ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 外典 (ミストラル0)
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プロローグ 女神と少年

はい、初めましての人もまたお会いしました人もとりあえず自己紹介から……ミストラル0と言います。
書いてたシリーズが一つ一区切りしたので新シリーズを始めました。
まだ原作を全部読めていないので前のシリーズより更新が遅れるとは思いますが、どうかお付き合い下さい。




「あれ?俺は死んだよな?」

 

気付けば真っ白な部屋にいた少年・村上八雲(むらかみやくも)。彼の最後の記憶はやけに蒼白い雷が自分に向かって飛来してきた事。つまりは即死だったと自覚しているにも関わらず意識がある事、そしてこの真っ白部屋にいつやってきたのか記憶が無いのだ。

 

「う~ん、不慮の事故死、白い部屋……もしかして神様か何かの部屋?」

 

昔、兄や友人に勧められて読んだ転生物の小説を思い出し、八雲は有り得なさそうで一番ありそうな可能性を口にする。

 

「あら?もう意識が戻ったのね」

 

そこに現れたのは女神としか言いようの無い美女。気品やオーラ、そして何より人で有り得ない美しさの化身たるその姿に八雲は言葉を失う。

 

「良かったわ。うっかり【神々の雷】を落として殺してしまったけど、意識は無事だったみたいね」

 

「ちょっ!?その発言からすると下手したら意識、いや魂まで焼け死んでたって事だよな!?」

 

だが、続くその女神らしき美女の言葉に思わず八雲はツッコミを入れる。

 

「…」

 

「『…』じゃないっつうの!」

 

「ま、まあまあ、魂は無事だったんだしいいじゃない」

 

「いや、肉体は死んでるから!俺、まだ人生半分も生きてないから!」

 

「えっと、その……ごめんね☆」

 

「可愛く言っても誤魔化されねぇぞ!」

 

最早八雲に相手が女神だからとかそんな事は関係無く、女神に食ってかかる。

 

「うっ……流石はあの子達の兄弟ね。神様にも物怖じしないなんて」

 

「ちょっと待て、あんた、兄貴と妹を知ってるのか?」

 

しかし、女神が呟いた「あの子達」という言葉に八雲は反応する。実は八雲は両親が早くに他界しており、少し年の離れた兄が八雲と年の近い妹の面倒を見てきてくれていた。だが、その兄も去年に交通事故で亡くなり、妹は先月から行方不明なのだ。

 

「ええ、貴方の兄は別の世界に記憶を持ったまま転生して好き勝手やってるし、妹さんは異世界に召喚されて勇者達と一緒にいるわ」

 

「……何やってんだあの兄妹は」

 

らしいと言えばらしい兄妹の諸行に頭を抱える八雲。

 

「えっと……話を戻してもいい?」

 

「どうぞ」

 

そんな八雲に女神は少し申し訳なさそうに事情説明を再開する。

 

「貴方に落ちた雷は私のうっかりで起きた事故なの。でも、だからと言って今更貴方を生き返らしてあげる事は出来ないの」

 

「それで?」

 

ここまではまあ起きてしまった事なのでしょうがないと八雲も既に生き返らしてもらうのは諦めている。

 

「お詫びと言ってはなんなんだけど……別の世界でなら生き返らしてあげられるんだけど」

 

「それって所謂異世界転生ってやつ?」

 

「そうね、ただ行き先は選ばせてあげられないんだけどね」

 

「というと?」

 

「私の権限じゃ転生なんてさせてあげられないの」

 

「え?」

 

何でも転生などを司る神も今は忙しいらしく、他の神の我が儘で転生をしていられる余裕は無いらしい。

 

「でもでも!ちょっとした抜け道があってね!それなら貴方も一緒に連れて行けるから!」

 

「え?一緒に?連れて行ける?」

 

「うん、実は神様も降りられる下界があってね。そこに私の眷族として一緒に来ない?」

 

詳しく聞けば天界で退屈していた神々が娯楽を求めて神々としての力を封じ下界に降りた世界があるらしく、そこへなら八雲も同行者として一緒に連れて行けるのだと言う。更に、そこは剣と魔法とダンジョンのある世界なんだとか。

 

「でも、俺何かでいいのか?その眷族ってのは」

 

「今更下界に行ってもほとんどの冒険者は大手の眷族になっちゃうから新参者は眷族一人得るのも大変なのよ。だからお願い!私の眷族になって!」

 

この時、八雲は思った。「この女神、実は自分がその下界行きたいだけなんじゃないだろうか?」と。

 

「まあ、俺何かで良ければ……あっ、そういやまだ女神様の名前聞いてなかったな」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は女神・アフロディーテだよ」

 

女神・アフロディーテ……それは生殖と豊穣を司る春の女神の名前だった。

 

「……えっ?アフロディーテ!?」

 

八雲はその名前を聞いて驚く。何故ならアフロディーテはゼウスやウラノスといった神々とも関係のある女神なのだ。

 

「またエライ女神様のお供に選ばれたな……」

 

「そんな固くならないで八雲。眷族(ファミリア)になれば私達は家族同然!気軽にお姉ちゃんと呼んでもいいんだよ?」

 

「呼べるかぁあああああ!!」

 

白い部屋に八雲の絶叫が響く。しかし、固さは取れた模様。

 

「う~ん、やっぱりいきなりは無理か」

 

「そういう問題じゃねぇっての!」

 

「それはおいおいとして……何か持っていきたいものはある?」

 

「ぜぇ…ぜぇ…それは、転生特典ってやつか?」

 

「うん。でも凄い身体能力とか特殊能力はダメだよ?向こうの制約に引っ掛かっちゃうから」

 

「つまり、アイテムだけって事か……まあ、俺はチートして俺TUEEEEしたい訳じゃないから別にいいんだけどな」

 

その後、アフロディーテから行き先の下界について剣と魔法の世界である事を聞いた八雲が選んだのは……

 

「.hack//G.U.ってゲームの双銃はダメか?」

 

「ちょっと待ってね……ふむふむ、まんまだと流石にマズイから少し改造するけどいい?」

 

「あっ、銃は無いのか、その世界」

 

「うん、だから実弾じゃなくて魔力弾式にしておくね、刃も簡単には直せないから不壊属性付与して……ほい!」

 

そして完成した双銃が現れたのだが……

 

「どれどれ……って、これDG-Zじゃねぇか!?」

 

それは裏ダンジョン「痛みの森」にてボスがドロップする漆黒の最高ランクの双銃だった。

 

「どうせなら見た目も強そうな方がいいでしょ?」

 

「まあ、いいんだけどさ」

 

そう言いつつも八雲はそれが気に入ったようでクルクルとガンスピンをさせている。すると、ピリッと静電気のようなものが走ったような痛みがした。

 

「ん?」

 

「八雲、どうかしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

その後、アフロディーテと下界に降りる準備を終え、異世界への門を開いた。

 

**********************

 

下界に降りた八雲とアフロディーテが降り立った場所はとある港町に近い森であった。

 

「さて、ここからまずメレンに行って、それから目的地のオラリオを目指しましょうか」

 

「それは構わないんだが、最初からオラリオに降りれば良かったんじゃね?」

 

「ダメダメ!オラリオに直に降臨なんかしたら騒ぎになっちゃうし、八雲の事もあるから不味いのよ」

 

アフロディーテ曰く、転生者を眷属として共に降臨した等と知られたら他の神からやっかみを受けるとのこと。

 

「神々のやっかみとか絶対ろくな事にならねぇな」

 

「ロキにフレイヤ、それにアポロンとかが黙って無さそうなのよねぇ」

 

「北欧の悪神に美の女神、挙げ句に太陽の問題神かよ」

 

アフロディーテが挙げたどの神も厄介さは神話にすらされているレベルの神である。そんな神がオラリオとやらにはゴロゴロいるらしい。

 

「メレンはすぐそこだし、そこの宿で八雲に神々の恩恵(ファルナ)を刻みましょうか」

 

「はいよ」

 

**********************

 

その後、メレンに到着した八雲達はアフロディーテが持ち込んだ宝石を換金して金銭を得ると宿を取って早速八雲にファルナを刻む事にした。

 

「それにしても、もう少しごねると思ったんだけどな」

 

「部屋の事か?別におかしくは無いだろ……オラリオに向かう馬車の料金を考えれば宿代は抑えるべきだ」

 

「それはそうだけどさ……一応、女性と、自分で言うのもなんだけどこんな美女と一緒なんだよ?」

 

「悪いけどいくら美女でもうっかりで殺されかけた相手に欲情するかよ……いや、実質殺されたか」

 

「うぐっ」

 

「そんなことより恩恵とやらをさっさと頼むわ」

 

そんな訳で早速恩恵を刻むこととなった。その方法は背中に神が神血(イコル)を一滴垂らすこと。それが背中に紋様と文字としてその者の背中に刻まれる。その文字は普通の人間には読めない文字なのだが、自身のレベルやステータスが読み取られる危険があるため通常は隠蔽の術で秘匿する。また、神はこれを読める文字として紙に転写することも出来るなのだと言う。

 

「はい、これが今の君のステータスだよ」

 

「どれどれ」

 

 

村上八雲

LEVEL-1

力-I 0

耐久-I 0

器用-I 0

敏捷-I 0

魔力-I 0

 

スキル

魔力放出

 

予めアフロディーテから聞いていた通りステータスは軒並み0。これは恩恵を得た段階を0としてカウントしているかららしく、ステータスとして算出されるのは成長値とのこと。

 

「にしても、最初からスキル持ちか」

 

「多分、双銃の弾丸となる魔力を込めるスキルか何かかな?」

 

「いや、おそらくこのスキルは……」

 

翌日、馬車の時間までにそのスキルについて実験してみたところ、このスキルは文字通り魔力を体外に放出するスキルで、双銃を介さずに使用すると放出する魔力に無駄が多く、調整もし難い事が判った。

 

「あー、なるほどな……これはあれか、どっかのビーム出す剣やどっかの暗殺部隊隊長のアレと一緒か」

 

「まさか放出した魔力で飛ぶとは思わなかったわ」

 

「やったら出来た……けど、やるのはほどほどにしといた方が良さそうだわ。精神疲弊(マインド・ダウン)だっけ?戦闘中にそれで倒れたら洒落にならんわ」

 

「魔力のステータスが上がればもっと使える量は増えると思うけどね」

 

**********************

 

その後、馬車に乗り一日掛けて八雲達は目的地であるオラリオへと辿り着いた。

 

「ここがオラリオ……」

 

「そう!ここが神々が集う最前線!ダンジョン都市オラリオだよ!」




と言う訳で新シリーズ・ダンまちスタートです。
お気付きの方もいるかと思いますが、この1話は前シリーズのオマケシナリオの続きになっております。

尚、作者はダンまちについては初心者もいいところなので間違いなどございましたら感想等で指摘していただけると助かります。


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二話 オラリオとガネーシャ

二話目です。
早速ダンジョン………ではなくサブタイトル通りあの神と接触します。
あと、感想にて「アフロディーテは既に降りてきてるはずでは?」と指摘があったので補足しますと、八雲が地上に来たのは原作の四年前くらいです。



※尚、作者は原作小説読んで、アニメ見た程度の歴の浅い読者なので特典小冊子とかで記載されてるもの等は全く知識がございません。ですので、指摘事項がありましたら記載されていた詳しい情報又は情報源等も教えていただけると幸いです。


オラリオに到着した八雲達が真っ先に向かったのはダンジョンの管理を担っているギルドだった。まずはギルドにファミリアとしての登録、そして八雲のの冒険者登録をしてしまう為だ。

 

「はい、これでアフロディーテファミリアと八雲さんの冒険者登録が完了しました」

 

「ありがとうございます」

 

「それにしても君は変わってるね。普通の冒険者なら初心者講習なんてそこそこにダンジョンに行きたがるんだけどね」

 

「死にたいんですか?そいつら」

 

実は八雲は登録の合間にギルドの担当者から初心者講習を受けていたのだ。初心者講習とは、ダンジョンの基礎知識からダンジョンの上層のモンスターについて等を教わり、最後に筆記試験でその理解を深めるものだった。ダンジョンは常に生きるか死ぬかの場所。そんなところにろくな準備(装備や知識)をせずに挑む等、最早自殺願望者かと八雲は呆れる。尚、新興ファミリア等のファミリアからの支援等の無い冒険者にはギルドから装備の支給があるのだが、これがナイフ一本と最低限度のレザーアーマーだけというのだから、この初心者講習は馬鹿には出来ない。

 

「エイナ……同僚が『冒険者は冒険するべからず』ってよく言ってるんだ。この冒険っていうのは命を賭けるような事って意味だよ」

 

「安全マージンをとって堅実にやれってことか………」

 

「レベルアップには相応の試練が必要だけど、君はするべき無茶としなくてもいい無茶は履き違えちゃダメだよ?」

 

「わかりました………あっ、そうだ。ちょっと聞きたい事があるんですが」

 

******************

 

一方、アフロディーテは八雲が初心者講習を受けている間に旧知の神であり、ダンジョンの管理を任されている神・ウラノスと面会していた。

 

「お久しぶりです、ウラノス」

 

「アフロディーテ、まさかお前が下界に来ようとはな」

 

「ちょっと事情がありまして」

 

「あの眷属の事か?」

 

「はぁ………やはり貴方には隠し事は無理ですよね」

 

元よりウラノスには全てを話すつもりでいたアフロディーテは八雲を過って殺してしまい、眷属としてこちらに連れて来た事を説明する。

 

「よもや上位世界から人の子を連れて来るとは………まあよい、視たところ恩恵以上に過度な力は与えておらぬようだし、此度は不問としよう」

 

「ありがとうございます」

 

「こちらでは天界のような騒ぎは起こすで無いぞ?」

 

「それは大丈夫かと………だって、八雲を見てるだけで退屈はしなさそうですもの」

 

ウラノスの忠告にそう笑みを浮かべて返し、アフロディーテはウラノスの祭壇を去っていった。

 

「全く、あれも変わらぬな」

 

******************

 

ギルドでの用を済ませた八雲達が次に向かったのはとあるファミリアが管理する闘技場であった。何故こんなところに来たのかというと、先程八雲がギルドの職員に「何処か戦闘訓練が出来る場所はありますか?」と訊ねたところ、ここを紹介されたからだ。

 

「おっ、来たな!」

 

入口で八雲達を出迎えてくれたのは象の仮面を着けた筋肉質の男………いや、男神と呼んだ方が正しいだろう。

 

「お久しぶり、ガn「そう!俺がガネーシャだっ!」………相変わらずね、ガネーシャ」

 

アプロディーテの言葉に被せるように名乗ったこの男神こそ、この闘技場を管理するガネーシャファミリアの主神・ガネーシャである。

 

「久しぶりであるな!アフロディーテ!して、そこの男子が例の眷属か」

 

「は、はい………八雲といいます」

 

「ヤクモか!俺は!ガネーシャ!この闘技場を管理するガネーシャファミリアの主神をしている!」

 

言葉を発する度にマッスルポーズをとり、大声でアピールするガネーシャに八雲は苦笑しつつも握手を交わす。

 

「早速で悪いのだけど、闘技場を使わせてもらって構わないかしら?」

 

「うむ!ギルドより話は聞いている!ダンジョンに挑む前に自身の力量を正しく把握しておこうというヤクモの心掛けには感心した!」

 

「あっ、ガネーシャ様、模擬戦用の武器か何かがあれば貸していただきたいのですが」

 

「模擬戦用の武器?構わぬが何故だ?」

 

「ギルドではナイフを支給されましたが、せっかく機会ですので、今後使う武器を決めるためにも一通り使ってみたいと思いまして」

 

「ということはヤクモは複数の武器の心得があるという事だな?」

 

「はい、昔兄貴……兄に仕込まれまして」

 

「わかった!一通り用意させよう」

 

******************

 

「はっ!やっ!せいっ!」

 

その後、ガネーシャファミリアの団員に案内され闘技場の中に入った八雲はいくつかの武器を手に取り、実際に使ってその感覚を確めていた。恩恵を刻まれた事による身体能力の上昇に身体を慣らすのに少しかかったものの、感覚を掴んでからは模擬戦用の武器を次々と手足のように使い始めた。

 

「ほう、あれだけの武器を使いこなすか………良い眷属を見つけたな、アフロディーテ」

 

「でしょ?」

 

それを観客席で見ていたアフロディーテとガネーシャ。しかし、見ていたのは二神だけではなかった。

八雲が長槍と短槍のニ槍流という何処かの槍兵のような事をしていると一人の男が現れた。ガネーシャと似た象の仮面を着けていることからガネーシャファミリアの一員であるのは間違いない。

 

「よぉ、相手のいない演舞だけじゃ物足りないだろ?俺が相手になってやるぜ!」

 

そして、その男は手に持つ模擬戦用の大斧を八雲に振るう。

 

「おっと!」

 

その一撃を後ろに跳んで躱す。

 

「ザメル!何をやっている!?」

 

「だから相手がいた方がいいと思って名乗り出てあげたんじゃないですか!武器だってほら、ちゃんと模擬戦用の物ですって」

 

八雲に武器を向けた団員・ザメルにガネーシャから八雲に模擬戦用の武器を運んできたガネーシャファミリアの団長であるシャクティ・ヴァルマが叫ぶも、ザメルは聞き入れる様子が見えない。ところが………

 

「構いませんよシャクティさん、俺も丁度相手が欲しかったところですから」

 

八雲は丁度良かったとばかりにザメルに槍を向ける。

 

「しかし!」

 

「そいつの同意も得られたことだし、団長は黙っててもらおうか!」

 

実はこのザメルという男、近々レベルアップしてレベル2になれるのではないか?と噂されている男なのだが、最近は見ての通り調子に乗っており、自分より弱い(と思われる)者に対して傲慢に振る舞う姿がよく見られていた。

そんなザメルはたまたま闘技場で武器を振るう八雲の姿を見つけ、様々な武器を振るい調子に乗る(ザメルにはそう見えた)八雲に現実を教えてやろうと乱入してきたのだ。

 

「冒険者の先輩として現実ってやつを教えてやるよ!」

 

「そいつはありがたい事で‥………俺は今日冒険者登録したばっかりでね、色々教えてくれよ、セ・ン・パ・イ」

 

対する八雲はそんなザメルの思惑を察していながら挑発するような発言をする。

 

「舐めるな!」

 

八雲の挑発に乗ってしまったザメルは大斧を振り回し八雲を攻撃するも、長槍で大斧の柄を弾いて逸さしたり、紙一重で躱され続ける。

 

「おいおい、教えてくれるんじゃなかったのか?センパイさんよ?」

 

「き、貴様っ!」

 

更に挑発を重ねる事で八雲はザメルから判断力を奪っていく。

 

「そら、動きが単調になってんぞっと」

 

そうして生まれた隙を見逃さず、八雲はザメルの鳩尾に短槍を捻りを加えて突き入れる。

 

「ごはっ」

 

それでもレベルアップ間近と言われるだけはあり、何とか踏み留まるザメル。

 

「まだやれんだろ?センパイ?」

 

******************

 

一方、観客席でこれを見ていたニ神は八雲の奮闘ぶりに関心していた。

 

「ヤクモのやつ、やるではないか」

 

「元から人間離れしてるのは知ってたけど、ここまでとはね」

 

その後、八雲が長槍で大斧の柄を絡めとって手放させ、残った短槍を喉元に突き付けた事でザメルはようやく負けを認めた。

 

「ザメルのやつも最近少し調子に乗っていたからな!良い薬になっただろう!」

 

それを見てガネーシャはガハハと笑い、ふと気になった事をアプロディーテに訊ねる。

 

「ところで、お前達は住むところはどうするんだ?」

 

「あっ」

 

そう、アフロディーテはオラリオでは新参の神。当然オラリオに拠点等持っているはずも無い。

 

「当面は眷属はヤクモだけなのであれば場所は貸すが」

 

「お願いします!」

 

******************

 

片付けを終えて八雲がアフロディーテに合流すると、シャクティの案内でオラリオの北西区の片隅にあるボロボロの建物が並ぶ場所を訪れていた。

 

「まるで廃墟だな」

 

「冒険者達のいざこざ等でこのようになり放置された場所だ。この区域は我々ガネーシャファミリアとヘファイストスファミリアが管理を任されている土地の境界でな」

 

「ヘファイストス………鍛冶を司る神でしたよね?」

 

「ああ、オラリオでは街の中心にあるバベルに店を構えている」

 

バベルとはオラリオのダンジョンの上に作られた天にも届くような巨塔の事で、地下にはダンジョン、塔の下層にはヘファイストスファミリアを始めとした商業系ファミリアの店等があり、その上層には神々の居住区もあるのだと言う。まあ、大抵の神はファミリアの拠点を住処としているそうだが。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

案内されたのは乱闘騒ぎでもあったかのようにボロボロになった一軒のバーのような建物だった。

 

「昔は酒場だったのだが、訳有って住人がいなくなり賊の溜まり場になっていたのを我々が接収した建物だ」

 

「なるほど、賊がまた来るかもってことで買い手が付かなかったんですね」

 

「それと街の中央への行き来も不便とあってな」

 

「外壁の方が近いもんね」

 

「一応、最低限の補修は済ませてはあるが、何か不都合があれば我々に連絡してくれ」

 

「何から何まですみません」

 

「なに、ザメルの鼻っ柱を折ってくれた礼だと思ってくれ」

 

そう言うとシャクティは他のファミリアの団員に運ばせた荷車から積荷を建物の中に降ろすとそのまま見回りがあると去っていった。

 

「ガネーシャに大きな借りが出来ちゃったね」

 

「ですね」

 

ガネーシャは「管理に困っていた土地だから気にするな!」と言っていたが、八雲とアフロディーテからすれば無駄に宿代を浪費しずに済んだのは僥倖と言えた。

 

「ここのローンに生活必需品を揃えたりとしばらく大変だと思うけど、頑張ろうね、八雲」

 

「ええ、道を覚えがてら明日は買い出しに行かないと」

 

そう言って財布を見るが、財布には最初にアフロディーテが売った宝石から得たお金(ヴァリス)が最低限の生活必需品と数日分の生活費ぐらいしか残っていなかった。

 

「こりゃ、ダンジョンでの稼ぎ以外にもギルドの依頼とか探した方が良さそうだな」

 

多くの冒険者が大手のファミリアに入団する気持ちが少しだけわかった八雲だが、しばらくはこんな生活も悪くは無いかな?と思うのであった。




次回はちゃんとダンジョンアタックします。


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三話 初ダンジョンアタック

八雲の初ダンジョンアタック開始です。




色々調べながらの投稿なので不定期になるかもしれませんが、よろしくお願いします。


八雲達がオラリオに到着した翌日。『何をするにもやはり金』ということで、八雲はダンジョンに潜る事にした。

 

「さて、初めてのダンジョンアタックになる訳だが………」

 

ギルドのアドバイザーからはギルドが仲介する他のファミリアの冒険者を雇う事を勧められたが、八雲の所属するアフロディーテファミリアは稼ぎ手が八雲しかいない零細ファミリア。そんな彼らがそんなお金を払えるはずもなく、八雲はソロで挑む事にした。

 

「ソロプレイとなりゃ、無理は禁物だな………そう思うと、これはありがたい」

 

先程、バベルの前でミアハという神に出会い、今日が初ダンジョンだと言ったら餞別にと回復薬(ポーション)を二つも貰ってしまった。ギルドの職員に確認したところ、神ミアハは頻繁に無料でポーションを配り歩いており、とある理由で借金を抱える彼のファミリアの財政は火の車なんだとか。無論、ポーションの効果は本物で、ミアハの施しに救われた冒険者も決して少なくは無いのだとか。

 

「ホント、神話並みに慈悲深いのに不用心な神様みたいだな」

 

八雲が知る神話では神ミアハはその優れた医療の力で父であるディアンケヒトの嫉妬から殺された神である。これもギルドの職員に聞いたのだが、やはりディアンケヒトファミリアの主神であるディアンケヒトに嫌われているらしい。

 

「俺の知る神話の登場人物が似たポジションでその神様のファミリアにいるって事か」

 

調べてみればもっと面白い事がわかるかもしれない、と八雲はダンジョンアタック以外の面白味を見つけたところで長い螺旋階段を降り切り、ダンジョンの一層目に到達した。

 

「まずはこの一層の把握から始めますか」

 

まず八雲が行ったのはダンジョンの把握だ。このダンジョンはRPGのような地形が変化するランダムダンジョンでは無いそうなのでマッピングとモンスターの出現傾向などの確認が重要となる。

 

「おっ、早速か」

 

八雲が見つけたのはダンジョンの定番であるゴブリン。

見た目は尖った耳と角をした緑の小人のようだが、長く伸びた爪や牙を持ち恩恵を持たぬ大人程度ならばアッサリ殺してしまう残忍さを持つ。恩恵を得たばかりの眷属が油断して複数体に挑み殺される事も珍しくはない。幸い、八雲の前に現れたのは一体だけであった上に、まだ八雲に気付いた様子も無い。

 

「上層で出る最初のモンスターが人型ってのがやらしいよな」

 

人間は自身に近しい形をしたものへの攻撃を躊躇い易い。いくらモンスターとはいえ、それを殺す事を躊躇う冒険者も少なくは無いだろう。

そんな事を考えつつも、八雲は地上で拾っていた小石を壁に向かって投げて音を立ててゴブリンの気を逸すと、ゴブリンの背後から一気に距離を詰めてその喉をナイフで切り裂きゴブリンを仕留め、その魔石を回収する。

 

「うん、思ったよりは気分は悪くならないな」

 

一度死んで眷属として蘇生したせいか、それともゲーム等でそのようなモンスターを倒していたからか、八雲はそういう嫌悪感は感じなかった。

 

「これならとりあえずは問題無さそうだな」

 

その後も八雲ははぐれのゴブリンや二足歩行の犬のようなモンスターであるコボルトを倒し魔石を回収していき、余力のあるうちにダンジョンから帰還した。

 

******************

 

その日の八雲の魔石の換金額は1,000ヴァリス程であった。ギルドの職員に聞けば初めてにしては多い額だと言われた。その際、アドバイザーにはどうやってそんな額を大した怪我も無く稼げたか聞かれたのだが、素直に八雲が背後から暗殺者ばりの方法で狩っていたと言えば絶句された。尚、レベル1の冒険者の平均収入は五人パーティーで一人頭5,000ヴァリスなんだそうな。

ホームへの帰り道、八雲は少し考え事をしていた。

 

「やっぱ武器は早めにちゃんとしたのを買った方が良さそうだな………いざとなれば双銃を使うけど、あれは絶対に目立つ」

 

人目が無い事を確認した上で八雲は何度か双銃を試してみたのだが、ギルドで支給されたナイフが所詮は支給品であると思い知らされた。支給品のナイフではゴブリンを仕留めるにも背後から組み付いて喉を切り裂く必要があったにも関わらず、双銃は付属するブレードで斬ればゴブリンの身を容易く切断し、魔力弾に至っては一発でゴブリンの頭部が吹き飛んだ。そのあまりのオーバーキルっぷりには流石の八雲も浅い層での双銃の使用は自重しようと思った程だ。また、帰りに武器屋を覗いてみれば、今使っているナイフより少し上等なもので3,600ヴァリス、防具は一式揃えようとすれば5,000ヴァリスは下らない。

 

「今日より長く潜っても拾える魔石には限界があるしな、かと言って質のいい魔石は下の層まで行けないと無理だしなぁ」

 

そんな事を考えていると、屋台が立ち並ぶ通りでとある貼り紙が目に付いた。

 

怪物祭(モンスター・フィリア)?」

 

「なんだいにいちゃん、怪物祭を知らないのかい?」

 

「ああ、先日このオラリオに来たばかりで………教えてくれると助かる、あっ、そのジャガ丸くんとかいうのも二つ貰うよ」

 

「毎度あり!」

 

ジャガ丸くんの屋台をしている女性から買い物ついでに怪物祭について聞き出した八雲はジャガ丸くんを齧りながら一度ホームへと戻った。

 

******************

 

「お帰り」

 

「ただいまっと、これお土産」

 

「おっ、これはジャガ丸くんではないか!」

 

帰った八雲はアフロディーテに帰還を伝えると、先程屋台で買ったジャガ丸くんをアフロディーテに渡す。

 

「もぐもぐ………ところでダンジョンはどうだった?」

 

「上の方じゃ安全マージンを取りながらだと装備の更新や手入れで稼ぎはほとんど消えそうだよ………装備はいざとなればアレを使うが、アレはかなり悪目立ちしそうだし」

 

「だね、私も少しオラリオを回ってみたけど、その双銃の価値は最低でも5億ヴァリスは下らないだろうね」

 

不壊属性(デュランダル)だったか?そんなもん付いてたら当然だろ」

 

気になって立ち寄った武器屋で他の武器を色々調べてみれば不壊属性付きの武器なんてレアモノは高値で取引されており、使った感覚からあの双銃は相当ヤバイ値打ちが付きかねない代物だった。それをレベル1の初心者が持っていたならば狙われるのはまず間違い無い。

 

「という訳でしばらくは装備の更新のために金策をしようと思うのだが」

 

「何か策があるの?」

 

「ああ、近々ガネーシャファミリアが怪物祭ってのを開催するらしいんだが、そこで一儲けしようとね」

 

「一儲け?」

 

八雲の言葉に首を傾げるアフロディーテだったが………

 

「その鍵はそのジャガ丸くんだ」




怪物祭が始まったのが原作の五年前なので今回の怪物祭は二年目のものと仮定しております。

次回、八雲がやらかします。


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四話 お祭りと遭遇

今回は原作キャラと新キャラが数人登場します。
一人は前回の内容から大体想像出来るかと思います。


初ダンジョンアタックから数日後。八雲達は再びガネーシャファミリアを訪れていた。

 

「怪物祭に協力してくれるという話だが、失礼ながら零細ファミリアのアフロディーテファミリアに出来るのか?」

 

そう言うのは話し合いに同席していた団長のシャクティである。彼女の言うのも最もではあるが、八雲は妙に自信ありげである。

 

「シャクティさん、祭って付くからには屋台とか出店もあるんだろ?」

 

「確かにあるが」

 

「出店の分布図ある?」

 

そう言われシャクティが出店する出店のリストを手渡すと、八雲が笑みを深める。どうやら八雲の想定通りもしくは以上のようだ。

 

「くくく、これは勝ったな」

 

「勝った?」

 

その時はその意味が分からなかったシャクティだが、怪物祭当日に彼女は思い知る事になる………食の魔改造大国日本育ちの八雲が振るうB級グルメの恐ろしさを。

 

******************

 

その後、ガネーシャファミリア経由で2つのファミリアに協力を取り付けた八雲はあっという間に怪物祭の出店に関わる人達を掌握し、出店の総指揮という立場を勝ち取っていた。兄や幼馴染に教わった交渉技術らしいがお目付け役として同行していたシャクティも思わず感心してしまう交渉だったようだ。

 

「これで準備は終わりだな」

 

「よくもまあこれだけ思いつくものだ」

 

「思いついたんじゃなくて俺の故郷のもんを広めただけさ」

 

今回八雲が広めたのは現在のオラリオでも材料が比較的入手し易い物で作るお好み焼きやちょぼ焼き*1等の粉物。綿飴やりんご飴、クレープにたい焼き、ベビーカステラ等の縁日の定番メニューである。

 

「だが、良かったのか八雲。デメテルファミリアにレシピを譲ってしまっても」

 

「いいんだよ、こういうのはすぐに真似する連中が出てくる。そもそもウチは探索系且つ零細ファミリアだ。独占市場を作る人手も暇もありゃしねぇ。そんなもんに目くじら立ててる暇があったら高く売れるうちに情報なんざ高く売りつけてしまえばいいのさ………これは幼馴染の受け売りなんだがな」

 

「その幼馴染は頭が回るのだな」

 

八雲が協力を要請したのはオラリオの食料事情の大多数の元締とも言われるギリシャ神話系のデメテルファミリアと、技術と鍛冶の神とされオラリオでは二大鍛冶ファミリアの一つゴブニュファミリアの傘下ファミリアで調理器具等も扱うケルト神話系のルフタファミリアである。八雲が依頼したのはレシピと引き換えにデメテルファミリアからは食材、ルフタファミリアには鉄板や屋台等の作成を依頼したのだ。

 

「それに当日は俺もこの屋台で稼がせて貰うさ」

 

「本当に君の故郷の発想には舌を巻く他無いな」

 

シャクティがそういうのも、八雲が"引く"屋台が原因であった。この数日、八雲が根回し以外に何をしていたのかというと、この移動式屋台の作成のための資金を集めに再びダンジョンでアサシンの如くモンスターの首を狩っていたからだ。

この屋台、出店に協力してくれるガネーシャファミリアやデメテルファミリアの団員や地域住民へ広めた料理の作り方の説明を行う際に利用する目的も兼ねて作られており、調理用の鉄板やクレープ用の円形の鉄板にたい焼き盤、タコ焼き盤まで完備した屋台だった。尚、製作費1万ヴァリス。その金を装備に回せば良かったのでは?とも思われるが、今後もこういう催し物にこの屋台で参加するつもりのようだ。

 

「さあて、稼ぐとしますか」

 

******************

 

そして迎えた怪物祭当日。

 

「うわぁ、八雲の読み大当たりだよ」

 

八雲の提案した屋台はオラリオでは物珍しいという事もあって飛ぶように売れていた。また、闘技場内でもポップコーンやソフトドリンクの売り子を提案したが、これも割と好評らしい。

 

「アフロディーテ様、喋ってないで働け」

 

「神使いが荒くない!?」

 

「立ってるものは親でも使え、それは神でも変わらん」

 

「最近ホントに遠慮が無くなってきたよね………このまま私をお姉ちゃんと呼んでm」

 

「呼びません」

 

「チッ」

 

その一方で、八雲達の屋台は作ってきた年季の違いか大勢のお客の対応に追われていた。

 

「や、ヤクモさん!事前に用意していたサカナ焼き*2が無くなりました!」

 

それも八雲は予想してガネーシャファミリアから一人助っ人を借りていた。元の世界で言えばゴールデンレトリバー種の耳と尻尾を持つ犬人族(シアンスロープ)のユーリヤ・トーリバという少女だ。

 

「思ったより減る速度が早いな」

 

「わ、私も試食したから判りますけど、サカナ焼きは絶対にジャガ丸くんに匹敵するものになると思います!」

 

「相当気に入ったみたいだな、ユーリヤ」

 

オラリオは見た目通り魔法やダンジョン等の要素を抜けばファンタジー世界によくある中世ヨーロッパ風の街だ。そのオラリオで屋台の主力商品と言えばジャガ丸くんというコロッケに似た………いや、完全にコロッケである。但し、小豆クリームや抹茶クリーム等のバリエーションが存在する事から通常のコロッケだけでなく、所謂スイーツコロッケと呼ばれるものも含まれていると考えられる。八雲の屋台でもサカナ焼きの具材バリエーションの選考の際に見つけたサツマイモ、カボチャ、枝豆の3種を使ったジャガ丸くんを作り並べている。そして、このオラリオでは未知のジャガ丸くんを並べていた事が原因で八雲はある人物と知り合う事となる。

 

「すみません、このジャガ丸くん3種類、それぞれ20個ずつ下さい」

 

「はいよ………ん?20個ずつ?」

 

「うん、20個ずつ」

 

それは金髪金眼というオラリオでも珍しい容姿をした美少女。腰には素人から見ても判るレベルの逸品である細剣を帯剣している事から冒険者だと判り、そんな特徴的な容姿の冒険者等オラリオには一人しか存在しない。

 

剣姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)!?」

 

「やっぱ噂に聞く剣姫様か」

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアのレベル4にして、たった1年でレベル2に昇格したという世界最速(レコードホルダー)の称号を持つ冒険者だ。尚、彼女は一部の屋台ではこう呼ばれている………ジャガ丸くん中毒者(ジャンキー)と。

 

「アイズ!ここにいたか」

 

そこにアイズを追って若草色の長髪のエルフがやってくる。

 

「あっ、リヴェリア」

 

「あっ、ではない!目を離したらこの娘は」

 

そのエルフの名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。九魔姫(ナイン・ヘル)の二つ名を持つロキファミリアのレベル6である。

 

「お話中のところすみませんが」

 

「うん?」

 

「営業の邪魔なんでせめて屋台の前から退いて貰えませんか?」

 

「す、すまない!」

 

「ジャガ丸くん………」

 

「ええい!店主、いくらだ!」

 

「3種20個ずつで、2,800ヴァリスです」

 

「ほら」

 

「毎度あり」

 

釣り銭と共にジャガ丸くんを入った紙袋を渡すとリヴェリアはアイズを引き摺るように店の前を離れた。

 

******************

 

「くははは、ボロ儲けだな、これは」

 

夕方、その日の売上を見て八雲はそう口にする。それも仕方のない事だろう。原材料費を差っ引いてもその日の売上は5万ヴァリスを超えていたのだから。ちなみにこれにレシピを教えたいくつかの屋台から売上の1割を礼金として貰っているので合計は7万ヴァリス程になる。

 

「まだ物珍しいから少し割高でもお客さんは何の疑問も無く買ってしまうからね」

 

「それに、ヤクモさんの屋台は他より美味しいですから割高でも売れちゃうんですよね………それにあの鉄板で焼ける匂いはダメです。特に私達のような犬人族には抗いようがありません!」

 

「うん、あれは匂いの暴力よ」

 

「実演の時もそうだが、ああいう魅せる調理で視覚を、匂いで嗅覚を刺激して注目を集める方法は有効なのだな」

 

「それにこういう祭り時ってのは財布の紐が弛み易いのさ。そこに普段はお目にかかれないものが並べば人は好奇心から注目せざる得ない。そこにシャクティさんの言うように視覚と嗅覚を刺激してやればこの通りって訳さ」

 

「なるほど」

 

祭りも終わり、皆が後片付けをしている中、ユーリヤや祭りの成功を感謝しにきたシャクティを加えて本日の成果を話し合っている八雲達。

 

「今回は本当に助かった。こちらには来れなかったが、ガネーシャ様も大層お喜びだったぞ」

 

「感謝するのはこっちの方さ。アイディアがあれどそれを実現させるには各方面への根回しが必要だった。ガネーシャ様がデメテルファミリアとルフタファミリアを紹介してくれなきゃここまではやれなかったさ」

 

「そうか」

 

その後、シャクティは改めて感謝を告げると後片付けの指揮のために戻っていった。

 

「ユーリヤも今日はありがとな」

 

「うんうん、ユーリヤちゃんがいなかったら多分私も倒れてたよ」

 

「お、お役に立てたなら、幸いです」

 

八雲とアフロディーテに礼を言われ尻尾を揺らしながら照れるユーリヤ。

 

「そ、そういえば、ヤクモさんは一人でダンジョンに潜ってるんですよね?」

 

「ああ、うちは他に団員もいないし、他のファミリアのメンバーを雇う余裕もねぇからな」

 

それに野良パーティーは色々とリスクが大きいと八雲は推測しており、結果八雲はソロのままダンジョンに潜っている。ユーリヤはそれを知って八雲にある提案を持ちかけた。

 

「でしたら私をサポーターとして雇ってくれませんか?」

*1
タコ焼きの原型の一つ。タコがオラリオに受け入れられているか不明のためこちらを採用した

*2
たい焼きでは伝わらない可能性から人形焼きにちなんでサカナ焼きとした。




という訳で原作からアイズとリヴェリアに登場していただきました。
ジャガ丸くん大好きなアイズが未知のジャガ丸くんを見逃すとは思えないのでw
新キャラのユーリヤは犬人族の少女(14)です。彼女が何故八雲のサポーターに立候補したのかは次回で。


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五話 サポーターとお買い物

すみません、体調がよくなかったり、仕事があったりして一週間空いてしまいました。
しばらくは隔週更新でいこうと思っています。

今後も本SSをよろしくお願いします。


………感想なんかもいただけるとモチベーション維持になるかもしれません。


「サポーター?そりゃ確かにサポーターがいてくれりゃもう少し稼げるようにはなるが………いいのか?」

 

この「いいのか?」には「元々組んでいたパーティーは」や「他のファミリア、しかも零細ファミリアだが」という枕詞がつく。それでもユーリヤは承知の上と言わんばかりに首を縦に振る。

 

「元いたパーティーは私と他の皆さんのレベルが噛み合わなくなったのでそれぞれ別のパーティーを組んでます。なので、今私はフリーなんですよ」

 

別のファミリア同士でパーティーを組むのも決して珍しくはないそうなので構わないそうだ。

 

「なら、明日は俺とユーリヤの装備を整えねぇとな」

 

「わふ、私のもですか?けど、そんなお金は………」

 

「は?何言ってんだ。今日の稼ぎはユーリヤがいてくれたからなんだから還元するのは当然だろ?」

 

「いえ!それは当然とは言いませんよ!」

 

普通ならあり得ない八雲の発言にユーリヤが声を上げるも、八雲はユーリヤの頭をポンポンと撫でながらある言葉を口にする。

 

「“人の好意は黙って受け取れ”」

 

それは八雲が特典として貰った双銃の本来の持ち主である.hack/G.U.の主人公のハセヲの台詞であった。

 

「そこまで言われては仕方ありませんね」

 

結局、ユーリヤが折れることでその話は決着した。

 

******************

 

翌日、八雲とユーリヤの2人はバベル内の各生産系ファミリアの新人等が作った装備を取り扱うエリアにて掘り出し物がないかと漁っていた。

 

「玉石混交というか、ネタ武器に明らかに使いみちがなさそうなのまで多種多様というか」

 

「わふ、正直ピンキリですね」

 

そんな中、八雲は一本の剣を見つける。

 

「それって、東方の刀でしたっけ?」

 

「ああ、鍔が無いからドスに近いが刀身の長さから分類的には中脇差*1だろう………ドスなのに中脇差とか流石はファンタジー」

 

通常の長ドスと呼ばれるものは大脇差*2で、今八雲が手にしているものは中脇差というチグハグさ。そこに元いた世界との違いを感じて苦笑する八雲。

 

「店主、鞘から抜いてみてもいいか?」

 

「ああ、構わねぇよ」

 

「では………へぇ」

 

一応店主に断りを入れてから鞘から抜くと、綺麗な刃紋のついた刃が姿を現す。その後、すぐに刀身を鞘に戻すと八雲は店主に値段を訊ねる。

 

「店主、これいくらだ?」

 

「そいつかい?そいつは1万ヴァリスだ」

 

「買った」

 

その店ではその脇差の他にも数点買い、他の店でもメリケンサックのような持ち手のダガーやユーリヤ用のレザーアーマー等を買い揃えた。

 

「そういえば、ヤクモさんの防具はいいのですか?」

 

「うーん、しばらくは要らないかな?俺の戦闘スタイルだと今のところ攻撃食らわないし」

 

「えっ?」

 

後日、八雲に同行したユーリヤは八雲のアサシンスタイルに顔を引き攣らせたのであった。

 

******************

 

ユーリヤSide

 

「おし、今日はこんなとこにしとくか」

 

「何度見ても凄いですね………さっきすれ違ったパーティーもドン引きしてましたし」

 

その日も私はヤクモさんとダンジョンで魔石を集めていたのですが、いつものようにヤクモさんはモンスターを背後から忍び寄って組み付いて手に持ったダガーで首を掻き切って一撃で仕留めていく。

 

「そろそろこの階層だと効率悪いな」

 

「ですね」

 

ヤクモさんはあの暗殺者のような戦闘スタイルをよく使うのですが、別にそれしか出来ないのではなく、状況に応じて様々な武器を使います。あのザメルさんとの模擬戦の時に見せたニ槍流から判るように長柄の武器や先日買った刀の扱いにも長けています。聞けばそれらはヤクモさんのお兄さんから教わったそうで、やけに対人型戦に慣れているのはそれが理由のようです。

 

「にして、サポーターがいると色々楽だな」

 

どうも魔石を入れるリュックを背負わなくてよくなったおかげで動きが阻害されなくて楽に戦闘が続けられるとのこと。

 

「次の獲物は………ユーリヤ、槍を」

 

「はい」

 

少し離れた場所にいたコボルトを見つけると、ヤクモさんは先程の戦闘では私に預けていた槍を手にしてコボルトへと向かっていった。

 

******************

 

私がヤクモさんの事を知ったのはヤクモさんが初めて私達のホーム(ガネーシャ・ファミリア)を訪れた時だ。

その時、私は団長のシャクティさんと一緒に模擬戦用の武器を運んでいた。運ぶのはすぐに終わった為、ヤクモさんが他のファミリアの方と知り、興味本意で見学をしていた。

 

「よぉ、相手のいない演舞だけじゃ物足りないだろ?俺が相手になってやるぜ!」

 

そんな時、レベルアップが近いという事でファミリア中でも噂になっていたザメルさんが乱入してきた。

 

「冒険者の先輩として現実ってやつを教えてやるよ!」

 

「そいつはありがたい事で‥………俺は今日冒険者登録したばっかりでね、色々教えてくれよ、セ・ン・パ・イ」

 

そこからは圧巻の一言でした。ザメルさんが振るう大斧はヤクモさんに掠りもせず、2本の槍できれいに受け流され、最後は大斧を手から離させて喉元に槍先を突きつけていました。

本来レベルやアビリティは私達冒険者には絶対のもので、レベルアップ間近のザメルさんと恩恵を刻んだばかりのヤクモさんでは天と地程の差があります。なのに、ヤクモさんはその天地をあっさりひっくり返したのですから驚くのも無理もありません。結局その日はその光景が忘れられず中々眠れなくて翌日寝坊してしまいました。

 

******************

 

その後、怪物祭の準備であっさり再会し、その縁があって今は彼のサポーターをしています。

 

「ユーリヤ、ドロップアイテムが出たみたい」

 

「コボルトの爪ですね、回収しておきます」

 

その日は儲けが多かった為、帰りにサカナ焼きを奢ってもらえました。あんこもいいですが、カスタードクリームも美味しかったです。

 

SideOut

*1
1尺3寸以上1尺8寸未満(40cm〜54.5cm)

*2
1尺8寸以上2尺未満(54.5cm〜60.6cm)




次回は22日ぐらいに更新すると思います。


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六話 ラキアと依頼

今回はサブタイ通りアニメ二期にも登場したあのファミリアに関するお話。
今回も新たに原作キャラが登場します。


ラキア王国。戦神アレスが主神として君臨する国家級ファミリアで、国民が総じてアレスファミリアという異色の(ファミリア)である。

このアレスファミリアは事ある毎にオラリオへの侵攻を行なっており、その度に上位ファミリアが強制任務(ミッション)として駆り出され追い返されている。まあ、ダンジョンの無い平均レベルが2あれば良い方であるラキア王国がレベル4、5の冒険者を有するオラリオに勝つ事等不可能に近いのではあるが………

何故このような話をしているかというと、現在そのラキア王国が絶賛侵攻中なのだ。

 

「だから依頼を受けてくれる冒険者も減ってね」

 

「戦争となりゃ色々物資も減るだろうしな」

 

「倒れたラキアの兵士にオラリオのアイテムを売りに行く商人も増えるしね」

 

「………流石はオラリオの商人、商魂逞しいな、おい」

 

ギルドの担当者が言うには、オラリオの冒険者と戦って負ける→オラリオの商人からアイテムを買う→減った所持金を増やすべく再び戦場へ、というサイクルが完成してるらしい。

 

「まあ、お陰で今が稼ぎ時なのは判ったよ」

 

そう言って複数の依頼書を手にする八雲。その依頼書は全てディアンケヒトファミリアからの依頼書で、内容もダンジョン上層で採取出来る素材アイテムの納品依頼である。

 

「ディアンケヒトファミリアは回復薬販売の最大手だ。これを機に伝手を作っておくか」

 

「ですね。今はほとんど使ってませんが、備えは必要ですからね!」

 

******************

 

今回は八雲もバックパックを持参してダンジョンにやってきた。理由は勿論素材を多く回収する為だ。

 

「ユーリヤ、今回は依頼の素材優先だ。モンスターは進路上と素材のあるポイントのやつだけでいく」

 

「わふ、最速最短ルートですね?」

 

更に今回の2人の装備はショベルである。このショベル、ただのショベルと侮ってはいけない。実はこのショベルは前回武器屋巡りの際に発見したものの1つで、俗に言う塹壕用ショベル*1の亜種に相当するもので、ショベルではあるが限りなく槍に近い武器として作られている。それを使い、八雲とユーリヤは最短ルートで階層を降っていった。

 

「よし、ギルドで聞いた話だとこの辺だな?」

 

「ヤクモさん!あそこに!」

 

「でかした、ユーリヤ!」

 

ユーリヤが目的の薬草を発見すると、周りにモンスターがいないことを確認してから手にするショベルで根元を掘り返し根ごと薬草を確保していき、薬草があるポイントを転々と回る2人。途中、ダンジョンリザードやフロッグシューターとも遭遇したが、それらのドロップアイテムも納品依頼のあったモンスターだったが為にあっさり返り討ちに遭い素材を持っていかれる羽目になった。

 

「よし、素材はこんなもんかな?」

 

「ですね、リストにある素材はこれで全部ですね」

 

「ならさっさと撤退するか」

 

規定数の素材を回収し、その後は再び最短ルートで地上まで帰還するのだった。

 

******************

 

「はい、確かに依頼していた素材ですね。数も状態も問題ありません。依頼は達成とさせていただきます」

 

地上へと帰還した2人はその足で依頼先であるディアンケヒトファミリアに素材を納品しにやってきた。そこで2人の対応をしてくれたのはアミッド・テアサナーレというヒューマンの女性だった。

 

「それにしてもこれは状態が良いですね」

 

「そうなのか?」

 

「冒険者の方は数さえ集めれば良い方が多いので、素材の状態がここまで良いのは珍しいです」

 

「あー、なるほどな」

 

どうも多くの冒険者は素材の状態等気にせず薬草を手で強引に引き抜いているらしい。

 

「これならより効果の高い回復薬が作れそうです」

 

「そいつは良かった」

 

「今度は指名依頼をさせていただくかもしれません。改めてお名前と所属ファミリアを伺っても?」

 

「八雲、アフロディーテファミリアの村上八雲だ」

 

「ヤクモさん、ですね。それではまたよろしくお願いします」

 

******************

 

ディアンケヒトファミリアを出た八雲は真っ直ぐホームに帰るのではなく、普段から屋台が立ち並ぶ通りに立ち寄っていた。その理由は………

 

「今日もお疲れ様、八雲」

 

「そういうそちらもお疲れさん、アフロディーテ」

 

「ちょっと待っててね、このお客さんで最後だから」

 

怪物祭の時に屋台をやったのが楽しかったのか、アフロディーテは週に数度あの屋台を使って屋台を出していたのだ。まだアフロディーテが慣れていないのもあってメニューは少ないものの、ちゃんと稼ぎにはなっているらしい。丁度、今もお客の対応中だったようだ。そのお客は八雲も見覚えのある人物だった。

 

「あれ?貴方は確かあの時の………」

 

「あっ、あの時のジャガ丸くん大量に買ってた剣姫様じゃねぇか」

 

そう、それは怪物祭でジャガ丸くんを買いにきたアイズであった。

 

「なんだ、またジャガ丸くんか?」

 

「そう、ここのジャガ丸くんは他には無い味ばかりだから」

 

どうもアイズはこの屋台のジャガ丸くんのファンになってしまっているようだ。

 

「というか、ロキファミリアの主力は今はラキアとの戦争に駆り出されてたんじゃなかったか?」

 

「うん、でも今日でラキアは撤退したからおしまい」

 

「なるほど」

 

聞けばラキアの戦力がボロボロになってしまった為に撤退したらしく、アイズは自分へのご褒美としてジャガ丸くんの屋台を巡っていたらしい。

 

「というかその量、全部一人で食べるのか?」

 

「ううん、ファミリアの仲間と一緒に………今日はここのジャガ丸くんが売ってる日で良かった」

 

「今後ともご贔屓に頼むわ」

 

その後、揚げたてのジャガ丸くんを袋一杯に購入してアイズは帰っていった。

 

「さて、俺達も帰りますか」

 

「そうだね………というかラキアか」

 

「ラキアがどうかしたのか?」

 

「うーんとね、ラキアというか、そこの主神がね」

 

「あー、アレスってそういや」

 

「そうゆうこと」

 

そう、アフロディーテとアレスは同じ神話の神であり、神話でもこの2神は関係のある神なのだ。

 

「確か、ヘファイストスと関係ある時に浮気した神だっけ?」

 

「浮気とは人聞きの悪い………ちょっとつまみ食いしただけよ。それにヘファちゃんはこちらでは女神だよ?」

 

「は?ちょっとまて!つまりは女神同士で結婚してたのか!?」

 

「私が何の神か忘れた?豊穣と繁殖の神よ?アレを生やすくらい訳無いわ」

 

「聞きたくなかった、そんな話………」

 

どうもアフロディーテの力で子を作ろうとしたヘファイストスは結婚してからその方法を聞いて戸惑ってしまい、その間にアフロディーテがアレスをつまみ食いしたらしく、なのでヘファイストスとは別に仲が悪い訳では無いとの事。

 

「うん、ギリシャ神話の神が色々おかしいのは知ってたが、ここまでとは」

 

「おかしいって酷いなぁ」

 

「まともな神格者ほとんどいねぇだろうが!ギリシャ神話は!」

 

「うん、それは間違ってないね」

 

聞けばそれなりにギリシャ神話の神もオラリオに降りてきているらしいので何れ会う事もあるだろう。そう思うと頭が痛い八雲なのであった。

*1
その名の通り戦場で塹壕を掘るのに使われたショベル。刃がスペード状になっており、塹壕を掘っている際の遭遇戦で武器としても使われていた。




という訳で登場したのはアミッドさんでした。

あと、ギリシャ神話って調べるとホントにギリシャ神がおかしいと判るんですよね。


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七話 6層と鍛冶師の語らい

七話目です。
今回はステータス更新もありますよ。
あと今回も原作キャラが1人出ます。今後は少しずつ原作キャラとも絡めていくつもりなので、口調とかが間違っていたら連絡をくれると助かります。


八雲がオラリオにやって来て3ヶ月が経過した。最初は八雲の戦闘スタイルの関係で稼ぎは多くなかったのだが、ユーリヤと組むようになってからはダンジョンでの滞在時間も伸び、順調に経験値やヴァリスを稼げるようになってきた。最近では先日のディアンケヒトファミリアとの伝手で採取依頼等も増えきている。

 

「はい、これが今回のステータス更新の結果よ」

 

「どれどれ」

 

村上八雲

LEVEL-1

力-H 168

耐久-H 123

器用-G 201

敏捷-G 235

魔力-G 226

 

スキル

魔力放出

首狩り*1

気配遮断

 

「………何かスキル生えてね?」

 

「うん、八雲がダンジョンで何をしているのかよく判るスキルね?」

 

どうやら八雲が行っていた首狩り暗殺者スタイルがそのままスキルとして発現してしまったようだ。

 

「敏捷と器用の成長率はともかく、魔力の成長率が高いのは何でかな?魔力放出もランクが上がってるし」

 

「あー、それな、ユーリヤが休みの日とかにセオロの密林とかで双銃使ったり、双銃無しで魔力放出を微調整出来るように練習してたからだな。最近コツを掴んできたかな?と思っていたんだが、スキルが成長してたからか」

 

「そんな事してたの?」

 

「採取依頼のついでにな」

 

耐久の成長率が低いのは八雲の戦闘スタイルが奇襲やヒットアンドアウェイがほとんどの為、攻撃を受ける機会が少ないからなんだそうだ。

 

「まあ、このステータスなら6層の安全マージンは大丈夫だな」

 

基本的に八雲は各階層の安全マージンを気にしてダンジョンに潜っている。安全マージンばかり気にしてはレベルアップに必要な特別な経験値が得られないのは知っているが、そもそも八雲はまだレベルアップの基準となるアビリティランクに達していない為か慌ててはいない。ちなみにレベル2への最速は剣姫が叩き出した1年である。まだオラリオに来て3ヶ月の八雲には時期尚早である。

 

「そんじゃ、行ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

******************

 

「6層ですか」

 

「ああ、ステータスの安全マージンも取れたと思うし、そろそろ下の層に進むべきかなって」

 

「私もあの採取依頼で何故かステータスが伸びましたからね。それに6層で注意すべきモンスターはウォーシャドウ、なのですが‥……まあ、ヤクモさんなら問題無いかと」

 

6層に行く事を伝えると、ユーリヤも特に反対は無いとのことなので二人はマッピングした地図を頼りに最短で5層までを駆け下りていった。そして、6層で早速ウォーシャドウと交戦する八雲だったが………

 

「シャドウって付くくせに首落とせば普通に倒せるのか」

 

「うん、こうなると思ってました」

 

ウォーシャドウは首と両手首を切断されてあっさり塵へと還ってしまう。

 

「おっ、ドロップアイテムもあるのか、幸先が良いな」

 

「人型モンスターの段階でヤクモさんとは相性が悪過ぎましたね」

 

影のような見た目のウォーシャドウではあるが、人型を大きく逸脱していなかったせいで八雲にはゴブリンやコボルトと大差なく次々と処理されていく。

 

「ここは良い狩場になりそうだ」

 

「確かに、ヤクモさんには上の層よりは向いてる狩場ですね」

 

その後、数回の確認戦闘を行ったが、結果としてウォーシャドウは八雲の恰好の獲物としてしばらくの間狩られ続けるのであった。

 

******************

 

「よぉ、店主。久しぶりだの」

 

「何が久しぶりじゃ、どうせ部屋に籠もって武器を打ち続けておっただけだろうに」

 

「それは間違ってはおらんが………」

 

「ほれみろ、納品に弟子ばかり寄越さずたまには自分で来ぬか、この出不精め」

 

以前、八雲が武器を購入した店で店主と眼帯をした女性が軽口を交わす。

 

「で?その出不精が何をしに来た?」

 

「いやな、あの方に『たまには部屋に籠もってないで外に行って来なさい』と言われてしまってな」

 

「全く、お主は変わらんな」

 

「ついでにここに納めた作品が1つあったのを思い出してな、様子を見に来た」

 

「………あの脇差ならとっくに売れたぞ」

 

「なんと!?」

 

その脇差とは八雲がここで購入したあのドスモドキの脇差の事である。

 

「随分と目利きの良いルーキーがな。あの脇差以外にもお前さんのように数打ちの中に混ぜた妙な業物ばかりを狙ったかのように選んでいきおったわ」

 

「ほう、それは面白い新人がいたものだ」

 

店主の言葉に眼帯の女性は思わずニヤリと口元を歪める。店主の言う通り、彼女やそのファミリアの鍛冶師達の中にはこの店のような新人向けの店に新人が打ったものや数打ちの武器の中に素人目には判らない業物を安価で紛れ込ませる者が数人いる。そして、八雲が購入していった武器の過半数はそういった武器達だったのだ。

 

「あの脇差なぞ、刀身を見てから値段尋ねて即決だったぞ?まあ、長さと拵えのチグハグさにも気付いておったようだしの」

 

「そやつ、本当に新人か?」

 

「それまで使っておった武器は間違いなくギルド支給の数打ちのナイフじゃったわ。しかし、予備で使うとの事だったので研いでやったが、あれは素人の使い方ではなかったわ」

 

ここの店主も元鍛冶師で武器の簡易的なメンテなら店で行っており、八雲のナイフの痛み方が素人の使い方では無い事に気付いていた。

 

「店主、名は聞いておらぬのか?」

 

「確か、連れの嬢ちゃんがヤクモと呼んでおったな」

 

「ヤクモ、か………会ってみたいものだな」

 

八雲の名を聞き、眼帯の女性ことヘファイストスファミリア団長の椿・コルブランドは笑みを浮かべるのであった。

*1
特定部位(首)攻撃時にダメージ補正+




という訳で、あのチグハグな脇差を打ったのは椿でした。

数打ちの中に業物を紛れ込ませるというのはとある書籍にてあったものを参考にして組み込んだオリジナル設定です。


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八話 改宗とユーリヤの悩み

先週更新出来ずすみませんでした。
今回と次回はユーリヤがメインのお話になります。


6層を狩場としてから更に2ヶ月が経過した。

この頃には到達階層は10層になり、オークすら首を斬り取っていく姿から他の冒険者達は“首狩り族(ボーパルリッパー)”の異名で呼ばれるまでになっていた。

 

「このままだとレベルアップしたら間違いなくアレが2つ名にされそうだな」

 

「そりゃ、あれだけポンポン首を刎ねてればそう呼ばれますって。この前も助けたパーティーの皆さんの顔が引き攣ってましたよ?」

 

「うっ」

 

「私はもう慣れましたけど、普通はレベル1の冒険者の動きではないんですから」

 

「まあ、オーククラスになると流石にコイツ(脇差)じゃないと一撃では無理だな」

 

「今になって思いますけど、それ絶対1万ヴァリスで買える武器じゃありませんよね?」

 

「やっぱそうだよな………これ、どう見てもあんな安売りコーナーに置いといていいモンじゃねぇし」

 

今では八雲のメインウエポンとなりつつあるこの脇差。見る者が見ればあの値段で売っていてはおかしいと判る逸品であった。

 

「あの店主のオヤジもメンテの仲介はしてくれるけど、打ち手に関してはだんまりだしな」

 

どうやらあの脇差以外にも紛れていた品質の良い武器は製作者に関しては伏せるのがルールらしく、偶然手にした者は運が良く、それを見抜く眼を持つ者は目利きが効く者としてチェックされているらしい。八雲は後者で、武器屋の店主から聞いたところ、あの時購入した武器は消耗前提の投擲武器以外は全てその品質の良い混ぜ物だったそうだ。その中でも例の脇差は1つか2つ程上の品質でかなり腕の良い鍛冶師が打ったモノだと八雲は睨んでいる。

 

「まあ、お陰で稼がせて貰ってるし、いつか礼を言わないとな」

 

「ですね」

 

その日も大量の魔石を換金して2人はホクホク顔で帰路に着くのであった。

 

******************

 

ユーリヤside

 

その日もサポーターとしては破格の稼ぎでホームへと帰還した私は定期的にヤクモさんから預かったホームの返済金をガネーシャ様にお渡しすべくガネーシャ様の部屋を訪れていた。

 

「おお!戻ったか、ユーリヤ!」

 

「はい、ガネー「俺が!ガネーシャだ!」………ガネーシャ様、ヤクモさんからこれを」

 

「ゆっくりで良いと言ったのだがな」

 

「ヤクモさん曰く『こういう貸し借りはお互いの関係の為に早めに清算する主義』なんだそうです」

 

「そうか」

 

ヤクモさんの言葉を伝えると、ガネーシャ様は目元は仮面で隠れているが、口元は優しい笑みを浮かべていた。それに釣られて私も笑みを浮かべると、それを見たガネーシャ様の笑みが深くなった。

 

「随分と彼とは親密になったようだな?」

 

「そ、そそ、そんな、親密だなんて!?」

 

た、確かにヤクモさんはちょっと?常識外れな所はありますが、割と優しいですし、頭もよく撫でてくれますし、一緒にいるとポカポカしますけど………

 

「ユーリヤ、帰ってこーい」

 

「はっ!?」

 

「その様子ならアフロディーテと話していた事は無駄にはならなそうだな!」

 

「アフロディーテ様?一体何のお話でしょうか?」

 

「実はな、ユーリヤ………改宗(コンバージョン)する気は無いか?」

 

「改宗、ですか」

 

改宗とは、恩恵を与えて下さっている神のファミリアから別の神のファミリアへの移籍を意味する言葉。これは双方の神の同意が必要な上に一度改宗すると1年は再改宗出来ない為、滅多に行われず、多くは戦争遊戯(ウォーゲーム)での賭けによる引き抜きや異なるファミリアの眷属同士の結婚等の理由でしか行われない。また主神が天界へ送還されてしまった際に別のファミリアに移籍する場合も改宗扱いになるそうだ。

 

「アフロディーテの眷属はまだヤクモ1人だけだ。今後も同じパーティーとして活動するなら同じファミリアの者であった方が都合が良かろう」

 

幸い、アフロディーテもお前ならばと言っているしな!とガネーシャ様は告げるが、私は突然の事に困惑していた。神の良いガネーシャ様の事なので「お前は不要だ!」という意図は無いのはわかってはいるが、長年仕えてきたのと“拾ってもらった恩”がある為、すぐに返事をする事が出来なかった。

 

「………少し考える時間を下さい」

 

「うむ!強制でもなければ急ぐ話でもない!ゆっくり考えるといい!」

 

「失礼します」

 

私はそう告げるのが精一杯でしたが、ガネーシャ様は怒ったりせず私の意見を尊重してくれるとの事だった。結局その日はその事で頭が一杯で一睡も出来ず、翌朝にヤクモさんに心配されダンジョン攻略はお休みになってしまった。

 

side out




ユーリヤの過去等については次回少し書いていこうと思います。


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九話 ユーリヤとリヴィラ

更新時間がずれて申し訳ありません。

今回もユーリヤメインのお話です。
主にユーリヤの出生に関する事がメインとなります。


その日、八雲はユーリヤの様子が変な事に気付き、その日のダンジョン攻略を取り止めて気分転換と言ってオラリオを散策していた。

 

「あの………訊かないんですか?」

 

「ユーリヤが言いたく無いなら無理に訊く気はないよ」

 

「でも、それでダンジョンに行けなくなっては!」

 

「うーん………数日は余裕もあるし、ダンジョン以外にも稼ぐ宛はある。最悪1人でも潜れなくは無いし」

 

「………そう、でしたね」

 

元々サポーターとして同行しているのはユーリヤの希望があったからであり、今なら八雲1人でも装備を絞り、持ち帰る魔石を厳選すればダンジョン攻略は可能なのだ。

 

「まあ、ユーリヤがいるのといないのでは効率とか稼ぎが段違いだけどな………そういう意味では凄く助かってるんだぜ?」

 

「そうなんですか?」

 

「今日潜らなくていいのもユーリヤがいて稼ぎが順調で蓄えが出来たからだしな」

 

そう笑う八雲にユーリヤはドキリと胸を熱くする。

 

「顔、真っ赤だけど大丈夫か?」

 

「だ、だだだ大丈夫です!」

 

熱でもあるのかとユーリヤの額に手を伸ばす八雲だったが、ユーリヤは慌てて瞬時に3m程後退してそれを避ける。

 

「………そうか。もし辛くなったらちゃんと言えよ?」

 

「わ、わかりました」

 

その後、大通りで屋台を回ったり、普段は回れない服屋等の店を回ってみたり、世間一般にはデートに見られる事を2人はしていた。そのせいか、時折八雲達を睨むような視線を感じたが、今に始まった事では無いので2人は特に気にしていなかったが。

 

******************

 

オラリオの街が夕暮れに染まる頃、2人が最後に訪れたのはオラリオの外壁の上であった。

 

「やっぱここから見る夕陽は絶景だな」

 

「………あの、ヤクモさん」

 

「ん?」

 

「お話したい事があります」

 

八雲が夕陽を眺めていると、意を決したユーリヤがそう告げた。

 

「いいのか?」

 

「今日で色々と気持ちの整理がついたので」

 

「そっか、なら誘って良かったよ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

そこからユーリヤはガネーシャからアフロディーテファミリアに改宗(コンバージョン)しないかと言われた事を説明した。

 

「改宗か………そういうルールもあるっては聞いてはいたが」

 

「まあ、普通には滅多に無い事ですので」

 

「仮にも自分が信じる神を乗り変える訳だし、簡単にはやろうとは思わないだろうな………それで悩んでたのか?」

 

「はい、ガネーシャ様のお話は理解してはいるのですけど、ガネーシャ様やガネーシャファミリアには返し切れない恩がありますから」

 

「恩?」

 

「私、“リヴィラ”の生まれなんです」

 

「リヴィラって確か」

 

「ええ、あのリヴィラです」

 

リヴィラとはダンジョンの18階層にある安全地帯に冒険者達が築いた街の名前だ。

 

「私の両親はそれぞれ別のファミリアに所属していました」

 

そのファミリアはファミリアとしてはライバル関係にあるファミリアで、眷属同士はともかく主神同士はとても仲が悪かった。

 

「当然そんな2つのファミリアに所属していた2人が恋仲になるなんてその2神の神様はお認めにはなられませんでした」

 

「どっちも改宗させてもらえなかったのか」

 

「はい。なので両親は強行策に出ました」

 

「………リヴィラまで駆け落ちしたのか?」

 

「ヤクモさんのおっしゃる通りです」

 

「行動力すげぇな、ユーリヤの両親………」

 

駆け落ちした2人は当時のパーティーメンバー等の助けも借りつつリヴィラで生活し、その数年後にユーリヤが生まれた。

 

「けれど、増えた家族を養う為に無茶をした父はダンジョン攻略中に亡くなったそうです」

 

「そうです、って事はユーリヤが物心付く前の事なのか」

 

「はい」

 

その後、ユーリヤの母親は女手一つでユーリヤを育てていたものの、数年前に起きた怪物の宴(モンスターパーティー)のスタンピードで街が襲撃に遭った際に亡くなってしまったらしい。

 

「身寄りもなく恩恵も無い私1人ではリヴィラでは暮らしていけず、かと言ってリヴィラから出る事もできませんでした」

 

そんな時、偶々リヴィラを巡回に来ていたガネーシャファミリアの面々に拾われ、そのままガネーシャファミリアの一員になったのだという。

 

「私がサポーターをしてまで冒険者をしているのは、ガネーシャファミリアに恩返しするのは勿論、いつかリヴィラにある両親のお墓に自分の力でお墓参りをする為なんです」

 

「………そっか」

 

「でも、リヴィラはおろかまだ中層にも辿り着けて無いので、このままだと何年掛かるか分かりませんけどね」

 

明るく見せようとはしているものの、ユーリヤの顔には寂しさのようなものが見え隠れしていた。

 

「ガネーシャ様はそれも見越して今回の改宗を薦めて下さったのだと思います」

 

今のガネーシャファミリアにはユーリヤを新たに加えて中層に向かえるようなパーティーは無く。一方で着々と実力を付けつつある八雲とならばユーリヤの目的も叶え易いとガネーシャは判断しアフロディーテにユーリヤの改宗を相談したのだ。

 

「それに、例えガネーシャファミリアを離れたとしても受けた恩は返せると分かりましたから」

 

「ユーリヤ………」

 

その言葉は改宗に対するユーリヤの答えだった。

 

「ヤクモさん、今すぐという訳にはいきませんが、もう少し自分に自信が持てたら………私をアフロディーテファミリアに加えてくれませんか?」

 

「その時は喜んで」

 

「はいっ!」




ユーリヤみたいな出自の子供もいそうな気がするんですよね、ダンまちって。
まあ、わざわざリヴィラまで駆け落ちしたのはユーリヤの両親ぐらいでしょうけど………


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十話 視線と決心

Merry Christmas!

