ナンダーク・ファンタジー (砂城)
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表と裏のプロローグ 雄大なる蒼は大いなる空の旅路へ出向く

これまで二次創作は書いたことがありませんが、書きたくなったので書きました。

基本は本編に沿うような流れになります。というか勢いでアガスティア辺りまで書いちゃったので投稿します。

とりあえずはオリ主ではなく、グラン達のプロローグとなります。
本作ではグラン君とジータちゃんが双子として出てきます。

とりあえずストック的に二ヶ月くらい毎日更新できるかなと思います。
お愉しみいただけると幸いです。


 どこまでも広がる蒼い空。

 

 遥か下方にある大地は見えないが、空には島々が浮かび民はそこで暮らしている。

 

 実在が確認されていない伝説の島や、秘境がまだまだ多く残っているこの空の世界で、全てを乗り越えた先にあるという伽話上と思われる島があった。

 

 ――星の島イスタルシア。

 

 彼方に在るのかないのか。実在すら怪しいその島を目指す者など今は数少ない。

 

 ただ、もし。

 

 イスタルシアにいるという誰かから手紙が来たとしたら?

 その誰かが心から信頼する人物だったとしたら?

 

 あなたはイスタルシアの存在を信じるだろうか。それとも戯言と切り捨てるだろうか。

 

 もし、そんなことがあったとして。

 イスタルシアを目指し空の旅を夢見たなら。

 

 きっとその誰かは、子供にも勝る純粋さと好奇心を持った者なのだろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「おーい、グラン」

 

 晴れ渡る蒼い空の下。神秘と田舎が共存する島で、奇妙な生物が相棒を呼ぶ。

 そいつは赤い身体と竜のような特徴を持ち合わせてはいたが、妙に小さく愛くるしいようにも見えた。人の頭ぐらいの高さを小さい羽で飛ぶ先には、一人の少年が立っていた。

 

 青いパーカーに茶色いズボン、銀の胸当てと両手足に装着された金属が戦う者であると示している。なにより彼が持つ剣が物語っていた。

 

 神経を集中させ真っ直ぐに剣を構える姿からは、十代半ばにしてそれなりの鍛錬を積んでいる様が伺える。

 

「あ、ビィ」

 

 それでも相棒が飛んできたことに気づくと破顔し、年相応の表情をする。

 

「ジータが飯出来たから呼んでこいってよー」

「もうそんな時間か。……そういえばお腹減ったな」

 

 ビィに言われて剣を腰の鞘に収める。言われてからようやく空腹を意識したらしく、ぐぅと腹が鳴った。

 

「へへっ。じゃあ行こうぜ、オイラも腹減ったぜ」

「うん」

 

 グランとビィは少し急いで自分達の家に向かう。そして大きくもない一軒家に到着すると、既に家の外へもいい匂いが漂ってきていた。二人揃って腹を鳴らし顔を見合わせて笑う。

 がちゃりと扉を開けて入ればテーブルに料理が並んでいて、しかしその前に少女が立っていた。

 

「遅い! もう、料理が冷めちゃうでしょ」

 

 眉を吊り上げグランと同年代くらいになる可愛らしい顔を怒ったようにして二人へと注意する。

 金髪にピンクのカチューシャをつけ、ピンクのスカートに身を包んだ様は彼と比べると些か以上に少女らしいと言えたが、彼女も籠手を嵌め剣を握れば魔物を切り倒す勇ましい面を持っている。

 

「ごめんごめん」

「全く……私だって鍛錬したいのに、グランはいっつも私に家事押しつけて。偶には料理してもらおっかな」

 

 苦笑して謝る彼に、何度も聞いたような不満を漏らした。

 

「オイラはジータの料理が食べてーよぉ……。こいつ下手くそだし」

「わかってる。でも掃除洗濯は手伝いなさい」

「はーい」

「はいは伸ばさない」

 

 何分料理下手なグランに任せると悲惨な食事となってしまう。彼女もわかってはいたので言ってみただけだった。

 二人は双子であり、同じ夢を掲げた同志でもある。

 

 こんな田舎に強い魔物はおらず、二人は大抵の魔物ならあっさり倒してしまうだけの強さを持っていた。それでも毎日競い合うように鍛えているのは、掲げた夢のため。

 いつものように三人で食卓を囲んでいたが。

 

「あっ」

 

 グランがふとした拍子にグラスを倒し飲み物を零してしまう。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 同い年、むしろグランが一応兄なのだが、すっかり保護者のようなジータはグランの方にタオルを手渡す。

 

「ああ、うん。大丈夫」

「グランのことじゃなくて、お父さんの手紙」

「あっ!」

 

 ジータの言葉にうっかりしていたとばかりに慌てて服を弄った。

 グランは折り畳まれた紙を取り出し開いて濡れていないかを確認する。無事だったのでほっとため息をついた。

 

「ったくよぅ。親父さんの大事な手紙なんだからもうちょっとしっかしてくれよな……」

「やっぱり危なっかしいグランに預けとくのやめようかなぁ」

「だ、大丈夫。大丈夫だってきっと」

 

 呆れた様子の二人にグランは引き攣った笑いを浮かべるしかない。

 

「う〜ん。やっぱりビィの足に括りつけとく?」

「オイラは伝書鳩じゃねぇ! 引き出しに入れておこうぜ。ずっと持ってなくても、もういっつも見てるから覚えてるだろ」

「まぁ、そうだね」

 

 ビィの提案に頷くと、二人の父親から昔に届いた古い手紙を一度名残惜しそうに目を通してから、丁寧に折り畳んで引き出しにしまった。

 幼い頃に旅立った二人の父親は、手紙にこう書き記していた。

 

『空の青さを見つめていると見知らぬ彼方へ帰りたくなる。空の青さに吸われた心は遥か彼方に吹き散らされる。果てだ。ここは空の果てだ。遂に辿り着いた。我が子よ。星の島、イスタルシアで待つ』

 

 実の子供に読ませるには随分と詩的な文章である。きっと書いた本人に見せたら恥ずかしがること請け合いだ。目の前で読んでやれば堪らずやめてくれと言われそうな手紙だった。

 

 それでも二人は事実父親の筆跡で書かれたこの手紙を読んで、空の果てにあるというイスタルシアを目指し旅に出たいと思っている。

 ……とはいえ十代の子供に船を買えるような金はなく、船を操縦する知識も空を旅する力も足りていなかった。

 

 いつか叶えると夢を思い描き、しかしその夢が遠すぎて足踏みのような進み具合でしかない、どこにでもいる少年少女だ。ただ彼らには特別な才能が備わっていた。

 

 つまり彼らは、なにかきっかけさえあれば、空の果てを目指し旅立てる。

 

 しかしそれは。

 

「あ、こらビィ。また残して! 途中で林檎食べてきたでしょ!」

「た、食べてねーよ!」

「嘘ついてもダメだよビィ。ジータってそういうところ目敏いから」

「目敏いってどういう意味? 二人共、今日という今日はみっちりお説教だからね」

「お、おいジータ落ち着けって。たまたま畑のおっちゃんと会っただけで……」

「ほらやっぱり食べてる。もう、今度からビィご飯抜きじゃなくて、林檎抜きにするからね」

「うぇっ!?」

「嫌なら反省しなさい。全くもう、グランもビィも私がいないと全然ダメなんだから。こんなんじゃ旅に出ても不安しかないよ」

「ははは……ホントにジータには助かってるよ」

「褒めたってお説教はやめませんからね」

 

 こうして楽しげに暮らす平穏を捨てるということでもある。

 残酷な運命と死が待つ外へと飛び出すことである。

 

 その覚悟を、二人は間もなく問われるのだ。

 

 その日の午後。

 軽く手合わせして食後の運動を充分に行った後のことだった。

 

「あ、やっぱりここにいやがった!」

 

 そこに一人の少年が駆け込んでくる。妙に強張った表情の彼はアーロン。緊張が顔に出ていて只事ではないと教えてきていた。

 

「アーロン? どうかしたの?」

 

 手を止めてジータが微笑みかけると、急いでいただろうに頬を紅潮させる。

 

「?」

 

 思わず言葉に詰まってしまったからかジータは小首を傾げていた。

 

「な、なんでもない……」

 

 当然、陽光に照らされた笑顔が可愛かったなどと口にできるはずもない。

 そういえばそんな浮ついた感情を抱いている場合ではなかったと思い直して表情を引き締める。

 

 ……そんな幼馴染みの内情を見ただけで察したグランとビィは苦笑した。というかいつものことである。

 

 この夢見がちな双子を諦観したように見る幼馴染みは、いつからだったかジータを想っていた。幼い頃は一緒に遊ぶ友達だったと思うのだが、年々成長する彼女に異性ということを意識せざるを得ない状況に陥っているというわけだ。しかももし彼女が旅に出ずこの閉ざされた島で暮らしていくのだとしたら、同年代が三人以外にいないこの田舎では自分がジータと……なんて妄想をするくらいには年相応であった。

 

「って、そうじゃない! お前らが気づいてないから、こうして俺が来たんだろ!」

「「「?」」」

 

 ようやく鬼気迫る表情になったアーロンの言葉に、今度は三人で首を傾げることになる。

 

「ったく……あれを見ろ!」

 

 呆れたアーロンが指差したのは空だった。三人が顔を上げて、目を見開き驚く。

 

「戦艦……! しかもあれって帝国の」

「なんでこんなところに……」

 

 上空を飛ぶ一隻の戦艦。それはこのファータ・グランデ空域では最も有名な国のモノだった。

 エルステ帝国――かつては歴史こそあれど勢力はない小さなエルステ王国だったが、帝政に変えてから今や空域全土を支配する勢いで力を持った国。

 そんな国だからか黒い噂を絶えず実際いい噂をほとんど聞かないが。

 

 なぜこんな田舎の島に戦艦がやってきたのか。正直なところ人数でも強さでも一隻で島一つ滅ぼすことができるような格差があった。

 

「なんでかわかんないけど、この島に帝国が来てるんだ! 早く避難するぞ!」

 

 アーロンがそう告げたことで彼がなぜここに来たかを察する。その時、戦艦の一部で爆発が起こった。

 

「な、なんだぁ? 爆発しやがったのか……?」

 

 墜落するような爆発ではなかったが、破片が落ちてきたらと思うと気が気でない。と思っていたらきらりと光るなにかが落下していくのが見えた。火が点いた部品なら一大事だ。なにせ落下地点には森がある。もし燃え広がったら島全土を焼き尽くすまで止まらないだろう。

 

「……わかった。アーロン、悪いけど先に行っててくれ。大事な父さんの手紙を落としちゃったみたいで、燃えないようにこの辺探してから行くよ」

「はぁ? お前こんな時にまでなに言って……。それなら俺も探した方が手っ取り早いんじゃないか?」

「うん。でも僕が見つけないとジータに怒られちゃうから。あと先行って後から行くって皆に伝えてくれた方が心配されないかな」

「……はぁ。わかった。でジータは……」

「私がいないとグランが迷子になるでしょ」

「そうだな……早く来いよ!」

「うん」

 

 アーロンは嘆息したが一人で来た道を走り出す。

 

「……グランって、こういう時は頭が回るんだね」

「こういう時はって言わないでよ。ジータは避難してても……」

「そうやって一人で行こうとするから、目が離せないんでしょ。いいから行くよ」

「……うん」

「ったくよぅ。二人共避難しといた方がいいと思うんだけどなぁ」

「そう言ってついてきてくれるんだ?」

「オイラも二人が心配だからな!」

 

 結局、三人は落下物が気になっていたのだ。だからありもしない、だがアーロンはまだグランが持っていると思っている手紙を使って言い訳したのだが。そんなことなどずっと一緒にいる二人からしてしまえばお見通し、若しくはアーロンも予感ぐらいはしているかもしれない。

 

「じゃあ気を引き締めて行こう!」

 

 グランが言って駆け出すのを、二人がついていく。三人は戦艦から落下したモノの方へと駆けていった。

 火災になったらマズいという懸念があったからか全速力で先頭を走っていたグランが、木々の生い茂るせいで視界が悪い森の中で、突然飛び出してきた人影とぶつかってしまう。

 

「きゃっ!」

 

 軽い衝撃を受けてグランがそちらを見やると、蒼い髪に白いワンピースを着た少女が小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れそうになっているところだった。この島では一度も見かけたことのない子だ。もしかしたら帝国の手の者かもしれない。それでも自分がぶつかってしまったこともあり、グランは少女の手を取って倒れないように支えた。

 グランの手に支えられてなんとか倒れなかった少女が顔を上げて、目が合う。

 空のように透き通った蒼い瞳に思わず魅入ってしまう。

 

 年齢は二人よりも三から五は低いだろうか。首に提げた飾り以外には飾り気がない様子だ。

 

「えっと……」

 

 ずっと手を握っていたせいか、少女は少し困ったように眉を下げる。そこで無言で見つめていたことに気づいたグランははっとして手を離す。

 

「ご、ごめん。それで君は? この辺では見たことないと思うんだけど……」

「あっ。お、お願いです! 助けてください!」

 

 グランが事情を聞こうとするとこれまでの状況を思い出したのか縋るようにグランへと詰め寄り必死な顔で訴えかけてきた。

 助けるとは一体どういうことなのかと尋ねる前に、がさりと遠くで茂みが揺れる。それだけのことでびくりと肩を震わせる少女の様子に、只事ではないと理解した。

 

 茂みを揺らす音が複数聞こえ、続いて金属の擦れる音も聞こえてくる。音のした方向を警戒して睨んでいると、やがて鎧を身に着けた兵士達が姿を現した。少女はさっと後退しグランが庇うように前へ出る。

 

「貴様らはこの島の者か? とりあえずそれを渡してもらおう」

 

 先頭に立つ兵士がグランへと手を差し出した。その言葉を聞いた二人は躊躇いなく剣を抜く。

 兵士達がこの少女を大切に扱っていないことはよくわかった。もし言うのであれば「それ」ではなく「その子」になるはずだ。なにより怯えて震える少女がそのことを物語っている。

 

「……それはできません」

 

 グランは帝国兵を睨みつけてはっきりと告げた。

 

「そうか。なら死ね。それは貴様らのような価値もわからない子供に渡すモノではない」

 

 大人しく渡す気がないと見た兵士達も剣を抜く。しかし、倒す意義があるのはこちらも同じだった。

 

「……さっきから黙って聞いてみればその子をモノみたいに言って。そんな人に渡すと思ってるなら帝国の兵士さんは随分と頭が弱いみたいですね」

 

 物言いが辛辣極まりなかった。彼女も相当怒っているらしく、自分に向けられたモノじゃなくて良かったと思うグランとビィだった。

 

「子供が、粋がるなよ。殺れ! 最優先事項は機密の少女! 障害は始末してしまって構わん!」

 

 彼女の言葉にプライドが傷ついたらしく、兵士達へ号令して三人を殺そうと襲いかかってくる。しかし憤ってはいるとはいえ所詮子供と侮っているのか兵士がまず一人ずつ前に出てきた。合わせて二人も駆け出す。

 

 兵士が真上から剣を振り下ろしグランを狙う。彼は難なくかわすと横から兜越しに剣で頭を殴りつけ、一撃で昏倒させた。

 

「なにっ!?」

 

 兵士として日々訓練を課される者が一撃で倒されたという事実に驚いた二人目は、そのまま突っ込んできたグランに対処できず同じく一振りで倒される。ほぼ同時にどさりという音が聞こえたかと思うと、ジータも二人倒していた。全く傷もない状態での完勝である。

 

「な、なんだと……。こんなガキ共に……」

 

 一人残ってしまった号令していた兵士がわなわなと震えてあっさり四人も倒されてしまったことに驚愕した。

 しかも二人がそのまま自分へと向かってくる。

 

「クソッ!」

 

 半ば自棄に近い一撃をグランがしっかりと受け止め、その隙に回り込んだジータが後頭部に一撃くれてやった。

 油断はあったにしろたった二人で兵士を五人共倒してしまっていた。二人が軽く拳を合わせている様を呆然と眺めていた少女に、明るい声が届く。

 

「へへっ。どうだ、あいつらの剣の腕は!」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな赤い生物を微笑ましく思――

 

「えっ!? なんですかこの生き物! 見たことないですぅ!」

 

 危うく受け入れそうになってしまったが、図鑑でもこんな生物は見たことがなかった。少女は目を輝かせてビィに顔を近づける。

 

「ははっ。ビィは、なんて生き物なんだろうね。もう学名もビィでいいんじゃないかな。他にいないだろうし」

「オイラはビィじゃねぇ! ビィだけど!」

 

 グランとビィの言い合いに思わずくすりとしていると、そこへ切迫した声が聞こえてくる。

 

「ルリア!」

 

 そちらを見ると鎧姿にマントをした女性が駆けてくるところだった。双子よりも十くらい上に見える大人の女性だ。

 整えられた長髪と凛々しい相貌からどこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせている。

 

「カタリナ!」

 

 また帝国兵かと身構える二人だったが、少女の嬉しそうな声を聞いて柄を握る手を緩めた。どうやら二人は信頼を築いているようだ。なにより帝国兵にしては先程の連中と違って彼女を名前で呼んでいる。

 

「君達は一体……? それにこの倒れた兵士達は……」

「二人が倒したんだぜ! 凄ぇだろ!」

 

 またしてもなぜかビィが誇らしげにしていた。その空中を浮遊する奇妙な生き物を見て。

 

「……なんと愛らしい……ではなく君はえっと、なんだ?」

 

 一瞬緩みかけた頬を引き締めしかし記憶に該当しそうな生物がいないことから怪訝そうに首を傾げる。

 

「えと、ビィさんって言うんだって」

「ビーサン? ……その、なんだ。海岸で履くサンダルのような名前なのだな」

「オイラはビーサンじゃねぇ! ビィだ!」

「すまない、冗談だ。二人共、よくルリアを守ってくれた。礼を言おう」

 

 物怖じしないビィのおかげか、それとも目の前の女性が穏やかに微笑んでいたからか。緊張しがちな二人の心を安心させ、間違いなくこの人が自分達の敵ではないと理解する。

 

「い、いえ。凄く困ってたみたいだったので」

「はい。放っておけなくてつい……」

 

 それでも少し恐縮したようなグランと、照れたようにはにかむジータ。おそらく見た目が油断を誘ったのだろうが、二人で兵士を五人も倒したという事実は変わらない。カタリナは内心で二人の実力を高めに設定すると、一先ず自分のすべきことのために動き出す。

 

「すまないがあまり話している時間はない。この辺りに帝国兵がうろついている。一刻も早くこの場を離れなければ……」

 

 彼女がそう話している間に、

 

「カタリナ中尉ィィ」

 

 ねちっこいような中年男性の声が耳に入ってくる。

 見るといつの間にかたくさんの帝国兵が彼らを取り囲んでおり、その中の一人が明らかに一般兵士を装備の違う黒い軍服の男だった。香油かなにかで丸く固めた髪とセットに時間がかかるであろう上向きに曲がった顎鬚。

 

「ポンメルン大尉……!」

 

 カタリナが遅かったかと顔を歪める。彼女が中尉と呼ばれたことから、彼が直属の上官であると理解できた。それでも彼女はできれば穏便にやり過ごしたいのか、冷静を装って話し始める。

 

「……ルリアの保護に成功しました。兵を退いて戦艦へ戻ってください」

「白々しいですねェ。あなたが少女を逃がしたのでしょう? 機密の少女の観察役を任されていながら偉大なる帝国に楯突くとは……」

「……」

 

 既にバレていたようだ。これではなにを言おうとも彼女の処遇は決まったようなモノだった。

 

「ふむ、ふむふむ。どうやら先に来ていた兵士を倒したのは、あなた達ですか。こんな子供に負けてしまうとは、帝国兵士の練度も落ちぶれたモノですねェ」

 

 大尉は倒れた兵士達を見やると剣を持った二人を眺めて残念だとばかりにため息を漏らす。

 

「カタリナ中尉。その少女を逃がすことがどれほど重大な損失を齎すか、あなたならわかるでしょう。帝国が全空を支配するためには必要なことなのですよォ。星晶獣を制御するために必要不可欠な存在なのですからねェ」

 

 星晶獣。かつて今空の世界で暮らす空の民と覇権を争った星の民が生み出した遺物。その力は強力で、一体で島一つを滅ぼすことなど容易とされているほどだった。

 それを制御するとなると、確かに手放すには惜しいだろう。

 

「そこの子供二人にカタリナ中尉まで加わるとなると……兵士を悪戯に消耗してしまうかもしれませんねェ。ではあれを出しましょう。ーーヒドラを持ってきなさい」

 

 ポンメルンはそう言って兵士に指示を出す。「はっ」と短く応えた兵士が立ち去った。

 

「ヒドラ……? まさか!」

「そのまさかですよォ。あなたもその子供も、まとめて始末してあげますからねェ。くっ、くっくっく……」

 

 慄くカタリナと嫌な笑みを浮かべる彼の様子が理解できたのは、ずんずんと重い足音を響かせ森の木々を薙ぎ倒しながら向かってくる巨体を目にしてからだ。

 

「ヒドラを使う! 散開して後方に陣を張れ!」

 

 大地を踏み締める四つの足。全身を覆う赤い鱗。巨体を持ち上げられるのか怪しい翼。そしてなにより五つの首を持つ怪物だった。巻き込まれないように兵士達が退避する中、ヒドラと呼ばれたそいつは目の前の矮小な獲物を五つの頭で見定める。そして自分の圧倒的優位を誇示するように咆哮した。

 

 その姿はこの島で戦ってきたどんな魔物より強大だっために足が竦みかけた。それでも逃げ出さず剣を構えたのは、後ろで震える少女のためか、はたまたここで折れては空を旅するなど夢のまた夢と奮い立ったのか。

 

 この時、ヒドラと対峙する三人の考えは分かれた。近いのはジータとカタリナだったろうか。

 

 カタリナは多少腕が立つとはいえ子供に任せるわけにはいかず自分が前に出て戦わなければという思いがあったが、はたして自分と未知数の二人を合わせたとして勝てるのかと逡巡した。

 ジータは強大な敵に畏怖してしまっていたが、頭の冷静な部分が状況を判断していき、勝つためにはまず三人で連携する必要があると思う。加えてジータにはないがグランにある能力でもっと戦力を増強させられれば、勝機はなくもないと判断した。カタリナの実力は未知数だが少なくとも今の自分達よりは強いだろうと思っている。

 ではグランは、どうか。

 

 ジータはなにをするにもまずあのヒドラと戦わなければならないという事実と向き合うため、勝ち目が薄いと思われる敵に対して一歩を踏み出した。それを恐怖に立ち向かう勇気と捉えるか、実力に見合わない無謀さだと捉えるかは人によるが。

 踏み出した彼女を制する手があった。グランの手だ。彼はジータの一歩前で真っ直ぐにヒドラを見据えている。

 

 そして剣を納めた。

 

「……っ」

 

 その時点でジータはグランがなにをする気か察して、声をかけようとするが、もう遅かった。彼は大きく息を吸い込み決意を瞳に宿らせて、

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを上げヒドラへと駆けていく。

 

「お、おい!」

 

 カタリナが無謀に思える突撃を制止しようとするが、彼には止まる気がなかった。

 

「ふん。身の程を知らないガキですねェ。ヒドラ、やってしまいなさい!」

 

 ポンメルンはそんな少年の蛮勇を笑う。ヒドラがゆっくりと顔を向けて口の中に焔を灯した。

 

「――来い、輝剣クラウ・ソラス!」

 

 走りながら右手の中に虹色の結晶を出現させ、その結晶が砕け散ると代わりに水晶のような綺麗な刀身を持つ剣が現れた。ヒドラの首の一つが吐いた火炎に向けてその剣を振るうと、道を開くように真っ二つに裂けていく。

 

「なにっ!?」

 

 これにはポンメルンも驚愕している。グランは勢いを保ちながら

 

「レイジ! ウェポンバーストッ!」

 

 自分の攻撃力を高め、この後に放つ渾身の奥義の威力を上昇させる。彼は初手の一撃で決めるつもりだ。

 近寄ってくる羽虫を払うようにヒドラが攻撃してくるのを掻い潜り懐まで接近する。グランは剣の柄を両手で握ると大きく上段に振り被った。

 

「ノーブル・エクスキューションッ!!」

 

 剣から光の柱が立ち上り、振り下ろせば柱ごとヒドラへと叩き込まれる。巨体の化け物にも効果はあったのか、呻き声が漏れていた。強烈な一撃に砂煙が舞い、ヒドラの様子を覆い隠す。

 

「……や、やったのか?」

 

 ビィが固唾を呑んで見守る中、グランは肩で息をして剣を構える。油断はしていない、はずだった。

 

「っ……!?」

 

 気づけば砂煙の中に大きな影が見えてグランへと近づいてきていた。煙を裂いて現れたのはヒドラの鉤爪だ。グランは反応できずその鋭利な鉤爪に切り裂かれ、手に当たって吹き飛ばされる。血が噴き出し宙を舞う様は明らかに致命傷だとわかった。地面を力なく転がってうつ伏せになると流れ出た血が止まらず血溜まりを形成する。

 

「――」

 

 ぴくりとも動かない生まれた時から連れ添った双子の片割れを見て、ジータは自分の中から全てが抜け落ちたような感覚を得ていた。冷静に考えていた頭も働かなくなり、ただ倒れ伏したグランを呆然と見つめる。

 

「く、くくくくく……。なんと呆気ない。少し冷や冷やしましたが、所詮は子供。私に逆らわなければこんなことにはならなかったでしょうに」

 

 そこに彼の死に様を嘲笑う声が届く。にたにたと嫌らしい笑みを浮かべたダサい髭のおっさんだ。

 その顔を見た時彼女に生まれた初めての感情は、殺意と憎悪だった。

 どんな事情があろうとも、誰かを守るために戦った者の死を嘲笑うことなど許されない。などという綺麗事はどうでも良くて、ただただ憎かった。今すぐ自慢の顎鬚を切り落として生きていることを後悔させてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。

 

「貴様……! 民間人を手にかけるとは……どこまで腐っている、ポンメルン!」

 

 悔しさと怒りから声を荒げるカタリナも、

 

「お、おい! 嘘だろ、しっかりしろよ! なぁ!」

 

 グランが倒れたのを信じられないという様子で何度も呼びかけるビィも、気づいていなかった。

 普段優しい少女が今この瞬間に人生最大であろう怒りを覚えていることに。

 

「……大丈夫。大丈夫だから」

 

 三人がそれぞれに取り乱す中、残った少女が静かに歩み出る。倒れて動かないはずのグランへと近づいた。首飾りと森の中から光が溢れ出す。森の中、すぐ近くにあった祠からも溢れていた。

 胸の内に燻る黒い感情を湛えていたジータも、優しい声と不思議な光に一瞬心が安らいでいく。

 

「ごめんなさい、私のために」

 

 ルリアがグランへと屈み込み光を強めていく。

 

「い、一体なにが起こってるんですねェ!」

 

 ルリアを利用しようとしていたポンメルンでさえなにが起こっているのか理解できないようだ。

 

 誰も動かない中、しばらくして光が収まるとぱっちりと目を覚ましたグランがゆっくりと上体を起こすのが見えた。

 

「えっ……!?」

 

 死んだと思っていた、と言うより死んでいた片割れが生き返ったことに驚き、憎悪が消し飛んだ。

 

「な、なにが起こって……これは一体、どういうことなんですねェ……」

 

 先程までの威厳はどこへ行ったのか、大尉は慌てふためていていた。

 

「――始原の竜。闇の炎の仔。汝の名は……バハムート!」

 

 少女が詠唱すると祠の光が強くなり、突如として巨大な黒銀の竜が顕現する。目元と口、両腕を拘束された異様な姿ではあったが纏う威圧感はヒドラの比ではなかった。

 

「ひっ……!」

 

 ヒドラよりも強大な存在の出現に、ポンメルンの喉が情けなく鳴った。

 バハムートと呼ばれたその存在は、力任せに拘束具を引き千切ると敵であるヒドラに向かって咆哮する。今度はヒドラが畏怖させられる番だった。

 

 黒銀の竜は光を集束させると咆哮と共に極大の光線を放つ。ヒドラのいた地点に着弾すると跡形もなく消し飛ばした。

 

 あまりの衝撃で近くにいたポンメルンの固めた髪が巻き上がり、ぼさぼさのまま落ち着く。ヒドラの後方に控えていた兵士にも被害が出ており、たった一発で形勢が逆転してしまった。

 

「……そ、そんなバカな……。ヒドラが一撃で……」

 

 一瞬で老け込んだように見えるポンメルンは唖然としてバハムートを見上げる――そして目が合った。感情の読み取れない瞳に恐怖し、びくりと身体を震わせるとそこからの行動は早かった。

 

「て、撤退! 撤退ですねェ! 負傷者は抱えて、全軍撤退するんですよォ……!!」

 

 青白い顔で命令し兵士達と共に逃げていく彼に威厳などは欠片もない。

 

 敵が去ってほっとしたからか、ルリアは膝を突いた。

 

「ルリア!」

 

 カタリナが心配して駆け寄る。ビィもグランへと飛びついた。とはいえ生き返った本人はどんな状況かさっぱりわかっていないらしく困惑していたが。

 そんな四人を眺めたジータは苦笑して、一旦先程の感情を追いやり声をかけることにするのだった。

 

 こうして蒼の少女ルリアとグランは命を共有し、帝国に逆らったことで故郷を追われることになる。

 巻き込んでしまって申し訳ないというカタリナの謝罪を、旅に出られるいい機会だと笑って流した二人は、ビィを連れて故郷を旅立った。

 

 夢見たイスタルシアを目指す大いなる旅路が今、幕を開けるのだった――。

 

 尚。小型の騎空艇で空へと旅立った五人は、初操縦カタリナの手によって破壊、近くの島に不時着することとなるのだが、それはまた別の話。




双子ですがグラン君のみルリアと命を共有するような結果となりました。

途中でグラン君が虹の結晶(ガチャのヤツ)からSSR武器を出してましたが、
その能力の詳細を説明するのは大分先になります。

まぁ言ってしまえばガチャです。彼しかない能力ですが。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ

オリジナル主人公側のプロローグも投降しておきます。


グラン君と対になるような邪道主人公を目指したいと思っています。
ネーミングはグラン君と一緒。

類似作品に心当たりがあればお知らせください。


 この世界は空の世界とも言われている。

 島々が空に浮かび、船で空を渡り島を行き来する。

 

 見ようによっては幻想的な世界だが、一方で治安はあまり良くない。

 どこにでもガラとタチの悪い輩がいて、善良な市民を恐喝する。

 

 秩序の騎空団や十天衆といった抑止となる存在もいるが。その程度の小競り合いに出てくる必要はないと思っている。または自分達の見える範囲でしか対処できないのか。

 

 なんにせよ、そういう連中がいたとしてもこの世界には無法地帯というのが存在していた。

 

 俺の住んでいる、この島もそうだ。

 

 この島にある街は治安が悪い。盗みから殺し、強姦なんてのも日常茶飯事だ。それもこれもマフィアの野郎共が牛耳っているせいだ。あいつらが好き勝手やるから、傘下に入って好き勝手やろうという輩が出てくる。俺みたいな弱者は肩で風切って歩くヤツらに目をつけられないことを祈るしかない。

 

 この街ではマフィアの言うことが法律みたいなモノだ。目をつけられたら、一貫の終わりだ。

 しかも俺のやっていることは、マフィアからしてみれば憤怒モノだ。

 

 なにせ俺は、ヤツらからモノを盗むことを生業としているのだから。

 

 当然、見つかれば半殺しじゃ済まない。殺されるか、拷問を受けてどこに盗んだモノを流しているか吐かされるなどするだろう。

 それでも俺が盗んでいるのは、生活のためだ。身寄りがなく真っ当な生き方を知らない俺には、こうする以外に生きる術を知らなかった。マフィア相手でなければ危険は少ないが、逆に報酬も少ない。この街でマフィア連中以外に盗んで売れるようなモノを持っているヤツはいないのだ。

 

 だから俺は、今日も淀んだゴミ溜めのような街を歩く。石畳の通路の脇や細い路地には多くのみすぼらしい恰好をした人が座り込んでいる。倒れているヤツはもう終わりだな。もう目覚めることはないかもしれない。

 俺もただ街を歩いているわけじゃない。仕事があった。フードを目深に被って視線を隠しつつ、道行く人達を観察する――見つけた。マフィアだ。談笑しながらこっちに歩いてきている。リーダーらしき角の生えた大柄の種族、ドラフの男が肩に人を担いでいる。髪の中に三角の耳が生えた種族、エルーンの少女だな。売り物にする気だろう。

 だからと言って助けるようなことはしない。そうすれば俺が殺されるだけだ。目の前で浚われる人を見過ごすなんて、この街じゃよくあることだ。罪悪感なんてない。

 

 ……あいつが財布持ってるな。ズボンの右ポケットか。やってやるか。

 

 俺にできるのは誰かを助けることじゃない。マフィアからモノを盗むことだけだ。

 少女を担いだドラフが財布を持っている。なら注意が逸れて盗みやすい。

 

 俺は歩き方を変える。しっかりとした足取りから、クスリをキメた輩がするような覚束ない足取りに変える。この歩き方ならわざとぶつかった、という風に思われないのだ。俺はふらふらと男の方へ近づいていき、ぶつかる。自分の身体でポケットの位置を隠し左手で素早く抜き取り左腰のポーチに入れる。重さから考えると大分美味い仕事だな。

 

「あぁ?」

 

 ドラフの男は苛立ったような声を上げるが、俺が気にせずふらふらと歩いていくと舌打ちしてそのまま歩き出した。ま、クスリで脳機能が低下したヤツに怒鳴ってもしょうがないよなぁ。

 俺はそのまま歩いていき、人混みに紛れる形でそいつらから離れていった。

 

 細い路地に入ってからは普通に歩き、裏路地を駆けていく。そして盗品を売ってくれる店まで直行した。

 

 店の名前はない。看板なんて立派なモノもない。ただ俺はそこが店だと知っている。扉を開けると来客を知らせるベルが鳴った。一応表向きは雑貨屋らしいの様々な商品が店内に並んでいる。

 

「よぉ」

 

 棚の奥で座っていたハーヴィンの男に声をかけた。ハーヴィンは男女共にヒューマンの子供ほどしか身長がなく尖った耳をしているのが特徴だ。

 

「おう。ダナンじゃねぇか。仕事は終わったのか?」

 

 俺の名前を呼び、他に客がいないこともあって早速本題に入った。

 

「ああ。あの間抜けな連中から、財布盗んでやったぜ」

 

 俺は腰のポーチから盗んだ財布を取り出して見せる。

 

「ほう? 見せろ、財布そのもの含めて、査定してやるから」

「待てよ、中身の確認が先だ」

 

 こいつと俺は提携している。俺がマフィアからモノを盗み、こいつに売りつける。こいつは俺に報酬を提供し、盗品をどこかへ横流しする。またマフィアから特定のモノを盗んで欲しい時は俺に依頼が来るようになっている。そういう場合は報酬も上乗せされる代わりに、危険も多くなる可能性が高い。

 ただ財布やなんかは先に中身を見ておくのがいい。こいつが中身の金額を偽って分け前を減らす可能性もあるからな。先に中の金額を確認して、こういう場合は半分だから半分確保しちまった方が公平だ。逆に俺がちょろまかそうとするとバレるので、やめておいた方がいい。商人は目敏いんだとよ。

 

 財布を開き中身を確認する。……マジかよ。五万ルピも入ってやがるぜ。これならしばらく仕事しなくても暮らせるんじゃねぇか?

 

「その顔、さては相当な金額入ってたな?」

「当たりだ。五万だぞ五万。二万五千は貰っとくからな」

 

 俺は二万五千ルピをポーチに放り込んで財布を手渡す。

 

「ああ、好きにしろ。しかし五万か。相当な大物に手ぇ出しやがったな?」

「ドラフの男だったな。エルーンの少女担いでたから、奴隷として売り出す立場なんだろうよ。余程羽振りがいいんだろうな」

「あー、なるほどな。奴隷売買の担当連中か。そりゃ金持ってるわけだ。しかしそんな連中に手ぇ出したらてめえもそろそろ危ねぇんじゃねぇか?」

「かもな。だが安心しろ。万一捕まるようなことがあっても、あんたの名前は出さねぇよ」

 

 まぁ名前自体は教えられていないのだが。もし捕まったら拷問されてどこに流しているか聞かれた時に面倒だからな。場所だけなら、数日来なくなった時に移転すればいいだけだ。ただ名前が割れると特定されやすなってしまう。

 

「違ぇよ、そういう話じゃねぇ」

 

 俺はそう捉えたのだが、どうやら商人にとっては違ったらしい。

 

「じゃあなんだよ?」

「あー……まぁ、なんつうかな。てめえがうちで一番の稼ぎ頭なんだよ。てめえが捕まったら売り上げ落ちちまうっての」

 

 商人は頭を掻きながらそう言っていた。

 

「腕買ってくれるのは嬉しいが、俺なんて若輩だろうが。代わりなんていくらでも作れるだろ」

「てめえみたいに器用で度胸あるヤツなんて早々いねぇんだよ。マフィアには逆らわない。そういう常識が染みついたヤツばっかりだ」

 

 商人が吐き捨てるのを聞いて、確かにそうかもしれないと納得する。

 この街にいる連中は、生きるだけで精いっぱいになっているヤツが多い。そんな中ルールの体現者とも言えるマフィア連中に手を出したいと思うようなヤツはいないだろう。悪戯に命を縮めるようなもんだ。

 

「かもしれねぇな」

「だろ? だからよ、ダナン。下手打って死ぬんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、そう簡単には死なねぇさ」

 

 珍しく真剣な様子の商人に軽く手を振って、店を出た。そして店の扉が閉まる直前で、

 

「……悪いな、ダナン」

 

 そんな声が聞こえた気がした。それが俺の空耳だったのか、本当に呟いたのかどうかはすぐに判明した。

 

「よぉ。やってくれやがったなぁ、クソガキ……!」

 

 店を出たところに、俺がさっき財布を盗んだドラフの男が立っていたのだ。当然、額に青筋を浮かべてお怒りのご様子だ。

 

「俺達マフィアに手ぇ出したらどうなってるかわかってんだろうなぁ、おい!」

 

 ばきばきと拳を鳴らして凄んでくる。……マジかよあの野郎、俺を売りやがったな。クソ、これだからこの街は嫌いなんだ。俺は一人で、相手は三人。ドラフの男にエルーン、ヒューマンの三人組だ。俺は腰の後ろにある短剣しかねぇが、ドラフは拳だろうがエルーンはシミター、ヒューマンのヤツなんかは弓を持っていやがる。逃げるったって無理だろこんなん。

 

「……はっ。こんなコソ泥に財布盗まれるもんだから、マフィア様とは思わなかったぜ。悪かったなぁ」

 

 俺はここぞとばかりに嘲笑ってやる。

 

「てめえ……!」

 

 確実にキレただろう連中には構わず、俺は駆け出した。形振り構ってはいられない。この街から逃げてもこの島から逃げることはできないが、なんとか逃げねぇと。明日すら来ないで終わるぞ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ。今まで必死になって生きてきたのだって、この島からおさらばするためだ。クソ、あの商人め。恨んでやるからな。

 

「おいおいどこ行くんだよぉ!」

 

 逃げ出した俺を、ヒューマンの男が矢で狙ってくる。肩越しに振り返りながら矢の軌道を読んで回避し、その辺にあったモノを投げて狙いを遮り邪魔をする。

 

「おっとこっちは外れなんだなぁ!」

 

 逃げている俺を先回りするように、別のヤツが路地から現れた。……チッ。三人だけじゃねぇのかよ。

 片手剣で俺を斬ろうとしてくるヤツの攻撃を見切り、ヤツの右から回るように背後を取って右腕で首を絞め喉元に抜き放った短剣を突き刺した。すぐに抜いて殺したヤツの尻を蹴飛ばし、矢の盾にする。そのまま路地を曲がって逃げ続けた。

 

「追え! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

 マフィアの怒号を背に、俺は走り続けた。

 

 ……ああ、クソッ! 殺っちまった! これじゃ島からも出れねぇぞ!

 

 マフィアを殺しちまった。確実にこの街にはいられない。しかも向こうもそれはわかっているから、確実に出入り口を塞いでくる。そうなったら俺は終わりだ。だから封鎖される前に街から出るしかねぇんだが。

 

「……ははっ。クソ食らえだな」

 

 既に一番近い出入り口はマフィアが屯していやがった。俺が行けそうなところは真っ先に抑えてあるってわけか。となると結構な人員が動いていやがるな。少なくとも盗っ人一人に対して動かす人数ではなさそうだ。

 ってことは、別の出入り口を探すなんて無謀にも程があるよな。どの出入り口も封鎖しようとして散らばっている今がチャンスなんじゃないか?

 

 いや、流石にこの考えの方が無謀すぎる気もするな。勝てる保証がない戦いをするなんて、俺の柄じゃない。

 確実に勝てる環境を作ってから挑みたいんだが。

 

「……無理だよなぁ、そりゃ」

 

 この事態が突発的なモノだ。準備も全然できてねぇ。なにより物資が少なすぎる。もっと手札を増やした状態なら良かったんだが。

 

 だが、やるしかない。やらなければ捕まった殺されるだけだ。拷問を与えて引き出したい情報も、もうないだろう。

 

「……はぁーっ。クッソ、こんなの俺の柄じゃねぇんだからな」

 

 俺は盛大にため息を吐いて、俺は物陰から飛び出し屯しているマフィア共の内一人を不意打ちで首筋を斬り絶命させる。

 

「てめえは……!」

「ああ、俺の方から来てやったぞマフィア共! 大人しく道を開けろ!」

「舐めやがって! 殺してやるぞ!」

 

 こうして俺と、マフィア九人の戦いが始まった。……途中までは良かったんだけどなぁ。

 

「あと三人……死にたくなかったら道を開けろや!」

「手負いの盗っ人一人に手古摺ってんじゃねぇよ!」

 

 俺が合計で七人を殺った後、後ろから声が聞こえた。がんと強い衝撃を頭に受けて、怪我を負っていた俺は地面に伏した。クソッ、意識持ってかれるとこだったぞ。なんて力してやがる。立ち上がろうにも、すぐ背中を踏みつけられて動けなくなる。踏みつける力も強い。全く起き上がれねぇ……!

 

「やっと捕まえたぜ。散々俺達をおちょくってくれやがったな、てめえ」

 

 声で思い出した。俺が財布を盗んだドラフだ。クソッ。俺もここまでか。

 男が踏みつける力を強めた。めきっという音が聞こえ激痛が襲う。

 

「がぁ……っ!」

「調子乗ってんじゃねぇぞ! ここでは俺達がルールなんだよ。俺達に逆らったらどうなるか、教えてやる!」

 

 男がなにかを喚いていたが、そんなことどうでも良かった。苛立ちに合わせて力を強めるもんだから、痛みが増してそれどころじゃない。

 これが、強者に逆らった弱者の末路だ。弱いヤツはこうなるんだ。だから、どんな手を使ってでも勝たなきゃならなかった。けど俺にそれだけの力はなかった。

 

 何度殴られたかわからない。何度刺されたかわからない。ただ身体中どこもかしこも痛くて、意識がはっきりとしなかった。

 

「……チッ。おい、てめえら。こいつを川に捨ててこい。死体の顔見るだけでも不快だ。川に流せば空の底に落ちるだろ」

 

 俺をぼこぼこにしたドラフの男が不機嫌そうに言って、意識が朦朧とする俺の頭を掴み持ち上げる。

 

「おい。最後になにか言い残すことはあるか? あるよな、俺達に言うべきことがよぉ」

 

 視界が霞んで顔は見えない。ただ声で目の前にいるのだと認識できた。

 こいつは多分、俺に謝罪して欲しいんだろうな。公の、他の弱者がいる前で逆らった俺が屈服する様を見せつけたいんだ。だったらなんて言うかは決まってるよなぁ。

 

「……ねぇなぁ。俺に財布盗られるような間抜けにかける言葉なんてよぉ」

 

 笑えたかどうかはわからない。だが、例え掠れていたとしても声が届きさえすれば充分だ。見えてはいないが、きっと最高にムカついた表情をしているだろうな。いい気味だ。

 

「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 身体にかかる負荷から、多分地面に思い切り投げられたのだと推測して、身体を強かに打ちつけた。そこで俺の意識は完全に途絶えたから、その後どうなったかは知らない。死んで川に流されたのか、川に流されてから死んだのか。意識のない俺にはわからないことだった。

 ただ、どっちにしろ多分死ぬだろうな、とは確信していた。



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矮小なる闇は己を探す旅路へ2

プロローグは今しばらく続きます。


 全身がずきずきと痛む。暗い底にあった意識が一気に浮上してきた。

 

 ……死後に、生前受けた怪我とかって反映されるんだな。

 

 ズタボロの雑巾みたいな身体になっていたはずだ。マフィア達が俺を川に流すと話していたことも覚えている。記憶は問題ないようだ。

 じゃあ今いるところはなんだ。寝転がっている、のか? ベッドに寝転がって布団も被せられているように思う。フカフカした寝床のことをベッドと呼ぶのは知っているが、俺の育った街にそんなモノあったか? マフィア連中のアジトならあるかもしれないが、俺の知っている場所にはないぞ。

 それにいい匂いがする。料理という味のついた食べ物を作っている時に出る匂いだ。生まれてこの方、料理なんてモノの存在を疑っていたんだが。マフィアのヤツらは食べていやがったな、それを盗むとかいう依頼もあったような気がする。ただマフィアがそう言っているだけで、ほとんどの人はそんなモノを知らないと思っているのだが。いや、ベッドが存在するというだけでここは裕福なのでは? なら料理を知っていてもおかしくないのか。

 

 確認しようと目を開けた。瞼が重い。頭は回ってくれているが、身体に力が入らない。腕も上がらず起き上がるのも難しいだろう。目を開けると見知らぬ天井が見えた。木造の小屋、か? そんなに天井が高くない。ただある程度綺麗にされていて、澄んだ空気が漂っていた。街全体がどんよりしたところにいたせいか、よりそう思う。

 そうして中を観察していると、一点に目を惹かれた。そう大きくない小屋だが、俺の寝ているベッドの他にテーブルがあり入り口の扉近くには台所もあった。それなりにいい小屋だ。俺からしてみればとんでもなく裕福に見えるが、この程度なら一般家庭ぐらいだと教わっていた。

 

 その台所に、俺に背を向ける形で向かっている人物がいたのだ。……ただまぁ、背中の大胆な見せ具合はヤバかったが。陶磁器のように透き通った背中は小さい。全体像で見ても百三十センチくらいしかないんじゃないだろうか。それもそうか。紫の長髪を掻き分けるように突き出た二本の角がいい証拠だ。ドラフの女性だろう。

 ドラフ族は男女で体格に差がありすぎる。男のドラフは俺をボコ殴りにしたヤツと同様に、二メートルくらいの身長と筋肉隆々なのが特徴だ。逆に女のドラフは身長が低く変わりにと言っていいのかスタイルが飛び抜けていた。

 そのせいかドラフの女性は人攫いによく遭うんだよな。多分まぁ、使い道上の問題で人気なんだろう。

 

 俺がじっと彼女の背中を眺めていると、くるりと振り返った時に目が合った。左目を前髪で隠した童顔が見える。髪は後頭部で括ってあったので後ろからでも見えていたが、白いエプロンを装着していた。目が合うと微笑んでぱたぱたとこちらに近寄ってくる。前から見るとよりわかりやすく、グラマラスな体型をしていた。

 

「目が覚めたのね、良かったぁ」

 

 ベッドの傍に屈んで、心から嬉しそうに笑っている。近づいてきたことで甘い匂いがしてきた。……もしかして、ここは死後の世界なのか? いや、どうなんだろうか。少なくとも俺のいた街でこんなに綺麗で可愛いドラフの女性が無事でいられるわけがない。そういう場所だ、あそこは。

 

「見つけてから三日も眠ったままだったから、もう目が覚めないかと思って心配しちゃった」

 

 にこにこと話してくれる。つまり俺はこの人に拾われて看病されていたってことか。意識してみると薬の匂いが身体から漂っているのがわかった。布団がかかっているのも下半身の下着だけで、後は包帯が巻かれていたりガーゼが当てられていたりしている。

 ってことは俺は、生きているのか。

 

 まだ命があることに驚くしかなかった。あの時確実に死んだと思っていたのだが。

 

「そう、か。悪いな、助けてもらって」

「ううん。気にしないで」

「悪い。で、ここはどこなんだ?」

 

 別の島……ってことはないよな。川を流されていたのだから、同じ島のはずだ。

 

「ここは名前もない小島の一つで、そこにある山の中だよ」

「山? えーっと、この島に街はあるか?」

「うん。あっちの方に治安の悪い街があるみたいだったけど、修行するなら山の方かなって思ってこっちに来ちゃった」

 

 治安の悪い街、か。多分俺がいたところだよな? まぁ詳しくは知らないみたいだし、そう思っておくだけにしておくか。怪我が治らないことには島から逃げることもできないし。

 

「修行か。まぁでも、街の方に行くんじゃなくて良かった。多分そこが俺のいたとこだからな。あんたも言ってた通り治安最悪の場所だ。行かなくて正解だ。あと、あんたが山の方にいてくれたおかげで俺も拾われたんだろうしな」

 

 偶然が重なって、というヤツだ。おかげで俺はまだ生きている。まだ生きているということは、あいつらに仕返しする機会もいずれあるはずだ。ボコボコにされた恨みはいつか晴らしてやる。俺がもっと強くなって、物資もたくさん集めればなんとかなるはずだ。

 

「お姉さんでも役に立てたなら良かった」

 

 ただこの人の邪気のない笑顔を見ていると恨みが薄れてしまいそうだ。気をつけておかないと。

 

「いや、ホントに助かった。そういや、あんたの名前は?」

 

 命の恩人でもある。そういえば名前を聞いてなかったかと思って尋ねた。

 

「私はナルメア。修行の旅の途中なの」

「ナルメアか。ありがとう、助けてくれて。俺はダナンだ。返せるもんがなくて悪いな」

「気にしないで、ダナンちゃん。あっ、そうだ」

 

 ちゃんて……。と思っているとナルメアはぱたぱたと台所の方へ駆けていき、火をかけている鍋の中を目いっぱい背伸びして覗き込む。淵に立てかけているおたまを手に取って中身を掬うと、湯気の立つ料理に息を吹きかけて冷ますと口をつけて味見をしていた。味に満足したのかおたまで中を数回混ぜると、器を手に取り装っていく。充分器に装ったのかおたまを置いて火を止め、器とスプーンを持って戻ってきた。

 

「三日も寝込んでたからお腹空いてるでしょ? たくさん作ったから好きなだけ食べて」

 

 屈んで器を近づけられると、美味しそうな匂いが強くなって腹がぐぅと鳴った。器とスプーンを受け取ろうと腕を上げようとして気づいた。そうだ、力が入らず腕が上がらないんだった。目の前に今までの人生で一番美味しそうな食べ物があるというのに、なぜ俺の身体は動かないんだ。クソッ。

 

「……もしかして、食べたくない?」

 

 俺が一向に受け取らないからか、ナルメアはとても悲しそうな顔をし始めてしまう。いや、食べたい。とても食べたい。怪我さえなければ鍋一つ平らげるくらいには食べたかったんだが。

 

「いやその、まだ身体が動かなくてな。腕が上がらないんだ」

 

 起き上がることもできないし、腕も足も満足に動かせない。こんな状態じゃ仕方ないと思う。

 

「そっか。じゃあお姉さんが食べさせてあげるね」

 

 食べたくないわけではないとわかったからか笑顔に戻り、器からスプーンで白い料理を掬い息を吹きかけて冷ますと、俺の方へと差し出してきた。

 

「はい、あーん」

 

 その行為がどういったモノであるかを、荒んだ人生を歩んできた俺には理解できなかった。ただ、その行為が非常に気恥ずかしいモノであるということだけはなんとなく理解した。

 

「……えっと」

 

 まぁ確かに俺の手で食べられないのだから人に食べさせてもらうのは当然だ。でなければ飯にありつけないのだから。ただちょっと気恥ずかしさが先行して、躊躇してしまった。

 

「……やっぱり、お姉さんの料理食べたくない?」

 

 そのせいでできた間に、ナルメアはしょんぼりと肩を落としてしまう。命の恩人にそんな悲しそうな表情をさせるのは申し訳ない。

 

「い、いや。ちょっと驚いただけだから。悪い」

「ううん。食べれる?」

「ああ、腹減ってるから、それは大丈夫」

「そっか。じゃああーん」

 

 再度差し出されたスプーンに応じて、口を開ける。スプーンの先が口の中に入ってから閉じて食べた。ゆっくりとスプーンが引き抜かれて、液体上のそれが口の中に広がった。……美味いな。これが料理ってヤツなのか。よく煮込まれた柔らかい肉や野菜と相俟って食べやすく、優しい味つけが身体に染み渡るようだ。租借して飲み下すと、程好い温かさの料理が喉を通って胃に広がる。身体に力が戻ってくるようだった。

 

「……美味いな。こんなに美味いモノは初めて食べた」

 

 心から出た言葉だ。

 

「ううん。全然、まだまだだよ」

「いや、間違いなく俺が食べてきた中では一番だ。なにしろ、今まで料理すら食べたことがなかったからな」

「……そっか。まだまだあるから、好きなだけ食べてね」

 

 なぜか一口一口「あーん」をしてきたが、食べさせてもらっている身で我が儘は言えまい。とりあえずナルメアが嬉しそうだったので気にしなくていいだろう。

 

「今の料理はなんて言うんだ?」

 

 料理を食べ終わって満腹になったところで、彼女に尋ねてみた。

 

「? シチューだけど?」

「シチューって言うのか、さっきの」

「うん。もしかして食べたことなかった?」

「ああ。さっきも言ったが、料理なんて贅沢なモノを食べたことなくてね。大抵は乾いたパンとか、腐りかけの肉を焼いたヤツとか。まぁ碌なもんじゃなかったからなぁ」

「そっか。大変だったね」

 

 なぜか頭を撫でられてしまった。気恥ずかしいので振り払いたかったが、動けないのでどうしようもない。それに妙に傷つきやすいので、恩人への態度として拒むようなことはよろしくないらしい。

 しかしこうして他人の手が優しく触れるのは何年振りだろうか。柔らかくて温かい。妙な安心感が胸の中に生まれてくる。この感覚は多分、俺が幼い頃。まだ母親が生きていた頃にはあったモノだろうか。あの頃には、まだ人との触れ合いや温もりがあったように思う。

 

 久しく忘れていたが、まぁ、悪くはない感覚だった。

 

 それから俺は、自力で動けるようになるまでナルメアに面倒を見てもらった。

 ……いやまぁ、正直言って濡れタオルで全身を拭ってもらう時ほど恥ずかしいモノはなかった。いくら動けないとはいえ、いくら下着一枚は履いていたとはいえ。ただ断ると凄く落ち込むので、申し訳なくなってくる。必要なことだと言い聞かせて気にしないようにしている。彼女も人の面倒を見るのが楽しいみたいなので、二重の意味で断りづらい。

 

 俺が満足に動けるようになるまで、目覚めてから一週間かかった。

 聞けば俺がなんとか一命を取り留めたのは、ナルメアが持っていたポーションを使ったからだそうだ。それでも治り切らなかった怪我は自然治癒に頼るしかなく、絶対安静の状態だったわけだな。それでもちょっと過保護だったような気がしなくもないが。

 

「お姉さんは出かけてくるから、ダナンちゃんはまだ無理しないようにね」

「わかった」

 

 やけに子供扱いされるのにもすっかり慣れてしまった。小屋を出ていくナルメアの小さな背中を見送る。

 あと、彼女についてわかったことがあった。それは、今のようにほとんどの時間を外で過ごしているということだ。世話焼きではあるのだが、早朝から朝食を作るまでの間、朝食後から昼食を作るまでの間、昼食後から夕食を作るまでの間は外に出かけている。もし俺がいなければ一日中出かけているのではないかとさえ思うほど、よく外出するのだ。

 なにをしているのかは聞いていないが、修行だろう。たまに魔物を狩ってきて小屋で捌くこともあったので、食料確保も合わせて行っているはずだ。その時の手際から、ずっと前からそうして暮らしてきているように思える。更にでかい魔物をも無傷で狩ってくるので、相当に強いとは思っている。実際に見たわけではないが、とりあえず怪我をしているところは見たことがなかった。

 

 得物は刀のようだ。立てかけてあるのを見ている。

 

 ……刀か。まだ使ったことがなかったな。

 

 俺の性質上、できる限りの武器を扱えるようになっておいた方がいい。

 

 俺の生まれつき持っている能力故に、武器を扱えるようになるというのは必須事項だ。今のところは一番得意としている短剣に、必要だったから使い方を覚えた銃。剣、槍、格闘も覚えるだけは覚えたか。まだまだ実戦で使えるレベルじゃない。とりあえずの、って感じだ。

 

 ……ってことはナルメアに剣を教えてもらった方がいいかもしれないな。

 

 三日寝込んで一週間動けなかった。合わせて十日もサボってしまっている。身体が鈍って仕方がない。

 そろそろ身体を動かさないと取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 身体を解しがてら散歩でもしてみるか。

 

 ナルメアには安静にしていろと言われているが、俺も俺で目的がある。ただじっとしているわけにもいかなかった。

 

 俺はベッドから出て包帯の取れた身体に衣服を纏う。七分丈の黒いズボンと黒いフードのついた上の服だけだが。短剣も流されてなくなっているということはなく、置いてあった。服を着込むと洗濯をしてこなかった故の汚さや固さがなくなっていると肌で感じる。ナルメアが洗濯してくれたらしい。

 なにからなにまで申し訳ないが、今の俺には返せるモノがない。

 

 武器を手に取った俺は小屋を出る。久し振りに吸った外の空気が美味しい。いや、今まで淀んだ街で過ごしてきたので一層美味しい。辺りは木々の生えた穏やかな森だった。

 しかしこんな森にすら山賊やら魔物がいるのだ。油断はできない。

 

 少し身体が重いように思うが、調子は問題ないようだ。ナルメアがどこにいるかはわからないが、辺りを散策してみることにした。

 

 そして、見つけた。

 

 ナルメアと、対峙する魔物をだ。俺は息を潜めて経過を見守った。助けに入っていこうとか、そんなつもりは毛頭なかった。彼女が強いと予想していたというのもあるが、彼女の纏う雰囲気がそれをさせてくれなかった。

 対峙している猪の魔物も鼻息荒く身構えているように見せているが、俺には怯えて動けない憐れな獲物にしか見えない。

 

「さようなら」

 

 俺の聞いたことがない冷たいとも取れる声音が聞こえた。直後腰に構えた刀を振り抜き、魔物を斬り伏せる。

 

 ……なんだあれ。速すぎて見えなかったぞ。

 

 俺の目に見えたのは、剣を構える動作と振り抜いた姿勢だけだ。途中の所作は見えなかった。つまり、少なくとも俺とはそれだけの実力差があるということだ。

 実際に彼女の実力を目の当たりにして、俺は一つの決意を固める。息を潜めることをやめ、物陰から飛び出した。こちらを振り向き驚いて目を開くナルメアへ、決意を口にする。

 

「ナルメア。俺に剣を教えてくれないか?」




ナルメアが好きです(唐突)。

ヒロインになるかはまた別ですが。


因みにここで主人公を拾うキャラは他にも案がありました。
ナルメアがエプロン姿で出てきたところから、
温メイヤさんことアルルメイヤです。

アルルメイヤの場合はもっと主人公を導くような関わり方になると思います。


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矮小なる闇は己を探す旅路へ3

「……え?」

 

 森の中、魔物を一刀で倒したナルメアへ俺が剣を教えてくれと頼むと、戸惑うように眉を寄せた。

 

「ま、待って、ダナンちゃん。急に剣を教えて欲しいなんて言われても……。それになんで外に……?」

 

 状況の整理が追いついていないのか、おろおろし始めてしまう。

 

「急な話で悪いな。だが俺にとっては大事なことなんだ。落ち着いて聞いてくれるか?」

 

 いきなりなのは俺にもわかっている。だがここで退くわけにはいかない。

 

「う、うん……」

 

 未だ戸惑いの中にはあったが、頷いてくれた。

 

「悪い。まぁ、なんだ。ナルメアも修行の途中だって言ってただろ? それはつまり、強くなるっていう目的があるわけだ。それと同じでな。俺にも俺の目的がある。そのためには、強くならないといけないんだ。具体的にはあんまり言えないんだけどな。少なくとも世界を旅していく必要がある」

「だから、剣を教えて欲しい……?」

 

 そうだ、と頷く。

 

「外出てたのはあれだ、強くならないといけないのに、休むわけにもいかないだろ?」

「っ……」

 

 ……ナルメアが普段外でなにをしてるか探るためってのもあるんだけどな。優しくしてくれる人ほど信用するなってのはあの街での常識だ。

 俺が半分本気ぐらいで口にすると、彼女はなぜか少し驚いたように目を丸くしていた。そして目を伏せると、

 

「……そうだね。強くならないといけないなら、いっぱい修行しないとね」

 

 妙に実感が込められた言葉だったが、まぁナルメアにもナルメアの事情ってヤツがあるからな。そこは安易に踏み込まないようにしておくか。

 

「でもごめんね、ダナンちゃん。お姉さんはそんな、人に教えるほどじゃないから」

 

 今のでかよ。とツッコみたくはなるが、多分根がネガティブなんだろうな。気持ちはわからないでもない。俺はきっとなんとかなるさ、で状況が改善するなどと甘い考えをする気はない。だから勝てるように事前に準備してからでないと戦いたくはない。そうもいってられない事態に陥るから、強くならないといけないんだよな。

 そして気持ちがわかる俺だからこそ、ナルメアに必要な人間ではないとわかる。彼女に必要なのはもっと純粋で前向きな人間だ。それは俺じゃない。

 

 ただ、教える気になってくれないと困るので、説得するとしよう。

 

「それは知らん。なにせ俺は、治安の悪いあの街でしか育ってこなかったからな。そしてさっきの魔物を倒した時の剣を見て、少なくともあの街の連中よりは強いってのがわかった。なら教えてもらう価値があるってもんだろ?」

「でも……」

「世の中にはあんたより強いヤツがごろごろいるのかもしれない。より強いヤツに教わった方がいいのかもしれない。だが俺にはそいつらとの伝手がない。俺より強くて、あの街の連中じゃないヤツなんて、ナルメアしか知らないんでな。教えてもらえるとしたら、あんたしかいない」

 

 なにかを頼むなら、見返りが必要だ。それを用意できる自信はない。ただナルメアなら代わりに金や品を要求することはないだろうという、打算的な考えもあった。それでもいつかは返すつもりだ。残念ながら、それがいつになるかは不明だし、一生返せない可能性もあるんだけどな。

 ナルメアは悩んでいるようで、俯いて黙り込んでしまう。だが「考えておいてくれ」じゃ多分ダメだ。少し強引にでも、今ここで答えを出してもらう必要がある。

 

「頼む。俺は強くならないといけないんだ。迷惑なのはわかってるが、そこをどうにか頼めないだろうか」

 

 俺は彼女に対して深く頭を下げる。

 

「か、顔を上げて、ダナンちゃん」

 

 戸惑う声は無視して頭を下げ続ける。

 

「……わ、わかった。わかったから。お姉さんで良ければ、剣を教えてあげるね」

「悪い、ありがとう」

 

 了承が貰えたら頭を上げる。……我ながら酷い手口だな。人の優しさにつけ込むようなことをして。まぁでも、俺はどんな手でも使うさ。その覚悟は、もう十年前くらいに決めている。

 

「ううん。じゃあえっと、ダナンちゃんがどれだけできるか見たいから、ちょっと手合せしてみよっか」

「いきなりか。まぁいいけど。俺は短剣だけどいいか?」

「うん。剣術というか、動きを見るだけだから」

「わかった」

 

 ここは先生に従っておこう。

 短剣を左手に逆手持ちして構える。ナルメアも腰の刀の柄に手をかけて構えた。瞬時に彼女の放つ雰囲気が変化する。まだ刀を抜いていないのに、切っ先を向けられているような感覚だ。

 相手は小柄だが、ドラフだ。ドラフは男が筋肉隆々でわかりやすいが、女も見た目に反して力が強い。実際に起き上がろうとして押さえつけられている時に思っていたが、多分俺よりも圧倒的に強いだろう。

 

 ……まぁでも実力を見るための手合せだから、小細工なしの真っ向勝負でいくか。

 

 そう決めて、こちらから仕かけた。

 

 真正面から突っ込むと見せかけて、一瞬間合いに入ってからすぐに後退する。刀使いによくあると耳にする、居合いという剣術を警戒しての行動だ。そして俺の読みは正しかった。ただし、俺は後ろに跳んで距離を取ったにも関わらず、ナルメアが眼前まで迫っていたのだが。

 着地した瞬間に跳躍したが間に合わない。切れ味の鋭い刀でどうやったのかはよくわからないが、跳んで間に合わない脚を刀で払い、俺の身体を横に回転させ頭から地面に落とした。痛みに顔を顰めた俺に、刀の切っ先が突きつけられる。俺は負けを認め、短剣を手放し両手を挙げた。そして刀が下げられる。

 

「……やっぱり実力差は明確だなぁ。でもナルメアより強いヤツがいるってんなら、まだまだ頑張る余地があるってことだ」

「ダナンちゃんはポジティブだね」

「俺はポジティブじゃねぇよ。ただ、やるしかないからやるだけだ」

 

 俺は世界を旅する必要がある。それには少なくとも、この街から出ないと始まらない。つまりこの街の流通を取り仕切っているマフィア共と事を構えなきゃいけないわけだ。俺に味方なんていない。だから、俺は一人であの連中を相手取るだけの実力を身に着けないといけなくなる。

 何人かは殺ったが、あんな雑魚共を何人殺したところでたかが知れている。武器を持って一般人に勝ち誇る程度の連中なら、別に構わない。

 

「そっか」

「さて。とりあえず鈍った身体を戻さないといけないな。トレーニングも併行してやりつつって感じか。ナルメアはいつもこういうとこで修業してるのか?」

「うん。もっと強くならないといけないから」

 

 その顔には、悲壮感すら漂っている。

 

「ま、互いのために頑張ろうぜ。上は遥か遠いことだしな」

「うん。一緒に頑張ろうね」

 

 二人笑い合い、修行の日々が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 修行が始まってからわかったことは、ナルメアは剣に対してストイックだということだ。

 

 毎日毎日、俺に課題を与えたり様子を見たりしながら自分の修行にも余念がない。

 また、彼女は俺が思っているよりも、多分全空の中でも強い部類に入るだろうと思われた。

 

 純粋な剣術以外にも、魔法を使う。瞬時に移動したり一度に複数の斬撃を放ったりと俺には想像もつかないようなことを、本人は当たり前のようにやっている。天才と持て囃されてもいいようなモノだが。

 

 ……そんなナルメアに劣等感を植えつけたヤツは、どんな化け物だったんだよって話だな。

 

 そいつとは関わらないだろうが彼女の実力を知れば知るほど彼女の中で強さの基準となっている人物の遠さが見えて恐ろしい。

 とはいえそんな遥か高みを見上げていても仕方がない。俺は俺のできる限りで強くなっていくしかないのだ。

 

 魔法は割りと感覚でやっているようだが、剣に関してはきちんと型を持っていた。

 彼女は主に二つの構えを使い分けているようだが、どっちも凄いとしかわからない。もっと強くなれば、彼女の剣術がどのようなことを得意としているかがわかるのかもしれない。

 

 剣術や体術など体系化したモノには、そうなった所以が存在する。

 

 まぁわかっても仕方ないか。

 

 俺は最近になってから魔物との実戦を繰り返している。やっぱり素振りよりも色々と得るモノが多い。これまでは逃げ出す時にマフィアを殺したくらいだからな。戦いというモノを経験するのはいい糧になる。

 命の取り合いを日頃から行うことで、戦う時の感覚が研ぎ澄まされていくような感覚を得た。これは昔、あの街での過ごし方を身に着けた時と同じ感覚だ。身体が戦うことを覚えていく。

 

 修行を開始してから今日まで、半年くらい経っただろうか。

 

 今日も魔物を狩って、小屋へと戻ってきた。

 

「あ、おかえりっ」

 

 エプロンにポニーテル姿のナルメアが笑顔で出迎えてくれる。残念ながらと言うべきか、家事はあまり手伝わせてくれなかった。たまに俺が料理もできるようになりたいと言って教わることはあるが、基本任せて欲しいようだ。美味しいので文句はないが、別れた時になにも家事ができないのでは話にならないので少し手伝っている。

 

「ああ。いつも悪いな」

「ううん。お姉さんがしたくてしてることだから。もう出来てるから、座って」

 

 机の上には既に配膳された料理が並んでいた。時間通りに帰ってこれたようだ。彼女は過保護なところがあるので、時間通りに帰ってこないとかなり動揺して探し回ってくれる。気持ちは嬉しいが、とても申し訳ないので夕食の時間には戻ってこれるように切り上げていた。

 

 向かいの席に座って、二人「いただきます」と合掌する。ナルメアの手料理に舌鼓を打ちながら談笑した。

 

 ふと、こんな日々も悪くないと思った。思えてしまった。

 

 俺の人生に今までなかった温かさがあるからだろうか。こうして二人で過ごす時間が、続けばいいと思っている自分がいることに気がついた。

 もちろん俺にも目的がある。彼女にも目的がある。だが、日々を重ねていく中でその目的よりも今ある日々が大切だと思えたら、それはそれで一つの幸せなのではないかと思う。

 

 悪くない、と言うよりそれでもいい、だな。

 

 こんな風に思っていることを自分でも意外に思う。それだけ、ナルメアの優しさが大きかったということだろう。

 

 だが、それではダメだ。閉じた二人だけの世界に浸ってはいられない。というかこんなに長居する気はなかったのだが。ナルメアにだって目的があるし。彼女が嫌そうにしていないのも、俺が勘違いしてしまっている原因なのかもしれない。結局、優しさに甘えているだけだ。

 

 ……なんか、これ以上この生活を続けてるとダメになりそうだな。ナルメア、恐ろしい娘。

 

 そう考え、俺は食事が終わってから切り出した。

 

「ああ、そうだ。思ったんだけど」

 

 なんてことないように話し出す。俺がこの日々を大切に思っていることは、前面に出さない方がいい。それをやってしまったら、多分抜け出せなくなる。

 ナルメアはにこにこと俺の次の言葉を待ってくれる。

 

「もうそろそろここを離れようと思うんだ」

「え……?」

 

 彼女の笑顔が固まった。少なからずショックを受けていることがわかって、心苦しくもありまた嬉しくもあった。

 

「この辺の魔物も苦戦しなくなったしな。そろそろ頃合いかと思って。ナルメアも強くなるには、俺にかまけてる時間がない方がいいだろ」

 

 我ながら卑怯な言い方だ。こう言えばナルメアが引き止め切れないとわかっての言葉だからな。

 

「それは……」

 

 彼女は言い淀んでいた。困ってくれているのが嬉しい。だが、彼女は俺なんかとここでのんびり暮らしていてはいけない。

 俺ではきっと、ナルメアを導けないだろうから。

 

「そういうわけで、明後日にここを出ようと思う」

「そ、そんなに早く?」

「ああ。急な話で悪いが、あんまり長くいてもな」

「そっか。そうだよね……」

 

 もちろん俺としてはいつか再会したい。恩返しは全然できてないからな。貸し借りはできるだけなしにしたいというのもあるが、ナルメアのように献身的だからこそしっかり返してあげたいとも思っている。

 ……ホント、俺らしくねぇ話だが。

 

「ああ。今まで世話になってばかりで悪いが、ここを発つ。明後日にはお別れだな」

 

 きちんと、一緒に旅をするという選択肢は潰しておく。彼女からそう言い出して欲しいという甘えは許されない。ちゃんと決別する。これが今の俺にできる精いっぱいだ。

 

「……」

 

 ナルメアは暗い顔で俯いてしまった。……流石に心が痛むな。

 

「じゃあ、食後の運動がてら外出てくる」

「うん……」

 

 一人にさせるために席を外し、軽く鍛錬をして戻る。一応気持ちの整理はつけたのか笑って出迎えてくれたが、少し影があるようだった。翌日も普段通り振舞っているつもりだろうが、暗かった。

 

 そして俺が出ると告げた明後日を迎える。

 

 支度を整え、小屋を出る準備をする。

 

「もう、行くの?」

「ああ。今まで世話になったな」

「ううん。お姉さんも、ダナンちゃんと会えて嬉しかった」

「そうか? 修行の邪魔してばっかだったと思うんだが」

「そんなことないよ」

 

 見送るナルメアはなにか感情を抑えつけているようだった。

 

「あ、そうだ。ダナンちゃんにこれあげようと思ってたの」

 

 そう言って一振りの刀を取り出し手渡してくる。

 

「これは?」

 

 とりあえず受け取ってみたが、輝く刀身を持つ立派な刀だった。技術的なモノは素人の俺にはわからないが、刀から秀麗さが伝わってくるようだ。

 

「銘は丙子椒林剣。人から貰った刀だけど、売るのも申し訳ないからあげるね」

「凄ぇいい刀っぽいんだけど」

「うん。ダナンちゃんにならあげてもいいかなって。お姉さんは使わないから」

 

 確かにナルメアにはナルメアの刀がある。それがあればいらないのかもしれないが。

 

「なんか申し訳ないな、貰ってばっかりで」

「いいのいいの。お姉さんがしたくてしてることだから」

 

 気にしないでと言うが、これだけのモノを貰えば気にもする。だがそれを言っても仕方がない。俺にはまだ、なにもないのだから。

 

「そうか。なら有り難く貰っておくとする」

「うん」

 

 刀を背中に負う。

 

「今まで、ありがとな」

 

 なんとなく、彼女の頭に手を伸ばしてしまった。柔らかい手触りの髪に触れる。

 

「っ……」

 

 ナルメアが硬直した。……自分のことを「お姉さん」と呼ぶことも含めて、あんまり子供扱いするのは良くなかったかもしれないな。

 と思っていたら、ナルメアの両目から涙が流れていることに気がついた。慌てて手を放す。

 

「……今日は、泣かないって決めてたのに」

「ええと、なんかすまん」

「ううん、いいの。ごめんね、ダナンちゃん」

 

 ナルメアが謝ることじゃない。

 

 ……これはどうすればいいかさっぱりわからんな。だがこうしたいというのはあった。もしかしたら今後の人生で二度とないかもしれないが、俺の持てる最大限の優しさを込めるしかない。

 

「あー……なんだ。俺を助けてくれたのがナルメアで良かった。ナルメアのおかげで、俺は人のままでいることができる。今までホントにありがとう」

 

 もう一度手を伸ばして、彼女を宥めるように頭を撫でる。

 そうして泣き止むまで待っていた。

 

「じゃあ、もう行くな」

「……うん。また会える?」

「ああ。恩も全然返してないからな、いつか、きっと」

「そっか。頑張ろうね、お互い」

「ああ。達者でな」

「うん、ダナンちゃんもね」

 

 目元を赤く腫らしたナルメアに見送られて、俺は小屋を後にした。

 

 ――俺はきっと、今後どんなことがあっても彼女のことを忘れないだろう。

 

 なんとか俺を育てようとして、しかし結局余裕がなくなったことで俺を捨てた母親より、最初から最後まで優しさをくれた彼女のことを。

 もし優しさがあると知らなかったら、俺は獣の如きヤツになっていたかもしれない。

 

 人として生きていくに足りるだけの心を持たなかったかもしれない。

 

「……あーもう。心が弱ったんかね」

 

 たかが人との別れ程度で泣くようなヤツだっただろうか。けどまぁ、弱さはここに置いていこう。俺は目的のために、どんな手段でも使ってやる。

 

 涙を袖で拭い、空を見上げる。青く澄んだ晴れ空だった。

 

「……うっし。行くか」

 

 まずはそうだな。この島を出るとするか。

 

 俺は今後の行動を頭の中に並べていき、街の方へ向かって歩いていく。後ろ髪を引かれ振り向きたくなる気持ちを抑えてただ前に進んだ。

 

 ここからは俺が俺のために、突き進むだけの道のりだ。




ようやくプロローグの終了です。

次話からは本編となります。
よろしくお願いします。


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人形の少女編 血生臭い船出

少しずつ読んでくださる方が増えていっているようで、嬉しい限りです。
今後とも拙作をよろしくお願いします。


 俺はナルメアの下を去り、育ってきた街へと戻ってきた。

 

 ……約半年振りに戻ってきたが、相変わらず淀んでやがるな。

 

 半年間過ごしたあの小屋と森が、同じ島のモノとは思えないくらいだ。だが俺にはこっちの方が馴染みがいい。

 

「よぉ、久し振りじゃねぇか」

 

 俺は街に入って談笑していたマフィアに声をかける。そのマフィアというのが、俺が最初に財布を盗み、そして散々ボコしてくれやがったドラフの男だ。

 

「あぁ? てめえ誰だよ。気安く話しかけてんじゃ――」

 

 向こうは俺のことを覚えていないようだ。ま、当然か。マフィアからしちゃ俺みたいな小汚いガキ一匹リンチにしたところで日常とさして変わらない。

 だが俺は悠長に会話をしに来たわけじゃない。近づき短剣で腹部を刺した。

 

「ぐっ、うぅ……!」

「半年くらい前だったか? 散々俺をボコしてくれやがったしな。とりあえず死んどけ」

 

 俺は短剣を抜いて男を地面に倒す。

 

「これから俺はマフィア共を皆殺しにしてくる。お前は助けてくれるヤツがいれば、もしかしたら助かるかもしれねぇな? ま、てめえらが今までしてきたことを考えれば、街の連中が助けるなんてことはねぇだろうが。そのことを後悔しながらゆっくり余生を過ごしな」

 

 俺は逃げられないように足にも短剣を突き刺して、男を放置する。

 男は血を流して何事か呻いていたが、無視して短剣についた血をヤツの服で拭った。

 

 人が刺されたっていうのに、この街は全くざわつかない。悲鳴も上がらない。この街では人の死が軽い。

 

 ……そうだ。俺は元々こういう人間だ。人を殺すことにも躊躇はしない。マフィア共も散々人を殺し、売り捌き、嬲ってきた連中だ。殺されて当然だ。

 

「さてと、道すがら始末を続けるとするか」

 

 俺は呟いて、街を練り歩きマフィアを殺して回った。皆殺しにする必要があるのかと聞かれれば、最悪皆殺しでなくともいい。ただこの街を牛耳っているマフィアがいる限り、俺は生きてこの島を出ることができない。だから背中から撃たれないように、確実に始末しておこうとは思っている。自分の身の安全を保証するにはいい手段だ。……まぁ、この先も同じ手口でやっていくのは無理だろうがな。この街だからこそ、それが通じるんだとは思う。

 

 ナルメアに鍛えられた俺は、大体半年で元の五倍くらいは強くなったと思う。武器持って粋がっているだけのマフィア共には負けないだろう。

 

 そうして俺は遂にマフィア共のアジトまで辿り着いた。街外れにある倉庫がそうだ。

 

 俺は両の手で扉を押し開ける。薄暗い倉庫の中は改造されていて、奥に図体のでかいドラフが居座ってやがった。そして、前列のヤツらが俺へと銃口を向けている。

 

「全部で、あー……五十人ってとこか? 随分と豪勢なお出迎えだな?」

 

 銃口は十三か。銃の避け方も教えてもらった。まぁ問題ないな。

 

「軽口を叩けんのも今の内だぞ、ガキ」

 

 ここのマフィアを取り仕切っている奥のボスが声をかけてきた。ソファーに踏ん反り返って座りやがって。余裕アピールかよ。

 

「街で手下共が狩られてるってんで気になってはいたが、まさか本当にこんなガキだったとはなぁ。いい腕じゃねぇか。どうだ、手下にならねぇか? 俺の下につけば、いい思いさせてやれるぜ? 酒も女も力も、全部好きにできる。悪くない話だろ?」

 

 おやおや。思わず笑っちまったよ。

 

「おいおい。マフィアってのは随分と生温いみたいだなぁ?」

「あん?」

「こちとら手下殺ってる時からてめえら皆殺しにするって決めてんのによ。今更勧誘とか悠長すぎないか? どうやらボスの頭の中はお花畑みたいだな」

 

 俺の挑発を聞いて、ボスの顔が怒りに歪んだ。

 

「いい度胸だクソガキ! てめえら、ありったけの鉛弾を食らわしてやれ!」

 

 号令があって一斉に引き鉄が引かれる。発砲音がいくつも重なり、銃弾が俺へと飛んでくる。俺は体勢を低くして銃弾を掻い潜りながら駆ける。銃弾ってのは反動があって弾がブレるんだと。少なくとも銃口の直線上より下には飛ばない。

 

 そして銃は一度撃ったら装填までに時間がかかる。俺ならその間に距離を詰められる。

 

 左端のヤツへと肉薄して足を払い後ろへ回転させながら喉元を掻き切った。すると血飛沫のカーテンが出来て後ろで武器を構えている連中にかかり、目潰しにもなる。その間に一人また一人と命を絶っていく。

 俺はただそれを繰り返すだけでいい。統率なんてロクに取れていない、烏合の衆だ。正規の軍ならまだしも、こんな廃れた街のマフィアやっている連中相手なら充分だ。ホントなら爆薬なんかで一掃したかったんだけどな。

 

「あー、クソッ。全身血塗れだ。なぁ、ボスさんよ。いい服屋知らねぇか?」

 

 俺は手下共を倒して、最後に残ったボスへと声をかける。

 

「……最後にもう一度聞くぞ。俺の下につく気は?」

 

 ソファーの横に立てかけてあった両刃の斧に手をかけて問いかけてくる。

 

「仲間散々殺した俺をまだ迎え入れる気があるなんて、ボスはお優しいな」

「俺ぁこの街で最強だ。頂点に君臨してる。てめえも、俺の次には強いからなぁ。それに、手下なんざまた集めりゃいい」

「はいはい。自分の強さ自慢は他所でやってな。手下はもう集まらねぇよ。言ったろ? 俺は、てめえらを、一人残らず始末しに来たんだって。もしかしてまだ理解できてねぇのか? その辺の子供の方がもうちょっと利口だぜ」

「てめえ……! 俺を怒らせたこと、あの世で後悔しやがれ!」

「うだうだ煩ぇよ。いいからかかってこい。強いんだったら強さで屈服させてみろ」

 

 スキンヘッドに血管浮かび上がらせて立ち上がり、襲いかかってくる。

 

「おらぁ!」

 

 右手で軽々と持ち上げた両手斧を、振り回してくる。……動きが緩慢だな。ただ力任せに武器を振るだけ。生憎と俺はあんたより力が強くて速くて鋭い攻撃を知ってるんだよ。

 大きく振り被るから動きも丸見えだ。まだ銃構えたヤツの方が強い。

 

「ちょこまか動きやがってぇ!」

「あんたが鈍いだけだろうに」

「減らず口を!」

 

 しかしただ避け続けているだけではダメだ。攻撃に転じるため振り切った後腕を斬りつけたりしてみる。

 

「痛くも痒くもないぞぉ!」

 

 確かに、短剣じゃ切り傷をつけるので精いっぱいだな。この筋肉ダルマ相手じゃ効果も薄い。

 確実に首を狙う必要があるな。心臓は……あの分厚い胸板じゃ刃が届くかわからねぇな。

 

「ふんっ!」

 

 ヤツが俺を両断すべく横薙ぎに斧を振るった。それを後退して避けるとすぐに前へ出て接近し左足を後ろへ振り被る。そして渾身の力を込めて、ヤツの股の間に爪先をめり込ませた。

 

「っ……か……っ!」

 

 ボスは悶絶して斧を落とし股間を押さえて蹲る。一気に顔から血の気が引き、冷や汗をだらだら流していた。

 

「これで、首が丁度いい位置に来たな」

 

 俺は悶絶するボスの首に短剣を添える。

 

「……てめえ、卑怯だぞ……っ」

「ははっ。傑作だな。マフィアのボスが卑怯なんて言うかよ。最初に言った通り、俺はてめえらを殺しに来たんだ。戦いに来たんじゃねぇ。どんな手を使ってでも息の根を止めてやる。そう宣言したつもりだったんだがなぁ」

 

 俺は刃を押しつけ薄皮を切る。

 

「わ、わかった。取引をしよう。俺はもうこの街から手を引く。なんならお前にボスを譲ってやってもいい。街を歩けば誰もが頭を垂れる。最高の気分になれるぜ」

 

 そうやって時間を稼ぎながら落とした斧を拾う算段か。懲りないヤツだな。

 

「下らねぇな」

 

 俺は一言切って捨てて、ボス首を掻き切った。

 

「俺は別に、富や名声が欲しいんじゃねぇよ。ただ、俺が何者なのかを知りたいだけだ」

 

 死体は捨て置き、アジトの中を漁る。金目のモノは盗むし、俺が一番欲しい船の情報も盗む。元々俺は盗っ人だからな。元を正せば盗品だろうし。

 

「おっ」

 

 手近にあった革袋に手当たり次第金目のモノや地図なんかを放り込んでいると、地下へと続く階段を見つけた。棚の下にある。……僅かな隙間すらも見逃さないみみっちい盗っ人精神が役に立ったな。

 棚を退かし湿っぽい空気を放つ地下へと降りていく。

 

 かつかつと靴底で階段を踏み鳴らす音が止まり地下へと着いた。

 

「……」

 

 俺はなにも言わず、ただ目を細めて眉間に皺を作る。悪臭と言えば悪臭だが、この街で育った俺からすれば嗅ぎ慣れた匂いだ。何日も身体を洗っていない時に出る、綺麗な身体だった期間があるからこそ気づけた臭さ。加えて糞尿の匂いに薬の匂い。様々な異臭が混じり合った酷い空間だった。

 

 そこには宝などなく、牢獄だけがあった。冷たい鉄檻の中に閉じ込められ鎖に繋がれた人がいる。ただ、そいつらを人と呼んでいいかどうかは微妙なところだ。

 

 階段を降りた近くに看守室と思われる一角があった。壁に鍵の束がかけられているのを見て、それを手に取る。

 ご丁寧に鍵には牢獄毎の番号と枷の番号が振られていた。残念ながら鉄を難なく斬るほどの実力には達していないので、鍵を使って開ける必要がある。

 

 まず一つ目。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 懸命に股間を弄っている女に声をかけた。まるでそれが自分の全てであるかのようだ。答えはない。ただ聞くに堪えない嬌声を上げるだけだ。俺は短剣で喉を裂いた。

 

「おい。お前は人間か?」

 

 次の牢獄でも、その次の牢獄でも俺は同じことを繰り返した。……ただ命を助ければいいってもんじゃない。自我が崩壊したヤツは、もう死んだも同然だ。

 俺の問いに返事をする、または反応を示す。それだけの気力があるヤツだけを解錠し、自由にしていく。

 

 全ての牢獄を回って枷を外したのは、約半数か。

 

「マフィアは俺が潰した」

 

 牢獄全体に響く声で告げた。自我がある者しか残っていないので、全員が顔を上げてこちらを見る。

 

「だからお前達はここから出られる。だが、面倒は見ない。出るなら勝手に出ろ。そして自分の足で歩け。今更言うまでもないだろうが、誰かの助けなんて期待するなよ」

 

 生きる意味すら失っているだろうから、これだけのことを言うだけなら問題ない。

 そして俺は、彼らを放置してマフィアのアジトを去った。

 

 もう一つ、この街でやることがある。

 

「よぉ」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて、そいつに片手を挙げ声をかけた。

 

「……生きてたのか、ダナン」

 

 俺が世話になっていた店の商人だ。あの日、俺を売ってくれやがった野郎だ。まぁこいつの事情には大体予想がついてる。元々俺は、こいつに頼まれて稼ぎがいいからとマフィア専門の盗みを働いてたわけだが。多分それを繰り返し続けたせいでバレそうになったんだろうな。だからこの商人は、自分の身を守るために嘘を吐いた。多分「俺は盗品を売られただけで、協力関係にはない」とか言って。別に恨みはねぇ、とは言わないが。大して恨んじゃいない。

 

「ああ」

 

 俺は頷いて、素早く距離を詰めるとヤツの左手を掴みカウンターに叩きつけると同時に短剣で甲を貫いた。

 

「づぅ……っ!」

 

 痛みに顔を歪めるが、悲鳴は上げなかった。俺がこうして来た時点で、ある程度覚悟はしてたんだろう。

 

「悪いな。そんなに恨んではねぇが、仕返しはしとくぜ」

 

 俺が刃を抜いたら即座に回復アイテムを使って血を止めにかかった。それを邪魔するほど恨んではいない。

 

「なにより、あんたには長い間世話になったからなぁ。知識だけは、ここで学ぶ機会の少ないいい買い物だった」

「……そうかよ」

 

 俺に教養を与えてくれた、かけがえのない人物だ。裏切られただけで殺すのは忍びない。

 

「さて、商売の話をしよう。俺はこの街を出る。だがこの血塗れの服じゃダメだろ? 服を見繕ってくれ。代金はこれだ」

 

 俺は店主に笑いかける。刺されたせいか冷や汗を掻いてはいるようだったが、さっきのに全く反応できなかったことからも対面している限り命を握られているようなモノだからな。向こうとしても応じるしかない。

 アジトから奪ってきた革袋の中に手を入れて、宝石の散りばめられた懐中時計を取り出しカウンターに置く。ちゃんと血で汚れた箇所を避けて、だ。

 

「……こんなモノ、どこで」

「連中のアジトだ。知ってんだろ? 俺がマフィアを狩り回ってたことくらい」

「まさかマフィアに逆らったのか?」

「逆らったって。今更だろうが。あいつらなら今頃、全滅してるよ」

「……嘘だろ」

「ホントだって。なんなら自分の目で確かめてこいよ。街にいくつ、死体が出来上がってるかな?」

「……」

 

 商人は俺に対して畏怖したようだ。この街で逆らう者がいない力を持ったマフィアを全滅させたことか、殺人の話を笑ってする俺の人間性へかは知らない。あるいは両方かもな。

 

「……わかった。商品は売ってやる」

「助かる」

「お前は、なにがしたいんだ? 正義の味方にでもなるってのか?」

 

 商人の問いに、俺は思わず吹き出した。……笑えるな。こんな俺が正義だって?

