を砕き、目に映る全てを破壊するように、化け物は咆哮を轟かせる。

 

 真っ黒な全身は人型のようでありながら、翼と角や尻尾を生やしていた。咆哮しているが顔に口はついておらず赤い目だけがついている。

 

「はああぁぁぁ!!」

 

 そんな黒い化け物に突っ込んでいく影が一つ。白いマントに黒い鎧を纏った【十天を統べし者】のグランだ。拳を構えて突っ込んでいくグランに気づいた化け物も、拳に黒いオーラを纏って迎撃する。両者の拳が激突して大気が震え、しかし拮抗した時間は僅か。勢いをつけていたグランの方が吹っ飛ばされる。

 

「散れッ!!」

 

 空中に立ち、ブルトガングを構えた紺色のローブを着込み背後に黒い人のような星晶獣を顕現させた【十の願いに応えし者】のダナンが、思い切り剣を振るう。空間に叩きつけたブルトガングが亀裂を生み破砕する。闇の奔流が黒い化け物を襲うのだが、黒い化け物は黒い球体を放つとダナンが放った奔流を押し返した。

 

「クソッ!」

 

 敵わないと見て回避しようとするも遅く、直撃を食らって吹き飛ばされてしまう。だが途中で空中に留まっているグランの近くへと転移した。

 

「注意を引きつけるにしちゃ分が悪いか……一旦戻るぞ」

 

 ダナンは双子の天司が運んでいるジータ達を指して告げ、グランと共にグランサイファーへと転移する。黒い化け物にとっては敵と見なしていないのか、追ってくることはなくカナンの破壊を続行していた。

 双子の天司達は黒い化け物に近づかないよう、グランサイファーへと向かうのだった。




あんまり二次創作っぽさが出せないなぁとは思いつつ、ここはサンダルフォンとルシフェル以外いらないんじゃないかな、とも思う複雑なところ。


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EX:『失楽園』罰

『こくう、しんしん』は終わってしまいましたが更新は続きます。

※昨日も更新しています。


 黒い怪物は無尽蔵の黒き光を放ち、カナンと天国の門は崩壊寸前だった。

 それは無秩序な破壊だが、あるいは己を閉塞させる空間を裂き、広い空に出るための本能にも見えた。

 

 そんな中ジータ達は、野放図に放たれる黒き光を搔い潜り、グランサイファーと合流を果たす。だが数々の障害を乗り越えたその艇は、航行するのもやっとの状態だった。

 

「はぁ……。まぁ、滅茶苦茶な状況ではあるが、お前達の顔が見られて安心したぜ」

 

 甲板に降り立ったジータ達を見て、ラカムがほっとしたような笑みを浮かべる。

 

「あぁ! 凄かったんだぜ、双子の嬢ちゃん達! あの怪物の目を掻い潜って来たんだ」

「ありがとう、二人共。君達の尽力がなければルリア達は……」

「はぁ……はぁ……。僕達こそ感謝を。依頼の発端は天司の問題だろう? それに、そこの二人が注意を引いてくれたおかげもある」

「その通りね。予想できなかった状況だけど、問題のエーテルは安定したし」

 

 ハールートは黒い化け物の注意を引くために交戦したグランとダナンを見て、マールートはサンダルフォンを向く。彼は俯き気味に佇んでいてなにも言わなかった。

 

「おっ? なんか右頬腫れてねぇか? やっぱジータに平手打ちでも食らったか?」

「えっ!? あ、うん……そんなとこ……」

 

 茶化すようなダナンの言葉に、ジータが目を逸らして答えた。実際はグーで殴ったとか言えない。

 

「なんなのよ、もう……。ルシフェルさんのことはわかるけど、ちょっとはしゃきっとしなさいよ!」

「今はそっとしておきましょう。それより、あの黒い怪物はなに? 星晶獣と言えば星晶獣のようだけど」

 

 注意するイオを窘め、ロゼッタは話題を暴れ回る怪物へと移す。

 

「多分……あの怪物こそ『ルシファーの遺産』だろう。天国の門で見た光景が事実であれば、原初の星晶獣の叛乱を鎮圧した際に、ルシファーが回収したコアの複合体だ」

「無数のコアと無数の自我を、無理につなぎ合わされてるみたいね。その結果あの怪物自体に、固有の意思はないみたい。ただ力を凝縮させた虚ろな存在よ」

「悪趣味が過ぎるぜ、おい……。今は天国の門が柵になって塞いでるが、カナンを飛び出すのは時間の問題だな」

「オイラ、本能でわかるぜ。あいつは、今まで戦ってきたどんなヤツよりもヤベェ……。なんつーか、胸騒ぎがするんだ。放っといたら、空でも神様でも殺しちまいそうっつーか……」

「俺とグランで挑んで押されるくらいだしな」

「うん。相当に強いよ」

「止めましょう! なんとかして方法を考えないと――」

 

 この中で最も力が強いグランでも力負けするパワーに、ダナンが押し負けた技。どれを取っても個々の力で敵う相手ではなさそうだった。

 

「オオオォォォ!!」

 

 咆哮を上げる怪物を、一行とは別の場所から見ている者がいた。黒い外套を着込みフードで顔を隠した金髪に褐色の肌をした男と、ベリアルである。

 

「フッ……。虚ろな無数の自我、無垢なる純然たる憎悪、苦痛、憤怒。神々の思惑に背きし者。奴の魂の幻影、破壊衝動の化身。正に『アバター』足り得る」

「やっと覚醒したねえ、バブさん。でもちょっと遅いんじゃないの」

「予想以上の精神力だった。まさか天司長の力を継承する迄とは……彼奴の思惟は底が知れぬ。だが後継は只の代替品だ。あの無能に力は使いこなせぬだろう」

「ハハハ、そりゃそうだろう。継承自体、正常に機能してるかどうか」

「で、何故ここに特異点がいる? どれだけ僅かでも可能性の芽は摘めと言ったはずだが」

「あ~……悪かったよ。四大天司共にバレないよう、ずっと力を伏せてたもんでね。天司長が唾つけてただけはある。まぁ、ちょっとはお邪魔がいた方が逆に燃えるってもんだろ? どちらにせよ目的には近づいたんだ。空の民に倣って祝杯でもどうだい?」

「フン」

 

 黒衣の男とベリアルがいることは一行からは見えていなかったが、

 

「しかも、あの怪物だけじゃねぇぞ。あれを見ろ」

 

 知覚範囲の広いダナンが二人がいる方を示した。

 

「変態堕天司じゃねぇか! 横にいるヤツは誰だ……?」

「誰かは知らねぇが、間違いねぇ。あいつがルシフェルを殺ったヤツだ」

「……」

「うん? あ、あの、サンダルフォンさん? 今、なにか言いましたか?」

 

 黒衣の男とベリアルが話している間にも、応急処置で飛んでいる状態のグランサイファーはいつ落ちてもおかしくない状況だった。

 その中で、ルリアは微かにサンダルフォンがなにかを言った気がして尋ねる。しかし答えは返ってこない。

 

 そのサンダルフォンの右頬を、ハールートの平手打ちが襲った。

 

「いい加減にするんだ! 君には君の事情があるんだろうけど、協力もせず呆けてなにが新天司長だ!」

「継承した力が真に覚醒すれば、この状況も変えられるはずよ。複雑だけれど貴方の協力も必要なの!

 

 なにもしないサンダルフォンに、双子が詰め寄ろうとする。そこへルリアが割り込んだ。

 

「ま、待って! 今は責めないであげてもらえませんか? 大変な人の最期を見て心に傷を――」

「……祈っていたんだ」

 

 サンダルフォンが急に喋ったことでややぎょっとする。

 

「うおっ!? いきなり喋ってビックリしたぜ……」

「祈ってた……?」

「冥福を。その魂の行き先を、俺なりに」

 

 サンダルフォンはなにかを探るように空を眺め、ある一点――ダナンが示したベリアルと黒衣の男がいる方に目を留めて睨みつけた。

 

「貴様等か……」

「お、おい、サンダルフォン! なんだぁ、剣を抜いてたぞ!?」

「野郎、一人で行きやがったな」

 

 グランサイファーの甲板からサンダルフォンの姿が消える。黒衣の男の背後に転移していた。

 

「ぬッ……!?」

 

 男の脇腹を剣が貫いており、その切っ先はベリアルを映していた。

 

「ちょ、おいおい……」

「フン……ルシフェルの力、さぞ心地良かろう」

 

 だが貫かれたにしては、余裕を崩さない。

 

「口を慎め、汚らわしい。あの御方の名を語るな。終わらせてやる、なにもかも――」

 

 刺々しい口調で、サンダルフォンは告げた。そして次にベリアルに襲いかかる。

 

「あぁクソ。鬱陶しいヤツだ……! おい、バブさん! いつまで休んでるつもりだよ!?」

 

 ベリアルが声をかけるも、既に黒衣の男の姿はなかった。

 

「あ? オイどこに行ったんだ、あのおっさん! ま~た空の底に落ちたのかよ……」

「安心しろ。貴様も後を追わせてやる」

「ハハハ、イキリ立ってるねえ。仇だの復讐だのってプレイに大興奮だ。だがどんどん鈍ってるぜ、キミの動き。慣れない力に自分自身が消耗している」

「そうか。では尽きる前に終わらせてやる」

「いいね、尽きた後に始めてやる。従順になるまで調教してやるよ。あぁ、そうだ。参考までに聞きたいんだがキミって、ヴァージン?」

「はあぁぁぁ!!」

「ハハハハハッ!!」

 

 こんな状況下であっても変態堕天司は変わらず、サンダルフォンとベリアルが激突する――その寸前、両者の間に突如として黒き光が迸った。視界が一瞬の暗黒に染まり、サンダルフォンは高速で回避を図る。

 

「オオオォォォ!」

 

 割り込んできたのは暴れ回っていた黒い化け物、黒衣の男がアバターと呼んでいた存在だった。

 

「チィッ……『ルシファーの遺産』か……!」

 

 舌打ちしつつ、ベリアルの姿を探すがどこにもない。

 

「ヤツは? ベリアルはどこに消えた? 黒き光に巻き込まれたか、あるいは……」

 

 そう簡単に死ぬような相手ではないだろう。だが隠れてしまったらしくどこにいるのかはわからない。

 

「貴様も、あの二人組も忌々しい過去の亡霊のようなモノ。今のこの世界には不要な存在。約束したんだ。貴様を葬り、空の脅威を排除することを。この六枚羽に懸けて……今、ここで終わらせてやる」

 

 サンダルフォンはアバターと対峙し、滅ぼすべく天司長としての力を使う。

 

「パラダイス……ロスト――!!!」

 

 純白の六枚羽から光が放たれ、アバターを浄化した。致命傷を与えたことでアバターの身体が崩れ去る。

 

「はぁ……はぁ……! ウッ!?」

 

 だが天司長としての力が尽き、その羽が消えて落下してしまう。空の底まで真っ逆さまかと思ったが、途中で誰かの腕に抱き留められた。

 

「よっと……! ギリギリ間に合ったぜ!」

 

 割り込んだのはグランサイファーだった。落下してくるサンダルフォンを受け止めたグランとジータは、彼の身体をゆっくりと下ろす。

 

「む……? まさか、君達……」

「おうよ! 船首も船底もガタガタ言ってるぜ。あんまり無茶させるなってよ!」

「でもやりましたね! あの怪物を倒しちゃいました!」

「天司長様の御業だよ。でも、まぁ……見事だった」

「ウフフ、そうね♪ でもあの力は完全に消えてしまったの?」

「時間が経てば戻るのでは。確証はないが、そういうモノ――」

 

 アバターを倒したことを喜ぶ一行だったが、途中でサンダルフォンは言葉を止める。

 

「待てッ! この気配は……まだ終わっていない!」

「ああ、消し飛んでねぇな」

 

 サンダルフォンの言葉に、知覚に優れたダナンが同意する。振り返った先では、崩れたはずのアバターが再生していた。

 

「ウウウウッ!!」

 

 アバターは唸り声を上げて右手を上に突き出す。そのまま掌の前に赤黒い球体を作り出した。

 

「なんだと……!? マズい、この艇を狙っているぞ!」

「で、でも、なんなの……? こっちを睨んだまま止まってるけど……」

「力を溜め込んでるみたいね! 物凄い力よ、複数の島を滅失できるほどの……!」

「ダナン君、受けられないの!?」

「無理だな。消滅させられるんならさっきもやってる」

「全速前進だ、ラカム! なんとしてでも回避しろぉ!」

「任せろ! こうなりゃあ可能性に賭けるしかねぇ!」

 

 相談している間にもアバターはどんどん力を溜めていく。球体がアバターの巨体と同じほどに大きくなっている。

 

「狙われているのは俺だ……! 君達は前に進め、俺は逆の方向に――」

「うっせぇ、黙って力を蓄えてろ! 空の民の力ってもんを見せてやるよ!」

 

 サンダルフォンの提案を、ラカムが一蹴する。

 

「空の民の力……?」

「あぁそうだ! お前が思ってるより俺達はなぁ――」

 

 応えたラカムの脳裏には、ここに来る前に協力してくれた区長とのやり取りが蘇っていた。

 

『ラカム君。動力機関の強化案だが、こういうのはどうかね?』

『おぉ、こりゃあ凄ぇ! だが資材の調達が間に合わねぇかも……』

『私の乗ってきた艇を使おう。解体して君達の艇に搭載するんだ』

『い、いいのかよ? すまねぇ、助かるぜ!』

 

 ラカムの言葉を受けてオイゲンも同意する。

 

「ははは、違いねぇ! 空の民はいつだって、無茶を可能にしてきたんだ――」

 

 オイゲンが思い出したのは元悪党コンビのやり取りだ。

 

『お、おい……またフラフラしてるぜ、相棒? やっぱ一旦休もう』

『もう時間がねぇ……ここの修繕が終わるまでは……』

『で、でもよぉ……』

『ここが終わるまでだ! 散々世の中に突っ張ってきてよ……自分の弱気に突っ張らねぇでどうする!』

 

 次に口を開いたのはイオだった。

 

「そうよ! 一人一人は弱いかもしれないけど、皆で頑張れば怪物にだって――」

 

 動力機関に魔力を込める作業を手伝ってくれた魔導士とのやり取りを思い返す。

 

『すぅ……すぅ……。あ、私ったら……! ごめんなさい、居眠りしてたみたい』

『うぅん、仕方ないわよ。魔力を込めるのは神経を使うし、あんまり眠れてないんでしょ?』

『まぁ……でも! 災厄の時を思い出して頑張るわ! 絶対に被害を拡大させないんだから!』

 

 ここにいる者の大半が、彼らと同じ気持ちだった。

 

「皆を信じろ、サンダルフォン。後で必ず君の力が必要になる」

 

 最後にカタリナがサンダルフォンへと告げる。彼は一先ず飛び立つような真似をしなくなった。

 

「来るわ……! あの黒き光が放たれる!」

「ウオオオオオッ!!!」

 

 ロゼッタが言った直後、アバターは強大な球体をグランサイファーの方へと放り投げる。

 

「奔れッッッ! グランサイファーぁぁぁ!!!」

 

 舵を握るラカムの叫びが通じたのか。

 甲板が軋み、帆が唸り、鋼鉄は折れて、木材も飛び散り、動力機関には火花が散っていた。だが、それでも……グランサイファーは驚異的な速度で、黒き光の軌道を奔り抜けたのだった。

 

「やったぜ! 流石オイラ達の自慢の艇だぜ!」

「はい、凄いです……! ありがとう、グランサイファー!」

 

 危機を潜り抜けた一行の口元には笑みが浮かんでいる。

 

「空の力、か……」

 

 サンダルフォンは目の当たりにした光景に、ルシフェルが最期に言っていた言葉が浮かんできた。

 

 アバターの攻撃を回避したまま旋回するグランサイファーの進路はアバターに向けられる。

 

「いい風が吹いてる。このままヤツに向かって直進するぞ!」

「あぁ! 次こそアイツをとっちめてやろうぜ!」

「君等も戦うと言うのか? その疲弊した身体で、黒き怪物と……」

「もちろんです! また一人でやろうとしないでくださいね?」

「だが……」

「疲弊した身体なんて、それこそこっちのセリフだな。新米天司長?」

「そうだよ。次無茶したら殴るだけじゃ済まさないからね」

「殴っ――んんっ。えっと、さっき戦った感じ心許ないし一緒に戦ってくれないかな?」

「君と私達の関係を考えれば、確かに複雑かもしれないが……今は目的を共にしている。それに、お互いの力を必要としているはずだろう?」

「あたし達だって複雑だけど、今のあんたはちょっとは信じられる。それに、ここを切り抜けなきゃ全部おしまいよ! だから後で色々考えましょ!」

「さぁ、急ぎましょう。普通の星晶獣より再生が早いみたい。貴方の与えた致命傷が無駄になるわ」

「……疲れてるなら休んでる?」

「事情はわかりませんけど、微力ながらお手伝いしますから一緒に戦いましょう」

「災厄で一番の激戦区になった、アウギュステの攻防は忘れもしねぇ。あの時の根性を見せてみろ。だが今度はオレ達の隣でよ?」

 

 グランサイファーに乗っている全員、かつて災厄を起こしたサンダルフォンと共闘することに異論はないようだった。

 

「…………ならば。特異点……力を貸して欲しい。君達は世界を、俺は約束を守るために」

 

 遂に口にしたサンダルフォンに、全員が揃って頷く。

 

「では……やるぞ! 『ルシファーの遺産』を破壊する!」

「ウオオオオッ!!」

 

 迫るグランサイファーを睨み、咆哮するアバター。

 

「ルシフェル様……。俺に、俺達に力を!」

 

 サンダルフォンは再び、その背中に天司長たる純白の六枚羽を生やす。そしてグランサイファーと共にアバターへと突っ込んだ。

 

「足場が欲しいヤツは俺に任せろ。俺が援護に回ってやる。足引っ張るなよ、新米天司長」

「その呼び方はやめろ!」

「ほら行くよ、サンダルフォン。モタモタしてると私達で倒しちゃうよ?」

「あれ? ジータってサンダルフォンのこと呼び捨てしてたっけ?」

「こんな捻くれ者、呼び捨てで充分――って、今はそんなことどうでもいいでしょ」

 

 【十の願いに応えし者】状態のダナンが本来艇に留まらないといけない近接攻撃手段しか持たない者達に告げる。サンダルフォンはツッコんでいる中、【十天を統べし者】となったグランとジータが空中へ躊躇なく飛び出した。

 ダナンが足場を創ってくれると信頼しているからの迷いのなさである。

 

「……ダナン、私も行ってくる」

「ああ」

「私も行ってくるね。ちょっと慣れないけど、援護お願い」

「任せろ」

 

 オーキスがロイドを連れて空中に身を出す。レオナも参戦するようだが、空中に身を投げるのはやはり怖いのか艇から恐る恐る一歩を踏み出し、地面が創られて足場になったことにほっとしていた。顔を上げてアバターを見据え駆け出す。

 

「あんたは行かないのか?」

「ああ。いざという時にグランサイファーを守れる者がいた方がいいだろう」

 

 ダナンは艇に残るらしいカタリナに尋ねたが、攻撃より防御に重きを置いた彼女の戦い方に合うのはそちらなのだろう。これ以上グランサイファーがボロボロになってしまうのはマズいため、ダナンも意識を援護に向けられることもあってそれで良しとした。

 

 残ったオイゲン、イオ、ロゼッタが遠距離攻撃で援護をして、ラカムはグランサイファーを操縦する。

 

 ダナンが空中に足場を創ったことで、一行はアバターと壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 

「はああぁぁぁ!!」

 

 純白の軌跡を描きながら一際速く飛行するサンダルフォンが、擦れ違い様にアバターの左腕と左翼を切り裂く。片翼を失ってバランスを崩したアバターに、他の者達が次々と攻撃を仕かけてダメージを与えていく。

 

「ふっ! ……えっ?」

 

 しかしレオナが振るった薙刀は、再生したアバターの左腕に防がれてしまう。そのまま力任せに押し返され、運悪く誰もいない方向へ飛んでいった。

 

「っと」

 

 しかし、転移したダナンがレオナの身体を受け止める。

 

「あ、ありがとう、ダナン君」

「いや、今のは俺が創った足場の向きが悪かった」

「ううん、ごめんね」

 

 レオナは身体を起こして、足場に立ち上がった。

 

「……慣れないだろうが、俺が足場を創ってやる。だから信じろ」

「なんだか、頼もしいね」

「そりゃ曲がりなりにも団長だからな」

「うん、そうだね……うん。もう、大丈夫。ダナン君を信じて、命を預けるから」

「おう」

 

 レオナの表情が引き締まったのを見て、もう大丈夫かと思い転移でグランサイファーへと戻る。

 ダナンが去った後、レオナは深呼吸を一つすると力強く駆け出した。先ほどとは思い切りの良さが違う。

 

 空中戦を繰り広げているアバターへ一直線に向かうと、気づいたアバターに拳を放たれた。グランやジータですら敵わない力にレオナが敵うはずもない。だが彼女の心に恐れはなかった。

 

 レオナは薙刀の切っ先でアバターの拳を受け流し軌道を逸らすと、身を翻した勢いを利用して薙刀を横に一閃する。先ほどは斬れなかった腕が、切断された。更に斬った腕を足場にして跳び上がると、刃を真上から振り下ろしてアバターの身体に一直線の傷をつける。アバターからは少し下がった場所に出来た足場に着地した。

 

 打って変わった姿に大半の者は驚くが、これが本来のレオナの強さである。

 “獅子”と謳われた戦い方と気迫。そして日頃七曜の騎士であるアリアと鍛錬することでどんどんその強さは増していた。

 

 とはいえアバターの再生能力ではこの程度の傷、すぐに治ってしまう。

 

 しかし本来の戦い方に戻ったレオナが参戦したことで、アバターと互角以上に渡り合っていた。

 

「オオオオッッ!!!」

 

 だが無差別攻撃を放ち五人を近づけさせず、更に頭上に右手を挙げて球体を形成する。アバターの視線はグランサイファーを捉えていた。

 

「させるか……!」

 

 サンダルフォンが溜めを中断させようとするが、その前にアバターは球体を放つ。先ほどとまではいかないものの、島一つを消し飛ばすのに充分な破壊力を持ったエネルギーだった。

 

「私ではあれを受けられない……! ラカム!」

「わかってるよ! だが、クソッ……!!」

 

 防御に優れたカタリナであっても防ぐのは難しい。また回避するしかないが、それでも今のグランサイファーは厳しかった。

 

「なぁ、ワールド。解析(・・)は終わってるか?」

『問題ない。既に完了している』

 

 ダナンの声に、姿を消しているワールドが応える。

 

「なに……?」

「俺に任せろ。もうさっきみたいに、受けられねぇとは言わねぇよ。なぁ、ワールド!」

 

 ダナンが右手を掲げる。彼の背後に黒い人型の星晶獣、ワールドが顕現した。ワールドは後ろからダナンの手の上ほどに合わせて右手を向ける。

 そして、二人の掌の間に赤黒い球体が形成されていく。

 

「そ、それはヤツの……!?」

「同じモノなら、相殺できねぇはずはねぇだろ!!」

 

 驚愕する一行を無視して、ダナンは球体を迫る球体に向けて放った。激突する全く同じ力に大気が震え、どちらが押し負けることもなく空中で爆発する。衝撃がグランサイファーを襲って船体が軋むが、落ちることはなかった。

 代わりに技をパクられたからか、攻撃を防がれたからか、アバターが大きく咆哮する。

 

 だが、それが隙となる。

 

「オーキスさん、合わせてください!!」

「……了解」

「獅子烈爪斬ッ!!!」

「……エンドブリンガー」

 

 アバターに出来た隙を見逃さず、レオナとオーキスの波状攻撃がアバターの身体を引き裂く。

 

「オォ……!!」

「再生させるわけないでしょ……!!」

「ここで、決めるッ!!」

「「レギンレイヴ・天星!!!」」

 

 再生しようとするアバターに、双子の奥義が叩き込まれた。それでも辛うじて抜け出し、再生の時間を稼ごうと飛び去る――だが途中で視えない壁にぶつかる。

 

「四大天司は来れないって言うけど、その力ってあった方がいいと思うんだよな」

 

 力任せに拳やエネルギーを叩きつけて壁を破壊しようとするが、八方を囲まれていて抜け出すことができない。

 不敵に笑うダナンの言葉に応じて、遥か上空に赤、青、茶、緑の四色の帯が伸びてきた。

 

「この力は四大天司様の……!?」

「まさか……!」

「ああ。出発してからずっと、上空にあいつらの力を届けやすい通り道を創っておいたんだよ」

 

 双子の天司が驚く中、四つの帯がアバターの真上で収束する。アバターはなんとか自身を閉じ込める壁を砕いたが。

 

「遅ぇよ。消し飛びな!!」

 

 ダナンの合図と共に四色の混じった極光がアバターへと降り注いだ。並みの星晶獣なら跡形もなく消し飛んで当然の破壊力を持っていたはずだが、それでもアバターが頭と首だけで残っていた。

 

「サンダルフォン!!」

「わかっている! これで終わりだ!!」

 

 しぶといアバターに対して、サンダルフォンが射程圏内に移動し右手を掲げる。掌に神々しい光を集束させていく。

 

「オオオオッ!!」

 

 だがアバターも再生が間に合わないと見てか、手足もない状態で黒い力を溜めて放った。

 

「パラダイスロスト――ッ!!!」

 

 サンダルフォンも天司長としての御業を放ち、黒い球体と激突する。拮抗するかに思えたのは一瞬だけで、アバターの放った球体は消し飛び神々しい光が僅かに残ったアバターの残滓を消滅させるのだった。




明日も夜に更新する予定です。


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EX:『失楽園』エピローグ

若干間に合いませんでしたが、これにて『失楽園』は完結となります。
次は今年のエイプリルフールに投稿したかったIF番外編でお会いしましょう。


 予期せぬ共闘により、アバターを倒した一行。

 

 気流も安定したところでやっと一息吐き、帰路の算段をする。

 

「終わったのか、本当に」

「うん? なにやってんだ、空の底なんか見てよ」

「少なくとも俺が知覚する範囲にも反応はねぇぞ」

「あの、一緒に休憩しませんか? 珈琲じゃなくてお水ですけど」

「俺はいい。ただ、気になるんだ」

 

 ダナンの知覚にも引っかからないが、サンダルフォンは甲板から空の底を眺めて離れない。

 

「ヤツの再生能力は常軌を逸して――」

 

 口にしている途中で、

 

「「ッ……!」」

 

 サンダルフォンとダナンの表情が強張る。

 

「ゥ……オ……オオオ……」

 

 すぐにアバターの呻き声が聞こえてきた。

 

「嘘だろ……! まだ生きてるってのかよ!?」

「どうする! だがここでやらなければ……!」

「クソ、無限のコアか……。いいだろう、無限に破壊してやる――」

 

 サンダルフォンがそう口にした瞬間、赤い粒子が集まって一つの形を取る。

 

「なるほど。単純だが、良い案だ」

「なっ……」

 

 現れたのは白髪に赤い鎧を纏う羽を生やした天司、四大天司の一人であるミカエルだった。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 驚くサンダルフォン達を他所に、ミカエルは炎の柱でアバターを攻撃する。

 

「ォォォ……!」

 

 続けて他の四大天司も続々と姿を現した。

 

「ミカエルさん!? 他の天司さん達も……!」

「ふぅ……。良かった、間に合ったみたいね」

「やれやれ、ここは俺らにとっちゃ不利な地なんだけどな。ここまでお膳立てされちゃ、ただ見てるわけにもいかねぇだろ」

「……」

「ふふ、彼が道を創ってくれていたおかげで結構助かっちゃったわ」

 

 ガブリエルがつけ足してダナンにウインクすると、オーキスがむすっとする。

 

「皆様……! いらしてくださったのですね!」

「ご苦労だった、二人共。エーテルの安定と天国の門の崩壊、そしてそこの小僧の力でカナンまで直行することができたのだ」

「ですが、天司長様は……」

「わかっているわ。でも今は目の前のことに集中しましょう?」

「……どうするつもりだ?」

「サンダルフォン……。どうするもなにもない。貴様が先刻、宣言した通りだ。……無限に破壊するぞ!」

 

 その言葉を合図に、四大天司はアバターに全力を放った。

 

「フンッ……!」

「オオオォォォ……」

 

 その攻撃は止まることを知らず、

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 アバターを抑え込み、遂には追い詰めたのだった。

 

「おらおらおらぁ!」

「ゥ……オ……」

「今だ特異点、ヤツにとどめを! 空の未来を切り拓くのだ!!」

 

 ミカエルの言葉に顔を見合わせたグランとジータは、頷き合って颯爽とアバターに飛び移った。そのままアバターの胸に二人同時に剣を突き立てる。

 

「コアは貫いた! そのまま切り離せェ!!」

 

 ウリエルに言われ、二人はまたしても同時にアバターを両断した。

 

 二人の攻撃により、アバターの心核とも言えるコアに、決定的一撃を見舞ったのだった。

 

「ァァァ……!」

「「ルリア!!」」

 

 二人はアバターの傍から飛び去り、ルリアに声をかける。

 

「はい……! ――始原の竜、闇の炎の仔。汝の名は……バハムート!!」

 

 ルリアに呼応して顕現した黒銀の竜が、アバターへと咆哮を放った。そして遂に、アバターの身体が爆散する。

 

「やったか!?」

「その、ようだ……」

「フッ……流石だな」

 

 跡形もなく消し飛んだアバターに、一行と天司達は安心した表情を浮かべた。

 

「……」

 

 だが、ダナンだけは難しい顔をしたままだ。

 

「……ダナン?」

「ん……いや、なんでもない。ただ、全員見逃がしちまったなと思っただけだ」

「……大丈夫。次も負けない」

「ああ、そうだな」

 

 オーキスの言葉に頷いたが、そう簡単にいかないことはわかっていた。

 

 ともあれグランサイファーはなんとか来た道を引き返し、ポート・ブリーズへと帰還する。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 数日後。

 ポート・ブリーズでは、復興記念祭を再開して、更なる賑わいを見せていた。

 

「やっぱ天才だぜ、ラカムは! あの天国の門を突破するなんてよ!」

「はっはっは、なにを言ってやがる。お前さん達の協力あってこそだぜ!」

「オイゲンさん、あの……騎空士ってどうやってなるんですかね? 資格試験とかあるんですか?」

「なんだ、おい? お前、騎空士になりてぇのか? まぁ、根性は合格ってとこだな!」

「えっ、本当にいいの? ネックレス、譲ってもらっても……」

「うん! ねっ? ロゼッタ。皆のおかげで、最後まで頑張れたんだもん」

「ふふ、そうね。是非受け取って頂戴。ちょっとした友情の証よ」

「カタリナ殿~! 是非受け取っていただきたい! 我が国の軍事顧問の勲章をッッッ!」

「だ、だから……! その気はないと言っているだろう!?」

 

 そんな喧騒の中、グランとジータ達が艇に戻ると鋭い視線を送る男がいた。

 

「ん……。まだ出発しないのか、特異点」

「あのよぅ……その呼び方、なんとかなんねぇのか? 呼びづれぇんじゃねーか?」

「フン……呼びづらいのは事実ではあるが。善処しよう」

「それに、特異点って私とグランのことを言ってるんでしょ? どっちかだけの時呼べないんじゃない?」

「確かにな……」

「じゃあ僕のことはグランでいいよ」

「私のこともジータでいいよ」

「善処しよう」

「善処じゃなくて、呼んでね?」

「あ、ああ……」

 

 ジータの笑顔に妙な迫力が込められているような気がして、サンダルフォンは頷く。あれ以来、ジータから弟のように見られているようだった。

 

 サンダルフォンは今後も一行と共闘することになっていた。ルシフェルの力と意思を継ぎ、まだどこかに眠っているかもしれぬ、『ルシファーの遺産』を破壊するために。

 一行もまた空の世界を守るため、ルシファーに関わる存在を看過できず、お互い利害と目的が一致したのだった。

 

「もどかしいな……天司長の力さえ満ちれば……」

「そんなに焦んなって。相変わらず四六時中、張り詰めてやがんなぁ」

「……君等が緩んでいるのでは?」

「な、なんだとぉ!? ホント憎たらしいヤツだぜ。ちゃんと空を守る気あるのか?」

「ま、まぁまぁビィさん……。サンダルフォンさんも、ね? 空を守って罪を償うんですよね」

「結果論的にね。あの御方の意思のために俺は在る。それは偶々、空を守ることにもなる」

「うわぁ、心底ひねてやがる……」

「す、素直じゃないんですよ。心の中では色々ちゃんと考えてて……」

「フッ……ナンセンスだ」

 

 彼らとやり取りをしながらも、サンダルフォンは笑っていた。

 

(どうして空は蒼いのか。願いとなった問いに、貴方は酷く惹かれていた。非合理な思考であるからこそ俺達獣も羨望するのだろうか? 親である星の民には備わっていないモノだから……自立できる未来を夢見て……。貴方の言う進化の道筋。その先を、見届けてみせます)

 

 こうして一行は空の旅を続けていくのだった。

 

「おっ? 揃ってんじゃねぇか。丁度いい、サンダルフォンもいるな」

 

 そこへダナンがやってきた。

 

「ん? なんだよ、なんか用か?」

「ああ、そんなところだ。あんまりこういう祝い事の時に言いたくはねぇが、俺も祭の後は別の島にいるだろうしな」

 

 聞き返すビィに応えて、真剣な表情になる。そこに普段の様子はなく、周囲の空気がヒリついたように感じた。

 

「今回の黒い怪物……野郎は『アバター』って呼んでたみたいだが、アバター程度(・・)に苦戦してるようじゃ、次全滅するぞ」

 

 ダナンが珍しく真顔で告げた言葉に、一行は顔を強張らせる。

 

「お、脅かすようなこと言うなよ! なぁ!」

「そ、そうですよ! 今回みたいに天司さん達とも力を合わせれば……!」

「そうやって前向きに捉えるのは勝手だが、楽観視だけはするなよ」

 

 強がるビィとルリアの言葉ににこりともせず、ダナンは告げた。

 

「ベリアルの野郎は本気を出す気がないのか知らねぇが、余力を残そうとして戦ってやがった。だがいくら強くても天司の範疇だ。なんとかならないわけじゃねぇ。だが、あの野郎は違う」

 

 ダナンは断言する。

 

「あの黒いフード被った金髪の男……あいつには、今は勝てない」

 

 ここまで真面目なダナンを未だかつて見たことがあっただろうか。そのことがより四人に真実味を持たせる。

 

「それが俺とワールドが解析して得た答えだ。今のままじゃ、全団員を引き連れて戦えば勝てるだろうけどな。それくらい、実力差が開いてやがる。忌々しい話だが、あいつにとっちゃアバターすら赤子同然だ」

 

 真っ直ぐ見据えて紡ぐ言葉に、四人は唾を呑んだ。あのアバターですら敵わないという男の強さは、どれほどのモノなのか。

 

「フン……。相手がどれだけ強かろうと関係ない」

 

 サンダルフォンは怖気づかず鼻を鳴らした。

 

「そういう意地とかで覆せる次元なら、また話は違ったんだろうけどな……」

 

 苦戦するとか、まだ戦いになっているならやりようもある。だがダナンとワールドが分析したところ、あの男の強さは今の自分達から考えるとそういう次元にすらない。敵の攻撃一つで複数人が即死するレベルだ。特にルシフェルを殺せたことを見ると星晶獣の力は相性が悪い。ダナンにとっても厄介な話だった。加えて同じく星晶獣と契約している十賢者も。

 

「話はそれだけだ。精々その時になって後悔しないよう、頑張れよ」

 

 ダナンはそう締め括ると踵を返して去っていく。

 

 街を歩きながら、ワールドと会話していた。

 

『忠告とは、優しいことだな』

(俺やお前にとっても悪い話じゃないだろ。世界を手にするのに、強敵は多い。ああいうのはあいつらけしかけるくらいでいいんだよ)

 

 心の中で、唯一男の強さを共有できる二人は相談する。

 

(ホントに、今いる“蒼穹”と“黒闇”の全団員で立ち向かって勝てるくらいなんだよな?)