今回が今年最後の更新となります。

あと、時系列の調整の為に今後は「○カ月後」という描写が増えて読み難い事があるかもしれませんが、ご了承をお願いします。


ユーリヤが復調してから1ヶ月が経った。

当面の目標としてリヴェラへの到達という目に見えた目標が出来た事で2人のダンジョン攻略にも力が入っていおり、現在の到達階層は11層。

 

「よし、今回はこのくらいにしておくか」

 

「ですね」

 

この日も2人は10層にてオークを狩っていたのだが、連戦によって消耗品のストックが減ってきた為に地上へと帰還する事にしたのだ。何故10層かというと、装備をいくつか新調した事とステータス更新で成長したアビリティの慣らしとしてオークが選ばれたからだ。

 

「それにしてもヤクモさんは色々な武器を使いますね」

 

「俺は兄貴みたいに1つの何かを極めるとか向いてなかったからな。手当たり次第色々なものに手を出してたんだ」

 

「………度々聞きますが、ヤクモさんのお兄さんって何者なんです?」

 

「両親を早くに亡くした俺と妹を育ててくれた自慢の兄貴だ。多分、兄貴なら恩恵無しでなりたてのレベル2ぐらい倒しちまうかもな」

 

「十分化け物みたいな人ですね………そりゃヤクモさんも恩恵得たばかりでザメルさん倒せたり、あの変態機動が出来るわけです」

 

そんな話をしながら地上を目指す2人だったが、その途中で妙な視線を感じた。

 

「ん?」

 

「どうしたんですか?ヤクモさん」

 

「いや、何かこっちを視てるような視線を感じて」

 

「視線、ですか?」

 

「あぁ、前からたまにな………行ったみたいだな」

 

「一体何なんですかね?」

 

「………」

 

少し前から感じるこの視線。八雲でも視られている事しか察知出来ないのにはある理由があった。

 

「(この視線が向けられてるのが、俺じゃなく………ユーリヤなんだよなぁ)」

 

そう、視線の主が視ているのは主にユーリヤなのだ。そのため、八雲も若干反応に遅れて視線の主を見逃してしまうのだ。

 

「(何でユーリヤを?)」

 

「ヤクモさん、そろそろ次の階層ですよ」

 

「あぁ、わかった」

 

ユーリヤに声を掛けられて考えを一時中断した八雲は時折視線の主について考えながら地上へと戻っていくのであった。

 

******************

 

「………やはりあの犬人族の娘はあの泥棒猫の………」

 

一方、視線の主はユーリヤを見てある確信を深めていた。

 

「あの方に報告しなくては」

 

そして、その人物は足早に八雲達とは別ルートで地上へと戻っていった。

 

******************

 

「大分安定して稼げるようになってきたな」

 

地上に戻り、魔石や不要なドロップアイテムを換金した八雲はそのずっしりと硬貨の詰まった袋を手に笑みを浮かべる。

 

「ほら、ユーリヤの分」

 

「ありがとうございます」

 

「これならガネーシャファミリアへの支払いももう少し増やせそうだ」

 

山分けした残りを見てホームの支払いが楽になると喜んでいると、突然ユーリヤが何かを決心したような顔で八雲を見る。

 

「あ、あの、ヤクモさん」

 

「ん?どうした、ユーリヤ」

 

「私に武器の扱い方を教えてくれませんか!」

 

「武器の扱い?何でまた俺に?」

 

「中層ではモンスターや質や数が増してサポーターの安全を確保するのが難しくなりますよね?本来ならパーティーメンバーを増やすのが一番なのですが、ヤクモさんのファミリアにそこまでの余裕はありませんよね?」

 

「あぁ」

 

「なので私にも自衛手段が欲しいんです」

 

「それはわかった。だが、何で俺に?」

 

「ヤクモさんに頼むのはサポーターにそんな事教えてくれる人なんてほとんどいませんよ?“サポーターのくせに生意気だ”とか言って………それにヤクモさんが教えてくれれば緊急時の連携とかも合わせて教えてもらえますし」

 

「そこまで言うならしょうがないな………俺で良ければ教えるよ」

 

「やた!」

 

「けど、兄貴の教え方真似てやるから結構厳し目にやるぞ?」

 

「望むところです!」

 

そう気合を入れるユーリヤであったが………後日、「あそこまで厳しいとは聞いてませんでした、ガク」とその厳しさに泣きそうになったんだとか。




今回、短くてすみません。
最近ストックをしておく時間が少なくて割とギリギリまで書いている状況です。
年末年始にストックを増やしておきたいですが………

それでは皆様、良いお年を


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十一話 特訓と強化

明けましておめでとうございます(今更)

遅くなって申し訳ありません。
今年から更新曜日は金曜に変更となります。


ユーリヤが八雲に武器の扱いを習い始めて1ヶ月が経過した。

最初はちょっとした自衛手段のつもりで始めたこの特訓だが、今ではユーリヤ1人でもダンジョンリザードくらいは倒せる程に成長していた。

 

「はぁ、はぁ………やった!」

 

「うんうん、もうこの階層は大丈夫そうだし、もう少し段階上げても大丈夫かな?」

 

槍を使い1人でダンジョンリザードを撃破したユーリヤに、他のモンスターを露払いしていた八雲は感心しながら特訓の段階を上げると告げる。

 

「え?」

 

その言葉にユーリヤは1人でダンジョンリザードを倒した事への喜びを忘れて顔を強張らせる。

この1ヶ月、ユーリヤが行なった特訓はと言うと………

 

・早朝、外壁の上で素振り、型稽古で武器の扱いを身体に叩き込む。(たまに模擬戦)

・外壁の上をランニングで一周し、基礎体力を上げる。

・ダンジョン帰りに浅い層でモンスターと1対1の戦闘。

 

これを週2の休み以外ずっと続けていたのだ。

と言っても、八雲の経験からユーリヤの体力を見極めており、過度な特訓はせずに適度に体力の限界まで疲弊させてから休息と必要な栄養バランスの取れた食事を摂取させており、この1ヶ月でユーリヤのアビリティは一般の冒険者と比較しても早い勢いで上昇しているそうだ。

ユーリヤが顔を強張らせたのは特訓の段階を上げる前に行われる模擬戦の事を思い出しての事である。

訓練用の木製の武器とはいえ、現在のユーリヤの実力を測る為に放たれる鋭い一撃をモロにもらい朝食を吐いた事は苦い思い出だ。尚、その日以降、朝食は朝練後に取るようにしている。

 

「という訳で明日は休息日だから明後日の朝は模擬戦な」

 

「ふぇ〜」

 

手にした槍を杖のように持ってへたりこみそうなを抑えてユーリヤはその日も何とか地上へと帰還したのであった。

 

******************

 

「それでユーリヤちゃんがグロッキーだったのね」

 

「そういう事です………そろそろ飯できるんで皿用意してもらっていいですか?」

 

「は〜い」

 

ダンジョンから出て魔石の換金を済ませた八雲達はそのままアフロディーテファミリアのホームへ向かい、アフロディーテにその日の報告をしつつ八雲はその日の夕食を作っていた。そこにはユーリヤの姿もある。

 

「いつもすみません………」

 

「2人分も3人分も大して手間は変わらねぇから気にすんなって、これも特訓の内なんだからさ」

 

そう、先程も説明した通り食事も特訓の内という事でここ1ヶ月程はユーリヤもアフロディーテファミリアのホームで夕食を食べているのだ。

 

「今日は市場でデメテル様から戴いた白菜と豚肉で作ったミルフィーユ鍋と胡麻入り米粉パンだ」

 

「ミルフィーユ鍋?」

 

「白菜と豚肉を交互に挟んで層にした鍋さ。味付けも薄めにしたから必要ならポン酢なり何なりでお好みで」

 

「わかりました」

 

「は〜い」

 

******************

 

その翌日、休息日ということで八雲は武器屋でメンテを依頼していた武器を受け取りにバベルを訪れていた。

今はユーリヤの特訓がメインの為、メインウエポンになりつつある脇差等の武器をメンテに出している。

 

「おーい店主、メンテに出してた武器は戻ってるか?」

 

「おぉ、お前さんか。いくつかは戻っておるが、一部の武器はここでは出来んので製造元に頼んであるからそろそろ戻ってくると思うが」

 

「そっか、なら待たせてもらうか」

 

そう言ってカウンターの前で待つ八雲に店主が声を掛ける。

 

「それにしてもお前さんがあの“首狩り族”とはな」

 

「ここまで噂になってんのかよ」

 

「あの脇差を使っておる上にここの常連なんじゃ、職人共の情報網に引っ掛からぬ訳がなかろうて」

 

「それもそうか」

 

そんな事を話していると、新たに人が店にやってきた。

 

「おう店主、頼まれていた物の修繕が済んだぞ」

 

「来たか………それにしても、お前さんが持ってくるとはな」

 

「ハッハッハ!なんとなく今日は手前が行った方が良い気がしてな」

 

その人物は褐色の肌に黒の長髪で和装の眼帯を着けた女性であった。持っている包みの紋章から彼女がヘファイストスファミリアの者である事は判ったが、残念ながらオラリオに来て日の浅い八雲にはそれが誰なのかまではわからなかった。

 

「うん?そこの少年は?」

 

「お前さんが持ってきた包みの品の持ち主じゃよ」

 

「おー!お主が例の!」

 

店主から八雲の事を聞くと、女性は自身の直感が八雲の事を指していたと察する。

 

「目利きの良い面白い奴がいるとファミリアでも噂になっているぞ」

 

「それはどうも」

 

「色々と訊いてみたい事はあるが、せっかく本人がいるのだから直接渡すとしよう」

 

そう言うと、女性は包みから八雲がメンテを依頼していた武器を取り出し八雲へと手渡した。

それらを受け取った八雲はその1つ1つを手に取りちゃんと修繕されているかを確かめていく。

 

「ほぅ、整備した者の前でそれを確かめるか」

 

「ええ、自分の命を預ける武器ですからね。失礼かもしれませんが、自分の目で確認しないと安心出来ませんから」

 

「本当に噂通りの面白い奴だな」

 

そして、八雲は脇差を手に取ると妙な違和感を感じて直ぐ様刀身を抜き放つ。

 

「俺が頼んだのは修繕であって、強化じゃないんだけどなぁ………金払えって言われても困るぞ、これ」

 

素人目には以前のものと寸分の違いも判らないが、八雲の目にはそれが打ち直し、強化がされているのが判ったのだ。

一方、店主の男は驚いていた。おそらくは目の前の女性、椿・コルブランドが、地上に降りてきた神々の次に並ぶ鍛冶師である彼女が行なった悪戯を手にした時の違和感だけで見抜いたのだから無理も無い。

 

「ぷっはははは!お前は本当に面白い奴だな!」

 

それは椿も同じで、ちょっとした悪戯のつもりで以前と寸分違わぬ造りで強化し打ち直したものを八雲に一発で見抜かれたのだ。これが笑わずにはいられない。

 

「ああそれと、それを打ち直した者からの伝言だ。『打ち直しは勝手にやった事だから代金は不要だ』と」

 

「それは良かった。今の稼ぎじゃこいつに釣り合う代金は払えねぇって」

 

椿の伝言と称しての言葉に八雲は安堵する。

その後、八雲と椿は武器談義に花を咲かせ、しばらく話した後に別れたのだが………

 

「あっ、名前訊くの忘れてた」

 

八雲はあれだけ意気投合した椿の名を訊ねるのを忘れていたのであった。




椿が名乗らなかったのはワザとです。
次回からお話が色々と動き始めます。


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十二話 収集と過去からの刺客

今回、また新キャラが増えます。


特訓を開始してから数カ月が経ち、本格的に中層を目指すべく、その強さと希少さから実質的に11〜12層のボスとも言われるインファントドラゴンの討伐を目標にダンジョン攻略を進める八雲とユーリヤ。

その日も朝練後に朝食を食べてから大通りまでは屋台を出しにいくアフロディーテと共にホームを出ていた。

 

「それじゃ、私はここで」

 

「はい、アフロディーテ様もがんばってください!」

 

アフロディーテと別れてバベルへと向かう途中、八雲はいつもの視線に気付いた。

 

「(またこいつらか)」

 

毎日という訳ではないが例の視線を感じる事が増えてきた気がする八雲。ユーリヤの特訓の際に周囲のモンスターを掃討するのもこの視線の主への警戒からである。

 

「(こいつらの目的はなんだ?新人狩りやハイエナ目的じゃないし………)」

 

「ヤクモさん?」

 

「どうかしたか?ユーリヤ」

 

「いえ、ヤクモさんが険しい顔をしていたので」

 

「なに、ちょっと気になる事があっただけさ」

 

考えが顔に出ていた事を反省しつつも八雲はそう誤魔化してバベルへと向かうのであった。

 

******************

 

「アレが例のガキかい?」

 

「ええ、あの女の娘よ」

 

八雲達を覗いていた者達の1人であるアマゾネスの問いに術師の女が答える。

 

「“首狩り族”なんて言うからどんなおっかないガキかと思えば大した事なさそうじゃんか」

 

「………」

 

「何?『油断禁物』?大丈夫だって!あいつら2人共レベル1だろ?俺やお前にヴェルガーの姐御はレベル2、姐さんはレベル3だぜ?」

 

「リークル、少し黙ってな!」

 

「すいやせん、姐御」

 

その場にいるのは4人。ヴェルガーと呼ばれた赤髪のアマゾネスに、リークルと呼ばれた緑髪のチョンマゲヘアーのヒューマン、無口のグロンというドワーフ、そして姐さんと呼ばれていた術師のメリエルである。

 

「で、ほんとにあの作戦でいけるのかい?」

 

「私を疑うのですか?ヴェルガー」

 

「疑っちゃいねぇよ」

 

「なら黙って従っていなさい。今まで通りに」

 

すると、リークルが挙手をする。

 

「何ですか?」

 

「いやね、ガネーシャファミリアのガキを始末したら流石にヤベーんじゃねぇかって」

 

リークルがそう言うとメリエルはクスクスと口元を手で抑えながら笑い出す。

 

「大丈夫ですわよ………だって、私達が直接手を下す訳では無いのですから」

 

そう呟くメリエルの瞳は暗く濁った色をしていた。

 

******************

 

ダンジョンへと入った八雲達は9層にてキラーアントを狩りながら10層の食料庫(パントリー)という場所を目指していた。

 

「今回の依頼は食料庫でのアイテム採取でしたね」

 

「ああ、何でも最近あまり取れなくなったアイテムがあるらしくてな」

 

今回もディアンケヒトファミリアのアミッドから採取依頼なのだが、アミッドが言うには他所に依頼していた採取アイテムが最近あまり取れなくなったというのだ。

 

「食料庫ならきっと手掛かりがありますよ!」

 

「だといいんだがな」

 

八雲はそう言いつつキラーアントの頭部を破壊する。以前にキラーアントはピンチになると仲間を呼ぶ習性がある為、少数と遭遇した場合は速やかに全滅させる必要があるとギルドで受付嬢に忠告されていた。彼女曰く、キラーアント仲間を呼ばれて囲まれて全滅する新人冒険者は決して少なく無いらしい。

 

「さて、そろそろ10層だが、何が出るやら」

 

階段を降り、10層に到着した八雲達はすぐに食料庫の方へと向かったのだが、そこで思わぬ事態に遭遇した。それは4人の冒険者が多数のオークやインプ、バッドバットを引き連れ八雲達に向かってきたのだ。

 

「ちょっとまて、こっちに来るのか!?」

 

しかも、その冒険者達は八雲達の姿を見つけるとニヤリと笑みを浮かべて2人の傍を通り抜けていく。その際、そのうちの1人がユーリヤにぶつかった。

 

「おっと、ごめんよ」

 

ぶつかった冒険者はそう謝るも、八雲は聞いた。その冒険者が八雲に向かって「その小娘といた事を怨みな」と呟いたのを。そして、その冒険者達は八雲達にモンスターを押し付けるとその場を去って行ってしまった。

 

「ちっ!トレインした上にそれを他人に擦り付けるとかMPKかよ!」

 

怪物進呈(パスパレード)だなんて!」

 

こうして八雲達は思わぬピンチを迎えた。




ヴェルガー、リークル、グロンのモデルは.hackのあの3人組です。


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十三話 怪物進呈と双銃

世間はバレンタインみたいですが、ここは平常運転でいかせてもらいます。

タイトル通りアレ解禁です。


「ちっ!数が多い!」

 

首を刈り取ったオークを踏み台にインプを仕留めつつ、投げナイフでバッドバットの羽を裂いて数を減らす八雲。

 

「はっ!やぁ!」

 

ユーリヤも槍で迎撃しているが、今のユーリヤにこの数を相手に出来るはずもなく、徐々に劣勢になりつつある。

 

「おかしい」

 

そんな中、一度ユーリヤの傍に戻った八雲はユーリヤに迫っていたオークを背後から胸の魔石を砕いて倒しながら違和感を口にする。

 

「何がですか!?」

 

「いくらトレインだとしてもこれは敵の数が多過ぎる」

 

そう、戦い始めてからそれなりに敵を倒しているはずなのに敵は減るどころか増えている。そして、そのモンスター達の優先攻撃対象は前衛の八雲ではなくユーリヤなのだ。流石に八雲が攻撃すれば八雲を狙ってくるが、それ以外のモンスターはユーリヤを狙う。というよりもユーリヤに向かってモンスターが続々と集まっているというのが正しい気がする。

 

「(さっきの奴らが何かしたのか?モンスター寄せのアイテム?いや、その手のアイテムなら犬人族のユーリヤが気付かないはずが無い)」

 

以前にユーリヤに訊ねたところ、その手のアイテムは様々な材料を煮詰めて作る臭い玉のような物だと聞いている為、鼻の優れた犬人族のユーリヤが見落としているとは思えない。ならば他に原因がある事までは突き止めたものの、今の状況ではそれが何なのか解明するのは不可能であった。

 

「(それには一度こいつらを撒くか倒し切らないと駄目だ………なら!アレを使うしかないか)」

 

そこまで考えた後、手にした脇差とナイフでユーリヤの近くにいたインプ達を一掃すると脇差とナイフを鞘に戻してしまう。

 

「ヤクモさん?」

 

「………ユーリヤ、これから見るのはオフレコ、ここだけの話で頼む」

 

ユーリヤが訝しむ中、八雲はそう言って今まで過剰な攻撃力を持つとしてダンジョンでは使用を控えていた武器を腰の後ろの虚空から(・・・・・・・・・)取り出す。

それはこの世界ではまだ生まれていない漆黒の銃に、銃身の下から伸びるグリップガードに鮮やかな黄色の蛍光色の刃を持つ武器………双銃(DG-Z)である。

 

「や、ヤクモさん、それは………」

 

「悪いが質問は全部後で頼む」

 

そう言うと、八雲はトリガーを引き迫るインプ達を無数の魔力弾で撃ち抜く。そうして道を開くと今度は銃身の下のブレードでオークの腕を肘から先を切断し、オークの肥えた腹を踏み台にして顎下にサマーソルトキックを食らわせて後ろのインプ達の方へと蹴り倒し、着地するまでの間に空中のバッドバットに魔力弾をを撃ち込んで次々撃墜させていく。

 

「一度下がるぞ!」

 

「上にですか?」

 

「いや、多分あっちは張られてる………こっちだ」

 

「張られてる?先程のパーティーですか!?」

 

「ああ、あそこまで明らかな擦り付けをやるような連中だ。上へのルートに張ってる可能性が高い」

 

ユーリヤにモンスターが群がる原因も判らない以上、下の階層に向かうのは危険だと判断した八雲はモンスターを一掃した後、ユーリヤを連れてその場を離れた。

 

******************

 

「姐御、あいつら来ませんね?」

 

「ちっ、こっちが張ってるのに気付かれたか」

 

八雲の予想通り例のパーティーは上層へと向かうルートに張っていた。

 

「問題ありません。あの“術”を使った以上奴らは延々とモンスターに追われ続けるのですから………そして、上層への道は我々が抑えています。レベル1ではリヴィラに逃げ込む事も叶いません」

 

「へへっ、相変わらず姐さんの“呪術”はエゲツないぜ」

 

そう、執拗にユーリヤがモンスターに狙われるのはメリエルが発現させた発展スキル“呪術(カース)”にあった。彼女が使えるのはモンスターを寄せ集める【蠱惑の香】と他人に掛けられた呪術又は呪いを接触している別の対象に転写する【呪転術】。この2つを使い、まずヴェルガーに【蠱惑の香】を掛けてモンスターを集め、そのモンスターの群れを擦り付ける際にわざとユーリヤにぶつかって【呪転術】でその対象をユーリヤに転写したのだ。

当然呪術は【呪詛(カース)】の事もあってギルドにも秘匿しており、メリエル達はこのやり方でいくつものパーティーを食い物にしている。

 

「時間はいくらでもあります。じわじわと追い詰めていく事にしましょう」

 

******************

 

何度かモンスターの群れに襲撃された八雲達はとある場所に辿り着いた。

 

「ヤクモさん、ここって」

 

「食料庫、だな」

 

そこは偶然にも目指していた食料庫だった。だが、そんな2人を休ませまいとまたモンスターの群れが現れる。

 

「ちっ、またモンスターか!」

 

「ヤクモさん!一度食料庫の中に!」

 

止む終えず2人が食料庫に入ると、何故かモンスター達は入り口の前で足を止めた。

 

「モンスターが入ってこない?」

 

その表情は何かを恐れているような気がする。

 

「何だかよく分からないが一度態勢を立て直すチャンスかもしれない。中に行こう」

 

「はい」

 

そう言って2人は食料庫の奥へと入っていった。




優秀な原作読者の方ならお気付きかと思いますが、食料庫にモンスターが近寄らなかった理由は次回かその次で。


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十四話 食料庫の異変と対人戦

お待たせしました。十四話です。


食料庫へ身を隠した八雲達は回復薬で回復したり、簡単な止血等の手当をしていた。

 

「念の為にと魔力回復薬(マインドポーション)買っといて正解だったわ」

 

「そろそろ説明して下さい」

 

先程の戦闘で魔力弾として消耗した魔力をディアンケヒトファミリア製の魔力回復薬で回復する八雲にユーリヤは説明を求める。

 

「………こいつは俺の持つスキルを効率的に運用する為の装備みたいなもんだ」

 

「スキル、ですか?」

 

「【魔力放出】って言って、読んで字の如く魔力を指向性を持たせて放つスキルだ。こうやってな」

 

そう言って八雲は手を銃のように構えて指先から魔力を飛ばして壁に小さな穴を空ける。簡単に言うならレ○ガンをイメージである。

 

「こんな風に指や掌からも出せるんだが、威力や消費する魔力が安定しなくてな。それをコントロールする為の道具がこの双銃って訳」

 

「なるほど、今まで隠していたのは双銃(それ)を狙ってくる人を避ける為ですね?」

 

「それもあるが、双銃(これ)だけあっても弾は出せなくとも付属してるブレードが不壊属性(デュランダル)で切れ味もやべーんだわ………だから上層で使うのは色々悪目立ち過ぎてな」

 

「あ〜、確かにそれは目立ちますね」

 

魔力弾を放つ光景に、先程の戦闘でオークをあっさり切り裂いた切れ味に不壊属性とくれば上層で活動するルーキーが持つには目立ち過ぎる。もし先のスキルの説明を受けていなければユーリヤとて魔力弾を撃てるのでは?と勘違いした事であろう。ユーリヤですらそうであるならば、他の同業者(冒険者)に狙われても無理は無い。

 

「改宗したらユーリヤにも教えるつもりではあったんだが、緊急事態とはいえこんな風に教える事になるとはな」

 

「仕方ありませんよ、普通は他ファミリアの人間にステータスやスキルを明かすなんてしませんから」

 

そうこう話している間にある程度回復した2人は改めて現状の確認をする。

 

「にしても随分と悪辣な怪物進呈だな、これは」

 

「そうですね。普通ならその群れを全滅させれば済む筈なのに次から次へとモンスターが集まってくるなんて」

 

「例のモンスター寄せの道具を使われた訳でも無いんだろ?」

 

「あんな悪臭がする物を使われたのなら犬人族の私が気付かない訳無いじゃないですか!」

 

「となるとスキル、魔法の線か」

 

「多分【呪詛】ですね。おそらくモンスター寄せの」

 

「となると、効果切れを期待するのは無理だな。上に戻るルートに張ってやがる事も考えると、連中は俺達を確実に始末したいみたいだな」

 

「けれど、食料庫(ここ)があって助かりましたね」

 

「ああ、でも………」

 

「何故モンスターは食料庫に入って来ないのでしょうか?」

 

「もしかしたら俺達が受けた依頼(クエスト)と関係があるのかもな」

 

まるで何かを恐れているようなモンスター達の姿から異変の原因は食料庫(ここ)にあると推理し、一応調査してみようと思ったその時だった。

 

「ユーリヤ」

 

「はい、人の気配です………臭いから推察するにさっきの人達かと」

 

「ちっ、痺れを切らして自ら来やがったか」

 

食料庫に自分以外の気配を察知してそれぞれ武器を構える。そこに現れたのはやはり先程の冒険者4人であった。

 

「おやおや?随分と殺気立ってるじゃないか。せっかく様子を見に来てあげたってのに」

 

「怪物進呈仕掛けておいてそれはねぇだろ?」

 

「だから悪いと思って来てやったんじゃないか」

 

「(チッ、見るからに軽剣士2人に盾役(タンク)1人、それに術師1人か………術師の女が【呪詛】の使い手だろうな)」

 

相手の装備からパーティー構成を割り出し、改めて自分達の不利を察し密かに舌打ち八雲。

 

「(おそらくレベルも全員格上(レベル2以上)………最悪だな)」

 

「姐さん達、もういいッスよね?」

 

「ええ、構いませんわ、リークル。そこの泥棒猫の娘(・・・・・)諸共やってしまいなさい」

 

「ヒャッハー!」

 

メリエルの許しを得て湾曲した刃を持つショーテルのような双剣を手に八雲達に襲い掛かってくるリークル。それに続くようにヴェルガー、グロンも得物を手に向かってくる。

 

「ああっ!そういう事かよ!」

 

八雲はメリエル達の言葉から何故ユーリヤが狙われたのかを知り、苛立ちながらもショーテルを受けようとせず躱しつつ、ヴェルガーの茨のような片手剣は確実に弾き返し、岩を削って作ったような斧剣を振るうグロンには足元へ投擲用のダガーを投げて足止めを行う。その立ち回りは彼らの持つ武器を理解しているようであった。

 

「ショーテル、フランベルジュに斧剣………厄介な武器ばっか揃えやがって」

 

「コイツ、私らの武器の特性を理解してやがる」

 

「それでも!レベル差!人数差!そして経験の差!それは覆しようがねぇだろ!」

 

3対1でも辛うじて戦闘になっているのは八雲が3人の武器の性質を知っているからであり、ユーリヤとも分断されている事からもより不利な状況に立たされているのは明らかだ。

 

「ヤクモさん!っ!?」

 

「余所見とは随分と余裕ね、貴女の相手は私でしょ?」

 

一方のユーリヤはメリエルと1対1で相手は後衛ではあれどレベル差は2もあり、槍の間合いに踏み込む前に短文詠唱の魔法によって足を止められていた。

 

「くっ」

 

「こうして見ると益々あの泥棒猫………いえ、泥棒犬を思い出しますわ」

 

八雲との特訓のおかげで何とか魔法の直撃は躱しているものの、回復薬で傷は治したが体力は回復しきっていないユーリヤの息は次第に乱れていく。

 

「ぐあっ!」

 

それは八雲も同じで、連戦での疲労からか動きが鈍ったところをグロンの一撃でガードこそしたものの食料庫の壁へと勢い良く叩きつけられてしまう。

 

「これで追いかけっこも終いだな?」

 

そう言ってリークルがトドメを刺さんとゆっくり八雲に近付いていこうとしたその時………

 

「ぐっ」

 

突如、起き上がりかけていた八雲が胸を押さえて蹲った。

 

「(何だ、これ………まるで何かが俺の内側(・・・・)から生まれ出そう(・・・・・・・・)としているような………っ!?)」

 

「何だ?こいつ、勝手に苦しみ出したぞ?」

 

その様子にリークルも何かがおかしいと歩みを止めた。だが、異変は八雲だけではなかった。

 

「………皆、あれ」

 

滅多に声を出さないグロンが何かを察知して食料庫の奥を指差す。暗がりで見えはしないものの、そこには明らかに何かが(・・・)蠢いている気配がする。そして、それは食料庫の地面を突き破り姿を現す。

 

「あれは………植物型のモンスター?」

 

「で、でもこの階層にそんなモンスターいたかよ!?」

 

「モンスター達の異常………食料庫に近付かないモンスター………」

 

その原因とも言える謎の植物型モンスターの出現と八雲の異常。

 

「一体、何が起こっているの!?」




食人花が何故この階層にいたのかはまた何れ解説します。

敵パーティーの武器
ヴェルガー→茨状のフランベルジュ
リークル→ショーテルの双剣
グロン→斧剣(Fateのヘラクレスの武器のイメージ)
メリエル→紫の魔宝石がついた杖


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十五話 目覚める力

サブタイで何となく察してる方もいるかと思いますが、今回アレが出ます。


「何だよ、アレ………」

 

メリエル達も初見の未知の植物型モンスターの出現に困惑し、足を止めてしまう。

その隙を逃さずユーリヤはメリエルから離れ、八雲をリークルか引き離す。しかし、メリエル達にそれを追う余裕はなく、触手のように伸びる蔦を相手にするので精一杯のようだ。

 

「大丈夫ですか!ヤクモさん!?」

 

「………ユーリヤ」

 

「今の内に離脱を」

 

そう言うとユーリヤは八雲に肩を貸して起き上がらせると食料庫の出口を目指す。

 

「させません!」

 

それに気付いたメリエルが邪魔をしようと詠唱を始めると、それまで前衛のヴェルガー達を狙っていた蔦が一斉にメリエルに向かっていく。

 

「なっ!?」

 

「姐さんに手出してんじゃねぇ!」

 

「………っ!」

 

「かってぇ〜………俺のショーテルはともかく、グロンでも切れねぇってどんな強度してんだよ!」

 

「つべこべ言ってないでヘイト稼ぎな!」

 

何とかリークルとグロンがカバーに入るが、他の3人がいくらヘイトを稼いでもメリエルが詠唱をしようとする度に蔦の向かう先はメリエルへと変わってしまう。そのおかげか【呪詛】を受けているユーリヤが狙われる事は少ない。

 

「ヤクモさん、もう少しです!」

 

「っ!?させるかよ!」

 

もう少しで出口という所でリークルが片方のショーテルを投げ、ユーリヤの足に傷を負わせる。その痛みでユーリヤは足を縺れさせ、肩を貸していた八雲ごとその場に転倒する。

 

「ーーっ!?」

 

「ユーリヤ!?」

 

しかも、そのショーテルの刃には毒が塗られており、傷口からユーリヤを毒が蝕む。それを見て八雲の内の何かが軋むような音がした。

 

「………私は大丈夫です、それより外へ」

 

それでもユーリヤは起き上がり八雲を抱え起こそうとしたのだが………その時、ユーリヤの腹部からブスリという音がし、背後の地面から生えた蔦がユーリヤを穿いた。それはいつの間にか出入口を塞ぐように現れた新手の植物モンスターの蔦であった。

 

「ユー……リヤ?ユーリヤっ!?」

 

蔦が抜け崩れ落ちるユーリヤを八雲は痛みを無視して抱きとめるが、穿かれたユーリヤの腹部からは夥しい血が流れ、口からも吐血した血が漏れ、誰がどう見ても致命傷であるのは明らかであった。

 

「ユーリヤ!今ポーションを!」

 

「ヤ、クモさん………ヤクモさんだけでも」

 

「ほら!これを!」

 

「い、え………私はもう」

 

「諦めんなよ!両親の墓参りに行くって約束してただろうが!」

 

必死にポーション等で治療を行おうとするが、ユーリヤの体温はどんどん冷たくなっていく。モンスターも黙ってそれを見過ごすはずがなく、再び蔦で2人を狙うが、八雲が取り出しだ双銃の刃で弾かれる。

 

「邪魔すんじゃねぇよ………このクソ植物がぁ!!」

 

次の瞬間、瞳を血のような深紅に変え、八雲はその蔦を目にも留まらぬ速さでズタズタに切り裂いた。

 

「ウソだろ!?俺達でも傷つけるのが精一杯のあの蔦をレベル1のガキが!?」

 

その光景にリークルは戦闘中という事も忘れて絶句する。それもそうだ。先程まで自分達が必死に攻撃しても浅い傷を着ける事しかできなかった蔦を自分達よりレベルの低い八雲が切り裂いたのだ。

しかし、その間にもユーリヤの命の灯火は消えようとしていた。

 

「ヤクモさん………」

 

「すまんユーリヤ、早くこれを」

 

改めて八雲はユーリヤにポーションを飲ませようとするが、ユーリヤはそれを首を横に振って拒否する。

 

「その……ポーションでは……部位…欠損までは…治せま…せん………」

 

つまり、この場でユーリヤを救う術は無いという事だ。

その事実に顔を歪ませる八雲にユーリヤは自身の着けていたペンダントを八雲に渡す。

 

「……ヤクモさん………これを」

 

「これは?」

 

「母の…形見です………これを……お墓に返し…て……おいて…下さい」

 

「わかった」

 

本当は自分で行きたかった。それがもう出来ないと悟ったユーリヤはせめて形見だけでもと、それを八雲に託したのだろう。それを八雲が受け取ったのを確認すると、ユーリヤは最後に笑みを浮かべた後に眠るように息を引き取った。

そしてその瞬間、八雲の中で何かを抑えていた鎖が引き千切られた。

 

「おい………いるんだろ(・・・・・)?だったら寄越せ、俺に力を寄越せっ!!」

 

ユーリヤの血で濡れた手を胸に当てながら八雲は叫ぶ。すると、八雲の全身に紅い紋様が浮かび、胎動するかのように点滅する。

 

「何なんだよ、それ………」

 

「何よ、それは!?」

 

その不気味な様子を見てメリエル達も八雲の様子がおかしい事に気付く。

 

「いいぜ………寄越せ、寄越せよ、その力を!」

 

次第に強く点滅する紋様が一際強い輝きを放ちそれは孵った(・・・)

 

「■■■■!!」

 

それは双銃をアフロディーテがデータの海から拾い上げた時から双銃に潜み、初めて触れた時から八雲の中で今この瞬間を待ちわびていた存在。それをあの世界(.hack)ではこう呼ぶ………憑神(アバター)と。




さて、ここで一言………
いつからユーリヤがヒロインだと錯覚していた?

実はこの作品のヒロインはまだ登場すらしていません。
ヒロインは後にちゃんと登場するので、それが誰なのか予想しながらお待ち下さい。

八雲が喚び出した憑神については次回で


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十六話 憑神と末路

遅くなってすみません。
今回、グロ注意です。


ギルドの奥にあるウラノスの祈祷の間。そこでダンジョンを鎮める祈祷を行なっていたウラノスが突然眼を開いた。

 

「ドウシタ、ウラノス?」

 

祈祷中に特に指示が無く眼を開くのが珍しいと全身を黒衣のローブに身を包んだ男女の判別がつかないくぐもった声でフェルズがウラノスに訊ねる。

 

「………これは【神の力(アルカナム)】か?いや、違う………これは【神の力】とは似て非なるものだ」

 

ウラノスが感じたのはダンジョンから【神の力】に似た異なる力を察知した。

 

「【神の力】デハナイ?デハナンダ?」

 

「………判らぬ。だが、ダンジョンが怯えているのは確かだ」

 

【神の力】であればダンジョンはその敵意を全開にしていただろう。だが、ウラノスが感じたのはダンジョンが怯えているという事だけだ。まるで未知の何かに恐れる子供のように。

 

「フェルズ、これの調査を命じる」

 

「バショハ?」

 

「十層だ」

 

******************

 

それはポーンという音*1と共に顕現する。

指先の鋭利な手、2足歩行を前提としない杭のように尖った脚、深紅の眼のような点が3つある頭部と側頭部から後ろへと内側に伸びる1対の角、そして、手に持つ錫杖のような柄をした大鎌、全身真っ白(・・・・・)な例えるなら死神のような異形が気付けばそこにいた。

 

「今度は何なんだよ!」

 

しかし、メリエル達にはノイズ混じりで八雲に視えたり、その異形のバケモノに視えたりと姿が定まらない。

 

「幻覚?いや、それにしては感じる重圧(プレッシャー)がリアル過ぎる………」

 

メリエル達が戸惑う中、最初に動いたのは植物型のモンスターだった。ダンジョンが感じる恐怖がモンスター達に伝達し、八雲が変じた憑神(ソレ)が最も脅威であると認識させたようで、蔦を勢いよく突き刺すように伸ばすも憑神は手にした大鎌で難無くそれを切り払う。それでもモンスターは幾度となく蔦を伸ばすが、蔦は1つとして憑神に触れる事は叶わなかった。

そして、モンスターの攻撃が止むと次は憑神の番であった。その一瞬の隙に憑神はモンスターとの距離を詰め、大鎌でモンスターを地面から刈り取り切り離すとそのまま一瞬の内に大鎌を幾度も振るいバラバラに切り刻んでしまった。

 

「嘘だろ………」

 

「これじゃどっちがバケモノかわかりゃしないよ」

 

その光景に彼らは唖然とするしかなかった。だが、彼らは一刻も早くそこから立ち去るべきだった。

バラバラにされた時にモンスターの中にあった魔石も一緒に破壊されたらしく、モンスターが霧散すると憑神はぐりんと頭だけを話し声がした方………メリエル達の方へと向けた。

 

「えっ?」

 

「何で私達をーー」

 

ヴェルガーが言い切る前にヒュンという音がして何か(・・)がドチャと落ちる。リークルが恐る恐る音がした場所………ヴェルガーがいた場所を見るといつの間にか距離を詰め大鎌を振り切った憑神と腹部を斜めに切られ棒立ちになったヴェルガーの下半身(・・・)と、何が起きたのか判らぬ表情のまま地面に落ちた上半身(・・・)がそこにあった。

 

「ヒ、ヒィイイイイ!?」

 

「待て!リークル!」

 

発狂したリークルが逃げ出す。それを珍しくグロンが大きな声で呼び止めようとしたが既に手遅れで次の瞬間にはリークルの首が宙を舞っていた。

 

「何よ、それ………」

 

次々に仲間が殺されていく光景に顔を青ざめさせるメリエル。

八雲はレベル1ではなかったのか?そもそもその力(憑神)は何なのか?等と考えはするが答えは出ない。ただわかるのはこのままでは自分も殺されるという点だけ。

 

「わ、私は何も悪く無いっ!」

 

「………っ!?」

 

だからメリエルはグロンを憑神の方へと押し出し、自分は逃走しようと駆け出す。

だが、それを許す憑神ではなかった。直ぐ様グロンを大鎌で弾き飛ばすと、メリエルに左腕を向ける。すると、左腕を光る紋様のようなパーツが覆い砲口が目玉のような紋様の大砲のような形へと変貌する。そして、砲口の部分に球状に凝縮したエネルギー弾をメリエルに発射した。

 

「がぁっ!?」

 

弾がメリエルに命中すると、メリエルから光の帯の様なものが抜け出し砲口へと吸われていく。光の帯が抜け切るとメリエルは無傷(・・)で開放されその場に膝をついた。一方、元に戻った憑神の左手には水晶玉のような何かが握られていた。

 

「な、何よ、コケ脅しじゃない」

 

傷1つ無い事に疑問を持たず、メリエルは憑神が何故か追って来ない事に気付かず逃走を再開する………自身の身に何が起きたのかも知らぬまま。

 

「ーーっ!」

 

そこへ先程の一撃は斧剣でガードしたおかげで無事であったグロンが憑神に斬りかかるも、先の一撃で耐久値を大幅に失っていた斧剣が大鎌によって砕かれ返す刃でグロンも胴を真っ二つに両断されて絶命する。

その後、憑神は何故かメリエルを追わなかった。

 

******************

 

「はぁ………はぁ………」

 

憑神が入口側にいた為に食料庫の奥に逃げざる得なかったメリエル。その身体は何故かいつもより疲弊しやすく、あまり走っていない筈なのに息切れを起こしていた。

 

「何よこれ、まるで全身に重りでも着けられたみたいだわ」

 

すると、地面が揺れ下からあの蔦が現れる。

 

「なっ!?まだいたの!?」

 

咄嗟に応戦しようと杖を構え詠唱をしようとするが、何も起こらない。

 

「えっ?そんなはずはっ!」

 

再び別の魔法を詠唱するも同じ様に何も起こらない。そこでメリエルは自身の身に何が起こったのかを察した。

 

「そんな………私の恩恵が失われた(・・・・・・・)とでも言うの!?」

 

そう、憑神がメリエルに行なったのはデータドレインという技で、それによりメリエルは自身の恩恵を改竄・搾取され失っていたのだ。

だが、モンスター達にそんな事は関係無い。むしろ目の前にいる獲物が無力であるのは好都合と言っても良い。

 

「いや………私はまだ死にたく無い!死にたく無いのよぉ!!」

 

伸ばされた蔦を杖で弾こうとするも筋力値が足らずに逆に自身が弾かれ壁に激突するメリエル。そこへ追撃とばかりに無数の蔦がメリエルを襲い、四肢を穿かれ嬲られていく。

 

「私は………私は!」

 

そして、本体の花の部分にある口へと引き寄せられ………

 

「イヤァアアアア!!」

 

そのままモンスターに捕食されその生涯を閉じた。

*1
ハ長調ラ音




メリエルが疲弊しやすくなったり魔法が使えなかったのはデータドレインで恩恵そのものを失った影響でアビリティやスキルが失われたからです。
八雲が変じた憑神はスケィス1stフォームの色違いのような姿のイメージ。


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十七話 最強との邂逅

タイトル通りあのキャラが出ます。


メリエル達がいなくなっても八雲の憑神は止まる事はなかった。食料庫内の食人花も全て根絶やしにし、迂闊にも食料庫に入ったモンスターも関係無くその大鎌で切り刻んだ。

 

『■■■■■■ッ!!』

 

******************

 

「ん?」

 

丁度その頃、1人の猪人の冒険者が10層を訪れていた。彼の名はオッタル………フレイヤファミリアに所属する現在オラリオで唯一のレベル7にして【猛者(おうじゃ)】の2つ名を持つオラリオ最強の男である。

そのオッタルが何故此処にいるのかと言うと、先日彼の主神であるフレイヤが起こしたとある騒ぎのペナルティで下層への【強制依頼】を受け、その帰り道だったのだ。

 

「妙な気配がするな」

 

普段の彼ならば主神のフレイヤへの報告を優先し見過ごしているのだが、何故か今回はその気配が気になり、気配のする食料庫へと足を向けた。

そこで彼が目にしたのは4人の冒険者の死骸と返り血で白いボディを真紅に染めた異形の死神のような何か(憑神)だった。

 

「見ないモンスターだな………新種か?」

 

すると、オッタルを視界に入れた憑神は突然その手に持つ大鎌をオッタルへと振りかざした。

 

「ぬっ!?」

 

突然の攻撃ではあったものの、オラリオ最強の名は伊達ではなく、直ぐに背の大剣を手にして大鎌の一撃を防いだ。

 

「この力、この階層のモンスターではないな」

 

防ぎはしたが、その力は中層はおろか下層のモンスターと言われても違和感は無く、上層にいるはずが無いものであった。

 

「何にせよ放置する訳にはいかんか、ん?」

 

そう思いオッタルが大剣を構え直すと、憑神の姿にノイズが走り一瞬その正体(八雲)の姿が露わになった。

 

「人だと?」

 

その人の顔が憤怒の形相であった事や冒険者の死骸等からオッタルはこの異形(憑神)が仲間の死で何らかのスキルの暴走によって変異した冒険者であると推察する。

 

「………惜しいな」

 

それから数度打ち合いながらオッタルは呟く。おそらくこのまま放置しておけば彼は暴走により力を使い果たし死ぬであろう………それだけに思う。「これだけの力を御する事が出来ればこれは更に成長する」と。

フレイヤの傍役として常に傍に居ながら鍛錬は欠かしていなかったオッタルとここまで打ち合える者等レベル6にもそうはいまい。それはつまり自身が更なる高みへと至る可能性を広げる事にもなる。そう思うと、この冒険者を殺すのは惜しいとオッタルは考えた。

故に………

 

「死んでくれるなよ?」

 

背にあるもう一振りの大剣を手にし、全身に闘気を纏わせる。

 

『■■■■■ッ!』

 

「ふんっ!」

 

そして、憑神の大鎌とオッタルの双刃がぶつかり合い、力負けした憑神が食料庫の壁に叩きつけられその身体を粒子のように霧散させながら倒れ元の人の姿に戻った。

 

「………がっ」

 

「ほう、意識は残っていたか。手間が省けた」

 

てっきりそのまま意識を失うと思っていたオッタルだったが、驚く事に八雲は意識を保っていたのだ。

 

「アンタが、止めてくれ、たのか?」

 

「まずはコレを飲め」

 

そう言ってオッタルは持っていたエリクサーを八雲に投げ渡す。何とかそれを受け取った八雲はエリクサーを飲みながら訊ねる。

 

「コレは?」

 

「エリクサーだ」

 

「え、エリクサー!?【憑神(アバター)】を生身で吹っ飛ばした段階で普通じゃねぇとは思ったが、アンタ何モンだよ!?」

 

通常の回復薬とは比べものにならないものに驚きつつも、そんなものをアッサリ手渡したオッタルが只者では無いのは八雲にも判る。

 

「俺の名はオッタル………そうか、先程のアレはアバターというのか」

 

「はっ?オッタルって【猛者】のオッタル!?」

 

予想以上のビックネームの登場に八雲も困惑する。

 

「(何でこんなとこにこんな大物がいんの!?しかも憑神見られた上に負けてるんですけど!?というか、あの人普通に憑神に生身で勝ってるとかバケモンだろ!)」

 

憑神になっていた時はユーリヤを殺された怒りで我を失ってはいたが、その時の記憶は憶えており、解除された時には不思議と八雲の怒りは鎮まっていた。そこにエリクサーでの回復とあって八雲は正常な思考を取り戻していたのだが………遭遇したのがまさかのオッタルであった事から困惑しているのだ。

 

「いいか?」

 

「あっ、はい」

 

だが、そこでオッタルに声をかけられ一度落ち着く。

 

「地上まで送ろう、ついて来い」

 

「わかり………あっ、すみません、1ついいですか?」

 

オッタルの申し出に頷きかけた八雲はある事を思い出す。

 

「何だ?」

 

「1人、仲間の遺体を持ち帰ってもいいですか?」

 

そう、ユーリヤの遺体だ。幸いな事にユーリヤの遺体は食人花から受けた傷以外に傷は無かった。

 

「………好きにしろ」

 

オッタルの許可が出たところで八雲は荷物の中にあった外套でユーリヤを包むとそれをロープで背に結びオッタルの後へ続いて地上へと帰還するのであった。

尚、帰り道ではモンスター達はオッタルの一睨みで逃げ出していった為、戦闘は一切起きなかった。




という訳でオッタルさん登場。

現状での憑神はレベル6相当のスペックがあります。
この作品における憑神の詳しい説明は次回かその次辺りでしようと思います。


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十八話 帰還と渇望

今回は地上に帰還してからのお話。
ステータス等は次回に持ち越しになります。


エリクサーで回復こそしたが、疲労や精神的な疲れは残っていた為、八雲とオッタルは最短ルートで地上へと帰還した。

 

「………オッタルさん、色々とありがとうございました」

 

地上へ帰還して八雲が最初にしたのはオッタルへ礼を言う事だった。しかし、オッタルは特に礼を言われるような事では無いように何も言わない。

 

「………お前、名は?」

 

「えっ?」

 

その代わりに口にしたのは八雲の名を訊ねる言葉であった。

 

「あっ、八雲です………アフロディーテファミリアの八雲」

 

あちらで読んだ神話やオラリオに来てからの噂等からフレイヤファミリアにはあまり目を付けられたくなかったのだが、恩人であるオッタルに失礼だと思い、八雲はオッタルの問いに答えた。

 

「覚えておこう」

 

そうとだけ告げるとオッタルはもう用は済んだとその場を去っていった。

 

「あれがオラリオ最強の冒険者か」

 

結局、お礼というお礼も出来ず別れてしまったが、零細ファミリアのレベル1である八雲にトップファミリアのオッタルに出来る事等思い浮かばず、「いつかこの借りはちゃんと返そう」と心に誓い、背負っている包みの固定を確認し直し八雲もバベルを後にした。

 

******************

 

「只今戻りました、フレイヤ様」

 

「お帰りなさい、オッタル。アレンもありがとう、もういいわ」

 

「はっ」

 

八雲と別れたオッタルはギルドへの報告を済ませると直ぐに主であるフレイヤの元へと戻った。オッタル不在の間に傍役を任されていたアレンはフレイヤから労いの言葉を受けて下がるが、フレイヤからは見えない角度でオッタルを睨み舌打ちをして去っていく。元よりフレイヤのファンとも言える者達で構成され、お気に入りであるオッタル敵視する眷属も多いファミリアなので別段アレンが特別という訳でも無い為、オッタルは特に気にはしていない。

 

「それにしても珍しいわね、オッタル。貴方が私以外の何かに興味を持つだなんて」

 

「申し訳ありません」

 

「別に怒ってはいないわ。それにあの子………ヤクモと言ったかしら?あの子、面白い色をしているわ」

 

フレイヤから見た八雲の印象は面白いの一言であった。人間の魂を色で視る事が出来るフレイヤには明るいライム色、その周りを黒紫色の点が回っている様に視えた。

オッタルから聞くにその点の正体はアバターなる未知の力である可能性が高い。

 

「手を出すのはしばらくやめておきましょう。私も今はあの子(アフロディーテ)と揉めたくないもの」

 

アフロディーテはイシュタルと同じ金星を司る女神ではあれど、イシュタルの方がアフロディーテを嫌っており、同じくイシュタルに敵視されているフレイヤからしたら他神とは思えない存在と言える。その為か欲しいものは何でも手にしてきたフレイヤにしては珍しく敵対したいと思わない女神なのだ。

 

「あの子に関しては当面は繋がりを維持しておきなさい」

 

「はっ」

 

******************

 

オッタルと別れた八雲はユーリヤを背負ってガネーシャファミリアのホーム、アイアム・ガネーシャを訪れた。

 

「ん?ヤクモか」

 

「シャクティさん………」

 

そこで見廻りを終えホームへ帰還したシャクティと鉢合わせる。

 

「お前1人か?………ユーリヤはどうした?」

 

「………」

 

「そうか、ついて来い」

 

その沈黙が答えだと察したシャクティは八雲を連れてガネーシャの部屋へと案内する。部屋に入るとガネーシャがいつもの様に名乗ろうとするも、八雲の様子が変な事に気付き自重した。

 

「その背の包みはもしや」

 

「はい、ユーリヤの………遺体です」

 

ユーリヤの遺体をシャクティに渡し、八雲はダンジョンで何があったのかを説明した。

ユーリヤがとあるパーティーに狙われていた事。そのパーティーに怪物進呈とモンスター寄せの呪詛を使われた事。食料庫にて階層に見合わない未知のモンスターと遭遇し、ユーリヤが殺された事。その後、通りすがりの冒険者に助けられユーリヤの遺体を持ち帰った事。それらを話すと、ガネーシャは苦い顔を、シャクティも顔を歪ませていた。

 

「怪物進呈か」

 

「しかも呪詛まで使ってか」

 

そのやり口の卑劣さはオラリオの治安維持を受け持っているガネーシャファミリアとしては受け入れ難いものであったからだ。

 

「だが、遺体を持ち帰って来られたのは幸いだな」

 

「そうだな、感謝するぞ、ヤクモ!」

 

「………んで」

 

「ん?」

 

「何で俺を責めないんですか!?」

 

ユーリヤを死なせてしまった事を責められない事で不満を爆発させる。

 

「俺はユーリヤを死なせてしまったんですよ!?なのに何で責めないんですか!?」

 

「責める、か………」

 

「思い上がるなよ、ヤクモ」

 

「え?だって俺はーー」

 

「冒険者がダンジョンで死ぬのは決して珍しい事では無い。冒険者同士でのいざこざであろうともな」

 

シャクティの一喝で八雲は言葉の勢いを失う。

 

「ユーリヤとてその覚悟があってダンジョンへ潜っていたのだ。その覚悟まで侮辱する気か?」

 

「………」

 

「そもそもダンジョンで死んで遺体が無事に地上まで帰って来れる事が珍しいのだ。それを感謝せど、責める理由は俺には無い!」

 

シャクティとガネーシャの言葉を聞き、自身の思い上がりを自覚した八雲は安易に責めてもらおう等と考えた事を恥じる。

 

「ユーリヤからダンジョンに潜る理由も聞いているのだろう?」

 

「はい」

 

「ならばこれを持っていってやってくれ」

 

そう言ってシャクティは八雲にペンダントを手渡す。

 

「これは………ユーリヤが着けてたペンダント」

 

「そうだ。それはあの娘が母親に貰ったものなのだそうだ。それをあの娘の代わりに連れて行ってやれ」

 

「はい………」

 

******************

 

その後、ガネーシャとシャクティに礼を告げて八雲は自身のホームへと帰還した。

 

「あっ、八雲!お帰りなさい………あれ?ユーリヤちゃんは?」

 

それを一足早く帰っていたアフロディーテが迎えるが、ユーリヤがおらず、八雲の表情が暗い事から何かがあったのかを察する。

 

「八雲、何があったの?」

 

「実は………」

 

八雲からユーリヤの一件の話を聞くと、アフロディーテは無言で八雲を抱きしめた。

 

「そっか、ユーリヤちゃんが………」

 

「………俺がもっと強ければなんて思い上がりなのはわかってる………それはわかってるだけどさ」

 

シャクティに諭されて八雲もそこは頭では理解している。だが、気持ちの方はどうにもならない。

 

「強くなりたい………大事なものをもう二度と失わない為に」

 

両親に兄妹に親友、そしてユーリヤ………それらが失われた時、八雲は何をする事も出来なかった。だからこそ八雲は渇望した………それに抗う力を。




という訳で次回はステータス更新になります。
その次くらいから新章です………それでも原作スタートはまだ先なんですけどね。


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十九話 レベルアップと2つ名

今回は憑神等のスキルの解説がメインとなります。


地上に帰還した翌日。八雲はアフロディーテに頼みステータス更新を行なったのだが………

 

「な、何じゃこりゃああああ!?」

 

村上八雲

LEVEL-1

力-S 964

耐久-A 874

器用-S 901

敏捷-S 994

魔力-S 999

 

スキル

魔力放出

首狩り

気配遮断

憑神

宝物庫

呪転術

 

八雲が驚くのも無理は無い。前のステータス更新では精々DかCしかなかったステータスが軒並み跳ね上がっており、スキルも3つも発現していたのだ。聞けばレベルアップも可能との事。【憑神(アバター)】は何となく予想はついており、呪転術とやらも心当たりがあるので問題は無い。問題だったのはもう1つのスキル【宝物庫(アイテムボックス)】の方であった。

 

「持ち物を専用の異空間に保管する。異空間の容量はスキル保持者の魔力値に依存する、って………」

 

「しかも生き物は入らない代わりに中では経年劣化しないなんてまたぶっ壊れスキルだね」

 

正直に言ってサポーター泣かせと言わんばかりのスキルであった。こんなのが知れ渡れば確実に様々な問題が出てくるであろう。

そして、【憑神】の方はどんなスキルなのかと言うと………

 

【憑神】

・強く願う事で憑神『■■■』の力を発現させる。

・発動中、発動時間に応じてステータス値、経験値を減衰させる。

・データドレインにより対象の恩恵又はステータスを吸収する。

・データドレインは心が折れた者、対象かその主神が認めた場合、もしくは障壁破壊(プロテクトブレイク)した者を対象に発動が可能。

・データドレインは使用すれば侵食率が上昇し、侵食率が高くなればデータドレイン時に自身にデバフか状態異常を付与。侵食率が100になれば使用者は死ぬ。

・侵食率は憑神を使用せず戦闘を繰り返す事で減衰する。尚、侵食率は左腕の刻印で判断する。

 

「大体初代の黄昏の腕輪と憑神の複合みたいなスキルだな」

 

「というか、これで減衰したのにあの上昇値だったんだね、八雲は………うん、あの【猛者】が相手だったなら納得だけどね」

 

「うん、オッタルさんマジパネェ………」

 

呪転術がスキル欄にあったのもおそらくメリエルにデータドレインをした際に奪ったスキルなのだろう。

憑神のスキルは一件便利そうに見えるが、ステータスや経験値の大きく減衰させる事やデータドレインによる侵食率等デメリットもかなり大きいスキルのようで、データドレインによる恩恵やスキルの強奪も他のファミリアと問題になりかねないので余程の事が無い限り使用は控えるという事で八雲とアフロディーテは合意した。

その後、レベルアップ処理を行なったのだが………

 

村上八雲

LEVEL-2

力-I 0

耐久-I 0

器用-I 0

敏捷-I 0

魔力-I 0

 

スキル

魔力放出

首狩り

気配遮断

憑神

宝物庫

呪転術

 

アビリティ

投擲-I

 

「………アビリティ生えた」

 

「あー、クナイとか投げまくってたもんな、俺」

 

