サモンナイト4 本編後ライがフェア世界に逆行 (ライフェア好き)
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本編開始前
第0話 今はもう、誰もいない場所 【本編前】


とあるサモンナイト4小説の設定がお気に入りなので、妄想のまま書いてます。


 かつて戦いがあった。

 大切な人たちと手を取り合い、大切な子供を護る。

 そんなありふれた物語。

 

 伝説の至竜を助けるため、響界種(アロザイド)の少年が立ち上がる。

 そんなお伽噺のような物語。

 ────────────────────────

「ありがとうございました」

 

 最後の客を見送り、オレは店じまいを始める。

 忘れじの面影亭、相変わらず泊まり客が居ない宿屋。

 あの物語から何年も経ち、すっかり青年となった店主、ライは伸びをして身体をほぐす。

 

「さってと、片付けるか」

 

 エプロンを外し、一人で食器を洗いながら昔を思い出す。

(子供の頃は一人で片付けるのが寂しかったな)

 あの事件の直後、星を獲得したのもあって目が回る忙しさの頃は仲間たちが手伝いに来てくれていた。

 それが段々と静かにも、きちんと増えた常連客を捌けるようになると、皆は自らの道を歩み始めた。 

 

 あの時なんとなくわかった、自分たちは大人になったんだと。

 寂しさはなく、確かな繋がりを胸に残して。

 

(柔らかさはこんなもんでいいか、塩はこの前に仕入れた抹茶味の塩で……)

 

 米を煮るように炊きながら、アイツが気に入ってる塩を用意する。

 クソ親父に習った、病人食のお粥だ。

 

 数日前から家族が体調を崩してしまったから。

 コーラル、竜でありながらオレの子供で居てくれた大切な家族。

「入るぞ」

 お盆を持ちながら部屋に入る。

 少し前から一人部屋になったコーラルの部屋は、質素ながら清潔にしており、所々シルターン風の小物がおいてあるのはアイツのちょっとした趣味だ。

 

 そしてベッドで寝苦しそうにしている、あの頃の変わらぬコーラルの姿。

 

「…………ぅ」

「また汗がひどいな、拭いてやるから我慢しろよ」

 お粥を机に置き、用意してたタオルで汗を拭く。

 

『……原因不明、かと』

 数日前、体調を崩し始めたコーラルから説明を受けた。

『病気じゃない、けど……ボクの知識でもまだ説明ができない』

 至竜として知識を持つアイツが、申し訳なさそうに言ったのが印象的だった。

『気にすんな、まだ子供なんだから宿のことは気にせず休んでいいんだよ』

 そんな頭を撫でてやり、看病を始めて五日目。

 

 コーラルは、まだ原因を特定できていない。

 

 ────────────────────────

 ボクは、暗い水の中を漂う。

 

『…………か……』

 

 知識の海の中、ボクを呼ぶ"誰か"を探す。

 

『……お願……けて』

 

 外部からの干渉、そこまでは分かった。

 けれど不明点が2つ。

 

 どこからか。

 リィンバウム、いやどの世界からでもないこと。

 

 誰からか。

 至竜に深く繋がってしまうまで気が付かなかった、"ほぼ同じ力"を持つ存在。

 

『お願い、誰か……』

 

 この繋がりを頼りに、ボクは何度も手を伸ばす。

 こんなにも胸を突き刺す、こんなにも助けたくなる。

 まるであの時のボクのような、誰かに向かって。

 

『みんなを、ママを、助けて』

「任せて……」

 

 誰かの手を掴み、すべてが繋がった。

 ────────────────────────

 かつて戦いがあった。

 大切な人とすれ違い、大切な子供を護る為に命を投げ出す。

 そんなありふれた悲劇。

 

 ただ一人の親を助けるため、子も全てを捧げる。

 そんなお伽噺のような物語。

 ────────────────────────

「……お父、さん」

「目が覚めたか、お粥を作ったんだ。少しでも食べれる……か?」

 粥を用意しようとした手を、コーラルに掴まれる。

「重要な話し、かと……」

 訴えるような竜の目に、オレは向き直る。

「どうしたんだ、もしかして原因が分かったりしたのか?」

「うん……けど、説明する時間が、ない……かと。

 向こうが、力尽きる前に……繋がってるうちに」

 苦しそうに、何とか言葉を続けるコーラルがオレに抱きついてきた。

「コーラル……?」

「お父さん、ボクを信じて、くれる……? 

 大変なこと、頼んでも……いい?」

 あの時のように、不安そうにけれど信じるように。

 だから───力強く抱きしめる。

「ああ任せろ、子供の頼みだからな」

 安心させるように頭を撫でて、笑いかける。

「…………ありがとう、要点だけ、伝える」

「な、何が起こって?」

 コーラルから急に魔力が溢れ、オレを包むようにしていく。

「別の世界に、召喚される……ボクと同じように、助けてあげて」

 

 視界が光に包まれ、意識が遠のいていく───。

 

 ────────────────────────

 少女は朝の市場から帰る途中だった。

「野菜はミントお姉ちゃんに教わってるけど、魚の目利きは難しいなぁ」

 妹と父を待ってはや数年、少女──フェアは店主として修行をしていた。

 自身の目標、平凡で真っ当な生活の為にも。

 いつか帰ってくるかもしれない……最近は諦めかけてるお父さんとエリカの為にも。

「よしっ、気を取り直して帰ったら掃除! それから……」

 自身の頬を叩いて気を取り戻し、日常が始まる。

 ことはなかった。

 

 突如として膨大な魔力の気配とまばゆい光が宿へ続く道に現れ、そして衝撃と土煙がフェアを襲った。

「きゃぁ!?」

 その衝撃に耐え、原因を必死で探す。

「げほっ、一体何が……、えっ?」

 土煙が晴れた、宿へ続く田舎道。

 そこに自分と同じ髪色の青年が倒れていた。

 

「おと、う…………さん?」

 無意識に口から溢れる、外見は全く違うし、

 父はこんなに若くないはず、それなのに。

 目の前の青年が、何故か他人に思えなかった。

 ────────────────────────

 世界の理を捻じ曲げ、今交わった。

 かつて子を救った青年が、

 かつての己を救う物語が始まる。

 



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第1話 疑惑と不信の、お客様? 【本編前】

このライは事件解決後にまっとうな人生を送れているので、
憧れの帝都修行など料理人として腕を磨いています。


 夢を見ていた。

 妹と親父、家族と離れたくなくて泣いている子供の夢。

 今なら分かる、親父はロクデナシだが何も思わなかった訳じゃないこと。

 

 ……いや、それでも放置はないだろう

 親友のテイラーさんを信用してたにしてもだ、やっぱロクデナシだな。

 

 去る父親の背中に、精一杯のお願いをする子供に思わず手を伸ばす。

 それに気がついた子供が振り返り、目が合う。

 目に涙を浮かべた幼い女の子だった。

 

 ────────────────────────

 

 目が覚めると同時に溜息をつく。

 

「なんつー夢見てんだ俺は、自分が女の子とか」

 

 頭を掻きながら起き上がると客室の一つだと気がついた。

 昨日眠った記憶はないからコーラルが運んでくれたのかもしれない。

 

「病気の子供に世話になるとか、情けないなぁ俺……ふわぁ」

 

 眠気を噛み殺し、窓から差し込む日光で大体の時間を把握する。

 

「……やっちまった」

 

 血の気が引いた、傾きから見て朝市に間に合うかギリギリの時間だ。

 

「はやく、朝の食材取りに行かねぇと!」

 

 慌てて部屋を飛び出したせいで、オレは気がつけなかった。

 この部屋と廊下がどこか真新しいことに。

 

(コーラルには悪いけど看病は少し後にしよう、

 アイツが好きなお茶っ葉をお土産に買ってあげるとして、

 とりあえずミントねーちゃんの所に今日の野菜を頼んで……)

 急いで歩いていると、ふと良い香りに気がつく。

(この甘い匂い、パンケーキか?)

 

 匂いを辿ると厨房に誰かいる、

 オレ以外で厨房を使うのは一人しかいない。

 

(まさか、コーラルのやつ回復したのか? 

 元気になって本当によかった)

 

 元気に調理している子の姿を想像しながら、寝坊をどう謝ろうか考えながら厨房の扉を開いた。

 

 ────────────────────────

 

 宿屋「忘れじの面影亭」の雇われ店主である少女、フェアの機嫌は悪かった。

 

「はぁ……、朝から疲れたなぁ」

 

 今朝は突然現れた青年を助けるため、

 町まで兄貴分である駐在兵士グラッドを呼びに往復する羽目になった。

 

「グラッド兄ちゃん、あの人を運んだら一度駐在所に戻っちゃったし」

 

 青年が目覚めるまでに戻ると言っていたが、それまであたしが看病するのだろうか。

 昔教わった病人食のお粥を作りながら、自分の朝食に取り掛かる。

 

 別に人助けが嫌なわけじゃない、そりゃ怪しいけど身なりはちゃんとしてて、あからさまな不審者ってことも無いだろうし。

 だけど……顔つきとか全然違うのに、あの人を見てると何故かダメ親父の事を思い出してしまうのだ。

 

「そんなにおじさんでもないのに、どうしてなんだろ」

 

 何故か引っかかる疑問に、フェアは悶々とした気持ちを胸に抱えていた。

 そんな気分を晴らしたくて好物のパンケーキを作り始めたのに、集中できてなくて少し焦がしてしまう。

 

「あーもうっ! せっかく甘いものにしたのに」

 

 自分らしくない失敗に頭を抱え、諦めて更に乗せる。

(少し焦げたけど、バターと蜂蜜をかければ大丈夫、大丈夫!)

 そんな風に自分を奮い立たせて仕上げを進めていたら、厨房の扉が開いた。

 

「コーラルありがとな、病み上がりなのに朝飯ま……で?」

 

 突然自分の家に知らない人が現れたら、仕方ないと思う。

 自分が連れてきたようなものとはいえ、知らない男の人だ。

 手に持っていたパンケーキのお皿ごと投げつけてしまったのは、きっと仕方のないことなんだと思う。

 

 ────────────────────────

 

 パンケーキを顔面に食らった後、厨房にいた少女にすごい勢いで謝罪された。

 そして蜂蜜まみれの服を着替えされられ、勢いのままレストランの席で少女と向かい合う。

 

「本当にごめんなさい! ダメおや……じゃなくて、お父さんの服しかなくて!」

 

 銀髪に青い瞳、そして何より見覚えのある腕輪。

 響界種としての力を制御できるようになってからは、ペンダントとして服の中に隠してるコレと同じ。

 

「いや、オレこそ悪かった。助けてもらったろうに勝手に歩き回ってたんだし」

 

 コーラルの言葉を思い出して、オレは何となく現状がわかってきた。

 少女は昔のオレで、ここは別の世界なのだと。

 

「わたしフェアっていいます、ここの店主で。倒れてたあなたを運んできました」

 

 昔のオレより愛想よく挨拶してくれた。

 女の子だからか、パンケーキの負い目かは分からないけど。

 

「ありがとう助けられたよ、オレはライだ」

 

「ライ。じゃなかった、ライさんですね」

 

「気にしないでくれ、そっちが恩人なんだから楽に話してくれると助かる」

 

 年頃は13か14くらいだと思う、レストランがそんなに汚れてないし始めたばかりの頃のだろうし。

 

「じゃあ楽にするけど、あなた何者? 

 急に家の前に行き倒れてたし……怪しい」

 

 遠慮が消えて一気にオレみたいな話し方になったフェアの言葉に、オレは頭を掻いて誤魔化す。

 

「それはあれだ……、そう、やむを得ない事情がだな」

 

 言っておいて何だが完全に不審者の言い訳でしかない。 

 コーラルが何をお願いしたかはまだ分からないけど、このままだと駐在兵士に捕まるのは避けるべきだ。

 

「じー」

 

「なんて説明すりゃいいんだ……」

 

 フェアはオレを睨んだまま黙ってるし、どう言い訳するべきか浮かばないまま時間が流れていき。

 

(グゥ〜)

 

 静かな空間に少女の景気のいい腹の音が流れた。

 

「あ、違うの! これは違うんだって!」

 

 顔を真っ赤にして否定してくる子供の様子を見て、

 何を顔に食らったか再度思い出す。

 

「オレがお前の飯食っちまったからか、悪い」

 

 冗談を交えながら謝り、気になったことを聞いてみる

 

「そういや、パンケーキの材料はまだあるのか?」

 

「あるけど、なんで?」

 

 妙なことを尋ねられ首を傾げるフェアを尻目にオレは立ち上がる。

 

「なら少々お待ちを、厨房を借りるぜ」

 

「え……えぇぇぇっ!?」

 

 世界が違うだろうが、ここは忘れじの面影亭(オレの店)で目の前には腹を空かせた客がいる。

 勢いよく袖をまくって厨房へと踏み入れた。

 

 ────────────────────────

 

 行き倒れていた妙な男の人、ライはやっぱり変な人だった。

 なんで倒れてたか誤魔化したし、突然厨房を借りるなんて言い出して勝手に行っちゃったし。

 

 厨房は料理人の聖地。

 昔読んだ料理本に乗っていた言葉だ。

(それを守るってわけじゃないけど、知らない人に厨房を使われるのは普通に嫌だよ!)

 慌てて止めようと厨房に入り─

 

 ライの姿に圧倒されてしまった。

 

 手際が良いのはもちろん、どの仕事も丁寧で繊細な仕上がりなのだ。

 わたしじゃ出来ないような細やかな仕事をしつつ、いくつも平行して作業を行う。

 一切無駄無く動き、魔法のように次々と完成していく姿は踊るようで美しい。

 

(作業時間はもとより、わたしの厨房を全部知っているみたいに動いてる)

 

 フェアは知らない、ミュランスと呼ばれる超一流の料理人に認められ、

 その後も食の第一線で戦い続けたシェフが目の前の男なのだと────

 

 それに、父の服を着ているからかどうしても考えてしまう。

 

(お父さんみたい……)

 

 ほんの少しだけ"まだ"父を諦められない娘は、

 ライの背中に、父の面影を探してしまっていた。

 

 ────────────────────────

 

「くやしい、悔しいけど、おいしい!」

 

「そりゃ良かった、腕をふるったかいがある」

 

 一心不乱にパンケーキを頬張るフェアをみてどことなくエリカの面影を感じてしまった。

(姉妹だろうし、そりゃ似てるか)

 この世界がどんな世界かまだわからないが、フェアはきっとオレと同じ境遇なのだと確信している。

 

「ライって何者? 最初は不審者だと思ったけど、こんな料理作れるなんて只者じゃないでしょ!」

 

「ただの店主だよ、お前と同じだって」

 

「絶対違う! わたしだってこの料理がそんじょそこらのグルメには作れないって事ぐらいわかるよ!」

 

 すっかり興奮し指をさしてくる。

 

「そう、ライは本当は帝都お抱えの料理人とかなんでしょ!」

 

「ちげぇよ、帝都に料理修行に行ったことはあるけど」

 

「ほらやっぱり!」

 

(前言撤回、リシェルの影響だなこれ)

 オレが子供の頃、ここまで変な妄想していただろうか……。

 

 まくし立ててくるフェアをどうするかと考えていると、ドアベルの音が聞こえる。

 

「どうしたんだフェア、外まで声が聞こえてきたぞ! まさかさっきの男に何かされたのか!?」

 

 慌てた様子の懐かしい声に、オレは別の世界なんだと実感した。

 帝国軍陸戦隊の軍服に身を包み、使い込まれた槍を手に駆け込んできた青年。

 現在(未来)からみると青さの残る若かりし姿。

 

(グラッドの兄貴、若っ!?)

「グラッド兄ちゃん!?」

 

 駐在兵士であり、みんなの兄貴分。

 

 グラッドの警戒する眼がオレを睨んでいた。



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第2話 駐在兵士取り調べ日記 【本編前】

グラッドの兄貴マジ兄貴


「つまり、あなたは旅の途中に迷って町にたどり着き。

 そこで行き倒れてと……」

 

「そうとしか言えないんですよ、自分でも怪しいと思うけど」

 

 朝食に駆けつけたグラッドの兄貴に取り調べを受け、

 再び怪しい言い訳を繰り返すしかできなかった。

(リシェルなら口が回るし、ルシアンなら誠実すぎて誤魔化せそうなんだがなぁ)

 幼馴染二人の事を思い出して、この町にいるんだろうかと気になってしまう。

 

「名前はライ、流れの料理人で帝都で活躍した経歴有り…………ねぇ」

 

 警戒を隠さないままにオレの事を観察してくる兄貴、

 旅人なのに手荷物はなく、料理人なのに一人旅と言う所に引っかかってるのかもしれない。

 

「けどお兄ちゃん、この人が凄腕の料理人なのは確かだよ。

 というか、多分この町で勝てる人がいないくらい」

 

「お前がそこまで言うほどなのか?」

 

「うん、今のわたしじゃ手も足も出ないくらい」

 

「それはちょっと食べてみたいが、それとこれとは別の問題だ」

 

 フェアの助け舟で警戒が少し緩んだように見えるけど、

 兄貴はまだ納得はしてないようだ。

 

(オレだってコーラルがこんなやつ拾ってきたら警戒するし、気持ちはわかる)

 

 兄貴が警戒しているのはフェアや町に害するかどうか、それを証明する一番いいのはオレがクソ親父の関係者だと説明すりゃいい。

 

(兄貴だってコイツの事情は知っているはず、けどクソ親父の名前を出したら。

 多分オーナーの耳にも入っちまう、あの人を相手に腹の探り合いはしたくねぇしな……)

 

 この町の顔役である、金の派閥の召喚師テイラー・ブロンクス。

 幼馴染二人の父親であり、フェアの雇い主であり、クソ親父の親友……ってより腐れ縁かもしれない、会うたびに喧嘩してるってポムニットさんに聞いたことがある。

 

 ある意味誰よりも一人残されたオレの事を気にかけてくれた恩人で、

 この子の事情を知っている数少ない一人。

 

(だからこそ、クソ親父の関係者と知られたら多分ボロを出しちまう。

 別世界から召喚されましたなんて言っても信じてもらえないだろうし、

 他の召喚師の耳に入ったりしたら最悪実験体にされかねない)

 

 黙り込んで考えていると、フェアが心配そうにこちらを見ているのに気がついた。

 

(どうしてこの子はこんなに警戒心が薄くなってるんだ? 

 料理を作ったとはいえ、オレだったらもっと警戒して……)

 

「フェア、悪いけど奥の客室を借りてもいいか? 

 ここで続けてたんじゃ店の邪魔になるだろうし」

 

 そんな中、グラッドの兄貴の提案によって二人きりで仕切り直すことになった。

 

 ────────────────────────

 

「これで二人だけ、あの子に聞かせ辛い話もできます」

 

(マズイな、子供を外したってことは……)

 

 オレが寝ていた客室に場所を移すと兄貴が話を切り出してきた。

 真剣な目で、腹の底を覗くような兵士の目で。

 

「もしかして……、なんですが。

 貴方はあの子の血縁者なんでしょうか?」

 

「へっ?」

 

 思いもよらない兄貴の言葉に気の抜けた返事をしてしまう。

 

「はじめに貴方を見た時は驚きました、兄妹かと思ってしまうほど似てましたから」

 

(……あ、そうか)

 別の世界とはいえ、クソ親父と母さんの子ってことはオレとも特徴が似てる事になる。

 そんな単純なことにも気が付かなかった。

 

(けど、向こうから言ってきたなら乗るしかない。

 オーナーに言わないように、クソ親父のロクデナシっぷりを利用するしかない!)

 

「……正確には、あの子の父親の知り合いってだけですよ。

 貴方がどこまで事情を知ってるか分かりませんが、あの子にそれを言う訳にもいかなくて」

 

「あぁ……それは確かに」

 

 こういう時に口のうまい友人が羨ましくなる、

 オレは苦手なんだよ! セイロンとか呼んでこい! 

 

「多分父親、ケンタロウ……さんの話を出したら、

 あの子は話を聞いてくれなくなる、

 この町の顔役である、テイラー・ブロンクスさんにもいい印象を与えないと思いまして。

 あの人たち仲がいいんだか悪いんだか分かりませんし」

 

 ペラペラと半分嘘を並べながら、服の内に隠してるペンダントを兄貴に渡した。

 

「これは……フェアの腕輪?」

 

(オレとフェアを繋げる唯一のお守り、これで駄目だったらオーナーに響界者(アロザイド)としての力を見せるしか……)

 

 驚きながらお守りを調べる兄貴の答えを、祈るように待つ時間はとても長く感じ───。

 

「ライさんの事情はわかりました、

 だとしたら一つ、答えてもらいたい質問があります」

 

「なんですか?」

 

「あの子の、フェイの親父さんは一体どこで何をしているんだ」

 

 兄貴は怒っていた。

 軍人としてではなく、兄貴分としてフェアのために。

 

 そのことが泣きたくなるくらいに嬉しかった。

 オレはいい人たちに囲まれていたんだと、改めて教えてくれた気がしたんだ。

 

「アイツは今もフェアの妹を助けるために世界を飛び回ってる、

 約束を破りたくはないとか言って、娘の顔を見に来やしないロクデナシだけどよ」

 

 ペンダントを強く握り、大きく息を吐く。

 

「今更ムシのいい話だって分かってる、フェアが貴方達に支えられて成長してるのも感謝している」

 

(オレは泣いている子供(オレ)に、手を伸ばしたかったんだ)

 

「けれど、オレはあの子の力になりたい。

 クソ親父がしてこなかった分まで、

 アイツがやりたい事の手助けをしてやりたいんだ!」

 

 オレは頭を下げた。

(ガキの頃に考えていた、早く大人になる、一人前になるって……それを邪魔することかもしれない。

 それでもオレは───)

 

「頼む……!」

(フェアに、明るい未来にたどり着いてほしいんだ)

 

 ────────────────────────

 

 結論から言うとグラッドの兄貴は納得してくれた。

 オーナー、ではなくテイラーさんに黙ってほしい理由も

「あのクソ親父の尻拭いはしたくない」と言って理解してくれたあたり、

 普段フェアがどれだけ悪く言ってるかよくわかる。

 

 変わり者の料理人ってことで口裏を合わせてくれる事となり、

 手持ちの金がないことを伝えると少しではあるが貸してくれた。

 兄貴マジ兄貴、この世界だと年齢は近いはずだがそれでも背中が大きく見えてしまう。

 

 お礼に駐在所近くの荷物を運んだりと手伝ってるうちに、日が暮れて町が夕暮れに染まっていく。

 

 その時、なんとなく実感してしまった。

 

 歩き慣れているはずの通り。

 今はもうないなずの店、ときおり見かける常連客の若い顔。

 

 誰にも声をかけられず、知らないよそ者として町に居る。

 ライではなく、フェアが生きてきた世界に居る。

 

 途端に心細くなり、オレはあそこへ向かって歩き始めていた。

 ここには居ない大切な家族の「おかえり」という声を求めて。

 

 ────────────────────────

 

「今日もあんまりお客さん来なかったなぁ、泊まり客は相変わらず一人もいないし」

 

 背伸びしながら今日の収支を頭で計算する、

 うげ、また赤字だ……オーナーにそのうち呼び出されそう。

 

(ランチは人来てくれるんだけど、ディナーはあんまり。

 夜になってまでこんな町外れに来たくないって気持ちはわかるけどさぁ)

 

 宿の立地に文句を考えているとドアベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませーお好きな席にどう……」

「よっ、まだやってるみたいで良かった」

 

 本日最後のお客さんは、朝に現れた謎の青年ライだった。

 

 彼は一番安いディナーセットを注文してきたのには

 なんとなく腹が立ったが、今は置いておくべきだ。

(メニューが安かろうが、今朝のリベンジをするなら今しかない!)

 わたしは全力で取り組んで、良い仕上がりに納得もした。

 

 けれどライは懐かしむような顔で食べ終えてから 「思ったよりうまかった」なんて言い出してカチンときてしまった。

 

「思ったよりってどういうことよ! そりゃライよりは未熟だけど、それなりに自信あったのよ!」

 

「悪かったよ、そういう意味で言ったんじゃないんだって」

 

 わたしは向かい側に座り腕を組んでやった、弁明を聞いてやろうじゃない。

 

「オレもお前くらいの年頃で店をやってたんだよ、その時のオレの料理にそっくりで……その時より美味かった」

 

「センスあるよ」なんて褒めてくれたのは嬉しいが、納得いかなかった。

 

「ライ、貴方宿は決まってるの?」

 

「いや、まだ決めてないけどよ」

 

「じゃあウチに泊まりなさいよ!」

 

 絶対に逃さない、料理でギャフンと言わせてやるんだから! 

 

 それに、食べてるときのライの背中が

 すごく寂しげに見えたのが気になっていたのだ。




次回は幼馴染ズの出番


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第3話 素敵なお嬢様、大暴走! 【本編前】

PSP仕様だと何でも使えるようになるフェアとライの器用さは恐ろしい、
銃+ダブルアタックのドラゴンライダーにはお世話になりました。


「すぅー、はぁー……」

 まだ日が登らぬ早朝、オレは宿裏の稽古場で準備運動をしていた。

 夜露を吸った冷たい空気が身体に流れ、心身ともに落ち着かせてくれる。

 友人であるセイロンに教わった呼吸法「ストラ」、武術における身体強化の技術だ。

 

「よし、こんなもんかな。コーラル軽く手合わせでも───」

 

 いつも隣で準備運動していた、大切な家族は今はいない。

 

(……ったく、いつも一緒にいたからだよな)

 

 別の世界に来たと分かっていても、どこかで姿を探してしまう。

 

「あーくそ、こういう時は思いっきり身体を動かすに限るぜ!」

 

 置いてあった剣を勝手に拾って振るってみる

 ヒュ、と軽く風を斬る音が心地よく響きわたる。

 

 使いやすさを重視した剣は軽く、子供でも自在に扱うことができるだろう。

 

(大剣とか槍ばっか使ってたから、こういうのは久しぶりだな)

 

 あの頃からの自分の成長を実感しつつ、木人形へと剣を構え、

 オレは昨日のことを思い出していた。

 

 ────────────────────────

 

「じゃあウチに泊まりなさいよ!」

 

「はぁ!?」

 

 フェアが突然言い出した提案に、オレは冷静に手持ちの金を計算して断ることに決めた。

 

「無理だって! オレ今手持ちがほとんど無いんだ」

 

「じゃ、じゃあその分は働いてよ! その、ほら、朝ごはん! 今朝みたいに作ってくれればいいから!」

 

「なんでまた急に……」

 

 こっちが混乱していると、フェアが怖い顔で睨みつける。

 

「昔のライになんかじゃない、わたしは今すぐアンタをギャフンと言わせてあげるんだから!」

 

「毎日でもライの料理食べて勉強してやる!」と、こっちの都合もお構いなしの言い分

 グルメじいさんに啖呵切った時のオレそっくりでつい笑ってしまい、更にフェアに火がついてしまい。

 

 オレはそのまま、忘れじの面影亭の宿泊客となってしまった。

 

 ────────────────────────

 

「ふっ、はぁっ! せぇい!」

 

 頭の中で仮想敵を作り出し、目の前の木人形へ剣を振るう。

 

 あの事件以来、荒事に巻き込まれる事は減ったものの

 至竜を巡ったトラブルや、クソ親父絡みの厄介事。

 半ば日課となっていた、コーラルとの手合わせのお陰で剣の腕は鈍っちゃいないのは助かる。

 

(オレの世界みたいに事が進むなら、多分後一年と少しで"あの日"が始まる)

 

 深く傷つけるのではなく、浅く切り裂き敵の戦闘力を奪うことを目的としたモノへと技を修正していく。

 

(戦いは避けられない、ギアンのやろーが暴力的に奪いに来るんだから。

 フェアはきっと、それに最後まで立ち向かう)

 

 流れるような連続攻撃を試し終わり、敵を切り替える。

 剣の軍団「将軍」レンドラー。

 頑強な鎧を纏う大男を打ち倒すため、呼吸を整え剣を深く構える。

 あの時は一人じゃ手も足も出なかったが、今ならきっと。

 

(あの時みんなに助けてもらったように、今度はオレが皆を助けるんだ!)

「でりゃぁぁっ!!」

 

 構えた剣を木人形に向かって解き放つ、

 一瞬の静寂が訪れ、木人形がゆっくりと真っ二つにくずれる。

 

 切れ味に満足していると、後ろに気配を感じ振り返って見ればそこにはフェアが居た。

 

「脅かすなよフェア、剣を勝手に使ったのは謝るから」

 

「え、いや、それは別に良いんだけど……」

 

「なんだよ歯切れが悪いな」 

 

「ライって、本当に料理人?」

 

 呆れたようなフェアの物言いに、オレは肩をすくめて答えるしかできなかった。

 

 ……

 

「さてと、さっさと朝飯作っちまうか。

 それから日雇いの仕事とか探して日銭を稼がねぇとな」

 

 あの後仕入れの時間が近いこともあってフェアは市場に出かけて行ったおかげで、質問攻めから逃れることが出来たのはラッキーだな。

 

「あるものは使っていいとか言ってたし、オムライスを作って野菜のスープと……」

(そういや、グルメじいさんに会った時に作ったのもこれだったな。

 重ねた経験によって料理の欠落を埋める……なんてな)

 

 昔を懐かしみながら鍋を振るっていると、扉が開く音が聞こえてきた。

 

「早かったなフェア、今仕上げてるからもーちょい待っ」「誰よあんた!!!」

 急な大声に慌てて鍋をひっくり返しかけるも何とかこらえてみせる。

 

 ご近所迷惑を気に求めない大声、やけに偉そうな物言い。

 こんな朝早くにこの宿に来るやつは、アイツらしかいないよな。

 

「お前たちか……リシェル、ルシアン」

 

 幼馴染の昔の姿に思わず感極まってると、お嬢様は指を突きつけて宣言してきた。

 

「どっ、泥棒よ! 捕まえるわよルシアン!」

「危ないよねえさん、グラッドさんとか呼ばないと……」

「そんなもん待ってられないわよ! 突撃ーっ!」

 

(ああ、お前はそういうやつだよな……)

 

 どこから出したのか縄を持って突撃してくるお嬢様に、どうすることも出来なかった。

 

 ────────────────────────

 

「今日もありがとね、ミントお姉ちゃん、オヤカタもーっ!」

 

「いってらっしゃい、フェアちゃんお仕事頑張ってね」

「ムイッ!」

 

 蒼の派閥所属の召喚師、ミント・ジュレップ。

 いつもお店で使う野菜を頼んでいるお姉ちゃんと、

 その護衛獣、オヤカタに手を振って宿へと戻る道を歩いていく。

 

 ミントお姉ちゃんお手製の野菜に胸を躍らせ今日の予定を振り返る。

(今日の野菜ばっちり美味しそうかも♪ 

 これなら考えてた新メニューに使ってみて、それからあのライをぎゃふんと言わせて見せるんだから!)

 拳を強く握りしめリベンジに燃え上がっていた。

 

(……それにしても、今朝のアレ)

 

 

 ……

 朝早くのこと、

 初めての泊まり客が気になって早く起きてしまい。

 折角だから起こさないように掃除していたら、窓から外に出て裏へ行くライの姿が見えたのだ。

 

 気になって後をつけてみれば、よくわからない呼吸をしながら準備運動しているのが見えた。

 

(あれなんだろ、もしかしてストラのための息吹……?)

 

 なんで料理人がそんな事知ってるんだろ、一人でうんうん唸っていると。

 今度は置いてあった剣を拾って素振りを始めたのだ。

 

(あっ、それわたしの剣!)

 

 人の剣を勝手に使われたこともそうだが、剣を振るうなんて危なっかしいことを止めようとして……わたしは言葉を失った。

 

 流れるような剣捌きは力強く、それでいて滑らかだ。

 時折フェイントを交え、不意を突くように足で木人形を蹴り飛ばす。

 

 極めつけはわたしが全力で斬りかかっても刃が埋まるだけの木人形を、わたしの剣で真っ二つにしたのだ。

 ……

 

 

(仕入れの時間が迫ってたから追及出来なかったけど、あの常識外れっぷりは何なんだろう)

 

 なんだかどんどんダメ親父にダブって見えてきた、ライもやっぱり滝を切れるんだろうか、と

 答えの出ない考えを巡らせていたら宿についていた。

 

(考えてても仕方ないよね、まずはライの朝ご飯を食べて技術を盗むことから)

 気を取り直し宿への扉に手をかけ……

(そういえば、ただいまって誰かに言うのいつぶりだろ)

 

 変なことで緊張しながら扉を勢いよく開く。

「たっ、ただいま! 朝ご飯出来て……えええ──っ!?」

 そこには驚愕の光景が広がっていました。

 

「ルシアン止めるんじゃないわよ! あたしはこの泥棒をとっちめてフェアを助けるんだから!」

 いつも持ち歩いてる杖を振り上げ、襲いかかろうとしている幼馴染のリシェル。

 

「だから変だってねえさん、泥棒だったら無抵抗で縛られたのはおかしいと思うんだ!」

 その姉を止めようとしている、その弟のルシアン。

 

「昨日からこんなんばっかだなオレ……」

 何故か縄でぐるぐる巻きにされて床に座る、宿泊客のライ。

 

 しばらく呆気にとられた後、慌てて止めに入った。

 

 けどその時リシェルの言い放った「こんな所に泊まり客が来るわけないでしょ!」という台詞はあんまりだと思う。

 わたしは少し泣いた。




後5話くらいで本編開始予定です、続けられれば。


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第4話 流れコックと、弟と 【本編前】

感想と評価、ブクマも励みになりますありがとうごさいます。


「…………」

 オレが召喚されてからしばらく経った。

 

「………………」

 フェアの朝飯を作った後、町へ行き仕事を探すのが日課となりつつある。

 

「…………釣れねぇ」

 客なんだからと言う理由で宿を手伝うことは拒否されてしまい、荷物運びや護衛でなんとか宿賃を稼いでいる。

 

「全く、これっぽっちも……」

 その合間の息抜きにと水道橋公園に釣りに来たが、結果は空のバケツが物語る。

 

(前は入れ食いだったんだけどな、しばらくやってなかったから腕が鈍ったか?)

 

 糸を垂らしたらすぐにフィッシュ! して一気に釣り上げてた忙しい釣りと違う、ゆったりとした時間に退屈してきた頃。

 

「えいっ、えい! えーい!」

 元気のいい声と、剣を振るう音が聞こえてきた。

 

「ん……ありゃ、ルシアンか?」

 片手剣と盾を身に着け、教本に乗ってるような型を何度も試すルシアン。

 

(構えはいいけど、剣に振り回されて肝心の姿勢が崩れちまってる。

 アイツこんなに下手だったっけ、子供の頃の動きなんて全然覚えてねぇな)

 

 折角会えたんだし挨拶くらいしようと、釣れない釣りを切り上げて近づく。

 

「おーいルシアン、稽古中か?」

 

「うわぁ!? ラ、ライさん?」

 

「そんなに驚かなくてもいいだろ、そこでたまたま釣りしてたんだよ」

 

 ほら、と釣り竿を見せるが妙にルシアンの歯切れが悪い。

 

「まさかお前、まだこの間のこと気にしてるのか?」

 

「はい……フェアさんのお客さんとは知らずに、本当にごめんなさい」

 

「いいって別に、この前もポムニットさんと一緒に謝りに来てくれたろ」

 

 ブロンクス家のメイドであるポムニットさんは、こちらの世界でも変わらず姉弟に振り回されてるようだった。

 余談だが、お詫びにと菓子を貰ったが、相変わらずの美味さに料理人としてのプライドが傷ついた。

 

「でも……」

 

「気にすんなって、それより剣を振ってみろよ。

 暇してるし少しなら見てやるから」

 

「えっ? ライさんって、盾も使えるんですか?!」

 

「いや、仲間にうまいやつが居たんだよ」

 お前のことだけどな、ルシアン。

 

 ────────────────────────

 

「ど、どうですか……」

 

 一通りの練習を終えた後にルシアンは不安そうに聞いてきた。

 

「構えは悪くない、教えられた通りに動こうとするのは大事だからな」

 

「よかったぁ」

 

「けど、足場が悪くなると途端に駄目になってるぞ。

 小石を踏んだり、足の位置を間違えた瞬間剣に振り回されてる」

 

「うぅ……」

 

(コッチのルシアンなら絶対に姿勢は崩さねぇもんなぁ、お陰でつけ入るスキが殆ど無かったしよ)

 

 適当な木の棒を拾ってきて、落ち込むルシアンの盾を突く。

 

「ほら構えてみろ、ゆっくり打ち込むから姿勢を意識して受けてみてくれ」

 

「……はいっ! お願いします!」

 

 軽く打ち込んでいくと、直線的な動きなら問題なく受け流せている

(けどフェイントを交えると急に姿勢が崩れるな、盾に意識を集中しすぎている)

 

 疎かになっている剣を持つガントレットを強く叩く。

 

「盾はあくまでも手段の一つ、盾と剣を両方意識するんだ」

 

「っ、はい!」

 

 注意してからは不格好ながらも盾で防ぎ、剣で攻撃してくるようになった。

 

「いい調子になってきたな、けど今度は力の入れ過ぎだ!」

 

「えっ、うわぁ!?」

 

 力み過ぎで固まっていた盾を思いっきり蹴り飛ばす、未来のルシアンなら蹴りに合わせて力を抜き、完璧に受け流すだろう。

 しかし今のルシアンは力を抜いて衝撃を逃がすことができず、そのままふっ飛ばされて地面に転がる。

 

(やっべぇやりすぎた!)

「大丈夫かルシアン!?」

 

 仰向けに倒れてるルシアンへ慌てて駆け寄る。

 

「イテテ……、大丈夫です」

 

「悪い、やりすぎちまった。立てるか?」

 

 目を回してるルシアンの腕を掴んで起き上がらせると、ルシアンは見るからに落ち込み始めた。

 

「フェアさんの言ってたとおりだ、ライさんって強いんですね」

 

「本当に悪かった、ついアイツを相手にしてる気分になっちまって」

 

「アイツって、さっき言ってた盾の上手な人の事ですか?」

 

「あー……、その通りだよ」

 

「ライさんの知り合いで、盾が上手ってことはきっと凄い人なんですね」

 

 その誰かさんを浮かべてるのか、尊敬の眼差しを浮かべてるルシアン。

 その姿を見ていたら、つい口が滑っちまう。

 

「アイツもお前と同じ年頃の頃は、同じように剣に振り回されてたんだよ」

 

「そう、なんですか?」

 

「おう、その後オレのせい……というか、色々大変な事件に巻き込まれてな」

 

 その中でアイツは強くなっていって、四方から囲まれても敵の攻撃を捌き確実にカウンターを決めていった。

 

「軍学校に行っちまった後はあんまり会えてないけど、今も元気にやってんのかなぁ」

 

『軍学校で学びながら。

 もう一度確かめてみようと思うんだ、

 この気持ちが、現実に負けないくらい強いものなのかどうか』

 

 軍学校に行く前のルシアンの言葉を思い出す、一番強くなったのはアイツなのかもしれない。

 

「ライさん……」

 

「悪い湿っぽくなったな、続きをやるなら付き合うけど。やるか?」

 

 空気を変えようと木の棒を一度振り、ルシアンに向き直る。

 

「はい! お願いします!」

 

 力強い返事と真っ直ぐな瞳、

 夢見る少年を思わせる瞳だった。

 

 ────────────────────────

 

「大丈夫かルシアン、傷んだりしたらすぐに言ってくれよな」

 

「だ、大丈夫です」

 

 結局ルシアンが動けなくなるまで練習は続き、気がつけば夕暮れ時になってしまった。

 

「頼まれたからってやりすぎたな、すまん」

 

「ライさんは止めてくれたのに、僕がお願いしたせいですから……、こうして背負ってもらってますし」

 

 擦り傷と泥まみれの服装でブロンクス邸に帰しては、テイラーさんが雷を落とすのは想像に難しくない。

 わざわざ虎の尾を踏むこともないだろうと、一度「忘れじの面影亭」に寄って手当てをする事にしたのだ。

 

(まだ子供だからかもしれないけど、ルシアン軽いな)

 かつて背中を預けあった仲間がこんなにも軽いってのが、妙に気恥ずかしい。

 

 ルシアンも疲れからか、道中話すわけでもなくあっという間に宿へ続く田舎道へたどり着いた。

 

「ねぇ、ライさん」

 

「ん、どうした?」

 

 あとは登るだけ、息を整えたところに声をかけられる。

 

「いつまでトレイユに居るんですか?」

 

「いつまでって、そりゃ……決まってないな」

(事件が終わるまでって決まってるわけでもねぇし)

 

 よくよく考えればなんでコーラルが送り出したのか、正確にはわかっていない。

 オレが勝手に事件が終わるまで、フェアたちを助けようと決めただけなんだ。

 

「じゃあ、もしライさんが良ければなんですけど。

 町にいる間、時間があればまた稽古をつけてもらっていいですか……?」

 

「…………」

 

 思わず呆気に取られてしまった、

 こんなにもボロボロになっても熱意が冷めたりしてない。

 強くなることひたむきで、一生懸命チャンスにしがみつこうとする。

 普段は弱気なのに土壇場では根性を見せる、頼もしい親友の姿をルシアンの中に見た。

 

(いや、そうだよな……)

 

 誰もオレを知らない世界だと勝手に思い込んでた。

 それこそ子供みたいに寂しがってた。

 

(お前はそこに居るんだよなルシアン)

 

 たとえ世界が違うとしても、皆が居る。

 

「あ、あのライさん……やっぱり駄目ですか?」

 

「っ……、悪い悪いちょっとぼーっとしちまってた。

 モチロン、お前のやる気が続く限り付き合うぜ。親友(ルシアン)

 

 思えばこの日、俺はようやくこの世界の一人になれた気がする。

 忘れじの面影亭の変わった客「ライ」として。




ルシアンは絶対に諦めないし、守ろうとしたらひたむきなキャラだと本編15話や、相談イベントで感動した思い出があります。


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第5話 乙女達、秘密のお茶会 【本編前】

調子がいいのでさらにもう一本。


 良い香りの紅茶、色とりどりの甘い焼き菓子。

 町外れにある宿屋「忘れじの面影亭」、

 普段は町外れにある事を嘆くばかりだけど。

 こんなお茶会の時には素晴らしい立地に思えてくる。

 

「だーかーらっ! あたしが言いたいのはね、ライがただの旅人ってのがありえないってことよ!」

 

 目の前の破天荒なお嬢様、リシェルが大声で喚き立てて居なければ、だけど。

 

「はぁ……」

 

「ちょっと聞いてるのフェア、あんたの所の客なんだから真剣に聞いてくれたっていいじゃないの!」

 

 あのライが本気で悔しがる、ポムニットさん印の焼き菓子がどんどんリシェルの口に消えていくのを見て、何だか虚しくなってきた。

 

「そりゃ、わたしだって変だと思うよ。

 料理上手すぎるし、剣の腕もすごいと思う」

 

「そう、それよ! きっと貴族お抱えのシェフで護衛も兼ねてたとか! 

 それで貴族の娘と恋に落ち、こんな田舎街まで駆け落ちしたとか!」

 

「リシェル、また本の影響受けてるし……。

 それがあってたとしても、駆け落ちした娘が居ないじゃない」

 

「う……」

 

「おじょうさま、あまり人の事を詮索してはいけませんよ」

 

「ポムニットまでぇ……」

 

 お菓子のおかわりを持ってきたポムニットさんにたしなめられ、お嬢様はようやく止まってくれた。

 

「人には事情がありますから、わたくしとしましても殿方についてあれこれ考えるおじょうさまを見るのは複雑と言いますか……旦那様に知られたら、また叱られちゃいますぅ……」

 

 よよよ、と泣くポムニットさんをみてバツの悪そうな顔で今度はリシェルがいじける。

 

「な、なによ、別にパパに話すわけじゃないからいいでしょ」

 

「でも確かに、オーナーって旅人とかあんまり好きじゃなさそうだよね。

 うちのロクデナシの事毎回引き合いに出すし……」

(反応しちゃうわたしも、わたしだけどさ)

 

 ダメ親父へさらなる呆れを上乗せしながら焼き菓子を齧る、甘くてサクサク! もうサイコーっ! 

 

「じーっ」

 

「ふぉへ。ふへほへ?」

 

 お菓子を楽しんでると、リシェルが妙にわたしの顔を睨んでるのに気がついた。

 

「あんたってさ……確か妹いるわよね」

 

「うん、いるけど何で?」

 

「じゃあさ、お兄ちゃんがいたりしない?」

 

「……?」

 

 リシェルが何を言ってるのかわからずに首を傾げてると、ポムニットさんがポンっと手を叩いた。

 

「もしかして……おじょうさまは、フェアさんとライさんの事をおっしゃってるのでしょうか」

 

「そうそう、今ボケーッと見てたら似てるなーって」

 

「ぶ──ーっ!?」

 

 変なことを言われて紅茶を吹き出してしまった、わたしが? ライと!? 

 

「ないない! わたし長女だよ!?」

 

「生き別れの兄が、修行の果てに妹の店を助けに現れ、しかし妹は兄とは知らずに思い募らせを……きゃー!」

 

「なんでポムニットさんが話に乗っかってるの!?」

 

「さすがポムニット、話がわかるじゃない!」

 

 そんなこんなでワイワイ騒ぎ倒したわたし達は、ある事実に気がついてしまった。

 

「……ってことはあのダメ親父は、息子を放ったらかしにした後、今度は娘を放ったらかしにして旅をしてるってなるんだけど」

 

「うわぁ、あんたのパパだと妙に現実感があっていやね……」

 

「この話、あんまり良くないのかもしれません……」

 

 ダメ親父だと何でもありえそうに感じて楽しくない、こんな時まで呪縛から逃れられないなんて、とほほ。

 

「しっかし、あんたが器用なのは昔から知ってたけど、ライはそれを超えるわね」

 

「どういう事?」

 

「わたくしが町で色々噂を聞いておりますので、護衛のお仕事の際、剣から槍、はたまた銃まで使っていらしたとお聞きしました」

 

「その上料理も凄腕! あたしがパパだったら絶対雇ってるのに」

 

「へー……」

 

 いつか覗き見たライの鍛錬を思い出す、

 無駄なく自然体で楽々と剣を振り回す姿は、確かな強者の証に思えた。

 

「……わたしさ、あのダメ親父に無理やり仕込まれたのもあって。

 そんじょそこらの大人にも負けない! って思ってたんだけどさ」

 

 はぁ、とため息を漏らす。

 

「多分勝てないだろうなぁって、ちょっと思っちゃった」

 

「フェアさん……」

 

「……そういやあんたさ、召喚術も使えるじゃない。

 ショボいけど四属性全部」

 

「え、うん……一応」

 

 リシェルが名案とばかりに悪い顔になる。

 

「だったら召喚術を練習して、男たちをぎゃふんと言わせてやろうじゃない!」

 

「おお!」

 

「この金の派閥の幹部職、機界の召喚師ブロンクス家をしょって立つ、うるわしき紅一点リシェル様にまっかせなさい!!」

 

「おおーっ!」

 

 リシェルに乗せられるようしてわたしも一緒に盛り上がってきた。

 召喚術を真剣に学ぶのもいいかもしれない、万が一に備えてライに勝てるモノが必要になるかも! 