 

「バカ言え。俺は、俺の道に立ち塞がるヤツには容赦しねぇってだけだ。マフィアだろうがなんだろうが、必要があるなら殺してやる」

 

 笑みを引っ込めて商人の怯えた目と目を合わせる。無駄だが、半歩後退っていた。

 

「……ほら、服取ってこいよ。これと一緒で、黒いヤツな。できれば下着と上下三つずつくらいは欲しいなぁ。あとこういう、フードついたヤツ」

 

 その後でにかっと笑って要求してやる。商人は俺を気味悪いモノを見るような目で見つつ、店の奥へと姿を消した。

 

 そして俺は、旅の支度を整える。

 

 黄ばんだ下着と血塗れになった上下の服には別れを告げ、新品の衣装に身を包んだ。

 

 黒い長ズボンに黒いTシャツ。加えて内側は暗い赤色の、フードがついたローブのようなモノだ。。脹脛の裏にまで丈が届いている。愛用の短剣はよりいいモノに買い替えて左腰へ括りつけた。ナルメアから貰った刀は背に負っている。革袋の中身を替えの衣類と飲食物、盗んだモノ達に変更してより大きなモノを買った。紐を右肩に担いで持ち、マフィアが提携しているため定期的に島を訪れる奴隷運搬船へと乗り込んだ。

 

「悪いが、俺の船出のためだ。乗っ取らせてもらうぜ」

 

 乗組員は半ば盗賊のようなヤツだから好戦的だったが、別の場所で捕えられた奴隷達を解放する代わりに船の操縦を手伝ってもらった。代わりのいなかった操舵士だけは乗っていたヤツの右耳を削いで言うことを聞かせる。

 

 そして俺は、晴れてと言うには少し血生臭いが、育った島を出ることに成功したのだった。



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暗躍していそうな四人

ようやく本番開始ってところです。


 俺は奴隷運搬船を使って別の大きな島に辿り着いた。

 

 船に積んであった食料やなんかを元奴隷達で山分けしてもらい、当面生きるだけの備蓄は用意してやった。船が着いた港は隠された裏にあった。まぁ奴隷売買なんて表の港から入れるわけもねぇよな。

 ついでに奴隷商の本拠地だと思われる場所を襲撃、自我がはっきりとしている奴隷達を解放して回った。……最初船に囚われてたヤツらからしてみれば、俺が奴隷解放運動をしてるヤツにでも見えてるらしい。これは俺が悪いな。マフィアのアジト襲ったついでに奴隷解放して、船手に入れるついでに奴隷解放して、島での安全を確保するために奴隷解放してるわけだし。きちんと面倒は見ねぇから自分で生きろよとだけは告げておく。一部最近奴隷になったばかりの感情が豊かなヤツなんかが泣きながら感謝してきたが、俺は別にこいつらを解放しようとして回っているわけじゃない。

 

 ……あんま目立つと目をつけられるから嫌なんだが。

 

 ただまぁ、なんと言うか。見過ごしたら見過ごしたで胸糞悪い。やりたいようにやった結果なら受け入れるしかねぇ。

 

 ただ基本は隠密行動だ。もう遅いとか言わない。

 

 俺は人の多い街へと場所を移した。奴隷達は体力がないのでついてこようとしたヤツらは置いていく。

 街に入る時に身分を確認された。それだけでここの治安がいいと察する。あそこは出入り自由、ただしマフィアの気分次第だったからな。きちんと鎧を身に着けた兵士が入り口を見張っていた。俺は黒一色という怪しげな恰好だったが、気さくに「ここは治安良さそうだな、あんたら日々頑張ってるおかげかぁ」と言っておいたらちょっと態度が柔らかくなった。チョロい。

 

 奴隷運搬船の操舵士が言うには、この島はエルステ帝国の首都アガスティアから程近い。エルステ帝国の兵士がうようよいるせいで物々しく感じられるが、街の活気は悪くない。帝国はきな臭いかもしれないと聞いた気がするが、そうは思えないな。まぁ帝都まで行けばなにかわかるのかもしれないが、とりあえず俺には関係のないことだと思う。

 

 さて。

 俺がこの街に来てやりたいことはいくつかある。

 

 まず情報収集。世界の情勢やなんかの最新情報と、本来の目的である変な能力を持ったヤツがいないかという情報。

 あと装備も整えたいな。がっつり揃えるんだったらバルツ公国に行った方がいいとは思うが、胸当てが欲しいだけならこの街でも手に入るだろう。ということで早速盗品を換金して胸当てを購入した。ちゃんと黒に染めてもらう。

 そして協力者探し。これが一番の難関だ。俺には伝手もなければそこそこの金しかない。雇うにも頼るにも不安要素しかないだろう。あと我が儘を言えば、俺より強い人がいい。ナルメアの時みたく俺に異なる武器の修行をつけて欲しいからな。とはいえその条件に当て嵌まる連中に協力を頼むには、俺も素性の知れない怪しいヤツから抜け出しある程度の地位を獲得しといた方がいいか?

 

 ついでにこの街での信頼も得ておきたい。その方が動きやすくなるだろうからな。

 

 仕方ねぇか。やるだけやってみるとしよう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 あれから一ヶ月が経過した。

 

 俺はこの街における拠点として、廃工場を選択した。誰も近寄らないので家賃はタダだし、ちょっと手間はかかったが居住空間として改造もしてある。廃工場と言っても機械の類いは全て撤去してあるので、入り口から入るとだだっ広い。奥の一階と二階に部屋があり、一階を工房、二階を居住スペースとして使っている。二階へは左手奥の梯子から上った通路を行くと入れる。一応床に穴を開けて梯子を通し一階と二階は繋いであるが。

 金については方々で依頼(雑用やなんかの)をこなし報酬として貰っていた。まぁそうでなくともまだ換金していないくらいには余裕があるので、問題ない。本来騎空士とやらがやるような仕事を、手が足りないのをいいことに請け負うことにしていた。まぁそれなりに顔が利くようになれば、「丁度いいところに。これちょっと手伝ってくれない?」という風になるので島々を旅する騎空士より信頼されやすいというのもあった。

 俺は汚い仕事も請けられるが、いいヤツを装おうと思えば装えるのだ。

 

 そして。

 

「よぉ。情報を買いに来たぜ」

 

 この街に来て最も世話になっているのが、情報を金で売ってくれる商人だった。

 

「はい~。今日はどんな情報をお求めですか~?」

 

 やけに間延びした口調で話すハーヴィンの女性だ。若く見えるのに、割りと深い情報まで把握している凄い人である。黄緑色の羽毛を持つオウムを連れているのが特徴だ。

 

「この街で有名なヤツを見かけたことはあるか?」

「? どういう意図ですか~?」

「なんて言うか、あれだ。強くて暗躍してそうな感じのヤツだよ。見た目がわかりやすいといいな、俺が見つけやすいし」

「いるにはいますけど~、なんでそんな情報を~?」

 

 いるのかよ。我ながら無茶な条件だと思っていたのだが。

 

「協力を取りつける。まぁその辺はこっちでやるから、そいつの情報をくれるだけでいい。信用できるかも俺が決めるから、最低限どんなヤツなのかの情報さえあれば充分だ」

「……怒らせたら命を落とすかもしれませんよ~」

「できれば怒らせる条件ってのも聞いておきたいなぁ」

「怒らせないために、ですよね~」

「ははは、もちろんもちろん」

 

 怒らせた方が隙が出来やすいからだけど。

 俺が嘘を言っていると察したのか、商人は深くため息を吐いていた。

 

「わかりました~。言っておきますけど、私が関与したことは言わないでくださいね~」

「その辺は心得てる」

 

 そこは信頼してくれていい。マフィアに殺されかけても言わなかったくらいだからな。

 

「……。この街にいる、ダナンさんの条件に合う人達を一組だけ知っています~。四人組で、黒い甲冑の騎士に、ぬいぐるみを抱いた少女に、へらへらした青髪のエルーンの男性に、表情の変わらない赤髪のドラフの女性という組み合わせですね~」

 

 うわ、なんか凄い暗躍してそう感ある面子だな。

 

「エルーンとドラフの二人は~、一部では有名な傭兵ですね~。魔法と剣、それぞれにおいてかなりの実力をお持ちみたいですよ~」

 

 魔法と剣か。剣は触れているが、魔法に関しては全く触れていない。俺が欲しい部分の一つだな。

 

「少女の方はわかりませんが黒い騎士は一目見れば誰かわかりますよ〜。なんと、エルステ帝国最高顧問を務める七曜の騎士が一人、黒騎士なんですよ〜」

 

 ……マジかよ。

 俺は絶句していた。黒騎士とやらが持つ肩書きの二つは大きすぎるモノだ。

 今やエルステ帝国と言えば数ある国の中でも最大勢力を誇っているが、元々は辺境の小国だったらしい。それをこのファータ・グランデ空域を支配する軍事国家へと押し上げたのは、最高顧問の存在あってとのことだそうだ。まぁ皇帝やら宰相やら、色んなヤツらが動いての結果ではあるだろう。だがそこで多大な貢献をしたことは間違いなかった。

 

 しかし問題のは後者、七曜の騎士だということだ。

 

 七曜の騎士とは空域一つを支配できるような化け物のことを言う。強さは常識で測れるモノではないらしい。七曜とつく通り七人いるようだが、七人で、という話ではない。一人で空域一つを支配できる化け物だそうだ。

 七曜の騎士は空域を分断する瘴流域と呼ばれる地帯を一人で抜けることができるらしい。瘴流域の中は飛行困難で嵐が常に吹き荒れており、その周囲には強い魔物が多くいるそうだ。その中を一人で、ってことは瘴流域でもぶった斬って進むんだろうか。どちらにしても、俺からしてみれば途轍もなく強いということしかわからない。ナルメアよりも強いんだろうな、くらいのもんか。

 

「そんなヤツがなんだってこんな街に来てんだ? 最高顧問ってんなら帝都アガスティアの方にいるだろ」

「黒騎士さん達はよく来ているみたいですよ~。帝都だと特別扱いされすぎて、肩が凝るんじゃないですか~?」

「そんなもんか。で、それぞれの弱点とかあるか?」

「七曜の騎士に弱点なんてほとんどないですね~」

「そりゃあな」

「でも一つだけ、耳寄りな情報がありますよ~。今なら二割引きにしましょうか~?」

「いいから話せ。どっちにしろ買うんだからな」

「わかりました~。実は黒騎士さん、傍にいる少女に手を出すと凄く怒るらしいですよ~」

「……弱点か、それ」

「はい~。黒騎士さんにはない弱点を少女が補っているんです~」

「……悪どいな、商人ってのは」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ~。もちろん、手を出したら殺されますから命が惜しくないとできないですよね~」

「ふぅん。……ってことは黒騎士からその少女を奪えば誘導も可能か。戦えるヤツなら武器奪うだけでもいいかと思ったが、確実にいけるならそっちの方がいいよな」

「……あの~、なにか物騒なことを呟いているようですが~」

 

 これはいけるかもしれないな。罠もいくつか買い込んで有利な場所にヤツらを誘き出す。そこまで持っていくためには必要かもしれないな。

 

「……いやぁ、いい情報を聞いたぜ」

 

 俺はにやりと笑う。

 

「とんでもない人に教えてしまったような気がしますね~。勝算はあるんですか~?」

「あるわけないだろ、相手は七曜の騎士だ。だが、ちょっと驚かせることくらいはできるだろうな。殺されたら殺されたで仕方ねぇが、まぁなんとかするさ」

「悪巧みが似合いますね~。でも本当に気をつけてくださいね~」

 

 楽しくなってきた俺を見て、商人は少し真剣な表情をした。珍しいなと思って笑みを引っ込める。

 

「七曜の騎士は、執拗《しちよう》に追いかけてきますから~。うぷぷ~」

 

 言ってから、両手で口元を覆い自分で笑っていた。……こういうとこが玉に瑕なんだよなぁ。腕はいいだろうに。

 

「そうか。じゃあこれ情報料な。足りるか?」

 

 こういうのはスルーするのが正しい。さっさとルピを渡す。

 

「はい~。毎度あり~」

「あと罠いくつか欲しいな。どういうのが売ってる?」

「罠ですか~。それでしたらこういうのがありますよ~」

 

 その後は俺が行動に出る時使えそうな商品がないかを探っていく。流石と言うべきか、充実のラインナップだった。

 

「お買い上げありがとうございました~」

「ああ。いつもありがとな、シェロカルテ」

「いえいえ~。またお越しください~」

 

 いくつか稀少な品も手に入った。有用な情報も手に入った。……次は実際に四人組の姿を見ておくか。

 ということで、シェロカルテから聞いたよく四人が集まる酒場に入る。少女がいるのに酒場で集まっているのか。

 

「……」

 

 酒場に入ったらすぐにわかった。

 なにせまだ昼間なのに飲んだくれた野郎共がいる酒場で、全身黒甲冑の騎士が座っているのだから当然だ。しかもその傍らには幼い少女がいる。

 

 四人席を囲う彼らの近くにあった二人席に一人で座る。飲んだくれは多いが全体的には空いているので、すぐにウェイトレスが来た。

 

「あ、ダナンさん。この間はお店手伝ってくれてありがとうございました」

 

 顔見知りだったので、来てすぐにぺこりと頭を下げてくれる。

 

「いいって。また人手が足りなくて、俺が空いてる時には顔出すから。とりあえず飯先で、チャーハンと餃子とジャンジャーエールで」

「はい、またお願いしますね。すぐにお持ちします」

 

 とまぁ、こんな風に俺は各所に顔を出すようにしていた。この店が忙しい時に手伝おうかと声をかけて何度か働いたことがあるのだ。この一ヶ月で家事スキルを鍛え上げてきたので、大抵のアルバイトはできると思う。客との応対やなんかもやるだけなら問題ない。敬語も多少学んでいることだしな。

 料理と飲み物が来るまでの間に、四人の会話に聞き耳を立てる。

 

 禍々しいほど黒い甲冑で全身を包んだ騎士は、見たところお冷にも手を出していない。兜を被っていれば当然か。右隣に座る少女は全くの無表情だ。長い青髪を左右二つで結っており、紅い瞳はじっとテーブルの上にある料理を眺めている。その上で休まず料理を食べ続けているのだから、かなり空腹だったのだろうか。四人の中では一番小柄ながらに食べている量が多い。あれが通常だと食費が半端ないな。

 少女の左隣が赤毛のドラフだ。ちびちびと料理を摘んでいる。つまらなさそうな顔をしているような気はするが、確かあんまり表情が変わらないのだったか。その左隣の青毛のエルーンは、なにが楽しいのかへらへら笑いながら食事をしていた。

 

 ……さっきとこの位置から見た限りじゃ、黒騎士が剣と銃、少女がぬいぐるみを抱えていて、ドラフが三本の剣、エルーンはよくわからないな。魔法を使うんだったか? とはいえ杖らしきモノは見当たらない。青い玉を下げているが、あれがその代わりなんだろうか。

 

「それで、首尾はどうだ?」

 

 黒騎士が兜の中からくぐもった声を上げる。

 

「まあまあかな。ね、スツルム殿?」

「……ドランク。雇い主への報告くらいはちゃんとしろ。指示にあったことは完了している」

 

 エルーンがドランクで、ドラフがスツルムと言うのか。

 

「ならいい。計画通り進めるぞ。次はバルツか」

「彼らがそのまま行けばね。まぁ行くんだろうけど」

「そうだな。バルツでの首尾はどうだ?」

「……概ね問題ない。大公の弟子が嗅ぎ回っていたが、今のところ邪魔される心配はなさそうだ」

「そうか」

 

 バルツ公国の名前が出てきたな。火山がある暑い島を首都としている国だ。

 

 四人の様子を見ながらその後も観察を続けた。やがていなくなったので、食休みを経てから俺も酒場を出た。

 

 それから一週間、俺はヤツらの動向を探った。バレてはいない、とは思っているがバレているだろうな。あの街で長年やっていたとはいえ、所詮素人に過ぎない。相手は傭兵や七曜の騎士だ。おそらく俺のバックについているのが誰かなどを探るために泳がせているのだろう。

 そのおかげで、俺はじっくり観察することができた。罠などの準備は万端だ。

 

 これでようやく、行動に移せる。

 

 準備は念入りに行った。シミュレーションも怠っていない。いけるはずだ。

 ということで俺は四人が集まっている酒場に入る。フードを目深に被って顔を隠し、しかし目立たぬよう気配を薄くして。気配を消すまでいくと怪しいヤツとして四人に気づかれてしまう可能性が高いのだ。

 そして誰にもバレずに近づいて、意識せずなんの気負いもなく、料理を一つ食べ終えて皿を積み重ねた直後の少女の身体を抱え酒場の外へ走った。

 

「貴様っ!」

 

 黒騎士が叫んでくるが、止まるつもりはない。全速力で逃げ出し、裏路地に逃げ込む。その後右に曲がって一直線に走っていると、背後からがしゃがしゃと甲冑を着た黒騎士が追ってきた。その後ろには赤毛のドラフ、青毛のエルーンと続いている。

 少女は食事処で食べているところしか見たことはなかったが、案外と軽い。脇に抱えて走っても邪魔にならないくらいの重さだ。というかあんな重そうな鎧を着込んでいるのについてこれるとかおかしいだろう。

 

 そのまま俺はアジトに入って罠を起動、二階の部屋へと入った。

 

「よし、と。悪かったな」

 

 抱えていた少女をちょこんとソファーの上に座らせる。浚われたというのに大して抵抗もせず大人しくしていた。感情が薄いのか、自我が薄いのか。詳しいことはわからないので、俺にはわかっていることから作戦を練ることしかできない。

 

「まぁすぐあいつらが取り戻しに来るだろうから、大人しく待っててくれ。危害を加えるつもりはないんだ」

 

 俺の狙いはあくまでリーダーらしき黒騎士に挑むこと。他のヤツを傷つけるつもりはない。それで手を組めなくなったら困るしな。

 

「……」

 

 少女は反応を示さない。じっと座っているだけだ。……やりにくいな。まぁこうなることも考えておいて正解だったと言うべきか。

 

「ほら、これでも食べてな」

 

 俺は焼き上げ温めておいたアップルパイを取り出して机の上に置く。

 

「……アップルパイ」

 

 初めて少女の声を聞いた気がする。良かった、注意を引けそうだ。少女の食べているモノの中でなにが一番多かったかを調べておいた甲斐があるというモノだ。シェロカルテに美味しいアップルパイのレシピの情報を買っておいて良かった。三日で練り上げて店に出してもいいくらいの美味さになっていると思う、多分。

 

「そうだ。これやるから大人しくしてるんだぞ」

 

 俺が言うと、少女はこくんと頷いてアップルパイに手を伸ばした。その直後、轟音が耳に入ってくる。おそらく入り口の扉を蹴破られた音だな。

 

「出てこい!」

 

 黒騎士の怒りの込められた声が響いた。俺は大人しく部屋から出て二階にある通路の柵に寄りかかる。黒騎士に続いて、ドランク、スツルムが入ってきた。……完璧だな。ちゃんと考える連中で助かった。

 

「貴様……どこの所属かは知らないが、今すぐ人形を返し後ろにいるヤツの名前を吐け。そうすれば生かしてやる」

 

 ドスの効いた声で脅してくる。まぁ、そうくるよな。……人形ってのはあの子のことだったか。大切に思っているかと思ってたんだが、どうやら微妙みたいだな。なんか事情があるんだろうが。

 

「残念ながらそうはいかない。なにせ俺の後ろにいるヤツなんていないからな」

「なんだと?」

「俺はあんたらがどう思ったのかは知らないが、単独犯だ。誰かに頼まれてやったわけでもねぇし、用が済んだらあの子も返すよ」

「じゃあなんのためにこんな真似をしたのかな?」

 

 青い長髪のエルーン、ドランクが尋ねてくる。

 

「あー……。どう言えばいいか微妙なんだけどな? あんたらに手を組んで欲しいんだよ」

「組むと思うか?」

「それをちょっと考えてもらうために、こうして売り込みに来てるってわけだ」

 

 ここからは俺の腕の見せ所ってヤツだな。

 

「話中悪いんだけど、とりあえずそこから降りてきてもらおうかな」

 

 ドランクが懐から小さい玉を指の間に挟んで取り出し、俺へ向かって放ってくる。どうやら本当にあの玉を使って魔法を駆使するらしい。が、ころんころんと地面に落ちて転がるだけだった。

 

「あ、あれ? 魔法が使えないんだけど……もしかして君がなんかした?」

「ああ。入ってきたのが二番目のヤツが、魔法が使えなくなる罠だな。ちゃんと発動してくれて助かった」

「……。おっかしいな~。君が走ってくる順番を見てたから、わざわざスツルム殿と入ってくる順番変えたのにな~」

「そうだな。あんたらがそこまで考えて入ってくれるように、ちゃんと見ておいたんだ。まぁそうしなくても順番変えた可能性はあっただろうけどな」

「ということはスツルム殿~」

「……動けない」

「じゃあ今スツルム殿に悪戯し放題――」

「……腕は動くぞ」

 

 腰の剣を素早く抜いてドランクの鼻先に突きつけた。抜剣速度は速いな。こんなことでわからなくても良かったが。

 

「じ、冗談だよスツルム殿~」

 

 ドランクは引き攣った笑みを浮かべて後退する。……これで二人は封じたと言える。余計な邪魔は入らないだろう。

 

「さてと、付き添いの二人はこれでいいとして。どうだ? 付き合ってくれる気になったか? 黒騎士さんよ。まぁ断ったら戻ってあの子殺すだけだから、別にいいんだけどな?」

「貴様……」

「悪いがこの状況になった時点であんたに選択肢はねぇよ。強行手段に出たら万一にも死んだ場合を考えちゃうもんなぁ」

 

 俺がにやにやしながら黒騎士に対して優位に立っていると、不意に後ろからローブの袖を引っ張られた。……ん?

 

「……アップルパイ、もうない?」

 

 振り向くと件の少女がいた。

 

「まさか、もう食べ切ったんじゃないだろうな」

「……ん。美味しかった」

「そりゃどうも。ったく、しょうがねぇ。ちょっと待ってろ」

 

 俺は黒騎士に対して待つように告げて部屋に戻り冷蔵庫に入れておいたアップルパイを取り出し、レンジに入れて温める。

 

「これがチンって鳴ったら取り出して食べていいからな。あと、ちゃんと席に座って食べるんだぞ」

 

 俺は少女が頷いたことを確認して、ぽんと頭に手を置きさっさと部屋の外で戻る。

 

「というわけで今は無事だがあんたの選択次第によっちゃ殺すことになるわけだ」

「そ、そうだな」

 

 取り繕ってはみたが既に向こうも微妙な感じになってきている。あからさまににやにやしているドランクの顔をぶん殴りたいが、それはまた今度だ。

 

 俺は仕方なく、柵を跳び越えて一階へ降りる。膝を使って難なく着地し腰の短剣を抜いた。

 

「まぁごちゃごちゃ言っててもしょうがねぇか。さっさとやろうぜ。早くしないと罠の効果が切れちまう」

「ふん。手を組むに値するか、確かめさせてもらおうか」

 

 俺が構えたのに応じて黒騎士も剣を抜いた。研ぎ澄まされた所作だった。伊達に最強に手をかけていない。

 

 俺から突っ込む。正面から一撃加えると剣で受け止められた。ただそれだけでなく、微動だにしていない。相手は剣を抜いただけで構えもせず直立状態だってのに。手応えは全くない。壁に攻撃しているような感触だ。ふざけた力だな。とはいえこれでやめるわけにはいかない。俺は体勢を変えながら続け様に攻撃していく。しかしどれ一つとしてこいつを動かすにも値しない。膂力が違いすぎるんだ。クソったれ。短剣だけの勝負では埒が明かないと袖に仕込んでいた煙玉を指で弾き視界を潰そうとするが、剣の腹で打ち返され逆に俺が煙を浴びてしまった。

 

「げほっ、げほっ……!」

 

 クソ、ここまで歯が立たねぇとはな。手加減してるつもりはねぇってのに。

 

「この程度か?」

 

 侮蔑も嘲笑もない、ただの確認のような口調だ。……ああそうだよ俺はこの程度だ、残念ながらな。だがこのままじゃ手を組むに値しない雑魚と切り捨てられて終わり。賭けなんかには出たくねぇが、やるしかないか。

 

「……なぁ、黒騎士」

「なんだ?」

「オルキス王女は元気にしてるか?」

「っ……!?」

 

 薄ら笑いを浮かべながら発した俺の言葉に、黒騎士は明らかに動揺した。シェロカルテに聞いていた、もしかしたら隙を生めるかもしれない魔法の言葉だ。僅かな隙を狙って全力のタックルをかまし、なんとか体勢を崩させる――ここだ。

 

「ブレイクアサシン!」

 

 俺はある技を発動する。赤い雷が轟くように俺の身体が瞬間的に強化された。そして渾身の力を込めて、短剣の一撃を黒騎士へ叩き込んだ。籠手で受け止められるが、それでも構わない。

 

「っ!」

 

 黒騎士の身体が、体勢を崩していたとはいえ二メートルほど後退する。……おいおい。今のは相手の隙に攻撃することで威力を大幅に上げる技だぞ。それで籠手に傷一つついてねぇ。

 

「……嘘だろ。今のでそんだけしか下がらないとか、どんな強さだよ」

「私も、まさか動かされるとは思っていなかった」

 

 そりゃちゃんと構えていなかったからな。

 

「貴様の実力は充分にわかった。次はこちらから行くぞ」

 

 黒騎士の言葉の直後、俺の全身を悪寒が襲った。反射的に後ろへ飛んだが、当然目の前まで距離を詰めてきていた黒騎士に反応できない。

 

「我が剣にて万難を排さん――」

 

 黒騎士の身体から黒いオーラが噴き上がった。全身を襲う悪寒が強まり、汗が噴き出る。口の中が一瞬で乾いた。剣を振り被る黒騎士の姿が俺の命を絶ちに来た死神にしか見えない。

 脳が絶え間なく警鐘を鳴らす。死が間近まで迫ってきている――俺は短剣を捨てて両手を前に突き出した。力量差がありすぎて逃げられない。避けることもできない。かといって相殺も不可能。となれば防御するしかない。あれを使うしか生きる道はない!

 

「【ナイト】! ファランクス!!」

 

 【ナイト】と口にすることで光の粒子が衣服を包み俺の衣装が変化する。頭から爪先までを黒い甲冑が包んだ。加えてファランクスにより、俺の手の前に障壁が展開される。

 

「散れッ!」

 

 障壁に剣が叩きつけられる。瞬時に亀裂が入った。いや、この亀裂は障壁のモノじゃない。空間そのものにヒビが入っている。亀裂の近くにある俺の身体に激痛が走っていた。亀裂が広がっていくため痛みは全身に広がっていく。歯を食い縛って耐えていたが、やがて剣を振り抜かれると同時に障壁が砕けて黒いオーラの奔流が俺を呑み込む。呆気なく吹っ飛ばされて壁に激突したところで、俺の意識は落ちていった――。

 

 ◇◆

 

 壁に叩きつけられ、力なく地面に落ちるダナン。気を失ったからか変化した衣装が元に戻っていく。

 

「壁ごとぶち抜くつもりでいたんだがな」

 

 黒騎士の物騒な言葉に反して、ダナンの叩きつけられた壁は凹んでこそいたが穴はなかった。

 

「いやぁ、まさかこんなところで彼と同じ力を持つ子に会えるなんてねぇ」

 

 どこか楽しげなドランクが、散らばった玉を拾い集めながら言う。

 

「筋はいい」

「おっ。スツルム殿が褒めるなんて珍しいね」

「煩い」

 

 スルツムは茶化してくるドランクをぞんざいに扱って、黒騎士へと視線を放る。

 

「……で、どうする?」

「どういう目的かは知らんが、使えるかもしれんな。ドランク、そいつを上に連れていって治してやれ」

「はいは~い。人遣いが荒い雇い主様」

「貴様らは今回役に立たなかったからな。そういう点でも評価はできる」

「ひっど~い。まぁその点は僕も同意かな。いやぁ、甘く見てたね」

 

 スツルムはなにに対してかため息を吐く。

 

「そいつは次の作戦に加えるのか?」

「それはこいつの目的次第だな。とりあえず、目が覚めてからだ。さっさとしろドランク」

「早くしろドランク」

「え、僕だけ?」

 

 回復を行えるドランクがダナンを担いで梯子を上り、ベッドに寝かせて回復を行う。彼の代わりに通路に出てきた少女が上から黒騎士の方をじっと見つめていた。

 

「お前はそこにいろ。勝手に動くなよ」

 

 黒騎士の言葉に頷き、部屋の中に戻っていく。

 ダナンの目論見は一応、成功したようだった。




ということで、ダナン君はこちら側につく形となります。
こっちと組むグラブル主人公と対称的なキャラがいたら、というのがこの作品の元となっています。

本格的に動き出すのはもう少し先になるかと思いますが。


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四人は五人に

 意識が浮上してくる。安めのベッドの慣れた感触と匂いがして、普段使っているベッドで眠っているのだとわかった。重い瞼を持ち上げて目を開くと、やはりというか見慣れた天井がある。

 

「あっ、目が覚めた~?」

 

 軽薄そうな声が聞こえて視線を動かすと、入り口のところで壁に寄りかかっているエルーンの男が見えた。

 

「……ああ。どうやら、命はあるみたいだな」

「回復したからねぇ。感謝してよ?」

「あんた、回復ができんのか」

「あんまり得意じゃないんだけど、ある程度」

「なるほどな。回復か。いい手だ。で、あんたのその玉っころが杖の代わりってことでいいのか?」

「ん~。まぁそんな感じだね」

「人に教えることは?」

「できなくはないけどこの宝珠魔法は無理だねぇ」

「じゃあ一般的な魔法はできるんだな?」

「これでも魔法を使えるからね。その辺は一通り」

「よし、充分すぎるな」

 

 特殊な魔法のようだったが、俺にも使える魔法を教えてもらえそうだ。……まぁ、手を組まないんだったら意味もない質問になるが。

 

「急にどうしたのかは知らないけど、ボスからの伝言。『貴様の力はわかった。後で目的を話してもらうぞ』だそうだよ」

 

 似ているのかよくわからない声真似をされてしまった。雰囲気はあると思うが。

 

「ま、第一段階は突破ってとこか。それまで暇だから魔法教えて――」

 

 俺は起き上がってドランクに魔法の基礎でも教えてもらおうかと思うが、横から服を引っ張られた。寝惚けていて気づかなかったが、見るとぬいぐるみを抱えた少女が立っている。

 

「……アップルパイ」

 

 またそれか。俺が呆れるのとほぼ同時にドランクがぷっと吹き出した。殴ってやりたいが、治療してもらった手前やりにくい。

 

「ええと、今じゃなきゃダメ?」

 

 俺の質問に、少女は迷いなく頷いた。……どんだけ気に入ったんだよ。注意を引くためとはいえ、美味しく作りすぎたか。

 

「いや~、ほんっとに困ってたんだよね~。アップルパイ買ってこようかって聞いてもいらないって言うし。どんだけ美味しいの作ったの? 食べさせてよ」

「……まぁいいけど。じゃあ後で来る二人のを合わせて、作ってやるか」

 

 ということで、俺はなぜかアップルパイを振舞うことになった。材料が残念ながらあることを確認して、大人しく生地を練っていく。そこで少女がじっと作業を眺めていることに気づいた。

 

「興味があるならやってみるか?」

「……早く食べたい」

「食べる方かよ」

 

 料理に興味があるのかと思ったが、どうやらまだ出来ないのかと見ているだけのようだ。いや、機会があったら仕込んでやろう。自分で食べたいなら自分で作れと言ってやらせればやる気を出すかもしれない。

 

 アップルパイが焼き上がったところで、タイミング良く黒騎士とスツルムが戻ってきた。

 

 三枚焼き上げたのだが、二人が入ってきた途端に少女がばくばくと一皿分猛スピードで平らげてしまう。

 

「おいおい。そんなに急がなくてもいいだろ」

 

 俺が苦笑すると、少女はじっと俺を見上げてこう言った。

 

「……早くしないと、食べられる」

 

 思わず隣に腰かけたドランクと顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「あー……。元々二枚はお前の分として作ったんだ。だからゆっくり食べていいんだぞ」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でて言い、もう一皿を少女の前に持ってくる。少女は驚いたように撫でられた頭に手を乗せて、しばらくしてからゆっくりとアップルパイを食べ始めた。

 

「ま、茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ」

 

 席に着いた二人にも飲み物を渡して、腰を落ち着けるようにする。

 

「美味っ! ……これホントに君が作ったの?」

「さっき目の前で作ってただろうがよ」

 

 アップルパイを口にしたドランクが大袈裟に驚いていた。

 

「……悪くないな」

 

 釣られてかスツルムも食べている。

 

「……」

 

 一人兜で顔が見えない黒騎士だけは、アップルパイを食べていない。憮然とした態度で腕を組みソファーに座っている。両側に少女とスツルムがいる配置だ。

 

「……ミートパイは作れるか?」

 

 アップルパイを一切れ食べ終えたスツルムに尋ねられる。ミートパイか。作れなくはないな。

 

「作れるけど?」

「……ボス、決定だ。採用しよう。美味い飯が食える、それだけで価値がある」

 

 予想外のところから援護があった。この様子から考えると、まだ決めかねていたってとこか。

 

「珍しいねぇ、スツルム殿が積極的だなんて~」

「……どこかの誰かが不味い飯ばかり作るからな」

 

 ドランクの茶化しに冷たく返すスツルム。離れたところで少女が誰も見ていないのをいいことにこくこくと頷いていた。食べるの好きそうだし、死活問題なんだろうな。

 

「そんな理由でこいつを連れていくと?」

「……食の質はモチベーションの高さに繋がる。作戦の成功にも関わってくる」

 

 「スツルム殿、本気だ……っ」とかふざけた様子で言っているドランクは無視だ。

 

「……第一、話し合った結果問題ないってことにはなったはずだ」

「……」

 

 なってたんだ。

 

「……ふん。まぁいい。ふざけてないで本題に入るぞ」

 

 スツルムに痛いところを突かれたからか、真面目なトーンで黒騎士が仕切り直す。

 

「貴様はなぜ手を組もうと思った?」

 

 一問一答形式で進めるらしい。面接のような感覚だろうか。隠したいこともないので正直に答えていこう。

 

「なんか深い事情がありそうだったし、暗躍してそうだったからだな。あと俺より強そう」

「ふざけているのか?」

「真面目だよ。深い事情ってのは大きな出来事に巻き込まれる可能性がある。表立って活躍するよりも暗躍する方が性に合ってる。俺より強ければ俺がもっと強くなることも可能だ」

「大きな出来事に巻き込まれたいと?」

「ああ。あんたも見た俺の能力ってのは、特異でどこが起源なのか知らねぇからな。俺の持論だが、力には意味がある。才能なんかは別だが、俺の付随しただけの力なら由来っつうか、そういうもんがあると思うんだよな。そこに踏み込むには、面倒事にも関わっていかなきゃならねぇ」

 

 他の誰にもない能力がある。俺は特別だと考えるなら安いが、俺に特別っぽさがなくてそれでも能力があるのなら、そこには持っている意味というのが存在するはずだ。……まぁ、願望に過ぎないからなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどな。

 

「『ジョブ』の力か。確かに特異だな」

 

 黒騎士の口からその単語が出てきたことに、驚きを隠せなかった。

 

「知ってるのか!?」

 

 思わず腰を浮かしてしまう。

 

「ああ。とはいえそういう力がある、というだけだ。その根幹までは知らん」

「あと、君以外のその能力を持ってる子は知ってるよーん」

 

 黒騎士の冷静な言葉に、ドランクが軽い調子で補足する。スツルムの方を見つめた。

 

「……本当だ。この目で見た」

 

 なるほど。俺以外に『ジョブ』を持ってるヤツがいたのか。それは興味深いな。

 

「あれ~? なんでスツルム殿の方に? 酷くな~い?」

 

 滲み出る胡散臭さのせいだ。と言いたいがそんなことよりそいつの話を聞きたい。

 

「で、その『ジョブ』を持ってるヤツってのは?」

「私とも多少因縁のある相手だ。貴様と同年代ぐらいの双子だな。名をグランとジータと言う」

 

 グランにジータ、か。聞き覚えはねぇな。

 

「因縁ねぇ。まぁ実際会ったら適当に聞いてみるか」

 

 ソファーに腰を落ち着けて頭をがりがりと掻く。

 

「殺し合いをするとしてもか?」

「ああ、悪いが、殺しと会話ってのは日常と関わりあるもんだったんでな。そうかけ離れてるとは思わねぇ」

「……そうか」

 

 俺の感性の問題だ。例えば、必要になったら世話になっているシェロカルテにさえ刃を向けられる。そういう風に生きていなければならなかった。

 

「ま、そいつに会うことがあればちょっと俺に時間くれ。俺の目的は簡単でな。この能力について知りたいんだ」

「なるほど。まぁ貴様の有用性は充分にわかった。『ジョブ』について、貴様がわかっている情報を教えろ。私の推測と照合する」

「はいよ」

 

 黒騎士に言われて、『ジョブ』について頭の中で整理する。そしてなにから言うべきかを考えて、一つずつ答えていった。まずはある程度の信頼を得る必要がある。だから隠さなくていいことは話しておくべきだ。

 

「『ジョブ』には段階があって、それぞれ十個ぐらいあるんだ。下からClassⅠ、Ⅱ、Ⅲになってる。ⅠとⅡは十個ずつだが、Ⅲは十一個ジョブがあるんだ。なんでかは知らん。ただ存在はわかってもそれぞれのジョブには解放条件ってのがあってな? まず俺の基本ジョブになってるシーフはⅠのジョブだが、短剣と銃が扱えるようにならないと解放されない。この二つの武器ってのはジョブそれぞれに違って、十種ある武器の内二つしか装備できなくなるんだ。だから俺は基本短剣で戦って、【ナイト】になった時は剣と槍だから持ってなくて素手にするしかなかったわけだな」

 

 例外として通常状態でもあるシーフならどんな武器種でも使うことができる。そうしないと武器を使えるようになって『ジョブ』を解放したいのに武器が使えないということになってしまうからな。

 

「なるほどな。つまり最低でも十ある武器を一つずつ所持していなければなれないジョブが出てくる可能性もあり、その代わりにあらゆる武器種を使いこなすという汎用性の高さを持つわけか」

 

 今の説明だけで理解するのは流石だな。

 

「ああ。俺が今解放してるジョブは、シーフ、ナイト、エンハンサー、グラップラーの四つだ。短剣、銃、剣、槍、格闘、刀の六つの扱いを覚えてはいるんだがな。残り四つ、斧、杖、琴、弓を覚えることでより汎用性を高められる。Ⅱからは特定のジョブを解放し、使いこなせるようにならないと解放されていかないんだ。Ⅲも大体一緒だな。二つの下位ジョブを使いこなせると解放されていく」

「大体理解した。私達に加担するとして、足りない部分を補うことを優先にジョブを解放してもらう必要があるが、それでいいか?」

「ああ。どっちにしろいずれは全部解放するんだ。どれからだって構わない」

「そうか。ならお前に解放してもらいたいのは、防御、回復、隠密、遠距離攻撃、できれば弱体。この五つだがそれに該当するジョブで、今解放されていないジョブがあり、それらを解放するために必要な武器種を挙げろ」

 

 具体性があって助かる。黒騎士の言う条件に当て嵌まるジョブは五つぴったりで、三つは解放済みだ。つまり残るは回復と遠距離。だから、

 

「杖と弓だな」

 

 簡単に結論が出せた。隠密ってのはシーフでいいんだと、多分思う。

 

「そうか。ならドランク、杖及び魔法についてこいつに教えておけ。弓は心当たりがないが、書物くらいなら買ってやる」

「了解。よろしくな、ドランク」

「はいはーい。任せといて」

 

 気さくだがどこか信用ならないエルーンに教えてもらうこととなった。

 

「では私とスツルムは引き続き準備を進める。次の行き先はバルツ公国だ。作戦当日、足手纏いにならないよう気をつけるんだな」

「ああ、精々頑張るよ」

 

 黒騎士の言葉を笑って受けつつ、二人が出ていくのを見送ろうとした。

 

「あ、この子はどうするんだ?」

「……貴様が面倒を見ろ」

 

 立ち止まりはしたが振り返らず、黒騎士は一言そう言って立ち去った。少女は少し寂しそうにしていたが、なにも言わなかった。……二人の関係性がイマイチよくわからんなぁ。

 

「ふぅん。まぁいいや。これからよろしくな、えーっと……」

 

 そういや名前を聞いてないな。

 

「名前、なんていうんだ? 人形ってのが名前じゃないんだろ? 呼びにくいし」

「……」

 

 俺がそう言うと、少女はじっと俺の顔を見つめてきた。

 

「……オルキス」

「オルキスか。わかった、じゃあオルキス。これから世話になる」

「……ん」

 

 接しにくい相手だが、まぁそれは気にしても仕方がない。誰とでも適度に付き合えるのが俺の長所だ。

 

「……名前、聞いてない」

 

 オルキスに言われて、まだ名乗っていなかったかと思い至る。

 

「俺はダナンだ」

「……ダナン。覚えた。ご飯美味しい人」

「……嬉しいのは嬉しいがなんだその微妙な印象は。まぁいい。昼飯まではその辺にいてくれよ」

「……アップルパイは」

「まだ食べる気かよ。飯前はいけません」

「……」

 

 表情は僅かも動いていないが、じっと見つめてくる瞳には不満の色があるように思えた。それを察しておいても無視できるのが、俺の長所だ。

 

「ごろごろしててくれ。食べたいなら、自分で作ってみることだな」

「……料理したことない」

「レシピはやる。レシピ通りに作れば食べれるモノにはなるはずだからな」

「……わかった」

 

 俺はオルキスにアップルパイの汎用レシピを手渡してやり、俺が魔法の扱いを教わっている間に暇潰ししてもらおうと思う。

 

「そろそろいい?」

「ああ。下でやるか」

 

 俺はドランクと一階の部屋へ行く。俺が工房のように使っている場所だ。娯楽がなくて集中しやすい。

 

「それじゃあドランク先生の授業、はっじめっるよ~」

 

 へらへら笑っていて信用ならないが、俺より強いのは間違いない。さっさと技術を吸収させてもらうとするか。




一応補足として。

ダナンの『ジョブ』の姿はグラン君の黒いバージョンみたいな感じです。
夏にジョブのカラー変更が発表されたのでちょっと投降を早めたという都合があったりなかったり。


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予期せぬ出会い

 二週間くらいかけてそこそこ使える程度にはなった、とは黒騎士からの評価だ。正直他の面子を考えると役不足なので、あえて分担を挙げるとするなら奇襲担当といったところか。

 

 ClassⅡも解放されたが、まだ手をつけていない。今度ゆっくり時間のある時にやることにしている。俺の好みの問題で、ぶっつけ本番で未知のことをやるのが好きじゃないのだ。充分準備して、持っている力を駆使してことを成したい。

 

「では行くぞ」

 

 黒騎士の号令に頷き、五人で俺のアジトを出る。……俺の拠点だったのに、宿代が浮くからと居座ってきたんだよな。まぁまだスペースはあったからいいんだけど。

 黒騎士は基本的にはこの島にも来ない。出入りするのも多くて一週間に一度くらいだそうだ。なにやら各所で暗躍しているらしく、新入りの俺にはまだ目的を教えちゃくれないが着々と計画を進めているそうだ。

 

「事前に伝えた通り、これからバルツへ向かう」

「最終目的は兎も角、そろそろ計画ぐらい教えて欲しいもんなんだが」

「……簡単だ。バルツを守護する星晶獣を起動させる」

「星晶獣を? へぇ、そりゃ大それたことやってんだな」

 

 星晶獣とは、昔にあった空の民と星の民による大規模な戦争、覇空戦争が行われた時に星の民が持つ最大戦力として投入された存在だ。今いるこの島とか俺の故郷なんかは小さくて守護の欠片もないが、大きな島にはその島と密接な関わりを持つ星晶獣がいる。

 星の民ってのはなんか俺達空の民からすると寿命も長くてとんでもない技術力を持った連中だ。今は確認されてないんじゃなかったかな。

 

「だが星晶獣を起動? 好き勝手するってそんな簡単なもんじゃねぇだろ?」

「そうだな。だがバルツ公国の星晶獣は他の星晶獣と比べて特異な点が多い。その一つが、星の民ではなく空の民が創ったという点だ」

「ほう」

「空の民が星の民用に作った星晶獣だからこそ、やりようはある」

「なるほどねぇ。やっぱあんたら暗躍してんじゃねぇか。まぁ俺の勘は正解だったわけだな」

 

 正しくはシェロカルテの情報は、だが。間違ってもボロを出すわけにはいかない。あいつの情報、商品は秀逸だ。できれば縁は切らずにおきたい。

 

 軽く会話を交わしながら、彼女らが使っている小型艇でバルツ公国へと向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 溶岩の滾る、遠目から見ても明らかに暑そうだとわかる島がバルツ公国だ。

 鉱山があるおかげで鍛冶やなんかが盛んで、俺の愛用している短剣もこのついでに新調しておきたいとか思っていたりする。

 

「うわ、暑そ。なぁ黒騎士、鎧が熱されて暑いんじゃないか? 数時間後に蒸し焼きになったりしないだろうな」

「軽口を叩くのも大概にしておけ。有象無象と一緒にするな。鍛え方が違う」

 

 それは多分鍛え方とかじゃねぇと思う。

 とはいえ単騎最大戦力の一つと思われる七曜の騎士だ。どんな環境にも鎧一つで過ごせるくらいはできるのかもしれない。俺はちょっとコート脱ぎたいな。あと胸当ても外しておけるといい。熱されたら厄介だし。

 

「そうかい。で、俺の役目は基本ないってことでいいんだな?」

 

 事前に説明は受けているが、今回俺の仕事はないと言っていい。もし何者かに邪魔された時は迎撃する、島を出る時に追われないように追っ手を退ける、といった程度だ。まぁ途中から入ってきたのだから当然と言えば当然なんだが。どうにも役目がないというのは落ち着かない。

 

「ああ。今回、仕事があるのは前々から決まっていたスツルムとドランクだけだ」

「なるほど。まぁ仕事とは別にグランとジータとかいうヤツと一戦交えることを考えると、まぁそんな配分にもなるか」

「それと、新参者にいきなり大役を任せて失敗されては困る。私は、失敗するわけにはいかないのだ」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。……強い意志、ね。言うて俺は適当に生きてるからな。能力の正体を知りたい。たったそれだけの理由だ。だがなにもないよりはマシだろう。

 

「そうか。じゃ、精々邪魔しないようにいるとしますかね」

 

 こいつらの目的は二の次だ。まずは『ジョブ』の力を持ってるという双子、そいつらの様子を見るとしようか。

 そうして俺達は、バルツ公国へと上陸した。

 

 暗躍という言葉に相応しく、騎空艇を停める港ではなく裏から島に着ける。そして五人で街外れにある工場の前に来ていた。

 

「……人目はないな。ではそれぞれ準備をしろ」

 

 黒騎士の指示に従い四人は工場へと入っていく。俺は別に中へ入ってもすることがないので、

 

「最終段階は明日なんだろ? 俺は街へ行って武器見てくる」

「わかった。くれぐれも我々の情報を流すなよ」

「協力最初でそれはやんねぇよ。もしあんたらを嵌めるんなら、もっと信頼を得たタイミングじゃねぇとなぁ?」

「ふん。夜には戻ってこい」

「了解、ボス」

 

 俺はスツルムとドランク、黒騎士についていくオルキスの背中を見送る。……しっかしオルキスはあれだな、黒騎士がいるとこだと大人しさに拍車がかかるな。餌づけ? の成果か多少打ち解けたとは思うが。黒騎士がいる時は自分からアップルパイを食べたいとは言わないからな。多分黒騎士が人形と呼ぶから、そう振舞ってるんだろうが。

 そうまでして一緒にいたい関係ってのはどんなんだろうな。

 

 考えても仕方がないと思い直して遠目に見た街の方角へと一人歩いていく。

 

 道中魔物に遭遇はしたが苦戦はしなかった。ナルメアに修行をつけてもらってからも、俺は強くなっている。『ジョブ』の力を使わなくてもその辺の魔物相手なら余裕だ。

 

 夕方になる前には街へ到着することができた。

 街へ入ってみるとわかるが、バルツにはドラフが多い。多分力仕事が多いからだろうな。それよりも暑さが問題だ。いるだけで汗を掻く。やっぱ薄着で来れば良かったか。

 

 確か黒って熱を集めるんじゃなかったっけ、と自分の衣装を恨めしく思いつつバルツを回る。

 忘れてはならない。俺の目的は武器調達だ。できれば短剣でもうちょいいいのが欲しい。

 

「……しかし、高ぇな」

 

 値段があの街で売っていたものと全然違う。いやまぁ、その分いいモノだというのは素人目に見てもわかるんだが。

 

「ねぇおじさん、この店の武器高くないですか?」

 

 ふと傍らから少女の声が聞こえてきた。見ると柔らかな金髪を持つ少女が俺と同じように武器を覗き込んでいた。ピンクのスカートやなんかは少女らしさを演出しているが、腕は金属の防具できっちりと守っている。守る場所違くないかと聞きたい。腰に剣を提げていることからも戦えることは間違いない。

 武器を見るために屈み込む姿はとてもそう見えないのだが。

 

「嬢ちゃん、そりゃうちの武器が他よりいい証拠だ。いい武器にはいい値段をつける。当然だろう?」

 

 店主は相手が可愛い子だからか朗らかに答える。ただどうもきな臭い。というか嘘の匂いがするな。育ち上隠し事やなんかには聡いはずだ。俺を騙した商人は、前々からじゃなくて当日だったから回避できないのは仕方ない。

 とはいえいい武器であることには変わりない。値段が高いのも島特有の物価だと言われてしまえば反論できない。できれば嘘を暴いて値下げ交渉にでも持ち込みたいところだ。換金していないモノもあるとはいえ、遠出する都合上大半は置いてきている。だからと言って手持ちを換金するにも信頼に値する商人がいなきゃ買い叩かれて金が足りないままになってしまう。どうしたもんか。

 

「他の店と比べても遜色ない出来だとは思います。けど値段は他より五割くらい高いと思うんです」

「だからさっきから言ってるだろ? ここに並んでるのは俺が手がけた渾身の一品だ。自慢の品を自信のある値段で売る。ただそれだけのことだよ」

「それはそうですけど……」

「それともなにかい? 俺が値段を吊り上げて客を困らせてると?」

 

 少女は尚も反論しようとするが、少し威圧的に射竦められてしまう。……これはどうにも分が悪いな。これ以上食い下がれば営業妨害だなんだと兵士を呼ばれかねない。俺にも目利きができれば口添えくらいはしてやるんだけどな。これは無理そうだ。こいつの言い分だと他にも武器屋はあるみたいだし、そっちも探してみた方がいいかもしれんな。ったく。目利きができてモノの値段もわかる、商人みたいな人がいれば良かったんだがな。

 

「「……はぁ」」

 

 俺のため息と少女のため息が重なった。大体同じことを考えていたのだろう。思わず顔を見合わせそうになったところで、

 

「どうしたんですか~。お店の前でため息なんて、店主さんに失礼ですよ~」

 

 これ見よがしにいいタイミングだ。

 

「シェロさん!」

 

 俺が後ろを振り向いたのと同時に少女も振り向いて、急な再会を喜ぶように顔を綻ばせた。…シェロカルテと知り合いなのか。いやまぁ、シェロカルテの情報網は広いし不思議なことではあんまないかもしれないけど。

 

「はいはい~。万屋のシェロちゃんですよ~。それで、一体どうしたんですか~」

「いやあのえっと、いいなぁっていう武器があったんですけどちょっと高くて買えないなぁって思ってて……」

 

 代金を吊り上げていないか疑っていた、などと正直に言えるわけもない。困ったような笑みを浮かべてそれっぽく説明していた。

 俺がちらりと店主へ視線を走らせると、微妙に顔が引き攣っているのがわかった。万屋と聞いて目利きができるのではないかと思ったか、シェロカルテを元から知っていたか。どっちにしろこれはチャンスだな。

 

「相変わらずお好きですね~。どちらの武器ですか~?」

「この短剣なんですけど」

「どれどれ~」

 

 彼女が差したのは俺が目をつけた短剣と同じ類いの代物だった。俺もいいとは思ってた。ちょっと手が届きづらいお値段ではあるが、本当にいいモノではある。

 

「なるほど~。これは確かに、ちょっとお高いかもしれませんね~。かなり出来がいいことは確かなのですが、相場よりも三割ほど割り増ししているような金額ですね~。もしかしてこれには普通の武器ではなく特殊な効果や加工が施されてるんですか~?」

 

 目利きができて値段もわかる商人であるところの彼女は、普段と変わらぬ間延びした呑気とも取れる口調のまま店主へと尋ねる。……さてさて、どう出るかな。ここでもし「そうなんだ、実はこの武器には」と語ろうものなら嘘と断言されて詐欺の容疑にかけられることになる。そうなったら店を畳むどころの話ではなくなるだろう。

 

「……はぁ。シェロカルテさんには敵わねぇな。降参だ、悪かったよ」

 

 流石に引き際は見極められるのか、肩を落として白状した。よし、これで俺も便乗して値引きができるな。

 

「あの、でもなんで代金を増やすようなことしたんですか? そんなことしなくても凄くいい武器なので売り上げが少ないとは思えないんですけど」

「あー……。ちょっとすぐに金がなぁ……。ま、まぁそれはいいんだ。それよりどうかこのことは黙っておいちゃくれないか? 俺にも女房と子供がいる。生活があるんだ。頼む!」

 

 人からは金を巻き上げようとしておいてそれは都合が良すぎるな。少女とシェロカルテはどうか知らないが、ここで俺は便乗させてもらおう。

 

「ならこの短剣、書いてある値段の半額で売ってくれ。そしたら黙っといてやるよ」

 

 にやりと笑みを浮かべて話に入ってくる。

 

「は、半額? いやそれは……完全に赤字だし……」

「じゃあこのことを街中に触れ回ってもいいってのか? 多分この件は衛兵とかに突き出すより、この島の連中に知られた方がマズいんじゃねぇかなぁ?」

「うっ……。わ、わかった。ただし一本だけだ。それで許してくれ」

「はいよー」

 

 勝った。完全に勝った。俺はこうしてめでたく安く武器を手に入れることができたのだった。めでたしめでたし。早速工場の方へ戻るとしよう。試し斬りもしたいしな。

 

「……ちょっと待って」

 

 ――とはならなかった。立ち去ろうとする俺の肩をがっしりと掴んだヤツがいた。……チッ。

 

「なんだ? 俺は普通に買い物しただけだぞ?」

 

 そいつは、先程まで俺と同じように武器を見ていた少女だった。整った顔を少し怒ったように歪めている。

 

「弱みを握って値段交渉するのが、“普通"だって?」

「ああ。安く買えるならできるだけ安く買う。当然だろ?」

 

 俺がそう返した途端、少女はもう片方の手を振り被った。これは平手打ちされるなと思い肩を掴む手を払って回避する。

 

「避けないで!」

「無茶言うなよ」

「店主さんも、生活があるから仕方なくお金増やしたんだよ? それを材料に脅すなんて!」

「それが事実だと証明することができるか? いやできないんだよ。例え店主が本当のことを言っていようが嘘を言っていようが金を吊り上げたっていう事実だけが重要だ。それより揉めてるようなら騒ぎになって買えなくなるかもしれないが、それでいいのか?」

「むぅ……」

 

 どうやら底抜けのお人好しで真面目な性格らしい。こういうヤツは苦手だ。

 ただ騒ぎを起こすのはマズいと察したのか、矛を収める。わざとらしく頬を膨らませる様は少し幼くも見えた。

 

「……じゃあ、私はこの値段の二割引きで買います」

 

 相場の三割増しだが、三割引きだと相場より安くなるからだろう。あえて相場ままとは言わず少し高くていいと言うところに妙なお人好しさを感じる。

 

「あ、ありがとう」

 

 店主から短剣を買った少女は、再び俺に向き直った。

 

「それでは店主さん。かなりいい武器を売られているようですし、私がいくつか買い取ってあげましょうか~?」

「い、いいのか?」

「はい~。同じ商人として、腕のいい人が悪事に手を染めそうなのは見過ごせませんからね~」

 

 俺達と置いて、シェロカルテが店主と商談に入っていく。……ただ暴くだけじゃなくて、救いの手も差し伸べる、か。とんでもない器量の広さだな。

 できれば敵に回したくない相手だと思いつつ、ちょっとキツく俺を見てくる少女と視線を合わせた。

 

「まだなんか用があるのか?」

「ううん、別に。値切りの交渉自体は怒りたいけど、一本だけならそんな不利益にならないと思うからいい」

「じゃあ俺はもう行くぞ」

「あ、ちょっと待って。名前教えて?」

「なんでだよ。通りすがりのただの騎空士だよ。お前は道行く人全員に名前聞いて回るつもりか?」

 

 暗に俺はそういうわざわざ名乗るまでもない一般人だと告げる。

 

「違うよ。だって同じ短剣を欲しがったくらいだし」

「そんなもんかね。だが言う義理はねぇな」

「なんで?」

「そりゃ決まってるだろ?」

 

 聞かれて、俺は相手ができるだけ寒気を覚えるように冷たく笑う。

 

「聞かれたら困るからだよ」

「――……っ」

 

 俺の思い通りに感じ取ってくれたのか、少女の足が半歩下がった。

 

「つーわけであんま詮索すんな。ってかあんた一人か? この辺治安いいとはいえ一人じゃ危ないだろ。女一人旅ってわけでもねぇだろうしな」

 

 俺は雰囲気を戻して世間話を始める。それにきょとんとしながらも、いくつか呼吸して落ち着いたのか返答してくれた。

 

「まぁ、うん。ホントは皆と一緒なんだけど。ついいい武器ないかなぁって見に来ちゃって。ほら、バルツって鍛冶が盛んだから」

 

 なんだかんだ合わせられるくらいには適応力が高いようだ。少し照れたように笑っていた。

 

「あー、わかるわかる。俺基本は短剣なんだが状況に応じていろんな武器使い分けられた方がいいんじゃねぇかと思ってな。よく使う武器の更新と、他の武器でもいいのがあれば欲しいな、とか思っちまう」

「うんうん。凄くわかる。でもルピが少なくて見るだけになっちゃりとかして、でも諦め切れなくてルピ稼いで買いに来たら他の人に買われちゃうとか」

「ああ、あるよな。この間なんかな――」

 

 意外と、言ったら失礼かもしれないが。案外話が合ってしまった。共通の話題が見つかると人がある程度談笑できるようで。

 しばらく話し込んでいたが、それを遮った声があった。

 

「ジータ!」

 

 少年の声だ。その声を聞いて、俺の身体が硬直する。そんな俺の様子には気づかず少女は声のした方を振り返ってそちらへと駆け寄った。

 

「グラン!」

 

 少女の声がもう一つ単語を発した時、俺の身体は動いていた。死角になるような裏路地へと身体を滑り込ませる。

 

「やっと見つけたよ。武器見てたかと思ったら、すぐどこか行くんだから」

「あはは、ごめんごめん。ついね。あ、そうだ。あの――。あれ? どこ行っちゃったんだろう」

「? どうかした?」

「ううん、なんでもない。ちょっと同じ武器見てた人と話してただけだから」

「そっか。それより早く行こう。皆心配してる」

「うん」

 

 二人の気配が立ち去るのを感じてから、ふっと息を吐いた。……マジかよ。とんだ偶然、とはいえついつい隠れちまったな。まぁ後で顔を合わせる身としては当然の行いっちゃ行いだが。

 

「……なるほど、あいつもそうなのか」

 

 今回、俺がとりあえず殺し合ってみようと思っている相手。流石に二度目は怪しまれるから作戦に支障が出るかもしれない。詮索はやめて、とりあえず戻るか。随分話し込んじまったしな。

 

「お帰りの際は遠回りするといいですよ~」

 

 街を離れようと思っていたところで、特徴的な声が耳に届いた。慌てて振り返るも、そこに彼女の姿はない。……あいつホントにただの商人なんだろうな。

 

「……遠回り、か」

 

 多分なにか情報を握っていて、最低限の助言としてそれだけを告げてきたのだろう。若しくは遠回りしようとした先に待ち伏せ、とか。いやそれはないか。流石に予想しづらくなる。確実に罠に嵌めるなら、なにも言わず来た道を返させるのが楽だ。

 

 とりあえず、一応忠告には従っておくかな。

 

 この時彼女がくれた助言の重さを思い知るのは、もう少し後のことである――。



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帰り道に気をつけて

すみません。気づかなかったんですが、一話抜けてたみたいです


 街の外へ出てしばらく経ち、異変に気づいた。

 

 ……なんだ? 魔物と一切遭遇してないな。

 

 一応シェロカルテの忠告に従い来るルートとは少し変えて歩いていた。しかしその程度で魔物の生態が全く以って変わってしまうなんてことはあり得ない。

 

「……」

 

 妙に生き物の気配がしない。小鳥の囀りも、熱帯にいるとされる爬虫類も見かけなかった。

 

 違和感があると、直感と視覚が訴えかけてくる。自然と警戒態勢に入り神経を研ぎ澄ます中、()()()は悠然と立っていた。

 

「君がダナン君だね?」

「っ!?」

 

 俺は声が聞こえた方向を振り返って腰の短剣を抜き構える。声は好青年という風であり緊張感の欠片もない。ただこの妙な違和感に関わる人物であることは間違いなかった。

 

「そう身構えなくていいよ。俺も、抵抗させる気はあんまりないんでね」

 

 暗がりに佇むその姿を注意深く観察して、その人物に当たりをつけ舌打ちする。

 

 額を出すように立てられた金髪に、ドランクにも似た無性に殴りたくなるニヤケ顔。鎧を身に着けた上で肩に独特な白いマントを羽織っていた。そしてそのマントは、全空でも十人しか着用を認められていない。

 

「十天衆だと!?」

 

 常識外れの実力を持つ、という点では七曜の騎士である黒騎士に近いとさえ思われる強者だ。

 十天衆とは、十ある武器種それぞれ無二の使い手を集めた伝説の騎空団。「全空一の脅威」であり「脅威への抑止力」でもあるとされるその実力は、十人が集まればもちろんだが単体でも充分な脅威になり得る。

 正しく一騎当千。

 

 しかしその強大な力が、たかが俺だけのために振るわれるべきではない。多少特異な力は持っていても、俺はたかだか小悪党程度の存在だ。

 

「へぇ、俺のことを知ってるんだ。じゃあ話は早いね。大人しく投降してくれるかな?」

 

 ヒューマンの青年は軽い調子で投降を促してくる。……十ある武器種の使い手の内、こいつは腰に提げてる得物から見ても剣、か。

 つまり。

 

「……はっ。わざわざ俺みたいな雑魚一匹に出張ってくるとは、十天衆も随分暇なんだなぁ? なぁ、頭目のシエテさんよぉ」

 

 俺はなんとか笑みを浮かべながら皮肉で返しじりじりと後退するが、多少離れたところで逃げることは不可能だ。それこそ黒騎士にでも出張ってもらわなければ、俺が逃げ延びる道はない。

 

「ははは、悲しいかなまともに動いてくれる子があんまりいなくてね。頭目でも自分で行くしかないことも多いんだよねー」

 

 ニヤケ面が妙に寂しく映った。……会話しながら突破口を探してはいるが、全然わからねぇ。こいつ、ニヤケ顔で飄々としている癖に隙がねぇ。掴まって拷問されるのは構わねぇが、それで黒騎士の作戦に支障が出たらことだ。そうなれば全ての計画がおじゃん。俺の人生設計丸潰れどころかあいつらまで巻き込んじまう。

 それは最悪の結果だ。なんとかここで死ぬか、無事逃げ延びるかしたいところだが。後者は無理そうだな。向こうが見逃す気じゃねければ確定で死亡または捕縛だ。

 

「なんで俺を狙う。俺なんか狙うよりもっと他に倒すべき相手がいるだろ。怠慢か? そんなんじゃ来たるべき絶体絶命の窮地にその場にいれねぇぞ」

「耳が痛い話だね。もちろん、君を捕えたら他の場所へ出向くつもりだよ」

「そうかよ。ちなみに俺にはなんの罪があるってんだ?」

 

 話には付き合ってくれそうなので、時間は稼げるだけ稼いでおく。

 

「それはあれだよ。君、商船を襲ったでしょ。しかもそこにいた商人皆殺しにして。聞いた話によると商船を襲って操舵士の片耳削いで脅迫したとか。まぁその操舵士さんから聞いた話なんだけどね?」

 

 ……あー。確かにそりゃ俺だわ。奴隷商の件だな。つまり自業自得ってことかよ。

 

「しかも着いた先でも商人を殺し、商品を壊すか盗むかしたんだって? 若いのに随分無茶苦茶やったねぇ」

「そっかそっか、あの件のか。そりゃ俺罪にもなるわな。商売の邪魔したわけだし」

 

 こいつの物言いを見るに、耳削がれたヤツは商品の詳細自体は伝えていない。断片的な情報だけを伝えて俺を殺させようってか。口だけは回るようだな。

 

「じゃあ投降してくれる?」

「はっ。逆だ。どうしてもここを突破しなきゃなんねぇ理由ができた。そいつ見つけ出して、告げ口したことを後悔させてやんねぇとなぁ」

 

 これは俺の甘さが招いた事態だ。あの時俺が、他のヤツらと同じように操舵士を始末していればこんなことにはならなかった。奴隷商人達が死んだ。それだけの簡単な事件で終わるはずだったんだ。

 

「へぇ? やる気なんだ。お兄さんとしては若い子の将来を断つのは悲しいけど、抵抗するって言うなら手加減はできないよ?」

 

 飄々とした空気を纏ったまま、シエテは腰の剣を抜き放った。

 ……確実に死ねる、がナルメアの剣を見てて良かった。相手がもし剣や刀じゃなかったら何回か避けるだけの自信すらなかっただろう。

 つまり、剣が相手ならなんとかやれる。

 

 そう思っていた時点で、俺は十天衆について全くわかっていなかったということだ。

 

 黒騎士に匹敵する強さなのかもしれない。そう考えた時点で俺は一目散に逃げるべきだった。例え逃げ場などなくとも、逃げるべきだったんだ。

 しかし後悔はその言葉通り、後からやってくるモノだ。

 

「じゃあちょっと、本気出しちゃおっかな~」

 

 飄々とした口調は変わらずに、男の身に纏う気迫が膨れ上がった。黒騎士の技を受けていたからこそ硬直しなかったが、もしあの経験がなければ足が竦み動くことすらできなかっただろう。

 しかもなにやら彼の周囲を透明な光の剣のようなモノが浮遊している。五本あるが全て異なる形状をしていた。……なんだあれ。

 

「ああ、これ? 剣拓。俺さ、いい剣を見るとついつい剣拓を取りたくなっちゃうんだよね。で、これはその剣拓なんだ。あ、剣拓と言っても魚拓なんかとは違って触ると怪我どころじゃないから、気をつけてね」

 

 冗談めかして言ってくる。……チッ。だからか。本人の膨大な気配の脇に、剣それぞれがエネルギーを持っているように感じるのは。

 剣拓とやらの位置は察知できるがその分威力が高いってことか。

 

「……まさか飛んでくるんじゃねぇだろうな」

 

 浮いている剣、ということで連想した俺の言葉に、シエテは変わらぬ笑みで答えた。くるりと空中の剣がこちらを向く。

 

「ふざけろっ!」

 

 俺は悪態をついて逃げようとするが、高速で飛んできた剣の一本があっさりと胸当てを貫通して脇腹を貫いた。

 

「ぐっ、そがぁ……!」

 

 明らかに反応できる速度じゃない。俺は痛みに呻きながらも逃げ出した。勝てるわけがないんだから当然だ。

 

「ま、そうなるよね〜。じゃあ鬼ごっこといこうか」

 

 未だに気楽な声は圧倒的有利故か。……クソッ。この胸当てだってそれなりに硬いんだぞ! それをあっさり貫きやがって。どんな切れ味してんだ剣拓だけで!

 もし本人が斬りかかってきたらと思うとゾッとする。

 

「ほらほら、避けないと死んじゃうよ?」

 

 言われなくても避けるっつうの。

 俺は剣拓の気配を察知して向きを知り事前に身体を動かす。それでも間に合わずに掠るのだからやってられない。終いには、

 

「粘るね。じゃあもっと数を増やしてみようか」

 

 という声が聞こえて背後に感じる剣拓の数が十に増えた。どうやら発射する度に補充しているらしい。だがかわし続けて相手の消耗を待つという手は使えない。その前に俺が死ぬ。

 数が増えた剣拓により傷が増え血を流す量が増える。直撃こそ避けていたが、次第に俺の体力は奪われていった。

 

 脚の筋肉が悲鳴を上げ心臓の鼓動が煩いくらいに鳴っている。視界も段々と霞むことが出てきた。

 

「よくやるね、後がないのにさ。そろそろ終わりにしよっかな〜」

 

 シエテは言うと俺が絶対に避け切れないであろう数の剣拓を周囲に出現させた。そして一発ずつではなく、全て同時に俺へ狙いをつける。

 が、もう遅い。

 

「おい十暇人衆頭目。知ってるか? この先には崖があるんだぜ」

「? それがどうしたの? まさか俺を誘き寄せて崖から突き落とそうって算段なのかい? やめといた方がいいと思うけど」

「惚けるなよ。俺を甚振りながら殺さないよう調整してたんだろ? 腹立つことに、捕まえるなら最初の一撃で足切り落とされてたら詰みだった」

 

 俺は言いながら、崖に背を向けシエテに向き直る。

 

「良かったな、頭目。これで俺が死んでも転落死ってことにできるぜ」

「まさか飛び降りる気かい? それこそやめといた方がいい。本当に死んじゃうよ?」

「犯罪者の心配とはお優しいな」

「それはまぁ、別に殺しに来たわけじゃないからね」

「そうかよ。それは残念だったなぁ!」

 

 俺は覚悟を決めて崖から飛んだ。

 

「させるか!」

 

 少し余裕のない表情が見えただけで満足だ。シエテは俺に向けて剣拓を飛ばしてくる。高速で飛来した剣拓は俺を下から支えるつもりなんだろうが、そんなのお断りだ。身を捩って飛び降りを邪魔されないようにして、何本か刺さりながらも無事落下していく。

 

「俺の勝ちだバーカ」

 

 完全敗北だろうが気にしない。俺は笑って重力に従い崖下へと落ちていく。……こっから転落死しないようにしなきゃいけねぇんだけどな。

 

 俺は頭が下になったことで地面が着実に近づいていることが見えて、痛みを堪え行動を開始するのだった。まぁ、【ナイト】によるファランクス障壁クッション作戦なんだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンを襲った十天衆頭目のシエテは、崖縁から下を眺めてため息を吐いた。

 

「まんまと逃げられちゃったねぇ」

「捕まえる気もなかったのによく言うわね」

 

 残念とは全く思っていなさそうな声にツッコんだのは、空から降りて地面に着地した茶色い長髪を持つ女性である。彼女もシエテと同じく特徴的な白いマントを身につけていることから、十天衆であるとわかった。彼女が持つのは弓だ。

 

「ついでに言うなら彼、まだ生きてるわよ」

「そっか。流石目がいいね、ソーン」

 

 シエテの目には遥か下の様子が見えていない。しかしソーンと呼ばれた女性の目には障壁を使って勢いを殺しながら崖下まで到着した少年の姿が見えていた。

 

「それで? こんなことのために呼んだんじゃないんでしょう?」

「もちろん。でもまぁこれでシェロちゃんからの依頼は完了したから、この島に用はないんだけど」

「もう一つの依頼はいいの?」

「いいのいいの。結局あの商人も奴隷商だからね。ダナン君には感謝してる人が多いだろうし。元々それの調査で来てたわけだからねぇ」

「そう。シェロからの依頼ってなんだったの?」

「奴隷商の裏組織に狙われるかもしれないから、俺が殺したと思わせて逃してくれって」

「へぇ。随分肩を持つのね」

「『ダナンさんは将来いいお客さんになりそうですからね〜』だそうだよ。俺に商人から話があってすぐ後に依頼してきたし、今十天衆を顎で使えるのってシェロちゃんくらいなんじゃないかな」

「それで、なんで私を呼んだの? 他の十天衆もいないし」

「ははは、それは皆来てくれないからだね。念のためこの辺には皆にいてもらうように言ってるけど、近々全員集合してもらう必要があるかもねぇ」

 

 乾いた笑いを零しつつ、やけに神妙な様子を見せる。

 

「十天衆全員? そんなに大事なの?」

「ああ。でなければ死者が出る。なにせ――相手はあの七曜の騎士なんだから」

 

 真剣な表情でシエテの告げた言葉は、更けた夜の帳へと吸い込まれて消えていく。されど確かに不穏な気配を残すのだった。

 

 一方、ダナンを待つ黒騎士達は。

 

「遅い」

 

 廃工場近くの岩陰で野宿をしている彼女らは一向に姿を現さないダナンに苛立ちを募らせていた。なにせ飯を作らせる気でいたのだから。美味い夕飯にありつけると思っていた一行は期待を裏切られ空腹も相俟って苛立っていた。じゃあ誰か作ればいいじゃん、という話だが料理のできる人はいなかった。二週間の間でアップルパイを作れるようになろうとしているオルキスが一番できるくらいだった。

 

「……なにかあったのかもしれないな」

 

 空腹が募っているとはいえ、夜になっても帰ってこないのは遅すぎる。普段の様子から裏切ることはないと踏んでいたが、街に協力者がいるのか。そう考えるくらいには時間が経過している。

 

 その時、不意に風向きが変わった。

 

 そして四人が身体を硬直させ三人は厳戒態勢に入る。血の匂いだ。強烈な血の匂いが、風によって流れてきている。通り魔か、強い魔物か。なんにせよ油断はできなかった。しかしここまで近づいてきて尚気配が微弱ということは、弱っている可能性も考えられる。

 警戒する中、ゆっくりと彼女らに近づいてきてようやく視認できる距離まで来て、

 

「貴様っ!」

 

 ふらふらとした足取りで近寄ってきたのは、青白い顔で血に汚れたダナンだった。なにかに襲われたのは確実だったが、彼のつけている胸当てが斬られていることを見るに、相当な強者と遭遇したらしい。

 

「……良かった、なんとか逃げ切ったか……」

 

 掠れた声で微かに笑うと、彼は力なく地面に倒れ伏した。

 

「チッ。事情の説明は明日だな。ドランク、治せ。場合によっては計画の延期もあり得るだろう。こいつを襲ったのが私達を狙ってのことだった場合、だがな」

「了解、っと。服汚れたままだとあれだから脱がしちゃうけど、ちょっとスツルム殿には刺激が強いかな~。痛ってぇ!? ちょ、ちょっとスツルム殿、粋なジョーク、ジョークだよ!」

「煩い。騒ぐな」

「刺しといて叫ぶなは無理じゃない?」

「……もう寝る。見張り変わるなら言ってくれ」

 

 茶化すドランクを切っ先で刺したスルツムは、黒騎士に一言告げてから二つあるテントの中に消えていく。その内にもドランクはダナンを脱がして傷を見る、が。

 

「あれ、傷は塞がってる。一応歩きながら治すだけの余裕はあったみたいだねぇ」

「……ダナン、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと血を流しすぎて倒れちゃっただけだからね」

「なら服を洗って干したらお前も寝ろ。見張りは私がする」

 

 心なしか心配そうにダナンの様子を覗き込むオルキスと、無事と聞いたからか素っ気ない黒騎士。そんな二人の間で揺れるドランクは、また雑用を押しつけられちゃったかと思いながら血に汚れた服を剥ぎ取ってダナンの身体をスツルムのいるテントとは別の方に放り込み、衣服を洗濯してから焚き火の近くに干しておいた。

 

「それじゃあ僕も寝るとしよっかな~。おやすみ、ボス」

 

 ドランクはわざとらしく伸びをしてスツルムのいるテントに入ろうとする。入ろうと屈んだところで中から剣が飛び出してきて眉間に刺さった。

 

「痛って、待ってスツルム殿! ホントに刺さってるから!」

「冗談でも入るな。次は貫く」

 

 割りと本気が混じっているスツルムの声に、ドランクは大人しく身を引いて血の出る眉間に回復をかけもう片方のテントに入っていった。

 明日にはおそらくバルツにおける計画の最終段階を迎えるというのに、いつもながら緊張感のない連中だと黒い兜の中でため息を吐く。

 

「……おやすみ」

 

 そこへ感情のない声がかけられた。振り向かなくても誰かわかる。返事はしない。

 

 少し後になってから小さな足音とテントのを開ける音が聞こえて外に自分しかいなくなってからまた一つため息を吐いた。

 

 オルキス――黒騎士が人形と呼ぶ少女はダナンが来てから少し変わった。本人は隠しているつもりかもしれないが、今のように声をかけてくることが増えてきたのだ。それがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかなかったが、少なくとも最終的には邪魔になってしまうモノだ。だからと言って誰とも関わらせないようにするのも難しい。感情の起伏が少ないとはいえ人である限り他人との関わりを断って生きることは難しいのだ。

 

 なにより、理性的な面は兎も角感情的な面はオルキスの変化を良いモノとして捉えようとしている部分があった。

 

 努めて今まで通りに振舞おうと思いつつ、しかしいつか目指すべき場所でのことを考えると複雑な心境にならざるを得ないのだった。



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死にかけの理由

順番間違えて更新していたので、前に割り込んでます


 意識がゆっくりと浮上してくる。自分という意識と身体があるのだと認識し始めて、目覚めの時が近いと察する。

 そして寝惚けた頭で寝る前の記憶を辿った。

 

 ……そういや、ズタボロになりはしたがちゃんと帰ってこれたんだったか。

 

 昨日(?)最後に見た光景は、焚き火を囲む四人の姿だった。妙に身体が重いのは血を流しすぎたからか。とりあえず起きようと思ったその時。

 

 べちゃっ。

 

 冷たい水気をたっぷりと含んだ布が顔に乗せられた。水滴が顔全体を襲う。……なんだこれ。

 

「おいオルキス。ダメだ、タオルを乗せるならちゃんと絞ってからじゃないと」

 

 注意するような言葉だったが聞く印象としては柔らかい。間違いなくスツルムの声ではあるか。声がしてから顔に乗ったタオルが退けられ、絞っているのか水の垂れる音が少し離れた位置で聞こえた。続いてびしょ濡れになった俺の顔を適度に絞られたタオルが拭ってくれる。

 ……これはあれか。オルキスが加減を知らず濡らしたタオルをそのまま乗せて、スツルムが注意したってことでいいんだよな? 良かった、新手の嫌がらせかと思ったぜ。

 

「……目、覚めたからもういいぞ」

 

 俺はこれ以上なにかされる前に声を発しておく。すかさず目を開けると少し驚いたような二人の姿があった。オルキスは俺の顔を覗き込むような位置だが、スツルムは少し離れている。

 

「……起きていたなら最初から言え」

「起きようとしたところにびしょびしょのタオル食らったら面食らうだろうが」

 

 憮然とした顔になるスツルムに対し、負けじと言い返す。

 

「……ごめんなさい」

 

 発端が自分にあると知ったオルキスが謝った。

 

「オルキスが謝ることじゃない、と言いたいがオルキスのせいだな。まぁ次から気をつければいい」

 

 上体を起こしてぽんぽんと頭を撫でてやる。あまり表情が変わっているようには見えないが、おそらく落ち込んでいるのだろうと、発言から察していた。

 

「お、おい。目が覚めたなら早く服を着ろ」

 

 僅かに動揺したようなスツルムの声を聞いて、服? と自分の身体を見下ろした。そこには一糸纏わぬ裸体が。……いやパンツだけは履いているな。

 

「なんで脱がされてるんだ? まさかオルキスが……」

「違う。汚れてたから、ドランクのヤツが洗ったんだ。そこに干してあるだろ」

 

 冗談交じりの発言を呆れたようなスツルムに否定されて、焚き火の近くに干してあった黒い衣服を見やる。

 

「ほう。ってかテントに入れてくれなかったんだな」

「元々はテントに入れていた。ただテントを片づけるのに邪魔だからと、外に移されたんだ」

 

 なるほど。そういやテントはもう設置してないな。撤退をスムーズに行うためだろうが。

 

「んじゃ着替えるか」

「さっさとしろ」

 

 俺の軽い言葉に焦られるような声が返ってくる。……? もしかしなくてもスツルムって男慣れしてない? いやでも確かドランクと一緒にいるんじゃなかったか?

 不思議に思って服を着ながら本人に尋ねてみることにする。

 

「なんだ、スツルムってドランクと恋人じゃないのか?」

「っ!?」

 

 俺の質問に、スツルムの顔があからさまに赤くなった。……ほう?

 これは面白い発見をしたと追撃使用とする俺の首筋に、剣が突きつけられた。

 

「ふざけたことを言うな。お前もあいつと同じように刺されたいか?」

「怪我したばっかのヤツにそれはやめてくれ。まぁ単純な興味だ。いつも一緒にいる印象があったからな」

「ふん。……あいつとはただのコンビだ。前衛と後衛、戦闘においても相性は悪くないからな」

 

 茶化すようなトーンじゃなかったからか、スツルムはきちんと応えてくれた。……確かにスツルムが前衛として突っ込むタイプなのに対し、ドランクが後衛で魔法による援護を行うとなればバランスがいい。あとスツルムは無愛想だがドランクは愛想いいし。色々と相性がいいのだろう。

 

「“も"ってことは性格面でも相性いいってことじゃね痛って! 待て俺はあいつみたいに防御できねぇんだよ!」

 

 からかおうとした俺の腹に切っ先が刺さった。ドランクは魔法で防御して本当に刺さることはないのだが、俺はそんな技術を持っていないので普通に刺さった。

 

「あ、すまない」

 

 スツルムもついやってしまったようで、剣を引いて謝った。本当に小さい傷なのですぐに治るだろう。一応自らの気を高めて身体能力、治癒能力を向上させる内功を使い塞いでおいた。

 

「……スツルム。ダナン苛めちゃダメ」

 

 そんなことをしていたらオルキスが俺とスツルムの間に割って入ってきた。彼女の無機質な瞳に捉えられ、流石のスツルムも手が出せなくなったようだ。……これは使えるぞ。

 俺は上下の服を着込んでからオルキスの後ろに隠れる。

 

「いやでも照れるってことは図星なわけだよな。そっかスツルムはドランクといるのが居心地いいかー」

「この……っ」

「ふふふ。オルキスの後ろに隠れている俺に手が出せると思うなよスツルム。徹底的にからかってやるからな」

「くっ……!」あ

 

 楽しげな俺の声と悔しげなスツルムの声。さぁもっとからかってやろうと思ったのだが。

 

「……ダナン。スツルム苛めちゃダメ」

 

 くるりとこちらを向いたオルキスに咎められてしまった。……チッ。庇ってもらった手前、従う他ないか。

 

「まぁいいや。次の機会に取っておくとするか」

「後で覚えておけ」

「ははっ。なら今少し手合わせでもするか? 昨日の件もあって身体を動かしたい」

「いい案だ、と言いたいところだが」

 

 やる気になりそうなスツルムも鍛錬に誘うが、断られそうな雰囲気があった。

 

「お前がやることは別にある。飯だ。飯が最優先だ」

 

 妙に真剣な声音で告げてくる。

 

「飯?」

「そうだ。お前が昨日帰ってきて早々に倒れたから、なにも食べずに今に至る。雇い主とドランクは準備を進めているが、その間にお前が飯を作れ」

「……アップルパイ」

 

 スツルムの少し切羽詰まった言葉に続き、オルキスまでもが要求してくる。……いやパイ焼く機械ねぇから作れないけど。

 

「アップルパイはまた今度な。パイを焼くにはちゃんとした機械が必要だからな。まぁ飯は作ってやる。俺の担当だからな。で、材料は?」

 

 オルキスの頭に手を置いて宥めつつ、スツルムに尋ねる。

 

「そこにある野菜の類いと、今朝狩ったこの魔物だな」

 

 今朝街で買ってきたのか、袋に積まれた野菜があった。そして近くに倒れた猪のような魔物。

 

「しょうがねぇか。材料は全部使っていいんだな?」

「ああ。問題ない。できれば早くしてくれ。空腹だ」

「……お腹減った」

「わぁーったよ。そんじゃ作るから、スツルムは焚き火を二つ増やしておいてくれ」

「わかった。野宿する中で美味い飯を食わせる。それがお前の協力目的の一つだと忘れるな」

「はいはい。戦力にはならねぇが、できるだけはやってやるよ」

 

 ということで、俺は調理を開始した。まず魔物を捌く。この辺の手法はナルメアと暮らした時に習ったモノだ。……あの人意外と言ったら失礼だが、ハイスペックだよな色々と。

 肉は切り分けた状態で切り開いた皮の上に置いておき、一旦血塗れの手を水の魔法で洗い流した。焚き火の一つに鍋をかけ、水を熱しておく。沸騰するまでの間に野菜を刻んで下処理を済ませた。根野菜から火にかけなければならない。

 

 沸騰した鍋の水に調味料で味つけをしいい味になってから野菜を次々と放り込み、刻んだ肉を放り込む。ぐつぐつと煮込みながら味を見て調整する。

 

 くぅ、という可愛らしい腹の音が聞こえてきた。かなりいい匂いになってきたからな、俺も空腹を意識させられる。

 

「まだ食べるなよ」

 

 スツルムとオルキスの視線が鍋に固定されているのを確認して釘を刺しつつ、余った材料で更に料理を作っていく。

 肉を一口サイズに切ってタレで炒めたステーキの山と、大容量の鍋。更にはデザート、と言うかオルキス用に作ったリンゴの甘煮だ。アップルパイにも使っているモノなので喜ぶ、かもしれない。

 

「目が覚めて早速料理なんて、女子力高いね~。僕もうお腹減ってしょうがなかったんだよねぇ」

 

 廃工場の方から出てきたドランクが嬉々として声をかけてくる。続いて黒騎士も出てきた。ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしていたが、身体は素直だったようでぐぅと鎧の奥からはっきりとした腹の音が聞こえた時には、思わずドランクと同時に吹き出してしまった。……二人して脳天に一撃食らったのは言うまでもない。

 

 そして作り終えた飯を配膳して空腹に任せがつがつと食べていると、黒騎士が器を持ったまま食べていないことに気づいた。

 

「兜あったら食べられないに決まってんだろ? 外したらどうだ? 腹が減っては戦はできんよ」

 

 俺は未だ黒騎士の素顔を見たことがなかったので、いい機会だとばかりに告げる。

 

「それもそうか」

 

 別段隠すつもりはなかったのか、それとも空腹に耐えかねたのか。黒騎士は大人しく器を置いて両手で兜を外す。兜の中から出てきた素顔は、妙に気が強いというか険しくはあったが整っていると言って良かった。艶やかな茶色い髪をした、女性だ。多分だが。

 

「黒騎士って女だったのか」

「……今更か」

 

 くぐもっていない声を初めて聞いた。驚いたような俺に、黒騎士は呆れたような顔をする。……確かに兜を外した状態で聞くと女性の声にも聞こえるが。なんていうかどっちにも取れる声ではあるんだよなぁ。

 

「あんたが今まで兜取ってなかったんだろ。俺があんたの分も飯作っておいたら『外で食べてきたからいい』とか言って食わなかったじゃねぇか。どこの家庭を省みない父親だよ」

「――おい。二度と言うなよ」

 

 普段通り軽口を叩いたつもりだったが、黒騎士の雰囲気が一変してピリついたモノになる。……おっと? なんだ、今の発言にこいつの怒りに触れるような部分があったのか?

