ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~ (ひきがやもとまち)
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序章

試験的に独立連載させてみた作品です。ダメだったら割り切る予定です。


「・・・・・・そうだ、あの娘だ。ローザライン・フォン・クロイツェルといった。

 ローザと呼んでほしいと言っていたな・・・・・・」

 

 

 ――それが、その男の人生で発した最期の言葉となった。

 勿論、現実の人間は安っぽい三文ソリビジョンドラマのように簡単には死なない。最後の力を振り絞って末期の言葉を口にしたとはいえ、言い終えた次のシーンでいきなり事切れたりしないように形成されている。

 

 それでも、彼が死ぬ前に口から出した最後の言葉がこれだけであり、それから死亡が確認されるまで一言も意味ある単語を発しなかったのだから、死亡時刻がいつであろうと先の台詞が今際の際に残した彼にとっての遺言とされてしまうのは致し方ないこと。

 訂正するため墓の下から這い上がって来れない以上、死人に口なしで生き残った者たちの都合で好き勝手に言われまくる以外に彼が出来ることはもうなにもない。

 

 彼の死が確認されてから数十分後、この戦闘は終結された。

 

 

 遙かな昔、生まれ故郷である太陽系第三惑星のちっぽけな星から飛び出した人類は銀河系の深奥部へ向かって生活圏を拡大させながら戦争と平和と統合と分裂を飽くことなく繰り返し続け、やがて二つの大勢力と一つの中立国家が銀河の覇を賭けて二百五十年以上も星空の海を戦場に争い合うようになっていた。

 

 その長き戦いも、彼が死んだこの会戦を最期に終わりへと向かう。

 この会戦以降に行われた戦闘行為は純然たるテロであり、戦争とは呼べない代物のみ。

 地球教を名乗る復古主義の団体が散発的にゲリラ戦を仕掛けてきただけで、それらも最終的には根こそぎ殲滅させられ歴史の舞台に復活してくることは二度となかった。

 

 

 ――銀河をめぐる戦いは、こうして終結した。それが長期間の平和をもたらすものなのか、それとも次の戦いが始まるまでの短い小休止に過ぎぬのか、その答えを知る者は今はまだいない。未来を知ることができる神は、未来にしかいない。それが宇宙と世界の真実。

 

 

 ――が、この物語は銀河系の“その後”を語った伝説の延長にある歴史話ではない。

 遠い過去にまで遡って、あり得たかもしれないIFの歴史に介入する一人の男の活躍を描いた英雄譚である。

 

 その男、銀河をめぐる戦いの最後を締めくくった戦闘『シヴァ星域の会戦』で戦死した元自由惑星同盟軍中将にしてイゼルローン要塞防衛司令官、そして同盟軍最強の白兵戦部隊と呼ばれた『ローゼンリッター連隊』を率いる第十三代連隊長でもあった過去を持つ美丈夫『ワルター・フォン・シェーンコップ』は、本人も気づかぬうちに戦死しており、気づいたときには暗い暗い深くて冷たい穴の底に広がる世界に――――来ていなかった。

 

 

 

(・・・・・・?)

 

 彼はふと、耳元でやかましく泣きわめく赤ん坊の泣き声が聞こえてきたので薄目を開けて前を見た。

 白い部屋だった。病室のようでもあったが、看護兵を口説くために通い慣れた野戦病院の其れとは違って徹底的に除菌が成された、白衣の天使がよく似合いそうな清潔極まりない空間――俗に言う、『分娩室』とよく似た変わった部屋だった。

 少なくとも、自分には一生涯縁のなさそうな場所だったので、今すぐにでも回れ右して出て行きたいところであったが、それは叶わぬ夢幻だった。

 

 ――なぜなら、身体が動かないから。

 拘束されてるわけでもないのに、どういう訳だか手足が重たく、動きが鈍い。まるで泥の中を手探りで進んでいるかのように・・・と表現したいところだったが、生憎と『火薬式の軽機銃を手に持って5キロの徒歩と三十メートルの水中歩行』を基礎訓練として課してきたローゼンリッター連隊の連隊長だったことのある自分にとっては泥の中を進むぐらい舗装された道を行くのと大差ないので表現として適切かどうかが判然としない。

 

(やれやれ、それだけ鍛えてやったのに今になって動かなくなるとは、恩知らずな肉体だな。少しは持ち主である俺を見習って殊勝さを身につけてほしいものだ)

 

 この状況下でそのような戯言を、心の中だけとは言え平然と吐ける人間もそう多くはあるまい。銀河中に悪名と勇名を轟かせたローゼンリッター連隊を率いる連隊長だからこそできる豪語であったとも言える。

 

 とは言え現実は過酷であり、勇名を轟かせた最強部隊の指揮官だろうと身体が動かないのでは心だけ不屈でも何もできない。ひとまずは見えている物から状況と現場を推測しようと、目の前に立つ中年男女の二人組から、その背後に見えるカレンダーらしき物へと視線を移して数を読み上げていく。

 

 相手の顔に隠れて後ろの1桁は見えなかったが、誤差の範囲だろうと割り切り数字を言葉には出せず、頭の中だけで数え上げていく。

 

 

(AD、200――――AD!?)

 

 思わず愕然とさせられた。

 ADと言えば、かつて地球で使われていた『西暦』と呼ばれる時代のアルファベットだ。

 北方連合国家と三大大陸合衆国による二大大国が熱核兵器を応報しあった『十三日戦争』と、それに続く長い戦乱と混乱の時代である『九〇年戦争』により記録がほとんど残されていないことで有名な時代に最後を迎えた時代の呼称でもある。

 

 ――では、自分は今、そんな時代にタイムスリップでもしてきたというのか? まるで映画かなにかの主人公みたいに!

 

 珍しく混乱してしまい、そんな愚にもつかない妄想を考えついてしまうほど彼は焦ったものだったが、後にその妄想が事実であったことを知ったときには平静さを取り戻していたため溜息一つ漏らすことなく肩をすくめるだけで事実を受け入れてしまうのだった。

 

 彼は生まれ変わっても尚、そういう男だったから・・・・・・。

 

 

 地球にある主権国家の一つ、『ドイツ共和国』の名士の家に生まれ直した彼は前世と同じくワルターと名付けられ、ドイツ貴族の末裔『ワルター・フォン・シェーンコップ』と名乗るようになる。

 

 彼は死んだはずの自分が地獄に落とされることもなく、タイムスリップして過去の地球上に生まれ変わったことを不思議に思いはしたが、別段それで自分の行動指針を変えてしまうほど殊勝な性格はしていなかったから、前世同様に遊びとスポーツと戦闘とを要領よく狡賢い手段でこなしつつ、同年代の少女たちとの青い話し合いを楽しみながら生きていた。

 

 彼は女好きではあったものの、少女好きな性格はしていなかったから、レディに対しては誠心誠意真心を込めて礼儀正しく紳士的に扱った。

 伊達に、部下の隊員たちにフェミニスト教育を施していたわけではないのだ。有言実行とまではいかないが、言ったことの八割ぐらいはやってのけるのが彼のポリシーである。妥協はできる限りしない。

 その結果、モテない男共から嫉まれる分にはモテる男に生んでもらえなかった両親でも恨んでもらうとして、実力行使に訴えてきた奴だけ徹底的に恥をかかせて口封じをしてから帰してやる。そんな日々が続いていたが、ある時。

 

 その平和で満たされた日々は突然に終わりを告げられることになる。

 テレビに映ったレポーターが慌てふためいて伝える驚愕のニュース内容、『世界中の政府コンピューターがハッキングされ、発射可能なミサイル数百発が日本国に向けて発射されてしまった。その中に核弾頭が搭載されたICBMが含まれているかは現時点では不明』

 

 流石のシェーンコップも、これには慌てた。

 もしやこれが十三日戦争の火蓋を切った熱核戦争の始まりだったのではないか? 二大大国が存在しない世界情勢だったため今しばらく後の時代に起きたことだとばかり思っていたのだが、途中で何かしらの歴史改変が行われていた可能性は捨てきれない。

 

 前世の上司とは違い、彼は政治家共に陰謀による歴史改正は可能だと考えているタイプの人材だ。奴等なら彼の魔術師のように正しい歴史を伝え残すことによる大局的な利益よりも、目先にぶら下げられた美味しそうな人参に飛びつく方を選ぶに決まっているのだから、と。

 

 だが、幸運にもその予測は外れ、ミサイルは全てたった一機の超兵器によって撃墜されることになる。

 

 ――これがワルターの人生を大きく歪ませた事件。俗に『白騎士事件』と呼称された、ISが初めて世に出て世界を変えてしまった歴史的大事件の始まりだったことをニュースの始まりを見ていた時分の彼には知るよしもない。

 

 

 この事件の後から、超兵器IS――正式名称《インフィニット・ストラトス》を扱えるものが女だけであることから『女尊男卑』が台頭し、女性優遇、男性蔑視の性差別思想が世界中の国家を変質させてゆくようになる。

 その影響は、まだ幼くて大したこともできない少年ワルターの身にも降りかかってきた。

 

「どうもこうもない、くだらない話だ。我が自慢のバカ息子殿が、女尊男卑に媚びを売るため我が家の全財産を奪って献上してしまったのだよ。

 その上、女尊男卑与党を良く思わない男尊女卑原理主義者とやらの逮捕状まで持ち出してきおった。貢ぐ物がなくなった途端に今度は自分の番だと言うことさえ、あのバカ息子には理解できぬらしい。

 まったく・・・本当にどうしようもなく、くだらない息子の教育を失敗した愚かな老人の末路の話だよ、ワルター」

 

 そう言って今生での彼の祖父は、優しい笑顔を浮かべながら息子と違って聡明に育ってくれた孫の頭を軽く撫でる。

 祖母からの「これからどうするのですか?」という質問に対しても、祖父は小揺るぎもしない。

 

「なぁに、臆することはない。我々は日本国に亡命する」

「日本へ?」

「そうじゃ。あの国は今まで、外国からの移住者に厳しい審査と条件をつけていたが、この前のIS条約締結に伴い、大幅な法改正が行われる運びとなったと聞く。

 とは言え、法の内容を変更しただけで制度がすぐ現実に追いつけるというものでもない。今頃は現場の人間と議会で数値だけを基準に怒鳴り合う政治家共との間で混乱しておることだろう。その混乱に乗じれば存外簡単に許可が下りるかもしれんからの」

 

 そう言って笑った祖父の予言は的中する。

 この頃の日本は建設されたばかりのIS学園と、そこに入学してくる外国人留学生および、彼女たちの生活を支える娯楽施設や衣食の提供をもくろんだ外国資本と社員の家族などから要望が殺到しており、現場監督に派遣されてきた官僚育成大学出の若手女性官僚たちは偉そうに指示するばかりでお荷物にしかなっていないという惨状にあったため、とても一人一人に細かいところまでチェックしていられる余裕はどこを探しても存在しなかった。

 

 

 こうしてワルターは、晴れて日本国への移民として日本国籍を与えられたわけだが、時代や状況がどう変わろうとも日本人が持つ民族病『偏執的な村社会』まで変えられるわけがない。

 

 女尊男卑の世であろうとなかろうと、日本国籍を取得しやすくなろうとなるまいと。

 シェーンコップは外国人であり、日本に生まれた時から住んでいる髪と目が黒くて肌が黄色い日本人から見れば『見た目が変な俺たちとは違う奴』でしかない事実に変わりなどないのだ。

 

 こうしてシェーンコップは、高校受験が可能となる歳までの間、絶え間ない差別と虐めと偏見の目に晒され続けたが、そもそもがローゼンリッター連隊自体、帝国からの亡命者子弟で構成された爪弾き者部隊だったため大した痛痒も感じなかったのは良いことなのか悪いことなのか判断が難しい。

 

 確かなのは、高校受験を間近に控えたその年の初めに祖父が病死してしまったと言うことと、移民であり日本人ではないから制度の保証外な部分が多すぎるワルターに入学可能な日本の高校がほとんどなくなってしまったと言う二つの事実だけだけだった。

 

「やれやれ、まさか俺が提督と同じ境遇に立たされる羽目に陥ろうとはな。あの頃は考えもしなかった事態だ。やはり生きていると退屈しなくて済むというのは真実だったようだな」

 

 そう言って肩をすくめながら微苦笑を浮かべたシェーンコップは、こういうとき真っ先に頼るべき相手『役所』を訪問して相談した。

 如何に普段から助けてくれていなかろうとも、子供であり未成年でしかない今のシェーンコップにできることなどほとんどない。よしんば在ったとしても将来を生け贄の犠牲に捧げて今ささやかすぎる小金を手に入れられる・・・その程度の碌でもない境遇だけだろうという事実を、彼は前世の知識でよく知っていた。

 

 伊達に公務員はやっていなかったのだ。たとえ軍人だろうと、国家の軍隊に所属している以上は公務員であり、階級に伴って相応の法律知識を教え込まれる受講制度も存在していた。

 外国人であっても、法律に興味のない一般の日本人よりかは国と制度と法律について詳しい部類に入れるのである。

 

 

 ――そしてここで、彼にとって第二の人生ターニングポイントが訪れた。

 

 係員が彼の話を聞き、いくつかの部署に連絡した後、改めてシェーンコップの身体検査をさせてほしいと申し出てきたのだ。

 

「身体検査・・・ですか?」

「ええ。実は最近、法改正が行われていて一定の年齢に達した子供に限り簡単な検査を義務づけることになったのよ。大した時間や手間はかけさせないから、お願いできなかしら?

 ああ、一応政府から無茶を聞いてくれるお礼としてジュースとかお菓子が配布されるんだけど・・・」

 

 シェーンコップとしては元公務員として色々と聞いて確かめたいことがあったが、検査内容を聞く限り悪用できそうなものは一つもない。ここは聞いておいた方が、少なくとも損はないだろうと割り切り了承する旨を相手に伝えた。

 

 係員が若い女性で、豊満な肢体の持ち主だったことはこの場合関係ない。あくまで彼なりのお礼である。やはり久しぶりに美女を見ると目の保養になっていい・・・。

 

 

 こうしてシェーンコップは、世界で二番目に発見されたIS適正を持つ男の子としてIS学園に入学する運びとなるのだが。

 

 それはまた、別のときに語る話としておこう・・・・・・。



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第2章

なお、独立連載に移した最初の作品がコレなことに意味はありません。最初に出来たってだけです。


「フォン・シェーンコップ、お呼びと承り参上いたしました」

 

 それが諸事情あって、2時間目の授業から途中参加した『世界で2番目の男性IS操縦者』ワルター・フォン・シェーンコップの挨拶だった。

 恭しい口調と不謹慎な表情とが不調和なわざとらしい態度で、遅れてやってきた美丈夫の新入生はIS学園の男子用制服を一分の隙もなく着こなしている。

 

「・・・と、本人が自己紹介したとおり、コイツが我がクラスの新入生最後の一人だ。これから一年間、机を並べて学び合うもの同士問題を起こさないよう気をつけること。――以上だ。

 では、授業を始める」

 

 1年1組担任の織斑千冬先生によるフォロー(?)もあってか、無事に入学の儀を果たし終えたシェーンコップは唖然として自分を見つめてくる女子生徒たちが視線の集中砲火を浴びせる中を我が物顔で縦断しながら指定された位置の机へと向かい、着席する。

 

 そして、授業が始まった。IS学園にとって、ごく当たり前の日常の1ページ。

 ワルター・フォン・シェーンコップにとって、過去の地球世界かもしれない場所で過ごす特別なはずの一日目は、何の変哲もなくドラマもない平々凡々な形で幕を開けたのである。

 

 

 

 ――彼が、入学式と1時間目の授業に参加できなかったのには理由がある。

 なんのことはない、結局最後の最後まで『外国人移民』であることが足枷となり続けて邪魔された。只それだけの日本ではよくある平凡な理由と原因によるものでしかない。

 

 IS学園で表向きの学園長を務める怜悧な女性は根っからの女尊男卑主義者であり、汚らわしい存在であるはずの男が神聖なる女性の学び舎に入学してくることには反対であり、本当の学園長の決定であるなら仕方なくと、渋々従っているだけだったため形式面だけでも彼女を心理的に満足させてやる口実が必要だったという次第だ。

 

 彼女は男であっても学園長の命令にだけは従うが、それ以外の男性に対しては極端すぎるほどの嫌悪感を示す女性だった。

 彼女なりの主観では、そこに矛盾はない。単に彼女の学園長に対して向けられる忠誠心は学園長個人に対して向けられたものであり、彼女個人が持つ主義思想は男性差別思想の女尊男卑だったというだけのこと。

 

 人は思想に従うのではなく、思想の体現者に従うもの。その点に関して、シェーンコップを始めとするイゼルローン組に非難する権利はどこのポケットを探しても見つかるわけがないので彼は大人しく従ってやった。皮肉気な笑みを相手からの無遠慮な視線に返したのは癖であって、他意はない。

 無論、相手がそう受け取ってくれるかどうかは個人の自由なので、彼の関知するところではなかったが。

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISの運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 そうして始まった、IS学園入学初日2時間目の授業風景。眼鏡と豊満な肢体がセックスアピールな若い女教師が、スラスラと教科書を諳んじていくのをシェーンコップは聞くとはなしに聞き流していく。

 彼にとって、この手の法律的な基礎問題は前世において散々に慣わされたものと大差なく、細かいディティールに違いがあるとしても、それらを習わされるのは一定量の基礎を学び終えてからというのが教育の基本だということは常識として知っていた。現時点で注視すべきことは一つもなし。

 なら、せめて若く美しい女性教諭の唇から紡ぎ出される玲瓏としたハーモニーに聞き惚れながら、聞かれた内容にだけ当たり障りのない答えを返しておけばそれでいい。

 

 

 こうして彼はIS学園で過ごす初めての授業を難なくやり過ごし、次の授業に向けて準備を始めようとしていた、その矢先のこと。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

 突然、横合いからかけられた声に驚いたのか、隣席に座っていた男子生徒が素っ頓狂な声を上げるのが聞こえたため、シェーンコップの意識も彼の方に向けられる。

 

 たしか、オリムライチカとか言っただろうか? 世界で初めて発見された男性IS操縦者という触れ込みで入学を許された特例の男子生徒で、今生における自分にとっての先輩に当たる存在らしいのだが、男の少年に興味を抱く趣味は持ち合わせていない彼としては心底からどうでもいい存在でしかなかったこともあり、自己紹介し合ってから今の今までスッカリ忘れていた少年だ。

 

 黒髪黒目で中肉中背と、自分が忠誠を誓った唯一の上官と同じで東洋人らしい見た目をしているが、顔立ちはこちらの方が遙かに整っているだろう。ついでに言えば向学心についても彼の方がおそらく上だ。

 先刻まで続いていた授業中に「うー、うー・・・」唸っていたのが彼だとしたならば、わからないなりに必死になって授業を理解しようと努めていたのだろう。

 もし自分の上官が彼の立場だったとしたならば、開始五分で理解を諦めてテストの成績でも赤点スレスレの成績を取っても平然としたまま授業を受け続けていただろうから。

 

「訊いてます? お返事は?」

「あ、ああ。訊いてるけど・・・どういう用件だ?」

「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「・・・・・・」

 

 少女からの尊大な調子で紡がれる言葉に、織斑一夏が「ムッ」としたのが伝わってきたのを感じて、思わず内心で肩をすくめてしまったが声に出しては何も言わなかった。

 せっかく彼が彼女との話し相手を一人で担ってくれているのだから、任せてしまうのが筋というものだろう。人間、苦手なものを出来るようになるより、やりたい奴に任せてしまう方が良い結果がついてくるもの。それがイゼルローン流のやり方だった。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡・・・幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「・・・・・・馬鹿にしていますの?」

 

 徐々に雲行きが悪化していく織斑少年とセシリア・オルコットという名前らしい美少女とのやり取り。

 明らかに織斑少年はオルコット嬢の自慢話めいた上から目線での物言いに腹を立てており、オルコット嬢の方はその事実に気がついていない。

 生まれや育ちも関係しているのかもしれないが、それよりも彼の目には彼女がヒドく気負っているように見えていた。

 

(カリンの奴も、俺と最初に顔を合わせに来たときにはこんな風に苛立ちを隠そうと躍起になってたからな。

 表面をどれだけ飾って自分を大きく見せたところで、成熟さと中身が伴わなければただの格好付けに過ぎんものだが・・・まぁ、それもまた若さ故の失敗から学べる教訓だからな。励めよ、少年少女たち)

 

 前世で昔付き合ったことのある少女と自分との間で知らぬ間に生まれていた結果論的には隠し子の少女で、自分の実の娘を思い出しながら、そんなことは露とも悟らせない完全なポーカーフェイスを決め込んで沈黙を続けるシェーンコップ。

 外見年齢は同世代になろうとも、彼の中身は同盟軍随一の不良中年であり、最高評議会議長と統合作戦本部長とを口先三寸で手玉にとった毒舌家であるという事実に変わりはない。

 

 たかが一回死んで生まれ変わっただけで、己の今までを後悔して反省して人格を一変させるほど安っぽい人格に陶冶した覚えはない。

 男が人格を変えるのは女を口説くときだけでいい。「ありのままの自分を好きになってもらわなければ意味がない」などという青臭い青春群像劇めいた台詞を尊ぶのはミドルスクールの学生の間だけで十分だ。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「っ・・・・・・! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 三時間目が開始されるチャイムの音に割って入られたオルコット嬢は、悔しそうに表情をゆがめながら捨て台詞を吐くと、自分の席へと小走りに戻っていった。

 その後ろ姿を目だけ動かして見送りながら、織斑一夏は福音の音色に救われたと言いたげな表情で吐息する。

 

 ――と、一瞬シェーンコップの意味深そうで意地の悪い笑顔を直視してしまい、思わず反射的に反発の声を上げてしまっていた。

 

「なんだよ? 何か言いたいことでもあるのかよシェーンコップ」

「言ってほしいのかい? 坊や」

 

 脊髄反射じみた反発心から出てきた悪態に、即答で返された一夏は鼻白まされた。

 てっきり当たり障りのない嫌みな返答『別に・・・』とかが帰ってくるものとばかり思っていた彼は、初手から先手を取られてしまったわけである。

 

 こういう時、どのような言葉を返すべきなのか今まで歩んできた自分の人生から参照してみるが、適切な答えはどこにも見当たらない。

 中学生にして苦学生でもあった彼は、同世代の男連中よりかは人生経験豊富であるという自負があったが、それさえも所詮は平和で豊かな現代日本で学生として生きていた間に得られたものに過ぎず、二百五十年間も星空の海で戦争し続けていた国家の、平和を記録上でしか見たことのない時代に生きた男を相手に通用するほど大した難易度のある代物では全くなかったからである。

 

 とはいえ、公平を期するなら比べる相手がそもそもおかしい。比較対象として適切とは到底いえない時代背景がある者同士だ。一夏が悔しさを感じる必要性は微塵もない。

 その事実をシェーンコップは承知していたが、一夏は知っていたとしても悔しさを感じる気持ちは割り切れなかっただろう。

 それこそが人生経験の差であり、大人と子供の埋めがたい決定的な違いなのだという事実を彼が知るのは何時になることなのやら。

 

「余計なお節介なのを承知で、忠告させてもらうがね。坊や、女が自慢話をしているときには黙って聞いていてやるのが男の甲斐性ってものだ。自分がイラつかされたから、相手の女に当たるのは感心しないな。同じ男としてはね」

「・・・・・・」

 

 どう言い返せばいいのか思いつかないうちに、考え込んでいたところを追撃されて、一夏は頭の先から冷や水をぶっかけられたような気分を味あわされて黙り込む。

 

 彼とて冷静になってから考えてみれば、先ほどの会話で途中から自分が感情的になっていたことを自覚できないほど愚か者ではないのだ。

 たしかにセシリアの方に非は多くあったのは事実だが、だからといって一夏が感情的になって子供みたいな口喧嘩をしてしまった愚劣さを正当化できる理由にはならない。それくらいの分別は彼も持ち合わせていた。冷静にさえなれれば、その程度の道理は弁えられる程度には男として成長している自信とプライドが彼にだってある。

 

「・・・・・・坊やはやめろよ。俺には織斑一夏って名前がちゃんとある」

 

 そして、だからこそ素直に謝罪できないところが今の彼の至れる限界点。男としてのプライドと自信が、正しかった側の自分が謝らせることを受け入れることが出来なくさせていたのである。

 

 たしかにセシリアの挑発的な物言いに「カチン」ときて売り言葉に買い言葉で応じてしまったのは自分だ。それはガキっぽくて恥ずかしい行為だったと自分でも思う。

 

 だがしかし、それは“あくまでも結果論”に過ぎない。最初から最後まで自分勝手な傲慢な態度で接してきていたセシリアの方が非は大きく、ことの最初において自分の感じた怒りは正当なものだったはず。

 結果的に自分も小悪をなしてしまったけれど、最初から最後まで間違え続けていたセシリアと比べた場合には自分の方が人として上の対応を出来ていたはず・・・一夏はそう信じて確信していた。

 

「そうか、悪かったな。気をつけるよ、坊や」

「・・・・・・」

 

 今度は一夏が無視する番だった。分が悪いし、それにシェーンコップが言っているのは呼称はともかく、内容は正しい。だから何も言えない。言い返せない。

 これ以上、悪足掻きして格好の悪い無様な姿を尊敬する姉のクラスで見せるわけにはいかなかったから。

 

「それでは三時間目の授業は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 三時間目が始まり、教壇にクラス担任の織斑千冬が立って授業の説明を開始していたが、それが唐突に言葉を途切れさせる。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけなかったな。

 誰か、立候補したい奴、させたい奴はいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 クラス代表とは、文字通りクラスの代表として委員会に出席したり、クラスを代表して対抗戦に出場したりと言った顔役を指して用いられる単語。基本的な部分はIS学園も他の普通科高校と変わりない。面倒な雑用仕事を押しつけられる役割であることも含めてだ。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私はシェーンコップくんが良いと思います!」

 

 そして案の定、他のクラスにはないアドバンテージで目立つため1年1組女子たちは一斉に世界初と二番目の男性IS操縦者二人の名を次々と連呼していく。

 

 分かり切っていたことなので、今更慌てふためく可愛らしさなどシェーンコップの人生には持ち合わせがない。あったとしても少年時代に初めて抱いた女の味とともに記憶の深層部に葬ってから忘却し尽くてしまっている。思い出せるのは、当時の自分にとって女という生き物が新鮮で瑞々しく魅力に溢れて見えていた青い青春の残滓ぐらいなものしかない。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 そして、予測したとおりに割り込んでくる気の強そうな、それでいてイヤに気負っているのが見え隠れしているイギリス貴族の末裔らしいお嬢さんセシリア・オルコット。

 

「そのような選出は認められません! 実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされても困ります! いいですか!?

 クラス代表は実力トップがなるべきであり、そしてそれはわたくしセシリア・オルコットですわ!

 ・・・大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――」

 

 そうして、あれよあれよという間に話は脱線。

 やれ、世界一まずい料理で何年覇者だとかなんとか、極東の猿でサーカスがどうのこうのだとか、先の授業で私的運用を禁止されてるISを使って決闘がどうだとか。

 あまりにも本筋から逸れていって、イゼルローン要塞まで長距離ワープしてしまいそうなほど盛り上がっていく二人・・・織斑一夏とセシリア・オルコット。

 

「・・・さて、話はまとまったようだな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ用意をしておくように」

 

 やがて、調停役として何の役にも立たなかったクラス担任が、オルコット並みの尊大な態度と口調で決定事項を改めて伝えてやると二人はうなずいて了承。

 最後に残ったクラス代表に他薦されていた、もう一人の男子生徒にも同じ質問を投げかける。

 

「シェーンコップもそれでいいな?」

「ヤー(了解)」

 

 短く答えて、了解した旨を相手に伝えるシェーンコップ。不敵な表情でふてぶてしく笑う彼であったが、その内面は表面ほど穏やかなものとは到底いえない。

 

 なにしろ久々の戦場なのだ。たまには身体を本気で動かさないと鈍ってしまって仕方がない。

 第一、祭りが行われると聞けば、いの一番に駆けつけて誰よりもケンカ祭りを楽しんでこその軍人であり、ローゼンリッター連隊というものなのだ。もはやこれは本能と言っていい。

 後天的に付与された、第4の欲求と呼ぶべき快楽が本能として胸の内からフツフツと燃え上がってくるのを感じて久しぶりに高揚してくる。

 

 

「やはり、薔薇の騎士はこうでなくてはな。

 ――ドライロット、ドライロット、我が生と死を染めるは呪われし色。血と炎と赤い薔薇・・・せいぜい俺を退屈させんよう頑張ってくれよ、お嬢様方」



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第3章

「なんですって!? わたくしにIS操縦技術のコーチを委託したいですって!?」

 

 その日、一週間後に織斑一夏およびシェーンコップとクラス代表の地位を賭けて決闘することが決定していたセシリア・オルコットは、彼からその依頼を聞かされた瞬間に激高した。

 

「ヤー(ああ)」

 

 対して、依頼主であるシェーンコップ自身は平然とした表情のまま頷きで返すだけ。

 小憎らしい平静さと、小揺るぎもしない有刺鉄線張りの不遜で不敵な表情が相手の怒りを加速させたが、これはただの地である。素の表情がこれなのだから彼としてはどうしようもない。

 ――もっとも、どうにかしてやる気が微塵もないのも彼であったが・・・。

 

 

 

 織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてワルター・フォン・シェーンコップによるクラス代表を賭けた試合が一週間後に決定された翌日。

 織斑一夏には初心者への救済措置として、彼専用機が与えられることが政府議会で承認され、支給される機体には次期主力機の開発を任されていた倉持技研が保有する《白式》が選ばれる運びになっていた。

 世界初の男性IS操縦者と言う名誉に対して、日本政府は誠意を持って遇したというわけである。

 これで貴重な研究サンプルである彼を繋ぎ止めておける楔となるなら安い投資というものだったからだ。

 

 

 対して、シェーンコップには専用機は与えられず、操縦練習のためアリーナと訓練機を優先的に使用を許可されたに留まった。

 『短期日のあいだに同国内から二人もの男性IS操縦者が発見されることは想定を上回っており、数に限りがある専用機コアを二つも用意することは出来ない』と言うのが政府からの説明だったが、その言葉の裏側に彼が『外国移民』であることが暗い影を落としていた事実を否定しきる証拠を政府が持っていたことは日本の歴史上一度もない。

 

 それは明白すぎる事実であったから織斑千冬は憤ったものだが、形としては正論そのものであり、また全くの嘘偽り方便の類いでもなかったため決定を覆すことはできなかった。

 

 シェーンコップ本人は意に介さなかった。

 

 もとより政府からの嫌がらせには慣れているのがイゼルローン組である。保身的で保守的な政治家共のやることなど、世界なり時代なりが変わった程度では大差あるまいと高をくくっていた彼としては何ほどのことでもない。与えられた物資をやりくりしながら勝つしかないのが、昔も今も変わらぬヤン艦隊の流儀というものである。

 

 だが、しかし。それでも問題は存在した。

 如何にシェーンコップが同盟軍最強を誇る白兵戦技の達人だったとは言え、ISについては昨日今日習い始めたばかりの素人同然であるのは動かしがたい事実なのだから。

 残り時間は一週間を切ったばかり。早急に解決策を模索する必要がある。どうするか?

 

 ――簡単だ。自分が不得意とする分野は得意な奴に一任してしまえばよいのである。「自分が楽をするため」人事の妙で(結果的にではあるが)辣腕を振るった故ヤン・ウェンリー提督のよき先例に習えばいいだけである。

 

 

 その候補として彼が白羽の矢を立てた人物こそ、今彼の目の前で髪を逆立てた猫のように威嚇してきている彼女であり、イギリスの代表候補にして一週間後に戦う決闘相手セシリア・オルコットその人である。

 

「正気ですの!? わたくしとあなたは敵同士・・・一週間後に銃口を向け合い雌雄を決する試合相手ですのよ! 敵同士が馴れ合いをしてどうしますの!?」

「ISのことでわからないことがあれば教えてやってもいいと言っていたのは貴女だ。俺は宣言を信じて教えを請いに訪れただけですよ」

「あ・・・っ」

 

 言った。そう言えば言っていた。自分は確かに織斑一夏と初めて会話したとき、確かにその言葉を言っていたと彼女の優れた脳と記憶力は記録している。

 

『ISのことでわからないことがあれば、まあ・・・泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ』

 

「正直なところ、入学したばかりでISのアの字も知らない俺には頼れる当てが他にない。その中で貴女は間違いなく最強のIS操縦者だ。

 優れた先人に教えを請うため頭を下げるのは当然の礼儀でしょう? オルコット嬢。・・・いや、オルコット先生」

 

 そう言って頭を垂れてくるシェーンコップの姿が、セシリアの勘に障った。

 ――まるで“あの人の様だ・・・”と思わずにはいられなかったからだが、それによって自分の前言を翻す恥知らずになる気は彼女にもない。

 

「・・・分かりましたわ。試合前日までは、コーチをお引き受けいたしましょう。専用機を与えられなかったあなたには、そのぐらいのハンデがなければフェアではありませんものね」

「感謝する、オルコット先生。このお礼は将来的には必ずお返ししに参りましょう。あなたが成長して今よりさらに美しくなった頃、大輪の薔薇の花束を持参しながらね・・・・・・」

「そ、そんなことよりも!」

 

 映画俳優顔負けの美丈夫に定番の口説き文句を述べられ、『言われ慣れているから平気だ』と思っていた防壁をアッサリ貫通されかかってしまったセシリアは慌てて続きを口にしながら取り付くように“確認”をする。

 

「指導してあげるかどうかを決める条件として、今から私がする質問に答えなさい。回答次第ではコーチングの話は無しにさせて頂きます。よろしいですわね?」

「どうぞ、なんなりと。俺にお答えできる範囲の質問であればよいのですがな」

「簡単ですわよ。答えはあなた自身の中にしかありませんから。

 ――あなたは先ほど私に頭を下げたとき『悔しい』という気持ちは起こりませんでしたの?」

 

 

 その質問はセシリアにとって、辛い過去と懐かしい過去の両側面を持つ複雑な思い出に直結していた。

 

 ――今は亡き彼女の父は名家に婿入りしてきた婿養子であり、格上の結婚相手である妻(セシリアにとっての母)に対して常に多くの引け目を感じていたように幼い娘の目には見えていた。

 母が強い女性だったことも彼女の心理に大きく影響を及ぼしていたのだろう。女尊男卑以前の女性が見下されていた男尊女卑の時代から女でありながら幾つもの会社を経営して成功を収めていた母を身近で見て育ってきた彼女にとって、厳しくも優しい母は憧れでありヒーローだった。女性としての理想像が母親だったのである。

 

 そんな一代の女傑を幼い頃から一番近くで見ながら育ったセシリアにとって、『凡人』でしかない父親が実物大以上に小さく小物に見えてしまうのは仕方がない。

 比較対象が大きすぎれば、隣に並ぶ人物が多少優秀であったとしても恒星の前の惑星さながらに光が翳んでしまうのは当たり前のことだからだ。

 

 たとえば、ラインハルト・フォン・ローエングラムの副官、ジークフリード・キルヒアイスがそうだったように。

 ヤン・ウェンリーの非保護者たるユリアン・ミンツがそうであったように。

 

 惑星の光量は、恒星の光に目を奪われない距離まで離れない限り正しく評価することなど出来はしない。

 彼らとセシリアの父が違うところは、死ぬまで恒星の側に寄り添い続けたことだろう。

 セシリアの両親は三年前の事故で共に他界しており、普段は別々に行動していた彼らが死ぬことになる当日だけ一緒に過ごしていたことが彼にとって幸福だったのか不幸だったのか、それは誰にも分からない。 

 

 ジークフリード・キルヒアイスは、それまで『金髪の小僧の腰巾着』と罵られ、不当に低い評価を浴び続けてきたが、独立した権限を与えられた後は貴族連合軍との戦いに悉く完勝し『辺境の王』とまで呼ばれるほどの英雄に成り上がった。

 しかしそれは彼の寿命を縮めただけでなく、彼の人生の意味そのものである親友との絆に罅を入れる諸刃の剣にもなってしまう。巨大すぎる功績が疎んじられて、彼と彼の親友との間に絶対零度の義眼の男が立ちはだかる切っ掛けに繋がってしまったからだ。

 

 そして、ユリアン・ミンツもまた恒星のもとから巣立ち成功を収めた英雄の一人ではあったが、その評価と人生が幸福であったかと言われると心許ない。

 彼はヤンの下にいるとき、師父以上に才能豊かな天才児と思われていたのだが、師父の死後に地位を引き継いでからは批判と非難が相次いだことでも知られる人物になっていく。

 彼が変わったのではなく、状況の変化が彼に求められる能力と役割を飛躍的に増大させた結果として、消滅した後の恒星の残光が巨大すぎたことに今更になって人々が気づいた所以である。

 生きているとき、ヤン・ウェンリーは必ずしも正当な評価を受けたとは言えない人生を送っていたが、死後にその名声は加速され伝説から神話へと短期間の間に急成長を遂げていくことになるのだが、それに反比例して残された惑星たちの光は見窄らしく小さいものに人々の目には映ってしまっていくようになっていく。

 

 

 ――光あるところに陰がある。光は、光だけで存在し続けることは出来ない。必ず影が寄り添わなければ自らの光量で自分を見る人々の目を眩ましすぎてしまって、正当な価値を計ることは誰にも出来なくなってしまうから・・・。

 

 とは言え、影が影としての能力しか持っていないとも言えないし、影が光となって栄光を手にしたら幸せになれると確約されているわけでもない。

 セシリアの亡父が、真実臆病で情けない男であったのか、それとも能を隠した鷹であったのか、あるいは己の程度を弁えて影に徹しようとした賢者であったのか。それは彼の死によって答えの存在しない永遠の謎かけとなってしまった。

 

 物言わぬ物体に真実など求めても与えてくれることは決してない。

 ただ、それを見た人々がそれぞれの尺度と価値基準をもとに真実を妄想して『こうだったに違いない』と判ったように決めつけるだけが生きている人間にできる死者への待遇のすべてである。例外はない。死者が反論するため蘇り、真実を伝えに来ることもない。

 

 『死人に口なし』。それは人類の歴史上ずっと否定され続けられてきた概念であり、延々と使い続けられてきた処世術の一つ。

 そして人類から死が亡くなるまで、未来永劫使い続けられるであろう永久不変の真理でもある。

 

 

「直接的すぎる聞き方かもしれませんが、お聞きしたいものですわね」

 

 セシリアは髪を手でかき上げながら、尊大な態度で言い切ってみせる。

 無論のこと彼女は自分の抱える事情のすべてを話した訳ではないし、話すつもりもない。少なくとも今この時点で『大切な家族との思い出話』を赤の他人に話してやる気は少しもない。

 

 だからこそ逆に聞いておく必要があったのだ。

 余計な戯言を口にして、自分の家族と過ごした記憶に泥を塗るかもしれない人間など側に置きたくないし、事情を語れぬ家庭の問題で怒鳴られるのは相手にとっても迷惑なだけだろうと考えたからである。

 

 そんな悲喜こもごもが数多く詰まった彼女からの質問に対してシェーンコップの回答は、反比例するかの如くシンプル克つ割り切りすぎるものでしかなかった。

 

 

「あいにく俺は、脊髄反射じみた反発心をプライドだ誇りだのと巧言令色で飾り立てる恥知らずに成り下がる気は持ち合わせていないのものでしてね。

 出来もしないことを、やる前から『出来る』と大言壮語して失敗した途端に言い訳を並べはじめる卑怯者にはなりたくないと、常日頃から思っておりますよ」

 

 

「あ・・・・・・」

 

 その言葉を聞いたとき、セシリアの胸の支えていたモノがストンと落ちる音がした。

 大切な記憶はなにも変わらぬまま、別視点から見た映像が記憶のフィルムに今までとは異なる色味を追加されたのだ。

 

 父は確かに卑屈な男だった。常にペコペコ頭を下げてまわり、自分の意見を強く主張することもなく、婿養子でしかない立場の弱い存在として最後の最期まで地位と立場を強化しようなどとは思いもしなかったであろう気弱そうな人物だった。

 

 ――では、もし仮に父がオルコット家における自分の立場を強化するため動き出したらどうなっていただろう?

 婿養子でしかない立場で自己を主張し、自分の意見の正しさを強硬に押しつけ続けて貫き通していたらオルコット家は今頃どうなっていたことだろう。

 

 考えるまでもない。内部分裂による一族全体の崩壊だ。同族同士が敵対して啀み合えば、オルコット家の財産を狙うハイエナ達が無数に群がり食いあさり、後には柱一本残さずしゃぶり尽くされた伝統と格式ある家名だけが残された『名ばかり貴族』のオルコット家という商品名だけが自分にタグとして付けられ売り飛ばされていたことは疑いない。

 

 父がそこまで考えて行動していたかどうかは判らない。ただ、少なくとも父は出来もしないことを『出来る』と言ったことは一度もなく。

 出来ないことを人に『やってください』と頭を下げてお願いすることを嫌がったことは一度もない人だった。

 

 それは確かに情けないことだったろう。恥ずかしいことでもあっただろうし、周りから見たらプライドを持たない恥知らずの所業にしか見えなくても仕方のない行為だった事だろう。

 

 だが、それら全ての『受ける事が分かり切ってる悪意と見下しを承知の上で頭を下げる』のは臆病な行為だろうか? 情けないことだろうか? 勇気のかけらもない、見栄とプライドをごっちゃにした卑怯者にできる行為なのだろうか?

 

 侮辱に対して自分の正当な地位と権利を、力づくでも守ろうと立ち向かうのは勇気だ。間違いない。それは断言できる。

 

 では、侮辱に対して自分のプライドを曲げてまで『守りたいもののため頭を下げ続ける』のは勇気と呼ぶに値しないのか? ――否だ。少なくとも今のセシリアにはそうは思えない。

 そう思えるようにしてくれた男性が目の前にいるのに、それを気づかないフリをするのは誇りあるイギリス貴族オルコット家の名を継ぐ者として恥ずかしすぎる行為だったから・・・・・・。

 

 

「今のが俺の出せる答えの全てでしたが、不合格でしたかな?」

「・・・いいえ、充分ですわ。期待以上の答えを頂きました。この上は私もコーチとして微力を尽くすといたしましょう。

 試合当日まであなたを鍛える、期間限定の勤めを果たすために」

 

つづく



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第4章

 ワァァァァ・・・・・・ッ!!!!

 歓声が轟く。

 

 織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてシェーンコップによるクラス代表決定戦が行われた当日のIS学園第3アリーナに今、勝者を讃え、敗者に好奇の視線を送る観客たちからの様々な感情が綯い交ぜになった雄叫びが歓声という一つの大河に合流して響き渡る。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 アナウンスのコールに儀礼的な笑顔を浮かべて、手を振り歓声に応えてやってから会場を去り、次の試合のため席を譲ったセシリア・オルコットであったがピットへと続く廊下を歩む彼女の表情は釈然としないもの。

 とても勝利者がするものとは思えない茫洋とした顔をしている彼女に、廊下の先から声がかけられる。

 

「ナイスファイト、オルコット嬢。見事な試合ぶりでしたよ」

 

 壁により掛かりながら、キザったらしい姿勢で彼女を待ち構えていたらしい次の試合の参加選手ワルター・フォン・シェーンコップからの賞賛に対してセシリアは、ぎこちない笑みを浮かべて返事を返そうとして

 

「・・・と、言えればよかったのですが、いささか醜態でしたな。たかが試合中に敵機がファースト・シフトした程度のことで狼狽えざまを晒すなど恥以外の何物でもない」

 

 直後に告げられた補足により表情ごと凍り付かされる。

 曖昧だった表情が怒りに変わり、敵意を含んだ憎悪の視線で自分を批判してきた男を睨み付ける。

 

「・・・・・・」

「・・・フッ」

 

 相手は平然としている。嫌味ったらしく皮肉気な笑みを口元に湛えたまま、黙って睨み付けてくるセシリアの視線を真っ正面から受け止めてやるだけ。

 

 怒りと屈辱で手を震わせながら、それでもセシリアは怒気の叫び声を上げることは出来ない。相手の言ったことが“すべて真実”だからである。

 

 

 ――確かにISが試合中にファースト・シフトを実行するのも、初心者が専用機乗り相手に初期設定だけで渡り合っていたというのも異例の事態だ。

 専用機が力を発揮するには乗り手の情報を機体全体に馴染ませて最適化することが絶対条件であり、その作業が完了するまでの専用機は『使用者専用の機体』に至れていない。

 ISに内蔵されたコンピューターにより試行錯誤しながら最適化している途上にあるからだ。

 

 要は、自転車の操縦練習と同じようなものだと思えばよい。何度も転びながらも少しずつ二本の足を左右に動かし進んでゆく感覚を『ペダルをこいで前へと進む感覚』に適応させていく。

 ISも最初から完璧に操縦者と息が合うわけではなく、呼吸を合わせるため癖を理解して操縦者の動きやすいよう調整する作業中には失敗や計算ミスを多く発生してしまうのだから仕方のないことではある。

 

 

 それら不完全な状態の機体で、完全に自分とマッチさせた後の機体と押されながらでも立ち向かえていたという事実は間違いなく偉業だ。一夏のやったことは紛れもなく彼の才能を示すものであっただろう。そこに議論の余地はない。

 

 ・・・だから、問題があるとしたら一方的にセシリアの側になる・・・。

 

 

「敵が試合中にファースト・シフトするのは、確かに驚きでしょうな。実力を発揮し得ない機体で格上の自分相手に一応なりとも戦いを成立させていたのも大したものではあるのでしょう」

 

 シェーンコップは皮肉な口調で一夏を賞賛するが、賞賛するだけでは終わらないのがこの男だ。

 

「だが、はっきり言ってしまえば“それだけだ”。敵が進化したからといって自分がダメージを受けたわけではない。それまで蓄積してきた敵のダメージが回復したわけでもないし、自機が大した損害を食らっていない有利な戦況が覆されたわけでもない。

 強くなったのは“敵の都合”だ。敵と戦っている味方には関係ない。

 敵の都合に味方が合わせてやる義理など宇宙のどこを探しても存在しやしませんよ。無視して自分の都合を押しつけてやればそれでよかった・・・違いますかな?」

「・・・・・・」

 

 セシリアは答えない。

 『その通りです』の一言を、プライドが邪魔してどうしても出すことが出来なかったから。

 

 激しく睨み、手を震わせて拳を握り、それでも彼女は怒鳴り散らそうとはせず、大きく息を吸って吐いて、怒りを体の外に形だけでも追放させる。

 

「・・・・・・・・・・・・たしかに、今回の戦いはわたくしのミスにより負けてしまいました」

 

 長い沈黙を終え、セシリアはようやくその言葉を押し出すように口にする。

 

「ですが、次は負けません。

 負けても死ぬわけではないスポーツの戦いに一回負けたぐらいで歩みを止めてしまっては、父と母に会わせる綺麗な顔が台無しになってしまいますもの」

 

 華やかな作り笑顔を浮かべてセシリアは言い切る。

 言外に『文句あるか? 言ってみろ』と凄味を滲ませながらの淑女らしい華やかで気品あふれるイギリス貴族の意地と矜持を全力で込めた強がりな負け惜しみを。

 

「フッ・・・・・・」

 

 シェーンコップは声に出しては何も答えず、キザに一笑するだけで彼女の脇を通り過ぎていく。

 無言のまま『上出来だ』と言う、言葉にしない賞賛を彼女の勇気に与えながら。

 

 

 最初の敗北が人生最後の敗北になりやすい実戦に慣れた兵士というものは、往々にして『次は負けない』という表現を使う者を『平和ボケ』と解釈しがちだ。

 しかし実際の戦争で一度も負けずに古参兵となった者はまずいない。負けても生き延びた兵士たちだからこそ不利な情勢に陥っても絶望することなく継戦可能な粘り強さを得ることが出来るのだから。

 

 戦い続けていれば、いつか必ず負ける。

 常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムでもそうだった。

 不敗の魔術師ヤン・ウェンリーも彼個人が負けなかっただけで、戦略的にはラインハルトから常に後手後手に回らざるを得ない状況を押しつけられることしか出来なかった。

 

 負けない人間はいないのだ。

 重要なのは、『負けた後に自分はどうするのか?』だけ。

 『絶対に負けたくない』などという都合のいい夢想を実現させる方法を考えようとするから却って人は敗北に弱くなる。

 負けたことがなく、負けを知らず、一度の敗戦がいつまでも尾を引く最強の兵士こそが、実は最弱の兵士なのだ。

 負けて再び立ち上がることが出来なくなる兵士など、少なくともヤン艦隊には必要ない。なにしろ、敗走させたら右に出る者がいないアッテンボローとかいう青二才が分艦隊司令官を務めていたほど勝てない戦いには慣れている者の集まりだったのだから・・・・・・

 

 

「ワルターさん」

 

 不意にセシリアがシェーンコップの背中を呼び止める。

 

「試合の後で・・・少しお話を聞いていただけませんかしら? わたくしの大事な人たちのことで、あなたに知っておいてほしい方たちがおりますの」

「うら若く、見目麗しい女性からのお誘いを無碍にしたのでは男が廃りますからな。喜んで相席させて頂きましょう」

「ええ、お願いします。――ご武運を」

 

 そう言い残してセシリアは、迷いない足取りで自分の控え室に指定されているピットへと戻っていく。

 そんな彼女の後ろ尻を軽く一瞥して見送ってから、シェーンコップは試合に出るため自分用に貸し与えられた量産型ISの置かれたISハンガーへ向かうのだった。

 

 

 

 

 そして、シェーンコップと一夏の試合が開始された。

 

 

「来たみたいだな、シェーンコップ。今日は遠慮なく戦わせてもらうぜ!」

 

 一夏が純白のIS『白式』に大太刀状の接近戦武装を構えながら宣誓するように叫び、シェーンコップは「ニヤリ」と笑って返すだけだ。

 

 

 ――余談だが、彼らの試合がセシリアと一夏が戦った後に行われたのには幾つかの理由が存在した。

 

 もともと専用機と量産機では性能的に勝負にならないこと。

 ならば初戦で専用機同士がぶつかり合って、それを量産機乗りが観戦すれば知識面で性能差を補填することが可能になること。

 最初の戦いで負けた方と戦って敗北すれば、1戦目の勝者より弱いことが証明されて自動的に勝者が決定されること等が主な理由である。

 

 仮に勝った場合にはセシリアと戦う可能性も出てくるのだが、学園執行部はその場合シェーンコップからリタイアするよう促すことを既に決定事項としていた。

 

『専用機乗りが所属するクラスから量産機乗りを代表にするのには無理がある』

 

 という理屈が彼女たちの主張である。

 本音は見え透いているが、またしても形だけは正論だったため千冬は臍を噬む思いで受け入れざるを得ない。

 横暴に見える彼女だが、国立高校に雇われている公務員なのだ。宮仕えの悲しさで規則と正論を振りかざして盾に使われてしまうと反撃する手札にすら事欠いてしまう。

 給料とは紙ではなく、人を縛る鋼鉄の鎖で出来ているものなのだから・・・。

 

 

「おおおっ!!」

 

 試合開始直後、一夏はシェーンコップのラファール目掛けて猛スピードで突撃を敢行する。

 猪突猛進に見えるが、基本的に接近戦武装が一本しか装備されていない白式には突撃以外の攻撃手段が存在していない。

 距離を置かれたままでは攻撃することすら出来ない以上、最も近い距離にいる試合開始直後に肉薄して接近戦に持ち込む戦法は理に叶っている。

 まして、機動性重視で装甲が薄く、防御力の低いラファールが相手なら尚更だ。

 

 ・・・とは言え、戦いの勝敗、敵との優劣とは相対的なものだ。

 敵が強いからと言って正面から堂々と打倒しなければ勝ちと認められない道理もない以上、性能的に勝る相手には自分の優れた部分を敵の弱い一点にぶつけるのは当然の戦術と言えるだろう。

 

「――なにっ!?」

 

 だが、少なくとも一夏にとってシェーンコップが取ってきた対応は当然の選択と呼べるものではなかった。むしろ、どちらかと言えば頭がおかしい、イカレていると酷評されても仕方のない無謀すぎる愚行。

 

(自分からも突っ込んで来る・・・・・・だとぉっ!?)

