ヤンデレギア (ゴマ醤油)
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前編

 


 人というのはどうしようもない時、つい過去を振り返ってしまうものだ。

 絶対に自分が悪くない場合でも、どうしようもなく自分が原因でこうなったとしてもそれは変わることはないと今の俺になら断言できる。

 

『──◯◯は将来苦労しそうだね。女の子には気をつけるんだよ?』

 

 昔、母からそんなことを言われたのを思い出す。

 頭を撫でられながら言われた言葉。今思えば、あの時母は随分となんとも言えない表情をしていた気がする。

 

 あの頃は、そしてつい最近までまったく記憶になかったその会話。

 何で今頃湧いて出てきたのか。どうしてそんな幼少期の過去が突如として脳に出てきたか。

 

「──説明、してくれるよね?」

 

 俺を取り囲んでいた内の、最も付き合いの長い茶髪の少女が口を開く。

 周りすべてが恐ろしいほど鋭く、冷たい目でこちらを射貫いてくる。

 

 ──ああっ。一体どうしてこんなことに、なってしまったのか。それは結構前から遡ることになる。

 

 

 

 

 ことの始まりは空も青く、風も心地よい。まさに快晴と言えるほどの天気。

 そんなある日に起こった小さな事件。

 

 その日、俺こと◯◯はとある予定があるため休日にも関わらず通っている学校に登校していた。

 

「だりぃな」

「本当にな。……まあ俺らが悪いんだけどな」

「まったくだ」

 

 同じく招集されていた友達とぐだぐだしながら俺達を呼び出した担任を待つ。

 地毛だと言っても信用されないほどに明るい茶髪をしている友達は、来てまだ十数分だというのに帰りたさを全面に押し出しながら机に着いている。

 

 かくいう俺も帰りたさでは負けていないと断言できるのだが、理由もあってさすがにそこまで出し切る訳にもいかない。

 こいつみたいに暇つぶしと連絡用の端末をぽちぽちして時間を潰してもいいのだが、生憎充電を忘れたまま寝てしまったのでがらくた同然の鉄の塊と成り下がっている。

 

「……なあ」

「なんだよ?」

「……この前の土曜にお前と歌姫のマリア・カデンツァヴナ・イヴらしき人と一緒に歩いていたのを見たんだけどさぁ……本物?」

 

 友にそう言われて一体何のことだと思い出す。

 ……土曜土曜。……あっ先週か。

 

「いたな。幼馴染が知り合いらしくてそこで仲良くなったんだ。で、その日は買い物の付き添いだったはず」

「……この前の風鳴翼といい、お前の幼馴染何者だよ?」

 

 何者だと言われても。

 そんなのただの幼馴染だとしか言いようがないが。

 

 最近忙しそうであんまり会えていない幼馴染の片方。人助けを趣味としている彼女の人脈は広く、いろんな人を紹介されるのだ。

 厳密に言えば翼先輩とはその幼馴染と会う前からの知り合いではあったのだが。

 幼馴染に紹介されたとき、その場にいる全員がびっくりしたのは今だ記憶に新しい出来事ではある。

 

「……何でお前はそんな可愛い女性の知り合い多いんだよ」

「なんだなんでって言われても知らんよそんなこと」

 

 俺の交友関係に大変ご立腹な友。先週もおんなじことを聞かれた気がする。

 

 確かに俺の周りにいる女性は誰もが魅力的な娘であると明言できる。

 元気娘とそれのお世話役である幼馴染に歌姫二人にツンデレ、そして後輩ペア。

 ……うん。やっぱり皆、ちょっと……いや大分癖があるけど可愛くて良い娘達だ。

 

 今現在が俺の一生の人間関係において最も人に恵まれているであろう時期であろうとはっきりと言える。

 何か些細な出来事一つでころりと惚れて知らぬ間に振られること間違いなしの彼女達である。まあ友が羨ましくなるのもしょうがないと言える。

 

「……でもお前彼女いるじゃんか。あのめちゃおっぱいでかい娘」

 

 そう、こいつ彼女がいるのである。

 散々人の友達を羨ましく思っていても彼女持ち。写真も見せてもらったのだが翼先輩が見たら何か一言言いそうなぐらいにでっかいギャル風の娘であった。……っけ。

 俺は未だに年齢=人間なのにこいつにはそんな娘と乳繰り合ったいるのだから羨ましいことこの上ない。

 

 だがしかし、今日は様子が変だ。

 いつもならその娘の話題を出すと、すぐに自慢を始めるのに。

 

「…………た」

「??」

「別れたって言ってんの!! あの女俺はキープ要員第三号だとっ!」

 

 ……なんだか悪いことを聞いてしまった。

 あんなに仲良かったのに本命じゃ無かったんだ。……女って怖っ。

 

 もしかすると、俺の周りの女性達もどこかそういった狡猾な面を持っているのかもしれないと想像してしまった。

 ……どうなんだろう。ほぼ全員隠し事とかできそうにない性格をしているけどあれも演技だったりするのだろうか。

 

 

「あの女本命といるとこ見られたときなんて──」

「お待たせー追試始めるぞー」

 

 どんどんとヒートアップしていた友を遮るように担任が扉から入ってくる。

 

 ──追試である。

 テストに出られなかった俺達二人がこうして休日も拘束されている理由はテストを受けるためである。

 

「わかってると思うがここ落とすと本格的に危ないから頑張れよー」

 

 大丈夫なはずである。

 ここ一週間ぐらい皆に勉強を教わったから問題無いと思う。

 皆交代で俺の家に泊まってまで教えてくれたのだ。意識されているのかははっきりしないが、一応男の俺の家に泊まったりご飯を作ってくれたりしてくれたのだ。ここで落としたら申し訳が立たないというもの。

 

 そうこう考えているうちにテスト用紙が配られる。

 精神を集中させる。……よしっ。

 

「始めっ」

 

 そして、運命を決めるテストの幕が開けた。

 

 

 

 

 

 

 空はすっかり茜色。ただ今帰り道、友と一緒にぶらぶらしている最中である。

 特に問題は無く追試を終えることができた。

 

「で、さっきの話の続きなんだけどよぉ」

 

 隣でコロッケを食べながら友が再度話を振ってくる。

 さっきのと言うと別れた女の愚痴かな? 