 

「言われたくなきゃ家で食え。あんま個人で金持ってないのに外食とか、より金かかんだろうが。家計を考えろ家計を」

「母親か貴様は。……まぁいい。次からは外で食べない。これでいいか?」

 

 案外あっさりと従った。……んー。どっちかっていうと「家庭を省みない父親」って部分への反応だったのか? だからそう思われそうな行動はしない、と。

 俺は一旦そう予想を立てておく。

 

「ああ。んじゃ遠慮なく食べろ。その辺で食べるより美味いから安心しとけ」

 

 俺の自信たっぷりな言葉を聞いてか器に口をつけて啜った。

 

「……ああ、美味いなこれは」

「「「……」」」

 

 一口の後の感想を言う時、少し表情が柔らかかった気がした。そのせいでぎょっとするような顔で俺とスツルム、ドランクの三人が彼女の顔を見ることになる。……オルキスは一心不乱に食べていて気づかなかったようだが。

 

「なんだ? なにか私の顔についているか?」

「いんやぁ。でもボスがあんな顔するなんて、ダナン君の料理は凄いなぁと思って」

「やめとけドランク。さっきみたいにどつかれる程度じゃ済まないぞ。最悪斬られる」

「……おい貴様ら。随分好き勝手言っているようだが」

 

 からかうようなドランクを制しようとした俺までもが黒騎士に睨まれてしまう。さっき殴られた一撃を思い出してヤバいと逃げる準備を始めるが。

 

「騒ぐようなら全部二人で食べ尽くすぞ」

 

 呆れたようなスツルムの声にはっとする。見るとオルキスが鍋のお玉を手に取って器におかわりを装っていた。ここにいる全員オルキスの大食いは知っている。騒いでいる内に自分の取り分が減るのはマズいと理解した。

 

「チッ。ここは食後に取っておくか」

「ダナン君、ボスの機嫌取るための秘密兵器とかないの?」

「俺がそんななんでも屋みたいに見えるかよ。まぁ腹いっぱい食えば多少マシになるだろうよ」

 

 空腹だとイライラするって聞くしな。満腹になれば黒騎士も多少穏やかになるかもしれない。

 

 そうして五人で食事を済ませデザートを食べることに勤しむオルキスは兎も角、食休みという段階になった。

 

「……美味しい」

「そりゃ良かった。帰ったらちゃんとアップルパイにしてやるからな」

「……ん」

 

 リンゴだけで食べると甘さが前面に押し出されて大人好みの味ではなくなってしまうのだが。オルキスには気に入ってもらえたようだ。アップルパイを食べさせてやる約束をして、とりあえずリンゴの甘煮を食べさせておく。

 

 食後で腰を落ち着けたところで、俺は話しておかなければならないことがあった。

 

「とりあえず落ち着いたことだし、昨日俺になにがあったのかを一応話しておく」

 

 俺が発言すると、オルキス以外の三人の注意がこちらを向くのがわかった。

 

「その話もあったな。貴様と会ってから二週間、多少なりとも鍛えたはずだが……かなりボロボロだったな」

「ああ。流石に二週間やそこらで黒騎士と渡り合えたり無傷で逃げ果せたりはしねぇってことだ」

「なに?」

「……相手はあの十天衆、しかもその頭目だ」

「なんだと!?」

 

 俺の言葉に、黒騎士は腰を浮かせて驚く。

 

「本当だぜ。ってか考えても見ろ。服洗ったらしいドランクならわかると思うが、刃物相手であれだけ刺し傷しかないのはおかしいだろ?」

「まぁ確かにね~。普通刃物だったら“斬る”から、刺し傷は少なくなる。けどダナン君の服や鎧は剣で刺したようなモノばかりだった。つまり」

「剣を飛ばして戦える上に、その飛ばした剣であっさり胸当てを斬れるくらいの実力者とも考えられる」

「十天衆の頭目、シエテというわけか」

 

 俺の発言をドランクが補足し、スツルムと黒騎士が答えを導き出す。これで俺が嘘を言っているとは思われなくなっただろう。

 

「……ふん。で、その十天衆がなぜ貴様を狙う?」

 

 黒騎士はどっかりと座り直して腕組みし俺へ顔を向ける。とはいえ既に兜になっているので威圧感があった。言外に「もしかしてバレたのではないだろうな」と問いかけてきているようだ。

 

「俺が商人連中を皆殺しにして、商品を壊したからだとよ」

「……ダナン君ったらそんな極悪非道なことしてたの?」

 

 簡潔に答えるとドランクが引いたように茶化してくる。

 

「その商人というのは奴隷商だろう。確かあの島の裏手にあった奴隷商館が壊滅したと噂に聞いた」

 

 黒騎士がずばり答えを口にした。

 

「正解。まぁ俺の元いた島がそこと提携してたみたいでな。その運搬船を略奪してこの島まで来て、ついでに滅ぼしといたんだ」

「ついでって……。君、なんだかんだ言ってとんでもないよね」

「引くなよ」

「いや引くでしょそんなん」

 

 割りと真面目に引いているらしく、如何に俺の感性がズレているのかを伝えてくる。

 

「まぁその運搬船乗っ取った時に操舵士だけ生かす必要があったんだが、最後に始末するのを忘れててな。そいつが商売内容隠した上で誰かに訴えたらしい」

「それで狙われた、と。しかし妙だな。そんな些細な案件で十天衆が動くとは思えん。いくら殺した人数の数が多かろうが、所詮は奴隷を売っていた非合法な連中だ。脅威と取るには根拠が薄い。砦にいた兵士皆殺しなら話はわかるが」

「そう、妙なんだよなぁ。人数は兎も角相手は非戦闘員ばかりで、戦えそうなヤツには不意打ちしまくってたし。わざわざ出る幕はなかったと思うんだが」

「そもそも本当に狙われていたなら、貴様がこうして生きているはずがない」

 

 推測を述べていくと、黒騎士が断言した。悔しいことにそれは事実だ。

 

「そこなんだよなぁ。けど俺を捕まえたくないんなら最初から襲わなきゃいい。ってことはなんつうか……襲ったという事実が欲しかった、のか?」

 

 顎に手を当てて考え込むが、答えは出てきそうにない。例え推論を並べ立てたとしても時間の無駄だろう。

 

「……ふん。まぁいい。とりあえず私達のことがバレたわけではないということか」

「ああ。だが一つ気がかりな点がある」

「なんだ?」

 

 聞かれて、真剣な表情を作り告げた。

 

「十天衆は一人じゃなかった」

 

 断言する。崖から落ちる時に見えた、空から降りてきたヤツも、シエテと同じデザインのマントを羽織っていたと思う。

 

「少なくとも俺が見たのはシエテと、もう一人。空飛んでた弓かなんかの使い手だ。遠目から見ただけだけどな」

「……その情報が正しければ十天衆が二人、か。しかも飛行できる弓使い、ソーンだと考えられる。どうもきな臭いな」

 

 黒騎士も不審に思ったようだ。

 

「貴様一人に割く人員ではない。つまり、別の目的がある」

「そういうことだ。それが俺達なのか別でなにか動いているのかは知らねぇけどな」

 

 一先ず俺達が今辿り着ける結論までは来たはずだ。

 

「どうする? もし他にもいた場合、この島で妙なことをすれば目をつけられる可能性もある」

「計画は続行する」

 

 スツルムの懸念を一蹴する黒騎士。

 

「既に動き出している。今更やめるつもりはない」

「まぁ僕達としてもこれまでの苦労が無駄になるのは遠慮したいんだよね〜」

「そうと決まれば早速行こうぜ。あいつら、そろそろここを嗅ぎつけるんじゃないか?」

 

 本人の意思が変わらないなら予定通り動くだけだ。

 グラン達をこの奥に誘き寄せる作戦を決行する。

 

「そうだな。スツルム、ドランク。予定通り別口から来るヤツらを最奥に誘導しろ」

「はぁ〜い」

「ああ」

 

 黒騎士の改まった指示に、二人はそれぞれ頷いた。

 

「人形とダナンは私と共に来い。ヤツらを先回りして待機する」

「……」

「了解」

 

 俺は声に出して、オルキスは無言でこくりと頷いた。

 

「では行くぞ。気を引き締めろ」

 

 号令があって、俺達は動き出す。今はまだ交わらぬそれぞれの目的のために。



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ご挨拶

前話前々話の順番を間違えていたので修正してあります。ご注意ください。


「ほへぇ、強いねぇ全く」

 

 動き出してからどれくらい時間が経っただろうか。

 俺達が出入りに使った廃工場の最奥で、グラン達一行は機械の兵士のような姿をした星晶獣コロッサスと戦っていた。

 

 それまでにコロッサスを起動させたバルツ公国を代表するザカ大公が操られているらしく、その弟子らしい少女が必死に説得しようとしたり。それでもザカ大公が正気に戻らないと見るや戦って目を覚まさせてやる! 的な流れになったりしていた。

 

 その様子を「若いっていいねぇ」と思いながらこっそり眺めている俺。

 

 ヤツらが戦っている広い場所の上にある廊下の奥に身を隠している状態だ。まだ連中の前に姿を現していないのは、コロッサスをヤツらが倒した後に登場して“ご挨拶”する予定だからだ。いきなり登場した方がインパクト強いから、とはドランクの言い分だったか。まぁ俺も印象に残る登場の仕方は悪くないと思う。なにせ俺の能力と因縁ありそうな相手だしな。

 黒騎士の傍にはヤツらをここまで誘導したスツルムとドランクが立っている。オルキスは黒騎士の後ろで待機している状態だ。なにやら、無感情な少女にしか見えない彼女にも役目があるらしい。詳しくは聞いていない。

 

「あまり顔を出すなよ」

 

 黒騎士に小声で注意されるが、俺としては貴重な他のヤツの戦闘を観れる機会だ。是非観察しておきたい。

 

「わかってる。だがいい機会なんでしっかり観ておきたいんだよ」

 

 言って戦闘の観察に集中する。

 

 コロッサスという星晶獣は、生物兵器としての姿ではなく完全な機械の姿をしている。黒い重厚な鎧に身を包んだ巨人、に見えなくもない。右手に持った巨大な剣の威力は抜群で、直撃を受ければ人が即死するぐらいの威力は秘めているはずだ。正直相対したくない相手と言える。しかも鎧というか外殻のせいで攻撃も通りづらい。厄介な相手だ。

 

 対するグラン達は、俺が昨日見かけた少女ジータを含めて六人と一匹。事前に誰がどんなヤツかは説明を受けていた。

 

 銀を基調とした鎧に身を包み青のマントを羽織る長髪の美女はカタリナと言うらしい。毅然とした様子で剣を振るう姿は正しく騎士。黒騎士曰く、彼女は元エルステ帝国軍中尉だそうだ。戦っている様子を見るに、防御、回復、攻撃とそつなくこなすタイプだな。見た目はまだ二十代だが、若くして中尉に上り詰めただけはある。

 

 お次は銃を持った男だ。こちらも銀の鎧を着込んでいるが、先に言った通り銃を手に戦う。僅かに顎鬚を生やした黒髪の兄ちゃんだ。操舵士をやっているらしい。咥え煙草をしながら銃をぶっ放している。コロッサスの堅い鎧を貫通するほどではないが、前衛が攻撃されそうになった時顔に弾丸を当てて注意を逸らすなど、的確な射撃を行っている。今回決定打にはならないだろうが、彼の腕前は確かだと充分伝わってきた。

 

 そしてさっき言った大公の弟子らしき少女。俺やグランよりも幼い少女だ。長い金髪を二つに結った褐色肌を持つ少女は、年齢に見合う小柄な体躯で杖を振るい魔法を使って攻撃している。回復もできるようで、ドランクより若いことを考えると将来有望なのは間違いなかった。俺も魔法を学び始めた身だから、少女の歳であそこまで自在に魔法を使えるというのがどれほどの才能か少し理解する。

 

 グランとジータを除けばあと一人と一匹。その二人は後ろの方で戦闘を眺めているだけだった。一匹と呼ぶ方は羽の生えた赤いトカゲ……か? グランとジータと同じ故郷で過ごしたと聞いたが、なんとあのトカゲは人の言葉を話すらしい。びっくりトカゲだ。

 もう一人の非戦闘員らしき少女は、白いワンピースを着た蒼髪の少女だ。魔法使いの少女と同じくらいの歳で、子供と言って差し支えない。

 

 グランは今『ジョブ』で言う【ファイター】で戦っている。俺が見たところ元から【ファイター】なんだろう。俺の【シーフ】と同じ感じだ。なんの偶然か、青いパーカーの上に胸当てをしていて、その恰好だけを見ると俺が【ファイター】になった時そっくりだ。色は違うけどな。茶色い髪を振り乱して前衛を務めている。カタリナや操舵士の兄ちゃんと比べるとやや勢い任せの戦い方には見えるが、それなりに形にはなっているように思う。未熟者という点では俺と同じようなもんかな。

 

 ジータも【ファイター】だ。彼女もグランと同じくデフォルトが【ファイター】らしく、昨日会った恰好と同じだった。勇ましく剣を振るいグランと共に前衛を務める姿は、昨日俺と楽しくお喋りしていたのと同一人物とは思えない。

 

 さて、どうやってコロッサスを倒す気なのかねぇ。

 

 俺は傍観者として、戦いの行く末を見守るのだった。

 

「グラン!」

 

 ジータの緊迫した声が室内に木霊する。コロッサスの剣が真上から迫っていた。攻撃し着地したばかりのグランを狙って。

 

「させるかよ!」

 

 剣を見上げたグランの顔が引き攣る中、銃声が一つ響いて横から刃へと弾丸が命中し軌道を逸らした。

 

「ありがとう、ラカム!」

 

 無事回避できたグランは援護してくれた仲間に礼を言って、剣を振り切った後のコロッサスへと迫り剣を叩きつける。しかし彼の一撃では傷を負わせることができず、あえなく後退した。それは別で攻撃を仕かけていたジータも同じだ。

 

「くっ!」

「このままじゃ倒せない……っ!」

「どうする、グラン、ジータ! このままじゃ埒が明かねぇぞ!」

 

 一旦距離を取る二人に、後ろからラカムが声をかける。カタリナとイオがそれぞれを回復させ、仕切り直す。

 

「こうなったら一斉攻撃で倒すしかない。でもそれにはあいつの動きを止めないと」

「それならあたしがやるわ」

 

 グランの呟きを幼い魔法使いが拾う。

 

「イオちゃんが?」

「うん。あたしは師匠の弟子だもん。動きを止めるくらい余裕なんだから!」

 

 ジータの不安そうな声を振り払うように強がって見せるが、イオの足は震えていた。それでも勇気を振り絞っているのだと悟った彼女は優しげに微笑んで、

 

「わかった。じゃあお願いするね」

 

 勇気の後押しをした。

 

「グラン、アレお願い」

「わかった。――《氷晶杖》!」

 

 ジータの声に応えたグランが右手を突き出しなにかを呼ぶ。すると光が手の前に現れて虹の結晶が出現する。更に結晶が四散して、一つの杖が姿を現した。それを掴み取り、

 

「ジータ」

 

 彼女へと放る。それを受け取った彼女は杖を握り締めた。

 

「【ウィザード】」

 

 そして杖を扱うことのできる『ジョブ』、魔法攻撃を得意とする『ジョブ』へと姿を変えた。黒いとんがり帽子に黒いマントを羽織った姿だ。腰に魔導書らしき本を提げている。

 

「来い――《輝剣クラウ・ソラス》!」

 

 グランはまた武器を呼び出した。彼はそのまま剣を使うようだ。同じように出現させた剣は、透明な水色の刃を持つ両刃の剣だった。それを両手でしっかりと握り締めたグランは真っ直ぐにコロッサスを見上げる。

 その横でジータは魔力を練り上げていた。

 

「よっしゃ! 俺が牽制する! 次は任せたぜガキンチョ!」

「ガキンチョって呼ばないで!」

 

 ラカムが威勢良く言って、右手に構えた銃の銃身に火を収縮させる。

 

「――いくぜ。覚悟はできてんだろうな! バニッシュ・ピアーズ!」

 

 渾身の一発が文字通り特大の火炎となって放たれる。流石のコロッサスも直撃を受けて怯みよろめいた。その隙に、

 

「あたしの魔法で師匠を笑顔にするんだから! これがあたしの本領発揮よ! エレメンタルガスト!」

 

 イオが続く。杖を両手で思い切り地面に突き立てるようにして凍える冷気の魔法を放ちコロッサスの足下を凍てつかせた。凍らされてはコロッサスも動きを止めるしかない。しかし残る三人が飛び出そうとした時、体勢を崩した上で凍らされた不安定な体勢であっても右手の剣をできる限りの渾身で振り下ろした。

 

「くっ! 二人共、後は任せたぞ!」

 

 苦し紛れな反撃であっても直撃を受ければ身体が爆散する。カタリナはコロッサスの剣の前で足を止めると二人を先に行かせた。そこで立ち止まらなかった二人は、おそらく彼女を信頼しているのだろう。

 

「我が奥義、お見せしよう! アイシクル・ネイル!」

 

 凛とした声と共に剣を構えると、青の大きな剣が出現した。手に持つ剣を振るって青の剣をぶつけ、もう一振りすると二本目の青の剣が出現して一本目と交差するように剣をぶつかる。それでもまだ押される中、最後の一押しとばかりに突きを放ち他二本よりも大きな青の剣を放った。

 そしてコロッサスの剣が弾かれる。代わりに相殺した衝撃を受けてカタリナの身体が後方へ飛んだ。

 

 だがコロッサスは武器を持った腕を弾かれもう抵抗する手がない。

 

「グラン!」

「ああ!」

 

 そこへグランとジータが飛び込んだ。

 

「行っけぇ! フローズンヴィジョン!」

「これでトドメだ! ノーブル・エクスキューション!」

 

 ジータが手に持った杖を振るって特大の氷塊を頭上から落とした。

 グランが剣を両手で握って上段に掲げ、剣から光の柱が発生したかと思うとそのまま振り下ろした。

 

 二人の強烈な攻撃を受けたコロッサスは背中から倒れる。そして二度と動くことはなかった。

 

「コロッサスが……なぜだ。我らが悲願……」

 

 コロッサスを起動された大柄のドラフ、ザカ大公が倒れたコロッサスを信じられない様子で眺めている。

 

「やった!」

「ああ、皆のおかげだ!」

 

 無事コロッサスを打倒したグラン達は呑気に喜んでいた。しかし長い間使われていなかったからか、先の戦闘が激しかったからか、地下全体が大きく揺れる。

 

「く、崩れるぞ!」

 

 屈んでやり過ごし天井からの落下物に注意する一行だが、落下物は彼らのところへ落ちていかなかった。そう、大公の頭上から落ちてきている。

 

「し、師匠!」

 

 イオが悲痛な叫びを上げるも誰も彼を助けるには間に合わない、かに思えた。

 落下してきた瓦礫を、なんとか上体を起こしたコロッサスの腕が防いでいた。

 

「こ、コロッサス……。そんな身体でなぜ儂を守って……」

 

 ザカ大公が呆然とする中、それが最後の力だったのかコロッサスが力尽き倒れる。

 

「師匠!」

 

 ザカ大公の無事を喜んでか、イオが駆け寄って抱き着く。もう彼に、抵抗する気力はないようだった。

 

「――コロッサス。あなたの想い、私が連れていきます」

 

 優しい声が聞こえる。動かなくなったコロッサスから光が玉となった飛び出し、光を放つ蒼の少女へと吸い込まれていった。

 

「まぁ、こんなものか。面白いものが見られた。それに免じて帝国への不義は不問としよう」

 

 そんな黒騎士の言葉に、俺はそういやこいつ帝国軍事顧問とかやってたな、と思うくらいだった。

 

「黒騎士!」

 

 グラン達はこちらへと敵意を向けてくる。さてそろそろ俺の出番かね。

 

「案ずるな。今日は手出しをする気はない。私はな」

 

 そう言って黒騎士が俺の方を見てきたタイミングで、俺は悠々と奥へ続く通路から歩み出る。

 

「あっ」

 

 俺の顔を見てか、ジータが声を上げていた。

 

「よっ」

 

 俺もこの場面にはそぐわないだろうが、にっこりと笑顔を浮かべて軽く手を挙げる。

 

「知り合い?」

「えと、ううん。昨日街の武器屋の前で話しただけだけど」

「ホントな。昨日はまさかあんたがジータだとは思ってなかったぜ」

 

 本当に偶然中の偶然ってヤツだった。

 

「まぁいいや。あんたがジータってことはそいつがグランってことでいいんだよな?」

 

 俺は二階の手すりからパーカーを着た少年を指差す。

 

「え、ああ、うん。僕がグランだけど」

 

 戸惑ったようにそいつは頷いた。……真っ直ぐで、穢れを知らない目をしてやがる。きっと育ちがいいんだろうな、俺と違って。

 

「そうかいそうかい。実は俺が用あるのはてめえでな」

 

 俺は言いながら手すりに足をかけてドランクに目で合図する。

 

「僕?」

「ああ、っと」

 

 俺は跳んで手すりを越え一階へと下りる。

 

「ちょっと戦ってみたくてな。喧嘩売りに来たんだ」

 

 俺の言葉を受けて、グランは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「おい坊主、いきなり出てきてなに言ってんだ?」

 

 ラカムが警戒するように銃を向けてきた。

 

「あー……。やっぱ普通に出てきたら乗ってくれねぇか。まぁそうだよな、操られたザカ大公の弟子さんの話聞いて手伝うようなお人好しだもんな。じゃあしゃあねぇ。――ドランク、頼んだ」

「はいはい、っと。人遣い荒いよね、君も」

 

 俺の声に合わせてドランクが魔法を放つ基点となる玉を、少し離れた位置にいる大公とイオのいる方へと放る。

 

「な、なにを」

「わかってるだろ、人質だよ。てめえ以外が手を出したら、あの二人を殺す。戦わなくても殺す。どうだ、お前みたいなヤツはやる気出る状況だろ?」

「ふざけるな!」

 

 俺の口にした言葉に対してグランが怒鳴ってくる。明らかな敵意が宿っていた。……そうこなくっちゃな。

 

「同感だグラン。おいクソガキ。調子乗るなよ。てめえのどたまぶち抜くぐらいできるんだぞ、こっちだって」

「そりゃこの距離ならな。ただ兄ちゃんはいい人そうだし、万が一にもあの二人を攻撃される可能性があるんなら脅しにしかなんねぇだろ?」

「チッ。そりゃてめえも一緒だろうが」

 

 苛立たしげなラカムに対して、ああと少し納得する。

 そういや俺はグランやジータと同じ年ぐらいに見えるだろう。いくら黒騎士とつるんでいるとしても仲間の少年少女と同じ年頃なら子供扱いされるのも当然か。

 

「……いや、違ぇよ」

 

 俺は笑みを引っ込めて感情を表から消し、左腰に提げた銃を手に取ってそのまま二人の方へ向けると、躊躇いなく引き鉄を引いた。が、もちろん威嚇なので数センチ離れた位置を通り過ぎただけだったが。それでも効果はあったようだ。

 

「てめえ……!」

「次は当てる。そこにいる二人と同じ感性持ってると思うなよ、兄ちゃん」

 

 今度はきちんと照準を合わせてやると、ラカムは大人しく銃を下げてくれた。

 

「……なんで、そうまでして僕と戦いたいんだ」

「その答えはこれから見せてやるよ」

 

 俺はそう言って銃を提げ直し右腰にある剣の柄へと手をかける。

 

「ほら構えろ。お前がやる気にならないと、誰が死ぬかわかんねぇぞ?」

「……わかった。その代わり、他の皆には手を出すな」

 

 怒りを滲ませて俺を睨んでくる。……いい目になってきたな。

 

「わかってるよ。俺はお前と戦えればそれでいいだけだ。もちろん、他のヤツが手を出さなければ、の話だがな」

「ああ。皆、手は出さないで」

 

 グランが腰の剣に手をかけて一歩進み出る。

 

「し、しかし……!」

「安心しろ、騎士の姉ちゃん。別に俺はこいつを殺す気もねぇし、そんな力もねぇ。本当にただ手合わせしたいだけなんだよ。やり方については謝るが」

「……」

 

 一応釘は刺しておく。敵の言うことなんて信じないだろうが。今もほら、怪訝そうな顔してるし。

 

「さて、そろそろやるか」

「……」

 

 グランは剣を抜いて中段に真っ直ぐ構える。そんな真面目なヤツの虚を突くのは、俺の得意分野だ。しかも初見ともなれば尚更だ。

 

「いくぜ、グラン。驚いて呆けるなよ」

 

 俺の声に一層強く剣の握るのを見ながら、

 

「【ファイター】」

 

 俺が静かに呟くと対峙しているヤツと同じような恰好へ変化する。黒いパーカーに黒いズボン。胸当てだけは灰色だった。

 

「なっ!?」

 

 俺も他に使えるヤツがいると知った時は驚いたが、それは相手も同じだ。信じられないモノを見たような顔で俺を見てくる。その隙に剣を抜いて駆け出した。

 

「呆けるなっつったろ!」

 

 言いながら剣にオーラを纏わせ技の威力を大幅に上げる、

 

「ウェポンバースト!」

 

 を発動する。

 

「う、ウェポンバースト!」

 

 俺がなにをしようとしているのか察したらしく、戸惑いながらも同じように剣へとオーラを纏わせてきた。

 そして接近してほぼ同時に、

 

「「テンペストブレード!」」

 

 技を放った。

 剣の一振りに合わせて竜巻が発生し、相手を切り刻まんと進む。偶然にも同じ技だったがためにぶつかり合って相殺された。

 

 奥義と呼ばれる必殺の一撃を秘めた技は互角。戦いの途中で武器を呼び出したあれがなければやっぱりそんな実力差はないか。

 

「どうしたよ! そんなもんか?」

 

 相殺後に接近して鍔迫り合いに持ち込む。

 

「くっ! どうして僕達と同じ『ジョブ』の力を」

「そんなもん俺が聞きてぇよ。俺も俺以外が持ってるなんて思わなかったんでな!」

 

 鍔迫り合いは分が悪いみたいだ。どうやらこいつの方が俺より力が強い。

 

 俺は剣から力を抜いて横に避ける。グランがそのまま前につんのめったところを右手で手首を掴んで前へと引っ張り足をかける。相手の勢いを利用したまま投げ飛ばした。

 

「ぐっ!」

「ほら立てよ、同じ力持ってんなら早々やられねぇだろ? それともこの隙に仲間撃たねぇと本気出さないのか?」

「やめろ!」

 

 グランは激昂して立ち上がり、突っ込んでくる。それを受けつつ、

 

「そうだ。てめえの本気を見せてみろ!」

 

 俺はちょくちょくグランを挑発しながら、しばらく戦い続けた。

 グランの性格通りなのか愚直な剣は見切りやすく、油断ならないとはいえ窮地にはならなかった。代わりに俺はヤツを翻弄するように手足を使ったり剣を放り投げて逆の手で斬りつけたりと変則的な動きをしていた。剣技なんて小綺麗なもんじゃないが、今本気で殺し合えば俺が勝てる、かもしれないな。

 

 そろそろ実力も見れたし終わるかと思っていたら、

 

「テンペストブレード!」

 

 横槍が入った。竜巻が巻き起こり俺は切り傷をつけられ後退させられる。……クソッ。ジータか!

 

「ドランク!」

「ライトウォール!」

 

 俺が二人を襲わせる前に、カタリナが宝玉と二人の間に障壁を展開する。示し合わせてやがったな。なら仕方ない。俺だって別に他のヤツは良かったんだけどな。

 俺は密かに【ファイター】を解除して左腰の銃を手に取る。

 

「ドランク、そのまま二人を殺せ!」

 

 俺は偽の指示を出しながら蒼の少女ルリアへと銃口を向けた。

 

「カタリナさん、すぐに二人を!」

「違う! 狙いはルリアちゃん!」

 

 グランが素直に二人を見て、ジータが俺の行動に気づき声を上げるがもう遅い。腹部目がけて引き鉄を引いた。が、聞こえた銃声は()()

 俺の撃った弾はルリアを襲う途中で別方向から来た弾丸に軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

「間一髪だったな」

 

 肩に銃を担いで呟くのは、この中で唯一銃を主武器とするラカムだった。

 

「神業かよ、凄ぇな」

 

 俺は驚愕の一発に称賛しか出てこない。ただこれでは勝負どころではないな。

 

「ダナン。そろそろいいか?」

 

 黒騎士もそう思ったのか俺を呼んだ。

 

「ああ。悪いな、グラン。俺の我が儘に付き合ってもらって。またいつか会った時は殺し合いになるかもしれねぇし、続きはそん時だな。じゃあな」

 

 俺は黒騎士に返事しつつ、できるだけ警戒心を抱かせないように明るく挨拶して銃をしまい駆け出す。

 全力で走ってコロッサスを踏み台に壁へと跳躍し、更にその壁を蹴る形で二階の手すり下の床に手をかける。離れた足に勢いをつけて回し足が上がってくるタイミングで手を離した。俺の身体は上に飛び一回転して足から手すりの上に着地する。

 

「よっ、と」

「ひゅーっ。カッコいい登り方!」

「茶化すなよ。むざむざ防がれやがって」

「痛いとこ突くなぁ」

 

 全然反省した様子がねぇ。こいつがこんなんだからいけると思われたんじゃないだろうか。

 

「悪くはなかったがまだ足りない。彼女を取り戻すにはまだ、な」

 

 黒騎士が独りごちていた。彼女って誰だ?

 

「ではまた。……ルリア。そしてその主グランよ再会を楽しみにしている」

「……楽しみ」

 

 黒騎士の横にオルキスが並び一行を見下ろす。どうやら別れの挨拶をするみたいだ。

 

「二人と因縁あるみたいだし、俺も次会う時を楽しみにしてるよ」

 

 ひらひらと手を振ってグランとジータに別れを告げる。

 

「じゃあね。アディオース!」

「勝負は、次まで預ける」

 

 ふざけたドランクに続きスツルムも告げたことで、俺達は踵を返しその場から立ち去った。

 

「おい! ちょっと待てよ!」

 

 ラカムが呼び止めてくるが、無視だ。

 そして入ってきた廃工場の入り口から出てきた。

 

「いやぁ、悪いな。お前らも俺の我が儘に付き合ってもらちゃって」

「ホントだよ〜。ってかさ、あれだと僕達まで極悪人だと思われるんだけど」

「いやお前らは割りと悪人だろうが。善人だと思ってたのか? その胡散臭さで?」

「胡散臭さってなに? ねぇスツルム殿酷くない?」

「確かにな。お前の顔は信用ならない」

「そっち!?」

 

 スツルムにも肯定されて、本気でショックを受けたらしいドランクが肩を落とす。

 

「煩いぞ。さっさと戻って次の準備だ」

「え〜。そろそろ休暇欲しいんですけどボスぅ〜」

「黙れ刺すぞ」

「え、いやボスに刺されたら死んじゃいますねぇ」

 

 スツルムと黒騎士では加減のし方が違う。地力もかなり違う。魔法による防御ごと多分イカれる。

 

「黙って従えってことだろ」

「ああ」

 

 スツルムの要約に肯定する黒騎士。

 

「……ねぇダナン君。うちの女性陣ちょっと怖すぎない?」

「……なに言ってんだ。女なんて成長して逞しくなったらこんなもんだろ」

 

 ドランクの耳打ちに小声で返していると、黒騎士がこちらを振り返った。

 

「なにか言ったか?」

「「いいえなんでもありません」」

 

 思いの外強い気迫に、俺達は揃って姿勢を正すしかないのだった。



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次に向けて

 バルツでの作戦を終えた俺達は、やはりというか俺のアジトに帰ってきていた。すっかり寛いで、飯だアップルパイだのと要求してくる始末。ここは俺の家だっての。

 とはいえ戦力外である俺ができることなど限られている。それに俺も腹が減っていた。ついでに五人分(オルキスがめっちゃ食べるので五人前ではない)料理を用意してやる。腹ごしらえをして作戦の疲れを癒し、充分食べたところでアップルパイを焼き上げる。四人で一枚、オルキスは本人の強い要望により三段アップルパイを食べていた。……その小さい身体のどこにそんな入るんだかねぇ。

 

 相変わらず不思議な胃袋をしているようだが、そこはもう気にしないことにしておく。

 

「いやぁ、やっぱりダナン君は料理は美味しいね。その辺のお店で打ち上げするよりいいよ。それに、ここなら内緒の話もしやすいからね~」

 

 ドランクが言うとどうも胡散臭くなるから不思議だ。俺の料理が美味いのは食べた皆が言ってくれることだが、どうもな。

 

「ああ、そうだな。早速次の話に移るが、私は人形を連れてアウギュステに行く。そろそろアウギュステでの計画が終わりそうだからな」

「アウギュステでの計画?」

 

 なにも知らされていない俺が黒騎士に尋ねる。

 

「そうだ。だが今回はスツルムとドランクには別行動をしてもらう」

「ほう。じゃあ俺も別行動ってことになるのか?」

「いいや。貴様には私と来てもらう」

 

 秘密裏に協力している以上、帝国にその存在が知られるのはマズい。はずなのだが。

 食事直後なので兜を外している黒騎士の顔は少し笑っていた。悪巧みをしていそうな顔だ。

 

「その心は?」

「帝国には既に、見所のある拾った人間に人形を預けている、という説明を何度か行った」

「……おいこら。事後報告じゃねぇかよ」

「そうだが?」

「そうだが? じゃねぇだろうよ。見所があると黒騎士に言われたってんなら相当強そうじゃねぇと無理だし。なにより帝国の一員になるんなら作法とか知らねぇと無理だぞ?」

 

 要は、エルステ帝国最高顧問直属の兵士になれ、と言っているようなものだ。そうなるには足りないモノが多すぎる。

 

「問題ない。私がみっちり鍛えてやる」

「……それ死なないだろうな」

「さてな」

「おい」

「冗談だ」

 

 嫌な予感がしてジト目で見るが、それは冗談だったらしい。……こいつも冗談を言うんだな。

 

「今の実力でも充分一兵卒とは比較にならないくらいには戦えるだろう。その歳で充分戦えるなら、見所があると判断した材料にもなり得る。もちろん三日でみっちり鍛えてやるが」

「スケジュールキツくないっすか。いやまぁしょうがねぇか。で、スツルムとドランクはその間どこでなにをする予定なんだ?」

 

 同年代でも俺と同じくらい強いヤツが、少なくとも二人いるとわかった。年下でも充分強いヤツもいた。なら今以上に強くなれるのに努力を惜しむことはない。むしろ七曜の騎士の一人である黒騎士に鍛えてもらえるなら有り難い。

 

「内緒~」

「言う必要はない。後で雇い主にでも聞いてみろ」

 

 二人は自分から言い出す気はないらしい。

 

「しょうがない、か。作戦後の飯抜きにするぞ」

「えっ!? そ、それは酷いんじゃないかな~」

「そ、そうだぞ。横暴だ」

 

 余裕たっぷりな笑みと無表情が崩れた。……ふっふっふ。すっかり胃袋掴まれるな。

 

「ぼ、ボス。死活問題なので言っていいですか!」

「ダメだ。まだこいつを信用したわけではないからな」

「そんなぁ!」

 

 ドランクが挙手をして黒騎士に訴えるが、断られてがっくりと肩を落とす。

 

「なるほど。黒騎士が口止めしてるってんなら仕方がない。黒騎士もなしだな」

「なに!? 貴様っ」

「でもまぁ、元々外で食ってた黒騎士さんはいいよなぁ、別に」

「くっ……!」

 

 どうやら黒騎士も大分気に入ってくれたらしい。

 

「ってことで次の作戦後はオルキスと二人でいっぱい飯食べれるなぁ」

 

 と俺は黒騎士の横に座るオルキスへ声をかけたのだが。

 

「……? ダナンのご飯は美味しい。ごちそうさま」

 

 アップルパイを食べ終えたオルキスは話を聞いていたのか聞いていなかったのか、そんなことを言う。苦笑しつつ口元についた汚れを拭き取ってやる。

 

「……チッ。わかった、アウギュステへの移動中に教えてやる。だが決して他言するなよ。命がないどころの話ではなくなるからな」

「了解。腕によりをかけて作りますよ、黒騎士殿」

 

 面白くなさそうな黒騎士の許可が下りた。睨まれて肩を竦める。

 

「ふん。調子に乗っているようなら、鍛錬で思い上がりを叩き潰してやろう」

「そりゃ感激。……死なない程度に優しくしてね?」

 

 皮肉で返しつつも、本気で殺しに来たら俺みたいな弱小人間は呆気なく死ぬので、割りと真面目にお願いしておく。……そのお願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、三日間。死ぬギリギリまで鍛えさせられた。

 

「……飯作る体力を考えろ阿保!」

 

 と俺が初日に叫んだのは言うまでもない。もちろん、その後の鍛錬が更に痛いモノになったのも、な。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ということで、三日間に及ぶ地獄の特訓を乗り越えた俺は、ぐったりとした様子で小型騎空艇に乗り込んでいた。

 

「……大丈夫?」

 

 ベッドに寝転ぶ俺を覗き込んでくるのはオルキスだ。

 

「ふん。だらしがない。そんな体たらくで私の直属が務まると思うな」

 

 腕を組み憮然とした様子で言うのは漆黒の甲冑で全身を包んだ黒騎士だ。俺をこんなんにした張本人である。

 

「……俺が必要以上に疲れてるのは、あんたらが飯はちゃんと作れだのと無茶言うからだろうが。あの鍛錬と料理両立するなんて無理だろうが」

「実際やってみせただろう。料理中に倒れるようなら考えてやったのだがな」

「生き汚くて悪かったな」

「元はと言えば貴様の料理が美味いのが悪い」

 

 なんて理不尽な言い草だ。

 ただ人間、死にそうになってもやろうと思えばできるのだと理解してしまった。……次があるなら更に厳しい鍛錬になるんじゃないだろうな。

 

「到着するまではそのままでいいが、魔力を練るのを忘れるな。魔法を十全に使うには、魔力のコントロールを身に着けなければ話にならないからな」

「はいはい。ってかあんた魔法も使えたんだな」

「ああ。剣一本でのし上がれるほど、七曜の騎士は甘くない」

「そりゃそうか。余程特化してなきゃ、一芸だけでなれるわけもねぇか」

 

 この世には、六つの属性がある。

 火、水、土、風のそれぞれ相互関係にある四属性と、対極となっている光と闇の二属性。それぞれ適正というか、向き不向きがあるので使えない属性があって当然だ。

 

 だがこの黒騎士は、基本を闇属性としていながら光以外の四属性まで扱えるのだ。しかも並大抵の魔法使いとは一線を画すぐらいの練度を誇っている。剣だけでも化け物みたいなのに、魔法でも化け物とか相変わらず底が知れないな。

 俺が今まで強いと感じた者は、ナルメア、黒騎士、シエテってところか。俺からしたら誰が一番強いかなんてわからないな。ナルメアの名は今のところ噂でも聞いたことはなかったが、彼女は相当強いはずだ。十天衆にも匹敵し得るぐらいの力は持っているかもしれない。まぁ、実際にどうかは戦ってもらわないとわからないんだけどな。

 

「属性を扱うという点では、不得意のない貴様の方が上だろう」

 

 黒騎士はそう言ってくる。

 

「確かに、俺――多分グランやジータも全属性満遍なく使えるけどな」

 

 そう。俺は使えない属性がない。つまりは万能だ。だが残念ながら通常状態ではあまり上手く使えず、【ウィザード】やなんかを使うとあっさり上手くいく。万能ではあるが『ジョブ』に左右されすぎて黒騎士ほど自由に使えないのだ。剣と魔法を両立するような『ジョブ』があればいいんだけどな。

 

「それはきっと『ジョブ』があるせいだ。対応力という点で言えば間違いなく強いからな」

 

 一属性しか使えない、などという万遍なさを阻害することはない、ということだろう。そのおかげで誰から教わってもある程度形になるのは有り難いことだった。

 

「その代わり『ジョブ』によって魔法が上手く使えるかどうかの基準があって縛られる、というわけか」

「そういうこと」

 

 とりあえず『ジョブ』についての話はここまでにして、聞いておきたいことを尋ねておく。

 

「で、スツルムとドランクは今なにをしてるんだ?」

「……。まぁ島を発った今なら情報が漏れる心配もないか。あの二人には、他の島の調査に行ってもらっている」

「島の調査?」

「そうだ。グラン達と一緒にいたルリアという少女を覚えているか」

「ああ、あのコロッサスからなんか取り出してた」

「そのルリアには、貴様が見たように星晶獣の力を取り込む能力がある」

「ほう?」

 

 そりゃ興味深いな。星晶獣の力は超常のモノだ。それをただの人が扱えるとは思えない。

 

「つまり特殊能力を持ってるってことなのか。だからあいつらの旅に同行してるんだな。まぁただの少女がいるわけねぇだろうとは思ってたが」

「そんなところだな。そして星晶獣の力を取り込むことでルリアの力は増していく。あの双子はどうやら星の島イスタルシアに行きたいようだが、それには島の星晶獣が守る空図の欠片を集める必要がある」

「イスタルシアねぇ……」

 

 御伽噺にしか出てこないような、俺からしたら架空の島だ。なんて言うか、冒険ロマン溢れる理由で旅してんな、あいつら。

 

「でなければ瘴流域を越えられないからな。そして島を回り星晶獣の力をルリアが取り込むことで、力が増していくことこそが、私の目的に一歩近づくことでもある」

「ふぅん。じゃあつまり、各島の星晶獣を調べたり島の状況を調べたりして、星晶獣の力を取り込ませる必要があるってわけな。それなら先回りして事前調査を行う必要がある、か」

「察しがいいな。……私の目的については聞かないのか?」

 

 大体把握した。暗躍などとカッコいい言葉を使っても、やるべきことは地味なモノだ。

 と思っていたら黒騎士からそう尋ねられた。

 

「ん? まぁ、聞きたいは聞きたいが、どうせ話す必要が出たら話してくれるんだろ。なら俺が今ここで聞く必要はねぇな」

「そうか」

 

 その目的を聞いて、こいつの目的に協力するかはまた別の話だろうしな。今聞いて離反したくなっても仕方がない。直前まで黙っていてもらおう。

 

「そういやさ、バルツにはなんでちょくちょく行ってたんだ? 罠とかは別に張ってなかっただろ?」

「ああ、その件か。あれは地下の地図を作らせていた」

「地図?」

「そうだ。使われなくなって久しい場所だったからな。ザカ大公との件とは別に、連中を誘導するためのルートを確保する必要があった。経年劣化で崩落した通路があったら誘導できないからな。地図を作ってどのルートをどう誘導するか決めたのだ」

「……地道なんだな、暗躍って」

「失敗が許されないなら尚更な」

 

 なるほど。……ってことはこれから先俺もそういう地味な作業に付き合わされるのでは? まぁやれと言われればやるけど。飲まず食わずで何日もぼーっとしているよりかは楽だろう。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

 

 黒騎士に尋ねられ、天井を見上げて考え込む。

 

「そうだな、あんたの名前なんてどうだ?」

「なに?」

 

 なんとなく思いついた質問に、黒騎士は声を尖らせる。

 

「黒騎士ってのは七曜の騎士としての呼び名だろ? なら別に本名があるんじゃないかと思うんだが」

「なぜそんなことを聞く」

「別に思いついたから聞いただけだ。言いたくないなら言わなくていい」

「……」

 

 普段から顔を隠しているし、もしかしたら素性についてはあまり詮索されたくないのかもしれないとは思っている。だが気になっていることではあるので、聞くだけ聞いてみることにしたのだ。

 

「……アポロニア」

「ん?」

「アポロニアだ。二度は言わんぞ」

 

 それ自体二度目では? とツッコむのは野暮だろう。

 

「ふぅん。公私共に黒騎士のままでいいんだろ?」

「ああ。人前で呼ぶなよ、うっかり首を落としてしまうかもしれん」

「物騒なヤツだな」

「貴様に言われたくはないな」

 

 冗談なのか判別のつかない発言に眉を寄せると、思わぬ返答が返ってきた。

 

「あん?」

「私も帝国最高顧問として、様々な人間を見てきたつもりだ。だが貴様のように殺気もなく談笑するように人を殺せる人間は初めて見た。しかも人を殺したことに関して、全く罪の意識がない。危険だと思わないのに危険な行いができる人間は、あまり類を見ないタイプだ」

「そういうもんかね。まぁ、俺の育った街では人の命なんてその辺のゴミと一緒だったからな」

 

 その価値観が、今も強く根づいているのだろう。

 

「そうか。孤児か?」

「ああ。地理詳しくねぇから具体的な場所がどこだったかはよくわかんねぇが、ゴミ溜めみたいなとこだったよ。人も、モノもな」

「そこで得た価値観が、貴様の中にあるということか」

 

 黒騎士は俺の話に納得したようだった。人の持つ価値観は、生まれ育った環境に左右されやすい。俺がこういう人間になったのは、十中八九あの街のせいだと察したのだろう。

 

「……ダナンは優しい」

 

 ところが、オルキスがぽつりと告げてきた。俺も、黒騎士さえ予想外だったのか驚いたようにオルキスを見る。

 

「そうか?」

「……ん。アップルパイ、作ってくれる」

 

 シンプルな答えに思わず笑ってしまう。

 

「ふっ。そっかそっか。まぁもし俺が優しいと思うんならきっと、初めて俺に優しさをくれた人のおかげだろうな」

 

 俺はオルキスの頭をぽんぽんと優しく撫でて笑った。俺がギリギリ人の生活に溶け込めているのは、彼女と過ごした日々があるからだ。それがなければとりあえずあいつらと会った時、出会い頭に警告なしで一発ぶち込んでいたかもしれない。そもそも、あの一時がなければこいつらとこうしていることもなかったと思う。多分だが、シェロカルテに関わった時点で危険人物だとされて裏で始末されそうだ。

 

「……」

 

 オルキスは大人しく頭を撫でられるがままにしていた。

 

「……ふん。いい加減気を引き締めろ。貴様は弱くてはいられないのだからな」

「わかってるよ、帝国最高顧問様」

 

 しばらく口を出さなかったが、注意されたらすぐに手を引いてベッドに寝転がりながら魔力を練り上げる。一応三日の内にClassⅡに手を出していた。と言っても俺が使いやすい短剣を扱える【ソーサラー】、【レイダー】、【アルカナソード】という三つだけだ。この間と同じように、持ってきた武器は左腰の短剣と銃、右腰の剣だけだ。シエテに傷をつけられた防具は新調しており、ほとんど同じ姿ではあったが綺麗になっている。

 武器が増えれば戦術の広がるが、代わりに持ち運びが面倒になる。今後はそれも考えていかなければならないな。

 

 数時間が経って、黒騎士から声をかけられる。

 

「そろそろ着くぞ。アウギュステだ。ダナン、くれぐれもボロを出すなよ」

「わかってるって。俺の演技に瞠目しな」

 

 散々聞かされた注意にそう返して、俺は伸びをし身体を解しながら到着を待つのだった。



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アウギュステに到着

 青い空、白い雲。そして空をそのまま鏡に映したような透き通る海。

 

 一言で言ってしまえば、それがアウギュステだ。

 

 海ってヤツは知識でしか知らないが、塩っ辛い尽きぬ水のことを言うらしい。池や川、湖なんかとも違う広大な水なんだそうだ。

 

「……海は初めて見たな。だがちょっと聞いてたより汚いか?」

 

 もっとこう、キラキラと輝いていると聞いていたのだが、なんだか思ったほどではない。ちょっと濁っているような気がしなくもなかった。

 

「初見で見抜くとは、貴様やはり観察眼はそこそこだな」

 

 事情を知っているらしい黒騎士はそう言うだけだった。

 海を擁するアウギュステという島は、現在エルステ帝国と戦争真っ只中、だそうだ。どうやら屈強な海の戦士達がいるらしく、徹底抗戦の構えを見せるため少し手こずっているようだ。

 

「そりゃどうも」

 

 言いながら騎空艇を降りたところで、大勢の帝国軍兵士が整列しているのが見えた。……流石最高顧問様。お出迎えが派手ですなぁ。

 黒騎士は慣れているのか列の間を堂々と進んでいく。オルキスも緊張はしないのかとてとてと黒騎士の後をついて歩いていった。俺もその後ろを歩いていく。あまり生きた心地はしないが、まぁ帝国相手に喧嘩売ってるわけでもないし、別に気にする必要はないだろう。ただし、「あいつは何者だ」という疑惑の視線が突き刺さっていた。

 

「お待ちしておりました、黒騎士様。……してその少年は……」

 

 列が途切れるところで黒騎士を待っていた身なりのいい兵士が敬礼した後俺へと視線を向けてくる。にっこりと愛想笑いを浮かべておいた。

 

「こいつは見所があるからと拾い、直々に鍛えてやっているヤツだ。私直属の兵士だとでも思えばいい」

「黒騎士様が直々に、ですか? 一体何日鍛えたのでしょう」

「三日だ」

 

 黒騎士の答えに、列がざわめきいくつもの声が聞こえる。

 

「三日だと!?」「嘘だろ、あの一日でも受け続けたら死に至ると噂の黒騎士様の特訓を!」「三日も耐えたっていうのかあいつ!」「信じられん……」「黒騎士様が目をつけるような人間だ、化け物に決まっている」

 

 などという声も聞こえてきた。……おぉ、意外なところで評価されてしまった。ってか化け物て。俺はまだそんな領域にはいねぇよ。

 

「な、なるほど……。わかりました。では帝国の兵士として?」

「似たような扱いでいい。だがこいつは私が自由に動けるよう、人形の護衛としてつける予定だ」

「かしこまりました」

 

 上手いこと言ってんなぁ、と思うばかりだ。流石にこうして多くの兵士に畏怖されている姿を見ると貫禄があるなと感心する。オルキスはじっと押し黙っていた。おそらく兵士の前では感情を全く見せないように努めているのだろう。

 

「それで、戦況はどうなっている?」

「未だアウギュステからの抵抗は止みません」

「ここには今誰がいる」

「フュリアス将軍閣下、及びポンメルン大尉です。例の研究成果を手にしておられます」

「理解した。それでこの地での進捗状況は?」

「既に完成しており、兵器・アドウェルサは回収済みです。後はアウギュステを手に入れるのみとなっております」

「そうか。よし、順調だな」

「はい。このまま行けば直に抵抗している自警隊の連中も我々に従うでしょう」

「ふっ。そうだな」

 

 報告を聞く黒騎士の笑いを兵士がどう取ったのかは知らないが、少なくとも帝国の侵攻が順調であることを喜んでいるようには思えなかった。帝国とは関係のない、傭兵という手駒を持つ黒騎士のことだ。どうせ帝国の思惑とは逸れた目的でも持っているのだろう。

 

「黒騎士様はこの後どうされますか?」

「そうだな……折角だ、フュリアス将軍のところにでも行くとするか」

「かしこまりました。兵士を何人がつけますか?」

「私に、護衛が必要だとでも?」

「い、いえ! 失礼いたしました」

 

 将軍とやらのところへ向かうらしい。兵士の申し出を威圧的に断りつかつかと歩き出す。横を通った時兵士は冷や汗をぐっしょりと掻いていた。まぁ遥か高い上司だしな。しかも実力が知れ渡っている七曜の騎士が一人だ。そりゃ恐縮もするだろう。

 

「行くぞ」

「……ん」

「はいはい」

 

 黒騎士の後にオルキスと俺が続く。少し離れてから、兵士達のため息大合唱が聞こえてきた。

 

「なぁ。アドウェルサってのはなんだ? 兵器なんだろ?」

「ああ。アドウェルサは一言で言えば兵器だ。そして兵器でしかない。大量破壊兵器、とも言えるがな。高威力の砲撃を備えた兵器だ。量産化の目処は立っているらしいが、詳しいことは知らん」

「ふぅん。まぁ七曜の騎士にとっちゃ雑魚と変わらないのかもしれないがな」

「ふん。だが貴様にとっては充分な脅威だ。機動力、主砲、副砲、どれを取っても並みの相手では太刀打ちできるモノではないだろうな」

「へぇ。帝国はそんなモノに金かけてんのな」

「人同士の戦いなら充分強力だからだろう。今や帝国がファータ・グランデの大半を握っているが、ここのように抵抗する連中もいる。そういう連中相手に使う気だろうな」

「回りくどいことで」

 

 まぁでも確かに、俺の準備と似たような目的なのかもしれない。どんな相手がいても有利に立ち回れるように、兵器を用意しておく。別に悪い手ではないだろう。

 

「ちなみに兵器を生産する過程でゴミが大量に廃棄されている。ゴミを廃棄するならどこだと思う?」

「んー……。まぁその辺に積んどく……と言いたいところだけど流す、かな。自然を考えず効率だけでいくなら」

「正解だ。帝国は研究で出たゴミをアウギュステの海に流し続けている。その結果海は汚染されていっているというわけだ」

「環境破壊なんて酷い真似しやがるな。全員海に飲まれて死ねばいいのに」

「ふっ……それは現実になるかもしれんな」

 

 人は醜い生き物なので、人のいない自然はいいと思う。だから今の発言になるのだが、帝国側の人間であるはずの彼女は意味深に笑っていた。……この人、やっぱ帝国の中心にいながら立場が帝国っぽくねぇんだよなぁ。ホント、なにが目的なんだか。

 

「もうすぐ着く。軍の指揮を任せているフュリアスに失礼のないようにな。悪逆非道、という言葉が似合う男だ。気に障ったらその場で殺されかねんぞ」

「そりゃ怖い。まぁ大丈夫だろ。殺されそうになったらフォローしてくれ」

「さぁ、どうするかな」

 

 フォローしてくれねぇのかよ……。じゃあしょうがない、俺だけの力で切り抜けるしかないか。

 軽口を叩きながらも俺達はフュリアス将軍とやらがいる場所まで辿り着いた。大勢の帝国兵が待機する地点で、その中央には二人の意匠が異なる軍人がいた。

 

 一人はヒューマンで、髪と顎髭をこれでもかと固めている。セットに時間がかかりそうだ。

 もう一人はハーヴィンで小柄な体躯をしている。学士帽のようなモノを被り眼鏡をかけている。

 

「黒騎士様!」

 

 黒騎士の登場に、一兵卒達は敬礼し道を開けていく。その道は二人の軍人へと続いていた。その中を堂々と歩く黒騎士に、二人が気づいた。髭の軍人は見ただけに終わるが、眼鏡の軍人は苛立たしげに顔を顰めている。仲はあまり良くないようだ。

 

「ダナン。フュリアス将軍に挨拶しろ」

 

 ある程度近づいてから、そう指示される。……いやいや。フュリアスってどっちだよ。これまでに得た情報だけで判断しろってか。

 一応エルステ帝国への礼節は習っている。それの通りにやれば問題ないのだろうが、どっちなのか間違えてしまえば悪逆非道の将軍様に首を刎ねられること間違いなし、というわけか。

 

 俺は仕方なく真面目な表情を装って二人の前へと歩み出る。……さてどうするか。

 俺が近づいてくると、二人が怪訝な表情でこちらを見てきた。歩を緩めることなく進むとハーヴィンの方が口を開いた。

 

「なに、君。誰なの?」

 

 苛立ちを隠そうともしない声だった。無視して一歩進めると苛立ちが更に際立った。

 

「あのさぁ、誰か知らないけどこの僕を無視するなんていい度胸――」

 

 彼が苛立つにつれて周囲の兵士に緊張が走っていた。ああ、そうか。こいつがフュリアスか。

 俺はヤツが言い終わるよりも早く流麗な動きで左膝を突いて頭を垂れる。真剣な声を作って口上を述べた。

 

「お初にお目にかかります、フュリアス将軍閣下。まずは只今の非礼をお詫びしましょう」

 

 自分でも本当に俺かと思うような真面目な声を出していた。

 

「へぇ?」

 

 見ていなくても、嫌な笑みを浮かべているとわかる声だ。

 

「黒騎士直属とはいえ私は閣下に遠く及ばない立場の身。となれば頭が高い内に話すなど、それこそ失礼に当たるでしょう。偉大なるフュリアス将軍閣下より高い位置で話すなど、私めにはできません」

「ふぅん。君、なかなか面白いねぇ」

「光栄にございます」

 

 俺の言い訳に、フュリアスの笑みの雰囲気が変わった。周囲の兵士が僅かに弛緩したとこからも、それは間違いない。

 

「ねぇ君、黒騎士じゃなくて僕につかない? 面白そうだし、扱き使ってあげるよ」

 

 とんでもねぇこと言いやがんな。俺は真っ平御免だぞ。

 

「フュリアス将軍。目の前で私の部下を勧誘するのはやめてもらおうか」

 

 流石に黒騎士も余計なことを言わない内に助け船を出してくれた。

 

「ふん。僕はこれでも驚いてるんだ。君がその人形以外に興味を示すなんて、なんの冗談だろうねぇ?」

「さぁな。今は人形のお守り程度にしか考えていない。――ダナン、行くぞ」

 

 おそらく俺の頭の上で二人の視線が交差している。……居心地悪いから早く逃げたい。と思っていたら黒騎士に呼ばれた。

 

「失礼いたします」

 

 フュリアスに一言断りを入れてから、立ち上がって踵を返し黒騎士の方へ戻っていく。

 

「なに? 君は参加しないの? 折角、面白い客が来てるのにさぁ」

「私とて、貴様の手柄を横取りする気はない。その面白い客とやらをどう料理するのか、見物させてもらおう」

「……一々偉そうなんだよ」

 

 黒騎士が踵を返したところで、フュリアスが小声で毒づいていた。……ほう。こいつはプライドの高そうなヤツだな。

 だが聞かなかったフリをして、俺は黒騎士とオルキスと共に兵士達の列から離れた位置へと移動する。

 

「ったく。おい、フュリアスがどんな容姿か事前に教えてくれよ。どっちに挨拶したらいいかわかんないだろうが」

 

 会話の声が兵士達に聞こえない距離まで来てから、俺は黒騎士に文句を言う。

 

「だがわかっただろう?」

「結果論じゃねぇかよ。まぁわかりやすかったよ、あいつが怒ると兵士が緊張するからな。どうせ味方にも非道な行いしてんだろ」

「よく見ている。しかし貴様、よくああも口が回るな。あいつが第一印象から気に入った様子を見せたのは初めてだ」

「まぁあんなんじゃな。……一つ、ハーヴィンでプライド高いヤツは体格にコンプレックスを持ってることが多いから、わざと頭があいつより低くなるようにしたこと。一つ、俺が黒騎士直属だと名乗りながらフュリアスにのみ敬称をつけたこと。あいつが気に入るならその辺だろ」

「……」

「で、小さいことを気にしてんなら、『偉大な』とか大きいモノを連想させる言葉で煽てれば『あっ、こいつは見かけだけで判断せずに見てる』って勘違いして上機嫌になってくれるってわけだ。扱いやすいにも程があんな」

 

 あれで軍を率いる将軍とは、呆れたモノだ。乗せられやすすぎるだろ。

 

「……貴様」

「ん?」

 

 妙に真面目なトーンだったので、不思議に思って黒騎士を見る。

 

「戦闘以外だと使い道が多いな。特に表情と声の使い分けが上手い。場面で使い分ける器用さと、どんな相手だろうが怖気づかない図太さ。我々にはなかったモノだ。ドランクはどうしても胡散臭くなり、スツルムは愛想が悪い。無論私も、立場上こう振る舞うべきというモノがある」

 

 一瞬、彼女がなにを言っているのか理解できなかった。

 

「貴様は自分を演じ分けることができる。貴様だけの価値だ。加えてその観察眼。充分評価に値する」

 

 言い切られた後に言われた言葉を反芻して、俺は一歩跳び退いた。すかさず腰の短剣に手をかける。

 

「さてはてめえ、偽者だな!」

「……貴様が私をどう思っているのか問い詰めたいところだが」

 

 黒騎士が俺を褒めるだと? そんなはずはない。絶対偽者だ。

 と思って警戒を露わにしていたが、兜を脱いで素顔を晒したことで本人が入っていると判明してしまった。すぐに被り直したが。

 俺は俺の記憶が間違っている可能性を考慮し、オルキスに視線を送る。

 

「……本物」

 

 だが断言されてしまい、俺は警戒を解くしかなかった。

 

「……まさかあんたに褒められるとは思わなかった。別の人間が入ってるのかと思ったぜ」

「貴様……。そんなに貶されたいなら今から拳つきでわからせてやろうか」

「あ、本物だわ。いやぁ悪かったな疑って」

「やはり殴るか」

 

 結局脳天に一撃食らった。

 

「いや本気で疑って悪かった。まさか七曜の騎士に評価されるとは思ってもみなくてな、つい……」

 

 取り乱してしまった。頭を掻いて謝っておく。

 

「ふん。私も認めるべきところは認める。褒めるという行為は下を育てるためには時に必要な行為だからな」

 

 それもそうか。

 話し込んでいると、なにやら騒がしくなってきた。

 

「来ましたねェ……この時を待っていましたよォ!」

 

 比較的落ち着いた雰囲気だった髭の軍人が興奮したように叫ぶ。誰が来たのかと思って視線を巡らせると、

 

「今度はなにを企んでいる!」

 

 実直な少年の声が聞こえた。

 青いパーカーに胸当てをした少年で、傍らには赤い羽トカゲがいる。

 

 グラン一行だ。



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海の神、顕現

昨日中に更新するのを忘れていました。続けて更新します。


 アウギュステに集った帝国兵の下へ、グラン達がやってきた。

 

 六人と一匹だったはずだが、一人厳つい老兵が加わっている。……それを見た黒騎士の身体が刺々しい気配を纏う。知り合いか?

 

「待ってましたよォ! あの時の借り、返させてもらいますねェ」

 

 独特の口調で笑う髭の軍人が兵を割って前に進み出る。

 

「ポンメルン大尉! フュリアス少将までいるのか!」

 

 元帝国軍所属のカタリナが声を上げ、一行が武器を構えたまま警戒を強くする。

 

「あれ? あれあれ? 君達まだ生きてたんだ? 虫ケラ並みの生命力だよねぇ。ま、今度こそ僕の手で甚振れるって考えたら喜ぶべきなのかな?」

 

 フュリアスは明らかに愉悦の混じった声で言った。挑発のためではなく心から言っているようだから歪んだ性格が垣間見えるというものだ。

 

「黒騎士とグランに喧嘩吹っかけてきた黒いヤツもいるぞ!」

 

 赤いトカゲが俺達を逸早く発見した。

 

「なぜ貴様らがここに……そうか、ザカ大公の仕業か」

 

 黒騎士としても予想外だったらしい。俺はにっこりと笑って手を振る。流石に敵意は薄まらないが。

 

「流石にこの戦力を相手取るには分が悪ぃか?」

 

 ラカムが険しい表情で帝国兵を見渡す。既に臨戦態勢に入っており、合図一つで蜂の巣にできる状態だ。

 

「安心していいよ。そこの黒騎士は今回ただの傍観者。君達の相手をどうしてもしたいっていうからさぁ。ねぇ、大尉?」

「ええ。私はあなた方に復讐スルために、ここにいるのですからねェ」

 

 フュリアスに話を振られたポンメルンは懐から一つの結晶を取り出す。禍々しい光を放つ黒い結晶だ。なんだあの嫌な感じのするアイテムは。

 

「帝国が研究してきた魔晶の力、とくと味わうがいい、ですねェ!」

 

 ポンメルンはその黒い結晶、魔晶とやらを胸に宛てがうように取り込んだ。するとどんな仕組みなのか魔晶を取り込んだ彼の身体が変化していく。禍々しい鎧を身に着けた巨人へと。

 ただしポンメルンの顔は巨人の胸辺りに出ていて、意識はないのか項垂れている。顔以外は埋まっているのか見えないが、巨人の頭が意思を持って驚愕するグラン達を見下ろしている。

 

「イイ心地ですねェ……。身体の底から次々と力が溢れ出してくるようですよォ!」

 

 胸の方ではなく巨人の頭の方で喋っているような聞こえ方だった。……なんじゃありゃ。人が化け物になったぞ。左手に盾のようなモノをつけていて、右手に剣を持っているからまだ人と同じような戦い方をしそうなのだが。

 

「この魔晶の力で、今度こそ貴様らを八つ裂きにしてやりますよォ。機密の少女を奪ったそこの小僧と小娘、そして帝国を裏切ったカタリナ中尉ィイイ……!」

 

 巨大化したポンメルンはずんずんとグラン達に歩み寄り、右手の剣を振り上げる。

 

「来るぞ! ライトウォール!」

 

 カタリナが前に出て障壁を張る。

 

「そんなもので防げると思わないことですねェ!」

 

 しかし、ポンメルンの一振りよって呆気なく切り裂かれ余波が一行を襲った。

 

「なんだと!?」

「魔晶は私の力を飛躍的に高めてくれるんですよォ! もうあなた方は敵ではありませんねェ!」

「くっ!」

 

 ポンメルンはまだまだ余裕そうだが、一行には余裕がない。加えて、

 

「ポンメルン大尉を援護しろ!」

 

 大勢いる帝国兵達も黙ってはいなかった。銃を構えて整列する前列の兵士達が片膝を突いてグラン達を狙っている。

 

「ダメ! ティアマト、お願い!」

 

 これは流石に始末されるかと思ったが、後ろの方にいたルリアが光と共に巨大な影を呼び出した。竜を伴った美女のような姿をしている。

 

「撃てぇ!」

 

 構わず銃を撃ち放つ帝国兵だったが、ルリアの呼び出したそいつは風を障壁のように操って銃弾を全て風で受け止めた。勢いを失った弾丸が虚しく地に落ちる。前方全ての銃弾を受け止めるとは、あれは普通の魔物じゃねぇな。星晶獣か。

 

「チィ……! 流石は化け物、と言ったところですかねェ。その力で次は誰を殺すんですかねェ!」

「っ……」

 

 ポンメルンの言葉に、ルリアは俯き表情に影を落とす。

 

「黙れ! 誰がなんと言おうと、どんな力を持っていようとルリアは普通の女の子だ!」

「そうだよ! ルリアちゃんを道具としか見ていない、節穴のあなたにはわからないでしょうけどね!」

 

 しかしすかさずグランとジータが怒りを見せて反論する。

 

「私は事実を言っているだけですねェ。それでも黙らせたいというなら、力づくでやってみるがいい、ですよォ!」

 

 ポンメルンが言って右手の剣に力を溜める。

 

「ああ、やってやるさ!」

「いくよ、グラン!」

「「【ウォーリア】!」」

 

 二人は同時に『ジョブ』の力を使ってClassⅡへと姿を変える。……やっぱり至ってたか。まぁ俺が手を出してるんだから、お前らもそうだよな。

 

「「ウエポンバースト!!」」

 

 奥義の威力を高め、二人は一瞬視線を交わす。

 

「魔晶剣・騎零!」

「「テンペストブレード!」」

 

 ポンメルンの闇の力を纏った一撃と、二人の攻撃が合わさった巨大な竜巻が激突する。

 相殺、と言うには少しポンメルンが優勢すぎるか。

 

 巨体だからか余波を受けても平然としている彼に引き換え、奥義を打った二人は後方に吹き飛ばされている。

 

「全力の一撃を相殺するとは、やりますねェ。しかし次はどうでしょうかねェ!」

 

 ポンメルンは嘲笑うように称えながら、再び闇の力を剣に纏わせた。

 

「もう一発来るぞぉ!」

「やはり私が受けるしか……!」

「ダメ、カタリナ!」

 

 二人が体勢を崩している中、先程の一撃がもう一度来たらと慌しくなっていく。

 

「あれはなんだ? 魔晶とか言ったか……相当ヤバい代物みたいだな」

「ああ。星晶獣を研究している中で辿り着いたモノでな。人並み外れた力を手にすることができる。無論、その代償は小さくないがな」

「ふぅん。ただでさえ強いあんたがあれ使ったら、誰にも止められなさそうだよな」

「そうだな。だが、私がそこまでする未来は見えん。今のままでも充分あいつらを蹂躙できる」

「確かに」

 

 七曜の騎士が追い詰められて魔晶を使う。そんな事態になり得るはずもない、か。そうなったらもちろん俺は逃げ出すけどな。巻き込まれたら敵わん。

 

 そう話している内に、カタリナが負傷しグランとジータは地に平伏している。

 

「あれ、死ぬんじゃないか?」

「いや。――そろそろだ」

「ん?」

 

 勝ち目が見えてこない状況だというのに、黒騎士に否定されてしまった。不思議に思って今起こっている状況を見回す。

 

「くっ! こうなったら私が時間を稼ぐしか……!」

「っ、ぅ……! だ、ダメ、そんなの……! やめて!」

「ルリア、しかしこのままでは……!」

 

 帝国兵は余裕綽々な様子だ。カタリナが時間を稼ごうと前に出るのを、なにかに苦しむような様子を見せたルリアが止める。いや、止めたわけではないようだ。

 

「ち、違う……違うの……。これは……リヴァイアサン……?」

 

 なにかに怯えているようなルリアに答えたのは、帝国の伝令兵だった。

 

「フュリアス将軍閣下! ご報告します! 我が軍の軍艦、その半数以上が海に呑まれました!!」

「はぁ!?」

 

 その通達にフュリアスは絶句する。

 

「違うな。海に呑まれたのではない。海に食われたのだ」

 

 黒騎士はそう否定し俺の方をちらりと見てくる。

 なぜ彼女がこっちを見てきたのかわかった。……そういや、海に呑まれて死ねばいいとか言ってたなぁ。

 

「……く、クソッ! 撤退だ! 大尉、撤退する!」

「今いいところなのに……」

「早くしろ!」

 

 フュリアスは黒騎士の声が聞こえたなかったのか、ポンメルンに声をかけると一目散に撤退し始めた。少し遅れて兵士達もついていく。

 

「くっ! 次は必ず、仕留めてあげますねェ。その時を楽しみにしているのですよォ……!」

 

 ポンメルンは後一歩のところまで追い詰めたところだったので悔しそうにしながらも、なにか予想外の事態が発生していてそれどころではなくなってしまったのだと理解したのか変身を解いてまだ状況が理解できていなかった末端の兵士達に撤退の指示を出していく。

 

「助かった、のか……?」

 

 グランがイオに治療されながら言うが、それを黒騎士が否定する。

 

「どうだろうな。さっきまでの方がまだ勝ち目があったかもしれんぞ。ほぅら、顕現する」

 

 黒騎士が海の方を振り向いたので、俺もそちらを向いた。

 そして目にした。海から神が顕現する様を。

 

 海水全てを巻き上げるかのような巨大な竜巻が起こったかと思うと、その頂点から赤い光が二つ見えた――中になにかいる。

 そいつは竜巻を切り裂くように姿を現した。巻き上げた海水を雨のように撒き散らし、青く長い巨躯を揺らす。

 手足のない巨躯は蛇のようにも見えるが、竜と言った方が正しいだろう。

 

 そいつは、目に映る全てに怒りをぶつけるように、赤い瞳に憤怒を滲ませて咆哮した。

 

「……リヴァイアサン、なのか?」

 

 俺が名前を知らない老兵が呆然と呟いた。……もしかして、あいつがこの島の星晶獣か? 正しく海の化身。確かにこれは、人相手の方が勝てる見込みがあったかもしれねぇな。

 

「そうだ。帝国が研究で出たゴミを海に流し、島を荒らした結果があれだ。怒り狂って我を忘れているようだがな」

 

 黒騎士が肯定した。……全てこいつの思惑通り、ってわけか。フュリアスは軍艦攻撃されてめっちゃ驚いてたし、やっぱりこいつは帝国の味方ではねぇよな。

 その言葉に、老兵が怒りを表情に出して黒騎士を睨みつけた。

 

「て、てめえ……! 自分がなにやったかわかってんのか!? 海はアウギュステにとって……」

「黙れ、下衆が! 貴様こそ自らの咎を置いてなにを吼えている? 恥を知ることだな」

 

 老兵の怒りを、更に強い怒りで返した黒騎士。この人のこんなに感情が見えるとこ、初めて見たな。

 

「……全く。ここに来ると不愉快なことばかりだ。行くぞ、人形、ダナン。我々にも役割がある」

 

 彼女はそれ以上会話する気がないのか、さっさと歩き出す。仕方なく二人でついていった。

 

「逃がすと思うか?」

「おい待てラカム!」

 

 しかし見逃す気はないのかラカムがこちらに銃を向けてきた。狙うのは黒騎士のようだ。老兵が止めようとするが、構わず引き鉄に指をかけ力を込める。

 ……ヤツが狙っているのは黒騎士の頭。歩く速度を見てある程度現在位置より前に銃口を向けている。ヤツのいる場所と反動を考えて、大体の銃弾の通り道を算出する。

 俺は素早く左腰の銃を抜いて両手で照準をつける。俺とヤツの距離を考えて、この角度なら同時に撃って交差するという角度を見つける。そしてラカムが指に力を込めたタイミングで、同時に引き鉄を引いた。ちゅいんという甲高い音がして、二つの銃弾がぶつかりあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「野郎……! マジかよ!」

「この間の仕返しだ。素直に見逃してくれ」

 

 俺はラカムに言って、構わず進んでいた黒騎士へ小走りで追いつく。

 

「余計な真似を」

「いやぁ、上手くいって良かった。ミスって銃弾こっちに来たらどうしようかと思ったぜ」

「貴様……」

「上手くいったんだからいいだろ?」

「結果論だな」

 

 残念、不要な手出しは褒めてもらえないようだ。別に褒めてもらわなくてもいいんだけど。

 

「で、俺達はこのまま静観するのか?」

「ああ。役割は全てが終わり、リヴァイアサンが倒された後だ」

「ほう。案外信じてるんだな、あれに勝てるって」

「ふん。勝ってもらわなければ困るというだけだ。死に物狂いでヤツらは超えるだろうがな」

「なるほどねぇ。じゃあ二度目のお手並み拝見といきますからぁ。……あ、オルキスミニアップルパイ食べる?」

「……食べる」

「貴様……」

 

 手出し無用とのことなので、俺は気を抜いて観戦モードに入る。

 俺特製「冷めても美味しいミニアップルパイ」を三人で食べながら遠くでリヴァイアサン戦を見守るのだった。



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アウギュステでの決戦

※連続で更新しています。


 アウギュステの守り神リヴァイアサンが現出し、荒れ狂う彼の星晶獣を鎮めるべく、グラン達は剣を取り気合いを入れ直す。

 

「皆、まだいける?」

 

 グランが仲間達に呼びかける。

 

「うん、いけるよ!」

「先程の戦いでの傷も治った。問題ない」

「わたしだってまだまだ魔力が有り余ってるんだから!」

 

 女性三人の頼もしい言葉を聞いて、グランはほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「そっか。じゃあ皆でリヴァイアサンを止めよう!」

「はい! 絶対に助けてみせます!」

 

 グランとルリアが意欲を見せて、

 

「おっしゃぁ、やってやろうぜぇ!」

 

 小さな竜が拳を突き上げ動き始める。

 

「とは言ってもなぁ。リヴァイアサンは海にいるだろ? こうも遠いと俺かオイゲンのおっさん、ガキンチョぐらいしか攻撃が届かねぇ」

「ガキンチョって言わない!」

「私とグランが【ソーサラー】か【マークスマン】になれば届きはしますけど、決定打には薄いですよね」

 

 ラカムの声にイオが噛みつき、ジータが冷静な判断を下す。

 

「それなら、私が皆さんを運びます」

 

 ルリアが意を決したように告げて、グランと目配せをする。

 

「ルリア、一体なにを……」

 

 カタリナが困惑する中、グランがルリアの隣に並びその手を取った。二人が瞑目すると、繋いだ手に光が灯る。

 

「――始原の竜、闇の炎の子。汝の名は……」

 

 ルリアの詠唱が響く。二人は繋いだ手を掲げ、声を揃えてその名を呼んだ。

 

「「バハムート!」」

 

 どこからともなく、強大な力が溢れ出る。そして、黒銀の鱗を持つリヴァイアサンに勝るとも劣らない大きさの竜が召喚された。召喚位置を調整したのか、グラン達を背に乗せるように顕現していく。

 

「おわっ!? 運ぶってことはまさか……」

「はい! バハムートと一緒に突っ込みます!」

 

 ラカムが落ちないようバランスを取りながら呟くと、ルリアがはっきりと返した。

 

「無茶するなぁ、もぅ」

「全く。それならそうと先に言ってくれれば良かっただろう」

 

 窘める言葉だが、その顔は苦笑いだった。

 

「はっはっは! 嬢ちゃん意外と大胆なんだな!」

 

 しばらくぽかんとしていたオイゲンも、我に返って豪快に笑う。

 

「俺も付き合わせてもらうぜ。これまでずっとこのアウギュステや俺達を守ってくれていたリヴァイアサンを、災いとして残させるわけにはいかねぇ。行って目ぇ覚まさせてやらねぇとな」

 

 確かな決意を滲ませて言った。全員の心が一つに決まっ――

 

「ちょ、ちょっと待って! あんなのに突っ込んで落っこちたりしたらどうするのよ!」

 

 下は海。海こそリヴァイアサンの領域。確実に荒波に揉まれて溺死するだろう。

 最年少の心配にどう答えたものかと皆が悩む中、

 

「なんだガキンチョ。やっぱり怖いか? なら降りて待っててもいいんだぜ」

 

 ラカムが煽るように告げた。彼の言葉にかちんと来たようで、

 

「むっ。ガキンチョじゃないって言ってるでしょ! いいわよ、行ってお子様じゃないってところを見せてやるんだから!」

「言ったな? よぉし、じゃあ突っ込んでリヴァイアサンを助けてやろうぜ!」

「「「応!」」」

 

 売り言葉に買い言葉でイオが言ったことで、今度こそ全員の心が一つになる。

 

「行って、バハムート!」

 

 そして、ルリアの指示に従ってバハムートが翼を羽ばたかせリヴァイアサンへと突っ込んでいく。全員振り落とされないように屈んで掴まった。

 

 睨み合った二体の星晶獣が咆哮して激突する。手足のないリヴァイアサンと比べて手足のあるバハムートの方が有利なのか、がっしりと首を掴み動きを封じようとする。リヴァイアサンも負けじと海面から出した尻尾からバハムートの身体に巻きついて締め上げる。

 バハムートも動けないが、これでリヴァイアサンも動けない。

 

「グラン、今の内に!」

「ああ! ――《ウロボロス》!」

 

 ジータの声に応じて、グランが虹の結晶を出現させてから蛇が絡みついたような杖を召喚する。それを彼女に放り、もう一度。

 

「《パラシュ》!」

 

 両刃の斧を召喚する。

 これが、グランだけが持つ特異能力の『召喚』である。同じ『ジョブ』を持つジータやダナンは持たない能力で、ある特殊な石――宝晶石を消費することでランダムに武器を召喚することができる。また、一度獲得した武器は自在に召喚することが可能となるため、石で得るのに加えて武器屋で購入しても良い。

 石を消費しても被ることがあるため、その場合は無意味にただ消費するだけとなる。

 

 ちなみにグランは収集癖があり、ランダムで『召喚』される武器を全て集めたいと思っている。そのため最近はシェロカルテからルピで石を購入して『召喚』することが増えて出費が嵩んでいるのが、団の悩みだったりするのだが。

 

「【ソーサラー】!」

 

 元々【ウォーリア】だったグランはそのままで、ジータの姿が変わる。腰から伸びる布がスカートのようになっており、肩には黒いファーをつけている。……ただし如何せん上半身が目に毒だ。

 

「この巨体だ! 皆渾身の一撃を叩き込むぞ!」

 

 バハムートが抑えている間に各々力を溜めていく。巨体に人がダメージを与えるには、全力全開の一撃が必要だ。

 しかし小さき者達の大きな力を感じ取ったのか、リヴァイアサンは激しく暴れ回る。踏ん張るバハムートの上で揺られながらも、集中し力を高めていった。それを見てか、暴れるのをやめて代わりに。

 

 バハムートの胸元ほどの高さを持つ津波を引き起こす。

 

「なっ!」

 

 なんとか背に乗っていた一行は無事だったが、波は街の方へと向かってしまう。

 

「クソッたれ! このままじゃリヴァイアサンを倒せても街が滅んじまう!」

 

 オイゲンが叫び、他の者も街が危ないと知って集中が乱された。

 

「ルリア、大いなる破局(カタストロフィ)で波を打ち消せないか!?」

「む、無理です! リヴァイアサンを抑えるので精いっぱいで……。それに余波で街に影響が……」

「くっ……! 今から戻っても遅いかもしれないけど、さっきまで溜めていた力で波を相殺するしかない!」

「でもそれじゃあリヴァイアサンが……」

「だからって街の人達を見捨てるわけにはいかない!」

 

 リヴァイアサンを倒す力と、津波を止める力。一行にはどちらか一つしかなかった。そしてどちらを取っても打つ手がなくなってしまう。

 ここに来て手詰まりか、と誰もが思ったその時。

 

「若人が簡単に諦めるでないぞい」

 

 老いた男性の声が近くから聞こえ、一行が驚いてそちらを向く。そこには鍔の広い帽子を被り白い髭を蓄えた老人が立っていた。

 

「お爺ちゃんなんでこんなところに? ここは危ないわよ」

 

 イオが老人を心配するが、

 

「ふぉっふぉっふぉ。心優しいお嬢ちゃんや。心配は無用じゃよ」

 

 朗らかに笑うだけだ。

 

「そんなことよりほら、困っておるのじゃろう? 波はワシらの方でなんとかするから、気にせず海の神の相手に集中するのじゃぞい」

「なんとかするって? それにワシらって……」

「細かいことを気にしている暇があるかのう。お主らの竜も疲労が見えておる」

「バハムート……」

 

 巨体故にわかりにくかったが、確かにバハムートもリヴァイアサンを抑えることで徐々に消耗しているようだった。

 

「安心しな、嬢ちゃん達。その人がそう言うなら大丈夫だ」

「オイゲン、知ってるのか?」

「顔見知りってわけじゃねぇが。なぁ、剣の賢者さんよ」

 

 オイゲンの声に、老人は笑うだけで答えた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。ではリヴァイアサンは任せたぞい」

 

 そう言って、剣の賢者はバハムートの背中を滑り降りるように駆け出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 イオは呼び止めようとして、彼が高速で駆け下りているのを目にしてやめる。老人は上を向いた尻尾の先端から、跳躍した。駆け下りた勢いをそのままに跳躍し空中に身を躍らせながら左右の腰に提げた剣と仕込み杖に手をかける。

 

「年甲斐もなく滾ってしまうわい。――白刃一掃!」

 

 二本の剣が波に向かって閃いた。交差するように一瞬の内に放たれた二つの斬撃は巨大な波を引き裂いた。……ついでに着水の瞬間剣を振るい、海を割って着地し海が戻るまでの間に陸へと戻っていった。

 

「……なんだあの爺さん。化け物かよ」

 

 歳を一切感じさせない覇気を纏った老人の所業を目にして、ラカムが呆然と呟いた。彼だけでなく、一行の誰もが目を見張っている。

 

「ったくよ。俺も老いぼれちゃいねぇとは思ってるが、あんなん見せられちゃまだまだだと思うわな」

 

 この中では一番年齢の高いオイゲンがボヤく。

 

「でもまだ他の波が……」

「そうだぜ、いくらあの爺さんでも波全部をなんとかすんのは……」

 

 ルリアとビィの不安に応えたのは、波が向かっている港近くにいた者達であった。

 

「あそこまでの業を見せられたら血が滾ってしまうわい」

 

 一人はハーヴィンの老人だった。髭を短めに揃えた彼は一見するとただの釣り人にしか見えない恰好をしていたが、左右の腰の剣に手を添え迫り来る波を見据えるその姿からは、先程の老人に匹敵するほどの覇気を発していた。

 

「万に及ぶ打ち合いを一太刀で結ぶが由来よ」

 

 二本の剣を抜き放ち波へ斬撃を放つ。しかし波の勢いは一向に収まらない。だが、

 

「奥義! 万結一閃じゃ!」

 

 最後の一振りが放たれた時、それまでに放たれた斬撃の軌跡が結びつく。すると結ばれた全ての斬撃が開き波を切り裂いた。

 

「まだじゃよ」

 

 きん、と剣を鞘に収めた瞬間、特大の斬撃が更に波を切断した。

 

「ま、ちょっとは手を貸してあげようかな」

「街の人達が危険に晒すわけにはいかないからな」

 

 また別の方面には、真紅の鎧を着たヒューマンの女性と漆黒の鎧を着たドラフの男性が佇んでいた。

 

「いくわよバザラガ! ヘマすんじゃないわよ!」

「お前こそしくじるなよ、ゼタ」

 

 二人は軽口を叩きつつも互いの実力は信頼しているようだった。

 

「アルベスの槍よ! その力を示せ!」

「大鎌グロウノスよ! 力を示せ!」

 

 二人は互いに、手に持った武器の名を呼び波へと突っ込んでいく。

 

「プロミネンスダイヴ!」

 

 ゼタは槍に力を収束し、突き出すと同時に高速で突撃した。槍の先端から収束した力が翼のように広がり波を裂いていく。波に向かって少し斜めに突撃することでより広範囲を攻撃していく。

 

「ブラッディムーン!」

 

 バザラガは津波に向けて赤い光を纏う鎌を振るった。鎌から放たれた赤い斬撃は津波へ激突すると、その場で円を描くように一人でに回転し始め勢いを散らす。

 

「こっちは気にしないで、星晶獣の方に集中しなさい!」

 

 ついでに近くまで寄ったゼタはバハムートに乗るグラン達へ向かって叫んだ。……その後すぐに海へ落ちたのはカッコがつかなかったが。

 

「……皆! 僕達はリヴァイアサンを!」

「手伝ってくれた皆のためにも、ここで決めなきゃ!」

 

 波が全て払われたことで余裕のできた二人の団長が仲間を鼓舞し、誰よりも率先して力を溜め直す。後押しされた二人は先程よりも強く、深く集中して力を溜めていく。

 二人に負けていられないと、他の面々も全力を出し切るために力を溜める。

 

 しかし、リヴァイアサンは再度津波を発生させる。規模こそ小さいが速い波だった。そしてその正面には誰もいなかった。

 

 その時、紫の蝶が海岸を飛ぶ。

 

「……舞えよ胡蝶。刃は踊り神楽の如く」

 

 紫の長髪を持つドラフの女性が忽然と現れて、腰の刀を抜くと柄を上に、切っ先を下にして構えた。

 

「鏡花水月」

 

 更に彼女の身体に赤雷が迸る。いつかダナンの使ったブレイクアサシンと同じように。

 

「舞い踊りなさい……」

 

 紫の蝶が刀の形状を変える。刃が広くいくつにも尖った歪な刀へと。彼女が一振りして斬撃をぶつけるだけで波は裂けていく。そして左腰に刀を構えると形状が元に戻り、代わりに波を横断するように紫の蝶が群がっていく。

 

「胡蝶刃・神楽舞」

 

 静かに放たれた一言と同時に横薙ぎに振るわれた刀の切っ先に合わせて、波が真っ二つに裂けていった。

 

 規模が小さめだったとはいえ一人分の三倍はある波を一人で対処してもせたのだ。

 ちなみにこの場で彼女を知る唯一の黒衣の少年は、フードを目深に被り決して見られまいとしていたらしい。

 

「あの娘っ子やるのう。これは変幻自在も世代交代かのう。きっちっち」

 

 妖剣士と呼ばれ変幻自在の剣技を持つハーヴィンの老人は、しかし自分の知らぬ強者を見て楽しげに笑うのだった。

 

「レイジ! ウェポンバースト!」

「イグニッション!」

 

 グランが仲間全員の筋力を上昇させた上で、自らの奥義の威力を高める。オイゲンも続いて奥義の威力を高めた。

 

「皆! 準備はいいか?」

「うん、いけるよ!

