ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~ (ひきがやもとまち)
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序章

試験的に独立連載させてみた作品です。ダメだったら割り切る予定です。


「・・・・・・そうだ、あの娘だ。ローザライン・フォン・クロイツェルといった。

 ローザと呼んでほしいと言っていたな・・・・・・」

 

 

 ――それが、その男の人生で発した最期の言葉となった。

 勿論、現実の人間は安っぽい三文ソリビジョンドラマのように簡単には死なない。最後の力を振り絞って末期の言葉を口にしたとはいえ、言い終えた次のシーンでいきなり事切れたりしないように形成されている。

 

 それでも、彼が死ぬ前に口から出した最後の言葉がこれだけであり、それから死亡が確認されるまで一言も意味ある単語を発しなかったのだから、死亡時刻がいつであろうと先の台詞が今際の際に残した彼にとっての遺言とされてしまうのは致し方ないこと。

 訂正するため墓の下から這い上がって来れない以上、死人に口なしで生き残った者たちの都合で好き勝手に言われまくる以外に彼が出来ることはもうなにもない。

 

 彼の死が確認されてから数十分後、この戦闘は終結された。

 

 

 遙かな昔、生まれ故郷である太陽系第三惑星のちっぽけな星から飛び出した人類は銀河系の深奥部へ向かって生活圏を拡大させながら戦争と平和と統合と分裂を飽くことなく繰り返し続け、やがて二つの大勢力と一つの中立国家が銀河の覇を賭けて二百五十年以上も星空の海を戦場に争い合うようになっていた。

 

 その長き戦いも、彼が死んだこの会戦を最期に終わりへと向かう。

 この会戦以降に行われた戦闘行為は純然たるテロであり、戦争とは呼べない代物のみ。

 地球教を名乗る復古主義の団体が散発的にゲリラ戦を仕掛けてきただけで、それらも最終的には根こそぎ殲滅させられ歴史の舞台に復活してくることは二度となかった。

 

 

 ――銀河をめぐる戦いは、こうして終結した。それが長期間の平和をもたらすものなのか、それとも次の戦いが始まるまでの短い小休止に過ぎぬのか、その答えを知る者は今はまだいない。未来を知ることができる神は、未来にしかいない。それが宇宙と世界の真実。

 

 

 ――が、この物語は銀河系の“その後”を語った伝説の延長にある歴史話ではない。

 遠い過去にまで遡って、あり得たかもしれないIFの歴史に介入する一人の男の活躍を描いた英雄譚である。

 

 その男、銀河をめぐる戦いの最後を締めくくった戦闘『シヴァ星域の会戦』で戦死した元自由惑星同盟軍中将にしてイゼルローン要塞防衛司令官、そして同盟軍最強の白兵戦部隊と呼ばれた『ローゼンリッター連隊』を率いる第十三代連隊長でもあった過去を持つ美丈夫『ワルター・フォン・シェーンコップ』は、本人も気づかぬうちに戦死しており、気づいたときには暗い暗い深くて冷たい穴の底に広がる世界に――――来ていなかった。

 

 

 

(・・・・・・?)

 

 彼はふと、耳元でやかましく泣きわめく赤ん坊の泣き声が聞こえてきたので薄目を開けて前を見た。

 白い部屋だった。病室のようでもあったが、看護兵を口説くために通い慣れた野戦病院の其れとは違って徹底的に除菌が成された、白衣の天使がよく似合いそうな清潔極まりない空間――俗に言う、『分娩室』とよく似た変わった部屋だった。

 少なくとも、自分には一生涯縁のなさそうな場所だったので、今すぐにしでも回れ右して出て行きたいところであったが、それは叶わぬ夢幻だった。

 

 ――なぜなら、身体が動かないから。

 拘束されてるわけでもないのに、どういう訳だか手足が重たく、動きが鈍い。まるで泥の中を手探りで進んでいるかのように・・・と表現したいところだったが、生憎と『火薬式の軽機銃を手に持って5キロの徒歩と三十メートルの水中歩行』を基礎訓練として課してきたローゼンリッター連隊の連隊長だったことのある自分にとっては泥の中を進むぐらい舗装された道を行くのと大差ないので表現として適切かどうかが判然としない。

 

(やれやれ、それだけ鍛えてやったのに今になって動かなくなるとは、恩知らずな肉体だな。少しは持ち主である俺を見習って殊勝さを身につけてほしいものだ)

 

 この状況下でそのような戯言を、心の中だけとは言え平然と吐ける人間もそう多くはあるまい。銀河中に悪名と勇名を轟かせたローゼンリッター連隊を率いる連隊長だからこそできる豪語であったとも言える。

 

 とは言え、現実は過酷であり勇名を轟かせた最強部隊の指揮官だろうと身体が動かないのでは心だけ不屈でも何もできない。ひとまずは見えている物から状況と現場を推測しようと、目の前に立つ中年男女の二人組から、その背後に見えるカレンダーらしき物へと視線を移して数を読み上げていく。

 

 相手の顔に隠れて後ろの1桁は見えなかったが、誤差の範囲だろうと割り切り数字を言葉には出せず、頭の中だけで数え上げていく。

 

 

(AD、200――――AD!?)

 

 思わず愕然とさせられた。

 ADと言えば、かつて地球で使われていた『西暦』と呼ばれる時代のアルファベットだ。

 北方連合国家と三大大陸合衆国による二大大国が熱核兵器を応報しあった『十三日戦争』と、それに続く長い戦乱と混乱の時代である『九〇年戦争』により記録がほとんど残されていないことで有名な時代に最後を迎えた時代の呼称でもある。

 

 ――では、自分は今、そんな時代にタイムスリップでもしてきたというのか? まるで映画かなにかの主人公みたいに!

 

 珍しく混乱してしまい、そんな愚にもつかない妄想を考えついてしまうほど彼は焦ったものだったが、後にその妄想が事実であったことを知ったときには平静さを取り戻していたため溜息一つ漏らすことなく肩をすくめるだけで事実を受け入れてしまうのだった。

 

 彼は生まれ変わっても尚、そういう男だったから・・・・・・。

 

 

 地球にある主権国家の一つ、『ドイツ共和国』の名士の家に生まれ直した彼は前世と同じくワルターと名付けられ、ドイツ貴族の末裔『ワルター・フォン・シェーンコップ』と名乗るようになる。

 

 彼は死んだはずの自分が地獄に落とされることもなく、タイムスリップして過去の地球上に生まれ変わったことを不思議に思いはしたが、別段それで自分の行動指針を変えてしまうほど殊勝な性格はしていなかったから、前世同様に遊びとスポーツと戦闘とを要領よく狡賢い手段でこなしつつ、同年代の少女たちとの青い話し合いを楽しみながら生きていた。

 

 彼は女好きではあったものの、少女好きな性格はしていなかったから、レディに対しては誠心誠意真心を込めて礼儀正しく紳士的に扱った。

 伊達に、部下の隊員たちにフェミニスト教育を施していたわけではないのだ。有言実行とまではいかないが、言ったことの八割ぐらいはやってのけるのが彼のポリシーである。妥協はできる限りしない。

 その結果、モテない男共から嫉まれる分にはモテる男に生んでもらえなかった両親でも恨んでもらうとして、実力行使に訴えてきた奴だけ徹底的に恥をかかせて口封じをしてから帰してやる。そんな日々が続いていたが、ある時。

 

 その平和で満たされた日々は突然に終わりを告げられることになる。

 テレビに映ったレポーターが慌てふためいて伝える驚愕のニュース内容、『世界中の政府コンピューターがハッキングされ、発射可能なミサイル数百発が日本国に向けて発射されてしまった。その中に核弾頭が搭載されたICBMが含まれているかは現時点では不明』

 

 流石のシェーンコップも、これには慌てた。

 もしやこれが十三日戦争の火蓋を切った熱核戦争の始まりだったのではないか? 二大大国が存在しない世界情勢だったため今しばらく後の時代に起きたことだとばかり思っていたのだが、途中で何かしらの歴史改変が行われていた可能性は捨てきれない。

 

 前世の上司とは違い、彼は政治家共に陰謀による歴史改正は可能だと考えているタイプの人材だ。奴等なら彼のように正しい歴史を伝え残すことによる大局的な利益よりも、目先にぶら下げられた美味しそうな人参に飛びつく方を選ぶに決まっているのだから、と。

 

 だが、幸運にもその予測は外れ、ミサイルは全てたった一機の超兵器によって撃墜されることになる。

 

 ――これがワルターの人生を大きく歪ませた事件。俗に『白騎士事件』と呼称された、ISが初めて世に出て世界を変えてしまった歴史的大事件の始まりだったことをニュースの始まりを見ていた時分の彼には知るよしもない。

 

 

 この事件の後から、超兵器IS――正式名称《インフィニット・ストラトス》を扱えるものが女だけであることから『女尊男卑』が台頭し、女性優遇、男性蔑視の性差別思想が世界中の国家を変質させてゆくようになる。

 その影響は、まだ幼くて大したこともできない少年ワルターの身にも降りかかってきた。

 

「どうもこうもない、くだらない話だ。我が自慢のバカ息子殿が、女尊男卑に媚びを売るため我が家の全財産を奪って献上してしまったのだよ。

 その上、女尊男卑与党を良く思わない男尊女卑原理主義者とやらの逮捕状まで持ち出してきおった。貢ぐ物がなくなった途端に今度は自分の番だと言うことさえ、あのバカ息子には理解できぬらしい。

 まったく・・・本当にどうしようもなく、くだらない息子の教育を失敗した愚かな老人の末路の話だよ、ワルター」

 

 そう言って今生での彼の祖父は、優しい笑顔を浮かべながら息子と違って聡明に育ってくれた孫の頭を軽く撫でる。

 祖母からの「これからどうするのですか?」という質問に対しても、祖父は小揺るぎもしない。

 

「なぁに、臆することはない。我々は日本国に亡命する」

「日本へ?」

「そうじゃ。あの国は今まで、外国からの移住者に厳しい審査と条件をつけていたが、この前のIS条約締結に伴い、大幅な法改正が行われる運びとなったと聞く。

 とは言え、法の内容を変更しただけで制度がすぐ現実に追いつけるというものでもない。今頃は現場の人間と議会で数値だけを基準に怒鳴り合う政治家共との間で混乱しておることだろう。その混乱に乗じれば存外簡単に許可が下りるかもしれんからの」

 

 そう言って笑った祖父の予言は的中する。

 この頃の日本は建設されたばかりのIS学園と、そこに入学してくる外国人留学生および、彼女たちの生活を支える娯楽施設や衣食の提供をもくろんだ外国資本と社員の家族などから要望が殺到しており、現場監督に派遣されてきた官僚育成大学での若手女性官僚たちは偉そうに指示するばかりでお荷物にしかなっていないという惨状にあったため、とても一人一人に細かいところまでチェックしていられる余裕はどこを探しても存在しなかった。

 

 

 こうしてワルターは、晴れて日本国への移民として日本国籍を与えられたわけだが、時代や状況がどう変わろうとも日本人が持つ『民族病偏執的な村社会』まで変えられるわけがない。

 

 女尊男卑の世であろうとなかろうと、日本国籍を取得しやすくなろうとなるまいと。

 シェーンコップは外国人であり、日本に生まれた時から済んでいる髪と目が黒くて肌が黄色い日本人から見れば『見た目が変な俺たちとは違う奴』でしかない事実に変わりなどないのだ。

 

 こうしてシェーンコップは、高校受験が可能となる歳までの間、絶え間ない差別と虐めと偏見の目に晒され続けたが、そもそもがローゼンリッター連隊自体、帝国からの亡命者子弟で構成された爪弾き物部隊だったため大した痛痒も感じなかったのは良いことなのか悪いことなのか判断が難しい。

 

 確かなのは、高校受験を間近に控えたその年の初めに祖父が病死してしまったと言うことと、移民であり日本人ではないから制度の保証外な部分が多すぎるワルターに入学可能な日本の高校がほとんどなくなってしまったと言う二つの事実だけだけだった。

 

「やれやれ、まさか俺が提督と同じ境遇に立たされる嵌めに陥ろうとはな。あの頃は考えもしなかった事態だ。やはり生きていると退屈しなくて済むというのは真実だったようだな」

 

 そう言って肩をすくめながら微苦笑を浮かべたシェーンコップは、こういうとき真っ先に頼るべき相手『役所』を訪問して相談した。

 如何に普段から助けてくれていなかろうとも、子供であり未成年でしかない今のシェーンコップにできることなどほとんどない。よしんば在ったとしても将来を生け贄の犠牲に捧げて今ささやかすぎる小金を手に入れられる・・・その程度の碌でもない境遇だけだろうという事実を、彼は前世の知識でよく知っていた。

 

 伊達に公務員はやっていなかったのだ。たとえ軍人だろうと、国家の軍隊に所属している以上は公務員であり、階級に伴って相応の法律知識を教え込まれる受講制度も存在していた。

 外国人であっても、法律に興味のない一般の日本人よりかは国と制度と法律について詳しい部類に入れるのである。

 

 

 ――そしてここで、彼にとって第二の人生ターニングポイントが訪れた。

 

 係員が彼の話を聞き、いくつかの部署に連絡した後、改めてシェーンコップの身体検査をさせてほしいと申し出てきたのだ。

 

「身体検査・・・ですか?」

「ええ。実は最近、法改正が行われていて一定の年齢に達した子供に限り簡単な検査を義務づけることになったのよ。大した時間や手間はかけさせないから、お願いできなかしら?

 ああ、一応政府から無茶を聞いてくれるお礼としてジュースとかお菓子が配布されるんだけど・・・」

 

 シェーンコップとしては元公務員として色々と聞いて確かめたいことがあったが、検査内容を聞く限り悪用できそうなものは一つもない。ここは聞いておいた方が、少なくとも損はないだろうと割り切り了承する旨を相手に伝えた。

 

 係員が若い女性で、豊満な肢体の持ち主だったことはこの場合関係ない。あくまで彼なりのお礼である。やはり久しぶりに美女を見ると目の保養になっていい・・・。

 

 

 こうしてシェーンコップは、世界で二番目に発見されたIS適正を持つ男の子としてIS学園に入学する運びとなるのだが。

 

 それはまた、別のときに語る話としておこう・・・・・・。



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第2章

なお、独立連載に移した最初の作品がコレなことに意味はありません。最初に出来たってだけです。


「フォン・シェーンコップ、お呼びと承り参上いたしました」

 

 それが諸事情あって、2時間目の授業から途中参加した『世界で2番目の男性IS操縦者』ワルター・フォン・シェーンコップの挨拶だった。

 恭しい口調と不謹慎な表情とが不調和なわざとらしい態度で、遅れてやってきた美丈夫の新入生はIS学園の男子用制服を一分の隙もなく着こなしている。

 

「・・・と、本人が自己紹介したとおり、コイツが我がクラスの新入生最後の一人だ。これから一年間、机を並べて学び合うもの同士問題を起こさないよう気をつけること。――以上だ。

 では、授業を始める」

 

 1年1組担任の織斑千冬先生によるフォロー(?)もあってか、無事に入学の儀を果たし終えたシェーンコップは唖然として自分を見つめてくる女子生徒たちが視線の集中砲火を浴びせる中を我が物顔で縦断しながら指定された位置の机へと向かい、着席する。

 

 そして、授業が始まった。IS学園にとって、ごく当たり前の日常の1ページ。

 ワルター・フォン・シェーンコップにとって、過去の地球世界かもしれない場所で過ごす特別なはずの一日目は、何の変哲もなくドラマもない平々凡々な形で幕を開けたのである。

 

 

 

 ――彼が、入学式と1時間目の授業に参加できなかったのには理由がある。

 なんのことはない、結局最後の最後まで『外国人移民』であることが足枷となり続けて邪魔された。只それだけの日本ではよくある平凡な理由と原因によるものでしかない。

 

 IS学園で表向きの学園長を務める怜悧な女性は根っからの女尊男卑主義者であり、汚らわしい存在であるはずの男が神聖なる女性の学び舎に入学してくることには反対であり、本当の学園長の決定であるなら仕方なくと、渋々従っているだけだったため形式面だけでも彼女を心理的に満足させてやる口実が必要だったという次第だ。

 

 彼女は男であっても学園長の命令にだけは従うが、それ以外の男性に対しては極端すぎるほどの嫌悪感を示す女性だった。

 彼女なりの主観では、そこに矛盾はない。単に彼女の学園長に対して向けられる忠誠心は学園長個人に対して向けられたものであり、彼女個人が持つ主義思想は男性差別思想の女尊男卑だったというだけのこと。

 

 人は思想に従うのではなく、思想の体現者に従うもの。その点に関して、シェーンコップを始めとするイゼルローン組に非難する権利はどこのポケットを探しても見つかるわけがないので彼は大人しく従ってやった。皮肉気な笑みを相手からの無遠慮な視線に返したのは癖であって、他意はない。

 無論、相手がそう受け取ってくれるかどうかは個人の自由なので、彼の関知するところではなかったが。

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISの運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 そうして始まった、IS学園入学初日2時間目の授業風景。眼鏡と豊満な肢体がセックスアピールな若い女教師が、スラスラと教科書を諳んじていくのをシェーンコップは聞くとはなしに聞き流していく。

 彼にとって、この手の法律的な基礎問題は前世において散々に慣わされたものと大差なく、細かいディティールに違いがあるとしても、それらを習わされるのは一定量の基礎を学び終えてからというのが教育の基本だということは常識として知っていた。現時点で注視すべきことは一つもなし。

 なら、せめて若く美しい女性教諭の唇から紡ぎ出される玲瓏としたハーモニーに聞き惚れながら、聞かれた内容にだけ当たり障りのない答えを返しておけばそれでいい。

 

 

 こうして彼はIS学園で過ごす初めての授業を難なくやり過ごし、次の授業に向けて準備を始めようとしていた、その矢先のこと。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

 突然、横合いからかけられた声に驚いたのか、隣席に座っていた男子生徒が素っ頓狂な声を上げるのが聞こえたため、シェーンコップの意識も彼の方に向けられる。

 

 たしか、オリムライチカとか言っただろうか? 世界で初めて発見された男性IS操縦者という触れ込みで入学を許された特例の男子生徒で、今生における自分にとっての先輩に当たる存在らしいのだが、男の少年に興味を抱く趣味は持ち合わせていない彼としては心底からどうでもいい存在でしかなかったこともあり、自己紹介し合ってから今の今までスッカリ忘れていた少年だ。

 