投擲のアビリティが生えました。

 

******************

 

八雲がレベルアップした事がギルドに伝えられ、剣姫ことアイズ・ヴァレンシュタインに迫るスピード昇格という事で話題になるも、数ヶ月後には八雲は別の意味で有名になった。

 

「おい、あれって【首狩り族(ヴォーパルリッパー)】じゃないか?」

 

「だよな?でも、昨日と装備違くないか?」

 

八雲の2つ名はユーリヤが予想していた通り【首狩り族】と決まった。そんな八雲が今いるのは13層。とあるパーティーが通りかかったのは放火魔(バスカビル)の呼び名で知られるヘルハウンドの群れを相手に八雲がたった1人(・・・・・)で戦っているところであった。

 

「グルルッ!グゥアーーッ!?」

 

その呼び名の由来とも言える火炎を口から吐こうとしたヘルハウンドに八雲はドワーフの火酒の入った小瓶を投げ入れ火炎瓶のようにヘルハウンドの頭部を爆裂させる。

 

「隙きだらけだ、犬っころ」

 

そして、それに驚いた別のヘルハウンドの首をロングソードで切り飛ばし、そのまま次々と他のヘルハウンドの首を切断していく。

 

「相変わらずおっかねぇなぁ、アイツ」

 

「ああ、見てるこっちは自分の首筋が冷えるっての」

 

八雲が全てのヘルハウンドを仕留めて魔石を回収し終えたのを見計らい、そのパーティーが八雲の側へと近付いた。

 

「もう通らせてもらっても?」

 

「ああ、俺はまだこの階層で狩りを続けるからな」

 

「お前さんまさかずっとここで狩りをしていたのか!?」

 

そう、このパーティーが前に八雲と遭遇したのはつい数日前。彼らがリヴェラまで行って帰ってくるまでの数日間、八雲はずっとこの階層で狩りを続けていたのだ。

 

「そろそろ一度帰るつもりだが、まだいけるな」

 

「おいおい、噂以上にイカれてやがるぜ………」

 

有名になっていた理由、それは………何日もホームに帰らずダンジョンに籠もってモンスターの首を無慈悲に狩り続けていたからだ。

普通ならばそんなのを1人(ソロ)で行なうのは自殺行為である。何故なら装備が摩耗したり食料が尽きるからだが、八雲には得た【宝物庫】というスキルがある。これにより八雲は装備や食料を十全に持ち込み、リヴェラに到達してないにも関わらず長期滞在を可能にしていたのだ。尚、この噂を聞き、何処の戦闘狂(剣姫)がその方法を聞き出そうとしたとかしないとか。

そうこうしているうちに新たなヘルハウンドの群れがやってくる。

 

「これは俺が引き受ける………さっさといけ」

 

一瞬加勢しようかと思ったパーティーだが、八雲がそれを拒否した為、「死ぬなよ?」とだけ言い残してその場を去っていく。

 

「はっ、俺を殺したかったらその倍は連れて来い!」

 

そう言うと八雲は宝物庫からもう1振りのロングソードを取り出して構えるとヘルハウンドの群れへと突撃していった。

 

******************

 

あれから数度ヘルハウンドの群れを蹴散らした八雲は数日ぶりに地上へと帰還した。

 

「換金を頼む」

 

「はいよ」

 

そして、ギルドにて得た魔石を換金した八雲がホームに戻ると………

 

「八雲、お話があります!」

 

いかにも「私、怒ってます!」という顔のアフロディーテが待ち構えていた。




次回より新章となります。
でも、原作はまだまだ先です。


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二十話 ロキと相談

はいサブタイトル通り今回からはロキファミリアとの絡みになります。


少し時間は遡り、八雲がダンジョンにてヘルハウンドと戦闘を繰り広げていた頃。彼の主神であるアフロディーテは悩みを抱えていた。

 

「………今日で11日だよ」

 

あのユーリヤが死に、宝物庫というレアスキルが発現してからというもの、八雲はその利便性を最大活用してダンジョンに籠もって戦闘を繰り返す日々を過ごしていた。

ちゃんと帰ってこれば会話もしてくれるし、任されている屋台についても気にはしてくれてはいる。だが、ソロでダンジョンに籠もるのだけはやめてくれないのだ。

 

「やっぱ誰かに相談するべきかなぁ………でも、ウラノスは当てにならないし、ガネーシャには頼み難いし………」

 

そんな事を思いつつもアフロディーテはいつもの場所で屋台の準備を始める。この屋台あの怪物祭の頃から続けているが元々は金策の一環として始めたもので、評判も良く割と常連客も多いので繁盛している。尤も今ではアフロディーテの趣味のようなものになっているのだが。

 

「あの、ジャガ丸くんをコーンとキントキとエダマメを5つずつ」

 

「いつもありがとね、アイズちゃん」

 

その日も常連の1人であるアイズ・ヴァレンシュタインがジャガ丸くんを買いに来ていた。

 

「ここがアイズたんのオススメ屋台か………って、ディーたんの屋台やん!?」

 

お供に主神のロキを伴って。

 

「ヤッホー、ロキ」

 

「ヤッホーやあらへんわ!降りて来たんわ知っとったが、こないなとこで屋台やっとるなんて思わへなんだわ………」

 

「………ロキ、知り合い?」

 

「あ〜、天界におった頃にちとな………というか、ホンマ何してんのや?」

 

「あはは、元々は降りて来てすぐの頃金策で始めた屋台なんだけど、やってたらすっかりハマっちゃって」

 

「まあ、地上じゃ神力使えへんし、ソーマみたく酒造っとるファミリアもあるしなぁ………そういや聞いたで、ウチのアイズたんに迫る勢いでレベルアップした眷属がおるそうやないか?」

 

「………」

 

降りて来ていたのはお互いに知っていても久しぶりに顔を合わせた2神が会話を弾ませる中、その話題がアフロディーテの眷属である八雲の話になった途端、アフロディーテの口が重くなる。

 

「ん?どないしたんや?ディーたん」

 

「………ロキ!相談に乗って!」

 

と思いきや、突然アフロディーテは屋台のカウンター越しにロキの手を握り懇願する。

 

「何やいきなり!?」

 

「お願い!今はロキだけが頼りなの!」

 

「ちょまっ」

 

「アイズちゃん、ロキをしっかり抑えてて………お礼に今度新作のジャガ丸くん試食させてあげるから」

 

「ロキ、聞いてあげよ?」

 

「ディーたん、ウチのアイズたんを買収するなんて卑怯やで!」

 

こうして、ロキはアフロディーテの相談に乗る羽目になった。

 

******************

 

「で、そのヤクモっちゅうディーたんの眷属が、発現させたレアスキルつこうてダンジョンに籠もりっぱで心配や、って事やな?」

 

昼間の屋台の営業時間を終えたアプロディーテはロキとアイズを伴い、ロキの(防諜等の意味で)行きつけの店にてアフロディーテの話を聞き、そうまとめた。

 

「うん」

 

「普通ならレベルアップしてレアスキル発現して調子乗っとる、って言うところやけど、ディーたんの話を聞く限りそうや無いんやな?」

 

「うん、その前にちょっとした事があってユーリヤちゃん………パーティーを組んでた他のファミリアの子を死なせちゃって」

 

「あ〜、そっちのパターンかいな」

 

自責の念で力を付けようと無茶をしているパターンだとロキは判断し、チラッと傍らに立つアイズを見やる。

 

「………」

 

アイズも似たような理由からダンジョンに通い詰めていた時期があった為、それを思い出したのだ。当のアイズは「そんな長期間潜ってられるスキルなんて羨ましい」等と思っていそうなのだが………

 

「で、初めての眷属でどうしていいかわからへん、って悩んどったとこにウチが来たってワケかい」

 

「ロキって今のオラリオのトップ2のファミリアの片割れでしょ?どうにかならない?」

 

「とは言え、別のファミリアの事やし、あんま口出しするのもアレなんやけどなぁ」

 

「なら、そのレアスキルに関して情報の開示でどう?」

 

渋るロキにアフロディーテは己の眷属のスキルの情報という奇札(キラーカード)を切る。

 

「そらまたエラいもんを………そこまでしてでも何とかしたいっちゅう事か」

 

「それもあるけど、この情報を聞けばロキも乗り気になると思うよ」

 

「ほう?そこまで言うんや、さぞかしエラいスキルなんやな?」

 

「うん、そのスキルはね………」

 

そして、アフロディーテがスキル【宝物庫】について話すと、ロキの表情が一変した。

 

「クククッ………ダンジョンにそない長い間潜ってられるスキルなんてどんな絡繰りかと思えば、そらまた半端無いスキル獲得しとるやんけ」

 

「でしょ?だから今まで他には誰にも話してなかったんだから」

 

「ホンマこの店にして正解やったわ………こないな情報が外に漏れたらエラい事になっとったわ。というか、ディーたんの眷属やなかったらウチが欲しいくらいやわ!」

 

何処ぞの色ボケ女神(フレイヤ)の事を知っている為、彼女のような短慮は起こさないが、アフロディーテがロキという悪神(トリックスター)にここまで明かしたのはそれだけ八雲を心配し、今のロキなら明かしても大丈夫だろうというオラリオでのロキの評判からの信用であった。

 

「そこまでされたとあっちゃ断る訳にはいかへんな………そんなら今度その子連れてウチのホームにきぃ、話しは通しておくさかいに」

 

「ありがと、ロキ。試作品のジャガ丸くんはその時持っていくわね、アイズちゃん」

 

「楽しみにしてる」

 

こうしてアフロディーテとロキの会談は終わったのであった。

 

******************

 

「………という訳でロキのホームに行くわよ」

 

「はぁ………」

 

時は戻ってホームに帰還した八雲にアフロディーテはロキとの話し合いについて語り、アイズへの手土産の試作品ジャガ丸くんを八雲に持たせてロキファミリアのホームである黄昏の館を訪れた。

 

「にしても話して良かったのか?」

 

「今のロキなら信用は出来るしね」

 

何故、八雲があっさりついてきたのかと言うと、八雲の感覚からしたら便利なスキルが発現したのでそれを最大限に利用していた程度の感覚でしかなく、その認識の差で心配をかけさせていた事への贖罪と、ロキファミリアというフレイヤファミリアに並ぶトップファミリアとは一度ちゃんとした形で会ってみたかったからだ。ジャガ丸くん狂(アイズ)その保護者(リヴェリア)については屋台をしていた頃から知ってはいるが、あくまで店員と客としてだ。なので八雲個人としても今回の接触は願ったり叶ったりなのだ。

 

「すみませ〜ん、アフロディーテですが、ロキいます?」

 

「はっ、アフロディーテ様ですね?話は伺っております!」

 

門番の眷属に声を掛けると話は通っているらしく、すぐに案内人を寄こし中へと招き入れられ、そのまま執務室と思われる部屋へと案内された。

 

「ようこそ、黄昏の館へ。君の噂は色々と聞いているよ、【首狩り族】くん」

 

そこで待っていたのは整った顔立ちの小人(パルゥム)の男性と屋台の常連の1人であるリヴェリアに厳つい髭のドワーフだった。

 

「ほぅ、それが例の【首狩り族】の坊主か」

 

「久しいなヤクモ」

 

「ご無沙汰してます、リヴェリアさん。ということはそこのお2人は【勇者(ブレイバー)】のフィン・ディムナ、【重傑(エルガルム)】のガレス・ランドロック。ロキファミリアの3幹部勢揃いですか」

 

ロキファミリアの【勇者】フィン、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア、【重傑】ガレスの3幹部を前にした八雲はその第1級冒険者のオーラに【猛者】オッタルと似たプレッシャーを感じる。

その後、執務室にあるソファーへと誘導され腰掛けるとフィンは早速話を切り出した。

 

「今回はロキから君を僕らの遠征に同行させてやって欲しいと聞いている」

 

「遠征、ですか?」

 

「君の持つレアスキル【宝物庫】についてはロキから事前に聞いている。それを使って物資輸送、つまりサポーターとして参加してもらいたい」

 

ロキからこのスキルについて聞かされたフィンが最初に思ったのは「遠征にはもってこいのスキル」という事だった。遠征には多くの団員や必要とあらば他のファミリアからも人員を集める事があり、その物資輸送は多くの場合ファミリアの下級・中級冒険者達が担当する。しかし、そのサポーターのレベルが低い分彼らを守りながらの遠征になる為、必然的に到達階層が伸び悩む事になる。

そこに八雲の【宝物庫】が加わるとどうなるか?それは物資輸送のサポーターを減らし、その護衛に回していた人員を前線に振り分ける事が可能になる。これによりローテーションでの戦力の温存も出来る。

 

「もちろん君のスキルについてはロキファミリア内で秘匿させると誓おう」

 

既にアフロディーテとロキで話がついている為、八雲はこれを了承した。なので次はロキファミリアの遠征メンバーとの顔合わせという事になったのだが………

 

「こんな雑魚を遠征に連れて行くだぁ?何考えやがるんだ、フィン!」

 

これに真っ向から反対する者がいた。その名はベート・ローガ。狼人族の青年で、ロキファミリアの中では実力はあるものの協調性に欠け、格下の者を見下す傾向にあるファミリアの問題児とも呼べる【凶狼(ヴァナルガンド)】の2つ名を持つ男である。

 

「ベート、それについては今説明した筈だ。今回の遠征には彼のスキルを活用した運用のテストも兼ねている」

 

「うるせぇババァ!そもそも他のファミリア、しかも吹けば飛ぶような雑魚ファミリアだろうが!そんな雑魚がいなくたってーー」

 

「なら試してみろよ」

 

リヴェリアがベートを抑えようとするも、ベートは止まらず文句を言い続けていたが、そこまで静観していた八雲が口を挟んだ。

 

「あ"あ"?」

 

「そんなデカイ耳して難聴か?」

 

八雲はベートの狼耳を指して呆れたような顔をすればベートの顔に青筋が浮かぶ。だが、八雲はそんな事知った事かと言葉を続ける。

 

「お前の言い分からすればこう言いたいんだろ?実力を見せろって………なら試してみろよって言ってんだよ」

 

「上等だ………構わねぇな?フィン。これはこいつが売った喧嘩だ」

 

「………仕方ない。次の遠征に支障が無いようにね」

 

こうして急遽八雲(レベル2)ベート(レベル4)の模擬戦が決まったのであった。




ベートのレベルですが、八雲とのレベル差を考えてレベル4としてます。外伝を集めきれてないのでベートのレベル変遷がわからぬ故、この時点でのレベルがわかる方がいればご一報お願いしてます。


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二十一話 狼と模擬戦

はい、ベートとの模擬戦です。
少し長くなりそうなので前後編になっております。


「八雲、何でこんな事を!」

 

「必要だったからだ」

 

模擬戦を行なうという事で移動する最中、八雲を咎めるアフロディーテに対し、八雲はこれは必要な事だったと主張する。

 

「あと、あのベートって人が危惧してる事も理解は出来るしな」

 

「どういう事?」

 

「俺の【宝物庫】で物資を預かるって事はそれだけ俺がその遠征隊の急所になるって事。その俺が万が一にも危険に晒されればって危惧してたんだよ、あの狼」

 

他の団員は「団長の言う事だから」と思考が停止していた中、ベートだけはその危険を認識していたのだ。

 

「だから【勇者(フィン)】も【重傑(ガレス)】も止めに来なかったろ?」

 

「そこまで見てたの?」

 

「まあ、これも兄貴と親友の教えからなんだけどな」

 

常々「周りを見ろ」「思考停止するな」と言われ続けていた八雲だからこそ気付けたと言っていい。現にこの事に気付いている団員は幹部や準幹部クラスの団員だけだろう。

 

「それに、他にも内心俺を歓迎してないのもいるだろうしな………少しは実力を見せとかないとな」

 

「でも、相手はレベル4だよ?」

 

「俺も何も考えずに格上相手に喧嘩売らねぇよ」

 

******************

 

一方、ベートの方はというと………

 

「フィン、どっからどこまでがお前の仕込みだ?」

 

外の演習場に向かいながらベートは隣を歩くフィンを睨みながら問う。

 

「何故そう思うんだい?」

 

「白々しい………俺が言い出さなきゃテメエが何かと理由を付けて1戦やらしてたろうが」

 

そう、ベートは気付いていた。フィンと八雲が何か企んだ上でこの模擬戦が行われるという事を。

 

「理由は大方アイツの実力を見せて他の不満に思ってる団員を黙らせる………もし、アイツが期待外れな実力なら俺にやらせて不満を解消させる………こんなとこだろ?」

 

「流石は元ヴィーザルファミリア団長様だね」

 

「嫌味かテメエ」

 

「そんなつもりは無いよ………でも、その“もし”は考えてなかったよ」

 

「それはいつもの“ソレ”か?」

 

「ああ、彼と対面した時に親指が疼いてね………せっかくだから彼の実力を見ておこうと思ったのさ」

 

「そしたら彼の方も僕の意図を汲んでくれてね」とフィンは何て事も無いように言うが、それをあの場のアイコンタクト1、2回でしていたというのだからベートからしたら面白く無い。

 

「(つまり、アイツはフィンと同程度に頭が回りやがるって事か)」

 

この会話だけでベートの八雲への警戒度が1段上がる。

 

「フィン、遠征に連れていけさえすればいいんだな?」

 

「加減は任せるよ、ベート」

 

この時、ベートは既に八雲をただの格下とは認識していなかった。そして、それを察したフィンはベートに見えないよう苦笑した。

 

******************

 

黄昏の館の敷地内には団員達が鍛錬する為の広場にて八雲とベートの2人が審判役のフィンを挟んで対峙する。

 

「ではこれより2人の模擬戦を始める。武器やスキルの制限は無いけど、これはあくまで模擬戦だ。危険だと思ったら容赦無く止めるよ?」

 

「ああ、それで構わねぇ」

 

「問題ありません」

 

「では………始め!」

 

フィンが腕を振り下ろすと同時にベートが距離を一気に詰めて蹴りを放つも、八雲は棍を宝物庫から取り出しそれを受け流し反撃の突きを繰り出すがベートもそれを身を捻って躱しながら再び蹴りを放ち棍を蹴り折る。すると八雲は折れた棍をベートに向かって投げ捨て、今度はロングソードを取り出し距離を取る。

 

「今、どっから武器出したんだ?」

 

「あんなの事前に持ってなかったよな?」

 

突如現れた棍や剣に驚く団員達だったが、すぐに種は明かされる。

 

「先に説明しただろう?あれがアイツのレアスキル【宝物庫】の能力だ」

 

「リヴェリア様、それはつまり彼は事前に用意さえしておけば必要な時に必要な武器や道具を取り出せると?」

 

「ああ、そういう事だ」

 

ロングソードで数度ベートの金属製のブーツ打ち合うが、そのブーツことフロスヴィルトはミスリル製の第2等級特殊武器(スペリオルズ)であるために通常の金属を鍛造したにすぎない八雲のロングソードでは打ち合いに耐え切れず既に刀身に罅が出来てしまっていた。それを見た八雲はロングソードをしまい、シミターを両手に取り出し2刀流で打ち合い出す。

 

「おいおい、アイツ何個武器持ってやがんだよ!?」

 

「それもだけどよ、手加減してるとはいえあのベートとこんなに長く打ち合ってるって………」

 

確かにベートはまだ本気にもなっておらず、それに対し八雲は既に肩で息をする程に疲弊し始めている。それでもまるで楽しそうに武器を振るう八雲にロキファミリアの団員達は驚きを隠せない。

 

「はぁ、はぁ………流石は第2級冒険者。全く攻撃が通りゃしねぇ」

 

その後も様々な武器を使うもやはり通用しない。

 

「何言ってやがる………お前、まだ手隠してやがるだろ?」

 

「何のことやら?」

 

「惚けんな!そんな数打ちの武器ばっか使いやがって。あんだろ?テメエのとっておきがよ!」

 

確かに今八雲が使っているのは数打ちの武器の中ではマシな方で、ダンジョンに籠もる関係上消耗品扱いで買い集めた武器達である。しかし、あの脇差等の主に使う武器達でもあのフロスヴィルトには通用するとは思えない。となれば使えるのは当然“アレ”だけになる。

 

「そんなに言うなら見せてやるよ!」

 

持っていた槍を宝物庫に格納し、八雲は双銃を取り出す。

 

「これが俺のとっておきだ!」

 




普通に考えてレベル2差で特殊武器持ち相手とかやってられませんよね………
という訳で次回模擬戦後編です。


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二十二話 とっておきと決着

模擬戦の決着編です。


八雲の取り出した双銃を目にしたロキファミリアの面々の表情は様々だった。そもそも銃という概念の無いオラリオにて双銃は異質な武器である。類似するのは銃身の下に付いた刃から変わった形の小双刃(ツインダガー)に見えなくもないが、その刃が半透明な黄色と明らかに普通の武器で無い。

 

「………特殊武器(スペリオルズ)、かな?」

 

オラリオ(ここ)ではそういうカテゴリーになるかな?」

 

隣でアフロディーテの持ってきたジャガ丸くんを食べながらそう呟いたアイズにアフロディーテは曖昧にそうとだけ答えた。

 

「それがテメエのとっておきか」

 

「ちぃとばかし特殊なモンでな、普段使い用(メインウェポン)じゃねぇがな」

 

休憩(お喋り)はそれまでと、2人が再び動き出す。

 

「オラァ!」

 

「くっ」

 

最初に仕掛けたのはベート。どうやらギアを1つ上げてきたようで、咄嗟に双銃の刃で防いだにも関わらずベートの蹴りは八雲を大きく仰け反らさせる。

 

「やはり不壊属性(デュランダル)か」

 

フロスヴィルトの一撃をまともに受けたというのに双銃の刃が砕けるどころか罅が無いのを見てベートはそう確信する。確かにそんな特殊武器をレベル2の冒険者が持っていれば悪目立ちするのは必然と言える。だが、驚くのはまだ早かった。

 

「なっ!?」

 

“ソレ”に気付いたベートは素早くサイドステップで回避したが、その想定外の攻撃に驚きを隠せない。それはギャラリーになっているロキファミリアの面々も同じであった。“ソレ”は八雲の双銃から放たれた魔力弾だ。

 

「今のは!?」

 

「魔剣!?でもそんなの使ったようには………」

 

「………いや、今のはただの魔力の塊だ」

 

そう答えたのは魔剣に良い感情を持たないハイエルフにして魔術師のリヴェリアだった。彼女には八雲が放ったのが魔剣による魔法ではなく、双銃を使って放った魔力弾だとすぐに気付いたのである。

 

「何だ、それは?」

 

「そんな簡単に種明かしするかよ!」

 

不意打ちの一撃を躱させた事で秘匿する意味も無くなったと判断した八雲はそこから容赦無く双銃から魔力弾を連射してベートを近付けないようにする。だが、武器の性能を隠していたのは八雲だけでは無い。

 

「しゃらくせぇ!」

 

なんとベートはその魔力弾をフロスヴィルトで蹴り、その特性で魔力弾を魔力として吸収してしまった。

 

「はっ!?魔力吸収!?術士の天敵じゃねぇか!」

 

「呆けてる暇なんざねぇぞ!」

 

「ちっ!」

 

吸収した魔力をそのままフロスヴィルトに纏わせて他の魔力弾を蹴り弾く。しかし、魔力弾一発の魔力が少ないせいかその蹴り一発で吸収した魔力が尽きてしまう。

 

「なら、これでどうだ!」

 

それを見た八雲は左で魔力弾を連射しつつ、右の双銃に魔力を溜め、ベートが吸収した魔力を使い切る前にフロスヴィルト目掛けて溜めた魔力を弾丸ではなく放射状の魔力砲として撃ち込む。

 

「甘え!」

 

しかし、ベートは器用に身体を捻り、反対の脚のフロスヴィルトに魔力砲を当てて魔力を吸収させる。当然、魔力弾とは比べものにならない魔力を得たフロスヴィルトのブーストにより一気に八雲との距離を縮めたベート蹴りが八雲に直撃し上空へと打ち上げられる。

 

「これで終いだ!」

 

空中で身動きが取れないであろう八雲へベートが追撃を仕掛けようとしたが、審判と言うことで近くにいたフィンは見逃さなかった………窮地のはずの八雲の眼がまだ何も諦めた色をしていないのを。

 

「まだだ!」

 

「なっ!?」

 

すると、八雲は片方の双銃をベートではなく横に向けて短く放射し、その反動の勢いを使い横へ飛んでベートの一撃を逃れた。

 

「うっそ!?」

 

「空中で進路変更した!?」

 

「まあ、あれ見たら驚くよね、普通」

 

「なるほど、空中で踏ん張りが効かないからこそあのような事をすれば反動の影響をモロに受ける。それを逆に利用したのか」

 

「………でも、あれ詠唱が必要無いからこそ出来る技術で、私達には難しいわね」

 

魔術師達はその八雲のとった奇策をそう分析する。

 

「ちっ!小細工を!」

 

追撃が空振りに終わったベートに対し八雲は何かを確かめるように双銃を放つ。

 

「………やっぱアレと同じか。なら攻略法は………」

 

そして、確信を得ると双銃のチャージを開始する。

 

「そんなのいくらやったとこで無駄だぁ!」

 

それでも何かあると察したベートが終わらせようと攻めるが、八雲はフロスヴィルトを双銃で受ける。

 

「そう来ると思ってたよ!」

 

それこそ八雲の狙いだった。八雲は双銃の銃口をフロスヴィルトに向け………

 

「何を」

 

「それ、魔法や魔力を吸収出来るそうだけど………それも限界あるよな?」

 

「てめえ!」

 

「たらふく持ってけっ!!」

 

チャージした魔力を零距離で開放した。しかも精神疲弊(マインドダウン)スレスレの魔力を1度に叩き込んだ事でフロスヴィルトに着けられた宝珠にピシリッと罅が入る。

 

「フロスヴィルトに罅が!」

 

「吸収許容量なんて誰も気になんてなかったよ」

 

「まさか彼は最初からこれを!?」

 

吸収限界を超えたフロスヴィルトの罅はそのまま全体に広がり吸収機能が破損してしまう。

 

「ちっ!だが吸収出来なくなった程度でぇ!」

 

「このままっ!」

 

その衝撃で1度距離が開くが、それでも2人はまだ止める気は無いようで、再び距離詰めて激突しようとするが………

 

「そこまでだよ、2人共」

 

そこで審判をしていたフィンが間に入り止めた。




次は模擬戦の事後処理です。
あのキャラも再登場します。

フロスヴィルトの攻略法はとあるゲームに登場した魔力を吸収する篭手の攻略法をそのまま採用しました。八雲もそれを知っていたのでそれを試した形になります。


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二十三話 交流と再会

模擬戦も済んだので交流パートです。

長い休みも終わってストックがまたなくなったので次回からまた隔週更新となります。


「ちっ」

 

「おっと」

 

「2人共、当初の目的を忘れてるでしょ?」

 

「………」

 

「すっかり忘れてました」

 

これは元々八雲が遠征に参加しても問題が無いかをベートが確かめる為に始めた模擬戦であり、ここまでやる必要は当然無かった。

 

「はぁ………ベートもフロスヴィルトまで壊して」

 

「すみません」

 

しかも、やり過ぎてベートのブーツ(フロスヴィルト)を壊してしまった八雲は申し訳無さそうにする。

 

「いや、こちらもまさか君にフロスヴィルトを破壊出来るとは思ってなかったからね」

 

通常、特殊武器を狙って破壊する等というのは難しく、その中でも魔法吸収という更に特殊なフロスヴィルトを破壊するのは並大抵の事では無い。これだけでも遠征へ参加するには申し分ない実力である。

修理費用に関しては元々模擬戦云々を言い出したのがベートであり、そのベートが弱小ファミリアであるアフロディーテファミリアに払ってもらうのが癪だという事から八雲達に請求される事は無かった。

 

「八雲、また派手にやったね?」

 

「いや〜、まさかあんな上手くいくとは思わなくてな」

 

「ねぇねぇ!さっきのどうやったの!?」

 

請求が無いと安心した八雲がアフロディーテの元へ向かうと、興奮した様子で褐色の少女が駆け寄ってきた。

 

「えっと、君は?」

 

「私はティオナ・ヒリュテ!よろしくね!」

 

「あ〜、君があの【大切断(アマゾン)】か」

 

八雲はその2つ名から某ライダーを連想してしまいそうになったが、それがこんな少女とは意外に思う。

 

「で、どうやってやったの!?」

 

「あれか?ちょっと知ってる武器に似た能力だったから同じ方法が通じるかなぁ、って試してみたんだ」

 

「それってどんな武器?」

 

「魔力を吸収して雷に変換する篭手でな、それの攻略法も魔力を過剰吸収させて破壊するって方法だったんだ。だから精神疲弊ギリギリの魔力を吸収させてみたんだ」

 

「結構力技ね」

 

そう言ったのはティオナによく似た少女だった。

 

「それしか思いつかなかったんだよ、【怒蛇(ヨルムガンド)】」

 

「あら?私は知ってたのね」

 

「いや、双子の姉妹って聞いてたから消去法だ」

 

「なるほどね」

 

その少女はティオナの双子の姉、ティオネ・ヒリュテであった。

 

「団長も目に掛けてるみたいだし、頑張んなさいよ?」

 

「任された仕事はキチンとやるさ」

 

その後も何人かのロキファミリアの団員達に声を掛けられ交流し、その日の顔合わせを終えるのであった。

 

******************

 

その数日後。八雲は再び黄昏の館を訪れていた。その理由は………

 

「フロスヴィルトの製作者が会ってみたい?」

 

「ああ、あそこまで見事に破壊してくれた君に興味があるそうだ」

 

聞けばその製作者とはヘファイストスファミリアの団長であるとの事。

 

「まあ、壊したの俺ですし、構いませんが」

 

「じゃあ、ベートと一緒に行ってきてくれるかい?」

 

「あ"?何で俺まで」

 

「フロスヴィルトはベートのだろ?なら君が行くのは当然だろ?」

 

「ちっ」

 

という訳で、八雲はベートと2人でヘファイストスファミリアの拠点を訪れる事になった。

 

******************

 

「ヘファイストスファミリア製だったのか、アレ」

 

しかも団長の椿・コルブランドの作品だというのだから八雲も興味津々である。

 

「【単眼の巨師(キュクロプス)】だっけか?どんな人なんだ?」

 

「ただの武器バカだ」

 

「武器バカ?」

 

「あぁ、アイツは自分で作った武器を試す為にダンジョンに潜って試し斬りしてレベル5に到達するような生粋の武器バカだ」

 

「あ〜、なるほど、そういうタイプね」

 

ベートの説明から八雲も椿の人となりをなんとなく理解した。

ベートが八雲の質問に答えてくれるのは、先日の模擬戦で格下(レベル2)ながらフロスヴィルトを破壊して引き分けに持ち込んだ八雲を多少なり評価しているからである。

そして、ヘファイストスファミリアの拠点に入り、椿の工房まで案内された2人を待っていたのは………

 

「よく来たな、ベート。それと………フィンから名前を聞いてもしやと思ったが、やはりお前さんだったか、ヤクモ」

 

「………えっ?あんたが【単眼の巨師】だったの!?」

 

それは以前に武器屋で知り合った眼帯を着けた和装の女性であった。




交流とは言ったが、ロキファミリアだけとは言って無い。という訳で再び椿登場です。
こんな感じで数話進行してから遠征となります。


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二十四話 説明と改造

前回に引き続き椿とのお話です。


「はっはっは!驚いたようだな」

 

「そりゃ前に駄弁ってた相手が実は有名人でした、とか驚くだろ!」

 

相手が知り合いと判ると普段通りの口調で話す八雲に今度は椿が驚いた。

 

「ほう、手前が団長と知っても態度は変えんか」

 

「だって知り合って仲良くなったやつが肩書き知っていきなり余所余所しい態度になったらアンタも嫌だろ?」

 

椿の問いに八雲がそう返すと、椿は一瞬だけポカンとするもすぐに腹を抱えて笑い出す。

 

「ははははは!これは一本取られたわ!」

 

椿もヘファイストスファミリアの団長を務めてそれなりになるが、団長と知られれば萎縮する者が普通であり、八雲のような態度を取る方が珍しいのは言うまでもない。しかし、椿はそんな八雲の態度を嬉しく思っていた。

 

「椿!そんな事より元々の用件を済ませろ」

 

「おお、そうであったな」

 

そんな中、ベートが声をあげる。そう、八雲が呼び出された用件は破損したフロスヴィルトの説明である。という訳で八雲は椿にその破壊に至った経緯を説明した。

 

「なるほど、そのような武具が………それは是非現物を見てみたかったものだ」

 

「俺も知ってるだけで現物は持って無いからな」

 

それを聞いて残念そうにする椿。

 

「にしてもオラリオの武器ってシンプルだよなぁ」

 

「シンプルじゃと?」

 

「そ、フロスヴィルトみたいに魔法的なギミックはあれども、技術的なギミックの武器って見ないよなぁって」

 

「ふむ」

 

言われてみれば、と椿は考える。素材やアビリティなどで武器自体にフロスヴィルトの魔法吸収のようなギミックはあれど確かに技術的なギミックを持つ武器は少ない。これはオラリオの加工技術が職人による手作業であり、規格化や部品の大量生産に向いていない事が原因として挙げられる。特に武器職人はその傾向が強く、どうしても一点物が多くなってしまう事からメンテナンスや修理の手間を考えるとあまり冒険者受けしないのだ。

 

「ちなみにその技術的なギミックとはどんなものがあるんだ?」

 

だが、椿も一武器職人として興味はあった。更に言えば八雲はあのフロスヴィルトを思わぬ方法で破壊した者だ。彼が言うギミックに椿は何とも説明し難い引き寄せられる魅力を感じていた。

 

「ちょっと紙とペン借りていいか?」

 

「ほれ」

 

椿が普段思いついたアイデアを忘れぬように書き留めておくのに使ってたいた紙とペンを渡すと、八雲はスラスラと紙にイメージを描き出していく。

 

「例えばこんなのとか」

 

そう言って八雲が見せたのは、モンスターハンターで登場するスラッシュアックスのような構造の武器。

 

「なんだそりゃ」

 

軽装且つスピードを重視するベートからすれば意味不明な構造で、更に言えば武器自体が大き過ぎて明らかに使える者を選ぶ欠陥武器にしか見えない。だが、椿には違って見えた。

 

「一見無駄に見える機構だが、重心を変化させる事で武器の特性をも変化させる二面性のある武器………面白い!他にはどんなものがある!?」

 

「じゃあ、こんなのはどうよ」

 

「かぁ〜!そうきたか!」

 

そこからは八雲が説明可能な機構を持つ武器の説明を始め、それに椿が興味深そうに聞き始めた。

 

「なぁ、もう俺は帰っていいか?」

 

そんな2人について行けず、ベートが役割は果たしたとばかりに帰ろうとするが………

 

「ちょっと待て、ベート。おぬしにも少しばかり聞きたい事がある」

 

「なんだよ?」

 

「フロスヴィルトなのじゃがな………直すだけでなく、改良してしまっても構わんか?」

 

「はっ?」

 

「いやな、ヤクモの話を聞いていたら色々と創作意欲が湧いてきてな」

 

「それ、次の遠征に間に合うんだろうな?」

 

「………間に合わせてみよう」

 

「その間はなんだよ!?」

 

「まあまあ」

 

「そもそも壊したのはオメーだろうが!」

 

そんなこんなで椿と改めて知り合った八雲はフロスヴィルトの改造やその他の武器再現に付き合う事となるのであった。




短くてすみません。
あと数話挟んでから遠征の話になります。


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二十五話 採取依頼と魚

今回は遠征前の閑話のようなものなので短めです。


椿と再会した翌日。八雲はディアンケヒトファミリアの店を訪れていた。

 

「ほい、今回の収穫分」

 

「確かに………相変わらず品質が良いですね」

 

それは恒例となりつつあるアミッドからの薬草採取依頼の報告と納品が目的であった。

 

「それに最近は鮮度も良い気が………」

 

「そこは企業もといファミリア機密って事で」

 

「まあ、品質の良い薬草が手に入るのならば別に構いませんが」

 

アミッドにはまだ【宝物庫】の事は話していない為、八雲はそう誤魔化し、アミッドも誤魔化されているのは分かっていても品質が悪くなる訳では無いし、他のファミリアの事を詮索するのはマナー違反なので黙認する他無い。

 

「そういえば今度ロキファミリアの遠征に同行すると聞きました」

 

「何でそれをアミッドが?」

 

「ロキファミリアもウチのお得意様ですので」

 

「だよなぁ〜………で?何が御所望で?」

 

「大樹の迷宮で採れる薬草の採取をお願いいたします。これがギルドを通じて発行された依頼書になります」

 

「キッチリ個人依頼にしてやがる………」

 

ロキファミリアに直接依頼するのに比べて零細ファミリアたる八雲に個人依頼をした方が安上がりだというディアンケヒトの入れ知恵であろうと八雲は察し、溜め息をつく。

 

「まあ、不当に低額って訳でもねぇし受けるけどさ」

 

「よろしくお願いします」

 

******************

 

ディアンケヒトファミリアのホームを出た八雲が次に訪れたのはオラリオの共用墓地。その中のとある場所………ユーリヤの墓であった。

 

「よっ、ユーリヤ。また来たよ」

 

実は八雲はダンジョンに籠もる傍らここにもよく通っており、「今回は○層まで行けたよ」等と成果を報告しに来ていたのだ。

 

「今度、ロキファミリアの遠征に参加する事になっちまったよ………途中でリヴェラにも寄るだろうけど、こいつを両親の墓に持ってくのはちゃんと自分の力で到達した時に持ってくよ」

 

そして、墓石をキレイに掃除すると、その墓前に木で出来た皿を置き、そこにユーリヤの好きだったサカナ焼きを供える。

 

「これな、ここに寄るって言ったらアフロディーテが持ってけって五月蝿くてな………それじゃ、次は遠征から帰った後に寄るよ」

 

そう言って墓を離れ墓地を後にしようとすると、別の墓参りと思われる者達とすれ違う。

 

「今のは………確か神ディオニソスとその眷属か」

 

ディオニソスについては女性人気の高い神としてオラリオではそれなりに有名だが、彼の神話を知る八雲からすればどうにも胡散臭い印象を受ける。そして、それに付き添っていた黒髪のエルフと思われる眷属も噂だけなら八雲も知っている。

 

「【白巫女(マイナデス)】、もしくは【死妖精(バンシー)】だったか?いや、【死妖精】は差別呼びだったな」

 

屋台をやっていた関係か、人の噂はよく聞くのでそういう噂もそれなりに詳しくなっている。

 

「俺もあんま人の事言えないか」

 

八雲の【首狩り族】も元々は他の冒険者から呼ばれていたものがそのまま2つ名になったパターンだからだ。

 

「生き残った相手につける名じゃねぇよな、アレ」

 

【死妖精】、かつてあった27層の悲劇の生き残りで、その後も別のパーティーと一緒にダンジョンに潜る度にパーティーが彼女以外全滅したことから呼ばれた冒険者が2つ名とは別に呼ぶ呼び名だ。

 

「まあ、余所のファミリアの事だし、気にする事ねぇか」

 

******************

 

ユーリヤの墓参りを終えた八雲が次にやってきたのは市場だった。

 

「今日は魚が安いのか」

 

安いとは言ってもそういう魚は主にオラリオ近郊の川や湖で採れたもので生の海の魚はあまり多くはない。というか、魚は基本的に日持ちしない為、焼くか煮るぐらいしか調理法も無いのだろう。鮮度の関係で生食など以ての外と言う事を思うと日本人としては悲しくなる。

 

「港街のメレンならそういうのもあるのかもな………」

 

それに八雲には【宝物庫】というスキルがあるのでそれを使えば鮮度の良い魚を長期保存可能なのだ。それだけでもこのスキルを得た甲斐があると八雲は思っている。

 

「遠征から帰ったら1度行ってみるか」

 

その後、遠征用にいくつか買い物をしてその日を終えるのであった。




オラリオでは良い神っぽいディオニソスですが、彼の神話を知る八雲からしたら胡散臭い事この上ないようです。

次回から遠征編に入りたいと思います。


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二十六話 遠征と小竜

今回からロキファミリアとの遠征編となります。
それなりに独自解釈が含まれますのでご了承下さい。


遠征………それはパーティー単位ではなく、小隊*1から連隊*2の規模でダンジョン下層攻略に挑む事をオラリオでは遠征と呼んでいる。

大手のファミリアならこの人員をほぼ自前で用意するのだが、零細ファミリアや中堅ファミリアだと複数のファミリアで遠征隊を編成するんだとか。

大手ファミリアでも場合によっては専門職のファミリアから人員を借りる事もあるらしく、ロキファミリアの場合、必要ならヘファイストスファミリアの協力を借りる事が多いそうだ。

 

「今回はまだレベルの低い団員達に中層以降の遠征に慣れさせるのが目的の遠征だから最下層までは行くつもりは無いよ」

 

「つまり遠征訓練って事ですか」

 

「そうなるね」

 

ロキファミリアは人員育成にも力を入れているらしく、時々低レベルの団員達と監督役の高レベル団員での簡易遠征等もさせて経験を積ませているんだそうだ。

 

「今回は君が協力してくれるから多くの団員を連れて行ける。本当に感謝しているよ」

 

「それでも下級の団員にはキッチリ荷物持たせてるのは俺に頼った遠征を覚えて楽させない為ですよね?」

 

「君がロキファミリアに改宗してくれるなら別だけどね」

 

「うん、ほんとアンタ結構スパルタだな」

 

「はは、よく言われるよ」

 

フィンとそんな話をしていると、各員の準備が整った様だ。

 

「コホン………では諸君、今回は本格的な遠征では無いが、このような大規模な遠征に不慣れな者も多い遠征だ。経験のある者はフォローを、無い者は今回の遠征での経験を糧として欲しい。それと今回は彼の協力もあって荷物に余裕のある遠征となった。このような恵まれた環境で遠征が行える事にまず感謝の意を示したい」

 

遠征開始前のフィンの演説で改めて八雲の紹介が入り、今回遠征に参加する団員達の視線が八雲に集まる。

 

「では遠征を開始する!」

 

遠征が始まると、事前に決められた班毎に順次ダンジョンへと向かっていく。八雲も自分の班員達と共に自分の班の順番を待つ。

 

「そういえばちゃんと自己紹介してなかったッスね。自分はラウル・ノールド。2つ名は【超凡夫(ハイ・ノービス)】ッス」

 

「私はアナキティ・オータム。2つ名は【貴猫(アルシャー)】。よろしくね」

 

2人とも17歳でレベル3に到達したロキファミリアの2軍の中枢メンバーとフィンから聞いており、八雲もその人柄から信用できる人物だと思った。

 

「こちらこそ、村上八雲だ。極東の出だから八雲の方が名前になる。【首狩り族】なんて呼ばれてるが好きに呼んでくれ」

 

他にも八雲と同じレベル2のメンバーが数人おり、それが八雲の班である。

種族はヒューマン、猫人(キャットピープル)、エルフと中々に多種多様な種族が集まっている。

 

「(他の班には犬人(シアンスロープ)兎人(ヒュームバニー)にドワーフもいたな)」

 

これだけの多種族を束ねるフィンのカリスマに改めて感心していた。

 

「あっ、自分達の順番ッス」

 

「行きましょう」

 

こうして八雲の初めての遠征がスタートした。

 

******************

 

流石にトップファミリアの遠征とあってその進行はかなりスムーズであった。

 

「もう10層か。最短ルートを使ってるとはいえ速いな」

 

「危険なモンスターは先に行った1軍の人達が処理してくれてるからね」

 

どうやら先遣隊が間引きや天然武器(ネイチャーウェポン)を処理してくれているらしい。

 

「今日は18層で野営して、翌日からは大樹の迷宮で狩りだったか?」

 

「今回の遠征は遠征に慣れる事と、中級冒険者に経験値を貯めさせる事が目的ッスからね」

 

ここまでの道中で班員達とある程度打ち解けた八雲は時々襲ってくるオークをラウル達に抑えてもらっている間に背後から首を刎ねたりしていた。

 

「それにしても手慣れてるッスね」

 

「伊達に【首狩り族】なんて呼ばれてるだけあるわ」

 

「ソロだとあんまし1体に時間掛けられないからな。効率考えてたらこういうスタイルになったんだよ」

 

「自分は鎧があるッスからあんな軽業師みたいな事は出来ないッスよ」

 

「それにあのスキルもあるしね」

 

「武器も持たずに組み付いてどうするのかと思えば、その場でロングソード取り出して首をズバッと、だもんね」

 

「ヤクモが声かけてくれなかったら噴き出した血で血塗れだったぜ」

 

最初はそのアサシンばりの戦法にドン引きしていたものの、慣れというのは怖いもので、この1日で彼らも八雲の戦闘スタイルに慣れてしまっていた(毒されたとも言う)。

そんな時であった。

 

「い、インファントドラゴンだ!」

 

12層を通り掛かった際に他の班の班員からインファントドラゴンの出現の報が響く。

 

「私達も加勢に行きましょう!」

 

アナキティの一声で一同が現場に駆け付けると、既に数名の負傷者が出ていた。

 

「ナミは負傷者の救護を!他はインファントドラゴンを引き付けるッス!」

 

「了解よ!」

 

「わかった………でも、引き付けるだけじゃなく別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

ラウルの指示に八雲が某赤い弓兵のように軽口を言えば一瞬だけポカンとした顔をするが、直ぐに他のメンバーも獰猛な笑みを浮かべる。

 

「言うじゃない」

 

「負けてられねぇな!」

 

それはその場にいた他の班のメンバーも同じようで、負傷者を運んでいる以外の無事な団員がそれぞれの得物を構える。

 

「たかがトカゲ1匹で俺らを止められると思うなよ!」

 

この時の事をこの戦闘に参加したメンバーは後にこう振り返る。「あの戦闘は妙な安心感があった」「指示に従って動いてたら戦闘が終わってた」「インファントドラゴン相手にあの損害で済んだとかビックリ」等と突発的な階層主級との戦闘だったにも関わらず余裕のある勝利だったと。

 

******************

 

フィンside

 

インファントドラゴンの出現。その報を聞いて念の為に後方に控えていた僕が現場に駆け付けた時にはその戦闘は既に佳境を迎えていた。

 

「これは………」

 

問題のインファントドラゴンは四肢から血を流し、右眼をロングソードで穿かれ失明しており、ボロボロになっていた。

 

「ラウル!ブレス来るぞ!」

 

「ならもう一度!」

 

インファントドラゴンがブレスを吐こうとすればラウルが手に持った瓶をその口に放り込み、それがブレスと反応して口の中で爆発する。後に聞いた話では、アレはヤクモが持っていた火炎瓶というもので、ドワーフの火酒を詰めた瓶を布で栓をし、火を着けて投げて火酒の酒気に引火させて爆破するものだそうだ。ガレスが聞けば嘆きそうな道具だ。

口の中でそんなものが爆破すれば如何にドラゴンと言えどただでは済まず、割れた瓶の破片で口の中を切ったのか血を流しながらよろめく。

 

「そのまま寝てろっ!」

 

そこにヤクモが飛びかかり、【宝物庫】から取り出したと思われる大型のハンマーで殴りつけ転倒させる。

 

「今だ!かかれ!」

 

「「「「おう!」」」」

 

それを逃さず、団員達が次々とインファントドラゴンの頭部を攻撃し起き上がる暇を与えない。

 

「コイツで止めだ!」

 

そこにハンマーをしまい再び飛び上がったヤクモが空中で新たな武器を取り出した。それは斧のような形をしているが、柄は短く、その代わりに斧の先端までの部分も分厚いまるで大剣のような不思議な形状をした武器だった。それを降下する勢いに合わせてインファントドラゴンの首に叩き付け、両断してしまった。

 

「やっぱ質量×高さ×速さだな」

 

「おいおい!インファントドラゴンの首まで斬っちまったぞ、コイツ」

 

「【首狩り族】の2つ名は伊達じゃないね」

 

「いや、これは偶々狙い易いとこに首があったからで」

 

インファントドラゴンという強敵を共に倒したせいか、多くの団員達から賞賛を受けるヤクモを見て、彼を先にロキファミリアにスカウト出来なかった事を悔やみつつも、縁を結べた事を幸いだと思う。

そして、浮かれている団員達を引き締めるべく声を掛けた。

 

「喜ぶのは良いけど、ここはまだダンジョンだというのを忘れてないかい?」

 

「「「「団長!?」」」」

 

「見てたなら手を貸してくれても良かったろうに………」

 

僕がいた事に今更気付いた団員達が驚く中、ヤクモだけはそれに気付いていたようで、そんな抗議をしてくる。

 

「いや、僕が来た頃にはほとんど決着が着いていたからね………手柄を横取りしたくないしね」

 

その後、幸いにも今回の遠征を脱落するような負傷者は出なかったので、負傷した団員達の手当てをしてから僕が引率として彼らを率いて皆の待つ18層へと向かった。

 

side out

*1
30〜60人

*2
500〜5000人




インファントドラゴン、お前は良い奴だったよ………

という訳で後半はインファントドラゴン戦でした。
最後に八雲が使ったのは椿が試しに作った試作品のスラッシュアックスモドキです。
作ったは良いが、重量が重量なので普通の冒険者では持てず、八雲も力が足りないのであのように空中で取り出して降下の勢いで叩きつけるぐらいしか使い道が今の所ありません。


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二十七話 リヴィラと大樹の迷宮

今回は短めです。


インファントドラゴンを倒した八雲達はフィンの先導で無事に18層に辿り着いた。

 

「ここが18層………【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】」

 

「そう言えば君は初めてだったね」

 

「はい。俺はソロだとまだ精々中層の初めの辺りが限界なんで」

 

「君ならそのうち1人で来れるようになるさ」

 

そして野営予定に到着すると早速野営道具等を宝物庫から取り出して野営を開始する。

 

「ラウル〜、そっちのロープもう少し引いてくれ」

 

「はいッス」

 

テントを張り………

 

「やっぱ屋台やってただけあって手際良いね」

 

「食材も保存が効くもの以外まで持ち込めるのは大きいよ」

 

「お喋りしてないで手を動かせ!」

 

「「あっ、はい!」」

 

食事の準備では屋台の実績から陣頭指揮を任され………

 

「何か、今日は矢鱈働いてるような気がする」

 

「確かに今日は大活躍だったッスね」

 

「屋台やってるって聞いてたけど、女性として自信失くすわ」

 

「言っとくけど、俺の兄貴はもっと美味いぞ?」

 

「えっ?ヤクモ、お兄さんいるの!?」

 

「オラリオには来てないけど、もう1人妹もいる」

 

「真ん中なんだ?」

 

「そうなるな」

 

「じゃあ何で1人でオラリオに?」

 

「ウチの神様に誘われてな」

 

「へぇ〜」

 

食事になると班員やインファントドラゴン戦で一緒になったメンバーと雑談に花を咲かせる。

 

「………あっちにあるのがリヴィラか」

 

「興味あるの?」

 

「ちょっと知り合いに聞いててな」

 

その時、八雲はリヴィラを見ているようでもっとと遠くの何かを見ているようだった。

 

「ヤクモ?」

 

「悪い悪い………明日も早いんだろ?もう休もうぜ」

 

そう言って八雲は自分のテントへと戻っていく。

 

「何かあったのかな?」

 

アナキティはその八雲の様子に疑問を抱きつつ自分もテントへと戻るのであった。

 

******************

 

「これが【大樹の迷宮】………」

 

19層、ここからは【大樹の迷宮】と呼ばれる湿地と森林の組み合わさったそれまでの洞窟型ダンジョンとは異なるダンジョンの様子に八雲はある種の感動を覚えていた。

 

「ここからはダークファンガスとか厄介なモンスターが増えるから気を付けてね?」

 

「あ〜、状態異常系か」

 

「専用の回復薬も数に限りがあるからね」

 

「状態異常の厄介さはわかってるつもりだ。十分注意するよ」

 

モンスターの厄介さは増したが、経験者達の話を聞きつつ細心の注意をしながらダンジョンを探索する。その間に八雲は依頼の薬草やその他の素材を収集していく。

 

「ディアンケヒトファミリアの依頼受けたんだ?」

 

「遠征行くの聞きつけてちゃっかり俺に依頼してきたよ」

 

「あ〜、私達に依頼するより安いもんね」

 

「そゆこと」

 

ショベルで根を傷付けないようしっかり掘り返して薬草を回収する姿に最初は疑問を抱いていたラウル達も「そういう部分も意外と査定に影響するんだぞ?」という八雲の言葉に感心しながら周辺警戒をする。

 

「今日は何層まで行くんだっけ?」

 

「今日は20層じゃなかったかな?」

 

「ならこのへんで切り上げるか」

 

集合予定時間が近いという事で素材集めを切り上げて集合場所を目指す。

 

「でも、ほんとにヤクモと一緒だと色々勉強になるッスね」

 

「こっちこそ学ばせてもらう事ばっかだって………やっぱ2トップのファミリアだけあって蓄積された知識量ってのがちげぇわ」

 

「そっか、ヤクモのとこはまだ新興ファミリアだもんね」

 

「あっ、ガン・リベルラ来るよ」

 

「また針撃ち蜻蛉か………アレ面倒くさいんだよなぁ」

 

「首狩れないもんね?」

 

「キラーアントみたいに頭落としても増援呼ぶやつとかいるし………虫系のモンスターは割と苦手なのかも」

 

そうして本日の野営地に辿り着く。

 

「野営って言っても交代で休むだけだけどな」

 

「そういやヤクモは野営どうしてたんだ?まだ18層まで行けてなかったんだろ?」

 

「あ〜、それか」

 

野営の準備中、ふと他のメンバーが八雲に訊ねると

 

「各階層の階段の辺りでテント張って、仕掛けを周りにしておいてその仕掛けが反応したらすぐ起きれる浅い眠りしかしてなかったな」

 

「………そりゃ心配されるわよ」

 

確かに階層の切り替わる地点はモンスターの出現率も低いので野営する者もいるが、八雲のように何日もソロでやるような事では無いし、そもそも中層がレベル2がソロで来るような場所では無いのだが………

 

「それより明日は下層なんだろ?しっかり休める時に休んでおこうぜ」

 

「こいつ、ほんとに遠征初めてなんだよな?」

 

やけに遠征に慣れた八雲にロキファミリアの面々は何と言っていいのかという表情になるのであった。




あと2、3話で遠征編は終わるかと思います。

まだ原作開始には遠い。


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二十八話 下層とレアドロ

新型コロナがまた酷くなってきていますが、ちゃんと対策してますか?