 

「……なんかないの。風鳴翼やマリア・カデンツァヴナ・イヴの浮いた話とか」

 

 全然違ったわ。さっきもこんな話してなかったけど何処が続きなんだろうか。

 ……浮いた話かぁ。そういえば聞いたことがない。

 

「ないの?」

「……ないな」

 

 思い返すと全くと言って良いほどそんなことを話したことはなかった。

 

 ……もしかして、皆裏ではもうイケメン捕まえてるのかなぁ。

 少なくとも翼先輩やマリアさんは芸能人だし十分に可能性がある。他の皆も女子校に通っているとはいえ、あそこは名門リディアン。それ相応の所と合コンしていることも考えられる。

 

 ……やっぱりいるのかなぁ。はあっ。

 

 ため息がこぼれる。なんだか帰る足取りも重くなってきた。

 こんなに活気があって人も多い街なのに、たった一人でぶちこわしにできるぐらいには滅入ってる気がする。

 まあでも今日は家には誰にもいないのだからそんなに無理して帰んなくてもいいっちゃ良いのだが。

 

「……なあ、帰り遅くなっても大丈夫か?」

「ん? 平気だけど……」

「そうか。なら付き合え」

 

 そんな俺を見かねたのか友が家に帰ろうとしていた俺を誘ってくる。

 一体今日は何に付き合わされるのか。ゲーセンか、それとも年齢詐称の酒飲みか。

 まあ時折あることだ。俺も楽しんでいる部分もあるため特に文句はないのだが。

 

 夕方から夜に変わる街を歩きながら一応友に聞いてみることにする。

 

「……で、何処行くんだよ?」

「決まってんだろ? 未知なる出会いをこの街で見つけるんだよぉ」

 

 こちらに振り返り、今日一の笑顔でこちらに言ってくる友。

 

「まあ、詰まるところナンパさ。楽しもうぜ」

 

 これが俺の運命を決定づけるイベントになるなどとは、今の俺には知るよしもないことだった。

 




 最近筆が止まってるためリハビリ感覚で一作品書きます。
 そんなに長くならないです。あっても精々十話ぐらいです。



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中編

 そうやって始まった第一回ナンパ大会。

 最初の勢いはもはや無く、俺達二人はすっかりファミレスで反省会という名の傷の舐め合いに勤しんでいた。

 

「……やっぱ俺いない方が成功するんじゃねえの?」

「馬鹿言うなって、俺が一人で行ってもなんもできねーよ」

 

 自分のメロンソーダをストローで飲みながら提案してみるがを手を振りながら拒否する友。

 俺からすれば顔の良いこいつ一人でチャレンジする方が絶対に成功する確率が高いと思うのだがコイツはそう思ってはいないらしい。

 自他共に認める平凡人間の俺を隣に置いてもやりにくくなるだけだろうに。俺は幸運の置物じゃないのに。

 

「あー、なんで夜の街ってカップル多いんだろ。可愛い娘は皆誰かと手組んじゃってるし」

「……そりゃ可愛いんだから彼氏いるんだろ?」

「違いねえ。……はあっ」

 

 特に静かというわけでもない店なのにカランと動く氷の音が耳に響き、なんだか氷にまで頷かれてしまったようで更に虚しさがこみ上げてくる。

 

「……ナンパに誘った手前聞くのもあれなんだけどさぁ、◯◯は好きな人とかいないの?」

「え?」

「いやなに、クラスのやつとかと付き合うとかしねぇのかなって。さっきもあんま楽しそうじゃなかったし」

 

 そう聞かれて少し考えてみるが、正直思いつかない。

 何でだろう。よくわからない。

 もちろん女と付き合うということに興味はある。俺は同性愛者というわけではない。

 

 幼少期に母が語った恋の話は今でも覚えている。

 若い頃に父と出会い、己のすべてを出し燃えるように生きた恋愛譚。それを聞いて恋愛というものに興味が湧かなかったということはない。

 むしろその逆。自分もそんな風に恋をしてみたい。中学まではそう思っていたはずなのである。

 

「……ナンパがつまんなかったとかそういうんじゃないよ。ただ、どうにも惹かれなかっただけ」

「ふーん。やっぱ理想高いんだなお前」

「……え?」

 

 友の言葉に思わず声が出る。理想? なんでそうなった? 

 

「まあでもしょうがないのかもな。前あったお前の幼馴染や歌姫二人と買い物行くぐらいに仲が良いんだろ? 身近にそんな人達がいたら俺もぜってーそこらの女なんて目に入らなくなるよ」

 

 ……ああっなるほど。

 友の言葉でようやく納得がいった。先程まで俺を悩ませていた疑問が解決した気がした。

 

 そうか。俺は理想が高かったのか。

 幼い頃よりずっといる響や未来はもちろんとして翼先輩にクリス、マリアさんに切歌ちゃんと調ちゃん。誰をとっても魅力的な少女達。

 確かに無意識にあいつらを基準に考えてしまっていたらしい。

 

 どうしよう、自分ではまったく気にしたことがなかったが確かにそうである気がしてならない。

 

「……そう、かも」

「だろ? これでもし付き合えたりしたらまだ変わるかもしれないけど、このまま脈なしで終わると一生恋とかできないんじゃねぇのか?」

 

 友の何気なく放った言葉は俺を深く傷つけた。

 なんせ今の状況はまさに脈なしそのもの。このままだと理想を追ったまま一生を終えそうなのが容易に目に浮かぶ。

 

「◯◯は将来風俗とか行きそうにないから一生童貞かもな」

「どう、てい?」

「そう、童貞」

 

 童貞。

 それはあれか。ひょっとして三十まで持っていると賢者だか魔法使いへの資格を手にするという女縁がない証拠であるあれか。

 

「最近では異世界に行けるとかも増えてるらしーな。やったな、夢がいっぱいだな」

 

 随分と人ごとのように言ってくる友。

 最近別れた彼女としたことあるからって随分と良い気になっているのが非常に悔しい。

 

「……どうすれば良いと思う?」

「お、おう。急にえらく真剣になったな」

 

 自分でも声が低くなったのがよくわかる。

 当たり前だ。なにせこのままでは将来に関わるのだ。

 

 一生独り身なんてごめんだ。

 母みたいに燃え上がるような恋ができずとも、せめて綺麗な娘と付き合いの一つはしてみたいのが男というもの。

 できるなら高望みしたいところだが、俺のスペックを鑑みるに一人でも一緒にいてくれる娘を探した方が良い気がしてきた。

 

