私の名前は『結城友奈』である (紅氷(しょうが味))
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序章『私の名前は結城友奈である』
一話


題材的にはn番煎じではありますが投稿させていただきます。



 

 

それは唐突に────あまりにも突然の出事だった。

いつからか、ぼうっとおぼろげな視界の中で声が聞こえてきたのだ。

 

 

「──勇者は傷ついても傷ついても、決して諦めませんでした」

 

 

『誰か』が語り掛けている。寂しげに……静かに話していた。

身体が動かない。今理解できるのはその”誰か”からの声だけ。

私は耳を傾ける。

 

「すべての人が諦めてしまったら、それこそこの世がすべて闇に閉ざされてしまうからです」

 

闇。ああ──それは私もよく知っている。なぜなら私はそこから生まれたのだから(、、、、、、、、、、、、)

淡々と語り手は話していく中で私は自身の生い立ちを理解する。でも私はまだ『わたし』をしらない。

 

「勇者は自分が挫けないことがみんなを励ますことだと信じていました」

 

勇者。それがなんのことを指しているのか理解できない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

しかし語り手は聞く限りだと私に向けて話しているようだ。

 

────勇者。嗚呼、なんでだろう……とても大事な言葉の気がする。

 

挫けないことがみんなを励ますのだと、語り手は言った。

私は理解できない。けれど『わたし』という存在を問うた時、とても重要なピースとなり得るのかもしれない。

 

 

「そんな勇者を馬鹿にする者もいましたが……勇者は明るく笑っていました」

 

なぜ、笑っていられるのだろう?

 

理解できない。何も分からない私ではあるけれど、その光景は決して笑っていられるような状況ではないはずだ。

悔しいはずだ。悲しいはずだ。苦しいはずだ。痛いはずだ。

 

────なんで、それでも笑っていられるのだろうか。

 

「意味がないことだと言う者もいました」

 

その通りだ。挫けずにいることも、笑っていることも意味のない行動だ。諦めてしまうのが普通のはず、なんだ。

 

「それでも勇者はへこたれませんでした」

 

 

……どうして。

 

 

「みんなが次々と魔王に屈し、気が付けば────勇者は独りぼっちになっていました」

 

当然の結果だ。抗い続けた果てに独りなのだとしたら、それは必然なんだ。

それは勇者も分かっていたはず。

 

「そして勇者が独りぼっちであることを誰も知りませんでした」

 

……なんて哀しいことなのだろう。頑張った成果がこれなのだとしたらあまりにも惨すぎる。

 

「独りぼっちになっても……それでも勇者は…………戦うことを諦めませんでした」

 

……どうして。

疑問が尽きない。なんでこんな仕打ちを受けてもまだ、戦うことができるの?

 

「諦めない限り……っ。希望が終わることが──ないからっ!」

 

すすり泣く声が聞こえてくる。それは語り手からだ。

『諦めない』。

 

────なるほど。『諦めない』ことこそが……勇者の原動力なのね。

 

空っぽの私だけど、何かが注ぎ込まれていくのが分かる。暖かいなにかが。

 

「何を失っても────それでも……ひっぐ……う、うぅ」

 

泣かないで!(、、、、、、) どうしてあなたが泣いてしまうの?

なぜだか私は酷く悲しみを覚えた。

 

でも、身体が意思に反して動いてくれない。動け……。

 

 

「それでも私は…………一番大切な友達を失いたくないっ!!! 失いたくないのッ!!!」

 

語気が強まり、嗚咽と共に吐き出される嘆きに私は頬に熱いものが伝わるのが理解できた。

少しずつ感覚が戻り始めていく。でもまだ何かが足りないのか、動くには足らない。

 

動け……動いてよ!

 

 

「嫌だ……いやだよぉ……っ! 寂しくても、辛くてもずっと……ずっと私と居てくれるっていったじゃないッッ!!」

「────。」

 

 

そうだった。(わたし)は────ずっとそばに居るって誓ったんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いるよ」

「────えっ?」

 

 

 

 

 

私は唇を小さく動かして音を表出する。

喉の奥が苦しい。だけど、伝えなければならないんだ。

 

 

「……一緒にいるよ。ずっと……あなたと」

 

よかった。ちゃんと言えた。言いたいことを。

私の言葉だけど、どこか『わたし』じゃない言葉だったのかもしれない。

 

でもさっきまでの苦しい気持ちがスッと消えていくのが分かるの。

 

首だけ動かして語り手を視る。可愛らしくも、美しさを兼ね備えた少女が涙一杯に流すその顔を拝むことができた。

そしてその表情を見て理解する。

 

────そうだ。私にも流れているこれは『涙』なのね。

 

「…ゆうな、ちゃん?」

 

信じられないものを見るような、そんな潤んだ瞳に私の姿が揺れて見えた。

赤髪で翡翠色の瞳(、、、、、)

これが……私なのだと。

 

ゆうなちゃん、と目の前の女の子は言った。それはきっと私の名前(、、、、)だよね?

応えてくれる人はもちろんいない……いや、それよりちゃんと言葉を返してあげないと……。

 

 

──この女の子の悲しむ顔は見たくないから。

 

 

「うん……ゆうな(、、、)だよ」

「あ、あぁ……友奈ちゃんッッ!!」

 

 

私の言葉を聞いた彼女は私の手を取ってぎゅっと握ってくれた。

温かい命の鼓動を感じ取った。私も微力ながら彼女の手を握り返す。

 

きゅ、きゅっと。

 

弱々しいけれど、とても非力だけども。私は手を握った。

彼女はそんな私の行いによって更に泣き始めてしまった。

 

ああ、よわったなぁ……泣かせるつもりはなかったのに。

 

「ゆうなちゃん……友奈ちゃん……!」

 

もう……せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?

落ち着いてもらうためにも私は彼女の手の指の間に私の手の指を絡めてぎゅっと握ってあげる。

 

ハッと俯き気味だった顔を上げてくれた。私は出来る限りほほ笑んであげる。

 

「聞こえていたよ。全部……ちゃんと。だから、泣かないで……ね?」

 

ふと、手のひらに何かが握られているのに気が付く。

ちらっと見てみると短冊のような、小さな紙が握られていた。

 

五枚の短冊……いや、しおりかな?

 

それが何を意味しているのかわからないけど、きっとこれは大事な物なんだ。

視線を再び戻して彼女と向き直る。涙は流れているけど、さきほどとは違う雰囲気に私は内心よかったと安堵した。

鉛のように重く感じる腕を上げて彼女の頭を撫でる。

 

さらさらしてて気持ちいいな。

 

「────おかえり、なさい」

「うん。ただいま」

 

これでいい。

きっと『わたし』はこう言うはずだよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はというと、冷静さを取り戻した彼女が急いでお医者さんを呼んでくれて、すぐさま病棟にいって精密検査をした。

道中も、検査中も出来る限り近くに居て手を握っててくれたんだ。嬉しかった。

 

あれよこれよとしているうちに日も沈み始めたころ。

案内された病室で私はベットに身体を預けて、その傍らで彼女が座っている状態だ。

 

ばれないように。不自然のないように気を付けないといけない。

 

「……具合はどう友奈ちゃん。どこか痛いところとかはないかしら?」

「ありがとう東郷さん。うん、大丈夫だよ」

「よかった……」

 

心底安堵して胸を撫でおろしていた。…大丈夫だよね?

名前は検査中にたまたま耳にする機会があったので、忘れないように覚えておいたから本当によかった。

さすがにずっと名前を言わないのは違和感がでちゃうだろうから私も安心する。

 

それと自分の名前も知ることができた。『結城友奈』……それが、私の名前みたい。

どうやら私は目覚める今日まで意識がなかったらしい。

東郷さんから聞いた話だといつ目覚めるか分からない状態だったようで、私は一体どうしてこうなってしまったんだろう、という疑問が残った。

そして私には記憶がない(、、、、、)。忘れているというより、無いというほうが正しいね。

 

…私の前の『わたし』は東郷さんとどう接してきたのだろうか。

 

「友奈ちゃん? ぼうっとしてるよ」

「へっ!? あ、ごめんなさい。ちょっと少し混乱してて……」

「無理もないわ。ホントに大変だったものね……でも、ほら」

 

言いながら東郷さんは椅子から立ち上がってみせた(、、、、、、、、、)

……私は正直言って東郷さんがなにをみせてくれているのか分からなかった。その場で足踏みするように動いているみたいだけど。

 

「え、えと……」

「………?」

 

どう反応してあげるのが正しいのか思案に暮れていると東郷さんが不思議そうにこちらを見てきた。

…しまった。沈黙が長すぎちゃった。なにか、なにか……

 

「あ、あの……! すごいね!」

「え、ええ。そうね……自分でもびっくりしちゃうくらい順調に回復していっているのよ?」

 

私の反応が考えていたものと違ったのか懐疑的な視線が送られる。

……ダメだ。こんな調子じゃすぐにばれてしまう。そうしたらまた東郷さんが悲しんでしまう(、、、、、、、)

 

それこそダメ。ならばここまでの反応から察するにきっと、

 

「──わぁ、本当によかったぁ! 東郷さんとこれから一緒に歩いて学校に行けるね!!」

 

精一杯…そして目一杯の笑顔と共にこれまでのパズルを組み立てていく。

彼女の姿が制服姿、立ち上がって脚に触れたことである程度の予測は建てられた。

表情は引きつっていないよね? 口調も、声のトーンもこれで間違ってないよね?

 

瞳の奥で様子を伺う。すると彼女は柔和な笑みを浮かべていた。

 

「うん。でもその前に友奈ちゃんもちゃんと療養すること。安心して、私が毎日お手伝いするわ」

「東郷さん頼もしいよー。ありがとう!」

「友奈ちゃんのためだもの。当然よ」

 

お互い笑い合う。東郷さんは私をこんなにも気にかけてくれて自然とこの言葉は本心から出てくれた。

同時に『わたし』はとても快活で明るい女の子なのだと彼女の反応を見て理解する。

 

この後も継ぎ接ぎながら何とか面会時間一杯まで会話をしていくことができた。

帰り際に明日は勇者部の人たちもお見舞いに来てくれるらしい。

 

勇者、という単語に思わず反応しちゃってここでも不思議がられちゃったよ。

いけないいけない。

 

手を振って彼女を見送り、病室には私一人になる。

 

 

「…明日は東郷さん以外の人がくる。ちゃんといつも通りを貫かないとね」

 

両手をグーにして意気込む。

ちゃんと話せるか心配ではあるけれど、今度は不安はなかった。

それは東郷さんと話していてきっとその人たちも優しい人たちなのだろうと確信めいたものがあったからだ。

 

いつか……いつか本当の『わたし』が戻ってきたときのことを考えてなるべく、自然に受け入れられるように。

その時、私がどうなってしまうのかわからない。

 

私は元々からっぽの存在だった。けど、そこに東郷さんが『熱』を灯してくれた。

せめてこの『熱』が消えてしまうまでは、私は『結城友奈』として生きていく。

 

そう決めたんだ。

 

 

 

 

 




結城友奈として演じ生きていくことを決めた彼女。

分岐点は最初の目覚めるその瞬間。
彼女の目指すその先に待つものは……といった感じでしょうか。



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二話

暗い闇の中でいつも考えてしまうことがある。
瞼を閉じて明日を迎えたら自分はどうなっているのだろうと。

暗い闇の中でいつも考えてしまうことがある。
今日もまた夜を一つ越えたという事実を。

真っ暗な闇の中でいつも考えてしまうことがある。
明日もまたみんなと笑い合っていきたいなって。





 

 

 

 

次の日。私は早朝に目が覚めた。

 

「……おはよう。『わたし』」

 

私一人の病室で天井を見上げながら『わたし』に挨拶する。

夢は、見なかった。暗くなって眠って、そして目がさめる。ただそれだけ。

 

目が覚めたら元の『わたし』に戻っているのかなと考えてみたが、今この瞬間を映している風景は変わらず。意識は私のまま。

私が一日生きて、『わたし』が一日を失っていく。そんな気分に陥ってしまう。申し訳ないと。

 

────でも私は諦めない。いつか戻れると信じているから。

 

「んしょ……うんしょ」

 

足が未だ動かしずらいので車椅子に乗るのに苦労したが、何とか自力で座るとそのまま鏡のある場所に向かった。

看護師を呼ぶ手もあったけれど今は一人でいたい気分だったので頑張った。

 

「──改めて初めまして。結城友奈……さん」

 

鏡の自分に語り掛ける。東郷さんに少し伸びたねと言われた髪先を指で触りながら自分を見つめた。

口角を釣り上げて笑ってみるととても画になっている。やっぱり笑顔が似合う子なんだね。

 

なら出来る限り笑っていよう。きっとみんなはそれで安心してくれるはずだ。

他の表情も色々と試してみる。困った顔、悲しい顔、ムスッと怒った顔、嬉しい顔といろいろと。

 

自分の『顔』を覚えるためにやっていき、最後にまた鏡に向き直る。

 

「私は本当の『わたし』じゃないことを理解してるから。どうすればいいのか今は分からないけど、諦めず挫けずに頑張るからね」

 

そうだ。私は理解している。いつか消えてしまう『熱』だということも。

きっとこの身体に戻るべき時に何かしらの理由で『わたし』が間に合わなかった。だから代わりに私が生まれた。

 

『わたし』は居なくなっていない。それも確固たる証拠はないけれど、予感めいたものが心の中にある。

不安になる必要はないんだ。

 

「結城友奈、今日も一日頑張りますっ!」

 

翡翠色の瞳(、、、、、)に熱を宿し、私は自身に活を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間もすると、すっかりお天道様も登って青空と白い雲が目に映った。

本日は快晴、と窓の外を眺めていたらさっそく面会者が来てくれた。

 

昨日からお世話になっている東郷さんだ。

 

「おはよう友奈ちゃん。昨日はぐっすり眠れたかしら?」

「おはよー東郷さん!! うん、バッチリ安眠できたよ~」

「ふふっ、良かった。…あら、丁度朝食だったのね」

 

荷物を降ろして近くにあった椅子に東郷さんは腰かける。

彼女の言う通り病院から配膳された朝食を食べていたところだった。

 

しかし少々それに手こずっていたところ。今も小鉢に盛られている里芋さんを箸でつかもうとするが、ポロリとつかみ損ねてしまっている。

うまく箸を握れない。手元にスプーンはあるがリハビリも兼ねて挑戦してみるも悪戦苦闘していた。

 

そんな様子を目撃した東郷さんはくわっと目を光らせて私の手を取った。

 

「まだ無理しちゃだめよ友奈ちゃん! そういうことなら私が食べさせてあげるね」

「え、いいよー悪いから。東郷さんにこれ以上迷惑かけられないよ」

「そんなこと気にしちゃだめ。友奈ちゃんのお手伝いならどんなことでもやるつもりだから遠慮せずに頼って欲しいの」

「……うー。じゃあお願いします」

 

────ちょっと顔が怖いよ東郷さん。

 

彼女の圧に押されて私はお箸を手渡すと、東郷さんは慣れた手つきで里芋さんを摘まんで口元に差し出してきてくれた。

 

「はい、あーん」

「あ、あーん」

「よく噛んで食べるのよ……少し煮詰めが甘いわねこの里芋」

「もぐもぐ……」

 

言いつけ通りによく噛んで食べていると東郷さんはぶつぶつと目の前の料理の採点をしていた。

 

「──退院したら東郷さんの手料理が食べたいな~……なんて」

「ええもちろんよ。私もそのつもりだったから安心して。最高の和食を提供するわ」

「う、うん! 楽しみに、してるね?」

 

なんとなく口にしてみたセリフだったけど、こちらもまた凄い圧が……ッ。

東郷さんは料理に対して並々ならぬ情熱があるのかもしれない。

 

「と、東郷さん。次のもらっていいかな? あ、あーん」

「っ!!? ゆ、友奈ちゃん自らからおねだりしてくるなんて……こふっ」

「えぇ!!? 東郷さん急にどうしたのー?!」

 

口元から急に吐血しだした東郷さんに私は心底驚いた。

まさか彼女は重大な病気があったのかな!? もしそうなら急いでお医者さんを呼ばないといけない。

 

この人に何かあったら私はとても悲しくなる。元の『わたし』にも申し訳が立たなくなってしまう。

 

────あ、どうしよう。そう考えたら泣きそうになってきた。

 

東郷さんの手を握って私は零れそうになる涙を抑えながら彼女をみる。

 

「と、東郷さんどこか身体が悪いの? い、いやだよぉ…死なないで東郷さんっ!」

「ゆ…友奈ちゃん。だ、大丈夫私は……」

大好きな東郷さん(、、、、、、、、)に何かあったら私、わたしぃ…」

「だ、大好き……ぶふぁ!!?」

「わーーー!!?」

 

吐血の他に鼻血まで噴出し始めた東郷さん。

食事どころではなくなった騒ぎになり、巡回していた看護師に怒られてしまった。

どうやら東郷さんは病気ではなかったらしく、あまり気にしなくても大丈夫だと本人の口から聞かされて私はホッと一安心する。

 

でもその際に親指を立ててたけどあれは一体…?

 

 

 

 

 

 

なんとか無事? に朝食を食べ終えた私は一息ついて東郷さんと話していた。

 

「そういえば東郷さん、その荷物はどうしたの?」

 

訊ねる場面を逃していたが、最初に此処に訪れた際に持ってきていた大荷物。

東郷さんはこれね、とその荷物をこちらに運んでくる。

 

「これは友奈ちゃんの衣服よ。お母様から預かってきたの。普段着と寝間着の変えにタオル……それとし、しし下着ね!!?」

「わぁ、ありがとう東郷さん! でもなんでそんな慌ててるの?」

「な、なんでもないわ」

 

確かに衣類の替えは必要だった。すっかり忘れてたよ。

そういえば先ほどの騒ぎやらで汗をかいてしまったから着替えたかったんだ。さすが東郷さんだね、気が利くよね。

 

私は両手を前に出して彼女にお願いをする。

 

「東郷さん、お願いがあるの……まだ身体がうまく動かせないから東郷さんに着替えさせてもらいたいな」

「え””っ!?」

「あ……ごめんなさい。図々しかったよね……」

「そ、そそそそんなことないわよ。そうよね、仕方ないことだもの私がやってあげる! ……その前に一回汗を拭きとりましょう」

「ありがとう!」

 

一瞬ものすごい顔をされたけどやってくれるみたいだ。言った後に思ったんだけど、こんなに甘えてしまって大丈夫かな。

でも動かしずらいのは事実なのでここは彼女の厚意に甘えてしまおう。

 

両手をバンザイして脱がしやすくする。東郷さんはなぜか真顔のまま私のパジャマに手をかけてゆっくりと持ち上げた。

パジャマの下に隠れていた素肌が外気に晒されたことでとても心地がいい。

 

「し、下着も外すわね」

「うん、お願いします」

 

背中を向けて外しやすいようにする。なにやら背後で何かを押し殺す声が聞こえるような気がするけど気のせいかな?

パチ、とブラのホックを外してもらってこれも脱いでおく。

 

「はぁ…はぁ……それじゃあ背中から拭くから……痛かったら言ってね」

「はーい……ん」

 

手ぬぐいで背中を優しく撫でられる。はふぅ……気持ちいい。

 

「東郷さん上手だよ。凄いなぁ……なんでもできるんだね」

「こ、これぐらいなんてことないわ……」

 

本心から彼女を称賛する。美人で上品でなんでもござれなその立ち振る舞いにますます大好きになってしまう。

絶対元の『わたし』も東郷さんのことは好きだったに違いない。

 

────なら余計に今の関係を壊さないように注意しないとだね。

 

「う、後ろはこんなものね。あとは……」

「前もお願いできるかな東郷さん」

「ま、ままま前もっ!!?」

「だ、ダメかな?」

「──ハイ、ヤラセテイタダキマス」

 

少し恥ずかしいけど、最初から心にあった彼女に対する『好意』を考えるとこの人になら…ダイジョウブ。

東郷さんと向かい合わせになり私は隠していた手をどける。

 

「ゆ、友奈ちゃん」

「────恥ずかしいよ東郷さん。あんまり見ないで」

「あ、やば鼻血が……」

 

東郷さんの目がギラギラしている気がするけど……だ、大丈夫だよね?

もうこの場の流れに身を任せることにした私は目を閉じて待つことにした。

 

どきどきどき、と。心臓が脈打つ鼓動が大きい。

 

「……ごくり」

 

東郷さんが息を呑む。さあいよいよ触れられようとしたその時、ガラガラと病室の扉が開けられた音が聞こえた。

次いで複数人の声が室内に入ってくる音がしたので私はうっすらと瞼を上げてそちらを見てみる。

 

「ノックしても返事ないから入るわよー」

「友奈さん! お見舞いに来ました!」

「お、お見舞いに来たわよ友奈────って」

『あっ………』

 

 

東郷さんと声が重なる。ピシッと、その場の体勢で静止してしまう。

それは向こうも同じで私と東郷さんの現状の光景にフリーズしてしまっている。

 

上半身裸の私が目を閉じて顔を赤くしているところに東郷さんが詰め寄っている図が完成していた。

各々が状況を把握し始めていくと全員の頬が次第に赤くなっていくのがわかる。

 

「と、東郷あんたついに友奈に手を──!」

「ち、違が……! 風先輩これにはちゃんとした理由が」

「こ、こここここは病院ですよ東郷しぇんぱい!!? は、あわわわ」

「樹ちゃんだから誤解────」

「見損なったわよ東郷っ!! いくら友奈に関しては節操ないアンタでも弱っている時に襲い掛かるなんてことするとは思わなかったわ!!」

「夏凜ちゃんまで!? 普段から私どう見られているの!!?」

「あ、はは」

 

羞恥心が私も限界まで来ていたので毛布を首元まで持ってきて隠しておく。

きっとこの人たちが東郷さんの言っていた勇者部の人たちなのだろう。

 

にぎやかな人たちだなーなんて感想をすぐに抱いてしまうほどには好ましく思えた。

でもいい加減にフォローを入れておかないと東郷さんが可哀そうだね。

 

「あ、あの! 東郷さんには身体を拭いてもらってただけなんです。悪く言わないで欲しいかなぁーって」

「……友奈、あんたもうちょっと危機感を抱いたほうがいいわよ」

「え、えと風…先輩? なんでですか?」

 

確か東郷さんは彼女のことをそう呼んでいたはず。

 

「あの子はね。友奈を前にすると野獣になっちゃうのよ」

「や、野獣ですか」

「そう……言うなれば飢えた獣の檻に一羽の兎を放り込むようなもの。友奈あんたはね、一羽のか弱い兎なのよッ!!!」

「わ、私……東郷さんに食べられちゃう、の?」

「あ、でもまぁ比喩だからね。いくら東郷でも……あれ、なんか言い切れないわね」

「誤解よ友奈ちゃん! 私は野蛮な獣ではなくあなたに寄り添うもう一羽の兎だから…っ! 信じて友奈ちゃん!」

「東郷さん…! うん、私ちゃんと信じてるよ」

「寄り添おうとしている兎が鼻血垂らしてるのはどうかとおもうけど?」

「……とりあえず友奈先輩。服、着た方がいいんじゃないでしょうか?」

 

傍らにあったバックから洋服を取り出してくれた。えっと、たしか樹……さんだったかな。

 

「ありがとう樹さん(、、、)

「へっ? ”さん”??」

「あっ……ごめん、樹”ちゃん”! ちょっと動揺しちゃって」

「い、いえ」

「しっかりしなさいよ友奈……って目覚めたばっかりだから無理もないか」

「心配してくれてありがと夏凜ちゃん」

「べ、別に……」

 

あ、顔を赤くしてそっぽむいた。可愛い。

なんかこう……少しイジワルしちゃいたいぐらいの可愛さがこの子にある。

 

「ねえ夏凜ちゃん……お願いがあるんだけど」

「…な、何よ」

「夏凜ちゃんにお洋服着替えさせてもらいたいな」

「はあ!!? な、なんで私が……自分で着替えられないの?」

「うん。だから、ね? お願い♪」

「っ!!?」

 

ふふ……動揺しちゃって可愛いな。もしかしたら『わたし』もこうやって夏凜ちゃんにイタズラしていたに違いない。

するすると首元までかけていた毛布を少しずつ下げていく。

 

更に顔を赤くして口をぱくぱくとまるでお魚さんのようだ。

隣にいる樹ちゃんも目を丸くしてフリーズしちゃってるようだけど何かおかしなことでもしちゃってるのかな?

 

「は、はははい夏凜さん! よ、洋服デス!?」

「わ、わわ分かった……じゃ、じゃあしょうがないからやってあげるわよ」

「夏凜ちゃん……」

「な、なによまだ何か────」

「その前に下着もお願いしたいな♪」

「────。」

「あれ?」

「か、夏凜さぁん!?」

 

彼女の許容量がオーバーヒートしちゃったのか真っ白い煙がぷすぷすと上がっていた。

ほっぺをつんつんしてみるが反応なし。少しやりすぎちゃったかな?

 

とそこに夏凜ちゃんの背後に黒い影が。

 

「────夏凜ちゃん、あなた友奈ちゃんになにをしているの?」

「げぇ、東郷!?」

「友奈ちゃんのお世話は私の御役目なの! いくら夏凜ちゃんといえどここは譲れないわ」

「仕方ないでしょ! 頼まれたのは私なんだから引っ込んでなさいよ東郷」

「ふ、二人とも落ち着いてください」

「そうだよ夏凜ちゃん、東郷さん! 私のために争わないで……あいた!?」

「やめんしゃい!! 元はと言えば友奈がちゃちゃいれなければこうはならんかったでしょうが」

「わ、私ですかぁ!?」

 

軽いチョップを落とされ、風先輩に注意される。

その後はまたもや看護師の人に騒いでいたことを注意されて────今度こそ反省しました。

 

 



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三話

感想、お気に入り、評価共々ありがとうございます。


 

 

 

さて、勇者部の方々と顔合わせも済んで私自身の立ち位置というか、そういうものが少しずつ理解してきました。

私も彼女たちと同じ勇者部に所属していて活動していたことをここで知ることになります。

 

犬吠埼風先輩を部長として、妹の樹ちゃん、三好夏凜ちゃん、東郷美森さん、そして結城友奈さんの五人で構成されているみたい。

 

部活の内容は簡単に言って困っている人に手を差し伸べ、助けてあげる活動を主にしているんだって。凄いよね。

楽しそうな部活動だなぁと思う。私も退院したら頑張って活動に取り込もうと意気込み、今日からのリハビリに挑む。

 

東郷さんの介助もあってかその後の経過も順調で、予定していた時期よりも幾らか早く次のステップに踏み込めた。

今日はその第一歩だ。

 

リハビリ室に担当の看護師さん、そして東郷さんが見守る中で私は手すりのあるバーの前に車椅子を移動させた。

 

(──よし、がんばろー!)

 

内心意気込んで私はゆっくりと両足に力を籠める。

私が『わたし』になってから初めての行いに少しだけ不安が残るが、傍らには東郷さんがいるから何とか頑張れそうだ。

手すりに手を乗せていざ────

 

「わ!?」

「友奈ちゃん!!」

「あ、ありがとー東郷さん」

 

びっくりした。想定していた以上に脚力が衰えていたために前のめりに倒れそうになっちゃった。

看護師さんよりもいち早く私の所に駆け寄って支えてくれた東郷さんにお礼を言って一度車椅子に座りなおす。

 

「やっぱりまだ早いんじゃないかしら? もうちょっと時間をかけてゆっくり……」

「ううん。東郷さん、私はやく元気になってみんなを安心させたいんだ。そうしたら東郷さんと一緒に並んで学校に通いたいの」

「友奈ちゃん……」

「我がままでごめんね。でもこればっかりは……私の足で、頑張りたいんだ(、、、、、、、、、、、、)

「我がままなんて……うん、わかった。でも無理してるようなら止めるからね」

「ありがとう!」

 

ニッコリと笑って出来る限り安心させる。

でも確かに急ぎすぎて怪我でもしたら元も子もないのでまずは立つことを目標としよう────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、東郷さんに車椅子の主導を任せて院内の敷地を移動していた。

気分転換も兼ねて東郷さんが連れ出してくれたのだ。

 

「はぁー……」

「そんなに落ち込むことはないよ」

「だってー……」

 

結局、この日は歩くことまでは行けずに数分立つことだけで精いっぱいだった。気持ち的にもう少し頑張りたかったけど、東郷さんに待ったをかけられたから仕方ない。

私の不完全燃焼気味の気持ちに彼女は「もう…」と小さく息を吐いた。

 

「ゆっくり確実にやっていこうね。今日だけでも一人で立てたんだもの、十分な成果を得ているわ」

「…うん」

「一度やるって決めたらどこまでもやり切ろうとする癖は治らないわね。まあそこが友奈ちゃんの良いところでもあるのだけど」

「ごめんなさい東郷さん」

「謝らなくてもいいよ。ただ私の見える範囲でやってくれていればそれでいいから……ところで友奈ちゃん。ここで良いお知らせがあります」

 

それ以上は深く追求せずに東郷さんは話題を変えてきた。

なんだろう、と見上げる。

 

「──えっ、それ本当? 学校に通えるの?」

「うん。当初の予定より大分健康状態も良好でしばらくは車椅子生活にはなるけど退院も出来るそうよ。ご家族の了承も得ているらしいからあとは友奈ちゃん次第で家に帰れるの」

「わー、それはいいお知らせだね! これも東郷さんが居てくれたおかげだよ、本当にありがとうっ!」

「私は何もしてあげられてないわ。でも……うん、友奈ちゃんの喜ぶ顔が見れただけでも救われた気持ちになるから私からもありがとうかしらね?」

 

私の手の上に自分の手を重ねて握ってくれる。それだけでも暖かい気持ちに包まれて自然と頬が緩んでしまう。

熱くなった頬にそよ風が撫でていく。

 

「だいぶ涼しくなってきたね」

「そうね。すぐに秋が訪れてあっという間に冬になって……ねえ友奈ちゃん。色々な行事をみんなでやって、色んなものを一緒に見ていこうね」

「────うん」

 

東郷さんの言葉に私は頷くことしかできなかった。

空っぽの私に『熱』を灯してくれた大好きなひと。できればこの人とこの先の未来の行く末を共に歩んでいきたい。

 

だけど、その役目は私じゃなく本当の『わたし』がやるべきことなんだ。

この気持ちも、みんなに抱く好意も含めてこれは『わたし』が頑張って積み重ねてきたもの。私はそれを間借りしているだけに過ぎない。

 

いつか、一日でも早く『わたし』に返してあげないといけない。でも今はその方法もわからないんだ。友奈さんごめんなさい。

みんなに相談すれば解決するのだろうか? …でも、そうしたらみんなが悲しんでしまうに違いない。

 

みんなが────特に東郷さんが悲しむ顔は私は見たくない、させたくない。

 

「ねえ、友奈ちゃん。あなた──」

「……?」

 

何かを訊ねようとしてきたのだろうか。言葉を詰まらせる東郷さんに私は振り向いてみる。

 

「どうしたの東郷さん?」

「……ううん、やっぱりなんでもない。さあそれじゃあお医者様の所に行って退院の手続きを取りましょうか」

「はーい! 車椅子の運転よろしくお願いします!!」

「うん、任せて!」

 

表情から読み取れなかったけど、すぐに普段通りの顔に戻った東郷さんに私もそれ以上は追求しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。私の退院の手続きはトントン拍子に進んでいき、荷物をまとめて帰宅する準備を進めていた。

もちろんその横には東郷さんが居てくれるんだけど、学校は大丈夫なのかな?

 

「学校? ふふ、大丈夫。手は回してあるから友奈ちゃんは気にしなくてもいいよ」

「ふぇ? そうなんだー…さすが東郷さんだね!」

 

なんでもそつなくこなす彼女なら、学校の一つや二つなんてことないのかもしれない。

車椅子に乗って私は片付けてくれている東郷さんを眺める。

 

「何から何までごめんね東郷さん。お礼は必ずするから」

「友奈ちゃんとこうして一緒にいる時間が私にとってお礼以上になってるから気にしないで。荷物は後でご両親が回収しに来るそうだから、少し私に付き合ってくれる?」

「うん! 東郷さんとなら何処にだって行くよっ!」

「きゃふっ!? 嗚呼、なんて眩しい笑顔なの…」

「大袈裟だよ〜♪」

 

にへら、とだらしなく笑ってしまうがそれは東郷さんも同じだからおあいこだね。

こういうやり取りしてても彼女の手は止まらず、ものの数分で綺麗さっぱりに片付けてしまった。

 

────やっぱり凄いなぁ東郷さん。

 

車椅子の操作をお願いして『私』は自分が生まれた病院を後にする。

まぁでも通院とかはするみたいだからこれで最後ではないけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして病院を後にしたあと、送迎用の車に乗って移動を始めた。

過ぎていく景色はぜんぶ新鮮に映ってそのどれもが興味が尽きないでいた。

そんな様子を東郷さんは微笑ましく見ていてくれる。だから私は安心して見ていてられる。

 

「ふふ。なんだか初めて見るような反応するのね友奈ちゃん」

「え!? そ、そうかな……えへへ、入院生活のせいかな! ところで今から何処に行こうとしているの? 何かお買い物?」 

「買い物じゃないよ。そうねー……もうちょっとで着くから楽しみにしてて」

「えー気になる気になる!」

 

道や建物をしらない私にとってはまるで見当がつかない。

が、それもすぐに分かることになる。

 

車が停車し、とある建物が目に入った。

店名が書かれた看板を見て私は首をかしげる。

 

「…かめや? ここって食べ物屋さんなのかな……いい匂いがする」

「さっ、中に入りましょうか友奈ちゃん。みんなが待っているわ」

「え?」

 

東郷さんに連れられて私たちはのれんを潜っていく。

そこで待っていたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結城友奈、退院おめでとーー!!!』

 

パンッと乾いた発破音が響く。そこで待っていたのは勇者部のみんなだった。

それぞれの手には先ほどの音を響かせたクラッカーを握っており、飲食店のはずの店内には私たち以外のお客さんは見当たらない。

どういうこと? と内心混乱していたら風先輩が一歩前に出てきてくれた。

 

「なになにこれどういうことですか風先輩!?」

「何ってあんたの退院祝いに決まってるでしょ。これでようやく勇者部全員集合ねっ!」

「はい、友奈先輩。花束受け取ってください! わたしと夏凜さんで用意しましたので!」

「わぁ……きれい。ありがとう樹ちゃん、夏凜ちゃん!」

「…まぁ、喜んでくれて何よりだわ友奈、退院おめでと」

「サプライズ大成功ですね♪」

「東郷さん楽しみにしててって────」

「驚いたでしょ? みんな友奈ちゃんが戻ってくるのを待ってたのよ」

 

にっこりとほほ笑んで東郷さんは車椅子を進めて真ん中のテーブルまで移動させる。

そこにはホールケーキがテーブルに乗せられていて、プレートには『退院おめでとうっ!』と描かれたものがあった。

 

「本当はお店以外の物を持ってくるのはルール違反だけど、今日は特別に許可をもらったのよ。ついでにお店も貸し切り!」

「風ちゃんたちには色々とお世話になったからねぇ。私たち従業員もお祝いさせてもらうよ」

「ありがとうございます! 無理を言ってしまって申し訳ないです」

 

奥でこちらを微笑ましく見守る従業員さんたちに風先輩がお礼を言っていた。

 

 

「す、すごい……本当に嬉しいです風先輩!」

「……いやー、そこまで喜んでもらえるとやった甲斐があったわね~! あっはっは!」

「さあ主役も来たところで……時間も限られているからさっさと準備して始めるわよ!」

 

おー! と拳を掲げてみんなはそれぞれ準備をはじめていく。

 

「友奈ちゃん、今日の主役は友奈ちゃんだから真ん中の席でね」

「東郷さん……私、いいのかなこんなに祝ってもらっちゃって」

「もちろん。みんな友奈ちゃんを想ってのことだから、目一杯楽しんでいいんだよ」

「………っ」

 

東郷さんの言葉に目頭が熱くなって言葉に詰まる。

嬉しい。ただその一言に尽きる。けれど、だからこそ私は────

 

「うっ……うぅ。ぐすっ…」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうんだ。

 

「ちょっとなに泣いてるのよ友奈。そんなに嬉しかったのかしら〜♪」

「おねーちゃんそんなに前に出たら料理こぼしちゃうよ」

「まぁ私もこういうことをするのは初めてだったから喜んでくれて良かったわよ友奈」

「…ありがとうみんな。私、これからも頑張ります!」

 

私の言葉にみんな笑って聴いてくれた。

ほんとうに優しくて良い人たちだ。『わたし』が羨ましく思ってしまうほどに。

薄く涙が流れていくが、その涙も直ぐに拭われる。

東郷さんの手が近くにあり、その手にはハンカチが握られていた。

 

「友奈ちゃん」

「あ、ありがとう東郷さん。なんだか嬉しくてつい…はは」

「……そう、なんだ。ならみんなで企画した甲斐があったわね」

 

本当に東郷さんは私をいつも見てくれている。『わたし』のことを大事にしていることがひしひしと伝わってくる。

 

嬉しい。本当に嬉しいんだ。

でも、東郷さんが向けてくれるその好意も本当は『わたし』に向けているものなんだよね?

 

…でも、うん。私はそれでも構わない。

ひと時の夢でもこうして、大好きと思える人たちと一緒に時間を過ごす喜びを与えてくれたこの状況に、私は『わたし』に感謝しかないのだから。

 

 

 

 

 



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四話

 

 

 

 

何度目かの睡眠。相変わらず私は夢を見ることがない。眠くなって瞼を閉じてしばらくするといつの間にか朝を迎える。

そこに何かを思うこともないけど…いや、一つあるとしたら他のみんなは一体どんな夢を見るのだろうと考えることはあるかな。

 

「…ぅんー?」

 

意識が暗闇からゆっくりと浮上したところで何やら頭に心地の良いものを感じ取った。

目をうっすらと開けてその正体を探ろうとしたところで私はすぐに誰なのかを理解できた。

 

「とうごーさん?」

「おはよう、珍しいね。友奈ちゃんが目覚ましが鳴るより早く起きるなんて。もう少し寝顔を堪能していたかったけど……今のうとうとしてる友奈ちゃんも可愛いわ」

「おはよー…とうごーさんが喜んでくれて私も嬉しいな〜…ふぁぁ」

 

目が覚めて一番に見る人が東郷さんとは、なんと幸せなことか────主に私にとってはだけど。

ぼーっと彼女の顔を眺めていると両頬をむにむにと触られてされるがままになる。

 

────そんなにこねないでー…。

 

「東郷さんは早起きなんだねぇー」

「毎日のことだからもう日課のような感じかな。それにこうやって今まで通り、友奈ちゃんを起こすのが私の楽しみなのよ」

「……そうだったんだー」

「それに今日から学校でしょ? 遅刻しちゃいけないからそろそろ起きようね」

「はーい」

 

身体を起こされぽやぽやのままの私のパジャマをテキパキと脱がしていく東郷さん。

なんでだろう、いつもはこんなに眠気を引きずらないんだけど──無意識のうちに自宅に帰ってきたことにこの身体が安心しているのかもしれない。

 

「はい、ばんざいして」

「ばんざーい」

 

そういえば、嬉しかったことがもう一つあったんです。

それは東郷さんの家が私の家とお隣さんだったこと。これは本当に嬉しかったんだよね。

 

普通に日常を過ごしていても一緒になることが多いこの環境に『わたし』も楽しく過ごしていたに違いないよねきっと。

 

「友奈ちゃん何か考え事してる?」

「えっ? うーん…東郷さんのことは考えてたよ?」

「へ、へぇ? ならいいのだけど」

「…んしょ」

 

着替えながら答えていると東郷さんはなぜか狼狽えている様子だった。変なこといっちゃったかな。

顔色を伺って見るが、顔を赤くしていること以外は特に言及してくることはなかった。大丈夫そう?

 

なるべく待たせないようにテキパキと済ませて渡された制服に身を包む。

そして今度は手伝ってもらいながら車椅子に体を乗せて部屋での身支度を完了する。

 

「じゃあ、顔とかも洗ってからご飯にしましょう友奈ちゃん」

「了解しましたっ!」

「くす。それは私のまねかしら?」

「うん、えへへー」

「かわいい。満点をあげる♪」

「わーい!」

 

東郷さんの言葉に和かに返事を返して私たちは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

車椅子での登校というものは中々に新鮮味に感じる。

 

「…でね、そこで風先輩が言ったの。『あたしの女子力は海より深く天をも砕く』ってね」

「へ〜! 流石は風先輩だぁ」

 

肌で感じる暖かな日差しと風に撫でられながら私と東郷さんはゆっくりと学校へと進んでいく。

私にとっては初めての登校であり、東郷さんにとっては歩けるようになってから私と初めて行く登校らしい。お互いが初めてなのだ。とっても嬉しいな。

同じように隣を歩けないのが申し訳なかったけど、東郷さんの笑っている顔を見るとそんな後ろめいた気持ちもスッと消えていくのが分かった。

時間的にも随分余裕があって会話を弾ませながら通学路を進む。

 

(…結局、ここ数日で『わたし』に戻る手段が見つからなかった。うーん。どうすればいいのかな)

 

視線を下に落として両手をにぎにぎと握る。自宅にある本や東郷さんの言葉や会話を頼りに色々と思案してはみたが、どれも徒労に終わってしまった。

むしろ考えすぎちゃって『自分』ってなんだろう? と哲学的なことまで考えてしまう始末でまったくのお手上げ状態である。

 

「…………。」

 

道行く先々でちらほらと同じ制服を着た人たちが増えてくる。

声をかけてくれる人が結構いた。「大丈夫だった?」とか「無事で安心した」とか様々な言葉をもらう。

まさかこんなにも『わたし』が慕われているとは思わなくてかなり驚きました。

後ろにいる東郷さんは変わらずに私を和かに見守ってくれている。

だからなのか、私は初めて話す人たちに気負うことなく会話を出来た気がした。

 

「はい、学校に到着よ」

「ありがとう東郷さん。車椅子押して疲れちゃってない?」

「ぜーんぜん。以前は私が押してもらってたんだし、こうしてお返しが出来てむしろ嬉しい。友奈ちゃんの当時の目線というか、そういうものが分かった気がするわ」

 

讃州中学校。

正門前に辿り着いた私は改めて建物を見上げる。大きな校舎。私の通っている学校…。

 

「…どうしたの友奈ちゃん? そんな可愛らしい顔しちゃって」

「えっ!? あ、いやーあははなんでもないよ!」

「……もしかして」

「───っ。」

 

神妙な顔つきになる東郷さんを見て思わず身体が強張る。目が泳ぎそうになるのを必死にこらえて彼女から顔を背けないように取り繕う。

東郷さんも私に視線を釘付けてきた。そして、

 

「──久々の学校だもんね。同じ風景なのにいつもと違った景色に視えるのは私にも経験があるわ」

「…そ、そうなんだぁ! もう久々すぎちゃって初めて見る感覚なんだよー」

「もう、そのせいか表情筋が固くなっているわよ? こことか……つんつん」

「ひゃめ、くすぐったいよぉー東郷ひゃん♪」

「いくらでもできちゃうわね♪ 柔らかくて触りがいがあるわ」

 

焦ったぁ。内心ホッと胸を撫でおろして東郷さんの言葉に便乗していく。よかった、バレずに済んだよ。

少しリアクションが大げさすぎたのか小首をかしげられたがそれだけで、私たちは校門をくぐっていった。

 

(さて……ここからだ。頑張れ私)

 

東郷さんに運転を任せて下駄箱の位置を把握する。履き替えたら今度は校舎内を忘れないように頭の地図を作っていく。すれ違う生徒の動き、挨拶をしてくれる人の顔を覚えて、東郷さんとの会話の中で学校内の状況を一つずつ覚えていった。歩けるようになった時に一人でうまく行動できるように今のうちに覚えておかないといけない。

階段が昇れないので、傍らに備え付けられている車いす用のエスカレーター? に乗せてもらって階を昇っていく。どうやら前に東郷さんも使用していたらしく、手慣れた操作でやってくれた。これも覚えておかないと。

 

教室に辿り着いてそのまま扉を開けて室内に入る。すると席の近くにいた生徒たちが歩み寄ってきてくれてここでも退院を祝ってくれた。嬉しい。

でもごめんなさい、こうして喜んでくれる彼女たちの名前を私は憶えていなかった。どうにか情報を得て全員の名前をちゃんと覚えないとみんなに失礼だ。

 

学生鞄から教科書類を取り出す中で、私は一冊の桜色のノートを取り出す。表紙には何も書いていない。

パラパラと捲っていくとそこにはびっしりと文字が書き連ねている。

 

(えっと……通学路がこうで。その時に挨拶してくれた人が──)

 

今朝の出来事、今さっきの出来事を箇条書きにしてノートに書き記していく。これは私が目覚めて少ししてからやり始めたことだ。

私が『わたし』になって短いながらにたくさんの出来事があった。自分で言うのもなんだけど物覚えが悪いのでこうしてキチンと記憶として刻まれるまでは書いていこうと始めたルールである。

それに時系列にまとめてみると意外と記憶の整理にも役に立つのだ。

 

「何を書いてるの友奈ちゃん?」

「わひゃ!? あ、えとこれは──!」

 

予鈴がなる前に書いていたからか、東郷さんが声を掛けてきた。

突然のことでびっくりしてしまったが、うまく捲ってページを特定の場所に持っていく。その直後に東郷さんの視線がノートの中身に移る。

 

「文字を書いてるの? どうして」

「えっと、リハビリを兼ねてやってるの! まだちょっと手の動きが硬くって空いてるノートに書いてるんだーえへへ」

「ああなるほど。そういえば通学中にも手を握っていたものね。でも口酸っぱく言っているけれど無理はしちゃダメよ友奈ちゃん」

「うん! 心配してくれてありがとう東郷さん」

 

見せたページは同じ『文字』が書かれたページ。たまたま手先の練習をしていたところがあって助かった。

通学路の行動もなんとかうまく繋がってくれたみたいだし、気を付けないと。

 

そしてタイミングよく予鈴が鳴り、教師が教室に入ってきてホームルームが始まった。

さて、これからが大変だけど諦めずに頑張っていこう──!

 

 

 

 

 

 

 

 



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五話

 

 

 

 

放課後。私と東郷さんは『勇者部』の部室に向かっていた。

家庭科準備室、ここを部の部室として利用しているらしく楽しみでもあり少し不安もあった。

 

「…ふへー。頭が熱いよージンジンするぅ」

「ふふ、お疲れさま友奈ちゃん」

 

頭を抱えて授業中の風景を思い出す。

初めての授業、初めての勉学。これからついていくのに苦労しそうなことばかりです。

でもね、基本的な常識や途切れ途切れではあるけれど覚えている所もあって全くの最初からというわけにはならなくて本当によかった。

お昼ご飯を食べた後は結構眠たかったけど、私にとっては一秒も時間を無駄にはできないので頑張って目をこすりながらノートに書き記していった。

 

「でもえらいわね友奈ちゃん。午前も午後も授業中は寝ないで頑張っていたから」

「う、うん。休んでた分遅れを取り戻さないといけないし! …わ」

「えらいえらい…授業で分からないところがあったら遠慮なく言って。力になるから、ね?」

「ありがとう。ふへぇ〜♪」

 

言いながら東郷さんは私の頭を撫でてくれた。とっても心地よくて安心するその手にだらし無く表情を緩めてしまう。

褒めてもらえて嬉しい。とっても活力になるから大変だけど頑張っていけそうだ。

 

「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「ぁ……うん、そうだね」

 

ずっとやっていてもらいたいけど、そうもいかず。東郷さんの手が頭から離れていく。

たまにこうしてご褒美としてやってもらおうかな? …やってくれるかな。

そんなやり取りをしながら私たちは部室の前で立ち止まる。

学校でみんなに会うのはこれが初めてだ。気さくで優しい人たちだけどどうにも緊張してしまう。

 

「東郷美森、結城友奈。入ります!」

「こ、こんにちはー!」

「お、我らが勇者部エースがお出ましね」

「お疲れ様です。友奈先輩、東郷先輩!」

 

扉を東郷さんが開けて中に入るとこちらに気がついた風先輩と樹ちゃんが迎え入れてくれた。

変わらずにこやかに接してきてくれる彼女たちに私も安心していられる。よかった、想像していたより緊張はないみたい。

 

「…あれ? 夏凜ちゃんは?」

 

キョロキョロと見渡すが彼女の姿を今日私は見ていない。

 

「友奈ちゃん。夏凜ちゃんは今日は大赦の人に呼ばれているから学校はお休みなの」

「そうなんだ。大丈夫かな?」

「心配しなくても平気でしょ。定期報告を兼ねた身体検査らしいし、あたしたち含めて順調に回復に向かっていっているから」

「わたしの占いでも夏凜さんは大丈夫だと出ていました」

 

どうやら皆の口から出てくる言葉に倣うなら大丈夫なようです。というか樹ちゃん占いできるんだ…。

同じクラスなので余計に心配になっていたが、風先輩たちの様子を見たらこちらも安心できた。

 

「さぁて、今日の活動依頼は──いくつかあるわね」

 

風先輩がむむむ、と思案顔になって資料とにらめっこを始めた横で妹である樹ちゃんがお茶を入れてくれた。できた妹さんだなぁ…。

きっとお料理とかの家事も得意なのかもしれない。もっとよく彼女たちのことを知るためにも教えてもらうとかいいかも。

今度タイミングが合ったら話題を振ってみようかな。

 

「どうぞ友奈先輩、東郷先輩も」

「ありがとうー樹ちゃん!」

「ありがとう樹ちゃん。…うん、大分お茶淹れるの上手くなってきたわね」

「東郷先輩のおかげです〜」

「ズズー……はふぅ。おいしーよ樹ちゃん、樹ちゃんは天才だね!」

「友奈さんまでお、大袈裟ですよー」

 

照れ笑いを浮かべながら樹ちゃんも丸椅子に腰掛けて自分の分の湯のみに口をつけて飲み始める。

ちゃんと場に馴染めているかな。ちらちらと周囲の様子を伺ってみる。

 

「……? どうかしましたか? わたしの顔に何かついてます?」

「へ、あ……ううん。そんなことないよー。樹ちゃん可愛いなぁって思って」

「ふえ!? な、なに言っているんですか友奈さん! わたしからしたら友奈さんの方が可愛いですし、急にそう改めて言われるとその──恥ずかしいです」

「なになにー? 妹の可愛いところを話しているのかしら? ならこの妹マスターのあたしも是非参加してみようかしらね! ね!!」

「もうお姉ちゃん馬鹿なこと言ってないで依頼を早く選んでいこうよー」

「わ、分かってるわよー。ちょっとしたお茶目よお茶目っ!」

「あはは……東郷さん?」

 

樹ちゃんが立ち上がって風先輩の背中を押して離れていく。その最中に東郷さんの視線を感じ取った私は、彼女の方に向き直るとなにやら意味ありげな表情を浮かべていた。

言うなれば少し拗ねているような……?

 

「……友奈ちゃん私は?」

「あ、その……はい?」

 

唇を薄く尖らせて呟く東郷さんに思わず聞き返してしまう。

 

「友奈ちゃんから見て私はどうなのかなーって思ったのよ。他意はないわ」

「私から見て東郷さんはー……美人で綺麗な人!」

「え、あ、ありがとう」

「あと大好きッ! ──ぁ」

「うええっ!!? だ、大好きっ?!」

 

本心をそのまま口にしてしまったら最後に恥ずかしい事まで口にしちゃったよぉ!?

口元を押さえてしまったと思った時には東郷さんの顔色は沸騰しそうなほど真っ赤っかになっていました。

…あの表情は東郷さんも想定していなかったっぽい?

 

「まったく! 夫婦漫才していないでこっちの手伝いをして欲しいんですけど〜」

「めっ!? 夫婦(めおと)になるにはまだ早いですよ風先輩」

「あ、そこは否定しないんですね東郷先輩……」

 

樹ちゃんが乾いた笑みを浮かべながら東郷さんを落ち着かせていた。

 

(ふ、夫婦なんてー……またまだ私たちには早いというか。でもでも『わたし』に申し訳ないし……)

 

あれ、でも私は『わたし』だから結果的には問題ない?

私も顔が熱くなって両頬を押さえながらそんな事を考える。ああ、ダメだ。東郷さんの事を考えると頭がポーッとしちゃうね。いけないいけない。

雑念を振り払うように私は風先輩に訊ねた。

 

「ち、中学生でも結婚ってできますかね風先輩?」

「友奈ちゃん!?」

「ていうかなんもかんも順序がおかしいんじゃー!」

「お姉ちゃんも壊れたっ?!」

 

私の言葉にみんなが驚く。おかしいなぁー…なにか変な事でも言っちゃったのかな。

でも、部室の中はとても賑やかでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部という部活は依頼を受けて様々なことをお手伝いして活動していく部活みたいだ。

依頼を風先輩が持ってきてみんなで、時には個別に対応していくこともあるみたいでなんだか色々と大変な部分もありそう。

 

(……頑張ろう。今の私にはそれしかないから)

 

意気込みはよくても現状は誰かについていてもらわないといけない。車椅子だし、なにより勝手が分からないから。

風先輩は私を気遣ってくれて今日は東郷さんと一緒に活動を共にする。

 

「──そう、手元はこの位置に置いておくと指先が覚えやすいわ」

「こ、こう?」

「ええ。そうしたらこの文字表を作っておいたからこれを見ながらゆっくりでいいから打ち込んでみて」

「は、はいっ! えっとー…Aは『あ』で────」

 

ぷるぷるとなれない手つきで一つ一つ打ち込んでいく。簡単な五十音順に打ち込む練習。基礎中の基礎を私は今東郷さんに教えてもらっている。

場所は引き続き部室にて。先輩と樹ちゃんは別行動で他の依頼をこなしている中で、私は東郷さんの横でノートパソコンを借りてやり方を学んでいた。

 

「…わー! 東郷さん打つの凄く速いっ!」

「慣れかな。友奈ちゃんも練習すればすぐに同じように出来るようになるよ」

「カッコいいなぁー♪」

「そう手放しに褒められると照れちゃうわ。ほら、続きをやっていって」

「う、うん…っ!」

 

よ、よーし。流石にあんなカタタターンッ! とまではいかないけどカタカタぐらいまでは出来るようにしていこう。

 

「あ、い、う、え、えっと……お。けーえーで…か。けーあいで、き」

「くすっ……呟きながら打ってる友奈ちゃん可愛い♪」

「あ、間違えた──すー。せーー……そ〜ぉ?」

「ふふ。仕事が捗るわね」

 

ニコニコと上機嫌に東郷さんは依頼である書類作成に励んでいた。

ちらりと視界の隅に映った彼女の手元は残像が見える程とても速くてスゴカッタ!

 

「でも驚いた。友奈ちゃんがパソコンの操作を覚えたいなんて言うとは思わなかったから」

「…東郷さんに少しでも近づきたいから。あとこういう依頼の時にちょっとでも負担を減らせたらいいかなぁって」

「その気持ちだけでも嬉しいのに。ありがとう友奈ちゃん────むっ、人差し指打ちになっているわよ友奈ちゃん。手元は最初に教えた位置に戻すことっ!」

「は、はいぃ!」

 

こうやって物事を教えてもらう時の東郷さんは少し厳しく指導がきます。びっくりしちゃうけど、キリッとした東郷さんも素敵だなと彼女の一面を見ることができてすごく嬉しかったりする。

仕事はほとんど全部東郷さんにやってもらっているけれど、いずれは肩を並べて依頼をこなせるようにしていきたいです。

 

 




『結城友奈』である『私』は東郷さんからパソコン操作を習い始める←new


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六話

お気に入り、評価ありがとうございます。
さっそく評価バーに色が付くことが出来ました。引き続き当作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

夜。人々にとって眠る時間。

私もそれは例外ではなく、自然に眠気というものはくる。

そんな時間でも私はまだ眠りにつきません。やる事が残っているから。

 

「…今日は勇者部の活動をした。隣には東郷さんが居てくれて安心して活動を────」

 

カタ、カタとまだまだ遅いが練習を含めて簡単な日記を打ち込むこと。これを今日から始めることにしました。

ノートパソコンは東郷さんから借りて使用していて、昼間のうちにローマ字打ちを習ったので先ずはここを慣れないと次に進めない。

これが終わったら桜のノートに書くこともたくさんある。でも…、

 

「うー…パソコンってやっぱり複雑だなぁー……東郷さんってやっぱり凄いって痛感するよ」

 

目が疲れてしまい、目頭を抑える。椅子の背もたれに身体を預け窓の外に視線を移す。

隣の家は東郷さんのお家。大好きな彼女がいる。明かりはまだついている所を見るに彼女もまだ起きているようで今何しているのかな、なんて考えてしまう。

 

(なんか東郷さんがいつも居てくれるからこうして夜の時間はちょっと寂しく感じちゃうなー…)

 

少しずつ動かせるようになってきた足をパタパタと動かしながら思い耽る。そうしていると机の上に置いてあった端末が震えた。

 

「…電話? 一体こんな時間に誰──って東郷さん!? わ、とと……もしもし」

 

まさかの考えていた本人から着信があるとは思わなかった私は驚きながらも通話ボタンをタップして電話に出る。

 

『もしもし。こちらは結城友奈さんのお電話で間違いないでしょうか?』

「え、えっと? その……??」

『違いましたか?』

 

あれ、おかしいな。画面には東郷さんの名前が書かれているのに……。

『わたし』が登録を間違えたとか? だとしたら私はこういう言葉を投げかけられた時になんて答えればいいんだろうか。

 

いいえ? それとも、はい?

 

恐らく後者を言えばなんてことのないはずなのに私はどうしてか唇が動かないでいる。ダメだよ。こういうことでも自然に出来なきゃいつか必ずバレてしまう。

 

「……私、は」

 

だいぶ間が空いてしまったけれど、何とか口を動かして話そうとしたところで電話口からクスクスと声が聞こえた。

 

『──もう、冗談よ。そんなに哀しそうな顔しないで』

「え……どうして?」

『窓の外──見てごらん』

「窓…? あっ──」

 

言われるままに視線を再び窓の外に移すとベランダに人影が見えた。

手をヒラヒラとさせているのは東郷さんだった。一度膝元に端末を置き鍵を開けて窓をカラカラと動かす。夜風が優しく吹いて心地がいい。車椅子なので私はそれ以上は出れないからその手前にいます。

 

「……東郷さん。こんばんは」

『こんばんは。こんな時間まで夜更かしですか?』

「あ、うん…えとごめんなさい。ちょっと勉強の復習をしてて」

『くす、いいのよ別に怒っていないから。ただ、ちょっと心配だったから』

「心配……?」

 

小首を傾げていると、向かい側にいる東郷さんは困った表情を浮かべていた。

 

『なんだか近頃は必要以上に物事に取り組んでいる気がしたから。病み上がりなんだから無茶はダメ』

「う、うん。そうだよね……ごめんなさい」

『もうそんな顔しないで。私こそごめんなさい……そうね、諸々建前で本当は顔を見たかったのよ。今何してるのかなーって考えていたら部屋の明かりがついていたから電話しちゃった』

「……ぁ」

 

その言葉に私は小さく声を漏らす。嬉しかった。東郷さんも同じことを考えていたことに嬉しさが込み上げてくる。

笑って応えると東郷さんも同じように笑ってくれた。

 

『うん、やっぱりそういう顔が一番よ。私が大好きな顔』

「あ、私も東郷さんのこと……大好きだよ!」

『知ってる。うん……顔が見れたからこれで安心して寝れるわ。でもあんまり遅くまで起きてたらくすぐりながら朝起こしちゃうかも?』

「ふぇぇー……それはちょっと困る、かな? えへへ」

『あまり根を詰めても作業能率が下がるだけ。区切りを付けてやるのも効果的に身につくこともあるから覚えててね』

「はい、東郷先生っ! キリがいいところまできたら終わらせます」

『よろしい。じゃあ先に寝るね……おやすみ、友奈ちゃんまた明日』

「おやすみなさい東郷さん。また明日」

 

お互いに手を振って東郷さんは先に部屋に戻っていった。そしてちょっとすると部屋の明かりは消える。それを見届けたところで私は夜の空を見上げた。

 

「……心配かけさせちゃった。ダメダメだなぁ私」

 

小さくため息を漏らす。もっと頑張らないと、もっと精進していかないと私は『わたし』に追いつけない。

でも東郷さんの言いつけもキチンと守らないとだね。足のリハビリもすぐに終わらせていかないといけないし……課題はたくさんある。

 

「そうだ……勇者部五箇条、だっけ? あれの…えっと──なせば大抵なんとかなるっ!」

 

部室に貼られていた言葉を思い出す。

とても素敵な五箇条だった。私はまだ全てを守りきれていないけどいつかはできるって信じています。

 

「なせば……なんとかなるっ!」

 

五箇条の一つを口にしてやる気がふつふつと湧いてきた。

これでいい。課題がたくさんあればあるほど私は前を見て進める。いつか戻ってくる『わたし』に、安心してバトンを渡せるように。

 

「よーし! パパッと終わらせてそれから──ぁ、寝ないと東郷さんに怒られちゃうか。あはは」

 

今更やる気になっても夜は遅い。このやる気は明日に引き継いで今日はささっと終わらせてしまおう。

数十分の末に私は作業を終えてベットに潜り込む。そこで私は自分でも気がつかないうちに疲れていたらしく、睡魔がすぐに襲ってきた。

 

(さすが東郷さん。私以上に『わたし』を理解してくれてる……ふふ)

 

毛布の中で丸くなりながら小さく笑いが漏れる。目を閉じて後は睡魔に身を委ねることにして、それまで私は今日を振り返っていく。

 

(学校……初めて通って楽しかった。『わたし』のお友達もみんな優しくて、勉強も部活もなんとか馴染めていけそうな感触で嬉しかった。風先輩はみんなを引っ張っていって頼もしかったし、樹ちゃんはお茶を淹れるのが上手くてあと可愛かった。東郷さんにパソコンを教えてもらった。夏凜ちゃんは学校を休んじゃってみんなは大丈夫って言っていたけどほんとに大丈夫かな? あとは────)

 

こうして出来事を振り返ることも最近になってやっていることだけど、結構好きな時間だ。何も考えずに眠っていく時と比べてすごく心が穏やかになるんだ。『わたし』には相変わらず申し訳ないけど、私が体験した事が増えている実感が湧いてくるからです。

あとは『わたし』が帰ってきた時に備えて、記憶に深く刻みつけておく。もしかしたら覚えていてくれるかもしれないから。

 

 

こうして私の一日は終わり、また明日を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はどうやら起きるのが得意ではないようで、病院に居た時と比べていつも東郷さんに起こしてもらっている。甘えちゃっている感じが拭えないが彼女自身もそれを楽しみにしているところもあるようで、うぃんうぃんという関係に落ち着いていた。

 

「おーはーよー? 友奈ちゃん。起きる時間よ」

「ん、んんー…ふぁい。おきますぅー」

「あらあら寝癖も立てちゃって。まだお眠さんだね」

「ちゃんと起きてますよぉー? とうごーさん」

「はいはい。いつも通りに支度させちゃうわね〜」

「……お〜」

 

ふらふらとしながら私は東郷さんに身を委ねてやってもらう。終わる頃には意識も覚醒して丁度いい感じ。

 

「──はい。じゃあ起き抜けだけど、頑張って車椅子まで歩いてみて友奈ちゃん」

「うん。うんしょ──よっ!」

 

体操の選手みたいなポーズを取りながら立ち上がってみると東郷さんは小さく拍手して喜んでくれる。

 

「友奈ちゃんの並ならぬ努力の賜物ね。立つのは辛くない?」

「うん! それにこのぐらいの距離ならいけ──ますっ!」

「ちょっと覚束ない足取りだけど、すごいすごい」

「いえい! ブイッ!」

 

ぽすん、と車椅子に乗ってピースサインを取ると同じように返してくれた。それだけでも嬉しくてついはにかんでしまうから東郷さんは凄いや。

 

「ご褒美に頭を撫でて上げましょう」

「やたー♪ んん〜東郷さんに撫でられるの好き」

「甘えん坊さんねー。よしよし」

「いくらでも甘えちゃいますー!」

 

こんなやり取りが私の日常になりつつあります。

でもやっぱり胸の奥ではとっかかりは残るばかりです。これは仕方のないこと。忘れちゃいけない、前を向いて今は進んでいくしかないから。

 

リビングについて両親たちと交えて朝食を食べます。こうして車椅子になっても変わらず、私が『わたし』になってしまっても優しく接してくれる家族。まあ挙動不審や真実を口にしなければ特に疑われることはないのだけども。

こちらも申し訳ないと思いながらもその優しさに甘えさせてもらっている。いつか……この人たちにも話すことが出来るのだろうか。

 

「おいしー♪」

「おかわりもあるから遠慮なく言ってね。友奈ちゃんのお父さんとお母さんも」

 

料理は母親────ではなく、東郷さんが来ている時は彼女が作ってくれる場合もあります。今日はまさにその日で、母親の料理ももちろん美味しいけど東郷さんのご飯も負けていない。病院に居た時も和食を食べさせるって言ってくれていたから実行に移してくれてるのかも。嬉しい。

 

朝食を食べ終えると私たちはすぐに家を出ます。もちろん行き先は讃州中学校。忘れ物はなし、気力もばっちし。

 

「いってきます!」

 

私は今日も頑張っていきます────!

 

 

 

 

 

 

 

 

東郷さんに車椅子をお願いして昨日と同じ通学路を進んでいく。道中も車椅子の上で出来る足の運動を怠らない。早く治して東郷さんと一緒に歩いて通学していきたいから。

部活での出来事、東郷さんに教えてもらっているものの復習を兼ねたやり取り。すれ違う友人たちと挨拶を交わしていく。前よりかは自然に接することができて会話も弾ませることができました。嬉しいです。

 

教室について近くの友人たちと昨日より楽しく会話をすることができた。でもちょっと調子に乗りすぎて暴走しちゃったところは反省しないといけない。東郷さん焦らせてごめんなさい。

夏凜ちゃんは今日もお休みらしいです。でも放課後には部室に顔を出せるかもーって言ってたから楽しみだ。

 

授業は昨日と同様苦しい時間でもある。知識としてはゼロではないにせよ、やはり理解するのにどうしても時間がかかってしまう部分が多い。先生の声が脳内に子守歌の如く反響して眠気を誘われるがなんとか我慢しながらノートに書き記していった。頭が熱を帯びたように熱くなってしまうがそれでも頑張らないとね。

 

小テストがある科目に当たった。結果は──あまり芳しくない出来で少しヘコんでしまったけど、東郷さんは「頑張ったね」って褒めてくれた。彼女はキッチリと満点……さすがです。

分からない部分も多くあったので後で東郷さんに教えてもらうことにしました。その時にちょっと驚かれたけどなにかおかしかったかな……?

 

────あ、それと桜のノートは早くも一冊を使い切りました!

 

これには妙な達成感が込み上げてきてとっても嬉しかった。開始時期と終了時期を書いて大切に保管していこう。ぱらぱらと捲ると文字がぎっちぎちに書かれていて自分がやったことながらに驚きました。

まだまだノートはたくさん用意してある。この調子で一歩一歩踏みしめていこうと私は改めて誓いを立てた。

 

そうして迎える放課後。ここから私と東郷さんは勇者部に足を運んでいく。活動は基本的に平日は毎日あるので私たちは真っ先に部室に足を運びます。

 

「結城友奈、ただいまきましたー!」

「東郷美森、同じく参上しました!」

 

元気よく挨拶と共に部室に入る。中では仲良しの犬吠埼姉妹と、

 

「お、友奈東郷久しぶりー」

「夏凜ちゃん!! やーん寂しかったよぉ」

「ちょ!? 友奈車椅子で突撃してくるな! 驚くでしょうが」

「元気そうで何よりだわ夏凜ちゃん」

「まあね。完成型勇者だからなんてことないわ」

「またあんたらしいっちゃらしいわねー」

「さすがは夏凜先輩ですね」

 

夏凜ちゃんの言葉に私は首をかしげる。何やらチクリとしたものを感じ取った気がしたがそれ以上に疑問に残るものがあった。

 

(……完成型勇者?)

 

そういえば今の今まで疑問を抱いていたけどスルーしていたことを思い出す。所々に話題に上がる『勇者』とは一体なにを指す言葉なのだろうということ。

勇者部もそうだ。なんでこの名前なんだろうって考えてしまう。

 

「……友奈?」

 

誰かに訊いてみる? でもそうしたら私が『わたし』でないことがみんなにバレてしまう恐れがある。

『わたし』もきっと理由を知っていて入部しているはずだから。

 

「おーい? 友奈ってば」

 

ゆさゆさと揺られながら思考に耽る。チラリと周りの様子を伺ってみると、丁度東郷さんが視界に収まった。そうだ、私の正体に気がついたら東郷さんはきっと悲しんでしまう。だったらどうにかうまく立ち回っていくしかないよね。

 

「ゆ・う・な!!」

「ひゃ、ひゃい!? なに夏凜ちゃん」

「なにボーッとしてるのよ。それにその……くっつかれたままだと動けないんだけど」

「あー……あはは。ごめんね! 夏凜ちゃんの温もりを堪能してたんだよぉ」

「んなぁ!? ふ、巫山戯たこと言ってないで早く離れなさい!」

「えぇー…夏凜ちゃんは私とくっついているのはイヤ?」

「んぐぐっ!!? しょ、しょんなこと……ない、けど」

 

わー、すごい顔が真っ赤になってる。可愛い。思わずこちらも照れてしまうぐらいだけど、夏凜ちゃんと遊ぶのはなんだかとても自然な感じがしてとてもいい。東郷さんとはまた違った気持ちになるというか。

 

そうやってじゃれ合っていると、いち早く気がついたであろう東郷さんが風先輩を押し退けて夏凜ちゃんから私を引き剥がした。

 

「か、夏凜ちゃん! 友奈ちゃんはまだ病み上がりなのだから無理させちゃダメじゃない!」

「わ、私のせい!? 違うわよ友奈から来たんじゃないのよそれは東郷も見てたでしょ??」

 

二人が仲良くワイワイ賑わっている中で私は風先輩のところに行って今日の活動内容を訊いてみる。

なぜか苦い顔されながら軽くチョップされたけど、おでこを押さえながらこちらも疑問が尽きませんでした。

 

 



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七話

 

 

 

今回の活動は校外でやることになりました。迷い猫の捜索。

私は依然として車椅子であるので遠出は出来ないけれどやれることをやっていきたいと思います。

 

「…っと。意外と車椅子って機敏に動くのね。ハンドルが軽いわ」

「夏凜ちゃんにやってもらうのってなんだか新鮮味を感じるよー。辛くない?」

「なんてことないわよこのぐらい。それよりこの辺なの?」

「そうだね…えっと。うん、東郷さんが作ってくれた地図だとこの辺だ」

「おっけー。ならさっそく探すわよ友奈!」

「おー!」

 

今日の活動は夏凜ちゃんと一緒に行動している。東郷さんは昨日仕上げた書類仕事が思いの外評価が良かったみたい。それで追加の仕事がきてしまったために部室で別に活動している。

流石に今の私では役に立てそうにないので他に何か出来ないかと風先輩に訊いてみたら、夏凜ちゃんの依頼のアシストという名目で割り振られました。

 

「嬉しそうね友奈。何かあった?」

 

夏凜ちゃんにそう訊ねられる。

 

「ふふ……いや、部室を出る前の東郷さんの慌てっぷりが今思い出したら面白くて」

「あ〜……私が友奈と行くって言ったら凄い剣幕で迫られたやつね。ほんと東郷は友奈関係になると見境なくなるというかなんというか」

「そうなんだ? へ〜嬉しいなぁ」

「東郷も東郷なら、友奈も友奈ってワケね……」

「???」

 

苦い顔をしながら夏凜ちゃんは私を見てため息をついた。何かマズイことでも言っちゃったかな…。話題を逸らした方がよさそう。

 

「でも私は夏凜ちゃんと一緒にこうして部活動出来て嬉しいよ。ネコさん早く見つかるように私も精一杯サポートするから!」

「ありがとう友奈。さて、ちゃちゃっと済ませちゃいましょ……って言ってもどう探したものか」

「あ! それならこれを見てほしいな夏凜ちゃん」

「なによ……パソコン?」

 

私は膝に置いていたノートパソコンを開いて夏凜ちゃんに見せる。

これは私が部室を出る前に東郷さんと一緒に即席だけど作ってみたもの。周辺地図に赤い点がいくつか点在していて私はこのうちの一つを指差す。

 

「これは依頼主さんの情報とかを元に東郷さんと私が予想を立ててみた分布図なんだけど……」

「え、これ友奈が作ったの!? あんたこんなこと出来たっけ??」

「うん? でもほとんど東郷さんがやってくれたんだけどね。でー、この赤い点がネコさんが現れそうなポイントになってるんだ。だからこの辺りを重点的に捜索すれば見つかる可能性は高いかも」

「はぁ〜……まさか友奈にそんな特技があったとはね」

「ぁ……おかしかったかな?」

 

夏凜ちゃんの反応が少しだけ違うことに気がつく。ちょっとやりすぎちゃったのかな。口を結んで俯いていると頭に手を乗せられた。

 

「いや、単純に驚いただけよ。私はそういうの得意じゃないからすっごい尊敬するわ。これならすぐに見つけられそうだし、助かるわ友奈」

「夏凜ちゃん……うん、こちらこそありがとう」

「まったく、なんで友奈が感謝するのよ」

「あはは。そうだね……んー♪」

「友奈の髪サラサラしてるわね」

「ほんと? でも東郷さんには負けちゃうけどね」

 

言いながら夏凜ちゃんは頭を撫でてくれる。

東郷さんとはまた違った感じの撫で方に私は嬉しくなって目を細める。

 

(はふー……みんな撫でるの上手いなぁ。風先輩や樹ちゃんもそうなのかな)

 

ちょっとの間堪能していると夏凜ちゃんは頭に置いていた手を離して後ろに回ると車椅子を押してくれた。私は会話を続けながら地図の通りに道を示していくと一つ目のポイントである公園にたどり着いた。

 

「じゃあ、周辺を探してみるわね。友奈はここで待ってて」

「ごめんね一緒に探せなくて。気をつけてね」

「いいって。任せなさい」

 

手を振って夏凜ちゃんは近くにいる人たちに聞き込みを始めていった。私はざっと辺りを見渡す。

 

(茂みはいくつかあるけど、隠れたりするには小さすぎるかな。子供も多いしあまり寄り付かなそうな気がする)

 

この辺りでは期待できないかな、なんて考えていると足元にボールが転がってきた。

視線を転がってきた先に向けると小さい女の子がこちらに走り寄ってくる。

 

「おねーちゃんごめんなさい」

「あ、うんいいよ。こっちこそボール取れなくてゴメンね」

「歩けないの? 痛い?」

「痛くはないよ。そうだこの辺でよく遊んだりする?」

「うん! あそこにいる友達とよく遊ぶっ!」

「そっかー。じゃあこの辺でこういうネコさん見かけたりしてないかな?」

 

私は風先輩からもらった写真を女の子に見せる。

 

「迷子なの? おねーちゃんのネコ?」

「知り合いの子のなんだ。見たことある?」

「ううん。見たことないー」

「そうなんだ。ありがとう教えてくれて」

「あ! でもネコさんたくさんいるとこ知ってるよー! 川の方でわたし見たことあるっ!」

「川かー…」

 

パソコンの画面に表示してある地図を見ながら推測していく。

河川敷辺りだね近くだと……恐らく女の子の言っているところもこの場所だろうし。

 

「ありがとう。そこで探してみるよ、ほらお友達がみんな待ってる」

「あっ! ほんとだ。じゃあねおねーちゃん!」

「うん、バイバイ」

 

手を振って女の子はお友達のところに走っていく。すると入れ替わるように夏凜ちゃんがこちらに戻ってくる。

 

「おかえりなさい夏凜ちゃん。どうだった?」

「あっちにいる人たちに聞いてみたけど知らないみたいね。見た感じだと猫どころか動物一匹いやしない感じがするわ」

「私もここは居ないと思う。それとあそこにいる女の子が教えてくれたんだけど──」

 

私が先ほどまで話していた内容を夏凜ちゃんに伝える。顎に手を添えて考える素振りを見せて頷いた。

 

「なら今から向かってみる? 案外そこが当たりかも知れないし」

「うん、善は急げだね!」

「了解。行きましょうか」

 

行き先が決まったところで私たちは公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

河川敷に到着する。もう少し時間がかかるかと思っていたけど夏凜ちゃんのフットワークの軽さのお陰で幾分か早く到着できました。

 

ざっと見渡してみる。

 

「人はちらほらといるみたいだけど……橋下辺りかしらねぇ?」

「そしたらあの辺に向かって行ってみようよ」

 

指差した場所に私たちは向かう。この場所で見つかればいいけど。

時間も放課後を利用しているのであまり長くは費やせないのが現状だ。

橋下に向かう最中も見渡してみるけれどそれらしい影は見当たらない。

 

「さてと、着いてみたものの……ちょっと見てくるわ」

「お願いします」

 

夏凜ちゃんが下りて確認しにいく。

 

「どお夏凜ちゃんー?」

「野良だか分からないけど居た形跡はあるわー! というかそこの茂みに──あっ!?」

「あっ!」

 

橋の陰から何か小さいものが飛び出していくのを私は目撃する。あれは茶トラのネコさん。

飼い主からの写真の柄と一致するところを見てみつけた、と喜ぶがビックリしてしまったのかそのまま足早に逃げてしまう。

後から出てきた夏凜ちゃんもしまったといった表情を浮かべていて、こちらに視線を移してきた。

 

「ちょっと捕まえてくるわ! 友奈はここで待っててもらっていい?」

「うん! 私のことは気にしなくていいからお願い夏凜ちゃん!」

「任せなさい──っ!」

 

追いつくために彼女は走り出した。凄い夏凜ちゃん足速いなぁ。

小さな影を追って遠くなっていく夏凜ちゃんを視界に収めながら見つめる。

 

(……ん、あれ? でも確かさっきの子──首輪してたかな?)

 

写真をチラリと覗くと確かに赤い首輪をしていることが分かる。けど、さっきの飛び出した子は着けているように見えなかった。

 

「ぁ…夏凜ちゃーん! その子違うかもーーっ! ……って聞こえないか。どうしよう」

 

いかんせん車椅子状態の私では走る人に追いつけるわけがなく…。

夏凜ちゃんには申し訳ないけど待つしかないと思った私はもう一度辺りを見渡した。

そこである人を見かける。

 

「……にゃーお。ごろごろー」

 

夏凜ちゃんを追っていたばかりに気がつかなかったけど反対側に女の人が一人猫と戯れている姿を見つける。

同い年ぐらいかな? ……制服であろうその上にパーカーを着た少女が一人。

そしてその人が触れている猫に心当たりがあった私は声をかけることにした。

 

「すみませーん! ちょっといいですかぁー?」

「…………? わたし??」

「そうですー! そのネコさんについて聞きたいことがありましてー!」

 

私の言葉を聞いた彼女は、両サイドに出来てる跳ねっ毛をぴょこぴょこと動かしながらネコさんを抱えて丘の上に上がってきてくれた。

 

「……ん。この子?」

「そうです! …やっぱり写真の子と同じ。私いま迷子のネコさんを探していて──この写真の子なんですけど」

「…おー。この子と同じだ。」

「ですよねっ!? 良かったぁ見つかって」

 

写真を目の前の人に見せると頷いてくれる。

私は安堵のため息を吐いて今もなお彼女の腕の中でふんにゃりと落ち着いているネコさんを撫でる。

 

「それにしても随分と慣れてますね。動物とか飼っているんですか?」

「……飼っては、ない。けど近くには仲良しさんがいる。写真……見る?」

「見たいですっ! ──わぁ! かわい〜♪」

 

彼女は端末を取り出して操作すると画面を見せてくれた。私が夢中になって画面を見つめていると、少しだけ誇らしげな雰囲気を感じとった。

 

 

「名前はなんて言うんですか?」

「…わたし? ネコ?」

「あ、両方知りたいです……その、私恥ずかしながら友達が少なくて……これも何かの縁ですし、よかったらでいいんですけどね。あはは」

 

『わたし』を慕ってくれる人は沢山いる。それは事実であるが、私と『わたし』を分けてみた場合はその限りではなく、私から誰かにこういったことを口にした経験はないので、これが初めての体験になるなぁなんて考えてみたり。

……友達になってくれると嬉しい、な。それともちょっと強引すぎたかな。不安です。

 

きょとん、とした感じで癖っ毛の女の子は少し間を置いてから真っ直ぐこちらを見つめてきた。

 

「……わたしの名前は山伏しずく。この子の名前は…まだ決めてない」

「山伏さん…私の名前は結城友奈っていいます! 仲良くしてくれると嬉しいです」

「……ん。じゃあ結城って呼ばせてもらう。わたしはみんなには下の名前で呼ばれてる」

「じゃあ、しずくさんで!」

 

こくん、と頷いてくれた。その後すぐに山伏さんは小首を傾げる。

 

「……? そういえば『結城』って名前…どこかで聞いたことがあるような?」

「私の名前がですか? んん〜…どうなんでしょう?」

「………まぁ。いいか」

「いいんですか」

「ん」

 

しずくさんはマイペースな子なのかもしれない。

 

 

 




『私』は本来出会うはずじゃなかった彼女と出会うことになる。

『わたし』が『私』になったことで周りの環境が少しづつ変化していきます。


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八話

 

 

 

山伏しずくさんが私と友達になってくれました。

年は同い年でここからは離れた場所に住んでいるみたい。今日はたまたまこの辺りに足を運んでいたようでそこで私たちが探していたネコさんを見つけたようです。

 

「一人でここに来てたんですか?」

「いや、もう一人と来てたけど……どっかに行っちゃった」

「もしかしてしずくさんも迷子…?」

「どちらかというと、その人が……迷子」

 

困ったもんだ、と言わんばかりの表情を浮かべるしずくさん。

私としてはここまでの経緯を知らないので何とも言えないけれど、きっと探しているに違いないだろうなと思います。

 

「それより……結城はどこか具合が、悪いの? 車椅子だから」

「あ、ううん。実はもう治りかけなんだ。大事をとって車椅子で生活してるけど、それも長くはないかな?」

「……ビョーキかと思った。元気で良かった」

「心配してくれてありがとうしずくさん!」

「ん」

 

ぴょこぴょこと癖っ毛を猫耳のように動かしながらしずくさんはネコさんを私に手渡してきた。

私はそのままネコさんを受け取るとしずくさんは遠くを見つめ始める。

 

「しずくさん?」

「……見つけた。そしてわたしを呼んでるみたい。そろそろ行かなきゃ、いけない」

「ぁ……そう、なんですね」

 

どうやら時間のようだ。せっかく出会えたけれど向こうも心配しているだろうから引き止めるわけにはいかない。ちょっと寂しいけど…。

 

「…連絡先、交換したからいつでも連絡してきていい。だから結城…そんな顔しないで」

「うん……また会えるよねしずくさん」

「ん。また会いにくる……約束」

「……っ。はい!」

 

小指を差し出してきたしずくさんに私も同じように小指を出して指切りげんまんをする。

そして夕日に照らされながらしずくさんは小さく手を振るとその先へ歩いて行った。

離れていく背中を見ているとその更に先から一つの影が近づいてくるのがわかる。

 

────見つけましたわよしずくさん。こんなところで何をしてらしてたんですの?