 黒髪黒目で中肉中背と、自分が忠誠を誓った唯一の上官と同じで東洋人らしい見た目をしているが、顔立ちはこちらの方が遙かに整っているだろう。ついでに言えば向学心についても彼の方がおそらく上だ。

 先刻まで続いていた授業中に「うー、うー・・・」唸っていたのが彼だとしたならば、わからないなりに必死になって授業を理解しようと努めていたのだろう。

 もし自分の上官が彼の立場だったとしたならば、開始五分で理解を諦めてテストの成績でも赤点スレスレの成績を取っても平然としたまま授業を受け続けていただろうから。

 

「訊いてます? お返事は?」

「あ、ああ。訊いてるけど・・・どういう用件だ?」

「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「・・・・・・」

 

 少女からの尊大な調子で紡がれる言葉に、織斑一夏が「ムッ」としたのが伝わってきたのを感じて、思わず内心で肩をすくめてしまったが声に出しては何も言わなかった。

 せっかく彼が彼女との話し相手を一人で担ってくれているのだから、任せてしまうのが筋というものだろう。人間、苦手なものを出来るようになるより、やりたい奴に任せてしまう方が良い結果がついてくるもの。それがイゼルローン流のやり方だった。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡・・・幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「・・・・・・馬鹿にしていますの?」

 

 徐々に雲行きが悪化していく織斑少年とセシリア・オルコットという名前らしい美少女とのやり取り。

 明らかに織斑少年はオルコット嬢の自慢話めいた上から目線での物言いに腹を立てており、オルコット嬢の方はその事実に気がついていない。

 生まれや育ちも関係しているのかもしれないが、それよりも彼の目には彼女がヒドく気負っているように見えていた。

 

(カリンの奴も、俺と最初に顔を合わせに来たときにはこんな風に苛立ちを隠そうと躍起になってたからな。

 表面をどれだけ飾って自分を大きく見せたところで、成熟さと中身が伴わなければただの格好付けに過ぎんものだが・・・まぁ、それもまた若さ故の失敗から学べる教訓だからな。励めよ、少年少女たち)

 

 前世で昔付き合ったことのある少女と自分との間で知らぬ間に生まれていた結果論的には隠し子の少女で、自分の実の娘を思い出しながら、そんなことは露とも悟らせない完全なポーカーフェイスを決め込んで沈黙を続けるシェーンコップ。

 外見年齢は同世代になろうとも、彼の中身は同盟軍随一の不良中年であり、最高評議会議長と統合作戦本部長とを口先三寸で手玉にとった毒舌家であるという事実に変わりはない。

 

 たかが一回死んで生まれ変わっただけで、己の今までを後悔して反省して人格を一変させるほど安っぽい人格に陶冶した覚えはない。

 男が人格を変えるのは女を口説くときだけでいい。「ありのままの自分を好きになってもらわなければ意味がない」などという青臭い青春群像劇めいた台詞を尊ぶのはミドルスクールの学生の間だけで十分だ。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「っ・・・・・・! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 三時間目が開始されるチャイムの音に割って入られたオルコット嬢は、悔しそうに表情をゆがめながら捨て台詞を吐くと、自分の席へと小走りに戻っていった。

 その後ろ姿を目だけ動かして見送りながら、織斑一夏は福音の音色に救われたと言いたげな表情で吐息する。

 

 ――と、一瞬シェーンコップの意味深そうで意地の悪い笑顔を直視してしまい、思わず反射的に反発の声を上げてしまっていた。

 

「なんだよ? 何か言いたいことでもあるのかよシェーンコップ」

「言ってほしいのかい? 坊や」

 

 脊髄反射じみた反発心から出てきた悪態に、即答で返された一夏は鼻白まされた。

 てっきり当たり障りのない嫌みな返答『別に・・・』とかが帰ってくるものとばかり思っていた彼は、初手から先手を取られてしまったわけである。

 

 こういう時、どのような言葉を返すべきなのか今まで歩んできた自分の人生から参照してみるが、適切な答えはどこにも見当たらない。

 中学生にして苦学生でもあった彼は、同世代の男連中よりかは人生経験豊富であるという自負があったが、それさえも所詮は平和で豊かな現代日本で学生として生きていた間に得られたものに過ぎず、二百五十年間も星空の海で戦争し続けていた国家の、平和を記録上でしか見たことのない時代に生きた男を相手に通用するほど大した難易度のある代物では全くなかったからである。

 

 とはいえ、公平を期するなら比べる相手がそもそもおかしい。比較対象として適切とは到底いえない時代背景がある者同士だ。一夏が悔しさを感じる必要性は微塵もない。

 その事実をシェーンコップは承知していたが、一夏は知っていたとしても悔しさを感じる気持ちは割り切れなかっただろう。

 それこそが人生経験の差であり、大人と子供の埋めがたい決定的な違いなのだという事実を彼が知るのは何時になることなのやら。

 

「余計なお節介なのを承知で、忠告させてもらうがね。坊や、女が自慢話をしているときには黙って聞いていてやるのが男の甲斐性ってものだ。自分がイラつかされたから、相手の女に当たるのは感心しないな。同じ男としてはね」

「・・・・・・」

 

 どう言い返せばいいのか思いつかないうちに、考え込んでいたところを追撃されて、一夏は頭の先から冷や水をぶっかけられたような気分を味あわされて黙り込む。

 

 彼とて冷静になってから考えてみれば、先ほどの会話で途中から自分が感情的になっていたことを自覚できないほど愚か者ではないのだ。

 たしかにセシリアの方に非は多くあったのは事実だが、だからといって一夏が感情的になって子供みたいな口喧嘩をしてしまった愚劣さを正当化できる理由にはならない。それくらいの分別は彼も持ち合わせていた。冷静にさえなれれば、その程度の道理は弁えられる程度には男として成長している自信とプライドが彼にだってある。

 

「・・・・・・坊やはやめろよ。俺には織斑一夏って名前がちゃんとある」

 

 そして、だからこそ素直に謝罪できないところが今の彼の至れる限界点。男としてのプライドと自信が、正しかった側の自分が謝らせることを受け入れることが出来なくさせていたのである。

 

 たしかにセシリアの挑発的な物言いに「カチン」ときて売り言葉に買い言葉で応じてしまったのは自分だ。それはガキっぽくて恥ずかしい行為だったと自分でも思う。

 

 だがしかし、それは“あくまでも結果論”に過ぎない。最初から最後まで自分勝手な傲慢な態度で接してきていたセシリアの方が非は大きく、ことの最初において自分の感じた怒りは正当なものだったはず。

 結果的に自分も小悪をなしてしまったけれど、最初から最後まで間違え続けていたセシリアと比べた場合には自分の方が人として上の対応を出来ていたはず・・・一夏はそう信じて確信していた。

 

「そうか、悪かったな。気をつけるよ、坊や」

「・・・・・・」

 

 今度は一夏が無視する番だった。分が悪いし、それにシェーンコップが言っているのは呼称はともかく、内容は正しい。だから何も言えない。言い返せない。

 これ以上、悪足掻きして格好の悪い無様な姿を尊敬する姉のクラスで見せるわけにはいかなかったから。

 

「それでは三時間目の授業は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 三時間目が始まり、教壇にクラス担任の織斑千冬が立って授業の説明を開始していたが、それが唐突に言葉を途切れさせる。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけなかったな。

 誰か、立候補したい奴、させたい奴はいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 クラス代表とは、文字通りクラスの代表として委員会に出席したり、クラスを代表して対抗戦に出場したりと言った顔役を指して用いられる単語。基本的な部分はIS学園も他の普通科高校と変わりない。面倒な雑用仕事を押しつけられる役割であることも含めてだ。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私はシェーンコップくんが良いと思います!」

 

 そして案の定、他のクラスにはないアドバンテージで目立つため1年1組女子たちは一斉に世界初と二番目の男性IS操縦者二人の名を次々と連呼していく。

 

 分かり切っていたことなので、今更慌てふためく可愛らしさなどシェーンコップの人生には持ち合わせがない。あったとしても少年時代に初めて抱いた女の味とともに記憶の深層部に葬ってから忘却し尽くてしまっている。思い出せるのは、当時の自分にとって女という生き物が新鮮で瑞々しく魅力に溢れて見えていた青い青春の残滓ぐらいなものしかない。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 そして、予測したとおりに割り込んでくる気の強そうな、それでいてイヤに気負っているのが見え隠れしているイギリス貴族の末裔らしいお嬢さんセシリア・オルコット。

 

「そのような選出は認められません! 実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされても困ります! いいですか!?

 クラス代表は実力トップがなるべきであり、そしてそれはわたくしセシリア・オルコットですわ!

 ・・・大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――」

 

 そうして、あれよあれよという間に話は脱線。

 やれ、世界一まずい料理で何年覇者だとかなんとか、極東の猿でサーカスがどうのこうのだとか、先の授業で私的運用を禁止されてるISを使って決闘がどうだとか。

 あまりにも本筋から逸れていって、イゼルローン要塞まで長距離ワープしてしまいそうなほど盛り上がっていく二人・・・織斑一夏とセシリア・オルコット。

 

「・・・さて、話はまとまったようだな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ用意をしておくように」

 

 やがて、調停役として何の役にも立たなかったクラス担任が、オルコット並みの尊大な態度と口調で決定事項を改めて伝えてやると二人はうなずいて了承。

 最後に残ったクラス代表に他薦されていた、もう一人の男子生徒にも同じ質問を投げかける。

 

「シェーンコップもそれでいいな?」

「ヤー(了解)」

 

 短く答えて、了解した旨を相手に伝えるシェーンコップ。不敵な表情でふてぶてしく笑う彼であったが、その内面は表面ほど穏やかなものとは到底いえない。

 

 なにしろ久々の戦場なのだ。たまには身体を本気で動かさないと鈍ってしまって仕方がない。

 第一、祭りが行われると聞けば、いの一番に駆けつけて誰よりもケンカ祭りを楽しんでこその軍人であり、ローゼンリッター連隊というものなのだ。もはやこれは本能と言っていい。

 後天的に付与された、第4の欲求と呼ぶべき快楽が本能として胸の内からフツフツと燃え上がってくるのを感じて久しぶりに高揚してくる。

 

 

「やはり、薔薇の騎士はこうでなくてはな。

 ――ドライロット、ドライロット、我が生と死を染めるは呪われし色。血と炎と赤い薔薇・・・せいぜい俺を退屈させんよう頑張ってくれよ、お嬢様方」



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第3章

「なんですって!? わたくしにIS操縦技術のコーチを委託したいですって!?」

 

 その日、一週間後に織斑一夏およびシェーンコップとクラス代表の地位を賭けて決闘することが決定していたセシリア・オルコットは、彼からその依頼を聞かされた瞬間に激高した。

 

「ヤー(ああ)」

 

 対して、依頼主であるシェーンコップ自身は平然とした表情のまま頷きで返すだけ。

 小憎らしい平静さと、小揺るぎもしない有刺鉄線張りの不遜で不敵な表情が相手の怒りを加速させたが、これはただの地である。素の表情がこれなのだから彼としてはどうしようもない。

 ――もっとも、どうにかしてやる気が微塵もないのも彼であったが・・・。

 

 

 

 織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてワルター・フォン・シェーンコップによるクラス代表を賭けた試合が一週間後に決定された翌日。

 織斑一夏には初心者への救済措置として、彼専用機が与えられることが政府議会で承認され、支給される機体には次期主力機の開発を任されていた倉持技研が保有する《白式》が選ばれる運びになっていた。

 世界初の男性IS操縦者と言う名誉に対して、日本政府は誠意を持って遇したというわけである。

 これで貴重な研究サンプルである彼を繋ぎ止めておける楔となるなら安い投資というものだったからだ。

 

 

 対して、シェーンコップには専用機は与えられず、操縦練習のためアリーナと訓練機を優先的に使用を許可されたに留まった。

 『短期日のあいだに同国内から二人もの男性IS操縦者が発見されることは想定を上回っており、数に限りがある専用機コアを二つも用意することは出来ない』と言うのが政府からの説明だったが、その言葉の裏側に彼が『外国移民』であることが暗い影を落としていた事実を否定しきる証拠を政府が持っていたことは日本の歴史上一度もない。

 

 それは明白すぎる事実であったから織斑千冬は憤ったものだが、形としては正論そのものであり、また全くの嘘偽り方便の類いでもなかったため決定を覆すことはできなかった。

 

 シェーンコップ本人は意に介さなかった。

 

 もとより政府からの嫌がらせには慣れているのがイゼルローン組である。保身的で保守的な政治家共のやることなど、世界なり時代なりが変わった程度では大差あるまいと高をくくっていた彼としては何ほどのことでもない。与えられた物資をやりくりしながら勝つしかないのが、昔も今も変わらぬヤン艦隊の流儀というものである。

 

 だが、しかし。それでも問題は存在した。

 如何にシェーンコップが同盟軍最強を誇る白兵戦技の達人だったとは言え、ISについては昨日今日習い始めたばかりの素人同然であるのは動かしがたい事実なのだから。

 残り時間は一週間を切ったばかり。早急に解決策を模索する必要がある。どうするか?

 

 ――簡単だ。自分が不得意とする分野は得意な奴に一任してしまえばよいのである。「自分が楽をするため」人事の妙で(結果的にではあるが)辣腕を振るった故ヤン・ウェンリー提督のよき先例に習えばいいだけである。

 

 

 その候補として彼が白羽の矢を立てた人物こそ、今彼の目の前で髪を逆立てた猫のように威嚇してきている彼女であり、イギリスの代表候補にして一週間後に戦う決闘相手セシリア・オルコットその人である。

 

「正気ですの!? わたくしとあなたは敵同士・・・一週間後に銃口を向け合い雌雄を決する試合相手ですのよ! 敵同士が馴れ合いをしてどうしますの!?」

「ISのことでわからないことがあれば教えてやってもいいと言っていたのは貴女だ。俺は宣言を信じて教えを請いに訪れただけですよ」

「あ・・・っ」

 

 言った。そう言えば言っていた。自分は確かに織斑一夏と初めて会話したとき、確かにその言葉を言っていたと彼女の優れた脳と記憶力は記録している。

 

『ISのことでわからないことがあれば、まあ・・・泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ』

 

「正直なところ、入学したばかりでISのアの字も知らない俺には頼れる当てが他にない。その中で貴女は間違いなく最強のIS操縦者だ。

 優れた先人に教えを請うため頭を下げるのは当然の礼儀でしょう? オルコット嬢。・・・いや、オルコット先生」

 

 そう言って頭を垂れてくるシェーンコップの姿が、セシリアの勘に障った。

 ――まるで“あの人の様だ・・・”と思わずにはいられなかったからだが、それによって自分の前言を翻す恥知らずになる気は彼女にもない。

 

「・・・分かりましたわ。試合前日までは、コーチをお引き受けいたしましょう。専用機を与えられなかったあなたには、そのぐらいのハンデがなければフェアではありませんものね」

「感謝する、オルコット先生。このお礼は将来的には必ずお返ししに参りましょう。あなたが成長して今よりさらに美しなった頃、大輪の薔薇の花束を持参しながらね・・・・・・」

「そ、そんなことよりも!」

 

 映画俳優顔負けの美丈夫に定番の口説き文句を述べられ、『言われ慣れているから平気だ』と思っていた防壁をアッサリ貫通されかかってしまったセシリアは慌てて続きを口にしながら取り付くように“確認”をする。

 

「指導してあげるかどうかを決める条件として、今から私がする質問に答えなさい。回答次第ではコーチングの話は無しにさせて頂きます。よろしいですわね?」

「どうぞ、なんなりと。俺にお答えできる範囲の質問であればよいのですがな」

「簡単ですわよ。答えはあなた自身の中にしかありませんから。

 ――あなたは先ほど私に頭を下げたとき『悔しい』という気持ちは起こりませんでしたの?」

 

 

 その質問はセシリアにとって、辛い過去と懐かしい過去の両側面を持つ複雑な思い出に直結していた。

 

 ――今は亡き彼女の父は名家に婿入りしてきた婿養子であり、格上の結婚相手である妻(セシリアにとっての母)に対して常に多くの引け目を感じていたように幼い娘の目には見えていた。

 母が強い女性だったことも彼女の心理に大きく影響を及ぼしていたのだろう。女尊男卑以前の女性が見下されていた男尊女卑の時代から女でありながら幾つもの会社を経営して成功を収めていた母を身近で見て育ってきた彼女にとって、厳しくも優しい母は憧れでありヒーローだった。女性としての理想像が母親だったのである。

 

 そんな一代の女傑を幼い頃から一番近くで見ながら育ったセシリアにとって、『凡人』でしかない父親が実物大以上に小さく小物に見えてしまうのは仕方がない。

 比較対象が大きすぎれば、隣に並ぶ人物が多少優秀であったとしても恒星の前の惑星さながらに光が翳んでしまうのは当たり前のことだからだ。

 

 たとえば、ラインハルト・フォン・ローエングラムの副官、ジークフリード・キルヒアイスがそうだったように。

 ヤン・ウェンリーの非保護者たるユリアン・ミンツがそうであったように。

 

 惑星の光量は、恒星の光に目を奪われない距離まで離れない限り正しく評価することなど出来はしない。

 彼らとセシリアの父が違うところは、死ぬまで恒星の側に寄り添い続けたことだろう。

 セシリアの両親は三年前の事故で共に他界しており、普段は別々に行動していた彼らが死ぬことになる当日だけ一緒に過ごしていたことが彼にとって幸福だったのか不幸だったのか、それは誰にも分からない。 

 

 ジークフリード・キルヒアイスは、それまで『金髪の小僧の腰巾着』と罵られ、不当に低い評価を浴び続けてきたが、独立した権限を与えられた後は貴族連合軍との戦いに悉く完勝し『辺境の王』とまで呼ばれるほどの英雄に成り上がった。

 しかしそれは彼の寿命を縮めただけでなく、彼の人生の意味そのものである親友との絆に罅を入れる諸刃の剣にもなってしまう。巨大すぎる功績が疎んじられて、彼と彼の親友との間に絶対零度の義眼の男が立ちはだかる切っ掛けに繋がってしまったからだ。

 

 そして、ユリアン・ミンツもまた恒星のもとから巣立ち成功を収めた英雄の一人ではあったが、その評価と人生が幸福であったかと言われると心許ない。

 彼はヤンの下にいるとき、師父以上に才能豊かな天才児と思われていたのだが、師父の死後に地位を引き継いでからは批判と非難が相次いだことでも知られる人物になっていく。

 彼が変わったのではなく、状況の変化が彼に求められる能力と役割を飛躍的に増大させた結果として、消滅した後の恒星の残光が巨大すぎたことに今更になって人々が気づいた所以である。