「ああ、問題ない」

「一発どでかいのぶち込んでやるぜ!」

「あたしの魔法も凄いんだって見せてやるんだから!」

「任せときな!」

 

 全員が頼もしく答えたところで、

 

「お願い、バハムート! 皆に力を貸して!」

 

 ルリアが最後の一押しでバハムートの力を仲間達に宿す。

 

「おっしゃぁ! リヴァイアサンを助けようぜぇ!」

「「「応!」」」

 

 ビィに呼応して、準備の整った一行が動き始める。

 

 先陣を切ったのはラカムだった。

 

「ちょっと痛ぇが我慢してくれよ。バニッシュピアーズ!」

 

 特大の火炎と共に弾丸を放ち、リヴァイアサンの顔を仰け反らせる。

 

「エレメンタルガスト!」

 

 極限まで集中したイオが冷気の竜巻でリヴァイアサンを襲う。本来なら巻きつかれているバハムートまで凍ってしまうのだが、完璧にコントールしてリヴァイアサンの身体のみを凍てつかせていた。

 

「我が奥義、受けるがいい! アイシクル・ネイル!」

 

 カタリナが出現させた水の刃でリヴァイアサンの身体を斬りつける。

 

「もう少しの辛抱だからね。アルス・マグナ!」

 

 ジータが杖を翳すとリヴァイアサンの頭部付近に青と赤二つの輪が現れ、衝突する。衝突した真ん中から雷撃のような一撃が放たれ、脳天を直撃する。

 リヴァイアサンがフラつきを見せたところに、

 

「うおおぉぉぉぉぉ!! 大切断ッ!!」

 

 雄叫びを上げてグランが両手で思い切り斧を真上から振り下ろした。斬撃は縦に大きく伸びてリヴァイアサンの身体にダメージを与える。

 遂に力なく倒れそうになったリヴァイアサンが最後に見たのは、鍛え抜いた身体を持つ眼光の鋭い隻眼の老兵が、銃を構えているところだった。

 

「……あの時は娘を助けてくれてありがとうな、リヴァイアサン。今度は俺が助ける番だ! ディー・アルテ・カノーネ!」

 

 オイゲンの銃から放たれた強力な一撃が、リヴァイアサンの意識を刈り取るのだった。




リヴァイアサンとの戦いはアニメやら漫画やらからちょくちょく持ってきています。
だからナルメアが出てきただけで、深い意味はありません。


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昏き決意

昨日は二話更新してたのでいいかな、と思い夜に更新しませんでした。
ギリセーフかなと。


「あいつらマジかよ。リヴァイアサンを倒しやがった」

 

 ことの始終を見ていた俺は、呆然と呟いた。

 

 リヴァイアサンは大人しくなり、グラン達はバハムートが消えかかっているからか慌ただしく地上へと戻ってきた。落ち着きのないことだが彼らの顔は晴れやかで達成感に満ちていた。

 

「行くぞ」

 

 黒騎士に動揺はなく、つかつかとヤツらの近くまで歩いていく。

 

「……もう休んでいいからね、リヴァイアサン」

 

 ルリアがコロッサスの時と同じようにリヴァイアサンを吸収していく。……バハムートのことと言い、不思議な力を持つ子だ。仲睦まじそうにグランと手を繋いでいたが、どんな関係なんだろうか。話ができる機会があったら盛大にからかってたりたい。

 

「…悪いがその力、こちらにも渡してもらうぞ」

 

 傍らに立つ黒騎士が言って、

 

「……じゅる」

 

 オルキスもなにをする気なのかわかっているらしく少し前に出た。

 

「黒騎士!? なにをする気だ!」

 

 俺達の登場に警戒心を露わにするが、別に黒騎士自体が敵意を持っているわけではなさそうだ。これなら戦わないかな?

 

「言っただろう。我々にも役割がある、と」

 

 言って、黒騎士はオルキスへと視線を落とす。

 

「さぁ、人形。お前もその力を喰らえ」

「……ん。いただき、ます」

 

 オルキスは言うとルリアと同じような光を発して、リヴァイアサンからルリアへと流れ出る光の流れを自分へと移す。

 

「ひゃんっ!? な、なに……!?」

「あの女の子もリヴァイアサンの力を!? ルリアと同じことができるのか!」

 

 吸収を中断させられたルリアも、旅を共にしてきたラカムも驚いていることから、彼らも知らなかったのだろう。

 やがてリヴァイアサンから流れる光が全て吸収された。

 

「……ごちそう、さま」

 

 吸収し終えたオルキスはいつもと変わらぬトーンで呟いた。

 

「ちょっと黒い……鎧の! どういうことか説明しなさいよ!」

 

 イオが黒騎士に声をかけようとして、近くに真っ黒な俺もいるからか微妙につけ足しつつ尋ねる。

 

「答える義理があるとは思えないが……そうだな。答えを知りたくばルーマシー群島まで来るといい。まぁ、そこで答えが得られるかはお前達次第だがな。もう行くぞ、人形」

「……またね」

 

 黒騎士は言うだけ言って踵を返す。オルキスは表情を変えずに小さく手を振ってその後に続く。状況がイマイチ理解できていない俺は後で尋ねようと思いながら、グランとジータへ微笑みかける。

 

「じゃあな、お二人さん。また会おうぜ」

 

 ひらひらと手を振って別れを告げ、決してあの人にバレないようフードを被ったまま二人の後をついて歩いた。

 

 帝国兵はすっかり撤退したのか、全く姿が見えない。俺達三人が小型騎空艇まで戻ってきても、あれだけ盛大に出迎えてくれた兵士達はいなくなっていた。

 

「おいおい、寂しいな。俺達置いてさっさと逃げやがったぞあいつら」

「ふん。フュリアスが率いているなら当然のことだ。アウギュステへの侵攻は兎も角、アドウェルサは完成した。悪戯に兵を消費するよりは利口だろう」

 

 小型艇が残っていただけマシだ、と黒騎士は憮然として言う。まぁ帰れなくなるよりはいいか。

 

「いつまでフードを被っているつもりだ、貴様は?」

 

 小型艇に乗り込みながら、細工などされていないか確認していた俺に声をかけてくる。……ああ、そういや被ったままだった。いやだってまさかこんなところでナルメアと会うなんて思ってもみなかったんだもん。そりゃ隠れもするわ。

 

「そうだな、もう充分だろ。おっちゃん、こっちはオーケーだ。発進してくれ」

 

 俺はフードを外し小さな船室へと入る前に三人乗ったので操縦士のおっちゃんに声をかけた。帝国の息がかかっておらず事情に深く踏み込まないいい人だ。操縦の腕前も良くて乗り心地がいいというのもいい点だった。

 

「なぜフードを途中から被る必要があった?」

 

 こちらが先程のオルキスのことなどについて聞こうと思っていたのだが、先に質問されてしまった。

 

「あー……。別に話したくないわけじゃないんだが、ちょっと知り合いがいてな。あんまり顔見られるとマズいのかと思って隠したんだ」

 

 あなたに助けられた命で多くの人の命を奪っています、なんて言えるわけねぇしな。会わせる顔がないっつうか。まぁ金も少なくなってきたし、もうちょい稼いでから会った方が恩を返しやすいかな、っていうか。

 

「ほう? あの最後に波を斬った小娘がか。どこで知り合ったかは知らないが、まさか浮ついた関係ではないだろうな」

 

 少し面白そうに尋ねてくる。……こいつ、楽しんでいやがる。

 

「そんなんじゃねぇよ。ってかあんたもそういう風に結びつけるんだな。ドランクを連想したぞ」

「貴様、どうやら死にたいらしいな……!」

 

 黒騎士が冗談なのか腰の剣を握って威圧してくる。

 

「だったらそういうんじゃねぇ、で納得しとけ。……俺からも聞いていいか?」

 

 彼女を宥めつつ、少し真剣な雰囲気を持って聞いてみる。

 

「なんだ?」

 

 冗談だったようで剣にかけた手を下ろしてくれる。

 

「グラン達と一緒にいたあの隻眼の老兵、あいつお前の親父かなんかか?」

「貴様、なぜそれを……っ!」

 

 俺の質問に動揺し、その後で自分の失言に気づく。

 

「前に俺が軽口で言った『家庭を省みない父親』に過剰に反応してたし。あんたの素顔を知ってる身としちゃ、似たとこあるのがわかったしな。髪の色とか目つきの鋭さとか――っ!」

 

 語っている内に、俺の首筋に剣で突きつけられていた。

 

「貴様、どうやら死にたいらしいな」

「……ドランクと一緒にされた時とセリフが変わってねぇぞ」

 

 軽口を叩きつつも、兜の奥の瞳はおそらく本気だろうと当たりをつける。……この反応、どうやら親子ってことで間違ってはねぇようだな。なら、もう一つ疑問が湧いてくる。

 

「……俺の中ではあんたをあのおっさんの娘と仮定する。となるともう一つ疑問が出てきてな。あのおっさん、最後リヴァイアサンにトドメを刺す時『娘を救ってくれた』っつってたんだが、それがあんただとしたら。あんたは命を救ってくれたリヴァイアサンが苦しむようなことを、故郷の人が苦しむのを見逃してたってことになる。そうまでして成し遂げたいあんたの目的ってのはなんだ?」

 

 俺は表情と声を真剣なモノにして聞いた。最悪首が刎ねられることも考えていたが、黒騎士は剣を下ろして鞘に納めた。

 ……まぁ半分は嘘だけどな。あの距離で遠くの声が聞こえるはずもない。買ってた単眼鏡で眺めつつ読唇術でそれっぽく訳してみただけだ。どうやら無事当たってたみたいだけどな。

 

「……観察眼を褒めたのは間違いだったな」

 

 言いながら、どっかりと室内にあったベッドに腰かける。

 

「じゃあ……」

「そうだ。私はあのアウギュステで生まれ育った。あまり覚えていないが……海で溺れて奇跡的に助かったのも事実だ」

 

 覚えていないならまだしも、わかっていてそれを度外視したと言う。なにが彼女をそこまで突き動かすのか。

 

「いいだろう、貴様には話してやる。ただし他言無用だ。私が話すと決めた者以外には話すなよ。墓まで持っていく覚悟で聞け」

「おう、望むところだ。こう見えて口は堅いからな。と言うか、多分おいそれと口にできねぇ内容だろうしな」

「わかっているようだな」

 

 黒騎士は立てた膝の上に肘を突いて手を組み、壁に寄りかかって立つ俺に向けて語り始める。オルキスは変わらぬ無表情でちょこんと黒騎士の隣に、距離を空けて座った。

 

「私の目的は――オルキスを取り戻すことだ」

 

 重い口が開かれた。……オルキス、と言われてぬいぐるみを抱える青髪の少女を見るが、()()。そうだ、黒騎士はこの子を「人形」と呼んでいる。それはつまり。

 

「……オルキスは、あんたの言ってるオルキスとは別なのか」

「そうだ」

 

 黒騎士は全くトーンを変えずに断言する。オルキスは僅かに俯いた。……闇が深ぇなぁ。

 

「オルキスは……エルステ()()の王女だった」

「王国……エルステ帝国の基盤になったとかいう国か。王族は確か……王女を残して死亡。王女も行方不明、だったか。なにかの記事で読んだ気がするな」

「ああ。エルステ王国は、あの時滅んだと言っていい。今帝国はあの女狐――宰相フリーシアが実権を握っているが、ヤツも元々エルステ王国の人間だ」

「ふぅん。で、オルキス王女とこのオルキスの関係は?」

「さぁな。詳しいことは、その場にいなかった私が知る由もない。調べているが、オルキスがいなくなり代わりにこの人形があった。フリーシアも驚いているようだった。星晶獣の仕業だと言っていたが。ただ、なにかがあったのだけは紛れもない事実だ」

 

 黒騎士でも不確かってことか。

 

「ちなみにこのオルキスが本物のオルキス王女ってことは?」

「断じてない。オルキスは……明るく快活で周りを笑顔にするような、そんな優しい子だった」

 

 僅かな可能性を探ってみるも、きっぱりと断言されてしまった。確かに明るいオルキスを知っているなら今の感情が薄いようなオルキスは別人と言えるのかもしれない。

 

「……ただそれが、記憶を全て失ったオルキスなのか、それとも全く別の存在なのかは私にもわからん」

 

 黒騎士にも不明な点は多いということか。

 

「そんな不確かな状態で取り戻そうってのか? もし全く別の存在だとしたら、どうやっても取り戻すことは不可能だろ。こいつがオルキスじゃなくて、オルキスはもういないってんならな」

 

 現実を突きつけるようだが、取り戻すと一口に言ったってその方法がなければ無駄足だ。方法もないのに願望だけを抱えて動いているようなら、俺は協力できない。

 

「方法はある」

 

 またしても断言した。……まぁ、なければ心が持つはずもねぇ、か。夢幻(ゆめまぼろし)を追いかけるだけで七曜の騎士に至るのは、多分無理だ。確固たる意志と覚悟がなけりゃな。

 

「ルリアには魂を分け与える能力がある。その力で魂のない肉体へ魂を与えると、ルリアの人格が魂と共に移植される。そして、能力を持つルリアに以前のオルキスの人格を再現し、人形の人格を上書きする。記憶は引き継がれないが、以前の人格のオルキスを取り戻す……これが、私の計画の全てだ」

 

 意識してか一定の声音で告げてくる。

 

「待てよ? それって下手すりゃ二人共……」

「ああ、犠牲になるだろうな」

 

 俺の懸念を黒騎士は先んじて口にした。……わかっててやるつもりなのかよ。どんだけ重い覚悟なんだ。

 

「……そうかよ。話はわかった」

「そうか」

「つまりあんたは重度の友達想いってことだな」

「……貴様、おちょくっているのか」

「違ぇよ。俺はてっきりあんたがルリアとオルキスが持つ星晶獣の力で世界を滅亡させる。とでも言うのかと思ってたからな。随分、なんていうか身近で小さい目的だ」

「バカにしているのか?」

「してねぇって。現実味があって、いい目的じゃねぇか。今いるルリアとオルキスを犠牲にするとしてもな。大それた野望なんかより、余程好感が持てる」

「……嘘を吐くな、貴様友人などいないだろう」

「そりゃな。でも別に、俺はそれ聞いたからって離反はしねぇよ? ただまぁ、それとオルキスを人形と呼ぶことは別な」

 

 俺は表情が陰っているオルキスの脇を抱えて持ち上げる。少し驚いたようにこちらを見てくる瞳に笑いかけた。

 

「貴様なにを……」

「俺はあんたの目論見を阻むつもりはねぇよ。阻もうとして殺されたら俺の目的が達成できないしな。自分の目的を優先する、できる人間だ」

 

 例え今いるオルキスを見捨てる選択肢だろうと、弱い俺にできることなんてたかが知れている。多分俺には見捨てる以外の選択肢を選べない。仮に今のオルキスを助けたいから別の方法を探そう、という心があったとしてもそういった感情を脇に置けてしまう人間だからだ。

 

 しかし、同時にこうも思うのだ。

 

「――犠牲になるんだとしたら、もうすぐ終わるんだとしたら、もっとやりたいことやってかねぇと勿体ないじゃねぇか」

「……」

 

 オルキスを下ろし、黒騎士を見据える。

 

「なにもできなくて消えるより、なにか残して消えた方が、俺はいいと思うんだけどなぁ」

「……ふん。私が目的を成す前に、その人形に愛着が湧いて反抗しなければいいがな」

「へぇ? もしかしてオルキスを人形って呼んでるのってそれが理由だったりする?」

「なんだと?」

 

 にやりと笑った俺に、黒騎士が鋭い声を発する。

 

「いやだってそうだろ? わざわざ情がなくて『オルキスとは違う』っていう呼び方だからな。わかりやすく突き放す言い方ってのは相手にそれを伝えるモノでもあり、自分に言い聞かせるためのモノでもある。距離を置いて接しないと情が移って決心が鈍っちまうってことだよなぁ」

「……貴様、いい加減に口を慎め」

「やなこった。それに――」

 

 怒気を孕んだ言葉を受け流し、笑みを引っ込めて真面目な表情をする。

 

「全てを投げ打ってでもオルキスを取り戻したいんだろ? それとも、あんたの覚悟ってのはその程度で揺らぐのか?」

「っ……!」

 

 黒騎士は俺の言葉に視線を逸らした。

 

「いくらこのオルキスが昔のオルキスと違うったって、心はあるんだ。冷たく扱われて悲しいまま終わるより、大切に扱われて温かいまま終わった方がマシだと思うんだけどな。なぁ、オルキス?」

 

 俺が言って頭を撫でてやると、どうしたらいいかわからないのか瞳が揺れていた。

 

「確かに別れは辛くなるかもしれねぇが、俺はあんたらと手ぇ組みたいってだけで、あんたに協力するとは言ってねぇんだな、これが。あんたがどんな事情だろうが、俺にとっちゃあんたら四人に変わりはない。つまり、オルキスがこうしたい、ってんなら俺はそれを手助けするぜ。黒騎士にだけ協力するなんて不公平だろ?」

「……チッ。貴様に話したのは失敗だったようだな」

「それはまだわかんねぇよ? 別に俺はあんたの目的を邪魔しようってんじゃないからな。結末は変わらんかもしれん」

「そこの人形が感情を持って、嫌だと喚き散らすことになってもか?」

「もちろん、俺はやれる。残念ながらな」

 

 というか多分、そこまでいったら黒騎士はオルキス見殺しにできねぇんじゃねぇかなぁ。きっと。それかどうしたらいいかわからなくなって自棄になりそう。後者だったら怖いな。

 

「……そうか。なら好きにしろ。ただ、私の気持ちは変わらんぞ」

「それこそ好きにしたらいい。ただ、オルキスがもしあんたと仲良くなりたいって言ったら俺は協力惜しまないけどな?」

「……ふん」

 

 なんとか黒騎士は矛を収めてくれた。……俺は別に目的を打破したいわけじゃない。ただ黒騎士の目的だけじゃなくて、オルキスや黒騎士本人の気持ちを汲んでやりたいだけだ。折角全てを捨ててまで助けたい友人がいるんだ。生涯を賭けてやりたいことがあるんだ。

 俺なんかとは、違ってな。

 

「よし。じゃあ黒騎士の了承も取れたことだし、なんかやりたいことはあるか?」

 

 俺が屈み込んでオルキスに尋ねると、黒騎士さんから「私は了承していない」という鋭い視線が飛んできた。

 

「……やりたいこと?」

「ああ。最初は小さいことでいいからな」

「……」

 

 聞かれて、オルキスは少し悩むように顔を伏せた。返答を待っていると、顔を上げてこう言った。

 

「……アップルパイ、いっぱい食べたい」

「ふっ」

 

 普段と変わらない返答に、思わず吹き出してしまう。黒騎士も兜で見えないが多分凄く微妙な顔をしている。

 

「そっかそっか」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でる。

 

「……?」

「いや、なんでもねぇよ。それなら、帰ったらいっぱい食わせてやろうな。あと原案者に頼まれてチョコパイも作ってみてくれって言われてるから、それも試食してくれ」

「……わかった。がんばる。ぐっ」

 

 俺の言葉に、妙なやる気を見せたオルキスはぬいぐるみを抱えていない方の手を握った。

 

「……ふん」

 

 そんな俺達を、黒騎士はつまらなさそうに眺めるのだった。




ということで本編より大分早く黒騎士の目的が明かされました。
まぁこっち側についたらそうなりますよね。


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ただの傭兵としてだけでなく

 二人の傭兵の情報によると、ヤツらがルーマシーへ行くまでに一週間の猶予があるとわかった。今回は別に策を弄するわけではないので、俺達もギリギリまで待って問題ない。

 

 どうやら二人もあのタイミングでアウギュステに顔を出していたようで、グラン達が手を貸してくれた人達と宴を催し、それぞれと関わりを持とうとしているという話だった。……とんでもねぇ剣士がいっぱいいたからな。もしあいつらの騎空団に加わるようなら大幅な戦力アップとなるだろう。旅を共にするかは兎も角、協力を取りつけるだけでも充分な戦力だ。

 ついでに個人的な話をするなら、ナルメアには是非あの騎空団に入って欲しい。いいヤツしかいないし。俺みたいなヤツと関わるより余程健全だ。

 

 加えてルーマシー群島で黒騎士と戦うことも考えて少し特訓しようという話になったらしい。そのためにも手伝ってくれた人達と関わりを持つ必要があったとか。

 

「あの場にいたのは“剣の賢者”アレーティア、“妖剣士”ヨダルラーハ。加えて対星晶獣組織に属する“真紅の穿光”ゼタ、“冥闇の剛刃”バザラガ、あと参加はしてないけど“地砕の霹狼”ユーステスもいたかな〜。最後の凄い可愛い娘は知らな痛ってぇ! す、スツルム殿!?」

「報告くらいちゃんとしろと何度言えばわかる。最後のドラフの女はまだ名前の知られていない無名の剣士だ。それにしては見事だったがな」

 

 俺達が戻ってきたその日中にドランクとスツルムも帰ってきた。いつもの調子で報告が上がってくる。……よく調べてくるよな、ホント。ってかいつあの島に来たんだよ。

 

「ドラフの剣士についてはこいつが知っている。なぁ、ダナン?」

 

 黒騎士のヤツ、裏切りやがった……!

 

「えっ? ダナン君ってばいつの間にあんな可愛い娘と知り合いになってたの? 今度僕にも紹介し痛って! 痛て、痛ててて! ち、ちょっとスツルム殿!? 刺しすぎ! 刺しすぎだから!」

「……煩い黙れ」

 

 ドランクが軽口を叩いてスツルムにざくざくと刺されている。それは兎も角。

 

「てめえみたいなヤツに紹介するわけねぇだろ鏡見てこいよこの軽薄男が」

 

 にっこり笑顔で言おうとしたら、ごっそり感情の抜けた声が出てしまった。

 

「「「……」」」

 

 全員の表情が固まっていた。……おっとつい本音が。

 

「……ってのは冗談だ。えっと……あれだな。昔世話になった人だよ」

 

 慌てて取り繕うが、四人は一ヵ所に集まって小声で話し始める。

 

「……ねぇちょっと? ダナン君凄い怖いんだけど」

「……お前が不用意なこと言うからだ」

「……怖かった」

「……実は人形より感情がないのではないか?」

 

 おいお前ら聞こえてんぞこら。

 

「あー……悪い、ついな。それよりほら、飯作り終わったから席に着け」

 

 俺はちゃんと普段通りの声が出るように意識しながら言ってテーブルに料理を並べていく。空腹には逆らえないのか、気まずくなった空気を無視して着席していった。

 

「……ダナン。唐揚げ欲しい」

「なに? ダメだ、ドランクから貰いなさい」

「……ドランク」

「えっ? 僕も嫌だなぁ。スツルム殿――痛って! フォークで刺さないで!」

「肉をやるわけがないだろう。むしろもっと欲しいぐらいだ」

「……」

 

 三人に断られたオルキスは一人黙々と食べている黒騎士を見上げるが、なにも言わず唐揚げのなくなった皿に目を落とした。そんな彼女を見てか三人で黒騎士を見つめたからかはわからないが、オルキスの皿へ唐揚げを一つ分けてやる。驚いたようにオルキスが黒騎士を見上げた時には、素知らぬ顔で食べ進めていたが。

 

「……ありがと、アポロ」

 

 少し嬉しそうなオルキスの礼を無視して黙々と食べ進める黒騎士だったが、思わずドランクと顔を見合わせて笑ってしまう。……後で締め上げられたのは兎も角。

 

 そして毎度の食後会議。

 今日はポテトを薄くスライスして油で揚げたモノを摘んでいる。オルキスは五段アップルパイだが。

 

「アウギュステ以外の島はどうだったかまだ聞いていなかったな」

「ルーマシーにはユグドラシルがいるねぇ。アルビオンはすぐわかったよ、シュヴァリエだって。でもこっちはフュリアス少将が手を出してるみたいだねー。あっちこっち忙しい人。あと近くだとガロンゾかな。こっちはまだ帝国が踏み出す前ってところ」

「そうか。もう一つの方は?」

「十天衆は付近の島で目撃され始めている。よく聞くのはシエテ、ソーンの二人だが、エッセルとカトルも二人一緒にいるところを目撃されている」

「続々と集まってきている、というわけか」

「ああ。目撃情報は上がっていないが、ウーノとシスは近くにいるだろう。他の四人は情報が全くない」

「そうか」

 

 色々名前が出てきてわからんな。

 

「……エッセル、銃の人。カトル、短剣の人。ウーノ、槍の人。シス、格闘の人」

 

 顔に出ていたのか、オルキスが簡単に説明してくれる。

 

「へぇ。オルキスはよく勉強してて偉いなぁ」

「……ん。伝説の騎空団は本にも出てくる」

 

 わしわしと撫でてやる。後で整理しておこう。次はただじゃやられん。

 

「この街には?」

「来てないよ。なにが狙いなのか、じっくり探ってみたいところだけどね」

「今はいい。それに、ヤツらが集まっているということは余程の強敵だろう。この空でヤツらが動くほどの相手は限られるだろう」

「ボスは十天衆相手にどれだけ戦えると思う?」

「さぁな。だが戦うだけなら三人、いや五人程度か。流石に十人全員は無理だろうな」

「つまりボスより強い存在を相手にしようっていうわけね。巻き込まれたくないね〜」

「ふん。憶測の域を出ない話をしていても無駄だ。次はこれからの予定だな」

 

 十天衆の目的は定かではないが、今は気にしても仕方がないか。そもそも追っているのが人なのかすら怪しくなってくる。

 

「これから、ね。ボスとオルキスちゃんはルーマシー群島に行くんでしょ?」

「ああ。ダナンも連れていく予定だ。ただお前達には休暇をやる」

「えっ? ……いや欲しいって言ったけどねぇ。こんな時に僕達いなくて大丈夫?」

「ルーマシー群島は帝国の手が入っていない。ヤツらと戦うことになるかもしれないが、今のヤツらなら私一人でも問題なく勝てる」

「雇い主がそう言うなら気にしない。が、休暇とは急だな」

「お前達には休みなく働いてもらっているからな。偶には休暇をやってもいいと思っただけのことだ」

「それにしてもタイミングが悪い」

「そうか? ならアルビオンとガロンゾの辺りで情報収集でもしてくるといい。ルーマシー群島の後、ヤツらは必ずその辺りの島に向かうはずだ。休暇だろうが仕事だろうがどちらでもいいが、なんにせよその辺りへ行け」

 

 ドランクは表情を変えなかったが、なにかを勘づいたようだ。

 

「ボス〜。なんか僕達遠ざけようとしてない〜? まさかダナン君と愛の逃避行痛ってぇ! アイアンクローと突きの二重苦……」

「冗談やめろよな、ドランク。こんな物騒なヤツこっちから願い下げだ」

「貴様も沈むか?」

 

 そして二人揃って床にめり込まされた。つんつんと身体を突く指がある。オルキスだな。なんとか自力で脱出する。

 

「ふん。妙な勘繰りはしなくていい。ルーマシーの後ヤツらがどう動くかはわからないからな。先回りして情報を提供すればいいだけの話だ。それ以外は好きにしていいから休暇と言っただけのことだ」

「ふぅん。ま、ボスがそう言うなら。スツルム殿〜。休暇だって、二人でどこ行く? ガロンゾで結婚式挙げれば絶対離婚しないらしいよ?」

「……島の星晶獣のせいだろ。休暇ならやることは一つ。傭兵として依頼を受ける」

「えぇ〜。スツルム殿それじゃあつまんないでしょ〜。もっとこう、キャッキャウフフな感じが痛って! 刺さってる、刺さってる!」

「今から三途の川で遊ばせてやろうか?」

 

 目がマジだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 ドランクもこれには謝るしかなかったようだ。というかよく懲りないよな。

 

「次の話に移るぞ。ダナン、お前にはClassⅢまで到達してもらう。おそらくグランとジータは到達してくるはずだ」

「あー、まぁ。あんなヤツらと特訓してりゃな」

「ああ。だが忘れるなよ、こちらの人員も負けず劣らずの一流だ」

 

 自分で言うか、というツッコミを入れるような無知さはない。黒騎士はもちろんのこと、スツルムとドランクも凄腕で間違いなかった。

 オルキスが座り直した俺の足の間にちょこんと座ってくる。

 

「わかってるよ。一週間でどこまでいけるかわかんねぇが、できるだけのことはやってやるさ」

「決っまり〜。じゃあ僕達三人の、」

「剣はもういいだろうが、二刀流の心得を教えてやる」

「ちょっとスツルム殿! そこは『地獄の特訓が、』とか僕に続いてよ〜。ノリが大事だよこういうのは!」

「お前の悪ふざけに付き合っている暇はない。やりたいなら一人でやってろ」

「スツルム殿が冷たいよオルキスちゃん〜」

「……ドランクはその方が嬉しい?」

「おっとオルキスちゃんが危険なことを。僕も真面目にやろうとすればできるんだよやらないけど」

「真面目にやれ」

「痛ってぇ! 痛って! 痛ってぇ!」

 

 ぐさぐさと容赦のない突きがドランクを襲う。

 

 ……騒がしいが、ま、こういうのも悪くないな。

 

 いつものやり取りを見て笑いながら、ルーマシーへ向かうまでの一週間が始まった。

 

 飯前一時間以外はずっと特訓だ。アウギュステ前もキツかったが、その時以上に特訓メニューがキツくなっていた。初日はどうしてもぐってりとしてしまう。

 とはいえあまり時間もない。夜遅くはジョブを広げるために日中特訓しにくい楽器を練習する。【ハーピスト】になって夜空の下、夜風に当たりながらハープを奏でていた。寝ている人の邪魔にならないような、静かで落ち着いたメロディーを奏でる。

 

「器用なもんだよね、ホント」

 

 バルコニーで演奏していた俺の下へ、ドランクがやってくる。

 

「器用じゃなけりゃ、色んな武器を使いこなすっていう前提条件が成り立たねぇからな」

 

 『ジョブ』を持っているなら当然のことだ。おそらくグランは剣技、ジータは魔法、俺は……なんだろうな。まぁ兎に角『ジョブ』とは別に才能ってのはあって。ただし苦手はないってところだろうな。

 

「確かにね。しかし不思議だよねぇ、『ジョブ』って能力はさ。双子だけが持ってるなら遺伝もあるかもしれないけど、君は違うもんね」

「ああ。つっても親のことなんてわかんねぇから異母異父兄弟って可能性もあんのかねぇ。で、そんな話をするために来たのか?」

 

 わざわざ俺が一人でいるタイミングを狙って声をかけてきたんだ。なにか話があるんだろうとは思う。

 

「いいや。ダナン君にちょっとお願いがあるんだよね〜」

 

 軽い口調だったが、珍しいこともあるものだと演奏を止めてドランクに向き合う。

 

「あぁ、演奏はそのままでいいよ。あんまり他の人に聞かれたくないからねぇ」

 

 意外なことに少し真面目な雰囲気を醸し出していた。少し音を小さくして演奏を再開しながら、耳を傾ける。

 

「で?」

「あー……なんていうか、さ。僕達はどうやら一緒にいられないみたいだから、ボスのことお願いしてもいい?」

「七曜の騎士の心配なんて、する方が無駄だと思うけどな」

「まぁ強さだけで言うなら、そうだろうけどね。あの人はちょっと……その強さの基幹が脆いと思うんだよね」

「戦闘力とかじゃなくて、精神力の方ってことか」

「そういうこと。だからもし僕達のいない間になにかあったら、君がボスを助けて欲しいんだ」

 

 思いの外本当に真面目な話だった。

 

「戦力としては兎も角、そういう意味でなら任せろ」

 

 自信はないが戦闘以外の方が向いている気はする。

 

「じゃあ、任せたよ。できれば戦力としても任せたいんだけど?」

「なら精々俺が強くなれるよう協力してくれ」

「それはもちろん」

 

 ふと、彼の話を聞いていて思ったことを聞いてみる。

 

「一つ、俺からも聞いていいか?」

「いいよん。ちなみに僕のスリーサイズは企業秘密痛って! 頭割れそうな音出さないで!」

「ふざけたこと言うからだ」

「……ちょっと君スツルム殿に影響されない?」

「別に、ただお前ってそういう扱いだって思ってな」

「それはそれで酷いよ〜。で、どんな話?」

 

 軽口を叩きつつ、疑問に思ったことを尋ねた。

 

「なんで黒騎士にそこまでする? 傭兵ってのは金で雇われただけの関係だろ」

 

 そう。言ってしまえば頼まれた仕事だけをやっていればいい。雇い主の安全を守るように、なんて気にする必要はない。

 

「そうだね。ただ金で雇われただけの傭兵なら、だけど」

 

 意味深な返しがあって、続きに耳を澄ませる。

 

「何年前だったかな。エルステが王国から帝国になってすぐのことだった。その頃からスツルム殿と一緒だったんだけど、馴染みの酒場の店主からとある依頼主を紹介されてねぇ」

「それが黒騎士だったのか」

「そそ。今と違ってゴツい鎧着てなかったけどね。すっごく険しい顔で威圧感振り撒いて……まぁ浮いてたよね」

 

 言われて、なんかその様子が思い浮かんだ。きっと腕組みして席陣取ってたんだろうなぁ。

 

「ただあの人って王家と一緒だったじゃない? だからか隙が多いというか場馴れしていないというか。正直敵意ばら撒いてるのも虚勢にしか見えなくってね」

「あいつにそんな時期がなぁ」

「あの人も人の子だってこと。むしろダナン君が慣れすぎてるんじゃないかな〜」

「俺の話はいいから」

「はいはい、っと。とまぁ浮きっぷりにもびっくりしたんだけど、依頼内容もびっくりでさ。僕達を側近として雇いたいって言うんだもん。エルステのトップがだよ?」

 

 仰天ものの話だな、ったく。

 

「まぁ宰相さんの息がかかってない部下が必要だったみたいだけど……だからって金で雇った傭兵を側近にするなんてねぇ。笑っちゃうでしょ?」

「そんだけ切羽詰まってたんだろうな。つっても側近ってのは信用ならねぇ初対面の傭兵にする依頼じゃねぇよな」

「そうそう。しかもあの人、前金で報酬全額渡してきちゃってさ」

「は!?」

「そうなるよねぇ。もう笑うっていうか引いたよねぇ」

「……傭兵雇うなら半額ずつ、依頼の前後で渡すもんだろ。それも知らなかったってのかよ。ったく、信用がどうとかじゃなくて、疑ってねぇんだな」

「その通り、さっすがダナン君。僕らが裏切ったらどーすんの? って聞いたわけ。そしたら『金を払った以上、決して裏切らないだろう?』って」

 

 ドランクが雰囲気のある物真似をしながら言った。

 

「そりゃ僕らはまともな傭兵だから金を受け取った以上、仕事はやり遂げるよ? でも世の中そうじゃない人も多いからねぇ」

「俺は逆にそうじゃないヤツばっか知ってるけどな」

「君も随分偏った人生観だよねぇ……。でまぁその時僕らがいる汚れた世界とは無縁の……綺麗な世界で生きてきたんだろうな、ってそう思っちゃったんだよね。それに側近すら金で傭兵を雇うしかないくらい当時あの人の周りには誰もいなかった。そうしたらさ、あの人のこわーい顔が一気に不安そうな顔に見えてきちゃってさ……。自分の弱さを隠すために、必死に吼えてるワンちゃんみたいに思えてねぇ」

「……」

「ま、そーいうわけで、僕達はちゃんとお仕事するわけ。多少の私情はあるけどね」

「そうかい。よぉーくわかったよ」

 

 ドランクの話は一区切りついたようだ。演奏の手を止めてドランクを振り返る。

 

「あんた達がなんでそんなに黒騎士に協力するのか。あと、なんで俺がお前と気が合いそうだなって思ったのかもな」

「えっ? ダナン君そんな風に思ってたの?」

「ああ。汚い世界ばっか見てきたのと、あとあれだ。心内でなに考えてるかわからんとことか」

「自覚あったんだねぇ」

「そりゃまぁ、な。あと」

「あと?」

 

 聞き返されて、にやりとした笑みを深めながら告げた。

 

「よく笑う。他三人と違ってな」

「ぷっ、ふふふっ。そうだねぇ、確かに。そう考えると僕ら似た者同士なのかも?」

「俺に似てるヤツなんていないと思ってたんだがなぁ」

「僕もだよ〜。色々見てきたけどね」

 

 笑い合って、俺の掲げた拳とドランクの拳がこつんと当たる。

 

「そのついでに一個頼まれてくれ」

「えっ、なに? いくら仲良くなってもお金は貸せないよ? お婆ちゃんの言いつけでねぇ」

「いらねぇよ。オルキスのことだ」

「……」

「黒騎士の目的は知ってるか?」

「まぁ、一応ね。ってことはダナン君も聞いたんだ」

「ああ。で、それを聞いた俺はオルキスにやりたいことはやらせてやりたいと思った。なにも残さずに消えるより、マシだと思うからな」

「ふぅん。でもそれだと別れが辛くならない?」

「なるだろうな。でも俺は感情を二の次にできる。あんたもそれができるヤツだと思って言ってんだぜ」

「なるほどねぇ。でもさっきも言った通り僕達のボスは心の強い人じゃないよ? もしあの人が躊躇しちゃったらどうするの?」

「そんなん俺が知るかよ。俺達は黒騎士の指示に従うのみ、だ。もしあいつが死なせたくなくなったら、死なせない方法を探すしかねぇよ。だって俺達は、黒騎士がどんな目的持っていようが協力すんだろ? ならどっちに傾いたって、やることは変わらねぇよ」

「ふふっ。そうだねぇ、それはいい考えだね」

「だろ?」

「若いっていいよねぇ」

「別に俺はオルキスを助けたいわけじゃねぇぞ。グランとかと一緒にすんなよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

「それが若いっていうんだよ。大人になると、自分のことより仕事を優先するようになっちゃうからねぇ」

「そうかよ。で、ドランクはどうする?」

「それは僕個人で、ってことだよね。そうだなぁ、乗るよダナン君。そっちの方が、面白そうだからねぇ」

「ははっ」

 

 二人で笑い合い、俺は座っていた椅子から立ち上がってドランクへ右手を差し出す。

 

「ダナンでいい。これからもよろしく頼むぜ、ドランク」

「了解、っと〜。……あれ? そういえばダナンって僕達のこと呼び捨てにするよね」

「敬語ってのが性に合わねぇってのもあるが、まぁドランクは威厳ねぇしな」

「ひどっ! ……ってもう今更だね。よろしく、ダナン」

 

 軽口を叩き合いながらもドランクが俺の手を握り、俺達は握手を交わすのだった。



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人形の変化

 一先ず二日経てClassⅡを網羅した。いや、させられたと言うべきか。初日なんか楽器得意がClassⅠの【ハーピスト】だったんだぞ? それを二日で会得しろとか……。

 

「……クソッ。治ったのに全身が痛ぇ」

 

 ドランクもいるから治療には事欠かない。ただし傷を負ってすぐ回復しても痛みが引くかどうかは別だ。痛みだけが残る奇妙な状態のまま

 

「怪我は治ったな。では再開するぞ」

 

 と来たもんだ。容赦のなさが半端じゃない。まぁグラン達を相手取るとしたら、の話だが黒騎士だけではオルキスを守って戦えない可能性を考えているんだろう。伸び代は未知数だからな。その点で言や俺もそうだが。Classを超えると強さが跳ね上がる。大体ClassⅢがどんなもんかってのも早く知っておきたいんだろうがな。

 

「……大丈夫?」

 

 特訓には人目につかないよう家として使っている工場の広い場所を選んでいる。部屋を出てすぐのところだ。そこで昼飯まで三人にボコられた俺は、大の字で寝転がっていたわけだが。

 相変わらず猫のぬいぐるみを抱えたオルキスが覗き込んできた。

 

「……いや全然。ってか飯だろ。作り置きしてあるが、もう食べ終わったのか?」

「……ダナンと一緒に、ご飯食べる」

「っ!?」

 

 俺は痛みも忘れて飛び起きた。オルキスを脇に抱えて部屋へ向かう。

 

「おい! 聞いてくれ!」

 

 俺を扉を開け二階の部屋に入る。三人は既に食べ始めているようだ。視線がこちらを向く。

 

「一大事だ」

「なになに? どうしたのダナン。落ち着いてご飯食べたら?」

「……オルキスが……オルキスが飯を食べることより俺が来るのを優先した……!」

「「「っ!?」」」

 

 俺の言葉に三人共が固まり、利き手に持っていたフォークやスプーンを落とした。

 

「え? 待って、オルキスちゃんが!?」

「なんだと……」

「あり得ない事態だな」

 

 三人の間に戦慄が奔っていた。俺は脇に抱えたオルキスを下ろす。

 

「お、オルキスちゃん? どこか調子悪いの? お腹でも壊した?」

「……どこも悪くない」

「オルキス。変なモノでも食べたのか。サイコロステーキ一つやろう」

「……食べてない。けど貰う」

 

 まず傭兵二人が詰め寄って尋ねた。そして最後に黒騎士がやってくる。

 

「おい、人形。不調があるなら言え。お前は私の目的に必要不可欠だ。なにか不備があっては困る」

 

 相変わらずオルキスへの態度はこんなんだったが、一応心配しているらしい。今のだって別にわざわざ「目的のために必要だから」とか言ってるし。

 

「……どこも、悪くない」

 

 しかしオルキスの答えは変わらなかった。そのことについて俺達四人は顔を突き合わせて会議する。

 

「ねぇダナン。ホンットにオルキスちゃんに変なモノ食べさせてなぁい?」

「当たり前だ。俺は厨房を預かる身だぞ。まぁ確かに新作を味見はしてもらってるが、第一自分で味見しないで他人に食わせる阿呆はいねぇだろうが」

「だとしたらどこかで拾い食いでもしてきたのか? いやそれはないか」

「ああ。前は色々な場所で食べていたが今は違う。ダナンの料理が余程気にっているのか、外へ出ても後で作れの一点張りだったか」

「そうなんだよなぁ。じゃあ一体どうしたってんだ?」

 

 しかし、一向に答えは出ない。

 

「……もういい。一人で食べる」

 

 どこか拗ねたような声でオルキスが言って、猛然と自分の分(スツルムのサイコロステーキは一個取ったが)を食べていく。

 

「いやまさか。だってオルキスだぞ? 食べること以上があるわけない」

「だよねぇ。オルキスちゃんだし。あ、最近アップルパイ食べてないとか?」

「あるかもしれないな。オルキスだし。新作ばかりでアップルパイを食べさせてなかったんじゃないか?」

「なるほどな。確かに、人形は昔から食べることにしか関心を示さなかったからな」

 

 どうやらアップルパイの頻度が減ったことでイレギュラーが発生した、という結論が出た。確かにそう言われてみれば食べない日もあったかもしれない。なるほど、ずばりそこだな。

 

「……ごちそうさま。寝る」

 

 高速で食べ終えたオルキスは、やや憮然とした様子でソファーの背凭れへ顔を向けて寝転がった。

 

「……これは不貞寝、か?」

「不貞寝だねぇ」

「不貞寝だな」

「不貞寝で間違いだろう」

 

 おやおや。けどまさかそんな、あのオルキスがなぁ。

 

「オルキス?」

「……」

「おーい、オルキスー?」

「……知らない」

 

 これはもう完全に拗ねてますねぇ。

 

「……こうなったらあれを出すしかねぇか。悪い、ちょっと協力してくれ」

 

 俺は秘密兵器を出すことを決めて三人に小声で耳打ちし、とりあえず飯を食べる。その間ずっとオルキスは動かなかった。多分本当に寝てるわけじゃないんだろうが。

 座る位置にも気をつけた。オルキスの寝ているソファーにも座らないと四人で食べれないので、俺がオルキスの頭の方に踏まないよう気をつけて座り、黒騎士が間を空けて隣に座る。向かいには傭兵二人が並んだ。

 とりあえず談笑しながら食事をする。

 

 そして食べ終わってからが本番だ。

 

「よし、じゃあ俺の特製デザートをちょっと食べてみてくれ」

 

 そう言って下ごしらえは一応しておいたモノを取り出し仕上げに取りかかる。

 これもまたパイ。新作のパイだ。他にもチョコパイなども試してみているが、オルキスのお気に入りはアップルパイから変わっていない。それを変えさせるのが今の俺の一つの目標ではある。

 

 そうして出来上がったのがこの、レモンパイである。

 

 アップルパイと違って実が入っているわけではなくレモンソースをゼリーのように固めたモノを入れている。甘酸っぱくさっぱりとした味わいは大人にも人気が出そうな気はしているが。

 端的に言えばリンゴを煮込むだけと違って中身に仕かけが施せるのがいい点だ。

 

 甘さを足すなら蜂蜜をかけるのもありだ。……トッピングで追加料金払うようにして、売り物にしてみようか。今度シェロカルテに相談してみよう。

 

 焼き上がるとレモンの爽やかな香りが部屋中に広がった。匂いが広がったせいかオルキスがもそもそし始めた。……ふっふっふ。既にオルキスの胃袋は掌握済みなんだよ。いつまで耐えられるかな?

 

「よし、出来た。俺特製レモンパイだ。こっちは蜂蜜かけたヤツな」

 

 二枚分のレモンパイを皿に乗せてテーブルまで持ってくる。ちゃんと八等分にしてある。

 

「おっ。美味しそうだねぇ。じゃあ早速いただきまぁ〜す」

「おう。ほら二人も食べていいぞ。俺も食べるかな」

「ああ」

「レモンと来たか。甘さ控えめといったところか」

「美味ぁい! ダナンは料理のセンスあるよねぇ。この中身のヤツ、噛むととろりとしたレモンソースが溢れてきて、濃厚でありながらさっぱりとした味わいが口いっぱいに広がるよ〜。スツルム殿、どぉ?」

「美味いな。女に人気出そうだ。もう少しパイを薄くして全体のボリュームを減らせば、もっとな。屋台とかで片手で持てるサイズで売り出したらどうだ」

「それはいいな。ダナンが稼げば資金調達も楽になる。さっぱりしているからか食べ終わった後にもう一つ食べたくなるな。……もう一切れ貰っていいか?」

「……なんか真面目に講評してんな。ってか気に入ってんじゃねぇよ。食べてもいいけど先にこっちの蜂蜜かけた方も食ってみてくれ。甘さに拍車かかってるが、元がさっぱりしてるからそこまでクドくはないはずだ」

「つい手を伸ばしちゃうよね〜。早速一個もぉらいっ」

「おいドランク狡いぞ」

「全くだ」

「一番最初に次行こうとしたヤツがなに言ってやがる。まぁ取り合いするくらい美味けりゃ成功だな。試作用に二枚しか作ってないから、早いもん勝ちにはなるか」

「ヤバッ。早く食べて次行かないとスツルム殿に全部取られる痛って!」

「あたしはそんな意地汚くない。……それよりそっちの雇い主が三個目に手を」

「好みだ。次からはもう少し作ってくれ。蜂蜜はいい」

「おぉ、予想外の食いつき。もうなくなっちまうじゃねぇか」

 

 事前に打ち合わせしていたとはいえ思いの外反応が良くぱくぱくと食べていってしまう。

 しかしそこで服を後ろから引っ張られる感触がした。

 

「……全部食べちゃ、ダメ」

 

 当然オルキスだ。

 

「なら、オルキスも食べるか?」

「……ん」

「よし。じゃあそこ座って」

 

 俺の問いに頷いたことを確認し俺と黒騎士の間に座らせる。

 レモンパイは通常が一個、蜂蜜ありが四個残っていた。……お前ら食べすぎなんだよ。俺が残さなかったらなくなってたじゃねぇか。俺が三人にジト目を向けるとドランクだけウインクで謝ってきた。殴ってやりたい。

 オルキスはそっと蜂蜜のない方を手に取ってはむと口に含む。表情はあまり変わらなかったがはむはむと食べ進めていたので気に入ってはくれたかな?

 

「……美味しい」

「そっか。なぁオルキス。皆で食べるご飯は美味しいか?」

 

 オルキスが一切れ食べ終わるのを待ってから尋ねた。じっと感情の見えづらい赤い瞳が俺を見上げてくる。

 

「……美味しい。一人で食べるよりも、美味しいと思う」

「そっか」

 

 明確な答えを得れて、俺はオルキスの頭を撫でてやる。

 

「じゃあ今度から皆一緒で食べるか?」

「……ん。そうしようと、してた」

「悪かったよ……。でもまさかオルキスがなぁと思ってな」

「……ダメ、だった?」

「いいや。驚いたけど悪くない。したいならしたいでいいんだよ」

「……ん。でもダナンが疑った」

「うっ。だからそれは悪かったって」

「……許さない。今度からは、絶対一緒」

 

 どうやら根に持っているらしい。

 

「わかった。これからも一緒に飯食べような」

「……ん」

「そうと決まれば。どんどん食っていいぞ。お前のために作ったんだからな」

「…………そう」

 

 ん? なんか食べる速度が早くなった、か?

 

「いやぁ、ダナンってば落として上げて、って詐欺師の手口だよねぇ。向いてるんじゃないの?」

 

 いつも以上にムカつくニヤケ顔でドランクが言ってくる。

 

「当たり前だろ。六歳の頃にはやってたんだからな」

「……君割りと悪人だよね。じゃあ資金調達、詐欺の方でやっちゃう? スツルム殿にこわーい顔で立っててもらってさ」

「あたしを巻き込むな。余所でやれ」

「貴様ら……ここでエルステ帝国内で、ここに最高顧問がいるのを忘れていないだろうな」

「やだなぁボス。冗談に決まってるじゃないですかぁ」

「そうだぞ。本気でやるつもりならこんなとこで話さないだろ」

「……そういう意味で言ったんじゃないよ?」

「ん?」

 

 よく意味はわからない。とりあえずオルキスの機嫌は直ったみたいだしいいか。

 

 そうして俺達は、なんだかんだ平和に、楽しく日々を過ごしていった。

 

 いずれ、戻ってくることができなくなるのだとしても。



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いざルーマシーへ

俺、今回の古戦場で玉髄取ってニーアちゃんを加入させるんだ……。
……闇古戦場までには間に合う、はず。

本日から古戦場が始まってしまいましたが、
お体と手首には気をつけてください(笑)

自分は個ラン五万位が難しいようなそこそこ騎空士なので
ぼちぼち走ってます。


 一週間が経過した。短い期間だったができる限りのことはしたと思う。

 

 ClassⅢまで使えばスツルムとドランクの単体と渡り合えるくらいにはなっただろうか。戦闘経験の差は埋められないが、策を練ってなんとか渡り合えはする。……勝てるとは言ってない。

 

「ダナン。そろそろ出発するぞ」

 

 黒騎士に呼ばれ、念入りに準備していた武器や道具を手早く革袋にしまい込む。肩に担ぐタイプのヤツだ。色々武器を持ち歩く都合上、こういった袋の方がいい。といっても戦闘で使うヤツは腰に提げている。左腰には短剣と銃。右腰には剣。袋には弓と矢と杖に、一応楽器。槍や斧は嵩張るので持っていかないようにしている。あんまり上等なのがないってのもあるが。

 

「はいよ」

 

 俺が準備を整えて部屋を出ると、既に四人が待っていた。降りた俺へと、黒騎士が歩み出る。

 

「お前に渡しておくモノがある」

 

 そう言って一本の剣を差し出してきた。

 

「これは?」

 

 受け取りつつ繁々と眺めてみる。……いい剣だな。結構な業物じゃないか?

 白金色の柄を握って鞘から抜き放つと銀の刀身が現れた。刃の内側は翠色になっている。

 

「ブルトガング。私が昔使っていた剣だ。今は不要なモノだが、お前にやろう」

「結構いい剣じゃないのか?」

「ああ。私が七曜の騎士になるまでの間愛用していたのだから、当然だ。だが今はこいつがある。捨てるくらいなら、私の部下に与えた方が有用だろう?」

「そりゃ助かるけどよ……ぶっつけ本番で扱える代物かね」

「それはお前次第だがな。ClassⅢに至ったことで使用できると踏んでいる」

「そうかい。んじゃ、有り難く受け取らせてもらう」

 

 くれると言うなら貰っておこう。同じく剣になってしまうので今提げている剣を外す代わりに腰のベルトに固定し、右腰に提げておく。

 

「んじゃあ僕らは別方向だから先行くね」

「行ってくる。くれぐれも気をつけろよ」

 

 ドランクとスツルムが先に家を出ていった。

 

「ふん。誰に言っている」

「……スツルムとドランクも、気をつけて」

 

 黒騎士とオルキスと二人を見送って、

 

「行くぞ。ぐずぐずしているとヤツらに先を越される」

「それはカッコつかねぇな。じゃあ行くか」

 

 踵を返して歩き出した黒騎士に、オルキスと並んでついていく。

 

 さてと、今度はどんなのが待ち受けてるんだかねぇ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺達を待ち受けていたモノ。それは退屈だった。

 

「……なんだよ待ってろ、って」

 

 俺はルーマシー群島に到着して早々いなくなった黒騎士へ文句を垂れる。

 

「……お腹空いた」

 

 オルキスもボヤく。

 

 そう。島に着いて早々黒騎士はここで待っていろと告げどこかへ立ち去った。探そうにもルーマシー群島は未開の森だ。道を尋ねる人も住んでいなければ建物さえない。鬱蒼と生い茂る草木に覆われているのだ。土地勘のない俺達が出歩けば迷子になること請け合いだった。というか黒騎士も戻って来れんのか、これ。

 ちなみに操縦士のおじさんはぐーすかと鼾を掻いて寝ている。仕事の都合上待つことには慣れてるんだろう。

 

「おいオルキス。さっきまでおやつ食べてただろ。我慢しなさい」

「……でもお腹空いた」

 

 この子はホント、食い意地だけは立派なんだよな。というか食べることについては妥協しない。おかげで食費が嵩む嵩む。まぁそこは黒騎士、傭兵、俺で生活費を稼いでるから余裕はあるんだが。それでも家計をやりくりしなきゃ余裕はなくなるだろう。……シェロカルテへのレシピ提供、マジで考えてみようかな。

 

「しょうがねぇ。ちょっと果物かなんか採ってくるからここで待っててくれ」

「……わかった」

 

 これだけ森があるなら果物とかきのことかその辺の食べられるモノもあるだろう。迷子にならないよう気をつけながら小型騎空艇の周辺を探索し始める。船がどっちの方角にあるかをきちんと覚えておけば、迷子にはならないはずだ。

 ……しかしきのこは毒きのこと見分けがつかねぇなぁ。俺は幼い頃から泥水啜って生きてきたようなもんだから胃が強くなっているとしても、オルキスにそれを食わせるわけにはいかねぇ。いくら美味しくてもその後ぽっくり逝っちまったら話にならないからな。

 それでもあまり人の手が入っていないおかげか果物が生っていてとりあえず両腕で抱えられるだけの果物を持って小型艇に戻ってきた、が。

 

「オルキス?」

 

 待っていろと言ったのに、どこへ行ったんだか。一応船の中は隈なく探してみたが、姿はない。……あいつ。

 

「ったくもう。ただでさえ迷子になりやすいのに」

 

 こんな人気のない場所でまさか誘拐されたってことはないだろうが。俺も探しに出るしかねぇ、か。最悪二人共迷子になりかねない状況だぞ。

 

「せめてオルキスの後を追うか」

 

 俺は近くの茂みに屈んで注意深く地面を見る。オルキスが通ったなら、草が折れていたり土に跡がついているものだ。小型艇の周辺を満遍なく探していて、ようやく見つかった。

 

「こっちだな」

 

 オルキスの通り道をなんとか見つけ出し、それに沿って歩いていく。最悪戻ってこれるように船の方角を記憶しておくのも忘れない。

 そしてふと、いい匂いが漂ってきていることに気づいた。……これはスープだな。魚介出汁できのこを煮込んだスープだ。

 

「なるほどなぁ。これに釣られて飛び出したってわけか」

 

 合点がいった。そもそも俺がオルキスから離れたのも空腹を訴えてきたからだ。そんな状態のオルキスにとって、この匂いは抗いがたいモノがあったのだろう。とはいえ叱っておかなければ。

 間違いなく匂いの方角だと確信した俺は鼻を頼りにそちらへ向かい、そして唖然とした。

 

「は……?」

 

 開拓されていない樹海の中に、木造とはいえ建物があったのだ。しかも万屋『シェロカルテ出張所』と書かれている。……どっかで見たことある看板だなぁ、おい。

 

「……あいつこんな商売にならないとこにもいんのかよ」

 

 呆れて呟きつつ、扉を開けて中に入っていく。

 

「いらっしゃ~い。って、ダナンさんじゃないですか~。こんなところで奇遇ですね~」

 

 やはりというか、店の中にいたのはシェロカルテだった。笑顔の似合うハーヴィン族の女性。相棒のオウム、ゴトルも一緒だ。……ホント神出鬼没だよな。

 

「それはこっちのセリフだよ。……やっぱここにいたか」

 

 店内の席を見渡して、黙々とチャーハンを掻き込んでいるオルキスを発見した。彼女は俺が来たのを見ると慌てたように平らげた。

 

「……なにも食べてない」

「嘘つくんじゃねぇ。こらオルキス、待ってろって言っただろ」

 

 往生際の悪いヤツだ。誰に似たんだか。こつんと頭に拳骨を与えてやった。

 

「……ごめんなさい」

 

 両手で頭を押さえつつ謝ってくる。

 

「悪いと思ってるなら良し。大した距離じゃなかったとはいえ魔物に襲われてた可能性もあるんだからな。気をつけるよーに」

「……わかった」

 

 襲われなかっただけマシ、と言える。オルキスに戦う力はないはずだ。ルリアみたく星晶獣を召喚できるなら兎も角。少なくともそういった話は聞かないし、見たことがない。そもそもあんな力その辺の魔物に対して使っていいわけないしな。

 

「随分と仲がいいですね~。ダナンさん、オルキスちゃんのお兄さんみたいですよ~」

「保護者という意味では間違ってないな」

「……お兄ちゃん」

「今日のオルキスはノリがいいなぁ。普通でいいからな」

「……ん」

 

 わかりにくいが冗談だったらしい。

 

「……ダナン。ご飯作って」

「ん? あぁ、シェロカルテがいいって言うならいいけど?」

「構いませんよ~。日にちが経って廃棄になりそうな食材がたくさんありますからね~」

「おっけ。んじゃ適当に作って食べるか。俺も腹減ってきたしな」

「……早く」

「じゃあ私もお願いしますね~」

「はいはい」

 

 催促され、島に来たというのに相変わらず飯作り担当のようだ。置いてあったヒューマン用の紺のエプロンを纏い、ハンカチで髪を覆う。きちんと手を洗って準備を整え冷蔵庫を確認して作れそうな料理をいくつか並べていく。……いやなんでこんな人気のない場所で水とか引けてんの。急ごしらえじゃなくて念入りに準備してないとダメだよな? あんまり細かいことは考えまい。

 そして何品か作ってテーブルに持っていく。二人共気に入ってくれたようで良かった。我ながら美味しいと思うし。

 

「ダナンさんの料理は美味しいですね~。オルキスちゃんが夢中になるのもわかります~」

「……ん。ダナンの料理が一番」

「そりゃどうも」

 

 オルキスからの評価が高そうで怖い。

 

「残念ながら私が作ったモノより美味しいですね~。材料は同じモノを使っていると思うんですが~」

「味つけと調理時間だろ」

「いやはやダナンさんの料理は売りに出せますよ~。どうですか是非共同で美味しい料理を販売しませんか~?」

「願ってもねぇ。実は試作段階なんだが一ついい案があってな?」

「ほうほう、それは楽しみですね~。後で是非作ってください~」

「……ダナンの料理は全部美味しい」

「嬉しいけどちょっと黙ってような」

 

 オルキスからの料理に対する信頼が怖い。……じゃなくて、思わぬところでシェロカルテと提携できそうだった。

 廃棄寸前の食材が多いということで、レモンパイを作って試食してもらいつつオルキスに料理を作り続けていた。

 

 何度目かのオルキスへ料理を運んでいる時、扉が開かれて外から入ってくる人達がいた。

 

「いらっしゃ~い。万屋シェロちゃん出張所へようこそ~。今なら腕利きの料理人が、格安でご馳走してくれますよ~」

 

 にこやかに歓迎したのは、シェロカルテ一人。俺はと言えば、顔を顰めて嫌そうな顔をしてしまう。しかしそれは向こうも同じだ。

 

「「「げっ」」」

 

 俺を含む何人かの嫌そうな声が重なった。

 訪れたのが、因縁の相手であるグラン一行だったからである。……まさかここで会うとはなぁ。つってもまだ戦うわけにはいかねぇ。敵対しないでもらいたいし、ここは警戒させないように頑張るとするか。

 

「てめえは……」

「あっ、あの子もいますよ!」

 

 ラカムが俺を睨みつけ、ルリアは料理を食しているオルキスを見つけ声を弾ませた。

 

「……はぁ。妙なタイミングで遭遇すんなぁ、もう。まぁいい。飯食ってくか?」

 

 頭を掻きつつ言うが、あまり警戒は解いてくれなかった。だが俺の恰好が恰好なので、怪訝に思う人は多かったようだ。

 

「もしかして……シェロさんのお手伝いですか?」

「はい~。こちらのお客さんがよぉく食べるので手が足りなかったんですよ~。もしよろしければ皆さんもご一緒にどうですか~?」

 

 エプロンという恰好が功を奏したのか、ルリアが尋ねシェロカルテがそれっぽく返してくれた。……俺達が敵対してるってことに気づいてるんじゃないだろうな。

 

「いいんですか?」

「ルリア、待て。相手は黒騎士配下の人間だぞ。毒でも入っていたらどうする」

「でもよぉ。森ん中飛び回ってオイラ腹減ったぜぇ」

「ビィくんまで……」

「うぅ……ダメ、カタリナぁ」

 

 ルリアが喜び、それをカタリナが窘める。ビィも空腹なようでルリアにつき、未だ渋るカタリナへとルリアが上目遣いをした。

 

「うっ……し、仕方がない。しかし私がまず毒見をするからな」

 

 案外身内に弱いらしい。あっさりと折れて一先ず料理は作ってもいいってことになった。

 

「じゃあ皆さん席に着いてくださいね~」

 

 そしてシェロカルテに案内されて、なぜか俺達の座っていた長テーブルの向かいに全員が並ぶ形となる。……なんでこいつらと一緒に食べなきゃいけないんだか。まぁ、とりあえずは反対せずにおくか。

 

「じゃあ作ってくるから、それまではこれでも食って――」

 

 俺はオルキスの前に置いていた大皿のチャーハンを動かそうとしたが、その手が小さな手に掴まれる。

 

「……ダメ」

 

 食い意地だけは一人前を遥かに超えたオルキスだ。

 

「オルキス……これから作ってやるから今は置いとけって。な?」

「……ダメ。渡さない」

「……はぁ。しょうがねぇか。悪いな、今作ってくるから待っててくれ」

 

 なぜか意固地になっていたので、早々に諦めてさっさと新しい料理を作る方にシフトする。

 

 俺が席を外すとルリアがオルキスへ懸命に話しかけているのが聞こえてきた。

 

「オルキスちゃん、って言うんだよね。私はルリア。よろしくねっ」

「……ルリア。よろしく、ってなに?」

「えっ? うーんと……」

「これから友達になろうってこと! あたしはイオ、よろしくね」

「……友達……これから……私と?」

 

 ルリアに続いてイオにも話しかけられて戸惑っているようだ。少しおろおろとしていた。助け舟を出すために近づいていく。

 

「……ダナン。どうしたらいい?」

「俺に聞くもんじゃねぇよ。オルキスがしたいようにすればいい」

「……ん」

 

 感情のない瞳が不安そうに少し揺れていた。そんなオルキスの頭をぽんぽんと撫でて言ってやる。

 

「……わかった。ルリアとイオ、友達」

 

 オルキスの返答に二人が嬉しそうに笑った。同年代の友達か。オルキスにはそういうのも必要かもしれないな。と思って眺めていたらカタリナ以外がきょとんとしているのが見えた。カタリナは多分俺が今しているような顔をしてルリアを見ていたが。

 居心地が悪くなって調理に戻る。そして出来上がった料理を持ってテーブルに運んでくる。

 

「ほら、出来たぞ。俺が作って料理だから毒入れるも不味くするも自由自在。食う勇気がお前らにあるかな?」

 

 にやりと笑いつつ料理を差し出した。……食欲を唆るように匂いや見た目にも気を遣った品々だ。ヤツらの目が料理へ釘づけになっているのを見てほくそ笑む。

 

「っ……。いやまだだ。見た目は良くても食べれるとは限らない。まずは私が毒味をしよう。イオ、クリアの準備を頼めるか?」

「わ、わかったわ」

 

 決心したようなカタリナが毒を解除できるイオにすぐ対処できるよう頼み、一つの料理へと向かい合う。大皿に乗ったチャーハンだ。最初はやっぱ飯だろ。

 

 そしてカタリナは意を決して一口掬い、口に入れる。……かかったな。悪いが一口入れたらもう、終わりだ。

 

「うっ!」

 

 カタリナの身体が固まる。

 

「か、カタリナ!?」

 

 皆が驚く中、彼女は次の一口を掬いすぐ口に入れる。

 

「「「えっ?」」」

 

 皆が驚く中、ひょいぱくひょいぱくと凄まじい早さでチャーハンを口に運んでいき、一応五人前で作っていた皿が平らげられる。

 

「……うん、毒はなかったようだな」

 

 満足気な表情でスプーンを置いた笑顔のカタリナの後ろに、二つの影ができる。

 

「カタリナぁ……」

「姐さん……」

 

 蒼と赤の二つである。

 

「……はっ! い、いや美味しくてつい、な……」

 

 責めるような視線を受けて我に返ったようだが。

 

「……ふっふっふ。これがあえて毒見役に滅茶苦茶美味しいモノを出して独り占めさせる俺の料理だ。ちなみに食べてる時は重さを感じさせない工夫がされているが、胃に入ってから強烈な満腹感を感じてもう食べられなくなる。後から出てくる美味そうな料理に手が出せなくなるという苦痛を味わわせることが可能なのだ」

「くっ……まんまと罠にかかったというわけか!」

 

 案外ノリいいなこの人。

 

「ちなみにできるだけ油っぽさを取り除いたとはいえカロリーは半端ないから太るぞ」

「なっ!?」

 

 量も半端ないからな。いや上手くいって良かった。カタリナが顔を少し青くしている。

 

「い、いや大丈夫なはずだ。これでも毎日鍛えているからな。運動で消費すれば問題ない、うん」

 

 言い聞かせるように言っているが、甘いな。

 

「甘いなぁ、カタリナ中尉ぃ? 俺の料理がこの程度だとでも思ったか? もっと美味い料理で腹ぱんぱんになるまで食わしてやるからなぁ!」

「貴様……まさか後の戦いを有利にするために……!」

「かかったらもう遅いんだよ。ほぅら、たんとお食べ」

 

 バカな茶番は兎も角。

 とりあえず全員が料理に舌鼓を打ち始めた。

 

「んで一個聞いていいか?」

 

 盛り上がってきたところで、俺が正面に座るグランへと尋ねる。顔を上げ首を傾げたところへ、

 

「あいつ誰?」

 

 俺はアウギュステでは見かけなかった謎の女性について聞いた。謎の女性は薔薇の花が多く飾られた衣装を着ていて、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばしている。妖しげで色っぽい雰囲気を持っていた。

 

「アタシ?」

「ええと……ロゼッタさんだよ。ルーマシーに来てから出会った人、かな」

 

 自分を指差す女性と、グランが少し返答に困ったように答えてくれる。……いや出会ってすぐのヤツを同行させんなよ。

 

「いやお前さっき出会ったヤツをなに普通に同行させてんの? まさかお前、あの妖しい色香に惑わされたんじゃ……」

 

 俺がジト目を向けると、

 

「そんなことないですよねー、グラン?」

「ないに決まってるよね、グラン?」

 

 彼の両側に座っているルリアとジータからにっこり笑顔という圧力をかけられ背筋を正していた。……お前案外立場低いなぁ。

 

「あ、ははは……」

 

 乾いた笑みを浮かべるしかない様子だ。

 

「真面目な話をするとだな。森を歩こうにも道がねぇんじゃ宛てもなく歩くしかねぇ状況だろ? そこをロゼッタが案内してくれるってんで同行してもらってたんだ」

 

 オイゲンが本当の理由を教えてくれる。なるほどな。確かに道案内をしてくれるって言うならついていく可能性もあるか。

 

「ええ。この子達が黒騎士の居場所を知りたい、って言うから」

 

 ロゼッタも肯定する。そうか、こいつらは黒騎士に言われてこのルーマシー群島まで来たんだったな。

 

「そうか。俺は黒騎士がどこ行ったかまでは知らないんだよな」

「……森の奥、行くって言ってた」

「オルキスには教えてたのかよ」

 

 まぁでもなにも言わず行くよりかはマシだな。

 その後も俺達は他愛のない話をしながら食事を続けていった。



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『ジョブ』の起源

予選がそろそろ終わりそうな時間。多分騎空士の皆さんは走ってるので読んでいるとしても予選後のはず。

お疲れ様です。


 食事を終えた後、俺とオルキス、グラン一行は一緒にルーマシーの森の中を歩いていた。

 

 先頭を案内するというロゼッタが。

 続いてグラン、ジータ、俺の三人。

 その後ろはイオ、ルリア、オルキス。

 そしてカタリナ。

 最後尾はラカムとオイゲンがいる。

 

 ビィはグランの頭に乗ったりルリアの方へ行ったりカタリナに呼ばれたりとふらふらしていた。

 

「ねぇ。ダナン君」

 

 俺としてはオルキスの前を歩くというだけの意味だったのだが、隣になったジータが声をかけてくる。

 

「ん?」

「ダナン君はなんで『ジョブ』の力持ってるか知ってる?」

 

 俺の核心に迫る質問だった。おそらくただの興味だとは思うのだが。

 

「いや全然。むしろ俺がそれをお前らに聞きたいね。なにせ他に持ってるヤツがいないと思ってた能力を、二人は持ってたんだろ?」

 

 双子とはいえ自分以外が持っているか持っていないか、というのはとても大きいと思う。俺は特異すぎると思っていたが故にひた隠しにしていた。そのせいであまり全ての武器が扱えるようになる、という利点を活かし切れずスタートが遅くなってしまっている。

 

「う~ん。それは双子だからかな、って思うけど。ね、グラン」

「ああ、うん」

 

 双子だから一緒の能力、か。しかしそれでは説明のつかないこともある。

 

「で、お前らはなんで『ジョブ』持ってるか知ってるのか?」

 

 肝心な部分を聞き直す。

 

「うん。多分、っていうだけだけど」

 

 なんとあっさりジータは頷いた。……マジかよ。俺の旅の目的こいつらと会話するだけで大部分達成できるんじゃね?

 

「僕達の父さんが、初めて『ジョブ』の力を持つヒトだった、って聞いてるよ」

「父親が?」

「うん。お父さんはなんかこう、すっごく強かったらしいんだけど、その理由の一つが『あらゆる武器を極めている』ことだって聞いたことあるから」

「へぇ。つまりは遺伝ってことか……」

 

 思わぬ有用な情報だ。こいつらの父親――イスタルシアにいるとかいうとんでもねぇヤツが『ジョブ』を持っていて、二人はそれを受け継いでいる。

 

「あっ。ってことはダナン君も異母兄弟だったりするのかな?」

 

 ジータが思い至ったような顔をする。俺もその可能性は考えた。が、違うと断言できる。

 

「いいや。俺は父親と母親を覚えてるが、多分違うだろうな」

「? でもそのお父さんが、私達のお父さんと同じってことはあると思うけど?」

「絶対ねぇよ。親父はお袋めった刺しにして殺した張本人だからな。そんなヤツが父親なら、お前らもそんな風には育たないだろ」

「「……」」

 

 物心つく前だったが、なんとなく覚えている。

 俺を捨てにあの街へ来た母親を、必要以上に傷つけて殺したあの男。黒い長髪に赤い瞳をした男だった。冷酷非道な雰囲気を漂わせていたから、そんなヤツがこの二人のような善良な子供を育てられるとは思わない。

 

「えっと、なんかごめんね……」

「構わねぇよ。俺がまだ赤ん坊の頃の、朧気な記憶だからな。ってか母親も俺のことを捨てに行ったところで殺されてるから、どっちもどっちだろうな」

「……なんか、壮絶な人生だね」

「そうでもないだろ。親に捨てられた子供なんて、世の中にはいくらでもいる。んで、これでもまだ父親が同一人物だと思うか?」

「いや。父さんはそんなことをする人じゃない、と思う」

「うん……あんまり覚えてないから断言はできないけど、皆に慕われてたし」

 

 俺が境遇について話をしてしまったからか空気が少し悪くなる。とりあえず二人とは父親が違う、となった。じゃあ俺のこの力はどこから来たもんだよ、と思うのだが。二人の話を聞く限りだと……クソ親父から受け継いだ可能性が高いってわけか。

 

「そうかい。まぁお前らがそう思うならそうなんだろうな。そういやもう一個聞きたいんだが」

「なに?」

「ジータじゃなくてグランにな」

 

 ジータが顔を向けてくるのに言うと、今度はグランが顔を向けてくる。

 

「僕?」

「ああ。お前、なんか武器呼び出す能力みたいなのあるだろ? あれなんだ?」

 

 強力な一撃を叩き込む時は必ず使うあの力。加えてジータはグランが呼び出した武器を持つだけのようなので、グランしか持っていない能力だと思われた。

 

「あっ! やっぱりダナン君も持ってないんだ!」

 

 「ない」方なのにやけに嬉しそうな様子でジータが顔を近づけてくる。顔が近い。顔を顰めて少し上体を反らす。

 

「あ、ごめんね。つい……」

 

 照れたように笑って詰め寄っていた体勢を直した。

 

「あれは『召喚』。ジータも持ってない能力、かな。父さんも持ってたっていう話は聞かないよ」

「じゃあお前だけの固有能力ってわけか。武器を出現させられるなんて狡くないか」

 

 俺なんか革袋に入れて持ち運ぶ必要が出てくるっていうのに。

 

「ホントだよ。私なんか鞄に色んな武器詰め込まないといけないから重いし、お金もかかるし」

「全くだ。こちとら素早さが売りなのに武器いっぱい提げてんだぞ」

「……なんで二人して僕責めてるの」

 

 共通点を持つ者故の共感だ。

 

「んんっ。言っとくけど、『召喚』だってタダで武器呼べるわけじゃないんだからな。宝晶石っていう特殊な石が必要になるんだ。こういうの」

 

 そう言ってグランはポーチから虹色に輝く石を取り出した。……見たことない石だな。

 

「ほう?」

「この宝晶石三百グラムで一つ、世界中にある全ての武器の中から一つがランダムで『召喚』されるんだ」

「……欲しい武器あった時の確率ってどんなだ?」

「……言わないで」

 

 使い勝手のいい能力かと思っていたが、随分と運要素が強いようだ。

 

「でも『召喚』の能力の真髄はそこじゃないんだ。一度『召喚』した武器、一度手にした武器は任意に呼び出すことができる。つまり『ジョブ』によって武器を変えるために、一々武器を持ち歩かなくてもいいんだ」

「なんだそれ狡いぞ」

「ホントだよ、もぅ!」

「いやまぁ、便利なんだけど欠点があってね。『召喚』した武器は長い間使い続けることができないんだ。だから星晶獣との戦いでも、あんまり序盤から使うってことはしないかな。一度『召喚』するとしばらく『召喚』できなくなっちゃうから」

「なるほどなぁ。それでトドメの瞬間に『召喚』してたってわけか」

 

 合点がいった。

 

「そういうこと。ねぇグラン。折角だから今ここで『召喚』してみたら?」

「えっ? ああ、うん。いいよ」

 

 ジータの提案にグランが乗り、ごそごそとポーチから三千グラムの宝晶石を取り出す。

 

「じゃあいくよ。――我、虹の輝きを望み給う。運命は回帰し、回転数によって確率は集束する!」

 

 厳かな詠唱と共にグランの持つ宝晶石が消滅し、代わりに青い結晶が出現する。なぜかグランは目を閉じていたが、意を決したように目を開き――少年の輝きを持つ目が一瞬で死んだ。

 

「……お、おい。なんか凄い目が死んでるんだけど」

 

 あまりの変わりようにジータへ耳打ちする。

 

「……あぁ。えっとね? 『召喚』にはあの結晶の色で、稀少価値の高い武器が出るかどうかの目安がわかるんだって。全部で四段階あって、白、青、黄、虹の順で価値が高くなっていくの」

「……つまりあれか。外れを引いて宝晶石を無駄にしたから、あの目なのか」

「……うん。あれやると少しの間ネガティブになるんだ」

「……へぇ」

 

 いいことを聞いた。じゃなくて、とんでもなくピーキーな能力だな。

 

「……最近持ってない武器呼べてないなぁ。なんのためにウン万ルピ突っ込んでるんだろ……」

 

 相当な落ち込みようだった。グランが死んだ目をしたままうわ言を呟いている。

 

「……そうだ、もっと宝晶石を買いに行こう。シェロさんがさっきいたはず……」

 

 ふらふらと来た道を返そうとする始末だった。

 

「こら、グランっ。もう、しっかりして! もう十年も『召喚』してるんだから、大半の武器が持ってるでしょ。だから外れる可能性も高いの!」

 

 そんなグランの腕を引っ掴んで叱咤するのはジータだ。

 

「……いやまだ収集率四十パーセントしかないからまだまだ出るはず。絶対集め切ってみせるんだ」

「そんなに頑張ることか? 強いのが一個あれば充分だろ」

「グランはちょっとその……コレクター気質って言うか、収集癖があるって言うか。全部集めないと気が済まない性質なの」

「そりゃまた難儀な」

 

 世界中の武器、なんて総数いくつあるか全然わかんないってのに。むしろここは四十パーも集めたことを称えるべきなんだろうか。

 

 まだなんかぶつぶつ言っているグランは放置しておいて、しばらくジータと話すことにした。

 

「もう一個聞いていいか?」

「うん、なに?」

「『ジョブ』の内、刀得意が全然ねぇんだがまさかないわけじゃねぇよな?」

「あー……」

 

 ClassⅢの【グラディエーター】だけが刀を持てる。ただし二刀流をしなければならないため未だ取りかかれてはいない。

 

「刀得意には、ClassⅢ【グラディエーター】の他に、【忍者】、【侍】、【剣聖】があるんだよ」

「後ろの三つはわっかんねぇなぁ。なんか特別な解放条件があるのか?」

「うん。パンデモニウムって知ってる?」

「パンデモニウム?」

 

 聞いたことのない名前だ。

 

「そう。色々と謎に包まれた場所なんだけど、パンデモニウムには層があってそこを深く潜るほど強い敵が出てくるような場所なんだ。そこで特定の敵を倒すと解放されるようになってるみたい」

「へぇ。じゃあ俺もそこ行かねぇとな」

「そうだね」

 

 いい情報を聞いた。まだ見ぬ『ジョブ』、力を会得できる機会だ。なにせClassⅢに手を出してからは上が見えてしまっていたからな。どう頑張っても黒騎士と渡り合える気はしていなかった。まだ幅があるというのならやっておく価値がある。

 

「なぁジータぁ。そいつ敵なんだろ? いいのかよ『ジョブ』のこと教えちまって」

 

 ビィが飛んできてジータの頭に着地し言ってきた。

 

「う~ん。まぁダナン君は立場が違うから敵対してるけど、悪い人じゃないと思うんだよね」

「でもこいつルリア撃ったんだぜ?」

「……それはあの、私達が手を出したからって言えるし。それだけで判断するのもなぁ、って」

「ったくジータはよぅ」

 

 ジータのお人好し加減を、ビィは呆れつつも窘めようとはしなかった。そういうところが彼女のいいところだと思っているのだろう。

 だが俺が許すかどうかはまた別だ。

 

「生意気なトカゲめ」

 

 素早く手を伸ばしてビィの頭を挟むように掴んだ。

 

「うぎゃっ!? な、なにすんだよぅ!」

「ははは、生意気なトカゲにはお仕置きしないとなぁ?」

「オイラはトカゲじゃねぇ! ――ふにゃぁ!?」

 

 きっと言い返してきたビィを撫で回し始める。

 

「び、ビィ?」

「お、オイラ、オイラは負けねぇ……ふにゃぁ」

 

 ジータが不思議そうにする中、ビィの抵抗する力がどんどん弱まってくる。

 

「ふはははは。甘いなビィ。俺が小さい頃から鍛え上げた、孤高の野良猫達を篭絡した撫でテクの前では無力よ」

「オイラは猫じゃねぇ……ふにゃぁ」

 

 気持ち良さそうな顔で気持ち良さそうな声を出すビィは普段の様子とは打って変わっていた。……というかこいつ、見た目だけならトカゲっぽいと思ってたが、毛が生えてるんだよな。ふさふさしていて触り心地は抜群だ。

 絶え間なく撫で回していると、不意に服を引っ張られる感覚があった。

 

「……ビィばっか撫でちゃダメ」

 

 オルキスだ。なんか最近こういうの多いな。仕方なくくってりしたビィをジータの頭に乗せる。そして隙ありとばかりにオルキスに手を伸ばす。

 

「じゃあオルキスにしてやろうなぁ」

 

 にっこりと笑って驚いたように動きを止めたオルキスを撫で回し始めた。オルキスは子供特有のふにふにした柔らかい肌に、特にケアしていないらしいがさらさら手触りの銀髪を持っている。ビィとは違った意味で撫で心地抜群である。

 しばらく撫で回していると、

 

「……ふにゃぁ」

 

 わかりにくかったが、確かに気持ち良さそうな声が出ていた。さっと身を引いて口元に手を当てていたので咄嗟に出た声だったのかもしれない。

 

「……出た」

 

 本人も驚いているようだ。

 

「んんっ! ダナン殿」

 

 殿?

 咳払いしたかと思ったらなぜか敬称をつけられていた。カタリナが注目を集める中真面目な表情で言う。

 

「ビィ君を籠絡させる撫で方を伝授してくれ」

 

 ……本人は至って真面目そうなのがより救えない。

 

「じゃあ実践形式でやってやろうか?」

「じっ……!? い、いややはり遠慮しておこう。実践するならジータがいいんじゃないか、ジータが」

 

 俺の返しになにを想像したのか少し頰を染めて、俺の矛先を別へ向けようとする。

 

「えっ!?」

「よし、じゃあそうするか」

 

 驚くジータへ向き直る。

 

「え、あ……うぅ……」

 

 彼女は期待と恥じらいが混じった顔で俺を見上げてくる。それはそれでやってやっても良かったんだが。ジータまでやると後戻りできないような気がして、ここは俺自ら向かう先を変えようと思う。

 

「いや、やっぱやめた。次はオイゲンにしよう」

 

 できるだけ爽やかな笑顔で爆弾を投下する。全員の目が一斉にオイゲンへと向いた。

 

「はあ!?」

 

 一拍置いてオイゲンが驚愕する。

 

「お、おい。嘘だよな? こんなおっさんがやったってしょうがねぇだろ」

「私見たいです、オイゲンさんの『ふにゃぁ』!」

「ごめん、オイゲン」

「オイゲンさんすみません!」

 

 ルリアの純粋な声と双子によるオイゲンの拘束。

 

「お、おいやめろって! 冗談キツいぜ! ラカムお前からもなんとか言ってやれ!」

「悪ぃな。俺も巻き込まれるのは御免だ」

「はっはっは。じゃあ精々抗ってみるがいいさ」

 

 俺はオイゲンに近づいていき、その頭に手を伸ばす。

 

「クソッ、覚えてやがれえええぇぇぇぇぇ!!」

 

 ルーマシー群島にオイゲンの虚しい叫びが響き渡る。そしてその後、普段は厳つくて貫禄あるオイゲンの口から「ふにゃぁ」が漏れることとなるのだった。



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緋色の騎士

 そうして楽しく談笑しながら森の奥を目指していると、途中魔物の群れに遭遇した。俺が手を出す暇もなくさくっと倒したことで、グラン達が強くなったことを目の当たりにする。これは二人だけじゃ苦戦するかもしれねぇなと思っていたところで。

 

「こちらに魔物が来たでしょう? 怪我した方はいませんか?」

 

 丁寧な口調で声をかけてきた男がいた。二メートルを超える巨漢だが、全身を緋色の鎧で覆っていた。……細かい意匠は違うが、この一色で統一された全身甲冑は。

 俺はいつでも戦えるよう腰の短剣に手をかける。

 

「その甲冑は……!」

「当たり前だぜぇ! オイラ達はこれでも結構な修羅場を潜ってきてるんだぜ!」

 

 驚くカタリナを他所に、ビィが誇らしげにしていた。

 

「ははは。それは失礼しました。おっと、自己紹介がまだでしたね」

 

 彼は言って兜を取り素顔を見せる。

 

「全天を駆る七曜の騎士が一人、緋色の騎士のバラゴナ・アラゴンと申します」

 

 男は柔和な笑みを浮かべてそう名乗った。……やっぱりかよ。

 

「七曜の騎士ってーことは、あんた黒騎士の仲間か!?」

「黒騎士? いえ、私は彼女の仲間ではありませんよ。七曜の騎士は元々徒党を組みませんので」

 

 ラカムの質問にバラゴナは朗らかに答える。黒騎士は険のある雰囲気だが、目の前の男からは覇気こそ感じるが温和な雰囲気を感じた。。

 

「なんだ、案外話のわかるヤツじゃねぇか」

「けど黒騎士みたいに刺々しくもないし、本当に強いの?」

「イオ、失礼だぞ。彼は私が帝国にいた時は帝国最強の騎士とまで言われていた」

 

 カタリナは彼のことを知っているらしい。

 

「ねぇ、カタリナ。黒騎士さんもバラゴナさんも七曜の騎士だって言うけど……七曜の騎士ってなんのことなの?」

「……七曜の騎士は七人の騎士。全天に唯一、至高の騎士」

 

 ルリアの質問に答えたのはオルキスだった。おそらく黒騎士のことでもあるから調べたのだろう。

 

「よく知っているな。七曜の騎士とは、色の名を冠した七人の騎士のことだ。空域を隔てる瘴流域を超えるには空図が必要だと説明したな。しかし七曜の騎士は、空図なしで瘴流域を超える力を持つと言われている」

「そ、それって、凄く強い人達ってことなの?」

「確かに強くはあるだろうが、それだけではなく想像もつかないほど圧倒的な力を持っている。特に緋色の騎士は武芸に秀でている」

「ははは。こうも褒められると照れますね。実際は瘴流域を超えるのも条件があってのことですが……まぁどちらにしてもあなた方は空図を集める他ありませんがね」

 

 自分の話をされるのはこそばゆいようだ。

 

「それで、騎士様? 黒騎士が今どこにいるのか知らないかしら?」

「さぁ、気難しい方ですから」

「あら本当に? だってさっき会ってたでしょう?」

「……ご婦人。なにを知っておられるのかな。返答次第では……!」

 

 ロゼッタの質問にバラゴナの覇気が膨れ上がる。ぴりぴりとした威圧感が広がった。

 

「残念だけどこの森の中でアタシが知らないことはないの。アタシはただの案内人。ちゃんと連れてきたんだから貴方も貴方の役目を果たしなさい」

 

 ロゼッタの意味深な言葉は半分も理解できなかったが、彼女がバラゴナと会わせたのは間違いないようだ。しかも森の中で知らないことはないってことは、黒騎士の居場所も知ってるんじゃねぇのか?