────ん、友達と話をしてた。

 

一言二言と会話をするとその人はこちらに向き直り頭を下げていた。

隣にいるしずくさんは手を振ってくれて、私も同じように手を振り返すと今度こそ二人は来た道を戻り歩いて行ってしまった。

見えなくなるまで私は見送ると振っていた手をゆっくりと下ろしていく。

嬉しさと少しの寂しさを残して。

 

「…友奈ー!」

「あ、夏凜ちゃん! おかえりなさい」

 

入れ替わるように、私の背後から夏凜ちゃんがネコさんを抱えて戻ってきていた。

額には少しだけ汗を滲ませて、さっきまで頑張って捕まえてくれていた証拠だった。

私はハンカチを取り出して夏凜ちゃんに近づいてその汗を拭いてあげる。

 

「屈んでもらってもいい夏凜ちゃん」

「ん? ええ、こう……ちょ──!? びっくりした。あ、ありがと」

「夏凜ちゃんこそありがとう。大変だったでしょ?」

「それはまったくと言っていいほど問題ないわ。でもこの猫…柄は同じだけど依頼の猫とは違うわね──って友奈の膝にいる子」

「あはは……実は夏凜ちゃんが行っちゃった後に見つけたんだ。声を掛けたんだけど、間に合わなくって」

「くぁ…私としたことがやらかした。でもよく捕まえられたわね?」

 

頭を抱えながら夏凜ちゃんは訊ねてくる。私はその言葉に小さく微笑みながら口を開く。

 

「──うん! 優しい人が捕まえてくれたんだよ〜」

「へぇー。まぁこれで何とか依頼達成ね。さっそく風たちに連絡、っと」

 

私も東郷さんに連絡しなきゃね。帰ったら今日の出来事を日記にまとめたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。私は自室で机に向かってパソコンの練習をする。ローマ字打ちは既にマスターしたので今はタイピングの速度を上げる練習をしていた。

 

「……ふぅ。できた」

 

タン、と東郷さんから出された課題を終えて私は一息をつく。

ちょっと目が疲れ気味だ……身体がまだ慣れていないのかもね。伸びをして傍に置いてあった端末を手に取り弄っていく。

 

「──あ、これいいかも」

 

ネット検索で調べ物をしている最中にあるアイテムを見つけた。チラっと窓の外を眺めてみると東郷さんの部屋の明かりはまだついている。

私はNARUKOを起動して文字を入力していく。

 

『急なんですけど、週末買い物に行きませんか?』

『あら、でーとのお誘いかしら。もちろんいいよ』

『その様子だと課題は終わったみたいね。お疲れ様』

 

返信が早い!

それにしても…で、デートなんて東郷さんってば…! もうー。

不意にドキりとさせてくる東郷さんにびっくりするもお礼の返事を返しておく。

 

「さてっ! 次は学校の勉強の復習して……あ、しずくさんに連絡しておこ」

 

さっそく彼女にも連絡を入れる。

 

『夕方はありがとうございました! 無事にネコさんは飼い主に届けることができました〜』

 

……こんな感じで大丈夫かな。少しだけ眺めてみるが返信は返ってこない。

寝ちゃってるのかな?

 

(…気長に待つべきだよね。それともやっぱり図々しかったかな)

 

そう考えて首をふるふると横に振る。一人だとどうしても考え方がネガティブになりがちな気がする。私は端末に保存されている画像の一枚を開いた。

 

それは楽しそうに『わたし』も含めて笑顔で写っている勇者部の一枚。格好や様子からして夏凜ちゃんの誕生日会のものだろう。

 

「くす。夏凜ちゃんすごく戸惑ってる顔してる」

 

他にも先輩や樹ちゃんたちと撮っているものもある。でもやはり割合を占めているのは東郷さんとの写真だった。私が知らないみんなとの思い出。私の知らない東郷さんとの写真が沢山ある。

 

(ちょっとだけ羨ましい……って考えちゃう私は凄く卑しい人間だな。私にそんな資格はない筈なのにね)

 

胸に手を当てて自分の『熱』を確かめる。いつか消えてしまうものだけど、それがいつになるのか分からない。

だからこそ頑張らないといけない。私が私である内にやれる事をやるだけだ。

 

「ん…? あ、しずくさんからだ」

 

気合を入れたところで端末から通知音が聞こえる。相手は今日友達になったしずくさんからだ。

 

『無事に届けられて良かった。ありがとう結城。そしてこれからもよろしく』

「しずくさん……」

 

やっぱり彼女は優しい。私の初めてのお友達。誰が誰のと線引きしてしまうのはよくないことだけど、やはり自分にとって特別感のある響きだ。

 

こういう機会は一つ一つ大事にしていこうと改めて誓う。

 

「こちらこそよろしくお願いします…と。よし、やるぞ!」

 

気合を入れて私は今日も遅くまで勉学に励みます。

今日も嬉しいことがあったから気力が湧いてくる。でも区切りをつけて程々にしないとね。東郷さんに心配かけちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして東郷さんと約束していた週末が訪れる。この日は私にとって東郷さんとお出かけする日でもあり、もう一つは────

 

 

「……うん。大丈夫そう」

 

姿見の前で私は立ち上がる。屈伸したり足首を動かしてみたり足踏みをしたりして確認をする。そうなんです、今日から私は車椅子生活を終えることが出来ました。

 

リハビリを頑張った甲斐があってお医者さんから前日に許可をもらいこうして私は車椅子離れをすることが可能になった。

とても嬉しい。これで東郷さんと並んで歩くことが出来るし、部活も積極的に励むことができます。

私は背後にある車椅子に目をやり、ソッとそれに触れた。

 

今日までありがとう、と感謝の念を唱えて車椅子を畳む。なんとなく寂しい気持ちが横切るがいつまでもこれに甘えているわけにもいかない。

 

「──さて、東郷さんも外で待っているから急がないと」

 

今日は一人で起きるように努力しました。恥ずかしいけど東郷さんの言葉を借りるなら『でーと』なる本日は待ち合わせをして行こうと言う話に至ったのだ。

とは言っても自宅は隣同士なので家の前で待ち合わせだけどね、えへへ。

 

「…いってきます友奈さん」

 

こうして私は初めて自分の足で外の世界に踏み出す。

 

 




『私』ちゃん、山伏しずくとお友達になる←new
車椅子生活が終わり、通常歩行が可能になる←new


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九話

 

 

 

 

玄関の扉を開けると眩い日差しが私を照らす。腕で光を遮って空を見上げれば青い空が広がっていた。

絶好のお出かけ日和。

 

「友奈ちゃん。おはよう」

「あっ! 東郷さんおはようー! いい天気だね」

「友奈ちゃんとこうして出かけるのは初めてだものね。晴れてくれないと困るわ────そしておめでとう」

「えへへ、ありがとうございます。これで東郷さんと一緒に歩いて学校とか行けるから嬉しいな」

「うん、私も。足に違和感や痛みとかない?」

「大丈夫っ! こんなことしても平気なんだよー」

 

びょんぴょん、と小さくジャンプして大丈夫だとアピールする。すると安心したように笑ってくれる東郷さんの笑顔は今日もとっても綺麗だった。

 

「あまり無茶しちゃダメだからね……あ、そうだ友奈ちゃん。ちょっとそこで立っててもらってもいいかな?」

「へ? ……こう?」

「うん。じゃあ撮るわよ」

「え、え? ぴ、ぴーす?」

 

何事かと思っていたら東郷さんは端末のカメラ機能を使って私にレンズを向けてきた。

困惑しながらもポーズを取る私に東郷さんはシャッターを切る。

 

「今日は友奈ちゃんが一人で立ち上がった記念の一枚よ」

「あ、そういうこと……それなら東郷さん、私も一つお願いがあります!」

「あら、何かしら?」

「私も写真が欲しいから東郷さんと一緒に写ったものが欲しいなーなんて」

「……ふふ。そうね、なら一緒に撮りましょうか友奈ちゃん」

「…っ! うんっ!!」

 

私の提案に快諾してくれて私はとても心が満たされる。ふわふわとした気持ちのままでいると私の横に東郷さんが歩み寄ってきて身体を密着させてきた。

ドキリと心臓が強く脈打ち顔が熱くなってくる。

 

「と、東郷さん……」

「なぁに友奈ちゃん?」

「ちょっと密着が凄い気がするんだけど……?」

「これぐらいくっ付かないとカメラに収まらないの。それに──よくこうしてくっ付いていたじゃない」

「ぇ……あ、うんそうだったね!」

 

そ、そんなことしてたの『わたし』は!? ふわ……意識してみると東郷さんとってもいい香りがする。それにこうして並んでみると私より少し背が高いからとても頼もしく見えて……ドキドキが収まらないよぉ。

東郷さんはそんな私の反応を知ってか知らずかとても楽しそうにシャッターを切っていた。

うう……。東郷さんは何で平気なの。

 

「こんなものかしらね。満足したわ……ほら、友奈ちゃん顔赤くしてて可愛い♪」

「と、東郷さんやっぱりワザとやってたの!?」

「あらわざとなんてしてないわ。全て本気も本気よ」

「東郷さんのいじわるぅ……!」

「その表情もいいわね♪」

「にゃぁ!? 撮らないでー?!」

 

素早く行動に移す東郷さんに翻弄されつつも、なんとか自宅前から出発することができました。

ちゃ、ちゃんとお買い物できるかな。ちょっと心配です。

 

 

 

 

 

 

 

歩く時の視点というか、視える世界が違うように見えてしまうのは錯覚なのだろうか。

世界がとても明るく見える。気持ちの高揚なのかなんなのかは分からないけどとてもいい気分だ。

 

「今日はご機嫌ね友奈ちゃん」

「だって東郷さんと二人でお出かけなんだもん。ずっと楽しみにしてたんだ~」

「嬉しい。でもそんなにはしゃいでいると転んだりしちゃうわよ?」

「大丈夫ダイジョウブ! ……うわっとと!?」

「もう、言ってる傍から……めっ!」

「きゃう!? ……ごめんなさい」

 

人差し指でおでこを突かれて私は額を押さえる。少し調子に乗っちゃったみたい。

反省していると頬を小さく膨らませながら東郷さんは私の手を取ってくる。不思議にその様子を眺めていると彼女はそのまま歩き出し始めた。

必然的に引っ張られる形になった私は東郷さんに視線を移すとなぜかとっても嬉しそうだった。

 

「東郷さん?」

「お転婆な子は私が手を繋いでいないと危ないので目的地に着くまではこのままでいくから」

「え、ええ!? 私おてんばじゃないよ??」

「お転婆な子はみんなそう言います」

「むぅ────でも、これもいいかも」

「うん? なにか言った友奈ちゃん?」

「んーん。なんでもないよ~♪」

 

東郷さんは心配してやってくれているけど、こうして向こうから手を繋いでくれて嬉しくなる。ぎゅっと手を握って彼女の温もりを感じつつ、今度は落ち着いていくことにする。だってその方が長く手を繋いでいられるからね!

 

「ところで、イネスには何を買いに行こうとしてるの?」

「えっとーパソコン関係のテキストとー眼鏡ッ!」

「え、眼鏡……? 友奈ちゃんまさか目が悪くなっちゃったの!? わ、私のせいで……」

「違うちがう! 眼鏡っていってもえっと……ぶるーらいと? をカットしてくれるタイプの眼鏡を買おうかなって思ってて」

「ああ、そういう……ほ、本当に大丈夫なのよね? 嘘は言ってない?」

「本当だよ! だからそれを買ってもっといっぱい東郷さんから色々なことを学びたいなぁって考えてます!」

「もうびっくりした。でもそうね…友奈ちゃんの眼球を守るにはそういうものも必要よね!」

「い、言い方がなんか怖いよ東郷さん」

 

眼球はちょっと……せめて、んーと。お目目とか?

東郷さんが『お目目』って口にしてる光景を思い浮かべてみる。

 

…………。………。

 

「───ふふ。くふ、あはは!」

「え、え? 友奈ちゃん??」

「ごめ、ごめんなさい急に笑っちゃって……でもお目目って言っている東郷さんが可愛くて」

「お、おめ…?? 私そんなこと言ってないよ友奈ちゃん」

「あれ…? あれー??」

「もう、さっきのお返しってことかしら。友奈ちゃんって意外といじわるなのね?」

「そ、そんなことないよぉー」

 

いけないいけない。考えていたことが口に出ちゃった。

話題を変えないと…えっと、

 

「…そういえば東郷さん、渡してくれた資料で分からないことがあったんだけど」

「むぅ。話題を逸らしたわね友奈ちゃん……どの辺りだった?」

「五ページ目のところで────」

「あそこね。そこは────」

 

少し強引だったけど、聞きたかったのは事実なので申し訳ないと思いつつ私は話題を振る。

東郷さんもむすっとした顔をしていたけれどすぐに元の調子に戻って私の質問に答えてくれた。

話題としては華やかさに欠けるかもしれないけれど、ちょっとでもこの人に近づきたくて始めた彼女との習い事。

まだ日は浅いけど今や私にとっての生活の一部になりつつある。

 

東郷さんはすごい、さすが先生です。私が質問や疑問に対して求めている答え以上の回答を私にくれる。だからこそもっと頑張ろうって気にもなるし、期待に応えていきたいとも思える。

『わたし』もきっと……そういう真っ直ぐな部分が好きなんだ。

 

「──ということね。ふぅ、ちょっといっぺんに話しすぎたかしら」

「ううん。ちゃんと脳に焼き付けてるからダイジョブ。ありがとう東郷せんせー」

「またそういうこと言って……でも正直驚いているわ。ここまで真摯に取り組んでくれるとは予想してなかったから」

「そうなの?」

「一時の興味というか、友奈ちゃん結構色んなことに取り込もうとするし今回もそういうものかなーって考えてたけど」

 

チラリと彼女をみる。

東郷さんが違和感を抱いていた。

 

「…………変、かな?」

 

────やっぱり私は『わたし』になりきれないのかな。東郷さんの言葉を聞いて想像に難くない。きっと『わたし』は楽しく様々なことにキラキラと輝いた目で世界を見ていたのだろう。視点は理解できても蓋を開けてみれば私は『わたし』になろうとして必死にもがいているだけ。これでは違和感を持たれてもしょうがないと思う。しかし東郷さんは首を横に振った。

 

「変じゃないよ」

「え……?」

 

歩みは止めずに東郷さんは手を握ったまま話を続ける。

 

「今の友奈ちゃんは確かに目を離せない時があるけど、でもこうやって頑張っている姿はちゃんと私は知ってるから」

「…………うん」

「頑張っている人を無碍にするつもりはないし、喜んで手伝うよ。ふふ…それに私と共通のものを一緒に出来て私自身も結構楽しんでやれているのもあるのよ?」

「……これからも教えてくれる?」

「もちろん♪ むしろこっちからお願いしたいぐらいよ」

 

そう言って彼女は笑顔を浮かべる。

……ずるいなぁ、東郷さん。

 

「……えい」

「わ、友奈ちゃん?」

「エスコートして欲しいな東郷さん」

「──いいよ。任せて友奈ちゃん」

 

繋いでいたその手は更に密接に絡み合う。

暖かい。

 

うん、頑張れる。私は『わたし』のために、東郷さんのために頑張れる。例えこの結末がどうなろうとも、どんなことが待ち受けたとしても頑張れる『熱』をこの瞬間にもらえたから。

 

さて、そのためにもまずは今を楽しませてもらおう。せっかくの『でーと』なのだから。

 





眼鏡姿の友奈ちゃんは可愛いと思う。


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十話

 

 

 

讃州中学勇者部部室。私にとってある意味で環境がまた変化を受けて始まる一日となります。

 

「風先輩。お茶を淹れようと思うんですけど飲みますか?」

「え、ええ。せっかくだからもらおうかしら」

 

部室には今日は私と風先輩の二人だけです。というのも東郷さんたちはそれぞれが他の依頼を請け負っているためです。私は東郷さんに引き継いで依頼の整理や練習も兼ねたホームページの編集を現在行なっているところ。

一息つくためにも私は樹ちゃんに倣ってお茶を淹れてみるけど、これが中々奥が深いと感じる。

 

(樹ちゃんの先生は東郷さんだよね。私も今度教えてもらおうかな?)

 

下を向いたことでほんの少し傾いたアンダーリムの眼鏡を指先で直し、私は二つの湯呑みを持ってその一つを風先輩のところに持っていく。

 

「どうぞ、先輩」

「ありがとう友奈……ん、おいし」

「樹ちゃんに比べればまだまだですけど口に合ってよかったです。あ、それとこの前の依頼の報告書がまとめ終わったので確認してもらっていいですか?」

「いま手が空いているから見せてもらっていい?」

「はい!」

 

主に東郷さんが管理しているデスクトップのパソコンの席に座って手早く操作して書類に起こす。

 

「──用意できました。確認よろしくお願いします先輩」

「あ、あら早いわねありがと……なんかその眼鏡をしてこういう仕事してもらってると妙に大人びて見えるわね友奈が」

「ほんとですか? 嬉しいです。実はこの眼鏡結構お気に入りでして作業中も目が疲れにくくて重宝してますし、こうして足も治ったのでこれからもっとお役に立てるように頑張りたいです」

「た、頼もしい限りの言葉をどうもありがとう。なんだか東郷が二人になった気分よ」

「……! えへへ〜♪」

「満面の笑みっ!? くぅー…この頃の友奈の女子力に圧倒されっぱなしな気がするわ……先輩としての威厳が」

「先輩はちゃんと先輩してますよ?」

 

私にとって親しい上級生で頼りになる人は今のところ風先輩を置いて他にないと思ってます。

そのことを本人に伝えると頬を赤く染めてありがとうと言ってくれた。そういうところが可愛いなぁ先輩。

 

「その眼鏡はこれからもずっとつけているつもりなの?」

「運動系の依頼とかあったときは外しますけど、あとは基本的に付けていようかなーと。変ですかね?」

「いやヘンというより似合いすぎているというか。人ってアイテム一つでこうも印象が変わるものかーって感心してたところなのよ」

「眼鏡もそうですけど髪型一つ変えてみるのも新鮮味が出てくるかもしれないですね! 風先輩の髪も綺麗だから東郷さんみたいにしてみたりとか」

「むむむ。なるほど……髪型かぁ。女子力溢れるアダルティな髪型……」

 

ぶつぶつと呟きながらも書類に目を通しているあたりさすがは部長さんです。

私もパソコンの前に戻って、髪先を指で触る。

 

(私も東郷さんみたいに長いサラッとした髪型は憧れちゃうな。もちろん『わたし』のこの髪も大好きだけどね)

 

あれこれと弄ってみたい欲求はなくはないけど、自分の身体でない以上はなるべく現状維持でいようと考えている。しかし現実は未だに私たちを元に戻す手段がないのがとてももどかしい。

ネットで検索をかけても分からないし…。

 

(出来ればみんなにはバレないで終わらせたい……でも)

 

ちらっと視線を上に移す。そこには張り紙がしてあり、この部の在り方を示す『五箇条』が掲げられていた。そのうちの一つに目をやる。

 

(悩んだら相談──はは、私ってば守れてないや。嘘ばかりついて……相談…ソウダンかぁ)

 

心の内で自虐的に笑う。

私のことを知っていて『わたし』をそれほど知らない人が現状の相談相手としては望ましい。そこで一人の人物が頭をよぎる。

 

先日、お友達になった伏見しずくさんの存在を。

 

(…でも急にそういう相談されてもしずくさんが迷惑だよね。うーん)

 

でも出来れば聞いてほしいというワガママは残っている。タイミングがあった時にさり気なく相談してみようと結論を出して私は作業に戻ることにした。

 

デスクの傍には東郷さんと休みの日に買ったテキストがある。既に付箋やらマーカーやらで塗りたくられた書物をみんなに見られた時はとても驚かれた。確かに穴が開くように見てたりするけど、これぐらいやらないと理解できない私の能力不足の証でもあるのでちょっと恥ずかしかったり。

 

「ゆ、う、な!」

「ひゃ!? 風先輩どうしたんですか?」

 

両肩に手を置かれて私はびっくりしてしまう。振り向いて見てみるとニヤリと不敵な笑みを浮かべた先輩が立っていた。

 

「んやんや、最近の友奈は頑張ってくれてるから勇者部部長として労ってあげようかと────肩もんであげる」

「わ、悪いですよ~……んん」

「結構凝ってるわね。家でもずっとそうやってパソコンの前にいるんでしょ? ダメよー適度に休憩いれないと」

「す、すみません。はふ……きもちー」

 

風先輩に肩を揉まれて私は声を漏らす。

しばらく彼女の行為に甘えさせてもらいながらテキストを手に取ろうと腕を伸ばした。しかしそれは先輩によって阻まれる。

 

「こーら。この期に及んで勉強するのアンタは?」

「あ……すみません。つい────あはは」

「なんか退院してから人が変わったように本の虫になったわね友奈」

「……っ。そうですか?」

 

虚を突かれたように私は言葉に詰まってしまうが平静を保ち続ける。その間にも風先輩の手は休むことなく私の肩を揉んでくれていた。

 

「なんかちょっと心配。あたしでもこう思うんだもの、一番近くに居てくれる東郷なんてもっと心配してるんじゃない?」

「……かもしれません。いや、きっとそうなんでしょうね……でも私は遅れている分を少しでも取り戻したいので」

「遅れてる分?」

「はい。色々と足りてないので……私は」

「ふーん?」

 

言いながら私は再確認する。足りてないんだ私は。この人たちの隣に立つには私には時間が足りない。

一分一秒を大事に使っていかないといけない。だから私に寄り道は────

 

「ならちょっといいかしら友奈」

「へ? 風先輩どちらに??」

 

マッサージを終えた先輩は鞄を持ってにかっと笑う。

 

 

 

「────あたしの寄り道に付き合いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

香しい香りが鼻腔をくすぐる。私にとってあの日以来の場所で、本来のお店としての姿を見るのはこれが初めてだ。

私と風先輩は対面に席に座ってテーブルに置かれた食べ物に目をやる。

湯気が立ち私の眼鏡が曇ってしまうのを風先輩が面白そうに口角をあげて見ていた。

 

「眼鏡ってこういう時食べづらそうよね。いただきます」

「いた、だきます…?」

 

パチンと割り箸を割って『うどん』を啜る先輩に続いて私もうどんを食べる。

そう、私と先輩は『かめや』に足を運んでいた。

ずるる────と一口入れれば出汁の効いたうどんが喉をちゅるりと通っていく。美味しい。

 

「美味しい? 友奈」

「美味しいです……先輩、ここに来ることが寄り道ですか?」

「そうよー。お互い息抜きも兼ねて来たってわけよ。今日はあたしの奢りだからどんどんおかわりしちゃいなさいな」

「そ、そんな悪いですよ────」

「おかわりっ!!」

「はや!?」

 

え、あれ…いつのまにか器の中身は空っぽだった。まるで飲み物を飲むような食べっぷりに私は呆気にとられてしまう。

そしてお店の人の対応も早く、まるで分かっていたようにすぐに二杯目が差し出されてきた。なんか色々と凄い光景だ。

 

「なによそんな顔して。常連になればこのぐらい当たり前のことよ?」

「そういいながらもう既に食べ終わりそうな先輩に驚かされるばかりですよ」

「うどんは全てを可能にする食べ物。熱いうちに美味しいものは熱いうちに食べる──友奈も英気を養うためにもささっと食べなきゃ」

「は、はい! ずるる──」

「お〜。いい食べっぷりね!」

 

満足そうに頷く先輩。

つられて私も同じように笑みを浮かべる。

 

「そうそう。やっぱり友奈はそうやって笑っていた方がらしいわよ」

「そうですか?」

「真面目に部活や勉強に取り組んでくれるのは嬉しいけど、さっきみたいに眉間に皺が寄ったままだと何かあった時に柔軟に対応できなくなるわよ。たまには休憩することも覚えておきなさい」

「ちゃんと合間に休憩はしてたんですけどね」

「友奈の休憩は休憩になってないわよ。言い方を変えるならそうね……気分転換ってやつかしら?」

「気分転換……」

「友奈がよくやっていた押し花とかそういう違うことをするって意味よ。最近やっている話を聞かないからどうしたのかなって」

 

確かに私の部屋にはそういう道具はある。棚には押し花をまとめた本がいくつもあることも。でも私は『わたし』になってからは一度も手をつけていない。

嫌だとか、苦手だとかではない。単にそれらは『わたし』の物であって私のものではないからだ。

ちゃんと時間を作って道具とかの手入れは欠かさずにやっている。でもこうして区別はつけていないといけない気がした。

 

(──だって油断しちゃうと考えちゃいけないことを考えちゃうから。こんなにも楽しくて幸福なみんなのいるこの空間に私は甘えてしまいそうだから)

 

私は仮初めの存在。本来居るはずのない存在なのだから。何かしらの理由で帰ってこれなかった『わたし』の穴埋めとして私は今ここにいる。それだけはやはり忘れてはいけないことなのだと胸の内に刻む。

この与えられた『熱』は東郷さんやみんなに対して使っていこうと、生まれた時から私は決めていたのだから。

 

「またしわが寄ってるわよ友奈。もう、なんだか様子も東郷に似てきてない?」

「あぅぅ!? 東郷さんにですか?」

「直して欲しい部分の話だから嬉しそうにしない。五箇条の一つ──忘れてないでしょうね?」

「…っ。やだなー、忘れていませんよ〜」

 

もちろん忘れていない。しかし私にはまだ覚悟というか、自分の思考の中で考えがまとまっていないのでボロが出てしまう可能性がある。まだ話すことはできないです。

そんな私の言葉や態度に風先輩は煮え切らない、そんな表情をしていた気がする。

気がする、というのも私は先輩を真っ直ぐに見ることができないでいたから。

 

そのまま会話も少なくなってしまいうどんを啜る音だけが場を占めていた。

会計を終えて私と風先輩はかめやを後にする。すっかりと夕焼け色に染まった世界は今日という日の終わりを迎えようとしていた。

 

 



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十一話

 

 

 

 

かめやを後にした私と先輩は道中を並んで歩いています。

あの後もう二杯食べた先輩の胃の中は一体どうなってるんだろうという疑問を残して私は小さくため息が漏れてしまう。

 

(空気、悪くしちゃった……せっかく先輩が誘ってくれたのに何してるんだろ)

 

きっと私のことを気にかけて連れ出してくれたのにほんとダメダメだなぁ私は。

そういえばこの後はどうするんだろうか? このまま解散の流れなのかなと考えていると不意に私の視界は揺れた。

 

「──うりうり〜!」

「ん、んにゃ!!? せ、先輩ッ?!」

 

すごく驚きました。何事かと思っていたら先輩の手が私の頭上に乗せて撫でてきたからだ。それは今まで撫でられてきた中で初めて力強いものだった。でも嫌じゃない。なんでだろ。

 

「暗い顔しない! せっかく美味しいうどんを食べた後なんだからほら笑って笑って!」

「は、あ……はは」

「んー固いわね。ほら、行きましょ友奈」

「行くってどこにですか……わ、あ!?」

 

手を引かれて私は先輩にどこかへ連れて行かれようとしている。

どうやらもう少し寄り道があるみたいです。

 

「あの、風先輩……手」

「ん? あぁ、せっかくだからこのまま繋いで歩きましょうか」

「ええ!? このままですか。は、恥ずかしいですよぉ」

「なーによ。東郷にはしてあたしにはしてくれないってワケー?」

「と、東郷さんとはもっと恥ずかしいですよっ!!」

「あたしは別に恥ずかしくないわよ? 樹とよく手を繋いで歩いたもんだからね」

「樹ちゃんと……」

 

歩幅を合わせてくれてようやく並んで歩くことが出来た私は、繋いでいる手を見つめる。柔らかくて、温かい手を。

 

なんというか、東郷さんとはまた違った感じの落ち着きを胸に抱く。

 

「小さい時から仲良しなんですね。樹ちゃんとは」

「今はもっと仲良しよ。思い出すわねー…小さい樹をよくこうやって手を繋いであげたりしてさ」

「よければ昔の二人のことを聞いてみたいです」

「お、言ったわねー」

 

ぽつぽつと風先輩の口から幼い時の話をし始めた。

 

「樹は今よりもっと引っ込み思案であたしの後ろに常に張り付いていたのよ。そんな樹をよく外に引っ張りだしたし、ちょっとでも離れようものなら泣かれてたわ。いやー可愛かった!」

「そう考えると今の樹ちゃんはとっても成長していますよね。風先輩みたいに頼りになりそうです」

「でしょでしょ〜♪ いやー妹の成長をこの頃実感させられるわ。でも反面、少寂しい気持ちもあるのよ」

 

寂しい? と疑問を抱く。妹さんが成長していることは喜びが占めるものではないのだろうか。

 

「どうしてですか? 家族の成長や成果は嬉しいことじゃ…?」

「もちろん嬉しいし誇らしいわよ。でもそうやって手を引っ張っていた子がいつのまにか隣に立って、場合によっては逆に手を引かれてる──そんな姿を見ちゃうとそういう感情を持ってしまうものなの。あーこうしてこの子は一歩ずつ大人になっていくんだなぁ、とかさ」

「大人……」

「もちろん樹もそうだけど、あなたたちの成長も眼を見張るものがあるわよ。色々な経験を経て身も心も大きく成長している。部長として先輩として鼻が高いわ」

「……ありがとうございます。先輩」

 

素直に、真っ直ぐ褒められて気恥ずかしくなる。私はみんながどのような道を歩んできたのかは分からない。私に対して含まれている言動ではないことも分かっているけれど、その言葉を言ってくれてトクンと心の奥で更なる『熱』が注がれた気がした。

 

温かい。空いた手で胸に手を当ててその温もりを噛みしめる。

 

「…どうしたの友奈。もしかしてまだどこか悪かったりするの?」

「…いえ。どこも痛くないですよ。先輩の言葉をしっかりと胸に刻み込んでいるんです」

「大袈裟ねぇ。大したこと言ってないと思うけど?」

「大したこと、ですよ。少なくとも私にとっては本当に…今繋いでるこの手もとても大きく感じます」

「ま、まぁ? 女子力が振り切ったのあたしにしてみればそんなもんよ!」

「先輩照れてます?」

「照れてないやいっ!」

 

夕焼けに照らされているせいか余計に紅く見えてしまう風先輩の顔が可笑しくて私は笑ってしまう。ギュッと手を握ると同じように握り返してくれる。

道行く人は微笑ましく私たちを眺め、その目には果たしてどのように映っているのだろう。仲の良い友人か先輩後輩? それとも……姉妹のようにも見えているのだろうか。

 

「まってよーおねえちゃん!」

「おかあさんが待ってるからはやくいくよ!!」

 

その中で目の前を通り過ぎる小さな姉妹がいた。

私にはそれが幼き日の二人のように重なって見えた。風先輩が手を引いて樹ちゃんが不安ながらもついていこうと歩を進めるその光景を。

すれ違い、背を向けて歩いていく二人を先輩もどこか懐かしげに眺めていた。

 

「──まぁあれよ。あたしから言わせてもらうとしたら後悔だけはしないことね。いつかのあの頃に、あの時に戻りたくても時間は戻らないから。後悔しないそのために必要なら手を貸すし、逆もあるかもしれない。持ちつ持たれつ的な感じね。それを皆でやっていきましょ」

 

その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。

…想像でしかないけど、きっと大変な道を歩んできたのだろう。今こうして先輩を形作っているのはそういったものの積み重ねなのかもしれない。

 

「先輩の妹である樹ちゃんが羨ましくなってきちゃいましたよー。私は兄弟や姉妹は縁がないので余計に思っちゃいます」

「なにいってんの。あたしからしてみれば勇者部全員妹のようなものよ。どーんとお姉さんに任せなさいな」

「どーんと…」

 

少しばかり好奇心のようなものが芽生えて私は先輩の前に立って向き直る。その様子に目の前の先輩は小首を傾げていた。

 

「先輩、お願いがあるんですが」

「なーにお願いって」

「……その、お姉さんに抱きしめられるってどういう感覚なのか知りたいんです。お願いしてもいいですか…?」

「────そんなかしこまって言われると恥ずかしいけど……友奈なら歓迎よ。ほらおいで」

「はい」

 

昔話に花を咲かせたせいか先輩も大らかにその手を広げてくれた。

誘われるように私は先輩の胸に顔を埋め、その身体に腕を回した。

すると合わせるように先輩も私の身体に腕を回して包むように抱擁をすると甘く、優しい先輩の香りが鼻腔をくすぐる。

 

────落ち着く温かさ。陽だまりの中にいるような。

 

目を閉じて彼女の『熱』に意識を傾ける。私より何倍何千倍と力強く感じるソレはとても輝かしく思えた。注ぎ込まれた私のとは違う脈動する命の熱。そこに身を寄せるだけで私は満ちていくような感覚に包まれる。

 

「──友奈は甘えん坊ね」

「…かもですね。あと、先輩の包容力が凄いんですよ」

「最近誉め殺しさせようとしてない?」

「いえいえ」

 

しばらくそうさせてもらい私からお礼とともに先輩の抱擁から離れる。

尾を引く熱の残滓を感じながら私は微笑を浮かべ軽やかになった身体を動かして歩み出す。

 

「満足したのかしら?」

「風先輩の女子力をチャージさせてもらったんで元気百倍ですっ!」

「言うわね〜。寄り道した甲斐があったわ」

「はい!」

 

息抜きというものは思っていた以上の効果を生んでくれた。

今度また東郷さんや予定が合えばだけどしずくさんと何処かに出かけてみるのもいいかもしれない。

そうしてしばらく歩いていくうちに分かれ道に差し掛かった。

 

「じゃあ、友奈。あたしは夕飯の買い物に行かなきゃいけないからここでお別れね。今日は資料作成ご苦労さま」

「先輩こそお疲れさまでした。また明日」

 

先に用事がある先輩を手を振って見送る。その姿が見えなくなるまで私はその場に立っていると背後からとんとん、と背中を叩かれた。

 

驚いて振り向いてみると、

 

 

「──東郷さん! びっくりしたー」

「ごめんね驚かせて。向こうから歩いてきたら友奈ちゃんの姿が見えたから。風先輩と一緒に居たの?」

「うん。さっきお別れして見送っていたところ。東郷さんも帰りだよね?」

「ええそうよ。一緒に帰りましょうか友奈ちゃん」

「はーいっ!」

「わ──友奈ちゃん?」

 

嬉しい。まさか東郷さんとここでばったり会えるとは考えていなかったのでついさっきのテンションで東郷さんの腕に飛びついてしまった。

一緒目を見開いて驚いた東郷さんは、すぐに元の調子に戻って私を支えてくれた。

 

「どうしたの急に」

「ううん。なんだか無性に東郷さんにくっつきたくなっちゃって……ダメ?」

「だめなんてことはないわ。むしろもっと来てくれても構わないから」

「ほんと? だったら……家まで手を繋いで帰りたいです」

「くす。なんか表情が晴れやかになってるね。はい、どうぞ」

「そうみえる? えへへ」

 

差し出された肌白い手を私は自分の手と重ね合わせる。するすると指先が自然と絡み合ってにぎり合うと心臓がとくんと跳ねるように脈打つ。

風先輩の時とはまた異なる感情に私の表情はだらしなく緩んでしまう。

 

夕日によって伸びた二つの影はぴったりと、身を寄せて私たちは笑いあってゆっくりと歩き出した。

 

 



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十二話

◼️

 

 

まるで遠くの景色を眺めているような、そんな『夢』を観た。

 

知っている人、見知った顔。二人が向かい合って手を握り楽しげに会話をしている様子の夢だ。

だが会話の内容はおろか音すら聴こえない、辺りの景色は白紙の世界。私は映画でも観るように座り込んでその光景を見つめているだけ。パラパラと断片的に繰り返されるその映像が流れ続ける。

 

────初めての『夢』はそんなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れ物はない? 友奈ちゃん」

「うん、何度も確認して東郷さんも確認してくれたからバッチリだよー」

「はぁ。私も一緒に行ければよかったのだけど」

「ちょっと会って遊ぶぐらいだから平気だよ。東郷さんは家族でお出かけなんだからそっちを優先しないと」

「……山伏しずくさんだっけ? 友奈ちゃんの交友関係は広いことは知っていたけれど、全然気がつかなかったわ」

「伝えるのが遅くなってごめんね。また機会があれば紹介したいからその時はみんなで一緒に遊ぼう東郷さん」

「あぁ……友奈ちゃんが盗られちゃわないか心配だわ」

「そのセリフもう五回目……わ、私は東郷さんが一番だから──きゃ!?」

「ならせめて友奈ちゃん成分の補給をさせてもらうわね!」

「むぐー!?」

 

目尻に涙を溜めて東郷さんは素早く抱きしめると、私の顔は文字通り埋まってしまう。く、苦しい…。

 

嫌ではないし、むしろ嬉しさしかないがちょっとばかり息苦しいのがたまにキズだ。

されるがままであった玄関先での出来事も手を振って離れれば静寂が痕を残す。

週末で部活動も休みである今日は東郷さんの言っていた通りしずくさんと遊ぶ約束をしていたのだ。

 

──結城。今度の日曜日空いてる?

 

いつも夜ぐらいに連絡のやり取りをしているわけだけど、まさか彼女の方から誘いがくるとは考えてもいなかったのでとても驚きました。オーケーの返事をしている最中にそういえば車椅子を卒業してから会うのはこれが初めてだなぁなんて考えてみる。

場所はこの前東郷さんと初めて出かけた『イネス』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末ともなれば行き交う人々の数は平日の比ではない。これもまた違った景色であり、一人で出歩くなんてこれが初めてだった。

みんなにとって当たり前の日常。幾度と迎えてきた一日を私は今歩み進めている。足取りはとても軽かった。

 

「はぁ……ふぅ。無事に一人で到着ー」

 

少し乱れた息を整えて建物を見上げる。『イネス』に到着することが出来ました。以前東郷さんと一緒に行ったおかげだね。大きなショッピングモールともなれば人混みの多さはかなりもので、目で追うには少しくらくらしてしまうほどだ。

しずくさんに連絡をしてみれば既についているとのこと。待たせてしまっているので早くいかないといけないと思った私は、いざ足を運んだところである異変に気が付いた。

 

────両足の感覚が一瞬なくなったことに。

 

 

「……あ、れ?」

 

とん、と一歩踏み込もうとしたときに瞬間的に感じた違和感に首をかしげる。再び足を動かしてみるがその違和感は次の瞬間に消えていた。一体なんだったんだろうと思考を巡らせてみるが答えは出ず、私はイネスの店内に向かうことにしました。

 

店内に入ると人の数はすごくいます。フードコートで待ち合わせをしているので寄り道をせずに覚えた道筋を辿って歩み進める。

そうして私はフードコートに到着してみれば、辺りを見渡して彼女を探していく。が、ざっと確認してみてもそれらしい人物は見当たらなかった。

 

(あれ、ここで合ってるよね?)

 

端末と周囲を行ったり来たりさせながら立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。

びくっ! と驚いて私は振り向いてみると、

 

「オマエ……結城友奈か?」

「へ、あ……そ、そうですけど。えっと──」

 

そこに居たのは待ち合わせていた彼女──山伏しずくであった。

……あったのだが、どこか様子がおかしい。なんと表現したらいいか、雰囲気が最初に会ったときと大分違っていたのだ。

のんびりとした口調はがらりと変わり相手を威圧しているかのような印象を抱かせる。目つきもまるで相手を射抜くような、そんな感想が脳裏によぎるぐらいには驚いていた。

 

「ふーん。最近あいつら以外のダチができたって聞いたからどんなもんかと表にでてみたらなるほどなぁ」

「しずくさん…ですよね?? お待たせしてすみません。怒っちゃいましたか?」

「……ま。事情を知らないのも無理はねェか。オレは『伏見しずく』だが、しずくじゃねぇんだ結城」

「えと……?? もしかしてお姉さん、とか?」

「話はそこに座ってからにしようぜ」

 

親指を立てて指差す先に彼女は向かっていった。私は疑問が尽きないまましずくさん? の後についていく。

四席ひとテーブルの所にお互い腰掛けて対面に座った。テーブルにはドリンクが二つ既に置かれていてもしかして彼女が用意してくれてたのだろうか。

 

「勝手に買っちまったが飲めるか?」

「はい、大丈夫です。あの、お金は」

「いいって。んな細かいこと気にすんな」

「は、はぁ。じゃあいただきます」

「あぁ」

 

言いながら彼女も同じように飲み物を口にする。私も小さく会釈してから飲み物を手にとってストローに口をつけて飲んでいく。移動までに乾いた喉は潤いを取り戻して堪らず息を漏らした。

 

さて、と仕切り直したしずくさん? は背もたれに自重を預けながら私を一見する。

 

「まず何から話すっかな……あーさっきの質問だがオレはあいつの姉貴じゃないってことは訂正しておく」

「そうなんですか? じゃあ貴方は…?」

「オレのことも『シズク』で呼べばいい──結城、二重人格って言葉は知ってるよな」

「え、うん。知ってるけど……え!? もしかしてしずくさんって」

「あぁ、オレとあいつはそういう関係性だ」

「そ、そうだったんだ……驚きました」

 

だったらこの変化に対して納得がいきます。自分について調べている時にそういう方向性で検索をかけてみたときもあったから言葉はしっていたけど、まさか身近にいるとは考えもしなかった。

でも一つ疑問が残る。

 

「調べただけなんですけど、どうやってお互いの状況を把握出来てるんですか?」

「んー…感覚だけで言えばオレたちは二重人格であることを『自覚している』っつーことだ。ヨソはしらねぇが後は…日記帳みたいなもんを使ってそこにあったことを書いてることぐらいか。ま、これに関しては毎回書くのが難しいのが欠点か。急に戻ることもあるからな……話、理解できてるか?」

「はい。でもなんというか……不思議だなぁって思います」

「──ぷっ。あっはは! オマエ面白い反応するなー。確かにオレらは不思議ちゃんってワケだ」

 

くつくつと笑うシズクさんはとても機嫌がいい気がする。

そのことを話すと彼女は頷いて、

 

「そりゃあオレにとってある意味同じ境遇の人間に会ってるんだからな。結城……今のオマエはオレと同じだろ?」

「……っ!? そ、それは」

 

いきなり核心を突いてきたシズクさんに私は言葉を詰まらせる。『同じ境遇』の人間と彼女は言った。それはつまり『私』という個は二重人格のように異なる意思があるということ。

 

「わ、私は……」

「隠さなくていいぞオレの前ではよ。なんとなく感覚で判るんだ」

「ぁ、ぅ……」

「いや、悪りぃ。オレらしくねぇ……どうも浮かれちまった。話せないなら無理にとは言わねぇさ」

 

申し訳なさそうに飲み物を飲みながらシズクさんは明後日の方に視線を向けた。経緯はどうあれせっかく向こうから歩み寄ってくれたのに私ときたら俯くばかりで進歩がない。

 

「違うんですシズクさん。ただ…どう伝えたらいいのか迷っていただけで。私としてもそう言ってくれる人が居てくれてとても嬉しいんですよ」

 

唇が震え、膝に置いた両手をぎゅっと握る。

チラッと視線を合わせてみると彼女は真っ直ぐと私を見てくれる。茶化す気のない、真剣な眼差し。みんなに、東郷さんにさえ言えなかった『私』の真実はもしかしたらこの人は分かってくれるのかもしれない。そう思えた。

 

「私が生まれた理由は、目の前で悲しんでいる人がいる……その人の流れる涙を拭ってあげたい。その人のために自分の全てを尽くそうって感情に従って動いてきました。ただそれは同時に『私』を隠していかないといけないことに気づいたんです」

 

結果的に東郷さんの涙の意味を変えることができた。けども同時にそれは私が『わたし』の代弁をしただけなのだと。

 

「それからは今もですけど必死になって『結城友奈』であろうと努力してきました。でもやっぱりうまくいかなくって色々と挫けそうになっちゃってますけどね。あはは……」

「んなの当たり前だろ結城」

「え…?」

「出来なくて当たり前なんだよ。オレもオマエも言わば『元の人格』の熱に揺れる蜃気楼みたいなもんだ。捉え方によってソイツの視え方は変わる。そこから生まれて出たはずなのにオレたちはソイツになれねぇんだ。不思議だよな?」

 

氷に映る自分を見つめながら言う。真っ直ぐ見れば一つなのに別の角度から見れば二つや三つにも見える。私たちとはそういうものだと彼女は云う。

 

「でもそれでも私は……『わたし』でいないと」

「待て待て。否定してるわけじゃねぇよ。その理由がオマエの原動力ならそれで構わない。ただ何も知らない状態で闇雲に突っ込んでいくよりは自分について少しは理解を深めた方がいいだろ?」

「……シズクさんって凄く優しい人だね」

「ば…っ!? オレは別に優しくねぇよ」

「シズクさんも私と同じなんですか?」

 

顔を赤くした彼女は身体を冷やすように残った飲み物を飲み干して私の問いかけに首を横に振った。

 

「オレはオマエのように周りに気を配れる人間じゃねぇからショージキ話を聞いてすげーと思ったぜ。オレはしずくを守るだけで精一杯だし、そのために力で他を排斥し続けたオレに比べりゃオマエの方がよっぽど優しいさ」

「そんなこと、ないです。私のことを気にかけてくれるじゃないですか。今言ってくれたシズクさんの方が信じられないですよ私からしたら」

 

私の言葉にシズクさんはキョトンと初めて見る表情を浮かべていました。そしてすぐにからからと笑い出す。

 

「だとしたらアイツらのおかげ……かもなぁ。死んでも口に出して言わねぇけど」

「私にはいいんですか言っちゃっても?」

「オマエにだからこうやって普段言わねぇことも言ってるんだよ。だから……結城、他のヤツに言えないことはオレに話せ。突っ張ってばかりじゃ身が持たねーからな。今日はそれが言いたかった」

「シズクさん……わっ!?」

 

立ち上がった彼女は私の横までくるとくしゃっと頭を撫で回してきた。乱暴に見えて相手のことを想ってくれる──そんな『熱』を感じた。

 

 

「────腹が減ったからメシでも食おうぜ」

 

彼女はそう言ってニカっと笑った。

 




彼女はシズクに自分を打ち明ける。

シズクさんはイケメン度120%でお送りいたします。


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十三話

 

 

 

 

シズクさんに私の正体を知られて、その中で彼女は話を聞いてくれて理解してくれて……今はご飯を一緒に食べています。

ずるるー、とフードコートで売られているラーメンを今は二人で啜っていた。

 

「なんつーか。同じメニューでよかったのか? てっきりうどんでも食べるのかと思ってたぜ」

「シズクさんの好きな食べ物を一緒に食べてみたいなって思って。うどんも好きですけど、ラーメンも美味しいですねー」

「…オマエあんまり愛想振りまくってると色んな方面で勘違いされるぞ? 自覚あるか?」

「じ、自覚ですか……? なんのこと??」

「いや、やっぱりなんでもない。そうだな……ラーメンをうまいって言うならやっぱ徳島ラーメンに限るってことよ。いつか食いに行こうぜ」

「うん。楽しみにしてるね!」

 

心にのしかかっていた重みが和らいでいたのが分かる。これもシズクさんのお陰だ。

 

「そういえば、この後はどうするんですか? 何か買いたい物でも?」

「特にオレはそういうのはない。呼び出した理由も一度結城の顔を見ておきたかったからだしな。苦労したぜ中々外出許可がおりなくてよー…まったくあの神官は頭が固くてならねぇ」

「わ、わざわざ貴重な外出を私なんかのために……」

「しずくも了承済みだ。あいつもオレを会わせたがってたし、オレの目的は達成できた。ただまぁ、次こうして会えるのはいつになるのかわからねぇからそこんとこは不満だけどな」

「どうしてですか?」

 

せっかく二人とも仲良くなれそうなのに、彼女は会えないと言う。そのことを訊いてみると彼女は渋い顔を浮かべていた。

 

「……悪い、こればっかりは言えねぇんだ。守秘義務ってのがある」

「…なら仕方ないですね。深くは聞かないでおきます」

「そうしてもらえると助かる。ただ、オレもしずくも悪気があってこう言ってるわけじゃないことは分かってくれ」

「念を押さなくても大丈夫ですよ。シズクさんは本当に優しいね♪」

「…ったく、調子狂うぜ」

 

頰をかいてから気を紛らわせるようにシズクさんはラーメンを食べ進めていく。その光景が微笑ましくて余計にラーメンが美味しく感じちゃいます。

 

 

 

 

 

 

白い照明に照らされた小部屋に私たちは入り込んだ。私はアナウンスに従って画面を操作していて、後ろでは居心地の悪そうな雰囲気を醸し出すシズクさんがいた。

 

「なぁーほんとにやんのかよ?」

「せっかくの記念ですから。こういうの初めてなんですか?」

「オレはこういうキラキラ眩しいもんに好き好んでいくわけじゃないからな。そういう結城こそどうなんだよ」

「…実は私もあんまり。東郷さんと一回撮ったぐらいかなぁ。他の人たちともいっぱい撮りたいと思ってます」

「んで、オレはどうすりゃいいんだ」

「もうちょっと待ってください……よし、これで。じゃあ、シズクさん撮りますよ〜!」

「は? おい、ちょ……どうすんだ??」

「目の前のカメラに向かってピースですよ! ぴーすっ!」

「おい、なんでくっつく!?」

「こういうのはノリですよ!」

「ハァ!?」

 

あたふたとしている彼女が面白くて、腕に抱きついてポーズを取った。シズクさんとの最初の一枚はとても楽しいものが撮れて満足です。

終始どうしていいのかわからないでいた彼女も最後の一枚はおずおずとピースをしていて可愛かった。

撮影部屋から出て今度は撮った写真を加工する場所に移動する。

 

「ここにあるペンで今撮った写真を好きにいじれるんですよ。シズクさんもどうですか?」

「……オレはこういうの知らんから結城に任せる。なんかどっと疲れたぜまったく」

「迷惑でしたか?」

「いや。新鮮な感覚で嫌ではなかった。オマエといるからだろーなぁ……あいつ等だと加賀城辺りにからかわれそうだわ」

「シズクさん……うん! 私もシズクさんといるの楽しいから今日の思い出のコレもいっぱいキラキラにデコレーションしちゃいましょう」

「うおい! そんなにハートとかいっぱい描くんじゃねえ!! ああもう貸せッ! 結城に任せるとどうなるのかたまったもんじゃねえな」

「あ、ならシズクさんの横にもペンがあるからそれを使って描いてください。私だけだと時間内に終わりそうにないので」

「……これか」

 

私の言葉に彼女はペンをとって片側の画面で同じように描き始めました。チラッと横目で見てみると真剣な眼差しで目の前の機械と格闘している様子はとても微笑ましく思えて面白いですね。

そうしてなんとか時間内に描き終えた私たちは写真の取り出し口の前に移動して仕上がった写真を取って片方をシズクさんに渡した。

 

「これは裏がシールになってるので切って貼ることもできるんですよー」

「うげ。変な顔で写ってるじゃんかよ。何かに貼るのは小っ恥ずかしいから勘弁してくれ」

「えー……それなら大事に持っててくださいね! 私とシズクさんの記念写真なんですから」

「女ってこういうのほんと好きだよな……ってかオマエが撮る理由は他のヤツとは違うんだろ?」

「まぁ、そうですね……えへへ」

 

次の店に向かいながら私は彼女の問いかけに応える。

 

「勝手な願いなんですけど……いつか戻ってきてくれる『わたし』が私のことを知っておいて欲しいんです。誰の記憶にも残らなくてもいいから、せめて友奈ちゃんだけでも覚えていて欲しいって」

「オマエ……それで本当の結城が喜ぶと思ってんのか? しずくやオマエの仲間だって望むとは思えねぇ」

「……それはホントにごめんなさいだけど。私の生きる理由の一つが友奈ちゃんに帰ってきてもらうことだから。未だに方法が見つからないけれど、こればかりは譲れないことなんですシズクさん。その結果私がどうなろうとも絶対に」

「チッ……。んなこと言われたらオレは止められねぇじゃねえか。あークソッ……だけどこれは忘れるなよ結城!」

 

シズクさんに手を引かれて私は強制的に振り向かされると、彼女の顔が目の前にあってその瞳には私の姿が映っていた。

 

「オマエの最期に立ち会えるかは保証できねぇが、オレが結城のことを覚えておいてやる。オマエが確かにこの世に生きていたことをオレは忘れないでいてやる」

「……いいんですか。出会って間もないのにそんなに言ってくれて」

「はっ。オレはな、強いやつのことは忘れない主義なんだよ。オマエは強い……だからそんなオレを失望させないようにその願望に向かって突っ走ってくれ。途中で諦めたら承知しねえからな」

「────はい、諦めません。喝を入れてくれてありがとうございますシズクさん」

 

私がお礼を言うとシズクさんは足早に先に歩いていきました。正直ここまで真摯に向き合って話してくれるとは思わなかったからとても嬉しい。

今の言葉で一層身に染みわたった私の『熱』は全身に巡る。それと同時にもっと彼女のことを知りたくなった。前を歩くシズクさんの隣に居る仲間たちのことも。きっと勇者部の人たちと同じぐらい真っすぐで眩しい人たちなんだろうなぁ。

 

「待ってくださいよーシズクさん! お店そっちじゃないですよぉー」

「それを早く言え結城ッ!!」

「一緒にお揃いのものを買いましょうよ! しずくさんの分も!」

「おい、腕を引っ張るなー! 分かったから離せ!!」

「ダメです。ちょっと疲れたんでエスコートしてください〜」

「なんでオレがそこまでしなきゃならねぇんだよ!」

 

すれ違う人たちが振り返ってしまうぐらい騒ぎながらお店に向かっていく。シズクさんは口では嫌々言ってるけど振りほどかない辺りに優しさを感じました。

 

「なにを買うつもりなんだよ」

「…キーホルダーとか? あ、マグカップとかいいですね!」

「いやいやいや。これカップル用じゃねぇか!? 結城オレをからかうとはいい度胸だなおい」

「からかってないよー。最近はこういう小物をお揃いにするのとか流行ってるんですよ」

「……いや、だったら持ち歩けるキーホルダーでいい」

「残念です」

「そんな笑顔で残念がるヤツはオマエが初めてだよ」

 

そんなことないのになぁ、なんて心の中で思っていたらおでこを小突かれた。痛い。

 

「うぅ…。だったらコレなんてどうですか? ブローチなんだけど」

「なんの花のヤツだこれ。キレーだけどよ」

「ダイヤモンドリリーらしいです。意味は……調べないと分からないけど丁度三つあるし、可愛いからどうかなって」

「……まぁ、それでもいいぞ。さっさと会計して行こうぜ」

「あっ! もうちょっと色々と見てまわりましょうよーシズクさんー!」

 

無頓着なのかシズクさんはあんまり時間をかけて買い物とかするのは好きではないようです。むぅ、せっかくのお出かけなんだからもう少し楽しんでもいいと思うんだけどね。シズクさんらしいっていったららしいけども。

お会計を済ませてラッピングされた二つの小袋を持って彼女の元に向かうと端末を耳に当てて誰かと連絡を取っているところだった。

 

「あぁ。分かった……すぐに行く。おう──ん? 終わったか結城」

「うん。シズクさんもしかしてお友達から?」

「まぁ、な。それと悪い結城、帰らなくちゃいけない用事ができた」

 

通話を終えたシズクさんは私にそう言ってきた。

 

「……分かった。でもこれは受け取ってくれるよね? しずくさんの分もあるから」

「もちろんだ。確かに受け取ったぜ──大事にする」

「また、会えるよね?」

 

何気ない一言。なんてことのない言葉だけど、すぐに彼女の口から返答は返ってくることはなかった。

 

「──約束はできねーけど連絡はいつでもしてきていい。返すのは遅くなると思うけどよ。それで許してくれ結城」

「……うん」

「じゃあ行くわ……またな」

「ねぇ、シズクさん。一つ訊いてもいいかな?」

 

身に覚えのない不安感が燻っている。私は疑問に思っていたものを彼女に訊ねた。

 

「勇者……って言葉知ってる?」

「………………いや。それがどうかしたか?」

「ううん。そうなんだ……ごめんね変なこと訊いて。また連絡させてもらうよ、しずくさんにもよろしく伝えておいてね」

「おう」

 

振り返ることなくシズクさんは去っていった。手を振って見送って姿が見えなくなると私はその手をそっと胸に下ろした。

 

「──私の求めているものはそこにあるのかもしれないね。きっと」

 

『勇者』という言葉。目覚めの時にも東郷さんが言っていた言葉であり、学校では『勇者部』に所属している『わたし』。

そしてシズクさんの私の言葉による反応を考えてみて…。

 

この言葉は私にとって運命なのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

 

「…また、ね」

 

お揃いで買ったブローチを握りしめる。さっきは知らないなんて言っちゃったけど、本当は意味を知ってたんだ。

 

花言葉は──『また会う日を楽しみに』。

 

 



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十四話

◼︎

 

 

シズクさんと別れて私もその足で帰路に着いた。夜に東郷さんもご家族と共に帰ってきたところをお出迎えして、一緒に東郷さんの部屋に帰ると色々と詰め寄られてしまったけどなんともないよって言って安心させます。その代わりにって私はシズクさんと一緒に入ったお店で二人お揃いのマグカップを買っておいたのでそれを東郷さんにプレゼントしました。

これにはかなりびっくりしてくれて、そして喜んでくれたから私も嬉しかったです。

 

「でもなんで買ってくれたの? 何かお祝いすることあったかしら」

「ううん。もしお揃いで持ってたらなんか仲良しっ! って感じがしていいかなぁって思って」

 

そう言うとぎゅって抱きしめてくれる。それが凄い気持ちが良くて私も堪らず抱きしめ返しちゃいました。マグカップをプレゼントしたのは、日常でも使えるのと、戻った時に友奈ちゃんにも一緒に使ってもらいたかったから。もちろんお金は自分で稼いだもので買った。パソコンを習っていたのもその一環で、友奈ちゃんの両親に許可をもらった中でやりくりした。勉強した成果を感じられたものの一つである。自分でも短期間でよくここまで身につけたなぁなんて思うけどね。

 

そうしてその日は終わり、また週が明けて学校が始まります。

 

人々の日常が始まるように、私の積み重なりつつある日常が幕を開ける。天気も良く、時間にも余裕があるので東郷さんと一緒に歩いて登校しています。

 

「んー! いい天気だよね東郷さん」

「ええ。とても過ごしやすい気候ね。友奈ちゃん、身体の具合は平気? 車椅子生活が終わってからたくさん色んなところで動いていたから少し心配だわ」

「うん、大丈夫。ときどきクラっとする時があるけど、全然痛みとかもないし……たぶん、夜更かししすぎちゃっているだけかも」

「もう。ちゃんと睡眠時間を確保しないとダメよ友奈ちゃん。あといくらその眼鏡してるからって長時間パソコンの画面を見てたらその内本当に目が悪くなっちゃうよ?」

「はーい…ごめんなさい」

 

叱られちゃった。でも言い訳ではないけどキチンとそこは気をつけているのは事実だ。帰ってきた時に視力とか落ちてたらびっくりしちゃうもんね。

隣を歩く東郷さんをちらりと見る。私より背が高くてこの瞬間はいつもドキドキしてしまうものがある。こんなこと言ったら東郷さんに笑われちゃいそうなので言わないでおくけど、結構好きな距離感だ。

 

「……あれ? あの車」

「どうしたの東郷さん? わ、大っきい車だね」

 

歩道を歩いていた時に一台の車が通り過ぎた。それに気づいた東郷さんはスッと目を細めている。複雑な感じの表情。知り合いの車なのかなと私は思っていると、その車は私たちの少し前で停車した。

流れ的に私か東郷さんあるいは両方かもしれないその車の扉が開けられた。

 

そこから出てきた人物に東郷さんはとても驚いていた。

 

「じゃじゃーん。乃木さんちの園子さん登場でーす。おひさだね〜二人とも」

「……っ!? そ、そのっち!」

 

ふわぁ、すごい綺麗な人が出てきたよ。そしてやっぱり私──というより友奈ちゃんと東郷さんの知り合いみたいだ。そのっちさんって名前なのかな?

目の前に現れた女の子に東郷さんはあわあわしながら近づいていく。なんだか今の東郷さんの反応は新鮮だ。

 

「え、え……どうしてそのっちがここに? それにその制服姿…」

「これはこれはサプライズ成功ーって感じでやね〜。私も今日から讃州中学に通うことになりましたー。よーろーしくーねー♪」

「……またそのっちと一緒の学校に通えるなんて」

「ね〜♪」

 

きゃっきゃと手を握り合って賑わう二人を一歩引いて見つめる。むぅ…なんだか胸がもやもやする。私が胸の内で燻っていると、そのっちさんが私の方にニコニコと歩み寄ってくる。

 

「結城さんもあの時ぶりだね〜。元気してたー?」

「は、はい。そのっちさんも元気そうで…?」

「ん〜?? おー…さっそくあだ名呼びしてくれるなんて感激だよー。それに眼鏡してたんだぁ……かわいーね〜♪」

「あ、ありがとうございます。伊達ですけどね」

「ねえねえ私も眼鏡したらキリっ! とした感じになるかなわっしー」

「え、わし??」

「そのっちは私のことをわっしーって呼ぶのよ。その時の名前が『鷲尾』だったから。キリっとは分からないけど似合うとは思うわよ」

「へ、へぇー……そうだったんだね!」

 

何気なく言ってるけど、昔の東郷さんは東郷さんじゃなかったんだ…。となるとこの子は東郷さんの幼馴染に近い人なのかな。そのっちさんは東郷さんの言葉にそっかーと言ってぽわわんとした態度に変化していた。声をかけてみても反応がなくなる。

 

「そのっち、さん?」

「もう、たまにこうなってしまうのよ……懐かしいわ。ほーらそのっち」

「……はっ。またやってしまったんよー。んふふぅ♪」

「なによその笑い方」

「いやぁーこうやってフレームに収めて見てみると……うんうん、お似合いだね二人とも〜!」

『──っ!!?』

 

そのっちさんは指で枠を作ってこちらに向けてきたと思ったらそんなことを言ってきて隣に居た東郷さんと二人で驚いてしまう。

つ、掴み所が難しい人だ……そのっちさんは。

 

 

 

 

 

 

場所は変わって教室。転校生として彼女が紹介された。

乃木園子さん。今朝は私の早とちりであだ名に『さん』付けしちゃって不躾に呼んでいてしまっていたことをここで改めて知ると恥ずかしくなって顔が熱かったです。

 

「すぴー……すぴぃーー…」

 

授業中に見てて思ったのがとにかくぽーっとしてて、そして今みたいによく寝る子だなということ。でもそれで先生に当てられても難なく答えてしまうあたり底知れぬ実力を感じられる、凄い人だと思った。

私と東郷さんがそのっちさんの近くで話していると、夏凜ちゃんが驚いた様子でこちらにきた。自己紹介のときでも驚いていたけど、夏凜ちゃんも知り合いなのかな。

 

「これってどういうことよ東郷。乃木が転校してくるなんて大赦からも聞いてないわよ」

「私も今朝初めて知ったのよ。そのっちらしいと言えばらしいで済まされるのだけど、連絡の一つでもくれたらよかったのに」

「夏凜ちゃんもそのっちさんのこと知ってたの??」

「知っているというか、大赦では『乃木』と言ったら一番位の高いトコにいる家名なのよ。先代勇者として活躍していたことも聞いてるし」

「す、凄い人なんだやっぱり」

 

見た目からしてお嬢様って感じがするもんね。それにしても『大赦』か…。

 

(この世界は神樹様という神様に守られていて、それに密接に関りがあるのが『大赦』という組織……なんだよね)

 

さっきこっそり調べてみたら乃木家と共に上里家のツートップで『大赦』は成り立っていると言っても過言ではない……という情報を手に入れた。

でも一つ疑問が生じる。それは『大赦』は神樹様を祀っている────ならば神樹様は何から守護しているのか(、、、、、、、、、、、)ということ。

 

日は浅いがこの香川で事件性のあるものというか、そういう非日常というものが何処にも起きていないのだ。耳にしたこともない。

天気が荒れたり、自然による災害は少なからずあるようだが、それ以上のことがない。私はそれがとても違和感があった。

 

一つ考えられるとしたら絵空事のような、人々の日常の裏で何かが起きているということ。単に信仰によって、と片付けるのには生活の基盤に組織が関わりすぎているからです。

暮らしてきて様々な場所で耳にした『勇者』という言葉。勇気ある者、勇敢なる者。使われ方は多様だけどこの場合……。

 

「ほらそのっち! 次の授業始まっちゃうから起きないと」

 

東郷さんがそのっちさんの肩を揺らして起こしている姿をジッと見つめる。腕を組んで寝ているそのっちさんの袖の奥から覗くあるモノがチラつく。

それは『包帯』。怪我をしていたのかな……? ならどうしてその怪我を負ってしまったのか。『わたし』は車椅子姿で病院に居て、東郷さんは私に『脚』の経過を教えてくれた。きっと他のみんなもどこか怪我をしていたのかもしれない(、、、、、、、、、、、、、、、、)、と思考を結びつけるのには充分だった。

 

(この香川には……世界には秘密がある、と思う。想像だけど、普通の中学生が車椅子になるような…包帯をぐるぐる巻いて学校に登校するなんてありえる?)

 

手を握っては開いてを繰り返してみる。痛みはないけど、なにか引っかかるものを感じる時がある。もしかしたらその違和感の先の答えが私が求めているものなのかもしれない。

 

「友奈、なに怖い顔してるのよ?」

「え? 夏凜ちゃん私そんな顔しちゃってた??」

「あんたらしくない表情(かお)してるように見えたわ。なにか悩み事?」

「……ううん。なんでもないよー」

「そう。なにかあったらその……相談、しなさいよね」

 

いけないいけない。深く考えすぎちゃってたみたい。それにしても今の夏凜ちゃんのモジモジしてる姿、とても可愛いなぁ。

 

「……夏凜ちゃーーん!」

「ちょ!!? 急になに抱き着いてるのよッ!!」

「……むむっ!! 創作意欲を掻き立てるなにかが起きてる予感がするんよッ!!」

「わ!? 急にどうしたのよそのっち」

「夏凜ちゃんって可愛いですよね~♪」

「撫でるなすり寄るなーー!!」

 

肌もつやつやしてて頬ずりし甲斐があるよね夏凜ちゃんって。ガバッと目を覚ましたそのっちさんが目をキラキラと輝かせて何かを書き連ねているようだけどなにを書いてるんだろう。

騒がしくも予鈴のチャイムがなって一先ずお開きになりました。

 

「ゆ、友奈ちゃん」

「なぁに東郷さん?」

「わ、私にはそのえっと……して、くれないのかしら頬ずり」

「へ? ……東郷さんはその、恥ずかしいというか」

 

私の言葉にがーん、と背後に文字が浮かんでいるように見える東郷さんはなぜか白く燃え尽きていました……?

 

 

 




少しづつぼんやりと方向性が見え始めてきた『私』とそのっちこと乃木園子、参戦。

そのっちは設定よりもだいぶ早く復帰をして讃州中学に入学しています。
なのでまだ『包帯』の類は身体のいたるところに残っていることになりますね。


お気に入り、感想、評価ありがとうございます。


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十五話

 

 

放課後。私たちはそのっちさんを連れて『勇者部』の部室に足を運んでいた。部室に入ると既に風先輩と樹ちゃんが居て、こちらに気がつくとニカっと笑みを浮かべ先輩が私たちを迎え入れてくれる。

 

「…あら。その人は──確か転校生の」

「さすが先輩! 情報が早いですね」

「いや〜私ってそんなに有名人になってますかぁ〜。嬉しいねぇ」

「そのっち。喜んでないで先輩たちにご挨拶」

「はぁーい」

 

東郷さんに促されてそのっちさんはほんわかのまま前に出ると、その雰囲気を崩さぬまま挨拶を始めた。

 

「改めて勇者部入部希望の乃木園子です。二年前に大橋で勇者をやっていました〜。皆、改めてよろしくお願いします」

 

軽い感じで両手をひらひらと振って言う彼女。大橋っていうとあの瀬戸の大橋のことだよね?

 

(…あそこには壊れた大橋が残ってる。やっぱりあれは普通の事象ではないんだ)

 

付近の立ち入りは禁止されているあの場所は私も外観を眺めるに留まっていた。こうして少しずつ情報が分かってくるとあの場所も『勇者』と関係していることが明らかになってくる。やっていた、とそのっちさんは口にしていた。なにかと『わたし』たちは戦っていた……?

 

「偉大な先代勇者を歓迎します。乃木さん」

「乃木とか園子、でいいですよ〜部長」

「おぉ…! さっそくあたしのことを『部長』と呼んでくれるなんて────誰かさんとは大違いだワ」

「はいはい……って、それってもしかして私のことかっ!」

 

夏凜ちゃんのツッコミもキレがいいね。そのっちさんはそんな二人の様子でさえ、なんだか目を輝かせているように見える。

 

「三好さん。お兄さんには何度も会ったことあるよ〜」

「…! あ、兄がお世話になりまして……」

「教室でも言ったけど敬語じゃなくていいよ〜。同級生なんだし、もっと部長とのやりとりみたいに砕けた感じでいいからさ〜」

「そ、そう? まぁ、それならそうする────」

「私も親しみを込めてにぼっしーって呼ばせてもらうから」

「誰だそのあだ名教えた奴はッ!!?」

「そりゃ東郷しかいないでしょ」

 

ガーッと剣幕を立てるその周りで視線は東郷さんへと注がれる。確か夏凜ちゃんが席を外していた休み時間に東郷さんがそのっちさんに話していたことを私は思い出していた。当の本人である東郷さんは微笑みを絶やさないでいた。流石だね。

 

「い、犬吠埼樹です! よ、よよろしくお願いします、園子先輩ッ!」

「……おぉ〜♪ 先輩って響き良いね〜。こちらこそよろしくねイツきち」

「ふぇっ!? な、なんですかその呼び名」

「そのっちは変なあだ名をつけるのよ」

「他にもイツえもん、とかイッつんとかあるよ〜どれがいい?」

「そ、その中ならイッつんでお願いします。先輩」

「了解だよ〜イッつん♪」

「ひゃー!? そ、園子先輩ぃー!」

 

そう言ってそのっちさんは樹ちゃんを抱きしめると彼女は顔を真っ赤にして驚いていた。その横で別の意味で顔を赤く涙に濡れている風先輩が夏凜ちゃんにツッコミを入れられていた。どうやら妹のコミュニケーション能力が上がって喜ばしいみたいだ。前に先輩から話を聞かされてからは私も樹ちゃんの成長しているところを見るのは我がことながらに嬉しく思う。

 

「…ふぅ、満足。改めてわっしーもよろしくね〜」

「えぇ。また一緒に頑張っていきましょうそのっち」

「うん♪ あとは結城さん……んー、ゆっちーもよろしくねー!」

「はい! よろしくですそのっちさん!」

「ゆっち〜♪」

「そのっちさーん♪」

 

手を繋いできてどきっとしたけど、こんなにも親しく歩み寄ってくれる彼女といて私も楽しい気分になる。

 

「あらあら二人して踊っちゃって」

「息合ってるねお姉ちゃん」

「……むっ」

「…むむ」

 

回る視界の中で東郷さんと夏凜ちゃんの表情が優れないように見えるけどどうしたのかな?

それにしてもこれいつまで回っていればいいの…? なんかだんだんと速くなっているよう……な?

 

「ふやぁ!? 速い! 速いよそのっちさんーー!」

「いえーい! ノってきたぜーい!」

「そのっちその辺にしないと友奈ちゃんが吹き飛ばされちゃうわ!」

「あ、それもそうだね〜……はい! ごめんねゆっちー」

「にゃあ!? 急に離されちゃうとぉー?!」

「あ、危ない友奈ちゃ────!」

 

急に手を離された私は遠心力に流されて飛ばされる。その先には……

 

「……おっと。大丈夫友奈?」

「風先輩っ! は、はいぃ……すみません助かりました」

「だ、大丈夫ですか友奈先輩っ!?」

「くぉら乃木! 部室で友奈を振り回しちゃダメでしょうがー!」

「はーいゴメンなさーい♪ この画も中々どうして良いもんだぁねぇ〜」

『ぐぬぬぬ……!』

 

目が回って風先輩に抱きとめられて事なき終えた。その横では待ち構えていたであろう二人も居たのだがそちらには行かずに空振りに終わる。不満顔の二人とニコニコ顔のそのっちさんがとても対照的で面白くはありました。目は回りましたけど。

 

「あ、あんた何してくれてんのよ園子ッ!」

「お~♪ にぼっしージェラシ~??」

「んなぁ!!? なわけないでしょぉ!」

「そのっち今のはちゃんと私の方に友奈ちゃんをぱすしないと! しないと!!」

「わっしーは直球的だなぁ。でも二人きりの時はいつもこう……ぎゅってしてるんじゃない??」

「────っ!!?」

「おお!? もしかして事実だった? なら創作意欲がぐんぐん湧いてくるんよ~!」

「ちょ!? 違う、誤解だわそのっち!!」

 

ぎゃーぎゃーわいのわいのともみくちゃになる三人を余所に私は先輩の腕の中でその光景を眺めていた。

上を向いてみると困ったような表情を浮かべている風先輩の顔が見えた。

 

「まったく……濃ゆい新人が入ってきたわね。よしよし」

「ふゆぅ……きもちーです先輩」

「むぅぅ……お姉ちゃん! 友奈さんが苦しがってるから離してあげてっ!」

「お、なになに!? 樹がジェラってる?! はぁ~ここが天国だったかぁ……」

「もーー! ち・が・う・か・ら! 友奈さんもお姉ちゃんにくっつきすぎですぅ!」

「ご、ごめんね樹ちゃん」

 

樹ちゃんに注意されてしまった。急いで離れようと先輩の腕から出ようとするとなぜかさらにギュってされてしまう。と思ったら今度は隣に樹ちゃんもいる…っ!?

視線を向けてみると風先輩の息は荒くなっていた。

 

「みんなあたしの妹じゃい!」

『こらーーーっ!!?』

「あはは〜♪ 賑やかな部活だねー」

 

楽しそうに眺めるそのっちさん。でもみんなと仲良くできそうでよかったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい皆の衆、傾注せよー」

 

パンパン、と手を叩いて場を静める。混沌となっていた騒動も収め改めて風先輩は黒板の前に立っていた。

 

「こうして新たに部員を迎えて勇者部は更なる発展を遂げることでしょう。活動もより一層励むように各自身を引き締めて取り組むように」

『はーい!』

「そして近々イベントが控えているのは皆もご存知の通り。乃木にも参加してもらおうと思っているんだけど」

 

イベント? なにかあったっけ。みんなは知っている様子なのでもしかしたら『わたし』の時に上がった話題なのかも。

 

「そう──文化祭よっ!」

「わーい! 文化祭♪ 文化祭〜!」

「あたしらは勇者部で『劇』をすることになってるのよ。乃木も早くに復帰したんだから是非楽しんでもらいたいわね」

「どういう演目なんですか部長ー?」

「はいそのっち。これが脚本よ」

「ありがとうわっしー……どれどれー」

 

パラパラとページを捲り始めるそのっちさんを他所に私の思考は沈黙の一途を辿っていた。

 

(…え、え?? 劇って演劇のことだよね? し、知らなかったよやるなんて)

 

教室でも告知していたから文化祭があることは知っていたし、それらしい小道具も部室の隅に置いてあるのは理解していたけど、まさか『演劇』をやるとは想像してなかった。前々から準備してたんだよね…? わ、私演劇なんてやったことないから不安なんだけど……あ、もしかしたら裏方とかかもしれない。それならでき────

 

「お、ゆっちー主役なんだね! さっすが〜…ってどうしたん?」

「で、ですよねー……ううん。なんでもないよそのっちさん」

「友奈も病み上がりだけど、無理はしないようにね」

「はい…頑張ります風先輩」

「友奈ちゃんのサポートは私がしっかり務めるので任せてください風先輩」

「ありがとう東郷さん」

 

淡い期待を抱いていたけど、ほんとに淡い期待だったよぉ…。

大丈夫かな…不安になってきた。

 

 




友奈……園ちゃん→そのっちさん。
園子……ゆーゆ→ゆっちー。

呼称はそれぞれ変化しています。(各々第一印象やらが変化したためか)
友奈や園子は予想以上の回復っぷりを見せて文化祭前までに学校に通えるようになっています。


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十六話

 

 

 

夜。私はお風呂を済ませて髪を乾かす前に端末を手に取り通話をしていた。

 

「──ってことがあってね。そろそろ本格的に文化祭の準備が始まるんだよ。それとは別に部活内でも演劇をすることになって…」

『演劇……結城は何の役をやるの?』

「メインが魔王と勇者なんだけど、私は勇者側をやるみたいなんだ。初めてだから緊張しちゃうよー」

『おー。主人公やるなんて……結城は凄い。私は恥ずかしくて……むりかも』

「そ、そんなことないよっ! 私だって不安で心臓がどきどきしちゃうもん。シズクさんならなんとなく似合いそうな役だよね」

『…ん。シズクの場合は魔王を倒して逆にオレが魔王になってやる……ってぐらい言いそう』

「あはは! 確かにそうかもしれないですねー」

 

通話の相手はしずくさんでこの前のお礼を兼ねて私は電話をしている。メールやNARUKOでも良かったんだけど、やっぱりお礼をするなら直接の方がいいかなって思って連絡しています。更に欲を言うなら会ってお話しがしたいんだけど、シズクさんが今度はいつ会えるかわからないって言ってたからそれは叶わないでいた。

 

「あ、ごめんなさい。私ばっかり話してて……」

『…ん。構わない。結城の話は聞いていて楽しいし飽きないから話しててくれて大丈夫。もっと色々と話を聞かせてほしい』

「しずくさん……うん、分かったよ! それでね、劇の練習をしてるんだけどー──」

 

スピーカーをオンにして端末を傍に置き、ノートパソコンで作業を行う。慣れてきて、『ながら』作業が出来るようになってからは効率が飛躍的に上昇した。

しずくさんに言っているように劇の練習は東郷さんと暇が合えば一緒に手伝ってもらっている。私としては初めからのことなので台本を読んでセリフを覚えていかないといけない。主役をするためにその量も結構あって中々に苦戦している。

 

「当日はしずくさん……来れなさそうですよね?」

『ごめん、神か──寮長の許可が下りなかった。結城には悪いことしちゃった』

「そんなことないです。むしろ私の方こそ無理にお願いしちゃってすみません。今回は残念ですけど、次の機会の時にでもまた」

『ん。わかった』

 

……その時に私はどうなっているのかわからないけど。なんて考えは野暮だよね。

 

「そっちの学校はこういう行事ごとってあるんですか?」

『…そういうのは、ない。閉鎖的な校風だからあまり他所と交流とかもしてないかな。だから結城たちがやっているような行事には興味がある』

「変わった校風ですね。でももし何か行事とかあったら是非教えて欲しいです」

『……もちろん。他には何かあった?』

「ん〜と。そうですねぇー……あっ、部活で新しいメンバーが増えたんですよ。名前はそのっちさ……んじゃなくて、乃木さんって人なんだけどねー」

『────! 乃木園子?』

「あれ、もしかして知っているんですか?」

 

確かめるような口になっていてその様子から私は訊ねてみる。数瞬無言が続いた後にしずくさんは喋り出す。

 

『…乃木は小学校の時に同じ学校に通っていたことがある』

「…! へぇ〜そうだったんだ。確か神樹館でしたっけ? 今度しずくさんのことを訊いてみようかな」

『…でも恐らく向こうの面識はないと、思う。クラスも別だったから話したこともない。私の方が一方的に知っているだけかも』

「乃木さんは人気者だったんですか?」

『……御役目を担っていたのもあるかな。乃木を含めてもう二人──鷲尾と三ノ輪がいた』

「──えっ。鷲尾…?」

『…でも、鷲尾も話したことない。唯一三ノ輪とは数回話しした程度だけど』

 

しずくさんの口から出てきた『鷲尾』という名前を聞いてそれは東郷さんのことだと確信する。そのっちさんは『わっしー』って呼んでいるし、そもそもが珍しい名前だしで聞き間違えることはない。あの二人は小学生からの付き合いということになる。しかしそうなると残りの一人……三ノ輪さんはどうしているのかが気がかりになってくる。この際なので訊いてみることにした。

 

「しずくさん。三ノ輪さんって今なにしてるのとかは知ってますか?」

『…………三ノ輪、は』

 

そこで言い淀むしずくさん。表情は判らないけど何か考えているような間があると感じた。

 

『……三ノ輪は御役目の最中に亡くなった。私はそれぐらいしか言えない』

「────っ」

 

亡くなった…? 聞き慣れない、非現実的な単語に私は息を飲んだ。なぜ、どうしてという感想を抱くと共に『御役目』という新たなワード。それはきっと『勇者』とイコールで繋がるに違いない。

つまり勇者とは人の生死に関わるナニカ──ここで言うと『御役目』ということだ。それを『わたし』が……東郷さんやみんながやっていた? いや、今もやっている?

 

『…結城?』

「へっ!? あ、ごめんなさいしずくさん。でも今教えてくれてよかったかもしれないですね。不躾にどこかのタイミングで乃木さんに訊いてたかもしれないので」

『…ん』

「その……三ノ輪さんのお墓とか、はあるんですよね?」

『大赦が管理している所にあるって聞いた。詳細は乃木の方が詳しいかもしれない』

「なるほど、ありがとうございますしずくさん」

『役に立てたのなら何より』

 

あまり質問責めするわけにもいかない。なによりデリケートな話題故に尚更だ。その後も数十分ほど話をしてから私たちは通話を終えた。

 

「…三ノ輪さん、か」

 

歳も性別も同じなのに、たった一つの環境の違いがこうも人の歩む道を変えてしまうのか。

 

(…会ってみたかったな。きっと優しくて強くて……暖かい心の持ち主なんだろう)

 

私の周りの人たちと同じように。本当にみんな優しい。みんなから溢れ出る『熱』は私を動かす歯車の潤滑油であり原動力だ。特に東郷さんがくれたこの『熱』はまだ私の中で力強く脈動している。

 

「……私はこの身体を友奈ちゃんに返すことが目的──だったけど、今日までの情報を考えるにそれは一筋縄ではいかないかもしれない」

 

口に出して改めて確認する。友奈ちゃんはきっと三ノ輪さんの様に守り、戦った果てに帰ってこれなくなって…それで私が生まれたんだ。

なら戦う相手は誰? 同じ人? それとも漫画や映画に出てくるような異形の怪物? わからない。でも命のやり取りがあるのは理解できた。

 

(頭では分かっても……私は本当にその場に立った時、戦えるのかな?)

