ようこそサーヴァントのいる教室へ (小狗丸)
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ようこそサーヴァントのいる教室へ

 昔、大きな戦争があった。 戦争は終わり、世界は平和になった。

 

 大きな戦争は世界中の人々に一つの「変化」を与えた。

 

 それは「聖杯」。透明な魔力を産み出し、その魔力を使うことで過去の英霊を甦らせて「サーヴァント」と呼ばれる使い魔にする大魔術を可能とする奇跡。

 

 世界中の人々が「聖杯」を手に入れたことにより、サーヴァントを召喚して従わせる「マスター」の数は爆発的に増えた。そしてやがてサーヴァント同士による戦い、本来ならば魔術師による儀式である「聖杯戦争」は、世界で最も有名で人気のある競技として世界中に知れ渡ったのだった。

 

 そんな聖杯戦争が一般的になった現代に、聖杯戦争を教育のプログラムの一部に取り入れている特殊な学校があった。

 

 

 

 高度育成高等学校。

 

 そこは「真に社会に貢献できる人材を育成する」という理念のもとに創設された日本国内でも屈指の進学校であり、卒業生は望む大学や企業に百パーセントの確率で進学あるいは就職出来るとされている。

 

 そして高度育成高等学校は百パーセントの進学、就職率以外にも他の高等学校にはない特徴が三つある。

 

 一つ目は全寮制で一度入学すると卒業までの三年間、特例を除いて外部との接触を完全に断つ徹底した態度。

 

 二つ目は「Sシステム」という、学園の敷地内にある娯楽施設の仕様や店内にある商品の購入に使用する、学園内専用の電子通貨とも言えるポイントを全校生徒に与える制度。

 

 そして三つ目は「聖杯戦争」。これは新しい新入生が入学する度に、学校がその新入生達の中から七人のマスターを選んでサーヴァントを召喚させて行うのだが、詳しい内容は知らされていなかった。

 

 

 

「……『彼女』からもらった情報によればもうそろそろか」

 

 高度育成高等学校に入学してから半月程経ったある日の夜。俺、伊織(いおり)光一郎(こういちろう)は建物の陰に隠れながら、目的の人物がやって来るのをじっと待っていた。

 

 最近知り合った「彼女」の話によれば、俺が待っている人物は大体この時間帯にこの辺りを通るらしい。

 

『ねぇ、本当にここにやって来るの? もう三十分以上もここで待っているよ?』

 

 突然、俺の隣から女性の声が聞こえてきた。声がしてきた方には誰の姿も見えないが、俺はそこに一人の人物がいる事を知っていた。

 

「来るよ。彼女は嘘はつかない……とは言わないが、何の意味がない嘘はつかないよ」

 

『そりゃあね? あの銀髪の美少女ちゃん、中々に油断ならない雰囲気を出していたけど、こうも待ってばかりだと退屈で……おっと』

 

「どうした?」

 

 突然女性の声が途切れて俺が声が聞こえてきた方に視線を向けると、相変わらず声の主である女性の姿は見えないが、それでも彼女の気配が先程と変わっているのは分かった。

 

『ふぅん……。どうやら情報は本当だったみたいね。マスター君、来たよ』

 

 女性の声を聞いて俺はすぐに建物の陰から相手に気づかれないように顔を出す。すると一人の男がこちらに歩いて来た。

 

 その男は俺と同じ高度育成高等学校の制服を着ていて、年齢も俺と同じくらい。そしてその男は何やら興奮しているようで、こちらに気づかず何やら独り言を呟いていた。

 

「やった……! やったぞ。ついに『サーヴァント』を召喚出来た。これで俺も『マスター』の一人だ……! 『聖杯戦争』はSシステムにも大きく関係しているっていうし、俺が聖杯戦争のマスターだと知ったら、葛城も決して俺を無視できないはずだ」

 

 サーヴァント。マスター。聖杯戦争。

 

 ご丁寧な事に聞きたかったキーワードを全部呟いてくれたお陰で、あの男が今年の新入生から選ばれた七人のマスターの一人だと確信が持てた。

 

『あらら~。こんな夜中だとはいえ無用心ね? 誰が聞いているのか分からないんだから、自分の正体を簡単に口にしたら駄目でしょ?』

 

「同感。……それじゃあ、早速始めるよ」

 

『了解♪ 期待して見ていてね』

 

 俺の言葉に女性の声が気楽な調子で返事をする。そしてその次の瞬間、今だに興奮した様子で独り言を呟いているマスターの男の前に一人の人影が現れた。

 

「え……!? だ、誰だ? アンタ?」

 

 マスターの男が戸惑った声を出すがそれは仕方がないだろう。何故ならその人影は何の前触れもなく、突然幽霊のように目の前に現れたのだから。

 

 更に言えばその人影の人物の格好も、マスターの男を戸惑わせる要因の一つだ。

 

 人影の人物は二十代頃の非常に整った容姿をしている活発そうな女性なのだが、星条旗のビキニを身に付けていて、両手にはどこかのゲームに出てきそうな刀と拳銃が一つになった刀剣がそれぞれ握られている。

 

 ……どこからどう見ても普通とは言えない格好であった。

 

「私? 私は『バーサーカー』。それだけ言えばもう分かるでしょ?」

 

「………!?」

 

 星条旗のビキニを着て奇妙な刀剣を両手に持った剣士の女性が「バーサーカー」と口にすると、マスターの男が全身を強張らせる。

 