 

「ところでリシェル、その練習につかう召喚石はどうするの?」

 

「そんなの家からコッソリ持ち出すに決まってるじゃない!」

 

 盛り上がる私達を見つめるポムニットさんの冷たい眼差しに、この時気がついておくべきだったのだろう。

 

 この数日後、召喚石の持ち出しは当然オーナーにバレることとなり。

 わたしとリシェルはそりゃもうこっ酷くしかられ倒したのだから……。




この小説でライは戦士型、フェアは召喚型で進めていきます。


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第6話 大人になった、あの日の少年 【本編前】

4のテーマとして大人と子供の違いが対比になってるのが私は好きです。



「せーのっ!」

 

「ムーイムイッ!」

 

 ミントねーちゃんの護衛獸、オヤカタの掛け声に合わせて鍬を振り下ろす。

 

 青空が広がる快晴の昼時、オレは畑を耕していた。

 

「ふぅ、とりあえずこんな感じかな」

 

「ムイッ!」

 

「おう、オヤカタもお疲れ様!」

 

 飛んできたオヤカタとハイタッチを交わし、首から下げていたタオルで汗を拭う。

 

(まさかオレがミントねーちゃんの畑を耕す事になるなんてなぁ)

 

 たまにフェアの代わりに野菜を取りに行ったり、差し入れの野菜料理を届けている内にこちらの世界でも親交を深めることとなった。

 

 蒼の派閥所属の召喚師、ミント・ジュレップ。

 研究の一環で野菜を育てており、あっちではずっと世話になりっぱなしの頼れるねーちゃんだ。

 

「ライさんお疲れ様です、オヤカタもお疲れ様」

 

「ありがとな、ミントねーちゃん」

 

「もうっ、そんなに年齢が離れてるワケでもないんですから。

 お姉ちゃん呼びはちょっと……」

 

 照れくさいのか、困った顔で笑うねーちゃん。

 

(そう言われても長年のクセが抜けねぇんだよな)

「フェアとかに聞いてるせいか、ついな……気になるなら直すよ」

 

「大丈夫ですよ、手伝ってもらってますし、楽な呼び方で構いません」

 

 冷たいお茶を手渡してくれたミントねーちゃんに、気になったことを聞いてみた。

 

「そりゃ助かる。

 でも畑の手伝いって、耕しただけでいいのか?」

 

「はい、この後の作業は私の研究一環でもありますし。

 オヤカタも手伝ってくれますから」

 

「ムーイッ♪」

 

「ねー♪」とオヤカタとアイコンタクトをするねーちゃん。

 この世界でも相変わらずベストパートナーって感じだ。

 

 そんな時、ふと思い出したように聞かれた。

 

「そうだ、ライさんはこの町に慣れましたか?」

 

「あー、慣れたっていうか、元々馴染んでると言うか……」

 

「元々?」

 

「あ、いやこっちの話。何だかんだで長くいるからそれなりにはな」

 

 元々ずっと住んでました、なんて言えないので慌ててごまかす。

 

「それもずっと、フェアちゃんの宿に泊まってますしね。

 この間グラッドさんとも話してたんですよ、家を借りたりしないのかなって」

 

 グラッドの兄貴そんな事話してたのかよ、

 会話のきっかけにされてるのは何だかムッとする。

 

「オレも考えてはいたんだけど……、

 稼いだそばから宿に消えていくからな、金が貯まらねぇ」

 

「そうなんですか……」

 

 いつかのグルメ爺さんみたく、町に家を構えて。

 今度の課題はこれじゃぁー! とかしたい気持ちはあったが、

 フェアによる宿代の徴収で一向にまとまった金が貯まらない。

 

「それに、出ていったら出ていったでフェアの奴がうるさくなりそうだしな。

 毎日家まで来られたりしたら大変そうだ」

 

「ふふっ、あの子達ならやりかねないですね」

 

 町外れだから許されてるものの、町中で毎日あの騒がれ方をしたらご近所に大迷惑だろうな。

 

 そんなことを二人同時に考えたのか、

 どちらからともなく、笑い始めた。

 

 ────────────────────────

 

「……ってな話があったんだけどよ、オレをダシにしてミントねーちゃんと話すのってどうなんだよ兄貴」

 

 たまたま非番だというグラッドの兄貴に誘われ、町中の安飯屋で先日の恨みをぶつけていた。

 

「ぐ……。その件に関しては俺が悪いかもしれないが、お前こそねーちゃん呼びはなんなんだよ、ミントさんに失礼じゃないか」

 

「オレはいいんだよ、ねーちゃんに直接許可もらったんだから。

 それに兄貴こそ聞いてみりゃいいじゃん「今日からミントと呼んで良いでしょうか?」ってさ」

 

「おっ、俺はべ、別にそんな事は!?」

 

「相変わらず分かりやすいな、ミントねーちゃんに気が付かれてないのが奇跡だって」

 

 骨の付いてる肉を手に取り齧り付く、

 野菜っ気のない男同士の飯が目の前の卓に広がっている。

 

「俺の事はいいだろ! お前こそ兄貴呼びはやめろよ、そこまで年齢離れてるわけじゃないし

 お前みたいなデカイ弟分を持った覚えもない」

 

「無一文で流れ着いたオレに親切にしてくれたからな、尊敬と感謝を込めてる」

 

 態とらしく深々と頭を下げ、敬いを主張してみる。

 それを見たグラッドの兄貴は呆れながらため息をついた。

 

「はぁ、まぁそれはいいとして。本題に入るぞ」

 

「おう」

 

 姿勢を正して気合を入れ直す、

 オレにとってはボロの出せない話し合いだ。

 

「お前がこの町にいる理由は理解してるし、これまでの生活を見てそれが本当だって事も信じてる」

 

(そりゃよかった)

 綱渡りでしかなかった初日、兄貴が納得してくれなきゃ追放されててもおかしくはない。

 

「しかし何でそれをフェアに直接伝えないんだ? 

 あの子達、特にリシェルによく聞かれるから誤魔化すの大変なんだぞ?」

 

 町中でたまに視線を感じると思ったら、フェアだったりリシェルだったりする。

 ルシアンは稽古をつけ始めてたから減ったが、

 リシェルは特にオレへの興味を隠そうとしない。

 

「あー、明確な理由があるって訳じゃないんだけど、

 あの子に親父関連の話を振りたくねーんだよなぁ」

 

「それはなんとなくわかるが……」

 

「今フェアの親父が何してるかオレも知らないけど、覚えてる限りだとめぼしい結果は出てないんだ。

 親父さんはまだ探してる最中で、妹もまだ苦しんでる……なんて遠回しに伝えることになっちまう」

 

「特に今は親父への反発心が原動力の一つだ、

 そんな女の子にデリケートな家族の話をするわけにもいかないだろ」

 

 そもそもクソ親父についてあまり知らない、

 向こうでも相変わらず関わりがほとんど無いままだ。

 

(あの親父は今頃どこを旅してるんだろうか、

 もう『ラウスブルグ』で守護竜と会っていたりするんだろうか)

 

 聞いた話だとエリカのために、万病に聞く守護竜の生き血を求めてラウスブルグに向かい、そこで……

 

(考えなかった訳じゃない、オレがラウスブルグに行って。

 ギアンのやろーを止めるのにクソ親父に加勢するってのを)

 

 一人で倒せるなんて自惚れちゃいないけど、

 デタラメに強いクソ親父となら、コーラルの……本当の親を救えるんじゃないかって。

 

 しかし、それを実行するには大きな問題があったのだ。

 

(場所を知らねーんだよな……、いつ頃にクソ親父が来るかも知らねーし)

 

 オレが知ってるラウスブルグは、船としての機能で町の上空に来た時だけ。

 色々あって動かすのを手伝ったりしたが、この時点の場所は知らないままだ。

 

「オレも大人になったって事なのかねぇ、はぁ……」

 

「急に何言ってるんだよ、子供たちが羨ましくなったのか?」

 

「ちょっとな、昔は出来るかどうか考える前に行動してた気がしてさ」

 

 昔だったら「コーラルの親を助けられるかもしれないんだぞ!」って啖呵切って飛び出していたかもしれない。

 けど、今はまず失敗した時を考えちまう。

 オレが旅をしている間にこっちが襲われて、フェア達が……とかさ。

 

 深くため息をつくオレに、兄貴は肩を叩いてくれた。

 

「それが子供の出来ることって事じゃないか? 

 俺らは大人として、子供たちができない事をすればいいさ」

 

(グラッドの兄貴……)

 

 この人はずっとこうだ、オレが迷ったりした時

 いつも背中を押してくれ、無謀であれば止めようとしてくれる。

 

「兄貴……やっぱ大人だな」

 

 オレがしみじみと尊敬の眼差しを向けていると。

 

「その尊敬の眼差しをやめてくれよ……」

 

 兄貴困って呆れていた、

 よく考えりゃ同年代にこんなこと言われても困るってことにオレは帰ってから気がついた。




次回で過去編を終える予定です、
このライが助けられなかったあの人たちが登場。

※感想、評価、お気に入りありがとうございます!


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第7話 まだそこに居る、大切な人 【本編前】

次回本編開始です。


 町での仕事が一段落して、何となく散歩をしていた夕暮時のこと。

 

「おーい、ラーイっ」

 

(フェアの声か?)

 

 通りから聞こえてきた声に振り向くと、

 こちらへ手を振るフェアと、そのフェアに支えられながら一人の男性が近づいてくるのが見えた。

 

(……えっ)

 

 オレはその男性から、目を逸らせなくなってしまった。

 

「先生この人がライ。

 わたしの宿の宿泊客なの」

 

「なるほど、昔の教え子が世話になってるようだね。

 私塾で先生をやらせてもらってるセクターです」

 

 握手を求められたことにすら一瞬気が付かず、慌てて応じる。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

(セクター、先生……)

 

 オレやフェア、リシェルとルシアンが通っていた元軍人で今は私塾の先生。

 その正体は、敵の一軍"鋼の軍団"を率いる"教授"ゲック・ドワイトの手で改造された融機強化兵。

 

 そして……

(オレは先生の助けになれなかった)

 

 ────────────────────────

 

 あの日、あの時オレは先生を引き止めたくて

 

「なんでだよ先生! なんでそんなになっても復讐しなくちゃいけないんだよ!」

 

「ライくん退きなさい、私はヤツをこの手で……」

 

 何もできなかったんだ。

 

 ────────────────────────

 

 気がつくと、青い瞳が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……ライ、どうしたの?」

 

 先生と決別した日のことを思い出してしまい、固まっていたところをフェアに心配されてしまう。

 

「いや、なんでもない。昔の知り合いに似てて驚いたんだ」

 

 なるべく平静を装ってなんとか答えるライ。

 

(結局あの後、オレは先生を見つけることができなかった)

 

 あの時、オレは一体何ができたんだろう。

 

「……ごめん先生! ちょっと急用を思い出したからまた今度!」

 

「えっ?」

 

 そんな風に考えていたせいか、フェアの言うことが一瞬分からなかった。

 

 唐突な行動なのに、セクター……先生はすべてわかってる顔で見送り始める。

 

「ああ、行ってくるといい。私の用事はまた今度で構わないからね」

 

「うおっ、フェア、腕を引くなって!?」

 

 オレはそのまま引きずられるように町の外へ運ばれていった。

 

 ────────────────────────

 

「ここは……」

 

 荒れ果てた森林の奥に存在する、濁った水溜まり場。

 けれどオレには、別の意味を持つ大切な場所。

 

(忘月の泉、母さんがいる……)

 

 オレやフェアの母親、妖精メリアージュ

 あの人がいる世界へと通じる唯一の場所がこの泉だ。

 

「ちょっと見た目はアレだけどさ、ここに来ると落ち着くの」

 

 フェアはまだ知らない、母親が本当は生きていることを

 腕輪を通して見守ってくれていて、娘のことをいつも想っている事も。

 

 自分が妖精とのハーフである"響界種"であることもだ。

 

「みんなドブ池なんて呼ぶけどさ、本当は泉なのよ」

 

 ちゃんとした名前で呼ばれないことに腹を立てながら解説してくれる。

 

「ああ、知ってるよ」

 

 母さんとの思い出の場所、家族みんなで遊んだ思い出の眠る場所だから。

 

 だからこそ、フェアは無意識にここを選んでくれたのかもしれない。

 

「ねぇ、ライ。なんでそんなに悲しそうな顔しているの」

 

「っ!?」

 

 思わず顔に手を当ててしまう、顔に出てた? いつから、バレてる? 

 

「セクター先生を見てから、ううん。

 時折すごく悲しい顔をするの」

 

 もしかしたら、フェアはオレの事をよく見ているのかもしれない。

 以前までときおり訪れる寂しさや、これから起こる事への不安が強く残ってたから。

 

 だからこそ、オレはフェアに知っておいて欲しくなった。

 

「……昔さ、オレがお世話になった先生が居たんだ」

 

 話し始める、オレの事を。

 

「オレも親父がいい加減なやつでさ、色んな人たちのお陰でなんとかやってこれた」

 

 これからフェアへ起きること、その一つを。

 

「先生はその一人だった、本当に尊敬していたんだ。

 けど、当たり前な話だけど先生にも色んな事情があってさ」

 

 あの日の衝撃。

 

「最後に見た姿は、復讐に燃える姿だった」

 

 あの日の別れ。

 

「こんな話聞かされても困るよな、悪い」

 

 オレはお前に、知ってもらいたいのかもしれない。

 

 暫く考え込んでから、フェアはオレに聞いてきた。

 

「ライはさ、その先生のこと嫌いになったの?」

 

「いや、ただ……悲しかった。

 だからたまに思っちまうんだ、もう一度同じような事があったとしてら、オレは何ができるんだろうって」

 

 そしたらフェアは「何だそんなことか」と背中を叩いてきた。

 

「平気よ! だって沢山後悔して、どうすれば良かったのか考えたんだから! 

 ライはライらしく、また頑張れるでしょ?」

 

 あまりにも単純明快な答え、子供らしい真っ直ぐな答えに思わず笑っちまった。

 

「ははっ、何だよそれ」

 

「それに気になったり、思うことがあるならトコトン最後までやり通せばいいんだから!」

 

 答えは単純で、こんなにも簡単だった。

 

「そうだよな、やるからにはトコトンやらないとな!」

 

 あの日、一度決別してしまったポムニットさん。

 

 あの日、姿を消してしまったセクター先生。

 

 あの日、敵として散っていったクラウレ。

 

(今度こそ絶対に、みんなで笑ってみせる。

 ギアンもエニシアも、きっと道があるはずだから)

 

 

 

 星が降る夜は、すぐそこまで迫っていた───。




このライはポムニットさん未加入、セクター先生行方不明、クラウレ死亡という道をたどったという設定でお願いします。


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本編
第8話 星の降る日、二人の朝


本編開始です、感想、評価、お気に入りありがとうございます。
急に評価が増えたと思ったら日間ランキングに乗ったようですね驚きました。


 お父さんとエリカが旅に出る日。

 わたしはずっと泣きじゃくって、行かないでってお願いしていた。

 

「きっと、すぐに帰ってくるからよ!」

 

 そう約束してくれたお父さんは、ずっと帰ってこなかった。

 すぐに帰ってきてね、そう何度もお願いしたのに。

 

 だからわたしは寂しくて、ずっと泣いていたら、

 温かい手がわたしの頭を撫でてくれた。

 

 驚いて振り返ると青い瞳と、目が合う。

 優しい顔の男の人だった。

 

 ────────────────────────

 

「……っ!?」

 

「え……、夢??」

 

(今更なんであんな夢……、っていうか途中から変な夢になってたし)

 

 悪夢というか、なんとも言えない夢を思い出してぼんやりしていると。

 

「おーい! おっきろー!!」

 

 外から幼馴染の大きな声が聞こえてきて、窓から外を覗いてみる。

 

「やめなよねえさん。そんな大声出したら近所迷惑だってば」

 

「は? 何言ってんのよ、よーく見なさいルシアン。

 こんな町外れのどこに、迷惑かけるご近所があるわけ?」

 

「ライさんとか……」

 

「いいのよライなんて、どうせこの町の誰よりも早起きしてるような奴なんだから」

 

「はぁ……」

 

「起きろ起きろーッ! フェアー!」

 

 大声を出してわたしを起こそうとするリシェル、それを止めようとするルシアンの二人だ。

 

「やれやれ……、起きてるよーっ! 

 今から出ていくから、ちょっと待ってて!」

 

 二人に向かって勢いよく返事をして、わたしは部屋を飛び出した。

 

 軽く身だしなみを整えながら入り口へ迎えに行くと、

 いかにも不機嫌ですって顔のリシェルと爽やかなルシアンが待ってた。

 

「おはようフェアさん」

 

「いつまで寝てんのよ、ライも居ないみたいだし」

 

「起きてたってば! ライは昨日泊まってなかったの」

 

 この宿唯一の宿泊客の男性、ライは先日から護衛の仕事で町を出ている。

 

「えーっ! じゃあライとアンタの料理対決見れないじゃないのよ!」

 

「見るっていうか、食べに来てるんじゃ……」

 

 ライの技術を盗むために朝食作りをお願いしていたのが、

 何時からかわたしも隣で作るようになり、幼馴染の二人が食べ比べるのが日常になった。

 

「別に誰も審査してくれなんて頼んでないのに」

 

「い、いいじゃない! みんなが起きる前に抜け出してきてるんだから、朝ごはん食べられないのよ!」

 

 ぐぅ~、と勢いのあるお腹が減ったアピールをしてくるリシェル。

 

「今日はライが居ないから、食材を取りに行ってからね」

 

 呆れながらも約束すると、二人はハイタッチをして喜び始めた。

 

「やった♪ 味で言えば断然ライだけど、そうこなくちゃ」

 

「僕はフェアさんのご飯の方が好きだなぁ、慣れ親しんだ味って感じでさ」

 

「ほら、二人共行きましょ?」

 

 おーっ! と元気のいい返事が帰ってきた。

 

 ────────────────────────

 

「いよっ、悪ガキども! 今日は珍しく三人で仕入れか?」

 

「悪ガキなんてひどいじゃないの、グラッドお兄ちゃん!」

 

 三人でまだ静かな早朝の町を歩いていると、見回りをしているグラッドお兄ちゃんが声をかけてくれた。

 

「ははっ、お前はすぐにむくれるからな。

 ついついそう言いたくなるんだぞ?」

 

「むー!」

 

 わたしそんなにむくれてるだろうか、今度誰かに聞いてみよう。

 

「朝から見回りご苦労さまです、グラッドさん」

 

「ご苦労な事よね、この町じゃたいした事件なんて起きっこないじゃん」

 

 リシェルは相変わらず、この平穏な町が退屈でしかたないって態度を隠そうともしない。

 

「それがそうでもないんだな。

 あのライが行き倒れてたのだってちょうどこの時間くらいだったし、手は抜けないもんさ」

 

「へー、あたし初めて知ったかも……」

 

「あの時はびっくりしたなぁ、一年くらい前だよね」

 

 わたしとお兄ちゃんは腕を組んであの時の事を思い返す、

 こんな大事件が一年に一度起きていれば十分刺激的だと思うんだけどなぁ。

 

「そういや今日はライの奴居ないんだな」

 

「そうそう、今仕事で町から出てるんだって」

 

 噂のその人は、行き倒れないためにもお金稼ぎに勤勉で宿の主としてはとても助かります。

 そんな事を考えていると、グラッドお兄ちゃんが「そうだ」と手を叩く。

 

「なら今日はお前の宿の方も見回っておくか、

 いつもはライが居るから、奥まで回っていないからな」

 

 こういう時の気配りが、町で人気の駐在兵士になる秘訣なのだろうか。

 わたしはお兄ちゃんの気遣いに感謝しつつ、手を振って先へ急ぐことにした。

 

「ありがとう、グラッドお兄ちゃん。また後でね!」

 

「ああ、またな」

 

 ────────────────────────

 

「さてと、朝の水やりはこれで終わりだね」

 

「ムイッ!」

 

 畑の見回りが終わったらしいミントお姉ちゃんとオヤカタが、空に向かって体を伸ばしていた。

 調子良さそうな一人と一匹に、わたし達は元気よく挨拶する。

 

「おはよう! ミントお姉ちゃん!」

 

「おはようございます」

 

「オヤカタもおっはよー♪」

 

「おはようフェアちゃん、リシェルちゃん、ルシアンくんも」

 

「ムイッ、ムイッ!」

 

 勝手知ったる他人の家って感じで、

 わたしはお野菜が置いてある場所に向かい、

 ルシアンは畑の手伝いを進んで始めるし、

 リシェルなんかオヤカタとハイタッチしている。

 

「お野菜は今日も冷やしてあるからね」

 

「どれどれ……、今日のすっごいいい感じかも!」

 

 これでも一人の料理人、食材の目利きにはそれなりに自信がある。

 そんなわたしから見ても中々お目にかかれない良さなのだ。

 

「でしょでしょ? それライさんに手伝ってもらった畑で採ったの。

 土を研究した成果が出てきたみたいなのよね」

 

「ライって、畑の手伝いまでしてたんだ。あの人も暇よねー」

 

 リシェルはそんな風に言うが、料理に手伝いに仕事とあの人も意外に忙しいのは黙っておく。

 

「あはは、お仕事の一環としてね」

 

「色々の世界の植物を育てるのが、ミントさんの研究課題ですもんね」

 

「同じ召喚師なのに、あたしのパパとはぜんぜん違うんだもんなぁ。

 口を開けばお金だ、利益だもん、ほんとサイテー!」

 

 リシェルは昔からお金の勘定ばかりしているオーナーと仲が悪い。

 ルシアンが間に入るとは言え、反抗娘は筋金入りだ。

 

「仕方ないわよ。私のいる「蒼の派閥」は召喚術で知識を探求する組織だけど。

 リシェルちゃんのパパのいる「金の派閥」は召喚術でお金を稼ぐのが仕事だもん」

 

「それは分かってるけど、あたしはキライだもん。何かとお金お金ってさ」

 

「ねえさん……」

 

 話すのはいいんだけど、手伝ってくれるって言ってくれたのに

 わたしは一人で重い野菜を抱えていることにちょっと腹が立ってきた。

 

「二人共手伝ってよー!」

 

「今やるってば!」

 

 リシェルはプンスカ怒りながらも少し持ってくれる。

 

「もう、喧嘩しちゃだめだぞ?」

 

「わかってるって」

 

「そうだ、畑のこと、ライさんによろしく伝えておいてくれるかな?」

 

「うんわかった、じゃあねミントお姉ちゃん!」

 

 美味しそうな野菜を三人で分担して持ち、宿への道を急ぐ。

 ……仕方ないんだけど、やっぱりわたしが一番力持ちなんだよなぁ。

 

 ────────────────────────

 

 夢を見た、暗い海の中を漂うような夢。

 その中から声が聞こえてくる。

 

『……を、助けて』

 

 誰かの名前を必死に呼んで、誰かに助けを求める、悲痛な叫び。

 オレはなんとかしてやりたいけど、ココでは何も出来ない。

 

『任せて……』

 

 けれどその声を助けるようにして、別の声が聞こえてきた。

 忘れもしない、この声は、オレの……。

 

 その時、視線を感じた。

 獲物を見定めるような、舐めるような視線を。

 

『お願い、お父さん……』

 

 おぼろげな黒闇の中、異物がオレを視た。

 狭間から覗き込むように現れた、白い怪物が。

 

『アイツを、やっつけて……!』

 

 ────────────────────────

「コーラルっ!?」

 

 オレは寄りかかっていた大樹から飛び起きるように目を覚ます。

 

「え……、夢、か?」

 

 あたりを見渡して頭を落ち着かせる。

(そうだ、オレは護衛の仕事の帰りに野宿して……)

 今はトレイユの町へ帰る途中の道だ。

 

「今の夢、ただの夢じゃないよな……」

 

 助けを求める声も、コーラルの声も、怪物の視線も。

 すべてが生々しかった。

 

「アレなのか、コーラル……」

 

 青空を見上げ、夢を再度思い返す。

 

「オレをこの世界に召喚された理由は、これなのか?」

 

 晴れ渡る空は、今日の夜空が美しいものになると予感させた───。




分かる人には分かるアレのためクロスオーバータグをつけさせていただきました。


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第9話 星の降る日、二人の夜

UAとお気に入りがとんでもないことになって驚いています。
感想ありがとうございました、励みに頑張っていきます。


「「ごちそうさまでした」」

 

三人で食材を宿まで運んだ後、わたしが朝食を作ってる間に二人は宿の掃除をしてくれた。

そのお礼、って訳じゃないけど。朝食だからといって手を抜いたりはしない。

 

きれいに残さず食べてくれた二人にお茶を出しながら、食器を下げる。

 

「……どうだった?」

 

(それに、いつもはライと勝負してるしね)

 

リシェルは美味い、不味いをハッキリと言ってくれるし、

ルシアンは繊細な舌を持っているので、料理人としては食べさせ甲斐がある。

 

「おいしいですぅ」

 

「何だかんだ、アンタの料理が一番よね」

 

よしっ、と密かにガッツポーズをして喜ぶも、リシェルの言葉がちょっとだけ引っかかる。

 

「さっきはライのほうが美味しいって言ってたのに、調子いいんだからもうっ」

 

「ほんとよ、あんた元々料理上手だったのにまた美味しくなってない?」

 

「一年前に比べたら段違いだもんね、すごく美味しいよ」

 

姉弟揃って褒めてくれるので気分が良くなってデザートも出しちゃう。

 

「まぁ、ライの技術を盗もうとわたしも必死だからね」

 

「……にしては、泊まり客がライ以外居ないのよねぇ」

 

容赦ない攻撃にずっこけそうになった。

 

「うぐぐ……う、うるさいやい!」

 

「で、でもお昼はお客さんでいっぱいになるんだから」

 

ルシアンのフォローが優しい、優しいんだけど……。

 

(それってレストランとしての評価だよ……)

 

無自覚な追撃に肩を落としていると、入り口から慌ただしい足音が響き渡る。

 

(この足音はライじゃなくて……)

 

こんな朝早くに慌てて駆けつけるなら、一人しか居ない。

 

「見つけましたよっ!」

 

「げっ、ポムニット」

 

ブロンクス家のメイド、ポムニットさんが慌てた様子で駆け込んできて。

その勢いのままに説教を始める。

 

家を抜け出して~、名士のご息女らしく~と早口でまくしたてるポムニットさんへお水を用意する。

 

「〜〜〜でずがらじでっ!?ごほっ、けほっ」

 

「だ、大丈夫?」

 

(ほら、やっぱりこうなった)

 

「怒鳴りなれてないのに無理するからだよ……はい、お水」

 

「バパのことなんて気にしなくていいのに」

 

しかしメイドの健闘むなしく、おじょうさまはこの様子だ。

 

「リシェルあんたね……」

 

「む……、わかったわよ。パパにバレないうちに屋敷に戻ってあげればいんでしょ?」

 

ポムニットさんがあまりにも不憫なのでそれとなく助け舟を出すと、リシェルは素直に折れてくれた。

 

「そうです、そうです!今ならまだ内緒にして……」

 

(いや、やっぱりこの二人お似合いの主従だわ)

 

「そういうわけにはいかんぞ!」

 

バレなければセーフ、とばかりに悪行を重ねようとする二人へ天罰が下る。

 

声に驚いて扉を見れば、名士ブロンクス家の当主にして、幼馴染の父親

この宿「忘れじの面影亭」オーナーでもあるテイラー・ブロンクスが鬼の形相で立っていた。

 

「この私に隠し事とはどういう了見なのだポムニット?」

 

「だ、旦那さま……」

 

「まあ、お前にはあとでたっぷり説教してやる。

それよりもだフェア、お前何様のつもりだ?」

 

突然怒りの矛先が向いてきて、思わず姿勢を正す。

 

「雇われ店長の分際で、うちの娘らを手伝わせるとはどういうつもりだ?職務怠慢ではないのかね、ん?」

 

言ってることは正論なのだが、言い方にトゲがあるのが本当に苦手……。

わたしが何も言えずにいると、姉弟が慌てて間に割り込む。

 

「それは違うわ!」

 

「そうだよ父さん!僕たちが自分から勝手に手伝っただけで……」

 

「お前たちは黙っていなさい!」

 

しかし一蹴されてしまう。

重苦しい空気の中、意外にも最初に折れたのはオーナーだった。

 

「だが、最近は売上が伸びている事は認めよう。

あのライとかいう妙な宿泊客の影響だとしても、捕まえたのはお前だからな」

 

叱る所は叱り、評価すべき点は評価する。

それがこの人、テイラー・ブロンクスの尊敬すべき点なのだろう。

 

「それに免じて今日はこの位にしておくとしよう。

帰るぞリシェル、ルシアン!」

 

それだけ言うと、用は済んだとばかりに帰ってしまう。

 

「ごめん……」

 

悲しそうに謝る幼馴染に、わたしは笑いかける。

 

「気にしないで、早く行かないとまた叱られちゃうよ」

 

────────────────────────

 

仕事が一段落して、わたしは気晴らしのために宿の裏にある稽古場へと来ていた。

一年前まではダメ親父の作った道具しかなかったが、今はライが作って道具なども増えている。

 

準備運動を終えたわたしはライに比べたら小振りの剣を手に取り、

木人形へと向かって剣を振り始めた。

 

「えいっ、やぁ!せりぁ!」

 

威力よりも手数を優先した攻撃を繰り返し、

仮想敵にスキが出来た所で思いっきり斬りかかる!

 

「……駄目かぁ」

 

剣はわずかに木に刺さるも、深くは斬りつけられていない。

 

(いつか見た一刀両断、とはいかないなぁ)

「じゃあ、こっちだ」

 

わたしは同じ動きを繰り返し、最後の一撃だけやり方を変える。

 

「てりゃぁ!」

召喚術を練習するようにしてから密かに試してる魔力を剣に込めた攻撃、マジックアタック。

 

振り下ろした剣は小気味良い音と共に、剣は木人形を捉える。

わたしの一年の努力を表すように、剣は威力を増して先程よりも深く木に刺さっていた。

 

(やった、前より威力が出てる!)

 

確かな手応えに満足していると、拍手が聞こえてくる。

 

「すごいすごいっ、フェアさんはやっぱりすごいや!」

 

「店が休みの時間とはいえ、剣の稽古だなんて呆れるわね」

 

今朝叱られたばかりの二人だった、立ち直るの早くない……?

 

「リシェル、ルシアン……また来ていいの?」

 

「いいのよ、どうせいつものお説教なんだから」

 

「あはは……、ポムニットさんまでこってり叱られたもんね」

 

「それにしても、召喚術の練習を初めたのにまだ剣の練習してるんだ」

 

道具を片付けていると、リシェルからそんな質問を投げられる。

 

「うん、足りない威力を補う方法を見つけたから。杖よりこっちの方が性にあってるしね」

 

「フェアさん身軽だもんね、僕も頑張らなくちゃ」

 

「ルシアンだって最近は姿勢が安定してるじゃん」

 

この間まで見ていて不安になる振り方だったのが、今ではしっかりとしている。

 

「そうなのよ、コイツ剣に振られなくなってるのよ。生意気よね」

 

「姉さんひどいよ……」

 

口ではこんな事を言うリシェルも誇らしげで、相変わらず姉弟仲は良い。

 

「それより稽古が終わったなら付き合いなさいよ、散歩しましょ散歩。町の外まで星を見に行くの」

 

「いや、わたしこれから仕事が……」

 

突然そんな事を言われても困る、仕込みは終わってるとは言えディナーは稼ぎ時なのだ。

 

「ポムニットさんが店番しててくれてるよ、朝のお詫びだってさ」

 

「ポムニットさんなら任せられるけど、それにしても散歩って……」

 

この田舎町には娯楽がほとんど無いけど、他に何かないのだろうか。

 

「わかってないわね、年頃の乙女にはそういう時間も必要なのよ」

 

「そうかなぁ……」

 

「仕事に稽古、そんな事ばかりしてたら、

素敵な時間を過ごさないままあーっという間におばちゃんになっちゃうわよ」

 

(それは、イヤすぎるかも……)

 

料理して稽古して料理して稽古して……、

平凡な生活が夢とはいえ、乙女的にソレは駄目!

 

「わかった、けどポムニットさんに仕事の引き継ぎしてからね!」

 

「そうこなくちゃ!」

 

それはそれとして、ディナーの営業はちゃんとしないとね。

 

────────────────────────

 

暗くなった草原を、冷たくなってきた風が撫でるように吹いている。

星見の丘、町外れにある昔からの遊び場の一つだ。

 

「いい風が吹いてるね」

 

「うん、気持ちいい」

 

散歩で暖まった体に、冷たい風が心地よく、うーんっと伸びをする。

 

「ちっちゃかった頃はこの時分でも遊び回ってたよね。

暗くなってもお構いなしでさ」

 

リシェルが昔を思い出したのか、はしゃいで草原に寝転ぶ。

 

「そうだったね。店を任されてからはそっちで必死だったから」

 

リシェルの隣に寝転ぶ、冷たい草が気持ちいい。

 

「でもライが来てからかな、昔みたいな時間が増えたよね」

 

わたしの隣にルシアンが寝転ぶ、姉弟に挟まれてサンドイッチの気分。

 

「そうかな?」

 

「前は仕事ばっかりであんまりじゃないって、思ってたくらいよ。

あたしといっこしか歳変わんないのにーって」

 

「しかたないわよこればっかりは。ぜーんぶダメおやじのせいなんだから…まったく」

 

夜空へ向かって手をのばすと、薄緑の腕輪が月の光を受けて輝く。

 

「この腕輪を見るたび、つくづくそう思うわ」

 

「前から気になってたんだけど、その腕輪いつも身につけてるよね?」

 

これがおしゃれとかだったら、いいんだけどさ。

 

「好きでつけてるワケじゃありません。はずれないの……」

 

「えぇっ!?」

 

「たしかそれ、あんたのパパが旅に出る前にくれたものよね?」

 

そう、ダメ親父が出ていったちっちゃい頃からずーっと外れない、

にも関わらず、何故か常にぴったりの大きさのまま……。

 

「不気味ね……おかしな呪いとかだったりして」

 

「お守りとかいってた気がするから、しょぼいなりに魔力があるとか思わせておいてよ……。

呪いかもって、真剣に考えたことあるんだから」

 

あははは、と三人で困ったように笑いあった。

 

────────────────────────

 

「すっかり遅くなっちまったな」

 

旅人の為にある、町へ続く道を歩きながら空を見上げる。

空が澄み切っていて、月と星が夜空を輝かせている。

 

「確か、こんな夜だったなアイツと出会ったのは」

 

こんな夜、リシェルとルシアンとの三人で星を眺めていたんだ。

励ましてくれた二人に礼を言って空を見上げたら、流れ星が見えてさ。

 

どこだどこだって騒いでたら、滅茶苦茶いっぱい流れてきて……。

 

「……ん?」

 

思い返していた流星雨の光景が、目の前に広がっていた。

その中にあるひときわ大きな輝きが遠くへ向かって落ちていくのが見えて───。

 

「今日、だったのか……?間に合うかくそっ!」

 

オレは星が落ちた方へ向かって走り始める、

流れ星を拾った日、召喚獣達の隠れ里「ラウスブルグ」で内乱があった日。

 

そして、クソ親父が先代の守護竜の介錯を手伝った日。

 

(だとしたら、あの場所にフェアたちが居るはずだ!)

 

子供たちが竜の子供と出会う日。

 

すべての物語が、今始まる。




ついに物語が始まりました、テイラーさんは星をちゃんと集めると評価してくれるのでいい人だと思っています。


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第10話 流れ星、拾っちゃいました

本編の第一話部分が今回で終了です。
感想、誤字脱字報告ありがとうございます。


 落ちてきた星は七色に光る卵でした。

 

 その後は落ちてきた卵に皆でわーきゃー騒いだ後、

 どうしても気になったわたしが、ルシアンが止めるのも聞かないで近づいて確かめると───。

 

 卵にヒビが入っていき、光を纏った可愛らしい生き物が産まれ出た。

 

「ピギァ!」

 

 その子と目が合うと、嬉しそうに鳴いて尻尾を振る。

 姿と卵から産まれたことに一つ思い当たることがあった。

 

「もしかして、竜?」

 

「竜って……あの、すっごく強い召喚獣の?」

 

 この世界、リィンバウムを取り巻くようにして四つの世界が存在していると言われる。

 機界ロレイラル、鬼妖界シルターン、霊界サプレス、幻獣界メイトルパ。

 

 ルシアンの言う通り、竜は幻獣界に住まうと言われる召喚獣の一種だ。

 

「多分そうだと思う、ダメ親父……というかライにも最近聞いたんだけど。

 竜は卵から産まれてくるって」

 

 いつかの雑談の時にライから聞いた竜のうんちくを思い出す、

 あの人妙に詳しかったので、実は竜マニアなのかもしれない。

 

「なんだっていいじゃん、かわいければさ。おいで、おいでー♪」

 

 リシェルが竜の子を猫みたいに呼ぶと、翼をはためかせて竜の子が飛び立つ。

 

「ピイッ♪」

 

「うわぁ、飛んだ!?」

 

 光をまとった金色の竜が、わたし達の周りをぐるぐると飛び回る。

 

「かーわいーいーっ! この子オスかな、それともメス?」

 

「メスじゃないの? 何か顔つきおとなしいし、可愛いってことは」

 

 わたしが第一印象で適当に答えると、竜の子はわたしの胸に飛び込んできた。

 

「わわっ!?」

 

 慌てて抱きとめると光が霧散し、桃色の可愛らしい竜の姿が顕になる。

 

「へぇ、こうしてみるとますます竜っぽいね」

 

 ルシアンが興味津々とばかりに竜の子へ手をのばすと、翼のような手を伸ばし返して触れ合う。

 

「そんなことよりこの子、どうしよう……」

 

 心温まる光景だけど、わたしはこの子をどうするべきかばかり考えていた。

 

「決まってるじゃない、連れて帰るわよ」

 

 このお嬢様はさも当然とばかりに答える、久々のリシェル理論にわたしはムッとして。

 

「無理だって、だいたいこの子は捨てられてた訳じゃないのよ!」

 

 思わず大声で言い返し、口喧嘩が始まってしまった。

 だから、周囲を囲むようにして迫ってきている奴らに気がつけなかった。

 

 ────────────────────────

 

 走りながら、この日何があったかを思い出す。

 

 三人で卵を見つけた後、産まれた竜の子を連れて帰るかどうか揉めたんだ。

 その後武器をもった奴らが威圧してきて、オレはムキになって反発し、

 結果的に剣を抜き合う戦いに発展する事となった。

 

(敵が「剣の軍団」や「鋼の軍団」なら命までは取らねぇだろうが、確かあの時は荒っぽい……多分ギアン配下の連中だったはず!)

 

 敵はいくつかのグループに分けられる。

 

「姫」と呼ばれるエニシアに忠誠を誓う軍団。

 

 鍛え抜かれた兵士達の「剣の軍団」を率いる"将軍"レンドラー、

 

 修理・制作された機械達の「鋼の軍団」を率いる"教授"ゲック・ドワイト、

 

 獣人や魔獣達の「獣の軍団」を率いる"獣皇"カサス。

 

(カサスは基本暴走させられちまうから、話は通じねぇけど……まだ、話が通じる姫の配下達)

 

 そして、それらをまとめ上げる実質的リーダー

「無色の派閥」と呼ばれる、召喚師の犯罪集団を束ねる大家の一つ。

 

 クラストフ家当主の、ギアン・クラストフ。

 

 その手足は犯罪者、暗殺者で構成されており血も涙もない外道共なのだ。

 

(逆にこっちはどうしようもない、子供だろうが殺しにくる奴らだ)

 

 今頃はそいつらと相対しているだろう子供たちが心配だ。

 

(オレの時は撃退出来たけど、この世界でもうまく行くとは限らねぇ。

 頼むから、オレがつくまで怪我するんじゃねぇぞ!)

 

 息を切らしながら夜空の下を走り続ける。

 子供たちを信じることしか出来ないのが、情けなかった。

 

 ────────────────────────

 

 竜の子を抱えたわたしは、妙な男達と対峙していた。

 

「あなた達誰」

 

 鎧姿で武器をもった兵士らしき出で立ち。

 

(野盗って感じでもないけど、こいつらの感じの悪さは何……?)

 

「その竜の子を渡してもらおうか、それは我らの物だ」

 

 威圧的な態度を崩さずに、頭ごなしに命令してくるから、

 わたしは思わずカチンと来てしまった。

 

「説明もなしに渡せ、なんて言われても

 はいそうですか、なんてうなずけると思ってるの!」

 

「そうですよ、僕達も何がなんだか……」

 

 返答に奴らは剣を抜いて来る。

 

「けっ、剣なんて抜いてどうする気よ」

 

 リシェルが強がるも、顔が強張っている。

 だってわたし達はこんな事を経験したこともない、ただの子供だ。

 

「だからまず説明しなさいって! 

 理由さえ納得すればわたし達だって……」

 

「寄越せッ!」

 

 だけど奴らはお構いなしに凶刃を振り下ろしてくる、

 狙われたのリシェルだ。

 

(助けなきゃ……!)

 

 竜の子を抱えたわたしが動くよりも速く、盾を構えたルシアンが間に割り込んだ。

 

「ねえさんっ!」

 

 片手でリシェルを後ろへ下がらせながら、相手の剣を横へ受け流す。

 

「ル、ルシアン……?」

 

「ねえさん、怪我はない?」

 

「だ、大丈夫よこのくらい! 許さないんだから!」

 

 いつになく頼もしいルシアンに、リシェルは呆然とするも

 すぐに持ち前の負けん気を発揮しはじめる。

 

「ごめんね、すぐに迎えに来るから待ってて」

 

「ピイッ! ピイッ!」

 

 わたしは腕にしがみついている竜の子を、そっと下し。愛剣を抜いた。

 

 許せない、親友に手を出したのもそうだけど何より許せないのは……

 

「力ずくで物事を押し通すやり方は最低だって思わないの!」

 

 こんな大人達のやり方に、何より怒りを感じた。

 

「ちっ、始末しろ!」

 

 男たちが広く散った、どうやら囲んで叩くつもりらしい。

 

「やれるもんならやってみなさい! リシェル、ルシアン!」

 

「うん、僕がねえさんと竜の子を守るから大丈夫!」

 

「まっかせなさい! 家からこっそり持ち出した召喚石を使う時がきたわね!」

 

 わたしは二人を置いて敵の一人へと駆け出す。

 狙うのは相手の斜め前、敵が反撃しづらい間合いを保って斬りつける! 

 

「さすがに硬い……、でもっ!」

 

「これが専門家の召喚術よ! いっけードリトル!」

 

 リシェルが召喚術を使い、大型ドリルを装備した機界の召喚獣を呼び出す。

 敵の頭上に呼び出された召喚獣は、一気にドリルと重さで敵を押しつぶして気絶させる。

 

「あの小娘から叩くぞ!」

 

 リシェルの召喚術の威力を警戒した男たちが、標的をリシェルへと定めるが。

 

「させないよっ!」

 

 ルシアンの的確なブロッキングにより阻まれ、剣を弾いた後に反撃を的確に当てる。

 

「ルシアンうまいっ!」

 

 わたしはそのスキを逃さずに、後ろからその男に襲いかかり確実に倒す。

 

「や、やった。ライさんより遅いからなんとか……」

 

「けど、流石に相手の方が多いから不味いかも」

 

 連携でうまく減らしているが、それでも敵のほうが多い。

 各個撃破を警戒した男たちが集まっている。

 

「ふふん、わかってないわねーこんな時こそあたしの出番よ」

 

 リシェルが得意げに帽子のつばを指で弾き、杖を掲げる。

 

「あんた達の魔力借りるわよ!」

 

 リシェルの合図に合わせて、わたしとルシアンがリシェルの召喚石に魔力を込める。

 

「召喚、チェンボル!」

 

 解体用ハンマーを搭載した機体が現れ、男たちへと振り下ろす。

 戦闘用に改造されたハンマーが爆発し皆まとめて吹き飛ばしていった。

 

「ま、ざっとこんなもんよね」

 

 多少の不利すら強引に押し通す力、それが召喚術。

 

「ちっ! 出直すぞ!」

 

 形勢逆転された事を悟り、怪しい連中はそそくさと逃げていった。

 

「いーっだ! 二度とくんな!」

 

 リシェルはまだ腹を立てていて、逃げていく背中に罵声を浴びせる。

 

「今の人達、一体なんなんだったの?」

 

「わかんないわよ……」

 

「ふん、どうせロクデモナイ連中よ」

 

 わたしは疲れてルシアンと一緒に地面に倒れる。

 あんだけ魔力ぶっぱなして、まだ元気なリシェルが怖い。

 

「ピギィ……」

 

 ぐったりしてるわたしへと、竜の子が飛んできてすり寄ってきて思わず抱きかかえる。

 

「ど、どうしたのかなこの子」

 

「フェアさんが守ってくれたって、きっと分かってるんだよ」

 

「ピィッ♪」

 

 ルシアンに言葉を肯定するように、竜は可愛らしく鳴いた。

 

「ちょうどいいわ、その子はあんたが面倒見なさいよ」

 

「ふぇっ!?」

 

 驚いて竜の子と目が合う、小さくクリクリしたつぶらな瞳が不安そうに見つめてくる。

 

「放っておいたら、また悪い奴らが来るかもしれないし……」

 

「それとも見捨てちゃう気? こんなにあんたに懐いてるのに?」

 

「ピイィ……」

 

 捨てられちゃうの? と言わんばかりの眼が私の良心を突き刺してくる。

 

「……もぉ、しょうがないなぁ。ライが居ない今晩だけだよ」

 

 竜の子の頭を撫でると、嬉しそうに鳴いた。

 

 ────────────────────────

 

「……あいつら、凄いな」

 

 オレは星見の丘へたどり着くと、物陰から一部始終を見届けていた。

 伏兵を警戒して、もしもの時は助けに行こうとしたがその必要もないみたいだ。

 

(しかし、あの竜の子……)

 

 コーラルじゃない、アイツの幼生体の姿は碧色の子竜だった。

 

「桃色の竜だし、アイツじゃないんだな」

 

 この世界に愛する家族が居ないことに落胆するのと同時に、少し安心するオレが居た。

 

「コーラルに知らない人扱いされたら、いよいよ立ち直れなさそうだしな……」

 

 嬉しそうに三人と一匹で町に向かうのを見届けてから、物陰から出る。

 

(万が一後をつけられてたりしたら大変だからな、

 すぐに襲ってこないとも限らないし……ガキの頃とは言え、オレ達運がよかったなぁ)

 

 昔の幸運を噛み締めつつ、オレは剣を抜いて町の周辺の探索を始めることにした。

 もし何があっても、守ってみせると改めて誓いながら。

 




こちらの世界のパートナーはミルリーフとなりました。
ライとコーラル、フェアとミルリーフの組み合わせですが
リュームも大好きなんですよね、戦闘で一番頼れるのは彼ですしライといつも並べています。


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第11話 この子どこの子、迷子の子?

誤字脱字報告ありがとうございます、本当に助かります。


「眠い……」

 

 結局朝まで警戒を続けたが、新手がやってくる気配も無かった。

 

「さすがに考えすぎたかな、ふわぁ……っ」

 

「よっ、随分と早いじゃないか。昨日のうちにこっちに戻ってたんだな」

 

「あぁ、グラッドの兄貴か。おはよう……」

 

 欠伸を噛み殺しながら、早朝の町を歩いていると

 巡回中の駐在兵士さんと出くわした。

 

「何だ随分と眠そうだな、朝ちゃんとしているお前にしては珍しい」

 

 習慣で朝の市場に顔を出すからか、朝の見回りをしている兄貴とはしょっちゅう顔を合わせる仲だ。

 

「寝てねーんだよ、夜から歩きっぱなしでついさっき町に入ったばかり」

 

「無茶な事をしたな、お前でも夜の外は危険だってのに」

 

 旅人の鉄則として、夜は休むもの。

 月明かりだけを頼りにするには、町の外はあまりにも危険だからな。

 

「剣と鎧で武装した奇妙な連中を見かけてさ、顔合わせ無いように迂回したんだよ」

 

「なんだって!?」

 

 兄貴に伝えることで今日来るはずの剣の軍団の介入を阻止できるかもしれない、そんな期待を込めて伝えてみることにした。

 

「遠くからしか見てないけど、町とは逆の方に向かっていたぜ」

 

 正確に言えば逃げていたんだが、それをオレが言うのもおかしいし誤魔化しておく。

 

「そうか……、この近辺で怪しい連中の活動が無いか調べてみないとな。

 ご協力感謝します!」

 

 駐在兵士としての仕事を増やしてしまった気がするのは、何か悪い気がする。

 駆け出していった兄貴を見送りながら、このあとのことを考える。

 

「確か、夕暮れ頃に剣の軍団が来るんだよな」

 

 お昼の後だったはず、今からかなり時間があるのは助かった。

 

「ちょっと寝とかねとーな……少し、だけ……」

 

 朝まで起きているのは流石に応える、この後戦闘が起こるかもしれないなら尚更だ。

 オレは眠気で鈍った頭を掻きながら、宿へ向かって歩き始めた。

 

 途中、聞き慣れた声の悲鳴が聞こえてきた気がする。

 

 宿に戻るのも面倒になってきて、オレは水道橋公園の原っぱに寝転がる。

 思ったより疲れていたのか、すぐに深い眠りへ落ちていった。

 

 ────────────────────────

 

 昨日の夜、流れ星から産まれた竜の子を拾って帰りました。

 朝起きたら知らない女の子がベッドに潜り込んでいました。

 その子に腕を思いっきり齧られました。

 齧られた時に大声で叫んじゃいました。

 

「……っていうことがあって」

 

 その悲鳴を聞きつけ、慌てて駆けつけてきてくれた

 巡回中のグラッドお兄ちゃんにありのまま説明した所。

 

「ねぼけたな、お前?」

 

 と呆れた顔でばっさり切り捨てられた。

 

「なんでよっ!?」

 

「そもそも話の始まりからしておかしいだろう、竜の子供を拾ったなんてまさしく夢の話しじゃないか?」

 

 冷静に指摘されてしまい、わたしはムキになる。

 確かに夢みたいな話だけど、わたしはそこまで寝ぼけたりしないやい! 