 

 言葉よりも速く走る思考で叫ぶことしか出来ない極小の時間の中で、一夏は見た。

 シェーンコップは自分の突撃に合わせる様に自らもまた機体を加速させて、突撃してくる一夏に対して同じように自機のラファールを猛スピードで突撃させてきたのである。

 

 彼は自分の攻撃を、敵が受け止めるか、避けるか、あるいは後退して躱そうとするかまでは想定していたが、突進してくることまでは考えていない。

 だからと言って一度全速力で加速をかけた機体が急に止まれるわけがないし、敵が突撃してくる前で立ち止まってしまえば只の的である。

 

(――腹をくくってやるしかない!)

 

 そう決意して一夏は踏みとどまることなく更に加速したが、このとき彼は既に大失敗を犯していることに気づけていない。

 

 両者が激突して、互いの接近戦武装が相手の機体を捉えるが、それは観客たちから見た視点での出来事であって、当事者たちのそれとは全く事情が異なっていた。

 

「開幕直後の先制攻撃は正しい選択だが、想定が甘すぎたな。自分の予測範囲内でしか動いてくれない都合のいい敵などそうはいないものだ」

「くっ! て、テメェ・・・っ」

 

 一夏は悔しそうに呻き声を上げ、そして見つめる。

 自分が振り下ろそうとした刃の『鍔元を握りしめて止めている敵の右手』と、『自分の機体に突き立てられたコンバットナイフ型の接近戦武装』を。

 

 白式が持つ『雪片・弐型』は大振りの化け物刀であり、刀身がバカみたいに長く『物干し竿』と名付けた方が分かり易いほど大型武装だ。

 当然、剣が届く間合いは長いが、逆に言えば振り下ろすタイミングが難しくなる。

 敵との相対距離によって振り下ろしを、どの距離で行うかの見極めが重要になってくる。

 

 一夏には、それが出来るほど大太刀を使った経験値が存在しない。

 『雪片・弐型』については頭の中に数値として送り込まれて理解できてはいるが、それだけの長さを持つ長刀を『自分の経験していない間合い』で振るったことがないのでは目測を誤るのは当然のことでしかない。

 

 その事が、自分の記憶にある千冬から学んだことをトレースするだけだった一夏には理解できない。理解しないまま、理解できていないことを自覚せずに斬りかかってしまった。

 それを見抜かれていた。敵の構えと得物の長さとの間にある違和感に感づかれてしまったのだ。

 

 敵の意表を突いて攻撃するのは当然の戦法であり、戦場で敵がこちらの予想しない武器を用意してきている可能性は常に存在する。

 ちょうどアムリッツァ星域会戦で、帝国軍が指向性ゼッフル粒子を持ち出してきたのと同じ要領によって。

 

 それらを完全に予測しきることは人の身では不可能だろう。人は全知でも全能でもないのだから当然のことだ。

 

 だが同時に、それを予測できなかったからこそアムリッツァで2000万人の命が無駄に失われてしまったのも事実である。

 

 人間は完璧ではない。だが、『人間として可能な限りの完璧さ』を求められるのが部下を無駄死にさせない指揮官という役職でもある。

 シェーンコップは其れをするため、彼なりに彼流の努力をし続けてきた。だから出来た。其れだけのことだ。

 

 ・・・もっとも、ビール瓶やベルトとかを使ったプライベートな戦闘において実戦経験豊富すぎていただけ。と言う見方も出来なくはないのがシェーンコップのシェーンコップたる所以でもあるのだが・・・。

 

 

 

「お前さんの戦い方は素直すぎるのさ。それだと相手に自分の動きを読んでくれと言ってるようなものだ。もう少し自分の心に嘘をつくことも覚えた方がいい。師に忠実なのは結構だが、もう少し謀反気を持った方が強くなれると俺は思うがね。

 なにしろ実戦でもっとも役立つのは、はったりの技術だからな。

 お前さん、ご希望なら各種取りそろえてご教授して差し上げてもよいが? 無論、労働条件次第ではあるが、労働者の権利と自由は保障するのが民主国家だからな。当然だろう?

 少なくとも、政治家たちはそう言っている」

 

つづく



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第5章

 互いの機体が交錯し合って、一方は敵の攻撃を防ぎ、もう一方はダメージを負わされた状況。

 ファーストアタックの先制攻撃を防がれた一夏は、一旦距離を取って体勢を立て直すのが定石だったが、しかし。

 

「う、ぐ、・・・うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 一夏は、敢えてここで前に出る道を選んだ。

 両手で握り込んでいた雪片弐型から左手を離し、自分の左胸にナイフを突き立てている相手の右手首を握り返すとブースターを全開にして、全速力での突撃を敢行させた。

 圧倒的な機体の性能差にものを言わせ、力尽くで決着を付けようという算段である。

 

 一見すると強引な手法だが、戦術的には間違っていないし、相手と自分の実力差を考えれば妥当な選択と言えるだろう。むしろ理性ではなく本能によるものとは言え、先の一瞬の攻防で互いの間に広がる絶望的な『引き出しの数の差』に気付くことができた一夏の英断と称すべきところだ。

 

 実力差は圧倒的。技量の面では勝負にならず、踏んできた場数では絶望的に差のある二人の間で今の一夏がシェーンコップより優っているのは量産機に対しての専用機という機体だけ。これに賭けるしかないのだ。彼の判断はこのとき非常に正しい。

 

 ・・・ただ残念なことに、正しい選択が正しい結果で報われることなどほとんどないのが世の中である。この時もやはり、そうなった。

 

「なにっ!?」

 

 驚愕に目を見開く一夏の前で、シェーンコップは突撃してくる白式に合わせて、自分の機体も全速力で“後退”させてゆく。

 ファーストアタックでぶつかりあった白式の突撃がブレーキとなって、ラファールは完全に立ち止まれていたため逆噴射による急速後退が無理なく可能となっていたのである。

 

 こうして状況は一変する。

 

 一夏は当初予定していた突撃を再び再開して、大した抵抗もなく突き進めている。

 対するシェーンコップは、一夏の突撃を無理して受け止めようとはせずに後退していく。

 

 この時、戦況を上から俯瞰して見下ろすカメラがアリーナ内に存在していたら、シェーンコップの後退が一直線に後ろへ下がっていくものではなくて、相手に気付かれぬようわずかずつ角度を左斜め後ろへと逸らしていたことがわかったであろう。

 そしてもし、銀河の戦いで『回廊決戦』を生き延びた提督たちの誰かがそれを目にしたならば、今すぐ突撃を中止するよう一夏に諫言していたはずだ。

 

 なぜならこの状況は、イゼルローン回廊をめぐって行われたヤン・ウェンリーとカイザー・ラインハルトによる最後の戦いにおいてビッテンフェルトがしてやられた戦法と酷似したものだったからだ。

 

 銀河系最強の攻撃力を誇るシュワルツ・ランツ・エンレイターの突撃はヤン・ウェンリーをして震撼せしめ、彼の片足とも呼ぶべき艦隊運用の名人エドウィン・フィッシャー中将をヴァルハラへと追放させる凄まじい威力を有していたが、彼に比べれば一夏の突撃は児戯にも等しく、ヤンやフィッシャーどころか艦隊指揮官でもないシェーンコップでさえいなせて当然の『派手なだけでエネルギーを浪費するために動き回っている非生産的な芸術作品』でしかなかったのである。

 

 

「このままアリーナの障壁に叩きつけてやる!」

 

 一夏は叫ぶことで、警告と同時に相手に選択を強要する。

 このままの体勢を維持して後退すれば、アリーナを包む遮断シールドに衝突するのは避けられない。

 シールドは、ISバリアと同じもので作られているため叩きつけられればダメージを受けるし、密着したまま後ろに下がっているシェーンコップと、前に進んでいる一夏となら前者だけが壁にぶつかってダメージを食らわされるのは自明の理だ。

 

(・・・つっても、こっちの都合通り叩きつけられてくれるほど素直なヤツだなんて思っちゃいないけどな)

 

 一夏は全速力で突撃しながら、壁が接近してくるまでの間に次の行動について考えをめぐらせていた。

 シェーンコップの性格から見るに、相手を壁に叩きつけて激突させようなんていうお約束な手法には、逆手にとって反転して相手を壁に向かって投げつけるようなやり方を選んでくるのではないか? そう一夏は読んでいた。

 

 だとすれば、敵が動くタイミングは衝突ギリギリよりも先。一定の距離まで近づいて、投げ飛ばしにより自分がダメージを食らわせられる、その距離に達する寸前になるだろう。

 そこまでは突撃していく演技を続ける必要がある。悟られるとは思わないが、何をしてくるか予測が付かないヤツだから―――

 

 

「そいつは勘弁願いたいな。何しろ俺は150才ほど生きて、よぼよぼになり、孫や曾孫共が厄介払いできると嬉し泣きするのを聴きながらくたばるつもりなんでね。

 まだ後134年も残ってるんだ。二度も予定を繰り上げさせて、労災年金を払わせるために払ってやっていた税金を無駄金にさせんでほしいな坊や」

 

 え――。意外なことを言われた一夏の思考は、一瞬だけ空白となる。

 言葉にすれば『何言ってんだコイツ?』、そう言いたげな表情を浮かべた一夏にシェーンコップは獰猛で好戦的な笑みを浮かべて、叫び声を答えの代わりに返してやる。

 

「甘いなぁっ!」

「なっ! ―――うぅわっ!?」

 

 相手の右手首を掴んでいた左手を離し、逆に相手の左手に掴まれていた右手首を後ろへと全力で振り払う。

 試合開始直後からずっと掴まれたままだった右手がいきなり支えを失って、逆に左手は万力で引いても微動だにしなかったバケモノじみた腕力が嘘のようにアッサリと行きたがっていた前方へ投げ飛ばされる。

 

 近くなったとはいえ、遮蔽シールドとの間には距離が残されており、今投げ飛ばされたところで体勢を崩しはしても直ぐに立ち直れる。シールドにぶつけられる心配はない。そう思って油断していた気持ちが裏目に出た。

 

 投げ飛ばされて体勢を崩し、立ち直るまでにかかる数舜の時間は相手から見て、『敵が無防備な背中を晒して撃ってくれと言わんばかり』な体勢にある。この態勢で撃たない者がいるとしたら、使い捨ての奇策にはまり、敵に横っ腹を曝け出されながら次の動きを見定めるためにと素直に見送って半包囲態勢を敷かせてしまったロボス元帥以下、パエッタ中将をはじめとする第4次ティアマト会戦に参加した同盟軍将帥ぐらいなものだろう。

 

 無論、シェーンコップは彼ら艦隊司令官ではないので、白兵戦部隊の指揮官として当たり前の常識通りにIS武装のサブマシンガンを実体化させると容赦なく敵を背後から撃ちまくった。

 宇宙艦隊戦とは異なり、進歩しすぎた科学技術によってレーダーが索敵の用をなさなくなり、地上戦での連絡には軍用犬や伝書鳩さえ用いられるほど前時代化した銀河の戦場はISバトルほど綺麗なものではなく、泥にまみれて地ベタを這いずり背後に回って敵を討つぐらいのことは常識的な日常風景でしかない。

 

 そんな場所で勝ち抜いてきた(生き延びてきたではなく)シェーンコップにとって、敵を背中から撃つことは卑怯でも何でもない。

 

 

「悪いな坊や。恨むなら神様か、もしくは敵に背中を晒した自分でも恨んでくれ。俺もそうやって割り切った」

「く・・・っ、クソゥ!!」

 

 不覚にも新兵に背中から斬られて死んだ男の言う言葉は重い。事情を知らない一夏であっても反論しづらい何かを感じさせられるほど説得力がある。

 とはいえ、納得ばかりもしていられない。なにしろ一夏は今、位置的に追い詰められているのだから。

 

 アリーナという構造物の性質上、前に直進していた進行方向を左斜め後ろに逸らされながら進み続けて壁際まで追い詰めた後、攻守を入れ替えられてしまった場合、必然的に左右背後への退路は塞がれた状態で反撃方法を探さなければならなくなっている。

 選べる選択肢は前か上の二択になるわけだが、接近戦仕様の機体に乗った本人自身も射撃戦の経験がない一夏では天頂方向に逃げても選択肢が増えるだけで攻撃される一方な状況に変化は生じさせられないだろう。

 

 セシリアの時とは違い、シェーンコップは射撃の腕も一流ながら得物にこだわりがなく、ライフルだろうとサブマシンガンだろうと状況に応じて使い分けることに躊躇いがない。

 得意とする狙撃にこだわり、機体特性でもあるワンオフアビリティーでの勝負にこだわったが故に、それを破られて狼狽えざまを晒したセシリアのような油断を期待できない相手な以上、一夏には全速力で前進して来た道を再び戻る以外に窮地を脱する術が存在していなかったのである。

 

「く・・そォォォォォォォォっ!!!!!」

 

 それでも一夏はまだ勝負を諦めていない。逃げることばかり考えて、前に出ながらシェーンコップに切りつけに行くことも忘れはしなかった。

 それをシェーンコップは三度いなして、機体を横移動でスライドさせながら通り過ぎていく一夏を背面から撃ち、通り過ぎていった後も背中を晒したまま回避行動を取っている彼を当たり判定の広いマシンガンで追い打ちをかけ続けた。

 

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・( ゚д゚)』

 

 あまりにも容赦ない合理的すぎる戦い方に見学に来ていたIS学園の生徒たちは、唖然としたまま黙り込むことしかできない。

 量産機と専用機では性能に違いがありすぎている。まともにやっては勝ち目はないという常識は理解していたが、逆に言えば量産機で専用機に勝つことは不可能と断じて勝ち方を本気で考えたことなど一度もなかった者たちが大半だったのだ。

 

 今、彼女たちは生まれて初めて圧倒的性能差のある敵を相手に、戦い方を工夫することで勝つことが出来る可能性が出てくるのだと言う『戦術』を見せられて思い知り、今まで信じてきたIS世界の常識がガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを実感させられていた。

 

 

 

「すごい・・・」

 

 その中の一人に、アリーナのピットからモニター越しに試合を観戦していた教師陣の一人、山田真耶がいた。

 自身もラファール使いである彼女には、シェーンコップのおこなっている奇策の凄さと機体の乗りこなしが、元日本代表候補に選ばれていた自分と同等かそれ以上であることが理解できたのだ。

 

「スゴい! スゴいスゴいですシェーンコップ君! まさか量産型のラファールで、専用機を相手にここまで一方的に勝負を進めることが出来るだなんて!」

 

 素直な尊敬と羨望を込めて、十近くも年下の教え子を“ウットリ”とした視線で見つめている後輩を、白い視線で見下ろしながらも織斑千冬が考えていたのは別のことだった。

 

 真耶たちは純粋に量産機で専用機を相手に圧倒している、シェーンコップのIS操縦技術に感心している様子であるが、それは『無知さ故の見当違いな評価』であることを千冬だけは把握していたからだ。

 

(・・・試合が始まった当初、シェーンコップは一夏の次動を読んでいたわけじゃない。単にわかっていただけだ! 

 ヤツは一夏の右腕を握って、自分の右手首を掴まれていた。あれで筋肉の収縮から次の動きを読まれていたのだ!)

 

 ――人間の行動はすべて筋肉によっておこなわれている。目玉や舌はもちろんのこと、毛が逆立つのだって筋肉の働きによるものでしかなく、声を出すのだって声帯を動かして音を発しているだけのことだ。

 細胞レベルで見れば話は変わってくるとしても、自分の意思で制御できる範囲において人間は随意筋を動かすことでしか肉体を使って行動する術を持っていない。

 

 ならば、その筋肉の動きを肉体的接触によって体感することが叶えば、理論上は敵が次にどう動くか把握することは容易ということになる。

 それを可能とするだけの『正しい知識』と『豊富な経験』さえあれば、間違いなく不可能ではない。

 

 現代日本で先日まで普通の中学生だった一夏には、それがない。

 剣道のやり方を思い出してISを使えるようになっただけでは、『戦う力』を得ただけでしかなく、『戦い方』を教えてもらったことがほとんどない一夏では、知識を使う使わない以前の段階で『そんな知識があること自体を知らない』。

 

 真耶たち他の観客にしても同じだ。無知だからこそ純粋に驚き、嘘偽りなく『結果に対して褒めることしか出来ていない』状態に在り続けている。

 

(だが、それならヤツはどこでそんな知識と技術を身につけたと言うのだ・・・? 経歴を見ても、日本に来る以前からのデータを遡っても異常な点は見受けられなかったと政府は言ってきていたはずだが、謀られたのか? ・・・自分でも調べ直してみる必要があるかもしれんな・・・)

 

 そう思い、無駄な徒労となるとは考えないまま千冬はシェーンコップについての独自調査を決意してから、試合の方へ意識を戻す。

 半ば以上、勝敗が決まったように見える戦いではあるものの、一夏の駆る白式の本領は【零落白夜】にあることを考えれば必ずしもそうとは言い切れないと考え直したからだった。

 

 【零落白夜】はエネルギー消費量の激しい一撃必殺の武装であるが故に、一発逆転が可能なIS武装でもある。

 当たれば大きく、外れたら大損の博打武装であるが、自らが一方的に不利な状況にあるときにはこれほど頼り甲斐のある存在も多くあるまい。

 

 

「シェーンコップ! 逃げ回ってばかりいないで、いい加減男らしく勝負しやがれ!」

 

 焦れてきた一夏が叫んでくるのをシェーンコップは軽く冷笑し、

 

「そうかね。では、俺からも正々堂々お前さんに戦いを挑むための口上でも述べさせてもらおうか」

 

 普段通りの口調と態度で楽しそうに辛辣な返答を返してくる。

 

「織斑一夏。悪いことは言わんから、無駄な攻撃は諦めて、武器を捨ててから後ろを向いて全速前進しろ。そうしたら美人の幼なじみに格好の悪い姿を見せなくて済む。

 今ならまだ間に合う。お前の帰るべき場所では恋人志願の少女がベッドを整頓して、格好のいい幼なじみの帰りを待ってるぞ」

 

 あまりにもあまりな言い様に、年頃の織斑一夏少年は耳まで真っ赤にして怒鳴り返すことしか出来ない。

 

「な、何言ってやがるんだテメェッ! だいたい俺と箒は恋人同士なんかじゃねぇ!

 いい年してガキみたいなこと言って、恥ずかしくないのかよ?」

「生憎だが俺は、いい年して恋人の1ダースも出来たことのない坊やと違って、格好付ける必要がなかったものでね」

「!! テメェッ!」

 

 シェーンコップの言い様よりも、挑発されているという事実を感じ取った一夏は勝負に出ることを決意する。

 むしろ、もっと早くにこうしていれば良かったと思わなくなかったが今さら言っても詮無きことなので、今は過ぎたことより目の前に待つ勝利を得るため前進することを優先する。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 零落白夜に全てを賭けること前提で、どんなにダメージを受けさせられようともシェーンコップに一撃食らわせられればいいという捨て身の特攻。

 これもまた一見すると無策な突撃にしか見えない戦法だったが、零落白夜で格上の敵を倒そうと思えばこうするのが最も効果的で正しいのが一夏と敵手との間に開いた圧倒的すぎる実力差でもあった。

 

 勝ち目のない格上の敵を前にして、勝つつもりで挑めば逆にアッサリと負ける。

 むしろ死ぬつもりで命を捨てた一撃を放つことにより、却って相手の予測を裏切り勝ちと命を拾うことは古今東西よくある話だ。

 科学技術が発達してレーダーが無力化され、兵たち同士が装甲服をまとっておこなう接近戦が復活された時代を生き抜いてきたシェーンコップには、それが解る。

 

「ほぅ、気付いたか・・・だが、残念だが少しばかり決断するのが遅すぎたな坊や」

 

 先ほどまでと同じく猛然と突撃してくる一夏に対して後退しながら、左手にも実体化させたサブマシンガンを構えて両手撃ちの態勢で迎え撃つシェーンコップがそう言って、本心から残念に思っているような憂いの表情を浮かべる。

 その彼が放つ弾幕の雨の中をろくな回避行動も取ろうともせず、その分最短距離を通ってシェーンコップに急速接近していく一夏が応じて曰く。

 

「そういう台詞は勝ってから言うんだなシェーンコップ! 負けた後で吠え面かいても俺は責任取らないぜ!」

「もちろん、勝った後も言わせてもらうつもりだよ坊や」

「ほざけっ!」

 

 弾幕をモロに食らってそれなりのダメージ量を蓄積しながらも、一夏は歩みを止めずに前に出る。

 

(――捉えたっ!)

 

 そして遂に自らの剣の間合いにシェーンコップのラファールを捉えることに成功した。

 正確には、互いに移動しながらの相対距離であるため、まだ若干の距離があるが高機動型の白式と後ろ向きで後退しているラファールの速度差では指呼の距離と言って過言ではない。

 なによりも、ラファールが持つ如何なる武装による攻撃であっても今からでは攻撃を受けるより先に白式のエネルギーを0にすることは不可能な距離だ。事実上、最後の接近戦が開始される距離はここだと言えるだろう。

 

 相手もそれを解っているのか、右手に持ったサブマシンガンを少し早めに粒子化して接近戦用武装のコンバットナイフを実体化させたまま左手一本による牽制射撃のみを続けてきている。

 二丁サブマシンガンでも削りきれないエネルギー量を、一丁で削りきれるわけがない。

 一夏はシェーンコップと刃と刃の斬り合いを演じる高見にまで指をかけられたのだと確信しながら、大きく剣を振りかぶる。

 

 

「勝負だ! シェーンコップゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!」

 

 叫んで、振り下ろす。

 全身全霊を込めた零落白夜の一撃。

 外れたらそれまでの一撃を、何の遠慮も容赦もなく後先も考えることなく振り下ろし――

 

 

(・・・え?)

 

 ――心の中で絶句する。

 

 シェーンコップは一夏のバケモノ刀を迎え撃つため右手に持ったナイフを『構えようとはせずに』、左手に持ったサブマシンガンもろとも適当な場所へと投げ捨ててて左右の両手を前へと伸ばす。

 

 ISアーマーを装着したことでリーチの伸びた両腕は、刀の届く間合いに入った後も接近してきていた一夏の襟元へと難なく届き、首筋を覆っている装甲部を握りしめられ――力一杯引っ張られる。

 

「うわっ!?」

 

 前へと向かって進んでいた白式の速度は、ラファールの引っ張りによって更に増速されて止まるに止まれなくなり、そのまま刃を振り下ろそうとしていた先の地面に向かって猛スピードで突撃させられていく。

 

 そして―――――

 

 

 

 ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん!!!!!!!!

 

 

 

 

 ・・・・・・地上に落下させられて止まる。

 ISが持つパワーアシスト機能によって、高機動型の白式の速度を更に上げた速度をもって、装甲に覆われていないヘッドギアだけを装備していた一夏の顔面を問答無用で力一杯地面に向かって熱く抱擁することを強要したのだ。

 

 

 

「悪いな、坊や・・・」

 

 感情を持たない機械の勝利コール“だけ”が、誰も一言もしゃべれなくなったアリーナ内に響く中。

 シェーンコップは心底申し訳なさそうな渋い表情を浮かべながら、一夏の“失神体”に向かって頭を下げた。

 

 

「思わずお前さんのファーストキスを、冷たい地ベタにくれてしまった。男として、幼なじみの巨乳に対する義務を欠いてしまったらしい。後で謝罪しに行かせてほしいと伝えておいてくれないか? 

 ――出来ればバスローブ姿で迎えてくれると男として嬉しいと言い添えた上でな」

 

つづく



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第6章

 セシリアとシェーンコップの両名と連戦して連敗した翌日、朝のSHRがはじまる前。

 織斑一夏は昨日までと変わらぬ態度に、セシリアへの若干刺々しさを削られた穏やかさを加えて学園内に登校してきた。

 敗戦による悪影響を多少は懸念していたクラスメイトたちは安堵し、セシリアの方でも今までの非礼について誠意を示した後に謝ろうと心に決めていたので教室の空気は一気に弛緩したものへと変貌したのだが。

 

 

「どうした坊や、不機嫌そうだな。なにか嫌な思いでもさせられたのか?」

 

 

 ・・・シェーンコップの放った一言により、席に着いたばかりの一夏が「ぎしり」と音を立てて動きを止めたことから一変させられてしまった。

 周囲の誰もが顔色を蒼白にして彼らを見つめ、徐々に距離を取り始めて遠巻きにしながら二人を眺めている。そんな状況。

 

 激発するかに見えた一夏は、だが周囲の予想に反して穏やかだった。

 

「いや、確かに昨日負けたのはスゲェ悔しかったよ。けどさ、それをいつまでも引き摺るようじゃ男らしくないだろ? 負けは負けなんだ。

 自分が未熟だってことも思い知ったし、次までにはもっと練習して勝てばいい。そう思って昨日の夜までに割り切ったつもりだ。だから今はもう大丈夫だ」

 

 大人の態度で応じる一夏に周囲は感心の目を向けてくる中、シェーンコップの反応は長広舌の一夏とは真逆で簡潔なものだった。

 

「無理しなさんな、俺たちに負けて悔しいくせに」

「・・・・・・」

 

 平然と言って、自分の席へと立ち去っていった大人の背中に一夏は二の句がつげず、絶句したまま見送ってしまい、直後に入室してきた担任教師である織斑千冬が「席に着け、授業前のHRをはじめる」と告げられてしまったため反論の機会を逸してしまわされたのである。

 

 消化不良でHRへと臨むことになった一夏であるが、彼にとって不本意な出来事はまだ終わりではなかったことを開始直後に知らされることになる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 副担任の山田真耶教諭が嬉々として、つまらないジョークと共に発した言葉の内容は一夏にとって予想の斜め上を行くものであり、思わず暗い顔をしてしまうのを避けようがなかった。

 

「先生、質問です。俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは――」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 山田教諭が一夏の質問に答えようとしたとき、がたんと音を立てて立ち上がったセシリア・オルコットが、いつかと同じようなポーズを取りながら、それでも礼儀正しく声量を抑えた声で説明役を副担任から奪い取り解説してくれた。

 

「勝負はたしかに、あなたの負けでしたが勝負の内容自体は互角に近く、なによりあなたの敗北理由はエネルギー切れによる自滅です。それを以て勝利を誇るほど、わたくしは安い女になった覚えはありません。ですから、辞退をと昨晩の内に織斑先生へ願い出ておいたのです」

「オルコット・・・いや、だけどさ――」

「それに何より、考えてみるまでもなく専用機持ちの代表候補生が、昨日今日ISについて学びはじめたばかりの素人相手に挑発して対等の勝負を持ちかけるのはフェアではありませんでした。

 ――織斑さん、わたくしにも代表候補生という立場がありますので軽々に頭を下げるわけには参りませんが、あの時の非礼も含めて今回のことで謝罪の代わりとさせて頂きたく思っているのですが、お受け取り頂きませんでしょうか・・・?」

「う゛・・・・・・」

 

 礼儀正しく誠意に溢れた涙目の少女から示された謝罪の意思。こういうのに一夏は弱い。

 下心云々と言った下世話な話としてではなく、男として受け入れないのは恥だと感じてしまうタイプなのである。

 彼は視線をさまよわせ、助けを求めるように姉を見ながら、もう一人いるクラス代表候補にして昨日の対決の勝者の名を持ち出す。

 

「だ、だったら別にシェーンコップでもいいんじゃ・・・」

「確かにな。クラス代表決定戦に勝ったものがクラス代表の地位を手に入れられるというルールでおこなわれた試合だったのだから、当然シェーンコップにもその権利があるだろう。

 ・・・で? どうなんだシェーンコップ。お前はクラス代表をやってくれるのか?」

「冗談じゃありません」

 

 話を振られたシェーンコップは笑い飛ばして曰く。

 

「自分が雑用係をやらなくてはならなくなるなら、あんなアホらしい勝負に勝ったりはしませんよ。わざと負けて残り二人に押しつけておりました。

 雑用係の座をめぐって本気で勝負し合う物好きなお調子者が他にいるでしょう?」

「う・・・ぐぅ・・・・・・」

 

 その物好きなお調子者である一夏としては反論する余地がない。

 そもそもにおいて彼はクラス代表になどなりたかった訳ではなく、ただセシリアとの勝負に負けたくなかっただけであり、勝った後のことなど大して考えていなかったのだから、その結果として三人中ただ一人勝ちを納められなかった自分に負債が押しつけられてしまうのも勝負における勝敗の結果としては必然的なものだったとも言えるのだから。

 

 敗者は勝者に対して、何ひとつ主張する権利を持たない。あらゆる正義と正しさは敗北という名の二文字によって黙り込まざるをえなくさせられる。

 旧銀河帝国の門閥貴族がそうだった。自由惑星同盟もそうだった。双方共に彼らなりとは言え、それぞれに信ずる正義と主張は存在していたのだが、ラインハルトに敗北した後、それを認める者は後世の歴史家たちと彼ら自身のシンパぐらいなものしかいなくなってしまった。

 

 無条件降伏後に同盟政府首班の座についた最後の議長、ジョアン・レベロの国家に対する忠誠心と責任感は疑問の余地のないものであり、良心的でいられる範囲においては最期の瞬間まで彼は良心的な政治家で在り続けられていたにも関わらず、戦争に敗れた国家の置かれた状況が彼を国家的英雄ヤン・ウェンリー暗殺未遂と逃亡という致命的スキャンダルへと追い込んでいくことになる。

 

 詰まるところ、戦いに敗れると言うことは、そう言うことなのだ。

 勝者が敗者の権利と自由を認めるのは、勝者の都合で認めてくれた範囲までに限られる。敗れた側の主張が正しかったから認められた訳では決してない。

 

 バーラトの和約で同盟が名目上の存続を許されたのは、帝国側の経済的、軍事的事情によるものでしかなかった。結局は勝者の都合が敗者の側に押しつけられ、拒絶することが出来ないのが敗戦国の定めなのである。

 

 

「・・・わかったよ。やるよ、クラス代表・・・」

 

 一夏はそこまで深く考えたわけではなかったが、それでも負けた側が勝った側に自分の都合を押しつけるのが理不尽であることぐらいは理解できたので、溜息と共に引き受けるより他なかった。

 

 歓声に沸くクラスメイトたちを尻目に、一夏は暗い表情のままうつむき続けて、そんな彼の横顔をシェーンコップは値踏みするように横目で見物し続けるのだった。

 

 

 

 ――授業が終わった、その日の夕暮れ時。

 一夏とシェーンコップは千冬に命じられて、教室の掃除をおこなわされていた。

 

 あらゆる分野で最新設備が完備されたIS学園において、教室に限らず清掃というものは専門業者に委託するのが常であり、生徒にやらせるのは問題行為を起こしてしまったときなどに下す軽い処分としての『罰掃除』として存在することが許されている“必要な無駄使い”である。

 

 普通の生徒であれば『わずかな時間でもIS教育に回せる時間が削られる』ことを嫌がる風潮にあるのがIS学園だが、何事にも例外は存在する。

 

 一夏は家事のできない姉に代わって自宅の炊事洗濯料理をすべてこなせるうえ、普段世話になっている建物への感謝を込めて掃除できることが喜びとなり、鬱屈した感情をスッキリさせることにも繋げられる今時珍しい青少年なのである。

 

 それを踏まえて千冬は、先の戦いで『デカい口を叩きながら二度も負けた弟』に公私混同して甘やかすつもりはないと言う意思表示も込めて罰掃除を命じた。

 シェーンコップは彼の手伝いで助手役だ。戦いの勝者である彼が選ばれたのは、男の手伝いを女にやらせると言うのは女尊男卑時代にあっては反発を招きやすく、なにより純粋な腕力勝負で一夏に優る生徒はセシリアと、公的には今回の件に無関係だった箒しか存在しなかったから。“そういう大義名分”を口実として説明されている。

 

 ――織斑女史も見かけによらず、なかなか“あざとい”手を使うものだな。

 

 シェーンコップはそう思ったが、わざわざ口に出すほど野暮でもなかったから大人しく命令に従って一夏の罰掃除の手伝いに従事してやっている。

 その動きは速く、的確で効率が良く、無駄も少ない。長年の軍人生活がなせるベテランの技である。

 

 軍隊では、布団のたたみ方や食事を直角に口へ持っていく等、どうでもいいような規則をいくつも作って規律の重要性を学ばせていく。

 それは兵役に付く前の予備役扱いである士官学校生であろうとも変わることのできない常識である。

 軍隊において、部下がいちいち上官の命令に疑義を呈して説明を求めていたのでは敵に先手先手を取られるばかりで不利益しかもたらさない。

 命令される側の兵士は筋肉を使い、命令する側の士官たちは頭を使う。役割分担して効率よくことを進めていかなければ勝利など覚束ないのだから当然のことと言えるだろう。

 

 シェーンコップは士官学校を受験して合格はしたものの、「士官学校の校則が俺を嫌ったから」という理由で入学はせず、かわって彼は二年制で各部門の一線に立つ下士官を養成する『軍専科学校』の陸戦部門に入学して学年中九位の成績で卒業している。

 その後、二十一歳の時に士官の推薦を受けて第一六幹部候補生養成所に入り、二十二歳で卒業して少尉に任官したのが前世での彼が残した学歴だ。

 

 要するに彼は、織斑千冬が担任を務めるIS学園一年一組よりも遙かに厳しい規律の敷かれた学校に合計で三年間も在籍していた経験と記憶を持ち合わせているため、罰としてしかやらせることのなくなった時代の掃除など、掃除をやってる内に入らない程度には慣れきっていたのである。

 

 将官に昇進してからは久しくやる機会のなかった掃除の“猿マネ”を、同窓会気分で懐かしく感じながら気楽にこなし、一夏が重い口を開くのを大人しく黙って待っていてやると。

 

「・・・・・・本当はさ、わかっているんだよ・・・」

 

 と、絞り出すような声音で一夏が語り出す声が、ようやく耳に届けられた。

 

「自分でもわかっているんだよ。俺はお前に負けたことを悔しく思っていて、まだ割り切れてないんだって事ぐらい・・・。

 最初のセシリアの時は自分のヘマでもあったから受け入れられた。でも、二度も続けば十分だって気持ちになってくる。挙げ句、お前は何ひとつ卑怯な手段は使ってきていない。だから余計に割り切れなくて腹立たしく思ってるんだって、自分でもわかってはいるんだ・・・」

 

 振り返って一夏を見て、一瞥したシェーンコップは何も言わない。

 その手のお節介は彼の好みではなかったし、それを言われなかった程度で割り切れなくなるなら、その程度の奴だったんだと逆に自分の方が割り切ることができる。そういう男なのである。こればかりは、どうすることもできないから仕方がない。

 

「ただ、ガキみたいに怒鳴ったりするのは嫌だから、それだけはしない。絶対にな」

「そうか。まぁ、分かっているのはいいことさ。たとえ頭の中だけでもな」

 

 辛辣な返しで一夏を絶句させてから、掃除が終わるまでの間に二人が会話を再開することは一度もなく、その日以降に二人の間で今日のことが話題に上ることもまた一度もなかった。

 そして一夏も数日後には、元の精神状態を取り戻しており、シェーンコップとの関係性も通常の状態に回帰している。

 

 彼らは、そういう間柄の二人しかいない男のIS学園クラスメイトだった。

 

 

 

 

 そんな、ある日の夜に嵐はやってきた。

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ。

 一年ちょっと会わなかっただけだけど、あたしってわかるかな? アイツ・・・」

 

「でも、その前に落とし前を付けさせなきゃいけない奴がいるから、そっちが先よね。普通に考えて。それを最初に優先すべきこととしときましょ」

 

「・・・アイツをブン投げてくれた男は、あたしが一発ブン殴ってやんなきゃ気が済まない。

 アイツを・・・一夏を地面に叩きつけてくれたワルターなんちゃらシェーンコップとか言う生意気な男は、あたしがぶっ飛ばす!

 この中国代表の専用機持ち凰鈴音が絶対にシェーンコップの野郎をぶっ飛ばして、アンタの仇を取ってやるから、楽しみに待ってなさいよ一夏!!!」

 

つづく



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第7章

「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 朝。織斑一夏が教室で席につくなりクラスメイトに話しかけられた。

 入学から数週間、それなりに経験も積んで女子とも話せるようになったことは、入学初日にイギリス代表候補と口論した末、決闘沙汰にまだ及んでしまった彼としては大いなる前進と呼ぶべき偉業であったことだろう。

 

「転校生? 今の時期に?」

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 

 気のなさそうな返事をする一夏。興味がないわけではないのだが、セシリアとの決闘が決まるまで代表候補生という存在そのものを知らなかった彼としては肩書きだけきかされてもピンと来てくれない。そんな心理によるものだった。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

 幼なじみがクラスメイトとの話に乗ったことに気付いて、慌てて自分の席に向かっていた途中から引き返してきた篠ノ之箒が冷静さを装いながら、一夏の意識を中国代表候補生とか言う『別の女』から逸らすための言葉を紡ぎはじめる。

 

 最近の彼女は、片思いの幼なじみがクラスメイトの女子生徒に話しかけられても、今までのように分かり易く慌てふためくことをしなくなったので焦りを感じていた。

 『昔のままの一夏でい続けて欲しい』と願う彼女にとって、変化や成長は必ずしも歓迎すべきことではない。良い変化なら望ましいが、臨まぬ悪い方向への変化なら全力で阻止したい。

 

 それが箒にとっての偽らざる本心だった。嫉妬深い女の独占欲、と呼ばれても仕方のない心情であったかもしれないが、彼女がそういう愛し方しかできない女であるのも嘘偽りなき事実であるので断定は難しい。

 

「真実は個人に一つずつあるんだ。事実と一致しないからといって、嘘だとは言い切れないね」

 

 かつてヤン・ウェンリーは非保護者であり戦略戦術の弟子でもあるユリアン・ミンツ少年にそう語ったことがある。

 故ブルース・アッシュビー提督の最初の夫人は、六十年以上前に戦死した元夫から送られてくる“自分で出した手紙”を待ちわびながら毎日を幸せそうに過ごしていた。

 事実よりも真実のほうが必要な人も世の中には実在しているものだ。彼女の事実ではない真実が、本当に嘘なのかどうか判断するのは今少し時を置いてからでも遅くあるまい。

 

「ふん・・・今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

 ムスッとしたまま不機嫌そうに箒が言う。

 彼女が言うクラス対抗戦とは、読んで字の如くクラス代表同士によるリーグマッチのことを指している言だ。

 本格的なIS学習がはじまる前に、スタート時点での実力指標を作るためにおこなわれる、入学したばかりの一年生にとって最初の大規模イベントである。

 

 が、言うまでもなくクラスから選出された強者一人の力を見たところで、クラス全体の強さを測る指標としては役立たない。一番強い兵士ではなく、一番弱い兵士を基準として作戦を立案するのが軍事学上の基本でもある。

 

 本当の目的は、大規模なイベントをおこなうことにより半強制的に他クラスとの交流をせざるを得ない状況を作り出し、優勝賞品を出すなどの小細工をすることによりクラス内では団結を強めさせる、と言うのが主目的の学校行事だった。

 

 なにしろ国籍問わず門扉を開いている、世界で唯一のIS操縦者育成機関だ。地元の中学校で仲の良かった同級生と一緒に入学して来れた幸運な生徒など数えるほどもいるまい。

 おまけに国同士のシガラミといつまで無縁でいられるのか自分では決められないのが国家が保有する世界最高戦力の担い手という立場である。

 気楽に胸襟を開き合えるようになるには切っ掛けが必要な生徒のほうが圧倒的多数派なのが普通なのだから、学園側も新入生ぐらいには気を使う・・・そう言う事情がクラス対抗戦には隠されていたが、表側に属する一夏たちには関係のない事柄だったので会話は無難に続いていく。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

「やれるだけじゃダメだよー。優勝景品のためにも勝ってもらわないと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

「織斑くんが勝つとクラスみんな幸せだよー」

 

 箒とクラスメイトたちが口々に好き勝手な言葉を言いはじめる。

 一夏としても嫌な気分はしないのだが、それでも彼にだって優先順位ぐらいは存在していた。

 

(そう言われてもな・・・ここ最近はISの基本操縦でつまずいていて、とてもじゃないが自信に満ちた返事は出来ない状態にあるんだけどなー・・・)

 

 心の中でボヤキつつ、最近上手くいっていない最大の理由である『最初に白式を動かしたときに感じた一体感が得られなくなった現状』について、あらためて思いを浸す。

 あのときに感じた、世界が変わったような感覚は今のところなく、それを感じながら戦って負けたシェーンコップのような強敵と相対して勝てる自信は今の一夏に持つことなど不可能だった。

 

 だが、試合に出場しなくていいクラスの野次馬少女たちは一人二人と集まってきては数を増し、無責任に一夏を煽り戦いと勝利を要求し続ける。

 

 ・・・その光景は、規模こそ小さく負けて被る被害も比べものにならないことが保証されたものであったが、僅かながら自由惑星同盟を滅亡させる遠因となった『帝国領侵攻作戦』で市民たちが見せたエゴイズムと似たところを持っていた。

 

 あのとき同盟軍は長すぎる戦争で軍隊は疲弊し、それを支える国力も下降線をたどっているのが実情でありながら、ヤン・ウェンリーの奇策によって難攻不落のイゼルローン要塞を味方の血を一滴も流さずに奪取した軍事的成功に市民たちが酔いしれており、『選挙の勝利』を目的とした政治家たちの扇動に乗せられて総動員数3000万を超える大艦隊を帝国領奥深くへと侵攻させて敗退し、生きて故国に生還しえた者は1000万人に満たぬ壊滅的大打撃を被り滅亡へと続く階段の短縮を国民たちの総意で決定してしまったのである。

 

 愚行と浪費の象徴とまで呼ばれた、あの時ほどヒドいものではなかったが、それでも実際に戦いに出る一夏に戦うこと、勝利することを求める者たちが安全な場所で利益を独占しようとする構図に変わりはない。

 戦争をする者とさせる者との、この不合理きわまる相関関係は文明発生以来、遠い未来で銀河系に生活圏を広げた時代になっても変わることはなく。

 その中間に位置する現代で変わっているはずがないのは当たり前のことでしかない・・・。

 

 

「織斑くん、がんばってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

 次々と群がってきて、当事者である一夏がしゃべらなくなってもなお噂話に花を咲かせ続ける女子一同。

 ついて行けなくなった一夏があきらめて見物に回った直後、それらヤジとは異なる色彩を帯びた声音が一夏の耳朶を通じて記憶巣を刺激した。

 

「――その情報、古いよ」

「・・・ん?」

 

 教室の入り口から聞き覚えのある声が聞こえ、視線を向ける。

 そこには実年齢の割に背の小さな少女が佇み、こちらを見下ろすような瞳で見つめていた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

「鈴・・・? お前、鈴か?」

 

 中学校時代にクラスメイトだった中国人の少女、凰鈴音。

 その彼女は今、腕を組んで片膝を立て、ドアにもたれかかるように背を押しつけながら語ってきている。

 

 その姿を今の一夏が正直な気持ちで論評するならば―――

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何格好付けてるんだ? シェーンコップの奴ならともかく、お前じゃぜんぜん似合ってないぞ」

「んなっ!?」

 

 ハッキリと正直に論評する一夏。

 実際、彼はシェーンコップと鈴の双方に嘘は一言も言っていない。

 

 シェーンコップが今の鈴と同じ仕草をしたら、確実に様になり決まっていただろう。

 あの男は、この手の芝居がかった気障な仕草や挙動がどういうわけだか異様に様になっていて、素直に『格好いい』と評する以外の言葉は一夏でさえ出てこない程である。

 

 いや、彼とて率直に『きざな野郎だ』と思いはするのだが、それが不思議と悪感情につながらず、なんとなく『コイツはこう言う奴なんだ』で受け入れてしまう不思議な魅力がシェーンコップは持っている。

 天性の格好良さと言えばいいのだろうか? あるいは格好付けの天才でもいいかもしれない。

 とにかく自然体で格好付けていて、それが不自然でもなければ無理しているわけでもなく、ごく自然に格好いいと思わせてしまう。

 そんなところを真の二枚目であるシェーンコップは内包しており、女尊男卑時代に大量生産された顔だけ良くて中身は女に媚びへつらう半端イケメンや二流の二枚目に反感を抱いていた一夏が友情にも似た感情を抱き始める理由にもなっていた。

 

 だが、男同士の間のみで成立する複雑怪奇な友情もどきの感情など、女で恋する乙女な凰鈴音には理解できないし、したくもない。

 彼女にとって今の会話で最も重要だったのは、自分が仇討ちのためにやってきてやったシェーンコップの野郎を、仇を討ってあげようとしている一夏から褒めてるのを聞かされて、自分がいけ好かないその男と比べられて『アイツより下だ』と決めつけられてしまったこと。ただそれだけが問題だった。

 他はどうでもいい。そこだけはプライドの高い彼女に受け入れることは絶対に出来ない。

 

「な、なんてこと言うのよアンタは! ――って、あ痛っ!?」

 

 鈴が悲鳴を上げて後ろを振り返る。

 どうやら扉を背にして騒いでいたせいで、扉を開けて中へ入ろうとしていた生徒に背中をぶつけられてしまったらしい。

 鈴は確かに小柄で背が低いが、それでも視界から隠れてしまうほどではないと彼女自身は確信している。

 それに今は成長期に入る前だから小さめなだけで、近いうちにハリウッド女優みたいなナイスバディになるのは確実なんだと、硬く硬く信仰してもいる。

 

 ――そんな自分のアイデンティティを無言のまま否定したかのような蛮行は絶対に許すことは出来ない! 顔を拝んでやる! いけ好かない奴だったらブン殴ってやる!

 炎の意思を瞳に宿して背後に立つ誰かへ向けて振り返った凰鈴音だったが。

 

「・・・・・・」

 

 振り返った瞬間、口をぽかんと開けて間抜け面をさらしながら唖然として『見上げること』しか出来なくなってしまう。

 

「・・・・・・で――」

 

 やがて我を取り戻した彼女は一言呟き、

 

「デカい! デカすぎるわよアンタ! なに食ったらそんなにデカくなるのよ!? 巨人!? 巨人かなにかなのアンタ! 像でも食ってんじゃないの!? まるでバケモノじゃないのよ! アタシのこと見下ろすなバーカ!!」

 

 あまりの衝撃の大きさに心が一部子供返りしてしまったのか、幼さ丸出しの口調で口汚く鈴が罵った相手は、確かに巨人であった。

 鈴から見たら大巨人だったと称すべきかもしれない。

 

 ただでさえ背が低く幼く見られやすい東洋人の中でも背の低い部類にカテゴライズされる彼女と比べて相手は、均整が取れた無駄のない筋肉の付き方と洗練された容姿を持ち、ただでさえ東洋人と比べて平均身長が高いゲルマン系の白人種にあってさえ長身と評されるほどの美丈夫だったのだから、見下ろされる側の身長にコンプレックスを持つ鈴が自分と相手に象とアリぐらいの身長差があると一時的に錯覚してしまっても無理からぬことではあったかもしれない。

 

 とは言え、そのような鈴の努力で解決すべき鈴の都合は、この男にとって関心のない他人の自由事でしかなかったのは言うまでもない・・・・・・。

 

「やあ、お嬢ちゃん。悪いが道を空けてくれないか。もうすぐ授業がはじまる時間なのでね」

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ。

 鈴にとって、ここで逢ったが百年目の初対面な男が放ったいきなりの先制攻撃に、彼女の心は一瞬にして臨戦態勢に突入してしまう他道はない。

 

「・・・ぶつかってきておいて謝罪の一つも言わずに、いきなり要求? 薄らデカいだけが取り柄のウドの大木は礼儀も心得ないわけ?」

 

 狂眼で睨み付けてくる鈴の瞳を面白そうに見下ろして、シェーンコップはさらりと自然な口調で毒を吐く。

 

「それは済まなかったな、お嬢ちゃん。見えなかったものでね。後日あらためて謝罪させてもらいたいので、連絡先を教えてくれると有り難いのだが?」

「逢っていきなりナンパしてくるなんて、どういう了見してんのよ! バッカじゃないの! それともアンタたちドイツ人は女を見れば時も場所も考えずに飛びつきたくなる変態色魔の集まりだったわけ!?」

「心外だな。俺は自分のことを美女好きだと自負している。お嬢ちゃんが見目麗しいのは認めるところだが、女性として認めるには色々な部分のボリュームが足りなすぎているだろうな」

「アタシが女以下だって言いたいわけ!?」

「そこまでは言わんが、一人前の女性として扱うよりかはレディとして正しい対応の仕方なのは確かだ。

 そうだな、あと10センチずつ胸と身長と尻に厚みを増して、深みと成熟さを加えた体型を手に入れられたら、そこに座っている織斑一夏の幼なじみ少女の対抗馬になれるかもしれんな」

「貴様っ! なぜそこで私を巻き込む!?」

 

 真っ赤な顔をして箒が怒鳴ってくるのを笑うでもなく、皮肉な視線で一瞥だけして無視すると、あらためて目前で怒りに震えている小さな少女の頭を見つめて反応を待つ。

 

「あ、アンタ・・・そうまでして死にたいわけ? 殺されたいわけ? ねぇ? ねぇ!? そうなんでしょアンタっ!? 殺されたいんでしょ!? だったら殺してやるわよ! このアタシがチリ一つ残さず一瞬でねぇ!!!」

 

 激高して理性を遠い宇宙の彼方へと追放し、校則違反のIS専用機を部分展開して恫喝してくる凰鈴音。

 昔から彼女は『年をとっているだけで偉そうにしている大人』と『男っていうだけで偉そうにしている子供』が大嫌いな子供だった。

 シェーンコップは、そのどちらでもなかったが、どちらにも当てはまってるように見えてしまうところを持ち合わせている男ではあったから鈴の怒りは即刻臨界を突破して怒髪天を衝く勢いで燃え滾らす。

 

 だが敵にとって、激情に身を任せた敵将の精神レベルに合わせてやる理由も義理も存在しないのは当たり前のことである。

 

「悪いが、若い身空で無駄死にするのは御免被りたいな。心のせまい女どもに博愛と寛容の精神を教え込んで回る重要な使命を帯びて俺は生きているのでね。

 鬱憤晴らしで殺しても罪に問われそうにない自殺志願者を探しているなら、他を当たって欲しいところだな。お嬢ちゃん」

「殺ス!! あと、アタシのことをお嬢ちゃんって呼ぶなーっ!! アタシは中国代表候補生の凰鈴音だって言ってんでしょーがぁぁぁ!!!!」

「そうか、そいつは悪かった。次から気をつけるよ、お嬢ちゃん」

「~~~~~ッ!!! こっ!!!」

 

 これ以上真っ赤になりようもない顔色をして怒り狂う凰鈴音だったが、彼女は根本的な部分で勘違いをしていて、気付いていなかった。

 なぜ、これほど怒り狂っている自分を一夏は黙ったまま放置しているのか?