 

『私』の存在は普通ではないけど、『わたし』の環境は普通の人と同じだと思っていた。大好きな人に起こしてもらって、学校に通って、そこでの友達と学び遊び、部活でも仲間とともに様々な経験を積みながら日々を過ごしていく。ありふれた、ごく普通の生活をしていくものだと思っていた。

いや、彼女たちも『普通』を望んでいるはずだ。だからこそ、故に戦っているのかもしれない。

だったら、私も立ち上がらなければいけない…………震えてしまうかもしれないし怖がってしまうのかもしれないけども。

 

「──気持ちだけは負けちゃダメだよね。何事にも……絶対に」

 

『結城友奈』としての責任もある。だからこれからも頑張り続けようと私は心に誓う。

日記と東郷さんと分担している仕事を終わらせて私は椅子から立ち上がった。

 

「んん~! さてと、髪乾かして台本の暗記しないと」

 

文化祭まで時間はあまりないからね。みんなに迷惑のかからないようにしないと…。

それから日付が変わるまで私は劇の台本を暗記し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の讃州中学は校内全体が活気に溢れている。もうすぐ始まる『文化祭』に向けて生徒たちが各準備に取り掛かっているからだ。

催し物の小道具を作成したり、看板の取り付けや飾り付けをしたり────その様子はさまざま。生徒たちは楽しく談笑しつつ、この時間を楽しく過ごしている。この空間というか空気は結構好きな気がします。

 

「……あ、この位置に物を置かれると通行が妨げられてしまうので気をつけて下さい」

「ごめんなさい結城さん! あ、ついでで申し訳ないんだけどこの備品の申請の件って────」

「昨日言っていた物ですね! 申請は確か通っていたはずなので後で生徒会に確認を……」

「結城さん~! こっちの飾り付けなんだけどー」

「はーーい!! 今行きます」

 

あっちこっちから声が掛けられて実は結構忙しい状況なんだ。生徒会の人たちからの依頼で勇者部が助っ人に入っているためにこうして各教室に足を運んで仕事に追われています。

風先輩も最上級生で今年が最後の文化祭。なので私たち以上に大忙しみたいで『各自の判断に任せるわ』と指令を受けて私は行動している。樹ちゃんも一年生たちからよく慕われていてとても微笑ましい光景だった。

 

「友奈! お疲れ様、作業は順調かしら?」

「夏凜ちゃん! うん、でもかなりバタバタで大変なんだね文化祭って」

「私も文化祭なんて初めてだから他は知らないけどまぁ……嫌な忙しさではないわね。いい運動になるわ」

「ほんとにね」

 

お互い顔を見合わせて笑う。

廊下で夏凜ちゃんとバッタリ会い、結構大荷物で手伝おうかと聞いてみたら彼女は首を横に振った。

 

「今は園子もいるし、友奈は東郷のフォローをしてちょうだい。今のあんたはそっちのが向いてる気がするから」

「了解。でもそのっちさんはどこに────」

「にぼっしー待ってよぉ~!」

「あ……そのっちさん」

「遅いわよ園子」

「いやー思ってた以上に身体が鈍ってるから驚いたよ~。あっ、ゆっちーだ! やっほ~♪」

 

遅れて後ろからひょっこり現れたそのっちさんの手にもそれなりの荷物が抱えられていた。や、病み上がりなのに大丈夫なのかな?

 

「全然へっちゃらだよぉ~。むしろ私からにぼっしーにお願いしたんよ。やりたいーってね」

「そ、そうなんですね」

「そういうこと。じゃあ私たちは行くわね友奈。また部室で」

「じゃあね~ゆっちー」

「怪我だけはしないでね二人とも」

「────友奈!」

「なに夏凜ちゃ……んぐっ!?」

 

去り際に夏凜ちゃんから何かを咥えさせられた。あ、この味は……にぼしだ!

驚いて夏凜ちゃんの方を見たら二ッと微笑んでいた。

 

「差し入れ。頭使ってる時のニボシはいい栄養になるわ。お互い頑張りましょ!」

「はむ、はむ……がんばろー!」

「おおーー!? 今の打点高いよにぼっしー! もっとやってー」

「はぁ!? べ、別に……か、勘違いしないでよね!! いくわよ園子」

 

顔を赤くしながら夏凜ちゃんはそそくさと行ってしまう。その後に続くそのっちさんはニッコリと笑いながら夏凜ちゃんの後に歩んでいった。

私も煮干しをポリポリと噛みながら手元のバインダーにある書類に目を通しながら生徒会室に足を運ぶ。

 

「……東郷さーん。ただいま」

「あ、おかえり友奈ちゃん。ごめんね一緒に巡回に行けなくて」

「ううん大丈夫。わ……すごい量の書類だね」

「生徒会の人だけだと中々手が回らないみたいでね。予想以上の仕事量で驚いてしまったわ」

「私も手伝うよ!」

「うん。申し訳ないけどよろしくお願いします」

「はーい」

 

東郷さんの横の席について半分の仕事をもらう。これも日頃から東郷さんが指南してくれた賜物でとても誇らしくなるね。

意欲も俄然湧いてきてサラサラと書類たちにペンを走らせていく。

 

「短期間で色々と成長したわね友奈ちゃん。私嬉しいわ」

「先生の指導がよかったからだよ。えへへ」

「もう…上手ね。みんな忙しそうだった?」

「けどみんな楽しそうにやってたよ。こっちまで気合が入っちゃうぐらいに……眩しいなぁって思った」

「私は友奈ちゃんの笑顔が誰よりも輝いて見えるよ」

「もー東郷さんってば」

 

そんなこと言われると照れちゃうよぉ。恥ずかしくなって横目を逸らすと頬をつんつんしてきた。

 

「かわい♪」

「にゅむ……東郷さんだってかわひーよ! えい、えい」

「ひゃん!? もう、やったわねー」

 

合間にそんなやりとりをしている時間がとても幸せでした。もちろん仕事もキチンと終わらせたのでオールおっけーです。

 

 

 



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十七話

 

 

 

文化祭の準備も無事に終えて前日の夕方。

勇者部一行は『かめや』に訪れています。テーブルには各々が注文したうどんが湯気を立てて空腹の胃に刺激を与えてきています。

 

「いやー! 無事になんとかここまで来ることが出来ました。みんなもヘルプ本当にお疲れ様!」

 

風先輩が仕切り食べる前に一言述べる。確かに今日までの期間はほぼ休みなしの状態で皆が奔走していてとても忙しかった。けれど誰一人として文句も言わず、当日を楽しみにしているからこそ頑張れたのだと私は思う。貴重な体験だった。

 

「風〜。ほどほどにして食べるわよ。うどんが伸びるわ」

「……そうね。確かに美味しい内に食べないとお店にも失礼ね! じゃあ、皆の衆ー! 今日は部長の奢りだから英気を養うためにもたらふく食べて明日に備えーいっ!!」

『いただきまーすっ!』

 

全員で手を合わせて乾杯ならぬ麺杯をする。パチン、と箸を割ってうどんを掴んで食べる。んー、今日もとっても美味しいなぁ。

 

「いやーしかしとてつもない依頼量だったわね。生徒会から始め、文芸部から運動部、各クラスの応援に先生の手伝い……勇者部も人気者になったわねぇー」

「それは風がなり振り構わず依頼を受けてたからでしょ? まぁ、途中からは各自の判断ではあったけどさ」

「にぼっしー一番気合い入ってたね〜。作業中とっても嬉しそうだったもん」

「あらぁん? あんたにとっては初めての学校行事だもんね〜?」

「う、うるさいわねっ! いいじゃないの別にー!」

 

さっそく夏凜ちゃんを弄り始めた先輩たち。それを私たちは面白く笑っていた。

 

「樹ちゃんもとっても頑張ってたよね!」

「友奈先輩……はい! ちょっと忙しかったですけど、クラスのみんなや他の人たちの役に立てられたみたいで良かったです」

「流石は次期部長候補筆頭ね。風先輩に負けずのカリスマ性だわ」

「東郷先輩持ち上げすぎてすよぉ〜。わたしなんてまだまだ…」

「樹は最強無敵の妹よぉ! ひゅーひゅー!」

「ひゅーーひゅーー!!」

「店の中で騒ぐな風と園子っ!」

 

凄いなぁ二人とも。疲れを感じさせないノリノリっぷりに感服するばかりだ。私なんて結構クタクタになっちゃってるのにね。すぐ息切れと目眩をしたりしちゃうし、まだまだ修行不足だと実感してしまう。

 

「友奈ちゃんも書類整理とか一番頑張ってたよ。おかげで楽できちゃったし」

「全然っ! それでも東郷さんの方が量多かったし、もうちょっと頑張らないとね」

「もう、まだ本番が残っているのよ? あまり突っ走りすぎないこと。いつも言ってるでしょ?」

「あっはは…そうでした」

「夫婦みたいだね〜お二人さん。いいよいいよー♪」

「そ、そのっちさんからかわないで下さい〜!」

 

意識しないようにしてるのに、そのっちさんは計ったように掘り起こしてくる。おかげでその後は目を合わせるのすらドキドキしちゃうんだからもう……。

 

小さく首を振って雑念を振り払い、うどんを食べることに集中する。すると、対面にいた樹ちゃんが小さく声を漏らしていた。

 

「園子先輩食べ方が綺麗ですねー…。東郷さんと同じぐらい」

「うどんを食べる日常の風景がこんなに華やかに見えるのは流石だわね……女子力上げるのにはこういうスキルも必要か…」

「風はガツガツ食べてた方が絵になるんじゃない?」

「それもそうね!」

「…………いや、納得されるのもそれはそれで複雑なんだけど」

「おかわりっ!」

「…って話を聞けぃ!!」

 

確かにそのっちさんの食べ方は優美に映る。東郷さんと並んでいれば貴族の食事会にも見えなくはない……食べ物はうどんだけどね。

 

私もそういう所作を身につけておいた方が東郷さんの隣にいても不自然じゃなくなるのかな?

 

「こういうのはその人が美味しく食べれればそれでいいのよ。あまりはしたないのは例外だけれど──だからそんなに心配そうに見なくても大丈夫よ友奈ちゃん」

「ふぇ!? も、もしかして口に出してた?」

「ううん。顔に出てた♪」

「ゆっちー今の子犬みたいで可愛かったんよ〜」

「あ、あはは……恥ずかしいからあまりからかわないでよー」

 

そんなに表に出てたのかな……気をつけないと。

 

 

 

 

 

 

 

やいのやいのと賑やかに過ごしたひと時。そうした思い出の一つ一つが私の進む糧になる。色も何もない私は今やたくさんの色に囲まれていた。

友奈ちゃんに会うために私は少しづつ情報を得て、積み上げ、形にして一歩前進していく日々。

 

……できれば私を『わたし』に受け渡した際にこの暖かい記憶をどうか受け継いでほしいと切に願う。だって、あの子の貴重な時間を私が間借りしてしまっているのだから。

今日は讃州中学校の『文化祭』の日だ。劇の台本も完璧に覚えてあとは本番を控えるばかり……でもまずはその前の時間を楽しく過ごしていこうと思う。

 

「行こ! 東郷さん」

「待って友奈ちゃん。走ったら危ないよ」

「ゆっちー張り切ってるねぇ~」

「そういうあんたこそうずうずしてるんじゃないの園子?」

「あちゃーバレちゃったかー。ならにぼっしー私たちもれっつらごーなんよ!!」

「ちょ!? 腕を引っ張るなぁー!」

 

自クラスでの催し物は喫茶店。でも制限があって既製品の物を使用しているため客足はそこそこだ。最上級生になるとそれらの制限は解除されてなんでもありの出店が並び建つ。中学生活最後の文化祭なので実際の本番はそこにあるのだ。必然的に大部分の生徒及び外来客はそこに集客し、私たちも交代の時間を使ってそこに向かうところだった。

 

『おー! 色々なお店がたくさんだぁ♪』

「友奈ちゃん、そのっち……はしゃぎすぎ」

「まるで小さな子供ねーまったく」

 

口々に言うが、お祭りの屋台にも似たその光景に二人の気分もそれなりに高揚しているように思える。時間は限られているけれど、それでも全力で楽しむことにした。

 

「お、きたわねいらっしゃい!」

「風先輩~お疲れ様です!」

「おおー♪ 部長の出店はうどん屋さんだー」

「名付けて『女子力うどん』よッ! 是非食べていって頂戴」

「四つ頂けますか風先輩」

 

エプロン姿の風先輩はとても様になっていた。そういえば自宅の家事は風先輩主導でしているんだっけ? だから違和感もないのかもしれない。

 

風先輩のクラスの人たちに指示をしてテキパキと四人前のうどんを調理していく。その際にも楽しそうに談笑しながら作っている光景は私の目からしてとても眩しく見えた。

青春を謳歌する──こういうものもその一つなのかもしれないって感じた。

 

「繁盛していますね」

「まぁね。売り上げのランキングもあるからみんな気合い入っちゃってるのよ──はい、お待ちどうさまっ!」

「ありがとうございます風先輩! お店頑張ってくださいー!」

「ふふ、ありがと友奈。でも食べ過ぎて午後の演劇に支障がでないように気をつけるのよみんな」

「私からしてみれば風が食べ過ぎないか心配だわ」

「フーミン先輩なら大丈夫だよーにぼっしー」

「樹にもよろしく伝えておいて。後で行くからって」

「はいっ!」

 

会話もそこそこに並びから外れていく。まだまだ後ろにはお客さんが沢山いるからね。

 

「あ、美味しい…」

「お出汁が効いていてとても良いわね。流石風先輩監修の女子力うどん」

 

本格的な味がする。これなら結構上位に入るのではないだろうかと思う。

私は食べるのもそこそこに首元にぶら下げていたカメラを手に取る。

 

「そのっちさん、夏凜ちゃん! こっち向いてー」

「おぉ。うどん記念だねゆっちー! にぼっしー食べてる姿とってもらおうよー」

「な、なんで私が──てか、気にはなってたけどやっぱり撮るためなのねそれ!」

「もちろんだよー! 東郷さんも一緒に」

「あら♪ じゃあ私も横に失礼するわね夏凜ちゃん」

「東郷まで…!? ちょ、両脇を固めるんじゃないわよ」

「はい、チーズ♪」

 

パシャり、と一枚フィルムに収める。このカメラはさっき東郷さんから借りたもので今日の私は兼カメラマンという立ち位置なのです。

 

恥ずかしそうに夏凜ちゃんは東郷さんとそのっちさんに挟まれる形で撮影されているが、どこか嬉しそうな気もして私も微笑ましく感じる。

その後も何枚か撮らせてもらう。一人一人の写真や、頑張っている風先輩をこっそり撮ってみたり色々と。

 

「ゆっちーせっかくだからわっしーと撮りなよぉ〜。私が撮ってあげる」

「あ、ありがとうそのっちさん。東郷さん……いいかな?」

「ふふ…いいわよ」

 

そう言ってそのっちさんにカメラを渡して撮影してもらう。くっ付いてピースして撮影。文化祭での記念の写真だ……大事にとっておこう。

 

「友奈そんなに写真好きだったっけ?」

「思い出だからねー。アルバムができるぐらい撮りたいんだ」

「ふーん? って言いながら撮るな撮るな!」

「もちろん夏凜ちゃんもいっぱい撮るよー!」

 

わいわいと周囲の賑わいに負けじと私たちも楽しむ。

さて、次は一年生のところ──樹ちゃんの元に向かうとしましょう。

 

一年生は入学して初めての文化祭。この手探り感ある催し物の数々は初々しく、微笑ましくあるとは東郷さんの弁。

しかし一際列を成しているクラスがあった。それはもちろん勇者部所属の樹ちゃんのいる場所で、『占い館』をやっているらしい。

 

「はえー…すごい行列」

「樹ちゃんのお店は大繁盛ね。私たちも並びましょうか」

「さんせー!」

「私は特に占ってもらうことは……ないけど。ないけど仕方なく並んであげるわ」

「素直じゃないなぁにぼっしー」

 

談笑しながら待つこと数十分。順番が回ってきた。案内されて私は一番最初に入ることになって館の中に入室する。

薄暗く、それらしい雰囲気を作った空間の奥に、樹ちゃんは座っていた。

 

「──あ、友奈先輩! 来てくれたんですね♪」

「お疲れさま樹ちゃん! わー衣装可愛いね♪ とっても似合ってるよぉ。東郷さんの手作りだっけ?」

「は、恥ずかしいんですけどねこの衣装……ありがとうございます」

「写真撮らせて~!」

「ひゃあ!? 恥ずかしいですってばぁー!」

 

わたわたと両手を振って羞恥に染まる樹ちゃんはとても可愛かった。でも貴重な一枚であるので撮影はさせてもらうね!

そして気を取り直して樹ちゃんは咳ばらいを一つして、目の前のテーブルの上に鎮座している水晶玉に向き直った。

 

「では、改めまして占いの館にようこそ。本日は何を占いましょうか?」

 

営業用のセリフなのだろう。自然な立ち振る舞いを見せている辺り、かなり手慣れてきているようにみえた。

そして問われる。

 

「なんでも大丈夫なの?」

「基本的には平気ですよ。何かありますか友奈さん?」

「………………じゃあ」

 

樹ちゃんの占いはよく当たるという触れ込みを信じて、私は秘めたる願いを口にする。

 

「────大切なモノを探してるんです。とても大事な、私にとって必要なモノを」

「……失くしものということでしょうか?」

「せ、正確には違う……のかもしれないけど。とにかく大切なモノなの。それを見失ってしまってどうしたらいいか悩んでる……ってごめんね抽象的な話で」

「いえ、お気になさらず。では友奈さんの占って欲しいことは────探し物に関して、ですね」

「は、はいっ!」

「いきます」

 

言いながら樹ちゃんの顔つきが変わった。両手を翳し、瞳をうっすら細めて正面の水晶玉を見つめるその様子に私は喉を鳴らして見届ける。

内装の演出なのか照明が淡く光り、まるで特別な力を行使しているかのような錯覚を覚えてしまう。数舜の時を経てゆっくりと樹ちゃんは言葉を紡ぎ始めた。

 

「────失くしモノは近いようで、彼方のような遠き場所にあり。近い未来、友奈さんはソレを手にする機会に恵まれる。それと星が視えます…」

「…………、」

「無数の星と黒い太陽……? 奔流のような……『熱』に従って……それが消えてしまう前に手にしないと失くしモノと共に……あ、あれ?」

「樹ちゃん…?」

 

それはどういうことなのだろうか?

なにやら彼女の様子がおかしい。瞳を揺らし、水晶玉を食い入るように見ている。

 

「壊れかけの時計の針が視えます……これは刻限? 限られた時の中で諦めず、挫けず懸命に歩めば……必ず手にすることができるとでてます」

「ほ、ホントに?」

「はい……でも、これは友奈さん……その」

 

歯切れの悪い樹ちゃんは口にしようかどうか迷っているようにみえる。それは彼女の態度からしてあまり良くないことがわかるけど、ここまでしてもらったので最後まで聞かせて欲しいと思った。

 

「大丈夫。樹ちゃん……どんな未来でも受け止めてみせるから」

「友奈さん……わ、わかりました」

 

樹ちゃんは胸元に手を当ててゆっくりと口にし始める。

 

「いま言葉にした単語の数々は手放しに喜べる結果とは言えないものなんです。このまま進めば探しモノは見つかりますが、一転してその対価を払うことになるということを示しています」

「……対価?」

「その探しモノがどれほどのものかは分からないですけど、相当の対価かと。それと最後にチラッと視えたのがありまして……一本の樹木がありました」

「……樹木」

「それ自体は特別ではないんですけども……その樹木から伸びた『影』が二つあったんです」

 

どくん、と心臓が跳ねる。なにか、樹ちゃんは私にとって知られたくないナニカ(、、、、、、、、、、)を────

 

「わたしの占術では樹木は『人』と表現し、『影』は人の心を現しています。今の友奈さんには樹木から『影』が二つ伸びていてその意味は心がふた────」

「────ッッ!!!!?!」

 

がたん、と大きな音を立てて私は座っていた椅子から跳び起きてしまう。その反動で椅子は後ろ手に倒れて、樹ちゃんはびく、と驚いて身を竦ませていた。

一瞬の出来事。私はハッと正気を取り戻して樹ちゃんを見る。

 

「ゆ、友奈さん……?」

「ご、ごめ────ごめんなさい樹ちゃん。驚かせちゃったね!? えと、あの……」

 

思考がうまくまとまらない。言葉をうまく表出できない。バレた? 私が『わたし』でないことがバレてしまった……?

狼狽えてしまっていると、私の背後の幕が開けられそこから東郷さんたちが姿を現した。

 

「なにかすごい音がしたけど大丈夫友奈ちゃん、樹ちゃん!?」

「と、東郷先輩!? 夏凜さんに園子さんまで」

「……友奈? 樹、友奈どうしたのよ?」

「そ、それが友奈さんに占いをしたら様子が……」

「………っ。夏凜、ちゃん?」

「ゆっちーどうしたの? 顔色が悪いよ」

 

三人が心配そうに見つめてくるけど、私は目を合わせられない。どうしようかと回らない頭で考える。

でも答えは出てこない。知られてしまえばみんなが哀しむ。東郷さんが哀しんでしまう。

 

「────友奈ちゃん」

「……っ!? と、東郷さん」

 

不安に押しつぶされそうになっていたところで、私の身体は駆け寄ってきた東郷さんに抱きしめられた。力強く、苦しいほどの抱擁。けれど全然嫌ではなく、むしろ落ち着いてくる。暗い感情はそれだけでなりを潜めていく。

みんなが何事かと驚く中で東郷さんはいつもの調子で、頭を撫でてくれた。

 

「……辛いなら、全部吐き出していいんだよ友奈ちゃん」

 

囁くように、東郷さんは一言呟く。周りには聞こえない声量でそう言ってくれる言葉の真意は理解できなかったけれど、とても心配させてしまったことはわかった。

 

そして結局、黙っていてもいなくてもこうして困らせてしまうことも理解した。…やっぱり本心を秘密にしているのは心苦しいのだ。

 

「──ありがとう。東郷さん」

「友奈ちゃん…?」

 

話をしよう。でもそれは今ではない。せめて文化祭が終わって落ち着いてから。風先輩に時間を作ってもらって場を設けて改めて話をしよう。

東郷さんの抱擁から離れて私は樹ちゃんに視線を向ける。不安げに見守るその姿にさせちゃってごめんね。

 

「樹ちゃんありがとう。おかげで参考になったよ」

「友奈さん……あの、あくまで占いは占いなので参考程度で心に留めていてください」

「うん。あとごめんね迷惑かけちゃって! 私の番は終わったからみんなも樹ちゃんに占ってもらいなよ〜。私は外で待ってるね」

 

私は平謝りをして先に外に出て待つことにした。

 





樹ちゃんの占術がパワーアップしてます。

彼女のおかげで背中を押された『私』は皆に話すことを決意する。


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十八話

序章の終わり。


樹ちゃんの教室を出てすぐに私は窓を開けて風をその身に受ける。熱くなった頰と感情を冷ますように外を眺めていると、楽しそうに文化祭を回る生徒や一般客が目に入った。

その様子を見ていると私たちもあのように『普通』を謳歌していることが出来ているのだろうか、と不意に考えてしまう。

 

「──友奈」

「夏凜ちゃん。もう占いは終わったの?」

 

ぽん、と背中を叩かれて振り返ると夏凜ちゃんがいつの間にか来ていた。終わったの? と問いかけたら彼女は首を横に振って私の隣に来ると同じように窓の外を眺め始めた。

 

「私は別に占って欲しいことはなかったから遠慮しておいたわ。樹の頑張っている姿を見れただけで満足だし。今は園子と東郷が樹にみてもらってるわよ」

「そっかぁ」

「何かあったの? あんたさっき凄い顔してたわよ」

「いやいやー。樹ちゃんの占いがすっごくて驚いちゃったんだ。ビックリさせちゃってごめんね」

「……そう。ならいいんだけど」

 

煮え切らない様子の夏凜ちゃんはそれ以上は言わずに視線を窓の外へ向けていた。横目で彼女を見ていた私はきっともう少し踏み込みたいんだなぁ、と彼女の優しさに触れて勝手ながらに嬉しくなる。えい! と肩をくっつけて近寄ると驚いた夏凜ちゃんは真っ赤にして狼狽えていた。可愛い。

 

「ねえ、夏凜ちゃん」

「な、なによ?」

「文化祭が終わって色々と落ち着いたらお話したいことがあるんだ、皆に」

「なによ改まって……それって今話せないことなの? 友奈がいいならたぶん皆今すぐにでも聞いてくれるわよ?」

「ありがとう。でも今はみんな色んなことで大変だし、その中で私の話を聞いてもらうとビックリしちゃうだろうから……」

「一体なにを話そうとしてるのよあんたは……って問い詰めてもしゃーないか。ちゃんと話してくれるんでしょうね?」

「うん。その時は風先輩にお願いして場を設けてもらうよ」

 

出来るだけ安心させるように笑う。その先の夏凜ちゃんは先ほどよりかは軟化している感じだけど渋々納得してくれた。本当にありがとう。

そうして区切りがついたタイミングで東郷さんとそのっちさんが教室から姿を現した。どうやら終わったみたい。

 

「おまたせ二人とも」

「いやーイっつんの占いは当たるねぇ~♪」

「お、来たわね。じゃあ行くわよ友奈」

「はーい。東郷さんそのっちさんおかえりなさい!」

 

パタパタと歩み寄って私は東郷さんの腕に抱き着く。ちょっとだけよろめいた東郷さんはでもしっかりと受け止めてくれた。

 

「……? どうしたの東郷さん」

「え、ううん。なんでもないよ友奈ちゃん。さっきのは本当に平気?」

「大丈夫です。心配させてごめんね」

 

みんなで歩きながら私は謝る。そうしているといつものように東郷さんは私の頭を撫でてくれた。私はその優しさに甘えさえてもらう。

 

「イっつんはもう少ししたら抜けて部室に来るみたいだよ~」

「そこから本番前の最終調整する感じね」

「お、おー……緊張してきちゃうよ」

「くす。友奈ちゃんなら大丈夫よ。あんなに練習したんだから」

 

東郷さんが励ましてくれる。主役という重要なポジションだからしっかりと務めないとみんなに顔向けできないし頑張ろうと再度誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に到着した私たちは本番時の打ち合わせをしていた。小道具に不備はないか、それぞれの配置は大丈夫なのかなど。

準備を進めていくうちに風先輩と樹ちゃんと合流し、勇者部は更に話を詰めていく。

 

「さあて、道具を持って体育館に向かうわよ。あたしたちならうまく成功させられるわ」

 

風先輩の合図で私たちは移動する。徐々に近づいてくる時間に心臓の鼓動は緊張の色が見え始めてきた。

本番前の体育館はいつもと違った空気を感じる。しん、としているこの空間はいつも見ている体育館とは違ってみえた。

さっそく裏に回って支度を始める。緊張するけど、楽しみでもあった。

 

「友奈と東郷とあたしはセリフや立ち回りの確認をする。夏凜、樹、乃木──裏方だけど大事な役目よ。頼んだわ」

 

先輩が指示をだして私たちは二手に分かれた。みんな真剣は顔つきで準備に取り掛かっている。

 

「この前は急に台本の中身を弄っちゃって悪かったわね。大変だったでしょ?」

「私はそのっちの行動には慣れてますから。友奈ちゃんもよくついて来てくれたわ」

「あはは。でもそのっちさんのおかげで更に良い劇になるんですよね? 先輩も今日までありがとうございました」

「そのセリフは無事に終わってからよ! うっし、やるわよ二人とも」

 

先輩に続いておー、と拳を上げる。そのっちさんが加わったことで台本の手直しがあったのだ。みんなには悪かったけど、リセットされた状態の私からしてみれば逆に助かった部分でもある。

 

魔王と勇者。世界を、そして攫われた姫を取り戻す物語。風先輩が魔王で、勇者が私。そして攫われた姫の役は東郷さんだ。

 

「────うん。セリフの間違いも特になし。みんなうまく仕上がってるわね感心感心」

「やったね東郷さん!」

「まだ本番はこれからよ友奈ちゃん。気を緩めないでね」

「うん!」

 

 

こうして私たちは時間ギリギリまで調整をしていき、ついに時間がやってきた。

幕の向こうにはお客さんたちが待ってくれている。

 

私たち勇者部は円陣を組んでステージに立っていた。

 

「緊張しますね」

「なーに普段通りにやればどうってことないわ」

「精一杯サポートしますので頑張ってください!」

「そうよ。どん、とかましてきなさい友奈」

「ナレーションは任せてよ~。わっしー、ゆっちー、フーミン先輩ファイトですよぉー」

「ええ、そのっち。任せて」

 

そうして風先輩の掛け声で私たちは背中を押され、それぞれの配置についた。私がステージの中央に立ち、その横には姫役の東郷さんがいる。

しんと静まり返っていくこの場所は二人だけの世界にいるような錯覚を覚える。緊張してきた……。

 

「大丈夫よ。友奈ちゃん」

「東郷さん……うん」

「私がついてるからね」

「ありがとう」

 

手を握られて私も同じようにぎゅっと握り返した。わずかな時だけど緊張がほぐれた私たちはその手を離して配置につく。

外にいる司会の人が開始の合図を行うと、ブザー音と共に幕がゆっくりと上がり始めた。

 

幕が上がりきると同時に拍手が沸き起こる。照明の光に一瞬目がくらむがスッと意識を切り替えて私はセリフを口にする。

そこから繋いでナレーションのそのっちさんが語り掛けるような口調で物語を紡いでいく。

 

大丈夫。ここまでは完璧にできている。少し暑くて汗をかいてしまうがチラッと観客席を見ると、小さな子供たちを筆頭に食い入るように私たちのお話を見てくれている。

 

「あぁ、勇者様。どうかこの国を、民を……世界をお救い下さい……!」

 

姫役の東郷さんの熱演が光る。まるで本当の一国の姫のようで見惚れてしまうのだ。

 

「お任せあれ。必ずや国を……この世界を救ってみせましょう!」

「────っ!」

 

姫の下で膝をついて手を取りその甲に口づけを交わす。本当は振りでよかったんだけど、東郷さんの演技に当てられて思わず本当にキスをしてしまった。

東郷さんは頬を染めて驚いているが、演技に支障はでないのは流石の一言に尽きる。……裏方が何やら物音がしているけど今は気にしないでおこう、うん。

 

物語もトントン拍子で進んでいき、魔王と対峙する場面に移る。

 

「よもや世界を救うなどとほざく人間は勇者────お主一人だけよ」

「ぐっ……魔王ッ!」

 

魔王は勇者を嘲笑い、私は剣を杖代わりに膝をついていた。魔王に追い込まれる場面。

 

「世界だ、民だ、国のためだと大層な理由を口にしているが……結局はお主一人にすべて役目を担わせる始末。滑稽だとは思わないか?」

「ぐっ……それでも」

 

魔王である風先輩は拳を握って熱演する。しかしまるで本当に問いかけられているようで、感情が乗った演技というものはこういうものだと実感する。

 

「のう勇者よ────この世界は嫌なこと、辛いことで満ち溢れておるだろう? ここは見逃してやるぞ?」

「なに、を言って……!」

「無様にその背中を我に向けて逃げろと言っておるのだ。お主も他の人間のように『見て見ぬふり』をして堕落してゆけと────!」

「ぐあ……っ!?」

 

ここで少しのアクションというか、肉薄した私が風先輩に押されて吹き飛ばされるシーンがやってくる。軽く押され私が大げさに吹き飛ばされる。剣が手元から離れ、私は床に伏せてしまった。

魔王は高笑いをして攻勢は一転してピンチとなる場面。

 

(……よし、ここで次の────!)

 

そこで私はある違和感が身体を自由を奪う。体がとても暑い。汗が滝のように溢れてきて鉛のような鈍重が負荷となって肉体に襲い掛かてきたのだ。

急な体調の変化に思考が乱れて、私はその場で動けなくなる。口の中もカラカラでうまく喋れない。

 

「────友奈?」

 

様子のおかしい私に気が付いた風先輩が小声で声を掛ける。でも私は答えられないどころか立つことすらままならない。なんで急に……。

息が乱れてきて視界が小刻みに揺れる。明らかな不調が目に見えてきた。

 

(立たないと……!? お芝居はまだ続いてる、のに……)

 

剣に手を伸ばそうとするが届かない。一向に進まない展開に観客席がざわめき始めた。嫌だ。ダメ……ここで中止なんて冗談でも笑えないよ。

必死に手を伸ばすけど私一人ではどうにもならない。せっかくの皆で臨んだ演劇。風先輩は最後の文化祭なのにここで台無しにしてしまうのか……私ッ!

 

いよいよ慌て始めた先輩を含む裏方にいるみんなが駆け寄ろうとしたところで、カツン────と靴を叩く音が会場に響き渡った。

観客や魔王を含めて皆がそちらに意識が向けられる。

 

「いいえ。それは違うわ魔王っ!」

「と、とうご……んん! 一国の姫君がまさか現れようとな」

「東郷さ────ん」

「遅れてごめんね友奈ちゃん」

 

小声でそう言って姿を現したのはドレス姿の東郷さんだった。ここで東郷さんが出てくる場面じゃないんだけど……もしかしてアドリブをしてくれてるの?

東郷さんは落とした剣を拾って、私の腕を自分の肩に回して立ち上がった。

 

「戦っているのはあなた一人だけじゃない。私も、民もみんな────諦めずに魔王に立ち向かうわ!」

「……っ、そう、だぞ……魔王!」

「ぐっ、だがそうだとしても何ができる! 諦めた方が楽だとは思わぬか!」

 

私は震える手で東郷さんの握っている剣を一緒に掴む。震える唇でセリフを……いま胸に抱いているものをぶつけていく。

 

 

「────嫌だっ! お互いを想えば……何倍にも私たちは強くなれる! 無限に力や根性が湧いてくるんだ!」

 

 

私が東郷さんを想うように。人は感情一つでどうにでも強くなっていけるのだと学んだんだ。

 

 

「────世界には悲しいこと……嫌なこともあるのだと私はこの身に知りました」

 

 

横に立つ東郷さんが私の言葉に続いた。剣を握る力が強くなる。

 

 

『自分だけではどうにもならないことも沢山ある……だけど!』

 

 

セリフが東郷さんと被る。すると、同時にステージの天井から紙吹雪が舞い落ちてきた。

その先には夏凜ちゃんや樹ちゃん、そのっちさんが見守ってくれている。少しだけ体調が回復してきた私は東郷さんと顔を見合わせてフッと笑い、魔王────風先輩を見やる。

 

「大好きな人がいれば、挫けるわけがないッ!」

「諦めるわけが、ないわ!」

『大好きな人がいるのだから! 何度でも立ち上がれる!!』

 

……そうだった。私は初めて東郷さんと出会ったあの時を思い出していた。『諦めない』ことを教えてもらった。私に命を注いでくれた言葉を思い出した。

そして私はあの日に、『わたし』の元に辿り着くと────誓ったんだ。

 

 

「だから勇者は────私たちは絶対に負けないんだっ!!」

 

 

私の始まりはその人のために立ち上がることだった。

大好きな人のために、大切なこの場所を守るために私は『結城友奈』を取り戻す。

その願いを強く胸に刻み付けることができた。

 

『わたし』じゃなく、他でもない『私』の意思が決めたことだから────っ!

 

 

 

 

 

 

日も暮れてきて夕焼けが私たちを照らして真っすぐ影を伸ばしていた。

並んで歩く二つの影は一つの線が繋いでいる。

 

「体調は本当に大丈夫、友奈ちゃん?」

 

心配そうに見てくる東郷さんに私は笑って返事を返した。大丈夫だよ、と。

 

「さっきは本当に助かったよ東郷さん。でも今はもう平気っ! もしかしたら極度の緊張のせいだったかもしれないから」

「そうだといいのだけれど……」

 

半信半疑で見つめる東郷さんに私はそのままの理由で押し通す。でも、嘘は言ってない……今は本当に体調に異常はないからだ。

文化祭の劇は危ない場面はあったにせよ、無事に最後まで演じ切ることができました。これもみんなのおかげです。

 

あの後幕も下りて他のみんなに心配かけさせてしまったことは申し訳なかったけど、私にとってはかけがえのない思い出になったことは間違いない。

私の体調を気遣ってか、打ち上げは日を改めてやろうとまとまった勇者部は後片付けをして本日は解散、という流れになった。

 

「風先輩、泣いてたね」

「みんなとの行事ごとが一つ終わったんだもの。私も涙腺にきてしまったわ」

「泣かないで東郷さん」

「ありがとう友奈ちゃん」

 

ポケットからハンカチを取り出して彼女の眼尻に溜まった涙を拭ってあげる。終わった後に風先輩は感極まって全員を抱きしめて、今日という日を噛み締めていた。

中学生最後の文化祭は、なんとか無事に終えることが出来たのだと安堵できた。

 

「写真も沢山とれたね。思い出がいっぱいだ」

「みんなにも渡さないとね。みんなに────」

「…東郷さん?」

 

東郷さんはそこで言葉を止めて息を呑んだ。どうしたのかと私は東郷さんの顔を覗き込むと歩みを止めて視線は前を向いていた。

なんだろう、と私もつられて同じ場所に向けてみたら以前みたことのある車が停車していた。あのマーク……そのっちさんの車と同じ『大赦』の紋様だ。

 

「────っ」

「なんですか、あなたたちは?」

 

車の扉が開けられ、中から素顔の見えない装束に身を包んだ大人たちが複数人現れて私たちを囲んだ。

咄嗟に私は東郷さんの前に立って庇う態勢をとる。

 

『お迎えに上がりました。東郷様』

「え? お迎え??」

 

大赦の一人がそう言葉にした。どういうこと? と東郷さんを見たら目を伏せて俯いていた。

反応しない彼女を見て大人たちが近づいてくる。

 

「やめてください! なんで東郷さんを連れて行こうとするんですか!」

『結城様。これは東郷様ご本人が望んだことなのであります』

「東郷、さんが……望んだ?」

「それ以上は言わなくていいです! 分かっています。今、行きますから」

『はっ。それではこちらに────』

「え、え……待って東郷さん!」

 

私の手から離れていく東郷さんを捕まえようと手を伸ばすが、大赦の人たちが行く手を阻んできた。

声を上げて東郷さんに呼びかけるが振り返らずに向こうに停めてある車に進んでいく。

 

「待ってよ東郷さん! 意味が分からないよ!! どういうことか説明して……!?」

「ごめんね友奈ちゃん。これは前から私が決めていたことなの……本当は誰にも言わずに行こうと思っていたんだけど……本当にごめんなさい」

「嫌だ! 行かないで東郷さん! やっ、離してください!!」

 

暴れる私を押さえる大赦の人たちに私は東郷さんに近づくことすらできなかった。そうしてそのまま車内に入った彼女は窓を開けて悲しげに笑った。

 

「健やかに生きて……友奈ちゃん」

「なんで最期みたいな言い方するの東郷さん! 待って──あっ?!」

 

急に離されて私は倒れる。押さえていた人たちは一礼して車に乗り込んでそのまま走り去っていってしまった。

私は手を伸ばすけれどその影はどんどん遠くに行ってしまう。

 

「なんで……どうして? わけが、わからないよ……!」

 

伸ばした手で拳を握り、地面に叩きつけた。

さっきまで楽しく会話をしていたのに。これからのことをいっぱい話そうとしていたのに。ものの数分で全てが台無しになってしまった。

 

「東郷さぁぁんッ!!!」

 

私の叫び声は誰に聞き届くこともなく、夕闇の虚空へと消え去っていってしまった────。

 

 

 

 

 




作中の劇はアドリブ含み東郷さんを追加して二人で魔王に立ち向かう結果となる。

原作の通り一人だと、今の友奈ちゃんではセリフの重みに欠けるかなと思って彼女に参戦してもらったのもあります。


そして文化祭が終わるや否や連れ去られる東郷さん。
はい。いよいよ始まっていきます(無慈悲)────というところで今回は終わりです。


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一章『私はあなたを取り戻す』
十九話


勇者の章、開始。
結城友奈である『私』の『物語』が始まります。


 

 

 

神世紀三百年、冬。

今日も世界は何ごともなく、平和に時間が過ぎている。特に目立った事件もなく、目立った出来事もなく淡々と。

私を取り巻く環境は何一つ変わりのない日々を謳歌していた。

 

「おはよう、『わたし』……」

 

鏡の前で私は友奈ちゃんに挨拶をする。今日も変わらず私は『私』であった。伊達メガネをかけて身支度を整える。

今日も一人で起きることができた(、、、、、、、、、、、、、、)。鏡に手を伸ばして私の鏡像を指先で触れるがどうとでもなく、冷たい感触が残るのみ。

 

「おはようございます」

 

いつものように一階に降りて両親に挨拶を交わし、朝食を摂る。テレビでその日のニュースや天気をぼーっと眺めながら食べ終えてから、歯を磨く。

最近朝食のメニューが『和食』に増えたのも、改めて不思議そうにしてた母親を余所に私は黙々と支度を進めてから家を出る。いってきます、と言って外に出てみればお隣さんの方が門の前の掃き掃除をしていた。

 

「あら友奈ちゃんおはよう」

「おはようございます。今日もいい天気ですね」

「最近は肌寒い日が増えてきたから風邪ひかないように気を付けてね」

「はい、気をつけます……それじゃあいってきます」

「いってらっしゃい」

 

頭を下げて私はお隣さんである『東郷さん』と会話をしたらその足で学校に向かう。確かに最近は日が落ちるのも早くなってきて、かつ気温も低くなってきているから体調管理は気をつけないといけないね。

制服も冬服のものをおろして今はそれに身を包んでいる。

 

「…………いい天気。ほんとに、良い天気だな」

 

空を見上げてみれば青空が広がっていた。いつものように広がる快晴の空。小鳥が空を飛んで、風が吹けば木々はざわめき立つ。

グッと下唇を噛んで視線を下へ見下ろしてみても隣には誰も居なく、私はその誰もいない隣に手を伸ばして空を掴んだ。

ぬくもりは無く、代わりに手のひらには冷えた風が表皮を撫でていた。

 

「早くいかないと遅刻しちゃうね」

 

首を振って乱れた思考を正して、私は足早に讃州中学に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に到着し、下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。通り過ぎる時に名札のない下駄箱(、、、、、、、、)が視界に収まった。

一瞬だけ、足を止めるも私はすぐに教室に行くことにする。

 

「おはよー!」

 

自教室に着いて私は元気よく挨拶を交わすと、クラスの人たちといつものように話をしながら席に着く。

 

「おはよ友奈」

「おっはよーゆっちー!」

「夏凜ちゃん、そのっちさんおはよー! 昨日はお疲れさま」

「昨日の風ったら人使い荒いんだから大変だったわ」

「でも本当は嬉しいくせにぃ~にぼっしーの照れ屋さん♪」

 

勇者部で同じクラスである二人とも挨拶を交わす。昨日の出来事や部活動での話で華を咲かせていくのもいつものことだ。

 

「あ、そうだゆっちー。前から頼まれていたことを調べてきたんだけどね」

「……! うん、どうだった?」

 

私はその中でそのっちさんにある頼みごとをお願いしていた。結構色々と無理言っていたのでとても感謝しつつ封筒をもらう。

しかし渡してくれたそのっちさんの表情は晴れない。

 

「その感じだとやっぱり……?」

「うん。色々と調べてみたけど、『東郷美森』と『鷲尾須美』っていう名前の勇者はいなかったんよ。両家とも『家名』としては名を連ねてはいるけど、過去そこから勇者は一人も出てきてはいないみたい」

「…………そう、なんですね」

「私も調べられる範囲で調べたけど、知っている人間は誰もいなかったわね。ごめん友奈、力になれなくて」

「ううん。本当にありがとう二人とも。無理言っちゃって私こそごめんね」

「一応、参考になるかなと思う資料は集めてきたから活用して欲しいかな。引き続き調べてみるから」

「……はい」

 

封筒を掴む手に力が籠る。その手をそのっちさんは優しく包んでくれた。

 

「ゆっちーの大事な人なんだもんね? 私も全力を尽くすから」

「…………ありがとう」

 

お礼を言いながら私は席に着くと丁度タイミングよく予鈴がなったので、心配そうに見つめながらも二人は席に戻っていった。

 

(──そのっちさん。本当はあなたにとっても大切な人なんですよ? 勇者部のみんなも全員……)

 

この世界はおかしいことばかりだ(、、、、、、、、、、)。いや、今の世界の側からしたらおかしいのは私なのかもしれないけれども。

先ほどから話をしている通り、私は一人の女の子を探している。行方不明なのだ。文化祭の終わったあの日からずっと。

 

────東郷美森という名の少女も、鷲尾須美という名も全てが忘れられていた。

 

チラッと横を見ると空席が一つある。ここに座っていた女の子を私は探しているんだ。でも、他のみんなからしたらこの席は最初から誰も座ったことのない空席だと口を揃えて言うのだ。

 

特に違和感を抱かれることもなく、授業は進められていき名前を呼ばれるときもその人の名前を呼ばれることがない。それどころかありとあらゆる場所での彼女の記録、記憶の全てが抹消されているのだ。

彼女の名前を知らない人から一番近い距離にいる家族や勇者部の人たちでさえ、記憶から抜け去っていた。明らかにおかしい。一体いまこの世界で何が起こっているのだろうかと疑問が尽きないでいた。

 

更に疑問を重ねるなら、なぜその中で私だけが彼女の存在を覚えているのか(、、、、、、、、、、、、、、、、、)、ということ。

 

(絶対あの日に『何か』が起こったんだ。東郷さんが『大赦』の人に連れていかれたあの日に)

 

あの日、意気消沈としてしまった私はそのまま家に帰って身体をベッドに投げて寝てしまった。あの光景は嘘だと、半ば現実逃避する形で。

明日になればまた大好きな彼女が寝坊助の私を起こしに来てくれると信じて。

しかし次の日。目を覚ましてもそこには誰もいなかった。それでも夢だと思って家を出ても彼女の姿は見えず、自宅に訪れて見たときに私は雷にでも打たれたかのような衝撃を受けたんだ。

 

────美森? そんな子はうちにはいませんよ?

 

何か質の悪い冗談だと思った。けれど嘘を言っている様子もなく本当に衝撃をその時は受けたのを覚えている。無理に言ってお邪魔させてもらい、彼女の居た部屋に入れてもらってみたら誰かが居た痕跡はあったが、彼女に関するモノは一つとして見つかることはなかった。

 

そのことを説明しても、頭を悩ますだけで知らないの一点張りである東郷さんの母親。

 

私は急いで学校に向かい、勇者部の人たちの元に駆け寄った。風先輩、樹ちゃん。夏凜ちゃんにそのっちさんならば……仲間なら覚えていてくれると信じて。

……でも、現実は非情であった。返ってくる言葉はどれも同じ。

 

私は今も信じられない。絶対何かがこの世界で起こっていると確信していた。でもその正体を暴くことも出来ずに燻っていたら、いつのまにか一月が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

放課後。私たち三人は部室に足を運んでいた。私にとって異変が起きているのは東郷さん関連だけ……それを除けば世界はいつものようにまわっているのだ。

友奈ちゃんのためにも私は塞ぎこんでいる場合ではない。思考を止めるな、諦めるなと自分自身に喝を入れ続ける。

 

部室の扉を開けた瞬間に、瞼の裏には東郷さんの影が映る。彼女が管理しているデスクトップパソコンの所に居て、こちらを微笑みながら向かい入れてくれる。そんな幻影がチラリと過ぎった。

部室には風先輩と樹ちゃんがいつものように待っていた。私以外にはこれで全員集合したことになる。

 

「来たわね! さっそく部活動をする────って友奈どうしたのよ?」

「え? あ、すみません。なんでもありませんから続けてください風先輩」

「そ、そう?」

 

いけない。暗い気持ちにならないように心がけないと。風先輩が今日の活動の説明をしている横で私はパソコンを起動させる。

このトップ画面も、勇者部のサイトも東郷さんが考えて作ったそのままなのに、みんなにとっては私が作成したことになっていた。まるで空白の部分を埋めているように、私の立ち位置は東郷さんの所になっているのだ。

 

私は手早く資料をプリントアウトして、風先輩に差し出す。

 

「お、ありがと友奈。じゃあみんなこれを見て────来週の土曜日に幼稚園で劇をやることになっているんだけど、これが詳細の資料よ」

「この前の文化祭での劇の評判が良くって、幼稚園側でも是非催し物としてお願いしたいという要望があったんです」

「おぉー! 勇者部も有名になったんですね部長〜」

「そーゆーこと! 今度は裏方やってくれた人たちを表舞台に立たせようかと考えているんだけどいいかしら?」

「ま、風からの命令なら仕方ないわね」

 

みんなが今度の依頼の会議をしている。私はその間にメールボックスに溜まっているメールを処理していく。迷惑メールとか不必要なものも多いが、選別して風先輩に確認してもらうのに必要な作業なので手は抜けない。

 

「それで友奈。校外活動の申請に関してなんだけど──」

「それなら既に提出してあります。今週中には許可が下りると思いますよ先輩」

「助かるわぁ友奈」

「さすが友奈先輩。仕事が早いですね!」

「ほんとこの部活を支えているのは友奈って感じよね」

「大げさだよ夏凜ちゃん。私なんてまだまだ足元に及ばないんだから……」

 

ほんとに、私は東郷さんに及ばないんだ。乾いた笑みで誤魔化して私はデスクに戻った際に、ふとメールボックスにある一通の受信メールが添えてあった。

 

────送信元は『大赦』から。私は目を見開いてメールを開いてみると、ある一文が目に入る。

 

東郷美森、及び鷲尾須美に関しての調査について。

一度『大赦』に御足労頂きたく存じます。

 

簡潔にそう書かれていた。

 

 




・相違点

本来全員が忘れているはずのところが、『私』だけが覚えている状態。
その代わりに他のみんなは記憶の喪失がより強固なのものとなっています。『彼女』に関する情報を事細かに説明しようと思い出すことが出来ない状態。

そのっちや夏凜ちゃんは同じ仲間として友奈に協力、調べてくれているがどこか半信半疑の様子。

こういった感じで原作と異なる進み方をしていくのでご容赦を。(今更


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二十話

『大赦』からメールをもらって数日後。

学校も休みである土日の間に私は朝早くに『大赦』の元に足を運んでいた。

 

「──失礼します」

 

指定されたとある施設の一室。ノックをして室内に入ると中に居たのはあの時東郷さんを連れていってしまった例の装束に身を包んだ人が一人、椅子に座って待っていた。

 

(あの人は神官。それも位の高い人……)

 

そのっちさんから受け取った資料は、大赦内部に関する情報だ。組織内の関係性やそれに基づく相関図等々。根深いものではないけれどこの一ヶ月は何も無為に行動していたわけではない。動くにしても何にしても『大赦』に関しては必要になってくる情報だった。

 

私の姿を捉えるや立ち上がって深々と頭を下げる神官は、入室するように促してくる。

警戒をしつつ私は案内された椅子に腰掛けるとその人も対面に腰掛けて座った。

 

『御足労頂き感謝致します。結城友奈様。(わたくし)三好(、、)春信と申します』

 

仮面越しなので少し声が籠っているが、名と声からして男性のようだ。それにしても彼の名字が少し気にかかったが今は置いておこう。

私は「いえ…」と一言返してさっそく話を切り込む。

 

「連絡、ありがとうございました。それで例の件についてなんですけど……いかがでしたか?」

『一月ほど前…東郷美森様が大赦内部の手の者によって攫われた、と報告は頂いています。では、まずはそれについての回答を──こちらでも精査致しましたがやはり該当する者は確認できませんでした』

「なっ!? そ、そんなはずはありません! 確かに『大赦』の人間が私たちの目の前に現れて東郷さんを……っ?!」

『落ち着いてください。私としても貴方様を疑っているわけではないのです。乃木様や夏凜様からの申し立てもあるので、こうして御時間を頂いております……私事ですがお尋ねしても?』

「なんでしょうか…?」

『当時の状況を伺いたいのです。東郷美森様がいなくなったその日、彼女は我々によって拘束などの強行手段を用いて確保されたのか、あるいは自発的に我々についていったのか……知り得る情報を教えていただきたい』

 

彼の問いかけに私は記憶を巡らせる。『大赦』の人は私たちの前に何の前触れもなく現れたが、強行なのかと言われれば素直に肯定できる状況ではなかった……と思う。むしろあの時の東郷さんの様子からではまるで来るのが分かっていたようにも捉えられる。どちらかと言えば後者の方の印象が強い。

そのことを私は目の前の神官に伝える。

 

『…………なるほど。そうなるとこの辺りに執り行われた『儀式』が関係しているのかもしれませんね』

「儀式っていうと祈願や祈祷とかのアレですか?」

(わたくし)共の行う儀式は神樹様に由来しているものが殆どになります……近日では奉火祭が行われました』

「──奉火祭」

『正確には贄を捧げて天に赦しを乞うものですが、はて……?』

「どうしたんですか?」

『……いえ。検閲云々はこちらの話ですね。しかしこうなると対処が難しいと思われます』

 

神官は言う。既に儀式は完了しているわけで、通常ならばもうその身、その魂は炎に焼かれて天に捧げられているという。

……そう聴かされて私は喪失感に苛まれた。そんなことはない。ちゃんと証拠はあるのかと問いかけるも返ってくる返事は無言だけだった。

 

「納得がいきません。私が実際にこの目で確かめに行きます。園子さんからそのための道具を『大赦』が預かっていると伺っています。渡してください」

『それは承知しかねます。儀式場を乱せば何が起こるのか未知数です。勇者様の安全を第一に────』

「それなら東郷さんはどうなるんですか! 大勢の為に少数を犠牲にするのがあなたたちのやり方なんですかっ!!? 同じ勇者であるその子のことはどうでもいいってことになるんですか!!」

『…………。』

 

私の慟哭にも似た叫び声に、それでも目の前の神官の態度に変化は見られなかった。……どうやら作戦は失敗のようだ。

実を言うと私は言葉以上には意識を乱してはいない。まったくの嘘ではないにせよ、少女の悲痛な訴えに圧されていくらか譲歩してくれると踏んでいたがそううまくはいかないようだ。

神官の表情は仮面のせいでわからない。あの人の考えが読み取れない。

 

『……ずいぶんと様子が変わられましたね。結城様』

「……?」

『いえ、確かに結城様のおっしゃる通りでございます。ですが私にも立場というものがあります故、どうか御赦しを』

「…………。」

『ですが……』

 

立ち上がって神官は窓の外を眺めながら言葉を続ける。

 

『これは独り言になるのですが……過去に大赦は内部へハッキングをされたことがあります。最深部は早急に強固なセキュリティーを施しましたが、外壁はこれからでしたね』

「……それって」

『このご時世、まさかこのようなことをする者がいるとは思ってもみなかったので末端の対応に遅れが生じています────内も外も厄介事が多い事この上ない』

 

最後の方は割と愚痴のような気もしなくはないが、神官の言葉を聞いてハッと思い出したことがあった。

もしかしなくてもこの人は……

 

「────私、用事が出来ましたのでこれで失礼させていただきます! 忙しい中時間を割いていただきありがとうございました」

『こちらこそ』

「あ、そうだ神官さん。一つ渡したいものが……」

『……なんでしょう?』

 

私は手荷物の中から小さなアルバムを取り出して、そこから一枚の写真を神官に手渡した。

丁度、持っていて良かった。受け取ったのを確認して私はドアノブに手をかけてニッコリとほほ笑んだ。

 

「夏凜ちゃんは元気にやっていますので安心してください! 三好さん(、、、、)。この前の文化祭の時に二人で撮った写真です」

『…………!』

「失礼します!」

 

最後まで表情は分からないけれど、喜んでくれていると信じて私は施設を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

誰も彼女のことは憶えていない。まるで最初からこの世界に居なかったように。どういった原理なのかは分からないけど、人々の記憶から私の大切な人の姿は消え、憶えているのは私一人。

 

「ぜぇ……! はぁ、はぁ!!」

 

走る。ひたすらに走る。走りながら考えをまとめていく。ようやく見え始めた道筋、この好機を逃しちゃダメだ。

向かう場所は自宅────ではなく、私の家のお隣である東郷家だ。一度部屋を見せてもらった時に、あるもの(、、、、)があったのをさっき思い出した。

 

(きっと今の東郷さんの両親はなんであれがあの部屋に置いていたのか分からないと思う)

 

色々とピースが重なりつつある。

普通なら使用していない部屋なんて物置にするか、あるいは掃除でもして綺麗にしてしまうものだ。だけど私が見た時は部屋の家具は当時のままだったのだ。

そこですぐに気が付ければよかったのに。恐らく記憶は完全に消し去っていない。無意識のうちに彼女がいた時の生活をなぞって東郷さんの両親も生活していたのだ。

 

(……っ! くらくらする。だけど東郷さんは今もきっと苦しんでいるから泣き言はナシだよ!)

 

一日でも早く解放してあげないと。それから自分でも驚くほどの体力を発揮させて予定していた時間よりもだいぶ早く家に着くことが出来た。

素のポテンシャルが高いのが幸いした。『わたし』に感謝しないとだね。

汗も引かぬうちに私は東郷家にお邪魔する。変わらない、私と東郷さんはお互いに顔パスで出入りする間柄なんだから。

 

「────あった。東郷さんのパソコン!」

 

女の子の部屋に不釣り合いな大きさのデスクトップパソコン。今の私には理解できる。『大赦』にハッキングを仕掛けたのは彼女なのだと。

私は内心使わせてもらいます、と彼女に告げてから電源を入れてパスワードを入力していく。

 

「……ふぅ、息を整えて────よしっ!」

 

やはりそれらしいソフトやプログラムがあった。

大丈夫。いっぱい勉強し彼女に追いつきたい一心で研磨してきた腕の見せ所だ。キーボードに手を添えて私は手早く準備を始めていく。

 

(……抜く情報は『勇者』に関するものとそれらを管理している人間の情報だけ。難しくない……私ならいける)

 

喉を鳴らし、私は今『入口前』でスタンバイしている。心臓の鼓動がうるさい。こちらの居場所が気取られた時点で対策されて、かつ私の身動きも取れなくなってしまうからそこだけは絶対に死守しないとダメだ。

 

危ないと感じたら引いて、様子を見る。それの繰り返しだ。

 

「────勇者部五箇条。成せば大抵なんとかなるっ!」

 

お願いします。どうか私を見守っていてください『友奈ちゃん』。

精神を集中させた私は一気にキーボードに指先を走らせていった────。

 

 

 




『私』は三好兄と出会う。そして手渡される賄賂(妹の写真)。


そしていつのまにやらハッキング出来るほどまでに成長を果たした彼女のパソコンスキル。
これも東郷さんのスパルタ指導のおかげだね!←

お気に入り&評価ありがとうございます。


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二十一話

◼️

 

 

 

東郷さんのパソコンでハッキングを始めてからあっという間に土日は過ぎて学校が始まる。一日中張り付いていられないもどかしさは残るけど、そんなわがままを聞いてくれた『わたし』の両親と東郷さんのお母様に感謝するしかない。

最近は少し寝不足気味です。それも仕方のないことなのだけど、時間を一秒も無駄に出来ない状況なので踏ん張りどころだ。

情報も少しずつ手に入れることができていた。

 

「……ゆっちー。授業終わったよ〜」

「──はぅあ!? しまった寝ちゃってた私?」

「私も感心するほどぐっすりすやや〜っと寝てたよぉ」

「あー…あはは。そっかー起こしてくれてありがとうそのっちさん」

「気にしない気にしなーい。あ、にぼっしーは先に部室に行ってるからね」

 

一秒も無駄に出来ないと言っている傍からうたた寝してしまっていたようで私はペチペチと頰を叩いた。そのっちさんは既に支度は済ませてあるようで、私もまとめて支度を急いで行う。

 

「ねぇゆっちー」

「なぁにそのっちさん?」

 

廊下に出て部室に向かおうとしたところでそのっちさんに呼び止められた。振り返ってみると今までのほんわかした雰囲気はなりを潜めてピンッと糸を張り詰めたような、そんな意識の変化に気づいた。

 

「先週は大赦支部に来てたみたいだけど、もしかしてにぼっしーのお兄さんに会ってきたの?」

「う、うん。実はその前にメールで会っておきたいって連絡があって……あの、えと」

「そっか……ねぇ、ゆっちー」

 

私は普段と違うそのっちさんの気配にゴクリと喉を鳴らす。

そうだ。乃木家は『大赦』内でトップに君臨するほどの権力を持っている。ちょいと調べれば私の行動なんて筒抜け同然なのかも。さらに更に芋づる式に私がハッキングしていることがバレちゃったとか…? 痕跡が残らないように慎重にしているつもりだけど、もはや既に知られていてそのっちさんはそれで怒っているのだろうか。

 

近づいてくる彼女の表情は影がかかって分からない。あ、謝った方がいいよねやっぱり。

ガシッと肩を掴まれて思わず背筋を伸ばす私に彼女はゆっくりと顔を上げて────

 

「お兄さん元気だった〜?」

「ずこー!?」

 

ぽわわぁん、と私にそう訊ねてきた。そのせいで私の中で毒気が抜かれていくのがわかる。

 

「いや〜前に会ってからしばらく経っちゃっているから元気してるかなぁって思ってー。にぼっしーのお兄さん大赦でも重役にいる人だから気軽には会えないんよ」

「え…そうだったんだ」

 

そのっちさんの言葉に驚く。そんなに偉い人だったんだ……夏凜ちゃんのお兄さん凄い。というか、結構失礼な物言いをしてしまった気がする……。

私は一先ずその時のことを掻い摘んで話しておく。うんうん、と頷いて聞いてニッコリしていた。

 

「元気なら安心したよー。にぼっしーもきっと喜ぶね」

「あとで会ってきたことを伝えておくよ。元気にして……たかは顔が見えなかったから分からないけど」

「お願い〜♪」

 

パタパタと手を振ってそのっちさんはいつもの感じに戻っていた。

 

「でね、ゆっちー。今週幼稚園で劇があるでしょー。その後って時間あったりする?」

「私は……あーうん。大丈夫かな? なにか用事でも?」

 

なんだろう。本当はその日も調べようとしていたけど……いや、あんまり交友関係を疎かにしてたらダメだもんね。どうも突っ走ってしまうクセが治りそうにないなぁ。

 

「実はゆっちーに渡したいものがあるんよ。でもそれは今手元にないからそれを一緒に受け取りに行くのと、私の用事にお付き合いしてもらえると嬉しいなぁ」

「渡したいもの……もちろんいいよ。二人だけでいくの?」

「そうだねー。二人でデートタイム〜♪」

「で、ででデート!?」

「──ってのは冗談〜! てへ♪」

 

舌をちろっと出して茶目っ気たっぷりの笑顔で言われた。可愛いけど心臓に悪いよそのっちさん!

 

「はぁー……びっくりして顔が熱いよぉ」

「ゆっちー反応が面白いからついいたずら心が刺激されてしまうんよ」

「もぅ……いきますよ」

「あいあいさ〜!」

 

……焦り過ぎても見えるものも見えなくなっちゃうか。週末には劇も控えているし、スイッチを切り替えてやらなきゃね。

 

 

 

 

 

 

物事に集中していると時間が過ぎるのはあっという間だ。逆に言えば手を動かしていないと不安に駆られてしまうので、そういう意味では自分を誤魔化して日々を過ごしているのかもしれない。

 

その中でも夜に布団に入って眠りにつく時がとても怖くなる。最初の頃とは別の意味で、だ。今も彼女が身を焼かれ苦痛な目に合っていると考えてしまうととても悲しくなってしまうから。

 

奉火祭。なぜ、生贄を必要とするのか。もうこのことから人ならざるものが関与していることは確定だ。にわかには信じ難いけど信じるしかない。だって勇者部のみんなはソイツらを相手に戦って……傷ついてきたのだから。

 

自分がちっぽけな、何も出来ない人間なんだと痛感させられる。本当にいま進んでいる道が正しいのか、無事に彼女を救うことができるのかなどと不安材料が混ざり合い、思考がうまくまとまらない。

 

だけど手は止めることだけはしちゃダメだ。今までやってきていることと、これからしなくてはいけないことを全てやりきるんだ。諦めるな私。

そうしてあっという間に週末が訪れ、幼稚園での演劇をすることになる。練習はもちろんやってきた。抜かりはない。文化祭の時のような失態も犯さずに依頼を遂行していく。

肩肘張らずやればいいと風先輩は言ってくれるから、そのおかげで気分的にはいくらか楽になったのが救いだ。

 

「さっすがあたしたち勇者部ねっ! 今までの経験が活きているお陰で大成功だわ。友奈も本当にありがとう、お疲れ様」

 

風先輩に褒められて嬉しくなる。やっぱり頑張った成果を褒められるのは嬉しい。乾いた心に潤いが与えられるような感覚になった。

幼稚園での演劇なのでこの前の時よりその年齢に合わせた内容のものだった。園児たちと一緒に楽しく過ごせたと思う。その場に東郷さんがいればもっと楽しめたのだけれど。

 

────っていけない。暗く考えてはダメだ。

 

みんなと一緒に部活に取り込んだり、はしゃいだりするのはもちろん楽しい。でも真実を知っている私には同時に哀しい気持ちが膨らんできてしまう。

世界に取り残されたような、そんな孤独感を味わうことがある。でも違う。間違っているのは東郷さんを居ないことにする今の世界の方なんだ。

 

「ゆっちー……疲れてない?」

 

不意に隣に座るそのっちさんが言ってきた。

無事に依頼をこなした勇者部は、私とそのっちさんを除いて小道具の後片づけを現在してくれている。

待ち合わせの時間の関係もあり、また用事があることはみんなに伝えていたので私たち二人は別行動という形をとっている。今はそのっちさんのお家が管理しているリムジンで移動中。大きい車に乗るのは初めてだけど、椅子もフワフワでとても乗り心地がいい。さすがお嬢様だね。

 

「全然大丈夫だよそのっちさん! ほら、まだまだ元気いっぱい」

「ゆっちーは……頑張りすぎることがあるねぇ。まるでミノさんみたいに……」

「……?」

「ううん。こっちの話ー」

 

変わらない口調で話すけど、その表情はどこか遠くを眺めていた気がした。

でもその影も一瞬で、またいつものニコニコした彼女に戻っている。

 

「まだ目的地まで時間はあるからちょっと仮眠しなよゆっちー。碌に寝てないと園子さんはみたっ!」

「え、そんな友達の車で寝るなんて悪いよー。まだ眠くもないし」

「ゆっちー」

 

名前だけ呼ばれ横に視線を移すとぽすん、と肩にそのっちさんの頭が乗っていた。ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐり、サラサラとした髪が頬を撫でで気持ちがいい。

 

「なら私も一緒にお昼寝するんよ。これなら問題なーし」

「そのっちさん……」

「私のお気に入りのサンチョもプレゼントするからこれを抱きしめて~……よし、かんせーい♪」

「……ふかふかです」

 

持たされる形でそのっちさんが日常的に持ち歩いているぬいぐるみの『サンチョ』を受け取る。やわらかく、ふんわりとした感触に私は自然と顔を埋めていた。

……そのっちさんは私の気が付かない、私の体調に気が付いてくれていたんだね。

 

「そして私はサンチョを抱きしめたゆっちーを抱きしめて幸せスパイラルの誕生!」

「きゃ…!? そ、そのっちさん~!」

「ほーら。暖かくて気持ちいいでしょ~……すやすやぁ」

「はやッ!?」

 

そのっちさんの寝るスピードは早いことは知っていたけど、今日は最速記録を出しているんじゃないかな?

……でも確かに彼女の言う通り、誰かの温もりを感じるのがなんだか懐かしく思えた。そういえばいつだか、東郷さんともこうして寝たことがあったっけ。

 

(ありがとう、そのっちさん……東郷、さん)

 

瞼がゆっくりと落ちてくる。ああ、これは私は耐えられそうにないなぁなんてぼんやりと考えながら────

 

「────すぅ。すぅ……」

「すやすや~……」

 

 

 

 

────私は眠りの波に意識を泳がせていた。

 

 

 

 

 




そのっちはいつものそのっちだけど、こういう時はとても安心感が持てますね。

今の『私』は人の温もりに飢えているので彼女の行動は『私』にとってクリティカルヒットしてます。


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二十二話

 

 

短い時間でも、誰かの温もりを感じながら眠りにつくなんて久々だった気がする。まぁそもそも数える程度しかそういう経験はないのだけれど、やっぱり私は誰かの『熱』を感じられることは、何よりも落ち着けるものだと改めて感じた。

 

 

「────んっ」

 

車体の小さな揺れ。微振動を感じ取った私の意識は浮上し薄っすらと瞼を開ける。わずかな頭痛が残るがそれでも寝る前に比べれば格段に体調は回復傾向に向かっていた。右肩には今もすやすやと寝息を立てて寝ているそのっちさんが居る。『人』の字に寄り合いながら寝ていた私は、丁度目的地らしき場所に到着したであろう風景を視界に収めた。

 

「そのっちさん。着いたみたいですよ」

「んん~……むにゃ」

「そのっちさーん! ……もう、私より眠りが深いじゃないですか」

 

ゆさゆさと揺すって何度目かの呼びかけで、そのっちさんの瞼が薄っすらと開かれた。

 

「お~……ゆっちーなんでここにいるのー?」

「寝ぼけてますね……いい加減に起きてくださいそのっちさん! 私はどこに行けばいいのかわからないので案内してくださいよぉー」

「わー視界が右に左に揺れる~♪」

「もーぉ!!」

 

東郷さんはいつもこのノリに付き合っていたんだ。中々彼女のペースを掴むのに苦労してしまう。

仕方ないので運転手さんに会釈をしてからとりあえず車から降ろすことにした。ふらふらと漂うその姿はまるで海中を揺らぐクラゲのようだった。

 

「ここって大赦の管理している施設の一つですよね?」

「そうなんよ〜。ゆっちー詳しいねぇ……ふぁぁ」

「まぁ……そうですね、あはは」

 

大きなあくびを惜しげもなく出してそのっちさんは身体を伸ばしていた。そうしてみれば、いつのまにか彼女の意識は完全に覚醒している。スイッチの切り替えが独特だなぁと思うけれど、先程のように助けてもらえている部分もあるので、これは彼女の美点の一つなのかもしれない。

 

そのっちさんの隣を歩いて目の前の建物に入っていく。

ああは言ったけど、ここは調べ物をしている最中に目に入った場所でもある。来るのは初めてだけどね。

 

ドーム状の建物の内部は開けていてかなりの広さだ。その中でもやはり目に入るのは沢山の『石碑』だった。

そこはまるで墓地のようで────いや、実際はそうなのかもしれないけど見渡す限りではかなりの数が建てられている。

 

『お待ちしておりました。乃木様、結城様』

「ゆっちー紹介するね。私が小学校の時に教師をしていて、二年前の御役目の際には監督役としていてくれた安芸先生だよー」

「ど、どうも……こんにちは」

 

中に入ってすぐ手前に夏凜ちゃんのお兄さんと同じ格好をした人が待っていて、そのっちさんに紹介された。

女性の人。その素顔はやはり仮面の裏に隠されていて表情は読み取れないが、口調や声のトーンはとても機械的なのが印象に残る。

 

安芸先生────とそのっちさんは言う。その人の手には綺麗な牡丹の花束が持たれていてそのっちさんはソレを受け取っていた。

 

「ありがとうございます安芸先生」

『いえ。私は準備をして参りますので、後ほど』

 

一礼して安芸さんはその場を離れていく。無言のまま彼女はその背中を見つめ、くるりと回って私に向き直る。いつもの笑顔を覗かせて。

 

「お待たせー。じゃあ行こうかゆっちー」

「う、うん」

 

言いながらそのっちさんが先行して歩いていく。私はその後ろをついていくかたちで動き、一番下段の位置にたどり着く。

そこで私は知っている名前を目にする。

 

「本当はみんなにも紹介したいんだけどまずはゆっちーが最初ね〜。三ノ輪銀っていう名前で、私はミノさんって呼んでたんだ。二年前あの大橋で一緒に戦った勇者なんよ」

 

あの大橋とは私たちの背後にあるものだ。

私は名前を聞いて、前にしずくさんが教えてくれた場所がここだと理解した。

『三ノ輪銀』。東郷さんやそのっちさんと三人でチームを組んで御役目をこなしていた最後の一人。

 

「──ミノさん。ようやくこうして顔を出すことが出来たよ。長いこと待たせてごめんね」

 

呟きながら牡丹の花束を置いて手を合わせていた。そうだ。そのっちさんは身動きが取れないほどの状態だったと聞いている。その間の歳月はとても苦しかったに違いない。

 

「初めまして、結城友奈っていいます。そのっちさんとは同じ部活仲間で大切なお友達なんですよ三ノ輪さん。よろしくお願いします」

「……ミノさん、私勇者部に入部したんだよ。みんな優しくてゆっちーたちみたいなお友達もたくさん出来たんだ。空回りしていた昔とは大違い……あは」

 

私もその横に屈んで手を合わせる。そのっちさんが思い出に耽る中で、私は一つ謝罪をしていた。

それは東郷さんをこの場に連れてこれなかったこと。

目を伏せて私は頭を下げる。

 

(必ず東郷さんを助けてまたこの場所にきます。三ノ輪さん……どうか見守っていてください)

 

顔を上げて私は誓いを立てる。仲の良かった三人をまた再会させると願って。

 

「ゆっちー、ミノさんに会ってくれてありがとうね」

「ううん。私も会いたいなーって思ってたから嬉しかった」

「そう言ってもらえて私も嬉しいんよ……でも」

 

にへら、と笑顔を浮かべるそのっちさん。しかしその笑顔にはほんの少しだけ影が差しているように見える。

 

「……でも本当はゆっちーの言う『東郷さん』……私はわっしーって呼んでいた女の子も居たんだよね?」

「はい。そのっちさんと三ノ輪さん……そして東郷さんの三人でチームだったんです。思い……出せませんか?」

「………………悔しいよ、ゆっちー。そんな大事な人の存在を覚えて──思い出せないなんて」

 

そのっちさんは三ノ輪さんの碑の隣に建てられている名前の刻まれていない石碑(、、、、、、、、、、、、)をそっと指先で撫でた。

 

「私ね。正直言うとゆっちーの言っていることが信じられなかったんだ」

「えっ?」

「どう考えを巡らせても、私の中の記憶にはミノさんと私の二人で大橋で御役目をこなしていて……部活でも五人でやってきた記憶しかないんだ。『大赦』で調べものをしてみても結果は同じ。ゆっちーだけが覚えているわっしーの存在を信じることができていなかったんよ」

「……そのっちさん」

「────でもやっぱり何か心のどこかで引っかかりがあるの。心臓がぎゅーって苦しくなって……今日はミノさんに会うのもそうだけど、確かめてみたかったんだ。この気持ちを」

「……どう、でしたか?」

 

私は訊ねるが、そのっちさんの表情は晴れない。その様子からなんとなく分かってしまう。

 

「ゆっちーは本当にわっしーのことが好きなんだね。例えみんなが、世界が忘れていてもゆっちーだけは憶えていてくれた」

「大好きなキモチは……この気持ちはそのっちさんも、勇者部の皆も同じだと思います。人の感情に優劣をつける必要もない。たまたま今回……私が覚えていただけの話なんです。頑張る理由なんてそれだけで充分……私はみんなのいる勇者部が大好きだから」

 

名前が刻まれていない石碑を視界に収めながら私はそのっちさんを抱きしめる。私も彼女の言葉を聞いて救われたよ。まだ完全に忘れているわけではないことが分かったから。心が────魂にちゃんと刻まれていることが分かったから。

 

「……強いなぁ。ゆっちーはミノさんみたい」

「私なんて内心臆病でいつも人の顔色を伺うばかりのちっぽけな存在ですよ……だからお願いそのっちさん。私はあなたの助けを借りたいんです」

「もちろんだよ。私も今日はそのつもりでゆっちーを連れてきたんだからねー……安芸先生」

『お待たせ致しました』

「わっ!? びっくりした」

 

背後から急に声が聞こえて驚く。抱擁を止めて振り返ると先ほど別れた安芸さんがアタッシュケースを持って立っていた。

 

「安芸さん……その手に持っているものはなんですか?」

「ゆっちーあれはわっしーを助けるのに役立つアイテムだよー。ね? 安芸先生」

『ずいぶんと執拗に迫られましたので。あれは半ば脅しのようなものですよ、乃木様』

「えへへ~それほどでも♪」

 

あ、少し言葉端に感情が乗った気がする。安芸さんはそのままアタッシュケースを開けて中身をこちらに見せてくれた。

中に入っていたのは端末。それも私たちの使っているものと同じ型のものが四つ。中身を確認して私は目を見開いて驚愕の色に染まった。

 

「────一つだけ端末がない!? そのっちさんこれって!」

「うん。ゆっちーの言葉が嘘ではないことがこれで証明されたことになるね」

『我々も確認するまでは気が付かなかったというわけですが……結城様。受け取ってください』

「は、はい……ありがとうございます」

 

手渡された端末を起動させる。これが『勇者』になるための装置で、東郷さんはこれを使って奉火祭に向かっていったんだ。

『わたし』も使っていた端末。今回の件とは別に、私にとってもようやくあなたに一歩近づけた気がするよ────友奈ちゃん。

 

「それでね。私の端末のデータにわっしーの反応がないのが気になったんだ。もしかしたら────わっしーはびっくりするところにいるのかもしれない」

「びっくりするところ……? 奉火祭って四国のどこかでやっているわけではないんですか?」

『奉火祭を行った……という記録は残っているのですが、それ以外は意図的に抹消されている節がみられます。端末のデータに表示されないとなると、やはり壁の外かと』

「壁の外……」

 

安芸さんの言葉に私は大橋の先を見据える。『大赦』にハッキングした際に得た情報の中に、それらしきものがあった気がする。

この四国には神樹様が結界を張っていて、その結界内で人々に恵みを与えていると。今思えば盲点だったのかもしれない。結界の外のことなんて考えもしなかった。

 

でも何にせよ、これで私は彼女の元に行ける手段を得ることが出来た。

 

「ありがとうございますそのっちさん、安芸さん。私、東郷さんを助けにいきます!」

「そうしたら一度部室に戻ってみんなに説明をしに────」

「ごめん、そのっちさん……私は今から行くよ。これ以上苦しい思いをしている東郷さんを一秒でも早く解放させてあげたい。我がままなのは理解してるけど……」

「……そっか。なら私もついていくよゆっちー。一人より二人の方がいいし、部長たちの端末は安芸先生にお願いしちゃうから」

『────承知いたしました』

「一人で背負いこみすぎないでゆっちー、一緒に行こう。大丈夫、みんなもきっと来てくれるから」

 

そのっちさんに手を握られて私の心に熱いものが込み上げてくる。力強く頷いて私たちは踵を返して建物の外に出ていく。その背中を安芸さんは無言のまま見送ってくれた。

 

「────アップデートしたシステムの説明は行きながら説明するよ。前の戦いの不安が残ってるのかもしれないけど、大丈夫ゆっちー?」

「不安はないよ。私はそのっちさんを信じてるから、そのっちさんも信じる私を信じてください」

「……分かった。じゃあ行こう」

「うん!」

 

待っててね東郷さん。今日必ずあなたを助けてみせるから。

端末に表示されている花のアイコンに指先を合わせて、私はためらわずにそれをタップした────。

 

 

 

 

 





そのっちと安芸先生の距離感は変わっています。『私』の影響によるのかもしれませんね。

とうとう勇者システムを手にした『私』。変身はできます。しかし────?
次回は壁の外へ……『私』にとっては世界の真実を初めて知る場面になっていきます。

たくさんのお気に入りと評価に感謝です。


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二十三話

◼︎

 

 

初めて『勇者』になった感想は……まるで魔法のような、そんな現実味のない感覚だった。

 

「ゆっちー大丈夫ー?」

「う、うん!! 大丈夫──うわわ」

 

一足による飛距離が凄まじい。宙に浮かんでいるような浮遊感とともに私は建物から建物へ飛び移る。これが勇者としての『力』の一端なのだと思い知った。半分恐怖、もう半分は好奇心が刺激されている。

こうして移動している間にこの『勇者システム』の説明をそのっちさんから聞かされる。

 

前回のシステム……がどういうものなのかは分からないけど、まずは満開ゲージの改善が行われているらしい。最初からは満タン状態で補充されているようで、ここから攻撃や防御にそれぞれ展開されていくようだ。

ちなみにゲージの再補充はされない。しかしゼロになったからと言って戦えなくなるわけでもないようなのでここぞという時に関係してくる感じなのかな。

 

(……まぁ色々と思うことはあるけど。なにより重要なことが一つあった)

 

それは『精霊』だ。私たちを守ってくれるその子は一人一体召喚されている。私にとってこの子たちが問題だった。それは……、

 

(か、可愛いぃ……! なんでこの子たちこんなにも可愛い見た目なの!? 反則だよぉ)

 

ちなみに私の精霊の名は『牛鬼』。見た目は牛さんでふよふよと漂うその愛らしい姿に私の胸はときめてしまった。可愛いものは大好きなので本当にズルい。今も私の頭の上で寛いでいる牛鬼にきゅんきゅんしていた。

 

そんなこんなでいよいよ『壁際』と呼ばれる場所にたどり着く。

遠巻きでは視認することができなかったけれど、木の根が無数に絡み合ったその様子はまさに『壁』と呼ぶに相応しいものだった。

 

(この壁が神樹様が造った結界……ってことだよね)

 

先行しているそのっちさんはその壁の頂上に着地し、私も後に続いた。しっかりとした足場の根はこの先もずっと根を張り伸び続けている。

 

「ゆっちー。ここからズゴゴゴーってなるから注意してね」

「う、うん……うん?」

 

ズゴゴゴ…ですか。一体全体意味がわからない。見た感じだとまだまだ壁の外は遠そうに見えるけど。

頭の上に疑問符を浮かべていると、今度はそのっちさんは私の顔をペタペタと触り始めてきた。くすぐったい。

 

「きゅ、急にどうしたのそのっちさん?」

「ゆっちーって変身したらピンク色だと思ってたんだけど、所々に淡緑色が出てるね。毛先とかー」

「変かな?」

「全然〜。綺麗な色だよー」

 

どうやら勇者それぞれ花のモチーフがあるようで、そのっちさんは『水蓮』。私……というか友奈ちゃんは『山桜』だ。けれどそう考えると様子がおかしくて髪の毛とか髪をまとめている花飾りの色が彼女の言う通り淡緑色に染まっており、どちらかというと山桜というより『緑桜』に近い印象を抱く。

 

(……確か『御衣黄』だったよね)

 

あまりにも様変わりしてしまうとそれはそれで言い訳を考えなくてはいけなくなる。でもまぁ、その時はもう素直に白状してしまうのが正解だと思うし、近いうちに話すつもりではいる。

 

「じゃあ準備はいい?」

「行こうそのっちさん!」

 

二人で顔を見合わせ頷き、私たちはその先へと歩みを進めていく。

直後に指先に抵抗力が生まれて何かに阻まれている感触を感じ取った。これが『結界』だね。そのっちさんは慣れたようにそのまま進んでいくので私も彼女に続いていく。

 

「……っ!?」

 

景色が変わる。ガラリと視界が移り変り、そこは灼熱の世界に成り果てていた。

燃えている。灼けている。まるで太陽そのものが大地全てに零れ落ちてしまった跡のような、およそ生物の存在を否定させる世界。

 

嫌な汗が頬を伝う。四国には『結界』が張られていると聞いている。ということは此処は結界外となり、四国以外の全ての場所は此処ということになる。世間はこのことを知っているのだろうか? いや、知っていたらあんなにも穏やかに暮らせているはずがない。

 

私は『大赦』がどういう組織なのか、漸く理解できた気がした。

 

(──こんなの、どうしろっていうの?)