『ああ。オレが見たところ、あの星の民はそれほどまでに強い。というより、一人一人が相手にならなさすぎていないようなモノだ』

(俺もあいつの強さはわかっちゃいるが、そこまでの細かい想定はできねぇしな。全く、頭の痛い話だ)

 

 正直なところ、ベリアルやアバターよりも男の方が脅威だった。異常なまでの強さ。分析した時点で勝てないと諦めてしまうほどに。

 

(あいつに勝つにはもっと強く……それも、もう一段階上の強さが必要だ)

『宛てはあるのか?』

 

 【十の願いに応えし者】の全力を以ってしても、ヤツには敵わないだろう。『ジョブ』は地力を鍛えることでより効果を増すが、その程度の伸びしろでは太刀打ちできない。被害を出さずに勝利するためには、もっと強大な力が必要だった。

 

 ワールドに尋ねられたダナンにはその「もう一段階上の強さ」に至る手段に心当たりが()()()

 

(あるにはある。だが、無理だろうな)

『なに?』

(少なくとも、俺とお前じゃ無理だ)

『どういう意味だ?』

(今は話しても仕方がねぇよ)

 

 しかしダナンはその方法をワールドに告げなかった。ワールドもそれ以上は突っ込まなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナン達が更なる戦いに頭を悩ませている一方。

 

「成る程……。カナンの崩壊によって天司長の残り香も消え失せたと思ったが後継が機能したのは予想外だった」

 

 黒いフードを被った金髪に褐色肌の男はカナンにいた。

 

「だがそれは瑣末なことか。それよりも――二対の『ルシファーの遺産』……白の方は惜しくも失ったが黒を得られただけでも僥倖よ」

「ゥゥ……ァ……」

 

 男の傍らには、再生もままならないアバターの残滓があった。

 

「もうすぐだ……長き時を経て、計画は最終段階に来た。ルシファー……見ているか? 貴様との戦いは、世界の統合を以って決着よ。全ての一に束ね、余は全となる」

 

 また、別の場所で。

 

「あ~あ……。結局バブさんが一番楽しやがった。一番身体張ったのオレだよ。まぁ~いいか。おかげで『身体』は手に入った。後は『首』をどうするか、だけど……バブさんにはちょっと萎えたしオレも遊んでみよっかなあ?」

 

 やはりと言うべきか生きていたベリアルはいいことを思いついたとばかりに嗤う。

 

 邪悪なる意思は、その手を再び空に伸ばさんとしていた。

 「世界」に向けられた圧倒的な「悪意」との衝突は最早避けられない。

 

 近い未来、天司達の因縁は最後の決着を迎えることとなる――。




個人的な見解ですが、割りとファーさんとかバブさんはマジで強い部類(ファーさんの方が上)なので今の強さでも勝てないんじゃないかと思います。
いつか『000』で戦う日が来た時には、きっとダナン達は今よりもっと強くなっていることでしょう。
とはいえ流石に二つの騎空団全団員共闘して勝てるくらいは盛りすぎかもしれませんけどね。間違いなくダナンや十賢者達とは相性最悪のバブさんなので、警戒しすぎて損はないと思っています。

楽しんでいただけたら幸いです。
次がいつになるかは定かではないですが。


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IF:『ゼロから始める覇空戦争』

お久し振りで申し訳ございません。
ようやく今年のIFが書き上がりました……。
「IF書いてないで早く本編進めろよ、真王待ちくたびれてんぞ」と思っていらっしゃる方もいると思いますが、もう少しだけ幕間が続くんじゃよ。時が経つと書きたい話が増える不思議……。特にフェディエル達六竜と組んで“蒼穹”の連中をボコすイベントが始まるそうなので(違う)。

更新していない間に色々ありすぎて書き切れないので、やめておきましょう。

今回のIFは前回の「ダナンがグランやジータ、ビィと共に旅をする」IFでしたがまた毛色が違います。事の真相は本編を読んでいただくとして。

一応前置きしておくと、バッドエンドから始まるIFルートとなっております。結構情報の出ていない(忘れてるだけかも)部分の話になってくるので想像力で補完しまくっており、いつも以上に独自解釈多めです。
キャラ変もあるので苦手な人はご注意ください。


 俺は――俺達は敗北した。

 

 準備を怠ったのだろうか。

 世界の危機にどこか焦っていたのだろうか。

 相手が予想以上に周到だったのだろうか。

 こちらが迂闊だったのだろうか。

 

 ……理由はわからない。その全てだったかもしれないし、そのどれも違っていたのかもしれない。

 

 なんにしても、俺達は敗北した。それだけは事実だ。

 

 ――エルステ帝国軍率いる、宰相フリーシア。彼女の思惑通り、星晶獣アーカーシャは起動してしまった。

 

 今の空の世界から、星の世界に関するモノを全てなかったことにする。

 

 それがフリーシアがアーカーシャを起動して成し得たい目的だった。

 世界を書き換えるなどという神にも等しい所業を成した影響は計り知れない。

 

 少なくとも昔にあったという覇空戦争の時代から歴史は分岐するのだろう。星の民が空の世界に攻め入った戦争の影響で空の世界は大きく変わったのだという。その辺りの変化も消えてなくなるだろう。

 そもそも上手く機能するかもわからないが。

 

 それでもアーカーシャは起動し、世界は書き換わる。

 

 真っ白な光が世界を覆い尽くし、俺達は成す術なく呑み込まれていく。最後に俺が口にしようとしたのは果たしてどんな言葉だったのか。いや、考えるまでもないことか。

 

 きっと、消えることが確定している人形の少女の名前だったはずだ。

 

 どんな因果があっても存在が残らないとはっきりしている彼女のことを、俺と――あと多分アポロも呼んだはずだ。

 その声が届くことはなく、全てが失われた。

 

 そしておそらく俺も、歴史が変わった世界が在ったとしても存在が残ることはないだろう。確証はないが、グランとジータと俺の三人は星の世界との関係性がなければ存在し得ないのではないかと思う。

 だから世界が変わっても俺が生まれ直すことはないだろう。俺達で言うとアポロ、ドランク、スツルムはいるだろうか。いや、もしかしたらアポロはいないかもしれない。幼い頃リヴァイアサンに命を救われたというから、星晶獣のいないアウギュステで溺死するのかもしれない。

 

 残念ながら、俺には関係がないのでせめてどう変わるにしても残った人が幸せに暮らしていればいいが。まぁこの世界の記憶はないと思うので、なにを願ったところで消えていくだけか。

 

 虚しい気持ちはあるがどうしようもない。

 

 そう、思っていた。

 

 視界も思考も白に染まり、手足の感覚どころか五感全てが消失していく。なにも、なにもない。無。虚ろ。後悔などの感情すらも消滅という奔流に押し流されてなにも感じなかった。

 存在全てが消えていく――。

 

 ……次の瞬間、俺は森に座り込んでいた。

 

「――……は?」

 

 当然だが、まず自分の目を疑う。それでも視界に入る光景、耳で聞く木々のざわめき、土の匂い、硬い地面の感触が今目の当たりにしているモノが現実だと訴えかけてきた。

 

「……」

 

 何度瞬きしても変わらない。身体も思うように動く。なにかが欠けているわけでもなく、俺はどこかの森に存在していた。

 

「……どこだよ、ここ」

 

 理解の追いつかない頭を誤魔化すために声を出しながら、とりあえず立ち上がってみる。目線の高さが変わって景色の見え方は変わったが、残念ながら俺が今いる場所のヒントは見つけられなかった。

 

「クソッ、どうなってんだよ」

 

 一通りのサバイバル技術は会得していると思うが、現状がなにもわからない。生き残る分には問題ないがこれから俺はどうすればいいんだ?

 

「……とりあえずは、地理の把握からかね」

 

 色々な可能性がいくつも浮かぶが、なにをするにしてもここがどういった場所なのかを知らなければ行動のしようがない。全て消えると思っていたのに訳のわからない場所に飛ばされたとあっては後悔も湧き上がるし様々なことを考えてしまう。行動して気を紛らわせるしかないか。

 

 森の中を探索しながら、自分の身体に違和感はないか記憶は定かかなどを機械的に確認していく。

 

 記憶はある。俺の今までの生を思い返すことができる。ただし武器はない。どんな武器もある程度使えるのが俺の、俺達の長所だったが武器などの手荷物は一切なくなっていた。服装はそのままのようだがポケットに入れていた細かなモノもなくなっている。だが『ジョブ』の力は使えるようだ。武器がないので専ら【オーガ】とかになってしまうが。

 

「魔物も存在してるな。武器がないから多少不安だったが、なんとかなるモノだな」

 

 アーカーシャに敗北したとはいえ、世界の命運が懸かるような戦いでもなければ負ける要素は少ないか。

 しかし、現状元いた俺の世界となんら変わりがない。

 

 本当にアーカーシャの能力は発動してしまったのか。

 仮に発動したとしてなぜ俺だけがこの場にいるのか。

 それとも世界改変なんて所業はいくら星晶獣でも不可能なのか。

 

 考えてもキリがない。アーカーシャの力が本物なら別の世界線。もし偽物及び限りなく近い形で叶えるだけなら色々な可能性が考えられる。例えば、覇空戦争の影響で空の世界がおかしくなってしまったという認識なら覇空戦争の直前の時空に巻き戻る、とか。フリーシアは大それたことを言っていたが結局のところオルキスの父親がいなければ彼女もあそこまで願わなかったのだから、そこだけ改変するとかな。

 

「……考えても仕方がないとはいえ、考えねぇと状況を把握できねぇんだよな」

 

 独り呟くも、応えるのは木々のざわめきと鳥の囀りのみである。

 それでも数日かけて森を探索していると、ようやく森を抜けた先が見えてきた。

 

 人恋しいというのはないので走って森を抜けるようなことはしない。しかも今がどうなっているのかもわからない状態だ。飛び出したら射殺される可能性もある。

 

 ……もう終わった後だとしても、なにかできることがあるならやりたい。

 

 取り返しのつかない敗北を経たせいか、珍しくも意欲に塗れた自分がいる。

 

「……」

 

 木陰からこっそりと森の外を確認した。森の中にある開けた空間ではなく、本当に森の終わりだったようだ。……民家もある。人は住んでいそうだが、どんな種族がいるかも、本当に俺の知る種族なのかもわからねぇし、慎重に出る必要がありそうだな。

 遠目に見えた民家を、【マークスマン】を使って遠視紛いの能力を駆使し観察する。遠近感の問題もあるため断言はできないが、俺の知る家屋とそう変わらない大きさだ。文明の違いもなさそうか? 空域を越えると文明の違いが如実に出てくるという話を聞いたことがあったので、今のところファータ・グランデ空域の文明らしき場所ではある。

 

 しばらく待っていると、民家から人が出てきた。ヒューマンの特徴と合致する。だが気軽に話しかけるのは愚策か。正直一般人と思われそうな服装じゃないからな。敵でないと口にするのは簡単だが、証明するのは難しい。他の島との交流をどれくらい持っているかもわからないし、下手な真似をすれば詰む可能性もある。旅人が通じるのかもわからないしな。そもそも島を渡る方法なんてあるのか? 確か騎空艇ってノアって星晶獣が空の民に広めてから造られるようになったんだよな?

 

「……面倒だな。もういっそのこと堂々と出ていって反応を窺いつつ情報を集めた方がいいか?」

 

 今見た人も戦闘力が高いようには見えない。それなりに身体を鍛えているようだが、それだけだ。危険もあるが油断はない。あいつらと出会ってからは格上との戦闘の方が多かったくらいだし、一般人相手なら戦えると思う。魔物の強さも変わってなさそうだったしな。

 

「よし」

 

 決めた。俺は隠れることをやめて、誰も見ていないタイミングで森から出るとそのまま民家が集中している方に歩いていく。ローブは脱いで脇に抱え、黒いシャツと黒いズボンで練り歩いた。擦れ違う人に注目されはするが、特に「両手を挙げて膝を突け!」と言われるようなこともない。この村だか街だかの長がいれば、丁度いいんだが。

 

「そこの坊や、ちょっといいかい?」

 

 建物の間の道を歩いていると、老婆から話しかけられた。俺以外に老婆の近くに人はいなかったので、俺にだと思い身体の向きを変える。

 

「なんだ?」

「いや、ここじゃ見ない顔だと思ってね。最近外から人が来たことなんてないはずだけどねぇ」

 

 普通の老婆……だよな? 妙な気配を感じる気がする。俺の気のせいだといいが、なんだろうな。

 

「ああ。俺もびっくりだ。気がついたら森にいて、ここがどこかも全然わからねぇ」

 

 嘘は真実と織り交ぜることで真実味を持たせることができる。とはいえ最初から嘘ばかりではバレてしまうだろう。よって俺は、正直に告げた。

 

「そんな話、今まで聞いたこともないねぇ。一体どうやって来たんだか……」

「俺もよくわからないんだ。怪しまれるのは困るが、仕方がない身の上だとは自覚してる」

 

 困った様子を見せる老婆に対して、自分から「怪しい」と口にしてしまう。真に怪しいヤツは怪しまれないように努力するだろうという先入観を逆手に取った手法だが、どうだろうか。

 

「なるほどねぇ――」

 

 顎に手を当てて考え込む様子の老婆。その右腕が鋭くしなり、眼前に指先が突きつけられた。俺はぴたりと身体の動きを止める。……嘘だろこいつ。寸止めするのはわかったが、してなかったら避け切れてねぇぞ。

 俺が冷や汗を掻きながらじっとしていると、老婆は手を引っ込めてくれた。

 

「悪くないね。怪しまれるとわかっていて紛れる度胸もある。見所のある坊やだ」

「……そらどうも」

「試すような真似をして悪かったね。行く宛てがないならうちに来るといい。余所者に厳しい島じゃないとはいえ、身元のわからない子供を泊める家は少ないだろうからね」

 

 老婆は言うと踵を返して歩き出す。ついていくべきなのか迷っていると、

 

「来ないのかい?」

 

 振り返って尋ねてきた。……怪しい婆さんだな。だがあの速度。確実にClassⅢよりも強い。俺の立場に理解を示してくれるなら、この世界の情報を集めるのにいいというのもある。罠の可能性もあるが、それなら今この場で捕らえればいいだけの話だ。それだけの力の差はあるだろう。

 俺は意を決して、老婆の方へ歩き出しついていくことにした。

 

 老婆の家には他に誰もいなかった。一人暮らしなのだろうか。なぜか用意されていた紅茶とクッキーが差し出されて、テーブルに着くよう促される。

 

「それで、なんでこんな辺境の島に来たんだい?」

「だから、俺もよくわからないって言ってるだろ。ホントにどうやってここに来たのかわかんねぇんだよ」

「……。嘘は吐いてないみたいだね」

 

 当たり前だ。本当のことを隅から隅まで言えるわけもないが、下手な芝居を打つよりかはマシだろう。

 

「俺からも聞きたい。……この島に名前はあるのか?」

「あるよ。この島の名前は()()()()()()()()

「ザンクティンゼルだと……?」

 

 老婆の口にした島の名前は、予想外も予想外だった。……確かあいつらの故郷じゃなかったか? こんな強い婆さんがいるとは聞かなかったが。あいつらの故郷の話なんて話半分くらいにしか聞いてなかったぞ。クソ、こんなことならもっとちゃんと聞いておけば良かったか。

 話もちゃんと聞いていなかったし、結局一度も来たことがなかった。俺には未知の島に等しい。

 

 だがザンクティンゼルだとわかれば質問のしようも出てくる。名前も聞いたことがない島だったら取っかかりすらなかったわけだからな。

 

「悪い、俺の言った単語に聞き覚えがあるかないかだけ答えてくれないか? もう少し状況を掴みたいんだ」

「わかったよ、好きにするといい」

 

 前置きをしてから、ザンクティンゼルに関係のある単語を口にしていく。

 

「グラン」

「ないね」

「ジータ」

「ないね」

「ビィ」

「ないね」

 

 あいつらは全滅か。

 

「エルステ」

「エルステ王国のことかい? なら知ってるよ」

「星晶獣」

「? なんだって?」

「……覇空戦争」

「ないね」

 

 エルステは帝国になっていない。星晶獣にも覇空戦争にも聞き覚えはない。つまり、フリーシアの願いは叶ったということか。とはいえまだ断言はできない。星の世界そのモノが消えたのか、それともただ時間が遡行しているのか。……一度エルステに行ってみるか。星の世界が消えたのなら、元の世界で言うところのオルキスの母親が存命のはずだ。あとはフリーシアのヤツか。とはいえフリーシアの顔を見て冷静でいられる自信はねぇな。しばらくは時間が経つのを待つべきか。

 

「……大体わかった」

「なら良かったよ。で、坊やのことは話してくれないのかい?」

「異なる歴史を辿った別世界からやってきた、ってのはどうだ? それっぽいだろ?」

「……」

 

 事実を言ってみたのだが、呆れられてしまった。まぁ簡単に信じられるようなことではない。冗談だと思ったのだろう。

 

「まぁいいよ。結局、しばらくはここにいるのかい?」

「まぁな。行きたい場所はあるが、まだ早い」

「そうかい。ならしばらくここで暮らすといい。家事は手伝ってもらうけどね。ふぇふぇふぇ」

 

 老婆は朗らかに笑う。とりあえず危険はないと思ってくれた、ってことでいいのかね。

 

「それじゃあ、まずは稽古をつけてあげようかね」

「ん? 家事じゃないのか?」

 

 てっきりそういう流れかと思ったが。

 

「ある程度できそうだからねぇ。それよりも、強くなりたいんだろう?」

 

 老婆の言葉に、ぴくりと反応して身体を硬直させてしまう。……まさか、見抜かれてたとはな。

 

「坊やには光……いや光と表現するよりは闇と表現した方がしっくり来るかもしれないけどね。そういうのがある。それに坊やの瞳には強さに対する焦燥感や悔恨が見て取れたからねぇ。悪い話じゃないだろう?」

「……なんでも見通すような言い方しやがって」

 

 せめてもの反論を口にするが、全て事実だ。

 

 平然と振る舞ってはいるが、俺の内には今もオルキスを救えなかった後悔が燻っている。今更なにもできないとしても、それでも俺は強さが欲しかった。そんな俺の心情を老婆は読み取ったのだろう。

 

「で、どうするんだい? 嫌ならいいんだよ」

「はっ。やるに決まってんだろ」

 

 ある種、自分を納得させるための行為だ。ちりちりと内側から焼くようなこの感覚を失くすには、強さを手に入れるしかない。

 

「じゃあ決まりだね」

 

 それから、俺と老婆の奇妙な生活が始まった。

 

 泊まらせてもらい鍛えてもらう代わりに、俺は家事などの手伝いをこなした。本当は世界を回って状況把握に努めたかったが、そう簡単に島を出られるわけではないらしい。仕方がないので老婆の下で鍛えられるだけ鍛えた。

 なにかに突き動かされるように、ひたすら強さを目指す。

 

 老婆の下で修行していて、俺は一つ上の段階へと進んだ確信を持った。

 老婆で言うところの英雄方。そいつらの力は妙なことに俺が持つ『ジョブ』のClassⅢの上位互換と言っていい。それらの力を老婆から教わりながら『ジョブ』に昇華していくことで、俺は更なる強さを手にすることができたのだ。ClassⅢよりも強いということで便宜上ClassⅣと名づけている。おかげで最初歯が立たなかった老婆とも互角にやり合えるようになっていた。……この力があればアーカーシャもなんとかなったのだろうか。いや、望むべくもない。

 

「エルステ王国の視察団?」

 

 ある日、俺がここに来て二年が経過した頃のことだ。なんだかんだすっかり馴染んでいたのだが、ここザンクティンゼルにエルステ王国の視察団とやらがやってくると耳にした。

 

「そう、視察団。なんでもこの島の逸話や遺物を調査するんだと。歴史研究家も同乗しているらしくてね。こういう辺境の島にこそ貴重な情報が眠っている可能性もある、っていう話だね」

「ふぅん……」

 

 エルステ王国か。そういや一度行ってみたいとは思ってたんだよな。だがやはりと言うか空を自由に行き来する技術が足らず二年もここで過ごしてしまった。あれから時が経っているのでもしフリーシアと遭遇してもいきなり殴りかかるようなことはしない……と思う。

 

「なぁ、婆さん」

「いいよ」

 

 俺が話を切り出そうとすると、即答で返ってきた。

 

「いや、俺まだなにも言ってねぇんだが」

「視察団についてエルステに行きたいって言うんだろう? それなりに長い付き合いだからね。わかるよ」

 

 お見通しというわけか。

 

「そっか」

 

 元の世界にはこういう、ちゃんとした保護者みたいな人いなかったっけな。

 

「世話になったな。ありがとう」

「なんだい、柄にもない。それにまだ礼を言うのは早いよ。ついていけると決まったわけじゃないんだから」

「そこは忍び込んででもエルステに行くさ」

「……」

 

 肩を竦めると老婆は微妙な顔になった。

 

「ま、兎に角長い間世話になっちまったな。まだなにもわかってねぇが、あんたに会えて良かったよ」

「……柄にもなく素直じゃないかい」

「こういう時くらいは悪くないだろ。じゃあな、婆さん。老い先短いんだ、精々達者でな」

「ふぇっふぇ。安心しな、あんたよりも長生きしてやるさ」

 

 朗らかに笑う老婆に手を振り、俺は視察団のいる方へと歩いていく。ただしいきなり接近しても怪しまれる可能性が高いため、野次馬に紛れる形で立っていた。

 やがて視察団がやってくる時間が近づき、遠方の空に一つの影が見えてくる――騎空艇だ。

 

 婆さんのところで暮らした二年間に、俺は戦闘以外のことも学んでいた。その一つが歴史や常識に関する勉強だ。なのでこの世界の技術水準などについても大体把握している。

 騎空艇に関しては、実のところここ最近で発明されたモノらしい。十年くらい前にエルステ王国の天才少女が提唱した設計を、ガロンゾの職人達が形にして出来上がったのだとか。それまでは気球船と呼ばれるモノしかなかったらしい。気球船とは、空気を詰め込んだ大きな風船を括りつけ、風船の中の空気を熱することで空を飛ぶ乗り物だ。推進力も低く風や気象に左右されやすいため、かなり操縦の難しい乗り物だと聞く。だが騎空艇は操縦の勝手が違うとはいえ安定した飛行を可能とする乗り物だ。今はまだエルステ王国以外では各国一隻程度しか生産されていなかったが、その画期的な乗り物をどんどん生産していくという方針になっている。

 加えてその発明をした天才少女が細かな設計図を世界に公開しているため、世界中で生産が進められているという状況のようだ。

 

 本来であれば覇空戦争前に星晶獣によって齎されるはずなのだが、どうやら歴史の強制力とやらが働いたのかこの世界にも騎空艇は存在しているらしい。名前まで一緒とは奇遇なモノだな。

 

「あれがエルステ王国の騎空艇か……」

「気球船より断然速いじゃないか」

 

 辺境のザンクティンゼルには、気球船など滅多に来ない。偶に来るようだが俺が来てからの二年間は一度も来航していなかった。そんな田舎者達にとっては、騎空艇が物珍しくて仕方ないのだろう。騎空艇が着陸する前からざわざわしていた。

 

 ザンクティンゼルの端、一応港と思われる一端に集まった野次馬に紛れて着陸した騎空艇を見上げる。

 完全に俺が知っている騎空艇と同じだった。街の人達は「こんな形で空を飛ぶなんて信じられない」などと好き勝手言い合っている。まぁ、俺も騎空艇の空を飛ぶ仕組みまでは理解していないから、説明しろと言われてもできないのだが。

 

 野次馬の注目を集める中、騎空艇から次々と人が降りてくる。俺の記憶のエルステ帝国軍と同じような装備品で整えた兵士達が何人も降りてきた。空にも魔物がいるので、魔物の対抗するための戦力なのだろう。しかしなんだろうか。今の俺からしてみれば敵ではないのだが、エルステ帝国軍よりも練度が高いような気がする。

 先に降りた兵士達が一列に並んで待機した。重役が降りてきそうな雰囲気がある。

 

「仰々しい真似は控えて欲しいといつも言っているでしょう」

 

 甲板の方から聞こえてきた女性の声に、俺は目を見開いた。ハッとして顔を上げれば、一人の女性が甲板から降りてきている。

 

 長い茶髪を編み込んで左肩から前に垂らしている、眼鏡の女性だ。縦縞の白い服の袖はなく、剥き出しの肩から少し下げて黒い服を羽織っている。白に近い灰色のパンツの腰にはベルトを撒いており、左右に剣と銃を提げていた。豊かな胸や腰つきが女性らしくもあるが、並みの兵士より格段に強いとわかる。右手には大きな本を抱えていた。一見すると知的でおしとやかな美女という雰囲気を持っている。

 

「えっ……?」

 

 だが、間違いはない。ここに来て二年経つが、俺は一切それまでの記憶を忘れていない。あれだけ敗北の味を思い知らされたのだから当然だ。その俺の記憶の中にある顔と、一致はしないが見間違えるはずもなかった。

 

 ――あの女性は、アポロだ。

 

 元々見た目がいいのはわかっていたが、まさかあんなはっきり美人とわかる見た目になっているとは。いや違うそうじゃない。

 明らかに別人のようだった。というより前回俺と面識があったヤツと会うのは初めてのことだ。果たして彼女が俺と同じく記憶を保持しているのかどうか。いや、見た目は二十くらいに若返っている。変に期待しない方が身のためか。

 

 ……そういや、元々エルステに行ったのは歴史に興味があったからって話だったか。それなら視察団に志願してるのも頷ける。

 

 昔アポロに聞いた話を思い出して、なんとなく彼女の経歴を察した。エルステでオルキスと仲良くなって、その後フリーシアによって星晶獣デウス・エクス・マキナが起動。オルキスが抜け殻になってしまったためにアポロは七曜の騎士にまで昇り詰め、エルステを帝国に変えた。それが俺の記憶にあるアポロニア・ヴァールの過去だ。となると星晶獣がいない、星の民もいないことでフリーシアはなにもせずオルキスの母親を見守っているのだろうか。だからアポロも歴史研究家としての道を歩んでいる、と。

 

「……」

 

 本当は視察団に無理を言ってでもついていく予定だった。だがアポロが別人になっているとわかってしまうと、どこか躊躇してしまう。俺の存在が彼女の邪魔になってしまうのではないかと。

 視察団を歓迎する村長の挨拶など頭に入ってこず、俺は考え込んだ。いつまでもここにいるわけにはいかないが、かと言ってアポロと一緒に行くのもな。

 

「この村に、なにか不思議なモノや歴史的価値のありそうな石碑などはありますか?」

「ふむ……。そういえば、森の奥に起源のわからない祠がありましたな」

「ではそちらに案内していただいても?」

「もちろんですとも。しかし森には魔物が出ます。それに迷いやすい」

「魔物は我々でも対処可能ですが、道案内はお願いしたいですね」

「それならうちの弟子を使うといいよ」

 

 村長とアポロが話していたかと思うと、別れの挨拶をしたばかりの老婆が出しゃばってきた。……弟子って、俺のことじゃねぇか。

 

「弟子、とは?」

「鍛えてやっていた弟子でね、腕は保証する。足手纏いにはならないし、森にはよく行っていたから道案内も完璧。村長、構わないね?」

 

 首を傾げるアポロに、老婆は応える。まぁ確かに修行のためとか言って森に放り込まれて散々歩き回ったけどさ。祠の場所も一応覚えてはいるけどさ。

 

「もちろんだとも。彼なら問題ない。このザンクティンゼルでも一番の腕利きですからな」

 

 村長も笑って承諾している。いやだからまだ迷ってるんだってば。

 

「ほら、コソコソしてないでいい加減出てきたらどうだい?」

 

 遂に老婆の視線が野次馬に紛れた俺を射貫く。……クソ、視察団についていきたいって言ってた俺を手助けするにしろ、強引すぎるだろあのババア。

 しかし逃げるわけにもいかない。それに間違いなくチャンスではある。エルステに留まるかどうかは置いておいて、ザンクティンゼルから出るいい機会にもなる。

 

 俺は観念して、頭を掻きながら野次馬を掻き分けて前に進み出た。老婆の弟子が俺であることはザンクティンゼルにいる全員が知っているので、逃れる術はない。

 

「彼が案内を?」

「そうだよ。まだ若いけど、腕は保証する」

 

 アポロは俺を見ても顔色一つ変えなかった。……やはり覚えてはいないか。まぁ俺がイレギュラーなだけで、基本はリセットされているはずだからな。

 

「そうですか。ではよろしくお願いします。私はこの視察団を率いるアポロニア・ヴァールと言います」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。アポロニア様」

 

 アポロは丁寧な口調で言って軽く会釈してくる。俺は彼女より深く頭を下げて礼を尽くした。顔を上げるとあまり表情のない彼女の顔が若干怪訝になっているような気がする。

 

「? どうかしましたか?」

「……いえ、なんでもありません。日が暮れるまでに戻ってきたいので、早速案内をお願いしてもよろしいですか?」

「はい、かしこまりました」

 

 おそらくだが、あまり恭しくされるのが好きではないのだろう。一応視察団の最も偉い立場ということなので様づけしたが、それが嫌なのかもしれない。とはいえ俺はこの村の新参者なので、村長ですら敬語を使う相手を様づけで呼ばないのも変だろう。……婆さんは気にせずタメ口だったが。

 

 ということで、婆さんの補助もあり俺がエルステの視察団を案内することになった。

 

 案内役ということで俺が先導し、アポロ以下エルステ王国の兵士達が続く。

 

 道中は特に俺との間に会話なく、大体無言で森を突き進んでいった。兵士達も会話をしないので、偶に俺が声をかけた時以外はなにも話さなかった。まぁただの案内役なのでこんなモノだろう。

 

「祠方面に魔物がいますね。迂回しますか?」

「いえ、直進しましょう。……それにしても、随分と察しがいいのですね」

「ええ、まぁ。普段から森に放り込まれているので、索敵能力だけは高いんですよ」

 

 尋ねた俺に返す形での会話はあった。ただやはり、なんと言うか、別人とはいえアポロと他人行儀なやり取りをすると違和感が半端ない。別人だとわかっていても、だ。

 

「……飛んでいるのがいますね。撃ち落としますので、地上の敵とトドメはお願いします」

「いえ、手伝いましょう。残りは頼みますよ」

 

 木陰から魔物の数と位置を正確に把握して、飛んでいる鳥の魔物が五体いることを確認する。これまでもそうだったが、俺は基本的に弓で援護するだけにしていた。

 俺が弓を手に取ると、アポロも横に並んで腰の銃を持つ。

 

「左の三体はやりますね」

「では残る二体を私が」

 

 五体をそれぞれ分担した。俺は矢を三本番えると三体へ狙いをつける。それからアポロを向くと銃口を一体に向けてこちらを見ていたので、視線を逸らすと同時に三本の矢を放った。ほぼ同時に近くから発砲音が聞こえ、計四体が撃ち落とされる。攻撃を受けてから驚き敵意を向けてくるが、空の一体はアポロが撃ち落とした。地上の魔物は兵士達の見事な連携で倒されていく。

 

 遭遇した魔物の群れも呆気なく討伐して、ハイペースに森を進んでいた。アポロも相当強いが、兵士達の練度が高いことが一番の要因だろう。というのもアポロは基本的に手を出さないからだ。こういった実戦も部下? の訓練ということなのだろうか。そういえば前からアポロは教えるのが上手だったっけな。

 

「いやぁ、ダナンさんはかなりの実力をお持ちですね。村一番の腕利きというのも頷けます」

 

 戦闘終了後、一人の兵士が声をかけてきた。

 

「ありがとうございます。皆さんも素晴らしい連携ですね」

「我々のはエルステ王国最高顧問様のおかげですがね」

「最高顧問様という方は余程優秀な方なんですね」

 

 他愛もない雑談をしていたら、なんだか妙な空気になる。首を傾げて兵士を見たら、ちらりとアポロの方を見やった。……なるほど、アポロが最高顧問ってことか。

 

「なるほど、アポロニア様が最高顧問だと。納得です」

「いいから先に進みますよ。祠はもう近いのでしょう?」

 

 俺が頷くと、アポロはやや照れ臭そうにしながらずんずんと進んでいく。兵士達が苦笑しているのがわかった。

 そういえば元々アポロはエルステ帝国の最高顧問の立ち位置にあったな。歴史は繰り返すというヤツか。まぁ元来優秀な人物なので、世界がどうなったとしても上の地位を手に入れることはできるということだろう。

 

「これが目的の祠です」

 

 やがて俺達は森にある祠に辿り着いた。前もこんな祠があったかどうかまでは、俺にはわからない。

 

「……これが」

 

 アポロは慎重に祠へ近づくと、前屈みになって祠に触れた。なにかを探しているのか、祠の隅々まで探っている。兵士達は周囲を警戒するように外側を見張っていた。俺はやることもなく、ぼーっとアポロの調査を眺める。

 アポロは時々大きな本を開いてメモを取りながら祠を確認していた。本だと思っていたが、中身が手書き若しくは空白だったので巨大なメモ帳なのだろう。後ろからこっそり見ていたが、祠のスケッチを描いているようだった。意外と上手い。こういうことを繰り返しているからだろうか。

 

「祠の中を確認します」

 

 言って、アポロは祠に取りつけられた小さな扉を慎重に開く。しかしなにも入っていなかった。

 

「……なにもなし、と。祠は調べ終わりましたので、戻りましょうか」

 

 アポロは扉を丁寧に閉じると、本を閉じて兵士達と俺に告げる。再び俺の案内で、森を進み村へ出た。

 森を出る頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。視察団も急いでくれというようなことはなかったので、比較的のんびり進んでいたのもある。あと案内役の俺がいながら怪我をさせてしまったら後が大変そうなので、慎重に進んでいた。

 森を抜けて村に戻ってきた俺達を出迎えた村長がアポロに話しかける。

 

「調査は無事に終わりましたかな?」

「はい。ありがとうございました。他になにかあれば、また」

「もちろんですとも」

「では私達はこれで」

「今日一晩ぐらい泊まっていったらどうだい? なにもない島だけど、ご飯ぐらいは用意できるからね」

「いえ、私達は……」

「もう日が暮れています。明日出航した方が安全ですな」

「……そうですね。では、今夜はご厚意に甘えさせていただきます」

 

 村長と、ついでにいた老婆によって視察団は今晩ここに泊まることになった。

 

「ほら、ダナン! あんたが夕食を用意するんだよ」

「は? なんで俺が」

「あんたの料理が一番美味いからに決まってるじゃないかい」

 

 俺がここに来るまでに培ってきた技術は消えていない。料理もその一つだった。だからこそ老婆どころか村全員に気に入られてしまっているのだが。

 

「ダナンが作る料理なら問題ないな」

「ついでに私達の分も作っとくれ!」

 

 なんていう声が口々に飛んでくる。……全く、仕方ねぇ。

 

「わかったよ、しょうがねぇなぁ。食材は用意してあるんだろうな?」

 

 周囲の圧に押されて、結局俺が村と視察団全員分の夕食を作ることになったのだった。いやまぁ、別に料理は嫌いじゃないんだけど。流石に大変だった。

 

「随分と楽しそうに料理をするのですね、彼は」

「ずっとあんな感じだよ。最初っからね」

 

 俺が料理していると、それを見ていたアポロと婆さんがなにやら話している。

 

「最初から? 彼はここの生まれではないのですか?」

「そうだよ。二年くらい前に突然現れてね。どうしてここにいるのかわからないなんて言うもんだから」

「二年前……そうですか」

「ま、気になるなら本人に聞くといいよ」

 

 いくらアポロ相手とはいえ、そう簡単に俺が訳のわからない単語を繰り返していたことを口にはしなかった。まぁあの老婆ならこうして俺が聞き耳を立てていることくらい気づいているだろうし、言うわけもないか。

 

 アポロに料理を渡そうとしたら最後でいいと言われてしまい頑固にも譲らなかったので、視察団の兵士達と村の人々を優先した。最後、アポロに料理を渡す。

 

「資料をまとめる時間もありますので、騎空艇の自室で食べてもいいですか? 皿などは後で返却しますので」

「構いませんよ」

「ありがとうございます。では私はこれで」

「はい。冷めない内に召し上がってくださいね」

 

 兵士達も気さくな人ばかりで、村の人達と一種の宴のように騒いでいた。だがアポロは盆で料理を受け取ると、ここでは食べようとせず寝泊まりしている騎空艇へと戻っていく。

 資料をまとめる時間があるからという理由は嘘ではないようだが、なんとなく真意ではない気がした。まぁそれを指摘して無理に引き留める必要もないだろう。ちゃんと食べてくれるなら言うことはない。

 

 アポロを最後、と言ったがそれは俺本人を含めない場合、だ。おかわり分も作ってはいたはずだが皆が美味しい美味しいとよく食べてくれたので、俺は丁度一人分くらいにしておこう。元々そう大食いでもないことだし、皆が食べてくれる方が俺としては嬉しい。

 

 というかあの婆さん、別れを告げた癖になんだかんだ話すよな。ただもう帰ってくるなと言われそうなので、泊まる場所がなくなってしまった。別に野宿でもいいか。

 

 ザンクティンゼルの人々はなにもない田舎だからこそ、外から来た視察団の歓待を理由に宴をしたい。

 視察団としても堅苦しい調査が終わったことだし宴はしたい。

 

 そんな感じで利害が一致したからか、村は夜遅くまで大騒ぎの状態だった。アポロは騎空艇に戻り、老婆はいない。俺も野宿する場所を探してうろついていたのでこの三人以外は参加していたようだが。

 宴の喧騒から離れた静かな場所で地面に寝袋を敷き、仰向けに寝転がって星空を見上げる。

 

「……明日はちゃんと、言わねぇとな」

 

 エルステ王国まで乗せていって欲しい。結局それは言えていないので、明日の出発前に申し出るとしよう。

 その先どうするかは兎も角、今は目の前のことだ。

 

 目を閉じて眠りに着く。老婆の下で修業する過程で、必要な時に必要なだけ睡眠が取れるようになっていた。きっちり起きようとしていた時間に目を覚ます。

 

 まだ早朝、朝露が晴れない時間帯だ。

 身体を起こしてストレッチをする。寝袋を畳んで日課である鍛錬を始める。俺はそういう風に生まれた都合上、どんな武器でも扱える。どんな魔法でも扱える。だから日課としてその全てを一通り使うということを毎日欠かさず繰り返していた。

 俺や、元の世界線にはいたグランとジータはそういう風に生まれ持ったのだから納得がいく。ただしあのババアは別だ。なんの特別性も持って生まれていないのに、全てを一通り極めていやがる。もちろん習得には長い歳月を必要とすることだろう。そもそも才能がなければ使うことすら許されないこともある。……まぁ、そんな老婆のおかげで、元々の俺より何倍も強くなったのは有り難いんだけどな。

 

「早朝から精が出ますね」

 

 そうして鍛錬をしていたら、少し離れた位置から声をかけられた。アポロだ。接近には気づいていたが、どういう理由でここに来たのかわからなかったため、近づいてくるようならそれを待っていた形だ。

 鍛錬の手を止め、アポロに向き直る。

 

「アポロニア様こそ、こんな朝早くから調査ですか?」

 

 早朝からと言うならお互い様だ。女性は身支度に時間がかかるそうだし、俺とそう変わらない時間に起きたと見ていい。

 

「いえ、貴方と同じですよ」

 

 しかしアポロは仄かに笑みを浮かべて応えた。調査ではなく俺と同じ、鍛錬が目的なのか。

 

「折角の機会です、手合わせ願えますか?」

 

 アポロはそう言って、俺と数メートル離れた位置で立ち止まり腰の剣の柄に手をかけている。そういえば大きな本を持っていない。元々調査をする気はなかったのか。

 

「構いませんが、真剣でですか?」

「はい。貴方は相当腕が立つようですので、多少の怪我で済むでしょう」

 

 アポロは自分が勝つと疑っていない様子だ。……俺もこの二年で強くなった。しかもアポロはオルキスのことがないため、そこまで必死に鍛錬していないはず。そう考えるとアポロは俺が知るほど強くないと思われるので、俺が勝つとも考えられる、のだが。

 なんだろう、アポロももっと強くなっている気がした。

 

「……わかりました。貴重な機会ですからね、お願いします」

「では、早速始めましょうか」

 

 警戒心を強めて、アポロと対峙する。彼女はすらりと腰の剣を抜き放ち、腕を下げた。しっかりとは構えていないが、隙が見出せない。やはり俺の勘は正しかったようだ。老婆に散々鍛えられた俺が、それでも強いと思うほどの相手。

 

 俺は腰の短剣を抜いて低く構える。この感じ、アポロは俺の攻撃を待つな。ってことは俺から仕かけるしかないか。

 

 視線を交錯させ、無言になれば静寂が降りる。風に揺れて擦れる木の葉の音しか聞こえてこない。

 