 そして自分はどこにいて、シェーンコップからなにを要求されたのか?

 

 それらを失念していた彼女の頭蓋に強烈な打撃音が響いたのは、その直後のことだった。

 

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん・・・」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ。シェーンコップが入れなければ、後からやってきた私はもっと入れんではないか」

「す、すみません・・・・・・」

 

 世界最強ブリュンヒルデの登場に、鈴は怯えたようにすごすごとドアから退き、シェーンコップは彼女に目礼して教室へ入ると真っ直ぐに自分の席へと向かっていき、残された席に座っていない生徒は凰鈴音一人だけ。

 

「ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「なんで俺が逃げるんだよ・・・関係ないだろ今のお前たち同士の会話に俺はさぁ・・・」

「叫び終わったらさっさと戻れ。邪魔だと言っている」

「は、はい! 失礼しました―――っ!!!」

 

 漫画キャラクターのような足取りで大急ぎで自分の教室へと帰って行く凰鈴音。

 廊下を行く彼女の背中を見送る術は一夏には存在しなかったが、そんな彼にもわかることが一つだけ存在してはいた。

 

「シェーンコップ。お前・・・わざと鈴のことおちょくって挑発してただろ?」

 

 通り過ぎざま一夏から投げかけられた、その質問。

 それに対してシェーンコップは彼なりに素直で正直な回答を、だがこの異世界で生きる彼以外の誰にとっても不明瞭な内容の答えを友人モドキに向けて返してやるだけだった。

 

「跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘は嫌いになれん事情持ちなものでね」

 

 そして、席についた彼はこの世界のどこにもいない誰かのことを眺めながら、心の中でブランデーを満たした紙コップを掲げて小さく呟くのだった。

 

 

 

『・・・最期まで十五年分の小づかい銭をせびりに来なかった孝行娘の将来に幸多かれ』

 

つづく



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第8章

 織斑一夏のセカンド幼なじみ凰鈴音が、転校生としてIS学園に登校してきた日の夜八時頃。

 本来の時間軸には存在しない未来からの来訪者である不良中年のシェーンコップと出会っていた彼女は、悪感情の全てを彼一人に向けさせられるほど最悪すぎる相性を感じ取り、結果的に一夏をはじめとする他の者たちとの間には敵対関係に直結するほどの衝突を起こさないまま登校一日目を終えようとしていた。

 

 学生寮にある一夏たちの自室に押しかけてくると、ルームメイトの箒と一悶着起こしながらもなんとか予定調和の内に収まりがつき、平和裏に幼なじみとの再会と幼なじみ同士の出会いを終えられる可能性も少なからず存在できていたのである。

 

 ――だが、勝敗とか優劣とか善悪などの人間関係は相対的なものであり、当事者の片割れから激突する理由が失われたからと言って衝突しなくて済む未来が確定するわけでもない。

 相手の自滅に救われることもあれば、味方の善意に足を掬われることもある。

 戦いに限らず、相手あっての人間関係である。片方だけの善意で成り立つ関係などあり得ない。事実として今回もまた、あり得なかった。

 

「まったく! ヒドいもんよ、あの薄らデカいだけが取り柄の木偶の坊は! 親の顔が見てみたいわ!」

「まぁ、アイツはアイツで味のある性格してるからなぁ-。慣れれば意外と悪い奴じゃないんだが・・・」

「・・・・・・ふん!」

 

 三者三様、一夏と箒の自室に鈴も加わった三人で和気藹々と談話している途中。

 ふと一夏が、思い出したように口を開いた。

 

「――ん? そういえば鈴。お前、約束がどうとか言ってたよな?」

「う、うん。覚えてる・・・・・・よね?」

「えーと。あれか? たしか鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

「そ、そうっ。それ!」

「――おごってくれるってヤツか?」

「・・・・・・・・・はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 

 ・・・そこから先は急転直下の下り坂だった。

 涙目で鈴は一夏の頬を叩いて部屋を飛び出し、残された一夏を冷たい瞳で一瞥しながら声に出して突き放してくる箒。

 翌日も悪影響はつづき、いつも以上に一夏に対してキツく当たる箒と、理由は告げずに謝罪だけを求め続けてくる鈴。そんな理不尽すぎる状況に義憤を燃やす織斑一夏。

 

 それぞれの線と線が重なっているようで、全く交わっていない見当違いの方向へ暴走し、時にワープしながら口論は継続した末、互いに互いが売り言葉に買い言葉で放たれ合ったこの一言同士に集約される結果を招くことになる。

 

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら怒ってる理由を説明してもらうからな!」

 

 

 

 ――こうして人類は、またしても話し合えば解決できる程度の問題を戦い合うことで解決する道を選び取る。

 人類一人一人がこのような愚行を続けていった遙か未来に銀河の覇権を巡る戦いがあるとするならば。

 あの時代に、人類の歴史は戦争の歴史だと言われても暴言だと言い切れる者がいなくなっていたとしても納得せざるを得ない現在が今ここに少年と少女の形を借りて体現されていたのかもしれない―――

 

 

 

 

「――それで? それを俺に話して、どうして欲しかったんだ坊や」

「ど、どうって・・・」

 

 一夏は相談のために訪れた室内で「こう言うことに絶対詳しい友人」のワルター・フォン・シェーンコップから、予想の斜め上いく返答を聞かされて精神的に大きく数歩よろめかされる。

 別に慰めや煽りが欲しかった訳ではないのだが、彼からの返答は間違いなく一夏の意表を突く奇襲として有効打たり得るものだったようである。

 

「お嬢ちゃんがお前さんに怒っている理由は、今の話を聞いて大凡の察しはついた。教えてやっても良いし、お代はいらない。この程度のことならタダで情報提供してやるさ。

 もっとも、それでお前さんとお嬢ちゃんが仲直りできるとは思えんのだがね」

「・・・なんでだよ」

「それが事実だからさ。違うかね、坊や?」

「・・・・・・」

 

 一夏は反論することが出来なかった。当たらずとも遠からずだと自分でも思ってしまったからだった。

 仮にここでシェーンコップから正解を聞かされたとしても、今までの鈴の理不尽な対応をなかったことにして大人な態度で流しながら仲良くできる自信は一夏にない。必ずや途中で限界が訪れて暴発してしまうだろう。

 感情論を交える必要もなく、冷静になって考えられる状況でなら一夏もその程度の自己客観視はできなくもなかった。

 

「無論、ご希望ならケンカしている男女の仲を平和裏に取り持ち、仲良く生きていける方法も各種取りそろえてご教授して差し上げてあげてもよろしいのだが・・・・・・今のお前さんには無理だろうからな。正攻法でいくことをお奨めさせてもらおう。

 最低でも恋愛の十や二十はこなしてからでないと、この手法は少々難易度が高い」

 

 「今のお前には無理だ」と言われたとき反射的に反論しそうになった一夏だが、続く言葉で声を飲み込み、立ち上がりかけた身体を椅子へと戻す。

 たしかにそれは無理だ。絶対に不可能だ。と言うより今でなくても出来ない気がするし、出来るようにもなりたくない。何より不誠実すぎる。

 

「・・・敢えて今議題として上がっているお前さんとお嬢ちゃんによる痴話ゲンカだけに限定した上での話だが・・・」

 

 言い返そうとして、負けそうになったから何事も成そうとしなかったように取り繕おうとした一夏を「青いな」と目でつぶやきながらシェーンコップは声に出してはこういった。

 

「お嬢ちゃんがどうして怒っているかについては、お嬢ちゃん自身が解決すべき問題だと割り切るべきだろうな。

 お前さんは、お前さんが考えるべき問題を考えることに頭を悩ませたほうがいいと、人生経験豊富な先達として忠告させて頂こう」

「俺が考えるべき問題? そんなものあったか?」

「あるじゃないか。非常に重要なヤツが」

「どれだよ?」

「お前さんが数年ぶりに再会したお嬢ちゃんと、どういう関係として付き合っていきたいと思っているのかさ」

 

 このときシェーンコップは戦闘とは無関係な分野で、一夏に対して勝負を決せられる隙だらけの一部分から強烈な一撃を与えることに成功した記念すべき最初の一人となっていた。

 一夏は完全に失念していた死角からの一撃をモロに食らって、精神的によろめいており反撃どころか反論のための屁理屈さえ考えつけない状況に陥らされてしまっていたのである。

 

 シェーンコップは地上戦担当の指揮官として、容赦なく追撃を開始する。

 

「別に恋人になるとか、そこまで考える必要はない。いや、無論そこまで考えたければ考えてくれて一向に構わんのだが、無理矢理にでも考えなければいけない重要な問題でもない。

 重要なのはお前さんが彼女を、自分の中でどの様な位置づけで遇する気でいるのかという点だ。それ以外のことは相手の気持ちとも関わってくる事柄だろうからな。お前さん一人で考えたところで意味はない。

 お前さんが考えなければならない問題は、どこまで行ってもお前さん自身の心の問題だけであって、他人のことは他人に任せる以外にどうすることもできん。

 当事者がいない場所で、当事者以外が頭をいくら使っても他人の考えていることまで読むことはできないからな、普通なら。

 ・・・もっとも坊やが、魔術師であるというなら話は別かもしれないがね・・・」

 

 シェーンコップは遠い目をして天井を見上げ、その上に広がる夜空の彼方へと精神の手を伸ばして星に届かないかと夢想する。

 

 「戦場の心理学者」「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」と呼ばれた、あの不敗の魔術師ならもしかしたら考えるだけで人の心の隅々まで読み取ることが可能かもしれないなと、過大評価なのを承知の上で彼はそう思わずにはいられない。

 人間には限界があり、全知も全能もないことは最初からわかりきっていること。

 それでも“あの魔術師だけは”例外が許されるように感じてしまう。

 それがイゼルローン要塞で彼のために働き、彼の指揮下で敵と戦い続けたヤン艦隊に属する軍人たちの嘘偽りなき本心からの願望。

 

 それは帝国軍最高の勇将ミッターマイヤー元帥が、人間に不老不死は許されないことを知りながらカイザー・ラインハルトにだけは例外が許されてもいいように感じていたことと酷似した感情論。

 

 彼らヤン艦隊のメンバーが忠誠を誓った唯一の対象、ヤン・ウェンリー提督は自分たちに一個人への忠誠ではなく、民主共和制の理念のために戦ってくれることを求めていたのは知っている。

 だから彼を神聖化することは彼らが忠誠を誓う絶対の対象の恣意に背くことになると承知している。

 

 それでも彼らは民主共和制のために命を捨てて戦うことはできなかっただろう。それしか戦う理由がないのだとしたら大半の者たちがカイザーの支配を受け入れて妥協案を探すことに狂奔したはずだと、彼自身でさえそう思う。

 

 人は所詮、人に従い、人に尽くす生き物だ。主義や思想ではなく、主義や思想を体現した人のために命を賭けて戦いに赴く。

 革命のために戦うのではなく、革命家のために戦いの場へ赴くのだ。

 

 かつて腐敗した自由惑星同盟を再生させるため軍事クーデターを起こした『自由惑星同盟救国軍事会議』のメンバーたちでさえ、議長となったドワイト・グリーンヒル大将を信望していたからこそヤンの予想を超えて大規模で高位の軍高官までもが参加した国を二分する勢力たり得たのだから。

 

 これは故人の遺志とは真逆の思想であり、ヤンはあくまで民主共和制を守る一軍人としての立場にこだわり続けて、シェーンコップが何度権力者になるよう誘いをかけても、その手を取ろうとはしなかった。

 

 

 これは間違いなく矛盾する感情論だろう。

 忠誠を誓った対象の意思を無視するのだから、正しくはないし、筋も通らない。

 

 

 だが、正しさと正論で身を固め、矛盾なく生きていく人生を全うするのは『帝国軍絶対零度の剃刀』だけで十分すぎる。

 

 

「人の心なんてものは、そういうものだ。方程式や公式を具象化する要素としてのみ人が存在する生き物ではない以上、正しくもなければ筋の通らない発言もするし行動もとる。

 逆に相手が正しかったせいで、反発や嫌悪を覚えてしまうときだってあるだろう。事実と異なっているからと、それが間違いであるかどうかは必ずしも断定できない。

 俺はそう思っているんだが・・・お前さんは違うのかね? 織斑一夏少年」

 

 そうなのかもしれない。黙ったまま一夏は心の中でうなずいていた。自分の中で今まで漠然として形のなかった存在が具体的なイメージとして再現されていく家庭が実感できる心地であった。

 

「なんにせよ、今のお前さんは来週に迫った対抗戦に勝つことだけを考えていればそれでいい。どのみちお嬢ちゃんみたいなタイプは、戦い終わった後にまで尾を引きずることはないだろう。存外、戦って勝利した後に握手を求めれば簡単に解決してしまう問題なのかもしれからな」

「そ、そうかな? そこまで簡単な問題だとは思わないけど・・・」

「絶対さ。俺が保証する。お前さんはただ勝つことだけ考えて練習してればそれでいい」

 

 頼れる友人からの自信に満ちた絶対の保証。これを信じないで安心しないようでは、織斑一夏の存在価値はない。

 あっさりと納得して受け入れて、すっきりした顔で部屋を出て行く一夏の背中を見送った後。

 

 シェーンコップは椅子に深く座ったまま肩をすくめて、自分のペテンに心の中で皮肉な評価を与えていた。

 

 このとき彼は忠誠を誓った上司が、『ヤン・ザ・マジシャン』ではなく『ヤン・ザ・ドジャー』になった時と同じように口先だけのペテンで、純粋すぎる少年の疑問を解消させて元気よくいさましく任務を全うできるようペテンにかけてやっただけなのであった。

 

 

 

 ・・・実のところ、二人の例外を除いて全員が女子という仲間同士のかばい合いが起きやすいIS学園において、今回の一件は一夏の方に問題があると思っている者たちが大半のようであったが・・・・・・ハッキリ言って今回の件は一夏以上に鈴の側に問題がありすぎている。

 

 鈴は、過去に交わした約束を一夏が正しく理解せぬまま受け入れていたことに腹を立てているように見えるが、これは誤解である。

 

 そもそも、理解の仕方が間違っていたのが問題というなら正せばいいだけでしかない。

 伝聞形式だと詳細までは判然としなかったが、当時の一夏に正しく想いが伝わらずに額面通り受け取られたことに腹を立てていることと、今現在の凰鈴音が間違いを正さず謝罪だけを求め続けることとはイコールで直結できる問題ではない。

 真実を自分の口から告げられない鈴の臆病さと、言わなくても分かってくれない一夏の鈍感さとは全く別の問題なのだから当然のことだ。

 

 鈴が一夏に対して『誰にでも伝わる告白の言葉を分かってくれなかった鈍感さ』を怒る権利があるとするならば、一夏にも『鈍感な自分にも分かるような言葉で伝えてこなかった鈴の無理解』を怒る権利が当然与えられることになるだろう。

 

 言葉とは相手に自分の想いを伝えるために用いられる情報伝達手段であり、『正しく伝わらない言葉』など、いくら耳触りのいい美辞麗句で飾りたてたところで馬の耳に念仏にしかなりえないのだから。

 

 

「まぁ、結局のところ、相手の気持ちが解かっていなかったのはお互い様ということだな…」

 

 

 シェーンコップはそう思い、そう結論付ける。

 

 ・・・年頃のレディーに対して、あまり言いたくはないし、だからこそ一夏に対して煙に巻くような詭弁を弄してトリューニヒト議長の猿真似を演じてやったわけでもあるが、鈴が怒っているのはシンプルに恥ずかしさから来る八つ当たりに過ぎないのだろうとシェーンコップは推測していた。

 

 離ればなれになる寸前、片思いの男の子に想いを伝えた気になって乙女チックな夢を見ながら帰ってきてみれば、サンタさんのくれた箱の中身はプレゼントではなくビックリ箱だった。

 これでは数年間見続けてきた夢も興ざめするのは避けようがないし、ずっと信じ続けて夢を見てきた自分がバカみたいで恥ずかしくて許せなくなるのも宜なるかなだ。

 

 

 要するに彼女は、今までずっと片思いの幼馴染みと仲良く過ごせる夢を見続けていた乙女であり、それが苦い現実の吐息によって目覚めさせられたことで夢と現実とのギャップに向き合わされざるを得なくなってしまった。

 挙げ句、自分が夢見る乙女でいる間に片思いの男の子の周囲には綺麗どころが量産されており、想いが伝わって両思いになったつもりになっていた幼なじみは相も変わらず幼なじみのままだったという始末。

 

 独り善がりな一人芝居もいいところであり、完全無欠の道化である。これでは鈴でなくても暴れて叫んで誤魔化そうとするのが普通の反応だと納得せざるを得ないほどに。

 

 そして鈴もまた、出口のない状況の中で一夏だけを見て、目の前に待つ彼との戦いだけ集中している。

 そうしていれば左右に横たわる、都合の悪い諸々のものを視界に入れなくて済むからだ。

 

 だが、現実はそれほど甘くもなければ優しくもない。祭りは終わる。どれほど楽しいことにも終わりは必ずやってくる。彼女にも祭りの後の後始末をしなければならない時期が必ず訪れる。

 

 そのために今度のクラス対抗戦は都合がいい。

 

「祭りの後というのは、なんとなく手持ち無沙汰になるものだからな。

 エネルギーを前日のうちに使い果たし、食事はパーティーの残り物。昨日は気づかなかった疲れが身体と頭の芯にわだかまり、食欲もあまりないし、ゲームをやっても集中力が続かない。

 ・・・そんな状態になってしまえば、子供たちはあっさり仲直りできるものだからな。無邪気に遊んで、遊び疲れた子供が仲良く一緒に同じ布団でねむりに付けるとわかりきっているのだから、その日まで時間稼ぎをしてやればそれでよかろう。

 別に終わらぬ祭りの終わりが訪れるわけでもないことだしな・・・・・・」

 

 

 そう呟いて彼が再び見上げた先にあるのは、夜空の先のそのまた先に広がる別世界。

 はたしてあの銀河で自分が死んだ後に残された人々は、どのような人生を生き、それぞれの旅を続けていたのだろうかと、ふと感慨を抱いてしまう。

 

 戦争が終わっても、黄金時代に終わりが訪れても、生きている限り人の旅は続く。いつか死者たちと合流する日まで、飛ぶことを許されず、その日まで歩き続けなくてはならない義務を負わされて生きていくのだ。

 

 その長い旅路の中で、学校で友達と過ごせる時間は一瞬の光でしかない瞬きの時間。

 大人になれば自然と守るようになるプライドなどを守るために無駄にしていい時間ではなかろう。

 

 そのためならば、詭弁も巧言も美辞麗句もトリューニヒトも時にはよいだろう。

 少なくとも大人たちで構成された銀河を支配した大帝国の皇帝はこう言っていたそうだから。

 

 

「もう寝なさい。子供には夢見る時間が必要だ・・・・・・」

 

つづく



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第9章

 一夏と鈴が第一試合でぶつかり合う、クラス代表戦の試合当日。

 会場となる第二アリーナは噂の新入生同士による戦いを見逃す手はないと生徒たちで超満員となっていた。

 

 通路まで立って観戦している生徒たちで埋め尽くされた、アリーナの収容限界人数を超越しすぎた現状は、他の会場で行われている一夏や鈴と違って専用機持ち“ではない”選手たちの試合に閑古鳥を鳴かせ、注目度と集客率を根こそぎ自分たち二人で独占している事実も同時に意味するものであったが、当事者たちが現在進行形でこの手のことに考え至るケースは希である。

 熱狂の中で冷静さを保ったまま自己と周囲を冷静に批評できる観察者は永遠の少数派であり、大多数の人々から排斥されるのが常である。

 

 同盟軍がアスターテ会戦で大敗した直後に行われた戦没者の慰霊祭の場において、周囲の者すべてが戦争継続を訴える国防委員長の熱烈な煽動演説に応えて軍帽を空中高く舞わせ、近く迫った総選挙に彼への投票を舌でサインしている中にあり、一人だけ席に座ったまま万歳を叫ぶのを拒絶する自由を行使したヤン・ウェンリーがそうだった。

 

 時代は巡るのである。それは何も過去だけが現代に当てはまる事例なのではない。

 今(現代)目の前で起きていることも、遠い未来に銀河の覇権をかけて争い合う超大国の人々から見れば遠い過去に起きたとされる歴史上の出来事の一つに過ぎぬのだから・・・・・・。

 

 

 そして、未来から見た過去という名の現在。

 アリーナ内の観客たちが一夏の一挙手一投足ごとに悲鳴と歓声を上げ、熱狂のままに立ち上がって声援を送る声で満たされた中。

 前世の上官と同じく、シェーンコップは“観客席に座ったまま”舞台上で役者たちがおこなう剣劇ショーを、長い足を高々と組んだ姿勢で“見物していた”

 

 周囲の女生徒たちは試合開始直後から愕然としたまま、『全寮女子校だったIS学園』に二人しかいない男子生徒の片割れの姿に視線を集中させていたが、そのうちの一人にシェーンコップが流し目を送り軽くウインクしてやると、真っ赤になって前方へと向き直ると大声を上げて一夏への応援に参加した。

 彼女の周囲からは羨ましそうな妬ましい視線が少女の方に集められたが声には出さず、無言のまま全員の意識が試合の方へと向けられ直して応援に集中していった。

 これを、八つ当たり気味な鬱憤晴らしだったと証明する証拠はどこにもない。

 

 

「――でも、よろしかったんですの? シェーンコップさん。

 せっかく織斑先生がピット内で観戦してもいいと言って下さいましたのに断ってしまって・・・。後で問題視されても知りませんわよ?」

 

 シェーンコップの隣に座って共に試合を観戦していたセシリアが両目を細めながら、多少とげとげしい口調で今更の質問を投じてきた。

 明らかに先ほどの少女に示したシェーンコップの対応を見せられたことで不機嫌になっており、形式論で表面を鎧わせてはいても本音では何を言いたいのかは考えるまでもない。

 

 そして、聞かずとも解る程度の疑問をわざわざ声に出させて答えを言わる青さを、シェーンコップは持ち合わせていない。

 

「おや、妬いて頂けたのですかな? 貴女のように若く美しい淑女から嫉妬していただけるとは男として名誉の極み。是非ともお詫びとして今夜のディナーにお誘いすることをお許し願いたい」

 

 ・・・などと言う、月並みな口説き文句を口にする三流の色事師でもなく。

 前世においては今の自分と同じぐらいの年齢からその方面では武勲を重ね続けてきた実績を持つ古強者であり、女性関係ではオリビエ・ポプラン中佐と並んで軍民合わせて五百万人口を誇るイゼルローン要塞の双璧と呼ばれた大ベテランだ。ケツの青い若造どもとはモノが違う。

 

 

「なに、ピットから見られる試合映像はすべてカメラで撮影したものを再編集して映し出しているに過ぎません。当然、録画もされているでしょうからな。先生方が我々生徒に必要だと判断されたときには自主的に公開するのが給料分の仕事というものです。

 後でも見れるもののために、今しか見れない見世物を見逃す手はないでしょう?」

 

 建前として用いただけの形式論に、礼儀正しく完璧な回答を返されたセシリアは眉を急角度に上昇させて、先ほど以上に「わたくし不機嫌ですわ」アピールを増していくが、しかし――

 

「それに、現場で実物を見なければわからないものもありますからな。モニター毎に区分された映像は1シーンずつ分析できる反面、戦場全体を同時に見渡すことは不可能でしょう。

 前線に立って雄々しく戦う戦場の花も美しいとは思われますが、後学のためにも後方から戦局全体を監視する経験も積んでおくにしくはない」

「!! そ、そうですわね! さすがはシェーンコップさんですわ! 勉強になります! ・・・いえ、勉強させていただきますわね!!」

 

 続く言葉であっさりと手の平を返すように機嫌を急浮上させ、赤みを帯びた頬を隠すため急いで試合の方へと視線を戻して固定すると、その後は食い入るように凝視しはじめる。

 

 シェーンコップの言う『後学のための戦局全体を監視する経験』が、ブルー・ディアーズのBT兵器を操る自分のためにこそ必要なモノだと察したからだ。

 たしかにブルー・ディアーズの第三世代武装は、セシリアがもつ空間認識能力の高さによって性能を大きく上下動させる武装であり、一夏と戦ったときと同じように一対一の決闘方式で、ビットの軌道をさまたげる障害物がない戦場ばかりで戦えるとは限らない以上、様々な状況を想定するため戦局全体を俯瞰視点で見下ろせるようになっておくことはBT兵器をメインに戦っていく彼女にとってメリットにはなってもデメリットになる点は一つもない。

 

 逆に言えば、BT兵器を搭載した初の機体を与えられた彼女以外のIS操縦者には必ずしも必須の能力というほどのものではなく、まして一夏と互角以上の接近白兵戦技能をもつシェーンコップに必要なものだとはセシリアにはどうしても思うことができない。

 

 つまり今回の観客席からの試合観戦は、『自分のためにシェーンコップが気を利かせてくれた』ものだったと言うことになり、セシリアとしては淡い乙女心と女としての自尊心を大いに満足された形となる。

 そうなると人の心とは現金なもので、『気になる男性から試合観戦に誘われた一人だけの女性』という今の自分が置かれたポジションが特別なものに思えてきて仕方がない。

 だからセシリアは試合から目を離すことなく戦況分析に没入することで、惑乱中の乙女心をごまかす手段に利用していたのである。

 

 そのため、口元がニヤけるのを必死に堪えている横顔を苦笑しながら横目で一瞥しただけでステージに視線を戻したシェーンコップの真意には気づけない。

 

 

 ――彼としては、お偉方(織斑千冬担任教師)と同席してスポーツの試合を観戦する苦行など心底から御免被りたかっただけであって、史上最大の征服者カイザー・ラインハルトが犯した数少ない人事の失敗で最たるもの『古典バレエを見物するのに猛将のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将をともなった』という笑話を模倣させられる愚だけは犯したくなかっただけであったのだが、純粋な子供の夢を壊すほどに無粋な大人になった覚えもないシェーンコップとしては、黙って相手の解釈に付き合ってやるのが経験豊富な年長者としての役割だろうと心得ていた。

 

 

 だが、その時――

 

 

「・・・あら? 今一瞬だけ空に光ったような気がしたアレは一体・・・?」

 

 試合会場を見ながらも、目のいいセシリアが最初に気づき、間を置かずに戦場経験豊富なシェーンコップも気づいた“其れ”は、空の彼方からまっすぐIS第二アリーナ目指して飛来してくる二機のIS・・・・・・いや。

 

 二つの――敵影だった。

 

 

 

 

 

「な、なんだ? いったい何が起こったんだ・・・!?」

 

 空から降ってきてアリーナの遮断バリアーを貫通し、ステージの中央部まで煙を上げながら入ってきた突然の乱入者の奇襲に一夏は状況が解らず混乱してしまい、同盟軍第四艦隊司令官パストーレ中将のごとき奇妙な質問を思わず独りごちてしまっていた。

 

 今IS学園の校舎内は試合で警備が薄くなり、保管されているIS関連の超希少データが詰まったデータバンクが普段よりも容易に盗み出せる状況が作り出されてしまっていたが、突然の乱入者はそれらに目を向けることなく、世界最高戦力の最新鋭機二機と、その使い手たち以外には何一つとして奇襲するだけの戦略的価値がないISアリーナを襲撃してきたのだ。

 

 それだけでも、乱入者の意図は自分か鈴のどちらかであるのは明らかなはずであったが、平和な日本で平和に暮らしてきた一夏にとって、異常事態における当たり前のことは当たり前のこととして理解することができずに思わず平和ボケしたセリフを口走ってしまっていたのだった。

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットへ戻って!』

 

 そんな彼と違い、代表候補生として緊急事態での訓練を受けていた鈴からプライベート・チャンネルで避難指示が届けられ、彼はようやくこれが“未確認ISからの襲撃”であり、敵の持つ武装が試合用に威力を押さえられたものではなく“高火力の実戦仕様”であることを理解して一瞬だけ息を詰まらせられる。

 

『一夏、早く!』

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって・・・女をおいてそんなことできるか!」

「馬鹿! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

 経験不足故に回線の開き方もわからない一夏のため、鈴の方で途中からオープン・チャンネルに切り替えてもらう為体でありながら、それでも『男』としての在り方に固執する一夏に対し鈴は熟練者として常識を説かざるを得なくなるが、逆に一夏は初心者故に熟練者の常識を共有していない。

 

 敵の攻撃が始まる中で、しばらく言い合いを続けていた彼らの元に副担任の山田真耶からも避難指示が届けられるが、これも拒否。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

「――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます。いいな、鈴?」

『織斑くん!? ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら―――』

 

 言葉の途中で通信を切ると、敵と向き合い“勝つつもり”で剣を構える織斑一夏と、そんな彼を放っておけない、認められたい隣に立ちたい凰鈴音はピット内から呼びかけ続けている山田先生からの悲鳴じみた避難指示を一顧だにせず突撃していき、真耶は千冬にからかわれながらも、教師なのに何もできない自分の無力感に打ちひしがれる羽目になるのだが。

 

 

 実はこのとき、アリーナ中に流れていた避難指示に耳を傾けることなく堂々と居座り続けていた生徒が、彼らの他に二名ほど存在していたことを今の彼女たちは感知していない。

 

 彼らは観客席から試合を見物していた一年生の専用機乗りと量産機乗り一人ずつのカップルだったのだが、避難を呼びかける少女の声に男の方が肩をすくめるだけで言うことを聞いてもらえず焦りを募らせている最中だったのである。

 

 

 だが、その内情は一夏たちとは少し毛色が異なっているようでもあった・・・・・・。

 

 

 

「シェーンコップさん! ここは危険です! 早く観客席から避難してください! さぁ、立って!」

 

 セシリアは焦燥のあまり貴族らしい優雅さなど保っていられるはずもなく、大声を出して避難を呼びかけながら、何度も何度も謎の敵との戦闘を続けている一夏たちの方を振り返っていた。

 

 彼女としては一夏に対して、敗れた直後のような淡い気持ちを持ってはいなかったが、別に嫌いになったわけでもない。恋心と言うほどの好意は抱いていないが、友情としての好意は持ち合わせている。できれば加勢して助けに行ってやりたい気持ちは十分すぎるほどある。

 

 だが一方で、彼は彼女にとっての“一番ではない”

 彼女が他の誰より優先して守りたいのは今目の前で座っているキザな伊達男であって、熱血漢で朴念仁なサムライ少年ではなくなっていた。

 だから動けない。少なくともシェーンコップが避難してくれるまでは、動きたくても動けないのだ。

 

 専用機を与えられた自分と違いシェーンコップは量産機乗りのため、いつでも展開可能なISによるバリアーで敵の攻撃を防ぐことができない。

 彼が如何に強かろうとも、さすがにIS相手に素手で勝てるほどの超人ではない以上、万が一に備えて自分が側にいて守ってやる必要性が絶対的に存在する生身の人間であり、自分がいなくなった後で彼が流れ弾にでも当たって戦死してしまったらと思うと怖くて側を離れるわけにはいかなくなっているのが今のセシリアの心境だった。

 

 だが、シェーンコップは一夏やセシリア、そして千冬や山田真耶たちとも大きく違う。別の時代の人間だ。

 別の時代で難攻不落の代名詞と言われた要塞を、味方の血を一滴も流さずに奪取した作戦の実行役を担った英傑なのである。

 

 その彼の経験則が“ここを動かない方がいい”事実を教えてくれていた。

 だから彼こそ今は、動くことができずにいたのである・・・・・・。

 

「今出たら動きを封じられて、逃げることができなくなりますよ」

「なんですって!? それは一体どうゆうことですの!?」

「敵の目的が、標的とそれ以外とを分断して各個に孤立させることにある可能性が高いと言っているのです」

「!!!」

 

 思わずセシリアは沈黙し、冷や水をかけられたように冷静さが急激に戻ってきていた。

 

「聞くところによればIS学園のセキュリティは最新技術がふんだんに用いられ、ほとんどがコンピューター操作による全自動化されているとか。

 警備網を機械だけに頼り切った難攻不落の要塞というのは存外脆いものでしてな・・・管制コンピューターを乗っ取られただけで体細胞をガンで犯されたように全要塞の機能を奪われてしまう。コンピューターさえ乗っ取ってしまえば、後はシャッターなり催眠ガスなりで避難しようとした生徒たちを隔離することも監禁してしまうことも容易にできるようになる。

 経験則から言わせていただくなら、ハードウェアの絶対性を称えて信仰している者ほど、それらを封じられたときには役立たずになるものです」

 

 こう言い切られてしまえばセシリアとしても、返す言葉が一つも思いつかなくなる。

 IS学園の設備に使われている機械は最新鋭のものばかりだから、と言う屁理屈も今となっては空しいものでしかない。

 現に敵は計ったようなタイミングでアリーナを襲撃してきており、緊急時には生徒を守るために出撃するはずの教師部隊は一向に姿を見せる気配もない。

 誰がどう見てもIS学園のコンピューターがハッキングされており、機能不全に陥らされていることは明らかだったから・・・・・・。

 

 どれほど科学技術が進もうとも、機械を使うものが人間である以上、最も重要なのは人なのである。

 機械に出す指示を決定し、どう動かすかを決める者一人だけが敵に捕らわれてしまっては意味がない。

 

 遠い未来、科学技術が進みすぎてレーダーが索敵装置として用をなさなくなった時代に、ヤン・ウェンリーが英雄となる切っ掛けとなった『エル・ファシル脱出行』において帝国軍は科学技術を盲信した結果、レーダーに映る以上は人工物ではないと考え、みすみすヤン率いる民間船だけの脱出船団を見逃してしまうミスを犯し、勝利の杯を床に叩きつけて砕くことになるのだが。

 

 それと似て非なる状況が、銀河の戦いより千年以上さかのぼった時代の科学力に対する信仰心によって作り出されていることは歴史の皮肉によるものなのか? あるいは科学が進むだけで人類は何も学ぼうとしないと言う現実を示すものでしかないのか、それは解らない。

 

 解ることはただ一つ。

 

「・・・こうなっては仕方がありませんわね・・・。シェーンコップさんを守りながら織斑さんたちの援護もして、敵を倒して勝つ。無謀を承知で挑戦する以外にはないのですから・・・っ」

 

 セシリアが、『二兎を追う者一兎をも得ず』という日本の警句は知らないながらも概念は重々承知した上で、それでも“やらねばならない”というマスト・ビーを理由として決意を固めたとき。

 

「フロイライン・オルコット。ひとつ実戦訓練をして差し上げましょう」

「え?」

 

 シェーンコップが彼女の耳にささやきかけて、先ほど頭上を見上げて三十秒ほど思案して思いついた作戦を伝えるとセシリアは驚いたように瞳を見開き彼を見て、相手は「にやり」と不敵に笑って答えに変えた。

 

 

 そして作戦は、実行に移される―――

 

 

 

 

「くっそ・・・・・・!」

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつ―の!」

 

 一撃必殺の間合いで放った斬撃を躱された一夏を鈴がなじり、

 

「ああもうっ、めんどくさいわねコイツッ!」

 

 焦れたように衝撃砲を展開して発砲した鈴の見えない衝撃は、敵の腕に叩き落とされ無効化してノーダメージ。

 

 先ほどからこれの繰り返しだった。

 敵はつね彼らの一段上をいく動きと速度で反応してくるため、全ての数値において敵より一段階下回っている一夏と鈴の攻撃は何度はなっても敵に当てることが出来ずにいたのである。

 

「・・・鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところ。・・・ちょっと難しいわね・・・。現在の火力でアイツのシールドを突破してダウンさせるのは確率的に一桁台ってところじゃないかしら?」

「ゼロじゃなきゃいいさ」

「アンタねぇ・・・」

 

 軽口を叩き合いながらも、彼らの表情や声には余裕が乏しい。ハッキリ言って強がりで言ってるだけという印象の方が強いほどに。

 彼らが苦戦する理由は、単に敵の動きと性能が自分たちより一段上を行っているだけではない。

 全身を隙間なく装甲で覆ったフルスキンタイプの第一世代ISと同じ形状が中に人が乗っているのか否か疑いを持ったとしても判別しづらくしており、一夏が白式の《零落白夜》で全力攻撃するのをためらわせていたのも戦局に大きく影響を及ぼす現任になっていた。

 

 《零落白夜》は性質上、他の専用機が持つワンオフ・アビリティと違ってISだけでなく中に乗った人まで切りつけてしまう危険性をはらんだ刀である。

 使い慣れた後なら別として、今の一夏に中の人を傷つけることなくISだけ全力で切って倒す器用な終わらせ方ができる自信はない。

 たったそれだけのことではあったが、元より第三世代ISは特殊武装が最大のウリのISであり、自慢の特殊武装が全力で使うことが出来ないだけで戦力的には半減してしまう欠点を有している。

 おまけに今は鈴と一夏が二機の敵を相手取って戦っているチーム戦だ。片方の機体性能が半減した状態でチームを組めば、より以上にチーム力は低下してしまう。

 

 それが今の一夏たちが置かれている劣勢の最大要因であり、先ほどから一夏が疑い始めていた人間性が見られない敵の動きから無人機である可能性があり、無人機なら全力を出せば勝てると信じ切れる理由にもなっていたのである。

 

 ――試してみるか・・・?

 

 彼がそう考え出したことを察しでもしたのか、二機のフルスキンISは不規則に設置された頭部のセンサーレンズの中心点を彼に見据えて、何かを待ちわびるように相対したまま動きを停止させる。

 

 先ほどからこの敵は、一夏と鈴が軽口を叩き合い隙だらけになったときほど攻撃してくる回数が減る傾向にあり、むしろ無駄な会話に集中しすぎた際にはビームを当てずにかすらせることで注意を促すかのような動きを連続して行っていた。

 

 それは二機を送り込んできた者が“何かをやらせるために”送り込んできただけの捨て駒に過ぎず、端から勝負の勝ちは求めていないことを意味すると同時に、目の前の二人以外の有象無象を警戒せずとも倒される恐れは決してないと、自分が送り込んできた二機の機体と自身の能力に絶対的な自信を有していたことの現れだったのやもしれない。

 

 そして今回。その絶対的な自信と思しきものが敗因に直結する、油断に変えられてしまったのは、一夏が思いついた策を試すため鈴に話しかけようとした瞬間でのことである。

 

「――え?」

 

 唖然とした彼の見つめる先で、敵のISが自分を見つめてくる、不規則に並んだ頭部のセンサーレンズの中央に、“ナイフが深々と突き刺さって”剥き出しのレンズの下に人間の頭部があった場合には間違いなく即死の一撃を食らわされながら倒れることなく立ったままの姿を維持し続けていたのだ。

 

「嘘!? どうして! なんでなのよ!? ISは人が乗らないと絶対に動かないはずなのに!? 無人機なんてあり得ないのに、そういうもののはずなのに一体どうして!?」

 

 人が乗っていたなら死んでいるはずの一撃を受けて生き続けている敵ISの姿に、“ISは絶対に人が乗っている機械”という固定概念を教え込まされ刷り込まれていた鈴は、熟練者故に額縁付きでいきなり事実を証明されて半狂乱に陥り、逆に一夏は初心者故に困惑よりも納得の方が強く出て、それよりもこんな手法で事実を実証してしまう人間に心当たりがありすぎたため慌ててナイフが飛んできたらしい方向へと当たりを付けてそちらを向くと――いた。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップが不敵な表情を浮かべたまま不貞不貞しい態度で片手に持ったナイフを玩び、どういう手段によるものかシールドの一部に小さな穴を開けて即席の狭間を作り、そこから一夏たちに援護射撃ならぬ援護投擲を行ってくれるつもりのようであった。

 

 予想外の男から放たれた、予想外の攻撃に敵の黒幕は選択を迫られる。

 なまじフルスキンISのセンサーレンズを、不規則に多く並べていたのが仇となる展開だ。数が多い分、一つや二つ失ったところで性能は大して落ちはしないが、同じ目の部分で当てられるウィークポイントの数が多すぎるのである。

 

 防ぐことは容易に出来るだろう。だが、一夏たち相手に重要な場面で今と同じことをやられた場合、果たして望む結果が得られるか否か。

 黒幕でさえ判断の難しいポイントであり、さらに一緒にいたはずのセシリアの姿が見当たらないのが気にかかる。定石で考えた場合に、彼は間違いなく敵の目を引きつけておくための陽動であり囮である。

 倒すことは簡単で、倒さなくても本人自身が脅威になるわけでもないが、敵が何を企んでいて本命がいつどこから奇襲してくるかわからないのは少々やっかいだ。

 

 ――あるいは、今ここでコイツを襲わせようとすれば作戦を放棄して食いついてくるかもしれない・・・。

 

 黒幕がそう考えたのかどうかまでは調べようがないが、少なくとも敵のIS二機は同時にシェーンコップめがけて飛び出すと、急速接近しながら襲いかかろうと機体を加速させる。

 一夏たちも彼を守るために反応するが、二機が同じ性能と武装を持ち同じ動き方ができるほうが有利だ。どちらかだけでも敵の防備を擦り抜けて接近して目標を攻撃してしまえば、それで敵の守りは無意味になってしまうからである。

 

 背後に立つ非武装の人間に、一発でも攻撃を当てられたら負けの一夏たちと。

 どちらか一方が落とされて、残る片割れから片腕が切り落とされようとも“目的だけ”は果たせるようなギミックを搭載しておいた無人IS二機。

 

 この場合、躊躇いがある一夏たちの方が徹底することが出来ずに手傷を負わせただけで二機とも通してしまって、セシリアが現れる兆しも見いだせない。

 

 

「シェーンコップぅぅぅぅぅッ!!!」

 

 敵の刃が友人に迫り来るのを目にして叫び声を上げて退避を促す一夏に対して、シェーンコップは不敵な一瞥だけを寄越して言葉は返さないまま、別の人間に対して舞台上へと上がる出番が来たことを伝える。

 

 

 

「敵が餌に食いつきましたよ、フロイライン。前座の出番は終わりです。後はお任せいたしましょう。

 主演女優登場です」

 

「ええ! 了解ですわシェーンコップさん!!

 お出でなさい! 《ブルー・ディアーズ》!!!」

 

 

 シェーンコップに名を呼ばれ、返事を返し、姿だけはどこにも見えないままセシリア・オルコットは自らの専用機を確実に展開するよう名前を呼ぶ。

 

 そして――気になる男の広い背中の後ろから後光を差すよう粒子の光とともに展開しながら現れて、彼をいつでも守れるよう頭上に自らのバストを押しつけながらエネルギーライフルを構えつつ、実際には意識の大半をビットに集中させて自分の周囲に浮かぶ四つの自立機動兵器に命令を下す。

 

 予測していなかった場所から、予測していなかった敵が参戦し、面倒なザコ敵が目の前まで迫っていたことで油断を誘われ、一夏たちを振り切って突撃してきた二機の敵に対して多対一に優れた性能を発揮するブルー・ディアーズで、味方の損害や連携など気にすることなく全力でぶっ放して殲滅してしまえばいいだけの、お膳立てが全て整えられた必勝の状況。

 

 敵を罠に引っかけて誘い込み、イゼルローン要塞の主砲《トゥール・ハンマー》で一網打尽にするヤン艦隊の必勝戦法に時代区分の違いなど意味もなし。

 

 全ては黒髪の魔術師のシルクハットから飛び出すハトのごとく、彼の魔術師がかつて描いた筋書き通りに道化のピエロ役を押しつけられ、白刃の上から血塗れの姿で落とされて終わるのみ。

 

 さぁ――――

 

 

「フィナーレですわ!!!!」

 

 

 女優再演。

 脇役どもは主演のための踏み台として、英雄の栄光を飾る手柄の役目を果たさせられた後にガラクタという名の骸となって女王に踏まれる役割を仰せつかる宿命にある。

 

 

 どこかで誰かの黒幕が、苛立ちと共に何かを握りつぶす音が響く。

 

 

 こうして波乱に満ちた世界初と二番目の男性IS操縦者たちの戦いは序章の幕を下ろし、第二幕へと至る。

 

 伝説の始まりに至る歴史は、まだ終わらない・・・・・・。

 

 

原作第一巻《完》

二巻の章へ続く



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第10章

久しぶりの投稿です。そして懲りずにオリジナル回です…。本当にいい加減にしないとと自分でもわかっているのですけどねぇー…。今はそういう気分なんだと割り切って頂けると本気で助かる心理状態な作者でありまする。
次話からは普通に原作話に戻しますので、どうかお許しいただけると助かります。


 六月頭、土曜日の午後。

 織斑一夏の姿は第三ISアリーナにあった。

 

「9回死んだな。15回は殺してやろうと思っていたが、やはり世界最強ブリュンヒルデに鍛えられた弟は反射神経がいいらしい」

「はぁ・・・、はぁ・・・、」

 

 休日となる日曜日をまえに、土曜午後の完全自由時間を利用してISを使った白兵戦の稽古をつけてもらえるよう、自分を負かした今一人の男性IS操縦者ワルター・フォン・シェーンコップに依頼していたからである。

 皆より遅れてISを習い始めた一夏にとって、他の者が休んでいる間に差を縮めるため訓練をこなすことは後発組の義務であり、シェーンコップにしてみても生前は上司から養子の白兵戦指導を任された実績がある。教え子が一人増えようが二人増えようが大差はない。

 

「とはいえ、本物の実剣を使っていたならあの短時間で20回は死んでいただろうがな、坊や。奥義を教えてやるのは、基礎をマスターしてからにした方がよさそうだ」

「はぁ・・・、はぁ・・・、あ――ありがとうございましたっ」

 

 かつての教え子と同様、ハードで容赦ない訓練を受けさせられ立っていることさえできなくなるまで疲れ切っていた一夏であったが、訓練を施してくれた相手に礼を述べないままでは『剣道の道』に悖る。

 震える足に力を入れて立ち上がり、ふらつく体に活を入れながら頭を下げて同世代の師匠に対して一礼をする。

 

 ――もっとも、シェーンコップに言わせれば、『人殺しの技術に道を云々すること』は堕落であり、『人格的に優れた方が刀剣の振り回し合いで勝つ』などという考え方は馬鹿馬鹿しいことではあったのだが――

 

(まぁISを使った戦闘はスポーツであって、戦争じゃないからな。強い敵と戦ったからこそ鍛えられて強くなれるスポーツに“なるべく楽をして勝つ”戦争の論理を持ち込むのもバカバカしいと言うものか)

 

 そのような理屈でシェーンコップは納得し、現在の状況を受け入れていた。

 実際、彼が生きていた生前の時代・・・・・・150年もの長きにわたって二大国が無益な戦争を続け、『誰も平和を知らない』時代になってしまっていた銀河を巡る動乱期にあってさえ《フライング・ボール》という名の低重力下の環境でおこなわれるスポーツ球技が人気を集めていた。

 帝国軍から奪取した後、対帝国との最前線基地へと変貌した難攻不落のイゼルローン要塞でも各部局から代表選手たちを集めた対抗試合がおこなわれたことのある正々堂々としたスポーツ競技だ。反則には当然ながら罰則としてペナルティが課せられるし、例外もない。

 

 たとえ司令官の養子で中等部リーグの年間得点王だった実績のある自分の教え子だろうとも、他の選手と同様に一選手としてルールに支配されながら勝敗が競い合われるのがスポーツだ。勝ちさえすれば奇術だろうと詐術だろうと奇跡と呼ばれる戦争と同一視する方が無理がある。

 

 第一空戦隊の飛行隊長で、要塞きってのエースパイロットでもあったオリビエ・ポプラン中佐などがいい例だろう。

 

 彼は政権維持を目的に決定された無謀な出兵で多くの熟練兵を無為に失い、新兵ばかりを補充された窮状の中『新兵のヒヨッコ三人がかりで一人の熟練兵を袋だたきにする』という戦法を考案して、一対一の個人技が流行していたドッグ・ファイトの世界に集団戦闘の概念を持ち込んだ空戦の天才だったが、「正々堂々としたスポーツの大会」であるフライング・ボールの対抗時代にあっては「薔薇の騎士チーム」の選手一人と空中衝突して退場させられており、 『フライング・ボールの反則王』という名誉ある異名を奉られた人物だった。

 

 斯様に戦争とスポーツを混同することは意味がない。

 だがもし、『勝利の原因を道徳的優越に帰するほど馬鹿馬鹿しいことはない』と考えるご同輩諸兄がおられた場合には、是非とも戦争末期で敗戦寸前だった頃の同盟軍に自主志願して欲しいところである。

 人手はいくらいても困る状況ではなかったし、老人だろうと新兵だろうと最悪、囮の任ぐらいには耐えられた。

 時代が違うのだから、平和な時代に好き好んで戦争の理屈を持ち込む必要はいささかもない。――それが英雄たちが銀河を覇権をかけてぶつかり合う動乱の時代末期に、魔王のごとく悪名をとどろかせた最強集団ローゼンリッター連隊十三代目連隊長だった前世を持つ男の考え方である。

 

 

「まぁ、焦ることはない。俺の初陣だってそこまで派手じゃなかったし、お前さんはまだ十六歳でしかないんだ。あと三年か五年もしたら姉との技量の差も逆転している可能性だってないことはあるまいよ」

「はぁ・・・、はぁ・・・、・・・ふぅ。流石にそこまでは無理だと思うけどな・・・」

 

 ようやく上がっていた息を通常に復帰できた一夏がまともな返事を返し、口は悪いが気を遣ってくれた友人に対して普通に礼を言えるだけの精神的肉体的余裕を取り戻すことができたのだった。

 

「でも、そう言ってもらえると安心するよ、ありがとう。よければこれからも時間があった時には訓練に付き合ってくれると助かる」

「・・・・・・ま、そこのところは労働条件も含めて後日に話し合うとしてだ」

 

 敢えて言葉を濁し、誠実で一本気ではあるが『師に忠実すぎて師を超えられそうもない』かつての教え子と似た欠点を持つ少年に背を向けて、シェーンコップは耳に痛い諫言の代わりに訓練終了という心と体に優しい言葉を宣言してやることにする。

 

「悪いが坊や、今日以降しばらく訓練は延期だ。心の狭い女どもに博愛と寛容の精神を教え込む用事を仰せつかったばかりなんでね」

 

 箒が耳にしたら耳まで真っ赤にして激怒しそうな言葉を平然と吐くシェーンコップに、さすがに耐性がついてきた一夏は怒ることなく相手の不誠実な態度を咎めようともせずに肩をすくめるだけに留めてから何気ない口調で一言だけ質問しておいてやる。

 

「今度はどこの国の、なんて名前の子と仲良くなったんだ?」

「ドイツさ。本国から正式な国家代表候補生殿が最新鋭専用機とセットで来日してこられるそうだ」

 

 軽く言って、公式発表はまだされていない国家の国防に関わる重要事項をさらりと民間人に流出させて、相手に重要事項を知らされたことに気づかせぬまま去って行くシェーンコップ。

 ――このとき聞かされた何気ない口調で教えられた情報を、無意識のうちに鈴か箒か、はたまた別の誰かに触りだけでも語ってしまっていたことが週明けのIS学園を『専用機乗りの転校生』の噂話で持ちきりにさせることになるのだが。

 相手の何気ない発言に注意を払いづらい所のある一夏には、後日になっても自分の軽はずみな発言内容を思い出すことはなかったのだが、それはまた後日の週明けからはじまる話である―――――