 

「案内人……そうか。では君がルリアかな?」

 

 バラゴナはそう言って蒼の少女を見つめる。

 

「は、はいっ。そうですけど……」

「ふむ。では隣の君と君が……そうか。雰囲気が父君と似ているな。やはり血筋か」

 

 続けてグランとジータに目を移す。……一人で納得してないで説明してくんねぇかな。

 

「まさか……親父さんを知ってるってのか!?」

「そういうことなら……案内しましょう」

 

 ビィの驚きは無視してバラゴナは踵を返す。

 

「ふふ……行きましょう。折角案内してくれるって言うんだから」

 

 後押しするロゼッタもロゼッタで信用ならない。が、どっちにしてもついてくしかねぇなぁ。

 

「わかった。行こう、皆」

 

 グランが決断したことで揃ってバラゴナの後に続く。

 

「着きました、ここです」

 

 しばらく経ってバラゴナが立ち止まったのは、一定範囲に木のない平らな場所だった。

 

「ここです……つったってなんにもねぇじゃねぇか」

「ええ。被害を出すわけにはいきませんから。さぁ、武器を構えなさい」

 

 バラゴナは兜を被り武器を構えた。

 

「どういうことだ? やはり帝国の騎士として我々を……?」

「帝国は関係ありません。これは私の……この世界の最強を背負う者の使命です。あなた方双子がルリアちゃんを連れている以上、私は君達を試さなければならない。どうぞ……遠慮は無用です。全力でかかってきてください」

「全力って……んなことしたらどうなるか……」

「ご安心を。私は強いですから。それこそあなた達が足元にも及ばないほどに」

 

 ラカムの心配を圧倒的な自負で塗り潰す。

 

「そ、そこまで言われるとちょっとかちんと来るわね」

「ああ。オイラ達の力、見せてやろうぜ!」

「ええ、存分に。それであなたは参戦しますか?」

 

 イオとビィがやる気を見せる中、バラゴナが俺に視線を向けてきた。

 

「俺? なんでだよ、俺は一緒にいるだけで仲間じゃねぇぞ」

「そうでしたか。てっきりあなたの父君と同じように彼らと一緒にいるのかと思っていましたよ」

「っ!?」

 

 こいつ、親父を知ってやがんのか。

 

「いやはや、その鋭い目つきなどはそっくりですよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中から感情が抜け落ちる。代わりに全身を満たすのは殺意だった。

 

「おい」

 

 感情はないが殺意のみある声に、バラゴナは一瞬身を硬直させ剣を握る手に力を込めた。

 

「あんなのと一緒にすんなよ。次言ったら殺すぞ?」

「……あなたの力で、私を倒せると?」

「七曜の騎士ってのは強いから力以外の方法が思いつかねぇ人種なのか? ヒトである限り、殺す手段なんざいくらでもあるだろうが」

「……なるほど。確かに戦い以外でなら可能性はありますか」

 

 警戒するようなバラゴナと話していると、不意に俺の左手に小さく温かい手が添えられた。

 

「……怖い顔しちゃダメ」

 

 目を丸くして振り返ると、オルキスがじっと俺を見上げてくる。

 

「ふっ……そっか。悪いな」

 

 彼女と目が合ってようやく“俺”が戻ってくる。お礼に頭を撫でてやった。

 

「悪いな、バラゴナ」

「いえいえ。私も彼はあまり好きではないので、少し意地が悪くなってしまいました。あなたは人に優しくできる。その時点で彼と一緒にしてはいけませんね」

「はははっ。温厚そうだが嫌いなもんもあるんだなぁ。知ってるか、嫌いな人の話題で盛り上がると仲良くなれるんだぜ」

「……っ。ははっ。私が彼の子供と仲良く? 随分と愉快な話ですね」

 

 どうやらこのバラゴナという人物は、俺の父親を知っているらしい。とりあえず親父はクズそうだと理解したので、今はそれで充分だ。

 

「おっと悪いな、中断させちまって。あんたの用件、済ませていいぜ」

「はい。では改めて、勝負といきましょうか。あなた達の力を見せてください」

 

 俺はオルキスを連れて傍に避ける。バラゴナは気を取り直し強い覇気を発することでグラン達の気を引き締めさせる。

 

「皆、全力でやろう!」

「手加減なしでいきます!」

「おう! 星晶獣相手に戦ってきたオイラ達の底力見せてやろうぜ!」

「ああ! またとない機会だ。全力をぶつけるぞ!」

 

 やる気充分に言って、各々武器を構えた。……さてさて。よく相手してもらってるが七曜の騎士ってのは化け物だ。ClassⅢでも全く相手にならない。俺、スツルム、ドランクですらボコボコにされるくらいだ。

 つっても人数差もあってグラン達はほぼ二倍の戦力を有していると言える。底の一端ぐらいは見えるといいんだけどなぁ。

 

 と思っていた俺はまだ見積もりが甘かったのだろう。

 

「はあぁ!」

 

 【ホーリーセイバー】となって鎧を身に纏ったグランが突っ込む。しかし攻撃は軽くいなされ、

 

「脇が甘い。防御よりの『ジョブ』で特攻をかけるなど無謀ですよ。それも、相手が格上であればね」

 

 助言を与えつつ剣を腹でグランを打ち据え十メートルほど吹っ飛ばす。……鎧の重さやなんかもあるが、あんなに飛ぶもんかね。うちの黒騎士さんと言いどんな筋力してやがんだ?

 

「ヒールオール」

 

 【ビショップ】へと姿を変えどこぞの教皇のような衣装となったジータが回復をかける。

 

「守ってばかりでは勝てませんよ」

 

 しかし守らなければ一撃で沈む。厳しいな。一矢報いたいだろうがこれじゃ無理だ。そう思っていたのだが。

 

「グラン、ジータ! 【ホークアイ】になるんだ! 隙は私達で作る!」

 

 一向に戦況が変わらないと見てか、カタリナが二人に指示を出す。どうやらブレイクアサシンで一発強いのを決めるらしい。

 二人は迷ったようだが視線を合わせて頷き合い、【ホークアイ】へと変化する。

 

「緋色の騎士! しばしの間私の相手をしてもらおうか!」

 

 前衛としていたグランの代わりにカタリナが躍り出て剣を交える。

 

「《霧氷剣ペルソス》! 《ヴリスラグナ》!」

 

 グランがその間に二つの武器を『召喚』する。水色の短剣と狙撃銃だった。銃の方をジータへ放る。そして各々が最大限の力を叩き込むべく、力を溜め隙を待つ。

 しかし加減しているとはいえカタリナ一人で前衛が持つはずがなかった。

 

「くっ!」

「カタリナ! チッ、しょうがねぇ。おっ始めんぞ! 外すなよ!」

 

 カタリナが吹き飛ばされたところでラカム、オイゲン、イオの後衛組が一斉に奥義を放つ。

 

「バニッシュピアーズ!」

「ディー・アルテ・カノーネ!」

「エレメンタルガスト!」

「ほう。しかし無駄ですよ」

 

 渾身の奥義はしかし、バラゴナの一振りで掻き消されてしまう。それでも衝撃は土煙を生み、その中から立ち上がったカタリナが突っ込んでいた。

 

「その程度では隙になりませんね」

「わかっているさ!」

 

 バラゴナが迎撃すべく剣を振るってから、

 

「ライトウォール! アイシクル・ネイル!」

 

 彼我の間に障壁を作り、そして青の剣を相手の剣の下から滑り込ませるように突き出す。障壁は一瞬で砕け散るが、カタリナは障壁にぶつかって停止する僅かな間を見極めて、青の剣でバラゴナの剣を掬い上げた。思わぬ攻撃にバラゴナは体勢を崩す。

 これには彼も驚いたようで、

 

「お見事」

 

 と呟いた。カタリナがすぐに避けると勇ましい声が二つ上がった。

 

「「ブレイクアサシンッ!!」」

 

 赤い雷が二つの身体を包み、

 

「白宝刃ッ!」

「デッドエンド!」

 

 二人が奥義を叩き込んだ。

 

 グランの持つ短剣は振るう度に氷塊を生み斬撃を飛ばす。

 ジータの放った弾丸は当たると更に勢いを増しながら突き進む。

 

 大幅に強化された二人の奥義を受けてバラゴナの身体は吹き飛ぶが、難なく着地してみせた。というか直撃したはずなのに一切の傷を負ってないあの鎧はなんなんだよ。

 

「……これは」

「予想外だわ」

 

 バラゴナとロゼッタが驚いたように呟く。俺も同意見だ。……ちょっとこいつらに対して評価を上方修正しとかないとな。

 

「なかなかどうして大したモノだ」

 

 バラゴナは兜を取って笑顔を見せる。

 

「あ、あれだけやったのにぴんぴんしてるじゃねぇか」

「私達は軽くあしらわれていた。帝国最強は伊達ではないということか」

 

 ラカムとカタリナは驚きを口にする。

 

「今日のところは、これで充分です。欲しかった手応えは確かに感じました。いつかまた、お会いしましょう。再会を楽しみにしていますよ」

 

 バラゴナは穏やかな笑みを浮かべ満足そうに立ち去った。……なんのために来たんだかよくわからんヤツだな。まぁ黒騎士と知り合いだってんならまた会う機会もあるかね。

 

「……で、結局あんたは何者なんだよ?」

 

 ラカムが意味深な発言ばかりするロゼッタへと視線を向けた。彼女は悠然と微笑んでいる。なにか面白そうなことを思いついたような顔だ。

 

「アタシの正体なんて知っても面白くないわ。それより……まさか緋色の騎士を退けちゃうなんて、あなた達のこととっても気に入っちゃったわ」

 

 大人の女性という雰囲気を漂わせる彼女は悪戯っぽく笑う。

 

「だから、これからはあなた達の旅についていくことにしたから。よろしくね? 団長さん」

「なっ……!? だ、断固お断りだぞ! こんな得体の知れない者を……」

「あら、いいじゃない。長旅には華も必要でしょ?」

「華なら間に合ってますー。ねー、ルリア?」

「そ、そうです! ……そうですよね? グラン」

「え、いや、あはは……」

「大人の魅力が足りないって言ってるの。わかるかしら?」

「確かに私もまだまだだけど……」

「ははは! そういうことならおっさんとしちゃ大歓迎だなぁ」

「くっ……私では大人の魅力不足ということか……」

「あーあーカタリナがショック受けてんぞー。泣いちまうぞ、これは」

「ふ、ふざけるなっ! 誰がこのくらいのことで泣くものか!」

「……こりゃあ、しばらくの間は騎空艇の中が騒がしくなりそーだな」

「ああ、うん。そうだね」

 

 なんだかんだ言いながらも、ロゼッタが彼らの旅に同行することは決まったようだ。謎多き美女の加入、か。単純な戦力としては底が知れないし探ろうとしても流石にはぐらかされる。事前に知っておくのは難しいか。

 

「……賑やか」

 

 傍に胡座を掻いて座る俺の上に座るオルキスが呟いた。

 

「そうだな。オルキスは……あっちに混ざりたいか?」

「……楽しそう」

 

 俺の質問にそう返してきたが、じっと俺を見上げてくる。

 

「……でもアポロと、スツルムと、ドランクと、ダナンのいるとこがいい」

 

 そして断言した。……オルキスがそう思ってくれたなら、それでいいかな。

 

「そっか。んじゃそろそろ黒騎士のとこ行かないとな。森の奥でこいつら待ち受けてるとして、そろそろ行かないと怒られそうだ」

「……ん」

 

 二人で立ち上がり、わいわいと騒がしいグラン達へと合流する。

 そして黒騎士がいるであろう森の奥へと進んでいった。



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過ぎた力

 そして、一行はバラゴナとやり合った後少し休憩してからロゼッタの案内で森の奥へと進んでいく。ずっと同じような景色ばかり続いているので既に方向感覚は失われていた。小型騎空艇に戻る自信ももうない。

 

「ようやく来たか」

 

 最奥にて泉の前に佇むのは、俺にとっては見慣れた漆黒の甲冑だった。

 

「黒騎士!」

 

 警戒を強くする一行を他所に声をかける。

 

「よっ」

「お前達がなぜここにいる……。まぁいい。来い、人形、ダナン」

 

 黒騎士もまだ待っているとばかり思っていたようだ。俺が歩き出すとオルキスもついてきたが、

 

「お、オルキスちゃん……」

 

 ルリアの呼び止める声を聞いてオルキスは足を止める。

 

「どうした? 早くしろ」

 

 止まった理由には興味がないのか、オルキスを催促する。少し迷っていたようだが、オルキスはとてとてと俺に続いて黒騎士の下へ歩いた。

 

「オルキスちゃん……」

「人の心配をしている場合か?」

 

 ルリアの声に冷たく告げると、黒騎士は傍に来たオルキスを見下ろした。

 

「人形。起こせ、ここに()()だろう?」

 

 黒騎士がなにを言いたいのか、俺にはわからなかった。わかったのは三人。

 

「……それは」

「だ、ダメです! ここの星晶獣はゆっくり静かに眠っていて……」

「やめなさい! あの子を目覚めさせないで!」

 

 逡巡するオルキスと、星晶獣の気配を感じ取るルリア。そして初めて余裕のない表情を見せるロゼッタだった。

 

「ふん。ヤツらは星の民が作った生物兵器でしかない。兵器とは、戦いに使われなければただのガラクタだ。ヤツらの本分は戦闘にある」

「……」

 

 黒騎士の冷たい言い分にオルキスが俯いた。

 

「やめて、あの子を森で静かに眠らせてあげて!」

「オルキスちゃん!」

 

 迷う仕草を見せるオルキスを説得するべく、ルリアとロゼッタが呼びかける。

 

「……人形。なにを躊躇している。あれは兵器だ。戦うことが本領だ。迷う必要はない。起こせ」

 

 黒騎士も黒騎士でオルキスを説得しようとしていた。

 

「……でも、起こしたく、ない」

 

 そんな三人の呼びかけに対して、オルキスははっきりと自分の意見を述べた。焦ったような二人は安心したように気配を顔を弛緩させるが、逆に黒騎士からは威圧感が放たれる。

 

「……おい、人形。私はやれ、と言ったぞ」

「……っ」

 

 脅しのようなモノだ。オルキスは竦むように身を縮ませて、僅かに暗い表情のまま口を開いた。……しょうがねぇ、ここは俺の出番かな。

 俺は成り行きを見守っていたが、俺が出る幕になったかと思いオルキスの頭にぽんと手を乗せる。

 

「……?」

 

 オルキスは当然、口にしようとしていたなにかを発さず俺を不思議そうに見上げた。

 

「そっかぁ。オルキスはこの島にいる星晶獣を起こしたくないかぁ。じゃあしょうがねぇなぁ」

「貴様……」

「よく考えてみろ。意に反して星晶獣起こしたって意のままに動くかどうかわかんねぇだろ? 星晶獣を操る力を理解し切ってるなら別だが? 万一星晶獣が暴走して前をあいつら、後ろを星晶獣から襲われるなんて真っ平だな、俺は」

「……」

 

 黒騎士は俺を睨むようにしてきたが、適当な出任せでも考える余地はあったらしく少し考え込む素振りを見せた。

 

「なるほどな、一理ある。私もその力を完全に把握しているとは言い難い」

「だろ? ってことで悪いが、相手は俺達二人だ。……もしかしたら、星晶獣相手の方がまだ楽だったかもしれねぇがな」

 

 納得はしてくれたようで、剣を抜き放ちグラン達の方へと向いた。俺も右腰のブルドガングの柄に手をかける。

 

「ふん。確かに私を相手にするくらいならその方がまだ勝ち目があったな」

「ただそいつらさっき緋色の騎士とやり合ってたから、俺達相手にする時より全然強めでいいぞ」

「なるほど。お前の観察眼はある程度信用している。では、少し本気を出してかかるとしよう」

 

 戦闘態勢に入った俺達に対して、相手も困惑を残しつつ武器を構え始める。

 

「……なんで、私達が戦わなくちゃならないの?」

 

 ジータが俺を見て尋ねてくる。

 

「そりゃ、立場と目的が違うからなぁ。どっちにしろいずれはお前らと雌雄を決することになるんだ。今の内に互いの実力を測っておきたいってのもあるし」

 

 俺は普段通りの口調で言ってから、笑みを消し三割を殺意へと変えた。

 

「――その時のために一人でも減らせりゃ多少楽になんだろ?」

「「「っ!」」」

 

 俺の言葉か殺意を受けて、一行は警戒を最大限に高める。

 

「大半は任せたからな」

「誰に言っている。貴様こそしくじるなよ」

「ああ」

 

 黒騎士と言い合い、俺は剣を扱うために『ジョブ』を発動させる。同時に、グランとジータも腰の剣を抜いて『ジョブ』を発動させた。

 

「「「【ウェポンマスター】!」」」

 

 三人が同じ『ジョブ』へと姿を変えた。

 グランはファーコートに顔のみ出ている全身鎧に身を包む。右手に剣を、左手に盾を装備していた。

 ジータはグランと少し異なりファーコートと武器は同じだが被っているのがサークレットで下半身の鎧は太腿のみ露出したレギンスだった。

 俺はグランの衣装を黒に塗り替えたモノ。ただファーだけは灰色になっている。

 

「初っ端から全力だ」

「「「ウェポンバースト!!」」」

 

 俺の言葉で意味を理解したのか、三人同時に奥義の威力を高めた。

 

「無明剣ッ」

「「テンペストブレード!!」」

 

 俺の奥義と、二人の奥義が激突する。武器の性能差故か相殺でき衝撃波が辺りに広がった。巻き上がる砂埃を利用して俺は駆け出す。途中でグランが飛び出してきていることに気づき、剣を打ち合うことになる。

 

「派手な合図だ。ではこちらも始めるとするか。あの二人がダナンの相手をしている今、貴様らに私の相手が務まるかどうかは知らんがな」

 

 黒騎士は確かな覇気を纏いながら悠然と歩み出た。ラカムとオイゲン、イオは前に出ることができない。となると残るはカタリナだけなのだが、先程戦った緋色の騎士よりも強い威圧感に気圧されて構えることしかできていなかった。

 そんな中、黒騎士の身体を絡め取るように地中から茨が生えてくる。

 

「……まさか貴様が手を出すとはな」

 

 黒騎士は大した拘束にもならないとばかりに茨を引き千切り手を出してきた相手――ロゼッタへと顔を向けた。

 

「できれば静観していたかったけど、アタシもこの子達についていくって決めたのよ。ならこの子達に協力するのは当然でしょう?」

「ふん」

「ほら、あなた達。気圧されてないでしゃんとしなさい。あの緋色の騎士を、手加減されたとはいえ退けたのよ。自信を持って戦いなさい。最初から及び腰じゃ勝てるものも勝てないわよ」

 

 そしてロゼッタは黒騎士の威圧感に呑まれていた一行を激励する。余裕のある態度に落ち着きが戻っていき、

 

「……そうだな。すまない、ロゼッタ殿」

 

 カタリナはすぐに気持ちを切り替えると黒騎士を真っ直ぐに見据えた。

 

「行くぞ、黒騎士!」

「かかってくるがいい」

 

 黒騎士へと肉薄したカタリナが剣を交え始め、後衛三人はいつでも支援できるようにと気を引き締める。ロゼッタは妖しく微笑みながらも手助けするべく機会を窺った。

 こうして、俺達二人とグラン一行との戦闘が幕を開けたのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ……黒騎士の方も始まったみてぇだな。

 

 ダナンはグランとジータを相手にしながら黒騎士も戦闘を始めたことを確認する。彼としても同等の力を持つ二人を相手取るのは手いっぱいだったが、彼らとは普段相手にしている者の強さが桁違いだった。

 グランとジータもアウギュステで助けてもらった人達、特にアレーティアとヨダルラーハという二人の剣士に鍛錬をつけてもらい格段に強くなってはいるはずだ。

 

 だがダナンは、ここ最近ずっと常識外れの強さを持つ七曜の騎士と鍛錬をしていた。

 

 その差が二対一の状況でもなんとか手が回せる状況を作り出している。

 

 グランが『召喚』をしていないのも大きい。普段の戦闘通りトドメの瞬間に使おうという魂胆なのかもしれないが、そのおかげで武器の性能に格差が生じていた。

 

 グランの攻撃を右手の盾で受け止め、左手でジータへと攻撃する。盾で受け止められるが無理矢理左足を出して彼女を蹴り飛ばした。ジータの呻き声を聞いてグランの意識が僅かに逸れたことで隙が生まれ、その隙を突いて盾を構えて突進。体勢を崩したところで盾の上から渾身の一撃を叩き込む。

 どうしても武器で攻撃してしまうグランとジータに対し、ダナンは足も使うという柔軟な戦い方で渡り合っていた。ダメージを与える時は一人ずつ確実に、という妙な手堅さがあるのも理由の一つだろう。

 

 ただし体力がキツい。

 

 二人同時に相手にすることでより多く消耗していく体力が厳しい点はあった。できるだけ早くどちらかを倒して一対一に持ち込まなければあっさりと敗れてしまう。

 

 ……チッ。だが相手もClassⅢ。明確な差はねぇか。

 

 今はまだ戦えているが、一度崩れてしまえば押し切られてしまう。なんとかしなければという思いはあるがその材料は自分にはない。……なら、どこかから持ってくるしかねぇ。

 

 ダナンは一つの作戦を立てて、黒騎士へと目で合図する。確かに反応が返ってきたことを確認してからグランを無視してジータへと突っ込んだ。ブルドガングを強く握り力任せに彼女の身体を後退させる。無論それをグランが黙って見ているわけもなく、思い切り背中を斬りつけた。ただ頑丈な鎧を着込んでいるため、大きな衝撃が襲うだけに留まる。その衝撃を歯を食い縛って耐えながら無理矢理ジータを、渾身の力で吹っ飛ばす。

 

「きゃっ!」

「ジータ、危ねぇ!」

 

 吹き飛ぶジータにビィの声が飛び、そして別方向から飛んできたカタリナとジータが激突した。ごっという重い音が鳴る中でダナンは誰よりも早く動き、剣の柄で思い切りジータの鳩尾を殴る。

 

「かっ……!」

 

 苦しげに息を吐き身体のくの字に折って、そのまま意識を失った。

 ダナンは確実に戦闘不能にするために、突っ込んできたグランを掻い潜りながら剣を後方へ放り投げて【ウェポンマスター】を解除。左腰に提げた銃を抜き、照準を倒れて普段通りの姿になったジータへと向ける。

 

「させるかよっ!」

 

 ラカムがいつかと同じように彼女の頭を打たせまいと銃を構えていた。ダナンは銃口を少しズラして躊躇なく引き鉄を引く。乾いた銃声が響き、弾丸は彼女の腹部を貫いた。

 

「てめえ!」

 

 動揺が走る中怒りに任せたラカムはダナンへと弾丸を放った。彼の銃弾は同じく、腹部を貫く。

 

「……チッ。だがこれで一人」

 

 ダナンは舌打ちしつつもジータは今回の戦闘に参加できないだろうと踏む。気絶したまま撃たれて血溜まりを作る彼女へとイオが駆け寄ってすぐに治療を始めた。

 ダナンは投げたブルドガングを拾って再度【ウェポンマスター】になる。撃たれた腹部の痛みと止血は二の次だった。

 

「撃った箇所が撃った箇所だからな。とりあえず今回は戦闘不能だ。後は、お前だけだな」

 

 ようやく一対一に持ち込めたとグランを見るが、双子の片割れを傷つけられたせいか敵意剥き出しでダナンを睨んできている。

 

「……なんだよその顔。そんなに大事なら守れるように頑張れよ。俺達は敵だ。そして俺はそこまで強くねぇ。加減できると思うなよ」

 

 彼としては手がいっぱいだったから黒騎士の助力で状況を打破しただけに過ぎない。例えその過程で楽しく語らった相手を傷つけようと、彼はなにも思わない。思うだけの正常性は、育つにつれて失われていた。

 

「……そうだね。僕がもっと強ければ、もっと非情になり切れていたら、こうならなかったかもしれない。だから僕も、君を殺す気で挑む!」

「そうかよ」

「ルリア、アレを!」

 

 グランが怒りに任せて叫ぶが、

 

「えっ!? あ、アレはダメですよ! アレーティアさんからもヨダルラーハさんからも使っちゃいけないって……!」

「……わかった。じゃあ自分でやる。《ベルセルク・オクス》ッ!」

 

 ルリアはあまりアレとやらを渡したくないらしい。しかし彼は『召喚』を持っている。一度手にした武器であれば、自在に呼び出すことができるのだ。

 

 そして、彼の手に一本の斧が出現した。黒い鉄の部分にトゲのついた斧だが、これといって特殊な形状の武器ではない。しかしその武器は、所持しているというだけで意味がある。

 

 そうしてグランは、『ジョブ』の新たな扉を開いた。

 

「――【ベルセルク】ッ!!」

 

 彼の姿が変化する。

 首から下を紺の鎧で包み込み、頭に白い獣の毛皮を被っていた。毛皮はマントのように伸びている。

 

 それだけではない。

 

 グランの怒りに染まっていた表情が変わっていた。目つきは鋭くなったままだが口元には笑みを浮かべている。心底楽しそうな笑みでダナンを見ていた。

 

 その身から放たれる威圧感は【ウェポンマスター】の時の比ではない。ともすれば今戦っているくらいの黒騎士には届きそうなほどに膨れ上がっていた。

 

「……いい気分だ。てめえが殺し合いを望むってんなら上等。お望み通りぶっ殺してやんよぉ!」

 

 それまでのグランからは想像もつかないほど荒々しい口調と気配で言った。

 

 ……聞いたことねぇ『ジョブ』だな。チッ、まだ隠し玉を持っていやがったか。しかもあの様子、精神に影響出てんじゃねぇかよ。ルリアが止めようとしてたのはこのせいで、多分危険なんだろうな。

 

 ダナンは素早く状況を整理し油断なくグランを見据える。そこで、彼がダナンの後ろを見て笑みを深めたことに気がついた。はっとして振り返るとグランからダナンまでの直線延長上に、オルキスが立っている。

 

「クソがっ!」

 

 嫌な寒気がしてダナンはグランから目を逸らしオルキスの下へ駆けると乱暴に突き飛ばして身を翻し盾を構える――まで間に合わなかった。

 

「ごばっ!」

 

 振り返るダナンの脇腹にグランの爪先がめり込んだ。どれほどの威力が込められていたのか、鎧が砕け身体がくの字よりも折れる。ダナンは口から大量の血液を吐き出し物凄い勢いで吹っ飛んでいった。ぶつかった木々を三本ほどへし折る勢いで飛んでいき、四本目にぶつかったところで地面へと落ちる。

 

「あっ、ぐ……ぁ……」

 

 血を吐きながら呻き声を上げることしかできなかった。【ウェポンマスター】の衣装が消えて元に戻る。ただの蹴り一発でこの様だった。

 

 ……ヤベぇな。内臓イカレちまってる。肋と腰もちょっとイったな。なんだあのパワー。クソッ。

 

 襲いくる激痛と口いっぱいに広がる鉄の味に耐えながら、内心で毒づいた。

 

「……っ」

 

 目の前でダナンを吹き飛ばされたオルキスは、グランから恐怖を感じて少し後ろに下がった。

 

「あ?」

 

 その微かな音に反応してグランがオルキスを見下ろす。無造作に放たれる威圧感にオルキスが震えた。

 

「そう怯えなんよ。てめえも後追わせてやっからよ」

 

 グランはそんなオルキスに対してもなにも思わないのか、右手に持った巨大な斧を振り上げる。ジータを撃ったダナンは兎も角、オルキスにまで手を上げようとするのは、異常だ。これには黒騎士も焦りが生まれ戦闘の手を止める。

 

「お、おい! やめろよぉグラン!」

 

 そんな彼を止めたのは、他ならぬビィだった。ジータが意識を失っている今、彼と最も付き合いが長いのはビィだ。しかしそんな彼の声も、届かない。

 

「あ? ビィ。てめえはいつもいつも戦えねぇ癖に偉そうにしやがってよぉ。いいぜ、オレの邪魔するってんならまずはてめえから殺ってやる!」

 

 それどころか、長年付き添ってきた相棒ですら敵と見なす。ビィが心ない言葉に傷つき俯く中、彼を止めようと仲間達が構え始めた。これでは黒騎士との戦いどころではない。

 

「上等だ、殺ってやん――」

 

 こつっ。グランが意欲を見せる中、全く別の方向から小石が飛んできて彼の頭に当たった。

 

「あ?」

「……おいおい。てめえの相手はここだろうがよ。余所見とはいい度胸じゃねぇか」

 

 グランが石の飛んできた方向を見ると、口元に血を滲ませながらふらふらと歩くダナンがいた。

 

「……ダナン、ダメ」

 

 オルキスは相当なダメージを負っていることを心配し止めようとする。ダナンは近くまで来て頭を撫でようと手を伸ばし、掌が血塗れなことに気づいて引っ込める。そしてそのままグランへと歩み寄っていった。

 

「……問題ねぇ。掠り傷だ」

「はっ! どう見ても死にぞこないじゃねぇか!」

「そうか? ならてめえの見間違いだ。随分気が大きくなってるみてぇだしなぁ」

「そうかよ。そんなに死にてぇなら殺してやるよ!」

 

 普段の恰好に戻りブルドガングを腰に戻して短剣を持っているダナン。それは既に『ジョブ』を発動する余力すら残っていないことを意味していた。

 しかしグランは容赦なく、斧を振り被る。

 

「……チッ」

 

 回避すらできないことにか、それとも全く正気を取り戻す気配のないグランにか、舌打ちした。ただそれだけだった。

 

「おらぁ!」

 

 グランは下から振り上げた斧でダナンの身体を空中へと吹き飛ばす。更に飛び上がって両手で持った斧を振り下ろし身体を地面へ叩きつけた。衝撃で地面が陥没するほどの勢いだ。抵抗する力もなく吐血して倒れるダナンを、空中から思い切り踏みつける。

 めきゃっ、という嫌な音が鳴った。

 

「あ、がぁ!?」

 

 一発目に蹴りを食らった右とは逆、左側の脇腹が潰れた。大量の血を噴き、ダナンの目が虚ろへと変わる。このままでも放っておけば死に至るだろうが、今のグランに容赦はない。

 

「ミゼラブルミスト! アーマーブレイク! レイジ! ウェポンバースト!」

 

 黒い霧によってダナンを弱体化させ、衝撃派を放って彼の上半身を覆っている胸当てと衣服を吹き飛ばし身体に裂傷を与え、筋力と奥義の威力を高めていった。必要以上に、執拗に殺そうとしている。左足でダナンの腹を踏んだまま、グランは笑みを湛えて斧の先をぐるぐるとぶん回す。

 確実に仕留める気だ。誰もが理解した。

 

「貴様ら! あいつに人殺しをさせる気か! 止めろ!」

 

 そんな中黒騎士がやけに切羽詰った声でカタリナ達へ声をかける。

 

「……無理だ。あれは……【ベルセルク】は私達では止められない。アウギュステの時はアレーティアとヨダルラーハという途轍もなく強い剣士がいたから止められたが」

「チッ!」

 

 彼女の返答に舌打ちして、黒騎士が本気で駆けた。

 

「狂瀾怒涛ッ!!」

 

 そして斧が振り下ろされるまでの間に近づくと剣を振り被り思い切り振るった。

 

「ふんッ!」

 

 ただの一振りではどうにもならない一撃だったはずだが、二つがぶつかり合い、相殺される。余波もなく、静かに。余波でダナンが死なないよう、完璧に同じ威力で打ち消したのだ。

 

「がっ!」

 

 続けて振るった剣でグランの身体が吹っ飛ばされる。

 

「人形!」

 

 その隙に黒騎士はオルキスを呼んだ。王女オルキスには敵わなくとも、黒騎士とは長い付き合いになる。それだけで意図は伝わった。

 

「……我、アルクスの名において命ずる。目覚めよ、摂理の陣を纏いし、偉大なる創世樹よ」

 

 オルキスの口がなにかを唱え始める。

 

「っ! あの子を止めて!」

「ダメ、オルキスちゃん!」

 

 いつかと同じようにロゼッタとルリアが止めようとするが、今度は止まらなかった。止めようとする人達は間に合わず、また本人もやめる気がなかった。

 

「――今ここに顕現し、星の理を以って、我が敵を滅ぼせ!」

 

 最後の一節を紡ぎ、泉から光が溢れてそれは顕現する。

 

「――」

 

 本体は可憐な少女のようでありながら、その姿は巨大。星晶獣・ユグドラシルの姿だった。

 

「よくやった」

 

 ユグドラシルは牽制するように木々を生い茂らせ枝を伸ばす。黒騎士はオルキスに言ってグランへと向き合った。

 

「貴様だけは私の手で倒してやろう。守るべきモノすら見失った貴様には、少し灸が必要そうだ」

 

 告げると全身から闇のオーラを迸らせ、グランの目の前へと移動し剣を振り下ろす。最大限警戒していたはずが、一切反応できなかった。

 

「――散れッ!」

 

 直撃する寸前で刃が止まり空間に亀裂が走る。破砕されると同時にオーラと衝撃の二つがグランを襲い地面を陥没させて倒した。一瞬で意識が刈り取られたのか、【ベルセルク】の衣装が解除され武器も消えていく。

 

「……ふん。人形、帰るぞ。こいつを治療する必要がある」

「……助かる?」

「さぁな。だが全力は尽くす。行くぞ」

「……ん」

 

 黒騎士はオルキスを連れ立ってダナンを抱えその場から立ち去る。

 

「お、おい待て!」

「今は後にしましょう。まずはこの子を止めないと」

 

 カタリナが呼び止めるのを制止したロゼッタは険しい表情でユグドラシルを見上げる。その瞳に悲しみが映ったのは一瞬だった。

 

「うん、やろう皆。私達だけでも」

 

 そこで、今さっき目覚めたジータが背中を押す。

 

「私が出るから援護して、皆。ユグドラシルを解放してあげないと」

「おうよ!」

 

 そうしてもう一人の団長ジータの下、ユグドラシルは倒されルーマシーの騒動は一旦の終わりを告げるのだった。




早すぎるClassⅣでした。全然制御できてないってことで許してください。


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かつていた英雄

 黒騎士が持っていた分とダナンが革袋に入れて持ってきていた分のポーションを全て費やし、瀕死の重傷を負っていたダナンはなんとか一命を取り留めていた。

 

「……こいつが多くアイテムを持ってきていて助かったな。少しでも足りなければ、回復のできない私では治せなかっただろう」

 

 戻ってきていればドランクに頼めばいいが、一先ず街へ戻って治療を施さなければならない状態だ。

 

「……ダナン」

 

 オルキスは小型騎空艇のベッドに眠るダナンの手を握ってじっと見つめていた。黒騎士としても、これほど感情の出ている彼女を見るのは初めてだ。

 

「命は繋いだ。これ以上は安静にさせるしかない」

「……ん。わかってる」

 

 それでも傍にいたいとでも言うのだろうか。人形の癖に。

 その時、こんこんと扉がノックされる。

 

「なんだ?」

 

 三人以外にこの船に乗っているのは、操舵士だけのはずだ。

 

「帝国の軍艦が見えます」

「なんだと? 数は?」

 

 操舵士の声が来て、黒騎士は聞き返す。

 

「一隻です。別方向からルーマシーへ降り立ようですね。進行方向は交じりませんが」

「そうか。ご苦労」

 

 とりあえず撃ち落されるようなことはないとわかり報告を聞き終える。しかし帝国最高顧問の身でありながら、ルーマシーに手を出すとは聞いていなかった。何者かが彼女とは関わりなく動いている。

 黒騎士以外で軍艦を好きに動かせる者は限られていた。

 

 宰相フリーシア。大将アダム。中将ガンダルヴァ。少将フュリアス。

 

 帝都アガスティアの警備を任されているアダムが遠出するなど考えられない。ガンダルヴァは重度の戦闘狂であり策を弄することは好まない。となると戦闘力という点では劣るが頭を回すことに定評のある残った二人、か。

 

「……どんな策を練ろうと私の邪魔をしなければ問題ない」

 

 黒騎士としては、たったそれだけのことだった。

 そんなことよりもグランの使った『ジョブ』が気になっていた。

 

 ダナンから聞いたことはなかったが、【ベルセルク】という単語には聞き覚えがあったのだ。

 

「おい、人形。【ベルセルク】を知っているか?」

 

 時間を潰す意味も含めてオルキスへ語りかける。

 

「……ん。グランが使ってた」

「違う。もう一つの方だ」

「……?」

 

 オルキスの答えを否定し、彼女が知らないと見て話し始める。

 

「……“ベルセルク"とは、かつて英雄と呼ばれた者の一人だ」

「……英雄?」

「ああ。逸話は伽話となって今も残っているが……今から数十年も前の話だ。おそらくグランとジータ、そしてダナンの父親が空を旅していた頃よりも昔。有名なところだと、そうだな。『伊達と酔狂の騎空団』の全盛期の頃よりも前になるだろうな」

「……それは知ってる」

「そうか。なら英雄の話に戻るが、英雄とは具体的になにかを成した者ではなくかつて空を旅した一団だったと聞く。その伝説は今も残っていて、嘘か真かドラゴンを単独で倒しただの、戦争をたった十人程度で終戦させただの、他にも数多く存在している。その中で真っ先に前線へ飛び出し仲間を守るために最も多くの敵を屠ったとされるのが、その時“ベルセルク”と呼ばれていた者だったという。戦になると誰よりも苛烈に、誰よりも傷つきながら戦ったとされている」

「……それが、『ジョブ』になった?」

「あの風体はよく本で目にしたことがある。おそらく、その“ベルセルク”が元になっているのは間違いない」

「……でも、守ってなかった」

「そうだ」

 

 黒騎士はオルキスの言葉に頷く。あの時グランは、ただ戦いの本能だけに流されていた。それでは余りにも、アポロが本で読んだ英雄の姿と違いすぎる。

 

「おそらくあれは使いこなせていない。ルリアが止めようとしたのもそれが理由だろう。まだグランには扱えないほどの力ということだ。あのままなら相手にならないが、もし使いこなした時は……より強くなるだろう」

 

 明らかな確信を持って告げた。力に流されるままと制御し使いこなすのとでは格段に変わる。その時二人がかりで挑まれれば、全力で相手せざるを得なくなる可能性もあった。しかも、同じ力を持つ者が三人もいるのだ。将来の脅威となり得る存在と言える。

 

「……なんで『ジョブ』に?」

 

 オルキスが質問する。黒騎士は答えを持っていなかったが、推論を述べることはできた。

 

「さぁな。だが推測はできる。……今は亡き英雄、伽話にのみ生きている。だが連中の父親の時代なら、どうだったか」

「……生きてて、その力を習った?」

「かもしれん。そもそも『ジョブ』という概念がいつどこで生まれたか不明な以上、確証を得ることはできないだろう。もしグランとジータの父親が最初なら、各地にいたかもしれない英雄から習い、段階的に力を高めていくための力として昇華したかもしれないが。今では確かめようもないな」

「……全員いないから」

「ああ。ただ三人の父親か、若しくは……この全空のどこかにまだ生きているという、英雄の一団を支えた侍女に会えればなにかわかるだろうが。この空は広い、会おうと思って会えるものでもないだろう」

「……そう」

 

 黒騎士は語り終えると壁に寄りかかって座り込んだ。

 

「……アポロ?」

 

 オルキスは声をかけるも返事はない。眠っているのだろうと思い当たり、彼女もベッドに頭を預けて目を閉じる。次に目を覚ました時、できればダナンが目覚めていることを願って。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、なんとかグラン抜き疲労した状態でユグドラシルを倒すことに成功したジータ一行。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 肩で息をして汗だくになったジータは、

 

「……ユグドラシル。もう大丈夫だよ。安心して眠って」

 

 ルリアがユグドラシルを鎮めるのを確認してから地面にへたり込んだ。

 

「はぁーっ。もう疲れたぁ……」

 

 ぐったりと足を伸ばす彼女に続いて、イオとラカム、オイゲンも座り込む。

 

「ああ、そうだな。それよりジータ、傷の方は大丈夫なのか?」

「あ、はい。大丈夫。イオちゃんが治してくれたので」

「そうか。では私はグランの治療をしてこよう」

「お願いします」

 

 カタリナはジータに声をかけてから地面に突っ伏しているグランの方へ歩いていく。

 

「それでその、私気を失ってたから状況が理解できていないんだけど……。グランは黒騎士に倒されたんだよね? 確かダナン君と戦ってたと思うんだけど」

 

 イマイチ状況が理解できていないらしい彼女に、オイゲンが噴き出した。

 

「ははっ。そんな頭でよくユグドラシルとの戦いしっかりやってくれたなぁ。流石はジータ、ってところか」

「オイゲンさん、からかわないでくださいよ」

 

 本人は照れたように笑うが、実際疲労した状態の中星晶獣とも戦わなければならなくなって精神的に押されていたのは間違いなかった。そこから背中を押し、皆を引っ張っていった彼女も間違いなく団長なのだった。普段グランが団長らしく振舞っているが、彼女も団長として認められるだけのモノを持っている。

 

「ジータ、ホントに大丈夫なの?」

「うん。イオちゃんのおかげでね」

「まぁあたしの治療は完璧だけど、撃たれてすっごい血が出てたから……」

 

 珍しく自信なさげな様子を見せるイオ。しかしジータが食いついたのはそこではなかった。

 

「撃たれて? 私気絶してただけじゃなかったの?」

 

 不思議そうに小首を傾げる。彼女の記憶にあるのはダナンに柄で殴られ意識が失うまでと、それから目を覚まし心配そうなイオの顔が見えたところからだった。そして目を覚ました時には、黒騎士達が立ち去りユグドラシルに行く手を阻まれているところだったのだ。

 

「あー……。そりゃ俺から説明する。あいつ――ダナンはジータを気絶させた後、銃で撃ったんだ。俺も弾丸ズラせるように構えてたんだが、悪いな」

 

 ラカムが申し訳なさそうに声を発した。

 

「ラカムさんのせいじゃないですよ。でもそのおかげで私は助かったんですよね?」

「……」

 

 ジータの言葉に、ラカムは返答しない。不思議そうにするジータへ答えを返したのはオイゲンだった。

 

「多分だがなぁ。あいつはジータを殺す気がなかったんだろうよ。ラカムは確かに弾丸を弾くために銃を構えた。だが人を確実に殺すなら頭か心臓を狙う。ラカムは頭を警戒してたんだから、心臓を狙えば殺せた、ってことだな」

「もしそうだとしても、ジータが撃たれたのはホントのことでしょ!」

 

 オイゲンの言葉をイオが責める。老兵は気まずそうに頭を掻いた。

 

「咄嗟にあいつ撃っちまった俺が言うのもなんだが、確実に戦闘不能にするには気絶させるだけじゃ薄かったんだろうぜ。あいつはClassⅢまでしか知らねぇみたいだったし、グランと一対一でも長引くって考えたんだろ。こう言っちゃなんだが、戦いに関しちゃ合理的な考え方ではあるんだ」

 

 戦いの中で一人が戦闘不能になったことに動揺し崩れるというのは脆い証拠だ。イオなら兎も角、ラカムがこの歳で気絶した相手に追撃を加える非道さに腹を立てたことを、彼は少し反省していた。殺す気がなくても勝つ気ならやる。それくらいのことではあったのだ。しかもこちらには回復のできる者が二人もいた。

 

「それによぅ……あいつ、オイラを助けてくれたんだ」

 

 そこに終始暗い表情をしていたビィが声を上げる。

 

「ビィ……」

 

 なぜそこでビィが出てくるのはわからなかったが、ジータは彼の暗い表情を見て誰かが話し出すのを待った。

 

「……グランは、【ベルセルク】を使ったんです」

 

 重苦しい空気が漂う中、ユグドラシルの解放を終えたルリアが沈痛な面持ちで告げる。

 

「っ! ClassⅣを!? アレはダメだって散々言ったのに……!」

 

 ジータは目を見開きカタリナに治療されるグランに目を向けた。

 

「……ジータが撃たれて、グランは凄く怒ったんです」

「あんなに怒ったあいつ、久し振りに見たよなぁ。でもそれがダメだったんだ。グランのヤツ、【ベルセルク】になってあいつ蹴っ飛ばしたんだ。そこは別にいいんだけどよぅ。黒衣の兄ちゃんがオルキスを突き飛ばして守るのも構わず蹴っ飛ばして、その後オルキスを襲おうとしたんだ」

「っ……」

 

 ルリアのビィから話を聞き、ジータは唇を噛み締める。ずっと一緒にいた心優しい双子の兄が見る影もない様子を聞かされるのは心に突き刺さった。

 

「それでそれを止めたビィを、次は標的にしたんです」

「……そんでよぅ。あいつボロボロなのにオイラのとこ来ようとしたグランを引きつけて、動けないのにボコボコにされたんだ……」

「……もしかしてあの血が、そうなの?」

 

 ビィの言葉を聞いて、周辺で最も血の跡が大きく地面の陥没した位置を指差す。こくりと頷いたのを見て、ぎゅっと拳を握った。

 

「それからはトドメの前に黒騎士さんが割って入って、グランを倒しました。オルキスちゃんがユグドラシルを起こして足止めしている内に逃げちゃいましたけど」

 

 ルリアがそう事の顛末を締め括った。

 

「……そう」

 

 ジータの面持ちが暗くなる。だがそれ以上に傷ついていた者がいた。

 

「オイラがあいつ止めた時、グランが言ったんだ。オイラは戦えない役立たずだから、邪魔すんなって」

 

 長年連れ添った相棒にそんな心ない言葉をぶつけられれば、当然傷つく。ビィは目に涙を溜めて心境を吐露していく。

 

「なぁ。オイラ……確かに戦えねぇけど。グラン、本当にそう思ってんのかなって……」

 

 ビィ自身、星晶獣の力を使えるルリアと違ってなんの役にも立てないことを気にしてはいた。それを他でもない相棒に言われたことで、一気に不安が高まってしまったのだ。

 

「――ビィ」

 

 澄んだ優しい声が、そう大きくもないのに辺りに響いた。ビィが呼ばれた方を見ると、陰りの一切ない慈愛に満ちた笑顔を浮かべるジータが佇んでいる。

 

「大丈夫。ビィは戦えなくっても、私達の大事な仲間だよ。ビィはいつも元気いっぱいで、私達二人をいつも励ましてくれた。私も、グランも、ビィがいなかったらここまで来れなかったかもしれない。だから大丈夫。戦う力がなくたって、ビィが一緒にいてくれることの意味はちゃんとあるよ。ね?」

 

 紡がれた言葉が耳に入ってきてビィの目に溜まった涙がぶわっと広がる。

 

「ジータぁ……!」

 

 ビィは感極まってジータの胸元に飛びつく。

 

「はいはい。いい子いい子」

 

 ジータは泣きじゃくるビィをあやすように優しく抱き止め、頭を撫でていた。

 そんなビィを微笑ましく眺めつつ、全員が落ち着くまで待っているのだった。




要は双子のお父さんが英雄の力を会得する過程で出会ったから、ザンクティンゼルにあのお婆ちゃんがいる、っていう自分なりの解釈ですね。

……というか後書き書いてたら日付変わってました。


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双子の想い

古戦場の敵が硬くて嫌になりますね……。
今日を乗り越えれば本戦は明日だけなので、頑張って乗り切りましょう。


 グランのClassⅣ発動により蟠りを残していた一行だったが、ジータのおかげでとりあえずの落ち着きを見せていた。

 

 そんな中、ルーマシー群島に一隻の軍艦が降り立つ。

 

「私達帝国は、お前達との和解を望んでいる。詳しくはフュリアス将軍閣下の待つアルビオンへ来てから聞くといい」

 

 一行が警戒する中登場した兵士の一人がそう告げてくる。

 

「アルビオンだと!?」

 

 カタリナが驚くのを他所に、兵士は一方的に用件だけ告げて去ってしまう。

 

「どうしたの、カタリナ?」

「い、いや、なんでもない」

 

 ルリアに答えながらも、彼女の胸中は穏やかではなかった。

 

「……で、どうするよ。十中八九罠だろうけどな」

「うん……。真意を確かめたいところかな。とりあえずグランサイファーでアルビオン方面に向かっておこう。ここで軍艦とやり合う気力はないかな。それに、行き先はやっぱり二人揃ってから決めたいし」

 

 ラカムの言葉に頷きながらも、決断を委ねられる立場のジータが冷静な判断を下す。

 

「そういうことならとっとと行こうぜ。グランも安静にしとかなきゃなんねぇしな」

 

 オイゲンの言葉に皆が頷き、一行は島の端で停めた騎空艇へと戻った。

 

 そして、グランは自室で目を覚ます。見慣れた天井と、嗅ぎ慣れた匂い。身体に馴染んだベッドの感触。

 

「あっ! グランが目を覚ましましたよーっ!」

 

 彼が目を開けたことに真っ先に気づいたルリアが顔を綻ばせる。

 

「……ルリア。ここはグランサイファー? なんでここに……」

「もう終わった後だからだよ」

「ジータ! け、怪我は!? 無事なのか!? ――ぐえ」

 

 もう一つの声に驚き彼女を心配するグランを、他ならぬジータが胸倉を掴み上げる。

 

「じ、ジータ!」

「……グラン。ClassⅣ使ったんだって? アレは使いこなせるようになるまで使わない、って約束したよね?」

 

 泣きじゃくるビィを相手にしていた時とは違う、憤怒の表情である。

 

「っ……。うん、使った後のことも、覚えてるよ」

 

 萎縮しつつも怒っている理由が理解できるのか、抵抗はしなかった。

 

「なんで使ったの?」

「……それはジータが、傷つけられて、ついカッとなって……」

 

 ばちん、とジータがグランの頬を平手打ちした。

 

「じ、ジータ!?」

「違うでしょ。双子だもん、私にはわかる。グランはあの時、怒ったんじゃなくて殺したいって思ったんだよね?」

「っ――!」

 

 ジータに言われて、グランは図星だったのか目を見開いた。

 

「私が傷ついて、銃で撃たれて。死にそうになっているのを見てグランは多分、初めて人を殺したい、傷つけたいって思ったんだ。そのためにClassⅣを使うことを選んだ。違う?」

「……」

 

 ジータの言葉にグランは視線を逸らした。彼女の予想外の切り口に、仲間は皆驚き見守ることしかできなかった。

 

「……ジータ。僕は」

「言い訳無用!」

 

 ばちん、ともう一発ビンタが飛ぶ。ルリアがジータを止めるべきか迷っておろおろとしている。唯一面白そうに眺めているロゼッタ以外はジータを少し恐ろしく思っていた。

 

「……私も同じだったから。だからその気持ちは、よくわかるの。あの時私は、初めて人に殺意を覚えたんだから」

 

 ジータの震える声を聞いて、それがいつのことを言っているのか、グランは理解する。

 

 ――あの時。彼らの故郷ザンクティンゼルでルリアと出会った、あの時のことだ。

 

 グランはルリアを守るために帝国の軍人ポンメルンが操るヒドラに立ち向かい、そして一度死んだ。

 

 目の前で双子の兄が殺され、その死を嘲笑われた彼女の心境を推し量るのは難しいが。それでも大きな怒りと憎しみが殺意となって渦巻いたであろうことは間違いなかった。

 

「グランも同じだったんでしょ? ダナン君を確実に殺すためには、約束を破ってでもClassⅣを使う。確かに怒ってはいたんだろうけど、それ以上に殺したい気持ちが強かったんだと思う。だってあんなにちゃんと、皆から『使うな』って言われてたClassⅣを使ったんだもん。それにはちゃんと、それを使うだけの理由があったと思ってる」

「……」

「どう? 私の考えは間違ってる?」

 

 押し黙るグランへ、ジータは問いかける。そして皆が見守る中、彼は心内を吐露し始めた。

 

「……間違って、ないよ。あの時僕は……ダナンを殺したくなった」

 

 自分の中に生まれた殺意を告白する。

 

「ジータが倒されたところまでなら、使う気はなかったんだ。けどその後銃で撃たれて……そこまでする必要はないって自分の中が全部熱くなったみたいになって、その時ダナンがそれまでと変わらない顔で冷静に人を撃ってるのを見て、殺してやりたいと思ったんだ。人の命はそんな簡単に奪っていいもんじゃないんだって、思い知らせたかったのかもしれない」

 

 彼はまだ十五歳。未熟な精神性が生んだ、衝動的な殺意だった。

 

「じゃあ、ダナン君を殺す直前まで行ったんでしょ? 気分は良かった?」

「……あの時は」

「じゃあ、今は?」

 

 ジータの問いに、グランは自分の右手を見下ろした。

 

「……全然。むしろ最悪、かな」

「うん。グランはそれでいいと思う」

「えっ?」

「ずっと一緒なんだからわかるよ。グランは人を殺すなんてできないって。だから多分、殺意に流されちゃいけない。ダナン君は多分だけど、そういう人だから仕方ないと思う。だからって許していいことと悪いことはあるよ? でもグランは殺さなくて正解だったんじゃないかな」

「……そっか」

「そうだよ。殺してたらきっと、後悔してたんじゃないかな。オルキスちゃんは、ダナン君のこと信頼してるみたいだったし」

「……そうだね」

 

 ジータとのやり取りがあって、ようやくグランは笑みを浮かべた。弱々しくはあったが。

 

「よしっ。じゃあ約束破ったグランへの罰として、一人一発ずつ殴るからね」

「えっ?」

「じゃあ私から」

「えっ? いやさっきから殴って……」

「問答無用!」

 

 ごん、と今度はグーでいった。痛そうに拳骨を食らった頭を抑えるグランの前からジータが退き、オイゲンが前に出てくる。

 

「【ベルセルク】ってヤツもそうだが、感情を制御することも覚えねぇとな。でも時には吐き出すことも大事だぜ。まだ若ぇんだから年上を頼れよ」

 

 ごつんと銃で頭を軽く叩く。

 

「はい。ありがとうございます、オイゲンさん」

 

 次はラカムだった。彼も銃でこつんと頭を叩く。

 

「お前は優しすぎるのが短所でもあり長所だが、それを捨てなきゃいけない場面も出てくる。そん時までに覚悟決めとけ。俺もお前も、な」

「わかったよ。ありがとう、ラカム」

 

 次はイオだ。

 

「てぇい! 反省したら、もうしないこと! 絶対だからね!」

 

 真っ先に杖で思い切り引っ叩いて一言言うとすぐ去った。

 

「うん。ごめん」

「次はアタシね。なにも言うことはなくなっちゃったけど。凄く怖い顔して戦ってたから、あれはあんまりお父さんにも喜ばれないんじゃないかしら。もちろんアタシもね?」

「はい。すみません、ロゼッタさん。……ん?」

 

 今の彼女の言葉に違和感を覚えたグランだったが、こつんと優しく拳骨を受けて我に返る。そして次はルリアが歩み出た。

 

「ルリア……」

「グラン。私、グランが約束破ったこと、すっごく怒ってるんですからね!」

「うん……ごめん」

 

 胸の前で握り拳を二つ作るルリアの姿は可愛らしくもあったが、怒っているのが伝わってきて申し訳ない気持ちになる。

 

「じゃあ、覚悟してくださいね! ――サタン!」

「えっ? ルリアそれは……」

 

 顔を引き攣らせるグランの前でルリアが星晶獣を召喚する。狭い部屋が更に狭くなり、その中で呼び出されたサタンという黒い悪魔のような姿をした星晶獣が拳を振り下ろした。

 

「ぐほぁ!」

 

 怒りの鉄槌は深々と彼の腹部に突き刺さったという。

 

「これ以上はグランの身体にも良くないな。私からは言葉だけを送ろう。……グラン。君は一人で背負い込みすぎだ。何度も言うようだが年上を頼るように。あと【ベルセルク】は使いこなせるようになるまで本当に禁止だからな。もう一つ言わせてもらうと君はジータに少し過保護だな……」

 

 カタリナは言葉だけをくどくどと並べ立てて精神的ダメージを与える。

 そして最後に残ったのは。

 

「……ビィ」

 

 相棒たる赤き竜だった。彼も自分の行いは記憶に残っているため、ゆっくりと前に出るビィの間に気まずい雰囲気が漂った。

 

「……グランのバーカッ!」

 

 そしてビィから行動を起こす。罵りながらグランに突撃して頭突きをかました。

 

「バカ! ホントにバカ! オイラ、オイラぁ……!」

 

 ぽかぽかと頭を叩くビィの拳を受け入れる。やがて気が済んだのか殴るのをやめたビィは、

 

「……なぁグラン。あれってホントのことだったのかよぅ……」

「そんなわけないだろ」

 

 不安そうな相棒の身体を抱えて即座に否定する。

 

「昔からビィは僕達のことを励ましてくれてただろ。そういう元気なとこで、凄く支えになってもらってるよ。いてくれてホントに助かってる」

 

 陰りのない笑顔で決めたグランだったが。

 

「……グラン。それさっき私が似たようなこと言った」

「えっ!?」

「そうだぜぇ、グラン。ここでジータパクるのは良くねぇよ……」

「えぇ!?」

 

 ジータとビィに言われて、その時意識のなかったグランは驚き困惑する。そんな様子に他の皆が笑い出し、ようやく空気が弛緩した。

 

「じゃあ皆はもう行っていいよ。私はもうちょっとグランと話があるから」

 

 一通り済んでから、ジータが言った。彼女以外はグランに声をかけて部屋を出ていく。

 

「ジータ……?」

 

 二人きりになったグランはまだなにかあるのかと、ジータを眺める。

 彼女は近づいてくると、力いっぱい両手で胸倉を掴みグランを睨みつけた。その目には涙が溜まっており、明らかにグランを責める意思が見えている。

 

「じ、ジータ……?」

「ねぇグラン。私はグランのなに?」

「えっ?」

「答えて!」

 

 尋ねられ、困惑を強い声で消され考えてみる。

 

「双子?」

「他には?」

「ええと、家族とか、妹とか」

「そうだね。じゃあ聞くけど、グランにとって私はどういう存在?」

「うんと……大切な存在、かな。かけがえのない」

「そっか。じゃあ、戦ってる時はどう思ってる?」

「戦ってる時?」

「そう」

「……守らなきゃ、って痛っ!」

 

 グランの答えを聞いて、ジータは思い切りグランの身体を壁に叩きつけた。そこには確かな怒りが込められている。

 

「それが嫌なの!」

 

 そして、団長たろうと抑えていた感情を剥き出しにして声を張る。

 

「グランはいつもそうやって私を守ろうとする! ヒドラの時だって、バラゴナさんとの戦いだって、ダナン君の時も!」

 

 ヒドラの時は、ジータを押さえたかと思ったら自分が飛び出していった。

 バラゴナの時は、最後の一撃を決める時反撃があった場合ジータに危険が及ばないように銃を渡した。

 ダナンの時は、二人で戦う中ジータがダメージを受けたことに気を取られて隙を作った。

 

「私のことを守るために、ってそればっかりじゃん! それで自分が危険なことして! グランは私のこと大切だって言うけど、なんでそれと同じくらい私がグランを大切に想ってることに気づかないの!?」

「っ……!!」

 

 ジータの訴えに、ようやくグランは自覚した。……二人の両親は、幼い頃からいない。旅に出るか他界したかは置いておいて、どちらもいない時間が長かった。だから双子の妹は自分が守らなきゃ、という強い意識が半ば無意識の内に行動へ反映されていたのだ。

 そしてその強い意識の結果、自分の行動を省みていないことに。

 

「……ジータ。僕は……」

「聞きたくない! 口でならなんとでも言えるでしょ! だから、わかったら次から行動で示してよ……。もう、一人で勝手に突っ走らないで。私はグランの中で、そんなに頼りないの……?」

 

 グランの言葉を遮り、ジータは言葉を綴る。途中から悲しさが表に出てきたのかグランの胸元に顔を埋める格好になる。

 

「……ううん。いつも、頼りにしてる」

「嘘。だったら私が攻撃されただけでこっち向かないもん」

「うっ。……ええと、まぁそうだね。僕はきっと頼りにしてるつもりで、全然信頼できてなかったんだと思う。ごめん」

「他に言うことは?」

「気づかせてくれて、ありがとう。言葉だとあれだから、今度は行動で示してみせるよ」

「絶対だからね。ちゃんと協力すれば、ダナン君には勝てるはずだったんだよ。だって彼は一人で、私達は二人。それにそこまで差はないみたいだし」

「そう、だね。情けなかったな」

「グランの情けないとこなんていっぱい知ってる。けどあんまり情けないとルリアちゃんに愛想つかされちゃうから」

「うぇ!?」

 

 ジータの予想外の口撃にグランは変な声を出してしまう。顔を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべるジータは、心なしか少し晴れやかな表情だった。

 

「ふふっ。グランはわかりやすいなぁ」

「……いつかジータに好きな人ができたらいっぱいからかってやるからな」

「今は無理かなぁ。グランとビィは私がいないと全然ダメだし」

 

 苦し紛れの言葉にもジータは余裕ある笑みを浮かべる。

 僅かに生まれるのが早かったとはいえほぼ同じ時間を生きてきている。それなのになぜかグランはジータに口で敵わないのだった。

 

「……いつか絶対からかってやる」

「できるといいねー。そのためにも心配かけないようにしてくれないと」

「わかってるよ。心も身体も、もっと強くならないと。ダナンも黒騎士も強かった。もっと頑張らないとね」

「皆で一緒に、だからね」

「わかってるって。僕一人じゃ、できることは少ないから。皆で勝てるように強くなる」

 

 確かな意志の込められた言葉を聞いて、ジータはとりあえず安心かと考える。

 

「それで、グランが倒されてユグドラシルが起こされて、その後なんとか倒したんだけど」

 

 急な話題転換に首を傾げるグラン。

 

「帝国の人が来て、和解しないかって言ってきたの」

「えっ?」

「おかしいでしょ? しかもフュリアスだって。絶対なんか企んでると思う」

「そうだね……」

「だから真意を確かめるためにもフュリアスのいるアルビオンまで行こうと思ってる。グランはどう思う?」

「う〜ん。僕も行っていいと思う。アルビオンがどういうところかわからないけど、ポート・ブリーズの時みたいにフュリアスが島の人達を苦しめてるなら、助けないと」

「うん。じゃあ決まり! 皆にこのままアルビオンへ、って伝えてくるね」

 

 行き先について話し合って、ジータはぱたぱたとグランの部屋から出ていった。

 

「……痛つつぅ。ジータは怒らせると怖いんだよなぁ」

 

 思い切り叩きつけられたせいでまだ痛む背中を押さえて苦笑する。

 

「でも今回は自業自得。次ないように、頑張ろう」

 

 気を引き締めて言い聞かせグランも自室を出る。こういう前向きなところがグランのいいところでもあった。

 

 ちなみに。

 ジータがグランへ訴えた声は大きく部屋の外にまで聞こえていたため、実は全員聞いてしまっているという事実があった。

 二人はしばらくの間、生温かい目で仲間達から見られることになるのだった。

 

 そしてアルビオンへ行った彼らがやはりと言うか騒動に巻き込まれるのは、また別の話。




実を言うと表のプロローグ、一番最初のヤツは大分あとに書いた話です。
なのでちょくちょく説明が被ってたりするかもしれません。

あとグランだけがルリアと命を共有した代わりと言ってはなんですが
若干ジータちゃんが闇堕ちしそう感出てましたかね?
そんなつもりはないということが、前話の天使感(出てたらいいな)で
伝わればいいなと思ってます。


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束の間の

あともうちょっとで古戦場本戦が終わる……騎空士の皆様お疲れ様です。

自分は「とりま十万入ればいいっしょ〜」みたいな感じで走ってるのであれですが(笑)


 浮上してくる意識と引き換えに、腹部がずきずきと痛むことを認識した。痛みもあって寝惚けることなきすぐ目を開ける。

 

「……ここは家、か」

 

 見慣れた天井でそう判断し、室内を見渡す。

 

「……オルキス?」

 

 暗いので時間帯は夜だとわかる。そして俺の寝ているベッドにうつ伏せになった体勢で眠る蒼髪の少女を見つけた。小さな手が俺の手を握っている。……心配、してくれたんかね。

 随分と懐かれたもんだと苦笑し、身体を起こす。完治はしているようだ。おそらく魔法で治療したので痛みが残っているのだろう。

 

 そっとオルキスの頭を撫でてから、手を外してベッドから降りる。ズボンだけの恰好だったのでシャツを着込むと起こさないようそっと家を出た。行き先は決まっている。

 

 俺は家を出て夜更けの街を歩く。そして、ある場所に到着した。そこにいる人物に声をかける。

 

「シェロカルテ」

 

 俺はこんな夜でも店を開けているハーヴィンの商人を見据える。

 

「……ダナンさん」

 

 いつもの笑顔はなく、少し真面目な顔をしていた。

 

「よっ」

 

 俺は普段通りを装って手を挙げる。

 

「……やっぱり来てしまいましたか〜。例の件ですよね〜?」

 

 彼女は諦めたように嘆息した。

 

「ああ。あんた、【ベルセルク】を知ってるだろ?」

 

 俺は真剣な表情で尋ねる。……そう。俺はシェロカルテに、あれについて尋ねに来ていたのだ。あの時の様子から、グランが武器の実物を持っていることは明白だ。そして武器の名前が「ベルセルク・オクス」だというなら俺が知らないあの『ジョブ』を解放するにはまず武器を手に入れる必要があると推測が成り立つ。

 ではなぜシェロカルテに聞いたか。俺が思うに、シェロカルテは他の商人が知っている程度の情報なら持っている。つまりシェロカルテが知らない情報はない。

 

 シェロカルテはしばらくの間黙っていたが観念したように嘆息した。

 

「……はい。グランさんとジータさんが言うところのClassⅣ、【ベルセルク】を解放するための武器、ベルセルク・オクスを作ったのは私ですからね〜」

「やっぱあれが基点か。あれはどこでどうやって手に入れるんだ?」

「あれはかつて実在した英雄の方々が使っていた武器を復活させたモノになりますね〜。英雄武器と呼ばれていますよ~。元を返せばレプリカですが、素材を使って強化していく内に本物へ、という形になります〜」

「レプリカからねぇ。そりゃ凄いな」

「そうでしょうとも〜。大変でしたよ〜、レプリカを本物に近づけるためにどの素材がどの程度あればいいのか見極めるのは〜。苦労した甲斐あって凄い武器になったんですけどね〜」

 

 誇らしげに胸を張っていたが、やがて表情が沈む。……そういやこいつが作ったんだってな。情報網が広くて見識も深いってどんな人生送ってきたんだこの人。

 

「結果として、俺は死にかけたけどな」

「……」

 

 俺がそう言うとシェロカルテは暗い表情で俯いてしまう。

 

「まさか気に病んでるのか?」

「まぁそうですね~。一応武器の製作にも精通している身として、いくら本人の意志があったとしても過ぎた力を与えるべきではなかったのかなと思ってしまって~」

 

 なるほどなぁ。彼女にもそういった悩みはあるらしい。

 

「まぁ武器と武器を作った人に罪はねぇよ。今回は俺も悪かったし、武器を使うって決めたのはグランのヤツだからな」

「そう言ってもらえると助かります~」

 

 シェロカルテは再び笑顔を見せる。

 

「で、そのレプリカってのは買えるのか?」

「……。買えはしますけど貴族が装飾品として使うようなモノですからね~。購入するよりは時間をかけて探索した方がいいと思いますよ~」

 

 高値になるってことか。あんまり個人で多額は消費できないしな。

 

「一応どこにあるか聞いてもいいか?」

「パンデモニウムと呼ばれる特殊な島ですね~」

 

 またそれか。まぁ手間が省けたと思っておくか。

 

「そこならいつか行こうと思ってたんだ。ついでに探してみるとするか。で、強化に必要なモノは?」

「これがリストになります~。不足分はルピで購入してもいいですけど、在庫や稀少性などの関係で提供できないモノは赤字で書いてありますから、そちらを優先していただくとスムーズですよ~」

 

 用意がいい。購入できるモノも一個あたりの金額が書かれていた。……相当数必要だな。金も素材も。できるだけ素材を集めた方が懐に優しいが、集めるのに時間がかかる。

 

「助かる。どの武器がどの『ジョブ』に対応してるかはわかるのか?」

「一応わかりますよ~。かつての英雄がどの武器を得意としていたか、それを伝えれば『ジョブ』の力を持つダナンさん達には伝わりますしね~」

「それもそうか」

「けど注意してくださいね~。あなた方にはまだ過ぎた力。武器を手にし『ジョブ』を解放するだけでは使いこなすことはできないみたいです~」

「……わかってる。だがまぁ、どうしようもない時のために一本持っておいた方がいいとは思ってるからな。なにより出遅れてるのが気に入らん」

「そうですか~。では私もできる限り協力させていただきますね~」

「そうしてくれ。また来る」

「はい~。またのお越しを、お待ちしております~」

 

 シェロカルテとの話を終えて家に戻ろうかと街を歩いていたところで、きょろきょろと周囲を見渡している少女を見かけた。オルキスだ。

 やがて俺が声をかける前にオルキスがこちらを向いて目が合うと、驚いたように目を少し大きく開く。そして俺の方に駆けてきたかと思うと、そのまま抱き着いてきた。

 

「……心配した」

 

 なんの感情もない声ではなかった。初めて聞くとわからないだろうが、よく聞く声なので俺にもわかる。声は微かに震えていた。

 

「……悪かったな」

 

 起こさないように出てきたつもりだったが起きてしまい、そして怪我で寝込んでいたはずの俺が忽然と姿を消したことに驚いて探し回っていた、というところだろうか。どんな時でも肌身離さず持っているぬいぐるみを置いてくるぐらい焦っていたのかもしれない。嬉しい半分申し訳ない。

 頭を撫でてやって不安を解消させる。

 

「……ん。勝手にどっか行っちゃダメ」

「わかったから離れてくれ。もう用事は済んだから帰るところだしな」

「……ん」

 

 オルキスは俺から離れて右手を伸ばしてくる。

 

「……どっか行かないように、手繋いで」

「もう帰るだけだって言ったろ?」

「……ダメ」

 

 随分と我が儘になったようだ。自分のしたいことが出来てきて、それを口にすることが増えてきている。それはとてもいいことだとは思うがこうして言われてみると少し困るような気もする。

 

「はいはい」

 

 仕方がないかと思い、彼女の小さな手を握って二人並んで家へと向かっていった。

 

「おやぁ? 随分と仲良しさんになったみたいだねぇ」

「やっと帰ってきたか」

「ふん。待つ意味などなかったと思うがな」

 

 家の扉の前に馴染みの顔が三つ並んでいた。

 

「おう。お前ら二人も戻ってきてたんだな」

「まぁね~。スツルム殿とちょっと旅行を――痛ってぇ!」

「帝国の動きを探っていただけだ」

 

 相変わらずドランクとスツルムはこんな感じらしい。

 

「ようやく目が覚めたか。手間をかけさせるな」

 

 黒騎士も変わらず無愛想だ。

 

「そんなこと言ってぇ。ダナンが瀕死の時僕に戻ってこいって凄い必死に頼んでたのボスでうぎゃっ! 痛い! 痛いから腕を捩じらないでぇ!」

 

 ドランクがにやにやと言って腕を捩じ上げられていた。

 

「……アポロ、頑張って治してた。薬いっぱい使って」

 

 しかしオルキスも援護したことでぱっと手を離す。

 

「人形まで……。いいか、私はお前という貴重な駒を失うわけにはいかなかっただけだ。なにより一度帝国に顔を出させた以上、死んだ場合私の名前に傷がつく」

 

 兜をしているのでどんな表情なのかはわからなかったが。ドランクがこっそりにやにやしていたのでおそらくそれは建前、なのかもしれない。

 

「まぁ命助けてくれたのは本当みたいだからな、感謝しとく」

 

 あえてからかう方には加わらず礼を告げる。

 

「ふん。助けるだけの価値が今の貴様にあるとは思えないがな」

「いつか返してやるさ。長い付き合いになりそうだからな」

「虚言でないといいのだがな。今日は寝るぞ。明日からまた鍛え直さなければな」

「おう、頼むわ」

 

 黒騎士の言葉で全員が家の中に入り、今日のところは寝ることにする。あまり眠くなかったが寝ていようとベッドに入ったらオルキスが近づいてきた。

 

「……ダナン。一緒に寝ていい?」

「ん? あー……まぁいいか。狭いけど我慢しろよ」

「……ん」

 

 オルキスはぬいぐるみを抱えて俺の横に寝転がる。

 

「……勝手にどっか行っちゃダメ。わかった?」

「わかってるよ。安心して寝とけ」

 

 俺はまだ心配をやめないオルキスの頭を撫でてやり、彼女が眠るまでそうしていた。……さて、ベッドからは出ないとしてどうするかなぁ。ま、考え事してればその内寝れるか。

 そう思い、ClassⅣのことなどこれからのことを考えながら過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 翌朝。一足先に起きた俺はこれまで通り五人分の朝食を作り始める。某人形少女以外は軽く済ませる程度なので、適当にベーコンエッグとトーストでも作ってやればいい。スツルムは肉が好きなのでベーコンの枚数を少し増やしておく。

 一番小柄な癖に一番食べるあの子のために、アップルパイを焼いたりトーストの枚数を増やしたり量をたくさん作っておいた。皆が起きて席に着く頃には出来上がっており、朝食をテーブルに並べた。

 

「なんでこんなに普通のご飯なのに美味しいんだろうねぇ。出先でもスツルム殿なんか『飯が物足りない』って言って不貞腐れてたよ痛った、くない? あれ? スツルム殿?」

「事実だからな。ダナンの飯は美味い。夜はステーキを所望する。分厚いヤツ」

 

 珍しく刺されなかったことに驚く彼を放って俺に告げてくる。……ステーキねぇ。専用の器具がないと本格的には作れないよなぁ。ちょっとシェロカルテに相談してみるか。店の手伝いをする代わりにタレの作り方とかを教わって。

 

「了解。まぁちょっと作ってみるわ。他は食べたいモノあるか?」

「……アップルパイ」

「今食べてるでしょ」

「……もっと欲しい」

「はいはい。また作ってやろうな」

 

 俺は他二人に聞いたつもりだったが、オルキスが現在進行形でアップルパイを食べながら言ってきた。……結局アップルパイを超えるお気に入りは作れてないな。いつか塗り替えてやりたい。

 

「僕はステーキと一緒に野菜をいっぱい食べたいかなぁ。炒めたヤツでお願いね~」

「邪道だ。肉単品で食え」

「僕は野菜もあった方が美味しいと思うけどなぁ」

 

 どうやら食に関しては気が合わないらしい。簡単な要望だったので頷いておく。

 

「黒騎士はなんかあるか?」

「特にはないが……そうだな。海鮮モノをあまり作ってもらっていない気がするな」

「あぁ、確かにな。じゃあ昼は海鮮にしよう。夜はステーキな。材料の買い出しは任せた」

「人任せでいいのか? 作るお前が買ってきた方がいいだろう」

「問題ねぇよ。食べたいもん買ってこい。全部調理してやるから」

「ホント、料理に関しては頼もしい限りだよねぇ」

 

 ナルメアに教わった技術とこの街に来てから手伝って得た技術があれば、大体なんとかなる。オルキスに色んなモノを食べさせてやりたいという気持ちもあって色々技術を先行して会得していってるからな。

 そして全員が食べ終わってから、いつもの食後会議が始まる。

 

「これからの予定について話すか。まずはこれまでの報告からだな」

 

 黒騎士が司会を務める。

 

「はいは~い。僕達は休暇を兼ねて色んな島飛び回ってたんだけど、その中でアルビオンってところに帝国のフュリアスがいるって聞いたよ。しかもあの子達に接触する気、って聞いたからもう接触してるんじゃないかな。多分距離を考えてももうアルビオンにいると思うよ~」

 

 ドランクがまず軽い調子で報告してくる。

 

「あたし達が調べたところによると、帝国は連中と和解する気らしい。まぁ嘘だろう。フュリアスだからな」

「ふん。小賢しいあいつのことだ、十中八九罠なのは間違いない、か。だが特に私へは情報が来ていない。帝国の戦艦がルーマシーに降り立ったのは確認している。おそらくそれがフュリアスの遣わした船だろう。放っておいて問題ない」

「了解~、っと。次はえ~っと、きな臭い十天衆の話かなぁ。情報を聞き回ってるみたいだけど、口止めされてるのか聞かれたことは答えてくれなかったね。とんでもない大罪人を追ってる可能性が高いけど」

「不確定な情報だ。少なくともこの街にはいない。それでいいだろう」

 

 ドランクを補足するスツルムの言葉に、それでいいのかよと思わないでもないが。少なくとも俺は一度接触してボコボコにされているので、できれば関わり合いになりたくないところではある。おそらくClassⅣでも勝つには工夫が必要そうなくらい強いと考えれば、まだまだ遠い存在だと理解できる。

 

「わかった。他にはなにかあるか?」

「グラン君達がアルビオンに出た後のことだからもうちょっと先になると思うんだけどぉ。多分行き先があそこになるんじゃないかなぁ、って思うところがあってね~。僕ちょっとそこに先回りしておきたいんだよ」

「珍しいな、ドランクが自分から行動するとは」

「まぁ僕にもやっておきたいことはあるってことだよね~。ってことで五日ぐらいしたらまたここを出るからよろしく~」

「報告になっていないぞ、ドランク。……まぁいい。あたし達の方で得た情報はそれくらいだ」

 

 ドランクの話があってから、スツルムは報告を締め括る。

 

「そうか。では私の方からも話をしておこう。ルーマシー群島でなにがあったのかをな」

 

 そう言って黒騎士は語り始める。

 ルーマシー群島でグラン一行と戦闘し、その時に【ベルセルク】というとんでもなく強い『ジョブ』を発動された結果俺が死にかけたこと。そして『ジョブ』を使うと精神性が著しく変化してしまうこと。

 

「【ベルセルク】、ねぇ。かつての英雄の呼び名と一緒だけど、なにか関係あるの?」

 

 話を聞いたドランクはそんな感想を零した。

 

「私が本で見たことのある姿とほぼ一致する。その英雄の力を『ジョブ』に落とし込んだ、という認識で問題ないだろう」

 

 黒騎士もそれを知っているらしい。

 

「ふぅん。俺はその英雄ってのは知らないが、昨夜シェロカルテのとこ言って聞いてみたら、あいつが作ったんだってよ。かつてその英雄が使っていた武器、通称英雄武器を手にすることで『ジョブ』が解放される。【ベルセルク】は俺もまだ解放されていないClassⅣ、なんだってよ」

「シェロさんは色んなことできて凄いというか怖いよねぇ」

「ちなみに作るにはパンデモニウムとやらでレプリカを入手した方が安く済むらしく、それをこれらの素材で強化していって本物にするんだとよ」

 

 そう言って俺は昨日貰ったリストをテーブルに置く。

 

「う~ん。見たことない名前ばっかりだね。パンデモニウムにあるのかな?」

「だろうな。赤字で書いてあるのは金額が高いか書いてない。購入できない素材ってことか」

「そうそう。だから俺がもしClassⅣに手を出すなら、パンデモニウムに行って素材やらを集めてルピ稼がないと無理ってことだな」

「……ダメ。ダナンがあんな風になったら困る」

「大丈夫おいそれとは使わねぇよ。第一そう簡単に作れるもんじゃなさそうだしな。作れるようになった時にはもうちょっと強くなってんだろ」

 

 不安そうなオルキスを撫でながら推論を口にする。【ウエポンマスター】から【ベルセルク】になった時の差が激しすぎる。制御できてないのは、まだその力を持つには早いからだ。となれば時間をかければそれだけClassⅣになった時のデメリットも軽減できる、かもしれない。

 

「まだ強くなっちゃうんだねぇ。僕達もうかうかしてられないかな? ね、スツルム殿?」

「あいつらと同じ力を持っている時点で伸びしろはあった。後はこいつの努力次第だろ」

 

 確かにClassⅣを使いこなせば二人同時でもいい勝負ができるだろう。だがまだまだ遠い話だ。

 

「ClassⅣについては機会があればパンデモニウムへ行って準備を進める。これでいいだろう。ただ使いこなすまでが遠い。当面は地力を上げることだな、ダナン」

「わかってる」

 

 黒騎士のまとめを受けて頷く。……あいつらに先を行かれているというのもあるが、それでも焦りは禁物だ。焦ったらあいつみたく暴走してこいつらを傷つけかねない。黒騎士に止めてもらうしかないんだから簡単には使えないだろう。

 

「あとClassⅣついでに、『ジョブ』にClassEXってのがあると聞いてな。それはパンデモニウムにいる特定の敵を倒すと解放されるらしい。俺もそろそろ刀を使う『ジョブ』を解放したいし、近い内に一度挑んでおきたいところはある」

「わかった。考えておこう。お前の戦略の幅が広がるのは、そのまま対応力の高さに繋がる。ClassⅣは兎も角EXとやらは解放するだけしておくべきだろう。時間のある時に一度パンデモニウムへ向かうか」

「そうしてくれると助かる」

 

 パンデモニウムに行く理由が一つ増えた。俺も折角習った剣術を発揮しないまま過ごすのはどうかと思っている。二刀流はもうちょっと練習しないとな。

 

「じゃあダナンの戦力アップ、ってことでぇ。僕からプレゼントがあるんだ?」

「爆弾ってオチじゃねぇよな?」

「僕をなんだと思ってるのかなぁもう。これ、ちょっと行って取ってきたんだぁ」

 

 ドランクはそう言って青い球体を取り出した。彼が魔法で使っているモノと似ているように見えるが、こっちの方が大きい。

 

「ブルースフィア。宝珠魔法を使えないと扱えないけど、ダナンはオールラウンダーだからねぇ。多分使えると思うんだ。まぁ僕みたいに小さいので使うのは無理だと思うけどね。大きいのなら使えると思うよん」

「ほぅ」

「信頼の証だと思っといていいよ~。昔僕が使ってたヤツだからちょっと古いのは勘弁してね。あんまり数がない貴重なモノなんだから、さ」

 

 ウインクしてくるドランクはちょっとイラッとさせてくるがそう言うなら受け取る他ない。これを受け取らないということは、彼の信頼を無碍にするに等しい行為だからな。

 

「わかった。ってことはお前が出るまでの間に宝珠魔法を教えてくれるってことでいいんだな?」

「もちろん。精いっぱい協力させてもらうよ」

 

 こうして見るとドランクの笑顔が胡散臭くなくていいヤツの笑顔に見えてくるから不思議だ。

 

「あたしからこれをやる」

 

 今度はスツルムから刀を手渡された。無骨で抜いた刀身は朱殷に染まっている。

 

「これは?」

「イクサバ。昔依頼の時に手に入れた刀だが、あたしは使わない。ならお前に渡した方が有意義だろう」

「ほう。なんか悪いな、二人して」

「まぁこれまでの頑張りを見てのモノだからそんなに気にせず、大切に使ってくれればいいよ。ボスだけ渡して僕達が渡さないっていうのもねぇ」

 

 ドランクの言葉に一箇所からごそごそとなにかを漁る音がする。

 

「……」

 

 見るとオルキスが手に刃が黒紫の宝石で出来た短剣を取り出していた。

 

「それは?」

「……護身用に、アポロから貰った」

「じゃあそれはオルキスのだな」

「……でも」

「気にすんな。もしオルキスがいつか戦えるようになって、その時短剣使わないなら渡してくれ」

「……わかった」

 

 俺の言葉にオルキスは納得したのか短剣をぬいぐるみの背中にしまう。……あ、それ収納になってたんだ。

 

「ドランクが余計なことを言うからだ」

「痛ってぇ! 確かにちょっとごめんねぇ!」

 

 ドランクの発言から自分もなにか渡さなければ、と思ってしまったのかもしれない。不用意な言葉を発したドランクの処置はスツルムに任せておくとしよう。

 まぁなにかを与えるってことは、そもそもなにかを持っていなければならない。オルキスはまだ持っているモノが少ないのだから渡せなくて当然だ。

 

「一先ずの報告はこんなところか。今後の方針としては、しばらくダナンを鍛えることにする。スツルムとドランクは連中がアルビオンの次の島で待ち受けると言っていたな、その次の行き先がわかったら戻ってこい。それまでに帝国から要請があれば別だがな」

「了解」

「はいは〜い」

「わかった」

 

 三人が声に出して返事をし、一人は無言で頷いた。

 こうしてまた、五人で楽しく過ごす日々が始まるのだった。



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突然の終わり

 ドランクには宝珠魔法を。

 スツルムには二刀の扱いを。

 

 それぞれ五日間でできる限り伝授してもらった。

 

「じゃあまたね~。ダナン、ボスのこと任せたよ~」

「あまりボスから目を離すなよ。勝手に無茶なことし始めるからな」

 

 ある程度実力も信頼され始めたのか、二人はそんなことを言って去っていった。

 

「……帰ったら灸を据える必要がありそうだな」

「日頃の行いってヤツだろ」

「まずは貴様から死にたいか」

 

 軽口を叩いて怒られてしまう。

 なんだかんだ二人はオルキスに関してはもちろん、黒騎士に対しても若干保護者目線が入っているのだろう。それが理解できる俺だからこそ、二人は任せてくれるのかもしれない。

 

「……寂しくなる」

 

 小さく手を振り続けていたオルキスがぽつりと呟いた。

 

「確かになぁ。二人はいつも楽しそうだもんな」

「……ん。一緒にいると楽しい」

「そっか」

 

 ぽんぽんと頭を撫でてやる。

 最近オルキスは、よく自分の感情を口に出すようになった。そろそろ黒騎士もオルキスを人形と呼ぶことに抵抗が出てくるんじゃないかなぁ、と思っているのだが。

 

「いつまで呆けているつもりだ。ダナン、今日も二刀の訓練だ。一先ずClassⅢを網羅し、使いこなせるようになれ」

「わかってるって」

 

 俺は黒騎士に返事をして、武器を取り出す。練習用に買った安い刀と剣を手に取った。

 二刀流のコツは両手を動かすことだ。言葉だけなら簡単だがこれがまた難しい。一緒に動かす、片方だけ動かすというならできるが、それぞれをそれぞれに動かす、というのが難しいのだ。意識の問題なのかどうにも上手く立ち回れない。スツルムはその辺りは上手くできるらしく、彼女と手合わせすると防戦一方になる。

 ……そういや、と思い返してみて思ったが、アウギュステであいつらを手助けしたヤツの中に二刀流の剣士が二人もいやがったな。それはつまり、あいつらはもう二刀流を会得して【グラディエーター】を解放している可能性が高いってことだ。クソッ、出遅れてるのがわかると焦りが募りやすくなるな。雑念は払わねば。

 

「……ダナン。がんばって」

「おう」

 

 最近オルキスはよく俺に声をかけてくるようになった。飯のこと以外で、だ。驚きの変化だと思う。

 と日課になりつつある黒騎士との鍛錬へと挑んでいった。

 そしてその夜。

 

「……スツルムはいない」

「そうだな、ドランクと一緒にどっか行っちまったしな」

 

 夕飯を食べ終えて風呂に入る時間となってオルキスがボヤいた。最近オルキスはスツルムと一緒に風呂へ入っている。スツルムは無愛想だが悪い気はしていないのか、仕方ないと言いながら優しく接していたのでドランクと温かく見守っていたら刺されたというのは記憶に新しい。

 

「……ダナン。一緒にお風呂入る」

 

 なぜか俺に矛先が向いてしまった。……いやそれは流石に倫理的にマズいのでは?