 今のアポロなら、俺の全力も受け止められるだろう。挑む気持ちで真っ直ぐに駆け出した。

 身体能力が数値として表されているわけでもあるまいし、正確には言えないが。今の俺の素の身体能力はClassⅢよりも高い。だがアポロは問題なく目で追えていた。

 

 短剣の間合いに入って短剣を振るう。アポロは難なく剣で受け止めた。

 

「やはり、強いですね」

「そちらこそ」

 

 俺が全力で押しても一切刃が動かせない。力は相手の方が上か。

 

 一旦引き、角度を変えて何度も刃を振るう。だがその全てはあっさりと防がれてしまった。早朝の静けさの中、剣のぶつかり合う金属音だけが響く。

 

 ただの手合わせなので勝ちにいかなくてもいいのだが、アポロがまだまだ余裕そうなのでもう少し頑張るとするか。

 

 後退して短剣を納め、置いておいた槍を手に取る。持った途端手に馴染むまでになっていた。武器種に関わらず、加えて新しい武器であっても即座に馴染むようになっている。

 槍をくるくると弄び、しっかりと掴んだ後走り出した。突きと払いを組み合わせてアポロの防御を崩そうとしてみるが、完璧に対処されてしまう。……多少無茶をする必要はあるか。

 

 再び後退して、ノーモーションで槍を投擲した。不意を突く作戦だったが剣で弾かれてしまう。俺は前方に駆け出して、勢いをつけ空中で身体を捻り、弾かれた槍の石突を回し蹴りで思い切り蹴りつけた。槍の先は見事にアポロへと迫り、剣で防御されてしまったが普通の突きよりも格段に威力の高い攻撃だ。アポロの体勢を崩すことに成功した。

 着地してすぐに腰の短剣を抜き放ち低い姿勢から肉薄する。アポロはまだ体勢を立て直せていない。今が狙い目、と刃を向けたが。

 

「クアッド・スペル」

 

 アポロが使っていない左手の周囲に小さな火、水、風、土の四つの球を出現させた。その四つを掌に握り込み、突っ込む俺へと突き出してくる。嫌な予感がして咄嗟に横へ跳ぶと、魔力の奔流がさっきまで俺のいたところを通過した。地面が大きく抉られ、軌道上にあった木が削られている。

 

「どうやら、私が思っていたよりも貴方は強いようですね」

「そちらこそ」

 

 アポロの年齢が元の世界よりも若いことを鑑みても、断然強くなっている。今の俺は老婆の特訓によってかなり強くなっているはずなのに、押され気味だ。どれだけ強くなったかというと、『ジョブ』を使っていない状態で元々のClassⅢを超えるくらいには。

 『ジョブ』は発動することで身体能力を数倍にまで引き上げてくれる。つまり当時から考えると数倍の強さを手にしているはずだ。それでも七曜の騎士には及ばないだろうが、あの時よりも若いアポロがその俺よりも強いと考えると、異常な世界線である。

 

 ……俺が『ジョブ』のClassⅣを使っても、全力のアポロに勝てるかわかんねぇなこりゃ。

 

 内心で彼女の強さに感服した。

 その後も色々な武器、型に嵌らない戦略で挑んだが、結局一度もアポロに攻撃が当たることはなかった。当たりそうでも寸止めはするが、そこまですらなかったのだ。まぁ、それは相手も同じだが。

 

「ここまでにしましょう」

 

 アポロが剣を納めて、長いようで短かった手合わせが終了する。

 

「これだけ手応えのある相手は久し振りです。村一番の強さ、というのも間違いではないようですね」

「アポロニア様こそ、最高顧問の名は伊達ではありませんね」

 

 その上歴史研究家でもあるという。文武両道の才女とはこのことだ。

 

「貴女ほどの方がエルステに来てくれれば助かるのですが……あっ、いえ。今のは聞かなかったことにしてください」

 

 アポロはついといった風にそんなことを口にした。これはチャンスだ。

 

「いえ、願ってもないことです」

「えっ?」

「エルステ王国に留まるかはわかりませんが、この島を出たいと思っていました。移動手段も限られているので、視察団の騎空艇に同乗したいとも」

「……」

「エルステ王国に滞在し続けるかはわかりませんが、お願いできませんか?」

 

 少し驚いたようなアポロに、これを機に同行を申し出てみる。エルステ王国にずっといるとは限らないが、この島を出て行動を始めるには視察団の艇に乗せてもらうのが一番の近道だ。

 

「……貴方の処遇は、私の一存では決められません。ですが、エルステ王国まで乗せていくことはできるでしょう」

「本当ですか?」

「はい。貴方は非常に優秀ですので、勧誘してきたと言えば同行は許されるでしょう」

「ありがとうございます、アポロニア様」

「いえ。では私はそのことを伝えてきます」

「はい、お願いします」

 

 思いの外すんなりと同行が認められてしまった。まぁ、目的が達成できたんだからいいとするか。

 

 というわけで、俺は視察団の騎空艇に乗ってエルステ王国へと向かうことになった。

 

「達者でなー!」

「いつか帰ってきてねー!」

 

 俺がザンクティンゼルを離れると知った村の人達が、俺を見送るために集まってきてくれている。だがそこに老婆の姿はない。来ないとは思っていたし、言えなかったことは手紙にして置いてきていた。今生の別れでもあるまいし、直接顔を見なくてもあの婆さんなら元気だろう。

 

「では出発します」

 

 アポロが言って、騎空艇は島を離れていく。

 俺は見えなくなるまで、縁に寄りかかって皆に手を振っていた。

 

「……騎空艇に初めて乗る人は皆、驚くのですが。貴方は随分と落ち着いているようですね」

 

 空を突き進む騎空艇で久し振りに見る空の景色を堪能していると、アポロから声をかけられる。

 

「いえ、これでも驚いていますよ。騎空艇が問題なく飛ぶことは来た時にわかりますし、今は景色を見たい気分というだけで」

 

 元の世界では普通だった騎空艇も、今は数少ない希少な乗り物だ。新鮮な反応がないのは確かに不自然かもしれなかった。俺の驚きの種類は、実際に乗ってみても元の世界の騎空艇と同じなんだな、というモノだったが。

 

「確かこの騎空艇も、エルステの方が発明したんですよね? 十年ほど前に、天才少女が考案したモノだと聞いています」

「え、ええ。そうですね」

 

 あまり突っ込まれてボロが出ても嫌なので、俺は話題を変えることにした。アポロに顔を向けると、やや頬を赤くしている。

 

「……おぉ、アポロニア様が珍しく照れていらっしゃるぞ」

「……貴重なワンシーンだな」

 

 こそこそと言い合っていた兵士二人は、アポロに一睨みされて退散していた。

 

「んんっ! ……一般的にはそうなっていますが、実際のところその少女の曖昧な提案を、ガロンゾの職人達が技術を結集して形にした、というのが正しいです。あまりにも突飛な案だったため誰にも受け入れられそうになかったところを真剣に聞き入れ拾い上げた方もいました。決してその少女だけの功績ではありません」

 

 アポロは咳払いをしてから、真面目な口調で説明する。

 

「それでも、その娘がいなければ騎空艇はなかったのでしょう? 充分凄いと思いますけどね」

 

 発案がなければ形になることも、真剣に考案することもなかった。人類は今でも気球で空を飛んでいたかもしれない。充分に誇っていい功績だと思う。

 

「この話はやめましょう。他になにか聞きたいことはありますか? エルステ王国の王都メフォラシュまで数日かかります。その間、質問を受けつけましょう」

 

 あからさまに話題を逸らされた。まぁ俺としても深堀りしたい話ではなかったので、有り難く色々なことを聞くとしよう。

 

「では折角なので。アポロニア様は歴史研究家ということですので、少し歴史についてお聞きしてもいいですか?」

「もちろんです。歴史に関して、私以上の適任はいませんからね」

 

 快く引き受けてくれたので、俺は不明瞭な歴史についてアポロに質問していくのだった。……歴史のことになると饒舌になるのは、彼女が歴史好きだからだろうか。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 王都メフォラシュのある島へと到着した。俺の記憶にあるのとあまり変わらない、砂漠の島だ。ただし港に大きなゴーレムが番人のように鎮座していた。エルステ王国は確か、星の民が関与するまではゴーレム産業で栄えた国だったか。星晶獣がいないこの世界では、立派な戦力となっているのだろう。

 

「お帰りなさい、アポロ!」

 

 騎空艇が港に着くと、溌剌とした声が出迎えてくれる。甲板から覗き込むと、豪華なドレスを着込んだ二十ほどの女性が笑顔で手を振っていた。

 

()()()()殿()()。わざわざ港まで来なくてもいいでしょうに」

 

 アポロは苦笑して言う。……オルキスだって? そんなわけがない。オルキスは星の民のいないこの世界では生まれないはずだ。

 予想外の人物に、俺は思わず硬直してしまう。

 

「だってもうすぐ帰ってくるって聞いたんだもの! その様子だと、調査は上手くいったみたいね」

「はい。予想以上の成果です」

「後で詳しく聞かせてね! でも、皆の前だからって畏まらなくていいのよ?」

「一応、お転婆殿下に対しても礼節は尽くさないといけませんので」

「酷い! 不敬よ、不敬」

 

 微笑を浮かべたアポロと、表情がころころと変わるためか心なし幼く見えるオルキス。確かにアポロから聞いた天真爛漫な王女と合致する印象だ。だが、本人のはずはない。実際、よく見てみると瞳の色が違う。青い瞳をしていた。……要するに、別の人と結婚したオルキスの母親が生んだ子供ということか。まぁ王族だもんな。誰かとは結婚して血筋を保つ必要がある。

 

 俺の知るオルキスは父親が星の民だったために見た目が幼かったが、このオルキスは空の民と空の民の子供だと思うので、普通に成長して大人になっているのだろう。

 名前が同じなのはまぁ、片親は同一人物だからかな。

 

「あら? そちらの方は? 視察団ではないでしょう?」

「はい。ザンクティンゼルで勧誘してきた、優秀な者です。私と同じくらい強いですよ」

「アポロと? 凄い、とっても強いのね! もしかして予想以上の成果って彼のこと?」

「はい、そうですよ」

「ふぅん? それは楽しみだわ。後で詳しくお話ししましょうねー!」

 

 オルキス王女はぶんぶんと手を振ってくる。王女とは思えないほどの人物だ。思わず苦笑してしまう。港までわざわざ迎えに来るフットワークの軽さと言い、天真爛漫さと言い。

 

 アポロに続いて他の者も艇を降り、オルキスとアポロを先頭に港から歩いて進む。王女の護衛もいるが、二人の会話を邪魔するようなことはなかった。

 

 俺は視察団に紛れてエルステの街並みを見回しながらついていく。が、ふと振り返ったオルキスと目が合った。気のせいかとも思ったが、手招きされてしまう。アポロの方を見やると頷かれてしまった。行かないといけないようだ。

 仕方なく、整列している兵士達の横を抜けて二人の下へ行く。

 

「こんにちは。私はオルキス、このエルステ王国の王女なの。貴方のお名前は?」

「ダナンと言います」

「ダナンさんね。ねぇ、アポロが外から人を連れてくるなんて珍しいの。なにがあったか教えて欲しいな、って」

「アポロニア様とは、多少手合わせをしただけですよ。その後元から島を出たいと思っていたので、是非連れていってくださいと」

「ふぅん……」

 

 にこにこと親し気に話しかけてくるオルキス王女。俺が知らないだけで、元のオルキスもこんな感じだったのだろうか。

 しかし俺の返答に対して、彼女はややつまらなさそうにしていた。

 

「そう、それは残念。アポロにもようやく春が来たかと思ったのに」

「はぁ」

「アポロったら、見た目だけはいいのに全然そういうことに興味ないの。歴史の研究ばっかりで色恋の一つもない」

 

 やれやれ、という風にオルキス王女は言った。だが俺の知るアポロも誰かと恋愛する様子なんて思い浮かばない。なんと言うか、オルキスを救うために全てを捨てた、という感じがしていた。もし恋愛するとしたらきっと、その辺りが綺麗に片づいてからなのだろう。

 

「オルキス」

 

 アポロがやや低い声でオルキス王女を呼んだ。びくりと肩を震わせるオルキス王女。

 

「えっと……ほら、人生って色づいた方が楽しいでしょ?」

「私は今のままでも充分ですよ。それに、そんなモノに現を抜かしていられるほど、時間はありませんので」

「そうやって興味がないとか時間がないとか言ってるから行き遅れるのよ」

「余計なお世話です」

 

 王女とこんな気さくなやり取りをしていても、誰も咎めることがない。どころか二人のやり取りを微笑ましく思っているような空気すらある。……アポロとしては、こっちの方が幸せなのかもしれないな。

 

「お二人は仲がいいんですね」

「それはもう! 十年以上の付き合いだもの。でもアポロってあの時からあんまり変わってないよね。大人しくて思慮深くて強い」

「オルキスこそ、いつまでも子供っぽいままで変わってないでしょう?」

「子供っぽいって言わないで!」

「大人の頬はフグのようには膨らみませんよ」

 

 頬を膨らませて怒るオルキスに、アポロは平然と返していた。仲が良い証拠だろう。

 

 時々俺にも話が振られつつ、俺達はメフォラシュの中心地へと向かっていった。

 通りかかった街ではオルキスとアポロに声をかける人も多い。二人がエルステの都に長いこと馴染んでいるからか。

 

「ダナンさんは、しばらくエルステに滞在するんでしょ?」

 

 王宮に着いたところで、オルキス王女と護衛達は分かれることになった。行き先が違うのだろう。別れる直前オルキス王女から尋ねられる。

 

「ええ、まぁ。そのつもりですよ」

「それならアポロの視察団に同行するといいわ。色々な島に行くし、丁度いいでしょ」

 

 確かにそれなら俺にとっても都合がいい。

 

「お母様には話を通しておくわ。アポロ、タイミングを見てダナンさんを連れてきて頂戴」

「わかった」

 

 天真爛漫な様子が少しだけ鳴りを潜め、王女としての顔が覗く。奔放に見えるが、きちんと仕事はしているのだろう。サボってばかりならこうして自由に外へ出ることも禁止されているか。

 

「じゃあ、またね」

 

 手を振ってから、オルキス王女は護衛を連れて王宮内へと歩いていった。

 

「では私達も解散としましょうか。視察団としての同行、ご苦労様でした」

 

 アポロがついてきていた兵士達に告げると、兵士達は敬礼して応え去っていく。

 

「彼らは視察団として同行してもらっていますが、本来はただの兵士です。騎空艇での移動中は訓練がいつもよりできないため、隊毎に分けて同行してもらう者を変えています。騎空艇の操縦訓練の意味もありますね」

 

 なるほど、実際には視察団ではないのか。実質アポロ一人で視察していたし、彼女一人を自由に行動させるわけにはいかないから、同行者をつけていると。

 

「なので実際には私一人で活動していることになりますね。他にも歴史研究家をやっている方はいますが、私とは若干分野が異なりますので滅多に同行しません」

「アポロニア様の研究している分野はなんなんです?」

「――創世神話」

 

 彼女の口にした言葉は、確かに歴史研究としては異質な気がした。

 

「創世神話、世界の成り立ちに関わる研究ですか」

「はい。無論この世界が紡いできた歴史を紐解くのも大変興味深いのですが、私の研究はその更に前の話になります」

「どうして創世神話を?」

「……」

 

 尋ねると、アポロは口を噤んでしまう。他人には言いにくいことなのだろうか。

 

「――神はその身を二つに裂き、一方の神は空に留まり、もう一方の神は空の果てに世界を創った」

 

 彼女は静かにそう言った。

 

「……それは」

「私がこれまでに調べていた創世神話にて、そう書かれていました。神話を記録したモノは少ないのですが、大まかにはそういった内容でした」

 

 それは()()()()。なぜなら、星の世界が全て消えているのなら創世神話も変わっているはずだからだ。

 俺はそこまで創世神話に詳しいわけではないので確かなことは言えないが、おそらく元と変わっていない。星の世界が消えて次はなんか別の世界です、という話でもないのだろう。

 

 もし、創世神話が元いたのと変わっていないのなら。今の世界線にも、星の世界が在るということになってしまう。……アーカーシャが正常に機能しなかったのか、それとも星の民が予め自分達には危害を加えられないようにセーフティをかけていたか。どちらにしろ、星関連のモノはなに一つとして消え去っていない。

 だとしたら今のこの世界は星の民が侵略してこなかった、という世界に過ぎないことになる。

 

 そしてこの均衡がいつまで続くかはわからない。……星の民はいずれ、空の世界を侵略してくるだろう。

 

 想像以上に厄介なことになっていやがる。

 フリーシアの望みは、星の民であるオルキスの父親にオルキスの母親が現を抜かさないようになること。端的に言ってしまえばそんなところだ。今現在、その願いはおそらく叶っている。となればその願いが達成された状態になっている世界に、アーカーシャの書き換えがどれだけ機能すると言うのか。

 

「……」

 

 あまり時間は残されていなさそうだな。侵略してきたら空の世界は一溜まりもない。もし戦ったとしても、覇空戦争が勃発するだけだ。

 

「ダナンさん? どうかしましたか?」

 

 アポロに声をかけられて、はっとする。予想外の情報に、かなり考え込んでしまっていたようだ。

 ……これからどうするかは、決まった。他の島に移り住む必要がない。

 

「……アポロニア様。俺に、あなたの手伝いをさせてくれませんか?」

「えっ?」

 

 俺は真っ直ぐにアポロを見つめて、告げた。アポロは珍しくきょとんとしていたが、

 

「それは、なぜ?」

「いえ、もしもの時のためですよ。少し思うところがありまして」

「……。貴方のような方が手伝ってくださるのでしたら、有り難いのですが」

 

 曖昧な理由だったが、受け入れてはくれそうだ。

 

「ダナンさん、貴方は――いえ、なんでもありません」

 

 アポロはなにかを言いかけて、首を振った。なにを言おうとしていたのか、なぜ言わないのかはわからない。

 

「ここが私の家です」

 

 数秒の間があって、しかしすぐにアポロの家に到着したようだ。目の前にあったのは一人で住むには大きな家だ。他の一軒家よりも大きい。

 

「一人暮らしをするには大きい家でしょう? 私の研究資料なども保管してあるので、職場も兼任しているのですよ」

「なるほど、それで」

 

 それなら納得のいく大きさだった。

 

「しばらくはここを使ってください。元が宿屋だったので個室が充実していますから」

「いいんですか?」

「はい、特段困ることはありません」

 

 見ず知らずの他人を家に住まわせるとは、大胆だな。見ず知らずの人物だからこそ、か? 勝手に行動されると困るのかもしれない。アポロなりの考えがあってのことで、ただ無頓着なだけではないと思うが。

 

 鍵を開けて中に入ると、広い室内が広がっていた。元が宿屋だったというのも本当なのだろう。今は研究資料の棚や道具などでスペースが埋まっているが、入り口正面の奥にあるカウンターなんかはそれっぽい。カウンターの奥に扉があり、そこから別の部屋に繋がっているようだ。入って左手に階段があり、二階へ続いている。建物の大きさからしておそらく二階建て、あっても屋根裏までだろう。

 

「二階はほとんど使っていないので、どの部屋も空いています。家具もそのままにしているので一通りは揃っているはずですが、小まめに手入れしているわけではないので掃除する必要があるかもしれませんね」

 

 荷物は一旦適当なところに置くように、とのことだったのでその辺に置いておいた。

 

「とりあえず二階を掃除するところから、ですかね」

「では自分でやっておきますよ。掃除用具はどこですか?」

 

 流石にそこまで世話になるわけにはいかない。アポロから掃除用具のある場所を聞き、俺は二階へ上がった。……確かに若干埃っぽいな。階段を上がっていくにつれてその傾向が強くなり、二階の廊下を見て確信する。

 元が宿屋だったからか掃除用具は一通り揃っていたので、早速取りかかるとしよう。

 

 まずは廊下からやるか。ハタキ以外の掃除用具を一旦手前の部屋に置いておく。電球や高い縁の埃を払うところから取りかかるべきだな。脚立と布が必要だ。一階に下りてアポロから脚立の場所を聞き、荷物から布を二つ引っ張り出して頭と口元を覆う。重ね着していた上着を脱いで腕捲りをし、脚立を持って二階に戻った。その後はハタキでひたすら埃を払い落とす作業。ほとんど使わないだろうが、折角なので全体的に掃除してしまおう。埃を払った後はモップを使い床を水拭きしていく。木製じゃないから水で腐ることもなさそうだ。一応モップを絞ってもう一度拭いていった。

 廊下の次は部屋だ。真っ直ぐの廊下左右に四部屋ずつあるのでそれなりに時間はかかりそうだ。各部屋には小さめの棚、ベッド、クローゼットが置いてある。最低限これだけあれば困らないだろう。あと全ての部屋にシャワールームがあった。立って水を浴びる程度の広さしかなかったが、全ての部屋にあるのだから凄い。洗面所兼脱衣所も収納があり、籠も置いてあった。メフォラシュは砂漠が多く砂が飛んでくるので、外出後にはシャワーを浴びたくなる。シャワールームを完備しているのも当然なのかもしれない。

 

 とりあえず浴室掃除のために足りない掃除用具を取りに戻ったり窓を拭きたくなったりしながら部屋の全てを掃除していった。

 

 二階の掃除を終える頃には、すっかり暗くなっていた。最後に汚れた自分を魔法で綺麗にしてから、一階へ下りる。途中でいい匂いが漂ってきていることに気づいた。休憩も忘れて掃除に没頭していたので、今更ながら腹が空腹を訴えてくる。

 

「ご苦労様です。他の部屋までありがとうございました」

 

 階段を下りて顔を出した俺に、エプロン姿のアポロが声をかけてきた。案外エプロンが似合う。というか料理するのか。元のアポロじゃ考えられないな。

 

「アポロニア様も料理するんですね」

「これでも一人暮らしが長いので」

 

 普通に美味しそうな料理だった。というか美味しかった。豪勢ではないが栄養バランスが考えられた食事。ちゃんと勉強して作っているということがよくわかる品々だった。

 

 食後俺は二階の部屋を選ぶ。選ぶと言っても立地はなんでもいいので、階段を上がってすぐ左の部屋に決めた。一号室というプレートがはめ込まれている部屋だ。わかりやすいしいいだろう。アポロにも一号室を使うことを伝えておき、自分の荷物を部屋に運び入れる。大したモノは入っていないが、色々な武器とザンクティンゼルの人々から貰ったモラが入っている。額は大きくないが大切なモノだ。家賃食費などはアポロの仕事を手伝った際の給料から差し引くと言われているので、俺の所持金から支払うことは滅多にないそうだが。

 

 部屋のシャワーを浴びてさっぱりしてから、今日はさっさと寝てしまうことにする。アポロは仕事があるのかもしれないが、初日から俺に手伝えることはない。夜も遅いし、明日から本格的に手伝うかもしれないので早めに寝ておこう。肉体労働なら兎も角、事務作業なら余計に体力を使いそうだからな。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 翌日から、俺はアポロの仕事の手伝いに明け暮れていた。

 

 アポロの仕事と一口に言っても、彼女の仕事は多岐に渡る。

 大まかに分けて二つ、エルステ王国最高顧問としての仕事と歴史研究家としての仕事だ。それ以外にも色々な仕事をしているようで、一日仕事しているのを横で見て手伝っていたが、様々な人が彼女の家を訪ねてきた。

 

 初日の俺はとりあえず書類整理ぐらいしかしていなかったが、書類の内容を見る限り一日で訪れた人の職種よりも多くの仕事に手をつけているらしい。

 ……というか、騎空艇を開発した天才少女とやらもアポロだったらしい。ガロンゾから来た職人との打ち合わせがあった後に何気なく聞いたらそうだと言っていた。アポロって騎空艇を発案するだけの頭脳があったんだな。戦闘や指揮に関してはわかるが、まさか開発までとは思ってもみなかった。

 

 歴史研究家としての仕事は、ザンクティンゼルでの調査の報告書作成や今後どこへ調査に向かうか、などになる。

 他の研究家と議論を交わすこともあるようだ。

 

 騎空艇関係でガロンゾの職人も遠路遥々やって来たが、エルステ王国内でもゴーレムの職人が訪れていた。エルステ王国の主力であるゴーレム達は俺が知るモノとは一線を画す性能だ。星晶獣が現れたことで技術の進歩が遅延していたことを考えれば当然だが、今や世界に普及しているんだと。

 俺が知っているゴーレムと言えばゴツい身体とあまり柔軟な動きができず銃火器と殴打で戦うイメージがあるが、ここのゴーレムは高速移動から飛行、ワイヤーの使用など多岐に渡っている。街の至るところに警備用ゴーレムが設置されているが物々しい雰囲気がないのは形もスマートになっているからだろう。もちろんゴツいタイプもあるみたいだが。

 

 流石のアポロもゴーレム開発に携わっているわけではなく、なにかいい案はないかという意見を貰いに来ているようだ。

 幅広い知識を持っていると便利だが大変だな。

 

 初日はアポロの仕事を横で見ていたのと、女王陛下への謁見があった。

 

 とりあえずアポロの下で働くことを条件にこの国に滞在させてもらえることになったので良かった。女王陛下は話のわかる人のようだ。夫の方はあまり発言しなかったので、エルステ王国は女王制を敷いていることがよくわかる。

 

 当然のことながら、エルステ帝国の要人も王都に揃っていた。

 元帥、ポンメルン。大将、アダム。そして宰相フリーシア。

 

 他にも帝国の要人と言えば中将のガンダルヴァやフュリアスもいるが、あいつらは色々と問題があるからかエルステ王国では採用されていないようだ。

 ポンメルンは偉そうな髭は相変わらずだったが、嫌味なヤツというわけではなさそうだ。既に鼻っ柱が折られているのか、性格が歪むことはなかったのか。

 アダムは俺の記憶そのままだ。こいつ確かゴーレムなんだよな。性能の差はあるんだろうか。

 

 そして問題のフリーシア。世界がこうなった全ての元凶。俺が、俺達が倒すべきだった相手。……だが今のヤツは憑き物が取れたかのような穏やかな雰囲気を身に纏っていた。女王の結婚にも反対しなかったのだろうか。ともあれ、今のフリーシアは俺の知るフリーシアとは別人、ただの宰相サマのようだ。

 だが元凶となった人物なら俺のことを覚えているかとも思ったが、どうやら覚えていないらしい。隠している様子すらなかった。

 

 となると、本気で俺がなんで今の世界に存在しているのかさっぱりわからんな。

 

 とりあえず、謁見はなんの問題もなく終わった。今のところはアポロの家に住まわせてもらっているとアポロが報告した時は、一部の人が若干動揺しているのがわかった。まぁアポロは若くして国を任せられている秀才な上に美人だからな。本人は興味ないらしいが、モテるのだろう。

 フリーシアはアポロより十歳くらい上、ポンメルンは更に十歳くらい上だ。そう考えるとアポロの若さで最高顧問ってヤバくないか。元々それくらいはできるヤツだったってことか。

 

 元の世界は今から五年後くらいだと思うが、その頃にはもう最高顧問だったのかもしれない。

 

「なにか、私に用でもあるのですか?」

 

 謁見が終わってから、フリーシアが話しかけてきた。

 

「いえ、特には……」

「そうですか。謁見中私の方をじっと見ていたような気がしたので、なにか思うところでもあるのかと思いましたが。なにもないなら構いません」

 

 彼女はそう言って立ち去っていく。……流石に俺もフリーシア相手じゃ感情を隠し切ることはできなかったみたいだ。ポンメルンとは直接やり合った機会が少ないし、アダムは俺達がエルステ帝国に乗り込む時点で既に裏切っていた。俺に思うところがあるのは、フリーシアとアーカーシャのみだ。あれから二年も経過しているし会っても問題ないと判断してエルステ王国に来たが、全てを隠し通すのは無理か。まぁ、仕方がないモノとして割り切るとしよう。

 

「……彼女と会ったことがあるのですか?」

 

 俺が謁見の間から去る時、アポロも一緒に退室していた。だからアポロもフリーシアが話しかけてきたところは見ていたのだ。

 

「いえ」

「……そうですか」

 

 アポロはそれ以上なにも言わなかったが、完全に納得してはいないようだった。横にいたアポロからも、俺がフリーシアを注視していたことはわかってしまったのだろう。とはいえ説明のしようがないので隠すしかない。なにか理由をつけてもいいが、心にもない理由をつけてもバレる可能性はある。エルステに仇なす敵として見られなければいいかな。

 

 しばらく黙って歩いていると、遠くからがしゃんがしゃんと物々しい音が聞こえてきた。金属の擦れるような音もあるが、兵士ではない。明らかにもっと重く大きなモノだ。足音も大きかった。

 なにかと思って音の聞こえる方向を眺めていると、傍らでアポロがため息を吐く。どうやらアポロには心当たりがあるようだ。

 

 そうして現れたのは、金属で出来た獣――に乗ったハーヴィンの女性だった。豹のようなデザインをした金色の獣型ゴーレム? に跨った女性は、俺とアポロの方へ来て停止する。レンズの大きい眼鏡を頭にかけ、白衣を着込んだハーヴィン。ぼさぼさになった焦げ茶の長髪を振り撒いている。

 

「アルスピラ。城内でゴーレムを走らせないでくださいと、何度言ったらわかるんですか」

 

 アポロは現れた女性に対して、こめかみを押さえながら告げた。

 

「わりーわりー。次からはもっと音の小さいヤツ開発してくるわ」

「そういう意味じゃないんですが」

 

 アルスピラと呼ばれた女性は軽い調子で答えたが、アポロはため息を一つ増やす。

 アルスピラは俺の方をじろじろと眺めてきた。獣型ゴーレムの上に乗ってはいるが、目線は俺より低い。

 

「ふーん? こいつが噂のアポロニア様の助手?」

「助手ではありませんが、似たようなことをやってもらっています」

 

 謁見の最中にはいなかったのでアポロより地位は低いのだろうが、畏まった口調ではない。戦えそうな雰囲気はないので技術者だろうか。俺が来てからは見てない顔だな。

 

「あたしに紹介してくれよー、こいつ素質ありそうだ」

「……まぁ、近い内に貴女にも紹介しようとは思っていましたので、構いませんよ」

 

 アポロがアルスピラのペースに押されているようにも見える。アルスピラの様子から、二人は結構親しい間柄にも思えた。

 

「こちらの方はダナンさんと言います。戦闘力、料理と色々こなせる方ですね。手先が器用なので、貴女の研究にも役立てるかもしれません」

「そりゃいいや。ちょっと手見せてー」

 

 アポロから紹介を受けて会釈すると、アルスピラはハーヴィン特有の小さな手を伸ばしてくる。特に変なことはされないだろうと思い、左手を出した。

 

「……ふむふむ」

 

 アルスピラは差し出した俺の手を掴み、じろじろと観察し始める。……なんか凄い居心地悪いな。

 

「もういいぞー。あたしの思った通り、技術者になれる素質があるな」

「はあ」

 

 手を放されて告げてくるが、イマイチぴんと来ない。彼女がどんな技術者かわかっていないからだろうか。

 

「機械いじりとかしたことあるか?」

「いえ、全く」

 

 老婆の訓練にそういうのはなかったし、元の世界でもそういう類いに触れたことはなかったはずだ。

 

「そうか。なら暇な時あたしのとこ来いよ、ゴーレムのことなら教えてやるからさー」

「ゴーレムですか?」

「そ。あたしはゴーレム研究者。ゴーレムの製作、研究をやってる」

「彼女はエルステ王国随一のゴーレム研究者です。アルスピラがいなければエルステのゴーレムは一、二世代ほど今より劣っていたでしょう」

 

 ようやくアルスピラの職業が判明した。エルステはゴーレムによって力を持っている国とされている。そんなエルステ王国において随一の研究者と呼ばれていることが、どれほど凄いことなのか。どうやらかなり優秀な人物だ。

 アポロが割って入ったことによって得られた追加情報で、俺はアルスピラの凄さを思い知らされた。

 

「いやぁ、エルステ王国一の才女と名高いアポロニア様にそう言われると照れるなー」

「からかわないでください」

 

 言い合う二人は仲が良さそうだ。ここに来てからよく思うことだが、アポロも楽しそうに過ごしている。元の世界が悪かったとは言わないが、これはこれでいいのかもしれない。

 

「じゃあまたな、二人共」

「ええ」

 

 本当に俺達に会いに来ただけなのか、アルスピラは獣型ゴーレムに乗ったまま来た時と同じようにがしゃんがしゃんと大きな音を立てて去っていった。

 

「後日彼女の研究所へ案内しましょう。ゴーレム技術の発展はそのままエルステの発展に繋がりますから」

「わかりました」

 

 それから俺は、アポロの仕事の手伝いをしない時はゴーレム研究所にちょくちょく顔を出すようになった。

 元々手先が器用なこともあって、ゴーレム製造の技術を会得するのにそう苦労はしなかった。なんだかんだこういう機械いじりは嫌いじゃないみたいだ。小さなマシンを作って遊ばせてもらったが、かなり楽しかった。しばらくのめり込んでやっていたら【メカニック】という『ジョブ』を獲得した。造ったマシンと一緒に戦う『ジョブ』のようだが、如何せん火力が低い。マシンも俺をサポートするくらいの性能しかないので、難しいだろう。あとこのClassEXってのはなんだろうな。ⅢともⅣとも違うようだが。

 まぁ、世界が変わったせいで持ち越した『ジョブ』もなにか違いがあるかもしれない。他のEXジョブも取得できると思わない方がいいかもしれないな。大きな期待はしないでおこう。

 

 他の島への現地調査は月に一度くらいのペースで行うらしく、それ以外は基本的に王都で過ごしていた。

 アポロ自身がエルステ王国最高顧問という高い地位を貰っていることもあり、頻繁に王都を離れられないというのも理由の一つだ。ただし現地調査に関しては他者に任せず自分で行きたいという意思が強く、代理調査は断っているようだ。

 現地調査には俺も連れていってもらい、アポロの傍らで身につけた知識を踏まえつつ創世神話について調査をしていた。

 

 ……やはり、星の世界は存在する。それが俺の出した結論だった。アポロが実際に行ってきたこれまでの調査資料と俺が来てから調査した資料。これらを合わせたがアポロから聞いた時に出した推論と変わることはなかった。できれば星の世界は消えてなくなった、という世界であって欲しかったんだけどな。これじゃいつ星の民による侵略が始まるかわからない。

 

 そんな現地調査で、見知った顔に遭遇した。

 

「久し振りですね、アルタイル殿」

「アポロニア様もご壮健でなによりです」

 

 眼鏡をかけた白銀の髪の男、アルタイルである。元の世界でもグランとジータ達と関わりがあったという話はちょっと聞いていたし、軍師として非常に優秀な人物だと聞いたことがあった。

 アポロは知り合いのようだ。

 

「そちらの方は?」

 

 アルタイルが少し下がった位置に待機していた俺に顔を向けてくる。

 

「こちらはダナンです。私の直属の部下をしてもらっています」

 

 アポロはアルタイルに俺を紹介した後、俺に対してアルタイルを紹介してくれた。

 

「ダナンさん。こちらはアルタイル殿。スフィリア王国の軍師をされていましたが、今は辞めて歴史研究をしながら島々を飛び回っているそうです」

 

 アルタイルと会釈を交わし、アポロの知り合いなら俺は黙ってついていくだけにするかと思い突っ立っていると、二人は並んで歩き始める。

 アルタイルの情報は軍師であることと歴史研究をしていること以外わかっていないが、アポロとの話を聞いている限り創世神話にも詳しいようだ。学び始めたばかりのにわかな俺では話についていけそうにない。創世神話について調べている歴史研究家は通常の歴史研究家よりも数が少ないそうなので、アポロとしても論が捗る相手なのだろう。

 

 ……なんだろうこの、置いてけぼり感。

 

 なんだか少し寂しい気もするが、アポロが楽しそうなので邪魔するわけにもいかない。ただ聞いているだけでも勉強にはなるので、聞くだけ聞いておこうとは思う。

 俺がこれまで確認してきた中で、アポロが調査している創世神話については「世界が二分された」という俄かには信じ難いことのようだ。俺は元々の知識があるから理解できるが、今のこの世の中に星の気配は一切存在していない。創世神話についても古の誰かが悪戯に残した創作物である、という意見も出ているくらいだった。

 だが俺はその創世神話が事実であることを知っている。アポロとアルタイルは創世神話に関する遺物を本物として考えているようだ。もし俺が生きている内に星の民の侵略があるのなら、二人は重要な戦力となるだろう。

 

 まぁ、最悪の場合はって話だからな。必ずしも侵略があるとは限らない。だが警戒しておくに越したことはないだろう。覇空戦争の起こりは星の民が空の世界を侵略して支配下に置いた後、星の民の技術を吸収した空の民が叛乱を起こしたところからだったと記憶している。騎空艇すらなかった空の民の技術力では、自在に空を飛ぶ星の民や星晶獣達に対抗できないのも当然だったのだろう。それでも空を取り返すために立ち上がったのが覇空戦争。……正直今のままじゃ厳しいだろうな。航空手段が少なくて島同士の連携が取れてない。星の民一人と空の民一人では力の差がありすぎるので、せめて数の力を揃えなければならないとは思う。それがままならない状況だ。その辺は騎空艇の有用さが広まっていっているので、時間が解決してくれるだろうが。

 

 今の世界では騎空団というモノが存在しない。空を旅する団体はあるが、冒険をするために空を飛び回っている者達は旅団などという呼ばれ方をしていた。

 あとは七曜の騎士やら十天衆などといった、呼び名を聞くだけで強いとわかる者達が存在していない。十天衆は一応騎空団だったので誰がどこにいるのかもわかっていない。七曜の騎士はアポロがそうじゃない時点である程度予想していたが、他の空域でも存在していないようだ。七曜の騎士の成り立ちをアポロから聞いたことがなかったので、星の民に関係しているからこそ存在しないのかもしれないな。

 

 あとそうだ。この世界では空域は分断されていない。空域を分断するように存在する瘴流域というモノ自体が消え失せているのだ。なので長距離航行手段さえ整えられれば、自由に空域を行き来できるようになっていた。

 

 ……と、関係のないことを考えながら調査を見守っていたら特になにもなく終わってしまった。とりあえずアルタイルとの面識は出来たから良しとするか。あんまり話さなかったけど。

 

 ――エルステ王国に来てから半年が経って、俺は正式な地位を得た。

 

 その半年間の中でも俺はかなりの伝手を作り、各国にも知り合いが出来た。最初こそアポロの腰巾着といった評価だったと思うが、それが変わったからこその地位でもある。

 