 

「ほんとだってば! 疑うなら今から連れてきても……」 

 

 必死に訴えるわたしを、どうどうと落ち着かせるお兄ちゃん。

 

「残念ながら、俺には見回りの仕事が残っててな。

 ライの奴が町の外で妙な連中を見かけたらしい」

 

「えっ!? それってもしかして……」

 

「ん? どうした」

 

「う、ううん。なんでも無い」

 

 慌てて誤魔化しながら、昨晩大暴れしたことを考える。

 

(それってもしかしてわたし達が倒した……)

 

 あの大立ち回りをライが見てたのだろうか……。

 

「まぁ、町とは反対の方に向かってたらしいけどな。

 お前も外に出る時は気をつけろよ」

 

「うん、わかった」

 

「じゃあな、夢の話しなら後で聞いてやるよ」

 

 手を振って町へ戻っていくお兄ちゃんを見送りながら

 わたしは宿の自分の部屋の方を眺め……。

 

「戻って確かめるのも、何かイヤだなぁ……。

 先に野菜を取りに行こう、そうしよう!」

 

 とりあえず確認を後回しにすることを決めた。

 

 ────────────────────────

 

「おっそーい!」

 

 食材を抱えて宿に戻ってきたわたしを出迎えたのは、朝から騒がしいお嬢様。

 

「まったく、どれだけ人を待たせるつもり?」

 

「だから来てなんて頼んでないし……」

 

「ぶつぶつ言わないの、さっさと戻ってあの子のご飯作ってあげなきゃでしょ?」

 

 珍しく食材運びを率先して手伝ってくれながら、リシェルは待ちきれないのか落ち着きがない。

 

「そうだ、じつはね──」

 

 食材を厨房へ置きながら、今朝のことをリシェルに相談してみる。

 やはりというか、反応はグラッドお兄ちゃんとほぼ同じで……。

 

「それは間違いなく、あんたが寝ぼけたのね」

 

「リシェルまでそんなにあっさり否定しないでよぉ?!」

 

 部屋に向かいながら、リシェルは「やれやれ困ったお子様ね。

 」と言わんばかりの呆れ顔を向けてくる。

 

「そりゃ否定するわよ、ほら」

 

 リシェルが手招いてるので、恐る恐る自分の部屋を覗き込むと。

 

「あ、おかえりなさいフェアさん」

 

「クゥー……」

 

 気持ち良さそうに眠っている桃色の子竜を、ルシアンが撫でているのどかな光景が広がってました。

 

「そんなぁ……」

 

(わたしそんなに寝ぼけてたのかな……)

 

 悪い奴らをやっつけた高揚感で変になってたのかもって、

 とりあえず納得することにした、しよう、うん。

 

「ほら、おチビちゃんが目を覚ます前にご飯作っちゃいなさいよ」

 

「はいはい、仰せのとおりにしますよーだ……」

 

 まだ平和に眠りこけてるこの子が、ちょっとだけ恨めしくなった。

 

 ────────────────────────

 

 全員分の朝食を作るついでに、竜の子の分として一人分多く作ってみたんだけど、

 よっぽどお腹が空いていたのか、わたし達のご飯まで食べる勢いで完食してくれた。

 

「ケプッ……!」

 

「お腹いっぱいになったかしら」

 

「ピィ!」

 

 途中から竜の子にあーん、ってしてあげるのが楽しくなってついあげすぎたかもしれない。

 

「小さいのによく食べたね……」

 

「それにしてもフェア、あんたよく竜が何を食べるか知ってたわね」

 

 竜の子の膨れたお腹を撫でながら、リシェルにそんなことを聞かれた。

 

「ライに聞いたことあるの、竜は雑食だからオレらの飯と同じでいいんだぜーって」

 

(まさか役に立つ日が来るなんて思わなかったけど……)

 

「そうなんだ、いっぱい食べて大きくならないとね」

 

「そうねぇ、広場にある門くらいの大きさはほしいところね」

 

 姉弟が大きい竜を想像してるのか目を輝かせてる、こういう所はそっくりなんだからもう……。

 

「てゆーか、マジメな話。

 この子のこと、この先どうしようか?」

 

 嬉しそうに指に頭を擦りつけてくる可愛い子だが、その先を考えなくちゃいけない。

 

「拾った以上、先のことまで考えなきゃダメだと思うの、

 この子はまだ生まれたての赤ん坊なんだから……」

 

(それに、ダメ親父みたいに、放ったらかしになんて絶対したくない)

 

「ピイィ……」

 

 わたしの気持ちを察知したのか、竜の子の不安そうな瞳と目が合う。

 どうするべきか、三人で悩んでいると……。

 

「お邪魔いたしまーす!」

 

 元気のいいポムニットさんの声が入り口から聞こえてきた。

 

「やばっ!?」

 

「ルシアン! あんたその子を隠しなさい!」

 

「ええっ!?」

 

 慌てて三人で四人前の食器を片付けながら、竜の子をカウンター裏に隠すことに成功。

 

「ああ、やっぱりここにいましたか。

 ……どうしたんです? なにやら汗だくになってますけど」

 

「お、おはようポムニットさん!」

 

「な、なんでもないよ。あははは……」

 

(っていうか思わず隠しちゃったけど、必要あったのかな)

 

 首を傾げるポムニットさんに、笑うことでなんとかやり過ごす。

 

「わかってるわよ。お屋敷に戻れっていうんでしょ?」

 

 リシェルがはいはい、と分かりきった質問をして流してくれた。

 

「わかっているのならば、最初からおとなしく」

 

「そんなの無理ね。ポムニットだって、わかってるでしょ?」

 

「開き直らないでくださいっ?! えうぅ……」

 

 あーあ、ポムニットさん泣ーかしたー。

 

「うぅ……。それはさておきといたしまして、

 フェアさん実は旦那さまがお呼びなのですよ」

 

「オーナーが?」

 

「お昼の仕事のあとで、お屋敷までおいでくださいまし」

 

 雇用主からのお呼び出し、正直行きたくない……。

 

「どうせまた利益がどーこーとか、ケチつけるつもりね」

 

 分かってるのでとどめ刺さないでくださいリシェルさん。

 

 ────────────────────────

 

「はあぁ〜……、行きたくないよう」

 

 お昼の仕事が終わった後、わたしはすごーく落ち込んでいた。

 叱られると分かりきってるのに元気よくは中々行けない。

 

(とはいえ無視したらそれこそ大変なことになっちゃうし……)

 

 子供みたいに駄々をこねる訳にはいかない、

 わたしは入り口の扉を開き気合を入れ直す。

 

「えーいしかたない! 覚悟決めて行ってきまーあぁっ!?」

 

 急に靴が引っ張られて前のめりに倒れた。

 

「ピィ……」

 

 原因は靴に噛み付いて引っ張ってる桃色の竜。

 

「どうしたのよ?」

 

「ピギッ! ピギィ!」

 

 立ち上がったわたしの胸をめがけて飛び込んで来た子を受け止める。

 

「もしかして連れてけーって?」

 

 肯定するように鳴くけど……。

 

「ダメっ!」

 

「ピイィ……」

 

「そ、そんな声出してもダメなものはダメ!」

 

 なんて良心に訴えるのが上手なんだろうこの子は。

 

「いい、あなたは悪者に狙われてるんだよ?」

 

 抱えあげて、目線を同じ高さにしてしっかりと教えてあげる。

 

「そんな格好のまま出歩いたりしたら、あっという間に見つかっちゃうでしょ?」

 

 不満そうに小さく唸る子の頭を撫でる。

 

「すぐに帰ってくるからおとなしく待ってなさい、いい子だから」

 

 そっと、床の上に下ろしてわたしは扉を閉める。

 

(うぅ、訴えかける鳴き声が聞こえるけどガマンガマン)

 

 扉の向こうから聞こえる鳴き声を振り切るように、わたしは走り出した。

 

 ────────────────────────

 

 女の子は走っていた。

 

 守ってくれたあのヒトに置いて行かれたくなくて。

 

 けれど、はじめての外はとても広くて。

 

 あの人の腕輪のニオイをたどってもたどっても、あのヒトは見つからなかった。

 

 この姿でいることにも疲れて、今にも倒れてしまいそうになった時。

 

 別の場所から、同じ優しいニオイがした。

 

 だからいっしょうけんめい、がんばってそこまで走ったら。

 

 ちがうヒトが、草むらで横になって寝ていた。

 

 ちがうけど、首飾りからおんなじニオイがする。

 

 疲れていた女の子は、その優しいニオイに引き寄せられるように一緒に寝転んで。

 

 その人にしがみついて、ゆっくりと眠っていった。

 

 




PSPでこの場面のCGが追加されたとき思わずガッツポーズしてしまいました、いいですよねここの絵。


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第12話 ただ、会いたくて

子どもたちの何とか責任を果たそうとする行動が、この物語の根っこだと思っています。
それを支えてくれる仲間達の存在も。


 心地よい風が草木を揺らす、

 寝転がってるオレの横に、いつの間にか慣れ親しんだ気配を感じた。

 

「……おはよう」

 

 何だお前か、起こしてくれてよかったのに。

 

「お父さんは自分で起きる、早寝早起き……だから」

 

 そうかよ、子供に起こされるってのも憧れるんだけどな。

 

「……起きてほしい、かと」

 

 ははっ、律儀だなお前も。

 

 ……。

 

 なぁ、コーラル。

 オレちゃんとやれるかな、昔と違う今のオレに。

 

「大丈夫、あの時とは違っても……お父さんなら問題ない、かと」

 

 そうか? 

 

「だって、ボクのお父さんだから。小さかったボクをどんなに辛くても、

 絶対に助け出すって決めて、色々な事を教えてくれたから」

 

「だから、自分の正しいと思ったことを……いつもみたいに、すれば大丈夫……きっと」

 

 ああ、そうだな───。

 

 ────────────────────────

 

 太陽の眩しさに目が眩む、あまりの眠さに途中で寝たんだった。

 

「ふわぁ……、ん?」

 

 脚に何だか重さを感じる、昔あったような状況に下を見ると。

 

「すぅ……」

 

 桃色の髪の小さな女の子が、脚にしがみついて眠っていた。

 

(……おいおい、どういうことだよこれ)

 

 一瞬呆然としたが、この魔力は長年一緒にいたコーラルと似ている。

 

「フェアと一緒に居た、こっちの竜の子か……」

 

 外見から性別の判断が出来ないコーラルと違って、女の子らしさを全身で表しているような姿。

 もしかしたら、フェアを真似て姿を変化させたのかもしれない。

 

(しかし、なんでオレの所に……っ!?)

 

 疑問を感じる暇も無く女の子の異変に気がついた、

 よく見ると呼吸が荒く、全身が震えている。

 

(そうか、この時期はまだ遺産継承をしてないから。無理して変身しているのか!)

 

 変身の負荷による魔力切れ、あの時もオレを追いかけて飛び出したコーラルが同じように倒れてしまった。

 このままでも死ぬということはない、変身が解けて、それから……

 

 女の子の苦しそうな顔が、コーラルと重なる。

 

「ああくそっ、目の前で苦しんでるのを見てられるかよ!」

 

 女の子へ手をかざし、自分の中の枷を外す

 オレ手のひらが光り溢れ、その光が雨のように女の子へ降り注ぐ。

 

 暖かい光に包まれた女の子の表情は段々と穏やかになり、呼吸も落ち着いていく。

 

「……よしっ、久しぶりだけど何とかなったな」

 

 古き妖精である母さんの血を継いだ、響界種としての力を使った祝福がうまくいって胸をなでおろす。

 力が制御出来るようになってからは、抑える事ばかりしていたので自信がなかった。

 

「これで苦しく無いだろ、お騒がせ娘」

 

 穏やかに眠る女の子を起こさないように背負って、ゆっくりと宿へ向かって歩き出す。

 

「今ごろお前を探して大騒ぎだぞきっと、早く安心させないとな」

 

 ────────────────────────

 

「わたしのせいだ……」

 

 オーナーに呼び出された用事が済んだわたしは、

 急いでブロンクス姉弟と一緒に宿へ戻った。

 

 けどあの子は消えてしまっていた。

 

 悪者に連れ去られたんじゃないかと焦るルシアンを落ち着かせて、手分けして街へ探すことにしたものの全く見つからず。

 

 そんなところをグラッドお兄ちゃんに見つかり、事情を話して探してもらう事になっちゃった。

 

 リシェルやルシアンも、ポムニットさん、ミントお姉ちゃんに事情を話したみたいで、

 結局は皆を巻き込んだ大騒動になって……それでも、まだあの子は見つからない。

 

「わたしが、あの子を置いていったから」

 

 置いて行かれる気持ちは、痛いほど知ってるはずなのに。

 

(これじゃ、お父さんと……)

 

 リシェルやルシアンも同じように考えてるのか、暗い顔で座り込んでいる。

 沈んだ空気の中、扉をノックする音が聞こえるも対応する元気は無くて体が動かない。

 

 それを見かねたポムニットさんが、代わりに扉へ向かってくれる。

 

「申し訳ございません、ただいま準備中でござい……って、ライさん!? どうしたんですかその子は!」

 

「悪いポムニットさん、どうやら迷子みたいで具合を悪くして道で倒れてたんだ。

 フェアに言って部屋を一つ用意してもらえないか?」

 

「そういうことでしたら、私がご用意させていただきます。フェアさん、今少し落ち込んでいまして」

 

(迷子……)

 

「ムイィッ!?」

 

 あの子のことを考えていると、リシェルがミントお姉ちゃんから「その竜の子の匂いを辿れるんじゃないかな」と託されてきたオヤカタが急に騒ぎ出す。

 

「ど、どうしちゃったのよオヤカタ!?」

 

 文字通り入り口の方へ飛んでいったオヤカタを追って三人で飛び出す。

 

「ひゃわっ!? どうかなさいましたか?」

 

「ムイッ、ムイィ!」

 

 そこにはポムニットさんが女の子を抱っこしていて、オヤカタはその女の子を指……指? 手で指す。

 

 桃色の長い髪、わたしはそれに覚えがあった。

 

「あっ……!?」

 

 今朝、わたしの腕を思いっきり齧った女の子に間違いない。

 

「この子、リシェルこの子だよ! ほら、わたしが今朝話していたの!」

 

「あんたがまる齧りにされたってあの?」

 

「そう!」

 

 事情が飲み込めないルシアンとポムニットさんにもわかるように、今朝の出来事を説明する。

 

 そんな中、例の少女がゆっくりと目を覚ました。

 

「……」

 

「目が覚めましたか? 今お休みができる場所を用意しますよで……えぇっ!?」

 

 きょろきょろと周りを見渡す女の子にポムニットさんが優しく声をかけていると眼があった。

 

 あの竜の子みたいに桃色の瞳がわたしを見つめると、急に暴れだしてポムニットさんの腕から抜け出す。

 その勢いのまま、わたしに一直線に走り出して。

 

「きゃっ!」

 

 女の子を受け止めるも、そのまま後ろに倒れ込んで頭を打っちゃう、け、結構痛い……。

 

「ピギュゥ……」

 

 そんな事はお構いなしに抱きついたまま離れない女の子の頭をなで、あることに気がついた。

 

「この声、あなたまさか!?」

 

 特徴的な鳴き声、すぐに胸元へ飛び込んで来る、桃色の髪、何より今朝わたしの部屋にいたこと。

 これだけあれば、もしかして……と考えてしまう。

 

「ピィ……♪」

 

 その答え合わせのように女の子が光り輝くと、わたしの腕の中で小さな竜の子へと変化し、そのまま寝息を立て始める。

 

「ええ────ーっ!?」

 

 ────────────────────────

 

 竜の姿に戻ったあの子をつれて、わたし達は報告を兼ねてミントお姉ちゃんの家へ向かうことにした。

 

 この子について分からないことばかりで、専門家の意見を聞くべきという、リシェルの判断は正しく、ミントお姉ちゃんはすぐに竜の子の診察を始めてくれた。

 

「だけど驚いたわ、まさかあの子が人間の姿に変身してたなんて……」

 

「ライさんにお礼言わないとね、あの後すぐにまた出かけちゃったらしいけど」

 

 結局あの子を連れてきたライは、部屋を取らないままどこかへ出かけてしまった。

 もしかしたら、また町の外に出るのかもしれない。

 

「ふぅ、もう大丈夫」

 

「さすがはミントさん、蒼の派閥の召喚師なだけなことはあります!」

 

「グラッドさんってば、おだてないでください」

 

 診察を終えて竜の子を抱えて来たミントお姉ちゃんを褒めちぎる、グラッドお兄ちゃん。

 これで好意に気が付かれてないんだからひどい話だと思う。

 

「その子、一体どうしてまた眠っちゃったんだろ」

 

「多分ちょっと魔力を使いすぎただけだね」

 

 机の上に寝かせられた竜の子は、穏やかに眠っている。

 

「うん、この子が人間の姿になってたって聞いたけど。多分それが原因かな?」

 

「きっとそうだよ、そんなに大変なことをしてまで追いかけてきたんだ……」

 

 でも……と、ミントお姉ちゃんは続ける。

 

「それにしては、あんまり疲れてそうに見えないのはこの子が至竜だからかも、それかどこかで魔力を補給出来たのかも知れないわね」

 

「至竜?」

 

 そう、とミントお姉ちゃんが指を二本立てる。

 

「そう、竜という生き物にはものすごく沢山の系統があるんだけど。

 大雑把に分けると、"亜竜"と"至竜"の二つになるの」

 

 亜竜、肉体的に竜の特性を備えているモノ。

 空を飛んだり、炎や氷吹いたりする一般的に考えられる竜。

 

 至竜、肉体的な特性に加えて高い知性や魔力を備えてるモノ。

 人間では真似ができないような、不思議が現象を引き起こす事もできる竜。

 

「つまり、この子が人の姿に変身していたのも至竜の力ってこと?」

 

「この子、そんなにもすごいんだ……」

 

「でもね、どんなに凄くてもまだ小さな子供。

 力を使っても体が追いつかないんだと思う、しっかりと休ませてあげてね」

 

 ミントお姉ちゃんから竜の子を渡されて抱っこしてあげる、

 こんな小さな体に、そんな大きな秘密があるなんて。

 

 ────────────────────────

 

 トレイユは田舎町とはいえ、その規模はかなりデカい。

 宿屋町として発展していったので物流が盛んであり、人の出入りも激しい。

 

 目標は集団で動いている軍団なのに、見つけることができなくてオレは苛ついていた。

 

「くそっ、もうそろそろ夕暮れになっちまう。

 竜の子が見つかる前に接触しないといけないのに」

 

 市場にある壁に寄りかかり、息を整える。

 

(可能性があるとしたらここが最初なんだ、

 "将軍"レンドラー、あの人なら真っ直ぐだから誠意さえ見せりゃ悪いようにはしないはず)

 

 卑怯な手段を嫌い、正々堂々真っ向からぶつかることを望む武人だ、

 竜の子が見つかる前なら、話を聞いてくれる余裕があるかもしれない。

 

(あの夢の白い奴がヤバイなら、こんな戦いしたくないってのが正直なところなんだ。

 確かにオレらとあいつらは、戦う必要があったのかもしれないけど、始めっから敵と決めつけてた部分だってある!)

 

 うまく姫と話せれば、もしかしたら最初から戦わずに済むかもしれない。

 ギアンのことだって相談して、取り返しがつかなくなる前に終わらせることも───。

 

「って、どこだよあのオッサン! あんなに目立つトゲトゲ鎧なのに見つかんねーじゃねぇか!!!」

 

 問題はオレの考える和解計画が、早速頓挫しかけている事だった。

 

 ────────────────────────

 

 ミントお姉ちゃんの家を出て、三人で竜の子を見つめる。

 

「至竜……か」

 

 今更だけど拾っちゃったこの子の重大さを思い知らされた気持ちだ。

 

「後悔してるの……?」

 

 リシェルが不安な顔で尋ねる、拾う事になった原因の一人として負い目を感じてるのかもしれない。

 

「ううん、きっとこの子がなんであっても。

 わたしはおんなじ事をすると思うから」

 

 気にしないで、と笑ってみせる。

 

「この子が狙われてた理由、ちょっとわかった気がする。

 そんなにもすごい力を持ってるんなら、悪者だって欲しがるよ」

 

 ルシアンが予測を述べるけど、わたしもそれに同感だ。

 

「ねぇ、そのことなんだけど……、

 あんた達はこの子が……狙われてたってこと、もう話しちゃった?」

 

 リシェルの質問に、わたしとルシアンが同時に首を横にふる。

 

「話してないよ、だって話したら、きっとこの子のこと取り上げられるよ!」

 

「わたしも話してないけど……」

 

 二人と違って、先のことを考えてしまう自分がいる。

 

「黙ったままでいいのか、それは気になってる」

 

 子供だけで、決めていいことなのだろうか。

 

「ライがね、あいつ等を町の外で見かけたらしいの。

 ルシアンの言うとおり、この子がそんなにもすごい存在なら、簡単に諦めたりするのかな」

 

 竜の子を抱きしめる、こんなにも暖かいのに産まれただけで狙われるなんて。

 

「そんなのっ、またあたし達で守ればいいじゃない!」

 

「朝のことだって、わたし達だけじゃどうにも出来なかったんだよ。

 結局迷惑かけて助けてもらってさ……。

 それなのに、絶対守れるって言える? 出来なかったじゃ、済まされないんだから」

 

「わかってるわよ! そんな事くらい、あたしにだって!」

 

 本当はお互いにわかってる、キチンと話さなくちゃいけないって。

 それでも言いたくないのは、意地もあるけど、

 皆がこの子を優先してくれるか分からないから。

 

 リシェルはオーナーのやり方を見ているせいで、

 大人のやり方に対して人一倍臆病なところがある。

 

(それもわかってる、だけど……)

 

 そして時間は、わたし達を待ってはくれなかった。

 

「ようやく見つけたぞ、守護竜の子よ」

 

 昨日の無法者達なんて比較にすらならない、

 圧倒的な存在感と、鎧に包まれた屈強な肉体。

 

 大斧を担いだ歴戦の兵士が、わたし達に立ちはだかった。

 

 

 




ライは事の顛末を知っているからこそ話し合いで解決できる部分があると信じてます。
殴りかかってくる奴は殴っておとなしくさせるけど、戦いたいわけではないって性格はとても好きです。


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第13話 剣の軍団

感想ありがとうございます、次回夜会話です。
アクセス数やお気に入りがどんどん増えて、サモンナイトファンの多さに震えてきました。


突然現れた怪しい鎧の男、

わたし達は竜の子を背に隠しながら後ずさりする。

 

「貴様らだな、邪魔したガキ共というのは」

 

「まさか、昨日の悪者たちの仲間!?」

 

その言い方から予測したけど、リシェルはさも当然とばかりに

 

「そんなのひと目で、わかるじゃないのよ!

トゲトゲの鎧、いかがわしいヒゲ!どっからどう見たって不審人物そのものよ!」

 

(いくら本当の事とはいえ、悪者相手にこんなこと言えるのはすごいよ……)

 

心当たりが無いわけではないようで、トゲ鎧の男は顔をしかめる。

 

「ぐっ……っ。口の達者な小娘め。

目上の者をバカにするとは、教育的指導が必要と見える」

 

トゲ鎧の男が合図を送ると、周辺へ気配が増えた。

慌てて見渡すと、同じように黒い鎧で武装した集団が武器を構えている。

 

「うそ、こんなにいっぱい囲まれてる」

 

ルシアンが反射的に盾の内側へ竜の子を避難させる。

 

「はははっ、どうだ?ちびったか?おののいたか?

身の程を知ったなら、すみやかに竜の子を渡すがいい!」

 

面白い見世物を見たときのように大笑いするトゲ鎧の男。

 

「さすれば騎士として、貴様らの身の安全は保証してやろう」

 

こんな事を言われたら、さすがにわたしもかっちーんとする。

怒りやすいつもりはないけど、もう頭にきた。

 

「……何様のつもりよ、おどすだけ脅して、押し付けがましく譲ってるフリをする。

そういう根性の連中が言うことなんて信用できないわよ!」

 

「ぐぬぬ…どこかで聞いたような減らず口を、

吐いた言葉の責任はとってもらうぞ!」

 

トゲ鎧の男の合図で、一人だけ敵が飛び出してくる。

動きがやけに鈍いのは、手を抜いてる……舐めてるってことがよくわかった!

 

「たぁーーっ!」

 

剣を抜いて応戦し、そのまま相手を押し返す。

 

「ほう、その動きただの素人ではないようだな」

 

わたしの動きを見て関心したように、トゲ鎧はいかがわしいヒゲを撫でる。

 

「女の子だからって舐めないでよね!」

 

「おもしろい、その生意気な鼻っ柱叩き折ってやれ!」

 

わたし達は三人で勇ましく飛び出した。

 

────────────────────────

 

飛び出した……までは良かったのだが、三人仲良く物陰に隠れることを強いられていた。

 

「あいつら、あったまに来るんだけど!」

 

「顔出しちゃ危ないよねえさん!?」

 

物陰から顔をだしたリシェルのすぐ近くに矢が突き刺さる。

 

囲まれていた時点で完全に高所の利を取られていた、

ちょっとでも動けば、高所に陣取ってる弓兵に足止めされてしまう。

 

「……なんか変かも、直接狙ってこないし」

 

(もしかして……)

 

思い当たることがあり、地面に耳をつけてみる、

聞こえてきた足音は、重い音だ。

 

「やっぱりそうだ、重い足音が近づいてくる!」

 

リシェルが「ははーん」と得意げに推測を始める。

 

「下手に直接狙えば、チビ助に当たるかもしれない。だから足止めしてる間に……ってわけね」

 

「昨日の奴らと全然違う、統制が取れてるんだよきっと」

 

竜の子を守るように抱えているルシアンが、恐る恐る敵を観察している。

 

(まずは、近づいてくるのをどうにかしなきゃだけど……)

 

「リシェル、物陰の向こう側召喚術で吹っ飛ばせる?」

 

「難しいわ……」

 

一度がっくりと肩を落としてから。

ニヤリと悪そうな笑いを浮かべて、わたしに何かを投げ渡してきた。

 

(これは、無色の召喚石?)

 

「あたし一人だと、ね?」

 

「オッケー、特訓の成果見せてやろうじゃないの!」

 

杖と剣を、コツンと合わせて深呼吸をする。

 

「ルシアン防御お願い!」

 

「わかった、矢は任せて!」

 

ルシアンが掲げた盾の隙間から、相手の位置を把握する。

 

「行くわよ、ビットガンマー!」

 

「力を貸して、シャインセイバー!」

 

異界より召喚された聖なる武具が降り注ぎ、

追い打ちをかけるようにリシェルの召喚した召喚獣が放つレーザーが降り注ぐ。

敵の悲鳴が聞こえてきて、

ばっちしあたったことを確認してリシェルと思わずハイタッチする。

 

そう、ここまではよかった。

 

「……ってしたのはいいものの、結局矢のせいで動けないじゃないの!」

 

リシェルが文句を言っている通り、

目の前の驚異は去っても、この場から動けないのは変わらない。

 

(あの高さじゃ召喚術も届かないし、どうすれば……)

 

八方塞がりで膠着状態に陥っていると、強烈な打撃音と共に弓兵が居る方から叫び声がして、

坂の上に居るはずの弓兵が転がり落ちてきた。

 

「お前たち無事か!?」

 

大剣を構えた、忘れじの面影亭宿泊客、

ライが坂の上で敵と対峙していた。

 

────────────────────────

 

(騒ぎが聞こえたからまさかとは思ったけど、やっぱり間に合わなかったのか)

 

剣を構えながら、戦況を把握する。

 

坂の下にはアイツらが隠れていて、何人かが接近してきている。

オレが居る坂上は、弓兵が後二人、その奥にまだ何人か居るか。

 

さて、どう攻めるべきかと考えていると。

奥側の敵がふっとばされるのが見えた。

 

「お前らッ!子供相手にいったいなんのつもりだ!」

 

「だいじょうぶ!みんな?」

 

槍を構えた駐在兵士と、蒼の派閥召喚師が駆けつけてきた所みたいだ。

 

「これ以上の乱暴は町の駐在兵士である自分が許さんぞ!」

 

グラッドの兄貴は訓練を受けた軍人だけあってとにかく戦いが上手い。

槍を巧みに操り、剣の間合いに入らず、入らせず。

距離を保った戦い方で制圧していく。

 

(今行けば挟み撃ちになるかっ!)

 

オレは兄貴が暴れるのに合わせて飛び出す、慌てて弓をこちらに向けてくるが。

 

「遅いんだよ!」

 

間合いに入ってしまえば、オレの勝ちだ。

 

────────────────────────

 

ライが大剣を構えて弓兵へ突撃していく。

しかし距離を詰められる前に、ライへ弓を向けられてしまい……。

 

「うそぉ……」

 

リシェルが唖然とするのも無理はない、

真正面から突っ込んで、矢を見切ったように軽いステップで避けたのだ。

 

そのまま大剣を振り抜き、グラッドお兄ちゃんと二人で

敵を坂下へどんどん吹き飛ばしていく。

 

(今がチャンス……!)

 

「ルシアン、この子をお願い。わたしは敵を減らしてくる!」

 

坂の上の戦いに気を取れている、敵の背後に駆け寄る。

戦いは常に相手の後ろを取れ、ダメ親父から体に叩き込まれた必勝法!

 

「でりゃぁぁ!」

 

剣を振りかぶり敵の背中をぶっ飛ばしたあと、すかさず召喚石を掲げて剣を召喚する。

 

「これで、倒れてっ!」

 

数で負けているこちらは、とにかく攻めるしかないのだから。

 

────────────────────────

 

「弓矢はこれで大丈夫か、あいつらは?」

 

目に入った弓兵をすべて叩き落としてから、坂の下を覗くと

フェアが剣と召喚術で、大立ち回りをしているのが見えてきた。

 

(器用だなアイツ……)

 

「グラッドの兄貴、そっちは片付いたか」

 

「あぁ、なんとかな……」

 

兄貴とオレは息を切らしながら、ミントねーちゃんの治療を受けていた。

久しぶりの全力戦闘で、どうにも体が追いつかない。

 

治療を終えて下を見ると、レンドラーとフェア達が対峙していた。

 

「はぁっ、はぁ……まだやる気!?」

 

「ふふん、ちびってたじろいだのはそっちみたいね!」

 

フェアとリシェルが剣と杖をレンドラーへ突きつける、

 

(仲いいなアイツら、オレもリシェルとあんな感じだったっけ?)

 

部下を一通り蹴散らされたレンドラーの反応は、高笑いだった。

 

「ふはははは!そうか、やはりそうなのか……はぁっ!」

 

「っ!?」

 

「フェアっ!」

 

レンドラーが振り下ろした大斧をフェアの剣が受け止める。

手加減しているにせよ、あの細腕じゃ無理がある。

 

「こうして剣筋を直に確かめてみて、確信が持てたぞ。

貴様、あの冒険者の娘だな!」

 

「あなた…、バカ親父の事……しってるの?」

 

辛そうに父親の事を尋ねるフェアに、レンドラーは怒りを顕にした。

 

「知らいでか!我らの計画を根本からぶち壊した張本人なのだからな!」

 

そのまま腕力で押し切り、フェアが吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

「フェア!?」「フェアさん!?」

 

姉弟の悲痛な声が聞こえてきて。

 

オレは……キレた。

 

久しぶりに頭が真っ白になって、気がつけばレンドラーへ向かって坂の上から飛び降りた。

落下の勢いを乗せて、大剣を頭めがけて叩きつける。

 

「ぬうぅ……っ!?」

 

しかし相手も一流の騎士、即座に反応してきっちりと受け止められる。

 

「子供に何してんだよテメェ、それでも誇りのある騎士か!」

 

剣の軍団が、命までは取らないことは十分理解していたつもりだったが、

自分でも分からないくらいに頭に来た。

 

「貴様……ただ者ではないな。名を名乗れ」

 

「ライだ、覚えておけよオッサン」

 

「我が名はレンドラー「剣の軍団」を率いる「将軍」だ」

 

レンドラーは斧を突きつけると、オレが庇っているフェアに対して宣言を始める。

 

「あの男に与えられた耐え難き屈辱の数々、

いずれ、まとめて娘である貴様に償わせる!」

 

その言葉を合図に、剣の軍団が撤退を始めると、

オレはすぐにフェアへ駆け寄った。

 

「おい、大丈夫かフェア!」

 

「痛ったぁ……」

 

「……大丈夫そうだな、意外と」

 

壁に叩きつけられたにしては、やけに軽傷な事を疑問に思ってると、

腕輪が淡く光り輝いてる事に気がついた。

 

(そうか、母さんが守ってくれたんだな)

 

「だいじょうぶ?治療するから、すぐに私のお家へ」

 

「………」

 

「フェアちゃん?」

 

ミントねーちゃんが動かないフェアへ心配そうに声をかけると

 

「また、なんだ……。

またしても……ことごとく……よりによって」

 

(これはもしかして……)

 

「今回の騒動の元凶もあのバカ親父だっていうの!?」

 

フェアは大きく息を吸い、声を張り上げた。

 

「ダメ親父の……ぶぁっかぁあああーーー!!!」

 

負け犬の遠吠えだとしても、ありったけの理不尽な怒りを込めて。

 

まるで、あの日のオレのように。




初回ブレイブクリアを目指すと、ここの高所の弓が本当にいやらしいんですよね。
そんな状況で助けてくれるミントさんとグラッドさんはBGMも相まって本当に格好いい。


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第14話 夜会話 ライ/???

PSPから正面絵が復活してくれた夜会話、リシェルのラフすぎる格好に驚いたあの頃。


 夜遅くの自室で、眠れずにいた。

 

「はぁ……」

 

 眠ってる竜の子を撫でながらため息をつく、もう会えなくなるのかもしれないから。

 

(みんなに知られちゃったからね、ルシアンの言う通り、取り上げられちゃったり……)

 

 明日、改めて話し合おうとみんなと別れたあと、ずっと部屋に閉じこもってる。

 あのヒゲの人……将軍が言っていたダメ親父のこともあって、とにかく一人になりたかった。

 

(エリカも一緒なのに、何やってんのよあの人は)

 

 妹の病気を治すために旅をして、わたしを置いていった癖にやってる事が悪者退治なんて……。

 

 どうせまた、好き勝手に剣を片手に大暴れしてるんだろう。

 

 わたしはそのとばっちりを受けたんだし、絶対心配なんてしてやらないんだから。

 

(……明日からが、嫌だな)

 

 ダメ親父の事を考えて、気を紛らわせようとしても駄目だった。

 夜の静けさも合わさって気分が沈んでいると、部屋の扉がノックされた。

 

「フェア、起きてるか?」

 

「ライ?」

 

 扉を開けると、コップを2つ持ったライが立っている。

 

「あんな事の後じゃ、眠れないだろうと思ってな、ほら」

 

 湯気が立ち、甘い香りがするコップを渡してくる。

 

「温めたミルク? それとこの匂い、蜜かな」

 

「当たり、疲れてるときはこういうのに限るだろ」

 

「お前甘いモン好きだろ?」と手を振って出ようとするライの背中を見て。

 

 服の裾を、思わず掴んでいた。

 

「ん、どうした?」

 

「あ、いや、なんでもないっ」

 

(わたし何やってるんだろう!?)

 

 慌てて手を離し笑って誤魔化す。

 無意識にとはいえ、服の裾を掴んじゃうなんてまるで子供みたいな……。

 

 ライは少しの間考え込む素振りを見せてから。

 

「少し部屋に入るぞ」

 

「え、えっ?」

 

 部屋に入ってくると、わたしをベッドに座らせて、

 自分は椅子を持ってきて、向かい合って座る。

 

「おつかれさん」

 

「お、お疲れ様でした……?」

 

 コップ掲げてから一口飲んでみる。

 温かいミルクに、甘い味がじんわりと染み込んでてホッとする。

 

 甘い香りに混じってお酒の匂いがして、ライが飲んでいる物をじっと睨む。

 

「ねぇ、それまさかお酒?」

 

「いいだろ別に、オレだってたまには飲むさ」

 

「おじさんみたいでやだなー」

 

 その時「うげぇ」って言ったライの顔が面白くて少し笑ってしまう。

 

 ……けれど、何を話せばいいか分からなくなって、黙り込んでしまう。

 

「…………」

 

「明日のこと、考えてるんだろ」

 

「えっ……」

 

 たまにだけど、この人は怖いくらいわたしの心の内を当ててくる。

 

「……うん」

 

「お前たちの素直な気持ちをぶつけりゃいいさ、

 グラッドの兄貴も、ミントねーちゃんも、ポムニットさんだって。

 お前たちの意見を蔑ろになんて、したりしない」

 

「……それは、わかってるんだけど」

 

 ちゃんと話せばきっと分かってもらえると思ってる、

 けど、わたしが一番気にしてるのは……。

 

「……親父のことだろ」

 

 驚いて思わず顔をあげる、どこかお父さんに似てるライが困ったように頭を掻いてる。

 

「すごいや、なんでも分かっちゃうんだね」

 

 本当にこの人は不思議な人だ。

 

「たまたまだよ、オレも似たような経験があるしな」

 

「ライが?」

 

 ライが深くため息をつく、ここまで嫌そうに話すのも珍しい。

 

「イヤになっちまうよな、自分で決めたはずなのに。

 結局親父の思うとおり、いいように使われてるんじゃないかって不安になる」

 

 お父さんとよっぽど仲が悪いのだろうか、ちょっとした共通点に少し嬉しくなる。

 

「オレの親父もそんな感じだったんだよ、昔の話だけどな」

 

「そういえば、ライの話って全然聞いたことないかも」

 

 一年くらい前に突然現れた旅人で、凄腕の料理人で剣の腕も立つ。

 あたしが知ってるのは、結局それくらいでしかない。

 

「良い子にしてたらいつか話してやるよ、なんてな」

 

「もうっ、こういう時ばっか子供扱いするんだから」

 

 はははっ、と笑ってからあたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でてきて。

 

「今日ぐらいゆっくり寝とけ、朝の仕込みはしておくからさ」

 

 おやすみ、と部屋から出ていくから文句を言う暇もなかった。

 

(ライ……)

 

 気を使ってくれたんだろう、疲れてるならしっかり休めって。

 

(寝坊していいなんて言われたの、一体何時ぶりだろう)

 

 横になったあたしは竜の子を抱きしめる、

 温かい飲み物のおかげか、わたしはすぐに夢へ落ちていった。

 

 ────────────────────────

 

 静かな夜の宿を、一人歩きながら……今日の戦いを思い出す。

 

「やっぱ向いてねぇのかなオレ」

 

 フェアは大丈夫だと、思いこんでた。

 オレと同じなら……そう、思ってしまっていた。

 

 だからアイツが、レンドラーのオッサンにふっ飛ばされたとき、頭が真っ白になっちまった。

 

(まるっきり同じな訳ないのにな、この先が全部オレが覚えてる通りに行く、なんて保証はない)

 

 きっと頭の良いやつなら

 

 いい方法が浮かぶのかもしれないけど……。

 

「あーくそ、どうすりゃいいのか全然わからねぇんだよな」

 

 気に入らないやつをぶん殴ればいいなら、ギアンを殴りゃいい。

 けど、アイツはそれじゃ止まらない、止まれない。

 

 オレとアイツが戦った果てにあったのは、犠牲とエニシアの涙だった。

 

 フェアに差し入れに行ったのは、オレも誰かに相談したい気分になっていたからかも知れない。

 

「オレにできる事って、なんだろうな」

 

 譲れぬ想いをぶつけ合う戦い、その終え方をオレはまだ見つけられていない。

 

(そろそろ寝るか、フェアの代わりに朝の仕込みするって約束したし……)

 

「……ん?」

 

 胸元が淡く光った気がして、首飾りを取り出す。

 

(護りの腕輪が……反応した?)

 

 ────────────────────────

 

「って、えぇーっ!?」

 

 眠った次の瞬間、わたしは夢の中で落ち続けていた。

 どっちが上で、どっちが下なのか。

 落ちているのか浮いているのか、区別がつかない。

 

「なんなのこれぇーっ!?」

 

 巡りましく移り変わる景色、雪原、泉、天空の城、そして花園。

 

 おとぎ話に出てくる妖精の国のような、どこか儚い花園の空を落ちていき───。

 

「きゃん!?」

 

 花畑の中へそのまま落下した……。

 

「あいたた……痛くない?」

 

(もしかして夢だから?)

 

 お尻をさすりながらあたりを見回す、

 キレイなお花畑に圧倒されていると、何処からかすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「ひっく……うぅ、ひっく…………」 

 

(泣いてる、近くで誰かが泣いているの?)

 

「おいてかないで……。ひとりぼっちだなんて、イヤだよぉ……あかあさ、ん……」

 

 親に置いていかれて、一人泣いている女の子の声。

 それは、まるで……。

 

(まるで、わたしと同じ……)

 

 思わずわたしは、大声で呼びかけた。

 

「……泣いてちゃダメだよっ!」

 

「だれ……あなたは、誰なの……。どこにいるの?」

 

 まるで花畑全体から聞こえてくるような声に、その子の場所がわからない。

 

「あなたこそ何処にいるの!?」

 

 泣いている子を放ってなんておけない、その一心で花畑を当てもなく走り続ける。

 

「ねぇ、いるのならおねがい……顔をちゃんと見せて! 

 ひとりはイヤ……。私だって、泣いてるだけはもうイヤなの……っ」

 

「待ってて、すぐに! すぐに見つけてあげるから!」 

 

 その時強風が吹き、花が散って巻き上がる。

 まるで花が雪のように降り注ぐ中に、お姫様が見えた。

 儚げで、今にも枯れてしまいそうなお花のような女の子。

 その子に手を伸ばし、伸ばして……。

 

(大丈夫だよって、言ってあげたいんだから!)

 

 ────────────────────────

 

 派手な音を立てながら、わたしはベッドから転がり落ちた。

 

「ピィ……?」

 

 窓からは光が差し込み、竜の子が心配そうにベッドから覗き込んでいる。

 

「……夢から、起きても……落ちるって何なのよぉ」

 

 今度はしっかりと痛かった。




これでようやく本編二話が終わりました、次はデコ天使&鋼の軍団へ


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第15話 竜の子、ミルリーフ

評価お気に入り、感想ありがとうございます。
気が付かなかった点など、楽しく読ませて頂いてます。
親父が不人気すぎて、あれはもう好きになりますね、逆に。


 朝早くに「忘れじの面影亭」に集まったわたし達は、竜の子をどうするべきか話し合いを始めた。

 

「軍団と名乗るからには、いくつかのグループに別れてるのかも」

「この推測が正しいなら、連中の背後には間違いなく指示を出す組織が存在している」

「犯罪組織……ってことですか!?」

「だとすると正直な話、俺の手には余る。

 軍本部に連絡して、然るべき処置を取るべきだと思う」

「是非にそうしてくださいまし!」

 

 ミントお姉ちゃんや、グラッドお兄ちゃん、ポムニットさんは

「竜の子を狙っている危険な連中が居る以上、軍に任せるべき」と常識的な提案をするが。

 

「そんな事をしたら、あの子は一体どうなるの?!」

「帝国軍には、珍しい召喚獣を研究している施設があるって本で読んだんだ。あの子はきっとそこに連れて行かれちゃうんだ!」

「そんなの嫌よ! それじゃ、悪者に捕まるのと変わらないじゃない!」

 

 ブロンクス姉弟は

「軍に任せたら、この子がどうなるかわからない」と竜の子を優先して反発している。

 

「ピィ……」

 

 竜の子は、その間に挟まれて不安そうにきょろきょろしていた。

 

 どちらが正しいのか……。

 (きっと、どっちも正しいんだと思う)

 もしも犯罪集団がこの子を狙うなら、わたし達は力不足で、

 軍を頼るには、至竜はあまりにも貴重な存在。

 

「フェアちゃん、あなたはどうしたい?」

 

「えっ?」

 

「大人に任せたほうがいいって思う? 

 それとも、自分たちでなんとか面倒をみてあげたい?」

 

 ミントお姉ちゃんは、わたしの答えを待っていてくれている。

 グラッドお兄ちゃんも、ポムニットさんも、わたし達を本当に心配して厳しい事を言っているのだ。

 

(わたしの……正直な気持ち)

 

 昨日話したライの言葉を思い浮かべ。

 

「……わたしは、責任を取らなきゃって、思ってる」

 

 わたしは、無責任になりたくなかった。

 

「相手が犯罪組織じゃなくても、この子が至竜じゃなくても。

 わたし達は自分の意思で、あの子を連れてきて、

 無理やり奪おうとする人たちから、護ったから」

 

 自分の行動の責任は、ちゃんと取らなくちゃいけない。

 無責任なダメ親父から教わったら、数少ない教えの一つ。

 

「だったら、その責任を最後までとるのが当然じゃない! 

 都合が悪くなったから、関わるのをやめるなんて。

 そんなやり方、わたしは納得できないよ!」

 

 間で怯えていた、竜の子を抱きしめる、

 こんなにも震えていて、不安そうにしてる。

 

(この子はちゃんと分かってるんだ、自分がどうなるのか分からないって事が)

 

「どうやら、答えは最初から決まってたみたいだね」

 

 わたしに抱きしめられると、安心したように震えが止まった

 竜の子を見た、ミントお姉ちゃんがそう締めくくり。

 

「ズルいですよ、こんなの……これじゃまるで、わたくし達が悪者じゃないですか」

 

 ポムニットさんは不満そうに、だけど認めてくれた。

 

「ありがとう! だからポムニットだーいすき!」

 

 リシェルがポムニットさんに抱きつく、

 それで満更でもない表情になるんだから、似たもの主従だなぁ。

 

「そういえば、そのライはどこに行ってるんだ?」

 

 グラッドお兄ちゃんの疑問に、わたしは「知らないもん」と答えるのでした。

 

 ───────────────────────

 

 朝の仕込みが終わったあと、オレはある所へ向かっていた。

 一人じゃ纏められない頭ん中を、あの人に相談したくなったから。

 

 扉をノックして待つ、この時間には起きてるはずだから。

 

「おや、ライ君じゃないですか」

 

 扉を開けたのは、私塾教師のセクター先生。

 朝食を作るときに、一緒に作った軽食を見せる。

 

「これ差し入れです、それでちょっと……なんていうか、相談に乗って欲しいことがありまして」

 

 …………

 

「すまないねライくん、朝の支度を手伝わせてしまって」

 

「気にしないでください、オレがやりたかったんで」

 

 足が不自由な先生に代わって、一通りの作業を終える。

 古傷のせいってことになってるが、本当は脚の駆動系が駄目になってるらしい。

 

 人を融機強化兵へと改造してしまう、禁断の技術の被害者。

 

 機界ロレイラルの技術には詳しくないが、壊れる寸前ってのはわかる。

 

(先生、本当に命がけだったんだな……)

 

 決死の覚悟で復讐に走り、そして消えていったあっちの先生の事をどうしても考えてしまう。

 

「さて、それで相談事だったかな。

 時間はあるし、ゆっくりと話してみなさい」

 

 軽食を机に並べて、向かい合って座る。

 

(まるで、昔授業を受けてた時みたいだな……)

 

 オレはこの一年間考えていた事を話し始める、

 言えない所は省いて、なんとか要点だけを話していく。

 守りたい人、敵がいること、その敵と和解したいこと、

 暴力で物事を解決したら、ソイツのやり方を認めてしまうことになることも……全部。

 

「……さすがに、突拍子もないですよね」

 

「確かに信じがたい話ではあるね、だけど」

 

 先生は懐かしむような顔をして。

 

「君はフェア君によく似ている、あの子と同じで嘘をつくくらいなら、本当の事を全て話すだろう」

 

 フェアと似ている、それだけじゃないかもしれないけど、

 この人は、オレの話をちゃんと聞いてくれていた。

 

「その君が話そうとしないなら、それは話せない事なんだろうね。

 ライ君が考えを重ねた結果、それでも私に相談がしたいと思ったなら、それに乗ってあげるのが私の務めさ」

 

「セクター先生……」

 

「私が思うに、君はその相手を信じているのではないだろうか」

 

 これは私の推測でしかないが、とセクター先生は続けた。

 

「時間をかけて話せば必ずわかってもらえる、こちらとあちらの要求には妥協点があるはずだ。

 今戦ってしまっているのは、互いに話をしていないから……等とね」

 

 オレは息を呑んだ。

 

 あの戦いの時も、話し合いで終わる可能性はあった。

 エニシアが危険を顧みずにこっちに来た時。

 ギアンの登場により、その芽は潰えてしまったけれど。

 

「だからこそ、その相手と話す機会が作れない自分を責めてしまっているんじゃないだろうか」

 

 騙されてたとはいえ、エニシアは勇気を振り絞ったんだ。

 絶対的な敵と信じ込まされた相手に、無防備にその身を差し出して。

 

「……ありがとう先生、なんとなく見えてきた気がする」

 

「気にすることはない、私にとっては君もまだ子供みたいなものだ」

 

「それは結構キツイな……、自分では大人のつもりなんだけど」

 

 ははは、と笑ってから席を立つ。

 

「失礼します、セクター先生」

 

 私塾から出て、近所の子どもたちに軽く挨拶しながら宿への道を歩く。

 

(一度くらいの失敗が何だ、何回でもやりゃいい)

 

 幸いにも向こうから何度だってやってくるんだ。

 

(次は鋼の軍団だ、気合入れて行くぞ!)

 

 気を引き締めながら宿への到着すると、やけに騒がしい。

 

(何かあったのか? 今は話し合い中だと思ってたけど……)

 

 扉を開けると、こっちに向かってくるフェアと桃色の影が───。

 

「待ってよ、どこいくのミルリーフ!?」

 

「ピギャァ!」

 

 その桃色の影が腹に全速力で突っ込んできた。

 

 体を駆け巡る衝撃と、遅れてやってくる激痛に膝から崩れ落ちる。

 

「ライーーーっ!?」

 

 この世界に来てから、一番痛かった攻撃かもしれない。

 

「ピイィ……?」

 

 悪意なき犯人が、可愛らしく首を傾げた。

 

 ───────────────────────

 

「まぁ、軍と蒼の派閥への報告はとりあえず置いておくとしてだ。

 これから先、どうするんだ?」

 

 今までの話を一度まとめて、グラッドお兄ちゃんが仕切り直した。

 

「そのことなんだけど、提案があって……」

 

(提案ってか、ライに聞いたことなんだけど)

 

 抱きしめてる竜の子の頭をなでながら。

 

「この子が生まれたばかりなら、親が居るはずだし。

 親のところへ、連れて行ってあげればいいんじゃないかなって」

 

 迷子なら、送り届ければいい。

 単純明快で分かりやすい。

 

「あ、なるほど。この子にも家族がいるはずだもんね」

 

「それはいい考えかも、群れに戻れば安心だと思うし」

 

 ルシアンとリシェルも賛成してくれて、大人達も悪くない反応をしてくれた。

 

「じゃあそれまで、フェアちゃんがこの子のママだね」  

 

 素敵な提案と言わんばかりに、ミントお姉ちゃんが手を合わせて笑顔で言ってきた。

 

「アンタしかいないでしょ、今もしがみついてるし」

 

 リシェルが違いないと同意するが、わたしには一つ引っかかる事がある。

 

「いや、ライとかも居るし……」

 

「昨日はライさんにべったりで驚いたよね……」

 

 そう、昨日の戦いのあと。

 何故か竜の子は、ライの背中に飛びついたまま離れようとしなかった。

 

(結局ライがお風呂に入るまで、ずっとしがみついてたからなぁ……)

 

 何やってもこっちに来てくれなくて、わたしは少し泣いた。

 泣いてたら慰めに来てくれたので、やっぱりいい子だと思う。

 

「別にいいじゃない、フェアがママで、ライがパパになれば」

 

「ぶほっ!?」

 

「大丈夫フェアちゃん?」

 

(い、いやいや無い! それはない!)