 生きているとき、ヤン・ウェンリーは必ずしも正当な評価を受けたとは言えない人生を送っていたが、死後にその名声は加速され伝説から神話へと短期間の間に急成長を遂げていくことになるのだが、それに反比例して残された惑星たちの光は見窄らしく小さいものに人々の目には映ってしまっていくようになっていく。

 

 

 ――光あるところに陰がある。光は、光だけで存在し続けることは出来ない。必ず影が寄り添わなければ自らの光量で自分を見る人々の目を眩ましすぎてしまって、正当な価値を計ることは誰にも出来なくなってしまうから・・・。

 

 とは言え、影が影としての能力しか持っていないとも言えないし、影が光となって栄光を手にしたら幸せになれると確約されているわけでもない。

 セシリアの亡父が、真実臆病で情けない男であったのか、それとも能を隠した鷹であったのか、あるいは己の程度を弁えて影に徹しようとした賢者であったのか。それは彼の死によって答えの存在しない永遠の謎かけとなってしまった。

 

 物言わぬ物体に真実など求めても与えてくれることは決してない。

 ただ、それを見た人々がそれぞれの尺度と価値基準をもとに真実を妄想して『こうだったに違いない』と判ったように決めつけるだけが生きている人間にできる死者への待遇のすべてである。例外はない。死者が反論するため蘇り、真実を伝えに来ることもない。

 

 『死人に口なし』。それは人類の歴史上ずっと否定され続けられてきた概念であり、延々と使い続けられてきた処世術の一つ。

 そして人類から死が亡くなるまで、未来永劫使い続けられるであろう永久不変の真理でもある。

 

 

「直接的すぎる聞き方かもしれませんが、お聞きしたいものですわね」

 

 セシリアは髪を手でかき上げながら、尊大な態度で言い切ってみせる。

 無論のこと彼女は自分の抱える事情のすべてを話した訳ではないし、話すつもりもない。少なくとも今この時点で『大切な家族との思い出話』を赤の他人に話してやる気は少しもない。

 

 だからこそ逆に聞いておく必要があったのだ。

 余計な戯言を口にして、自分の家族と過ごした記憶に泥を塗るかもしれない人間など側に置きたくないし、事情を語れぬ家庭の問題で怒鳴られるのは相手にとっても迷惑なだけだろうと考えたからである。

 

 そんな悲喜こもごもが数多く詰まった彼女からの質問に対してシェーンコップの回答は、反比例するかの如くシンプル克つ割り切りすぎるものでしかなかった。

 

 

「あいにく俺は、脊髄反射じみた反発心をプライドだ誇りだのと巧言令色で飾り立てる恥知らずに成り下がる気は持ち合わせていないのものでしてね。

 出来もしないことを、やる前から『出来る』と大言壮語して失敗した途端に言い訳を並べはじめる卑怯者にはなりたくないと、常日頃から思っておりますよ」

 

 

「あ・・・・・・」

 

 その言葉を聞いたとき、セシリアの胸の支えていたモノがストンと落ちる音がした。

 大切な記憶はなにも変わらぬまま、別視点から見た映像が記憶のフィルムに今までとは異なる色味を追加されたのだ。

 

 父は確かに卑屈な男だった。常にペコペコ頭を下げてまわり、自分の意見を強く主張することもなく、婿養子でしかない立場の弱い存在として最後の最期まで地位と立場を強化しようなどとは思いもしなかったであろう気弱そうな人物だった。

 

 ――では、もし仮に父がオルコット家における自分の立場を強化するため動き出したらどうなっていただろう?

 婿養子でしかない立場で自己を主張し、自分の意見の正しさを強硬に押しつけ続けて貫き通していたらオルコット家は今頃どうなっていたことだろう。

 

 考えるまでもない。内部分裂による一族全体の崩壊だ。同族同士が敵対して啀み合えば、オルコット家の財産を狙うハイエナ達が無数に群がり食いあさり、後には柱一本残さずしゃぶり尽くされた伝統と格式ある家名だけが残された『名ばかり貴族』のオルコット家という商品名だけが自分にタグとして付けられ売り飛ばされていたことは疑いない。

 

 父がそこまで考えて行動していたかどうかは判らない。ただ、少なくとも父は出来もしないことを『出来る』と言ったことは一度もなく。

 出来ないことを人に『やってください』と頭を下げてお願いすることを嫌がったことは一度もない人だった。

 

 それは確かに情けないことだったろう。恥ずかしいことでもあっただろうし、周りから見たらプライドを持たない恥知らずの所業にしか見えなくても仕方のない行為だった事だろう。

 

 だが、それら全ての『受ける事が分かり切ってる悪意と見下しを承知の上で頭を下げる』のは臆病な行為だろうか? 情けないことだろうか? 勇気のかけらもない、見栄とプライドをごっちゃにした卑怯者にできる行為なのだろうか?

 

 侮辱に対して自分の正当な地位と権利を、力づくでも守ろうと立ち向かうのは勇気だ。間違いない。それは断言できる。

 

 では、侮辱に対して自分のプライドを曲げてまで『守りたいもののため頭を下げ続ける』のは勇気と呼ぶに値しないのか? ――否だ。少なくとも今のセシリアにはそうは思えない。

 そう思えるようにしてくれた男性が目の前にいるのに、それを気づかないフリをするのは誇りあるイギリス貴族オルコット家の名を継ぐ者として恥ずかしすぎる行為だったから・・・・・・。

 

 

「今のが俺の出せる答えの全てでしたが、不合格でしたかな?」

「・・・いいえ、充分ですわ。期待以上の答えを頂きました。この上は私もコーチとして微力を尽くすといたしましょう。

 試合当日まであなたを鍛える、期間限定の勤めを果たすために」

 

つづく



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第4章

 ワァァァァ・・・・・・ッ!!!!

 歓声が轟く。

 

 織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてシェーンコップによるクラス代表決定戦が行われた当日のIS学園第3アリーナに今、勝者を讃え、敗者に好奇の視線を送る観客たちからの様々な感情が綯い交ぜになった雄叫びが歓声という一つの大河に合流して響き渡る。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 アナウンスのコールに儀礼的な笑顔を浮かべて、手を振り歓声に応えてやってから会場を去り、次の試合のため席を譲ったセシリア・オルコットであったがピットへと続く廊下を歩む彼女の表情は釈然としないもの。

 とても勝利者がするものとは思えない茫洋とした顔をしている彼女に、廊下の先から声がかけられる。

 

「ナイスファイト、オルコット嬢。見事な試合ぶりでしたよ」

 

 壁により掛かりながら、キザったらしい姿勢で彼女を待ち構えていたらしい次の試合の参加選手ワルター・フォン・シェーンコップからの賞賛に対してセシリアは、ぎこちない笑みを浮かべて返事を返そうとして

 

「・・・と、言えればよかったのですが、いささか醜態でしたな。たかが試合中に敵機がファースト・シフトした程度のことで狼狽えざまを晒すなど恥以外の何物でもない」

 

 直後に告げられた補足により表情ごと凍り付かされる。

 曖昧だった表情が怒りに変わり、敵意を含んだ憎悪の視線で自分を批判してきた男を睨み付ける。

 

「・・・・・・」

「・・・フッ」

 

 相手は平然としている。嫌味ったらしく皮肉気な笑みを口元に湛えたまま、黙って睨み付けてくるセシリアの視線を真っ正面から受け止めてやるだけ。

 

 怒りと屈辱で手を震わせながら、それでもセシリアは怒気の叫び声を上げることは出来ない。相手の言ったことが“すべて真実”だからである。

 

 

 ――確かにISが試合中にファースト・シフトを実行するのも、初心者が専用機乗り相手に初期設定だけで渡り合っていたというのも異例の事態だ。

 専用機が力を発揮するには乗り手の情報を機体全体に馴染ませて最適化することが絶対条件であり、その作業が完了するまでの専用機は『使用者専用の機体』に至れていない。

 ISに内蔵されたコンピューターにより試行錯誤しながら最適化している途上にあるからだ。

 

 要は、自転車の操縦練習と同じようなものだと思えばよい。何度も転びながらも少しずつ二本の足を左右に動かし進んでゆく感覚を『ペダルをこいで前へと進む感覚』に適応させていく。

 ISも最初から完璧に操縦者と息が合うわけではなく、呼吸を合わせるため癖を理解して操縦者の動きやすいよう調整する作業中には失敗や計算ミスを多く発生してしまうのだから仕方のないことではある。

 

 

 それら不完全な状態の機体で、完全に自分とマッチさせた後の機体と押されながらでも立ち向かえていたという事実は間違いなく偉業だ。一夏のやったことは紛れもなく彼の才能を示すものであっただろう。そこに議論の余地はない。

 

 ・・・だから、問題があるとしたら一方的にセシリアの側になる・・・。

 

 

「敵が試合中にファースト・シフトするのは、確かに驚きでしょうな。実力を発揮し得ない機体で格上の自分相手に一応なりとも戦いを成立させていたのも大したものではあるのでしょう」

 

 シェーンコップは皮肉な口調で一夏を賞賛するが、賞賛するだけでは終わらないのがこの男だ。

 

「だが、はっきり言ってしまえば“それだけだ”。敵が進化したからといって自分がダメージを受けたわけではない。それまで蓄積してきた敵のダメージが回復したわけでもないし、自機が大した損害を食らっていない有利な戦況が覆されたわけでもない。

 強くなったのは“敵の都合”だ。敵と戦っている味方には関係ない。

 敵の都合に味方が合わせてやる義理など宇宙のどこを探しても存在しやしませんよ。無視して自分の都合を押しつけてやればそれでよかった・・・違いますかな?」

「・・・・・・」

 

 セシリアは答えない。

 『その通りです』の一言を、プライドが邪魔してどうしても出すことが出来なかったから。

 

 激しく睨み、手を震わせて拳を握り、それでも彼女は怒鳴り散らそうとはせず、大きく息を吸って吐いて、怒りを体の外に形だけでも追放させる。

 

「・・・・・・・・・・・・たしかに、今回の戦いはわたくしのミスにより負けてしまいました」

 

 長い沈黙を終え、セシリアはようやくその言葉を押し出すように口にする。

 

「ですが、次は負けません。

 負けても死ぬわけではないスポーツの戦いに一回負けたぐらいで歩みを止めてしまっては、父と母に会わせる綺麗な顔が台無しになってしまいますもの」

 

 華やかな作り笑顔を浮かべてセシリアは言い切る。

 言外に『文句あるか? 言ってみろ』と凄味を滲ませながらの淑女らしい華やかで気品あふれるイギリス貴族の意地と矜持を全力で込めた強がりな負け惜しみを。

 

「フッ・・・・・・」

 

 シェーンコップは声に出しては何も答えず、キザに一笑するだけで彼女の脇を通り過ぎていく。

 無言のまま『上出来だ』と言う、言葉にしない賞賛を彼女の勇気に与えながら。

 

 

 最初の敗北が人生最後の敗北になりやすい実戦に成れた兵士というものは、往々にして『次は負けない』という表現を使う者を『平和ボケ』と解釈しがちだ。

 しかし実際の戦争で一度も負けずに古参兵となった者はまずいない。負けても生き延びた兵士たちだからこそ不利な情勢に陥っても絶望することなく継戦可能な粘り強さを得ることが出来るのだから。

 

 戦い続けていれば、いつか必ず負ける。

 常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムでもそうだった。

 不敗の魔術師ヤン・ウェンリーも彼個人が負けなかっただけで、戦略的にはラインハルトから常に後手後手に回らざるを得ない状況を押しつけられることしか出来なかった。

 

 負けない人間はいないのだ。

 重要なのは、『負けた後に自分はどうするのか?』だけ。

 『絶対に負けたくない』などという都合のいい夢想を実現させる方法を考えようとするから却って人は敗北に弱くなる。

 負けたことがなく、負けを知らず、一度の敗戦がいつまでも尾を引く最強の兵士こそが、実は最弱の兵士なのだ。

 負けて再び立ち上がることが出来なくなる兵士など、少なくともヤン艦隊には必要ない。なにしろ、敗走させたら右に出る者がいないアッテンボローとかいう青二才が分艦隊司令官を務めていたほど勝てない戦いには慣れている者の集まりだったのだから・・・・・・

 

 

「ワルターさん」

 

 不意にセシリアがシェーンコップの背中を呼び止める。

 

「試合の後で・・・少しお話を聞いていただけませんかしら? わたくしの大事な人たちのことで、あなたに知っておいてほしい方たちがおりますの」

「うら若く、見目麗しい女性からのお誘いを無碍にしたのでは男が廃りますからな。喜んで相席させて頂きましょう」

「ええ、お願いします。――ご武運を」

 

 そう言い残してセシリアは、迷いない足取りで自分の控え室に指定されているピットへと戻っていく。

 そんな彼女の後ろ尻を軽く一瞥して見送ってから、シェーンコップは試合に出るため自分用に貸し与えられた量産型ISの置かれたISハンガーへ向かうのだった。

 

 

 

 

 そして、シェーンコップと一夏の試合が開始された。

 

 

「来たみたいだな、シェーンコップ。今日は遠慮なく戦わせてもらうぜ!」

 

 一夏が純白のIS『白式』に大太刀状の接近戦武装を構えながら宣誓するように叫び、シェーンコップは「ニヤリ」と笑って返すだけだ。

 

 

 ――余談だが、彼らの試合がセシリアと一夏が戦った後に行われたのには幾つかの理由が存在した。

 

 もともと専用機と量産機では性能的に勝負にならないこと。

 ならば初戦で専用機同士がぶつかり合って、それを量産機乗りが観戦すれば知識面で性能差を補填することが可能になること。

 最初の戦いで負けた方と戦って敗北すれば、1戦目の勝者より弱いことが証明されて自動的に勝者が決定されること等が主な理由である。

 

 仮に勝った場合にはセシリアと戦う可能性も出てくるのだが、学園執行部はその場合シェーンコップからリタイアするよう促すことを既に決定事項としていた。

 

『専用機乗りが所属するクラスから量産機乗りを代表にするのには無理がある』

 

 という理屈が彼女たちの主張である。

 本音は見え透いているが、またしても形だけは正論だったため千冬は臍を噬む思いで受け入れざるを得ない。

 横暴に見える彼女だが、国立高校に雇われている公務員なのだ。宮仕えの悲しさで規則と正論を振りかざして盾に使われてしまうと反撃する手札にすら事欠いてしまう。

 給料とは紙ではなく、人を縛る鋼鉄の鎖で出来ているものなのだから・・・。

 

 

「おおおっ!!」

 

 試合開始直後、一夏はシェーンコップのラファール目掛けて猛スピードで突撃を敢行する。

 猪突猛進に見えるが、基本的に接近戦武装が一本しか装備されていない白式には突撃以外の攻撃手段が存在していない。

 距離を置かれたままでは攻撃することすら出来ない以上、最も近い距離にいる試合開始直後に肉薄して接近戦に持ち込む戦法は理に叶っている。

 まして、機動性重視で装甲が薄く、防御力の低いラファールが相手なら尚更だ。

 

 ・・・とは言え、戦いの勝敗、敵との優劣とは相対的なものだ。

 敵が強いからと言って正面から堂々と打倒しなければ勝ちと認められない道理もない以上、性能的に勝る相手には自分の優れた部分を敵の弱い一点にぶつけるのは当然の戦術と言えるだろう。

 

「――なにっ!?」

 

 だが、少なくとも一夏にとってシェーンコップが取ってきた対応は当然の選択と呼べるものではなかった。むしろ、どちらかと言えば頭がおかしい、イカレていると酷評されても仕方のない無謀すぎる愚行。

 

(自分からも突っ込んで来る・・・・・・だとぉっ!?)

 

 言葉よりも速く走る思考で叫ぶことしか出来ない極小の時間の中で、一夏は見た。

 シェーンコップは自分の突撃に合わせる様に自らもまた機体を加速させて、突撃してくる一夏に対して同じように自機のラファールを猛スピードで突撃させてきたのである。

 

 彼は自分の攻撃を、敵が受け止めるか、避けるか、あるいは後退して躱そうとするかまでは想定していたが、突進してくることまでは考えていない。

 だからと言って一度全速力で加速をかけた機体が急に止まれるわけがないし、敵が突撃してくる前で立ち止まってしまえば只の的である。

 

(――腹をくくってやるしかない!)

 

 そう決意して一夏は踏みとどまることなく更に加速したが、このとき彼は既に大失敗を犯していることに気づけていない。

 

 両者が激突して、互いの接近戦武装が相手の機体を捉えるが、それは観客たちから見た視点での出来事であって、当事者たちのそれとは全く事情が異なっていた。

 

「開幕直後の先制攻撃は正しい選択だが、想定が甘すぎたな。自分の予測範囲内でしか動いてくれない都合のいい敵などそうはいないものだ」

「くっ! て、テメェ・・・っ」

 

 一夏は悔しそうに呻き声を上げ、そして見つめる。

 自分が振り下ろそうとした刃の『鍔元を握りしめて止めている敵の右手』と、『自分の機体に突き立てられたコンバットナイフ型の接近戦武装』を。

 

 白式が持つ『雪片・弐型』は大振りの化け物刀であり、刀身がバカみたいに長く『物干し竿』と名付けた方が分かり易いほど大型武装だ。

 当然、剣が届く間合いは長いが、逆に言えば振り下ろすタイミングが難しくなる。

 敵との相対距離によって振り下ろしを、どの距離で行うかの見極めが重要になってくる。

 

 一夏には、それが出来るほど大太刀を使った経験値が存在しない。

 『雪片・弐型』については頭の中に数値として送り込まれて理解できてはいるが、それだけの長さを持つ長刀を『自分の経験していない間合い』で振るったことがないのでは目測を誤るのは当然のことでしかない。

 

 その事が、自分の記憶にある千冬から学んだことをトレースするだけだった一夏には理解できない。理解しないまま、理解できていないことを自覚せずに斬りかかってしまった。

 それを見抜かれていた。敵の構えと得物の長さとの間にある違和感に感づかれてしまったのだ。

 

 敵の意表を突いて攻撃するのは当然の戦法であり、戦場で敵がこちらの予想しない武器を用意してきている可能性は常に存在する。

 ちょうどアムリッツァ星域会戦で、帝国軍が指向性ゼッフル粒子を持ち出してきたのと同じ要領によって。

 

 それらを完全に予測しきることは人の身では不可能だろう。人は全知でも全能でもないのだから当然のことだ。

 

 だが同時に、それを予測できなかったからこそアムリッツァで2000万人の命が無駄に失われてしまったのも事実である。

 

 人間は完璧ではない。だが、『人間として可能な限りの完璧さ』を求められるのが部下を無駄死にさせない指揮官という役職でもある。

 シェーンコップは其れをするため、彼なりに彼流の努力をし続けてきた。だから出来た。其れだけのことだ。

 

 ・・・もっとも、ビール瓶やベルトとかを使ったプライベートな戦闘において実戦経験豊富すぎていただけ。と言う見方も出来なくはないのがシェーンコップのシェーンコップたる所以でもあるのだが・・・。

 

 

 

「お前さんの戦い方は素直すぎるのさ。それだと相手に自分の動きを読んでくれと言ってるようなものだ。もう少し自分の心に嘘をつくことも覚えた方がいい。師に忠実なのは結構だが、もう少し謀反気を持った方が強くなれると俺は思うがね。

 なにしろ実戦でもっとも役立つのは、はったりの技術だからな。

 お前さん、ご希望なら各種取りそろえてご教授して差し上げてもよいが? 無論、労働条件次第ではあるが、労働者の権利と自由は保障するのが民主国家だからな。当然だろう?