 

「いやぁ、俺はちょっとな。なぁ、黒騎士?」

 

 どう断ったモノかと思いつつ、俺以外にこの場にいる黒騎士へと話を向ける。

 

「なぜ私に聞く……まぁそうだな。ダナンはやめておけ」

 

 兜を外しソファーに腰かけて本を読んでいる黒騎士は言った。

 

「……ん。じゃあ誰とならいい?」

 

 オルキスは少し納得のいかなさそうな顔だったが、改めて俺に聞いてくる。……ふぅむ。これはチャンスなのでは? と内心ほくそ笑んだ。

 

「スツルムはいないし、黒騎士に一緒に入ってもらえばいい」

「なに!?」

「……っ」

 

 二人が驚いたような反応を示すが、当然の帰結だ。今は俺と黒騎士しかいない。俺はダメ。なら黒騎士が付き合うしかないだろう。

 

「……アポロ」

 

 オルキスがじっと黒騎士を見つめる。

 

「……私は入らんぞ」

「……じゃあダナンと」

「それはダメだって言っただろ?」

「……じゃあアポロしかいない」

 

 そうなるわけだ。

 

「……ふん。今になって一緒に入る意味はないだろう。以前は一人で入っていたのだからな」

「……でも一緒に入りたい気分。アポロ、前は一緒に入ってくれてた」

「それは……洗い方がわからないと言うからだ」

 

 そんな時期があったのか。

 

「……アポロ」

「黒騎士、入ってやれよ。このままだと俺が一緒に入ることになっちまうぞ。それは嫌だろ?」

「…………」

 

 オルキスの援護をした結果、黒騎士が長い沈黙を置いて読んでいた本をぱたんと閉じる。

 

「はぁ。仕方がないか。さっさと上がるからな」

「……ん。ありがとう」

 

 諦めたように言って、オルキスを連れ立って浴室の方に入っていく。風呂場も俺一人の時は銭湯へ行くだけで良かったが、人数が増えたことで費用が余分にかかってしまうため、二階に風呂場を設置したのだ。

 しかし黒騎士は室内でも鎧着るんだよなぁ。寝る時は一階と二階で違うからわかんねぇし。風呂入った後もご丁寧に着直すし。どんだけ鎧着てたいんだよと思うが。

 

「……なにかの間違いで鎧脱いで出てこねぇかなぁ」

 

 首から下がどうなっているのか見てみたい気もする。多分だけどあの怪力なのだからごりごりのマッチョだとは思うが。ゴツい鎧を脱いでもゴツい筋肉が見えるだけ、みたいな? ……ヤバい。考えていて想像できてしまった。絶対それだ。間違いない。

 ふざけてはいるが愉快な想像をしつつ部屋の掃除をしながら二人が上がってくるのを待っていた。

 

 かちゃりと扉が開いて脱衣所から二人が出てくる。

 とてとてと駆け寄ってテーブルにあったフルーツジュースを飲み干すのは、湯上りでしっとりした髪を下ろしているオルキスだ。寝巻きを着ている。

 

 もう一人は茶髪に目つきの鋭い美女だった。仏頂面は変わらないが白のノースリーブシャツに黒のズボンという恰好だ。鎧の上からではわからなかったグラマラスな体型が今人目を浴びている。と言うか。

 

「誰だっ!?」

「貴様、どうやら死にたいらしいな」

 

 いつか聞いたようなセリフで睨まれて、誰かわかってはいたが納得する。

 

「黒騎士……いや鎧はどうした? あんたいつも風呂上がりでも着てただろうが」

 

 まさか顔だけ美女ではなく、全体が美女に相応しい容姿だとは思わなかった。絶対ごりごりな筋肉ゴリラだと思ってたのに。

 

「……。人形が脱衣所で着ると狭いと言うのでな。仕方なく脱いだだけだ。まぁ確かに、鎧がない方が寛げはするからな」

「そりゃそうだろうがな。しかしあんなクソ力持ってるのに案外筋肉もりもりじゃないんだな。もっとムキムキな身体してんのかと思ってた」

「……殴っていいか?」

 

 確かに女性に対しては失礼かもしれない。だが黒騎士に対しては失礼じゃないと思っている。……それはそれで最低だな俺。

 

「ふん。七曜の騎士は色を冠する名を持った七人の騎士、ではあるが。力に関しては真王という一応七曜の騎士が仕えている王に分け与えられたモノがある。無論それだけではないが、それによって全天最強とされている部分があるのだ」

「つまりめっちゃ強くても筋肉ムキムキじゃない可能性が高いってことだな」

「そういうことなのだが……そのまとめ方は些か簡単すぎるな」

 

 バラゴナみたくドラフということもあってムキムキだろうヤツもいるが、例えば女性の七曜の騎士がいて脱いだたらとんでもない美女が、とかそういうことになるわけか。

 もしかしてハーヴィンもいたりすんのかね。一般にハーヴィンは小柄すぎてパワーがないとされてるんだが。それでも強いヤツは強いし、七曜の騎士にもいたらとんでも強いハーヴィンが誕生するわけだな。

 

「……アポロは、脱いだら凄い」

「オルキス。それはちょっと違うな? いや合ってはいるんだけど」

「どこでそんな言葉を……。まさか貴様が教えたのではないだろうな?」

「まさか。あるとしたらドランクじゃないか?」

「あり得るな。戻ってきたら是非問い詰めるとしよう」

 

 ご愁傷様。今頃スツルムと二人きりで仲良くどこかへ行っている年の離れた友人のことを思い浮かべて冥福を祈っておく。

 

「さて俺は【スーパースター】で楽器の練習でもしてくるか。オルキス、腹減ったら冷蔵庫にゼリーあるからな」

「……わかった。いただきます」

 

 と言って早速彼女が冷蔵庫の方へ向かうのはお決まりのパターンだ。まぁたくさん用意してあるからいいだろう。

 

「……アポロも食べる?」

 

 楽器を取り出してベランダに出ようとする俺の背中にそんな声が届いた。

 

「ああ、一つ貰おう」

「……ん。本、一緒に読んでもいい?」

「なに? ……まぁ今日くらいはいいか」

「……ありがと、アポロ」

 

 なんだかんだ二人もちょっと仲良くなった気がする。最初はいずれ消える人形に人として接する必要はない、みたいなこと言ってた気がするが。これじゃあその時が来たらきっと辛くなるだろうな。今のオルキスとの思い出を作れば作るほど。

 ……そう考えると俺は残酷なことをしているのかもしれない。まぁそんなことはいい。俺はオルキスにもっと色んなことを経験して欲しい、というだけだ。

 

「……ちょっと今日は、切ないメロディーでも奏でましょうかね」

 

 二人の仲の良さを見てそういう気持ちになってしまった。俺は星の見える夜空の下、ハープで切ないメロディーを奏で始めるのだった。

 

 ――真っ暗な闇の中から、誰かに見張られているとも知らずに。

 

 ◇◆◇◆

 

 翌日の夜。

 

「……アポロ。今日も一緒にお風呂入る」

「なんだと? 昨日入っただろう」

「……今日も一緒に入りたい。ダメ?」

 

 食後になってまたオルキスとアポロが揉めている。なんだか最近二人の会話が増えている気がする。黒騎士からは話しかけないが、オルキスから話しかけることが増えているのだ。とてもいいことだと思う。不器用な姉妹を見ているようで微笑ましい気持ちになってくる。

 

「……チッ。仕方がない。一緒に入ってやるが、明日は一人で入れ」

「……わかった」

 

 舌打ちしながらも一緒に入るようだ。なんだかんだ甘いよな、黒騎士は。

 

「貴様。なににやにやしている。殴られたいか?」

「いやまさかぁ」

「ドランクに少し似てきたな」

「……ちょっと真面目な顔するぞこら」

 

 胡散臭そうだと言われてしまったので表情を作り直す。まぁ俺とあいつも似ている部分が多いってことなんだろうな。

 ちなみに黒騎士は夕飯以降鎧を脱ぐようになった。ノースリーブを好む上に薄着なので少々目のやり場に困るが、本人はそういうのに頓着がないようなので俺が気にしないようにするしかあるまい。

 

 二人が入浴している間は家事をやって、少しハープを奏でてから俺も風呂に入り就寝する。

 

「ん?」

 

 ハープを奏でるべくベランダに出たところで、違和を感じた。

 

「……やけに静かだな。帰郷の季節だっけか?」

 

 一年もいない身なのでわかるはずもない。街がやけに静かなことを不思議に思いつつも、そういう日もあるかと思って気にしないでおいた。

 

 そして最近は誰かと一緒に寝たがるオルキスと一緒に眠りに着いた、のだが。

 

「っ……」

 

 なぜか身体が飛び起きた。まだ夜は明けていない。深夜の時間帯だった。……なんだ? なんか妙な感じがするな。

 

「……おい、オルキス。起きろ」

 

 傍らですやすやと眠っているオルキスを揺さぶって起こす。

 

「……ん。朝?」

 

 こすこすと目を擦って眠そうにしている。

 

「……朝じゃないけどちょっと変だ。黒騎士のとこ行くぞ」

「その必要はない」

 

 俺が判断を仰ごうとベッドから降りたところで、暗がりから漆黒の甲冑が姿を現した。

 

「黒騎士」

「早く着替えて準備をしろ。おそらく狙いは私達だ。出るぞ」

「了解。オルキスも着替えて顔洗ってきな」

「……ん」

 

 まだ寝惚けているようだったので顔を洗ってくるように告げておき、俺は最低限必要な金と武器を革袋に入れて担ぎ装備を整える。

 

「行くぞ」

 

 黒騎士に言われて、家を出る。……やっぱり妙な静けさがある。

 

「チッ。ベランダ出た時妙に静かだとは思ってたが」

「過ぎたことはいい」

「で、どうする? 二手に分かれるか?」

「いや。二手に分かれて相手を分けさせるより、まとまったところを私が引きつけた方がいいだろう」

「了解」

 

 真っ暗で静かな夜の街を歩きながら作戦を立てる。オルキスは置いてきても良かったが、黒騎士と一緒に行動していることを知られているとなると彼女の存在も知られていると考えた方がいい。狙いは俺達で目的がオルキスの誘拐だった場合、家を探られて終わりだ。それなら強い黒騎士の傍にいた方が安全、ということになる。

 

 全く人気のない街並みを早足で歩く。……この時間でも飲んで騒ぐバカがいるはずなんだがな。兵士すら見当たらないとはどういう了見だ?

 

 不可思議な状況に顔を顰めつつ歩いて大通りに出ると、黒騎士が足を止めた。

 

「流石は七曜の騎士、ってことかな? まぁそっちから出てきてくれて手間が省けたよ」

 

 やけに軽薄な印象を与える青年の声が聞こえた。そして、俺はその声に聞き覚えがあった。

 

「……はっ。随分と久し振りじゃねぇかよ。なぁ、十天衆頭目、シエテさんよぉ……!」

 

 以前俺を散々痛めつけてくれたヤツだ。覚えていないはずがない。

 

 屋根の上に腕組みをして佇むのは、金髪にニヤケ顔を貼りつけた青年だ。そしてその周りには、同じ特徴のマントを羽織ったヤツが四人。

 

 頭目を含めて五人という、黒騎士の自己分析で言っていた人数よりも多い戦力が目の前にいた。確実に黒騎士に対して、勝ちに来ている面子だった。




個人的な見解に基づき、七曜の騎士は十天衆より単体戦力として強い設定です。

というのも十天衆が完全個人での能力で、
七曜の騎士は優れた人材が更に真王から力を授かった強さだから、ですね。

まともに戦うなら二、三人。
勝ちにいくなら五人。

例外としてフュンフさえいれば持久戦でなんとかなる。
くらいの感じです。


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逃亡

 異様な空気を感じて深夜街へ出た俺、黒騎士、オルキスの三人は、大通りで待ち構えていた十天衆と遭遇した。

 

「やぁ、ダナン君。久し振りだねぇ。本当は君には関わっていて欲しくなかったんだけど、まぁこうなったらしょうがないよね」

 

 シエテは変わらぬ笑顔でそう言った。

 

「ふん。十種ある武器それぞれを極めた十天衆が五人……いや六人か。随分と過剰戦力だな」

「いやぁ。これでも少ないと思うよ? 本当は十人全員来て欲しかったんだけどねぇ。連絡の取れない子が多くって。じゃないと、死者を出さずに七曜の騎士を捕らえるなんて真似、できるわけないでしょ?」

「ほう? 私を捕らえると?」

 

 狙いは黒騎士のようだ。

 

「そういうこと。ね、リーシャちゃん?」

 

 シエテが顔を向けた先には、長い茶髪を夜風に流す凛とした少女が立っていた。その表情は緊張しているのか少し固い。

 

「気安く呼ばないでください。私達は仕事上、こうして協力しているだけですので」

 

 表情も固ければ言動も固い。確実に俺と気が合わないタイプだ、と直感する。

 

「そう言うな、リーシャ。彼らにはこちらから要請して来てもらっている。そう邪険にするモノではないよ」

「モニカさん……」

 

 モニカと呼ばれた女はリーシャよりも小柄だが落ち着いた態度と彼女を諭すような言葉から年上なのではないかと思われる。小柄で金髪の、一応女性と言っておくか。

 

「秩序の騎空団か」

 

 黒騎士の言葉を聞いてうわホントに気が合わねぇヤツだ、と納得する。

 

 秩序の騎空団。その名の通り空の秩序を守る騎空団だ。犯罪の取り締まりや要人警護やなんかを請け負う連中で、俺みたいな殺人犯にとっては天敵みたいなもんだ。

 言われてみれば、二人は同じような黒い帽子を被っていた。

 

「はい。七曜の騎士、黒騎士。あなたを大罪の容疑で逮捕します」

「大罪だと? 私がなにをしたと言う」

 

 リーシャの告げた言葉をせせら笑う黒騎士だったが、彼女は毅然として一枚の紙を掲げた。

 

「『エルステ帝国の乗っ取り』、『独裁による他島への苛烈な侵略』、『危険な実験を伴う魔晶の作成』。及び『魔晶の粉末を使った魔物の操作』。これらによって市井の治安を著しく悪化させた疑いが持たれています」

 

 ……なに言ってんだか、ってのはこいつの本当の目的を知ってるからなんだろうけどな。目的を知ってる俺からしたら乗っ取りなんて興味ないことはわかるし、苛烈な侵略は黒騎士っつうかフュリアスだろ。魔晶は知らんがほとんどここで過ごしているのだから関わっていなさそうにも思える。

 

「……チッ」

「……どこのどいつだか知らねぇが、適当なこと言ってくれてんな。誰かに恨み買うような真似でもしたか?」

「ふん。心当たりがありすぎてわからないが、秩序の騎空団が動くということはそれなりの地位にある人物だろう。――フリーシア辺りにでも入れ知恵されたか」

 

 俺は小声で言ったが、黒騎士はわざと聞こえるようにリーシャを睨みつけた。

 

「どう言おうと方針は変わりません。私達秩序の騎空団はあなたを捕縛し、調査の後然るべき公正な処罰を与えます」

「ふん、小娘が。碧の騎士ヴァルフリートと違って、大局が見えないようだな」

「っ……!!」

 

 リーシャは乗らないように務めていたが、黒騎士の一言によって感情が昂ぶったのが憤慨した顔で一歩踏み出し――傍らに立つモニカに制止させられた。

 

「リーシャ。熱くなるな」

「す、すみません……」

 

 しゅんと俯くリーシャは叱られた子犬のようだ。

 

「さぁて、そろそろ始めよっか、黒騎士。大人しく捕まってくれるならこっちとしても楽なんだけどなぁ」

「ふん。大人しく捕まると思っているならここまでの戦力は用意しないだろう? それが答えだ」

「やっぱそうなるか。じゃあしょうがないね。皆、やるよ。目標は黒騎士の無力化、捕縛。そしてあの少女の確保だ。ダナン君は、どうしよっか?」

 

 黒騎士を捕らえてオルキスを確保か。嫌な流れだな。

 

「俺はこいつに脅されてただけなんだっ! って言ったら見逃してくんねぇかな」

 

 迫真の演技の後に笑う。

 

「……いいえ。あなたは黒騎士の容疑に関わった重要参考人です。捕らえて尋問、本当に無理矢理であれば多少罪は軽くなるでしょう」

 

 僅かに驚いた様子を見せたリーシャだったが、気を取り直して融通の利かない答えを返してくる。

 

「そうかよ」

 

 ってことはどう足掻いても無理、か。逃げるしかねぇ。オルキスを連れて逃げるか? 黒騎士も援護してくれるだろうし、と思っていたが。近くを影が通ったかと思えば、リーシャの傍に黒い仮面をつけたエルーンの男が立っていた。オルキスを脇に抱えて。

 

「あ?」

「チッ。やはりもう一人は貴様か、シス」

 

 二人揃って呆気なくオルキスを奪われてしまった。……クソッ。なんて速さだよ。目で追えないどころじゃなかったぞ。黒騎士が反応遅れたんだから当然なんだろうが。

 

「……対象は確保した」

「はい、ありがとうございます」

 

 シスはオルキスをリーシャに渡して素早くシエテの傍らに立つ。

 

「ありがとう、シス。これで、心置きなく戦えるね。お互いに、さ」

「ふん。たった六人程度で私を捕らえられると思ったら大間違いだと教えてやろう」

 

 シエテと黒騎士が互いに言って、各々武器を構えた。……さて俺はどうするかね。

 オルキスを見るととても悲しそうな顔をしてこちらを見ている。だが助けるには俺の実力は足りない。黒騎士も十天衆の相手をするので精いっぱいだろう。

 

「もう大丈夫ですからね」

 

 リーシャはなにを勘違いしたのかそうオルキスを宥めている。……あの二人が傍にいる限り、十天衆六人を黒騎士が相手にしたとしても無理だろう。リーシャ一人なら隙を突いてなんとかできるかもしれないが、あのモニカとかいうヤツがいる限り無理そうだ。となると……。

 

「……黒騎士。あんた一人で全員ぶっ倒して取り返せると思うか?」

「やるつもりではいるが、お前は逃げておけ。いざという時に全員捕まっては話にならん」

「だよなぁ」

 

 俺としては折角二人が仲のいい様子を見せてくれているので、別れさせたくはねぇんだがなぁ。

 

「……しゃあねぇか。俺が一瞬隙を作る。後は頼んだ」

「わかった。逃げ延びろよ」

「おう」

 

 もちろんこの距離なら相手にも聞こえている。ので、当然隙を作ると言った俺へ意識が集中する。もちろんシエテや歳老いたハーヴィンの槍使いは黒騎士にも気を配っていたが。

 

 俺はにっこりと警戒を抱かせないような人懐っこい笑顔を浮かべてから、意識的に全てを殺意へと塗り替えて叩きつける。

 

「「「っ!?」」」

 

 無意識に引き出された程度でも七曜の騎士バラゴナを警戒させた殺気を、意識して叩きつけたんだ。そりゃいくら十天衆と言えど注目しちまうよなぁ。間違いなく全員の意識が俺に向いたことで黒騎士は動く。俺も全力で逃げ出した。

 

「このっ……!」

 

 弓使いが矢を番えて俺を狙ってくるが、

 

「違う、ソーン! そっちじゃない!」

 

 やけに切迫したシエテの声が聞こえたかと思うと、彼女の眼前に黒い影が立っていた。

 

「えっ――」

 

 反応の遅れた彼女は高速の一振りで倒れる――かに思われたが。

 

「城郭の構え」

 

 間に割って入った小さな老人が障壁で黒騎士の攻撃を遮断した。

 

「た、助かったわ、ウーノ」

「ふん。流石に硬いな」

「お褒めに預かり光栄だよ、黒騎士。あまり争い事は好きじゃないんだが。君を野放しにして争いが起こるなら、ここで君を捕らえよう」

「できるものならやってみるがいい!」

 

 渾身の力で剣を叩きつけた二撃目でウーノの障壁は砕かれるが、その頃には既に二人共距離を取っている。

 

「……向こうは俺が行く」

「任せたよ、シス。殺しちゃダメだからね」

「……わかっている」

 

 シスは逃げた俺を追おうとする。それを見逃す黒騎士ではなかった。

 

「行かせると思うか」

 

 瞬く間に接近し剣を振るう彼女とシスの間に、剣が差し込まれる。

 

「俺達が行かせるんだよね」

 

 シエテである。

 

「ふんっ!」

「おわっ」

 

 力任せに吹き飛ばすが、既にシスは俺の方に向かってきている。というか、背後っ!

 殺気を感じて屈むと、真上から風圧を感じた。

 

「……流石に速ぇ。【オーガ】!」

 

 格闘を得意とする拳闘士の衣装に変えて距離を取りシスを見据える。

 

「ふっ!」

 

 俺から攻撃を仕かけてみるが、当たったかと思ったら残像だったようで手応えなく掻き消えてしまう。背後から気配を感じたかと思ったら背中を蹴り飛ばされていた。

 

「……チッ」

 

 思わず舌打ちする。速すぎて全く避けられない。攻撃が然程致命的でないのは俺の実力を測りかねて極端に加減しているからだろう。実力を読み切られれば俺の意識を確実に刈り取る一撃を放ってくるはずだ。

 つまり加減されている内に逃げ出す必要がある。

 

 他の五人を黒騎士が抑えている間に、なんとかして。

 

 目の前に見えていたはずが、真横から拳が飛んでくる。鉤爪を両手に装着しているが、そこに当たって殺さないよう手加減された一撃だ。なんとか掲げた腕が間に合うも続け様に放たれた拳が腹部を直撃した。……いや無理だろ。俺より速くて強いとか逃げられるわけがねぇ。

 しかしやらなければ共倒れになる可能性も高くなる。ただでさえ五人も相手にしている黒騎士が、俺を捕獲した後こいつまで加わったら手に負えなくなる可能性は高い。今でも結構手いっぱいだろうとは思うが。

 

 ……ならやるしかねぇか。

 

 俺は決意を固めて防御態勢を取り相手の攻撃を耐える。

 一撃で意識が持っていかれる箇所は絶対に防御し、神経を研ぎ澄ませて攻撃を受け続ける。もちろんダメージは蓄積するし痛いのが続くのは嫌だが。やるしかない。

 俺が得意とするのは観察だ。相手がなにを思っているのか、なにをしようとしているのか。そういうモノを観察して読み取る。フュリアスの時のように相手が望むような対応をしてもいいし、そこは俺の自由だ。しかし観察は基本目で見て思うモノであり、目で追えないこいつを観察するのは難しい。だがこうして攻撃を与えられ続け、攻撃の癖やどんな速度でどこへ動いたのかという情報を読み取ることは可能だ。俺が防御していると見るや攻撃がより苛烈になっていくが、ただただ耐え続ける。

 

 やがて身体が重くなりほぼ全身に痛みがあるような状態になった頃。

 

「がっ!」

 

 緩んだ腕の隙間から蹴りが差し込まれて顎が跳ね上がった。意識が一瞬飛んで両腕が落ちる。

 

「……もう諦めろ。俺から逃げたとしてもこの街は秩序の騎空団に包囲されている。お前達はここで終わりだ」

 

 もう折れる間際と見たのか、シスは俺にそう告げてくる。……なるほどな。そりゃ困った。

 

「……はっ。ならお前から逃げた後、逃げる算段をつけ直さねぇとな……!」

 

 俺は笑い、腕を持ち上げようとするが上がらなかった。仕方なく内功で少しだけ回復して、こいつを倒すまでの余力を持たせ拳を構えた。

 

「……まだやるか。無駄だ、お前の攻撃は俺には届かん」

「それはどうかなぁ」

 

 俺は言って、まず突っ込み拳を振るう。手応えのない残像を殴るが、このパターンは知っている。

 

「背後っ!」

 

 俺はすかさず後ろへ蹴りを放った。振り返ってから攻撃するのでは遅い。

 

「なにっ?」

 

 案の定背後から襲おうとしていたシスの目の前に蹴りが迫っていた。が、当たる直前でその姿が掻き消える。足を下ろして少し離れた俺の左に現れたシスと向かい合う。

 

「……なるほどな。攻撃を読んできたか」

「そういうことだ。攻撃しすぎたな、あんた」

「……俺は少し、お前を甘く見ていたようだ」

 

 一発でそれを察してすぐに上方修正されてしまうが、それでいい。

 シスは鉤爪の着いた両手を前に突き出し上下に構えた。

 

「……多少血を見ることになるが、後悔するなよ」

「生憎捕まった方が後悔するに決まってるんでな」

 

 言い返して攻撃に備える。

 

「キエーッ!」

 

 気合いの声と共にやはり俺の見えない速度で突っ込んできて、気がついたら腹部に深々と鉤爪が刺さっていた。すぐ腹筋に力を込める。

 

「……痛ってぇ、なぁ!」

 

 俺は腹部が訴えてくる痛みを無視してシスの両腕を掴んだ。

 

「死ぬ気か!?」

「死ぬ間際までいかねぇとてめえに一矢報いることすらできねぇだろうが!」

 

 驚くシスに言い返して彼の身体を持ち上げる。鉤爪が動いて痛いが気にしてはいられない。鍛え上げられてはいるが細身だからか思っていたよりも軽い身体を持ち上げたまま重い足に鞭打って前に倒れるように全力で駆け出す。

 

「大人しく寝てろ!」

 

 身体ごとぶつかるように近くの壁に、後頭部を強く打つように思い切り叩きつける。

 

「……バカな……」

 

 呻いて、なんとか気絶させられたようでがっくりと項垂れ全身から力が抜けていった。俺は激痛を我慢しながら鉤爪を抜いてシスを下ろすと、【ビショップ】に姿を変えて怪我を治しながらふらふらと逃げ出した。……で、こっからどうしたらいいんだっけか? 確か街は秩序の連中が包囲してるとかなんとか言ってたな。まぁ秩序の騎空団がリーシャとモニカの二人だけのはずはないよな。街に人気がないのは避難させたからだろうし。一帯の全員を避難させるとなるとそれなりの人員が必要だ。おそらくシスの言っていたことは本当のことだろう。

 

 ……ってことは街を出る前に空から逃げるか? いや弓と銃持ってるヤツがいたから多分無理だな。第一騎空艇がない。傭兵二人はどこにいるかわかんねぇし、こうなったら下しかねぇよなぁ。

 

 俺は大通りから路地に入って目的のモノを探す。そして、マンホールを見つけた。下水道を通るなんて嫌だが、姿を晦ますには打ってつけだ。ドブぐらいの汚さなら、幼い頃から馴染んでいることだしな。

 俺が屈んでマンホールを持ち上げたところで、ふと上空からなにか降ってくる気配がした。ばっと顔を上げて光の矢が大量に降り注いでいることに気づきマンホールの下へ身体を滑り込ませるが、完全には間に合わない。何本が刺さってしまう。

 

「……クソッ。覚えとけよ」

 

 命があるだけ儲けモノだ。毒づいて、下水道へと逃げ込むのだった。




本編をご存知の方は読めてた展開だと思いますが、本編同様に黒騎士捕縛ルートに入ります。
流石にいくらモニカさんが強くても秩序だけじゃ黒騎士捕まえられなくね? って思ったんで彼らが参戦しています。

次回、黒騎士さんの結果がわかり切った戦い。


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敗北必至

やや長めです。


 シスがダナンを捕らえるために離脱した後のこと。

 

 一人減ったとはいえ全空の抑止力となり得る者達五人を相手に、黒騎士は戦闘を続けていた。

 

「ふっ!」

 

 シエテとウーノが前に出て攻防それぞれを担当している。離れた位置からソーンとエッセルが射撃によって援護する状態だった。

 

「姉さん。僕も出ます。援護してください」

 

 銃の使い手エッセルの実の弟である、短剣使いのカトルが丁寧な口調で言う。

 

「……わかった。気をつけて、カトル」

 

 エルーンの姉弟はそれぞれに視線を交わし、カトルが自前の短剣を構えて黒騎士へと向かっていく。

 

「スターダスト!」

 

 その背中を見送りながら、エッセルが両手の銃を乱射し全ての銃弾を黒騎士へと向かわせる。その軌道は銃でありながら直線でないモノも多い。

 

「援護するわ」

 

 ソーンは弓を構え一射放つ。すると放たれた光の矢が無数に分裂して飛来した。巻き込まれることを考えたシエテとウーノは下がるが、シエテがおまけとばかりに百本ほど剣拓を飛ばす。

 

「はぁ!」

 

 気合い一閃、黒騎士は渾身の一振りでその全てを相殺する。

 

「さぁ、楽しませてください」

 

 直後を狙ってカトルが接近した。両手の短剣が放たれる斬撃が黒騎士へと直撃するが、

 

「軽いな」

 

 鎧の性能故か無傷だった黒騎士は無造作に左手を伸ばしカトルの胸倉を掴む。

 

「なっ!」

「ふんっ!」

 

 驚くカトルをそのまま屋根の上に叩きつけた。カトルが息を詰まらせ呻いてから、黒騎士を睨み上げてその顔を歪めた。

 

「七曜の騎士だがなんだか知らねぇが、調子に乗ってんじゃねぇぞゴミ虫が!」

 

 先程と打って変わって口汚く罵るが、

 

「負け惜しみにしか聞こえんな」

 

 黒騎士には届かず掴んだ方の手から火、水、土、風の四属性を力任せに放ち屋根を貫いてカトルを家の一階まで叩きつける。

 

「まずは一人」

「カトル!」

 

 エッセルが弟を心配し悠然と佇む黒騎士へと弾丸を放つが、一振りで打ち払われてしまう。

 

「……これはちょっと、厳しいかな?」

 

 こちらの攻撃が全く通っていないことと、一人戦闘不能にさせられたこと。その二つを考慮しシエテは苦笑する。

 

「少し甘く見ていたようだね。せめてフュンフがいれば良かったんだが」

「フュンフはオクトーとどっか行っちゃって見つからなかったんだよ。もう街への被害とか気にしてられないかな」

 

 ウーノとシエテが言い合って、見積もりが甘かったことを悔いる。

 

「では私も参戦しよう」

 

 そこへ声がかけられた。秩序の騎空団のモニカである。

 

「元々我らで捕縛するところを手伝っている身だ。まだ仲間がいると踏んで待機していたが、彼の助けが来なかったことからいないと見ていいだろう」

「確かにね」

「実力なら心配無用だ。これでも私はかつて碧の騎士ヴァルフリートの右腕と呼ばれた身でな。足手纏いにはならないつもりだ」

「それは心強いね、頼めるかな?」

 

 シエテの了承が取れたことでモニカが腰の剣を抜き放つ。

 

「モニカさん、私も……」

「リーシャはその少女の確保を。それにもし万が一のことがあって、船団長が意識不明では格好がつかないだろう」

「わ、わかりました。武運を」

 

 一人でも多い方がいいと思ったリーシャだったがモニカに止められ引き下がる。傍にいる未だ不安そうな少女から離れるわけにはいかないと納得した。

 

 そこへ、

 

「大人しく寝てろ!」

 

 少し離れた位置から声が聞こえて鈍い音が鳴る。意識が自然とそちらへ向ける者が多かったが、彼らが見たのは腹を刺されながらもシスを気絶させたダナンの姿だった。

 

「嘘でしょ? シスなら問題ないと思ってたんだけど……彼やるねぇ。俺が会った時とは別人みたいだ」

「ふははっ。どうやらあいつの方が一枚上手だったようだな。――ダナンが一人倒して、私が五人倒せないなど示しがつかないか」

 

 苦笑するシエテとは裏腹に可笑しそうに笑った黒騎士は、思い切り剣を振るう。

 

「城郭の構え」

 

 ウーノがすかさず障壁を張るが、一撃で破壊されしまう。

 

「これで巻き込むことを考えず、心置きなく戦えるというわけだ」

 

 黒騎士の放つ覇気が一層強まり、警戒が走る。

 

「紫電一閃ッ!」

 

 そこへ素早く移動したモニカが真上からの振り下ろしと同時に紫電の斬撃を放った。剣で受けた黒騎士が僅かに下がる。続けて着地したモニカはそのまま真横に剣を振るう。

 

「紫電一閃ッ!」

 

 先程と同じ技。しかし受けた黒騎士が大きく下がった。

 

「それはこちらも同じだ、黒騎士」

 

 笑うモニカの小さな体躯に紫電が迸っていた。

 

「私は紫電により身体能力を向上させることができる。今二発打たせてもらったが、これでそれなりに戦えるだろう」

「……ふん。種明かしとはどういうつもりだ?」

「なに、大した意味はない。まだ三段階ほど上がるのでな。私を甘く見るなという、忠告と受け取ってくれ」

 

 そうして二人の打ち合いが始まる。

 

「やるね、彼女。じゃあ俺も――本気、出しちゃおっかな~」

 

 シエテは軽い口調だったが言葉通り本気で挑むために、エンブレーマを使用する。彼の身体を仄かに光が包み全ての能力を上昇させた。

 

「俺は剣光最大まで溜めるから、皆はそれまで彼女を援護。任せたよ!」

 

 シエテが力を溜める中、頼まれた他の三人が動き出す。強烈な一撃を受けるためにウーノが、僅かでも隙を生むためにソーンとエッセルが援護を始めた。

 

「ふんっ!」

 

 黒騎士が振るった刃を、モニカは間一髪で回避する。

 彼女の放つ紫電一閃はもちろん強力な技であり、彼女に帯電する紫電を高めるために必要な過程だ。しかしその真骨頂は、どんな体勢からでも即座に放てるというところ。

 

「紫電一閃!」

 

 回避直後に放たれる一撃は相手の隙を確実に突き直撃する。

 

「チッ……!」

 

 七曜の騎士が持つ鎧に加え自身の魔力で防御を高めているとはいえ、直撃を受ければダメージがある。

 しかも放つ度に紫電で強化されより避けられやすくなる。実に厄介な相手だった。

 

「はぁ!」

 

 例えモニカの回避が間に合わないタイミングで攻撃を仕かけたとしても鉄壁を誇るウーノによって防御されてしまう。

 それ以外にも矢と銃弾が絶え間なく襲ってくるせいで動きが阻害されて細かなダメージが蓄積する。

 

 その上。

 

「お待たせ、皆。全力で行くよ!」

 

 天星剣王と呼ばれた男がまだ残っていた。

 

「はぁ!」

「っ!」

 

 シエテの一振りを受け止めた黒騎士だったが、足が離れ大通りを跨いで向かいの屋根まで飛ばされる。彼女が着地した頃には輝かんばかりにオーラを纏うシエテと、紫電を纏うモニカが迫っていた。迎撃すべく振るった剣は軽やかに回避されてしまう。

 

「無駄だよ」

「紫電一閃ッ!」

 

 二人の強力な一撃をまともに受け、屋根の大半が吹き飛ぶと同時に黒騎士の身体が地面に激突、崩れた屋根の下敷きになる。

 

「……っ、くっ」

 

 埋もれた黒騎士は悔しさに歯噛みする。鎧に傷はなくとも中にダメージが通っていた。

 

 ――強い、それは認めよう。黒騎士は全力で戦っている。それを上回り追い詰めてきた十天衆とモニカは確かに強い。敗北もあり得るレベルの強さだ。

 そしてダナンが逃げた今、彼女は孤高の戦いを強いられている。味方はいない。帝国にも裏切られた今、彼女に戻る場所などなくなったも同然だ。

 

 だが――それがどうした。

 

 親友のオルキスを失ったあの日から、アポロニアに味方と呼べる者はいなかった。だから傭兵を雇うしかなかった。ずっと独りで戦ってきた。助けなどなくて当然。

 だから彼女は折れない。例え立ちはだかる相手が自分を倒すほどの力を持っていようが諦めることはない。

 

「……」

 

 ゆっくりと立ち上がりまだ身体が動くことを確認する。そして家の壁を蹴破り、外へ出た。

 

「やっぱりまだやれるよね。……ウーノ、効いてるよね?」

「ああ。確実にね」

 

 見た目は無傷での登場になる。シエテが少し自信なさげになるのも無理はなかった。

 

 ふと、黒騎士は敵から目を逸らしてリーシャの近くにいるオルキスへと視線を向ける。

 

「――待っていろ。すぐそこへ行く」

 

 静かだが確かな意志を込めた言葉だった。

 

 そして彼女の全身から闇のオーラを噴き上がる。

 

「マズい!」

 

 強力な一撃の発動を察知したウーノが前に飛び出し正面に立った。

 

「――我が歩み、止められると思うなッ!」

「城郭の構え!」

 

 障壁を張り防御に徹したウーノへと黒騎士が剣を叩きつける。空間に亀裂が走るが、それは障壁の範囲よりも大きく広がった。

 

「退避っ!」

 

 シエテの切迫詰まった声が響き全員亀裂の正面から逃げ出す。

 

「散れッ!!」

 

 黒騎士が剣を振り抜くとウーノの障壁はあっさりと砕け散り黒の奔流が街を襲った。一瞬で端まで倒壊する建物と、吹き飛ばされるウーノ。そして倒壊に巻き込まれたであろうカトル。

 

「……はぁ……っ!」

 

 黒騎士も呼吸を乱していたが直撃を受ければ跡形も残らないであろう一撃に、リーシャは戦慄していた。果たしてこれと同じことが、同じ七曜の騎士ヴァルフリートの娘である自分にできるのかと。

 

「……凄いね。これは手加減してられないかな。ウーノ、無事かい?」

「……ああ、なんとかね。戦いで血を流したのはいつ振りだろう」

 

 ウーノは怪我をしているようだったがまだ動ける状態だった。

 

「よし。じゃあ皆、全力で決めようか。あちらさんは強い。小技じゃ長引く可能性があるからね。俺とモニカちゃんで隙を作るから、そしたらお願いね」

 

 

 シエテは言って紫電を纏うモニカと並び立つ。

 

「勝手に決めちゃったけど、いける?」

「当然だ」

 

 そして二人は強化された状態のまま黒騎士へと突っ込んでいく。

 

 ほぼ同時に肉薄したところをまとめて黒騎士が薙ぎ払う。しかしそれは回避され、剣を振るった体勢でモニカの「紫電一閃」を受けてしまう。それでも怯まずシエテの剣を受け止め押し返した。そこを最大限に紫電が高まったモニカがほぼ同時と思えるほどの速度で二回剣を打ち据え吹き飛ばす。

 

「そろそろかな」

 

 シエテは言ってモニカに黒騎士の正面を任せて足を払うと大量の剣拓を放って上空へと打ち上げた。

 

「……これがあるから攻撃を受けるわけにはいかなかったんだよねぇ。モニカちゃんのおかげでたすかったよ。ーークオーレ・ディ・レオーネ」

 

 シエテは言って溜めた剣光と引き換えに味方全員の奥義威力を高める。加えて彼はその場にいるだけで、天星剣王としてのカリスマから味方の奥義を高めることができるのだ。

 

「まずは僕からいこう。――天逆鉾ッ!」

 

 打ち上げられた黒騎士をウーノが槍の一突きに強大な力を込めて放ち、吹き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

 空中では身動きの取れない黒騎士だったが、なんとか剣を差し込んで威力を軽減させた。

 

「これでは大してダメージを与えられないね」

 

 ウーノが呟く中、エッセルは隙を窺い奥義の機会を待つ。しかし黒騎士が無事である以上直撃させるのは難しかった。もう打つしかないのかというところで、小さな斬撃が黒騎士へと当たる。

 

「? ……っっ!?」

 

 大して威力のない攻撃を不思議に思った黒騎士は、その攻撃の意味を知る。全身が痺れて動かなくなり、力が入らなくなったのだ。

 

「……やられっ放しは性に合わないんですよ」

 

 怪我を負っていたはいたが倒壊した建物の中に立つカトルだった。彼が黒騎士の隙を作るために麻痺をかけたのだ。全ては次に繋ぐために。

 

「……ありがとう、カトル。ラストオーダー! ダンス・マカブル!!」

 

 弟の援護に感謝をして、隙だらけの黒騎士に強烈な一撃を与えるため赤雷を纏い奥義を放つ。

 跳弾し、曲がり、縦横無尽に駆け巡る無数の銃弾は、しかし全て黒騎士へと直撃した。

 

「がっ!」

 

 麻痺で抵抗できない黒騎士が直撃を受けて更に吹き飛ぶ中、ソーンは魔力を足に集中させ空から矢を番えた。

 

「射抜いてみせる。アストラルハウザー!」

 

 ソーンが矢を放つと光の矢が弓から無数に連射されていく。容赦なく繰り出される奥義に黒騎士の意識が飛びかける。

 更に再び剣光を最大まで溜めたシエテが接近しており、

 

「天星剣……奥義ッ! ディエス・ミル・エスパーダッ!」

 

 彼の一振りと共に百や千では足りない、万にも及ぶ剣拓が一斉になって放たれる。それが全てが黒騎士を襲い吹き飛ばした。建物へと突っ込み倒壊することで姿が見えなくなる。

 

「……ふぅ。手強かったね。でもこれで――」

 

 確かな手応えがあった。全力の奥義を何回も叩き込んだ。しかし。

 

 轟音が響いて黒騎士が突っ込み倒壊した瓦礫が吹き飛ぶ。全員が驚いてそちらを見る中、ゆっくりと黒い甲冑が姿を現した。

 

「……どうした、この程度か?」

 

 声だけは余裕を持たせようとしているが、足元が覚束ない様子だ。見た目は兎も角確実にダメージは与えている。

 

「……いや、ホントに七曜の騎士は凄いね。空域一つを支配する人がいるっていうのもわかる気がするよ」

 

 シエテは苦笑する。手加減無用で叩き込んだ奥義を受けてまだ立ち上がれるのだ。星晶獣などならまだしも、人の身でそれほどの力を手にしている者がどれだけいるか。正確な数はわからなくとも、数少ないことは間違いないだろう。

 

「っ、はぁ……」

 

 相当ダメージは負っているようで、剣を杖のように使いながらも黒騎士は倒れない。

 

「……私は……諦めるわけにはいかんのだ!」

 

 正真正銘、最後の力。残った力全てを注ぎ込んで奥義を放とうとする黒騎士に、シエテは告げた。

 

「一人、減ってることに気づかない?」

「なに?」

 

 言われて即座に数え始める。

 シエテに、遠くで腰を下ろすウーノ。空を飛ぶソーン。屋根の上に立つエッセル。倒壊した建物の瓦礫を押し退けて大通りまで出てきたカトル。

 全員いる――十天衆は。

 

「――旋風紫電」

 

 それに気づいた時には、彼女が背後で剣を振り被っていた。

 

「しまっ……!」

 

 剣を掲げるのも間に合わず、全身に紫電を纏い発光したモニカの姿を捉えただけに終わる。

 

「――裂光斬ッ!!」

 

 渾身の一閃が特大の紫電と一緒に放たれ、遂に黒騎士の意識は闇に呑まれていった。

 剣を手放し力なく倒れ伏す黒騎士を見て、皆はようやく肩の力を抜く。

 

「……っ。久々の全力はキツいな。前線から退いたのが仇になったか」

 

 モニカは剣を鞘に納めて紫電を解除し、顔を顰めた。最大まで高めた紫電は強力だが、その分反動が返ってくる。以前は負担に感じなかったものだが、と考え苦笑した。

 

 ……私も歳を取ったということか。

 

「いやぁ、モニカちゃん助かったよ~。危うく負けちゃうかと思ったからねぇ」

「彼の天星剣王にそう言ってもらえるとは光栄だ。お疲れのところ悪いが黒騎士の拘束を手伝ってくれるか?」

「いいよ、ほらカトルも来て」

「なんで僕が手伝わなくちゃいけないんですか?」

「だってカトルってば一番最初に倒されて全然活躍してないでしょ?」

「うっ……。てめえいつか細切れに切り刻んでやるからな……」

「カトル。文句言ってないで手伝うよ」

「……姉さん」

 

 休んでいるウーノと気絶中のシスを除いた四人が集まり、黒騎士の装備品を外して拘束を施していく。

 

「……なんて言うか、ちょっと目に毒な恰好してるんだね」

「シエテ?」

「じ、冗談、冗談だよソーン」

 

 鎧を脱がせた黒騎士を見て軽口を叩いたシエテがソーンに弓を突きつけられ。

 

「カトル。見ちゃダメ」

「姉さん! 子供じゃないんだから!」

 

 エッセルはカトルに目隠ししようとして断られ。

 

「やれやれ。騒がしいものだね」

 

 ウーノは遠くからでも聞こえる騒ぎに苦笑した。結局、ほどんとモニカ一人で黒騎士を拘束する。

 

「……アポロ」

 

 戦いの始終を見守っていたリーシャは、黒騎士の名前を呼んで悲しそうにする少女を見て自分の行動に一抹の不安を覚える。

 聞いた話では、黒騎士が帝国の匿っていた少女を無理矢理連れ回しているとのことだったのだが。黒騎士の様子からも、少女の様子からも、一切そんな状況は見て取れなかった。

 

 ……いいえ。迷っている暇はありませんね。やるべきことをやらないと。

 

 リーシャは心内の迷いを振り払い、これからやるべきことを頭の中に並べていく。

 

「……聞こえますか。こちらリーシャ。応答してください」

 

 リーシャは通信機を使って街を包囲している団員へと連絡を取る。

 

『はい! 聞こえています。……轟音が止みましたが、終わったのですか?』

「はい。作戦は終了、黒騎士の捕縛と少女の確保は無事に終わりました。しかしまだ取り逃した者がいます。黒い服を着た少年です。部隊の一つは彼を探してください。残りは――」

 

 リーシャは団員へ指示をしながら、あるモノへと目を向ける。それは大通りから街の端まで一直線に横三軒の幅で倒壊した建物の成れの果て、である。

 

「……後片付け、ですかね」

『は、はあ。そちらへ向かわせますか?』

「はい、お願いします。私とモニカさんは一足先に戻りますので」

『わかりました。後のことはお任せください』

 

 通信を終えて、リーシャはため息を吐く。

 

「……これ、経費で落とせるのかなぁ」

 

 建物の再建費を自己負担しろ、とは流石に言いづらい。こちらが巻き込んでしまった身だ。できれば建て直してあげたいが、数が数なので費用して足りるかどうかというところが問題だった。

 若き船団長は後処理に頭を悩ませながら、モニカと合流してやるべきことを行う。

 

 こうして黒騎士一行は、バラバラとなってしまったのだった。



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意志を持って

 下水道へと逃げ果せた俺は、下水の匂いに顔を顰めながら全力で駆けていた。

 

 怪我は【ビショップ】になって回復させた。体力だけは戻らないが、四の五の言っていられない。

 

「……とりあえず秩序の騎空団に捕まらないってのは大前提だな。んで、なんとかスツルムとドランクの二人と合流だ」

 

 おそらく黒騎士は敗北する。彼女もそれがわかっていて立ち向かっているはずだ。

 如何に七曜の騎士と言えど全空から集めた強者があれだけ揃っていれば敗北すると思う。

 

「……二人に頼まれた、ってのに情けねぇ」

 

 黒騎士どころかオルキスさえ守れなかった。捕縛と確保ってことは別々の場所に連れていかれるはずだ。黒騎士の居場所はなんとなくわかる。

 

「……秩序の騎空団第四騎空艇団の本拠地、アマルティア島か」

 

 このファータ・グランデ空域を管轄する秩序の騎空団の、第四騎空艇団。おそらくリーシャとモニカもそこの所属だろう。となるとそこに幽閉される可能性が高い。

 

「……ただ救出するとしてもどうすりゃいいのか見当もつかねぇな。そこは情報集め担当の二人に聞くしかねぇ、が」

 

 黒騎士が側近として雇って長いみたいだし、もしかしたら二人も捕らえられている可能性がある。あの二人がそう簡単に捕まるとは思えないが……もしものことを考えて行動した方がいいだろう。

 

「……とりあえずこの島から出る必要はあるよな。移動手段の確保はあそこでいいか」

 

 でも焦って出れば逃げ出した俺だとバレる可能性が高い。……それならそれで利用してやればいい。

 

「オッケ。方針は決まった。逃げ切れるかどうかは知らないが、やるっきゃねぇよな」

 

 俺は作戦を組み立てるとそのために行動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「いたぞ!」

 

 そして俺は、街で秩序の騎空団に追われていた。こっそりと顔を覗かせて大半の団員が倒壊した建物の残骸の除去作業をしていることも確認済みだ。あちこちのマンホールから顔を出して俺を追っている部隊は一つしかないことも確認している。

 となれば見つからずに脱出することなど簡単だろうバカなのか、と思われるかもしれないが。

 

 これも立派な作戦の内である。

 

 わざと姿を見せて俺を追わせる。もちろん他の部隊が近くにいない状態で、だ。攻撃されないよう遮蔽物を使いながら振り切らない速度で見失われないように逃げていく。

 目的地は俺がここへ来た、奴隷商館があった場所だ。今は建物しか残っていないが、使う人がいなくなった騎空艇がいくつか置かれている。そこへ辿り着いてから小型騎空艇に乗り込み発進準備を整えた。操縦したことはないが、いざという時のために方法だけ覚えておいて正解だった。

 

「小型騎空艇の発進音が聞こえるぞ! このままでは……!」

 

 大型のモノと違って大半の持ち前の推進力で動く小型騎空艇は音が大きく発進がわかりやすい。俺は舵を布で縛って固定し発進させ、島を離れない内に飛び出した。

 

「逃がしてたまるか! ――リーシャ船団長! 応答願います! 黒騎士の仲間を発見、追跡中ですが島の外に出てしまいます! 発砲許可を!」

 

 逃がすくらいなら殺す、か。まぁいい判断だ。後で襲撃される可能性だってあるんだからなぁ?

 

『そ、それは本当ですか!? わ、わかりました。許可します。黒騎士には他にも長年連れ添った側近がいると聞いています。その二人を捕らえれば情報を引き出すには足りるでしょう』

 

 動揺したリーシャの声が聞こえた。未熟だと思っていたが案外ドライに考える頭を持っているらしい。

 

「わかりました」

 

 そして秩序の騎空団団員達は俺が乗っていると思っている騎空艇へ発砲、見事動力部を破壊して空の底へと落とした。

 

「……リーシャ船団長。騎空艇、墜落しました。我々も後片付けの方に回った方が良いでしょうか」

『……はい、お願いします』

 

 始末したと判断したのかそういった通信があって、団員達は立ち去っていく。まぁすぐ近くの物陰に隠れてるんだけどな。

 

「……ふぅ」

 

 足音が聞こえなくなって一息つく。これでとりあえず事後処理が終われば秩序の騎空団はこの街から去る、かな? まぁ俺の家には押し入られるだろう。服ぐらいしかないので大した機密情報はないはずだ。

 

「これからどうするか……」

 

 さっさと二人と合流したい。さっきの通信からするとリーシャ達はまだあの二人組を捕らえてはないみたいだ。最悪の事態は免れた、ってとこかな。

 

「しばらく騎空艇は飛ばせない。となると街の外でサバイバル生活かね。下水道いたから臭いし川で水浴びでもしよう」

 

 あと俺の特徴が黒衣の少年、っぽいからな。ダナンという名前もバレているだろうが、服装を変えて他人のフリをすればある程度誤魔化せるはずだ。……この街には帰ってこれないだろうがな。

 

「……俺にも、寂しいって気持ちが残ってるとはなぁ」

 

 案外独りの状況を心細く感じてしまっていた。五人で過ごしたあの日々は、俺にとって楽しいモノだったらしい。

 黒騎士を嵌めてオルキスを奪ったヤツが、俺の敵ということだ。

 

「黒騎士は宰相フリーシア、っつってたか」

 

 まだ俺が顔も見たことがない人物だ。今どこにいるかわかんねぇが、そいつは間違いなく俺の敵だ。

 

「……会ったら一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇなぁ」

 

 低く呟き、気を取り直して街の外でしばらくの拠点になりそうな立地を探し始める。サバイバル技術は持っている。騒ぎが収まるまで生き残ることなんて造作もない。

 

「鍛えつつ生き延びる。んで、島を出て二人と合流、と」

 

 厳しい戦いになりそうだが、問題ない。厳しい戦いを事前準備に覆すのが俺の本懐だ。

 にやりと笑って気合いを入れているところに、

 

「あっ……」

 

 一つ思い出したことがあった。

 

「……今リーシャんとこにオルキスいるんじゃねぇの? まさか俺死んだと思われてないだろうな」

 

 最近懐かれてたし、悲しい想いをさせてしまっていたら申し訳ない。……それ考えてなかったなぁ。どうしよっか。

 

「……どうしようもできねぇよなぁ。いつか再会する日まで勘違いさせちゃうかもしれないけど、しょうがない」

 

 やってしまったことは仕方がない。これから秩序の騎空団のところへ行って「残念生きてましたーっ」ってやればリーシャにも伝わるだろうが、それでは俺の身が危ない。聞いてたら勘違いさせておこう。どうにもならんし。

 

 一つ問題が発生したような気もしなくはなかったが、気にしても仕方がないことだと思って諦める。……次会って勘違いしてたら謝ろう、うん。

 

 そうして俺は、しばらく街の外でサバイバルして過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 五日が経過した。秩序の騎空団は二部隊分この島に残っている。スツルムとドランクが戻ってくることを考えてのことだろう。

 

 サバイバルしながらひたすら鍛えまくっていたおかげで、なんとか【グラディエーター】の解放まで漕ぎ着けた。解放すると途端に二刀流が上達するのだから、ホントに『ジョブ』ってのは不思議な力だ。

 あと自然の中で生活すると感覚が研ぎ澄まされていくような気がする。五日でかなり強くなれたんじゃないかなとは思っているが、比較対象がいないとわからない。油断は禁物だ。まだ世界には、強いヤツらがいっぱいいるんだからな。

 

「……十天衆に、秩序の騎空団。七曜の騎士に、どっかに所属していなくても強いヤツら」

 

 俺じゃまだまだそいつらには敵わない。ClassⅣを使いこなして、ようやく手が届くかもしれないような連中だと考えると遥か遠い。

 もっと力が必要だ。敵は強大だからな。黒騎士を助けるにも、オルキスを助けるにも。

 

「あれれ~? こんなところで奇遇だねぇ。もしかして野生が恋しくなっちゃったとか?」

「こんなところで油を売ってないで動くぞ」

 

 大して時間は経っていないのに懐かしく感じる声が聞こえた。驚いてそちらを向くと、相変わらずの姿がある。

 

 長身痩躯、青髪エルーンでニヤケ面した男と、赤髪ドラフで無表情の女。

 

「……遅ぇよ。お前ら行き先言わなかったから、こうして戻ってくるのは待ってたんだろうが」

 

 感動に近いモノを抑え込んでにやりといつものように笑う。

 

「えぇ。そこは『ドランク、来てくれて助かった』、とか言って欲しかったなぁ」

「ドランク、来てくれて助かった。スツルムも。お前らも追われてるみたいだったから、捕まったんじゃないかと心配したんだぜ」

「「……」」

 

 俺の言葉にぽかんとする二人。

 

「……えっと、それは本音とノリどっち?」

「お前がそれくらいわかんねぇわけねぇだろ? ほら、呆けてないでさっさと行くぞ。俺が持ってない情報、たくさんあんだろ?」

「当たり前だ。手のかかる雇い主達を助けに行くぞ」

「ああ」

 

 普段の調子に戻って笑い、干してあった黒衣を羽織る。結局服は調達できなかったが、まぁ仕方ないだろう。

 

「道すがら二人の報告を聞いていいか?」

「オッケー。後でそっちになにがあったかも教えてね」

「大体調べてある癖によく言うぜ。まぁ、ちゃんと話してやるよ」

「……なんか変わった?」

「さぁな。ま、ちょっとやる気になってるだけだ。気にすんな」

「そ。じゃあ報告を始めようか」

 

 ドランクに聞かれて断言はしなかったが、俺の中でなにかが変わったような気はしていた。能力を知るという漠然とした目的じゃない目的ができたからだろうか。

 

「まず僕達がどこへ行っていたか、はそんなに大切なことじゃないよね。僕ちょっと行きたいところがあって、そこ行ってたんだよねぇ」

「ドランクの祖母の妹に会ってきた」

「スツルム殿! 僕そこちょっと暈かしてたんだけど!?」

「大切なことじゃないならいいだろ」

「……そうですね。そう言ったの僕ですね」

 

 二人の力関係は変わらないらしい。

 

「とまぁ、そこでグラン君達と出会ってちょっと共闘してたんだけど。その前にアルビオンで帝国の新しい、あれ。戦艦と激しくやり合ったみたいでね。船が損傷してたからガロンゾ島に行く道中だったみたいだよ。んで、僕達と会ってからガロンゾに無事到着、したんだけど」

「そこでエルステ帝国の宰相フリーシアが待ち構えていて、戦闘になった。契約を司る星晶獣ミスラを巡った騒動が起こった」

「フリーシア、ねぇ……。ガロンゾにいやがったのか」

 

 二人の報告を聞いている中で敵と認識した者の名前が出てきて、思わず暗い笑みを浮かべてしまう。

 

「あっ、なんかその笑い方ダナンっぽい痛ってぇ! なんでスツルム殿が刺すの!?」

「ダナンが刺せと言いたそうにしていたからな」

「ナイススツルム。なにも言わず即座に伝わるとは俺達もう以心伝心痛って! なんで俺まで!?」

「煩い。いいから報告を続けるぞ」

 

 なぜか俺まで刺されてしまった。……黒騎士の言う通り少しドランクに似てきてしまっているのかもしれない。ちょっと悲しい。

 

「で、えーっとガロンゾで宰相さんが待ち構えていた、ってところだったっけ? まぁそこでグラン君達を待ち受ける騒動については割愛するとして、宰相さんが従えるミスラと戦闘になった。ミスラは島の星晶獣だけどなぜ宰相さんに従ってたのか、っていうのが」

「オルキスがいたからか」

「そゆこと。僕達も彼らを追ってたんだけど、あれオルキスちゃんいるのにボスいなくね? あれれ~、おっかし~なぁ? と思って隠れて窺ってたんだよねぇ」

「そしたら騒動の後秩序の騎空団、第四騎空艇団の船団長リーシャと船団長補佐のモニカが連中に接触して言った。『黒騎士を捕縛した』、と」

「ホントもうわけわかんなくて、急いで街に戻ってきたら秩序の騎空団に追われるしでもう大変だったよ~」

 

 それはわけわかんねぇよな。二人も二人で苦労していたらしい。

 

「ってわけ。そっちは、なにがあったの?」

「簡単だ。お前らが出ていってから少しして秩序のその二人と十天衆六人に狙われてな。俺はなんとか逃げ出したが黒騎士は負けて捕まったってわけだ。まんまとオルキスも取られちまったし、情けねぇ話だよな」

「いやぁ、その戦力だったら僕達がいても無理だったんじゃないかなぁ。ねぇ、スツルム殿?」

「ああ。最大限努力はするが、オルキスを連れて逃げろ、くらいしかできなかっただろう。そうなったら二人で生き残れるとは思わない。まだお前が逃げ延びて状況が理解できただけでも良かった」

 

 一言で説明し切って嘆息すると、いつも通りの口調でそう告げてきた。……慰めてくれてるんだろうか。

 

「おぉ、スツルムがやけに優しい言葉を。意外とスツルムって根は優しいんだよな。オルキスが一緒に風呂入って欲しいって頼んだ時とか断らなかったし」

「そうなんだよ~。スツルム殿はわかりにくいけどとっても優しくてね。オルキスちゃんと二人の時は遊んであげたりとかしてるんだ」

「「痛って!」」

 

 感心していただけなのに二人で刺されてしまった。だから俺は防御できないんだってば。普通に傷になるんですよ?

 

「……う、煩い。いいからさっさと行くぞ」

 

 仄かに顔が赤かったように思う。そうなったら追撃するのが俺達だよな。

 

「スツルム殿ってば照れちゃってぇ」

「可愛いとこあるもんだよなぁ」

「っ……!」

 

 二人でからかうと物凄い勢いで振り返って刺されてしまう。

 

「「痛い!」」

 

 割りと本気で刺しに来られてしまい、ドランクもふざけた声を上げられなかったようだ。

 

「……全く。ふざけてないで行くぞ。まずは手のかかる雇い主を助けに行く」

「了解~」

「わかった」

 

 こうして俺達は三人で慣れ親しんだ島を出た。

 かつてそこにあった日々を取り戻すために――。



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パンデモニウム

 いつもの操縦士のおっさんに小型騎空挺を出してもらい、秩序の騎空団の拠点があるアマルティアへ行く。

 

 ――その前に。

 

「パンデモニウム?」

 

 移動中ドランクの言葉からその単語が出てきて聞き返した。

 

「そ。秩序の騎空団の拠点に乗り込むって言うのにたった三人じゃ心許ないでしょ? だったらちょっとでも戦力上げておこうと思ってさ」

「つっても俺一人の戦力上げたってどうしようもないだろ?」

「いいや。君の戦力を上げる、パンデモニウムに行って『ジョブ』をいくつか解放する。これだけでも結構助かるんだよね~」

「あたしは剣、ドランクは魔法で戦う。けどあたし達にはそれしかできない。アマルティアではなにが起こるかわからないからな、対応の幅を広げるという意味で有用だ」

「そ~ゆ~こと。ってことでパンデモニウム行くよ」

 

 理屈は理解できた。

 

「けどよ、それじゃ遅いんじゃないか? 黒騎士は捕まってるから場所が固定されてるとして、オルキスがその間にどうなるかわかんねぇだろ。それに……捕えられた黒騎士が狙われないとは限らねぇ」

 

 俺は基本楽観視をしない。だからこそ思うのだ。黒騎士が拘束されおそらく動きを封じられ装備も取り上げられた状態という、命を狙うなら絶好の機会を逃すわけはないと。黒騎士を邪魔と思うヤツならそれくらいやってくるはずだ。

 

「うん、宰相サンは多分そうするだろうねぇ」

「だったら……」

「まぁまぁ落ち着いて。ダナンってばいつからそんなに熱血になったの~? いつもみたいに余裕なフリして笑ってればいいんだよ」

「フリは余計だろ。……はぁ。で、どういうつもりだ?」

 

 ドランクに言われて、自分が焦っていたことに気づき頭を掻きながら聞き直す。

 

「お前の懸念は正しい。事実、宰相はアマルティアに兵士を送るらしい」

「じゃあなんでわざわざ遠回りするんだよ?」

 

 聞けば聞くほど早く行った方がいい気がする。

 

「それはね、ある程度時間があるからなんだよ。グラン君達がアマルティアに到着するのが明日になるかな。後はエルステからの兵士だけどこっちはある程度戦力を整えているからか、明後日の到着になる予定。つまり今日到着しなくてもいいんだよねぇ」

「来る前に行けるってことになるが……あぁ、なるほどな」

 

 連中が黒騎士の下へ着く前に連れ出せると考えれば今日行った方がいいに決まっている。しかし俺はわざわざ他のヤツらが集まるタイミングで行こうとする理由に納得してにやりと笑った。

 

「帝国が来てそっちの対処に追われてるとこに乗じて助け出すってわけか」

「そゆこと~。しかもあの子達のことだから帝国の狙いがもし黒騎士だってわかったら助けようと動くよね? 秩序の騎空団はもちろんだけど」

「ははっ。そりゃいい。混乱は更に大きくなって警備も警備どころじゃなくなる。っつうことは、俺達が動きやすくなるってことだろ?」

「いやぁ、流石ダナン。よぉくわかってるねぇ。その調子で悪巧みしてようよ」

 

 笑い合う俺達を見て、スツルムが一言呟いた。

 

「……一緒になると敵に回したくないな」

 

 少し呆れ混じりの言葉だ。

 

「大丈夫、僕達はスツルム殿の味方だよ~」

「安心しろ、敵になったら容赦しねぇから」

「ダナンはもうちょっと容赦してあげた方がいいと思うけどなぁ」

「お前には言われたくないな」

 

 言い合って、脱線した話を元に戻す。

 

「まぁいい。じゃあとりあえずパンデモニウムの方行っとくかぁ。できればレプリカも探したいが、まぁ遅れてもなんだから最低限『ジョブ』解放するだけでもいいか」

「そうだねぇ。三人でどこまでいけるかわからないけど、できる限りの万全は尽くしたいからやるだけやってみないとねぇ」

 

 ということで、アマルティアへ行く前にパンデモニウムに行くことが決まったのだった。

 のだが。

 

「クエストを受けて信頼に当たる実力か見たいだ?」

「うん。どこであの場所の話を聞いたのかわからないけど、あそこは手強い魔物がたくさんいるから並み大抵の人に行かせるわけにはいかないんだよ」

 

 クエスト――騎空団連合「ラファール」とやらが出す島の魔物を倒す依頼のこと――を受けて実力を示さないとパンデモニウムへは行かせられないというのだ。

 それを連合の窓口みたいなことをやっている子連れドラフのガスタルガから聞かされてしまった。

 

「おーい、お前ら。なんかクエスト受けないと行けないとか言われたんだけど」

 

 アイテムを買ってくるとかで離れていた二人に声をかける。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。ねぇ、ガスタルガさん?」

「おぉ! 二人共久し振りだね。なんだ、君達の仲間だったのか。それなら問題ないよ」

 

 なんか納得いかないが、二人は名が知られているらしくあっさり了承が取れてしまった。

 

「お前ら傭兵じゃなかったか?」

「騎空士でも傭兵を兼任してる人は多いんだよ? 僕達も色々と顔を利かせるためにやってたわけ。これもその一つなんだよ。というかパンデモニウムなんて知ってる人あんまりいないんだからね? グラン君達も凄いってこと」

「……そうかよ。んじゃさっさと行くぞ」

「なに? 拗ねてるの?」

「違ぇよ。あいつらに出遅れてんのが気に入らないだけだ。とっとと追いついて追い越す。異論は?」

「もちろんないよ」

「当然だ」

 

 そして俺達はパンデモニウムへと入って待ち構えていた魔物を蹴散らしていく。

 

「……おいおい。なんで星晶獣がいんだよ。しかも複数だと?」

「いやぁ、これは僕も予想外だねぇ。謎に包まれてるから調査する、っていうのが目的なんだけど。こんなに厳重だとなにかあるんじゃないかと勘繰っちゃうよね」

「なにかあるから厳重なんだろ。無駄口叩いてないで片づけるぞ、ドランク」

「はいはい~、っと」

 

 そうしてパンデモニウムを突き進んでいくことで、俺はいくつかClassEXの『ジョブ』を解放することができた。レプリカも一つだけだが手に入れることができた。

 

「一日中やってレプリカ一個、リストはほとんど埋まってねぇ、か。英雄武器一個作るのに一週間籠もり切りで足りるかすらわかんねぇな」

「いやぁ、キツかったねぇ。もうくたくただよ~。今日は宿で休んで、明日アマルティアへ、だね」

「ああ。流石に疲れた。ダナン、肉だ」

「いや今日くらいは普通に宿で食べようぜ。俺も疲れたし」

 

 三人共疲労困憊だったので、一通り倒して回るだけに留めておいた。それだけでも一日かかるとはな。たった三人だから仕方がないとはいえ面倒だ。だが拾ったレプリカの運は良かった。

 

「……オリバー・レプリカ、か」

 

 明らかに戦闘では使えなさそうな白い見た目と手触りだが、これを鍛えていけばClassⅣに辿り着けるはずだ。……そして、ClassⅢの上位互換だと考えれば、必然【ホークアイ】の上位だと予想できる。ClassⅢで銃を使えるのは他に【サイドワインダー】がある。ただClassⅢで弓を使えるのが【サイドワインダー】だけなので弓の英雄武器になるんじゃないかと読んでいる。そうなればオリバー・レプリカは【ホークアイ】の上位互換を解放できる可能性が高い。

 【ホークアイ】は俺が一番得意としている『ジョブ』の系統だ。真っ先に解放してやりたいと思っていたんだよな。

 三人で食事を終えてから、

 

「俺はちょっと『ジョブ』の特性理解してから寝るわ」

「了解~。あんま無理して夜更かししないでね~」

「あたしは寝る」

「おう」

 

 二人は部屋に行って休むようだ。

 

 さて、俺も部屋には行くが今日解放した『ジョブ』の能力を確認してみるとするか。

 

 まず【アルケミスト】。

 発動してみると眼鏡が出現したのが真っ先にわかった。俺は目が悪いわけではないので伊達眼鏡になる。言葉からは錬金術師、ってとこか。腰に色んな機具がぶら下がっている。能力としてはポーションを作成できるらしい。ただ完全に攻撃能力については持たない支援タイプのようだ。

 あと短剣と銃が装備できる。魔法が使えないとなるとあんまり戦闘では使わないかもしれないな。素材があったらせっせとポーションでも作成して補充しておこう。

 

 次に【忍者】。

 黒ずくめで動きやすい服装へと変化する。口元を覆っているので隠密行動向きなのかもしれない。俺好みの『ジョブ』かもしれない。煙幕や手裏剣という投擲武器もサブで使えるので手札が多い『ジョブ』と言えるだろう。加えて魔法とはちょっと違うみたいだが忍術という独特のモノを使う。手で特定の印を結ぶことにより様々な効果を齎すことができるようだ。印は種類が多いので覚えるのが大変そうだが、道具も含めて手札の幅が広いという点では群を抜いているようだ。しかも忍術は全ての属性が扱える。とんでもない『ジョブ』だ。

 刀と格闘が得意。イクサバがとても強いので刀得意は凄く有り難いことだ。

 

 そして【侍】。

 黒騎士が身に着けているような鎧とはまた違った意匠を持つ鎧を着込むことになった。武者鎧という種類だ。特徴を上げるのは難しい『ジョブ』だが攻撃が得意ではあるらしい。ナルメアの戦い方を連想したのでおそらく彼女に教わったことがより活きるのはこの『ジョブ』になるだろう。

 刀と弓が得意のようだが、どちらかというと刀がいいと思われる。【グラディエーター】とは違って二刀流できないからこそ渾身の一振りを叩き込む時に使えそうだ。イクサバが以下略。

 

 お次は【剣聖】。

 マントを羽織る剣士、といった風だ。この『ジョブ』にした途端妙な気配を感じ取れるようになった。最初は驚きしかなかったが、どうやら【剣聖】は刀剣に秘められた魂を感じ取ることができるらしい。意味がよくわからない。だが感じ取れてしまったのだから納得するしかない。その魂を解き放つことで力を発揮するそうだ。つまり能力が武器によって変わる奇抜な戦闘スタイルとなる。

 剣と刀が装備できる、まぁ能力的にも当然か。強い刀剣があるなら選択肢として上がってくるだろう。イクサバが以下略。

 

 手間暇かかる【ガンスリンガー】。

 お手製の「バレット」という特殊な弾丸を銃に装填して戦うらしい。銃に通常装填されている普通の弾丸は使わないようだ。そしてそのお手製のバレットというのがめんどい。一々作らないといけないらしい。しかも銃ごとに装填できるバレットの制限があるようだ。手間がかかりすぎる。あと素材が結構貴重なの要求してくる。残念だが今回は使えないようだ。しかし使いこなせるようになったら強そうではある。両手に銃を持って乱射する殲滅力とか、味方を支援するバレットとか。幅は広いんだよな、幅は。

 銃しか装備できない。いい銃があれば輝くかもしれないんだが。

 

 また特殊な【賢者】。

 賢き眼が開かれる時、放つ魔力によって味方を鼓舞する、とか。……わっけわかんねぇなぁ。マントに翼のような頭飾りが特徴だ。賢き眼ってなんだよ、と思うが発動して使える能力を探っていればわかった。天眼陣というヤツを使うと味方を強化できるようだ。これを使うとなんつうか、広範囲を俯瞰して見ることができるようになる。部屋でやってもわかりにくいが、実際に使ってみると効果を実感できるのかもしれない。味方への強化はどちらかと言うと防御寄りのようだ。で、天眼陣で強化するには魔力を独自のMPと呼ばれる力に変換して使うらしい。ちなみに天眼陣の効果が解除されてしまうと使用者、つまり俺が大幅に弱体化するらしい。使うならずっと発動していないといけないようだ。

 杖しか装備できない。ただし魔法も魔力をMPとして使う都合上発動できない。特殊だな。

 

 俺が見た瞬間、おそらく悪どい笑みを浮かべてしまっていたであろう、【アサシン】。

 これがまた凄い。能力を確認して思わず俺にぴったりな『ジョブ』じゃねぇかと一人にやにやしてしまったくらいだ。恰好としては黒いフードのある姿なので普段の俺の姿に一番近いかもしれない。【ガンスリンガー】と同じように「暗器」と呼ばれる道具を作成して使うようだ。暗器は敵に状態異常を付与するモノや強化、回復など様々なモノがあり、これまた素材集めが面倒だが有用だった。

 

 なぜもっと早くこの『ジョブ』と出会わなかったのだろう。

 

 いや、アマルティアに潜入する前にこの『ジョブ』を解放できたのは素晴らしいことなんじゃないか? 潜入と隠密に適した『ジョブ』と言える。早速暗器を作成したいが素材が足りない。この時間じゃ一部の店は閉まっているだろう。

 

「仕方ねぇ、明日早朝から買い出しだな」

 

 そう決めて興奮冷めやらぬ状態でベッドに寝転がる。ただ連戦で疲れていたのかすぐ眠りに落ちていった。

 

 そして朝早くから起きると飯は後にして暗器に必要な素材をできるだけ買い集める。あまり数は作れなさそうだが俺が欲しいモノは出来そうだ。

 

「あれ、ダナン早いねぇ。まさか夜通し、ってわけじゃないよね?」

「まさかぁ。大丈夫だ、ちゃぁんと寝たぜ」

「……あれ、なんか凄い目が輝いてるんだけど」

「……ああ、凄く嫌な予感がするな」

 

 なぜか二人が小声でそんなことを言っていた。そんなに聞きたいなら聞かせてやろう。

 

「実は手に入れた『ジョブ』の中に【アサシン】ってのがあってなぁ」

 

 俺は二人へ嬉々として【アサシン】について語る。

 

「……うわぁ。なんか、ダナンに獲得させちゃいけない『ジョブ』第一位って感じぃ……」

「……まぁ、楽しそうなら良かった」

 

 どうやら二人は引いてしまっているらしい。なぜだ。こんなにも有用な『ジョブ』が手に入ったというのに。まぁいいか。

 

「……くっくっく。今からアマルティアへ行くのが楽しみだぜ」

「……ホントダナンにぴったりだよ」

「……怖いからもうちょっと普通にしててくれるか?」

 

 こうして俺達は思いの外優秀な『ジョブ』を手に入れて、アマルティア島へと向かったのだった。




ソルジャーとかトーメンターとかいうジョブが出てるらしいですが自分には関係ありません。なぜなら、あんな素材のキツいジョブをやる気がないからですね。


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アマルティア潜入計画

ハーメルンのシステムはよくわかっていないのですが、徐々に読んでくださっている方が増えていると思われるので嬉しい限りです。

ちびちびとやっていきますので、よろしくお願いします。


 俺達は小型騎空艇でこっそりとアマルティア島へ上陸した、のだが。

 

「侵入者はまだ近くに潜んでいるはずだ! 探せ!」

 

 ばたばたと慌ただしく秩序の騎空団団員が駆け回っている。足音が遠ざかり周辺にいなくなったことを確認した。

 

「……おい。なんで着陸と同時にバレてんだよ。全然潜入じゃねぇじゃねぇか」

「いやぁ、なに言ってるの。僕らが潜入してるのはあの秩序の騎空団の拠点だよ? 未確認の騎空艇が近づいて撃ち落とされずに上陸できただけで儲けモノだよ。しかも姿がバレないように、ね」

「最初から織り込み済みってわけかよ。なら事前に言っといてくれよ。初っ端からミスっちまったのかと思ったじゃねぇかよ」

「えぇ? ダナンならこれくらいのこと言わなくてもわかると思ったんだけどなぁ?」

「……チッ」

 

 やけに買ってくれているのか、煽られているのか。どちらにしても俺の考えが甘かったのは事実だ。……自覚はあんまりないが焦ってるんだろうな。もっと深く考えて動かねぇといつか痛い目見ることになる。気をつけよう。

 

「んで、こっからどうする? わざわざ帝国の襲撃前に来たからには、なにか理由があんだろ?」

「当然。ってことでダナン、ちょっと秩序の騎空団に潜入してきてくれないかなぁ」

「は?」

 

 俺が?

 

「まぁ一個ずつ説明してくと、秩序の騎空団の内部情報が欲しいんだよねぇ。見取り図とか配置とか。場所が場所だけにあんまり僕達も情報を入手できなくてね。現地調達しようかと思って」

「それで俺が?」

「そうだ。お前は演技が上手く観察が得意だろ。潜入して上手く溶け込めるんじゃないか?」

「……なるほどねぇ。まぁやる必要あるんならやるけどさ」

「お願いねぇ〜。ボスがどこに幽閉されてるかとか、襲撃当日どこがどんな状況に陥ってるか、とかね。隙窺ってボス連れて逃げ出したいし。できれば混乱に乗じて牢の鍵とかそういう脱出に必要なモノも奪っといて欲しいなぁ、って」

「俺やること多すぎねぇか?」

「僕達はあんまり潜入に向いてないからねぇ。当日適当に撹乱して逃げやすい状況を作るくらいしかないかな」

「あたしはこそこそするのが苦手だ。おそらく脱出の時敵に包囲されるから、そこで道を切り開くために待機している」

「有り難い。んじゃ、行くか。そろそろあいつらもこの島来るんだろ? 船団長と補佐が戻ってくる前に潜入しときたいしな」

「そうだねぇ。じゃ、お願いね。これ持ってって」

 

 俺が立ち上がるとドランクが玉を一つ渡してくる。

 

「これは?」

「魔法で通信できるようになってるから。受信した時は光るから、魔力込めれば通信できるよ。発信する時は魔力を込めてそれに向かって話すだけ。便利でしょ?」

「ホントな。じゃあ定期的に連絡入れられるようにするわ」

「オッケー。くれぐれもバレないでね」

「わかってる。あ、俺も持ち物預けていいか?」

「オッケー……あれ?」

「了解」

「頼んだ、スツルム」

「……あれ、なんで僕スルーしたのかな」

 

 首を傾げるドランクに自分の胸に聞けと言いたいのを我慢して、俺は二人と分かれて潜入するべく移動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺は【アサシン】へと姿を変えて物陰に身を隠しながら移動していた。

 向かう先は秩序の騎空団の庁舎だ。庁舎では団員が生活していたり事務作業をしたりしている。

 

 外には訓練場もあり厳戒態勢が敷かれない限り大半の団員はここで訓練している、とは傭兵二人からの情報だ。一応上空から見た簡単な地図は持っていて、庁舎がどこにあるかはわかっていた。とはいえ庁舎と訓練場、どこが港で物資搬入口はどこかなどしかわかっていないようだ。犯罪者がどこに捕えられているかは外部に漏らすわけにはいかないのか一切の情報がない。まぁ、当然か。

 

 物音を立てず庁舎へと近づいていく。

 

 見回りに出ているヤツから拝借しようかとも思ったんだが、単独行動していなかったので流石にやめておいた。あとできれば俺と背丈が近くて声が似ているヤツがいれば有り難い。かつ入団したてであんまり馴染んでいなさそうなヤツだと尚良し。……まぁそんな都合のいいヤツはいねぇか、流石に。

 

「全く。なにをやっているんだ。抜剣する時に手を斬るなんて……」

「す、すみません……」

「お前ももう入団して一ヶ月経つんだ。そろそろ冷静に武器持てるようにならないとな」

「はい」

「お前もいつまでも新入りなんて呼ばれたくないだろ?」

「そうですね、頑張ります……」

「うむ。もう養護室の場所はわかるな? 一人で行けるか?」

「はい、大丈夫です」

 

 ……おいおい。俺がもう一人いるのかと思うほど声が似てるじゃねぇか。しかも俺と同じ黒髪で、背丈もほぼ一緒。更には入団してから一ヶ月の新入りと来たもんだ。これから養護室行くっつってたが……。

 

 俺は隠れている建物の一番近い窓からこっそりと中を覗く。……ポーションや包帯、白いベッドにカーテン、と。ここじゃねぇか? 養護室ってのは。

 

 こんな都合のいいことがあっていいのかよ。まるで神様が俺に潜入してどうぞ、って言ってるみたいじゃねぇか。まぁ神はそんな都合のいいもんじゃねぇんだろうが。

 しかも換気中なのか窓が開いていて、中には誰もいない。

 

「……やるっきゃねぇな」

 

 この機会を逃したら潜入できない気がする。俺は開いた窓の下に移動して息を潜めた。

 

 しばらくしてこんこんと扉をノックする音が聞こえ、返事がないことを確認してがちゃりと開けられる。

 

「あれ、誰もいない。不在だったのか。失礼しますねー」

 

 ヤツの声だ。多分中をきょろきょろしてるだろうからまだ顔は出せない。

 

「じゃあちょっとポーション一個貰いますねー」

 

 続けてなにかを開けてごそごそと漁る音がする。……まだだ。まだ動くな。

 

「あったあった。これをかけて、と。後は薬使用に署名しなきゃいけないんだったな……」

 

 署名か。筆跡とかでバレることを考えると、その後だな。

 じゃーっと水を流す音が聞こえた。ポーションを洗い流してるのか。足音がして移動し、字を書く時の小刻みに板を叩くような音が聞こえてきた。……よし、やるか。

 

 俺は周囲に誰もいないことを確認して窓枠を跳び越え音もなく着地する。そして一つの暗器を取り出し忍び足で近づいていく。

 

「……はぁ。先輩には頑張るって言ったけど、俺向いてないのかなぁ。この仕事辞めちゃおうかなぁ」

 

 そうかそうか。なら丁度いい。俺が代わってやろう。

 

 俺は背後から忍び寄ると素早く持った針を首筋に突き立てる。

 

「うっ」

 

 僅かに声を上げるが、それだけだった。全く動かなくなったそいつは、触ると石のように硬くなっている。

 

「これが石化針か。強力だな」

 

 石化は衝撃を受けて砕け散るか薬がないと解除されない。厄介な点は時間経過では治らないこと。これならしばらくの間隠せるだろう。

 俺はそいつから服などの私物を剥ぎ取っていく……帽子を取って顔を確認したが、全然俺に似てねぇな。目つきが悪くないからか。ってことは逆に帽子を目深に被って目元隠せば変装は完璧ということになる。

 

「装備と一緒にどっか隠しとくか」

 

 石化したこいつを放っておくとマズい。どうせ明日には脱出するだろうからとりあえずの隠し場所……ベッドの下でいいか。替えの布団が入った箱があるし。衝撃与えられて砕けたら流石に申し訳ないのでベッドに包ませてパンツ一丁のまま入れておく。俺の元の服は上の方に、ただし見えないように。

 

「うし。俺はこれから一ヶ月前に入団したハリソン・ラフォードだ。ちょっと頼りない感じで悩みがち、と」

 

 鏡を見て制服に身を包んだ俺の姿を見る。……どっからどう見ても秩序の騎空団の団員だな。後はボロを出さずに過ごせるかが問題だ。

 残念ながら見た目は俺に近くても利き手が違うらしく剣が左腰に、銃が右腰に下がっていた。二刀流のこともあって右手で剣が使えるようになっていて助かった。

 

「さて、行くとしますかね」

 

 俺は見た目を整えてから養護室を出て訓練場の方へと向かう。

 

「お、遅かったな、新入り」

 

 訓練場の脇に先程ハリソンと話していた団員がいた。こちらに気づいて声をかけてくる。……なにも気づいていなさそうだな。よし。

 

「す、すみません。ポーションを探すのに手間取ってしまって……」

 

 俺は先程までの喋り方や声音を思い出して言い訳をする。

 

「そうか。今いなかったのか。怪我は治ったな? では訓練を再開するぞ」

「はい」

 

 先輩団員は俺の声を聞いても怪訝に思わなかったようだ。その様子にほっとしながら先輩の言う通りに訓練を行った。悩みがちだったのでそんなに上手くないんだろうな、と思って適当にやっていたのだが。

 

「見直したぞ、新入り! やればできるじゃないか!」

 

 と凄く嬉しそうにばしばしと肩を叩かれてしまった。……おい。あいつどこまで下手くそだったんだよ。それは多分向いてねぇわ。再就職先探した方がいいかもしれん。

 小一時間ほど訓練したが、緩いな。いや黒騎士の訓練が厳しすぎるだけか。

 

「よぅし、午前の訓練はここまでにしよう」

「はい」

 

 途中からとはいえ短かったな。もう昼休憩なんだろうか? まだ一時間ぐらいあると思うんだが。まぁ見回りとかもあるだろうから交代で飯にしてるんだろう、と思ったのだが。

 

「忘れてないだろうな、今日は新入りが食事当番だぞ」

「えっ?」

「……全く。少し上達したかと思えば……。やはり忘れていたのか。もう一ヶ月も経ったからな。そろそろ食事の準備を任せてもいい頃だろう。他にも何人か担当がいるから、厨房へ行って準備をしてくるといい」

「わ、わかりました」

 

 おいおい当番制なのかよ……。ハリソン君には悪いが手は抜けないぜ?

 初めての食事当番だそうだから思い切りやっても良さそうだ。

 

 俺は庁舎の中に入って料理の匂いが漂ってくる方へと歩いていく。途中案内図のようなモノがあったのでざっと確認しておいた。

 

「エリク・ハルメン、入ります」

 

 厨房まで行くと二回ノックをしてからそう名乗って入っていく団員を見かけた。……なるほど、ああやればいいのな。

 俺は扉の前まで行って背筋を伸ばし二回ノックをする。

 

「ハリソン・ラフォード、入ります」

 

 言ってからがちゃりと扉を開ける。ここは入ってすぐは更衣室になっているようだ。

 

「おう、新入り君か。今日食事当番は初めてだったよな?」

「は、はい」

「じゃあそこに並んでるロッカーの中から鍵の刺さってるヤツを適当に開けて。帽子と武器外したら入れて、中に入ってるエプロンと布巾とマスク着けて奥の厨房に行こう」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。……なにせ人数少ないのに大人数の料理作らされる激務だからなぁ。新入り君が逃げ出さないか不安だよ……」

「ははは……」

 

 どうやら厳しい仕事だから最初は優しくしようという魂胆だったらしい。

 俺は愛想笑いをしつつ適当なロッカーを開けて武器と帽子を外してエプロンを身に着けて布巾を被りマスクを装着した。

 

「行きましょうか」

 

 準備を終えて先輩に行って厨房へ行く。

 

「おい、まだ炊けねぇのか!」

「あと五分はかかります!」

「クソッ! 腹空かせて待ってるヤツが結構いんだぞ!」

「誰か野菜、野菜切ってくれねぇか!?」

「バカ野郎ッ! どこも手がいっぱいだっての!」

 

 怒号飛び交う厨房がそこにはあった。

 

「ね、激務でしょ?」

 

 先輩は苦笑している。……いいじゃねぇか。俄然燃えてきたぜ。

 

「エリク! ぼーっと突っ立ってねぇで手ぇ洗って手伝え! お前は……新入りか? お前も手ぇ洗ってこい。話はそれからだ!」

「は、はいっ!」

「はい」

 

 エリクは怒鳴られて背筋をぴんと伸ばしていた。……あんたが嫌がってるんじゃねぇかよ。

 俺は彼についていって手を洗ってくる。

 

「よし、エリクはガルドンガの方を手伝え! 新入りは……そうだな、適当にスープだ!」

「食材はどこにあるんですか?」

「そこの大きな冷蔵庫に詰め込んである! 調味料の大半は各台の棚にある! 他に質問は?」

「何人分作ればいいんですか?」

「とりあえず百だ!」

「百人分ですね、わかりました」

「お、おう」

 

 食材は自由に使っていいと来たか。こうなりゃ全力全開でいくしかねぇよなぁ。

 

 俺は早速冷蔵庫へ向かい豚肉を大量に抱えて空いている台へと移動する。

 

「よしっ。始めるとするか」

 

 まずは鍋の準備だ。とりあえずデカい鍋に水を入れて味をつける。火にかけて放置、と。……さて。ここからが俺の腕の見せどころだな。腹減ったと煩いオルキスを唸らせてきた俺の腕前、とくと見せてやんよ!

 

 気合いを入れて豚肉を処理していく。軽く洗って水気を拭き取りまな板の上で一口サイズに切る。切ったヤツはボウルに入れておく。ボウルがいっぱいになったら胡椒やらで味をつけながら揉み込む。終わったら次の処理、と続けていって鍋が沸騰する頃には全て処理を終えた。

 肉を鍋に放り込んだら次は野菜だ。流しで手を洗ってから野菜を取りに冷蔵庫へ。キャベツなどは大きいので仕方なく二回に分けて野菜を取りに行った。洗って下処理をした根野菜から鍋に入れる準備をしておく。野菜を切り終えてから鍋を覗き込むといい匂いが正面から漂ってきた。お玉で掬って味見、良し。

 根野菜を放り込み、鍋を混ぜながらタイミングを見て野菜を入れていく。ちゃんと味が均等になっているか、薄くなっていないかもう一度味見してから鍋に蓋をした。後は煮込むだけだ。

 

「あの! スープあと煮込むだけなんで手が空きました! 次はなにをすればいいですか?」

 

 俺はまな板をさっと洗い流してから大きな声で尋ねる。

 

「え、もう?」

「はい」

「え、えっとじゃあ手が足りないとこ頼んでいい?」

「わかりました」

「新入り! こっちで野菜切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 最初に指示してくれた人が驚いていたが、他の先輩が仕事をくれた。……まだまだこんなもんじゃ消化不良だ。もっと作らせろ。

 

「これを全部切ってくれ」

「わかりました。なにに使う野菜ですか?」

「え、と、炒め物だな。肉と一緒にやるヤツ」

「わかりました。切っておきますね」

「お、おう」

 

 既に洗っているようだったのでがんがん処理していく。……ヤバいな。楽しくなってきたぜ。

 というところで野菜を切り終えてしまった。

 

「あ、終わりました」

「え、もう?」

「はい。次手伝ってきますね」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 クソッ、これじゃまだ足りない。もっと作らせろ。全ての料理を俺一人で作りたくなってくる。

 

「新入り、次はこっちで魚切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 そうして俺は先輩達に呼ばれながら手伝っていった。

 

「な、なんということだ……っ!」

「ど、どうしたんですか?」

「……主菜が足りない」

「えっ?」

「昼時になって大勢来た中で、主菜が足りないんだ! なにか、なにか、誰か作ってないのか……!?」

 

 厨房を仕切っていたらしい先輩が頭を抱えていた。

 

「……いえ、誰も作っていません……」

 

 周囲を見渡して確認した団員が重苦しく呟いた。……ん? なんかピンチっぽいんだけど?