 

 別にライにそういった感情は一切ないが、年頃の乙女的にそういう括りにされるのはノー! 絶対に駄目! 

 

「おやおやぁ〜? これは怪しい反応でございますね〜?」

 

 ほらぁ、ポムニットさんが悪魔みたいな顔で楽しんでるし! 

 こういう話になるとすぐに反応するんだから! 

 

「そ、そうだよ名前! この子の名前決めよう!」

 

 わたしはなりふり構わず、この子を盾に話題を変えた。

 顔が赤くなってないといいんだけど……。

 

「なら、アンタが決めてあげなさいよ」

 

「一番なついてるもの、この子も喜んでくれるよ」

 

 姉弟からのパスに、わたしはう〜んと悩み始める。

 

(う〜ん、リューム……は男の子っぽすぎるし、コーラル……も何か違う)

 

 じーっと、竜の子を見つめていると、ピーンと閃きました! 

 

「……ミルリーフ。

 今日からあなたはミルリーフよ!」

 

(我ながら、可愛い名前が浮かんだよね!)

 

 みんなも賛成してくれて、ミルリーフ、ミルリーフと騒いでたら、

 急にミルリーフが飛び出して入り口へ向かっていった。

 

 帰って来たライが崩れ落ち、ミルリーフは可愛く一鳴きする事件が起きてしまったものの、

 話し合いは無事にお開きとなった。

 

 ───────────────────────

 

「ああは言ったものの、やっぱりわたくしは心配です……」

 

 宿から出た所で、大人たちの緊急ミニ会議が始まった。

 オレも兄貴に「こっちには参加しろ」と捕まえられた、まだ腹が痛いが我慢する。

 

「とはいて、あいつらの喜びようを見たらなぁ」

 

 兄貴の言葉に、ですよねぇ……とポムニットさんがうなずく。

 

「ごめんなさい二人共、子供たちの真剣さを、

 理屈で曲げてしまいたくなかったんです」

 

「ミントさんが謝ることじゃないですよ!」

 

「そうですよ! こういう苦労は、もうなれっこですし」

 

(オレも昔、この人達にこうやって支えられてたんだな……)

 

 知らずに支えられていた事を改めて知り、今度はオレの番だとハッキリ言葉に出す。

 

「オレも全力で助けるよ、フェアの背中を押した責任は取らないとな」

 

 すると三人が、妙な顔でオレのことを見つめてきた。

 

「な、何だよ。オレ変な事言っちまった……?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだが」

 

「何と、いいますか……」

 

「変なところでそっくりですよね、ライさんとフェアちゃんって」

 

「はぁ!?」

 

 妙な居心地の悪さ微妙に納得いかなかった……。




止まれなかった悪役って感じのテーマが意外と重いんですよね4も、
基本的重いサモンナイトシリーズでも、生々しさが強いという印象があります。


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第16話 ドキドキ、はじめての御使い

ここで出会ったのも運任せですし、サモンナイト主人公たちはいつも綱渡りですよね。
ほのぼのした雰囲気ではあるんですけれど。


「じゃ、ミルリーフの親を探しに行くとしますか!」

 

町の門へ集まったあとに張り切ってるフェアを、冷めた目で見るオレ。

 

「探すったって、アテはあるの?」

 

リシェルが自信満々のフェアに聞いてみるが。

 

「ないない、そんなの。

がんばって歩き回ればなんとかなるんじゃないかなぁ」

 

「あんたねぇ……」

 

みんなが呆れた顔をする、オレもこんなんだったのかな……。

 

「なら、とりあえず卵を見つけた場所に行こうよ!

ミルリーフの親が、探しに来てるかもしれないし」  

 

「うん、それがいいかも」

 

フェアによる豪快な計画は、

ルシアンとミントお姉ちゃんによる、方針変更で事なきを得た。

 

「それじゃあぱぱっと、出発いたしましょう!」 

 

 

「ってポムニット、あんたついてくるつもり?」

 

「当然です、悪者たちがいるかもしれないですから、

ついていかないわけにはまいりません」

 

戦うことができない……って、なってるポムニットさんの同行に、

むーっ、と文句を言うリシェルをなだめておく。

 

「ブロンクス家の跡取りが、悪者のいる場所に行くんだぜ、

これでお目付け役が付いて行かなかったら、それこそ駄目だろ」

 

(いや、関わる時点でけっこー駄目な気がするけど……

ポムニットさんって、よっぽど信頼されてんのかな)

 

あの厳格なテイラーさんが黙認してるって凄いことだと思うぜリシェル、いやマジで。

 

────────────────────────

 

「ここで卵を拾ったんだよ」

 

星見の丘、卵の落下で出来たクレーターまでやってきた。

 

「こんな勢いで落下して、よく砕けなかったもんだなぁ」

 

「ピギィ♪」

 

グラッドお兄ちゃんに対して、何故か誇らしげのミルリーフ。

 

それぞれが穴を興味深そうに覗いたり、竜の生体について話している最中。

 

(ライ?)

 

何故かライだけは剣の柄に手を添えて、周囲を警戒していた。

 

「ねぇ、ライどうしたの……」

 

「ピギイィッ!」

 

ライに声をかけようとしたその時、ミルリーフが大声で鳴きだして平原へ飛び出していった。

 

「ど、どうしたのよミルリーフ!?」

 

「一人になったら危ないってば……ってえぇ、ライさん!?」

 

姉弟がミルリーフを止めようとするが、真っ先にミルリーフを追っかけ始めるライ。

 

「待ってよライ!」

 

「とにかく追うぞ!」

 

全速力の二人を追いかけて行った先にあったのは、

倒れている紫髪の女の子を心配そうに見るミルリーフ、それを守るように剣を構えているライ。

 

「間に合った!下がってろミルリーフ!」

 

対峙しているのは───。

 

「6F05AE……」

 

鉄で出来た、異界の住人たち。

そして軍を率いている、緑髪の謎の少女だった。

 

「こ、コレってなんなの?」

 

「あれは、機械兵器だわっ!」

 

専門家であるリシェルに説明してもらう

機界ロレイラルで生産されている機械の兵器、リシェルが召喚術で呼ぶのと同じヤツだと。

 

「こんなにも沢山召喚されているなんて、驚きだわ」

 

「ライっ、大丈夫!?」

 

急いで倒れている女の子を守るように集まると、リーダーらしき少女がこちらを認識する。

 

「任務未達成、UNKNOWNの妨害、対処検討」

 

ピッ、ピピピピピ……チーン!

 

「結論……、DELETEシマス」

 

少女がこちらを指差すと、機械軍が一斉射撃を開始する。

 

「いきなり撃ってきたぞ!?お前たちは下がれ、ポムニットさんは女の子の手当を!」

 

「えうぅぅぅぅ!?」

 

「ちょっと!わたしたちも戦えるんだよ!?」

 

慌てふためくポムニットさんと一緒に下がるけど、わたしは不満だった。

 

 

「うん、だからポムニットさん達を守るのをお願いしたいの。

戦える皆なら、きっと守り抜いてくれるから」

 

「お姉ちゃん……」

 

ミントお姉ちゃんにそう言われたら何も言い返せない、

グラッドお兄ちゃんの指示に従って二手に分かれる。

 

わたし達はポムニットさん達を守るように固まり、

ライ達は機械兵器軍へ向かっていった。

 

────────────────────────

 

間一髪、襲撃されていた女の子の救助に間に合ったのは良かった。

守護竜の側近である、御使いの一人。

彼女が居なければ、フェア達は何も知らないまま巻き込まれていくから。

 

 

敵対するのは鋼の軍団、それを指揮する機械人形の次女アプセット。

体感だと数年ぶりになる機械兵器との戦いに、オレは緊張感を高めていた。

 

「兄貴やるぞ!」

 

「ああ!」

 

突撃してきた機械兵器のドリルを躱して、横っ腹へ剣を叩きつける。

 

「相変わらずかってぇ……!」

 

剣から伝わる鉄を叩く感触が、腕をしびれさせる。

 

(それに……避けるのに必死で、あんまり反撃ができねぇ!)

 

ドリルを防御できたらいいが、あのドリルをまともに受けたら武器が壊されちまう。

防戦一方だった時、文字通り横槍が入る。

 

「せぇりやぁ!」

 

「グラッドの兄貴!?」

 

敵の関節部に槍を突き刺し、一部機能を停止させる。

 

「突っ込みすぎだ!二人で庇いあって、ミントさんの召喚で一気に畳み掛けるぞ!」

 

「りょーかい!遅れんなよ兄貴!」

 

「帝国軍人として、民間人に遅れを取るわけにはいかないな!」

 

「力を貸してね、オヤカタお願い」

 

「ムイィ!」

 

三人と一匹、鋼の軍団との初戦の幕が切って落とされた。

 

────────────────────────

 

「むっきー!相手が機械兵器じゃなきゃあたしだって!」

 

同じ世界の召喚術はあまり効果が出ない、召喚術の基本だ。

 

「ここは抑えようよねえさん、ポムニットさんその子は大丈夫そう?」

 

「はい、気を失っているようですが、軽傷だけみたいです」

 

ライやグラッドお兄ちゃんを無視して、こちらへ攻めてきた少数を相手にしながら、

歯がゆい思いで見ているしかできない。

 

(あの二人、やっぱり強い)

 

グラッドお兄ちゃんが槍で牽制して、隙が出来ればライが剣で吹き飛ばす。

ライが攻撃を避ければ、攻撃終わりを狙って槍が飛んでくる。

 

そして敵が集まってきたのを狙って、ミントお姉ちゃんが召喚術で一網打尽に。

 

「フェアさん!こっちにも来たよ!」

 

ルシアンの声に武器を構える。

 

(分かってる、この子を守らなきゃいけないってのも分かってるもん)

 

けど、リシェルじゃないけど思っちゃう。

 

(わたし達だって……)

 

「はぁっ!」

 

ルシアンが盾で弾いた敵へ、剣を突き立てる。

 

「リシェル!」

 

「わかってる!いつもと違うけど、いっけー!」

 

リシェルは無色の石を用いて、異世界の武具を敵へ降らせる。

 

(わたし達だって、ちゃんとやれるんだよって!)

 

とにかく今は、ポムニットさん達を守る。

それすら満足に出来なきゃ、認めてなんてもらえないから。

 

────────────────────────

 

機械兵器達を蹴散らし、アプセットへと武器を向けるグラッドの兄貴。

駐在兵士として、投降するように呼びかける。

 

「そこまでだ!おとなしく武装解除して、お縄につけ!」

 

「…………」

 

しかし相手は機械人形であるアプセット、計算のため数秒沈黙し。

 

ピッ、ピピピピピ……チーン!

 

「結論……逃ゲルガ勝チ!」

 

強烈な目くらましが来ると分かってるので、予め目を閉じておく。

 

(っ!?、閉じてても眩しいじゃねーか!?)

 

想像以上の威力に、結局あっさり逃してしまった。

 

「逃げるための目くらましか……」

 

「こんなこと出来るなんて、一体なんなのぉ」

 

目がチカチカしているフェアが困惑している。

 

「あいつが機械人形だからよ。

機界ロレイラルの技術で、人に似せて作った人形……あたしも見たのは初めてだけど」

 

リシェルが険しい顔でアプセットの居た場所を睨む。

 

「こんな場所をのこのこ歩いてるような存在じゃないってこと」

 

「それは、こっちも同じだけどな」

 

向こうが機械人形なら、こっちで倒れているのは天使だ。

 

(よぉ、久しぶりだな。リビエル)

 

四人居るラウスブルグの守護竜の側近、御使い。

そのうちの一人、天使リビエルとオレは再会を果たした。




ドリルは武器を壊すもの、クラフトソードでは大変お世話になりました。


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第17話 天使が大脱走?

サモンナイト好きが見てくださっているようで、ありがとうございます。
自分は初プレイが4なので、とても心に残っている作品です。
クラフトソードも新作出ないかな……武器破壊楽しいんですよね、アレ。


天使の女の子をうちまで運んだ後、わたしは大変な目にあっていた。

 

「このリビエルとて選ばれし御使いの端くれです、

敵の手に落ちるならば一人でも多くの相手を道連れに……ッ!」

 

「ちょ……っ!?ちょっとまって!?話しを聞いてったら!」

 

「ピッ、ピギィッ♪」

 

「あ、あぁ……あああ。みこ、さま……」

 

助けた天使に、勘違いから攻撃されかけた所、

ミルリーフが間へ飛んで入る。

 

「ご無事でいらしたんですね、御子さまぁっ!」

 

ミルリーフ……、御子さまのおかげで攻撃をやめてくれました。

 

わたしと、"御使い"の一人。天使のリビエルとの初対面はこんな感じだったの。

 

────────────────────────

 

その後、疑心暗鬼のリビエルにそりゃもう、すーっごくネチネチ言われて。

 

わたしが「ガマン出来ないっ!」って怒ったのを、ライとルシアンに止められたり。

 

ルシアンが、リビエルに対してすっごく穏やかにお願いしたりして。

 

(ようやく事情を、話せる……)

 

わたしはリビエルに、これまでの事を伝える。

ミルリーフを拾ったこと、敵に襲われたこと。

 

「それで、この子の親を探そうと思って、町の外を探してみたら……」

 

抱いているミルリーフを、リビエルに向けると。

誇らしげに手?を伸ばす。

 

「この子が急に飛び出して、それを追いかけていったらあなたが倒れていたの」

 

(本当は、ライも一緒にだけど……)

 

ライがいる厨房に目を向ける、全員の軽食を作っている彼は、

なんであの時、ミルリーフと一緒に飛び出していけたのだろう。

 

「もしや、御子さま私の危機を察して。それで……」

 

「ははっ、まっさかぁ」

 

感動するリビエルに対し、リシェルが冷めた反応をすると。

 

「御子さまへの侮辱は許しませんよ!?」

 

リビエルはすっごく怒り出す。

 

「御子さまって、どういうことなんですか?

なんとなく、尋常じゃない雰囲気なのは理解出来るのですが……」

 

その反応と、呼び方に対してポムニットが質問してくれた。

 

「仕方ありませんわね。本来なら黙秘すべきところなのですが」

 

貴方達は、あの連中と関係ないようですし。

と、こちらを信頼してくれて話し始めてくれた。

 

「"御子"とは、私たち"御使い"がお仕えするお方。

"ラウスブルグ"を守護する偉大な竜の後継者なのです」

 

「幻獣界メイトルパの古い言葉で"呼吸する城"、あってますよね?」

 

ミントお姉ちゃんがリビエルの言葉を補足してくれる。

 

「ええ、召喚獣たちの集落と理解してもらえたらそれで充分ですわ」

 

(ミルリーフ、この竜の子はその集落を守護する竜の跡継ぎ……)

 

腕の中でぷにぷにしてる可愛い子が、そんな立派な跡継ぎなんだなぁ……。

 

「ということはもしかして、貴方はお迎えにやって来たってことですね!?」

 

「え、えぇ……まぁ……」

 

「よかったじゃないか、これでこの子にまかせておけばもう安心だぞ!」

 

「まだ問題が解決したわけじゃないってば、この子は機械人形達に狙われているんだから」

 

ポムニットさんが手を合わせて喜び、グラッドお兄ちゃんは解決の目処が立ったと安心して、

リシェルが現状を落ち着いて整理をしていた時。

 

「とりあえず今夜は、ここでゆっくりと休んでいくといいよ。

いいよね、フェアさん?」

 

「えっ、あっ、うん。そのくらいはいいけど……」

 

ルシアンがリビエルを気遣って、わたしに相談してくれた。

 

(ルシアンも気がついたのかな、リビエルの変な態度に……)

 

一旦解散となり、軽食を持ってきたライが「帰るの早いな……」とボヤいていた。

 

────────────────────────

 

「はぁー、……美味い」

 

片付けを終えた後、オレは茶を飲んで休んでいた。

 

シルターンでは一般的な茶で、元々そんなに好みじゃなかったけど、

コーラルは渋いシルターン風の食事を好んでいたので、

オレも釣られるように飲むようになっていった。

 

そのおかげか、シルターン風の料理には詳しくなり、

漬物や醤油等もこちらの世界で試作してるが、披露する機会はない。

 

(説明を終えたら、皆別れて……確か、リビエルが外で軍団と会うんだっけ)

 

「ここから、本格的に始まるんだよな……」

 

「ピィ♪」

 

「お、どうしたミルリーフ?」

 

先のことをぼんやりと考えていると、ミルリーフが食堂へやってきて。

オレが座っているテーブルに飛び乗ってきた。

 

飲んでる物に興味があるようで、顔を近づけて匂いを嗅いでる。

 

「こいつが飲みたいのか?コーラルと同じような好みなんて、結構嬉し……」

 

「キュゥ……」

 

「……同じではないみたいだな」

 

茶を一舐めしたミルリーフは、「うえっ」と舌を出す。

そうとう苦いのがキライなのかもしれない。

 

(そういやミルリーフの好みを知らないな、ちょっと試してみるか)

 

オレはミルリーフを抱えて厨房へ移動し、味の違う飲み物を並べる。

 

「よしミルリーフ、お前はどれが……って、はえーな!?」

 

「ピィッ♪」

 

桃色の竜は一目散に甘い味のジュースへ飛び付いて、嬉しそうに舐め始める。

 

「お前は甘いモンが大好きか……」

 

(そういや、リビエルも甘いのが好きだったな)

 

今頃用意した部屋で一人休んでいる天使の事を考える。

 

(疲れてるだろうし、ミルリーフのついでに差し入れしてやるか)

 

「ミルリーフ、フェアといっしょに留守番を任せるぞ。ちょっと町に買い物してくる」

 

「ピィ?」

 

オレはミルリーフに甘い物買ってきてやるから、と約束して宿を出た。

フェアとミルリーフがいるなら、リビエルが飛び出してもすぐに伝えに来ると考えて

 

────────────────────────

 

リビエルの様子が心配なわたしは、こっそり部屋を覗きに来た。

ミルリーフはライの方へ行っちゃったし、一人で話すのも……ちょっと気まずい。

 

(えーっと、貸した部屋は……?!)

 

リビエルの部屋に近づくと、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「ひっく……、ひっく……。

だい、じょぶ……きっと、だいじょうぶ、だから……っ」

 

(リビエル、泣いてるの……?)

 

あんまりしちゃいけないけど、ドアの前で聞き耳を立てる。

 

「しっかり、しなくちゃ……。

私は御使いだから……御子さまを守らなきゃ」

 

この子はすごく責任感が強いんだ、

けど溜め込む部分がある、だからきっとさっきも強い口調で……。

 

(どこかルシアンに似ているな……)

 

だけど、次の言葉を聞いた瞬間……。

 

「ひとりっきりで、帰るところが……もうなくても……。

私が、がんばらなきゃ……ダメだものっ……」

 

「ねぇ、今のってどういうこと?

帰るところがないって……どういうことなの?」

 

わたしは部屋の中へ入って行った、

親の元へ帰せる。その考えを根本から崩すような話しだったから。

 

「……ぅ……ぁ……っ!」

 

聞かれてはいけない事を聞かれてしまったからか、

結果的に嘘をついてしまった罪悪感からか、

リビエルは、窓から外へ飛び出していった。

 

「ちょっとまってよ!」

 

わたしは逃げ出したリビエルを追って窓から飛び出す、

一瞬みんなの事が脳裏をよぎったけど。

 

(大丈夫、宿にはライがいるし!)

 

ライに丸投げして、今はリビエルを追うことに集中する。

 

逃げ続ける天使を追い続けて、やがて町の外へ出ていった。

 

────────────────────────

 

結構な荷物を抱えて、オレは宿へ戻った。

夕食が近いことを思い出し、がっつり買い物していたからだ。

 

「ただいまーっと、フェアーついでに夜の買い出ししてきたぞ……?」

 

荷物を置いて、肩を回す。

整理を手伝ってもらおうと店主を呼んだが、返事は返って来ない。

 

(返事がないな、裏にでも行ってるのか?)

 

「ピィッ!ピィ!?」

 

裏手を確認しようとしたオレに、ミルリーフが慌てて飛んできた。

 

「どうしたミルリーフ、フェアが何処かしらな……うおっ!?」

 

そのまま、裾に噛み付いてグイグイ引っ張られる。

 

「そんなに引っ張るなって、何処に連れて……っ!」

 

連れて行かれたのは、リビエルが使っている部屋の前。

開きっぱなしの扉、開きっぱなしの窓。

 

そして、誰も居ない現状。

 

「リビエルが居ない、ってことは……!

フェアの奴追いかけちまったのか!?」

 

ミルリーフが「うん!」と首を縦に振る、

町で買い物しているオレに声がかかってないってことは、

フェアは多分誰にも言わず、すぐに追いかけていったんだ。

 

「ああくそっ、あいつ無鉄砲過ぎないか!

ミルリーフ!皆を呼びに行くぞ!」

 

「ピイッ!」

 

ミルリーフと一緒に宿を飛び出し、町へと向かう。

頼れる仲間たちを呼んで、あわてんぼうの店主を追いかけるために。




この世界の召喚獣の事情を知っていると、寝起きに人間に囲まれていたら攻撃もするよね……ってなる、重い作品。


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第18話 鋼の軍団

鋼の軍団戦、丸太が転がってくるなんて思いもせず。
孤立しているリビエルがよく倒されました。


「いい加減、止まってってば!」

 

「きゃっ!?」

 

 町外れにある水車小屋の前で、ようやくリビエルを捕まえられた。

 飛んでいく天使をよく捕まえられたと、自分の足の速さを褒めたい。

 

「はぁ……はぁっ、いきなり飛び出して、どうするつもり?」

 

「か、関係ないでしょう! 

 あなたこそずっと追いかけて来るなんて、まったく理解出来ませんわ!」

 

「関係あるわよ、御使いの一人だって言ってたのに。

 どうしてミルリーフを置いて逃げ出したの!」

 

 まだ出会ったばかりだけど分かる、リビエルは真面目で責任感が強い子だって。

 

「っ……。だって、だってもう意味がないんですもの」

 

 天使は泣き崩れて、小さな声で理由を話し始める。

 

「ラウスブルグにはもう帰れない。帰ったって……守護竜さまは、もういない……っ」

 

「どういうこと?」

 

(守護竜、ミルリーフの親が……いない?)

 

 頭のどこかで、置いていかれた……なんて、考えてしまう。

 

「亡くなられたの。奴らが来て、戦いが始まって、

 御子さまを守るために……、私達に託して……」

 

 けど、実際はもっとひどくて、悲しくて。

 

「なんなのよ、それ……じゃあ、あの子は二度と自分の親に会えないの?」

 

 あの子は産まれたばかりなのに、このままずっと……親の顔すら知らないまま。

 

「そんなの、あんまりじゃない……」

 

(わたしだって、ダメ親父のことは許せないけど……)

 

 それでも、会いたくないって言えば、嘘になる。

 

「……泣かないで、リビエル」

 

 泣いたままのリビエルに手を差し伸べる。

 

「泣いていたって、どうにもならないよ。

 だから、あなたは今まで頑張ってきたんでしょ?」

 

 一人で敵から逃げて、ミルリーフを探しに来てくれた。

 それがきっと、彼女の御使いとしての意地だったんだと思う。

 

「私はわかりません、これからどうしたらいいのか……。

 他の御使いたちとも、離れ離れになってしまいましたし、

 一番未熟な……、私だけが残ってしまって」

 

「大丈夫」

 

 リビエルの肩を叩く、わたしよりも小さい肩を。

 

「それでもあなたが居る。ね、あなたの役目はなに?」

 

 リビエルはハッとし、顔を上げてくれた。

 

「あ、貴方ごときに言われなくたって!」

 

 乱暴に涙を拭いて立ち上がる。

 

「ふふっ、それよそれ。その口ぶりだともう大丈夫そうね」

 

 そのまま手を繋いで一緒に帰ろうとして。

 

「なにゆえ、貴方は私のことを気にかけてくれるんですか? 同情、哀れみ?」

 

 なんて事を聞かれたので、少しふてくされてしまう。

 

「心配だったからに決まってるでしょ」

 

 頬を膨らましながらそう返す。

 

「……ふふっ、あはははっ」

 

 それがおかしくて、おかしくって。

 二人で笑いあっていると。

 

「TARGET補足デス、オネエサマ……」

 

「非常によろしくてよ、後で花マルをあげましょう」

 

「っ、誰!?」

 

 さっきの戦いに居た、緑髪の機械人形と、

 そして隣には紫髪でメガネの、多分……機械人形。

 

(なんか、リビエルと似てる……)

 

 剣を抜いて、リビエルを庇って前に出る。

 

「また変な機械人形が増えた……けど、知り合い?」

 

「あいつはローレット、機械人形三姉妹の長女よ」

 

 三姉妹、リシェルが存在に驚いていた機械人形が……。

 

「あと一人、あんなのが居るのね」

 

「ローレットが居るなら、もしかして……」

 

 リビエルのつぶやきに応えるよう、機械兵器の軍と共に青い制服を身に纏った、おじいちゃんが現れた。

 

「左様、このワシも出向いてきておるというわけじゃな」

 

「やはり出ましたわね! 召喚師ゲック!」

 

「教授とお呼びなさい! 教授と!」

 

 本のついた杖らしきものを持つおじいちゃん、

 リビエルの言うとおり召喚師なのは間違いなさそう。

 

「召喚師ってことは、あなたが機械達の親玉なわけね?」

 

(これだけ多くの機械兵器を召喚しているなんて……)

 

 リビエルと目で合図し、水車小屋へゆっくりと下がっていく。 

 

「そういうお前じゃな、あの男の娘というのは」

 

「またダメ親父の話……、だとしたら何よ! おじいちゃん!」

 

「だから教授とお呼びなさいと言ってるでしょう!」

 

 ローレットが喚いてるが、無視! 

 

「御使いの一人と合流したようだが、竜の子はおらんようじゃな……。

 なるほど、無作為に連れ回すほど間抜けではないか」

 

(何も考えていなかっただけです……)とは、絶対に言えない。

 

「竜の子をこちらに引き渡してもらおう、おとなしく渡せば手荒な真似はしないと約束しよう」

 

「そ、そうです。あなたには関係ありません! あとはっ、私が……」

 

 教授からの一方的な要求に、リビエルがわたしを引き止める。

 

「……多分、あなたは嘘は言ってない気がする」

 

「ならば……」

 

「けどね、そもそもわたしがそれを決めるって話でもないし、

 仮に連れてきていても、武器を向けてお願いしますなんて」

 

 結局やってることは、最初の夜と同じこと。

 

「そんなやり方、わたしはやっぱり気に入らないの!!」

 

 天使を安心させるために、無理に笑ってみせる。

 

「なぜなの……どうして、あなたはそこまでするの。

 そこまでして、私を庇う必要なんて無いはずなのに!」

 

「言ったでしょ、ほうっておけないって! 

 困っている人がいるのに、自分が出来ることをしないなんて。

 わたしは絶対にしたくない!」

 

 剣を持ち直し、戦いに備える。

 

「来なさい悪者! あなたたちなんて、わたしだけで十分よ!」

 

 ────────────────────────

 

 トレイユの町の外、水車小屋に向かって走るオレ達。

 

「ライ、本当にこっちであってるのか!?」

 

 グラッドの兄貴が走りながら聞いてくる、曖昧な説明でみんなを連れ出したからな。

 

「ああ、水車小屋にいるはずだ!」

 

 背中にくっついてるミルリーフを指さして。

 

「何より、ミルリーフが反応してる! リビエルが居るなら、多分フェアもだ!」

 

「ピギャァ!」

 

 コイツは強い魔力、フェアの腕輪や、御使いが持っている"守護竜の遺産"を感じ取る事ができる。

 

(それに、オレの時も水車小屋だったしな)

 

 あの時オレはすぐに追いかけなかった、

 宿のことを考え、みんなを集めてからミルリーフに探してもらった。

 

「フェアのやつ、何だってこんな無茶なことしてるのよ!」

 

「多分、ほうっておけなかったんだよ。

 フェアさんなら、そういう子は絶対に見捨てられないから」

 

 けどアイツはすぐに追いかけた、それがいい事なのか悪いことなのか。

 わかってるのは、一つ。

 

(オレには、やれなかった事だ)

 

「ピィ……」

 

「大丈夫だって、お前の母さんはオレが助けてやるから」

 

 そんなフェアの行動に、ミルリーフはずっと表情が暗い。

 だから安心させるように、何度も声をかける。

 

「そんな不安そうな顔すんな」

 

 お前の暗い顔見ちゃ、リビエルだってまた泣いちまうしさ。

 

「見えた、水車小屋だ!」

 

 足を止め、周囲を確認する。

 

(あれは、教授。それに次女のアプセット!? 

 くそ、間に合わなかったってのか!)

 

 しかしよく見ると、様子がおかしい。

 

「なっ、これは……」

 

「嘘……すごい」

 

 グラッドの兄貴と、ミントねーちゃんが驚き、言葉が続かない。

 

 水車小屋の周りには、傷ついた機械兵器達が転がり。

 機械人形三姉妹、長女ローレットに組み付いて、武器である銃を抑えている。

 

 傷ついた姿の店主、フェアがそこにいたから。




ようやくミルリーフがしゃべるまでたどり着きそうですね、鳴き声だけは大変なので……。


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第19話 乙女の大暴れ!

これにて第3話の終わりです。


「たぁっ!」

 

 機械兵器の装甲と剣がぶつかる、鉄が鉄が嫌な音を立て弾かれてしまう。

 

「固ったぁ!」

 

 やっぱり剣だと無茶だなぁ、と改めて思う。

 さっきのお兄ちゃん達みたいにはいかないや。

 

「流石に無茶が過ぎますわよ!?」

 

「ちょっと試しただけだってば! 本番はこれからなんだって!」

 

 やり方を変える、鍛えてきた魔力を剣に込めて。

 

「今度はっ!」

 

 同じように斬りかかる、鉄が引き裂かれて、細かい部品が宙へ弾き出される。

 

(やっぱり、魔力には弱いんだ!)

 

 機械兵器の弱点を見つけ、一度下がる。

 これなら、一点突破で逃げ出すこともできるかも……。

 

(問題は、すっごくすごーく、わたしが疲れる事なんだけどさ)

 

 魔力を込めるんだから、消耗は通常とは比べ物にならない。

 普通に振るう分には問題ない体が、今にも休みたいと悲鳴を上げている。

 

「リビエルっ、今から走って突破を……」

 

「危ないっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 さっさと抜け出しちゃおうと提案しようとした矢先、

 リビエルに引っ張られて水車小屋の中に転がるように入る。

 

「発射!」

 

 

 寸前までわたしがいた場所に、銃弾の雨が降った。

 

「あれ、もしかして銃……!?」

 

「ローレットの基本装備ですわ、物陰から出てはいけませんっ!」

 

 こっそり外を覗いてみると、ローレットが自慢げにメガネをクイッとしてる。

 なんか、すごくむかつく。

 

「教授やアプセットの手を借りるまでもありません、私一人で十分制圧可能です」

 

「くっそぅ、こっちにも何かあれば……」

 

 この小屋に閉じ込められてる間にも、機械兵器はどんどん迫ってくる。

 

(危険だけど、やるしか……)

 

 飛び出そうとしたわたしをリビエルが止める。

 

「お待ちなさい、今出ていってはローレットの思う壺、

 チョコレートパフェに蜂蜜と砂糖をかけるような、甘々な考えですわ」

 

 こっちのメガネもクイッってしてる、

 ちょっと、ムッとする。

 

「けど、このままじゃ……」

 

「私にお任せなさい、おいでなさい……ホーリーシープ!」

 

 紫の石、サプレスからの召喚で現れた、もこもこした可愛らしい羊。

 身体を震わせると、光りの星が降り注ぎ、機械兵器を機能停止まで追い込んでいく。

 

「すごい! そのままローレットを倒せたりは……」

 

「しませんわ、流石にここからでは届きませんもの」

 

 小屋にいる限り、ローレットには届かない。

 向こうは撃ち放題なのに! 

 

「卑怯だよ! 銃を置いて来なさいよね!」

 

「これは戦法の一つです、卑怯ではありません」

 

「むむぅ……」

 

 確かに、アプセットと教授って人は戦闘に加わる様子はない。

 あの人たちが来たら勝ち目は本当になくなってしまう。

 

 だから、卑怯ではない……うん、確かに。

 

(でもローレットをどうにかしないと、ここで立て籠もっていても押しつぶされて……)

 

「リビエル、あの光の攻撃、まだ出来そう?」

 

「可能ですけど、あまり乱発は出来ませんわ。

 このままだと、こちらの魔力が先に……」

 

「うん、だから案があるの」

 

 わたしの作戦を聞いたリビエルが「無茶苦茶すぎるわよっ!」と少し怒ったのは納得行かないけど。

 

 ────────────────────────

 

「行きますわよ……えいっ!」

 

 リビエルの召喚を合図に、小屋から飛び出す。

 

「その距離では届きません……、まさかっ!?」

 

 余裕ぶったローレットが慌てて顔を隠そうとするけど、もう遅い! 

 

(距離をどうにかして詰めればいい、だからちょっとだけ相手の気をそらす!)

 

 先程のアプセットの真似、光の目くらまし。

 星の光は、ローレットの目……目なのかな? を眩しくさせたはず! 

 

(この間に近づけば……っ!?)

 

 ローレットの銃口が、こちらを向いている。

 

「生憎と、あなたの運動能力からルートを予測すれば問題ありません」

 

 今にも発射される、その瞬間。

 護りの腕輪が薄く光り、体が軽くなった。

 

「発射!」

 

「いっ……けーっ!」

 

 足に力を込めて、一気に接近する。

 ローレットの弾丸は遅れて、さっきまでの場所に着弾。

 

「なんですって?!」

 

 そのまま飛びついて、銃に変形しているローレットの腕を掴んで組み伏せる。

 

(この子、機械人形だけどあんまり力が強くない!)

 

 ギリギリだけど、わたしでも押さえつけられる。

 

「降参して、もう勝負はついたでしょ!」

 

「そういう訳には、いきません……っ!」

 

 機械人形だからといって、想定される以上に動いたりはできない、

 人間を模してる以上は、関節さえ押さえれば……! 

 

「フェア、避けてぇ!」

 

「え、はぁっ……!?」

 

 顔を上げると、アプセットが腕をドリルに変形させて突っ込んでくる。

 

 慌ててローレットをはなして、距離を取る。

 

「RESCUE……、オネエサマ確保」

 

 アプセットがローレットを庇い、前に立つ。

 これじゃ、さっきとまるっきり逆だ。

 

 そのまま睨み合いを続けていると、教授がゆっくりと近づいてきて。

 

「よくやったアプセット、もうよいローレット。急ぎ撤退の準備をせよ」

 

 ローレットが驚いて教授に振り向く。

 

「教授、ですがっ!」

 

「小娘の迎えが来おったわい、今から戦うにはちと骨が折れるのでな」

 

 教授の指差す方を見ると、機械兵器の群れに飛び込む仲間たちの姿。

 

(来てくれたんだ、みんな……!)

 

 リシェルがこっちに大声で文句を行ってる気がするけど、今は無視しよう。

 後が怖いけど……。

 

「小娘よ、お前中々やりおるな」

 

「戦ってる敵に言われたって、嬉しかないやい!」

 

 教授に向かって舌を出す。べーっだ。

 

「その小生意気な口といい、無茶なことを平然と行う所といい、あの男にそっくりじゃわい」

 

「そんなに似てるかなぁ、お父さんに……」

 

「光学兵器の集中砲火を、剣一本でぶった切って高笑いするのと、

 一瞬のめくらましを頼りに、銃に向かって走り出す。

 どっちも、忘れられんくらいには常識外れも良いところじゃ」

 

 ローレットとアプセットが武器を仕舞い、機械兵器の残骸などを集め始める。

 

 それを見てわたしも武器を仕舞い、教授に向き合う。

 

「今日はここで引いておこう、小娘。

 お前のその、無茶苦茶な戦いに免じてな」

 

「どーも、そのまま諦めたりしてくれないの?」

 

 わたしの返しがそんなに面白かったのか、教授は大笑いして。

 

「はっはっは! 敵に諦めろとはなかなか言うでないか、

 じゃがワシは諦めんぞ、あのお方の……"姫様"の願いの為にもな」

 

「姫様……? あ、ちょっと!」

 

 背を向けて去る教授を追おうとして、足が動かないことに気がついた。

 

 想像以上に、体が限界みたいで、

 そのまま、座り込んで動けなくなった。

 

 ────────────────────────

 

「よっ、無事か?」

 

「大丈夫? ケガとかしてない?」

 

 オレがフェアへ駆け寄ってる間に、

 ルシアンはリビエルを助けに行っている。

 

「迎えに来てくれて……ありが、とぉ……」

 

「おっと」

 

 安心からか、糸が切れたように崩れるフェアを支える。

 

「ちょっと、フェア大丈夫なの?」 

 

 リシェルが心配そうにしているけど、寝てるだけだ。

 

「よっぽど疲れたんだろうな、ミルリーフちょっと背中からどいてくれ」

 

「ピィ……」 

 

「お前の母さんを運ぶからな、我慢するんだ」

 

 ミルリーフがしぶしぶ背中から離れてくれたから、気を失ったフェアを背負う。

 

(……やっぱり腕輪が反応してる、オレの時よりも強く)

 

 オレがいるせいなのか、フェアになにかあるのか、それは分からない。

 

「あのっ」

 

「ん?」

 

 声に振り得ると、リビエルが心配そうに見ていて。

 

「なぜ、フェアがここ居ると……それに、貴方達までなんで……」

 

「決まってんだろ」

 

 考え過ぎで、いらない事まで考えるのはリビエルの悪い癖だな。

 

「心配だったからだよ、オレも皆もな」

 

 宿に帰ろう、晩飯と宿の準備はやってやるか。

 だらしなく寝ている、妹みたいな店主に代わってさ。




次はやっぱり夜会話、この話では夜会話は主人公のフェアをメインにやっていく予定です。


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第20話 夜会話 リシェル、ルシアン/???

少し間が空きました、のんびりと進めて行きたいと思います。


「あー……」

 

すっかり日も暮れた食堂で、わたしはテーブルに突っ伏していた。

 

あの戦いの後、お兄ちゃんやお姉ちゃんにこっぴどくしかられたからだ、

そりゃもうすごい剣幕で、今後一人で飛び出すのは禁止とまで言われちゃった。

 

「こっぴどく叱られたわね」

 

「お疲れ様、フェアさん」

 

「リシェル……、ルシアンも」

 

顔を上げると「やれやれ」って顔のリシェルと、飲み物を持ってきてくれたルシアンが居た。

 

「ま、今回はあんたが全部悪いんだから仕方ないわよねー」

 

「ねえさんってば、そんな言い方しなくても」

 

「だってホントじゃない、一言声かけてくれればあたしも行ったのにさ」

 

確かに声をかければ、理由も聞かずに着いてきてくれそうだけど……。

今回に限って言えば、わたしにだって言い分がある。

 

「それはリビエルを見失わないように……」

 

「甘いわね!」

 

その言い分は真っ先に却下されてしまう。

 

「どんな理由があろうとも、このあたしを置いていく時点で言語道断よ!」

 

「久しぶりにでたわね、リシェル理論……」

 

最近はよく遊ぶから、前みたいに無茶な事を言う機会が減ったので、

実は結構久しぶりなリシェルの王様っぷりが懐かしい。

 

「ねえさんはフェアさんが心配なんだよ、

今回もすごく無茶な戦いしていたし」

 

なるほど、言われてみればそうか。

心優しいおじょうさまの顔が、みるみる真っ赤に染まっていき。

 

「こらルシアン!」

 

「あだっ」

 

ばらした弟を粛清する。

 

「とにかく!今度から必ずあたし達を連れていきなさいよね!」

 

人差し指をまっすぐに向けてくるリシェルに。

 

「フェアさんにはお世話になってるし、僕たちも助けになりたいんだ」

 

真っ直ぐな瞳で訴えかけてくるルシアン。

 

(今のままでもすごく助かってるんだけど……)

 

けど、ここでそう言ったらダメだもんね、

二人がどれだけわたしの事を心配してくれているか、ちゃんとわかってる。

 

「うん、わかった。次からちゃんと頼るから」

 

「ドーンとまっかせておきなさい!」

 

胸を張っていたリシェルが、ふと思い出すようにして話し出す。

 

「……にしても、ライに呼び出された時はもっと大ピンチかと思ったんだけど」

 

「へ?」

 

「ライさんが皆を呼びに来た時、すごく慌ててたんだよね」

 

(ライが慌てて……?)

 

確かにリビエルと飛び出したけど、そんなに心配するような事があっただろうか。

普通だったら町外れもそんなに危なくない場所だし……。

 

「そうそう、なのにアンタってば結局一人で勝ってたじゃない」

 

まるで猛獣を見るようにしてくるリシェル。

 

「あれはたまたまだってば!それに、リビエルのおかげだもん!」

 

でも、確かにあの時のわたしはちょっと変だった。

 

(なんでか凄い動けたんだよなぁ、火事場のなんとかってやつ?)

 

「リビエルちゃんも、明日に改めてお話してくれるみたいだし、フェアさんのおかげだよ」

 

うーんと唸っていると、ルシアンがまとめに入る。

 

「そうね、あたし達は帰るわ。あんまり出歩いてるとパパがうるさいから」

 

オーナーの事を思い出しただけで嫌な顔になるリシェル、わたし程じゃないけど、

リシェルもお父さんの事嫌ってるなぁ……。

 

「うん、また明日」

 

帰っていく兄妹を見送ってから、わたしは寝る準備を始めた。

 

────────────────────────

 

そして、また泣いている声が聞こえてきた。

目を開くと、まばゆい光と共に花畑が見えてきて。

 

昨日、夢の中で手を伸ばしたあの子が居た。

 

「あ……」

 

ピンクの髪、薄く輝くヴェールを身にまとった女の子が、

こちらに気がついて振り向く。

 

「あなたなの?わたしの夢の中で泣いていたのは……?」

 

どこか懐かしい気配のする女の子に近づく。

 

「……貴方、なの?

夢の中で、私をはげましてくれたのは貴方なの?」

 

すると、彼女もおかしなことを言ってきた。

どっちの夢で、どっちが来たのか。

 

「あはははっ」

 

それがなんだか可笑しくって、二人で笑いあった。

 

「わたしはフェア、あなたの名前は?」

 

「エニシア…、エニシアっていいます」

 

夢の少女、エニシアと名乗ったその子は優しく微笑み、自己紹介をしてくれた。

 

────────────────────────

 

それから花畑に一緒にお座りして、お話を初めてみる。

 

(夢の中で会った人に話すなんて、初めてだけど……)

 

「ここは、やっぱり夢の中なの?

前も眠ってから、この場所に居たし」

 

「私にも、よくわかりません。

こんなことは初めてだし……」

 

エニシアは少し考えてから。

 

「貴方の方は?他の人の夢に行ってしまったり……とか」

 

ないない、とわたしは首を横に振って。

 

「わたしだってこんなの初めてだけど、まぁいいかなって」

 

「え?」

 

特に気にしていない事が、エニシアには少し意外だったようで。

 

「だって、約束したから。顔を見せる、すぐに見つけてあげるって」

 

にーっ、と笑ってピースしてみる。

エニシアはくすくすと、鈴のように笑った。

 

「ありがとう、夢の中でも……寂しかったから。

気にかけてくれていたのが、嬉しくって……」

 

(この子はよく笑うなぁ、泣いてる印象が強かったけど……)

 

コロコロと表情が変わるのが、子供みたい。

……いや、わたしもまだ子供か。

 

そんな時間はすぐに終わるようで、妙な感覚がしてくる。

寝ぼけながら目を開けるような、そんな感じ。

 

「やっぱり夢なのかな、目覚める感覚がする……」

 

立ち上がって体を伸ばすと、エニシアも立ち上がった。

 

「あ、あのっ!お願い、しても……いいですか?」

 

「え?」

 

可愛らしくお辞儀をして。

 

「私と友達になって!夢の中で出会えた時だけでもいいから

ひとりぼっちは、もう嫌だから……」

 

なんて事を言ってくる、だからリシェルみたいにちょっとだけ悪戯心が湧いてきて。

 

「え、今まで友達じゃなかったの?」

 

「えっ!あ、その……」

 

なんて言うと、慌ててるような嬉しいような顔をしてくれる。

 

「泣いているより、楽しそうな顔の方がいいよエニシア……っと、

本格的にそろそろ目覚めそうね……」

 

まだ慌ててるエニシアに手を振って。

 

「じゃあねエニシア!また会いましょう!」

 

「ええ、またここで必ず……約束しましたからね、フェア」

 

わたしは、夢から目覚める。

 

────────────────────────

 

「ふわぁ……。おはようミルリーフ」

 

「キュウ……」

 

一緒のベッドで眠っていた小さな竜を起こさないように、そっと起き上がる。

 

「さて、今日こそ朝の仕込みはわたしがやるんだから」

 

昨日ライに仕事を取られた事、ちょっとだけ根に持っていた。




続いて口調が大変なあの人が来ますね、よきかなさんは一番思慮深く御子を第一に考えるので今のライには苦手そうな相手です。


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第21話 ふしぎなふしぎな親子の関係

ついに甘えん簿誕生、一番好きなこのシーンはリュームの「おい!保護者!」だったりします。


 翌朝、わたしたちは食堂に集まって今後の事を話し合っていた。

 

 ミルリーフは朝食の片付けをしに行ったライの背中に張り付いて行ってしまったのが、ちょっとだけ寂しいけど……。

 

「じゃあ、リビエルはここで御使いを待つんだね?」

 

 結論から言えば、リビエルはうちの宿に住むことになった。

 どうせ泊まってるのはライだけで、部屋は有り余ってるし。

 

 他の御使いはリビエルよりも強く、追手から逃れてこの街へ来る可能性が高いと、リビエルが主張したのもあって決めた事だ。

 

(しかし、なんでこの街に……、卵の飛んだ方向から探してるのかな)

 

 なんとなく引っかかる事柄について考えていると、ミントお姉ちゃんが深刻な顔で話を切り出す。

 

「そうなると、問題なのは私達かもしれないね」

 

「えっ?」

 

「御使い達は自由に動けるからな、敵を避けたり隠れたり出来る。

 けど、オレ達は待たなきゃいけないからな」

 

「ピィ♪」

 

 言葉の意味を掴めないでいると、洗い場から戻ってきたライが答えてくれた。

 

 ライからこちらへ飛んできたミルリーフを受け止めながら、みんなで逃げちゃえば……と一瞬思ったけど。

 

「かといって……、お店は放り投げられないし」

 

 グラッドお兄ちゃんは駐在兵士、ミントお姉ちゃんは蒼の派閥から派遣されている。

 リシェルやルシアンは言わずともだし、わたしだってそうだ。

 

(この子を助けるために、全てを捨てて……なんて言えないし)

 

 そもそも、逃げ出すことが最善と決まったわけでもない。

 

「たぶん、相手はまだ様子見の段階だと思うの。

 剣の軍団、鋼の軍団共に全力じゃないだろうし」

 

「もしかして……、その気になったら街ごと一気に攻撃するって事ですか!?」

 

 ミントお姉ちゃんの考えにポムニットさんがゾッとした顔で慌て始める。

 

「いや、流石にそれはないだろう。

 そんなことしたら、帝国そのものを敵に回すことになるしな」

 

 グラッドお兄ちゃんが、帝国軍人としての視点から推測してくれてる。

 帝国に正面切って戦えるような組織は殆どない。

 無色の派閥や、紅き手袋といった犯罪組織も、帝国との全面対決は避けている。

 

 相手の目的が竜の子だとしたら、

 向こうはミルリーフを帝国に渡されるのが最も困るはず。

 それはわたし達も同じだけど……。

 

「この事件を公にしたくないって事だけは、敵と利害の一致ってやつだな」

 

「よかったぁ……」

 

 ポムニットさんが安心して胸をなでおろすが、隣のルシアンとリシェルは深刻に捉えている。

 

「ちっともよくないよ、

 だって確実に目的を果たすために、少数精鋭を僕たちに差し向けてくるってことでしょ?」

 

「そうね、あの鋼の軍団はまだしも。

 剣の軍団は統制が取れてて目立たず一気に街に入り込めるし」

 

「うん、それが正解だと思う」

 

 姉弟の考えはミントお姉ちゃんが危惧していた通りのようで、

 グラッドお兄ちゃんも顔が険しくなる。

 

「しんどそうよね……」

 

 だからつい、そんなことを言ってしまった。

 あのトゲ鎧のレンドラーに、まだ勝てる気がしないし。

 教授のおじいちゃんも、底が見えない。

 

「だけどよ、一番マズイのは数で攻められる事だろ。

 それがないだけまだマシだ」

 

「あ、なるほど……戦えるわたしたちはともかく。

 ミルリーフは捕まっちゃったら、それでオシマイだし」

 

 ライの言葉に納得する、足止めされてミルリーフから分断されたら、それだけで向こうの目的は達成されてしまうのだ。

 

(どうしよう、さすがにミルリーフを連れて街を歩いたりはできないし……)

 

 その存在の珍しさは、街などで常に一緒に居てあげられない問題がある。

 

 全員が頭を悩ませていると、リビエルが決意したよう顔を上げる。

 

「……その心配をなくす方法が、ひとつだけですが、ありますわ」

 

 ────────────────────────

 

 御使いが追われている理由を、オレは知っている。

 

 先代の守護竜は、クソ親父に自害のため介錯を頼んだ時にある物を遺した。

 

 ウロコ、牙、角、瞳。

 

 自らの身体の一部に、膨大な魔力と知識を封印した。

 短期間でミルリーフに継承し、守護竜へと成長させるために。

 

 モチロンそこまで便利ではなく、強大な存在の至竜ですら、

 継承の際に身体と魂にかかる負担は想像を絶する。

 

 先代の死によって、途絶えることを阻止する為の最後の手段。

 

 四人の御使いが所持する、四つの遺産。

 

(リビエルの持つウロコは、ミルリーフへと魔力を譲渡することができたはず……)

 

 正直これで無理やり大人へと育てるのは、未だに抵抗はある。

 コーラルですら、あの大人しい顔の下でずっと我慢していた、無理やり大人になる事を。

 

『大人になるのが……、こわいんだ……』

 

 竜だからといって、全てを受け入れられるわけでもない。

 だからオレは……オレ達は、今でもアイツを子供だと思ってる。

 

(それが無理やり大人にさせちまった、オレ達の償いだって……皆考えていたのかもしれない)

 

 ……なんて、柄にもなく昔の事を考えながら継承の儀を見守っていたら、どうやら無事に終わったようだ。

 

「女の子に、なっちゃった……」

 

「それだけじゃないよ、強い魔力が体から溢れてる。

 これでも、力の一部でしかないなんて……」

 

 皆が姿を変えたミルリーフに驚いている、

 桃色の髪をした女の子、あの日背負ったあの姿だ。

 

 人の姿になったミルリーフは、ぼんやりとフェアを見つめている。

 

(そうそう懐かしいな、オレん時もコーラルがあんな感じで……)

 

「ママっ♪」

 

「……は?」

 

(いや、あんな感じじゃなかった)

 

 ミルリーフはフェアに抱きついて、嬉しそうにママと呼んでる。

 フェアはもちろん、オレ達も固まったまま動けなかった。

 

「ママっ♪ だーいすきっ♪」

 

(ママ、ママかぁ……お母さんじゃないのか、呼び方)

 

 コーラルとの違いに何だか寂しい思いをしてると、急にミルリーフがフェアから離れて……。

 

「パパっ♪」

 

「……は?」

 

 ミルリーフがオレに抱きついてきて、パパと可愛らしく呼んできた。

 

(パパ……パパって、あれだよなお父さんで、親父で…………)

 

 コーラルがこんな風にべったり甘えてくれたこと殆どないなとか、あーこりゃリシェルの影響でパパだな……とか。

 

 色々ありすぎて、オレは思わず叫んでいた。

 

「はぁぁぁ!? お父さんじゃないのか!」

 

 やっぱり、お父さんと呼ばれたい気持ちはあった。

 

「フェアさんがお母さんだと思われてるのは、なんとなくわかったけど……」

 

「ライのやつ、すっとんきょんな反応してるわね。

 真っ先に気になるのが、そこって……」

 

 なるほどな〜って顔でニヤついてる姉弟とメイドさん。

 

「すり込み現象ってやつでフェアがそうなるのはわかるんだが、ライもなのか」

 

「気になりますね、ライさんもお世話をしてたのは見てましたけど……」

 

 二人で不思議そうに見てくる兄貴とねーちゃん、おい助けろよ! 