「あー、やっぱ積極的に行くしかないんじゃね? こんなやけくそなナンパまでとは行かなくてもさ」

「……そういうもんか?」

「知らんけどな。何事にも積極性が大事だと姉貴が言ってた気がするし。……まあ姉貴も今はフリーらしいからあんま信憑性はないけど」

 

 届いた料理を食べながらぐだぐだと話す俺達。

 頼んだのはハンバーグ。食べているとつい最近、クリスが作ってくれたのを思い出す。

 あのハンバーグも少し形が崩れていたけど味は美味しかった。母以外の手料理はあまり食べる機会が無いのでまた食べたいものだ。

 

「この後どうする?」

「そうだなー。どうすっかなー」

 

 料理も食べ終わり、窓から見える人影も減りだした頃この後について考える。

 

「……俺はナンパ続けっかね。◯◯はどうする?」

 

 少し悩んだ後、友は続行を決めたようでこっちにもどうかと誘ってくる。

 

 別に付き合ってもいいとは思っている。母は一ヶ月ほど出張で家にはいないので親という問題は無い。

 もしかしたら家に鍵を持ってる誰かがいるかもしれないが、流石にそうであったなら連絡が入っているだろうしここ最近ずっと人が泊まっていたため、さすがに今日はいないと思う。

 

 ──だが問題はある。とても単純且つ面倒くさい問題が。

 

「でも俺達制服だぞ? 補導されそうじゃね?」

 

 そうなのだ。俺達は制服、つまり自分たちが学生であると告白しながら夜の街を歩かなければいけないのである。

 最近は見回りもちゃんとしていると聞く。時々やる夜のゲーセンとは違い、決行すれば高確率で見つかるだろう。そんなリスクを負ってまで分の悪い賭けをするのはどうなのだろうか。

 

「……わかってるよ、そんなことはわかってる。けどさぁ◯◯。俺はそれでもやってみたい」

「……」

「俺は夢が見たい、夢を追いたいんだ」

 

 友は静かに語り出す。

 それは恐らくほとんどの人が馬鹿馬鹿しいと切り捨てる愚言。そんなことを言ってるなら自分を磨いた方がまだ可能性があると哀れまれること間違いなしのくだらない妄言。

 

 ──けど、俺にはなんだか輝いて見えた。この夜に浮かぶ月より眩しく見えてしまった。

 

 思えば俺はずっと諦めていたのかもしれない。折れてしまっていたのかもしれない。

 ずっと隣にいた、そして次第に増えていった周囲の星に己を焼かれてしまっていたのかもしれない。

 

 そうだ。俺は凡人だ。吐き気のするほど何もないただの人だ。

 頭は良くない、運動はできない、周りに誇れるものはどこにもない情けないちっぽけな生き物でしかない。

 それでいてもしかしたら、あわよくば誰かが、響や未来がずっと一緒にいてくれると妙な勘違いをしていたのかもしれない。

 

 ──本当に久しぶりに体に、心に熱が灯る。

 今なら人類の天敵であるノイズすら殴り倒せる熱をこの胸から感じる。

 

「──日が変わるまでな」

「!! それじゃあ──」

「行こうぜ。夢を追いに」

 

 友の目をはっきりと見ながら頷く。

 それを見た友は先程の──この無謀な企画が始まった時と同じくらいの笑顔を見せる。

 

「行こうぜ! 相棒!」

「ああっ!」

 

 勢いよく握手をし、そして意気揚々とファミレスを出る俺達。

 もう迷いはない。やることは一つ、頭の中も一つ、目的も一つ──。

 

「成功させようぜ!」

「応とも!」

 

 より魅力的な女を口説く。

 初めての脱却を。──より輝いた運命の出会いを。

 




 裝者の出番がほとんどないのにシンフォギアの小説と言って良いのか本気で悩んでいます。
 タグのヤンデレ要素は本編終わった後の裝者視点の方が強く出ると思うので気長に待っていただければなと思います。




 
 


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後編

 夢とは一体何だろうか。

 願望の象徴か、遙か遠くに聳える目標のことか、あるいは自分にとっての生きる意味なのか。

 辞書に書いてある意味など己の心を満たすに不十分。あまりにも言葉も納得も足りていない。

 

 だが確かに一つ、言えることが存在する。

 不格好だが取り繕い様がない真実の言葉。例え自身のすべてが間違っていてこれだけは正しいと胸を張って言える。

 

 ──夢とは叶わないもの。残酷だが、それが今の俺の結論なのだろう。

 

 

 

 

 というわけでナンパは失敗に終わり、まったくもって成果はなかったのである。

 ちょっと何かあった風に心の中でかっこつけてみたがそれでこの虚しさが晴れることなどあるわけがない。

 

 失敗することが確定的に明らかであったのに、あの輝く友のノリに乗せられつい日が変わるまで街を突き進んでしまっていた。

 

 そんなわけで道の違う友とはすでに別れ、ただ今帰り道をとぼとぼと歩いている最中である。

 最後に見た時間は十二時過ぎ。十年近く見慣れた近所の通りなのだが、なんだか深夜は少し別の場所にも感じられるほど明るさがない。

 まあでも、この静けさと暗さが今の自分にはお似合いであろう。

 

 大体何だ。どうしてあそこから友のノリに乗ってしまっていたのか。学生服で深夜に女性を誘っても断られることは当たり前すぎて俺の凡庸な脳みそでもすぐに予想できただろうに。

 

 別にお酒は飲んでいなかったはずなのに、なんだか酔っていた様な昂ぶりであった。

 あそこまで赤裸々に夢を、理想を語る友に魅せられてしまっていたのか。

 

 まったく、なんと情けない話だ。すっかり馬鹿高校生である。

 おかげで随分と無駄な時間を過ごしてしまった。いやまあ、最後に誘った金髪の美人に抱きつかれたりと、楽しいイベントはあるにはあったのだが。

 

 ……うん、やっぱ楽しかったわ。あいつがチャレンジする人皆美人な大人の女性ばっかだったし。

 歓楽街でもなかったのに夜の街ってすごいね。少し世界が広がった気がする。

 

 少し気分も持ち直せてきた。

 早く帰ろう。そしてこの思い出を眠りと共に脳に焼き付けておこう。

 

 さっきまでの夢のように流れた時間を思い返しながら、家の前に到着する。

 なんだか長い旅を終えたような気持ちで我が家を確認する。特に変わることのない──。

 

「……あれ?」

 