 

 

 

 

 わずかに時間は遡り、前日の夜。六月頭、日付的には土曜日となっていた金曜日の深夜でのこと。

 IS学園寮にある一室に、シェーンコップの姿は存在していた。

 

 

『政府から正式に専用機を与えられた代表候補生が、週明けにそちらの学園に到着する』

 

 深夜に叩き起こされ、消灯時間がどうのと囀っておられる寮長殿の小言を聞き流しながらシェーンコップが呼び出された通りに電話に出てやると、相手がいきなり要件から入って話し始めてくる内容を終わるまで聞いてやる拷問を甘受せねばならなくなっていたからである。

 

『彼女は“男である君”とは違い、政府から正式に代表候補生の地位を与えられた第三世代機の操縦者だ。よって到着以降は彼女の意向を第一に尊重して行動するように』

 

 相手の女性【ドイツ軍セシリー・セレブレッゼ参事官補】を名乗る官僚型の士官は、時候の挨拶もなしに要件から入って早口で会話を終わらせる算段だったらしい。

 自身の女尊男卑思想と、シェーンコップら男に対しての差別感情を隠そうともしない嫌悪感むき出しの姿勢は、いっそ清々しいほどのだと賞賛されてよいものだったかもしれない。

 

『君はたしかに【世界で二番目の男性IS操縦者】ではあるが、序列の上では第二世代ISを与えられた代表候補生候補の一人でしかない身でもある。くれぐれも彼女の職権を侵さぬよう厳につつしむよう気をつけたまえ。それが君の将来のためでもある』

 

 “男相手に説明などしたくない”“してやるほどの価値もない連中だ”・・・そんな本音を露骨に声に滲ませたまま、本人的には必要最小限度の言葉だけを使って相手に“説明してやらなくてはならない義務”を全うしていただけの彼女から聞かされた言葉の内容。

 

 それは要約してしまうなら、『余計なことは何もせず大人しくしていろ。女性の専用機持ちが目立つのを邪魔するな』と、それだけで終わってしまう単純極まる脅し文句だった。

 どうやら、戦闘でもプライベートでも『派手に目立たなければ損』と考えるシェーンコップの活躍ぶりは本国でも注目の的になっているらしい。

 わざわざ連絡事項の“ついで”に、参事官補殿から嫌味を賜れるほどVIP扱いしていただけるとは元軍人の端くれとして名誉なことである。

 

『以上だ。異存はないな? ワルター・フォン・シェーンコップ代表候補予備生』

 

 敢えて政府が彼に与えている、名前だけは代表候補生に近いが権限も待遇もまるで別物の地位の正式名称を名の後ろにつけて呼んでくるセレブレッゼ参事官補。

 シェーンコップとしても、別に異存はなかった。答える声と言葉に毒がこもったのは、個人の趣味というものである。

 

「かしこまりました、セシリー・セレブレッゼ参事官殿」

 

 敢えて役職名の後ろの付けられた“捕”の字を言い忘れてやることで実際よりも一階級上の名前で呼んでやった相手が、唇を大きく“へ”の字にひん曲げる気配を受話器越しでもハッキリと感じとっていたシェーンコップは礼儀正しく静かな仕草で電話を切る。

 

 軍の役職名など一般には広く知られていないし、参事官や参事官補などといった階級とは別のマイナーな役職は名前さえ知っていればよい程度の存在だが、軍内部の人事では当然ながら格差が設けられている。

 基本的に参事官になれる軍人は『少佐』以上の階級を持つ佐官級の上級士官だけであることが多く、参事官“補”は逆に最高位でも大尉までの『尉官』クラスしか配属されることはあまりない。

 

 大尉と少佐の間には一階級の階級差しか存在せず、中尉と大尉の間には然程の違いはないのだが、これが階級名の後ろに『佐』がつくか『尉』の字が付くかで地位も待遇も、退役後にもらえる年金の額までもが大きく変わってしまうのが、軍隊という名の特殊専門技術者たちだけが集められて出世していく特殊な職場の事情であった。

 

 当然、一階級上がるために必要となる上からの評価の程は大きく変わり、補が付くかどうかで彼女の地位身分が上から見下ろされる立場でしかない事実を他の誰より本人自身が普段から自覚させられる勤め人の事情に一般人だろうと軍人だろうと違いはない。

 

 

「さて、これからどうしたものかな」

 

 軽く凝った肩を揉みほぐして先ほどの会話で溜まった疲労と毒素を中和させながらながら、学園内に設置されていたソファーに座り長い足を高々と組みんだシェーンコップは何とはなしに独り言ちる。

 誰一人起きていない深夜のIS学園内で、自分一人だけが叩き起こされた要件も終わり、暇を持て余してしまった彼としては、想定外の余暇時間をどのように過ごすかで思案することにしたのである。

 別に二度寝ができないわけでも、したくなかった訳でもない。次に寝られるのが何日後かも予測できない戦場において、寝られる時に寝ておくことは軍人としての務めであって義務ですらあると言っていいだろう。同盟軍白兵戦部隊に所属する兵士たちの中で最優秀の実績と評価を誇っていた彼が、どうして二度寝を厭うことなどありえよう。

 

 ――だが、今は戦時下ではない。平時である。

 平和な時代に戦わなくて給料がもらえる軍人か、それに準ずる兵器を扱う公的身分を得たからには、余暇の時間は自由時間として完全に消化しておくのが軍人の責務に変わるべき類いのものだろう。

 国家の命令で敵を殺して給料をもらうのが仕事である軍人が真面目に働かずに、暇を楽しむため余暇の時間を浪費するのは平時においてとても良いことである。

 少なくとも、彼の祖国の軍隊と国民からは絶大な人気と尊敬の念を集めていた伝説的な『不敗の軍人』である直属の上官殿からは確実に賛同が得られそうな結論に行き着いた彼は優雅に立ち上がると決断を下す。

 

「さて、そうとなれば学生らしく門限破りの夜遊びと洒落込みにいくとしよう。酒を飲む楽しみの半分は禁酒令を破ることにあることだしな」

 

 織斑千冬が聞いたら出席簿が飛んでくるだけでは済まない独白を平然とつぶやき捨てると、シェーンコップは学園の塀を乗り越え、最新鋭とはいえ機械に頼りすぎた学園側セキュリティ諸共たやすく突破して街へと繰り出し、学園近くにある施設等を冷やかし始める。

 

 ――と、その時に。

 

 

「あの・・・・・・、すいません」

 

 控えめな声がかけられて、大きなバッグを肩にかけて、後ろにはカートを引きながら外国から来たばかりとおぼしき金髪の美しい少年が、自分のことを見上げながら困ったように小雑誌片手に見上げてきていた。

 見ると、彼が持っている本のタイトルは『IS学園入学案内』。

 雑誌ではなくIS学園入学志願者向けに発行されているガイドブックのような本で、「細かすぎて日本人以外には判りにくい」と日本人以外の者たちからは生徒と関係者含めて全般的に評判が悪い説明書だったが、一応ながら学園内にある諸施設と学園外にある関連施設の一部の位置と情報が記載されている。

 

「あの・・・・・・僕、初めて日本に観光に来たんですけど、地元の人から有名なIS学園がこの近くにあると聞いて遠目からでも見てみたいなって思ってやってきたら道に迷って、こんな時間になってしまい困ってたところなんです。よろしければ駅までの道筋と、IS学園の近くまでいく道順だけでも教えていただく事ってできませんか? 少ないですけど、お礼はさせてもらいますから・・・・・・」

 

 夜遅いこともあり、シェーンコップの顔が見えづらかったことと、シェーンコップ自身も門限破りのプロとして鳴らした前世の経験を活かして私服に着替えていたことから、自分の話しかけた相手が『世界で二番目に発見された男性IS操縦者』だと目視だけで判別することが出来なかったようだった。

 

 少し考え、シェーンコップは「にやり」と癖のある笑顔を浮かべると「ああ、構わんよ」と快く了解してみせて本心を隠し、学園と最寄り駅だけでなく近くにある様々な施設の場所と情報までもを迷子の少年に与えてやって喜ばせてやる。

 

「わぁ、ありがとうございます。これで明日から迷わずに学園を見物しにくることができそうです」

「いやなに。困った時はお互い様、とこの国では言うらしいぞ?」

「いい言葉ですね。母にも聞かせてあげられたら良かったんですけど・・・・・・」

 

 そこでふと、一瞬だけ相手の少年の声に陰が落ちたような気配がして顔を伏せたが、すぐに表情をあらためてシェーンコップを見上げ尚した時には暗い面影は一切残すことなく柔らかい笑みを浮かべながら青い瞳で灰色の瞳を直視して。

 

「本当にありがとうございました。・・・・・・そういえばあなたは、ご存じでしょうか? 『世界初の男性IS操縦者』織斑一夏くん――って、男の人のこと。

 僕の国でも女の子たちが彼の噂話で持ちきりで、僕も耳にしたときには『同じ男なのにスゴい人がいるんだなぁっ』て思って感心しちゃって。それ以来すっかり彼のファンになっちゃって。来たことない日本に一人で来たのも実は彼に人目だけでも会えたらなって思ったからで・・・・・・。

 あ、あの、もしよろしかったら彼のことで知ってることあったら教えてもらって構いませんか? 何でもいいんです。どんな細かいことでもいい。彼のことを少しだけでも知ることができたら僕はそれで満足して国の帰れ―――」

 

 

「なぁ、“お嬢ちゃん”」

 

 

 ここぞとばかりに食い気味に反応を返してきていた少年が、シェーンコップの一言で途端に凍り付いたように舌と体の動きを停止させ、まるで女の子が夜中にお化けと遭遇してしまったかのような恐怖と驚愕に満ちた瞳と表情で相手の顔を見上げてくる。

 

「お前さんが何をするつもりで一夏のことを知りたいのかは知らんが・・・悪いことは言わん。やめておけ。お前さんはどうやら昔の知り合いと同じで他人を欺すことに向いていない」

「あ、あなたは・・・・・・なん、で・・・・・・ッ!? どうし――――ッ」

「それに、だ」

 

 引きつったように見上げてきていた相手の顔に、自分の顔をぐいっと近づけ相手が背にした金網に右掌を叩きつけて退路を塞ぐ。

 ガシャン!と大きな音が鳴り響く中で、震えながら大柄な元男性の顔を見上げる少年―――いや、少年の身なりをした少女に顔を接近させながら。

 ニヤリと好色な作り笑いを浮かべて、“彼女”に向かって警告を伝えてあげるのだった。

 

 

「こんな夜中に人気のない街路で男が、アンタみたいな綺麗な女の子から声をかけられたんだ。本来だったら、青臭い思春期男子の男共なら誤解するなと自制を促すだけ無駄な徒労になるところだった。次からは身だしなみを含めて気をつけることさ」

「・・・・・・え?」

「世にはびこる大半の男たちの中で、俺のように紳士的で誠実なフェミニストは滅多にはいない。気をつけて帰るといい、美しいフロイライン」

 

 

 言いたいことだけ言って、格好つけるだけ勝手につけてから背を向けて勝手に帰って行くシェーンコップ。

 正体がバレたにもかかわらず見逃され、かといって安心していいのかどうかも判らないまま放置されてしまった男装麗人でフランス人美少女でもある彼女は腰を抜かしたようにへたり込みながら。

 

「な、なんだったの・・・? 今の人・・・・・・」

 

 短時間の内に記憶に刻みつけられた様々な印象を持つ相手に対して、そう評してから「う~・・・」とうなり声を上げた後。

 

 

「・・・でもやっぱり僕には、人を欺す才能とかってないのかなぁ・・・。けっこう頑張って男の子のフリする練習したつもりなんだけどなぁー・・・。

 でも今からじゃどうせ帰れないし、帰ったところで僕の居場所はもうあそこにはないし・・・。はぁ~・・・明後日から僕どうなっちゃうんだろう・・・? 憂鬱だよー・・・・・・」

 

 

 

 ――こうして、異なる過去の時代に生まれ変わった薔薇の騎士と、この夜にはまだ出会うはずのない少女とがあり得からざる邂逅を果たした。

 この出会いが彼ら彼女らの物語に如何なる変化をもたらすものなんか、現時点で知りうる者は誰もいない・・・・・・。

 

つづく




注:鈴とかセシリアの現状に関しては次話から色々書いていく予定でおります。
本当だったら、一夏との会話の後にシェーンコップがラウラを出迎えに行くパターンも考えては見てたんですけど、一先ずはコチラを書いてみた次第。理由は特にない…と思います。自分の気持ちですけどよく分からなくなってる最中でしたので…


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第11章

更新です。気分展開のつもりで書きはじめたら初っ端から迷走してしまい、頭を切り替えて他のを書くためには一旦書き終えるしかなくなってしまった結果として出来た話ですが、よろしければどうぞ…。
最近こんな感じの失敗ばかりで少しだけビミョーな心地になっておりますです…。


 『白騎士事件』により世の中が変わってから、十年と少し。

 地球から銀河系に進出した人類が一万光年の彼方で銀河の覇権をかけて争い合うようになる時代からは1000年以上を遡った、この時代のこの年。

 地球における人類史は未だ惰性の淀みにたゆたったまま、いずれの方角へ流れ出すか自らの意思でさだめかねているように見えていた。

 

 後年から見れば、この年は世界で初めて発見された男性IS操縦者・織斑一夏のIS学園入学に端を発して、『亡国機業』や『アンネイムド』など公には存在が知られていなかった者たちとの連戦がはじまる序曲であったことがわかるであろうが、現在進行形で今を生きる当事者たちには、そうは映っていなかったからである。

 

 五月に起きたクラス対抗戦への無人ISによる襲撃事件は箝口令が敷かれ、うやむやの内に中止となり、そのまま当事者たちであるはずのIS学園生徒たちにすら忘れ去れて、翌月には次の学校行事に話題の中心は移行してしまい、顧みる者はほとんどいなくなっていた。

 

 始まってより十余年しか過ぎていないが、自分たちが今までを過ごした女尊男卑の時代は終わることなく続き、多少の事故や事件はあっても全体として今は持続され、自分たちの明日や来年は平和に訪れるに違いない―――誰もが大した根拠もないまま、そう確信して日々を生きていた。

 昨日の延長線上に明日を置いて疑問を抱かず、昨日まで通じたカレンダーは今日も明日も問題なく使えるだろうと信じ切ったまま保証のない明日を迎えようとしている。

 

 だが、人類の誕生と共にあったわけでもないものが、人類の終焉に至るまで在り続けていることはない。国家にも平和にも必ず終わりは訪れる。

 それは遠い未来、国家の永続を信じて一人の男が造り上げた強大な人類統一政体初の専制君主国家がボロをまとった惨めな姿で歴史の陰へと姿を隠していったのと同じように。

 

 その男の支配から逃れて建国された民主国家が、「吾ら永久に征服されず」と国歌に載せて誓ったはずの軍人たちの手によって国家元首の命が専制君主に差し出されたのと同じように―――。

 

 

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

 

 六月の第二週、月曜日の朝。

 今日もまたIS学園1年1組の女子生徒たちは姦しく、みな片手にカタログを持ってあれらこれやと議論を交わし合っていた。

 議題の内容は、ISを纏うときに操縦者が素肌の上から着用するISスーツ発注を依頼するメーカーをどこにするかについてである。

 

「そういえば織斑君のISスーツってどこのヤツなの? 見たことない型だけど」

「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、もとはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」

 

 話が波及して、彼女たちが輪になって談笑している場所と比較的近くに指定されていた自席にただ座っていただけだった織斑一夏まで巻き込んで唐突な話題振りがおこなわれたが、彼はそれに戸惑うことなくスラスラと正確な情報を返事として回答する。

 その回答はIS学園に入学して日の浅い彼が、みなに追いつくため猛勉強した成果によるものだったが、それは同時に模範解答の表を丸暗記した内容を諳んじただけの散文的極まりないものでしかなかったのも事実ではある。

 

 もともと彼は“偶然にも”『女しか動かせないはずのIS』を起動させてしまったことから特例としてIS学園入学が許された「世界初の男性IS操縦者」であり「IS学園史上初の男子生徒」であって、IS操縦者を志して勉学に励んできた他の女生徒たちとは趣を異としている。

 変化した立場と状況に合わせるため「必要経費」として限られた自習時間の幾ばくかをISスーツ関連の情報を得るため支払うことこそすれ、個人的な関心や興味をもつまでには至っていない。本人自身に服装への関心が薄かったという事情もある。

 

 そのような事情から彼から見た、「本当に役立つかは難しい線引きとなる」専用機をもらえない一般女生徒たちの自分専用ISスーツへのこだわりは共感するほうが難しく、『女はおしゃれな生き物ですから』というセシリアの言葉を鵜呑みにして、なんとなく分かったような気分になるぐらいが関の山だった。

 

 ・・・・・・余談だが、今から1000年以上先の銀河をめぐる戦いの時代にも彼と似たような結論に達する人物が生まれることに未来の予定表ではなっているらしい。

 その名をユリアン・ミンツといって、戦災孤児の救済と人的資源確保の一石二鳥を目的として設立された戦時特例法『トラバース法』により、後に「不敗の名勝」と称される最強提督の養子となった人物で、義父である提督の死後『孤児と未亡人の連合政権』と化した弱小の民主共和制勢力を率いる後継者の任を全うしている。

 

 彼もまた一夏と同じく万人が認める美貌の所有者であり、同世代の少女たちから関心を集めいたが色恋沙汰には鈍感であり、それほど服装には気を使わない性質の持ち主でもあった。

 この点において表面の事象だけ見れば一夏と、そしてユリアンの義父であったヤン提督と同じく服装無関心派に見えなくもなかったが、ヤンの先輩で口の悪いアレックス・キャゼルヌ中将に言わせると「同じ服装無頓着でも質が違う」ということになるらしく。

 

「ユリアンは服装で他人の視線を集める必要がないので自然と無関心になる。

 ヤンの場合は単にめんどうくさがっているだけさ」

 

 ・・・・・・果たして一夏のそれはどちらに該当するものなのか、遠い未来で歴史が判断してくれるのを待つばかりである。

 

 

 

「あ、シェーコップ君だ。おはよー」

「おぉ~、シェーちゃん。オハー」

 

 少女たちの雑談が一時的に途切れて、教室の扉から入ってきた長身の美丈夫の姓を呼ぶ声に変化するのを一夏は耳にして顔を上げた。

 

「やあ美しいフロイラインの貴婦人方。グーテン・モルゲン」

 

 何時ものように何時ものごとく、何時もと変わらない不適さと不遜さが微妙に入り交じった口調と態度で、簡明に定型文と化した時候の挨拶だけを述べ、長ったらしい口説き文句など今更言うまでもなく普段通りの入室の仕方をしてきた『世界で二番目の男性IS操縦者』は、だが今日に限っては何時もと違う点が一つだけ存在していることに一夏は気づいており、それを指摘する。

 

「おはよう、シェーンコップ。こんな時間に登校なんて珍しいな」

 

 一夏に言われて初めて気付いたように、少女たちもまた時計を見上げる。

 見ると確かに朝のHLがはじまる寸前の時間帯であり、一歩間違えば鬼よりも鬼らしいと評判の織斑千冬先生の方が先に教室へ到着してしまってもおかしくはない時刻に差し掛かっていた。

 慌てて少女たちが自分の席へと戻っていくのを、最初から席についたまま井戸端会議に参加することなく担任教師の到着を待っていた一夏はのんびりと見送り、次いで定位置である隣の席に座ったシェーンコップから、微かに漂ってきて鼻腔を刺激する香りに気付いてやや憮然とした表情へと移り変わる。

 

 それは男女比率約三百六十分の二で、圧倒的大多数派を占めているはずのIS学園女子生徒たちでさえ、おそらくは香らせている者はほとんどいないであろうヘリオトロープの淡い匂い。

 一夏は直接嗅いだ経験はないが、同年代の少女たちが香らせていても決して似合うことはないだろうと確信できる程度には大人の女性にしか似合いそうにない匂いを身体に纏わせて朝の学び舎へと登校してきた同性の男子生徒に無心でいられるほど一夏は老成していなかったし、不実な男になった覚えもなかった。

 

 相手が浮かべている青い表情に気付いたシェーンコップは短く笑い、敢えて腕を鼻の前までもっていき、わざとらしく香水の匂いを嗅ぐ仕草をしてみせてから。

 

「坊や、こいつは人生の――いや、生命そのものの香りさ。お前さんも今にわかるようになる」

 

 その発言に対する感想なり反論なりを一夏が述べようとした瞬間、

 

「諸君、おはよう」

『お、おはようございます! 織斑先生!!』

 

 まるで見計らっていたかのようなタイミングで、教室の前の扉より担任教師の織斑千冬が入室し、教室内にいた生徒の大半が一瞬にして軍隊じみた礼儀正しい挨拶を送り、尊敬し“あたわざる”上官殿ならぬ担任教師殿を迎え入れる。

 これによって一夏の主張と反論は後日のこととなり、今は尊敬し敬愛しながら畏怖もしている実姉の千冬姉から聞かされる連絡事項に耳を傾けようと意識を前へと戻す。

 

 結果として、このとき選んだ選択によって一夏はこの件に関してシェーンコップに意見する機会を永遠に失うことになったわけであるが、それを幸と思うか誤審と断ずるかは人それぞれに任せるしかない問題であろう。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着でも構わんだろう」

 

 その発言を聞かされ、いや構うだろう!と今度は一夏も心の中だけとはいえ盛大に突っ込みを叫ばずにはいられなくされてしまう。

 確認しようもないことだが、おそらくは彼以外の生徒たちの多くも一夏に同調して心の中で唱和していたことは間違いあるまい。

 

 千冬には、視線だけで人を殺せそうな強面のイメージが付きまとっている反面、時折このような冗談とも本気とも付かない下ネタじみたジョークを口にする奇癖を持っていた。

 あるいは弟と同じく彼女なりに、年頃少女の生徒たちと精神的距離を縮めるため努力した結果なのかもしれなかったが、たとえジョークであっても表情を一切変えることなく説明もしないでは誤解されても仕方のない部分ではあったことだろう。

 

 もっとも、民主共和制を守る最後の砦として同士たちが寄り集まったイゼルローン要塞所属の空戦部隊に描かれるパーソナルマークとして、女性の下着のイラストを自らデッサンして隠し子の娘に見せつけた過去を持つ元不良中年で現不良少年でもあるワルター・フォン・シェーンコップと比べれば遙かに少女たちから好かれる資格を持っていたことにもなるため、仮に世界を律する絶対者とか造物主とやらが実在していた場合には彼らの悪意を立証する証拠にもなり得たのかもしれなかったが、全ては仮定の話でIfの可能性でしかなく、現実に彼女が口に出して続けた内容は簡明極まる以下の一言だけしか現実には存在していない。

 

「では、山田先生。ホームルームを」

「は、はいっ」

 

 尊敬する先輩からの指名を受け、所定の情報を伝えるだけの伝令役でしかない役割を振られた副担任の山田真耶は、眼鏡を拭いている途中だったところに不意打ちをかけられ慌てながら教壇の前に出た自分の醜態を誤魔化すためにか些か大きめの声を出し、職員室で決定されていた伝達事項を生徒たちに向かって宣言してみせたのである。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

「え・・・・・・」

「ほう?」

『えええええっ!?』

 

 いきなりの転校生紹介にざわつく噂話好きな女子のクラスメイトたち。

 男である一夏でさえ、転校生はともかく自分を含めて短期間の内に四人連続で同じクラスに配属された事情自体には意外さを禁じ得ず。

 

 ただ一人シェーンコップだけが、面白そうな表情を浮かべて自分の隣の席に座る『世界初の男性IS操縦者』であると同時に『極めてレアな機能を持った特殊武器装備の第三世代機』を与えられている専用機持ちのIS操縦者の意外そうな横顔を観客の視点で無遠慮に見物していただけが例外だった。

 

 何のことはない。意外さを禁じ得ないでいる本人が抱える事情こそが、彼の抱いた疑問の大半の答えになってくれる青い鳥なだけなのだ。

 自分は所詮、二番煎じであり専用機を持たない量産機乗りに過ぎず、セシリアに至っては本人の主観的自己評価はどうあろうとも一年生女子の中で代表候補生の専用機乗りは現時点で三人まで増えてしまっている。大した商品価値はすでに期待できない希少性しかない立場に落ちぶれた後だ。

 

 そう考えれば一夏がいる以外に、この1年A組だけがこれほど特別扱いしてもらえる理由は何一つないことが分かるだろう。

 全ての問題に巻き込まれる当事者としても、自分が巻き込まれる厄介事のすべてを引き寄せてしまっている元凶としても機能している織斑一夏という少年は、どうやら生まれつきトラブルメーカーとしての才能に恵まれているらしい。

 彼を含む大多数派の平穏無事な学園生活を求める者たちにとって不幸な宿命であり、平和よりもトラブルを好む一部の矮小なる少数派たちにとっては幸福な運命だったことなのであろう。

 

 たとえば、『伊達と酔狂で宇宙の統一と秩序を乱し』ウィスキー片手に「革命ゴッコ」へと身を投じて圧倒的大多数派となった新生銀河帝国軍を相手に、寡兵で戦いを挑んで勝つつもりでいた圧倒的少数派の民主共和制最後の『物好きたち』にとっては殊更に―――。

 

「それでは、お二人とも入ってきてください」

「失礼します」

 

 山田先生からの呼びかけに応じて、扉の外にあった二つの気配のうち一つが返事をして扉を開け、今一人は無言のまま扉をくぐり教室内へと足を踏み入れる。

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 その姿を見た瞬間――正確には、入室してきた二人の転校生の内一人の姿を見た瞬間に――教室内を覆っていたざわめきはぴたりと止まる。

 時期的におかしい転校生の立場にこそ疑問を感じながらも転校してきた当人たちには興味が薄かった一夏でさえ例外ではなく押し黙るほど、その人物が持つ容姿は意外性に満ちていた。

 

 クラスに入ってきた転校生二人のうち、一人が男子生徒だったからである。

 感じの良い微笑みと、礼儀正しく中性的な立ち居振る舞いが育ちの良さをうかがわせる貴公子的な容貌の美少年。

 髪の色は濃い金髪で、黄金色の長めの髪を首の後ろで束ね、青く澄んだ瞳はアイスブルーと言うよりブルーサファイアと表現した方が近そうな冷たさを感じさせない暖かな内面を映し出している。

 

 

 ――差し詰め、ラインハルト・フォン・ローエングラムを下位互換した美貌の少年に、ジークフリード・キルヒアイスの柔らかさを加えて二で割ってみたと言ったところかな。

 

 

 シェーンコップは声には出さずに無言のまま、彼としては高評価している客観的に見た者には酷評に聞こえるであろう感想を内心で下しながら、尖り気味の顎に手をやり片手で撫であげる。

 

 ふと視線を横にずらすと、『男ではない』という一点において同期の転校生に見劣りするものの、十分に見目麗しい小柄な少女が誰の視線も気にすることなく、教室内のただ一点のみを見つめながら無言の内に歩を進めている姿が視界に映り込んできた。

 長すぎる銀髪と、黒く大きなアイパッチ。前世の感覚からすると銀河帝国の元帥クラスか門閥貴族の名門当主たちのために仕立てられた専用軍服に近い、機能性を損なうレベルで装飾過剰な“元”祖国、ドイツの歴史で数十年前に勃興して滅んだとかいう第三帝国とやらで使われていた軍服をモチーフとした改造制服に身を包んでいる、一挙手一投足に軍人臭さを匂わせた姿で歩いてくる少女。

 妖精のように可憐な見た目と裏腹に、仕草の端々から転校先の先輩たち世界最高戦力の操縦者たちとは頭二つか三つほど抜きん出た実力を秘めていることが察せられる。

 

 先日お偉方から通達のあった『ドイツ政府公認の代表候補生』とは、間違いようもなく彼女のことだったのであろう。

 他の生徒たちが一人残らず『男だから』という一点のみを理由として金髪の美少年に視線と意識を集中している中で、ただ一人『制服』を理由として銀髪少女の方に視線と意識を集中させていたのはシェーンコップだけだった・・・・・・ということはなく。

 彼も普通に、他の者たちと同じく『男だから』という理由で金髪美少年に意識と意味深な視線を集中させていた。

 

 他者からの大多数評価と誤差はあるだろうが、彼自身の主観的自己評価においてシェーンコップは、右を向けと高圧的に命令されたら損を承知で左を向く、前世の上官ほど捻くれた性根を持っていないつもりであった。

 せいぜいが、応答の際に皮肉と嫌みのエッセンスをたっぷりかけた了承の言葉で命令を受領し、恭しい仕草とともに実行する程度には服従心を持っていると自己評価していた。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 少年転校生は、にこやかな笑みを浮かべてそう告げて一礼し、一夏ともシェーンコップとも異なる三人目のタイプの美形は歓呼して迎え入れられ。

 

 それら黄色い悲鳴の大合唱が満ちる中、クラスメイトになった初対面の少女たち一人一人と目を合わせるように教室内をゆっくりと見渡して“目標の一人”を見つけ出した瞬間、わずかに見開いた瞳を隠すため盛大すぎる歓呼に戸惑ったように苦笑して。

 

「・・・・・・う、ぁ・・・」

 

 ――そして、絶句させられる。

 つい一瞬前まで浮かべていた人なつっこそうな笑顔は嘘のように消え失せて、思わぬ人物と思いもかけぬタイミングで再会してしまった衝撃が強烈なスパンクとなって精神を襲われた圧倒的恐怖が顔中に浮かぶ。

 

「・・・なん・・・で・・・、どうし・・・て・・・・・・」

 

 一昨日の夜に出会った奇妙な男性。

 あの時には周囲が薄暗く、自らも『本当の性別』を隠すため顔を見えづらくする変装をしていたこともあり、相手の顔をハッキリと判別するまでは出来ていなかった。

 

(そ、それにたしかIS学園って全寮制で時間に厳しいはずだったんじゃ・・・・・・ッ!?)

「どうしたデュノア? シェーンコップと面識でもあったのか」

「あ・・・」

 

 意外すぎる相手との思わぬ再会に過剰な反応を示してしまったことで、当初の『行動計画スケジュール』には書かれていなかった人物から想定外の質問をされてしまった“彼女”は、どうすればいいか判らなくなり答えに窮して言葉にならない言葉を譫言のように呟くことしかできない状態にまで追い詰められていき。

 

「まあね」

 

 そしてまた―――この男に救われる。

 にやりと笑って、あまり“褒められた救い方ではないやり方”ではあったが、それでも彼が彼女を救ったこと自体は一応の事実として相違だけはない。

 

 

 

「以前に一度、彼とよく似た美人の姉君とモーニングコーヒーを飲み交わしてから部屋を出て、たまたま隣の部屋の女性宅から出てきた直後の彼と出くわし挨拶を交わし合ってから続いている腐れ縁というヤツでしてな。

 いや、彼女の姉君が淹れてくれたコーヒーは絶品でした。あの味は未だに忘れられません。本当にいいコーヒーを淹れられる、いい女でした」

 

つづく

 

 

オマケ『今作設定の補足説明』

 全話の中で日本に移民したはずのシェーンコップが、元故国のドイツから命令されていた背景として、「世界で二番目の男性IS操縦者」の所有権をめぐり日本政府とドイツ政府との間で密室会談がなされた結果によるもの。

 最終的には『日本人の世界初を確保している』日本政府が妥協し、法的には今まで通り日本移民のまま、命令権などは全てドイツ軍と政府に返還されてしまっているのが彼の現状。

 尤も、その程度の逆境で恐れ入るほどの可愛らしさを彼に期待するのは犬にむかって『我が輩は犬である』と犬宣言をするよう要求するのと同じくらいには愚かな愚行に過ぎない・・・。



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第12章

久しぶりの更新となります。…どうにも最近うまく頭が回ってくれないため読む方には不満足な出来しか書けなくなっており、今の私ではこれぐらいが限界みたいです。早めに元の調子に戻れるよう頑張りたいと思います。


 教室内は静まりかえり、空気全体が蒼ざめたように思われた。

 シェーンコップの放った方言は、泥沼をかき回して底に潜んでいた重い瘴気を解放したようなものだった、という点において遙か未来に銀河系を席巻した銀河帝国の特権階級『門閥貴族連合』最後の戦いとなったリップシュタット戦役序盤における作戦会議でのランズベルク伯アルフレッドと酷似したものだったと言えるのかもしれない。

 

 だが一方で、教室内にいたクラスメイトの面々が、灰色の髪の男性IS操縦者の言葉を聞いたときの反応が意外そうな表情になるだけで反感をそそられた者ばかりでなかった所だけを見た場合には、功利的な動機によって帝国軍の侵攻を側面から支援するため商業中立国フェザーンに唆されて前線の最高指揮官たるヤン提督を首都へと召還して精神的リンチを加えていた自由枠性同盟末期における査問会とも似た部分をも有していたとも言えるだろう。

 

 全く異なる政治制度の国同士で行われた『流血による革命劇』と『銃なき戦い』、二つの出来事の最初と最後がもつ特徴を二つながらに兼ね備えた奇怪な状況が生じてしまったのは、その責任の多くをシェーンコップ自身が意図的に選んだ言葉の曖昧さにこそ帰せられるべきものだったと断言できる。

 

 彼の言葉は多くの示唆を含むものではなかったが、多くの解釈の仕方が生じる余地が含まれているものだったのは事実だったからである。

 

 1つには、世界で二番目の男性IS操縦者であるでシェーンコップが女性に対して『男にコーヒーを煎れるために生まれた存在』と差別感情を抱いていると誤解させる余地。

 

 2つ目は、今の時点では誰もが男だと思い込んでいるシャルルとの関係性。これは誰にとっても判りやすく、それでいて悪意を引くものではない。

 

 厄介なのは3つ目の誤解する余地であり、彼がシャルルの姉とモーニングコーヒーを部屋を出た朝に『隣の部屋からシャルル自身も出てきている』という部分についてで、これではシャルルがシェーンコップと同じ女ったらしのプレイボーイだったという事になってしまう。

 おまけにシャルルが持つ貴公子的容貌は、タイプこそ逆であってもシェーンコップが持つ洗練された貴族的雰囲気と似ているところを多分に持ち合わせていたため、『あー、シャルル君もなのかぁー・・・』と妙な納得感をもってIS学園1年1組の面々に受け入れられてしまった。――という様な事情が、この沈黙には多く内包されているものだったのである。

 

「あー・・・、まぁなんだ。生徒たちが学園入学までの過去に何をやらかしてきたかを問い詰める立場に私はあるわけではないが・・・・・・」

 

 自分から事情を聞いてしまい、答えられてしまったクラス担任の織斑教諭もやや面倒くさそうな口調で頭に手をやりながら呟いて、チラリと自分の横に立つ副担任が、いい歳をして真っ赤になって口元を両手で押さえている姿に目をやり内心で溜息をついてから簡潔な結論を口にする。

 

「・・・男として結果に対しての責任は取る前提で行うように。全ては自己責任だ。以上」

「ヤー(了解)」

 

 全てではなくとも、今の状況下で生じた事情は大凡把握したらしい織斑教諭からの「黙認」という太鼓判を与えられ、異論を述べることが元世界最強の決定にケチを付けることになると既成事実化してもらったことに満足の笑みを浮かべて感謝と共に了承の意を返すシェーンコップ。

 ケツの青い小娘共と違って、一応の経験値を年齢加算に伴い持ち合わせることができていた千冬には表面的な字面に惑わされることなく理解できたからこその反応だった。

 

 最初から最後まで冷静に彼の話を聞いていた千冬には、シェーンコップの言葉の中に『年上の女性と同じ部屋でモーニングコーヒーを煎れてもらって飲んでから退室した』という状況しか著すものではなかったという事実に気づいていた。

 あるいは彼女自身も『年の離れた弟』を持つ身だという事情を考慮したシェーンコップらしい比喩だったのかもしれない。

 

 ・・・弟と同年齢の男の子を部屋に入れてやって、コーヒーを煎れてやって飲ませてやった経験なら彼女自身にも、そして遙か未来に銀河系を統一した歴史上最大の覇王の姉君で太后妃殿下にも存在していた。

 自分の年齢という枷に囚われた視界で物事を見て、自分の見ている世界だけが世界の全てだと思い込むことができる人間たちだけが誤解する余地を無数に持ち合わせられてしまう発言が先ほどのシェーンコップが放った方言だったのである。

 

 ・・・・・・そして往々にして大多数の民衆というものは、つまらない現実よりも夢のある創作をこそ現実だと信じたがる性質を持ち合わせているものである・・・・・・。

 

 

「え、ちょっ、待っ・・・!?」

『えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?』

 

 いきなり「年上女性と一夜を共にするのに慣れた女ったらし」にさせられてしまったと誤解して慌てたシャルルと、彼女が誤解を解くため放とうとした言葉にかぶせるように黄色い悲鳴の大合唱を響かせる1年1組の姦しい女子生徒たちの半数近く。

 

『―――――』

 

 そして残る半数には満たなかったが三分の一ぐらいを占める「女尊男卑思想」を持っていた女子生徒たちは、程度の差こそあれ不機嫌そうな表情になりながらシェーンコップたちを睨み付けたまま沈黙を貫いている。

 

 当のシェーンコップ自身は平然としたまま、面白そうな表情で睨み付けてくる相手を見返すだけで何も言ってこようとはせず、ただ意味深に笑って見せたり苦笑したりと、誤解を煽るような仕草に徹するのみ。

 

 これがこの男が類い希なる武勲を持ち、裏切り者の先先代連隊長を自分の手で始末しても尚、『次に味方を裏切るのはアイツに違いない』と後ろ指を指され続けた自由惑星同盟軍最強の白兵戦部隊13番目の連隊長がもつ致命的な欠点だった。

 自分から誤解されるような言葉を言ったり仕草をしてみせることで、周囲が見当違いな誤解をしあって自分を見るよう仕向けるのを好むのである。

 

 明らかに人の悪い露悪趣味であったが、どういうわけだか自由惑星同盟軍の有能な幹部たちには似たような悪癖をもった人物が輩出されやすいという特徴を持っていたらしく、彼の時代より半世紀ほど昔に活躍した国家的英雄のブルース・アッシュビー提督もまた、意図的な発言で問題定義をしてみせては自分から上役の政治家たちに煙たがられる言葉を言い放ったことが再三だったほどなのだから。

 

 どちらにせよ、この方言によって『フランスから来た美形留学生シャルル・デュノア』は、自分の姉と一夜を共にした男と平然と挨拶し合えるほどに腐れ縁の深い仲をもつ『女ったらし仲間』であるという認識がケツの青い夢見がちな少女たちの間には定着した訳である。

 そして噂は放課後までに全校生徒中に知れ渡っていることだろう。言葉というものは人間の足より速く移動して噂を広めてくれる。まして女が広める噂の浸透速度はどんなに優秀な情報操作の達人だろうと絶対に敵うことのない『疾風ウォルフ』以上の速度で以て侵攻していくものなのだから・・・・・・。

 

 ともあれ、シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアの素性に関する秘密はこうして、しばらくの間は確実に保たれるであろう事が確定した訳である。

 

 

 

「・・・・・・シェーンコップの奴、またやってるな。まったく、やれやれだぜ」

 

 周囲の熱狂に対して、世界初の男性IS操縦者たる織斑一夏は、一人冷静に苦笑しながら友人の悪癖による効果を大人しく見物する道を選択していた。

 その姿もやはり、参加者全員が扇動演説者の熱弁に応えて席を立ち「バンザイ!」を叫んでいる中で一人だけ目前と座り続けて不平を買った、在りし日の戦没者慰霊祭におけるヤン・ウェンリー准将を彷彿させるものがあったが、あの時の英雄と比べて彼の方はだいぶ周囲に向けている目が優しかった。

 

 もともと周囲にいる者たち、ほぼ全員と一応は面識がある知己であり、付き合いと呼べるほどのものでなくとも嫌な人間と思えるほどの奴は一人もいないクラスであることは承知していた一夏である。

 周囲がシェーンコップに向けてくる視線の中にはカチンと来るものもなくはなかったが、彼の忍耐心の限界を超えるほどのものは一つたりと含まれていなかった。

 

「わ、わたくしより先に出会って猫をかぶり、シェーンコップさんを誑かしていた女性がいただなんて・・・!! 許せませんわ、ええ、許せませんわよ絶対に・・・! 絶対に・・・絶対にぃぃ・・・っ」

 

 まぁ強いていえば一際強く、しかも周囲とは微妙に違う意味で恨みがましい視線をシェーンコップではなく、会ったこともない留学生シャルルの姉に対して嫉妬の炎で身を焼いてそうな英国貴族令嬢の暗い瞳が怖いものにはなっていたものの、それこそ一夏の関知するところではなかったし、自分が口出ししたところで余計に悪化させるだけだろうと分別を働かせられる程度には彼も経験値を得られていた。

 女の気持ちだけでなく、男女関係の機微も自分にはわからん、という理解を得られた経験である。

 シェーンコップという、良くも悪くも女の扱いに慣れすぎた元不良軍人の男子高校生は、かつての教え子だったユリアン・ミンツと同じく教えなくていいことまで色々と一夏に教えてくれていたのであったが、その割には女性に対して誠実であり『あくまで自分は美女好きであって、少女は口説いても一線は越えない』という彼なりの節度を保ちながら接していることは近くで見てきて友人付き合いしてきたおかげで知っていたため反感をそそられなかったという事情もある。

 

 また何かしらの口八丁手八丁で解決してしまえるだろうから、男女関係のもつれ問題で素人の自分が考えてやることなど一つもないと、一夏は一夏なりにシェーンコップを信頼していた。奇妙な形での信頼関係ではあったが、それが彼らとの間で交わされ会っていた絆のあり方ではあったから。

 

「やれやれ・・・・・・ん?」

「・・・・・・」

 

 肩をすくめて割り切ってから頭を振って前を向くと、気づかぬ内に一人の少女が自分の席の眼前にまで近づいてきていたことに、今になってようやく気づく。

 銀髪の長い髪に左目の眼帯。姿勢正しく冷厳そうな雰囲気を纏った、如何にもな『軍人』という印象の見慣れない女生徒・・・。

 

 たしか名前は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 二人来た転校生の片割れがそういう名前であったことを思い出すため、わずかながら時間を必要とした一夏が「俺に何か用でもあるのか?」と普通に問いかけた方がいいかどうか考えていたところ、

 

「・・・・・・貴様が―――ッ!!」

 

 と突然、何事かを呟くと同時に手をひらめかせ、一夏の頬を思いっきり引っぱ叩かれる。

 

「・・・え?」

「・・・・・・」

 

 いきなり何の前触れもない不意打ちで意識が現実に追いつくまでタイムラグが発生し、ズキズキと痛み出す頬の鈍痛を徐々に意識し始められてくると、少しずつ理不尽に対する怒りも湧いてくる。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん・・・・・・」

 

 だが相手の怒りは彼のそれを勝っていたらしく、恨みに満ちた憎々しげな片眼で彼の目を睨み続けながら、相変わらず訳のわからない恨み言を独白し続けてくる始末。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、絶対に認めてなどやるものか・・・ッ!!」

 

 それだけ言って、スタスタと空いている席へと座るために元来た道を戻っていくラウラ・ボーデヴィッヒという名の少女。

 当然のことながら、彼らの謎めいたやり取りにはクラス中から注目が集まっており、彼に対して明らかな好意を寄せている幼なじみの少女・篠ノ之箒に至っては口をぽかんと開けて呆然としていたが、事がある程度落ち着いてくると完全に誤解した瞳で一夏の方を睨んでくる表情へと変化してしまった。

 

「・・・勘弁してくれよ、本当に・・・」

 

 怒りを抑えるためにも声に出して、理不尽な思いを吐き出すと、叫び声を上げて糾弾するため立ち上がっていた身体を椅子に戻す。

 

 ――と、至近距離から自席に座ったまま自分のことを訳知り顔で見つめてきていたシェーンコップの灰色の瞳と目が合う。

 なんとなく嫌な予感がして、余計なことを言われる前に口を塞いでおこうと声を出そうとしたのだが、一歩遅かった。

 

「やるな、坊や。黒髪の前には銀髪とは・・・なかなかに女の趣味がいい。見直したよ」

「え? ・・・・・・・・・あぁッ!?」

 

 相手の言葉を正しく認識できるまでに時間のかかる青さを発揮し、その青さを共有しているケツの青いクラスメイトの姦しい女子生徒共もほぼ同時に気がつく。

 

「違う! 俺はアイツとは今初めて会ったばかりだし、箒とは只の幼なじみで―――」

『きゃぁぁぁぁぁぁッ!!! 織斑君もだったの――――ッ!?』

 

 それぞれが各々の事情と誤解で声を上げ、数の力で一夏一人の声が圧倒されて押しつぶされて消えていく。いつの時代の戦も最終的には数の力に敵わない。

 

「いや、違ッ!? そうじゃなくて! みな聞いてくれ! 俺は別に―――ッ!!」

「・・・・・・織斑、少し話しを聞いておきたいことがある。今から生徒指導室へ来い。どうやらお前とは人生というものについて話し合う必要性があったようだな・・・」

「千冬姉!? 違ッ!! 俺は何もやってない! 本当だ! 話を聞いてくれ千冬姉! 違うんだー!!」

 

 無実を叫びながらも教室内から担任に引きずられるようにして強制退室させられていく世界初の男性IS操縦者・織斑一夏。その姿を様々な憶測を交えた瞳と黄色い悲鳴で見送る少女たちの群れ。

 

 騒ぎ立てる周囲の雑音を無視してズカズカと歩み去って行く織斑千冬は、森の中に隠された木のように目礼だけして、シェーンコップの座る席の前も通り過ぎ、礼を施された側も横や後ろにいる者たちには見えないようウィンクだけして返礼として二人の背中を教室の外へと追い出していくのを黙って見送る。

 

 知らずとも全ての事情を察することができる超能力者がいなければ、世界情勢と目の前で起きている現象を鑑みて今までの多くを予測できる魔術師もまたいなくても。

 経験と蓄積から来る勘によって、必要最小限の事情を察するだけのことならば特別な才能や能力など必要もなくできてしまう程度のこと。

 

 少なくとも今の時点でラウラと一夏を同じ教室内に居続けさせることは得策ではなく、もしもドイツ政府からたっての希望でなければ、そしてフランス政府とデュノア社からの無理な要求を受け入れてしまった直後でなければ、せめて隣のクラスに配属させておくべきだったのが二人の立ち位置であるという認識において、この時彼らの方針は一致していた。

 

 千冬にとってラウラは、『所詮は教え子の一人で、一夏と比べれば他人事でしかない』と割り切ることのできない事情をもった相手であったのと同様に、シェーンコップにとってもラウラはあまり完全なる他人事として突き放すのもなんだな、と思える程度には気になる「眼」をしている少女でもあったからだ。

 

 ・・・彼女の赤い瞳は、どこか自分の隠し子がもっていた青紫色の瞳を彷彿させるものが感じさせられていた。

 それは出来るだけ早めに治してやった方が良いものではあったし、自分自身だけの知識ではそれができる術を知らんというなら年長者の側が出口へ誘ってやる手助けぐらいはしてやってもよいと思えたからである。

 

 曰く、オリビエ・ポプラン如き青二才の言葉を剽窃して使うのは業腹ではあったものの、一般論としてラウラに対してはこの様に思うのだ。

 

 

「不幸を売り物にするのは、うちの教室の気風にもあわない。早めに改めさせるのが本人のためだ」

 

 

 ・・・・・・要するにラウラの持て余している感情と過去へのこだわりぶりは、シェーンコップの目から見て酷く青臭いものでしかなかったのである。

 

 

つづく



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第13章

色々な作品読みまくりながら書いたせいで文章がゴッタ煮になってしまったことを絶賛後悔中の作者であります…。読めばいいってもんじゃなかったですな…。次からは節操も付け足そうと心に決めながら一先ずは投稿。ダメそうなら投稿してからやり直すのが私のやり方です故に。


「なんだって!? アイツが・・・ラウラがドイツ軍によって戦闘用に造り出された遺伝子改造人間だなんて・・・それは本当の話なのかよ千冬姉!!」

 

 織斑一夏は大声を出して立ち上がり、今初めて聞かされた話に憤りも露わにして目の前に座って自分を見ている実の姉と“信じている”女性から冷ややかな視線で見つめ返されていた。

 

「・・・・・・事実だ」

 

 対して、千冬の反応は至って短く冷淡なもの。

 ただ黙って椅子に座りながら腕を組み、静かな態度で弟の感情が落ち着きを取り戻すのを待つ姿勢でいる。

 

 最初から、こうなる展開は分かり切っていたことだったからだ。

 HRで転校生の片割れがもめ事を起こし、シェーンコップの機転で一夏一人を連れ出す機会を得た千冬は、今回の件で最小限度の情報だけでも弟に与えておくべきだと決断して生徒指導室に連れてきた後、人払いをしてから鍵をかけ、こうして秘事の一部だけでも打ち明けている。

 

 『声が大きい』などの秘密事を打ち明ける際の定番セリフすら口にしようとはしないし、口にする意味もない。

 もとより普通の学生として過ごしてきた少年が、このような話を突然聞かされて大声を出さずにいられるほど驚かない方が珍しい。

 そんな少数例であることを相手に期待して希望的観測を基に対応を決めるよりかは、最初から驚いて大声を上げられてもいい場所で話してしまった方が確実であり楽である。

 

 戦争での使用が禁じられているとはいっても、あくまでISは世界最高戦力という名の兵器であり、IS学園は世界最強の兵器を扱う操縦者育成のための教育機関でもあるのだから、重火器やら機械音やらの盛大な音はそこかしこから毎日のように鳴り響いてきており、騒音の中で静寂を保っていられるよう設計された部屋なら山ほどある。

 いざという時にそれらを有効利用しない理由は、IS学園教師である織斑千冬にとって少しもなかった。

 

「――詳しい経緯までは教えられんが、アイツはそういった特殊な事情をもって生まれ育ち、一時期はそれに関連した理由でひどく落ち込んでいたときがあってな。その時に私がヤツを指導してやって自信を取り戻させてやった。

 だがアイツは、その一件で過剰なまでに私を崇拝するようになってしまったらしくてな。先ほどアイツがお前を殴りつけたのも、おそらくはそれが関係している理由なのだろう。だから間接的ではあっても、お前がアイツに殴られた原因は私にある。すまなかったな、織斑」

「そんな・・・っ、別にそれは千冬姉が悪いってわけじゃ・・・・・・っ」

「いいや、悪いさ。指導役を引き受けておきながら教え子に技術だけを教え、それを扱う心を教えてやることが出来ていなかった。これが教える側の責任でなくて誰が悪いとお前は思うのだ?」

「――っ。そ、それは・・・・・・」

 

 一夏は相手の言葉に、反論できなかった。

 反論したくはあったが、相手の言葉を否定できるだけの言葉が考えつかなかったからである。

 尊敬する姉を弁護したい気持ちは強くもっていたが、それを否定することは『教え子のラウラを背負うと決めた』千冬の教師としての責任にケチをつけることに繋がってしまい、彼の想いは行動との間に矛盾せざるを得なくなってしまうしかない。

 

「だ、大体なんでそんなことになったんだよ!? アイツはただの女の子なんだぞ!!」

 

 だから方向を変えて一夏は反論を試みる。

 自分でも千冬でもなく、またラウラですらない、自分たちの今いる場所には存在しない当事者たちに向かって責任追求の矛先を向けることで彼自身の思いと行動に整合性を持たせようとする。