 

「ロマンスの一つもないまま、お母さんって……それもライと……、いくらなんでもあんまりじゃない!?」

 

 よくわからない悲しみを叫んでるフェア、なんだよロマンスって! 

 

 自分の甘えに対しての反応がない事に気がついて、じっと見上げてくるミルリーフと目が合う。

 

「ママとパパは……、ミルリーフのことキライなの???」

 

「「え……」」

 

 言葉が出なかった、そんな流れだっけ……。

 

「キライなんだ…………、うっ、うぅ……」

 

 今にも泣き出しそうなミルリーフに、フェアに目で合図する。

 

(やばい、この子泣くぞ!)

(わかった、わかったやるから!)

 

 オレの意図を汲み取ったフェアが、しゃがみ込んでミルリーフと目線の高さを合わせる。

 

「違う違う! キライじゃないって!」

「そうだぞミルリーフ、オレとフェアが嫌うはずないじゃないか!」

 

 とりあえず全部肯定することにした、こういう子とは思わなかったので子育てへの自信が音を立てて崩れていく。

 

「……じゃあ、好き?」

 

 首をちょこんとかしげて、とんでもない事を聞いてくる。

 

 チラッと横を見れば、フェアの笑顔が引きつってる、オレも同じ顔してるだろう。

 

「お、おう……もちろん、好きだぞ?」

「あ、うん……もちろん、好きだよ?」

 

 多分……言い切れた、という事にしてくれ、頼む。

 

「わーいっ♪ ミルリーフもねっ、ママとパパだぁーいすき♪」

 

 フェアの助けてくれって視線を、オレは無視した。

 

(こっちが助けてほしいくらいだ……)

 

「誤解を招きそうなほど、お二人とも懐かれまくってますねぇ……」

 

「二人ともさっきから同じ反応するわね、ある意味お似合いなんじゃない?」

 

「はははは……」

 

 だから聞こえてるからなブロンクス一派、メイドさん共々後で飯の量減らしてやる……。




次回親子喧嘩、ライがどういった対応をするのか悩みます。


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第22話 はじめての親子喧嘩

一番ライとフェアが子供だった瞬間だと思います。


 ミルリーフが人の姿になった騒動から、少し落ち着いた後、

 わたしが出かける準備をしていたら、ミルリーフがしがみついてきた。

 

「ねぇ、ねぇ。お願いつれてってよぅ」

 

「駄目だって、遊びに行くんじゃないから」

 

 これからブロンクス邸にて、オーナーへ業務報告に行かないといけない。

 わたしだって行きたくはないけど、行かなきゃ後が怖いし……。

 

「だって、せっかくママたちと同じ姿になれたんだもん。

 一緒におでかけしたいよう」

 

 確かに竜の姿で出かけたことはほとんどない、

 袋に入ってもらったりして、隠しながらの移動しか出来なかったから。

 

「だからってホイホイ出歩いていたら危ないじゃないの、

 敵はアンタのこと狙ってるんだから」

 

「ね、いい子だから聞き分けてよ?」

 

 一緒にブロンクス邸へ向かう、リシェルとルシアンも説得している。

 人の姿になったとはいえ、ミントお姉ちゃんみたいにわかる人にはわかるのかも知れない可能性はある。

 

「でも、でもぉ……」

 

「うっ……」

 

 今にも泣き出しそうなミルリーフの姿に、心の奥がきゅーと締め付けられるけど、ガマンガマン。

 

「後で連れて行ってやればいいじゃないか、オーナーからの呼び出しが終わったら行けるだろ?」

 

「パパ……!」

 

 そんな戦いを続けていると、見かねたライがミルリーフの肩を持ち始めた。

 

「ライまで……、もうっわかったわよ」

 

「ほんとに?」

 

 一度折れたんだから、もう仕方ない。

 

「ほんとに。けど、それまでおとなしく待ってるのよ?」

 

「うん、ママだぁーいすき♪」

 

 これで悪い気がしないんだから、この子はおねだりが上手なんだなぁ。

 

 ────────────────────────

 

「んじゃ、のんびりフェアを待とうぜ」

 

「うんっ」

 

 三人組を見送ったあと、食堂でミルリーフと二人っきりになった。

 兄貴とねーちゃんはそれぞれ仕事に戻ったし、リビエルは今までの疲れを部屋でゆっくり癒やしている。

 

(しかし、こう見るとやっぱ別の存在なんだな……)

 

 ミルリーフを観察すると、コーラルとの違いがよくわかる。

 

 コーラルは生まれた時から、どこか割り切った性格をしていた。

 確か「宿から出さないつもりでしょ」みたいな事を当時言っていた気がする。

 

(それに比べると、凄く分かりやすく子供だなミルリーフって)

 

 いかにも女の子って姿、甘えん坊で泣き虫で、そのくせおねだりが上手い。

 

「パパ、ミルリーフのことじっと見てどうしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 こういう子の相手はしたことないから、正直結構戸惑ってる。

 大体、オレがパパ呼ばわりされるのは……。

 

「ねぇ、パパ。コーラルってだぁれ?」

 

「……えっ」

 

 何でミルリーフから、その名前が出るんだ? 

 

「……ミルリーフ、その名前をなんで」

 

 冷静を装って聞けたかわからない。

 

(まさか、守護竜の遺産にコーラルに関する何か入っていたり…………)

 

「?」

 

 ミルリーフは首を傾げてから、答えてくれた。

 

「昨日、パパが言ってたよ?」

 

「あっ」

 

 そういやつい言っちまった気がする、シルターンの茶に反応された時に。

 

「あっちゃぁ〜……」

 

「ねぇねぇ、教えて教えて?」

 

 知識がついた今なら、オレが自分のことをほとんど話さない事に気がついているんだろう。

 そんなオレが口を滑らせたもんだから、気になって仕方ないって顔だ。

 

(……ま、至竜ってこと話さなきゃ平気だろ)

 

 出そうと思って用意していた、甘く味付けしたミルクをミルリーフへ渡して、

 オレも茶を用意して、椅子に腰掛ける。

 

「アイツがこっちにいたら、そうだな……ミルリーフの兄か姉になっていた奴だよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、自慢の子供だったよ」

 

 思えば、コーラルの事をこうやって話すのは初めてだな。

 

「パパ……ママ以外と結婚、してたの……?」

 

「えっ」

 

 今にも泣き出しそうな顔で聞いてくる、

 まてまて、なんでそうなる。

 

(そもそもフェアと結婚してねーんだけどさ……)

 

 子供の思い込みは恐ろしい。

 

「オレがガキの頃に、世話することになったんだよ。

 まぁ、色々あってさ……」

 

 本当に、色々あった。

 

「ミルリーフの前の……子供……」

 

「それでも兄っていうのはとはなんか違ってな、あいつも『お父さん』なんて呼んできたし。

 兄弟ってより、やっぱ親子なんだと思う」

 

「コーラルさん……いなくなっちゃったの?」

 

 そんなに仲良さそうなのに、とミルリーフが不安そうにしているから。

 

「いいや、むしろオレが家から追い出されたな」

 

 笑って頭をなでてやる。

 

「この話、皆には内緒な? 

 子供に家から追い出されたなんて恥ずかしいしさ」

 

「うんっ、パパとの秘密!」

 

 どこかミルリーフに、コーラルの面影を探してしまうのは、

 やっぱ寂しいからかもしれない。

 

 しばらくして帰ってきたフェアが、

 オーナーからの援助金で、妙な薬を買って来たのには頭を抱えたが。

 

 ────────────────────────

 

「おさんぽっ、おさんぽっ♪」

 

 わたしは今にも逃げ出したくなってきた。

 

 楽しそうに歩くミルリーフの左手には私の手、

 そして右手にはライの手が握られている。

 

 つまり、あれです……仲のいい親子がやるような。

 

「楽しいねっ、パパっ♪ ママっ♪」

 

 わたしはまだ良いのかもしれない、小さい子の面倒を見るのは嫌いじゃないし。

 

 街の人に見られても姉妹みたいに見えるかもしれないから。

 

(ただ、ねぇ……)

 

 ライの様子が気になってみると、

 我慢を通り越して悟ったように朗らかな笑みを浮かべてる。

 

「そうだなミルリーフ、あっちの店も見てみるか?」

 

「うんっ♪」

 

 誰も泊まらない宿に、一年も滞在している男としてそこそこ有名な男が、

 突然子供と手をつないで買い物をしている。

 

 街の顔見知りからの視線はなかなか強烈だった。

 

(最初は気まずいから見ていられなかったのに、なんか笑顔だし……)

 

 もしかして慣れてるのだろうか、やけに子供の相手が手慣れてるし。

 

(わたしが買い物するときとか、ミルリーフから目を離さないようにしてくれてるんだよね)

 

 最初はどうなるかと思ったけど、ライが上手くミルリーフの面倒を見てくれてる。 

 

 途中、犬に吠えられて泣かされる竜とか、

 甘い匂いに釣られてお店のお菓子を勝手に食べちゃう竜とかハプニングはあったけど、

 今のところ順調なお出かけだ。

 

 だからちょっとだけ、油断してたのかもしれない。

 

「っと、悪いフェア。

 オレも買うものがあるから、ミルリーフを見ててくれるか?」

 

「えー、パパと一緒に行きたいよう……」

 

 用事があるライに、ミルリーフがわがままを言うのをなだめる。

 

「パパーっ! はやくしてねっ!」

 

 ライに向かって手を振るミルリーフが、

 振り返らずに手を振って応えるライが。

 

 いつかのわたしと、お父さんに重なって見えてしまった。

 

(わたしも、こんな風に……してたんだっけ)

 

 お父さん、お母さん、エリカにわたし。

 

 生まれた頃に死んだはずの母さんを含めた、家族四人で遊んだ記憶。

 

(お母さん……、お母さんって、どうやればいいんだろう)

 

「ねぇミルリーフ、ライが来る前に……ミルリーフ?」

 

 物思いにふけった後に、ミルリーフとお店でも覗こうかと声をかけるけど。

 あの子の姿が見当たらない。

 

「ミルリーフっ!? どこ、どこに行ったの!」

 

 慌てて辺りを見渡す、人混みの中で特徴的な桃色を探すと、

 少し遠くだがすぐに見つけられた。

 

(あの子、また勝手に動いて……!)

 

 少し怒りながら、無事なことにホッとして駆け寄る。

 

 近づくにつれて、ミルリーフが何かをしようとしてるのが見えて。

 

 わたしは、一気に走り出した。 

 

「ミルリーフ、だめっ!」

 

 咄嗟に小さな手を掴んで、ミルリーフを止める。

 

 この子が居たのは、つながれている召喚獣達のところ、

 手綱を勝手に解いて、逃がそうとしていた。

 

「っ!? ま、ママ……?」

 

 なんで止められたのか、分からない顔でわたしへ振り返る。

 

(やっぱりこの子、逃がそうとして……!)

 

 他人の所有する召喚獣を逃がすことは、重罪だ。

 

「ちょっとこっちに来て!」

 

「ママ…………」

 

 召喚獣から離れたところまで連れて行ってから、しゃがみ込んで目線を合わせる。

 

「どうして、あんな事しようとしたのよ?」

 

「…………」

 

「もしやってたら、どうなるかくらいは分かるでしょ?」

 

「…………」

 

 ミルリーフはずっと黙っていた、

 泣きそうな顔で何かを我慢するように。

 

「黙ってるばかりじゃ、わからないでしょ!」

 

 それなのに何も話してくれないから、つい腹が立って怒鳴ってしまった。

 

「う、ぅ……いや、がってたから……」 

 

 涙をこらえながら、理由を一生懸命に話そうとして。

 

「つながれているみんなが、いやがっていたから……たすけなきゃって……」

 

 その理由に、わたしはだんだん頭が真っ白になってきて。

 

「人間に命令されるのはもうイヤ……っ、自由になりたい……、生まれた世界に帰りたいって……だから」

 

 それは、勝手に召喚されてきた異世界の住人の正当な理由かもしれない。

 

「泣いてる子もいたの……、だから助けて、あげたくて」

 

 子供の、純粋な願いなのかもしれない。

 

「だから、ミルリーフ……悪いことなんてしようとしてないもんっ!」

 

 けど、この世界じゃ許されない理屈で。

 

「……言いたいことはよくわかったよ。

 けどね、そういうことは」

 

 子供には許されない、わがままなんだ。

 

「ちゃんと自分で責任が取れるようになってから、それから言いなさい!」

 

 わたしに許されなかった、ワガママなんだ。

 

「あなたのワガママに振り回されるのは……、うんざりだって言ってるのよ!」

 

「フェアっ!」

 

 ライの声で我に返る、気がつくとミルリーフを庇うようにして、ライが間に立っている。

 

 ミルリーフは、大泣きしているのにも気がつけなかった。

 

「ラ、イ……」

 

 初めて見る眼だ、悲しんでるような、私を責めてるような。

 

「先に宿に戻ってる」

 

「まって、わたしが悪いわけじゃ……」

 

 ミルリーフを抱えたライに、説明をしようと……。

 

「分かってる」

 

 ライの声で止まってしまう。

 なんでそんな声で、わたしに怒るの。

 

「お前は頭を冷やせ、いいな」

 

 混乱したまま、帰っていく二人を見ている事しかできなくて、

 一人ぼっちになったわたしは、思いっきり叫んだ。




次回、ライにとって難関のよきかな。


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第23話 二人目の御使い

誤字修正、感想ありがとうございます。
4は主人公と竜の子、どちらも歩み寄って親子になる過程が好きです。
それを見守ってくれる仲間たちも、その日常を守ろうと協力してくれていて……、何人か親切心だけで仲間になる人いるの凄いですねこれ。


 泣きじゃくるミルリーフを抱っこしたまま、オレは宿に向かって歩いていた。

 

(オレが居れば、止められると思ったんだけどな……)  

 

 コーラルの言葉にキレちまったあの時、

 オレは何に怒っていたのか、もう覚えていない。

 

 情けなくて、どうしようもなくて、叫びながら走って逃げたことだけ覚えてる。

 

「ひっく、ぐすっ…………」

 

「よしよし、もうちょっとで宿だからな」

 

 思わず叱っちまった、フェアの顔が頭に焼き付いてる。

 なぜ叱られたのかホントはわかってる、けれど納得が出来ないあの顔。

 

(後で、フォローしなくちゃな……、こっちの泣き虫が先にだけど)

 

 泣くのに疲れてきて、だんだんと大人しくなった幼子の背中を叩きながら、オレは宿の扉を開ける。

 

「お帰りなさいませ、御子さ…………御子さまっ!?」

 

「悪いリビエル、タオルとって来てくれ。

 何があったか、あとで説明するから」

 

 宿で待っていてくれたリビエルに頼んでから、

 ミルリーフを食堂の椅子に座らせる。

 

 温かいものを用意しようとしたら、ミルリーフが服を掴んで離さない。

 

「大丈夫、どこにも行かないから。

 特別にすっげぇ甘くしたミルクを持ってくるからさ」

 

 何度か頭を撫でてやると、ようやく手を離してくれた。

 

 温かくした飲み物を持って戻る時には、リビエルがミルリーフの事を拭いてくれていた。

 

「助かるよリビエル、けど先にミルリーフと話させてくれ」

 

「後できちんと聞かせていただきますわよ」

 

 こちらへの怒りを隠さずに、怒りながら部屋に戻っていく。

 

 大切な御子さまは泣いていて、保護者の片割れがいないってのに後にしてくれるだけ優しいな。

 

「ほらミルリーフ、これ飲んで落ち着こう」

 

 ミルリーフへ飲み物を渡して、オレも席につく。

 

 暫くの間、鼻をすすって居るだけだったけど。

 香りで落ち着いてきたようで、少しずつ飲み始めた。

 

 オレは何も言わずに、じっとミルリーフが話し始めるのを待つ。

 

「……ママ、がね……ミルリーフ、いけないことしたって」

 

 ぽつり、ぽつりと水が溢れるように、少しずつミルリーフが話を始める。

 

「あのね、ミルリーフ……みんながかわいそうで、泣いてる子、助けたくてね……。

 だから、逃したくて……だから……わるくないって、ママに……」

 

 コーラルも守護竜になってからずっと悩んでる事だ。

 強制的に使役される召喚術の、悪しき方面。

 

 一方的に連れてこられ、帰れなくなった召喚獣は大勢いる。

 それがリィンバウムの顔の一つだ。

 

「でも、でもっ。ママに、迷惑だって……。

 ミルリーフ、いいこと、しようとしたのに……、ママには、悪くて……」

 

 召喚獣に対しては、様々な法が整備されている。

 願いは正しくとも、暮らしている世界にとって悪いこと。

 

「ママ……、ママぁ……」

 

 コーラルと違って、子供らしい性格をしているけれど、

 自分の行為の結果を考えられない訳じゃない。

 

 フェアの言葉から、この世界の仕組みを理解している。

 

 それでもコーラルと同じだ、悪いことをしたとは思っていない。

 でも、親に嫌われたくない……その板挟みで苦しんでる。

 

「大丈夫だ」

 

 だから安心させてやりたい。

 

「何がいけなかったのか、お前はちゃんとわかってる。

 だから大丈夫だよ、フェアも帰ってくるから」

 

 大丈夫と繰り返して、ミルリーフを落ち着かせる。

 

「それに、子供の失敗を叱るのも大人の仕事だ、ミルリーフはそのままでいい。

 自分でも、何が正しいのか考えてるのは悪くない」

 

 考え続けた結果、一つの結論に至った子供をオレは見ている。

 

「けど、フェアだってミルリーフの母さんになったばかりで、色々と戸惑っているんだ。

 そこは分かってやってくれ」

 

 それを支える為に、大人になろうとした。

 

「お前が母さんと認めた人なんだ、何があってもお前を捨てたりなんかしない」

 

 兄貴やねーちゃんはすり込み現象なんて言ってたけど、

 この子はもう自分で考えられる。

 

 自分で考えて、この数日の出来事を通して、

 この人なら信頼できる……そう感じて、母さんと呼んだはずだから。

 

「信じてアイツを待ってやってくれ、な?」

 

「…………やだ」

 

「え?」

 

 耳を疑った。

 

「やだやだぁ! ミルリーフ、捜しに行くのーっ!」

 

「だからフェアは戻ってくるって……」

 

「イヤイヤーっ! ママに嫌われたまんまじゃイヤだよぅ……。

 いますぐあやまりたいんだもん……っ!」

 

 今にも飛び出していきそうなミルリーフを抑える、

 この暴走お転婆っぷり、フェアとリシェルを足したみたいな感じだなコイツ!? 

 

「わ。わかった! わかった! 

 オレが探しに行ってやるから!」

 

「パパが……?」

 

「お前は入れ違いにならないように、ここで待ってるんだ、約束だぞ?」

 

「やくそく……」

 

 ミルリーフがようやく大人しくなってくれて一息つく。

 

「そうだ、お前が約束を守ればフェアは帰ってくるから。

 その時に好きなだけ謝ってやれ」

 

「……うんっ!」

 

 小さな頭を撫でて宿を出ると、

 ちょうどリビエルと一緒に、ブロンクス姉弟がやってきた。

 

「あ、ライさん。リビエルちゃんに聞いて……」

 

「悪い三人共、ミルリーフのこと任せた!」

 

 その横を走り抜ける。

 三人はぽかーんと、一瞬呆けたあと騒ぎ出す。

 

「ちょっと、アンタは何処に行くのよ!?」

 

「泣き虫を捜しに行ってくる!」

 

「御子さまに何があったか説明していきなさいっ!」

 

「後でなー!」

 

 後ろから聞こえてくる言葉を全部無視して街へ駆け下りていった。

 

 ────────────────────────

 

 とりあえず、セクター先生のところに行ったあと、母さんの泉に行ってみて……なんて考えていたら。

 

 今最も会いたくない奴に会っちまった。

 

 奇妙なシルターンの格好に、赤い髪。

 そして特徴的な竜の角。

 

 御使いの一人、龍人のセイロン。

 

 御使いの中で最も冷静であり、御使いとしての使命を何に換えても果たそうとする。

 

 たとえ、オレ達と対立することになっても。

 

 いつもなら頼れる男だけど、言えないことが山程あるオレは正直関わりたくねぇ……。

 

「これ、そこな御仁」

 

(このエラっそうな態度も懐かしい……)

 

「なんだよ」

 

「何、我はこの街に疎く、先程童に尋ねたものの、逃げられてしまってな。

 今度はおぬしに尋ねてやろうと考えたわけだ」

 

 はっはっは、と笑った後。

 

「どうやら、おぬしは先の童と知らぬ仲ではなさそうであるからな」

 

(フェアともう会った後? いや、何でこいつは知っているんだ?)

 

 セイロンの気配が、ピリピリと肌を刺す。

 

「童と同じく、竜の魔力らしき気配をまとい。

 なおかつ童と酷似した風貌……関係が無い、とは言わぬよな?」

 

(これは、警戒されている……?)

 

 なぜか分からないが、セイロンか気配が鋭い。

 オレが敵だと思っているのか? 

 

(でも、コイツはこっちのクソ親父にフェアのことを聞いているはず……、オレをその仲間だと思っているなら、どうして?)

 

「竜の子の居場所を、答えてもらおうと思ったのだが……」

 

「ま、まてよ。オレはアンタの敵じゃ……」

 

 そう言いかけて、違和感に気が付いた。

 セイロン以外にも視線を感じる、しかも複数。

 

「……なるほど、ではあちらの客人は関係がないということか」

 

「客人……? まさか!?」

 

 辺りを見ると、武器を持った男たちが距離を詰めて来ている。

 荒っぽく、統率が取れてない動きから軍団の連中じゃない……ってことは。

 

「はっはっは、どうやら我の追手のようだ」

 

 この街まで追い続けてきた、セイロンの追手。

 

「お前っ、ずっと警戒してたのはコイツラかよ!」

 

「左様、おぬしは嘘はついておらぬと分かっている」

 

 不敵に笑い、扇子を広げて顔を仰ぐ。

 

「隠し事は、妹君と同じく苦手なようなのでな」

 

「フェアは妹じゃねぇっての! さっさと蹴散らして誤解を解いてやる!」

 

 武器を取り、呼吸を整える。

 隣に立つ男に教わった、ストラの息吹。

 

 同じ呼吸で息を合わせ、同時に敵へと飛び出した。




次回は若様と泊まり客が大暴れ、キャラも揃ってきてそろそろ本編外の出来事も書いていきたいですね。


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第24話 素敵な若さま、大暴走!

御使いの中で最も頼れる男、そしてこの話的に最も怖い男です。



 ライに頭を冷やせと言われてから、わたしは町をあてもなくふらついていった。

 途中やけに偉そうな、ミルリーフを探してる人に出会ったけど無視して逃げたりもした。

 

 今は誰にも会いたくなかった、ミルリーフに酷い事を言ってしまったことを、叱られそうで。

 

「おや、珍しい。フェアくんじゃないか?」

 

「あ……、セクター先生」

 

 気がついたら、昔通っていた私塾の前まで来てしまっていた。

 

「君と顔をあわせるのは、ライくんを紹介してもらった時以来かな」

 

「そう、だね……」

 

(世話になった恩師に、こんな時に再会するなんて……どんな顔すればいいんだろう)

 

 わたしの様子を見た先生が、心配そうにして。

 

「どうしたんだい、元気が取り柄の君にしては、

 ちょっと顔が暗すぎやしないかい」

 

「べっ、べつに!?」

 

 わたしは全力で誤魔化した、理由があまりにも情けないから。

 先生にも、あんまり知られたくなくて……。

 

「ふむ、元教え子の相談を聞くには、私では頼りないかな?」

 

「そ、そんなこと無いっ!」

 

 そんな事を言われてしまうと、わたしは弱い。

 諦めて、全部吐き出すこと決める。

 

「実は……」

 

 今まであったことを、包み隠さず話した。

 先生はすべてを黙って聞いてくれた。

 

「なるほど」

 

「信じてもらえないよね、こんな無茶苦茶な話」

 

 自分で話してて、始まりが竜の子を拾ったって何だろうとか思えてきちゃった。

 

「いや、信じるよ。君がウソで誤魔化したりしないと知っているからね」

 

 君たちは本当に似ている、と先生は呟く。

 

(わたしが? 誰に似てるんだろう)

 

「君が気にしているのはその竜の子に対して、自分がとった態度だろう?」

 

「うん……」

 

 わたしは本当に酷いことを言ってしまった。

 あんなに嫌っている、ダメ親父だってわたしにあんな事言ったこともない。

 

「ついカッとなってあんな酷い事言っちゃったけど。

 考えたら、全部わたしが決めてきた事なんだよね……」

 

 あの子は何も悪くない、

 わたしが拾って、守ろうと決めて、全部わたしのワガママなんだ。

 

「わたし、最低だ……」

 

 押し付けてしまったのはわたしなんだ。

 

 このままどっか消えちゃいたいくらいに落ち込み、泣きそうになるのを必死に堪える。

 

「別にそこまで自分を責めることはありませんよ、人は弱いものだからね」

 

「えっ……」

 

 先生の言葉で顔を上げる。

 

「誰だって、つらいことからは逃げ出したいし、

 失敗だって繰り返してしまう。私だってそうだからね」

 

 どこか遠くを見る先生の目は、昔のことを思い出しているのかもしれない。

 

「けどね、君は間違いを改めようって思える人間で、

 それを信じて待ってくれている人がいる」

 

「まって、くれてる……」

 

「彼が頭を冷やせ、そう言ったなら。

 時間さえあれば、君はキチンと間違いを正す努力が出来る人だと信じているからだよ」

 

(そっか、ライは待っててくれてるんだ……)

 

 ライは一度も、わたしを責めたりしてない、

 わたしが勝手に自己嫌悪していただけだ。

 

 思いっきり自分の顔を両手で叩く。

 

「……落ち込んでたって、

 なんにも変わらないままだものね」

 

 頬の痛みを我慢して、無理やり先生に笑ってみせる

 

「さぁ、元気が出たなら。待ってくれている人の元に行くといい」

 

「うん! ありがとう先生!」

 

 わたしは宿へ向かって走り出した。

 

 ────────────────────────

 

 町中で起こった乱闘騒ぎ、こっちは二人、相手は多数。

 召喚術も使えない不利な状況だけど、まったく問題にならなかった。

 

「ふぉぅ…………、ホアッチャー!」

 

「あびばっ!?」

 

 喧しい叫び声と共に繰り出され蹴りで、鎧を着た男がふっ飛ばされていく。

 元々身体能力に優れた龍人、その上にストラによって強化されるんだからたまったもんじゃない。

 

「出鱈目な蹴りだぜ……」

 

「あっはっはっは! そう褒めるでない」

 

 鎧を装備してる男が、どれだけ重いと思ってんだよ。

 扇子を片手に涼しい顔してやっちまうんだから、セイロンの実力は本物だ。

 

「褒めてねぇよ……、オラァ!」

 

「へぼばだ!?」

 

 不用心に近付いてきた敵の攻撃を避けて、すれ違いざまに柄で殴り飛ばす。

 

 戦う場所がこう狭いと、大剣はちょっと使いづらい。

 

(昔みたいに色々ぶら下げたほうが良さそうだな……)

 

「ほぅ、やはりそなたも中々の使い手。

 何処かで見た剣捌きにも思えるが……」

 

 セイロンが何かに気が付いたようで、相変わらず怖いくらいに察しがいい。

 

「死ねぇ!」

 

「アタァ!」

 

「ひでぶっ!?」

 

 また一人蹴り飛ばす、まさに一撃必殺。

 相手がやられる時に変な声が出るのはなんなんだよ。

 

「詮索はまたの機会にしよう、降りかかる火の粉を払わねばならぬな」

 

「巻き込んでおいてよく言うぜ、

 その火の粉も、だいたい逃げ出しちまってるぞ」

 

「おやおや、張り合いのない相手よなぁ」

 

 元々セイロン一人でも十分すぎる程度の相手、

 二人で相手すりゃあっという間に逃げていった。

 

「ともあれ、助太刀ご苦労であったな! はっはっはっは」

 

「たがら巻き込んだのはテメェ……もういいや」

 

 この態度にまともに相手してたらすっげー疲れる、出会った頃こんなだったなそういや。

 

「おい、一体何があったんだ!」

 

「あ、グラッドの兄貴」

 

 乱闘騒ぎに駐在兵士の兄貴が駆けつけてきた。

 

「また例の奴らだよ、軍団じゃなかったけど」 

 

「なんだって?! すぐにフェア達のところに行かないと……」

 

 その兄貴を止めたのは、偉そうにしてるセイロンだ。

 

「いや、奴らは我を追ってきたもの共よ。

 こうして目的地ついてしまった以上、無理に追撃もすまい」

 

「なぁ、ライ。この人は何なんだ?」

 

「話を聞く限り、御使い…………だろ」

 

(リビエルから聞いておけばよかった……ウソつかなくて済むし)

 

 ほら見ろ、セイロンがオレの事すっげぇ見てるし。

 

「この人が、御使い……ねぇ」

 

 逆に兄貴はセイロンを疑わしい目で見てる。

 胡散臭いもんな、コイツ……。

 

「その口ぶりからするに、既に御使いがいると見た。

 良ければ案内をしてもらえると助かるのだが」

 

「なぁ、本当に信用していいのか?」

 

「言うなって、オレも最初はそう思ったんだから」

 

 止めようにも二人だけじゃ勝てる気がしねぇし……。

 

 ────────────────────────

 

 わたしは宿の前まで来て、扉を開けるのに緊張していた。

 自分の家に帰るのが、こんなに怖いなんて。

 

(がんばれ、がんばれフェア! わたしはあの子に謝るんだから!)

 

 自分を奮い立たせ、思い切って扉を開けると。

 

「ママ……っ!」

 

「わわっ!?」

 

 急に飛び出してきたミルリーフが、わたしに抱きついてきた。

 

「よかったフェアさん……」

 

「まったく、アンタのせいでこっちが大変だったわよ」

 

「ルシアン、リシェルも……」

 

 泣きじゃくるミルリーフの背中を叩きながら、

 疲れた顔の幼馴染が面倒を見てくれてたんだと分かった。

 

「ごめ、なさい……ごめんなさい……っ! 

 いい子に、するからぁ……ワガママぜったい、言わないからぁ……!」

 

「大丈夫ミルリーフ、あなたの事キライになったりなんてしてないよ」

 

「…………ぐすっ、ほんと……?」

 

 こんなに泣いちゃうほど、心配をかけてしまった。

 わたしはダメなお母さんだなぁ……。

 

「うん。謝らなくちゃいけないのは、わたしだもん」

 

 この子は、わたしのことずっと待っててくれたのに。

 

「酷いことを言って、ゴメンね……許してくれる?」

 

「うん……っ、ママ大好き……」

 

「うん……」

 

 それからミルリーフを抱っこして食堂に連れてって、一息ついた頃。

 

「……あの、ライは一緒ではありませんの?」

 

 リビエルがあたりを見渡してライを探している。

 

「ライ? 宿にいるんじゃないの?」

 

「あのねっ、パパがねママを探しに行ってくれたの」

 

「あっちゃー、入れ違いになっちゃったかな……」

 

 わたしも落ち込んでて、周りを見れてなかったし。

 

(みんなと一緒に町に行こうかな……)

 

「はっはっはっは!」

 

 そう考えていると、外からやけに大きい笑い声が聞こえてきた。

 

「……っ! この、やたらと偉そうで胡散臭い笑い声は!」

 

 リビエルが外に飛び出したのを、みんなで追うとそこには。

 

「ライ、グラッドお兄ちゃんと…………、誰?」

 

 やけに疲れた顔をした二人と、先程あった胡散臭い人がそこにいた。

 

「いやぁ、出迎えご苦労」

 

「セイロン……、貴方って相変わらずですわね」

 

 リビエルが見るからに肩を落とす、嬉しいのか嬉しくないのか……微妙な感じで。

 

「そう目くじらを立てるなリビエル、それに先程の童も一緒とは。いやぁ、善哉善哉」

 

「何なのこのいかにも胡散臭い人……」

 

「御使いの一人、セイロンですわ」

 

 リシェルの正直な感想に、リビエルがメガネを抑えて答える。

 ミルリーフに至っては、ちょっと怯えてるくらい。

 

「で、こちらにおわすのが御子殿なのだな?」

 

 そんなミルリーフの前へセイロンが来たのだから、わたしの後ろに隠れてしまった。

 

「お初にお目にかかる御子殿よ、

 我が名はセイロン、ゆえあって先代に客分として迎えられ、

 御使いのはしくれとして、お世話になった者です」

 

「……」

 

 先程までとうってかわった、真面目そうな自己紹介にミルリーフが顔を出す。

 

「先代の御遺志によって、御子殿の力となるべく推参いたしました。

 微力を尽くしますので。以後、お見知りおき下さい」

 

「よ、よろしく……」

 

 なんだ、意外と真面目そうで良い人……。

 

「というわけだ! 以後しばらくは我もおぬしの所に厄介になってやるのでな。

 光栄に思うがいいぞ、あっはっはっは!」

 

 ………………そんな事はなさそう。




シンゲンさんいいですよね……白い米でずっと味方してくれる男、
次回からかなり物語に改変を入れていく予定です、よろしくお願いします。


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第25話 夜会話 セイロン/御使い

感想をいただく度に、皆さんサモンナイト好きなんだなぁ……、としみじみ思います。
今こそソシャゲとかで何かやってほしいんですけどね。


「はぁ〜……疲れた」

 

 新しく仲間になったセイロンの部屋を用意し終わって、自分の部屋に戻る。

 

 ママが来るまで起きてる……、そう言って待ってるミルリーフの為に急いだけれど。

 

「先に寝ちゃったかぁ」

 

 疲れてたミルリーフは、わたしのベッドでもう眠っていた。

 

(……竜の姿だったから、一緒に寝てたけどもう別にしたほうがいいのかな)

 

 いくら子供とはいえ、二人で寝るにはちょっと狭い。

 どうしようか悩んでると、控えめに扉がノックされる。

 

「はーい?」

 

 扉を開けると、客室に行ったはずのセイロンが居た。

 

「夜分遅くにすまぬな、童よ」

 

「何よ、ミルリーフならもう寝ちゃったわよ? 

 それとも、部屋に何か文句でもあったり……」

 

「いやいや、中々風情があって良い部屋を宛てがってもらった。

 用があるのはおぬしでな、いくつか聞きたいことがある」

 

「なら、そっちの客室に行くよ。

 ミルリーフが起きちゃったら困るし」

 

「かたじけない」

 

 そっと扉を閉めて、セイロンの部屋に向かう。

 

 さっそく、鬼妖界風の小物があちこちに置かれているのには目をつぶろう、ってどこに持ってたのよ……。

 

「さて、それでおぬしの兄君の事なのだが……」

 

「兄、君……?」

 

 兄君、兄貴、兄さん、お兄ちゃん…………。 

 

「……誰?」

 

 わたしに兄はいないので、首を傾げる。

 

「その様子だと、あの男と血縁関係ではないようだな」

 

 その反応に一人で勝手に納得してるセイロン。

 

「突然なんの話よ?」

 

「何、ライ殿とあまりにも似ているので兄妹かと考えを巡らせたまでよ」

 

「はぁ!?」

 

 なんか最近よく間違われる気がする、そんなに……似てる? 

 

「雰囲気と立ち振る舞いがな、ただの宿泊客にしては親しき仲と見える」

 

「そうかな……?」

 

(正直、ライが泊まり客って事を忘れかける時はあるけど……)

 

 洗濯や掃除は自分でやっちゃうし、店主としてはもてなしがいがほとんど無い。

 

「ライの事なら、わたしもよく知らないよ。

 一年くらい前から、宿に泊まり込んでる……ってくらい」

 

「一年前、か」

 

 扇子で口元を隠して、少し考え込むセイロン。

 

「何か気になることでもあったの?」

 

「いや、ライ殿の戦い方に見覚えがあった気がしてな。

 その人物と関係があるのかと、疑問に思ったまでのことよ」

 

 ライの戦い方……、たまにダメ親父のことを思い出すような、あれに? 

 

「あの無茶苦茶な戦い方に……?」

 

「うむ、我の知る者も常識外れな戦い方をしておったものでな」

 

 この常識外れなセイロンに、さらに常識外れと言われる人物……なんか、考えたくない。

 

「いや、時間を取らせてすまなかった」

 

「気にしないで、ついでに部屋のことでなんかあったら何でも言ってね」

 

 質問に答えたのでさっさと寝ちゃおう、明日も早い。

 

「童よ、御子殿の面倒を見てくれいたことを、感謝する」

 

 部屋を出るとき、不意打ちみたいに声をかけられる。

 

「なりゆきだけど、関わった以上は最後まで面倒を見る……それだけだよ」

 

「あっはっは! そうかそうか、そういう考え方は好きだぞ」

 

「もう、おやすみ!」

 

 話してるとずっと弄ばれている感じがして、どうも苦手だ。

 

 ────────────────────────

 

 フェアが去ったあと、セイロンは部屋を出た。

 静まった宿の中を歩いていき、とある部屋の前で立ち止まる。

 

 先ほどと同じくノックをすると、紫の少女が扉を開ける。

 

「セイロン、こんな遅くになんですの?」

 

「リビエル、内密に話すべきことがある」

 

 セイロンが向かったのは、同じ御使いであるリビエルの元。

 

「御使いとしての話ならば御子さまと三人で……」

 

「今の御子殿には、決して話せぬ内容なのだ」

 

 セイロンの真面目な顔に、リビエルも気を引き締める。

 

「……分かりましたわ、中へ入ってくださいまし」

 

 セイロンを中へ招き、それぞれ椅子とベッドに腰掛ける。

 

「御使いの中でも、直接先代の最後を見届けた我と長しか知らぬ事実がある」

 

 セイロンはゆっくりと、先代の最期を思い出す。

 

 我らと、先代の介錯を頼まれたあの冒険者。

 彼の持つ特別な剣が、守護竜の首を落としたあの時。

 

「我らは、御子殿の卵を追ってこの町へ来たわけだが……」

 

 光が"2つ"、空へと昇っていった。

 

「実は、先代が遺されたのは御子殿は二人なのだ」

 

「な、なんですって!?」

 

 リビエルが立ち上がって、セイロンへ詰め寄る。

 当然だ、今まで聞いていた話と根本から違っている。

 

 そもそも二人生まれるなんて、前例がない。

 

「立ち会った我らにも想定外の事だ。おそらく、先代にとっても」

 

 あるいは、あの先代の命を断った剣による……。

 

「しかし、あの時の我らに考える余地などなく、二手に別れることにした」

 

「となると、もう片方の御子さまは……」

 

 リビエルも察しがつき、同時に安心した。

 

「ああ、我ら御使いの中で最も信頼出来る最強の戦士

 、御使いの長クラウレが追っている」

 

 彼ならば問題ない、最も強く、最も信頼されてきた男だ。

 

「ならば、私達の役割はここで待つことですわね」

 

「ああ、奴ならば心配なかろう。

 それはそうとリビエル、一つ気になっている事があるのだが」

 

「今度はなんですの」

 

「ライ殿だが、どう見える」

 

 リビエルはその言葉から、最悪の場合を想定する。

 

「どう、とは……まさか、彼が敵の一味だとでも?」

 

 可能性としては低いが、確かにありえなくは……。

 

「それはなかろう、童によれば奴は一年前からの客。

 敵がいかに切れ者でも、あの冒険者の思い付きを一年前に知ることは不可能だろう」

 

「まぁ、それは確かに……」

 

 一年前ならば、特に問題はなさそうだった。

 

「しかし 妙なこともある……、何故あの時、

 我を懐かしむような目で見たのだ……」

 

「実は少しだけ、気になっている事がありますの」

 

「聞こう」

 

 リビエルがメガネのズレを直し、話し始める。

 

「私達霊界の住人は、人の魂の輝きを見ることができるのですが……、そっくりなんです」

 

 初めてあったとき、見間違いかと思った。

 

「フェアとライ、二人の魂が……まるで生まれ変わりのようにそっくりだったんです」

 

 血縁関係だからとしても、あそこまで似るなんてことは無い。

 

 しばらく沈黙が続き、諦めたようにセイロンがため息をつく。

 

「……今考えても仕方あるまい、気にしておく程度に留めよう、御子殿を守るためにも警戒は怠るな」

 

「わ、わかってますわよ!」

 

 御使いの密談は終わる、世界に決定的な亀裂を残して。

 

 ────────────────────────

 

「へっくしょん!」

 

 裏庭の稽古場で、オレは思いっきりくしゃみしてしまった。

 

「誰かに噂されてんのかな……」

 

 鼻を擦りながら、オレは倉庫の扉を開ける。

 中にあるのはクソ親父が溜め込みまくった雑貨の数々と……。

 

「お、やっぱあったな」

 

 ついでに武器の数々、何に使ったかのか、

 刀、槍、銃と選り取り見取りだ。

 

 試しにと、槍を手に取り素振りして……。

 

「すげぇしっくりくるのが腹に立つ……、クソ親父が使ってた奴だってのに」

 

(昔は扱いづらくて、結局店で手に合うのを買ってたなぁ)

 

 体格がちょうど良くなったのか、前の戦いで鍛えられたのか、

 残された武器をありがたく使わせて貰うことにする。

 

(今は力がいる、理不尽に奪われないための力が)

 

 今のセイロンを見て、勝てるか不安になっちまった、

 このままじゃ絶対にあいつに勝てない。

 

 御使い最強の男にして、裏切りの男。

 

「クラウレに勝たなきゃ、いけねぇんだ」

 

 最後の遺産を持つ敵に負けない為に、オレは鍛錬を続けた。




どうしてもこれがしたかった、揃えたかったんです。


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第26話 青の子、リューム

感想ありがとうございます、三人揃えたくて仕方ありませんね!
書いてて思ったんですが、本当にそっくりですねこの二人は。


 この前の戦いから数日、継承の儀式が行われないまま過ぎていった。

 

(コーラルの時はすぐにやってたのにな、ミルリーフが女の子だから気を使ってんだろうか)

 

 継承は負担が大きいから、間を開けるってのはいい事なんだろうけど。

 

 そんな事を考えながら、いつもみたいに朝の市場を散歩していると、

 何やら争う様な声が聞こえてきた。

 

「ん、なんか騒がしいな……」

 

 騒動を見に集まった人混みの中へ割って入ると、

 旅人向けに保存食を売ってる露店で店主と子供が口論している。

 

(見ない顔だな……)

 

「だーかーら! 悪かったって言ってるだろ!」

 

「悪かったで済むなら、駐在兵士はいらねぇんだよ坊主! 

 店先に出してた商品、片っ端から食いやがって!」

 

「しかたねーじゃん! 腹減ってたんだから!」 

 

 怒っている店主に対して、噛み付くように文句を言っている青い髪の子供、

 いかにもナマイキ盛りって感じだ。

 

「こうなったら、駐在兵士を呼んでお前の親に払ってもらうとするか」

 

「なっ、保護者は関係ねぇだろ!」

 

(……あーくそ、何でかわからんがほっとけねぇ)

 

 何故だかあの子供に自分でもわからないが、妙な親近感を感じて、無視できない。

 

「おっすおっちゃん、朝っぱらから何してんだ?」

 

「なんだお前さんか、この坊主が金持ってねぇのに朝の商品をたらふく食っちまったんだよ」

 

「お前なんだよ! 関係ないだろ!」

 

(こ、こいつ……)

 

 何でオレにまで牙むいてんだか……。

 

「オレが出してやるよ。おっちゃんいくらだ?」

 

「そりゃ構わねぇが、いいのか?」

 

 無理やり代金をおっさんに押し付けて、ガキの腕を引っ張る。

 

「ほら、こっちこい」

 

「てめっ、なんだよ!」

 

 強引に市場から連れ出す、その間ずっと喚いていたが、

 助けてもらったのだとわかったのか、バツが悪そうに黙り込む。

 

「ったく、食い逃げしてんじゃねーよ」

 

「う、うるせぇ! 知らなかったんだよ金がいるなんて!」

 

「えっ?」

 

「わ、悪いかよ……」

 

 やけに睨んでくる子供の言葉に耳を疑う。

 

(また厄介なやつに関わっちまったかな)

 

 あんまりいい予感はしないけど、一度助けちまったら見捨てるのも目覚めが悪い。

 

「まだ腹が減ってるなら、飯でも食いに行こうぜ」

 

「……金はないからな」

 

「ガキから取らねぇよ、かわりに事情は聞くからな」

 

 ────────────────────────

 

 飯屋に行ったはいいものの、そこでひどい目にあった。

 まずはじめに、メニューを開いたらいきなり破いた。

 

 店員さんに謝罪し、もう一度用意してもらってから。

 子供はおっかなびっくり、震える手でメニューを何とか持っていた。

 

(手先が不器用ってレベルじゃねーだろ……)

 

 この子の奇妙な行動は、これだけで済むことはなかった。

 

「うめぇ!」

 

「肉を手で掴むやつがあるか! フォークを使え!」

 

 料理が来たら手掴みで食おうとするので、慌てて止める。

 

「あっ、わわっ!?」

 

「何やってんだお前!? すみません、なにか拭くものを!」

 

 木のコップを握りつぶす等、そりゃもう大騒ぎ、

 食い終わり頃には、オレはもうぐったりしていた……。

 

「ふぃー、食った食った♪」

 

「つ、疲れた……」

 

 満足そうに腹を叩く、どう見ても訳有の子供。

 マジでグラッドの兄貴の所に連れて行ったほうがいいんじゃねぇかな……。

 

「お前、名前はなんて言うんだ?」

 

「リューム、いい名前だろ。母さんがつけてくれたんだぜ」

 

 何故かすごく誇らしげに言いやがった、気に入ってんだろうな。

 

「母さん、か……」

 

(親に捨てられたって感じでもないしな、考え過ぎか?)