 

揺れる視界を見上げてみると遠くの方に黒い球体のような、闇が視えた。

あれは……と、そこまで考えたところで横にいるそのっちさんが静かになっていることに気がついた。

 

────彼女が、涙を流していたことに。

 

「は、あは……ゆっちー。思い出したよ全部。結界の外に出た瞬間に一気に頭の中に記憶がフラッシュバックしてきたよ」

「そのっちさん……泣かないで。よしよし」

「ごめんね…ゆっちー。一人で辛い思いさせちゃって……」

「ううん。ありがとうそのっちさん。その気持ちだけで十分すぎるよ……あの上にあるのが目的地なのかな?」

 

抱きしめて落ち着かせ、私たちは天を見上げる。まるで台風の目のように、黒い球体を中心に気流が流れ赤黒く周囲が明滅していた。

 

「そうだね。端末のデータもあのブラックホールがわっしーの位置情報と重なっているよ……さすがわっしーだねー。スケールが大きいんよ」

「わ、私ブラックホールになってる人初めて見たよ……」

 

どういう経緯を辿ってブラックホールになってしまったのか分からないけど、東郷さんなら────と考えてしまうあたり、私はなんだか乾いた笑いが出てしまう。安心したような、そうでないような。

 

油断は禁物だけど、そのっちさん曰く反応があるなら生存の可能性は極めて高いとのこと。うん、まだ安心するのは早いことは分かっているけれどホッとしてしまったのは事実だった。

 

「──敵。湧いてきたね」

「わ……反応がたくさん。それにあそこまでどうやっていけば…」

 

端末の画面を見ると複数の反応が検出された。これが『敵』────星屑、バーテックス。

友奈ちゃんたちが、過去の勇者たちが相手にしてきた異形の怪物。その名の通り星のような数がいる。勢いでここまで来てしまったけど、この数を二人で処理するとなるとかなり骨が折れそうだ。

 

「いちいち相手をしていたらキリがないから私の『満開』で一気に突破しちゃおうかー」

「で、でも満開を使っちゃったらそのっちさんのゲージがゼロになっちゃうよ?」

「だいじょーぶ。昔は精霊やバリアなしでやってきたから慣れてるんよ私……後は仲間を信じてゆっちーはわっしーの元に行ってもらえるかな?」

「……うん、やってみる」

 

やっとここまで来たんだ。私は彼女を信じて頷いて一歩下がる。入れ替わるようにそのっちさんが前に立ち、力を解放した。

 

「────満開ッ!」

 

彼女を中心に光が集まり、『水蓮』の花が咲き開く。彼女の勇者服は巫女服のような様相になり、巨大な舟が現れていた。

とても綺麗な姿だった。呆けている私を余所にそのっちさんはこちらに振り向いて乗るように指示をし、私も慌ててそれに従って舟に乗りこませてもらう。

 

「いっくよ~! 振り落とされないようにしっかり掴まってね」

「は、はい────きゃああ!!?」

 

ちょ、スピード早すぎだよぉ!? 勇者としての膂力でなんとか身体を支えているが、普通だったら一瞬にして吹き飛ばされていたであろう速度。

ブラックホールの存在する場所まで一直線に向かっていた私たちに、無数の星屑が喰らい付こうと接近してきた。近くまで来られると想像以上の大きさの奴らは、しかし私たちに喰らい付くことが出来ない。そのっちさんの『満開』により展開された舟の槍が星屑を次々に貫いていたからだ。

 

「すごいよそのっちさんっ!」

「いや~それほどでもー。でもちょっとまずいかなぁ……囲まれてるね」

 

そのっちさんが『烏天狗』に持たせてた端末を見て顔を顰めている。私は周囲を見渡すと星屑たちとは大きさも姿かたちも異なる大型のバーテックスが後を追うようにこちらに近づいて来ていた。あれらはそれぞれが固有の能力を有しているらしく、かなり苦戦を強いられる敵のようだ。

そのっちさんは更に加速させて距離をとっていくと、周囲の環境は徐々に変化していった。まるで嵐の中にいるような暴風と圧力が身体を襲う。

 

「ぐっ、う……そのっちさん距離はどうですかー!」

「限界距離まであと少しだよ! 私は満開しちゃったからそれ以上先には進めないから、あとは────」

「後はまかせてそのっちさん。私が東郷さんの所に行くよッ!」

「……おっけー。じゃあカウントしたらブラックホールに飛び込んでね────三っ!」

 

心臓の鼓動が早まる。ここまで接近したら端末の情報を頼らなくても感じられる。東郷さんの気配が確かに目の前にあった。

 

「二、一……!」

 

もう少しだから。今、助けにいくからね。

 

「────ゆっちーお願い!!」

「行ってきますそのっちさん!!」

 

躊躇なく、恐怖を勇気で押し込めて私は舟から飛び降りた。深い、深い闇の中へその身を落としていく。

一瞬だけ視界に捉えたそのっちさんは数体のバーテックスの注意を引いてその場を離れていった。

 

「友奈ちゃん。お願い……私を東郷さんの所に導いて!」

 

直後に目の前にいる『牛鬼』を中心にバリアが張られる。精霊バリアは勇者が致命傷になりうるダメージに対して効果を発揮する絶対防御だ。つまりこのバリアが展開された時点で私は生きていられない場所まで来たことを意味する。押し返される圧が変わって今度はものすごい勢いで吸い込まれ始めた。

 

「……っ。────…!!」

 

もう私は成り行きに任せるしかない。身を丸め、ただただ東郷さんのことを考える。

ゲージが一つ、二つと消費されていき私の生命線が少しづつ削られていく。

 

(……っ。あれ、はバーテックス!? 二体こっちに────)

 

そのっちさんが引き受けてくれたうちの一部が私を追いかけてきた。私は今身動きがとれない状況に焦りが募っていく。

どうしようかと思考を巡らせていくと、大型のバーテックスに異変が起きていた。

 

ベキン、ベコンと金属がひしゃげる音が耳に届いた。ブラックホール内の強烈なGによって奴らの存在は文字通り押し潰されていったのだ。

三つ、四つとゲージがさらに消費された。私もこのゲージがなくなったらあのように一瞬にして潰されてしまう。

 

「東郷さん……東郷、さん!」

 

終わりの見えない闇の中で彼女の名を叫ぶ。そして五つ目のゲージが消費される手前で視界が反転して、強烈な圧迫感は消え失せた。

間に合った? 間に合わなかった? 私はゆっくりと瞼を開けて現状を確認する。

 

『……えっ? これって』

 

 

次に視界に収まったのは、私の────友奈ちゃんの身体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『私』である勇者のモチーフの花は『御衣黄桜(ギョイコウザクラ)』です。
花言葉も────彼女をよく表しているかと思います。

現状、憑依している彼女の影響を受けてか、友奈ちゃんのイメージカラーであるピンク色に淡緑色が所々浮き出ている姿になっています。



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二十四話

 

 

 

光の粒子が雨粒のように内側に吸い込まれていく。

ブラックホールの空間を抜けたと思われるこの場所に辿り着いた直後に、私は友奈ちゃんの肉体をこの目でとらえた。

 

『これは……一体?』

 

意識を失っているのかぐったりとしている肉体に手を伸ばしてみたら淡緑色の腕がチラリと視界に映る。

どうやら今の私の腕らしい。淡い光を纏うこの腕────いや、私の『幽体』とも言うべきものはどうやらこの空間に侵入したときに肉体から切り離されたようだ。

友奈ちゃんの肉体からまるでへその緒のような一本の光線が今の私の幽体と繋がっている。まるで命綱のように。

 

『……あれはっ!?』

 

不意に背後から嫌な気配を感じ取る。振りむいて粒子の流れる先に視線を向けた直後に赤黒い、あの灼熱の世界と同じような熱量が私を襲った。

熱い。痛い。苦しい。苦悶の表情に染まっていく。

 

『ぐっ、うぅ……意識が────砕けちゃいそう』

 

じわじわと腕や腹部に焼けた痕が刻まれていく。

これってもし私が砕けてしまったら友奈ちゃんの肉体はどうなってしまうのだろうか。まさかずっとこの空間に取り残されたままということも充分に考えられる。

進むしかない。光の粒子の流れに合わせて私もその先に進むことを決意した。

泳ぐように、奥へ奥へと進む。その間にも私の意識は焼かれ続け、それでも私は気合で意識を繋ぐ。一直線に、あの光の終着点に。

 

その途中で少しだけ変化が起きる。粒子に紛れて泡のような水滴がいくつも点在していた。

 

『あっ! 東郷さん?!』

 

水滴の水面(みなも)に探し求めていた東郷さんの姿が映し出されていた。堪らず私は手を伸ばして水滴に触れる。直後に、頭の中に映像が流れ込んできた。

 

壁、破壊。溢れ出てくる星屑バーテックス。その壁際で相対する東郷さんと私────いや、友奈ちゃんの姿があった。

これは東郷さんの記憶の一部……? 感情も流れ込んでくる。葛藤、嘆き、絶望。負の感情に紛れて大切な人を守りたい感情が入り混じりぐちゃぐちゃになった東郷さんの気持ち。嗚呼、こんなにも大変な出来事が『私』が生まれる前にあったんだ。

 

『これは……そのっちさんと……東郷さん?』

 

今度の映像は姿がとても今の彼女たちから比べたら幼く感じる。これって東郷さんが鷲尾須美だった時の記憶……?

戦いに傷つき、倒れこんでいる東郷さんとそのっちさんを一見してもう一人の少女がニッコリとほほ笑んでいた。

 

────またね。

 

薄れる意識の中で東郷さんは手を伸ばすけれど、目の前の少女に届くことなく彼女は跳び立って行ってしまった。

場面が切り替わる。棺の中で安らかに眠る先ほどの少女の姿。そこに花を添える東郷さんとそのっちさん、そしてあれが安芸さんなのだろう三人。

となるとこの中で眠る少女は『三ノ輪銀』さんということになる。

…………。

……。

 

様々な東郷さんの記憶の断片が私に流れ込んでくる。壁に穴を開けたせいで天の神の火の勢いが増したこと。火の勢いを弱めるには『奉火祭』しかない。それを行えるのは巫女だけ……東郷さんにも素質がありその代わりができるということ。

自分が御役目を引き受けたことを知ったら私たちが探してしまう……そうならないように彼女は神樹様にお願いしていたことを私は知る。

 

『そういう理由だったんだね東郷さん……やっぱり優しいな』

 

生贄は他にも候補がいたようで、東郷さんはそれを聞いて自分がやると進言していた。償いでもあると。

でもね、いいんだよ東郷さん。あなたはもう十分に償ったから。

 

世界は大事なのかもしれない、人々の安息の地を守る御役目も理解できる。でもそこにあなたの『幸せ』はどこにあるの?

こんなことになって、自分を犠牲にした果ての世界にあなたの『幸せ』はどこにもない。それは三ノ輪さんも望んでいないと思う。

だからこんな終わり方はダメ。こんな形で終わらせるなんて私は許さない。

 

『ぐっ……東郷さんが居なくなったら友奈ちゃんが悲しむ。それだけは……私はさせたくない!』

 

焼かれ、侵食された幽体に鞭うって私は前方を睨みつける。すぐそこに光の渦が見えた。

手を伸ばして私は突き進む。幽体の半分以上が焼かれてしまったその手で私は先を目指した。

 

『────っ。ぁ……』

 

視界が暗転する。とぷん、と波紋を広げて私は天から落ちる。

上も下も、右も左もわからない色あせた灰色の空間。音もなく、無音無重力のその場所に私は到達した。

 

遅れてへその緒で繋がれた友奈ちゃんの肉体もこの空間に辿り着く。よかった……どこも怪我はしてなさそうだ。

ジクジクと尾を引く痛み。痛むけど辛抱する。ざっと見渡してみると私は何処か既視感を覚えるが、それも一瞬のことですぐに意識は目の前の存在によって塗り替えられた。

 

────一枚の円盤鏡。そしてその鏡に東郷さんが捕らえられていたから。

 

『東郷さん! 東郷さんッ?!!』

 

鏡の前まで急いで向かうと、やはり間違いはない東郷さん本人だった。安堵するも束の間、彼女は私の呼びかけに応えてくれない。ぐったりと衰弱しているようだ。

 

『んんーー! 動か、ない!? なんで』

 

引っ張り出そうとするが幽体のせいか思うようにいかない。私は東郷さんの頭上に磔にされている同じ幽体に意識を向けた。

進行形でその幽体は炎によって焼かれ続けている。私は同じ幽体ならば助け出せると信じて彼女の前に立つ。

 

『絶対に助ける────ぐっ……! あぁ”!!?』

 

躊躇いなく私は炎の中に手を入れる。直後に激痛が身体全体に伝わり腹の底から強制的に痛声が吐き出される。

ここに来るまでに焼かれた箇所も含めて追い打ちをかけるように炎は私の身を喰らい始めた。

痛い。泣きたいほど熱くて痛い……でも、東郷さんを助けられない方が心が────もっとずっと痛いから。

 

想いが届いてくれたのか分からないけれど、少しづつ東郷さんの身体を引きずり出す感触をつかむ。

私は全力で引っ張り続けて、幽体を引き寄せていくと鏡に捉えられていた肉体も徐々に動き出す。あと少し────

 

『これが私の──勇者のぉ……根性だぁぁ!』

 

記憶の欠片で見た三ノ輪さんの言葉を借りて喝を入れる。そして私は完全に東郷さんを引き出すことに成功した。

鏡から肉体も取り出され私と同じようにへその緒で幽体が繋がれる。

 

『よかっ、た……。おかえりなさい東郷さん』

 

肉体を抱き寄せて久々の彼女の感触にホッとため息が漏れた。

か細いけど息はしてる。あとは、戻るだけ……。

 

『く、ぅ……はぁ。はぁぁ』

 

幽体の八割近くが赤黒く変色し胸の辺りに『黒い太陽』のような紋様が浮かび上がっていた。それは樹ちゃんに占ってもらっていた内容の一つに似ていた気がしたが、うかうかはしていられない状況。

 

私は落ちてきた天に昇る。

 

『きつい、な……あはは。気を抜いたら消えちゃいそうだよ……』

 

今もジリジリと削られている。でも私でよかった。こんなこと友奈ちゃんや先輩たちにやらせるわけにはいかないからね。

 

そんなことを考えていると、空間が崩壊を始めた。きっと東郷さんを助け出した影響なのだろう。私はブラックホールの次に到達した場所に戻る。出口までもうすこし。来た時にはなかった光の道が視えた。きっとあそこだ、と直感で察する。

 

「ふっ、くぅ……もうすこしっ!」

 

光に近づくにつれ幽体と肉体の距離が縮まる。出口付近まで到達する頃には肉体と精神は重なり私は『わたし』の手で東郷さんを抱え込んだ。

背後では逃さまいとする闇が近づいてきていた。

 

「──ゆっちー!」

「……! そのっちさんー!」

「友奈ぁー助けに来たわよ! 東郷は無事!?」

「友奈さん!! 手を伸ばして下さいぃー!」

「遅くなってごめん友奈!」

「み、みんな……!」

 

ああ、そのっちさんの言う通り勇者部全員が来てくれた。みんなが一斉に手を伸ばして私を待ってくれている。

頑張れ私。みんなの思いを『熱』に変えて進み切れ。

 

「手を……手を伸ばしてゆっちー! 早くっ!」

「っあ……ああぁ────ッ!」

 

それでもどうにもならないこともあるようで。

謂わば流れに逆らっている私には吸い込もうとする闇に負けそうになっていた。あと一手足りない。気力やその他諸々限界まで削られた私もそれ以上は進めなくなっていた。

 

あとすこしなのに……。あの光の先にみんなが待っているのに。

私はチラリと東郷さんをみる。だったらせめてこの人だけでも……。

 

「────っ?!」

 

しかし遅かった。闇が私たちを呑み込む方が早かったのだ。光の道が遠くなる。

ごめんなさい。友奈ちゃん、東郷さん、みんな……。せっかくここまで来たのに……私って本当にダメダメだな。

 

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 

────いや、ここは頑張りどころだろ。諦めるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた気がした。幻聴? 頭の中に言霊が響いた。

色のない、完全な闇の中。そこに落ちていく私の背中に暖かい何かがそっと触れられる。

 

 

────勇者はどんなときも諦めない。気合と根性だ(、、、、、、)。よく覚えておきな。

 

 

語り掛けてくる言霊はそう言ってグッと私の背中を押してくれる。浮上していく意識に私は無意識に「ありがとう」と言葉にしていた。

手を再び前に伸ばした。これでもかってぐらい強く。そうした先に私の手のひらは掴まれた。

 

四人分の手。温かいその手たちに私と東郷さんは闇の中から救い出してくれた。

 

「ゆっちー! 良かった……よかったよぉ~」

「友奈生きてる!? 生きてるわよね……はぁー安心した」

「友奈さん……おかえりなさい!」

「まったくこんな無茶ばかりして……心配したんだから」

「そのっちさん、夏凜ちゃん、樹ちゃん、風先輩────ただ、いま。結城友奈……東郷さんを無事救出しま…した」

 

私の言葉を聞いて全員に抱きしめられた。苦しいよぉ。

でも、この苦しさは嫌じゃない。達成感が込み上げてくる。この腕の中には確かに救いたかった女の子がいて、その温もりや感触は現実のものとして私に教えてくれたんだ。

 

(ありがとう、みんな……ありがとうございます────さん)

 

薄れゆく意識の中で、私は私の背中を押してくれたみんなにお礼を告げてからゆっくりと瞳を閉じていった。

 

 

 

 




『私』は東郷さんを救い出す。

しかし原作以上に彼女の『幽体』にダメージが蓄積される。
刻まれた『アレ』は健在。ここから────。

最後に背中を押してくれた彼女はもちろんあの人で間違いないでしょう。


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二十五話

 

 

私たちが目覚めたのはあれから半日経ったあとだった。

 

「ん……あ、れ?」

 

目覚めて最初に目にしたのは病院の天井────ではなく、赤い服装の……女の子の姿だった。霞んだ視界からは誰だかわからないけど、思わず口にしてしまう名前はあの時のことが脳裏に過ぎったのせいなのかもしれない。

 

「三ノ輪……さん?」

 

ぼんやりとした思考の中で私の手を握ってくれている人に呼びかける。あの時背中を押してくれた少女の光。でも彼女は確か────

 

「……三ノ輪じゃないわよ友奈。三好夏凜。あんた寝ぼけてるの?」

「夏凜ちゃん……あぁうん。夏凜ちゃんだぁー」

「ちょ、もう……しゃーないわね」

 

聴き慣れた声を聞いて私はその手をにぎにぎと握る。恥ずかしそうに照れながらも夏凜ちゃんは私の手を振りほどこうとはせずに小さく握り返してくれた。

嬉しい。帰ってきたと実感が湧く一瞬であった。

 

「夏凜ちゃん一人?」

「なに言ってるのよ。隣、見てみなさい」

「え……ぁ」

 

病室にはもう一つベッドが設置してあった。そこで寝ていた人を見て、私は目を細めながら嬉しさに満ち溢れた。

こっちを同じように眺めて薄っすらと涙を滲ませる東郷さんの姿があった。彼女の横にはそのっちさんが手を振って笑っている。

 

「ゆっちーおはよー。元気してる〜?」

「元気、してるよぉーそのっちさん。無茶させてごめんね」

「ゆっちーほどじゃないよ~。ね、わっしー?」

「…………。」

「東郷さん」

 

名前を呼ぶ。みんなが東郷さんを認識してくれている。それだけでも頑張った甲斐は十二分にあったと言える。

だから私は笑って彼女を向かい入れた。きっと友奈ちゃんもそうしていただろうから。

 

「おかえりなさい、東郷さん。一ヵ月以上ぶりだね」

「友奈ちゃん……私」

「何も気負わなくても、謝らなくていいよ。こうして帰ってきてくれたんだもん。生きててくれてありがとう」

「う、うぅ……ありがとう」

「わっしー泣かない、泣かない」

 

ハンカチで東郷さんの涙を拭うそのっちさんもどこかホッとした様子。そうだよね、彼女にとっても東郷さんは大切な存在だもんね。

そんな私たちの様子を夏凜ちゃんは和やかな瞳で見つめていた。

そうしていると病室の扉が開けられて外から風先輩と樹ちゃんが入ってくる。これで全員集合したね。

 

「お、友奈に東郷目が覚めたのね! 良かったわぁー」

「お二人とも無事で本当によかったです」

「うん、ありがとう先輩、樹ちゃん」

「ご迷惑をおかけしました……でも」

 

東郷さんの表情は晴れない。どうしたの、と訊ねると先の儀式の件について不安が残るようだ。

 

「私がこうして開放されたことで、壁の外の火が四国を……」

「事情は端末を届けてくれた大赦の人から聞いたわよ。火の勢いは既に安定に入ったから生贄はもう必要ないそうよ」

「……! なら代わりの人が生贄に」

「それも違うわ東郷。あんた普通なら死んでいるほどの生命力を奪われていたの。一ヵ月以上もの間、東郷の生命力がタフだったおかげで友奈が……私達が間に合ったのよ結果として」

「そう、なの? 私本当に助かったの…?」

 

東郷さんの問いかけにみんな頷いていた。もちろん私も。申し訳なさそうな、それでも嬉しそうな困惑した表情。

 

「そうよ、バッチリセーフ!」

「お勤めご苦労さまでした東郷先輩。お医者さんが言うにはしばらく入院みたいですけど」

「ありがとう樹ちゃん。風先輩」

「わっしーごめんね……ゆっちーと助けに行くまでずっと忘れちゃってて」

「ううん。そのっち……それでも思い出してくれた、みんな────夢ではないのね」

 

皆の言葉を受けて東郷さんは再び涙を流す。でも今度の涙はとても綺麗なものだと私は感じた。

そのっちさんに頭を撫でられて笑い合う。ようやく日常が戻ってきたのだ。

 

 

 

(────っ。)

 

 

 

戻って、きたのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、私も入院することになった。でも東郷さんと比べたら私の方が早めに退院できるとお医者様に言われた。

みんなも面会時間ギリギリまで残ってくれて、別れたあとは就寝時間まで東郷さんといっぱいお話した。

 

この一か月間あったこと。なにがあってどういったことがあったのか……などなど。

 

「ふふ、東郷さん夕食にすごい指摘してたね」

「……だって和食になってしまうとどうにも、ね? 美味しくはあったけれど」

「でも確かに私も東郷さんのご飯の方が美味しいと思ったなぁ。また作ってくれる……?」

「もちろんよ。むしろ私の方からお願いするぐらい」

 

やった。友奈ちゃんのお父さんとお母さんも東郷さんの料理は絶賛しているからね。

ベットとベットの間に少し距離はあったけど、隣で寝ているのは変わりない。私と彼女の二人きりの時間。

薄暗い病室で私たちは笑い合う。

 

「東郷さんがブラックホールになってたときは本当に驚いたよ」

「私はその時は外で何が起こっていたのかは分からなかったけど……友奈ちゃんはそんな中でも助けに来てくれた」

「えへへ。ちょっとは勇者らしいことができたかな」

「私にとって今も昔も友奈ちゃんは勇者だよ」

「ほんと? 私にとってもね、東郷さんは勇者なんだよ」

 

私がここまでやってこれたのも全部彼女のおかげだから。

 

「あとね……東郷さんに謝りたいことがあるんだ」

「謝りたいこと?」

「うん、助けに行く途中で東郷さんの『記憶』を見ちゃってね……ほら、プライバシー的な観点からして許可なしに視ちゃったから謝りたくて」

「……っ。変なの映ってなかったわよね?」

「それは全然。私のことを想ってくれてることがよく分かったから嬉しかった♪」

「は、恥ずかしい……。でも自業自得だからなんとも言えないし──むぅ」

 

頰を赤く染めて東郷さんは毛布を被っていた。可愛い。

 

「それに、ね。鷲尾さんの時の記憶も見ちゃったんだ。そのっちさんと東郷さん、それに三ノ輪さんの三人で過ごしている記憶を」

「…そうなんだ。うん、その『記憶』は私にとってとても大切なものなの。一度は失ったけどこうして今は取り戻して……特に銀との思い出はかけがえのないものだったから」

「東郷さんを探している時にね、三ノ輪さんのお墓にも寄ったんだ。ご挨拶にってそのっちさんと一緒に。それから東郷さんを救い出して一緒にまた来ますって約束してきたんだ。だから退院したらそのっちさんと一緒に行こう? 私はお礼をしたいし」

「……銀に怒られちゃいそうだわ」

「心配はしてただろうけど、怒りはしないんじゃないかな? 最後に脱出する時も私の背中を押してくれたんだよ。あれはきっと──」

 

例え私の幻覚、夢であったとしても後押ししてくれた事実は変わらない。これが偶然ではないと思うからこそ、東郷さんは三ノ輪さんのためにも生きて幸せにならなければいけないんだ。そのためには私は『全て』を捧げてでも力になってあげたいと思っている。

流石にこれは恥ずかしくて口には出さないけどね。

ちらっと東郷さんの顔色を伺ってみると、静かに目を伏せて思い耽っているようだ。

 

「ねぇ友奈ちゃん」

「…うん?」

「私、生きるよ。悩むことも苦しむこともまだまだこれから沢山あるだろうけど、自分を犠牲にするなんてことはもう止める。これ以上銀に心配かけないように、そのっちたちや友奈ちゃんと笑って過ごしていけるように自分を変えていく努力をしていくわ」

「東郷さんなら変われるよ絶対に。私も保証しちゃうから──だから……」

「だから、ね……友奈ちゃん。ううん、あなたも──生きることを諦めないでね(、、、、、、、、、、、、)?」

「────…。」

 

東郷さんの誓いと共に言われた言葉に私は目を見開き……そしてすぐに頷くことができなかった。窓から差し込む月明かりが東郷さんと私を照らし、私はスッと目を背けてしまう。僅かに捉えた彼女は心配そうな、そんな眼をしていた気がする。私の表情は彼女にどう映っていたのだろうか。取り敢えず愛想笑いを浮かべて誤魔化すことにしておこう。

 

「さ、東郷さん。もう寝ちゃおうよ! 早く良くなってまた一緒に学校に通おう。やる事がいっぱいあるからね〜」

「………………うん、そうだね。また明日、友奈ちゃん」

「おやすみなさい、東郷さん」

 

寝る前の挨拶を済ませて私は毛布を被る。東郷さんもそれ以上は話さずに瞼を閉じて眠りにつく。

しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。私は音を立てないように静かにカーテンを開けて窓の外を眺めた。

 

(もちろんだよ東郷さん。私は私の幸せのために友奈ちゃんを……取り戻すから)

 

 

胸を手で押さえて私は痛みに顔を顰める。

服を捲って見てみると、あの時に見た『紋様』が私の身体に刻まれている。やっぱり見間違いではなかったその事実に私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

────私の時間は、きっと……。

 

 

 




友奈ちゃんは頑張って助けたので、東郷さんと二人で入院する結果になった。

目覚めてから二度目の病院のベット────描写してませんが、会話中そのことで二人して笑っていたりいなかったり。


一先ず東郷さんは無事に救出されました。残り数話を挟んだのち、次章に進むかと思われますのでお付き合いください。


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二十六話

 

 

 

久々にこの日記に良いニュースというか、報告を書くことが出来ます。

長い事行方不明だった東郷さんを見つけることができました。その道中で異形の怪物たち────バーテックスを相手にしながら世界の真実を私は知ることになるのだけれど。

こんなにも大変で、辛く険しい世界を渡り歩いてきた『勇者部』の人たち、そして友奈ちゃんには本当に尊敬してもしきれないほどだった。

その中で私もそのっちさんと安芸さんから勇者に変身できる端末を譲り受けて『勇者』となることができたのは本当に嬉しかった。なんだか認められた気がして、友奈ちゃんたちと同じ視点に立てた気がしたから。

怖かったし、痛かったし、辛かった。けれどその果てに私は東郷さんを取り戻すことができたのは最終的には三ノ輪さんのおかげでもあるかな。

もちろん風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのっちさん────全員の思いももちろん忘れてないよ。みんなの『熱』が私の背中を押してくれたんだから。

一人じゃ絶対に成し得なかったものだと思う。だから本当にみんなにありがとうを伝えたい。

 

その後は数日間の入院生活が待っていた。

身体は全身ひどい筋肉痛のような痛みだったし、胸の『紋様』が刻まれている部分からの痛みも酷いしで身体を動かしていなくても疲れちゃうよ。

友奈ちゃんの両親もいっぱい心配してくれた。東郷さんの両親にも。とてもあったかい気持ちになったし、東郷さんと二人で照れちゃったりと入院生活中も色んなことがあったような気がする。

 

一日一日が過ぎるのはあっという間だった。楽しいことがあると時間が過ぎるのは早いというのは本当みたいだね。

さぁ、週明けからまた東郷さんと一緒に学校に通える。これからだ。この痛みもきっとすぐに……なくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体的ダメージは私と東郷さんもほぼ無いに等しかった。入院生活といっても療養の面が強かった程度で前ほどその期間は短いものだった。

一日遅れで東郷さんが退院をし、みんなで『かめや』で退院祝いのうどんパーティーをしたのが記憶に新しい。

 

「────おはよう、友奈ちゃん」

「ふぁぁ……おはよー東郷さん」

 

目が覚めたら彼女がいる。私にとってこれほど嬉しいことはないぐらいに喜ばしい事。頭を撫でられその手が頰に持ってくると私も目を細めてその手のひらの感触を堪能した。

 

「今日の予定は覚えてる?」

「もちろんだよ」

 

東郷さんと一緒に決めていた事だ。学校が始まる前に三ノ輪さんのお墓参りに行くこと。もちろんそのっちさんも一緒だ。

着替えて朝食を摂る。私の家族も一緒だ。煮物も焼き魚も全てが美味しかった。やっぱり私の中で東郷さんの手料理が一番だと改めて実感したよ。

 

「お花、ちゃんとあるわね」

「うん」

 

そうして諸々支度を済ませて私たちは家を出る。敷地を出て少ししたところに大赦印の車が一台停車していた。

車の窓が開けられ、そこから顔をのぞかせたのは、

 

「へーい、そこのお熱いお二人さん乗ってかなーい?」

「おはようそのっち。お迎えありがとう」

「そのっちさんありがとー!」

「見事なスルーっぷりに園子さん感激だよぉ〜。どうぞー」

 

テンション高めのそのっちさんが車でお出迎えしてくれた。案内され、車内に入りこむ私たちはそのっちさんの車で目的地に移動していく。

 

「そのっち、ちゃんと作ってきた?」

「もち! わっしーも忘れてないよね~?」

「もちろんよ。友奈ちゃんと二人で作ったの。ね、友奈ちゃん」

「うん、私は餡子作ったの! ほとんどの作業は東郷さんだけどね」

「それでも嬉しかったわ。ありがと友奈ちゃん」

「えへへ♪」

「うんうん。よきかなよきかな~」

 

私と東郷さんとのやり取りをキラキラした目を向け、手元ではメモ帳に何かを書き連ねているそのっちさん。

小説のネタに使う時のメモ帳みたいだけど、今の私たちのやり取りでネタになりそうなことはあったのかなぁなんて他の場面でも思うことがある。

まあ私は小説は書けないからどうあれ凄いと思っちゃうけどね。東郷さんも半ば諦めモードというか変な書き方だけはしないでね、と諭している所を見るに昔からこうだったんだなーと微笑ましく見えてしまう。

 

目的地までは一時間しないぐらいで到着した。

車を降りて私たちは建物に足を運ぶと、閑静な室内にはたくさんの石碑が建てられている。東郷さんは移動する中で静かに周囲の様子を眺めていた。

過去に散っていった勇者たち。色々と思うことはあるのだろうけど私にはその心中を察することはできない。

 

「銀……久しぶり」

 

三ノ輪さんの石碑の前に立つ東郷さんは今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情を浮かべている。だから私は東郷さんの隣に立って彼女の手を握った。彼女たちの過去を知る者として。

東郷さんは私の方に視線を向けずにそのまま私の手をぎゅっと握り返してくれた。

 

「あれ、お花が供えてある? 安芸先生かなぁー」

 

そのっちさんは石碑周りの掃除を行いつつ、そこに既に花が添えてあったことに疑問を抱いていた。

しかし彼女が言うにここ最近は安芸さんも来れてないようで……だとしたら三ノ輪さんのご家族だったりするのかな。

でももしかしたら……最近会っていないあの子なのかもしれないと私は考える。

 

掃除が終わって、私は新しいお花を供える。そのっちさんと東郷さんは包みを開いて三ノ輪さんの墓前にそれらを供えた。

 

「ミノさんに教わった焼きそば作ってきたんだぁー。味はミノさんに劣るけどね。二人を助けてくれてありがとー」

「私は友奈ちゃんと二人で作ったぼたもちを。美味しく出来たのよ銀。私を……友奈ちゃんを助けてくれてありがとう」

「三ノ輪さんのおかげでまた東郷さんと一緒になれたよ。ありがとうございます」

 

三人で手を合わせて三ノ輪さんに感謝を告げる。

その時に、ふとそよ風が私の頬を撫でたのだ。一瞬、思わず視線を上に向けたときに視界に入った影があった。

 

「────うん。じゃあ私はご先祖様にも挨拶してくるね!」

「私はもう少し銀のところにいるわ。友奈ちゃんは私と居る? ……友奈ちゃん?」

「えっと……ちょっと私向こうに行ってくるね!」

「友奈ちゃん…?」

 

チラッと見えた影に向かって私は走っていく。見間違いでなければ会っておきたい。その一心で建物の外に出てみるが先ほど見た影はどこにもいなかった。

ぜぇ、ぜぇと息を切らして周囲を見渡してみるがやはりどこにも────

 

「……ったくこの距離で息切らしてるようじゃもうちっと体力付けた方がいいんじゃないか? 結城よォ」

「────っ! シズクさ……」

 

不意に私の背後から聞こえた声の正体は山伏しずくさんだ。やっぱり見間違いじゃなかったんだね。

久しぶりに声を聞いて嬉しくなった私は後ろに振り向こうとするが、両肩を掴まれ振り向かせてさせてくれない。

な、なんで?

 

「振り向かないでくれ結城。このまま」

「どうしてですかシズクさん!」

「今はお前たちと会うことは禁止されてる……ってもこれも既にグレーか。今日はたまたま神官に代わって此処に足を運んだだけなんだ。まさか来るとは思わなかったぞ」

「そ、そんな……久しぶりに会えたのに。これも規則なんですか?」

「あぁ……寮の規則(、、、、)、でな」

「嘘ですよね? シズクさん」

 

今にして思えば彼女の言っていることは私に深く詮索されないように誤魔化していた言い訳なのかもしれないと感じた。

確かにこの前までは私は『御役目』や『勇者』、『世界の真実』なんてものを何も知らなかった。でも今は知っている。その目線で見てみたら後ろにいるシズクさんたちもなんらかの関わりを持っているのではないか、と疑問を持つのは自然であった。

でも返ってきた言葉は、

 

「……悪ぃ」

 

ただ一言謝るだけだった。でもこれがシズクさんなんだと私はどこか安心感を覚える。

 

「オレを嫌いになるのは構わねぇがしずくは嫌いにならないでくれ結城」

「い、いえ。そんなことで嫌いになんてならないですから……私たちに会えないってことはシズクさんたちにも御役目があるんですか?」

「……そこまで知るようになったか。まぁそんなとこだ……ちと背ェ伸びたか?」

「ほんと! わっ……?!」

 

唐突に頭を撫でられる。ちょっとだけ荒い撫で方。東郷さんとは違う、だけど嫌いじゃない。

 

「頑張ったんだな」

「……わかるんですか?」

「ああ分かる。前に言ったろ? つえーやつのことは忘れねェって」

「はは……でも、きつかったです。痛い熱い辛い苦しいの全部味わいました……失敗したらどうしようとかとても不安でした」

「けどオマエはやりきった。その経験は次にちゃんと繋がるから胸を張れ────っとそろそろ行くとするか」

「友奈ちゃーん!」

 

シズクさんの言葉の後に遠くから東郷さんが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。ちょっと離れすぎちゃったかな。

 

「行っちゃうんですかシズクさん?」

「ああ。言っておくが今日のことは内緒だからな! バレたら神官にねちねち叱られるからよ」

「は、はい! わかりました」

「よし、ああそうだ……しずくが連絡返せなくてごめんだとよ。どこかで会った時に伝えられたら伝えてくれって頼まれてたからな。伝えたぞ?」

「はい。また連絡しますからシズクさんも安心してください」

「頼む……またな」

「はい────!」

 

もう一度頭を撫でられてからふっと背後の気配が消えた気がした。

慌てて振り返ってみるとシズクさんの姿はなくなっていた。まるで夢でも見ていたんじゃないかって気分になって私は静かに笑う。程なくして東郷さんがこちらに走って迎えに来てくれた。

 

「こんなところにいた。もうダメでしょ友奈ちゃん」

「ごめんなさい東郷さん」

「あら? なんだか嬉しそうね。ここで何かあったの?」

「ちょっと、ね? でもなーいしょ♪」

「そう言われると余計に気になっちゃうわね……もう。そのっちが待ってるから行きましょう」

「うん!」

 

シズクさんに内緒にするように言われてるからごめんね東郷さん。偶然とはいえ会えてよかったです。

今度はちゃんと顔を合わせて会えることを願いつつ、私は東郷さんと二人でそのっちさんの元に戻っていった。

 

 

 

 

 



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二十七話

 

 

 

 

部室には以前と変わらない日常風景が戻っていた。

パソコンの前に東郷さんが座って作業をして樹ちゃんと夏凜ちゃんが楽しそうに飾り付けをしながら談笑する。その中で私とそのっちさん、対面に風先輩がテキストと睨めっこしていた。

 

「むむ〜……むーん。ふむむ」

「そろそろツッコミを入れていいかしら……なにあの丸眼鏡は?」

「視力が落ちたそうです。でも妹的に見てももう少しまともな眼鏡にした方がいいかと思ってたり。例えば友奈先輩みたいな」

「それは一理あるわね。はぁー…まぁどうあれ受験生ってのも大変なのね」

「人ごとだと思ってー! あんたも来年こうなっているんだからね」

「フーミン先輩。口より手を動かしましょ〜」

「あ、はいすみません」

 

そのっちさんに促されて先輩はいそいそと問題用紙に筆を走らせる。

 

「先輩、先週まで勉強どころじゃなかったですからね。そのっちさん私できましたっ!」

「そうなのよー…だから遅れを取り戻さないといけないんだけど……てかなんで友奈はあたしと同じ問題やって早く解け終わるのよっ?!」

「へっ? えっとー……なんでだろそのっちさん」

「ゆっちーは集中して問題を解いていたからだよ〜」

「そっかぁ〜」

「そだよ〜」

「先輩として立つ瀬がないわ……」

 

私は風先輩に混じって今後のためにと同じ問題を解いている。そのっちさんは後から転入してきたのにも関わらず、既に私たちより断トツで勉強ができる状態になっていた。いつのまに、と思う反面流石は乃木家の人間と納得できてしまうあたり凄いよねぇ。

 

「ぐぬ。後輩に負けてられないわ!」

「おー。ゆっちーがいい感じに発破かけてくれたね〜」

「そ、そんなつもりはなかったんだけどね」

 

うおおーっと気合いを入れながらスラスラと答案用紙に書き込み程なくして終わらせる先輩は流石である。

そのっちさんは受け取ってすぐに採点を始めていく。

 

「まる、マル、丸……お〜ゆっちー&フーミン先輩全問正解だー」

「やりましたね風先輩っ!」

「嬉しいやら複雑な気分よぉ……まさか友奈がここまで成長するとは……」

「ならそんなフーミン先輩にアタックチャーンスッ!」

 

デデン、と効果音すらも自分で発するそのっちさんは拳を握って先輩にチャンスを与えていた。

 

「成功すると女子力が二倍になります。そしてゆっちーも参加するならわっしーのラブ力も二倍になるんよ、ブイブイ」

『やりますっ!!』

「ハモんなっ!」

「あらあら友奈ちゃんったら」

「東郷先輩の笑顔が凄まじいです……」

「まぁ取り敢えず今のはこっちに置いておいて〜」

 

ひょいと横に置く動作をとって私のラブ力が置かれてしまった。

隣にいる先輩も「あたしの女子力ー!?」と嘆いている。

 

「これだけ出来てればよゆーっすよ先輩。でもゆっちーはまだ早いと思ったんだけど?」

「いや〜……今後のため? かな。あはは」

 

そのっちさんの問いかけに笑って返す。

 

「ま、乃木が太鼓判押してくれるなら自信持てるわね。来週は樹のショーがあるわけだし!」

「そうなんですか!? 樹ちゃんすごーい」

「ご、誤解ですよ友奈先輩! おねーちゃん、私じゃなくて町のクリスマスイベントの学生コーラス!」

「なら樹ちゃん。風邪を引かないようにコンディションを整えておかないとね」

「…………、」

 

スススー…といつの間にか樹ちゃんの隣に立っていた東郷さんが両手のひらを前に出し始めていた。

何をするのかな、と疑問を抱いていると私の隣に居たはずなそのっちさんが目を光らせて東郷さんの対面に同じような体勢で立っている。いつの間に移動したんだろう?

 

『健康健康健康健康健康健康健康……』

「ほ、ほんとに効くんですかっ?!」

 

小円を描きながらまるで呪詛のように『健康』を呟く様は側からみれば異常な光景だった。樹ちゃんは怖がって縮こまっていてその姿に風先輩は萌えていた。うん、確かに可愛いけども。

 

「まったく……しゃーないわね」

 

お……夏凜ちゃんがあきれた様子で二人の元に向かっていった。流石にツッコミを入れるのか、と私は考えたが夏凜ちゃんは懐からある物を取り出して樹ちゃんに差し出していた。

 

「樹、そんなのよりサプリキメておいた方が確実よ」

「か、夏凜さぁーん!?」

「イっつんのグッズ展開してもいいかなぁ〜?」

「や、やめてくださいー!」

「なんだかんだ夏凜も面倒見がいいのよね〜……って友奈? どったの?」

「……はい? なんでしょうか風先輩」

 

しみじみしていた先輩がこちらの顔色を伺ってくる。

 

「なんだかボーッとしてた気がするけど?」

「え、あ……いえ。気のせいだと思いますよ!」

「そう? なんだか具合悪そうに見えるような──」

「え”っ!? 友奈ちゃん具合悪いの?! どこ!」

 

東郷さんの形相が女の子のしちゃいけない手前の顔をしてらっしゃった。それで迫られるものだから私は思わず半歩後ずさったその時、

 

「あ──」

「ゆ、友奈! ちょっと大丈夫?!」

「…………ごめんなさい風先輩。ちょっと足がもつれちゃいました……支えてくれてありがとうございます」

「ゆ、友奈ちゃん! 怪我してない!? あぁー…私のせいで」

「東郷さんのせいじゃないから安心して」

「ゆっちーまさかまだこの前の疲労が残ってるんじゃ…」

「そんなことないよ。ほんとに、大丈夫だから! ほら!」

 

私の言葉にみんなは不安そうながら見守っている。私は元気アピールのために両手で拳を作って怪我していないことを示す。

実際は────だけど。

 

そうしていると風先輩が真剣な表情で私の腕を掴んだ。

 

「友奈、無理はしないで頂戴。部長として、仲間として友奈に何かあったら気が気でないの。それはみんな一緒だから……もしこの前の戦闘のダメージやらが残ってたりするならちゃんと療養して欲しい」

「風先輩…」

「そ、そうですよ友奈先輩っ! みんな元気で笑って過ごしていくためにも大事なことだと思います」

「樹ちゃん……っ」

「悩んだら相談──でしょ? 友奈」

「そうだよゆっちー。何も知らされないままなのはお互いに辛いと思うんよ。だから、ね?」

「夏凜ちゃん……そのっちさん」

 

皆の温かな言葉に私の胸は満たされていく。東郷さんも少しだけ気まずそうに手をもじもじさせながら顔を上げた。

 

「友奈ちゃん。元を辿れば全て私の責任だから……どこか悪いなら治るまで看病するから。友奈ちゃんにもしものことがあったら……っ」

「東郷さん……」

 

ああ。みんなやっぱり優しい人たちばかりだ。

こんなにも温かな人たちに囲まれて私や『友奈ちゃん』もとても幸せ者だ。

それなのに私は『私の秘密』がバレて嫌われることを恐れてばかりで……この人たちのことを心の何処かで信用していなかったのかもしれない。

向こうが歩み寄って来てくれているのに、大好きな人が、仲間たちが歩み寄って来てくれているのに……私がそれを否定しちゃってどうするの。

 

私は少し沈黙を挟み、決心する。

 

「夏凜ちゃん……文化祭の時に私が言ったこと、覚えてる?」

「え? ええ、みんなに話があるって言ってたやつ?」

「うん」

「話したい事って……友奈ちゃん?」

 

東郷さんやみんなが不思議そうに首をかしげている。

言う。言うぞ。ここでちゃんとみんなに話をして私はようやくこの人たちと同じステージに立てるんだ。

そうしたらこの胸に刻まれた『紋様』についても相談が出来る。

 

「み、みんな! あのね……実は」

 

心臓がどくんどくんって強く脈打っている。痛いほどに。

 

「……っ。実は私、本当は結城友奈じゃ(、、、、、、、、、)────」

 

果たしてこの結果を誰が予想できたのだろうか。

みんなに私の真実を打ち明けようとした……なのに私の言葉は最後まで口にすることが出来ませんでした。

 

それはなぜか。私を含めた全てのものが止まっていたからだ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

東郷さんも、風先輩たちも、空間もその全てが停止している。私の思考だけが今視えている世界を認識していた。

 

(な、なにこれ? 身体が動かない!? 東郷さん、みんな!)

 

叫ぼうとも声が出せない。一体なにが起こっているんだと思考を巡らせていると途端に自分の胸に激痛が奔った。

痛い。裂けそうな痛みが全身を巡り、これがこの紋様……もとい『刻印』のせいだと理解した。

そんな『刻印』からあるモノが姿を見せる。それは人の腕のような歪で不定形なモノだった。赤黒いその色はあの時の火の世界と酷似している。

 

ズズズ……、と徐々に伸びていくその腕は一番近くにいた東郷さんに目掛けて向かっていた。

 

(や、やめ────東郷さんになにをしようとしてるの!?)

 

もがこうとしてもやはり指先一つ動かせない。そうしている間にも腕は東郷さんに伸びていき、ついには彼女の肉体にその腕が入りこんでいってしまった。

そうして私の視える視界が変化する。まるで透過したように東郷さんの肉体の内側が視えるようになって、その腕の指先が彼女の『心臓』を撫でるように指先を這わせていた。まるで私に見せつけるように。

 

(もしかして私が『真実』を話そうとしたから?!)

 

私の思考に応えるように、どうするかと問いかけるかのように東郷さんの心臓を赤黒い腕が握っている。

こんなことをされて、私はこれ以上どうすることもできない。だから……もしそうなら私は『喋らない』ことを誓う。

 

(ダメ。東郷さんに酷いことをしないで! わかったから……喋らないから!! やめてください、お願いします……私の大切な人を殺さないで)

 

強く強く願う。私の肉体から出ているモノならば通じるはずだと願って。時間の感覚も忘れそうになる中、赤黒い腕は東郷さんの心臓を掴むのを止めてこちらに戻ってきた。

安心した。そう思っているのも束の間にその腕は急速にこちらに伸びてきて、今度は私の心臓を握り締めてきた(、、、、、、、、、、、、)

その直後に、停止した世界は元の色を取り戻す。

 

「────か、はッ……う、っぐ」

「……? ゆ、友奈ちゃん!? どうしたの!」

 

私は胸を押さえて嗚咽を漏らす。まるで心臓が潰されたかと思ったその感覚に冷や汗が止まらない。

そんな私の変調に東郷さんは血相を変えて肩を支えてくれた。その様子を見てあの腕の影響はなさそうで私は安心した。

だから出来るだけなんともないように、今更ながらにでも平静を装っていくことにする。

 

「なんでも、ないよ東郷さん。ちょっと眩暈がしただけだから」

「だったら尚更だよ。今からでも保健室に────」

「ちょっと友奈大丈夫なの!?」

「へ、平気です! だからあの……話はまた今度で。そ、それじゃあ」

「ちょ、待ちなさいって友奈!」

 

半ば無理矢理東郷さんから離れて私は逃げるように部室から飛び出す。

みんなが慌てる声が聞こえてくるが、今はまたあのような現象に巻き込まれても堪ったものではないので無理にでも離れる必要があったから。

ズキズキと痛みが尾を引く中で私はみんなに謝り続ける。

 

(ごめんなさい。ごめんなさい!)

 

そして私は保健室などには行かずに、そのまま自宅まで逃げ帰った。最後にチラッと見たときに追い打ちをかけるようにあるモノが頭から離れてくれない。

 

────ボンヤリと、私と同じような『刻印』が勇者部全員に浮かび上がっていたことに。

 

 

 




『刻印』の効力は原作より強くなっている。(幽体への侵食時間が長かったため)
それに伴い『結城友奈』の身に起こっている『真実』を他人に伝えることができなくなってしまった。

『停止した世界』は、御役目開始時のあの停止する場面を想像していただければ。なお、勇者含めて誰も動けないもよう。

『腕』のイメージは某作品の『死に戻り』のあの場面を想像してくれれば近いかもしれません。


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二十八話

 

 

 

自宅に帰ってきた私はすぐにバスルームに足を運び制服を脱いだ。

制服のシャツも、下着も汗でびっしょりだった。とても気持ちが悪かった私はそれらを洗濯カゴに投げ込み、その勢いで浴室に入りシャワー口から水を勢いよくだす。

冷ややかな、この季節には少しきつめの冷水が初めに出てくる。でもこの冷水は今の私には思考を冷やすのに最適だ。次第にぬるま湯にそしてお湯へと変わる中でも私はボーっと目の前の鏡を見つめていた。

 

(逃げちゃった。私……やっとみんなと同じ場所に立てると……思ったんだけどな)

 

霞む視界は立ちこめる湯気のせいか滴り落ちる水滴なのか────その中で私は自分の胸元に指先を這わす。

『刻印』はあの『腕』と同じように赤黒く脈動している……ように見える。『刻印』の存在を意識したらじりじり、と中心に痛みが伝わってきた。

 

────痛い。

 

けれど……私はみんなの前から逃げちゃったことの方がもっと痛かった(、、、、、、、)。肉体面というより精神的に──心がイタイ。

でも仕方がなかったんだ。もしあの場に留まり続けていたら、またあの『腕』のようなモノが何をしでかすか分からなかったから。

私は湯船に浸からずシャワーだけを済ませて浴室を出る。身体を拭く際にタオルが擦れるとそれだけでもズキリと痛みが溢れてきた。あまり良い兆候ではなさそうだ。

 

パジャマに着替えて私は友奈ちゃんの母親にお風呂を使ったことを告げてから部屋に戻り、そのままベットに身を投げた。

 

「……はぁ」

 

天井を見上げてため息を漏らす。直後に持っていた端末から『牛鬼』が現れ部屋の中をふよふよと漂い始めるが、上の空の私は特に気にすることなく思考に耽ける。

 

(この刻印……やっぱり東郷さんを助けたときについていたものと同じものだ。あの世界にいた『敵』が私を逃がさないように刻んだもの)

 

音のない灰色の世界で東郷さんを救出した際に、焼かれた『幽体』にこの刻印を刻まれた。身体の変化を知ったのは病院で目覚めた時にすぐだ。

あの時と比べて『刻印』の大きさが変わっている。きっとさっきの部室での出来事が起因しているはずだ。

 

(それにあの『腕』────私の大事な『熱』を奪っていった。東郷さんからもらったものを……っ)

 

『真実』を話すことをやめて東郷さんから引き剥がした『腕』は、消える間際に掴んで私を形成する『熱』の一部を奪い去ってしまった。

だからなのか先ほどからシャワーを浴びたばかりなのに必要以上に寒い。いや、これも肉体というより精神よりのことなのかもしれない。

 

一種の警告を受けたような感覚だった。

これ以上余計な真似をするとどうなっていくのか、それを現実として突きつけられた。

目覚めた時に東郷さんがくれたたくさんの『熱』。勇者部のみんなと過ごしていくうちに自然にもらっていた『熱』が爪で裂かれたように、喪失感となって私の心に裂傷を与えている。

 

きっと『敵』は私がどういう存在で、何を原動力として活動しているのか理解しているのだ。だからその大事な部分に楔を打たれてしまった。

 

「それにあの御役目……あれも私に引き継がれたみたい。だから今の私は生かされている(、、、、、、、)。こんなことを知ったら……東郷さんは悲しむよね」

 

自己嫌悪に陥って今度こそ取り返しのつかないことをしてしまう可能性がある。せっかくみんなが揃って集まることができたんだ。

こんな『呪い』なんて私一人が引き受けていればいい。ただ肉体にまでダメージがいってしまうのは友奈ちゃんに申し訳が立たないのが本音である。

 

本当のことを言ってしまうと刻印の『呪い』が影響を及ぼす。私の正体を話そうとしただけでこうなんだし、恐らく御役目の部分も同様の結果を与えるのにはすぐに理解できた。

 

(……バチが当たったんだ。きっと、そう)

 

うつらうつらと眠気を漕いで私は疲労感に呑まれて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

何もない、暗闇の世界があった。

『私』はここから生まれて、ここから始まった。世界の中心には揺らめく『熱』がある。それは私の『心』。でも今はか細くなり、それは『呪い』のせいだと認識していた。今は消えることはないけど、果たしてこの『熱』はいつまで揺らいでくれるのだろうかと思わずにはいられない。

消えてしまえばもうそれまで。再び灯ることはないと思う。その最期までに『わたし』を取り戻して返してあげられればそれでいいと私は考えていた。

 

私の『時計の針』は歪になり始めている。

この暗い世界は『寒い』。雪国にいるわけでも、寒空の下にいるわけでもないのにひたすらに寒いんだ。

『私』は自分自身を暖める手段を持ち合わせていない。だからジッと身を丸めて耐えるしかない。寒い。『心』に付けられた傷口が冷たい。

 

────誰か、だれか、ダレカ。

 

呼びかけに応えてくれるモノはなにも無いのに。知ってしまったから思わず手を伸ばしてしまう。縋ってしまう。あの人に。

 

その辺りからか……ふっと意識が浮上していく。

私は夢の始まりと終わりをある程度認識してしまうので、「あ、今から起きるんだ」ということが分かる。

そうして、

 

「───んっ。」

「あ、起きた」

 

目が覚めてみれば天井────のはずが、どうしてか目の前に東郷さんの顔が映っていた。仰向けの態勢は変わりないが後頭部に肌の柔らかさを感じる。そうして一つ一つを意識していくにつれて私自身の意識も覚醒していく。はて、なぜ東郷さんが私の部屋にいるのだろうかという疑問が浮かび上がってきた。

 

「東郷……さん? どうして家に──?」

「急に飛び出して行っちゃうから鞄とかの荷物部室に置きっぱなしだったでしょ? 様子を見に来たのと届けに来たの」

「あー……ごめんなさい。うっかりしてて────手、握ってくれたの?」

「苦しそうに手を伸ばしていたから。友奈ちゃんの手冷たいわ……温めてあげる」

「東郷さんは温かいね」

「……大丈夫?」

「うん、東郷さんのおかげで楽になった……ね、もう少し握っててもらってもいい?」

「もちろん。友奈ちゃんに言われなくても握っちゃう」

 

ベットに腰かけている東郷さんの膝枕に頭を預け、冷え切っていた両手を彼女の手のひらが包み込む。

手のひらから伝わる『熱』に私の冷え切った世界は少しづつ融解していく。

 

「………みんな驚いちゃったよね」

「ちゃんとフォローしておいたから安心して。友奈ちゃんのことだもの……理由なしであんなことしないのは分かってるから」

「────ごめんなさい」

「謝ることないよ。あなたにいっぱい助けてもらったんだから。せめてこれぐらいでも恩返しができるならいくらでもするから…………ね」

「ううん、私こそ恩返しなんていらない。助けたいから助けたんだもん。お礼のためにやってきたんじゃないよー」

「友奈ちゃんがそう言うのはわかってるけど……やっぱり私自身が納得できないの。だから私に出来ることなら遠慮しないでなんでも言って!」

「東郷さん……」

 

たまに何やら言いたげな視線を受け取っていたのは分かっていたけど、そんなまでに考えていてくれたとは思いもしなかった。

律儀だなぁと思う。でも私が好きな人はそんな人だったと再確認した瞬間だった。

 

数舜の沈黙を挟み、私は口籠りながら言葉を発する。

 

「────じゃあ。東郷さん……今日は一緒に寝て欲しいです」

「うん、もちろんいいよッ!!」

「す、凄い笑顔だね」

「そうかしら?」

 

即答だった。しかも満面の笑みを添えて。

そんなにあっけらかんとされちゃうと少しだけ残念だ。もうちょっと慌てたところを見たかったんだけどね。

私は握ってくれたおかげで氷のように冷えていた身体が温まり、調子もよくなってきた。その勢いで私は東郷さんに抱き着いて彼女を半ば無理矢理寝転ばせる。

今度はポカンと呆けた顔をしていた。

 

「……え、えっと。友奈ちゃん? もう寝るのかしら?」

「うん……今がいい。ダメ……?」

「だ、ダメってわけではないけど……ほら、夕食も食べてないでしょ? 友奈ちゃんお腹とか空いちゃうし」

「食欲がないの。それに東郷さんといればお腹空かないから問題ないよ」

「栄養面で問題なんだけど……はぁ。でもそうね。なんでもするって言ったのは私だものね」

「私が寝るまででもいいから……もっと東郷さんを感じていたいの」

「か、感ッッ!? そ、そう?」

「うん。ね、東郷さん……ぎゅってして?」

「え、ええ。こ、こうかしら?」

 

お互いに向かい合わせに寝転がり、東郷さんは頬を赤らめながらも私の身体に腕を回した。

ああ、安心する。東郷さんの温もりと匂いに包まれて私は目を細めながらこちらも腕を彼女に回す。

 

「は、恥ずかしいから友奈ちゃんが寝るまでだからね」

「ありがとう。嬉しいなぁ……ん~♪」

「ひゃん!? くすぐったいわ友奈ちゃん」

「よいではないかーよいではないかぁー」

「もぅ。困ったさんね……よしよし」

 

撫でてくれるその手が気持ちいい。

私の軽口にも戸惑いながら受け止めてくれる。本当は私に訊きたいことはたくさんあるはずなのに、訊かないでいてくれた。

それがよくないことなのは私がよく知っている。でも、今は……今回の件だけはその優しさに甘えさせてください。そうしていればみんなにこの『呪い』の影響を受けることはないから。

 

 

 

 



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二十九話

 

 

 

 

その日はとてもぐっすり安眠出来た気がする。

東郷さんの温もりを、感触を堪能しながら一夜を越すのは私にとって活力に繋がるものだった。

 

「友奈ちゃん。朝だよ」

「……ふぁーい」

 

いつものように起こしてくれる。変わらず東郷さんは自分の支度は既に済ませていて、昨日添い寝してくれてたのは夢じゃなかったんではないかと思うほど自然体だった。

 

「東郷さんはいつの間に起きたの? 全然気がつかなかったよ」

「日付変わる前ぐらいかな。私も友奈ちゃんを抱きしめて安心して寝ちゃっててそこから一回帰らせてもらったの。友奈ちゃんはぐっすり寝てたね」

「へぇー…」

「流石に夕食抜いたからお腹空いたでしょ? 用意できてるから下で食べようよ友奈ちゃん」

「う、うん。そうだね」

 

自分の失態に気恥ずかしそうにしているけど、そんなことはない。

私は身体を起こして着替えようとパジャマに手をかけた所でピタッと動きを止めた。

私の衣服の下の状況を忘れる所だった。見られるわけにはいかない。

まだ胸元辺りに刻まれているけど、見られないなんて保証はない。もし、知られてしまえばそれは『真実』だから東郷さんに悪影響が及んでしまうのは必然だ。

 

「…? どうしたの着替えを持って」

「お、お手洗いにいくついでに着替えてきちゃうね! 東郷さんは先にリビングに行っててよ」

 

私は乾いた笑みを浮かべながら返答を待つまでもなく部屋を後にした。違和感は拭えないだろうけど、いつどの対応で『呪い』が発動してしまうのか分からないので多少強引でもやっておいた方が相手に降りかかるリスクは最小限に済むはずだ。

 

(────これで、いいんだ)

 

それに気を付けてさえいれば、なんてことのない日常を過ごしていけるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

学校での生活は体育の授業ぐらいしか衣服に手をかけないのでそこのところは安心なのかもしれない。

授業を聞きながらノートをとるそのペン先はイマイチノリが悪い。

 

(…このことは『大赦』にでも聞いてみたらいいのかな)

 

専門……の組織なのだから何か解決策をと思ったけれど、考えてみたら下手に口にした所で被害が拡大する恐れがある。よく映画とかである細菌兵器みたいに人から人へ────なんて考えただけでも恐ろしい。現状は東郷さんの件のように一人で何とかしないといけない状態なのかもしれない。

 

お昼も喉の通りが悪い気がした。それは考えすぎなのか、『呪い』の影響を受けてしまったせいなのか定かではないが不自然な行動だけは控えないといけない。無理やりにご飯を胃袋へ流し込んだ。

夏凜ちゃんもそのっちさんも東郷さんのフォローのおかげか、心配そうな視線を感じる以外はいつも通りに接してくれている。ありがとう。

 

「──にしても困ったもんだわ。寒くなってきた時期にエアコンが壊れるなんて」

「ね〜。私なんてついこの間ホータイとれたばっかりなのにまた巻き巻きなんよー」

「夏凜ちゃんは仕方ないにせよ、そのっちは不注意なのだから気をつけてね」

「だねー。火傷注意〜」

 

なんて会話を耳にした時に私は驚かされた。これは偶然なのか、と。

訊けば東郷さんもつい最近取り替えたばかりの電灯が急に切れて困っていたみたいだった。偶然にしては昨日のひと時に起こっている出来事が多すぎる気がした。

 

「友奈ちゃんは──特に大丈夫そうだったわよね確か」

「う、うん」

「そういえばフーミン先輩たちも昨日鍵を無くして大騒ぎだったみたいだよ」

「偶然…? にしては私たちの周りに起きてることが多いわね。友奈は大丈夫みたいだったようで良かったけど」

「ごめんなさい……っ。」

「くす、どうして友奈ちゃんが謝るのよ。何もなくて安心したわ」

 

私の謝罪は聞き流されてしまったけれど、もしかしたら──いや、もしかしなくても私のせいなのかもしれないの。

しかしそのことを口にすることは許されない。今も喉から出かかった言葉に対してチリチリと胸元の『刻印』が疼いていたのだ。それが殆ど証拠として証明されているということになる。

 

「…………?」

 

ぴたっ、とそのっちさんと一瞬視線がぶつかる。いつものほんわかした様子でない、東郷さんを救出しに行ったときと同じような表情。

私は思わずさっと視線を逸らしてそのまま東郷さんたちの会話に戻っていく。そのっちさんの顔はその時は見れなかった。

 

こうして放課後になって私たちは部室に赴く。

部室でも先ほどの話が話題に上がり、風先輩と樹ちゃんも頭を悩ませていたようだった。

やっぱり私の周りの人間に何かしらの『不幸』となって伝染している気がした。昨日の去り際に視た『刻印』に似た紋様が皆に一瞬浮き上がっていたアレのせいなのかもしれない。

でも私のように刻まれているわけではなさそうだ。もしそうだったら大騒ぎしているだろうし、大赦の重鎮である『乃木』が黙っていないだろうから。

 

「やっぱり勇者部全員厄払いでも行った方が良いんじゃない?」

「そんなこといわないの夏凜。たまたま重なっただけでしょ」

 

そんな会話を余所に私はパソコンでいつものように仕事をこなしていく。焦りと不安を押し殺すように、キーボードに打ち込んでいった。

 

「────あ、そうだ友奈。ちょっと付き合ってくれる?」

「え? なんですか風先輩??」

 

仕事に集中していたせいで会話の流れが分からない。風先輩は私のもとに来ていて肩をぽんと叩いてくれた。

先輩は微笑みを崩さずに言葉を続ける。

 

「たまには友奈と活動したくてね。ついて来てくれる?」

「それはいいんですけど……えっと」

「今やっている仕事は私に任せて友奈ちゃん。風先輩についていってあげて」

「わ、分かりました!」

 

先輩のお誘いに東郷さんは仕事を代わりに請け負ってくれて私たちは二人で部室を後にした。

前を行く先輩の横に並ぶように歩調を合わせて私は訊ねる。

 

「なにかの依頼でしょうか?」

「んー……まぁね。ちょっとそこの自販機に寄りましょうか」

「へ? はい」

 

中庭辺りで先輩はベンチのある場所に私を座らせて、飲み物を買いにいった。喉でも乾いたのかな、と思っていたら先輩はその手に二つの飲み物を持っていてそのうちの一つを私に手渡してくれた。

 

「ほい、先輩のおごり。寒いからココアにしておいたから」

「あ、ありがとうございます。あの……お金」

「だから奢りって言ったでしょー? ほれほれ」

「い、いただきます……?」

 

カシュ、とプルタブの音を響かせて先輩は飲み始める。私は疑問符が残るばかりのままプルタブに指先を当てるけど、うまく力が入らなくて中々開けるのに苦労してしまう。

 

「ん? 開けられないの??」

「あ、あはは……手が冷えちゃって、ですね」

「なら開けてあげるわよ……ん、ほら」

「どうも……いただきます」

 

小さく会釈して私も受け取ったココア缶に口をつける。温かく甘い味が舌を伝って喉奥に流れていく。ほう、とため息が漏れて白い息が薄く空気に溶けていった。

しばし飲み物を堪能しながら目先の風景を眺める。先輩も飲み口に口をつけたまま空を眺めていた。

そんな穏やかな時間が流れていくなかで、徐に先輩は口火を切った。

 

「ねえ、友奈。なにか悩み事があるんじゃない?」

「────っ。どうして、そう思ったんですか」

 

視線を風先輩に向けてみるけど、変わらず先輩は遠くを眺めていた。

 

「んー……まぁ色々とよ。昨日のこともそうだし、なんだか思い詰めているような顔してるからね。気になっちゃうのよ、先輩として姉として」

「先輩は樹ちゃんのお姉さんですよ」

「あたしにとっては友奈は妹みたいなものよ。で、どうなの?」

「いいえ。なにもないですよー?」

 

ココアを両手で握りながら私は首を横に振る。

 

「あっ! もしかして恋愛のことかしら~?」

「れ、恋愛!?」

「東郷と喧嘩でもしたのかしら? いや、でもどちらかといえば悪いというより近頃は親密な気が────」

「へ、変な勘繰りはやめてください先輩ぃー! そんな、だって……恥ずかしいですよぉ」

「あ、否定はしないのね。ご馳走様」

 

南無南無と手をすり合わせている先輩だけど、表情はどこかまだ探りを入れているような気配がした。

 

「ま、冗談はこの辺にしておいて。昨日の話なんだけどさ、何を話してくれようとしたの(、、、、、、、、、、、、、)?」

「……っ!?」

 

しまった……これが本題だったようだ。身体が思わず強張ってしまう。ど、どうしよう……。どうやって切り抜ければ。

 

「確かなにかを喋ろうとしてたわよね? んーと。私はー……って感じでなんだっけ?」

「ま、待ってください先輩。ほら、部室に戻りましょうよ! 身体冷えちゃいますから!」

 

チリチリと『刻印』から熱を感じ始める。いけない。またあの『腕』がくる────。

 

「結城友奈じゃないって……どういう────」

 

風先輩の言葉は最後まで言われることはなった。止まってしまった(、、、、、、、、)

直後に激痛が身体を蝕み始める。痛いけれど動くことが出来ないので耐え続けるしかないが、そうも言ってられない。

 

『刻印』から赤黒い『腕』が姿を現す。探るようにその指先は風先輩のもとに進んでいくと、前回よりも色濃く映る『紋様』へその爪先を引っ掛けていた。

 

────彼女に触れないでっ! やめて! やめて……ください。やるなら私に。私だけにお願いしますッ!

 

はたして思いは届いたのか。

それ以上は何かするわけではなかったその『腕』は、あの時と同じで戻る直前に私の『ナニカ』を万力の如く握り締めてから姿を消した。

そうして世界は再び元に戻る。

 

「────意味って。友奈? どうしたの??」

「……………………なんでも、ないですよ? あはは」

「そんな青い顔で言われても平気なわけがないじゃない。ああ、ごめん。さすがにこの時間帯だと寒かったのよね。戻りましょうか」

「そうしてもらえると……助かります」

 

私はなるべく笑顔を作って先輩に向ける。慌てた風先輩は立ち上がって私も後に続いて立ち上がる。

 

「────ごほ。けほ」

「あわわ……咳まででちゃった!? ささ。早く戻りましょ。ごめんね気が利かなくて」

「……そんなことないですよ。んんっ……心配してくれてありがとうございます」

 

私は咳を押さえた手を先輩に視えないように後ろ手に隠した。そうして笑みを浮かべておく。本当に大丈夫だと思わせて。安心させて。

こうして私たちは部室に戻っていく。私は手のひらに残る粘つく生暖かい感触が嫌というほどに脳に伝わってくる。

少し前を歩く先輩に隠れて私はチラッと自分の手のひらを視界に収めてみたらやはりというか、結果が残っていた。

 

 

 

────その手は赤く、朱色に塗られていたことに。それはまぎれもない、自分自身の血液だという事実がこの手に。

 

 



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三十話

大変遅くなりました。三十話になります。

そしてここで一章ラストとなります。



◾️

 

 

……吐血をしてしまった時は驚いたけれど、それ以降は特に痛みがなくてある意味良かったと思えた。

 

部室に戻る時にトイレで手を洗ってその後はいつも通りに活動を行う。先輩もタイミングがズレてしまったのであの会話以上のことはしなくて私は安心した。

でも心配ごとがもう一つ。あの時に『腕』の指先が風先輩に触れていたことだ。

特別彼女を見るに体調の変化などはないようだが、昼間にみんなが話していた小さな『不幸』が押し寄せてくるかもしれない。

 

「あ、あの風先輩! 樹ちゃん」

「ん? どしたの友奈」

「どうしたんですか友奈先輩?」

 

解散して帰宅しようとしていた二人を呼び止める。不思議そうに見てくる二人に私は一つ提案してみる。

 

「今日一緒に帰ってもいいですか?」

「あら。でも友奈の家って反対じゃなかったっけ?」

「えと……実はそっちにあるスーパーに寄りたくて」

「そう…? まぁあたしたちは別に構わないけどさ。樹もいい?」

「うん。じゃあ一緒に帰りましょう友奈先輩」

「ありがとう。じゃあ東郷さ──」

「なら私もついて行こうかしら。友奈ちゃん帰りが一人になっちゃうから私も行くわ」

 

今日は一緒に帰れない旨を伝えようとしたら有無を言わさずに東郷さんも同行することを告げてくる。

少し不安が残るけど、私は頷いて四人で帰ることになりました。

 

夏凜ちゃんとそのっちさんは既に帰っている。夏凜ちゃんはその足で鍛錬に、そのっちさんは送迎があるので大体はこの面子が最後まで部室に残ることが多い。

先輩たちはいつも自転車で登下校しているので、自転車を降りて並んで歩いてくれている。日が落ちるのが早くなってきているので既に夕日は沈みそうになっていた。

 

「スーパーってことは何か作るのよね? 友奈が珍しいじゃない」

「そ、そうですかね。東郷さんに触発されて私も料理を作ってみようかなぁーって考えてまして」

「友奈ちゃん……その心意気は素晴らしいわ! そういうことなら私も力になるから」

「ありがとう東郷さん」

「はぁ……誰かさんにも見習わせてあげたいところだわね〜」

「もぅおねーちゃん! それってわたしのこと?」

 

夕焼けに照らされる中でそんな会話をしながら帰路についていた。今のところは特に変化は見られない。周囲を見渡してもそれは同様のようで一先ず安心する。いや、

 

(油断しちゃダメ……あの時、確実に風先輩に『腕』が触れてた。良くないことが起こる……起こってしまう)

 

内にある不安が拭い去れない。

今はこうして理由をつけて一緒に行動できているけど、もし家に帰った後とかに『不幸』が降りかかってしまうとどうしようもない。真実を告げることができれば色々と対応できるかもだけど、それも叶わない今では風先輩は私自身が何とか守るしか手立てがないのだ。

 

しかしその意識を保ったまま既に帰路は半分を過ぎようとしている。

私の警戒心とは裏腹に不気味なまでに何もない状態が続いていた。談笑をしながら並んで歩いているところで横断歩道の信号が赤になる。

 

「…………、」

 

車通りが多いわけではないこの道路。でも信号が赤なのでみんなは立ち止まる。

 

「いやーそれにしても楽しみだわぁーイベント」

「本当応援してるわ樹ちゃん」

「はい、頑張ります」

 

樹ちゃんの出演するイベントについて話している間に信号が青になる。数台の車が通り過ぎ、それらを見送ると私たちは横断歩道を渡り始めた。

────その一瞬だった。

 

「────えっ?」

「すみません風先輩ッ!!!」

 

風先輩が先に進んだ時に後ろに居た私は一番に気がついた。いや、気がつけた。見晴らしのいい道路……私たちは車が来ているのに無理に渡ろうとはしていないし、本当なら向こう側からしても私たちの姿は捉えることが出来たはずだ。

 

「きゃっ!? ゆ、ゆう───」

 

風先輩が驚き私が押した先に倒れる。でもそのおかげでズレることが出来たので内心安堵する。私は今し方風先輩の居た場所につんのめる形で入れ替わり直後にトラックがこちら側に突っ込んできた。

 

────これがきっと『呪い』のせいだと私は理解する。

 

視界がスローに、ゆっくりに変化する。これ程までに徹底してくるのかと私は下唇を噛んで悔やんだ。

樹ちゃんは驚いている様子だけどその場から動けないでいる。反応が追いつかないようで、でもそれは仕方ないことだと私は思う。

 

押した先の風先輩の側には『精霊』が出現していた。恐らく主人を守るために出てきたのだろう。私はこの前の一件で『精霊バリア』を張ることが出来ないために牛鬼の守りは意味をなさない。

 

ぶつかる。そう考えると同時に友奈ちゃんに申し訳ないと思った。でもこれも全て私が撒いてしまった種だから自業自得なのかもしれない。

 

「──友奈ちゃんっ!」

 

迫りくる痛みに覚悟していたが、その痛みがくることはなかった。

偶然か否か、私の体は抱きしめられて風先輩の目の前まで倒れ込んでいた。一体何が起きたのだろうかと疑問を抱いていたら、視線の先には急ブレーキをかけたトラックが視界に収まっていた。

 

────え?

 

「東郷……さん?」

「…………、」

 

痛みがなかったけれど変わりに衝撃が響いてきたのは感じ取っていた。私は助けられたのだと自覚するその先には、私を抱きしめたまま動かない東郷さんの姿が目に映る。思考が、頭の中が真っ白になってしまう。

 

「東郷さん……東郷さんっ!!?」

「ちょ、ちょっと東郷! しっかりしなさい!」

「お姉ちゃん、友奈さん、東郷先輩っ!!」

 

自転車を倒して樹ちゃんが叫びながら駆け寄ってくる。

私は抱き抱えて東郷さんの様子を確認すると、額から赤い血筋がポタポタと垂れているのを見つける。

 

────私のことを身を挺して守ってくれたのだ。

 

「嘘……だよね? 東郷さん。目を開けてよ」

「ぐっ……待ってなさい。救急車呼ぶから」

「東郷先輩!! しっかりして下さい!」

 

呼びかけるが意識がない。それが意味することを、最悪の状況が脳裏に過った。震える身体を抑え、私は彼女の胸に顔を持っていって心音を確認する。

 

微かに鼓動を感じとれた。私は彼女の口元にも同様にしてみるとこちらも呼吸をしてることが分かった。

生きてる──私はハンカチを取り出して患部を抑えておいてそれ以上は無闇に動かなさないように抱え込んだ。

 

「友奈さ……と、東郷先輩大丈夫なん、ですか?」

「うん、息はしてるから安心して樹ちゃん──っぁ」

「友奈さん!? もしかして怪我を……!」

「わ、私は平気だから……風先輩に伝えておいてもらってもいいかな?」

「は、はいっ!」

 

向こうでトラックの運転手を捕まえて話している先輩の元に樹ちゃんを向かわせる。視線で彼女を見送ると私は抱き抱えている東郷さんに視線を落とした。

 

「ごめんね東郷さん……私のせいでこんなことになっちゃって」

 

抱える手の力が籠る。風先輩を救えたと思ったら、今度はその『呪い』が目の前の彼女に牙を剥いてきたのだ。

中心に居た私はかすり傷一つついていないことが物語っている。でも今の私には謝ることしか出来ないでいた。

 

「私……みんなの所にいちゃダメだ。こんなに苦しむならいっその事こと──っ!」

 

悔しくて悔しくて仕方ない。ズキズキと熱を帯びる『刻印』が私の表情をより一層歪ませてくる。

私にできることは…………あまりに何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

救急車は直ぐに駆けつけてきてくれた。そこから私を含めて全員が病院へと向かうことになった。

移動の最中に風先輩が夏凜ちゃんとそのっちさんに連絡を入れて二人も同じようにすぐに駆けつけてきてくれた。

 

東郷さんは私たちとは違う場所に連れて行かれて治療を受けている。

幸いにも彼女が守ってくれたおかげで風先輩は擦り傷などの軽傷で済んだのだ。先輩に対する『呪い』は抗えた──はずだったが、その跳ね返りが他の……東郷さんに向けられてしまったのは本当に予想していなかったことだった。

 

「風っ! 樹、友奈……東郷の容体はどうなのよ?」

「今も治療中だから何とも言えないけど……命に別状はないみたいよ、幸いにもね」

「そう……アンタは平気なの?」

「あたしは平気よ。友奈が咄嗟に押し出してくれて助かったから……でも」

「……友奈」

 

みんなから離れた位置にある椅子に私は腰掛けていた。手には血塗れのハンカチを握りしめて東郷さんの帰りを待ち続ける。心配してくれている声が聞こえるけれど、私はボーッとその様子を他人事のように聞き流していた。自分でも考えている以上に疲労が重なってきているのかもしれない。でもそれすらも他人事のように思えてしまう。

 

「──ゆっちー」

「……。」

 

見かねたのか目の前にそのっちさんが膝を折って私の視界の中に入ってきた。チラッと目だけを動かして私はそのっちさんを見つめる。

その表情からは何を考えているのか読み取れない。

 

「怪我、してない?」

「……うん」

「わっしーは大丈夫だから。わっしーもゆっちーが怪我してなくて安心してるよ」

「…………っ」

「ねぇ、ゆっちー…」

 

そっとハンカチを握る手に彼女は手を重ねてきた。温かい手。優しさが手から伝わってくる。けれど、それすらも私は遠くを眺めるような感覚で感じ取っていた。

そのっちさんはそんな私を見て何を思っているのだろうか。

 

「……わたしの勘違いだったら謝るけど。何かゆっちーはみんなに言えない事があるんじゃないかな──」

「──っ!!?」

 

そのっちさんの言葉を聞いて咄嗟に身体が動いてしまう。びくっと震わせた手は彼女の手を払い除けてしまった。

「あっ」と小さく声が漏れる。どちらからか、いや…両者から漏れた声かもしれない。けれど訂正していく気力がない。なんだか……今は取り繕うのも疲れてきた。

 

「……ゆっちー」

「どうしたの二人とも? 友奈?」

「フーミン先輩。何でもないっスよー、ちょっとわたしの手が冷たくてびっくりしちゃっただけだよね〜ゆっちー?」

「……はい」

「助けてもらったあたしが言うのもなんだけど……気を確かにね、友奈。あとさっきは助けてくれてありがとう」

「いえ。無事で本当に良かったです先輩」

「…………乃木、友奈をよろしくね」

「任されました〜」

 

いつもの調子を崩さないでくれる彼女に私は幾ばくか気持ちが楽になる。先輩も気を利かせてそのままそのっちさんに任せてくれた。

 

「──っ! 東郷っ!」

 

そうしてしばらくしているうちに。

夏凜ちゃんの声が耳に届いた。驚くような、不安げな声色によって全員の顔が上げられる。治療室から看護師たちと現れたのは、痛々しくも包帯の巻かれた東郷さんの姿だった。

 

みんなは一目散に駆け寄る。

 

「良かった東郷無事で……!」

「お騒がせしました風先輩。樹ちゃんも不安にさせてごめんね」

「東郷先輩っ! 本当に良かったです……ほんとにぃ…」

「大事ないのね東郷」

「うん、夏凜ちゃん。見た目ほど酷くないから安心して。頭もちょっと切ってしまっただけだから」

「わっしー元気そうで安心したんよ」

「そのっちも心配かけてごめんなさい」

 

言葉を掛け合いながら東郷の帰りを向かい入れた。私はそんな様子を一歩離れた所で見つめる。どう声をかけたらいいのか分からない。手元をもじもじさせるだけでそれ以上踏み込めない。

 

そんな東郷さんと私の視線が合う。

 

「友奈ちゃん……怪我は、無いみたいで良かったわ」

「……ぁ。ごめんなさい東郷さん。私のせいで──」

「ううん。本当に気にしないで。あのまま動かなかったら誰かが危ない状態になっていたかもしれない……ちょっと不格好だけど大事ないから安心してね友奈ちゃん。それに言ったでしょ? 私は生きるって、ね?」

「でも……でもっ! ──っ。」

 

優しい東郷さんのことだからこういう言葉を投げかけてくれることは分かってる。けれど今回のは全部私のせいなんだから自分の心配をして欲しい。

 

「ご家族の方は──」

「今こちらに向かってるそうなので、それまではわたしが説明を受けます。乃木さんちの園子です」

「乃木様……わかりました。では、こちらに」

「ありがとうそのっち」

「気にしないで〜。じゃあみんなわたしが後やっておくからもう夜ですし解散しておきましょう。連絡は後ほどしますのでー」

「……それもそうね。なら、頼んだわよ乃木」

「あいあいさ〜」

 

敬礼しながら看護師たちと一緒にそのっちさんは歩いて行った。通り過ぎる最中に私と東郷さんの視線がぶつかるが、咄嗟に目を逸らしてしまう。彼女も何が言いたげだったけど、口を紡いだまま運ばれて行ってしまった。すれ違う私たち。

胸の辺りを押さえて私は……

 

 

「──じゃあ私も帰りますね!」

「友奈……一人で大丈夫なの? なんなら一緒に送って……」

「お気遣いありがとうございます風先輩! でも、私は大丈夫なので……それじゃあ!」

「あ……友奈!」

 

夏凜ちゃんの声が聞こえたけど振り向かずに足早に行く。

きっと今の笑顔は場違いで不自然だったのかもしれない。それでも無理矢理にでも離れたかったんだ。もうこんなことは懲り懲りだから。

 

廊下の角に差し掛かった所で私はダッシュで病院を後にする。走る時、息をする時にジクジクと痛みが襲うけどそれでも一心に駆け出した。

 

「はっ、はぁ……ぜぇ!」

 

息が切れるのが早くなってる気がする。疲労も溜まるのが早くなっているのも分かる。それは恐らく『呪い』の影響が色濃く出始めてきた証なのかもしれない。

 

「あぁぁっッーー!!!」

 

叫んだ。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだったから。誰もいない道を走る。

どうしたらいいのか、今の私は分からなくなっていた────。

 




風先輩の『呪い』を回避させるために一緒に下校する。→風先輩は事故に遭わず回避出来たが、代わりに東郷さんがその役割を担うハメになってしまった。

精神的に摩耗されていく『私』は『呪い』と共に更に蝕まれていく。
一章はここまでとなります。次話から二章に突入となりますのでよろしくお願いします。


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二章『私は私を見つめる』
三十一話


二章開始


◾️

 

 

 

勢いよくシャワーのお湯を出して頭からかぶる。髪が濡れて滴り落ちていく様子を呆然と眺めながら私は目の前の鏡を見つめる。

 

「……酷い顔。はは」

 

疲労やら何やらと滲み出ているその表情に私は自嘲を含んだ笑いを溢す。目線を少し下に下げればそこには『刻印』が存在感を現すように広く刻まれていた。

最初の頃に比べて『刻印』の範囲がおへその辺りまで伸びている。時間の経過もそうだが、恐らくあの『腕』によるものが大きいのかもしれない。

『私』という命が削られていくのが判る。擦り減らすように、微塵も跡形もなく消し去ろうとする『呪いの意志』のようなものを感じられるほど。

きっとこのまま放置していたら『私』の命は潰える。そう考えたら言いようのない不安や孤独感が押し寄せてくる。

それは『友奈』ちゃんに肉体を返すことができないから? それとも東郷さんたちとも会えなくなってしまうから? それとも…………『私』という存在が消えてしまうから?