 しかし・・・・・・。

 

「軍事機密だ。これ以上のことは明かせない。むしろ今言ったことだけでも十分すぎるほど部外秘に属する秘事だ。これ以上を聞くのはお前自身のためにもならん、弁えろ」

「そんなこと――っ」

 

 ラウラ個人の権利が、一人の人間の生命に関わっている問題と比べたら大したことない――そう言おうとした一夏だが、その意図は続く姉の言葉で放たれることなく不発に終わってしまうことになる。

 

「・・・私にも恩を感じる心はある。一時とはいえドイツ軍に雇われていたが故に知ることができた秘事を、己の所属が変わっただけで易々と打ち明ける恥知らずにはなりたくはない。・・・解れ」

「~~~っ」

 

 沈痛な面持ちで放たれた姉の言葉に、一夏は複雑な思いを無数に内包した表情で返しながらも、それ以上のことは言わないという一つの行動だけは確定したまま黙ることしかできなくなってしまった。

 それは姉の思いを慮ったことでもあったし、自分がもし同じ立場であったら同じ選択をしていたかもしれないという仮定の未来を想像してしまったからでもある。

 

 

 ――彼らが知るよしもないことではあったが、この時に織斑姉弟が交わした会話内容と同じような言葉を言い合った二人の人物が、遙か遠くの銀河の未来で実在することになっていく。

 

 一夏と同じようなことを思い、一夏と違ってはっきりと口にした自由惑星同盟軍のヤン・ウェンリーと、千冬と同じようなことを思いながら全く真逆の受け取り方をした銀河帝国門閥貴族連合軍のコンラート・リンザー大尉である。

 

 

 後の未来で彼らの内、ヤンは言った。

 

『もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための算段はしてあるから無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。“個人の自由と権利に比べたら大した価値のあるものじゃない”』

 

 そして、敗走する主君が逃げるのに邪魔だからという理由で砲撃され右腕を吹き飛ばされたリンザー大尉も傷ついた体と心で静かに語る。

 

『忠誠心ですか・・・美しい響きの言葉です。しかし都合のよいときに乱用されているようですな。今度の内戦は忠誠心というものの価値について、みんなが考えるよい機会を与えたと思いますよ。ある種の人間は部下に忠誠心を要求する資格がないのだという実例を何万もの人間が目撃したわけですからね・・・』

 

 異なる時代に異なる政治思想を持つ国々を体験して育った、彼ら四人の価値観のどれが正しくて間違っているかは誰にも解ることはできないだろう。

 ただ、これだけは言える。一夏が黙った理由にも、千冬がそれ以上を語らなかった理由にも『当事者であるドイツ軍』は含まれていなかったということだけは間違いないと。

 

 彼らはともに、自分たちを見ていた。

 千冬は自分なりの筋を通そうとしていたし、一夏は姉に対する想いだけで沈黙する道を選択していた。

 

 それら『自分の都合だけで相手の行動を決めつけてしまう』個人の権利と自由を謳う行き過ぎた考え方が、今回の騒動の切っ掛けになっているのだとは考えることさえないままに・・・・・・。

 

 

 結局のところ、程度の違いこそあれ彼らの持つ他人と世の中を見つめる視点の高さは、その程度のものでしかなかったから―――

 

 

 

 

 

 ・・・・・・一方。織斑姉弟と違って彼らよりかは視点が高く、また彼らや自分自身などより遙かに遠くの事象まで見通すことができた凡人には千里眼としか思いようのない非凡すぎる目を持つ黒髪の魔術師に仕えていた経歴の所有者であるワルター・フォン・シェーンコップ現少年は、同い年の一夏とも今の自分より年上女性である千冬とも少しばかり違った価値基準の持ち主だったらしい。

 

 

「えー、皆さん静粛に静粛にお静かに! 静かになりましたね? ではHRを終わります」

 

 担任教師で纏め役の千冬が一夏を連れて行ったために不在となり、やむを得ず副担任として解決されぬまま残されたクラス内の混乱を沈めて一時間目の授業を始められるよう持っていかねばならなくされた山田真耶教諭は、涙目になりながらも必死になって職務を全うし、ようやく沈静化させることのできたクラスの教え子たちに次の授業を行うためISスーツに着替えて準備をするよう指示する難事業に成功することがようやっと出来ていた。

 

 遙か未来の銀河で、護国の英雄と称えられる不敗の提督がよく嘆いていたことではあったが、『なにごとも事後処理が最大の苦労なのだ』という事実だけは、時代がどんなに先へ進もうと後へ戻ろうとも変わることは決してあるまい。

 

「今日は二組の人たちと組んでIS模擬戦闘を行いますので、各人はすぐにISスーツに着替えて第二グラウンドに集合してください。以上で解散です!」

 

 そう告げて、慌ただしく山田真耶は教室を出て行き、教員用の更衣室へ向かう。

 IS操縦者育成機関とはいえ、IS操縦を教えられる教員は限られている。その数少ない一人である山田真耶には自分の担当クラスでHRを終えたばかりであろうとも、ISに乗って模擬戦闘を行うとなれば大急ぎで着替えを済ませて、生徒たちより先にグラウンドへ到着していなければならない義務が課せられてしまっている。

 大半の女子生徒たちのように、美少年転校生を追いかけ回していられるほどの時間的余裕は一秒もない。

 

 ――とは言え、急いでいるからと教師としての役割を疎かにするわけにもいかない。

 転向してきたばかりで学園内地理に詳しくない男子生徒にナビゲーター役の先輩を宛がうことだけは最低限しておくべき義務の一部であり、給料分の仕事なのだから。

 

「シェーンコップくん、悪いんですけどデュノア君の案内役を任せてしまっても大丈夫でしょうか? えっと、あの・・・他に男子生徒が織斑君しかいませんし、織斑君は今さっき織斑先生が連れて行っちゃったばかりですし、そのえっと・・・・・・」

「ヤー(了解)」

 

 快くシェーンコップは真耶の頼みを快諾する。

 ご婦人の頼みを叶えてやるのは彼としても望むところであったし、それによって相手女性が喜ぶのなら尚のこと。

 まして相手が、女性の象徴であり母性の現れとも言うべき部位に優れたサイズを持つ美しい女性であるなら拒否する理由をこそ彼としては持ち合わせていないほどに。

 やや童顔で、実年齢よりは幼く見えてしまう点は成熟した美女が好みの彼的にはマイナスポイントだが、十分に及第点以上には達している。つまり、引き受けることに問題はない。

 

「え、ええぇー!? そ、そんな『やだ』だなんて・・・先生なにかシェーンコップ君に嫌われるようなことしてしまってましたか・・・? 先生として悪いところがあったなら謝ります! だから今は―――っ」

「・・・・・・了解しました、山田先生。どうか小官にお任せあれ」

 

 ドイツ語の返事を日本語の返事と勘違いされてしまう天然ぶりを発揮され、さすがのシェーンコップも答えを返すまでに間を開けさせるという大偉業を成し遂げた後、『あー、良かった! 安心しました♪』と満面の笑みを浮かべてお礼まで述べてから、あらためて教室を飛び出し更衣室へと走り去っていく山田真耶の後ろ姿を眺めながらシェーンコップは苦笑をこぼし、然る後あらためて担当することになった後輩の男装女子生徒と向き合うことになる。

 

「お前さんがシャルル・デュノアだったな? 自己紹介してやりたいが時間がなくなった。とにかく今は移動だ。周囲で女子たちが着替えを初めて肌を露わにする中では“男として”気不味かろう?」

「・・・・・・よろしくお願いします、シェーンコップ君・・・」

 

 もの凄くいやそうな表情をしながらも、相手の言い分を受け入れて案内役してもらうしかない立場にある相手の男装少女シャルル・デュノア。

 “彼女としては”正直言って堪ったものではない、山田先生からの気遣いという余計なお節介だっただろう。

 なにしろ相手は自分の正体を知っており、女であることがバレている上に、その事実を自分自身までもが知ってしまった後なのだ。普通に男女で同じ更衣室に入って着替えをするのと感覚的には何一つとして変わらない。

 この状況下で恥ずかしがるな、嫌がるなと年頃の少女に向かって要求するのは無茶ぶりが過ぎるとしか言い様がない。

 

 実際、戦時下がずっと続いていた自由惑星同盟軍の戦艦内でさえ男女の更衣室は別個に設けられていた。

 もともとジェンダーの違いは個人の自由と権利に結びつきやすい問題でもあったし、西暦以前の記録を焼き尽くした二大国による熱核戦争により人類社会から宗教が滅んで久しかったという事情も関係して男尊女卑の気風はそれほど強くなかったのが自由惑星同盟軍の帝国軍とは違うところでもあった。

 

 ・・・尤も、超高層ビルを横に倒したような巨体を誇る戦艦が当たり前のサイズになっていた時代に、更衣室ごときの小部屋を男女兼用で一つに統合すべき理由も特になかったという物理的事情も関係している事柄ではあったのだが・・・・・・そこまで言う必要はなく、言わぬからこそ花になる事情というものも人の世には結構あるものだろう。

 

 対して、現代日本のIS社会におけるジェンダーの違いで発生している問題はというと。

 

 

「ああっ! 転校生発っけ―――でもシェーンコップ君が一緒だわ! 残念!」

「くぅっ! せめて織斑君とだけ一緒だったらトイレまでだって追いかけていったのに・・・無念!」

「者どもぉ! 退け退けぇい! 撤退じゃあー!」

「え? え? なに!? 何で皆あんなに大騒ぎしているの!?」

 

 突然はじまったIS学園名物の一つに目を白黒させるしかない転向してきたばかりのシャルル・デュノア。

 うろたえ騒ぐ様子を横目でチラリと一瞥だけして、あっさりと正面に向き直って歩みを再開させながらシェーンコップは、普通の歩幅と普通の速度で廊下を早足に進みながら、心持ち不慣れで混乱している隣の相方に合わせてやるため速度を落とし、置いてけぼりにしないよう同一速度で歩めるように調整してやりながら平然とした口調でレクチャーしてやる。

 

「なに、そう驚くことでもないさ。花が二本に、無数の蜜蜂たちとくれば当たり前のように発生する珍しくない光景でしかない」

「花? 蜜蜂?」

「ああ。尤もこの場合は花と蜜蜂の性別が逆だがね」

「せいべ・・・・・・あっ!?」

 

 たとえで示唆されている事柄について理解した瞬間、頭のてっぺんから真っ赤になって俯くことしか出来なくなってしまう男装少女のシャルル・デュノア。

 あまつさえ、視線を落とした先に見えるのが自分の手を引いて優しい手つきでエスコートしてくれている、同い年とはとても思えないほど女性の扱いに慣れすぎている前世の中身が不良中年の女がらみで負けなし軍人とくれば、全速力で走り去って祖国へ逃げ帰りたくなったとしても不思議ではない。

 

 その反応を面白そうな表情で見返しながら、シェーンコップに慌てた様子は少しもなく、歩く速度を速めようとする気配さえ見せることはない。

 必要がないからだ。一夏であれば押し寄せてきて時間を浪費させられてしまう女子生徒たちも、シェーンコップ相手だと二の足を踏んでしまって一定距離以内まで入り込むときには躊躇いを覚えてしまって障害物たりえたことは一度もない。

 

 何故これほどの違いが起きてしまっているかと言えば、一夏が逃げて、シェーンコップは逃げないからである。それ以外に答えはない。必要すらもないだろう。

 

 追えば逃げ、逃げれば追いかけたくなるのが人の心というものであり、女子生徒たちも一夏を追いかけ毎度のように逃げていくから性的な理由の他に、珍獣のように追いかけ回したい欲求に火をつけられて水と油になってしまう。

 

 対して、IS学園生徒といえども女子生徒たちは学生であり、学生のノリで一夏を追いかけ回している心理が多分に影響しており、実際に面と向かって自分の想いに応えようという姿勢を見せてくれたときのことまでは余り想定しないまま、情熱の赴くままに追いかけ回しているだけの側面を持っているのも事実であった。

 

 要するに、いざとなると怖じ気づくヘタレな生徒が意外に多いのだ。

 もともと女ばかりの女子校で、IS社会の特権階級とはいえ十代の少女たちばかりの生徒たちに、一時の流行だけで処女を捧げられる者は学園内にも多くない。学園の持つ気風によるものか、そこまで擦れている生徒は極少数派を維持していられている。

 良いことである。性倫理的に見ても、世界秩序を揺るがしかねない男性IS操縦者の精子拡散の危険性から見ても、厄介ごとの種が無作為に蒔かれないのは普通に良いことなのだから。

 

「しかしまぁ、あんたが来てくれて助かったと言うべきことなんだろうな」

「な、何が?」

「いやなに、周りが女子ばかり女くさい学園で自分以外の男が俺以外にも来てくれたことは、ありがたかろうと思ったのでね。俺はともかく、一夏やアンタにとっては非常にな」

「ぐ・・・っ」

 

 いきなり核心を突かれてしまい、シャルルとしては呻くしか他に返事のしようがなくなってしまう。

 

「・・・皮肉ですか・・・?」

 

 せめてもの反撃として言ってみた悪態に対してもシェーンコップは『さてね』、などと平凡な返事をすることはなく、ただ見る者によってどうとでも解釈できる不敵な笑みを浮かべ続けるだけで不安を煽ってくるばかり。

 

 やがて、しばらく進んで更衣室の入り口が見えてきた辺りになって、ようやくシェーンコップは相手の手を離し、笑いかけながらシャルルに向かって振り返って声をかける。

 

「ま、何にしてもこれからクラスメイトとしてよろしく頼む。俺はワルター・フォン・シェーンコップという。呼び方は好きに呼んでくれてかまわない。俺の方でも答えるかどうかは好きに決めさせてもらうつもりだからな。互いに平等じゃないのはフェアじゃなかろう?」

「・・・・・・よろしく、シェーンコップ君。僕のことはデュノアのままでお願いします」

「了解したよ、デュノアのお坊ちゃん」

「・・・・・・・・・」

 

 ムスッとした表情のまま更衣室の中へと招き寄せられ、仏頂面のまま服の袖に手をかけたシャルルは同室の“異性生徒”に顔だけ振り返って声をかけ、

 

「・・・・・・見ないでよ?」

 

 と、主語を省いても伝わるようハッキリと警告してやった。

 まだバレていない一夏にならともかく、本当の性別が既にバレてしまっている相手にだったら隠そうと努力するのも、配慮することにも全くもって意味がない。だからハッキリと言ってやっているのだ。『私の柔肌を見たら殺す』――と。

 

 尤も彼女の心配はシェーンコップにとって、いわゆる杞憂でしかない事柄だったが。

 

「心外だな。俺は女性に対して常にフェミニストであることを心がけている男だ。女性の裸を見るときには正面から堂々と見るし、相手にバレることなく覗き見ようなどという姑息な手段は一切取らんことを誓わせてもらうよ」

「ぐ・・・っ、ま、また皮肉を・・・」

 

 自分の放った警告がブーメランとなって自分を切り裂き、心に深手を負わされながらも体勢を立て直そうと必死に反撃の口実を探すシャルル。

 だが相手は、自由惑星同盟の最強評議会と統合幕僚本部長と陸戦隊と帝国弁務官府までもを敵に回して、わずかローゼンリッター連隊だけを引き連れて引っかき回した末に悠々と本国から脱出して、軍からも脱走してしまった先手必勝の名人である。既に先手を取られた小娘ごときが勝てる相手ではない。

 

「それに俺の好みは美女であって、少女じゃない。アンタは確かに見目麗しく、十年後が楽しみな逸材だが、今の時点では食指が動く対象にはならんね。十年間いろいろな栄養を摂取して、いろいろな部位を育ててからなら考えてやらんでもないが・・・・・・」

「どういう意味さ!?」

「そういう意味だよ」

「ぐ・・・、ぐぅぅぅぅうぅぅぅっ!!!」

 

 悔しそうに相手の長身を見上げて唸り続けている男装の少女を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべる中身不良中年の少年IS操縦者。

 

 傍目から見れば明らか過ぎるほどに、からかわれているだけの状況ではあったが当事者としては堪ったものではなく、なんとか言い返すことで言い負かしてやりたいという感情論を優先してしまいたくなって理屈通りの正しさなんて守っていられる気分になれない。

 

 

 ――だからこそシャルルは・・・・・・否、シャルロット・デュノアという一人の女の子は気づいていなかった。

 自分が、『秘密にしていた本当の性別を知られてしまっている一夏の友人』というポジションに相手がいるという事実をさほど問題視する気分になれなくなっている自分自身の心の変化に。

 秘密がバレてしまっている相手と一緒に行動しているという状況を『イヤだ、ムカつく』と感じはしても『危険だ』とは少しも考えなくなっている事実に、女の子としてのプライドを傷つけられた彼女は考え至りたくないし、認めたくない。・・・そういう感情を持つように誘導されてしまっていたことに気づくことが出来なくなってしまっていた。

 

「さて、それではデュノア君。お互い着替えもすんだようですし、そろそろグラウンド会場へ参りましょうか? なんでしたら紳士らしく淑女を伴い、エスコートさせていただきますが如何かな?」

「結構です!!」

 

 肩をいからせ拒絶して、ドカドカと荒々しい仕草で歩むことで背後のシェーンコップを牽制しながら前を進むシャルルの後ろを、苦笑しながら三歩ほどの距離を保ったままの速度で歩んでいき、やがて到着した共に模擬戦闘を行う二組の生徒たちが待っている第二グラウンドへと到着した瞬間。

 

 

「遅い!!」

 

 

 バシーン!と、先頭を歩んでいた授業に遅れて到着した癖して堂々と偉そうな態度で入場してきたシャルルが千冬に頭をはたかれ、二つのクラスの生徒たちから笑いを誘い、後ろから入って来たシェーンコップは涙目のシャルルに睨み付けられ、彼女の彼としての初授業参加は思っていたより友好的で飾る必要のなくなった状況の中で始められることとなっていく。

 

 

 ――さて、こちらは一段落した。

 なら次は、こちらの番だな――

 

 

 パンパン。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。

 専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、そしてシェーンコップで、本来なら9グループになって実習を行ってもらうつもりだったが、今朝のこともある。

 リーダーとしての責任が果たせる実績のない者にグループリーダーを任せるわけにはいかんので、各グループリーダーはボーデヴィッヒを除いた専用機持ちでやること。いいな? では分かれろ」

 

 

 

「――と、言うわけです少佐殿。小官といたしましては自国の代表候補と言えども、今はIS学園の一生徒として織斑教諭殿の命令に従わざるを得ません。

 どうかご理解いただいた上で、織斑“教官”のご命令と、クラス内の人事秩序に従って小官の指導を受けていただくことをご承知願いたい。よろしいですかな?」

「~~~~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 

 こうして、不良中年軍人シェーンコップによる今日二度目の問題児に対する生徒指導が開始される。

 

 

つづく

 

 

『オマケ文章』

 

 シェーンコップが一夏に対して女子生徒たちのあしらい方を教えなかったのは、それぐらいは自分で学び取るべきだと考えたから故でのことだった。

 

 ・・・今の時代より遙か先、銀河の戦いで名を馳せた英雄の一人で、勇猛果敢、正義の人と呼ぶに値した名将『疾風ウォルフ』ことウォルフガング・ミッターマイヤーは部下であるバイエルライン中将に向かって、こうお説教をたれる未来がこの世界にも訪れる日が来るのかもしれないから・・・。

 

『俺は卿に用兵術は教えたつもりだ。だがな、いいか、恋人の探し方と冗談口のたたきかたは自分で勉強しろ。

 自習自得もたまにはよしだ』

 

 ・・・果たして遠い未来の銀河で、最速の戦術を称えられた勇将の言葉を現代の白きIS乗りが聞かされたとき、どのように反発するのか?

 あるいは聞き流すだけで終えてしまうことになるのだろうか?

 

 その答えを知る者は、今はまだいない。

 

 もしこの疑問に答えがあるとするならば、それは神と呼ばれる存在が実在していた場合にのみ正答が与えられる、仮定の未来でのみ正しさを有する架空の正答を指している。

 

 人はいつの時代もそれを指して、こう呼んでいる。

 『真実』――と。



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第14章

 IS学園転校初日。ラウラ・ボーデヴッヒは不機嫌だった。

 かつての恩師であり恩人でもある織斑千冬“元”教官から、自分の実力を『正しく評価されていないこと』を実感させられたからである。

 

 ラウラは、一夏を千冬の見ている前で叩きのめすことで恩師を取り戻せると考え、日本へとやって来ていた。

 『何の実力もなく姉からの寵愛を利用して現在の地位を得たスカートの中の軟弱な男』など、少し痛めつけてやれば泣いて姉にすがって失望され、『血縁を理由に過大評価していた』という事実を知った教官は自分の元に帰ってきてくれると、そう信じ込んでいたからだ。

 

 その推論と、それに基づく奪還計画には幾つもの穴があったが、ラウラ自身は成功を確信して日本へと来日した。彼女だけが自己の正しさを信じ込んでいた。

 

 ・・・あるいは“自分は正しい”と、信じたかっただけかもしれない。

 ラウラが『弟に恩師を奪われた』と感じさせられた自分の感情を『醜い女の嫉妬』と認めるには、彼女の年齢はまだプライドが高すぎる十代半ばにしか達していなかったから・・・。

 

 

 

 ――一方で、とある理由によって本人以上にラウラの生まれ育った事情と出自に詳しい知識をもつ千冬にとって、ラウラからの強すぎる好意は些か持て余さざるを得ないものになっていた。

 彼女の目には、ラウラが調子に乗って天狗になっている部分があることは明らかであったし、そうなった原因が自分に強く憧れるあまり『自分と千冬とを同一視したがっている』という願望に基づくものであることもまた明白だったからである。

 

 ラウラが自分に寄せる感情の正体が、『自分を持つことなく他者からの評価に依存してきた精神的弱さ故』でしかないことを、千冬はこのとき正確に把握していたことは間違いはない。

 軍事的エリートとして育てられ、教えられたことを最も上手くこなしてさえいれば誰からも賞賛される人生を送らされてきた少女にとって、『自分という存在』を『他人から与えてもらう評価』でしかイメージできなくなってしまうのは必然的な帰結でしかなく、その一つだけの価値判断に自分の存在価値のすべてを依存してきてしまった者が唯一の存在価値を失って絶望し、その絶望から拾い上げてくれた存在に新たな依存対象を設定し直すことも不自然な流れでは全くなかったからである。

 

 ラウラは『一番の自分』に依存している。だからこそ『元世界最強の千冬』こそが自分の上に立つべき唯一の存在だと思いたがっている。

 ラウラには、『自分以外の者に負ける必要がある』と千冬は確信していた。そう思う理由には“自分が戦いたくない、ラウラを負かす役を担いたくない”という彼女個人が抱える事情に絡んだ願望も介在してはいたものの、その推測自体は正確にラウラの将来を予言していたと言ってもおそらくは間違っていなかっただろう。

 

 千冬はその役を当初、一夏にやってもらいたいと考え、まだ経験不足な彼が成長するまで時期を待つつもりでいたのだが、ある人物と知古を得たことで気が変わり、現時点で学園最強のIS乗りを打ち負かす役目を彼に譲ることを決断していた。

 

 それがラウラのコーチ役に、シェーンコップが指名された理由であった。

 いつもであれば、危険な役回りを自分たちの事情と関係しない他人の、しかも一般学生でしかない量産機乗りにさせたりするような彼女ではなかったが、この不敵すぎる男の場合、危険の方が尻尾を巻いて退散するのではないか? という妙な気にさせられてしまって何となく任せてしまったのである。

 

 千冬はラウラが、いつもの毒舌によってシェーンコップ相手に激発することを望んでいたし、ラウラは恩師から下された不当な人事に爆発することを決意していた。

 その求める結果を違っていれども、リアクション自体は同じものを期待して、この人事は行われたものであったのだが、幸か不幸か期待と懸念は現実にならず、うやむやの内に片付けられてしまうことになる。

 

 ラウラの指導役に指名された男が、教師として意外なほど親切で優秀だったからである。

 

 

「0,0023秒。流石は、ドイツの国家代表候補であらせられますな少佐殿。PICにより発生された疑似重力下での無重力戦闘に慣れておられる。

 現状のIS学園生では上級生であっても、貴女に勝る者は片手の指を超えることはないでしょう」

「・・・・・・どうも」

「ですが、咄嗟の折に左手を前に出したがってしまう癖だけは改めた方がよろしいでしょうな。如何にAICが強力な兵器とはいえ、多用しすぎれば癖と射程距離を見抜かれ対応策を考案されるようになっていくのは必然の帰結ですからね。

 わざわざ敵が有利に慣れるような情報をくれてやる義理もない」

「・・・・・・」

 

 評価すべきところは素直に絶賛した上で、本人にも自覚のある弱点となり得る部分を指摘されると、ラウラのようなタイプは対応に窮することになる。褒められた部分を“都合よく無視して”注意された部分だけをやり玉に挙げて噛みつき返すような子供じみたマネをすることに抵抗感を感じざるを得なくなってしまうのである。

 

 何のことはない、ラウラ・ボーデヴィッヒは戦争の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムと精神的に似通った「小物相手にケンカを売るのを躊躇う格好つけ」という潔癖さを性質として持っていることがシェーンコップの目にはハッキリと見えていたのだ。

 ・・・尤も、彼の黄金の獅子帝と比べて能力的にも地位身分に伴う権限の及ぼしうる範囲的にも小粒感が否めないのは致し方ない部分でもあったが。

 

 

 周囲の生徒たちから寄せられる不安そうな視線とは裏腹に、何事もなく平穏無事に進行していく授業風景は、千冬的には期待外れの結果であり、ラウラとしても決して本意ではなかったことだろう。

 

 だが、ラウラの押さえ役を仰せつかっただけのシェーンコップとしては、どちらの思惑に乗ってやらねばならぬ義理がある訳でもない。

 彼なりにラウラの心情を察して多少の同情・・・と言うよりも憐憫を感じていたし、学級責任者の千冬から「ラウラに対してケンカを売れ」と命じられたわけでもなかったため、レディーの前で守るべき礼節を優先することにしただけのことである。

 

 あるいは自分の前世を知る者が、この学園にもう一人だけでもいた場合には『軍人でありながら私的な理由で民間人の一夏に暴力を振るった』という一件を持って免責することを黒髪の提督は由とするはずがない、と主張するかもしれなかったが、それを主張する者はヤン艦隊以外の部外者でしかないのは明白すぎる無責任な意見でもあるため彼は歯牙にもかけなかったことだろう。

 

 なぜなら今のラウラは「軍人ではない」

 IS学園はどの国の権力機構にも所属しない治外法権の地であり、軍隊というものは国家権力と権力者を守る側に属する存在に最たるものでしかないからだ。

 建前として『軍隊は国民の生命と財産を守る義務を負っている』・・・事になってはいるが、その建前を本気で信じこんで一度ならず実行してみせた軍人をシェーンコップは一人しか知らない。

 

 ――彼の偉大なる黒髪の魔術師だけにしか成し遂げられなかった偉業を、“たかが学生軍人”がマネできなかったとしても、彼女だけを責める気にはシェーンコップはなれなかった。

 

 

 

 結局、当事者たちの誰にとっても不完全燃焼のまま実習授業は終わりを迎え、訓練用のISを格納庫に戻す作業も終了させ、同じ作業を行った一夏の半分以下の手間と時間と体力消費だけで完了させてしまったシェーンコップは「何なら手伝ってやろうか?坊や」などという、わざとらしい発破掛けをすることもないままに片手だけを上げて颯爽と去って行き、恨めしげに背中を見送る一夏の無言の講義を完全に無視して着替えを済ませ、更衣室から出た瞬間。

 

 ある意味で、思わぬ人物と鉢合わせすることになる・・・・・・。

 

 

「“ダルマさんが転んだ”・・・とでも言えばよろしいのですかな? フロイライン・デュノア」

「ひゃあんッ!?」

 

 気取った口調で背後から声をかけ、更衣室から格納庫へと続く道のりを壁に隠れながら監視していたシャルル・デュノアは、愛らしく素っ頓狂な絶叫を叫びながら文字通り飛び上がって驚きを表した。

 

 まるで幽霊でも見るような瞳で怖々と後ろを後ろを振り返る姿からは、先ほどまでクラスの女子たちに見せていた凜々しい貴公子的な面影は微塵も感じられず、この“少女”の本質が同世代の少女たちと比べても乙女的な部分を多分に有していることが窺える。

 

「し、しししシェーンコップ君!? い、何時からそこに・・・ッ!?」

「つい今し方、声をかけさせていただ瞬間からですかな。卿の方こそ今更このような場所で何をしておいでかな?

 たしか卿の担当した班では、他のフロイラインたちが片付けを引き受けてしまい、IS格納庫に一人で残るための口実はなくなっていたはずだが」

 

 辛辣な返しによって、フランスIS企業からの企業スパイであるシャルルは「ぐっ・・・」と言葉に詰まり、言い訳を探して視線を左右に彷徨わせる。

 だが、やがて言い訳のしようはなく、相手にも既に大凡の事情は察せられているのだからと割り切って見上げる視点で睨み返し。

 

「・・・・・・いちゃ悪い?」

 

 と頬を膨らませた仏頂面で居直ることに決したようである。

 それは見ようによっては、犯罪の証拠を突きつけられた犯人が開き直って取り調べに応じる不貞不貞しい姿と重なり合わないこともなかったものの、やっているのが美少年の格好をした美少女の姿をして、内心が口で言っている言葉と別物であることは明白すぎるものでしかなかったため、反抗期の子供が必死に虚勢を張っていると表現した方がむしろ近く、どちらかと言えば愛らしい。

 

 対して、可愛気のない不良中年から返す場合には、こうなる。

 

「いや、悪くはないさ。だが、そういうことは堂々とやった方がいい。こういうマネは存外、正面から乗り込んでいった方がバレにくいものだからな」

 

 ニヤリと笑って、平然と犯罪の片棒を担ぐようなアドバイスをしてくる映画俳優顔負けの美少年。

  余人が聞けば、そんなバカな理屈がと失笑されるようなセリフだったが、この男の言葉には妙な実感と説得力がこもっており、頭ごなしに否定で返すことが躊躇われる何かを感じさせられてシャルルはどう返していいのか分からぬまま再び沈黙しなおすことしか出来なくなってしまっていた。

 

 ・・・かつて帝国軍が築いた難攻不落のイゼルローン要塞を、上官の奇策――と言うよりも奇計、もしくは小細工――によって味方の血を一滴も流すことなく奪取した銀河の趨勢を動かした“詐欺の実行犯役”を全うして成功に導いた立役者としての実績がある彼にとってみれば、シャルルが今回やろうとしていることなど可愛いものでしかなく、自分に害が及ばぬ限りは黙認してしまって構わぬ児戯だと断じる程度のものとしか思っていないのだ。

 

 仮にシャルルが白式のデータか、一夏のデータなりを盗み出すことに成功し、無事にフランスの本社にまで持ち帰ることが出来たことでデュノア社が大勢の民衆に害を及ぼす兵器を完成させる結果を招いてしまったとしても、シェーンコップはその責任がシャルルにあったなどとは思うことは決してない。

 

 その二つを繋げて考えることは、ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞の無血占領に成功したことと、奪取したイゼルローンを橋頭堡として帝国領内へと逆侵攻する計画を立案したフォーク准将や政権維持を目的として彼の提案を採用した自由枠性同盟最高評議会メンバー達によるアムリッツァでの大敗とを縦糸で繋げて、同じ罪だと考えられる愚考の極みでしかないからだ。

 

 シャルルが白式や一夏のデータを盗み出してきたからといって、それを悪用しなければならない義務を、彼女に企業スパイを命じた側が負っているわけでもないのだ。

 安全なところから命令と決定だけしていればいいお偉方の都合を守ってやるために、シェーンコップは気に入っている少女を官憲に売り飛ばす気はない。

 

 付け加えれば、シェーンコップは元々MPとか「官憲」が嫌いな前線軍人らしい好みを持っている。

 同盟軍内では最上の雰囲気を持っていたイゼルローン駐留艦隊でさえ憲兵隊の責任者だったコリンズ大佐から『歩く風俗壊乱』などと根も葉もない誹謗をされたことさえある。

 たとえ義務づけられていようと、律儀に協力してやりたい連中では全くなかったのだった。

 

「とはいえ、今はやめておいた方がいいだろうな。

 俺の古い知己に、信頼できる人物が多くなかったことから危険を承知で人選され敵の只中に派遣されてきたスパイがいたのだが、コイツは潜入初日に一人の男に正体を怪しまれたことから全ての任務はご破算に終わらせられたことがある。

 アンタの現状は、そいつとよく似ている。験を担ぐ意味でなくとも、来た早々に危険を冒すことはなかろうよ」

 

 前世における救国軍事会議のクーデター時に、第11艦隊襲来の急報を伝えに来たバクダッシュ大佐のことを比喩に使って、シェーンコップは最もらしく嘯いて見せた。その時に正体を怪しんでスパイの任務をご破算にさせた張本人が自分だったという所までは当然のように伏せた上でだったが、シャルルから見ても後半は説得力を有する言だったため無碍にする気にはなれなかったようである。

 

「・・・・・・わかった。今日のところは大人しく退いておく・・・」

 

 仏頂面のまま恨みがましい目線で、相手を見上げながら鷹揚に妥協してみせようとするシャルル。

 それは秘密を握られている側として、できるだけ強気な態度で接しなければ何を要求されるか分かったものではない彼女の立場では当然のものであったものの、元来の優しげな風貌が完全に意図を裏切ってしまって思ったほどには強気な印象を与えられていないことに本人はいまいち実感が持てていない。

 

 また、愛情あふれる母親に育てられてきた過去を持つ彼女は、根が正直すぎる気質を持ってしまっており、こういうスパイとか騙し合いとか腹の探り合いなどという行為は苦手とするところでもあったので、正直やらずに済んでホッとした部分もないことはなかったという事情も関連してはいた。

 

 無論、そんな内心の感謝を、このムカつく大男に伝えてやるほどには正直でも素直でもない程度にはプライドが高いのが彼女たちの年齢でもありはした訳でもあるが。

 

「でも、その代わりに昼休みには一夏を誘う予定の昼食に付き合ってもらうからね?」

「ほう? 美しいご婦人の方から昼食に招待していただけるとは光栄の極みですな。

 折角ですし返礼として、今度の休日に最高級ホテルのラウンジでのディナーと薔薇の花束とをセットで予約しておきますが?」

「違う! そういう意味じゃなくて! 僕の正体を見てないところで他の人にバラされないためにっていう意味でッ!!」

 

 真っ赤になって否定し、その内心と表面的な言葉面とが真逆であることを大声で自白している事実に気づかぬままにシャルルは強引に約束を取り付けた後、その場から教室へと歩み去って行く。

 その真っ赤になった顔を隠すために見せつけられた背中を、シェーンコップは苦笑とともに見送ってから、数歩遅れて相手の顔が見えない角度を維持したまま追随し、互いに沈黙したまま同じ最終目標値点である1年1組の教室まで後少しという距離まで迫った時に。

 

「・・・ねぇ、そういえばさ」

 

 とシャルルの方から立ち止まり、背後のシェーンコップへと声をかけてきた。

 その声には僅かな躊躇いが込められており、どこか縋るようにも助けを求めるようにも感じられ、まるで「諦めてはいる」が「諦めきれない何か」を同時に内包している不安定さに揺れた声音で彼女はシェーンコップに・・・・・・『任務に失敗したスパイの前例を知る者』にだけ答えることができる問いを発した。

 

「・・・・・・君が知ってるその人は・・・・・・正体がバレて、任務に失敗してその場にいられなくなってしまったスパイの人は・・・・・・その後、いったいどうなってしまったの・・・?」

 

 それは同じ立場に立つかもしれない年若い少女にとって、何よりも深刻な将来にまつわる重大な問題。直近に迫った危機的状況に陥るかもしれない可能性。

 不安になるなと言う方がおかしい悲惨な状況にあり、前例がいるものなら藁にも縋る思いで聞くだけでも聞いておきたくなってしまう、悲惨な答えが返ってくる恐れを多分に含んだ聞くも恐ろしく聞かぬのも恐ろしい矛盾に満ちた重要な問いかけ・・・・・・ではあったのだが。

 

 

 ハッキリ言って、事情を知るシェーンコップにとってこそ最も答えづらく、言っていい答えなのかどうか判断に迷わされたシャルル最大の反撃になっていたことは、誰にとっての誰が与えた皮肉であったのか見当もつかない。

 

「・・・そうだな。俺はその場に居合わせただけで本人から直接言われた言葉ってわけじゃないのだが・・・」

 

 珍しく表情の選択に困った顔で、返事の前に間を開けてから答えられた内容はフランスから来た国家代表候補生にして企業スパイでもある男装の美少女シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアにとって、『少女という年齢』では受け入れるのが難しい大人の“屁理屈”・・・・・・。

 

 

「“主義主張なんてもは生きるための方便。それが生きるのに邪魔なら捨てるだけだ”・・・と言っていたな。

 また別の機会にはこうも言っていた。

 “今さら後悔して戻っても年金をくれるはずもない、諦めて自立せざるをえない。諦めがいいのだけが自分の取り柄だ”・・・・・・とね」

 

 

 ――時は移り、所は変われども・・・・・・この手の話を聞かされて純粋な十代半ばの若者たちが、卑怯な裏切り者を非難する気持ちになることは変わることなく続いていき遙か未来に魔術師の後継者まで受け継がれ続ける。

 

 そのバトンリレーを若者たちは青春と呼び、年をとった大人になった後の者たちは若気の至りと呼ぶ。

 人類の中で法制度化されることもなく、だが延々と続けられていく暗黙の了解。

 

 それもまた人類が終わらぬ限り続いていくであろう、歴史を形作る重要な要素の一つであり続けることに変わることはない・・・・・・。

 

 

つづく



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第15章

久々の更新となります。
本当は14話から完全に書き直すつもりだったんですけど上手くいかず、時間も経ちすぎてしまっているため、中途半端と自覚しながらも、やむを得ず投稿してしまいました…。
一度気になり始めると他が手に付かなくなりやすい性癖は、多分どうにかした方がいいんでしょうな…。

このため、一度削除した14話を前話として再投稿しなおしてあり、その続きとして今話の最新話となっております。

前の話を未読な方は、一話前の話に戻って読み終えてから、今話の内容をお読みくださいませ。


 シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園に転校してきたこの時期に、織斑一夏に近しい存在の中で最も不遇を囲っていたのは、おそらく篠ノ之箒であっただろう。

 

 人が誰でも心の中に神聖な規範を持っているとすれば、篠ノ之箒の場合、それは子供の頃に幼なじみの少年と過ごした過去の思い出のことだった。

 それ故に彼女は、過去の宮殿を現実の現在に再現しようと様々な工作を実行し、それが思うように成果を上げられぬ日々に苦悩するのが常態化していたところに、新たなライバルとなり得る存在が「自分には持ち得ない優位性」を持って自分たちの中に割って入ってきたことから焦りを深めるようになっていたである。

 

「・・・・・・どういうことだ?」

「ん?」

 

 箒は不機嫌さを隠そうともせず、傍らに座ってのほほんと笑顔を浮かべている幼なじみの思い人相手に言外の非難を込めて問いただし、帰ってきた返答に歯がみする事になる。

 

「どうもこうも、天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ? せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいし、それにシャルルは転校してきたばっかで右も左も分からないだろうしな」

「そ、それはそうだが・・・・・・しかし・・・」

 

 完全に正しい相手からの返答内容を聞いて、怒るに怒れなくなった彼女は振り上げかかった拳をソッと下ろして呻き声を上げながら、なんとか怒りを体内に抑え込んだものの、まだ納得するまでには至らなかったのか、持参してきた手作り弁当を抱えたまま食べてほしい相手に渡す事が出来ず視線を左右にさまよわせながら、あらぬ方を見る事しかできなくなっているようだった。

 

 友人に誘われ同席していたシェーンコップとしては、内心で皮肉っぽい苦笑を浮かべざるを得ない。

 箒は、さまざまな意味で視野が未だ矮小な年齢であり、自分と同年齢の他の関係者が思い人からどのように遇される立場にあるかまで思い及ばないまま今回のアプローチを行ってしまったらしい事情を自らの行動によって自白したに等しかったからである。

 

 それは自分が認知していない実娘が、初めて正式に対面しに来たときの状況と酷似していた。ラウラだけでなく、今生において友人らしい存在になりつつある少年の関係者までこれとは、つくづく因果は巡るものだと思わざるを得ない。

 

 ・・・もっとも、シェーンコップの本心を言えば、十代少年少女たちによる青臭い恋愛ゴッコを観劇する趣味など持ち合わせていなかったから、露骨な幼なじみからのアピールに気づけないクラスメイトからの誘いを受けるような無粋は避けたいところであったのだが、“監視役から脅迫されている立場”としては選択肢を選べる自由などない。

 

 彼にとって、綺麗な女の子がトマホークを振りかざして戦う姿を見たくないのと同様に、たとえ敵国からの亡命者やスパイであっても美しい少女と交わした食事の約束を破棄するような甲斐性なしに成り下がった自分の姿も、見たくない図だと感じる点では等価値だったから。

 

 

 そして、そんな光景を目にしていたシェーンコップ以外の関係者の一人である凰鈴音は、ライバルの醜態に内心でも現実世界の肉体面においても「ニヤリ」とした笑みを浮かべさせ、すぐにそれを引っ込めると別の感情を表情の下から浮上させ直すと、おもむろに持参してきたプラスチック製の容器を持ちだし。

 

「はい一夏。アンタの分」

 

 そう言って、放るように投げ渡すことで「異性として意識していない自分」を表現しつつ、国家代表候補としての絶妙なコントロールによって中身を崩す事なく、ライバルに先んじて手作り弁当を渡すことに成功する。

 

 正直、シェーンコップが相席しているのには思うところが大いにある彼女だったが、だからといってライバルに思い人へとアプローチする機会を独占させるわけにはいかない。

 鈴音は、意識的にシェーンコップの存在を視界の外へと閉め出して居ないものとして扱うと、思い人である幼なじみだけに会話対象を限定させると割り切っていた。。

 

「おお、酢豚だ!」

「そ。今朝作ったのよ。アンタ前に食べたいって言ってたでしょ」

 

 そうした上で、酢豚だけが満載されたタッパーだけを押しつけ、さも自分が食べるために買ってきただけだという風を装って白米を頬張りそっぽを向く凰鈴音。

 

 女性心理のプライドの高さというものを深く理解しているシェーンコップの目には、言外に『ねだれ』と要求している鈴音の本音は一目瞭然であったが、あいにくと彼女の思い人は一夏であってシェーンコップではない。シェーンコップに解ってもらえたところで鈴音には何のメリットも嬉しさも沸いてくることはない。むしろ真相を知れば怒りを感じてしまうのが彼女だろう。

 

 だが、この場に同席しているのは何も、織斑一夏に好意を抱く彼の関係者ばかりではなかった。

 彼の関係者の一人でありながら、元上司と後継者にも似た『自分から何もしなくても美人の方からやってくる奇特な体質』の友人らしきものに成りつつあるだけの自分自身という異物が混ざることを許されている時点で、一夏ではなく自分の関係者にも同席する権利と資格が与えられていても何ら不思議ではなかったのだから。

 

「コホン。―――あの、シェーンコップさん。わたくしも今朝は、たまたま早く目が覚めてしまいましたので、こういうものを用意してみたのですけど・・・よろしければお一つどうでしょうか・・・?」

「ほう? 小生ごときに恐縮ですな」

 

 怖ず怖ずといった調子で、セシリア・オルコットは頬を朱色に紅潮させながら差し出したバスケットの蓋を開くと、綺麗に並んだサンドイッチの列という中身を示す。

 一夏とは異なり、同年代でありながら大人の貫禄を感じさせるシェーンコップを異性として意識する気持ちが日に日に強くなっていく己を自覚しているセシリアは、普段は変わることなく傲慢さを交えた言動を常としていたが、シェーンコップに対するときだけは目下の姿勢で接することが多くなってきていた。

 

「う、うわぁ・・・・・・」

 

 もっとも、愛情の強さと結果とは必ずしもイコールではない。

 セシリアの作ったサンドイッチを見せてきている姿を目にした瞬間に一夏が表情と声を思わず歪ませて呟かれた発言内容が、その事実を百の言葉よりも雄弁に表していたと言える。

 

 彼はセシリアがサンドイッチを作る際に、味見役を安請け合いしてしまった直近の過去を持っており、相手の料理スキルがお世辞にも上手いとは言えないことを実体験として知ってはいたものの、自身が過去に苦労した経験と、相手の気持ちを無碍にしたくない拘りによって真相を告げられぬまま今日まで来てしまっていた事情を有してもいた。

 

「・・・ふぅ~ん」

 

 そしてシェーンコップは、それらの真相を知らずとも、彼らの言動と大まかな性格さえ把握しておくだけで大方の予測はついてしまえる。

 それが出来るだけの圧倒的な人生経験の差が、彼と彼らとの間には広がっていたのだ。

 

「だ、そうだ坊や。どうかね? 一つご相伴にあずからせてもらったら」

「え、ええっ!? な、なんで俺が!」

「ちょ、ちょっとシェーンコップさん!? わたくしは何も織斑さんのために作ったのでは――」

 

 予想外の反応に慌てふためき色めき出し、青い反応を過剰に返してくる二人のわかりやすい少年少女を前にしても、そっち方面にかけてはイゼルローン要塞で1,2を争うと言われるたび「自分の天下は揺るがない」と豪語して返していた素行不良軍人の前世を持つ男には感銘を与えるほどのものでは全くない。

 

「スブタというのだろう? その容器一杯に敷き詰められている食べ物は。いや、あまりに辛すぎる見た目が気になってしまってしまい、食事に集中できそうもないのさ。出来れば見栄えも味も良さそうな甘味でスッキリした姿を見せてほしいのだがね、坊や」

「ぐ・・・シェーンコップ、てめぇ・・・」

 

 呪詛のような呻き声を発しながらも、それ以上の反論も異論も反撃さえも封じ込められて、セシリアから睨むような目付きで「さっさと食え」と無言のまま前座を片付けて本命に食べてもらいたい乙女心で脅迫されてしまった織斑一夏は退路を断たれ、泣く泣く前日と同じ苦行の味を満喫する羽目になる。

 

(く、クソぅ・・・シャルルの時もそうだったけど、何だって欧米人の美男子って奴らは、ああもキザったらしい台詞を恥ずかしげもなくイヤミ臭さもなしに平然と言えることが出来るんだよ! 俺だけ割を食っちまって堪ったもんじゃない・・・)

 

 先だって披露されたシャルル・デュノアによる女子生徒たちからの華麗なスルー話術を思い出し、同じ男性IS操縦者の一人でありながら自分だけができずにいる巧みな話術という特殊技能のなさに内心では落涙しながら、表面上は笑顔を保ったままサンドイッチを1個だけ頬張り、最後まで美味そうな“作り笑顔”を崩さないまま食べ終わった一夏が「できれば不味いとか言いたくはない」という気持ちの問題によって、どう言い繕うべきかと言葉のチョイスを選んでいた矢先。

 

「――と、ことほど左様に苦い作り笑顔で取り繕わなければいけなくなる程度には、上手い具合に作れてはいないようだ。まだまだ修行が足りませんな、オルコット嬢?」

「え・・・・・・」

「ぶっ!?」

 

 シェーンコップの場をぶち壊すような一言に、思わず全ての努力を無駄にされた一夏が咽り、セシリアは傷ついたような表情で動きを止め、事の部外者でしかない鈴音と箒たちでさえ遠慮や配慮というものが全く感じられない世界で二番目の男性IS操縦者の指摘を聞かされ唖然としたまま凍り付き、鈴音に至っては手に持っていた箸をポロリと落としてしまったことに気づくことすらできていない。

 

「見た目は良くできているのですがな、中身が伴っていない。見栄えだけ綺麗に整えながら、内実の伴っていない虚飾は、いずれ内側まで腐らせ破滅を招く遠因となる類いのものだ。

 小官としては見目麗しい少女方にそうなってほしくはありませんので、心を鬼にして遠慮なく指摘させていただいた」

 

 平然とのたまい、右手に握って目の高さまで持ち上げられた「本と同じように見た目が異様にいい」が「作った当人さえ知らない調味料が多分に入ったサンドイッチ」を細めた瞳で見つめながら、その有り様に遠い未来の果てに生まれて母国を滅ぼす『民主国家を売り渡した男』詭弁と巧言令色と保身の天才を思い起こし、鼻で笑うと齧り付いて一口で飲み下す。

 

「まっ、受け取り方は各人でご自由に。

 俺がどう思ってもらいたくていった言葉だろうと、お前さんらには自由に解釈する権利がある。

 俺の言葉を聞いて、お前さんらがどう思うかこそ、俺の決めることではないからな」

「・・・それは、わざわざ作ってくれたヤツ相手に優しくねぇよ」

 

 相手の挙動に如何なる意味が込められていたのか、現在に生きて未来を知らない『気遣いの文化』を尊重している現代日本人の織斑一夏は、相手の考えに多少の反感を感じて苦言を呈す。

 自分自身が、全寮制の国立高校で衣食住を世話してくれるIS学園に入学するまで、自分が姉の分まで料理を作って家事を行っていた彼にとって、誰かが作ってくれるというだけでも感無量であり、「文句があるなら自分でやってみろ」という気持ちになってしまう性質の持ち主だったからだ。

 

 だが一方で、「多少の」反感という微妙な苦言を呈するだけになってしまったのは、結局のところ嘘でしかないという自覚があるからでもあった。

 彼自身、どちらが正しい対応なのか判断できていないまま行動している、流されやすいところが彼にはあり、それが対応をやや曖昧なものにしてしまっていたのだった。

 

「そうかもしれん。だが、解っていて言わないでやるのも優しくはないだろうな。

 “言った本人には優しい”とは思うがね」

『・・・・・・・・・』

 

 シェーンコップの言葉に、少年少女たちは一様に黙り込くと、気まずそうに沈黙する。

 痛いところを突かれてしまった・・・そう感じざるを得ない事情が、この場に集っていた全員にはある。

 

 特に、表面的な『昔通りの再現』を求めてしまっている篠ノ之箒は、ストレートに心を直撃されてしまっていたが、残る一人にとってはそれどころではなかった。

 

「――どうやら余計な諫言をしてしまったようですな。貴重な会食を邪魔する気はなかったのだが・・・邪魔者は馬に蹴られて殺される前に退散した方が良さそうだ」

 

 そう言って立ち上がると、自分の“もう一人の反対側に座る少女”の肩をポンと叩くと、癖のある意味深な笑みを浮かべながら短く簡明に――そして事情を知るものにだけ伝わる符牒を使ってアドバイスを送ると全員に対して背を向けた。

 

「そら、“坊や”。今回の主賓が出るべき出番がきたようだ。期待に応えられるよう頑張るんだな」

「―――っ、ありがとうシェーンコップくん。努力してみるよ・・・」

 

 引き攣り気味な笑みを、唇の端に浮かべ直しながら会話に割って入るタイミングを計っていたシャルル・デュノアという名を持つ、「実在しない少年IS操縦者」を演じることで相手から信頼を得なければいけない少女シャルロット・デュノアは、気を取り直して彼らの輪の中の一員に入るため積極的に一夏へ話しかけるよう鋭意努力をし始めていく。

 

 正直に言って、ただでさえ慣れていない企業スパイ役に加えて、もっと自分には慣れがなければ適正さえあるとは思えない余計なことを言わないよう監視する役目は彼女の心を疲弊させており、それらと二足の草鞋でニコヤカに会話の中へと入っていくのは気遣い上手な彼女をして動きが阻害されていたからだった。

 

「ええと・・・本当に僕なんかが同席していいのかな? シェーンコップくんほど上手くしゃべれる自信はないんだけど・・・」

「い、いやいや、シャルルも男子同士で仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうけど、協力してやっていこう。分からないことあったら聞いてくれよ。IS以外では答えられると思うからさ」

「――ありがとう。一夏って優しいね」

「い、いや、まあ、これからクラスメイトになるんだし・・・ついでだよ、ついで。アハハ、ハ・・・・・・」

 

 美少女が変装した、同じ同性の美少年に笑顔を向けられ、そこに下心が何もないと信じ込んでいる純情少年で経験不足な未熟者でしかない一夏が乾いた誤魔化し笑いを響かせるのを背中で聞いたシェーンコップは前世の上官に対する想いも込めて、彼が戻りたがっていた遠い昔の現代にも同じように「覚悟が不徹底」な目的のための演出が下手な少女に激励の言葉を小さく小さく呟き捨てるのだった。

 

「もともと同性の気安さで油断するのを期待しての男装だったのだからな。せいぜい愛想良く手でも振ってやることさ」

 

 皮肉な表情で、皮肉な言い方を用いた皮肉な語調で皮肉を呟き捨てた直後、ふと今の彼らと似たような場面で、元僚友が言っていた言葉を思いだすと、ついでのようにこう付け加え、

 

「――もっとも、俺にやられていたならば、独身主義を放棄しようとまでは思えそうにもないだろうが、その点では良い人選だったと評価すべきか」

 

 

 そして今度こそ、それ以上は何も言わずに去って行く。

 シャルロット・デュノアが演じるシャルル・デュノアという少年にとって、生み出されてから最も長い一日は、まだ半分が終わったばかりだった―――。

 

 

つづく



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第16章

久々の更新となります。遅くなりすぎて申し訳ありませんでした。
実は次の話を原作のどの部分にするかで迷いまして……一気にシャルロットの家の事情とかに飛んでも良かったのですが、シェーンコップISということもあって変則的にこうしてみた次第です。


 

「かつて人類社会は地球という一天体のみで成立していた。

 現在は地球と他の少数の天体によって成立している。

 将来は地球を一部分とする多数の天体によって成立するであろう。

 これは別に予言ではない。時期を未来に設定しただけの、単なる規定事実に過ぎない」

 

 地球統一政府の第5代宇宙省長官カーロス・シルヴァが、この発言を冥王星探査団に当たって演説したのは西暦2180年のことだったと記録は語る。

 当時の人々の認識として、シルヴァは有能な実務家として知られていたが哲学的な思索や独創的表現力には乏しいと評されていた人物であり、この時代人にとっての常識を述べていただけだったと認識されていた。

 

 だが、この時代の人々にとって常識でしかなかった認識が現実となるのは、シルヴァの演説から7世紀近くも経過した後のことだった。

 そして、地球から他の天体へと政治的中枢を移すという常識の具現化のため数億リットルもの同胞の血を飲み干さねばならなかった時代より8世紀近くが過ぎた頃。

 人類社会を二分して150年以上もの永きにわたる覇権争いを繰り広げていた、二大政治的中枢の片割れである銀河帝国の人々にとって、【刀】と【剣術】というものへの認識は、このように表現される時代となっていた。

 

 

『剣が実戦用の武器として意味を持っていたのは、人類がまだ地球に閉じ込められていた時代、西暦の19世紀頃までらしい。

 今から1700年も前である。

 それ以前の東洋のある国では剣術に様々な流儀が発生し、互いに極意を極めるべく競ったという。これは他の地域では見られない特色だ』

 

 

 そのように過去の地球の「ニホン」という国の歴史を評したのは、後に銀河系を統一した人類初の皇帝『ラインハルト・フォン・ローエングラム一世』となる若者が更に若く、まだ少年としか呼ばれることの無かった時分の話である。

 

 この頃のラインハルトは、まだローエングラム伯爵家の家督を継ぐ事を許されておらず、『ミューゼル』という下級貴族の姓を使い続けており、階級に至っては『少佐』に過ぎなかった政治的に無力な自分が姉アンネローゼのため何か役立てる事はないか?と考えた末に、宮廷内で孤立している姉にとって数少ない友人であるシャフハウゼン子爵夫人の夫を窮地から救うため、決闘の代理人を申し出ることになる。

 

 その時に彼が過去の記録を調べ、『それらの各流派の極意の中に実戦の必殺剣があるのではないか?』と思索したのは帝国歴483年のことである。

 

 

 この歴史に残らぬ細やかな遙か未来の事件より、1600年近くも昔と思しき西暦21世紀頃の、人類が地球に閉じ込められていた時代。

 熱核戦争によって多くの記録が消失したとされる社会の中で、東洋のある島国で剣術の流派の一つを熱心に学び、近い未来に姉への想いから振るうことになる一人の少年がいた。

 

 名を、『織斑一夏』という。

 

 無論、たった一つの類似点のみを根拠として一夏が現代のラインハルト・フォン・ローエングラムになる未来を予想するのは早計に過ぎるだろう。

 だが、人類社会の発展と成長に貢献を果たした偉人や英雄のほとんどが、極めて個人的な動機に端を発して社会全体を改革するまでに至ったのも歴史が証明する事実である。

 

 後にラインハルトは、終生のライバルと称されるヤン・ウェンリーと生涯で一度きりの会見で、『人それぞれの正義と真実』について黒髪の魔術師風にアンチ・テーゼを述べられた際、彼は笑いながらこう言っている。

 

 

「だとしたら、私の手は卿よりもさらに短い。私は真理など必要としなかった。

 自分の望むところのものを自由にする力だけが必要だった。逆に言えば、嫌いなヤツの命令をきかずに済むだけの力がな」

 

 

 21世紀という現代を生きる織斑一夏も、ラインハルト・フォン・ミューゼルと名乗っていた下級貴族出身の若者も、自らの未来を全て予知してはいない・・・・・・。

 

 

 

 

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが・・・・・・」

 

 土曜日午後のISアリーナ内の一画で、シャルルの優しく指導する声音と、一夏の困惑した声とが響いていた。

 シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園に転校してきてから五日が経過している。

 

 IS学園では土曜日の午後を自由時間として指定していたが、同時にアリーナを全面開放する日にも指定していたため、ほとんどの生徒は午後の休みを自主的に返上して訓練に励むことで、国民の血税を無駄にしていないことをIS企業や有権者たちにアピールするのに貢献もしていた。

 

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」

「うっ・・・・・・、確かに。『イグニッション・ブースト』も読まれてたしな・・・・・・」

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないと思うよ?