そんな一方でこちらは平常運転です。


24層と25層を繋ぐ連絡通路にある巨大な滝、【巨蒼の滝(グレートフォール)】。この滝壺は27層にあり、万が一流されればそこまで真っ逆さまなのだという。

 

「ここからが下層………通称【新世界】か」

 

どこの一繋ぎの大冒険だよ、と思わずツッコミたくなるのを我慢しつつ、下層へと足を進める。今回の遠征ではこの付近の階層を回って帰還するらしく、フィン達幹部クラスはギルドからの依頼であるアンフィス・バエナの討伐を行なうとの事。

 

「水中に潜む移動型レイドボスってか………面倒そうだな」

 

「魔法も散らされるし、水の上でも燃える炎を吐くは、と魔法職の天敵みたいなやつよ」

 

「俺も本職は魔法系になるし、ソロだとキツそうだな」

 

「魔法系って………あんだけ剣だの槍だの節操無く使っといて魔法系って」

 

「何故2回も言った」

 

アンフィス・バエナが移動する滝付近を避けてブルークラブやレイダーフィッシュといったモンスターを中心に討伐を行っていた八雲達。イグアス等面倒なモンスターもいたが、軽装の八雲を狙ったところ、八雲が当たる直前に【宝物庫】から盾を呼び出して激突させるとかいう変態戦法で一方的に狩られる獲物と化したのにはラウル達もすっかり慣れた様子で最早何も言わない始末であった。

そんな中、彼らは珍しいモンスターと遭遇する。

 

「あれは!?マーメイド!」

 

「へぇ〜、あれが」

 

「は、早く囲むッス!」

 

それは希少種でドロップアイテムの【マーメイドの生き血】は【ユニコーンの角】に並ぶ希少回復アイテムなんだとか。

だが、その水中でのスピードはこの付近の階層ではトップクラスを誇り、簡単に討伐出来ず、それ故にドロップアイテムも希少なのだが………次の瞬間、そのマーメイドの頭部がズキュンという音と共に吹き飛んだ。犯人は勿論双銃を手にした八雲である。

 

「おっ、ドロップアイテムゲット。ラッキー」

 

「ちょっとぉおおおお!?何サラッとマーメイド倒してるのよ!?」

 

「いけなかったか?」

 

「いや、いいんだけどさ!というかソレ使ってもいいわけ!?」

 

前に双銃は悪目立ちするからあまり使わないと聞いていたアナキティはまさかこんなアッサリ使うとは思っていなかったため、ダンジョンの中だというのに大声を出して八雲に掴み掛かる。

 

「いや、お前らは双銃(コレ)の事既に知ってるし、周りに他のファミリアのやつもいないしさ」

 

「確かにそうだけど!」

 

「それにマーメイドって逃げ足速いんだろ?なら速攻かなって」

 

「だからっていきなり頭吹き飛ばさないで!」

 

「悪い悪い………でもさ」

 

「何よ」

 

「そんな大声出したらモンスター集まってこね?というか来たし」

 

言われてアナキティが振り向けばアクアサーペンや水晶巨亀(クリスタルタートル)、クリスタロス・アーチンやハーピィにセイレーンが集まってきていた。

 

「ハーピィやセイレーンは俺がやるからラウル達は下の頼むわ」

 

「わ、わかったッス!」

 

そこからは八雲が空中を飛び回るハーピィやセイレーンを双銃で叩き落とし、ラウル達が水晶巨亀やアーチンを倒し、最後にアクアサーペンを囲んでフルボッコにして討伐する事となった。

 

「酷い目にあったわ………」

 

「けど、ドロップアイテム大量でウハウハだな」

 

「あれだけの群相手に脱落者無しって凄いッスね………帰ったらステータス更新してもらおう」

 

「でも、【マーメイドの生き血】(コレ)、ホントに俺が貰っていいのか?」

 

先程ドロップした【マーメイドの生き血】だが、八雲を除いた班のメンバー全員一致で八雲に譲る事が決定していた。

 

「貰っていいも何もお前が討伐したモンスターのドロップアイテムだしな」

 

「私達は何もしてないし」

 

「なら遠慮なく」

 

回復アイテムとして取っておくもよし、ギルドやディアンケヒトファミリアのようなファミリアに売ってもよしの希少アイテムを手に八雲はある事を考えていた。

 

「(もしかして、この階層美味しい?)」

 

「アンタ、到達階層が伸びたらここに籠もって荒稼ぎしようとか考えてないわよね?」

 

「………ちょっとだけ」

 

「全然懲りて無いじゃない!」

 

「アキ!そんな声出したらまた」

 

「おかわり?俺はまだいけるが」

 

「「「「それはお前だけだ!」」」」

 

結局、八雲以外の大合唱で再びモンスターが集まり戦闘する羽目になった………幸いにも先程よりも半分以下の数だったので難無く討伐出来たが、ラウル達は肩で息をしており、疲労度合いが判る。逆に八雲はピンピンしており、ドロップアイテムや魔石の回収に勤しんでいたが………

 

「………何でレベル俺らより下なのにピンピンしてんの?」

 

「いや、ダンジョン籠もってた時よりはマシかなって」

 

「そういやコイツ一週間ダンジョンに籠もってた事あったんだったわ………しかも安全地帯で休まずに」

 

「加えて今は私達も一緒だもんね………」

 

そりゃあ、おかわり要求しますわ、と皆呆れ顔になる。

 

「あっ、ヤクモにアキ達だ!」

 

そこへアンフィス・バエナを討伐していたフィン達主力部隊がやってきた。

 

「もう討伐終わったんですか?」

 

「あぁ、今回は持ち込めたアイテムが潤沢だったからね」

 

実はフィン達はアンフィス・バエナ討伐に向かう前に八雲の【宝物庫】から様々なアイテムを補充してから向かったのだ。

 

「そっちも色々充実してたみたいだね?」

 

「【マーメイドの生き血】もドロップしたしな」

 

「へぇ〜」

 

その後、何班かと合流しつつ、遠征の目的を達した事を伝え下層から引き上げる事となった。




アンフィス・バエナ討伐についてはメモフレの派遣クエストを参考にしました。

次回で遠征編は一応ラストのつもりです。


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二十九話 ダンジョンの街と宴会

今回で遠征編は終わりとなります。
次回からは新しいお話に………

今更ながらダンメモの3周年記念イベントが直撃しております。


行きと違い帰りはそこまで苦労する事なく18層まで戻ってこられた。

 

「ここで一泊してから地上だっけ?」

 

「そうッスね、これ以上トラブルが無ければッスけど」

 

野営の準備をしながらラウルが呟く。実はここまで戻る途中で八雲の【宝物庫】があるからと同行していたフィン達が宝石樹の番人である木竜・グリーンドラゴンとの戦闘を行う事になったのだ。しかも、「危なくなったら助けてあげるから君達でやってみないかい?」と言われて最初は八雲の班だけで相手をさせられたのだ。

 

「宝石樹は稼げるが、グリーンドラゴンは割に合わねぇよな」

 

「結局、団長達の手を借りましたッスもんね」

 

中層では流石に双銃は使えず、バスタードソード二刀流と双刃剣(ダブルセイバー)を切り替えて戦うというそれでも普通ではない戦い方をした八雲。

特に双刃剣は同じようなウルガという得物を使うティオナから興味を持たれてしまった。もっとも、ウルガは柄が短めで刃がバスターソード並みなのに対して八雲のは柄が長く、先端にシミターのような刃が着いたものだが………

 

「そういえばリヴィラには行かないんスか?」

 

「リヴィラねぇ………」

 

復路であるためか色々と余裕があるとの事で少しならリヴィラに寄る事も許可が出ていたのだ。

 

「よかったら案内するッスよ?」

 

「2人が行くなら私も行こうかな?」

 

「………わーたよ、ちょっとだけな」

 

ラウルとアナキティの説得でリヴィラの街へと行く事になった。

 

******************

 

野営の準備を終わらせた八雲達はフィンに許可を取ってからリヴィラの街へと繰り出した。

 

「なるほど………物資の補給線がここの冒険者や通り掛かった冒険者に依存するから水や食料、その他消耗品の値段がここまでふっかけれるのか………となると」

 

「ヤ、ヤクモ?何か不穏な事考えてない?」

 

「ん?そんな悪そうな顔してたか?」

 

「物凄っく」

 

「で、何考えてたんスか?」

 

「いや、俺のスキル(【宝物庫】)使えばこの街牛耳れないかと」

 

「「ほんとに碌でも無い事考えてた!?」」

 

確かに八雲の【宝物庫】は今回の小遠征でも証明されたように物資の大量輸送に向いており、地上の物資を一度に大量輸送すればリヴィラで価格崩壊を起こすのは容易である。しかも、スキルで保管している為、鮮度維持や盗難、紛失防止も完璧とやろうと思えば可能というのが恐ろしい。

 

「おいおい、何か聞き捨てならねぇ言葉が聞こえたが?」

 

そこに現れたのは眼帯をした強面の冒険者にしてこのリヴィラの元締めをしているボールスであった。

 

「へぇ………見るにアンタがここを取り仕切ってる人?」

 

「見ない顔だが………もしかしてテメェ、【首狩り族】か!?」

 

「なるほど、中々に情報通とみえる」

 

「テメェについては色々とここ(リヴィラ)では有名なんだよ………ここに到達した訳でもねぇのにダンジョンに長期滞在してるバカがいるってな」

 

八雲のダンジョン引き篭もりはこんな所でも噂になっていたようだ。

 

「さっきの話は俺がここに自力で到達出来るようにならないと話にならないから“今は”忘れてくれ」

 

「“今は”って、何れはやる気満々なんじゃねぇか!」

 

「フフ、アンタにも損はさせねぇから気長に待っててくれや」

 

「………なぁ、ロキファミリア。俺の気の所為じゃなきゃ近いうちにこいつがまた来そうな気がするんだが」

 

「「ノーコメントで」」

 

一歩も引かないどころか不敵な笑みを浮かべる八雲に嫌な予感を覚えたボールスはラウルとアナキティに訊ねるが、2人は揃ってノーコメントを貫いた。

 

「………となると、ここに到達出来るように経験値稼ぎは必須として、あとは今の屋台の伝手で得た流通ルートを………」

 

「ちょっと待って!本気でコイツ怖いんだけど!?」

 

「………思ってたけど、時々ヤクモって黒いわよね」

 

「そうッスね………」

 

こうしてボールスは八雲(ヤバいヤツ)に目を付けられるのであった。

 

******************

 

「おー、無事帰ってこれたな」

 

「………何か普段より疲れたッス」

 

「………同感ね」

 

その後は特にトラブルも無く地上に帰還出来た八雲とロキファミリア。

ラウルとアナキティはリヴィラで八雲の別の側面を見たせいか少しグッタリしている。

 

「すまないけどヤクモはホームまで荷物を運ぶまで同行してくれ」

 

「後でリストと照らし合わせながら出さないとだな」

 

尚、持ってきた魔石は八雲個人の分を除いて既にロキファミリアの換金役の人に渡してあり、八雲は後日換金する予定である。

 

「本当に今回は助かった。礼を言う」

 

「ガハハ!おそらく今夜は宴会になるだろうからお前さんも来い!」

 

「宴会ですか?」

 

「ああ、ロキは宴会が好きだからね。君や君の主神もきっと呼ばれるんじゃないかな?」

 

先日会ったロキの事を思い出せば、確かにあれは宴会好きなタイプであろうと八雲も納得する。

 

「わかりました。呼ばれるようであれば是非に」

 

結論から言うと、八雲とアフロディーテはフィンの予想通り宴会へ招待される事となった。というのも、八雲が参加したおかげで予想より稼ぎが良かったらしく、それを知ったロキが大喜びで八雲と丁度黄昏の館を訪れていたアフロディーテを招待したのだ。

無論、ロキファミリアの奢りで。

 

「へぇ〜、ロキのお気に入りのお店なのね」

 

「せやで。ミア母ちゃんの飯は美味いし、酒をええもんが揃っとる。ウチの行きつけの店や!」

 

片付けを終えてロキとアフロディーテを先頭にその店へと向かう一行。

 

「こっちの区画の店はあんまし来たこと無かったな」

 

「ハハ、なら期待しているといいよ。あの店は確かに良い店だからね」

 

という事でやってきたのは西区にある【豊穣の女主人】というお店。中からは既に多くの冒険者達の賑わう声が聞こえていた。

 

「にゃ。御予約のお客様、御来店にゃ〜」

 

そして、給仕と思われる猫人族の少女に通されロキが予約していた団体席へと腰掛ける。

 

「中々繁盛してる店みたいだな………それに、店員もレベル高いな」

 

「八雲、何見てるの」

 

「うん?店員の戦闘力だけど?」

 

「………」

 

「あの足運びとか武術やってた人特有の癖だし、あっちは足音を殺してるから斥候か“そういう仕事”してる人だろうな」

 

アフロディーテ達神々に嘘は通用しない。故にアフロディーテには判ってしまった。八雲がそれを本気で言っていると。

 

「見た感じほとんどレベル3以上かな?うん」

 

「こういう子だったわ、この子………」

 

そんな事をしている間に料理が運ばれてきてロキやフィンの短い挨拶の後に宴会がスタートした。

 

「何これ、ウマ!」

 

「ほんとね」

 

「やろ?ミア母ちゃんの飯はサイコーなんや!」

 

そうして料理が運ばれてくる中、八雲はとある給仕の娘に目を奪われた。

 

「………」

 

「ヤクモ?」

 

「どうしたんスか?」

 

近くにいたアナキティとラウルが八雲の視線の先を見ると一人のエルフがいた。アナキティはその視線が先程のものとは違う事を見抜いていた。

 

「ふぅん、ヤクモはああいう娘が好みなんだ?」

 

「アナキティ!おま」

 

「アキでいいわよ。何かヤクモとは長い付き合いになりそうだし」

 

「そうか………じゃなくてだな!」

 

その抗議の声は宴の喧騒に紛れてしまう。

 

「シル、次は何を運べばいいですか?」

 

「じゃあ次はそっちのお皿をお願いね、リュー」

 

一方、その視線の先にいたエルフは同僚のヒューマンから次に配膳する皿を受け取っていた。




割と半端な終わり方で申し訳無い。
でも、やっとこの作品のメインとなる人物が出せました。

そろそろ話の内容を加速させて原作のところまで何とか早めに到達させようと思います。
それでもいきなり原作開始まですっ飛ばしたりはしないつもりなのでもう暫しお付き合い下さい。


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三十話 武器と鍛錬

今回は説明文多めです。
あと一話閑話入れてから原作に入ろうかと思います。


八雲がオラリオにやってきて3年が過ぎた。

レベル3になった八雲は狩場を19層より下に移し、リヴィラに物資輸送で稼いだり、定期的に地上で屋台で稼いだり、ギルドで様々な依頼を受けて活動していた。

 

「八雲さん、また指名依頼が入ってますよ」

 

「はいよ」

 

最近では八雲の呼び名も極東出身という事でしっかりとした発音で呼ばれる様になった。

それはそうと、八雲に指名依頼を出すのは大抵3つのファミリアで、1つは薬草等の収集依頼を出すディアンケヒトファミリア。ここは既にお得意様である。

続いて2つ目はガネーシャファミリア。こちらは主に怪物祭で調教するモンスターを運ぶ為の檻の運搬や各イベントでの屋台の統括等が多い。

最後の3つ目はヘファイストスファミリア。これは団長の椿からの個人的な依頼がほとんどではある。

今回の指名依頼もその椿からのものであった。と言う訳で八雲は椿の工房を訪れた。

 

「椿、来たぞ」

 

「来たか、八雲」

 

「で、今回は何作ったんだ?」

 

椿の依頼とは彼女が作成した武器の運搬とテスト。椿の試作品のテストとしてダンジョンに同行して下層まで行き、2人で試作品の武器を使って戦闘してデータ取りをするだけのお仕事である。

尚、2人して試作武器を次々に持ち替えてモンスターをボコボコにしていく様は既に有名になっており、そのせいか新たな2つ名として【単眼鬼の武器庫(キュクロプスストレージ)】と呼ばれる始末である。

 

「今回はコレらだ」

 

そう言って椿が指差したのは山のように積まれた武器達であった。

 

「また大量に作ったなぁ」

 

その多さに呆れる八雲だったが、そのうちの1つを見て表情を変える。見た目は大型のランスだが、穂先のところに丸い穴が開いており、柄の近くに大型のシリンダーのようなモノが取り付けられている。

 

「とうとうコレも再現しやがったか」

 

そう、紛う事なき“ガンランス”であった。

 

「弾倉とやらの強度を実現するのに苦労したわ」

 

どうも八雲が伝えたスラッシュアックスやガンランスといった機械武器はボウガン等と同じように部品を組み立てるという工程が加わるせいか通常の武器のような付与がし辛いんだとか。

その為、【不壊属性】等を付与して強度を確保する等の方法が取れなかったらしい。

 

「それにしても不良品の小型の魔剣をあえて暴発させて穂先から放射させるとは………またえげつない発想をするなぁ」

 

「専用の魔剣………いや、“魔弾”を作れれば良かったんだが………そこは贅沢か」

 

「その話、詳しく!」

 

まあ、このように新しい武器を作ってはあーでもないこーでもないと議論を交わす2人。

最近では時々椿の元を訪れた新人鍛冶師も議論に加わる事がある。

 

「とりあえず今回はこれらのテストだ」

 

「了解。なら一旦【宝物庫】にしまうぞ」

 

そうして武器の山はまるで初めから無かったかのように消えて【宝物庫】へと格納された。

 

「本当に便利じゃな、そのスキルは」

 

「おかげで変な連中に絡まれたりしたけどな」

 

一時は八雲のスキル目当てで良からぬ輩が寄っては来たが、八雲は自身が持つ伝手を総動員してそのような輩を追い払った。そのせいでいくつかのファミリアに借りが出来てしまったが、今のところはその貸しに付け込んでくるようなファミリアは居ない。

 

「そんじゃ、行くとしますか」

 

「おう!」

 

***********************

 

それから数日後、八雲はフレイヤファミリアの本拠地である戦いの野(フォールクヴァング)を訪れていた。

以前通りすがりのオッタルに救われた事と【宝物庫】の関係で色々と世話になったフレイヤファミリアにはロキファミリアとの遠征以降月1ぐらいの頻度で呼び出されているのだ。何故フレイヤファミリアにレベル3の八雲が呼び出されているのかというと………

 

「始めるぞ」

 

「来い………来いよ、俺はここにいる!スケェェェィス!」

 

それは憑神を使ってオッタルと鍛錬をする(のサンドバッグになる)為だ。

どうもオッタルはスケィスとの一戦で思わぬ経験値を得たとの事で、借りを返す一貫として八雲はオッタルと憑神で戦わされているのだ。八雲としても憑神の制御を練習する良い機会でもあり、憑神でのデメリット(経験値の減少)を差し引いても格上との戦闘という事で莫大な経験値が入る為、八雲としても有り難い申し出だったのだ。

また、この経験から【憑神】についても色々と判明した事があった。

まず、八雲が変身出来るのはスケィスだけではなかった。より正確に言うならば八雲の憑神はスケィスそのものではなく、他の八相のどれでもなかったのだ。その番外の碑文とでも言うべき存在がその能力で他の八相因子を使って変化しているというのが八雲の推測である。そして、その元となった存在についても八雲はなんとなく正体を察している。

また各憑神毎で制御の難易度が違い、現在八雲が制御可能な憑神はスケィスを除いて3つだけ。他はまだ暴走するか条件が必要で変化そのものが不可能な状態だ。

次にある程度制御が出来るようになった事でスキル欄に増えた項目があった。

 

【憑神】

 

・強く願う事で憑神『■■■』の力を発現させる。

・発動中、発動時間に応じてステータス値、経験値を減衰させる。

・データドレインにより対象の恩恵又はステータスを吸収する。

・データドレインは心が折れた者、対象かその主神が認めた場合、もしくは障壁破壊プロテクトブレイクした者を対象に発動が可能。

・データドレインは使用すれば侵食率が上昇し、侵食率が高くなればデータドレイン時に自身にデバフか状態異常を付与。侵食率が100になれば使用者は死ぬ。

・侵食率は憑神を使用せず戦闘を繰り返す事で減衰する。尚、侵食率は左腕の刻印で判断する。

偽憑神武器(ロストウエポン)の開放。

 

そう、最後の項目にある偽憑神武器である。

これは各憑神の特性を持つ武器を召喚する能力らしく、偽とつくように本家の憑神武器には劣るものの、オラリオでは特殊武器レベルの破格の武装であった。

これも各憑神の8つの武器が喚び出せるのだが、今のところは変身できる4つの憑神に対応した武器のみである。

 

「がはっ」

 

「ここまでか」

 

スケィスが倒れ八雲へと戻ると、オッタルは手にしていた大剣を背に戻す。

 

「あ、ありがとう、ございました」

 

「これを飲んでおけ」

 

倒れたままではあるが、ちゃんと礼を言う八雲にオッタルは回復薬の入った小瓶を置いて去っていく。

 

「憑神相手にしてあれって………やっぱバケモンだわ、あの人」

 

何とか回復薬を飲んで体力を回復するが、八雲の鍛錬はまだ終わりではない。

 

「おい、次は俺達だぞ」

 

オッタルと入れ替わるように現れたのはアレンを含むフレイヤファミリアの幹部達。そう、オッタルだけが強くなるのを良しとしない彼らはオッタルのように1対1ではないとはいえ八雲の憑神と戦闘して経験値を得ているのだ。その見返りとして生身の方の鍛錬を手伝ってもらっているので否とは言えない。

 

「(この人数相手だとスケィスじゃキツイな………ならアイツでいくか)」

 

十分回復したところで八雲はスケィスの次に制御に成功した憑神へと変身する。

 

「来い!俺の“メイガス”!」

 

それは第三相【増殖】の能力を持つメイガスだった。

ちなみにもう1つ乱戦向けの能力を持つ憑神

もいたが、そちらを使うと色々問題になりかねない為メイガスの方を使用した。

 

***********************

 

「メイガス相手に複数人いたとはいえ勝てるって、やっぱレベル6もバケモンだわ」

 

帰り道、八雲は改めてフレイヤファミリアの上位陣の強さを実感していた。

 

「あら?八雲じゃない」

 

そこで屋台を引いて帰路についていたアフロディーテと合流する。

 

「もうすっかりその格好が違和感しなくなってきたな」

 

「そりゃ3年もやってるからね」

 

聞けば最近では別の屋台でバイトを始めた女神がいるのだとか………その女神に心当たりがあって八雲は苦笑する。

 

「なあ、今日は外食にしないか?ちょっと夕飯作る気力が無い」

 

「そうね、何処にする?」

 

「豊穣の女主人」

 

「即答ね………やっぱあの娘がお目当てかしら?」

 

「………否定はしないが、ミアさんの飯が食いたいってのもある」

 

「あら?否定しないのね」

 

「神に嘘ついても見破られるだけだろうが!」

 

「よくお分かりで」

 

「はぁ………屋台は【宝物庫】入れてやるからさっさと行くぞ」

 

「は〜い」

 

こうしてその日も女神とその眷属の少年の1日は過ぎていくのであった。




>もう1つ乱戦向けの能力を持つ憑神
これは第六相マハの事です。
能力が魅了系の為、フレイヤファミリアの連中には地雷になりかねないという事で使いませんでした。


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三十一話 剣神との邂逅

今回はサブタイトル通りあのファミリアが登場します。


ある日、八雲はバベルの前で見慣れぬ一団を目撃する。

 

「では、行って参ります!タケミカヅチ様」

 

「うむ、気を付けるのだぞ」

 

そう言ってバベルへ向かう一団は揃いの菫色の服に赤い具足のような防具を一部だけ身に着けた和装の冒険者。

一方、それを送り出したのは弥生時代〜古墳時代にいそうな豪族のような出立ちをした男神であった。

 

「(タケミカヅチって、あの建御雷神様?)」

 

それは日本でも有名どころの神で、鹿島神宮にて祀られる鹿島神としても有名で、軍神や剣の神とも呼ばれる神であった事を思い出す。

 

「そういや、極東から来た一団がいるって噂があったが、彼らがか………」

 

そんな事を思っていると、八雲の視線に気付いたのか、タケミカヅチと呼ばれた男神が八雲に近付いてきた。

 

「そこの君、ちょっといいかな?」

 

「あっ、すみません、視線が気になりましたか?」

 

「いや、俺達はここ(オラリオ)では珍しい服装だからな。気になるのは無理も無い」

 

余程人が、神がいいのか、タケミカヅチは笑って八雲の謝罪を受け入れた。

 

「先の眷属達の声からタケミカヅチ様と聞こえましたが」

 

「いかにも、俺はタケミカヅチという。君は何と?」

 

「これは失礼しました。自分は村上八雲。アフロディーテファミリアに属しています」

 

「ほう、名の響きからして極東の出か?」

 

「まあ、そのようなものです」

 

八雲の名を聞き、同じ極東の出身者と知ると、タケミカヅチは「少し話がしたい」と八雲を本拠へと招いた。

 

「まだ来て日が浅い故に何も持てなしはできんが」

 

「いえ、うちのファミリアも最初はそうでしたので」

 

そうしてファミリアあるあるで少し盛り上がったところでタケミカヅチは本題に入った。

 

「八雲と言ったな。君は先程極東の出かと訊ねた際に“そのようなもの”と答えたな?」

 

「はい」

 

「ずばり、君はこの世界の出では無いな?」

 

「あれだけの問答でそこまで見抜きますか………」

 

決して侮っていた訳では無いが、タケミカヅチのその洞察力に八雲は感心する。

 

「公には出来ませんが、ちょっとした理由で異界の極東からこの世界に招かれました」

 

「なるほど………君がそう言うなら俺も口外しないと誓おう」

 

「ありがとうございます」

 

そこからは八雲の故郷がどのようなところかと訊ねられ、八雲はタケミカヅチに日本の事を語った。

 

「なるほど」

 

「そういえばタケミカヅチ様は軍神とも呼ばれていましたね」

 

「はは、こちらではその力もほとんど使えんがな」

 

「神としての力は使えずとも、技は問題無いのでは?」

 

「ほう」

 

そこまで言われてタケミカヅチも八雲が何を望んでいるかを察して笑みを浮かべる。

 

「一手御指南頂きたい」

 

「得物は?」

 

「こちらを」

 

そう言って八雲は【宝物庫】から木刀を2本取り出し、片方をタケミカヅチに手渡した。

 

「表へ出ようか」

 

***********************

 

「(やっべ、話の勢いとはいえあの建御雷神様とやれるとかラッキー!)」

 

昔から武器や神話についてよく調べていた八雲はタケミカヅチに手合わせが出来るとあって内心興奮していた。一方のタケミカヅチは木刀を振るいながら使い心地を確かめていた。

 

「うむ、これなら問題あるまい」

 

「それは良かった」

 

「では始めるとしよう」

 

そう言うと、タケミカヅチは正眼の構えをとり、八雲は切っ先を右下後方に向けるように木刀を構えた。

 

「ほう、面白い構えをする」

 

「ちょっとした流派の真似事ですがね」

 

そして、両者の間を風が吹き抜けるのを合図に両者共に前へ出る。

 

「ふっ!」

 

「はっ!」

 

タケミカヅチの正眼から真正面に振り下ろすと見せかけて横薙に振られた一閃を下から掬い上げるように受け流す八雲。

 

「ほう、やるな」

 

「いえ、今のは受け流すのが手一杯で切り返せませんでしたよ」

 

「抜かせ、ウチの命ではあれを初見でいなせるかどうか」

 

「レベルあってのものですよ………今のレベルでなければ見切れてもいなせたかどうか」

 

なんでも、ファミリアの眷属達には色々な武を教えていたという。その中でも命という少女は優れた刀の使い手なのだとか。

そんな話をしつつも両者の剣は止まらない。無論、タケミカヅチが多少手加減してくれているのだろうが、タケミカヅチからしても未知の流派の剣に探り探りな面があるからなのだろう。

暫く打ち合っていると、タケミカヅチは一度八雲から距離を取り正眼に構え直す。

 

「なるほど………7つ、いや、8つの型からなる剣技か。面白い剣だ」

 

「うへぇ………たったあれだけの打ち合いでそこまで見抜きますか」

 

見様見真似の技とはいえ、それを僅かなやり取りで見抜かれた事に八雲は驚くも、本当に驚かされるのはこれからだった。

 

「こう、かな?」

 

「ちょっ!?」

 

直後にタケミカヅチから放たれた一刀は紛れもなく八雲が使っていた流派の技である“螺旋撃”であったのだ。

 

「あの短時間で盗んだんですか!?」

 

「これでも剣の神だからな」

 

そう、タケミカヅチは先程までの八雲との打ち合いでいくつか技を盗んでいたのだ。

 

「マジかよ………」

 

「せっかくだ、残りの型も学ばせてもらおうか?」

 

結局、両者の手合わせは八雲の技がほぼタケミカヅチに盗まれたところで八雲が降参する事となった。

 

「うん、舐めたつもりは全くなかったが、タケミカヅチ様ヤバすぎる」

 

「いい技を学ばせてもらった、礼を言うぞ、八雲」

 

清々しい笑顔のタケミカヅチに八雲はもう笑うしかなかった。

 

***********************

 

「タケミカヅチ様〜!ただいま帰りました!」

 

それからしばらくしてタケミカヅチの眷属達が帰ってきた。

 

「よく戻ったな」

 

「はい!………ところでそちら方は?」

 

「ああ、今朝お前達を見送った後に知り合った八雲だ」

 

「紹介に与った八雲だ。一応皆と同じ極東の出ということになる」

 

最初は警戒の色を見せた彼らもタケミカヅチからの紹介と同じ極東の出身という事もあってすぐに警戒は薄れた。一部警戒し続けている者もいたが。

 

「そうでしたか、八雲殿は別のファミリアの………」

 

「先程タケミカヅチ様に一手御指南頂いたが、流石は武神と呼ばれる方だったよ」

 

「えっ!?羨ましい!タケミカヅチ様!私にも今度御指南を!」

 

「わかったわかった、また今度な」

 

その後、まだまだ備蓄の少ないというタケミカヅチファミリアに八雲はアフロディーテを呼んで屋台で料理を振舞う事に。これが後にタケミカヅチファミリアの財政難を凌ぐ為のタケミカヅチの屋台バイトの始まりになるとはこの時は誰も想像していなかった。




タケミカヅチ様、ヤベーの回。
八雲の剣技は不完全ではありますが、英雄伝説シリーズの八葉一刀流です。八雲の兄がゲームの技をある程度再現したモノを教えてもらっていた技だったのですが、タケミカヅチ様は八雲の不完全版からほぼ原型に近い形の技としてコピーしております。
剣の神様だし、これくらいできるよね?

次回はようやく彼らが登場します。
とはいえ、いきなりあのミノさんのとこではありませんが………


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三十二話 白兎とバイト神

ようやく原作………と言いたいとこですが、正確には原作少し前になります。
一応、今回は円盤1巻の特典短編の辺りになるのかな?


「今回も大漁だったな」

 

あれからまた1年が経ち、レベルアップ目前となった八雲。その日はメレンでニョルズファミリアの依頼を受けた帰りで、御礼に貰った大量の海産物を【宝物庫】に入れてホクホク顔でオラリオの門までやってきた。

 

「ん?八雲じゃないか………メレンからの帰りか?」

 

「ハシャーナさん。ええ、また大量に魚とか仕入れたんで後でそちらのファミリアにもお裾分けにいきますよ」

 

「そいつは助かる!ガネーシャ様も喜ぶだろう」

 

門番をしていたガネーシャファミリアのハシャーナに挨拶をしてから門をくぐると、後ろからトスっと誰がぶつかってきた。

 

「すっ、すみません!」

 

振り向くと、そこには10代前半だろうと思われる真っ白な髪に真紅の瞳をした兎を彷彿とさせる少年が慌てた顔をして頭を下げてきた。

 

「別に構わないさ………その様子からしてオラリオは初めてか?」

 

「は、はいっ!先程来たばかりです!」

 

聞けば育ての親である祖父の遺言でオラリオに冒険者になりにやってきたとの事。

 

「そうか、ならギルドまで案内しよう。受付嬢に言えばオススメのファミリアを紹介してくれるだろうし、ギルドの紹介があれば門前払いはほとんどないはずだからな」

 

「いいんですか?」

 

「丁度俺もギルドに依頼の達成報告をしなきゃならんのでな」

 

そう言うと少年は申し訳無さそうに八雲の後をついてきた。

 

「ところで少年、名前は?」

 

「ベル、ベル・クラネルです!」

 

「ベルか、いい名だ。俺は村上八雲。極東の出だから八雲が名前になる。八雲と呼んでくれ」

 

「はい、八雲さん!」

 

ベルを連れてギルドに向かうと、丁度顔見知りのハーフエルフの受付嬢エイナ・チュールがいた。エイナは八雲に気が付くと声を掛けてきた。

 

「あら?村上氏、依頼の報告ですか?」

 

「ああ、それと、門のところで冒険者志望の少年を見つけてな。案内してきたところだ」

 

そう言って後ろのベルをエイナに紹介する。

 

「べ、ベル・クラネルです!」

 

「ベルに基本的な事とオススメのファミリアでも紹介してやってくれ」

 

「いいんですか?村上氏のファミリアに入れるという手もあるんですよ?」

 

「と言われてもウチも俺1人の零細ファミリアだからな………新人の教育までは手が回りそうにないし」

 

「わかりました。ではベル君、こちらに」

 

「はい!あっ、八雲さんもどうもありがとうございました!」

 

「ああ、何かあったらアフロディーテファミリアを訪ねてくれ、手が貸せる範囲でなら力になるから」

 

「はい!」

 

そうしてベルと別れた八雲は別の受付嬢に依頼の達成報告をしてギルドを後にした。

 

***********************

 

その後、今まで稼いだヴァリスで建物を改修し、本拠兼食堂となったアフロディーテファミリアの本拠へと帰ってきた。

 

「いらっしゃいませ〜、って八雲さんか。おかえりなさい、八雲さん」

 

そう言って八雲を出迎えたのは食堂の従業員として雇っている非冒険者の一般人であるミリスというヒューマンの女性だった。

 

「ああ、ただいま………アフロディーテは?」

 

「アフロディーテ様なら奥でお客様とお話してましたよ?」

 

「そうか………おっと、忘れるとこだった。これ、メレンからのお土産」

 

そう言って八雲は【宝物庫】からメレンで買ったアクセサリーをミリスに手渡した。

 

「ありがとうございます!」

 

ミリスは元々は屋台時代からの常連客で、八雲がダンジョンに行っている時や怪物祭等のお祭りの時にちょくちょく手伝ってくれていた縁で半年程前にこの本拠の改修が済んだのに合わせて正式に雇う事になった。

食堂は場所が場所なのでまだ客は多くなく、屋台の頃の常連客が来る程度で、今でも屋台でメインストリートまで出向く事も少なくはない。なので従業員はアフロディーテを除けばミリス1人しかいないのだ。

 

「で、これはどういう状況だ?」

 

来客の対応をしていると言う事で、八雲がアフロディーテを訪ねて奥の本拠スペースに入ると、そこにはアフロディーテに向かって土下座姿勢のまま動かない1人の………いや1神がいた。

 

「それがね」

 

「八雲君か!八雲君にも頼む!ボクをここで雇って下さい!」

 

その神は黒いツインテールに白い服、そしてよくわからない青い紐のようなものを身に着けた竈の女神ヘスティアであった。

実はヘスティアはこの本拠に程近いヘファイストスファミリアが所有している土地にある廃教会に住んでいるご近所さんなのだ。

また、椿の依頼でヘファイストスファミリアに出入りしていた頃からヘファイストスに養われていたヘスティアとは顔見知りである。

 

「雇ってくれって、一体どうしたんですか、ヘスティア様」

 

「実は………」

 

聞くと、ヘスティアがいつもバイトしているジャガ丸君の屋台のおばちゃんが腰を痛めてしばらく屋台を休業する事になり、働き口を失ったヘスティアは同じくバイトをしている神であるタケミカヅチに助けを求めたところ、タケミカヅチからアフロディーテファミリアを訪ねてはどうかと助言を受けたらしい。ちなみに土下座はタケミカヅチに教わったのとこと。

 

「なるほど………」

 

「同じギリシャ圏の神だから手を貸してあげたいけど、八雲に無断でって訳にはいかなくて困ってたのよ」

 

ヘスティアと言えばクロノスの娘にしてゼウス、ポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテルの姉でもあり、3大処女神としても有名な神である。

まあ、アフロディーテとヘスティアは叔母と姪の関係になるが、ギリシャ神話という事で色々察してほしい。

 

「お願いします!」

 

そう言って再び土下座するヘスティア。

 

「ああもう!そんな事しないで下さいよ!雇いますから!」

 

「本当かい!」

 

神に土下座されては堪らないと、八雲がそう言えばヘスティアは勢いよく顔を上げる。

 

「休みは週1の賄い付きで雇いましょう」

 

「ありがとう!八雲君!」

 

「但し!雇うからにはみっちり仕事を覚えてもらいますからね?」

 

「は、はい………」

 

こうしてヘスティアはアフロディーテファミリアの屋台と食堂で働く事となった。




という事でベル君とヘスティア登場。

後一話挟んで本編スタートとなる予定です。


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三十三話 ヘスティアファミリア

ヘスティアファミリアの事情が原作と少し異なりますが、原作の初めの頃とかを考えると、ベル君の年齢であの食生活は色々ヤバいですよね?


ヘスティアを雇い入れて数日が経過した。

窯の女神と言うのは伊達ではなかったようで、店の窯の扱いはお手の物。更には屋台での調理も直ぐに覚えて即戦力として活躍していた。

そして、その愛され系の容姿からウエイトレスとしてもすっかり人気になっていた。

そんな彼女ではあるが、自分のファミリアを持つという願望はあるらしく、時間を見つけては自身の眷属になってくれる冒険者を探して回っている。

 

「うぅ………今日もダメだった」

 

「新規ファミリアって結構厳しいんだよなぁ」

 

「そうね、ウチもまだ八雲しかいないもの」

 

そう、大半の冒険者は家族や伝手で既にファミリアが決まっているか、大手のファミリアに入ったりするのが普通である為に新興のファミリアに入りたがる者はほとんどいない。中〜大の規模のファミリアとなれば新人へのサポートも充実しているし、仕方のない事ではあるのだが………

 

「ヘスティア様って常識的なんだが、割とマイナーだしな」

 

「他の神があんなんばっかだしね」

 

ヘスティアはギリシャ神話でも割とマイナーな部類に入る女神。他の兄弟がゼウスとかポセイドン等の濃い面々である為、必然的に常識的な感性を持つヘスティアは影が薄くなりがちなのだ。

 

「弱気になってちゃダメだ!明日こそはボクの眷属になってくれる子を見つけてみせる!」

 

それでもへこたれないヘスティアを見て八雲は先日出会った少年(ベル)の事を思い出していた。

 

「(あれから見てねぇけど、無事にファミリアに入れたんだろうか?)」

 

八雲がオラリオに来た当初よりも幼い少年であった為に侮られたり、いい様に使われてはいまいかと心配になる八雲。

 

「(エイナ嬢の言うとおり、ウチで引き取っておくべきだったかもな………)」

 

そんな風に思っていたが………それが思わぬ形で再会する事になるとは、八雲も思ってもいなかった。

 

***********************

 

その翌日、昼間の勤務時間を終えたヘスティアがいつものように勧誘に出掛けて1時間程が経った頃の事だった。

その日、八雲はダンジョンへは行かず、夜の営業の為に店内の清掃をしていたのだが、そんな店の扉を勢いよく開きヘスティアが戻ってきた。

 

「八雲君!聞いてくれ!ボクにも眷属が出来たんだ!」

 

そう言ってヘスティアが連れてきたのは数日前に比べて少しやつれた顔をしたベルであった。

 

「えっ?ベル?」

 

「………八雲さん?」

 

「あれ?2人は顔見知りだったのかい?」

 

その後、八雲はベルから今までの経緯を聞いた。

あれから多くのファミリアの門扉を叩いた事。

その多くが門前払いか無理な条件を言ってあしらうような事ばかりであったこと。

エイナから勧められたファミリアも同様だった事。

そして、路銀が尽きて宿を出る事になり、縋る思いでファミリアを回ったものの全滅し、途方に暮れていたところをヘスティアから勧誘されて眷属になると約束した事。

ここまで聞いて八雲はやはり自分のところで入れてやるべきだったと後悔していた。

 

「………ところで、大手のファミリアには行かなかったのか?ヘスティア様には悪いが、ロキファミリアとか訪ねていれば試験ぐらい受けさせてもらえたと思うんだが」

 

ロキと聞いてヘスティアがムッとした顔をするが、その後のベルの発言でその場にいた者が絶句する事になる。

 

「いえ、エイナさんから紹介された1つだったので訪ねてみたんですけど………門番の人に『お前なんてヒョロヒョロしたガキがロキファミリアに入ろうなんておこがましいんだよ!』と門前払いされまして」

 

そう、ベルはロキファミリアからも門前払いされていたのだ。

門番からすればヒューマンにしては小柄で、如何にも田舎から出てきた装備も何も無い元農民と思われるベルがロキファミリアに入ろうというのが気に入らなかったのだろう。

だが、ロキファミリアの面々とそれなりに交友がある八雲からしたら門番の独断専行にも程がある行為であった。

 

「………ベル」

 

「は、はい」

 

「とりあえずヘスティア様の眷属になるんなら恩恵を刻んでもらって明日はギルドでファミリアの発足と冒険者登録をしてこい。ヘスティア様も明日はこっち休んでいいのでベルと登録に行ってきて下さい。いいですね?」

 

「はい!」

 

「わかったよ」

 

「その後は戻ってきて1日休む事………絶対に1人でダンジョンには行くな」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「ベル、お前はこの数日ろくにちゃんとした飯も食ってないだろ?」

 

「うっ………」

 

そこで丁度ベルの腹の虫がグーと鳴く。

 

「飯はヘスティア様と一緒に食っていけ」

 

「そ、そこまでしてもらう訳には………」

 

「代金はヘスティア様のバイト代から天引きだから心配するな」

 

「うぐっ………でも、可愛い眷属の為か、仕方ない」

 

天引きという言葉に苦い顔をするも、かつての屋台のバイトの時であればジャガ丸くん一色の食卓になるであろうと思い、ヘスティアは八雲の提案を受ける事にした。

 

「明日ゆっくり休んだら明後日には俺がダンジョンに同行して色々レクチャーしてやる」

 

「ど、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

「ヘスティア様の眷属なら御近所様だし、こうなると知ってたらウチに入れていたっていうちょっとした罪滅ぼしみたいなもんだ」

 

という訳で、その日はベルにもヘスティアと一緒に夜の営業も手伝ってもらい、営業後にはヘスティアファミリア結成を祝って少し豪華な食事を作り、少しはしゃいで眠ってしまったベルとヘスティアをあの廃教会まで運ぶのは手間だと言って店の奥で寝かせた。

一方、後片付けをする八雲にアフロディーテはある事を訊ねる。

 

「で、明日はどうするの?八雲」

 

「そりゃあ、ロキ様に色々お話に行くに決まってるでしょ」

 

「そうなるわよねぇ」

 

そう、八雲はロキファミリアの総意とは思えない門番の所業についてロキやフィンに報告するつもりなのだ。

 

「ギルドがファミリアの入団や勧誘にあまり関与しないとはいえ、問題の門番はなぁ」

 

それにロキファミリアは後進の育成にも力を入れているのを知っている八雲からすれば、試験も受けさせずに門前払い等したと知ればロキ達がどうするか等は目に見えている。

 

「って訳で一応ベルが1人でダンジョン行かないように見といてやってくれ」

 

「わかったわ………私もベル君は気になるしね」

 

「気になる?」

 

「うん、何というか、あの子からはヘスティア以外の神の気配を感じるのよ………それもギリシャ圏の」

 

「でも、恩恵はまだ刻まれてなかったんだろ?」

 

お祝いの前にヘスティアがベルに恩恵を刻んだのを確認している為、ベルが他の神から恩恵を受けていないのは確認済みのはずである。

 

「恩恵とは違う………何と説明したらいいのかわからないけど、女神としての勘がベル君には何かあると感じるのよ」

 

というのでベルはヘスティアとアフロディーテに任せれば良いということで、八雲は明日ロキファミリアを訪ねる事が決まった。

 

***********************

 

次の日、ギルドへと向かうベルとヘスティアを見送った八雲はその足でロキファミリアを訪れた。

 

「珍しいね、君が遠征以外の件でここ(ロキファミリア)を訪ねてくるなんて」

 

「ちょっとあってね」

 

八雲がフィンやロキに用があると伝えれば、フィンの執務室へと通され、そこでフィンとロキが待っていた。

 

「それで、話っちゅうのはなんや?」

 

「それがですね、これはウチでバイトしてるヘスティア様に関する話なんです」

 

「はぁ?ドチビに関する話?」

 

ヘスティアと聞いてロキが顔を顰めるが、八雲は気にせず話を続ける。

 

「ヘスティア様がウチでバイトしながら眷属の勧誘をしてるのは知ってますよね?」

 

「ああ、僕らも1度会っているしね」

 

そう、ロキファミリアもたまに八雲達の店に来る事があり、先日偶々ヘスティアとロキが鉢合わせしてしまった事があったのだ。その時は喧嘩を始めようとした2柱を八雲が睨んで止めたのだが。

 

「そのヘスティア様に眷属が出来ましてね」

 

「それがウチらと何の関係があるんや?」

 

「まあまあロキ、話は最後まで聞こうじゃないか」

 

ここまではロキファミリアのロの字も出ていない為ロキの機嫌が悪くなるも、フィンは何かを察して八雲に続きを促す。

 

「で、その眷属になったベル・クラネルという少年なんですけど、オラリオに来てから数日間、冒険者になりたくてずっと色々なファミリアを回っていたそうでして」

 

「………続けてくれ」

 

ここまで聞けばロキも話の全容が見えてきたようで、次第にヘスティアに関する事とは別の意味で表情が険しくなっていく。フィンも笑みを消して真剣な表情である。

 

「彼は大手ファミリアは恐れ多いと思って最初は訪ねなかったそうなのですが、ギルドのエイナ嬢からの勧めもあってロキファミリアの門扉も叩いたそうなんです………ですが」

 

そこからベルから聞いた通りに門番が門前払いした事を伝えると………

 

「フィン」

 

「わかっているさ、ロキ」

 

フィンは机の引き出しから呼び出しベルを取り出し、チリィンチリィンと鳴らす。すると、ドドドドという音を響かせながらアマゾネス姉妹の姉であるティオネが執務室に飛び込んできた。

 

「お呼びですか!団長!」

 

「………ああ、悪いけどこの1週間程門番の担当だった者を連れて来てくれないかな?」

 

「わっかりました!」

 

そして、フィンのお願いを聞くなり、直ぐに飛び出していった。

 

「………相変わらず苦労してますね」

 

「そう言ってくれるのは君ぐらいだよ」

 

その後、呼び出された担当者はロキやフィン、それとフィンに要らぬ手間を掛けさせた事にキレたティオネにこってりと絞られて真っ白になって執務室を去っていった。

 

「今日はすまなかったね、八雲。どうも組織が大きくなると僕らの目の届かないところが出てくる」

 

「いえ、早い内に見つかってよかったと思いますよ」

 

もし、ベルがヘスティアに拾われずに疲弊したところをガネーシャファミリアの警邏隊にでも見つかって事が露呈していたらロキファミリアが被った風評被害は大きかったであろう。

 

「そのベルっちゅう子にも今度ちゃんと謝らなあかんな」

 

「そうだね。その時は仲介をお願いしてもいいかな?」

 

「それくらいで良ければ………そういえば近い内にまた遠征に出るんでしたっけ?」

 

「ああ、君が来てくれないのは残念だがね」

 

八雲は1度遠征に同行してから度々ロキファミリアの遠征に呼ばれる事が増えたのだが、この時期はタイミングが悪く別の指名依頼が入るので同行はできないと話を通しているのだ。

 

「確かガネーシャんとこの手伝いやったか?」

 

「はい、【怪物祭】が近いので」

 

その手伝いとは怪物祭で調教するモンスターを運搬する際に使う檻等の大型物資の運搬である。八雲がこれを手伝い出してからは作業が楽になったとガネーシャファミリアからは感謝されている。

 

「あれはギルドの肝入りのイベントやからなぁ」

 

「仕方ないさ。それに八雲に物資の運搬を任せるのに慣れるといざという時に困るからね」

 

「せやな、それにいくら前に世話したってゆうても他のファミリアの“レベル4”を毎回呼ぶんもヴァリスがかかるもんな」

 

そう、八雲はつい先日レベル4へとレベルアップしたのだ。と言っても既にレベルアップ出来る状態から繰り越し分のアビリティの為にレベルアップを保留していただけなのだが。

 

「まあ、俺が付き合えるときは同行させてもらいますよ」

 

「その時は頼りにさせてもらうよ」

 

こうして今回の件の話し合いは終わり、後は後日の謝罪だけだとフィン達は思っていた。それがあのような事件に発展するとはこの時は誰も思ってはいなかった。




今回の門番やらかし問題がどう発展するのか………原作読んでる人ならきっとすぐわかるよね?

という訳で次回からやっと原作入れそうです。


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三十四話 ベルとトマト事件

やっと原作の冒頭です。
ここまで長かった………

八雲がレベル4になってる原因はフレイヤブートキャンプのせい。
そりゃあ、定期的にレベル5〜7と憑神使った模擬戦してりゃいくら経験値ダウンのデメリットあってもステータスはアホみたいに上がりますって………


ベルがヘスティアファミリアに入って半月程が経った。

そんなベルに八雲は昔愛用していたナイフや防具等を渡した。

ベルは「そんなものを貰うわけには………」と言って断ろうとしたのだが、八雲は「人の好意は黙って受け取れ」と装備を押し付けてそれを使いこなせるように指導をしたりした結果、ベルは素人と思えない程に成長していた。

 

「えっ、それじゃあ今回は師匠は一緒じゃないんですか?」

 

「その師匠ってのはやめろって言ってるだろ?一緒に行けないのはガネーシャファミリアの依頼で数日少し深く潜んないといけないからでな」

 

「【怪物祭】でしたっけ?それの準備なんですよね」

 

「そういうこった。ウチの神様に弁当頼んでおいたから朝にちゃんと受け取ってけよ?」

 

「何から何まですみません」

 

そうしてベルと別れた八雲はハシャーナと合流し集合場所に向かう。

 

「そういやあの兎みたいな坊主は元気か?」

 

「ベルの事ですか?まだ半月のヒヨッコですから浅い層を回らせてますよ」

 

ハシャーナもベルの事を門で見かけた事があり、その際の問答で彼を気に入ったらしく、こうしてちょくちょく気に掛けてくれている。

 

「で、今回は何を捕獲するんです?」

 

「今回はシルバーパックとバグベアだ」

 

「結構な大物ですね………見栄えはするでしょうけど、調教するのはキッツいはず」

 

「お前なら苦もなくやれんだろ?」

 

そう言って合流場所に現れたのはかつて八雲がオラリオに来た当初に出会った人物。

 

「あっ、ザメル」

 

「相変わらず呼び捨てかよ。ってか、後から出て来といてあっさりレベル抜かすな!」

 

そう、あのザメルであった。彼もレベル3となり、ガネーシャファミリアでは十分戦力ではあるのだが、八雲にレベルを抜かれたのが相当悔しいらしい。

 

「レベルに関してはちょっと伝手*1があったってだけだよ」

 

「今回はこのメンバーでいく!リーダーは俺、ハシャーナだ」

 

こうして、ハシャーナ率いるガネーシャファミリアの面々と八雲によるモンスター捕獲作戦が始まった。

 

***********************

 

八雲不在の中、ここ数日1人でダンジョンを探索するベルは両手に(・・・)逆手持ちのナイフを持ち、ゴブリン達の弱点を正確に切り裂いていく。

 

「うん、ゴブリンには苦戦しなくなったかな」

 

これは八雲によるレクチャーの成果であり、手にしているナイフもとい双剣のおかげでもあった。

 

「こんなの本当に貰ってよかったのかな?」

 

ベルは知らぬ事だが、今ベルが手にしている双剣は八雲がレベル2の頃に使っていたもので、とある細工が施されたヘファイストスファミリアの団長の椿が作った武器だったりする。

細工の再現だけを目的に鉄で作られた為に武器としての性能は低く、細工の事を知らなければ単に少し切れ味が良いだけの双剣で、ヘファイストスファミリアの紋章も刻まれてはいないので目利きが効く者でなければその価値に気付く者はいないだろう。

 

「それにしても、変わった双剣だよね、これ………」

 

ベルは八雲に説明された通りに双剣の柄の先同士を合わせてカチリと連結させる。そして、それを刃の方に向かって回るように回転させ次のゴブリンを切り裂く。

そう、この双剣に施された細工とは.hackに登場する双剣の中でも連結式というカテゴリーに入る武器で、柄を連結させる事で短い双刃剣へと変わるギミックを持つ。更に専用の延長用の柄を着ける事で本格的な双刃剣や片方だけ連結して薙刀の様な武器にする事もできるという。ベルはこれを連撃中に連結して短双刃剣にして使う他に、連結させてから勢いをつけてブーメランの様に投げ飛ばしている。最もブーメランの様とはいうが、戻っては来ないし、戻って来てもそれをキャッチ出来る程器用では無いので一方通行の投擲武器のようなものだ。無論、投げてしまって拾うまで得物が無い等というヘマはせず、予備の細工無しの双剣もちゃんと装備している。

 

「さて、魔石を回収してっと」

 

魔石を拾ってポーチにしまったベルがふと周りを見渡すと、そこには5層と降る通路があった。

4層にも慣れ、そろそろ5層まで足を伸ばそうかと考えていたベルは「ちょっと覗きに行くだけならいいよね?モンスターと遭遇したら直ぐに引き返せばいいし」と思い、八雲やエイナの言い付けを破って5層へと降りていく。

 

「ここが5層………といっても見た目は4層と変わらないな」

 

そうして5層を探索するベルだったが、ここで気が付くべきであった。ベルが5層に降りてからまだ1度も(・・・・・)モンスターと遭遇していないという事に………

 

「ブモォオオオオ!」

 

そして、ベルは出会ってしまった。

それは当然ベルが祖父に言われて求めている女の子との出会いでも、5層にいるモンスターでもなく、本来ならば5層にいるはずの無いモンスター………牛頭の人型モンスターミノタウロス(・・・・・・)

 

「なっ、何でミノタウロスが!?」

 

ベルにとってミノタウロスとは祖父から貰った英雄譚を纏めた本に登場するある英雄と因縁のあるモンスターで、それ故にベルはそのモンスターをよく知っていた。今の自分では万が一にも勝ち目が無いモンスターという事も。

 

「逃げなきゃ!」

 

ここでベルが取った行動は逃走である。だが、ただ闇雲に逃げているのではなく、曲がり角等を使ってミノタウロスの視界から逃れるようにルートを選んではいるが、何故かミノタウロスは諦める事なくベルを執拗に追い回す。

 

「(………このミノタウロス、焦ってる?)」

 

逃げ切る為にミノタウロスの様子をしっかり観察していたベルはミノタウロスの様子が普通では無い事に気付いた。

 

「(もしかして、このミノタウロス………下の層から追われてこの層まで上がってきた?)」

 

そう考えればこのミノタウロスの必死さにも、ミノタウロスがこの階層にいるのにも説明が付く。

 

「(なら、上の層に逃げるのはダメだ)」

 

もしベルを追ってこのミノタウロスが上の層に登ってしまえば他の冒険者達もこの階層に見合わないモンスターによって蹂躙されてしまう。そう思ったベルは進路を変え、上層へ向かうルートとは真逆の進路を取る。

 

「さあ!こっちだ、ミノタウロス!」

 

声を出してミノタウロスを誘導しようとするベルであったが、1つ失念している事があった。それは………

 

「あっ、行き止まり!?」

 

ベルは5層の地理を把握していないという事だ。行き止まりにミノタウロスを誘導してしまったベルは応戦するしかないと双剣を構える。そして、ベルとミノタウロスが接触するその直前。ミノタウロスは背後から現れた金色の髪の女性によって細切れにされ、その血がベルへと振りかかった。

 

「えっ?」

 

「………大丈夫ですか?」

 

その女性はアイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアのレベル5にして【剣姫】の2つ名を持つ冒険者だった。

 

「う………」

 

「う?」

 

「うわぁあああああ!!」

 

その容姿に先程までミノタウロスに追われていた事や自身がその血で真っ赤になっているのも忘れて見惚れていたが、ふと自身の置かれている状況を思い出してその場から逃げ出してしまう。それを曲がり角で覗き見て笑っていたベートがいるとは知らずに。

 

***********************

 

「で、そんな格好で飛び込んできたって事か」

 

「………はい」

 

ミノタウロスの血塗れでギルドまですっ飛んできたベルを待っていたのは彼の担当アドバイザーのエイナと、捕獲依頼を済ませてギルドに報告に来ていた八雲であった。

今はエイナの指示で既に血塗れだった装備は外してシャワーを浴びたベルがソファーに座りながら八雲とエイナに事情を説明していた。

 

「というよりも5層に行ったってどう言う事かな?」

 

「あっ………」

 

ここでベルは自身のミスに気付く。目の前の2人から散々言われていた「見合わない階層への立ち入り」がバレたからだ。

 

「あれだけ冒険者は冒険してはいけないって私言ったよね?」

 

「す、すみません!」

 

「まあまあ、今回はそれ以上のイレギュラーもあったみたいだし、その辺で」

 

「しかし!」

 

「後で俺からキツく言っときますから」

 

という事でお説教は後回しとなった。

そして、話はベルの本題に。

 

「あの、それで、ヴァレンシュタインさんのことを………」

 

「う〜ん………ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度なんだけど………」

 

といいつつも、アイズについて基本的な事をベルに教えるエイナ。

 

「あ、あの、冒険者としてじゃなくて………趣味とか好きな食べ物は」

 

「なぁに、ベル君もヴァレンシュタイン氏のこと好きになっちゃったの?」

 

「いや、その………ええ、はい………」

 

「はぁ………そういうのは村上氏の方が詳しいんじゃないかな?」

 

「えっ?師匠が?」

 

「だから師匠言うなっての………まあ、ウチの屋台の常連客だし、ロキファミリアとはそれなりに付き合いがあるからな」

 

そう言うとベルは瞳を輝かせて八雲を見つめる。

 

「わーったよ、喋っていい範囲なら教えてやる」

 

その瞳に負け、好物がジャガ丸くんである事と強さに並々ならぬ執念がある事だけを伝える。

 

「だけどな、ベル………お前は1つ忘れてる事があるぞ」

 

「忘れてる事?」

 

「お前、もうロキ様じゃなくてヘスティア様から恩恵貰ってるだろ?しかも2神の仲はお世辞にも良いとは言えない仲だ。その上で【剣姫】はあっちの幹部クラス………付き合うってのはかなり難しいと言わざる得ない」

 

「うっ………そうですよね」

 

八雲の言葉に目に見えて落胆するベル。その後、とりあえずその日獲得した魔石を換金し八雲とギルドを出ようとした時、ベルが可哀想になったエイナはベルに声を掛ける。

 

「ベル君」

 

「はい?」

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男性に魅力を感じるから………えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

 

そこまで言われてもピンとこないベルにエイナは続けてこう告げた。

 

「………ヴァレンシュタイン氏も、強くなったベル君に振り向いてくれるかもよ?」

 

その一言でベルの表情は先程までの暗いものからすっかり明るくなっていた………単純なものである。

 

「エイナさん!ありがとう!大好き!」

 

そして、割と問題な発言と八雲を残してベルはギルドから去っていった。

 

「………エイナ嬢、もしかして年下が好み?」

 

「そ、そういうんじゃありませんから!」

 

置いていかれた八雲がエイナをからかうと、エイナも先のベルの発言と合わせて顔を真っ赤にして奥へと戻っていった。

 

「はぁ………この半月で色々あったが、見てて飽きないな、ベルは」

 

そう呟くと、八雲もベルを追ってギルドを後にするのであった。

*1
フレイヤファミリアの皆さんとの特訓




という訳で原作通りベル君はトマトになりました。
次は豊穣の女主人のとこかな?


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三十五話 視線と酒場

初めに断っておきます。
今回はロキファミリアに対してかなり辛辣な発言がありますが、ロキファミリア(ベート)アンチではありません。

でも、あのミノタウロスって一歩間違ったら相当ヤバイ事になってるはずですので、それをロキファミリアに自覚してもらいました。アニメだとあまり笑ってるヤツいないんですが、原作だとね。
ほんとあの話で笑ったり出来ないはずなんですけど………


トマト事件の翌日。

何故か機嫌が悪いヘスティアを余所に朝食を済ませた八雲とベルは共にバベルへと向かっていた。

 

「にしても昨日は運がなかった、ベル」

 

「まさかミノタウロスに遭遇するなんて思ってもみませんでしたよ………」

 

「確かに5層なんかにミノタウロスがいるなんてのは普通はありえないからな………(アイズが追ってきたって状況からして、ロキファミリアが遠征帰りに取り逃がしでもしたってとこか?)」

 

それでもあのメンバーから逃げて5層まで辿り着いたとすれば相当の健脚か遭遇直後に一斉に逃げ出したかしなければ即殲滅されているはずだと付き合いのある八雲は知っている。

そんな事を考えていると、ベルが突然足を止め、キョロキョロと周囲を見回し始めた。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ………なんだかジッと視られているような気がして」

 

「視られて………ねぇ」

 

そんな時であった。

 

「あの………」

 

「!」

 

後ろから突然声を掛けられて反転して身構えるベルに対し、八雲は今自分達がいる場所が何処であるかを思い出す。

声を掛けてきたのは目の前にある豊穣の女主人の店員シル・フローヴァ。八雲の顔馴染みの1人であった。

 

「ご、ごめんなさいっ!ちょっとびっくりしちゃって………」

 

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって………」

 

そうやって謝り合う2人。

 

「な、何か僕に?」

 

「あ………はい。これを落としましたよ」

 

そう言ってシルがベルに魔石を手渡す。ベルは「昨日全部換金したはずなんだけどなぁ」と首を傾げるが、一般人が魔石を持っているとは思えず、シルから魔石を受け取った。

 

「シル、お前また何か企んでないか?」

 

「た、企むなんて失礼な………というか居たんですね、八雲さん」

 

「お前、ワザと言ってるだろ?」

 

「はてさて何の事でしょうか?」

 

八雲はベルが魔石を落としていない事に気付いており、シルが何らかの目的でベルに接触したのでは?と疑っているのだ。

 

「師匠、お知り合いですか?」

 

「だから師匠言うな………こいつはシル・フローヴァ、そこの豊穣の女主人って酒場の店員だよ」

 

「八雲さんはウチの常連客さんなんですよ」

 

「へぇ〜」

 

「そういえば最近はあまりいらしてはいませんよね?」

 

「ここ1ヶ月は色々忙しかったからな」

 

「お店もあって忙しいみたいですけど、たまにはウチにも来て下さいよ?ミア母さんもたまには顔を見せに来いって言ってました」

 

「ミアさんの名前出されたらなぁ………ベル、今夜は外食でもいくか?もちろん俺の奢りだ」

 

「で、でも」

 

「昨日までの依頼で臨時収入があったからな、気にすんな」

 

突然の事に戸惑うベルであったが、八雲から常に「人の好意は黙って受け取れ」と言われており、結局は折れる事になった。

 

「では、お待ちしていますね」

 

こうして夕食を豊穣の女主人で食べる事を決めた八雲達は改めてバベルへと向かうのであった。

 

***********************

 

その日のベルは妙に張り切っていた。

時々変なニヤけ顔をしたと思ったらいつも以上の戦果を叩き出し、いつもより多くの魔石を獲得している。

 

「ベル、そろそろ戻るぞ」

 

「あっ、はい!」

 

今日はベルの成長を確認するのが目的の探索であったので長居せずにダンジョンを出てギルドで換金を済ませて一旦ホームに戻ったのだが………

 

「まさかヘスティア様がヘソ曲げるとはな」

 

「はい、僕も何がなんだか………」

 

朝から不機嫌ではあったが、ベルがステータスを更新したところで一気に不機嫌さが増してミアハ達と飲みに行くと飛び出していき、アフロディーテはそのフォローにいくとヘスティアを追いかけていったので、結局豊穣の女主人へは八雲とベルの2人だけで向かう事になってしまった。

 

「にしてもステータスが一気に伸びた、ねぇ」

 

どうもそれがヘスティアの不機嫌の原因のようだが、眷属のステータスが伸びるのは喜ぶべき事なので、“一気に伸びた理由”が直接の原因なのだろう。

 

「(昨日のステータス更新から不機嫌だったよな?って事はステータス成長系のスキルでも生えたか)」

 

ベルがスキルの話をしていない事からヘスティアがベルに教えていないと判るし、ヘスティアにとってそのスキルが不本意なものだったのだろう。

 

「(と言う事は、アイズ関連か)」

 

最近ベルに起きた出来事となれば必然的に彼女に行き着く。

そうなればヘスティアがヘソを曲げた理由も納得である。

 

「ヘスティア様の事は仕方ないから、今夜は2人で食いに行こうぜ」

 

「はい」

 

「気にするならちょっと料理包んでもらってお土産にでもすればいい」

 

「そうですね」

 

そういう訳で豊穣の女主人へとやってきた。

 

「あっ、ベルさん!八雲さんもいらっしゃいませ〜」

 

「俺はついでか」

 

丁度店先にいたシルの案内で店に入ると2人はカウンター席へと案内された。

 

「アンタがシルの知り合いかい?それと随分ご無沙汰だったじゃないか、八雲」

 

「アハハ………お久しぶりです、ミアさん」

 

カウンター越しにミアが声を掛けてくる。

 

「それにしても………とうとうアンタのとこにも新人が入ったって事かい?」

 

「いえ、彼は別のファミリアの子ですよ。訳あって俺が指導はしていますが」

 

「そうかい」

 

そして、八雲が注文した料理が来るとベルと一緒に食べ始める。

 

「美味しい!」

 

「そりゃミアさんの料理は絶品だからな」

 

「はは、嬉しい事言ってくれるじゃないか!これはオマケだよ」

 

そう言ってミアは2人の前に魚丸々1匹を使った本日のオススメ料理を置く。

 

「この魚って、さっき………」

 

「そうさ、そこの八雲がさっき卸してくれた魚さ」

 

そう、その魚は八雲の【宝物庫】から出したロログ湖産の魚なのだ。

 

「材料持ち込みだからオマケさ」

 

そんなこんなでベルはシルの話を聞いたりしていると、何やら入口の方が騒がしくなる。

 

「にゃ〜、ご予約のお客様、ご来店にゃ〜」

 

店員の猫人、アーニャの案内で店に入ってきたのはロキファミリアの面々。その一団は店の真ん中にある複数のテーブル席に着く。

そして、人数分の飲み物が行き渡るとその主神であるロキがジョッキを片手に立ち上がった。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

そんな音頭と共に彼らの宴が始まる。

そんな中、八雲がふと隣にいるベルを見ればアイズの事を見て顔を真っ赤にしながら固まっていた。

 

「(あっ、うん、これは確定だな)」

 

それを見てヘスティアが秘匿しているスキルに関する予測がほぼほぼ正しいと八雲は確信する。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話………?」

 

すると、酔いが程よく回ってきたように見えるベートが、アイズに何かを話せと言い始めた。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時にいたトマト野郎の!」

 

この時、シルはふと隣にいた八雲とベルを見てしまい顔が固まってしまう。何故なら………ベートの話を聞いてベルは先程まで真っ赤に染めていた顔を真っ青にし、八雲はその顔から一切の感情が読み取れなくなっていたからだ。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたらすぐに集団で逃げ出していった?」

 

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」

 

ベートの声が響く度にシルはどんどんその表情を強張らせていく。何故なら、その度に八雲からドス黒いオーラが視認出来そうなくらいに殺気立っていくからだ。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

 

それと比例してベルの表情も青褪めていく事からシルは大体の事情を察してしまった。誰がその冒険者であったかを………

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに行き止まりに追い込まれちまってよぉ!可哀相なくらい震え上がっちまって、顔引つらせてやんの!」

 

シルは思う。もうやめてくれと。店に来た当初は目を輝かせてくれたベルが今ではもうそんなのが見る影もなく震えている………そして、シルにははっきりと視認出来るレベルでブチギレかけている八雲の姿があったからだ。更にはその背後に黒い大鎌を構えた影まで幻視できる。

だが、皮肉にもその願いは叶わなかった。

 

「ふむぅ?それで、その冒険者はどうしたん?助かったん?」

 

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

ベートがそうアイズに問いかけると、アイズは眉をひそめて普段は表情のわかりにく顔を精一杯「私、不機嫌です」と言わんばかりの表情に変えていた。しかし、酔っているせいかベートの口は止まらない。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて………真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ………!」

 

ベートのその言葉にシルは内心こう思っていた「こっちは別の意味でお腹が痛いです!」と。

 

「うわぁ………」

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ………!」

 

「………そんなこと、ないです」

 

アマゾネス姉妹が失笑し、ベートが笑いを堪えながらアイズに問うが、アイズは不機嫌さを増すばかり。

ベートの饒舌な口はまだ止まらない。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ………ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

「………くっ」

 

「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌え〜!!」

 

「ふ、ふふっ………ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない………!」

 

そうして次第にロキファミリアに笑いが広がっていく光景を見て今度はシルが表情を青褪めさせていく。「早く気付いて!その冒険者とその関係者がここにいるよ!」と声が震えて口に出せないが、そう叫びたい気持ちで一杯であった。

笑いに満ちたロキファミリアの面々に対して、シルの隣は絶対零度もかくやという温度差。今にもその場を離れたかったが、声にだけでなく足まで震え始めてしまいもう動くことすら叶わない。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

そのシルの心の叫びが届いたのか、険しい顔をしている者がいた。それは先程から疼く親指から嫌な予感を感じ取ったフィンである。ふとフィンが周囲を見渡すと、ロキファミリアとそれ以外の客の温度差に気付く。そして、とある一角を見てフィンも八雲の存在に気付き固まった。

八雲の隣にいる今にも倒れてしまいそうな青い顔をした少年とドス黒いオーラ全開の八雲。今までの話から察するにその少年ことベルがベートの言う“トマト野郎”だとフィンも察してしまったのだ。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

一方でリヴェリアもベートの話にうんざりして口を挟むが、ベートはそれでも止まらない。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えないヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

そこでふとフィンはある事を思い出してシルと同様に青褪める事となる。

 

「(あの様子からして八雲の関係者には違いないが………ひょろくさい冒険者?ちょっと待て!?)」

 

そう、少し前に八雲から聞いたファミリアへの入団希望者を門番『お前なんて“ヒョロヒョロしたガキ”がロキファミリアに入ろうなんておこがましいんだよ!』と門前払いしてしまった事を思い出したのだ。フィンは慌ててロキの方を向けば、ロキもロキでそれに気が付いたらしくあちらも酔いが吹っ飛び顔を真っ青にしていた。

だが、全て手遅れてであった。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

そのベートの一言でとうとう限界に達したベルが店を飛び出してしまったのだ。

 

「ベルさん!?」

 

それによって金縛りのように身動きが出来なくなっていたシルも開放され、慌ててベルを追うも、既にベルの姿は遠かった。また、ベルに見覚えのあったアイズもシルと同じタイミングで外に出たが、それ以上追いかける事が出来ない。

アイズが仕方なく店に戻ろうとしたその時、アイズはよくやくそれに気が付いた。

 

「ミアさん、これお勘定と………迷惑料」

 

「そうかい、構わないから………やっちまいな」

 

ベルを笑い話にされた事と店の空気を悪くされて八雲とミアが激怒を通り越してブチギレている事に………

 

「あっ」

 

ミアの許しを得た八雲がベートへと近付いていくと他の団員達もやっと八雲の存在に気付き、八雲の纏っている視認出来そうなくらいのヤバそうなオーラを感じて一気に酔いが覚めていく………ただ1人、ベートを除いて。

 

「あん?」

 

八雲がベートの前に来た事でベートもようやく八雲を認識するが、それはあまりにも遅過ぎた。

八雲がベートの頭上に手を翳すと、湯気を放つ大きな寸胴鍋が出現し、次の瞬間、八雲はそれの中身を勢いよくベートへぶちまけた。

 

「アッチャアアアアアアア!?テメエ!何しやがる!?」

 

「………酔いは覚めたか?犬ッコロ………いや、“トマト野郎2号”」

 

そう、八雲がぶちまけたのは香辛料等を煮込んだ真っ赤なスープ。それを頭から被ったベートは八雲の言う様に全身真っ赤のトマト野郎になっていた。

 

「や、八雲!落ち着い」

 

「お前らは黙ってろ」

 

「は、はいッス!」

 

側にいたラウルが静止しようとするも、八雲のドスの利いた声に席に座り込む。

 

「テメエ!何のつもりだって聞いてんだよぉっと!?」

 

そんな八雲に掴み掛かろうとするベートだが、全身に浴びた香辛料のスープのせいで鼻がおかしくなり、酔いも覚め切っていないベートはあっさりと避けられてバランスを崩し転倒する。

 

「何のつもり?それはこっちが聞きたいね。他人の不幸を………それも自分達の失態からくるミスで人殺しかけといてよく笑ってられるよな?お前ら」

 

それはベートだけにではなく、先程までベートの話で笑っていたロキファミリアの全員に対する言葉だった。

 