 

……分からない。

今の私は何をしたいのか、どこに着地すればいいのか分からないでいる。

 

「…………。」

 

無言のままバスタオルで身体を拭いて着替える。あの後はそのっちさんから連絡が入り、東郷さんは数日間入院する運びになったようだった。後遺症も、後を引きずるような怪我もないようなので本当に良かった。でも、その要因が私だということでなんて声を掛けていいのかわからない。

ぐるぐる目が回りそう。頭を押さえながらリビングに向かうと私の足は一旦歩みを止めた。

 

「……なんで大赦の人がここに?」

『お待ちしておりました、勇者様』

 

両親と、対面に面を被った『大赦』の神官が一人その場に居た。様子から察するに何か話し合いをしていたようだが果たしてその内容はなんなのか。

私の訝しげな視線を受けて目の前の神官は口を開く────。

 

 

 

 

 

時をしばらく、私は自宅を後にしていた。

まだあの事故から半日と経っていない内に私は対面に座る神官たちと共に車で何処かに連れて行かれている最中であった。

運転席には別の人間がおり、私の向かい側に座るその人──安芸さんは平坦な声色で話し始める。

 

『ご協力感謝します。神託が下り、結城様をお連れする様にありましたのでこちらから赴いた次第です』

「……神樹様は知っているんですか?」

 

何を、とまでは口にしない。口にしたならば直ちに『呪い』が周囲に襲い掛かるからだ。────私に対して神託が下るのなんて現状は『呪い』関係しか思い当たる節はない。私の問いかけは静寂によって答えられた。

 

暗い道を走る車の窓の外を眺める。

タイミングは良かったのかもしれない。今は勇者部の人たちに影響が及ばない場所に身を隠したかったから。これ以上、私のせいで誰かが傷つくなんて嫌だから。

 

『──私共も神託によって状況はある程度把握させてもらっています。故に直ちに対処しなければならないのです。しかし現状結城様の精神面での療養が先決……そのためにもある施設に結城様をお連れします。ご両親も承諾を頂いております』

「学校も、ですか?」

『はい』

 

それならお言葉に甘えさせてもらうとする。状況を打破する術を手に入れないことには私はあの場所に戻れない。そのための切っ掛けを大赦の人たちが提供してくれるのならばそれに乗っかることにする。

安芸さんは『施設』と口にした。何かの保護施設、あるいは病棟そこらへんを想像したがどのように私はなってしまうのだろうかとボンヤリと考えていた。

 

『──本来の任務ならばあの子たちは勇者との接触は避けるべきことなのですが……状況が状況なので致し方ありません。結城様の案内役として彼女を連れてきました』

「……よろしくお願いします」

『……。』

 

安芸さんの会話中にも無言で隣に座るその人に私が挨拶をすると、会釈だけしてくれた。言葉数の少ない人なのかもしれない。

車に揺られ続けること数分で再び沈黙が場を支配する。

 

「……安芸さん、すみません。その場所に着くまで少し仮眠を取っていいですか? ちょっと……色々あって疲れてしまって」

『構いません。どうぞ』

「はい……」

 

何分で到着するのか分からないけど、目を閉じて視界と意識をシャットアウトする。こうでもして少しでも混濁する思考を何とかしたかったから。

 

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

『──着いた』

「……………ん、っ」

 

小さく告げられる一言に私の意識は浮上する。相変わらず頭痛やらと痛みによって現実に引き戻されてしまうが、どうやら車の揺れはいつのまにか無くて目的地に着いたことを教えてくれた。

 

けれどそこで少し違和感を覚える。私は座っていたはずだ。

なのに目覚めたら視界は横に倒れていて側頭部からは柔らかい感触を感じるのは何故か。

対面に座っていたはずの安芸さんの姿は目の前に無い。ならこの感触の主は──、

 

「……す、すみません。重くなかったですか」

『──問題ない。それより待たせてるから行こう』

「は、はい」

 

……? 口調もそうだが、どこか私と歳が近いように思える雰囲気を感じ取った。それは話し方のせいか分からないけど、確かに安芸さんを待たせているのは事実なので私は起き上がって乱れた髪を整えて車内から外に出た。

変わらず夜のまま。だけど私の視界にはある建物が目に入った。それは上へ上へも見上げるも収まりきらない建造物。以前調べ物をしていた時に確か目にしたことがある気がする。

 

「ここって──『ゴールドタワー』ですか?」

『…ん』

「…あれ? その反応の仕方──あ、待ってくださいよ」

 

短く発した一言に私はまさかと過るが、その人はさっさと建物の入り口の方に歩いて行ってしまう。慌てて後を追いながら改めて眼前の建物を見上げた。

 

────ゴールドタワー。

 

何かの資料で見た限りでは観光地の一つだったはず。『私』としては来るのは初めてだけど、友奈ちゃんはここに来たことはあるのかな?

 

でも今はその側面はなく、この土地周りは一般人の立ち入りは出来ないと聞いている。私は前を歩くその人の後ろについていく。

 

「ここって……」

『細かいことはよく分からないけど、建物内は色々改造して一つの寮のような形にしてあるみたい』

「そう、なんですね……しずくさん」

 

私は目の前の神官──を装った山伏しずくさんの名前を呼んだ。ぴたっと歩みを止めた彼女はくるっと振り返ってその顔に着けていた『面』を外して見せた。

 

「……結城。気がついてたんだ?」

「ここまで来れば流石に分かりますよ。お久しぶりです、元気でしたか?」

「……ん。結城は──元気じゃない、か。疲れた顔してる」

「──あはは」

 

乾いた笑いで誤魔化して再会の挨拶を済ませる。でも、驚いた。まさかこんな形で彼女と会うとは思っても見なかったから。

シズクさんとはこの前会ったけどしずくさんとは間が空いてしまっていたのでここは素直に喜ばしいことだった。

 

「しずくさんたちの話していた『寮』って、ゴールドタワーのことだったんですね」

「ん。黙っててごめん」

「気にしないでください。お互い事情があるわけですし……私としては完全に見知らぬ場所に連れてこられるよりかはしずくさんの居る所に来れて嬉しいですから」

「そう言ってもらえると助かる。ついてきて……神官の所に案内する」

「はい」

 

いつの間にか薄らいできた痛みを抱えて、私は改めてしずくさんと共にタワー内部に足を踏み入れる。

夜も時間が経ち、薄暗い室内には人の気配は感じ取れない。『寮』としての体なら所謂『消灯時間』なのだろうか。

 

エレベーターの中に二人で入ってしずくさんは所定の階のボタンを押す。そうして扉を閉めたらすぐにエレベーターは動き始めた。

ガラス張りの外の風景は昼間はよく景色が見えることだろう。

 

「……まさか結城がここに呼ばれるとは思わなかった」

「偶然……ではないんでしょうね。安芸さ──神官さんからは何か聞かされているんですか?」

 

私の言葉にふるふると首を横に振るしずくさん。どうやら彼女もこれから事情の説明を受けるようだ。

すぐに到着音が耳に届き扉が開けられる。内装はどこもかしこも観光場所というより生活感の方が強い印象を抱いた。

 

歩いてすぐの一室の扉の前に立ったしずくさんはコンコン、とノックをしてみせた。

 

「山伏しずく……です。入ります」

『どうぞ』

 

入室を許可された私たちはそのまま部屋に足を運んだ。

事務室のような、他と比べて場の雰囲気というかそういうものが違う一室。こちらも例えるならば『寮長室』と言うべきか。

その中で先ほどまで一緒にいた安芸さんがそこに居た。相変わらず仮面を着けたままで。

そしてもう一人、その場に並び立つように少女が居る。

 

「……楠」

「案内役ご苦労様ねしずく」

「…ん。問題ない」

「その子が──」

『先程話した通り、現勇者である結城友奈様です』

「……えと、初めまして。結城…友奈、です」

「…………えぇ。こちらこそ初めまして。このゴールドタワーに所属する『防人隊』の総指揮を務めている楠芽吹よ」

 

凛とした佇まいで挨拶を交わす楠さんはどこか勇者部の彼女を連想させた。

 

『──挨拶も済ませたので、本題を。結城様、単刀直入に申し上げます……しばらくの間、貴方様にはこのゴールドタワー内で彼女たち防人隊と共同生活をして頂きます』

「────えっ?」

 

こうして告げられた言葉に私は、ただただ呆気にとられているばかりであった────。

 





『私』となって幾つもの行動の変化の果てに『防人隊』と接触することになった。
本来は交わることのないのですが、『オリジナル展開』ということで一つ。

二章は『ゴールドタワー』内でのお話になります。


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三十二話

◾️

 

 

最近は眠りにつくのがちょっと嫌だった。

痛みを感じてしまう夢。炎に焼かれる私と大切な人たちが同じような目にあってしまう────ざっくりとそんな夢の世界。

起きてみれば『夢』だと自覚できるけど、夢中ではそうはいかずに魘されてしまう毎日だと思われる。

 

「……っ。は、ぁ…」

 

本日もその例に漏れずに嫌な汗をかいて目を覚ます。知らない天井────というのも当然で、私は昨日から『ゴールドタワー』に安芸さんに連れられて身を置いていた。

身体を起こして辺りを見渡すと生活感のある光景が目に映る。それも当然で、私は相部屋をお願いしてここに居座らせてもらっている。相手はこの敷地内で唯一見知った関係の伏見しずくさんのお部屋だ。

 

「しずくさん……あれ、いない?」

 

急ごしらえもあって敷布団で寝ていた私は、ベットの方に視線を向けるが部屋の主たるしずくさんはそこで毛布を膨らませてはいなかった。

身体の軋みに顔を顰めながら私は時計を見るとまだまだ早朝の時間帯だ。何しているんだろうと、私は洗面所で顔を洗って眠気を覚まさせると上着を羽織って扉の外に出た。

 

「……さむ」

 

やはり人の気配はない。まだ起床時間ではないのだろうこの時間に何処へ行ったのか。冬になりつつある気候に息を白く染めながら私は来た道を歩いていく。

 

『──おはようございます。結城様』

「ひゃう!? あ、安芸さん! お、おはようございます」

『どうかされましたか?』

「えっと……朝起きたらしずくさんが見当たらなかったので探していたんです」

『なるほど。では丁度良かったのでついてきてください』

「は、はい…?」

 

少々思案した後に安芸さんは私についてくるように促した。行くあてもなかったので了承しつつ二人でタワー内を歩いていく。

そういえばこんな朝早いのに神官服を着ている安芸さんは一体何時から起きているのだろうかと小さな疑問を抱いた。

 

「安芸さんって朝早いんですね」

『そうでしょうか。まぁ……日が昇るよりかは早いかもしれませんが。そうなると睡眠もどちらかといえば仮眠に近いですね』

「か、身体に悪いですよ。ちゃんと休んだ方がいいんじゃないですか?」

『お気遣い感謝します。ですが、もう慣れているので──到着しました』

 

受け身ではあるけど会話をしながら着いた場所──というかタワーから出てすぐの所で安芸さんは歩みを止めた。

しかし周囲にはしずくさんどころか人一人居ない。その様子を知ってから安芸さんはとある場所に顔を向けた。

 

『そろそろ……あぁ、丁度戻ってきましたね』

「え、あ……!」

 

視線の先には三人の姿を捉えた。その中にしずくさんがいて、隣に昨日紹介された楠芽吹さん……それとその隣に居るのはー…。

 

(防人隊の誰かだよね? 何か楠さんと競っているような)

 

身なりからしてランニングをしているようだ。けれど私たちを見つけた三人はそのペースを一気に倍近くに上げてダッシュしてきた。

そうして一番にここにたどり着いたのは楠さんだった。息一つ切らさない彼女はとてもカッコよく見えました。

 

『…おはようございます楠さん』

「おはようございます。珍しいですねあなたがここにいるなんて……って思ったら友奈も来てたのね。おはよう」

「…ふぅー。おう結城! 起きたか」

「おはようございます楠さん、シズクさん……あと、えっと」

「ぜぇ…ぜぇ……芽吹さんもシズクさんも速すぎですわ。おや…? 見慣れない顔ですわね」

 

次いで息を整えながら来たのはシズクさんだ。昨日は会えなかったので顔が見れて嬉しくなる。そして最後に息を切らしながら来た人が私の存在に気がついて首を傾げていた。

 

「そういえば弥勒さんに紹介してませんでしたね。昨夜から急ではあるんですが、しばらくこのゴールドタワーで生活することになった結城友奈よ。友奈、この人は弥勒夕海子さん」

「ゆ、結城友奈です。弥勒さんよろしくお願いします」

「これはご丁寧に。紹介に預かりました弥勒夕海子ですわ。さっそくですが結城さんは弥勒家のことはご存知かしら?」

「え……いえ、知りません」

「……やはりもう少し大々的に活動をしたほうがよろしいかしらね」

「ちなみに友奈は現役の『勇者』ですよ、弥勒さん」

「なんとっ!? これは弥勒家の名を世に知らしめるチャンス! 是非わたくし……いえ『弥勒家』のことをお見知り置きをっ!」

「は、はあ? 覚えておきます」

「結城。あんましコイツの言ってることまに受けるんじゃねーぞ? 基本アホだからな」

「シズクさんせめて『おアホ』とおっしゃって下さいまし!」

「いやなんでも『お』ってつければいいってもんじゃねェだろ……」

「あ、あはは」

 

なんだかキャラが濃い人だなぁって思います。そんな二人の様子を隣にいる楠さんは呆れてる様子で眺めていた。

 

「ごめんなさいね友奈。朝から騒がしくて」

「ううん。全然大丈夫です。仲が良いんですね」

「まぁ……うん、そうね。だいぶここでの生活に色々と慣れてきたのかもしれない──っと。ほら、二人とも! じゃれ合うのはその辺にして戻るわよ」

「じゃれてねェッ!」

「ですわっ!」

『では私はこれで。皆さん結城様をよろしくお願いします』

 

いつの間にかヒートアップしていた二人を他所に、安芸さんはそのまま先にタワーに戻っていった。楠さんが手をパン、と叩いて皆の意識を集める。

 

「一度汗を流してから朝食を取りましょう。シズク、友奈と一緒にお願いできる?」

「もとからそのつもりだ。なんせオレら相部屋だもんな結城」

「うん。よろしくね」

「ではわたくしも優雅なバスタイムを──」

「弥勒さん。友奈の紹介もあるので時間厳守でお願いしますね」

「ですが芽吹さん。わたくしのバスタイムは──」

「い・い・で・す・ね?」

「分かりましたわっ!」

 

芽吹さんが低いトーンで釘を刺すとピシッと姿勢を正して敬礼する弥勒さん。

なんというか、ここでの力関係を垣間見た気がした。

 

 

 

 

 

お天道様も顔を出した頃、私とシズクさんは自室に戻っていた。一度解散した私たちは支度を済ませてから朝食に向かうことになっている。

 

「──ふぃぃー。サッパリしたなぁ。友奈も風呂入っとくか?」

「私はまだ着替えとかないから遠慮しておくよ。あとちゃんと服着ないと風邪引いちゃうよ?」

「いいんだよ自分の部屋なんだから。なんだったらしずくの服使ってもいいぞ? 背丈同じぐらいだろ?」

「後で大丈夫だよシズクさん。ありがとね」

 

バスタオルで頭を拭きながら現れたシズクさんはもう少し慎みを持った方がいいと思う。流石に下着は身につけているがそれも下だけで上は着けていない。大雑把に髪を拭いている彼女の行動に私は我慢出来なかった。

 

「シズクさん! せめて髪の毛はドライヤーで乾かしましょうよ。私がやってあげます!」

「いや、こんなのほっとけば乾く──」

「い・い・で・す・ね?」

「……お、おう。なんか芽吹みてぇだなオイ」

 

せっかく髪も綺麗なのにちゃんと手入れしないと勿体ない。私はシズクさんを座らせてその後ろからドライヤーの風を当てていく。

 

「シズクさん、あんまり動かないでください」

「だってよー……どうにも落ち着かねぇんだ。こーいうの慣れてないんだ」

「じゃあ自分でやりますか?」

「……いや。メンドイから頼むわ」

「はい」

 

胡坐をかいて本当はそこも直してもらいたいんだけど、それでジッとしていてもらえるなら仕方ない。私は手早く髪を乾かして服を着させる。うん、いつものシズクさんだ。

 

「──んじゃ行くか結城」

「はい!」

 

私たちは部屋を後にして『食堂』に向かう。日も登ったところでチラホラと防人の人を見かける。確か三十二人の少女たちが集団生活をしていると安芸さんから聞かされている。いきなりゴールドタワーに来たわけだけどうまくこの環境に溶け込めるか心配だ。

 

「なに暗い顔してんだよ結城?」

「その……みんな私を受け入れてくれるかなって思って。ほら、私って急にここに呼ばれたわけで馴染めるか少し不安なんです」

「ンなの心配すんなって。ここにそんな連中は居ないって保証してやる。仮にもし結城に何かする奴がいたらオレが容赦しないからよ」

「嬉しいですけど、暴力はやめてくださいよ」

「ま、色眼鏡で見られるのは覚悟しておくんだな。『勇者』なんてここの連中は誰も見たことがないんだからよ」

「うぅ……プレッシャーを与えないでください」

 

勇者のイメージとかけ離れている私を見てみんなガッカリしないだろうか。そう考えると楠さんやシズクさんのような感じだったら違和感はないのかな。

……

 

「────あ! シズク先輩、おはようございます」

「おう国土」

「……? そちらのお方は」

 

食堂の手前で一人の女の子と鉢合わせになる。私より小さい……とても可愛らしい女の子だった。

 

「あ、えっと私は──」

「聞いて驚くなよ国土。こいつは『勇者』なんだぜ。名前は結城ってんだ」

「──っ!? ゆ、勇者様! あ、あわわ……これは失礼致しました。無礼をお許し下さい」

「えぇ!? そ、そんな頭を下げないで……こ、国土さん」

 

シズクさんが私を紹介したところで、国土さんはいきなり床に膝を折って土下座をし始めた。それはもう綺麗な土下座だった……じゃなくて!?

私がどうしていいかアタフタしている横でシズクさんは口元を押さえて笑いを堪えていた。

 

「し、シズクさんっ!」

「あっはは! わりぃわりぃ……国土、結城は畏ったのは嫌いなんだとさ。楽にしてくれていいと思うぞ」

「そうなんですかシズク先輩? で、でも勇者様に会ったらきちんとした礼節を持って応対するようにと言われているんですが」

「わ、私は普通に接してくれると嬉しいかな。そんな大層な人間じゃないから」

「勇者様……ですが…」

『なになに何の騒ぎ?』

 

と、そこで国土さんの後ろから別の防人隊の方が何事かと顔を覗かせてきた。それはぞろぞろと列をなして次々と集まってきた。

 

「あれ、見ない子がいる!」

「可愛い子だねー。新しい隊員?」

「え、なになに雀さんも見たいみたい!」

「ちょっとわたしにも見せてよー!」

「そういえば今朝隊長と神官が何か話してたのみかけたよ私!」

「亜耶ちゃんと一緒にいるってことはもしかして新しい巫女だったりして」

「し、シズクさんなんだか人がいっぱい集まってきたよ!?」

「こらぁオメーら! こんなところで集まんじゃねーぞっ!」

「み、みなさん落ち着いてください。そんなに騒いでしまうと芽吹先輩が──」

 

 

場が騒然としだした直後、食堂とは反対側から妙な威圧感を感じ取った。

 

「────あなたたち。ここで何をしているの?」

『──ひっ!?』

 

誰かの小さな悲鳴によってこの場にいた全員の視線が一斉に向けられる。もちろん私もシズクさんも国土さんも同じように視線をそちらへ──楠さんが見下すように、冷徹な声と共に腕を組んで立っていた。

 

「大体の状況は把握したけど……雀!」

「は、はいぃ!」

「こういう時止めるべきあなたが一緒になって騒いでどうするの!」

「だ、だってぇ〜メブ。私だって気になっちゃんだもん!」

「言い訳は聞きません。これは訓練のメニュー量を増やす必要がありそうね」

「や、やだやだぁー! メブぅー許してー!」

「他の人もこれ以上騒ぐなら……分かっているわね?」

『り、了解!』

 

楠さんの一言で言葉を揃えた防人の人たちは一斉に散り散りに解散していった。残ったのは雀さんと呼ばれた少女が楠さんに泣きついているのみでその姿にシズクさんが呆れていた。

 

「加賀城ォ! 朝っぱらからぴーぴー鳴くなよ」

「ひぇ!? シズクさん?! なんで朝からしずくさんはシズクさんに──っ!」

「芽吹と朝のランニングしてたんだよ。オメェも明日からやるか? いや、それとも今からするかぁ?」

「あ、朝はゆっくり寝てたいのでー……ご遠慮しますぅ!」

「あ、コラァ待てやぁ!!」

 

まさに脱兎の如く、涙目のまま彼女は逃げていってしまいシズクさんはそんな雀さんを追いかけていってしまった。

私は困惑しながらも見送るしかできなかった。

 

「と、止めなくていいんですか?」

「恥ずかしいけどいつものことだからいいのよ。亜耶ちゃんおはよう、朝から騒がしくてごめんね」

「おはようございます芽吹先輩。いえいえ、賑やかなのは好きなので大丈夫ですよ。皆さん元気なのは大変喜ばしいことです」

「亜耶ちゃん……」

 

あ、楠さんの顔が綻んでる。確かにそうなってしまうのも無理もない魅力が国土さんにはあるよね。

 

「ここで立って話すより中に行きましょう。そこで改めて友奈を紹介させてもらうわね」

「よ、よろしくお願いします!」

「勇者様、こちらになります。一緒に行きましょう」

「ありがとう国土さん」

 

こうして私は防人隊のいる中に足を踏み入れていった。

 

 



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三十三話

◾️

 

 

このゴールドタワーでの食事は食堂で注文をする形式みたいで私は楠さんたちに案内されて一緒に食べることになった。注文したものは『うどん』だ。食べやすいのもあるし、今は食べ物があまり喉を通らないのでなんだかんだ優秀な食べ物だと再確認した。

 

「はい、みんな。食べる前に聞いて欲しいことが──いや、食べながらでもいいわ。耳を傾けて頂戴」

 

パン、と手を叩いて楠さんは食堂にいる全員の意識を集めていく。その中心の横に私は立っていてちょっとばかり緊張してしまう。

 

「さっきの騒ぎも含めて見かけてる子もいるだろうけど、改めて紹介させてもらうわ。しばらくの間この防人隊の助っ人として派遣されてきた結城友奈よ」

「ゆ、結城友奈です。短い間ですけどよろしくお願いします!」

 

頭を下げて挨拶をする。表向きでは楠さんの言った通り『防人の助っ人』としてこのタワーに来たと言う名目で通していくことになっている。安芸さんにも言われていることだった。

 

「ちなみに彼女は『勇者』なので、戦力面でも大いに期待できると思うわ」

「も、持ち上げ過ぎですよ楠さん。私はそんな──」

 

私は戦闘なんてしたことのない素人のなのに……なんて言おうかと思っていたら、周囲の人たちが騒めき立つ。

 

「え、本物の勇者なの結城さんって!?」

「ワタシ初めて見たっ!」

「私も私もっ! ってことはこの前の任務で出てきた大型バーテックスを何体も倒してるんだよね」

「すっご! そしたらこの先の任務もだいぶ楽になるのかな!」

「よろしくね結城さーんっ」

「わたしの事も是非優先的に守ってください結城様っ!」

 

あはは、とみんなの勢いに圧されて私は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

本当だったらこういうノリについていければ自然と馴染めていけるんだろうけど、今の私にはどうしても気軽にはいけなかった。仲良くしたいのは事実なんだけどね。『私』は友達少ないし……なんて。

 

「こら、静かにしなさい! 友奈が困ってるでしょ。それに彼女の力を借りて任務に手を抜こう者がこの隊内にはいないわよね?」

『…………!』

「はぁ……まったくあなたたちは…。雀、あとで話があるから」

「わたしだけ辛辣すぎませんかメブーぅ!」

 

涙目になっている彼女を見て頭に手を置きながら首を振る楠さんの表情には苦労の色が見て取れた。こうして私の挨拶も終わらせて私は楠さんたちの座るテーブルにお供させてもらうことにした。

 

「皆さん元気いっぱいですね」

「その気力体力をもっと訓練に活かせれば世話ないのだけれどね」

「勇者様。私の隣にどうぞ」

「ありがとう国土さん。あと、私のことは名前で呼んでくれると嬉しいかな」

「そ、そうですか…? では──友奈、様でよろしいでしょうか」

「うん。私は亜耶ちゃんって呼んでもいいかな?」

「はい。これからよろしくお願い致しますね」

 

ニッコリと微笑む亜耶ちゃんは可愛いと思った。まだお堅い感覚なのは拭えないけどこれは時間が解決してくれると信じよう。

 

「……ん。結城、おはよう」

「あ、しずくさん! おはよう。戻ってたんだね」

「シズクは満足したみたいだから。気がついたら加賀城を羽交い締めにしてた」

「そ、そうなんだ……あはは」

「今朝方ぶりですわね結城さん。ご機嫌よう」

「弥勒さんもお疲れ様です。で、そちらが──」

「あ、どもども初めまして結城さん! 加賀城雀と申します、気軽に名前を呼んでいただければ…! ささ……お近づきの印に一つ」

「え、え? あ、ありがとう??」

 

最後に挨拶を交わした加賀城さ──いや、雀さんから『みかん』を手渡される。なんでみかん? と小首を傾げてみると彼女は胸を張ってみせていた。

 

「愛媛のみかんは世界一なので味は保証しますっ! そしてどうかこの先の任務でも優先的にわたしを守ってくださいお願いします」

「わ、私が…?」

「す・ず・めー……?」

「だ、だって少しでも生存率を上げたいのは生物としての本能だからぁ…! 次こそは死んじゃうかもしれないしー!」

「あなたはまったく……気にしないで友奈。いつものことだから」

「あ、え……はい」

 

涙目で訴えかけている雀さんをあしらいながら楠さんは気にするなと言ってくれる。しかしあんな姿を見せられては多少なりとも罪悪感のような錯覚を覚えてしまうから、もしその場面になったら頑張ってみようかななんて考えてみたり。

そんな光景を隣にいた国土さんは微笑ましく眺めている。

 

「さすがは友奈様ですね。もう皆さんと打ち解けています」

「私は別に普通……だと思うよ。他のみんなが親しみやすいからこっちとしては助かるだけで」

「そうでしょうか? 友奈様はとても素晴らしい方だと私は思いますよ。友奈様の人柄が良いおかげで私もお話がしやすいですから」

「……ちょっと恥ずかしいね。でもありがとう亜耶ちゃん」

「こちらこそありがとうございます、友奈様」

 

お互いに笑いながら私たちは会話もほどほどに食事を始めた。私は少しだけ衰えた握力を用いて箸を握ってうどんを啜る。うん、味はなんだか薄く感じる以外は胃は受け入れてくれているようで安心した。

 

 

 

 

 

 

 

大赦の抱える『防人』について私は楠さんから話を聞いた。

簡単にまとめるならば、量産された勇者たちの『総称』ということ。

東郷さんや私を含めた『勇者』たちに選ばれなかった人たちが楠さんを筆頭に隊をなし、それぞれが番号で管理されてある。

主な任務はあの炎の世界で見た『バーテックス』の討伐────ではなく、この四国に張られている結界外の調査が主になっているようだ。

 

「でも私たち『防人』の戦闘力は友奈たちに比べればとても非力なの。システムや戦衣も含めて言わば劣化版……小型の奴らなら何とかなっても、大型となるとそうはいかない」

「そうだったんだ……正直こういう組織があることすら知らなかったというか」

「秘匿事項だからよ。私を含めて『防人』という存在は秘密裏に活動することを強いられてたの」

 

私は東郷さんを救出に出たときのことが頭をよぎった。そんなに苦戦を強いられる化け物にそのっちさんはみんなが来るまで一人で相手していたことに改めて驚かされる。東郷さんの『記憶』を観たのと本人の弁からして、小学生の頃から『勇者』を続けてきている彼女の実力はもしかしたら誰よりもあるのかもしれない。

 

「だからこそ日々の鍛錬が物を言う。戦力も『銃剣隊』、『護盾隊』とそれらを纏める『指揮官型』で役割を分けているから、防人同士の連携は本当に大事なのことなの──ほらそこ、スピードが落ちてる!」

「ひぃー! きついにゃー!」

「あなたも肩に力を入れすぎているわよ! そんなんじゃ早々にスタミナ切れを起こすから力を抜いて」

「はぃぃー!」

「……す、すごい」

 

午前中の訓練を私は楠さんの横で話を聞きながら見学させてもらっていた。戦闘が主ではないから……と、安易に考えていた自分が情けなくなってくるほど目の前の訓練は迫力というものがあった。それもそうだ。システムも違うと言っていたから当然牛鬼のような『精霊』なんて居ないだろうし、生き死にに関して私たち以上に感じているのかもしれない。

みんな大粒の汗を流しながらも誰一人根をあげることはなかった。あの雀さんでさえ、だ。いや、よく見ると涙目になっているけれどそれでも止めるなんてことはしないから本気度が窺える。

 

「おーほっほっほ。だいぶ基礎訓練も卒なくこなせるようになってきましたわね。これも弥勒家当主として当然のことですが──」

「弥勒さん。ならもう倍セット行ってみましょうか」

「う〝ぇぇ!?」

「弥勒……口より手を動かした方が賢明」

 

ゴーン…! と目を丸くしている弥勒さんをしずくさんが呆れたようにツッコミを入れていた。

 

(しずくさんもちゃんとついていってる……そういえばあんなに真剣に取り組む姿を見るの初めてかも)

 

遊びに行ったり、電話などでしか彼女を知らなかった私から見て今のしずくさんの姿はとても眩しく見えた。みんなやれる事、今しなければならないことをきちんと向き合って取り組んでいる。

なのに私は……、

 

(……立ち止まっていちゃいけないのに。私には……時間が無いのに)

 

みんなを見て私は胸の奥がチクチクと痛みを覚える。焦りからか、不安からか分からないけれどこの感覚はとても嫌な感じだ。

しかし今の私は目の前の道が真っ暗で、先が見えない地点に立たされている。盲目になって見えていないだけなのかもしれないけどね。

誰かに相談しようにもあの『腕』やこの身に刻まれている『刻印』の呪いがある以上は下手なことも言えない。逆に『大赦』の人は事情を神樹様伝に知らされていると思う。私をこのゴールドタワーに連れてきたタイミングが合いすぎているからだ。でもなんでここなんだろう、と疑問が過ぎる。

 

(こんなに人が多いとそれだけみんなに『危険』が増す可能性かある。それは、嫌だ…)

 

まだここに来て一日と経過していないけれど、みんな笑って迎えてくれた。訓練が始まる前にも他の隊の人たちに囲まれて色々とお話をさせてもらった。あの勇者部のように……ここも暖かい場所だ。そんな優しい人たちを傷つけてしまうのは耐えられそうにない。

私が傷つくのはいい。でも私以外の人がそうなってしまうのは心苦しいの一言に尽きる。故に今の私は線引きしたその先に踏み込まないでいるのだ。そうすれば私のせいで誰かが傷つくことはないから…。

 

「……友奈? 顔色が悪い気がするのだけれど。平気?」

「──え? あ、はい。大丈夫ですよ…あはは。まだ少し疲れが残ってしまってるのかもしれないです」

「一応医務室とかはあるけど案内しましょうか? それか部屋に戻って──」

「ほ、ほんとに平気なので! それよりも楠さん、私にも何かお手伝いさせていただけませんか。皆さん頑張っているのに私だけただ見てるのも悪いから」

「そんなのこと友奈は気にしないでもいいのに。体裁は『助っ人』だけど、本来は療養が目的なんだから」

「そうはいきませんよ。あ、なら皆さんの水分補給用のドリンク用意してきます! 食堂の方に頼んで──っ!」

「……あなたって結構押しが強いのね。大人しそうなのに」

「め、迷惑でしたか?」

 

ちょっと空回りが過ぎたのかな、なんて俯きながら考えていると楠さんは首を横に振って頭を撫でてくれた。

 

「わっ…」

「ごめん。悪い意味で言ったわけじゃない。ただ……今の感じはなんとなくあの子と似てる気がしたから」

「あの子……?」

「こっちの話よ。じゃあ頼めるかしら友奈」

「う、うん。任せて」

 

なんだか思い耽っていたように見えたけどそれも一瞬で楠さんは改めて私にお願いをしてきてくれた。私はもちろん頷いて答えて足早にタワーに戻っていく。その私の背後からは楠さんの声が大きく聴こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

タワーに戻ると私はすぐに食堂に向かう。さっきも利用したので道に迷う事なんてないので安心して欲しい。

そうして食堂近くまで来たところで先程別れた亜耶ちゃんを見つけた。

 

「あ、亜耶ちゃん。さっきぶり」

「友奈様! お勤めご苦労様です。どうされましたか?」

「防人のみんなにドリンク用意しようと思って。私だけただ見学なんて悪いし…亜耶ちゃんはー……お掃除?」

「はい♪ 私はお掃除が趣味と言っても良いぐらい大好きなんですよ。こうして防人の皆さんが訓練に励んでいる中で私に出来ることを考えてみたら、これが一番かなと思いまして……」

「結構な広さだと思うんだけど……凄いなぁ亜耶ちゃん。大変でしょ?」

「私なんて全然凄くないですよ友奈様。御役目で前線に出ている皆さまの方が何倍も凄くて尊敬できます。巫女である私はお祈りをするぐらいしかできないんですから」

「でもきっと亜耶ちゃんが笑顔で迎えてくれる事がみんなにとって安心出来ることだと私は思うよ。誰かが帰りを待ってくれているのは頑張れる要素の一つだしね」

「…………。」

 

ちょっと知ったようなセリフを言ってしまった。でも亜耶ちゃんは目をパチクリとしてからくすり、と小さく微笑んでいた。

反対に私は苦笑気味に頭を掻いてあはは、と誤魔化す。

 

「やっぱり可笑しかったよね。変なこと言っちゃってごめんね亜耶ちゃん」

「そ、そんなことありませんよ! ただ…」

「ただ?」

「ふふ……芽吹先輩と同じことを言ってくれたなぁって思っちゃいました。なんだかそれが嬉しいです」

「亜耶ちゃん」

「はい、なんでしょうか?」

「……抱きしめてもいい?」

「は、はぁ。それはもちろん構いませんが、あまり面白くありま──むぎゅ」

「はぁぁ〜♪ 可愛いいなぁ亜耶ちゃん!」

「む、むみゅ……」

 

第一印象からして可愛らしい子だったけど、話してみて中身まで愛らしいとか反則ではないでしょうか。きっと……ううん、絶対この防人たちの癒しの象徴になっているに違いないと私は改めて確信した。

 

腕の中にすっぽり収まってしまう彼女はされるがままだけど、振り解こうとはしなかった。優しい子だなぁと私は素直な感想を抱く。

 

「あ、なら次から私も亜耶ちゃんのお手伝いするよ! 迷惑じゃなければだけど」

「──ぷは。そんなことないですよ友奈様。でも勇者様であるお方にそのようなことをさせては申し訳ないような気がして……」

「少しの間とはいえ、生活させてもらう場所になるんだから遠慮なんてしないでよ亜耶ちゃん」

「──わかりました。では後ほど一緒にお願いしますね。それはそうと友奈様の用事はよろしいのでしょうか?」

「あっ!? いけない忘れてた! 急いで準備しないと」

「私もお手伝いさせてください。一緒にやった方が早く出来ます」

「ありがとう亜耶ちゃん!」

 

そう言ってもらえると心強い。私は亜耶ちゃんと一緒に支度をしに向かう。その後は何とか訓練の終了時間に間に合う形で楠さんたちに渡す事が出来た。

みんなに感謝されて嬉しかった。でも亜耶ちゃんと二人もみくちゃにされるのは苦しいので控えて欲しいかな、あはは…。

 

 



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三十四話

◾️

 

 

その日の訓練を見学させてもらって亜耶ちゃんと二人でサポートを終える。そうして夜になってまた食堂でみんなと食卓を囲む。集団生活というものは大変だと思っていたけれど防人の人たちの優しさのお陰で難なく溶け込むことができた。

 

 

「……んしょ。これで、よし」

「ありがとうしずくさん。助かりました」

「全然。問題ない」

 

夕食も終えた頃に安芸さんから私の着替えやらの荷物が届いたことを知らされた。お母さんが荷造りしてくれたみたいで申し訳ない。

丁度部屋へ戻ろうとしたしずくさんが私の荷物を運んでくれることとなり、こうしてお願いしてもらっていた。期間も短いのでそんなに多くはないけれどやっぱり一人だと大変だったので大助かりです。

 

「……ふぅ。今日も疲れた」

「お疲れさま。お風呂はどうしますか?」

「ん。楠たちと大浴場で入るつもり。結城はどうする?」

「あ、あー……私は部屋のシャワーをお借りします」

「……? そう。なら準備して行ってくる──」

「あっ、それならしずくさん。パジャマとかは支度済ませてあるのでそれを持って行ってください。勝手に触ってしまってゴメンなさいですけど」

「……おー」

 

みんなに比べて空き時間が多かった私は少しだけお節介を焼かせてもらった。やり過ぎだったかな、なんて不安を抱きながら私はしずくさんの方を見やる。

その直後に私の手はしずくさんに握られキラキラした目で、

 

「結城。嫁に来て欲しい」

「ふぇっ!? そ、それは──ってしずくさん、ちょっとからかってません?」

「…ん。ばれた?」

「分かりますよぉ。何となくですけど……誰かに言われたんですか?」

「いや……護盾隊の誰かが話していたことを思い出した」

「あぁー…なるほど」

 

そういえばもみくちゃにされた時にそのようなことを口にしていた人がいた気がする。「俺の嫁ーっ!」とかなんとか……詳しくは分からないけども。

しずくさんは私にお礼を言うとすぐに部屋を出て行った。疲れているだろうしゆっくり浸かってきて欲しいな。

私は彼女を見送るとカバンに入っている荷物の確認をする。

 

(……うん。友奈ちゃんのお母さん気を利かせてくれてるみたいだね。ありがとうございます)

 

着替えを中心によく使っていたケア用品がいくつか。部屋の私物……特に日記として書いているノートとかを触られなくて良かったとホッとする。まぁでもとやかく言える立場ではないからもし見られたとしても仕方ないと割り切れるけれど…。今は『呪い』の類のせいでちょっと心配だ。出来れば既にある情報に関してはノーカンであって欲しい。

 

「私もシャワー浴びよ」

 

皆ほどではないにせよ汗で服や下着が濡れて気持ち悪かったから私も部屋のシャワーを使わせてもらう。今日荷物が届かなかったらどうしようかと考えていたから丁度良かった。

 

服を脱いで、掛けていた眼鏡を外して浴室に入る。そうしてすぐ目の前に風呂鏡が目に入ると、つつー…と映し出されている自分の身姿を翡翠色の瞳が捉え、迎え合わせに立つ。

 

「……あは。こんな姿見たらみんなびっくりしちゃうからね。随分と……広がっちゃったなぁ」

 

指先でなぞる。

『刻印』を中心によくわからない紋様が身体に刻まれている。最初の頃と比べて何倍も何倍も赤黒く広がり、僅かに脈動しているようにも見えた。腕や太腿にまで伸びつつあるそれらはタイツなどで外から見えないように誤魔化している。

嫌悪感に顔を顰めるけど、どうしようもない。継続的な『痛み』が肉体を、心を蝕んでいた。

 

「……東郷さん。大丈夫、かな………逢いたい、な」

 

自分のせいで怪我をさせてしまってどの顔して会えばいいのか分からないけども。逢いたい、とやっぱり願ってしまう。

それは一度離れ離れになってしまった時に、一番最初の頃と比べてとても強い感情が芽生えている────ように思えた。

今回で日を開けて顔を合わせなくなるのは二回目だ。それほど、私は東郷さんと一緒に過ごしていたことになる。逆に会わない日を数えた方が早いぐらいに。

 

安芸さん経由で聞くところによると順調に回復に向かっていっているようだが、その時に私の安否を訊いてきたらしい。

ちょっとだけ……ううん、すごく嬉しかった。私が想うようにあの人も私の事を考えてくれていることに。

『大赦』として応対した安芸さんはもちろん私の所在を明らかにすることはなかった。そのっちさんもどうやら裏で探っているのも見受けられるようだ。いっぱい…いっぱい迷惑かけちゃってるよね。

 

(このままこの『刻印』が全身に刻まれたら……私はどうなるんだろう)

 

なんて、その先の結末は知っているのに、知らないふりをしてみたり。でも怖くはない。苦しいし痛いけれど、不思議と怖くはなかった。私の出生故の感覚なのか分からない。あの暗い世界に戻るだけだと思えるからだろうか。

だけど……。

 

「たくさんの大切なものが……出来ちゃった。他の人に比べたらとても小さいものなのかもしれないけど。はい、さようならって簡単に手放せないぐらいには……いっぱい、あるんだ……ふふっ」

 

こんな状態でもみんなと過ごしている記憶を辿れば、不思議と笑みが溢れる。

頭からシャワーのお湯を被り、濡れていくと共に目尻からまるで『涙』のように伝い落ちているそれらをぼうっと私は眺める。うん、泣いてはいない。私は泣かない。苦しくても辛くても、それでも泣くことはしないと決めている。泣く時は────。

 

「…………東郷、さん」

 

シャワーの水飛沫の音にかき消される私の音。それを拾う人はどこにもいなかった。

……一先ず考えるのはこれぐらいにしてちゃちゃっと身体を洗ってしまおう。しずくさんが戻ってくる前にこの状態だと隠すのが大変だからね。

 

 

 

 

 

 

手早く済ませてお風呂から上がる。チラッと部屋を覗いてみたらまだ居なかったので安心してタオルで体を拭いて支度を済ませていく。

若干手の感覚が鈍くなっているのか何回か物を落としそうになってしまうけど、これも仕方のないものだと割り切っておく。みんなの目がある時に注意しておけばいいから。

 

「…髪の毛伸びてきた、よね? んー…『わたし』は長い髪の毛は好きかな?」

 

私の勝手な憧れで伸ばし始めている髪の毛も、肩に乗っかるぐらいにまでになってきた。憧れの元はもちろん東郷さんのあのサラッとした綺麗な黒髪を見て、だ。なんだかあれもこれも東郷さんから始まっているなぁ……って思う。

これも仕方ない。だって私の根底には彼女の存在が大きくあるのだから。もちろん勇者部の人たち、今は防人の人たちも含めて私に『熱』をくれる大切な存在であることは変わりない。けれど、やはり東郷さんという存在が私の中ではとても大きかった。

 

(……私にとって東郷さんはどういう人なんだろう)

 

袖の長いパジャマに着替えてから頭にタオルを巻いて浴室を出た私は部屋の壁際に腰を落ち着ける。

東郷さん。東郷美森さん。過去の記憶を覗いた昔は鷲尾須美という名の女の子。大和撫子という言葉がぴったりの黒髪の似合う人。私が生まれた時に傍に居てくれた人。

 

「帰ったぞー…」

「あ、おかえりなさ──ってシズクさんになってる? どうしたんですかそんなにゲンナリして」

「あーちょっとな。ま、気にしないでくれ結城」

「は、はあ。何か飲みますか?」

「…戸棚に弥勒からもらった紅茶がある」

「お砂糖は入れますか?」

「スプーン一杯だけ頼む」

「はーい」

 

考え込みそうになっちところでしずくさんがシズクさんになって戻ってきた。でもなにやら気難しそうな表情を浮かべていたけど何かあったのだろうか。などと思考の隅で考えつつ私は即席の紅茶をマグカップに淹れる。私も喉が乾いていたので了承を得て一杯頂くことにした。

 

「…ん。サンキュー」

「どういたしまして。こういうことになるんだったら前に遊んだときにお揃いのマグカップ買っておけばよかったですね」

「それは恥ずいから嫌だって言ったろ。まぁ…あるってことならあったに越したことはなかったんだろうよ」

「ですね……ふぅ。温まる」

 

鼻を抜ける紅茶の香りを感じながら息を一つ吐いていると、迎え合わせのシズクも小さくほぅ、と息を吐いていた。

 

『…………。』

 

沈黙が場を占める。それが苦痛だとは思わないけどシズクさんの表情は先ほどと変わらず気難しいというか険しいというか、そんな顔を崩さないでいる。「気にするな」と言われた手前、再度問い詰めるというのはちょっと気が引けた。

 

「結城、部屋にいるときぐらいは眼鏡外せばいいんじゃねェか? 伊達なんだろ、ソレ」

「ぁ、そうですね。あは、ついいつもの癖でつけてました」

「まぁ結城がそのままで落ち着くならそれでも構わない。言ってみただけだ」

「ありがとうございますシズクさん」

「ああ…」

 

『…………。』

 

再びの沈黙。お互いにカップに口をつけ紅茶でちびちび喉を潤し続けること数分。

 

「なぁ結城」

「はい」

「……何があったか訊いてもいいか? オマエの口から直接(、、、、、、、、、)

「…ここに来た理由は安芸さ──神官さんから聞いていませんでしたか?」

「さぁてな。あの神官からは表向き『助っ人』、その実は『療養』としか聞いてない。でもそれだけじゃないだろうってことはオレもしずくも楠も感じているな」

「……そう、ですか」

「もともとこの場所ってのはそういう設計で作られてねェからな。何か隠してんだろ?」

 

目を細め彼女は私に問いかけてくる。やっぱりシズクさんはお見通しなんだね、と私は少し嬉しくなる反面で口を紡ぐことで返答を返した。

 

言えるわけがない。今この場で言ったら『腕』が現れ彼女を蝕む。そんな迷惑はかけるわけにはいかない。

 

「……なるほどな。だからか──」

「シズクさん?」

「──いや、なんでもねェ。まぁ人には言えないことの一つや二つあるもんだわな。だいぶ一人格として馴染んできたんじゃないか」

「も、もー! そんなニヤニヤしながら言われたらからかわれてるとしか思えないですよぉー」

「半分からかってるわ」

「むぅー…」

 

たまにイジワルしてくるシズクさんに頬を膨らませて抗議の意を示すがカラカラと笑いながら躱される。

 

「まぁ冗談はこの辺にしておいてな……楠からチラッと聞いた話なんだが実は近いうちに『任務』がありそうなんだよ。結界外の調査任務が」

「任務って……それは危なくないんですか?」

「勇者であるオマエなら結界の外は行ったことはあるだろ。危険なんてそこら中わんさか漂っているさ」

 

あの炎に包まれた世界。およそ人が生きていける場所ではないことは承知している。危険な化け物がいることも。

 

「真実を知らねえからなんとも言えないが……タイミングといいまったくの無関係ではないとオレたちは考えてる。結城が来る以前に土壌調査という名目で任務に出たことがあったんだけどよ、今回も似たような場所だとさ。どう思う?」

「……神官さんから聞きました。私がここに来るように神樹様から『神託』を受け取ったらしいです。シズクさんの言う通り私がここに来たのは理由があるのかもしれません、ね」

 

シズクさんの言葉を借りたとして、さしずめその『任務』に私が同行するといったところか。神樹様の意思ならばそこには何かしら理由があるのは必然で、考えられるとしたら三つほど。一つ目は単純に防人たちの支援目的。二つ目は私の『呪い』に関する何か。三つ目は──『わたし』である友奈ちゃんの手がかりを得ることができること。

 

一つ目はその『任務』にあたって勇者としての力が必要となるからと考える。例えば化け物──大型のバーテックスの処理を担当するとか……でもその理由なら『私』よりそのっちさんや夏凜ちゃんの方が適任だと思う。

二つ目と三つ目は私の希望的観測の面が強い。結界の外に出たところであるのはバーテックスの大群と焼き尽くす炎がほぼほぼ占めているその世界。そこで『何か』があるとは考えにくいし……うーん。

 

考えてみても答えは出てこない。やはりその時になってみないことには、と伝えるとシズクさんもそんな感じの答えが返ってきた。

 

「…あんましこの場で考えてもしょうがねーか。うし、ならオレはもう寝るわ結城。んじゃな」

「あ、はいおやすみなさいシズクさん」

「────っ、あれ。ここは……私の部屋?」

「……おかえりなさいしずくさん。シズクさんはいま寝に戻りましたよ」

「ん。シズク何か言ってた?」

「えっとこれと言って特には。お風呂から戻ってきて少しお茶しながらお話ししたぐらいですよ」

「…そっか。結城、髪の毛まだ乾かしてない……今日は私がやってあげる」

「ほんとですか? やった、お願いします」

「んっ」

 

こくんと頷いたしずくさんにお願いして私はドライヤーをやってもらう。しずくさんの前で腰を落ち着けた私はドライヤーの温風によって目を細めた。

 

「結城」

「はい、どうしましたか?」

「……寂しくない(、、、、、)?」

「…………いえ。しずくさんや防人の皆さんのおかげで楽しく出来てますよ。心配してくれてありがとうございます」

「ん。また今日も学校の事、色々教えて欲しい」

「でもしずくさん疲れてるし……早く寝ないと」

「大丈夫、ちょっとぐらい平気。こうやって二人でいることなんて少ないから……と、友達の話もっと聞きたいから」

「あは、うんっ!」

 

前を向いているから見えないけれど、恐らく恥ずかし気に話すしずくさんを想像して思わず笑みを零した私は彼女の提案に快諾した。

そうして二日目の夜はしずくさんと沢山お話して過ごしていく────。

 

 

 

 



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三十五話

◾️

 

 

 

早朝の肌寒い日和の中、私は浅い眠りから目を覚ます。

 

「……ふぁ」

 

小さく欠伸を漏らし軋む身体を起こして隣を見る。ベッドの上ではしずくさんがまだ寝息を立てて眠っている。まだ起きるにはもう少し時間があるので私はそっとしておくことにして支度を始めた。

 

(今日から亜耶ちゃんのお手伝いしなきゃだから、気合い入れないと)

 

昨日一緒に作業をした時に私からお願いしたこと。それを今日から実施するためにも着替えを済ませて私は部屋を後にした。

 

しん、と静まり返った廊下は吐く息も白く冬になったことを実感する。時期も十二月半ば。そろそろ場所によっては雪が降り始めているところもあるかもしれない。

 

「……十二月、か。そういえば」

 

歩きながら窓の外を見つめとあるイベントがあることを思い出す。バタバタとしていたおかげでどうしても頭の隅から転げ落ちてしまいがちだったが、ふと思い出した。

 

────クリスマス。

 

『私』はまだクリスマスを経験したことがない。まぁそれはいいとして、このイベントの時は東郷さんと過ごすなんて考えていた時期があったことも一緒に思い出していくと苦笑が漏れ出た。

 

(……それまでに、なんて考えは浅はかかな)

 

『これからも色んなものを見て、一緒に経験していこうね』と言われ、そうしていこうと私は決めている。だからこれを目的として動けば頑張れそうだと内心意気込んで進んでいくと、タワーの入り口辺りで亜耶ちゃんの姿を見つけた。

声をかけて手を振るとぱぁっと明るくなった表情を浮かべつつこちらに歩み寄ってきた。亜耶ちゃんは今日も可愛いなー。

 

「おはようございます友奈様」

「おはよう、待たせちゃってこめんね亜耶ちゃん。今日からよろしくお願いします」

「私も今来たところなので大丈夫です。はい、こちらこそどうぞよろしくお願い致します」

 

律儀に頭を下げてそう言う彼女と一緒にタワーの外に出る。遠くの空には薄らとお天道様が顔を覗かせようとしている。まだ外は薄暗さを残している中を二人で歩いていく。

 

「亜耶ちゃん巫女服なんだね。ということは巫女としてのお仕事が最初なの?」

「はい。まずは神樹様にお祈りを済ませてからになります。芽吹先輩たちみんなが今日も元気に活動できるようにとお祈りをしますね」

「わぁー…優しいね亜耶ちゃん」

「私なんて全然ですよ。むしろこれぐらいしかお役に立てることがないので申し訳なく思っています。友奈様もあまりご無理をなさらないでくださいね」

「ありがとう亜耶ちゃん」

 

この子は本当に心が綺麗な子なんだなぁと思う。今まで優しい心の人はたくさん見てきたけれど、ここまで澄んだ心の持ち主を見るのは彼女が初めてかもしれない。雀さんが言っていたように『天使』というのも頷けるね。

 

そうして話しながら進むと神社が見えてきた。どうやらここでいつも安全祈願をしているようでそのまま敷地内に足を踏み入れた。

 

「せっかくなので友奈様もご一緒にいかがでしょうか?」

「大丈夫かな……お邪魔にならなければいいんだけど」

「邪魔だなんてそんなことありません。どうぞお隣で」

「じゃあ失礼します」

 

何か儀式的なものをするのかと思いきや手を合わせて目を瞑る亜耶ちゃんを見て私も同じように手を合わせた。

 

(真剣に……だけど優しい感じが伝わってくる。真っ直ぐな『想い』がこの子にはある)

 

見習わなければいけない。私は雑念を振り払って今度こそ『お祈り』に集中する。

 

(みんながこれからも笑っていける世界でありますように。東郷さんたちが幸せになれますように)

 

そうである世の中になってくれるのなら私にとってもこれ以上ない幸せになる願い。そうして『私』を『わたし』へ返せばそれで全て丸く収まる……と思う。

体感時間で数分もない『お祈り』を済ませて目を開けてみれば、亜耶ちゃんが静かに隣で私を見守っていてくれた。

 

「ぁ、ごめんね亜耶ちゃん。待たせちゃって」

「いえいえ。とても熱心にお祈りをされていたようですが、友奈様も何かお願い事があるんでしょうか?」

「願い事というか、私もみんなの安全を願ってかな。後は亜耶ちゃんたちともっと仲良くなりたいって一緒にお願いしてたんだ」

「私も友奈様と同じ想いです。ふふっ……なんだか嬉しくなっちゃいます」

 

可憐な少女の笑みを浮かべた亜耶ちゃんと一緒に私も微笑む。

 

「ではまずはここからお掃除を始めてしまいましょうか。掃除用具はこちらにありますので」

「うん」

 

どうやら最初はここから行うらしい。タワー以外にもお掃除の手を広げている彼女に感心しながら私は亜耶ちゃんに案内されてそこへ向かった。

 

 

 

 

 

 

日も登り始め明るみが差してきた所で私たちのお掃除は終わる。日頃から亜耶ちゃんがやってくれているおかげか目立った箇所は見られなくてここでも感心してしまう。

 

「助かりました。近頃は枯れ葉も多くなってきてるので友奈様のお手を貸していただいて無事に早く終わることができました」

「それならよかったー。でもああやってたくさんの落ち葉を見ると焚き火でもして焼き芋さんを食べるのもいいかもだね」

「わぁ、それは確かにそうですね。機会を設けて皆さんでやりましょう。さつま芋の方は食堂の職員の方に掛け合ってみます」

「いいの? あ、でもその時は私も一緒に同行させてよ。亜耶ちゃん一人だと大変だろうし」

「ありがとうございます、友奈様」

 

そういえばしずくさんはちゃんと起きることが出来たのだろうか。目覚ましはきちんとセットしてあることは確認してきたから、大丈夫な筈だけど……ちょっと心配だ。

 

「────あら国土さん、結城さんご機嫌よう。朝からお務めご苦労様ですわ」

「あ、弥勒先輩おはようございます。今日もいいお天気ですね」

「おはようございます弥勒さん……こんなところで一体なにを、してるんですか…?」

 

タワーに戻る途中の道でなぜか弥勒さんと出会う。彼女は芝生のある場所にテーブルと椅子を並べて優雅? にカップ片手に私たちに挨拶を交わすと、手にしていたカップに口をつけてその中身を運んでいた。

こんな早朝に本当に何をしているのだろうかと訊ねると、ふっと笑みを溢し、

 

「今朝は目覚めも良く、空気もこうして澄んでいて絶好のモーニングティーでしたので嗜んでおりましたの。弥勒家たるものこうした時間を設けるのも当然のことですわ」

「そうだったんですね。でもその……寒くはないんでしょうか? 風邪引いちゃいますよ」

「そ、そうですね。弥勒先輩そんなに薄着では体調を崩しちゃいますよ」

「ふっふっふ。この程度の外気温ではわたくしのティータイムを邪魔など……ぶぇっくしょん! ────邪魔など出来ませんわっ!」

 

いや、盛大にくしゃみしましたよね弥勒さん。それでもなお取り繕うとするあたりに執念のようなものを感じた。亜耶ちゃんは持っていたポケットティッシュを片手に弥勒さんに手渡している。私も続いてテーブルに並べてあるティーポットに触れてみると……冷たかった。

 

「……弥勒さん。これじゃあアイスティーみたいなものですよ。冷えちゃってるじゃないですか」

「わ、わたくしはどちらかと言えばアイスの方が好みでして…そうですわ、お二人もご一緒にいかがでしょうか? 今アルフレッドに準備させましょう……アルフレッドー!」

「わ、私は別にってアルフレッド…?」

 

ぱん、と手を叩いて聞き慣れない単語を彼女が口にした。私は疑問に思いながら亜耶ちゃんに目配せしてみると、乾いた笑みを浮かべていた。数瞬の間が場を占めるが、特に変化は見られない。更に疑問符を重ねていると弥勒さんはこほん、と一つ咳払いをした。

 

「──っとそうでしたわ。アルフレッドは今は居られませんですの。では、此処はわたくしめがやって……」

「あっ、弥勒先輩。勝手に申し訳なかったのですが、改めて淹れ直させていただきました。私たちもご一緒によろしいでしょうか?」

「亜耶ちゃんいつの間に……」

「あら? これはこれは国土さん。感謝いたしますわ、どうぞお掛けになって……結城さんも」

「は、はぁ。そ、それじゃあ……」

 

亜耶ちゃんは弥勒さんの行動に慣れた様子で私が呆気にとられている間に冷えてしまった紅茶を淹れてくれていた。弥勒さんは満足した様子で座ると、私だけ座らないわけにはいかず同じように空いていた椅子に腰掛けた。おしり冷たい……。

 

「それでは頂いてくださいまし」

「い、いただきます……」

「いただきます弥勒先輩」

 

カップに注がれた紅茶を口に含む。確かに美味しい、冷めてしまって温い温度だけど香りが口の中で広がっていくのが分かる。でも今の外の気温と併せるならやっぱりあったかい方がより美味しいと思う。

 

「どうですかお二方。弥勒家オススメの茶葉のお味は?」

「……美味しいです」

「はい、さすが弥勒先輩です。とっても美味しいですよ」

「おーほっほっほ。ですわよね〜! クッキーなどもあるのでお食べになってくださいな……これは市販のやつですけど」

「はい、いただきます」

 

亜耶ちゃんは笑顔を絶やさずに弥勒さんの厚意を受け取っていた。凄いなぁと私は彼女を見ているとあることに気がついた。

 

(あれ? 亜耶ちゃんのカップを持つ手が微妙に震えている気が……?)

 

気のせいだろうか、としばらく様子を伺ってみるが弥勒さんと話している最中にもやっぱり手が震えているように見えた。もしや、と私は亜耶ちゃんの肩をちょんちょんと触って彼女を振り向かせた。

 

「はい? 友奈様どうされ────ひゃ!?」

「やっぱり……亜耶ちゃん凄い体冷えてない? このままだと風邪引いちゃうよ。無理して飲まない方が……」

「いえ、友奈様。せっかく弥勒先輩がご用意してくれたのですから……私なら全然へっちゃらです!」

「亜耶ちゃん、優しすぎるよ」

「国土さん……そんなにもわたくしとのティータイムを楽しみに──」

「弥勒さんー……ちょっとだけでも反省してください」

 

じとーっと弥勒さんを見つめながら私は自分の手を亜耶ちゃんの手に合わせる。今は『呪い』の影響故か体温が高くなりやすい状態なので都合がよかったと冷えた彼女の手をさするように触れていく。

 

「ありがとうございます友奈様。友奈様のお手はとてもあたたかいですねー」

「でも騙し騙しだから早く飲んでタワーに戻ろうね。弥勒さんもそれでいいですか?」

「構いませんわ」

 

この人は寒くないのだろうかと考えたけど、端々で小刻みに揺れているのが分かって余計にため息が漏れた。まだ幾日も経ってはいないのだが何となく人となりが読めてきた気がする。

そうして私たち三人はタワーに足を向けた。ちなみに弥勒さんが座っていた椅子やテーブルは自前で用意したみたいでそのあと片付けも済ませて……弥勒さんー…。

 



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三十六話

◾️

 

 

朝食の時間。あの後は弥勒さんの片付けのお手伝いをしていたせいであっという間に時間が過ぎていき、予定していた場所の掃除は食事の後に持ち越しとなってしまった。

 

「──弥勒さん、あなたって人は……亜耶ちゃんと友奈が風邪引いたらどうするんですか」

「も、申し訳ありませんでした。芽吹さん」

「謝るのは私ではなく二人にですよ。まったくもう……やるなとは言わないですが時期と時間を考慮して行動してください」

「は、はいぃー……ですわ」

「あ、あの芽吹先輩。そこまででいいですよ、そもそも私がご一緒したいとお願いしたんですから。それに友奈様のおかげで冷え切らずにすみましたから問題なかったので……」

「く、楠さん。私もそこまで気にしてはないので……この場で弥勒さんを正座させるのは可哀想かと……」

「いえ、ここは隊を纏める者としてキチンと物申さないと気が済まないの! いい?」

『ひぅ…?! は、はい!』

「あややも友奈さんも弥勒さんに甘すぎるよー。この人はね、ビシッと言わなきゃ理解しないんだから」

「…それには同意。けど、加賀城が言うべきでもない」

 

雀さんの物言いに弥勒さんは若干青筋を立てているようにも見えるが意識が逸れるのを見逃さなかった楠さんによってそれ以上は黙殺されてしまっていた。それにしてもこんな場面なのに他のみんなは平然としているのが凄い。というかああ、またか…といった表情を見るにそういうことなのだろうと私はそこでも苦笑するしかなかったのだけど。

 

「…あれはまぁ、いつもの光景として……スルーしてご飯食べよう結城」

「いいんでしょうか?」

「ん。問題ない」

 

若干眠気を引きずっているしずくさんの対面に座って未だお説教している楠さんの声をバックに箸を進めていった。

 

「ささ、友奈さん。本日の献上品であります故、受け取って頂ければ!」

「あ、ありがとう雀さん。みかんいっぱいあるんだねー…ってもらってばかりでごめんね、何か私も渡せるものがあればいいんだけど」

「そんなそんな滅相もありません! ですがそういうことならば有事の際には是非私めをお守りになさってくれれば幸い──」

「すーずーめー?」

 

ビクゥ! と体を跳ねさせた雀さんの背後には目を光らせている楠さんの姿があった。その更に後ろでは弥勒さんが『反省中』と書かれたカードを首元にかけられてつつ未だに正座をさせられていた。

 

「め、メブ……?」

「あなたまでそうやって……ちょっとこっちに来ましょうか?」

「ひぁ!? やだやだー! 助けて友奈さーんっ!!」

「え、えっと……有事の際…ってことでいいのかな?」

「あっとですねそれはー……ってメブメブぅ! まだ話している途中だからぁー?!」

「問答無用」

「結城。ご飯冷めちゃうよ?」

 

ずるずると引きずられていく雀さんを見送ることしかできなかった私は再度しずくさんに促され苦笑しながらも食事を再開することにする。

そんな中でも亜耶ちゃんは最後まであわあわしていた。

 

 

 

 

 

 

食事を終えて隊の人たちは訓練に向かっていった。残った私は亜耶ちゃんと二人でタワー内のお掃除をしている所に神官──安芸さんが私のところに訪ねてきた。

 

『お時間よろしいでしょうか、結城様』

「は、はい。えっと亜耶ちゃん……」

「私のことはお気にせずにどうぞいってらしてください」

「…わかった。じゃあ終わったらまた合流するね」

 

掃除用具を片してから私は亜耶ちゃんと別れ、安芸さんに連れられていく。どこに向かうのだろうと思っていたら安芸さんが使用している言わば『寮長室』であった。

案内されるがままに安芸さんに続いて私も入室していくと、傍にあるソファーに座るように言われる。

 

「…そのお面、外さないんですか?」

『大赦として、神官としての立場があります故、無礼をお許しください』

「い、いえ。私の方こそ不躾に申し訳ありませんでした」

 

そういえばこの人の素顔を直接見たことはない。でも東郷さんの『記憶』を覗いた時の一つに安芸さんであろう人が映っていたのは覚えていて、そのまま当て嵌めているわけだけど……。この場ではあまり深く追求するべきことではない気がするのでこれ以上はやめておいた。

平坦な口調を崩さずに、安芸さんは話を続ける。

 

『今日この場に足を運んでもらったのは他でもありません──結城様の今後についてです』

「今後について……」

 

私は神樹様の『神託』に導かれてここにいるが、具体的にはまだ何も知らなくてどうしたものかと燻っていたところだ。

 

『近々…正確には二日後に防人の任務が行われます。そのことについては楠さんから伺っていますか?』

「はい。結界の外に、ですよね? その……大丈夫なんでしょうか」

『危険はみな承知しています……その任務ではある物を採取してきてもらうことになっています』

 

ある物? と首を傾げて私は疑問を浮かべる。

 

『以前に彼女たちには土壌調査という名目で様々な任務を行わせていきました。その延長線上になるのですが、今の結城様にとって必要な物が今回向かう土地にあります』

「私にとって『必要な物』? それって一体──」

 

どくんと鼓動が跳ねて私は思わず胸に手を置く。私にとって今必要な物と言われれば自ずと限られてくる。そういう物言いだということはやはり安芸さんたち『大赦』は私の身に起こっている『真実』を知り得ていることに間違いはない。でも今の今までなにもアクションがなかったことを考えてみると、私と同様に打つ手がないのだとも推測する。

 

『……聡明な結城様ならば皆まで語らずとも理解していただけるでしょう。ですが、この任務を達成したからといって必ずも全てが解決することになるわけではありません』

「…というと?」

『──本来の呪いや祟りといった呪術的な類のものは一度発動してしまえばそこで終わりなのです。しかし結城様に刻まれているタタリは天の神そのものが発動させているもの。人間が行うのとは規模も呪力も文字通り桁が違います』

「…………、」

 

言葉を失う。いや……なんとなく予想はついていたことだ。天の神にとって人々や侵攻を妨害する『勇者』たちは邪魔で仕方がないはず。その神自らが私に刻んだタタリは天の神そのものをどうにかしない限り永続的に発動し続けるものとなるのは必然なのかもしれない。息絶えるまで……それは半ば余命宣告にも似たものを初めて第三者から私は聞かされた気がした。

 

『私たち大赦側も総力を尽くしてはいますが現状は有効打は……至らず申し訳ありません』

「あ、頭を下げないでください。お気持ちだけでも嬉しいですし……こちらこそ、私のためにありがとうございます」

 

私も同じように頭を下げる。

きっと大赦──組織としては私という『勇者』としての価値を守るために動いてくれているだけなのかもしれない。ただの少女だとしたらここまでやってはくれないだろうと少なからず思う。仮面の奥の表情も声色も映さずにいる安芸さんの考えはどうか分からないけれど、仕事として御役目としてこうしてくれている。例え『それだけ』だとしても嬉しいし感謝していることを伝えた。私がどうこう以前にこの肉体は友奈ちゃんのものであるし、出来る限り元のまま返してあげたいのが私のするべきことの一つであるから。

 

……なんて大層なことを考えているけど、現状結構な酷い有様なのは本当にごめんなさい友奈ちゃん。

 

安芸さんはしばし無言のうちに、

 

『──…、話を戻しましょう。そこで神樹様から巫女へ神託が降りたのです。今回の任務…いえ、御役目を結城様と共に行うという神託を』

「お世辞にも私は戦闘に特化しているとは言えないです。もし単純な戦力を求めているのでしたら夏凜さんやそのっちさ……園子さんに声を掛けた方がいいのではないでしょうか?」

『結城様の勇者としての適正値は彼女たちに引けをとりません。が、真の意図は神樹様にしか分からないのも事実。これは私見ですが、此度の目的は結城様が防人である楠さんたちに同行することに意味があるのかもしれません』

「同行することに意味がある、ですか……」

 

真実は神のみぞ知る……と安芸さんは云う。にわかに信じがたいものではあるけれど、手立てがない現状は私はこの話を断る理由がないのも事実だ。

 

「…分かりました。御役目をやらせてください」

『ご協力感謝いたします。では、御役目の際の勇者端末ですが現在こちらで預かり調整させていただいています。当日までには間に合わせますのでそれまでお待ち下さい』

「あの…!」

『はい』

「……いえ、やっぱりなんでもないです。すみません。最後に………今回の御役目の目的の物を教えてもらいたいのですが」

『……失礼致しました。目的の物ですが────」

 

 

────

───

──

 

 

 

 

扉を開けて一礼してから私は寮長室を出る。ふぅ、と一息ついて私は提示された情報たちを整理していく。

 

「──あっ、友奈。待ってたわ」

「あれ、楠さん? 訓練は……」

「みんなは今休憩してもらっている。それよりあの人とのお話は終わった?」

「は、はい。終わりましたけど…」

「そう…なら──」

 

いざ戻ろうとしたら楠さんが壁に背を預けて待っていた。私はなぜと疑問を投げかけると楠さんは小さく口角を伸ばし、そして……

 

「友奈、単刀直入に言うわ。私と模擬戦をやってほしいの」

「……へっ?」

 

──予想だにしなかった言葉を私に投げかけてきたのだった。

 

 



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三十七話 ※芽吹視点

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

今話から視点変更が出てきます。基本的には話数の横に視点名を載せておきその者の視点で物語を書いていきます。
何もないところは『私』視点で変更なくいきますのでよろしくお願いします。


◾️

 

 

屋内の訓練スペースに私たちは集まる。周りには他の防人の子たちが観戦するべくざわざわと待機していた。本当はこんなはずではなかったのだけれど、何処からかこの模擬戦の情報を聞いたようで『見てみたい』という申し出があったためにこうなってしまっている。

 

(見せ物ではないけど……今更か)

 

なにせ本物の『勇者』がこのゴールドタワーに足を運んでくる機会なんてこれが最初にして最後なのかもしれないのだから気持ちは分からなくもないのが正直なところ。原則として現役『勇者』との接触は禁止だとあの神官からのお達しもあり今日までそうしてきた。ところが『神託』によってその規約を塗り替えて結城友奈がこの場所にやってきたのだ。理由は大まかには聞いてはいるが、腹の底が知れないその人からはまだ何か隠しているようにも思える気がしてならない。だから自分なりに現状を知ろうと動いても許されるはずだ。それに純粋に手合いをしてみたい……という欲求も少なからずあるので丁度いい。

 

「メブがやる気に満ち溢れている顔をしてる。友奈さん大丈夫かなー?」

「あくまで訓練の一貫だから心配しすぎよ雀」

「えー…そういってメブってば勢いが止まらない時があるじゃん? 雀さんはそこら辺が心配だよ」

「そんなわけ…………ないから」

「間が長い。間が長いよメブ」

 

呆れたように隣にいる雀が指摘してくるが、最近になって確かにその節が見受けられると自覚してきたところでもあったので耳に痛い。けど素直に認めてしまえばこの子もまたある意味で調子に乗ってしまう人間なのが難しいところである。

 

準備体操をして身体のコンディションを整えながら私は友奈が来るのを待つ。

『勇者』の実力を知るいい機会でもある。最初は三好夏凜のような人間が選抜されていると思っていたがどうやらそうでもないらしい。『勇者』に選ばれることばかり考えていた当初の自分からすれば納得のいかない事実に頭を悩ませていただろうが、今はそんな思考にはなっていない。

 

「──あっ! 来たみたいだよ」

「おー待ってました〜!」

 

隊の一人を口火に周囲が騒めく。私もそちらに視線を向けると一緒に付き添いに行ったしずくが友奈と共に訓練場に足を踏み入れていた。

 

「お待たせしてすみません楠さん」

「いいのよ別に。それにしても随分と厚着しているように見えるのだけど?」

「あ、いえ! ちょっと肌を見せるのが恥ずかしくて…えへへ。今支度します」

「そうなの? ……しずく、友奈の付き添いありがとう」

「ん。結城の面倒を見るのは当然」

「ありがとーしずくさん。助かります」

 

可愛らしく微笑む姿はどこか亜耶ちゃんにも似ていて、だからだろうかしずくも自然と微笑んでいた。彼女が私たち以外でそういう表情を浮かべる姿は見かける機会が少ないためか私の目には新鮮に映って見えた。

それに友奈がタワーに来て数日と経過していないにも関わらず他の人とも随分親しげに会話するのを見るに、彼女には人を惹きつける才能があるのかもしれない。

 

友奈はしずくが肩に掛けていたバックを受け取って中身を取り出す。中から少し年季の入った、しかし手入れの行き届いた『籠手』が顔を見せると彼女はそれを両手に装着させていく。

 

「自前のがあったのね」

「はい。『わたし』の父親が持たせてくれてたみたいで」

「私も同じスタイルに合わせた方がいいかしら?」

「いえいえ。楠さんは楠さんのやり易い方で大丈夫ですよ!」

「そう? ならそうさせてもらうわ」

 

慣れた手つきで装着した彼女は感触を確かめるべく手を握っては開いてを繰り返している。そんな中でしずくが私の元に近づいてきた。

 

「楠。あんまり結城に無茶はさせないでね?」

「え? それってどういう意味なの」

「…………ぁ。えっと、結城は──」

「芽吹さん! お二人の試合、楽しみにしてますわよ」

「私も私も! なんだかドキドキしてきたよぉーメブも友奈さんもファイトーっ!」

「ちょ、二人とも食い気味に来ないで──!」

「しずくさーん。ちょっとここの紐を結ぶの手伝って欲しいんだけど」

「ん、今いく」

「あっ、しずく……行ってしまったわ」

 

話の途中だったが雀と弥勒先輩に遮られて最後まで話せなかった。彼女の言葉の真意は分からないが、一先ずは目の前のことに集中することにしよう。訓練用の銃剣に似せた槍を持ち私も感触を確かめていく。

 

「──それじゃあよろしくお願いします。楠さん」

「ええ、こちらこそ。いい試合をしましょう」

 

程なくして相対した私たちは槍と籠手をカツン、と軽く当て合う。

 

(武具のリーチ差はあるけれど、さて……どう来るのかしら)

 

ザワついていたギャラリーたちも私たちの纏う空気が変わると自然と静寂に包まれていった。友奈も先程まで柔らかかった物腰も張り詰めたものに変化しているのがよく感じられる。拳の構え方も『型』にハマっていて素人ではないことも分かった。

 

「──ふゥッッ!!」

「──っ!」

 

身体の重心が傾いたところで友奈が攻め込んできた。私は半身を逸らし突いてきた拳を躱していく。そのスピードだけでも並大抵のものではなかったそれらは続けざまに繰り広げられていった。

 

「わ、わー! すご…」

「いけー結城ちゃーん!」

「楠隊長も頑張れーっ!!」

 

沸き上がる歓声。友奈は口角を吊り上げ背中を押されるように握った拳を突き動かしていく。けれど私もただ防戦一方では収まりはつかない。

勢いがある。気迫も同様に。しかし技の合間に僅かな隙が垣間見えたそこへ私は防御から攻撃へと転じた。

 

「ハァッ!」

「…っ!? ぐっ」

 

かつての私(、、、、、)はそこに立つべく錬磨してきた。三好夏凜を越えるために──その時の気持ちをぶつけるように私も技を繰り出していく。友奈も私の攻撃に応対して受けていた。その度に顔を顰めているように見えたがそれでも瞳の奥の闘志は消え失せてはいない。

その『気』に当てられて私も口角が上がっていくのが判った。

 

「やる、わねッ。友奈──っ!!」

「ぜぇ、は、っ、あ……楠さんこそ、ですッ!!」

 

時折に足技を織り交ぜて友奈は自分の展開を作ろうとする。負けじと私も技や動きに緩急をつけて感覚慣れさせないように捌く。お互いに一歩も譲らない試合に歓声もボルテージを上げていた。

 

「っ、ハァ…! ふっうぅーッ」

「──…?」

 

拮抗──しているかと思われたがやはり私は何か違和感を感じた。まだ試合が始まって間もないにも関わらず友奈の発汗が目に見えて多いのだ。

額からは大粒の汗が流れ出て呼吸も整えようとしているようだが荒さが隠せていない。私も多少は乱れていてもまだまだいける。それは『勇者』である友奈も同じはず、なのに……。

 

(まさか本当に具合でも? けどそれはあくまで建前のはず)

 

でもこの様子は明らかに異常だ。周囲はまだ気が付いていない者も多いが……いくら私といえどこの状態では試合も何もあったものじゃない。

それでも突き放つ拳の籠手へ当たるように私は槍を払って友奈の体勢を崩すと、終わらせるべく彼女の首筋の手前で矛先をピタリと止めてみせた。

 

「は、ぁ……!」

「ふっー…これで、終わりね友奈」

『おぉーー!』

 

再び沸き立つ歓声に私は視線を彼女に移した。そこで近くで観戦していた雀が跳びながら、

 

「すごいよメブも友奈さんもー! 相打ち────引き分けだなんて!」

「あの芽吹さんに引けを取らずにお相手してみせた手腕……流石は勇者ですわ。わたくしももっと鍛錬に励まないといけませんわね」

「────え?」

 

二人の声で私はようやく気が付いた。友奈の肘が私の脇腹を捉えていたところを(、、、、、、、、、、、、、、)

ハッとなって私は友奈の顔を見やると、彼女は汗を滲ませながらも不敵に笑っていた。

 

「……楠さん。心配してくれてたのはとても嬉しいんですが、油断しちゃったみたいですね────って、あは。そう言っても楠さんの方が若干早かったから結局は私の負けですけど」

「友奈。あなた────」

「はぁ、はぁ……ふぅー……ありがとう、ございました。久々に身体を動かせて楽しかったです」

「え、ええ……私も」

 

友奈が手を差し出してきて私はその手を握り返した。しかしその手の感触からは握られてるというより触れているだけのような感覚だった。

私たちのやり取りが終わると皆が友奈の元に駆け寄ってきていた。

 

「わ、わ……」

「さっすが勇者様だね!! あの隊長と互角に渡り合えるなんて────!」

「可愛くて強いなんて反則だよねぇ。結城さん、改めて記念に握手してください!」

「あっ、ズルいわたしもー!!」

「や、あの!?」

「……おーすごい人気だね友奈さんって。それに比べてメブはまぁー……」

「なによ雀。いいのよ、私はああいうのあまり得意じゃないんだから」

「はいはい、そういうことにしときましょー」

 

つい、とそっぽを向いていると向こう側がざわつき始めた。

 

「おい! その辺にしとけオマエら!! 結城が困ってんだろ」

「……シズク?」

 

人混みをかき分けるように現れたのはいつのまにか人格が入れ替わっていたシズクだった。みんなも彼女の出現に慌てて通路を作るとそこに彼女は歩いて友奈の元へ向かうとその腕を掴んで引っ張っていった。

 

「し、シズクさん?」

「いいからこっちにこい。話はそれからだ────いいかオマエら! 興味本位でもしついてきたら……わかってんだろーな?」

『ひぃ!? りょ、了解!』

「うし、いくぞ結城」

「わひゃー相変わらずおっかないなぁ……いつの間にシズクさんになってたんだろ。ねえ、メブ?」

「ごめん雀。後よろしく頼むわ」

「え、ちょ…っ!? メブどうしたのー!」

 

雀の言葉を最後まで聞かずに私は出ていった二人の後を追うことにした。

 

「……どこに? こっちか」

 

先程から違和感が拭えない。足早に二人の姿を探そうとしたところで、廊下の角から声が聞こえてきた。シズクの声だ。

早る気持ちを抑えながら曲がり角を曲がったその先にやはり二人はそこに居た────のだが、

 

「……ほら、水を飲め結城。ゆっくりだ……そうだ、焦るなよ」

「んく……ふっ、げほ、げほっ───かふ…ごめんな、さい」

「んなこと気にすんな。まずは息を整えろ……」

「なにを、してるの? シズク、友奈」

「──っ!? 楠、か。来ちまったのかよ」

「ひゅー…っ。楠さん……?」

 

眼前の光景が信じられなかった。壁を背に床に座り込んだ友奈にシズクがペットボトルの水をゆっくりと飲ませて落ち着かせていた場面に出会した。

私はシズクの言葉よりも友奈の容態が気にかかった。顔色は青白くなっていて脂汗が滲み出ているように見える。呼吸も不規則でシズクが背中をさすって落ち着かせているようだ。

シズクはバツが悪そうに私を見ると、

 

「ちっ……まぁ、丁度よかったか。手を貸せ楠。友奈を医務室へ運ぶからよ」

「シズク説明して! 友奈はどうしちゃったわけ!? この様子は普通じゃないわ」

「…………それは。いや、それは運びながらでも出来るから取り敢えず手伝ってくれ、頼む」

「……っ。わ、わかった」

 

具合の悪い友奈の両肩を私たちで抱えて起き上がる。あのシズクが間髪入れずに真っ直ぐお願いしてきたことにも驚くが、それほどまでの容態なのだと私は察して手を貸した。

 

「……友奈がこうなるのは知ってたのシズク?」

「まぁ、な。本当は止めたんだがコイツ言う事聞かなくてよ。ったく、意地の張り合いでオレが折れるなんざ楠以外には初めてだぜ」

「……友奈は何か病気でも患っているの?」

「そういうわけじゃねぇ。わけじゃねぇが……」

 

そこで口籠るシズクに私は疑問符が浮かぶ。病気の類ではないのなら一体なんだというのだろうか。

 

「取り敢えず医務室に着いたら防具類を外さないといけないわね。汗もすごいし、あの神官にも声を掛けないと」

「──いや、待て。楠はそこまでしなくていい。着いたらオマエは訓練に戻れ」

「どうして? 人手は必要でしょ? それに友奈がこんなになったのは私の責任でもあるの。手伝わせて」

「ダメだ」

「どうしてよ! 納得のいく説明が欲しいわシズク」

 

食い気味に詰める。どうして彼女はここまで頑なに譲らないのか理由が知りたかった。元々の性格を鑑みてもこの様子は友奈同様に普通じゃない。

それでもやはりこの状態にさせてしまった原因の一端は私にもあるのは違いない。それはシズクも分かっているのかそれ以上は何も言わずに歩いていくと程なくして医務室に到着した。

 

タイミングが悪いのか担当医は席を外しているようで室内には誰も姿が見えなかった。

 

「……すぐに呼ばないといけないわね」

「それも後だ。まずは結城を寝かすぞ」

「ええ。友奈、医務室に着いたから」

「………。」

 

呼びかけにも弱々しく頷いて彼女は答える。ベットの毛布を退かして友奈をそっとベットに寝かしつけるとようやく一息つくことができた。

 

「息苦しそうねやっぱり今すぐ外した方が──」

「だから待てって。やめろ楠」

「じゃあ説明を要求するわシズク。じゃないと私はここから一歩足りとも動かないから」

「だからよぉー……だあー! クソッ。ここにも頑固者が居るのを忘れてたぜ」

「……それはお互い様でしょ」

 

まるで自分は違うように言われて納得いかなかったので言い返すと頭を掻いてシズクはジッと私を睨みつけてきた。

もちろん私はその視線に対して合わせて見つめる。しばらくそれが続くとシズクは大きな溜息を吐いてドカッとパイプ椅子に腰を下ろした。

 

「一つ確認させろ。オレは結城とそれなりに接して来たが楠は違う……それを含めてオマエに問うぞ──覚悟はあるんだな?」

「どういうこと? 覚悟ってなんのよ」

「コイツは普通には明かせない、ある秘密を抱えている」

「秘密……?」

 

そうだ、とシズクは話を続ける。

 

「それを知るのは大赦でもごく僅かだ。後はオレもその数に含まれてる。これはしずくもしらねぇがな」

「どうしてあなただけが知ってるの?」

「結城を迎え入れるときにしずくだけ席を外したことがあったよな」

 

確かに友奈をこの防人に迎え入れる際にシズクは別に行動していた。それはただ単に友奈の知り合いとしてあの神官に付き添っていっただけに思えたがそれだけではなかったらしい。

 

「あの神官はオレと話がしたいと言ったんだ。しずくではなくオレにな。そうして表に出て来てみれば告げられたのは神樹の『神託』だった」

「なによそれ……初耳だわ」

「あぁ、今初めて言ったからな。だが、内容まではそう気安く明かせるものじゃねぇんだ。そこで改めて問うぞ……楠、オマエについ最近出会った人間に対して命を張れるか?」

「命……ですって?」

 

その単語を聞いて空気がひりついた。シズクの目はいつになく真剣そのものだった。それは言外に『覚悟がないなら首を突っ込むな』と言われているような。いや、実際にそういうことなのだろうと直感的に察することができた。

私は目を伏せて思考する。

 

(確かにシズクの言う通り友奈とは出会って間もない関係だ。でも、彼女をここに迎え入れた時から……友奈はもう私たちの仲間同然よ)

 

みんなを含めても友奈とは日が浅い関係だ。それでも彼女は隊のみんなに歓迎されて、仲良く過ごして来ているのを私は知っている。例え『防人』と『勇者』という違いはあっても、そこには確かな『友愛』が芽生えつつあることを私は否定したくはなかった。

そこまで考えて、やはりどうあっても考えが変わらないことを確かめた私は伏せていた目を開けてシズクと改めて向き直った。

 

「ええ、張れるわシズク。でもね、その言い方は好きではない。私は己の誓いに則って友奈に歩み寄るの。私の立っているこの場所からは誰一人として犠牲者は出さない────それは友奈も例外ではないわ。だから教えてシズク。友奈の身に起こっている事を」

「………はぁー。そうだ、そうだったなオマエは────いいぜ、連絡は既に入れてあるからよ。それまでに話を済ませちまおうか」

 

溜息まじりに、しかしどこか嬉しそうにシズクは私を見ると、視線を改めて友奈に向けてその口を開いて説明を始めた。

 

 



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三十八話 ※芽吹視点

◾️

 

パイプ椅子に腰掛けその手に持つ手拭いで友奈の額に浮かぶ汗を拭いながら彼女は話を始めた。

 

「結城は今『タタリ』に侵されている」

「……『タタリ』?」

「あぁ、言っちまえば呪いみたいなヤツだ。この不調もそれが理由になってる」

「どうして友奈がそんな目にあっているの? もしかして『勇者』としての御役目の過程でこうなって…?」

「恐らくはそうなるんだろうが……詳しくはオレも知らねぇがよ。こればっかりは結城に直接訊かないことには真実はわからん……オレが聞かされたのはその『タタリ』ってやつが天の神によって祟られたものだということだ」

「天の神……ですって?」

 

その言葉を聞いて私は眉を顰める。天の神は私たち防人が任務の中で交戦した『星屑』や『バーテックス』を生み出し、人類を、世界を危機に晒す神を指し示す。神樹様とは別の神の名をシズクは口にした。

 

シズクは一度言葉を区切ると、再び視線を私に向けてきた。

 

「論より証拠ってな。覚悟はいいか? 今から結城の肌を晒すぞ」

「……っ。ええ」

 

寝苦しそうに眉を潜める友奈の横からシズクは手を伸ばしてその身を覆う衣類に手をかけようとする。が、そこで今まで大人しかった友奈の手が急に伸びてシズクの手を掴み制したのだ。

 

一瞬驚き目を見開くシズク。

意識朦朧としているはずなのに、まるで本能的な危機管理が働いたのか定かではないがこれ以上踏み込ませまいとする『意思』を友奈から感じた。

 

「……シズクさん? ダメ、ですよ……?」

「悪いな結城。けど覚悟決めてくれてるやつがいるんだ……オマエの力になれるならその可能性を広げていきたい。だから──」

 

まるであやすように優しく友奈の手を解く。私は呆気にとられていた。彼女もしずくのようにあんな目をすることが出来ることに。友奈はシズクの言葉に耳を傾けているように思えたが、目の焦点があっていなくどうにも声が届いてないようにみえた。

そっと掴まれていた手を解き置くと今度こそシズクは友奈の衣服──腹部の部分を捲り上げてその素肌を外に曝け出した。

 

「────っ……、なによ、これ」

 

私は思わず後退りそうになるのを必死に堪えた。

 

「こいつが『タタリ』だそうだ。そしてコイツの恐ろしい所はよ、第三者が視認したら──」

「──ぐっ!? な、なに? 胸のあたりが熱っ──」

 

友奈の身体に痣のように浮かび上がっている『刻印』を目にした途端に、私に鈍痛が響いた。そんな私の困惑にシズクはジッとこちらを見続けていた。

 

「……ちっ。やっぱりこうなりやがったか」

「なにを…?」

「この『タタリ』の厄介なことは本人もそうだが、他のやつにも伝播しちまうことなんだよ。オレみたいにな───」

 

言いながらシズクは胸元を開けてぐいっと襟元をずらすと、そこには赤黒い黒い太陽のような紋様が浮かび上がっていたのだ。

その光景を見て私も同じ場所に手を置いて息を飲む。

 

「まぁオレみたいに浮き出るには時間はかかるみたいだし、すぐにどうこうってわけにはならねぇのが幸いだな」

「…そういうこと。確かにこれは──この子も必死になって隠そうとするわけね。あなたは平気なの?」

「今のところ身体の不調とかはないが……気味が悪りぃのは拭えないな。得体の知れない『不快感』みてぇのがジンワリ広がるみてーな」

「……痛々しいわね。いえ……その言い方だと友奈に失礼か」

 

シズクや私に出来た『紋様』、『タタリ』。それとは比べ物にならない『苦痛』を強いていることだろう。友奈には申し訳ないがこの身姿は普通の人には目に毒だ。悍しさすら抱いてしまうほどに。

 

(──三好。あなたはこのことを知っているの?)