 特に一夏の瞬時加速って直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

「直線的か・・・・・・うーん」

 

 同性だと思い込まされているシャルルの説明を聞きながら、一夏は幾度となく肯きを返しながら、そのたび納得していく自分を実感させられていた。

 というのも、彼に今までコーチとしてIS操縦の指導を行っていた者たち――篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコット――この三人の少女たちはフィーリングで教える部分が強すぎてしまい、他人を指導する適正には欠けていたのが主な原因である。

 

 現代風の表現を用いるならば、『選手として優秀な者が、必ずしもコーチとして優秀とは限らない』という言葉が該当する状況になるのだろう。

 ただ、より公平を期すれば先のコーチたち三人には『教え方が下手な理由』があり、シャルルの側には『教え方が上手くなれる事情』があったことも関係していたかもしれない。

 

 鈴とセシリアは家庭内の事情から、母国内で己自身の地位向上を最優先せざるを得ない立場にあり、篠ノ之箒は実姉である篠ノ之束がIS開発者本人であることが指導する側にも偏見を持たれやすい理由になってしまっていた。

 

 彼女たちに対してシャルルには――――シャルロット・デュノアには、ISの開発と販売を生業としている世界第三位の企業が総力をあげ、組織存続策の一環として英才教育を施してもらったという、教師には恵まれた環境が背景として存在していた。

 

 彼女自身が、会社の存続のため父親に利用されるしかない己の生まれの不幸を過剰に意識しすぎる心理になっていたため気付くことはなかったものの、自らが持つIS学園で過ごすために有効な性能は間違いなく父親に与えられたものであり、そのためには相応の投資をおこなってくれてはいた。

 

「ああ、そう言えばシェーンコップの奴に負けたときにも、同じような部分を逆用されたのが敗因だった気がするな」

「・・・・・・シェーンコップ君が? 一夏は彼と戦って負けたことがあるの?」

「おう。公式の試合扱いじゃなかったから、放送とかはされてないみたいだけどな。

 あの時は気付かなかったけど、後で試合映像見直したら、イグニッション・ブーストで突っ込んでいく白式の軌道を少しずつ横にズラされていて、その事に気づけなかった俺が自分の位置を読み間違えたのが大きな敗因の一つになっていたって、千冬姉から注意されたのを覚えてる」

「ふ~ん・・・」

 

 相手の少年が語る、世界で『三人だけの男性IS操縦者』その内の一人の名を聞くと、どうしてもシャルロットの口調と表情には、やや不機嫌さを混ざらずにはいられない。

 別に彼がどうこうという訳ではないのだが、どうにも彼と出会ってから自分の運勢が、今までより更に悪化したような気になってしまって仕方がないのである。

 

 何というか、たとえ悪魔の群れの中に突入していったとしても、被害を受けるのは周囲の人間たちだけで彼自身は平然としたまま、魔女たちを周囲に侍らせながらソファで踏ん反り返って、モテない男たちの不運に同情してやる結果に終わるだけのような気までする・・・・・・そんな印象があるのだ。あの不敵すぎる美丈夫の少年IS操縦者には。

 

 ――余談だが、今日この場にシェーンコップは来ていない。

 もともと仕事だの公務だの学業だののために、休日を自主返上して学生としての本分を守りたがるほどの生真面目さなど、チリほども持ち合わせていたことが生涯の中で一秒もなかった男である。せっかくの休みを訓練なんぞで潰す奴だとは誰も思ったことがない。

 

 尚、IS飛行時間は自分とほぼ同等なはずの一夏から誘ってはみたのだが、

 

「訓練をしすぎると、かえって実戦の勘は鈍るものさ。坊や」

「そーか」

 

 一夏でさえ、「我ながら疑わしげな口調で言ってしまった」と後日になってから憮然として表する態度で接せられている『IS学園で一人だけ』な一夏以外の男性IS操縦者。

 

「――一夏の『白式』って後付武装がないんだよね?」

 

 イヤな記憶を頭から振り払いたい衝動に駆られたシャルロットが、実際に頭を振りながら話題を転換するように口に出したのは、一夏の専用機の特殊性について『自分の任務』とも関わってくる部分についてであった。

 

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域が空いてないらしい。だからインストールは無理だって言われた」

「たぶんだけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

「ワンオフ・アビリティーっていうと・・・・・・えーと、なんだっけ?」

「言葉通り、唯一仕様の特殊才能だよ。各ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力のこと」

 

 淀みない口調でスラスラと説明する彼女に一夏は感心しきりだったが、当のシャルロット自身は内心で、『狙い通りの話題』に持っていけたことに安堵の溜息を吐いていたのが実情だったが・・・・・・これも『与えられた任務』である。

 

(・・・・・・あんまり気乗りしないし、僕の得意分野でも全くないんだけれど・・・)

 

 心の中で密かに溜息を吐きながら表面には出すことなく、シャルロットは極めて自然な形で『白式の特殊性についての情報』を得ることが出来そうな場面で、さりげなく話題を切り出す。

 

「でも普通は、第二形態から発現するものだし、それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間が使えるようにしたのが第三世代IS。オルコットさんのブルー・ディアーズと凰さんの衝撃砲がそうだよ」

「なるほど。それで、白式の唯一仕様ってやっぱり『零落白夜』なのか?」

「白式は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけで、ものすごい異常事態だよ。前例がまったくないからね。

 しかも、その能力って織斑先生の――初代『ブリュンヒルデ』が使っていたISと同じだよね?」

 

 それこそシャルロットの父親が、娘に英才教育を施すため多額の予算を投じたプロジェクトの目的であり、実行役である実の娘に与えた任務の本命でもあったのだ。少なくともシャルロット自身は、そう聞かされて本国から送り出されている。

 

 IS世界大会『モンド・グロッソ』ただ一人だけの優勝者にして、世界最強と名高きIS操縦者ブリュンヒルデが使っていた愛機と同じ性能を持つワンオフ・アビリティー・・・・・・その秘密の全てとまではいかずとも、特殊機能の一端だけでも知ることが叶えばライバル国に後れをとっている第三世代の開発技術競争で勝ちの芽が出てくる―――そう踏んだからこそデュノア社の重役たちも、素人同然の社長令嬢を短期育成するため残り少ない社の予算を大幅に割くことを納得したのである。

 

 シャルロット自身は、仮に白式のデータもしくは現物を盗み出せたとしても、そう上手く事が運んでくれるとは思えない心境になってはいたものの。

 

(・・・・・・まぁ、いいか。どうせ失敗して困るのは“あの人”で、倒産して潰れるのも“あの人たち”の会社だ。

 お母さんに迷惑がかかることがないんだったら、別にいい・・・・・・)

 

 心の中で冷たく突き放す自分の声を聞きながら、シャルロットは表面上の外面として被っていたシャルル・デュノアの優しげな微笑みは微動だにせず、まるで笑うことも泣くことも損失してしまったかのような、鉄の微笑みを顔面にへばり付かせたままの姿で一夏との対話を続けさせる演技を継続していく――。

 

「まあ、姉弟だからとか、そんなもんじゃないのか?」

「ううん、姉弟だからってだけが理由にならないと思う。さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的にできるものじゃないんだ」

「そっか。でもまあ、今は考えても仕方ないだろうし、そのことは置いておこうぜ」

「――あ、うん。それもそうだね」

 

 一夏にアッサリと躱され、せっかく得たと思った好機にろくな情報も聞き出すことができなかったことで肩すかしを食らわされたような気分になるシャルロットだったが、

 

(・・・・・・まぁ、いっか。別にどうでも)

 

 そう思い、自分自身の中でも意外なほどアッサリと割り切ると、シャルロットは純粋に一夏へのIS指導へと回帰する道を自然に選んでいた。

 今までシェーンコップがいた場所で、望んだ話題に持って行くことが上手くゆかないことに歯がゆく思い続けてきた問題だったはずなのだが、いざ実行できる段になると急激に意欲が低下する自分自身を彼女は実感せざるを得なかった。

 元より自分が欲しがっている情報ではないことを、今更ながらに思い出してしまって、やる気が減退するのを押さえられない。

 

 自分が望んでいるのは、素性を偽ってまで断行した計画の成功なのか失敗なのかシャルロットには最近よく分からなくなってきていた。

 その点で今の彼女は、部下たちの生活を人質に取られて幼帝エルウィン・ヨーゼフの誘拐計画と亡命に参加させられた元銀河帝国軍レオポルド・シューマッハ大佐と近い心境になっていたかもしれない。

 

 だが、彼女と大佐との歴然とした差も存在してはいた。

 シューマッハ大佐は、自らが参加する計画に成功の可能性も意義も見いだせない暴挙だとしか思うことができなかったが、共犯者に善良な気質をもつランズベルク伯アルフレットがいた。

 

 現実感覚と乱世を生き抜く才覚という点では、とかく問題点の目立った人物であったのは事実だが、もともと楽観主義にはなりえない性格で、悲観的材料が大杯を為しているような計画の中にあっては、騎士道ロマンチシズムと自らの行為の正義を信じて疑わないランズベルク伯の存在は、一服の清涼剤になってくれてはいたのだ。

 ・・・たとえそれが、一時の現実逃避でしかなかったしても、逃れられない計画ならば気分転換になる相手がいてくれるだけでも大きく異なる。

 

 だが、シャルロットには誰もいなかった。

 彼女は只一人、機密を盗み出す任務を与えられ、遠い異国の地まで父親の組織を存続させるため名と性別を偽って入国し、一人スパイ活動にいそしんでいる。

 

 その孤独が、彼と彼女の決定的な差であった。

 能力ではなく出自でもなく、ただ『仲間』がいるか、『一人だけ』か。

 

 それがどれほど人の心理に大きな影響を与えるものなのか、遠き未来の覇王が『親友』を失った後の姿をシャルロットの父親に見せる術があったならば、彼女の現在は今少しマシになっていたかもしれない・・・・・・

 

 

 

「じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか――」

 

 そう言ってシャルロットが、一夏に『使用許諾』した五五口径アサルトライフルを手渡し、本来は使用できないはずの銃器を軽火器だけでも撃てるよう調整してやった直後のこと。

 

 ――急にアリーナ内がざわめき初め、小さな騒ぎ声がアリーナ入り口から聞こえてくるものであることを察したシャルロットと一夏は同時にそちらの方を向き、そして同時に僅かながら息を詰める。

 

 

「ねえ、ちょっとアレ・・・・・・」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いたけど・・・」

 

 周囲にいた他の女生徒たちが囁き交わす声が聞こえてくる。

 そこに姿を現していたのは、シャルロットと同時期に転校してきたドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 漆黒の眼帯と漆黒のISを展開し終えた姿で真っ直ぐ一夏を睨み据え、戦闘状態にシフトしてはいないものの戦闘開始寸前の状態にはしてある現状は、平和的解決と無縁な己の立場を言葉より雄弁に主張しているようですらあった。

 

「おい」

「・・・・・・なんだよ」

 

 距離が離れているためか、オープンチャンネルによる通話機能でラウラが一夏に話しかけてきた。

 人間の歩幅に換算すれば五十歩ほど開けて向かい合う一夏とラウラは、声を届け合うのも肉声では困難を極める距離にはあったが・・・・・・大空を飛び交う高機動兵器ISにとっては一瞬にして間合いを詰められてしまえる短距離でもある。

 双方供に油断なく相手を見据えながらも、現時点では会話が交わされる。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

「イヤだ。理由がねえよ」

「貴様にはなくとも私にはある」

 

 にべもなく切り捨てようとする一夏に対し、同じ程にはにべなく一夏からの拒絶を却下するラウラ。

 どちらも頑なで硬質な声音と表情で言い合う二人には、互いに妥協の意思がないのは明白すぎるほどで、どちらかが退きでもしないことには激発する以外の結末が訪れそうもないのもまた明らかすぎる状況でもあった。

 

「貴様がいなければ教官が、大会二連覇の偉業をなしえたであろうことは容易に想像できる。だから私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

 ・・・・・・やはり、その件が理由か・・・・・・。

 一夏は相手の発言内容を聞かされ、自分にとってもイヤな記憶を思い出しながら、相手が自分に向かって怒りを抱く理由に多少ながらも共感を感じさせられていた。

 もともと相手の地位身分と所属国、そして姉から『素性の秘密』についても僅かばかり知識を与えられていた一夏には、相手が自分に激怒している理由は分かるつもりであったのだ。

 

 だがしかし、其れとコレとは話が別のはずだった。自分とラウラが戦う理由にはならない。少なくとも自分に、その意思はない。

 

「また今度な」

 

 気がない態度で素っ気なくあしらおうとする一夏であったが、その態度は普段の彼と比べて些か以上に攻撃的で挑発的なものへと変化していることに、冷静さを保っている者がいれば見分けることができただろう。

 

 一夏に自覚はなかったようだが、彼はこの手の話題になると意固地になりやすく、必要以上に相手を挑発するような言動をしたがる悪癖を内包している性格であるらしかった。

 それが時に、相手との無用なケンカを自分の方から売らせる結果を招来していたのだが・・・・・・一夏の謙虚を尊びながらも実は非常に高いプライドが、それに気付かせることはなく、この時にもやはり気付くことはなかった。

 

「ふん。ならば―――戦わざるを得ないようにしてやる!!」

 

 一夏の挑発に応じてなのか、あるいは最初からそうする算段だったのか、ラウラは言うが早いか漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせると、即座に左肩に装備されていた実弾砲を発砲した。

 

 だが―――

 

 ゴガギンッ!!

 

「・・・・・・こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「貴様・・・・・・」

 

 横合いから割り込んできたシャルロットに、シールドで実弾を弾き返されたラウラは、余計な邪魔者に親の敵でも見るような目を向け、殺意のこもった視線で見つめられた側は右腕に展開させたアサルトライフルの銃口を向け返す。

 

「フランスのアンティーク如きで、私の前に立ち塞がるとはな」

「未だに量産化の目処が立たない、ドイツのルーキーよりは動けるだろうね」

 

 互いに涼しい顔で睨み合い、挑発のセリフを言い合う二人。

 ――正直シャルロットにとって、この戦いは全くの無関係な立場で、勝っても負けても自分や自分の父親が得をするようなことは一つもない、自分ばかりが要らぬ負担を背負い込むだけな骨折り損の草臥れ儲けでしかない愚行でしかないのが現実的な評価だったのだが。

 

 なぜだか彼女には、この介入を『損だ』とは思えなかったし、一夏を見捨てて自分だけ安全な場所で見ている方が『損している』と感じてしまい、思わず手が出てしまったのである。

 上から目線で自分の事情ばかりを押しつけてくるラウラの物言いに、自分の父親を連想させられたのかもしれない。

 ラウラの一方的な要求を押しつけられる一夏に対して、シンパシーを感じた故かもしれない。

 

 あるいは―――最期に誰かの役に立って終わりにしたい―――そういう想いが動機として心の内にあったのかもしれなかったが・・・・・・それでも選んで動いてしまった以上は、自分の道を行くことにシャルロットが躊躇う気持ちは少しもなかった。

 

 一触即発。

 互いに互いが『本命ではない』という事情を持つ、専用機持ち同士のぶつかり合いは、余計な消耗を強いるだけでラウラにとって何の得もない。

 

 

 ―――引き時か、そう感じていた。

 その時のことだった。

 

 

 気障な口調と仕草でラウラを引き留める男が、今の自分にとっての戦場へ―――IS学園に帰ってくるのが間に合ったのは。

 

 

 

 

 

「少女のような少年を相手にケンカを売るとは、情けない限りですなぁ。

 誇り高き“はず”のドイツ軍精鋭隊を率いる将校、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐殿」

 

 

 

つづく




本当は、ラウラVSシェーンコップの初対戦まで描くつもりだったのですが、更新までの間も含めて予想より長くなったため、今回はここまでにしといた次第です。


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第17章

更新です。今回のは言い訳しますまい…。
新作アニメに影響され過ぎて、銀英伝らしさから遠ざかってしまいました。
次で挽回できるよう努力しましょ。


 ・・・・・・シェーンコップが、その言葉を発した時。アリーナ内で声が聞こえる距離にいた者たちは空気が凍結化したかのような錯覚を感じさせられていた。

 当事者であった一夏やシャルロットはもちろんのこと、千冬でさえ鼻白んだ表情を浮かべて黙り込み、顔面蒼白となった少女たちが我知らず後ずさって距離を置こうとする中。

 一人だけ前へ前へと進み続けながら、悠然とした態度を崩すことなく不敵な笑みを浮かべ続けた男の顔を見つめながら、ラウラ・ボーデヴッヒは不快そうな声を不快な闖入者に向けて不快気な口調で唸るように語りかける。

 

「・・・シェーンコップ代表候補か。貴官に私の言動に関して意見を求めた覚えはないが?」

「承知しております。ですが小官は有事の際の防衛力とは言え、今のところ予備役であるに過ぎません。

 小官に対して部下として上官に対する尽くすべき義務をお求めになるのであれば、正式に権限を与えていただかねばなりませんでしょうな。少佐殿」

 

 いけしゃあしゃあと形式論を語ってくる生意気な“格下の存在”を、ラウラは不快そうに片眼を眇めながら睨み付け、悪意のこもった視線を投げつける。

 が、かつて遙か各上の将官達から危険視され、白眼視と偏見と敵意の檻の中で優雅な暮らしを満喫できていた過去を持つ男にとって、『たかが一少佐の佐官』に睨まれたところで恐れ入る理由はどこにも見いだせない。

 容赦なく、相手を挑発するための問題指摘を、悠然とした口調で平然と続けてくる。

 

「まして、現役のドイツ正規軍に所属する士官が、幼気な少年少女たちにまで因縁をかけて回っているとあっては、同じドイツ国の代表候補として見過ごすわけにはいかないでしょうな。

 国の品格が疑われかねません、少佐。まるでチンピラかなにかのような醜態ぶりはね」

「貴様・・・・・・私を侮辱するかっ! 私は直々に第三世代専用機を与えられた代表候補でもある将校だぞ! 軍法会議にかけられたいか!?」

「どうぞ、お好きなように。その軍法会議で、素人同然の男性IS操縦者と第二世代のカスタム機相手に、第三世代機の力を私的に振りかざした将校がいたことも報告されたら如何ですかな? ハハハ」

「くっ! 貴様――っ」

「辞めんか! バカ者どもッ!!」

 

 そこまで事態の展開を傍観していた千冬が、ここに来て鋭い叱責を双方に同時に浴びせかける。

 実際には少し前には我に返って、事態を収束すべきか否かを図っていたのだが、シェーンコップがラウラに対して、言葉だけとは言え『修正』を加えるまで観戦していた方が今後のためかと思い、しばらく放置していたという訳である。

 

 ラウラは自身のことを特別視する傾向があり、それが『ファッション感覚』と揶揄するIS学園一般生徒たちに対する見下しと反感によって増幅されていることは感じ取っており、諸事情あって手が出しにくい元弟子の少女に『したたかな反撃』を与えて思い知らせたのを見たことで溜飲を下げたのだ。

 

 ・・・・・・だが、ラウラのような例を他に知らぬ千冬と違って、シェーンコップの発想は、

 

「ボーデヴィッヒ、それにシェーンコップ。今更言うまでもなく分かっていて当たり前のことだが、ISの私的使用と無許可の戦闘は重大な校則違反だ。

 ましてそれを私の目の前で犯そうというのなら、それなりの覚悟は出来ているものと判断するが・・・・・・それでもいいのか?」

「う、く・・・・・・も、申し訳ありません。織斑教官・・・」

「その点は小官も承知しております。非礼は謝罪しますが・・・・・・小官が馳せ参じましたのは、織斑教諭にある提案の許可をいただきたく愚考したからでして」

「許可?」

 

 僅かに首をかしげながら千冬は、シェーンコップに向けて問い直した。

 そんな担任教師の困惑顔に意味深な視線で返しながら、シェーンコップはゆっくりと片腕を持ち上げていきながら一点を指さし、よく通る役者のようなバリトンボイスで高らかに静かな声で宣言した。

 

 第三世代ISシュヴァルツェア・レーゲンを展開したままのラウラ・ボーデヴッヒを指さしながら、誤解しようのない表現を使って誰にも聞こえるようハッキリと。

 

 

「小官は今この場で、ボーデヴィッヒ選手との模擬戦闘を希望いたします。

 ご許可いただけますかな? 織斑教諭殿」

 

 

『なっ、なに!?』

「ほう?」

 

 予想の斜め上を行く発言を聞かされて、一夏とシャルロット、そしてラウラが驚愕したような声を上げ、千冬だけが面白そうな声音で呟きを漏らす。

 

 たしかに千冬はISを使った私闘は禁じるつもりであった。校則としては既に禁止されていたが、それを早速破りかけた未遂犯共が目の前に三人も出た後とあっては、禁止の条件を強化せざるを得ないのは避けようがない。ナニカ切っ掛けがあれば、それを口実に次の大きな大会まで問題を制限できる。

 

 だが一方で、模擬戦闘であれば幾らやったところで問題はないのだ。

 無論、許可した範囲内に留まる攻撃のみを行って、学園の施設などに損傷を与えないことなどの条件付きではあったが・・・・・・今この場でやるなら自分が審判を務め、危なくなったら即座に制止させられるだろう。

 ラウラも自分の見ている眼前で、バカな真似を犯すほどの愚か者ではない。今でこそ感情に振り回されて暴走気味になってはいるが、軍人としては実技だけでなく筆記や座学においても優秀な成績を残した優等生でもある少女だった身でもある。

 

「よかろう。試合を許可する。ただし施設への被害及び、相手の肉体に直接ダメージを与えることを目的とするような攻撃を行った場合には、私が相応の報いをくれてやる。異論反論は一切認めん。いいな? ボーデヴッヒ」

「は、はっ! 了解しました織斑教官ッ」

 

 直立不動の姿勢を取って応答するラウラの姿に目をやりながら、シェーンコップは目だけでニヤリと笑い、偶然にもそれを見た一夏は苦いものでも食べさせられたかのような微妙すぎる表情を作らされる。

 

 

 

 

「・・・・・・やられたぜ、シェーンコップの奴・・・」

「え? な、なに? どういう事なのコレって?」

 

 一夏の呟きを隣で耳にしたシャルロットが困惑したように狼狽えるが、彼女が狼狽するのは無理もなかった。

 何故なら彼女は、『一夏が入学した直後の試合』に参加していない。

 セシリアが一夏に決闘を申し込み、それを一夏が受け入れて、千冬が正式に許可と決定をくだしたことで完全に既成事実となってしまったのが、あの時の試合に至るまでの経緯だったのだ。

 

 シェーンコップはそれに、多少のアレンジを加えて応用してみせたのである。

 

 ラウラは今までの言動から見て、千冬の言うことには絶対服従であると同時に、千冬から禁じられた状況下で違法に当たるレベルの攻撃は避けようとする向きがある。

 彼女自身から自主的に、正々堂々とした対等の試合を挑ませるには、こういう形で行わせるのが一番手っ取り早いのは事実な人選だったと言えるだろう。

 

 またラウラは、自らの強さを誇るが故に、自分から挑んだ戦いから相手が逃げれば無理やりにでも戦闘状態へ持ち込もうとするが、逆に自分が挑まれて逃げてしまえば口先だけの臆病者でしかなかった自分を行動によって証明する羽目になる。

 今し方シャルロットや一夏に対して行った行為と発言は、今この場にいる多くの者たちの記憶に新しいところである。

 それが口の端も乾かぬ内に、自分が挑まれた途端に逃げ出す敵前逃亡や、卑劣な手段で勝てばいいをやるには彼女のプライドが邪魔をする。近日中にコンペテイションで競われる第三世代機を与えられた代表候補としても、量産機相手にそんな勝ち方をすることは立場が許さない。

 

「えっと・・・・・・要するにシェーンコップ君は、一夏とセシリアさんとの試合を流用したって事なんだよね? でも、それが一体どういう―――」

「つまりさ。アイツは声をかけてくるより、けっこう前から来てたってこと」

「あっ!?」

 

 一夏の簡明な解説によって、シャルロットはようやくその点に思い至り、改めて食えないクラスメイトの食えない部分に、苦虫を噛みつぶしたような気分を味あわされてイヤなものを見るような瞳で、食えない策士の美丈夫を見やる。

 

 そう。一夏がシェーンコップのやったことで唯一「やられた」と感じさせられたのは、その点だったのだ。

 シェーンコップは予めアリーナには到着していたにも関わらず、一夏とシャルロットがラウラと一触即発になる姿を前にしても手を出すことなく観戦し続け、ラウラにとって絶対的なセーフティーたり得る千冬の到着まで出番を待ち、タイミングを見計らい満を持して主演男優登場の条件が出揃うのを舞台袖で待ち構えていたのである。

 

 あるいは、千冬を呼び出した張本人もシェーンコップ自身だったのかもしれない。

 何重にも罠を強いて相手の退路を断ち、自主的にコチラの選んで欲しい有利な戦場へと歩を進める以外の選択肢を事実上なくしていく。

 

 ヤン艦隊お得意の魔術の簡易版を、シェーンコップは披露してのけた。

 もはや、この状況下においてラウラに『圧勝』以外の進む道はない。

 ただ進み、ただ前方に立ち塞がる敵を倒して進み続ける以外の選択肢を、自ら閉ざしてしまった後だったのだから・・・・・・。

 

 

「そういう奴なんだ、アイツは。シャルロットも気をつけた方がいいぞ? ちょっとでも油断したら簡単に手のひらで踊らされて道化を演じる羽目になるからな。

 まったく、アイツといると気が休まるときがなくて困るぜ」

「う、うわぁ・・・・・・」

 

 クラスメイトであり、友人のような存在に対して一夏は、苦情めいたことをいいながらも、どこかしら挑むようなものを感じさせる声音で負けん気の強い少年じみた言葉をシャルロットに語って聞かせたが、シャルロットとしては全く喜べないクラスメイト男子の十八番を教えられ今後の不安に苛まれることしかできなかった。

 

 ただでさえ向かない気質のスパイ活動でありながら、スパイ活動に向きすぎているとしか思えないクラスメイトに正体を知られたままで任務を続行しなければならないのだ。

 この条件下で楽しい気分になれるほどシャルロットの精神面は、伊達と酔狂で銀河を統一した巨大帝国相手に革命ゴッコを続けられた物好きたちの集団に感化される事はできていない。

 

 

「なんにせよ、これは見物だな。シェーンコップがどうやってラウラと戦って勝つつもりなのか・・・・・・俺が戦うときがあった時のためにも、参考にさせてもらうとするぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして二十分後。先と代わらぬ場所の第三アリーナにおいて、先程よりも数を増したギャラリーたちが見守る中。

 

 ラウラとシェーンコップは互いに向かい合って対峙し、互いのISを相手選手と周囲に見えるよう姿を晒させあっている。

 

 

 ラウラの機体は専用機乗りであるが故に先と代わらず、第三世代IS《シュヴァルツェア・レーゲン》

 

 一方のシェーンコップが駆るのは―――日本製の第二世代IS《打鉄》

 

 

 先の試合で一夏に勝利して見せた時と同じラファールではなく、機体を変更してきたことに集まったギャラリーたちの間では賛否両論と様々な意見とヤジが飛び交い、一夏とシャルロットは意外な思いで表情の選択に苦慮し、ラウラは・・・・・・屈辱に身体を震わせられていた。

 

 

「・・・・・・フランスのアンティークですらなく、極東のブリキ人形で、この私に挑むだと・・・・・・?

 私など、その程度の機体で十分だと言うつもりかシェーンコップ!!」

「あなたなど、この程度の機体で十分だと言うつもりなのですよ、ボーデヴッヒ少佐殿」

「貴様ッ!!」

 

 

 もはやラウラの怒りは臨界に達しつつあった。

 少なくとも周囲の者たちには、そう見えるだけの怒りようと表情、怒声に彼女の剣幕でギャラリーたちには怯える者もいたほどに。

 

 

「両者、位置につけ。これより試合を開始する」

 

 大音量の機械アナウンスの代わりに千冬が双方の中間に立って宣誓し、互いに等距離で機体と機体を向かい合わせた状態で待機するのを確認した後、試合開始を告げるため厳かに手を振り上げる。

 

 

 

「たかが、下らん馬鹿に勝った程度で思い上がった貴様程度では、この私は倒せん。

 一瞬で勝負をつけさせ、実力の差を思い知らせてやるッ!!」

 

 

「フ――ッ」

 

 

「始めッ!!!」

 

 

 

 ラウラが戦闘開始寸前に勝利宣言を叫びあげ、シェーンコップは不敵に一笑のみを返事として、千冬の腕が振り下ろされる。

 

 その瞬間。

 シェーンコップVSラウラの模擬戦闘は開始され、両者は互いに剥き出しの怒気と、鋭く洗練された戦意とをぶつけ合うため機体を加速させ、片方が敵へと向かって突っ込んでいく!!

 

 

 

 ―――――ような事にはならなかった。

 

 

 

「・・・・・・あれ?」

 

 誰かが意外そうな声を上げ、試合開始前から同じ場所に立ったまま動くことなく、ただ相手と向き合ったままの両者を不思議そうな目でパチクリと見つめ。

 

 そして試合開始から1秒が経ち、2秒が経過し、3秒が過ぎ去って、最初はなにかの策かと思っていた生徒たちにも徐々に動かぬ両者への疑問の声が上がり始める頃になり。

 

 その時になって、ようやく。

 両者の片方に変化が生じた。

 

 

「ふぅ・・・・・・面倒だな」

 

 

 冷静で落ち着いた声音で、ラウラが呟いた愚痴という形によって。

 

 

 

「挑発に挑発を返して、のったフリをしてやれば、油断しきった開幕直後の攻撃を逆手に取り、簡単に勝負が付くかと思ったのだがな。

 どうやら、そこまで考えなしのアホウではなかったようだ」

「性格が悪い同僚が多かった者でしてね。俺以外に真人間のいない空間で長年生活をすると、多少は朱に交わって赤くなるのはやむを得んでしょうな」

 

 

 互いに苦笑しあい、感情的な部分など一切感じさせない軍人らしい読み合いと、相手の策を逆手にとって化かし合いを披露して、そして―――

 

 

 

「本命の前で、手の内を晒したくはなかった。だが、貴様相手にはそうもいかんようだ。

 ―――悪いが、手加減してやることはできそうもない」

 

 

 

 一切の感情を省いた冷徹氷の如き声音で、ラウラ・ボーデヴッヒが駆るシュヴァルツェア・レーゲンは動き出す。

 

 なんの縁故もなく、なんの私怨もなく、憎しみは遙かに勝る本命の眼前に晒されながら。

 ただただ機械のような冷徹な、戦闘機械として育成された兵士が両腕を広げ、猛禽の翼の如く獲物を見据える。

 

 

 その姿と、何より相手が自分を見つめてくる瞳を見つめ、シェーンコップは不意に過去への郷愁を誘われる。 

 

 

 

「やれやれ、ロイエンタール提督と戦った時には、あの高名なヘテロクロミアを抉り出し、盾に飾ってやろうなどと思ったものだが・・・・・・この相手には、そうもいかんか。

 女性として色々とボリューム不足ではあるが、見目麗しい少女を傷つけるのはフェミニストとは呼べんのでね。

 悪いが、手加減させてもらおう。少佐殿」

 

 

 

 

つづく



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第18章 

昼間に投稿した奴の完全版です。
最近、目が痛くなりやすくて長文が書けず、私が書く短い話はどうにも薄っぺらい。
どうにか解決したいと思って努力してるのですが……。

取りあえず最後まで完成したのを投稿し直しました。
一度読み終えた方は面倒かもしれませんので、途中からお読みくださいませ。


 IS学園警備主任を務める織斑千冬公認のもとで行われたシェーンコップとラウラとの模擬戦闘は、奇妙な膠着状態を経た後、ラウラから放たれた砲火によって本格的な戦闘へと移行していた。

 

「ファイエル!!」

 

 今はまだ可能性上の仮説に過ぎない遙か未来で聞き慣らされた、敵国の公用語での号令と祖を同じくする単語を叫びながらラウラは右手にマウントされた《大口径リボルバーカノン》を発砲。

 発砲すると同時に両手を左右に広げ、有線兵器の《ワイヤーブレード》を全弾両翼めがけて射出させた。

 

「――っ、上手い!」

 

 思わず、観戦していた取り巻きの一人に加わっていたセシリアが感嘆の叫び声を上げてしまうほどラウラの動きは同じ専用機持ちとして理に適っていた。

 それは、密かに思いを寄せている異性が新参のクラスメイトと試合をすると聞いて駆けつけてきた彼女であっても(この時点で彼女は相手に自分の想いを気付かれていないと認識している)ドイツが開発した第三世代ISを与えられたラウラの実力は確かなものがあると認めざるを得ないほど合理的なものだったからである。

 

 ラウラの《シュヴァルツェア・レーゲン》に搭載された《大口径リボルバーカノン》は現時点でIS学園に属する各国専用機の中で、一夏の《白式》が持つ《零落白夜》を除いて最大の威力を誇る巨砲である。まともに正面から受けてしまえば、如何な防御力に秀でた打鉄であっても無事ではすまない。

 

 これを回避するには大きく分けて、左右上方の三方向のいずれかしか逃げ道がない。

 カノンを発射するのに使ったため、左手より僅かに射出が遅れた右方向に避けた後、反撃に打って出ようとするなら右手のワイヤーブレードで迎撃して敵の足を止め、左に射出させていたワイヤーブレードの方向を変えて横側面を突かせて挟撃させる。深読みして左に逃げた場合であっても使う戦法自体は同じでいい。

 

 唯一、天頂方向だけが二の手の攻撃からも逃れられる場所となってはいるものの、上下左右いずれからでも攻撃可能な空中への逃避はワイヤーブレードにとっては好都合な狩り場に獲物自ら飛び込んでいくようなものでもある。

 

 ラウラは、大口径リボルバーカノン1発を発射しただけで、敵に対して行動の自由を奪い、選択を強要する心理戦を仕掛けることに成功したのである。

 彼女が強いだけの一兵士ではなく、非凡な戦術指揮官としての能力も兼ね備えていることを見せつけられ、セシリアとしては警戒を強めずにはいられなかったのだ。

 

(どのみち貴様には、私に接近しない限り勝機はない! だが攻撃を回避して私に近づこうとしてくるならAICで絡め取ってやるだけのこと。

 防御特化の近接両用型を選んだ時点で、貴様の負けだ! 後はゆっくり切り刻んでやれば私の勝ちだ一般兵!!)

 

 口元にサディスティックな笑みを浮かべながらラウラは、心の中で勝利を確信して勝利宣言を上げていた。

 それは彼女の傲慢さを示すものではあったが、根拠のない過信であることを示すものではない。

 現に彼女の戦況分析は正しく正確で、接近戦向きの打鉄を乗機に選んでいるシェーンコップには敵に接近して斬りつける以外に勝ち方の持ち合わせがなく、ラウラは近づいてきた時だけ敵を撃っていれば、先に根負けせざるを得なくなるのは勝負を挑んできた挑戦者の側なのは確実なのだ。

 無理して自分から仕掛ける必要は微塵もない。今のままの戦い方を続けるだけで自然と勝利は転がり込んでくる。そういう状況が今のラウラとシェーンコップの模擬戦なのである。

 

 先の先を取りながらも守りに徹する、という戦い方はラウラの好みではなかったが、本命の見ている前で全ての手札を晒すのは避けるのが賢明であり、たかが模擬戦での勝利を得るため力を使い尽くしたとあってはいい笑いものだ。

 

 圧倒的な力の差によって、敵に為す術なく一方的に勝負を決める。・・・それがラウラの方針であり、対シェーンコップのために用いた戦術方針だった。

 油断できる相手ではないが、既存武装しか持たぬ量産型と、特殊武装を前提とする第三世代では条件が異なる。

 AIC搭載機を相手に、一機だけで勝利を得るのは、それほどまでに難しい。その事実を知らしめられれば十分だと、ラウラはこの戦いの勝ちを認識していたのだ。

 

 だが、この敵はラウラの思惑に“途中まで”しか乗らなかった。

 

 ドゥッン!!

 カノン砲が着弾して土煙が生じ、その煙を煙幕代わりに利用したシェーンコップが定石通り、カノンを発砲したばかりの右手がある右方向に回避しながら微妙に角度を逸らして高速移動し、素早くカーブを描きながら右前方から左前方へと進路を変えつつ接近してくるコースを取ってくるのを見て取ると、ラウラは右手のワイヤーブレードを操作して迎撃用の複雑な軌道を取らせながら、左手は大きくカーブを描いて敵にとって右後方から襲いかかるコースを取らせる。

 

 そこまではラウラの計算通りに事が進んでいた。そのはずだった。

 だが、ここで敵は思わぬ行動に打って出る。

 

 突然ラウラに接近しようとしていた足を止めると、接近戦向けの打鉄にとっては補助的な要素が強い武装の《アサルトライフル・焔備》を腰だめに構えると、射撃体勢を取ったのである。

 

「!? ワイヤーブレードを撃墜しようというのか? だが、そんな曲芸ができたところで状況は変わらん! 悪足掻きだ!!」

 

 シェーンコップの動きを、自分に飛来してくる三本のワイヤーブレードをライフルで撃墜することで障害物を取り除こうとする、理論上だけなら有効な戦法を相手が用いようとしている狙いを看破したラウラは、敵の甘さを嘲りながら怒号する。

 確かにそれが可能となれば、ラウラまでの距離を阻む障害はなくすことが可能となる。だが、飛来する小さな飛行物体を射撃で撃墜するのは容易ではない、ラウラが操作する有線兵器ともなれば尚更のことだ。

 また仮に偶然や運も味方して、射撃による撃墜を成し遂げたとしても、状況は差して好転しない。背後から迫り来るワイヤーブレードは健在であり、AICによる絶対防御が敗れるわけではないからだ。

 

 言葉通りの悪足掻きとしか思いようのない行動を取るシェーンコップだったが、自由惑星同盟軍最強の白兵戦部隊を率いて、不良軍人の名を欲しいままにしてきた食みだし者の連隊長でもあった彼の狙いは、軍人としては正道を行くラウラの予測を大きく外れることになる。

 

 自らに迫り来るワイヤーブレードの刃を目前にしても、微動だにせず。

 慎重に狙いを定めた後、彼の指先はトリガーを引いて発砲させた。

 

 そして―――

 

 

「なっ! なにィッ!?」

 

 

 ――ラウラは、その光景を前に信じられないものを見たと驚愕させられることになる。

 彼女の視界で、三本のワイヤーブレードが行き場を失い宙を舞っている。

 

 撃ち落とされたのではない。シェーンコップが放ったのは一発だけだからだ。たった一発の弾丸で三本のワイヤーブレードを纏めて撃墜できるはずがない。

 

 ワイヤーブレード撃墜を狙って撃っていた場合には、実現できるはずのない状況。

 だが彼が狙っていたのは、最初から自身に迫り来るワイヤーブレードそのものではない。

 

 ワイヤーブレードとシュヴァルツェア・レーゲンとを繋いで操作する有線のワイヤー。

 その射出口を狙って当てられたがために、三本のワイヤーブレードは纏めて方向を逸らされ、行き場を失って一時的にコントロール不能の状態へと陥らされてしまっていたのである。

 

「貴様! あの距離から、射出口のような小さな的を狙って狙撃するなど、正気か!?」

「残念ながら、素面で戦争ができる者たちと違って狂っております」

 

 不敵な笑みと共に白々しい減らず口を叩きながらも、シェーンコップの動きは一瞬だけ生じた隙を全く見逃してくれない猛禽のように素早いものだった。

 

 シェーンコップ的には、それほど大したことをしたという意識もなかったからである。

 かつて自分が連隊長を務めていたローゼンリッター連隊で、副連隊長を努めていた最後の戦いにおいて、帝国軍艦隊の陸戦部隊と同盟軍の後方補給基地ヴァンフリート4=2とを守る守備隊との間で争われた、両軍共にとって不幸な予期せぬ遭遇戦に陥ってしまった際。

 

 部下の一人で、三年後には自分よりは劣るが自分以外全てに勝る勇者となっていたデア・デッケン中尉は、炸裂する敵の砲撃と味方の迎撃火線と金属非金属、土砂に雪、果ては人間の肉片までもが飛び散り視界を閉ざすため協力してくる最悪の混戦状態の中。

 

 味方戦車を次々と撃破してくる帝国軍の有線ミサイル砲車から発射されたミサイルと本体とを繋ぐワイヤーだけを狙って命中させ、味方の基地を守るのに貢献した実績がある。

 

 部下にできたことだ。上官に出来ないはずはない、などと豪語する心の狭い指揮官になった覚えはシェーンコップにはなかったが、あの時より遙かに近い距離で一機だけの敵を相手に猿マネ程度もできないような“格好悪いマネ”ができるほどの冴えない男になった覚えはもっとない。

 

 何より、あの時の戦闘では自分たちの元上官で、先々代の連隊長だった裏切り者『ヘルマン・フォン・リューネブルク』によってデア・デッケンは、現時点では勝てない敵の勇者と戦って勇者になるより先に名誉ある戦死者の一員になる道を与えられている。

 

 その戦闘の結果として、大佐の階級と連隊長の地位を正式に授与されたのが自分なのである。

 別段、部下の分まで自分が代わりに戦ってやるなどと言うような殊勝さは持ち合わせていないものの、ケジメはつけなければならない問題ではあった。

 それがローゼンリッター連隊という、同盟軍最強の札付き部隊の流儀であったのだから。

 

 

「くっ! このザコ如きが! 調子に乗るなっ!!」

 

 想定外の攻撃により、防御策を無力化されてしまったラウラは、左方向に残ったワイヤーブレードによる攻撃と、右手の体勢を立て直して迎撃を再開するか仕切り直すかの選択を迫られたことで判断に迷ってしまい、敵にイグニッション・ブーストでの急速接近を許してしまう失態を犯してしまう羽目になる。

 

 些か慌てながらではあったが、ラウラは自身だけが持つ絶対的な優位性、停止結界による防御を選ぶのを間に合わせることができ、シェーンコップが突撃してくる眼前に右手を突き出し、そして動きを―――封じ“られる”事になる。

 

 

「が・・・は・・・・・・っ。

 なんだ・・・と、ぉ・・・・・・?」

 

 

 空中へとさまよう眼帯をつけていないラウラの瞳に、アサルトライフルの銃身が舞っている姿が視界に映る。

 自分の視力を奪い、一瞬だけ意識を暗闇の世界に閉じ込めて動きを止めさせた犯人こそ、そのライフルの銃身だった。

 

 シェーンコップは急速接近しようとするより大分早く、同じ位置で立ち止まって迎撃するかを悩んでいたラウラに向け、右手に持っていたライフルを投擲してからイグニッション・ブーストを使用していたのである。

 敵機からの接近に対処することばかり考えていたラウラは、頭上の警戒が疎かにしてしまっていた。

 自分の使う武器のスペックを把握しておくことは、一流の戦士にとっての常識でしかなく、やっていて当たり前程度のことでしかない。

 自分のイグニッション・ブーストが、どの距離から使って、どの位置まで、どれくらいの時間で到達できるか0コンマ単位で正確に測れるようになれないのでは、一日に二個艦隊と連戦して連勝するヤン艦隊の過密スケジュールをこなすには生命が1ダースあっても足りぬのだから。

 

 皇帝ラインハルトが自由惑星同盟を征服して宇宙の統一を成し遂げた大新征において、白兵戦部隊はいまいち活躍の場が得られなかった為にポプランの青二才に偉そうな苦労話を語らせる栄誉を許してやる羽目にはなったが、戦場が宇宙ではなく地上を部隊にして宇宙艦隊ではなく白兵戦部隊で同じことをやれと言われた場合には、一日で四個艦隊に匹敵する価値を持つ敵将の首をトマホークに掲げて凱旋してきたのは自分だったことは疑いないのだ。

 

 たかだか、1キロだの1メートルだのといった『至近距離』での計算式を間違える彼ではない。

 ポプランたち戦闘艇スパルタニアンのパイロットたちが、瞬時にして小惑星帯のデブリの位置と軌道と自機との距離を正確に割り出せるように、自分もまた自分の戦場で同じことができる。只それだけのことでしかなかった。

 

 ガシィッ!!