 ──それに気づくのは当たり前であった。

 誰もいないはずの自宅。そこは人の気配などあるはずもない場。

 けれど、けれど確かに明かりが一つ。点いているはずのない光が見えてしまっていた。

 

 どうしてリビングから明かりが見えるのでしょうか。

 もしかして消し忘れ? それならまあいいのだがそうでないならどうしよう。

 

 多少大きくなっていた呼吸を整え思考を続ける。

 どうするか。どうしたって最終的には入るしかないのだが、それでも多少恐怖もあるものだ。

 

 ……まあいいか。多分消し忘れだろう。

 そう思い、扉を開けようと鍵穴に鍵を挿し開けようとする。……開いてる。

 

「……どうしよう」

 

 開いてるんだけど。……開いてるんだけど。

 どうしよう。これ本当にやばいんじゃないんだろうか。開けたらぐさっと一刺しで天国まで一直線とかなきにしもあらずな危機なのかもしれない。

 

 ……まあでも行くしかないか。確信がないこの状況で通報したりすると面倒くさいし。

 自分の思い過ごしだろうと気持ちを改め、ゆっくりと音を立てないように扉を開く。

 

 ──その刹那、開くはずのないその扉が勢いよく開き、何かがこちら目掛けて飛び出てくる。

 俺に飛びついてくるそれの衝撃を頑張って耐え、それが一体何なのかを目で確かめる。

 

「◯◯ッ! 良かった無事でっ!」

 

 家から出てきたそれは見知った人物であった。

 この明かりの少ない暗闇でもわかる茶色の髪をした少女。幼馴染の立花響が家の中にいた人物の正体であった。

 

 ……そうだ。考えてみたら鍵預けてる人いたわ。

 響や未来にはもちろん、最近は翼さんと調ちゃんにも渡した記憶がある。いつでも来て良いよと言ったしいることも念頭に置いておくべきであった。

 

「……響?」

「心配したんだよっ!! 全然帰ってこないしずっと連絡付かないし!!」

 

 響はまるで割れ物を確かめるようにこちらの体を触りながら、とても心配したようにこちらを見ながら言ってくる。

 いや、そこまで心配されなくとも夜遅かったのなんてたまにあることだと知っているはずなのだが。

 

「──怪我はなさそうだね。よかったー! 携帯はまったく出ないし、前みたいに何かの事故に巻き込まれたりしたらどうしようかと……」

「……悪い。充電忘れてたから」

「そっかー。……うん! でも無事なら大丈夫! 皆で心配してたんだよぉー!」 

 

 少し経って、ようやく落ち着いた響がほっと息を吐きながら笑顔を見せてくる。

 ああそうか、響は何年か前のあれを想像して心配してくれてちたのか。そうだとするとなんだか少し申し訳ない気持ちが湧いてくる。……ん? 

 

「響。皆って?」

「未来とか翼さんとかマリアさんとか! 皆◯◯と連絡付かないって待ってたんだよ?」

 

 そうなのか。それは随分と悪いことをした。うちで待つ意味はこれっぽちもわからないがそれなら別に気にしなくてもいいか。 

 響に手を掴まれたまま自宅に入り、靴を脱ぎ鍵を閉める。

 そうしてリビングまでの廊下を歩き、扉に手を掛け開く。すると、少し広めの部屋に何人かの人がいるのがわかった。

 

「◯◯っ! 無事だったか!?」

 

 その中の一人──翼先輩を皮切りにそこにいた人が次々とこちらに押し寄せる。

 未来、クリス、マリアさん、切歌ちゃんに調ちゃん。……響と翼先輩抜いても多くね? 今大分深夜なんだけど。

 

「まったくよぉ、下手に心配掛けるんじゃねえよ」

「お帰り◯◯。もう少しで探しに出るとこだったわ」

「……よかった。帰ってきてくれて」

 

 どうやら全員に相当の心配を掛けてしまったらしい。

 携帯の充電がなかったことを伝える。それを聞いて各々で納得してくれたのか特に文句が出ることもなかった。

 

「まったく、相変わらずだめだめすぎデスね◯◯は」

「本当にもう。◯◯は変わらないよね」

 

 約二名ほどに呆れられてしまった感がすごいがそこはいつもなので気にしなくてもいいだろう。

 というか未来はともかく切歌ちゃんも心配してくれたのは意外だった。正直普段の態度的にそこまで好かれていないと思っていたし。

 なんでか切歌ちゃんにはつっけんどんな態度をされることの方が多いのだ。……どうしてだろうか。

 

 ……ま、いいや。別にそこまで気にする問題ではないし。

 とりあえず今日はもうお風呂入って寝たい。瞼を閉じてしまえば今にも夢の世界に突入できるコンディションなのだ。皆には泊まってもらうなり帰るなりしてもらえばいいし。

 とりあえずシャワーを浴びようと浴室に向かおうと皆に背を向け足を動かす──。

 

 

 ──そんな時である。始まりのその一言が告げられたのは。

 

 

「……ねえ、ちょっといい?」

 

 響がぽつりと呟くようにこちらに何かを尋ねてくる。

 いつもの元気がないのに違和感を覚えつつ、足を止め響の方を向く。

 

「どうした?」

「なんか、いつもの匂いじゃない。なんで?」

 

 場を静寂に変えた響の言葉を飲み込むのには少し時間が掛かってしまった。

 ……匂い? 匂いってなんの匂いだ。制服もいつもと変わらず俺のだし特に変化があるとは思えないのだが。

 もしかして街中で煙草の臭いでも付いてしまっていたか。

 

「……がう」

「??」

「いつもの、匂いじゃない!! いつもの◯◯のじゃないっ!!」

 

 響の声が抑えきれないかのように震えた叫びに変わり、この空間に緊張が走っている様に感じる。 

 欠けてはいけない物がなくなってしまったかのような動揺に少し戸惑う。どうしたというのか。

 

「何処、行ってたの? 何してたの?」

 

 響が勢いのままにこちらに詰め寄ってくる。

 その圧に押され下がってしまい後ろにあった椅子にへたり込んでしまう。しかし響は止まることなく俺のすぐ目前まで近づいてきて、すぐ近くのテーブルを叩く。

 

「ちょっと響──」

「答えてっ!!」

 

 マリアさんの制止も聞かないほど、もう今にも爆発してしまいそうに震える響。

 その勢いに押され、今日一日の流れをぽつぽつと話し始める。正直言いたくないほど恥ずかしいのだが、己の恥より響の方が心配だ。

 