 聖杯の力を持つマスターに召喚されるサーヴァントは、召喚される際に七つあるクラスの一つを与えられる。

 

 剣士の英霊「セイバー」。

 

 弓兵の英霊「アーチャー」。

 

 槍兵の英霊「ランサー」。

 

 騎乗兵の英霊「ライダー」。

 

 魔術師の英霊「キャスター」。

 

 暗殺者の英霊「アサシン」。

 

 狂戦士の英霊「バーサーカー」。

 

 つまり今「バーサーカー」と名乗った剣士の女性は、今年の新入生から選ばれた七人のマスターの一人、つまり俺に召喚された七騎のサーヴァントの一騎ということだ。

 

 そしてサーヴァントの一騎が、他のサーヴァントを召喚したマスターの前に現れた以上、それが意味するのは一つ。つまりはサーヴァント同士による戦い、聖杯戦争の始まりだ。

 

「……! こい! ランサー!」

 

 マスターの男がそう叫ぶと、全身が黒ずくめで棒らしきものを持った男が現れる。しかし剣士の女性、バーサーカーは新しく現れた黒ずくめの男を見て、少子抜けしたように言う。

 

「……何だ。せっかくサーヴァント同士の戦いができると思ったのに、サーヴァントはサーヴァントでもシャドウサーヴァントか」

 

 シャドウサーヴァントとは、一言で言えば「サーヴァントの成り損ない」である。一応はサーヴァントと同じ存在ではあるのだが、自分の意思を持たず戦闘能力も本来のサーヴァントよりも下で、サーヴァント同士の戦いを期待していたバーサーカーが肩透かしをくらった態度になるのは仕方がなかった。

 

「ば、馬鹿にするな! やってしまえ、ランサー!」

 

「ーーー!」

 

 バーサーカーの言葉に腹を立てたマスターの男の言葉に従って、ランサーがバーサーカーに攻撃を仕掛ける。その攻撃は普通の人間ならば避けるどころか反応する事も出来ないくらい速く、鋭いものなのだが……。

 

「よっ。はっ。とっ」

 

「………!?」

 

 バーサーカーはランサーが繰り出す槍の突きを全て余裕で避けていき、それを見たマスターの男が絶句する。

 

「うん。思ったより中々鋭い突きだけどまだまだね。……それじゃあ、今度は私の方からいくわよ」

 

 ランサーの攻撃を全て避け切ったバーサーカーはそう言うと、両腕を交差させる構えをとる。

 

「はっ!」

 

「ーーー!?」

 

 鋭い声を放ったバーサーカーは一瞬でランサーとの距離を詰め、交差させていた両腕を同時に振るい、両手に持っていた刀剣でランサーの両腕を切断した。そしてそのままバーサーカーはまるで踊るように両手に持つ刀剣を振るい、ランサーの体を斬り裂き、貫いていく。

 

 時間にして僅か二、三秒でランサーはバーサーカーによって体を十数個の黒い肉片に変えられた。そしてランサーであった十数個の肉片は地面に落ちるよりも先に黒い粒子となって、空中に溶けていった。

 

「そ、そんな……。俺のランサーが……」

 

 自分のサーヴァントがあまりに呆気なく倒されたのを目の当たりにしてマスターの男……いや、マスター「だった」男はその場で力無くへたり込んでしまう。

 

 まあ、サーヴァントをようやく召喚できて聖杯戦争に参加出来ると思った矢先にすぐに敗退してしまったら、そうなるよな。だけど同情はしない、俺も聖杯戦争の優勝を狙っている以上、敵は倒せる時に倒すべきなのだから。

 

 とにかくここにはもう用はない。バーサーカーがランサーを倒したのを見届けた俺は、周囲に人目がないか充分注意しながらこの場を離れる事にした。

 

 

 

 バーサーカーとランサーとの戦いから一時間くらいたった後。俺は高度育成高等学校の学生寮にある自分の部屋へと帰ってきていた。

 

 学生寮の部屋は防音性が完璧である。自分の部屋に戻り、戸締りを終えた俺はようやく安心して、自分のサーヴァントを呼んだ。

 

「もういいよ。出てきてくれ、バーサーカー」

 

「はーい。マスター君、お疲れ。どうだった、今夜の私の戦いぶりは?」

 

 笑みを浮かべて聞いてくるバーサーカーに、俺もまた笑みを浮かべて答える。

 

「凄かった。もうそれしか言えなかった。俺はとても強力なサーヴァントと契約できたみたいだ」

 

 バーサーカーは俺の答えに満足したのか、笑みを深くして胸を張った。

 

「うんうん。当然ね。任せてよマスター君。必ず私がマスター君を聖杯戦争で優勝させてあげるからね」

 

「ああ、期待している。これからもよろしく、バーサーカー」

 

 自信ありげに言うバーサーカーに、俺は信頼を込めて言葉を返すのだった。

 

 

 

 高度育成高等学校。

 

 ここはサーヴァント同士の戦いである聖杯戦争を教育システムの一部に取り入れている世界で唯一の学校。

 

 聖杯戦争のマスターに選ばれた学生は、同学年の他のマスターとそのサーヴァントと戦い合い、優勝したマスターの学生には学校から大きな特典が与えられる。

 

 これは俺、伊織光一郎とバーサーカーが自らが望む未来を掴むため、聖杯戦争で優勝を目指す物語だ。



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