 

「――はッ!? しま・・・っ!!」

「ふ・・・っ!!」

 

 そして、空から飛来してきたライフルによって頭と眼球とを強打され、一瞬の空白が生じさせられてしまっていたラウラの停止結界による防御網を突破し、敵に肉薄したシェーンコップは右手を伸ばし。

 

 ラウラの右手首を掴み取ると、残った左手をラウラの眼前へと叩き込み。

 

 

 

「レディに対して失礼。ですが、子供の過ちを質すのは世間一般では大人の義務と言うことになっているそうなのでね」

 

 

 

 グーで、美しい少女ラウラの顔を殴ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 そう告げられて、自分の顔面に向けて装甲に包まれた右拳を突き出してくる相手の言葉を聞きながら、ラウラ・ボーデヴッヒは心の中で考えていたことがある。

 

 ―――間違いない。コイツは救いようのない阿呆だ、と。

 

 IS同士の戦いにおいて、互いに実銃やビーム兵器を撃ち合いながら操縦者たちが無骨な装甲を纏わず、素肌に近い姿に部分的なアーマーのみを装着して試合に臨むことができているのは、ひとえにISバリアの存在によって支えられている。

 あらゆる攻撃をISエネルギーの消費によって防いでくれる、このバリアの存在によってラウラたちIS操縦者は銃口や白刃を前にして恐れることなく、白磁のような肌を晒し続けて戦うことが可能となるのだ。

 

 その事実を正しく認識してさえいれば、たかだか武器も持たずに殴るだけの拳打など、見た目が派手なだけの見かけ倒しの一撃にしかならぬ事が分かるだろうに。

 父親気取りの格好付けで、ギャラリーたちの見ている前で演出したかっただけなのだろうが、その甘さと現実認識能力の低さが徒となる――。

 

 そう考えながらも、右腕を掴まれた体勢と、拳までとの距離から見て躱しきれぬと割り切らざるを得なかったラウラは、一撃は食らってやることを前提として、攻撃を受けた後の反撃のため姿勢制御の立て直しと武装の実体化のため準備を進め、そして――

 

 ガツッ!!

 

 ――激しい衝撃によって、“脳”が揺さぶられる景色を目撃させられる。

 

「ぁ・・・・・・が・・・?」

 

 急激に景色が暗がりに包まれたかと思うと、時代がかった白黒の映像に移り変わり、ラウラの頭を混乱させる。

 いったい何が起こったのか? そう考えようとしたラウラは、自分の身体と意識が思うように動かない事実に気付かされ、その瞬間なんの前触れもなく理由と原因に思い至ることになる。

 

 揺れる視界の向こう側で、分身したかのように複数の身体に分かれて見えるワルター・フォン・シェーンコップが「にやり」と笑いながら再び拳を振り上げる姿がボンヤリと認識できていた。

 

「本来であれば、ご婦人にケガ人を出させるのは薔薇の騎士の流儀に反するのですがね。

 ISバリアがあれば殴られたことにはなりますまい? なら今日のところは無礼講と言うことで何卒」

 

 芝居がかった態度で言いながら、言葉を言い終えた時には既に2発目を入れ終えて拳を退いている。

 その情け容赦ない戦い振りに、「よく言う」とラウラとしては内心で苦笑せざるを得ない。

 

 そんな行為に、大した意味や効果などまるでないと承知の上での演出。

 本命は別にありながら、見ている者たち向けの言葉を放つ相手の狡猾さが、いったい誰に向けられたものかは知らないものの、ラウラは相手がしている行為の意味を当事者として誰より正しく理解できていた。

 

 ラウラが、たかが装甲に包まれただけのパンチだけで、ここまで仰け反らされた理由。

 それは彼女がしている『眼帯』が原因で起きていた現象だったのだ。

 

 転入直後から周知の事実として、ラウラの左目は大きな眼帯で完全に覆われている。

 この状態で相手を見ようとするならば、残る片眼だけに負担が集中するしかなく、右目に少しでもダメージを負わされただけで目をつむってしまい、相手を縛るため『意識を集中させる必要』があるAICを完全起動させることは出来なくなるしかない。

 

 先のアサルトライフルによる投擲も、つまるところラウラがAICを使ってシェーンコップの突撃を制止させようと意識を集中させるため、『対象に視線を集中させていたこと』が仇となり、それを阻害されただけで大きく体勢を崩されざるを得なくなってしまった“自滅”こそが実情だったのである。

 

 右目だけでしか景色を見れないラウラが、何かに意識を集中させようと思えば、片眼の視線を目標対象に凝視させざるを得ない。

 片眼で見つめなければ一カ所に意識を集中できない能力ならば、その目だけに注意を配り、能力を使用した瞬間に片眼を狙った攻撃を当てるだけで、その攻撃は無力化することが可能になる。

 

 シェーンコップは、そのように推測して、その通りに実行した。その結果が今の戦況に現れている。

 そしてこの劣勢は、ラウラにも責任がある敗北に繋がりかねない状況でもあったのだ。

 

 シェーンコップは先の実戦訓練の際、ラウラの教師役を仰せつかっていた実績がある。

 あの時にラウラは余りにも相手の見ている前でAICを多用しすぎてしまっていたのだ。

 本人に自覚はなく、使用は制限していたつもりであったが、同じ技を短時間に2度3度と見せられ続ければ、たとえ返し技の考え出しづらい特殊能力であろうと特徴や共通点の1つや2つは嫌でも見いだすことになる。

 

 また、そうでなければ教師役など務まらなかっただろう。教え子が優秀なことに慣れているのがシェーンコップだ。

 ラウラの使うAICが不完全なレベルでしか使うことが出来ないことや、使用時の意識集中時に生じる癖など、全て把握されてしまった後の状態で、ラウラはその事に気付いていない。

 

 そこに奇策を用いられる、心の隙が生じていた。

 AICでの停止結界に拘るあまり、『相手を凝視しすぎることの危険性』に気付けなくなってしまっていた。それがラウラの失敗理由だった。

 

 この状態になってしまった今となっては、もはやAICは使えない。

 片眼だけで意識を集中させなければ使用できない能力を、その片眼の視力にダメージを与えられてしまった後では、全力使用は望むべくもない。

 ただでさえ細かい狙いが定まらない程度には、視界がブレているのだ。

 おそらく拳を当たる際、当たるポイントを調整して脳を揺さぶる殴り方をしたのだろう。軽い脳震盪脳を起こさせられてしまっている。この体調で意識集中を必要とするAICの使用は負担であるばかりか却って有害になりかねない。

 

 この期に及んでラウラに選べる反撃の手段。それは―――

 

 

「こ、の・・・・・・マネキン野郎めがッ!!」

「むっ!?」

 

 ラウラは目の前で微笑みを浮かべ続ける、いけ好かない色男面に向けて、空いていた左手を使ってデタラメに拳を叩き込むと、相手が仰け反った隙に距離を開き、続いて装甲に包まれた足を突き出すと、猛然と蹴りを相手のIS目がけて叩き込み続けたのだ。

 

 

『『『・・・・・・・・・』』』

 

 見ている観客たち全員が一人残らず唖然とさせられる光景が、目の前では繰り広げられ続けていた。

 ラウラの右手を掴んだまま、自分たちの外側に向けて掌が突き出される体勢を維持しつつ、残された片腕と片腕、片足と片足、蹴りと蹴り、時には頭突きなども交えながら両者は激しく争い合い、互いに相手の身体の上にのし掛かるマウントのポジションを奪い合いながら、原始的な殴り合いの様相を、『既存の兵器では決して勝てない次世代兵器IS』を使って実戦しあう。

 

 一夏とシャルロットでさえ、その光景を前にして言うべき言葉を失っていた。

 彼らの誰もが、シェーンコップ自身でさえ知る由のないことであったが、彼とラウラの戦い振りは銀河を巡る最終決戦場所である純白の帝国軍総旗艦の中で、自分よりも1分遅れて死ぬはずであった同僚が、敵国皇帝の親衛隊長と最後の個人的な決戦をおこなっていた姿と酷似していた。

 

 その戦いの中で、『和平』という小さな成果を得るためだけに膨大な量の味方の血を捧げたことにより、その価値を認めた皇帝が激戦を生き残った者たちに最後まで生きる資格を与え、自分は死に、同僚は生き残った。

 

 その同僚が生き残る資格を得た戦い方を、知らずに再現した結末として。

 シェーンコップは遂に、首筋に当たったプラズマ手刀の刃によって、敗北と死後の世界で生き続ける資格を手にすることになるのだった。

 

 

「参りました、少佐殿。降伏しましょう。流石はドイツ軍最強の代表候補生だ」 

「・・・はぁ・・・、はぁ・・・」

 

 汗みずくになり、土埃に塗れた顔をシェーンコップの顔面に接触するほど近づけながら、息を切らしていたラウラは自分の左手から伸びる刃が相手の首もとに当たっていることを知り、憑き物が落ちたようにストンと腰を下ろして大きく息を吐く。

 

「し、勝負あり。シェーンコップの降伏によって、ラウラ・ボーデヴッヒの勝利とする」

 

 やや気圧されながらも千冬が勝者と敗者の名を告げ、試合終了を宣言した後にも、しばらくの間は声を上げる者は誰もおらず、一夏もシャルロットもセシリアも沈黙したまま、ただシェーンコップだけが立ち上がり敗残兵らしく背を向けて会場内を歩み去っていく。

 

 その途中。

 ようやく沈黙が解かれて、生徒たちがザワメキ始めた頃。

 その喧噪に紛れるようにして、シェーンコップはラウラの耳にだけ意味が伝わるよう、小さな声量で一言だけ告げたのである。

 

 

「―――少しは気晴らしになりましたかな? 少佐殿」

「あ・・・・・・」

 

 その言葉でラウラは、今回の模擬戦に含まれていた本当の意味と目的を、遅まきながらようやく知ることが出来たのだった。

 

 何のことはない。シェーンコップはただ自分の、ラウラ・ボーデヴッヒの堪り続けているであろうフラストレーション発散のため、自分との戦いで思い切り身体を動かす場を与えたかっただけだったという目的をである。

 

 他人の目には傍若無人かつ傲慢としか映りようのない暴挙を繰り返していた、IS学園転校直後から見たラウラの行動。

 それは客観的に見て事実であったが、一方でラウラの側には思い通りに行かない現実を前にして焦りと苛立ちを募らせていた側面があったのもまた事実ではあったのだ。

 

 尊敬し敬愛する織斑教官を取り戻すため遙々日本まで来日したまでは良かったが、その後は中途半端に上手くいかないことばかりが続く日々を送っていたのがラウラだった。

 

 教官を誑かした愚弟に制裁を加えるのは中途で禁止され、自分のターゲットとは考えていなかったフランスの代表候補が愚弟に肩入れしてしまい、大本命である織斑教官への本国帰国願いはすげなくあしらわれ、ラウラの織斑教官を取り戻すという作戦そのものは八方塞がりとなってしまっていたのが実情だったからである。

 

 尊敬し敬愛している教官から、元教え子として他の者と異なる特別扱いされている認識はラウラの中には確かにあった。

 だが一方で、自分の求める一番の願いには全く聞き入れる意思を示さない千冬の対応は、ラウラの中で中途半端な想いだけを熟成させ、不完全燃焼のままチリチリと残り火が灯され続けて、なにか適当な可燃物を求めて発散させたい感情を気付かぬ内に養うよう作用するようになってしまっていた。

 

 

 シェーンコップが、そんなラウラの感情に気付いたのは、同盟政府からの度重なる嫌がらせに不満を溜め続け、いっそ独裁者になってしまえと忠誠を誓った上官を先導し続けてきた自分自身の前世の記憶が教えてくれた経験則故でのものであった。

 

 千冬には、意図的ではなく悪意的でもないものの、自分の態度と言動に対して目下の者たちが抱くストレスという負の感情を軽視する傾向が強い部分を持ち合わせていた。

 

 上から目線で命令を押しつけ、従わされる者にとっても良い結果さえもたらせば納得してくれるはずだ、という無意識の甘えが見え隠れする部分があるのだ。

 

 その結果が、ラウラにぶつけ所のないストレスを溜め込ませるという現状を招いてしまっていた。

 千冬に悪意はなく、優遇してくれている面もあるが、不満も溜めさせ、その為の説明は不足したままで、ただ相手が自分で分かるようになることだけを求めてくる。

 

 そういう、『素直で優秀な教え子だけにしか通用しない教育方法』を無自覚に実践している千冬の足りない部分を、同じ家庭教師仲間だった者としてフォローしてやるのが自分の勤めだと、シェーンコップはラウラに対する己の立ち位置を規定していた。

 

 それ以上はやる気はないが、それ以上になるまでは最善を尽くそう。

 そういうスタンスで自分と向かい合ってきている男だったという事実に、ラウラは今回の勝負によって完全には分からないながらも4割から5割近く程度は理解できたような、そんな気持ちにさせられて。

 

 

「・・・まったく・・・・・・」

 

 去りゆく敗残兵の背中を見送る目には、アリーナに来た直後ほどの険しさは既に消え失せていた。

 

 

「やはりアイツが阿呆なのは間違いないが・・・・・・ただのアホウでないのも間違いはないらしい」

 

 

つづく



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第19章(完成版)

*改めて書いた追加文章を付け足しときました。分かりやすいよう、「――」で線引いときましたので、再読される方はその線から下をご覧ください。
初見の方は目印ですので、お気になさらないようお願いします。

また、既に既読の方には二度手間をかけさせぬため、大まかなストーリーには影響しない余談程度の内容になっていますので、読み飛ばしても問題はありません。
ですので気楽に、自由にどうぞデス。


「犯罪がおこなわれた時、その犯罪によって利益を受ける者こそ真犯人だ」

 

 ――この人間社会における真理の一つは、人類がまだ地球という一惑星でのみ生活と戦争を繰り返していた頃より十世紀近くを経た銀河をめぐる未来の時代にいたって尚、ウソと情報と欺瞞、それらを生み出す人の願望と誘導に基づくベクトルがかかっていることへの警句として、犯罪捜査と情報収集における真理の地位を守り続けている。

 

 では、「シャルル・デュノアは実はシャルロット・デュノアという少女であり、性別を偽って国立IS学園に留学してきている」・・・・・・という犯罪行為は、誰にとっての利益をもたらすものであったろうか?

 それは些か答えを出すのが難しい問題であると同時に、中々に興味深い命題にもなりえるものであったかもしれない。

 

 実行役であるシャルロット本人にとっては、父親の経営する会社の都合に巻き込まれただけであり、それに参加させられているという時点で利益にはなりようのないものだっただろう。

 一方で、IS学園への潜入と白式の情報奪取を命じた側のアルベール・デュノアにしても、娘には秘せられた別の思惑が込められた計画だったとはいえ、相応の費用とISコアを消費している。

 現段階では成果は上がっておらず、得られた情報が必ずしも役立つものか不明瞭でもあり、今のところ一方的な損益しか出せていない。

 成績不振が続くデュノア社への支援金を減らし、自国製IS開発許可の剥奪まで検討しているフランスも、国家代表候補としての地位を正式に与えられた人物の不祥事は一企業の独断で済ませられるレベルのものではなく。

 また、欧州で近くおこなわれる第三次イグニッション・プランの次期主力コンペに参加予定なのはイギリス、ドイツ、イタリアの三カ国であってフランスは含まれておらず、ライバルになり得ぬ企業の不祥事によって得をする立場にはない。

 

 結局のところ、ほとんどの関係者たちにとって得することなく損にしかなり得ようがなかった事件が、シャルロット・デュノアの母親の死に端を発する身分詐称と不正留学だったのやもしれない。

 

 だが他者から見れば、どれほど滑稽で無意味で愚かしい愚行としか思えぬ行為であろうと、それを実際におこない、失敗した際には被害を被る立場にある者達にとってみれば、それなりに必死にならざるを得ないのも事実ではあるのだ。

 

 その隠し続けるべき事実が今、事件の当事者の一人である織斑一夏に露見した。

 

 

 

「い、い、いち・・・・・・か・・・・・・?」

「へ・・・・・・?」

 

 自室にあるシャワールームの中で、見覚えのある全裸の少女と遭遇して、硬直したままの相手と二人、無言のまま向き合う一夏。

 それが、シャルロット・デュノアがシャルル・デュノアを演じることで隠し続けてきた秘密が明らかとなる切っ掛けになった出来事だった。

 

 その経緯は至って単純極まりなく、ただ同じ部屋の寮生でルームメイトだった一夏の帰りが遅れ、油断したシャルロットがシャワーを長く浴びすぎて鉢合わせしてしまったという、ティーンエイジャー向けの青春群像映画でさえ使い古された手法を現実で再現してしまったことが、その理由と経緯の全てだったのだ。

 

 それによりシャルロットは既に、これ以上の父親に対する『義理を果たす必要性』を感じ続けることが出来なくなってしまい、慣れないスパイ活動により精神的にも疲労していたことも重なって、一夏に全てを明かして楽になりたい気持ちを抑える気力は残されていなかった。

 

「――とまぁ、そんなところかな。でも一夏にバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ・・・・・・潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

「・・・・・・」

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメンね」

 

 どこかスッキリした憑きもののの落ちたような表情で言い切られ、深々と頭を下げられた一夏だったが、その手が不意に相手の肩を掴んで顔を上げさせたのは、決して相手のことを思ってのこと“ではなかった”

 

「――いいのか、それで」

「え・・・・・・?」

「それでいいのか? いいはずないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろう、そんなものは!」

「い、一夏・・・・・・?」

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか! 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無いはずだ!」

 

 それは、未だ本名を知らぬシャルルに向かって叫ぶように言いながらも、一夏自身が途中から気づいていた事だった。

 彼の言葉は、自分自身が自分の親に向かって言っている言葉であり、会ったこともない両親の無責任ぶりに対しての糾弾でもあった。

 

 一夏は幼いころに姉共々、借金を苦にした両親に捨てられて育った複雑な家庭の事情を有する少年だった。

 正確には姉の口から、そのような事情で我が家は姉弟二人だけの家族なのだと説明されて育った過去を持つ少年が彼だったのである。

 

 それは特殊な出生事情をもつ千冬が、弟に事実をそのまま知らせるわけにもいかずに、微妙に事実を湾曲した表現を用いながらも一部に真実を残した言い回しによって隠蔽しようとした欺瞞情報を、姉を絶対視している弟が信じ込んでしまったことで生じてしまった微妙な歪さを持つ認識だった。

 

 その感情を一夏自身は、自分を養うため姉に苦労をかけさせてきた要因として、幼い子供だけを捨てて自分たちだけで逃げた親たちの身勝手さに、激しい怒りを抱いてのものだと認識している。

 

 ――だが事実はおそらく今少し異なっており、年の離れた姉に養われてきた自分の立場に引け目を感じ続け、未だ年齢の縛りによって姉にとっての経済的な足かせにしか成り得ない現在の無力な己自身に対してこそ、彼は内心で怒りを感じており、働いて稼ぎを得たい想いを『年齢』によって阻害されている社会に不条理さと理不尽を感じていたが、努力や強さでどうにか出来る問題ではなく、内心もどかしさを抱いてもいた。

 

 それらが混在となって、『姉一人に生活費を稼ぐための仕事を押しつけている原因』として、姉から教え込まれた身勝手な両親を責めることで『将来的には働いて恩返しをする自分』は、現時点で彼らと同じであっても別物だと信じたい―――そういう願望に基づくベクトルが一夏の思考には掛かってしまっていた。

 

 遙か未来の銀河で、『時間の女神に愛された男』と称されたブルース・アッシュビー提督が『50年前の国家的英雄』となった時代に語られた謀殺説にまつわる事件の中で、後に黒髪の魔術師の幕僚となるアレックス・キャゼルヌ中佐は、こう語っている。

 

 

「真実は常に複数なんだろうな。

 “戦争をする奴の真実”、“戦争をさせる奴の真実”、“戦争をさせられる奴の真実”

 ひとつひとつ皆違うのさ」

 

 

 ――彼の考えの是非は別として、仮のこの言葉が正しいとした場合。

 千冬には『弟のため出生の秘密を知られたくないウソを教えた』という真実があり、一夏は『姉に教えられたウソを真実だと思うことで両親と自分は違うと信じたい』という事情が真実となるものだっただろう。

 

 それは本人同士が持つ願望と理由の違いによって、誘導を意図した情報にベクトルが掛かり、当初の目的とは全く異なる方向へと影響するようになってしまった不正確な情報がもたらした結果であったが、本人がそれを真実だと信じたまま、事実を確認する手段のない状況下では、それはまさに真実たり得るものとなる。

 

 そのため一夏は、正直に自分が激した感情の理由を語り、家族の事情も隠そうとしなかった。

 

「あ・・・・・・その・・・・・・ゴメン」

「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今さら会いたいとも思わない」

 

 明快にそう言い切る一夏に迷いはなく、心にやましい部分や後ろめたさなどの負の感情も一切存在しないスッキリしたものだった。

 そして、それはおそらく事実であったろう。

 何故なら一夏には、両親に対して思うところがある“理由がない”からだ。

 

 あくまで一夏が、自分たちの両親について気にしているのは、『姉だけに働かせて稼ぐことが出来ない子供の自分』に負い目を感じている故のものであって、会ったこともない両親についてはイメージ上の存在としか認識したことが彼にはない。

 

 仮に、一夏の家の生活が厳しく、両親が蓄えを残さなかったことで千冬に大きな経済的負担が掛かっている事実があったなら別だったかもしれない。

 だが現実に彼の生活は、姉の稼ぎがいい労働報酬によって貧乏になったことはなく、経済的負担については一夏本人の心の中だけにしか存在していない問題にしかなったことが一度も無い。

 

 それが彼の唱える、『身勝手な親という存在への否定的感情』が、実質を欠いていることを示す証拠になり得る部分ではあったのだが・・・・・・一夏自身がそれに気づくには、彼の願望は強く思考に影響を与えており、冷静に自分の考えを客観視するには情が強すぎる性格の持ち主でもある。

 

「それより今はお前の方が重要だ。シャルルは、これからどうするんだ?」

「どうって言われても・・・・・・僕には選ぶ権利がないからね。良いも悪いも関係なく、時間の問題なんじゃないかな。

 フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかだと思う」

「それでいいのか?」

「だから、良いも悪いもないんだよ。僕には権利がないんだから、仕方がないんだ」

 

 そう言って痛々しく微笑んで見せたシャルルの笑顔に、一夏は許せない想いを感じて、猛烈な勢いで脳細胞を活性化させていく。

 自覚的にやっているものではなかったため、彼が気づくことはなかったが、生まれつき肉体に埋め込まれていた幾つかの遺伝子が『目的達成のための最適回答』を記憶巣の中を高速で飛び回り引っ繰り返し、どこかで見つけて意識されることなくインプットされていた情報を検索する作業を高速でおこなわせた、その結果。

 

「――だったら、ここにいればいい」

「え?」

「“特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする”

 ――つまり、この学園にいれば少なくとも三年間は大丈夫ってことだろ? それだけ時間があれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないはずだ。そうだろ?」

 

 スラスラと暗記していたテキストを諳んじるように語って聞かせた一夏の顔を、シャルルは唖然として見つめ、やがて破顔した。

 それは彼女本来の優しい雰囲気をまとわせた柔らかいものであったことから思わず一夏は見取れてしまい、己の中に生じた多少よこしまな感情から心と話題を逸らすように言葉を紡ぎ、

 

「ま、まぁ、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えてみてくれ」

「う、うん。そうするよ―――――って、あ」

 

 照れくさそうに笑いながら話を切り上げようとした直後。

 急に何かを、あるいは“誰かのこと”を思い出したような呟きをシャルルが漏らし、そして急速に顔色を悪くする原因となり得る“もう一人の秘密を暴かれてしまっている少年”について失念していた事実を思い出す。

 

「ん? どうかしたかシャルル? そんな鳩が豆鉄砲食らったようなって言うか、この世の終わりみたいな顔して。

 ・・・・・・ひょっとして俺以外の誰かに、今の話を知られちまってる奴でもいたりするのか・・・・・・?」

「う、うん・・・・・・そのぉ・・・・・・ちょっとだけ厄介な人に知られている、かもしれないってゆーか・・・。でも多分、証拠は何もない――と思うんだけど、持ってた場合でも僕たちには判別できそうにないってゆーか・・・・・・」

 

 曖昧で婉曲な表現を用いることで、問題となっている人物と直接的に対峙するのを避けたい気持ちを行動によって表してみたシャルルであったが、そこは女子生徒達の間で『鈍感王』として有名になりつつある一夏である。

 こういうときだけ都合良く相手の思いを、言わずとも察してくれる鋭敏さを発揮してくれるはずもなく。

 

 結局シャルロットは、自分の秘密をおそらくは知られているが、証拠はないように見えている人物の名を一夏に伝え、等しく絶望を共有する羽目になる・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

「ほう、デュノア嬢もついに乙女の秘密を、男に委ねるようになりましたか。

 ちゃんと儀式も無事に済ませられたようで、心身共に何よりですな」

「な、何を言ってるのさ!? 僕と一夏はその・・・・・・そういう秘密を共有したことなんて一度もないし! それにそんな、儀式なんて・・・・・・済ませてなんて一度もないしッ!!」

 

 人に言えぬ秘密を知られているかもしれぬ者と、秘密の密会をするため夜分訪れた相手の自室に招かれる成り、出だしに語られた内容に思わず赤面させられて真っ赤になって反論し、自分たちの無実と“純血”について全力で主張してしまうシャルロット。

 

 無論そのような“誤解を招かせる言葉”を放った側には、青臭い反応に真面目くさって言い訳がましい理屈を並べ立てるほどの可愛さなど微塵も残っている訳もなく。

 

「まぁ、このさい冗談は良いとして、デュノア嬢が一人で抱え続けていた重荷を背負ってくれそうな他人を作ることに成功したのは成果だったでしょうな。

 元々あなたに秘密主義が肌に合っていたとは到底思えない。遠からず破綻は目に見えていたのだから、その相手が坊やだったことは幸運だと思っておくべきでしょう」

 

 もはやシャルロットとしては、言い返す気力すら根こそぎ奪われる、シェーンコップからの論評だった。

 彼女なりに覚悟を持って秘密を打ち明け、一夏に救ってもらえそうな現在の状況に至れるとは想像すらできなかった状態で秘密を抱え、更衣室でも教室でも寮の自室でも関係なく、緊張感を持って生活し続けてきた転校してきてから今日までの努力が全て無駄だったように思うことしかできない評価は、これでもかと言うほどに彼女から反論する意思を完全に奪い去ってしまっていた。

 

 一方で一夏には、今し方語られた友達とも師匠とも呼びうる微妙な立場の男の発言内容に、流すことの出来ない気になる部分があったため、そちらの方に意識が傾き、赤面したシャルロットの恥態に意識を割くことは出来なかった。

 

 前世での上司や教え子と同じく、妙に異性の気を引きやすい一夏であったが、シェーンコップからは『まだまだ青い子供だな』と内心で評される由縁である。

 

「ちょっと待てシェーンコップ。さっきの言い方だとお前、シャルルが秘密を知っているだけじゃなく、我慢しててキツくなってたことまで把握してたってことになる」

「それがどうかしたかい、坊や?」

「知ってて今まで何もしてやらなかったのか?」

「そういうのは柄じゃない」

 

 ・・・・・・などとシェーンコップは言わない。

 その手の、ありきたりな三文映画の定番台詞は、王道好きで見境なしな女好きの空戦隊長でもある青二才エースにでも席を譲ってやり、自分は嫌われ者のダーティーな配役だけで我慢してやる謙虚さを発揮し、

 

「そうだな。それで、それがどうかしたのかい坊や?」

「・・・・・・」

 

 先ほどとは似て非なる言い回しの、だが全く同じ意味の言葉を返され、一夏は責任追求の言葉を見失い、口をパクパクさせて言葉を探し・・・・・・やがて黙り込んで沈黙する。

 

 相手から言い訳なり自己正当化の詭弁なりが返ってきた場合には、それを論破し、問題点を指摘するなどの会話術で相手を非難することが可能になるが、非難すべき議題を自分から持ち出さねばならないのでは、逆の立場になってしまう。

 

「それで、このような夜分遅くに小生ごときの居室まで如何な御用かな?

 見目麗しい乙女であるデュノア嬢が部屋を訪ねてくれるのは男として歓迎だが、男同伴で夜の密会という訳でもあるまい?

 坊やと一緒にきたところから見て、デュノア嬢の秘密に関することで俺に確認なり口止め成りを頼みたい部分でもあったかい、坊や」

 

 アッサリと消灯時間を過ぎた後に、自室まで密かに訪ねてきた目的まで言い当てられた一夏達は、素直に両手を挙げて降伏し、自分が知った事情とシャルロットの秘密を厳守してくれるよう頼み込んだ。

 学園特記事項を使った防衛策についても隠さなかった。

 この友人相手に自分が、秘密を知られることなく隠し続けられる自信が一夏には持つことが出来そうになかったから・・・・・・。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「なるほどね。まぁ、そういうことなら了解した。デュノア嬢の秘密は墓場まで持って行くことを約束しよう。

 最低でも、本人が自分から明かすような事態にならない限りは絶対にな」

「そうか・・・ありがとう。そう言ってもらえると安心できる、助かったぜ」

「もっとも、その必要もないかもしれんがね」

 

 話を終えて部屋に帰ろうとしていた一夏は、相手が何気なく放った最後の一言を、危うく聞き流す寸前に意識野で聞き取ると、驚いているシャルロットを横目にシェーンコップへと詰め寄り説明を求める。

 

「どういう意味だシェーンコップ、詳しく説明してくれ」

「なに、大したことじゃあない。仮にデュノア嬢の正体が他人にバレたところで、結果はさほど変わらん可能性が高いかもしれんということさ」

 

 露悪的な笑みを浮かべながら、シェーンコップはそう言い切る。

 シャルロットの身分詐称の件は、深く突っ込んで穿り回しても得する者は誰もなく、むしろ今のまま放置していた方がメリットがある者が多数派だというのが、その主張の根拠だった。

 

 ――シャルロットが性別を偽ってIS学園に転校させていたという一件は、当然ながらデュノア社に対して強力な脅しの材料となる。それは支援金のカットよりも余程有効な絞首刑用のロープとしてデュノア社の首根っこを抑える理由となり得る。

 むしろ法的な裁きを与えるため、公的な裁判にかけようという事にでもなれば、『フランス国家代表候補』としての資格を与えていた側にも責任が問われることになる。野党にとってはともかく、現政権にとっては面白いはずもない不祥事に発展する羽目になりかねない。

 

 欧州各国にとっては、今でこそフランスは第三世代開発の後発組として出遅れているが、現時点で市場の優位性を独占できている者達が、将来的に自分たちと並び立つライバルの登場する可能性を喜ぶ事は決してない。

 デュノア社の秘密を手に入れれば、率先して頭を押さえつける材料として手を取り合い、秘密保持と自国内における地位の独占維持のため水面下で協力し合う方が企業エゴとしては非常に正しい。

 

 各社が自由に競い合うことで質を高め合う、競合の原理に基づく資本主義とはいえ、所詮それは国家政府にとっての有益な成長戦略であり、国益優先の方針であるからには建前の側面を多分に含むのは避けられないものだ。

 たとえ国内企業の大手が潰れようと、それが競合の結果である限りは、より有益な企業と入れ替わっただけであり、国家全体にとっての収益そのものが大幅に減るという結果にはなりづらい。

 

 だが、自社の企業努力によって築いた大手の地位を、国家全体のためという美辞麗句による市場原理に基づき、新たに台頭してきた成り上がり企業に奪われることを美徳として潔く身を退くものだろうか?

 多くの者達にとって、その道は魅力的なものと映ることはないであろう。

 

 おそらくは自分たちが成功するまで競合の原理を尊重し続け、現状の社会で既得権益層になった時点で、国家社会に貢献しつつも他の成功者たちと手を結び、自分たちの地位を脅かす可能性の根を見つけ出して摘み取ることで既得権益を維持する共犯者となる道を選ぶのではなかろうか。

 

 大手同士が競合することにより、互いを潰し合うことで得を得るのは、若く新鮮な可能性を持った新勢力だけであり、それは現在の社会で満足な地位を得ている既得権益層の老人達にとって『秩序の壊乱者』にしかなりようがない。

 

 遙か未来の銀河帝国を改革したラインハルト・フォン・ローエングラムがそうだった。

 自由惑星同盟の古株達にとって護国の英雄ヤン・ウェンリーもそうだった。

 因果は過去においても巡るものなのだ。

 

 そして、そういう者達にとってシャルロットの一件は、知っていながら気づかぬ素振りで表向き無視していた方が都合が良い交渉カードになりえる出来事ではあったのである。

 その点でIS学園は、シャルロットの保管場所として都合がいい条件が整っている。

 一夏が発見した条項により各国の権力が、少なくとも表向き届きづらい場所であったし、保管と管理は国内に学園施設を持つ日本に責任を押しつけることが可能な立地にある。

 

 もし仮に、なにか不慮の事態が発生して生きた証拠であるシャルロットが死ぬような事態になったとしても、大事なのは彼女の『本当の性別』であり『性別を偽っていた国家代表候補』という肩書きにある事案である以上、「生きた証拠」が「死んだ証拠」になるだけで企業側や政権側にとって差して重要な違いと思われる類いの変化にはなるまい。

 

「今回のことで問題扱いされるとしたら、デュノア嬢が卒業した直後からが本番というところだろう。

 『今まで見過ごされていた政府の不正に関する査察調査』とでも銘打って、大勢のマスコミを引き連れながらテレビの前で大見得を切りたい連中が、学園内にまで乗り込んできて他の国より先に証拠物件を確保したがる大活劇が拝める未来が来るかもしれん。

 そういうものさ、経済ってヤツはな。

 俺の古いなじみに昔、学生時代の論文が目にとまって大手企業からスカウトされた奴が言っていた話だが、“政治や軍事と違って経済に理念はなく、現実のみがある”その点では戦争や軍事よりシビアかもしれんと。

 まぁ、そこら辺は政治家やら起業家やらの範疇であって、俺の関知するところではないがね」

「・・・・・・そうかなぁ」

 

 崩壊間際の同盟軍を後方から支えた補給の名人アレックス・キャゼルヌ中将から聞かされた説をシェーンコップは語ってみせたが、伝聞形式の又聞きでしかなかったためシャルロットの心に簡明と納得を与えるまでには至らなかったらしい。

 

 自分が悲観的になっているのを自覚してはいたものの、素直に改めてやるほど良い思い出のある相手では特になかったこともあり、不審さを隠そうともしない表情のままシェーンコップの論に異議を唱える。

 

「フランス政府はデュノア社に対して、ISの開発許可剥奪まで言ってきてるんだよ? たかだか言うことに逆らえなくするだけで許してくれるほど甘くないと、僕は思うけど・・・」

「その通り、ISを開発する資格を奪おうとしている。“ISを造るのを禁止する”とは言っていない」

「――あっ!?」

 

 さり気なく放たれた相手の指摘に、シャルロットは思わず声を上げ、頬を叩かれたような心理的衝撃を受けずにはいられなかった。

 

 もともと第三次イグニッション・プランは欧州の統合防衛計画として、造るのに大金が必要となる最新鋭ISを、欧州全体で同じ一つの機体を量産していこうとする開発費節約の面が強く、フランスとデュノア社もプランから除外されているとはいえ第三世代の開発を急務と考えるのは、この計画のトライアルに自国製の新型を参加させて欧州諸国全体を市場にしたいという狙いが含まれてのものだったはずである。

 

 一方で、それが叶わなかった場合を想定して動くのも政治家の役割であり仕事でもある。

 フランス以外の欧州各国がプランの恩恵を受けて同じ新型機を量産していく中で、自分たちだけ金食い虫の自国オリジナルIS造りをし続けられるほど、フランス人の気位は現実に対して相対的に強くない。

 

 現在の時点でさえフランス警察などでは、頑なに拘り続けたフランス製拳銃からベレッタなどの外国製の銃器へと現場に持ち込ませるものは機種変換がおこなわれている。

 ならば、「外国製の新型IS」を「自国の大手IS企業が量産する」という形を取るのが、プライドと予算双方にとっての妥協案と成り得ると考える者がいたとしてもおかしくはない。

 

 そして、その際。あくまで自国製の品にプライドを持つ古参の熟練工たちを納得させ、反対意見に説得力と影響力を持たせないため予め力を奪っておこうとする方針が、フランス政府内でも生じている可能性があるお国柄だという事実を、シャルロットは身を以て思い知る立場にあったのだから・・・・・・。

 

 しかし――

 

 

「シェーンコップ、お前の言うとおりなのかもしれないけどさ・・・・・・。

 だとしたら、俺たちが今やってきたのは、何のために、何をやっていた事になるんだ?」

 

 憮然とした表情で、一夏としてはそう言わざるを得ない。

 シャルロットは言葉にして不満を口に出そうとしなかったものの、想いは一夏と同じである。

 

 差もあろう。今まで隠してきた秘密がバレようがバレまいが結果は変わらず、一夏なり誰かに卒業までにはなんとかしてもらう必要があるのも変わっておらず、政府と企業の都合で振り回される立場に欧州各国の思惑がプラスされただけで自分たちがやることに何一つとして変化がもたらされるものではないとするなら、シャルロットが父親と出会って日本に来てから今までの間におこなってきた苦労と努力と精神面での疲労の数々は、やってもやらなくても同じようなものだったという事になってしまうのではないか?

 

 それはシャルロット本人だけでなく、親の都合で子が振り回される現象に否定的な意見を主張している一夏にとっても面白いことでは決してない。

 

 そんな二人に向かってシェーンコップは「にやり」と笑い、

 

「分からないか? 坊や」

 

 と、なんとなく素直に「分からないから教えてくれ」と頭を下げたい気分になれない口調と態度で告げた後。

 

 

 

「無論、人生勉強さ。悩めよ、“性”少年」

 

 

 

 そう言って、元不良中年の少年IS操縦者は不満顔の同級生二人を、楽しそうな笑顔で見物し、ノンアルコールジュースの風情のなさを慰める肴とするだけで、その夜の密会の幕は下りた。

 

 所詮、若い時分の親の都合で勝手に生まれていた認知していない子供を、「存在していることを知らなかっただけで隠していたつもりはないな」と不敵にうそぶく身勝手な親だった過去を持つ男から碌なアドバイスがもらえる話題ではなく、必然の結果であり帰結とも言うべき終わり方だったかもしれないが・・・・・・一夏達がシェーンコップの真実を知って納得が得られるのには、まだ十世紀近い月日の経過を待たなければならない事柄であった。

 

 

 

つづく




*先ほど誤字報告されて、説明が必要だったことに気付かされましたので補足です。
最後にシェーンコップが一夏に言っている、【性少年】という表現は、わざとです。

理由はまぁ……言うまでもないと思われますので割愛ということで(;^ω^)
ただ念の為に、【“”】を付け足させてもらいましたわ(微苦笑)


また、今の所【男性IS操縦者シャルル・デュノア】として、一夏にバレた後も性別を偽り続けるのを協力する立場上、【儀式を済ませたらしいシャルロット】に対しても皮肉を込めたダブルニーミングにしてみた次第。

気付いた方は、どれだけいてくれたか、ちょっと楽しみな作者です(^^♪


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第20章

久しぶりすぎる更新になってしまいました……申し訳ございません。
しかも書きたかった話とはいえ、ストーリーとは余り関係のない話になってしまって…。

尚、他の更新止まってる作品も続き書いてる最中ですので、良ければお見捨てなく(謝)


 歴史には、皮肉がつきものである。

 ありえたかもしれない多くの可能性の中で生き残った、たった一つの可能性だけが現実となって歴史を形作ることを許される。

 

 後の悲劇を防ぐための犠牲が別の悲劇をもたらす切っ掛けとなることもあれば、悲劇の要因となった出来事が起きなかったことで、更に巨大な悲劇が発生していた現在はないとする証明作業は誰にもできない。

 

 銀河の主導権をめぐる二大勢力内部で内乱が発生した折、銀河帝国の門閥貴族勢力との『リップシュタット戦役』が争われる最中。

 

「もし内乱が三ヶ月長引けば、新たに加わる死者の数は1000万を下ることはない」

 

 帝国軍の総参謀長オーベルシュタインは、その論法でもって貴族連合が行おうとしている民衆の虐殺を黙認させ、政治利用することで内乱を早期に終結させることには成功している。

 だが、その結果として主君ラインハルトと盟友キルヒアイスとの間で不和を生じさせ、それが帝国軍の副将を死に追いやる遠因ともなってしまった。

 

 また自由惑星同盟においても、黒髪の魔術師の幕下にいた者たちの間では、幾人もが語りあった『ありえた歴史』の一つに、このような話が存在していた。

 

「ヤン・ウェンリー個人にとっては、惑星エル・ファシルで英雄になどならなかった方が幸せだったのではないか?」

 

 というのが、それである。

 ヤン自身、その可能性は考えないでもない話題ではあったらしく、幾度か口にした記録を残している。

 たしかに、その可能性が実現していたら、難攻不落のイゼルローン要塞は帝国軍の手中から奪われることはなくなり、逆説的に奪取したイゼルローンを橋頭堡とした帝国領侵攻作戦が提案される可能性は消滅し、アムリッツァ会戦での惨敗と犠牲となった兵士たちは可能性上の数字としてだけ存在しうる未来が訪れる。

 

 だが、その場合は帝国の主導権を手中に収めたラインハルト・フォン・ローエングラムが大軍勢を率いてイゼルローン要塞を橋頭堡とした同盟領侵攻作戦を実行されていた未来を阻止する術がなくなっていたかもしれないのだ。

 

 ・・・・・・尤も、『ありえた可能性』の存在と『実現性』とは必ずしもイコールでないのも歴史上の事実であるだろう。

 

 後にヤン夫人となる副官のフレデリカ・グリーンヒルと、ヤンの養子として後に後継者ともなるユリアン・ミンツがこの話題を語り合ったことがあり。

 

「あらダメよ。そうしたらヤン提督自身、帝国軍の捕虜になって収容所暮らし」

「そっか。あの通りの人だから今頃は野垂れ死にしてるかもしれないか」

 

 二人は同様の結論に達して、互いに笑い合い、可能性の話は可能性のままで終わりを迎える。

 

 

 ・・・・・・だが、人の歴史が銀河をめぐる戦いの時代まで語り継がれたように、同様の理屈は未来から過去に遡った当事者たちにとっての現代にまで当然のように当てはまり、笑い話では済まない可能性が避けられてしまった架空の悲劇が生まれていた可能性もあるだろう。

 

 遙か未来の銀河系から、遙か昔に巻き戻った現代の地球。その小さな青い星の極東に浮かぶ島国にある学校で、その理屈が今もっとも当てはまっている人物がいるとしたら間違いなく彼女だった。

 

 

 

 

 

 それは、学年別トーナメントを最終週に控えた六月の、放課後。

 大会参加の訓練用に解放されている、第三ISアリーナ内で偶然の遭遇から始まっていた。

 

 必ずしも宿命的な遭遇という訳ではなく、IS操縦者育成のための教育機関とはいえ広大な敷地を必要とするアリーナを10も20も建てることは不可能であり、トーナメント当日まで一週間以上の日数がある現状で、同じ目標を目指している訓練熱心な生徒たちが放課後に出会う場所としては、それほど低確率というものではない。

 

 とは言え、そういった数字上の確率がどうあろうとも、この様な場面で因縁のある相手と遭遇した際には運命的なものを感じてしまいやすいのが、人の心というものであったろう。

 

 

「・・・あ」

「あら」

 

 放課後になった直後にアリーナにやってきて訓練を始めるつもりでいた二人の専用機持ちの片割れである、中国代表候補生にして一年二組のクラス代表『凰鈴音』というのが、その人物の姓名だった。

 

 ラウラがシェーンコップとの『馬鹿騒ぎ』によって欲求不満を発散させられ休火山となっていた現在、IS学園内でもっとも不本意な日々を甘受しなければならなかったのは間違いなく彼女だったからである。

 

 鈴はこの時期、不完全燃焼のまま日々を送っていた。

 彼女から見た主観では、想い人をテレビの中で発見し、心躍らせながら同じ学び舎での学園生活を夢見ていたところへ、どこの馬の骨とも知れぬ男により想い人は屈辱的な敗北を強いられてしまい、花園を踏み荒した害獣への怒りと共に仇討ちのつもりで久方ぶりの日本へと舞い戻ってきたのだ。

 

 ・・・・・・だが蓋を開けてみれば、思いを寄せている少年は自身に屈辱的な負け方を強要した相手を恨んではおらず、むしろ兄貴分かなにかのように慕っているように彼女の眼には見えざるを得なかった。

 鈴としては、肩すかしを食らわされたようなもので、振り上げた拳の落としどころが見つからぬまま悶々とした気持ちを今尚、心の中では燻らせながら日々を送っていたのである。

 

「てっきり、わたくしが一番乗りだと思っておりましたのに」

「あんたも意外と早いわね。

 あたしは、これから学年別トーナメント優勝に向けて特訓するんだけど?」

「わたくしも全く同じですわ」

 

 一方で、彼女と対峙し合っている今一人の専用機持ちの女子生徒セシリア・オルコットも、鈴に対しては隔意ある態度と言動を崩さねばならない理由と義理を一切持ち合わせてはいない立場にある少女だった。

 

 シェーンコップとの出会いで思いを寄せるようになり、一夏に対して友情は感じながらも異性としての情愛や独占欲は抱いていない彼女としては、鈴と張り合う理由やメリットは正直言ってあまりない。

 ただ反面、自分が思いを寄せている男性に対して事あるごとに突っかかり、不快な目付きを向けてくる相手の女からのイヤな視線にはセシリアの方は気付いており、普段から『気にくわない女だ』と感じさせられていた。

 

 シェーンコップ本人が気にしていないことや、まるで子供でも相手にするかの如く軽くあしらってしまっていることから普段は溜飲を下げて何も言わずに無視できているものの、互いに二人だけで鉢合わせしてしまった時には本音の一端を隠しきれなくなってしまう。

 

 逆に鈴もまたセシリアが、シェーンコップに好意を持っていることは態度などから丸分かりであり、『嫌味な男に惚れる変な趣味の女』という印象と感情を相手に対して抱くようになっていた。

 

 想いを寄せている対象は双方共に違うものの、互いに同じ相手と強い因縁を持つ相手に好意を寄せている少女たちにとっては、間接的な繋がりであるからこそ当人同士たちの友好関係とは別として複雑な感情を抱き合わずにはいられない間柄になっていたのが、この時期の彼女たち二人の関係性であった。 

 

「あっそ。それじゃ、お互い目的が同じ者同士ってことで、今この場では邪魔し合う理由はないわけね。あたしはアッチで練習するけど、あんたの方は?」

「では、わたくしは逆側の場所をお借りして自主練に励むとしましょう。どのみち決着はつく関係なのですし、それまでは互いに不干渉と言うことで邪魔し合わないし、足を引っ張り合うこともしない。それで、よろしくて?」 

「OK。んじゃ、一時休戦ってことで。それじゃ後はご勝手にど~ぞ」

 

 だが、逆に言えば彼女たちは双方共に、個人的な怨恨や因縁を持ち合っている間柄では全くなく、それどころか互いに思い人を通してしか交流というものがほとんど無かったのが、彼女たち二人の関係性でもあった。  

 

 敵対的というほどではないが、友好的とは決して呼べない態度と視線で接しながらも、最低限の節度は守り合った上で、必要なことを必要な分だけ伝えて了承だけを取り、用が済めば背中を向けて余計な馴れ合いは一切無い。

 時おり、感情が理性の壁を一部突破して皮肉や嫌味を言い合ってしまうこともあったが、それ以上の事態に発展することはなく、今日までやってきたのが鈴とセシリアの関係性だった。

 

 本来なら、この日もそうなるはずであった。

 だが今日は、どちらかにとって虫の居所が悪かったらしい。

 

 最初こそ儀礼的に会話を交わして、その後は互いに無視を決め込んでいた二人だったが、どちらからともなく苦情めいたことを言い出し、言われた方はそれに応じ、徐々に互いの舌鋒が鋭くなっていき険悪なムードが場を満たしていくようになるまで、然程の時間を要しなかった。

 

「ちょうどいい機会だし、この際どっちが上かハッキリさせとくってのも悪くないわね。どーせ結果は決まってることなら、トーナメントまで待つまでもないわ」

「あら、珍しく意見が一致しましたわね。よろしくってよ~、どちらがより強くより優雅であるか、この場で決着をつけて差し上げますわ」

「ハン、言ってくれるじゃないの。まぁ勿論あたしが上なのは分かりきってることなんだから、それぐらいの遠吠えは許してあげてもいいんだけどね。負ける前までは!」

 

 互いにプライドが高く、負けず嫌いな性格同士なことも相まって、二人だけで意地の張り合いを始めてしまうと収拾が付かなくなるのが彼女たち二人共が抱える欠点だった。

 本来セシリアと鈴は、人格面でそれほど相性の悪い少女たちではなく、むしろ激情家なところや理屈にこだわる側面など似た特徴を多く持つ似たもの同士と言っていい人格を有してもいる。

 

 だが、似たもの同士であるが故に憎み合うという場面も、人同士の関係においては時として現出しやすい。

 退くことを『恥』と感じるプライドの高い少女たち二人が、二人共に互角に近い力を有して、所属の違う同じ地位身分を与えられ、それでいて僅かな待遇の違いが双方の間で横たわっていることも互いの関係を悪化させていく要因となっていたかもしれない。

 

「フフン。弱い犬ほど、よく吠えると言うけれど本当ですわね」

「・・・どういう意味よ?」

「“自分が上だ”って、わざわざ大きく見せようとしているところなんか典型的ですもの」

「その言葉・・・・・・そっくりそのまま返してあげるッ!!」

 

 相手からの挑発を、宣戦布告と解釈した鈴がISを展開してアーマーを纏わせ、それに一瞬遅れてセシリアも《ブルーディアーズ》を実体化させて応戦しようと試みる。

 

 もはや、ここまで来ると子供の口喧嘩でしかなくなっていたのだが、勝敗の判定基準が『どちらかが黙らされて言い負かされた“と見えること”』という相手側の反応次第でしか勝ち負けが存在しない口喧嘩でしかなかったからこそ、双方共に退きようがなくなってしまっていたのだった。

 

 また互いに、一主権国家の代表候補という立場にある以上、相手国の代表に嘗められたまま引き下がるわけにはいかない国内での序列という問題もある。

 同じやり取りを、子供同士の言い合いとして行っているなら「何をバカなことを」と笑って済ませる大人たちも、それが国家同士の言い合いとなると途端に大儀だの面子だのと言った言葉で行為は正当化され、子供の言い合いは正統議論として大人たちの間でも激しく意見が交わされるようになるのは、今という現代でも遙か未来の銀河系でも変わることはない。

 

 それ故にセシリアと鈴の言い合いも、二人の言い合いとしてだけで済むなら誰も問題視することなく失笑されるだけで終わるかもしれなかったが、誰かが『相手国の第三世代ISに自国の第三世代ISでは勝てぬと思ったから逃げた』とでも言い出してしまえば、『第三世代機同士の性能勝負』から逃げたとされた方は地位を追われかねない危険性があったのだ。

 

 そのような事情を抱えているところまで共通して持ち合わせている二人の少女たちに、もはや自分の方から引き下がることは不可能だった。

 

 もしラウラが、欲求をため込んだまま発散できない状況を維持しつつ、セシリアも鈴もラウラにとって『目障りな男からの寵愛』を奪い合っての戦いという図式であったなら、彼女たちの戦いは横やりによって、結果的に決定的な破滅を免れたかもしれなかったが、シェーンコップとの戦いで一端満足したラウラは大人しく部屋で過ごすため寮へ帰ってしまった。

 邪魔者が入らなくなってしまった状況だからこそ、二人の戦いは最後まで貫くしか道がなかったのだ。

 

 

 ――警告! 敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

 

 鈴の目の前にウインドウが現れ、文章が表示される。

 だが彼女は、それを見ようとはせず、だが素早い挙動で展開したばかりの専用IS《甲龍》を即座に動かし、回避機動を取らせる。

 

 上に、である。

 キュインッ! という耳をつんざくような独特の音が響くと同時に閃光が走るのに併せて、天頂方向へと跳躍することでブルー・ディアーズの初弾を回避してのけたのだ。

 

 だが世界初のBT兵器を有する《ブルー・ディアーズ》を相手に、その選択は愚策だ。

 遠隔操作が可能な自立機動兵器であるフィン型のパーツであるビットを用いて全方向から攻撃が可能なBT兵器にとって、全ての方向に遮蔽物の存在しない空中こそホームと言っていい。

 対して鈴の甲龍がもつ空間圧作用兵器である《衝撃砲》は、砲身斜角にこそ制限無しで撃てるものの射程が短く、遠距離射撃を得意とする《ブルー・ディアーズ》には距離を置かれると不利になる装備を切り札としている。

 

 自分の方が不利になる戦場へと、鈴は初手から飛び込んでしまった愚かな選択。普通であればそう考えるのが正しかっただろう。

 だが――、

 

「ふふん。初撃から開幕直後の先制攻撃なんて、分かりやすいと思ってたけど、あんたの場合は意外に有効な手じゃないの。見直したわ」

「・・・・・・ちッ」

 

 小さく舌打ちをして、表情を歪めて己の不利を悟らされたのは、不敵な笑みを浮かべる鈴ではなく、ライフルを構えて発砲した直後のセシリアだった。

 額と頬には僅かに汗が浮かんでおり、その表情には余裕が乏しい。

 

 続けて、二射目、三射目と撃ち続け銃弾の雨を降らせようとするも、鈴がそれを許さない。両端に刃のついた青竜刀と呼ぶには異形すぎる形状の斬撃武装《蒼天牙月》をバトンのように振り回しながら迫り来る相手に、一時後退を余儀なくされる。

 

「・・・・・・随分と、わたくしの戦い方と機体性能について深くご存じだったようですわね。たしか、ご自分の国以外のことは興味がないと言っておられたように記憶しているのですけど?」

「ええ、もちろん。当然でしょう? 単にあんたの動きがパターン通りで読みやすいってだけのことよ」

 

 鈴は相手からの言葉をはぐらかすように、わざとらしい挑発を返事として返すが、嘘である。

 セシリアは以前、鈴の口から『アンタのことは名前も知らない。自分の国以外に興味はないから』と言われたことがあり、そのときに酷く不愉快にさせられたことを語ったわけだが、鈴の動きはどう見ても『自分と一夏が戦った時の映像』をよく検証した結果としか思いようがない代物だった。

 

 そして事実、鈴はセシリアのこともブルー・ディアーズのことも、出会う以前から知っていた。知っていて知らないフリをすることで、ブラフとして使っただけだったのだ。

 鈴とて、国家代表候補生にして第三世代ISの操縦者に選ばれた身だ。自信もあれば自負もある。

 相手を見下すこともすれば、傲岸不遜とも思える態度で接することも少なくはない。

 

 だが、だからと言って『敵の情報を一切調べない』などという怠慢をしたいと思ったことは一度もない。見下しと油断は別のものだからだ。見下すが故に相手については深く調べる。

 格下の敵と見下すからこそ、思わぬ一撃を食らって格下相手に不意を突かれるのは恥以外の何物でもないのだから当然のことだ。

 

 ・・・・・・もっとも、初見の映像視聴では思い人の活躍にばかり目と意識を持って行かれて、相手の方に頭を向けることが出来たのは幾度かの再放送を見終えてからだった事実は、誰にも知られることなく知らせる気もない鈴だけの秘密として墓場まで持って行くつもりの真実でもあったが・・・・・・

 

 

「あんたの第三世代武装、ビットって言うんだっけ?