 追試をして友と適当に街をぶらついて、言いたくないけどナンパに失敗して。そんな感じにざっくりと伝える。

 それを言えば響は落ち着くと思っていた。不安にさせすぎてこうも強く言ってくるのなら聞けば興奮も冷めるだろうと考えていた。

 

 ──しかし、その予想はあまりにも想像力に欠けていた。

 周囲の空気は既に死んでいると言わんばかりに暗くなっているのを感じてしまう。先程まで響を止めようとしていたマリアさんや未来、切歌ちゃんまでも恐ろしいほどの感情の見えない表情でこっちを凝視してくる。

 

「──なんで?」

 

 響が口を開く。さっきまでの癇癪とは違う、本当に心からの疑問であるかのように。

 

「なんで、なの?」

 

 恐ろしいほどの無機質な目。響には決して似合わない亡者の様な瞳でこっちを見つめてくる。

 

「……ひび、き?」

「どうしてナンパなんてする必要があるの。なんで道で知らない女の人と仲良くなる必要があるのどうして私から離れようとするの──」

 

 呪詛のように言葉を羅列する響。壊れた機械のようにただ、呟く。

 

「つまり、◯◯は彼女が欲しかったってこと?」

 

 未来がこちらに問いかけてくる。いつもと変わりないようで、少し鋭い音の刃。誤魔化すことなど許さぬという意志を感じ取れる。

 

「……まあ、そうだけど」

「ふーん。そう、……そうなんだ」

 

 怖い。どうしてだろうか。話しているのはいつもと変わらぬ未来のはずなのに、中身がまるで違うと思える程に頷きの質が違う。

 藁にも縋る思いで他の誰かに助けを求めようと目を向けるが意味をなさない。皆違って皆怖い。自身の凡庸な語彙力ではそんな言葉でしか言い表せないが。

 

「──そう、あなたが恋人がほしいのはわかったわ。けど酷いわね。そういうことなら私に相談してくれれば良かったのに」

「え、えっ?」

「あなたがそれを望むのなら私が応えてあげたのに。どうして言ってくれなかったのかしら」

 

 本当に疑問そうにこちらに尋ねてくるが、今の言葉に関しては俺の方が聞きたいぐらいだ。

 だってそう、その言い方だとマリアさんは俺を好きみたいな──。

 

「──なあ、もうあたしは見てくれないのか?」

 

 今度はクリスだ。もうどうして良いかわからない。

 クリスはどうしてそう、捨てられた猫のような恨みがましい目をこっちに向けてくる。泣きそうに憎悪を声色に乗せてくるんだ。

 

 状況が全く掴めない。理解できない。

 一体どうして俺のリア充問題ごときで皆目の色を変えるのか。そこまでの問題では無いと思うのだけれど。

 ああっ助けて。翼さん、調ちゃん。誰かこの籠のような閉鎖感から連れ出してほしい。

 

「──彼女なら、私がなりたかったのに」

「なぜ、相談してくれなかったの……」

 

 ダメだ。あの二人なんだか今すぐにも死にそうな顔でへこたれている。

 いつも落ち着いた二人がこうなってしまうのなら、もうどうすればいいのか見当も付かない。

 

 何だろう。もう自分の家のくせにまったく心が休まらない。

 

「──はあーっ。まったく、これだから◯◯は◯◯なんデスよ」

「き、切歌ちゃ──」

「せっかく調が好いてくれているというのにこれだから。……やっぱり私がきっちりさせるしかないんデスかねぇ?」

 

 後半が聞き取りにくかったがそれでも決して俺の望んでいる言葉ではないことだけは何となくわかる。

 

 ……全員こんな感じだとどうすれば良いかがもう全くもって見当が付かない。

 何か、間違ったことをしてしまったのだろうか。

 

 胃がいよいよ悲鳴をあげようとしていると錯覚するぐらいには収拾のつかないこの事態。

 ──それでも、やはりと言うべきか。最初に動いたのは響であった。

 

「──そうだよね。……うん、そうだよね。こうするしか、ないよね?」

 

 それが、この瞬間において覚えている限りの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは見覚えのある天井が見える場所であった。

 感覚もどこか心地良い。なんというか、違和感がない。というか自室であった。

 帰ってきてからそのまま寝てしまったのか。なんか凄い夢を見ていたような気がする。

 

 窓から見える空は未だ真っ暗。ここが海外でなければ変わらずに深夜であるはずである。

 少し背中が痒いので手を動かそうとした。動かない。なにやら繋がれている。……え、何これ? 手錠? 

 

「あ、起きた?」

 

 己一人であるはずの空間で突如湧いた声に、困惑と寝起きのふわふわしたものが全部吹き飛んでいた。

 

「ごめんね。ちょっと強めにいっちゃったけど痛くなかった?」

 

 電気が消えており若干暗い中、申し訳なさそうな声色で響が謝ってくる。

 響、ひびき。ひび、き。──思い出した。思い出してしまった。

 

 俺はさっき響に気絶させられたのだ。我ながら情けないことに一撃で。

 ということはあれか。今手に付いているこの手錠もコイツが付けたのか。なんで? 

 

「でも◯◯も悪いんだからね! 私から勝手に離れようとしたんだし」

 

 離れようとした? そんなことはしていないが何のことだ。

 だめだ。思考がまとまらない。体が、熱い。何これ、一体どうなって──。

 

「本当はもうちょっと経ったらって未来と相談していたんだけどね。◯◯があんまりにも節操ないとこっちも考え物だよね。でも良かった。おかげで皆が納得する形になったんだよ?」

 

 いつものようにえへへと笑いながら響が俺に覆い被さってくる。互いの額と唇がくっつく寸前の距離まで顔が近づいている。

 

「──初めてはね。みんな別々が良いんだって。だから頑張ってね◯◯。明日も皆お休みだから時間はいっぱいだよ」

 

 唇と唇が絡め合わされる。とても甘くて脳を焼いて、どうしてか心が震え上がる。

 恐怖なのか、快感なのか。わからない。考える頭すら、今は回ろうとしない。

 

「えへへ。大好き、大好きだよ◯◯。──ずっと、ずーっと一緒にいようね」

 