「なあ、自分達のミスで人殺しかけて何で笑ってられんだよ!?答えてみろよっ!」

 

その八雲の言葉に答えられる者はいなかった。先程ベートと口論したリヴェリアさえも答えられなかった………否、答える事など出来はしない。

 

「それとお前が、何の関係がありやがる!」

 

………何も知らぬベートを除いて。

 

「関係?あるに決まってんだろうが犬ッコロ!」

 

未だ起き上がっていないベートを絶対零度の視線で黙らせると八雲はロキファミリアに真実を告げる。

 

「お前が散々笑ってたそのトマト野郎ってのはなぁ………さっき店を飛び出していった俺のツレだ」

 

その瞬間、ロキファミリアの面々の顔が一気に青褪めた。無理も無い、先程まで散々馬鹿にして笑い者にした話の張本人がその場に居たと知ったからだ。

 

「あのトマト野郎がお前のツレだと!?」

 

これには流石のベートも驚いた。だが、この問いかけがいけなかった。

 

「アイツと俺が何で知り合いなのか気になるか?」

 

「ア、アカン!」

 

「待つんだ八雲!」

 

この瞬間、ロキとフィンは八雲が口にするであろう言葉を察して慌てて八雲を止めようとするが………

 

「ある意味でお前らが原因だよ、ロキファミリア」

 

完全にブチギレた八雲は止まりはしなかった。

 

「………どういうこと?」

 

おそらくこの中で1番ベルの事が気になっているアイズが代表して八雲に訊ねてしまう。

 

「アイツ、ベル・クラネルはなぁ、1ヶ月ぐらい前にオラリオに来たばっかりでな。たまたまメレンからの帰りに門のところで知りあったんだよ」

 

もう止められないと察したロキとフィンも静かに八雲の話に耳を傾ける。

 

「まあ、何処にでもいる冒険者志望でオラリオにやってきたガキさ………でもな、この犬ッコロが言うようにひょろくせぇガキで身寄りも伝手も無く、装備はおろか金も心許ない………そんな理由で何処のファミリアからも門前払いされてたんだよ、ベルは」

 

「ちょっと待って………それって確か」

 

そこでティオネも気付いた。八雲の言う“何処のファミリアからも”にロキファミリアも含まれている事に。

 

「そうだよ、アイツは、ベル・クラネルはお前達ロキファミリアからも門前払い食らってんだよ!」

 

絶句、そう言わざる得なかった。

 

「そんなの門番の独断だったとか言い訳するなよ?そんな独断をするに至ったのはお前らのトップファミリアだっていう驕りからなんだからな!」

 

何も言い返す事ができなかった。

 

「そんな門前払いばっか食らっても諦めないで入れてくれるファミリアをずっと探し続けて!それを見ていられなかった女神がアイツを拾って、ようやく冒険者になったんだ、他に眷属の居ない新興ファミリアだがな。装備を満足に整える金が!ダンジョンに挑むイロハを教えてくれる先達が!何もかも無い無い尽くし!………そんなヤツを殺しかけて笑う権利がお前らにはあるのか!?」

 

ベートもすっかり酔いが覚め、自身が惨めになった。ベルに比べて自身はどれだけ恵まれていたか、種族、経験、先達、ファミリア………その全てがベルより恵まれていた、そんなのベルにマウントを取って笑っていたのが恥ずかしくなったのだ。

 

「あとな、もう1つだけ教えてやるよ」

 

そして、八雲はトドメとなる言葉を口にした。

 

「ベルが行き止まりに追い詰められた理由はな………お前らが取り逃がしたミノタウロスが上に行かないように4階層へ向かうルートから遠ざけようとしたからだよ。そんなの気にしなきゃ逃げられたってのにな!」

 

最悪だった。もしベルが4階層に逃げてミノタウロスが上に上がってしまった場合、アイズが間に合わず他の冒険者が殺されていた可能性があった。

そう、ベルが5階層で足止めをしていたからこそアイズが間に合ったのだ。

つまり、ロキファミリアは結果的にとはいえミノタウロスを他ファミリアへ怪物進呈して被害を出すのを止めていたという事になるのだ。

 

「さっきそこの犬ッコロが品位がどうのとか言ってましたけど………テメエらの方がよっぽど品位下げてんだって、自覚しろ」

 

それだけ言い残し、八雲はロキファミリアのテーブルから離れ、自分達の席に残っていた食べかけの料理をミアに許可を取ってから【宝物庫】にしまうと店を出ていった。




やり過ぎた感はありますが、八雲が言ってる事の大半が最初にダンまちのアニメ見た時からの感想です。
アレ、原作でもベル君が追われてなかったらどうなってたことやら………


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三十六話 師弟と信用

今回は豊穣の女主人を出てからのお話とロキファミリアのその後です。


豊穣の女主人を出た八雲はダンジョンへと向かった。

何故ダンジョンかというと、ベルがベートの言葉でショックを受けたのは確かだが、その程度でベルが潰れるとは八雲は思っておらず、きっと早く強くなりたいとダンジョンへ向かったと予測したからだ。

案の定ベルはダンジョンにいた。幸いにもベルはまだ上層の浅いところまでしか潜れない上に今は戦闘を想定していない服装であるが故にあまり奥にはいけなかったのだ。それでもジャイアントトードやコボルトをボロボロになりながらも撃破する様子からアイズへの憧れとベートの言葉で奮起したと考えられる。

 

「………本当なら止めるところだが、ここで水を指すのは違うよな」

 

鉄は熱いうちに叩け、というように今のベルは気持ちが一番乗っている状態だ。だからこそ八雲はいざという時には助けに入れるようにしつつも気配を隠してベルを見守っていた。

すると、ベルを囲むようにウォーシャドウの群れがダンジョンから生み出される。

 

「ウォーシャドウか、今のベルにはちと荷が重そうだが………」

 

それでもベルはウォーシャドウの群れに挑む。とはいえ一度に複数を相手にするのではなく、立ち回りを上手くして可能な限り1対1になるようにウォーシャドウを誘導し、確実に一体一体を倒してゆく。

これはウォーシャドウが人型のモンスターであった事と、八雲との組手による対人戦闘能力が磨かれていた事が噛み合った結果でもある。

 

「まだまだ荒いとこはあるが、及第点ってとこかな?」

 

一方で、八雲はベルを背後から狙おうとしているウォーシャドウに向かって気配を隠したまま双銃を使って最大限まで手加減した魔力弾を撃ち込みウォーシャドウ達の邪魔をしてベルに気付かれないように援護をしていた。

しばらくしてベルは何とかウォーシャドウの群れを倒し終えるとその疲労からかその場に大の字になって倒れ込む。

 

「はぁ………はぁ………」

 

「お疲れさん。ほれ、ポーションでも飲んどけ」

 

「あ、ありがとうございます………って、師匠!?」

 

そんなベルに八雲がミアハ製のポーションの入った試験管を手渡すと、ベルは驚きの余り上半身だけではあるが飛び起きた。

 

「ど、どうしてここに!?」

 

「色々と理由はあるが、最大の理由は勘」

 

何処ぞのマッドサイエンティストのような事を言いつつも追加のポーションを渡す八雲。

 

「あっ!すみません!いきなりお店を飛び出したりなんかして!」

 

そこでベルは自分が豊穣の女主人を飛び出してダンジョンに直行した事を思い出し、八雲へ謝罪する。

 

「気にすんな。あの犬っころは俺が〆といたし、金はちゃんと払ってきてる。料理も食い切れなかった分は俺のスキルで保管してるからまた帰ったら皆で食おうぜ」

 

しかし、八雲はそんな事は気にはしておらず、いつもと同じ笑みをベルに向ける。

 

「し、師匠………」

 

「ん?」

 

「僕はもっと強くなりたいです」

 

そんな八雲にベルは今の気持ちを素直に吐き出した。

 

「あの狼人族の人に言われて思ったんです。憧れるだけじゃ駄目なんだって………あの人の隣に立ちたいなら強くならなくちゃって」

 

「そうか」

 

こうしてベルが強くなりたいと奮起させた事は八雲もベートを評価するが、それに至る経緯がアレなので何とも言えない。

 

「だから………もっと色んな事を教えて下さい!師匠には師匠のやる事があるのは重々承知ですが、僕には今頼れる人が師匠しかいないんです!」

 

「ったく、図々しいとわかってて頼むとかお前らしいな、“バカ弟子”」

 

「えっ?」

 

八雲は今までベルが師匠と呼ぶのを何かと突っぱねていたのだが、今何と言ったか。

“バカ弟子”、バカと付いてはいるが、八雲がベルを確かに“弟子”と呼んだのだ。

 

「とりあえず今日はある程度体力が回復したら帰るぞ。その後、しっかりと休息を取ったら今までの基礎的な事だけじゃなく本格的に色々鍛えてやるから覚悟しとけ」

 

「は、はいっ!」

 

その後、ベルの体力がある程度回復したところでダンジョンを出たが、既に日が昇り始めており、ホームの前では心配そうにベルの帰りを待っていたヘスティアとアフロディーテの姿があった。

色々と問い質したいヘスティアではあったが、ベルが疲労困憊であったため、その日は特に理由を訊かずベルを休ませるのであった。

 

***********************

 

「それで、弟子って認めちゃったんだ?」

 

一方、一晩程度の徹夜など苦でもない八雲はアフロディーテと早朝の仕込みをしていた。

 

「ロキファミリアに逃した魚はデカイぞっていう嫌がらせもあるが………俺自身が無力だったあの時の辛さをベルにさせたくないだけなんだろうな」

 

「そっか、なら私からは何も言わないよ」

 

こうしてベルの弟子入りが決定した訳だが………

 

「で、ロキ達はどうするの?」

 

「客としてなら拒みはしないが、それ以外は当面スルーで」

 

「うわ、地味に効くやつだ、それ」

 

それと同時にロキファミリアへのささやかな嫌がらせも決定した。

 

***********************

 

そのロキファミリアはと言うと………

 

「これは非常に不味いね」

 

「ベートもだが、せめてアイズが報告さえしていれば………」

 

「先日の遠征の補填が終わっておらんこのタイミングというのもな」

 

「ほんま最悪や………」

 

ロキファミリア3幹部とロキは八雲大暴露の影響を考え頭を抱えていた。

アイズの未報告も問題ではあるが、ベートのやらかした他のファミリアへの意図してはいないとはいえ【怪物贈呈】、しかも本来ならば5層にいてはいけないミノタウロスという10層は下のモンスターという危険極まりない行為を笑い話にするという悪手。更に言うならば、その【怪物贈呈】された本人がその場にいた事やそれがかつて門番の独断で門前払いされた少年であった事………そして最悪なのが八雲に知られ、彼の逆鱗に触れてしまった事だ。

 

「あやつの交友関係は広いからな………やろうと思えば数日でオラリオ全域に広まるじゃろうて」

 

「そうでなくとも豊穣の女主人であれだけ盛大に騒いだのだ。広まるのも時間の問題だろう」

 

「彼は椿や【戦場の聖女(デア・セイント)】とも個人的に親しい上にリヴィラはほぼ彼の傘下状態と言ってもいい………前者2つはともかく、リヴィラは当面足元を見られる事になりそうだ」

 

「【戦場の聖女】も命を軽視したとして対応が辛辣になるやもしれん」

 

「ミア母ちゃんの店も当面行けんやろうしなぁ」

 

尚、主犯たるベートは蓑虫にされて庭の木に吊るされる刑にされている。特に抵抗もなかったことから彼も必要な罰と納得しているのだろう。

 

「アイズたんも落ち込んでまっとるしなぁ」

 

「主にベートのせいとはいえ、アイズも責任を感じているのだろう」

 

「何とかして謝罪してイメージを払拭しなければロキファミリアの評判は地に落ちるだろうね」

 

物理的な損害であればまだトップファミリアの一角としての財力で立て直せたが、今回のような評判や信用、その他精神的なダメージは落ちれば回復が容易では無い事は数年前に学んでいる。

あの時はオラリオ全体の信用だったが、今回はロキファミリアオンリー………その危険性は3人と1神もよく理解している。

しかし、3人と1神はまだ理解していなかった。キレた八雲の本当の厄介さに………

 

***********************

 

「数日留守にする?」

 

ベルが眠り、八雲達が仕込みを終わらせた頃にヘスティアは八雲とアフロディーテの元を訪れた。

 

「ああ、ちょっとヘファイストスに用があってね。明日のガネーシャのパーティーに出て彼女に会ってこようかと」

 

「それが何で数日留守に繋がるんだ?」

 

「………実はヘファイストスにベル君の武器を頼もうと思ってるんだ」

 

ヘスティア曰く、強くなりたいと願うベルの後押しがしたいそうで、自分が唯一してあげられるのはヘファイストスへの伝手を利用して武器を作ってもらう事くらいしかないのだという。

 

「一応言っておくが、今ベルが持ってる双剣は鉄しか使われてないとはいえヘファイストスファミリアの団長の作だぞ?それでも不満か?」

 

「不満という訳じゃないけど、ボクだってベル君の役に立ちたいんだよ」

 

実を言うと八雲は双剣以外にも投擲用のダガー等もベルに譲ってはいるのだが、「これ以上師匠から貰ってばかりじゃダメになってしまいますから!」と他の物は遠慮してしまっており、またいつまでも八雲のお古を渡す訳にはいかないとは思っていたため、ヘスティアからのプレゼントとなれば受け取るであろうと予測できる。

 

「でも、そんなヴァリスあるのか?」

 

「うっ………そこはローンにしてもらうなりして」

 

「はぁ………これを持っていってくれ」

 

そう言って八雲が【宝物庫】から取り出したのはズッシリと金貨の詰まった袋であった。

 

「こ、これは?」

 

「ローンの頭金ぐらいにはなるだろ?」

 

「で、でも………」

 

「弟子にするって宣言したんだ。師匠から弟子への餞別みたいなもんさ」

 

「うぅ………ありがとう!八雲君!」

 

「パーティーには私も一緒に行ってあげるわ。ヘスティアだけだとちょっと心配だし」

 

「いいのかい?君とヘファイストスって色々アレだったろ?」

 

「別に嫌いだから別れた訳じゃないけど、こんな機会でも無いとあの子私に会いたがらないじゃない?」

 

どうも以前に八雲が聞いた通り神話とは微妙にアフロディーテとヘファイストスの関係は異なるようだ。

 

「ほんと、何したんだよ………」

 

「別れようって言い出したのはヘファちゃんよ?ああ見えて彼女純朴だもの」

 

「あ〜、なるほどな」

 

つまり、いくら方法はあると言えど女神同士というのに抵抗があったようだ。

 

「私は気にしないって言ったんだけどね」

 

「いや、気にしろよ!」

 

「八雲君、アフロディーテにそれを言っても無駄さ」

 

「あっ、そもそもコイツつまみ食いとか言って他の神とやるようなやつだった!」

 

結局、交渉の結果はどうあれ【怪物祭】ぐらいには一度戻る事を約束して留守の間ベルの面倒を見る事となった。




ベル君、正式に弟子になる
ロキファミリア、地味にピンチ
ヘスティア、お休みをもらう
の3本でした。

次回はベル君の特訓と夜会の辺りのお話になるかと思います


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三十七話 修行と夜会

今回はベルの修行と神の宴の模様をお送りいたします。

久しぶりに長文となりましたが、御容赦下さい。


ベルを正式に弟子と認めた翌朝。八雲とベルはオラリオ外周部にある外壁の上にいた。

 

「はぁ………はぁ………」

 

「やっぱ最初はこんなもんか」

 

ユーリヤの時と同様にまずは外壁の上での早朝マラソンに始まり、筋トレ等の基礎トレーニングを課している。

オラリオの冒険者は恩恵を重要視する傾向にあり、ステータスを強化するべくダンジョンでモンスターを倒す事が強くなる最短ルートだと思っている者が多い。

恩恵は確かにステータスという目に視える形で冒険者を強くする。しかし、それはあくまで“力”であり、それを本当の意味で活かすには“技術”が必要になる。

例えば筋力のステータスがいくら高かろうとそれを振るうのが素人剣術であれば簡単に見切られ当たらない、もしくは当たっても無駄なところに力が入って十分な威力にはならない。

また恩恵は数値の強化にすぎず、ちゃんと鍛えていなければステータス故の無茶な動きに身体がついていけず怪我の要因になるんだとか。

更に言えばそういった恩恵のみを重視する者は上手くいってもレベル2か3で頭打ちになってしまうのだ。

 

「さて、次いくぞ、ベル」

 

「は、はい!」

 

基礎トレーニングの次は双剣同士での模擬戦。八雲の使う双剣には刃の部分に専用のカバーを装着して斬れないようにしたものでベルのはそのままの抜身の双剣だが、レベル1のベルに傷付けられる程レベル4という壁は薄くはなく、何度も直撃を食らいつつも必死に八雲の双剣技や合間に繰り出される体術を真似ようと倒れては回復薬を飲んでは立ち上がる。

 

「も、もう一度お願いします!」

 

「いつでも来い」

 

特訓の後は店に戻って汗を拭い朝食を食べ、ダンジョンで実地訓練。ゴブリン相手に徒手空拳で挑ませたり、あえて粗悪品の双剣を使わせてみたり、3分間反撃を禁止してから倒させたり、と普通の冒険者ならやらないであろう内容ばかり。途中、通りすがった冒険者に笑われもしたが、それでもベルは何一つ不満を口にせず八雲に言われた内容を淡々とこなしていく。

 

「よし、休憩だ」

 

「は、はい………」

 

「どうだ、キツイか?」

 

「………はい」

 

「笑われたのが悔しいか?」

 

「はい」

 

「なら安心しろ、アレを笑っていられるような奴等なんぞすぐに追い越せる」

 

「え?」

 

「あの特訓を笑ってるって事はその意味を理解出来てねぇって事だ。それにアイツ等は万年レベル1か2止まりの連中だ。数ヶ月後が楽しみだぜ」

 

「………師匠、性格悪いって言われません?」

 

「俺の兄貴や親友はもっと悪辣だったからなぁ………俺はオラリオに来るまではそこまで言われた事ねぇな」

 

「(オラリオに来てからは言われたんだ………)師匠のお兄さんとその親友さんはどんな事を?」

 

「ん?兄貴は昔、顔面にカエル張り付けたガキ大将を素っ裸にして真っ赤なペンキで染めてから公衆の面前に吊るすって仕返ししてたな」

 

「うわぁ………」

 

「親友は遊び場を占拠してたグループの親に学校、学校ってのは同じ年代の子供集めて学問を教えてる施設な、そこでの成績をチクってそのグループが遊んでる暇無くして占拠できなくしたりしてたな」

 

「………」

 

そんな八雲の兄と親友の所業を聞いてドン引きするベル。

 

「さて、弁当食ったら少し下にいくぞ」

 

「下、ですか?」

 

「ベルの修行と小遣い稼ぎに丁度良いモンスターがいるからな」

 

そう告げる八雲にベルは嫌な予感を感じた。

そして、それは大当たりであった。

 

「し、師匠ぉ………この数は無理ですって!?」

 

「安心しろ、対応できない数は俺がちゃんと間引くから」

 

「全然安心出来ませんって!」

 

2人がやってきたのは第7層。そこで八雲がやったのはキラーアントを1匹満身創痍にして他のキラーアントを呼ばせるという故意に怪物贈呈を行う際の定番の方法でモンスターを集めるという行為。その集まったキラーアントの一部をベルに向かわせ、ベルに対応出来ない数は八雲が間引くというえげつないものだった。

 

「あー!もうこうなったらやってやる!」

 

事前に聞かされていたキラーアントの特徴を思い出し、堅い甲殻を避け的確に首関節の隙間にナイフを突き刺し、そのままナイフを隙間に沿って動かし首を切断。そして残った頭部を別のキラーアントに投げつけ隙を作ると別のキラーアントに飛びついて首を切断していく。

キラーアントへの定石は如何に後続を呼ばせず素早く仕留めるかにあり、ベルが選んだのは師である八雲と同じ素早く首を狩る方法だった。

 

「うんうん、ちゃんとキラーアントの特性は把握しているようで何より」

 

だが、八雲が適度なタイミングでわざとキラーアントの増援を呼ばせるためベルはずっと連戦を強いられる。そうしてベルは1時間もの間キラーアントと戦い続ける事となった。

 

「うん、大漁大漁」

 

「ぜぇ………ぜぇ………スパルタ過ぎる、この師匠………」

 

キラーアントのおかわりが途絶えると2人の周りには大量の魔石とドロップアイテムが転がっていた。

普通なら複数人のサポーターを必要とする数ではあるが、この場にはサポーター泣かせの規格外スキルである【宝物庫】を持つ八雲がいる。集めた魔石とドロップは全て八雲の【宝物庫】へと消え、残されたのはグッタリとしたベルと八雲の2人だけである。

 

「ところで、この修行にはどんな意味が?」

 

息が整い始めた頃、ベルはふと気になっていた事を訊ねる。八雲の事なので意味が無い事はさせないというベルなりの信頼の表れではあるが、このキラーアントデスマーチは流石に疑念が浮かんだようだ。

 

「ダンジョンはいつも理不尽なもんさ。常にこちらが万全で状態で戦えるとは限らないし、入った小部屋がモンスターハウスでしたなんてのもザラだ。特にこのキラーアントなんて対処をミスったらレベル2でも囲まれてご臨終なんて事もある」

 

それを意図的に発生させ、弟子に体験させるとかいう鬼がここにいます。

 

「他にも引き連れたモンスターを擦り付ける【怪物贈呈】やモンスターを意図的に集める道具なんてのを使って他の冒険者を始末するような最低な連中もいる。そうなってもある程度は対処出来る連戦能力を身につけさせるのが今回の目的だ」

 

「師匠はそういう経験があるんですか?」

 

「………ああ、それで大切な仲間を殺された」

 

「す、すみません!」

 

「もう何年も前の話だし、相手にはキッチリ落とし前はつけた。だからベルが気にする事じゃねぇよ」

 

そうは言うが、その時の八雲の顔はどこか暗い影が感じられた。

 

「さて、こんだけ狩れば少しは豪華な飯も食えるだろ」

 

「あっ、そういえば今日は神様達がいないんでしたね」

 

「アフロディーテは付き添いだから夜会終われば帰ってくるだろうけど、ヘスティア様はしばらく帰って来ないらしいからな。今日は豊穣の女主人でパーっとやろうぜ」

 

「………もしかして、このキラーアント狩り、そのための資金集めだったんじゃ」

 

修行としての目的も嘘では無いのであろうが、主の目的はこの資金集めだったのでは?とベルは思わずにはいられないのであった。

 

***********************

 

その夜。ガネーシャファミリアのホーム【アイアム・ガネーシャ】にてガネーシャ主催の夜会が開かれていた。

その目的は間近に迫った【怪物祭】への協力を募るものではあるが、ほとんどの神は他の神とどんちゃん騒ぎしたり、情報交換の場として参加している者である。

ヘスティアもこの夜会に参加するであろうヘファイストスへ接触するのが目的であり、アフロディーテもその付き添いだ。

 

「でも、良かったのかい?ボクにこんなドレスまで用意してもらって」

 

「流石に私が同伴するのにドレスの一つも身に着けさせてなかったら恥ずかしいでしょ?」

 

「それはそうだけれども………」

 

「それにドレスを着てる方がちゃんとやってますってへファちゃんにアピールできるでしょ?」

 

「うぅ………そこまで考えてくれてたなんて………」

 

「まあ、これも全部八雲からの指示なんだけどね」

 

「………うん、彼らしいね」

 

この数ヶ月で八雲のやり方を嫌と言う程見てきたヘスティアは納得する。

 

「あら?そこにいるのはヘスティア………とアフロディーテ」

 

そこへ探し人ならぬ探し神であるヘファイストスがやってきたが、ヘスティアはともかくアフロディーテが一緒にいたのは想定外だったらしく、少し苦い顔をしていた。

 

「ヘファイストス!」

 

「おひさ〜、ヘファちゃん」

 

「何でアンタ達がここにいるのよ?」

 

「ヘスティアが貴女に用があるって言うから付き添いで来たのよ。私、ガネーシャとも懇意にしてるし、私も久しぶりにヘファちゃんに会いたかったんだから」

 

「椿から貴女の眷属の事は聞いてたけど、相変わらずみたいね………で、用って何よ、ヘスティア。お金ならもう貸さないわよ?」

 

「うぐっ………確かにヘファイストスには色々迷惑を掛けたけど、今回はお金の無心に来たんじゃないんだ」

 

そうやってヘファイストスに目的を伝えようとしたところで会場が騒がしくなる。

 

「あれは、フレイヤだ」

 

「珍しいな、フレイヤが夜会に来るなんて」

 

様々な神が騒ぐ中、フレイヤは真っ直ぐヘスティア達の元へとやってきた。

 

「こんばんは、ヘスティア、ヘファイストス、それにアフロディーテ」

 

「久しぶりね、フレイヤ。天界にいた時より綺麗になってるけど、何かいい事でもあったの?」

 

「ええ、色々と」

 

アフロディーテとフレイヤ。この2神は同じ金星の女神であり、同じ美を司る女神でもある。その2ショットとなれば多くの神が美に魅入られてしまう。もう1神イシュタルという同じ属性の女神がいるのだが、イシュタルはアフロディーテやフレイヤを敵視しており、そのせいかこの2神の仲は悪くはない。

 

「うぅ………」

 

しかし、そんなフレイヤをヘスティアは苦手としていた。

 

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

 

「そんなことはないけど………ボクは君のこと、苦手なんだ」

 

「うふふ。貴女のそういうところ、私は好きよ?」

 

美の女神は総じて一筋縄ではいかない性格をしており、一応親族筋に当たるアフロディーテはまだマシに感じてはいるが、ヘスティアからしたらフレイヤ等はあまり関わりになりたくない女神なのだ。

そんな事を考えていると、そこへもう1神やってくる。

 

「お〜い!ファーイたーん、フレイヤー、ディーたーん、ドチビー!!」

 

それは細見のドレスに髪を夜会巻きしたロキであった。

 

「あら、ロキじゃない」

 

「久しぶりね、ロキ」

 

ロキに返事を返すフレイヤとヘファイストスに対し、ヘスティアとアフロディーテは何故か返事もせず視線すら向けない。

 

「ヘスティア?どうしたのよ、いつもならロキに食ってかかる貴女が………それにアフロディーテまで」

 

「別に〜、何でも無いよ、ヘファイストス」

 

「そうね」

 

ヘファイストスが心配して声を掛けるも2神の態度は素っ気ないものだ。対してロキは苦い顔である。

 

「ロキ、何やらかしたのよ?ヘスティアはともかくアフロディーテまでこんな態度を取るなんて只事じゃないわよ?」

 

「………うぅ、実はちょいと前に不幸な事故があってな」

 

「へぇ〜、君はアレを不幸な事故で片付けようってのかい?」

 

そこでようやくヘスティアがロキに口をきいたかと思えば酷く辛辣な言葉を投げつける。

 

「うっ………」

 

「そういえば、この前西地区の酒場でロキファミリアと別のファミリアが騒ぎになったって聞いたわね」

 

「うぐっ………」

 

更に訳知り顔でフレイヤがそう告げればロキの顔が青くなる。

豊穣の女主人の店主のミアは今では冒険者を引退しているものの、フレイヤファミリアに所属しており、何らかのルートで情報が回っていても何らおかしくない。故に事態を知らぬのはヘファイストスだけなのだ。

 

「ロキファミリアと騒ぎを起こすなんてヘスティアでも無謀じゃない?」

 

「いや、ロキファミリアに食ってかかったのはアフロディーテのとこの八雲君だよ」

 

「八雲ってあの八雲?」

 

「そうよ」

 

ヘファイストスも椿と何やら色々やらかしている八雲の事はよく知っており、そんな八雲がロキファミリアに食ってかかったと聞いて驚いていた。

 

「何でまたそんな事になったのよ」

 

「いや、それがやな………」

 

「八雲君とウチのベル君は仲が良くてね、偶々豊穣の女主人に食事に行ったところでロキのファミリアと出くわしたのさ」

 

「そこでロキのとこのやんちゃしてたワンコがベルの事を馬鹿にして八雲がブチギレたのよ」

 

「あの八雲がキレるって何を言ったのよ………」

 

「遠征帰りに遭遇したミノタウロスを5層まで取り逃がして、そのミノタウロスと遭遇してしまったベル君を笑い話にしたのさ」

 

「………ロキ、これはアンタが悪いわよ」

 

これには流石のヘファイストスも呆れ顔である。

 

「せやから謝ろうと思ってドチビとディーたんを探しとったんやん」

 

「それが謝る神の態度かい?ロキ」

 

「ヘスティアをドチビ呼びなんて誠意を感じないわ、出直してらっしゃい」

 

すかさず追撃を入れるヘスティアとアフロディーテにヘファイストスとフレイヤは2神が今回の件をどれだけ重くみているのか察しロキを憐れむ。

更にわざわざヘスティアとアフロディーテが事情を説明したが故にフレイヤとアフロディーテの2神に注目していた他の神々にも事情が知られてしまうというエゲツない所業にロキは細めた目から涙が滲んでいる。

 

「うわぁああああん!!」

 

そして、ロキはとうとう泣き出して走り去っていった。

 

「ふん、思い知ったか!」

 

「あのロキの泣き顔が見られるなんて運がいいわね」

 

「あ、アンタ達、今の全部計算してやってたの!?」

 

「ああ、と言っても八雲君の案だけどね」

 

「アレだけの事をしといて反省の色が見えない対応ならこうしてってお願いされてね」

 

それぞれたった一人しか眷属のいない零細ファミリア2つにトップファミリアの一角であるロキが口でボコボコにされる様を見て他の神々は背筋が凍る感覚に襲われていた。

 

「やっべー………アフロディーテの眷属ってあの【首狩り族】だろ?」

 

「今は【単眼鬼の武器庫】だっけ?どのみちにしろあのロキをあそこまでやっちまうとかやっべー奴過ぎる………」

 

「しかもロリ巨乳の眷属とも仲良いとか………うん、ウチの眷属達にも気を付けるよう言わねぇと」

 

こうしてロキへの意趣返しのついでに他の神々にも釘を刺すヘスティアとアフロディーテ。

 

「ふふ、それじゃあ私もこれで失礼するわね」

 

「あら、もういいの?」

 

「ええ、確認したい事があったのだけれど、もう聞けたし」

 

「そう」

 

「………それに、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの」

 

そうフレイヤが告げると周りの男神達は揃って項垂れる。

 

「相変わらずお盛んね」

 

「そういう貴女はどうなの?」

 

「今は他にやりたい事が出来たから当面はいいわね………貴女が食べ飽きたっていうならその程度でしょうし」

 

そこへ更にアフロディーテは追撃を入れる。

 

「君達、やっぱり“美の神”だよ………」

 

そんなフレイヤとアフロディーテに呆れたとばかりにゲンナリするヘスティア。

フレイヤはその後軽く挨拶をすると夜会を去っていった。

 

「ほんと嵐のようだったわね」

 

「ほんとにね」

 

「ところでさっきは何か言いかけてたみたいだけど」

 

「そうだった!ヘファイストス!君にベル君の武器を作って欲しいんだよ!」

 

ここにきてようやくヘスティアは夜会に来た目的を告げる事が出来た。

 

「武器って………ヘスティア、ウチの武器がどれだけするかわかってる?」

 

「わかってるよ!だからこれを頭金にローンでお願いしたいんだ!」

 

そう言ってヘスティアは八雲から預かった袋をヘファイストスに手渡す。

 

「ちょっと!?こんな大金どうやって用意したのよ!?アンタのとこじゃ到底用意出来る金額じゃないわよ、これ」

 

そのヘスティアから出てくるとは思えない大金にヘファイストスはその出処を問う。その答えはアフロディーテから返ってきた。

 

「あっ、それは八雲の蓄えからだよ。ベルが八雲に弟子入りしたからその餞別にって」

 

「だから貴女が一緒だったのね………あ〜もう!わかったわよ!但し、ローンだなんて今回限りだからね!」

 

「やった〜!やったよアフロディーテ!」

 

「良かったわね、ヘスティア」

 

流石に無一文で頼みに来られたら直ぐには頷けなかったが、ここまでの金を積まれて無碍には出来ないとヘファイストスが折れる事となり、ローンはヘファイストスファミリアの店で週3で働く事で返済していく事、それからヘスティア自身も作成を手伝う事を条件としベルの武器を作ってもらえる事となった。

また、今回はヘスティアとヘファイストスの個人的な用件という事でヘファイストスが鎚を振るうという事になり、ヘスティアが更に喜ぶ事になった。

 

「上手くお願いは出来たけど………ヘファちゃんが鎚を振るってヘスティアが手伝うって………これまたとんでもないのが出来そうね」

 

鍛治神と窯の神のコラボレーションというさり気にとんでもない事態になっているが、ヘスティアはおろかヘファイストスすらそれに気付いた様子は無い。

その武器がこれまた一騒動起こす切っ掛けになるとはこの時は誰も想像もしてはいなかった。




ベル君はブートキャンプに放り込まれました。
シルバーパック戦時のステータスの伸びがヤバそう………

一方で、神の宴はこっちもこっちで色々とんでもない事に………
ロキ、完全に出だしで躓きました。


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三十八話 美の女神と怪物祭

クリスマス、皆様はどうお過ごしでしょうか?

他のところならクリスマスの話とか書くのでしょうけど、ここは平常通り本編を進めさせていただきます。

今回からは怪物祭のお話。
原作とは少し状況が変わっております。


怪物祭当日。その日は八雲とアフロディーテは毎年恒例の屋台での稼ぎ時ということで特訓はお休みとなり、ベルは1人お小遣いを渡され祭りを楽しめと自由時間を与えられてしまった。

最初はベルもミリスのように屋台を手伝おうかと申し出たが、八雲達から「初めてのお祭りなんだから」と却下されたのだ。

 

「楽しめと言われてもなぁ………」

 

村でのお祭りぐらいしか経験の無いベルはどうしていいやらと途方に暮れていた。

そして、フラフラと歩いているといつの間にか今ではすっかり顔馴染みの店となった豊穣の女主人の前に来ていた。

 

「お〜い、そこの白髪頭〜」

 

すると、店の中からアーニャが顔を出し、ベルを手招きする。

 

「アーニャさん、いい加減ちゃんと名前覚えて下さいよ………」

 

「そんニャのアイツに奢られてばっかじゃニャくて自分で一端に稼いでから言うニャ。それまでは白髪頭で十分ニャ」

 

「うぐっ」

 

呼び方について抗議すればアーニャに痛いところを突かれてしまうベル。

 

「そんにゃことよりこれニャ」

 

そう言うとアーニャはベルにガマ口財布を手渡す。

 

「はい?」

 

「白髪頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

 

「は?」

 

全くもって意味が分からず困惑するベル。

 

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

 

そこに現れたのは店員の一人のリューだった。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、白髪頭?」

 

「いえ、全くわかりませんでした」

 

「ニャア!?」

 

「という訳です。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

 

「いえ、訳は今ので大体わかりましたから」

 

詳しく聞けばシルはサボったのではなく、ちゃんと休みを取って怪物祭を見に行ったのだとか。

しかし、財布を忘れて行ってしまい、他の店員は店の手伝いで手が離せられないので、偶然通りかかったベルに声をかけたらしい。

 

「そういう事ならお引き受けします」

 

「祭りで混雑しているかと思いますのでお気をつけて」

 

「はい!」

 

こうしてベルはシルに財布を届けるべく、祭りの会場となっている闘技場へと向かうのであった。

 

***********************

 

一方、その闘技場の周辺で屋台をしている八雲達はというと………

 

「はい、お好み焼き3つお待ち!」

 

「サカナ焼き5つに焼きそば5つだよ〜」

 

「はい、お団子10本ですね」

 

八雲とアフロディーテが作り、ミリスが会計を担当し、物凄いスピードで客を捌いていた。

まだ調教ショーが始まる前なので見ながら食べる物を求めて多くの客が並んでいるのだ。

 

「うぅ………相変わらず美味しい」

 

「タイミングも悪かったけど、まだ怒ってるわね、彼ら」

 

その近くでティオナ、ティオネ、レフィーヤの3人は焼きそばやサカナ焼きを手に浮かない顔をしていた。

その理由は先日の豊穣の女主人での一件を謝罪しようと訪れたのはいいが………

 

「まさか話すら聞いてもらえないなんて………」

 

実は先程「今は稼ぎ時なんだからそういうのは後にしろ、買わないなら邪魔だ」と追い返され、仕方なく食べ物を買って食べていたのだ。

ちなみに今日だけでなく、ここ数日店を訪れても同じ対応で全く話を聞いてはもらえず、訪問したロキファミリアの団員達はかなり精神的にダメージを負っていたのだ。

しかも、団員達を遣いとして送ったのに対しても「本当に謝る気があんのか?謝罪するならトップ自ら来いっての!」と余計に怒らせてしまった事もあってフィンの胃にかなりのダメージが発生している。

それでも客としては最低限の対応をしてくれるだけまだ温情ではあった。

 

「ほんとあのクソ狼め!余計な事してくれたわね!」

 

「アイズも行きつけの屋台なのに顔出し辛いって凹んでた」

 

「追い返される理由も正当なものなので何も言えませんし」

 

おかげで遠征の後始末が進んでおらず、先日はディアンケヒトファミリアからも素材の買取の際にかなり足元を見られる結果になってしまった。

 

「八雲と仲の良いラウルやアキはまだ普通に接してくれるそうだけど、例の話になるとだんまりだそうよ」

 

「早いとこ何とかしないとね」

 

***********************

 

「ベル君!次はあっちに行こう!」

 

「待って下さいよ!神様」

 

シルを探していたベルはというと、途中でばったり再会したヘスティアに振り回され屋台巡りをしていた。

無論、ベルはシルに財布を届けなければならない事をヘスティアに伝えたのだが、「この人混みじゃ闇雲に探したって見つからないさ!だからボクと一緒に回りながら探そうじゃないか」とベルの手を引いて祭りを楽しんでいるのだ。

そして、多分もう財布の事は忘れている。

 

「ここが闘技場………」

 

「確かここらへんで八雲君とアフロディーテ達が屋台を出しているはずなんだが………」

 

「神様、あの屋台じゃないですか?」

 

あっという間に闘技場までやってきたベルとヘスティアは闘技場の傍という好立地に屋台を構えている八雲達の屋台を発見する。

 

「あら?ベル君にヘスティア様じゃないですか」

 

「あっ、ミリスさん」

 

「お〜、ミリス君!数日振りだね。ところで今は大丈夫かい?」

 

「はい。既に調教ショーも始まりましたので客脚は落ち着きましたから」

 

すると、屋台も一段落したのか八雲とアフロディーテもベル達のところへやってきた。

 

「おっ、来たかベル。それにヘスティア様も帰ってきたみたいだな」

 

「どう、楽しんでる?ヘスティアもお帰りなさい」

 

「ああ、やっとこれが完成してね!」

 

そう言ってヘスティアが背中の荷物を示す。

 

「さっきからずっと気になっていたんですが、それは何なんですか、神様?」

 

「フッフッフ、それはだね」

 

その時だった。

 

「うわぁああ!モンスターが逃げ出したぞ!」

 

ドゴォンという轟音と共に闘技場の外壁が弾け飛び、中から拘束具を着けたシルバーバックが飛び出してきたのだ。

 

「あれは、調教予定のシルバーバック!?」

 

そのシルバーバックはショーの目玉として八雲が捕獲を手伝ったシルバーパックだった。

 

「グォオオオオ!」

 

飛び出してきたそのシルバーバックはしばらく辺りをキョロキョロと見回していたが、ヘスティアを視界に入れた途端何故かヘスティアに向かって突撃してきた。

 

「神様!こっちに!」

 

突然の事に驚くヘスティアの腕を引き、ベルはその場から逃げ出し、シルバーバックもそれを追ってその場から走り去っていく。

 

「ベル!」

 

八雲もシルバーバックを追おうとするが、逃げ出したのはシルバーバックだけではなく、他にも野放しにするには危険なモンスターが十数体逃げ出しており、その対処の為に八雲は残らざるえなかった。

 

「チッ!無事でいろよ、ベル」

 

八雲が【宝物庫】からロングソードを取り出しモンスターと応戦していると、アフロディーテはある事に気付く。

 

「八雲!このモンスター達、【魅了(チャーム)】されてる!」

 

「何だと!?」

 

つまり、この騒ぎは人為的に(・・・・)引き起こされたという事になる。

 

「これだけの数を一斉に【魅了】とか人間技じゃ………」

 

「ええ、こんな事しでかすのは彼女くらいよ」

 

「やっぱお前の御同輩(美の女神)かよ!」

 

何とかその場にいたモンスター数体は仕留めたものの、シャクティやハシャーナ、ザメルが現場に駆けつけるまでにシルバーバック以外にも何体かモンスターを取り逃がしてしまった。

 

「すまん、数体取り逃がした!」

 

「いや、迅速な対応に感謝する」

 

「今ギルドに他のファミリアにも応援を要請してもらっている。お前にも引き続き協力を頼みたい」

 

「ああ、俺の知り合いも逃げたモンスターに追われてるからそれを探すついでに見つけたやつは始末しておく」

 

「頼んだ」

 

そうしてシャクティ達と別れてシルバーバックを探そうと八雲は闘技場を離れようとしたが、その前に立ちはだかる者がいた。

 

「………オッタルさん、アンタがここにいるって事は、今回の騒動の発端はフレイヤ様って事でいいんだな?」

 

「そうだ。あのお方はあの少年に試練を課せられた」

 

「つまり、アンタは俺に邪魔をするなって伝えにきたメッセンジャーって訳か」

 

「思いの外冷静なのだな」

 

「腹ん中は煮えたぎっても頭は常に冷静に、ってな。兄貴と親友の教えだ」

 

アフロディーテから今回の騒動が美の女神の仕業と聞いてから八雲はこうなる事を半ば予測していた。

そして、八雲がその邪魔にならないようにフレイヤは恩のあるオッタルをメッセンジャーにしたのだ。

 

「アンタには恩があるから今回は邪魔はしない。だが、他の後始末はするなとは言わねぇよな?」

 

「それは構わん」

 

八雲が邪魔をしないと告げればオッタルは背を向けてその場から立ち去っていった。

 

「ベルのやつ、美の女神に目を付けられるとか何したんだか………」

 

八雲は頭を抱えながらもシルバーバック以外のモンスターを始末するべく駆け出すのであった。




ベル君は原作通りシルバーパックに追われる事になり、八雲は別のモンスターを狩る事に………
尚、八雲にシルバーパックを追わせない為に原作よりも多くモンスターを逃しています。

こちらは今回で本年の最後の投稿になります。
では、皆さん良いお年を


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三十九話 因縁と八つ当たり

今回はソード・オラトリアのシナリオからです。
八雲があのモンスターと再戦となります。

そして、八雲の隠し玉の1つが解禁します。


オッタルと別れた八雲は見つけたモンスターを手当たり次第に撃滅していた。今回集められたモンスターのほとんどは深いところで19〜24層辺りのモンスター。レベル4となった八雲からすれば大した強さではない。

しかし、いつもなら首を刎ねて一発で仕留める八雲らしくなく、モンスターは徹底的にバラバラにされて消滅していく。

 

「ちっ、あの女神、何体モンスター逃がしやがった!」

 

他にもガネーシャファミリアが援軍を要請したようで、物凄い勢いで逃げ出したモンスターが狩られているが、それでもまだ多くのモンスターがオラリオに散っていこうとしている。

 

「テメエは何処に逃げるつもりだ?」

 

そのうちの一体であるソードスタッグが屋根に飛び乗って逃走しようとするとその首に取り出した鎖鎌の分銅を投げつけて拘束し、そのまま地面へと叩き落とす。

そして、身動きが取れないソードスタッグを今度は2本のカトラスを取り出して切り刻み消滅させる。

 

「あっ、八雲………」

 

すると、そこへ援軍としてモンスターを追っていたアイズと遭遇する。

 

「アイズって事は他のファミリアにも援軍を要請したか」

 

「………うん、ギルドからの要請」

 

アイズとしては合わせる顔が無いと思っていた人物との不意の遭遇に気不味さを感じていたアイズだったが、対して八雲は特に気にした様子は見せていない。むしろアイズが気に病んでいる事の方を気にしているくらいだ。

なので彼女の気が晴れるかは判らないが、八雲は口を開く。

 

「はぁ………最近、どっかの誰かさんが買いに来ないから多めに揚げてるジャガ丸くんが余り気味だってアフロディーテが言ってたな」

 

「!?」

 

その八雲の言葉にアイズはハッと顔を上げる。

 

「で、でも、ロキファミリアの団員は追い返されるって………」

 

「そりゃあ、何も買わずに勝手な事を言うだけの奴は追い返すが、客なら客として扱うぞ?」

 

当たり前と言えば当たり前の事である。

 

「………じゃあ、また買いに行っても?」

 

「そもそも俺はアンタには怒ってねぇよ」

 

「そうなの?」

 

「だってそもそもアンタはベルを助けてくれた恩人だし、あの時も怒ってくれたろ?」

 

そう、八雲はあの時アイズがベートの言葉に怒っていた事やベルが飛び出していった時も心配していたのをちゃんと見ていたのだ。

 

「さてと、10は片付けたが、あと何体だ?」

 

「私も9体倒したからあと2体のはず」

 

「となると近場に1体いるはずだ」

 

「きゃああああああああああっ!?」

 

その時、広場の方から悲鳴が響く。

 

「行こう」

 

「ああ!」

 

***********************

 

2人が向かった先では既にティオナ、ティオネ、レフィーヤの3人がとあるモンスターと交戦しており、そのモンスターによってレフィーヤは大怪我を負わされ、今にもトドメを刺されようとしていた。

 

「あのモンスターは!?」

 

「先に行くっ!」

 

仲間のピンチにアイズはそのモンスターとレフィーヤの間に割り込むが、八雲はそのモンスターを見て足が止まってしまっていた。

 

「アイズ!」

 

「それに八雲………アンタも一緒だったの!?」

 

アイズがそのモンスターの首を刎ねた事でアマゾネス姉妹は油断しているが、そのモンスターを知る八雲からしたらまだ目を離す事が出来ない状況だ。

 

「まだだ!」

 

「えっ?」

 

八雲が叫ぶと同時に地面が揺れ、そこから3本の蔓が伸び凶悪な口を持った花が開く。

 

「何でこのモンスターが地上にいやがる!?」

 

それは、八雲が4年前に遭遇した植物型のイレギュラーモンスター・食人花だった。

 

「八雲、このモンスターを知ってるの!?」

 

「悠長に話してる暇はねぇぞ!」

 

3体の食人花がまず狙ったのはアイズだった。アイズはそれを咄嗟に迎撃しようと普段のデスペレートではなく借り物の細剣を振るうも、いつものデスペレートと同じ扱いで使っていた無理がここで細剣の耐久値を超えてしまい、食人花に触れる前に根本からポッキリと折れてしまったのだ。

 

「あっ」

 

それを見てアイズの表情が強張るも、食人花は待ってはくれず、仕方無しにアイズは柄の金属部分で食人花を殴り、風を纏って後退する。

しかし、それは逆効果で、食人花は余計にアイズを執拗に狙う。

 

「今度はアイズ!?」

 

「あのモンスターは魔法や魔石に反応する習性がある!」

 

「それを早く言いなさいよ!」

 

「ともかく!これをレフィーヤに飲ませて下がってくれ!」

 

「でも!」

 

「いくらアンタらでも素手じゃどうにもならんだろ!」

 

そう言って八雲が【宝物庫】から取り出してティオネに手渡したのはエリクサーであった。

 

「ちょっ!?これエリクサー!?」

 

「明らかに重傷なんだ!それくらい遠慮なく使え!」

 

エリクサーを返そうとするティオネに無理矢理エリクサーを持たせてレフィーヤの方へと向かわせ、アイズの方へと視線を向ければ八雲はあるものを見つけてしまう。

それはアイズの進行方向に崩れた屋台に足を取られて動けない犬人族の少女がいたのだ。

 

「クソッ!」

 

八雲は直ぐ様その少女の方へと駆け出し瓦礫を蹴り飛ばして少女を抱えて跳ぶ。その直後、少女がいた場所をアイズに回避され勢い余った食人花が通過していく。

 

「アイズ!少しは周りを見ろ!」

 

「ごめん!」

 

抱えた少女は気を失っていたようだが、心音はちゃんとしておりまだ生きているとわかる。それを確認すると、八雲は助け起こされ駆けつけたギルド職員やアマゾネス姉妹に介抱されるレフィーヤのところまで少女を運ぶ。

 

「この娘も頼む!」

 

「はい!」

 

「八雲さん、私は」

 

「エリクサーで治るのは傷だけで血液は足りてねぇだろ………それにアイツらは魔力に反応する。今のアンタにアレを回避する体力も戻ってねぇはずだ」

 

「でも!アイズさんは剣を!」

 

「そうだ!アンタの【宝物庫】から武器をアイズに!」

 

そこでティオナが八雲にアイズへ武器を貸すように頼むが………

 

「悪いが断る」

 

「ちょっと!そんな事言ってる場合じゃ!」

 

「八雲さん、まさか」

 

「………アレは俺がやる」

 

そう宣言してレフィーヤ達から少し離れた所に立ち八雲は何も無いはずの右手側に虚空へと手を伸ばすと、その空間が歪み八雲の手に禍々しい黒い大鎌が出現した。

その大鎌は刃の付け根の部分に赤い瞳の眼のような球体が取り付けられ、刃も鉤爪のような2段になったどう見ても普通の大鎌ではないデザインをしており、明らかに【宝物庫】から取り出したのとは違う出現方法をしている点からもそれが明らかに異質だと感じさせる。

 

「な、何ですか、その鎌は………」

 

特に魔法を使うエルフであるレフィーヤにはその大鎌が纏うオーラを感じ取ってしまったようで、身体を震えさせていた。

 

「アイズ!その風を切って下がれ!」

 

アイズもその大鎌の異質さを感じたからか、八雲に言われた通りに風を消してその場を飛び退く。

すると、食人花はくるりと花をアイズから八雲に向け直す。

 

「こいつの事を感じるぐらいの知能はあったか」

 

レフィーヤ達を巻き込まぬようレフィーヤ達から距離を空けつつ、寄ってきた食人花に八雲も大鎌を地面と水平に後ろへ引きながら接近し勢いを付けて食人花の1体へ大鎌を円を描くかのように振るい、振り切ったところで刃を返しもう一閃、そして最後にもう一度斬りつけて輪切りへと変える。

 

環伐弐閃(ワギリニセン)

 

それが今の技の名前らしく、輪切りにされて消滅する食人花を見もせず、八雲は輪切りになるのを上に伸ばすことで避けてそのまま八雲を丸呑みにしようとしていた次の食人花を跳び上がって回避し、その後ろから接近してきたもう1体の食人花に大鎌を振り抜く。

 

蒼天大車輪(ソウテンダイシャリン)!」

 

その軌跡は真空波を発生させて食人花を斬り刻む。

3体目の食人花を倒した八雲はその落下のスピードを利用して八雲は先程回避して下にいた2体目の食人花をX字に斬りつけ最後に縦に一閃して地面に大鎌を突き刺す。

 

「これで終わりだ!環伐乱絶閃(ワギリランゼツセン)!」

 

すると、その突き刺した場所に黒い円陣が出現したかと思えば、地面から漆黒の爪が6本生えて食人花をズタズタにしてしまい、残ったのは通常の魔石とは異なる極彩色をした魔石が3つ。

 

「なに、これ………」

 

その常軌を逸した光景にその場にいたもの達は言葉を失う。

 

「………乱絶閃まではやる必要なかったな」

 

対して八雲はその大鎌をしまいながら極彩色の魔石の1つを拾い、先程の戦闘の反省をしていた。

 

「原因はやっぱさっきの犬人族の娘がアイツ(ユーリヤ)と被ったからだよなぁ………」

 

かつての仲間だったユーリヤ=トーリバ。その最後とレフィーヤの怪我や気を失っていた少女が重なってしまった事で八雲は少し過剰に攻撃を行ってしまったのだ。

  

「ってか、アレ(大鎌)も出しちまったしなぁ………絶対に椿に知られたら見せろって言われるよなぁ………」

 

「八雲、今のって………」

 

「あっ、まだ逃げたモンスターいたの忘れてた!?」

 

アイズが八雲に色々と訊ねようとしたが、八雲はまるで今思い出したかのようにそう告げるとその場から逃走してしまった。

 

「そうだ………コレ、どうしよう」

 

「私もエリクサーなんて使わせちゃいました………絶対に今の蓄えだと足りませんよぉ」

 

一方でアイズとレフィーヤは思わぬ形で借金をする事になり、頭を悩ませる事となるのであった。




八雲の隠し玉とは………偽憑神武器(ロストウエポン)の1つ、死ヲ刻ム影でした。

次回は怪物祭の後日談になるかな?


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四十話 後始末と女神と会合

今回はダンまち本編に関する重大なネタバレを含んでいます。
原作を未履修の方はご注意下さい。


結局、八雲がシルバーパック以外の全てのモンスターを倒した頃にはベルも何とかシルバーパックを倒した後であった。

追われていたヘスティアはヘファイストスの手伝いで疲労が蓄積していたらしく、ベルがシルバーパックを倒したのを見届けるとそのまま意識を失ったそうだ。

その後、“偶々近くにいた”シルが2人を豊穣の女主人へと連れていくのを提案し、ミアの好意で部屋を貸し与えて休ませている。

その貸し与えた部屋から出てきたシルに八雲は険しい顔を向けた。

 

「アンタ、一体何を企んでる?」

 

「た、企むなんて………一体何の事ですか?」

 

突然掛けられた言葉に怯えたように恍けるシル。

すると、八雲の瞳が紅く変わり眼光の鋭さが増す。

 

「恍ける必要は無いぞ、シル=フローヴァ………いや、あえて言うぞ。ベルに何をするつもりだ?“女神フレイヤ”」

 

「………他の神には隠し通せたんですけどね」

 

そう、シルの正体は女神フレイヤ。北欧神話にてシル=フローヴァというのはフレイヤの偽名である事を知っていた八雲は今回の騒動で暴れていたモンスターとシルから薫る魅了の残滓からシルがフレイヤに近しい者もしくは本神と当たりをつけ、カマをかけてみれば本当にフレイヤ本神だったのだ。

尚、フレイヤが八雲の言葉を完全に確信に至っていなかったのを見抜けなかったのは八雲がとある憑神のスキルを限定的に発動して神々の「嘘を見抜く眼」を無効化したからである。

 

「とりあえず、今の私はシル=フローヴァという事にしておいて下さい」

 

「質問に答えてくれるならな」

 

「ふふっ………質問にお答えするなら“我慢出来なくなってしまった”ですかね?」

 

「我慢出来なくなった?」

 

「ええ、ベルさんの魂は今まで見た事が無い輝きと純粋さがあります。最初はただそれを見守っていれば満足だったのですが、もっと輝くところが見たくなってしまいまして」

 

「………はぁ、美の女神ってホントロクな事しねぇわ」

 

「それを言うならアフロディーテも大概ですよ?」

 

「それは知ってる」

 

シル(フレイヤ)の言葉に溜息をつきながら呟くと自身の主神(アフロディーテ)も同様だと告げられ頷く八雲。

 

「そもそも俺がオラリオにいるのもアイツのせいだし」

 

「あ〜、それで八雲さんの魂にアフロディーテの残滓とゼウスの残滓………そして“その黒い何か”がくっついているんですね」

 

「ちょっと待て!ゼウスの残滓って何だよ!?スッゲー心当たりはあるけどさ!?」

 

「ふふっ、これ以上は私からは言えませんね………貴方がフレイヤファミリアに来るなら別ですけど」

 

「悪いが今のところアイツ(アフロディーテ)への恩があるから改宗はするつもりはねぇし、言った通り心当たりはあるからな」

 

「それは残念です」

 

「どうせ俺を入れれば弟子のベルともっと接し易くなるとかそんな算段だろ?」

 

「バレました?」

 

そう戯けてみせるシル(フレイヤ)に八雲は毒気を抜かれて瞳を元に戻す。

つまり、真剣な話はここまでという事だ。

 

「………あ〜、調子狂うわ」

 

「この姿でいる時はこれまで通りシルとして接して下さいね?」

 

「はいはい………オッタルさん達、思ったより苦労してんだなぁ」

 

今度、胃に優しいものを差し入れようと八雲はそう思った。

 

***********************

 

結局、ヘスティアはただの過労だっただけで直ぐに回復したようで、翌日にはすっかり元気になっていた。

 

「八雲君にも心配をかけたね」

 

「まあ、あんなのに巻き込まれたからな」

 

「師匠はあの後ずっと他の逃げ出したモンスターと?」

 

「ああ、途中で【剣姫】も援軍として参加してくれたから逃げ出したモンスターは1匹残らず狩り尽くしたはずだ」

 

「アイズさんと………」

 

あの豊穣の女主人での一件以降顔を見ていない女性の事が話題となり、ベルが反応を見せる。

 

「とりあえず今日は昨日あんな事があったからダンジョン行くのは禁止な?」

 

「はい」

 

「それとバベルの中にある前に連れてった店にコイツらを預けてきてくれ。昨日の連戦で酷使しちまってな………俺の名前を出せば通じるはずだから」

 

そう言って八雲はいくつかの装備の入った荷物とその整備費用の入った袋をベルに渡す。

 

「余った金は自由に使っていいぞ。そろそろ防具も更新しといた方がいいし」

 

「えっ、でもこのナイフのお金も半分は師匠持ちだって………」

 

「ヘスティア様め、いらんことを………ゴホン、申し訳無いって思うならその金を返せるようにしっかり強くなれ」

 

「師匠………わかりました」

 

そう言うとベルは荷物を持って裏口からバベルへと駆け出していった。

 

「で、いつまでそこに隠れてるつもりです?【勇者】」

 

「やはりお見通しみたいだね」

 

ベルが見えなくなったのを見計らって八雲は入口の近くに隠れていたフィンに声を掛けた。

 

「わざわざ隠れてたって事は用はベルの一件じゃねぇんだろ?」

 

「そっちはまた後日改めて訪問させてもらうよ」

 

そうフィンが告げると、フィンに続いてロキ、リヴェリア、レフィーヤの1神と2人も店の中にやってきた。

 

「まずは昨日はレフィーヤを助けてくれた事に関して礼を言いたい………うちの団員を救ってくれてありがとう」

 

「ウチもお礼を言わせてもらうわ」

 

「私からも礼を言う。聞けばエリクサーを使ったと」

 

「あの傷じゃ他の回復薬じゃ間に合わないと思っただけだよ。それにあれはディアンケヒトファミリアから薬草採取の報酬として貰った試供品だし」

 

「やはりか………アミッドが言っていた通りか」

 

エリクサーで回復はしたものの、念の為にとアミッドに診てもらったそうで、もう大丈夫とのこと。

 

「うぅ、そんな貴重なものを………」

 

そんな中、1人俯いているレフィーヤ。どうも八雲が渡したエリクサーの代金をどうしようと悩んでいるようだ。

試供品といえどディアンケヒトファミリア製のもので、値段を付けるなら相応の値がするだろう。

 

「俺は気にしてねぇんだけどなぁ………」

 

「私が気にするんです!」

 

結局、現在の相場の8割の値段を支払うという事で決着したが、今のレフィーヤの手持ちでは足りないとの事なので支払いは必ず行うという誓約書を手渡されてしまったのであった。




ロキファミリアとの話し合いはもう少し続きます。


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四十一話 回想と借金

前回の続きとダンジョンアタックです。


レフィーヤのと話が一段落したところで本題へと移る。

 

「で、これだけじゃねぇんだろ?」

 

「ああ、本題はこれからさ」

 

「昨日のあのモンスターの件だろ?」

 

そう言って八雲は拾っていた極彩色の魔石をテーブルに出す。

 

「やっぱ持っとったんか」

 

「まあな」

 

あの食人花はガネーシャファミリアが捕獲したモンスターではなく、他の理由で地上に放たれたものというのは八雲も知っている。

 

「アイズ達から君はあのモンスターについて何かしら知っていると聞いたのだけれども、間違いないかい?」

 

「ああ、あのモンスターとは数年前………アンタ達と知り合う前に遭遇してる」

 

「ウチらと会う前ってレベル1か2の頃にか?何処で?」

 

「俺がレベルアップする切っ掛けになったのがあのモンスターだよ………10層の食料庫だ。ディアンケヒトファミリアから10層の様子がおかしいから調べてきてくれと頼まれてな、あの時は一緒にいたサポーターが余所の冒険者に狙われてて逃げ込んだ食料庫であのモンスターとな」

 

「冒険者にって………」

 

「ほとんど逆恨みみたいなもんだ………その後、唯一生き残った俺は偶々通り掛かった【猛者】に助けられて、って訳さ」

 

そこでこの話は終わりだとばかりに八雲は話を切る。

 

「10層か………でも、アイズ達の話を聞くにそのモンスターは」

 

「もっと下層にいるはず、だろ?俺もあのモンスターは少なくとも中層より下のモンスターだと思ってる」

 

「つまり、あのモンスターは誰かが移動させたモンスターって事だろう」

 

「他に知っている事は?」

 

「昨日も言ったようにアレはいくら他がヘイトをいくら集めようが魔力や魔石に反応する性質がある。魔法を使うなら注意した方がいい」

 

「打撃にも高い耐性があるようだしね………留意するよ」

 

とりあえず食人花についての話はここまでとなり、簡単な食事が出された。

 

「そういやアイズは?」

 

「ゴブニュファミリアのところさ、先日デスペレードのメンテナンスの代わりに借りていた武器を壊してしまってね」

 

「うわ、ご愁傷様です」

 

と、噂をしていると………

 

「フィン!」

 

そのアイズが慌てた店にやってきた。

 

「ヴァリスが足りなくなっちゃった」

 

どうも武器の弁償の代金が足りないらしい。

 

「仕方ない、この後皆でダンジョンに行こうか」

 

遠征で消耗した補填も行わねばならないロキファミリアとしては稼げる時に稼いでおかねばならない。特に【新世界】で遭遇したモンスターへの対処を考えるとかなりの額が必要となる。

なので、アイズとレフィーヤの借金返済に便乗して稼いでおこうという話だ。

 

「なあ」

 

「なんだい?」

 

そんなロキファミリアに八雲はある提案をする。

 

「そのダンジョン行き、俺も同行してもいいか?」

 

「それはありがたいが、何か企んでないかい?」

 

八雲はサポーター泣かせの【宝物庫】を持っており、フィン達だけでは回収しきれない魔石やドロップアイテムも残さず回収出来るので八雲の申し出は非常にありがたいのだが、これまでのアレコレから彼が無償でこんな事を言わないのはよくわかっている。

なので、八雲が何か企んでないか?と疑わずにはいられなかったのだ。

 

「いや、俺もリヴィラにちょっと用があってな」

 

「用、ですか?」

 

「いつもの補給物資の運搬」

 

「あ〜、そういえばそんな事もしてましたね………」

 

そう、八雲は何時ぞやの遠征の際にボールスと話していた計画を実行に移しており、【宝物庫】を使ってリヴィラに食料や水、建て直し用の建材、武器等をボールスに卸すという事をしている。

また、時々ではあるが、八雲本人が屋台をリヴィラに出し、メレン直送の魚を振る舞う事もあり、ダンジョンの中で新鮮な魚が食べられると好評だったりする。

そのせいか、一部の冒険者からは「リヴィラの影の支配者」などと呼ばれている。

 

「あと、一部の冒険者が既にリヴィラにあの件を連絡してそうなので、多分俺が一緒に行かないとリヴィラ寄った時にぼったくられますよ?」

 

「………お願いしてもいいかい?」

 

「毎度」

 

フィンはここで八雲に支払う手数料とリヴィラでぼったくられる額を秤にかけ、八雲に同行を願った。

 

「って訳でちょっとダンジョン行ってくるからベルが戻ってきたらそう伝えといてくれないか?」

 

「わかりました!お土産に水晶飴(クリスタルドロップ)をお願いしますね」

 

「君のところは従業員も強かだね」

 