 

友奈と同じ立場であるあなたなら、と考えたがやはりこの子の徹底ぶりを見るにきっと知らないのだろう。責めるつもりはないにせよその背中に追いつこうと見てきた私からしてみれば何をやっているの、と考えてしまう。

 

「この『タタリ』を治すことは出来ないの?」

「あの神官が言うには大元を叩くことが手っ取り早いってことらしいぜ」

「──つまりは天の神を倒すしかないってこと」

「あぁ」

 

それは同時にこの世界を救うことになって。しかしそれがどれほどの所業かは想像に難くない。

シズクはギィ、とパイプ椅子を鳴らし背を預けながら天井を仰ぎ見た。

 

「まぁ、それはオレたちだけじゃ不可能なことだ。悔しいがよ。所詮は裏方、勇者様のフォロー役が手一杯さオレら防人は」

「………。」

 

そう。シズクの言う通りに私たちは勇者に選ばれなかった人間の集まりで、現勇者たちの環境を整えて円滑に御役目を遂行できるようにフォローする隊だ。それ以上もそれ以下でもない。だから『天の神』を倒すなんて夢物語でしかないのだ。だから悔しくて歯噛みしてしまう。以前に気持ちの整理をつけたとはいえ、こうして再び現実を突きつけられるとなるとまだまだ慣れたものじゃないな、と考えてしまう。

 

「…だったら私たちに出来ることをするまでよ。シズク、友奈を救うまではいかなくても何か手助けは出来るのよね?」

『──そこからは私がお話します。楠さん』

「…っ。あなた」

 

不意に背後から聞こえてきた声に私は振り向くと、そこに立っていたのは相変わらず表情の窺えない面をつけた神官と更に後ろには心配そうに見つめる亜耶ちゃんの二人がいた。

駆けつけが早いことからシズクが連絡を入れておいたのだろう。

亜耶ちゃんは小さく頭を下げて足早に神官の横を抜けると私たちの──友奈のベットの所に来て荷物を下ろした。

 

「国土…わりぃな」

「いえ、これも巫女としての役目ですから。シズク先輩もありがとうございます。今着替えさせますね」

「……亜耶ちゃんも知っていたのね」

「芽吹先輩……はい。黙っていて申し訳ありませんでした。でもそうしないと芽吹先輩たちにも『タタリ』の影響を受けてしまう恐れがあったので。心苦しかったのですが黙っているしかなくて……」

「いいのよ。亜耶ちゃんが気負う必要はないわ。それより、友奈をよろしく頼むわ」

「お任せください」

『では、私たちは場所を変えましょうか。ついてきてください』

「…………えぇ」

 

そう言って神官は踵を返して部屋を後にする。その様子に彼女に対して何も思うことはないのかと眉を顰めるが、パイプ椅子から立ち上がったシズクに肩をポンと叩かれ立ち止まっていた足を動かして後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を変えて『寮長室』へと移動した私たちは改めて目の前の神官に問うことにした。

 

 

「なぜこのことを黙っていたのですか?」

『山伏さんは例外として、タタリによる呪いの伝播を可能な限り防ぐ必要がありました。未だタタリに対する対処法は見つからずに混乱を招くようなことをさせたくはなかったのです』

「だからといって……この防人を預かる身としてはそこは知っておきたかった」

『そうですね。結果的にこうなってしまうのでしたら、最初から話しておくべきでしたね。申し訳ありませんでした』

「…そこはもういいです。それで、今後についてはあなたは……大赦はどう考えているんですか? 防人である私たちに何か出来ることはあるんですか」

 

捲し立てるように私が言うが、目の前の神官は特に変化を見せることなく、いつものような感情の起伏を感じさせない口調で話を続けていた。

 

『大赦として、勇者として高い素質の持ち主である結城様を失うわけにはいかないため、どうにか策を模索していきました。その過程で神樹様による神託を併せて明後日の任務の達成が必要不可欠になります』

「以前に外の世界の土壌検査を行った場所と同じ所でしたよね」

『はい。そこで調査と共に植えた植物の『種』を採取してきてもらいます。それが結城様にとって必要なものとなります』

「植物の種?」

 

『種』を植えたことは覚えている。なんのとかどういった品種のものかは分からないけれどそれは確かに覚えがあった。だが、あの過酷な環境の中ではとてもじゃないが育っているなんて……。

 

『あの種の選抜も神樹様によるもの。巫女たちの祈りを込めて培ったあれは今は芽を出し花を咲かせて新たな実を生しているでしょう。それを採取してきて欲しいのです』

「…もし、それがバーテックスたちに荒らされていたら?」

『星屑たちがターゲットにするのは私たち人間相手のみです。ですから荒らされてしまっている、なんてことは限りなくないに等しいと思われます』

「つまりはオレたちがその実からなる『種』を採取できなきゃ、結城の命は無いってことだな」

『そういうことになります。なので防人としても、重要な任務であることは変わりありません』

「友奈の身体は明後日まで保つの? 私たちは今からでも出撃できる……一刻を争うのなら今すぐにでも出るべきでは!?」

 

こうしている間にも彼女は苦しんでいる。少しでもその時間を減らすことが出来るなら、と神官に訴え掛けた。

 

『──なりません』

「なぜ……っ!」

「落ち着け楠。神官に当たったって何にも変わりやしねぇよ」

「シズクはどうして平気なの。あなただって友奈のこと────!」

「冷静になれって、リーダーっ!」

 

肩を掴まれてシズクと視線が交わる。ハッと私は頭に血が昇り出していた自分に気がついて目を見開いた。

 

「オマエが冷静にならなくてどうする。大丈夫だ、アイツはああ見えて強いヤツだ。明後日までに準備をキッチリ整えて最速で挑めばなんて事ない任務だろ。違うか?」

「シズク……」

「オレに隊を率いるなんて事はできねぇからよ。楠がいつものようにまとめてくれ。加賀城も弥勒も他の連中もそれで全力が出せる」

『…………。』

 

私は素直に驚いていた。いや、感心していたとも言える。あのシズクが……守るべきしずく以外には関心一つ示さなかったあの子がこんな諭すようなことを言ってくれたことに。初めの刺々しい態度を前面に押し出していたあの頃と比べてこの子は本当に成長したのかもしれない。

私は目を伏せて綻ぶ口元を誤魔化しながら彼女の手にそっと触れた。

 

「……えぇ、そうね。少し冷静さを欠いていたわ。ありがとうシズク──ふふっ」

「んだよ、その含み笑い」

「ごめんなさい。あなた、いつの間にか変わっていたのね」

「おいおい喧嘩売ってんのか?」

「違うわよ。褒めてるんだから素直に受け取ってくれてもいいじゃない」

「んなこと急に言われたって背中がむず痒いンだよ!」

 

そう言いながら顔を赤くしてそっぽ向くシズク。その姿を見てもやはり彼女は変わったことが伺える。

 

「……まぁ、仮に、仮にだがもしそうだとしたらそれは結城のおかげでもあるかもな。しずくにとってもオマエら以外にダチが出来たのはアイツが初めてだからよ。最近はしずくも楽しいことが増えてきたって聞いてるし、オレも素直にそれは喜ばしいことだ。そんなアイツが今苦しんでいる……しずくに新しい道を示してくれたアイツに借りを返さねぇとオレの気がすまねぇんだよ分かったか?」

「くす、そうね。それはとても大事なことだわ。隊の一人がお世話になったのなら、リーダーである私も友奈に恩返しをしないといけないわね」

 

私も変わろうとしている中で、同じように変わろうとしている人がいる。それが大事なことだと、散々回り道してきた今の私は理解しつつある。防人のリーダーとして、その道を真っ直ぐに歩けるようにサポートしなければいけない。そうして私は真っ直ぐに神官に向き直った。

 

「わかりました。なら私たちは明後日までに最高の状態で挑めるように準備を整えます。そして必ず任務を遂行してみせます」

『……はい。よろしくお願いします』

「…………シズク、いくわよ。やる事が沢山あるわ」

「へっ。ようやくらしくなってきたじゃねぇか。オレは楠の指示に従うぜ」

 

不敵に笑あいながら私たちは寮長室を出て行く。

 

 

────

───

──

 

 

 

『──いつの間にか、変わっていた……ですか』

 

誰もいなくなった室内でポツリと言葉が溢れた。そのまま窓際に移動するとその先に見える空を眺める。

 

『そうですね。人は変わらずにはいられない。時間も思いも共に……あの子達の年代では特にそれは色濃く多彩に、無限に形を変えて変化していくことでしょう』

 

かつてはそれを見守る立場に居た。でも今は────しかし、

 

「……私は私の成すべきことを成すだけ。それが私の────なのだから」

 

面を少しずらし、部屋の隅の棚に伏せられた写真立てを一見した。しばしの無言を挟んで再び面を取り付ける。

 

『さて、業務に戻りましょうか』

 

いつもの起伏ない口調に戻った彼女は、続くように部屋を後にした。

 

 



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三十九話 ※しずく視点

◾️

 

 

その日の午後の時間は気合の入った楠の影響によって訓練は通常よりも量を増やして行われていた。

訓練場では悲鳴にも似た加賀城の声を筆頭に各々の身体に疲労感を残したが、事情を知っている側からしてみれば仕方のないことなのだと私は考えた。

まぁ仮に事情を知らなくとも、結界の外での任務は常に死と隣り合わせだからこの訓練の数々は己を守るためにも必要なこと。それはもう実戦を経験した私たちには嫌というほどその身を持って思い知らされている。そのために誰も文句は言わずに隊長である楠の後ろに頑張って食らいついていった。

 

…時間もあっという間に過ぎて夜になると、食堂ではみんな疲れからかもそもそと箸を進める姿がちらほらと見受けられる。毎日トレーニングを含め、彼女の扱きに耐えてきた面子でも今日のは流石に堪えたらしい。

 

「うひぃー……づがれだぁ。ほんと死ぬかと思ったぁぁ」

「はしたないですわよ。食事中はもっと淑やかに食べませんと」

「私は弥勒さんみたいに脳筋体力オバケじゃないからキツいんだよぉー……ほんとなんでこの人はメブについていけるのー」

「弥勒家当主として、この程度朝飯前ですから。おっと失礼──今は夕食時でしたわね」

「あーはいはい。雀さんはツッコム気力すらありませんよ」

 

いつもの二人のやり取りを耳にしながら私もご飯を食べる。

 

「……そういえば試合の後から結城さんとあややの姿を見なかったけど何かあったのかな? しずくさん何か知ってたりする??」

「確かにお姿を一度も見ていませんわね。どうされたのでしょう?」

「結城は、えっと……」

 

しまった、と私は結城の現状をどうやって伝えるか考えておくのをすっかり忘れていた。口元に運んでいた箸を止め、どう答えるか定まらないでいるとタイミングよく彼女が来てくれた。

 

「──友奈なら神官と一緒に行動しているわ雀、弥勒さん。亜耶ちゃんもその補佐で付き添ってるだけだから心配しないで」

「あ、メブ。そうなんだ、やっぱり勇者様となると色々と他にお仕事がありそうで大変そうだよねぇ」

「まぁ、それならいいのですけれど。お隣空いていますわよ芽吹さん」

「ありがとうございます弥勒さん」

 

後から来た楠が席に着くと目配せで私に伝えてくれた。小さく会釈して感謝を伝えると楠もそれ以上はこの話題を出さずに夕食に手をつけていた。

 

「随分とぐったりじゃない雀」

「誰のせいですか誰のー……ね、ねぇメブ……明日はもう少し訓練量を優しくしてくれたりしない…?」

「なに言ってるの雀。今日の分をあなた乗り越えたんだから明日はもっと増やしても問題はないってことでしょ?」

「えぇーっ!? これ以上は本当に死んじゃうよぉー?!」

「わたくしはバッチコイですわよ芽吹さん」

「ちょっと脳筋は黙っててぇ!」

「加賀城……うるさい」

「皆さん酷すぎやしませんかぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

──今友奈は点滴をして落ち着いてる。亜耶ちゃんも付きっきりだからそろそろ休ませてあげてくれる?

 

と、食事の終わり際に楠が耳打ちで教えてくれて私は医務室に足を運んだ。ちなみに楠は部隊長たちを集めてミーティングをするようで食事の後に別れた。

 

ノックをしてから入室する。その中で国土はベッド横のパイプ椅子に腰掛けていて友奈を見守っていた。

人の気配を感じとった彼女は振り向いて私の存在に気がつくといつもと変わらない柔和な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「しずく先輩。友奈様の様子を見に来てくれたんですか?」

「…ん。それもあるけど、国土の様子も見に来た。一回、休んだ方がいいと…思う。ずっとここにいるでしょ…?」

「私は全然へっちゃらですよ。どちらかと言えばしずく先輩の方が訓練でお疲れでしょうから今日はお早めに休息を取られた方がよろしいのではないですか?」

「私も全然へっちゃら。だから国土が先に休む。何かあったら呼ぶから」

「で、でも……」

 

渋る国土の背中をポンポン叩いて促すと押し負けた彼女は頭を下げて「それじゃあ……少しだけ」と部屋を後にして行った。ご飯も食べていないだろうからしっかりと栄養をつけてもらいたい。国土に何かあってもみんなに心配かけてしまうから。

 

「……結城」

 

入れ替わりに私がパイプ椅子に腰掛けて目の前で眠る結城を見つめる。あの後は神官が手配した医療班が駆けつけて鎮痛剤やら何やらと手を施し何とか落ち着いてもらっているようだ。腕へと伸びる点滴の管が痛々しいし、着替えた医療着から覗く『刻印』も赤黒く刻まれている。自分ではどうしようもない現実を突きつけられているみたいでとても心苦しかった。

 

そっと力の抜けた手を握る。顔色は熱っぽく赤みが差しているが、握る手の平は刺すように冷たい。それはまるで冷たくなってしまった──『あの子』を思い出させる。

 

「私は…何もしてあげられてない。友達なのに……なにも」

 

結城は口下手な私にでも親身になって接してくれてる。もう一つの人格の『シズク』にも同様に。色々と問題を抱え、難しい私たちだけどそれでも彼女は優しくて温かい笑顔を向けてくれた。それはかつての『あの子』を連想させ時々その姿を重ねてしまうことがあったのは結城には内緒。

 

防人と勇者としての関係上、こうして顔を合わせる機会はとても少ない。私の方から接触しないように電話での交流が主ではあったけれど、それでも日々が楽しかったのは変わらない。防人にいる人たちとは別の、初めてちゃんとできた外のお友達────それが結城友奈という女の子。

 

「……私は、結城に元気になって欲しい」

 

結城が防人に来てとても嬉しかった。同室になってお風呂あがりに髪の毛を乾かしあったり、電話でしてたような日常会話やその日あった出来事を今度は夜遅くまでお話ししたり……まるで毎日がお泊まり会のようで友達として交流を深められたと言える数日間だった。

 

…………でも彼女が抱えている問題はとても大きく、今はそれが彼女を蝕んでいた。このままでは命が危ういと神官から聞かされている。大切な友達が……危険に晒されている。

 

私は自分の『熱』を結城に伝えるように、きゅっと手を握った。

 

「────三ノ輪の時は、ほんとに何も出来なかった。漠然と、外から見ることしか出来なかった、けど……今は違う。私はここにいて、結城のそばにいる」

 

まったく知らない赤の他人の私に笑顔で声をかけてくれたあの子のように。私はあんな風に誰にでも分け隔てなく接せられる人間になりたいと密かに憧れていて……三ノ輪のようになれなくても、近づくチャンスはここにある。

 

「負けないで……結城。私たちが必ず、元の場所に帰してあげる…からね」

「………ん、んん」

 

身じろぐように結城の手は私に合わせるように弱々しく握り返してくれた。意識はなくとも、そうしてくれる彼女に改めて感謝を胸に抱いた。

 

そして─────。

 

 

 

 

──────

─────

───

──

 

 

 

 

 

そして、一日の猶予期間を経て私たちはタワー前の広場に整列していた。外の天気は生憎の曇り空だけど、そのことを気にするような人は今はいない。

 

ピリッとした空気が場を制していた。

 

「────ついにこの時が来た。各自コンディションは整えてあるわね?」

『はいッ──!』

「うん、良い返事ね。では、改めて今回の任務の確認をするわっ!」

 

整列した最前に立つ隊長である楠が声を張り上げながら続ける。

 

「これから私たち防人は神樹様の結界の外──炎の世界に向かう。目標は前回種を植え、育った『植物』の採取任務。今更に危険の度合いを言葉にする必要はないと思うけど、そこでは星屑や大型のバーテックスたちが無数に生息しているわ。奴らがいるということは常に私たちの命は危険に晒されることになる。それを念頭に作戦に臨むこと! いい?」

『はいッッ!』

 

楠の後ろには巫女服に身を包む国土と、更に一歩引いた場所に面をした神官が立っていた。神官の表情は読めないけど、国土は心配そうにこちらの様子を窺っていた。チラッと交わった視線に、私は小さく頷いて答えてみせた。

 

「作戦総指揮官は私…楠芽吹が務める。今までと同じ各指揮官型からの指示の下、銃剣隊、護盾隊をそれぞれ展開。現場での単独行動は控えて必ず複数人での行動を心がけて頂戴」

『了解!』

「あ、あのー……」

「なに、雀?」

「その目怖いですメブ……じゃなくて、友奈さんはどうしたの? 昨日から姿を見てないんだけど」

「…………っ。」

 

おずおずと手を挙げて口にしたのは加賀城だった。その疑問はもっともで少なからずこの場のほとんどが感じていたことだった。

キッと視線を向けた楠はしばしの無言の後に周りを見渡して小さく息を吐く。

 

「──友奈は正式な勇者。もし万が一の緊急対応できるように大赦が『調整』をかけているわ。でも、今回の任務は私たちだけでも十分に対応できるものよ。だから今は目の前の任務に集中しなさい加賀城雀」

「は、はいー! じゃなかった……りょ、了解っ!」

 

無理やり納得させるように楠はピシャリと話を終わらせた。大丈夫だと、問題はないと楠は皆に伝える。

しかしああは言っているが実際は倒れたあの日と変わらない状態なのだ。結城は未だ意識が戻らずに眠り続けている。顔色は当時よりも幾ばくかは良くなっているけれど、こうして並び立つまでには至らなかった。でも彼女がここに立つ必要は無い。それは楠の言う通りでやり遂げなければならないのだ。私たち防人が。

 

『──定刻です。作戦を開始して下さい』

「はい……総員、戦衣を展開──ッ!!」

『了解ッ!』

 

神官と、楠の合図を持ってして私たちの姿が変化した。任務のための戦闘服。それらに身を包み、武器を手にした。

 

「芽吹先輩、皆さんお気を付けてください。どうかご無事で」

「ありがとう亜耶ちゃん。友奈のこと、頼んだわよ」

「はい!」

「───作戦開始」

 

楠の言葉に続くように声を上げてお互いの士気を高め合い、そして私たち防人は任務を果たすために行動を開始したのだった────。

 

 




防人としてのお役目が始まる。

友奈こと『私』はベッドに寝たきりのまま意識は回復せず。肉体的な損傷はないが、精神、魂の部分の摩耗による影響で意識障害が起こり目覚めないことが理由とされる。


感想、評価、誤字報告等ありがとうございます。


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四十話 ※しずく視点

◾️

 

 

────周囲の景色が切り替わるように、世界が一変する。

 

 

肌が感じとるのは熱気だ。暑いではなく熱い。視界に映る全てが炎に包まれたその世界は元は人類が生きていた世界だとはとても想像できないほどの環境が広がっている。

『戦衣』を見に纏っていなければまともに活動できないほどのこの場所に挑むのはこれで何度目だろうか。

 

「護盾隊は盾を展開。次いで銃剣隊は中距離での射撃を開始────!」

 

指揮官型の指示を受けて各所で対応に当たる。目の前には白い体色の異形の怪物──通称『星屑』が私たちを喰らわんと接近してきていた。最初こそはその姿と勢いに気圧されていた防人も、今は冷静に対処できている。私たち個人の戦力はたかが知れているために複数人での戦いに挑むのは変わらないが、おかげで星屑程度では問題にならないぐらいには成長を遂げているのを実感できていた。

 

「──あ、ありがとう山伏さん」

「ん。油断しないで」

 

気を抜けない状況下であっても、やはり接近を許してしまう場面が出てきてしまう。私は星屑が防人の一人に接近するのをいち早く察して手に持つ銃剣を星屑に振り下ろして対処し、尻餅をついてしまったその子に手を差し伸ばして立ち上がらせた。

 

「なんだか最近の山伏さんとっても頼りになるよ。迷惑かけてごめんね」

「迷惑じゃ…ない。お互い頑張ろ」

「うん。今度はわたしがフォローできるように頑張る!」

「ん。その時はよろしく」

 

その瞳に再び闘志を燃やして進み始める仲間の後ろから私も続いていく。視線を前へ向けると皆順調に戦闘を行い、前進できていた。

 

「ひぃぁあ!? 相変わらずおっかないよコイツらー! 殺されるぅ、死んじゃうよぉメブぅ」

「舌噛むわよ。口より身体を動かしなさい雀! 弥勒さん、今度は無闇に特攻しないでくださいよ」

「分かっています! 弥勒家当主として恥じない立ち回りを致しましょう──!」

 

結界の外に出て、そろそろ一時間が経過しようとしている。進むべき進路を阻む星屑以外は相手をせずに、必要最低限に対処していく。遠くの果てまで埋め尽くす『白』は星の如く無数に、無限に存在していた。

 

「楠。目的地までどれぐらい?」

「……あと一、二キロほどかしら。ちゃんと目的の物があればいいんだけど」

「んっ。それは問題ないはず。じゃないと……困る」

「そうね。最初から諦めていたら意味がないものね」

 

銃撃で応戦しつつ二人は会話を交わす。

 

「……前から思っていたけれど、しずくも変わったわね。もちろん良い意味で、ね」

「どういうこと…?」

「以前よりも明るくなってる気がしてたから。それに今だって『シズク』に変わってないでしょ? やっぱりそれは友奈のおかげかしら」

「……うん、そうかもしれない。でも同じぐらい楠たちのおかげでもある、かも。みんなが良くしてくれたから私が今の私になれた……から」

 

誰かに褒められるのは照れるけれど悪い気はしなかった。むしろ嬉しくてそれだけで振るう銃剣が軽く感じるほどに心は満たされているのかもしれない。この気持ちを大事にしていきたい。そういう風にこの頃考えるようになってきた。

 

幸いにも今のところは順調に進めている。見たところ大型は出現しておらず、更に十数分の時間を経過した頃に防人はその歩みを止めた。

 

「──この辺だったわね。周囲の様子は……特に変化はなし」

「どこもかしこも同じ風景だから困りますわね。纏まるよりも手分けして捜索した方がよろしいのではなくて?」

「ええ、そのつもりでいます……指揮官型は作戦の通りに小隊を編成。決して無理な交戦はせずに動いて、目的の物が見つかり次第私に報告すること!」

『了解っ!』

 

楠の指示でそれぞれに別れる。私は楠の班に入っていつものメンバーが結成された。

 

「しずく。あなたから見てどう思う?」

「この先にありそうな……気がする」

「向こうね。なら急ぎましょう」

 

私が指差した方に楠は躊躇わずに歩みを進めた。

 

「うぅー…早く手に入れて帰ろうよ。なんだか嫌な予感がするから……」

「なにを仰っていますの。周囲には小型はおりますが、大型や変異種の姿は見えませんし」

「そうだけどさぁ…メブぅ」

「分かっているわよ雀。あなたのそういった時のカンは信用に値するからなるべく早く済ませましょう。こんな場所、一刻も早く撤収するに限るから」

 

楠の言葉に嬉しそうに頷く加賀城は足早に進んでいく。呆れる弥勒も続くように前進していくと直ぐに「あっ…!」という声が耳に届いた。

 

「メブー! しずくさーん! 緑があったよ!! ほら、あそこあそこっ!」

「以前来た時よりもだいぶ様変わりしましたわね」

「……だけど、これは」

 

意外と早く目的の場所は見つけることができた、が……。

 

「……楠。花なんて咲いてないよ?」

「嘘よ。きっとどこかに咲いているはず────じゃないと!」

「あっ!? メブ」

「あんなに慌ててどうされたのでしょうか?」

「…………。行こう」

 

先行した楠に続くように私たちもその場所へと向かう。でも遠巻きからでも分かっていたように、そこには薄い緑がある程度で種が実る『花』なんてものは一輪すらも咲いてはいなかった。

楠は膝をついて手探りで探しているようだが、見つけられずに唇を噛み締めていた。

 

「あの神官が騙した? いや……違う。でもなんで? これじゃあ友奈が────っッ!!」

「落ち着いてくださいまし芽吹さん」

「弥勒の言う通り。少し冷静になったほうがいい」

「そうだよメブ。もっとよく探したほうが───ひょわ!!?」

 

声を掛けながら近づいた直後に、地面が揺れた。その振動は地震というよりも爆発による揺れに近い感覚でみんなは慌てて爆音の方に視線を向けた。

少し離れた所で土煙がゆらゆらと昇っている。あの方角は他の隊の人たちが捜索に向かったところの筈だ。

 

「……なに、あれ? 星屑がやったの?」

「そんなはずないよ! だってアイツらって突進や噛みつきしかしないじゃん。おかしい、おかしいよメブぅ! に、逃げたほうがいいんじゃ──」

「それはなりませんわ。まずは他の人の安否を確認しませんと……っ!? また爆発ですわっ?!」

「楠。みんなを集めないと……なにか、様子が変だよ」

「くっ……指揮官型、応答しなさい。何があったか報告して!」

 

楠が無線を飛ばすがノイズが酷くて何も声が聞き取れない。そういえば先程から星屑の姿も見られないのが気にかかった。そうして考えていると遠くに隊の姿を捉える。

 

「た、隊長…! に、逃げてください!! お、大型のバーテックスが現れ───きゃあっ!?」

「バーテックスっ!? って吹き飛ばされたー!?」

「受け止めないと!」

「わたくしにお任せくださいませっ! うおぉーー!」

 

それは見事に綺麗なフォームだった。

全力疾走の弥勒が爆風に吹き飛ばされた少女の身体を見事にキャッチすることに成功していた。常日頃楠にしごかれた成果が垣間見えた瞬間なのかもしれない。

 

「ナイス弥勒キャッチですわね。お怪我はございませんか?」

「あ、ありがとうございます」

「良かった! けど、今の言葉って本当なの? 大型のバーテックスが現れたなんて」

「そ、そうなんです隊長! 今も他の隊が交戦しています。ですが、状況は不利……これ以上はみんなが保ちません」

「あわわわ!? め、メブやばいって! 撤退した方がいいよぉ!」

「爆発が近づいてくる……」

「どうやら、そうみたいね」

 

直後に崖の向こうから防人隊の面々が私たちの方に撤退してきていた。ざっと確認したが誰も欠けているようには見えずに一安心するも、その背後からとても大きな影が近づいてくる。

 

────最悪のケースだ。

 

 

「隊長! 少数ですが負傷者が出てます。て、撤退したほうが」

「……それはもちろんよ。だけどもう既に囲まれているわ。あれは確か……バーテックス・ヴァルゴね」

「ヴァルゴ……ということはこれらは全部」

「総員こちらまで下がって! 周辺にあるのは全て『爆発物』よ!! 護盾隊複数人で受けながら下がりなさい!」

『了解!』

 

ゆっくりな動作でこちらに現れたのはバーテックス・ヴァルゴ。

布のような触手をゆらゆらさせ、下腹部からは小型の爆弾を射出する敵。今もなおそこからは爆弾を量産させていた。

 

「どうしますか芽吹さん。この数では逃げ場が……」

「目的の物もまだ採れていない。何とか隙をついて見つけないと」

「そんなこと言ってる場合じゃないよメブ! 来てる、来てるよおぉ!」

「銃剣隊、射撃で爆弾を処理しつつアイツの注意を引いて頂戴。負傷者は中心に集めて護盾隊で固めて。ヴァルゴ自体には攻撃性はないから注意するのは周りの爆弾だけよ!」

 

この情報たちは歴代の勇者たちが遺したもの。そのおかげで初見での対応は随分とスムーズにいくことができる。でもだからといって私たちがヴァルゴを『倒せる』なんてことは話が別だ。ヴァルゴの生み出した爆弾を射撃で撃つと爆発が起こり、周囲の空気を地面を揺らす。誘爆するように近くの爆発も爆発して危ない状況だった。

 

「楠。私が探してみる」

「しずく!? 待ってまだ危険だわ!」

「ん。でも早く見つけないとみんなが危ない。任せて」

「しずくー! ぐっ……銃剣隊、なるべくしずくの周囲に爆弾が近づかないように援護射撃してッ!」

 

応戦できてる今しか時間がない。楠の静止を振り切って私は爆風に煽られながらその先に進んでいく。幸いにも私は探すのは得意な方だからそれに賭けるしかない。

 

私は地面に膝をついて周囲を確認する。

 

(花が地面に咲いていないってことは……恐らく地面の中かも)

 

この環境下だ。よくある綺麗に花を咲かせるなんてことは難しい筈。だとしたら考えられるのはやはりその下……地面の中だ。

確か前にどこかの本で『地面の中に咲く花』があることを目にしたことがある。それに近しいものだと当たりをつけて私は目を細め、地面スレスレから目線を出来る限り低くして辺りを探し始めることにした。

 

「…………ん、あれが怪しい」

 

僅かに地面に盛り上がりがあるのを私は見つけた。私は急いで駆け寄って盛り上がりのある地面の前で再び膝を折った。

 

「…っ。お願い。見つかって」

 

掘る道具がないので両手を使って地面を掘っていく。浅い所に生える根をかき分けながら更に更に奥を掘り進めると指先が血に滲むが、気にせずにやり続けた。するとその先に紫色の花弁らしきものを視認して私はこれだと急いで掘り起こすと、手のひらに収まるほどの『花』が確かにあった。

 

───花びらは螺旋状に包まれており、少しだけ中身を覗くとびっしりと『種』が詰まっていて目的の花はこれだと確信した。

 

「やった……! 楠、あった────」

「しずく!! 避けてーー!」

「えっ……?」

 

決死の表情を浮かべた楠の声に私は振り返るといつの間にか接近していた爆弾が、目の前にあった。

この花を探すことに意識を割きすぎてここまで接近を許してしまっていたのだ。私は目を見開いて片手を後ろにやった。

その時の私はよく身体が動いてくれたと思う。咄嗟に背中に携えていた銃剣を力任せに払い、爆発する寸前に軌道を逸らすことに成功した。

 

だけどそれでも近接での爆発であることには変わりなく、私は爆風によって吹き飛ばされてしまった。

 

「あっ、ッ、ぐぅ……っ!?」

 

ごろごろと地面を転がり私の視界も一緒にぐるぐると回っていた。気持ち悪い、と感じた頃にようやく動きが止まる。手に持っていた銃剣は別方向に吹き飛ばされてしまい武器を失うが、でも手にした花だけは手放さずに済んで良かったと思う。

 

「しずく今いくわ! だから起きてッ!! 次がくる!」

「あっ、う……身体が動かな……」

 

視界が揺れていて目がチカチカする。立ち上がろうにも腕に力が入らない。どうやら爆発を受けて脳震盪みたいな状態になってしまっているらしい。このままだと結城にこの花を届けられない。だから早く立て──っ! と自分の身体を奮い立たせようにもうまくいってはくれなかった。

 

「あっ……」

 

そこへ容赦なく次の爆弾が私の目の前に飛来してこようとしていた。

武器もなく、身体も動かない私に回避する手段は残されていなかった。

 

────っ!! ──…!

 

視界がスローに感じられる中で楠たちが何かを必死に言っているようだけど私の耳には届かなかった。私はそれよりも手にしている『花』を無くさないように両手で包んで更に身体全体で丸まるように覆いかぶさった。

 

(これで何とか『花』だけは守れるかな? 楠、ごめん。結城も──シズクも)

 

楠の掲げる目標に泥を塗ってしまうけど、これがあれば結城は体調が良くなってくれる。友達の助けになれるんだ。

そういうことならシズクも納得してくれると思う。だけど、悲しませてしまう人がいるのが申し訳なかった。

 

「……ん。ありがとうみんな。ありがとう結城……私の、友達になってくれて」

 

『死』が近づいている。幼い時にとても恐怖を覚えていた『死』が間近に。でも不思議と怖くはなかった。それは私の胸の中に大切な思い出があるからだろう。それなら受け入れられる、と私は目を閉じて来たる衝撃に備えていた。

 

 

────それはダメだよ。しずくさん。諦めちゃダメだからっ!!

 

 

ふと、そんな言葉が聞こえてきた。この場ではあり得ないはずの友達の、その声で私は下を向いていた顔を上げて前を見た。

 

その視界には淡緑色の、白い花びらが舞い散っている。

その乱花の中に一人の白い少女が拳を握って立っていた。

いつの間にか吹き飛ばされて遠くで爆発するヴァルゴの爆弾があって、急速に近づいていた『死』の気配が遠退いていくのを自覚する。

 

一人の少女が立っている。私の大切な友達がその足で立っていた。

少女はゆっくりとこちらに振り向くと私のよく知る穏やかな、優しい笑みを浮かべていた。

 

「ありがとうしずくさん。私のためにここまでしてくれて……本当に、嬉しかった」

「結城…? どうして此処に」

「友達が頑張ってくれてるんだもん。私も頑張らなきゃって思って医務室から飛び出してきちゃった」

「……でも、結城はまだ」

「うん。だけど任せて。みんなと無事に帰ってくるって約束したから!」

 

私に限らず、遠くにいる楠たちも驚く中で接近してくる爆弾に結城は不調を感じさせない動きで、身体を大きく捻らせて蹴りを放つ。

 

「させないよ。これ以上誰も傷つけさせないッ!!」

 

吹き飛んだ爆弾がまるでピンボールのようにぶつかりながら爆発させていくその様は見事としか言いようがなかった。

 

そして結城は離れた所にいるバーテックス・ヴァルゴを睨みつけて拳を構えた。

 

「私は勇者──結城友奈なんだからっ!」

 




仲間のピンチに颯爽と現れる主人公──うん、彼女はよく頑張って動いてくれました!汗

敵はバーテックス・ヴァルゴ。
このバーテックスにした訳は…分かる人には分かりますね。そういうことです。


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四十一話

前話より時間は少し遡ります。


◾️

 

 

──苦しい。熱い。痛い。

 

目の前には何もかもが燃え盛る世界だった。建物も、動植物も、人も……。

大切なものが全て炎に包まれたこの世界に私はどれだけいればいいのだろうか。

 

「…ぅ。ぁ……」

 

熱い。アツい。痛い……。

私は何かに縛られながらその光景を見ることしか出来なかった。例えそれがゆめまぼろしだとしても辛いことには変わりはなかった。

 

大切な人が焼け焦げていく。友人、家族、大好きな人。私は最初は叫んで、獣のように暴れまわろうとも何かが変わることはなかった。

その手に触れることが出来ずに、何度も焼かれては同じ光景を繰り返すばかり。頭がおかしくなりそうだった。

 

「だれ、か。誰か助けて……みんなをこれ以上苦しまないで」

 

私のせいで誰かが辛い目に遭うことがとても耐えられない。私のことはどうでもいいから。煮ようが焼かれようが『私』は我慢できる。だからみんなを傷つけたりしないで…!

 

「…や、だめっ。それだけは──東郷さんだけはやめてぇェ……ッ! あぁ、ァ」

 

あの『腕』が引き裂いていく。見せ付けるように、絶望を浴びさせるように『私』は叫ぶしかなかった。そうした一連の流れを繰り返し見せられる。

どんよりと、蜃気楼に揺れる黒い影が私の周りを囲う。

 

──また誰も助けられなかった。──あなたは何も出来やしない、無力な存在。──口先だけの存在。──それでいて周りには偽りの虚像を見せつける。──嘘つき。

 

「ぅ、ぅぅ……ごめんなさい。ゴメンなさい御免なさい! 助けられなくて…ごめん、なさい」

 

声が木霊するように突き付けられた。

私の中の『熱』が、周りの炎に呑み込まれそうになる。熱いのに、寒さを感じてしまうのはどういう訳か……しかし確実に私にとっての大事な『何か』はすり減り続けている。このままでは『わたし』に返す前に確実に────。

 

「う、うぁ……ぁ、っ…」

 

幸いにも映像を繰り返す前にインターバルのような『暗闇』の時間が存在する。その時だけは拘束から逃れられてこの身は自由となるが、身体は動かすことが出来なかった。壊れるわけにはいかない──そう思っても身体が鉛のように重たかった。

 

「責任を、果たさないと……いけないの。私が、『結城友奈』になったセキニンを………私、は」

 

眠い。とても強い眠気が私を包む。でも、ダメだ。寝ちゃいけないのは感覚で理解できる。

だから、眠らないように……思い出して。私の根底にあるものを、強く思い出して…。

 

「…東郷さんから悲しい涙を流させないって決めてる、から……それで友奈ちゃんに返してあげるんだ。それが私の生きる……」

 

道だから……。泥人形のような身体を気力で動かそうともがく。でも背後からまた炎が迫りつつある。また何度目か数えるのも億劫になっているあの地獄に呑み込まれる、そう思っていたけれどその瞬間は訪れなかった。

 

「────え?」

 

ここにきてようやく変化らしい変化が起きた。いつしか『暗闇』は無くなっていて、今度は『白い世界』が広がっていた。私は不思議に思いつつも起き上がってから周囲を見渡す。

 

「どこだろ……ここ?」

 

ふらふらと覚束ない足取りで前が後ろかも分からない白い世界を進んでいく。時間の感覚も曖昧な場所をしばらく進むと頰に何かが張り付いた。

 

「これって……『桜』の花びら? なんでこんなものがこの場所に……って、あれ? いつの間にこんなに桜の木が」

 

指先で花びらを摘んで確かめていると、次に目にした光景は沢山の桜の木が生え揃っていた空間だった。景色もその桜の木たちから緑が広がって青空が塗られていく。そよ風が吹いて桜の木から無数の花びらがひらひらと舞い散っている。

 

「…………。」

 

私は桜並木の間を進み、数ある中で一番奥の大木の様な桜木に近づいてその幹に手を添えた。どっしりと構えたその幹は底知れない力強さを感じ取れる。私はため息を一つついてその幹に背中を預けて座り込むことにした。

 

「……いい天気。それに空気も美味しいし、温かい……気がする」

 

なんというか、この場所は好きだな。

耳を澄ませば小鳥の囀りも聞こえてきそうなほどの穏やかな空間。

先程の地獄がまるで嘘のように、ここは静かな場所だった。もしかしたら天国から地獄に落とそうとしてるかもしれないけれど、束の間の休息とも言うべき今の状況に甘んじることにした。

 

「でも早く、元の場所に帰らないと……しずくさんたちにも迷惑かけちゃってるし」

『──あなたは、頑張り屋さんなんだね』

「ひゃ…っ!? だ、誰────きゃっ!」

 

不意に私以外の声が聞こえて驚いた私は立ち上がろうとするけど、うまく力が入らずに尻餅をついてしまった。

 

「い、いたた……」

『大丈夫? あのタタリを受け続けていたんだから大人しくしてないと危ないよ。もうちょっと長くあそこに幽閉されていたら本当に心が消えそうだったんだからね』

「あなたは一体……? その木の後ろにいるんですか? もしかしてあなたが私を助けてくれたんですか」

 

私の背を預けていた桜の木の後ろに『誰か』がいる。そうは分かっても確認しようとする足には力が入らなかった。桜の木の向こうにいる者もそれが分かっているのか、その場から姿を現そうとせずに言葉を続けていた。

 

『うん。あなたの頑張る姿を見ていたら助けなきゃって思ってね。本当はもっと色んな事をしてあげたいんだけど、そうもいかない事情もあってさ……世知辛い世の中だよねぇ』

「え、えっと……ありがとうございます。助けていただいて」

『ううん。私がそうしたかったからだから気にしないで……ねっ、一つ訊いてもいいかな?』

「は、はい」

 

なんか話し方や声調に既視感を覚えるような感覚だ。それが何なのかは確かめようにも姿を見せてくれないことにはわからない。

 

『…ずっとあの子の内側から見てきたんだけど、どうしてあなたはそんなに誰かのために頑張れるの?』

「それは……嫌なんです。誰かが悲しむ顔を見てるのが。私に良くしてくれた人たちも、こんな温かい世界があることを教えてくれた人にもそんな顔をして欲しくない。できればいつまでも笑っていて欲しいんです……って言っても毎回空回りしちゃって逆に迷惑かけてしまっているのかもですけど……」

『そんな感じだねー。結城ちゃんと違って不器用さんなのかな?』

「耳に痛いです…って結城ちゃん?」

『あっ、ごめんね。別に責めてるわけじゃないから……えっと、うん。その心がけはとっても大事なことだから自信をもってねっ!』

「はい。ありがとうございます」

 

やっぱり最後には幸せに笑えるような、そんな未来に向かっていけるのなら私はそうしてあげたいと考えている。それを強く教えてくれたのは東郷さんだから。

 

『…でもよかった。あなたが良い人そうで。少し心配だったんだ』

「えっと、それはどういう……?」

『やっぱりいきなり知らないところで目覚めたら不安だろうなとか、途中で嫌になって何もかも投げ出したりしちゃったりするのかなーとか色々考えてたんだ。でもあなたは「結城友奈」であろうと頑張ってきた』

「だってこの身体は友奈ちゃんのものです。私はそれを間借りしている人格の一つでしかないんですから。なるべく元の環境を維持しつつ返してあげられたらなって考えてますけど」

『うーん。じゃああなたの意思……というか想い? 願いみたいなのはないの? そればっかりだと息が詰まっちゃうよ?』

「願い…ですか? それは今言った通りで───」

『そうじゃなくてね、えっとー……んー。難しいなぁ……あっ、それ以外のことについての願いだよ、うん!』

「それ以外…?」

 

頭を悩まさせていたその人はうんうん、と頷いて、

 

『例えばお友達とずっと仲良く過ごしたいーとか、大切な人と笑って過ごしていきたいーとかそういうの! 何かないのかな?』

「それは………ダメ、ですよ」

『どうして?』

「だってそれは友奈ちゃんが今まで積み上げてきたものの成果、結果なんですから。さっきも言いましたけど私はそれを借りているだけなんです。そんな願いは贅沢ですよ私には」

『贅沢じゃないよ。全部を見てたってわけじゃないけどさ、あなたはちゃんと一人の「個人」として見てくれてる人は沢山いるよ? そんな優しい人たちに囲まれて過ごしてたらそうやって考えるのは普通のことなんだから』

「そう、なんでしょうか…?」

『そうなんだよー。だから、あなたのしたいように生きても良いんだよ。それは結城ちゃんも望んでいることだから、他の人もそうしてくれた方がきっと安心できると思うな』

「…ちょっとだけ不安なんです。本当のことを話して、もしかしたら拒絶されてしまうんじゃないかって」

 

みんなは『友奈』ちゃんと過ごしている。その関係性を自らの手で壊してしまうのがとても不安であった。それに今は『タタリ』の事情も相まって余計に憚れるから尚のこと。

 

『──あの子たちなら大丈夫。驚いたりしたりしちゃうかもだけど、決してあなたを否定したりはしないよ。それにあなただって「友奈」ちゃんなんだから』

「どうしてそう言えるんですか? …そもそもあなたは」

『……わたしも昔にたくさん良くしてもらった経験があるからだよ。ま、それは置いておいてー────わたしはそうだねぇ、あなたにとっての「先輩」になるのかな?』

「…せん、ぱい?」

 

そうそうと言いながら言葉を繋げて、

 

『学校やお仕事とかの先輩後輩じゃなくてね。こう、ピタッとわたしとあなたは同じような存在というか……ビビビーッてこない?』

「えっと……ビビビ?」

『あれぇー? おかしいね。伝わると思ったんだけど』

 

擬音で伝えようとしている所を見るに、この人は説明が苦手な部類なのだろうとすぐに察しがついた。

でもそんな感じだけど、この人から感じる真摯に向き合う気持ちも同時に強く理解できたから笑みが溢れてしまう。

 

「ふふ…ありがとうございます、先輩。先輩のおかげで気が楽になりました」

『ほんと? それならよかったー! じゃあ最後に先輩から後輩に託したいものがあります』

「託したいもの?」

『立てるかな? もうちょっとこっちに近づいてこれる?』

「は、はい」

 

促されて私は立ち上がる。先程よりも幾らか身体の感覚は軽くなっていた。近づいて桜の木の目の前に立つ。

 

『じゃあ、そのまま後ろを向いてください』

「はい────向きまし……きゃっ!?」

 

不意に背中に重みがかかったと思ったら、温もりに全身が包まれた。

抱きしめられている。そう知覚すると共にぎゅうって強めに抱きしめてくれた。

 

「あ、あの…先輩?」

『目が覚めてもまだまだいっぱい大変なことがあると思うけど、あなたならやり遂げられるって信じてる。わたしもちゃんと見守ってるから、さっきも言ったけれど自信を持ってチャレンジ、だよ?』

「はい」

『時には思い描いた結果にならないこともあるだろうけど、それも人生──諦めないこと! 諦めなければ最後には何とかなるからね』

「…はい」

『あとはー…大好きな人との時間はうーんと大切にするんだよ? いざという時にお別れとか言えないのは……辛いからね、うん。つまりは自分の気持ちに素直になることだよー。これ特に大事ねっ!』

「──はいっ!」

『うん、良い返事♪ 素直で可愛い後輩が出来てわたしも嬉しいな』

 

耳元で囁くその声は弾んでいて楽しげに話していた。

 

『じゃ、最後にこれやろー! こっち向いて』

「は、はい! ……えっ!?」

 

離れた彼女へと私が向き直って見て見れば、驚きのあまりに目を見開いてしまった。

そして彼女はにこやかに笑いながら手を上げた。

 

「せ、先輩の顔…えぇ!?」

「初めまして『友奈』ちゃん。そしてさようなら。気合と根性を忘れずに、あなたにとって悔いのない、かけがえのない人生を歩めることを先達者として心から願います────はい、タッチ!」

「え、へ、あれ? た、タッチ──ッ!」

 

有無を言わさずに挙げられた手に合わせるように私も手を挙げて二つの手のひらが当てられる。

 

────わたしの……ううん、『わたし達』のバトンを受け取って。

 

ぱんっ、と子気味よい乾いた音が空間に響く。合わさった手のひらにはとても熱い。力強い『熱』がじんわりと広がっていくのがわかって……手を握り締める中で私は顔を上げた。

 

「……。ありがとうございます、先輩──ううん、友奈さん」

 

気がついた時には桜の木と、舞い散る花びらしかなかった────。

 

 





悪夢の中でうなされる『私』を救ったのは彼女。

先達者、『友奈』の原点──頑張って頑張り続ける『私』に感化されて飛び出てきてしまった彼女は『私』を諭して、活をいれて背中を押してくれた。最初で最期の邂逅。胡蝶の夢の中で託されたバトンを持って『私』の意識は浮上していく──。


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四十二話

◾️

 

 

「──んん、むぐっ?」

 

ぼんやりとだが意識が覚醒していく。次に感じたのは息苦しさで何か顔に柔らかいものが乗っかっていること。もぞもぞと身をよじらせていると私はこれの正体に気がついた。

 

「…ぷぁ。ぎゅ、牛鬼?」

『…………。』

 

まんまるお目目の牛の妖精(正確には妖怪だけど)がふよふよと漂うように飛びながら私の周りをくるくる回っていた。

 

「牛鬼、ずっと側にいてくれたの?」

『………。』

「……ありがとね。おかげでいい夢が見れたよ」

 

辺りを見渡すと、どうやら医務室に担ぎ込まれたようだった。楠さんとの試合が終わったあたりで体調が悪くなってシズクさんに運んでもらい、途中で記憶が途切れているのを思い出す。相当具合が悪かったんだな。

 

「…でも、少し身体が楽になった気がする」

 

手をにぎにぎしながらあの時の夢の『熱』を思い出す。あれはただの『夢』ではないと実感がある。だとしたら私はもういつまでも塞ぎ込んではいられない。

 

(託されたから……これを私は繋げなければいけない。もっと頑張らなくちゃね)

 

牛鬼に頭の上を乗られながら私は一人決意する。そこで私はふと、視界の隅に人影の存在に気がついてそちらに視線を向けた。

 

「亜耶ちゃん」

「ゆ、友奈…様?」

 

丁度席を外していたのだろう、戻ってきた彼女の手にはタオルなどを抱えており私を見るなりまるで信じられないものを見たかのような反応を見せていた。

私は微笑みながら小さく手を上げる。

 

「うん。心配かけてごめんね亜耶ちゃん」

「あ、お……お身体の具合は大丈夫なんですか」

「おかげさまでだいぶ良くなってきたよ。亜耶ちゃんが看病してくれたんだね。本当にありがとう」

「いえ……いえ、わたしなんて大したことはしてないです。でも本当に良かった……」

 

心底安堵を覚えた様子で胸を撫で下ろしていた。その目尻には薄らと涙が滲み出ているほどに。

 

「あれからどれぐらい私は寝ちゃってたのかな」

「二日近く意識を失っておりました。熱にうなされた様子でずっと苦しそうにしていたんです」

「…そっか。そんなに……みんなは? シズクさんたちに心配かけたことを謝らないと」

「ま、まだ安静にしててください。それに、その……皆さんは今『任務』に出られててこのタワー内には誰もおりません」

「任務……」

 

シズクさんが最初に言っていた『任務』が、どうやら私が意識を失っている間に行われていることを亜耶ちゃんから聞かされる。私はそこでふと左手に視線が移った。

 

(…なんだろ。じんわりと『熱』を感じる…しずくさん?)

 

人肌だとしても時間が経っているからそういう『熱』ではなく、それ以外の……感覚的な『熱』の残滓を感じ取れた。ずっと側にいてくれた、そんな感覚を受けた。

 

「……行かないと」

「えっ?」

「みんなの所に行かないと……私もその『任務』に同行しなきゃ。みんなが頑張っているのに私だけここで寝てるわけにはいかない」

「だ、ダメです。許可できません……友奈様はまだ──」

 

亜耶ちゃんが私の両肩に手を添えて静止される。その手は僅かに震えていて彼女の感情が伺えた。

 

「…お願い。行かせて、亜耶ちゃん」

「……そ、それでも」

「…………。」

 

無言で見つめ合っていると、亜耶ちゃんはそっと押さえていた手を私から離してくれた。そして顔を俯かせながら、

 

「……やっぱりわたしには友奈様を止めることは出来ないみたいですね」

「ううん、そんなことない。私が我がままなだけで、亜耶ちゃんの気持ちは正しいものだよ」

「…わたしはとても無力です。芽吹先輩たちに何か力になれるわけではなく、こうしてただ祈って待ち続けるだけで……皆さんはわたしが迎えてくれる、それだけでも全然違うって言ってくれてても不安で不安で仕方ないんです」

 

その姿を見て私は東郷さんのことを思い出す。今もきっと心配かけさせてしまっているのだろうって……勇者部の人たちにも同様に同じ気持ちにさせてしまっていることも。私はベッドから起き上がって立ち上がると、ゆっくりと亜耶ちゃんの身体に腕を回した。

 

「ゆ、友奈様?」

「私もね、その気持ち分かるよ。ついこの間私にとって大切な人が目の前から居なくなったことがあって……自分の無力さに嘆いて、不安と後悔に押しつぶされそうになったことがあったんだ」

「そう、なんですか。今はその方は……」

「うん。ちゃんと戻ってきてくれた。でね、その時に約束したの──生きることを諦めないでねって。みんな見えない色んなものを抱えて戦ってるんだってこともその時に理解したんだ。それは楠さんたちも例外ではないと思う」

「…はい」

 

亜耶ちゃんは私の言葉に耳を傾けてくれている。

 

「…だから私は亜耶ちゃんの気持ちを背負っていくよ。そして一緒に戦おう。私を看病してくれた亜耶ちゃんはもう私の一部として生きてるから。『人』はそれだけでも力が湧いてくるんだ。そうして帰ってきた私たちを亜耶ちゃんが笑って迎えてくれたらもう言うことなしだね」

「わたしが……笑って皆さんを迎える」

「楠さんたちが帰ってくる場所を守っていて欲しい。それはきっと亜耶ちゃんにしか出来ないことだから。お願いできるかな?」

「……はい! それがわたしにしか出来ない御役目ならば…為さねばなりませんね。ありがとうございます友奈様」

「うん、こちらこそありがとう」

 

私の身体に同じように腕を回して亜耶ちゃんも抱きしめ返してくれた。そうしてしばらくしてからそっと離れた亜耶ちゃんは懐から大事そうにあるものを取り出してくれた。私はそれに見覚えがあって目を見開く。

 

「それ……私の端末? そういえば牛鬼がいるのも近くに端末があったからか」

「これは……しずくさんに頼まれて持っていました。もしもの時があったら友奈様に手渡して欲しいと」

「しずくさんが……受け取ってもいいかな、亜耶ちゃん?」

「もちろんです──どうか、皆さんのことをよろしくお願いします」

 

その小さな手に乗せられた端末を私は彼女の言葉に強く頷きながら手に取った。亜耶ちゃんの想いを同時に受け取って私は今度こそ立ち上がる。

 

二人で医務室を後にして、タワーの外に足を運んだ。天気は曇天に包まれて冷たい風が頰を過ぎっていった。

私は端末の電源を入れる。すると着信やらメールやらが大量に受信されてきてちょっと驚く。

 

「どうされましたか?」

「ううん。なんでもないよ」

 

やっぱり急に連絡が途絶えるとこうなるよねと考え、亜耶ちゃんに諭したばかりなのに人のことを言えないなと自虐的に笑った。受信された中身が気になるけれど今は置いておこう。私は勇者アプリをタップして起動させた。

 

端末から花びらが溢れて私の姿が変化する。薄緑色の花びらが私を『勇者』へと変え、その拳を握りしめる。そうして私は亜耶ちゃんの方へと振り返った。

 

「それが…勇者様の御姿なんですね。とても……綺麗です」

「嬉しい。ありがと……必ずみんなで帰ってくるからね亜耶ちゃん」

「はい。お待ちしております……行ってらっしゃいませ」

「うん、行ってきますっ!」

 

ダンッ! と地を蹴れば私の身体は宙に飛んでいった。向かう場所は亜耶ちゃんから知らされているから迷わず私は進んでいく。

 

(…痛みは完全には消えてないけど、それでも全然動ける範疇だ。ありがとう……友奈さん)

 

あの夢の中で助けてくれたのが分かるほどの体力の回復────いや、どちらかと言えば気力の面での回復が正しいのかも。これならまだ私は戦える。

 

建物の屋根伝いに跳んでいき、結界の外付近の木の根が複雑に絡み合った『壁』の上に着地した。

 

「また、ここに来たね。行こう──牛鬼」

 

近くをふよふよ漂う相棒に一声掛けてから手を前に出して『境目』に踏み込んだ。

そうして次に見た光景は、東郷さんを救出するときに来たあの炎の世界だった。変わらず全てを焼き尽くすその世界に私の『刻印』は疼き始めるが無視して端末を確認しようとしたところで、

 

「……なにっ!? 今の音」

 

突然の爆発音に私は驚く。そうして視線を音の出所に向けて見ると見たことのある『化け物』を捉えた。

 

「あれって……確かバーテックス・ヴァルゴ。まさかあそこにみんなが──っ!」

 

全速力で私はバーテックスの居る所へ向かう。途中にこちらを見つけた星屑たちが喰らい付こうと接近してきた。

 

「退いて──ッ!! あなたたちに構ってる暇はない……のぉ!!」

 

拳を握り振り抜いていく。吹き飛ばされていった星屑たちに見向きもせずに私は真っ直ぐ突き進んでいった。止まらない。彼女たち『防人』は大型のバーテックスに対抗しうる戦力を保有しておらず、もしあそこに居るのだとしたら非常に不味い状況だ。

 

突き、殴り、蹴る。地上だろうが空中だろうがお構いなしに私は身体の覚えている限りの技術を用いて進む。

 

(楠さん……しずくさん、みんな……無事でいてっ!)

 

ヴァルゴはこちらに気が付いていない。爆発による土煙が広がる中で焦りを抑えつつ最後の距離を詰めるべく思いっきり地面を蹴って崖の上から飛び立つ。

 

「しずくーっ!!?」

 

周囲には大量の爆弾が覆う中で楠さんの叫ぶ声が聞こえた。私はその先に蹲る彼女の姿を捉えていた。私は歯を食いしばって星屑を足場に真っ先にそちらに跳んでいった。

 

「ん……ありがとう結城。私の友達になってくれて……」

 

自分に『死』が近づこうとしているのに、しずくさんはそんなことを言ってくれていた。自分よりも他者を気にしてくれる、優しい彼女の性格は相変わらずで嬉しくなった。

 

「──それはダメだよしずくさん。諦めちゃ、ダメだから……っ!!」

 

だからこんなことで終わらせるなんてダメだ。まだまだ友達として色んなことを経験したい。一緒に時間を共有していきたい。

未来の事を想いながら私は爆弾を蹴り飛ばして彼女から遠ざけた。

 

「結城…? どうしてここに」

「友達が頑張ってるんだもん。私ももっと頑張らなきゃって思って医務室から飛び出してきちゃった!」

「で、でも結城はまだ──」

 

驚きを露わにしてるしずくさんは私の心配をしてくれていた。やっばり良い友達を持ったなぁなんて嬉しくなってしまう。だから安心させるために私は振り返って小さく微笑んで、

 

「…うん、だけど任せて。みんなと無事に帰ってくるって約束したから」

 

亜耶ちゃんとの約束を果たすために私は勇者の力を振るう。身体を大きく捻って迫りくる爆弾を回し蹴りで吹き飛ばす。

 

「──させないよ。これ以上誰も傷つけさせないッ!!」

 

まるでピンボールのように弾かれ、爆発していく爆弾たちを他所に私はヴァルゴに向き直って、

 

「私は勇者──結城友奈だからっ!」

 

拳を突き出しなから私はそう宣言した。

 

 




こうして『私』は立ち上がり、防人たちの元に駆け寄ることができた。

次回から時間軸は戻り、進みます。


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四十三話

◾️

 

 

爆風に髪が揺れ私は今一度拳を強く握る。

 

「しずく! 友奈っ!」

「楠さん、しずくさんをよろしくお願いします」

「あなた……どうしてここに…っていうか身体の具合がまだ──っ!」

今は(、、)まだ平気なので。それよりも皆さんを連れて撤退してください。ヴァルゴは私が止めます」

「なに言ってるの! 馬鹿な真似はやめなさい友奈……待って友奈ッ!」

 

楠さんの声を待たずに私は爆弾の中に突っ込んでいく。ヴァルゴは私たちが話している最中にも下腹部から新たな爆弾を吐き出し続けており、少しでもこの数を減らしていかないと皆が撤退できなくなってしまう。

 

こちらに投げつけられる爆弾を私は蹴りを使って蹴り返す。足技ならば筋力が衰えている私でも有利に働いてくれる。

 

「凄い……」

「あの爆弾をもろともしてない……!」

「ひゃー…私はあんな突っ込み方は出来ないよ。死んじゃうと思うし絶対」

「くぉら皆さんっ! よそ見ばかりしてないで手を動かしてくださいまし! 星屑が来ますわよっ!」

 

本当は全てを相手に出来たらいいんだけど、この広範囲では手が追いつかない。だから私は自分の間合いに来たものだけを相手することに集中する。亜耶ちゃんが信じるみんなの力を信じて。

 

「──弥勒さん、友奈の援護をするわよ! 雀はしずくを護りながら後退して」

「待ってましたわ芽吹さん! 弥勒家の実力を見せる時が来ましたわねー!」

「り、了解ー! しずくさん早く逃げましょうっ!」

「待って加賀城……わたしも結城の援護に…」

 

そんなやり取りを他所に迫りくる星屑を私は足場にして上に駆け上がっていく。ヴァルゴは地上から大分高い位置に止まり攻撃をしてきている。移動手段としてはこれしかなかった。

 

「まずは落とさないとだから……上に…上にッ!」

 

蹴り上がりながら私は前進する。しかし上空に上がるにつれ星屑の数が減っていき変わりに爆弾の数が多くなってきた。触れると爆発するこれらには十分な足場にすることができないので造形の似ている星屑を見極めなければならない。そうして意識を割きすぎたのか両脇に接近していた爆弾に対して反応が遅れてしまう。

 

「──しまっ!?」

「友奈ぁ! 気にせずそのまま真っ直ぐ進みなさい!」

「撃ち落としてみせますわっ! ──たぁっ!」

「ありがとう……二人ともっ!」

 

私よりも少し下でタイミングよく両側に接近していた爆弾を楠さんと弥勒さんが同時に銃剣で撃ち抜き落としてくれた。私は感謝しつつ最後の星屑の頭上に乗り上がり思いっきりジャンプする。

 

「これでぇぇーー…!」

 

身体を空中で回転させて左脚を伸ばす。そのままヴァルゴの頭上に目掛けてかかと落としを繰り出した。

 

「──落ちろォォー!」

 

気合を込めて振り落とした左脚はヴァルゴを捉えて空中から地上へと一気に落ちていく。更にはインパクトの瞬間にヴァルゴの頭部が弾け飛び損傷を負わせた。

 

「凄い。あれが勇者の……いえ、友奈の力なのね」

「あ、あれぐらいはわたくしもでで出来ますわよ」

「声が裏返ってるよ弥勒さん」

「──加賀城ォ!」

「ひょわ!? なんすかしずくさんじゃなくてシズクさん?! ってうわっとと」

「そいつを持ってやがれっ!」

 

あぁ。カッコつけたのはいいけどその後のことを考えてなかった。気合を込めた一撃は確かにヴァルゴを捉えたが、反動で私の半身が痺れを覚えて動けなくなってしまった。もともと病み上がりと言うか現在進行形で『タタリ』に侵されている身に変わりはないことを改めて思い知らされた。

 

自由落下によって私の身体はヴァルゴに続いて落ちていく。どうにか受け身をとらないといけないと考えた所で、

 

「──ったく。オマエはいつも無茶しやがるな結城」

「シズクさん? 怪我は……?」

「他人の心配より自分の心配をしやがれってんだ。オマエがどうにかなっちまったらそれまでだろうがよ」

「…ありがとうございます、シズクさん」

「礼はいらねぇ。しずくを助けてくれた借りを返しただけだからな」

 

私の身体はシズクさんによって抱き抱えられて事なきを得ていた。

ぷいっとそっぽ向くシズクさんに「それでもありがとう」ともう一度言うと小さく「おう…」って返してくれた。

 

「──はぁ! ……まったく話し込むのはいいけど二人ともまだ戦場にいることを忘れないで欲しいわね」

「ああ、楠。もちろん忘れてねぇぞ。ただもう目的のモノは手に入れたことだしズラかろうぜさっさと」

「同感ですわね。数がどんどん増えてきてますわよ」

「えぇ、それはもちろんよ──総員、撤退準備を始めて! 陣形は崩さずに下がるわよ!」

「ぁ、ぅ……楠さ、んっ! 後ろッ」

「──っ!?」

 

私の声に反応した楠さんは振り返った。直後に爆発。爆風の余波に私たちは吹き飛ばされてしまう。

 

「──楠ッ! 友奈、弥勒、加賀城ッ」

「わ、私は大丈夫、です」

「わたくしも平気ですわ……それよりもお二人は」

 

煙幕を昇らせながらその隙間の先に頭部の一部が吹き飛んだヴァルゴの姿を捉えた。態勢を立て直す際にこちらに爆弾を飛ばしてきたのだ。

 

「──っ。す、雀?」

 

煙が晴れてくると楠さんが茫然と雀さんを抱き抱えていた。私は目を見開く。みんなもその様子に驚きを隠せないでいた。

 

「雀っ! しっかりしなさい雀ッ?! あなた私を庇って……!」

「……メブが無事なら良かった。雀さんナイスフォロー」

「喋らないで! 傷は!? 身体に異常はある?」

「大丈夫ですの!?」

「正直言うととっても怖かった……けど、メブに何かあった方がもっと怖いって思っちゃったから。そう思ったら身体が勝手に動いてくれたよ」

「馬鹿っ! でもお陰で助かったわ雀」

 

見た目は酷い怪我をしているようには見えないが、ぐったりとしている雀さんを見て私は歯を食いしばって肉体を立ち上がらせる。私の一撃が甘かったせいで雀さんに怪我を負わせてしまったんだ。

 

「──シズクさんッ!!」

「やるぞ結城ッ!」

 

痺れを残す身体に鞭打ち私は一声掛けるとシズクさんも銃剣を手にして一気に走り出す。ヴァルゴは的を近づいてくる私たちに絞ったのかまるで銃を撃つように爆弾を撃ち放ってきた。

 

「任せろ! 走れ結城──オレが撃ち落とす」

「はい!」

 

それだけ言葉を交わすと私は速度を上げて距離を詰めていく。爆弾は撃たれると同時にシズクさんが合わせ撃ちで応対してくれて私はお陰で気にすることなく進むことが出来た。

 

その間にもヴァルゴは無理を悟ったのか再び浮遊を始めようとしていた。

 

「逃がさない、よっ! 今度こそ──捉えた」

 

超至近距離。眼下へと既に接近していた私は拳を握って突きを放とうとしていた。向こうの照準もあと少しの所で私の方が早かった。

 

「これでっ! ──なっ!?」

 

敵も諦めが悪い。土壇場でヴァルゴは二本の布のような触手を私の両手に巻き付かせて拘束させたのだ。まさかの行動に私が驚いている内にヴァルゴの照準は私の目の前に向けられる。

 

──けど私は咄嗟にバク転の要領でヴァルゴの銃口を蹴り上げた。

 

「ハアァッ!!」

「でぇぇいっ!!」

 

爆弾が上に逸れ、直後に私を拘束していた布のような触手が銃剣によって斬り裂かれる。楠さんと弥勒さんだった。

 

「よくも雀に……仲間にやってくれたわねバーテックス・ヴァルゴ!」

「この対価は高くつきますわよ!」

「畳み掛けろォ!」

 

シズクさんの叫びに呼応して私の拳に力が湧いてくる。これ以上攻撃をさせまいと三人はヴァルゴの攻撃手段を手当たり次第に斬り、撃つことによって封じてくれていた。だから私は態勢を整えありったけをこの拳に篭める時間を作ることができたのだ。

 

「勇者ぁぁー……」

 

私は弱い人間だ。一人では何もできないちっぽけな人格だ。けれどこうして同じ志を持ってくれる人たちに支えられて私は進む力(ユウキ)を手に入れることができた。故に進む。また前に進むんだ。

 

「パァァーーンチ!!」

 

憂いを払拭するように私は出来うる限りの一撃をヴァルゴに突き放つ。インパクトの瞬間に私の腕に痛みが走るが気にせずに振りぬくとヴァルゴは周りの爆弾を巻き込みながら弾け、吹き飛ばされていった。土煙が立ち込めて最後に残ったのは拳を突き出した私と息を切らしながら立ち尽くす楠さんと弥勒さん、そしてシズクさんが居た。

 

「や────!」

「やったぁ!!」

 

遠くに避難していた隊の一人が喜びに叫ぶと、たちまち伝播して大きな歓声として耳に届いてきた。思わず顔を合わせる私たちに、

 

「……うっしゃァァ!! ナイスだぜ結城ぃ!!」

「わわ!? し、シズクさんくるし……」

「さすがね友奈。あの大型をぶっ飛ばしちゃうなんて」

「貴方の戦いに敬意を表しますわ」

 

駆け寄ってきたシズクさんに引き寄せられて頭をクシャクシャ撫でられ、ほっと胸を撫で下ろす楠さんはすぐに元の表情に戻ると雀さんの所に走って行った。私は彼女を見届けると途端に足腰に力が入らなくなってしまってシズクさんに自重を預ける形になってしまう。

 

「あっ、っ……あはは。力が入らないです」

「おっと……! 平気かよ結城。ったく無茶しやがってよぉ」

「わたくしも肩を貸しますわ。任務もこれで無事に終わりましたわね」

「あぁ……さっさと帰ろうぜ」

「ふふっ……みんなボロボロですね」

 

私は両肩を支えられながらこの状態がおかしく思えてつい笑ってしまう。一瞬キョトンとした二人もつられて笑ってくれた。

 

「オメーが一番ボロボロだっつーの。それにまだまだオレは戦えるぜ、まぁ今日の所は帰るけどよ」

「わたくしもまだまだいけますわ……しかしこの後にアフタヌーンティーのお時間がありますので今日の所は帰らせていただきますけど」

「くす。じゃあ帰りましょう……私たちの世界に」

 

向こうで待ってくれてる亜耶ちゃんを安心させないとね。

 

 

────

───

──

 

 

私たちの帰路には星屑が居なくなっていた。数ある爆弾によって巻き込まれたせいなのだと楠さんが言っていて、タイミングよく真っ直ぐ元の道を帰ることができた。そうして炎の世界から神樹様の結界内に再び足を踏み入れると世界は一変して見慣れた香川の町並みが視界に映った。

 

息苦しい熱気はなく、心地の良い風が吹き抜けていく。空を見上げれば曇天の隙間から陽の光が差し込んできていた。

 

「帰ってこれたわね。誰の犠牲もなく……」

「みんなメブに鍛えられてきたんだからそう簡単にやられたりしないって。目的の物もほら、無事に確保できたわけだし」

「そう、ね。今は喜んでおきましょうか」

 

楠さんに支えられながら雀さんは懐から『花』を見せつける。そして隣で同じように支えられている私と視線が交わった。

 

「これで友奈を……急いで戻りましょう」

 

隊の人たちに指示を出しながら私たちはゴールドタワーに向かう。私はもうクタクタで身体を預けちゃってて申し訳なかったけど、二人はなんて事ないって言ってくれた。

 

「───ぁ!」

 

と、タワー入り口前で亜耶ちゃんが待ってくれた。みんなボロボロの姿を見て驚いていたけど、誰も欠けていないことを確認すると目尻に涙を溜めながら笑顔で迎えてくれた。

 

「おかえりなさい芽吹先輩、皆さん。任務お疲れ様でした」

「ええ、ありがとう亜耶ちゃん」

「あややの笑顔で癒されるよぉー」

「雀先輩! だ、大丈夫ですか!?」

「この子なら平気よ。唾でもつけておけば治るから」

「ちょっとそれ酷いよメブー! 私はふかふかのベッドに寝転がりたいー!」

 

二人のやり取りに笑いが漏れていた。

 

「……加賀城は相変わらず。でもその気持ちは分からなくはない」

「あら、戻りましたのねしずくさん」

「ん。みんな無事で良かった……結城、大丈夫?」

「……はい。だいじょう……です。しずく、さ──」

「──っ。結城!」

 

名前を呼ばれている気がするけれど、それも遠くに聞こえてしまって自分はキチンと返事ができているのかすら分からない。ちょっと無理しすぎたみたいで、安心したら強い眠気が襲ってきている。

 

抗えずに私の意識はここで一旦途切れてしまった────。

 



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四十四話

◾️

 

 

『夢』のようなものを見ている。そこはとてもいい天気で、桜が辺りいっぱいに咲いて花びらがひらひらと舞い落ちている。その中を散歩する二人の姿を私は見ていた。

 

…楽しそうだった。幸せそうな笑顔をお互いに向けさせる二人。一人が車椅子に乗ってて、もう一人がその車椅子を動かす。車椅子を動かす子の顔は光が差し掛かっていて表情は分からないはずなのに、それでも『幸せ』を感じていることはひしひしと感じ取れる。そこは穏やかな時間が流れていた────。

 

 

 

 

 

 

 

「───ぁ」

 

薄らと目蓋を開けて私は目を覚ます。身体の動きは鈍く寝たまま片方の腕を動かして手のひらをにぎにぎと感触を確かめる。

 

「……そうだった。私あの後気を失って」

 

バーテックス・ヴァルゴとの戦闘で私は全力を出した。その反動と『タタリ』の影響によって自分は意識を失ってしまったようだ。部屋の様子を伺うと隅っこの椅子の上で牛鬼が座りながら寝ている以外は誰もいなかった。と、そこで私は首を傾げる。

 

「あれ……んん、左側が霞む。ん〜…?」

 

くしくしと右手で(、、、)目を擦りもう一度牛鬼を見てみるが、ブレて見えるというか二重三重に視えていた。なんだろうこれ…疲れのせいかな。でも身体の怠さはなくなっている気がするし。

 

「なんとか動かせる…か。んしょ」

 

痛みの感覚が薄い。これも『先輩』のおかげなのかな、と考えながら私はベッドから起き上がった。任務に出た時に置いていった『伊達眼鏡』を忘れずに装着して。相変わらず左目は少し違和感は残るが私は牛鬼の元まで歩いていって抱き上げる。

 

「牛鬼〜…みんなはどこにいるんだろうね。探しにいこっか……ぁ、端末」

 

牛鬼の側に置いてあった端末を手に取って起動させる。NARUKOと電話の通知の数がすごいことになっていた。その数は合わせると余裕で三桁は超えてしまうほど。私は申し訳なさに唇を固く結ぶ。

 

「……逃げちゃダメだよ。自分でそう決めたんだから」

 

心臓がドクンドクンと脈打つ。緊張と不安に撫でられながらそれぞれを見ていく。

 

私が急にいなくなってしまって、勇者部全員からグループと個別のやり取りにまで『どこにいるの?』、『大丈夫ですか!?』と様々な心配のコメントが寄せられている。

 

「…………。」

 

スライドさせながら眺めるように見続けると、不意に端末が震えた。びっくりして落としそうになるけどなんとか落とさずに画面を見てみると『そのっちさん』とディスプレイには表示されていた。電話だ。

 

「────もしもし」

 

逃げないと誓ったから。私は通話のボタンを押した。そして、

 

『……やっと出てくれたねゆっちー。すっごく心配したんよ』

「そのっち、さん」

 

まるで懐かしむような、優しげな声色がスピーカー越しに耳に届いた。

 

『はーい、乃木さんちのそのっちさんです。約一週間ぶりかなぁ……ゆっちーの声を聞けてわたしはホッと一安心したさ』

「…はい。あの、えっと……ごめんなさ───」

『謝らなくていいよゆっちー。分かってるから(、、、、、、、)

 

まずは謝ろうと謝罪の言葉を口にしようとしたところでそのっちさんに止められる。

 

「え……?」

また(、、)頑張ってたんだもんね。わっしーを助けにいった時みたいに。聞いたよ、神樹様から直接の御役目があってゆっちーはその御役目をこなす為にいっぱい頑張ってるんだーって』

「で、でも……それでも私はみんなに黙って居なくなっちゃって…そのっちさんたちに……東郷さんにたくさん迷惑をかけちゃって」

『迷惑だなんて誰も思ってないよゆっちー。心配はしてたけどね。わっしーなんて今にも大赦に殴り込みにいくぞー! ってレベルだったんだよー、もー流石はわっしー! って感じだよねぇ』

 

間伸びした口調もどこか懐かしく思えて。彼女がいつもの調子で接してくれるからか、先ほどまでの緊張感はいつの間にかどこかに消えていた。

 

「…あは、怒られちゃいますね、東郷さんに……風先輩に樹ちゃん、そして夏凜ちゃんに」

『あははー、それらを含めてもゆっちーがちゃんとみんなに顔を見せてくれればそれでバッチグーだとわたしは思うなぁ』

「…ならその時にまた改めて謝罪をしますね」

『しなくても大丈夫なのに。ゆっちーは律儀だねぇ』

「そのっちさんが優しすぎるんですよ」

『そーかなぁ』

 

と、そこで一旦会話が途切れる。少しの沈黙を挟んで私は改めて口を開く。

 

「──そのっちさん。私がみんなの元に戻ったらお話したい事があります。大事なお話が」

『…………。』

「聞いて、もらえますか?」

 

そう。戻ったら私は今度こそ真実を伝えることをあの時──先輩、友奈さんに背中を押された時に決めていた。

 

『もちろんいいよー。わたしもわっしーも待ってるから』

 

一言、そういってくれる。今はそれだけで十分だった。

 

「ありがとうございます」

『うん。でね、ゆっちーが応答してくれたおかげでゆっちーの位置情報がわかっちゃったんだよね〜。なんとなく調べはついてたけどまさか「千景殿」に居たなんて……それでわたしたち迎えに行こうと思うんだけど。具体的には明日に』

「え、あ、あの……それは……」

『御役目は終わった?』

「は、はい……多分ですけど。でもちょっとやり残してる事があるんです」

 

まさかの提案で驚いた。でもこれだけ心配かけさせちゃったならすぐにでも早く帰って来させようとするのは当然なのかもしれない。けれど私は少しだけやり残した事がある。それをそのっちさんに伝えてみると、

 

『…そっか。ううん、それなら一日時間をズラすことにするよ。そこにいる人たちに良くしてもらったんだもんね?』

「うん。短い間だけどいっぱいお世話になったからせめてお礼はしてから戻りたいと思ってるんだ」

『…ゆっちーはやっぱり人気者だね! お友達として鼻が高いんよ。あっ、そしたらご挨拶に何か持っていった方がいいのかなー何がいいかなー?』

「ふ、普通でいいんじゃないでしょうか?」

『普通が一番だーね。じゃあ明後日にゆっちーを攫いに行くんでよろしく〜♪』

「それは普通にお願いします!」

『あはは〜』

 

最後までゆるーい感じのまま通話を終了した。なんともそのっちさんらしいなと微笑みながら私は医務室のドアノブを回して扉を開けた。

 

「…あれ? 楠さん」

「友奈。待ってたわ……もう電話は終わったのかしら?」

「あっ、はい。気を遣わせてしまってすみません」

 

医務室のすぐ横の壁に背を預けていた楠さんが立っていた。どうやら私が話しているのを知ってそのまま外で待っていてくれたらしい。楠さんは表情を特に変えずにその場から歩き出す。

 

「楠さん?」

「起き上がりで悪いけどちょっとついてきてくれるかしら。案内したいところがあるの」

「は、はい!」

 

慌てて彼女の横に並んでいく。私はチラッと横顔を覗き込もうとすると、そこで楠さんと視線が交わった。

 

「……友奈。さっきの電話って同じ勇者の人からなの?」

「はい。皆さん私のことでいっぱい心配かけさせちゃって……楠さんはそういえば夏凜ちゃんと友達なんでしたよね?」

「友達っていうか……まぁ、腐れ縁みたいな? 考えるとよく分かんないわね。三好さんに負けまいと鍛錬ばかりしてた記憶しかないから、友達らしいことはしてないわ」

「あは、楠さんらしいですね〜。でも夏凜ちゃんもそんな時間を楽しく思ってたんじゃないんですか?」

「というより私のことが見えてたのかすら分からないわ。あの時の三好さんは私以上に真っ直ぐだったから」

「確かに。夏凜ちゃんって凄い子ですよね」

「えぇ、凄い奴よ……でもそうか、あの子も変わってきてるようね……友奈の反応を見るにそう思えるわ」

 

懐かしむような、どこか遠くを見ているその瞳には『優しい熱』を感じ取れた。私は知らず知らずのうちに楠さんの頰に手を伸ばして撫でるように触れると少しだけ彼女は驚いていた。でも私の手を払い除けるようなことはしなかった。

 

「……不思議ね、あなた。ねぇ、どうしてそんなに頑張れるの? 『タタリ』に侵されて、苦しくて辛いはずなのにボロボロになってまでどうして笑ってられるのかしら?」

「簡単ですよ楠さん───その方がいいじゃないですか。みんな最後に笑い合えるならそれだけで頑張れる理由になるんです。 私の先輩たち(、、、、)が教えてくれたから……楠さんも同じですよね。隊の皆さん、弥勒さん、加賀城さん、しずく(シズク)さん、亜耶ちゃんたちと楽しく過ごす未来を守るために戦ってる」

「……はは、あはは…ッ!」

 

私の言葉を聞いた彼女は溜めたものを吐き出すように笑った。それも大きく、私が初めて見る楠さんの笑い声。それは眼下に広がる町明かりのようにキラキラと輝いていた。

 

「……最初ね、私は己の強さを示すために勇者を目指した。完璧な強さだけがあれば世界も守れる──そう考えていた。でも蓋を開けたらそこは勇者の補佐……防人。認められなかった。大赦に私のことを絶対認めてもらうために任務を通して証明を続けていた──んだけどね」

「それも一つの道だと私は思います。今は違うんですか?」

「…………うん」

 

楠さんは私の頰に添えた手を自分の手で重ね合わせてきた。

 

「薄々は分かってたと思う…ううん、本当は解ってた。世界とか勇者とか関係なく、私は私の世界を守れる人間になりたいって。いつの間にか私は防人(ここ)が何よりも大切なものなんだって──友奈を見てたらこの気持ちを隠そうとしてた自分に呆れちゃったわ」

「私も色々と回り道をしてきちゃいました。それに誰しもが全て正しい選択を取れるわけがないです。過去も今も未来(これから)も楠さんが選んだ道が楠さんという『人間』を形作っていくんですよ」

 

楠さんはふっと小さく微笑むと私の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫で回してきた。

 

「わ、わわ!?」

「──なるほど、それが友奈の『強さ』なのね。うん…なんだか本当の意味で胸のつっかえが取れた気がしたわ……ありがとう。貴女に会えて良かったと心から思えるわ」

「楠さん……」

「あと、私のことは名前で呼んでくれる? 私はしずくと同じように友奈と友達(そう)でありたいから」

「……! は、はいっ!! 芽吹さん」

 

添えていた手を今度はお互いに合わせる……『握手』という形で。そうしてから芽吹さんはまた小さく笑みを浮かべてからそのまま私の手を引いて再び歩き出した。

 

「だからこそ私は……私たちは友奈には『タタリ』になんか負けて欲しくない」

「芽吹さん…?」

 

そして私は彼女に連れられてこのゴールドタワーの『地下』へと連れて行かれることとなる。

 





楠芽吹は『私』を通して自分の気持ちに整理をつけることができたようです。

感想、お気に入り、評価ありがとうございます。


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四十五話

◾️

 

 

 

私がこのゴールドタワーに来てからは上ばかりを見ていたがまさか『地下』が存在するとまでは予想がつかなかった。

 

「あの、芽吹さん……ここって」

「ここは本来有事の際以外は立ち入りを禁止されているところなの。このタワーの機密情報にも関わるから余計にね。さっ、もうすぐ着くわ」

 

言いながら芽吹さんと私は扉の前にまでやってきた。彼女はそのまま開けると中には、

 

『──お待ちしておりました結城様。御役目、ご苦労様でした』

「あっ、友奈様っ! 目が覚めたんですね、良かった……」

「安芸さんに亜耶ちゃん? どうしてここに……」

「私もいる。結城、無事でよかった」

「しずくさんまで??」

 

扉の横で待機していたしずくさんに軽く寄りかかられつつも疑問符ばかり浮かぶ私に亜耶ちゃんは一歩前に出てきてくれた。

 

「ここは神樹様の『根』に近い場所なんです。周りの装飾も奉るためにしてあるんですよ」

「へぇ、そうなんだ……えっと、それで私はなんでこの場所に」

『今回の任務……御役目をここで完遂させるためです。国土さん』

「はい。では、芽吹先輩、しずく先輩もどうかご協力のほどよろしくお願いします」

「えぇ」

「…わかった」

 

亜耶ちゃんの言っている意味が分からないけど、私の隣にいた二人は彼女の言葉に従って前へ進む。そうして並んだ三人は部屋の中央により豪華に装飾された、まるで『奉納場』らしき所で膝を折り曲げた。

 

『只今から巫女である国土さんが祝詞を述べます』

「あそこにあるものって……」

 

あれは任務で手に入れた『花』だった。中央で巫女服に身を包んだ彼女はそのまま祝詞を始める。その表情はいつになく真剣そのもので並々ならぬ気迫さえも感じ取れた。

 

(……花が、少しずつ咲いていく?)