 少なくとも、政治家たちはそう言っている」

 

つづく



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第5章

 互いの機体が交錯し合って、一方は敵の攻撃を防ぎ、もう一方はダメージを負わされた状況。

 ファーストアタックの先制攻撃を防がれた一夏は、一旦距離を取って体勢を立て直すのが定石だったが、しかし。

 

「う、ぐ、・・・うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 一夏は、敢えてここで前に出る道を選んだ。

 両手で握り込んでいた雪片弐型から左手を離し、自分の左胸にナイフを突き立てている相手の右手首を握り返すとブースターを全開にして、全速力での突撃を敢行させた。

 圧倒的な機体の性能差にものを言わせ、力尽くで決着を付けようという算段である。

 

 一見すると強引な手法だが、戦術的には間違っていないし、相手と自分の実力差を考えれば妥当な選択と言えるだろう。むしろ理性ではなく本能によるものとは言え、先の一瞬の攻防で互いの間に広がる絶望的な『引き出しの数の差』に気付くことができた一夏の英断と称すべきところだ。

 

 実力差は圧倒的。技量の面では勝負にならず、踏んできた場数では絶望的に差のある二人の間で今の一夏がシェーンコップより優っているのは量産機に対しての専用機という機体だけ。これに賭けるしかないのだ。彼の判断はこのとき非常に正しい。

 

 ・・・ただ残念なことに、正しい選択が正しい結果で報われることなどほとんどないのが世の中である。この時もやはり、そうなった。

 

「なにっ!?」

 

 驚愕に目を見開く一夏の前で、シェーンコップは突撃してくる白式に合わせて、自分の機体も全速力で“後退”させてゆく。

 ファーストアタックでぶつかりあった白式の突撃がブレーキとなって、ラファールは完全に立ち止まれていたため逆噴射による急速後退が無理なく可能となっていたのである。

 

 こうして状況は一変する。

 

 一夏は当初予定していた突撃を再び再開して、大した抵抗もなく突き進めている。

 対するシェーンコップは、一夏の突撃を無理して受け止めようとはせずに後退していく。

 

 この時、戦況を上から俯瞰して見下ろすカメラがアリーナ内に存在していたら、シェーンコップの後退が一直線に後ろへ下がっていくものではなくて、相手に気付かれぬようわずかずつ角度を左斜め後ろへと逸らしていたことがわかったであろう。

 そしてもし、銀河の戦いで『回廊決戦』を生き延びた提督たちの誰かがそれを目にしたならば、今すぐ突撃を中止するよう一夏に換言していたはずだ。

 

 なぜならこの状況は、イゼルローン回廊をめぐって行われたヤン・ウェンリーとカイザー・ラインハルトによる最後の戦いにおいてビッテンフェルトがしてやられた戦法と酷似したものだったからだ。

 

 銀河系最強の攻撃力を誇るシュワルツ・ランツ・エンレイターの突撃はヤン・ウェンリーをして震撼せしめ、彼の片足とも呼ぶべき艦隊運用の名人エドウィン・フィッシャー中将をヴァルハラへと追放させる凄まじい威力を有していたが、彼に比べれば一夏の突撃は児戯にも等しく、ヤンやフィッシャーどころか艦隊指揮官でもないシェーンコップでさえいなせて当然の『派手なだけでエネルギーを浪費するために動き回っている非生産的な芸術作品』でしかなかったのである。

 

 

「このままアリーナの障壁に叩きつけてやる!」

 

 一夏は叫ぶことで、警告と同時に相手に選択を強要する。

 このままの体勢を維持して後退すれば、アリーナを包む遮断シールドに衝突するのは避けられない。

 シールドは、ISバリアと同じもので作られているため叩きつけられればダメージを受けるし、密着したまま後ろに下がっているシェーンコップと、前に進んでいる一夏となら前者だけが壁にぶつかってダメージを食らわされるのは自明の理だ。

 

(・・・つっても、こっちの都合通り叩きつけられてくれるほど素直なヤツだなんて思っちゃいないけどな)

 

 一夏は全速力で突撃しながら、壁が接近してくるまでの間に次の行動について考えをめぐらせていた。

 シェーンコップの性格から見るに、相手を壁に叩きつけて激突させようなんていうお約束な手法には、逆手にとって反転して相手を壁に向かって投げつけるようなやり方を選んでくるのではないか? そう一夏は読んでいた。

 

 だとすれば、敵が動くタイミングは衝突ギリギリよりも先。一定の距離まで近づいて、投げ飛ばしにより自分がダメージを食らわせられる、その距離に達する寸前になるだろう。

 そこまでは突撃していく演技を続ける必要がある。悟られるとは思わないが、何をしてくるか予測が付かないヤツだから―――

 

 

「そいつは勘弁願いたいな。何しろ俺は150才ほど生きて、よぼよぼになり、孫や曾孫共が厄介払いできると嬉し泣きするのを聴きながらくたばるつもりなんでね。

 まだ後134年も残ってるんだ。二度も予定を繰り上げさせて、労災年金を払わせるために払ってやっていた税金を無駄金にさせんでほしいな坊や」

 

 え――。意外なことを言われた一夏の思考は、一瞬だけ空白となる。

 言葉にすれば『何言ってんだコイツ?』、そう言いたげな表情を浮かべた一夏にシェーンコップは獰猛で好戦的な笑みを浮かべて、叫び声を答えの代わりに返してやる。

 

「甘いなぁっ!」

「なっ! ―――うぅわっ!?」

 

 相手の右手首を掴んでいた左手を離し、逆に相手の左手に掴まれていた右手首を後ろへと全力で振り払う。

 試合開始直後からずっと掴まれたままだった右手がいきなり支えを失って、逆に左手は万力で引いても微動だにしなかったバケモノじみた腕力が嘘のようにアッサリと行きたがっていた前方へ投げ飛ばされる。

 

 近くなったとはいえ、遮蔽シールドとの間には距離が残されており、今投げ飛ばされたところで体勢を崩しはしても直ぐに立ち直れる。シールドにぶつけられる心配はない。そう思って油断していた気持ちが裏目に出た。

 

 投げ飛ばされて体勢を崩し、立ち直るまでにかかる数舜の時間は相手から見て、『敵が無防備な背中を晒して撃ってくれと言わんばかり』な体勢にある。この態勢で撃たない者がいるとしたら、使い捨ての奇策にはまり、敵に横っ腹を曝け出されながら次の動きを見定めるためにと素直に見送って半包囲態勢を敷かせてしまったロボス元帥以下、パエッタ中将をはじめとする第4次ティアマト会戦に参加した同盟軍将帥ぐらいなものだろう。

 

 無論、シェーンコップは彼ら艦隊司令官ではないので、白兵戦部隊の指揮官として当たり前の常識通りにIS武装のサブマシンガンを実体化させると容赦なく敵を背後から撃ちまくった。

 宇宙艦隊戦とは異なり、進歩しすぎた科学技術によってレーダーが索敵の用をなさなくなり、地上戦での連絡には軍用犬や伝書鳩さえ用いられるほど前時代化した銀河の戦場はISバトルほど綺麗なものではなく、泥にまみれて地ベタを這いずり背後に回って敵を討つぐらいのことは常識的な日常風景でしかない。

 

 そんな場所で勝ち抜いてきた(生き延びてきたではなく)シェーンコップにとって、敵を背中から撃つことは卑怯でも何でもない。

 

 

「悪いな坊や。恨むなら神様か、もしくは敵に背中を晒した自分でも恨んでくれ。俺もそうやって割り切った」

「く・・・っ、クソゥ!!」

 

 不覚にも新兵に背中から斬られて死んだ男の言う言葉は重い。事情を知らない一夏であっても反論しづらい何かを感じさせられるほど説得力がある。

 とはいえ、納得ばかりもしていられない。なにしろ一夏は今、位置的に追い詰められているのだから。

 

 アリーナという構造物の性質上、前に直進していた進行方向を左斜め後ろに逸らされながら進み続けて壁際まで追い詰めた後、攻守を入れ替えられてしまった場合、必然的に左右背後への退路は塞がれた状態で反撃方法を探さなければならなくなっている。

 選べる選択肢は前か上の二択になるわけだが、接近戦仕様の機体に乗った本人自身も射撃戦の経験がない一夏では天頂方向に逃げても選択肢が増えるだけで攻撃される一方な状況に変化は生じさせられないだろう。

 

 セシリアの時とは違い、シェーンコップは射撃の腕も一流ながら得物にこだわりがなく、ライフルだろうとサブマシンガンだろうと状況に応じて使い分けることに躊躇いがない。

 得意とする狙撃にこだわり、機体特性でもあるワンオフアビリティーでの勝負にこだわったが故に、それを破られて狼狽えざまを晒したセシリアのような油断を期待できない相手な以上、一夏には全速力で前進して来た道を再び戻る以外に窮地を脱する術が存在していなかったのである。

 

「く・・そォォォォォォォォっ!!!!!」

 

 それでも一夏はまだ勝負を諦めていない。逃げることばかり考えて、前に出ながらシェーンコップに切りつけに行くことも忘れはしなかった。

 それをシェーンコップは三度いなして、機体を横移動でスライドさせながら通り過ぎていく一夏を背面から撃ち、通り過ぎていった後も背中を晒したまま回避行動を取っている彼を辺り判定の広いマシンガンで追い打ちをかけ続けた。

 

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・( ゚д゚)』

 

 あまりにも容赦ない合理的すぎる戦い方に見学に来ていたIS学園の生徒たちは、唖然としたまま黙り込むことしかできない。

 量産機と専用機では性能に違いがありすぎている。まともにやっては勝ち目はないという常識は理解していたが、逆に言えば量産機で専用機に勝つことは不可能と断じて勝ち方を本気で考えたことなど一度もなかった者たちが大半だったのだ。

 

 今、彼女たちは生まれて初めて圧倒的性能差のある敵を相手に、戦い方を工夫することで勝つことが出来る可能性が出てくるのだと言う『戦術』を見せられて思い知り、今まで信じてきたIS世界の常識がガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを実感させられていた。

 

 

 

「すごい・・・」

 

 その中の一人に、アリーナのピットからモニター越しに試合を観戦していた教師陣の一人、山田真耶がいた。

 自身もラファール使いである彼女には、シェーンコップのおこなっている奇策の凄さと機体の乗りこなしが、元日本代表候補に選ばれていた自分と同等かそれ以上であることが理解できたのだ。

 

「スゴい! スゴいスゴいですシェーンコップ君! まさか量産型のラファールで、専用機を相手にここまで一方的に勝負を進めることが出来るだなんて!」

 

 素直な尊敬と羨望を込めて、十近くも年下の教え子を“ウットリ”とした視線で見つめている後輩を、白い視線で見下ろしながらも織斑千冬が考えていたのは別のことだった。

 

 真耶たちは純粋に量産機で専用機を相手に圧倒している、シェーンコップのIS操縦技術に感心している様子であるが、それは『無知さ故の見当違いな評価』であることを千冬だけは把握していたからだ。

 

(・・・試合が始まった当初、シェーンコップは一夏の次動を読んでいたわけじゃない。単にわかっていただけだ! 

 ヤツは一夏の右腕を握って、自分の右手首を掴まれていた。あれで筋肉の収縮から次の動きを読まれていたのだ!)

 

 ――人間の行動はすべて筋肉によっておこなわれている。目玉や舌はもちろんのこと、毛が逆立つのだって筋肉の働きによるものでしかなく、声を出すのだって声帯を動かして音を発しているだけのことだ。

 細胞レベルで見れば話は変わってくるとしても、自分の意思で制御できる範囲において人間は随意筋を動かすことでしか肉体を使って行動する術を持っていない。

 

 ならば、その筋肉の動きを肉体的接触によって体感することが叶えば、理論上は敵が次にどう動くか把握することは容易ということになる。

 それを可能とするだけの『正しい知識』と『豊富な経験』さえあれば、間違いなく不可能ではない。

 

 現代日本で先日まで普通の中学生だった一夏には、それがない。

 剣道のやり方を思い出してISを使えるようになっただけでは、『戦う力』を得ただけでしかなく、『戦い方』を教えてもらったことがほとんどない一夏では、知識を使う使わない以前の段階で『そんな知識があること自体を知らない』。

 

 真耶たち他の観客にしても同じだ。無知だからこそ純粋に驚き、嘘偽りなく『結果に対して褒めることしか出来ていない』状態に在り続けている。

 

(だが、それならヤツはどこでそんな知識と技術を身につけたと言うのだ・・・? 経歴を見ても、日本に来る以前からのデータを遡っても異常な点は見受けられなかったと政府は言ってきていたはずだが、謀られたのか? ・・・自分でも調べ直してみる必要があるかもしれんな・・・)

 

 そう思い、無駄な徒労となるとは考えないまま千冬はシェーンコップについての独自調査を決意してから、試合の方へ意識を戻す。

 半ば以上、勝敗が決まったように見える戦いではあるものの、一夏の駆る白式の本領は【零落白夜】にあることを考えれば必ずしもそうとは言い切れないと考え直したからだった。

 

 【零落白夜】はエネルギー消費量の激しい一撃必殺の武装であるが故に、一発逆転が可能なIS武装でもある。

 当たれば大きく、外れたら大損の博打武装であるが、自らが一方的に不利な状況にあるときにはこれほど頼り甲斐のある存在も多くあるまい。

 

 

「シェーンコップ! 逃げ回ってばかりいないで、いい加減男らしく勝負しやがれ!」

 

 焦れてきた一夏が叫んでくるのをシェーンコップは軽く冷笑し、

 

「そうかね。では、俺からも正々堂々お前さんに戦いを挑むための口上でも述べさせてもらおうか」

 

 普段通りの口調と態度で楽しそうに辛辣な返答を返してくる。

 

「織斑一夏。悪いことは言わんから、無駄な攻撃は諦めて、武器を捨ててから後ろを向いて全速前進しろ。そうしたら美人の幼なじみに格好の悪い姿を見せなくて済む。

 今ならまだ間に合う。お前の帰るべき場所では恋人志願の少女がベッドを整頓して、格好のいい幼なじみの帰りを待ってるぞ」

 

 あまりにもあまりな言い様に、年頃の織斑一夏少年は耳まで真っ赤にして怒鳴り返すことしか出来ない。

 

「な、何言ってやがるんだテメェッ! だいたい俺と箒は恋人同士なんかじゃねぇ!

 いい年してガキみたいなこと言って、恥ずかしくないのかよ?」

「生憎だが俺は、いい年して恋人の1ダースも出来たことのない坊やと違って、格好付ける必要がなかったものでね」

「!! テメェッ!」

 

 シェーンコップの言い様よりも、挑発されているという事実を感じ取った一夏は勝負に出ることを決意する。

 むしろ、もっと早くにこうしていれば良かったと思わなくなかったが今さら言っても詮無きことなので、今は過ぎたことより目の前に待つ勝利を得るため前進することを優先する。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 零落白夜に全てを賭けること前提で、どんなにダメージを受けさせられようともシェーンコップに一撃食らわせられればいいという捨て身の特攻。

 これもまた一見すると無策な突撃にしか見えない戦法だったが、零落白夜で格上の敵を倒そうと思えばこうするのが最も効果的で正しいのが一夏と敵手との間に開いた圧倒的すぎる実力差でもあった。

 

 勝ち目のない格上の敵を前にして、勝つつもりで挑めば逆にアッサリと負ける。

 むしろ死ぬつもりで命を捨てた一撃を放つことにより、却って相手の予測を裏切り勝ちと命を拾うことは古今東西よくある話だ。

 科学技術が発達してレーダーが無力化され、兵たち同士が装甲服をまとっておこなう接近戦が復活された時代を生き抜いてきたシェーンコップには、それが解る。

 

「ほぅ、気付いたか・・・だが、残念だが少しばかり決断するのが遅すぎたな坊や」

 

 先ほどまでと同じく猛然と突撃してくる一夏に対して後退しながら、左手にも実体化させたサブマシンガンを構えて両手撃ちの態勢で迎え撃つシェーンコップがそう言って、本心から残念に思っているような憂いの表情を浮かべる。

 その彼が放つ弾幕の雨の中をろくな回避行動も取ろうともせず、その分最短距離を通ってシェーンコップに急速接近していく一夏が応じて曰く。

 

「そういう台詞は勝ってから言うんだなシェーンコップ! 負けた後で吠え面かいても俺は責任取らないぜ!」

「もちろん、勝った後も言わせてもらうつもりだよ坊や」

「ほざけっ!」

 

 弾幕をモロに食らってそれなりのダメージ量を蓄積しながらも、一夏は歩みを止めずに前に出る。

 

(――捉えたっ!)

 

 そして遂に自らの剣の間合いにシェーンコップのラファールを捉えることに成功した。

 正確には、互いに移動しながらの相対距離であるため、まだ若干の距離があるが高機動型の白式と後ろ向きで後退しているラファールの速度差では指呼の距離と言って過言ではない。

 なによりも、ラファールが持つ如何なる武装による攻撃であっても今からでは攻撃を受けるより先に白式のエネルギーを0にすることは不可能な距離だ。事実上、最後の接近戦が開始される距離はここだと言えるだろう。

 

 相手もそれを解っているのか、右手に持ったサブマシンガンを少し早めに粒子化して接近戦用武装のコンバットナイフを実体化させたまま左手一本による牽制射撃のみを続けてきている。

 二丁サブマシンガンでも削りきれないエネルギー量を、一丁で削りきれるわけがない。

 一夏はシェーンコップと刃と刃の斬り合いを演じる高見にまで指をかけられたのだと確信しながら、大きく剣を振りかぶる。

 

 

「勝負だ! シェーンコップゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!」

 

 叫んで、振り下ろす。

 全身全霊を込めた零落白夜の一撃。

 外れたらそれまでの一撃を、何の遠慮も容赦もなく後先も考えることなく振り下ろし――

 

 

(・・・え?)