 今の俺の肩書きはエルステ王国最高顧問補佐兼宮廷料理人兼研究・開発班長だ。本当は他にもエルステ王国軍部隊長とか王族直属近衛兵とかの戦闘面に繋がる役職を与えられそうになったのだが、遠慮しておいた。流石に人の命を預かる気にはあまりなれなかったというのが理由の一つだ。

 戦いになるとどうしてもアーカーシャ戦の敗北が頭に()ぎってしまう。果たして今の俺の強さが星晶獣に通用するのか――その確信を、未だに持てないでいるせいだろう。

 それに今のエルステには有望な人材が揃っている。今後の成長が期待されているカタリナやヴィーラもエルステ王国軍に所属していた。

 

 最高顧問補佐はアポロの仕事を手伝うために新しく作られた役職だ。アポロから話を通してくれた。

 宮廷料理人はふとした雑談でアポロが俺の料理をオルキス王女に自慢したところ、是非来賓を招いた大規模な会合で腕を振るってくれと命令が下ったのがきっかけだ。当然全力で富豪の肥えた舌を唸らせにいった。それからオルキス王女によって、宮廷料理人の肩書きを授けられてしまった。

 研究・開発班長はゴーレム研究の分野における地位だ。こっちはアルスピラが用意した地位になる。偶にしか顔を出さない俺に一定期間毎顔を出すことを強制させるための地位といったところか。元々手先が器用なこともあり、元の世界の知識があるため発想が今の世界の人とは少し違っている。そのためそれなりに重宝されていたのだった。

 

 まぁ急に現れて最高顧問、王女殿下、天才研究者に目をかけられるような野郎が恨み嫉妬を買わないわけがない。もちろん捻じ伏せてきたが。

 

 各地で様々な人と出会った過程で、暮らしにも大きな変化が訪れていた。

 

 その一つが、同居人の増加である。

 

「ダナンさん、おはようございます。今日も朝の鍛錬をお願いしてもいいですか?」

 

 欠伸をしながら階段を下りてきた俺に対してきっちりとした言葉遣いで声をかけてきたのは、栗色の長髪をした美少女。元の世界線での彼女の名前を、俺は知っていた。変化はあまりなかったので、同じようにお節介を焼いてしまったということだ。

 

「おはよう、()()()()

 

 元の世界で最強と思われるグランとジータの父親。そのライバルであった七曜の騎士の一人でもあるヴァルフリート。その、娘。

 元の時代から五年前にいるのだから当然なのだが俺からすれば不思議なことに、リーシャは今や俺よりも年下である。俺がこっちに来た時と同じ十六歳だ。

 

 この世界でも全空を守護する集団を率いているのは変わらないようだ。以前は名前が違ったのだが、騎空艇を優先的に製作してもらって秩序の騎空団を名乗っている。

 騎空艇に関してはアポロが開発を進めているのを先見の明を持ったヴァルフリートが是非支援したいと申し出たそうだ。代わりに優先的に騎空艇を売って欲しい、というのが彼の申し出の内容だったらしい。

 

 でまぁ相変わらずヴァルフリートの最強っぷりは健全で、グランとジータの父親がいない今全空最強に最も近い男とすら呼ばれているらしい。

 

 ということは、だ。リーシャのいじけっぷりも相変わらずということである。

 ヴァルフリートに騎空艇を届け他にも用件があった時に同行して、コンプレックス丸出しリーシャを見た俺はついついちょっかいをかけてしまった、という経緯である。その結果、父の下から離れて見識を広めるためにエルステ王国に派遣された。と言うよりリーシャから申し出たようだ。アポロは仕事がいっぱいなので俺の初めての部下という形で滞在している。

 同居している理由は、俺とアポロが不健全な付き合いをしていないか監視するという名目である。思春期かこいつ。

 

 ともあれ、優秀なことに変わりはない。俺の知るリーシャよりも未熟とはいえ、戦力を整えておきたい時期だ。鍛えるのも吝かではなかった。

 人に教えるということをあまりしてこなかったこともあり、結構新鮮だったな。

 

 新たな同居人が加わり騒がしくなってきたが、こういうのは嫌いじゃない。

 アポロもなんだかんだ楽しんでいる様子なのでいいのだろう。元の世界でもそうだったが、リーシャとは衝突することもあるんだけどな。

 

 そんなある日のこと。

 

「アポロニアさん、大丈夫ですか? 具合悪そうですけど」

「……ええ、問題ありません」

 

 外出の用件がなかったので家で仕事をしていた俺達だったが、リーシャがアポロの様子に気づいた。俺も確認してみると、明らかに体調が良くなさそうだ。ぼーっとしているような気がする。

 

「あまり無理しないでください。体調が優れないなら休むのも手ですよ」

 

 俺も口添えして、彼女に近づき仕事の様子を確かめた。……手があんまり進んでないし、この様子だと合ってるかどうかも怪しいな。

 

「いえ、問題ありません」

「倒れられたらもっと困ります。休んでください」

「……」

 

 俺が言い切ると、彼女は黙って手を止めた。

 

「わかりました。今日のところは、休ませてもらいます」

 

 自分でも体調が悪いとわかっていたのだろう。アポロは席を立つとゆっくり自分の部屋に向かっていった。その途中、ふらつき倒れそうになったので慌てて支える。

 

「っと」

「……すみません。肩を貸してもらえますか?」

「はい。リーシャ、悪いが色んなモノの準備を頼めるか?」

「わかりました」

 

 支えたアポロの身体は明らかに熱い。発熱しているようだ。なにかの病気じゃなければいいんだが。

 とりあえずリーシャに諸々の看病する準備を頼んで、俺はアポロを部屋に運びベッドに寝かせる。寝返りを打ったら壊れそうなので眼鏡は外して近くに置いておいた。

 

「体調が良くなるまでは大人しくしていてくださいね」

「……一つ、お願いが」

「なんですか?」

「私の本、メモの本を持ってきてくれませんか?」

「いいですよ、待っててくださいね」

 

 弱っている状態のアポロというのは珍しい。この世界では見たことがなかったし、元の世界でも一度だけだ。フリーシアにオルキスが復活しないと告げられた、ルーマシー群島での時だけ。

 兎も角アポロの要望には応えよう。アポロがいつも持ち歩いている本は執務机に置いてあったはずだ。

 

 あれには色々なメモが書いてあるらしい。歴史調査だけのメモでもないようだ。アポロが肌身離さずいつも持ち歩いているので、相当に大事なモノなのだと思う。体調が悪くなっても傍に置いておきたいくらいだしな。

 

 リーシャがぱたぱたと歩き回って薬などを探す中、俺はアポロの執務机から大きな書物を手に取る。ずっしりと重く、カバーにもたくさん傷がついている。かなり長い間使ってきているのだろう。アポロの寝室まで戻ると、彼女は目を閉じてゆっくりと呼吸していた。寝ているのか、それとも起きているのかは微妙なところだ。

 

「……ここに置いておきますよ」

 

 寝ているなら起こさない方がいいかと思い、眼鏡を置いたのと同じベッドライトのあるところに載せる。返事はなかった。しかし置いた衝撃かなにかで、ひらりと本の間から紙が落ちてくる。裏面になってしまったが、拾い上げてなんの紙なのかを確認した。

 

「……なんだよ、これ」

 

 自分でも声が震えているのがわかる。紙に書いてあったのは絵だった。アポロが手描きしたのかはわからないが、ただの絵だ。描いてあるモチーフは普通だ。五人の人物が立っている絵だった。

 

 だが、その五人が問題だ。

 黒衣の少年、黒い鎧を着込んだ女性、猫のぬいぐるみを抱えた少女、赤髪の女性ドラフ、青髪の男性エルーン。

 

 ――間違いない。この世界には存在しないはずの、かつての俺達だ。

 

「……私からしてみれば、遠い夢のような思い出です」

「っ!? 起きてた、のか……?」

「……」

 

 声をかけてみるが、返事はなかった。眠ってしまったようだ。……うわ言のようではあったが、もしこれをアポロが描いたのだとしたら。彼女は俺のことを、覚えているのかもしれない。

 もしアポロが元の世界のことを覚えているのなら、色々と説明がつくこともある。

 

「……いや。今はゆっくり休んでもらうことが先決だな」

 

 考えないといけないこと、話さないといけないことが山ほど出来てしまった。だが今はゆっくり休んでもらおう。体調が良くなったら、ちゃんと話を聞かないとな。

 とりあえずは色々と聞き出したいことを置いておく。絵もリーシャに見つかったら怪訝に思われるかもしれないので、適当な場所に挟み直しておいた。流石にどのページに挟まっていたかまではわからないからな。

 

 眠ってしまったようなので、俺は足音を立てないようにアポロの寝室を出る。

 

「ダナンさん、アポロニア様の様子はどうですか?」

「今は寝てるっぽい。とりあえずアポロニア様の看病は任せるな。俺は今日終わらせないといけない仕事を確認したり連絡取ったりしてみる」

「わかりました」

 

 リーシャはテキパキと行動してくれる真面目ちゃんなので安心して任せられる。秩序の騎空団で事務仕事にも慣れているので、書類なんかはリーシャの方が向いているくらいだった。父親の下を離れたからか肩の荷が下りた様子もあり、俺より年下にはなってしまったがかなり頼りにしている。

 

 さて、俺は俺のやるべきことを進めないと。

 まずはオルキス王女への連絡だ。アポロが寝込んでしまったことを伝える。ただあまり心配はしていないようだった。アポロは幼い頃から身体が弱いそうなので、こういったことも偶にあるという話だ。……そういう話も聞いたような気はするな。

 次にアポロの今日のスケジュールを確認して、アポロが直接話さなきゃいけない相手には詫びの連絡を入れる。俺でも対応できそうなヤツはとりあえず事前連絡だけしておいて、また調整するかは向こうに任せるとしよう。

 そして書類仕事。今日中に提出しないといけないヤツを確認して終わっているかどうかを確認する。アポロが今日やっていたなら怪しいかもしれないので内容にも目を通す。とは言ってもアポロはその辺がきちんとしているので、提出当日に急いでやらないといけないといったことはない。それでも念のために確認しておくべきだ。

 

 途中リーシャが買い物に出かけたり俺が方々へ走り回ったりすることはあったが、概ね問題なく仕事を回すことができた。これまでも体調が悪くなっていたんだったら、どうやって対処してたんだろうな。オルキス王女直々に明日以降で、と言って回るのだろうか。少し気になる。

 

 とりあえずアポロが全快するまでは重要な話をせず、看病と仕事の代役をこなしていった。

 

「これからアポロニア様の身体を拭くので、絶対に覗かないでくださいね!」

「わかったわかった」

 

 夜リーシャに睨まれたこともあったか。

 ともあれ、なんとか問題なく乗り切ることができたのだった。

 

 アポロが快復したのは一日経った夕方の頃。俺とリーシャで仕事を分担していた時、アポロが寝室から出てきたのだ。

 

「もうお身体は大丈夫なんですか?」

「ええ、マシにはなりました。二人には迷惑をかけましたね」

 

 部屋から出てきたアポロの顔色はかなり良くなっている。明日には仕事に戻れそうだ。

 

「今日はゆっくり休んでいいですよ、もうこんな時間ですから。食欲はありますか?」

「はい」

「じゃあ栄養のつくモノ作りますね」

 

 お粥などの食べやすいモノしか食べていなかったので、折角食べられるようになったのだから腕によりをかけて作らなければ。もちろん胃に重たい食べ物はなしだが。

 

「それはいいのですが、仕事はどうですか? 確か今日提出しなければならない書類があったと思いますが」

「既に対応済みです。きちんと二重確認まで済ませてますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 代わりにやってミスした、なんて洒落にならない。きちんとリーシャに確認してもらってから提出しておいた。こういう時はリーシャの真面目っぷりが役に立つ。

 それから軽めのモノで夕食を作り、三人で食べてからアポロにはゆっくり休んでもらった。

 

 話を切り出すタイミングを明日にしようかと思っていたのだが、

 

「ダナンさん。少しお話いいですか?」

 

 夜アポロの方から声をかけられた。神妙な様子だったので、俺が話したい内容と同じなのかもしれない。例の絵は元あった場所がわからないので適当なところに挟んでいたし、気づくことはできるのだろう。

 

「丁度、俺も話があったところです」

 

 あの絵が果たしてなにを意味するのかは、これから本人に聞くしかないのだ。俺は意を決してアポロの後について建物の屋上に向かった。

 屋上と言ってもそう豪華なことはなく、平たい屋根の周りに柵があるだけだ。階段はなく梯子で上に登る。あまり来たことはないな。洗濯物も風に砂が混じっていることが多く外に干せないし。

 

 夜のメフォラシュは静かなモノだった。まだ明かりが点いている家も多いが、外に出て騒いでいる者はいない。夜を明るく照らす装置があっても、まぁ夜になったら休みたいと思う者が多いのだろう。兵士は夜間も見張りをしているが、日中帯よりは数が少ない。だがゴーレムは日夜関係なく動くことができる。夜間警備用ゴーレムの開発を進めているという点でエルステ王国は強いだろう。

 

「……」

 

 アポロは先に屋上に上がってから柵に寄りかかる。風はそこまで強くないので、砂が舞っていることもなかった。

 

「……なにから話せばいいのか、悩みますね」

 

 アポロはそう言いながら、ポケットから一枚の紙を取り出す。俺が発見した、この世界には存在しないはずの絵だ。

 

「これを、見たのでしょう?」

「……はい」

「信じ難いことではありますが、私の話をしましょうか」

 

 アポロは俺の方を振り返り、滔々と語り始めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 私は――私達は敗北した。

 

 エルステ帝国宰相フリーシアが思い描いた通りに、星晶獣アーカーシャは起動して世界を書き換える。

 

 真っ白な光が世界を覆い尽くし、私達は成す術なく呑み込まれていく。最後に私が口にしようとしたのは果たしてどんな言葉だったのか。いや、考えるまでもないことか。

 

 きっと、消えることが確定している人形の少女の名前だったはずだ。

 

 どんな因果があっても存在が残らないとはっきりしている彼女のことを、私と――ダナンも呼んだはずだ。

 そしてその声が届くことはなく、全てが失われた。

 

 後悔と無念を抱きながら最期の時を迎えると――私は赤ん坊になっていた。

 

 自由に動かない身体と鏡を見た時の姿、そしてもう見ることのなかった母親の姿が、自分が赤ん坊になっていることを裏づける。

 最初はなにが起きたかわからなかった。

 

 世界が書き換わった影響で時が巻き戻ったのか?

 それともまた別の理由があるのか?

 

 突然の事態に私は混乱することしかできなかった。

 理解が追いつかず、ただ母の腕に抱かれて過ごす日々を送った。

 

 それでも時間が経過すると同時に落ち着いてきて、世界がどういう状況になったのかを確認したくなっていく。

 幸いにもあの場にいたあの男、オイゲン・ヴァールが傍にいたので状況をそれとなく確認することはできる。だがなにを言っても反応は薄く、そして私が生まれたアウギュステにリヴァイアサンはいなかった。

 

 海を有り難く思う心は変わっていないようだが、海を守っていた星晶獣の存在は一切が消え失せている。正しくフリーシアの思惑通り、星のない世界となっているようだ。

 故に私は、海で溺れて死ぬはずだった。はずだったのだが、記憶を保持していたため事前に予期、回避することが可能だった。私が救おうとしていたオルキスが間違いなく存在しない世界で私が生きていく意味はあるのかと思ったものだが、確かめる前に諦めることなどできなかった。故に海で溺れそうなことは回避し、生きることを選んだのだ。

 

 ともあれ、私が記憶を持っているのにあの男は持っていなさそうだった。

 

 それを証明するかのようにあの男は母の病を治すために旅へ出て、そして母は死んだ。

 

 記憶を持っているのなら、旅の時間を短縮できるはずだったのだが。なんにせよ、あの男はどうあっても空を旅することを辞めないらしい。世界が変わっても人は変わらないということか。

 星晶獣が齎したという騎空艇は存在しなかったが、それでも旅には出ていたようだ。

 

 母が死ぬのを見るのは二度目だったが、何度見ても自分の中のなにかが欠けてしまったようなショックは変わらない。あの男は気持ちの整理をつけられずいじけていたので、私は元の歴史をなぞるようにエルステ王国へと留学した。

 星晶獣がいなければゴーレムでエルステ王国はファータ・グランデ空域や他の空域すら治められる――とまではいかないようだが、力を持っているのは確かなようだ。優秀な留学生を年々募っているらしい。選定基準も私が体験したモノより厳しくなってはいたが、人生二度目の私にとっては容易いモノだった。唯一歴史のみ勉強しなければならなかったくらいか。

 

 しかしエルステ王国へ行く時に思ったことがある。

 

(この気球艇とやら、移動速度が遅すぎないか?)

 

 ふわふわと浮かんで風に乗り飛行する艇。星晶獣が騎空艇を齎したのだから当然だが、今の世の中には騎空艇という存在がないのだ。おかげで勉強する時間は確保できたが、移動が遅すぎてイライラすることもあった。

 なので移動中に覚えている限りの騎空艇の設計図を書き出す。流石に設計士ではなかったので曖昧な部分も多いが、騎空艇がどう動いているのかなどの仕組みは理解していた。だからどこをどうしたら動くのかを書いておいて職人に見せれば、ある程度形にしてくれるはずだ。職人と言えばガロンゾだが、行く機会はあるのだろうか。

 

「アポロって言うんだ。これからよろしくねっ」

 

 エルステ王国の首都メフォラシュに降り立った私は、そこで遂にオルキスと再会することになる。

 

 覚えている姿とは違うが、性格は同じだった。父親が違うのだろうが、覚えているオルキスと同じく天真爛漫だ。精神が大人なので他の子と距離を置きやすかった私を引っ張り回してくる。

 私が取り戻したかったオルキスと限りなく近いオルキス。だが同時に、あの人形のようだった別のオルキスはいないのだと、もう二度と現れないのだと理解してしまった。

 

 フリーシアはこの頃から女王に仕えていたが、私のことも元の世界のことも覚えていない様子だった。……世界を書き換えた張本人が覚えていないとは、皮肉なモノだ。

 

 ある時騎空艇の設計図がオルキスに見つかり、彼女の一存でガロンゾへ届けられたことで、十歳の時に私は騎空艇を考案した天才として一躍有名になった。言ってしまえばズルをしているわけで、特に誇らしい気持ちはない。

 勉強だけでなく鍛錬も行なっていた。戦闘ができなければ困る場面も出てくるだろう。なにより元の経験があるので一から学ぶより効率良く上達できた。二度目の人生ということもあるが文字通りの文武両道となっている。

 

 星晶獣デウス・エクス・マキナがいないのだから当然、オルキスは人形のようにならず彼女の両親も死ななかった。そこだけは世界が書き換わって起きた数少ないいいことだと思う。

 

 生まれ直してから十五年。オルキスが人形のようになってしまうはずであった日のこと。警戒はしていたのだがフリーシアに怪しい動きもなく、平穏に一日が過ぎていった。

 

 ――そのことが、私を不安にさせる。

 

 騎空艇の設計図を発表しても騎空艇を知っている者は出てこなかった。その時点で理解していたはずなのだが、世界が書き換わるよりも前のことを私以外の誰も覚えていない。世界が変わってしまったことは以前からわかっていたが、自分が経験してきたことで決定的な違いが発生したことで、私は私の記憶を疑い始めてしまった。

 

 書き換わった時から十五年も経過していたこともあるのだろう。記憶も一部朧気になり、自分の記憶が本当にあったことなのか信じられなくなってしまった。自分という存在が根底から崩れていくような恐怖に駆られ、私は絵を描くことにした。

 

 今の世の中には七曜の騎士はいない。私がその座を得ることはなく、あの慣れ親しんだ鎧を纏うこともないだろう。

 この世界ではあの人形のようなオルキスが現れることはない。身体の成長が遅いため一緒にいても幼い姿のままだった彼女はもういないのだ。

 そしておそらく、ダナンも今の世界では存在しないのだろう。

 

 スツルムとドランクはいるだろうが、どこの生まれかも知らないので会う機会はない。傭兵になった経歴によっては再会することもあるだろうが、望みは薄いだろう。

 

 あの時、私が共に過ごした四人の内、少なくとも二人は存在がないとわかってしまっている。故に夢だと言われてしまえばそれまでのことだ。だが確かに、私は星晶獣を巡る渦中にいた。

 黒い鎧を着た私。猫のぬいぐるみを抱えたオルキス。黒い外套を羽織ったダナン。スツルムとドランクは今がわからないので変わっているかは知らないが、それでも私の頭の中でしか存在しないあり得ない光景には違いなかった。

 

 だから私は記憶が消えてしまう前に、絵に描き起こすことにしたのだ。

 

 記憶にある出来事も文字として書き出し、常に持ち歩くことにした。なにかの因果で傭兵コンビに出会ったら私の部下として勧誘しようと思っていたのもある。あの二人の優秀さは私が一番知っているからな。

 

 それから私は、元々興味を持っていた歴史の研究をすることにした。ある程度勉強して星の影響がない世界だというのはわかっているが、私が知りたいのはそこではない。

 

 この世界の成り立ち、創世神話に関する歴史だ。

 薄々思っていて、改めて考えてみたのだが星の民によって創られた星晶獣であるアーカーシャが、果たして星の民すらも消し去ることができるのだろうか、と。

 封印したとしても解かれる恐れがあり、事実封印を解き利用されてしまっていた。世界すら滅ぼしかねない力を持った星晶獣を空の世界に放置して、空の民に利用されるとは考えなかったのだろうか。星晶獣が空の世界にやってきたのは覇空戦争の前。もし覇空戦争時にアーカーシャの存在を知る空の民がいれば、アーカーシャを利用して星の民を滅亡した世界へと書き換えることだってできるはずだ。本当にそれほどの力を持っているのであれば、手元に置いておくに決まっている。

 

 つまり、アーカーシャの力には限界があるのではないか、ということだ。

 

 若しくは創った星の民が予め星の世界には危害を加えられないように制限を設けていたか。

 どちらかはもうわかるはずもないが、本当に星の世界が消え去ったかと言えば、そうは思えなかった。

 

 元々の創世神話においても、世界を二つに分かったという表現が存在する。なのでこの世界の創世神話にそういったことが書かれていなければ、事実星の世界がない世界ということになるはず。

 それを確かめるために歴史研究家となり、島々を巡ることにした。

 

 その頃には多方面で頭角を現していたためエルステ王国最高顧問の地位が与えられていたが、懸念事項を確かめなければ平穏な暮らしを謳歌することはできない。無理を言って合間に調査へ出ることを許可してもらった。私がオルキスと仲が良かったことも後押ししたのだろう。

 

 創世神話の歴史については資料が少なかったが、それでも少ない情報から島々を飛び回って調査を進めていった。気球艇よりも速い騎空艇が完成していたのも大きかっただろう。考案者特権で一隻貰っていたので移動時間の短縮にもなった。というより大まかな設計図があったとはいえ五年で完成させた職人達が凄いのだ。

 

 ともあれ調査をしていった結果、私が遂に決定的な一文を見つけることができた。

 

 ――創世神はその身を二つに裂き。

 

 その一文を見た瞬間、全身にどっと汗が噴き出てきた。……間違いない、この世界にも星の世界は存在する。

 その後分かれた二つはそれぞれ世界を創り出した、と書かれている。元の世界の創世神話と相違ない。

 

 ここで長年疑問だった星の存在について解明に一歩近づいた。

 もう少し調査をして同じ内容が存在するか確かめなければならないが、もしこの一文が正しければアーカーシャは星の世界を消し去ってはいない。星の民の侵略を先送りにしただけなのだろう。

 

 そしてアーカーシャを起動させ世界を書き換えたフリーシアの願いは、オルキスの母である女王陛下が星の民と婚約しないこと。エルステ王国が栄えること。

 そう考えると現状で、フリーシアの願いは叶ってしまっている。叶っている以上、アーカーシャの先送りがいつまで継続するかわからない。

 

 時期がズレただけで、これから星の民による侵略が行われる可能性があるのだ。そうなれば、今の空の世界の技術力では到底敵わないだろう。騎空艇の開発を急ぎ、戦力を整える必要がある。

 

 嫌な予感を振り払いながら、私が決意を胸の内に秘めて準備をすることにした。最高顧問の地位もそういう面では役に立ったと思う。

 調査と準備を進めながら過ごし、意を決してザンクティンゼルに向かうことにした。

 

 ルリアとビィは星に関連した能力を持っているので存在しないだろうが、グランとジータには一縷の望みがある。いない可能性の方が高いが確かめる必要はある。私がニ十歳なので二人がいたとしても十歳の子供だが、鍛えてやれば相当に強くなるのは間違いなかった。それに、二人がいるのならダナンも。

 

 ザンクティンゼルには元から不思議が多かった。グランとジータのように特殊な能力を持つ人は数が少なく、なによりビィのような生物を他に見たことがない。ザンクティンゼルにはなにかがある、それは今の世界でも同じことなのだろう。

 

 そしてザンクティンゼルに降り立った私は、集まった村人の中にグランとジータ、ビィの姿がないことに落胆する――ことはなかった。

 人混みに紛れてはいるが、私が見間違うはずがない。

 

 黒髪に黒い瞳。私の記憶よりもやや大人びていて、精悍な顔つきになっているが、私にはわかった――ダナンがいたのだ。

 

 しかし元の世界よりも五年前のはずなのに、逆に大人びているというのはおかしい。なによりダナンはザンクティンゼルに行ったことがないはずだ。赤の他人の空似、瓜二つなだけという可能性が高い。

 だが私の勘が、彼がダナンに違いないと訴えかけていた。

 

 事実、案内役として呼ばれた彼の名前はダナンだった。声も記憶のモノと一致している。だが私のことを知っている素振りは見せなかったので、私も確信を得ることはできなかった。

 

 だが村に泊まっていくことになった時、ダナンが大人数分の料理を振る舞う。当然私にも配られたが、私は騎空艇の室内まで持っていってから食べることにした。美味しそうな匂いが漂ってきて空腹がより強調されたが、それでも構わなかった。

 部屋に戻ってから、少し冷めた料理を口に運ぶ。口の中に広がった味わいに、私はどうしても目頭が熱くなってしまうのを抑えられなかった。堪え切れずに涙が溢れてくる。

 

 間違いなく、私の知るダナンの料理だった。忘れるはずもない。アマルティアで幽閉された時も、オルキスが戻ってこないと言われ絶望した後ルーマシー群島で過ごした時も、彼の料理があった。

 アマルティアの時は助けが来るとわかっていたが、ルーマシーの時は別だ。あの時彼が傍にいて変わらず料理を作ってくれたことがどれだけ心強かったかは、私にしかわからない。

 

 じっくり味わって食べた後、頭を冷やすために考え事をする。……ずっと涙を流しながら食べていたこともあって目元が赤くなっており、そのまま外へ出るわけにもいかなかったというのもある。

 

 仮にあの青年が私の知るダナンだったとして、向こうは私のことを覚えているのだろうか?

 これまで書き換わる前の世界を知る者はいなかった。なによりダナンの年齢が合わない。世界が書き換わった影響で若返っているなら兎も角、年齢が少し上がっているのはどういう理屈なのか。グランとジータがいない以上、ダナンも存在しないはずではないのか。

 

 そういった自分の感覚を否定する可能性を並べて逸る心を落ち着かせることにした。

 

 落ち着いて目元が治ってから食べ終わった皿などを返却し、簡単に調査内容をまとめて眠る。

 翌朝、早朝に散歩しているとダナンが鍛錬を行っていた。案内時にも思ったが、私の知る頃よりも強くなっているようだ。

 心に動揺がないことを確認してから、鍛錬を踏まえて手合わせすることにした。七曜の騎士だった頃よりも強くなっているため自信があったのだが、相手も『ジョブ』を使わずに相当な実力を示してきた。『ジョブ』を使えない別人なのか、それとも今より上の実力を持っているのか。結論は出なかったが。

 

 それでも手合わせしている内に見える癖がダナンで間違いないと思わせてくる。なのでつい、私はエルステに来ないかと言ってしまった。

 思いの外あっさりとついてくることになったのは意外だったが、それを喜んでいる自分がいたことは確かだ。

 

 メフォラシュに着いてから、鎌をかける意味合いも含めて私は創世神話について語った。

 

 もしダナンが創世神話を聞いてもなにも反応を示さないのであれば、元の世界とは全く関係がない。

 もしダナンがなんらかの反応を示せば、元の世界と関係がある可能性が高い。

 

 結果、ダナンはエルステに残って私を手伝うと言った。……星の世界が存在することを知ったからなのか。確信とまではいかないが可能性は高くなっている。

 

 だから私は、確信を得るためにもう一つ手を打つことにした。

 

 なぜか秩序の騎空団から小娘がついてくることになったが、まぁそのおかげで実行に移すことができたと思っておこう。

 私は元々、そこまで身体が丈夫ではなかった。元の世界ではリヴァイアサンに助けられた影響があまり気にならなくなっていたが、今の私は気合いで捻じ伏せているだけに過ぎない。なので偶に倒れてしまうことがあるのだった。そういった話はオルキスや他の者にしているため、いざという時に倒れたとしてもある程度融通を利かせてくれる。

 ダナンは私がいなくても仕事をこなせるようになったし、優秀な小娘も加わった。倒れようと思って倒れられるモノではないが、タイミング良く体調が悪くなっていく。それでもその日の内に終わらせないといけない仕事があったので続けようとしたが、二人に止められてしまった。

 

 ダナンに部屋まで連れていってもらった後、私は前々から仕込んでいた本を持ってこさせる。

 

 私がいつも持ち歩いている書物には、他人に見られてはいけない情報が書き込んである。中身を見るとは思っていない。だが、私が描いた絵を落ちやすいように挟んであった。

 私は普段から絵が落ちやすくなっていることを意識して持ち運んでいるが、ダナンは違う。自然に持ち歩けば間違いなく落ちるだろう。

 

 そして私の思惑通りに事が運び、ダナンは絵を目撃した。あの絵を見れば私の知っているダナンなのかどうかがはっきりする。

 体調が良くなったら、腹を割って話をしよう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アポロの話を聞いていた俺は、愕然とした気持ちで突っ立っていた。本当に、信じ難い話だった。

 

「……これが私の話、貴方に話すべきだと思いました。いえ、話したかったというのが本音でしょう。もう消えた世界の、夢のような……」

 

 アポロは手に持った絵をじっと眺めている。

 

「夢なんかじゃない」

 

 あまりにも弱々しく見えたモノだから、俺はそう口にしていた。アポロが顔を上げる。

 

「少なくとも俺は、お前のことを覚えてる。黒騎士だった時のお前のことを」

 

 アポロの瞳が潤んで光沢を纏う。

 アポロはきちんと自分のことを話してくれた。今度は俺が話す番だ。

 

「……俺はアーカーシャが起動したあの後、二年半前ザンクティンゼルで目覚めた。本来なら俺はあそこで消え去るはずだった」

 

 歩み寄って、アポロの眼前に立つ。……彼女の話を聞いて、思ったことがある。俺はずっと疑問だった。なぜ俺がこの世界に存在しているのか。グランとジータの存在が確認されていない以上、俺がこの世界にいるのはおかしい。アポロは記憶を持って生まれ直したが、俺は逆に時間を遡ってザンクティンゼルにいた。意味がわからない。規則性もなにもない。理屈が通っていない。だが、確信した。俺がここにいる意味。

 

「なんで俺がここにいるのかずっと疑問だった。けど、今わかった」

 

 真っ直ぐにアポロを見つめ返す。

 

「俺がここにいるのは、アポロを支えるためだったんだな」

 

 アポロが記憶を保持しているのなら、わざわざ俺がいる意味はない。俺はアポロみたく騎空艇の仕組みなんてわからないし、技術面で進歩させることはできないだろう。戦闘力でもアポロがいれば問題はないはず。

 であれば、俺がここにいるのはアポロを支えるため以外にない。

 

 アポロは顔を歪めて涙を零し、俺に抱き着いてきた。痛いくらいに強く、彼女にしては珍しく余裕がない様子だった。俺はまだ二年しか経っていないが、アポロからしてみれば二十年も経っている。あまりそういうのを表に出すタイプではないが、心細かったのだろう。自分の記憶を疑ってたくらいだし。

 俺はアポロが落ち着くまで彼女の頭を撫で続けていた。

 

 落ち着いたアポロは俺から離れると、柵に寄りかかるようにして外側を向く。

 

「……兎に角、お前が私の知るダナンだということはわかった」

 

 若干早口で、俺が知っている黒騎士アポロの時の口調で口を開いた。

 

「無理に口調戻さなくていいぞ?」

「黙れ。重要な話だ。私が調べた通り、おそらく星の世界は存在する。アーカーシャは問題を先送りしただけに過ぎない」

 

 本当に重要な話だった。緩めていた表情を引き締めて話を聞く。

 

「ああ。フリーシアの願いが叶っている今、いつ星の民が侵略してくるかわかったもんじゃないな」

「その通りだ。騎空艇の生産を続け、今は埋もれている強者を集め戦力を整えなければならない」

「星の民や星晶獣と戦える、ってなると――」

「十天衆だ」

 

 俺が真っ先に思い浮かべた連中の呼び名を、アポロは口にした。

 

「やっぱそうなるよな」

「当たり前だ。七曜の騎士も強いが、空域毎に散らばっていて招集しにくい。なにより、私とヴァルフリート以外は全員王族だからな」

「へぇ。どっちも存在しない呼び名なのは、なんでだろうな」

「十天衆については知らん。だが七曜の騎士は、確か星の民が与えた座だ。この世界にないのも当然だな」

「なるほどな」

 

 流石に元七曜の騎士だけあってその辺の事情は知っているか。

 

「十天衆には子供もいたから今戦えないとして、九人か」

「フュンフのことか。確かに、当時十にも満たない子供なら五年前の今赤ん坊に等しい」

 

 生まれてはいるだろうが、侵略の時期によっては期待できないだろう。それでも九人もの強者を集められるなら、戦力としては期待大だ。なによりあいつらは一人一人が星晶獣にも匹敵する戦力となる。

 

「他にも優秀そうな連中はリストアップしている。他国に属している者もいるが、いざという時は協力を仰ぐぐらいはできるだろう」

「ま、星の民相手じゃ空の世界が一丸となって戦う他ないだろうしな」

 

 俺は星の民と直接戦ったことはない。知っている星の民もロキとオルキスの父親くらいのモノだ。だが星晶獣という強大な兵器を創ったことからわかるように、ヤツらは星晶獣よりも強い。戦力はいくら多くてもいいだろう。

 

「私はこの国で明確な立場を持ってしまった。戦力集めはお前に任せたい」

「それはいいが……宛てはあるのか?」

 

 十天衆は存在しない。元々なにをしていたヤツらなのかも知らないのだ。そんな状態で見つけ出すのは骨が折れるぞ。

 

「途轍もなく強い連中だ。噂くらいは立っているだろう。噂を集めて真実を確かめる」

「……途方もなく地道だな。まぁ、仕方ないか」

「ああ。だが宛てもなく噂を探し続けるのは面倒だ。やはり情報に敏く腕利きの味方が欲しい」

 

 アポロの言葉に、俺はすぐピンと来た。

 

「あいつらか」

「そうだ。情報は集めてある。明日には出立するぞ」

「わかった」

 

 覚えていないだろうが、関係ない。有能な手札は増やしておくべきだ。

 

「とりあえずの方針はこんなところだろう」

「了解」

 

 こうして話しているとなんだか昔に戻ったような気がしてくる。……ただ話は終わったのに、アポロは一向に外側を見ていてこちらを振り向かない。

 

「そういや、なんでこっち向いて喋らないんだ?」

「っ……」

 

 俺が尋ねると、アポロは小さく肩を震わせた。沈黙が返ってきて答える気はないのかと思っていたが、

 

「……さっきの今で合わせる顔がない」

「ああ、なるほど」

 

 恥ずかしいというわけか。あのどんな手段を使ってでもオルキスを取り戻すアポロが丸くなったモノだ。

 

「あのアポロが随分と丸くなったもんだな」

「そういうお前こそ、雰囲気が変わっただろう」

「そうか?」

「ああ。まともになった」

 

 それはいいことなんだろうか。まぁ一般的に見ればいいことだろうが、逆にできないことも出てきそうだ。

 

「まぁいいや。体調戻ったばかりなんだから、早めに戻ってこいよ」

「わかっている」

 

 話が終わったので、先に建物内に戻っておくことにする。

 

「なにかいいことでもあったんですか?」

 

 室内に戻って一階まで下りると、仕事をしていたリーシャにそんなことを言われた。

 

「そう見えるか?」

「はい」

「まぁ、確かにいいことだな。とりあえず、病み上がりのヤツに仕事させるわけにもいかないしさっさと終わらせよう」

 

 当たり前のことだが、俺も俺の知っているアポロだとわかって嬉しい気持ちはある。

 話しても信じられないことなので、他人に話す必要はないだろう。余計な混乱を招くだけだ。

 

「なにかいいことでもあったんですか?」

 

 しばらくしてから下りてきたアポロに、リーシャがやや咎めるような様子で同じことを尋ねた。

 

「ええ、まぁ。そうですね」

 

 アポロは普段の丁寧な口調に戻って頷く。心なしかリーシャのじとーっとした目が強まった気がする。

 

「……別にいいですけど。ただし、今日はきちんと休んでくださいね。ぶり返したら元も子もありませんから」

 

 とはいえ彼女も心配しているのは確かなのだろう。ツンとしつつも本心が漏れていた。アポロにもそれがわかっているのか苦笑して「わかりました」と頷く。

 なんにせよ、今日は俺にとってもいいことがあった。気持ち良く眠れそうだな。眠る前というのはなんだか妙に考え事をしてしまうので、昨日はよく寝つけなかった。

 

 翌朝。体調が戻って完全に復活したアポロと共に仕事をこなす中、一つ変化があった。

 

()()()。そちらの書類を取ってくれますか?」

「ああ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 アポロが俺のことを呼び捨てにし始めたのだ。流石に俺が急に呼び捨てにするのはおかしいのでそのままだが、細やかだが確かな変化だ。

 俺は平然としていたが、リーシャはそうはいかなかった。

 

「むぅ……」

 

 頬を膨らませてなにやら不満そうにしている。

 

「どうした、リーシャ?」

「なんでもありません」

「いや、なんか不機嫌そうだし。拗ねてるのか?」

「拗ねてなんかいませんから!」

 