 やっぱり使っている最中は自分が動けなくなって、自分が動くときにはビットの方は使用できなくなるって情報は事実だったみたいね。

 それだと空中にいて狙いやすい、あたしを撃つため使ったところで急速接近されて切り刻まれるのがオチ。と言って単発銃のライフルだけだと、あたしを捉えきれる程じゃない。違うかしら?」

「・・・・・・」

「ふふん、図星みたいね。だったら、あたしの勝ちは揺るがない。ブルー・ディアーズを使いこなせてもいない今のアンタより、あたしの方が上。それが事実だったってことよ!」

「・・・・・・・・・」

 

 相手に好き放題言われて唇をかみしめながら、それでもセシリアは反論することはない。

 出来なかったからだ。間違いようもなく、相手の言っている指摘は事実だったから。

 

「さぁ、次はこっちから行かせてもらうわよ! あたしをバカにした報いを思い知りなさいッ!! まずはジャブから!!」

「うっ! くぅ・・・!?」

 

 かけ声と共に接近中だった鈴の纏っていた甲龍の肩アーマーがスライドして開き、中心に球体が光ったと思うと、眼には見えない弾丸をブルー・ディアーズに向けて発射され、セシリアは慌てて回避行動を取って距離をできるだけ引き離すため躍起になる。

 

 こうなってしまうと、ビットを使用することは出来ない。今のセシリアでは自らの機動を止めない限りBT兵器で敵を攻撃することはできず、狙撃ライフルだけしか使用可能な装備がないと判っているなら鈴の側には距離を詰めるための引き出しは無数に存在している。

 

(く・・・っ、まさかこうまで今のわたくしと相性が悪い相手だなんて、予想以上でしたわ・・・・・・!)

 

 心の中で呻き声を上げながら、頭の中では必死に理論を構築して勝ち筋を見つけ出すため演算し続け、その間も正確無比な狙撃は実行し続けるセシリア。

 

 鈴からの指摘は正鵠を射ており、今の自分ではBT兵器とブルー・ディアーズの同時使用ができず、近・中距離両用型とはいえ、武装から見て特殊兵装以外は接近戦を重視している《甲龍》を相手に接近戦を挑まれるのは余りにも不利だ。

 最初の数撃は凌ぎきれるだろうが、後が続かない。接近された後で距離を取ろうにも初期ほど遠くに逃げられるとは正直思えない。

 

 また、空中というBT兵器にとっては狙いやすい戦場も、今のセシリアにとっては不利になる条件になってしまっていた。

 全方位から攻撃可能な空間ではあるが、逆に言えば全方位からのトリッキーな射撃を行うようビットたち全てをコントロールしなければならなくなる条件を課される場所だと言い換えることも出来るからだ。

 どれほど選択肢が多くとも、自分に選ぶことが可能な条件により選択の幅が狭まってしまうのでは、実質的に数少ない選択肢の中からしか選ぶことが出来ない貧民たちと大差ない。

 

 結果として、それはビットたちの動きに一定パターンを取らせやすくなる欠点を招いてしまうことを意味している。

 一夏との戦いの中で彼に見抜かれたのは、そういう条件付けがセシリアの操るビットの動きを制限させてしまったことが原因だった。

 

 一夏に対して、得々と自慢のビットとBT兵器についての説明を長々としてやっていたのも、半分は自分の性格故のものであったが、残り半分は『余裕を示して説明してやるために動かない』という偽装目的が混じってのものだった。

 だが、そこまで読まれてしまった後らしい相手に、同じ手は全く通用しそうにない。

 

「へぇ、よく躱すじゃない。砲身も砲弾も目に見えないのが特徴の衝撃砲《龍咆》を、一夏に続いてアンタにまで躱されるなんて・・・・・・ちょっとプライド傷つくわね、本当に!!」

 

 苛立ったように叫び声を上げながらも、攻撃そのものは沈着冷静を極め、出力を下げることで単発仕様の武装をマシンガンのように連射してくる使い方で『ジャブ攻撃』を続行し続ける。

 

 セシリアの側が、ライフルでしか反撃しようがないことを知った上での武装選択だった。

 互いに射撃武装である以上、射線はあくまで直線でしかない衝撃砲だが、斜角が自由で弾丸が見えない以上は一発ずつの単発式ライフルしか事実上の有効打になり得ない相手に対してなら手数で押し切ることが可能になる。まさに、『ジャブ』という訳だ。

 

(世界初のBT兵器を搭載したブルー・ディアーズが、中国製の甲龍ごときに後れを取っていると言うことですの・・・!?

 ――いいえ、韜晦しても意味はありませんわね・・・。

 わたくしが、ブルー・ディアーズを使いこなせていないから、ビットを上手く操れない・・・それがわたくしにとって最大の弱点・・・・・・そういうことなのでしょう)

 

 セシリアは心の中だけとは言え、自身の未熟さと弱さ、そして『無能』を認めて、深く恥じ入った。

 

『出来もしないことを、やる前から『出来る』と大言壮語して失敗した途端に言い訳を並べはじめる卑怯者にはなりたくないと、常日頃から思っておりますよ』

 

 ・・・・・・そう言って、自分にふてぶてしい態度で教えを請うてきた意中の男性の言葉を、セシリアは思い出す。

 実際、この戦いでブルー・ディアーズが甲龍に劣っているとしたら、セシリアの操縦技術故に『本来の性能と戦い方』を実現できていないこと。それこそが最大のネックとなっている部分だった。

 

 BT兵器に限って言えば、IS本体の射撃と連携して獲物を狩り場へと追いやる戦い方が有効打になりやすいのがオールレンジ攻撃というものだ。

 ビットで狙い撃つため、ライフルで狩り場へ追いやるよう誘導するか。ライフルで撃つためビットたちに敵機を追いやらせるか。どちらかを好きな時に好きなように選べるようになれば選択肢の幅は大きく広がる。

 だが現状においてセシリアの力では、どちらか片方の機能しか使うことが出来ない。

 

 BT兵器専用IS《ブルー・ディアーズ》と、射撃専用IS《ブルー・ディアーズ》の2機を個別に使い分けて戦っている。それが今のセシリアが置かれている状況だったのだ。

 

 操縦者であるセシリアの能力向上に応じて、性能と選択肢を飛躍的に高めてくれるBT兵器搭載機《ブルー・ディアーズ》は、使い手の成長に対応できるよう上限を高く設定されている機体であったが、そのぶん使い手のセシリアが弱いうちは上限の半分にも満たない数字までしかスペックを発揮することができない、未完成の機体だった。

 

 対して鈴の甲龍は『実用性と効率化』を主眼に開発された機体のため、現時点で既に高いスペックを有する第三世代機として完成していた。

 少なくとも現時点では、鈴の甲龍の方が完成度において、セシリアが操るブルー・ディアーズより上回っていた。それが事実だった。どうしようもない。

 操縦者の能力が反映しすぎるブルー・ディアーズと、操縦者の技量が性能面には差して影響しない甲龍。未熟者同士が戦うときに使う機体としては、甲龍の方が上だったのである。それを認める。

 

 認めたからこそ―――もう、躊躇うことは何もない。

 

「ああもう、いい加減に落ちなさいよねアンタ!? いつまでも逃げられないんだから、そろそろ潔く諦めなさいっての!」

「そうですわね―――では、フィナーレと参りましょうッ!!」

「――ッ!?」

 

 突然に動きを豹変させたブルー・ディアーズの挙動に、追撃する鈴が目を見開く。

 動きを止めたからだ。

 完全に空中に停止して、手足こそ動きはすれども機体本体に動く気配は一切見られない。

 

 それは間違いなく――第三世代武装を使う合図ッ!!

 

「さぁ、踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ディアーズが奏でる、出来損ないのワルツを、あの人の為にッ!!」

「――っ、正気なの!? 使えば防御がガラ空きになるだけだってのに・・・! ああもう、面倒くさいわね! アンタらって奴らは本当にィッ!!」

 

 相手の行動に訳が分からず、「自棄を起こした」と解釈した鈴は、相手の都合に構うことなく機体を突貫させ、そのまま強引に勝負を決する方向へと持って行くことを決意する。

 今までの戦闘で自機も、それなり以上にダメージを蓄積させられており、下手な回避機動でマグレ当たりさせられるリスクを背負い込むより、多少のダメージを食らってでも確実に勝負を決することを優先すべきだと確信したからだ。

 

「左肩、いただきますわッ!」

「ハァァァァッ!!」

 

 雄叫びを上げながら、大型ブレードを振り上げつつ迫る鈴。

 セシリアのブルー・ディアーズからは、自立機動兵器ビットが本体から離れて発進していたが、それらには構わず敵機めがけて真っ直ぐ自機を直進させた。

 

(警戒すべきなのは、映像で見た本体に残ってる二本のミサイルビットのみ! あれを堪えきって切りつければあたしの勝―――なにッ!?)

 

 相手に切りつけようとした寸前、ウインドウに表示された信じられない表示を見て、鈴は慌てて片腕を下ろして攻撃と止めて、攻撃を防ぐ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 キュガインッ!!と、独特な音共にビームを食らい、装甲の一部がはじけ飛ぶ。

 有り得ない・・・鈴は、そう思わざるを得なかった。

 

 たしかに距離は詰まっていたし、自分も攻撃に集中してはいたけれど・・・・・・それでも映像から分析したセシリアの使うビットの攻撃機動は完全に読み切っていたはず!?

 

(なのに何故!? さっきの一撃は過たずに、回避行動を取った左肩に直撃コースを取られていたの!?)

 

「このブルー・ディアーズを前にして、初見でこうまで耐えられたのは、あなたで二人目ですわ。

 正直、短時間でこうも続かれると自信をなくしてしまいそうですけど・・・・・・わたくしにだって意地ぐらいはありましてよ!!」

「くッ!? またかっ!!」

 

 再び発射されるブルー・ディアーズに、再び回避行動を優先させる鈴。

 敵にトドメを刺してしまう方が早い、そういう気持ちも無いわけでは無かったが、もし外れた場合に有利な状況を覆されないためには衝撃砲の存在は必須であり、破壊されるわけにはいかない。

 

 衝撃砲以外のパーツであれば無視して勝利を狙ったところだが、第三世代機持ちに共通する悪癖として、自機だけが持つ特殊な武装を重要視しすぎて特別扱いしてしまいやすい心理的偏向が見られるのだ。それは鈴も例外ではなかった。

 

「またっ!? なんで!? どうして、一体なんで避けられないのよコイツらは!?」

 

 鈴は混乱させられながら、本国のスパコンや解析班も動員して調べ尽くしていたはずのIS学園専用機持ちの同級生が有する能力と戦い方を、常に一歩以上先回りされてしまい、避けきったはずと思っていたところへ射撃が来るという原因不明の現象に理解が及ばず、文字通りブルー・ディアーズの奏でるビームの雨の中を踊るように逃げ回ることしか出来ない状況に陥らされてしまっていたのだ。

 

 

 ――鈴がセシリアの使うビット攻撃の射撃機動を、完全に予測できたつもりで避け切れていない理由は、実は初歩的な誤りがあったことが原因だった。

 

 鈴は、セシリアが一夏に向かって初陣で使用していたビット攻撃の機動から、セシリアの癖を読み取って、解析班も一夏の動きに対応して動くビットの機動を分析して完全にデータ化できていたと思っていたのだが。

 

 そもそも一夏が、あの戦いの序盤でセシリアからの攻撃を幾度も躱し続けることが出来ていたのには、彼自身の技量やISの性能の他に第三の要素が介在した故での結果だった。

 

 

 それは、『既にファースト・シフトされている』という前提でセシリアが放っていた射撃が、実際には最適化途中であった《白式》の反応と操縦者である一夏との間で齟齬があり、予想外の動きをしていたことや一部にデタラメな機動が混じっていたことが原因となって『偶然で外れた弾』も一定数は存在しており、その都度即興で計算し直して操作していたセシリアのビット操作も通常のものとは異なるものになってしまっていたことだ。

 

 

 そのせいで一夏戦におけるセシリアのBT兵器による攻撃は、通常の相手と戦うより命中精度という点では低下していたのが実情だったのだが、機体そのものが『革新型試作機』という意味合いを持つ名を与えられた完成して日の浅い存在であったこともあり、中国側のデータ収集班が回収に成功した資料の多くが一夏戦のときのものばかりに偏ってしまったため、セシリアのブルー・ディアーズを操る能力に関しては低く見積もった数値で試算してしまっていたことに終ぞ気付くことがなかったのが、鈴が今陥っている窮状の真相だった。

 

「く・・・、そォ! この! あたしが! なんで・・・ッ!!」

「ハァ・・・ハァ・・・二十八分、五十六秒・・・・・・よく保った方でしたわね・・・・・・本当に・・・」

 

 必死に逃げ惑いながら致命傷を回避し続ける鈴と、疲れ切った身体でビット操作のみに全ての意識を集中させるセシリア。

 一見すると、最初からブルー・ディアーズを使っていれば相手の予測を超えて勝つことが出来たように思えるかもしれなかったが、そもそも鈴が必死に攻撃を避けなければいけなくなっているのは今までの戦闘で蓄積されたダメージに上乗せされることを恐れてのものであって、当初から見せられていたなら初期の時点でダメージを多くもらっても以降は対応と対処が可能になり、ビットの優位性は失われる。

 

 戦いの序盤で追い詰められながらも抵抗し続けたことが、結果論として今に至る布石となることが出来ただけだったのが、今回の戦いの顛末だった。

 ただの偶然でしかない優位性であり、反撃成功だったのだ。どこまで行っても運によって得た結果でしかない。

 むしろ計算と分析という点では鈴の方が上回っていたと言っていい結末。

 

 だからこそ、この結果と決着は必然でしかなかったのだろうな・・・と。セシリアもおぼろげながら思って、受け入れることが出来そうだった。

 

 

「・・・・・・へ?」

 

 ――突然、降り続いていたビームの雨が止んで、ビット達が光と共に消えてなくなり、遠くの方で何かがバタリと倒れた音がしたので視線を向けると、装甲が消えてISスーツだけになった姿のセシリアが地面に倒れ伏したままピクリとも動かず、いつの間にか野次馬達が集ってきていたアリーナ内に静寂が戻ってきたことを、ようやく鈴は知ることになる。

 

 

「えっとぉ・・・・・・もしかしなくても、コレって・・・・・・エネルギー切れで自滅した、って事・・・・・・?」

『・・・・・・・・・』

 

 

 鈴は呟くように聞いたが、残念なことに答えれる知識と状況判断能力を有している人間は、今この場には一人もいないようだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぁ・・・・・・」

 

 ぼんやりとした意識の中で、セシリアが目を覚ましたのは夕暮れが迫りつつある時間帯の保健室にあるベッドの中だった。

 

「ほぉ、気付かれたようですな。フロイライン・オルコット」

「・・・シェーンコップ・・・・・・さん・・・・・・?」

 

 ベッド脇の椅子に座して、美丈夫の男が自分を見つめながら不敵そうな笑みを浮かべている姿を見つけ、どうして彼がここにいるのかと疑問に感じ、そもそも自分が今いる場所がどこかも分かっていない自分自身に気付いて質問が止まり、口だけが半開きになったまま寝起きと疲労で上手く働かない頭に、優しげな『父親のような声音』で異性の同級生から声が届いてくる。

 

 

「いやなに、本当は少し前からアリーナには到着していたのですがね。

 あなたが自分の勝負に勝つまで邪魔するのは無粋と思い、観戦させてもらっていたというわけです」

「・・・それはまた、随分と・・・・・・お優しくないんですのね。相変わらず・・・」

 

 疲れた身体でクスリと笑い、助けられたところを助けようともしてくれなかった男に微笑みを返しながら、

 

「・・・格好の悪い戦いを、お見せしてしまいましたわね・・・・・・強さも優雅さもどこにもない・・・ただただ無様なだけの戦いぶりを・・・・・・」

「まぁ、そうですな。あの戦いは決して褒められたものではなく、順当通りにいっていたとしても凰の方が勝っていたでしょう。あなたは只、運に助けれて最後だけ勝負になる事が出来た。それだけです」

 

 容赦なく、社交辞令もなく、気遣いの世辞もなく、哀れみもない。

 いっそ清々しいほどに事実だけを告げてくるシェーンコップの言葉にセシリアは、いつも通りの彼を見いだし微笑ましい気持ちを抱きつつも―――やはり心の中の女の部分は、彼のそういうところに一抹の寂しさを感じずにはいられない。そう思っていた。

 

 そこへ―――

 

 

「とは言え、“今回の戦い”では、ナイスファイトでした。

 次には、期待以上の結果を期待させていただくとしましょう。永遠ならざる栄光のためにね」

 

 

 ―――ああ、まったく。

 こういうタイミングで、こういう言葉を言ってきてくれるから・・・・・・この男は『卑怯なんだ』と、セシリアの年齢と性別では、そう思わずにはいられない。

 

 

 そんな放課後を過ごした翌日の早朝。

 IS学園執行部からの告知として、『凰鈴音とセシリア・オルコットのトーナメント欠場』が決定された旨が全生徒に向けて伝えられる。

 

 『疲労困憊による体調不良』と、理由は説明されていた。

 

 

 

つづく

 




注:最後の決定は面倒事を嫌った学園執行部が口実に使った暗喩です。

特にセシリアは、欧州のイグニッション・プランに候補となってるディアーズ型でしたので、ドイツのレーゲンとフランスが参加する大会に出られると結果によっては面倒くさくなると考え、口実さえ得られたら外したい。
そういう思惑と本人たちの心情が重なった結果と解釈してもらえたら助かります。


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第21章

超久しぶりの更新となってしまいました…申し訳ございません。
本当なら久しぶりに相応しい、アッと驚かれるような戦い方とか書きたかったんですけど、アイデアは都合よく出てくれなくて…。

その分をストーリーで補えるよう努力しました。楽しんで頂けたら嬉しいです。


 セシリアと鈴が訓練中の諍いに端を発する私闘がおこなわれた翌日の昼頃。IS学園は執行部から全生徒宛の通達として、『学年別トーナメントまでの私闘一切を禁じる』という宣言を発した。

 遅まきながら、精神が未熟な年齢の少女たちに国軍をも相手取れる超兵器の使用権を自由意志だけで委ねてしまっている状況の危うさを少しは自覚したのが、その理由だった。

 

 千冬個人としては、『望むと望まざると与えられた地位と力に責任を持つのは人として当然』という認識を持っていたし、まして『望んで得た力と地位』というなら尚更だとも感じている人間ではある。

 

 だが、感情に流されやすい相手の未熟さを承知しながら、都市をも破壊できる機動兵器を『本人の意思だけで使用するか否かを決定できる権限』を同時に与えておきながら、校則というルールだけで規制し、破った者には罰を与え、その使用にシステム上の制限すら掛けようとしなかった自分たち指導側にはなんのお咎めもなしというのでは、些か無責任すぎるかもしれないと今更ながら自覚したのである。

 

 力と責任を与えるからには、その相手を選別して力を与えると決める側にも任命責任があって然るべきであり、そもそも私的な理由でISを使用することがないよう教育指導して一人前に育て上げることが千冬たち教員側の勤めであり義務でもある。

 

 一方的な責任押しつけは教育者側の怠慢を招くのみと考えた彼女は、限定的ではあるものの今回の決定に踏み切ることで、抜本的な法制度の微調整のための足がかりとしてIS委員会に奏上しようと考えたのだ。

 

 とはいえ、抜本的な法制度の改正が必要となる事案であることから、現時点では今回限りの処置でしかなかったものの、この事件以降トーナメント当日まで問題視される事案は発生することなく、無事に開催当日を迎えられることになる。

 

 ――だが一方で、コレとほぼ同時に決定されたルール変更が、主にIS学園女子生徒たちの間で物議を醸すことになってしまい、トーナメント当日まで問題は起きずとも騒がしい日々が続くことになる現実は変わることはなかった。

 

 

 

「・・・『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組む者とする。締め切りは――』・・・・・・って、なんだコレ? いったい・・・」

 

 一夏は手渡された緊急告知を伝える紙切れの内容を、声に出して途中まで読み終えてから、思い切り訝しげな表情と声で疑問を発していた。

 今一、書いてある内容の意味が分からなかったからである。

 

 トーナメントの試合方式が変更されたこと自体は理解できたのだが、そうした理由が分からずに首をかしげずにはいられなかったのだ。

 ルール変更したという結果だけを一方的に通達され、その理由や意図には一言も触れられていないというのでは彼でなくとも困惑ぐらいするのが当たり前の反応ではあったろう。

 

 だが、シャルルとの訓練後に休憩していた一夏のもとへ緊急告知文を持ってきて「話がある」と言って連れ出した後。

 優雅な手付きで手渡してくれた友人は、『上の都合で決まった決定を押しつけられること』には慣れがあり、さほど気にした様子もなくサラリと皮肉気な笑みを浮かべるだけで受け入れてしまったようだった。

 

「さてね。おおかた先月の一件で危機感を煽られた連中が騒ぎ立て、火消しのため上層部に意見具申した調整屋タイプの幹部でもいたのではないかな?

 『これこの通り自衛能力の強化によって警備体制は万全です』と。

 予算の消化を気にする官僚どもや、心配性な部下や上司にPRしておく必要性でも感じたのだろうよ」

 

 組織の上層部や中級官僚たちへの偏見と侮蔑を隠そうともせず、学園執行部側の思惑と裏事情について平然と推測を述べるシェーンコップの毒に満ちた見解に、一夏とシャルルは年頃の少年少女らしい僅かに鼻白まされた仏頂面で応じたが、あながち間違った予測という訳でもなかった。

 

 ――IS学園は先月の無人IS襲撃に関して、公的には『反政府勢力からの襲撃』と説明している。

 この説明に疑問を感じ、敵対国による第三世代機を狙った仕業だったのではないか?と互いに疑惑の目を向け合う者が多くいたのだ。

 

 これは些か皮肉なことに、撃退した無人ISの解析を山田真耶に依頼した、織斑千冬の決定も影響を与えてしまっていた。

 彼女は鹵獲した敵ISコアを解析した結果から、敵が無人機であったことを知らされた後、箝口令を敷いて真実を隠すよう後輩の女性教諭に指示している。

 

 人が乗られなければ動かせないはずのISが、機械操作で可能ということになれば、野心を刺激される者が現れても不思議はなく、仮にそこまで至らずとも『そんな物が存在する』と知っただけで良からぬ目的での使用を考える者は大勢いる。

 

 コアそのものは破損して、修復は不可能な状態ではあったものの、コアそのものは未登録のものが使われていた以上は、『無人IS探し』から『無人IS制作者捜し』に目的が変わるだけで、起こりうる事態が同じとあっては千冬としては何の慰めにもなりはしない。

 

 最悪の場合、『女性しか起動できないはずのIS』が無人でも動かせると知られてしまえば現行の女尊男卑社会は根底から崩壊しかねない・・・・・・そうなる危険性を懸念したが故の判断だった。

 遙か未来で開発されるゼッフル粒子の貯蔵庫に花火を放り込むが如き事態になるのは避けるべきが正しい対応だったろう。

 

 ・・・ただ、その結果として各国を完全に納得させる説明が不可能になってしまったことは、神ならぬ人の身の現界と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 ただでさえ今年は例年より、第三世代機を与えられた代表候補生たちが多く学園には集まっており、IS学園側は常にも増して警備を万全にする義務が生じている。そこに来て今回の事件である。

 

 たかだか『反政府勢力ごとき』に、学園始まって以来はじめての襲撃を許してしまった学園執行部側の事情説明に、各国首脳陣が納得しかねるものを感じてしまったのは無理からぬ反応ではあったのだ。

 

 そういった裏の事情までは一夏は知らず、シェーンコップもいちいち口に出して説明してやる手間を掛ける気はなかったものの、聞かされた説明だけでも一夏には納得いかない部分が一つあった。

 

「でも、それならIS学園が警備の先生を増やすなりして対処すればいいじゃないか。なんで俺たちを強くするためのルール変更で対応しようとしてるんだ?」

「それだと、金が掛かりすぎるからだろう?」

 

 またしてもアッサリと答えを返されて、答えの内容から仏頂面になるしかない、苦学生としての過去を持つ織斑一夏。

 そんな彼を見下ろし、隣に座って微妙な表情で反応に困っているシャルロットと等分に眺めやりながら、シェーンコップは少しは面白い事態になってきたことを内心では歓迎していた。

 

 正直、今の一夏やシャルロットでは単独でラウラを相手取るのは難しいだろうというのが、彼から見た双方の戦力分析の結果だったからである。

 

 一夏は土壇場での発想力と粘り強さがあるが圧倒的に経験が不足しすぎており、接近戦武装しか持たない愛機で相性の悪い敵との距離を詰めるための引き出しを、今のところ持ち合わせることが出来ていない。

 

 一方のシャルロットも、機体の世代差から来るパワー不足は如何ともしがたい。途中経過の試合運びでは優位に立てる可能性は高いが、最終的に戦場で立ち続けているのはラウラの方である確率が高い。

 

 尤も、この決定によって今は他人のことより自分の問題として悩むべき事案が生じてしまっていたのがシェーンコップでもあったわけだが・・・・・・

 

「――そういうシェーンコップ君は、ペアを誰と組んで参加するつもりなのさ?

 “僕たちは”そうなった時には、一夏と組むって決めちゃってたけど、君の方はこれからなんでしょ? 組んでくれそうな相応しい相手の人っているの?」

「・・・・・・え?」

 

 やや細めた瞳で横目で見上げてきながら告げられたシャルロットの小声と、それを隣で聞かされた一夏からの意外そうな呟きが印象的であった。

 

 学年別トーナメントが一対一からペア戦へとルール変更された現状、シェーンコップの相方になりそうな選手の最有力候補はセシリアだったが、彼女は先の模擬戦の結果、機体の損傷が激しすぎて短期間での完全修復は不可能と言い渡されてしまっており、今月末のトーナメント出場は諦めざるを得なくなっていたため、候補からは既に除外されている。

 

「そうだよね? 一夏。僕たち“二人の秘密を知られないため”には協力した方が効率いいし、二人一緒に行動してた方が何かと都合もよさそうだって、昨日言ってたでしょ?」

「え? あ、ああ・・・・・・そうだな、うん。シャルロットの言うとおりだ。俺の方はシャルルと組むって決まってるから、後はシェーンコップの方だけが問題なのか・・・」

 

 異論ありげとまでは言わないものの、やや疑問があったらしい一夏に笑顔を向けて、押し切ってしまったシャルロットの論としては一理ある言い分に苦笑しつつ。

 同盟軍随一の色事師としてベッド上での戦場で勇名を馳せ、不良中年としても夜の街で知らぬ者は少なかったシェーンコップは、一夏を通して遠い未来に生まれ来るかも知れない自分自身の血を引く娘と、忠誠を誓った上司の養子となる少年の将来について思いを馳せる。

 

(・・・存外に、シャルロット嬢はカリンと似たところがあったようだな。坊やも、女の尻に敷かれる夫婦になりそうで結構なことだ。

 あるいはユリアンもカリンとの間で、そういう結婚生活を送っているのかもしれん。

 提督のときはグリーンヒル少佐だったが、子が親に似るものであっても、妻が義母に似るとは限らん事だし)

 

 そう思いつつ、仮にそうなったとしても悪いことではなかろうと考えた彼は一人納得して反論は差し控えさせてもらうことにする。

 ――シャルロット嬢の魅力的なヒップラインに敷物にされながら送る夫婦生活というのも、一夏にとっては悪いものではないだろうと、勝手に決めつけられてしまった結果と知っていたならば、流された方としては逆に蒸し返したい欲求に駆られたかも知れなかったが、実際に口に出したのは別の話題に対する答えだけだったため、議論が拡大することはなかった。

 

 

 余談だが、この件に巻き込まれる形で出場を断念させられた一人いる。

 中国代表候補の凰鈴音だ。

 彼女の機体は、試合内容の内訳から《ブルー・ディアーズ》よりも損傷が浅かったが、操縦者自身の負傷と、損傷が機体に与えた影響が確認できていないため『絶対確実とまでは保証できかねる』とする本国開発メーカーの主張を取り入れる形で、中国政府から鈴に対して今回の出場は見合わせるよう直々の命令書が届けられてしまったからである。

 

 中国政府としては、世界初の男性IS操縦者が操る機体に勝利したイギリスの《ブルー・ディアーズ》と戦って勝てた時点で面子を守れた形となり、ドイツの最新型である《シュヴァルツェア・レーゲン》と戦って自国の最新鋭機が万が一にも敗れるような『恥』をかくことを嫌ったのである。

 

 イギリスの《ディアーズ型》が棄権となったことで、イグニッション・プランによる次期主力機はドイツの《レーゲン型》でほぼ確定したと言っていい状況。

 この段になって、万全でない状態で挑んだことが敗因となって敗北を喫するような事態は、中国として避けたかったのだ。

 鈴としては怒髪天に昇る思いであったが、政府の決定に逆らって独断で大会参加を決められるほどには自分の地位権限は高くない以上、従うより他に選べる道がない。

 所詮、専用機も代表候補の地位も国が与えたものだ。書類一枚、サイン一つで、彼女たちには自分から与えられた全てを剥奪する権利と自由がある。

 憤懣やるかたない思いを抱えながらも、押さえ込んで我慢する以外に鈴にできることは何もなかった。

 

 

「心配して頂けるのは恐縮だが、そちらは俺の解決すべき問題だからな。坊やたちは坊やたちで改善すべき自分たちの問題に取り組むことを推奨させて頂こう」

「・・・・・・僕たちの改善すべき問題って、なにさ?」

 

 軽く片手を振りながら返された返答に、投じたつもりの爆弾が不発に終わったことを少しだけ残念に思いながらシャルロットは不敵で不遜な同級生に反論する。

 彼女としては、これぐらいの反撃はする権利があっていいと思って言った言葉であり、ほとんど脊髄反射レベルでやってしまった行為だったため、後で振り返って赤面することになる状況だったのだが、現時点ではシェーンコップにやり込められてきた過去の蓄積と、己自身の意外に高かったプライドの方が優先順位として上だったことから、こういう返し方になってしまっていた。

 

「無論、ボーデヴィッヒ嬢と戦って勝てるようになることさ。

 相手と戦うべき理由が坊やたちにある訳じゃないだろうがね。“ケジメ”は付けれるときに付けておかんと、後々まで尾を引くものさ」

 

 それだけ告げてシェーンコップは少年たちに背を向ける。

 話は終わり、と態度で示したのだ。

 一夏たちとしては異論もあったり反論を言いたい気持ちもあったが・・・・・・一方で相手から言われたことの正しさも、本能的に理解させられずにはいられなかったから。

 

 自分たちには確かに、ラウラと戦わなければいけない理由はない。

 彼女には事情もあれば自分たちを巻き込むだけの正当な理由があるのかも知れないが、それは彼女の問題であって一夏たちが共有してやる義務がある訳では特にない。それが個人個人一人一人の権利と自由というものだろう。

 

 ・・・・・・ただ反面、どう理屈を付けようと、自分たちがラウラと戦って決着を付ける方向の話に持って行きたがっている気持ちも確かにあったのだ。

 

 先に「そうしたい」と望む感情があり、その後に「感情の理由づけ」としての理屈が付与されているだけで、自分たちは彼女と決着をつけたい感情を互いに共有し合っていた。それが今ではハッキリと分かる。他者から指摘されて分かるようになってしまった。

 

 

「・・・・・・ちぇ、相変わらず見透かしたように言いやがって・・・。

 でもまぁ、なんだかんだ言っても、俺はラウラと決着を付けたがってるんだろうな」

「うん、そうだね・・・・・・僕も別に彼女には恨みはないけど、何となく彼女とは戦っておかなきゃいけない気がする。

 戦って勝ってからじゃないと、彼女との関係は先へ進めない・・・・・・そんな気がするんだ」

 

 

 互いに前を向き合いながら決意を声に出し合って、一夏とシャルロットは対ラウラ戦に向けての特訓を今後の改善すべき自分たちの課題として設定し直した。

 

 

 そんな彼らの元に、緊急告知文が書かれた紙を手にした大勢の女子生徒たちが大挙して押し寄せ、シェーンコップが「場所を変えた理由」を一夏たちが知るのは、この後すぐの出来事である。

 

 

 

 

 

 

「さて、坊やじゃないがパートナー選びはどうしたものか。

 添え物がそれなりでなければ、メインディッシュも引き立たんのだから、なかなかに候補選びは難儀しそうだ」

 

 ふてぶてしく、かつ図々しい言い分を呟きながら廊下を歩んでいたのは、一夏たちと別れた後のシェーンコップだった。

 ISアリーナに向かいながら、頭の中に思い浮かべた候補者たちを次々と切り捨てながら、まだ見ぬ逸材でもいないものかと周囲にそれとなく視線を向けることも忘れていない。

 

 彼としては、たかが学生同士の果たし合いゴッコに本気で勝ちたいと思っている訳ではないし、仮に勝てたところで量産機乗りが並み居る専用機たちを連戦連勝するのを不快にならず喜んで放置してくれる慈悲深き政治家たちが専制国家でなければいるはずだと思えるほどに民主主義を信奉しているわけでもない。

 

 『頑張って仕事をするだけ無駄になる』という事実が、今の時点で確定している身分にある者として然程やる気を出す必要性は微塵もなかったが、生憎と現在の地球は女尊男卑のIS社会。

 

 【コーヒーと女にだけは死んでも妥協したくない】というポリシーを持っているシェーンコップとしては、相方となる少女には見た目的にも能力的にも最低水準を超えるぐらいのものは要求したいところだった。

 

 専用機持ちたちに勝るとも劣らない才能の持ち主を―――などと贅沢は言わない。

 だが、専用機持ちたちに勝るとも劣らない『見目麗しい少女』という容姿は期待したい。

 

 どのみち入学から半年も経っていない現状のIS学園1年生たちに、専用機持ちと量産機乗りという違い以外には然程の差はなく、幼い頃から訓練を施されてきたラウラなどの一部例外を除けば、機体性能がもっとも互いの差となっているのが事実でもあるのだ。

 

 先に述べたシェーンコップの、ルール変更に対する推論も、その前提をもとに成立している。

 2年生以上の生徒用ルール変更ならいざ知らず、大した実力差もない者同士ばかりが集まっている1年生まで同じルールを適用させて戦わせ合う理由など、政治的PR以外にはほとんど価値があるとは思えない。

 

(だが、コイツは見物ではある。坊やたちが今からの短期間で優るか、ボーデヴィッヒ嬢が先行ランナーの優位性を確保したまま逃げ切れるか。

 どちらにしろ遠くから見物より、近くで見たい好カードだからな。それまでは生き残れるぐらいには心と器の広さを持った女性がいてくれれば有り難いのだが・・・)

 

 再び身勝手極まりない男の理屈を、意識的に弄んでいるが故の配慮から声には出さずに心の中だけで呟きつつ。

 シェーンコップは心とは別の頭の中で、一夏とラウラとシャルロットという今大会の優勝候補たちによる戦力分析を暇潰しがてらに考え始める。

 

 

 

 ――一夏は、ある意味でラウラとよく似た戦い方をしている。

 ラウラが《AIC》に頼りがちなのと同様に、一夏は《零落白夜》での一撃必殺に頼りすぎてしまう傾向がある。

 それしか武器がなく、姉も同じ武装を使っていたということから拘りたい気持ちは分からんでもないが、『自分がトドメを刺す戦い方』に拘りすぎれば一発逆転を狙える作戦ばかりに終始するようになるだけだろう。

 如何に一夏が、『普通の攻撃だけで相手のエネルギーを削りきる』という順当通りの戦い方を会得して作戦に反映させられるか? そこが試合の焦点になるかも知れなかった。

 

 

 ――シャルロットは、今までの訓練風景から見て所謂『蝶のように舞い蜂のように刺す』という戦い方を目指しているものと推測される。

 この戦い方は文字通り『蜂のように刺すこと』が出来なければ『蝶として舞っているだけ』になるしかなく、そして『刺す』という作業が、おそらくラウラ相手にシャルロット単独では届かせることはできないだろう。

 敵からの攻撃を回避しつつ、順当通りの反撃で削り続けるしかなく、ラッキーヒット1発当たっただけでも大きく影響を及ぼすシャルロットでは最終的な勝利者になるのは難しい。

 こちらも如何に『自分本来の戦い方ではない戦い方』が出来るようになるかが注目点になりそうだった。

 

 

 一方で『ペア戦』となれば話は変わり、勝敗に関わる条件も変化する。

 特にラウラにとって『一人が倒れても二人目が生き残れば勝利となる』ツーマンセルの試合方式は最悪なまでに相性が悪い。

 彼女は自分の力を織斑千冬に見せることで、認められたがっている。戦ってみて、誰からの視線を意識しているのか察した瞬間に、それが分かった。

 ラウラにとっては、『自分が』『千冬から認めてもらえる勝ち方』で勝利しなければ意味がないのだ。

 その拘りと、対個人用と思しき《AIC》の性能という組み合わせは、タッグマッチの試合方式では致命的な弱点にもなりかねない。

 彼女が『自分流の戦い方』をどこまで昇華し、『一対多』の戦いでも使えるレベルにまで引き上げれるかが勝負の分かれ目となりそうだったが果たして・・・・・・

 

 

「やれやれ、そう考えていくと、やはり普通の生徒では華が足りんな。ドラマ性に欠けていかん。

 せめて大輪の彼女たちに劣りすぎない程度には、小粒でも味のある少女がいてほしいものだが―――おや」

 

 

 視線を向けた先に一人の少女を見つけ、シェーンコップは不敵な笑みを浮かべてニヤリと笑った。

 見た目の良さでも、戦う理由においても、ラウラやシャルロットたちに勝るとも劣らぬ、だが実力的には大きく目減りしていて専用機持ちでもない見目麗しい美少女が、まだ一人だけ残っていたことに気付かされたから――――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・で、なぜ私が貴様の訓練に付き合ってやらねばならんのだ? シェーンコップ」

 

 不機嫌であることを隠そうともせず、篠ノ之箒は鋭い視線で相手の男子生徒を睨み付けながら問いを発する。

 並の男なら、視線だけで震え上がって恐怖してもおかしくはない箒からの凶眼だったが、生憎と目つきと視線の鋭過ぎる敵や味方に慣れ親しみすぎてしまっていた、曲者揃いの艦隊に属していた過去を持つ男にとっては差して気になるほどのものでもない。

 

 『視線だけで人が殺せそうな眼光を持った民間人』と『視線だけで人が殺せそうだが、トマホークを持てば更に多くの敵を殺せる装甲擲弾兵』となら、シェーンコップとしては後者の方の首を刎ねて盾に飾り付ける眼球に使いたい。

 

 そんな原始時代の勇者が如き趣向を戦場では発揮するのが、シェーンコップという男の過去なのである。

 彼から見て箒の鋭い眼光が、弱い自分を必死に守るため強がっている子供の防護壁モドキとしか思えなかったとしても、それが箒の責任になるものではなかったろう。

 

「いやなに。――アンタが力を欲してそうだったんでな。少し教育してやろうと親切心を抱いてやったのさ」

「・・・・・・なんだと?」

「“強くなりたい”のだろう? アンタは。“他の女たちに劣っている今の自分は捨てられる”、そういう不安に怯えている。だから力を欲して、こんな所で一人訓練していたのさ。どうだ? 当たらずとも遠からずと言ったところだったろう?」

「!? 貴様――ッ!!」

 

 敢えて挑発的な言い回しのみを使って挑発したシェーンコップに対して、箒は当然の如く激高して身にまとっていた打鉄が持つ《接近ブレード葵》を掲げて斬りかかろうとする。

 注文通りの反応に、相手からの攻撃を誘ったシェーンコップの方が思わず苦笑させられてしまうほど、素直で実直で正直すぎる情熱的な少女だった。

 

 あるいは軍隊生活で擦れることを覚えたカリンよりも、真っ直ぐで素直なまま成長してしまっていたのが篠ノ之箒という少女なのかも知れなかったが・・・・・・人格的未熟さと剣士としての技量は必ずしも比例するものではない。

 

 箒の打ち込みは確かに鋭く、そして速い。

 また、完全に冷静さを失ったという訳ではなかったのか、防御型IS《打鉄》の特徴とも言うべき実態シールドを展開しながら突撃してくる。

 おそらく、前回のラウラとの模擬戦、前々回の一夏との戦いなどを見てシェーンコップからの予想外な死角からの反撃を警戒してのものだったのでろうが・・・・・・これで防御策として充分と考えているようでは甘すぎる。

 

 ガキィィッン!!!

 

 互いの刃が交錯し合って鍔迫り合いが生じ、互いにの身体が至近距離で接近し合う!

 今のシェーンコップがまとっているのは箒と同じく《打鉄》であり、装備も同様。同じ機体を使っている者同士での戦いならば必然的に技量で上回っている側が有利。・・・・・・少なくとも箒は、そう思っていた。

 

(そうだ! “相手よりも早く抜き放ち、その一太刀をもって必殺とする最速の瞬き”!!

 私が理想とする剣の奥義!

 『女が男を倒す』という精神の最終的ゴールさえ実現できれば、必ずや私は他の誰にも負けな―――なにッ!?)

 

 鍔迫り合いからブレードの反りを活かして受け流し、相手の左側へと回ろうとして箒の眼前に信じられないものが出現したのは、その瞬間でのことだった。

 

 砲だ。

 打鉄に標準装備されたアサルトライフル《焔備》の砲口が、至近距離まで迫っていた自分の顔面めがけて発射態勢のまま構えられている。この距離では実体シールドも頭部を守る役には立たない。

 

「くっ!?」

 

 カキィィッン!!

 慌てて剣を弾いて距離を置き、仕切り直しを図ろうとする箒。

 向き直った時には、相手の男はさっきまでと同じ場所に立ったまま自分のことを見つめてきており、その顔には不敵な笑みが浮かんだままだった。

 

 ――バカにされている!!

 

 そう感じさせられた箒は、今度こそ一撃必殺の想いを込めて、手加減も躱された時のための二の手も気にすることなく、ただただ全力で自分に出せる全てのを一刀に込めて相手に向かって叩きつける!!

 

 ―――だが、しかし。

 

 ガギィィィィッン!!!

 

 再び互いの刃と刃がぶつかり合って、鈍い金属音を響かせ合った。その時には。

 

「・・・・・・なん、で・・・・・・」

 

 再び箒の眼前には、アサルトライフルが構えられたまま鎮座されていた。

 自分の一撃を受け止められて、その次の瞬間には片手だけでアサルトライフルが実体化されて至近に迫った箒の顔へ向けられてしまう。

 

 ・・・・・・これでは射撃が苦手で、接近戦でしか己の力を発揮しきれない箒に勝ち目などない。どう足掻いてもシェーンコップに勝てるヴィジョンが想像できなくなってしまった箒は膝を落とし、ガクリと地面に座り込みそうになってしまったが・・・・・・そこに声がかる。

 

 

「とまぁ、このように今のアンタは戦い方が、IS戦闘とまるで合ってない。

 剣術の試合かなにかで腕を磨いてきたようだが、IS戦闘用に応用することが出来ていないのでは勝負にならない。今のアンタが彼女たち専用機持ちに決して勝てない所以だな」

 

 そう言われてハッとなり、顔を上げる。

 皮肉気ではあるが、無意味に悪意的ではまったくない映画俳優のようにハンサムな男の笑顔がそこにはあった。

 

「おそらくアンタの戦い方は、“ひたすら速さを磨いて敵より早く相手を斬ること”を目指したものだろう。

 その為に、ひたすら“相手より速く抜くこと”、“相手の剣より速く相手を斬れること”その二つを極めるため重点的に訓練を行ってきたとみたが・・・・・・違うかね? お嬢ちゃん」

「・・・・・・その通りだ。どうして分かった? 名匠・明動陽が至った結論の一つを、なぜ・・・・・・」

「なに、似たようなことを考えつく奴は結構いるものさ。

 まして『女が男に勝つ』を実現しようと思えば自ずと手段は限られてくることでもある。予想するのは大して難しいことでもない」

 

 今度こそ箒は、自分がこの男に完敗させられたことを悟らされていた。

 自分にとっての理想であり、特別な存在だったが故の名匠・明動陽が至った結論、その一つは彼女にとって神聖視されるほどに尊い教えであったが、それをこうも簡単に看破されてしまったのでは自分としては立つ瀬がない。

 

 考えてみれば当たり前の結果ではあったのだろう・・・・・・明動陽はたしかに刀鍛冶としても剣豪としても一代の偉人であったが、『江戸時代の人間』であり、その後も数百年の歴史が今の自分たちが生まれるまでには流れている。

 

 彼と同じ目標を目指し、彼と同じ結論に達した人間が他に出てきたとしても不思議ではない時間が流れた後が現在なのだ。

 まして、箒たちが生きる現代日本にとっての江戸時代は、約250年以上前の古い時代だ。

 帝国歴457年、宇宙歴766年に生を受けたシェーンコップにとって、自分自身や箒が生きている現代地球社会は1000年以上も時を遡った大昔の記録なのである。

 彼が率いて不吉と言われた【第13代ローゼンリッター連隊長】という数字も、現在では世界的な三大宗教の一つと数えられている宗派の教えに絡んだ数字だが、シェーンコップにとっては【滅び去った古い宗教の開祖が13番目の弟子に裏切られた数】あるいは【不死身の化け物が出てくる伝説があった日】として伝わっているだけなのだから――。

 

 

「アンタが尊んでいる教えは、必ずしも間違いじゃあない。ただし、IS戦には通用しづらい。

 人を斬る分にはそれでもいいが、ISには装甲があり、エネルギーを削りきる必要がある。パワーアシストもあるしな。

 まして相手の方が出力が上だった時点で、押し返すだけでも精一杯になってしまい、速さがどうこうと言っている余裕すらなくなってしまうだろう。

 坊やの《零落白夜》でもあるなら別だが、普通の機体でアンタが生身でやってる戦い方を再現しただけなら負けて当然だ。押し切れない」

 

 そう言い切られ、箒は頭をガツンと金槌で殴られたような衝撃を受けた。

 今まで考えたこともなかった思考法だったからだ。師の教えを守ること、師の教えを実践していくこと、師の教えを完璧に実現できるようになることが強くなれることだと、そう信じて今まで生きてきたのが彼女だったから・・・・・・しかし・・・・・・

 

(・・・考えてみれば私は今まで一度でも、ISを使った戦い方は、生身で使う剣術と違うかも知れないと考えたことがあっただろうか・・・?

 “千冬さんは勝てた”只それだけを理由にして、今まで私は同じに出来ない自分の未熟さばかり責めてきたが、それこそ己が未熟を認められない自惚れと呼ぶべきものではなかっただろうか・・・?

 “専用機さえあれば”と思うことは劣等感を感じていたからではなく、むしろ『道具の優劣以外に差はない』と断じる私の驕り高ぶりが言わしめた考えではなかっただろうか・・・?)

 

 無数に去来する過去。今まで固執しながらも努力し続けてきた記憶。強さを求める飽くなき渇望。

 様々に生じては流れ去る感情の渦が吹き荒れる中。・・・・・・最後に箒の中で生き残った一つの感情。

 

 

「・・・・・・頼む、シェーンコップ・・・・・・」

 

 

 拘りはある。蟠りもある。

 好いた男を叩きのめした相手に対する女としての悪感情は拭いがたい―――しかし。

 

 

 

「私に、IS操縦での勝ち方を・・・・・・・・・教えてください・・・・・・ッ!!!」

 

 

 

 ―――今は学ばなければいけない時だと。そう箒は理解した。

 理解しなければ強くなれない。夢に届かない。

 あの人の隣に並ぶことはできない!!・・・そう思ったから・・・・・・

 

 

 

 学年別トーナメントに、篠ノ之箒がワルター・フォン・シェーンコップと組んでのペア登録をおこなったのは、この数日後のことだった。

 

 

つづく



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