 

 ――心の中で絶句する。

 

 シェーンコップは一夏のバケモノ刀を迎え撃つため右手に持ったナイフを『構えようとはせずに』、左手に持ったサブマシンガンもろとも適当な場所へと投げ捨ててて左右の両手を前へと伸ばす。

 

 ISアーマーを装着したことでリーチの伸びた両腕は、刀の届く間合いに入った後も接近してきていた一夏の襟元へと難なく届き、首筋を覆っている装甲部を握りしめられ――力一杯引っ張られる。

 

「うわっ!?」

 

 前へと向かって進んでいた白式の速度は、ラファールの引っ張りによって更に増速されて止まるに止まれなくなり、そのまま刃を振り下ろそうとしていた先の地面に向かって猛スピードで突撃させられていく。

 

 そして―――――

 

 

 

 ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん!!!!!!!!

 

 

 

 

 ・・・・・・地上に落下させられて止まる。

 ISが持つパワーアシスト機能によって、高機動型の白式の速度を更に上げた速度をもって、装甲に覆われていないヘッドギアだけを装備していた一夏の顔面を問答無用で力一杯地面に向かって熱く抱擁することを強要したのだ。

 

 

 

「悪いな、坊や・・・」

 

 感情を持たない機械の勝利コール“だけ”が、誰も一言もしゃべれなくなったアリーナ内に響く中。

 シェーンコップは心底申し訳なさそうな渋い表情を浮かべながら、一夏の“失神体”に向かって頭を下げた。

 

 

「思わずお前さんのファーストキスを、冷たい地ベタにくれてしまった。男として、幼なじみの巨乳に対する義務を欠いてしまったらしい。後で謝罪しに行かせてほしいと伝えておいてくれないか? 

 ――出来ればバスローブ姿で迎えてくれると男として嬉しいと言い添えた上でな」

 

つづく



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第6章

 セシリアとシェーンコップの両名と連戦して連敗した翌日、朝のSHRがはじまる前。

 織斑一夏は昨日までと変わらぬ態度に、セシリアへの若干刺々しさを削られた穏やかさを加えて学園内に登校してきた。

 敗戦による悪影響を多少は懸念していたクラスメイトたちは安堵し、セシリアの方でも今までの非礼について誠意を示した後に謝ろうと心に決めていたので教室の空気は一気に弛緩したものへと変貌したのだが。

 

 

「どうした坊や、不機嫌そうだな。なにか嫌な思いでもさせられたのか?」

 

 

 ・・・シェーンコップの放った一言により、席に着いたばかりの一夏が「ぎしり」と音を立てて動きを止めたことから一変させられてしまった。

 周囲の誰もが顔色を蒼白にして彼らを見つめ、徐々に距離を取り始めて遠巻きにしながら二人を眺めている。そんな状況。

 

 激発するかに見えた一夏は、だが周囲の予想に反して穏やかだった。

 

「いや、確かに昨日負けたのはスゲェ悔しかったよ。けどさ、それをいつまでも引き摺るようじゃ男らしくないだろ? 負けは負けなんだ。

 自分が未熟だってことも思い知ったし、次までにはもっと練習して勝てばいい。そう思って昨日の夜までに割り切ったつもりだ。だから今はもう大丈夫だ」

 

 大人の態度で応じる一夏に周囲は感心の目を向けてくる中、シェーンコップの反応は長広舌の一夏とは真逆で簡潔なものだった。

 

「無理しなさんな、俺たちに負けて悔しいくせに」

「・・・・・・」

 

 平然と言って、自分の席へと立ち去っていった大人の背中に一夏は二の句がつげず、絶句したまま見送ってしまい、直後に入室してきた担任教師である織斑千冬が「席に着け、授業前のHRをはじめる」と告げられてしまったため反論の機会を逸してしまわされたのである。

 

 消化不良でHRへと臨むことになった一夏であるが、彼にとって不本意な出来事はまだ終わりではなかったことを開始直後に知らされることになる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 副担任の山田真耶教諭が嬉々として、つまらないジョークと共に発した言葉の内容は一夏にとって予想の斜め上を行くものであり、思わず暗い顔をしてしまうのを避けようがなかった。

 

「先生、質問です。俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは――」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 山田教諭が一夏の質問に答えようとしたとき、がたんと音を立てて立ち上がったセシリア・オルコットが、いつかと同じようなポーズを取りながら、それでも礼儀正しく声量を抑えた声で説明役を副担任から奪い取り解説してくれた。

 

「勝負はたしかに、あなたの負けでしたが勝負の内容自体は互角に近く、なによりあなたの敗北理由はエネルギー切れによる自滅です。それを以て勝利を誇るほど、わたくしは安い女になった覚えはありません。ですから、辞退をと昨晩の内に織斑先生へ願い出ておいたのです」

「オルコット・・・いや、だけどさ――」

「それに何より、考えてみるまでもなく専用機持ちの代表候補生が、昨日今日ISについて学びはじめたばかりの素人相手に挑発して対等の勝負を持ちかけるのはフェアではありませんでした。

 ――織斑さん、わたくしにも代表候補生という立場がありますので軽々に頭を下げるわけには参りませんが、あの時の非礼も含めて今回のことで謝罪の代わりとさせて頂きたく思っているのですが、お受け取り頂きませんでしょうか・・・?」

「う゛・・・・・・」

 

 礼儀正しく誠意に溢れた涙目の少女から示された謝罪の意思。こういうのに一夏は弱い。

 下心云々と言った下世話な話としてではなく、男として受け入れないのは恥だと感じてしまうタイプなのである。

 彼は視線をさまよわせ、助けを求めるように姉を見ながら、もう一人いるクラス代表候補にして昨日の対決の勝者の名を持ち出す。

 

「だ、だったら別にシェーンコップでもいいんじゃ・・・」

「確かにな。クラス代表決定戦に勝ったものがクラス代表の地位を手に入れられるというルールでおこなわれた試合だったのだから、当然シェーンコップにもその権利があるだろう。

 ・・・で? どうなんだシェーンコップ。お前はクラス代表をやってくれるのか?」

「冗談じゃありません」

 

 話を振られたシェーンコップは笑い飛ばして曰く。

 

「自分が雑用係をやらなくてはならなくなるなら、あんなアホらしい勝負に勝ったりはしませんよ。わざと負けて残り二人に押しつけておりました。

 雑用係の座をめぐって本気で勝負し合う物好きなお調子者が他にいるでしょう?」

「う・・・ぐぅ・・・・・・」

 

 その物好きなお調子者である一夏としては反論する余地がない。

 そもそもにおいて彼はクラス代表になどなりたかった訳ではなく、ただセシリアとの勝負に負けたくなかっただけであり、勝った後のことなど大して考えていなかったのだから、その結果として三人中ただ一人勝ちを納められなかった自分に負債が押しつけられてしまうのも勝負における勝敗の結果としては必然的なものだったとも言えるのだから。

 

 敗者は勝者に対して、何ひとつ主張する権利を持たない。あらゆる正義と正しさは敗北という名の二文字によって黙り込まざるをえなくさせられる。

 旧銀河帝国の門閥貴族がそうだった。自由惑星同盟もそうだった。双方共に彼らなりとは言え、それぞれに信ずる正義と主張は存在していたのだが、ラインハルトに敗北した後、それを認める者は後世の歴史家たちと彼ら自身のシンパぐらいなものしかいなくなってしまった。

 

 無条件降伏後に同盟政府首班の座についた最後の議長、ジョアン・レベロの国家に対する忠誠心と責任感は疑問の余地のないものであり、良心的でいられる範囲においては最期の瞬間まで彼は良心的な政治家で在り続けられていたにも関わらず、戦争に敗れた国家の置かれた状況が彼を国家的英雄ヤン・ウェンリー暗殺未遂と逃亡という致命的スキャンダルへと追い込んでいくことになる。

 

 詰まるところ、戦いに敗れると言うことは、そう言うことなのだ。

 勝者が敗者の権利と自由を認めるのは、勝者の都合で認めてくれた範囲までに限られる。敗れた側の主張が正しかったから認められた訳では決してない。

 

 バーラトの和約で同盟が名目上の存続を許されたのは、帝国側の経済的、軍事的事情によるものでしかなかった。結局は勝者の都合が敗者の側に押しつけられ、拒絶することが出来ないのが敗戦国の定めなのである。

 

 

「・・・わかったよ。やるよ、クラス代表・・・」

 

 一夏はそこまで深く考えたわけではなかったが、それでも負けた側が勝った側に自分の都合を押しつけるのが理不尽であることぐらいは理解できたので、溜息と共に引き受けるより他なかった。

 

 歓声に沸くクラスメイトたちを尻目に、一夏は暗い表情のままうつむき続けて、そんな彼の横顔をシェーンコップは値踏みするように横目で見物し続けるのだった。

 

 

 

 ――授業が終わった、その日の夕暮れ時。

 一夏とシェーンコップは千冬に命じられて、教室の掃除をおこなわされていた。

 

 あらゆる分野で最新設備が完備されたIS学園において、教室に限らず清掃というものは専門業者に委託するのが常であり、生徒にやらせるのは問題行為を起こしてしまったときなどに下す軽い処分としての『罰掃除』として存在することが許されている“必要な無駄使い”である。

 

 普通の生徒であれば『わずかな時間でもIS教育に回せる時間が削られる』ことを嫌がる風潮にあるのがIS学園だが、何事にも例外は存在する。

 

 一夏は家事のできない姉に代わって自宅の炊事洗濯料理をすべてこなせるうえ、普段世話になっている建物への感謝を込めて掃除できることが喜びとなり、鬱屈した感情をスッキリさせることにも繋げられる今時珍しい青少年なのである。

 

 それを踏まえて千冬は、先の戦いで『デカい口を叩きながら二度も負けた弟』に公私混同して甘やかすつもりはないと言う意思表示も込めて罰掃除を命じた。

 シェーンコップは彼の手伝いで助手役だ。戦いの勝者である彼が選ばれたのは、男の手伝いを女にやらせると言うのは女尊男卑時代にあっては反発を招きやすく、なにより純粋な腕力勝負で一夏に優る生徒はセシリアと、公的には今回の件に無関係だった箒しか存在しなかったから。“そういう大義名分”を口実として説明されている。

 

 ――織斑女史も見かけによらず、なかなか“あざとい”手を使うものだな。

 

 シェーンコップはそう思ったが、わざわざ口に出すほど野暮でもなかったから大人しく命令に従って一夏の罰掃除の手伝いに従事してやっている。

 その動きは速く、的確で効率が良く、無駄も少ない。長年の軍人生活がなせるベテランの技である。

 

 軍隊では、布団のたたみ方や食事を直角に口へ持っていく等、どうでもいいような規則をいくつも作って規律の重要性を学ばせていく。

 それは兵役に付く前の予備役扱いである士官学校生であろうとも変わることのできない常識である。

 軍隊において、部下がいちいち上官の命令に疑義を呈して説明を求めていたのでは敵に先手先手を取られるばかりで不利益しかもたらさない。

 命令される側の兵士は筋肉を使い、命令する側の士官たちは頭を使う。役割分担して効率よくことを進めていかなければ勝利など覚束ないのだから当然のことと言えるだろう。

 

 シェーンコップは士官学校を受験して合格はしたものの、「士官学校の校則が俺を嫌ったから」という理由で入学はせず、かわって彼は二年制で各部門の一線に立つ下士官を養成する『軍専科学校』の陸戦部門に入学して学年中九位の成績で卒業している。

 その後、二十一歳の時に士官の推薦を受けて第一六幹部候補生養成所に入り、二十二歳で卒業して少尉に任官したのが前世での彼が残した学歴だ。

 

 要するに彼は、織斑千冬が担任を務めるIS学園一年一組よりも遙かに厳しい規律の敷かれた学校に合計で三年間も在籍していた経験と記憶を持ち合わせているため、罰としてしかやらせることのなくなった時代の掃除など、掃除をやってる内に入らない程度には慣れきっていたのである。

 

 将官に昇進してからは久しくやる機会のなかった掃除の“猿マネ”を、同窓会気分で懐かしく感じながら気楽にこなし、一夏が重い口を開くのを大人しく黙って待っていてやると。

 

「・・・・・・本当はさ、わかっているんだよ・・・」

 

 と、絞り出すような声音で一夏が語り出す声が、ようやく耳に届けられた。

 

「自分でもわかっているんだよ。俺はお前に負けたことを悔しく思っていて、まだ割り切れてないんだって事ぐらい・・・。

 最初のセシリアの時は自分のヘマでもあったから受け入れられた。でも、二度も続けば十分だって気持ちになってくる。挙げ句、お前は何ひとつ卑怯な手段は使ってきていない。だから余計に割り切れなくて腹立たしく思ってるんだって、自分でもわかってはいるんだ・・・」

 

 振り返って一夏を見て、一瞥したシェーンコップは何も言わない。

 その手のお節介は彼の好みではなかったし、それを言われなかった程度で割り切れなくなるなら、その程度の奴だったんだと逆に自分の方が割り切ることができる。そういう男なのである。こればかりは、どうすることもできないから仕方がない。

 

「ただ、ガキみたいに怒鳴ったりするのは嫌だから、それだけはしない。絶対にな」

「そうか。まぁ、分かっているのはいいことさ。たとえ頭の中だけでもな」

 

 辛辣な返しで一夏を絶句させてから、掃除が終わるまでの間に二人が会話を再開することは一度もなく、その日以降に二人の間で今日のことが話題に上ることもまた一度もなかった。

 そして一夏も数日後には、元の精神状態を取り戻しており、シェーンコップとの関係性も通常の状態に回帰している。

 

 彼らは、そういう間柄の二人しかいない男のIS学園クラスメイトだった。

 

 

 

 

 そんな、ある日の夜に嵐はやってきた。

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ。

 一年ちょっと会わなかっただけだけど、あたしってわかるかな? アイツ・・・」

 

「でも、その前に落とし前を付けさせなきゃいけない奴がいるから、そっちが先よね。普通に考えて。それを最初に優先すべきこととしときましょ」

 

「・・・アイツをブン投げてくれた男は、あたしが一発ブン殴ってやんなきゃ気が済まない。

 アイツを・・・一夏を地面に叩きつけてくれたワルターなんちゃらシェーンコップとか言う生意気な男は、あたしがぶっ飛ばす!

 この中国代表の専用機持ち凰鈴音が絶対にシェーンコップの野郎をぶっ飛ばして、アンタの仇を取ってやるから、楽しみに待ってなさいよ一夏!!!」

 

つづく



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第7章

「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 朝。織斑一夏が教室で席につくなりクラスメイトに話しかけられた。

 入学から数週間、それなりに経験も積んで女子とも話せるようになったことは、入学初日にイギリス代表候補と口論した末、決闘沙汰にまだ及んでしまった彼としては大いなる前進と呼ぶべき偉業であったことだろう。

 

「転校生? 今の時期に?」

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 

 気のなさそうな返事をする一夏。興味がないわけではないのだが、セシリアとの決闘が決まるまで代表候補生という存在そのものを知らなかった彼としては肩書きだけきかされてもピンと来てくれない。そんな心理によるものだった。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

 幼なじみがクラスメイトとの話に乗ったことに気付いて、慌てて自分の席に向かっていた途中から引き返してきた篠ノ之箒が冷静さを装いながら、一夏の意識を中国代表候補生とか言う『別の女』から逸らすための言葉を紡ぎはじめる。

 

 最近の彼女は、片思いの幼なじみがクラスメイトの女子生徒に話しかけられても、今までのように分かり易く慌てふためくことをしなくなったので焦りを感じていた。

 『昔のままの一夏でい続けて欲しい』と願う彼女にとって、変化や成長は必ずしも歓迎すべきことではない。良い変化なら望ましいが、臨まぬ悪い方向への変化なら全力で阻止したい。

 

 それが箒にとっての偽らざる本心だった。嫉妬深い女の独占欲、と呼ばれても仕方のない心情であったかもしれないが、彼女がそういう愛し方しかできない女であるのも嘘偽りなき事実であるので断定は難しい。

 

「真実は個人に一つずつあるんだ。事実と一致しないからといって、嘘だとは言い切れないね」

 

 かつてヤン・ウェンリーは非保護者であり戦略戦術の弟子でもあるユリアン・ミンツ少年にそう語ったことがある。

 故ブルース・アッシュビー提督の最初の夫人は、六十年以上前に戦死した元夫から送られてくる“自分で出した手紙”を待ちわびながら毎日を幸せそうに過ごしていた。

 事実よりも真実のほうが必要な人も世の中には実在しているものだ。彼女の事実ではない真実が、本当に嘘なのかどうか判断するのは今少し時を置いてからでも遅くあるまい。

 

「ふん・・・今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

 ムスッとしたまま不機嫌そうに箒が言う。

 彼女が言うクラス対抗戦とは、読んで字の如くクラス代表同士によるリーグマッチのことを指している言だ。

 本格的なIS学習がはじまる前に、スタート時点での実力指標を作るためにおこなわれる、入学したばかりの一年生にとって最初の大規模イベントである。

 

 が、言うまでもなくクラスから選出された強者一人の力を見たところで、クラス全体の強さを測る指標としては役立たない。一番強い兵士ではなく、一番弱い兵士を基準として作戦を立案するのが軍事学情の基本でもある。

 

 本当の目的は、大規模なイベントをおこなうことにより半強制的に他クラスとの交流をせざるを得ない状況を作り出し、優勝賞品を出すなどの小細工をすることによりクラス内では団結を強めさせる、と言うのが主目的の学校行事だった。

 

 なにしろ国籍問わず門扉を開いている、世界で唯一のIS操縦者育成機関だ。地元の中学校で仲の良かった同級生と一緒に入学して来れた幸運な生徒など数えるほどもいるまい。

 おまけに国同士のシガラミといつまで無縁でいられるのか自分では決められないのが国家が保有する世界最高戦力の担い手という立場である。

 気楽に胸襟を開き合えるようになるには切っ掛けが必要な生徒のほうが圧倒的多数派なのが普通なのだから、学園側も新入生ぐらいには気を使う・・・そう言う事情がクラス対抗戦には隠されていたが、表側に属する一夏たちには関係のない事柄だったので会話は無難に続いていく。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

「やれるだけじゃダメだよ-。優勝景品のためにも勝ってもらわないと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