 

どういう理屈かは分からない。しかし目の前の光景には、小さく開いていた花びらが、まるで息を吹き返したように咲き始めていく。まるで植物の成長過程を眺めている気分だ。そうして淡く輝きを放ちながら花はいつしか『満開』を迎え、そして次に『散華』が始まる。ひらひらと、花びらは役目を終えるように散っていく様はどこか寂しさを覚えた。

 

「──これは人の願いを集めたもの。私たちの願いの『結晶』……友奈様」

「はい」

「どうか受け取ってください。私たちの想いと願いを込めた『紡ぎの種』を」

「……紡ぎの種」

 

亜耶ちゃんは両手に乗せたものを私に掲げながら云う。

絹布で丁寧に包まれた『花』から採れた『種』たち。『紡ぎの種』と呼ばれたそれを私に渡してくれた。

 

「これはあの過酷な環境下である『炎の世界』の土で育った植物なの。神樹様に近いこの場所で祝詞を私たちで送り、その種に『加護』を付与してもらったのよ」

「……結城に刻まれている『刻印』の働きを抑制する効果がある」

「種の数は『九つ』。経口摂取によってその効能は発揮されます。友奈様、私たちではこれが精一杯でした。力不足で申し訳ありません」

「そんな、こと……そんなことないよ亜耶ちゃん、芽吹さん、しずくさん」

 

受け取った『種』を両手で優しく包んで胸の前に持っていく。この『紡ぎの種』からはみんなの『熱』が力強く伝わってくる。

この場にいる人たちだけじゃない。きっと上にいる隊のみんなの分も加わっていると理解できた。目頭が熱くなる。

 

「こんな私のために……こんな凄いものを作ってくれるなんて思っても見なかったです」

「……友奈。自分のことを『こんな』なんて言わないの。大切な『仲間』が困っているんだから、手を差し伸べるのは当然でしょ?」

「楠の言う通り。結城、本当は治せればよかったんだけど……」

「ううん。そんなことないよしずくさん。本当に、嬉しい。こんなにあったかいものをくれて、すごいありがとうだよ」

「私の実力不足のせいで、本当ならもっと『種』の数を増やせる筈だったんですけど……未熟者で申し訳ございません」

「未熟者じゃないよ亜耶ちゃんは……ありがとう。みんな」

 

私は三人に抱きついた。今の感謝の気持ちを伝えるのにどうすればいいのかわからなくなっちゃうぐらい強く。そして私はこの人たちから『託された』事実を胸に刻むために。

 

「く、苦しい結城」

「ゆ、友奈……ちょ! まだ喜ぶのは早いんだからね」

「わっぷ……友奈ひゃま!?」

「わかってるよ芽吹さん。でも、でもね! 今はいっぱいのありがとうをみんなにわかって欲しいの!」

 

こんなにも素晴らしい仲間に恵まれて私はなんて幸せ者なのだろう。三人は戸惑いながらも私のことをしっかりと受け止めてくれて、安芸さんはそんな私たちを仮面越しだけど見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

こうして私たちの『御役目』は無事に終わりを迎える。芽吹さんたちからすれば満点といく結果ではなかったらしいけれど、私にとってはこれでもないぐらい嬉しいことだった。『紡ぎの種』、防人のみんなが私に託してくれたもの。手渡された私は大事にしまって地下から再び地上へと戻ってきていた。日は私が目覚めた時から変わらずに夜のまま。そして今日はこのまま部屋に……とはいかなかった。

 

「友奈、もう少し私たちに付き合ってもらってもいいかしら?」

「え? はいもちろん構いませんが……どこにいくんですか?」

「……それはついてからのお楽しみ。ね、国土」

「はい。みなさんの準備も整っている頃かと思います」

「準備って?」

 

何やら意味ありげに示し合わせる三人に首を傾げる。そういえば、先ほどから移動しているのに隊の誰にもすれ違わないことにも疑問を抱いていた。そうしてたどり着いた先はタワーの『食堂』前であった。

扉の前で立ち止まった三人は振り返って私を見てくる。

 

「さぁ、友奈。開けてみて」

「えっ? わ、わかりました」

 

芽吹さんに促され私は食堂の扉を開いた。その直後にパン、パンッと乾いた破裂音が所々から響き渡る。私は驚いて目を見開いた。

 

『友奈ちゃん、初任務達成おめでと〜!』

「ひゃ、な、なにこれ!? み、みんな?」

「おー! いいリアクションするね友奈さん!」

「サプライズ大成功ですわね」

「加賀城さん? 弥勒さん…? あの芽吹さんこれって」

「驚いたでしょ。急ピッチで仕上げたから豪勢にとはいかなかったけどね。みんながどうしてもやりたいって」

「……後は早いけど『クリスマスパーティー』も兼ねてやるつもり。結城、明後日には帰るからちょうど良かったのかもしれない」

「しずくさん……」

 

先に三人には道中で説明は済ませている。けれど他のみんなにはまだ説明していなくて、近くに来ていた加賀城さんがしずくさんの言葉を聞いて凄く驚いていた。

 

「ええっ!!? 友奈さん明後日に帰っちゃうのー!!?!」

『えぇーー!」

「……あ、ごめん結城」

「し、しずくさーん……って、みなさん!?」

「どうしてどうしてっ!」

「寂しいよぉ! 急過ぎるって」

「あ、あの私……」

「わたしたちの癒しがぁ……!」

 

雪崩れ込むように隊のみんなに囲まれてしまう。もみくちゃにされて目を回しそうになりそうだったけど、その中から芽吹さんが引っ張り出してくれた。

 

「こら、あなたたち! 友奈を困らせないの。まぁ、今言った通り友奈にも勇者としての御役目があるのよ。ここでの御役目は先の任務で無事に達成された。友奈には次の御役目に向かわなければならないの」

 

芽吹さんの言葉によってようやく場が収まった。うん、でもみんなの気持ちが感じ取れる。本当に別れを惜しんでくれていることに。だから私は一歩前に出てその気持ちに応えなければいけない。

 

「ありがとうございますみなさん。短い間でしたけどここでの生活はとても掛け替えのないものでした。不甲斐ない自分にこうして沢山の優しさを向けてくれて私はとても幸せ者だと実感できました。それもこれもみなさんのお陰だと私は胸を張って言えます」

 

私の言葉をみんな真剣に聞いてくれている。

 

「これからもお互いに辛いこと、大変なことがあると思います。でもみなさんが……この防人ならば乗り越えられると信じています。戦う場所は異なってもその先に向いている『(こころざし)』は同じだから」

 

最初は何もかも諦めてここに来た。どうしようもない気持ちを抱えたまま勇者部(みんな)の所にいるのは嫌だったから。不安ばかりだったけど、今はこうしてこのゴールドタワーに来て良かったと思える。生まれて半年と経たない私にとってこの『思い出』は宝物のようだった。

 

「だからこれが『お別れ』じゃなくて、その……これからも私のお友達でいてくれひゃらと! ……あぅ」

「きゃー! 最後に噛んじゃうなんて可愛いよ友奈ちゃん!」

「もちろんそう思ってるに決まってるじゃん! ねぇ、みんな!」

「なら今日は飲んで騒いでと無礼講だぁー!」

 

一人の言葉にみんなが湧き立つ。私は最後の最後に噛んじゃって顔が熱いのに……。そんな不甲斐ない私の肩を芽吹さんが叩いてくれてしずくさんが嬉しそうにみんなの輪に引き込んでくれた。

 

 

「皆さま! ケーキをお持ちしましたよ。たくさん召し上がって下さい」

「きたきたぁ! ナイス亜耶ちゃんー!」

「ケーキ、ケーキ♪」

「これはわたくしの秘蔵のティーセットが火を吹きますわね」

「言ってること意味わかんないけど、わたしも食べる食べるー!」

「まったくもう雀ったら、これぐらいの元気で訓練に挑んで欲しいものだけど……」

「…結城、一緒にケーキ食べよ」

「うん!」

「友奈様、私がお取りいたしますね」

「ありがとー亜耶ちゃん」

 

私にとって二回目のパーティーだ。わいわいと活気付いた食堂には沢山の料理と、ちょっと早めのクリスマスケーキ。私は身体の違和感も忘れるぐらい楽しい時間を過ごすことができました。

 

 

────

───

──

 

 

 

夜が更けてもみんなのテンションは下がることを知らずに楽しんでいたが、彼女たちには明日も訓練はあるためにお開きとなった。連絡先を交換したり色々と親睦も深めることができて私も満足できた。

 

「…………。」

 

今はしずくさんの部屋に戻って夜の天井を寝ながら見上げる。流石に入浴に関しては一緒に……とはいかないのでそこはそれとなく事実を知る人たちが配慮してくれた。お風呂から上がってしずくさんに髪を乾かしてもらって、お返しに私がしてあげる。いつのまにか二つ用意してあった寝床も、今は一つのものを使って肩を寄せ合って寝ていた。

 

「──結城、起きてるの?」

「…うん。まだちょっと興奮しちゃってるみたいで……起こしちゃった?」

「……私も同じ。今日のパーティーは今までで一番楽しかった気がする」

「ですね」

 

ごそごそとしずくさんが動くと私の横でぴょこっと癖っ毛が跳ねていた。まるで猫の耳みたい。

 

「……結城、まだ『種』は飲まないの?」

「今は気分がいいので大丈夫だと思います。それに数も限られているのでもったいなく思っちゃって」

「でもそれで結城に何かあったらとても心配……遠慮なく使って欲しい」

「……そうですね。はい」

 

安心させるように笑いかけると、しずくさんは私の腕に抱きついてきた。

 

「……しずくさん、どうしたんですか? もしかして寂しくなっちゃいましたか」

「……ん。つぎに結城と会えるのはいつになるのか分からないから」

「ふふ、またきっと会えますよ。ううん……私から会いにきちゃいますから」

 

日々の中やたまにお忍びやらで会うことは出来ていたが、大赦の方針でそもそも『防人』と『勇者』は本来接触することは出来ないんだ。私がここに来たのも例外でしかなく、表の舞台で活躍する私達が裏で活躍してくれている人たちにこうして会うことは、御役目が終わらない限り出来なくなる。でも私はこれで『お別れ』なんて微塵も思っちゃいない。

 

「結城…?」

「私ね、ようやく自分の手で何かを掴めた気がするの。自分がどうしたいのか、何をしていきたいのか」

「何をしたいか……?」

 

うん、と微笑みながらしずくさんを見る。

 

「私ね、友達と……大切な人と幸せに暮らしていきたい。そのためだったら天の神様にだって立ち向かえる」

 

だからこんな悲しい戦いは終わらせないといけない。私は『勇者』でこの戦いを終わらせることのできる可能性を秘めているんだ。だから諦めない。『託されたもの』を次に繋げるために。

 

「だから一緒に戦って欲しいの。しずくさん、みんなでこの戦いを終わらせようよ。それでしがらみも何も気にせずに楽しい思い出を作って行こう?」

「……結城」

 

きゅっと腕に込められる力。俯いたしずくさんは再び顔を上げて、

 

「──やっぱオマエはつえーな。さすがオレが見込んだヤツだよ」

「シズクさん……」

「やりたい事が見つかったんだな。結城……」

「うん、おかげさまでね」

「……はっ。ならしゃーねぇな、似たもの通しの馴染みだ……力になれるならなってやるよ。それがしずくの幸せに繋がるなら、戦ってやる」

「ありがとうございます。シズクさん」

 

あぁ、と素っ気なく答える彼女は寝返りを打って反対側を向いた。それ以上は何も言わず夜の静寂とともに沈黙が広がっていった。

 





『紡ぎの種』。
こちらはゆゆゆいで使用されているものを使わせてもらいました(名前だけを借りただけで用途としては別物ですが)
所謂、痛み止めの役割を担う薬種。

さて、ようやく『防人編』を終わらせられますね。自分の意思で見つけた『願い』を持って私は勇者部に戻っていきます。


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四十六話


二章、ラスト。


◾️

 

 

一日という期間はあっという間に過ぎていった。私は早朝から亜耶ちゃんと短いながらも教えてもらったお掃除を一緒にやってから芽吹さんたちの訓練の見学をさせてもらった。ビシバシと指導を行う芽吹さんの姿は私の目にとてもカッコよく映って見えた。加賀城さんは相変わらず泣いていたけどね。それでもついていく辺りは彼女なりの『強さ』を感じ取れた。

 

弥勒さんともお茶会をさせてもらう。弥勒家の何たるかの話を延々と続けられたときには苦笑してしまっていたけれど、それはあの人の弥勒家に対する『誇り』がそうさせているんだろうと思える。紅茶も美味しかった。

 

しずくさんとは、タワーから少し離れた広場で前に話したことのあるニャーさ……猫さんを紹介してもらった。とっても可愛らしい猫さんで名前を決めたらしく訊ねてみたら──『ユウ』とのこと。

名前の由来をその時に聞いてみたけど、嬉しそうに微笑みながら「内緒…」って言われて結局教えてくれなかった。むぅ、残念。

 

加賀城さんからは『みかん』を段ボールで貰うことになった。正直一人では消化しきれないと断ったんだけど、帰った後に勇者部の人たちと食べてほしいと言われていただくことにしました。ありがとうございます。

 

他の隊の方々にも色々よくしてもらった。その中でも一緒に写真を撮って欲しいと言われたのが多かったかな。私も欲しかったので、交代で撮らせてもらったりもした。『思い出』がまた増えて嬉しい。

またその日の夕食も職員の人の計らいで豪華にしてもらって、またパーティーのような盛り上がりを見せたりしちゃって流石に安芸さんから注意を受けてしまったりもした。

 

 

『……荷物は一緒に運んでくれるんだったわね?』

「はい、芽吹さん。運んでくれてありがとうございます。しずくさんも」

『…ん。これぐらい朝飯前』

 

ゴールドタワーの入り口前に私と、大赦の装いをして顔をお面で隠した芽吹さんとしずくさんに私の私物を運んでもらっていた。少し離れた場所には安芸さんと亜耶ちゃんが並んで見送ってくれている。私は手を振ると亜耶ちゃんも手を振り返してくれた。

 

「でも、いいんですか? みんなに紹介したらきっと仲良くなれると思うんですけど……」

『元々私たちは接触を禁じられているのよ友奈。貴女はともかく、これでも頭のお堅い大赦側は譲歩してくれたのよ』

『……それに大人数で見送るとうるさ──迷惑だから。代表して私たちがこうして来た』

「しずくさん……」

 

そんな話をしていると通りから一台の車が停車する。見たことのあるその車には『大赦』のマークが印されていてそれが乃木家のものだというのもすぐに分かった。そして中から芽吹さんたちと同じ格好の大赦の人達がニ、三人と出てきた。

 

『お待たせ致しました勇者様。今、お荷物を積みますので少々お待ち下さい』

「は、はい……あの、そのっちさんは」

『…今、この車内には我らのみです』

「そう、ですか」

 

簡潔にそう述べると頭を下げて私の荷物を車に積み始めていく。てっきりそのっちさんやみんなが迎えにきてもらえると勝手に解釈していたからちょっぴり残念だった。まぁ、仕方ないよねうん。ここまできて湿っぽく帰っちゃうのは芽吹さんたちに余計な心配をかけちゃうだろうからニコニコと笑みを浮かべて振り返ろうとした時、

 

「──ふっふっふー。だーれだ?」

「……えっ?」

 

不意に視界が真っ暗になったと思ったらそんなことを言われる。私はびっくりして身体を硬直させて口をパクパクさせていると更に密着してきて同じように「だーれだ?」と問いかけられた。

 

「……そ、そのっちさん?」

「おー、さすがゆっちーだね。よくぞ見抜いたと褒めてしんぜよう〜」

「わ、分かりますよさすがに……あの、目隠し」

「ん〜ゆっちーの匂いが久しぶりなんよ。すりすり〜♪」

「はひぁっ!?」

 

首筋に顔を寄せられてすりすりしてくるそのっちさん。さっそくのマイペースっぷりに私は久しく踊らされてしまう。

 

「……うん。ちゃんとゆっちーだね」

「わ、私は私ですよぉ……もぅ」

「久しぶりーゆっちー」

「うん、そのっちさん」

 

今度は対面して私の両頬をふにふにと触りながらニッコリと微笑んでいた。芽吹さんたちのいるこの場ではちょっと恥ずかしかったけど、約一週間ぶりの再会はとても嬉しいものであった。

 

「そちらの人はどちらさまー?」

「あっ、えっと……」

『お初にお目にかかります、乃木様。私はこのゴールドタワーにいる間に結城様のお世話を担当させていただいた者です』

『……右に同じく』

「ほうほうー……ゆっちーのお世話かぁ〜」

『…な、何か?』

 

ふんふんと頷きながらそのっちさんはなんと芽吹さんのところに顔を覗き込むように詰め寄って行った。顔は面をしてるから分からないと思うけど……。と芽吹さんも少し警戒気味になったところで、そのっちさんはまたふわりと笑みを溢していた。

 

「そっか〜。ありがとうございました。ゆっちーを守って(、、、)くれたんですね。握手、あくしゅ〜♪」

『え、あ、あの……』

「あなたもあくしゅ……ん?」

『……ん。なに?』

 

芽吹さんに握手をして次にしずくさんにも同じようなことをしようとしたそのっちさんは手を止めた。

 

「……どこかで会ったことあるー?」

『────ない、です』

「うーん。気のせいかなぁ……」

『……きっと、初対面』

「そ、そのっちさん。そんなに詰め寄ったら困っちゃいますってば」

「おっと私としたことがー……ごめんね」

『……平気』

 

しずくさんはそういえば小学生の時のそのっちさんを知っているんだった。接したことのある人は銀ちゃんだけだと聞いているけれど、もしかしたら知らず知らずのうちに会ったことがあるのかもしれない。

でも、面をしているのによくそのっちさんはわかったね。

 

『乃木様。荷物の搬入が終わりましたので準備が整いましたら』

「あっうん。ありがとう」

「あ、あのそのっちさん。乗らなくていいんですか?」

「ん? 私たちは別の車で来たんよ。ほら、あそこにー……って」

「あそこって……ぁ」

 

私は思わず声を漏らす。自然に、無意識に。視線はそのっちさんの指差した方へと向けられたまま……そこには彼女(、、)が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

────東郷さんが。

 

 

「…………ぁ、ぅ」

 

色々と考えていたのに。また再会したら何をはなそうとか色々。でもこうして目の前に立つと思考はうまく纏まらなかった。だから、か細い声しか出せない。でも、私は────。

 

「────っ!」

「……ぇ、わっ…………と、東郷、さん?」

 

ぎゅうう……と走ってきた彼女に抱きしめられる。私はうまく受け止めることができなくて一歩二歩と後ろに下がってしまった。靴も片方が脱げてしまったけど、それも気にならないぐらい安心する『温もり』が私を満たし始める。

 

 

「…………良かった。心配したんだから」

「……ごめんなさい。東郷さん」

「もう会えなくなるんじゃないかって……すっごく不安だったんだから」

「勝手に居なくなってごめんなさい」

 

東郷さんの肩は震えている。だから私は抱きしめてくれている彼女に同じように抱きしめ返した。

 

「もう絶対に離さないから……!」

 

────っ。

 

「…あは、あはは。まるでプロポーズみたいだよ……?」

「……どう解釈してくれても構わないわ。とにかく私はもう、あなたを失いたくないの」

「…………。」

 

──ぇ、えっ!? つまりそれって……?

 

横で目を輝かせるそのっちさんが気にならないぐらいに私は東郷さんの言葉に思考が埋め尽くされていた。顔が熱くなる。やだ、言葉が上手く出てこないよぉー……。

 

『……むぅ。結城を盗られた気分』

『止めておきなさい。積もるものがあったんでしょうしそのままに……その、まま…?』

「友奈ちゃん友奈ちゃん友奈ちゃん友奈ちゃん……!」

「──はっ。と、東郷さん! みんなが見てるよ? ほらっ! ね? だから一回離れよ??」

「嫌よっ! 友奈ちゃんともっとくっついてるの! ずーっと会えなかったんだから友奈ちゃん成分補給しないとこれ以上は私の気が狂ってしまうわ!」

「駄々っ子さんっ!? そ、そのっちさん〜……」

「あはは〜。いつものわっしーで安心するねぇ」

 

イヤイヤと首を張りつつも私の肩にちゃっかり顔を埋めている東郷さん。嫌じゃなくてむしろ嬉しいけれど同量に羞恥心も込み上げていた。視線を二人に向けるも何となくわかる……困惑してるねあれは。

じゃあ、と奥にいる亜耶ちゃんたちに向けてみるもこちらも何となく読み取れる──亜耶ちゃんはほんわかと微笑ましく思っているに違いない。安芸さんは……あれ、なんで顔を逸らしてるの?

 

「よっし、じゃあ私たちのところに帰ろ〜! れっつらご〜!!」

「このタイミングで!? と、東郷さん!」

「いーやー!」

「とーごーさーん!」

『……はぁ、賑やかなのね。あの子のところって』

『……ん。でもうちでも負けてない』

『いや、張り合わなくていいのよ』

『仲が良くて安心しますね♪』

 

なんとも最後は締まらない送迎となってしまいました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか東郷さんの駄々っ子モードを落ち着かせてから車に乗り込んでドアを閉めた。走り始める車の窓を開けて私は右手で大きく手を振った。

 

────またねーって。

 

これは『お別れ』じゃないから。全部を終わらせて必ずまた会いに行くってヤクソク。東郷さんの記憶から見た銀ちゃんも使っていたコトバを使わせてもらった。

 

「別に顔を隠さなくても良かったのにねー」

「仕方ないですよ。規則らしいんですから……でも、ちゃんとみんなにも紹介したいです」

「そうね。私も色々とお世話になった人もいるし、きっといつか紹介してね友奈ちゃん」

「もちろんだよ東郷さん」

 

東郷さんの『お世話になった人』って誰だろうか。訊ねてみるも人差し指を口元に持っていって「…内緒」って言われちゃうし。安芸先生のことなのかな?

 

「んふふー♪ それにしてもわっしーもゆっちーもべったりだねぇ」

「当たり前じゃないそのっち。離れないって言ったんだから、衣食住含めて共にいるつもりよ!」

「────っ。そ、それはその……恥ずかしいよぉ東郷さん…ぅぅ」

「──! ゆっちーが『乙女』になってる。良きかな良きかな〜」

 

────だからそうやって変に意識させないでよそのっちさん…!

 

車内ではそのっちさん、東郷さん、私という並び順で座っていて、その東郷さんとは手を繋いでいる。手のひらをシートにつけて指先を共に絡めている繋ぎ方。

なんだか吹っ切れた様子の東郷さんの身に何があったんだろうと考えようとする。だけど、さっきから心臓がドキドキしてて気が散ってしまう。なんでこんなにドキドキしてるんだろう……?

 

「じゃあ私はこっちからわっしーの腕に絡んじゃおーっと♪」

「……もう、そのっちは甘えんぼうさんね。友奈ちゃんもしてもいいのよ?」

「へっ!? あ、あの……手繋ぎ(これ)でいいでしゅ……はぅ」

「か、かわ──ッ! こ、コホン。な、ならいいんだけど」

「すりすり〜♪」

 

わぁー私のバカバカ! なんでそこで噛んじゃうの!?

これじゃあまともに東郷さんの顔が見れない。手に汗かいてないよね!? 大丈夫だよね…?

 

にぎにぎと汗をかいてないかの感触を確かめると、東郷さんは勘違いしちゃったのか握り返してきちゃう始末になった。

 

『───っ。……ッ!!』

「すりすりすりり〜♪ …………すぴー」

 

そこにはお互いに明後日の方を向きながら悶える姿と、相変わらずマイペースなそのっちさんの寝息がこの場を占めていた。




ようやく帰ってきた『日常』だが、一週間とはいえ音信不通だったために東郷さんは暴走気味になっていた。

そのっちは通常運転なり。

そして、次話からは『章』が変わります。
引き続きよろしくお願い致します。


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三章『一人ぼっちの勇者が手にしたもの』
四十七話


三章開始


◾️

 

 

ゴールドタワーでの私の御役目は無事に果たすことができた。『成果』として私には亜耶ちゃんたちが託してくれた『紡ぎの種』を手にしている。防人のみんなが願いを込めてくれたこの種は『お守り』として大事にしていきたいと思う。

 

「──着いたよ友奈ちゃん。私たちの家に」

「……ぁ、あれ? 私寝ちゃって」

「そのっちが寝た後に少しして友奈ちゃんも寝ちゃったのよ。ふふ、可愛らしい寝顔を堪能させてもらったわ」

「……ふぇ!? あ、あの変な寝顔してないよね」

「してないよ。可愛い寝顔だった」

 

ぼーっと考えていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。おまけに東郷さんにだらしない寝顔を見られてしまう始末に私は羞恥で燃えてしまいそうだった。

熱を取り払っている最中に東郷さんはそのっちさんを起こしていて、私は外に視線を移した。

 

(帰って、きたんだ……私)

 

飛び出してからはどこかでもう戻って来れないと思っていた友奈ちゃんの家に私は再び帰ってくることができた。少しだけ嬉しかったけれど、『私』の根本的な問題解決には至っていなくて申し訳ない気持ちも内に抱えていた。

 

「うん。じゃあ私は無事にゆっちーを取り戻したことをフーミン先輩たちにも報告しに行ってくるんよ。その後は色々と後片付けがあるから今日はここで解散して、また明日集まろー」

「迷惑かけるわねそのっち。よろしくお願いします」

「問題ないさ。ゆっちーも久しぶりの我が家だからゆっくり休むんだよー。電話のことは落ち着いてからでいいから」

「はい。ありがとうございますそのっちさん」

 

車内で親指を立てていたそのっちさんはそのまま帰っていった。車に手を振り見えなくなる頃に私と東郷さんの目が合う。

 

「改めておかえりなさい友奈ちゃん」

「た、ただいま……です」

「じゃあ友奈ちゃんの家に行きましょう。お父様とお母様も中で待ってるから」

 

手を繋いで微笑む彼女と共に私は自宅の敷居に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを開けて自分の部屋に戻ってくる。荷物は先に運び入れられていてすぐに東郷さんが荷解きを手伝ってくれた。

 

「友奈ちゃん嬉しそうな顔してる」

「……あんなに心配してくれて、抱きしめてくれたから。ちょっと驚いたけど」

「当たり前じゃない。友奈ちゃんのご両親もとっても心配してたんだから」

「うん」

 

玄関先で私を見つけた母親は強く抱きしめてくれた。無事で良かったと、父親もほっと肩を撫で下ろしている姿はどこか新鮮味があった。

そうして荷物も片付け終わってくる頃には日も傾き始める。私は手を止めてぼーっと窓の外を眺めていた。

 

「……。」

「夕食は私とお母様がこれから用意するから一緒に食べようね友奈ちゃん」

「………。」

「それで今日なんだけど…その、友奈ちゃんのお部屋に泊まってもいいかな? あっ、もちろん無理にとは言わないけど出来れば──?」

「…………。」

「友奈ちゃん? ──友奈ちゃん!」

「──っ!? ど、どうしたの東郷さん?」

「どうしたのって……ずっと話しかけていたんだけど」

「……ぇ、ぁ。ごめんね、ぼーっとしちゃってて!」

 

急に肩をたたかれて驚いてしまう。そ、そうなんだ。まったく聞こえなかった……悪いことしちゃったな…。私は慌てて謝罪をすると東郷さんは訝し気に見つめてきた。

 

「…もしかして具合が悪くなっちゃった? 吐き気は? 痛みはある?」

「う、ううん。平気だよ……って……東郷さん、どうして私が具合悪いこと知ってるの?」

「……それは」

 

言葉を詰まらせて視線を逸らす東郷さんを見て私は目を見開く。まさか、私が『タタリ』に侵されていることを知って……。

 

「あのね友奈ちゃん。私はあなたに謝らなくちゃいけないことがあるの……」

「謝らなくちゃいけないことって?」

「……これなんだけど」

 

東郷さんは私の勉強机のある引き出しから一冊のノートを取り出して見せてきた。それは私が『私』について日記形式で書いていたノート。とうとう見られてしまったという事実を突きつけられていた。

でも特別焦ったり、しまったと狼狽えることはない。もしかしたら…? と心の何処かでわかっていたことなのかもしれないと。

 

「……そっか。見ちゃったんだね東郷さん」

「私が退院してから友奈ちゃんの情報を少しでも集めたくてご両親に許可を貰って部屋を見せてもらっていたの。その時にこのノートを見つけて……勝手に見てしまってごめんなさい」

「ううん、謝らないで東郷さん。いつまでも隠し通せるとは思ってなかったから……あと、それでも最初に見つけてくれたのが東郷さんでよかったって思ってるよ」

「違うの友奈ちゃん……私ね、本当は前から分かっていたの!」

 

 

……えっ? それは一体────。

 

 

「友奈ちゃんが目覚めたあの時から、違和感はずっとあったの。言動や仕草諸々と私の知る『友奈ちゃん』とどこか違うって。それでも確固たる確信はなかったからあくまでも違和感の範疇だったの」

「……よく、観てるんですね。『わたし』のこと」

「私にとって大切な人だから」

「うん、東郷さんの接し方を見てれば分かります。大事にしてる気持ちが凄く伝わってきたから。でも、それならその時にみんなに相談しても良かったんじゃないですか? 自分の知らない『人格』が大切な人に入り込んでいるなんて……悪い言い方をすれば気持ちが悪いはずです」

「友奈ちゃんッ!」

「──と、東郷さん?」

 

私の両肩を掴んで東郷さんは悲痛な表情を浮かべていた。その感情の熱は嘘でもなんでもなくて、正しく私に向けられている。

 

「自分のことをそんな風に言わないで。私はただの一度たりともそんなこと思ってないし、これからも思うことはない。確かにあなたの言う通りに先輩たちに話す機会はいくらでもあったよ? でも私がそうしなかった理由はね……あなたがそれでも『結城友奈』であろうと努力していたから。頑張り続けていたからなんだよ」

「そ、それは……」

「……『記憶がない』って境遇は私もよく分かるの。不安で、どう気持ちの整理をつけていいのかわからない。辛かったよね、怖かったよね?」

 

東郷さんを助けに行った時に、私は彼女の『記憶』を覗いたことがある。それは『鷲尾須美』のものだけでなく、『東郷美森』としての始まりの記憶も同様に。だからそこから発せられる言葉の感情は憐みや同情でもなんでもなく本心からくるものだった。

 

「私はそれから見守ることにしたの。あなたが黙っているなら私もそうしようと、だけど陰ながらに補佐してあげようって。ずっと、ずっとあなたを見続けてきたんだよ」

「……東郷さん」

「生半可な覚悟じゃここまでできない。いつだって私のことを助けてくれた。世界の果てまでも来てくれた。世界の全てが私のことを忘れた時も、あなただけは覚えていてくれて手を差し伸べてくれた。ボロボロになっても、それでも立ち上がる所は友奈ちゃんにそっくりで……ううん、友奈ちゃんそのものなんだって理解して……私は本当に嬉しかった」

「………私は、友奈でいいの? あなたの『友奈』として隣に居てもいいの?」

「うん。友奈ちゃんは『友奈ちゃん』なんだから。あなたはあの子で、あの子もあなたなの。だからもう隠しておく必要はないんだよ? 私も我慢しないで本当の意味で友奈ちゃんの隣にいるから……一人ぼっちにはさせない」

「────っ。」

 

肩を掴んでいたその手で引き寄せて私を抱きしめてくれる。

あぁ、なんでもっと早くに打ち明けなかったんだろうと思う。私は愚か者だ。東郷さんがこういう人なんだという事は心が(、、)理解していたじゃないか。それに私は何をもってして彼女の隣に並ぼうとしてたのかも。

 

「……もう、東郷さん。私から打ち明けようとしてたのに全部言っちゃうんだから。そんなこと言われちゃったら甘えちゃうよ?」

「大丈夫、しっかり受け止めてあげるから」

「……私ね、────東郷さんが好き(、、、、、、、)

「うん、私も友奈ちゃんが好きだよ?」

「……ばか」

「えっ? ……ゆ、友奈ちゃん?」

 

抱きしめてくれる東郷さんから離れて私は頬を膨らませてむくれる。困惑した顔でおろおろするところを見るにやはり『言葉の意味』を真に理解していないらしい。

 

(ねぇ、知ってる東郷さん…? 私の『好き』と東郷さんの『好き』は違うんだよ?)

 

どうやらこっち方面には疎いらしい。彼女らしいといえばらしいけど、どうせならば今までの勢いで察して欲しかったなぁ、なんて。

 

「……??? 友奈ちゃん、どうしてむくれてるの?」

「なんでもないですよ。それよりも、私を受け入れてくれててありがとうございます。こんな私ですけどこれからもよろしくお願いしますね」

「え、えぇ。もちろんよ……こちらこそよろしくお願いします」

 

私が正座をして丁寧に頭を下げると、向かい合った東郷さんも律儀に同じように返してくれた。頭を上げるとそのタイミングも同じで目が合うとつい笑ってしまった。

 

「食事の準備をしないとね」

「私も手伝うよ東郷さん」

「嬉しい申し出だけどだーめ。私とお母様で振る舞うんだから友奈ちゃんはお父様と座って待っててね」

「えー…残念」

 

わざとらしく唇を尖らせると東郷さんは頭に手を置いて優しく撫でてくれた。だめだなぁ、私。こんなことでも口角が緩んでしまうんだから。

 

その後の夕食は久しぶりなこともあってか、とても美味しく感じられた。

 

 





とうとう『私』のことを打ち明ける。
そして『私』の中に芽生えたもの。彼女にとって新たなスタートとなり得るのか。


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四十八話

◾️

 

 

一目惚れだったのかもしれない。涙を流させない、悲しい顔をさせたくないと強く願う原動力はそういう感情が起因していると、私は彼女と向き合って理解した。そして自覚をすればするだけこの気持ちは膨れ上がって、いっぱいになって私を満たしていく。

 

東郷さんが『私』を受け入れてくれて、隠す必要がなくなったおかげで肩の荷が少しだけ軽くなった。しかし自分の中で芽生えていた『恋心』を曝け出すことはまだ後にしておくことにする。大切に育んでいきたいから。

 

「……もう。一緒にお風呂に入りたかったのに」

「それは恥ずかしいのでダメです!」

「あら、でも髪の毛は乾かせてくれるんだ?」

「それはぁー……そのー…うん。ダメかな?」

「ううん、むしろ私の方からお願いするわ」

 

夕食を食べ終えて暫くした後に東郷さんが一緒にお風呂に入ろうと提案してくれたけど、私は自分の身体を見せるのに抵抗があった。パジャマで大部分は隠れているけれど、『タタリ』による刻印は腕や足にまで広がっている。見えてもいいように包帯とかで誤魔化してはいるが…。

 

「……そう。それで、風先輩たちにも言うことに決めたのね」

「はい、私としてもいつまでも偽り続けるのは心苦しいから。その結果、否定されても後悔はしません」

「そんなことをする人たちじゃないわ友奈ちゃん。それはあなたも分かってるでしょう?」

 

ドライヤーの風に吹かれる自分の髪を眺めながら東郷さんの言葉に頷いた。わかってはいるが、どうしても心のどこかで……と最悪な結果が過ぎってしまうのは私の悪い癖。そんな私を見て東郷さんの溜息が聞こえてきた。

 

「誰かのためを思ってそうやって抱え込む癖は……同じだね。でも私が保証してあげる。みんなは友奈ちゃんを決して見捨てたりしないから。それだけは覚えていて」

「……うん、ありがとう。東郷さんの言葉なら信じられるよ」

「そ、そう? えっと……髪の毛、また伸びたわね」

「あは、東郷さんって話逸らすの下手ですね」

「ぅ……だ、だってなんだか照れ臭くて。友奈ちゃんのせいよ」

「私は本当のこと言ってるだけだもん。私は東郷さんの全てを信じてると言っても過言ではないから」

「か、からかってるでしょ?」

「からかってません。髪の毛だって東郷さんの綺麗でサラッとした黒髪に憧れて伸ばしてるんですよ?」

「………あ、ありがとう。私も友奈ちゃんのこの髪質は好きだよ。サラサラしててとっても触り心地がいいの」

「……っ。あ、ありがとうございます」

 

なぜかお互いに褒めてはお礼を言い合ってしまうのがおかしくて、けれど同時に嬉しくもなってだらしなく口元を緩ませてしまうこの『恋心』というものは凄いの一言に尽きる。それにこうしているだけでも頭を撫でられているようで心地が良い。

 

「はい、じゃあこれでお終い」

「次は私が東郷さんの髪の毛のお手入れしてもいい?」

「ふふっ、お願いしちゃおうかな?」

「任せて!」

 

今度は私が彼女の後ろに回って髪に触れる。大好きな人の髪の毛。ただ触れるという行為なだけなのにどうしてこんなにも胸が高鳴ってしまうんだろうか。櫛を手に取って、その艶やかな黒髪に通していく。

 

「憧れるなぁ。すすーって何の抵抗もなく梳いていけるね」

「これといって気にかけているわけではないけどね。でもこうしてやってもらうのは久しぶりかも」

「ほんと? うまく出来てるかな」

「上手上手。思えば友奈ちゃんは飲み込みが早くて驚くことが多かったわね」

「あはは、バレちゃいけないって思って行動してたのでなるべく一回で覚えられるようにしてました」

「元々の性格もあるかもしれないわ。だって頑張り屋さんなところなんてそっくりだもの……ってごめんね。こんな言い方ばかりしてたらあなたに失礼よね」

「そんなことないですよ! 私も『友奈ちゃん』のことは知りたいですし、嬉しいんです。私にとって『結城友奈』は目指すところの一つなんですから────これぐらいかな」

 

整える程度で事足りるほど綺麗な黒髪の手入れを終える。

 

「さっ、今日はもう寝ちゃいましょう東郷さん。明日は部室に行くんですから寝坊できないですし」

「……そうね。ねぇ友奈ちゃん」

 

片付けも済ませて布団の準備もできた。後は電気を消すだけ……という所で声を掛けられて私は振り向く。そこには枕を抱きしめて顔を埋める東郷さんが立っている。そして、

 

「あ、あのね……一緒の布団に………寝ても、いい?」

 

顔を赤くした彼女は掠れるような声でそう言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の夜は空気が澄んでいて夜空に浮かぶ月もよく見える。一人用のシングルベッドには二人が寄り添うように身を寄せ合って体を寝かせていた。

 

「流石にちょっと狭いね」

「我がままいってごめんね?」

「ううん、大丈夫。東郷さんからお布団はみ出てない? もっとこっちに来た方がいいよ」

「じゃあ……もうちょっとくっついちゃおうかな」

 

もぞもぞと東郷さんは私の所へと身を寄せる。柔らかい感触と温もりが私の頰を僅かに染めさせた。誤魔化すようににへら、と笑えば彼女もクスリと微笑んでくれる。

 

「──ねぇ、友奈ちゃん。『千景殿』で何があったのか教えてもらってもいい? もし、よければだけど」

「……うん、いいよ。やっぱり気になるよね」

 

会話が一区切りついた所で東郷さんはゴールドタワーでの出来事について訊いてきた。一瞬話してもいいのかなと考えたが、安芸さん含めて口止めされているわけではないので、話せる範囲で話すことにした。

 

防人という部隊がいること。そこに私の友達がいたこと。御役目で壁の外に行ってバーテックスと戦ったことなど。

 

真剣な表情で耳を傾ける彼女は流石に壁の外に行ったくだりの話は顔を顰めていたけど、それ以外は静かに聞いていてくれた。

 

「──それでね、最後には『紡ぎの種』っていう種をもらったんだ」

「…その種の使用用途は教えてくれる?」

「えっと……それは、お守りの役目をしてくれる…のかな」

「……それって私のせい、だよね。友奈ちゃんが私を助けてくれた時に……刻まれた『タタリ』の影響を抑えるための」

「────。」

 

計らずとも沈黙は肯定となり、東郷さんは私の上になるように覆いかぶさる。逃げ場を失った私はせめてもと視線を泳がして合わせないようにした。

 

「こっちを見て、友奈ちゃん」

「ダメ、だよ東郷さん。私からは何も……言えないです」

「受け止めてあげられるって言ったでしょ? 私なら大丈夫……だってそれは本来自分が負うべき責務なんだから」

「──え?」

 

東郷さんは衣服に手をかけて自ら脱ぎ始めた。上だけを脱いで露わになった地肌には、私と同じ『刻印』が刻まれている。赤黒く脈動する呪いの刻印が。

 

「私も打ち明けないといけないから……この事は」

「……そん、な」

「あの炎の世界を経験した友奈ちゃんには分かるはず。天の神の怒りは鎮まっていないの。生贄だった私と、それを救ってくれた友奈ちゃんと一緒にこの『タタリ』は刻まれてしまっている。話そうとしたらこの『タタリ』は相手を呪う力があるから迂闊には口にできなかったよね?」

 

東郷さんはそのまま私の胸元に指先を這わせる。そして、チラリと私を一瞥する。

 

「友奈ちゃんのも見せてもらってもいい?」

「…………っ」

「脱がすよ」

「ゃ………っ、ん」

 

パジャマのボタンを外されて下着と、至る所に巻かれた包帯たちが露わになると東郷さんはまるで焦燥感に駆られているようだった。驚いてしまうのも無理はない。包帯でさえ隠しきれないほどの紋様が東郷さん以上に広がっているのだから。もうそろそろ隠し通すのには限界に近いほどの浸食。身体の六、七割近くの『タタリ』のソレはさぞ彼女には酷に視えたことだろう。

 

「なんで……どうしてここまで侵食して…!」

「……私にも分からないけど、ちょっと無理して動きすぎてたみたい……って」

 

苦笑を浮かべていると私の頰に水っぽいものが当たる。それが『涙』だと理解した時には上にいた東郷さんの目尻には沢山の涙が浮かび上がり、ポタポタと滴り落ちていた。

 

「泣いてるの東郷さん?」

「ごめん、ごめんなさい友奈ちゃん…! 私のせいでこんな……う、ぅぅ」

「……泣く必要はないよ」

「どうしてあなただけがこんな目にあわなくちゃいけないの…! こんなのって……っ、ないよ」

 

絶望に顔を歪める東郷さんに私は首元に腕を回してそっと胸に抱き寄せて頭を撫でてあげる。

 

「ひっぐ、っ、ぅ……どうして、そんなに落ち着いていられるの?」

「なんでだろうね。自分でも不思議だけど……それでも一つ言えることがあるんだ」

「…っ、なに、を……?」

 

赤子をあやすように、優しく、優しく撫でながら私は微笑む。

 

「───私は諦めてないから(、、、、、、、)。どんなに絶望的でも諦めない限りは希望は続いていくんだから」

「────っ!」

 

はっと、濡れた顔を上げる。

 

「東郷さんが私に読み聞かせてくれたんだよ? 私ね、『諦めない』って言葉が大好きなんだ。心の中でね、この言葉を叫ぶと勇気と気力が湧いてくるの。そうして頑張って最後に笑い合えたらさ、とっても幸せなことなんじゃないかな?」

「幸せ……?」

「うん、幸せ。ねぇ、東郷さん……私の『熱』は感じられる?」

「……うん」

「生きてるって実感できるよね。私もね、東郷さんの『熱』を感じられる。まだしっかりと私たちは生きてるんだよ。だったら諦めるわけにはいかないんじゃないかな?」

 

この『タタリ』の結末が最悪なものなのだとしても、私たちが諦めるのはまだまだ早いと思う。それを彼女にも理解してくれたら私は嬉しい。そして、少しでもそういう希望を持てるのなら、これは私以上に東郷さんには必要なものなんだ。

 

「──東郷さん、この『種』を使って欲しいな」

「……紡ぎの種」

「これにはね、私の背中を押してくれる人たちの優しい『願い』が込められているの」

 

二人で起き上がって私は枕元から種の包みを手に取って中身を取り出す。小豆ほどのサイズの種はまるでささやかな輝きを放っているかのようだった。一粒手に取った私は目を閉じて『願い』を込める。そして、彼女の手を取り、その平に種を乗せて渡した。

 

「私もおまじないを込めたよ。これできっと効果倍増だね」

「友奈ちゃん……いいの? これはあなたの大切な物じゃ…?」

「大切な人に使ってもらえるんだったら喜んで差し出すよ。『願い』を込めたその人たちもきっと同じことをすると思うから、遠慮しないで」

「……ありがとう。んっ───」

 

東郷さんは再び目尻に涙を溜めながらその種を口に含み、飲み込む。そして目を閉じて胸元に手を置いてまるで噛み締めていた。

 

「……どう、東郷さん?」

「──友奈ちゃん。もう一粒、貰ってもいいかな?」

「うん、いいよ。はい──」

 

私は二粒目を彼女に手渡す。そして私と同じように目を閉じてから再び私の元に手渡してきた。思わずキョトンとしてしまう。

 

「友奈ちゃんも飲んで欲しい。私も『願い』を込めてあなたに受け取ってもらいたい。生きていくために」

「……はい。ありがとう、東郷さん──んっ」

 

九つのうちの二つ目を私は口に含んで飲み込んだ。お互いのことを想って、二つの種は体内に宿る。目に見えての変化は見られないけれど、温かな感覚が満たされていくのがわかる。

 

そして私たちは倒れ込むようにベッドに横たわった。

 

「──大丈夫、友奈ちゃん?」

「うん。身体の中が凄くあったかい……東郷さんも平気?」

「凄い薬種ね……痛みが引いていくのがわかるわ。友奈ちゃんを支えてくれた人たちに感謝しないとね」

「うん」

 

良かった。東郷さんには無事に効いてきているみたい。さっきの不安に染まった表情も和らいでいるようでとても安心した。

でもこれはあくまで一時凌ぎに過ぎない。その間に根本的な治療を施さなければ解決にはならないから、これからが大事なんだ。

 

しかし今は、このひとときの安らぎに身を委ねていたい。肌を重ねた私たちはそのまま眠りに引き込まれていった────。

 




東郷さんにも『タタリ』が進行していることが判明。そして『種』の使用で症状の緩和に成功した様子。


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四十九話

◾️

 

 

 

朝目が覚めると東郷さんは隣に居なかった。私よりも早起きしたのであろう彼女は毛布がかけ直されて身体が冷えないようにしてくれていた。着崩れていたパジャマを直し、その際に昨夜脱がされた羞恥心に今更ながら悶えつつも私は左目に手を添えた。

 

(…少し、景色が綺麗に映るかな)

 

霞んで見えていた左目の視界も幾らか抑えられていて、『紡ぎの種』の効力に感心する。これなら東郷さんには期待の持てる効果を発揮してくれていることだろうと肩を撫で下ろす。まさか彼女にも『タタリ』の影響を受けていたことには驚いたが、私よりも軽傷のようだったので良かったと思う。

 

「──あら、おはよう友奈ちゃん。もう少し寝てても良かったのに」

「おはよー東郷さん。遅刻するわけにはいかないからね」

 

リビングに足を運んでみれば東郷さんの姿があって嬉しくなる。彼女の顔色は幾らかすっきりとしているように思えた。母親にも挨拶を交わして東郷さんの作ってくれた料理に舌鼓を打ちつつ朝の時間を過ごしていった。

 

「じゃあ一度家に戻るわ。また後で家の前に集合だからね」

「うん、行ってらっしゃい」

「行ってきます──待っててね」

「……! う、うん。えへへ」

 

去り際に頭を撫でてくれる。手を振って見送ってから私も準備を整えることにした。

 

 

 

 

 

それから暫くして。

私と東郷さんの二人で久しぶりの通学路を歩んでいる。しばらく間を開けていた学校も既に冬休みに入っており、道行く学生の姿は見られない。そんな中を制服で歩いてみればまるで世界に私と東郷さん二人だけになってしまったかのような、そんな錯覚を抱かせてしまう感覚になっている私は果たして浮かれてしまっているのだろうか。

 

「お休み中って人も少なくなってくるから、こうして二人で歩いてるとなんだか私たちだけって気がするね友奈ちゃん」

「……えへへ。うん、そうだね!」

「…? みんなに会うのが楽しみ?」

「ううん。あっ、それもそうだけど……やっぱりなんでもないです」

「えー…気になるわ。教えてくれないの?」

「なーいしょ!」

 

私がニコニコとそう言えば、首を傾けて疑問を抱く東郷さんがいて。ああ、まだこの人の隣に並んでいられるんだと実感が湧いてくる。なんてことのない会話でも、それが何よりも嬉しくて、私の心をくすぐってきた。

 

みんなとも早く会って、『私』を知ってもらいたい。今まで黙ってきた分怒られたりしてしまうかもしれないけれど、ちゃんと私が前に進むためにもケジメをつけていきたい。手前勝手なのは重々承知してるけどね。

 

そんなことを考えていると、不意に私の右手に温もりが包まれる。顔をそちらに向けてみれば東郷さんが私の手を握ってくれていた。

 

「…………東郷さん?」

「考え事してたでしょ? ちょっと歩調が早くなってたし、前を見て歩かないと危ないよ」

「あ、ありがとう。気がつかなかった」

「もう、ならこうしていないとまた同じことしちゃいそうね」

「……いいの?」

「私が友奈ちゃんにしてもらったように、私もしてあげたいの。だから平気」

「ありがと……」

「大丈夫だよ友奈ちゃん。早く顔を見せてあげて安心させてあげようね」

「うん」

 

 

東郷さんと手を繋いで私たちは学校に向かう。連絡は既に済ませているようでみんな部室で待っているようだ。

こうして讃州中学に到着した私は今扉の前に立っている。中では喋り声が僅かに聴こえてきて人の気配を感じられた。

 

右手はここまでずっと東郷さんと手を繋いでいるので私は感覚の薄い左手を持ち上げて取っ手に手をかけた。緊張する。久しぶりの部室の扉はどうにも重く感じた。

 

ガララ、と扉を開けてみたら中にいるみんなの視線が一斉にこちらに向けられた。

 

「……友奈?」

「は、はい。ゆう……友奈、ただいま戻りました……風先輩」

 

おずおずと話していたら目尻に涙を溜めて私のところに走って抱きついてきてくれた。次いで樹ちゃん、夏凜ちゃんと私の元に来てくれる。

 

「無事で良かった!」

「アンタ……! どうして何も言わないでどっか行っちゃうのよ! 心配したじゃないっ!!」

「私の…わがままだったんです。すみませんでした、風先輩、夏凜ちゃん」

「本当に良かったですぅ……友奈先輩」

「うん、心配かけてごめんなさい樹ちゃん」

「うんうん。これで勇者部全員集合だね、わっしー」

「そうねそのっち。安心したわ……ひとまずはだけど」

 

二人で何かを確かめ合うのを私は視界の端で捉えた。あぁ、そうだ。問題はまだ終わっていない。私は風先輩から離れてみんなに向き直った。

 

「あ、あの……私、みんなに伝えなきゃいけないことが……あって」

「伝えたいことって……前に言ってたやつ?」

「はい」

 

胸の前に手を握り不安を押し殺す。喉の奥がカラカラと渇きを覚える。

 

「……友奈ちゃん。先輩たちはちゃんと受け止めてくれるわ」

「東郷さん……」

「私は友奈ちゃんに嘘は言わないよ」

 

東郷さんが横で安心させるように微笑んでくれる。実際に私の心は落ち着きを取り戻してきているのは事実で……深呼吸をしてから言葉を続けた。

 

「私は……本当の『結城友奈』じゃないんです……ずっと、っ……『私』は『結城友奈』としてみんなに黙って過ごしてきたんです」

 

話していく。私がずっと秘めていたことを。

自分でもちゃんと伝えられてるのか分からない。ずっとこの人たちに黙っていたんだから『否定』されても仕方ないと思っている。でも、言うと決めた私は視線だけはみんはから逸らさないように見つめ続けた。逃げ出したくなるけどグッと拳を握って耐え忍ぶ。

みんなは驚いていた。言葉はない……恐らくなんて声を掛けたらいいのか分からないのが正しいのかもしれない。でも、そんな中で夏凜ちゃんがいつになく真剣な表情で問いかけてきた。

 

「…ねぇ、それってぜんぶ本当なの?」

「……は、はい」

「いつ頃から?」

「私が初めて目覚めた時は病院でした。隣には東郷さんが居て、声が聞こえたんです」

 

そして語りかけてくる彼女の言葉を聞いた。一人ぼっちの勇者の物語を。その中で東郷さんの慟哭を聞いて私はこの人の涙を拭ってあげたいと切に願い、そしてそこから私は『始まった』。

 

「……病院っていうとつまり入院してた時よね?」

「──『散華』の影響から解放された時ですよフーミン先輩。私たちが身体の機能を回復したように、きっと『彼女』の精神も同じようになったんだと思う。私はその時の戦いに参加してなかったから分からないけど、きっとゆっちーの精神が入り込んでしまうほどには、以前の『彼女』はとても無茶してたんじゃないかな?」

「確かに友奈は変身が解けた状態から『満開』とかしてたけど──乃木……アンタは知ってたの?」

「何となく予想は立ててあって、こうしてゆっちーが本心を打ち明けてくれたおかげですっぽり収まった感じかなぁ。ゆっちーもえらいえらい。よくみんなに話せたね。不安だったでしょ」

「そのっちさん……」

 

頭を撫でられながら私は驚いていた。この人はどこまで事を把握しているのだろうかと。でもだからこそ彼女の言葉には説得力があってみんなもそのっちさんの言葉をちゃんと聞き入れてくれている。

 

そこまで話をしたところで風先輩は「はぁ…」とばつの悪そうな表情を作っていた。

 

「なるほどね……こうまで言われちゃうと色々と納得のいくことばかりだわ。仲間の変化にちゃんと気がつけないなんて部長失格ね」

「そんなことないです! 元々は私がもっと早く言っていればよかっただけで……みんなは何も悪くないんですよ」

「えぇそうね。確かにもっと早く言ってくれればって思うけど……でもまずは謝らせてもらうわ友奈……でいいのよね?」

「はい。友奈、です」

「ごめんなさい。友奈自身も巻き込まれた身なのにこうして私たちのことを気遣ってくれて。よくよく考えてみればタイミング的にも良かったのかもしれないわ。あの時はまだバタバタしてたしね」

「こちらこそ、今まで黙っていてすみませんでした」

「ん、許す! ちゃんと話してくれてありがと、友奈」

 

お互いに頭を下げあって顔を上げると、風先輩は以前のように頭を優しく撫でてくれた。心地よさに目を細めつつも私はその次に樹ちゃんに向き直った。

 

樹さん(、、、)もごめんね」

「あの時はやっぱり聞き間違いじゃなかったんですね……私の方こそ、気がつかなくてすみませんでした。で、でも私にとって友奈さんは友奈さんですっ! 私の大切な先輩なのは変わらないです。なので今まで通りに接してください!」

「……ありがとう、樹ちゃん。また、よろしくね」

「はいっ!」

 

手を握り合って可愛らしく微笑んでくれた。そして、夏凜ちゃんを見る。

 

「──あー……あの、さ」

 

夏凜ちゃんは視線を泳がせながら頰をかく。何やら言葉を選んでいるように見えるがそれもすぐに元に戻すと、

 

「…夏凜、さん?」

「大体言いたいことはみんなと同じだから……えっと、今度は隠し事は無しだからね」

「は、はい。分かりました」

「それと敬語なんて要らない」

「は……うん。分かった」

「よし。じゃあ、後は───はい」

 

言いながら少しだけ頰を染める夏凜ちゃんは手を差し出してきた。それはまるで握手を求めるかのような動作で思わず目を丸くしてしまう。

 

「これって……」

「あ、改めて……私と『友達』になってくれる? この手はその証っ!」

「──っ! う、うん夏凜ちゃん! よろしく……よろしくお願いしますっ!!」

「まったく。敬語は要らないって言ったで──しょぉ!? こ、こら急に抱きつくなぁ!」

「だって、だってぇー!」

 

感極まった私は勢いで抱きついてしまう。けれど夏凜ちゃんはしっかりと受け止めてくれて嬉しかった。

 

「夏凜が……あの夏凜が自分からあんなこと言って…! ほんと成長したわね」

「こらそこ! バカにしてんの!?」

「あはは〜♪ にぼっしー顔真っ赤だねぇー」

「う、うるさいっ! 赤くなんてなってない!」

「私だって友奈先輩と仲良くしたいです! えいっ!」

「樹ちゃん!」

「二人で抱きついてくるなぁ!?」

「──!! 見た乃木、東郷!? 樹が自分から行ってるわよ──!」

「風先輩。樹ちゃんはもう立派に成長してるんですから」

「そうそう。イっつんの女子力は姉をも凌駕しようとしているんよ」

「なぬー!? そんなことになったらあたしには一体何が残るのよぉー!」

『うどん』

「ハモんなぁー! でもあながち否定できないわぁぁ……」

「てかアンタらコントしてないで助けなさいよぉー!?」

 

床に崩れ落ちる風先輩の横でそのっちさんと東郷さんがくすくす笑う。夏凜ちゃんは私と樹ちゃんに抱きつかれながら狼狽するも、その表情はとても爽やかに感じる。東郷さんの言った通りだった。

 

「……むぅ。でも夏凜ちゃんってば友奈ちゃんにくっつき過ぎだわ」

「お、わっしージェラシー感じちゃってる〜?」

「そんなんじゃ…………ない、けど」

「ゆっちーは待ってるよー?(、、、、、、)

「──? それってどういうことそのっち?」

「わっしーって……わっしーだよねぇ。ミノさんも呆れちゃうよ〜?」

「ど、どうしてそこで銀が出てくるのよ……?」

「私もにぼっしーに抱きつく〜♪」

「あっこらそのっち話を……もう」

 

そう言ってそのっちさんは私たちの中に混じって抱きついてきた。東郷さんは困ったようにため息を吐くと、不意に私と視線が重なった。

 

「───っ!」

「…友奈ちゃん?」

 

さっと視線をそらして私は熱くなった頰の熱を逃すように顔を俯かせる。意識を傾けていたせいかそのっちさんとの会話が丸聞こえだったのだ。というかそのっちさん本当に何者なのー! って叫びたくなるのも無理もないよね? 当の本人はニマニマとしてきてるし…。

 

何となく顔を合わせづらかったので私は夏凜ちゃんとスキンシップを取ることに集中することにした。

 

 



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五十話

◾️

 

 

 

わいわいと賑わうのもほどほどにして、風先輩が皆を落ち着かせてから席に着かせた。

少しだけ周囲を見渡してみてみんながいることに私は胸の内が満たされていくのがわかる。私が求めていた日常。守りたい日常の中に戻ってきたのだと再確認できることに喜びを感じていた。

 

「──さて、じゃあ改めてこうしてみんなが揃ったところで本日の活動をしていくわよ!」

 

声高々に宣言する風先輩はにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 

「またなーに考えてんだか……東郷、こうした連休中って『依頼』ってあるの?」

「なくはないけれど、特別急ぎの案件はないって感じかしら? 部のホームページにも新たな依頼は申し込まれてないし」

「ふーん。なら一体なにをするのかしらね」

「こーら東郷、夏凜。私語は慎みなさい!」

「……あ! 私わかっちゃったかも〜」

「え? 園子先輩。それって一体なんですかー?」

「お、イっつん訊いちゃう? それはねー……」

「ちょーっと! 分かっててもネタバレは禁止禁止っ! ってかもう言うから──明日はクリスマスイブだから、みんなで集まってパーティーするわよッ!」

『おぉ〜!』

 

白いチョークでデカデカと文字を書きつつ先輩はそう言った。クリスマスイブ。ああ、そういえばそういう時期だったなとそこで思い出してゴールドタワーでのことを思い出していた。

私の送別会に併せて一足先にパーティーをしてくれたみんなは元気にしているのだろうか。まだ数日と経っていないが……あそこでの日々もとてもかけがえのない、楽しいものだったのでついそんなことを考えてしまう。

 

「あー…クリスマスかぁ。てか、もう年末になるのね」

「あっという間でしたねー。今年は色んなことがありましたし」

「……モミの木祭り」

「何それ東郷さん?」

「くっ……伝えきれない自分の語彙力が憎い」

「わーい、みんなとクリスマス〜♪」

「あ、ちなみに場所は夏凜の家ね」

「はぁ!? ちょ、ちょっとそんなの訊いてないわよッ?!」

「おねーちゃん?」

「──ぷっ、くふふ。じょーだんよジョーダン。あたしたちの家でやりましょう! 食材とかもちゃんと用意してるから安心なさい」

「脅かさないでよ……」

 

からから笑いながら風先輩は私に視線を移してくる。

 

「友奈も、今度は勝手にいなくなっちゃダメだからね」

「は、はい。気をつけます」

「安心してください風先輩。私が友奈ちゃんと一緒にいるので問題ありませんから」

「……なんだろう。あんまり安心できないわね…というかあなたたちなんだか────」

「……? 風先輩、どうしたんですか?」

「じーっと見て私たちの顔になにかあります?」

「んー…いや、なんというか」

 

首を捻り、唸り声に近い声を発しながら先輩は私たちを交互に見てくる。不思議に思っているとニコニコと向かい側に座っていたそのっちさんが閃きを浮かべて、

 

「わっしーとゆっちーは更に距離を縮めたんよ。これはー…もしかしてーー……なのかな〜??」

「やだわそのっちったら。私と友奈ちゃんはいつも通り、ね? 友奈ちゃん」

「…………そうだね」

「え、え?? 友奈ちゃん、どうして落ち込んでいるの?」

「なんでもないです」

「どうして頰を膨らませてるの? 可愛いけど……えい、つんつん」

「ぷしゅぅー……もー東郷さーん」

「何してるのよあなたたち……いや、やっぱりなんでもないわ」

「いや〜捗るねぇ♪」

 

風先輩が呆れたようにやれやれとしている中で、私はさりげなく東郷さんに密着するように触れ合っていた。東郷さんにとってはじゃれあい、普段のスキンシップのようでも私にとってはドキドキしっぱなしなのだ。

 

「なんか前の友奈以上に甘えん坊よね。まるで樹のような…」

「もーお姉ちゃん! 私べつに甘えんぼうじゃないよ」

「え?」

「え?」

「あんたら姉妹もなにしてんだか……で、明日は何時集合なのよ」

「あーうん。各々準備もあるだろうから夕方からにしましょうか。ぱーっとやりましょうパーっと!」

「はいはーい部長ー! 私プレゼント交換やりたいでーす!」

「おっ! いいわね。その案採用ー! 各自持ち寄ってくじ引きとかいいんじゃない?」

「ならある程度の方向性を決めた方がいいんじゃないの? 例えば──」

 

あーでもないこーでもないと明日に向けて話し合いが行われていく。時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩たちとは先に部室で別れて私と東郷さん、そしてそのっちさんの三人で部の資料をまとめていたら既に外は暗れてきていた。時間も頃合だと思い片付けを済ませてから私たちは学校を後にする。

 

「──わぁ。もう飾り付けがされてる!」

「外国の祝祭を祝う我が国の寛容さね」

「ふふ。なにそれ」

 

煌びやかな電光に彩られた飾りを視界に収めながら私たちは歩いていく。町の空気というか雰囲気もクリスマスという行事に引っ張られていて、道ゆく人たちも楽しげにしている。気温も下がって寒くなっているけれど、空気も澄んでいてとても綺麗に映って見えた。

 

「…良かった。友奈ちゃんとクリスマスを迎えることが出来そうで」

「その節はお騒がせして申し訳ないです」

「もういいよ。こうして戻ってきてくれたから」

「うん」

「ねーねー。私とはー?」

「もちろん忘れてないわよそのっち。一緒に楽しみましょ」

「えへへ。実は一緒にクリスマスやるの初めてかも!」

 

手に持つサンチョ(クリスマス仕様)をふりふり動かしながらご機嫌に笑うそのっちさんを見て、私たちもつられて微笑みを浮かべていた。

 

「…ぁ。考えてみれば『私』もクリスマスを過ごすの初めてだった」

「……! そうだったわ。これは尚更気合を入れて挑まないといけないわねっ!」

「今度はみんな一緒だよ〜! ゆっちー盛り上がろうねぇ〜クリスマス!」

「う、うん…って、そのっちさんなんで腕に抱きついてるの?」

「この方が寒くないからだよー」

「あ、ずるいそのっち。なら私は反対側からしちゃおっかな?」

「と、とと東郷さんまで!? はぅ……!」

「ゆっちーモテモテだぁ」

「片方はそのっちさんじゃないですかぁー!」

 

三人身を寄せ合うのは少し恥ずかしいけれど、そのっちさんの言う通り暖かいのは本当だった。

冷え切った私の身体には二人の『熱』が染み込むのがわかる。

 

キラキラする風景の中を歩き続けていたら、隣で抱きついているそのっちさんがポツリと呟く。

 

「…ねぇわっしー、ゆっちー。来年も再来年もずっと一緒だよ?」

「当たり前じゃない。ね、友奈ちゃん」

「うん、そうだね」

「…………、」

 

ちゃんと淀みなく答えられたよね? 嘘じゃない、私もそうなったらなと心から思う。でもそのためにはやはり解決しなければならない課題があるわけで、しかし悠長にしている時間も残されていないのは確かだ。私もそうだけど東郷さんだって同じものが刻まれているから余計に。

 

「そのっちさん、一つお願いがあるんだけど……」

「んー、なにかな?」

「──三好さん。夏凜ちゃんのお兄さんに会わせてほしいの。あ、もちろんクリスマスの後……ううん、年が明けてからでもいいから」

「にぼっしーのお兄さん……うん。それはいいけどーどうして?」

「…友奈ちゃん?」

 

真剣な表情を浮かべるそのっちさんと心配そうにその眼差しを向けてくる東郷さんに私は言葉を続けて、

 

「私という人格が『散華』の影響なら、一度大赦に訊いたほうが『わたし』について何か分かるかもしれないって思ったの。やっぱりこういうのはキッチリしておかないといけないから」

 

打ち明けた時にみんなは優しいから言及してこなかったけれど、以前の私については現在のところどうなっているのか知りたいはずだ。東郷さんは何か言いたげだったみたいだけど、固唾を飲んで堪えてくれた。

そのっちさんは逡巡したのちに頷いてくれる。

 

「いいよ。でも三好さんも多忙な人だからいつになるかは分からないけど……なるべく早くにお願いしてみるね」

「ありがとうそのっちさん」

「でも本当にそれだけ?」

「──取り敢えずは…ですけど。あはは…」

「その時は私も一緒に行くからね友奈ちゃん」

「うん、よろしくね東郷さん」

「ふーむ、じゃあ私はここで〜。また明日ね二人とも」

 

区切りよく分かれ道に差し掛かったそのっちさんはひらひらと手を振りながら歩いていく。その背中を私たちは見送ってから改めて二人で帰路についた。少し歩いてから東郷さんはこちらに視線を移しながら口を開いた。

 

「……それで実際はどうなのかな友奈ちゃん? 夏凜ちゃんのお兄さんに用事はそれだけじゃないような気がするけど…」

「…あは、今言ったことは別に嘘ついてないよ。ただその……私たちの刻印(これ)についても知りたいと思って」

「……ぁ」

 

私が胸元に手を置くと、意図に気がついたように東郷さんは目を丸くしていた。自分の出生については話せるようになったけど、『タタリ』については話が別だ。必要最小限に抑える必要があるこの呪いをおいそれと口にしてしまっては大変なことになってしまう。私と東郷さんは同じものを刻まれているので話を共有することができるから気持ちとしては大分楽だけど……もし、一人で抱えていたら果たしてどうなっていたことやらと思ってしまう。

 

「……そうね。でもコレはきっと『天の神』をどうにかしないことには解決に至らないと思うわ。『タタリ』の元凶。人類の敵。ソイツを倒さないことには呪いが蝕み続けて最後には……」

「…でもね、東郷さん。道は一つじゃないと思うんだ。可能性の芽はいくらでも模索できる。私はその芽を早々と摘み取りたくはないの」

「──その内の一つが、夏凜ちゃんのお兄さんに会うこと?」

 

頷いて答える。

 

「…分かった。私は大赦が信用できないけど……友奈ちゃんなら信用できるし、信頼できるよ。確かに諦めるのはまだ早いよね。一緒に頑張ろう、友奈ちゃん」

「ありがとう。うん、がんばろ──でもその前にまずは明日も楽しんでいかないとね! プレゼント交換用のもの何がいいかなー?」

「ふふ。予定では夕方からだからそれまでに一緒にお店に見に行く?」

「賛成ー! バタバタしちゃってて買いそびれちゃってたから良かった」

 

真面目な話もほどほどに明日のクリスマスイブについて談笑を交えて話しながら私たちは町のイルミネーションの中を歩いて行った────。

 




五十話にしてようやく、勇者の章の三話に辿りつきました。(長かった)


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五十一話

◾️

 

 

その日は明日の楽しみもあってうまく寝付けなかったと思う。それと東郷さんには別れ際に『紡ぎの種』を一粒渡しておいた。その日も一緒に居てくれようとしたけど、流石に申し訳ないところもあるから無理矢理にでも納得してもらい、私も一応一つ飲む。残りは五つになった種を大切にしまって次の日を迎えた。

 

「おはよう友奈ちゃん。準備して行きましょうか」

「おはよー東郷さん。うん、今日もよろしくね」

 

東郷さんは目に見えて快調に向かっていることがわかる。痛みと『タタリ』の抑制になっているようでとても喜ばしいことであった。私は……うん、特別なにか変化はあるようには感じられない。でも逆に考えてみれば『変化がない』ということは悪くも変化がないとも受け取れるのでやはり種の効果は出ているのだと推測しておく。

 

それも程々に今日はいよいよクリスマスイブだ。明日のクリスマスも加えて私にとって初めてまともに過ごすイベント行事となる本日は、まず東郷さんと買い物に出かけるということから始まった。

勇者部のみんなとプレゼント交換するための品を買うために。思えばずっとバタバタしていて月の行事ごとすら頭から抜け落ちちゃう私がプレゼントを用意しているわけもなく、ちゃんと買い揃えることが出来るのかちょっと心配。そのことを移動中に東郷さんに話をしたら、

 

「くす。みんなが持ち寄って交換するんだから、一つで平気なんだよ?」

「──あ! 言われてみればそうだね。でも私みんなにはお世話になってるから少し申し訳ないなぁ」

 

私がこう言うと東郷さんは優しく笑った。あなたらしいって頭を撫でてくれて、私の胸の中がぽかぽかしてきてついつられるように笑ってしまう。

 

「じゃあサプライズのためにお店についたら見せ合うの無しでいこう!」

「そうね。ふふ、友奈ちゃんは何を買うのかしら」

「えっとねー……って、内緒だから! ずるい誘導させるの禁止ー」

「あら、残念♪」

「もー」

 

東郷さんはたまにイタズラしてくるから侮れない。罠にかかってしまう私も私だけども。そんなやり取りを繰り広げながら私たちはショッピングモールへと足を運んだ。

 

お馴染みのイネス。ここのショップでしずくさんにプレゼントした経緯もあり、可愛い小物も数あるここに私たちはやってきた。

 

「じゃあここで一旦別れましょう。一時間ほど時間を取ってまたここに集合で」

「了解」

 

イネスの店内は外と同様にクリスマス仕様に飾られている。子供連れの家族も多くとても賑わいがある中で、私と東郷さんはプレゼントを買うために分かれて行動することにした。一緒に行動しちゃうとサプライズにならないからね。

 

(んー……といっても何にしようかな)

 

交換会ということは誰に渡っても平気なものにしなければいけない。いや、『いけない』ってことはないんだろうけど…どうしたものか。

取り敢えず気になったお店に入ることにした。

 

「やっぱり実用的なのが無難なのかな。うーんと……ん?」

 

雑貨屋の商品棚の前でしゃがんで選んでいると、左の視界に一瞬、ほんの瞬きの間だったが、

 

 

────……で、…。

 

ここにはない『何か』が声と共に映った。

はっと驚いて私は周囲を見渡す。でも周りは入店した時と変わらずに変化は見られない。左目を隠すように押さえるも痛みもなく、視界が霞む以外はこれといってない。気のせいだったのだろうか。

 

(今の……誰だったんだろう(、、、、、、、、)?)

 

小首を傾げるも疑問の答えは返ってくることはない。不思議に思いながらも一先ずは買い物に専念することにしようと考えた私は再び商品に視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからきっちり一時間。無事に納得のいく物が買えた私は買い物袋を下げて集合場所に向かって行った。

 

「東郷さん、待った?」

「ううん。私もさっき来たところよ」

「ならよかった……ってなんだかデートの決まり文句みたいなセリフになっちゃったね」

「あら、私は友奈ちゃんとデートのつもりなのだけど?」

「えっ!? えっと……その。そうなの?」

「ふふ……顔赤くしちゃって可愛い」

「……! もー!」

 

悪戯に微笑む東郷さんにむくれながらも今度は一緒にショッピングを楽しむ。それはまるで本当のデートのように楽しく感じられて……意識する前と比べてこうも感じ方が違うのかと内心驚いたりして貴重な時間を過ごしていく。

 

「お昼はどうしようか友奈ちゃん」

「戻って準備する時間もあるから手早く済ませるものがいいんじゃないかな? 例えばファーストフードとか……あ、でも東郷さん的には和食系のがいいのかな」

「たまにはいいわよ。一人だと絶対に食べないけど友奈ちゃんとなら平気。行きましょうか」

「そう? それならいこー」

 

私も基本的には食べないけど、限られた時間の中ではと考えて私たちは店に向かう。運良く混み始める手前で並ぶことができて、私たちは同じものを注文する。

 

「同じので良かったの東郷さん?」

「どれがいいのか正直分からないし、友奈ちゃんと同じもの食べたかったから」

「……私としては別々のを食べ比べしたかったなぁ、なんて」

「──はっ!? その手があったわね……くっ、私としたことが不覚…っ!」

「なんてね。ほら、席にいこ、東郷さん」

「むぅ。おいてかないでー友奈ちゃん」

 

そうして席に向かい合って座る。バーガーとポテト、ドリンクのスタンダードセット。さっそくバーガーの包みを開いて中身を出して一口食べ始めた。次いで東郷さんも同じように丁寧に包みを開いて一口食べる。

 

「……んー。なんだか味が薄い気がする」

「え、そうかしら? かなり濃い目の味付けのようだけど……まぁたまに食べる分には美味しいかもしれないわね。はむ…」

「……濃い目?」

 

言われてもう一口食べる。それでも味の感じ方は変わらなかった。隣にあるポテトも同様に薄味。私のだけなのかな?