 

 リュームについて考え事を巡らせていると、リュームが指差してきた。

 

「アンタはなんて言うんだよ」

 

「あぁ、オレはライ。よろしくなリューム」

 

「おう!」

 

 握手を求めると、元気よく応える辺り悪いやつではなさそうだ。

 

「っ、いででで!?」

 

 すごい力で握りつぶされると思ったけど。

 

「わ、悪い……わざとじゃねぇかんな!」

 

「そのようだな……」

 

 悪意がないのはわかるが、こいつはどうにも……。

 

「お前、体を動かすの苦手だったりするか?」

 

「えっ、な、何でそんな事思うんだよ」

 

「指の使い方、力の加減……他にもいろいろあるが、総じて言えば不器用すぎんだよ」

 

「うぐ……」

 

 見てて不憫になるくらいだ、一体どういう生活してんだこいつ。

 

「なぁリューム、話したくないだろうけど、

 どんな事情でこの町に来たのか聞いてもいいか?」

 

「……えー」

 

「もし話すなら、昼飯もおごってやるよ」

 

「わかったよ、話せばいいんだろ! 話せば!」

 

 思ったより素直な所あるなコイツ、なんだかガキの頃の自分を思い出すな……。

 

 ────────────────────────

 

 リュームの話を聞き終えたオレは、頭を抱えた。

 

「……つまり、お前の言うことをまとめると。

 生まれてからずっと外に出たこともなく、スキを見て家出してきたと」

 

「家出じゃねぇ、勝手に外に出てるだけだよ」

 

「それを家出っていうんだよ、ったく」

 

 説明が下手すぎてよくわからんが、とんでもない箱入りお坊ちゃんって事だけが伝わって来た。

 

「オレだったら絶対に逃げ出してるわ……」

 

「だろ、だから黙って出てきた♪」

 

 なんかガキの頃のオレとリシェルを混ぜたみたいな奴だな……。

 

「でも夜には帰るぜ、じゃないと母さんが泣いちまうからさ」

 

「へぇ、お前ほんとに母さんが好きなんだな」

 

「う、うるせー! オレが居ないと寂しがって泣いちまうんだよ!」

 

 母親想いのいい所あるじゃんか、

 照れくさいのか、顔を真っ赤にして否定するけど。

 

「母さんはオレが守ってやる、そのためにも外の事を知って。

 一日でも早く大人って奴になるんだ!」

 

 母親の助けになりたくて、一日でも早く大人に……か。

 

「なぁリューム、オレにちょっと付き合え」

 

「えー、何でだよ。もっと町見てみてぇんだけど」

 

「お前、絶対に騒ぎを起こすから駄目だ。

 それより色々教えてやるよ、つか無理やり教える」

 

「はぁ……?」

 

 ────────────────────────

 

 町外れの森の近くに、文句を言うリュームを無理やり連れてきた。

 

「はっきり言うけどな、お前は馬鹿力すぎる。

 体の使い方をちゃんと知らねぇと、いつか大事な母さんに怪我させるぞ」

 

「そ、そんなことするわけねぇだろ!」

 

「いーやするね、絶対する」

 

 制御出来ない力ってのが、一番危ない。

 

「だから身体の動かし方を教えてやる、一日しかねぇから厳しく行くぞ」

 

「そりゃ助かるけど、何でそんな事してくれるんだよ」

 

 リュームが不審そうに、オレを睨んでくる。

 

「生まれ持っちまった力に振り回された経験があるからな、

 同じような子供に教えてやるのは当然だろ?」

 

「当然……」

 

「さて、とりあえず追いかけっこだ。

 本気で逃げても、お前の脚なら追いつけるはずだから手加減はしねぇぞ」

 

 身体能力に恵まれてるみたいだし、オレも訓練したかったから丁度いい。

 

「オレを捕まえられないくらいじゃ、母さんを守れないぜ」

 

「っ、やってやるよ!」

 

 こうして、しばらくの間追いかけっこを続けた。

 

 最初の方はすぐにオレを見失っていたが、

 何度も繰り返すうちに、オレの動きを真似、走りやすい場所を理解していき。

 

 昼頃には、すっかりオレと並走して森を駆け抜けられるまでなった。

 

(リュームの奴、思っていた以上にやるな……?!)

 

「あっははは! 置いていくぞライ!」

 

 ────────────────────────

 

「次はどんな遊びをするんだ?」

 

「次はこれだ」

 

 動くのが楽しくて仕方ないって顔のリュームに、木の棒を渡す。

 

「何だこれ?」

 

「何って、武器の代わりだ」

 

 オレも適当に棒を拾って、何度か振る。

 

「えー、ぶん殴った方が早いんじゃねぇの?」

 

「そう言うなら、お前は素手でかかってきな」

 

「へへっ、手加減しねぇかんな!」

 

 元気よく拳を構えたリュームへ棒を向ける。

 

 結局、リュームの拳がオレに当たることは一度もなかった。

 

「だーっ、何で当たんねぇんだよ!」

 

 地団駄を踏むリューム、相当悔しいようで。

 

「そりゃリーチが違いすぎるからな、お前がいくら腕伸ばしても棒より長くならねぇだろ」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 ふてくされるリュームに棒を手渡す。

 

「いいから使ってみろって、色々試してみりゃいい」

 

「……わかったよ」

 

 その後、リュームはすぐに扱いを覚えていった。

 運動のセンスが抜群で、教えるのが楽しいくらいだ。

 

 ────────────────────────

 

 リュームへの訓練は休むこともなく、日が暮れるまで続けられた。

 

「もう日も暮れるな、そろそろ帰るんだったか?」

 

「おう、どうせ誰かが探しに来るだろうしな」

 

「そっか、遅くなるようなら泊まっていけ……ってのはいらなそうだな」

 

 夕日に向かって背伸びをする、リュームも横で同じように背伸びしてるのが、なんだか面白い。

 

「なぁ、ライ」

 

「何だ?」

 

「アンタくらい強かったら……いや、もっと強かったら。何をしてもいいのかな」

 

「……」

 

 リュームからの質問に少し考えて。

 

「昔、何でも力で解決しようとしたやつが居たんだ。

 けどそいつは、最後の最後にある間違いに気がついた」

 

 なんだと思う? と、リュームに問題を出す。

 

「えっと、自分より強いやつが居たとか?」

 

「大切な人を、泣かせちまってたんだよ」

 

「えっ……」

 

 リュームが言葉を失う、大切な母さんが泣くのが一番キライな奴だからな。

 

「ある程度の力で解決するのもいいだろう、大切な人が最後に笑ってくれるなら」

 

 オレ達だって、力で気に入らないやつを殴った、笑顔を守るために。

 

「けどな、大切な人を泣かせっぱなしにするような、暴力じゃダメなんだ」

 

 ギアンは最後、後悔していたんだ。

 

「オレ達は、世界の全部を救えるわけじゃない。

 けど、目の前に居る人なら救える……、オレはそう信じてる」

 

 コーラルがそう信じた事を、親も信じなくちゃな。

 

「だからリューム、大切な人を笑わせるために頑張ってみろよ」

 

 生意気なガキの頭をわしゃわしゃ撫でると、すんなりと受け入れられて拍子抜けする。

 

「……なぁ、また会えるか?」

 

「なんだよ急にしおらしくなって、似合わねぇぞリューム」

 

「う、うるせぇ! 別にいいだろ、楽しかったんだよ!」

 

 顔を赤くしてそっぽを向く、こういう所は子供らしいな。

 

「オレはしばらくこの町にいるよ、あの外れた所に建物が見えるだろ?」

 

「あのしょぼい建物か?」

 

「うっせ、あそこに居るから。町に来ることがあったら寄っていけよ」

 

「……ああ、いくぜ。絶対」

 

 拳をこちらへ向けてくる、期待に満ちた目をして。

 

「そん時は、オレが飯作ってやる。

 今日食わせた店の100倍美味い飯を腹いっぱいな」

 

 その拳に、拳を軽くぶつける。

 

「ホントかよ!? 約束したからな!」

 

「ああ、それと……これをやるよ」

 

 訓練のために持ってきた槍を、リュームに渡す。

 

「お前は槍の筋がいいみたいだしな、子供にはデカイけどお前の怪力なら使えるだろ」

 

「……いいのか!?」

 

 槍を嬉しそうに眺めるリュームに、オレは満足した。

 

「おう、うまく使ってやってくれよ。じゃあなリューム」

 

「っ、またな、ライ!」

 

 こうして、奇妙な子供との出会いは終わった。

 疲れたりしたけど、それ以上に楽しい一日の思い出を胸に。

 

 ────────────────────────

 

 槍を大切に持ちながら、オレは町からどんどん遠ざかっていく。

 

「見つけたぞ、竜の子よ」

 

「リュームだって言ってんだろ、ヒゲのおっさん」

 

 迎えに来たのは、トゲトゲしい鎧のおっさん。

 

「相変わらず……いや、ますます口が悪くなったか小僧」

 

「ふんっ、いいだろ別に」

 

 文句は無視してやる。

 

「まぁいい、姫様がひどく心配している。さっさと城へ戻るぞ」

 

「……母さん、泣いてないよな」

 

「馬鹿者が、それを聞くなら最初から外に出るな」

 

「やだよ、一生閉じ込めておく気満々だろ、ギアンのやろーはさ」

 

 母さんは好きだし、ヒゲのおっさんや、じーちゃん、獣の兄ちゃんは意外といい奴らだと思う。

 けど、あの野郎の眼……あの眼だけは、好きになれない。

 

「なぁ、おっさん。今度剣の軍団の訓練に混ぜてくれよ」

 

「なんだと?」

 

「オレ、強くなりたいんだ。母さんを守れるくらい……」

 

 ……そして、あの男くらい強くて頼れる男に。

 

「……いいだろう、ギアンにはこちらで誤魔化してやる。

 ただし、我らの訓練に混ざるならば特別扱いはしない」

 

「上等、オレの身体は丈夫なんだぜ、なんたって」

 

 槍を天高く掲げる。

 

「至竜のリューム様だからな!」

 

 青の竜は、強さを求めた。




段々と原作から外していっているので、書いてる方も緊張してきました。


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第27話 御使い、アロエリ

初回ブレイブクリアを断念した軍団、とても強い……。


 オレ達は、日が暮れかけた薄暗い森の中に居た。

 

「ダメだなこりゃ、完全に分断されちまった……」

 

 グラッドの兄貴が、槍を片手に周囲を警戒している、

 

「アロエリさん、だよね。怪我は大丈夫?」

 

 フェアが木に寄りかかって、翼を持つ亜人の身を案じる。

 

「ニンゲンに心配されるほど、オレは落ちぶれちゃいない」

 

 その気遣いを拒絶するようにして、翼を持つセルファン族、

 そして御使いの一人でもある、アロエリはフェアの手を叩く。

 

「ピィ……」

 

 その間で、どちらも心配するように飛んでいる竜の姿のミルリーフ。

 

「おい、不本意なのは分かるけど。今は争ってる場合じゃないだろ」

 

 この状況をどうするかオレは必死に考える。

 

 今この場に居るのは、オレ、フェア、ミルリーフ、グラッドの兄貴。

 そしてアロエリの、たった5人しか居ない。

 

 アロエリの敵意に懐かしさと呆れを抱えながら、オレはこうなった経緯を振り返る。

 

 セイロンの持つ、守護竜の牙による、

 竜としての身体能力を司る継承は無事に終わった。

 

(結局、何で間が空いたのかはわからないままだけどな)

 

 継承の負担を軽減するため、ミルリーフは元の姿に戻り、

 力が定着するまで、变化が出来なくなった。

 

(その後、ミルリーフが遺産の魔力を感じ取ったまではよかったんだけど……)

 

 その後のことは、オレの記憶とは全く違った展開へと変わってしまった。

 

 ────────────────────────

 

 わたし達はミルリーフに付いていって、近くの森までやってきた。

 なんでも、リビエルの時みたいに感じ取ったらしい。

 

「見て! あそこ、誰か戦ってる!」

 

 森の中を進んでいくと、獣の咆哮と共に激しい戦闘に遭遇した、

 弓を持つ亜人が、亜人の集団に襲われている。

 

「む、あれはアロエリか?」

 

「アロエリ?」

 

「御使いの一人で、有翼の亜人セルファン族ですわ。

 弓の達人といえど、あれだけ囲まれてしまっては……」

 

 リビエルの説明でやっとわたし達も飲み込めてきた、

 ってことは、襲っている相手が……。

 

「つまり、あれが獣の軍団ってことね……、みんな行くよ!」

 

「うむ、行くぞ店主よ!」

 

 獣の軍団、セイロンの説明によって判明した第三の軍団。

 幻獣界メイトルパの獣や亜人によって構成されている、戦闘能力だけならば最強の軍団。

 それを率いる獣皇は、あのセイロンが出会ったら逃げろと言う程……らしい。

 

 わたし達はアロエリを助けるため、獣の軍団へと向かっていった。

 

 新手と思ったのか、こちらに向かってアロエリさんが弓を構えるが、御使いに気がついてすぐに下ろす。

 

「セイロン!?」

 

「これだけの敵を相手に、よくぞ一人で戦ったものだ。

 褒めてつかわすぞ、あっはっはっは!」

 

「相変わらずなヤツめ、リビエルも無事だったのか……」

 

「御子さまも無事ですわ、不本意ではありますけど、この方たちに助けてもらったの」

 

「互いを守り合うんだ、治療が済み次第一気に脱出するぞ!」

 

「気をつけて! 魔獣や亜人は人間より力が強いから!」

 

「わかった!」

 

 リビエルによる治療中、グラッドお兄ちゃんの指揮と、ミントお姉ちゃんのアドバイスに従って戦いを始める。

 

「まさか、ニンゲンに助けられただと……!」

 

「彼らは御子殿の味方だ、不本意であろうともな」

 

 後ろでもめてる気がするけど、正直亜人の相手がきつい……! 

 

(力だけなら、レンドラーくらい強い! 振りが雑だから何とかさばけるけど……)

 

 あたしとルシアンは、リシェルたちの召喚術を期待して防御するしかできない。

 身体能力が違いすぎて、正面から切り合うのは難しい。

 

「リビエル、治癒はまだ……うわぁっ!?」

 

 防戦一方の状況に集中力を切らして伏兵に気が付かなかった、

 突然足元を撃たれて、慌てて木の影に隠れる。

 

「今度は一体何だ!」

 

 銃声に全員が反応し、一旦下がる。

 

「この銃撃、まさか……」 

 

 心当たりはある、あいつらの中で銃を持ってるのは。

 

「TAGET確認、奪取ヲ試ミマス……」

 

「挟撃開始、一気に決めますわよ!」

 

「やっぱり! あの子達だ!」

 

 ローレットとアブセットの機械人形姉妹が、

 わたし達の後ろから挟むようにして襲ってきた。

 

「鋼の軍団だとっ!?」

 

 ライが珍しく慌ててるが、無理もない。

 身体能力で勝る獣の軍団、遠距離からの攻撃を得意とする鋼の軍団、

 容赦がない、じわじわと押しつぶされそうだ。

 

「あわわわわ、何で軍団が一緒に来てるんですかぁ!?」

 

「ポムニットさん、前に出ちゃ危ないよ!」

 

「ちょっとこれ、完全に囲まれちゃってない……って、召喚動作よアレ!」

 

 悲鳴を上げるメイドさんを守ってる二人、アブセットの動きにリシェルがいち早く気がついて……。

 

「デカイの来るぞ!? みんな散れっ!」

 

 ライがまだうまく動けないアロエリの腕を掴んで走り出す、

 釣られて、わたしも後を追って駆け出した。

 

 次の瞬間、さっきまでいた場所が巨大な機械で押しつぶされる。

 

 召喚獣の攻撃によって、わたし達はバラバラとなってしまった。

 

 ────────────────────────

 

(運良く合流出来たが、今襲われたらひとたまりもねぇな)

 

 正直、今はかなり危険だ。

 戦闘能力だけなら、包囲を突破することができるかも知れない、

 けど、アロエリとの関係性が今は恐ろしい。

 

(せめて、御使いの誰かが居てくれりゃな……)

 

 無い物ねだりしても仕方ねぇ、

 オレはグラッドの兄貴に、この先の事を相談する事にした。

 

「兄貴、ちょっと見回り手伝ってくれ」

 

「あ、ああ。フェア達は休んで体力を回復させておくんだぞ?」

 

 この中で怪我をしているアロエリと、子供のフェアを休ませることを兄貴は考えてたみたいだ。

 

「わかった、気をつけてね」

 

「ピィ!」

 

 ミルリーフの元気いい声を聞くと、沈んだ状況が少しだけマシに感じる。

 

 少し森を歩き、距離を離したところでオレは話し始めた。

 

「どうすっかな、獣の軍団と同時に鋼の軍団までアロエリを追っていたなんてな」

 

 正直、参ってる。

 

「考えもしなかった、何でアロエリの事をそこまでして追うんだ?」

 

 遺産奪取が目的だとしても、納得がいかない。

 

「何故って、遺産を持っているからじゃないのか?」

 

「向こうは遺産を奪っても、ミルリーフが居なけりゃ目的が達成しないって話だろ。

 だったら、ミルリーフを奪うために戦力を温存していると思ったんだけど……」

 

(つーか、オレの時はそうだったし) 

 

 しかしグラッドの兄貴は、別の考えを持っていた。

 

「俺は不思議じゃないと思うけどな、向こうは遺産の事を知っているんだろ? 

 なら、成竜になるのを阻止するために全力を尽くすのは間違ったことじゃない」

 

「……確かに、継承してない遺産を狙うのもアリか」

 

 向こうはミルリーフが大人になったら負け、まずはそれを阻止するってことか……。

 

「まぁ、今考えても答えは出ないさ。

 それより、これからどうするか考えないか?」

 

「だな、まずは今の位置を確認して……」

 

「ピィィィイイイイ!」

 

「うおっ!?」

 

 すっ飛んできたミルリーフがオレに突撃してきて、袖を噛んで引っ張ってくる。

 

「お、おいどうしたんだミルリーフ」

 

「ピィッ! ピィ!」

 

 こういう時言葉がわからないのは厄介だけど、

 何を伝えたいくらいはすぐに分かる。

 

「もしかして、フェア達に何かあったんだな!?」

 

 グラッドの兄貴の言葉に、ミルリーフは頷くと二人の元へ飛んでいく、

 それを急いで追いかけたオレたちが目にしたのは。

 

「わたしが何をしたっていうのよ!」

 

 ナイフを持ったアロエリの腕を押さえつけるフェアと。

 

「黙れ、先代の仇ッ!」

 

 フェアを殺さんと、殺意をぶつけるアロエリの姿だった。




アロエリさんは初登場刺々しいのに、ドラマCDではすっかりギャグ担当みたいになってていいですよね……。


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第28話 子の心、親知らず

感想を頂くと、皆さんが真剣に遺産のことを考えてくれてる……。
都合上仕方ないんですけど、遺産は序盤にパパっと集められないと竜の子が戦えないんですよね。


「……うぅ」

 

(き、気まずい、すっごーく気まずい)

 

二人が見回りしてくれて、休めるのは有り難いけど……。

 

「ピィ……」

 

ミルリーフもオロオロとして、ふわふわ飛んでる。

間違いなく、わたしの事を睨んでる眼には敵意がある。

 

「あの、そんなに人間が信用ならない?」

 

「敵以外の何者でもない。

ニンゲンは傲慢で欲深く油断ならない、最低な連中だ」

 

「……ぅ」

 

取り付く島もない、アロエリさんが言ってることは分かる。

この前ミルリーフに教えられたばかりだ、召喚獣にとって、この世界は……。

 

「そうかもね」

 

アロエリの言葉は、このリィンバウムを取り巻く真実の一つだと思う。

 

「けど、それとこれとは話が別じゃないかな」

 

「なんだと?」

 

飛んでいたミルリーフを手招いて、抱きしめる。

 

「わたし達は、この子を守りたい。

あなたがどう思おうと、関係なしに」

 

この子が信じてくれるから。

 

「その気持ちだけは信じてほしい、

この子を助けるために、一緒にやらなくちゃ駄目だと思うから」

 

わたしは、アロエリさんを信じる。

 

「……一つ聞かせろ、何故貴様は戦える。

拾っただけ等という理由では、到底信じられん」

 

「……いや、まぁ。確かにあるけど」

 

あんまり言いたくないけど……。

 

「この戦い、わたしの駄目お……お父さんが関わってるみたいなの、

この子を狙ってる連中と戦ってるみたいで」

 

「父親、だと……?」

 

何かを考え込んでるのか、アロエリが俯く。

 

「うん、冒険者やってて………アロエリさん?」

 

その時、アロエリの気配が変わったことに気がついた。

 

「ピギァ?」

 

反応できたのは、ミルリーフのおかげだ。

 

「……っ!」

 

アロエリが腰から抜いたナイフを振り上げた手を、押さえつける。

そのままもつれ込み、地面を転がる。

 

「わたしが何をしたっていうのよ!」

 

怪我をしてるからか力がこもってない、亜人といえどわたしが抑えれる程度だ。

 

「黙れ、先代の仇ッ!」

 

今にも泣きそうな、アロエリの悲痛な顔が、

とても痛々しくて、胸を締め付ける。

 

そして足音が聞こえてくると、急に体が軽くなる、

ライがアロエリの腕を掴んで、引き剥がしてくれた。

 

「落ち着けアロエリ、なにか理由があったことくらい理解してんだろ!」

 

「離せッ!離せニンゲンがぁ!」

 

「大丈夫かフェア!?」

 

「う、うん……」

 

グラッドお兄ちゃんが起こしてくれて、心配そうにミルリーフがしがみついてくれる。

 

「正直、理解が追いつかないんだけど……仇って何?」

 

「オレは見た!里に来た冒険者が、先代の首へ剣を振り下ろすのを!

その娘というなら、貴様に償ってもらう!」

 

「だから落ち着けって言って……」

 

お父さんが、この子の親を……。

 

「親を、殺した……?」

 

ミルリーフと目が合う、あのダメ親父が、あの顔で、エリカと居るのに、殺した?

 

ライと目が合う、わたしはどんな顔をしてたんだろう。

 

「お前らいい加減に落ち着け!

アロエリ、先代はお前の言うニンゲンに殺されるようなやつじゃなかったんだろ!」

 

アロエリは悔しそうに唇を噛む。

 

「フェアもだ!確かにあのクソ親父は、どうしようもねえロクデナシだけどな……」

 

ライがわたしをまっすぐ見て。

 

「理由もなしにミルリーフの親を殺すような、ヒトデナシな訳ねぇだろ!

クソ親父がそれだけはしねぇ奴だって分かるだろ、フェア!」

 

何故だか……そのライの言葉だけはすんなり受け入れられた。

 

「くそぅ、くそーーっ!!」

 

「待てアロエリっ、兄貴フェアのこと任せた!」

 

「お、おいっ!?

行っちまいやがった、大丈夫かフェア?」

 

ライは逃げたアロエリを追って、二人共いなくなってしまった。

グラッドお兄ちゃんに心配されてるけど、わたしは腰が抜けて動けない。

 

「なんで、ライが……もしかして知ってたの?」

 

まるで知っているかのように話すライに驚いてしまった、

お父さんの事を話したことはない、仲が悪いってくらいで……。

 

「……フェア、お前に黙っていたことがある」

 

「グラッドお兄ちゃん……?」

 

「ライはお前の親父さんと知り合いらしい、初めてあった時に話してくれた」

 

耳を疑うような話だった。

 

「親父さんにお前のことを聞いて、手伝う為に来たんだとさ、

お前と親父さんの仲の悪さを考慮して、黙っといてくれと口止めされてたんだ」

 

(ライと、ダメ親父が知り合いで……ライは、助けに。

あの、ダメ親父が……わたしのために……?)

 

次の瞬間、わたしはいろいろと吹っ切れた。

 

「……なんて」

 

そう、相手はあのダメ親父なんだ。

 

「今更思ったりなんかしないわよっ、ばぁーーーかーーー!!!」

 

ヘラヘラと娘のことを喋るだけ喋ったあと、別に何も頼んでないのがアリアリと目に浮かぶ。

賭けてもいい、絶対にライが頼まれてもないのに来てくれただけだ、うん、絶対そう。

 

「はやく二人を追おう、グラッドお兄ちゃん!

ミルリーフもしっかり捕まってね!」

 

「へ?お、おう」

 

「ピギュゥ……」

 

わたしの豹変に驚いた二人を引っ張って後を追う、

ダメ親父の知り合いだからってなんだ、ライはライだし、

あいつがミルリーフの親を殺すような人ではない事くらい、わかってるんだから!

 

────────────────────────

 

「いい加減、止まれっ!」

 

アロエリをようやく捕まえられたのは、共同墓地まで走ったあとの事だった。

 

「離せニンゲンがぁ!」

 

「御使いがミルリーフから離れてんじゃねぇよバカ!」

 

コイツが使命を忘れるのも無理はないのかもしれない、

長く続いた逃走の果て、ミルリーフは大嫌いなニンゲンに保護されていて、

自分も助けられ、しかも共闘を余儀なくされた相手は先代を殺した冒険者の娘。

 

「うるさいっ!先代を殺した薄汚いニンゲン共めっ!」

 

「このっ………お前もわかってんだろ!」

 

けど、今はそれどころじゃないんだ。

 

「先代守護竜が、自害したってことは!」

 

その言葉で、やっと大人しくなった。

 

「……うるさい、あいつの父が殺したのは事実だ」

 

それが最後の意地のようで、消え入りそうな声で反論してくる。

 

「お前が怒りを感じてるのは、そこじゃないだろ。

もしそうだったら、逃げないでフェアを弓で殺しにいくだろお前は」

 

ふーっ、と深くため息をついて、服の汚れを払う。

 

「……それだけ走れるなら怪我は大丈夫だろ、

まだ戦ってる最中だ、はやく合流しに行こう」

 

「なっ……、それだけ、か?」

 

「なんだよ、もっと怒り散らして欲しいのか?」

 

驚いた顔で見るなよ、少し傷つく。

 

「お前が謝るべきなのはフェアで、怒るべきなのはアイツだ。

ま、アイツもそんなに怒っちゃいないだろうけどさ」

 

オレよりも優しいアイツなら、尚の事だ。

頭を掻きながら、アロエリへ手を差し伸べる。

 

「今はミルリーフを助けるために、手を貸してくれ。

弓の名手、御使いアロエリ」

 

アロエリは何度か葛藤したようで、長い間沈黙したあと。

 

「……」 

 

その手を取り合う瞬間、剣を抜いて構える。

アロエリもすばやく反応し、弓に矢をつがえる。

 

「……わかるか?」

 

「当然だ、信じられないが……奴がこっちに来ている」

 

睨みつけるは、共闘墓地の周りに広がる林の中。

 

「獣の軍団、それを率いる最強の長」

 

聞こえてくる、巨大な足音。

 

「獣皇だ」

 

獣の息遣いと共に現れる、

理性を封じられた状態の獣皇カサス。

 

「ミルリーフはいねぇってのに、何でこっちに来るんだよ!

後ろから援護頼む!」

 

「オレに聞くな!

不本意だが、前は任せるぞニンゲン!」

 

たった二人で、最強の敵との戦い。

この世界に来て、初めて明確な死の恐怖を感じていた。

 




たまに話題に出るダメ親父、本当に話のキーマンではあるんですよね。


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第29話 獣の軍団

ゲーム中にとことん絶望したステージ、高低差がいやらしく。
オブジェクトを召喚しないと階段を使わないと行けないのがとにかく厳しい。


「さてはて、一体どうしたものやら」

 

 森の中で、男は笑っていた。

 他の五人と逸れたあと、鋼の軍団に追われていた。

 

「何笑ってるのよセイロン! アンタ達だってあの子見つけられなきゃどうしようもないでしょ!」

 

 リシェルに背中を叩かれて、セイロンは肩をすくめる。

 

「お、落ち着いてよねえさん……」

 

「落ち着いてるわよっ!」

 

「でも、ちょっと妙な気はするよね」

 

 ミントが疑問を口にすると、リビエルが不思議そうに。

 

「妙な事、ですか?」

 

「うん、私達を分断してから、

 追いかけてきている鋼の軍団に動きが少ないと思うの」

 

「森の中だからではありませんの? 機界の住人にとっては、好ましくない環境と聞きますし」

 

 確かに追手の動きが鈍い、だからこうして足を止めて休めているのだから。

 

「壁、か」

 

「壁?」

 

 セイロンが何かに気が付き、推測を話し始める。

 

「獣の軍団の破壊力は絶大だ、

 我らを分断さえすれば、片方を必ず壊滅出来ると踏んだのだろう」

 

 分断し、救援に向かわせないための壁の役割、それが今の鋼の軍団とセイロンは考える。

 

「それって、ものすごく大変な状況じゃないの!?」

 

「うむ、捻りがない分実に困る一手であるな、あっはっはっは!」

 

「は、早く助けに行かないとダメじゃないですか!?」

 

 リシェルとポムニットさんの主従が、慌てふためく、

 今までと違って、本気で取りに来ていると感じた。

 

「その通り、しかし鋼の軍団も強敵なのは変わりない。

 我らの体力では一度突破するのが精々だろう」

 

「でも……」

 

「その一度で彼らの場所に辿り着けなければ、私達まで共倒れになりかねませんわ」

 

「……ってことは、相手が追い詰めていきそうな場所を考えなくちゃいけないんだね」

 

 しばらくの間沈黙が続いたが、ある気づきをきっかけに彼らは走り出した。

 

 ────────────────────────

 

 召喚術による攻撃で出来た、機械達の壁の穴をなだれ込む様に全員で駆け抜ける。

 

「抜けたーっ! ざまぁみなさい人形姉妹!」

 

「はしたないよねえさん!?」

 

 自分の機界召喚術が効かない相手に相当鬱憤が溜まっていたリシェルは、

 何処かにいるはずの機械人形に向かって悪態をつく。

 

「足を止めるな、このまま一気に向うぞ!」

 

「ミントさん、大丈夫?」

 

「うん、少し魔力を使いすぎただけだから……」

 

 鋼の軍団突破の立役者であるミントを、ルシアンが支えながらとにかく急ぐ。

 

「着いたっ、あれは……ライ!?」

 

「アロエリさんも居たっ! やっぱり共同墓地だったよ!」

 

「敵の機動力を活かすには、開けた場所で戦いを仕掛けてくる……予想が当たりましたわね」

 

 高台になっている場所に、二人の姿と退治する亜人を確認でき、一つの賭け勝った事に安堵する。

 

「ここからじゃ遠すぎる、亜人達が邪魔で近づけないし……」

 

 近付こうにも、上へ上がる階段には魔獣が集められている、すぐに突破するのは難しい。

 

 しかも、傷だらけのライが戦っているのは……。

 

「あれは、獣皇だと!?」

 

「御子さまが見当たらないですわ、もしかして、もう……」

 

 最悪の事態を想像した次の瞬間。

 

「ねえ、見てもっと上のところ!」

 

「あれは、フェアちゃんに、グラッドさん?」

 

 ライ達を挟むように、全員がこの場に集った。

 

 ────────────────────────

 

「見つけたっ、居たよグラッドお兄ちゃん!」

 

「あれは、亜人に囲まれているぞ!?」

 

 共同墓地にたどり着いてすぐ目に入ったのは、

 亜人に囲まれた状態で奮戦しているアロエリと、

 巨大な敵を相手に苦戦しているライの姿だった。

 

「じゃあ、亜人達を突破しないと助けにいけないのね」

 

 今にも飛び出そうとしてわたしの腕を、グラッドお兄ちゃんが掴んで止める。

 

「無策で飛び出すつもりか!? 数が多すぎるぞ!」

 

「下の方にみんながいるのが見えたっ! 今はライ達に加勢するのが先だよっ!」

 

 あんなに苦戦しているライは見たことがない、

 怪我をしてるのか、動きが鈍く、紙一重で攻撃を避け続けている。

 

(お願い間に合って……!)

 

 ────────────────────────

 

 全身が痛む、一撃受け流すたびに、骨が軋む。

 避け損なっては、肉が切り裂かれ、気が飛びそうになる。

 

(子供の時、こんなにキツかったっけ……、

 あの時は、皆で戦えたからだっけ……?)

 

 獣皇カサス、普段は優しい好青年だってのに、

 狂乱の呪いのせいでこんなにも恐ろしい敵にされちまってる。

 

 避けた拳が墓を破壊する、飛び散る破片が身体を殴るように痛めつけてくる。

 

(まずい、腕が上がらなくなってきた……、せめてアロエリだけでも……)

 

 朦朧とする意識を引き戻したのは、少女の声だった。

 

「こっちよ!」

 

(あれは、フェア……?)

 

 いつの間にこっちへ来たのか、獣皇の後ろにフェアとミルリーフが見える。

 

(これでヤツの気がフェアに逸れて、スキも……)

 

 そう思って、一瞬気を抜いたのがいけなかった。

 

 奴らの目標であるはずの、ミルリーフ。

 それに一切目もくれずに、ヤツはオレとアロエリだけを見ていた。

 

(こいつ、目的は……ミルリーフじゃ、ない)

 

 振り落とされた拳を剣でまともに受け止めてしまい、

 剣が砕け、拳はオレを吹き飛ばす。

 骨が折れる嫌な音が響き、そこで意識を失った。

 

 ────────────────────────

 

「嘘、でしょ……」

 

 亜人達の相手をグラッドお兄ちゃんに任せて、

 わたしとミルリーフはとにかく急いだ。

 

 あの大きい奴の気を引けば、ライと二人で……そう思ったのに。

 

「ライっ!?」

 

「ピィィ──ーッ!」

 

 ライは吹き飛ばされたら墓に叩きつけられて、動かなくなった。

 しかも、相手は尚もライとアロエリの方を向いてる。

 

「こっちみなさいよっ! ライから離れてよっ!」

 

 危険を承知で背中に斬りかかるも、強靭な肉体に刃がほぼ通らず。

 こちらの事を気にも止めない。

 

「お願いだから、やめて……」

 

 ライに向かっていく姿を見ているしか出来ないわたしは……。

 

「まだですわよっ!」

 

 上から聞こえてきた天使の声に、顔をあげる。

 

「応急処置はわたしが! フェアはこれで獣皇をっ!」

 

 飛んでいるリビエルが、わたしに向かって袋を投げてきた。

 受け取って中を見ると。

 

「これは、守護竜の遺産……?」

 

「セイロンからの贈り物ですわ、大事に使いなさい!」

 

 間違いない、継承に使ったウロコと牙だ。

 これを使って、何を………………。

 

「え……?」

 

 あれだけこちらを気にもしなかった、獣皇が。

 こちらへ向かってきた。

 

「ミルリーフ下がって!」

 

「ピギッ?!」

 

 獣皇の攻撃を避けながら距離を取ると、やはりライ達から離れてこちらへ向かってくる。

 

(よくわかんないけど、このまま離れていけば……!)

 

 離れたのを確認して、リビエルはライの元へ降り立った。

 これで、ライとアロエリはきっと大丈夫だ。

 

(みんなは下からこっちに来られない、リビエルは飛べたから例外だし。

 グラッドお兄ちゃんは、後ろの亜人たちを一人で足止めしてくれてる)

 

「……ミルリーフ、お願い」

 

 だからわたし、信じる。

 

「ライを助けるために、力を貸してくれる?」 

 

 遺産の力を、引き継いだ竜の子を、

 今一番パパを助けたいはずの、娘を。

 

「…………ピギャァァァァッ!」

 

 応えるように、ミルリーフが光り輝き。

 再び、人の姿へと変化する。

 

「怖いけど……パパとママの事、絶対助けるもん!」

 

「ありがとミルリーフ、無理はしないでね」

 

「うんっ!」

 

 二人なら、きっと何とかなる。

 剣を握りしめて、わたしは獣皇に向かっていった。

 

 祈りが通じているのか、護りの腕輪が淡く光った気がした。




ここでようやく竜の子がユニットになるのは感動しましたね、変身の使い分けで機動力がすごい。
あとかわいい、すごく可愛い、とても可愛い。


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第30話 今はまだ、帰れない場所

やっと序盤の山を超えたので、ここから一息ついていきます。


 差し込む朝日で目を覚ます。

 あくびを噛み殺して背伸びをしてから、ようやく気がついた。

 

「オレ、食堂で寝ちまってたのか……」

 

(頭がぼーっとして、眠い……)

 

 動く気が起きなくて、しばらく椅子に寄りかかっていると。

 

「おはよう、よく眠っていた……かと」

 

 テーブルにお茶が置かれ、向かいにコーラルが座ってくる。

 いつも見ている顔なのに、金の髪と金の眼妙に懐かしかった。

 

「おはよ、起こしてくれりゃ良かったのに」

 

「ん……、次はそうする」

 

 お茶を手に取り、飲もうとして……ある疑問を思い出した。

 

「しかし、考えてもわかんねーんだよな……」

 

 何だか、こんな風に過ごすのが久しぶりな気がする。

 考えに行き詰まったら、よくコーラルにこうやって愚痴をこぼしていたんだ。

 

「今度は、どんな悩み……ボク、聞きたい」

 

「ガキの頃の話なんだけど、あんときはギアンのやろーがコーラルを連れ去ることに必死だったじゃないか」

 

「うん、あの時ギアンが狙っていたのは至竜と古き妖精だった……」

 

 ラウスブルグを用いて、界を超える為の条件。

 

「だったら、今回は何で遺産を狙うのかわかんねーんだよ。

 確かに遺産はすごい力を持ってるけど、受け入れられる竜の子がいなくちゃ意味ないってのに」

 

 確かに単体でも価値があるものだが、ギアンの目的とはズレるはず。

 

「何でミルリーフより、遺産を狙うんだ?」

 

 それだけが、分からないままだ。

 

「考えられるのは、前と目的が違う……、もしくは」

 

 コーラルは、首を傾げる。

 昔は大人びてたのに、今じゃ少し子供っぽく見える。

 

「竜の子より、遺産が必要……かと?」

 

「その理由がわかんねぇ……、こういうの苦手なんだよ」

 

 頭を抱えるてると、コーラルが手を叩く。

 

「知っている人に、聞いてみる……?」

 

 誰にだよ……、とコーラルに目で問う。

 

「……セイロンなら、きっと知ってる」

 

「何で?」

 

 確かにあいつは、いつだって情報を握っていたけど……。

 

「お父さんの話だと、牙の儀式をする間を空けた理由が……不明、

 こっちと同じだとしたら、すぐにでもミルリーフを戦えるようにしたい……かと」

 

 コーラルは指を立てて、びしっと決める。

 

「だけどそれを後回しにしたのは、きっとセイロン……そこにはきっと、何かある」

 

「……コーラル、オレの代わりに来てくれね?」

 

「残念、無理……」

 

 思わず出た感想は、すぐに却下された、残念。

 

 本当に頼もしくなったよな、コーラルは……。

 

「あー、お前の飯が無性に食いたい」

 

「……帰ってきたら、たくさん作るよ?」

 

 自信有り気な様子に、思わず昔を思いだして笑ってしまう。

 

「昔みたいに、パンケーキに卵の殻とか野菜の芯を入れるなよ?」

 

「一年間、お店を繁盛させてる……。自信あり、かと」

 

「そうか、そりゃ……楽しみ、だ……」

 

 急に眠たくなってきた、

 また机で寝ちまうけど……、いいか。

 

 ────────────────────────

 

 目を覚ますと、この一年で見慣れた宿部屋の天井が見える。

 

(あれ、何でここに……さっきまでコーラルと……)

 

「いっだぁ!?」

 

 起き上がろうとした瞬間、激痛が走り動けない。

 歯を食いしばって耐えてる時、笑い声が聞こえる。

 

「……首は動かせねぇけど、声でわかるぞセイロン」

 

「おお、これは失礼した。思ったよりも元気そうなのでつい、な」

 

 はっはっは、とおどけてみせるセイロンが今はすげぇ腹立たしい。

 

「体中を強く打ったようだ、腕は完全に折れているので動かしてはいかんぞ。

 何があったか、覚えてはいるか?」

 

「確か、獣皇と戦って……」

 

 段々と思い出してきた。

 

「そうだ、フェアが見えて。そこで油断しちまったんだ……」

 

「記憶の混濁はないようで何よりだ、いま店主殿を呼んでこよう」

 

 部屋から出ようとしたセイロンを呼び止める。

 

「いや、先にお前から話してくれ、

 オレが寝かされてるってことは、何とかなったんだな?」

 

「よかろう、そなたが気絶したあとの事だが……」

 

 ────────────────────────

 

「グォ、ォ…………ォ…………」

 

「はぁっ、はぁ……。やっつけた、なんとか……」

 

「ママぁ……、こわかったよぅ……! ぐすっ……」

 

「よしよし、怖いのにがんばってくれて、えらいね……」

 

 うつ伏せに倒れた獣皇を前に、力が抜けて座ってしまう。

 抱きついてきたミルリーフを受け止めるのにも必死だ。

 

「なんとか切り抜けたな」

 

「あたしもうヘトヘト……」

 

 もう、みんな限界だった。

 

 結局二人だけじゃ、足止めが精一杯で、

 亜人たちを退けた皆が駆けつけて、何とか倒すことができた。

 

「しかし、ここで休んでるわけにはいかないだろう。

 鋼の軍団も迫っているし、何よりライ殿が危険だ」

 

「応急処置だけは終わりましたわ、運んでも大丈夫」

 

 セイロンとリビエルの意見に賛成とばかりに、みんなが同意する。

 

「なら、今すぐ町に避難しよう。

 俺が殿を務めるから、皆は早く……」

 

 グラッドお兄ちゃんがみんなへ指示を出したその時。

 

 ドクン……。

 

「何、この音……」

 

「グ、ルオオォォォォオオオ!!」

 

 呆然とするわたしを巨大な影が覆う、

 獣皇が再び立ち上がり、わたしの前へ立ちふさがった。

 

 狂える獣が大きく吠えて、拳を振り上げる。

 

「フェアさんっ!?」

 

 ルシアンの声がゆっくりと聞こえる。

 目の前の獣皇の動きもゆっくりに見える中、わたしは……。

 

「……っ!」

 

「ママっ!?」

 

 咄嗟にミルリーフを庇って、後ろに突き飛ばし……そこで力が入らなくなった。

 

(……ごめんね、みんな)

 

 覚悟して、腕が振り下ろされる瞬間に備えるしか出来なかった。

 

 ……そして、それは同時だった。

 

「えっ……?」

 

 わたし事を、誰かが押し倒して庇う。

 銀の髪に、わたしより大きな身体の男、ライだ。

 

 押し倒されて、手に持っていた遺産の袋がこぼれ落ちる。

 混乱する意識の中、腕はなかなか振り下ろされない。

 

 みんな、この音に呆然としていた。

 

「これは、笛の音色……?」

 

 ミントお姉ちゃんの呟きは、誰もが思っていた事だ。

 戦いの場とは思えない、清らかな音色が響き渡る。

 

「…………」

 

(獣皇から、狂気が抜けた……?)

 

 腕をゆっくりと下ろした獣皇は、落ちていた遺産の入った袋を拾うと軍隊と共に帰っていった。

 

 それを止められる余力がある者は、誰一人としていなかった。

 

 ────────────────────────

 

「全然、覚えてねぇ……」

 

 オレがフェアを庇った……? 

 

「なるほど、無意識だったのか、

 ならば責めるわけにもいかぬな、あっはっはっは!」

 

 遺産を取られたことは気にするな、言ってくれているが、

 今は聞かないといけないことがある。

 

「……なぁ、セイロン」

 

 まず、話を聞いてまっさきに気になったことから。

 

「何で遺産をフェアに渡したんだ」

 

 リビエルからフェアに渡された遺産、それを決めたのは間違いなくセイロンだ。

 

「継承を終えた遺産にも、それなりの加護がある。

 あの場で最も戦うことが可能だったフェア殿に託すのが最善と判断したまでよ」

 

「全部じゃないだろ、オレにも何となくわかったんだ」

 

 意識を失う前にはっきりとわかった。

 

「アイツらは、最初から遺産を目当てに来た。

 そしてセイロン、アンタはそれを半ば確信していたんじゃないか?」

 

 だとしたら、渡した理由はもう一つあるはず。

 

「だから2つの遺産ってエサをぶら下げたんだ、アロエリの持っていた遺産を守るために」 

 

 当たりかどうかはわからないが、セイロンは扇子で口元を隠す。

 

「……それで、我に何を聞きたい」

 

「確信に至った理由を知りたい、

 相手の狙いが竜じゃないなんて、全部がひっくり返るだろ」

 

 セイロンはしばらく沈黙し、重い口を開いた。

 

「……すまぬ、言えぬのだよ。

 確かに我には、そう考えるに至る理由がある」

 

 笑うのではなく、寂しげな顔をしていた。

 

「しかし、それを認めるわけにはいかんのだよ、御使いの一人として」

 

「……そうかよ、悪かった」

 

 こういう時のセイロンは、本当に話せないって長い付き合いでウンザリするほど知ってる。

 

「我からも一つ聞かせてもらおう、ライよ」

 

「なんだよ?」

 

「何故、先代が自害だと知っている」

 

 今度はオレが口を開けなかった、

 多分、アロエリから聞いたんだろうな……。

 

「……言えねぇし、言っても不審に思われるだけだ」

 

 この答えが既に不審でしかないが、

 セイロンは肩をすくめるだけで止めてくれた。

 

「やれやれ、我らは互いに胸に秘める事が多いな」

 

「悪かったな……ミルリーフを守りたい気持ちだけは、信じてくれ」

 

「そこに関しては疑うつもりもない、

 そなたが間者だとしたら、とっくにアロエリから遺産を奪い取っているだろう」

 

 ある程度は信じてくれると言うことなんだろう、

 逆に言えば、警戒はしていると言われた気がするな……。

 

「では失礼する、目覚めたら店主殿に伝えねばならぬのだ」

 

 セイロンが部屋から出ていく音が聞こえて、息を深く吐き出す。

 

(本当にセイロンは何か知ってる、敵が遺産を求める理由を……、コーラルのやつ、本当にこっち来てくれねぇかな)

 

 頼れる子供のことを思い浮かべ、やっぱりあいつの飯が食いたくなった。

 

 ────────────────────────

 

「……認めるわけにはいかんのだ」

 

 男は知っている、敵が遺産を求めるかもしれない理由を。

 

「それを認めてしまっては」

 

 御使いのみが知っている、もう一人の竜の子の存在。

 

「我らが長が、敵の手に落ちたと認めることになる」

 

 彼の持つ最後の遺産と、もう一人の御子。

 それが事実と考えるには、あまりにも絶望的だった。




ここでのセイロンさんは、敵の動きによりある程度の疑念を抱いています。
本編での信頼っぷりを考えるに、それでも考えたくない程クラウレという人物への尊敬があると思うのです。


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第31話 冒険者の夜

誤字脱字、感想ありがとうございます。
物語的には序盤を終えて御使いも揃い、ここの辺りからライが動き始めます。


トレイユの町から遠く離れた森の中に、その男は居た、

冒険者であり、フェアの父親であるケンタロウ。

 

「いちちち……、ったく最近ロクな目に合わねぇな」

 

「お父さん……、大丈夫?」

 

焚き火の前で肩を回す中年へ、心配そうに声をかけたのは娘のエリカ。

 

「平気よエリカ、あんたのお父さんに心配するだけ無駄よ」

 

「おいナイア、そりゃどういう意味だ」

 

そんなケンタロウへ雑な反応を返すのは、召喚術を用いるケンタロウの仲間にして、

フェアの母親の親友、ナイア。

 

「そりゃ、何とかにつける薬は……あら、戻ってきたみたいね」

 

「みたいだなナイア、エリカの事を頼む」

 

ケンタロウは重い腰を上げ、空から帰ってきた仲間を迎えに行く。

森の中に降り立つは機界の機械兵士、トライゼルド。

 

「偵察任務、完了デス。きゃぷてん」

 

「そうか、ありがとよ」

 

「シカシ、アノ者ガ。マサカ追撃者トナッテヤッテクルトハ」

 

先程の戦闘データを振り返り、トライゼルドは素直な意見を述べる。

御使いの一人クラウレが、敵であるギアン・クラストフと肩を並べて襲撃してきたのだ。

 

「モウ一体ノ、竜ヲ含メ想定外ノ事態デス」

 

しかも、その横には至竜の幼生体も並んでいた。

 

「さぁな、野郎も野郎なりに腹をくくって決めたことなんだろ。

それに巻き込まれているあのガキは、少しばかり気の毒に思うけどよ」

 

槍を手に襲いかかってきた竜の子の必死さといい、心情的にやりづらいったらありゃしねぇ。

 

「ナラバ、強引ニデモ引キ剥ガスベキデハ?」

 

「そいつぁ無理な話だ、クラストフの野郎とクラウレがきっちりマークしてやがる。

心情的にも、あのガキが俺らにつく事もねぇだろ」

 

「あの子からしたら、私達は悪者だものね」

 

「ま、クラストフの野郎がいくらでもいいように言えちまうだろ」

 

エリカを見ていたはずのナイアが、会話へ入ってくる、

彼女の言う通り、事実だけなら青の竜からしてみたら、ケンタロウは親を殺した張本人だ。

 

「ナイア、エリカの様子はどうだ」

 

「熱は何とか下がってきたみたい。力の方は相変わらずだけれど……」

 

響界種としての力に身体が耐えきれない結果起こる発作、

様々な形で命を脅かす、どうしようもない力ってやつだ。

 

「やっぱ、一年前からのままか」

 

「ええ、あの時からずっと。

急な発作が増えている、身体のほうが追いついてないのね」

 

一年前から、それが急激に強まっている。

元々多かったとはいえ、ココ最近は少し異常だ。

 

「ソレニシテモ、何故幼生体ハアソコマデきゃぷてんト、戦エルノデショウ。

クラウレガ持ツ遺産ハ、戦イニ関係ナイハズデハ?」

 

トライゼルドの疑問は尤もだ、

クラウレの持つ遺産は記憶、継承したとしても直接的な戦闘能力には関係がない。

 

「それに関しちゃ推測しか出来ねぇが、

遺産の継承つっても、別に全部が必要な訳じゃねぇはずだ」

 

魔力、身体能力、知識、記憶。

その4つは、今すぐに成体にするために必要なだけだ。

 

「本当に大事なのは知識と記憶だろう、言っちまえば力自体は鍛えりゃいいことだ」

 

魔力と身体の制御は、練習をすればいい、

本来は親が教え、成熟した所で記憶の継承をするのが本来の継承方法だろう。

 

「それに……あの姫がいるからな」

 

「月光花の妖精に愛されしものが得る祝福は、秘めたる才能を開花させる……」

 

月光花の妖精の響界種の少女、エニシア。

戦っている最中に、何度か彼女を「母さん」と呼んだ子供の目は真剣だった。

 

「妖精の寵愛を受けている上、才能に関しちゃ竜の子以上の器もねぇって話だ。

ったく、嫌になる組み合わせだぜ」

 

世界最高峰の才能の持ち主が、限界まで引き出す祝福を受けているんだ、

何をやってもスポンジのように即座に吸収しちまうほど、早熟の天才かもしれない。

 

「それがわかってるから、クラストフの野郎も竜の子をオレ達にぶつけてきてるんだろう、

親の仇なりゃ、倒すために死ぬ気で鍛えるだろうしな」

 

「きゃぷてんガ、手心ヲ加エザルエオ得ナイノモ計算済ミト」

 

そこにギアンが目をつけるのは当然だろう、

奴にはケンタロウ達は邪魔者でしかないが、本腰を入れて追撃する理由は薄い。

 

そこに勝手に憎んで、倒そうと努力してくれる竜の子がいるのだ。

 

「いいように使われてるわね、私達も」

 

「ったく、オレは練習用のサンドバッグじゃねぇんだぞ」

 

そりゃもう、便利な練習相手として使うしか無いだろう。

 

「この様子だと、貴方が残してきたあの子も少し不安ね」

 

ナイアは、ケンタロウが置いてきたフェアの事がずっと気がかりだ、

親友の娘だし、何よりケンタロウによって御使いを町へ向かわせている。

 

巻き込まれていることは間違いがない。

 

「あいつなら大丈夫だろう、身体の頑丈さはオレ譲りだしな……ただ、少し気になることもある」

 

「気になること?」

 

いつもは無駄に自信満々のケンタロウが、珍しく歯切れが悪い。

 

「ああ、あいつの戦い方がどうも引っかかってな、

動きは悪くねぇんだが、クセが読みやすいんだ」

 

竜の子と戦っている時から違和感を感じていた。

 

確かに拙い槍さばきだし、力任せな所はある、

だが、基本的な動きはしっかりしていた……昔、あいつに教えたような動きで。

 

「昔、フェアの奴に特訓させてた時を思い出したよ」

 

幼い頃の娘の顔を思い出す……というより、今の顔を知らないだけだが。

 

「しかも、あいつが持ってた槍に見覚えがある」

 

記憶違いじゃなければ、あの槍は昔自分が使っていたものだ。

 

あまりにも奇妙な事が重なる。

 

「あんまり戻りたくねぇんだが、トレイユに行くしかねぇかもな、

……エリカの体調もあるし、時間がかかっちまうが」

 

だからこの男は、もっとも行いたくない決断を下した。

 

「素直に行くのが気まずいって言えばいいのに、手紙の一つ送らないから」

 

ナイアにしてみれば、バカの自業自得でしかない。

 

「うっせぇ!」

 

こうして男は、トレイユへ戻ることを決めた。

 

人生の中で最も気まずい里帰りが、今始まる。




この親父さん、何で裸にライダースジャケットなんでしょうね。


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第32話 先に来ました、秘密基地

このあたりから段々とライが行動していきます。
そろそろ、骨休み的な話もやっていきたいんですね、グルメ爺さんとか。


先日の怪我から、数日たったある日。

 

オレは腕の骨折は治してもらえず、固定したまま町を散歩していた。

ちょうど、初めて会った時のアルバみたいにセイロンに止められている。

 

「え、ルトマ湖からの仕入れがない?」

 

「ああ、何故か知らんが、ついこの間から入ってこなくてよ」

 

この腕では仕事も出来ずに、暇を持て余していたオレは、

散歩していた朝の市場で重要な情報を手に入れることが出来た。

 

(おいおいマジかよ、まだアルバと出会ってないってのに……)

 

ルトマ湖の氷漬け事件。

 

オレの記憶だと、この事件の発端は魚釣りだった。

 

暗殺者に襲われていた、自由騎士見習いのアルバを助けたあと、

彼の骨折の療養の為、骨にいい魚を求めてルトマ湖に向かい。

 

偶然、ルトマ湖にてある作業をこなっていた鋼の軍団と遭遇した。

 

「あいつら、こんな早くから作業していたのか……」

 

つまり今行けば、必ずゲックの爺さんがあそこにいる。

 

(これは、チャンスかもしれないぞ!)