「織斑くんが勝つとクラスみんな幸せだよー」

 

 箒とクラスメイトたちが口々に好き勝手な言葉を言いはじめる。

 一夏としても嫌な気分はしないのだが、それでも彼にだって優先順位ぐらいは存在していた。

 

(そう言われてもな・・・ここ最近はISの基本操縦でつまずいていて、とてもじゃないが自信に満ちた返事は出来ない状態にあるんだけどなー・・・)

 

 心の中でボヤキつつ、最近上手くいっていない最大の理由である『最初に白式を動かしたときに感じた一体感が得られなくなった現状』について、あらためて思いを浸す。

 あのときに感じた、世界が変わったような感覚は今のところなく、それを感じながら戦って負けたシェーンコップのような強敵と相対して勝てる自信は今の一夏に持つことなど不可能だった。

 

 だが、試合に出場しなくていいクラスの野次馬少女たちは一人二人と集まってきては数を増し、無責任に一夏を煽り戦いと勝利を要求し続ける。

 

 ・・・その光景は、規模こそ小さく負けて被る被害も比べものにならないことが保証されたものであったが、僅かながら自由惑星同盟を滅亡させる遠因となった『帝国領侵攻作戦』で市民たちが見せたエゴイズムと似たところを持っていた。

 

 あのとき同盟軍は長すぎる戦争で軍隊は疲弊し、それを支える国力も下降線をたどっているのが実情でありながら、ヤン・ウェンリーの奇策によって難攻不落のイゼルローン要塞を味方の血を一滴も流さずに奪取した軍事的成功に市民たちが酔いしれており、『選挙の勝利』を目的とした政治家たちの扇動に乗せられて総動員数3000万を超える大艦隊を帝国領奥深くへと侵攻させて敗退し、生きて故国に生還しえた者は1000万人に満たぬ壊滅的大打撃を被り滅亡へと続く階段の短縮を国民たちの総意で決定してしまったのである。

 

 愚行と浪費の象徴とまで呼ばれた、あの時ほどヒドいものではなかったが、それでも実際に戦いに出る一夏に戦うこと、勝利することを求める者たちが安全な場所で利益を独占しようとする構図に変わりはない。

 戦争をする者とさせる者との、この不合理きわまる相関関係は文明発生以来、遠い未来で銀河系に生活圏を広げた時代になっても変わることはなく。

 その中間に位置する現代で変わっているはずがないのは当たり前のことでしかない・・・。

 

 

「織斑くん、がんばってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

 次々と群がってきて、当事者である一夏がしゃべらなくなってもなお噂話に花を咲かせ続ける女子一同。

 ついて行けなくなった一夏があきらめて見物に回った直後、それらヤジとは異なる色彩を帯びた声音が一夏の耳朶を通じて記憶巣を刺激した。

 

「――その情報、古いよ」

「・・・ん?」

 

 教室の入り口から聞き覚えのある声が聞こえ、視線を向ける。

 そこには実年齢の割に背の小さな少女が佇み、こちらを見下ろすような瞳で見つめていた。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

「鈴・・・? お前、鈴か?」」

 

 中学校時代にクラスメイトだった中国人の少女、凰鈴音。

 その彼女は今、腕を組んで片膝を立て、ドアにもたれかかるように背を押しつけながら語ってきている。

 

 その姿を今の一夏が正直な気持ちで論評するならば―――

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何格好付けてるんだ? シェーンコップの奴ならともかく、お前じゃぜんぜん似合ってないぞ」

「んなっ!?」

 

 ハッキリと正直に論評する一夏。

 実際、彼はシェーンコップと鈴の双方に嘘は一言も言っていない。

 

 シェーンコップが今の鈴と同じ仕草をしたら、確実に様になり決まっていただろう。

 あの男は、この手の芝居がかった気障な仕草や挙動がどういうわけだか異様に様になっていて、素直に『格好いい』と評する以外の言葉は一夏でさえ出てこない程である。

 

 いや、彼とて率直に『きざな野郎だ』と思いはするのだが、それが不思議と悪感情につながらず、なんとなく『コイツはこう言う奴なんだ』で受け入れてしまう不思議な魅力がシェーンコップは持っている。

 天性の格好良さと言えばいいのだろうか? あるいは格好付けの天才でもいいかもしれない。

 とにかく自然体で格好付けていて、それが不自然でもなければ無理しているわけでもなく、ごく自然に格好いいと思わせてしまう。

 そんなところを真の二枚目であるシェーンコップは内包しており、女尊男卑時代に大量生産された顔だけ良くて中身は女に媚びへつらう半端イケメンや二流の二枚目に反感を抱いていた一夏が友情にも似た感情を抱き始める理由にもなっていた。

 

 だが、男同士の間のみで成立する複雑怪奇な友情もどきの感情など、女で恋する乙女な凰鈴音には理解できないし、したくもない。

 彼女にとって今の会話で最も重要だったのは、自分が仇討ちのためにやってきてやったシェーンコップの野郎を、仇を討ってあげようとしている一夏から褒めてるのを聞かされて、自分がいけ好かないその男と比べられて『アイツより下だ』と決めつけられてしまったこと。ただそれだけが問題だった。

 他はどうでもいい。そこだけはプライドの高い彼女に受け入れることは絶対に出来ない。

 

「な、なんてこと言うのよアンタは! ――って、あ痛っ!?」

 

 鈴が悲鳴を上げて後ろを振り返る。

 どうやら扉を背にして騒いでいたせいで、扉を開けて中へ入ろうとしていた生徒に背中をぶつけられてしまったらしい。

 鈴は確かに小柄で背が低いが、それでも視界から隠れてしまうほどではないと彼女自身は確信している。

 それに今は成長期に入る前だから小さめなだけで、近いうちにハリウッド女優みたいなナイスバディになるのは確実なんだと、硬く硬く信仰してもいる。

 

 ――そんな自分のアイデンティティを無言のまま否定したかのような蛮行は絶対に許すことは出来ない! 顔を拝んでやる! いけ好かない奴だったらブン殴ってやる!

 炎の意思を瞳に宿して背後に立つ誰かへ向けて振り返った凰鈴音だったが。

 

「・・・・・・」

 

 振り返った瞬間、口をぽかんと開けて間抜け面をさらしながら唖然として『見上げること』しか出来なくなってしまう。

 

「・・・・・・で――」

 

 やがて我を取り戻した彼女は一言呟き、

 

「デカい! デカすぎるわよアンタ! なに食ったらそんなにデカくなるのよ!? 巨人!? 巨人かなにかなのアンタ! 像でも食ってんじゃないの!? まるでバケモノじゃないのよ! アタシのこと見下ろすなバーカ!!」

 

 あまりの衝撃の大きさに心が一部子供返りしてしまったのか、幼さ丸出しの口調で口汚く鈴が罵った相手は、確かに巨人であった。

 鈴から見たら大巨人だったと称すべきかもしれない。

 

 ただでさえ背が低く幼く見られやすい東洋人の中でも背の低い部類にカテゴライズされる彼女と比べて相手は、均整が取れた無駄のない筋肉の付き方と洗練された容姿を持ち、ただでさえ東洋人と比べて平均身長が高いゲルマン系の白人種にあってさえ長身と評されるほどの美丈夫だったのだから、見下ろされる側の身長にコンプレックスを持つ鈴が自分と相手に象とアリぐらいの身長差があると一時的に錯覚してしまっても無理からぬことではあったかもしれない。

 

 とは言え、そのような鈴の努力で解決すべき鈴の都合は、この男にとって関心のない他人の自由事でしかなかったのは言うまでもない・・・・・・。

 

「やあ、お嬢ちゃん。悪いが道を空けてくれないか。もうすぐ授業がはじまる時間なのでね」

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ。

 鈴にとって、ここで逢ったが百年目の初対面な男が放ったいきなりの先制攻撃に、彼女の心は一瞬にして臨戦態勢に突入してしまう他道はない。

 

「・・・ぶつかってきておいて謝罪の一つも言わずに、いきなり要求? 薄らデカいだけが取り柄のウドの大木は礼儀も心得ないわけ?」

 

 狂眼で睨み付けてくる鈴の瞳を面白そうに見下ろして、シェーンコップはさらりと自然な口調で毒を吐く。

 

「それは済まなかったな、お嬢ちゃん。見えなかったものでね。後日あらためて謝罪させてもらいたいので、連絡先を教えてくれると有り難いのだが?」

「逢っていきなりナンパしてくるなんて、どういう了見してんのよ! バッカじゃないの! それともアンタたちドイツ人は女を見れば時も場所も考えずに飛びつきたくなる変態色魔の集まりだったわけ!?」

「心外だな。俺は自分のことを美女好きだと自負している。お嬢ちゃんが見目麗しいのは認めるところだが、女性として認めるには色々な部分のボリュームが足りなすぎているだろうな」

「アタシが女以下だって言いたいわけ!?」

「そこまでは言わんが、一人前の女性として扱うよりかはレディとして正しい対応の仕方なのは確かだ。

 そうだな、あと10センチずつ胸と身長と尻に厚みを増して、深みと成熟さを加えた体型を手に入れられたら、そこに座っている織斑一夏の幼なじみ少女の対抗馬になれるかもしれんな」

「貴様っ! なぜそこで私を巻き込む!?」

 

 真っ赤な顔をして箒が怒鳴ってくるのを笑うでもなく、皮肉な視線で一瞥だけして無視すると、あらためて目前で怒りに震えている小さな少女の頭を見つめて反応を待つ。

 

「あ、アンタ・・・そうまでして死にたいわけ? 殺されたいわけ? ねぇ? ねぇ!? そうなんでしょアンタっ!? 殺されたいんでしょ!? だったら殺してやるわよ! このアタシがチリ一つ残さず一瞬でねぇ!!!」

 

 激高して理性を遠い宇宙の彼方へと追放し、校則違反のIS専用機を部分展開して恫喝してくる凰鈴音。

 昔から彼女は『年をとっているだけで偉そうにしている大人』と『男っていうだけで偉そうにしている子供』が大嫌いな子供だった。

 シェーンコップは、そのどちらでもなかったが、どちらにも当てはまってるように見えてしまうところを持ち合わせている男ではあったから鈴の怒りは即刻臨界を突破して怒髪天を衝く勢いで燃え滾らす。

 

 だが敵にとって、激情に身を任せた敵将の精神レベルに合わせてやる理由も義理も存在しないのは当たり前のことである。

 

「悪いが、若い身空で無駄死にするのは御免被りたいな。心のせまい女どもに博愛と寛容の精神を教え込んで回る重要な使命を帯びて俺は生きているのでね。

 鬱憤晴らしで殺しても罪に問われそうにない自殺志願者を探しているなら、他を当たって欲しいところだな。お嬢ちゃん」」

「殺ス!! あと、アタシのことをお嬢ちゃんって呼ぶなーっ!! アタシは中国代表候補生の凰鈴音だって言ってんでしょーがぁぁぁ!!!!」

「そうか、そいつは悪かった。次から気をつけるよ、お嬢ちゃん」

「~~~~~ッ!!! こっ!!!」

 

 これ以上真っ赤になりようもない顔色をして怒り狂う凰鈴音だったが、彼女は根本的な部分で勘違いをしていて、気付いていなかった。

 なぜ、これほど怒り狂っている自分を一夏は黙ったまま放置しているのか?

 そして自分はどこにいて、シェーンコップからなにを要求されたのか?

 

 それらを失念していた彼女の頭蓋に強烈な打撃音が響いたのは、その直後のことだった。

 

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん・・・」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ。シェーンコップが入れなければ、後からやってきた私はもっと入れんではないか」

「す、すみません・・・・・・」

 

 世界最強ブリュンヒルデの登場に、鈴は怯えたようにすごすごとドアから退き、シェーンコップは彼女に目礼して教室へ入ると真っ直ぐに自分の席へと向かっていき、残された席に座っていない生徒は凰鈴音一人だけ。

 

「ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「なんで俺が逃げるんだよ・・・関係ないだろ今のお前たち同士の会話に俺はさぁ・・・」

「叫び終わったらさっさと戻れ。邪魔だと言っている」

「は、はい! 失礼しました―――っ!!!」

 

 漫画キャラクターのような足取りで大急ぎで自分の教室へと帰って行く凰鈴音。

 廊下を行く彼女の背中を見送る術は一夏には存在しなかったが、そんな彼にもわかることが一つだけ存在してはいた。

 

「シェーンコップ。お前・・・わざと鈴のことおちょくって挑発してただろ?」

 

 通り過ぎざま一夏から投げかけられた、その質問。

 それに対してシェーンコップは彼なりに素直で正直な回答を、だがこの異世界で生きる彼以外の誰にとっても不明瞭な内容の答えを友人モドキに向けて返してやるだけだった。

 

「跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘は嫌いになれん事情持ちなものでね」

 

 そして、席についた彼はこの世界のどこにもいない誰かのことを眺めながら、心の中でブランデーを満たした紙コップを掲げて小さく呟くのだった。

 

 

 

『・・・最期まで十五年分の小づかい銭をせびりに来なかった孝行娘の将来に幸多かれ』

 

つづく



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第8章

 織斑一夏のセカンド幼なじみ凰鈴音が、転校生としてIS学園に登校してきた日の夜八時頃。

 本来の時間軸には存在しない未来からの来訪者である不良中年のシェーンコップと出会っていた彼女は、悪感情の全てを彼一人に向けさせられるほど最悪すぎる相性を感じ取り、結果的に一夏をはじめとする他の者たちとの間には敵対関係に直結するほどの衝突を起こさないまま登校一日目を終えようとしていた。

 

 学生寮にある一夏たちの自室に押しかけてくると、ルームメイトの箒と一悶着起こしながらもなんとか予定調和の内に収まりがつき、平和裏に幼なじみとの再会と幼なじみ同士の出会いを終えられる可能性も少なからず存在できていたのである。

 

 ――だが、勝敗とか優劣とか善悪などの人間関係は相対的なものであり、当事者の片割れから激突する理由が失われたからと言って衝突しなくて済む未来が確定するわけでもない。

 相手の自滅に救われることもあれば、味方の善意に足を掬われることもある。

 戦いに限らず、相手あっての人間関係である。片方だけの善意で成り立つ関係などあり得ない。事実として今回もまた、あり得なかった。

 

「まったく! ヒドいもんよ、あの薄らデカいだけが取り柄の木偶の坊は! 親の顔が見てみたいわ!」

「まぁ、アイツはアイツで味のある性格してるからなぁ-。慣れれば意外と悪い奴じゃないんだが・・・」

「・・・・・・ふん!」

 

 三者三様、一夏と箒の自室に鈴も加わった三人で和気藹々と談話している途中。

 ふと一夏が、思い出したように口を開いた。

 

「――ん? そういえば鈴。お前、約束がどうとか言ってたよな?」

「う、うん。覚えてる・・・・・・よね?」

「えーと。あれか? たしか鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

「そ、そうっ。それ!」

「――おごってくれるってヤツか?」

「・・・・・・・・・はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 

 ・・・そこから先は急転直下の下り坂だった。

 涙目で鈴は一夏の頬を叩いて部屋を飛び出し、残された一夏を冷たい瞳で一瞥しながら声に出して突き放してくる箒。

 翌日も悪影響はつづき、いつも以上に一夏に対してキツく当たる箒と、理由は告げずに謝罪だけを求め続けてくる鈴。そんな理不尽すぎる状況に義憤を燃やす織斑一夏。

 

 それぞれの線と線が重なっているようで、全く交わっていない見当違いの方向へ暴走し、時にワープしながら口論は継続した末、互いに互いが売り言葉に買い言葉で放たれ合ったこの一言同士に集約される結果を招くことになる。

 

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら怒ってる理由を説明してもらうからな!」

 

 

 

 ――こうして人類は、またしても話し合えば解決できる程度の問題を戦い合うことで解決する道を選び取る。

 人類一人一人がこのような愚行を続けていった遙か未来に銀河の覇権を巡る戦いがあるとするならば。

 あの時代に、人類の歴史は戦争の歴史だと言われても暴言だと言い切れる者がいなくなっていたとしても納得せざるを得ない現在が今ここに少年と少女の形を借りて体現されていたのかもしれない―――

 

 

 

 

「――それで? それを俺に話して、どうして欲しかったんだ坊や」

「ど、どうって・・・」

 

 一夏は相談のために訪れた室内で「こう言うことに絶対詳しい友人」のワルター・フォン・シェーンコップから、予想の斜め上いく返答を聞かされて精神的に大きく数歩よろめかされる。

 別に慰めや煽りが欲しかった訳ではないのだが、彼からの返答は間違いなく一夏の意表を突く奇襲として有効打たり得るものだったようである。

 

「お嬢ちゃんがお前さんに怒っている理由は、今の話を聞いて大凡の察しはついた。教えてやっても良いし、お代はいらない。この程度のことならタダで情報提供してやるさ。

 もっとも、それでお前さんとお嬢ちゃんが仲直りできるとは思えんのだがね」

「・・・なんでだよ」

「それが事実だからさ。違うかね、坊や?」

「・・・・・・」

 

 一夏は反論することが出来なかった。当たらずとも遠からずだと自分でも思ってしまったからだった。

 仮にここでシェーンコップから正解を聞かされたとしても、今までの鈴の理不尽な対応をなかったことにして大人な態度で流しながら仲良くできる自信は一夏にない。必ずや途中で限界が訪れて暴発してしまうだろう。

 感情論を交える必要もなく、冷静になって考えられる状況でなら一夏もその程度の自己客観視はできなくもなかった。

 

「無論、ご希望ならケンカしている男女の仲を平和裏に取り持ち、仲良く生きていける方法も各種取りそろえてご教授して差し上げてあげてもよろしいのだが・・・・・・今のお前さんには無理だろうからな。正攻法でいくことをお奨めさせてもらおう。

 最低でも恋愛の十や二十はこなしてからでないと、この手法は少々難易度が高い」

 

 「今のお前には無理だ」と言われたとき反射的に反論しそうになった一夏だが、続く言葉で声を飲み込み、立ち上がりかけた身体を椅子へと戻す。

 たしかにそれは無理だ。絶対に不可能だ。と言うより今でなくても出来ない気がするし、出来るようにもなりたくない。何より不誠実すぎる。

 

「・・・敢えて今議題として上がっているお前さんとお嬢ちゃんによる痴話ゲンカだけに限定した上での話だが・・・」

 

 言い返そうとして、負けそうになったから何事も成そうとしなかったように取り繕おうとした一夏を「青いな」と目でつぶやきながらシェーンコップは声に出してはこういった。

 