伝言を頼まれたミリスはさらりとリヴィラ近辺で稀に見つかるお土産を要求している。

この水晶飴は貴族が冒険者に依頼してまで欲しがる程のものでお土産に要求するようなものではないのだが、八雲ならサラリと持って帰ってきそうだとロキファミリアの面々は思ったのであった。

 

***********************

 

それからダンジョンに向かう用意を済ませたロキファミリアの面々と八雲はダンジョンへと潜っていく。

メンバーは八雲、アイズ、レフィーヤ、ティオネ、ティオナ、フィン、リヴェリアという少数精鋭である。

 

「やっぱフィンさん達が一緒だと殲滅速度が違うわ」

 

既に中層までやってきている一行は出会ったモンスターを鎧袖一触で倒し、魔石やドロップアイテムを八雲が回収しながら進んでいる。

尚、アイズやレフィーヤの分の魔石はフィン達の分とは別に管理している。

 

「この分だと予定より早くリヴィラに着きそうだ」

 

荷物が少ない分移動速度が速く、予定していた時間よりも早く到着できそうとのこと。

そんな中、ティオナは気になっていた事を八雲に訊ねる。

 

「ところでさ、昨日のあの武器って何だったの?」

 

「あ〜、あの妙な鎌ね」

 

「報告にあったあのモンスターを倒した武器か」

 

「あれは俺の奥の手の一つなんでな、いくらアンタ達でも余所のファミリアには教えられない」

 

偽憑神武器は教えたところで現状八雲にしか使えない武器ではあるが、【死ヲ刻ム影】以外の一部(特に二相と五相)の偽憑神武器がオラリオではある種の爆弾のようなものなので教える訳にはいかないのだ。

 

「まあ、一つだけ言うならアレはオラリオで作られた武器じゃない、とだけ言っておきます」

 

「そうか」

 

フィンはそれ以上は聞かずに話を切った。

そうこうしている間に17層にやってきた。

 

「よし、17層に到着!」

 

「そういや、ゴライアスの周期って………」

 

八雲がそう呟くと壁がゴゴゴゴと蠢き出し、階層主(モンスターレックス)・ゴライアスが姿を現した。

 

「よし、ボーナスステージだ!」

 

ここにいるメンバーならまず負ける事はない上にゴライアスの巨大な魔石も八雲なら楽に運搬が可能………つまり、ゴライアスはリポップのタイミングが悪かった。

借金や遠征費の為に修羅と化したロキファミリアと八雲というメンバーを前にゴライアスは1時間と掛からずに処理されてしまうのであった。

 

「やっぱ階層主の魔石は稼げるよなぁ」

 

「こんな規格外の事をするのは君くらいだろうけどね」

 

ホクホク顔で18層のリヴィラに向かう一行であったが、そのリヴィラにてあのような事件が起こるとはまだ誰も気付いてはいなかった。




ゴライアス、君は間が悪かったんだ………

実はロキファミリアのダンジョン行きが原作より一日早くなっております。
つまり………

偽憑神武器
一相 大鎌・死ヲ刻ム影
二相 錫杖・ー
三相 長槍・ー
四相 鉄扇・ー
五相 魔導書・ー
六相 片手剣・ー
七相 手甲・ー
八相 双剣・ー


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四十二話 蠢く者

八雲達が一日早く到着したことで色々変化しております。


リヴィラに到着した一行はまずリヴィラの中心となっているボールスの元を訪れる。

 

「よっ、ボールスのおっさん」

 

「八雲………とロキファミリアか。お前さん達、冷戦中じゃなかったのか?」

 

やはり例の事件はリヴィラまで届いていたらしく、ボールスが怪訝そうな顔をする。

 

「とりあえず停戦ってとこだ。その通達も兼ねて一緒に来たんだよ」

 

「ケッ、折角の機会だからふんだくってやろうと思ったのによ」

 

「まあまあ、今日はメレンから魚も持ってきてるからさ」

 

「くっ、八雲に感謝しろよ!ロキファミリア」

 

ダンジョン内のリヴィラではメレンの魚は希少品であるが故にボールスの態度は一変し、フィン達は苦笑する。

その後、ボールスが伝令を出してくれた為にリヴィラでロキファミリアにふっかけるような事はとりあえずなくなり、その間に八雲は【宝物殿】から今回の補給物資をボールスの指定した場所に出す。

 

「今回はこんなもんだ」

 

「確かに………ほらよ」

 

「毎度有り」

 

それを確認するとボールスは八雲に自身のファミリアから支払いをする旨を記した札を手渡す。リヴィラでは今回のような大金が動く取引の場合、ヴァリスを直接使うのではなくこのような割符を使って地上でヴァリスの取引を行うのだ。これにより大量の硬貨を持ち歩く必要がなくなりスムーズな取引が行われる。

この割符の偽造や支払いの誤魔化しは控えの割符が存在するためファミリア間の信用だけでなくリヴィラでの信用を失う事になる為、余程馬鹿な冒険者以外やらないのである。

 

「さて、こっちの用は済んだな………これからどうする?」

 

「そうだね。そこまで急ぐ訳でもないし、今日はもう遅いからリヴィラで休んでいこうか」

 

それなりに速くリヴィラに来た方ではあるが、途中の戦闘や魔石・ドロップアイテムの回収等、そしてゴライアスとの戦闘で時間を取られていたせいか既に18層の天井にある水晶の光は消えて暗くなっていた。

そのため、一行は今夜はリヴィラで一泊することに。

 

「なら俺はいつもの宿に泊まるとするかな」

 

「お〜い」

 

ロキファミリアは八雲とは別で宿を探すとの事で一旦別れたのだが、そんな八雲に声を掛けてきた人物がいた。

 

「ハシャーナさん!」

 

それはガネーシャファミリアの【剛拳闘士(ハシャーナ)】だった。

 

「どうしてここに?」

 

「ちょっと指名依頼があってな。その帰りさ」

 

「そうなんですね」

 

「どうだ?一杯」

 

「お付き合いします」

 

***********************

 

2人はリヴィラにあるとある酒場でジョッキを片手に話していた。

 

「そうか、ロキファミリアの件は解決したのか」

 

「まあ、とりあえずですが」

 

「いつまでもいがみ合うよりはいいだろう」

 

「そうですね」

 

そう言ってジョッキを傾ける2人。そんな2人に近付いてくる者がいた。

 

「ちょっといいか?」

 

その人物は赤毛でスタイルの良い女性であったが、八雲はその女性に違和感を感じる。

 

「おっ、これはまた綺麗な」

 

ハシャーナは少し鼻の下を伸ばしてはいるが、隣の八雲の雰囲気から彼女が普通ではない事は察している。

 

「1人だったら一晩お願いするところだが、生憎今は連れと一緒でね」

 

「そうか」

 

言外に「他を当たってくれ」と言ったつもりだったが、女性は突如腰の長剣を抜いてハシャーナに斬りかかる。

 

「チッ!」

 

そこに割り込むように八雲が長剣を抜いてそれを防ぐが、その一撃はとてもではないが咄嗟に振るわれた一撃ではなく、八雲とハシャーナはすぐに女性から距離を取った。

酒場は突然の騒ぎにパニックになっているが、女性の狙いはハシャーナらしく、他の客には目も向けない。

 

「くっ、この手の痺れ………ハシャーナさん、こいつ格上です!」

 

「やはりか」

 

「というか何やらかしたんですか!?いきなり斬りかかってくるなんて普通じゃないですよ!」

 

「貴様、アレを何処にやった?」

 

「アレ?」

 

「なるほどな………すまん八雲、俺が巻き込んだようだ」

 

ハシャーナも長剣を抜いて構えるが女性の攻撃スタイルは長剣と体術によるゴリ押し。しかも八雲の見立てではレベル5後半相当の実力者だ。

 

「後で事情は説明してもらいますよ?」

 

「生きて帰れたらな!」

 

***********************

 

一方、宿で休んでいたロキファミリアの面々は突然の騒ぎに目を覚まし、街へ状況確認に出てきたのだが………

 

「酒場で乱闘騒ぎだとよ」

 

「【剛拳闘士】と【単眼鬼の武器庫】相手に互角だとよ」

 

話を聞いたフィンは訝しむ。

 

「(八雲と【剛拳闘士】が乱闘?あの2人が自分から騒ぎを起こしたとは思えない………だとすれば誰が?)」

 

「とりあえず現場に行ってみようよ」

 

「そうだな」

 

一行が現場に到着すると、既に八雲とハシャーナ、そして襲撃犯の女性は居らず、ボロボロになった酒場だけが残されていた。

 

「一体何があったんだい?」

 

「それが、【剛拳闘士】と【単眼鬼の武器庫】が飲んでるとこに変な女が話し掛けてきて、数言話したらいきなり女が2人に斬りかかったんでさ」

 

「で、彼らは?」

 

「ここじゃ狭いってあっちの方に」

 

「ありがとう」

 

その場にいた店員らしき人物から事情を聞いたフィンが八雲達の足取りを追おうと酒場から出ると、見張り台の鐘が鳴り響く。

 

「モンスターが出たぞ!」

 

リヴィラの長い夜が始まった。




という訳で謎の女ことレヴィスとの戦闘開始。
原作では宿の部屋に連れ込んだところを殺されたハシャーナですが、八雲と遭遇した事でとりあえず生存しました。

アンケートは思ったより参戦に票が入っててビックリ………
皆アルテミス好きなんですね………


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四十三話 リヴィラの長い夜

少し書き悩んでしまい遅くなってしまいました。

今回は赤毛の女ことレヴィス戦です。
都合上、原作とは少し異なる展開となります。


酒場を飛び出した八雲とハシャーナは赤毛の女を街の外にある広場まで誘導し戦っていた。

 

「フン!」

 

「くっ」

 

2人掛かりとはいえ、明らかに格上の力を持つ赤毛の女に八雲とハシャーナの方が劣勢。既に八雲は長剣を2本折られ、ハシャーナもサブウエポンだった長剣を失いメインの拳打に切り替えている。

折られた剣を【宝物庫】にしまい、次の剣を取り出す八雲を見て赤毛の女は眉をひそめ口を開く。

 

「妙な“手品”を使うな」

 

「俺のコレを見てそう言うって事は少なくともオラリオの冒険者じゃねぇな?お前」

 

八雲の【宝物庫】はその希少過ぎる能力故に今ではオラリオの各派閥でマークされている能力。

それを手品と称した事から八雲はこの女がオラリオの真当な冒険者では無いと察する。

だが、少なくともレベル5以上の実力がある事からラキアの人間という可能性も無い。

となれば暗黒期の闇派閥(イヴィルス)の残党というのが可能性としては高いだろう。

 

「冒険者?お前達と一緒にするな」

 

「冒険者じゃない、だと!?」

 

「冒険者になる以外で、恩恵を得る以外でそれだけの力を得たって事か………どう考えても普通じゃねぇよな、その力」

 

しかし、女は冒険者である事を否定する。

その直後、リヴィラの街の方でも騒ぎが起っていた。

 

「何だ!?街の方から音が」

 

「あれは!?」

 

ハシャーナがその騒ぎに気付き、八雲が街を見るとそこにはまたしてもあの食人花の姿があった。

 

食人花(ヴィオラス)を放ったか………余計な真似を」

 

「ヴィオ、ラス?」

 

それを見て女が食人花を見てその名を呟くのを八雲は聞き逃さなかった。

 

「………あのヴィオラスとかいうのはお前らのか?」

 

「ん?」

 

「………10層の食料庫、あそこにあのモンスターを運んだのはてめえらか?」

 

「ああ、そういえば前にせっかく運び込んだやつが全滅してもう一度運び直しになった事があったな」

 

女がそう答えた次の瞬間、八雲の周りの空気が変わる。

 

「………そうか、お前が………お前らが………」

 

手にしていた長剣をしまい、無手となった八雲は左右に両手を伸ばして念じる。

すると、ポーンという音と共に両手が【宝物庫】とは別の空間に入り込み、抜き出すとそこには突起の多い特徴的な形状をした緋色手甲が装備され、八雲は再び赤毛の女へと向かっていく。

 

「武器を変えたところで!」

 

赤毛の女は長剣を振り下ろす事で八雲を迎撃しようとするが、てっきり避けると思っていた八雲はその長剣を手甲で受け止め弾き飛ばされてしまう。

その後も何故か八雲は攻撃を避けようとはせず、致命傷だけは避けるような近接戦闘を続ける。

ハシャーナも最初は八雲がユーリヤの事件の事を思い出して乱心しているように見えたが、その眼は冷静に何かを見極めているように見える。

そして、何度目かの攻撃を受けて八雲の手甲の緋色の部分の色彩が濃くなり輝き出す。

 

「やっと溜まったか」

 

「何を狙っているかは知らんが、そのダメージではもうろくに動けまい!」

 

赤毛の女はボロボロになりつつある八雲にトドメを刺さんと剣を振るうが、それに合わせて剣に手甲をぶつける。すると、緋色の光が一際強くなり、女の長剣が砕ける。

 

「なっ!?貴様、何をした!」

 

「何をって、てめえから受けたダメージを全部“返して”やっただけさ」

 

八雲の手甲の正体は偽憑神武器の1つ、第七相タルヴォスの力を宿した【緋ニ染マル翼】。その能力は“復讐”。受けたダメージを自身の攻撃力に変換したり、受けたダメージのカウントをリセットする代わりにそれまで受けたダメージを一撃分の攻撃力に転換する武器だ。

八雲はこの能力を利用する為にわざとダメージを負い、ダメージカウントの上限(カンスト)*1まで溜め、それによる反撃を狙っていたのだ。

その威力は女の長剣を砕いただけに留まらず、剣を持っていた右腕が痺れて握っていた柄を離してしまう程であった。

 

「悪あがきを………」

 

それでも女は武器を失っただけでまだ戦えた。

だが、女は時間を掛け過ぎた。

 

「そこまでだ!」

 

女が素手での戦闘に移行する前に騒ぎを聞きつけたフィンとアイズがやってきてしまったのだ。

 

「フィンさん、街の方は?」

 

「リヴェリア達に任せてきた。それよりも随分とボロボロだね?」

 

「あのモンスターはこの女の仲間が利用もしくは使役してるようです。女も恩恵は持っていないそうですが、レベル5か6相当の実力かと」

 

「わかった………ハシャーナは八雲を連れて下がってくれ」

 

「ああ!」

 

「させん!」

 

「それはこちらのセリフだよ!」

 

八雲から情報を得たフィンはハシャーナに八雲を下がらせるように指示するも、女がそれを黙って見過ごす筈もなく、素手のまま仕掛けるが、逆にフィンの槍に阻まれてしまう。

 

「ちっ!」

 

「アイズ!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

そこへアイズがエアリアルを発動して突撃するが、女は咄嗟に後ろに跳ぶ事でそれを回避する。

 

「その風………なるほど、お前が“アリア”か」

 

「「ッ!?」」

 

女の言葉にフィンとアイズは信じられ無いものを見たかのような顔を見せる。

 

「素手ではレベル6とアリアの相手はキツいか………それに“宝玉(タネ)”は既に………ここは退かせてもらおう」

 

そして、女は自身の不利を悟り、街の方で起こった異変を察知するとそのまま逃走。

勿論フィンとアイズは追おうとしたが、途中で崖から飛び降り湖に潜られてしまったせいで女を見失ってしまう。

 

「くっ、逃した」

 

「色々と聞きたい事はあったけれども………どうやらそれどころじゃないみたいだ」

 

女が街の方を気にしていたのを思い出して街の方を見れば食人花が変異して上半身が女性、下半身が蔦で出来た触手のようなスキュラに似た何かへと変貌しており、それが街の広場でリヴェリア達やリヴィラの街の住人と交戦しているようであった。

 

「あれは、50層で見た」

 

「アレの同種のようだね」

 

「50層!?何でそんなモンスターがここ(18層)に!?」

 

フィン達の言葉にハシャーナが驚く。

そんな中、【宝物庫】にしまってあった虎の子のエリクサーを飲み干した八雲が立ち上がり街へと向かおうとする。

 

「八雲!そんな身体でどうするつもりだ!?」

 

「一応エリクサーは飲んである程度は回復しました………それにあの街は“アイツ”の故郷ですから」

 

呼び止めたハシャーナだったが、八雲の言う“アイツ”がユーリヤだと知るハシャーナはそれ以上八雲を引き留める事が出来なくなってしまう。

 

「行くのは構わないけど、僕らの指示には従ってもらうよ?」

 

「わかりました」

 

「なら行くとしようか」

 

リヴィラの長い夜はまだ終わらない。

*1
自身の生命力と耐久値から計算される許容ダメージ量




宝玉が原作と同じく食人花と融合している事については次回で。


偽憑神武器の1つ緋ニ染マル翼と憑神タルヴォスの情報解禁

緋ニ染マル翼
第七相タルヴォスの憑神武器。
“復讐者”の異名を持つタルヴォスの能力が付与されており、受けたダメージによって攻撃力を上昇させる能力と上昇値をリセットする代わりにそれまで受けたダメージ量をそのまま一撃の攻撃力に転換する能力を有する緋色の手甲。
ダメージを受ける事を前提とする武器であり、ダメージ計算は装備してからのダメージ量のみで、途中で回復薬等を使って回復しても上昇値がリセットされてしまう為使い勝手は悪い。

第七相“復讐者”タルヴォス
憑神の解禁条件は復讐心を抱く事で、八雲はユーリヤを失った際に既にこの条件を満たしており、2番目に解禁した憑神。
憑神として発動した場合は相手から受けた今までの累計ダメージ量を攻撃力に転換した攻撃力を得るとかいうえげつない能力を持つが、初対面の相手だと攻撃力がほぼ0になってしまうという極端過ぎる憑神。
本来の使用者であるパイの憑神とは姿が異なり、十字架に張り付けられた男性が後ろから十字架越しに巨大な杭で穿かれたような痛々しい姿をしている。
データドレインはその杭の先端から放たれる。


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四十四話 宝珠

遅くなって申し訳ありませんでした。

しばらく不定期更新が続くと思いますが、今後もよろしくお願いします。


八雲達が赤毛の女を退ける少し前。

リヴィラの街に残っていたリヴェリア達は食人花の対応に追われていた。

 

「くっ、やはりやり難いな」

 

食人花の特性から魔法が制限されているリヴェリアとレフィーヤは杖による棒術で蔦を押さえてティオナとティオネに攻撃を任せる事で何とか戦っていた。

リヴィラの冒険者も応戦しているがやはり下層クラスの食人花相手は厳しい様で負傷による離脱者が増えていた。

そんな中、1人の冒険者がリヴィラを脱出しようとしていた。

その冒険者はヘルメスファミリアの犬人族・ルルネ=ルーイだ。

 

「(何でこんな事になってんのさ!?)」

 

ルルネはとあるフードを被った人物からリヴィラで荷物を受け取って地上に持ち帰るというクエストを受けてやってきたのだが、荷物を受け取り翌日に帰ろうと宿で休んでいたらこの騒ぎである。

 

「(この荷物、呪いのアイテムじゃないよな!?)」

 

そんな疑いを持ちつつもこの騒ぎに乗じて逃げようとしたのだが、街の出口の方にも食人花がいて逃げようにも逃げられない。

 

「そこの貴女!早く避難して下さい!」

 

丁度そこへレフィーヤが通り掛かり避難を促すが、食人花はルルネの持つ荷物に反応を示す。

 

「ひっ!?」

 

「貴女、その荷物は一体」

 

「ク、クエストでこの街でこれを受け取って来いって!」

 

しかし、中身は内密という事になっており、食人花に狙われる理由は不明である。

そうしている間に食人花が地面を伝って蔦を伸ばして荷物を持つルルネを攻撃する。

 

「あっ!?」

 

ルルネは偵察(スカウト)の身体能力を活かして回避するも、その拍子に荷物が鞄から飛び出しその正体が明らかとなる。

 

「何これ………」

 

「気持ち悪っ」

 

それは中にモンスターの幼体のような何かが入った宝珠であった。

 

「回収しないと!」

 

「危ないですよ!?」

 

レフィーヤが制止するも、何がともあれ依頼の荷物なのでルルネは回収しようとするが、ルルネが触れようとした瞬間に中の幼体が眼を開いてしまう。

 

「■■■■■ッ!!」

 

眼を開いた幼体は宝珠を突き破って食人花に飛び付くと、その体内にズブズブと入り込んでゆき食人花と融合してしまう。

 

「あ〜っ!?」

 

「あれは!?」

 

融合して変異した食人花は巨大な花から肌が人間ではありえない緑色の上半身を生やし、蔦が脚のようになって地球でいうところのスキュラのような姿へと変わる。

それはかつてロキファミリアが50層で遭遇したモンスターに酷似していた。

 

「逃げますよ!アレは私達だけでどうにかなるモンスターじゃありません!」

 

「不幸だぁ〜!」

 

結局、依頼が失敗となるのが確定し、ルルネの絶叫が響くが、その絶叫はレフィーヤ以外の誰にも届く事はなかった。

 

***********************

 

「リル・ラファーガ!」

 

「蜂の巣だっ!」

 

リヴィラの街まで戻ってきた八雲達はまず街を襲っていた通常の食人花を倒す事を優先し、アイズは風を纏った突撃で千切飛ばし、八雲は双銃のブレードで数回斬りつけた後に飛び上がって魔力弾を連射してバラバラにしてしまう。

 

「八雲がそれ(双銃)を使うという事は本当に出し惜しみするつもりはないようだね」

 

「そりゃあ、あいつにとってこの街はいくら壊されたら建て直すとはいえ可能な限り壊されたくねぇ場所だからな」

 

「それが彼がこの街に個人的な支援している理由かい?」

 

「【勇者】」

 

名前でなく二つ名で呼ぶ事でそれ以上詮索するなと告げた八雲は他の食人花を始末し終えた事を確認すると今はリヴェリア達が相手をしている変異した食人花を睨む。

 

「あとはあいつか」

 

「リヴェリア!」

 

「「アイズ!」」

 

「フィンに八雲、それからハシャーナか」

 

広場で抑えこんでいたリヴェリア達に合流すると、変異食人花は何故かアイズに反応を示す。だが、八雲はそんな事お構いなしに変わった見た目の片手剣と盾を取り出して変異食人花の蔦状の脚を数本斬り裂く。

 

「僕達もいくよ!」

 

「「ああ/はい!」」

 

そこからは八雲、アイズ、フィン、ティオナ、ティオネを前衛、リヴェリア、レフィーヤを後衛とし、その後衛の護衛にハシャーナというポジションで変異食人花を追い詰めていく。途中、八雲が盾に備え付けられている鞘に何度か剣を納刀している動作がありレフィーヤは首を傾げていたが、その理由は直ぐに明らかとなる。

 

「準備完了………大技いくぞ!」

 

そう言ってまた剣を納刀すると盾のギミックを起動させ剣を固定すると盾が変形しハルバードのような見た目へと変貌する。

 

「それも椿との合作かい?」

 

「まだ試作品だけどなっ!!」

 

盾だった部分が刃となったハルバードを変異食人花に叩き付けると内部に備えた薬莢が炸裂して叩き付けた音と合わさり轟音を響かせる。

 

「■■■■■■ッ!?」

 

これには変異食人花も堪らず悲鳴を上げその場から逃走しようとする。

 

「あっ!逃げる気!?」

 

「大樹を伝って上に行く気か!」

 

「逃さねぇよ!乗れ!ティオナ」

 

「OK!」

 

八雲の意図を察したティオナがハルバードの盾であった部分に飛び乗ると、八雲はそれを振り上げ、ティオナもそれを蹴って弾丸のように自身を射出し変異食人花へと迫り、そのまま彼女の得物である両刃剣を振るってその二つ名である【大切断(アマゾン)】を体現したかの如く魔石ごと両断してしまう。

 

「よし!」

 

「よし!じゃないわよ!魔石ごと斬ってどうするのよ!?」

 

「あっ」

 

このモンスターも変異したとはいえ食人花の一種。なので魔石を得られれば何か判ったかもしれないという事を失念していたらしい。

 

「とりあえずこれで一旦解決かな?」

 

ティオナに怒鳴るティオネをフィンが止め、とりあえず今回の事件はこれで終わりのようだ。

 

「お〜い!お前ら〜!」

 

そこに街のまとめ役のボールスがやってくる。そこでフィンは街に被害が出た事を謝罪するのだが………

 

「すまないボールス、被害は最小限にしようと思ったのだが」

 

「構やしねぇよ。いくらぶっ壊されてもその度に復興してんのがこのリヴィラだかんな………それよりも八雲」

 

「はいはい、酒場の迷惑料も兼ねて資材はいくらか俺持ちで出すよ」

 

「話が早くて助かるぜ」

 

実は八雲はリヴィラのこの何度も復興するという点に着目してオラリオの建築系ファミリアに簡易的に組み立てが可能な建築資材を依頼して【宝物庫】にストックしており、街に被害が出ると立ち寄った八雲が資材を供給する。これによりリヴィラは直ぐに復興が出来、建築系ファミリアも定期的に依頼が得られ、それで八雲とボールスが儲かるというwin-winな関係が出来上がっているのだ。

 

「って訳でここから下へは同行出来そうに無いからまた戻って来たら寄ってくれ」

 

その為、八雲は復興支援の為にリヴィラに残る事になった。

 

「うん、仕方が無いね。ここまでの魔石やドロップアイテムは預けたままでいいかい?」

 

「一応証明としてこれを渡しておく」

 

そう言って八雲がフィンに手渡したのはここまでフィン達が得た魔石とドロップアイテムの内訳が書かれたメモである。

 

「わかった」

 

「ハシャーナさんとそこの犬人族は残れよ?事情はきっちり説明してもらわないとな?」

 

「わ、わかった」

 

「は、はひっ!」

 

元々責任を感じていたハシャーナは兎も角、八雲はルルネも逃がすつもりはなかった。

こうしてリヴィラの長い夜は終わりを告げたのであった。




これにてリヴィラ編は終わりとなります。
次はリリルカ編となりますが、こちらも原作とは微妙に変わる予定です。


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四十五話 魔法発現

GW中は手術とかあって入院していて書けずに申し訳ない。

なんとか定期更新に戻れるよう頑張ります。


という訳で今回はベルの魔法発現回です。


リヴィラの復興が一段落した頃。アイズとリヴェリアはまだダンジョンに残るとのことだったので一足早くフィン達とオラリオに戻った八雲。

そんな八雲が不在だった間の事を訊ねると、なんとベルが魔法を発現させたという。

しかも通常の詠唱を必要としないこれまたレアな魔法なのだとか。

 

「早く使ってみたいです!」

 

「術名だけで発動する魔法とか色々検証が必要だな」

 

とりあえずその日はもう遅いという事で翌日に八雲の付き添いで検証する事になったのだが………

 

「あんのバカ弟子が!」

 

なんと、ベルは早く魔法が使ってみたくて夜遅くにダンジョンへと単身向かってしまったのだ。

しかも、魔法の試し撃ちだけのつもりだったようで装備も着けずその身そのままで、である。

偶々それに気付いた八雲は素早く準備を整えるとベルを追ってダンジョンへと向かった。

 

***********************

 

一方、ダンジョンで魔法の試し撃ちをしているベルは八雲の心配を他所に遭遇したモンスターに手当たり次第魔法(ファイアボルト)を連発していき、その爽快感に酔っていた。

 

「ファイアボルト!ファイアボルト!」

 

しかし、元がそんなに高くない精神(MP)で魔法を連発していれば………

 

「ファイアボルト!………って………あれ………」

 

あっという間に精神疲弊(マインドダウン)に陥りその場に倒れてしまう。

不幸中の幸いにもその場のモンスターは先程の魔法で倒し終えていたのですぐにモンスターに襲われる事はなかった。

それでも次にモンスターが発生するまでにベルが回復するとも限らない。

精神疲弊自体は多くの術士(マジックユーザー)が経験する事ではあるが、ソロの術士が何より気を付けねばならないのが安全地帯の確保が出来ない状態での精神疲弊である。

というか、素人の術士の死因の多くはこの精神疲弊によって行動不能になったところを襲われる事だったりする。

本来なら明日の試し撃ちで八雲がその辺りについて説明したりするつもりだったのでベルはそれを知らなかったのだ。

 

「ん?あれは………精神疲弊か」

 

「あっ」

 

ベルの幸運はまだ続く。フィン達と別れてまだダンジョンにいたアイズとリヴェリアが帰り道に偶々その場を通り掛かったのだ。

ベルに外傷が無い事から精神疲弊だろうとリヴェリアは察し、その倒れている少年がベルだと気付いたアイズはすぐさまベルを保護する。

 

「彼は確か八雲の………八雲の姿が見えないところを見るに魔法を覚えたてでこっそり試し撃ちにきて調子に乗ったというところだろう」

 

リヴェリアさん、大正解です。

 

「これがアイツにバレたらカンカンだろうな」

 

「………怒った彼は怖かった」

 

「あの時か」

 

まだそう日は経っていない遠征帰りの宴の時、ベートが八雲の逆鱗に触れた時の事や先日の赤毛の女と対峙していた時の八雲を思い出すアイズ。

普段は温厚な部類に入る八雲だが、本気でキレた時はあの妙なオーラも相まってレベルは上のはずのアイズですら悪寒を感じてしまった程だ。

 

「おそらくあの時の禍々しい武器とも関係がありそうだが、アイツが秘匿するようなものだ。余計な詮索はしないでおこう」

 

「うん………ところでリヴェリアーー」

 

その後、ベルに謝罪したいというアイズにリヴェリアはとある教えを授けるのであった。

 

***********************

 

八雲がダンジョンを駆け回りベルの元へと辿り着くと、そこにはベルを膝枕するアイズとそれを見守るリヴェリアという奇妙な光景に出会した。

 

「やっぱ精神疲弊してやがったか………リヴェリアさんにアイズも保護してくれたみたいで感謝する」

 

「偶々通り掛かっただけだ」

 

「うん」

 

「で、何で膝枕?」

 

「それは………」

 

それからアイズ達がフィンと別れてから今までの経緯を聞き、頭を押さえる八雲。

 

「ウダイオス単身討伐って、何してんすか………」

 

「あの赤毛の調教師(テイマー)に及ばなかったのが相当堪えたようでな」

 

「八雲は彼女と互角に戦えていた」

 

「あれはある意味ズルみたいなもんだからな………単純な実力じゃレベル4の俺が生きてられた方がおかしいんだ」

 

「という事は例の大鎌のようなものという事か」

 

「あの時は手甲だった」

 

「………悪いがそいつは黙秘させてくれ。俺のスキルに関わる内容なんでな」

 

【宝物庫】に関しては既にオラリオで広まっているが、【憑神】に関してはまだ広めて良い内容では無い為、八雲は黙秘する。

 

「さて、このバカ弟子はいつになったら起きるやら」

 

未だに眠り続けているベルに呆れた眼差しを向ける八雲。もう少ししたら背負って連れ帰るかと思っていると、ようやく彼は目を覚ました。

 

「あっ、起きたかな………?」

 

「………」

 

目を覚ましたベルはアイズに膝枕をされて髪を梳いていたのだと知る。

 

「幻覚?」

 

「幻覚じゃないよ」

 

ありえないと思ったベルは死ぬ前に見た幻覚かと勘違いするも、すぐさまアイズに否定される。

つまり、幻覚ではない→実際に憧れのアイズに膝枕されていた、という訳で………

 

「だぁあああああああああああああああ!?」

 

思春期の少年には刺激が強過ぎたらしく、ベルは顔を真っ赤にして慌てて立ち上がるとそのままアイズから逃げるようにダンジョンから出ていってしまった。

 

「………何で、いつも逃げちゃうの?」

 

「リヴェリアさん?ちとあの2人にはアレはまだ早かったのでは?」

 

「くく、そのようだな」

 

「む〜」

 

逃げてしまったベルを寂しそうに見つめるアイズにリヴェリアは笑いを堪え切れないとばかりに笑っているが、当のアイズはそれを見て御立腹のようだ。

 

「そう怒るな」

 

「とりあえず俺達も地上に戻ろうぜ。ほら、これは弟子の迷惑料だ」

 

そう言って八雲が【宝物庫】からジャガ丸くん(小豆クリーム)を取り出すと素早くアイズがそれを奪取し、さっきの腹いせかリヴェリアの分も食べてしまう。

 

「………まだあるけど、いる?」

 

「いる」

 

結局、地上に戻るまでに八雲は20個程のジャガ丸くんをアイズに献上する事になるのであった。




久しぶりの出番がこんなので済まない、ベル君………
でも、次回はお説教からなんだ………ごめんよ

次は八雲とリリの顔合わせまで行けるといいなぁ………


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四十六話 八雲とリリルカ

今回かなり原作ブレイクが発生しています。
もし、そういうのが苦手な方はバック願います。


憧れのアイズに膝枕されていた恥ずかしさから拠点へと逃げ帰ったベルは翌朝未だかつて無い恐怖に震えていた。

 

「ベル、精神疲弊の危険は伝えていた筈だよな?」

 

「………はい」

 

それはベルが無断でダンジョンに行っていたのが八雲にバレ、朝食を取りに店に訪れたベルは明らかに激怒している八雲に「ベル、そこに正座」と言われて正座をさせられてお説教を受けているからだ。

 

「なら何で勝手な真似をした?」

 

「ごめんなさいっ!」

 

「何で勝手な真似をした?」

 

謝っても八雲は淡々と理由を訊ねるだけで怒声を浴びせてはこない。

だが、ベルからしたら怒声を浴びせられた方が楽であったぐらい今の八雲は怖かった。

 

「………早く魔法が使ってみたくて眠れず」

 

「気が付けば装備も無しにダンジョンに、か?」

 

「………はい」

 

「その挙げ句、魔法を発動出来た事に興奮して精神疲弊を考えずに魔法乱発してぶっ倒れて他のファミリアに助けられた、と」

 

「………あの、何で師匠がその事を………」

 

「お前がアイズに膝枕されてた現場に俺も居たからな」

 

「何だってぇ!?」

 

「ヘスティア、ステイ」

 

「へぶしっ!?」

 

アイズに膝枕をされていたと聞いてヘスティアが何処で知ったのか荒ぶる鷹のポーズでベルを問い質そうとするも、アフロディーテにチョップで止められる。

 

「あの2人が偶々通り掛からなかったらどうなってたか………今度礼を言っとけよ?」

 

「わかりました」

 

「あと、当面はベルが無茶してねぇか見る為にダンジョンに同行するからな?」

 

「あっ、その事なんですけど………」

 

そこでベルが告げたのは最近サポーターを雇ったという。

 

「ソーマファミリアのリリルカ・アーデって犬人族なんですけど」

 

「ソーマファミリアだと?」

 

他にも八雲としては気になる単語はあったが、“ソーマファミリア”というのは聞き逃がせない単語だった。

 

「何か問題が?」

 

「ソーマファミリアの冒険者の評判ははっきり言って底辺だ。あのファミリアは総じて酒中毒で、酒の為なら例え同じファミリアのメンバーだろうが平気で食いものにする外道の巣窟だぞ」

 

「で、でもリリは礼儀正しいいい子ですよ!?」

 

「………今日もそいつとダンジョンに行く予定だったのか?」

 

「えっ、あっはい」

 

「なら丁度良いな」

 

「ヘスティア、何処へ行くの?」

 

「ギクッ」

 

と、話がまとまったところでアフロディーテは何か本のような物を抱えて何処かへ行こうとするヘスティアを呼び止める。

 

「あっ!神様、その魔導書はお店に持って行くって話したじゃないですか!」

 

「魔導書だと?」

 

という訳でヘスティアを捕まえて問い質すと、ベルが魔法を発現させたのは豊穣の女主人にてシルに渡された魔導書を読んだ事が切っ掛けらしい。その段階で八雲はどういう経緯でそれがベルの元に渡ったのか察し頭を抱える。

 

「あの女神め………また問題増やしやがって」

 

結局、ミアの元に赴きベルが事情を説明すると、ミアは「こんなものを置いていくやつが悪い!」と使い物にならなくなった魔導書を捨ててしまう。

 

「ミアさん、要らないならコレ貰っても良いですか?」

 

「あん?そんな使い終わった魔導書なんかどうしようってんだい?」

 

「いや、俺も魔導書なんて現物は初めてなもんで、ちょっと調べてみたいと思いまして」

 

「………どうせ捨てたもんさ、好きにしな」

 

という事で八雲は使い捨てられた魔導書を手に入れるのであった。

 

***********************

 

その後、装備を整えてベルがリリと待ちあわせをしているバベル前の広場にやってきた。

 

「ベル、その軽鎧と籠手どうしたんだ?」

 

「これですか?この前エイナさんにそろそろ防具を新調した方が良いと言われまして、バベルの師匠が前に装備のメンテナンスを頼んでたヘファイストスファミリアの店で買ったんです。籠手はエイナさんからプレゼントしてもらいました」

 

「あ〜、あの店か………籠手の方はわからんが、その軽鎧………もしかして造り手はヴェルフ・クロッゾか?」

 

「はい!お知り合いなんですか?」

 

「俺もヘファイストスファミリアに知己がいてな、その知己から将来有望なやつって事で紹介してもらったことがある」

 

「へぇ〜」

 

そんな事を話していると、2人に冒険者の男が近付いてくる。

 

「おいそこの………って、【単眼鬼の武器庫】!?」

 

「うん?何か用か?」

 

「あっ、いえ、その………」

 

何やらベルに用があったようなのだが、八雲が一緒だと知って戸惑う冒険者。

 

「別にとって食おうって訳じゃねぇんだから落ち着け」

 

「あっ、はい」

 

とりあえず落ち着かせて話を聞く事にしたのだが………

 

「つまり、お前らはそのリリルカってのを懲らしめたいと?」

 

「はっ、はい!この計画にアンタらが参加してくれりゃ万全って訳でさ!」

 

聞けばリリルカという少女は他の冒険者のサポーターをしていた時に冒険者の持ち物を盗んでいたといい、その被害にあった冒険者数名でやり返してやろうと計画しているらしくそれに現在リリルカをサポーターとしているベルを引き込もうとしていたようだ。

しかし、その冒険者は気付いていなかった。その計画が目の前の八雲の虎の尾を踏む行為だという事に………

 

「そ、そんなの」

 

「悪いが俺達はその計画には賛同しかねる」

 

「なっ!?」

 

ベルがその冒険者を批難しようとしたところで八雲ははっきりとその計画への参加を拒否した。

 

「サポーター1人に冒険者が複数人でってのが気に食わねぇ………それに、盗まれたのもお前らにも原因があるんじゃねぇか?」

 

八雲は大手派閥が抱えているサポーターと一般のサポーターの待遇の違いについてはそれなりに詳しく、彼らの態度からもリリルカへの報酬の差別や扱いについても何となく察していたのだ。

それと、今現在ベルに視線を向けているリリルカと思われる少女の視線にも気が付いており、内心「また面倒事か」と思っている。

 

「あ〜!!もう知らねぇからな!後で被害にあっても」

 

「生憎俺がいる限り盗みなんぞ起きねぇよ」

 

「クッソ!」

 

八雲の【宝物庫】の事は既に有名である為に捨て台詞すら満足に告げられず男は走り去っていった。

 

「師匠………」

 

「真偽はどうあれお前の雇ったサポーターは面倒事を抱えているみたいだな」

 

「すみません………」

 

「何を謝っている?とりあえずはそのリリルカって子と直接会って見ないことにはな」

 

「はい」

 

それから少しして待ちあわせ場所にリリルカがやってきた。

 

「あ、あの、ベル様………そちらの方は………」

 

「紹介するよ、こちらは僕の師匠をしてくれている八雲さん。師匠、この子が話してたリリです」

 

「………ちょっと留守にしてる間にベルが世話になったらしいな。よろしくな、リリルカ」

 

犬人族と紹介されてはいたが、その容姿にかつての相棒であったユーリヤの姿が重なって見えて八雲は少し戸惑ったものの無難な挨拶を交わすのだが………

 

「八雲って、【単眼鬼の武器庫】じゃないですか!?私達サポーター界隈では【サポーター泣かせ】とも呼ばれてるサポーターの天敵ですよ!?」

 

そう、八雲はその【宝物庫】を持つ関係からサポーターを必要としておらず、サポーター以上の物資運搬能力がある為にサポーター達からは【サポーター泣かせ】と呼ばれているのだ。

 

「安心しろ、お前さんの仕事を盗る気はねぇから」

 

「そ、それはどうも………」

 

八雲からやけに優しく接され、リリルカは内心混乱の極みに陥っていた。

 

「(どどど、どうなってるんですか!?確かにベル様は冒険者になって日が浅いのに充実した装備と技量を持っていて、それがお師匠様のおかげとは聞いてましたけども!まさかそのお師匠様が【サポーター泣かせ】とは聞いていませんよ!?しかもさっきの男に多分私の事を色々と吹き込まれたはずなのに何でこんなに優しげなんですか!?もしかしてこれは罠!?ベル様を囮に私を油断させようと?わからない!私にはこの人が何を考えているかわかりません!)」

 

そんなパニック状態のリリルカを他所に3人でダンジョンに向かう事に。

 

***********************

 

「ファイアボルト!」

 

「ふむ、詠唱要らずの高速発動型。しかも炎属性でありながら僅かに雷属性のような感じもする。ベルの魔力値の低さのせいかまだ威力は高くないが、成長の余地がある事やベルの戦闘スタイルを考えれば疑似的な機動詠唱のようなもんだし割と当たりの魔法だな」

 

「ま、魔法についてお詳しいのですね?」

 

「知己に魔法に詳しいのがいてな。前に基本的な事について講義してもらった事があるんだ」

 

その知己とはリヴェリアの事で、初めて遠征に同行した後に自身の【魔力放出】について意見を聞こうと訪ねた際にレフィーヤと一緒に色々と講義をしてもらった事があり、そのおかげで様々な活用法を編み出すに至ったのだ。

 

「リリルカもボウガンの腕が良いな。そのボウガンも小型で持ち運びにも優れている」

 

「小型なのであまり威力はありませんが、サポーターとしての作業の邪魔にならないようにと考えた結果です」

 

「成程、収納スペースを無駄にしない為に腕に装着しておけるそれを選んだ訳か」

 

「はい」

 

ベルの魔法検証のついでに八雲はリリルカの動きを観察し色んな質問をしつつ、やけに好意的に接してくる八雲にリリルカは再び困惑していた。

 

「(【サポーター泣かせ】なんて呼ばれているからてっきりサポーターを蔑ろにする人かと思えばかなりサポーターについて詳しいですね、この人………それに私を見つつも誰か他の人の事を考えているような顔もなさいますし………あ〜!もうやり難いです!!)」

 

リリルカがそんな事を思っているとは知らず、ベルが魔法でモンスターを一掃したところで一旦休憩をする事になった。

 

「さて、ここなら邪魔も入らんだろう」

 

「邪魔と言いますと?」

 

「お前さんを狙ってる冒険者共の事だよ」

 

「!?」

 

八雲の突然のカミングアウトにリリルカは警戒を露わにするが、八雲はそんなリリルカに「だから邪魔はいないって言ったろ?」と笑みを浮かべる。

しかし、リリルカは警戒を解かない。

 

「………八雲様はやはりご存知なのですね?」

 

「まあ、ソーマファミリアの噂は色々聞いてるからな」

 

「なら何故!?」

 

リリルカがベルの装備目当てで近付いた事に八雲が気が付いていると察して何故そんな自分を直ぐに糾弾しないのかとリリルカが訊ねると、八雲は少し困った顔をする。

 

「言ったろ?ソーマファミリアの噂は聞いてるって。あそこのサポーターの扱いは最悪の一言だからな」

 

サポーターを見下している冒険者は多々あれど、あそこまで腐った冒険者がいるのはソーマファミリアくらいだと八雲は言う。

 

「そんなに酷いんですか?」

 

「酷いなんてレベルじゃねぇぞ。分け前は端金、少しでももたつけば殴る蹴るの暴行もしくは暴言、終いにはモンスターを囮にして見捨てるなんて奴らさ………そんときにはご丁寧にサポーターの持ち物全部没収して、だ」

 

「なっ!?」

 

「………」

 

あまりの扱いにベルは啞然とし、リリルカは否定もせず沈黙している。

 

「多分、リリルカはソーマファミリアを脱退したくてヴァリス貯めてんだろ?」

 

「………はい」

 

「脱退するのにお金が?」

 

「あそこは酒中毒の巣窟って言ったろ?ファミリアへの貢献度であそこの主神であるソーマ神の酒が下賜されるんだ。その為に団長かそこらにその貢献度を譲ってソーマ神に改宗の許可をもらおうってことさ」

 

「そこまでなんですね、ソーマファミリアって」

 

「俺も聞いた話だけで実態までは知らんがな」

 

「いえ、八雲様のおっしゃる通りです」

 

そこからリリルカはベルにはヘスティアナイフが一級品の業物である事からそれを売れば目標金額に一気に近付けると接触した事を語る。

 

「あ〜、あのナイフが目当てだったか………」

 

すると、八雲は申し訳のなさそうな顔をする。

 

「悪いが、あのナイフはベル以外が持っても鈍ら以下の価値しかねぇぞ。あのナイフはベルのステータスに連動するようになっててな、だからベルが握れば唯一無二の業物となるが、他の奴が手にしても何の価値もありゃしない」

 

「えっ!?あっ、だからあの時………」

 

更にリリルカは一度ヘスティアナイフを盗んで質屋に持っていったものの、そこで「刃が死んでいる。大した価値は無い」と言われ、その直後にベルの知り合いというエルフとヒューマンにナイフを取り返され、ならば今度はヘファイストスファミリアの紋様が刻まれた鞘ごと奪取しようと計画していた事を告白する。

 

「そんな………」

 

リリルカの告白に驚くベルではあるが、八雲は「そんな事だろうと思った」という顔だ。

 

「で、リリルカ・アーデ。お前はこれからどうしたい?」

 

「えっ?」

 

「多分だが、俺達と離れれば例の冒険者がソーマファミリアのクズ共と組んでお前を嵌めにくるぞ?ソーマファミリアの奴らならお前が金を貯め込んでるのは知ってるはずだ。それも奪った上でモンスターの群れに放り込んで始末する可能性すらある」

 

「………」

 

八雲の推測を聞いてリリルカはガクガクと震えだし、その場にへたり込んでしまう。

 

「それと、犬人族ってのも嘘だよな?変身魔法かなんかだろ?多分本当は小人族だ」

 

「!?」

 

「そうなんですか!?」

 

「リリルカが言ってたエルフ………リューさんから今朝話は聞いててな。そんな貴重な魔法を持ってるのを知ってて容易く手放すとは思えない。団長からもかなりふっかけられてるだろうな」

 

「………ほんと、八雲様には何もかもお見通しなのですね」

 

そう言うとリリルカは被っていたフードを外し、変身魔法で偽装していた犬耳を消す。

 

「これがリリの本当の姿です」

 

「リリ………」

 

続け様に明かされる真実にショックを受けるベル。

だが、八雲の話はまだ終わりではない。

 

「って訳でこのままリリルカがソーマファミリアをすんなり脱退出来るとは思えない。だが見捨てるのも嫌だろ?ベル」

 

「当たり前じゃないですか!」

 

「ベル様………」

 

「フフフ………なら奴らの計画をそのまま利用してやろうじゃねぇか」

 

「「へっ?」」

 

後にベルとリリルカは語る。「絶対この人とは敵対してはいけない」と。




犬人族の少女を嵌めるという八雲の地雷に触れた冒険者達………
彼らの運命は如何に。
尚、八雲がリューから話を聞いたのは魔導書の件で豊穣の女主人に立ち寄った際です。


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四十七話 八雲の罠

また遅くなって申し訳ない………
一応戦争遊戯の辺りまでは構造は出来ているのですが、中々文章にするのが大変で………

今回は八雲の計画についてです。

あと、ダンまちの最新巻、ヤッベ〜事になっててかなり驚きました。


リリルカを中心とした様々な思惑を知った八雲は夕食を奢るという名目でベルとリリルカをホームへと連れて戻り、話の続きをする事にした。

 

「あの………このお店」

 

「安心しろ、ソーマファミリアやあの手の客は元より出禁にしてるからまず入って来れねぇよ………あとホームも兼ねてるから防諜対策もしてある」

 

尚、ロキファミリアやガネーシャファミリアの常連も多いこの店で問題行動を起こす冒険者は滅多にいない。

 

「まずは腹ごしらえだな。少し待ってろ」

 

賄いを作ってくると八雲が部屋を出ていき、ベルとリリルカだけが部屋に残される。

 

「あの、ベル様」

 

「うん?なに?」

 

「まずは謝らせて下さい!大切なナイフを盗もうとしてごめんなさい!」

 

「それはもう済んだ事でしょ?」

 

「でも………」

 

「ん〜、ならまた僕と一緒にダンジョンに行ってくれないかな?」

 

「えっ?」

 

「確かに師匠のスキルは便利だけど、師匠も師匠のやらなきゃいけない事があったりして毎回は一緒に行けないからさ」

 

「………まったく、ベル様は他のサポーターからしたらカモですのでリリがしっかりサポートしてあげます」

 

「あはは………」

 

リリの呆れたような言葉にベルは心当たりがあったのか渇いた笑いを返すと、部屋の扉が開いて八雲が戻ってきた。

 

「なんだ、随分と打ち解けたみたいじゃないか」

 

「はい。ところでそれは?」

 

ベルが八雲の持つお盆を見れば丼が3つ載っていた。

 

「タケミカヅチ様のとこから少し米を戴いてな。せっかくだから玉子とじカツ丼にしてみた。リリルカは箸は使えないだろうからスプーンな」

 

ちなみにベルは八雲の店に通うようになってから使い方を覚えて始め、今では使い熟すとまではいかないものの使えるようにはなっていた。尚、ヘスティアは未だに箸の扱いに悪戦苦闘しており、それでも「ベル君が使えるなら僕だって使い熟してみせるんだぁ!」と特訓中である。

 

「とりあえず話は飯を食ってからだ」

 

「ですね」

 

「「戴きます」」

 

「い、いただきます」

 

馴れない挨拶を2人に習って告げて食事を開始するリリルカ。

 

「はむ………こ、これは!?」

 

そして、一口口にしたリリルカは驚愕する。

 

「な、何なんですかこれ!?」

 

「カツ丼って料理の亜種でな、ボアの肉を衣をつけて揚げたカツを炊いた米の上に載せたものをカツ丼というのだが、そのカツを卵と出汁で玉子とじにしたものを載せたのがこの丼なんだ。出汁が米に染み込んで美味いだろ?」

 

「師匠、ほんと料理上手いですよね………」

 

「はむはむはむ………」

 

「気に入ったみたいだな」

 

食事を終えて食器を片付けた後、改めて話し合いを始める。

 

「で、あの連中とソーマファミリアへの対応だったな」

 

「計画を利用するって事でしたけど………」

 

「師匠、一体何を企んでるんです?」

 

「あいつらの計画はベルがリリルカに嵌められた前提なんだ」

 

「と言いますと?」

 

「多分、リリルカがナイフを盗んでベルを置き去りにした後に襲撃して持ち物や貯め込んだ金を盗るつもりなんだろうな………まあ、あの冒険者はその後に分け前の関係で一緒に始末されそうだけどな」

 

「ありえますね」

 

「ソーマファミリアって、そこまでなんですね………」

 

「直接手を下さずに怪物進呈とかでやるんだろうな………階層的にキラーアント辺りかな?」

 

キラーアントはキッチリトドメを刺しておかないと近くの仲間を呼び集める習性がある。

本来ならば気を付けなければならない習性だが、証拠隠滅も容易である事からこれを利用して怪物進呈を行う者も稀に存在するのだ。

 

「これを利用ってどうするんですか?」

 

「まずはベルにはリリルカの当初の計画通り嵌められてもらう」

 

「へ?」

 

「ベルに見張りが付いてる可能性もあるからベルには内容を知らせずにガチでやれ。盗むナイフの偽物はこっちで用意する」

 

「はい」

 

「リリ!?」

 

「偽ナイフを盗んだ振りをしたらわざとあいつらに予想されてそうなルートで上に向かえ。リリルカには俺が潜伏しながらついてるからとりあえずあいつらにボコられた振りしとけ持ち物も盗られてもすぐ取り返すから大人しく渡しとけ」

 

「あの〜、僕は………」

 

「自力でリリルカの罠抜けて追ってこい。ナイフも偽物盗まれるだけなんだし、1人で切り抜けれない程軟に教えたつもりはねぇぞ?」

 

「ですよねぇ〜………」

 

「後は俺がベルの連れなのは向こうも知ってるからわざとボロボロにしたリリルカのマントか何かをあいつらに見せて消息不明にしてからベルへの慰謝料代わりにリリルカの荷物を取り返してついでにボッコボコにする。やる覚悟があるなら自分達がやられる覚悟もあんだろ」

 

「「うわぁ〜………」」

 

「ちなみに協力者も雇うつもりだから安心しろ」

 

「「(この人、ガチだ………)」」

 

「で、でも、何で見ぬ知らずのリリにそこまで………」

 

「それはねぇ〜、昔は八雲もサポーターの仲間がいたんだけど悪質な怪物進呈を受けて殺された事があったのよ〜」

 

「アフロディーテ!」

 

リリルカの疑問に答えたのは店が休憩時間となって暇になったアフロディーテだった。

 

「そう怒らないでよ。それにそっちのリリルカちゃんからしたら私達を信用するに至るかって重要な話でしょ?」

 

「うぐ………確かに」

 

「で、そのサポーターってのがリリルカちゃんと同じくらいの背丈の犬人族の女の子だったのよ」

 

「犬人族………」

 

「あっ、それで………」

 

そこまで聞けばベルとリリルカも何故八雲がここまでリリルカに親身になっているかに気が付いた。

どうも彼らは八雲の特大の地雷を踏み抜いたようだ。

 

「………まあ、そういう事だ。その後はリリルカには変身魔法でしばらく姿を変えてウチの店で働きながらベルのサポーターって事で潜伏しとけ。装備も新調しねぇとバレるだろうが、それは偽ナイフと一緒に俺が用意しとくから気にするな」

 

「ソーマなら一眷属がどうなったとか一々気にしないでしょうからしばらくはバレないわよ」

 

「まあ、バレてこっちに手を出してきようもんなら………フフフフフ」

 

「どうせ眷属1人の弱小派閥が2つと油断してるだろうし、やりようはいくらでもあるわ」

 

「「(似た者同士だ、これ………)」」

 

ベルとリリルカは後にこれが後の事まで全て見越した計画だったと知り、八雲とアフロディーテが絶対に敵に回してはいけない者達である事を知るのだが、それはまだ先のお話。




という事で八雲の計画とはあの冒険者達を使ってリリルカを消息不明にしちゃおうぜ!というものです。
偽ナイフもヘファイストスファミリア(というか椿)が用意するのでまず素人にはバレません。
そして、雇う協力者とはハテサテイッタイドコノファミリアナンダロウナァ〜………
多分、読んでる皆さんにはバレバレかもしれませんが、そこら辺は次回をお待ち下さい。


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四十八話 謝罪と協力

遅くなりました!
今回は短めとなります。


「と言う訳で手を借りたいんだが」

 

「ミリスちゃんに呼ばれて来てみればそういうことなんか」

 

店の閉店後に八雲はミリスに使いを頼み呼び出したのはロキとフィン。そう、八雲が雇おうとしていた協力者とはロキファミリアの事だったのだ。

 

「それでその前報酬としてこうしてベル・クラネルへの謝罪の機会を設けたと」

 

「そうだ」

 

「君がベル・クラネルだね?」

 

「あっ、はい………」

 

「豊穣の女主人での件は本当にすまなかった。あの件は僕が団長としてちゃんと把握しておくべき案件だった」

 

「ウチもや、他のファミリアの眷属を危ない目に遭わせといてそれを笑い話にするんはウチがされとったら戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込んででも抗議するような話や」

 

「えっと………」

 

まさかの2大派閥の団長と主神に頭を下げられるとは思わなかったベルは困惑気味である。

 

「珍しいね、ロキ。君がそんなに素直に謝るなんて………」

 

「うっさいわドチビ!ウチかて頭下げなあかん時は下げるわ!」

 

「ロキ、今は謝罪に来ているんだ」

 

「うっ………」

 

「ヘスティア様、悪いが今はロキ様を弄るな。まとまる話もまとまらないだろ」

 

「すみません………」

 

素直に頭を下げるロキにベルと共にいたヘスティアが話しかけるといつもの喧嘩に発展しそうだったが、フィンと八雲の言葉でシュンと引き下がる。

 

「それでこれはお詫びの品なんだが」

 

「と、とりあえず謝ってはもらいましたし!あの狼人族の人もキッチリ罰は受けたと聞きましたから僕はもう気にしませんから!」

 

「そういう訳にはいかない。これは僕達のファミリアとしてのケジメのようなものだからね」

 

「ベル、受け取らないのは逆に『許してないぞ』って取られる事もあるから受け取っておけ」

 

「そうですよベル様。ここで受け取っておく事で対外的にも謝罪を受け入れたと証明するようなものです!」

 

「は、はぁ………そ、そういう事なら」

 

続いてフィンがいくらかの金とアイテムをベルに差し出したのだが、こういう交渉事に慣れていないベルは受け取りを拒否しようとするも、八雲とリリルカの言葉で考えを改めて品を受け取った。

 

「あと、協力の件は僕らも最大限の協力は惜しまないよ」

 

「ウチとしてはソーマのとことあんま事を構えたないんやけどなぁ………」

 

その次にリリルカの件への協力の要請への返事だが、フィンは同じ小人族のリリルカが被害者とあって好意的だが、ロキはソーマの作る酒のファンであるが為にあまり乗り気ではなかった。

 

「ここにタケミカヅチ様の故郷からわざわざ取り寄せた大吟醸があるんだが………」

 

「フィン、全力でサポートするんやで!」

 

しかし、八雲がタケミカヅチに頼んで入手していた酒瓶を取り出すと掌を返す。

 

「うちの店でボトルキープしておくから飲みたくなったら来るといい」

 

「なんや、そのままくれるんやあらへんのか?」

 

「こういうのは少しずつ飲むのがいいんだよ。渡したらあっという間に飲み干しちまうだろ?それと、酒に合うツマミも出そう」

 

「そういう事なら仕方あらへんな」

 

酒とツマミが実質無料と聞いてロキは仕方ないと引き下がる。

 

「ほんとロキの扱い方をよくわかってるね、八雲」

 

「大抵の神様ってのは酒好きだし、神酒っていう元々は神への献上品みたいな酒だってあるくらいだし、下手に禁酒させるより『これをしたら飲んでもいいぞ』ってコントロールする方がいい」

 

「なるほど、参考にさせてもらうよ」

 

「あの〜、ウチも聞いとるんやけど?」

 

「じゃあ、禁酒されるのと仕事してから酒を飲んでいいと言われるの、どっちがいい?」

 

「そないなもん仕事してから飲む方に決まっとるやろ!あっ」

 

「効果絶大だね」

 

その後、細かな打ち合わせを行い、万全を期して作戦は決行される事となった。




協力を要請したのはロキファミリアでした。
次回より作戦開始。


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四十九話 作戦開始

最近あまり予約投稿できず申し訳ない………


なんとかロキファミリアの協力を得た八雲達は例の冒険者達に勘付かれないように決行を翌日とし、フィン達はメンバーの選別の為に戻り、リリ*1も怪しまれないように現在の拠点に戻り作戦の準備や雲隠れの準備をすると帰っていった。

ここで作戦の概要をおさらいしておこう。

作戦は大まかに3フェイズに分かれており、1フェイズ目はベルとリリが2人でダンジョンに向かい例の冒険者達を釣り出す。

2フェイズ目はリリが裏切ったフリをして八雲が用意した偽ナイフを奪い逃走。尚、リアル感を出す為に割とガチでベルを嵌めるつもりでやれと八雲の指示が出ている。

3フェイズ目は逃走してきたリリから持ち物を奪った冒険者達の前に八雲が現れて持ち物を奪取し、おそらくキラーアントに襲われているだろうリリをロキファミリアが救出し魔法で変装させ、八雲と合流したフィンが彼女のボロボロになった外套を見せる事でリリが死んだと勘違いさせるという作戦である。

あとは後日、ベルと八雲が変装したリリをサポーター兼八雲の店の従業員として雇う形で匿う事になっている。

 

「上手くいくといいんだがな………」

 

***********************

 

八雲の心配を余所に例の冒険者達はベル達を追ってダンジョンへと向かう。

それを冒険者達に知られないようにベル達に伝えると、リリはベルにある提案をする。

 

「ベル様、今日は10層に行きませんか?」

 

「10層って確かオークやインプが出て天然武器(ネイチャーウェポン)とかが出てくるんだっけ?」

 

「はい、そろそろベル様が挑戦しても良い頃かと………けれど、ベル様の普段お使いになってる武器ではオークはお辛いでしょうからこれをお使い下さい」

 

そう言ってリリはベルに両刃短剣(バゼラード)手渡す。

 

「両刃短剣か………師匠は何でも使ってたなぁ」

 

ベルはを八雲の見様見真似で振ってみるが、いつものナイフと重量が違うので少しふらつく。

 

「やっぱ師匠みたいにはいかないか」

 

「大丈夫ですよ、ベル様なら」

 

そうしてオーク等と数戦交えるが1対1であるならばベルは特に苦戦する事が無いと分かり、ベルは作戦の事をすっかり忘れて戦いに集中していた。

 

「よし、リリあとどれくらい………あれ?リリ?」

 

ふと、ベルがリリのいた場所を振り返るとそこにはリリの姿は無かった。

 

「えっ?リリ?」

 

「ごめんなさい、ベル様」

 

そのリリは崖の上からトリモチ矢で予め決めていた位置にマウントしていたダミーのナイフを奪取し、モンスター寄せの異臭を放つトラップアイテムの血肉をベルの傍に放り投げ、そのまま上の階層へ向かうルートへと去って行ってしまった。

 

「(あっ、そっか僕を欺いた振りをしないといけないんだったね………)でもこれはいくらなんでも酷くないかな!?」

 

そうこうしている間にオークが4匹、いや、まだ遠い位置にいるが追加で8匹のオークの姿が見えるし、オーク以外にもインプの姿も確認出来た。

 

「これを1人で相手にして追いかけて来いだなんて師匠もリリも酷くない?」

 

両刃短剣だけでは捌けないと判断したベルは両刃短剣を右に、ガントレットに隠していた“本物の”ヘスティアナイフを左手に持ち迎撃態勢を取る。

 

「あ〜!もうやってやる!」

 

自棄になりつつも、頭は冷静にオークの喉仏に両刃短剣を突き刺し絶命させると、その腹を蹴ってその勢いで両刃短剣を抜く、そして消滅する寸前のオークの巨体を後続のオークにぶつけ、その隙に別のオークの片脚を切ってスピードを奪い、その間に迫っていたインプの天然武器をヘスティアナイフでいなす。

その姿を見ている者がいたならばこう思ったに違いない「あの【首狩り族】の再来だ」と………

 

***********************

 

一方、ダミーナイフを手にして7層まで戻ってきたリリ。

 

「(八雲様は心配するな、と言ってましたが、ベル様は大丈夫でしょうか?………私も随分と変わってしまったようです)」

 

そうベルを心配するリリは自身の内心の変化を感じ笑みを浮かべていたが、突然リリの足元に足が突き出されそれに躓き転倒してしまう。

 

「うっ………」

 

「俺が大当たりだったみたいだな」

 

その犯人はベルと出会うキッカケとなり、今回の襲撃の発端となったリリを嵌めようとした冒険者・ゲドだった。

ゲドは倒れたリリのフード付きのローブを掴み起こし、その顔面に拳を叩き込んだ。

 

「詫びを入れてもらうぜぇ………この糞パルゥムがあっ!」

 

先程の一撃で鼻の内部が出血したのか鼻血が滴るものの、ゲドはそんな事お構いなしにもう一発リリの頰を殴り、追撃とばかりに蹴りを浴びせてリリは再びダンジョンの床に落ちる。

 

「ーーあがっ!?」

 