 やっぱり拗ねてるじゃん。リーシャはふんとそっぽを向いてしまった。自分だけ除け者にされているのが嫌なのだろうか。とはいえ明かすわけにもいかないしな。大体聞いて納得できる話でもない。

 とりあえずはリーシャを宥めつつ仕事を進め、アポロと話していた戦力集めに取りかかっていく。

 

 立場上エルステ王国を頻繁には離れられないアポロなので、基本的には俺が世界を回ることになりそうだ。リーシャがついてくるかは、まぁ本人に任せるとしよう。

 というわけで数日後、俺達はとある島へ向かった。結局アポロとリーシャも同行することになったのは、今回声をかける人物のせいだろう。

 

 騎空艇でとある島へと降り立った俺達は、今この島で活動しているというお目当ての人物を探して回っていた。

 街での聞き込みを行い、現在どこにいるのか情報を集めていく。半日歩き回ったところで依頼を受けて街の外にいるとわかり、街の外で探すことにした。いつ戻ってくるかわからないと言われてしまったら探しに行くしかないよな。俺とリーシャはいいが、アポロはあまり長くエルステ外へ出ていられないし。

 

 そして日が沈み始めた頃。

 俺とアポロが足を止めた。遅れてリーシャも立ち止まる。更に二人揃って背後を振り返った。

 

「いつまでつけるつもりだ?」

 

 俺が呼びかけると、リーシャは怪訝そうな顔をする。彼女は気づいていなかったのだろう。だが呼びかけの返事はなかった。

 

「……はぁ。しょうがない、炙り出すしかないか」

 

 俺はあからさまにため息を吐いて、腰の剣に手をかける。それでも出てくる様子がなかったので、剣を抜き放って()()()に向けて攻撃することにした。

 

「テンペストブレード」

 

 斬撃に応じて竜巻が巻き起こり、周辺の木々を切り刻む。俺の狙い通りに竜巻は向かったが、途中で炎を纏った斬撃により相殺された。それを見てようやくリーシャにも誰かに尾行されていたことがわかったのか警戒した様子で腰の剣に手をかけている。

 相手が俺の攻撃に対処するために攻撃したことで、相手を覆っていた術が解けて姿が露わになった。

 

 青髪エルーンの男と、赤髪ドラフの女だ。ファッションセンスは相変わらずみたいだな。というか世界が変わってもコンビなのは変わらないのな。

 

 ドラフの方が剣を振り抜いた姿勢なので、俺にとっては当然のことだが技を相殺したのは彼女の方だ。

 

「あっれぇ~? ホントに僕の術を見破ってたわけ? エルステ王国の要人が少数で不用心だと思ってたけど、そういうことね」

 

 エルーンの男が胡散臭い口調で軽薄な笑みを浮かべて言った。やはりと言うべきか、こちらの情報もある程度掴んでいるようだ。そうでなくては腕利きの傭兵とは言えない。

 

「こっちの情報を掴んでるってことは、わかってて尾行してたんだろ? 俺達はお前達に用があってここまで来たんだ」

「それが不思議なんだよねぇ。僕達は確かに腕利きの傭兵だけど、大国エルステの要人に依頼されるような立場じゃないよ?」

「傭兵の信頼は実績だ。そういう点で言えば、お前達は悪くない」

「だとしても僕達じゃなくて他にもいると思うんだよね~。例えば、アギエルバとかどぉ?」

「あっちは力仕事がメインだし、娘がいるから自由に動けない。お前達の方が適任だと思うな」

「……依頼内容を聞こうか」

「えっ? いいの、スツルム殿?」

「問題ない。ちゃんと報酬を払ってくれるなら」

 

 ドランクと話していたら、スツルムが話を進めてくれた。無愛想だが話がわかるというのは既に知っている。あくまで初対面として信頼を崩さないように接すればいいだろう。

 

「内容は簡単だ。エルステ王国最高顧問、アポロニア・ヴァールの側近になること」

「…………依頼料は」

 

 やや間があったが、スツルムから金額の話が出た。

 交渉に関しては俺に一任されているので、雇う金についても預かっていた。

 

 俺は布袋いっぱいに入ったルピを取り出す。

 

「……もしかして一括で払うって話?」

「まさか、そんなわけないだろ」

 

 ドランクに聞かれて俺は首を振る。

 

「これはあくまで前金だ。いきなり全額渡して金払うんだから仕事するのが当然だろみたいなピュアピュアな精神持ち合わせてないって」

 

 ……おっと。背後から殺気が。

 

「具体的にどれくらいの期間かとかが難しい依頼なんでな。それなりに年月がかかると想定しての依頼料だ。もちろんずっと側近として活動しろとまでは言わないし、必要な時に応じてくれるだけでいい」

 

 長期かつ見通しのない活動になる。その点を理解しての金額だ。

 

「……どう思う、ドランク」

「まぁ悪くないんじゃない? あれが前金っていうのも向こうの素性を知ってるから信用はできるし」

「お前がそう言うなら、あたしは構わない。受けるかはお前が決めろ」

「そぉ? じゃあ受けよっかな〜。大国エルステの要人の側近なんて、滅多になれるモノじゃないしねぇ」

「じゃあ決まりだな」

 

 これで優秀な傭兵コンビを確保できた。

 

「それに」

 

 話がまとまって二人に早速仕事を頼もうと思っていたら、ドランクがなにかつけ加えようと切り出す。予想していなかったのでなにかと思って続く言葉を待った。

 

「なんとなく、君とは気が合いそうな気がしたんだよね~」

 

 ぴたりと身体の動きが止まる。動揺してしまったと言っていい。まさかドランクからそんなことを言われるとは思ってもみなかった。……五人で過ごしていた時に、そんな話をしたっけな。

 込み上げてくるモノを押し殺して、俺は笑みを浮かべる。

 

「そりゃ奇遇だな。……俺も、そう思ってたところだよ」

 

 俺にとっては当然のことだが、なにも覚えていない様子のドランクから言われると妙な気分にされる。初対面で怪しまれるわけにもいかないので、さっさと仕事の話に戻るとするか。

 

「で、早速仕事の話をしたい。側近とは言っても連れ歩くわけじゃない。基本的には情報収集が主な仕事になる。あとエルステでの拠点の提供はする。集めて欲しい情報は組織に属していない強者についてだ」

「へぇ? 強者……つまり戦力を集めてるってわけ? 全空でも指折りの大国がそんなことするなんて、余程のことがあるのかな~?」

「ドランク、必要以上の詮索をするな」

「でも気になるでしょ~?」

 

 こういう時はただの鎌かけだ。本当に聞きたいと思っているわけではないのだろう。依頼を受けながらその辺りを調べられるだろうが、俺とアポロの頭の中にしかない機密情報なのでわかるはずもない。アポロの本だけは誰にも見せないようにしないといけないけどな。特にスツルムとドランクは絵に描かれている。不信感を煽ってしまうだろう。

 

「というわけで、早速仕事を頼んだ。エルステ王国に来た時は、ここを訪ねてくれ」

 

 いきなり俺の記憶のように親しくすると怪しまれてしまうので、まずは簡単に済ませる。俺達が住んでいる家の住所を渡しておいた。

 

「んじゃ、よろしくな」

 

 傭兵への依頼としては簡単に済ませすぎだが、実績以上に俺とアポロはこいつらを買っている。依頼を受けると言った以上、こいつらはちゃんと働いてくれる。

 必要な話はしたし、渡すモノも渡した。用が済んだのでさっさと立ち去ることにする。アポロまでついてきてもらうにしては些細な用事だったが、まぁ仕方ない。

 

「……あの傭兵達はホントに信頼できるんですか?」

 

 だがリーシャは俺達とは違う。と言うよりこれが普通の反応だ。

 

「俺とアポロが慎重に吟味した結果だって話しただろ?」

「聞きましたけど……納得できるかどうかはまた別の話なんです」

「なら実際に仕事振りを確認して、これから確かめていけばいいだろう。腕利きの傭兵とはいえ、信頼を置くかどうかはこれからの働きにかかっているわけだからな」

「それはそうですけど……」

 

 リーシャはそれでも納得できていない様子だ。……俺達があまりにも信頼を置いていそうに見えてしまっているのだろうか。仕方がないとはいえ。

 

 ただあの二人を雇うことは既に決まったことなので、不服そうにしながらもそれ以上はなにも言わなかった。

 

 目的は果たしたのですぐエルステに戻り、スツルムとドランクからの連絡を待つ。

 

 流石は腕利きの傭兵、一週間後に三つの情報を持ってエルステを訪れた。しかも三つ全て違う島の情報だ。どうやってたった一週間でここまで範囲の広い情報を集めてくるのか、やはり俺達にはわからない。ただしこの情報の場所に行って実際にそいつと会ってから、二人が信頼できるか決まる。

 偽の情報ばかりを掴まされているなら信頼できないし、狙い通りの強者がいれば信頼が高まる。……まぁ、俺とアポロにとっては出来レースだが。

 

 ただし、やっぱりというか生真面目なリーシャと軽薄なドランクは馬が合わない。幸いなのは、スツルムがリーシャの味方をしてくれていることか。ドランクの心労は増えてそうだが。まぁあいつの胡散臭さは一流なので仕方ない。

 

 持ってきた情報は全て、旧世界の記憶を辿れば心当たりがあるモノだった。

 

 一つ。特殊な武器を扱う組織(・・)の情報。特に一部の者のみに与えられる特殊な武器が強力無比だという。

 二つ。国同士の戦争時に一騎当千の活躍を見せたダルモア公国の英雄。

 三つ。凄腕の剣士の噂を聞けば行って勝負し持っている刀剣を剣拓(・・)として保管する剣士。

 

 一つ目は直接会ったことのない連中だが、知ってはいる。そして今の世界でも耳にしたことくらいはあった情報だ。ただし次の大きな任務がいつどこで行われるか、までの情報は入手できるわけもない。

 聞いたことのある名前と言えば、ゼタ、バザラガ、ユーステス、ベアトリクスの辺りか。他にもいたが俺は知らなかった。ただし俺の知る時期よりも早いので、果たして俺の知っているヤツらが所属しているのかはわからない。

 あとあいつらは特殊な武器を持っているのが特徴的だが、あれは星晶獣由来のモノじゃないんだな。でなければ今も組織が存在している理由がない。脅威がなければ組織が設立されることもないはずだ。……ってことは星以外の脅威についても考えなきゃならないってことか。実際になんなのかは、組織の連中と関わったことがないのでよくわからないが。

 

 二つ目は国の英雄とまで祀り上げられたガウェイン。ただし最近は高慢になっているらしく、民からも恐怖の対象とされているようだ。近々処刑されるかも、という話だった。……ただ処刑を止められて、代わりに呪いの仮面を装着させられるんじゃなかったか? 高慢を直すための呪いなら追放されてから声をかけた方がいいかもしれない。

 

 三つ目は剣拓という言葉が出てくることからもわかる通り、おそらく十天衆頭目のシエテだ。ただ情報の中でその名前が出てくることはなかった。書いてあるのはその剣士が途轍もなく強い男であるということ。勝負を仕かけてはその圧倒的な力で容赦なく倒し、剣拓を取るという。

 俺のイメージするシエテと人物像が一致しない。ただそれ以外で剣拓を取るという趣味を持ったヤツは思い当たらず、星関連の出来事がなくなった結果別の過程を経たシエテの可能性が高いと見ている。こればっかりは実際に会ってみるしかないな。

 

「妙な組織とダルモア公国の英雄の話は知っていますが、三つ目は聞いたことがありませんね」

「まぁ、これは実際に剣士とやらに会ってみるしかなさそうだな」

「では私も――」

「いや、リーシャには別のことを頼みたい」

 

 一緒に情報を覗き込んでいたリーシャに告げる。やや不満そうだったが、話は聞いてくれそうだ。

 

「一つ目の組織に関する情報だ。こいつらに接触しても怪しまれないようにするためには、次に任務で行く場所になにか異常が発生しているのか、そういった報告が秩序の騎空団に挙がっていないかを調べて欲しい」

「……秩序の騎空団として調査しに来た、と言い張るんですか?」

「察しがいいな。加えてそこに遺跡かなにかがあれば、最高だ」

「歴史研究家でもあるアポロニア様のところにいる私、ひいてはダナンさんが向かう理由になると」

「そういうことだ」

 

 あくまで偶然その時その場所にいた、という状況を作り出さなければならない。流石にスツルムとドランクがどこから仕入れたかもわからない情報だけで行くのは怪しまれてしまう。

 星に関連していないとはいえ、星晶獣に匹敵する戦力だ。是非とも協力関係を築きたい。

 

「……わかりました。やってみます」

「ありがとな、リーシャ」

 

 考え込んではいたようだが、引き受けてくれるようだ。なら安心して任せるとしよう。

 

 その後俺は時間を見つけて、シエテと思われる剣士がいるという島へ単身向かうのだった。

 

 剣拓を取るという趣味がある以上、目を惹く刀剣がなければ話にならない。俺が普段使っているモノも充分強力だが、かつてアポロ達に貰った武具には劣る。のでアポロから貰ったブルトガングが今も存在するのか尋ねてみた。

 

 聞けばあれはエルステの宝剣だったらしく、今の世界にも存在はしていた。王宮に保管されているそうなので借りるのは無理だと思ったが、そこはオルキスに頼み込んで貸してもらうことができた。

 

 というわけで、手土産を持って件の剣士に会いに行ったわけだが。

 

「……」

 

 一目見てそいつ(・・・)が例の剣士だとはわかったが、そいつがシエテだとはわからなかった。

 

 その男は盗賊と思しき連中の山の上に腰かけていた。呻き声が聞こえてくることから誰一人として殺してはいないが、凄惨たる光景だ。

 山の上に座る男は、金の髪をオールバックにしており、目つきの悪い青年だった。黒の外套を羽織り腰に剣を提げている。

 男は殺気を無作為に周囲へと放っており、荒々しいと呼ぶしかない様子だった。

 

 記憶と姿が一致しないが、多分シエテだ。

 

 強者ではあるが、昔だからか俺の知るシエテよりもまだ弱い、とは思う。ただあいつはホントに底が知れないから、どこまでの強さなのかはわからない。俺も本気中の本気を見たことはなかったと思う。

 

「……なに見てんだ? 見世物じゃねぇぞ」

 

 ぎろり、とお山の大将が睨んでくる。口調は似ても似つかないが、声は確かにシエテだった。

 

「いやぁ、あんたの噂を聞いて会ってみたかったんだよ。とんでもなく強い剣士がいるってな」

「……あ? 俺には用がねぇんだよ」

 

 取りつく島もないな。あの飄々とした雰囲気が一切感じられない。他人の空似と言われた方がまだ信憑性があるくらいだ。

 

「そんな態度でいいのか? 一応手土産もあるんだけどなぁ」

「……?」

 

 俺の言葉は聞いているらしく、訝しげにこちらを見てはきた。

 背に負った荷袋を下ろして中から持ってきた宝剣ブルトガングを取り出す。鞘から剣を抜き放つと、確かに彼の目の色が変わった。

 

「エルステ王国に伝わる宝剣、ブルトガング。もし俺に勝てたら剣拓を取らせてやろう」

「“もし”なんて必要ねぇ。どうせ俺が勝つんだからな!」

 

 彼は言うが早いが、エネルギーの塊である剣拓を瞬時に十本出現させると俺の方へ飛ばしてきた。いきなりかよ、容赦ねぇな。どうなったらここまで性格が歪んじまうんだか。まぁ他人のこと言える身分じゃないか。

 

 だが、甘い。

 

 俺は仕方なく抜き放ったブルトガングを一閃して全ての剣拓を薙ぎ払った。

 

「なっ……!」

 

 明らかに男の表情が驚きへ変わる。……道中こいつに遭遇した頃が懐かしいな。もう随分前のことのように感じるが、あの頃の俺とは全く違う。

 

「勝負開始の合図を待てとは言わないが、もう少し真っ向勝負を意識したらどうだ?」

 

 ブルトガングは勿体ないので鞘に仕舞い、袋に入れて普段から使っている別の剣を取り出す。

 

「最初の攻撃を防いだからって、調子に乗ってるんじゃねぇぞ!」

 

 彼は持っている剣を天に掲げると、無数の剣拓を出現させた。少し前は絶望を感じてすらいた光景に対して、今は冷静な頭で対処方法を考えるまでになっている。

 

「インフィニット・クレアーレ!!」

 

 無数の剣拓を順々に飛ばしてきた。一撃が強いなら、分けて振りの隙を突くってか?

 

「さて、どこまでやれるかね」

 

 俺は剣拓に向かっていくような形で駆け出すと、襲いかかってくる剣拓を一本一本剣で弾きながら速度を落とさずに接近していく。

 

「クソッ!」

 

 ヤツは忌々しそうに剣拓の飛ばす本数をどんどん増やしていくが、俺の接近ペースはほとんど変わっていない。

 

 やがて、剣の間合いに入った。

 

「っ……!?」

 

 相手が後ろに下がろうとしているのが見える。だが動き出しが遅すぎた。大怪我をさせる気はないので、剣を引いて受ける体勢になってから剣を叩きつけてやった。吹き飛ばされつつも体勢は立て直していたが、表情に余裕はない。

 

「てめえ……」

「この分じゃ、剣拓取るのは厳しそうだな?」

「俺がこの程度なわけねぇだろうが」

 

 ぎろり、とこちらを睨んでくるとまた剣拓を無数に出現させた。そして剣拓を飛ばすと同時に自ら接近してくる。

 お手並み拝見、と思い防衛に徹してみた。剣技の合間に剣拓を飛ばしてくる。剣を振るという避けられるとどうしても隙間が出来てしまう行為を埋めるのにはいい手だと思う。だが剣技はそこそこだな。……彼の天星剣王がそこそことは、落ちぶれたモノだな。俺も強くなっているとは思うが、いくら老婆の下で修業したとはいえたった二年だ。底知れない俺の知っているシエテを圧倒できるほどになっているかどうかはわからない。

 

 防戦一方というのも好きではないので、剣を大きく弾いて体勢を崩させ、剣拓を薙ぎ払いながら身を翻して蹴りを放つ。腹部に直撃して吹っ飛んでいく彼に、弓へ持ち替えて矢を連射した。驚いている様子は見せたが流石に強者だけはある。全て弾き落されてしまった。

 

 だがこいつはもっと強いはずだ。今は底知れない強さを手にしていないような気がするので、もっと強くなるはず、が正しいかな。

 

「……チッ」

 

 男は苛立たしげに舌打ちしたが、仄かに口端が吊り上がっているのが見えた。

 

「それなりにやるらしいな。てめえなら、本気でやっても死ななそうだ……!!」

 

 彼の身体を力の奔流が覆い、剣拓が彼の背後一面に現れる。先ほどまでとは比べ物にならないほどの数だ。身に纏う威圧感も増している。……これまでは全然本気じゃなかったってことか。身体を覆ってるのは剣拓に落とし込む前のエネルギーとかそういうヤツか? なんにせよ、流石に一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 これは、俺も手加減してる場合じゃないかもな。

 

「【ベルセルク】」

 

 老婆との戦闘時や鍛錬以外では、初めての『ジョブ』発動だ。灰色の毛皮を被り甲冑を着込む恰好へと変化した。

 老婆からヒントを得て新たに取得した力ClassⅣの一つである。

 

 ClassⅢ以下は使わなくなった、と言うより使わなくて良くなった、か。

 俺は強くなる手段を必死に模索している最中に、一つの答えに辿り着いていた。それが、『ジョブ』が不要というモノだ。と言うのも、元の世界にはいた俺のクソ親父は、『ジョブ』を使うことがなかった。あれがあいつの嘘だった可能性もあるが、実際老婆も『ジョブ』の力を持たずそれぞれの能力が使える。つまり、『ジョブ』というのは力を発揮しやすくなるための補助機能であって、真に強くなっていっているわけではないのかもしれない。もちろんこれはただの推測だ。だが『ジョブ』を使わずに『ジョブ』の能力を使うということが、次第にできるようになっていた。

 今はClassⅢまでしか使えず身体能力もそれくらいなので、ClassⅣを使わない限り強くなることはない。ClassⅣの能力強化も最初の頃ほど劇的ではなくなったし、強くなる手段としてはアリだと思う。

 

 ……しかし、親父が言った方法をなぞるなんて思わなかったな。以前の俺なら絶対に同じ方法は取らなかった。親父がいないこと、形振り構っていられなかったことが影響してるんだろうが、なんだかんだここが一番の変化かもしれない。

 

「……てめえは」

 

 衣装の変わった俺を見て、相手は呆然としていた。自分以外に特殊な能力を持ったヤツを知らないのか? 確かに星関連がなくなったことで規格外の化け物は減ったような気がするが。

 

「ボーッとしてんじゃねぇよ。かかってきやがれ」

「当たり前だ!」

 

 ClassⅣだと性格も変わるのが難点だな。こういう欠点も克服できるとは思うが。

 

 本領を発揮した男と、【ベルセルク】と化した俺がぶつかり合う。

 

 互いに全力で激突したせいか余波で大気が震え、元々彼が積み上げていた盗賊達も吹き飛んでいった。

 【ベルセルク】になると口が悪くなり、戦闘狂になる。普段俺が言わないようなことも言うが、特徴的なのが好戦的な笑みを浮かべていることだ。

 対する彼も滅多にない全力を出せる相手だからなのか、今は明確に笑みを浮かべていた。

 

 周囲の地形が一変するほどの激戦を繰り広げた結果、片方は倒れ片方は立っていた。

 

「……クソ、強ぇなてめえ」

 

 倒れているのは相手の男、立っているのは俺だ。流石に余裕はなく無傷とはいかなかった。『ジョブ』を解除してからその場に座り込むぐらいには疲弊している。

 

「当たり前だろ。でなきゃ、宝剣持ってお前に挑まない。しかもこいつはエルステ王国の宝剣だ。盗られないくらいには強くないとな?」

「そうかよ」

 

 男は言ってから上体を起こして地面に座る。

 

「お前、名前は?」

「ダナンだ」

「ダナンか。俺はシエテだ。まさか俺と同等以上に戦えるヤツがいるなんてな」

「世界は広いってこった」

 

 わかってはいたが、やはりシエテだったようだ。世界が変わって人が変わっても趣味までは変わらない。わかりやすくて助かるな。

 

「で、結局俺になんの用だ?」

「ん?」

「惚けるんじゃねぇよ。俺が欲しがる宝剣まで用意してエルステ王国から遠路遥々やってきた理由を聞いてんだ」

 

 意外にもと言うと失礼だが、冷静に頭が回るようだ。ただの荒々しい力任せが多かったのでそういうのは不得意なのかと思ったが。

 今は一応俺の方が強いみたいだが、だからといってうかうかしていられなさそうだ。

 

「簡単なことだ。勧誘だよ。強いヤツを集めててな。お前の力が欲しい」

「エルステは充分な戦力があるだろ。てめえだっている」

「それでも足りないと思ってるからこそ、戦力を集める必要があるんだろ?」

「なにがあるってんだ?」

「さぁな。実際にはないかもしれない」

「なんだそれ」

「もちろん、ない方がいいに決まってるさ。今の戦力でどうにもならない事態なんてな」

 

 空の民が敗北するはずの覇空戦争が本当に起こり得るのだとしたら。多少俺達が強くなったところで結末を覆すことなんてできないだろう。起こらないというなら、それで良かった。

 

 シエテはなにも言わなかった。

 

「で、結局どうするんだ? 俺についてくる気はあるのか?」

「勝負に負けたんだ、大人しく従ってやるよ」

「そうか。なら、手間賃だ」

 

 俺はシエテに宝剣ブルトガングを差し出す。一瞬目を丸くして、訝しむようにこちらを見てきた。

 

「……どういうことだ?」

「俺が負けたら剣拓取っていいとは言ったが、俺が勝った時の話してなかっただろ? 俺が勝ったら、力を貸してもらう代わりにこいつの剣拓を取っていいって言おうと思ってたんだ」

「……はっ。その条件出せるのは、最初っから勝てると思ってるヤツだけだ」

 

 当然、勝てるとは思っていた。元のシエテなら兎も角、なんらかの理由で燻っている今のシエテなら勝てなくはないと踏んでいた。とはいえ潜在能力は星晶獣などと関わりがない場合同等なので、なんらかの要因で才能が開花して……なんてこともあるかもしれないとは思っていたのだが。

 

「ってことで、これからよろしくな、シエテ」

「ああ。大人しく使われてやるよ」

「ただ俺の下に来るんならもうちょっと言葉遣いとか服装とかに気を遣って欲しいところだな」

「なんでそんなことする必要があるんだよ」

「これでも一応、エルステ王国最高顧問の右腕なんでね。せめてもう少し愛想良くできない?」

「断るに決まってるだろうが」

「例えばこう、ずっとニヤニヤして掴みどころがない雰囲気を出すとかどうだ?」

「はあ? 俺がそんな軽薄そうなことするわけねぇだろ」

 

 だ、そうだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 シエテを手札に加えた俺は一旦エルステに戻ってアポロに彼を預けた。

 

 次に急を要するのはガウェインのところだ。ガウェインの処刑の日取りが決まったらしい。

 

 だがガウェインについて情報を探っていたところ、とある人物から接触を受けたとのことだった。

 

 それがダルモア公国の宮廷魔導師こと、ガウェインの姉であるフロレンスという人物だった。

 彼女は弟の命を助けたいが、今のままではどちらにしても孤立してしまうことがわかっているため性格を改善したいと言う。弟の傲慢さを直すために呪いの仮面を付着させて人助けを強制させる。それを通じて性格を矯正しようという考えのようだ。ただし、ダルモアにはもういられないため旅に出させる予定だったらしい。

 

 ただまぁ宮廷魔導士とはいえ人一人の処刑を覆すのは難しく、協力者がいた方がより確実に計画を実行に移せるという話だった。

 要は俺達がガウェインの救出に協力する代わり、ガウェインの身柄をエルステに引き渡してくれるというのが彼女の申し出だった。

 

 俺達として旅に出たところで声をかければいいのでそれだけなら協力するメリットはない。

 だがガウェインの更生を手伝ってくれればフロレンス自身が協力してくれる、ダルモア公国にも働きかけてくれると約束してくれたので戦力の確保と同時に国からの援助も可能になるかもしれない。ガウェイン一人を後から引き込むのと比べれば戦力が大幅に強化される。

 

 俺達にとってもいい条件だったので、フロレンスの計画に助力することにしたのだった。

 

 とは言ってもガウェインの処刑を取りやめて逃がすまではフロレンスが主に行動してくれるので、俺達は経過を見守り確実にガウェインを生かすことに尽力すればいい。

 ただしうちの戦力には隠密行動が苦手なヤツが若干名いるので、協力できるのは俺とスツルム、ドランクぐらいなモノだ。今の世では有名になりすぎているアポロや秩序の騎空団団長ヴァルフリートの娘であるリーシャ、荒々しく暴れ回ることが多く割りと好戦的なシエテも論外。

 

 流石にフロレンスの計画はしっかりしていて、滞りなくガウェインの救出から仮面装着まで終わった。フロレンスの問題としてガウェインを真っ向勝負で打ち破り、当面の間従わせることが可能かという部分だったそうだが。

 その点も問題なかった。俺が真っ向から勝負を引き受けて倒すことで、とりあえずは従ってもらえた。その後傲慢な態度が気に食わなかったのかシエテが勝負を挑んで勝利し、エルステでアポロがリーダーだと知ったガウェインが彼女に挑んで敗北したので、かなりプライドが傷ついているんじゃないかと思う。

 

 フロレンスは表立ってはガウェインと接触する気がないらしく、定期的に仮面の魔導士として現れてはガウェインの性格が変化しているかどうかを確認するそうだ。

 

 性格はアレだが仮面の呪いのせいで人助けを強制されているため、なんだかんだよく働いてくれている。どうしてかシエテとは馬が合わないが、まぁライバルの存在って大事だからな。放っておこう。

 

 続いて組織連中の任務に偶然居合わせる作戦。

 流石に人間的に問題のあるヤツらを連れていくわけにもいかなかったので、俺とリーシャの二人で向かった。秩序の騎空団として、歴史研究家の右腕としてという両方の側面から理由づけをしたので怪しまれることはなかったと思う。

 ただ、俺が見た顔と会うことはなかった。まぁあの時から考えると五年前になるので、まだ組織に入っていないか。または組織に入っていたとしてもひよっこかのどちらかなのだろう。あと強力な武器とやらにもお目にかかれなかった。所持者がいなかったからだ。一応顔を売って強さを示せたので、所持者が不足していれば俺達に声をかけてくることもあるかもしれない。

 組織に入っていてもいい年齢なのはバザラガ、ユーステスの辺りか。ゼタとベアトリクスは確かリーシャと同じくらいの年齢なので、入っているかどうか微妙なところだ。

 

 少なくとも現場には誰もいなかったので、スツルムとドランクには引き続きの調査を頼んでおいた。

 

 人数も増え、仮の宿として賑やかになってきたのはいいが、今後増えると手狭になりそうだ。まぁ同居は強制しているわけではないので、エルステの他のところに泊まってもらえばいい。それにスツルムとドランクは基本エルステにいないしな。

 

 そうしてファータ・グランデ空域の強者を集めたり国と交渉したりを繰り返しつつ、創世神話に関わる情報を収集していった。

 

 半年かけて相当数の戦力を集めることができた俺達は、次の空域へと足を踏み入れることにする。

 

 隣のナル・グランデ空域。騎空艇の技術・物資の流通を交渉材料にして友好関係を築くことに成功した。他空域、若しくは別のなにかと争う時に騎空艇が必須だというのは理解していたらしく、もし接触することがあったなら交渉して技術を取り入れようと目論んでいたのだという。

 

 というのは、ナル・グランデ空域を統一しているトリッド王国の国王であるバラゴナが言っていた。

 

 そう、こいつは元の世界ではアポロと同じ七曜の一角である緋色の騎士を担っていたほどの男だ。

 確かグランとジータの父親から剣の手解きを受けたという話だったが、今の世界にはあいつらの父親がいない。それでも剣術を習ったらしく、今も国王を務めながら国一番の剣士として名が通っているほどだった。

 

 ここで新たな問題が発生、という状況にならなくて良かったと思う。

 

 ナル・グランデ空域での交渉がすんなりと終わったので、続けて次のアウライ・グランデ空域へと訪問した。

 

 アウライ・グランデはファータ・グランデよりも技術が進歩していた。アポロが前世の記憶もどきで先を行っているとしても、だ。そのアウライ・グランデ空域を統一しているのが、イスタバイオン王国である。

 

 その国王との謁見に成功した。

 

 流石に他空域との交渉はアポロがいないと話にならないので、色々なところに事前連絡を取って他空域へ出張するため長期不在の計画を練る必要があった、というのが事前準備で一番大変だった部分だろうか。

 

 とはいえ、俺達の交渉材料は技術提供や同盟としての助力しかない。その上要求するモノは「いざという時は協力しましょう」と言った曖昧なモノだ。

 ナル・グランデ空域では向こうもこちらの騎空挺技術を狙っていたが、アウライ・グランデでは騎空挺もどきを既に開発し始めていたようだ。こっちが数百年先取りしていたとするならば、向こうは数十年の先取りと言ったところだろうか。

 

 だがすんなり交渉は進んでいた。

 

「いいだろう」

 

 イスタバイオンの国王がアポロの条件に対して頷いた。国王は初老の男性で、金髪のエルーンだ。どこか遠くを見据えているような雰囲気があり、あまり俺は好みではない。一応アポロから事前に元の世界では七曜の騎士が仕えている真王だったと言うが。

 七曜の騎士がいない今、真王とは名乗らなかった。

 

 この場にはイスタバイオン王国の兵士と王女姉妹が出席している。

 こちらはアポロ、俺、リーシャ、シエテ、ガウェイン。スツルムとドランクには念のため別行動を取ってもらっているが、アウライ・グランデには来てもらっていた。前の世界で真王だったことから、真意の読めない相手であるというアポロの推測があったため、念には念を入れた形だ。

 

 とりあえず用意できる戦力を集めた形だ。瘴流域がないとはいえ、空域を越えるとなると長旅になる。なにが起こるかわからないのでエルステに置いてきた連中もいるが、長い付き合いとなってきたヤツらは連れてきていた。こいつらがいれば、余程のことがなければ国が相手でも戦えるだろうからな。

 

 とはいえ国王が頷きを示したので、そういった懸念は余計な心配だったと言えるだろう。

 

「ただし――」

 

 しかし後から条件をつけ足してきた。

 

「要求を呑む代わりと言ってはなんだが、同盟の暁にはそこの彼に娘のアリアを娶ってもらいたい」

「「「えっ?」」」

 

 放たれた言葉に、何人かが困惑の声を上げる。俺もその一人だった。急になにを言い出すんだこいつは、という気持ちが強い。そこの彼、というのは国王の視線の先にいる俺のことだろうか。

 

「なにもおかしなことはあるまい。国と国が懇意にする時、互いの王族を嫁や婿として差し出すこともある。その上で、今回の要求はエルステ王国の使者としてではなく、個人団体としての申し出であろう? であればエルステ王国へではなく、貴殿らに差し出すべきと考えた。口約束や書類の証拠であればいくらでも改変できてしまう。それを防ぐためのモノでもある。貴殿らへの信頼の証として捉えて欲しい」

 

 そんな贈呈品みたいな言い方されてもな。

 

 どこか遠くを見据えているという俺の印象が少なからず当たっていたようだ。娘の話をしているというのにまるでモノを扱っているかのようだ。

 

「待て」

 

 俺の左斜め前から懐かしいドスの効いた声が発せられた。俺としては別段不思議ではないのだが、他のヤツはぎょっとしている。

 

「百歩譲って貴様の娘を差し出すのはいい。だが、なぜ娶らせる必要がある? 監視兼人質として我々に寄越せばいいだけだろう」

 

 苛立ちが声から感じ取れる上に、本人が口調が変わっていることに気づいていない様子だ。

 

「そちらが臆面もなく申し出るというのであれば、それに倣うが。アリアを引き渡すだけでは貴殿らを縛れない。貴殿らの裏切りを警戒するなら、契りを結ばせた方がいいと考えている。国とは関係なく戦力を集結させているというのは、それだけでも警戒する必要が出るというモノだ」

 

 国王もアポロの態度に合わせてそれなりに本音を見せてきた。そこでようやくアポロが我に返り少し頬を染めている。

 

「……大変失礼いたしました」

「構わないとも。これも互いにより良い関係を築くためだ」

 

 アポロが頭を下げて退くと、国王は俺の方を見てきた。

 

「アリアが気に入らないと言うなら、姉のフォリアでも良い。フォリアは生まれ持った魔力の強大さ故に身体の成長が遅くなっているが、そちらの方が好みだと言うのなら変更しよう」

 

 そういう話はしてないんだが。というか二人いる内の小さい方が姉なのか。ということはアポロと同い年くらいのヤツがアリアか。……どっちも人形みたいに大人しい。表情に心がない。気に食わないな。

 

「ダナンさん……小さい方が好みなんですか?」

 

 リーシャに引かれていた。いや、そういう話じゃないから。

 

「そうじゃなくて。……ただ私も、急に婚約と言われても実感が湧かないと言いますか。軽々しく引き受けられることではありません」

 

 反論してから、国王に対して俺の方からも正直な気持ちを伝えておく。

 

「なにも生涯のパートナーとして過ごせと言っているわけではない。貴殿に別の相手がいるのなら、(めかけ)でも構わん」

 

 あくまでも国王は娘二人と俺達との取引材料としてしか見ていないようだ。そういう点が気に入らない。バラゴナはまだ話の通じるヤツだったが、こいつは話の合わない相手だ。大局を見すぎて細かい人の心の機微を度外視してるって言うか。

 

 俺は少し考え込み、一ついい案を思いついた。

 

「婚約云々は一旦置いておいて、どちらも決まった相手がいないのなら二人共こちらに来てもらおうと思います」

「なに?」

 

 国王だけでなく、俺の周りや兵士達も驚いている。

 

「もちろん、対等の関係としては釣り合わないので、こちらも更に提供する情報を増やします。――現在鋭意開発中の小型騎空挺、その設計図を」

「それは……」

「ほう?」

 

 アポロがやや咎めるように振り返り、国王が関心を示した。アポロに一瞬目配せして、相手が食いついてきたことに内心ほくそ笑む。

 

「こちらに現在の設計図と今後の課題をまとめた書類があります。それを提供しましょう。小型騎空挺の利点は現在の騎空挺よりも少人数での速い移動が可能になるという点。距離の離れた連絡手段としては実に有用なモノだと思いますが、如何でしょう?」

「充分に有益と判断できる。……いいだろう、その取引を受けよう」

 

 国王の返答は早かった。連絡時間の短縮がどれほど重要かは、統治者であれば理解していて当然。まだ世に出回っていない、なんならこっちでもあんまり開発が進んでいない技術の提供だ。受けるのは当然と言えるだろう。

 

 ということで、イスタバイオン王国の王女姉妹を二人共引き込むことに成功した。

 

「……」

 

 だが謁見後、騎空挺を停めている港へ向かう途中ずっとアポロはしかめっ面だった。

 

「なぁ、アポロ。そんなに怒るなよ。勝手に進めたのは悪かったけどさ」

 

 この半年で俺はアポロに敬語を使うのをやめていた。というのも、一番付き合いが長いのに他人行儀だからやめろと言われたからだ。ただアポロは未だに敬語で定着させていたのだが。

 

「……私は怒ってなどいません。ダナンになにか考えがあることはわかっていますので」

 

 怒っていないと言いつつツンとした様子だ。……なにか怒らせるようなことしたか?