「お嬢ちゃんがどうして怒っているかについては、お嬢ちゃん自身が解決すべき問題だと割り切るべきだろうな。

 お前さんは、お前さんが考えるべき問題を考えることに頭を悩ませたほうがいいと、人生経験豊富な先達として忠告させて頂こう」

「俺が考えるべき問題? そんなものあったか?」

「あるじゃないか。非常に重要なヤツが」

「どれだよ?」

「お前さんが数年ぶりに再会したお嬢ちゃんと、どういう関係として付き合っていきたいと思っているのかさ」

 

 このときシェーンコップは戦闘とは無関係な分野で、一夏に対して勝負を決せられる隙だらけの一部分から強烈な一撃を与えることに成功した記念すべき最初の一人となっていた。

 一夏は完全に失念していた死角からの一撃をモロに食らって、精神的によろめいており反撃どころか反論のための屁理屈さえ考えつけない状況に陥らされてしまっていたのである。

 

 シェーンコップは地上戦担当の指揮官として、容赦なく追撃を開始する。

 

「別に恋人になるとか、そこまで考える必要はない。いや、無論そこまで考えたければ考えてくれて一向に構わんのだが、無理矢理にでも考えなければいけない重要な問題でもない。

 重要なのはお前さんが彼女を、自分の中でどの様な位置づけで遇する気でいるのかという点だ。それ以外のことは相手の気持ちとも関わってくる事柄だろうからな。お前さん一人で考えたところで意味はない。

 お前さんが考えなければならない問題は、どこまで行ってもお前さん自身の心の問題だけであって、他人のことは他人に任せる以外にどうすることもできん。

 当事者がいない場所で、当事者以外が頭をいくら使っても他人の考えていることまで読むことはできないからな、普通なら。

 ・・・もっとも坊やが、魔術師であるというなら話は別かもしれないがね・・・」

 

 シェーンコップは遠い目をして天井を見上げ、その上に広がる夜空の彼方へと精神の手を伸ばして星に届かないかと夢想する。

 

 「戦場の心理学者」「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」と呼ばれた、あの不敗の魔術師ならもしかしたら考えるだけで人の心の隅々まで読み取ることが可能かもしれないなと、過大評価なのを承知の上で彼はそう思わずにはいられない。

 人間には限界があり、全知も全能もないことは最初からわかりきっていること。

 それでも“あの魔術師だけは”例外が許されるように感じてしまう。

 それがイゼルローン要塞で彼のために働き、彼の指揮下で敵と戦い続けたヤン艦隊に属する軍人たちの嘘偽りなき本心からの願望。

 

 それは帝国軍最高の勇将ミッターマイヤー元帥が、人間に不老不死は許されないことを知りながらカイザー・ラインハルトにだけは例外が許されてもいいように感じていたことと酷似した感情論。

 

 彼らヤン艦隊のメンバーが忠誠を誓った唯一の対象、ヤン・ウェンリー提督は自分たちに一個人への忠誠ではなく、民主共和制の理念のために戦ってくれることを求めていたのは知っている。

 だから彼を神聖化することは彼らが忠誠を誓う絶対の対象の恣意に背くことになると承知している。

 

 それでも彼らは民主共和制のために命を捨てて戦うことはできなかっただろう。それしか戦う理由がないのだとしたら大半の者たちがカイザーの支配を受け入れて妥協案を探すことに狂奔したはずだと、彼自身でさえそう思う。

 

 人は所詮、人に従い、人に尽くす生き物だ。主義や思想ではなく、主義や思想を体現した人のために命を賭けて戦いに赴く。

 革命のために戦うのではなく、革命家のために戦いの場へ赴くのだ。

 

 かつて腐敗した自由惑星同盟を再生させるため軍事クーデターを起こした『自由惑星同盟救国軍事会議』のメンバーたちでさえ、議長となったドワイト・グリーンヒル大将を信望していたからこそヤンの予想を超えて大規模で高位の軍高官までもが参加した国を二分する勢力たり得たのだから。

 

 これは故人の遺志とは真逆の思想であり、ヤンはあくまで民主共和制を守る一軍人としての立場にこだわり続けて、シェーンコップが何度権力者になるよう誘いをかけても、その手を取ろうとはしなかった。

 

 

 これは間違いなく矛盾する感情論だろう。

 忠誠を誓った対象の意思を無視するのだから、正しくはないし、筋も通らない。

 

 

 だが、正しさと正論で身を固め、矛盾なく生きていく人生を全うするのは『帝国軍絶対零度の剃刀』だけで十分すぎる。

 

 

「人の心なんてものは、そういうものだ。方程式や公式を具象化する要素としてのみ人が存在する生き物ではない以上、正しくもなければ筋の通らない発言もするし行動もとる。

 逆に相手が正しかったせいで、反発や嫌悪を覚えてしまうときだってあるだろう。事実と異なっているからと、それが間違いであるかどうかは必ずしも断定できない。

 俺はそう思っているんだが・・・お前さんは違うのかね? 織斑一夏少年」

 

 そうなのかもしれない。黙ったまま一夏は心の中でうなずいていた。自分の中で今まで漠然として形のなかった存在が具体的なイメージとして再現されていく家庭が実感できる心地であった。

 

「なんにせよ、今のお前さんは来週に迫った対抗戦に勝つことだけを考えていればそれでいい。どのみちお嬢ちゃんみたいなタイプは、戦い終わった後にまで尾を引きずることはないだろう。存外、戦って勝利した後に握手を求めれば簡単に解決してしまう問題なのかもしれからな」

「そ、そうかな? そこまで簡単な問題だとは思わないけど・・・」

「絶対さ。俺が保証する。お前さんはただ勝つことだけ考えて練習してればそれでいい」

 

 頼れる友人からの自信に満ちた絶対の保証。これを信じないで安心しないようでは、織斑一夏の存在価値はない。

 あっさりと納得して受け入れて、すっきりした顔で部屋を出て行く一夏の背中を見送った後。

 

 シェーンコップは椅子に深く座ったまま肩をすくめて、自分のペテンに心の中で皮肉な評価を与えていた。

 

 このとき彼は忠誠を誓った上司が、『ヤン・ザ・マジシャン』ではなく『ヤン・ザ・ドジャー』になった時と同じように口先だけのペテンで、純粋すぎる少年の疑問を解消させて元気よくいさましく任務を全うできるようペテンにかけてやっただけなのであった。

 

 

 

 ・・・実のところ、二人の例外を除いて全員が女子という仲間同士のかばい合いが起きやすいIS学園において、今回の一件は一夏の方に問題があると思っている者たちが大半のようであったが・・・・・・ハッキリ言って今回の件は一夏以上に鈴の側に問題がありすぎている。

 

 鈴は、過去に交わした約束を一夏が正しく理解せぬまま受け入れていたことに腹を立てているように見えるが、これは誤解である。

 

 そもそも、理解の仕方が間違っていたのが問題というなら正せばいいだけでしかない。

 伝聞形式だと詳細までは判然としなかったが、当時の一夏に正しく想いが伝わらずに額面通り受け取られたことに腹を立てていることと、今現在の凰鈴音が間違いを正さず謝罪だけを求め続けることとはイコールで直結できる問題ではない。

 真実を自分の口から告げられない鈴の臆病さと、言わなくても分かってくれない一夏の鈍感さとは全く別の問題なのだから当然のことだ。

 

 鈴が一夏に対して『誰にでも伝わる告白の言葉を分かってくれなかった鈍感さ』を怒る権利があるとするならば、一夏にも『鈍感な自分にも分かるような言葉で伝えてこなかった鈴の無理解』を怒る権利が当然与えられることになるだろう。

 

 言葉とは相手に自分の想いを伝えるために用いられる情報伝達手段であり、『正しく伝わらない言葉』など、いくら耳触りのいい美辞麗句で飾りたてたところで馬の耳に念仏にしかなりえないのだから。

 

 

「まぁ、結局のところ、相手の気持ちが解かっていなかったのはお互い様ということだな…」

 

 

 シェーンコップはそう思い、そう結論付ける。

 

 ・・・年頃のレディーに対して、あまり言いたくはないし、だからこそ一夏に対して煙に巻くような詭弁を弄してトリューニヒト議長の猿真似を演じてやったわけでもあるが、鈴が怒っているのはシンプルに恥ずかしさから来る八つ当たりに過ぎないのだろうとシェーンコップは推測していた。

 

 離ればなれになる寸前、片思いの男の子に想いを伝えた気になって乙女チックな夢を見ながら帰ってきてみれば、サンタさんのくれた箱の中身はプレゼントではなくビックリ箱だった。

 これでは数年間見続けてきた夢も興ざめするのは避けようがないし、ずっと信じ続けて夢を見てきた自分がバカみたいで恥ずかしくて許せなくなるのも宜なるかなだ。

 

 

 要するに彼女は、今までずっと片思いの幼馴染みと仲良く過ごせる夢を見続けていた乙女であり、それが苦い現実の吐息によって目覚めさせられたことで夢と現実とのギャップに向き合わされざるを得なくなってしまった。

 挙げ句、自分が夢見る乙女でいる間に片思いの男の子の周囲には綺麗どころが量産されており、想いが伝わって両思いになったつもりになっていた幼なじみは相も変わらず幼なじみのままだったという始末。

 

 独り善がりな一人芝居もいいところであり、完全無欠の道化である。これでは鈴でなくても暴れて叫んで誤魔化そうとするのが普通の反応だと納得せざるを得ないほどに。

 

 そして鈴もまた、出口のない状況の中で一夏だけを見て、目の前に待つ彼との戦いだけ集中している。

 そうしていれば左右に横たわる、都合の悪い諸々のものを視界に入れなくて済むからだ。

 

 だが、現実はそれほど甘くもなければ優しくもない。祭りは終わる。どれほど楽しいことにも終わりは必ずやってくる。彼女にも祭りの後の後始末をしなければならない時期が必ず訪れる。

 

 そのために今度のクラス対抗戦は都合がいい。

 

「祭りの後というのは、なんとなく手持ち無沙汰になるものだからな。

 エネルギーを前日のうちに使い果たし、食事はパーティーの残り物。昨日は気づかなかった疲れが身体と頭の芯にわだかまり、食欲もあまりないし、ゲームをやっても集中力が続かない。

 ・・・そんな状態になってしまえば、子供たちはあっさり仲直りできるものだからな。無邪気に遊んで、遊び疲れた子供が仲良く一緒に同じ布団でねむりに付けるとわかりきっているのだから、その日まで時間稼ぎをしてやればそれでよかろう。

 別に終わらぬ祭りの終わりが訪れるわけでもないことだしな・・・・・・」

 

 

 そう呟いて彼が再び見上げた先にあるのは、夜空の先のそのまた先に広がる別世界。

 はたしてあの銀河で自分が死んだ後に残された人々は、どのような人生を生き、それぞれの旅を続けていたのだろうかと、ふと感慨を抱いてしまう。

 

 戦争が終わっても、黄金時代に終わりが訪れても、生きている限り人の旅は続く。いつか死者たちと合流する日まで、飛ぶことを許されず、その日まで歩き続けなくてはならない義務を負わされて生きていくのだ。

 

 その長い旅路の中で、学校で友達と過ごせる時間は一瞬の光でしかない瞬きの時間。

 大人になれば自然と守るようになるプライドなどを守るために無駄にしていい時間ではなかろう。

 

 そのためならば、詭弁も巧言も美辞麗句もトリューニヒトも時にはよいだろう。

 少なくとも大人たちで構成された銀河を支配した大帝国の皇帝はこう言っていたそうだから。

 

 

「もう寝なさい。子供には夢見る時間が必要だ・・・・・・」

 

つづく



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第9章

 一夏と鈴が第一試合でぶつかり合う、クラス代表戦の試合当日。

 会場となる第二アリーナは噂の新入生同士による戦いを見逃す手はないと生徒たちで超満員となっていた。

 

 通路まで立って観戦している生徒たちで埋め尽くされた、アリーナの収容限界人数を超越しすぎた現状は、他の会場で行われている一夏や鈴と違って専用機持ち“ではない”選手たちの試合に閑古鳥を鳴かせ、注目度と集客率を根こそぎ自分たち二人で独占している事実も同時に意味するものであったが、当事者たちが現在進行形でこの手のことに考え至るケースは希である。

 熱狂の中で冷静さを保ったまま自己と周囲を冷静に批評できる観察者は永遠の少数派であり、大多数の人々から排斥されるのが常である。

 

 同盟軍がアスターテ会戦で大敗した直後に行われた戦没者の慰霊祭の場において、周囲の者すべてが戦争継続を訴える国防委員長の熱烈な煽動演説に応えて軍帽を空中高く舞わせ、近く迫った総選挙に彼への投票を舌でサインしている中にあり、一人だけ席に座ったまま万歳を叫ぶのを拒絶する自由を行使したヤン・ウェンリーがそうだった。

 

 時代は巡るのである。それは何も過去だけが現代に当てはまる事例なのではない。

 今(現代)目の前で起きていることも、遠い未来に銀河の覇権をかけて争い合う超大国の人々から見れば遠い過去に起きたとされる歴史上の出来事の一つに過ぎぬのだから・・・・・・。

 

 

 そして、未来から見た過去という名の現在。

 アリーナ内の観客たちが一夏の一挙手一投足ごとに悲鳴と歓声を上げ、熱狂のままに立ち上がって声援を送る声で満たされた中。

 前世の上官と同じく、シェーンコップは“観客席に座ったまま”舞台上で役者たちがおこなう剣劇ショーを、長い足を高々と組んだ姿勢で“見物していた”

 

 周囲の女生徒たちは試合開始直後から愕然としたまま、『全寮女子校だったIS学園』に二人しかいない男子生徒の片割れの姿に視線を集中させていたが、そのうちの一人にシェーンコップが流し目を送り軽くウインクしてやると、真っ赤になって前方へと向き直ると大声を上げて一夏への応援に参加した。

 彼女の周囲からは羨ましそうな妬ましい視線が少女の方に集められたが声には出さず、無言のまま全員の意識が試合の方へと向けられ直して応援に集中していった。

 これを、八つ当たり気味な鬱憤晴らしだったと証明する証拠はどこにもない。

 

 

「――でも、よろしかったんですの? シェーンコップさん。

 せっかく織斑先生がピット内で観戦してもいいと言って下さいましたのに断ってしまって・・・。後で問題視されても知りませんわよ?」

 

 シェーンコップの隣に座って共に試合を観戦していたセシリアが両目を細めながら、多少とげとげしい口調で今更の質問を投じてきた。

 明らかに先ほどの少女に示したシェーンコップの対応を見せられたことで不機嫌になっており、形式論で表面を鎧わせてはいても本音では何を言いたいのかは考えるまでもない。

 

 そして、聞かずとも解る程度の疑問をわざわざ声に出させて答えを言わる青さを、シェーンコップは持ち合わせていない。

 

「おや、妬いて頂けたのですかな? 貴女のように若く美しい淑女から嫉妬していただけるとは男として名誉の極み。是非ともお詫びとして今夜のディナーにお誘いすることをお許し願いたい」

 

 ・・・などと言う、月並みな口説き文句を口にする三流の色事師でもなく。

 前世においては今の自分と同じぐらいの年齢からその方面では武勲を重ね続けてきた実績を持つ古強者であり、女性関係ではオリビエ・ポプラン中佐と並んで軍民合わせて五百万人口を誇るイゼルローン要塞の双璧と呼ばれた大ベテランだ。ケツの青い若造どもとはモノが違う。

 

 

「なに、ピットから見られる試合映像はすべてカメラで撮影したものを再編集して映し出しているに過ぎません。当然、録画もされているでしょうからな。先生方が我々生徒に必要だと判断されたときには自主的に公開するのが給料分の仕事というものです。

 後でも見れるもののために、今しか見れない見世物を見逃す手はないでしょう?」

 

 建前として用いただけの形式論に、礼儀正しく完璧な回答を返されたセシリアは眉を急角度に上昇させて、先ほど以上に「わたくし不機嫌ですわ」アピールを増していくが、しかし――

 

「それに、現場で実物を見なければわからないものもありますからな。モニター毎に区分された映像は1シーンずつ分析できる反面、戦場全体を同時に見渡すことは不可能でしょう。

 前線に立って雄々しく戦う戦場の花も美しいとは思われますが、後学のためにも後方から戦局全体を監視する経験も積んでおくにしくはない」

「!! そ、そうですわね! さすがはシェーンコップさんですわ! 勉強になります! ・・・いえ、勉強させていただきますわね!!」

 

 続く言葉であっさりと手の平を返すように機嫌を急浮上させ、赤みを帯びた頬を隠すため急いで試合の方へと視線を戻して固定すると、その後は食い入るように凝視しはじめる。

 

 シェーンコップの言う『後学のための戦局全体を監視する経験』が、ブルー・ディアーズのBT兵器を操る自分のためにこそ必要なモノだと察したからだ。

 たしかにブルー・ディアーズの第三世代武装は、セシリアがもつ空間認識能力の高さによって性能を大きく上下動させる武装であり、一夏と戦ったときと同じように一対一の決闘方式で、ビットの軌道をさまたげる障害物がない戦場ばかりで戦えるとは限らない以上、様々な状況を想定するため戦局全体を俯瞰視点で見下ろせるようになっておくことはBT兵器をメインに戦っていく彼女にとってメリットにはなってもデメリットになる点は一つもない。

 

 逆に言えば、BT兵器を搭載した初の機体を与えられた彼女以外のIS操縦者には必ずしも必須の能力というほどのものではなく、まして一夏と互角以上の接近白兵戦技能をもつシェーンコップに必要なものだとはセシリアにはどうしても思うことができない。

 

 つまり今回の観客席からの試合観戦は、『自分のためにシェーンコップが気を利かせてくれた』ものだったと言うことになり、セシリアとしては淡い乙女心と女としての自尊心を大いに満足された形となる。

 そうなると人の心とは現金なもので、『気になる男性から試合観戦に誘われた一人だけの女性』という今の自分が置かれたポジションが特別なものに思えてきて仕方がない。

 だからセシリアは試合から目を離すことなく戦況分析に没入することで、惑乱中の乙女心をごまかす手段に利用していたのである。

 

 そのため、口元がニヤけるのを必死に堪えている横顔を苦笑しながら横目で一瞥しただけでステージに視線を戻したシェーンコップの真意には気づけない。

 

 