 

「作ってないなら作ればいいんじゃないですか?」

「し、新入り! 下処理にも時間がかかる! もう皆空腹で苛立って……正直これ以上待ってもらうわけには」

「大丈夫です。焼くのは難しいかもしれませんけど、刺身なら生でいけます」

「そうか……いや、魚はダメだ。切り身がもうないんだ……もう捌く時間は……」

「では自分が捌きます。ただ間に合わせるには味つけとかの行程を手伝っていただく必要がありますが……」

「お、俺こいつを信じます」

「俺も! こいつ凄い包丁捌きだったんです!」

「確かに、賭ける余地はありそうだな」

「……わかった。一時期的に厨房を任せる。皆も新入りの指示に従うように! 絶対間に合わせるぞ!」

「「「はいっ!」」」

 

 他からの援護もあって俺が仕切ることになった。……おぉ、有り難い。これで思う存分やれるぜ。

 

「とりあえず炙りサーモンのレモンソースがけを作りたいので、炙る人とレモンソース作る人に分かれていただけますか?」

「おぉ、そんなモノを。で、そのソースの作り方は?」

「捌きながら口頭で説明します。とりあえず材料を運んでください」

 

 俺は早口で説明して材料を伝える。俺自身は冷凍庫に眠る鮭を何体か連れていった。

 

「……やるか」

 

 凍った鮭を捌くのは手強い。もう一体は流しで解凍中だ。もし解凍が間に合わなかった時のために炙って無理矢理融かすという手を使うための炙りだ。

 俺は冷凍鮭に包丁を入れながらソース作り隊に指示を出す。

 

「まずはレモンを半分に切って思い切り絞ってください! 種は取り除いて、実はそのままでいいので! それをボウル半分くらいまでお願いします!」

 

 頭を落とし無理矢理刃を入れて切り開き捌いていく。

 

「炙り担当の方は表面に焦げめがつくぐらいに炙ったら皿に五つずつ盛ってソースの方へ!」

 

 一皿分切り終わったら渡し、と繰り返して一匹捌き終える。次の鮭を流しから持ち上げて冷凍庫から次を流しへ。そしてまた捌いていった。

 

「……あのこれ、シャッター上げた方がいいんじゃないですか?」

「……ああ。見事な手際だ」

 

 流石に余裕がなくなってきて雑音など耳に入ってこない。ちょっと手元が明るくなった気がしたがそんなこと気にしていられない。指示を出し質問に答え手がずっと鮭を捌き、と動き続けてどれくらい経っただろうか。

 

「とりあえず、百人分はいきましたかね」

 

 額の汗を拭って顔を上げる――と目の前がガラス張りになっており向かい側に大量の人だかりができていた。布巾がズレてなければバレてたんじゃないか?

 

「ああ、助かったよ! だが一つ問題があってだな」

「え、まだなにかあるんですか?」

「あ、ああ。実は……」

 

 先輩が言いづらそうにする中、ガラスの向こうにいる人達が声をかけてきた。

 

「凄い美味かったぞ、新入り!」

「ああ! もっと食べたくなった!」

「悪いがお代わりを頼めるか?」

 

 などと凄く嬉しそうな顔で口々に叫んでくる。……おいおい、マジかよ。

 

「もう本当なら終わっていい時間なのだが、お代わりしたいと言ってくるヤツが多くてな。すまないが残って作ってくれないか?」

 

 先輩は少し申し訳なさそうに言ってくる。……ったく。しょうがねぇヤツらだ。

 

「わかりました、微力ながら全力を尽くしましょう」

 

 俺が答えると、ガラスの向こうで雄叫びが上がった。……悪いな、ハリソン。お前が意識取り戻した時めっちゃがっかりされるかもしれん。

 

「新入りが微力だったら俺達はなんだって話だ。すまないが美味い飯のためにもう少しだけ頑張るぞ!」

「「「はい!」」」

 

 厨房の士気も高い。やはり自分達が作ったモノで喜んでもらえると嬉しいのだろう。気持ちはわかる。

 そうして俺達は、お代わりを強請ってくる団員達に料理を振る舞い続けるのだった。

 

「おーい、新入りー!」

「あっ、先輩」

 

 俺に訓練をしてくれている先輩が厨房に入ってきた。

 

「おぉ、まだやってるのか。午後の訓練ができないだろう? そろそろ終わりにしたらどうだ?」

「あ、悪い。この新入り滅茶苦茶料理上手でな、つい延長してもらった」

「ああ、妙に評判がいいと思ったらそういうことか。やるじゃないか」

「ありがとうございます」

「しかしそうか……それはマズいな」

「?」

 

 先輩の表情が曇った。

 

「新入りに任せたい仕事が一つあったんだが、まだ空きそうにないか?」

「悪いな、もうちょっと借りたい」

「そうか。では代わりに任せないといけないが、食事担当で誰かに任せてもいいか?」

「いいがどんな仕事だ?」

 

 聞かれて、先輩は重く呟く。

 

「……黒騎士への食事運搬だ」

「「「っ!!」」」

 

 その内容を聞いて誰もが顔を逸らした。……あいつ捕まってからもなんかやったのか?

 

「……やはり誰もやりたがらないか。新入りは借りていくぞ。終わったらここに戻すようにする」

「……おう、悪いな」

 

 どうやら俺は黒騎士へ飯を持っていく係をやるようだ。なぜそんなにやりたくないのか不思議だ。

 

「えっと、なんでそんなにやりたくないんですか? ただ食事を運ぶだけでしょう?」

「そうだ、仕事内容はな。ただ黒騎士が物凄い殺気を放ってくるんだ。毒を警戒してのことではという説が有力だが、おかげで食事を運ぶ者が気絶するというのが通例になっていてな……」

 

 なるほど。捕まっていても七曜の騎士は七曜の騎士ということか。

 

「わかりました。覚悟して行ってきます」

「ああ、任せたぞ」

 

 先輩の目が「生きて帰ってこいよ」と語りかけてくる。……まぁ俺だったら大丈夫だろう。

 

「それで黒騎士はどこにいるんでしたか」

「庁舎の西、監獄塔の地下だ」

「わかりました、では届けに行ってきますね」

 

 俺は言って、盆に料理を載せ蓋をして厨房を出る。

 

 そして言われた通りの場所へ行く。……出入口には見張りが二人、か。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

「そうか、今日はお前か。気をしっかり持てよ」

「はい」

 

 盆片手に敬礼すると見張りが気の毒そうな笑みを浮かべて言い扉を開けてくれる。重そうな扉だ。視線で合図をしていたことを考えると両開きのそれぞれを同時に開かないとダメな仕組みだな。相当力がなければ片手ずつでは開けられないのかもしれない。

 中に通されると正面に看守室のようなモノがあった。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

 

 入り口の時と同じように敬礼して名乗る。

 

「ご苦労。では署名をしてくれ」

「はい」

 

 署名があった。まぁ厳重管理するなら当然か。良かった、一度署名を目にしてて。

 俺は右手で少し苦労しながらも養護室で見た本人の筆跡をなぞるように記入する。

 

「よし。では地下への鍵を開けるならちょっと待ってくれ」

「はい」

 

 中で壁にかけられた鍵を手に取っているのが見えた。……あそこにあるのが黒騎士が閉じ込められているとこの鍵か。一応覚えておこう。

 扉から出てきた担当の団員についていく。その先には地下へと続く扉が床に設置されていた。そこに鍵を差し込むと魔方陣が扉に描かれて鍵を回した様子がないのにかちゃりと開く音がする。……魔法で開錠するのかよ。覚えておいて損はなかったな。

 

「暗いから足を踏み外さないように。あと聞いていると思うが気絶していることが多いため十分経って戻ってこなかったら俺も入る」

「はい」

 

 俺は頷いてから足元に気をつけて地下へ続く階段を下りていく。扉が閉められると暗さが増す。足音が鳴ったからか下から物凄い殺気が放たれてくる。肌がヒリつくような殺気だ。こんなモノを正面から受けては流石に嫌になるよな。

 一番まで下に辿り着くと多少明るく、そこに一人の女性が座り込んでいた。壁を背にこちらを睨みつけ、容赦なく殺気を叩きつけている。手には特殊な枷がつけられているが、微塵もこちらが有利だとは思えない。

 

「食事をお持ちしました」

 

 俺が平静を装って言うと、

 

「……必要ないと言っているだろう」

 

 刺々しい声が返ってきた。だが付き合いのある俺ならわかる。何日も食べていないそうだから流石に限界なのだろう。そう思って多めに持ってきて良かったぜ。しかし、黒騎士でも俺の声がわからないとはな。

 

「……おいおい。俺の飯が食えないなんて随分変わっちまったなぁ、黒騎士?」

 

 俺は仕方なく帽子を取って声音を戻してにやりと笑う。

 

「っ!? だ、ダナン!? なぜここに……というかやはり死んでいなかったか」

 

 黒騎士は驚愕に目を見開く。

 

「俺がそう簡単に死ぬかよ。どうせリーシャか誰かに聞かされたんだろ?」

「ああ。お前が乗った騎空艇を落とした、とな」

「やっぱりか。まぁこの通りぴんぴんしてる」

「ふん。元より死んだとは思っていない」

「そうかい。それよりほら、折角作ってきたんだ。食えよ。もう何日も食べてないんだろ?」

「お前が作ったのか?」

「ああ。食事当番だったみたいでな。大丈夫、全部俺が作ったヤツだから毒は入ってねぇよ。冷めても美味しいってのも保証する」

「ふん。それこそ疑っていない。有り難くいただこう」

 

 やけに素直に受け取ってくれた。それくらいには信頼されているようだ。盆を持って近づき、少し離れた正面に座る。

 

「美味いな。数日しか経っていないはずだが久し振りに感じる」

「そうか。ってか器用に食べるな」

「ふん。こんな枷一つで困るようなモノでもないだろう」

 

 こいつも大概逞しいな。というか……。

 

「お前……鎧の下はそんな……なんて言うか変態というか奇抜な恰好してたんだな」

「おい。この状態でも枷で殴り殺すぐらいできるぞ」

 

 ドスの効いた声で言われてしまった。だけど、なぁ?

 今の黒騎士の恰好はノースリーブで太腿の付け根より上で途切れた白いレオタードのようなモノ一枚だった。前にも見たがスタイルが抜群の美女ではあるのだ。正直目に毒、というのが際立っている。

 

「とりあえず、あんまり長いことはいられないから手短に話すな」

「ああ」

「明日ここを帝国が攻めてくるらしい。狙いはあんただ」

「だろうな」

「加えてグラン達がここに来る」

「ああ、一足早くここに来たぞ」

「そうか。で、折角だから帝国が攻め込んできた混乱に乗じてあんたを救出する、準備中だな」

「それでその恰好か」

「そういうことだ。スツルムとドランクも来てるぞ」

「そうか、二人も無事か」

 

 とりあえず伝えなきゃいけないことはこれくらい、か。

 

「しかし特殊な枷だな。外せるのか、それ?」

「私では無理だ。力を抑えるモノのようでな、少なくとも以前ほどの力は出ない」

「そりゃそうか。でなけりゃ引き千切ってるよな」

「ああ」

 

 ってことは試したなこいつ。

 

「だがここに鍵穴がある。特定の鍵があれば外せるだろう。壊せるかどうかは、試してみないことにはわからんが。壁に叩きつける程度では無理だった」

「了解。ってことはその鍵ってのを入手するのが確実ってことか。それは俺の方で探ってみるしかねぇか。一応新入り団員なんだけどなぁ」

「私を救出するのだろう? それくらいできないでどうする?」

「わかってるよ。まぁ信じて待っとけ。ちゃんと食って寝て、力残しとけよ。脱出までに鍵が間に合えばすぐ振るってもらう可能性だってあるんだしな」

「ああ。そうしよう」

 

 よし、これくらいにしておくか。

 

「んじゃ、そろそろ行くわ。――元気そうで良かった。全然折れてねぇみたいだしな」

「……ふん。私の心配をするとは偉くなったモノだ。――当然だろう。私が一度の敗北で折れると思うか?」

「それもそうか。じゃあな」

「ああ」

 

 挨拶を交わしてから俺は立ち上がり階段を上がっていく。扉は閉まっているらしく持ち上げようとしても開かなかった。こんこん叩いているとかちゃりと鍵が開いて外に出してもらえる。

 

「おぉ……まさか無事に出てくるとはな」

「美味しそうな匂いに屈したのかもしれませんよ? 散々毒見をさせられましたけど」

「そうか。まぁいい。ならどうだ、次からもお前がやるか?」

「そうですね……訓練をサボるいい口実になりそうです」

「ふふっ。正直なヤツめ。いいだろう、俺から話をつけておいてやる。夜にも来ることになるだろう」

「わかりました」

 

 これで当面の飯は問題なさそうだな。俺が用意したモノとわかれば食べるだろうしな。

 監獄塔の一階から上は牢屋になっているようだ。黒騎士は広い地下に一人だったが、あれは特別待遇なのだろう。牢屋に何人もの人が入れられている。

 確か犯罪者は犯した罪の大きさに応じて段階が分けられているんだったか。黒騎士はもちろん最上位のS級犯罪者。その下がA、Bと続いていくような形だったはずだ。

 

「おぉ! 戻ったか、新入り! これは奇跡だ!」

 

 厨房の方に戻ってきたら先輩に物凄く感激された。大袈裟だな。

 

「大袈裟ですよ……」

「いいや、よく無事戻ってきた! それで話し合ったのだが、とりあえず夕飯の食事当番をしてもらっていいか?」

「えっ?」

「いやぁ……お前の料理を食べられなかった団員が不満をぶつけてきてな。今から余裕を持って料理をしてくれないか」

「……まぁ、いいですけど。訓練はいいんですか?」

「……食べ物の恨みは恐ろしい」

 

 確かに。

 

「わかりました。料理の方が得意、っていうのもありますけど承ります」

「おぉ……! すまないが、頼んだ」

「はい」

 

 というわけで、俺はなぜか夕食分の食事当番にも任命されてしまうのだった。



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バレないように

ダナンが成り代わったハリソン君を心配するお声が多い(笑)

彼の顛末はアマルティア最終話で後書きかなにかにちらっと書く予定です。
アマルティアの話書いてる時も「本編には入れないけどなんかあった方がいいかなぁ」とか考えていたので今後どうなるのかはあります。


 俺が夕食担当の食事当番の先輩方に指示を出して厨房を回していると、大盛況で騒がしかった食堂が静まり返った。

 

「これはなんの騒ぎですか?」

 

 凛とした声が食堂に響き渡る。……ヤベ。俺は目元を隠すように布巾を下げ直した。

 

「あ、いえ……その……」

「こらリーシャ。偶にはいいではないか」

 

 ドモる団員と、リーシャの隣に並び立つモニカ。……うわぁ。俺の顔を知ってるヤツらが。まぁ大丈夫だろう。黒騎士も初見ではわからなかったし。多分。

 

「しかしモニカさん。ここは秩序の騎空団ですよ? 浮ついた雰囲気でいては……」

「偶には、と言っただろう。それに食事の時間くらいは息抜きしていてもいいだろう?」

「それはそうかもしれませんが……いくらなんでも人数が多くありませんか?」

「「「……うっ」」」

 

 そういやお代わりが普段より多くなって人数が増加しちまってたんだよな。それがわいわいと騒ぐもんだから船団長様もお咎めを入れてくるわけだ。

 

「それで、この騒ぎはなんですか?」

 

 リーシャはもう一度集まっている団員達を厳しい目で見渡した。誰もが俯く中、一人の団員が進み出る。

 

「申し訳ありません、リーシャ船団長! 新入りが凄く料理が上手いモノでして……こんなに美味しいモノを食べられるとは思っていなくて……。船団長と船団長補佐もこちらをお召し上がりになればおわかりになるかと思われます!」

 

 片膝を突いて二人へ両手でカップとスプーンを差し出した。あれは俺が団員の思いつき、「ちょっと甘いモノが食べたいんだけどなんか作れない?」という発言から作ることになったデザードだ。

 

「これは?」

「焼きプリンです」

「ほう。確かに団員が食事当番をする都合上滅多に食べられないモノではあるな」

 

 モニカは興味深げに言うと団員の手からカップとスプーンを受け取って一口食べる。

 

「ん~っ!」

 

 そして恍惚とした表情で身震いをした。

 

「これは美味い! 間違いなく絶品だ! 程良い甘さ加減が口の中に広がって蕩けるように消えていく! これは……!」

 

 モニカはぱくぱくと焼きプリンを次々に口へと運んでいく。かつん、とカップの底にスプーンがぶつかる音がしてようやく手を止めた。

 

「名残り惜しくて手が止まらなくなるな。ふぅ……」

 

 食べ終えてから幸せのため息を吐く。そんなモニカの様子に悶絶した団員が三割。

 

「……んくっ」

 

 そして補佐の幸せそうな様子を見てリーシャも喉を鳴らし焼きプリンを手に取った。

 一掬いして口に運び咀嚼して飲み下す。

 

「……はぁ。美味しい……蕩けちゃいそう……」

 

 うっとりと熱に浮かされたような表情でそう呟くリーシャは妙に艶っぽかった。

 そんなリーシャの様子に悶絶した団員が三割。卒倒した団員が三割。鼻血を噴いた団員が一割。……お前ら。

 

「どうしたリーシャ。随分と食べるのが遅いではないか。気に入らなかったら私が食べてやろう」

「だ、ダメですよ! これは私のですから!」

 

 モニカの発言に、リーシャはカップを守るように移動させた。そこで我に返ったらしくはっとする。

 

「……んんっ。確かに、その、これが美味しいのは認めましょう」

 

 咳払いしほんのりと赤くなった頬で体裁を取り繕い言った。……カッコつかない船団長サマだな。いや、むしろそれが人気の理由なのかもしれんな。普段気丈に振る舞っているが可愛い、っていう。

 

「そうだな。騒ぎになるのもわかる気がする」

「はい。ですがあまり浮かれすぎないでくださいね」

「「「は、はい」」」

「まぁそう堅苦しくすることもないだろう。折角だ、私達も久し振りに食堂で食べていくとするか?」

「そうですね。それもいいかもしれません」

 

 どうやら二人もここで食べるらしい。普段は自室とかで食べてるんだろうか。……クソ、料理に本気出した弊害がこんなところで。

 

「それで、こんなにも美味しいモノを作った団員は誰だ?」

 

 しかもモニカが余計な一言を放ってくる。……皆で協力して作ったんですぅ。

 とはならずに視線が一斉に俺へと向いた。冷や汗が背筋を流れる。リーシャとモニカの視線も俺を捉えていた。流石に緊張していると、多分俺の名乗りを待ってるんじゃないかと察する。

 

「ふ、不肖私ハリソン・ラフォードがお作りいたしました!」

 

 敬礼して仕方なく名乗る。少しぎこちなくなってしまったが、まぁこんな状況で平然としていられる方がおかしいから大丈夫だろう。後はバレなければいいのだが。

 

「ほう。新入りか。まさかこんなにも料理ができるとは思わなかったぞ。素晴らしい焼きプリンだった」

「あ、ありがとうございます」

「とても美味しかったですよ。折角なのでここで見ていてもいいですか?」

 

 歩み寄ってきてガラス越しに二人が立つ。……おいおいふざけんなよどっか行け。とは言えないよなぁ。

 

「えっ?」

「それはいい考えだな、リーシャ。私も是非料理の腕前を見てみたいと思っていたところだ」

 

 ……まさか俺の正体に気づきかけて、探りに来てるんじゃないだろうな? という不安が頭を過ぎった。

 

「ですがその、お二人の目の前だと緊張してしまいます」

「ははっ。気にすることはない。普段通りにやってくれ」

「はい。いないモノと思って構いませんよ」

「は、はぁ……」

 

 できるか。

 ちらりと厨房にいる先輩団員へ視線を送ると、いい笑顔で親指を立てられた。……ぐっ、じゃねぇよ。

 

「……わかりました。あんまりその、見られていると恥ずかしいので……」

 

 俺は言い訳をしつつ、調理に移る。手汗の掻いた手を洗い直し、気合いを入れた。……しょうがねぇ。バレないように全力で、二人のために特別メニューを組んで作ってやるか。

 

「少しお時間かかりますけどよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」

「ああ、問題ない」

 

 さいですか。じゃあやるとしましょう。二人の胃袋を掌握できるような、料理を。

 

「……先輩方。自分はお二人に料理を作るので、他はお任せしてもいいですか?」

「もちろんだ。新入り、お前の料理でお二人を満足させてやってくれ」

「……できればさっきの蕩け顔もう一回」

 

 ぼそっと余計な一言も聞こえてきたが、俺にできるのは怪しまれないよう全力を尽くすことだけだ。

 

 ということで、全力全開気合いMAXの料理を作り終えた。俺が持っていくことになってしまったが。

 

「お待たせしました。デザートは後程お持ちしますね」

「おぉ!」

「わぁ……!」

 

 料理を見て二人が目を輝かせる。合掌の後食べ始めて美味しい美味しい言いながら食べる手を止めずにいるのを見ていると、すっかり夢中になっているなと思う。その時点でもかなり胃袋を掴んだとは思うが、トドメのデザートだ。

 

「こちら、イチゴタルトになります」

「「っ……!」

 

 漂う甘い香りに二人が喉を鳴らしほぼ同時に一口。

 

「「……幸せぇ……」」

 

 どうやら余程甘い物不足だったようで二人同時にうっとりと微笑み熱っぽいため息を零す。

 その破壊力たるや、ガラスに映っていたらしく食堂にいた大半が倒れたくらいだ。少なくとも厨房は全滅したな。

 

「お気に召していただけたなら良かったです」

 

 まぁ確かに可愛いのは認めるけど。性格上反りが合わなさそうなのがな。

 

 俺が厨房に戻ろうとするとこんな話し声が聞こえてきた。

 

「久し振りに堪能したな、リーシャ」

「はい。偶にはこういうのもいいですね」

「そうだろう?」

「はい」

 

 満足してくれたなら良かった。だが問題はその後だ。

 

「料理のできる男性って、素敵ですよね」

 

 リーシャが爆弾を投下した。ぴくりと床に転がる男共が反応する。

 

「そうだな。毎日美味しい料理を作ってくれたなら、確かに幸せだろうな」

 

 ゆらりと男共が立ち上がる。

 

「ご馳走様。とても美味しかったです。あ、資料をまとめているので紅茶とお茶受けを持ってきていただけますか?」

「狡いぞリーシャ。是非私にも頼む。後で持ってきてくれ」

 

 二人はそう言って食堂を去っていく。……いやなんかめっちゃ見られてるんで助けてくださいよ船団長。

 

「……新入り。俺、料理頑張ろうと思うんだ」

「……そうなりますよねぇ」

「教えてくれ、頼む!」

「「「この通りだっ!!」」」

 

 まさかの全員土下座した。……いい景色、じゃねぇや。俺に言われても困るんだが。

 

「じゃあ黒騎士に料理を」

「「「明日から頑張る」」」

 

 どんだけ恐れられてるんだ、あいつ。まぁ国家転覆を企むような大罪人だもんな。だがおかげで助かった。

 なんとか厨房を脱け出し黒騎士の下へ。

 

「調査の方はどうだ?」

「全く進んでねぇ」

「……貴様」

「いや、料理で本気出したら厨房に固定されちまってよ」

「まぁこの美味さなら仕方あるまい」

「それはリーシャとモニカが来たから特別に作ったヤツだしな」

「バレていないだろうな」

「あんたが初見でわかんなかったんなら、たった一度会っただけのヤツがわかるはずもないだろ。死んだと思ってるんだろうし」

「それもそうか」

 

 あ、そうだ。手が離せなくて全然定期連絡してないや。

 俺はポーチからドランクの玉を取り出す。光っていた。丁度いいな。

 

「悪い、手が離せなくて全然連絡できなかったわ」

 

 俺は玉に魔力を込めて話しかける。

 

『おっ? ようやく繋がったよ〜。どぉ? 上手く潜入できた、って聞くまでもないか』

『見回りが話してた。新入りに物凄く料理の上手いヤツがいるとな』

「当たりだ。都合良く背格好の似たヤツがいたんでな。今潜入中だ」

 

 どうやら既に知られていたようだ。

 

「スツルムにドランクか」

『おっ? ボス〜。声聞けて良かったぁ。僕はもう心配で心配で……』

「おっとこれ以上声を聞きたければ身代金の半分を渡してもらおうか?」

『似合いすぎてて怖いよ……。まぁ無事なら良かった。ってか会えたんだねぇ。脱出はできそう?』

「それはダナン次第だな。枷を外す鍵がなければ脱出しても意味がない」

『じゃあお願いするしかないねぇ。とりあえず僕達は退路の確保で忙しいから。ボス、ところでそっちの暮らしはどぉ? 牢屋のご飯って臭いんでしょ?』

「ふん。思いの外快適だ。ダナンが作っているから美味いぞ」

『なに!? それは横暴だ。あたし達にも作れダナン』

「無茶言うんじゃねぇよ。外にいるヤツにどうやって作れっつうんだよ」

『そんなぁ……。僕達持ってきた携帯食料もそもそ食べてるのに……』

「ふん。ダナンの料理が食べたいなら自首でもして捕まればいい。こればかりは役得だな」

『捕まった方がご飯美味しいってなにそれぇ!』

 

 四人で軽口を叩き合っているとあっという間に時間が過ぎていく。

 

「そろそろ時間だ。今日また連絡できるかはわかんねぇが、また連絡する」

『はいは〜い。んじゃね〜』

 

 十分経つ前に通信を終えておく。

 

「あいつらは相変わらずのようだな」

「……随分、嬉しそうな顔するんだな」

 

 黒騎士が笑みを浮かべていることに気づいた。

 

「……ふん。これでも長く付き合いになるからな」

「そうだったな。じゃあまた。朝……はわかんないな。もう襲撃されてるかもしれないし」

「ああ。任せたからな」

「ああ。任された」

 

 そして、俺は牢を出て厨房に戻る。鍵について探りを入れるため、お茶請けをモニカとリーシャへと持っていく予定だ。先輩に二人のいる場所、部屋を尋ねて格別なクッキーを作り紅茶を用意して運ぶ。先にモニカの方から訪ねていった。

 

 扉を二回ノックし「入れ」と返事があってから、「ハリソン・ラフォード、入ります」と名乗って扉を開け中に入る。

 

 モニカはコートと帽子を脱いでいるため、普段よりも貫禄が減ってより見た目に近い幼さが見えるようだった。ただし真剣な顔で執務机の書類と向き合っている姿は上官のそれである。

 

「おぉ、来たか。いい香りだ。紅茶も淹れられるのだな」

 

 顔を上げて顔を綻ばせた。

 

「はい。もちろん淹れられるだけ、ではありますが」

「それで充分だ。ここの団員はあまりそういうのが得意ではないものでな」

「そう、みたいですね。誰か雇ったりはしないのですか?」

「当初はそれも考えていたのだが、どこかで働いている料理人を雇うとなるとそれなりに金がかかる。加えて外で任務に当たることも考慮し自分達で料理できるようになればいいという意見もあってのことだったのだがな」

「本日は昼からずっと厨房にいる羽目になってしまったので、私としては雇って欲しいのですが……」

「それはすまなかったな。しかし日頃から美味しい料理を作るために精進しているかのような見事な腕前だった」

「ありがとうございます」

 

 うちの大飯食らいを満足させられるように頑張り続けた結果だな。隙あらば一日中なにか作らされ続けるから困ったモノだったが。

 モニカは話をしながら一旦羽根ペンを置き紅茶へとぽんとぽんと角砂糖を放り込んでいく。……甘くしすぎじゃないのか?

 

「……む。まさか紅茶を甘くしないと飲めないとは子供っぽい、などと考えてはいないだろうな」

 

 砂糖を入れる手を眺めていたら少し厳しい視線を向けられてしまった。

 

「い、いえ。そのようなことは。ただあまり入れすぎると紅茶の香りが損なわれますよ?」

「わかっている。ただ上官の事務処理というのは頭を使うことばかりでな。頭を使うと糖分が欲しくなるだろう? そういうことだ。わかったな」

「はい」

 

 念を押されてしまった。要は甘いモノが好きだが子供っぽく見られたくないから紅茶を飲んでいるということだな。

 

「このクッキーもなかなかのモノだな……」

「ありがとうございます」

 

 料理の腕を褒められるのは悪い気はしない。

 

「そういえば、貴公は黒騎士に随分と気に入られているようだな」

 

 どう鍵について聞こうか迷っていると、モニカから話を振ってきた。……やっぱりモニカは感づいてるのか?

 

「そう、なんですかね」

「そうでなければあの黒騎士が食事を食べることなどあり得んよ。これまでは毒や自白剤を警戒して一切食べなかったからな」

「だとしたら空腹が限界になって、美味しい匂いに屈したんじゃないですかね。彼女がなにがしたかったのかはわかりませんけど、まだ心が折れていなさそうでしたから。死ぬわけにはいかなかったのではないのかと」

「そうだな。そう考えるのが自然か」

 

 上手く返せたようだ。

 

「ただ、凄く怖いですけどね。入れば殺気をぶつけてきますし、一つ一つ毒見をさせられますし」

「だろうな。よく怯えずに二回も行ったものだ」

「案外美味しそうに食べてくれるからですかね」

「……貴公の教育係から聞いていた印象とは違っているな。まさか、それほどまで料理に自信があるとは。もしかしなくてもそちらの方が向いているのではないか?」

 

 流石に別人だから、という発想には辿り着かなかったらしい。

 

「ははは……手厳しいですね」

「いや、そういうつもりでは……。そうだな、失言だった。忘れてくれ」

 

 ネガティブに受け取るなら「お前は向いていないから秩序の騎空団を辞めろ」と言われているようなモノだ。

 

「モニカ船団長補佐。自分からも少しお聞きしても構いませんか?」

「ん、なんだ? 大抵のことなら答えるぞ。美味しいモノを作ってくれた礼だ」

「ありがとうございます」

 

 不審に思われない程度の、ふと疑問に思った程度の質問をしてみようか。

 

「黒騎士に会って思ったのですが、あんな枷一つの拘束だけで大丈夫なんでしょうか?」

「それについては心配いらない。あの枷は特殊でな。我々基準での最高位、S級犯罪者へ特別に取りつける枷だ。魔力が使用できなくなり、身体能力も大幅に低下する――とはいえ相手は七曜の騎士だ。ヴァルフリート団長と同等と考えた場合枷がついていても並みの団員では到底敵わないだろう。だが効果は保証できる。なにせ団長自ら被検体になって作り出したモノだからな」

「そうだったんですね……。ということは耐久性も保証されているということですか」

「そうだな。流石に私が全力で壊しにかかれば壊れるだろうが、大抵のことでは壊れないと保証しよう」

「それは良かったです。ピッキングとかも不可能と考えてよろしいでしょうか?」

「無論だ。地下監獄の扉を開けた、魔法認証を行わないと外れない仕組みになっている。不安に思う必要はない」

「ありがとうございます。……すみません、変なことを聞いてしまって。何分入団して間もない内の、大罪人だったものですから」

「いや、不安に思うのも無理はない。そして貴公ら団員の不安を取り除くのも私達上官の務めだ。他に聞きたいことがあれば答えよう」

 

 モニカの方からそんなことを言ってくれた。話しやすくて有り難い。いい上官だな。うちの黒騎士とは大違いだ。

 

「そうですね……。ではご存知であれば、今日の侵入者についてお尋ねしたいと思います」

「うむ。小型騎空艇から飛び降りてきたという少数の侵入者のことか」

「はい。なにが狙いなのかと思いまして。このタイミングで、と考えると黒騎士に関係しているのかと思ったのですが」

「そうだな。私もそう睨んでいる。だが黒騎士と行動を共にしていた一人は死亡し、残るは側近の二人だけとなっている。たった二人で私達秩序の騎空団を相手取るつもりはない、と思っているのだが」

「だからあれから音沙汰がなかったんですかね。警備が多くて黒騎士を助けようと思っても近付けない、と考えれば納得できるモノもあるような気はします」

「ああ。まぁ他にここを攻める動機のある連中がいるとも思えない。その可能性は高いか……」

 

 良かった、まだ二人は見つかっていないようだな。

 

「若しくは援軍を待っている、とかですかね」

「その線もあるな。侵入経路の確保に動いているとも考えられる。夜の警備を少し増やしておくとするか」

「ありがとうございます。……島全体を巻き込んでの戦闘、にはならないですよね?」

「それを祈っている。が、そうならないとは言い切れないな」

「そうですか……」

 

 ある程度覚悟はしているということか。

 

「無論私も貴公らを守るため尽力する。初陣とはいえ気負う必要はない」

「ありがとうございます、モニカ船団長補佐。そう言っていただけると助かります」

 

 俺はほっとしたような笑みを浮かべて言い、そろそろ頃合いかと思って退室を切り出す。

 

「ではこれで、失礼いたします。リーシャ船団長の部屋へも行かなければなりませんので」

「そうだったな」

「はい。お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」

「うむ」

 

 俺は礼を言って頭を下げ、踵を返し退室する。部屋を出るところで呼び止められて「なにが目的だ?」などと聞かれる展開を想像してしまったが、そうはならなくて良かった。このまま今日を乗り切ろう。そうすれば明日には事態が動くはずだ。

 さて、お次はリーシャのところへか。一旦厨房に戻るとするか。



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伝えておきたいこと

総てのリーシャファンに告ぐ――なんかホントごめんなさい。

元々こうするつもりはなかったんですがこうなってしまいました。
この話を読めば、この作品における彼女の立ち位置がわかるはず……。
お気に召さなかったらごめんなさい。


 厨房でクッキーと紅茶を持って船団長室へ。

 扉を二回ノックして「どうぞ」の声があってから「ハリソン・ラフォード、入ります」と告げて扉を開けた。

 

「あ、待ってましたよ」

 

 俺が入ってくると手を止めてにっこりと微笑んでくる。……これがあるから厨房の連中は自分が行きたいとか言ってたんだろうな。製作者特権だとかなんとかで結局俺が行くことになったのだが。

 

「お待たせしてすみません。こちら紅茶とクッキーになります」

「いえ、わざわざありがとうございます」

 

 執務机に向かっているリーシャの傍にはたくさんの書類が積まれていた。モニカよりも多いのか、モニカの方が早く処理していっているのか。

 

「大変そうですね」

「いえこれくらいは……。ただそうですね、黒騎士の件や侵入者の件、それ以外にも多くの案件がありますから」

 

 うちの者が原因ですみません。

 

「あ、美味しい」

 

 紅茶に口をつけたリーシャが言った。

 

「ありがとうございます。あまり淹れたことがないので不安でしたが、お口に合えば良かったです」

 

 まぁ、王族と付き合いのあった黒騎士に散々仕込まれてたからなんだが。自分で入れろと言いたい。

 

「美味しいですよ、私が淹れるより美味しいかもしれません」

「リーシャ船団長も紅茶を淹れられるんですね」

「ええ。この事務仕事をしている間は。ここには紅茶の淹れ方を知っている人の方が少ないようですから」

「そうですね」

「あ、すみません。引き止めてしまって」

「構いませんよ。リーシャ船団長とお話できるのは嬉しいですから」

「そ、そうですか……? それならどうぞ座ってください。あまり根を詰めすぎるのもあれですから、しばらく話し相手になってくれませんか?」

「私で良ければ」

「あなたと話がしたいんです」

 

 「そう……黒騎士の仲間であるあなたとね」とは続かなかった。一安心だ。俺はリーシャの対面に腰かける。……船団長と二人きりで話しました、なんて先輩に言ったら殺されそうだなぁ。

 しかし思った以上に素直に褒められるのに弱いようだ。若くして船団長の地位についていることからも褒められ慣れていそうだと思うのだが。いや、そういえば黒騎士が父親であるヴァルフリートのことで挑発していたな。ってことは「流石はヴァルフリート団長の血筋ですね」とかそんな褒められ方をしていたんだろうか。父親なんて下らないモノだと思うんだが、まぁそれは俺だからか。

 

「そういえばリーシャ船団長は自分にも……他の方にも敬語を使われますよね。なにか理由があってのことなんですか?」

 

 上官ならモニカのようにタメ口の方が自然に感じるモノかと思うのだが、リーシャは誰に対しても敬語だ。

 

「そうですね……団員の中には私より年上の方もいますので敬語を使っています。加えて団員の中で差をつけるわけにはいきませんので」

 

 真面目だなぁ。別に面白い答えを期待していたわけではないが、なんの面白みもない答えが返ってくる。

 

「そうですか。でも自分みたいな年下で新米の団員にも敬語を使われるとその……。恐縮してしまって」

「そ、そうですか……それはすみません」

 

 だからそれが恐縮するんだってば。……ってか俺はなんでこんなこと言ってんだろうな。別に今後団員ともっと親しく接して欲しい、ってわけじゃないんだが。昨日今日の付き合いだからそこまでしてやる義理もないし。

 

「ではその、不躾なお願いなんですが……少しタメ口で話してもらえませんか?」

「えっ?」

「ダメでしたらそのままで構いませんけど」

「……えっと、では失礼して」

 

 こほん、と咳払いをしてリーシャはぎこちなく口を開いた。

 

「……こんな感じで、いい、の?」

 

 こちらを窺うように、少し頬を染めて聞いてくる。これは破壊力あるな。

 

「はい。リーシャ船団長も少し肩の力を抜いていただいた方が団員も接しやすいのではないかと思います」

「……私は接しにくいですか。そうですよね。モニカさんを頼りにしている方も多いようですし」

 

 なぜか落ち込んでしまった。……これはあれか。他人と比較して自分を下げるタイプのネガティブか。

 

「モニカ船団長補佐には言えませんが……それはおそらく年の功というモノですよ。リーシャ船団長はまだお若いんですから」

「本当に、モニカさんの前では言わないでね」

 

 苦笑されてしまった。がそれなりに気負わなくなったらしい。笑顔から硬さが少しなくなっていた。

 

「もちろんです。……リーシャ船団長。それくらいがいいと思いますよ。あまり威厳を見せようとすると団員が遠く感じてしまうかもしれません」

「遠く?」

「はい。リーシャ船団長はただでさえ若くして船団長を任される身です。自分の周りにもリーシャ船団長に憧れている者はいますよ。そう歳が離れていないのに船団長に任命されて凄い、と」

「そう……。ううん、私は船団長の器じゃないから。本当ならモニカさんが船団長をやっていた方がいいと思って……ああ、ごめんなさい。弱気なところを見せてしまって」

「いいんじゃないですか?」

「えっ?」

「むしろリーシャ船団長にも弱いところがあるんだとわかって安心しました」

「安心? なんで、私情けないところを……」

「だって、自分にとってリーシャ船団長は遠い人ですから。若くして船団長に任命されて。気丈に団員達へ指示を出して。正直なところ、今までは見ていて自分達とはかけ離れた存在だと思っていましたから。それが違うとわかって、リーシャ船団長も悩みがあると知れて嬉しかったです」

 

 思ってもいない言葉がこうも滑らかに出てくるとはな。まぁでも、全てが演技ってわけでもねぇのかなぁ。

 俺は目元を隠してはいるが自分がとても穏やかな笑みを浮かべていることに気づいた。別にリーシャを手助けする気はないが、なんか放っておけないんだよな。

 まぁ俺の頼まれている仕事は黒騎士救出のために鍵の在り処を探ることだ。警戒を解いてくれるなら悪くない手だろ、多分。

 

「……っ」

 

 リーシャはぽかんと口を開けて呆然とし、やがて頬を染めて顔を背けた。……おや、予想以上の好感触。

 

「リーシャ船団長?」

「……な、なんでもない、です」

 

 敬語に戻ってしまっている。

 

「ふふっ。リーシャ船団長にも可愛らしいところがあるんですね」

「えっ……!? や、やめてください。からかっているなら怒りますよ!」

「からかってなんていませんよ。思ったことを口にしているだけです。生意気にもリーシャ船団長のことを支えていきたいと思いました。と、偉そうな口を利いてすみません」

 

 より顔を赤くするモノだからからかいたくなってしまう。

 

「……いえ。その、私も未熟者ですから。できれば支えていただけると助かります」

「はい、もちろんです。微力ながら最善を尽くします」

「はい、お願いしますね」

 

 いい感じにまとまってしまった。……これ以上無理に話していても仕方がないか。

 

「ではそろそろ行きますね。あまりお仕事の邪魔をしても仕方がありませんから」

「あっ……そ、そうですね」

 

 少し名残り惜しそうにしている。

 

「それにしてもリーシャ船団長。結局敬語に戻りましたね」

「えっ、ああ、そうですね。慣れないと難しいかもしれません」

「リーシャ船団長はそれでいいのかもしれませんね。ではこれで、失礼いたします」

「はい」

 

 俺は席を立ち深々と頭を下げた。そして踵を返し部屋を出ようとしたところでリーシャから声をかけられる。

 

「あの……」

「はい?」

 

 振り返ると少し言いづらそうにした顔がある。

 

「もし良ければ、この後中庭で少しお話しませんか? 仕事をある程度終わらせますので、一時間後くらいに」

 

 おや。密会のお誘いとは……。本当ならボロを出さないよう極力接触したくないのだが。もう遅いか。ここで断って変に勘繰られても困る。

 

「はい、喜んで」

 

 笑顔で受けることにした。

 

「しかしリーシャ船団長から密会のお誘いがあるとは思ってもみませんでした。もう少しお堅い人なのかと思っていました」

「ち、違います! 決してその、深い意味はなくてですね……」

「わかっていますよ、冗談です。ではリーシャ船団長とお話できる機会を楽しみにしていますね」

「は、はい」

 

 からかうとすぐに赤くなるところとかやりやすくて助かるな。

 言ってしまえば新しい玩具を見つけたようなモノだ。今までのヤツらとは別種の楽しさがあるような気がした。あまり本性を出すと疑われそうだから程々にしておきたいのだが。

 

 思わぬ事態になってしまったが、この機会に仲良くなって鍵の在り処を聞いてみるといいのかもしれない。

 

 俺は一度厨房に戻って俺の手がもう必要ないことを確認して、ずっとしたままだったエプロンを外そう、としたところで自分が今日なにも食べていないことを思い出した。……作って食べさせる方ばっかで自分の飯を忘れるとはな。意識したら急に腹減ってきた。

 一時間ってリーシャも言ってたし。ゆっくり飯食ってから中庭へ行こう。

 

 というわけで五十分後くらいに中庭へ向かった。既にリーシャはいて、ベンチに腰かけている。恰好は先程よりもラフだ。帽子とコートのようなモノを脱いだらあれしか上に残らないのかと驚愕する。生真面目なフリをして随分大胆な……まさか結構遊ぶんだろうか。いやまさかな。

 

「すみません、お待たせしてしまったみたいですね」

 

 とりあえず触れずにおいた。

 

「あ、いえ。構いませんよ。さぁ、座ってください」

 

 リーシャは隣を指し示す。……わざとやってんのか? それとも無自覚なのか? わからん。急にリーシャのことがわからなくなってきた。

 

「……はい」

 

 ベンチを半分で割った右半分に腰かけている。ちょっと真ん中寄りなのがな。俺は左端に座り少し距離を開ける。

 

「あの、なんか遠くないですか?」

 

 不思議そうにされてしまった。無自覚かよ。

 

「……あのですね。リーシャ船団長。無礼を承知で言わせていただきますが……誘ってるんですか?」

「え?」

 

 嘆息混じりに言うときょとんとしていた。

 

「こんな夜更けに二人きり。しかも今の船団長の恰好を見返してください。正直に言って大胆にも程があります。それで近くに寄れだなんて……。もしかしてリーシャ船団長ってそういうおつもりなんですか? 無自覚ならもうちょっと自分の魅力というモノを自覚してください。あなたは可愛いんです。美しいんです。無防備すぎます」

 

 度し難いほどだったせいで多少熱く語ってしまった。

 

「……」

 

 リーシャはぽかんとして固まってしまう。……ちょっと口が過ぎたな。怪しまれないといいんだが。

 彼女はゆっくりと視線を自分へと下ろす。そして茹で蛸のように耳まで赤く染まった。ようやく自分の行いに気づいたようだ。俺は背凭れに体重をかけて夜空を見上げる。

 

「……わかっていただけたならいいです。これからはお気をつけてくださいね」

「……はい。すみません」

 

 か細く震える声が返ってきた。

 

「それで、なんで自分を呼んだんですか?」

「えっ?」

「こうして呼ぶからには、なにか話があるかと思っていましたが」

「……そう、ですね。すみません。ただその、着飾らず話せたのは久し振りのことだったので、もう少し話していたいと思ってしまって」

「そうだったんですか」

 

 特に用があったわけではないらしい。しかしだからこそ密会の体が強くなってしまう。

 

「確実に夜を共にしましょう的なお誘いの雰囲気でしたよ」

「よ……!? ち、違います! 私そんなつもりじゃ……」

「わかってますよ」

 

 こういう話題になるとすぐ顔を赤くする。初々しいモノだ。確か二十超えてるんじゃなかったっけ。

 

「ちなみに本当にそういうお相手はいないですか?」

「え!?」

「リーシャ船団長ほどの方なら何人か囲ってたりですとか、遊びでとかありそうだなと思いまして」

「な、ないです! 全く! ……そういうのは、その、あまりにも馴染みがないので」

「ですよね。知ってました」

「っ! か、からかっていたんですね?」

「はい。リーシャ船団長ってこういう話題に耐性なくて見てて面白ーーいえ、可愛いですから」

「か、可愛いとかそんな……。私よりモニカさんの方が可愛いと思いますよ」

「可愛いは人それぞれの感性ですからね。私はリーシャ船団長を可愛いと思っています、って年上の女性にそれは失礼ですかね」

「……別に、いいと思いますよ」

 

 チョロい。もうちょっとからかって遊んでいたいが、どう鍵の在り処を探ったものかな。

 

「リーシャ船団長は、戦いを怖いと思ったことはありますか?」

「怖い、ですか」

「はい。自分は入ったばかりで成績も悪いので、戦いになったらすぐに命を落としてしまいそうで」

「そう、でしたね。繊細な心の持ち主に見えなかったので忘れていました」

 

 おっと危ない。ついからかいすぎてしまったせいか、少し非難の目を向けられてしまう。

 

「……そう見えているなら、大成功ですよ。侵入者があったそうですからね。なにか起こるんじゃないか、って不安です」

「そうですね。私達の見えないところでなにかが動いているのは間違いありません。それでその、質問の答えですが」

 

 リーシャは空を見上げる俺の顔を挟んで無理矢理自分の方へ向かせた。俺の正面に顔があり、真っ直ぐ目を見据えてくる。帽子を目深に被っているので見られてはいない、はず。

 

「私も怖いと思っています。ですが私は逃げません。私自身が、ここで皆を守ると誓ったんですから。死が怖いのは皆同じです。だから恐怖に立ち向かう勇気を持ってください。私も、あなたを守るために全力を尽くします」

 

 真面目な顔でそんなことを言ってきた。……随分と上官らしいことをするものだ。顔が近いのは置いておいて。というより、わかってんじゃねぇかよ。

 

「……なら、心配はいりませんね」

「はい」

 

 俺の返事に笑顔を見せて顔を放してくれる。帽子の位置を修正した。

 

「わかってはいても、ネガティブになってしまうモノですよね。自分なんか黒騎士を助けに来た人達と戦闘になって黒騎士が暴れ回る姿を想像しちゃいます」

「ふふふ。大丈夫ですよ。ここにはモニカさんもいますし、もちろん私もいます。それに黒騎士が例え牢を出られても枷が外せなければそうはなりません」

「モニカ船団長補佐も頑丈かつ特定の鍵がないと外せないとおっしゃっていましたが……。看守室に鍵があるならあそこまで辿り着かれたら脱獄できてしまいますよね?」

「はい。ですから、船団長である私が肌身離さず持っています」

「……それなら安心ですね」

 

 よし。聞きたいことは聞けた。後はからかい倒して戻るとするか。

 

「……リーシャ船団長」

 

 俺はまだ俺を励まそうとしているリーシャの言葉を遮って呼ぶ。

 

「はい」

 

 そして一気に押し倒した。

 

「え、――きゃっ」

 

 突然のことに抵抗できなかったリーシャはベンチに背をつけることになる。

 

「ええと、その……」

「……船団長。俺は言いましたよね? 船団長は魅力的女性だからお気をつけくださいと」

 

 俺は倒れるリーシャに覆い被さり宙に浮いた手を握る。

 

「あ、あの……」

 

 彼女は状況が理解できていないのか頰を染めて狼狽えるのみだった。そんな頰に手を添えて吐息がかかるくらいの距離まで顔を近づける。リーシャが息を呑んだのがわかった。

 

「……あんなに顔を近づけて優しい言葉をかけて。俺、その気になっちゃいますよ?」

「えっと、その、あの……」

 

 頭が上手く回っていないのか全然喋れていない。

 

「無防備すぎて、もうキスまでできそうですよ?」

「っ!」

 

 わかりやすいくらいに真っ赤になって面白――いや可愛い。

 

「遠目から見ても綺麗ですけど、近くで見ると余計綺麗ですよね」

 

 微笑んで頰を撫でてやるとかちこちに固まってしまう。いやけど肌はすべすべだよなぁ。これで手入れちゃんとしてないとかだったら世の中の女性は泣くぞ。

 

「……そ、空! 星が綺麗ですよ!?」

 

 苦し紛れの話題転換をしてくるが、無駄だ小娘よ。

 

「そうですか? 俺は星空よりリーシャ船団長の方が綺麗だと思いますよ」

 

 逃げ道はない。リーシャはあわあわと口を動かしている。そろそろ終わりにしてやるか。

 

「……リーシャ船団長」

 

 俺は顔をズラして耳元で囁く。

 

「……抵抗しないと、俺のモノにしちゃいますよ?」

「っ〜〜!!」

 

 湯気が出そうなくらい真っ赤になって目を回し始めていた。……刺激が強すぎたか。

 

「――と、いう風に襲われますから今後は気をつけてくださいね?」

 

 俺は身を起こして軽い調子で告げる。

 

「……ふぇ?」

 

 なにが起こったのかわかっていないのか間抜けな声を上げていた。

 

「じゃあ自分はこれで。これに懲りたらもう無防備なことしちゃダメですよ。本当に襲われても知りませんからね」

「……あ、え、っ……」

 

 まだ思考が回復していないらしい。だが我に返ってしまうと恥ずかしくなりそうなのでさっさと退散したい。

 いや。もう一つ、言い忘れていたことがあったな。

 

「リーシャ船団長。船団長は凄い人です。ヴァルフリート団長がどんな凄い方なのかは知りませんが、リーシャ船団長はリーシャ船団長です。ヴァルフリート団長になることはできません。きっとあなたにしかできないこと、あなただけの価値があるはずですよ。それに人間、どこを目指すにしてもまずは目先のことを片付けないと進めませんからね」

「えっ……」

「では本当にこれで。夜に薄着では風邪を引きますよ。暖かくして寝てくださいね」

 

 俺はそう言い残して、中庭を去った。そしてハリソンに宛てがわれた部屋で他の団員と一緒に就寝する。

 

 そして、運命の日を迎えた。




というわけでリーシャさんは今後いじられキャラと化します。
本編にからかわれたりする場面ってありましたっけ? なんでこうなったんでしょうね。


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帝国の襲撃

言い忘れてましたが
「「「◯◯◯◯」」」
みたいな表記は三人以上が、という意味です。複数書いてたらキリがないんでそんな感じのルールにしています。


 翌日は朝から警報が鳴り響いていた。

 

「総員! 厳戒態勢を取れ! 各部隊は集合し持ち場へ移動! すぐにだ!」

 

 モニカの切迫した指示が飛ぶ。

 

「帝国の兵士はどこを目指していますか!?」

「か、監獄塔と思われます!」

「黒騎士が狙いですか……!」

「お、おそらく」

 

 リーシャは報告を聞いて、おそらく頭の中で作戦を練っている。

 無意識かコートのポケットに手がいっていた。……あそこに枷の鍵が。

 

「……仕方ありません。どなたかグランさん達を呼んできてください! 私とモニカさんと一緒に黒騎士の保護へ向かいます!」

 

 彼女は黒騎士を確保し、その上で連中の力も借りるようだ。指示を出している最中は鍵から意識が離れたようだ。その隙にするりと鍵を抜き取る。誰にも動きは捉えられない。なにせ、俺の本業はこっちだ。戦闘や料理なんかよりよっぽど上手くやれる。

 

「リーシャ。昨日は魔物退治にすらあの者達の力を借りるのを嫌がっていたというのに……どういう心境の変化だ?」

「知りません。兎も角、私は私に今できる最大限をやるだけですから」

「ほう。一晩でこうも変わるとはな。遂に男でもできたか」

「も、モニカさんっ! こんな時にふざけないでください!」

 

 相変わらずすぐ動揺するが、部隊に指示を出していく姿は勇ましい上官そのものだ。やればできるじゃねぇか。

 

「新入り! 俺達も行くぞ!」

 

 俺も部隊の人達と一緒に庁舎の外へ出て配置につく。

 

「あの、自分達は戦艦から監獄塔までの方向と結構離れてますけど……こっちにも来るんですか?」

 

 移動中先輩に尋ねる。俺達は戦艦の正面から離れた位置に配置された。しかも一部隊で、だ。

 

「おそらく来る。大半は真っ直ぐ来るだろうが、一部回り道をしてから攻め込んでくることがある。そのための俺達というわけだ」

 

 なるほど。で、俺達はある程度バラけた状態で茂みに隠れ来るかもしれない帝国兵を警戒する。

 独特の静けさと緊張感が俺達を支配した。

 

「……来たぞ! 銃を構えろ。合図したら一斉に打て」

 

 部隊を仕切る先輩が指示を出してくる。がさがさがちゃがちゃと帝国の兵士が走っているのが見えた。固唾を飲んで合図を待つ。そして、

 

「今だ! 撃てーっ!」

 

 号令があって引き鉄を引く。帝国の兵士五人の内二人の足に当たり戦闘不能になった。五人で撃って二発か。俺がいなけりゃ一発だぞ。ったく。

 

「敵だ! 身を隠せ、向こうから撃ってきたぞ!」

 

 当然敵に居場所がバレる。茂みの後ろで移動しながらの銃撃戦が始まった。……なんとか離脱したいんだが、一日とはいえ関わった連中を俺が殺すのはマズい。できれば相打ちになってくれると嬉しいんだが。

 と思っていたら二人死んだ。茂み越しに撃たれて運悪く急所に当たったようだ。……クソッ。だからって死んで欲しいわけじゃねぇんだぞ。

 

 三人目は動揺して音を立てたところを三人に撃たれた。

 

「……新入り。お前だけでも逃げろ」

 

 残った先輩が言ってきて、少し離れたところで音を立てて立ち上がり発砲。兵士一人を射殺後頭を撃ち抜かれた。……バカだろ、どいつもこいつも。俺は赤の他人だってのに。

 

「……舐めるなよ、帝国兵」

 

 俺は立ち上がって銃を構え一人の頭を撃ち抜き殺す。もう一人が銃を向けてきたのですかさず木の後ろに隠れる。それから近くに落ちていた石を近くの茂みの方へ投げて音を立てた。そっちに移動したと思ったのかすぐに発砲音が聞こえたので立ち上がり最後の一人を撃った。……俺一人の方がやりやすかったな。

 

「……胸糞悪い話だ」

 

 足を撃たれて蹲っている二人はきちんと始末しておき、俺は移動する。これからは単独行動だ。やるべきことを、やらねぇとな。

 

 ◇◆◇◆

 

 スツルムとドランクは物陰に隠れて騒動を見守っていた。帝国の戦艦がアマルティアに到着して黒騎士を殺すべく動くのを見ている、のだが。

 

「貴様ら帝国兵ではないな。昨日の侵入者か。手を挙げろ」

 

 ドランクの後頭部に銃口が突きつけられ、二人の身体が硬直する。

 

「……おっかしいなぁ。僕油断してなかったはずなんだけど。秩序の騎空団っていつの間に腕上げたの?」

「そりゃ俺だからな」

「「えっ?」」

 

 銃を下ろして言った俺を、二人が驚いて振り返る。……そんなにわかんなかったのかよ。帽子を脱いで素顔を晒したことで、二人はほっと胸を撫で下ろす。

 

「な、なんだダナンだったのね。びっくりしたぁ〜」

「おいおい薄情だな。俺の声を聞いてわからないとは」

「お前の演技は上手いんだ。心臓に悪い」

「悪かったよ。黒騎士助ける算段はついたから許してくれ」

「おっ。さっすが〜。で、これからダナンはどうするの?」

「黒騎士はリーシャとモニカが保護しに行った。グラン達も出る。となれば混乱は更に大きくなるはずだ。そこで、グラン達がリーシャと合流したところで二人を誘き寄せるようにしたいんだよ」

「具体案はあるのか?」

「ああ」

 

 そうして俺は思いついていた策を二人に話す。

 

「それはまた、悪どいことを考えるねぇ」

「確かにそれなら二人が出る他なさそうだな。わかった、あたし達はなにをすればいい?」

「当初の予定通り退路の確保でいい。あと俺の荷物返してくれ。動く」

「はいよ〜。じゃあお願いね、ダナン」

「おう。後でな」

 

 無事二人と合流できた俺は、荷物を回収してまた分かれる。そして思いついた策を実行すべく移動していくのだった。

 そして監獄塔にまで辿り着く。見張りの二人を【アサシン】の麻痺針で仕留めて中に入る。看守が気づく前に麻痺針で動けなくしておいた。……もう黒騎士はここを出たみたいだな。

 

 看守室から適当に鍵を拝借する。そして監獄塔の牢屋の方へ向かった。

 

「よぉ。秩序の騎空団に無様に捕まった情けない犯罪者共」

 

 俺は大きな声でそう告げる。フードを被った恰好で、にやにやと笑いながら。

 

「どうだ? ここから出て暴れたくはねぇか?」

「あ? てめえなんだよ。偉そうにしやがって! ぶち殺してや――」

「煩ぇ」

 

 俺は暗器の一つである投げナイフを格子の隙間からそいつへ投擲して頭に刺し殺す。

 

「「「……」」」

「わかったか? 気に入らないならそれでいい。俺に協力するっていうなら出してやってもいい、って言ってんだ。なぁ――てめえらの命握ってんは俺だからな? 言葉は選べよ」

 

 俺を罵倒していた者達も一斉に静まり返る。そんな中で殺気を撒いて威圧する。

 

「……わ、わかった。あんたに協力する! だからここから出してくれ!」

 

 一人がそう言えば後は雪崩れのようだった。

 

「わかればいいんだよ。ほら、開けてやる。手錠はてめえらで外せよ」

「へへっ。助かるぜ」

「出たらここの西へ向かえ。そこは比較的手薄だから逃げやすいだろうぜ。武器とかは自分で調達しろよ」

 

 俺は言って次々と犯罪者共を解放していく。後はあいつらを全員捕えられる人員――リーシャとモニカに居場所を伝えるだけでいい。全員行ったことを確認して早速通信するかと思っていたら。

 

「なァ、アンタ。面白ェなァ」

 

 人気のない牢獄から声をかけられた。……なんだ? 大人数の部屋だってのにたった一人で居座ってやがる? 身に纏う闘気もその辺のヤツらとは桁違いだぞ。こいつとは俺が戦っても互角じゃねぇか?

 

「……あんた、あいつら雑魚とは違うみたいだな。最上位のS級でなけりゃ基本は上になればなるほどこの塔の上に捕えられるって聞いたんだが?」

「ハハッ。話が早ェ。その通り、オレはA級犯罪者に指定されてンだ。ここにいンのは、同じ部屋のヤツらとちょっと喧嘩してなァ」

 

 殺し合いでもしたのかよ。とんだ問題児だな。俺が言えたことでもねぇか。

 俺はそいつをじっと見つめる。牢屋の暗がりに胡坐を掻いて座った男だ。年齢は俺より少し上くらいか。赤髪に褐色の肌を持つヒューマンだ。目つきの悪さはいい勝負だな。俺にはあまり馴染みのない和服を着込んでいる。

 

「で、そのあんたが俺になんの用だ?」

「オレをこっから出してくれ。したらアンタに手ェ貸す。オレはこんなところで終わるわけにはいかねェンだよ」

 

 ぎらりと光る赤い瞳には昏い決意が宿っていた。……ふぅん。こいつとの縁はいつか利用できるかもしれねぇな。

 

「……わかった。ちょっと待ってろ」

「あン?」

 

 俺は牢屋の鍵を開けて枷の鍵を探り、A級と書かれていた場所にかかっていた鍵で枷を外す。

 

「……ンだよ。随分あっさり解放してくれンな。俺がアンタ殺すとか考えねェのかよ?」

「大丈夫だ。武器も持ってねぇヤツに負ける気はねぇよ。武器を取り戻したらわかんねぇけどな」

「ハハッ。上等だ。気に入ったぜ、アンタ」

 

 愉快そうに笑う男は立ち上がる。俺と背丈は変わらないが引き締まった筋肉質な身体をしていた。

 

「オレはゼオ、ってンだ。アンタは?」

「俺はダナンだ。つっても俺は脱出の手伝いはしねぇから自力で出ろよ」

「オイオイ。冷てェなァ」

「それくらいできるだろ。多分あんたの武器はそこの武器庫にあるはずだ。ほら、鍵はやる」

「おっ。助かるぜ」

「じゃあ、生きてたらまたいつか会おうぜ。そん時はあんたを扱き使ってやる」

「ハハハッ! いいねェ、益々気に入った! そン時が来たらオレも扱き使われてやンぜ!」

 

 そうして俺は荒っぽい男ゼオと別れた。

 

「……ドランク。聞こえるか?」

 

 監獄塔を出て一人になってから玉を使ってドランクへ通信する。

 

『はいは~い。聞こえてるよ~ん』

「今からリーシャへ俺が演技で通信する。お前は悪役っぽい感じで合わせてくれ」

『え、急! まぁいいよ~。任せといて』

「ああ」

 

 俺はドランクとの通信をそのままに、【アサシン】を解除してリーシャへと通信を送る。

 

「り、リーシャ船団長! こちら西で待機中の部隊! げ、現在帝国の兵士の侵攻を許したのか脱獄した犯罪者が大勢後ろから襲ってきています!」

 

 切迫した声で報告する。

 

『えっ!? 脱獄!? な、なにがどうなって――』

『オイオイオイ。こんなとこにまだ一人いんじゃねぇかよぉ。さぁ、てめえはどんな死に面晒してくれんだぁ!?』

「え、ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

『っ!! お、応答を! 応答してくださ――』

 

 リーシャの焦った声が聞こえたところで通信機器を踏み潰されたかのように乱暴に切断する。これでこっちの声はリーシャに届かなくなったな。

 

「ナイスだ、ドランク。いい演技だったぜ」

『ふっふ~ん。そうでしょぉ? ダナンの迫真の演技には負けるけどねぇ』

「ははっ、寄せよ」

『……この二人組ませたらダメだな、やっぱり』

 

 案外様になった悪役の声だった。流石だ。スツルムの呆れた声が聞こえてきた気がするが気にしないでおく。

 

「……これでリーシャとモニカが西へ向かうだろう。そうなったらグラン達が黒騎士を連れて逃げていくだろうから、騎空艇までの退路を確保できるようにすりゃいい、ってことだ」

『そういうことだね。じゃあ僕らもそろそろ通信できなくなるから』

「おう。気をつけろよ」

『そっちもね~』

 

 ドランクとの通信も切って、俺もこの島から脱出するためにちょっと遠いが正面の港の方へと移動を始めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 秩序の騎空団の通信を聞いてどういった戦況なのかを確認しながら移動していく。

 そして正面の港までの広場で、アマルティアの騒動は佳境に差しかかっていた。

 

「どういうことなのか、説明していただけますか」

「私から逃げられるとは思わないことですねェ」

「くっ……」

 

 リーシャとモニカ率いる秩序の騎空団。ポンメルン大尉率いる帝国兵。そして枷に囚われた黒騎士を守るかのように構えるグラン達。……これは一体どういう状況だ?

 俺はと言うと、近くの建物の上からこっそり眺めている状態だ。グラン達が秩序の騎空団とも敵対しているような状況なのが気になるところだ。

 

 ふと玉が光っていることに気づいて魔力を込める。

 

『説明しよう! って一回言ってみたかったんだよね~』

「ドランク。このタイミングでってことはそっちから見えてんのか?」

『もっちろん。ここだよ~。手ぇ振ってるの見える?』

 

 言われて退路――騎空艇方面へ目を向けると物陰から手が覗いていた。

 

「見えた。なるほど、退路ってのはそういうことか」

『察しがいいね。もちろんホントにピンチなら僕達も参加するよ』

「そうしてくれ。で、状況は?」

 

 先を促す。

 

『それはねぇ。なんかボスが脱獄させろって要請したみたいで、ダナンが秩序の二人を誘き寄せたタイミングで逃げ出そうとし始めたんだよねぇ。それがバレて、今の三つ巴の状態、ってわけ』

「なるほどねぇ」

 

 しかしあの犯罪者集団を俺がこっちに来るまでの間に捕縛して戻ってくるとはな。モニカはもちろんリーシャも相当優秀らしい。

 

『あ、僕らもいるから四つ巴かもね~』

「確かにな。精々引っ掻き回してやるとするかな」

 

 俺達はそのどこに味方するでもない。黒騎士の味方として動いている。

 

「黒騎士の身柄をこちらへ渡してください。もしその人の脱獄を手助けしたとなれば、あなた方は犯罪者となります。そうなればこちらも見逃すことはできません」

 

 リーシャの毅然とした声が響く。

 

「黒騎士の身柄を渡すんですねェ。然るべき処置を、執らなければならないんですよォ」

 

 ポンメルンが睨みつけるように告げた。

 

「……すみません。黒騎士は渡せません」

 

 しかし気丈にもジータはどちらも拒否している。黒騎士がなんか話したんだろうな。そこまでは察せないが、あいつらは俺達にとって今敵じゃないということは確かなようだ。

 

「だがこの手勢を相手にお前達だけで足りるか?」

「厳しいだろうな……この人数に加えてポンメルン大尉、そしてリーシャ殿とモニカ殿」

「だろうな」

 

 広場の中央に追い詰められ、全ての道を敵が埋め尽くされているグラン達はピンチなようだ。

 

「黒騎士……あなたが捕まった状態なのが残念でなりませんねェ。この魔晶の力で、あなたを超えると証明したかったのですが……」

 

 ポンメルンは言って懐から禍々しい光を放つ結晶を取り出した。

 

「……モニカさん、やりますよ。彼らに渡すわけにも、ヤツらに殺させるわけにもいきません!」

「無論だ」

 

 リーシャとモニカも戦闘態勢に入り、険しい表情のグラン一行が半歩下がる。……よし。ここだな。

 

「……り、リーシャ船団長! 屋根の上に敵影です!」

 

 俺は立ち上がり声を作って大声で叫ぶ。

 

「え――」

 

 リーシャは目を見開いてこちらを見上げてくる。秩序の騎空団の制服を着込んだ俺が立っているのだから当然か。なにせ、犯罪者に襲われたことになっているんだからな。

 

「……なんてな。盛り上がってるところ悪ぃな、お前ら」

 

 俺は言ってにやりと笑い、服を早脱ぎして放り投げ姿を見せないようにしつつ普段の服装へと早着替えする。

 

「俺達も混ぜろよ」

「なっ……!」

 

 グラン達やポンメルン、リーシャ達も驚く中、俺と黒騎士、そして少し離れた場所にいる傭兵二人だけが笑っていた。特にリーシャの驚きようったら半端じゃない。

 

「……あ、あなたは黒騎士の……!? いえでもさっきの声は……」

「実は昨日の朝から潜入してたんだ。本物のハリソン・ラフォードは今頃養護室のベッドの下だ」

「っ……!」

「いやぁ、丁度いい変装相手がいて良かったぜ。声も似てたもんだから全然バレねぇんだもん」

「そ、そんな……」

 

 リーシャのショックが一番大きいようだ。一番二人でいる時間が長かった分気づきやすかったのではと思っているのか。

 

「……まさか秩序の騎空団に潜入されているとはな。私が気づかないとは予想外だった」

 

 モニカは帽子を下げて悔いる。

 

「俺はそういうのが得意なんだ。――よし。じゃあさっさとおっ始めて、うちの黒騎士さん返してもらうとするかぁ! 援護してくれ!」

『了解~っと。その玉投げといて』

 

 俺は屋根の上から黒騎士達のいる方へと跳躍する。玉から声が聞こえたので俺の近くにいる秩序の騎空団へと放り投げた。玉はぴたりと空中で止まり、近くにいた者達へと炎を放ち道を開けてくれる。

 

「ぐわああぁぁぁ!!」

 

 加えて騎空艇までの道を塞いでいた帝国兵達が次々と悲鳴を上げて切り伏せられていく。

 

「ボス~。おっひさ~」

「無駄口叩いてないで手を動かせ」

「はいは~い」

 

 スツルムとドランクが、兵士達を蹴散らして退路を確保しようとしてきた。俺はその間に黒騎士の下へと辿り着く。

 

「ふん。ようやく来たか。早くしろ」

 

 黒騎士は仄かに笑いつつ両手を差し出してくる。

 

「はいよ」

 

 俺はポケットを漁って鍵を取り出し枷の鍵穴に嵌める。すると魔方陣が描かれて枷が自動的に外れる。

 

「えっ? あ、あれ?」

 

 それを見て困惑したのはリーシャだった。鍵を入れていたはずのポケットなどに手を入れたり引っ繰り返したりしている。

 

「リーシャ……一体どういうことだ?」

「た、確かに庁舎を出る前まではここに……」

 

 ここは唯一答えを知っている俺が説明してやるとしよう。

 

「元々俺は戦闘や料理なんかより()()()専門だったんでね。誰にも気づかれずモノを盗むなんて容易いんだよ。いやぁ、昨晩はありがとうございましたリーシャ船団長。おかげで鍵の在り処がわかってこうして盗めましたんで。感謝してもし切れないですわ」

「っ……!!」

 

 俺の言葉にリーシャが羞恥と怒りで顔を真っ赤にする。昨日の相手が俺だとわかっての羞恥だろう。

 

「ほれ、黒騎士。あんたが昔使ってたヤツならマシに戦えんだろ?」

 

 俺は革袋からブルドガングを取り出して手渡す。

 

「気が利いているな」

「だろ?」

 

 剣を手に取り肩を回して身体を解す。

 

「私も戦力として数えられるようにはなったな。これで形勢逆転というわけだ。五体満足で帰れると思うなよ!」

 

 黒騎士が吼えると同時にその身に宿す覇気を振り撒く。それだけで集まっていた者達が僅かに後退した。

 

「……そういえばポンメルン大尉。貴様魔晶があればこの私を超えられるとかほざいていたな。いい機会だ、それが驕りだと証明してやる。かかってくるがいい」

 

 しかし黒騎士は魔晶を持って立つポンメルンへと向き直った。

 

「……ッ。い、いいでしょう。この魔晶で、あなたを叩き潰してやりますよォ……!」

 

 怯むポンメルンだったが、こうなったらやってやるとばかりに魔晶を使い巨大化する。

 

「直接、私の手で、殺してあげますねェ!」

「ふん。貴様程度がいくら魔晶を使ったところで、私に遠く及ばん」

 

 魔晶を使ったポンメルンと黒騎士が向かい合い、

 

「あなたという人は! 絶対に許しません!」

「そんな怖い顔しないでくださいよ。可愛い顔が台無しですよ、リーシャ船・団・長?」

 

 俺を完全に敵視したリーシャが剣の切っ先を向けてくる。こいつは俺が相手しなくちゃならないようだ。

 

「後ろは任せといて~」

 

 スツルムとドランクは退路を確保すべく兵士達と戦っている。

 

「仕方がない。少々手荒だが、貴公らは私が相手するとしよう」

「皆、気を引き締めてかかるよ!」

 

 モニカとグラン達が対峙する。

 

 こうしてアマルティア島での、最後の戦いが始まった。




☆今日のワンポント☆

ド「さぁ、てめえはどんな死に面晒してくれんだぁ!?」

悪どいCV杉田智和。聞きたい。というか聞いたことあるんじゃないかと思います。小物感出てると尚良し。


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四つ巴決着

さっき更新しましたがそういやアニメ放映の話をしてませんでしたね。
地域によっては今日、というか今観てる方もいらっしゃるのかな?
うちはなんか電波悪いっす(笑)

放映記念枠ってことで更新しときます

※追記
前書きを書いてる時は放映の最中でしたが、後書きのハリソン君の後日談を書いてたら終わってました(笑)


 グラン一行、秩序の騎空団、エルステ帝国軍、そして黒騎士一行。

 

 アマルティアでぶつかる四つの立場それぞれの者達の中で、戦況を左右する者達がいる。

 その中の一つはあっさりと決着がついた。

 

 黒騎士とポンメルンとの戦いである。

 両者の戦いに巻き込まれないよう退路を封じようと動く兵士達がいる中で、一騎打ちの構図となっていた。

 

 片や七曜の騎士。片や魔晶によって人外の力を手にした軍人。

 

 どちらも化け物でありながら、より化け物だったのはどちらか。

 

「はあぁ!」

「ふんっ」

 

 巨大化したポンメルンと黒騎士が刃を交える。

 

「ぐあぁ!?」

 

 押し負けたのはポンメルンだった。大きく後退させられ、深く切り裂かれる。

 

「……ば、バカな! バカなバカなバカな……っ! 魔晶を使った私がこんなにも……」

「ふん。貴様如きがいくら力を手にしたところで無駄だ」

「っ! これなら、どうですかねェ。魔晶剣・騎零ッ!」

「無駄だと言っている」

 

 ポンメルン渾身の一振りでさえも、黒騎士の一振りによって相殺され、余波で後退させられる始末だった。

 

「……バカな。あり得ない、こんなことあり得るはずが……」

 

 慄くポンメルンは実際に剣を合わせて実力を肌で感じ、勝ち目がないことを悟った。

 

「私はこれでも七曜の騎士だ。貴様の小さい物差しで推し量ろうなどと浅はかだったことを悔いるんだな」

「くぅ……!」

 

 そして黒騎士がもう一度剣を振るった。斬撃がポンメルンへと直撃して吹き飛ばす。傷は魔晶の力で再生したが大きなダメージを負ったせいか変化が解けている。

 

「……た、退却、退却するんですよォ!」

 

 最大戦力をあっさりと破られた帝国は一目散に撤退していった。

 

「ふん。他愛ない」

 

 黒騎士はつまらなさそうに鼻を鳴らす。そこへ傭兵二人がやってきた。

 

「流石ボス〜。おかげで僕らも楽できたよ」

「ダナンを手助けするか?」

 

 久し振りに顔を見て元気そうだと察し、しかしそれを口にしないまま次へと移る。

 

「いや、あれはあれで面白そうだ。見ていよう」

 

 その視線の先には怒り狂うリーシャと戦い、もとい追いかけ回されているダナンの姿があった。

 もう一つの戦い、モニカと秩序の騎空団が協力してグラン一行と戦っている方も気になっていた。ヤツらに覚悟があるのか、それを見届けなければならない。

 

「紫電一閃!」

 

 紫電を伴う斬撃が放たれる。黒騎士も苦戦させられたあれだ。正面を受け持つのはグランとジータ。グランが【ホーリーセイバー】となり防御を担当し、ジータが【ウエポンマスター】となって攻撃を担当している。しかし攻撃が当たらず紫電一閃を連発される始末だった。

 他の仲間達も仲間達で連携の取れた秩序の騎空団に苦戦を強いられている。数が多くカタリナは防御に徹する他ない状態だ。後衛の四人が徐々に数を減らしているが、厳しい戦況なのは間違いなかった。

 

「メレーブロウ!」

「甘い! 紫電一閃!」

 

 ジータの放った渾身の奥義も回避され、紫電一閃が叩き込まれる。それをグランが代わりに受けてジータは斧を手放しモニカへ迫った。

 

「なに!?」

 

 武器を手放すという手段を使った彼女に驚き、しかし迎撃しようと剣を振るう。

 

「【オーガ】! カウンター!」

 

 それが狙いだったようで、すぐに『ジョブ』を変えて剣を紙一重で掻い潜り拳を見舞った。

 

「っ……」

 

 怯んだモニカだがそうダメージは多くない。まだ戦えると思い顔を上げたところで、

 

「【サイドワインダー】。《エウリュトスボウ》」

 

 召喚した赤い弓を構えたグランが目に入る。放たれた矢を間一髪回避すると、そこへジータが駆け込んでいた。接近戦が開始される。互いに回避直後に攻撃をする戦い方のせいか、際どい攻防が繰り広げられる。モニカの方が上手だったが後方のグランが矢を放ってジータを援護してきているため、互角の戦いとなっていた。ジータは後ろを一切振り返らず、グランも矢を放つのに躊躇がない。双子故の連携がモニカに迫るほどとなっていた。

 既に紫電が最大まで溜まった状態のモニカと互角。しかも容赦なく隙を突く戦い方をしている。

 

 勝ってここを出るという覚悟と、二人とはいえ彼女と互角に戦える実力を示していた。

 

 黒騎士はこれなら問題ないだろうと判断する。

 

「随分と思い切りが良くなっているな。お前達二人といい勝負ができそうだな?」

「二対二なら負けるつもりはない」

「でももう少ししたら抜かれちゃいそうで怖いね~」

 

 コンビネーションという点で抜群の二人も見張る成長振りだった。二人が確実に強くなっていることを確認すると、最後の一つ。

 異色の戦いへと目を向ける。

 

「このっ! 避けないでください!」

 

 毅然とした態度など一切なく剣を振り回すリーシャと、

 

「避けるに決まってんだろ? ってかなにそんなに怒ってんだよ。昨日あんなに仲良く語らった仲じゃないか」

「仲良くなんてしてません! あなたという人は! 人の心を弄んでなにが楽しいんですか!」

「人聞きの悪いこと言うなよ。大体そっちが先に弄んできたんだろ、純粋な少年心をさ」

「も、弄んでなんかいません! 別にその、そういうことではなく!」

「それが弄んでるって言うんだよ。『あ、あのリーシャ船団長が俺と二人きりで、しかもあんな恰好で……これはチャンス到来か!?』からの『特に用はないんですけど』は弄んでるだろ」

「うぅ……その、もしかしたら無自覚にそういうことをしてしまったかもしれませんけど、それとこれとは別です! あなたは意図的に弄んだじゃないですか!」

「そりゃあだってあんな無防備晒されたら身を持って教えてやるしかないだろうよ。俺はリーシャ船団長の貞操を案じて、仕方なーくだな」

「う、嘘です! 絶対楽しんでたじゃないですか!」

「それはまぁ慌てるリーシャの様子が面白くて面白くて――じゃなかった、可愛くてついな」

「面白いって言ってるじゃないですか! 最低です!」

「はっはっは。本当に手を出さなかっただけマシだと思え無自覚無防備小娘」

「っ~! もう許しませんからね!」

「許されるつもりなんてねぇよ」

 

 本来なら「罪人である黒騎士と逃がしてまでオルキスを助けに行きたいグラン達」と「罪人である黒騎士を逃がすわけにはいかない秩序の騎空団」という互いに相容れない立場で互いの信念がぶつかり合う場面なのだが。

 二人が言い争いながら戦っているせいでイマイチシリアスになり切れない部分があった。

 

 他の団員もリーシャを援護しようにも全く周囲を省みていないことと、今まで見たことのない様子に戸惑っている。

 

 リーシャは冷静ではなく、動揺しまくっていたが、それでもずっと続けてきた剣術が自然と発揮され鋭い一撃を繰り出している。普段見せない攻撃的な戦い方のせいで苛烈とも言える攻撃をにやにやと軽口を叩きながら回避し続けているダナンがいた。彼は普段通りの恰好――つまりClassⅠ相当の実力でリーシャの攻撃を捌いているのだ。フェイントなど駆け引きの一切ない攻撃とはいえ、彼が格段に強くなっているのは間違いなかった。

 

「真面目に戦いなさい!」

「……わかった。しょうがねぇ。【オーガ】」

「えっ――?」

 

 彼女の一言で軽い笑みを引っ込めたダナンは黒い拳闘士の姿へと変わり、突然のことで反応が遅れたリーシャの懐へと潜り込む。回避が間に合わないリーシャの腹部へと、彼は右の肘打ちを叩き込んだ。一度見た十天衆の身体の動きを模倣していく内に洗練され始めた一撃が当たり、リーシャの身体がくの字に折れた。

 

「……かはっ!」

 

 空気が吐き出したところで足を払われ、宙に身を投げる形になってしまう。地面に手を突いたリーシャへと、ダナンは身体を捻り肘を地面に叩きつけるように躍らせた。突然の攻勢に団員達が反応できない中、一瞬の隙を突いてダナンの上へと移動した者がいた。

 

「はぁ!」

 

 モニカだ。紫電が最大まで溜まった状態での高速移動なら間に合ってくる。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 しかしダナンは至極冷静に『ジョブ』を変えてモニカの目の前から姿を消し彼女の上へと現れる。

 

「なにっ!?」

 

 素早く抜き取った短剣をモニカの首筋へと突きつけようとするが、モニカの反応は早かった。空中で身を翻して構えていた剣を逆に振るう。ダナンは短剣でそれを受けて吹き飛ばされる時に、モニカの腹部を蹴ってお互い弾かれるように離れた。互いに身体を捻って足から着地する。

 

「……チッ。不意打ちからならいけると思ったんだがなぁ。流石船団長補佐」

「ふん。食えないヤツだ。まさかリーシャを圧倒できるとはな。立てるか?」

「は、はい。すみません」

 

 手を取って起こし、仕切り直しとなる。

 

「……これは分が悪いな。帝国は撤退し、残るは私達だけ。流石の私も勝ち目のない戦いに部下を向かわせるつもりはないが」

「そうですね……状況は厳しいと思います」

 

 彼女らが相対しているのは、未知数の実力者ばかり。確実に強い者が一人いるとわかっている時点で不利なのだ。モニカが黒騎士を相手にしている間に、リーシャがダナンを相手にしたとする。となると残る面子を一般団員で相手することになるが、それでは勝てないだろう。できれば帝国がいてごたごたしている間になんとかしたかった、というところがあった。しかし帝国はあっさりと退いてしまっている。

 

「……仕方がない」

 

 モニカは嘆息して剣を鞘に納める。

 

「皆さん、武器を提げてください」

 

 リーシャが団員達に指示して、自分も剣を納めた。

 

「どういうつもりだ?」

「勝ち目のない戦いで部下に怪我をさせるのは忍びない。貴公らの話を聞かせて欲しい」

「話す義理はないな。このまま立ち去ろうが変わらんだろう」

「確かにな。……しかし私はそこの彼らが貴公に助力した理由が知りたい。短い付き合いだが彼らが悪人でないことはわかる。となれば彼らを動かすだけの理由があるということだ。違うか?」

「ふん。それはこいつらに聞くがいい。私に答える気はない」

 

 モニカと黒騎士が問答する。黒騎士にも戦う気はないようで剣を提げて佇んでいた。

 

「ならば儂が変わりに話そう」

 

 そこへ、別の立場の者が参上した。

 

「ザガ大公……」

「し、師匠!」

 

 黒騎士とイオが現れたドラフを呼ぶ。

 

「大公閣下。貴公は黒騎士に彼らが協力した理由に心当たりがあると?」

「無論。そもそもあの子らが決断したのは、儂の話あって故じゃろう」

「それをここで聞かせていただけると?」

「儂はそのつもりじゃが、構わんな?」

「……好きにしろ。憶測に過ぎんだろう」

 

 黒騎士は自ら語る気がないらしい。

 大公は周囲を見渡してから語り始める。

 

「儂は、知っての通り帝国に操られておった。しかしその洗脳による指示は、『ルリアと黒騎士の連れた人形を奪還せよ』というモノじゃ。確かに黒騎士は近くにいたが儂を操った本人ではない。黒騎士が儂を操った本人なら、わざわざあの子を奪うよう指示を出すわけがなかろう。なにせ既に手元にいるのだからな」

「……それが本当ならバルツでの罪はある程度軽くなりますね。もちろん、全てが帳消しになるわけではありませんが」

「儂が嘘をつく義理はないの。なにせ帝国は儂の守りたいモノを――バルツ公国を危険に晒した。本当に黒騎士が黒幕であれば庇うことはない。違うと思っているからこそ、儂は真の敵に目を向けるべきじゃと思う」

 

 大公の諭すような言葉に、秩序の騎空団の面々は神妙な面持ちになる。

 

「そ、それに! 黒騎士さんの罪状、島への侵攻については黒騎士さんじゃないと思います!」

 

 そこにルリアが追い討ちをかける。

 

「確かに、ポート・ブリーズ群島じゃフュリアスの野郎が仕切ってやがったな」

「アウギュステでも傍観してたよな。軍を仕切ってたのはフュリアスだったはずだ」

「アルビオンではフュリアスしかいなかった。入っているかは怪しいが」

 

 ラカム、オイゲン、カタリナが「苛烈な他島への侵攻」の罪に対して意見を述べる。

 

「あなた方が口裏を合わせて庇っているという線は拭えないと思いますが?」

「それこそ島の連中に聞けばいい話じゃねぇか。ポート・ブリーズでの件は間違いなくフュリアス主導だって言えるぜ。なにせ黒騎士に会ってもいねぇ」

「僕達はいたけどね~」

「お前は黙ってろ」

「……それが本当なら、というよりそれが本当かどうかを調べるのが我々の仕事、か」

 

 モニカが話を聞いて嘆息する。

 

「しかし帝国の乗っ取りと魔晶の研究についてはどう弁明します?」

 

 リーシャは残る二つの罪について尋ねる。残念ながら、グラン達ではその二つに対する意見はなかった。

 

「俺達なら反論できるけど、黒騎士の味方してる俺達が発言したところで無駄だよな」

「そうだね~。荒唐無稽にも程があるけど、僕達じゃね~」

「信憑性が薄いな」

 

 黒騎士の味方をする三人が声を上げるも、彼らは庇う立場にあるため信用することはできない。

 

「あ、でも魔晶については反論できるんじゃねぇか? 基本的にあの街にいたから関わってないだろ? こいつ街中でも鎧だから目撃情報多いしな。もうちょっと忍ぶって考えが浮かばないもんかと」

「そうだね~。後はあれ、うちのボスったらあんまり頭脳労働得意じゃないんだよね~。結局は力でなんとかするタイプだし、研究とかしてなさそう」

「確かにな。雇い主は研究に向いていない。試行錯誤が苦手そうだ」

 

 三人がそれぞれ意見を言って、

 

「……貴様ら。私をフォローする気なのか陥れたいのかどっちだ」

 

 ごつんと脳天に拳を食らった。揃って頭を抑える姿はコミカルだ。

 

「……ええと、まぁいいです。少なくとも団長さん達は黒騎士が全ての元凶でないと知ったからこそ、協力する気になったということですね?」

 

 困惑するリーシャは表情を引き締めてグラン達へと目を向けた。

 

「は、はい。それに、オルキスちゃんは黒騎士さん達の傍にいたかったと思います。オルキスちゃんを宰相の好きに利用させるわけにはいきません」

 

 ジータが戸惑いながらもはっきりと告げる。

 

「……そう、ですか」

 

 リーシャはそれを聞いて表情を暗くした。

 

「……あの子は、とても悲しそうにしていました。聞いた話で無理に黒騎士が連れ回しているということでしたが……。それに」

 

 言ってダナンを真っ直ぐ見据える。

 

「あなたが死んだという報告を聞いて、泣いていましたから」

「……そっか」

 

 ダナンはそのことに優しげな微笑を浮かべた。……リーシャがそんな表情もするのかと思ったのは内緒だ。

 

「ダナンってば女の子泣かせるなんて最低~」

「オルキスにそこまで想われるとはたらしだな」

「全くだ。そこの小娘も絆されたようだしな」

「ほ、絆されてなんていません!」

 

 軽口がリーシャに飛び火する。

 

「……んんっ。とりあえずあなた方の事情はわかりました。しかしそれならそうと弁明すれば良かったのではないのですか?」

「それは多分あれだね、うちのボスってば人に助け求めるの下手くそだからね」

「……おい」

「強がっちゃって……そういうところも可愛げが――ごぼぁ!!」

 

 鈍い音と冗談ではない呻き声が上がって、細身の青年が撃沈する。

 

「……余計な口を開くな」

 

 流石にからかいが過ぎたようだ。倒れ伏したドランクはぴくぴくと痙攣して起き上がってこない。

 

「あと利用することはあっても頼る気がねぇんだろ。加えてあんたらはこれまで数多くの犯罪者を捕らえてきた集団だ。わざわざ弁解しなくても、調査に入れば真実に辿り着くっていう信頼もあるわけだ。そしてその頃には全部終わってるんだろうけどな」

「ふん。知ったような口を」

「これでもあんたの人柄ぐらいは知ってるつもりだ。必要なら利用する。必要ないなら利用しない。秩序の騎空団は別に協力してもらわなくても問題ねぇ、ってことだろ。それまでに脱獄して片をつけた方が早いってわけだ。なにをするつもりかってとこまでは知らなくても、どこへ行ってるかの宛てがあれば自分で行った方がいいしな」

「ふん、なかなかいい線いっているな」

「そりゃ付き合いそこそこだからな」

 

 ダナンの言葉を、黒騎士は否定しなかった。

 

「……あなた方は、これからなにをするつもりなんですか?」

 

 リーシャの真剣な言葉に、堂々と返答する。

 

「あの人形を取り戻す。あの女は人形とルリアを使って目的を果たすつもりだ」

「……あの女?」

「おいおい。リーシャ船団長は頭お花畑なのか? 大公の証言と今オルキスを手元に置いてる人物がわかるなら察するだろ」

「なっ! そんな言い方しなくてもいいじゃないですか! あなたという人は……!」

「リーシャ。あいつのことになると熱くなりすぎだ。もう少し冷静になれ」

「はい……」

 

 ダナンに煽られて激昂しかけたところをモニカに諭されしゅんとするリーシャ。ファンが増えたのは言うまでもない。

 

「つまり貴公らはそこの黒騎士ではなく、宰相フリーシアが全ての黒幕だと睨んでいるわけか」

 

 モニカが取り直して結論を出す。

 

「……信じるんですか、モニカさん」

「全てを信じるわけではないさ。ただ少しばかり信じる余地は生まれたと思っている。それにリーシャ。最初に私へ正しいのかと尋ねてきたのはお前だろう」

「それは……オルキスちゃんが凄く悲しそうな顔をしていて……」

「そうだな。無理に連れ回されていたならあんな顔はしない」

「はい」

 

 どうやら信じる部分も出てきたようだ。

 

「どうする、リーシャ? 今の船団長はお前だ。やはり黒騎士を捕らえるか、それとも別の選択肢を提示するか」

 

 モニカは彼女に判断を委ねる。顎に手を当て真剣な表情で考え込んだ。皆がリーシャの判断を待つ。流石のダナンも茶々は入れなかった。

 

「……決めました」

 

 リーシャは言って黒騎士を真っ直ぐに見つめる。

 

「黒騎士。あなたの罪状は全てではないにしろ、帝国の暴走を止められる立場にあって傍観していたことからも、無罪放免というわけにはいきません」

「ふん、だろうな」

「しかし、先に倒すべき元凶がいる可能性が出てきました。もちろんこの件は我々秩序の騎空団としても独自に調査する必要はありますが。ただ刻一刻と事態が差し迫っている場合あまり悠長にしていられません。ですので、あなた方にも協力してもらいます。黒騎士はフリーシア宰相がどこにいるか心当たりがあるようですから。もし彼女がなにか企んでいるならあなた方についていった方が早く辿り着けるでしょう」

 

 毅然として語っていく中、彼女の結論に対する理解が徐々に広がっていく。

 

「モニカさん。後のことは任せてもいいでしょうか」

「……うむ。船団長自ら出向くのは些か大胆すぎると思うが。そう決めたのなら思う存分やるといい」

「はいっ」

 

 秩序の騎空団側での方針は決まってしまったようだ。

 

「つまり、貴様がついてくるということか?」

「はい。あなた方を野放しにするわけにはいきませんが、かと言って捕えることはできませんから」

 

 それに、とリーシャはキッとダナンを睨みつけた。

 

「卑劣で最低なあなたを放置しておくことはできません! きちんと監視下に置いておくべきです!」

「私情かよ」

「私情ではありません。……強さとは違う異質な危険さをあなたから感じます」

「なるほど。リーシャは彼の危険さに惹かれたというわけか」

「も、モニカさん!? 急になにを……」

「違うのか? てっきり昨夜口説かれたのかと思っていたのだが」

「くどっ!? 違います! 全然! 全く! そんな事実はありません!」

「えー。俺の口説き文句に顔を真っ赤にしてた癖にー?」

「し、してませんから!」

 

 二人からからかわれるリーシャはすっかり翻弄されている様子だ。

 

「ほう。どのような口説き文句を?」

「モニカさん!」

「……星空より、俺はリーシャ船団長の方が綺麗だと思いますよ」

「っ!!」

 

 ダナンがあまりにもいい声と顔で言うものだから、リーシャは顔を真っ赤ににしてしまう。そしてその場にいた全員が納得した。

 

「ほら、こんな感じで」

「な、なってません! なってませんから!」

 

 苦し紛れに顔を両手で覆う彼女だったが、耳まで赤いので隠せていない。

 

「……しかしそんな歯の浮くようなセリフをよくも言えるものだな」

「リーシャをからかうためなら全然気にならんな」

「……貴公。いつか刺されるぞ」

 

 にっこりと笑う邪悪にモニカが呆れた。

 

「……まぁホントのことを言うと、だが。そこのリーシャ船団長が他人、特に父親と比べて下らないことで悩んでたもんだから、ついな」

「そうか。しかし敵地に潜入して塩を送るとは、料理もそうだがなにを考えている?」

「なにも。俺は黒騎士を救出するっていう仕事はこなした。後はやりたいようにやった。料理で手は抜かねぇし、リーシャはからかって遊ぶ。ただそれだけのことだ」

「……一つ余計なモノもあるが。しかしリーシャよ。一晩で大きく成長したのは彼のおかげと言えるな」

「えっ? えと、その……確かに励まされたのはそうですけど」

「そうかそうか。それで惚れ込んだわけだな」

「違います! なんでそうなるんですか!」

「違うのか? 明らかに意識しているだろう? 先程の戦い、何事かと思ったぞ」

「うっ……」

 

 痛いところ、剣を振って追い回していたことを指摘される。

 

「つまり、こういうことよね。昨日リーシャちゃんがダナン君に口説かれて“男”を意識させられた後に、敵だとわかって頭の中がぐちゃぐちゃになった、と」

 

 妙齢の女性、ロゼッタがそうまとめた。ダナンの言葉よりも効いたのか、湯気が出そうなほど真っ赤になる。言い得て妙だったからだろうか。

 

「なるほど。初めて異性を意識することができたのだな、リーシャ。……私は嬉しいぞ。まさかあのリーシャがなぁ」

 

 モニカは指で目尻を拭っている。

 

「も、モニカさん。ふざけてないで話を……」

「私は大真面目だ。……リーシャが一つ一つ大人への階段を登っていくようで、感無量だ」

「モニカさん!」

 

 地位の上ではリーシャが上のはずだが、モニカの方が圧倒的優位に立っているようだ。

 

「けど一日でそんなになんて、お堅そうで意外と惚れっぽいのね」

「だから違います!」

「あー、まぁなんだ。人は選んだ方がいいぞ、嬢ちゃん」

「選んでませんから!」

「リーシャ殿にもそんな一面があるとはな……。いや真面目そうだからこそ外れたモノに惹かれるということか」

「カタリナさんまで!?」

 

 遂にはグラン達側からもからかわれ始めてしまう。

 そして無垢なる竜の爆弾が投下される。

 

「つまりリーシャは黒い変な兄ちゃんが好き、ってことでいいのか?」

 

 ぼっと火が灯るようにリーシャが更に真っ赤になった。更にはその場で蹲ってしまう。……すると「お前が原因だぞ」とばかりにダナンへと視線が向けられた。彼は頭を搔いてリーシャへと近づいていく。

 

「……悪かったよ。からかいすぎた。だから落ち着けって」

「……いえ。こちらこそすみません」

 

 彼女にも動揺しすぎた自覚があるのか大人しく手を取って立ち上がる。が、もちろんそれだけで終わるダナンではなかった。

 

 左手をリーシャの腰に回して抱き寄せ、まだ赤いままのリーシャの顎を右手で持って上げさせる。挙句わざわざ魅力的な笑顔まで作って。

 

「しょうがねぇから、俺が責任取ってやるよ」

 

 くっつきそうなくらい顔を近づけて囁いた。……限界を迎えたのか、リーシャは目を回してかくんと力を抜く。

 

「……やりすぎたな。気絶したか。じゃあとりあえずこいつ借りてくな」

「あ、ああ。大事にしてやってくれ」

 

 ダナンは悪びれず言うとリーシャの背中と太腿に腕を回し抱え上げた。そして黒騎士達の方へ戻っていく。

 

「……随分と女慣れしているようだな」

 

 黒騎士の言葉にダナンは屈託なく笑う。

 

「いいや全然。付き合ったことすらねぇし経験もねぇよ?」

「「「はあ!?」」」

 

 そのセリフに一同が驚愕した。

 

「いやなに言ってんだよ。実際にあんなセリフ言うヤツいたら笑うわ。気障ったらしくて仕方ねぇ」

 

 先程まで口にしていた者のセリフとは思えない。

 

「ダナン、いつか刺されるからあんまりやんない方がいいよ?」

「大丈夫、リーシャほど見てて面白いヤツはあんまりいないだろ」

「……そ、そうだね。それならいいのかな?」

 

 ダナンの発言から考えて、しばらくずっとリーシャをからかい続けるようだ。飛び火しないために誰もなにも言わなかったが、リーシャの精神的負担は相当なモノになるだろうと、身を案じるのだった。

 そして彼はリーシャを抱えたまま歩く。どこへ行こうとしているのか察したらしい黒騎士とドランク、スツルムも彼と並んで歩いた。

 

 目で彼らを追ったその他大勢は、港に停まっている騎空艇グランサイファーへと乗り込んでいくのが見える。そしてダナンがこちらを振り返った。

 

「おーい、なにやってんだ? お前らの船だろ? さっさと乗って行こうぜ。じゃないと俺が操縦して墜落させんぞ?」

 

 大声で呼ばれて、真っ先に動いたのはラカムだった。

 

「あの野郎、勝手にグランサイファー弄ったら承知しねぇからな!」

「ラカムさん、待って!」

「一緒に来る気かよ……」

「賑やかな旅になりそうですね!」

「騒がしいの間違いじゃないかしら」

 

 それぞれに言って、苦笑しながらもグランサイファーの方へと駆け出した。

 グランサイファーが島を飛び立とうとするのを見送る中、

 

「モニカ船団長補佐」

「なんだ?」

「本当によろしかったのですか? 彼らの下にリーシャ船団長を行かせてしまって」

「ああ、そのことか。それなら心配はあるまい。あいつは少し、肩肘を張りすぎるきらいがあるからな。あれくらい緩い方がいいのかもしれん」

「……そうですね」

「まぁ我々としては重要な戦力を送り出すことになるのだ、不安に思うのも無理はない。だがリーシャの言う通り、彼らを見逃すわけにも丸きり信用するわけにもいかない。これは必要なことなのだ」

 

 モニカは言ってグランサイファーに、おそらく今まだ気絶しているであろう船団長に対して敬礼する。そんな彼女を団員達も倣った。

 やがてグランサイファーの姿が見えなくなり手を下ろしたモニカが団員達を振り返る。

 

「さて。では我々は此度の後始末と、帝国が攻め込んでくることを警戒して厳戒態勢を敷くとしよう。船団長が戻ってきた時にこのアマルティアが以前の通りでなければ情けないからな。気を引き締めてかかれよ!」

「「「はい!」」」

 

 秩序の騎空団はモニカの指揮の下、戦後処理とこれからの対応に追われるのだった。




※ハリソン・ラフォードの後日談。

 アマルティアでの騒動が沈静した後、医務室のベッド下で発見された彼はまず石化を解かれた。トランクス一丁という情けなさ極まる姿を配慮して布団がかけられている。

「……あ、あれ、ここは?」
「新入り……。良かった、目が覚めたか」
「先輩」

 ぼーっとする頭を振ると顔馴染みの先輩が安心したように微笑んでいる。

「あれ、どうなって?」
「お前は石化させられてたんだ。成り代わるために、な」
「そ、そうだったんですか……。じゃあ先輩が気づいて助けてくれたんですね。ありがとうございます」

 ハリソンは先輩に礼を言って頭を下げる、が先輩はあからさまに顔を背けた。

「せ、先輩……?」
「……すまん新入り。気づかなかった」
「!?」
「というか喜んでた」
「!!?」

 毎日顔を合わせていたのに気づいてもらえなかったというショックに追い打ちがかかる。

「よ、喜んでたって……嘘ですよね!? 嘘だって言ってください!」
「すまない……本当にすまない」

 ハリソンの悲痛な叫びは届かない。

「というかなんで新入りじゃなかったのか、って思ってしまったんだ」
「そ、そんな……」

 先輩の正直な言葉に打ちのめされていくハリソン。

「いやだって料理が上手くてな?」
「は?」
「とんでもない腕前だったんだ。凄かった。いやうちに是非欲しい人材だ。あと戦えるし」
「……」

 思い出すように微笑む先輩を見て、ハリソンはむっとする。先輩として尊敬していた彼に付き合いのある自分を差し置いてそこまで言わせるとは。
 そしてつい、言う気がなかったことを言ってしまう。

「料理くらいできますよ! なんたって実家がそこそこの料亭ですからね!」

 と言った次の瞬間、ハリソンの鍛え切れていない両肩を先輩が掴んだ。

「せ、先輩?」

 そして真っ直ぐに見つめてくる。会話の前後がなければハリソンが半裸なこともありイケない場面のようにも見える。

「……今の言葉、本当だろうな」
「えっ? まぁ、はい。元々嫌でここ来ましたけど、小さい頃から叩き込まれたんでそれなりには……」
「そうか」

 戸惑うハリソンに頷くと、先輩はかっと目を見開いて告げる!