 

「いや、明らかに不機嫌じゃん」

「不機嫌ではありません。それより、なにか考えがあるのはわかっていますが、具体的にはどう考えているのですか?」

 

 他のヤツへの説明も含めてだろう。

 

「あぁ。二人の前で言うことでもないんだが、正直小型騎空挺の完成って設計図が出来てる割りに遠いだろ? だからイスタバイオンの技術で完成してもらおうと考えたってのが一つ。もう一つは……っと。丁度いいな」

 

 それこそ人形のように大人しく俺達についてきている二人は、会話に混ざろうともしない。徹底的に言うことを聞くように躾けられているのだろうか。……胸糞悪い。

 二つ目の理由を話す前に騎空挺が見えてきて、その甲板で青髪のエルーンが手を振っているのを確認する。

 

「ドランク、頼んでた情報は手に入ったか?」

「もっちろ~ん。小型騎空挺完成のヒントになりそうな技術は、しっかりと偵察してきたよ~」

 

 港からドランクに尋ねて、目論見通りに事が進んでいたと判明した。

 

「だからわざわざ技術を明け渡すような真似をしたんですね……」

「そういうことだ」

 

 納得したようなリーシャに頷く。

 例え設計図を渡しても、ドランク達に課題解決できそうな技術を盗んでくるように頼んでいたので相手に先を行かれる可能性も低い。もし上手くいかなかったとしても向こうが完成させてくれればそれを基にこっちの開発も進められると。

 

「しかし、それとこれとは別でしょう。なぜ二人共婚約する必要があるのですか?」

 

 ……なんだろう。アポロの言葉がヒリついてる気がする。

 

「婚約は一旦置いておくって言っただろ? 形式上は向こうを納得させるために仕方ないとはいえ」

「……そうですか」

 

 やはりというか、むすっとしているような気がする。

 

「私も納得してませんからね」

 

 更にはリーシャまでもが便乗してくる。……どうして。

 

「えぇ~? なになに? ダナンったらまたなにか面白いことしたの?」

「“また”ってなんだよ。俺はいつも面白いことしてるわけじゃないぞ」

「そうじゃなきゃ、半年で複数国家相手にできる戦力集められてねぇだろ」

 

 ニヤニヤしたドランクに反論したが、シエテのツッコミに確かにと納得しかけてしまった。

 

 とりあえず騎空挺に乗り込んでから詳しい話をすることにする。

 

「全員乗りましたね? では()()()さん、出発を」

「はいよ、任せときな」

 

 アポロの指示で操舵士を務めるザンツのおっさんが騎空挺を発進させた。

 ザンツは前の世界でもアポロ達が使っていた小型騎空挺を操縦していた、腕利きの操舵士だ。アポロはそれを知っていたので気球船の操縦士をやっていた彼を引き抜いていた。俺が来るよりも前の話だ。騎空挺の開発を進めたのはいいが、空の底に落ちるかもしれない飛行実験に付き合ってくれる物好きなんてそうはいない。だがザンツなら世界が変わっても騎空挺を操縦してくれるだろうと選んだらしい。実にいい人選だと思う。

 

「妾はフォリア。フォリア・イスタバイオンじゃ。この度ダナン殿と婚約することになった」

「同じくアリア・イスタバイオンと言います。姉と共にダナンさんと婚約することになりました」

 

 そして今回ついてきた二人が自己紹介をしたことで、当然のことだが俺に視線が集中した。特にドランクはニヤけながら脇腹を肘で小突いてくる。

 

「……ボスは良しとしたのか?」

 

 スツルムがアポロに尋ねた。

 

「良くはありませんが、協力関係を結ぶためには仕方のない状況でした」

「婚約と言っても私達は妾なのでしょう? 本命の方がいらっしゃっても構いません」

 

 まだ不機嫌らしいアポロに、アリアが告げる。

 

「へぇ~? で、ダナンは結局どうなの? そこんところ」

 

 ドランクのニヤけた面がいつもより腹立つ。こいつ、絶対面白がっていやがるな。他人事だからって。

 ただこの件については俺の中で一つ決まっていることがある。……それくらいは言っておいた方がいいかもしれないな。

 

「……婚約するんだとしても妾なのは決まってるんだよ。俺の中で、一生を共に過ごしたい相手は決まってるんだから」

 

 やや気恥ずかしいが、そう答えた。空気がざわついた気がする。

 

「そ、それって……」

 

 震えたリーシャの声が聞こえてそちらを向くと、愕然としたような様子だった。

 

「リーシャ?」

「い、いえ。なんでもありません」

 

 首を傾げると、なにかある様子で口を噤んでしまう。今聞いても答えてはくれなさそうだ。

 

「……話が終わったなら私は部屋に戻っています」

 

 変な空気になりかけた甲板で、アポロが真っ先に甲板を下りて中へと早足に去っていった。……? 今日は様子がおかしいな。

 

「……いやぁ。ダナンがそんな風に真面目に答えるなんて思わなかったよねぇ」

「一応、はっきりさせなきゃいけないところだからな」

 

 妙な空気になった原因が自分にあるため少しは罪悪感を覚えているのか、ドランクから話を振ってきた。その後はぎこちなくぽつぽつと話して過ごしていた。姉妹にイスタバイオンの話を聞くことが多かったか。

 愛想は良くないが、一応話す分には問題ないようだ。

 

 エルステに戻れば、戦力集めや技術開発の継続だ。

 

 アポロから聞いたところ、アリアは元の世界でも七曜の騎士の一角を担うほどの腕だという。剣術は習っていたようでそれなりに強かった。フォリアも身体に影響を及ぼすほどの魔力を宿しているだけはあってかなり強い。二人も戦力として充分な人材だ。

 

 帰ってきたその日の夜のこと。

 

 部屋のベッドで横になっていると、ドアがノックされた。

 

「アリアです。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 誰かと思えば、アリアのようだ。二人共他国の王族ということもあってアポロや俺達が生活している家に来てもらっていたのだが、なにか問題でもあったのだろうか。

 

「ああ。今開ける」

 

 個室には鍵をかけられるようになっているので、起き上がってベッドから下りると扉を開けた。

 開けた先には、薄着姿のアリアが立っている。……部屋着と言うか、これってネグリジェってヤツじゃ。

 

「お前、その恰好……」

 

 アリアが部屋の中に入ってきたので俺は合わせるように下がってしまう。部屋に入ってから扉を閉められた。

 

「婚約しましたので、夜伽に参りました」

「いや、とりあえず置いておくって言ったよな俺?」

「肉体関係はより貴方を縛りつけることができるので、早めに夜伽をするようにと……」

「……あの野郎」

 

 自分の娘をなんだと思ってやがるんだ。というかこいつも普通に受け入れてんじゃねぇよ。

 

「あのなぁ……。俺があいつとの取引を受け入れたのは、お前達のそういうところが気に入らないからだ」

「? 気に入らないなら断るのでは?」

「でも断ったら、お前達はずっとそのままだろうが」

「……」

 

 アリアはまだわかっていない様子だ。

 

「お前もフォリアも、二人して人形みたく父親の言うことに従いやがって。俺は、そういうのが嫌いなんだ。自分の考え持って自分で動かなきゃ、それはお前の人生じゃねぇだろうが」

「……貴方の言っていることは、よくわかりません」

「なら、今のお前はその程度だってことだ。もし俺の言ったことがわかるようになったら、その時は答えを聞いてやる。婚約だの夜伽だのの話をするのは、それからだ。だから今日は部屋に帰ってくれ。俺に人形を抱く趣味はねぇ」

「…………わかりました」

 

 アリアはとりあえず、大人しく引き下がってくれた。俺の言っている言葉の意味は結局わかっていなかったようだが、父親の指示を強行しなくて良かったと思う。そうなったら流石に、力尽くで止めるしかなかったからな。

 黄金の騎士だったアリアはアポロと因縁があったようで今回も馬が合わないと思っていた、というのは聞いた。ただ今のアリアは全く張り合いがないので、どうでも良くなったそうだ。元の世界のアリアを知っているアポロがそうなのだから、相当だ。アリアの事情までは知らないのでどうとも言えないが、七曜の騎士になった、なれなかったは性格に大きく関わってくるモノだったのだろうか。

 

 それからしばらくアリアが夜伽に来ることはなかった。一応仕事もちゃんとやってくれるし、これまでと同じように過ごしている……ようには見える。だが俺との距離を測りかねているのか、少し挙動不審が目立った。

 逆にフォリアは、少しずつ親交を深めていくためか積極的に話しかけてくることが多い。とはいえそれもあいつの命令の上に成り立っていると考えると妙なモノだ。

 

 俺はフォリアを呼び出して、アリアと同じ条件を突きつけた。

 

 自分でモノを考えられるようになってから、婚約だとかそういう話をしようと。

 

「……なるほどのう。それでアリアの様子がおかしかったわけじゃな」

「気づいてはいたのか」

「当たり前じゃ。アリアは妾と違って年齢相当の身体じゃからの、それを利用するように指示されているのじゃろう?」

「ああ。追い返したけどな」

「今の話を聞く限り、そうじゃろうな。……しかし、ふむ。自分の考えと来たか。今まではお父上の言葉通りに動けば良かったのじゃが、少し時間がかかりそうじゃな」

 

 アリアよりはまだフォリアの方が話が通じるようだ。こっちが姉というのも納得できる気がした。とはいえ、それがいいか悪いかはわからないが。

 

 少なくとも話はできたので、後は二人次第だな。

 

 新たな課題も生まれたが、それからはしばらく順調だった。色々な空域にも行って協力関係を取りつけたり、話し合ったり。全ての空域を回って準備を整えているだけで、あっという間に二年の月日が経ってしまった。

 

 そして、俺が丁度空の果て、イスタルシアにいた時のことだ。

 

 イスタルシアへの到着は少し前だったが、その時は拠点造りや探索が主だった。

 今は本格的な拠点造りを進めているところだ。というのも、創世神話研究者を集めて話し合ったところ、星に通じる場所がどこかにあるとしたら、それは空の果てでないかという結論に至った。

 

 そこで星の民による侵略が行われるとしたら、イスタルシアで防衛設備を整えれば有利に働くんじゃないかという話が持ち上がった。その責任者に、どういうわけか俺が選ばれてしまったのだ。

 まぁアポロはエルステの重要人物なので別の人がなるのはわかる。ただそれが俺だっていうのがなぁ。

 

 アポロの思惑を正確に把握していて、もし侵略が始まったら戦力を集結させるまで時間を稼げるとなればわからなくもない。俺も俺が選ばれた理由が理解できるからこそ、断れなかったのだ。

 

「ッ――!!?」

 

 事はいつだって突然起こる。突如として強大な気配が現れたかと思うと、空で雷が鳴り始めた。

 

(この気配、間違いない。星晶獣だ!)

 

 長い間触れていなかったが、忘れるわけがない。

 雷鳴が轟き、島の一部に紫の雷が落ちた。煙が上がって木々が燃えている。……戦争にならない可能性も考えてはいたが、残念ながらハズレだったみたいだな。

 

 問答無用で襲いかかってきている。

 

 俺は気を引き締めて落雷のあった場所に急行した。

 

「く……っ!!」

 

 迸る雷撃を、アリアが苦悶の表情で受け止めている。その後ろには傷つく倒れたフォリアがいた。……クソ、最初のが直撃してたのか。アリアの身体にもダメージが通っていて長くは持たない。

 

「アリア……あれはどうにかなるモノではない。逃げるのじゃ」

「嫌です。……そういえば姉さんと二人で話したことは、あまりありませんでしたね」

「っ……」

 

 雷が止まった途端に、アリアは崩れ落ちるように膝を突いた。まだ生きてはいるが、これ以上はマズそうだ。フォリアも動けそうにない。

 

 全速力で近づいていってはいるが、俺達の頭上には明らかに魔物の域を脱した巨大な怪物が滞空している。そいつの近くに人影が見えた。その人影が手に持った槍を天に掲げている。続いて怪物が咆哮したかと思うと紫の落雷が槍に直撃した。槍に雷が帯電し始め、それを人影が投擲する。

 

「……チッ」

 

 星晶獣と共にいるということは、多分星の民なのだろう。軽く投擲した程度のモーションだったが、槍の速度は異常なほど速かった。ギリギリ間に合うか。

 

 俺は全力で駆けて二人の前に飛び出し、飛来してきた紫電を纏う槍を横から右手で掴み取った。

 

「ダナンさん……?」

 

 後ろからアリアの声が聞こえてくる。まだ意識はあったようだ。……治療は近づいてきているリーシャに任せるとして、俺があいつをやるしかねぇな。

 

「――エーテルブラスト」

 

 俺は思い切り槍を投擲し返しながら六属性を混ぜた魔法を使い槍に纏わせた。俺は人影に投げたのだが、星晶獣が前に出て雷で止めようとしていたが、甘い。雷ごと星晶獣の身体を貫いた。致命傷を受けた星晶獣は空の底へと落下していく。

 星晶獣が貫かれていく横で、回避した星の民は無感情な瞳で俺を見下ろしていた。

 

「……俺の武器を使ったとはいえ、兵器である星晶獣を一撃で倒すとはな。貴様のような空の民がいるとは聞いていなかった」

 

 星の民らしき男はゆっくりと下降してきながら言う。

 

「あんまり嘗めてもらっちゃ困るな、空の民を」

 

 他に星晶獣がいないということは、今回はただの偵察だろう。ついでに空の民の強さを調べようとしたとか、そういう感じか。

 

「そのようだ。貴様であれば、俺が相手をする必要がある」

「大人しく帰って、今後も侵略紛いなことしなきゃ、それでいいんだがな」

「不可能だ。折角だからな、貴様のような特異個体がいたことも報告しなければならない」

「それこそ不可能ってもんだな」

「なに?」

 

 男が眉を顰めるのに対して、俺は笑みを浮かべた。

 

「――お前がここで、俺に負けるからだよ」

 

 男が降りてきたところに突っ込んで、剣を抜き放ち身体を袈裟斬りする。血飛沫が舞う中、男が驚愕しているのが見えた。

 

「消し飛べ」

「こんなことが、あり得るわけが――!」

 

 怯んだところに全力の魔法を叩き込み、男の全身を消し飛ばす。……よし。今の俺なら星の民にも通用するな。星の民は不死身だと聞いていたので、容赦なく消し飛ばしたが。多分死んだだろう。

 もしまだ話の余地がありそうなら生かして帰したが、最初から侵略するつもりだったなら話は別だ。

 

「――ほう、興味深い」

 

 上から声が降ってきて、全身を悪寒が貫く。慌てて上を見てそいつの姿を確認したが、そいつの身体から放たれる異質な雰囲気は先程のヤツの比ではない。

 

 白髪の青年だ。白いローブのようなモノを纏い、杖のようなモノを手に持っている。

 

「星の民より脆弱な空の民でありながら、星の民を瞬殺するとは」

「……まさか他にもいたとはな」

「そう警戒するな。戦う気はない。……もう少し改良する必要がありそうだ。いい情報収集になった。感謝する」

「その情報で空の民を蹂躙するってのか?」

「そうなるだろうな」

 

 あっさり告げると青年は背を見せて虚空に裂け目を開く。

 

「そうだ。最後に名前を聞いておこう、特異個体」

 

 だが止まって肩越しに振り返った。

 

「名前を聞くならお前から名乗れよ」

 

 傲慢なら言い返せば帰らなくなるかもしれないと思ったが、反応はあっさりしたモノだった。

 

()()()()()

「……ダナンだ」

「そうか、覚えておこう」

 

 本当に名前を聞くだけで、どこかへと去っていく。……ルシファー。あいつはとんでもねぇな。強さもそうだが、それ以外がおそらくヤバい。具体的になにかと言われたらわからないが。

 

「ダナンさん、今のは……」

 

 髪を振り乱した様子で来たリーシャが声をかけてくる。

 

「リーシャ。悪いが、先に二人を治療してやってくれ。治療が終わったら騎空挺の方に」

「っ……! じゃあ遂に来たんですね?」

「ああ。残念ながら向こうは侵略する気らしい。――戦争の準備だ」

 

 相手がやる気なら、諦めてもらうしかない。ルシファーと真正面から戦えば互角ぐらいだと思っているが、あいつはそういうタイプじゃなさそうなので無駄な想定だ。

 

 それから俺達四人と小型騎空挺を操縦するザンツでイスタルシアを離れエルステ王国まで戻った。

 

「あの、ダナンさん」

 

 帰りの道中でアリアが声をかけてきた。

 

「うん?」

「その、助けていただいてありがとうございました」

 

 なにかと思ったら、そのことか。

 

「気にしなくていい。俺も助けるのが遅くなって悪かったな」

「いえ。ダナンさんが来ていなければ、私達二人共死んでいたでしょう」

「俺も想定が甘かった。もう少し、話し合いの余地がある相手かと思ってたんだけどな」

 

 相容れなくても、話し合いで戦争を回避することはできる。俺はそう考えていた。極論それぞれの世界で互いに不干渉を貫きましょうで終わりたかった。

 だが、星の民は思っていたよりも確実に、侵略してこようとしている。

 

「それで、一つ確認したいのですが」

「どうした?」

「後ろを向いてくれますか?」

「? ああ」

 

 なにかと思えばそんなことか。俺はアリアに対して背を向ける。

 

「……なるほど。ありがとうございました」

「?? なんだったんだ?」

「アリアもようやく理解し始めたということじゃな」

「うん?」

 

 アリアのことも、フォリアの言っている意味もわからない。

 

「ダナンさんはわからないと思うので気にしないでください」

 

 かと思えばリーシャの口調が割と冷たかった。……なんなんだ一体。

 

「あの、姉さん。“も”と言いましたが、それはつまり……」

「うむ。妾はもう決めておる。この二年で大分変わったからのう」

「そうでしたか」

 

 二年で変わったというのはわかる。俺の言葉の意味をちゃんと考えてくれたのか、二年間でかなり表情豊かになった。特にフォリアだな。まぁそこは性格の問題もあるだろうし、少なくとも最初会った時の人形のような二人とは全然違う。

 この様子ならもうイスタバイオンに戻ったとしても大丈夫だと思う。それくらいには“自分”が成長していた。

 

 戦力としても、二人で組めば星晶獣とも充分やり合えるとは思っている。ただし、今回のように不意討ちで一気に食らうと難しいだろう。

 それに強さとは、自分の意思があって初めて形になっていくモノだと思う。勝敗というのはどうしても技術戦術が問われるモノではあるが、同じくらいの強さであれば最後に必要なのは精神だ。つまり、なにがなんでも勝つという意思は必要になってくる。

 

 戦争になれば確実に死者が出る。掻き集めた戦力の大半は戦争の中で死に絶えてしまうだろう。

 それでも、長い間星の民に支配され続けるよりはマシだと思っている。

 

 願わくば、俺が生きている間に終結させたいところだが。

 

 そんなことを考えながら家に帰ってくると、ふと思うところがあった。

 

 まだ戦力を結集しつつ準備を進めるだけの時間はあるだろうが、急ぎで進めなければならない。本格的に慌ただしくなる前に、やりたいことを済ませておいた方がいいだろう。

 

(……この場所に戻ってこれないかもしれないしな)

 

 偵察で厄介そうなヤツに目をつけられてしまったので、流石に生き残れるとは考えていなかった。

 

(俺も、覚悟を決めなきゃな)

 

 戦争へ出向く前に、やっておきたいことがある。ただそのためには下準備が必要だ。とはいえ俺としても初めての試みになるので、どう準備を進めていけばいいかよくわからない。だからと言ってここに住んでいる連中に聞くのもな。

 

 となると、家庭環境故に知識が広く、協力してくれそうな人物に話をするしかないか。

 

(オルキスに聞いてみるか)

 

 王女として英才教育を受けているので、知識もある。多分だが相談すれば喜んで協力してくれるだろう。

 一国の王女と内密に会うのは難しいっちゃ難しいが、俺は立場も確立できているし大丈夫だろう。一応連絡を取ってオルキスの予定が空いている日時に訪ねることにした。

 

 訪ねて相談した結果、それはもう快く乗ってくれたので俺の人選は間違っていなかったと思われる。……ちょっとノリノリすぎたのは気になるが。

 

 ともあれオルキスの全面協力のおかげで準備は順調に進んだ。念のため他のヤツにはバレないように進めていたが、どうだろうか。

 

 そうして準備を進めた俺は、ある日の夜アポロを家の屋上に呼び出した。

 

「こんな時期に大切な話とはなんだ?」

 

 二人の時にしか使わない口調で、アポロが尋ねてくる。アポロには「大切な話がある」と言って呼び出していた。

 

 ……しかしこういう時って結構緊張するんだな。俺にしては珍しく、と言うか。まぁ初めてのことなんだし仕方がないと思う。

 

「なぁ、アポロ」

 

 俺は言いながら持ってきた掌に収まる大きさの小箱を差し出し、蓋を開けて中身を見せる。アポロが息を呑んだのが聞こえてきた。

 

「――俺と、結婚してくれないか」

 

 これこそが、俺が戦争前にやっておきたかったこと。アポロへのプロポーズである。

 

「……どうして、このタイミングで?」

 

 急な話なのでアポロも動揺しているらしい。まぁ当たり前だ。

 

「戦争前だからこそ、な。例え戦争中にどっちかが死んでも、後悔のないようにしたかった。もちろん死ぬことが前提ってわけでもないんだが、楽観視できない相手だからな」

「そう、だな」

 

 戦いに確実なんてモノはないが。アポロが俺の気持ちを受け入れる、入れないよりも他のことに悩んでいそうな気はする。確実がないからこそ、もしかしたら片方だけが生き残ってしまうかもしれない。そういう分じゃないかと思っている。

 だから俺はその迷いを払うために、正直な気持ちを告げた。

 

「――俺は、()()()敗北するつもりはない」

「ッ……!」

 

 この言葉が通じるのは、この世界のどこを探してもアポロだけだろう。

 

「そうだな。私達は勝つ。なら、負けられない理由は一つでも多い方がいい」

 

 アポロは笑みを浮かべると、俺の差し出した小箱に入っている指輪を受け取った。

 

「いいのか?」

「ああ。まさかダナンからとは思っていなかったが、元々戦争が終わったらとは考えていたからな」

「そっか」

 

 アポロも俺と同じ気持ちだったと思うと、少しむず痒くなる。

 

「アポロとこういう関係になるなんて、元の世界じゃ考えられなかったけどな」

「さぁ、どうだろうな」

「?」

「いや、なんでもない」

 

 含みのある言い方だった。……あのアポロが……いや、ないな。

 

「それより、プロポーズしたのだから式の準備はしているんだろうな?」

「まぁ、一応な。相談してたオルキスに結果報告してから本格的に始めないと、流石に断られた時マズいし」

「意外と慎重だな。だが、無用な心配だ。明日の朝、オルキスのところへ行くぞ」

「はいよ」

 

 その後はすんなりと話が進んだ。オルキスが俺が頼んだ以上に根回しをしていたので、俺が思っていたよりも早く式の準備が整っていく。

 仲間達にも報告はしたが、祝福されたり冷やかされたりと色々だった。

 

 ただ、リーシャだけは様子が変だったが。俺も気にはなっていたが、俺が口出しするのもなんか違う気がして声をかけづらかった。

 

「はぁ……。リーシャさん」

 

 数日経ってもリーシャの様子が変わらないことを見かねてか、アポロが嘆息しながら声をかける。

 

「は、はいっ」

 

 リーシャは緊張した様子で返事をしていた。

 

「今更一人や二人増えたところで、なにも変わりませんよ」

「……っ」

 

 アポロはどこか諦めた様子で告げる。リーシャは目を丸くしながら、一瞬アリアの方へ視線を走らせた。

 

「……わかりました。後悔しませんよね?」

「ええ、なんの問題もありません」

 

 アポロの発言を受けて、リーシャの様子がいつも通りに戻る。対するアポロも余裕そうな態度で応じていた。……まぁ、戻ったならいいか。

 

 これから大規模な戦争が行われるかもしれないという時に挙式するのもなんだが、こんな時だからこそという俺の意見に賛成してくれた人は多かった。

 

 そうして俺とアポロの結婚式はエルステ王国の王都を盛大に使って催された。

 

 他国、他空域からもわざわざ来る人がいて予想以上に大勢の人達から祝福を受けてしまった。まさか俺がこんな立場になるなんて、誰が想像しただろうか。……今ここにいないあいつらの代わりとは言えないが、それに近いことができているとは思いたい。

 

 オイゲンに「娘さんをください」と挨拶しに行ってぶん殴られたのも今ではいい思い出だ。

 

 ……結婚式の途中でフォリアとアリアの二人がウェディングドレス姿で乱入してきたせいで、かなりごちゃってはしまったが多分成功した部類だろう。どうやら来賓として招いたイスタバイオン国王の計らいで、二人の意思確認をした上でドレスを用意したらしい。一人娘の結婚式を邪魔された形になるオイゲンがキレて突っかかったことをきっかけに乱闘に突入したが、多分成功だ。面白がった参列者達のせいで結婚式会場はとんでもないことになったが……いやもうここまで来たら成功と言い張るの厳しくないか? 結局は大乱闘会場となってしまった結婚式会場で、俺とアポロが純白の衣装を着たまま暴れているヤツらを全員はっ倒すことで事態を収束させることになってしまった。

 

 結果、俺達は最強夫婦なんて呼ばれるようになったのだが。

 

 まぁ星の民との戦争前にいい景気づけにはなったんじゃないかな。

 

 結婚式も終わり、ずっと慣れない状況だったことと乱闘のせいでかなり疲れてしまい、人気のない場所で一人ベンチに座り休憩していた。

 

「こんなところにいたんですか?」

 

 ふと声をかけられて顔を向けると、私服に着替えたリーシャが立っている。

 

「リーシャこそどうして」

「私はいいんですよ。ダナンさんは主賓でしょう? まだ宴が催されているのに……」

「宴っつってもあいつらが騒ぎたいだけだろ? 俺はどうにもああいうのが苦手だからな。宴なら、裏で料理作ってた方が性に合う」

「ダナンさんはそういう人でしたね」

 

 リーシャは俺の隣に腰かけた。彼女のことは気にしなくていいとは言っていたが、なぜ抜けてきたのかが気になってしまう。久々に会ったヴァルフリートやモニカともゆっくり話したいだろうに。

 

「で、なんでこんなところに来たんだ?」

「……言わなきゃ、わかりませんか?」

「えっ――!?」

 

 聞き返されてリーシャの方を向いた瞬間には、目の前に彼女の顔が迫っていた。俺が行動を起こす前に唇に柔らかな感触が触れる。思考が追いつかず、リーシャから離れるまで身体が硬直してしまっていた。

 

 リーシャは離れてから頬を赤く染めて妖しく微笑む。

 

「ダナンさんに会いに来たんです。私はあなたのことが好きですから。諦めようとも思ったんですけど、やっぱりダメでした。私、結構負けず嫌いなんですよ?」

 

 少しだけ舌を見せて茶目っ気を出して言った。

 

「……よく、知ってるよ」

 

 いつしか、気づいてはいた。

 

「なら覚悟していてくださいね? アポロさんにもアリアさんにもフォリアさんにも、他の誰にも負けたくありませんから」

 

 華やかに笑う彼女を、不覚にも可愛いと思ってしまう。だからこれは俺の負けだ。

 

 そんな平和な日々はいつしか過ぎ去り、本格的な戦争の準備を全空域で進めていく。

 前線で戦うことが確定している俺達はもちろんイスタルシアに待機していた。

 

 ――そして、ある日星の民と星晶獣の軍勢が空の世界に現れる。

 

 現れた星晶獣の中には俺の知っている星晶獣もいたが、関係ない。今の俺は空の世界の命運を背負って立つ、“全空最強”の称号を持つ者なのだから。

 

「いくぞ!!! 空の世界は、俺達空の民のモノだ!!! ヤツらに思い知らせてやるぞ!!!」

 

 慣れない号令を張り上げて、空の世界の覇権を争う大戦争――後に覇空戦争と呼ばれる戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「――双子だそうだ。医師の話によると、男の子と女の子らしい」

「双子かぁ。そろそろ名前決めなきゃな」

「ああ。なにがいいと思う?」

「実は、丁度いい名前を思いついたんだが」

「ほう。実は私もだ」

「ははっ、だよな。双子の男女って聞いたら、実質一択みたいなもんだろ」

「そうだな。本来とは違う形だが、きっと優しくていい子に育つだろうからな」

「全くだ。……生まれたら色んな世界を見せてやりたいな。空の世界も星の世界も、まとめて旅をさせてやりたい」

「なら『イスタルシアで待つ』と手紙を出しておくか? あそこはもう星の民と共生する中間都市になりつつあるが」

「そりゃいいな。いがみ合いが全くないとは言わないが、これからの行く末を担っていくんだから」

「ならこの子達の名前は決定でいいな?」

「もちろんだ。俺達の子供の名前は――」

 

「「グランとジータ」」




前回のIFもそうでしたが、キャラ設定などを活動報告の方で上げます。
そちらにしか書いていないこともあるので気になる方は是非。



……次の更新は流石にもっと早いはずです。


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困ったこと

 天司達の騒動が一旦区切りとなり、束の間の平穏を謳歌している時のことだった。

 

 一時的にエルステ王国に帰っていたオーキスとアポロが戻ってきたので会いに行ったのだが。

 

「「……」」

 

 二人共難しい顔をして黙り込んでいた。

 

「どうしたんだ、二人して?」

 

 なにか異変でもあったのかと思って尋ねると、そこでようやく俺の存在に気がついたようだった。二人の表情は神妙そのモノで、なにか事件があったのかと俺も気を引き締める。

 

「……困ったことになった」

「エルステ王国でなにか問題が起きたのか?」

 

 尋ねたが二人は首を振った。自分で口にして思ったが、それはないか。エルステ王国で問題が起きたら二人がさっさと帰ってくるわけがない。絶対に問題を解決するか、手が足りないなら二人を送り届けたザンツに俺達へ伝言を残すだろう。

 

「そうではないが、少し困ったことになってな」

 

 アポロもオーキスと同じことを言う。

 

「その困ったことってのはなんだ?」

 

 俺の質問に二人が顔を見合わせた。……言うにも困ることなのか?

 

「……実は、オルキスからブルトガングの在処を聞かれてな」

「……私も、ロイドの改良にパラゾニウムが必要って言われた」

 

 ……あー、それは困ったことだわ。

 

 二人から話を聞いて、納得してしまう。

 アポロが持っていたブルトガング、オーキスが持っていたパラゾニウムの二つは俺が二人から譲り受けたモノだ。今現在俺の手元にある。

 

 実を言うとかなり戦闘時には役立たせてもらっているのだが。

 

「そういうことなら、返却するか」

「……いいの?」

「ああ。俺も別方面での強化は考えてるし、武器も集めてはいるからな。ロイドの性能が上がるってんなら、その方がいい」

「……ん、ありがと」

 

 急な話ではあったが、仲間から受け取った武器は基本的に携帯している。気持ち的には思うところがないわけではないのだが、必要なら返すのも構わない。

 いつも背負っている荷袋からパラゾニウムを取り出してオーキスに手渡す。

 

「ほら、アポロも。ないと困るんだろ?」

「ああ、すまない。ブルトガングはエルステの宝剣でな。使う者もいないのでいいかと思っていたのだが」

 

 そんな大事なモノなら勝手に持ち出した上に勝手に他人に渡すんじゃねぇよ、と思わないでもない。まぁ二人やスツルムとドランクから武器を受け取った時にも思ったが、信頼の証ではあるんだろうけど。

 アポロにもブルトガングを返しておく。……この様子だとスツルムやドランクからも返せと言われそうな気もするが、とりあえず言われるまではいいか。俺もあいつらが持ってる天星器みたいな特殊で強力な武器が欲しい。

 

「そういやパラゾニウムがロイドの強化に必要って話だが、そんなこと可能なのか?」

 

 武器は二人に返したが、エルステで二人がどういう話を聞いたのかまでは話していない。少し気になることではあったので、聞いてみることにした。

 

「……って聞いた。エルステにいるゴーレム研究の人に」

「へぇ? そいつにそんなことができるとは知らなかったな」

 

 武器として活用してきたが、ロイドの強化に使えるような特殊な能力があるとは思っていなかった。色々な武器を見てきたからこそよくわかるが、かなり切れ味の鋭い武器だというくらいだ。

 

「……超高速演算能力を搭載してるとか、なんとか」

「ふぅん?」

 

 俺が持っていても一切そんな気配はなかったな。もしかしたらただの人間には扱えない能力なのかもしれない。例えば脳に負荷がかかりすぎるとか。

 

「まぁ俺もアーカーシャの代わりになるように力を与えることしかしてないしな。もっと強くなれるって言うなら構わないさ」

「……ありがと」

「で、そのロイドは?」

「……向こうに置いてきた。ロイドの強化ができないか、ゴーレム研究者に頼むつもりだったから」

「そっか」

 

 オーキスも彼女なりに強くなる道を探しているようだった。いつも感情の見えにくい瞳に確かな決意が秘められているのがわかって、それ以上深くは言及しなかった。

 

「アポロはどうして宝剣の話になったんだ?」

「いや、特に理由はない。雑談程度のことだったのだが……お前に渡したことを言うと、オルキスとしては私に持っていて欲しいと言われてしまってな」

「そりゃ返しておくべきだな」

「私から渡しておいて悪いな。そもそもブルトガングとは、かつてエルステの王が国を守るために振るい、代々受け継がれてきた宝剣だ。オルキスからしてみればただの飾りになってしまうが、一応エルステの関係者に持っていて欲しいということだ」

「そういうことなら仕方ない。というか、知ってたなら気軽に渡すなよな」

「今更なことだが、お前への信頼とこれを扱えるだけの実力を手にしろという二つの意味があったからな。無論、私が黒騎士としての装備を手にしたこともある。……それに、真の力は発揮できていなかったようだからな」

 

 どこか自嘲するような笑みを浮かべて言う。アポロにも真の力が発揮できないとはな。俺もできているとは思えないが……持ち手のなにかを待っているのか? 宝剣と呼ばれているくらいだから、なんらかのルーツがあっても不思議じゃない。それこそ天星器は使い手を選ぶらしいし。

 

「じゃあとりあえずエルステ王国に返すのか?」

「そうなるだろうな。私も武器に困っているわけではない」

 

 ブルトガングを使いこなせるなら話は変わってくるだろうが、まぁ仕方ないか。

 

「ならまたエルステに戻るのか。俺も一緒に行っていいか? ロイドの強化っていうのも気になるしな」

「……ん。ロイドの動力源を変えるなら、ダナンにも一緒に来てもらった方がいいと思ってた」

「じゃあ行くか」

 

 というわけで、三人で改めてエルステ王国の王都、メフォラシュに向かうことになったのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 メフォラシュに到着してから、俺とオーキスはアポロと分かれて行動することにする。アポロの行き先はオルキスのいる城の方だからだ。ゴーレムの研究者は城にも出入りしているが、いつもいるわけではない。研究所の方に顔を出そうというわけだ。

 

 そこで、ゴーレム研究の第一人者であるというハーヴィンの女性に出迎えられる。

 

「そっちは初対面だよなー。あたしはアルスピラ。こっちはあたしの同僚。覚えとけー」

 

 アルスピラと名乗った女性は無造作な茶色の長髪の上に眼鏡を乗っけていた。白衣を着ているが身嗜みが整っているとは言い難い。

 彼女の同僚はヒューマンの男性だ。

 

「ダナンだ。オーキスが世話になるな」

「こっちとしてもロイドのことを調べられるのは助かるからなー。相互扶助ってヤツだ」

 

 物言いはぶっきらぼうで身嗜みにも頓着がなさそうな様子だが、ちゃんとした人物ではあるらしい。特に視線はきちんと俺のことを注視している。いい加減そうにも見えるが、中身までは違うようだ。

 

「……アルスピラ。ロイドの様子は?」

「あのゴーレムは相当性能がいいよなー。現代の最新ゴーレムよりも性能が高いながらに、ゴツくない。あたし達から見れば大きいが、ゴーレムにしちゃ小さい方だからなー。研究者としては参考になる部分は多い、が」

 

 オーキスが預けてから色々と調べていたらしい。だがあまり表情は晴れやかではなかった。

 

「逆に言えば現代の技術が追いついてなくて、強化が難しいってことか?」

「そんなとこだなー。特に動力源がよくわかんないところでなー」

 

 俺がある程度言葉を予測すると、アルスピラは肯定した。言われてみれば、確かに不思議だな。

 エルステ王国のゴーレムは星の民が攻めてくるよりも前に繁栄していた技術だ。天司達が空の世界を管理し始めたのが二千年以上も前の話だから……それよりも前の時代に栄えていた産物だろう。だと言うのに、ゴーレムであるロイドは星晶獣アーカーシャのコアを動力源として動いていた。いつ造られたのかはわからないが、誰がどういう意図で設計したのかは謎だらけだ。

 

「動力源は、確かにな。元々は星晶獣アーカーシャのコアを動力源にしてて、それがなくなってからは俺が代わりになるモノを創って動いてるような状態だ」

「そういやそう言ってたなー。今のも星晶獣のコアと似たモノってことでいいか?」

「ああ。俺がやったことは、あくまでアーカーシャのコアに代わる動力源を創ることだからな」

 

 元々ワールドの能力で分析していたモノを、似せて創り出しただけだ。

 

「これはロイドを調べててなんとなーくわかったことだけどなー。ロイドは動力源によって性能が変わるゴーレムだ。そんなん今の技術じゃ信じられないんだけどよー」

「……動力源によって性能が変わる?」

「ああ、これはあたしの推測なんだけどよー。ロイドが星晶獣と張り合えるくらい強いってのは、星晶獣のコアを使ってたからじゃないかなってなー」

 

 興味深い仮説だった。となるとロイドを強化するとしたら――

 

「……よりいい動力源にすれば、ロイドが強くなる?」

「その可能性はあるなー。けど星晶獣のコア以上に強いモノってのは限られてくるよなー」

「そこでパラゾニウムが出てくるわけか」

「うん?」

 

 オーキスから聞いていた話と統合して口にしたのだが、アルスピラは首を傾げた。……あれ、そういう話じゃなかったのか?