 空の色が変わってもなお続く長い長い夜の幕開け。

 蜘蛛の巣に絡められた羽虫の如く。もはや逃げることも抗う気さえ起きはしなかった。




 お久しぶりです。お待たせして申し訳ございません。
 


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立花響

 響にとっての幼馴染が誰かに聞くなら小日向未来のことをあげる者がほとんどだろう。実際、ただの友達とは思えないほどには仲が良い。

 けれども、それが最初の友達であったかというと答えは否である。それは誰よりも本人が否定するであろう。

 

 立花響が◯◯と初めて会ったのは、自身が幼稚園に通っていた頃だ。

 当時はまだ未来とも知り合いではなく、友達と呼べる人も少なかったのである。

 意外だと思えるだろうが、昔の響は決して積極的に人に向かっていけていた訳ではなかった。

 むしろその逆。園児達が笑いながら外を駆け回っている中、一人隅っこでそれを眺める──そんな子どもであった。

 

 自分が今から入れてと言えばそれはきっと他の子を困らせてしまう。生まれつきの性根であったその優しさ故に、無意識に遠慮してしまっていたのだ。

 

「……いいなぁ」

 

 私も遊びたい。いっしょに鬼ごっこしたい。おままごともしてみたい。

 けれど言えない。遊ぼうという一言さえ喉を通ってこない。どうすれば……。

 

 ──そんな時だった。彼と、◯◯と初めて話したのは。

 

「……あそばないの?」

「えっ?」

 

 校庭の端に座っていた彼女にそんな声を掛けてきた男の子がいた。

 なんも変哲も無いごく普通の男の子。同じ組にいた気がするけど話したことのない、そんな子。

 

「……うん。わたしはいいの。きみもあそんできなよ」

 

 そんな風に尋ねてきた子にも我ながら酷い返し方をしてしまったと現在の響は憶えている。けど、その時はただ単純にそう思っていたのだ。自分がいない方が楽しいであろうと心から。

 

「……じゃあいっしょにあそぼ?」

「……え?」

「ほらいこ。すなばででっかいおしろをつくりたかったんだけどひとりじゃできなかったんだ!」

 

 だからだろうか。そう言って私の手を掴んで引っ張ってくれた彼の言葉と表情は今でも全く色褪せることはなかった。

 ちょっと変わっていたけど優しい男の子。それが、◯◯への初めての印象であった。

 

 

 

 

 それからもこの少年との関係は続いていた。

 未来と仲良くなってから、私たち三人は基本的には一緒に行動することがほとんどだった。

 小学生も後半になり、世間一般的には異性が共に遊ぶことに照れ臭さを覚える頃らしかったのだが、それでも特に変わることなく遊んだりしていた。

 

 一度だけ、◯◯に聞いたことがある。私達よりも他の男の子と遊んだ方が楽しいのではないのかと。

 

「いや? 別に?」

 

 それに対して当たり前のことを話すかのように即答した彼。

 ◯◯にとっては何でもなかったのであろうその答え。だが私には胸のぽかぽかが止まらなくなるぐらいに嬉しくてつい彼に飛び込んでしまったほどだ。

 

 そして、その言葉は決して嘘ではなかった。

 私が虐められていた時も離れることはなかった◯◯と未来。完全にへこたれることがなかったのは◯◯と未来がそばに居てくれたからだ。

 だからなのだろう。これからも、ずっと三人で笑って過ごせる日常が当たり前に続いていくと思っていたのは。

 

 ──その絶対の根幹が砕かれたのは中三の頃。彼が、◯◯が誘拐された時のことである。

 

 

 

 夕暮れの河川敷で一人座っている少女がいた。

 小さな子供は家に帰り始める時間。空は赤と黒の両方を描き、もう間も無く黒が塗りつぶすであろう時。それでも彼女は動こうとしなかった。

 

「……私と関わっていたからかなぁ」

 

 流れる川をぼーっと目に写しながら昨日の事件を思い出す。

 ◯◯が誘拐された。理由は私。私と一緒に居たから癇に障ってしまったと言っていたらしい。

 幸いにして──誘拐された点を考慮すれば全然幸福ではないが──事件は彼のお母さんによってあっさり解決し、彼は軽傷で済んでいた。

 

 ──けど、重要なのはそこではないのだ。

 私と居たから彼は襲われた。私と話していたから彼は怪我をした。

 

「……やだなぁ」

 

 このままじゃまた同じことが起こってしまうかもしれない。

 ◯◯だけじゃない。未来だってどんな目にあってしまうかわかりたくもない。

 じゃあ離れないと。二人から遠ざかれば私の、私の大切なものは守れる──。

 

「ここにいたか」

「──ひゃ!」

 

 思わず変な声を上げてしまったのに少し恥ずかしくなりながらすぐさま後ろを振り返ると、先程までの悩みの種の一つであった◯◯が何やら両手に持ちながら立っていた。

 

「……◯◯」

「何思春期全開に悩んでるんだ? 未来もお前の母さんも心配してたぞ?」

 

 手に持っていた缶ジュースを渡してきながら、随分とあっけらかんと話し掛けてくる◯◯。

 

「……別に。ちょっと考えてただけ」

 

 その態度が多少気に入らなかったのか、ただ単に余裕がなかったのか。はっきりとはしていなかったが、ついつい強めに言葉を返してしまう。

 

 せっかく心配してくれたのに怒るかな。そろそろ嫌われちゃうかな。

 さっきまでとは正反対に嫌われたくないという思考が強くなる。

 なんとも情けないことだ。これでは誰よりも身勝手なのは私と自覚しているだけだ。

 

「……ふーん」

 

 そんな私を見て何を思ったのか、缶ジュースの栓を開け、一口飲みながら私の隣に座ってくる◯◯。

 

「どーせ、また私のせいでとか思ってるんだろ? んで流石に俺たちから離れないと……ってか?」

「……よく分かるね」

「図星かよ。……随分と辛気臭い顔してっからなんだと思えばそんなことかよ」

 

 まるで自分の葛藤が馬鹿馬鹿しいものであるかのように笑う◯◯。

 それには流石に私も怒りたくなった。

 

「……なんでそんな風に言うのさ。だって、私といるから◯◯も、未来も──」

「そうやって自分が悪いみたいに言ってんのが馬鹿って言ってんだよ」

 

 私の反論をピシャッと切り捨ててくる◯◯。私も負けじと言葉を返そうとするけどあちらの言葉の方が強く早かった。

 

「最近ずっとそうだよな。私が悪い私がいけないって。全部が全部お前一人のせいで起こっているみたいにさ」

「──っ、でも──」

「自惚れも大概にしろよな。今回の誘拐されたのだって誘拐した奴らが馬鹿なだけ。あのライブだって言っちまえばノイズが悪いだけ。それだけだろ?」

 

 あっけらかんとそう言ってのける◯◯。

 でもそれは、それで良いのだろうか。そう言う風に考えても良いのだろうか? 