 

相手が来るのを待つしか出来ないこの戦いの中、滅多にないチャンスにオレの足は町の外へ向かっていた。

 

ゲックの爺さんには、どうしても話す必要がある。

オレの恩師、セクター先生のことで、どうしても話さなくちゃいけない。

 

────────────────────────

 

「……腹減った」

 

勢いで来たのは失敗だった、いくらルトマ湖が近いとはいえ、

町から歩けば、昼頃に到着するくらいに距離はある。

 

朝飯抜きで、しかも怪我した状態で来るもんじゃなかった。

 

(痛みはストラで誤魔化せるけど、疲れだけはどうしようもねえ……) 

 

新しく買った剣を杖代わりに、歩き続けて数時間。

 

段々と肌寒くなっていき、吐く息が白くなって来た。

 

「ついた……」

 

目の前に広がる氷漬けのルトマ湖、鋼の軍団がここにいる証拠だ。

 

(前はどうやってあの基地を見つけたんだっけ……)

 

確かあの時は、魚をとろうとして……穴あけようとしたんだ。

そしたら急にミリネージが話しかけてきて。

 

「ねえねえ、一人で何してるの〜?」

 

「そうそう、こんな感じで……ってうお!?」

 

突然現れた機械人形に、思わずのけぞって氷の上を滑って転ぶ、

 

「きゃははははっ!かっこ悪ーい♪」

 

(久しぶりに見る顔だけど、変わんねぇなコイツも……)

 

人形姉妹の三女、ミリネージ。

姉の二人と違って好奇心旺盛、自由な性格をしており度々トラブルメーカーとなる機械人形だ。

 

「いっつつ、急に出てくんなよ……」

 

「えー、つまんなーい」

 

文句を言っても全く反省しないミリネージ、

勝手に飛び出したであろう彼女を追いかけ、次女のアプセットが現れた。

 

「EMERGENCY……、敵ト接触……。

反省要求、みりねーじ……」

 

「大丈夫だよー、だって一人だけなんだし、

排除しちゃえばおんなじだってぇ」

 

「……」

 

あの無表情なアプセットが、明らかに呆れた顔をする。

 

今回の鋼の軍団の仕事は採取で、いかにオレ達に見つからないかが重要だ。

それをわざわざ自分から飛び出して台無しにするんだからな……。

 

排除だとか言ってるが、ゲックの方針はよく知っている。

だからオレは、堂々と頼んでみることにした。

 

「久しぶりだなアプセット、ちょっと頼みがあるんだけど」

 

「断固拒否……」

 

即却下された。

 

「……頼むよ、ゲックのじいさ……教授に連絡してほしいんだ」

 

「なになに、ミリィにも教えてよー。

どうせあなたをここで排除しちゃうんだし♪」

 

こういう時は興味を持ってくれるミリネージの存在がありがたい。

 

(一か八かだ、これに興味を持ってくれれば……)

 

緊張を隠して、ゲックの核心に触れる。

 

「融機強化兵のことで話がある、そう伝えてくれ」

 

「……!」

 

機械人形二人の動きが止まり、通信しているのか沈黙が続く。

もし逆鱗に触れた場合、逃げ出すことが可能か考えを巡らせていると……。

 

「……COMPLETE、教授ガ許可を出シマシタ」

 

アプセットの言葉に、緊張を解く。

 

「えっ嘘!このダメダメおじさんを連れて行くの!?」

 

「誰がおじさんだ、オイ」

 

「だって白髪じゃん」

 

「銀髪だこれは!」

 

本題を忘れてミリネージに反論する、さすがにまだおじさんと言われる歳じゃねぇぞ!

 

────────────────────────

 

「……遅い」

 

「パパ大丈夫なのかな……」

 

ミントお姉ちゃんに外出の許可をもらってから、ライは毎朝散歩している。

 

体力が落ちないようにとの事で、いつもすぐに戻ってくるはずなんだけど……。

 

「もうお昼過ぎちゃってるのに、どこをほっつき歩いてるんだか」

 

「ママ……、探しに行っちゃダメ?」

 

ミルリーフが心配そうにわたしの服を引っ張ってくる。

 

(これだけ遅いと、さすがに何かあったのかもしれない……)

 

「仕方ないか、ちゃっちゃと仕事を片付けて皆に声をかけよっか」

 

「うんっ、ミルリーフも手伝うねっ!」

 

こうしてみんなの手を借りてライを探すことにした、

その結果、ある出会いをする事になるなんて思いもしなかったけど。

 

────────────────────────

 

ルトマ湖近くの地下に設けられた秘密基地、

詳しい原理は知らないけれど、マグマとかいう大地の血液で人工サモナイト石を作る施設らしい。

 

ようするにすげぇ暑い場所なんだけど、オレは別の理由で冷や汗をかいていた。

 

「なぁ、ローレット……頼むからさ」

 

オレを囲むようにして、ローレットとアプセットが監視している。

遠くに見えるあの青いのは、グランバルドかな……懐かしい。

 

(ってそれよりも……)

 

「頼むから、骨折してるところ銃で突くのやめろよ!痛ってーんだ!」

 

「あら、気が付きませんでしたわ」

 

地味な嫌がらせを延々と受けていた、

ここに居ないミリネージはオレを連れてきた責任を取って正座させられてる。

 

「ミリィ、悪くないもーん……」

 

「うおっほん!」

 

教授こと、ゲック・ドワイトが呆れたように咳払いし、話を始める。

 

「よせお前たち、こやつは小癪にも話し合いに来たと言うではないか」

 

ようやく離れたローレットをにらみつつ、オレは素直に教授へ頭を下げた。

 

「まず先に、話し合いに応じてくれてありがとう。

アンタが応じてくれなきゃ、どうしようもなかった」

 

これから頼み事をする相手だし、なおのこと。

 

「ふん、貴様が融機強化兵などと言わねば、応じるつもりなどなかったわい」

 

融機強化兵という言葉を、懐かしむように、あるいは憎しみを持って吐き出す教授。

 

「貴様、どこでそれを知った」

 

オレを睨む目は、エニシアの為に力を振り絞る教授じゃない、

かつて秘密裏に研究を行っていた、召喚師ゲック・ドワイトのそれだ。

 

「そのことを含めて、あんたにしか頼めないことがある」

 

だけど、オレが会いに来たのは召喚師としてのゲックだ。

彼の持つ、超人的な機械知識、それしかオレには方法が浮かばない。

 

「頼む、オレの恩人を直してくれ……!」

 

「そうか、なるほどな……そういう事じゃったか」

 

まだ詳しい説明をしていないのに、全てを悟ったようにゲックはつぶやく。

 

「特殊被験体v-118、融機強化式特務兵士セクター」

 

「なっ!?」

 

そして聞こえてきた単語に、オレは驚愕した。

 

「そうか……、貴様が奴の知り合いだったとは」

 

「まてよ、何でセクター先生の事だって……」

 

「ワシが手がけた融機強化兵のうち、稼働しているのはヤツだけじゃ。

そして、直せるかという質問じゃが、当然修理することは可能だ」

 

その言葉は、オレが一番聞きたかった事だ。

 

「なら、頼む!先生を直してやってくれ!

もう、いつ倒れるか…わからないくらいなんだ」

 

「小僧、詳しく聞こう」

 

オレはすべてを話し始める、先生の状態。どこでどう暮らしているかそのすべてを。

 

────────────────────────

 

「ママ、ママ!多分こっち、パパの匂いはこっちだよ!」

 

「こっちって、もう町からだいぶ離れてるんだけど……」

 

町の外に広がる草原を、みんなで探索していた。

 

「アイツ、腕を骨折してるのに何だってこんな遠出してるのよ」

 

「全くですわ、治癒も終わってないのに危険過ぎます!」

 

リシェルとリビエルの怒りはもっともで、ミントお姉ちゃんなんか無言で怒ってる。

 

(それにしても、何で怪我してるのに……)

 

せめて一言くらい言ってほしかった、なんて考えてると前を歩いていたアロエリが立ち止まる。

 

「待てッ!」

 

「ど、どうしたのアロエリ……?」

 

周囲を警戒し始めるアロエリにつられて、辺りを見渡してみるも何も見えない。

 

「血のニオイだ、かなりの深手らしいな」

 

「えっ!?」

 

「よもや、クラウレではあるまいな」

 

「いや、恐らくニンゲンのものだ」

 

御使いでなかった事は安心だけど、ニンゲンと聞いて真っ先に浮かぶのは……。

 

「まさかっ……!」

 

「うむ、急ぐぞ店主殿!」

 

急いでニオイの元へ向かう、

怪我をしている可能性がある、ライの事を心配して。

 

そこで出会ったのは暗殺者に襲われる、少年剣士だった。

 

────────────────────────

 

一通りの事情を話した後、ゲックは口を開く。

 

「……では、お前はわしに何を支払える」

 

「ミルリーフや、遺産を渡すなんてことは出来ない……、この秘密基地について黙っている事くらいだ」

 

オレにはゲックへ渡せるメリットは殆どない、断られたら……そう、最悪の予感がよぎる。

 

「わしが、やつを修理すると見せかけて手を加え。

貴様達を攻撃する手駒に変えたら、どうする?」

 

らしくない質問に、オレは少し首を傾げる。

 

「アンタはそんな事はしない、少なくともオレの知っている教授なら。

それに、もしそんな事をしたら、アンタをぶっ飛ばして直してもらうさ」

 

「くっくっく、あの娘と同じく愉快な男よ。

単純明快、極まりない……」

 

ひとしきり笑った後、ゲックは語り始めた。

 

「報酬はいらぬ、わしにとっても奴は心残りなのだから」

 

「教授……」

 

ローレットが心配そうに声をかける、教授は何を話そうとしているんだ。

 

「どういう事だよ?」

 

「セクター、ヤツの修復はわしのやるべき事の一つ。

いわば、過去に犯してしまった罪への償いなのだよ」

 

そこに居たのは、過去を悔いる老人だった。

 

「……昔の事じゃ、強化兵士の実験に夢中だったわしはあるきっかけから、

己のしてきた事への異常さを気づいてしまった」

 

ニンゲンを機界の技術で改造し、兵器とする悪魔の実験。

 

「じゃが、そこから抜け出すにはあまりにも遅く、実績という罪を重ねすぎた」

 

研究所長であった男に肩にのしかかるものは、オレには想像が出来ない。

 

「良心の呵責に苦しんだわしは、せめてもの償いとして、

血塗られた技術を、失われていく命の為に用いようとした」

 

「まさか、アンタが先生を改造したのって……」

 

「奪った生命の帳尻を合わせるためだけに、強引に命を救った……、

当人の意志を無視した、実に身勝手な自己満足じゃった」

 

死にゆく兵士の、治療を兼ねた改造……。

それが、血塗られた技術を持った男が選んだ贖罪だった。

 

「いずれ国に隠し解放するつもりで、意識を封印した……、

じゃがその時は訪れなかった」

 

その前に、全てが終わってしまった。

 

「研究所への襲撃と崩壊。わしは逃げた、全てをかなぐり捨てて自分のためだけにな」

 

過去を悔いていた男は、結局逃げてしまったから。

 

「セクターや、機械達を修復したいというのも、結局はわしが一方的に償いたいだけの事」

 

何度も過去の罪に苛まれた老人は、オレに頭を下げた。

 

「故に、恨まれていようと、命を狙われようと。

わしは償わねばならぬ。頼む、わしに……機会をくれ、ライよ」

 

オレの答えは、決まっていた。

 

────────────────────────

 

「いいのかよ、敵であるオレをわざわざ町まで送るなんて」

 

セクター先生を修復に同意させることが出来たら、連絡をしてくれ。

そう渡された小さな通信機を、オレを懐へ仕舞った。

 

「当然です、これで貴方が野垂れ死んだりしては、教授の懺悔が無意味となりますから」

 

隣を歩いて支えてくれるローレットのおかげで、帰りはかなり早くなりそうだ。

 

「お優しいことで」

 

「そんな事より、特殊被験体v-118の説得は可能ですわよね」

 

ローレットがものすごい形相で睨んでくる、コイツとこんな距離で話すこと初めてだな。

 

「いかに教授の贖罪する相手とは言え、教授に復讐を目論むのであれば私は……!」

 

「ああ、阻止するってんだろ。わかってるよ」

 

セクター先生が、ゲックに復讐することが生きがいであり、

それに固執することで何とか生き延びられている。

 

(だから、伝えるタイミングは慎重に決めないとな……)

 

もしミスって、光学迷彩で透明に逃げられては、その時点で探す方法はなくなる。

 

(しかし、それにしても……)

 

「お前ら、教授大好きだよな」

 

「当たり前ですっ!」

 

案外、オレの周りで親子仲が一番いいのはコイツらなのかもしれない。




ライは外伝を経由していないイメージです。
なので、ゲックの後悔について詳しく知らなかったということで。
もちろん、この話ではすべての外伝を踏んでいく予定。


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第33話 黒騎士に代わって

本編のままの部分をどれだけ省略するか悩みながら書いています。
この戦いのルヴァイドVSレンドラーはシチュエーション的にも燃えて格好いいんですよね。


 町に近づくと、何やら騒がしい一団がいるのが見えてきた。

 

「なんだありゃ?」

 

「お待ちなさい、今確認してます」

 

(今更だけど、何でこいつメガネしてるんだ……?)

 

 ローレットが狙撃の要領で観察し、驚いて声を上げる。

 

「あれは、剣の軍団……。将軍ですわ」

 

「なんだって!?」

 

(くそ、今日だったのかよ! レンドラーのオッサンと話すチャンスだってのに!)

 

 それに、やましいことが無くてもローレットと行動してるのを見られるのは良くないだろう。

 

「ローレット、お前はもう帰れ。

 ここからは一人で大丈夫だから」

 

「しかし……」

 

「教授に、迷惑かけてらんねーだろ。

 ギアンの奴にバレたりしたらそれこそ面倒だ」

 

「では、あとは任せますわ。必ずv-118の説得を」

 

 そう言い残してローレットは転移して行った、それを見送り怪我をしている自分の腕を見る。

 

「ちょっとだけ、ズルさせてもうぜ」

 

 腕に手を当て、淡い光が体を包み始める……。

 

 ────────────────────────

 

「あれ?」

 

 剣の軍団と対峙した一発触発の緊迫した空気の中、わたしはある事が気になった。

 

(今、腕輪が光ったような……)

 

「フェアさん、どうしたの?」

 

「なんでも無い、大丈夫」

 

 多分、気の所為だ。

 

(うん、しっかりしなくちゃ)

 

 アルバという少年を助けたわたし達は、

 彼の上司である自由騎士団に所属する、ルヴァイドさんと、イオスさんと出会った。

 

 ルシアンが憧れている自由騎士、その彼らが

 アルバを助けた礼と言って、手を貸してくれている。

 

(ルヴァイドさんに将軍を抑えてもらっているんだから、こっちは頑張らないと)

 

「フェア、リシェル、ミントさんは召喚術を頼む。

 ルシアン、オレと組んで敵を食い止めるぞ!」

 

「はいっ!」

 

 御使い組は御使いとして連携を取るのに慣れている、

 グラッドお兄ちゃんはソレを考慮し、指示はわたし達だけに飛ばしてくる。

 

「ミルリーフ、召喚術を手伝って!」

 

「うんっ……え、ママ! パパ! パパが居る!」

 

 ミルリーフが指差す方向を慌ててみると、そこには。

 

「ウソっ、何であそこに……」

 

 ルヴァイドさんとレンドラーさんの間に割り込むようにして、ライが立っていた。

 

 ────────────────────────

 

 旧王国出身の騎士二人、その因縁に割り込むようにオレは間に立った。

 

「悪いなルヴァイドさん、オッサンとやるのはオレだ」

 

「君は……いや、この場を任せても良いのだな」

 

 突然現れたオレに言いたいこともあるだろうに、察してくれる。

 

「おう、フェアのいる下を頼む」

 

「いいだろう、この戦いの勝敗。君に委ねるとしよう」

 

 ルヴァイドが下へ加勢していくのを見届けてから、剣を抜く。

 

「よぉ、オッサン。この間の決着をつけに来たぜ」

 

「ふん、貴様のような小僧が決着をつけるためだけに来るとは思えんな、何を企んでおる」

 

 互いにゆっくりと、間合いを詰めていく。

 

「あんたが勝ったら教えてやるよ、代わりにオレが勝ったら一つ質問に答えてもらうぜ」

 

「ほざけっ! 貴様が我輩に勝つなど10年早いわっ!」

 

「そうかよ、なら丁度くらいだなぁ!」

 

 一気に踏み込んで剣と斧がぶつかり、火花が散る。

 

 レンドラーの武器は大斧、まともにうけりゃ確かにふっ飛ばされる。

 

(けどな、獣皇と比べりゃまだマシなんだよ!)

 

 剣の軍団の強みは、統率力だ。

 

 こいつが将として機能していると厄介だが、

 一対一に持ち込みさえすれば、まだオレにもチャンスはある。

 

 下の方では、皆と剣の軍団が入り乱れての戦いになってるが、

 ルヴァイド、イオスの存在が大きくこっちが優勢だ。

 

(仮にオレが負けたとしても、撤退してくれるだろうが……)

 

 斧を紙一重で避けては、鎧の関節を狙って剣を振るうもうまくいなされる。

 

(それじゃあ駄目だ、この堅物のオッサンに頼み事をするには、オレが勝ったという結果がどうしても必要だ)

 

 大丈夫、受けに徹していれば当たりは……。

 

「舐めるなよ小僧!」

 

 完全に避けたと思った斧の動きが直前に変化し、横っ腹に叩きつけられて、地面を転がる。

 

「げほっ……!」

 

(あっぶな! 防御がギリギリ間に合った……!)

 

 剣を間に入れてガードし、自分から飛んで衝撃を逃したおかげで何とかまだ動ける。

 

「貴様の動き、覚えがあるぞ」

 

 すぐさま立ち上がり、構え直す。

 

「初めは、あの娘の方がヤツの動きに似ていると感じたが。

 貴様の動きはそれよりもあの男に近い、こうして剣を交えればよく分かるというもの」

 

 斧を向けて、問い詰めてくる。

 

「貴様はあの男の息子、いや弟子か?」

 

「答える気はないね」

 

「ならば、貴様を倒し答えてもらうとしよう」

 

「やれるもんならやってみろよ、オッサン!」

 

 軽く剣を握り直してから、レンドラーへ向かって走り出した。

 

 ────────────────────────

 

 上での戦いを、わたしは見上げることしか出来ない。

 

「どうしてライが、戦えてるのよ……、

 だってアイツ、今朝まで腕が折れてたのよ!」

 

「そうですわ、治癒の奇跡を使っていませんのに……!」

 

 リシェルとリビエルの疑問は尤もで、朝見た時は確かに折れていた。

 

「ありえなくはない、あやつはストラの達人。

 治癒のためにストラを続けていたならば、あるいは」

 

 そう自分に言い聞かせるようにセイロンは呟くも。

 

「しかし、ニンゲンのストラであそこまで急速な治癒が可能なのか……?」

 

 どこか不審に思っている部分は、拭えないようだった。

 

 でもわたしは、それよりも上での戦いに見惚れて、同時に悔しかった。

 

(悔しいけど、わたしじゃ手助けができない……)

 

 今あそこに行ったとしても、わたしじゃ間違いなく足手まといだ。

 大人にだって負けないつもりだったけど、今のわたしじゃついていけそうにない。

 

(もっと、もっと強くなりたい)

 

 召喚石を握る手に力が入る。

 剣術では勝てないけど、召喚術なら……。

 

「そうだよね、今はみんなの力にならないと。いくよっ、召喚!」

 

 数の不利を逆転する召喚術、今の戦いで求められる戦い方を、わたしは精一杯ぶつけるしかないんだ。

 

 ────────────────────────

 

(段々と動きが読めてきた、懐に入れるようになってきたけどガードが硬い……!)

 

 斧と切り結ぶたびに、段々と近づけるようになってきたが、鎧を切れるわけでもなく攻め手に欠ける。

 

「どうした小僧、動きが鈍ってきているぞ!」

 

「っ、うるせぇ!」

 

(ただ一度でいい、正面から押し勝ってオッサンにスキができれば!)

 

 一度距離を置いて、息を整えてから斬りかかる。

 

「うおぉぉ──ーっ!」

 

「小癪なっ!」

 

 剣と斧が交わったまま、静止する。

 ここまでもつれ込めば、どちらが押し込むか純粋な力比べだ。

 

(一瞬でも力を抜いたら、真っ二つにされそうだ……!)

 

「貴様にはこの斧を打ち破ることは出来ぬ。

 我らは姫の為に、すべてを捧げると誓った剣の軍団だ!」

 

 力で抑え込んでくる将軍が、勝ち誇ったように宣言してくる。

 

「……うるせぇ」

 

 けど、それは気にいらねぇ。

 

「アンタの覚悟は知ってる、どんな想いであの子の願いを叶えたいのかって……けどな」

 

 不思議と力が湧いてきて、斧を押し返していく。

 

「だったら、あの子を泣かせるんじゃねぇよ! 

 アンタ達が戦って、勝っても、アイツは喜ばねぇんだよ!」

 

「ぬぉっ!?」

 

 押し切られて将軍が後ろに下がり、斧もすぐには振れない。

 

 だからオレは振り切った剣を手放して、拳を握る。

 このスキを突くには、一瞬でも早く動かなきゃ間に合いはしない。

 

「このっ、頑固親父が!」

 

 ガラ空きになった顎を下からぶん殴る、

 コーラルがセイロンから学び、オレにも教えてくれた、殴るためのストラ。

 強化された拳はレンドラーの顎を打ち抜き、

 派手に吹っ飛んだ後、そのまま意識を失って動かなくなった。

 

「はーっ、はーっ……」

 

 子供のときは届きもしなかった強敵。

 

「オレの……、勝ちだっ」

 

 剣の軍団レンドラーに、ようやく届いた。

 




頼れる前衛アルバくん、ある意味4が過去作のお祭りゲームであることを象徴する仲間の一人ですよね。


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第34話 桃と翠の子

久しぶりの更新、その間も感想や評価、見てくださってありがとうございます。


朝露が木々を湿らす早朝、宿屋の主人であるフェアは、

裏庭にある倉庫で道具を探していた。

 

「えっと、釣り竿どこかな……」

 

「ママー!こっちに針があったよ!」

 

「ほんと?ありがとうミルリーフ……うわっ!?」

 

「えへへ♪ミルリーフ偉い?」

 

 

仕掛けの入った箱を持って飛び込んできた娘を受け止め、頭をなでてあげる。

 

「まったくもう、甘えん坊なんだから。

釣り竿も見つかったし、用意して待ち合わせ場所に行こうか」

 

人型になっても軽いミルリーフを片腕でだっこしながら、片手で釣り竿を持って倉庫を出る。

これから出かける事を考えて、店の戸締まりもしっかりしないといけない。

 

「それじゃあミルリーフ、手分けして閉めていこっか」

 

「うん!」

 

段々と頼もしくなってきたミルリーフの背中を見送り、

荷物を纏めてから彼の部屋へと向かう。

 

「入るよ」

 

反応はないが、一応ノックしてから部屋へ入る。

ベッドで眠っている銀髪の青年へ、報告するために。

 

「これから釣りに行ってくるね、アルバの治療に魚がいいって聞いたからさ」

 

怪我をしている少年剣士、アルバの為に何か出来ないか。

料理の師匠である、グルメ爺さんに聞いてみたら医食同源という料理で身体を癒やす考え方を知った。

 

仲間に相談してみれば、セイロンやアロエリがオススメの魚を教えてくれて、

いざ市場に買い出しに言ったら、何故か最近入荷していないとのことだ。

 

「ってなわけで、ルトマ湖に行ってくるから。気にしないで休んでいて」

 

「ママ……」

 

声に振り返ると、ミルリーフが遠慮がちにドアを覗いていた。

 

「あ、ごめんミルリーフ今行くから」

 

「うん……、パパ、まだ起きないの?」

 

「そのうち起きるわよ、だってライなんだから」

 

寂しそうに俯くミルリーフの頬を撫で、手をつないで部屋を出ていく。

 

あのレンドラー、剣の軍団との戦いから数日。

ライは、ずっと眠っていた。

 

────────────────────────

 

ライがレンドラーを殴り倒し、勝利宣言で戦いは決着した。

 

元より下は、自由騎士二人の圧倒的な強さで優勢だったところに指揮官が倒れ、

一気に士気が落ちた所を、一気に制圧出来たから。

 

戦い終わり、急いでライの元へ駆けつけようとした時。

黒い影が立ち上がった。

 

『なんだよ、起きるの早すぎんだろ……』

 

『ふん、貴様の拳でいつまでも眠る程ヤワな鍛え方はしていない』

 

剣を杖代わりにしてやっと立っているライと、一度倒れたとはいえ余力のあるレンドラー。

 

『ライっ!』

 

最悪の結末を想像し、皆で駆けつけようとした時。

レンドラーの一声で終りを迎えた。

 

『剣の軍団!引き上げるぞ!』

 

指揮官の言葉に従い、素早く撤退していく軍団。

 

『……レンドラー、アンタ』

 

『勘違いをするな小僧、今回は確かに貴様の勝ちだ。

だが次はない、貴様の生意気な鼻っ柱をへし折ってくれるわ』

 

そう言い残し、背を向けるレンドラーへ。

 

『待てよ』

 

ライが声をかけた。

 

『オレが勝ったんだから、聞かせてほしいことがある』

 

そこからの話は、遠くにいるわたし達には聞こえなかった。

見えたのは、驚いた顔をするレンドラー、不敵に笑うライ。

二人が何を話していたのか、それは知ることが出来ない。

 

なぜなら剣の軍団が去った後、ライは倒れた。

 

『パパっ!パパぁ!』

 

あの時のミルリーフの必死な顔を、わたしは忘れられない。

 

急いでミントお姉ちゃんの家に運んで、

リビエルと二人で診察をしてもらった結果、極度の疲労状態なのだという。

体内の魔力が枯渇し、衰弱しているとのことだ。

 

セイロンはあの奇妙な治癒能力が原因ではないかと睨んでいたが、結局わからないままだ。

 

その後は宿まで運んでもらい、ライの部屋で寝かせている。

ミルリーフが『パパの看病するもん!』と張り切って体を拭いたりしているんだから。

ちょっとだけ、頼もしく成長してくれたのは複雑だけど誇らしかった。

 

────────────────────────

 

「ねぇねぇママ、みんな来るまで時間あるんだから。

一緒に市場見ようよぅ……」

 

「ダーメ、これから遠出するのに荷物増やしちゃダメなんだからね」

 

フェアとミルリーフが門の前の広場についたのが少し早かったようで、

仲間はまだ誰も来ていなかった。

ミルリーフはつまらなさそうにぶらぶらしていて、フェアは道具の点検をしている。

 

「ねぇ、ママぁ~」

 

「帰りに甘いもの買ってあげるから、今はガマンしなさい」

 

服を引っ張ってくるミルリーフの甘えた声に、竿を握るフェアはぴしゃりと宣告する。

最近成長したのかと思いきやこれだから、まだまだ甘えん坊は卒業しなさそう。

 

「いいもん、今行かないならたっくさん甘いもの買ってもらうもん!」

 

「はいはい、そうねー」

 

フェアの前で思いっきり拗ねてみても、思ったような反応が返ってこなくてますます不貞腐れるミルリーフ。

そんな時、ふと妙な香りがした。

 

「ねぇ、ママ……あっちに」

 

「少しだけなら見てきていいから、すぐ帰ってきてね」

 

一緒に行こうと言う前に、竿の調整に本腰を入れ始めたフェアに断られてしまう。

悲しいし残念だけど、今のミルリーフには匂いの方が気になった。

 

「うん、わかった」

 

フェアに手を振ってから、匂いをたどって走っていく。

普段は通らない道や、入りづらい路地裏、知らない道を通って、通って。

 

自分でも何でこんなに急いでいるのか、何でこんなにも懐かしい気持ちになるのか。

頭の中がぐっちゃぐちゃになった時、ふと我に返る。

 

「……ママ、どこぉ」

 

ミルリーフはきょろきょろと周りを見渡す、町の何処にいるかわからない。

あんなに言われたのに、すぐ帰って来てと言われたのに。

女の子は、見知った町で迷子になっていた。

 

「ママぁ……、ひっく……」

 

今にも泣き出しそうで、でも帰らないとママが心配するから、

一生懸命歩き出そうとして、でもやっぱり不安で動けなくて。

 

いよいよ我慢出来なくなった時、その子が現れた。

 

「……君、迷子?」

 

金髪と金の眼をした、ミルリーフと同じくらい子供だった。

初めて会うのに、昔から知っているような。

とても安らぐ匂いをしている、不思議な翠色の服の子供だ。

 

「ひっく、うん……ママとね、はぐれ、ちゃって……」

 

「それは、大変……かと」

 

泣き出したミルリーフを宥めるように、翠の子供が優しく撫でる。

まるで兄か姉が、妹を宥めるように。

 

「……お母さんが、どこかは分かる?」

 

「う、うん……」

 

門の前で集まることを伝えると、翠の子が優しく手を握ってくれた。

 

「大丈夫、ボクが近道知っている……よ」

 

その手の温もりに安心し、ゆっくりと連れて行ってくれる。

まるで、パパみたいな子……ミルリーフは不思議とそう感じた。

 

安らぐような、ドキドキするような。

不思議な散歩はあっという間に終わってしまった。

 

「ここを行けば、すぐに門だから……。

よく泣かなかったね、偉い……かと」

 

「本当?ミルリーフ偉い?」

 

「うん、偉い偉い……」

 

翠の子に撫でられると、なんだかくすぐったくて。

でも、それが心地良い。

 

「ありがとうっ!まってて、今ママを呼んでくるから!」

 

この子をママに、仲間たちに紹介したくて道を飛び出す。

 

「あっ、ミルリーフ!何処に行ってたの!」

 

「ママっ、ママ!ねぇねぇ聞いてあの子が……」

 

心配していたフェアの言葉に耳も貸さず、服を引っ張って今来た道を指差す。

 

「あの子って、誰も居ないじゃない」

 

だけどそこには誰もおらず、ミルリーフは母と御使いにこってりと絞られてからルトマ湖へと向かっていく。

凍てついた湖にて、彼女たちは鋼の軍団と対峙する事となる。

 

────────────────────────

 

やっとここまで来れた。

とても難しくて、色々と枷も出来てしまった。

 

それでも、やっと会える。

 

ずっと考えていた、彼は今どうしているのか。

夢の中で会うたびに、胸が熱くなって、痛くなった。

 

ボクは大人なのに、こんなに会いたいのは変かな……。

 

幼い頃のように家に向かう道を歩きながら、翠の子は宿屋へとたどり着く。

 

「お父さん、待ってて」

 

ライの子供、至竜コーラルが忘れ時の面影亭へ足を踏み入れた。




展開がうまく浮かばなかったので、ゆっくりのんびり進めていきます。


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第35話 翠と父と

少しでも逆行物っぽくなればいなと思います。


一生忘れることはない最終決戦の場。

 

堕竜ギアンが降臨した、浮遊城ラウスブルク。

けれど、目の前に広がる光景は記憶と違っていた。

 

城全体が糸で絡め取られたように、白い繭に覆われている。

その中で皆が倒れていた。

幼馴染も、頼れる大人たちも、異世界からの友も。

そして、フェアも。

 

ミルリーフだけが、その中で泣いていた。

 

(やめてくれ…)

 

コーラルに頼まれたんだ、助けてって。

ミルリーフはオレのこと父親だと慕ってくれてる。

 

(頼む、誰か…)

 

フェアだって、もし家族で暮らせてたらこんな感じなのかなって思わせてくれた。

 

(オレじゃ、分からないんだ。

どうすればよくなる、どうすればみんなを助けられるんだ)

 

白い怪物が、オレを見る。

 

「……っ!」

 

ベッドから飛び起きたライは、慌てて周りを見渡す。

見慣れた部屋には、あの暗い光景などありはしなかった。

 

「夢、か……」

 

こっちに来てから、度々こんな夢を見る。

弱気になってんのかなと少し情けない。

 

(どれくらい寝てたんだオレ、確かレンドラーのおっさんと話して……)

 

思い出すのは、気力を振り絞ったあの戦い。

レンドラーにある提案をし、そこで力尽きてしまった。

 

「そっか、あの後オレ倒れちまったのか」

 

顔に手を当てて深く息を吐き出し、ベッドから降りようとした時。

 

「……ん?」

 

布団の中に妙な、それでいて懐かしい感触がする。

恐る恐る捲ってみると、いつか見た光景がそこにあった。

 

「………すぅ」

 

「コー、ラル?」

 

────────────────────────

 

この世界にたどり着いて、真っ先に探したのはお父さんの匂いだった。

一年以上離れていても忘れることのない、優しい匂い。

宿は鍵が閉まっていたけど、お父さんと一緒にずっと暮らしてきたボクには問題がなかった。

 

「……お父さん、ただいま」

 

人気のない宿屋へゆっくりと裏口から入る。

宿の廊下は元の世界より真新しく、一瞬心細くなるけど匂いをたどっていく。

 

「……。」

 

そうして見つけたお父さんの部屋の前で、少し緊張してしまう。

久しぶりに会うのが楽しみで、ちょっぴり怖い。

 

「お父さん、いる……?」

 

それでもと勇気を振り絞って声に出すも、返事はない。

 

だから思い切ってドアを開けてみた。

 

「お父、さん……っ!」

 

ライは部屋で眠っていた、

その姿を見たら自分を抑えきれなくなって、子供みたいに駆け寄って頬に触れる。

 

手と頬が触れ合った時、ある事に気がついて喜びが冷めた。

代わりに湧き上がるのは不安。

 

「魔力が、少ない」

 

長年一緒に居たからすぐに体調不良だとわかった。

よく見れば顔も険しく、うなされている。

 

「……大丈夫、だよ。ここにいるから」

 

ライの手を握り、一緒に横になってそばに寄り添う。

大人になってから一緒に眠ることなんてなかった。

 

「今くらい……いいよね、お父さん」

 

久しぶりの安堵感に、気がつけば自分も眠ってしまっていた。

 

目を覚ました時、抱きしめられているのを感じた。

 

「コーラル……っ!コーラル!」

 

目を開けなくても分かる、お父さんだ。

 

「おはよう、お父さん」

 

「おはようっ、コーラル……お前なんだな!お前なんだよな?」

 

「うん、お父さんの……子供だよ」

 

力強く抱きしめるライの様子に少し戸惑い、すぐに理由がわかった。

ボクは向こうで皆と一緒に居たけど、お父さんはそうじゃない。

 

嘘が苦手で、いつだって真っ直ぐで優しい人。

 

 

ボクだってこの世界に来た時、不安を感じた。

お願いしたとはいえ、一人でこの世界にずっと居たお父さんはきっと……。

 

「……お父さん」

 

優しく抱きしめ返し。

 

「ありがとう、ワガママを聞いてくれて」

 

素直な気持ちを、親に告げた。

 

────────────────────────

 

「わりぃ、取り乱した」

 

「大丈夫、ボクもだから……気にすること無い、かと」

 

しばらく抱き合って、我に返ったライは恥ずかしさに頭を抱える。

あんな夢の後に家族に再会したとはいえ、大人のやることじゃないと反省する。

 

「……♪」

 

そんなライを嬉しそうに見つめてくるコーラルに、なんとなく居心地が悪かった。

 

「コーラル、お前どうやってこっちに来たんだ。

それにその姿、何か出会った頃みたいだし」

 

「……説明が難しい、がんばった」

 

「お、おう」

 

自慢気に胸を張るコーラルに対し、ライはとりあえず頭をなでて誤魔化す。

 

「……こっちに無理に来たから、色々と影響が出てる。

至竜としての力、今は殆どない……かと」

 

「そうなのか?」

 

「うん、多分……こっちの御子と同じくらい」

 

申し訳無さそうにするコーラルだけど、ライは気にならなかった。

 

「来てくれただけで嬉しいから気にすんなって、正直心細かったんだ」

 

ライにとって、ずっと抱いていた悩みを打ち明けられる家族。

この異世界において、何よりも得難い存在だから。

 

「うん、そのために来た……。

お父さん、ボクも力になる」

 

「おう、一緒に何とかしてやろうぜ」

 

拳をぶつけ合い、コレまでの事をコーラルへと話し始めた。

 

────────────────────────

 

「……ってなわけで、かなり参ってる。

何すりゃいいのか分からないし、ギアン達の動きが妙なんだよな」

 

「……とりあえず、今わかってることを纏めてみるべき、かと」

 

「わかっていること?」

 

「うん」

 

コーラルは少し目を閉じ、話し始める。

 

「まず、あの光景について。ボクもお父さんと同じくらいしか知らない。

けれど、分かることは二つある」

 

コーラルは指を立て。

 

「一つ、場所は堕竜と戦ったラウスブルグ。二つ、ボク達しか倒れてなかったって事」

 

「……悪い、もっと分かりやすく」

 

「あれが来るのはギアンが儀式をする時か、もしくはあの日って事。

それと、ボク達以外の仲間がいれば……なんとかなるかもしれない」

 

「なるほどな……」

 

「エニシア達、それに……お父さんは嫌だと思うけど。

お父さんの、お父さん……とか?」

 

「うっ、それを言うなって……。考えないようにしてんだから」

 

自分の親のことになると途端に誤魔化すライに、楽しそうにコーラルは微笑む。

 

「だから、お父さんの考えは合ってると思う。

セクター先生とか、ポムニットさんもそうだし……。

お父さんが考えていた、エニシア達との和解を早めるって所。

そのために、レンドラーに約束を取り付けたのはすごいと思う」

 

「そんなんじゃねーって、ただ……エニシアがやったんだから、オレもやろうってさ」

 

コーラルが最も驚いたのは、

あの日、レンドラーに打ち勝った時の事だ。

 

────────────────────────

 

『オレが勝ったんだから、聞かせてほしいことがある』

 

『何だ小僧、吾輩に話すことなどない』

 

立ち去ろうとしたレンドラーへ、あるものを見せる。

 

『貴様、それは!?』

 

『ゲックの爺さんから借りてる無線機だ。

ちょっと頼み事をしててな』

 

通信機を懐へ仕舞い、以前から考えていた事を告げる。

 

『なぁレンドラー、アンタは筋の通った話なら聞いてくれる武人と信じて聞く』

 

オレの時、姫が最も望んでいた終わらせ方。

 

『姫と話し合いがしたい、戦わなくったって姫の願いを叶える方法がある』

 

誰の犠牲も出さずに、終わらせる方法。

 

『正気か貴様?それが不可能な事は御使い共を見れば知れたことよ』

 

『だからオレ一人でいい、武器も持っていかない。

話し合いの場を設けてもらうなら最低限の礼儀だろ?』

 

レンドラーが少しだけ悩んだところに、畳み掛ける。

 

『決裂したならオレを人質にでもなんでもすりゃいい、

ギアンの野郎ならそれくらい平気でするだろ』

 

『貴様、何故奴の名前を……』

 

『頼むレンドラー、アンタにしか頼めないんだ!』

 

しばしの沈黙の後、レンドラーは答えを口にする。

その返答を聞いたライは、安心したように意識を失った。

 

────────────────────────

 

「ギアンを外した、エニシアとの話し合い。

もしうまく行けば、戦わずにアレに備えられる……」

 

「まぁ、問題があるとすりゃ……」

 

今一番頭が痛い問題が、身内に残っている。

 

「御使いのみんなをどう誤魔化すか……かと」

 

「あぁ、特にセイロンだな……」

 

二人で一緒にため息をつく。

 

最も頼れる男は、

最も敵に怒りを燃やす一人なのだから。




和平の際に最も恐ろしいのは、ギアンとセイロンだと思います。
話し合いなどありえないと一蹴する程の怒りは、結局ギアンの行いが原因なので……この二人は何があっても気が合いそうに無いですよね。


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第36話 決断の夜

声が可愛い竜三人組はずるいと思います。


「つ、疲れた……」

 

「ママだいじょうぶ?」

 

 魚を釣りに行ったはずが、

 湖は凍ってるわ、機械人形に襲われるわ。

 挙げ句の果てに、鋼の軍団と戦う羽目になったピクニックの帰り道。

 宿への坂道を、フェアは肩を落として歩いていた。

 

「魚を釣りに行っただけなのに……」

 

「でも皆無事で、目的の魚も手に入ったからいいんじゃないかな?」

 

「そうだけど、なんかすっきりしないもん」

 

 慰めてくれるルシアンに返事しながらため息をつく、最近ため息が増えた。

 今日くらいは平穏で真っ当な生活を送る気だったのに、

 まさか向こうからトラブルがやってくるなんて思いもしなかった。

 

(それに……)

 一つ気になることもあった。

 

 

 秘密基地に突入し、険しい顔のゲックと対峙した時のこと。

 

『フェアよ、なぜここがわかった』

 

『何故って、湖に釣りに来たらその子に襲われたのよ』

 

 ミリィ悪くないもん! と言ってる機械人形を指差すと、

 なにかに安心したようにゲックの顔が和らいだ。

 

『そうか……、あ奴は約束を違えなかったか』

 

(あれ、結局どういう意味なんだろう)

 

 その後すぐに戦いになったから聞き出すことは出来なかったけど、

 何故か喉に刺さった魚の骨のように引っかかっている。

 

「あたしだって消化不良よ! あの装置について何も分からずじまいなのが悔しくて仕方ないわ」

 

「なんでよ、結局壊れたんだからいいじゃない」

 

「良くないわよ! いい? 召喚師は専門職なのよ、

 別の属性ならまだいいけど、同じ機界の分野でここまで差を見せつけられたんだから、あたしの気が収まらないの!」

 

 人工サモナイト石生成装置の操作方法すら解明できなかったのが余程悔しかったのか、リシェルは帰り道でずっとご機嫌斜めだ。

 

「あはは……。それにしても、僕たちだけで歩くのも久しぶりだね」

 

「言われてみれば、この三人で歩くのってあの日以来かも」

 

 御使いの三人は軽く見回りをしてから帰るそうだし、ポムニットさんは屋敷の家事に、ミントお姉ちゃんとグラッドお兄ちゃんはアルバの見舞いにと別れてきた。

 

「ミルリーフは? ミルリーフもいるよ?」

 

「アンタはいいの! ほら、宿まで競争するわよ!」

 

「わーいっ♪」

 

 リシェルとミルリーフが笑いながら走っていくのを見送ると、ルシアンが微笑んでるのに気がつく。

 

「どうしたのルシアン、嬉しそうだけど」

 

「うん、こういう時間がずっと続けばいいなって」

 

「……うん、そうだね」

 

 星を見に行った日も、こんな感じだったな。

 大人になろうと自分を追い詰めていたら、この二人が息抜きさせてくれる。

 

「それに、僕はフェアさんと一緒なら……」

 

「えっ?」

 

 ルシアンが何かを言いかけたその時。

 

「ママ────ーっ!」

 

「大変よ二人とも! 宿に灯りがついてる!」

 

「嘘、待ってすぐ行く!」

 

 慌てた様子で戻ってきた二人の話を聞いてすぐに駆け出す、

 宿屋に灯りがついてるってことは……! 