 

「パラゾニウムのことは、私が話しました。偶々見つけた資料に書いてあったのでエルステの地下にあると踏んでいたのですが、それそのモノは見つけることができなかったのでてっきり存在しないモノかと思っていまして。かつてゴーレムのために製造されたので、手がかりの一つになればと思いまして……」

「ふーん……」

 

 同僚の男性が説明する。……アルスピラのいないところでパラゾニウムの話をオーキスにしたのか。それに今、若干焦りが入っていたせいか早口だったな。偶然とはいえアルスピラの前でパラゾニウムの話を出したのは正解だったか? 彼女も妙に訝しんでいる様子だ。

 

「まぁ、見つけられなかったなら机上の空論で終わることだしな――」

「……パラゾニウムなら、ここにある」

「……――」

 

 アルスピラの言葉を遮るようにオーキスが持ってきたパラゾニウムを掲げると、彼女は言葉を失って口をぱくぱくさせていた。少し申し訳ない。

 それはそれとして、パラゾニウムを見た同僚の目が怪しく光ったように感じた。やはりこいつにはなにか別の狙いがありそうだな。

 

「そっかー。まぁあるなら仕方ないよなー、うん。とはいえそいつは人体実験にも関わっていた代物だ。安全は保証できないぞ」

 

 アルスピラはどこか諦めた様子で告げる。

 

「……それでも、強くなれるなら試したい」

 

 しかしオーキスの決意は変わらなかった。オーキスも単体として強くなってきているが、強さの最大値はロイドの性能に左右される。これからの戦いに備えるなら、オーキスがロイドの強化を望むのもわからなくもない。

 

「……そっかー。じゃあ試すだけは試してやるかー。まずはロイドの停止と、パラゾニウムの調査からだなー。パラゾニウムは真価を発揮すると人じゃ制御できない可能性もあることだし、使用者がゴーレムだとはいえある程度の調査はしとくべきだしなー」

「……ん、それでいい」

 

 俺としてもいきなり試す、という話でないのは有り難い。オーキスが危険に晒されても困るからな。

 

 ということで、まずはそれぞれの状態を確認するところから始まるようだ。

 アルスピラに連れられて、ロイドが寝かされている部屋まで向かった。まずは俺がロイドの中に創ったコアの代替物を消去する。それからロイドが寝ている台とは別の台にパラゾニウムを置いた。

 

「じゃあ準備するから、パラゾニウムのことが書かれた資料ってヤツを持ってきてくれるかー? 情報が多いに越したことはないしなー」

「わかりました」

 

 アルスピラが同僚に指示を出して、彼は部屋から出ていく。

 

「あたしは道具やらを持ってくるから、ちょっと待っててくれよなー」

 

 アルスピラも部屋を離れるようだ。オーキスを一人にした内に同僚がなにか吹き込まないかも警戒したいし、俺は一緒にいるかと思っていたのだが。

 

「ダナンはあたしについてきてくれるかー? 運ぶの大変だからよー」

 

 アルスピラから声をかけられてしまった。……流石に心配しすぎか? オーキスは戦えるし、あの同僚は戦う身体をしてない。不意を突かれてもどうにかされるとは思えない。なによりこんなわかりやすい場所で大胆な行動に出るとも考えにくい。あんまり強引に断って妙な勘繰りをされても困るし、ここは従っておくか。

 

「ああ、わかった」

「……いってらっしゃい」

 

 オーキスはついてくるとは言い出さなかった。ロイドの傍にいたいからか、それとも別の理由かはわからない。

 

 一応同僚は警戒しておくとして、俺はアルスピラについていった。

 

 道具の倉庫みたいな場所に連れられて、ごそごそとモノを探す彼女を待つ。……さっきの部屋に同僚が戻ってきたな。先に出たから別に不思議じゃないが、さてどうかな。

 

 ただの考えすぎならそれでいい。不測の事態なんて起こらない方がいいに決まっているからな。

 

「こいつとそいつ、あと一応これも持ってくかー」

 

 アルスピラは独り言を言いながら道具を物色している。

 

「ダナンは特に重いこいつを運んでくれるかー?」

 

 しばらく物色していた彼女から、抱えて運ばないとならない大きさのなんらかの装置を指差された。確かにハーヴィンの彼女では運べなさそうな道具だ。俺は研究者じゃないのでなんの装置なのか見当もつかなかったが。

 

 結局なにも起こらなかったか、と思いながら装置の方へ歩いていくと――

 

「ッ……!?」

 

 さっきまでいた部屋に、妙な気配が()()()。……いや、これはロイドが動いてるのか? 動力源はさっき俺が消したはずなのに。

 

「どうかしたか?」

 

 急に立ち止まった俺を見て、アルスピラが尋ねてくる。俺が口を開く前に、

 

「ひ、ひいいいぃぃぃぃ!!」

 

 男の悲鳴が聞こえてきた。

 

「これ、あたしの同僚の声か!?」

「みたいだな。悪い、先行ってる!」

 

 驚くアルスピラを置いて、俺は一目散に駆け出す。オーキスも戦える、がロイドが一人でに動いて暴走しているなら手に余る。ワールドの能力で探ったところオーキスが糸でロイドを封じて抑えたようだが、なにか異変が起きているのは間違いなかった。

 

「……野郎、なんかしてくれやがった上に真っ先に逃げやがって」

 

 オーキスの無事を祈りながら逃げ出した同僚を罵って、俺は部屋に急行するのだった。



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確固たる決意

 アルスピラの同僚に続き、ダナンとアルスピラも部屋から出ていった。

 

「……」

 

 残ったオーキスは一人、台の上に横たわるロイドを見つめている。

 

(……強く、なりたい。もっと、もっと……)

 

 オーキスがロイドの強化を頼もうと思ったのは、これからの戦いに備えてではなかった。

 むしろその逆、これまでの戦いを加味してのことだ。

 

 神聖エルステ帝国での一件があった時、オーキスが現れたツヴァイに敵わずロイドを奪われてしまった。アーカーシャのコアを失って動かなくなったが、そこはダナンが補完してくれて動くようにはなっている。だが、それでは足りない。ダナンはどんどん強くなっているというのに。オーキスもアポロ達との手合わせで強くなってはいるが、劇的に強くなることはない。地道な努力が一番の近道ではあるものの、強くなりたいという気持ちが抑えられるわけではなかった。

 

 力不足を実感しているところに齎された、パラゾニウムがあればロイドが強くなるかもしれないという情報。パラゾニウムを偶然にも拾っていた彼女からしてみれば絶好の機会。

 食いつかないはずもなかった。

 

「おや……アルスピラとダナンさんはどちらに?」

 

 ロイドをじっと見下ろすオーキスのいる部屋に、アルスピラの同僚が戻ってくる。

 

「……調査に必要な道具を取りに行くって」

「そうですか」

 

 オーキスは顔を上げずに答えた。

 

「……このパラゾニウムがあれば、ロイドは更なる強化ができるでしょう。七曜の騎士でもあるアポロニア様や、大きな騎空団を束ねる先ほどのダナンさんのように。オーキスさんの願っている、彼らを守るための力が手に入るわけです」

「……ん」

 

(……強くなりたい、もっと。ダナンにもアポロにも、置いてかれたくない)

 

 同僚の言葉に、オーキスの中で強くなりたいという感情が大きくなる。ぎゅっと服の裾を握って焦りを強くした。

 

 その間を狙って、同僚はこっそりパラゾニウムを掴むとロイドに埋め込む。

 

「――……」

 

 するとロイドが、起き上がった。動力源であるコアの代替物はダナンが消したにも関わらず、だ。

 

「……ロイド?」

 

 突然起き上がったことに驚いてオーキスが呼ぶ声も無視して、ロイドは同僚に向けて鋭い爪を振り下ろした。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 間一髪、彼が身を縮めたおかげで爪は当たらなかったが、明らかに様子がおかしい。

 

 オーキスは急いで糸を手繰りロイドを縛って動きを拘束した。

 

「……早く行って」

「は、はい……!」

 

 戦えない同僚を先に逃がすが、ロイドは圧倒的な力で糸に絡まれながらも逃げる同僚に爪を振るう。

 

「ひ、ひいいいぃぃぃぃ!!」

 

 

 同僚は情けない悲鳴を上げながら部屋の外へ出て行った。

 

(……っ。この反応、もしかして)

 

 動きを止めるためにもっと糸を駆使しながら、ロイドを縛りつける。その時、ロイドの中に妙な反応があると感じ取ったのだ。まさかと思いパラゾニウムのあった台を見ると、パラゾニウムが消えている。なにが要因なのかはわからないが、パラゾニウムが勝手にロイドの動力源となっているようだ。

 

「……っ、なに……?」

 

 暴れなくなったロイドだが、絡まっている糸を経由してオーキスの中になにかが流れ込んでくる。そうして、彼女は意識を失ってしまった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺が来た時、同僚の男はおらずロイドが佇んでいた。

 

「オーキス!」

 

 ただ俺が呼びかけても、佇むオーキスは反応を示さない。突如起こった異変に警戒を強めていると、オーキスの糸が迫ってきた。

 

「っと!」

 

 回避したがロイドまで動き出して襲いかかってくる。……どうなってやがる。どう考えてもオーキスが正気とは思えない。

 

「……強くなりたい……もっと……」

「ったく。世話の焼ける」

 

 ぼそぼそと呟いているオーキスを見て、なにかに操られているような状態ではないかと当たりをつける。

 

 操られているとしたら、多分糸で繋がっているロイドか? だがロイドは動力源がなかったはずだ。となるとなにで動いているかによるのだが……。

 

 台に置いてあったはずのパラゾニウムを確認するが、なくなっている。もしやと思って分析するとロイドの中に存在しているようだ。ってことはパラゾニウムがロイドの中に入ったことで動き出したってことか。イマイチ仕組みはわからないが、問題はどうやってオーキスを正気に戻すかということだ。

 

「糸が原因なら切ってやれば……ん?」

 

 ロイドと糸で繋がっていることが原因なら切ればいいかと思ったが、ロイドが動いたことで繋がっている糸が斬りやすい位置に動いた。

 

「まさかお前……」

 

 もしかしたらこの状況は、ロイドの望むところでもないのかもしれない。ロイドも糸を切らせたがっているのなら、糸を切ればオーキスを解放できるという推測は間違っていないのだろう。

 俺はオーキスとロイドの攻撃を掻い潜り、持っていた短剣で二人を繋ぐ糸を全て切断した。

 

 するとロイドもオーキスも動きを止める。ロイドは沈黙し、オーキスの身体から力が抜けて倒れそうになる。

 

「おっと」

 

 慌てて近づきオーキスを抱き留める。意識が戻ったらしく、オーキスが見上げてくる。

 

「……ダナン? 私……」

「もう大丈夫だ」

 

 不安そうな様子だったので告げてやると、安心したかのように目を瞑った。眠ってしまったようだ。

 

「おい、ダナン。どういう状況だ?」

「妙な気配は消えていますね。とりあえず事態は収束したのですか?」

 

 入口に慌ただしく入ってくる者があると思ったら、アポロとアダムだった。

 

「ああ、多分な。とりあえずオーキスは無事だと思う」

「なにがあった?」

「俺もよくわからん。ロイドがパラゾニウムを取り込んで暴走してた……んじゃねぇかとは思うが」

「なるほど、私の感じていた妙な気配はロイドでしたか」

 

 アダムもゴーレムだからなにか感じ取れるモノがあるんだろうか。

 

「オーキスは安静にさせておくとして、お前らアルスピラの同僚の男知らないか? 先に逃げ出したかと思うんだが」

「わりーわりー。逃がしちまった。なんかやるかもと思ってたんだけどなー」

 

 俺の質問に答えたのは現れたアルスピラだ。

 

「なんかやるかもって、どういうことだ?」

「んー……」

「ここにいる者でしたら問題はないでしょう。しかし、今はオーキス様を安静にできる場所に連れていくのが先決です」

 

 尋ねた俺に答えず困ったように唸るアルスピラだったが、アダムもなにか知っているらしくそう提案してきた。

 断る理由はなかったので、オーキスを抱えて一旦城の方へ向かいベッドを貸してもらう。

 アダムはロイドを倉庫に運び込んでから合流する。

 オーキスになにかあったということでオルキスも合流していた。

 

「んで、どういうことだ?」

 

 オーキスの呼吸が安定しているので体調には問題なさそうであることを確認してから、俺はアルスピラに目を向けた。

 

「それは私から説明しましょう。このことはどうかご内密にお願いしたいのですが……彼女は、私が独自に管轄している極秘の内部監査員です」

 

 アダムが代わりに説明を買って出る。

 

「神聖エルステ王国の一件然り、エルステ王国は未だ内治、外交共に不安定な情勢が続いています。エルステの未来のため、再建における不穏分子は未然に排除しなければなりません。そこで私は、国の内部監査を目的とする非公式の士気を立ち上げました。私が求める条件に合致し、尚且つ信用できると判断した結果、彼女をスカウトしたのです」

「じゃあゴーレムの研究者ってのは仮の姿なのか」

「どっちも本業だぞー」

「詳しい経緯を述べるなら、ゴーレムの研究者だった彼女をスカウトした形となります。星晶獣に敗北を喫したとはいえ、ゴーレムは未だ強力な存在です。それ故に邪な理由で技術を得ようとする輩が少なからず存在するのが実情……。研究に従事する技術者だからこその観点が必要であるというのも、彼女を選んだ理由の一つです」

 

 なるほど、アルスピラの事情はわかった。

 

「あいつがロイドを初めて見た時の反応で、技術者の勘っつーか、多分クロだなって思ってよー。後は確実な証拠固めをしようって段階だったんだが」

「なら俺をわざわざオーキスとロイドから離れさせるような真似したんだ?」

「そりゃー護衛がいたら下手な真似できないだろー? だからなにか行動を起こすかもしれねーと思ってはいたんだけどよー。すぐ戻ってくるかもしれないような状況で滅多なことしないと思ったんだけど、あたしの想定が甘かったなー。迷惑かけて悪かったなー」

 

 彼女なりの思惑があってのことだったらしい。それでオーキスが危険な目に遭ったのは問題だが、悪気があったわけではない。大体、野郎が行動を起こさなければ良かっただけの話だ。

 

「そういや取り逃がしたって言ってたな」

「ああ、わりー。想定よりロイドが暴走してビビって逃げちまったから、それを追おうとしたんだけどよー。ハーヴィンのあたしじゃ無理だったわー」

 

 それもそうだな。体格差がありすぎる。

 

「騎乗用のゴーレム取り出して追おうにも見失っちまってなー。多分ロイドを奪いになにか行動するとは思うんだけどよー」

「ならロイドを守っていればいつかは出てくるってことか。今度会ったらぶん殴ってやらねぇと」

 

 うちのオーキスを危険な目に遭わせやがった礼はしないとな。

 

「ああ。私も一発殴ってやらなければ気が済まん」

「……ダナンさんとアポロが殴ったら死んじゃうんじゃ」

 

 腕組みをしたアポロも続けると、オルキスが苦笑していた。

 

「じゃあとりあえずは相手の行動待ちか」

「そうなってしまいますね」

「じゃあその間に一応ロイド見てもいいかー? メンテくらいはしてやんないとなー」

「なら私はオーキスの様子を見ていよう」

「ダナンはあたしと来てくれよー。あたしの見立てじゃ、結構向いてると思うぞー」

「ん? ああ、まぁいいけど」

 

 オーキスの容態はアポロが見てくれるらしいので、俺はアルスピラの誘いを受けてロイドのメンテやらに付き合うことにした。三日機械を弄っていたせいかClassEXの【メカニック】という『ジョブ』を解放してしまった。……こんなとこで新『ジョブ』を手に入れるとはな。

 

 だが三日目に俺がオーキスの様子を見に行くと、看病していたはずのアポロが血を流して倒れていた。

 

「アポロ!?」

 

 慌てて駆け寄り、ヒールをかける。どうやら腹部を短剣かなにかで刺されてしまったようだ。……クソ、どうなってやがる。ベッドで寝ていたオーキスもいない。誰かに襲われてオーキスを攫われたってのか? けどアポロがあっさり倒されるわけがない。大体侵入者がいれば城内が騒がしくなっているはずだ。顔見知り、まさかオーキスに暴走の余韻みたいなのが残ってた、とかじゃねぇだろうな。

 

「アポロ!! だ、ダナンさん、アポロは……!!」

 

 その時、勢いよく扉を開けてオルキスが部屋に入ってきた。その手には一枚の紙が握られている。

 

「とりあえず治療はした。オルキス、なにか知ってるか?」

「う、うん……。城内の兵士にこれが……」

 

 オルキスは持っていた手紙を差し出してくる。広げて内容を読むと、ソベル少佐とかいうヤツからの手紙だった。手紙には、黒騎士の鎧を纏い、一人だけで街外れの廃墟に来いという指示があり、念を押すように兵を引き連れてくればオーキスを殺すという脅しが最後に記されていた。

 

「……ふざけてんな」

 

 なにが狙いなのかよくわからないが、アポロを殺すことが狙いでないことは確かなのだろう。

 

「ごめんなさい、元エルステ帝国所属でアポロ直属の部下だって言うから通してしまったみたいで……」

「いや、流石に堂々と訪ねてくるとは思わなかっただろうしな」

 

 帝国時代のアポロの部下か。だが俺がいた頃にはそんなヤツいた覚えがない。もっと前の話か? なんでもいいが、面倒なことしやがる。

 

「……ん? っ!!」

 

 頭を悩ませていると、アポロが目を覚まして勢いよく起き上がった。

 

「ダナンにオルキス……。私は確か……」

「ソベルとかいうヤツに刺されたんだろ?」

「そ、そうだ! だがダナンがなぜヤツを」

 

 俺は目を覚ましたアポロにソベルからの手紙を渡す。アポロの目が手紙の内容を読み、くしゃりと手紙を持つ手で握り潰した。いつもキツい表情だがより怒りを露わにしている。

 

「すまない。これは、私の責任だ」

「いや、いい。知り合いが急に刺してくるとは思わないからな」

 

 ニーアでもなければそんなことしてこない。

 

「オルキス、私の装備一式を用意して欲しい。今すぐにだ」

「で、でも……!」

「大丈夫だ。怪我は治療したし、不意を打たれなければアポロが遅れを取るわけがない。だろ?」

 

 一人で行く気のアポロにオルキスは不安を見せるが、俺はアポロへ笑いかけた。

 

「当たり前だ。こんな失態、二度はせん。オーキスは私が必ず取り戻す」

「……うん。アポロは一度決めたら聞かないもんね。けど約束して。必ず帰ってきて、オーキスと一緒に」

「ああ、約束する」

 

 向こうは罠を張って万全の状態で待ち構えているだろう。だが、アポロなら大丈夫だ。

 

「アポロニア様! と、オルキス様もいらっしゃいましたか!!」

 

 話がまとまりかけたところに、慌てた様子で兵士が駆け込んでくる。

 

「ど、どうしたの?」

「はっ! 城下で大量のゴーレムが暴れています!!」

「なんだと……?」

「首謀者と思しき男が大量のゴーレムを率いて宮殿へ進攻してきております! 首謀者を確認した兵曰く、『ロイドを寄越せ!』と声高に叫んでいたそうです!」

「ロイドを? ってことはあの野郎かよ。……チッ、悪いことってのは重なるもんだな」

 

 まるで示し合わせたかのような状況だ。そもそもオーキスが昏睡状態になければアポロが襲われても攫われるようなことにはならなかっただろう。タイミングが悪すぎる。

 

「なら、ゴーレムの方を任せてもいいか?」

 

 アポロから聞かれる。

 

「おう」

 

 ゴーレム相手なら何体いようが苦戦はしない。さっさと殲滅して――いや、待てよ? オーキスは操られている最中「強くなりたい」と繰り返していた。ここに来てからも何度か聞いた気がする。もしかしてオーキスはなにか焦っているのだろうか。だとしたらアポロに助けられて、ロイドを狙うヤツも俺が倒して、となるとオーキスはどう思うだろうか。助けられてばかり、守られてばかりで、強くなりたいという焦りを解消できるわけがない。

 

「……いや、俺は時間稼ぎだけするわ」

「なに?」

「ロイドのことは、オーキスに任せたい。だからさっさと連れ帰ってきてくれ」

「まぁ、そのつもりだが」

「んで、一つオーキスに伝言頼む。――『背中は任せた』って」

「わかった」

 

 ということで、俺はゴーレムの対処を、アポロはソベルに捕まったオーキスの下へ向かうことになった。

 

「じゃあ、オーキスのことは任せた」

「ああ。ダナンも、幸運を祈る」

 

 アポロと分かれて、城下で暴れているゴーレムの下へ行く。既にアダム含む兵士達が応戦しているようだが、流石にゴーレムだけはあって一般兵士では相手にならないだろう。

 

「【十の願いに応えし者】。……おらぁ!!」

 

 俺は念のために最強の『ジョブ』を発動して先頭にいたゴーレムを蹴り飛ばす。吹き飛んだゴーレムは後ろのヤツにぶつかり、共に倒れた。

 

「ダナンさん」

「諸事情でアポロは来れない。悪いが、俺だけでも加勢させてもらうぞ」

「いえ、心強いですよ」

 

 時間は稼ぎつつも、こちらに被害を出さないようにするには【十の願いに応えし者】が一番だ。ゴーレムをまとめて消し飛ばすだけなら簡単だが、オーキスのためにも時間は稼がないとな。

 

 こうして、俺とアダム達エルステ王国兵士によるゴーレム迎撃戦が幕を開けた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺が余裕を持って対処しているためか、兵士に死者は出ておらず街に被害も出ていない。複数体いたゴーレムも半数以下になっている。

 

「くっ……!」

 

 一番大きく性能の良さそうなゴーレムに乗った首謀者の男は、一向に攻め切れないことを悔しやがっているようだ。ゴーレムを率いつつも一番奥で待機しているだけだった。まだまだゴーレムは数がいるし、真打ちは最後に登場するってことか。

 

 前に出すぎず戦っていたが、少し前に出ていた俺とアダム達を分断するように一体のゴーレムが割り込んできた。そのゴーレムが俺の方を向いていたのでなんとなくわかっていたが、周囲を取り囲むように他のゴーレムが移動していた。それらゴーレムの手が一斉に射出され、俺の身体をがっしりと掴む。唯一ゴーレムの包囲網が空いた先には首謀者のいる巨大ゴーレムがいて、俺にレーザーの照準を合わせていた。……ほう。意外と考えた策に出たモノだな。俺がいなければ戦線を崩せると踏んだか。

 

「ダナンさん!」

 

 ゴーレム越しにアダムの声が聞こえてくる。アダムは仮にもエルステ帝国の大将を務めた者。背中を見せたゴーレムなど容易く倒してしまうが、それでも手の一つが緩んだ程度。

 とはいえ、この程度ならピンチでもなんでもない。ワールドの能力で防ぐことも可能だが、それすらも不要だ。なにせ――

 

「もう充分、時間は稼いだんだからな」

 

 俺が小さく呟くとほぼ同時、頭上を大きな影が通った。直接奥の巨大ゴーレムまで接近した大きな影は、鋭い紫の爪で装甲を引き裂き怯ませることでレーザーの発射を妨害する。

 

「なにっ!?」

 

 驚き巨大ゴーレムにしがみつく男の前で、大きな影のもう片方の手に抱えられた小さな人影が地面に降り立った。

 

「……これ以上、好きにはさせない」

 

 ロイドを連れたオーキスだ。ロイドの爪部分がパラゾニウムの刃のように変化しており、頭にも紫の角のようなモノが生えていた。どうやら彼女が求めていた強さは、正しく彼女のモノになったらしい。

 オーキスは肩越しにこちらを振り返り、

 

「……ダナン。『任された』」

 

 ちゃんとアポロから伝言を受け取ったようだ。

 

「ああ、そっちのでかいのは頼んだ」

「……ん」

 

 頷くと正面の巨大ゴーレムを見上げる。

 

「パラゾニウムを埋め込んだロイドを制御しているのか!? くっ……だが、私のゴーレムの方が強いに決まっている!!」

 

 今まで決して前に出てこようとはしなかった首謀者だが、ロイドとは正面から戦うらしい。オーキスもそれに受けて立つようで、ゴーレムとゴーレムの戦いが繰り広げられる。

 

「……あなたは全く危機に見えませんね」

「ん? ああ、そうだな」

 

 ゴーレムを突破して俺の近くまで来たアダムが呆れて言う。そこで俺は自分がゴーレムに捕まっていることを思い出し、ゴーレム共の手から伸びている鎖をまとめて掴むと、

 

「は、あぁ!!」

 

 全力で上空へぶん投げた。真上に複数体のゴーレムが集まったので、両手を胸の前で向かい合わせる。

 

世界は箱の中に(ワールド・イン・ボックス)

 

 手と手の間に黒い立方体が出現すると同時、ゴーレム達を囲むように同じ黒い立方体が出現した。

 俺の手元にある箱と上空に出現した箱は連動している。

 

「圧壊」

 

 両手で手元の黒い箱を潰せば、上空の箱も中のゴーレムごと潰れるというわけだ。箱を解除すればぺしゃんこになった元ゴーレムの板が降ってくる。

 

「よっと」

 

 当たったら危ないので片手で掴み地面に下ろす。

 

「……出鱈目ですね」

「お前に言われると心外だな」

 

 充分珍奇なゴーレムの癖しやがって。

 

 これで他のゴーレムは片づいた。残るは巨大ゴーレムだけだが。

 

「……ロイド」

 

 オーキスの指示により攻勢に出たロイドが両腕を振り回して巨大ゴーレムの腕を切断する。

 

「く、クソッ!!」

 

 悪態を吐く首謀者だが、逆に言えばそれしかできないようだ。

 

 巨大ゴーレムの背中が開いてミサイルが発射される、がオーキスとロイドはあっさりと回避してしまう。……まるでミサイルの着弾点がわかっているかのような回避のし方だったな。あれがパラゾニウムの真価、超高速演算能力なのだろうか。相手の動きを計算で予測する、とか。

 

「……これで、終わり。――私とロイドの新しい力、リゾブル・ブリンガー」

 

 オーキスの糸とロイドの爪による連携攻撃が巨大ゴーレムを八つ裂きにしたことで、戦いは決着した。

 

 ロイドの性能が上がっているのは当然のこととして、オーキスの身体能力まで上がっているようだ。

 

「……ダナン。お待たせ」

「おう。その様子だと、もう大丈夫みたいだな」

「……ん。心配かけてごめんなさい」

 

 歩み寄ってきたオーキスは頭を下げて謝ってくる。

 

「いいって。これからも、よろしく頼むな」

「……ん」

 

 小さく微笑んで頷く彼女には、以前のような焦りは欠片もなかった。

 

「どうやら片づいたようだな」

 

 そこにアポロがやってくる。黒騎士姿ではなかったが、腰にはブルトガングを提げていた。

 

「そっちも無事片づいたようでなによりだ」

「ああ」

「で、なんでお前がブルトガングを持ってるんだ?」

「ソベルとの一件の時、ブルトガングが私を使い手として認めてくれたようでな。オルキスから今後は私が使っていいと言われた」

「へぇ? なにがきっかけなんだろうな」

 

 

 俺の時にはなにもなかったのに。

 

「さ、さあな。兎に角これで私もオーキスもより強くなったわけだ」

「……ん。それでアポロ、お願いがある」

「私にか? なんだ?」

 

 エルステで起きた騒動のどちらも解決したのだが、ここでオーキスからアポロにお願いがあるらしい。

 

「……私と、手合わせして」

「なに?」

「……お願い」

 

 オーキスのお願いを聞いたアポロは少し考え込んでいたが、

 

「わかった」

 

 頷いて了承した。

 

「……手加減はいらない」

「ふっ。今のお前に加減する余裕は、正直ないな」

 

 二人の視線が交錯する。二人共どこか楽しそうだった。

 相変わらず仲のいい二人を微笑ましく見守り、その後の手合わせも観戦していた。

 

 元七曜の騎士にして更に強くなったアポロと、星晶獣以上の力を持つロイドを手繰るオーキスが繰り広げる互角の戦いを眺め続けるのだった。




とりあえずこんな感じで仲間達を強化していきます。とはいえ最終上限解放のエピソードとかがあるキャラだけにはしますので、そこまで長くはかからないはずです。


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原点怪奇

一億年振りの更新。
グラブルのモチベも影響していて、ハロウィンフロレンスの性能周年まで知らなかったくらい……。

周年経てぼちぼちモチベ回復してきたので更新します。

まぁ、オリ要素弱めのターンなんですけどね。


 ナルメアは強い。今でこそ【十の願いに応えし者】のおかげでなんとか上回っているが、『ジョブ』の力なしにあそこまでの高みに至るのはなかなか難しいと思う。……俺が『ジョブ』を捨てるってのはあのクソ親父の思惑通りだから嫌だし、別の道を行きたいが。

 そういう個人的な感情は置いておいて。

 

 『黒闇』の騎空団は当然として、『蒼穹』にも凄腕の強者は多い。ナルメアが仲のいいオクトーやフュンフを擁する十天衆もそうだ。『黒闇』には七曜の騎士がいる。刀使いを集めた六刃羅もいる。特にアネンサはナルメアを慕っているようだし、よく一緒に鍛錬しているようだ。ナルメアが扱う刀も大きいが、アネンサの使う刀はもっと大きい。そこから学べることも多いだろうとは思う。

 

 なんにせよ、今ナルメアの強さを引き上げる環境は整っているはずだ。

 

 それでも珍しく俺に鍛錬を頼んできたということは、おそらく他に用があるのだろう。一応【剣豪】で構えているが、ナルメアに限らず強さというのは更新されていくモノだ。そろそろ【剣豪】ぐらいでは抑え切れなくなっているだろうか。そもそもが強い連中なので、【十の願いに応えし者】以外で勝つのは難しいかもしれない。総合的な強さとしてはグランやジータと同じくらいだと思うが、武力という点では及ばないと思っている。匹敵する対応力があるからこその互角だと思う。

 十賢者は兎も角、十天衆やナルメアは武力に秀でた者達だ。七曜の騎士もそう。反して俺は武力に特化した『ジョブ』、スタイルが最強ではない。

 

 向き不向きの問題ではあるが、ともあれ【剣豪】で彼女に勝つのは難しいだろうな、と思っていた。素の力の成長が『ジョブ』を使用した時に倍されるので、結果的な強さはそれ以上に変わってくるはずだが、それでも。

 

 気を引き締めて得物を構える俺とナルメアの間を冷たい風が通り抜けた。

 

 集中して機を待つ。

 

 ひらり、と蝶が舞ったかと思うとナルメアの姿が消えた。いや、消えたと思うほどの速度で移動したのだ。俺は視界の端で捉えた彼女に向けて刀を構える。

 ナルメアは振るった刃を、しかし俺の刀には当てなかった。触れる寸前で止められる。

 

 ただ、寸止めであっても暴風を巻き起こした。鋭い風で吹き飛ばされないよう耐えながら目を細める。

 

 暴風は俺だけでなく周囲にも影響を与え、最も大きかったのは上空の雲が消え去ったことだろう。

 

「お見事」

「こっちの台詞だろ」

 

 武器を引いて微笑むナルメアに、『ジョブ』を解いて返した。……言ってしまえば、俺はただ突っ立っていただけだ。

 

「ふふふ、偶然だよ。寸止めだけで雲が吹き飛ぶなんてことあるわけないよ」

 

 笑って言うが、実際に彼女が空を揺蕩う雲を両断したところを目撃したことがあるので偶然とは思えない。それを踏まえなくとも雲を吹き飛ばしたのはナルメアだと断言できる。それくらいの実力が備わっていることを知っていた。

 

 しかし。

 

「なんか悩みでもあるのか?」

 

 今の一撃にはナルメアの迷いが見えた。

 

「あはは……。お姉さんが悩んでること、わかっちゃった……?」

 

 ナルメアは眉尻を下げて苦笑する。剣を交えなくても、珍しいことだからなにかあるだろうとは思っていたが。

 彼女が語り出すまで待っていると、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「お姉さんね、ダナンちゃん達のおかげで自分の強さに気がつけたわ。でも、それだけ。その先が、見えないの。更なる高みへ昇る方法が、ザンバと会ってからわからなくなっちゃって……」

 

 色々な強者は周りにいる。ただ、自分がなにを目標にすればいいのかわからなくなってしまっているようだ。

 

「どうしたら……お姉さんもっと強くなれるかな?」

 

 まだ強さを追い求め続けているようだ。団長としては団員が強くなることは大歓迎、そうでなくとも力になりたいとは思った。

 

 ただ強さを求めるとなると……俺の場合はどうにも当て嵌まらないことも多い気がするが。大体の場合は『ジョブ』に詳しい変な老婆のいるザンクティンゼルに行くことが多いか。俺は別のところで育ったが、ルーツの原点はそこにある。

 

 だから、原点がある場所に行く、または帰ることを自分がすると伝えた。

 

「俺の場合は育った場所じゃないが、育った場所なんかの所謂原点がある場所ならなにか得られることがあるかもな」

「私の育った場所……」

 

 生まれも育ちもよくわからない俺と違って、ナルメアには故郷がある。帰郷心が一切ない風来坊みたいな自分なので、月並みな言葉は伝えられた。

 

 しかし、ナルメアはバツが悪そうに俯いてしまう。

 

「でも……家を飛び出してからもう一度も帰ってないし……。今更、会いに行くなんて……」

 

 家出みたいな感じで飛び出して、顔を合わせるのが気まずいようだ。俺はできることなら肉親の顔なんて二度と見たくはないが、自分が会いたくないのでなければ行った方がいい。

 

「それなら、尚更だ。家族に会えるんなら会っておいた方がいいんじゃないか」

 

 会いたい気持ちはあるようなので、後押しする言葉を贈る。

 

「そ、そうかな……。じゃあ、えっと……ダナンちゃんも一緒についてきてくれるかな……?」

 

 一人で行くのは不安なのだろう。……ご両親への挨拶とかじゃないよな?

 

「当たり前だろ」

 

 俺が頷くと、ナルメアが抱き着いてきた。

 

「ダナンちゃん、ダナンちゃん! ありがとう、とっても心強いよ!」

 

 とても嬉しそうにするのでこっちまで嬉しくなってくる。

 とはいえいつまでもこうしているわけにはいかないので、甘えるナルメアを宥めて彼女と共に彼女の実家へと向かうことにした。

 

 他の団員にはちゃんと断りを入れておいたが、ついてきたがったヤツらは一部の者に押し留めてもらった。流石に大勢で押しかけるのは良くない。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ナルメアの道案内に従って、彼女の実家がある島へ辿り着く。

 世間話を挟みながらついていくと、古風な屋敷の前で足を止めた。どうやらここのようだ。

 

 ナルメアは緊張した面持ちで長屋門に手をかける。

 

「……」

 

 一呼吸置いてから、長屋門をゆっくりと押し開いた。

 

 開かれた門に気づいて、玄関先で軒先の花に水をあげていた女性が顔を上げる。ナルメアを見て驚き、手に持った桶を落としていた。入っていた水が地面に広がっていく。

 女性は見た目の年齢がナルメアとそう変わらないように見える。ただドラフの女性はヒューマン視点だと年齢差がわかりづらいので、姉か母か悩むところではあった。それくらいナルメアに似た容姿の雰囲気を感じる。

 

「わっ……そんな……ウソ……?」

 

 女性が目を丸くして驚いた声を上げたからか、家からドラフの男性が姿を現した。ドラフ特有の長身で、ただドラフにしては痩躯と言える身体つきをしている。顔には右目にかかる大きな傷跡があった。

 

「どうした、ラルナ」

 

 男性も女性と同じく、大きく目を開いてナルメアを見つめた。

 

「……帰ってきたか」

「その……えっと、久し振り……お父さん、お母さん」

 

 男性に言われてナルメアの方からもおずおずと挨拶をする。やはりと言うか、この二人がナルメアのご両親のようだ。流石に姉ではなかったらしい。

 

「久し振り、なんてモノじゃない! もう、貴方が去って何年経つと……ああ、そんなこともうどうでもいいわ!」

 

 久し振りに帰ってきた娘を見て、母親は感情が追いついていない様子だった。それでもナルメアを抱き締めて、懐かしさの余り涙を浮かべる。

 

「おかえりなさい。よく帰ってきたわね……」

「お母さん……」

 

 母の言葉に、ナルメア自身もほっとしていた。どう対応されるか不安だったのだろう。

 

「憧憬の狂気の影に溺れ、修羅に堕ちたと諦めていた。だが……」

 

 父親は声をかけて、無骨な顔を少しだけ和らげる。

 

「久方振りだ、ああ……。本当に久方振りに……お前の顔が見られた」

「お父さん……」

 

 結構厳つい見た目をしているが、優しい父のようだ。

 

 親子の温かな再会を見守っていると、不意に彼が俺の方を向いた。

 

「君か」

 

 ナルメアの変化のことを言っているのだろう。

 

「己はガムシラ。妻の名はラルナと言う」

「ダナンです」

 

 軽く会釈してから名を告げた。

 

「君なのだな。娘を修羅から人に戻してくれたのは。礼を言わねば」

「ダナンさん……本当に、ありがとう」

 

 娘を抱き締めたままの母も一緒に礼を言ってくれる。……まぁ、少しでも力になれてたんならいいんだけどな。

 

 それからラルナさんはナルメアを放して尋ねる。

 

「でも、またどうして急に? ……私達の顔が見たくなったの?」

「ずっと見たかったよ。けど、黙って出てきちゃったから、なかなか帰れなくて……」

「苦悩の末、帰る選択を取ってくれたのか。嬉しい限りだ。だが……」

「それだけじゃないでしょ?」

 

 流石は親と言うべきか、ナルメアの目的が顔を見ることだけではないことを悟っていたようだ。

 

「お見通し、だね」

「……己らはお前の父と母だ。娘の迷いぐらい、わかるさ。積もる話も迷える話も全て聞こう」

 

 ガムシラさんが俺の方を見やった。

 

「ダナン君。君からも話を聞きたい」

「ナルメアとのお話、たくさん聞かせて欲しいな」

 

 こうなれば逃れる術はない。頷いて、三人に続きナルメアの実家へ足を踏み入れた。

 

 部屋の中に案内されると、対面にナルメアの両親が座り、ナルメアと並んで座らせられる。茶を用意してもらってから、腰を落ち着けてこれまでの話をしていく。

 

 俺とナルメアとの出会い。

 旅の果てのザンバ――オクトーとの再会。

 そして彼が可愛がるフュンフとの交流などあらゆる出来事を話した。

 

「あのザンバさんが……? お子さんを引き取った……!?」

 

 特に昔のオクトーを知るからか、今の彼の話をすると驚いていた。

 

「ふふふ、そっか。ザンバさんも丸くなったのね」

 

 俺としては尖っていた頃のオクトー、じゃないザンバともちょっと会ってみたいんだけどな。

 

「今ではダナンちゃんとフュンフちゃんと、もう一人のアネンサちゃんって子と一緒によく皆でお茶もするんだよ」

「なるほど。あのザンバと茶を……。時の流れとは、かくも面白い」

 

 ナルメアがいつ家を出たのかは聞いていないが、子供の頃にザンバがいたとなると俺の年齢くらいの年月は経っているのだろうか。

 

「して、ナルメア。お前の悩みも理解した。しばらくここでゆっくりしていけ。打開策が見つかるかもしれん」

「それなら!」

 

 ガムシラさんの言葉に、ラルナさんが言って立ち上がり部屋を出ていく。なんだろうと思ってナルメアと顔を見合わせながら待っていると、黒い装束を持って現れた。

 

「これ、我が家の家宝の一つよ。見せたことあったかしら? いつかあなたが帰ってきたら、着て欲しくて……。お母さんが仕立て直しちゃった♪」

 

 笑顔で言われて、ナルメアは愕然としている。

 

「直しちゃったって……。か、家宝を!? 私のために!?」

「なにを驚く。我が家で最強たるお前こそが引き継ぐモノだ。そのためなら多少手を加えてもよかろう」

 