 

「難しく考えんなよ。少なくとも、俺や未来はお前といたいからいるだけなんだからさ。大体お前に魅力がないのならもうとっくに離れてるよ」

 

 そう言ってこちらに手を伸ばしてくる◯◯の表情はいつものようにちょっと無愛想で、けど優しいそんな顔であった。

 

 だからつい涙が溢れてきてしまった。その胸に飛び込んでしまった。

 いきなりで驚いただろうに彼は何も言わずに受け止めてくれた。子供のように泣き喚く私の背を撫で続けてくれた。

 

 昔から変わらずにある彼の香り。とっても落ち着く成分でも入っているんじゃないかってぐらいには心が安らぐ。

 

 どれくらい彼の胸を借りていただろうか。ふと空に目を向けてみるとすっかりと空は暗くなっていて、珍しいことに綺麗に星が見える空であった。

 

 

「……もういいのか?」

「うん。ありがと◯◯。おかげで元気出たよ」

「──そっか。なら良かった」

 

 散々泣きわめいて少し喉が渇いたので未だに栓の開いていない私の缶を開ける。

 ……ぬるい。炭酸が実に微妙な味を形作っている。けど。とっても美味しい。

 

「……なあ」

「うん?」

「俺はさ。洸さんをそこまで攻める気にはなれねーんだ」

 

 ごくごくとジュースを飲む私にゆっくりと話しかけてくる◯◯。それは本来私の心を揺らす言葉であるはずなのに、あんまり揺らつかなかった。

 

「……前にも言ってたよねそれ」

「ああ。あの時は俺の言うタイミングが悪かったから喧嘩になったんだよな」

「……そうだね」

 

 以前、お父さんが出て行ってすぐに同じようなことを◯◯の口から聞いていた。

 その時はさっきと同じぐらいには気持ちに余裕がなく◯◯と口論になってしまったんだっけ。

 ……今なら最後まで聞ける気がする。

 

「……あの人が出て行く前日にちょっと話してな。……俺なんかに弱音を吐きまくっててさ。もうこの人は限界だってガキの俺でもわかるぐらいにはぼろぼろだったよ」

 

 知らなかった。お父さんが◯◯と話していたなんて。

 お父さんは私たちに当たることはあったけど、それでも私たち家族に向かって弱音を正面から吐いたことは本当に少なかった。

 

「正直、出て行ったことに関しては俺が言えることなんてなんもねぇと思ってる。……まあ、響達に手を出していたことはだめだと思うけどな」

 

 彼は少し遠くを見るような目をしながら言葉を続ける。

 彼の家で父親を見たことはない。だからか、私のお父さんに少し懐いていた記憶があるため複雑な心境ではあると前に言っていた。

 

「だからまあ、なんだ。……響」

「うん」

「──俺はいなくならないよ。お前がいつも笑って過ごせるその日まで」

 

 はっきりと私にはそう聞こえた。その一言が、その言葉が心の隙間をすっぽりと埋めた。

 

「……あーもうっ! だから帰ろーぜ。今日は未来も呼んでうちでご飯食べるからさ」

 

 恥ずかしくなったのかばっと立ち上がりこちらに手を伸ばしながら彼は言う。

 

「帰ろうぜ。響」

「……うん。よーし! そうと決まればいっぱい食べちゃうからねー!」

 

 その手を掴み立ち上がる。

 もう二度と放したくないその手。彼はいつの日か離れていくことを考えているようだけれど、絶対に放すもんか。

 

「◯◯っ!」

「ん?」

「大好きっ!!」

 

 ──そう固く決意したのはその日。取りこぼさないために、私は今日も繋ぐんだ。

 だから◯◯。いつまでも、ずーっとず──っと一緒だよ? 

 




 なお響のこの言葉は幼馴染としてしか受け取られていない模様。
 

 こんな感じで一人ずつ書けたらなと思います。今年中には全員行きたいですね。
 話変わるけどシンフォギアと英雄王のクロス書きたい。遅すぎる神と人の決別にどう反応するか書いてみたい。

 


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小日向未来

 小日向未来は立花響の親友である。

 彼女にひだまりと称される彼女だが、それが誰にとっても暖かい場所であるかといえばそうではない。

 

 道に倒れている人がいれば声を掛けるだろう。電車内で座れないお年寄りがいたら席を譲るだろう。

 けれど、嫌いな人間だって当然存在する。この人とは合わないと感じる性格の人だっている。そんな普通の女子高生──それが小日向未来である。

 

 そんな彼女だが、確かに彼女には他の人間にはない強みがある。

 それは愛の強さ。何よりも想い、誰よりも深い愛を自身の大切な者に示せる女の子。それが小日向未来の強みであるとされる。

 喧嘩もする。仲違いもする。けれど、決して思いやることを忘れない一貫した愛。

 

 それが生まれつきだったのか。それとも何か特別な体験を経てそうまで至ったのか。

 どちらでもない。普通に生き普通に育ち普通に学んできただけである。

 

 さて、では何故そうなったのか。

 昔からの親友である立花響の存在か。友人の中でも近しい雪音クリスの影響か。

 それは若干異なる。前記二人──特に響──のも理由はあるのかもしれない。事実間違ってもいない。

 だが、大元の原因であるのはもう一人にして最初の幼馴染であるとある男の子が関係しているのである。

 

 

 

 小日向未来が彼と初めて会ったのはまだほんの小さな頃。家から出るときは母親の足にくっついて離れないぐらいに小さく幼い頃であった。

 未来の母親と彼の母親──詩織さんと仲が良かったからか、彼の家に連れて行かれたのだ。

 知らない家、知らない大人。そのどれもが小さな子どもにとっては未知。恐れが何よりも強く出てしまい、母親同士で話している傍らで泣いてしまいそうになったのだ。

 

「──いっしょにあそぼ?」

 

 今でも覚えている。あの閉塞感と何もわからない恐怖の中、話しかけてくれた男の子を。

 その一言でどれだけ救われたか。この時の安堵と戸惑いは今でも忘れていない。今でも彼の顔を見ると少し浮かんでくるぐらいには記憶に刻まれている。

 彼にとっては多分なんでもないことなのだろうが、それでも消える事は無い。

 