 

「……また今度でいいかな、うん」

 

 取り残されたルシアンは、諦めたように肩を落とした。

 

「ほら、誰かいるみたいよ」

 

「料理のいい匂い、きっとパパが起きたんだよ!」

 

 宿の前につくと物音と料理の香り。

 

「まさか病み上がりで料理してるわけ? どんだけ料理バカなのよアイツ」

 

「でもライさんだし、やりそうだよね」

 

「ママ、はやくはやく!」

 

 はしゃぐミルリーフに急かされて扉を開けると取り付けられた鈴が鳴り響き、調理の音が止まる。

 

「ライ、目が覚めてよかっ……た?」

 

「……パパ?」

 

 厨房から出てきた姿は、見知った銀髪じゃなく絹のように柔らかい金髪、凛々しい金の眼。

 小さな身体にライの大きなエプロンを付けてるので、より幼さが強調されている少年……少女? だ。

 

「……いらっしゃいませ?」

 

 つまるところ。

 

「誰……?」

 

 知らない子供が、フェアの宿で調理していた。

 

「あーっ! 今朝の子だよママ!」

 

「知ってるのミルリーフ?」

 

「うんっ、迷子になったの助けてくれたの!」

 

「……元気そうで何より、かと」

 

 ミルリーフが嬉しそうにその子の手を取る。

 うんうん、こういう光景って心が穏やかに……。

 

「何にお年寄りみたいな顔してんのよフェア! アンタの店なんだからシャキっと対応しなさいよ!」

 

 リシェルが思いっきりフェアの頭を引っ叩く。

 

「そ、そうだった! 君一体どこから」

 

「……じー」

 

「フェアさん、なんだかあの子ずっと見つめてきてるみたいだけど」

 

「ミルリーフがベタベタくっついてるのに無表情、あの子やるわね」

 

 抱きついてるミルリーフを全く気にせず、こちらをじっと見ているあの眼は何処かで……。

 

「晩の仕込み終わったかコーラル?」

 

「ライ!?」

 

 子供、コーラルについて考えていたら声がした。

 久しぶりに聞くライの声は思ったより元気そうで、

 ミルリーフは早速「パパ!」と抱きついていった。

 

「うん、全部終わったよ……お父さん」

 

「「「お父さん!?」」」

 

 コーラルによって爆弾が落とされたような騒ぎになった。

 フェアは何度もライとコーラル見比べ、リシェルはライに掴みかかり、ルシアンは慌てて止めに入った。

 中でも一番混乱したのはミルリーフで、受け入れられなかったのか大泣きして止まらず、

 落ち着いたのは御使いの皆が帰ってきてやっと泣き止んだ。

 

 その大騒ぎを、コーラルが楽しそうに見ていたのに気がつけたのはライだけだった。

 

 ────────────────────────

 

「えっ、オレそんなに寝ていたのか?」

 

「ああ、何日も目を覚まさなかった」

 

「何にせよ、目覚めたなら目出度い。

 店主殿、御子殿も気を取り戻すというものよ」

 

「はは、悪い。ストラやりすぎたかな」

 

 今日までの経緯を御使い達に聞きながら、笑って誤魔化す。

 

「しかしコーラルさん……でしたっけ、あの子に随分慕われているのですねアナタ。

 旅に出たのを追いかけて、この宿までたどり着くなんて」

 

 リビエルは感心したように頷く。 

 

「それにあんなに楽しそうな御子さまを久しぶりに見た気がしますわ」

 

 厨房とテーブルを行ったり来たりしているコーラルにくっついてるミルリーフ、

 見た目が同年代なのも手伝い、仲のいい双子に見えなくもない。

 

「コーラル……お姉ちゃん? お兄ちゃん?」

 

「どっちでもいいよ、そのお皿を運んで……」

 

「はーいっ♪」

 

 先代に近しい気配を無意識に感じているのか、ミルリーフはすっかり懐いてコーラルの手伝いをしている。

 コーラルもコーラルで、妹みたいな子に手伝ってもらうのが楽しいみたいだ。

 

 一方ライの妹みたいな存在は、運ばれてくる料理にショックを受けていた。

 

「中々やるわね、ライの弟子なだけあるわ」

 

「すっごく美味しい……、わたし修行が足りないのかも」

 

「僕はフェアさんの料理好きだよ、ホッとする味でさ」

 

 コーラルの料理を美味そうに食べるリシェル、悔しそうにするフェアを慰めるルシアン。

 この三人も最初こそ騒いだがコーラルの事を「旅に出た親代わりの師匠を追いかけてきた弟子」と言うことで納得してくれた。

 

(コーラルのやつが言ってた通り、気が付かれないもんだな)

 

 至竜の力を失っているコーラルは、どちらかと言えば亜竜に近しい存在だ。

 元々人間そっくりに変身できるからのもあるし、御使いにも気が付かれないと踏んだ。 

 

 ただ一人を除いて。

 

『でもきっと、あの人だけは気がつく……最も警戒し、最も竜について詳しいから』

 

 穏やかな会話の中、一人だけライとコーラルを監視するように視線を外さない。

 

『だから、全部話していいと思う。

 聞いて、考えて、受け入れてくれるとボクは信じてる』

 

「……あとで話すよ、セイロン」

 

 この先の戦いを終わらせるため、二人は大きな賭けに出る。

 




ついに現地の一人に大きく踏み込みます。
ライだけでは恐ろしくて踏み出せなくても、親子一緒なら。


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第37話 御使いの心、守護竜の願い

コーラルを出せたのが嬉しくて親子のやり取りをずっと書きたくなりますね。


 皆が寝静まった深夜、ライとコーラルはこっそりと宿を抜け出す。

 誰かに聞かれたら面倒になるかもしれないと考え、セイロンとの待ち合わせ場所は町の外にした。

 

 卵の落ちた、何かと縁のある星見の丘に。

 

「何か緊張してきた。真面目なセイロンってオレ苦手なんだよな」

 

「大丈夫、セイロンは一度は話聞いてくれる……かと。

 その後は……不明」

 

 少し肌寒い夜道を歩きながら、ライは気になっていた事を聞いてみる。

 

「そういや聞きそびれてたんだけど、何でコーラルは昔の姿になってんだ?」

 

 未来の世界では、人間の姿も少し成長していた。

 段々と縮まっていた身長の差は、昔以上に離れている。

 

「ボクの姿……変身だから、力が弱まった影響、たぶん」

 

 クシュン、と小さくくしゃみをするコーラル。

 そういえば、急いでいたから羽織るものを持ってきていなかった。

 

「ほら、オレのだけど着とけよ。大きいだろうけどさ」

 

「うん、ありがとう……」

 

 上着を脱ぐと容赦なく夜風が肌を冷やす、ライは少し震えながらも我慢する。

 その冷たさも、何だか悪くなかったから。

 

(すっかり頼もしくなったコーラルに構えるのが嬉しいんかねオレ、

 だとしたら随分親父臭くなったなぁ……)

 

「……暖かい」

 

 全身がすっぽり収まったコーラルが微笑む、それだけでも寒い思いした甲斐がある。

 

「しっかしセイロンに拒絶されたらどうすっかな」 

 

 これから話すことを考えれば、そっちの可能性が高い。

 

「ミルリーフを巡っての内輪揉めとかになったら、すぐにギアンかクラウレが襲って来そうだしよ」

 

 こういうややっこしい事を考えるのが苦手なのは、不本意だが親父似らしい。

 気が重いライの手を、コーラルが握る。

 

「そのときは……一緒に旅に出よ?」

 

 その一言だけで、決裂するのも悪くないかなとか思ってしまう。

 

「ははっ、いいなそれ」

 

 今は一人じゃない、こんなにも頼もしい家族が居るんだから。

 

 ────────────────────────

 

「待たせたな、セイロン」

 

 丘には既にセイロンが待ち構えており、

 こちらに気がつくと少し近づいてから立ち止まった。

 

「まずはこちらから質問する、嘘偽りは無しだ」

 

 この距離はセイロンの間合い、下手な答えなら攻撃すると言外に伝えてきている。

 

「わかってる」

 

 緊張感が高まる中、ライとコーラルが息を呑む。

 

「まず率直に聞くぞ、貴様は何者だ。

 極僅かだが、なぜ竜の気を発している」

 

 扇子でコーラルを指してくるのに応じ、コーラルが答える。

 

「ボクが竜の子だから」

 

「ならば続けて問う、クラウレの遣いか?」

 

「……? 違う」

 

 その答えにセイロンの顔が険しくなり、

 何故クラウレの名前が出たのか分からず、コーラルが首を傾げる。

 

「次はボクの質問、何故クラウレの名を出したの」

 

 ライも気になった、コーラルの正体を探るのに何故クラウレの事を聞くのか。

 

「ボクの気配に気がついたのは貴方だけ、だからミルリーフ以外の竜の子の出自が一番気になる……はず。

 それなのにクラウレのことを聞いたのは、心当たりがあるから……」

 

「……いいだろう、確かにそなたがクラウレの遣いであれば竜の子に心当たりはあった。

 しかしそれを否定するならば、尚更答えてもらわねばならぬ」

 

「何故クラウレを知っている」

 

「……っ!」

 

 殺気立つセイロンに、思わず身構える。

 あの眼はヤバイ、慎重に答えないとすぐに戦いが始まってしまうだろう。

 

「大丈夫だよ、お父さん」

 

 けれどコーラルは冷静だ、ライかセイロンを信頼してる、あるいはその両方か。

 

 幼さの残る顔が、深き歳月を重ねた至竜へと変わる。

 

「ボクは先代の記憶を受け継いでいる」

 

 その一言で時が止まったと錯覚する静寂の中、冷たい風が草原を走った。

 

「何……? 今なんと言った」

 

 コーラルの切り札に、セイロンの動きが止まる

 彼心に浮かぶのは……混乱。

 

「先代守護竜の記憶を、ボクは受け継いでる。

 その真偽は言葉を重ねれば貴方には分かるはず」

 

「最も先代の遺志を守ろうとしている、あなたなら」

 

 それと、ほんの少しの期待だった。

 

「……いや、それには及ばんよ」

 

「どういう事だ?」

 

「単純な話よ、この我が確証もなしに信じてみたくなってしまった。

 それこそが何よりの証明というものよ」

 

 考えてみればおかしな事だ、慎重なセイロンがなぜ一人でやってきたのか。

 敵の可能性があるならば、他の御使いを潜ませる事くらい行うはず。

 それを行わず、一人でこの場に来た時点で腹は決まっていたのかもしれない。

 

 セイロンはコーラルの前で跪く、目の前に竜に敬意を払って。

 

「御使いが一人、セイロン。

 まずは謝罪を、その佇まい、その瞳。

 身体は未熟なれど、守護竜に相応しきお姿を疑い申し訳ありませぬ」

 

「……信じてくれるの?」

 

 突然の肯定に、コーラルは驚いた。

 ライと二人で彼の説得方法をずっと考えていたのだから。

 

「確かに、理屈の上ならばいくらでも反論出来る。

 店主殿の元にいる御子以外の存在、アロエリとクラウレが揃わねばならぬ記憶の継承」

 

 しかし、とセイロンは続ける。

 

「我は確信してしまった、この方は間違いなく守護竜であるとな」

 

 頭より先に心がコーラルの存在を認めたのだ。

 

「では、改めて聞かせてもらおう」

 

 その質問は先程と同じだが、その意味は違うものになっていた。

 

「何故クラウレを知っている。お主達は何者なのだ?」

 

 そこからライとコーラルは語り始めた、始まりの夜の事を、親子としての日常を、ギアン達との戦い、裏切り、失って得たものを。

 

 その全てを聞き終えたセイロンの反応は、笑うことだった。

 

「あっはっは! よもやよもや、四界ですらない異世界の住人、それも未来からの来訪者とは! ライ殿の正体が分からぬ筈だ!」

 

 扇子を広げおかしくて堪らないと、高らかに笑い続ける。

 

「やけに上機嫌だなこいつ……」

 

「……大物なのは、相変わらずかと」

 

 結局笑いが収まるまで数分を要した。

 未だに笑いの残るセイロンに、ライはどうしても気になったことを聞く。

 

「言っておいて何だけど、信じるのかよ」

 

「いやはや全くもって信じられぬ」

 

「おいっ!?」

 

 扇子を閉じ、コーラルを眩しそうに見る。

 

「しかし、ありえぬ存在である守護竜様の説明はつく。

 ならば、信じられぬが真と考えるだけの事よ」

 

「……ありがとう、けど今のボクは守護竜でもないし。

 あなたが護るべきは、ボクじゃないから」

 

「ふむ、ではコーラル殿と呼ばせてもらおう」

 

 これがセイロンの在り方なのだろう、恩義を通すために我をも殺す決意。

 

「この事は他の皆には伏せたままが良いだろう、信じぬならまだしも混乱が起きては付け入るスキとなる。

 幸いコーラル殿の変身は巧みで、余程の者でなければ竜とは気付くまい」

 

(暗に自分が大したやつって自慢じゃねーか……)

 

「それにしても色々と合点がいった、クラウレの離反は信じたくはないが、薄々感づいてはおったよ」

 

「そうなのか?」

 

「うむ、それがそなたらにクラウレとの繋がりを聞いた理由でもある」

 

「それは一体……」

 

「竜の卵は二つある」

 

「「!?」」

 

 今度はこちらが驚く番となった。

 

「一つはミルリーフ殿、もう一つはクラウレが追ったが……、離反したならば既に敵の手に落ちたと考えるべきだな」

 

 ライは思わずコーラルに視線を向ける、竜の子が……二人。

 

「……コーラル、お前双子だったのか?」

 

「お父さん……こっちの世界の話、かと。

 フェアとミルリーフと同じ……世界の違い」

 

 コーラルに呆れた目でじとーっと睨まれる。

 自分のボケを誤魔化すようにライは目をそらした。

 

「つ、つまり、この世界には今竜の子が三人いるって事だな」

 

「となれは、敵が遺産を狙った理由も納得がいく」

 

 まだ見ぬ三人目に与えるため、だけど本当にそうなのかライは疑問だった。

 

「けど、遺産って使っちまったあとは意味ないんじゃないのか?」

 

 使ったあとの遺産には僅かな魔力しか残らないはず。

 

「……わからない、仕組みに応用についてはギアンはすごく上手。

 城の仕組みや、儀式について把握していたから、何か使い道が浮かんでもおかしくない……多分」

 

 あの男はやけに器用なところがある、

 搦手のためにありとあらゆる分野に通じ、特に幻獣界の技術には詳しい。

 

「機会を見てオレが話し合いに行く、そのもう一人の竜の子もそこで見てくりゃいいしよ」

 

「……危険だぞ」

 

 セイロンの忠告をライは笑って流す、そのことは散々考えたあとだから。

 

「構わねぇ、オレはあの結末でよかったなんて思ってない。

 エニシアもギアンも、止まれなかったんだ」

 

 同じメイトルパの血を半分継ぐ二人に、妙な連帯感は今でも感じている。

 

「だからオレはキッカケになりたい、同情出来ないが思う所はあるからさ」

 

「……お願いセイロン、手を貸して」

 

 コーラルも気持ちは同じだが、

 敵に対して復讐を秘める御使いの心は決まっている。

 

「御心のままに」

 

 世界は違えど、その気持ちは変わらず。

 頼もしい仲間が、秘密の共有者となった。




成長したコーラルだから説得の出来るセイロンさん、ライ一人では切って捨てそうな冷静さを持ってそうだなと思います。


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第38話 店主の平和な日 前編

たまにはまっとうで平穏な日常


久しぶりに、本当に久しぶりに店主フェアの周りは平和だった。

怪しい人物に出逢うこともなく、剣を手に襲われることもない。

まさに理想としていた普通の生活。

 

けれど、普通の生活なりにフェアにはある不満が募っていた。

 

「おはようフェアさん」

 

「よぉフェア、下ごしらえはやったからメイン頼む」

 

一年前から宿に居着いてるライ、つい最近やってきたその弟子?のコーラルの事だ。

 

今までライとは日毎に交代で調理を行うと取り決めていたはずが、コーラルが来てから毎日のように厨房に立ち始めた。

 

コーラルもライがいない日でも、フェアの手伝いに隣に立ってくれる。

長年ライのサポートをしていたと本人の自己申告どおり、その腕前は幼さに似合わずレベルが高い。

仕事は早く片付くし、注文取りまで行ってくれるんだから大助かりだ。

 

「コーラル、コーラル♪」とすごく懐いて後ろをついて回るミルリーフも、コーラルの真似をして注文をとってくれたりするようにもなった。

 

そのおかげでこうして休み時間が多く取れて、のんびりできるんだけど……。

 

「話を聞く限り不満が出るように思えないんだけどなーって、シャオメイ思うんだけどなぁ」

 

「そうなんだけどさぁ……」

 

その休み時間でフェアは少し前に友人となった変な占い師、シャオメイに愚痴を零していた。

 

「なんかこう、今まで自分がやって来たことを取られるとなんかさぁ……」

 

フェアは真面目で働き者だ、そうでなければ幼い頃から宿屋の経営なんて出来やしない。

元来からの性格から、仕事がない状況があまりにも慣れていない。

 

「贅沢な悩みだなぁ〜、空いた時間で好きなことでもしてみたら?」

 

呆れるように飴玉を口に含んだ占い師にお店を追い出され、結局は街を歩いてみることにした。

 

「好きなこと……」

 

フェアが浮かぶのは料理、掃除、洗濯。

リシェル辺りが聞けば文句をいいそうな乙女としての危機だった。

 

「そんな悩んだ顔をしてどうしたんだフェア?」

 

「あ、グラッドお兄ちゃん」

 

そんな憂鬱な気分で過ごしていたら、上機嫌な様子で巡回中のお兄さんと出会う。

 

「何ていうかその、暇を持て余してます」

 

「……大丈夫なのか?宿の経営は」

 

この優しき兄貴分は客が居ないのだと勘違いしてきた、こういう所が鈍くて偶に傷。

 

「違うってば!むしろお客さんは増えたけど……。

ライとコーラルが全部やっちゃって」

 

「あぁ、あの子か。俺も朝の見回りの時に少し話したよ。そん時に朝飯差し入れて貰った」

 

なるほどごきげんな理由はこれか。

 

「俺が言う事じゃないかもしれないけどさ、今までが忙し過ぎたんだ。

子供らしくやりたい事をやってみるってのはどうだ?」

 

「やりたい事……」

 

「そうそう、たまにはバチも当たらないってやつさ」

 

じゃあな、と巡回に戻るグラッドお兄ちゃんを見送り、フェアは何気なく空を見上げる。

 

「うーん……」

 

言われてみれば、仕事と稽古以外に自主的にやりたい事ってそう無いかもしれない。

こんな時にいつも遊びへ手を引いてくれたリシェルとルシアンは自宅で勉強中のはずで、こちらから遊びに誘うのも悪い気がする。

 

「はぁ、中々浮かばないなぁ」

 

「何が?」

 

「うわっ!?だ、誰?」

 

後ろから急に声をかけられて慌てて振り向くと、二本の釣り竿を持ったコーラルが居た。

 

「脅かしちゃった……?」

 

「コーラル?なんでこんな所に」

 

「お店が落ち着いたから、お昼の分は終わりそうだし……多分、お父さんがボクが街を見れるように気を使ってくれてる、かと」

 

確かにライが言いそうな事だ。

つまり、コーラルが抜けた分人手が居るのでは?

 

「そうなんだ、じゃあわたしがお店に……」

 

名案だと思い、宿屋へ向かって歩こうとした時、急に服を引っ張られる。

 

「……。」

 

「えっと、どうしたの?」

 

何故か服を掴んだまま、コーラルがじっと見つめてきて、

少し経ってから、遠慮がちに口を開く。

 

「一緒に……フェア」

 

その引っ込み思案で人見知りな瞳が、どこか妹と重なった。

 

「もう、夜の仕込みまでだからね」

 

「……うん」

 

────────────────────────

 

コーラルにとって、フェアという人物は複雑な存在だ。

 

昔の仲間たちは懐かしい気分にさせてくれる、ミルリーフは昔もっと甘えられたらこんな子だったのかな、なんて微笑ましく妹のように思えた。

 

「………。」

 

「どうしたのコーラル、お腹すいた?」

 

「ううん、なんでもない」

 

ライとは違い、ある程度心構えをしてこちらの世界に来ることが出来たはずだった。

それでも彼女の存在は、竜の心を揺さぶる。

 

「ん〜、風が気持ちいいね」

 

『風が気持ちいいな、コーラル』

 

フェアの竿を地面に置いて伸びをする何気ない動作すらも、昔のライと被って見える。

 

(あの時、もっとお父さんに楽させてあげられたんじゃないか)

 

竜の子として生まれた故に早熟していた幼い頃からずっと思っていた。

お父さんに恩返しがしたい、大変だったのだからもっと楽に生きてほしい。

 

だけどもライは逞しく、いつだってコーラルを助けてくれる。

 

本当はコーラル一人で、フェアの手伝いをするつもりだった。

仕事が早く片付けば、フェアも自由な時間が増えると思って、

だからこっそり早起きして厨房に立ち、さぁ料理をするぞと張り切ったのだが。

 

『……お醤油、どこだろ』

 

異世界の厨房の配置に戸惑っていたら、横から醤油瓶を差し出される。

 

『ほら、ちゃっちゃと二人でやっちまおうぜ』

 

コチラのやる事はお見通しとばかりに手伝ってくれる。

今日だってフェアのことを気にしているコーラルを送り出してくれた。

 

この人のことを知りたい、けれどどこか臆病になっている自分がいる、

フェアを通して、ライの気持ちを知ってしまいそうな……。

 

だけどずっと黙っているわけにもいかない、先程からフェアが気を使って話しかけてくれる。

至竜である自分が、こんな事で取り乱したりはしない!

 

「……フェアは、ミルリーフの事をどう思う?」

 

前言撤回、コーラルは緊張していた。

ずっと無言で釣りをした後にやっと振った話題でこれは流石にどうなのかと、おすましさんな顔の下で焦り始めた。

 

そんなコーラルの焦りを知らず、フェアは真剣に頭を悩ませ。

ゆっくりと語り始めた。

 

「最初はね、そんなに乗り気じゃなかったかも」

 

「……っ」

 

「ライに聞いたかもしれないけど、わたしは平凡でまっとうな生活が夢でさ。

そのまま大人になれたらきっと穏やかなんだろうなって」

 

なによりダメ親父を見返せるしね。と、フェアは笑う。

 

「でもね、最近はそうでもないんだ」

 

「ミルリーフがね、少しずつ学んで、成長してるのを見るのが楽しいのよ。

今日出来なかったことを、明日には少しだけ出来るようになる」

 

フェアがコーラルを撫でる、違う手なのに親に撫でられたようで。

ミルリーフの事を大切に思ってくれてるのが、なんだかむず痒い。

 

「それが嬉しい、けどちょっとだけ寂しいんだ」

 

「……え?」

 

だからこそ、その一言が意外だった。

 

「あの子はもっとゆっくりと大きくなるはずだった、それなのに状況がそれを許してくれない。

嫌でも大人にならないといけない気持ちは、少しだけ分かるつもりだから」

 

「………!」

 

大人にならなければならなかった、子供。

コーラルは、大人にならなければならないフェアの横顔に、やはり父を重ねる。

 

「だからね、あの子がいつか大人になった時に言ってあげようと思ってるの」

 

そんなコーラルに、笑って話してくれる。

 

「あなたはいつでも、わたしにとっては甘えん坊のミルリーフだってね」

 

最後の夜に、ライが言ってくれた言葉。

 

(そうか、ずっと前から。そう思っててくれたんだ……)

 

これはミルリーフに贈られる言葉だ、フェアにとってコーラルは数日前に知り合った子供でしかない。

けれどあの時感じていた寂しさを、暖かいもので埋めてくれた気がした。

 

「……ありがとう、お母さん」

 

「えっ?コーラル今なんて……」

 

フェアがコーラルのつぶやきを聞き返そうとし、

次の瞬間、桃色の少女がフェアの横っ腹に突撃した。

 

「ママーーー♪」

 

「きゃあっ!?」

 

水辺でそんな事をしたら、勢い余って水の中に落ちるのは子供でもわかる。

そんな子供でも分かることを、平気でやるのがこの甘えん坊だ。

 

「あー……」

 

ミルリーフがこんなにも子供らしいのは、フェアのお陰なのかも。

自分もフェアの下で育っていれば、こんなにわがままになったのかも。

 

(でも、やっぱり……)

 

湖の中で戯れる親子を見て、微笑ましく想えるのだから、

大人ぶるのも、そう悪いことじゃないのかもしれない。




もう一話平和を続けるんじゃよ


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第39話 店主の平和な日 後編

誤字脱字、感想も評価もありがとうございます。
いつも楽しく読ませていただいてます。
何かと召喚獣とリィンバウム民の間に立ってくれた侍の回。


 お昼頃、厨房に立つライの機嫌は良かった。

 

 最近率先して調理を行うコーラルの新作料理が驚くほど美味かったり、

 こっちの世界でも仕込んでいたシルターン風の漬物が上手く仕上がったり、

 事情を伝えられたセイロンへの胸のつかえが取れたりと色々あったが。

 

 やはり一番は、フェアが自由に行動してる事だろう。

 

 コーラルが来る前は「一人より二人でしょ」と、ライが厨房に立ってもフェアは仕事を休もうとはしなかった。

 けれどコーラルがこちらに来て、なおかつフェアの負担を減らすためにずっと宿の仕事を率先して行っていた。

 

(けど、竜の体力に任せて徹夜するのはやりすぎだよなぁ)

 

 明かりもつけず店の帳簿の整理をつけていたときは流石に驚いた。

 気を遣っての事だろうが、あの姿で無理をしていたらライの気も落ち着かず、

 結局次の日の朝からコーラルのやろうとしてる事を手伝い始めた。

 

 結果として、ライとコーラルの二人で競うように日々の仕事を片付けていき、

 本来の店主であるフェアのやる事がなくなってしまった。

 

(オレとコーラルが居れる間だけでも、年相応に自由な時間があってもいいしな)

 

 コーラルの考えを知った時は目頭が熱くなったが、ライとしてもフェアにはもう少し楽をしてもバチは当たらないだろうと常々考えていた。

 

 一緒に働いていたコーラルも、今は客が少ない時間なので休みに出していた。

 倉庫から釣り竿を持っていくのが見えたし、今頃はのんびり釣りを楽しんでるはず。

 

 仕込みを終え食堂の机を拭きながらそんなことを考えていると、扉の開く音が聞こえる。

 

「いらっしゃーい」

 

「ただいまー……」

 

 反射的に客に向けた声を出すが、帰ってきたのはフェアの声。

 

「何だずいぶん早いなフェ……ア?」

 

「あはは……」

 

「パパー……」

 

 そこに居たのは、フェアと御使いと買い物に行ったはずのミルリーフ。

 二人共全身ずぶ濡れの姿だった。

 

 ────────────────────────

 

「どうしよう……」

 

 池に飛び込んだ二人はさっさと宿へと戻って行った。

 ついていこうとしたら「コーラルは気にしなくていいから!」「ごめんね、コーラル……」と、二人に気を使われてしまった。

 

「……」

 

 地味に妹のようなミルリーフに気を使われたことが中々に響いて、ぼんやりと町を歩いていた。

 

 妹と言えば、もう一人いるはずなのだ。

 

 ミルリーフと分かたれた双子、クラウレの手の内に居るはずのもう一匹の竜の子。

 まだ見ぬ存在に、心の奥がざわめく。

 

「ボクが一番年上なんだから、面倒見ないと……」

 

 コーラルは意外と世話好きだった。

 

「おい」

 

 ミルリーフとまだ見ぬ末っ子を甘かやす想像し、心がぽかぽかしていると声をかけられる。

 

「どうした一人で」

 

「あら、コーラルじゃありませんの」

 

 翼を持つ亜人に幼い天使、アロエリとリビエルだ。

 

「二人こそ……、珍しい」

 

 この二人がいるということは……。

 

「もしかして……」

 

「うむ、無論我も居るぞ」

 

 やっぱり、と二人の後に現れたセイロンに手を振る。

 

「ミルリーフなら、フェアと宿に戻った……かと」

 

「ずいぶんと早いな、てっきりフェアと町を見て回るかと思っていたんだが」

 

 あれ、外した。

 御使いが三人ともいるなら、ミルリーフの事だと思ったのに。

 

「……ミルリーフを探してたんじゃないの?」

 

「えっ、えぇ〜と、そう! ちょっとした用事ですわ!」

 

 私誤魔化していますよ、と顔に書いてある天使を無視してセイロンが口を開く。

 

「防衛の為、この町を見て回らねばならぬのだよ」

 

「ちょっとセイロン!?」

 

 ああ、とコーラルは納得した。

 

 元の世界では、遺産が三つ揃って結界を張る事が出来たが現状は不可能。

 ならば、町を把握し敵の行動を予測できるようにしようと考えたのだろう。

 

「……手伝う?」

 

 そうなると無関係ではないため、町に明るい自分も同行しようと申し出たが。

 

「いくらなんでも非常識ですわよ! こんな子供に戦いの話なんて!」

 

「そうか? 子供であろうと宿にいる以上知るべき事だと思うが」

 

「アロエリまで……、コーラル貴方は気にしなくて大丈夫ですからね?」

 

「……」

 

 こちらの事情を知っているセイロン、戦いが身近にあった戦士アロエリは気にしないが、

 知を司る天使のリビエルには幼子を血なまぐさい話に関わらせるのに抵抗があるのだろう。

 

「ほら、二人共行きますわよっ!」

 

「お、押すなリビエルっ!?」

 

「はっはっは、ではまた後ほど」

 

 天使に無理やり連れて行かれる二人へ手を振る。

 

「そうか、お父さんがいるから……」

 

 よく考えたら、セイロンまでも宿屋を離れるのはあまりにも無防備だ。

 現に前の世界では必要以上の外出は控えていたはず、御使いが三人で町を歩けるのはライとコーラルへの信頼の現れなんだろう。

 

「うん、頼られるって……悪くない」

 

 昔のセイロンに頼られる事が少し嬉しくなったが、

 再び暇を持て余し、どうするかと悩んでいるとある音が聞こえて来た。

 

「あ……」

 

 楽器が奏でる独特の音色を聞き間違えるはずはない、コーラルは音の鳴る方へと駆け出した。

 この音の先に、心強い友の心当たりがあるから。

 

 路地を駆け抜けていき、最短で噴水のある広場へとたどり着く。

 音色に魅了された人々が集まって彼を囲んでいる。

 

 コーラルは小柄な身を生かして人々の間をすり抜けていく、そうして噴水の前に座り三味線を奏でるシルターン風の装いをした男へとたどり着いた。

 

「……やっぱり!」

 

 流れの吟遊詩人をしている鬼妖界からの召喚獣シンゲン、食事を目当てにライの仲間となったが、

 損得勘定抜きに仲間のことを考える頼もしい侍だ。

 

 だがその欠点は。

 

「はぁぁぁ──ーん♪ おぉさとぉのぉぉぉ──ー」

 

 予め耳を抑えて備えていたコーラル以外の客が一斉に散り散りになる。

 

「あれ、あれれ? どうして皆さん散り散りに!?」

 

「……歌が問題、かと」

 

「がーんっ! うぅ、それは非常に手厳しいぃ……」

 

 狼狽えるシンゲンに冷静に指摘する、思えば未来でもこの音の外れた歌は健在だ。

 

「演奏は良かった……好きだよ、三味線」

 

「おや、三味線をご存知とはお客さん通ですねぇ」

 

「……ん、少しなら弾ける」

 

 あっちの世界ではシルターン自治区に繋がりができたシンゲンに無理を言って、三味線を一つ貰い受けた。

 宿が閉まってから屋根の上で演奏するのが、ライにも内緒の密かな楽しみになったほど気に入ってる。

 

「なんと、こちらの世界で三味線奏者と出会えるとは、人生分からないものですなぁ」

 

 心底驚いたと言わんばかりに弦を軽く響かせ、急にごますりを始める。

 

「それで一つ、聞いていただけたならこう……お代をですね?」

 

「あの歌で台無し……、無理」

 

「うぅ……返す言葉もなし……」

 

「……ご飯なら、いいけど」

 

 落ち込んでいたシンゲンが急に立ち上がる。

 

「代わりに、三味線を聞かせてほしい人がいる……いい?」

 

「ええ! ええ! お安い御用で!」

 

 三味線を背負い込み、せっせと身支度をする素早さは見習うべき所なのかもしれない。

 

「おお、そうでした。自分はシンゲン流しの弾き語りです。

 三味線をご存知のお客さんなら、出身は言わずとも?」

 

「……コーラル、よろしく」

 

 あの頃はわからなかったけど握手をするとよくわかる、剣術を磨き上げた侍の手だ。

 

「……そうだ、白いお米と漬物」

 

「さぁさぁ! 行きましょうお客人! このシンゲン、何処へでも弾き語りに行きましょうとも!」

 

 もあるよ、とコーラルに言わせることもなく。

 コーラルを担いで駆け出していった。

 

 言うんじゃなかったなぁ、と少し後悔するコーラルだった。

 

 ────────────────────────

 

「ほらよ、温めたミルクだ」

 

「「ありがとー……」」

 

 風邪を引くからと二人を風呂に押し込み、上がってきた二人に飲み物を出しながら経緯を聞いたライは呆れていた。

 

「ミルリーフはちゃんと周りを見なきゃ駄目」

 

「はぁーい……」

 

「フェアは……、いや特に言うことねぇか」

 

「何よ」

 

 まぁ、今日は休みみたいなものだし、

 風呂に入った二人にはのんびりしてもらおう……。

 

「お父さん、シルターンのお客さん!」

 

「フェア、ミルリーフ! ミントさんの所に行って漬物をとってこい!」

 

 その考えはシンゲンを連れてきたコーラルの乱入で吹っ飛んだ。

 

「つ、つけもの?」

 

 ライとコーラルの勢いに、新しいお客さんと一気に動く話にフェアとミルリーフはついていけない。

 

「オレのだって言えばわかる、コーラルは米任せた!」

 

「うん!」

 

 シンゲンを席に案内すると厨房へ飛んでいくコーラルとライ、その熱気に呆れながらフェアはミルリーフの手を握った。

 

「分かったわよ……、じゃあ行ってくるね」

 

「パパとコーラル、何だかすごく張り切ってる」

 

「気持ちはわからないでもないけど……、お客さんゆっくりしていってね」

 

「はい! 白いお米を頂けるのでしたらいつまでも待ちますとも!」

 

 ライは燃えていたリィンバウムの食事に不満を抱くこの時のシンゲンに仕込んでいた漬物、発酵、干物がどれだけ通用するか。

 

 コーラルは燃えていた、自身もシルターン料理が好みでよく研究もしている。

 これだけはライにも負けないと自負があるから。

 

「コーラル、わかってるな」

 

「うん、勿論」

 

「白飯に合うおかずを一つ、いや二つ。

 二品ずつでどっちの料理がシンゲンの好みかだ」

 

「了解、鬼妖界の料理なら……負けない」

 

 シンゲンを審査員とした、親子のシルターン料理対決の幕が切って落とされた。

 

「うまい! うまい!」

 

 その戦いは、白飯に合う物なら何でも好物となる審査員によって引き分けとされたが。

 




次は島の彼らの予定、成長後だとちょっとたくまし過ぎるあの二人。


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第40話 前の世界、未来の世界

久しぶりの更新です。
展開に悩む間にいつの間にか一年が立っていました。


 ランチタイムが終わり、昼に向けての仕込みも済んだ頃。

 体を動かすついでに剣で薪を割っていた所に声をかけられた。

 

「やあライ殿、精が出るな」

 

「まぁな、こういう力仕事をフェアにやらせるのは気分よくねぇし」

 

 自分の中でエリカと同じようについ妹扱いをしてしまう所があるのは自覚している。

 それに女の子があまり筋肉つけるのも可哀想だと思うし、兄替わりとしての見栄がライを力仕事に駆り立てていた。

 

 尤も、既にフェアが乙女というよりはおばさんくさい部分が多々あることに気がついていない。

 

「それでなんだよセイロン、御使いは出るんじゃなかったのか」

 

 手を止め声の方へ向き直れば、外に出たがるミルリーフの護衛のために同行をしていたはずのセイロンが愉快そうに薪割りを見学していた。

 

「何、御子様にはコーラル殿が付いている。

 ある意味最も信頼できる護衛というわけよ」

 

 セイロンは一度咳払いをし、佇まいを愉快な客から御使いへと切り替える。

 

「人払いは済ませた、例の話を進めよう」

 

 先日、セイロンに全てを話した夜から具体的な話は一度も行われることはなかった。

 セイロンが一度考えを整理する時間が欲しい……そう答えあの夜は解散したからだ。

 

「フェアたちは夜の買い出し、御使いは護衛に出ていて、客人のシンゲンも弾き語りに出ている、か」

 

 この宿唯一の正式な泊り客とも言えるシンゲンが出ているタイミングを選ぶ辺りセイロンの配慮が伺える。

 

「分かった、茶でも持ってこようか」

 

「いらぬさ、茶を片手に語る話でもない」

 

 セイロンが木に背を預けるのに合わせ、ライは切り株に座って剣を地面に突き立てた。

 

「まずライ殿らのことに関してだが、やはり我の胸に留めよう」

 

 これはコーラルと共に予想できた話だった。

 証明するに足る理由も証拠もない以上、こちらから未来から来ましたなんて言えるわけもない。

 

「けどクラウレや先の事も伏せるのか。別に話したって……」

 

「ならぬ、リビエルは未熟ゆえ。アロエリはクラウレにまつわる話で抑えが効かなくなるやもしれぬ」

 

 リビエルが情緒不安定になり、アロエリが暴走するのは想像しやすい、というよりも一度見た光景だ。

 

「両者共腹芸が期待出来ぬ正直者、戦力で劣る我らにとってそなたの情報こそが最も隠すべき武器よ」

 

 それに、とセイロンは扇子を広げ口元を隠す。

 

「万が一クラウレが裏切ってなければあやつに丸投げするには尚更明かすわけにも行くまい」

 

 あっはっはと高らかに笑い飛ばすがその瞳は冷え切っているように見える。

 ひとしきり笑い飛ばしたのちセイロンは姿勢を正して仕切り直した。

 

「さてこちらが本題になるが、情報の確度を確認したいのだよ。

 ライ殿の経験を改めて聞かせてほしい」

 

「別にいいけどこの間話したばっかりだろ?」

 

「あの時は冷静に聞くことが出来なかったものでな、こちらに来てからも含めライ殿の行動を把握したい」

 

 それなら、とライはゆっくりと語っていく。

 コーラルや仲間たちと共に歩んだギアンとの戦い。

 戦いを終えたあと、どのような生活を送り、なぜこの世界へとやってきたか。

 そして、この世界に来た後に何をしたか……。

 

「動きに不審な点は多かったが、よもやそこまで奴らと接触していようとは。

 いや愉快愉快、事情を知る前ならば即座に敵とみなすほどだ」

 

 ひとしきり話を聞き終えたセイロンの冗談が全く冗談に聞こえない。

 

「交渉の場を無理矢理にでも整えたのはいいかもしれぬが、御子殿以外で交渉の場に出せる札はあるのか?」

 

「ある、これもエニシアの願いとギアンの表向きの理由が変わってなけりゃな」

 

 ライは上着の中から今はペンダントにしている腕輪を取り出した。

 

「浮遊城ラウスブルク、その操縦に必要なのは飲まず食わずでぶっ続けで操縦できる至竜や古き妖精のみ。

 エニシアだけなら片道で力尽きるが、半妖精同士でオレが手伝えばなんとかなる」

 

 ついでに操縦経験もある、今この世界で城にライとコーラルより精通している者は居ないだろう。

 

「これでエニシアの願いを叶え、なおかつエニシアが死なない事を目的としている軍団は説得できる」

 

 敵は大まかに2つのグループで分ける事ができる。

 剣の軍団、鋼の軍団、獣の軍団の長に慕われているエニシア。

 無色の派閥、紅き手袋を自由に使えるギアン・クラストフ。

 

 エニシアがギアンと共にいるのは絆があるから。

 しかしギアンはエニシアを騙し、軍団をも騙している。

 それが発覚した前回はすぐにエニシアの身柄を盾に脅迫するような奴だ。

 

「逆に言えばギアンの手駒だってそんなに多いわけじゃない。

 準備が整っていない早い段階でエニシアと和解する事ができれば……」

 

「確かに目はある、しかしライ殿」

 

 ライの提案にセイロンは腕を組み。

 

「その前提条件として"ラウスブルクを使用する事"が含まれているのは御使いとしては了承しかねる」

 

「ぐっ……」

 

 御使いとしてあまりにも当然の返し、

 城を使う、使わないでこの戦いは起きている当たり前すぎる事実だ。

 

「だからこそ我は手を貸すことができぬ、御子殿と隠れ里を守る事柄において協力を惜しまないがそなた達の都合を優先させるのは不可能だな」

 

「……そうかよ、随分とありがたい事で」

 

 言葉の裏に手は貸さないが止めもしない、消極的な協力を約束してくれるだけで十分だ。

 

「御使いの長の判断とはいえ、あっちもこっちも変わらないなぁセイロンは……。

 この勢いで一度はシンゲンと殺し合い寸前まで行ったときはヒヤヒヤしたぜ」

 

「ほう、あの御人はただ者ではないと思っていたがそこまでか」

 

 ギアンの策略により仲間を取るか守護竜を取るかで追い詰められたときがあった。

 御使いとしての使命を曲げる訳にはいかないセイロン、仲間の命を守る為に鬼となる覚悟を決めたシンゲン。

 達人同士の殺し合いは正直二度と見るのはゴメンだ。

 

「興味引く所そこかよ……とは言っても、もしも無事にギアンの計画を阻止したとして」

 

「その先の、白き怪物か」

 

 ライとセイロンは困ったように肩を落とす。

 未だに謎多き謎の怪物、手がかりは出現するであろう場所だけ。

 

 一体何者か、目的は、どうやって皆がやられてしまったのか全てが謎に包まれている。

 

「考える材料としてはやはり、コーラル殿の知覚したという点だろう。

 そちらの世界では至竜となっているコーラル殿へ伝えられるほどの存在……」

 

「界の意志……かもしれぬな」

 

 セイロンが神妙な面持ちで呟くように言葉を零したが、

 ライはそこまで深く考えているわけでも無かった。

 

「別にオレはそういうのどうでもいいんだけどな、

 オレは雇われ店主……こっちじゃシェフでコーラルの父親ってだけで十分だよ」

 

 面倒臭い話しは終わり終わり、とライが立ち上がり背筋を伸ばす。

 

「そろそろ夜の仕込みをしないと行けない時間だ、悪いけどこういう話しはコーラルを混ぜてまた今度な」

 

「これはすまない、我も思っていたより溜め込んでいたようだ……おや?」

 

 互いに先へと向けた確認は終わり、

 いつもの日常に戻ろうかという所に駆け足でフェアが現れる。

 

「あっ、いたライ。それにセイロンもちょっと手伝って!」

 

「どうしたんだ、そんなに急いで」

 

「お客さん! それも……」

 

 息を切らしながらもなんとか言葉を出そうとするフェアの後ろから、大男と青年が姿を現した。

 

「おっ、この雰囲気は鬼妖界のお仲間じゃねぇか?」

 

 片や鬼妖界・シルターンの鬼。

 

「ちょっと、悪いよスバル。勝手に奥まで入っちゃ」

 

 もう片方は幻獣界・メイトルパの獣人。

 

「……オレの時こんな事あったか?」

 

 ライの知らぬ、フェアの世界にて巻き起こる新たな外伝が未来を紡いで行く。



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第41話 そして交わる三色

ほぼ三年ぶりの更新です。
書き溜めていた分があったので書き直して投稿しました。


ライが鬼の皇子とその友にに出会った頃、

コーラルはミルリーフを連れて町外れの草原を歩いていた。

 

「コーラル見てっ、ここお花がいっぱい咲いてるよ!」

 

「走ったら危険、かと」

 

無邪気に走り回るミルリーフの面倒を見ながら、コーラルは自らの立ち位置を考えていた。

 

コーラルにとって親はライであり、家族とは仲間達の事だった。

その中でも自分は庇護される側の子供だった。

 

だからこそミルリーフという子供へ複雑な思いを抱いている。

 

守護竜の生態は特殊だ。

自らの子は分身体であり、子育てとは自らの継承。

 

歴代の守護竜に多少の差異はあれど本質のみに限れば一匹で生まれかわり、一匹で受け継いでいく完結した存在。

 

環境的にも生態的にもコーラルという種に連なる存在は居ない。

 

「みてみて、お花で輪っかができたよ!」

 

「……うん、上手かと」

 

草原に横並びで座り、野花を摘み花輪を一緒に作る。

薄桃色の髪に白い輪を載せて微笑むミルリーフへコーラルは頭を撫でて応える。

 

最も自らに近しい存在に対しコーラルは自らを兄と定義して接していた。

そうした主な理由が実際に兄である父への憧れが多い事は否定できない。

 

「えへへ、コーラルあったかーい」

 

「お日様のおかげ、だよ」

 

体を寄せてくるミルリーフの背中をゆっくりと撫でる。

兄としてコーラルは時間が許す限りミルリーフに付き添い続けた。

 

もしもミルリーフが負けん気の強い男の子だったりしたら反感を買うかもしれないが、

ミルリーフは構われれば構われるほどに喜ぶ素直な性格なのも合わさり二人の距離は縮まっていった。

 

「ねえねえ、もっとあっちに行こうよう!」

 

「それはダメだよ。皆に遠くまではダメって言われたでしょ?」

 

今居る平原は街の外れにある場所であり、この場にはコーラとミルリーフの二人しか居ない。

 

(お父さんが信頼されてる、だけじゃないよね……)

 

本来なら護衛として付く他の御使い達がこの場に居ないのは、

別世界とは言え守護竜であるコーラルへのセイロンからの信頼と気遣いだろう。

 

(街の外までいいと言うとは思わなかったけれど)

 

守護する側として忘れじの面影亭から離れるのはあまり良くないと思ってしまうが、

かつての自分の面倒を見るにあたり、コーラルはワガママを聞く立場の苦労を知りつつあった。

 

「えー、どうしてもダメ?」

 

甘え上手な女の子、自分にはなかった子供らしさが兄心を刺激する。

こちらを信頼しきったミルリーフの立ち振る舞いにコーラルは弱かった。

 

「……分かった、ボクから離れないで」

 

「わぁい♪コーラル大好き!」

 

子犬がじゃれつくように近寄り小さな手を繋いでくる。

けれど締めるところは締め、ミルリーフへの警告を忘れない。

 

「危険と感じたらすぐに逃げる、それを約束して……」

 

「あ、ちょうちょさんだ!待って〜」

 

「ボク……良い子だったかもしれない」

 

かつての自分はここまで家族を振り回していただろうか、等と振り返っていると蝶々を追いかけていたミルリーフが足止める。

 

「あれ?」

 

何かを探すようにあたりを見渡してから、スンスンと可愛らしく鼻を鳴らし始めた。

 

「どうしたの?」

 

「なんだかフシギな匂いがする。

懐かしいような、初めてのような」

 

ミルリーフが匂いと称しているのは魔力のはず、

ライによればかつての自分のようにミルリーフも遺産の匂いを辿って御使いを見つけていたはずだ。

 

(そうなると該当するのは……)

 

時期的にズレてはいるがもしかしたらクラウレの可能性がある。

御使いの裏切り者であり、最強の戦士。

過去の世界では他の御使いを一人で相手取るほどの強者だった。

 

「もしかして、遺産の匂い?

それならお父さん達を呼びにいかないと……」

 

万が一クラウレがいた場合は一人では守り切れないかもしれない。

今の自分なら負けるつもりは無いし、ミルリーフを逃がしきる自信はあるけれど危険だ。

 

「ううん、ぜんぜん違う、でもすごくすごく気になるの。

見に行っちゃだめ?行きたいよう」

 

「あんまり遠くはダメ……だけど」

 

子供を預かってる身としては許すのは良くない、

ただ謎の魔力が気になるのは確かだ。

 

コーラルは自分を器用な方だと自負してる、

至竜として恥ずかしくない程度には武力と魔力の両面に精通しているつもりだ。

 

(ミルリーフが感じてる匂いをボクは感知出来ていない、

この子だからこそ感じれる何かがある?)

ミルリーフは過去のコーラルより魔力の扱いに特化していた。

今の力が制限されているコーラルより信頼できるのは間違いない。

 

「……分かった、案内して」

 

「うんっ!」

 

ならば確認すべきだ、世界の差異により何かが起きてる場合。

過去の経験からでは対処できない可能性がある。

ライとコーラルにとって最も警戒すべきはその差異だからだ。

 

(武具はある、召喚石も……うん、大丈夫。

竜としての力を隠してもミルリーフを守りきれる……かと)

 

頭の隅で状況を整理しながらミルリーフに手を引かれ、徐々に街から離れていく。

暫く歩き続けていくも、ミルリーフは一向に歩みを止めない。

 

「ミルリーフ、これ以上はお父さん達を呼ばないと……」

 

街から大きく離れていき、コーラルが流石に止めようとしたその時。

 

「あっ、あそこに誰か倒れてるよ!」

 

「!?、早く助けに行こう」

 

踏み固められた道から外れた所にうつ伏せで倒れている人影を見つけ慌てて駆け寄る、

近づけばすぐに分かったが一人……、しかも子供だ。

 

「ミルリーフ気をつけて、周囲に悪い人がいるかも知れない……。

ボクがこの子を診るから辺りを見渡してほしい、かと」

 

「うんっ、えっと、ママに持って行ってって言われたお薬出すねっ」

 

街外れで子供が倒れているなんて尋常ではない、はぐれ召喚獣に襲われた、賊に襲われた、もしくは罠……。

コーラルは警戒しながらも子供の手を取る。

 

(……え?)

 

そこまでしてようやく気がつくことが出来た。

 

幼い体に青い髮、旅装備はなく傍らに落ちている身の丈に合わぬ長い槍。

そして見た目からは想像が出来ない程の魔力、人にしか見えないように偽装された変身能力。

 

何よりも隣にいるミルリーフに近く、そして異なる馴染みある匂い。

 

(驚愕……かと)

 

周囲を再度見渡すも、他に人影も気配もない。

軍団が待機していることも、ギアンの策略でもない事を再確認した。

 

「……どうして?」

 

状況を整理すると取り巻きも居ない、何かの罠でもなく。

セイロンの話していた連れ去られたはずのミルリーフの片割れが手の届く場所で倒れていた事になる。

 

「その子大丈夫?怪我してない?」

 

不安そうに覗き込むミルリーフにハッとし、改めて体を確認するも怪我はないようだ。

ならば一体……そうコーラルが考え込む事数秒。

 

ぐぅ~~~、と間の抜けた音が響く。

 

「腹……へった……」

 

本来交わる事のなかった、三匹の竜の邂逅としてはあまりにも締まらない出会いだった。



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