 前に着ていたのがもしドラフの男性だったなら、間違いなくサイズが合わないだろうからな。元々ある程度直す前提なのかもしれない。

 

「そ、そうなの、かな?」

「ほらほら、早速着てみて!」

 

 戸惑うナルメアにラルナさんが家宝の装束を渡す。ナルメアは戸惑いつつも受け取った家宝を眺めてから、着替えのために席を立った。

 

 しばらくして着替えを終えたナルメアが戻ってくる。

 

 彼女は家宝の黒い装束を纏い、赤を基調とした服を着込んでいた。よく似合っている。威厳が出ているというのもあるが、同時に凛々しさを感じた。

 それなのに、目新しい可愛らしさがある。

 

「わぁ……似合ってる……似合ってるわよ、ナルメア! ねぇ、あなた!」

「ああ……よもや、家宝を着た娘の姿が見られるとは……」

 

 両親が揃って喜んでいる。俺もなにか言うべきかと思い、少し悩んだ結果素直な感想を口にすることにした。

 

「可愛いな」

 

 カッコ良さも可愛さも持ち合わせている。ナルメアによく合っていた。

 

「か、可愛い……? お姉さん、可愛いかな? えへへ……」

 

 ナルメアは照れたようにはにかんでいる。

 

「ダナンちゃんにそう言われると……お姉さん、とっても嬉しいな」

 

 嬉しいなら良かった。素直に言った甲斐があるというものだ。

 

「満月が照らす夜空が如く美しい。ああ、ラルナ……。お前と出会った頃を思い出す」

「もう、お父さんったら……お客さんの前よ?」

 

 厳格そうに見えるが、なんだかんだ親バカなようだ。

 

「もう、お父さんとお母さんったら……二人共昔からこの調子なの」

 

 仲睦まじい親子の姿を見て、思わず頬が緩んでしまう。……俺にはなかったモノだ。だからだろうか、とても眩しくて尊いモノに見えた。

 

「お母さん、お父さん。ありがとう……なんだか、心機一転できそうな気がする。今ならなにか掴めるかも。お父さん、道場少し借りるね!」

「あら、早速修行? もう少しお話を――」

 

 ナルメアは家宝を着込んで気分が昂ってきたのか、ラルナさんの制止も聞かず道場の方へ行ってしまった。

 

「あはは……」

「ナルメアらしいな。きっと日が暮れるまで修行をするだろう」

 

 そんな娘の去った方を見る二人は苦笑している。

 

「代わりにって言うとなんだかおかしいけど」

 

 ラルナさんが俺の方を向いた。

 

「ダナンさん。ナルメアのお話もっといっぱいしてくれないかな?」

 

 断る理由はない。ないが、言いづらいこともあるのでできれば避けられるようにしつつ、なんとか乗り切りたい。悟られないか心配だ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方その頃。

 ナルメアは基礎の練習を積んでいた。

 

 原点に帰る意味での帰省のため、鍛錬も基礎に帰るのは当然の帰結だろう。

 

 一頻り動いた後、彼女は立ち止まり深く息を吸い込んだ。

 

「この香り……懐かしい。ずっとここで木刀を振ったっけ。薙刀や大剣も全部試して……」

 

 懐かしい思い出を振り返りながら、しかしナルメアはある違和感に気がつく。

 

「ずっと修行をしてて……それだけ……?」

 

 言っている内も違和感は大きくなっていく。

 ナルメアは、修行道具が置かれた棚へ速足で駆け寄った。

 

 そこにはかつて彼女が使用していた道具が保管されている。

 

「……おかしい。おかしいわ。この道具、全部傷がついてる。素振りや基礎の動きだけじゃ……絶対につかない痕……」

 

 それらの道具には全て、独りで修業していたとは思えない傷がついていた。

 

「誰かと、打ち合ったってことだよね。独りでの修行だと、つかないもの。でも、一体誰と……?」

 

 自分の胸に聞いてみるが、誰かと打ち合った記憶がない。

 

「私……ずっと独りで修行した記憶しか……ない」

 

 愕然とする。誰かと一緒に修行しているはずなのに、自分にはその記憶がない。記憶と現実の差異に揺れていた。

 

「頼もう」

 

 その時、道場に誰かが訪ねてくる。

 声のした方を振り向くと、如何にも侍といったような恰好をした白髪の女性ドラフの姿があった。

 

「父へ用でしょうか? 今すぐ呼んで――」

 

 ナルメアは見覚えのない人物の来訪に対応しようとする。だが、女性の瞳はしっかりとナルメアを見据えていた。

 

「風の便りに聞いたが……帰還は本当だったか。ナルメアよ」

 

 女性がナルメアの名を呼ぶ。そのことに驚き、尋ねてしまう。

 

「どうして私の名前を……?」

 

 聞かれた女性は一瞬身体を硬直させると、乾いた笑みを零した。

 

「ははは。そうか、そうか。此方は其方にとって、やはりその程度の“存在”か。それほど“つまらぬもの”か」

 

 女性は震える声を吐き出すと、目から一縷の血を流す。

 

「あなた、血が……」

「“つまらぬもの”の」

 

 心配するナルメアを他所に、女性が腰の刀に手をかけた。

 

「ッ!?」

「心配などしている場合か?」

 

 女性は素早く抜刀してナルメアに容赦なく斬りかかる。

 ナルメアは即座に刀を受け止め、彼女の実力を理解する。

 

(強い! それにあの刀……異様ね。見てるだけで肌が粟立つ……)

 

 普通の侍ではない。刀から妖しさを感じる。

 

(でも、決して勝てない相手じゃない)

 

 ナルメアは神経を研ぎ澄ませて油断なく刀を構えた。

 

「……そうだ、その目だ。その目がずぅっと。ずぅっと此方の夢に出る」

「前に……会ったことがあるのかしら」

 

 相手が自分のことを知っている様子なのに、ナルメアには彼女に関する記憶がない。

 

「ははは。此方を忘れたというのならば、それでいい。だが――」

 

 女性が纏う妖しげな雰囲気が急激に増幅していく。

 

「ここで斃れ、逝け。それを以って贖いとしろ!」

「ッ!?」

 

 女性が一気にナルメアへと迫った――。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 道場の方が騒がしい。

 一際大きな音がしてから、俺はガムシラさんとラルナさんと共に道場へ入った。

 

「ナルメア、どうし――……」

「……なんだと?」

 

 二人は道場に入って驚き固まる。俺も同じだった。

 

「あっ……くぅ……」

「チッ……無粋な」

 

 信じられない光景が目に焼きつく。

 剣豪たるナルメアが白髪のドラフ女性に首を掴まれ今にもトドメを刺されそうになっていた。

 

 しかし驚くべき点はそれだけではない。彼女の姿は――

 

「うぅ、あぁ……」

「ナルメアが、子供に……?」

 

 そう。

 見慣れた姿が、変貌してしまっていた。年齢にすると十歳くらいの姿に。



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因果往訪

 ナルメアの実家帰りに付き添い、彼女の両親と話している最中にナルメアが鍛錬をしに行った道場の方から物音が聞こえてきた。

 流石に実家へ行くだけで問題は起きないだろうと周辺の感知を怠っていたので事前に察知できなかった。ガムシラさんとラルナさんと一緒に慌てて道場の方へ向かうと、驚くべき光景が広がっていた。

 

 ナルメアの身体が縮んでしまっていた!

 

 ……いくらなんでも唖然とするしかない。

 

 ただ瞬時に分析をかけると、どうやら子供姿のナルメアの首を掴んでいるドラフの持っている刀が原因のようだ。この気配、うちの団にも持っているヤツがいるが、おそらく妖刀と呼ばれるモノだ。身体だけなら俺もワールドの能力でやろうとすればできるかもしれない、というか昔子供になる経験をした気がするが。ただ今回明らかにおかしいのは、服装まで縮んでしまっていることだ。超常の力でなければあり得ない。

 

「ふん」

 

 ナルメアの首を絞め上げるドラフの女性は、こちらに向かって彼女を投げ飛ばしてきた。丁度俺の真ん前だったこともあり、ナルメアを受け止める。

 

「うぅっ……ダナン、ちゃん……」

「ナルメア!!」

 

 呻く彼女を見てラルナさんが心配そうに呼びかけていた。

 俺はナルメアを抱えつつ警戒して相手を見据える。

 

 

「決着は後日必ず。……その姿で刀が振るえるのなら、だが」

 

 女性はそう言って踵を返し、道場を立ち去ろうとする。

 

「待て、アズサ!!」

 

 ガムシラさんが怒声を上げて呼び止めるが、アズサと呼ばれた彼女は一切反応せずに姿を消した。どうやらガムシラさんは彼女のことを知っているようだ。

 

「アズ……サ?」

 

 なにか引っかかるモノがあったのか、ナルメアは苦し気に声を吐き出したが意識を失ってしまう。……呼吸は安定しているので大丈夫だろうが、なにかすぐにはわからない影響があるかもしれない。心配だな。アズサとやらのことは後回しにするしかないか。

 

「あなた! 今はナルメアよ!」

「く……ああ……! 早急に手当をせねば!」

 

 俺はガムシラさんに案内されて道場の医務室へと向かった。

 

 医務室に運んだナルメアは、道場に常駐しているという医者に治療を施される。俺が【ドクター】で診ても良かったが、うっかり余計なことを言いかねないからな。二人を驚かせてしまうだろうし、ここは任せるとしよう。

 

「う、うぅ……」

 

 しばらくしてナルメアが目を覚ます。

 

「ナルメア! あぁ、目が覚めたのね……。良かった……」

 

 ラルナさんが傍に寄り、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「お母さん、お父さん……ダナンちゃん……。心配かけて、ごめんね」

 

 謝ることじゃない。

 

「謝るな。お前はなにも悪くなどない。子の身を案ずるが親の性だ」

 

 ガムシラさんも同じことを思ったようだ。

 

「でも、まさか……。あなたが負けるなんて……」

 

 ラルナさんが言う。確かにそうだ。ナルメアが負けるほどの相手がそういるとは思えない。確かに腕利きのようではあったが。

 

「なにがあったんだ?」

 

 尋ねると、ナルメアはしばし沈黙してから答えてくれた。

 

「斬られたの。たった、薄皮一枚だけど。凄い気迫だった。けど、とても歪な一撃。まるで最初から薄皮一枚しか、斬る気がなかったような……執念が籠もっていたわ……」

 

 薄皮一枚、か。おそらくそれだけで妖刀の能力が発揮できるからだろう。

 

「まさか気圧されるなんて……油断、していたのかも」

 

 ナルメアの顔には反省の色が見えていた。

 

「修羅のままであれば、油断など生まれなかっただろうな。皮肉なことだ」

「…………」

「勘違いしちゃダメよ? 修羅に戻って欲しいなんて、全く望んでないんだから」

「えっ……?」

 

 ラルナさんに言われて少し驚いていたが。

 

「余計なことを口走ってしまった。次に活かせばいい。ただそれだけのことだ」

 

 ガムシラさんの言葉に俺も頷く。

 

「……しかし、そうか。たった一太刀でその姿に……ふぅむ」

 

 彼は顎に手を当てて考え込む様子を見せた。

 

「歩くのは……まだ難しそうだな。ラルナ」

「ううん、私じゃダメよ。ナルメアもきっとダナンさんの方がいいはず」

 

 うん?

 

「それもそうか。野暮だな、己は」

 

 二人の間で話が進んでいて、話題に挙げられている俺の方がついていけていない。

 

「え、えっと……?」

 

 それはナルメアも同じようで、戸惑っていた。

 

「ダナン君、ナルメアを頼む。二人に見せたいモノがある。ついてきてくれ」

 

 言われてようやく二人の意図を理解した。俺は小さくなったナルメアを背負う。受け止めた時にも思ったが、軽くて小さい。

 

「ひゃあっ!? ダナンちゃん!?」

 

 急に背負われたナルメアが驚きの声を上げていた。

 

「あぅ……お、おんぶって……私、お姉さんなのに……」

 

 少し恥ずかしいようだ。普段の年齢や立場もあるか。可笑しくなって少し笑ってしまう。

 

「今は妹だな」

 

 俺には家族の情なるモノがよくわからない部分はある、が。

 

「妹……なら……もっと甘えちゃおっかな……。ううん、ダメ。お姉さんはお姉さんだもん……今だけだもん……」

 

 別に普段から甘えられる分には構わないのだが、彼女の中で譲れない部分のようだ。

 ただ今だけは大人しく甘えるらしく、俺の背中に顔を埋めた。

 

 俺はナルメアの小さな温もりを感じながら、歩みを進めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ガムシラさんとラルナさんの後についていくと、なにやら武具がたくさん置いてある部屋に連れてこられた。

 

 

 ……収集癖のあるグランが来たら発狂しそうな武具の数々だな。

 

「ここは……お父さんの蒐集部屋?」

 

 どうやらガムシラさんの部屋らしい。

 

「小さい頃に来た時よりも、いっぱいあるでしょう? この人武具だったらなんでも集めてきちゃうんだから」

「……武芸百般極めし者なら武具に興味が湧くのも必然」

 

 少し呆れたようなラルナさんの言葉に、ガムシラさんはバツが悪そうに言う。それから部屋の奥から鞘に札が貼られた妖しき刀を持ってきた。……間違いない、妖刀だ。まさかガムシラさんが持っているとは。だがさっき見たモノなどと違って、妖しい気配がやや鳴りを潜めている気がする。鞘に貼ってある札の効果だろうか。

 

「抜くぞ」

 

 ガムシラさんが刀を鞘から引き抜いた。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、全身に水を吹っかけられたような悪寒が突き刺さる。

 ガムシラさんがすぐに刀を鞘に納めるが、この一瞬で衣服が湿るほどに冷や汗を掻いていた。ナルメアも同じのようだ。……こいつは相当だな。なんて言えばいいか。“害する”気配が強い。

 

「今の感じ……あの人が持ってた刀と同じ……」

「やはり、か。ナルメア、お前は妖刀による呪いを受けたのだ」

 

 ナルメアの呟いた言葉にガムシラさんが告げる。わかってはいたが、呪いと来たか。まぁゼオの持っている妖刀も生き血を啜り持ち主が鬼と化すモノだったわけだが。

 

「この空に数多とある、強い呪いが込められた忌まわしき刀……。武器を手繰るモノ、斬られたモノ、全てに牙を剥く」

「お父さんの顔の傷も……妖刀の代償で出来たモノよ」

「そう、だったの……?」

「若き頃、未熟だった故、こんなモノを使ってしまった。二度と使おうとは思わんがな」

 

 やけに実感が籠っていると思ったら、どうやら実際に妖刀の代償を受けていたようだ。

 

「おそらくアズサもなんらかの代償を刀に払い、お前を幼子の姿へ変えたのだ」

「……」

 

 ナルメアは彼の話を聞いてなにか思い返しているようだ。多分アズサに襲われた時のことだろう。代償と思われるようななにかがあったのかもしれない。

 

 ともあれ、ナルメアがこうなった理由がわかったのなら、後はどうすれば元に戻るかだ。……まぁこのまま連れ帰ってアネンサに見せてやりたい気持ちはあるが。自重しよう。

 

「どうすればいいですか?」

 

 俺はガムシラさんに尋ねた。

 

「呪いの根源を破壊すれば、大抵の妖刀は呪力を失う。……支払った代償まで戻ってくるかどうかは、わからんがな」

 

 俺の聞きたいところを察して答えてくれた。

 

「あの子がそんな恐ろしい刀をナルメアに使うだなんて……信じられないわ」

「道場を去った時既に予感はあった。すまぬ、ナルメア、己の責任だ」

「ナルメアもショックよね……」

 

 ガムシラさんだけでなくラルナさんも当然のようにアズサのことを知っている様子だ。ただ、ナルメアは微妙な表情をしていた。

 

「あの人のこと、二人は知ってるの?」

 

 彼女が聞く。すると、ナルメアがアズサのことを知らない様子であることに驚いているようだった。……ん? どういうことだ?

 

「え……?」

「覚えていないのか?」

「わ、私の知り合いなの?」

 

 二人とナルメアの間で食い違いが起きている。第三者である俺には事の成り行きを見守ることしかできないが、おそらく二人の方が正しいとは思う。ナルメアが道場を出る前のことだろうし、その頃はオクトーの背を追って、二人の言葉を借りれば修羅の道を歩んでいだ。他者のことなど眼中になかったのかもしれない。

 

 ガムシラさんとラルナさんは目を合わせてから、改めてナルメアに問いかける。

 

「ナルメアよ。昔のことをどこまで覚えている?」

「えっと……ザンバの背中を追って……ひたすら刀を振って……。振って、振って、振り続けて。このままだとダメだと思って、家を出て…………」

 

 聞かれたナルメアは記憶を思い出すようにして言った。

 

「なんと……。それしか、記憶がないのか……?」

「そう……。もう、あの頃のあなたは、既に修羅になっていたのね」

 

 ガムシラさんが驚き、ラルナさんは悲しげに言う。

 

「全ては巡り合わせか。よりによってあの頃の姿になったのも。奇妙なことだ」

「どういうこと……?」

「思い出せ、ナルメア。ここに留まり、幼き日の記憶を。それがきっと、お前の現状の行き詰まりを解消する手立てにもなるはずだ」

 

 それ以降二人はアズサについて語らず、俺とナルメアを部屋へと戻した。……二人の様子や話から予想すると、多分ナルメアとアズサは今のナルメアくらいの年齢の時、会っていた。どころかここで一緒に鍛錬していたんじゃないだろうか。となるとアズサのことを眼中に入れていなかったナルメアを襲ったアズサのことを少しは見えてくる。当時のナルメアはザンバにちゃんと見て欲しかったわけだが、ナルメア自身もアズサに対して同じようにしていたということになる。いや、もっと重症か。あいつは一応ナルメアのことを覚えていたようだが、ナルメアはアズサのことを全く覚えていないようだから。

 

 とりあえず部屋に戻ってきたわけだが、ナルメアの消耗は思ったよりも激しかったのだろう。すぐに寝ついてしまった。体力面まで子供になってしまったかのようだ。

 

「ダナン君」

 

 その時を見計らったかのように、ガムシラさんとラルナさんが俺を呼び出した。俺に聞かせたい話があるのだろう。

 

「すまないな。訳がわからぬままだろう。君には話しておこうと思う。アズサとナルメアは……かつて同じ道場で腕を磨き合った、同門なのだ」

「アズサちゃんはナルメアを慕っていたわ。それこそ、ザンバさんを慕っていたナルメアのようにね」

 

 二人の切り出しから、ある程度立てていた予想と食い違いがなかったので相槌を打ち耳を傾ける。

 

「あの頃のナルメアは修羅に堕ちかけていた。憧憬の狂気に駆られ、周りが一切見えなくなってしまっていたのだ。ザンバ以外はつまらぬモノと言いかねない勢いだった。己ですら畏怖を感じた」

「アズサちゃんはね。そんなナルメアに必死に追い縋ろうとしたの。けど、ある時のナルメアとの稽古を最後にアズサちゃんは道場を出たわ」

 

 少しずつ状況が見えてきた。となると、アズサが出て行った理由もナルメアが道場を出た理由とほとんど同じか。

 

「ナルメアに負けたから、ですか?」

 

 合っていたようだ。二人が頷く。

 

「それがきっかけで、アズサは去った。よもや忌まわしき妖刀を手にして戻ってくるとは、夢にも思わなんだ」

「……このことを教えてあげるのは簡単。けどこればっかりは自分で思い出せなければ、意味がない……と思うの」

「ダナン君。今の話はナルメアには黙っていて欲しい。あの子に真に必要なのはアズサとの記憶を思い出すことではない。記憶を閉ざした理由を思い出し、それと向き合い克服することが必要なのだ。だが……支えてやってくれ。もちろん、己らも娘の力になれるようにはするが」

 

 言われなくてもそのつもりだ。俺は頷いて応えた。

 ただ、思っていたよりも厄介みたいだな。まぁ、俺にできることはナルメアの手助けくらいしかないわけだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ナルメアは……切り伏せた相手に決まってこう告げた。

 

「さよなら、『つまらぬもの』よ」

 

 見下しているはずなのに、その冷たい瞳には倒した相手の姿すら映っていない。

 

 此方の相手をする時も……ずぅっと、あの目で……。

 あぁ、あの目だ……。あの目……言葉に出さずとも、此方のことも、『つまらぬもの』と……。

 

 ナルメア……。

 

 人気のない木々の下、アズサは全身の痛みに嗚咽を漏らしていた。

 

「はぁ……うぐぁ……。たった、薄皮一枚斬って、この代償、か……」

 

 今のアズサは妖刀による代償に苛まれている状態だった。

 

「はぁ……目が霞む……。だが、は、はは……」

 

 それでも苦し気な表情を押して笑みを浮かべる。

 

「ははは、ナルメアのあの姿! 此方に敵うものか! はは、ははは」

 

 大きな代償を払ったが、彼女は妙な達成感に包まれていた。

 

「あぁ、早く来い。決着をつけよう。もう此方は『つまらぬもの』ではない。そうだろう、ナルメア。はははははは」

 

 アズサは嗤った。目から、口から、鼻から、血をだらりと垂れ流しながら。

 その表情は硬く、虚しいまま、嗤っていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、ナルメアは回復し、アズサと対峙するため基礎の修行を積んでいた。懐かしいはずなのだが、なにも思い出せぬ道場で。

 まぁ、身体は小さいままなんだが。

 

 とはいえ流石ナルメアと言うべきか。

 

「む」

 

 打ち合いをしていたガムシラさんから一本取ってみせた。

 

「一本。ナルメアの勝ちね」

「流石だな。その姿でも己から一本取れるとは……」

 

 ガムシラさんも感嘆していたが、傍から見ていた俺も同じ気持ちだった。流石としか言いようがない。決してガムシラさんが弱いわけではない。むしろ強いと言える実力を持っていたのだが。

 

「身体の動かし方に慣れてきたからかな。それになんだか動きやすいの」

「……記憶の方はどうだ?」

「……ダメ、思い出せない。アズサさんだけじゃない。今まで立ち会ってきた人、全員。なぜ、私が昔使った道具にこれほどまでに傷がついてるの? 一体私はどれだけの人と稽古を積んできたの? ただひたすら刀を振って……ザンバを追い続けていたことしか、思い出せない……」

「ナルメア……」

 

 実力は今の彼女に追いついてきているが、どうあっても記憶は取り戻せないようだ。人の記憶というのは厄介なモノで、都合がいいように改竄してしまう。

 

「ねぇ、お父さん。お母さん。ダナンちゃん。皆は、今までに相対してきた人たちのこと、ちゃんと覚えてきている?」

 

 尋ねられて少し考える。

 旅に出る前から考えても、大体のヤツのことは覚えていると思う。……旅に出る前はあの日以外俺が負ける前提だったから、いつか絶対ぶっ殺すと思ってたなので忘れるわけがないが。

 

「まぁ、時と場合によるかな」

 

 とはいえそれからの全てを覚えているかと言われれば怪しいところだ。

 

「ふむ、全ては流石に覚えてはいないか。だが、ダナン君も相対した人との戦いを糧にしてきているはずだ」

「ナルメアも無意識にきっとしているはず……。けど、あなたは強すぎるのよね」

「故に相対した人までは記憶に留まらない……のやもしれぬ」

「そう、なのかも……」

 

 確かにな。俺は『ジョブ』があるから段階的に強さを調整できる。ぶっちゃけ『ジョブ』なしだとナルメアに及ぶべくもない。その辺のチンピラにも全力で挑む必要があるだろう。兎に角、俺は相手の強さに合わせて自分の強さを調整できるので、実力差が開きすぎないことが多いというのもある。

 

「ナルメア。あなたが今までしてきたことが、間違いだった……なんてことは絶対にないわ、それだけは安心して。かと言って修羅であり続けることは、私は悲しいと思うけど……あなたが選択した道なら間違いじゃない。こうして人に戻った今も、間違いじゃないの。ただお父さんや私みたいな武士道もある、というだけよ。それをきちんと踏まえて今、あなたがどうするべきか。考えてみて?」

「お母さん……」

 

 ラルナさんの言葉を、ナルメアは神妙な面持ちで聞いていた。

 

「思い出せないことも罪ではない。決して自分を強く責めるなよ。今をどうするかが大事だ」

「うん……」

 

 ナルメアは両親の言を聞いて少し考え込む。それから面を上げた。

 

 

「どうすべきか……なんとなく、わかった気がする。アズサさんに会いに行くよ」

「一人で行く気か?」

「お姉さんね、アズサさんときちんと向き合った方がいいと思うの。二人っきりでお話してくるわ。大丈夫、無理はしないから」

 

 子供の身体になっているのにか、と思わないでもなかったが。

 ナルメアの力強い笑みを見て、彼女を送り出すことを決めた。

 

「わかった。そこまで言うなら、いってらっしゃい」

「うん」

 

 少しばかり不安だが、今回の件は他人が介入してもあまり意味がない。ここはナルメアを信じることにしよう。

 

「決めたならば急いだ方がいい。アズサも……苦しんでいるはずだ」

 

 ナルメアは頷くと、足早にアズサの下へ向かっていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

(アズサさんのことは、全く思い出せない……。けど、どこで私を待っているか、なんとなくだけどわかる……)

 

 道中、ナルメアはこれから対峙するアズサのことを考えていた。

 

(因縁の場所、なのかな)

 

 ナルメアは霞がかかる記憶を頼りに、アズサが待つ因縁の場所を目指す。

 

 そうして、彼女はアズサの下へと辿り着いた。

 

「アズサさん」

「来た、か。此方を……思い出したか?」

「……ごめんなさい。やっぱり、あなたのことを私、思い出せなくて……」

 

 ナルメアはアズサの問いに、正直に答える。

 

「よい。よいよい。構わん、期待など微塵もしていない。此方が望むのは其方の――」

 

 言いながらアズサが刀の柄に手をかける。

 

「首のみだ!!」

 

 そして地面を蹴り、ナルメアに斬りかかった。

 ナルメアも刀を抜き、繰り出される凶悪な斬撃を往なす。

 

「ほう」

「くっ……」

 

 子供の姿になっても一撃を受けたナルメアに、アズサは感心していた。だがナルメアの表情は芳しくない。

 

(やっぱり今の私の膂力じゃ、往なすだけで刀を折るなんて……できない……。ううん、そんなことよりも!)

 

 アズサを妖刀の呪いから解放するには、呪いの根源である妖刀を壊すしかないと考えているところはあった。

 

「アズサさん、私と話をして欲しいの……! ちゃんと、あなたと話したい!」

「五月蠅い。剣士なら言葉でなく刀で語れ!!」

 

 戦いではなく対話を試みようとするナルメアに、オクトーと斬り合ってフュンフに止められた時との違い、変化が見受けられた。

 だがアズサは容赦なく襲いかかってくる。

 

「ッ!?」

「はは、ははは!」

「……くっ!」

 

 嵐のように繰り出される斬撃にナルメアは幾度も姿勢を崩しかける。だがその不安定な姿勢の中でも、ナルメアは確実にアズサの斬撃を往なし続けた。

 

「チッ……小賢しい。幼子の姿に慣れてきたというのか。修羅め……」

 

 仕留め切れない状況にアズサが舌打ちする。

 

「だが此方はもう『つまらぬもの』ではない! 力の差は一目瞭然!! はは、ははは! 散れ、ナルメアァ!」

 

 吹き荒ぶ風をやませるほどの力が乗せられた一撃に、ナルメアは倒れ込んだ。

 

「しまっ――」

 

 すかさず、アズサは倒れ込んだナルメアに馬乗りになり、刃を向ける。

 

「ははは、この時を……どれだけ待ち望んだことか。其方のその冷たい目! 見下しすらせぬ、誰も映さぬ冷たい目! その目から、ようやく解放される! あぁ、なんと喜ばしいことか! ははは、はははは!」

「……ならどうして。あなたは笑っていないの」

 

 確かに嗤うアズサは、満身創痍のナルメアの問いに硬直した。

 

「は……?」

「ちゃんばらじゃ……なにも伝わらないよ。大切な友達がね、昔、私とザンバに……そう言ってくれたんだ」

「……」

「ごめんなさい。苦しかったよね。人に振り向いてもらえない苦しみは……よくわかっていたはずだったのに……」

「五月蠅い、五月蠅い!! 後悔などあの世で聞いてやる」

 

 アズサは聞き分けのない子供のように頭を振ると、彼女に向けた刃を振り下ろす――。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 さて、ナルメアを送り出した俺だが

 やはり手出しをしたい気持ちはある。

 

 ナルメアを信じていないわけではない。信じていないわけではないが、心配とはまた別の話だ。

 

 そうして俺がそわそわしているのがわかったのか、ガムシラさんが声をかけてきた。

 

「ナルメアは負けん。あの姿のナルメアならば、なおのこと」

 

 彼には確信めいたなにかがあるようだ。大人しく次の言葉を待つ。

 

「ザンバ越え。信じ難いかと思うが、あの子は既に成し遂げていた。丁度あの姿の年の時に」

 

 ……それは流石に、と思ってしまうが。過去のナルメアを見てきた人だ。もちろん、親バカという線もある。

 ただナルメアが強いのは間違いなく、また自分の強さへのマイナスな思い込みが強いことはわかっていた。だからこそ「私は強い」が魔法の言葉になったわけだが。

 

 真偽はさておき、ガムシラさんがそう思うほどのモノが当時のナルメアにあったことは間違いないだろう。

 

「あの子は天才だ。故に追い詰められれば――必ずあの技を思い出す。ザンバに見てもらえず、届きはしないと捨てた……あの技を」

 

 どうやらなにか奥の手があるようだ。

 そういえば、小さくなってからのナルメアの剣は普段と違っていた。縮んだ身体に剣術の最適化が行われた結果だと思っていたが、ガムシラさんの剣に近かったような気がする。おそらくだが、今のナルメアが使っている剣術は、道場を出た後に独学で学んだモノなのだろう。

 

 助けには行かないが、彼がそこまで言う技は気になる。ワールドの能力で戦いの様子を把握するくらいはしておくとするか。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 空気が、爆ぜた。

 

「ッ!?」

 

 ナルメアは最小限の動きで、尚且つ爆音を発するほどの速度で刀を突き上げたのだ。

 アズサはナルメアに馬乗りになっていたが、その衝撃で宙へ浮かぶ。

 

「は、え……? こ、この、技は……」

 

 訳のわからぬまま空中で硬直するアズサは気づけなかった。

 

 己よりも遥か上に跳躍したナルメアが、流星が如く空から落ちてくることに。

 

「――胡蝶刃・屠龍」

 

 放たれた技がアズサを勢いよく地面へと叩きつける。

 

「がぁっ……!?」

 

 形勢は逆転し、今やナルメアがアズサに馬乗りとなっていた。先ほどの一撃で妖刀が砕け、ナルメアの姿が元に戻っていく。

 

「……屠龍技。ザンバに敵わぬと思い込んで、記憶の底に封印していた技」

「……数度見た。幼い頃、数度だけ。いや、それどころか……」

「アズサにも昔、使ったわね。丁度、この場所で。それが……きっかけになっちゃったんだよね」

「……」

 

 妖刀が砕けたことに加え、ナルメアが過去を思い出したからだろう。アズサからは妖刀を持ってきた時のような狂気は感じ取れなかった。

 

「アズサ、あなたのことをこの技と一緒に思い出したよ。ずっと私の傍で……私と一緒に刀を振るって……何度も稽古に付き合ってくれた。

「……ああ」

「ごめんなさい。だというのに私は……あなたのことを忘れていた。ザンバを追う余り、かけがえのない繋がりすらも切り捨ててしまっていた」

「……」

「『つまらぬもの』なんかじゃない。妖刀なんかに頼らなくとも、既にアズサの刃は私に届き得る」

「っ!!」

 

 ナルメアの言葉にアズサは戸惑いを露わにする。

 

「此方は薄皮一枚しか切れぬ、……未熟者だ」

「そんなことない。あなたの努力は本物だよ。私には……わかる。アズサは強いよ」

 

 アズサから戦意が消えたと見て、ナルメアは彼女の上から退いた。

 

「う、うぅ、うぅうう……」

 

 アズサは目から涙をボロボロと零した。血ではなく、純粋な涙を。

 

「歪んでしまった。全部おかしくなってしまった。其方に見て欲しくて、其方に振り向いて欲しくて……ならばどうすればいかと。気がつけば忌まわしき武器に、心を奪われ、これならば、これならば其方に見てもらえると」

「そうだよね……。おかしく、なっちゃったよね。でも、もう大丈夫だから……。アズサを『つまらぬもの』なんて思ったことは一度もないよ……。私がなにも見えてなかっただけなの……」

 

 誰かを追いかけて正道が外れる。ある意味では、二人は似た者同士と言うべきか。

 

「ああ……そうだ、思えば一度たりとも其方から『つまらぬもの』などと言われていない。だが、だが、あの目が恐ろしく……ずぅっと、ずぅっと……此方に焼きついて離れなかった。此方も『つまらぬもの』なのだと、思われていると、感じてしまった……。勝手に、怯え、怒り、狂ってしまった。あぁ、あぁ。其方にとって此方は『つまらぬもの』ではないのだな?」

「当たり前よ。ごめんなさい、アズサ」

 

 子供のように泣きじゃくるアズサを、ナルメアは優しく抱き締めた。

 

「それで、その……。もし、やり直せるのなら……私とまた友達になってくれるかな。あなたとのこれからの時間を、『つまらぬもの』になんか、絶対にさせないから……」

「っ……! うう、ううううう……!!」

 

 アズサはナルメアを抱き締め返し、何度も、何度も強く頷いた。

 まるで幼子をあやすように、ナルメアはしばらく彼女の頭を撫で続けるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 しばらくしてナルメアは、アズサさんと共に道場へ戻ってきた。

 

 事の顛末は把握しているが、やはりこの目で見るとほっとする。

 

「ただいま、ダナンちゃん」

「おかえり」

「心配かけちゃったね。でも、もう大丈夫! お姉さん、完全復活! アズサとも仲直りできたから!」

 

 嬉しそうにしている様子を眺めて笑う。知ってはいたが、思い込みが強いところがあるので自分でもそう思えているのはいいことだ。

 

「……迷惑をかけた。ガムシラ師範も、奥様にも。すまない」

 

 ナルメアと共に帰ってきたアズサさんは憑き物が取れたような顔をしていた。実際に取れたわけだが。折れた妖刀には力の残滓も残っていないだろう。

 

「謝るのはむしろ己だ。お前の……いや、お前達の苦悩にきちんと向き合えていなかった」

「とんでもない……全ては此方のせいだ」

「代償は……大丈夫?」

「偶に目が霞む。だが、もう痛みも血の涙も出ない。ナルメアが刀を折ってくれたおかげか」

「そうか……。その程度で済んで良かった。しばらくすれば完全に回復するだろう」

「アズサちゃん。良ければまた家にいらっしゃい。ここならゆっくり療養できるわよ」

「え……?」

「賛成! アズサがいてくれるなら、またここに帰ってくるのも楽しみになるわ」

「己らだけでは楽しみではないと?」

「あ、ち、違うよ? 今のは言葉の綾で……」

「冗談だ」

「うう、お父さんのいじわる……」

「本当に、いいのか?」

「お前の名前はまだウチの門下生の名簿に残っているぞ? ナルメアと共にな」

「そ、そう、なのか……てっきり破門されたのかと……。私は思い込んでばかりだな……」

「また一緒に稽古できるね。アズサ」

「あ、ああ……」

 

 アズサさんは戸惑うも、次第に表情が和らいでいく。そしてもう一度深く頷いた。ナルメアの言葉を強く、心に沁み込ませるように。

 

「……ああ」

 

 一件落着、一家団欒という感じだ。問題が解決したのなら言うべきことはない。

 ただ折角仲直りできたわけだし、ここはゆっくり話す機会を設けた方がいいか。

 

「ところで、お茶にしないか?」

「は?」

 

 俺の発言にアズサさんはきょとんとしていたが、

 

「あら、いい考えね。折角だし、皆でお茶しましょう」

 

 ラルナさんがすかさず賛成してくれた。

 

「ダナンちゃん! アズサとの想い出思い出したの! いっぱいお話してあげよっか!」

 

 ナルメアが近寄ってきて言う。……それ話したいだけでは。

 

「あ、あまり恥ずかしいことは話してくれるなよ……」

「うふふ……。逆にアズサにも私の話、いっぱいして欲しいな」

 

 仲がいいことはいいことだ。俺は二人の思い出話に耳を傾ける。

 

 ナルメアは過去と向き合い、忘却していた数々のことを思い出した。

 過去最強の技と共に繋がりを取り戻した彼女はすぐにでも、限界の壁を突破することだろう。

 

 俺も精々置いていかれないように努めるだけだ。

 

 しばらくナルメアの実家でアズサ含めのんびりと過ごした。

 

 それから、アズサを残して俺とナルメアはここを発つことになった。

 

「じゃあね、アズサ。また来るから。ゆっくり療養してね」

「ああ」

 

 すっかり仲良しになったナルメアはアズサに別れを告げる。

 

「今度はもう少し早く帰ってくるのよ」

「お前の家はここだということを忘れるな」

 

 何年も、下手をすれば十年以上帰ってきていなかったナルメアへ、両親が言った。

 

「うん。お母さん、お父さん。またすぐ会いに来るから」

 

 それに苦笑しつつも、ナルメアは頷く。

 今度来る時はアネンサも連れてきてもいいかもしれない。若しくはザンバことオクトーを来させてみるか。面白そうだし。

 

「ダナン君」

 

 家族の別れを邪魔しないよう控えていた俺に、ラルナさんが声をかけてきた。

 

「今度はちゃんと()()に来てね?」

「え……?」

 

 一瞬なんのことを言っているのかわからず、聞き返してしまう。……まさかな。

 

「? ラルナ、どういうことだ?」

「さあ、どういうことでしょうね」

 

 ガムシラさんはわかっていない様子だ。ラルナさんもここで明言する気はないらしい。

 ナルメアの方を見ると、意味がわかったのか顔を赤くしていた。

 

 ……。

 …………。

 

「だ、ダナンちゃん! そろそろ行こっか!」

 

 俺が逡巡していると、ナルメアが腕を引っ張ってくる。

 

「あ。えっと、お世話になりました」

 

 とりあえずそれだけ言って、慌てて退散することとなった。

 

 ……下手に隠そうとしない方が良かったのか。なんにせよ、勘繰られてしまったようだ。

 

 果たして、そういう意味でここを訪れる機会があるかはわからないけどな。



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