まだやり足りないのか容赦の無い蹴りが腹部を襲い、バックパックが外れて軽くなったリリは何度も地面をバウンドして壁に激突する。

 

「ハッハハハ!いいザマじゃねぇか、コソ泥がぁ!」

 

ゲドはそこから八雲が予想していた通りソーマファミリアのカヌゥという狸人族の冒険者や他のソーマファミリアの冒険者を味方に付けた企みであった事が判明するも、ゲドも利用していた事を明らかになってこれまた予想通りにカヌゥ達にキラーアントの餌食にされてしまう。

 

「(ここまで予想通りですと痛いの忘れて呆れてしまいそうです)」

 

そして、身ぐるみを剥がれ最低限の装備になり、抵抗も馬鹿らしいのであっさり金庫の番号を教えると、カヌゥ達はリリをキラーアントの群れに投げ込んでその場を去って行った。

幸いにもキラーアント達は飛ばされてきたリリを避けるように一度広がったせいで直ぐには襲ってくる様子は見えない。

 

「………あ〜、本当ならリリはここで死んだんでしょうね」

 

もし八雲に企みがバレずに実行に移していた場合、今と同じ状況になったのは容易く想像出来る。

だが、そうはならなかった。

 

「やっ!」

 

「アルクスレイ!」

 

カヌゥ達がいなくなった事で隠れている必要がなくなったロキファミリアの面々が現れキラーアントを蹴散らし始めたからだ。

 

「大丈夫かい?」

 

「は、はい」

 

そして、彼も………

 

「リリー!!」

 

「ベ、ベル様!?」

 

「おや?随分早い到着だね?」

 

「途中でアイズさんが手伝ってくれましたから」

 

予想よりも早いベルの到着に驚くリリ。

その原因はアイズが加勢したからであったが、実はアイズが加勢した頃には過半数の魔物は蹴散らされていた為、加勢しなくても時間の問題だったようだ。

 

「ベル・クラネル、そのアイズは?」

 

「あれ?途中まで一緒だったのに………」

 

これが別の騒動の始まりであった事にまだ彼らは気付く事はなかった。

 

***********************

 

そして、リリを捨て駒にしたカヌゥ達はリリから得た戦利品にホクホク顔で地上へ帰還しようと6層へ向かっていた。

 

「へへ、アーデのやつ結構貯め込んでやがったみたいだな」

 

「しかも“魔剣”まで持ってやがったもんな」

 

魔剣とは魔法を使用出来る剣、または特別な力を持つ剣の呼称ではなく、この世界では魔力を持たぬ者であっても魔法を使用出来る高価な剣の形をした消耗品の事を言う。

ただ、消耗品であるが故に使用限度を迎えると塵となって失くなってしまうのと、その使用限度が判別出来ないので、いつ使用限度を迎えるか分からないという欠点はあれど魔法が使えない者でも使用出来るという点から購入する冒険者は多い。

こちらの世界からすればドラ○エのい●づちのつえ等に近いと言える。

 

「それにこの“ヘファイストスファミリアの紋章入り”のナイフ………こいつは高く売れそうだ」

 

そう言ってダミーナイフとは知らずにそのナイフを眺めていたカヌゥだったが、そこに彼らにとって出会いたくなかった人物が現れた。

 

「へぇ〜、そのナイフ、ちょっと見せてくれないか?もしかしたら知り合いが“オーダーメイド”で作らせたナイフかもしれないからよ」

 

それはずっと彼らを監視していた八雲だった。

そのカヌゥ達は八雲の呟いた“オーダーメイド”という言葉に顔が引き攣る。

無理も無い。オーダーメイドという事は作った鍛冶師と購入者がはっきりとした物という事で、もしそれを転売した事がバレれば入手経路等から本来の持ち主を害したと見なされただでさえ評判の悪いソーマファミリアのカヌゥ達がいくら言い訳したところで報復を受けかねないからだ。

 

「こ、これはアーデのやつが持っていた物で!俺達はそれをアーデから取り返してやっただけだ!」

 

「そ、そうだぜ旦那!俺達は悪くねぇ!」

 

「ほぅ………じゃあそのアーデはどこだよ?そのナイフの本来の持ち主の事も聞きてぇしよぉ」

 

「そ、それは………」

 

「そのアーデというのはこのローブの持ち主のパルゥムの女性の事かな?」

 

動揺するカヌゥ達の後ろから現れたフィンの声で顔が真っ青となる。

パルゥムの希望、小人族の勇者と名高いロキファミリアの団長に同族を虐げ、謀殺したのがバレかけているのだから仕方あるまい。*2

 

「やあ、八雲。実は先程キラーアントが固まっていたのでおかしいと思って蹴散らしてみれば同胞の亡骸があってね。これはその遺品だよ」

 

「へぇ〜、キラーアントねぇ………」

 

「しかもキラーアントのものとは思えない殴打の跡もあったよ」

 

「「(ゲドのバカヤロウ!)」」

 

これでリリが自発的に殿として残ったと主張する事は不可能となり、先程の自分達の会話も全て聞かれていた事に気付き、この後自分達がどうなるのかを悟る。

 

「じゃあ、そのアーデってやつの持ち物全部頂こうか?俺の知り合いがそいつからどんだけ被害受けてたか分かんねぇしな」

 

「そ、そんな横暴な!?」

 

「ん?別にいいんだぜ?出さなきゃそこの【勇者】殿にお前らの処遇任せても」

 

「ひっ」

 

八雲とロキファミリアが知り合いなのは割と有名な話で、ここで八雲の提案を蹴ればどうなるかなどゴブリンでも判る事だ。

カヌゥ達は直ぐ様リリから奪った全てを八雲に差し出した。金庫の鍵と番号も全てである。

 

「そんじゃあ、“俺からは”これで勘弁しといてやるよ」

 

そこでカヌゥ達はホッと息をつくが、それはまだ早かった。

 

「あとは程々にな、フィン」

 

「ああ、八雲に免じて殺すのとギルドに報告するのは勘弁してあげるよ」

 

彼らが振り返ると口元は笑みを浮かべているのに目は全く笑っていないフィンがいた。

これ以降、彼らは何があっても小人族にだけは手を出さないと深く心に誓うのであったとさ。

*1
リリ本人が八雲にそう呼んでほしいと言った為、本文も以後はリリと表記

*2
ガッツリバレてます




リリ編は次回の後日談辺りでとりあえず終わりとなります。
これと連動したオラトリアの話はどうするかまだ考え中ですが、アンケートをつけておくのでご意見をよろしくお願いします。


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五十話 後始末と新たな事件

アンケートの結果、オラトリアルートに進む事になりました。
ご協力ありがとうございました。

という訳で事件の顚末と次の事件の始まりです。


あの後の後始末の話をしよう。

あの後リリはロキファミリアに用意してもらった変装用の服に着替えた上に変装魔法を使わせてダンジョンを離脱させ、そのまま八雲達のホームで新人の住み込みウエイトレスとして匿う事となった。

そして、ソーマファミリアとのアレコレが片付くまでは“リディナ・マーカル”という偽名の犬人族として活動しなくてはならない。

これに関してはリリ本人も「演じるのは慣れてますから」と了承している。

また、リリがドワーフの貸金庫に預けていたものやカヌゥ達から取り返したものは八雲が引き取り別名義の金庫を借りて預けたり、リリに了承を取ってから売却したりしてリリが生きている事を悟られ難くした。

ベルの方は偶々通り掛かったアイズに助けられて生還した事にして、リディナを八雲がサポーターとして紹介した事にして予定通り今後も一緒に活動するようだ。

一方、カヌゥ達はフィンの威圧をモロに受けたせいか小人族を見かける度にビクビクしているらしい。ざまあみろ。

 

順調に見えるこの作戦だったが、思わぬところでトラブルが発生してしまった。

 

「は?ベルの援護をした後からアイズがいなくなった?」

 

そう、帰り際になってアイズが行方を眩ませたのだ。

ただ、作戦を放ったらかしにしていなくなるような無責任な人柄で無いのは八雲も重々承知しているので、何かあったではないかと心配するも、その時は皆そこまで重く考えてなかったのだが………アイズの行方は割とあっさり判明した。

 

「………は?よくわからんやつから緊急の依頼受けて24層に行った?」

 

協力してくれたロキに礼を言おうと黄昏の館を訪れた八雲を待っていたのはロキと偶々会合に訪れていたというデュオニュソス、その眷属のフィルヴィス・シャリアだった。

そしてアイズが行方を眩ませた事をロキに報告すると先程届いたという手紙の内容を知らされたのだ。

 

「………見直したと思ったらこれか?割と我慢強い八雲さんでもこれはちょっと我慢の限界かなぁ」

 

ロキファミリアにとっては先日の豊穣の女主人の時以来の、ベルやリリ、デュオニュソスとフィルヴィスからしたら初めてとなる黒いオーラ全開の八雲に一同は思わず後退る。

そんな中、八雲はロキに問う。

 

「………で、神ロキ」

 

「は、はい!」

 

「これからあのジャガ丸くん馬鹿(アイズ)を連れ戻す為に何人か派遣すんだよな?」

 

「フィン達はやる事があるもんでベートとレフィーヤを送るつもりやったんやけど………」

 

「わ、私からもフィルヴィスを出そうと思ってたんだ………」

 

「俺もそこに加えろ」

 

「「えっ?」」

 

意外な申し出にロキとデュオニュソスが驚く。

 

「八雲も手伝ってくれるんか?」

 

「ああ、ちょっとあの馬鹿にお説教が必要だと思ってな………戻ってくるまで待つのも面倒だ。それにその受けた依頼とやらも少し気になる点がある」

 

八雲が言うにはいくらアイズとはいえ、こんな状況下で勝手に依頼を受けてそれを手紙だけで報告してきた事に何か違和感を感じていると言う。

 

「それと、これは俺の“スキル”に関する事だから詳しくは説明出来ないが、嫌な“予感”がしてな」

 

という訳で八雲もアイズ捜索隊に加わる事になったのだが………

 

「コイツが着いてくんならそこのエルフ共は必要か?」

 

「わ、私だってアイズさんが心配なんです!」

 

「私はデュオニュソス様の命に従っているだけだ。気に食わないのであればお前が抜ける事だな」

 

「………絶対人選ミスだろ、これ」

 

あまりの凸凹パーティーに八雲はただでさえ痛む胃が更に痛くなった気がした。

尚、リヴェリアからはアイズへのお説教は一切加減しなくても良いと許可(という名の代行依頼)をもらった。

 

***********************

 

この臨時パーティーはレフィーヤ以外が素早さに秀でており、迅速に18層までやってきた。

 

「さて、まずはここ(リヴィラ)で聞き込みだな」

 

コイツ(八雲)がいるならすぐに済むだろうがな」

 

「八雲さんですからね〜」

 

「どういう事だ?」

 

「すぐにわかりますよ」

 

ベートとレフィーヤの言う事についていけないフィルヴィスだったが、リヴィラに着けばその意味をすぐに理解する事となる。

 

「おう!八雲じゃねぇか!また厄介事か?」

 

「まあな………ちと【剣姫】を探してるんだが知らねぇか?」

 

八雲が訪ねたのはボールスの店。

そこでアイズの行方を訊ねると、やはりアイズはリヴィラに来たそうで、フードで正体を隠した一団と血肉(トラップアイテム)隠蔽布(カムフラージュ)を買って下に向かったと言う。

 

「………だが、お前さんロキファミリアはまだしも、なんで【死妖精】と一緒にいるんだ?お前さんだって噂くらい知ってんだろ?」

 

「聞いちゃいるが、噂は噂だろ?冒険者が験担ぎに五月蝿いのは知ってるが、ガチの呪いでもない限り大丈夫だよ」

 

「俺も他の連中みたいに信じてる訳じゃねぇがなぁ………」

 

「それにガチの呪いであれば逆に対処できるから」

 

「………お前、ほんと無茶苦茶だな」

 

ボールスからはフィルヴィスといる事を心配されるが、八雲は大丈夫だと言い切り情報収集を終える。

 

「どうもアイズはここで同じ依頼を受けた他の冒険者と合流して下に向かったらしい………って、また揉め事か?」

 

八雲がベート達の元に戻ると何やらベートとフィルヴィスが険悪な雰囲気になってとり、その間でレフィーヤがオロオロとしていた。

 

「あっ!八雲さん!実は………」

 

聞けばベートがフィルヴィスの手を掴もうとした際に「私に触れるなっ!」とフィルヴィスがエルフによくある接触アレルギーを起こしたらしく、それを切っ掛けに言い合いに発展したらしい。

更には【死妖精】の話もしてしまったようだ。

 

「ところで情報は?」

 

「血肉と隠蔽布を買ったフードの一団と下に向かったって目撃証言があった。大方【食料庫】だろう」

 

「そうですか………」

 

血肉はリリがベルを嵌めた際に使ったアイテムと同種のもので、モンスターを引き寄せる際に使用するもの。

隠蔽布は各階層に合わせた色の布で、モンスターから姿を隠蔽するのに使うものだ。

この2つを買っている事からアイズ達の目的が【食料庫】であると推測出来る。

 

「戻っていたか………お前も私の噂は知っているのだろう?ならばあまり私に近づかない事だ」

 

「くっだらねぇ」

 

「なんだと?」

 

「八雲さん!?」

 

八雲に気付いたフィルヴィスがそう告げるが、八雲はそれを一蹴する。

 

「呪い如きで俺がくたばるかよ。それにその呪いとやらもほんとに【呪詛】食らった訳じゃねぇんだろ?」

 

「それはそうだが………」

 

「なら俺は問題ねぇよ」

 

「わ、私だって!」

 

「しかし、現に私は汚れている。私は同胞を穢したくはないんだ」

 

「フィルヴィスさんは汚れてなんかいません!私なんかよりずっと美しくて、優しい人です!」

 

「何故そんな事がわかるっ!いい加減な事を言うなっ。私とお前はまだ会って間もないだろう!」

 

「そ、それはこれから一杯見つけていきます!!」

 

フィルヴィスが自身は穢れていると告げるも、レフィーヤは反射的にそれを否定し、その根拠の無さをフィルヴィスが指摘するが、返ってきたのは答えになってない返事だった。

 

「なんなんだ、それは。結局答えになってないではないか………」

 

そんなレフィーヤにフィルヴィスも根負けしたのか苦笑を漏らす。

 

「やっぱエルフってよくわからねぇ………」

 

「それに関しては俺も同感だ」

 

その後、なんだかんだで少し仲良くなったレフィーヤとフィルヴィスを連れ、八雲とベートは24層の【食料庫】を目指して移動を再開するのであった。




呪いと食料庫というまたしても八雲の地雷めいたワードが………
長くなりそうなのでアイズ視点はほぼカットでいきます。


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五十一話 食料庫と怪人

スマホの容量足りなくてアンインストールしてたダンメモの四周年でアフロディーテが出るイベントストーリーが出たみたいですね………
ダンメモ用の書き下ろしシナリオだし、本編には関係無いよね!ということでこのまま続行します。
一応、この作品ではガワは同じでも別の神物として扱いますし、他のキャラクターとの関係もあちらとは異なるものになると思います。
なので四周年イベントはこの作品では触れません以上!


リヴィラを後にした一行はアイズを追って最短ルートで24層へとやってきた。

そして、戦闘の痕跡等から北の食料庫が怪しいと向かってみれば、その食料庫の入口は緑の植物によって塞がれていた。

 

「これって………」

 

「あのヴィオラスとかいうモンスターが関与してるみたいだな」

 

「アイズがろくな説明も無しに飛び出していく訳だ」

 

おそらく依頼主にこれが関与してる事を伝えられて単独先行したというのが八雲達の見解である。

 

「さて、いきますか」

 

「待て!その蔦の壁をどうやって破るつもりだ?」

 

「こうやって」

 

フィルヴィスが問うと、八雲は【宝物庫】から火の魔剣(椿製)を取り出して蔦の壁に向けて放ち、壁は一瞬で炭化して崩れ去る。

 

「こりゃ炙っといてもすぐ再生しそうだな………」

 

「ならさっさと中に入るぞ」

 

「あのぉ………帰りはどうするんですか?」

 

「どうせ中にこの蔦の主がいるんだからそいつ倒したらなくなるだろ………そうじゃなかったらもっかい燃やすだけだ。幸い魔剣のストックはあるんでな」

 

「なら後で一本貸せ」

 

なんでもない事かのように進もうとする八雲とロキファミリアの2人にフィルヴィスは啞然とする。

 

「早く来ないとまた塞がるぞ」

 

「わ、わかった」

 

こうして食料庫に侵入した4人であったが、八雲は先程のやりとりからフィルヴィスに違和感を感じていた。

 

「(エルフなのに魔剣に対する反応が鈍すぎる………まあ、揉めるよりはマシか)」

 

今優先すべきはアイズの捜索とこの食料庫の異変の調査なのでフィルヴィスの事は一先ず置いておき、八雲達は食料庫の奥へと向かった。

 

***********************

 

そこから何度か遭遇したモンスターを退けて蔦の壁をぶち破ると何やら2つの勢力と食人花による乱戦となっている広場に出た。

 

「どういう状況だよこれ!?」

 

「見るからにあっちが敵だろ!」

 

いきなりの状況に混乱する八雲達であったが、ローブ姿の見るからに怪しい集団と食人花に襲われている冒険者であればどちらの味方をするべきなのかは明白であり、レフィーヤとフィルヴィスの魔法による支援砲撃に合わせて八雲とベートが戦場に乱入する。

そんな中、八雲とレフィーヤは顔見知りの人物を発見する。

 

「お前………確か、レフィーヤ!?それにそっちのは八雲!?」

 

「ルルネさん!?」

 

「またお前かよ!?」

 

そう、以前リヴィラで出逢ったルルネだ。

つまり劣勢だった冒険者達はヘルメスファミリアの一団だったのだ。

 

「おいっ、アイズはここにはいねえのか?答えろ」

 

「け、【剣姫】はさっきまで私達と一緒にいたんだけど………分断させられて」

 

「あぁ?分断?」

 

ルルネにベートがアイズの行き先を訊ねるが、アイズはどうやら分断されて逸れてしまったようだ。

 

「そ、それよりっ、頼むっ、アスフィを助けてくれ!」

 

そう八雲達に頼み込むルルネの視線の先には白いローブを着たリーダー格と思われる男の足元に横たわるボロボロの女性………アスフィ・アンドロメダの姿があった。

そして、その男がこの状況の元凶であり、食人花を操っていると言うルルネの言葉を聞き、八雲とベートが動く。

 

「八雲、剣を寄越せ」

 

「はいよ」

 

八雲は【宝物庫】からベートが預けていた双剣を取り出し手渡すと、自身も双剣を取り出して白ローブの男へと駆け出す。

ローブの男も食人花を2体差し向けてくるが、ベートと八雲にあっさりと処理されてしまう。

 

「次から次へと!おのれ、冒険者め!お前達!そいつらを止めろ!」

 

「気をつけろ!そいつらは死兵だ!火炎石を持ってる!」

 

「へぇ………なら」

 

男の指示で火炎石を持った死兵が2人に迫るが、ルルネの警告を聞いた八雲は剣をしまい、素手で死兵達を掴むと地面に叩きつけた。

 

「がはっ!?」

 

「火炎石が!?」

 

「そういう危ないものはしまっちゃおうねぇ〜」

 

そして懐から火炎石を奪い【宝物庫】にしまい無力化していく。

一方、ベートは火炎石を使わせる間もなく一撃で相手を蹴散らしている。

 

「なっ!?何だアイツらは!?」

 

「まさか………アイツは【単眼鬼の武器庫】か!?」

 

「それにあっちは【凶狼】!?」

 

そうこうしている間に白ローブの男に迫ったベートが蹴りを繰り出すも、男はクロスガードでそれを防いだ。

 

「そうか、ロキファミリアが【剣姫】を追ってきたか!」

 

「てめえ、アイズをどうした!?」

 

「私の同志が相手をしている。なに、今頃は腕でももがれ、可愛がられていることだろう」

 

「ーー殺すぞ」

 

一方、八雲は近くの手下達を退けるとアスフィに駆け寄り【宝物庫】から取り出した回復薬を強引にアスフィに飲ませる。

 

「随分と派手にやられたな、【万能者(ペルセウス)】」

 

「ゲホ………助かりました、【単眼鬼の武器庫】」

 

「動けるなら仲間のとこに行ってろ。あとは俺達が引き受ける」

 

「しかし………」

 

そこに食人花がアスフィを狙って襲い掛かってくるが………

 

「人が話し中だ、邪魔をするな」

 

食人花に一切容赦するつもりの無い八雲は死ヲ刻厶大鎌を取り出して両断する。

 

「下がるついでに負傷者にこれでも飲ませてやれ」

 

「これは上級回復薬!?」

 

「今は少しでも動けるやつが必要だ。それに躊躇っている時間も無いだろ?」

 

ヘルメスファミリアには既に何人もの重傷者が出ており、回復薬が足りていないのはアスフィも理解している。

なのでアスフィは八雲からいくつかの上級回復薬を受け取った。

 

「この借りはいずれ」

 

アスフィが離れると八雲はヘルメスファミリアやレフィーヤ達を狙う食人花の頭部を大鎌で刈り取っていく。

 

「こ、これがかつて【首狩り族】と呼ばれたこの人のやり方………」

 

「大鎌なんて扱い難い武器で………」

 

「まるで死神だ」

 

その姿にヘルメスファミリアの面々は死神を連想する。

 

***********************

 

その頃ベートはローブの男と戦闘を繰り広げており、既にベートの双剣はなく、ローブの男もローブを脱ぎ捨て白骨の兜と両腕のメタルグローブ姿となっている。

男も並みの冒険者では歯が立たない強さなのだが、ベートが拮抗出来ている理由は以前八雲に破壊されて作り直されたフロスヴィルト改が原因だった。

元々フロスヴィルトはベートの持つとあるスキルを参考に椿が作り上げた第二等級特殊武器で、それを八雲が変則的な方法で破壊された事を受け、八雲の持つ異世界知識と椿の腕が合わさって改良された第一等級特殊武器がフロスヴィルト改だ。

魔法吸収効率アップ、強度・魔法吸収限界の強化の他に左右で別の魔法を吸収出来るようになったり、吸収した魔法を消費する速度は増すがそれに合わせて出力を大幅に強化する開放(ブラスト)モードが搭載されている。

この開放モードによって威力が跳ね上がる故に不壊属性を付与しているにも関わらず第一等級特殊武器にカテゴリーされている。

これらの構造上重量が増しているのだが、ベート曰く「前より少し重くなったが、誤差の範囲だ」とのことで、ロキファミリア最速に翳りはない。

そんなベートが攻めきれていない時点で男も相応の実力者なのが判る。

 

「ちっ」

 

「図に乗るなよ、冒険者共!」

 

「アルクス・レイ!」

 

そんな中、レフィーヤの【アルクス・レイ】が放たれるも男はそれを躱す。

 

「何処を狙っている」

 

男はそれを鼻で笑うも、【アルクス・レイ】は必中の追尾魔法。

そう、それは男に向かって放たれたのではなく、その先にいたベートを狙ったものだった。

 

「上出来だ!」

 

【アルクス・レイ】をフロスヴィルト改に吸収させたベートは開放モードを起動させ、回避で態勢の崩れた男の白骨の兜を蹴り抜く。

その勢いは凄まじく、男は壁にぶつかり煙が舞う。

 

「やったのか………?」

 

「殺すつもりでブチ抜いてやったがな」

 

「いや、そのセリフはフラグだから」

 

しかし、煙の中からボロボロになった男は立ち上がった。

 

「今のは少し効いたが、“彼女”に愛されたこの身体が、この程度で朽ちる訳がない」

 

すると、ボロボロになった戦闘服等から覗く傷だらけの肉体が再生していく。

 

「え………」

 

「再生能力持ちかよ」

 

普通ならありえない光景に一同は驚くが、本当に驚くのはまだこれからであった。

男の被っていた兜が限界を迎えたのかボロボロと崩れていき、その素顔が明らかになるとアスフィとフィルヴィスの表情が更なる驚愕に染まる。

 

「なっ………」

 

「フィ、フィルヴィス、さん?」

 

「どうして………」

 

「オリヴァス・アクト………」

 

「オリヴァス・アクトって………【白髪鬼(ヴァンデッタ)】!?」

 

アスフィが男の名を告げると、ヘルメスファミリアはようやく2人が驚いた理由を知る。

八雲とレフィーヤの2人だけは何故彼らが驚いているのかがわからない。

それも無理はない、何故なら………

 

「だって、だって【白髪鬼】は………」

 

「馬鹿な、何故死者がここにいる!?」

 

【白髪鬼】ことオリヴァス・アクトは数年前に死亡が確認されてはずの闇派閥の人間だったからだ。




長くなりそうなのでとりあえずここまで。
次回で決着までいけるといいなぁ………


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五十二話 闇派閥と怪人

ちょっと難航しつつも書けたので投稿です


【白髪鬼】ことオリヴァス・アクトはオラリオにて闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる者達が最も力を持っていた暗黒期から27層の悲劇の間に冒険者を恐怖に陥れた人物で、6年前に死亡したと思われていた。

 

「死んだはずの人間が生きてる、か………十中八九その再生能力の元が理由だろ?そして、それをアンタに与えたのが“彼女”って訳か」

 

「その通りっ!あの日私は“彼女”に救われた!故に私“達”は彼女の願いを叶えるべく行動しているのだ!」

 

「願い?」

 

迷宮都市(オラリオ)を滅ぼすことだ」

 

「正気か?オラリオが滅べば闇派閥だって」

 

「私をそんな過去の残り滓と同じにしないでもらおう。私は神に踊らされる人形ではない」

 

どうもこのオリヴァスという男は闇派閥とは別口の勢力のようで、先程倒した連中こそが闇派閥の残党らしい。

 

「だが同志がどうとか言ってたな。ということはあの赤髪の女もお前の同類か」

 

「なるほど、貴様がレヴィスの言っていた複数の武器を持ち妙な武器を使う冒険者か」

 

「だったら?」

 

「お前は彼女の障害になりうるのでな、ここで排除する!」

 

「やれるもんならやってみろよ!」

 

そう言って戦闘が再開されると、オリヴァスのメタルガントレットと八雲の死ヲ刻ム影が激突する。

 

「むっ、その武器は特殊武器か」

 

「さてな、普通の武器じゃないとだけ言っておくよ」

 

それから数度打ち合うが、オリヴァスに与えた傷は直ぐに再生してしまいダメージにならない。

それでも再生にはエネルギーを使うようで少しずつオリヴァスの動きは悪くなっていく。

 

「す、すげぇ………あんな扱い難い武器で【白髪鬼】の野郎を間合いに入れさせねぇなんて」

 

「それにあの大鎌で傷を付ける度に【白髪鬼】の動きが鈍くなってるような………」

 

その原因は【死ヲ刻ム影】の能力にある。

この大鎌の能力は“搾取”。

これは相手に与えたダメージの3割の体力と魔力を奪い使い手を回復させるというもの。

なので傷は再生で塞がってもその度に体力と魔力は奪われているのだ。

ヴィオラスをハイペースで仕留めていた八雲に余力があるのは倒したヴィオラスから“搾取”で体力と魔力を奪いながら戦っていたからだ。

 

「(持久戦なら勝ち目はあるかもだが、時間はあんまし掛けられそうにないな)」

 

そもそもオリヴァスはレヴィスには劣るものの八雲からしてみれば格上の相手である。

そんな相手に時間を与えてしまえば【死ヲ刻ム影】の能力も見破られてしまう可能性も高い。

 

「(となると………ちと賭けになるが、試してみるか)」

 

八雲は隙を見てオリヴァスに仕掛けようとするベートを見つけ、一度大鎌を大きく振って下がらせると大鎌から魔剣へと武器を取り替え、ベートに向かって魔剣の雷撃を放つ。

 

「少しの間頼む」

 

「はっ!その間に倒しちまっても文句言うんじゃねぇぞ!」

 

フロスヴィルト改に雷撃を纏わせたベートがオリヴァスと交戦に入る中、八雲は新たな偽憑神武器を喚び出す。

 

「こい、【静カナル翠ノ園】」

 

お馴染みの波紋から現れたのは黄緑色の重槍(ランス)

一般的な円錐状の重槍ではあるが、ヴァンプレイト()の3ヶ所から3枚の刃が伸びており、中腹から穂先の部分がドリルのように回転するというかなり特殊な造りになっている。

その重槍を構えると、八雲はオリヴァスに向かって走り出す。

 

「セイヤッ!」

 

「武器を変えたところで!」

 

その攻撃をオリヴァスはガントレットで受けるも、大きく後ろに仰け反ってしまう。

 

「ぐっ………彼女に与えられたこの身体がこうも傷付けられようとは」

 

「傷を負ったな?」

 

「ん?」

 

「能力開放」

 

すると、オリヴァスの傷が急速に再生し始めた。

 

「何かと思えばただの虚仮威しか」

 

「それは自分の身体をよく見て言うんだな」

 

「何?………これは!?」

 

八雲に言われて傷があった箇所を見れば、その部分が異常に膨れ上がり続けている。

 

「き、貴様!何をした!?」

 

「お前の再生能力、いや細胞分裂を“増殖”させた」

 

これこそ【静カナル翠ノ園】の能力で、この重槍で傷を与えたものに“増殖”の効果を与えるというもの。

これにより、オリヴァスは再生能力を増殖させられ暴走し、過回復状態になってしまったのだ。

 

「これでお前は動けないだろう」

 

「あぁ、“私は”な………やれ、巨大花(ヴィスクム)

 

すると、部屋の中心にあった石英の柱の中に寄生していたモンスターの1体がその姿を露わにする。

その巨体は巨大花の名に相応しい食人花の数倍から十数倍はあろう姿は圧巻の一言である。

 

「なるほど、こいつがあの食人花を生み出す苗花(プラント)って訳か」

 

「そんな!?モンスターはダンジョンから生み出されるはず!」

 

「何事にも例外はあるんだろうよ………もしくはこいつというか、あの極彩色の魔石持ちが何らかのイレギュラーって可能性もある」

 

「というか、なんでそんなに平気そうなんですか!?」

 

他のメンバーが巨大花の出現時の衝撃や振動でまともに動けない中、八雲とベートだけは既に臨戦態勢を取っている。

その事に対してフィルヴィスの手を借りて起き上がったレフィーヤが声をあげるも返ってきたのは非情な言葉だった。

 

「いや、食料庫があんなのになってる段階で食人花(アレ)の上位種ぐらいいると予想はしてたし」

 

そう、八雲はこの世界には無いRPG物の定番として巨大花の存在をなんとなく察していたのだ。

 

「(とは言ったものの、現状で巨大花を倒せる手札は………“アレ”しかねぇけど、ここで、他の連中がいるとこで使うのはなぁ………)」

 

そんな事を考えている間にフィルヴィスがオリヴァスと問答をしているが、八雲は聞いちゃいない。

 

「とりあえずやるだけやってみるか」

 

そう言うと八雲は【静カナル翠ノ園】をしまい、奇妙な大剣を取り出した。

それはとあるゲームに登場する大剣・大百足というものを再現したチェーンソーのような武器。

ただ、刃を回転させる機構がまだ未完成の品で使用可能時間を超えると鍔の部分に仕込んだ魔石による動力部がオーバーヒートして爆ぜてしまう。

そんな武器を手に巨大花に接近した八雲は襲い来る触手の一本に大百足を叩きつけ刃を回転させて切断するも刃が数本折れてしまっていた。

 

「やっぱ硬いな!こいつ」

 

「いやいやいや!なんつう武器使ってんのさ!?」

 

「椿工房試作兵装八式・大百足」

 

「誰が名前教えろって言ったぁ!?」

 

ルルネとの漫才をしていると大百足の魔石に反応してか巨大花が触手を何本も八雲に向けて放ってくる。

 

「性質は食人花とあんまし変わんねえか………なら!」

 

その向かってくる触手を切断しながら巨大花に接近した八雲は硬い相手を何本も切らせたせいか既に異音と熱を発している大百足を巨大花の口に向かって投擲する。

 

「お望み通り食らいやがれ!」

 

そして、巨大花の口に放り込まれた瞬間に臨界に達したらしく、大百足は内部の魔石のオーバーヒートによって爆発し、巨大花はそれを内部から食らってのたうち回る。

 

「巨大花!?」

 

「チッ、火力が足りなかったか」

 

「こいつ、おっかねぇ………」

 

そんな巨大花を見て驚愕するオリヴァス。

しかし、八雲はこれで仕留められなかった事に舌打ちをし、ルルネはそんな八雲にドン引きしていた。

そんな時、突如周りを覆っていた蔦の壁の一部が弾け飛んで2人の人影が現れる。

 

「「アイズ(さん)!?」」

 

「レヴィス!」

 

そう、それは分断されていたアイズと、その相手をしていたレヴィスであった。




あともう1話くらい続きます


偽憑神武器の1つ静カナル翠ノ園と憑神メイガスの情報解禁

静カナル翠ノ園
第三相メイガスの憑神武器。
“増殖”の能力を持つ重槍で、本来ならば銃剣のはずが小説版の憑神の重槍と混ざったのか特異な見た目の武器に変貌している。
その能力は突き刺したり傷を付けた相手に増殖の効果を付与することができるというもので、発動は任意ではあるが使い方次第で味方の回復や今回のような過回復ダメージを与える事が可能。
しかし、かなり使い所を選ぶ武器であるらしく、使用頻度は低い。

第三相“増殖”メイガス
八雲が3番目に解禁した憑神。
武器と違い刺したりしなくても増殖の効果対象を選べたり、やられても増殖の効果で身代わりを作ったり、全身からレーザーを発して範囲攻撃を行えたりとやれる事は多い。
憑神としての見た目は仮面の部分が黒くなり、黄緑色がオレンジ色に変化したぐらいで大きな変化はない。


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五十三話 アイズとアリア

大変遅くなりました………

ワクチン接種の副反応やら色々ありまして執筆に時間が掛かってしまいました。
それでも何とか今回のお話は区切りまで書けました。

原作とやや異なる部分がありますが、あまり気にしないで下さい。


赤髪の女ことレヴィスが手にした紅剣は刀身半ばで折られておりかなり消耗した様子なのに対しアイズは多少消耗しているのか肩で息はしているが軽い裂傷で済んでいる。

しかも、アイズはいつもの魔法を使った様子が無い。

レヴィスは折れた紅剣を捨てアイズを睨み、アイズも油断なくレヴィスを見つめ返す。

 

「………口だけか、レヴィス。情けない」

 

そんなレヴィスにオリヴァスは嘲笑と共にそう告げるとレヴィスもオリヴァスを一瞥する。

 

「この小娘が【アリア】などと………認められるものではないが、いいだろう。【彼女】が望むというのなら」

 

「おいおい、てめえらで勝手に納得してんじゃねぇよ」

 

そんな彼らに八雲は口を挟む。

 

「死にゆくお前達には関係無いことだ。巨大花!」

 

しかし、オリヴァスはそんな八雲を一蹴して2体目の巨大花を呼び出しアイズを攻撃させる。

 

「アイズさん!?」

 

「持ち帰るのは死骸で構うまい」

 

更にアイズを援護しようとする八雲達をもう1体の巨大花が蔦で妨害してくる。

 

「ああもう邪魔だな、こいつ!」

 

レヴィスがいつ戦線に復帰してくるとわからない以上、あまり時間はかけられない。

 

「くたばり損ないはさっさとくたばりやがれ!」

 

再び死ヲ刻ム影に持ち替えた八雲は刃に魔力を込める。

 

「ぜぇいっ!」

 

その魔力を飛ぶ斬撃として放ち、巨大花の口の中にあった魔石を真っ二つに断ち切る。

それと同時にアイズもエアリアルを発動すると一撃で巨大花を倒してしまう。

 

「無傷のアレを一撃かよ………」

 

「さっきの爆発で弱っていたとはいえ、あんたも大概だろ!」

 

しかし、アイズがエアリアルを発動したことで食料庫の柱に寄生させてあった宝玉の中身が目覚めてしまったようで、ギャーギャーと喚き暴れ出してしまう。

 

「あれがハシャーナさん達が回収を依頼されてたやつか………煩い上にキショいな」

 

「なっ、なぁっ………!?ヴィ、ヴィオラスッ!?」

 

頼りにしていた巨大花が2体とも破られた事でオリヴァスは酷く狼狽し、残っていた食人花を2人に差し向けるが、八雲とアイズ、そしていち早く立ち直ったベートに殲滅されていく。

 

「チッ、差ァ開けられた」

 

「そりゃあ、あれだけ溜め込んでた経験値でレベルアップすりゃそうなるだろ」

 

「くっ!」

 

そんな光景にオリヴァスは自身に埋め込まれた魔石から限界まで力を振り絞りアイズを狙おうとするも、それを察した八雲に胸部を斬られ後退する。

 

「まだ邪魔をするかぁ!?」

 

「チッ、浅かったか」

 

八雲の狙いは胸部の魔石だったが、咄嗟に後ろに跳んだオリヴァスの判断が功を奏して魔石を掠る程度にしか刃が届かなかったのだ。

 

「レ、レヴィス、すまない、手をっ………!?」

 

オリヴァスはレヴィスに援護を要請しようとするが、言い切る前にオリヴァスの胸部からレヴィスの腕が生える………そう、レヴィスがオリヴァスの背後から腕を突き刺したのだ。

 

「な、何を………」

 

「何、もう少し力が必要になっただけだ」

 

そういうレヴィスの手には少し傷のついた極彩色の魔石が握られている。

 

「そんなっ………私とお前は、彼女に選ばれた………」

 

「………選ばれた?お前はアレが女神にでも見えているのか?アレが、そんなものである筈ないだろう」

 

レヴィスが腕を引き抜くとオリヴァスの身体は魔石を失ったせいで次第に塵となっていく。

 

「私がいなくては、彼女は………」

 

「勘違いするな、アレは私が守ってきた。これまでも、これからもな」

 

そうしてオリヴァスは完全に灰となって消える。

 

「全員警戒しろ!コイツ“魔石を食う”つもりだ!」

 

「「!?」」

 

そんな中、レヴィスの行動の意味に気付いた八雲が注意を促しアイズとベートもその意味に気付く。

魔石を体内に保有し、他の魔石を喰らう事で力を得る存在をこの世界ではこう呼ぶ。

 

「“強化種”!?」

 

オリヴァスの魔石を嚥下したレヴィスはアイズに向かって高速で接近すると拳を振るい何とかガードしたアイズを後退させる。

その援護にベートとレフィーヤが向かう中、八雲とアスフィは別のものを狙う。

 

「【万能者】!」

 

「はい!あっちは彼らに任せて私はアレ(宝玉)を!」

 

これまでの食人花絡みの事件にはこの宝玉が絡んでいると踏んだ八雲とアスフィはそれの確保に動いたのだ。

だが、それを阻む者がいた。

 

「ぐっ………」

 

「まだ潜んでやがっただと」

 

2人を襲撃したのは紫のローブと不気味な紋様の仮面を着けた男か女かもわからない姿をしている。

その襲撃者が付けていた銀のメタルグローブにより宝玉がある柱から遠ざけられてしまう。

 

「完全ではないが、十分に育った、“エニュオ”に持っていけ」

 

「ワカッタ」

 

そして、アイズと戦いながらそれを見ていたレヴィスがそう告げると、正体が判らないように加工された声で襲撃者はそう答えると、泣き叫ぶ宝玉に手を翳して眠らせると柱からそれを引き抜いて持ち去ってしまう。

 

「待て!」

 

八雲が襲撃者を追いかけようとするが、レヴィスがアイズを振り切って柱へと向かい、柱に寄生していた最後の巨大花に命令を下す。

 

「“産み続けろ”!枯れ果てるまで、力を絞り尽くせ!」

 

その命令に巨大花は食料庫のリソース全てを食人花を産む為に喰らい尽くし始め、【怪物の宴(モンスターパーティー)】すら生温い数の食人花を産み出す。

 

「くっ………」

 

その間に襲撃者は姿を消し、アイズは新たに生成したと思われる天然武器の紅剣でデスペレートを弾かれてしまい窮地に陥ってしまう。

それを見たベートはレフィーヤに発破をかけるとアイズの援護に言ってしまい、残っている八雲、レフィーヤ、フィルヴィス、そしてヘルメスファミリアの面々で食人花の対応をする事になる。

 

「ア、アスフィ!?無理だよこんなの!?」

 

「ルルネ!今は口よりも手を動かしなさい!」

 

「あ、あのっ!」

 

ルルネが喚き、アスフィが声を上げる中、レフィーヤは覚悟を決めた顔で皆に告げる。

 

「………私を守って下さい!」

 

「何分だ?」

 

そんなレフィーヤに八雲は問う。

 

「えっ?」

 

「詠唱に何分掛かると聞いているんだよ!」

 

「5分………いえ!3分下さい!」

 

「あいよっ!」

 

レフィーヤがそう宣言すると、八雲は死ヲ刻ム影を振るい数体の食人花を灰に変える。

 

「総員!【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の元に!」

 

アスフィも覚悟を決めてレフィーヤに全てを託すべく、自身のファミリアに指示を飛ばす。

フォーメーションとしては八雲が最前線で大鎌を振るい、それを抜けてきたものをヘルメスファミリアの盾役が防ぎ、フィルヴィスが展開の早い防御魔法と超短文詠唱の魔法を使ってレフィーヤまで攻撃を通させない。

 

「【どうか、力を貸して与えてほしい】」

 

その間にもレフィーヤの詠唱は第2段階へと移行する。

 

「【エルフ・リング】!」

 

【エルフ・リング】妖精の輪とも言うこの魔法は同種族(エルフ)から自身の魔法の詠唱、効果を正しく教わっている場合にこの魔法に続けて詠唱する事でその魔法を借り受けて使う事が出来るという破格の性能を有する。

レフィーヤは師であるリヴェリアから彼女の有する魔法を教えられており、レベル3にしてレベル6の最高峰の魔法を使えるのだ。

【千の妖精】という2つ名もこの魔法の可能性を表している。

 

「【ーー間もなく、焰は放たれる】」

 

そんなレフィーヤが選んだのはやはり師の代名詞というべき魔法【レア・ラーヴァテイン】。

おそらく八雲の世界にあった北欧神話にある【レーヴァテイン】が由来であろう超広範囲火炎魔法だ。

八雲も遠征に同行した際に2人が放つそれを目にした事がある。

だからこそレフィーヤにこの場を任せ、自身はその露払い専念しているのだ。

アイズとベートもレフィーヤの詠唱が聞こえているようで、レヴィスをその魔法に巻き込ませる位置取りをしていた。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣ーー我が名はアールヴ】!」

 

レフィーヤの最後の1節を聞き、ベートはレヴィスの大剣を押し切り距離を取ったその瞬間。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

味方を避けるようにレフィーヤから放射状に連続して放たれる火炎の極柱によって食料庫を埋め尽くしていた食人花は魔石も残らず焼き尽くされる。

レヴィスも咄嗟に大剣でガードするが、ガードし切れなかった焰がレヴィスの肌を焼き、それが致命的な隙きを作った。

 

「やぁっ!」

 

そんなレヴィスを愛剣を拾い疾走してきたアイズが大剣ごと袈裟斬りにし、魔石の部分こそ逸らされてしまったが深い一撃を与える事に成功する。

そこに追撃の一撃を放つが、今度はしっかりガードされてしまい、それでもレヴィスを大きく後退させた。

 

「はぁ、はぁ………今のお前には、勝てないようだな」

 

既に焼けた肌は魔石の恩恵によって治癒を始めているが、アイズから受けた傷の治りが遅い事から自身の不利を悟るレヴィス。

 

やつ(オリヴァス)の魔石から得られた力も想像よりも少ない………やはりあの男が何かしていたか」

 

死を刻ム影によって魔石から魔力が吸われていた事に勘付いたレヴィスはアイズの後ろに見える八雲を睨むが、八雲はしてやったりという顔である。

しかし、レヴィスは八雲達の想像もしていなかった手段でこの窮地を脱した。

 

「この柱は食料庫の中枢(きも)だ。これが壊れるとどうなるか………知っているか?」

 

「あのやろう、まさか!?」

 

そのまさかで、レヴィスは思いきり柱を殴打して亀裂を刻み、その亀裂に耐え切れず倒壊してしまう。

それに合わせて食料庫も支えを失い崩れ始める。

 

「逃げなければ埋まるぞ?特に、助けが必要なお前の仲間はな」

 

アイズが振り返れば魔法で疲弊したレフィーヤに、限界まで力を出したせいで足を痛めたベート、これまでの連戦で満身創痍なヘルメスファミリアに、最前線で食人花を相手し続けた八雲とほとんどのメンバーが危険な状態であった。

それでも、アスフィは撤退の指揮を取り、フィルヴィスは戸惑いながらもレフィーヤに手を貸し、ベートはルルネに肩を貸されている。

 

「アリア、59階層へ行け」

 

それに続こうとしたアイズにレヴィスはそう告げる。

 

「丁度面白い事になっている。お前の知りたいものがわかるぞ」

 

「………どういう、意味ですか?」

 

「薄々勘付いているだろう?お前の話が本当だとしても、体に流れる血が教えている筈だ」

 

その言葉に心当たりがあるのかアイズは黙って話を聞き続ける。

 

「お前自ら行けば、手間も省ける」

 

今の自分ではアイズを連れてそこに向かうのは一苦労どころでは無いと言外に告げ目を細める。

 

「地上の連中は私達を利用しようとしている………精々こちらも利用してやるさ」

 

まだ闇派閥の残党やそれを利用している存在がオラリオに居る事を口にすると、レヴィスは崩落の向こうへと姿を消してしまった。

 

***********************

 

「久しぶりに死ぬかと思ったぜ………」

 

食料庫の崩落から何とか逃げ延びた八雲達は八雲の【宝物庫】に保管されていた回復薬で傷を癒しながらリヴィラの街を目指し移動していた。

 

「今回は何から何まで世話になりっぱなしですね」

 

「ならまとめて貸しにしといてやるよ。今回の件で割と出費やべーだろ?」

 

「………恩に着ます」

 

アスフィもオリヴァスから受けた攻撃でボロボロになった防具の上に八雲から借りたローブを羽織っており、回復薬も含めたらかなりの貸しである。

 

「それは兎も角………アイズ」

 

「!?」

 

八雲に呼ばれ、ここでようやくアイズは自分が八雲からの頼まれ事を途中で放り出して別の依頼を受けていた事実に気付き、八雲の纏っているオーラがお説教の時のリヴェリアに酷似している事からサーっと顔から血の気が引いて青褪める。

 

「リヴィラに着いたらお説教な?」

 

「………はい」

 

そう告げられたアイズからは先程までの勇猛さは全く感じられなかった。

 




アイズ、結局お説教されるの巻。
この後、何とかその日の内に地上まで帰還しました。

次回からは熱い彼のお話になると思います。


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五十四話 専属契約と魔剣

もう一つの作品が遅れてしまっていた為、一週間遅れになってしまい、更に言えば短いですが投稿です。

八雲がいるせいか若干原作と話が前後してしまっていますが、ミスではなく意図したものです。


アイズを連れ戻しに向かって厄介事に巻き込まれてから数日後。

リリが変装したリディナも既に店に馴染んでいた。

その日、八雲はベルと共にバベル内のヘファイストスファミリアの店を回っていた。

というのも先日の戦闘でベルのライトアーマーが破損してしまい、その代わりの装備を買いに来たのだ。

 

「う〜ん、ないな」

 

「何を探してるんだ?ベル」

 

「前に使っていた鎧を作ったヴェルフ・クロッゾさんもので、それと同じものが無いか探してたんです」

 

「あ〜、ヴェル坊のやつか」

 

「知り合いなんですか!?」

 

「あれ?前に言わなかったか?そういやリディナの一件があってそれどころじゃなかったか」

 

「あっ、確かに言ってましたね………」

 

そんな事を話していると………

 

「はぁ〜………また駄目か」

 

赤髪の男が大きな木箱を抱えて肩を落としていた。

 

「おっ、噂をすれば………よぉ、ヴェル坊」

 

「ゲッ!?八雲の旦那!?」

 

その人物こそ件のヴェルフ・クロッゾだった。

 

「ゲッとはなんだ、ゲッとは」

 

「いや、その、つい………」

 

「ついってことは普段から何かしら含むところがあるって事だよな?」

 

「いや!そういう意味じゃなくてだな!」

 

「あの〜」

 

八雲とヴェルフが話しているところにベルが声を掛ける。

 

「おっとベルがいたの忘れてた」

 

「師匠ェ………」

 

「師匠って事はそいつが例の弟子か」

 

「ベル・クラネルといいます!」

 

そこからベルがヴェルフの鎧を使っていた事を知ってヴェルフは感激する。

 

「そうかそうか!やっぱわかるやつにはわかるんだな!」

 

「お前の場合は自分の血筋に過剰に反応し過ぎなんだよ」

 

「とは言われてもなぁ」

 

「血筋?」

 

「こいつの実家がちょっと訳ありでな。それが嫌でオラリオに家出してきた家出少年なんだよ、こいつ」

 

「家出少年はやめてくれ!」

 

「そうなんですか………」

 

「こいつの実家は元々魔剣鍛冶の家系でな。その祖先がちょっとやらかしてその魔剣鍛冶の技能が失われて、ヴェルフはその先祖返りかなんかで魔剣が打ててな」

 

「………それで色々せっつかれて嫌になってな」

 

「家出してオラリオに来たと」

 

オラリオに来てもスキルや発展アビリティも無しに魔剣を打てる事でやっかみを受けてそれに反発して魔剣を打たなくなったのが原因でファミリアでもハブられているらしい。

 

「まあ、椿には可愛がられてるがな」

 

「椿さんって、確かヘファイストスファミリアの団長の………」

 

「まあ、こいつの生い立ちの話はこのくらいにしといて………今日はどうしたんだ?」

 

「ああ、こいつを店に置いてもらってたんだが、全然売れないから持って帰れと言われてな」

 

そう言ってヴェルフが木箱を開けると、そこには以前ベルが買ったものと似たライトアーマーが一式入っていた。

 

「あっ!これは」

 

「持って帰れと言われて落ち込んでたところで八雲の旦那に声を掛けられたって訳さ………まさか俺の鎧を買ってくれてたのが旦那の弟子だったとはな」

 

そう嬉しそうに語るヴェルフに装備を壊してしまった事で申し訳無い気持ちになるベル。

その事を素直に謝罪するベルだったが、ヴェルフは気にはしていないと語り、ならばとベルにある提案を持ち掛ける。

 

「ならベル、俺と専属契約を結ばないか?」

 

「専属契約?」

 

「簡単に言うと、今後もこいつの装備を使い続ける代わりに優先的に装備を提供するって契約だ」

 

「え〜っ!?駆け出しの僕にそんな契約を!?」

 

「旦那が目を掛けてるって事は近い将来有名になりそうだしな。今のうちに唾をつけておこうと思ったんだよ」

 

「まあ、こいつの腕は俺も保証できるし、いいんじゃないか?それと、本命は別にあんだろ?」

 

「うぐっ、やっぱ旦那にはバレバレか」

 

聞けばヴェルフはまだレベル1らしく、レベル2で習得可能な発展アビリティの【鍛冶】が欲しいとのこと。

なので、装備の提供とは別にベルのパーティーに加えて欲しいというのだ。

 

「そんな事で良ければ………よろしくお願いします、ヴェルフさん」

 

「さんは要らねぇよ、ヴェルフでいい」

 

「話がまとまってるところ悪いんだが………」

 

「「ん?」」

 

「ベル、リディナにちゃんと説明しとけよ?」

 

「リディナ?」

 

「ウチの従業員でベルのサポーターやってる娘がいるんだ。そいつに無断でパーティー増やしたって言ったら後で何言われるかって話」

 

「あ〜」

 

「ど、どど、どうしましょう!?」

 

「やっぱ何も考えてなかったか………後日いきなりパーティーに加えるよりは顔合わせくらいしといた方が良さそうだな。ヴェル坊、この後時間あるか?」

 

「俺はこれを引き取りに来ただけだから別に構わねぇが」

 

「リディナへの顔合わせも兼ねてウチで飯奢ってやるよ」

 

「マジか!?ラッキー」

 

という事でリディナとの顔合わせで一悶着あったものの、ヴェルフは無事にベルのパーティーへと加わる事になるのであった。




という訳でヴェルフ、フライング加入です。
次回もちょっと脇道に進みつつ原作3巻のシナリオに進もうと思います。
ヴェルフがフライングした事がどう影響するのかはお楽しみに。


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五十五話 訓練と魔剣

遅れて申し訳ない………
職場で大きなトラブルあったり、黎の軌跡やったり、少しスランプ気味だったりで投稿が遅れてしまいました。
黎、色々と今までの軌跡シリーズと違って面白いです。
好きなキャラ?シズナです。

ヴェルフのフライングで少々原作とは違う内容になりつつありますが、ちゃんとヤツは出てきますのでご安心を


無事ヴェルフがベルパーティーに加入し、ヴェルフもベルやリディナ(リリ)と一緒に八雲の訓練を受ける事になったのだが………

 

「ゼェ………ゼェ………べ、ベル達はいつも、こんな…訓練を……受けてるのか?」

 

「うん」

 

「今日はヴェルフ様が初めて参加するのでそれに合わせて軽めですけどね」

 

「………マジか」

 

ちなみにリディナは店の手伝いがある日とダンジョンに行く日は早朝訓練は免除されているが、ベルは週1の休みかダンジョンに泊まり込み以外ほぼ毎日である。

ヴェルフがある程度回復したと判断すると、八雲はパンパンと手を叩いてから3人にこう告げる。

 

「さて、新しいメンバーもいるし、最後に連携の確認として模擬戦やるか」

 

「えっ?」

 

突然の言葉にヴェルフは訳がわからず首を傾げ、ベルとリディナの顔は青くなる。

訓練として軽い組手はよくやるのだが、模擬戦となると話が変わる。

八雲との模擬戦をは現在の力量確認が主な為に限界ギリギリのラインまで容赦無く追い込まれるからだ。

 

「安心しろ、今日は“武器は”棍しか使わないでやるから」

 

「それ、下手な武器より強いじゃないですか!」

 

数多の武器を使用する八雲だが、双銃や刀剣の他に槍やハルバートのような長柄の武器を得意としており、その動きの大元となっているのは兄・雪人から教わった棒術なのだ。

その為、八雲のいつもの戦法(首狩り)や【宝物庫】を使った武器を多用する戦法の次に厄介なのはこの棒術だったりする。

更に言えば棍を手放させても体術で対処されてしまうので質が悪い。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

 

「い、いくよ!リディナ!ヴェルフ!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

***********************

 

「………やっぱりダメでした」

 

「椿から話には聞いてたが………ここまでとは………」

 

「真っ先に落とされました」

 

模擬戦が終わるとベル達3人はその場に倒れ伏していた。

最初にベルが切り込み、続けてヴェルフが追撃しリディナが援護する予定であったのだが、八雲はベルの突撃の勢いを利用して棍で後ろに弾き飛ばすとすぐさまヴェルフをスルーしてリディナを強襲。

最初の一矢を躱されたリディナはボウガンに次の矢を装填する間も無く意識を刈り取られ、そこからはヴェルフはベルが倒れるまでスルーされるかいなされたベルをぶつけられるような形で対処され、ベルがやられると即座に鳩尾に棍を突き入れられて全滅してしまったのだ。

 

「後衛を先に潰すのは基本だからな。途中で弓や魔法で狙撃なんぞされたら嫌だし」

 

「魔物の場合は魔法や固有の攻撃方法があるんでしたっけ?」

 

「中層の放火魔ことヘルハウンドとかが典型例だな………あいつらの場合は火炎瓶口に投げ込んで爆破させれる分俺は楽だが」

 

「そんなの八雲様くらいです!」

 

「………俺、魔法で似たような事できるかもしれねぇ」

 

聞けばヴェルフは相手の魔法に干渉して暴発させる魔法が使えるらしい。

 

「火炎瓶より汎用性高くて厄介だな、その魔法」

 

「ですね………中層ではヴェルフ様を当てにしましょう」

 

「対人の場合注意するのは弓や攻撃魔法、それから魔剣ですかね?」

 

「………」

 

続けてベルが対人戦の場合の注意点を口にするとヴェルフの表情が固くなる。

 

「ヴェルフ、お前が魔剣について色々思うとこがあるのはわかるが、これはあくまで他の冒険者を相手にした場合のことだから今は飲み込め」

 

「ああ………すまない」

 

「まあ、俺も魔剣には思うとこがあるんだがな」

 

「魔剣にですか?」

 

ヴェルフはその事情を聞いているのでベル達も理解はしているが、【宝物庫】にいくつか魔剣もストックしている八雲がそう言うのは意外だったようだ。

 

「いやな、魔法発動体なのにわざわざ剣の形にする必要あったのかと思ってな。魔法撃つだけなら別に玉とか別の形でもいいだろうに」

 

「「確かに………」」

 

ベル達からしたら魔剣はそういうものという認識であったため考えた事もなかったようだ。

 

「俺のいたとこだと魔剣ってのは刀身に魔法………例えば炎を纏わせたり、魔法使いの杖みたいな魔法補助具的な機能を持った魔法剣の事だったから余計に違和感があってな」

 

「魔法を刀身に………」

 

「魔法使いの杖………」

 

この何気ない言葉が後にベルとヴェルフの2人のとんでもないやらかしに繋がるとは流石の八雲も予測できなかった。

 

「さて、ちょっと話は逸れた反省会の続きいくぞ〜」

 

この時、八雲は近くから1人、バベルの方から1柱の視線を感じながら「これ、面倒事にならねぇよな?」と思いつつ、模擬戦の反省会を続けたのであった。

 

***********************

 

その頃、バベルのとある一室にて………

 

「オッタル」

 

「はっ」

 

「あの子に試練を。方法は任せるわ」

 

「御意」

 

とある女神からの試練(お節介)がベルに迫ろうとしていた。




ということでミノタンのアップ開始。
近くにいた視線については次回………まあ、正体はバレバレでしょうけど。


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五十六話 剣姫と剣技

お待たせしました!
色々と家の事情がありましたが、復帰しました。

今回は訓練編その2となります。


ヴェルフを交えた初めての模擬戦の翌朝。

一同がいつもの訓練場に使っている空き地にやってくると、そこには何故かアイズの姿があった。

 

「ア、アアアアイズさん!?」

 

「むっ」

 

「何で【剣姫】が!?」

 

ベル達が驚く中、八雲だけはアイズの登場をわかっていたようで溜息をつく。

それから何となく答えは読めていたがここにいる理由を訊ねると………

 

「………フィンからもう少ししたら遠征だって聞いてたが、こんなとこで何してるんだ?」

 

「訓練に混ぜてもらいにきた」

 

即答だった。

 

保護者(リヴェリア)の許可貰ってこい!」

 

対する八雲も即座にそう返す。

それでも居座ろうとするアイズに他のファミリアでパーティーメンバーですらないアイズが参加するのはちょっと問題があると説明すると、アイズは目に見えてしょんぼりとしてしまう。

 

「だーっ!今日はお試しって事で見逃してやるから次は許可貰ってこいよ!」

 

「うん」

 

そうして結局は参加を認めてしまったアイズにも指導に協力させる形で訓練は始まった。

 

***********************

 

「………で、何でいきなり参加したいなんて言い出したんだ?」

 

訓練の合間に八雲は率直に訊ねる。

アイズに対しては遠回しな表現は無駄であるとこの数年の付き合いで理解しているからだ。

 

「彼の………ベルの強さの秘密が知りたくて」

 

訳すなら「最近アビリティが伸び悩み状態で、急成長しているベルから強くなるヒントを得られると思ったから」といったところであろう。

 

「(まあ、あのトマト事件の後の短い期間にシルバーパック倒したり、リリの時の戦闘見てたならそう思うわな)」

 

八雲もヘスティアに直接訊ねた訳では無いがベルに成長加速系のスキルが発現している事には勘付いてはいる。

だが、ベルの急成長はそんな経験値ブーストだけの産物でないことは指導している八雲が一番理解している。

 

「それで昨日も隠れて見てた訳か」

 

「気付いてたの?」

 

「あれだけガン見してたら姿隠してても気配で判るっての」*1

 

それと覗き見していたのはアイズだけではなく某女神もだったりする。

 

「参加してみて何かヒントは掴めそうか?」

 

「うん………でもそれはベルじゃなくて八雲から」

 

「俺から?」

 

アイズの言葉に首を傾げる八雲だったが、アイズは確信を持ったかのように八雲に告げる。

 

「八雲、“細剣も”使えるよね?」

 

「アイズに見せた覚えはねぇんだけどなぁ………ちなみに何でわかった?」

 

「ベルやあっちの赤髪の人に教える時はわざわざ同じ得物を使ってたから………それと勘」

 

「勘かよ………ちょっと待て、この流れから察するにもしかして」

 

「うん、私、我流」

 

「………そりゃあ不壊属性なきゃ武器が保たん訳だ」

 

一応基本的な扱いは学んだそうなのだが、アイズの魔法(エアリアル)を使う関係か武器の耐久値が保たないとのことで、今では不壊属性の武器を使うのが前提の我流剣術となってしまっているという。

なので怪物祭の時のように代用品の武器を使えば加減を間違えて破損させてしまうのだ。

 

「まあ、これは他の冒険者にも言える事か」

 

冒険者と言えば聞こえは良いが、その大半がならず者に近く、キッチリとした剣術を納めている者など極少数で、ほとんどが戦いの中で経験から磨かれた我流剣術。

レベルの低い者であれば適当に振っているだけなんて事も珍しくなく、自分の腕を武器のせいにして高価な武器でゴリ押しするようなのまでいる。

アイズは経験による我流剣術ではあるが、ステータスが高過ぎて不壊属性武器によるゴリ押しになっているという珍しくはないが、実力をしっかり出せているとは言い難いスタイルなのだ。

 

「とはいえベル達みたいにまだ矯正出来るレベルってわけじゃないから確実に強くなれるとは限らないぞ?」

 

「わかってる」

 

アイズが再び即答すると、八雲は諦めたかのように【宝物庫】から鞘に入ったレイピアを2本取り出し、その片方をアイズに投げ渡す。

 

「1日1回どっちかの刀身が折れるか決着つくまでの模擬戦、魔法は無しでいいな?」

 

要は見て盗めという事らしく、レイピアも数打ちの量産品で、レイピアの代金もベルへの授業料という事にし、休んでいたベル達も少しでも己の糧にしようと見学するようだ。

 

「で、では………始め!」

 

リディナの合図で先に動いたのは八雲。

アイズが先に仕掛けなかったのは八雲の動きを観察する為なのだが、八雲は身体を捻りつつ短い距離を一気に詰めてその勢いを利用した突きを放つ。

しかし、この一突きはアイズに見せる為に意図的に加減して放たれたもので、アイズはそれをサイドステップで躱すもそれを見越していた八雲は直様アイズに向かって短い突きを放ち、それをガードされると左から右下への斬撃に移行する。

それも防ぎ切ると、アイズは素早く短いバックステップからの突きを放つも八雲はそれを読んでいたかのように大きくバックステップをして回避する。

それでも避け切れてなかったようで、八雲の頬が浅く切れていた。

 

「あっぶな!?」

 

「ちょっと八雲の最初の突きを真似してみた」

 

「もう技盗んでるよ、この人………」

 

確かに見せるように放った突きだったが、もう吸収されているとは思わなかった八雲はアイズの評価を上方修正し、見せるような加減をする必要は無いと考えを改める。

 

「なら、次はもっと速くいくぞ」

 

そう告げると、八雲は大きく空いていた距離を一気に詰めるように突きを放ち、アイズがレイピアでガードするとそれを待っていたかの如く4連突きに移行し………

 

「あっ」

 

細いレイピアの刀身ではそのダメージに耐え切れずアイズの持っていたレイピアは真ん中からポッキリと折れ、折れた剣先側はクルクルと宙を舞い地面に突き刺さる。

 

「そ、そこまで!」

 

事前に取り決めていた通り模擬戦はそこで終了となるが、アイズは折れたレイピアをジッと見つめる。

そして、何かに気付き八雲に問い掛けた。

 

「………これ、狙ってやったよね?」

 

「えっ?」

 

「確かにいくら数打ちの武器とは言っても同じ武器同士の打ち合いでこんな簡単に折れるのはおかしい」

 

アイズの言葉に驚くベルを余所に鍛冶師であるヴェルフはアイズが言った言葉の意味を理解して同意する。

 

「それにあのルール(刀身が折れたら終わり)を決めたのも八雲様ですものね」

 

「ベートさんとの模擬戦の時も、リヴィラでレヴィスと戦ってた時も八雲は相手の武器を壊してた」

 

「………ホント、よく見てるなぁ、あんたら」

 

3人の指摘を受け、八雲は狙ってアイズのレイピアを折った事を認めた。

 

「今のは武器の脆い部分を狙って集中的に負荷を与えて破壊する技術で、俺は武器破壊(アームブレイク)って呼んでる。対人技として覚えておいて損はないぞ」

 

「鍛冶師泣かせだろ、それ………」

 

「とは言うが、古来より相手の武器を破壊するっていう手段は存在してな。例えばこんなのとか」

 

そう言って八雲が取り出したのは刀身が櫛のようになったソードブレイカーと呼ばれるカテゴリーの短剣。

 

「これは相手の剣の刀身を挟んでこう捻ると細剣程度ならあっさり折れてしまうんだ」

 

「使い難そうな形ですね………」

 

「まあ、細剣とかに対するやつだしな、これは」

 

次に取り出したのは真っ直ぐな金属の棒にL字に曲がった棒をくっつけたような形をしたもの。

 

「こいつは十手と言って刀に対して作られた極東版ソードブレイカーみたいなもんだ」

 

そう、日本では時代劇等でお馴染みの十手である。

 

「これは刀を挟んで受けたり折ったりする以外にも腕とかを挟んで拘束したりする捕縛術にも使えるし、大きさによってはヘルムを叩き割る棍棒のような使い方も出来る」

 

「このくらいのサイズなら片手剣のサブウェポンにもなりそうだな」

 

「俺が知ってる武器には剣をこの十手のような形状にして同じような機能を持たせたもんとかもあったぞ」

 

「八雲様のその武器に対する知識は凄まじいですね………」

 

「師匠、【宝物庫】の中にかなりの種類の武器しまってるからね………」

 

「そういや椿………ウチの団長と色々作ってるもんなぁ………俺も手伝わされた事あるし」

 

その後、朝の訓練を終えた一行は八雲のホームの店に戻り朝食を取りながら八雲から知っておいた方が良い武器の話を聞く事となった。

その朝食の際に試作品の新作ジャガ丸くんが振る舞われ、アイズはなんとしてでも訓練への参加許可をもぎ取ると決意したんだとか。

*1
そんなこと出来るのはある程度のレベルに達した人だけです




訓練編はもう少し続くんじゃよ

今回八雲が使った技は元ネタがあります
さて、わかるかな?