 ――彼としては、お偉方(織斑千冬担任教師)と同席してスポーツの試合を観戦する苦行など心底から御免被りたかっただけであって、史上最大の征服者カイザー・ラインハルトが犯した数少ない人事の失敗で最たるもの『古典バレエを見物するのに猛将のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将をともなった』という笑話を模倣させられる愚だけは犯したくなかっただけであったのだが、純粋な子供の夢を壊すほどに無粋な大人になった覚えもないシェーンコップとしては、黙って相手の解釈に付き合ってやるのが経験豊富な年長者としての役割だろうと心得ていた。

 

 

 だが、その時――

 

 

「・・・あら? 今一瞬だけ空に光ったような気がしたアレは一体・・・?」

 

 試合会場を見ながらも、目のいいセシリアが最初に気づき、間を置かずに戦場経験豊富なシェーンコップも気づいた“其れ”は、空の彼方からまっすぐIS第二アリーナ目指して飛来してくる二機のIS・・・・・・いや。

 

 二つの――敵影だった。

 

 

 

 

 

「な、なんだ? いったい何が起こったんだ・・・!?」

 

 空から降ってきてアリーナの遮断バリアーを貫通し、ステージの中央部まで煙を上げながら入ってきた突然の乱入者の奇襲に一夏は状況が解らず混乱してしまい、同盟軍第四艦隊司令官パストーレ中将のごとき奇妙な質問を思わず独りごちてしまっていた。

 

 今IS学園の校舎内は試合で警備が薄くなり、保管されているIS関連の超希少データが詰まったデータバンクが普段よりも容易に盗み出せる状況が作り出されてしまっていたが、突然の乱入者はそれらに目を向けることなく、世界最高戦力の最新鋭機二機と、その使い手たち以外には何一つとして奇襲するだけの戦略的価値がないISアリーナを襲撃してきたのだ。

 

 それだけでも、乱入者の意図は自分か鈴のどちらかであるのは明らかなはずであったが、平和な日本で平和に暮らしてきた一夏にとって、異常事態における当たり前のことは当たり前のこととして理解することができずに思わず平和ボケしたセリフを口走ってしまっていたのだった。

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットへ戻って!』

 

 そんな彼と違い、代表候補生として緊急事態での訓練を受けていた鈴からプライベート・チャンネルで避難指示が届けられ、彼はようやくこれが“未確認ISからの襲撃”であり、敵の持つ武装が試合用に威力を押さえられたものではなく“高火力の実戦仕様”であることを理解して一瞬だけ息を詰まらせられる。

 

『一夏、早く!』

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって・・・女をおいてそんなことできるか!」

「馬鹿! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

 経験不足故に回線の開き方もわからない一夏のため、鈴の方で途中からオープン・チャンネルに切り替えてもらう為体でありながら、それでも『男』としての在り方に固執する一夏に対し鈴は熟練者として常識を説かざるを得なくなるが、逆に一夏は初心者故に熟練者の常識を共有していない。

 

 敵の攻撃が始まる中で、しばらく言い合いを続けていた彼らの元に副担任の山田真耶からも避難指示が届けられるが、これも拒否。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

「――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます。いいな、鈴?」

『織斑くん!? ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら―――』

 

 言葉の途中で通信を切ると、敵と向き合い“勝つつもり”で剣を構える織斑一夏と、そんな彼を放っておけない、認められたい隣に立ちたい凰鈴音はピット内から呼びかけ続けている山田先生からの悲鳴じみた避難指示を一顧だにせず突撃していき、真耶は千冬にからかわれながらも、教師なのに何もできない自分の無力感に打ちひしがれる羽目になるのだが。

 

 

 実はこのとき、アリーナ中に流れていた避難指示に耳を傾けることなく堂々と居座り続けていた生徒が、彼らの他に二名ほど存在していたことを今の彼女たちは感知していない。

 

 彼らは観客席から試合を見物していた一年生の専用機乗りと量産機乗り一人ずつのカップルだったのだが、避難を呼びかける少女の声に男の方が肩をすくめるだけで言うことを聞いてもらえず焦りを募らせている最中だったのである。

 

 

 だが、その内情は一夏たちとは少し毛色が異なっているようでもあった・・・・・・。

 

 

 

「シェーンコップさん! ここは危険です! 早く観客席から避難してください! さぁ、立って!」

 

 セシリアは焦燥のあまり貴族らしい優雅さなど保っていられるはずもなく、大声を出して避難を呼びかけながら、何度も何度も謎の敵との戦闘を続けている一夏たちの方を振り返っていた。

 

 彼女としては一夏に対して、敗れた直後のような淡い気持ちを持ってはいなかったが、別に嫌いになったわけでもない。恋心と言うほどの好意は抱いていないが、友情としての好意は持ち合わせている。できれば加勢して助けに行ってやりたい気持ちは十分すぎるほどある。

 

 だが一方で、彼は彼女にとっての“一番ではない”

 彼女が他の誰より優先して守りたいのは今目の前で座っているキザな伊達男であって、熱血漢で朴念仁なサムライ少年ではなくなっていた。

 だから動けない。少なくともシェーンコップが避難してくれるまでは、動きたくても動けないのだ。

 

 専用機を与えられた自分と違いシェーンコップは量産機乗りのため、いつでも展開可能なISによるバリアーで敵の攻撃を防ぐことができない。

 彼が如何に強かろうとも、さすがにIS相手に素手で勝てるほどの超人ではない以上、万が一に備えて自分が側にいて守ってやる必要性が絶対的に存在する生身の人間であり、自分がいなくなった後で彼が流れ弾にでも当たって戦死してしまったらと思うと怖くて側を離れるわけにはいかなくなっているのが今のセシリアの心境だった。

 

 だが、シェーンコップは一夏やセシリア、そして千冬や山田真耶たちとも大きく違う。別の時代の人間だ。

 別の時代で難攻不落の代名詞と言われた要塞を、味方の血を一滴も流さずに奪取した作戦の実行役を担った英傑なのである。

 

 その彼の経験則が“ここを動かない方がいい”事実を教えてくれていた。

 だから彼こそ今は、動くことができずにいたのである・・・・・・。

 

「今出たら動きを封じられて、逃げることができなくなりますよ」

「なんですって!? それは一体どうゆうことですの!?」

「敵の目的が、標的とそれ以外とを分断して各個に孤立させることにある可能性が高いと言っているのです」

「!!!」

 

 思わずセシリアは沈黙し、冷や水をかけられたように冷静さが急激に戻ってきていた。

 

「聞くところによればIS学園のセキュリティは最新技術がふんだんに用いられ、ほとんどがコンピューター操作による全自動化されているとか。

 警備網を機械だけに頼り切った難攻不落の要塞というのは存外脆いものでしてな・・・管制コンピューターを乗っ取られただけで体細胞をガンで犯されたように全要塞の機能を奪われてしまう。コンピューターさえ乗っ取ってしまえば、後はシャッターなり催眠ガスなりで避難しようとした生徒たちを隔離することも監禁してしまうことも容易にできるようになる。

 経験則から言わせていただくなら、ハードウェアの絶対性を称えて信仰している者ほど、それらを封じられたときには役立たずになるものです」

 

 こう言い切られてしまえばセシリアとしても、返す言葉が一つも思いつかなくなる。

 IS学園の設備に使われている機械は最新鋭のものばかりだから、と言う屁理屈も今となっては空しいものでしかない。

 現に敵は計ったようなタイミングでアリーナを襲撃してきており、緊急時には生徒を守るために出撃するはずの教師部隊は一向に姿を見せる気配もない。

 誰がどう見てもIS学園のコンピューターがハッキングされており、機能不全に陥らされていることは明らかだったから・・・・・・。

 

 どれほど科学技術が進もうとも、機械を使うものが人間である以上、最も重要なのは人なのである。

 機械に出す指示を決定し、どう動かすかを決める者一人だけが敵に捕らわれてしまっては意味がない。

 

 遠い未来、科学技術が進みすぎてレーダーが索敵装置として用をなさなくなった時代に、ヤン・ウェンリーが英雄となる切っ掛けとなった『エル・ファシル脱出行』において帝国軍は科学技術を盲信した結果、レーダーに映る以上は人工物ではないと考え、みすみすヤン率いる民間船だけの脱出船団を見逃してしまうミスを犯し、勝利の杯を床に叩きつけて砕くことになるのだが。

 

 それと似て非なる状況が、銀河の戦いより千年以上さかのぼった時代の科学力に対する信仰心によって作り出されていることは歴史の皮肉によるものなのか? あるいは科学が進むだけで人類は何も学ぼうとしないと言う現実を示すものでしかないのか、それは解らない。

 

 解ることはただ一つ。

 

「・・・こうなっては仕方がありませんわね・・・。シェーンコップさんを守りながら織斑さんたちの援護もして、敵を倒して勝つ。無謀を承知で挑戦する以外にはないのですから・・・っ」

 

 セシリアが、『二兎を追う者一兎をも得ず』という日本の警句は知らないながらも概念は重々承知した上で、それでも“やらねばならない”というマスト・ビーを理由として決意を固めたとき。

 

「フロイライン・オルコット。ひとつ実戦訓練をして差し上げましょう」

「え?」

 

 シェーンコップが彼女の耳にささやきかけて、先ほど頭上を見上げて三十秒ほど思案して思いついた作戦を伝えるとセシリアは驚いたように瞳を見開き彼を見て、相手は「にやり」と不敵に笑って答えに変えた。

 

 

 そして作戦は、実行に移される―――

 

 

 

 

「くっそ・・・・・・!」

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつ―の!」

 

 一撃必殺の間合いで放った斬撃を躱された一夏を鈴がなじり、

 

「ああもうっ、めんどくさいわねコイツッ!」

 

 焦れたように衝撃砲を展開して発砲した鈴の見えない衝撃は、敵の腕に叩き落とされ無効化してノーダメージ。

 

 先ほどからこれの繰り返しだった。

 敵はつね彼らの一段上をいく動きと速度で反応してくるため、全ての数値において敵より一段階下回っている一夏と鈴の攻撃は何度はなっても敵に当てることが出来ずにいたのである。

 

「・・・鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところ。・・・ちょっと難しいわね・・・。現在の火力でアイツのシールドを突破してダウンさせるのは確率的に一桁台ってところじゃないかしら?」

「ゼロじゃなきゃいいさ」

「アンタねぇ・・・」

 

 軽口を叩き合いながらも、彼らの表情や声には余裕が乏しい。ハッキリ言って強がりで言ってるだけという印象の方が強いほどに。

 彼らが苦戦する理由は、単に敵の動きと性能が自分たちより一段上を行っているだけではない。

 全身を隙間なく装甲で覆ったフルスキンタイプの第一世代ISと同じ形状が中に人が乗っているのか否か疑いを持ったとしても判別しづらくしており、一夏が白式の《零落白夜》で全力攻撃するのをためらわせていたのも戦局に大きく影響を及ぼす現任になっていた。

 

 《零落白夜》は性質上、他の専用機が持つワンオフ・アビリティと違ってISだけでなく中に乗った人まで切りつけてしまう危険性をはらんだ刀である。

 使い慣れた後なら別として、今の一夏に中の人を傷つけることなくISだけ全力で切って倒す器用な終わらせ方ができる自信はない。

 たったそれだけのことではあったが、元より第三世代ISは特殊武装が最大のウリのISであり、自慢の特殊武装が全力で使うことが出来ないだけで戦力的には半減してしまう欠点を有している。

 おまけに今は鈴と一夏が二機の敵を相手取って戦っているチーム戦だ。片方の機体性能が半減した状態でチームを組めば、より以上にチーム力は低下してしまう。

 

 それが今の一夏たちが置かれている劣勢の最大要因であり、先ほどから一夏が疑い始めていた人間性が見られない敵の動きから無人機である可能性があり、無人機なら全力を出せば勝てると信じ切れる理由にもなっていたのである。

 

 ――試してみるか・・・?

 

 彼がそう考え出したことを察しでもしたのか、二機のフルスキンISは不規則に設置された頭部のセンサーレンズの中心点を彼に見据えて、何かを待ちわびるように相対したまま動きを停止させる。

 

 先ほどからこの敵は、一夏と鈴が軽口を叩き合い隙だらけになったときほど攻撃してくる回数が減る傾向にあり、むしろ無駄な会話に集中しすぎた際にはビームを当てずにかすらせることで注意を促すかのような動きを連続して行っていた。

 

 それは二機を送り込んできた者が“何かをやらせるために”送り込んできただけの捨て駒に過ぎず、端から勝負の勝ちは求めていないことを意味すると同時に、目の前の二人以外の有象無象を警戒せずとも倒される恐れは決してないと、自分が送り込んできた二機の機体と自身の能力に絶対的な自信を有していたことの現れだったのやもしれない。

 

 そして今回。その絶対的な自信と思しきものが敗因に直結する、油断に変えられてしまったのは、一夏が思いついた策を試すため鈴に話しかけようとした瞬間でのことである。

 

「――え?」

 

 唖然とした彼の見つめる先で、敵のISが自分を見つめてくる、不規則に並んだ頭部のセンサーレンズの中央に、“ナイフが深々と突き刺さって”剥き出しのレンズの下に人間の頭部があった場合には間違いなく即死の一撃を食らわされながら倒れることなく立ったままの姿を維持し続けていたのだ。

 

「嘘!? どうして! なんでなのよ!? ISは人が乗らないと絶対に動かないはずなのに!? 無人機なんてあり得ないのに、そういうもののはずなのに一体どうして!?」

 

 人が乗っていたなら死んでいるはずの一撃を受けて生き続けている敵ISの姿に、“ISは絶対に人が乗っている機械”という固定概念を教え込まされ刷り込まれていた鈴は、熟練者故に額縁付きでいきなり事実を証明されて半狂乱に陥り、逆に一夏は初心者故に困惑よりも納得の方が強く出て、それよりもこんな手法で事実を実証してしまう人間に心当たりがありすぎたため慌ててナイフが飛んできたらしい方向へと当たりを付けてそちらを向くと――いた。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップが不敵な表情を浮かべたまま不貞不貞しい態度で片手に持ったナイフを玩び、どういう手段によるものかシールドの一部に小さな穴を開けて即席の狭間を作り、そこから一夏たちに援護射撃ならぬ援護投擲を行ってくれるつもりのようであった。

 

 予想外の男から放たれた、予想外の攻撃に敵の黒幕は選択を迫られる。

 なまじフルスキンISのセンサーレンズを、不規則に多く並べているたのが仇となる展開だ。数が多い分、一つや二つ失ったところで性能は大して落ちはしないが、同じ目の部分で当てられるウィークポイントの数が多すぎるのである。

 

 防ぐことは容易に出来るだろう。だが、一夏たち相手に重要な場面で今と同じことをやられた場合、果たして望む結果が得られるか否か。

 黒幕でさえ判断の難しいポイントであり、さらに一緒にいたはずのセシリアの姿が見当たらないのが気にかかる。定石で考えた場合に、彼は間違いなく敵の目を引きつけておくための陽動であり囮である。

 倒すことは簡単で、倒さなくても本人自身が脅威になるわけでもないが、敵が何を企んでいて本命がいつどこから奇襲してくるかわからないのは少々やっかいだ。

 

 ――あるいは、今ここでコイツを襲わせようとすれば作戦を放棄して食いついてくるかもしれない・・・。

 

 黒幕がそう考えたのかどうかまでは調べようがないが、少なくとも敵のIS二機は同時にシェーンコップめがけて飛び出すと、急速接近しながら襲いかかろうと機体を加速させる。

 一夏たちも彼を守るために反応するが、二機が同じ性能と武装を持ち同じ動き方ができるほうが有利だ。どちらかだけでも敵の防備を擦り抜けて接近して目標を攻撃してしまえば、それで敵の守りは無意味になってしまうからである。

 

 背後に立つ非武装の人間に、一発でも攻撃を当てられたら負けの一夏たちと。

 どちらか一方が落とされて、残る片割れから片腕が切り落とされようとも“目的だけ”は果たせるようなギミックを搭載しておいた無人IS二機。

 

 この場合、躊躇いがある一夏たちの方が徹底することが出来ずに手傷を負わせただけで二機とも通してしまって、セシリアが現れる兆しも見いだせない。

 

 

「シェーンコップぅぅぅぅぅッ!!!」

 

 敵の刃が友人に迫り来るのを目にして叫び声を上げて退避を促す一夏に対して、シェーンコップは不敵な一瞥だけを寄越して言葉は返さないまま、別の人間に対して舞台上へと上がる出番が来たことを伝える。

 

 

 

「敵が餌に食いつきましたよ、フロイライン。前座の出番は終わりです。後はお任せいたしましょう。

 主演女優登場です」

 

「ええ! 了解ですわシェーンコップさん!!

 お出でなさい! 《ブルー・ディアーズ》!!!」

 

 

 シェーンコップに名を呼ばれ、返事を返し、姿だけはどこにも見えないままセシリア・オルコットは自らの専用機を確実に展開するよう名前を呼ぶ。

 

 そして――気になる男の広い背中の後ろから後光を差すよう粒子の光とともに展開しながら現れて、彼をいつでも守れるよう頭上に自らのバストを押しつけながらエネルギーライフルを構えつつ、実際には意識の大半をビットに集中させて自分の周囲に浮かぶ四つの自立機動兵器に命令を下す。

 

 予測していなかった場所から、予測していなかった敵が参戦し、面倒なザコ敵が目の前まで迫っていたことで油断を誘われ、一夏たちを振り切って突撃してきた二機の敵に対して多対一に優れた性能を発揮するブルー・ディアーズで、味方の損害や連携など気にすることなく全力でぶっ放して殲滅してしまえばいいだけの、お膳立てが全て整えられた必勝の状況。

 

 敵を罠に引っかけて誘い込み、イゼルローン要塞の主砲《トゥール・ハンマー》で一網打尽にするヤン艦隊の必勝戦法に時代区分の違いなど意味もなし。

 

 全ては黒髪の魔術師のシルクハットから飛び出すハトのごとく、彼の魔術師がかつて描いた筋書き通りに道化のピエロ役を押しつけられ、白刃の上から血塗れの姿で落とされて終わるのみ。

 

 さぁ――――

 

 

「フィナーレですわ!!!!」

 

 

 女優再演。

 脇役どもは主演のための踏み台として、英雄の栄光を飾る手柄の役目を果たさせられた後にガラクタという名の骸となって女王に踏まれる役割を仰せつかる宿命にある。

 

 

 どこかで誰かの黒幕が、苛立ちと共に何かを握りつぶす音が響く。

 

 

 こうして波乱に満ちた世界初と二番目の男性IS操縦者たちの戦いは序章の幕を下ろし、第二幕へと至る。

 

 伝説の始まりに至る歴史は、まだ終わらない・・・・・・。

 

 

原作第一巻《完》

二巻の章へ続く



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