「お前のその力が、俺達には必要だ!」
「……それ、実戦で言われたかったです」
「……すまん。いやでも実際厨房預かる人材が欲しくてな? やっぱりご飯が美味しいとやる気が出るっていうか。経費削減するにしても違うんじゃないかって話になってるんだ。是非お前のその辣腕を振るってくれ」

 正直、内容だけ聞けば気は進まなかった。一度は逃げた道だからだ。しかし今まで認められてこなかったのにここまで必要とされているという事実が、彼の背中を後押しする。

「ま、まぁいいですよ。俺がいて良かったって思わせてあげます。本場で鍛えた腕を見せてあげますよ!」
「その粋だ新入り! いやハリソン!」

 こうして秩序の騎空団第四騎空挺団成績最下位の新入り団員ハリソン・ラフォードは、ひょんなことから秩序の騎空団第四騎空挺団専属料理長へと昇格したという。
 因みに本人曰く、

「料理が嫌でここに来ましたけど、やっぱり自分が作った料理を喜んで食べてくれるのって嬉しいなぁと思うんです。大変ですけど、団員やるよりやり甲斐あるかもしれません(笑)」

 とのことだった。
 彼が料理長に就任してからというもの、第四騎空挺団の食事レベルは劇的に上がったという……。


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移動中

リーシャさんごめんよ……。あんまりアレだったらキャラ崩壊のタグ追加するので言ってください。


 グラン一行が使っている騎空艇グランサイファー。

 その一室にリーシャは眠っていた。……いやまさか気絶するとは思わなかったが。

 

「お前のせいだ、しっかり面倒を見ろよ」

 

 とは黒騎士の言だが。他の面々も俺を非難していたためこうして彼女をベッドで寝かせ、目覚めるまで俺が面倒を見ることになっていた。別に苦はないが少し反省してはいる。もう少しからかう頻度を少なくしてやるか。少なくとも気絶したばっかのヤツにやる気はない。

 

「んぅ……」

 

 もぞ、とベッドでリーシャが動いた。そろそろ起きるかと思って眺めていると目を開けてぼーっと天井を見上げる。

 

「……あれ、私……?」

 

 ここがどこだかわかっていないようだ。

 

「グランサイファーの中だ。空き部屋を借りてるんだよ」

「っ……。な、なんであなたがここに?」

 

 リーシャは俺の方を向いてほんのりと頬を染めている。からかいすぎた影響だろう。

 

「……やりすぎだ、って怒られて面倒見ろって言われたんだよ」

 

 流石の俺も反省する。あと少し自重するように言われてしまった。楽しくなってやりすぎないように注意しないとな。

 

「そ、そうですか……」

 

 ほっとしたような様子だ。まぁだろうな。

 

「で、もう平気か? 平気なら甲板に行くぞ。次の目的地について話すからな」

「は、はい」

 

 リーシャは慌てて起き上がりベッドから降りて立ち上がる、とよろけた。仕方なく俺が支えてやる。距離が近くなったせいか身体を硬直させてしまった。……こうやって一々反応するから面白くなるんだよなぁ。

 

「フラついてんじゃねぇか。一人で歩けるか?」

「は、はい。すみません」

「いい。ほらさっさと行くぞ」

「あ……はい」

 

 俺はからかわずさっと離れて部屋を出る。確かに心労を大きくするのもあれだしな。

 そして帽子を被り直した彼女と共に甲板へ出た。

 

「おっ、やっと来たね~」

 

 ドランクがいつもの軽い調子で言って全員の視線がこちらに集まる。

 

「ふん。ならさっさと始めるぞ。事態は刻一刻を争う」

 

 黒騎士はレオタードのみの恰好だったからか黒い布を纏っていた。マントというほどのモノではないので別段意味はなさそうだが。俺の外套を貸した方がマシのような気はする。

 

「それで、黒騎士さん。オルキスちゃんは――宰相フリーシアはどこにいるんですか?」

 

 グランが団を代表して尋ねた。

 

「……ラビ島だ」

「ラビ島だと? あそこにはなにもないと思うのだが……」

 

 彼女の答えにカタリナが疑問を呈する。

 

「エルステ王国の王都、だった場所ですね」

 

 リーシャは知っているようだ。

 

「そうだ。あの女はエルステ王国にこそ執着している。今のエルステ帝国の帝都アガスティアなど、あの女にとっては仮初の拠点に過ぎない。……王族が死亡したのは十年前王都メフォラシュで起こった星晶獣の暴走が原因だ。ヤツがエルステ王国を取り戻すつもりなら、そこで実行するだろう」

 

 確かに、黒騎士の予想は理に適っていた。

 

「なら次の目的地はラビ島、旧王都メフォラシュだね。ラカムさん、頼んだよ」

「おうよ! 任せとけって」

 

 グランが決定を下し、操舵士へと声をかける。

 

「こっからだとグランサイファーで二日はかかるな。それまで自由にしててくれ」

 

 ラカムは騎空艇を操作しながら告げた。

 

「わかった。じゃあ皆、しばらくは自由にしてていいよ」

 

 というわけで自由時間になった。なので早速【アサシン】の暗器や【ガンスリンガー】のバレットを作成しなければ。もしかしたらフリーシアとの決戦になるかもしれないしな。適当に部屋でも借りようかとグランかジータを探していると、二人がなにやら話しているのが聞こえた。

 

「ほら、グラン」

「えっと……」

 

 なにかグランが促されている。なにか他に用があるなら少し待った方がいいんだろうか。と思っているとこちらに近づいてきた。

 

「……ダナン」

 

 グランが神妙な面持ちで声をかけてくる。……なんだ? まさかやっぱ俺だけ降りろとか言わねぇだろうな。

 

「ん?」

「……えっと、この間はごめん」

 

 なぜか謝られた。

 

「あ?」

「……ルーマシーで、その、酷いことしたから。ダナンはビィのこと守ってくれたのに」

 

 言われて、ようやく思い出した。……そういやそんなこともあったな。その後十天衆とやり合う羽目になってすっかり忘れてたわ。

 

「そんなこともあったなぁ。言われなきゃ忘れてたぜ」

「えっ? いやでも、『ジョブ』のClassⅣ使ったし結構印象残ってると思ってたんだけど」

「まぁ大事なとこではあったけどな。そっから黒騎士狙いの秩序さんやら十天衆やらと相対したせいで、気にしてなかったわ。それどころじゃなかったしな」

「そっか。ダナン達も大変だったんだね」

「お前らこそ大変だったんだろ? ルーマシーの後アルビオン行って、ドランク達と会ったとこもあるか。後はガロンゾ、んでアマルティア。散々じゃねぇか」

「ははっ。確かにね。大変なのはお互い様かな」

 

 真剣な顔をしていたようだがグランは笑った。……こいつも真面目だよな。リーシャと気が合いそうなくらい。だからこそ考え込んじまうんだろうが、そんなどうでもいいこと気にしなくていいだろ。

 後ろでなぜかジータとルリアが顔を見合わせて笑っているのが気になったが。

 

「お、オイラからもありがとな。ルーマシーの時、助けてくれてよぉ」

「別に助けたわけじゃねぇよ。それに、先に助けたのはビィだろ?」

「?」

「オルキスが狙われた時、動けなかったからな。ビィが止めてくれなったらどうなってたかわかんねぇ。お前のおかげで俺が立てるまでの時間ができたんだ」

「……そ、そんなに褒めてもなにも出ねぇからな!」

「えっと、ホントにごめん」

 

 ビィも話に入ってきた。……いやホント、あの時はビィのおかげで助かったんだよな。だから、俺がこいつを助けたのはそれが理由だ。恩はそのままにしておくと後が怖いしな。

 

「しかしビィよ。警戒せず近づくとはあれだな」

「え、うぎゃっ!」

「び、ビィさん!」

 

 俺は近づいてきたビィの頭を掴む。そして撫で回した。

 

「く、くそぅ……ふにゃぁ」

 

 抵抗しても無駄だ。ビィは力を抜いて身を委ねてくる。カタリナが過剰反応しているのは視界に入れないでおこう。

 

「で、出ました! ダナンさんのアレ!」

「えっと、なんですかアレって」

 

 ルリアの反応にまだ見たことのないリーシャが尋ねる。

 

「ダナン君は凄く撫でるのが上手なんですよ。ビィもあの通り籠絡されてます」

「籠絡なんてされてねぇ……ふにゃぁ」

「なるほど?」

 

 とりあえずビィがとても気持ち良さそうなのは理解したようだ。

 

「ダナンさんは凄いんですよ、あのオルキスちゃんもオイゲンさんもふにゃぁってするんです!」

 

 ルリアの無邪気な言葉に反応したのが二人。

 

「お、おいルリア。その話は……」

「ほう? それは面白そうだな」

 

 最早黒歴史となっているオイゲンと、その娘アポロニアである。

 

「あ、アポロ……」

「おっ。うちの親分がお望みだ。悪いなオイゲン。――俺はこいつの命令には、逆らえないんだ」

「てめえ……! こ、今回は抵抗させてもらうからな!」

「無駄だ。……あーあ、オイゲンがしたくないって言うなら誰か他のヤツにやるしかねぇかなぁ。誰にしようかなぁ」

「てめえ、汚ぇぞ!」

 

 ということであっさりオイゲンは捕らえられた。そして俺の魔の手が伸びる。羽交い絞めにしているグランはくっと顔を背けていたが微妙に顔が笑っていた。

 

「や、やめろ……! やめてくれぇ……!」

 

 娘の前では威厳を見せたいのかこの前よりも激しく抵抗し、我慢しようとしてくるが無駄な抵抗だ。結局「ふにゃぁ」と呟くことになる。

 

「気色悪いな」

 

 そして面白がっていた娘の感想に心砕かれたのか、真っ白に染まってしまった。

 

「お、オイゲンさんが真っ白になってます!」

「お、オイゲンさんしっかり!」

 

 いやあれはもう無理だろ。しばらく立ち直らねぇぞ。呆れて黒騎士の方を見やる。

 

「……お前ちょっとは手加減してやったら?」

「ふん。そう思うならお前がやらなければいいだけの話だろう」

「嫌だよ、面白そうだし」

「……お前も大概性格悪いな」

「互い様だろ」

 

 あんな街で育ってきて性格良かったら今頃生きてないか借金塗れの生活送ってるっての。

 

「……あれは誰だろうとできるのか?」

「ん? ああ、まぁな。流石に触感ないヤツは不可能だが」

「そうか。なら次はあの小娘にしたらどうだ?」

「えぇ!?」

 

 黒騎士から話を向けられたリーシャが突然のことに驚く。

 

「先程から気持ち良さそうだと見ていただろう。実際に味わってみればいい」

「い、いえ! 遠慮します!」

 

 全力で拒否するリーシャ。まぁ当然か。

 

「いやほら、リーシャはまた倒れられても困るしな」

「そんなことで倒れませんよ!」

「じゃあやってみるか?」

「えっ…………い、いいですよ。ビィさんは兎も角オイゲンさんはノリだった可能性も否定できませんから。我慢しようとすればできるはずです!」

「いい度胸だ。耐えられるもんなら耐えてみな」

 

 かかった、じゃない。いや多分もう周囲の全員わかっていると思うのでそこは取り繕う必要はないか。

 リーシャは触れられることにも耐性がないのか結局恥ずかしがっていたが。

 

「……こ、こんな……ふにゃぁ……」

 

 最終的には同じような状態だった。いや、それよりも酷いかもしれない。

 羞恥からか頰を染めつつも気持ち良さから蕩けた顔を晒している。今まではビィ、オルキス、オイゲンと来ていたからわからなかったが、リーシャはダメだな。なにがダメかと言うと、何人かは顔を赤くしてそっぽ向くぐらいダメだ。

 

「……あ、そこいい、です……ふにゃぁ」

 

 本人は夢中になって気づいていないが、大分イケない顔をしている。どこぞの純情少年はお前より真っ赤だぞ。

 

「……」

 

 そろそろ本当にマズくなりそうだったので手を放す。

 

「あ……もう終わりですか、ってあれ? 皆さんどうかしました?」

 

 リーシャはむしろ名残り惜しそうにしていたが、奇妙な空気を感じてきょとんとする。

 

「……よくもまぁ、あんなはしたない顔を衆目に晒せるな」

 

 最初に口を開いた黒騎士の顔もほんのりと赤い。

 

「は、はしたないって、そんな顔してたんですか!?」

「いやぁ、イケないモノを見てる気分だったよね〜」

「全くだ。少しは恥じらいを持ったらどうだ」

 

 慌てるリーシャに傭兵二人が追い打ちする。

 

「……私、そんなに変な顔してたんですか……?」

 

 本気だと気づいたのかグラン側にも尋ねた 。

 

「……えと、はい。気持ち良さそうだったので私もやってもらおうかなぁ、って思ってたんですけど。皆の前であんな顔したくないなぁって思いました」

「私も、ビィさんとオルキスちゃんが気持ち良さそうだったので気になってたんですけど……遠慮したくなりました」

 

 ジータとルリアが頰を染めたまま言う。

 

「……リーシャ殿には少し親近感を覚えていたのだが、どうやら私とはかけ離れているようだ」

「見てるこっちが恥ずかしかったわね」

 

 顔の赤いカタリナに平然としているロゼッタ。イオは完全に固まってしまっている。ビィは特になにも感じていないのか呆れた様子だ。

 そして問題の青少年は、そっぽを向いて顔に手を当てたまま動かない。

 

「……えっと、グランさん?」

 

 リーシャが恐る恐る尋ね、グランへと視線が集まる。

 

「グラン? どうかしたんですか?」

 

 ルリアが不思議そうに尋ねた。……俺には彼が動けない理由がなんとなくわかった。

 

「……まぁ純情少年の身にあれはキツかったってことだな。ティッシュ持ってきてやってくれ」

 

 俺が言って大半が理解した。グランは観念したように手を外す。その鼻から血が流れていた。ただ決してリーシャの方を向こうとはしない。フラッシュバックするからだろう。

 ちなみにオイゲンは未だ復活せず、ラカムも操縦につきっ切りで見れていない。

 

「ぐ、グラン! リーシャさんの方見ちゃダメですからね!」

「鼻を摘んで上を向いておくといい。ティッシュを取ってこよう」

 

 ルリアが必死にリーシャへの視界を遮ろうとし、カタリナが急いで船室へ入っていく。

 

「……え、あの……」

「お前のさっきの顔は青少年には刺激が強すぎたんだろうな」

「……っ」

 

 グランが思いの外大袈裟にしてくれたため、リーシャにも本当ではないかと疑念が生まれているようだ。俺はリーシャの両肩に手を乗せ真っ直ぐに目を見つめた。

 

「……リーシャ」

「は、はいっ」

「……この際だから言っておく。お前は俺の作ったデザートを食べた時もそうだが、率直に言ってエロい顔になるんだ」

「えろ!?」

「これからさっきの顔を鏡の前でさせてやるから自分がどんな顔をしてたかじっくり見るといい」

 

 ここは実際に自分の目で見た方が確実だろう。ということで俺はリーシャの腕を引き部屋へと向かった。どの部屋にも身嗜みを整えるためか鏡があったので、先程リーシャを寝かせていた部屋に行った。

 そして出てくる頃には俺一人になった。

 

「リーシャ殿は……?」

「鏡で自分の顔を見て、合わせる顔がないって言って布団被ってるな」

 

 それはそうだろうな、という顔をされてしまった。

 

「さて、と。リーシャで遊ぶのはこれくらいにして、ちょっとは鍛えないとな。黒騎士、頼めるか?」

「ああ、構わん。私もしばらく剣を握っていなかったからな。身体が鈍っていたところだ」

「……鈍ってたって動きじゃなかったと思うけど」

 

 傭兵二人と手持ち無沙汰にしている黒騎士に声をかける。イオが呆れていたが、確かにポンメルンを相手にしているところを見る限りは鈍っていなかった。だが彼女がもし本気だったなら一発であいつを仕留めていたんじゃないかと思う。

 

「観ててもいい?」

「おう。ただ観てるんなら落ちそうになったら助けてくれると有り難い」

「あ、うん。わかった」

 

 ジータが観戦していてくれるようなので、もし落ちそうになったら助けてもらうことにする。

 

「んじゃ、始めるか」

「ああ。普段通りで構わないな?」

「おう」

 

 俺と黒騎士は甲板で横向きに対峙する。周囲は気を遣って広く空けてくれた。

 

「あっ、二人の修行はとっても激しいから、皆自分の身を守ることも考えた方がいいよ~」

「船が壊れそうな攻撃にも気をつけろ」

 

 前々から見ている二人が忠告する中、俺は剣を構えた黒騎士へと突っ込んでいく。間合いに入った瞬間無造作に剣が振るわれた。屈んで回避する中で目が良くなったことを実感する。黒騎士の攻撃が以前よりはっきり見える。

 黒騎士が剣をすぐに振り下ろしてくる。それをタイミング良く跳んで避けたそのままに蹴りを放つが足首を掴まれて振り回され叩きつけるように投げられた。なんとか手を突いて身体を捻り足から着地する。……まだだ。もっと研ぎ澄ませ。シスを見ただろう。速さは筋力だけじゃない。身のこなしだ。もっと深く集中しろ。

 

 自分に言い聞かせて深呼吸。周囲の雑音を意識の外へ追いやってもう一度接近する。剣を振るってきたのをギリギリの間合いを見切って下がり空振りさせる。すぐに近づいて短剣を首に向かって振った。当然手首を掴まれ止められる。掴んで離さないまま俺を斬ろうとしてくるのを、黒騎士の手首を先んじて掴むことで対処した。一瞬視線が交差した後に黒騎士は掴んでいた手を離して強引に剣を振り切ろうとしてくる。向こうの方が力が強いのでこちらも手を離して跳躍して回避した。すると俺が離した手で跳躍した状態の俺の足首を掴み取り、ぐるんと回して思い切りぶん投げてくる。気づいたら甲板の縁が視界に入った。慌てて縁を掴み落下を防ぐ。見ていた者達の大半は呆気に取られているが、茨の網が俺の身体の下にあった。該当しそうなヤツはロゼッタか。彼女が戦っているところは実際に見たことがないんだがな。消去法で。

 

「よっ、と」

 

 俺は縁に上って甲板内に戻ってくる。

 

「……ふん。では次だ。三割でいくぞ」

「おう」

 

 俺は甲板の真ん中くらいまで歩いていって、腰を低く構えた。黒騎士はブルドガングを構えて闇のオーラを全身から迸らせる。威圧感が周囲に放たれ観戦者達にも緊張が走った。俺の背筋にも冷や汗が伝う。

 

「いくぞ。覚悟はいいな?」

「もちろん」

 

 言葉の後俺は改めて深く集中する。渾身の一撃を放つために。渾身の一撃を放つには、力をただ込めればいいだけではないと学んだ。体重移動や身体の動きなどの使い方。過度に力む必要がないとも元は知らなかった。今はまだ合図の後に準備しなければならないが、いつかは実戦でもできるように、大した準備もせずできるようにしていきたい。

 

「――黒鳳刃・月影」

 

 剣の間合いにいる黒騎士は容赦なく剣を振るう。剣は空中で停止し空間に亀裂を生んだ。亀裂の直線状にある俺の身体を激痛が襲う。だがこれは実際に怪我を負っているわけではない。彼女の奥義を受けるなら考慮に入れないようにするべきモノだ。その気になれば空間を砕くことで人体を破壊できるらしいが、俺はまだ見たことがなかった。

 

 ……まだだ。

 

 俺は痛みに耐えながらその瞬間を待つ。

 

「あ、言い忘れてたけど、真後ろにいる人達は避けてた方がいいよ~」

 

 雰囲気にそぐわぬドランクの軽い声が聞こえた。……助かる。俺も忘れてた。

 集中は切らさず構えて、黒騎士の剣が振り抜かれるのを待つ。彼女の纏った闇が剣を伝って奔流となり放たれる。亀裂が砕けると同時に痛みが大きくなり範囲が広がった。相変わらず正面から受けるのに適していない技だ。

 だが俺は痛みを無視して渾身の一振りをタイミング良く放った。失敗すれば俺の身体はあっさりと吹き飛び空の彼方だ。だがタイミングだけならもう完璧だ。後は相殺に当たる実力か、否か。

 

 辺りが闇に包まれ俺の身体を通過していく。全身を撫でるような痛みが襲った。……完全には相殺し切れなかったが、踏ん張りその場に留まることはできる。

 

「お、おい! 黒騎士あの兄ちゃん死んだんじゃねぇか!?」

 

 ビィの声が聞こえてくる。ってことは俺は死んでないってことだ。奔流が解かれて傷だらけになったであろう俺の姿が現れほっとしたような空気になるのを感じた。

 

「ふん。そんな柔な鍛え方はしていない。三割も問題なさそうだな。この間までは二割だったが」

「まぁ、身体を鍛える以外にできることがあるってわかったからな。……けどやっちまったな。いきなり三割はチャレンジしすぎたか」

 

 俺は左手に握った短剣を掲げる。正確には短剣だったモノ、だ。先程の攻撃を相殺しようとした時に刃が砕け散ってしまった。仕方なくぽい、と空の底へ放り捨てて気づく。

 

「あ、船壊れてら」

 

 俺の後方にあった縁が消し飛んでいた。

 

「な、なに!? てめえらなにやってんだグランサイファーで!」

 

 操舵士のラカムが怒りの声を上げる。

 

「悪い悪い。二割なら真っ二つにできたんだけどなぁ。まぁしょうがねぇ。なぁグラン。木材と工具取ってきてくれ。直す」

「わ、わかった」

 

 自分達で壊したモノくらいは直しておこう。グランに取りに行ってもらった。

 

「随分と危険が伴う鍛錬だが……実際彼は強くなっている、か。三割だというあの攻撃を私一人で受け切るのは難しいだろう」

 

 カタリナが先程のを見て呟いている。

 

「防御と相殺は違う。ダナンと貴様では対処法が違うから容易に比較できん。それに、私のあれは障壁で受けるのに適していない。ただ威力が高いだけなら対処のしようはあるだろうがな」

「……。まさか黒騎士に慰められるとはな。以前の私なら恐縮していただろうが」

「ふん。事実を言ったに過ぎん。ついでだ、私のリハビリに付き合え」

「私と手合わせを?」

「ああ。あいつは戦いという点で正面から立ち回れば貴様にも勝る瞬間があるだろうが、剣を交えるという点では日々の研鑽に及ばない」

「……そうまで買ってもらえているとは光栄だ。私としてもその手合わせは有り難い。是非お願いしよう」

「そうか。他の者はどうする? 希望するならまとめて相手になってやろう」

「なに?」

 

 一対一で相手すると思っていたのか、カタリナは眉を顰める。

 

「緋色の騎士はお前達を全員相手にしたのだろう? ならば私が一人でお前達を相手にしても不思議はないはずだ」

「お、オイラ達だってあれから強くなったんだぞぅ!」

「ではその力を見せてみるがいい。尤も、現段階では七曜の騎士に足らないと理解するべきだがな」

 

 黒騎士の挑発にムッとしたらしい面々は一斉に戦闘態勢を取り始める。

 操縦に手いっぱいのラカムと、アポロとの手合わせに消極的なオイゲン、そしてロゼッタ以外だ。

 

「ねぇボス~。僕達もこっち側についていいかな~」

「珍しいな。構わん。いてもいなくても結果は変わらないからな」

「いくらボスでもそれは傷つくなぁ、ねぇスツルム殿?」

「ああ。一泡吹かせる」

「ふん。やってみろ」

 

 珍しくドランクとスツルムも加わるらしい。あいつらが自分から参加するなんて滅多にないことだが、おそらく思うところがあるのだろう。あとは集団戦の練習でもしたいのかね。

 

 黒騎士による鍛錬が始まろうとする中グランが戻ってきて木材と工具を渡してくれる。

 

「お前も参加してきたらどうだ? 黒騎士との手合わせに」

「えっ? あ、ああ、うん」

 

 話を聞いていなかった彼に言ってやると嬉々として混ざっていく。去り際に工具の戻す場所と木材の置き場所を教えてくれた。

 

「お前らー。やる気出すのはいいけど俺に当てんなよー」

 

 俺は聞く耳を持つかどうか置いておいて一応口にはしておく。そして船の修繕に精を出す。これでもあの家を改造した時に工具の扱いは板についたはずだ。

 

 背中越しに金属音や轟音が鳴るのを無視して、俺はひたすら手を動かすのだった。



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食事時

実はちょくちょくあらすじを更新しています。アニメも始まってグラブルに興味を持つ人が増えたら目につく可能性もあるのかな、と思い本編よりネタバレ早いっすっていうのを今更ながらに付け加えました。
なにかと至らない部分はありますが、お付き合いいただけると幸いです。


 飯を作る。担当は全員一致で俺、加えて料理のできる者ということになった。

 リーシャとジータがそれに当たるようだ。料理ができるというのは嘘ではないらしく、かなり手際がいい。

 

 俺は実績もあるためか臨時料理長を任されてしまった。となれば手抜きをするわけにはいかない。全力で飯を作らなければ。

 それぞれがやってきた料理にも違いがあるだろうと思うが、基本味つけが変わらないのが料理だ。そこから派生して家庭の味というモノが生まれていく。ただ俺が思う最高を生み出すには俺の構築した手順でなければならない。悪いが料理長を任された俺に従わせるしかない。二人も俺の料理が美味いのはわかっているらしく、すんなり指示に従ってくれた。

 

 ……できればグランの前でリーシャに美味いデザートを食べさせたくはなかったのだが、二人が絶対に食後のデザートは必須だと断言してきてしまったのでどうしようもなかった。厨房を握っているとはいえ圧力には屈するしかない。

 

「はわっ、やっぱり凄く美味しいですぅ!」

 

 オルキスと同じ大食らいのルリアが感嘆の声を上げる。素直に喜ばれると嬉しいモノだ。

 

「ホント、ダナン君って料理上手だよね~。私もグランサイファーの中では上手い方だと思ってたけど、実際に並んでみるとまだまだだなぁ、って思う」

 

 ジータも舌鼓を打ちながら言ってくれた。

 

「そりゃうちの大飯食らいがな……」

 

 毎度毎度凄い期待した目でこっちを見てくるんだよ。いや無表情だから俺の気のせいかもしれないんだけど。

 

「そういえばダナンっていつから黒騎士達と一緒にいるんだ?」

 

 ふと思いついたようにグランが聞いてくる。

 

「バルツで会った時の直前だな。ポート・プリーズだかどっかでスツルムとドランクに会ったっつう時は俺いなかったし」

 

 別に隠すつもりもないので正直に答えた。

 

「へぇ。バルツで会った時はホントに驚いたよね」

「うん。だってお父さんから受け継いだと思ってた『ジョブ』を持ってる人が他にもいて、黒騎士さんと一緒にいるんだもん」

 

 双子が互いに苦笑し合う。

 

「あ、あの! ダナンさんはどうやって黒騎士さんやオルキスちゃん達と出会ったんですか?」

 

 ルリアがうちの子と同じくらいの速度で食べ進める中、挙手をして聞いてきた。

 

「リーシャは捕まえに来たからわかるだろうが、エルステ帝国内の街を拠点にしててな。そこから『ジョブ』について調べたかったからなんか暗躍してそうな連中いないかなぁ、って思ってて見つけた」

「ホントにそんな感じだったの~?」

「そうだよ。んで、ただ協力しようぜ、っつっても信用されないだろうから俺を売り込むためにオルキス攫って黒騎士誘き出して戦い挑んだ、ってわけだ」

「あの時はどこの手の者かと思ったんだがな」

「今思うと懐かしい。七曜の騎士相手に喧嘩売るバカがいると思わなかった」

 

 俺の話に他三人が相槌を打つ。

 

「黒騎士を黒騎士とわかっていて勝負を……以前から思ってはいた随分と肝が据わっているのだな」

「えと、オルキスちゃんを攫ったってところはツッコまなくていいの?」

「確かにあんたがあいつを奪われて無事で返すとは思えねぇな」

 

 カタリナ、ジータ、ラカムがそれぞれ所感を口にした。

 

「まぁあくまで黒騎士誘き出すためだったからな。で、しばらく大人しくしてもらうためにオルキスがよく食べてたアップルパイの中でもその時俺ができる極上のアップルパイを作っておいて食べさせたんだが」

「返して欲しくば~、ってところでオルキスちゃんがお代わり要求してきて締まらなかったよねぇ」

「煩い。そのおかげで黒騎士からの敵意も薄れたし、アップルパイ効果かオルキスも攫った俺に警戒心持たなかったし、結果オーライだろ」

「確かにな。だが確実を期すなら睡眠薬やなんかがいいと思う」

「敵対する気はなかったからそこまで本格的にやるつもりはなかったんだよ。まぁ、っていう感じでこいつらに取り入って今に至るわけだ」

 

 俺と黒騎士達の出会いはそこまで劇的なモノではない。俺が勝手に目をつけただけの話だからな。

 

「懐かしいねぇ。あの頃はまだ僕一人にだって敵わないくらいだっていうのに。今じゃ僕達二人とだっていい勝負できるからね。ねぇスツルム殿?」

「ああ。筋がいいと思っていたがここまでとはな。成長速度で言ったらとんでもない」

「ふん。元々素質が良かったというだけの話だ。きちんと指導する者さえいれば伸びるに決まっている」

 

 おや。なぜか急に三人から褒められてしまった。ちょっとむず痒い。

 

「なんだお前ら寄って集って。俺に恨みでもあんのか?」

「素直に褒めてるだけだよ~。ボスの脱獄なんかダナンがいなきゃできなかったかもしれないしねぇ」

「できんだろ。結局枷の鍵はリーシャが持ってたんだし、不意打ちとかで倒して剥けば手に入るし」

「な、なんてこと言うんですか! あなたという人は!」

「いやぁ、どうだろうねぇ。他の団員もいる中で僕達二人じゃ結局無理だったかもよ~。まぁグラン君達がいてそれを利用するならチャンスはあったけど、そうなったらそうなったらで彼らはリーシャちゃんに酷いことしないで~、ってなるだろうし」

 

 それもそうかもしれないな。

 

「拷問して鍵の在り処を吐かせるとしても止められる、か。難しいなぁ」

「でしょ~?」

「……本人のいる前で拷問とか言わないでくださいよもう」

 

「なんだかんだ仲がいいもんだなぁ」

「まぁ少なくともあんたよりは黒騎士と仲いいわな」

「ぐはっ!?」

 

 オイゲンの何気ない言葉につい軽口で返してしまった。彼の場合ダメージが軽くなかったようで血反吐を吐いていたが。

 

「だ、ダナンさん! オイゲンさんは黒騎士さんとの仲がぎくしゃくしてるのを凄く気にしてるんですから、苛めちゃダメですよ!」

 

 ルリアは純粋に庇ったつもりだろうが、オイゲンにダメージが入っていたようだ。……これはしばらく帰ってこねぇな。

 

「……ふん」

 

 当の娘さんはつまらなさそうに食事を進めていたが。

 

 そしてそろそろ全員食べ終わったかというところで、用意していた焼きプリンを配布する。

 

「デザート食べるとリーシャの顔がアレになるから、要注意な」

「アレって言わないでください! 皆さんもこっちに注目しないで!」

 

 自分で究極を見てしまったせいか恥ずかしがるリーシャだったが、食べないという選択肢はなかったようだ。まぁ俺の渾身の一品を食べておいて次が我慢できることはない、という風に作っている。もちろんプロには及ばないところもあるだろうが、そんじょそこらのヤツには負けない自身があった。

 

「……はむ」

 

 あの味を思い出したのか、大した時間躊躇せず一口掬って口に入れた。

 そして例の蕩け顔を晒す。とはいえ撫でた時よりは大分マシだ。それでも鼻血を噴いた団員がいたのはリーシャが好きすぎるせいだろう、きっと。

 

「……はぁ。やっぱり美味しい……」

 

 本人は満足そうだが、一人ぶっと鼻血を噴いたヤツがいた。

 

「ほら、グランが思い出し鼻血してるだろ」

「え、はっ……!」

 

 俺の呆れたような声で我に返ったのか元に戻るが、グランは鼻を押さえてリーシャの方を見ないようにしている。

 

「ぐ、グラン! ダメですよリーシャさんばっかり見ちゃ!」

「そうだよ、全く。いやらしいんだから」

 

 ルリアとジータは彼を責められているが、ここはリーシャを責めてやるべきだ。

 

「ほらな? さっき見せた顔の劣化版とはいえ思い出すのには充分な顔をしてたってわけだ」

「……」

「あー……なんつうか、そんな顔するんだな。意外だ。ギャップってヤツか? なぁオイゲン」

「あ? ああ、別にいいんじゃねぇか? おっさんとしては――」

「……」

 

 先程見ていなかった男二人が言い合おうが、実の娘に睨まれてしまったオイゲンは口を噤むしかなかったようだ。

 

「……うぅ。私ってそんなに変な顔しやすいんでしょうか」

「お、落ち込むことはないリーシャ殿。誰にでも汚点はある」

「……汚点なんですね」

 

 励まそうとしたカタリナの言葉でも落ち込んでしまう。

 

「で、でも凄く幸せそうだなぁ、って思いますよ? 幸せが顔に出ちゃうのは仕方のないことだと思います」

「ジータさん……ありがとうございます」

「あ、でも。グランの前ではもうしないでくださいね?」

「あ、はい」

 

 にっこりと釘を刺されて頷くしかないリーシャ。

 

「ほらグランが鼻血の対応に追われてる内に食べちゃえよ。秩序を乱す破廉恥な顔晒してどうぞ」

「破廉恥とか言わないでください! ……んっ、美味しい……」

 

 結局制御できないのか終始恍惚とした表情のリーシャであった。……この件についてはちょっと俺が悪いところもあるのでフォローはしてやろう。

 先により際立った方を見てしまったから、グランがあんな風になってるんだろうしな。連想しなければ顔を赤くする程度で済んでいたかもしれない。二人には申し訳ないが、まぁ俺のせいじゃないフリをしておこう。リーシャには部屋にデザート持っていってやるか。普通に飯食ってる時は大丈夫だし。

 

 とそんなこともありながら一行はメフォラシュへと向かう。

 一日目は黒騎士が他の大半を相手に無双していたが、二日目は実力の近い者同士で手合わせをしたり協力したりして鍛錬をしていた。なんだかんだ帝国で最高顧問をやっていたのは伊達ではないのか、人に助言するのが上手い。俺は元から教わっているので知っていたが、案外指導力という点では彼女にも才があるのかもしれない。

 ……ただまぁ、一人だけ完全に無視されているおじさんがいたのは、仕方のないことではあるのだが。それでもちょっと当たりがキツい。

 おじさんはグランサイファーのことで忙しいラカムに絡んでいた。夜は二人で飲んでいるのを見かける。

 

 少しぎこちない部分もあるが、俺達は無事ラビ島、旧王都メフォラシュに辿り着くことができたのだった。



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フリーシアを探して

日付が変わってしまった……。
というのも投稿する直前になって規約違反っぽくて不安になったんですよね。
……ここは大事なところなんで、割りとそのままにしちゃってました。
大半のセリフがコピペになっちゃったんです。

意味合いは変えたくないんだけどどうしようか、と悩んでいる最中。
一応まんまセリフの数を減らしはしましたが不安なのでマズそうならご指摘いただけると幸いです。


 ラビ島は砂漠だった。一面が砂色で景色がいいとも言えず、砂漠なので昼間は暑い。加えて砂に足を取られて歩きにくいときた。どうも王都として栄えていた島には見えない。物資の調達も滞りそうだしな。

 

「一先ず王宮へ向かう。そこにフリーシアはいるだろう」

 

 黒騎士は砂漠だからなのか茶色い布をマントのように纏っていた。その程度で砂嵐が防げるとは思わないが、ツッコまない方が身のためだろう。

 

「遅れるなよ」

 

 エルステ王国にいたらしいので、歩きにくい砂の地面をすたすたと歩いていく。グラン達も戸惑いながら砂漠を歩いていった。

 

 足場が悪いこともあってしばらく前衛は安定しなかったが、慣れてくると襲ってくる魔物にも対処しやすくなっていく。俺は基本見ているだけだ。銃撃ったりナイフ投げたりはするが主武器の短剣を失っている。いざとなればイクサバかブルースフィアを使うだろうが、ここはあいつらに任せよう。

 足場などの状況にこそ苦しまされたが、強さとしてはそこまで強くなかった。危なげなく突破している。

 

「ひいぃっ!」

 

 その時、近くから悲鳴が聞こえてきた。年寄りの婆さんだと思われる。緊張が走るがさてどうするか、だよな。助けられればいいんだが今から行ったんじゃ間に合わない可能性も高い。どうせ見殺しにするなら死体は見に行かない方がいいと思うんだが。

 

「行くぞ!」

 

 グラン達なら行くかなぁと思っていたのだが、予想を外して黒騎士が真っ先に駆け出していた。そうなったら俺も行くしかない。

 

「あ、おい!」

「私達も行きましょう!」

 

 遅れてグラン達も後からついてくる。俺が先頭になってしまったが俺が見たのは屈んで頭を守り怯える老婆に襲いかかろうとした魔物を、黒騎士が切り伏せているところからだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 なにを焦っていたのか珍しく息を乱している。魔物の悲鳴が聞こえたからか他の人の気配を感じたからか老婆が顔を上げて自身に背を向けて立つ黒騎士を見上げている。

 

「ありがとうございます、旅の方。兵隊さん達は島の周りを守るばっかりで、街には見向きもしてくれませんで……。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」

「いや、怪我は……」

 

 老婆の感謝を聞きながら無事を確かめるため振り向く黒騎士だったが、その老婆を見て驚いたように顔を背けた。

 

「んん? どうしたんだよ、急にそっぽ向いて」

 

 追いついてきたビィが尋ねる。

 

「黙れ。さぁ、行くぞ」

「お待ちください。大したお礼もできませんが、せめてうちに……ん? あなた、どこかで」

 

 黒騎士の様子からも予想はついていたが、どうやら知り合いらしい。ただここはあまり人がいなさそうとはいえ敵地だ。エルステ帝国の領地である。通報されて四方八方から戦艦に追われるなんてご免だぞ。

 

「ま、また魔物です!」

「チッ……。さっさと片づけるぞ。この街は、貴様ら低俗な魔物ごときが荒らしていい場所じゃあない!」

 

 黒騎士は苛立たしげに吐き捨てると新たに現れた魔物へと突っ込んでいく。一体ではなかったので他も協力したが、やたらとやる気満々なのであいつ一人でも良かったんじゃないかと思う。……多分、人がって言うよりオルキス王女との思い出の場所だからなんだろうけどな。グラン達がまだ知らないって言うなら、ちょっと黙って成り行きを見守っているとするか。

 老婆は魔物を倒す黒騎士を注意深く眺めていた。通報するようなら俺がさくっと撃つ。ここで逃がす手はねぇよな。

 

「ああ……やっぱり! あなたは……!」

 

 老婆は戦闘の終わった黒騎士に近寄る。警戒していた通りではなさそうだ。顔はとても嬉しそうだ。

 

「ヤベぇ! 完全にバレちまったみてぇだぞ!」

「仕方ねぇ……。すぐにここから逃げ」

 

 ビィとラカムが慌て出す。お前らは老婆の顔をちゃんと見ろ。

 

「アポロちゃん! アポロニアちゃんじゃないのかい? ねぇ、そうだろう?」

「……」

 

 とても気安く呼んでいた。黒騎士は妙な気分なのか憮然とした顔になっているが。

 

「へ? おばーちゃん、この人を知ってるの?」

「ああ……随分久し振りだがねぇ」

 

 イオのきょとんとした問いに、老婆は懐かしむように目を細めた。

 

「こんなに立派になって。一目見ただけじゃあわからなかったよ。そうだねぇ、十年振りくらいかい? ああ、そうか……。丁度あの頃だったね。オルキス様のことは本当に残念で……」

「!? お、オルキスちゃんのことを知ってるんですか!?」

 

 老婆が昔のことを話している中でオルキスの名前が出てきた。俺からすれば知っていて当然ということになるが、ルリア含め連中は驚いているのでまだそこまで知っていないのだろう

 

「へ? そりゃあ知っているもなにも――オルキス様は、このエルステの王女様じゃないか」」

「え……?」

 

 ドランク、スツルム、そして俺の三人は当然として。リーシャもある程度黒騎士について調べ上げているのか驚きはなかった。

 

「な!? ど、どういうことだ!? 説明しろ! 黒騎士!」

「ご婦人の言っていることに間違いはない」

 

 動揺するカタリナに黒騎士は平坦な声音で応えた。

 

「オルキスは、エルステ帝国の前身であるエルステ王国の王女であり……私の、たった一人の親友だったんだ」

 

 今度は深い感慨の込められた言葉だった。

 グラン達は衝撃の事実を突きつけられた、という感じだったが既知の情報だったので話には入っていかない。黒騎士の昔話でからかえそうなモノがあったら口を出すことにしよう。

 まぁつってもオルキスとアポロじゃ歳が離れているようにしか見えないからな。そのままに受け取れば困惑するのも無理はない。

 

「そうだ、久し振りに来てくれたんだからうちに寄っていかないかい? 助けてくれたお礼も兼ねてね」

「いや、私達は行くところが……」

「少しだけならいいだろう? ほら、こっちだよ」

 

 老婆は久し振りに黒騎士と会えたのが嬉しいのか、少し強引に道案内をしてくる。

 

「……罠だとは考えられないか?」

「食べ物で肥やして俺達を、ってヤツか?」

「あたしその童話読んだことある……」

「この街に来る時は鎧を外さずにいた。黒騎士と私が同一人物だとは思っていないはずだ」

 

 小声で話し合っていたが、黒騎士の判断を信じてついていくことにしたらしい。

 その道中で、ルリアが老婆へと近づき勇気を振り絞って尋ねた。

 

「ね、ねぇお婆ちゃん」

「なんだい?」

「あの……エルステ王国の王女様、オルキス様ってどんな子だったんですか?」

「そうだねぇ。そりゃもう、元気で明るい子だったさ。あの頃は、ヴィオラ女王が国を治めててねぇ。その一人娘だったんだけど、気取らないいい子でねぇ。女王陛下と一緒によく街を周ったりして」

「オルキスちゃんが……」

 

 確かに今のオルキスからは考えられないな。食べ物のこと以外は大人しいし。今は多少変わっているとはいえ。

 

「それじゃえっと……アポロニアさんとは」

 

 ルリアの振りに黒騎士がぴくりと反応した。触れられたくないのかもしれない。

 

「ああ! 二人は年も近くって、そりゃもう仲良しでねぇ。ほら、アポロちゃん、覚えてるかい? あのお祭りの日に二人してうちの店へ来て……」

 

 アポロの話になると顔を輝かせ嬉々として語り始めた。微妙に黒騎士の顔が引き攣っている。

 

「忘れたな……」

「ふふ、そうかい? 兎も角二人は姉妹みたいでねぇ。可愛かったもんさ」

「……」

 

 おい。あの黒騎士が照れてやがるぞ。これは珍しい。

 

「おいおい……こりゃ一体どーいうことなんだ?」

「僕にもさっぱりだ。わけがわからないよ」

「明らかに私達にはなにか重要な情報が欠けているようだ」

「だな。オルキスちゃんが王女様だの、黒騎士と歳が近いだの。なにがなんだかさっぱりわからねぇ」

「娘のことだってのに……俺にはこんなに知らないことがあるんだな」

「兎も角今は待ちましょう? あの子も遂に、色々と話す気になったみたいだしね」

 

 グラン達がなにやら話し込んでいる。その隙に俺は黒騎士へ声をかけた。

 

「へぇ? あんたにもそういう時期があったんだなぁ、アポロ?」

「……黙れ。これだから知られたくなかったんだ」

「いやぁ、今は厳つい顔ばっかのアポロちゃんがはしゃいで走り回ってる姿見たかったなぁ」

「貴様……!」

 

 俺の露骨なからかいにも、拳を握ってぷるぷるするしかできないようだ。老婆のいる手前、暴力を使うわけにはいかないのだろう。

 

「……いやぁ、ダナンってホント恐れ知らずだよねぇ。そういうのは思っても言わない方がいいと思うよ? 僕もちょっと興味あるんだけど」

「ドランク、お前もか。あたしも興味あるな。もっと教えてくれ」

「お前らも一緒じゃねぇかよ」

 

 傭兵コンビの乗っかってくる。

 

「じゃあ二人の昔話でも……」

「や、やめてくれ」

「わ、私も聞きたいです!」

「二人して運搬型ゴーレムに登って叱られてた時なんか――」

「ま、待ってくれご婦人!」

 

 楽しげに話す老婆を完全に止めることはできず、老婆の家に着くまでの間本人にとっては黒歴史なのだろう話を聞いた。いやぁ、いい話が聞けた。

 

「二人は本当に仲が良くってねぇ。けど、あんなことがあって……。あれ以来この国は変わっちゃってねぇ。大事なモノをたくさん失って。だからアポロちゃんもこの国を離れたんだろう?」

「そうだ。私にとってもあれは大きなきっかけだ。しかし私は失ったままでいるつもりはない。失った全てを諦めはしない。取り返すため……全てをあるべき形に戻すため、私は戻ってきたんだ」

 

 そこで、例の計画に繋がるわけか。俺としては他のところにも目を向けて欲しいんだがねぇ。まぁ言ってもしょうがないことか。

 

「黒騎士。必ず全てを説明してもらうぞ」

「わかっている。遅かれ早かれこうなることは覚悟していた。貴様らには知る権利がある。だが……これは私の我が儘でしかないが、今この場は話を合わせて欲しい。必ず話す、それは約束しよう。しかし真実は全ての者に聞かせるわけにはいかないのだ」

「?」

 

 黒騎士の目は先頭を歩く老婆を見据えていた。そして、老婆の家につき嬉々としてご馳走を作ってくれている中、俺達は一室に集まる。俺としては料理を手伝いに行きたかったが、この空気で出ていくつもりはなかった。黒騎士がどう話すのか、どこまで話すのかには興味があるからな。

 

 皆が腰を落ち着けた中、カタリナが口火を切る。

 

「さぁ、話してもらおうか。黒騎士……貴殿の知る真実をな」

 

 視線が黒騎士へと集中する。

 

「そうだな。どこから話したものか……」

 

 考え込むようにしながら、一つ一つ話していく。

 

「まず、私がアウギュステの出身だということは、どうやら既に知っているようだな」

「ああ」

「私は確かにアウギュステで育ったが、随分幼い頃までだ。そう……丁度そこの小娘くらいの歳か。その頃に、私の母が亡くなった」

 

 黒騎士がイオを指して話す。父であるところのオイゲンが顔を歪めていた。

 

「母が亡くなった時、その男は島にいなくてな。身寄りを失った私はアウギュステ経済特区の支援を受け、特待生としてエルステ王国に渡ったのだ」

 

 黒騎士はオイゲンを見ることなく淡々と話を進めていく。親子の(わだかま)りを持ち込むような話ではないからだろう。……特待生で他国へ、ってことは結構頭のいい子供だったんだな。

 

「エルステは、このファータ・グランデ空域でも有数の長い歴史を持つ国だったからな。星の民襲来以前より続く王国は、歴史を学ぶには最高の環境だった」

 

 そういやこいつが部屋で読んでいる本も歴史の考察本とかだった気がする。そういうのが好きなのかもしれない。

 

「当時のオルキスはいやに幼くてな。私よりも年下だと思ったくらいだ。しかし、それ故に純真で、明るく……私にないモノを全て持っていた。歳が同じでもこうも違うのかと驚いたよ。そして同時に妬ましくもあった。だが彼女が驕ることは決してなかった。誰に対しても分け隔てなく優しかった。よく笑い、よくはしゃぎ……よく食べる。隣にいるだけで元気になれる、そういう子だったんだ」

 

 アポロがオルキスと出会った時の感覚は、俺がグランと出会った時に近い。同年代で、同じ能力を持ってるってのにキラキラして目ぇしやがって、妙に気になったのを覚えている。

 

「彼女のご両親、ヴィオラ女王陛下達も私に優しくしてくれてな。私は、一生かかっても返し切れないほどの恩を受けたよ。オルキスと共に過ごした年月は、間違いなく、私の中で最も幸せな時間だった。女王陛下達から受けた恩。彼女と過ごした幸せな時間。それを決して忘れない。だから私は彼女を……オルキスを取り戻すためなら如何なる犠牲も払う。そう決めたのだ」

 

 そのためなら今のオルキスもルリアでさえも、か。悲壮な覚悟だな。もちろん、止めるような真似はしない。俺はこいつらの味方をする。ただ、それだけの話だ。

 

 黒騎士はそれ以上語ることなく口を閉ざした。その後飯を食べて一晩泊めてもらう。慣れない砂漠を歩いて疲れていたので大変有り難いことだ。

 

 翌朝。改めて王宮へと向かった。

 

 グラン達とリーシャは昨日の話が印象的だったのか眠れていないようだ。少し眠そうにしている。元から黒騎士側の俺達三人はぐっすり眠っていたが。肝が据わっているからだろうか。あとグラン達の中でもロゼッタは平然としていた。彼女が取り乱したのはユグドラシルの時か。そんなに見てないな。

 

「黒騎士さん。昨日黒騎士さんが話してくれたことは、全て真実なんですか?」

「ああ。オルキスについてはあのご婦人も言っていた通りだ」

「じゃあ一体オルキスちゃんにはなにがあったんですか?」

「そうか。それをまだ話していなかったな」

 

 ルリアに言われて黒騎士は思い出したように答える。

 

「だが、残念ながら私もあの日、あの場所には居合わせなかった。十年ほど前のある日、オルキスのご両親は死に、彼女は今の……人形のようになった。オルキスはあの日以来、成長が止まり、心を失い、人形のようになってしまった」

「おいおい。なにが起きたらそんなことになるってんだよ」

「星晶獣だ。星晶獣に絡んで事故があったらしい」

「らしい、というのは?」

「私が駆けつけた時には全てが終わっていた。私は後になって、その場に居合わせていたフリーシアから全てを教えられたのだ。表向き、オルキスの両親は国外で事故死と報じられ、一人娘のオルキス王女は行方不明ということになっている。そう、国民には知らされている」

「けど実際は行方不明ではなく、今のオルキスちゃんになって帝国に匿われてるってわけね」

「そうだ。そして私はあの日以来、必ずオルキスを元に戻すと誓ったのだ」

 

 言い切って一息吐き少し自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「後のことは貴様らも知っている通り。挙句フリーシアに裏切られ、今に至るというわけだ」

「それが黒騎士の目的だったのね」

「アポロ。お前、そんなことを……」

「けどよぅ、元に戻すったって、どうやって元に戻すんだよ?」

 

 そこでビィが尤もな疑問を口にする。

 

「案ずるな、方法はある。だがそのためには今のオルキスが、あの人形が必要なのだ。今貴様らにその方法を話すことはできない。少なくともあの人形を取り戻すという点では目的は一致している。雌雄を決するなら人形を取り返した後だ。まずは進むぞ、王宮を目指す」

 

 まぁ、雌雄を決することにはなるだろうな。その方法が方法だけに。……その時俺は、どうするんだろうか。黒騎士が戦うなら俺もこいつらと戦うんだろうか。それとも、なにか別の立場になってるんだろうか。

 とりあえず、少なくとも黒騎士の敵に回ることはねぇなとだけは確信しているが。

 

 そんなことを考えつつ歩いていると王宮へと辿り着いた。うぃ……んという駆動音が聞こえてきたかと思うと、入り口を門番のようにゴーレムが塞いだ。

 

「な、なんだぁ!?」

「ゴーレムだな。エルステ王国は空の民が襲来して星晶獣が最大の兵器となるまでの間、ゴーレム産業が発達し戦力としても有数の力を持っている国だったからな。今もその名残りで設置されているというわけだ」

「呑気に解説してる場合じゃないでしょ!」

「ふん。こんな木偶如きに手こずる貴様らでもあるまい。早々に突破するぞ!」

 

 黒騎士の勇ましい姿に感化されてかゴーレムへと立ち向かっていく。巨大で目からビームとか放ってきたが、面子が強すぎて話にならなかった。

 王宮内へ入るがエルステ帝国の兵士どころか、防衛システムとして以外のゴーレムすら見当たらない。

 

「……? まぁいい。手分けして王宮内を探すぞ。迷子になっても助けんからな」

「ぐ、グランは黒騎士についていこうぜぇ! 方向音痴だろ!」

「なっ。……別にそういうわけじゃないし。そんなに言うなら僕とラカム、オイゲンとであっち回るからな」

「ま、待てよぅ、グラン!」

 

 ビィに煽られたグランはムッとした様子で男連中を引き連れて行ってしまう。慌ててビィもついていった。

 

「じゃあ私達も行きましょうか」

 

 ジータが女性陣を率いてグランとは別の道を行く。

 

「スツルム、ドランク、行くぞ」

「はいは~い」

「わかった」

 

 内部のことをわかっている人が行ってしまった。……どうせなら俺も連れていけよ。

 

「えっ?」

「……しょうがねぇ。一番人数少ないが一緒に行くかぁ」

「は、はい。そうですね」

「……ようやく、二人っきりになれたな」

「へ、変なこと言わないでくださいっ!」

「へーい」

 

 取り残されてしまった俺とリーシャで残った方向へ歩き出すことになった。




いや、本編で大事なところを書くのって難しい。私の力不足もありますが。


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フリーシアの行き先

そういやリーシャさんってこの時まだ加入してなくて、独断行動でメフォラシュ来てたんだよなぁ、と懐かしく思います。
トゲトゲしてましたよね、あの頃は。この作品ではあんまりそういう部分ないような……あ、主人公のせいか。


 しかしオルキスとフリーシアは見つからなかった。

 

「クソッ! なぜだ……なぜいない!」

 

 粗方回って誰も見つけられなかったために一旦入り口まで戻ってきている。そこで黒騎士が焦燥して毒づいていた。

 

「隠し部屋とか隠し通路とかはねぇのか?」

「それは私が回った。だがどこにもいないだと……そんなはずは……!」

 

 俺が声をかけるが全然周りが見えていない。焦りだけが募っている状態だ。

 

「クソッ……ここにいないわけが……っ!」

 

 焦りだけを募らせる娘にどう声をかけていいのかわかっていない様子の父親がいる。他も取り乱した様子の黒騎士に困惑しているようだ。

 

「ん? なんだ貴様らっ! その顔、指名手配中の……ぐあっ!」

「……黙れ。今私がすこぶる機嫌が悪い。元よりないが慈悲などあると思うなよっ!」

 

 入り口まで来ていた巡回中だったらしい帝国兵の一団がこちらに気づくが、黒騎士は容赦なく斬って捨てる。そのまま怒りに任せて次々と止める暇もなく斬り伏せていった。……荒れてんなぁ。

 

「一体どこにいる、フリーシア……!」

 

 黒騎士は外へと飛び出してしまった。……こういう時には真っ直ぐな言葉が一番よく効く。俺にはできねぇから誰かにやって欲しいんだけどな。

 

「追おう!」

 

 放っておけないお人好し達が次々と走り出していく。

 その途中街を通ったせいか、

 

「アポロちゃん!」

 

 走っている黒騎士を通りかかった老婆が引き止めた。流石に無視するわけにはいかなかったのか、黒騎士の足が止まる。

 

「アポロちゃん。王宮の方でなにかあったみたいだけど……。まさかとは思うんだけどねぇ。アポロちゃんはオルキス様を見つけたのかい?」

「っ!?」

「十年前のあの日から街を離れてたのも……全部オルキス様のためなんだろう? それでこの王宮の騒ぎだけど……アポロちゃんとオルキス様になにか関係あるのかい? それならあたし達にも……」

 

 昨夜泊まらせてくれた老婆の言葉を受けてアポロは向き直った。

 

「それには……及びません。オルキスは必ず、元気な姿で連れて帰ってきます。必ず、どんな手段を使っても、どんな非道に手を染めようとも……。街の皆が、この国の皆が望んでいる、底抜けに明るい、あのオルキスを連れて帰ってきます。誓って……それを約束します。だから、もう少しだけ時間を……」

 

 彼女は真剣な顔で婦人に告げるも、優しく微笑み返されてしまう。

 

「ふふ……アポロちゃん、あなたは本当に変わらないねぇ。いっつもオルキス様のことばっかりで」

 

 どこか微笑ましい視線を受けて、アポロはなにも返せずにいた。

 

「でもね? よーくお聞き。あたし達が心配しているのは、アポロちゃん、あなたのこともなんだよ。だってあなた、ちっとも笑わないじゃないか。おかげですぐには気づけなかったよ。昔はあんなに、オルキス様と一緒に楽しそうに笑ってたじゃないか」

「それは……昔の話です」

「いいや。今も昔も変わらんよ。なにか辛いことでもあるのかい? そんなに眉間に皺寄せて……折角の別嬪が台なしじゃないか。あたし達が心配してるのはオルキス様だけじゃないんだ。なにか辛いことがあったのなら、いつでもこの街に帰っておいで。あたし達はこの町で待ってるから。この街だって、もう何千年も変わらないんだ……いつまでだって、あなたを待ってるよ」

「ッ……!」

 

 優しい言葉だった。そしておそらく、他人のフリをしようとしていた彼女にとってはよく効く言葉だった。

 アポロはなにも返事をせず走り去ってしまった。……相当に心掻き乱されてんだろうな。今のあいつに貫禄もなにもねぇよ。

 

「アポロちゃんのこと、どうかお願いね」

 

 婦人は後から追いついてきた俺達に向かって頭を下げてきた。

 

「はいっ!」

 

 ルリアが元気良く返事をして、皆で去っていった彼女を追う。

 

「くっ……! 私は……私はもう、立ち止まれないのだ! 私の手は汚れてしまった。もうあそこには帰れないというのに……クソッ! もう私のはなにもない……彼女を取り戻すまで、私のこの手にはもうなにも……」

 

 黒騎士の独白に誰もが口を噤む中、ルリアが一歩歩み寄った。そして黒騎士の握り締めた拳を両手で包み込むように握る。

 

「そんな風に……思ってたんですね」

「ルリア……」

「大丈夫ですよ、黒騎士さん。ううん、アポロニアさん。あなたには私達がいます。すぐ傍にいます」

「だからなんだと言うのだ!? お前達はいずれ私の敵になる! 私達は同じ道を歩むことはできない!」

「まだできます! いつか……どこかで道を違えなくちゃいけないかもしれない。でも、今は一緒です。ずっとじゃなくても……今だけでもある私達は一緒です」

「お前は……それがどういうことを意味するのか、わかっているのか……? お前が取った私のこの手は、いつか剣を握りお前達に刃を向ける! それがわかっているのか!?」

「わかってます! でも……それでも、私はこうしていたいんです」

「っ……!」

 

 ルリアの言葉に、黒騎士は全身から力を抜いた。

 

「クソ……ルリア、お前は強いな」

「当然です。だって私の傍にはいつだって、私を強くしてくれる人がいますから。知ってますか? 一人じゃないってそれだけで無敵なんです」

「ふ……お前だって、それを知ったのは最近だろう」

「ふふっ……ですね。でも、ようやく気づけました」

 

 微かに笑みを作る黒騎士と、はにかむルリア。ルリアは言った後にグランやジータ、仲間達の方を見ていた。

 

「ったく。一人だとかなんとか言ってるが、今まで誰があんたの傍にいたと思ってんだか。なぁ、ドランク?」

「ホントだよね〜。ボスったら長年側近として頑張ってきた僕達のこと忘れちゃったの? それは薄情じゃないかな〜。ねぇ、スツルム殿?」

「全くだ。いつまで経っても手のかかる雇い主だな」

 

 呆れた様子で口にする。

 

「お前達……」

「それに、言わなかったか? 俺はお前達の味方をする、って。その中にあんたが入ってねぇわけないだろ」

「……そう、だったな」

 

 黒騎士は驚いていたようだが、やがて目を閉じて笑った。

 

「だがここにもいないとなるとフリーシアはどこに……」

「彼女の目的がわかればそこから導き出せそうなモノだが」

「ヤツの目的か……。全容は知らん。密偵を送り込みはしたが知れたのは手段の一部だけだ。ヤツはなんらかの目的達成の手段として、あの人形やルリアを欲している。それは間違いない」

「僕達も調べてみようとはしたけど、踏み込みすぎないようにしてたから同じような感じだね~」

 

 フリーシアの目的か。

 

「ルリアとオルキスを手段として用いるのであれば、おそらく星晶獣絡みだとは思うのだが……」

「星晶獣、つっても島ごとに違うわけだろ? どこのどんなヤツのチカラで目的を成し遂げるかなんて見当もつかねぇ」

「今から島を回ったって間に合わないものね」

 

 星晶獣ねぇ。具体的な目的がわかればどんな星晶獣が必要なのか推測を立てることはできるんだろうが、それもわからないと来た。じゃあ憶測を並べ立てるしかねぇよなぁ。

 

「黒騎士がここだ、って思ったのはここがフリーシアもいたエルステ王国の王都だったから、ってのと事件によってオルキスの両親を殺しオルキスの心やらを奪った星晶獣がいるから、王国が取り戻すっていう目的なら達成できる可能性もあると踏んでたんだと思うが、どうだ?」

「ああ、そうだ。ヤツにとってもエルステ王国は取り戻したいモノではあると思っている」

 

 フリーシアの昔を知っているのが彼女しかいない今、推測でしかない状態だ。ただ今はできるだけ情報が欲しい。

 

「なるほどなぁ。だがここにはいなかった。ってことはさっきから話してる通りなんらかのチカラを持った星晶獣に宛てがあってその星晶獣のいるところへ向かった、ってことになるわけだ。じゃあ仮にエルステ王国を取り戻す、という目的だったとして、どんなチカラがあれば達成できると思う?」

「……エルステ王国が滅んだ原因の一つとして、王族が失われたことが挙げられる。死者を生き返らせる星晶獣でもいれば建て直すことは可能かもしれんな」

 

 黒騎士が考えを口にする。

 

「じゃあ死者蘇生ができそうな星晶獣に心当たりは?」

 

 全体に尋ねてみるが、誰も心当たりはないようだった。

 

「幽霊でならできるかもしれないけど、それじゃ王国の再建には程遠いだろうし。今は大人しくなってるから無理かな」

「オッケ。じゃあ次だ。他にはどんな能力でならエルステを復活させられると思う?」

「過去に遡るとか、どうでしょうか」

 

 リーシャが口を開いた。

 

「星晶獣が事件を起こしたというその直前に戻って、王族を助けるとか」

「いい案だ。じゃあその線で心当たりは?」

「……そんな星晶獣とは会ったことないな。ガロンゾのミスラはダメージを巻き戻すように修復してきたけど、時を遡る、っていうほど強力な星晶獣じゃないと思う」

 

 グランが心当たりを口にするが、実行するには程遠いようだ。

 

「そういうダナンはなにかチカラの案はあるの?」

「俺は全然。あるんだったら自分で言うわ」

 

 知識も経験も俺には不足しているモノが多い。俺より色んなところを旅してきたグラン達や、年上で情報に長けたドランク達でも思いつかなければ俺にはなにかこいつらが発想に辿り着くまでのきっかけを作ることしかできない。

 

「じゃあ島を守る星晶獣じゃねぇ、とかで考えてみたらどうだ?」

 

 ビィがそう告げてくる。……島を守るヤツじゃない、か。

 

「例えばあれか? 星の民が昔に封印した星晶獣が眠っている……とかそんなんか?」

「そんな話聞いたこともねぇ。遠く離れた土地だってんならもう間に合わねぇぞ」

「星の民に関わりのある島、土地ねぇ……。ここはどっちかって言うとあれだよな。空の民側だよな。どこかに星の民(ゆかり)の場所とかねぇもんか」

 

 流石に歴史の勉強とかは優先してやってこなかったからなぁ。俺の頭にはちっともない。しかし、黒騎士は考え込むように顎に手を当てていた。他はわかっていないようだ。……いや、ロゼッタはなんか妙な顔をしている。俺が見ていることに気づくとすぐ普段通りの余裕ある顔に変わったが。

 

「……一つ、心当たりがある。だろう、ロゼッタ」

 

 黒騎士は静かな声で言った。話を向けられた彼女の方に視線が集中する。

 

「ええ。ということは、あなたも同じ場所を思い浮かべたのね」

「ああ。憶測に過ぎないだろうが、行く価値はある。――ルーマシー群島には、星の民の遺跡がある」

 

 二人だけでわかったような会話をしていたが、黒騎士がそう告げてくれた。星の民の遺跡、か。そうなれば俺の推測に沿った場所ではあると思うんだが。

 

「いいのか? 俺の半端な予想を宛てに考えた場所で」

「構わん。どうせ他に行く宛てもない。いなければアガスティアにでも乗り込んでやればいい」

「脳筋かよ。まぁ、いいか。あんたの好きにどうぞ」

「元からそうするつもりだ。貴様らも、それでいいな?」

「うん。僕達じゃわかりませんし」

「私も全然見当つかないから、心当たりがあるならそこで」

 

 黒騎士は団長である二人にも確認を取って、行き先を決定する。さて、本当にルーマシーにいるかは知らないが。……そういやロゼッタはあの島のことならなんでも知ってるとか言ってなかったか? それは島の外でも有効なんだろうか。

 

「なぁ、ロゼッタ」

 

 俺は皆が移動する中、最後尾のロゼッタの隣を歩き声をかける。

 

「あら。珍しいわね、あなたが声をかけてくるなんて」

「今までなかったから当然だ。あんた確か、ルーマシー群島のことならなんでも知ってるとか言ってたよな。あれは島の外にいても当て嵌まるのか?」

「残念だけどわからないわ。島にいれば、もちろんわかるけど」

「そうかい」

 

 真偽は兎も角、行くしかないようだ。できるだけ無駄を省きたかったんだがな。

 

「あ、そうだ。グラン、ジータ」

 

 俺はロゼッタの隣から先頭に近い二人へと声をかけた。

 

「お前らシェロカルテが今どこにいるか知らねぇか?」

 

 振り向いた二人に尋ねる。

 

「シェロさん? どうして?」

「俺の短剣壊れちまっただろ? どうにかして調達したいんだが、手っ取り早くいいモノを買うならあいつのとこがいいかと思ってな」

「なるほど。僕も新しい武器を持っておいた方がいいと思うんだけど。でも時間がないから」

 

 グランもシェロカルテのところへは行きたいようだったが、寄り道している時間がなさそうだ。確かに無駄足を踏んでおいて寄り道する時間はないよなぁ。

 と、半ば諦めていたのだが。

 

「あれれ~? 皆さん、こんなところで奇遇ですね~」

 

 噂をすればなんとやら。ハーヴィンの商人は神出鬼没だ。

 

「……なんでこんなとこいんだよ」

「商人は商売のできるところならどこへでも行きますよ~」

「ってかグランサイファーだってわかってて待ち伏せしてたんだろ?」

「バレちゃいましたか~。では物資補給や情報など、懇意にしている皆さんへの特別価格でお売りしますよ~」

 

 用意のいいことで。

 

「情報ってんならフリーシア宰相のいる場所知らねぇか?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 

「フリーシア宰相ならルーマシー群島に向かいましたよ~」

 

 ……あっさりと回答しやがった。さっきまでの話し合いいらなかったんじゃないか?

 

「……マジかよ」

「はい~。黒騎士さんならあの子を探しに行くと思って、目撃情報を貰ってたんです~」

「……シェロさんって普通の商人じゃないよね、いつも思うけど」

 

 大半が苦笑する羽目になった。

 

「で、グランサイファーを追いかけてここまで来たのか?」

「そうです~。商人は、商機を見逃さないモノですよ~」

 

 儲けと善意が合わさってのことだとは思うが、とんでもないタイミングだ。この商人と関わりを持てたことは俺達にとって幸運、いやおそらくそれすらもシェロカルテから目をつけたのかもしれないな。

 

「じゃあお言葉に甘えて補充するとするか」

「はい~。食糧や装備など、様々なモノを取り揃えていますよ~」

 

 そうして、彼女の思惑通りに俺達は物資の補充を行った。俺は短剣の購入と足りなくなっていた素材やアイテムの調達。そして例のモノを依頼しておく。

 これで、俺ができる限りの準備は整った。

 

 他もその日の内に補給を済ませて各々できる限りの準備を整える。そしてフリーシアとオルキスのいるルーマシー群島へとグランサイファーを発進させた。



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森の奥へ

最近ランキングから作品を読んでいるのですが、二次創作って色々あるんですねぇ。

で、そんな中見つけたのですがこの作品が週間ランキングに入っていました。日間はなかったんじゃないですかね、多分。
それも読んでくださっている皆様のおかげです。ありがとうございます。

ただまぁ更新頻度補正だと思っているのでストックが切れてからが本番ですね。
ストック切れて頻度落ちてからも読んでいただけるように、頑張っていきたいと思います。


 空を全力で翔るグランサイファー。

 全速力でルーマシー群島へ向かうと、草木の生い茂る樹海と共に帝国の戦艦が停泊しているのが確認できた。

 

「帝国のヤツら、ここに来てるみたいだぜぇ」

「うん。いよいよだ。皆、気を引き締めていくよ!」

 

 ビィとグランが言って、表情を引き締め決戦へと気合いを入れる。……俺そういうの向いてないんだよなぁ。というか、団体行動が苦手だ。

 

「悪い。俺別行動するわ」

 

 ということで、上陸したところでそう申し出た。

 

「どういうつもりだ?」

 

 案の定黒騎士から睨まれてしまう。他も少し意外そうなと言うか、驚いた様子だ。

 

「そう睨むなよ。隙見てオルキス掻っ攫えた方がいいだろ? 人質として取られないとも限らない。もちろんあいつもオルキスが必要だからそんなことはしないと思うが、二人じゃなくてルリアとどっちかだけいればいい、っていうんだったら話は別だ。オルキスを人質に取った上でお前らを始末し、ルリアだけを捕らえばいい」

「……確かに、その可能性は否定できないが」

「だろ? だから俺が一人回り道して背後を取る」

「それなら僕達も行った方がいいんじゃないの?」

「悪いが【アサシン】で気配消せた方が見つからずに済む。道中帝国兵がいないとも限らないしな」

「じゃあ私かグランのどっちかが……」

「お前らはダメだ。片方しかいなかったらバレる。その点俺はフリーシアと会ったことがないからある程度いなくても誤魔化せる」

「……わかった」

「で、ルーマシーのことならなんでも知ってるロゼッタさんや? フリーシアはどこだ?」

「……さぁ、どこでしょうね。ルリアちゃんなら、オルキスちゃんの居場所がわかるんじゃない?」

 

 残念ながら答えてくれなかった。島にいるなら有効じゃねぇのかよ。

 彼女の言葉を受けて両手を前に目を閉じ集中したルリアは、

 

「……はい。リヴァイアサンの共鳴を感じます。森の奥、以前黒騎士さんやユグドラシルと戦った場所の近くにいます」

 

 便利な力だ。だがおかげでオルキスと、おそらく共にいるフリーシアの居場所もわかった。

 

「へぇ。結局ユグドラシルとも戦ったんだな」

「言ってなかったか? あの後撤退する時に人形が呼び起こしたのだ」

「聞いてない気がする……そうか、それでねぇ」

 

 嫌がってたのに起こしたってことはオルキスの意思ってことになるのか。なんだか申し訳ないな。

 

「まぁいいか。とりあえず俺は迂回して奥に回り込む。多少遅れるだろうが不意打ちなら任せとけ。得意分野だ」

「ふん。精々道中の魔物に殺されるなよ」

「はっ。誰が鍛えたと思ってんだ、当たり前だろ」

「そうか。頼んだ」

「おう」

 

 黒騎士と言い合って、俺は森の中を駆け出した。大きく迂回して裏を取るために。【アサシン】になって足音を消し、気配を潜めて敵に見つからず回り込む。やっぱり、こういう方が俺の性に合ってるよな。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンと分かれた後、グラン達と黒騎士達は早足で森の中を進んでいた。

 

「ダナンは大丈夫なんでしょうか」

 

 リーシャは彼が一人で行ったことに対して不安を口にする。

 

「心配に呼び捨てとは、随分仲良くなったモノだな」

「そ、そういうんじゃありません!」

 

 黒騎士に指摘されて頬を染めたリーシャを見れば、嘘なのではないかと勘繰ってしまう。

 

「ただ森には帝国兵もいるでしょうし、やはり誰かついていった方がいいんじゃないかと思ってしまって……」

「そうだな。通常、その考え方は正しい」

「?」

「ただあいつは単独の方が自由に動ける。人の気持ちを汲み取るのが上手いヤツだが、それ故複数人で戦う時は相手に合わせてしまう。その場合あいつの長所が潰れることが多い」

「随分と高く評価しているんですね」

「当然だ。なにせ、秩序の騎空団に潜入して私の脱獄に貢献したからな」

「……」

 

 黒騎士の皮肉に不満そうな顔をしつつも、鍵を盗まれた張本人だからか言い返さなかった。

 

「大丈夫ですよ、リーシャさん。ダナン君は結構強いですから」

「対応力、っていう点なら『ジョブ』を持ってるから僕達と同じだし」

「それに黒騎士さんと手合わせしてる時、ClassⅠ相当――『ジョブ』を使って強化された状態じゃない強さで加減したとはいえ奥義を相殺してますから。多分私よりも断然強いですよ」

「ちょっと悔しいけど、二人がかりで戦ってもいい勝負されるんじゃないかな」

「そ、そうなんですね……」

 

 事前の情報では敵対しているとのことだったが、どうやら二人はある程度実力を買っているようだ。同じ能力を持っていることからその便利さを理解していて、更には個人の実力も見せつけられていた。とはいえあまり心配していない、信頼した様子に少し面食らっていた。

 

「そこの二人が言ったように、あいつは成長速度がこの二人並みでありながら一人で戦った時の方が強い。それに、いざという時のための備えだと考えればあれほど人格的に適任はいないだろう」

「能力ではなく人格、ですか」

「ああ。人を騙す、人に取り入る、嘘を吐く、本心を見せる。貴様が身を以って体験したように、そういうのが上手いヤツだ。取り分け潜入捜査に向いている。そこの胡散臭いエルーンのように怪しい雰囲気を出さないこともできる。確実な隙を見つければ容赦なく突く、貴様がからかわれるのと同じようにな」

「……話はわかるんですが私に妙に当たりがキツいような気がするんですが」

「さてな。未熟者を見ていると苛立つという、アレだろう」

「私は確かに未熟者ですが、それでもできる限りをやると決めています。以前と同じとは思わないでください」

「ダナンに言われたからだろう、単純なヤツだ」

「ち、違います! 確かにきっかけはそうかもしれませんがちゃんと自分で考えてますから!」

「きっかけがなければ考えることもなかっただろう? だから簡単に絆される」

「絆されてませんから! というかやっぱり私への当たりがキツいと思います。なにか私情でもあるんですか? これから共に戦うのですから、後顧の憂いは断っておきたいんですが」

 

 リーシャとしては、なにか言いたいことがあるならはっきり言って欲しい、というスタンスだ。確かに言われてみればリーシャへの当たりがキツいような気がする。無論それ以上にキツく当たられているおじさんはいるのだが。

 

「……そんなにキツく当たっていたか?」

 

 黒騎士は自覚がなかったのか、リーシャ以外に尋ねた。

 

「まぁ、確かにそんな気もするよね~。僕達みたいに協力者じゃないにしても、妙に突っかかってる気はしてるよ?」

「ああ。何気なく突っかかってることが多い。長い付き合いになるがそんな相手はいなかったと思う」

 

 最も彼女と付き合いの長い二人が言った。

 

「そうか……。それは悪かったな。自覚はなかった、特に貴様に対して思うところはない」

 

 自覚がなかったとはいえ悪いことをしたと思ったのか素直に謝罪を口にする。

 

「いえ、もしや私の父となにかあったのかと勘繰ってしまって……なにもなければ構いません。やめていただければ」

「ダナンがそうしていた影響かもしれんな。茶化されるのが好きなのかと思っていたのかもしれん」

「好きじゃありませんから!」

「ああ、そうだったな。あれはダナンだからか」

「違いますから! そういうところですよ!」

 

 変わらぬ物言いで言い合う中、ドランクはいつものように軽い調子で言う。

 

「いやぁ、これでボスの突っかかる理由が、ダナンがリーシャちゃんばっかり構うから、とかだったら可愛げがあったんだけどねぇ。ヤキモチ焼いちゃって、とか~」

 

 瞬間、恐れ知らずだなこいつ……という視線が一斉に彼を向いた。

 

「……貴様。どうやら一度頭を捻り潰