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五十七話 期限と呼び出し

今回は繋ぎ回なので短めです。


アイズが飛び入りしてきた次の日。

何とか許可をもぎ取って来たアイズの参加を認める事になった。

しかし、フィンもタダで許可を出した訳ではなく、キッチリと条件を出してきたのである。

 

「次の遠征までの期間限定且つ………俺の遠征同行か」

 

「ごめん、巻き込んじゃって………」

 

「いや、俺もレヴィスのやつの言葉は気にはなってたからな」

 

『アリア、59階層へ行け』

 

前回の食料庫での一件の際にレヴィスがアイズに言い残した言葉だ。

59層はゼウスファミリアやヘラファミリアが残した記録にある到達最下層地点である。

そんな未知の階層を探索するにあたり、フィンは万全を期す為に八雲を必要だと判断したようだ。

 

こっち(ベル達)はヴェルフが加入してパーティーのバランスが良くなってきたし、この訓練期間が終わる頃にはオークの群れに放り込めるだろうよ」

 

「そう」

 

模擬戦の方はアイズが前日に見た技を真似しようとして無理な動きをしたせいであっさりレイピアが折れて終了。

これにアイズは頬を膨らませて不機嫌となるが、訓練後に新作のじゃが丸くんがあると聞いて機嫌を直し、その後のベルへの指導に熱が入っていた。

 

***********************

 

「旦那、ちょっといいか?」

 

訓練が終わり店に戻って朝食を取っていると、ヴェルフが八雲に声を掛けてきた。

 

「どうした?」

 

「いや、ウチの団長が旦那に用があるからウチのファミリアを訪ねてくれって」

 

「椿様が?何故ヴェルフ様にそのような伝言を?」

 

「あ〜、多分ロキファミリアからの依頼で手が離せないってとこだろ、な?」

 

「うん、皆の不壊属性武器(デュランダル)を頼んだって言ってた」

 

丁度そのロキファミリアのメンバー(アイズ)がいたので訊いてみればアイズはあっさりと理由を口にする。

 

「それ、話して大丈夫なんですか?」

 

「あ〜、遠征に参加する俺には隠してもしょうがないし、椿とヴェルフは同じヘファイストスファミリアだからな。ベルとリディナも徒に広めないと信用してるんだろうな………ロキファミリアからしたら不壊属性武器くらい大した情報って感じでもないだろうしな」

 

不壊属性武器は確かに武器破損しないというメリットがあるものの、これを付与すると最終攻撃値がワンランクダウンするというデメリットが存在する。

それでも主力陣の不壊属性武器を用意するのは以前にロキやフィンから聞かされた武器を溶かしてしまう体液を持つ芋虫(クロウラー)タイプのモンスター対策だろう。

 

「となると、椿の話ってのもそれ関係かもしれないな」

 

八雲も様々な武器を【宝物庫】にストックしてはいるものの、不壊属性武器となるとアフロディーテから貰った双銃(DG-Z)くらいのもので、偽憑神武器に関してはあの武器達は下手に他のファミリアに見せると大変な事になりかねない武器なので不壊属性武器なのか確かめてはいないものの、八雲の感覚としては壊れはするが時間経過で修復されるのではないかと思っている。

となれば、八雲にも不壊属性武器を持たせようという考えなのかもしれない。

 

「って事で俺はこの後椿のとこ行くが、お前らはどうする?」

 

「師匠がいないなら今日は上層で薬草の採取依頼でもする?」

 

「なら鉱石の採掘もしていいか?ダンジョン産の鉱石は上層のでも外より質が良いからよ」

 

「なら鉱石用のバッグも必要ですね」

 

「すまんな」

 

「ほんとですよ、“私”に感謝してくださいね」

 

リディナには口調で正体がバレないように色々と指導しており、今では“リリ”という自称は“私”に改められている。

装備に関してもリリルカ時代の物は使わず八雲が提供した素材を使ったレザージャケットにサラマンダーウールの外套、武器は昔ロキファミリアと倒したグリーンドラゴンを使ったガントレット一体型ボウガンで、実はこのボウガンも椿の作だったりする。

サラマンダーウールの外套は八雲のお下がりではあるが、他は全てオーダーメイド品でありリディナは最初こそ遠慮していたが今ではソーマファミリアとの一件が片付いたら少しずつ返金するのだと頑張っている。

 

「アイズはどうするんだ?」

 

「アフロディーテ様に新作の試食をお願いされてる」

 

「あっそう」

 

しっかり餌付けされているアイズは放っておく事にし、八雲は椿の工房へと向かった。




という訳で八雲も最下層へ………
ベル達は八雲無しでミノに挑みます。


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五十八話 特殊武器と偽憑神武器

新年初投稿です。
中々上手くまとめられずこんなに経ってしまいました。

今回はタイトルにある通り武器回みたいな感じになります。


「おっ、来たか」

 

「『おっ、来たか』じゃねぇわ!忙しいのはわかるが伝言に詳しい用件ぐらい入れとけ!」

 

椿の工房を訪れるや否や八雲は工房の主である椿に怒鳴り散らす。

 

「スマンスマン、お主なら言わんでも用件は伝わると思っておったのでな」

 

「ほんと鍛冶とその出来た武器以外に無頓着過ぎるだろ………」

 

彼女の姿は直前まで武器を打っていた様でかなり着崩した格好をしており、普通の男性なら目のやり場に困るのだが、既に八雲は椿の性格を熟知しているせいか彼女に対して異性と認識するのをやめてしまっている。

 

「で、大体予想はつくが何の用だ?」

 

「うむ。フィンから八雲にも不壊属性武器を用意してやってくれと頼まれておったのでな」

 

「やっぱりか………俺に不壊属性とか支払える余裕………ない事もないか」

 

「これに関してはフィンから既に支払われておる。金銭の事は手前ではなくフィンに言うのだな」

 

「うっわ………あんましあの人に借り作りたくないんだけどなぁ」

 

フィンからしたら今回の遠征において不壊属性武器の所持は必須とも言えるので、それを同行させる八雲に持たせるのは当然という認識なのだが、八雲からしたらアイズの訓練参加という一件でアレコレあったのであまり借りを作りたくないというのが本音であった。

 

「それはさておき、俺には何を作ったんだ?」

 

アイズには既にデスペレートがある為、他の主力メンバーに合わせてフィンには槍、ガレスには両刃斧、ティオナには両刃剣、ティオネには双短剣、ベートにはサブウエポンとして双小剣が用意された。

彼らは使う武器種がハッキリしているので問題は無いのだが、八雲は使う武器の種類が多種多様である。

そんな中から椿が何を用意したのか八雲も気にはなっていたのだ。

 

「お主にはこれだ」

 

そう言って椿が八雲に手渡したのは鞘に納められた一本の太刀であった。

 

「太刀ときやがったか………抜いてみても?」

 

「構わん」

 

鞘から抜いて刀身を露わにすると、ミスリルを使用した特有の白みのある鋼の刀身。刃紋は一定の波ではなく大小様々な雲を並べたかのような紋様をしている。

鍔の部分もミスリルを混ぜ込んでいるのか白さがあり、雲のような模様が刻まれている。

柄巻は紫に染めた蜘蛛系魔物の糸を使用しており、柄頭はシンプルなもので白くなっている。

鞘も柄頭に合わせた白く塗られ、下緒も柄巻と同じものが使われており、全体的に白と紫の統一感のあるデザインだ。

 

「名は?」

 

白雲(しらくも)という」

 

おそらく八雲の“雲”とミスリルによる白みのある刀身から付けたのだろう。

 

「あの中脇差といい、こいつといい………ほんといい仕事してやがる」

 

「刀は手前の得意分野だからな」

 

「随分と気合入ってるが、ロキファミリアの負担になるような値段にはなってないよな?」

 

「………その事なんだがな」

 

値段の話になると椿の様子が一変する。

 

「刀だったからって気合入り過ぎて予算オーバーしたとかじゃないだろうな?」

 

「………オーバーしたにはしたのだが、フィンと色々交渉して“とある条件”で半額にしたからそこは問題無い」

 

「おい、その条件ってまさか!?」

 

「お主が持っているという妙に禍々しい武器とやらを見せてくれ!」

 

「偽憑神武器の情報売りやがったな!【勇者】ァアアア!!」

 

椿に知られると面倒だからと黙っておいてほしいと言っていた偽憑神武器についての情報を椿に売ったフィンにブチ切れる八雲。

 

「………それに関してはフィンから『お詫びとしてソレ(白雲)の代金は全額ロキファミリアが負担する』と言伝っておるぞ」

 

「フィンへの愚痴はここで言っても仕方ないな………今度直接言ってやる」

 

「ハハハハ!フィンにそこまで言える零細ファミリア等お主くらいよのぉ」

 

「言っとくがお前も同罪だからな?椿」

 

「へ?」

 

「そもそもお前が予算オーバーしなきゃこうなってねぇんだよ!」

 

そこから少しお小言が続き、終わる頃には椿は工房の床に正座させられていた。

 

「ったく………見せるのは1つだけだぞ」

 

「み、見せてくれるのか!?」

 

「ここで見せなかったら何されるかわかったもんじゃないからな」

 

そう言って八雲は1本の刀剣を取り出した。

それは第六相・マハの偽憑神武器である【誘惑スル薔薇ノ雫】。

刀身の先端側がショーテルのように弧を描いており、その内側に眼のようなパーツが浮かんでいる。

またその外側には4本の長い棘のようなエッジがあり、鍔の部分には薔薇の蕾の様な意匠が施された紫色をした妖艶な剣である。

 

「素晴らしい………こんな素晴らしい武器があるなら手前がソレ(白雲)を用意する必要も無かったか?」

 

「俺のスキルに紐付けされた武器だから俺以外が持ってもただの武器だが、俺が使う場合は色々と取り扱い注意の剣でな」

 

「取り扱い注意?」

 

「斬った相手を魅了(チャーム)状態にするんだわ、コレ」

 

「………間違ってもフレイヤファミリア相手に使うなよ?」

 

「誰がそんな自殺行為するか!」

 

ちなみに以前にフレイヤファミリア相手に使うのが問題とされていた憑神というのがこの偽憑神武器に紐付けられた憑神・誘惑の恋人マハである。

これまでに見せてきた偽憑神武器は第一相スケィスの【死ヲ刻ム大鎌】、第三相メイガスの【静カナル翠ノ園】、第六相マハの【誘惑スル薔薇ノ雫】、第七相タルヴォスの【緋ニ染マル翼】の4種。

まだ第二相、第四相、第五相、第八相がいるのだが………この世界の仕様に変更されたせいかその内の第二相、第五相、第八相の3種が下手にオラリオで使うと問題になりかねない能力になっている。

特に第二相、第五相はこの世界の魔法の法則に喧嘩売ってるような代物で、その仕様を知った八雲は即座にそれを秘匿すると決めた程である。

 

「スキルに紐付けられた武器………まるであの方が打ったお主の弟子のナイフのようだな」

 

「あっちはステータスに紐付けされてるからな。そいつは所有者以外が手にしてもただの頑丈な武器で、しかも俺から一定距離離れると戻ってくる仕様みたいだ」

 

「それが無ければじっくり調べてみたかったのだが………」

 

「形も大分歪だから再現も無理だろうし、参考程度にしかならねぇだろうけどな」

 

何せ武器によってはどうして間に明らかな空間があるのに繋がっているのか解らない形状のものもあるし、実用的とは言い難い形状のものもある。

なのでオラリオの鍛冶師には参考程度にしかならないというのが八雲の見解である。

 

「うむ、インスピレーションは刺激される意匠ではあるが、確かに実用的ではないな」

 

「ってことでもういいか?」

 

「いや!もう少しだけ!」

 

結局、満足しなかった椿に【静カナル翠ノ園】も見せる羽目になり、観察を続ける椿のせいで1日拘束される事になる八雲なのであった。




次回で訓練パートは終わる………といいなぁ


偽憑神武器の1つ誘惑スル薔薇ノ雫と憑神マハの情報解禁

誘惑スル薔薇ノ雫
第六相“誘惑の恋人”マハの憑神武器。
分類上は刀剣なのだが、その特殊過ぎる形状から通常の刀剣のように使うのは難しい刀剣。
特性は“魅了”で、斬った相手を魅了状態にして同士討ち等を誘発する乱戦向けの武器。
フレイヤファミリアの面々に使用した場合、正気に戻った彼らから憤怒の形相で追われる事間違い無しというある意味危険な武器として現状は魔物相手以外には使用するつもりは無い。


第六相“誘惑の恋人”マハ
上半身が白黒の仮面を着けた白い猫人型で下半身がその倍の体積を持つ逆さの蒼い薔薇となっている憑神。
サイズはスケィスの倍近い高さがあり、薔薇の花弁を風で周囲に纏わせており、それを使った突進攻撃や爪での薙ぎ払い攻撃、薔薇状の子機を飛ばして攻撃する。
こちらも薔薇の花弁に混じって魅了効果のある粉を撒き散らす能力がある。
本来は紫の身体に紅い薔薇なのだが、■■■の影響で他の憑神同様カラーリングが変化している。


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五十九話 仕上げと餞別

大変遅くなりました!

しばらく不定期更新が続くかと思いますが、エタる事がないようどんな形であれ続けていくつもりなので今後もよろしくお願いします。


遠征2日前。

その日はそれまでの訓練の仕上げとして模擬戦が行われる事になった。

 

「さて、始めるとしようか」

 

そう告げる八雲の手には一本の刃引きされたバスタードソードが握られており、今回はこのバスタードソードと体術のみというのが八雲の条件である。

 

「リディナ、ヴェルフ、いくよ!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

一方のベル達は訓練で成長したという自負から前回のような失態はすまいと気合を入れている。

 

「やぁ!」

 

まずはヴェルフがリディナのカバーに入りベルが双剣を手に切り込んだが、八雲はバスタードソードをショートソードを振るうかの如く素早く動かしていなしてしまう。

そこへ後方のリディナのボウガンから矢が放たれるも同じ様に斬り落とされる。

 

「ここっ!」

 

更にベルとスイッチして前に出てきたヴェルフが自作の大剣を一閃する。

それを跳んで躱す八雲だが、ベル達の狙いはその一瞬の滞空時間。

 

「ファイアボルトッ!」

 

その一瞬を狙いベルのファイアボルトが放たれ命中するかに思われたのだが………

 

「狙いは悪くない………だが、甘い!」

 

八雲はバスタードソードを持っていない左手の掌から魔力放出を行い、ファイアボルトの射線上から外れただけでなく、もう一度魔力放出を使って空中から加速をつけてベルへ飛び蹴りをお見舞いする。

 

「いぃ!?」

 

「「ベル(様)!?」」

 

それでも直撃を避けようとガードはしっかりした様で、数M程飛ばされたが直ぐに起き上がる。

 

「あの態勢から回避した上で反撃までしてくんのかよ………」

 

「普通の人には絶対に真似できませんね………」

 

「………ごめん、師匠が剣しか使わないって言ってたからスキルの事忘れてた」

 

ベルが飛ばされた事でヴェルフが素早くリディナのカバーに戻り、八雲の非常識さに呆れながらも2人でベルの元へと集まり追撃に備える。

一方で、今日も見学に来ていたアイズは久しぶりに八雲の空中機動を見て自分の魔法で使い方を応用出来ないかと考える。

 

「前回に比べて咄嗟の防御やカバーリングも上手くなってるな………もう一段ギア上げても良さそうだな」

 

「「いっ!?」」

 

そして、八雲の無慈悲な宣言に3人は顔を引つらせる。

 

「安心しろ、3連撃以上の戦技(アーツ)*1は使わないでやるから」

 

「「安心でき(ますか)るか!!」」

 

その後、ベル達は前回の倍以上の時間戦い抜いたのだが、やはりリディナが最初に落された所から一気に崩されてしまい、次にベルを庇ったヴェルフが脱落し、残されたベルはマンツーマンで徹底的に扱かれる事となるのであった。

 

***********************

 

「さて、講評だが………」

 

「「(ゴクリ)」」

 

「後衛へのカバーリングは上手くなってるな、前よりは落としにくくなってる。そんでここからは個人への講評だが、まずはリディナ」

 

「はい!」

 

「この広場だと隠れられる場所が無いから仕方ないが、ダンジョンでは迷彩マントとかで隠れると2人がフリーになるし、奇襲とか戦術のバリエーションも増えると思う。という訳でプレゼントだ。このマントはリバーシブル仕様で上層と中層向けに作ってもらってある」

 

そう言って八雲は【宝物庫】から迷彩マントを取り出してリディナに手渡す。

 

「ありがとうございます!」

 

「次にヴェルフ、カバーリングやベルとのスイッチもスムーズに出来るようになったな」

 

「旦那にはそこを重点的に鍛えたられたからな………この前ステータス更新してもらった時に耐久と器用が跳ね上がってて驚かれましたよ」

 

ヴェルフには攻撃の防御や受け流しを教えており、その訓練内容は八雲の放つ攻撃を受け流すというもので、受け流し損ねたり防御し損ねても容赦なく攻撃されてしまうのでヴェルフはかなり必死にこの技能の習得を行った。

耐久と器用が爆上がりしたのはこれが原因である。

八雲の見立てではレベル2下位相当の相手ならヴェルフでも十数撃くらい耐えられるだろう。

 

「ヴェルフには鍛冶師に武器防具を贈るのは違うだろうし、帰りに素材を幾つかやるから持ってけ」

 

「あざっす!」

 

「最後にベルだが………そろそろ本格的にパーティーの指揮を覚える必要がありそうだな」

 

「指揮、ですか?」

 

「リディナとヴェルフが増えてやれる事も広がったし、今後は他の冒険者ともパーティーを組む事もあるだろうしな。とはいえ、俺やフィンのやり方をいきなり教えても難しいだろうし………あっ、そういやアイツらにも貸しがあったな」

 

そこで思い出したのは先日助けたとあるファミリアの団長(苦労人)

 

「確かアイツもアイテムピッチャーだし、リディナにも色々教えさせるか」

 

この時、件の団長は猛烈に嫌な予感がしたのだとか。

 

「あと、ベルにはコイツをやろう」

 

そう言って八雲がベルに差し出したのは八雲が愛用していた椿製の脇差だった。

 

「えっ?こ、こここれって師匠の!?」

 

ここ数年で何度も打ち直しされ愛用し続けた得物で、ベルもいつかヘスティアナイフ以外にあんな武器を持てたらいいなぁ、と密かに思い続けていた武器でもあった。

 

「椿曰く流石に打ち直しじゃもうバージョンアップも限界らしく、下層より下で使うのは無理そうでな。コイツ(白雲)もあるからお前に譲るよ」

 

「で、でも!この脇差って!」

 

以前ベルがメンテナンスに出しに持って行った際に武器屋の店主からこの脇差は八雲がレベル1の………犬人族の少女(ユーリヤ)と一緒にいた時期からずっと使い続けているものだと聞いている。

そんな思い出の品を自分なんかが使っていいのかとベルは心配しているのだ。

 

「俺がお前に持っててほしいって思ってんだ。それにソイツは俺がよく使ってた得物だから俺をよく知ってるヤツには俺の縁者だって直ぐに判るだろうしな。困った時に助けになってくれるだろう」

 

「し、しょう………」

 

そこまで言われては受け取らない訳にはいかず、ベルはしっかりと脇差を手に取る。

 

「今までは特に銘も付けてなかったんだが、いつまでも無銘ってものあれだし、白雲に連ねて“白閃(はくせん)”って銘を付けといた」

 

茎にも“白閃”としっかり彫られているそうだ。

 

「ちなみに椿からの伝言でメンテは今後ヴェルフに頼むように、だとよ」

 

「俺への課題ってわけか」

 

「そういう事」

 

3人への講評と餞別が済んだところで近くで見学していたアイズがデスペレートではないが数打ちとは思えないレイピアを抜いて八雲の前に立つ。

アイズもこれまでの仕上げとして八雲と打ち合うつもりのようだ。

 

「言っとくが、魔法(エアリアル)は無しだかんな?」

 

「うん、貴方は白雲(それ)を使って」

 

「いいのか?」

 

「うん、教えてもらった技はもう全部頭に入ってるから」

 

「………さいですか」

 

ベル達からしたらその模擬戦は壮絶としか言いようの無い打ち合うだった。

目まぐるしく動き回り時折鋭い刺突や斬撃を放つアイズに対して八雲は抜刀術を織り交ぜたカウンターでそれを打ち返す。

当然レベルが上のアイズが手加減をしているとは言え、レベル6とレベル4の高レベル冒険者の戦いである。

激しくないはずがない。

 

「ベル、視えるか?」

 

「攻撃の一瞬だけならなんとか………ヴェルフは?」

 

「俺もそんなところだ」

 

「あのお二人は出来れば敵にしたくありませんね」

 

「「間違いない」」

 

その模擬戦は不壊属性の白雲と打ち合い過ぎてアイズの用意したレイピアが後数度打ち合ったら折れるかもしれないというところを八雲が見極めて止めとなった。

聞けばこのレイピアは怪物祭の時に折ってしまったレイピアを修復して貰い買い取ったものだという。

尚、買い取れたのは以前同行した際に狩ったゴライアスの魔石の分前があったおかげなんだとか。

 

「これで今度はあの人にも負けない」

 

「ついでだし、もう1つ教えておくか」

 

「?」

 

「ベル達も見ておけ」

 

【宝物庫】から訓練用の案山子とロングソードを取り出した八雲は案山子を立てた後に少し離れた場所に立ち、左手を前に翳しながら右手を肩より上に上げ、刀身を案山子に向かって水平にし、まるで矢を引き絞るように引いた構えを取る。

そして、少し溜めを入れてから踏み出すと同時にロングソードを突き放ち案山子を射貫く。

射貫かれた案山子は突かれた部分のみがキレイに抉れており、その威力の凄まじさを物語る。

 

「ヴォーパルストライク………そう呼ばれていた技だ」

 

それは八雲が元の世界で見たとある作品の主人公の代名詞とも言われた必殺の一撃。

シンプルではあるが、この世界の冒険者が使えば元の技以上の威力を出す事も可能だろう。

アイズのリル・ラファーガの風と共に放たれでもしたらその威力はとんでもないものになりそうでもある。

 

「ヴォーパル、ストライク………」

 

その技にアイズだけではなくベルも衝撃を受けていた。

八雲が何故ベル達にもこの技を教えたのかは直ぐに判った。

この技はシンプル故に刺突攻撃が可能な武器であればほぼ転用が可能なのだ。

アイズにこれを教えたのもレヴィスと直接戦闘をした事があるが故にだ。

 

「明日は遠征前だし訓練は無しの完全休養日とする。今日の訓練も終いだ」

 

こうして八雲とベル達、そしてアイズの奇妙な組み合わせの訓練は終わりを告げたのであった。

*1
ベルやアイズに教えた漫画やアニメ、ゲームの技を再現したものの総称




最後のアレは皆さんご存知かと思われる黒いあの人の技です。
ベル君は中の人が同じなので割と使っても違和感無いんですよねぇ………

遠征前の訓練編はこれで終わりとなります。
次はこのまま遠征(ミノ戦)か一話閑話を挟む事になるかもしれません。


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六十話 出発と遭遇

また期間が空いて申し訳ございませんでした。
エタってないですよ、ということで六十話目です。

今回から遠征とミノたんの話となります。


遠征当日。

アフロディーテ達に見送られて集合場所であるバベル前の広場へとやってきた八雲。途中まではベル達も一緒だったのだが、彼らはロキファミリアに露払いされる前にと先にダンジョンへと向かっていった。

八雲の方は今回の遠征が到達階層の更新という事もあって、途中での装備のメンテナンスを担うヘファイストスファミリアからの参加メンバーもいる為に黄昏の館ではなくこの場所に集合となっている。

すると早速八雲に気付き声を掛けてくる者がいた。

 

「あっ、八雲だ」

 

「お〜い」

 

「アキにラウルか」

 

それは初めてロキファミリアとの遠征に同行してからの付き合いであるアキとラウルだった。

彼ら以外にも2軍メンバーとは臨時パーティーを組む事があり、特に遠征で一緒だったメンバーやインファントドラゴンと戦ったメンバーとは仲が良く、偶に飲みに行ったりもしている。

 

「八雲が来るって事は今回は団長も本気の本気って事ね」

 

「八雲の運搬能力は反則っすもんね」

 

深層ともなれば下手にサポーターを同伴させられない程に過酷となるようで、八雲の【宝物庫】のようなスキルは八雲がやられてしまうと使えなくリスクはあれど有益なのだ。

 

「今回はほとんど荷物持ちみたいなもんだしな」

 

オラリオに来た当初に比べれば力をつけたとは思っているが、それが深層で通用するとは流石に自惚れてはいない。

 

「(いざとなればアレ(【憑神】)を使う覚悟はしてるが、出来れば温存しときたいんだよなぁ)」

 

強力なれどステータスアビリティ・経験値減少という特大のデメリットを持つ他、ロキファミリアにはまだ秘匿しているスキル故に八雲としては切りたくはない切札なのだ。

 

「八雲〜!荷物頼んでもいいかぁ」

 

「わかった!ってわけでまた後でな」

 

「はいっす」

 

「またね」

 

別の団員に呼ばれた八雲は二人と別れ荷物を【宝物庫】にしまいつつ全員が揃うのを待つ。

そして、全員揃ったところでフィンから今回の目的と意気込みに関する演説があり、そこからいつものように班に分かれてダンジョンへと入っていった。

 

***********************

 

今回八雲はフィン達ロキファミリアの主力メンバーやそのサポートとしてやってきた椿のいる班に配属されている。

この班が深層へのアタック班であり、八雲の役割は彼らの不壊属性武器の運搬やポーション等のアイテムピッチャーだ。

 

「今日はやけに静かだな」

 

9層にやってきたところで八雲が違和感を感じる。

 

「確かに、ある程度間引きはされているとはいえモンスターとここまで遭遇しないのはおかしい」

 

フィンもダンジョンの様子がおかしいと感じてはいるものの、親指の疼きが無いために確信を持てずにいる。

 

「ねぇ、あれって………」

 

ティオナが何かを見つけ一行が近付くと、そこには恐怖に染まった顔のまま事切れた同業者(冒険者)の遺体が転がっていた。

 

「うっ………」

 

「まだ血が乾ききってないな。それにこの傷………」

 

「ああ、“切り口が鋭利過ぎる”。この階層にいるモンスターにこのような傷は付けれまいて」

 

「それと鎧が一撃で粉砕されてるのを見るにオークじゃねぇな、これ」

 

馴れていないレフィーヤが口元を押さえる間に八雲と椿はその遺体を見ておかしな点を指摘する。

 

「となると、可能性として高いのは………」

 

「“ミノタウロス”だろうな」

 

「またあの牛かよ!」

 

またしてもミノタウロスの階層上がりにウンザリする八雲。

その時、彼らの前に見覚えのある人物が現れる。

 

「………あっ……八雲、様………」

 

「リディナ!?どうしたんだその怪我………それにベルとヴェルフは!?」

 

「……それが…ミノタウロスの、変異種に………」

 

どうも、変異種のミノタウロスに襲われていた冒険者達を逃がす為に囮となり、負傷したリディナを助けを呼ぶ様にと逃したらしい。

 

「あんの馬鹿弟子共が………フィン!」

 

「僕らも行こう」

 

フィンも変異種の事は気になるらしく、リディナの案内でベル達のところへと向かった。

 

***********************

 

その頃、ミノタウロスと対峙するベルとヴェルフは………

 

「ブモォオオオオオ!!」

 

「【強制停止(リストレイト)】!?」

 

「させっかよ!」

 

ベルに咆哮と共に相手の行動を停止(キャンセル)させる【強制停止】。

これはレベル1ではほぼ抵抗(レジスト)不可能という厄介な技なのだが、幸いにもミノタウロスから距離のあったヴェルフはそれを受けずに済み、すぐさまベルのカバーに入る。

 

「ありがとうヴェルフ!」

 

「この牛野郎、妙に戦い慣れてやがる」

 

「そうだね………僕もミノタウロスと遭遇するのは二回目だけど、動きが対人慣れしてる」

 

「それにあの大剣………天然武器じゃないぞ。数打ちっぽいが、確実に人の手が加わってやがる」

 

このところ八雲やアイズとの対人戦を繰り返していたせいか、ベルとヴェルフはこのミノタウロスが通常ではない事とその手に握られた大剣が天然武器でない事を見抜く。

しかし、だからと言って状況が改善するわけではない。

 

「リディスケが無事に助けを呼べてればいいんだが………」

 

「そうだね………それまで足止めしないと」

 

そこでふと二人の脳裏に八雲の姿が過ぎる。

 

「ねぇ、ヴェルフ」

 

「ん?」

 

「こんな時、師匠ならきっとこう言うと思うんだ」

 

「「足止めするのは構わないが、倒してしまってもいいのだろう?」」

 

何処ぞの赤い弓兵の真似をする八雲の姿を幻視して二人は同じ台詞を呟いて笑い出す。*1

 

「そんじゃま、“冒険”するとしますか、ベル」

 

「うん、僕らは“冒険者”だからね!」

 

きっと受付担当(エイナ)が聞いたら顔を真っ赤にして怒るだろう軽口を叩きながらベルとヴェルフはミノタウロスとの戦いを再開した。

*1
実際、似たような事は過去に言っている。→インファントドラゴン戦




原作と違いヴェルフが加わった状態でのミノタウロス戦ですが、その分ミノタウロスが微強化されています。

次回はミノタウロス戦②と八雲が彼と遭遇するお話となります。


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六十一話 憤怒と死闘

仕事が少し忙しくなったのと個人的な事情で執筆遅れ気味ですが、書けたので投稿です。


リディナの案内でベル達の元へ急ぐ八雲達だったが、その途中で彼らの前に立ちはだかる者がいた。

 

「【猛者】………」

 

そう、現オラリオ最強の男・オッタルである。

しかも、本人は個人な理由でロキファミリアに喧嘩を吹っ掛けたと言っているが、彼らをこの先に進ませたくないのが丸わかりである。

 

「すまないが今は………八雲?」

 

それでも先に進もうとフィンは自分とガレスが残りアイズらを先に進ませようとしたのだが、八雲の様子がおかしい事に気付く。

 

「………フザケンナッ」

 

「や、八雲!?」

 

そう八雲は怒っていた。

前回………怪物祭での魔物の脱走、あのときは我慢していた八雲が今回の所業にとうとうキレたのだ。

その証拠に八雲の全身を覆うようにおかしな紅い紋様が浮かび上がっている。

その紋様がおかしいのは身体の体表ではなくそこから少し浮いたところに現れており、その一部は体表を沿わずに角のように突き出したりしている点だ。

 

「ぬ………」

 

それが何を示しているのかを知るオッタルは珍しく表情を歪ませる。

よく知っているが故に今のこの状況でそれを使わせるのはマズイと察しているからだ。

ロキファミリアの面々もかつて豊穣の女主人にて起こったトマト事件の時に感じたもの以上の“死という概念を圧縮したかのような何か”を感じ取り、レフィーヤは以前見た大鎌【死ヲ刻ム影】を連想する。

 

「………仕方あるまい、ここは退くとしよう」

 

オッタルは自身の本能とフレイヤが「八雲の奥の手には注意するように」と警告されていた言葉に従いその場から退く。

 

「■■■■■ッ!!」

 

オッタルが去った後、八雲は残っていた理性で発動しかけたソレ(憑神)を抑え込み紋様を消す。

紋様は消えたが、無理矢理強制中断(キャンセル)したのは身体に負荷があったようで、大量の汗が噴き出している。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「あ、ああ………これくらい少し休めば回復する」

 

「遠征には影響は無いんだね?」

 

「無い」

 

心配するティオナに対して八雲は大丈夫だと答えるが、隊を率いるフィンとしては確認しておかなければならない事があった。

 

「他の派閥だから詳しくは聞かないけど、アレが君の奥の手かい?」

 

「………ああ、とっておきではあるが、その分発動時のデメリットも重いからな。余程の事が無ければ使う気はねぇぞ?」

 

「【猛者】は知っていたようだけど?」

 

「そりゃあ見られてるからな………前に話した食人花の時に」

 

「なるほど………あの食人花を当時レベル1の君がどう乗り切ったのかは気になっていたけど、そういう事か」

 

「数レベル分を自己強化する類いのスキルか………確かにそうなれば相応の代償が発生するのも無理はないか」

 

「………それよりも今はベル達だろ?リディナ、大丈夫か?」

 

「あっ、はい」

 

気付けばトップファミリア同士のぶつかり合いに巻き込まれ、八雲のヤバいオーラに当てられ何も言えずにいたリディナだったが、八雲が声をかけた事で再起動したかのように返事をする。

 

「皆は彼女と先行して行ってくれ。僕は八雲についていく」

 

「わかった」

 

「八雲も無理はしちゃ駄目だよ?」

 

先に進むアイズ達を見送るとフィンは八雲に手を貸し後を追う。

 

「で、今回の件はやはり神フレイヤの仕業かい?」

 

「………それを聞くのが残った本当の理由って訳か」

 

「うん。君の怒った理由が弟子の彼への女神の試練という名の怪物進呈………しかもこれが初めてという訳ではなく………あぁそうか、怪物祭の時の魔物の脱走もそのカモフラージュという訳か」

 

「察しが良すぎませんかね、この勇者………」

 

「こう見えても君より長生きだからね」

 

八雲の反応から自分の推論が正しいと判ったフィンは少し歩みを速めるのであった。

 

***********************

 

「はぁああああ!!」

 

「だりゃああああ!!」

 

一方、変異種のミノタウロスと戦い続けるベルとヴェルフは先程のような軽口を言う余裕もなくなり必死にミノタウロスに食らいついていた。

 

「ブモォオオオオ!!」

 

ミノタウロスの方もここまで食らいついてきたベルとヴェルフをこれまで殺してきた冒険者とは違うと認識し、敵と認めたようで攻撃の苛烈さが増していた。

ここまでベルとヴェルフが耐えられたのは二人の武器が不壊属性武器であるヘスティアナイフと八雲がくれた素材でヴェルフが打った大剣だからだ。

とはいえ変異種と言ってもよいこのミノタウロスを相手ではレベル1の二人も限界が近かった。

先に限界に達したのはパーティーの盾役を担っていたヴェルフ。

機動力型のベルと違い大剣という武器を扱うためどうしても回避より防御や受け流しとなりダメージや疲労が蓄積していたのだ。

ミノタウロスの大剣の一撃を受けそこね、手にしていた大剣を弾き飛ばされただけでなく、ヴェルフ自身もダンジョンの壁に叩きつけられてしまう。

 

「ヴェルフ!?」

 

そのことに一瞬動揺するベルだったが、直ぐにミノタウロスに視線を戻し警戒態勢をとる。

これも八雲との特訓で学んだ事で、八雲相手に視線を外し過ぎると容赦の無い不意打ちか追撃が飛んでくるからだ。

それがベルを救った。

ミノタウロスはヴェルフを既に攻撃対象としておらず、まだ身動きが出来るベルの方が脅威と認識したようで、ミノタウロスが元から有している強力な脚力を使いベルへと向かってくる。

 

「(あれは僕が受けるのは無理だ)」

 

体格、得物の差で圧倒的に不利のベルは受け流しも危険と判断して跳んで回避するが、ミノタウロスはその腕力で強引に振り下ろした大剣をベルへとアッパースイングで振るう。

それを見たベルは地面へとファイアボルトを放って反動で後ろへ転がって、ファイアボルトが地面を穿った際に弾けた礫がミノタウロスの視線を遮った事で追撃を封じつつ距離を取る事に成功する。

 

「(咄嗟に師匠の真似をして回避したけど、ファイアボルトじゃ威力が低すぎてあまり飛ばない)」

 

ファイアボルトの反動で跳ぶというのは八雲の真似ではあるが、現状のファイアボルトでは威力が足りずあまり飛べない。

今回は偶々何とかなったが、次も上手くいくとは限らない。

 

「(でも、ここで僕が頑張らなきゃ………)」

 

まだ意識を失ったままのヴェルフ、助けを呼びに行ってくれたリディナ、今もミノタウロスからの猛攻を凌いでくれるナイフを用意してくれたヘスティア、攻勢に出る為にナイフとは反対の手に握った脇差をくれたり鍛えてくれた師の八雲………多くの顔が浮かんでは消え、最後に浮かんだのは憧れの女性であるアイズ。

 

「(ミノタウロスで躓いていたらあの人には絶対に追いつけない!)」

 

ヴェルフ製のライトアーマーは所々破損しておりボロボロな状態なのにベルから発せられる気迫は今まで以上のもの。

ミノタウロスもそれを感じ取ったのかベルを見据える。

 

「うおぉおおおお!!」

「ブモォオオオオ!!」

 

お互いに叫び声をあげながら相手に向かっていった。

 

***********************

 

「ーーもう、師匠やアイズ=ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかないんだっ!!」

 

フィンの手を借りつつ現場に辿り着いた八雲の耳に飛び込んできたのはボロボロになり立っているのもキツイであろうベルの啖呵だった。

助けに入ったはずのアイズもそんなベルの気迫に驚く。

そこからのベルの戦いは凄まじかった。

まるで身体強化が掛けられたかの如くミノタウロスと打ち合い、体格の差は敏捷で、力には技術で、徐々にではあるが正しく死闘と言って良い戦いになっていた。

 

「ゾーンか………」

 

ゾーンとはスポーツ等で稀にある「極限状態から一つの物事に集中し、時間の経過が速くもしくは遅く感じたり、止まって見えたり、疲労を感じなくなったりする現象」の事。

おそらくベルはこのゾーンに突入しているのだろう。

不壊属性のヘスティアナイフを防御に、白閃を攻撃に使い分けミノタウロスに決して小さくない傷を刻んでいく。

それでも決定打にはならないとベルは悟ると白閃をしまい、あるものへと駆け出す。

 

「(ヴェルフ、借りるよ!)」

 

そう、ミノタウロスに弾き飛ばされたヴェルフの大剣だ。

幸いにも深く刺さっていなかったそれを引き抜くと、ベルは追い付いたミノタウロスが振るった大剣へと叩きつける。

ガインッ、と鈍い音をあげてぶつかった2本の大剣は、ベルの大剣の扱いが未熟な事もあって押し負けてしまう。

 

「あ〜!!あんな振り方じゃ駄目だよ!」

 

自身が大振りの双刃を使うティオナはそう指摘するも、それから数度打ち合うのを見て八雲とアイズ、あとは興味本位でついてきていた椿だけはベルが何を狙っているかを察する。

そして、何度目かの打ち合いでそれは起きた。

パキッ、と音を立ててミノタウロスが持つ大剣が折れたのだ。

 

「えっ!?何が起きたの!?」

 

「武器破壊………八雲、お主が教えたな?」

 

「見せただけだ」

 

無論、ベルの技量だけではなく、ミノタウロスの大剣がろくに整備されていなかった事と不壊属性のヘスティアナイフと打ち合った事などの理由から耐久値が落ちていたのもあってではあるが、最初の一撃以外はミノタウロスの攻撃に合わせて同じ箇所と執拗に打ち合わせた事でベルは武器破壊を成功させた。

その代償としてヴェルフの大剣も刃がボロボロになってしまってはいるが………

これにはミノタウロスも動揺を隠せない。

更に言えばこの階層には天然武器が無いのでミノタウロスは武器を補充する事が叶わない。

対してベルにはまだヘスティアナイフも白閃も残されている。

そんなミノタウロスにベルは残されていた投擲用のダガーを投げ反射的に防御体勢を取らせるとミノタウロスに左手を掲げファイアボルトの追撃を行う。

勿論ベルもダガーもファイアボルトも有効打にならないのは先刻承知。

全てはその次に放つ一撃を確実に放つ為の布石に過ぎない。

ファイアボルトを放った左手をそのままミノタウロスに向け、右手にヘスティアナイフを持って後ろに矢を引き絞るような構えを取るベル。

 

「その構えは………」

 

特訓の最終日に八雲が見せたものと変わらぬその構えを取ったベルはその技の名を叫ぶ。

 

奪命の一撃(ヴォーパルストライク)!!」

 

その敏捷値も相まって矢の如くミノタウロスに放たれた一撃はミノタウロスの胸を突き刺すが、胸の魔石には届かなかったようでミノタウロスは健在。

右腕を振り上げて反撃しようとするミノタウロスだったが、ベルの攻撃(ターン)はまだ終わりではなかった。

 

「ファイアボルト!」

 

なんと突き刺したヘスティアナイフを起点にファイアボルトを発動して内部からミノタウロスを焼いたのだ。

 

「ブモォオオオオオ!?!?」

 

これには堪らずミノタウロスも絶叫するが、まだ倒れてはいない。

ならばとベルは残った精神力の限りを尽くしてファイアボルトを連発する。

 

「ファイアボルト!ファイアボルト!ファイアボルト!ファイアボルトォ!!」

 

如何に強靭な肉体といえど内部焼かれては意味はなく、ヘスティアナイフの位置が魔石の近くであったせいで魔石も砕けてしまい、ミノタウロスは戦利品(ドロップアイテム)として赤黒く変色した角を残して灰となった。

ベルも精神疲弊によってその場に倒れてしまうが、勝者は間違いなくベルだった。

 

「………勝ちやがった」

 

「【道化の英雄(アルゴノゥト)】………」

 

レベル1のオラリオに来てまだ日の浅い少年が起こした大番狂わせ(ジャイアントキリング)にロキファミリアの面々は驚き、ティオナは大好きだった物語のミノタウロスと戦った英雄の名を口にしつつ、ベルへ興味を持つ。

 

「ベル様っ!」

 

倒れたベルに駆け寄るリディナを見て余韻から覚めた一行はベルとヴェルフ、それと戦利品の角にボロボロとなったヴェルフの大剣等を回収し、彼らの治療の為に一度地上へと戻るのであった。




微妙に展開が変わってはいますが、ミノタウロス討伐という大筋を変えないように書こうとしていたら中々納得がいく描写にならず、大変お待たせしてしまいました。

次回は早く書けるといいなぁ………


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六十二話 治療と高揚

1年近く更新が無くて申し訳ありませんでした。
家のゴタゴタ(活動報告を参照)と仕事が忙しくなったので余り執筆に時間が取れなかったりしました。

とりあえず遠征の続きです。
またしても八雲がやらかしております。


フィンに許可を貰い、椿やアイズ達の手を借りて一度地上へとベル達を連れ帰還した八雲。

まず向かったのはディアンケヒトファミリアの治療院。

 

「すまんアミッドはいるか!?急患だ!」

 

「こちらに!」

 

幸いにもアミッドは治療院におり、ベル達の様子を見るや否やその容態を把握したようですぐさま処置室へと彼らを通した。

それからアミッドの治療の甲斐あって何とか後遺症が残らない形で治療は済んだものの、しばらくは安静にとのことだ。

 

「で、何があったのですか?見たところ貴方のお知り合いのようですので、ここまでの負傷をする程愚かとは思えませんが………」

 

「9層でミノタウロスの変異種が出た」

 

「ミノタウロス!?しかも変異種ですって………」

 

「そのミノタウロスから他の冒険者を逃がす為に囮になって激闘の果てに、な」

 

「そのミノタウロスは貴方が?」

 

「いや、そこのベル………白い方の弟子がやった」

 

「!?………それは騒ぎになりますね」

 

間違いなくアイズを超える最速レベルアップを果たしたであろうと八雲の弟子の噂を知っていたアミッドは確信する。

 

「そいつらが起きたら治療費は俺と椿で払うからゆっくり休めと伝えといてくれ」

 

「わかりました。八雲さんもお気を付けて」

 

「ああ」

 

***********************

 

アミッドに言伝を頼んだ八雲は椿と治療費の先払いを済ませると、ギルドに報告をしていたフィン達と合流し遠征へと復帰した。

 

「やれやれ、アイズ達にも困ったものだよ」

 

「………ベルに影響されたとはいえ、これはねぇわ」

 

途中でフォモールの群れと遭遇し、フィンはそれを他の団員を鍛える為にぶつけさせようとしたのだが、ベル達の奮戦を目の当たりにしたアイズやベート達が刺激を受けてか率先してフォモールを殲滅し始めてしまったのだ。

そんなアイズ達にフィンは苦笑し、八雲は呆れていた。

 

「ところで、君は行かないのかい?」

 

そこでふとフィンがそう八雲に訊ねる。

フィンとしてはアイズ達ですらあれだけ影響を受けているのにベルの師に当たる八雲が残っている事が少し疑問だったのだ。

しかし、返ってきたのは八雲らしい返答だった。

 

「自分の役目を放棄してまでアレに混ざる気は無いですよ………まず無いでしょうけど、こっちまで抜けてきたらやりはしますけど」

 

「それは確かに無いだろうね」

 

アイズ達の暴れっぷりからフォモールの全滅も時間の問題であり、八雲の出番はなさそうである。

それから程なくしてフォモールの群は全滅し、暴れに暴れ回ったアイズ達はフィン達から御小言を言われる事になった。

 

***********************

 

変異種ミノタウロスの事件等トラブルはあったものの、現状見つかっている最後の安全階層である50階層の【大荒野(モイトラ)】へと到着したロキファミリアの遠征部隊。

ここからはフィンが事前に選抜したメンバーによる少数精鋭での攻略となる。

メンバーはロキファミリアからフィン、リヴェリア、ガレス、アイズ、ベート、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ラウル(サポーター枠)。

そこに八雲と椿が加わる形となる。

その道中で八雲個人にアミッドからベルの治療の割引として受けた依頼である素材を採取に向かったのだが………

 

「やると思ったッス………」

 

51階層には“カドモスの泉”という泉がある。

この水は治療薬等の素材として重宝されているのだが、名の通りこの泉を守護するカドモスという強竜がおり、その飲み水として飲み干されてしまうからかかなり希少なのだ。

幸いというか八雲達が立ち寄った際には泉の水は多目に残っており、ロキファミリアの精鋭部隊にカドモスがフルボッコされている間に八雲が【宝物庫】から取り出した貯水タンクに泉の水は根刮ぎ汲み上げられ、カドモスがそれに気付いた頃にはタンクを【宝物庫】に収納して参戦した八雲にかつてのインファントドラゴンのように首を叩き斬られて消滅する。*1

インファントドラゴンとの戦いや何度か一緒にダンジョンアタックをしていたラウルは「やっぱりやりやがった」と呆れ顔である。

 

「よっしゃ、皮膜GET!」

 

ついでにしれっとカドモスの皮膜まで獲得している。

 

「新作の使い心地はどうだ?」

 

「アックスモードの重心が良いね、振り下ろす際にスピードが乗せやすい」

 

「椿、今度儂にもそれを作ってくれ」

 

「よいが、これは戦斧と大剣の双方の性質を持つ故に扱いはその両方を熟知しておらんと難しいぞ?」

 

「そこ、そういう話は帰ってからにしてくれないかい?」

 

***********************

 

52階層から深層はより凶悪さを増す。

というのも52階層から58階層は【巨蒼の滝】のように繋がった階層になっており、58階層からヴァルガングドラゴンという竜種モンスターによって52階層に向けて火球の無差別砲撃が飛んでくる。

その火球攻撃を避けながら眼前のモンスターとの戦いを強要されるとかいうえげつない階層なのだ。

尚、その砲撃によって開いた穴に落ちると58階層まで真っ逆さまなのだが、並の冒険者では落下ダメージだけでも即死もしくは重傷を負う。

当然、落下中もヴァルガングドラゴンの砲撃も継続され、更に56〜57階層に当たる壁からはイル・ワイヴァーンという飛竜まで狙ってくるとかいうやっべー場所なのだ。

 

「あっ、レフィーヤが落ちた」

 

「ちっ!」

 

そんな中、レフィーヤがその穴に落ちてしまい、それを追ってアイズやベート等のメンバーが自ら穴へと飛び込んでいく。

 

「八雲、君も追ってくれるかい?僕らもなるべく早く追いつく」

 

「無茶を仰る」

 

「君、翔べるだろ?」

 

「翔ぶというより、魔力弾の反動でかっ飛んでるだけなんだけどなぁ………わかりましたよ!行きゃいいんでしょ!」

 

フィンに無言の笑みでМPポーションを差し出されては断る事は出来ず、八雲も穴へと飛び込んでいく。

 

「………こうなったら少しでも多く経験値にしてやる!」

 

そんな決意をする八雲にイル・ワイヴァーンが寄ってくるが、八雲からすれば鴨が葱を背負ってきたようなものだった。

 

「悪いが、足場兼盾になってもらうぞ!」

 

双銃を取り出した八雲は先頭のイル・ワイヴァーンの背に翔び乗ると、騎乗姿勢のまま別のイル・ワイヴァーンをヘッドショットで潰し、また別のものの翼膜を撃ち抜いて墜落させ、ヴァルガングドラゴンの砲撃が迫れば乗っていたイル・ワイヴァーンを乗り捨てて盾にし、別のイル・ワイヴァーンへと翔び乗る。

 

「ああなりたくなかったら必死に避けろよ?」

 

鬼である。

そこから何度か同じ事を繰り返していると、イル・ワイヴァーンの1匹が八雲の騎乗に逆らわず、寧ろ八雲が動き易いように立ち回り始めた。

 

「あの野郎、イル・ワイヴァーンを調教スキルも無しに従えてやがる………」

 

「ガネーシャファミリアの手伝いもしてるって言ってたし、出来てもおかしくないね」

 

「いや、普通は出来ないと思うんですけど………」

 

イル・ワイヴァーンを八雲が相手している間にレフィーヤを拾って着地したベート達はそんな八雲のおかしさを再確認する。

 

「というか、八雲はアレを連れて帰るつもりなのかな?」

 

「あっ、団長!」

 

「ハハハハハ!流石は八雲だな!」

 

そうこうしている内にフィン達も階層を突破して合流する。

結局、戦闘後に八雲に完全服従したイル・ワイヴァーンだったが、下の階層には連れていけないので帰ってくるまでに生き残っていれば連れて帰るという事にして首に鉢金を巻いてこの階層にお留守番させる事となった。

ただ、モンスター絶対殺すウーマンであるアイズは竜種ともあって余り良い顔はしなかったが、ロキファミリアで飼う訳ではないという事で渋々納得させた。*2

*1
スキル【首狩り】の首への攻撃補正と死にかけだったのと椿の新作スラッシュアックスによるギロチンアタックの相乗効果によるもの

*2
納得させる為にジャガ丸くん1日食べ放題券を渡したのも大きい………モンスターの命<ジャガ丸くん




イル・ワイヴァーンくん、自身のテリトリーであるはずの空中で仲間がサクサク処理される恐怖から八雲に服従してしまいました。
何でここでこの子をテイムしたかは後に判明します。
まあ、多分直ぐにわかると思いますけどね(ヒント:劇場版)


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六十三話 辿り着いた先に

長らくお待たせしました。
遠征編もそろそろ終盤………
色々と原作と変更点がありますが大まかな流れは変わってないと思います。


ヤツが出てくるまでは………


59階層………深層の中でも嘗て辿り着いたのはゼウス・ヘラの過去のトップファミリアだけとされ、当時の記録では【氷河の領域】とも呼ばれた極寒地帯の階層であった言われている。

その為、例の強酸対策の装備に加えてサラマンダーウールなどの防寒対策もしてきていたのだが、八雲達が訪れた59階層は記録とは異なる地形となっていた。

 

「こりゃあ、氷河の領域というより熱帯雨林だな………」

 

そう、見渡す限り極彩色の植物に覆われた熱帯雨林のジャングル。

それが現在の59階層の姿であった。

その蒸し暑さから早々にサラマンダーウールは脱ぎ捨てられ八雲の【宝物庫】行きになっている。

 

「ちっ、にしても嫌な事を思い出す色だな………」

 

かつて10階層の食料庫で起きた一件を思い出す極彩色………これまでロキファミリアと関わってきた一連の事件とも縁の深い色だ。

聞けばフィン達が通ってきたルートではかつて24層で宝珠を持ち去っていったあのローブの人物が仕掛けてきたそうで、やはりこことも関係があるようだ。

そして、前に進むこと数分………開けた視界に飛び込んできたのは灰色の地面に話に聞いた芋虫型のモンスターと食人花の群れ。

それも尋常ではない数であり、その中央には以前18層で見た下半身が植物の女性型モンスター………但し、眼の前のそれは前に見た個体とは比べ物にならないサイズである。

 

「寄生したのは【タイタン・アルム】なのか?」

 

タイタン・アルムとは【死体の王花】とも呼ばれる周囲にいるモンスターや冒険者を手当たり次第喰らうと言われる深層の植物型モンスター。

となれば食人花に寄生していた時とは比べ物にならない強さであろう。

そんな寄生されたタイタン・アルムに芋虫や食人花達は自らの魔石を捧げ、タイタン・アルムはそれを喰らっていく。

 

「ここだけやけに灰色だと思っていたが、全部アイツの喰ったモンスターの成れの果てかよ………」

 

更に、そのタイタン・アルムが魔石を喰らい続けた結果、その身を振るわせ始め、蹲ったかと思えばその背が膨れ上がり、まるで蛹が羽化するかの如くより人間の女性らしい上半身と花弁と触手に覆われた下半身という姿へと変化………“進化”する。

 

「アアアアアアァ!」

 

「おいおいおい!何だよあの明らかにヤバそうなのは!?」

 

そんな八雲の疑問に答えたのは信じられないといった表情でそれを見上げるアイズだった。

 

『アリアーーアリア!!』

 

「【精霊】………!?」

 

「精霊って、遥か昔に神々に代わって人に加護を与えてたってあの精霊か!?」

 

だが眼の前にいるのはどう見てもそんな人類に味方していた存在とは思えない異形。

しかも、『会イタカッタ』『一緒ニナリマショウ』『食ベサセテ』と明らかに人語を介しながらもアイズをアリアと呼び喰らおうとしている。

 

「(クッソ!さっきから嫌な予感が止まらねぇ………最悪憑神(アレ)を使うしかねぇぞ、これは)」

 

「八雲!君は持てる全てを使ってくれて構わない!リヴェリアやレフィーヤのフォローを!」

 

フィンの戦闘開始の号令と共に様々な指示が飛び、八雲には後衛のフォローを命じられる。

 

「それならこいつを使わせてもらう!」

 

そう言って白雲を【宝物庫】にしまい、双銃へと持ち換えた八雲はアイズを狙う触手を迎撃するフィオナとフィオネの援護を行う。

距離が遠すぎるせいか触手を撃ち落とすには至らぬものの、勢いを削ぐ事には成功し、2人が触手を切り払う。

 

「ありがと!八雲」

 

それでも本体に前衛組は中々近寄れず、フィンも親指の疼きから嫌な予感がしてならない。

その嫌な予感は精霊の………【穢れた精霊】(仮称)の笑みによって現実のものとなる

 

『【火ヨ来タレ】』

 

「詠唱だと!?」

 

本来ならばモンスターが行なう事があり得ない筈の詠唱*1を行なう穢れた精霊に一同は驚愕する。

 

「リヴェリア!結界を張れ!他は砲撃!詠唱を止めろ!」

 

その指示に既に発動態勢だったレフィーヤの魔法やラウルに持たされていた魔剣、八雲のチャージショット等が放たれるも穢れた精霊は無傷で詠唱は止まらないどころか、穢れた精霊のそれは超長文詠唱で詠唱速度も尋常ではない速さであった。

 

「超長文詠唱で詠唱速度も速くて仰け反り無効(スーパーアーマー)とかマジで巫山戯んなァ!?」

 

「全員、リヴェリアの結界まで下がれ!!」

 

「これもオマケだ!」

 

リヴェリアの結界だけではマズイと判断した八雲はレベル3へのレベルアップ時に習得していた【神秘】の発展アビリティを使い作成していた【占星術師の護符】*2を砕き発動させる。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

『【ファイアストーム】』

 

リヴェリアの結界も穢れた精霊の魔法の直前に何とか間に合い、集まった八雲達の周囲を翡翠色の魔法円とその上に展開された半球型の結界が包む。

それと同時に一面を紅蓮の炎が覆う。

フィンの判断とリヴェリアの結界魔法が無ければ即全滅していたであろう。

しかし、その結界も長くは保たず、既に罅だらけとなったそれはいつ砕けてもおかしくはない。

 

「ガレス!」

 

ガレスはラウルや椿に預けていた大盾を手にし、八雲も【宝物庫】にストックしていたタワーシールドをリヴェリアの前に展開しその時に備える。

そして、結界が砕け散るとその名の通り炎の嵐が一同を襲う。

この時点でアイズ達の盾となったガレスの防具は半壊しており、ガレス本人もその場に倒れ付してしまい、リヴェリアの前に展開したタワーシールドも耐え切れずに焼け崩れ、それを構え咄嗟にサラマンダーウールを纏っていた八雲もボロボロとなって倒れてしまっている。

 

「ガレス!?八雲!?リヴェリアは無事か!?」

 

「ああ………八雲が庇ってくれたからな………だが、このざまだ」

 

その甲斐あってかリヴェリアこそ無事ではあるが、杖の魔宝石は結界と共に砕けてしまっている。

周囲にいた芋虫と食人花や密林も灰となって残ってはおらず、穢れた精霊の放った魔法の先からの景色はたった一撃で姿を変えてしまった。

そこに追い打ちをかけるように響いてきたのは穢れた精霊の紡ぐ声ーー

 

『【地ヨ、唸レ】』

 

否、詠唱だった。

 

「連続で、だと!?」

 

再び紡がれる超高速の超長文詠唱を止める術をロキファミリアの面々は持たず、その魔法は放たれる。

 

『【メテオスウォーム】』

 

今度は魔法によって現れた隕石の雨が彼らに向かって降り注ぐ。

その巨大な質量による攻撃は防ぐものではなく避けねばならぬもの。

幸いにも八雲の切った【占星術師の護符】により炎の嵐を乗り切れた面々は動きが遅い面々を連れてその場離脱するも、落石による余波で倒れ伏したガレスと八雲諸共吹き飛ばす。

この魔法でラウルが重傷、椿もアマゾネス姉妹を庇ったダメージで右腕の表面を焼かれ、退避が遅れたリヴェリアも装備が半壊して倒れた。

アイズもレフィーヤを庇ったことで負傷しており、無事の者は誰1人としていない。

また穢れた精霊は2連続の超長文詠唱で失った魔力を大気中にあった魔力を吸い上げる事で回復しようとしており、その間の守りとして下の階層から芋虫と食人花達を再び呼び集めている。

そんな全滅の危機の中、誰よりも先に立ち上がったのは意外にも八雲であった。

 

「八雲!」

 

彼が何故立ち上がれたのかと言えば、結界が破られる直前にリヴェリアに手渡していた上級回復薬(ハイポーション)をリヴェリアに飲まされていたからだ。

リヴェリアの退避が遅れたのもこれが理由である。

 

「………フィン、俺が時間を稼ぐ………その間に態勢を立て直せ」

 

そう言って八雲は【宝物庫】から回復薬や予備の装備等が入ったコンテナを取り出す。

 

「時間を稼ぐって、そんなボロボロな状態で何を言ってーー」

 

「【勇者】!後は任せたからなっ!!」

 

ーポーンー*3

 

すると、八雲の全身を赤い紋様が覆う。

 

「その紋様は………」

 

それは先のオッタルとの一件で見せた“デメリットを伴うとっておき”と称した八雲の切札を発動する前段階の証。

八雲はその切札をこの場で切ると宣言したのだ。

 

いいぜ………来い………

 

その呟きと共に紋様は力強く点滅を繰り返す。

穢れた精霊はその本能かダンジョンがかつて感じ取ったあの時の出来事(10階層での事件)を知っていたのか、これまでのアイズを見て浮かべていた笑みを歪めて八雲を凝視する。

 

来い………来いよ………

 

紋様を点滅させながら少しずつ近付いてくる八雲に穢れた精霊は慌てて触手を放つがもう遅い。

 

………俺は………ここにいる………っ!!

 

紋様の点滅が止まり、輝きが最高潮に達したその時………それは顕現する。

 

スケェェェェィス!!

 

衝撃で触手を弾き飛ばして現れたのは白と銀の装飾を纏った黒き三つ目の巨人。

 

「………あれが、八雲の切札………」

 

死の恐怖

スケィス2nd

*1
モンスターは破壊衝動が強く、魔法を詠唱出来る程の理性や叡智を持ち合わせてはいない。なので火を噴いたり等の特殊攻撃はあれど魔法を詠唱して使用する例は過去にはない。いくら精霊がベースとは言え、モンスターに取り込まれて変異した穢れた精霊にそれだけの理性が残っているとは考えられなかったが故に予想できなかった。

*2
.hackシリーズに登場する一時的に魔法防御を強化するバフアイテム【占星術師の血】を参考に開発した魔道具。一度限りの使い捨てな上に材料が下層素材をいくつも要求され、この世界には無い.hackシリーズのアイテムを擬似的に再現する関係でとある素材を用いる事から八雲も量産には至っていない奥の手の1つ。効果も1人が対象なら10分程保つが、対象が増えると効果時間が減衰する仕様となっている。

*3
ハ長調ラ音




という訳でスケィス2nd顕現………
これまで発現出来るようになった憑神の数が増えた事と、今回の覚悟ガンギマリモードに合わせて2ndが解禁されました。
次回の戦闘は原作から大分変わると思います。

今回、特殊タグをいくつか使ってみました


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