 多分このときからなのだろう。私が、小日向未来が彼を好いていたのは。彼の笑顔に救われていたのは。

 

 

 そうして彼と出会い、一緒に同じ幼稚園に入った響と出会ってからは三人で行動することが中心だった。

 私も響も外で遊ぶのも好きだったからかそこまで離れる理由がなかったのも一緒に入れた理由の一つであろう。そうでなければ小学校なんて同性と遊ぶ方が常になってくるはずだから。

 

 彼も響も普段は人に合わせるが、ここぞと言うとき割と自分の道を突き進むタイプだったから大分苦労した。彼の家にお泊まりしたときのカレーの味や布団の位置。今でもたまにある三人で寝るときの位置は、そうやって固定されていったのだ。

 

 こんな日々が続いていけばそれはどんなに嬉しいことか。

 そんな風に考え始めたのはいつか。あのライブの後、響が大衆という悪意に苛まれ始めたあの時からであろうか。それとも中三のあの日。ふと気になり彼のお父さんについて聞いたときか。

 

 

 ちょうど彼の誘拐事件が解決された後、響が学校に来なかった日があった。

 それだけなら特にたいしたことではないのだが、放課後に響のお母さんから一緒にいるかと聞かれたときには心臓がはじけそうになるほどに不安がよぎった。

 

「……探してくる。多分だけど場所わかるから、未来は俺の家でカレーでも作っててくれ」

 

 急いで彼に相談したら少し考えた後、彼は私に向かってそう言ってすぐに駆けだしてしまった。

 本当は私の探しに出たかったのに、反論の余地も与えないほどに一瞬で走り去ってしまったのでしょうがなく彼の言う通りに家に向かった。

 

 お仕事が忙しいらしい詩織さんが珍しく家にいたので事情を説明すると、なら一緒に料理しましょうと言って台所に立ったのだ。

 料理がそんなに得意ではない私にもわかるぐらいには手際よく調理を進めていく詩織さん。そんな姿を見て、そういえばと疑問が一つ湧いた。

 それは彼の父親について。彼からあんまり聞いたことがないその人について気になってしまったのだ。もしかして、この料理の腕はその人のために養われたのかなと。

 

「……そうねぇ。懐かしいものね」

 

 案外軽く話されて多少戸惑った。聞いちゃいけないことかと思っていたが別にそんなこともないのかな。

 前々から疑問には思っていたのだ。彼からは離婚したとしか聞かなかったけど、こんな優しそうな人が別れるなんてよほどの理由があったのだろうかと。

 

「……理由なんてたいしたことはないのよ。ただ女作られて逃げられただけっていうつまらない話」

 

 一旦包丁を止めてそう言った彼のお母さんの表情はとても寂しそうな貌であった。

 こんなに綺麗な人を捨てて他の人と一緒に行ってしまうのは随分と非道い人なのだろうなというのが印象だ。

 

「結局、過去にどれだけ大きなことがあったってそれからの愛が続くと言われたらそんなことはないのよ。まあ未来ちゃんや響ちゃんぐらいの年の頃はまったく信じられなかったんだけど」

 

 再度手を進めながら笑って話す彼女が一瞬、頼りになる大人ではなく小さな少女のように見えてしまうぐらいには寂しげな笑みに見えてしまった。

 

「──だからね。未来ちゃんも男はちゃんと選ばなきゃだめよ。……あの子も未来ちゃんや響ちゃんみたいな可愛い娘にもらってもらえると嬉しいんだけどね」

 

 丁度料理が終わった頃にそう締めくくられ、また仕事があるからとすぐに家を出る詩織さん。

 一人でどれくらい待っただろうか、再び扉の開く音がして彼と響が帰ってきた。謝る響に一言だけ軽く言って皆でご飯を食べ始めた。

 最初はちょっと気まずそうに食べていた響だったが朝から何も食べていなかったらしくスプーンを進めるごとにすっかりいつもの響に戻ってくれた。

 

「あー! それ私が目を付けてた唐揚げ!」

「ばーか! これは俺が先に食べようと思ってたんですー! だから俺のですー!」

「もう二人とも! 行儀が悪いよ!」

 

 一緒に食卓を囲む。

 

「今日は私真ん中ー!」

「いいけど寝相悪くして転がってくんなよー」

 

 一緒の布団で寝る。

 

 変わらない。本当に昔からこんな馬鹿馬鹿しい光景をずっと見てきたのだ。

 それがどんなに幸せなことか今なら多少理解できる。今日みたいに響がいなくなってしまったら、あるいは彼がどこかに行ってしまったとしたら私には耐えきれる気がしない。

 

 どんなに時が経ったって、どれだけ大きな変化があったって、私はこの当たり前の日常を過ごしていきたい。

 失うかもしれないと感じてようやく、心の底からの思いをこのとき初めて認識することができた。

 

 隣の布団では案の定響が彼の布団にごろごろと侵入している。嫌そうにしていた彼であったがなんだかんだで無理矢理戻そうとはしていない。これも昔から変わらない光景の一つ。

 

「……ずっと、こうして一緒にいれたら良いな」

 

 ふと漏れた呟きはその溢れる思いの象徴であるのは間違いない。

 だって、口に出してそれがとても今の自分にはしっくり来ているのだから。それが偽りでないことは自分が一番証明できる。

 

 私も一緒の布団に転がり込む。彼にとっては狭いかもしれないが、まあ今日くらいは我慢してもらおう。

 

 ――大好きだよ二人とも。

 だからね? 例え何があろうとも、いつまでもこうやって笑っていけたら嬉しいな。

 

 




 たくさんのお気に入りありがとうございます。息抜きに書いていた物ですのでこんなに見てもらえると思っていませんでした。
 未来さんはなんかこう、原作でもあれなので本作品では分散されて少しましになった気もします。嘘です全くそんなことはありません。
 もっと書きたい話もあったのですが何でか勝手に手が動いた結果こんな感じになりました。難しい。


 感想にあった◯◯を使うことについてですが一応理由はありますが、一番は単純にそういった他人称を使ったときにしっくりくる文を書けない作者の実力不足です。
 ですので、また使ってしまう場面があると思います。読みにくい方やそれが嫌いという方には本当に申し訳ございません。
 


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