 

「東郷さんのポテト一つもらってもいい?」

「同じのよ? もちろん構わないけど」

「ちょっとねー……あ、ありがとう。あむ……んー、やっぱり薄い」

「そうかな? 友奈ちゃんの一つ……んっ、十分に塩味が効いてるよ? もしかして具合でも悪い?」

「……特になにもないと思う。それでも美味しいのは変わらないからもしかしたら私の勘違いかもね。心配かけてごめんね東郷さん」

「ほんとに? ……友奈ちゃんがそう言うならいいけど。もしなにか不調があれば言ってよ」

「はーい、はむ…」

 

自分の勘違いだと思い、食べ進めていくがやはり最後まで薄味なのは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を済ませた私たちはイネスを後にして一度帰宅をする。プレゼント用に買った品の確認と、パーティーグッズの準備やらしていると時間もいい感じになって再び私と東郷さんは自宅の門の前で集合することになった。

 

「ちょっと早いけど行きましょうか。風先輩たちのお手伝いしないとね」

「だね。いこっか」

 

少し多めの荷物を抱えて私たちの足は先輩の家に向けて歩き出した。時刻としては夕方の四時。しかし冬場のこの時間でも外は日が沈み始めており薄らと夜の顔を覗かせ始めていた。

 

「荷物重くない友奈ちゃん?」

「東郷さんが既に重いやつ持ってくれてるから平気だよ。東郷さんこそ平気なのかな」

「私はへっちゃらよ。友奈ちゃんがくれた『種』のおかげで身体が軽いし、これぐらいならいつでもやってあげる」

「ふふ、頼もしいな。はぁ……」

 

漏れた吐息は白く染まり、私の眼鏡のレンズを同様の色に染めてから空へと消える。何となく夜空を見上げてみればまんまるなお月様が顔を覗かせていた。

 

「クリスマス、楽しみ」

「初めてだものね。良い日にしていきましょ」

「うん、でも……『結城』ちゃんには申し訳ないかな。本当はここに立っているのは私じゃなくてあの子のはずだったんだから…」

「…………それは言いっこなし。あなたが悔やむことではないわ。誰の予想をも超えた結果なんだもの。友奈ちゃんだってきっとそんな悲しい顔はして欲しくないはずよ。どんなことがあっても楽しむべき所は楽しまなくちゃってね」

「そう、かな? でも東郷さんがそう言うなら間違いないんだろうね」

「ええ。私はあなたたち二人を近くで見てきたんだもの。信じてくれていいよ」

 

うん、わかってるよ。いつも見てくれて、気にかけてくれてるのを私は知ってる。だから安心して隣に居られる。居させてくれる。そんな貴女を私は『好き』になったんだ。だからこそもっと一緒に居たいと思えるし────返してあげたいとも思える。

 

──……い………。──…で。

 

私の左目の視界にノイズが走る。瞬く間の一瞬。これが何を意味するのかまだ分からない。

 

「……ありがと東郷さん。うん、元気でた! 楽しむべき時に楽しまないとね!」

「うん。やっぱり友奈ちゃんは笑顔が一番だわ」

 

向き合わなければならない時が来るのかもしれない。でも今は少しだけ脇に置かせてもらって楽しませてもらってもいいよね?

 



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五十二話

◾️

 

 

 

『お邪魔します』

「いらっしゃい。早かったわねー、入って入って」

 

風先輩の家に到着した私たちはインターホンを鳴らしてお邪魔させてもらうことにした。中からはエプロン姿の風先輩が出てくれて招き入れられた私たちはリビングに案内された。

 

「あっ、 友奈先輩に東郷先輩! こんばんはです」

「こんばんは樹ちゃん。お邪魔してます」

「二人とも意外と早く来たわね」

「夏凜ちゃんだー! 夏凜ちゃんも早く来てたんだね」

「まーね。特にやる事なかったから手伝いでもしようかと思って」

「とかなんとか言ってー。楽しみで辛抱たまらなかったんじゃないのかしらぁ〜? サンタ帽も被ってやる気満々だし」

「んなっ!? そ、そそそんなこと……ないしっ! これは樹が一緒に着けようって提案されてそれで」

「とっても似合ってますよね夏凜先輩」

「うん、可愛いね夏凜ちゃん! 樹ちゃんも似合ってて可愛いよー」

「本当ですか! ありがとうこざいます先輩」

「〜〜ッ! あぁもう集中できないから私を弄るなぁー!」

 

顔を真っ赤にした夏凜ちゃんを見て私たちは笑い合う。みんなこの日を楽しみにしてたのがよく分かるほどに場の空気は和んでいてとても安らぐ。

 

「風先輩。お料理の準備私も手伝います」

「ほんと? 助かるわ、じゃあこっちでさっそくお願いしようかしら」

「任せてください」

「行ってらっしゃい東郷さん」

「うん。行ってきます」

「後は園子だけか。何時ぐらいにこれそうなの?」

「用事も予定通りに終わりそうって連絡が来てましたよ。十八時前には着くんじゃないですかね」

「そか。うっし、園子をあっと驚かせる飾り付けをするわよ樹!」

「で、出来るか心配ですけど……はい、頑張りましょう!」

「友奈もこっちに来てやるわよ!」

「うん。じゃあお言葉に甘えてお邪魔します」

 

東郷さんと風先輩はキッチンに、私と樹ちゃん、夏凜ちゃんはリビングのテーブルを囲んで飾り付けの道具を作成していく。

 

「わっ、夏凜ちゃん作るのはやいね〜」

「ふふん。この輪っかを作るのにも随分手慣れたもんだわ」

「幼稚園の飾り付けにもよく使ってましたからね。夏凜さん、お姉ちゃんとどっちが長く作れるかーって勝負したこともありましたよね」

「……あれは『勝負』って言葉にうまく乗せられただけよ」

「でもムカデみたいにずらーって長く作ってすごく盛り上がってましたねぇー」

「へぇ…そんなことがあったんだ。他にも教えて教えて」

「しゃーないわね。なら私が活躍した依頼の──」

「あっ、この写真見てください友奈先輩。夏凜さんが猫まみれになった時のやつなんですけどー」

「あはは! なにこれ夏凜ちゃん凄い慌ててる顔してる。ぷっ、くく…」

「えっ、なにそれ……樹っ!? アンタいつの間にこんなもの撮って──!」

「お姉ちゃんも撮ってましたよ? 後はこれ文化祭の時の衣装でー」

「あーいいなぁ樹ちゃん。その写真私にもくれる?」

「はい、もちろんです」

「本人目の前にしてシェアすんなぁ!」

 

ぐむむ、と膨れっ面になる夏凜ちゃんだけど樹ちゃんを本気で止めないあたり優しいなと思う。写真はもらっちゃうけどね。

 

「あっ、せっかくだし三人で写真撮ろうよ」

「わぁ賛成です! それならここにもう一つ帽子あるので友奈さんもどうぞです」

「ありがとう樹ちゃん。じゃあ端末をカメラモードにしてー……夏凜ちゃんを挟んでスリーショットだ!」

「ふぁ!? あ、ああんた急に何抱きついて……私はまだ撮るとは一言も言ってな──」

「じゃあもう片方は私が失礼しますね! えいっ!」

「樹まで?! ちょぉ! 苦し、二人してくっつきすぎぃ!」

「撮るよ〜ぶい!」

 

私の掛け声でシャッターを押して何枚か写真に収める。ポーズや角度を変えて更にパシャパシャと撮っていく中で逃げないように夏凜ちゃんは真ん中でホールドする。最終的には彼女も乗り気になってくれてたので楽しくできた。

 

「おーい、そこの後輩ズに妹ー。仲睦まじいのは結構だけど終わらせないと間に合わなくなるわよー」

『はーい♪』

「くっ、なんで私がこんな目に……!」

「満更でもないってカオしてるけど?」

「う、うるさい」

「樹ちゃん、じゃあ今度はツーショットね」

「はい! ピース」

「あっ今の樹可愛い。あたしも撮ってる二人を撮ろーっと」

 

ぷいっとそっぽ向く夏凜ちゃんの横でシャッター切る風先輩。私は樹ちゃんと二人で何枚か撮った後に写真を二人に転送した。

 

「綺麗に撮れたね! ありがとう二人とも」

「いえいえ。こちらこそありがとうございます!」

「……ええ」

「ふふ。思い出がまた増えたなぁ……」

「は、恥ずかしいからそんなに撮ったやつマジマジと見ないでよ。風の言った通り早く済ませるわよ二人とも!」

 

照れ隠しなのか話題を切り上げた夏凜ちゃんは飾りの作成に再び取り掛かっていく。確かに横道に逸れてばかりでは時間に間に合わなくなるのも事実なので私も後に続いていくことにした。

 

 

 

 

 

 

談笑を交えて作業をしていき、部屋の飾り付けも程なくして収まりがついていた。

 

「やっほー、おまたせしました乃木園子でーす」

「おっ、来たわね園子」

「いらっしゃいです。園子先輩」

 

外の日も暮れ始めたころ、そのっちさんが到着した。これで勇者部全員集合したね。にこにこと笑みを浮かべながら彼女は着ていた上着のコートを脱いでいく。

 

「ふぃー寒かった寒かった」

「お疲れ様そのっち。用事の方は無事に終わったのかしら?」

「うん。思いの外スムーズにいってよかったんよ。それにしてもワクワクする飾りだねぇ」

「まっ、私にかかればこんなもんよ」

 

部屋の周囲には私たちが作った飾りを夏凜ちゃん監修の元に彩られている。本人も満足げに頷いているところから自信はあるようだ。

 

「ごめんねーみんな。私なにも手伝えなくて〜」

「いいのよそんなこと。乃木にはクリスマスケーキをお願いしちゃったんだから」

「ふっふっふー。期待してくれていいですよぶちょー。何と二段ケーキっすよ二段〜♪ ブイブイ」

「マジか!? 嬉しいけど食べ切れるのかしら……」

「車に待機してもらってるんですけど、もう持ってきますー?」

「あ、それならあたしも行くわ。東郷、テーブルに料理運んでもらってていい?」

「お任せください」

「あっ! 私も手伝うよ東郷さん」

「ありがとう友奈ちゃん。じゃあお願いしちゃおうかな」

「それなら私も手伝います! みなさんでちゃちゃっと終わらせちゃいましょう」

「なら私はテーブルを綺麗にしときましょうかね」

 

ささっと手分けして最終準備に取り掛かる。運ぶときに手渡される料理の数々はとても食欲をそそるいい匂いを漂わせ、飾り付けにも工夫を施しているためか見た目でも楽しめるものとなっていた。

 

「すごーい。流石東郷さんと先輩。美味しそう!」

「ほとんど風先輩が仕込みをおわらせてたから私はちょっとお手伝いしただけよ」

「でも本当に凄いです。私なんて……まだまだ」

「樹ちゃんも料理できるんだ。偉いなぁ……」

「そんなことないです。ついこの間まで物体Xを作っていたわけですし」

「ぶったいえっくす?」

 

なんの料理なのだろうかと思いつつ、いつか頼めば食べさせてもらえるかなぁなんて考えながらお皿をリビングに運んでいく。

 

リビングでは夏凜ちゃんがキメ顔でピカピカになったテーブルを背に満足そうに立っている。いつもの夏凜ちゃんよりもテンション高めで私も嬉しい限りである。

 

「ありがとー夏凜ちゃん。ピカピカだね」

「完璧に仕上げておいたわ。それにしても凄い品数ね……」

「風先輩も張り切って作ってたみたい。でもこの人数なら多分平気じゃないかしら?」

「私、お腹空いてきちゃいました」

「私も私もー!」

 

みんなでパパッと準備を進めてテーブルを華やかにしていき、その頃には先輩とそのっちさんも戻ってきて全員がようやく集まると時間もいい感じになってきていた。

グラスにジュースを注いでみんなが手に持ったところで風先輩は一度頷いてから、

 

「じゃあ始めましょうか。クリスマスパーティーを!」

 

にこやかな笑顔を浮かべながらパーティーの開催を宣言した。

 



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五十三話

◾️

 

 

 

全員がグラスを片手に風先輩に視線を傾ける。先輩もにこやかにジュースの入ったグラスを手にして言葉を紡ぐ。

 

「今年一年の締めくくりとして今日の参加をまずはありがとねみんな。勇者部部員として、そして勇者としてのお務め本当にご苦労様。正直色々なことがありすぎて怒涛の一年──って感じだけどまずはここにこうして集まれたことに感謝しましょうか」

 

先輩はみんなに視線を移しながら自嘲気味に笑う。

 

「……まぁ、色々とあるけど長ったらしい話は嫌われると言うから程々にした方がいいかしらね。年内の活動は今日で最後。年明けはみんなで神社に初詣にいくからそのつもりでいるように! じゃあ──乾杯っ!」

『乾杯ー!』

 

みんなでグラスを掲げてクリスマスパーティーが始まる。私も隣に座る東郷さんとグラスを合わせてから他のみんなに続く。

 

「メリークリスマス、東郷さん」

「め、めりーくりすます。友奈ちゃん……むむ、やっぱり言い慣れないわね」

「あは、東郷さんらしいねー」

「ゆっちーメリクリ! みんなではお初パーティーじゃない〜?」

「ですね。私にとっては何もかもが初めてなのでとっても新鮮ですけど……結城ちゃんには申し訳ないなって思うよ」

「何言ってるのよ。あの友奈ならむしろ喜んでアンタに譲りそうだけどね。なにはともあれ今のアンタはアンタなんだから素直に楽しみなさいよ」

「そうよ友奈。きっと何かいい方法が見つけられるはずだから、今日は二人分以上に楽しんでいきなさい!」

「夏凜ちゃん…風先輩」

「そうですよ友奈先輩! 私も先輩とクリスマスパーティー楽しみにしてたんですから」

「樹ちゃん……ありがとう、みんな」

 

ああ、みんなの優しさが身に染みるのがわかる。本当に私の周りの環境はとっても恵まれているのが理解できる。『友奈』ちゃんはとても幸せ者なんだなと。私のことさえもこうして仲間と認めてくれる。だからちょっとだけ甘えても……いいかな。

 

「ほぉら、友奈。腕によりをかけて作ったんだから堪能しなさいよ〜?」

「ありがとうございます風先輩。いただきます────ん、おいしーですっ!」

「そか! やっぱり美味しく食べてくれた方が作った側からすれば嬉しいものよねー。はむ」

 

満足げに頷き自身も料理に手を伸ばしている。良かった。

 

「あっ……」

「ほら友奈ちゃん。よそ見しながら食べてるからだよ……はい、拭いてあげる」

「ご、ごめんね東郷さん」

「くす、まるで小さな子供みたい。それとも私が食べさせてあげようか?」

「か、からかわないでよー! 自分で食べられるもん」

「あら残念。じゃあこのフォークに刺したお肉はそのっちにあげようかしら?」

「お! わっしーが食べさせてくれるの〜?」

「ぁ……」

 

子供扱いされていると思われて反発した矢先、東郷さんは自分のフォークに刺した料理をそのっちさんの口元に運ぼうと手を動かしていた。その様子を見てちょっとだけ寂しさを覚えた私は今更に前言撤回するには恥ずかしくて出来ず、その光景を眺めることしか出来ないでいた。

 

「──あ〜でも私先約があったんだよねぇ。にぼっしーから食べさせてもらうの」

「え? なんで私が園子に食べさせなきゃ──あっ、ちょっと!?」

 

言うや否やそのっちさんは今まさに食べようとしていた夏凜ちゃんの料理を横取りするようにパクっと口に頬張ってしまった彼女は蕩けるように頰に手を添えて美味しそうに食べていた。

 

「うまうま。フーミン先輩の料理さいこーだね。にぼっしー次はそこのやつが食べたいなぁ」

「なん、ぐっ……しゃーないわね」

「わーい♪ ってことなんでわっしーごめんね〜。そのお役目はゆっちーに譲るとしますよ」

「そのっちさん……」

 

小さくウィンクして夏凜ちゃんから再び食べさせてもらいにいくそのっちさんを他所に、東郷さんはよく分からないといった様子でこちらも私の方に戻ってきてくれた。

 

「断られちゃったわ友奈ちゃん」

「あ、あはは……食べてもいい?」

「うん。あーん」

「あーん」

 

一度顔を見合わせた私たちはどちらからともなく料理が自然と運ばれていった。

 

「仲良いわねー。樹、おねーちゃんが食べさせてあげよっか?」

「い、いいよ私は!」

「がーん!? 樹が反抗期になっちゃったのかしら?!!」

「ちーがーうー!」

 

その横で姉妹が仲良くスキンシップをする中で、食事の時間は緩やかに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

程よくお腹もいい感じに、風先輩は立ち上がってコホンと一つ咳払いをする。

 

 

「さて、じゃあそろそろケーキとプレゼント交換を始めちゃいましょうか!」

『おー!』

 

パチパチと拍手をして盛り上げつつ風先輩は準備を始めた。私たちも続いて用意を始めていく。

 

「そういえばどうやって交換することになったわけ?」

「それはですね夏凜先輩、私がこれを作ってみました!」

「くじ引きか。まぁ確かにこれなら公平かもね」

「はい。人数分の割り箸にそれぞれ番号が貼ってあるので同じ番号の人と交換…って感じにしました」

「あたしの樹が考えたんだから感謝を込めて引きなさいよぉー」

「なんでアンタがドヤ顔してるのよ……」

「早くやろやろー」

 

くじ引き。一応誰の手に渡っても平気な物を用意したけれど、みんなはどんなのにしたのかな。風先輩は「こういうのは気持ちの問題だからあまり高価すぎるのはナシよ!」って言ってたからどうなるんだろ。

樹ちゃんが準備した番号の振られた割り箸入り紙コップを囲んで私たちはそれぞれ割り箸の先を摘んだ。

 

「じゃあみんな持ったわね……一斉に引くわよー、せーのっ!」

 

風先輩の掛け声に従って私たちは割り箸を引き抜いた。番号は一から三までの二セットずつ。私が引いたのは……、

 

「……三番」

 

目にした数字は三番だった。みんなは? と視線を巡らせてみる。

 

「あたしは二番ね! 二番って誰ー?」

「……私よ、風」

「お、夏凜か。それじゃあプレゼントを進呈しましょー」

「ありがと。じゃあ私からもコレ」

「私は一番でした!」

「一番は私よ樹ちゃん。はい、受け取って」

「ありがとうございます東郷先輩……って重い?!」

「ふふ、今から楽しみだわ♪」

「こ、この中身は一体なんなんでしょうか……?」

 

どうやら組み合わせとしてはこうらしい。だとしたら私の相手は、

 

「ゆっちーは私と交換だねぇ〜。はい、メリークリスマス!」

「うん、ありがとうそのっちさん。メリークリスマス」

 

きらきらと輝いた笑顔と共に私はそのっちさんからプレゼントを受け取る。クリスマス用にラッピングされた物の大きさは中々のものだ。

 

「開けてもいい?」

「いいよー」

「──わぁ。ぬいぐるみ?」

「サンチョの相方のムーチョ! 可愛いよねぇ〜♪ ゆっちーのプレゼントは……おー、手袋だぁ」

「そのっちさんのに比べたらって思いますけど、冬場は冷え込むから丁度いいかなって」

「ありがと〜♪ 確かに買おうか迷ってたからピッタリのプレゼントだね。ムーチョは抱き枕としても使えるからわっしー代わりに使ってくれてもええんよー」

「そ、そんな……せっかくそのっちさんから貰ったんだから思い浮かべるとしたらそのっちさんですよぉ」

「………えへへーそっかそっか〜。それは嬉しいなぁ♪」

 

私があげた白い毛糸で編んだ手袋を装着しながらとても嬉しそうにはにかんでいるそのっちさんは、そのまま東郷さんたちの所にとてとてと歩いていく。

 

「わっしー」

「……? どうしたのそのっち?」

「みてみてわっしー。ゆっちーの初めて(、、、、、、、、)貰っちゃった〜♪」

『ぶふぅー??!?』

「そ、そそそそのっちさん!?」

 

聞いていたみんなが一斉に吹き出し、私は顔が真っ赤に熱くなるのがわかる。急に何を言い出す……というか言い方ぁ!

 

「ゆっちーが初めてプレゼントくれてー……って、わっしー?」

「あぁ!? 東郷の処理能力がオーバーヒートしてるわ!」

「乃木ぃ! アンタもうちょっと言葉を選びなさいー!」

「東郷せんぱーいっ?!」

「あばばばば────ッ」

「あれれ〜? 私何かおかしいこと言ったかなーゆっちー?」

「もーー! そのっちさんー!」

「あははー。あっフーミン先輩、ケーキ食べましょー♪」

「今この状況で言う!?」

 

言動がおかしくなった東郷さんを他所にそのっちさんはマイペースを貫き続けていた。

 

 



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五十四話

◾️

 

 

 

冬場の空気はなんかしんみりとしていて好きだ。まるで今から雪でも降りそうなこの気候の中を私たちは肩を並べて歩いている。

 

「クリスマスパーティー楽しかったね東郷さん」

「うん、そうだね友奈ちゃん」

 

風先輩の家で行われたクリスマスパーティー。みんなで集まってワイワイ賑わって、美味しい料理を食べてプレゼントを交換して……。

とっても有意義な時間を過ごすことが出来て私の思い出がまた一つ増えたことが嬉しかった。忘れられない、大切な時間だった。

 

「それにしてもそのっちったら……あんなに大きなケーキを用意しなくても良かったのに」

「そのっちさんらしいよね。私お腹いっぱいになっちゃったよー」

 

プレゼント交換を終えた後に出てきたケーキはなんと二段というとっても大きなケーキで私を含めて目が点になってしまうほどの驚きを受けたのを鮮明に覚えている。先に見ていた風先輩は苦笑していて、そのっちさんは相変わらずニコニコとみんなの反応を楽しんでいたようでとても満足気だったなぁ。サプライズ成功って感じで。

 

「あは……」

「友奈ちゃん嬉しそうだね」

「うん。みんなとああやってパーティーが出来るなんて思ってもいなかったから。またやりたいなって思っちゃった」

「私も。また来年もやると思うから今から楽しみだね」

「そう、だね。うん!」

 

澄んだ夜空を見上げて私は星を見る。日常という時間はこうして過ぎていくが良いことばかりではないことはわかっている。だからまた来年を迎えるためにも頑張らなきゃね。

そのためにも、と私はその場で立ち止まった。東郷さんも同じように立ち止まってくれる。

 

「東郷さん。こうして二人きりになれたから渡したい物があるんだけど」

「──友奈ちゃん。私もね、友奈ちゃんに渡したいものがあるよ……はい、クリスマスプレゼント」

「────ぁ」

 

考えていたことが同じだったのか。私が渡すタイミングで東郷さんから差し出されたのはラッピングされた小袋だった。東郷さんは差し出しながら小さく微笑んで、

 

「交換会をしている中で流石に個別で渡すわけにはいかなかったから。受け取ってくれる?」

「う、うん! もちろんだよ。あ、あのね私も東郷さんにプレゼントしたいって……はい」

「私に? ありがとう。開けてもいい?」

「うん」

 

そう言って東郷さんは包みを丁寧に開けて中身を取り出す。

 

「わぁ、これってストールよね?」

「うん。東郷さんよくパソコンや机の前にいることが多いから、身体を冷やさないようにって思って。ストールなら季節問わずに使用できるから」

「確かに利便性抜群。ふふ、流石友奈ちゃんね。嬉しい……大切にするよ───ね、友奈ちゃん私があげたプレゼントも開けてもらってもいい?」

「じゃ、じゃあ開けます」

 

促されて今度は私が東郷さんからもらったプレゼントを開けていく。なんだろうという楽しみとワクワクを秘めて中身を取り出すと、思わず声が漏れた。

 

「これって……」

「最近色々あって今使っているやつが傷だらけになってるでしょ? だから新しいやつを──つけてみてくれる?」

 

東郷さんに言われて私は手にしたケースを開けて────赤縁の『眼鏡』を取り出し、今付けている……レンズ含め至る所が傷だらけの眼鏡を外して変わりに装着してみた。

そんな私を見つめて東郷さんは微笑んで、

 

「──うん、良く似合ってる。私の見立てた通りね」

「ほんと? 嬉しいなー……あは、こうして改めて見比べると結構ボロボロになってるね」

「それだけ大変な思いをしたんだもの。その眼鏡の傷のように……貴方も」

「そんなことないよ。私がこうしてあげたい! って思ってやってきたんだから。それに東郷さんたちの頑張りに比べたら私なんてまだまだだよ」

 

『私』が生まれるよりもずっと前からこの人達は頑張ってきたんだ。

その力強さを私は見習いたい。『目標』というか、そうなりたいって思えるのが東郷さんたちなんだ。

 

東郷さんは困ったような、少し複雑そうな表情を浮かべてから私のプレゼントしたストールを羽織った。そしてその場でくるりと一回りしてくれる。

 

「──どうかしら?」

「うん! とっても良く似合ってる。大人のおねーさんみたいな感じで」

「もう、それって私がお年寄りに見えるってことかしら?」

「そうじゃないよ。キレイだって意味で───!」

「……なんてね、冗談よ」

「えぇ!?」

 

東郷さんはくすくすと私をからかいつつ、彼女は羽織ったストールにそっと触れる。

 

「……でもちょっと残念」

「な、なにがかな?」

「先輩の家でそのっちに友奈ちゃんの『初めて』を取られちゃったから。てっきり私が最初にくれると思ってたからちょっとそのっちにヤキモチ妬いてしまうわ」

「それはぁ……──っ」

 

確かに『クリスマス』というイベント事であげるのはそのっちさんが初めてだったけど……。贈る『キモチ』に関しては東郷さん方がずっと────。

 

うぅ……これでも緊張を押し殺して手渡したんだけどなぁ、と思ったけど口には出さずに少しの沈黙を挟む。私はモジモジと指先を動かしてもう一つ考えていたことを実行することにした。

 

「──東郷さん。一つ……お願いがあるん、だけど……いいかな?」

「お願い? ……えぇ、いいわよ。友奈ちゃんのお願いならなんでも聞いてあげる」

「…………ほんとうに?」

「二言はないわ」

 

妙にキリッとカッコいい顔で言われて余計に顔が熱くなる。ダメだ、本当に私は彼女のことが好きなんだなと改めて気付かされるよ。というかそんな表情されるとまともに顔が見れない。でもこれは大事なことだから頑張って視線を彼女に合わせた。

 

「私……ね。東郷さんと『特別な関係』になりたいの」

「────と、特別な関係っ!? そ、そそそれってまさか聖夜の夜にアレやコレやとヤる伝説のあの───っ!」

「そ、それでね! 私、東郷さんのことを『名前』で呼びたいってずっと思ってて──って、え? 何か言った東郷さん??」

「────っ。な、なんでもない!」

 

早口気味に話している途中で何か東郷さんが言っていたようだけどよく聞こえなかった。

 

「な、名前……ね。はぁ、なんだびっくりした……」

「どう、かな?」

「………理由を訊いてもいい?」

 

その言葉に空気が少しだけ変化する。些細な変化だけど、私は変わらず言葉を紡いでいく。

 

綺麗だな(、、、、)って思ったから。『東郷』って苗字はカッコいい(、、、、、)って感じで……でも呼ぶとしたら私は下の名前がいいって感覚的なものが大きいけど。みんなが東郷さんのことをそう呼んでるから私もそうしていて……」

「……ふふ」

「…東郷さん?」

 

会話の途中で彼女は吹き出すように笑みを溢していた。その姿にちょっとだけ呆気にとられてしまう。

 

また(、、)褒めてくれた」

「また?」

「うん……私が下の名前じゃなくてみんなに苗字で呼んでもらっているのはね、ある人が『カッコいい』って褒めてくれたのが理由なの」

「ある人……って」

 

東郷さんは今度は柔和な笑みを浮かべながら真っ直ぐ私を見ている。その様子を見てすぐに察しがついた。きっと結城ちゃんのことだ。

 

「記憶を失ってなにも分からない、真っ暗で殺風景な私の世界に光を……ううん、綺麗な花を咲かせてくれたその子がね、最初に褒めてくれたのがこの『苗字』なの。今も誇りを抱いているって言っても過言ではないわ」

「………。」

「……私の名前を『綺麗だな』って褒めてくれるのは貴方が初めてよ。友奈ちゃん」

「東郷さん……ぁ」

 

眼鏡を掴んでいた手ごと包まれるように握られた。思わず小さく声が漏れてしまう。

 

「呼んでみて? 私のことを……下の『名前』で」

「ぁ……ぅ。み、美森(、、)、さん……」

「うん」

「美森……さん。美森さん…!」

「……うん。ふふ、ちょっと恥ずかしいわね。呼ばれ慣れていないからこそばゆいって言うか───でも、うん。やっぱり友奈ちゃんになら平気だった」

「ほんと?」

「もちろん。だからそんな不安そうな顔をしないで…………ゆうちゃん(、、、、、)?」

「────っ?! ひゃん!?」

 

耳元まで顔を近づけて囁かれる一言に私は身体を震わせた。東郷さ────美森さんはまるで悪戯が成功した子供のように微笑んで離れると、

 

「私のことを下の名前で呼んでくれるなら私も何か変えた方がいいかなって思ったんだけど……ダメだったかな?」

「そ、そんなことないです!! ただ、そうしてくれるとは思っていなかったから色々とびっくりして……!」

「私はもう既にゆうちゃんのことは下の名前で呼んでたからそのっちみたいに『あだ名』を考えてみたのだけれど、その様子なら一目瞭然と言った所かしら」

「み、美森さん……っ!」

「怒らないでゆうちゃん。悪気はなかったのよ」

「怒っては…ないけど……」

 

怒るなんて、むしろその逆でとても嬉しくてもうどうしたらいいのか分からないぐらいなんだけど…。もー、どうして美森さんは私のことをドキドキさせるのかなー。

 

「ねぇ、ゆうちゃん。私からも一つお願いしてもいいかな?」

「えっと…なにかな?」

「その手に持ってる『眼鏡』、私が持っててもいいかしら」

「これ? でもボロボロだし、眼鏡って言っても『伊達』だから美森さんが持ってても意味がない気がするけど」

「それでもいいから。でも嫌なら無理強いはしないけども」

「いや、その……こんなので良ければ」

「ありがとう、ゆうちゃん」

 

私がおずおずと差し出して優しく受け取った彼女は愛おしそうにそれを胸に抱いた。

なんだか悪い気がしたけれど、彼女自身がああ言ったのだからこれ以上は何も言わずにしておく。でも確かにただ捨てるよりかは大事にしてくれる人の手にあった方がいいのかもしれないなとも感じた。

 

そうしていると冬の風が私たちの間を吹き抜けていく。

 

「……っ。寒くなってきたね、帰ろっか美森さん」

「そうね、ゆうちゃんが風邪でも引いたら大変だから」

「それは私も同じだよ。美森さんが風邪引いちゃったら心配になっちゃうし」

「もしそうなったら看病してくれる? もちろんゆうちゃんの看病は私がするから」

「…うん、えへへ。って、そもそも体調崩さないように気をつけなきゃだよ美森さん!」

「わかってます」

 

上機嫌な足取りで美森さんと私は二人で帰路についていった。

 





お互いの呼称が変わり、より親密になった二人。
クリスマスにこれってもうアレですね、うん。


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五十五話 ※夏凜視点

三好夏凜は冬休みに入っていても変わらず鍛錬を続けていた。

クリスマスパーティーを終えて年の終わりが近づいてきた頃。夏凜の元に一通のメールが届いて……?


◾️

 

 

 

十二月三十日、今年も残すところあと僅か。振り返れば早いなって思う。勇者部の活動は先週で既に終わっており、後は年明けまで休みであるが私の日々の過ごし方は特に変わることはなかった。

 

「──はっ、は……はっ」

 

リズムよく、テンポを崩さずに私は早朝のランニングを行なっている。運動をする、鍛錬をすることは最早私という人間を形作る一つであると言っても過言ではないが、まぁいつも通りのコースをいつも通りに走っていた。

 

「…………、」

 

冬の天気のいい朝は澄んだ空気が心地よい。吐く息は白く、寒くはあるが、一度動き始めればそれも気にならずいつものペースが出来上がる。数ヶ月前におきた『散華』の影響による身体の機能不全も殆ど気にならない程度に回復を果たしていた。

 

「──少し休憩、っと。ふぅ……」

 

ある程度納得のいく距離を走ったところで私は一度足を止めた。運動には適度な休憩も必要なので、兼ねて私は堤防から海を眺める。海風が頰を撫で、風がまた気持ちいい。私は携帯していた飲料を煽るように喉へ流し込む。

 

「……ほんと、この前までの戦いが嘘みたい」

 

私たちの『戦い』は一般人には認知されていない。いや……大赦が『御役目』と称して情報を流している部分もあるけれど、人々はあの『地獄の光景』を知る由もないだろう。それでも戦い抜いて得た私たちの日常はこうして今も続いている。

 

────それが未だ仮初めのものだとしても。

 

「…………友奈」

 

御役目の方もそうだが私が最近一番に気にしていることは、『彼女』についてである。結城友奈。私が勇者部に配属になり、苦楽を共にしてきた『仲間』であり、『私』を変えてくれた人。あの時の私は素直じゃなくて突っぱねたことも多かったはずなのに、それでも絶えず笑顔で手を差し伸べてくれた人。

 

そんな彼女がつい先日、明かしてくれた『真実』に私は驚かされたっけか。

 

(……私は『結城友奈』じゃない、か)

 

今の彼女の中には『結城友奈』ではない、別の『人格』が入っているということを聞かされた。本人から直接。カタチとして、目に見えるものでない以上は最初は信じられなかったけれど、よくよく言われてみれば……と同時に思った。その時までの行動の節々に『結城友奈』らしからぬものがぼんやりと感じ取れていたのを思い出していたからだ。

 

「……うまくできたかしらね?」

 

まぁ今更考えるまでもなく、お互いの関係性からすればそれは要らない心配事なのは事実で。

昔に差し伸べてくれた手を、今度は私から差し伸べた。ただ言葉にすればそれだけ。でもそれは私にとって大きなことなのは理解できて……本当はもっと色々と気の利いた言葉を巡らせていたはずだけど、あの時は自然と唇がそう動いてくれたのだ。不安に塗られたあの表情を見て、私はこう言わずにはいられなかった。

 

────私と、友達になってくれる?

 

やっぱり『結城友奈』は……ううん、もう一人の『友奈』にせよ彼女たちには笑顔が似合うと私は思ったのかもしれない。この感覚は間違っていなくて、彼女が笑顔になれば勇者部全体が明るくなるのを肌で感じ取れた。そのあたりはどちらも共通してるなぁと考えて私は小さく笑みを浮かべた。

 

「……そういえば、友奈って写真撮るの好きよね」

 

端末を操作して写真のフォルダを開いてみると、何もなかった昔と比べてその量は何倍のものとなっていた。『結城友奈』にしてもそうだが、彼女は何かと写真を撮りたがるようだ。クリスマスパーティーの時だってツーショットをせがまれたのは一回や二回ではない。ま、まぁ嫌じゃないからそれはいいとして、私の写真フォルダには友奈と一緒に撮った写真でいっぱいになっていた。フリック操作をしながら過去を振り返る。

 

思い出を作る────という行為に対して彼女は何かと熱心にしているような印象を受けた……と同時に彼女の目的が頭に過ぎる。

 

────『私』は『結城ちゃん』を取り戻したいと思ってます。

 

部室の中でこう話した彼女。その意味を私はどう捉えたのだろう。もちろん私を含めて全員『結城友奈』には戻れるなら戻ってきて欲しいと考えているし、その方法があるのならばそれを実行していきたいとも考えている。だが……しかし、もしその方法をあったとして、実行に移したその時に………、

 

────彼女は……今の『友奈』はどうなってしまうのだろうかと思わずにはいられなかった。

 

「………。」

 

きっとこの『思考』については、いつも彼女の隣にいる東郷を含めてまず疑問に感じるところだと思う。『真実』を知った今から振り返れば、彼女は『結城友奈』であろうと奮闘してきたはずだ。その苦労は想像以上のものだろうと予想できる。

 

そもそも『人格』が二人分あるというのはどういう感覚なのだろうか。『二重人格』という言葉があることは知っている。実際にその人に出会ったことはないけれど、確か一つの『人格』が表出している間はもう一つの『人格』は裏に潜む……みたいな小話を聞いたことがある。

 

「(だったらそこを何らかの方法を用いて反転させられれば、『結城友奈』の人格は表に出てくる……のか? いや、でもそれ以前に──)」

 

────それ以前になぜ『友奈』の『人格』は二つに分かたれたのだろうか?

 

海を眺めつつ思考を巡らせていると、不意に手に持つ端末が震え出した。一旦思考を中断させて私は端末の画面に目を向ける。こんな朝方から誰からの連絡なのか。

 

『本日、大赦本庁に出向してください。定期報告及び指名勇者様の健康診断を行うため。詳細は下記にて────』

 

私が大赦へ報告をする際に使用するアドレス。冒頭の文面、送信内容に顔を顰めた。

 

「……この時期に?」

 

違和感を覚える。年末にやるのもそうだが、指名された勇者(、、、、、、、)にだけ行うと謳われたこの文章。名指しされた人物は、

 

────結城友奈、東郷美森の二人……そして私だった。

 

 

 

 

 

 

 

朝の運動も終わって帰宅して、シャワーを浴びて諸々支度を整え終わる頃には外で人の気配を感じとることができた。窓の外を見てみれば白塗りの車が傍に停車しており、側面の印から所有者は『大赦』のものだとすぐに理解できる。

 

 

「──今度は何をするつもりなの?」

 

 

度重なる組織への不信感に私は警戒心を高めていた。勇者に対する情報隠蔽から始まる数々の不信行為。そして今度はあの二人を連れてこいと来た。あの様子から『大赦』は友奈の現状を理解しているだろうと当たりをつける。

 

「(警戒のしすぎ? いや……でもとりあえずは行くしかないけど)」

 

不信感は拭えない。が、ここに至るまでに私は『大赦』の重鎮たる『乃木』に連絡をつけていたので一先ずは指示通りに動くことにした。

 

『にぼっしーはゆっちーとわっしーの側に居てあげてほしいな』

『園子は来れないの?』

『行きたいのは山々なんだけど、生憎と年末は立て込んじゃっててね〜。この時期はもー大変タイヘン! アポを取るので精いっぱいだった』

『それはお疲れ様ね。分かった。二人のことは任せて頂戴』

『よろしくねー』

 

まぁこんな感じに。園子が一枚噛んでいるのならば大丈夫であろうと信じたい。

 

「……この際だから、あっちに色々問い詰めるのもありかもね」

 

『結城友奈』の事情を知っていたとするならば、アイツらはまた(、、)黙っていたことになる。それは……許せない。

ふつふつと怒りがこみ上げ、いつだかの風のように大赦に殴り込みをかけかねないので、そうなる前にはあちらからアクションがきたのは丁度良かったのかもしれない。

 

身支度を整えて私は家から出て行く。

 

マンションから出てすぐに大赦の職員が数名私を迎え入れてくれる。全員『面』を付けているので表情は窺えないが、その内の一人に車のドアを開けられて入るように促される。

 

私も初めてではないのでそのまま車内に乗り込むと、先客が既に乗っていた。

 

「おはよう夏凜ちゃん」

「おはよ東郷……友奈は?」

 

挨拶を交わし、もう一人の反応がないので訊ねる。すると東郷は視線を反対側に向けて声量を落としながら、

 

「(ちょっとまだ眠かったみたいで今は寝ちゃってるわ)」

「(あー……夜更かししたとか?)」

「(ううん。色々とあってね……この子無理してでも頑張っちゃう子だから)」

 

そう言う東郷の肩を枕に友奈が目を閉じて寝ていた。心なしか疲労が溜まっているような感じがしなくもないが…。

車が発進し、車内が少し揺れて小さく呻き声を上げる友奈の頭を東郷は優しく撫でている。そうして落ち着かせて彼女は小さく微笑んだ。

 

「……なら向こうに着くまでそのままにしといたほうが良さそうね」

「ありがとう夏凜ちゃん。ところで今日の本題について聞きたいんだけど」

「んー。実は正直言って私も詳細は分からない。連絡の通りなら報告と身体検査になるんだけど……」

「……少し、不安になるわ。ここの人たちは詳しく話してくれないし、最初は断ろうとしたもの」

「大赦の中でも全ての情報が共有されているとは限らないから。特に私たち『勇者』のことを詳細に把握してるなんて上の連中ぐらいだろうし、今ここで問いただしたところで進展するわけでもなし……どのみち私たちは納得がいかないけど」

 

「先輩たちにも連絡しておいた方がいいかな?」

「一応園子には連絡しといたわ。今日のことは知ってる──というよりかはむしろ行くようにって口ぶりだったわね」

「そうなんだ。そのっちが関わってるなら……私よりもゆうちゃんに何かあったらって思ってたから少し安心した」

 

……ゆうちゃん?

 

「えと、東郷……ゆうちゃんって?」

「………ぁ」

「もしかして友奈のこと? 呼び方変えたんだ? ふーん」

 

私の言葉に僅かに頰を染めて照れている様子の東郷がそこにいた。中々彼女とはこういう立場になることがないので新鮮味に溢れるが、同時に少しだけモヤっとする感覚が襲いかかってくる。

 

「また更に仲が良くなったって感じ? クリスマスの時にはいつも通りだったわよね」

「…パーティーが終わった後にちょっと、ね?」

「…………ふぅん。ま、後で弄るのは風たちの役目だろうし、私は深くツッコまないでおいてあげるわ」

「あ、あはは」

 

東郷は悟ったのか今度は乾いた笑みを浮かべていた。それも織り込み済みなのは本人が一番良く分かっているだろうし、私は深入りしないでおくことにする。……ちょっと気になるのは確かだけども。

見れば友奈のかけている眼鏡も新調してるみたいだし、タイミング的にはその時からか。

 

「……はむ。東郷も食べる?」

「…いただきます」

 

私はモヤモヤをかき消すように、常備しているにぼしを一つ口にする。隣に座る東郷にも一つお裾分けして二人でパリポリとにぼしを食べていく。

 

その間も友奈は相変わらず静かに寝続けていた────。

 

 




夏凜視点で続きます。


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五十六話 ※夏凜視点

遅くなりました。


◾️

 

────

───

──

 

『到着致しました』

 

 

送迎の大赦職員の声と共に車のドアを開けてくれる。私はそれに従って外に出てから座り続けていた体をほぐすように伸ばす。あまり乗ることのない車に加えてそれなりの移動時間を有したためにパキポキと音が鳴った。さていくか、と移動しようとしたが二人が一向に車から出てこないことに疑問を抱く。

 

「どうしたの東郷?」

「ごめんね夏凜ちゃん。ゆうちゃんがちょっと眠りが深いみたいで中々起きないの……」

「そうなの? 友奈ー、着いたわよ起きなさい」

「…………。」

「おーい」

 

二人して呼びかけ、身体を揺するが目を覚ますことがない。確かに眠りが深いみたいだが本当にそれだけだろうか。

 

『──医務室にお運び致しましょうか?』

「……えっと。え? 夏凜ちゃん?」

「運ぶ必要はないわよ、私がおぶっていくから。東郷、車から出すの手伝って」

「え、ええ」

 

近寄る大赦の人間を制し、東郷に手伝ってもらいながら私の背中に友奈を乗せる。軽いな。ちゃんと食べているのだろうか。

 

「…よっと。それじゃあ行きましょ」

「ありがとう夏凜ちゃん。疲れたら交代するわ」

「いいわよ別に」

 

鍛錬に比べればなんて事のないことだ、と東郷に言うと小さく笑われた…………しかしこうして誰かをおぶるなんて初めての経験だが中々悪くない気がする。それが私にとって大切な友達だからだろうか。

 

『それでは、こちらへ』

 

大赦の人間もそれ以上は踏み込まずに私たちを案内する。これから踏み入る場所は大赦の本庁────何度か訪れているはずなのに今は懐疑心が胸の中を渦巻いていた。

 

「……ねぇ、裏から入るの?」

『はい。そうするようにと仰せつかっておりますので』

「…それは何かやましいことがあるってことかしら?」

『私にはお答え致しかねます』

 

大赦の言葉に東郷も顔を顰めていた。あまり気持ちの良い歓迎のされ方ではない気がする。腹の内が探れない以上は憶測でしかないけどね。東郷も追求するのは無駄だと感じたのか口を噤んで案内に従う。

 

館内は人の気配が少なく感じた。年末というのも関係があるのかもしれないが、目的地まで誰ともすれ違わないのは意図的に避けている節が見受けられる。そうして進んだ先のフロアの隅の扉の前で歩みを止めた。

 

『こちらでお待ちしております。どうぞ中へ』

「…行きましょうか東郷」

「うん」

 

両手が塞がっている私に変わって東郷が扉にノックすると少しして『どうぞ』と声が返ってきた。室内に入ると外とは異なる場の空気感が私たちを包んだ。

背格好からして一人の男性が奥の窓辺に立っている。顔はここでは共通の『面』を付けてその素顔は隠されていた。

 

『お待ちしておりました勇者様。本日はご足労いただき感謝致します』

 

丁重に頭を下げるその男は何処かで聴いたことのある声だった。そういえばこの本庁には確か──。

 

だが私の思考を遮るように、隣にいた東郷が一歩前に出た。

 

「──単刀直入に訊きます。また私たちに……友奈ちゃんに無茶なことをさせようとしているんですか?」

 

真っ向から迎え討つ勢いで彼女は口火を切る。私もその言葉を聞いてはっと我にかえり続く勢いに乗らせてもらう。

 

「アンタたち『大赦』に恩を感じてる部分もあるけど、それ以上に最近の対応には私も疑問を抱かざるをえないわ。こうして呼び出したのも何か裏があるんじゃないかって」

『……そうですね。確かに近頃の私たちの一連の行いには勇者様方を不安にさせてしまうことがあったかもしれません』

 

返ってきた言葉はまさかの肯定だった。その言葉に東郷は目を見開き今にも掴みかかりそうだったので私が遮るように体を運ばせる。

 

「──夏凜ちゃん…?」

「まぁ落ち着きなさい東郷。争いをしにきたんじゃないでしょ?」

「……ごめんなさい」

「東郷は友奈の隣に居てあげなさい……そこのソファー借りるわよ」

『どうぞ』

 

どうあれこの一室の主たる男に許可をもらい、応接用のソファーに友奈を降ろした。すぐに東郷も友奈の隣に腰をかけると、自分の膝を枕代わりにして友奈の頭をそこに寝かせる。少し身動ぎをする彼女の髪を梳くように撫でて落ち着かせていた。相変わらず友奈関連は素早いなこの人。

 

「色々と話をしたいんだけど、いい?」

『はい。園子様からきちんと話をするように言われておりますので』

「……そう。じゃあ友奈のことについて、大赦は把握していたの?」

 

今はいない結城友奈と今ここにいる友奈の存在。事情をどの程度知っていたのか詰めておきたかった。

男は少し間をおいて、

 

『私たち大赦は神樹様の神託を経由して結城友奈様の現在の状態を知ることができました。それ以前はお二人、そして他の勇者様方と状況は同じだったと思われます──結城友奈様の肉体に異なる精神が宿っているという事実を』

「私たちは最近知ったわ。東郷はもっと前から知っていたみたいだけど」

「私も確信が持てたのはここ最近だったよ。違和感はゆうちゃんが目覚めて少ししてから感じていたけれど…」

「この状況はやっぱり『満開』が影響してるの?」

 

今は機能を変えて運用されている勇者の切り札たる『満開』。以前は身体機能を『供物』として捧げて力を得ていたが、その影響は私たちを苦しめてきたものの一つだ。そのせいで一時期はすれ違いが起きてしまったこともある。

 

『正確に言えば満開を使用した後の「散華」によるものですね。報告によれば結城友奈様は必要以上の力を酷使したとのことですが、それも要因の一つになっているはずです』

 

男の言うことに私は心当たりがある。自分も以前に東郷を助けようとした際に連続で使用した『満開』の経験があるから。あの時は無我夢中で力を行使していたけど、たった数回であの身体機能のもっていかれ方は確かに異常だったのかもしれない。私でさえあのザマだ。あの時より更なる危機的状況を打破するべく使用した友奈の『満開』の影響といったら……。

 

「…無理な力の使用には相応の代償があったってこと?」

『その辺りは神樹様の裁量によると思われますが、間違いはないかと。当時の検査では左脚の異常以外は発見することが出来なかった所を考えるに恐らくニ度目の「散華」の影響でしょうね。「供物」として彼女の──』

「──待ってください。供物として捧げたものはちゃんと返ってきましたはずではないんですか? 私の『両脚』と『記憶』だって元と変わりなくここにあります。でもその言い方だとまるで……まるで…っ!」

 

その先の言葉を吐き出すことが出来ずに唇を噛む東郷。そう、返ってきたはずなんだ。私の両眼、両耳、片脚だってそうだ。風の片眼も、樹の声だって……。友奈だって本来そのはずなんだ。

 

『…当初の私たちもその見解でした。ですが結城友奈様の容態を知った時に私たちはその答えに辿り着いてしまったのです────「供物」として捧げたそれらは神樹様より代替品(、、、)として授けられたものだということを』

「────。」

 

私と東郷は言葉を失う。一度『供物』として捧げたものは同じものが返ってくることがない。私たちがすぐに回復せずにリハビリを有したのもそのためだった。身体に新しい『肉体』と『精神』を馴染ませるため、以前のものと同程度の機能を取り戻せるように神樹様が用意した代替品なんだと男は言っていた。

 

────それを聞いて私はいつの間にか、無意識のうちに目の前の男の胸ぐらに掴みかかっていた。

 

「……なんで」

 

────なんで友奈ばっかりこんな目にあってしまうのか。

 

自分たちの身体のことよりもまずそのことが頭をよぎる。『結城友奈』という少女の精神は神樹様の『供物』として捧げられてしまったというのか……。嫌だ、信じられない。信じたくない。

 

握る拳に力が篭る。どうしようもない怒りやら悲しみやらの感情が渦巻いてどう吐き出していいものか分からない。例え目の前の男をどうにかしたとしてもそれは変わらないだろう。男も私に掴み掛かかられているのに微動だにしない。まるで最初からこうなることが判っていたかのように、私の行動に身を委ねていた。

 

だから余計に何もできない自分に嫌気が差す。するすると力が抜けて数歩後ろに下がり、壁際に寄り掛かった。

熱くなっていた頭も急速に冷えていく。はは、これじゃあ東郷のこと言えた義理じゃないわね。

 

「……夏凜ちゃん」

「…ダメね私。もっとうまくやれたんじゃないかって…完成型勇者なんて息巻いても世界どころか……友達一人救えやしない」

「そんなことない。夏凜ちゃんは何度も私達を……友奈ちゃんを助けてくれたよ。ゆうちゃんにだって一番に手を差し伸べてくれた。ゆうちゃんも喜んでたよ? 感謝してもしきれないぐらいに」

「だけど……っ!」

 

それは『結城友奈』が教えてくれたことだから。私からすれば彼女の行動を見様見真似でやっているにすぎない。戦うこと以外は世間知らずな私にいつも手を差し伸べてくれた人。その気持ちに応えるために今度は私から『友奈』に歩み寄ろうとしてみた。でも私は彼女の抱えている問題に気がつけずに、傷つけてきてしまったこともあったと思う。その点で言えば事情を知っている東郷が羨ましかった。

 

『──ただ…』

 

重い空気を裂くように、暫く沈黙していた男はポツリと呟いた。

 

『…結城友奈様については例外やもしれません』

「…どういうこと?」

『大赦側の観点からしても彼女は神樹様に見初められています。適正値が高いのも一因とされているでしょう。これは個人的な意見ですが、そんな逸材を神であれ何であれ、簡単に手放すことはしないと私は考えます』

「……それはつまり、何らかの形で友奈ちゃんの『精神』を供物としてでなく『保護』しているということですか?」

『可能性としては。ただ確証はありませんのであくまで一意見として聞いていただければと』

「────私もね、そう思います」

 

続くように東郷の方から別の声が聞こえてきた。私は驚いてそちらを見ると、東郷の膝の上で今まで寝ていた友奈がゆっくりとだが起き上がっていた。でもどこか目は虚で気怠そうに見える。

 

「ゆうちゃん……起きて平気?」

「うん、ありがとう美森さん……ちょっと肩借りてもいいかな?」

「いいよ。おいで」

「友奈……あんた」

「夏凜ちゃん──私ね、結城ちゃんは神樹様の所にいると思うの」

「……どうしてそう思うの?」

「えっと……感覚的なものが強いんだけど…『気配』みたいのを最近感じ取れるんだ。そのー…うまく説明できないけど、ぽやーって」

「気配……」

 

それがどういうものなのかはよく分からない。でも『結城友奈』の中にいる『友奈』だからこそ何か通じるものがあるか。

 

「……それを確かめるためにも私は今日ここに来たんだよ。そのっちさんにお願いして取り次いでもらって…」

『はい、園子様から伺っております。そのことも兼ねて私の方からも伝えなければならないことがあります』

 

男は一拍置いて、

 

 

『────神樹様の寿命が近づいております』

 

 

そう私たちに告げてきた────。

 

 



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五十七話 ※夏凜視点

章ラスト


◾️

 

 

『────神樹様の寿命が近づいております』

 

 

目の前の男はそう告げた。私は一瞬何を言っているんだと顔をしかめるが東郷も同じ様子になっているのを見るに突拍子もない事だというのは理解できた。

 

そんな私達とは別に、友奈だけはどこか思うことがあるような表情を浮かべていた。

 

「……何度か外の世界に出ることがありましたけど、あの御姿は本来の形ではないんですね」

『この四国に恵みをもたらしてくれる神樹様は数百年もの間「天の神」からの侵攻を防いでいました。しかし度重なる年月と戦いの果てに今やその神力は衰え始め、とうに看過出来ない事態にまで陥っています』

「…もし、神樹様の寿命が来てしまったら?」

『たちまち結界は解かれ、「天の神」含めバーテックスたちが侵攻を開始するでしょうね。その時点で私たち人類の存亡が決まることになるしょう』

「……そんな。じゃあ私とゆうちゃんにはどのみち時間が…」

 

東郷から聞き慣れない情報が漏れるが私も私でまるで現実味のない真実にどう反応していいか分からないでいた。

友奈の事をどうにかしてあげたい。だけど、それと同時に『神樹様』の寿命が、『天の神』の侵攻が迫ってきている。両挟みともいえる状況に私の心は立ち尽くしてしまう。でも、それでも何かをしなければいけない。

 

「…ねぇ、なにか手立てはないの? バーテックスたちならまだ対処できても『天の神』──神そのものが相手になったら今の私たちでどうにかできる?」

『……大赦内でも意見は割れています。このまま滅びを待つならばこちらから手を打つか、神の審判として滅びを受け入れるべきか……あるいは……神樹様…神の眷属になるか』

「…………。」

 

良い提案とは言えないそれらは大人たちの都合も多分に含まれているのだろう。『人類』を救うためなら『少数』を切り捨てる──この場合は私たち『勇者』となるだろうけど、謂わば生贄になれと言われているようなものだ。以前の『切り札』の時と同様に。

 

「言っておくけど、私は滅びを受け入れるなんてことはできない。それはみんなだって同じよ。だったら正面切って戦ってやるわ」

『……現状、後者の意見が多数を占めていても?』

「ええ」

「……あの、神の眷属ってどういうものなんですか?」

『神の眷属となれば人類は神と共に在り続けることが可能になります。「天の神」が向けている人類の根絶に対してその効果は発揮され、侵攻を止めることが叶いましょう』

「…それって、人類は『人』として生きてるって言える状態なんですか?」

『………少なくとも、滅びを回避することは可能です』

 

一番安全に、確実に滅亡を回避できるのは『神の眷属』になることだそうだ。大赦の一部の人間も神に近づけると考えて賛同している輩も多いらしい。その言葉を聞いて東郷の肩が震える。

 

「あなたたちは……っ、それだと過去に戦ってきた人たちはどうなるんですか! 今日まで『未来』のために力を尽くしてきてくれた人たちの想いは──願いが全部無駄になってしまうんですよ!! 銀だって──そんな結末を迎えるために命を賭してきたんじゃない!」

「美森さん……」

「ゆうちゃんだって生まれたばかりで右も左も分からないのに私やみんなのためを思って頑張ってきたんです。一個人として、人として生きようとしているんですよ! それを大人たちであるあなた方が先に諦めてどうするんですか……!」

 

絞り出すように吐露される東郷の声が室内に響き渡る。その目元には薄らと涙を浮かべて……。この時に私は初めて彼女の心の声を聞いた気がした。熱意を当てられて心臓が強く脈打つ。そうだ。私が友奈に感じたことはこれだったんだ。あの入院していた時からまだ一年も経っていない彼女はどれだけ不安だったんだろうか。『自分』を隠して『結城友奈』として過ごしてきた日々は決して良いことばかりではなかったはずだ。辛いこともあったはずだ。いや、むしろ辛いことの方が多かったのかもしれない。だけど友奈は『結城友奈』と同じように真っ直ぐ諦めずに進んで……でもみんなの前では笑顔で居て、見えないところでボロボロになって、それでも尚諦めることなくここまでやってきたんだ。

 

────そんな彼女を支えてあげなくてどうする。

 

「ありがとう美森さん。私のためにそこまで想ってくれて……私もね、諦めたくはないかな。神樹様の寿命の件もそうだけど結城ちゃんのことだって……あの、神様の眷属になるっていうことは何か『儀式』をやったりするんですか?」

『ええ、その様子ですとこちらの事情をある程度把握しておりそうですね』

「……あは。少し前に『調べ物』した時にちょっと。『組織』って大変なんですね、派閥というかそういうのよく分かんないですけど…」

『そちらの件についてはお恥ずかしい限りです──それで『儀式』というのは……適正値の高い結城様に『神婚』をしていただくということです』

「神…婚?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

東郷の肩に頭を乗せた友奈が疑問符を浮かべる中、空気をガラリと変えた東郷の焦り声が耳に届く。

 

「神婚ってつまり……ゆうちゃんが結婚するってこと!? ど、どういうつもりなの大赦はっ! ゆうちゃんはまだ中学生なんですよ──ッ?!」

「へっ? そっち?? あれ、美森さん??」

『…………あくまで人が神性に近づくという行為の総称としてそう呼ばれているわけですので実際には──」

「ダメよ! ゆうちゃんは誰にも渡さないわ。例えそれが神様であってもよ──っ! それなら私は神に叛逆するわ」

「むぐ……く、苦しいよ美森さん…えへへ」

「はぁ〜……また始まったか」

 

前科がある分、東郷は本当にやりかねないのが笑えない。

癇癪というか、東郷の友奈に対する『いつもの』が始まる。てか、さっきまでの空気はどこにいった……? 目の前の男も面食らってるじゃない……いや、別にギャグを言ったつもりはないけども。

 

園子とは違うマイペースさを発揮し始めたところでタイミングよく出入り口の扉がノックされる。

 

『──失礼します。検査の準備が整いましたのでお迎いに上がりました』

『ありがとうございます。では、一度御二方には検査を受けてもらいますので』

「……え、ぁ、検査は本当だったのね」

「いや待ってください。まだ話は途中で──」

「み、美森さん、大丈夫だから先に行こうよ。後のお話は夏凜ちゃんが聞いておいてくれるから、ね?」

「ああうん、そうね。任せて行ってきなさいよ」

 

てっきり口実に使うためかと思いきや本当に検査をするとは私も思っていなかったのでそこは驚いた。嫌々する東郷を友奈が宥めて最終的には折れて後から来た大赦職員と共に部屋を後にする。そうして残った私は一つため息を吐いて男と向き直った。

 

「……で。そろそろいいんじゃないの? 『面』を外したって」

『──といいますと?』

「最初はマジでわかんなかったけど、よくよく考えてみればアイツってここで働いてたなぁって思っただけ。あと声」

『……なるほどね。バレないかと思ってたけどそこは兄妹(、、)だからこそなのかな?』

「…………まぁ、そんなとこ。兄貴(、、)

 

私は目の前の男のことを『兄貴』と呼んだ。三好春信。歳はそれなりに離れている彼は大赦内でも相当なポジションに位置しているのは知っている。こうして対面するのはいつぶりだろうか……と言えるほど兄貴とは会っていなかった。

 

『悪いね。公務中だから面を取るのは勘弁してほしい』

「そ、そうなの? えと…その、ひ……久しぶりじゃない」

『一年以上は経ってるね。うん──元気な姿を見て安心した』

「………ま、まぁ? 私の健康状態なんて逐一大赦に報告してるんだから兄貴も目を通す機会はあったでしょ?」

『数値上だけでなく、こうして実際に目にするとまた違って見えたりするんだよ。そうだね……こうして会えたのは園子様と友奈様のお陰ってことになるかな』

「園子と友奈が……?」

 

園子は分かるとしても友奈はなんでだろうか。

 

『……と、話を弾ませるのも程々にしようか。話の腰が折れてもいけないし、御二人が居ないうちに話しておかないといけないことがあるからね』

「それって友奈のこと…?」

『うん。そこで先程の話の続きになるんだけど……なぜ大赦が友奈様に神婚の儀を行って欲しいかという理由について』

「理由……って友奈が適正値が高いからじゃないの?」

 

たしかそう言っていたはずだ。勇者としての適性は私や園子以上のものを秘めている友奈だからこそ『儀式』に適していると今しがた兄貴から聞いている。それ以外の理由なんて……。

 

『実はもう一つ……夏凜たちからすればこちらの方が重要なことになるかな。心して聞いて欲しい』

「……なに?」

 

兄貴の纏う雰囲気が真面目なものになって自然と気が引き締まる。

そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──友奈様は……もう長くは持たないかもしれない。この事実をキミに知らせたかった』

「────────…………なっ、なん…」

 

兄貴の口から聞かされたその一言に私は絶句するしかなかった。

 

『友奈様は天の神に呪われている(、、、、、、)──いや、「祟られている」とも言うべきか。とにかく彼女の肉体と精神は今もなお蝕まれ続けている』

「う、嘘でしょ? だ、だって友奈は……え??」

『急に言われても飲み込めないのは分かってる。しかしもう時間がないんだ彼女には……世界がどうこう以前にこのままだとあの子は春を迎えられずに命を落としてしまう。大赦としても全力でサポートはしているけど、神そのものから祟られるその神力はとてつもなくてね……正直今ああやって動けているのが不思議なぐらいなんだ』

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 

矢継ぎ早に告げられる残酷な真実に、私は呼吸もうまくまとまらずに視点がぶれる。意味がわからない。友奈が死ぬ? それは一体なんの冗談なんだと言いたい。でも言葉が口から出てこない。

 

ふらふらとよろめきながら私はソファーに座り込んで視線を下に落とした。

 

「……ねぇ、そのことを知っているのは私だけ?」

『園子様と友奈様には話をしてる。東郷様にはまだ、犬吠埼様たちにも』

「でしょうね。だとしたらあんな調子じゃないもの」

『それでも恐らく東郷様は勘付いてはいると僕は思う』

「どういうこと……?」

『彼女自身も天の神による「祟り」をその身に受けているからね。浸食具合は友奈様に比べて軽度であるけれども』

「…………。」

 

東郷も、か…………だとしたらこの前の彼女を救出しに行った時からか。それを聞いて色々と繋がった気がする。友奈の今までの挙動、隠し事。それらは全て意味があって、しかし彼女を封じ込めて蝕む楔になっていたのだ。唯一の救いだったのが同じ境遇を持った東郷が隣に居てくれていたことか。きっと一人で『祟り』と闘っていたら精神も追い込まれて碌に『相談』も出来ない状況になっていただろう。

 

『祟りにはその呪いを伝播させる力があってね。本人たちの口からはそれについて第三者に話すことが出来ない。もし話してしまえば同じ祟りがその者を蝕むことになってしまうから』

「……確かに何かを隠していた素振りはしていたけど。そんなことだとは思わなかったわ……でも、それでも話をしてもらいたかったけど…」

 

肌を隠しているあの包帯もその措置をしているためか。当人以外から『祟り』の情報を聞き出すのは平気らしく、確かにその時に現れる『刻印』は私には現れていない。

 

『──夏凜、もう一度言うけど僕の所属する大赦側としては彼女には神婚の儀を執り行なうつもりでいる。もちろん本人の返答を聞いてから、となるけれども』

「……それでも、有事の際には無理やりにでもやるつもりなんでしょ?」

「否定はできない。そうなっては僕の一存ではどうしようもなくなる。でもキミは違う」

「……え?」

 

兄貴の言葉に私は顔を上げると、いつの間にか『面』は外されていてその素顔が露わになっていた。懐かしくも感じるその顔はどこか疲れを感じさせていて、けれどその表情は私も初めてみるほどに真剣味を帯びていた。

 

「大人たちでないキミたちならまだ如何様にも動くことができる。今まで大人たちは未来ある子供たちを(てい)のいい理由をつけて動かしてきた。私利私欲のために呑まれた子もいただろう──でも僕はもうそういうのに誰も振り回されて欲しくないと考えている」

「……兄貴」

「世界のことを考えなくちゃいけないのはよく分かる。でも、僕個人としてはキミは……キミたちには自分で選んで欲しいんだ。自分たちの『未来』を選択して。本来、大人たちはそういうもののために頑張らなくちゃならないんだけど……どうしても道が違ってきちゃうのが人間の愚かな所なのかもしれないね」

 

人は歳を取れば取るほど何かに縛られ、未来の道筋を自らに狭めてしまう。それが人の歩みの一つであり、間違いでもあり、また正しくもあると兄貴は云う。

 

『選択』をしろ、と。己の道は己が示せと兄貴は私に言った。例え今までが後悔に濡れようと、それを覆すほどの『良い選択』をしろと。

 

「──夏凜」

 

だから兄貴は私に問う。

 

「僕たちには出来なかったキミの「選択」を、キミの想い描く「未来」を教えて欲しい。僕はそれに応えるために動くから」

 

遠い存在だった。何でも卒なくこなす兄に憧れたところは数え切れない。それと同じぐらい羨んだ。でも今はこうして私の前に来て並んでいくことを選んでくれた。

 

これも『選択』。だったら私は、

 

 

「────兄貴、私は」

 

 

────私の『選択』は……。

 

 




男の正体は夏凜ちゃんの『兄』でしたとさ。
ここらへんも含めてオリジナル要素になっているのでご容赦を。

兄との久しぶりの対面、そして『残酷な真実』という名の爆弾を投下され続ける夏凜。

『友奈』の寿命の件もここで暴露される。彼女の肉体と精神はすり減り限界を迎えようとしていた。

着々と『選択』を迫られる彼女たちの運命や如何に────。


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四章『未来の選択』
五十八話 ※園子視点


◾️

 

 

 

年末、大晦日の今日。私はミノさんの所に足を運んでいた。

 

「…………。」

 

慰霊碑の前で手を合わせて静かに目を閉じる。ここのところ時間があれば顔を出すようにしているからお花とかは綺麗な状態を維持している。たまに私の持ってきたものとは違うものが置かれている時があるけれど、それがきっと『あの人』であると思うと自然と口角が緩むのを自覚できた。

 

「さてさて今日はなんと『ぼたもち』を持ってきたんよー。しかも手作り! 味とかわっしーに負けちゃうけど頑張って作ったからいっぱい食べてねミノさん」

 

タッパーに詰めたぼたもちを御供物として供える。そうして後片付けをしている最中に『端末』が震えた。確認してみるとディスプレイには『にぼっしー』と表示されていて、片付けの手を一旦止めて操作していく。

 

『大赦から召集がかかった。前のことがあったから疑わしいんだけど、園子はどう思う?』

 

あー、と私は苦笑してにぼっしーらしいなぁと思った。私は操作を続けて何回かやり取りを行う。

 

『にぼっしーはゆっちーとわっしーの側にいてあげて欲しいな』

『園子は来ないの?』

『行きたいのは山々なんだけど、生憎と年末は立て込んじゃっててね〜。この時期はもー大変タイヘン! アポを取るので精いっぱいだった』

 

実は大赦が向こうに行くことは私がお願いしていた。その報せがにぼっしーにいってこの返事がきたのだろう。流石彼女のお兄さんだ、仕事が早い。

本当は私も行きたい……でも今回はにぼっしーに任せることにした。まだ知り合って間もないけど彼女ならあの二人のことを任せられると信頼しているから。理由を問われれば『感』としかいえないけど。

 

それに──ゆっちーもわっしーも今はとても『不安定』だろうから。

 

その中でも特にゆっちーの容態が心配だった。違和感はわっしーを救出して少し経ってからと比べて、今は『生気』が削げ落ちているように見えた。色々なものを失い続けている(、、、、、、、)。そう感じてしまうほどにあの子は……。

 

「…ううん、悲観してばかりじゃダメだよね。何か方法があるはずだよ」

 

今度こそ(、、、、)は後悔しないように。二人を蝕む『タタリ』をなんとかしてあげたい。『乃木』としての権力を用いて色々と立ち回っているがどうにもうまくいかない。やっぱり一人では限界があるのかな。

 

「勇者部五箇条一つ……『悩んだら相談』、だよね」

 

勇者部に所属して教えられたこの五箇条は私は好き。なんか仲間ーって感じられていいよね。部活というものに初めて所属して、みんなで何かを成し遂げる──昔の私に比べたらすごい進歩してる。切っ掛けをくれたミノさんとわっしーには感謝してもしきれないよ。

 

「──『またね』。ミノさん」

 

時間がないのは分かってるから。だからその中で私の出来ることをしていこう。

 

 

 

 

 

 

基本的に私の移動手段は車の送迎になる。本当は一人であっちこっちに行動したいけど、『乃木』という立場がある以上は仕方のないことなのかもしれない。お父さんやお母さんにも心配かけちゃうし。でも周りの子みたいに自由に行動できるのは今回に限っては羨ましく思ってしまった。

 

「着きました」

「ありがとー。また時間が来たら連絡するから戻ってていいよ」

 

車のドアを閉めてお付きの人を帰らせる。場所が場所だけに居てもらっても困るから。私はよし、と小さく意気込みながらインターホンを鳴らした。

 

『はーい! ……ってなんだ、乃木じゃない』

「おはようございますフーミン先輩。お邪魔しにきちゃいましたー」

『もう約束の時間かー。今開けるから上がってあがって』

 

私がにぼっしーたちの所に行かなかったのはこのためだ。フーミン先輩とイっつんに会うために彼女たちの自宅に足を運んでいた。

 

「お邪魔します。はぁ〜ぽかぽかー」

「寒かったでしょ? リビングで待ってて、樹がテレビ観てると思うから」

 

いそいそとフーミン先輩は別の部屋に向かっていく。年末だし忙しいはずなのはあの背中を見れば分かる。なのにわざわざ時間を作ってくれてありがたいと思う。

 

……もっともその内容が明るいものだったら良かったんだけどね。

 

言われた通りに私はリビングに向かうとイっつんが確かにテレビを眺めるように見ていた。私の気配に気がつくと視線はこちらに向けてくる。

 

「…あっ、園子先輩。おはようございます」

「おはよーイっつん。早くからお邪魔して悪いねぇ」

「いえいえ、ここに座ってください。いま飲み物用意しますね」

「ありがとー」

 

イっつんは気が利く子だーね。慣れた動作でテキパキと飲み物を用意してくれて目の前に差し出される。受け取って一息ついていると程なくしてフーミン先輩がリビングにやってきた。

 

「いやぁごめんごめん。年末の追い込みで掃除してたからさー」

「お忙しい中ありがとうございますフーミン先輩。本当は年明けからの方がいいと思ったんですけど……」

「気にしないでいいのよー。もう殆ど終わってたところだったから。それよりも大事な話があるんでしょ? だったらそっちの方が優先になるわよ」

 

こういう所が尊敬できる人だなぁフーミン先輩。イっつんも横で頷いて見せた。

 

「そういえば友奈たちには声をかけなくて良かったわけ? なんだったら今からでも連絡して──」

「ゆっちーたちは今頃は大赦本庁に居ますよ」

「大赦……」

 

私の言葉を聞いて先輩の眉間に皺が寄る。その様子からやっぱり大赦への不信感は根強いものとなっている証拠でもあった。イっつんも不安げになっているし。

 

「大丈夫なの? いや、夏凜もいるから何かあっても対処してくれるか……」

「どうして三人はそこに行っているんでしょうか?」

「理由はいくつかあるんだけど、一つは検査かな。これは主にゆっちーとわっしーの二人になるけど。にぼっしーはその付き添いを兼ねて一緒に行ってもらってるんだ」

「そう、なの…? 『一つ』ってことはまだ何か別の理由があるの?」

「その理由が大切なところですね──ゆっちーについてです」

「友奈さんが……何かあったんですか?」

 

一瞬、言葉に詰まりそうになる。これは酷なことなのは重々承知しているし、そこからの反応も予想できるけど……何も知らないでいるのはもっと悲しいことなんだと私は思うから。だから言うことにした。

 

 

 

ゆっちーの────彼女の残された時間について。

 

 

 

「結論から言うとね……ゆっちーはこのままだと春を迎えられない可能性が凄く高い。それをまず伝えたかったんよ」

『…………えっ?』

 

二人の反応が重なる。何を言ってるんだという表情。うん、いきなり聞かされたらこうなるよね。

 

「ど、どういうことよ春を迎えられないって……それじゃあまるで──」

「フーミン先輩。ゆっちーがわっしーを助けに行った時のことを覚えてますか?」

「覚えてるわ。え、もしかしてまだ怪我か何かが治ってなかったってこと? それが急に悪化してって感じなの??」

「…怪我というよりかはその時に『天の神』から『タタリ』という呪いをゆっちーは受けてしまったんです」

「天の神って私たちが戦っているバーテックスたちを送り込んできている神様ですよね? それがなんで友奈先輩を呪うことに……?」

「理由として挙げられるのは奉火祭が途中で打ち切られたからだろうね。本来わっしーが一人で負うべきだったタタリ(もの)をゆっちーが助けた際に一緒に刻まれてしまったことが原因かな」

「そ、そんな……だ、だとしてもあの子普通に生活してるじゃない。呪いって…最後には『天の神』に殺されるってこと?!」

「このまま何もせず放置していれば最悪の事態になっちゃいます。それに『タタリ』は体に刻印が刻まれるせいで強い『苦痛』に蝕まれているの……ゆっちーは凄いよ。そんな状態で今まで生活してきたんだから」

 

『散華』のときの機能不全とはまた違う苦しみ。いや、あの時はまだ『痛み』がないだけまだマシだったのかも。継続的な痛みがゆっちーを蝕み続けているはずだ。

 

私の話を聞いて二人が苦悶の表情を浮かべる。イっつんに至っては今にも泣きそうだ。

 

「どうにか出来ないんですか園子先輩! 友奈さんばっかり辛い目にあって……そんなのおかしいですよ」

「それは私も同意見だよイっつん。それでこのところ調べ回ったんだけど、大赦側も四苦八苦してるみたい。天の神からの『タタリ』はそこら辺の呪いとは文字通り桁が違うから人類側からの手立てがないのが現状になってるんよ」

「でも、まだ何かあるはずよ絶対に。友奈をそのままにさせてられないわ」

 

フーミン先輩は何かないかと思考を巡らせている。そして何かを思い付いたのかハッと顔をあげた。

 

「──ねぇ乃木、あれはどうなの? アタシたちがバーテックスを倒すときにやっていた『封印の儀』。あれをどうにか応用して友奈の中にある『タタリ』を封印するっていうのは?」

「……『儀式』を行うって線は悪くないです先輩。でもさっきも言った通り呪いの規模が他の比にならないんですよ。仮に出来たとしてもその全てを抑え込むことは難しいかな」

「…友奈さんの『タタリ』の元凶そのものをなんとかするというのは?」

「……そうだね。私もそれが一番手っ取り早い解決法だと思うよイっつん」

「ってなると…元凶って天の神を倒すってことよね?」

 

私は先輩の言葉に頷くと沈黙が場を占める。それがどれほどのものかは想像に難くない。天の神を倒すと言うことは即ち────世界を救うのと同義だからだ。

 

ご先祖様の代から数百年と続いて来た神様との抗争。それを私たちの手で終わらせばゆっちーたちの『タタリ』は祓われる。あの炎の世界は無くなる。

 

「私たちで倒せるのかしら……天の神に」

「それはやってみないと分からないですよ。例え確率は限りなく低くても。時間もそう残されていないですし……大赦の動きも無視できなくなってきてるのもあるんですよ」

「大赦が、ですか?」

 

天の神やゆっちーの時間もそうだけど、こちら側の大赦の今後の動向が気にかかる。そして、それが私たちにとっても時間が残されていないことの一因でもあった。

 

「あっちはあっちでこの状況を打破するために動こうとしているみたい。二人とも『神婚』って聞いたことあるかな?」

「え……なに、結婚?」

「神婚だよお姉ちゃん……って、えっ?」

「そうだね。その二つの意味はイコールで繋げちゃうかな……神婚は神様との結婚を意味してる。この場合だと神樹様とだね。相手は──」

「ちょ、ちょっと待ってよっ!」

 

ダン、とテーブルを叩いて身を乗り出すフーミン先輩。うん。初めて聞かされるとその反応になっちゃうよね。

 

「その相手が友奈ってこと!? 馬鹿げてる……第一なんの意味があってそんなことを───!」

「もしゆっちーが神樹様と神婚を果たせば人類は神様の眷族として扱われる。そもそも天の神が怒ってるのは一個人というよりかは、人類そのものに対してだから……そうなった場合は向こうもこちらをどうにかする理由が無くなるんよ。ある意味で人類は救済される(、、、、、)ことになるね」

「い、いやだって……でもそれは…」

「もしそうなってしまったら人は……人として生きてるって言えるんでしょうか?」

 

イっつんは鋭い。そう、もしそうなったら人類は『人』としての枠組みから外れてしまう。まったく別のものに変わってしまう可能性だってある。それでもあの大赦はそれを実行しようとしていた。

 

 

────神と共にいられるのだったら、それはとても栄誉なことだ。

 

 

本気でそう考えている人間があの組織にはいる。それもかなりの数が。反対ににぼっしーのお兄さんたちは別の考えを持って組織に使えていて、その二つのグループが衝突を繰り返しているのをしばしば耳にすることがある。

きっと天の神との戦いが本格化すれば必ずその人たちは介入してくるはずだ。裏ではもちろんにぼっしーのお兄さんも動いてくれているはずだけど、それも全てに手が届くとは限らない。

 

時には私たち勇者の行動を邪魔してくることだってありえる。もし、そうなっては何も知らない状態で居たら危険極まりない。だからそれらを踏まえて私は今こうしてみんなに打ち明けている。

 

「私はみんなによく考えて、選択して動いて欲しいんです。後悔がないように……さっきも言った通り時間はあまり残されていませんけど」

「乃木は……あんたはどうするのよ?」

 

 

先輩からの問いかけ。しかし私はもう既に決まっている。

 

 

「────私はゆっちーとわっしーを助けるために『天の神』と戦います。大赦の『神婚の儀』も阻止するつもりでいます。何もできないまま友達が目の前から居なくなってしまうのはもう嫌だから」

 

 

あの日、あの時、私はミノさんに何も出来なかった。無力だった。声をかけることも、見送ることさえ出来なかったから。

だから今度はそうならないように。私は戦うことを『選択』した。

 

 




そのっちは戦う『選択』をとった。
犬吠埼姉妹の『選択』やいかに────。

友奈の状態は原作よりも早い段階で打ち明けられる。


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五十九話 ※夏凜視点

◾️

 

 

 

 

『選択』をしろ。

 

そう告げられた私はこの一室で二人の帰りを待たせてもらうことにした。兄貴は所用があると言って今はこの部屋には居ない。ソファーの背もたれに体を預け、天井をボーッと見上げる。

 

(……私は…間違っていないわよね)

 

自問自答。私のしたいこと、やりたいこと、何をしていきたいのか……それらを私は半ば直感で兄貴に答えた。その『選択』に対して不安がないわけじゃないけど……いや、不安しかないけれど私はそれでも答えを紡ぐことが出来たことに我ながら驚いている。

 

ため息を一つ吐き、常備しているにぼしを口にしながら待つこと数十分。背後の扉が再び開かれた。

 

「…………。」

「ただいま夏凜ちゃん。待たせちゃってごめんね」

 

険しい表情を浮かべる東郷と、いつもの調子を崩さない友奈の二人が帰ってきた。東郷のあの様子だと聞かされたんでしょうね。

 

そんな彼女と少しだけ視線が重なる。

 

「…おかえり」

「…ええ。ただいま」

 

短いやりとり。その一言でなんとなく彼女の考えていることが分かる気がして、だいぶこの仲間や部活にも馴染んできたな…なんてふと思ってしまう。

 

「夏凜ちゃん。もう今日は帰ってもいいって言ってたよ。三人で帰ろっか」

「そうね。私も用事が済んだし、東郷も平気?」

「うん。私も平気よ」

「じゃあ帰ろー!」

 

意気揚々と場を盛り上げようとする友奈のおかげで場の雰囲気は気まずくならずに済む。流石、この辺りは似てるわね。でもその影では無理に取り繕っているようにも見えてしまって心苦しくもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦本庁を来た道から出ると送迎が用意されていたが、友奈が「天気も良いので歩いて帰ります!」なんて言うから断る形になってしまった。

まぁ別に帰れない距離ではないから構わないけど……辛くはないんだろうか。

 

「ゆうちゃん大丈夫なの? 無理は良くないからね」

「ううん。せっかく二人と一緒なんだもん。少しでも長い時間一緒にいたいからって思ってたんだけど……迷惑だったかな?」

「別にそんなことないわよ。友奈の体が平気ならこのまま行きましょ」

「さっすが夏凜ちゃん! ぎゅーしちゃうよぎゅー!」

「ちょ!?」

 

急にやられるとビックリするんだけど…。東郷は少しムッとした顔になってるし、あまり彼女の前でやられると暴走されそうで心配になるわ。

 

友奈は何が嬉しいのか私の腕にしがみつくようにくっ付いているけど、その力はとても弱々しく(、、、、)感じた。殆ど力を込めていないというか、腕に寄りかかってる感覚が強い。

 

……これも『タタリ』の影響のせいなのかしら。

 

「キツイなら寄りかかっていいわよ。友奈」

「え……?」

「……あに…いや、あの神官から訊いたわ。友奈の体のこと…今は私たちしかいないから無理に取り繕うこともしなくていい」

「……でも」

 

少し戸惑う表情を見せる彼女は一度東郷に目配せをしていた。きっと二人で取り決めていたことがあったのだろう。そういえば私が初めて出会った時から常に一緒に居たわねこの二人は。

 

「夏凜ちゃん。あっちの方にいかない? 向こうなら人も居ないし丁度いいから」

 

海沿いを歩いていた私たちは船着場で歩みを止める。まだまだ日は沈まないが年の瀬のこの時期は些か南風が冷え込む。私はさっきまで血が上り気味だった頭を冷やすのに丁度良かったが友奈は平気だろうか。と、視線を向けてみれば既に彼女が行動に移していた。

 

「はい、ゆうちゃん。使っていいよ」

「いいの美森さん? ありがとう」

「用意がいいわね東郷」

「ふふ、これゆうちゃんがプレゼントしてくれたのよ。あったかくて重宝しているわ」

「…ふーん」

 

頬を綻ばせながら東郷は自慢げに語る。私は短く一言で返すと、えーっと……あの船を縄で止めるやつに腰掛けた友奈に意識を再び向けた。

 

「…ねぇ友奈、東郷。あんたたち二人はこれからどうしていくの? 私は正直言うと一個人が負える領分を超えている気がするわ」

 

このままだと友奈は命を落とす。東郷も。『タタリ』は天の神の神力の一つ。覆すには並大抵のものではダメなのは二人も分かっているはず。

 

「…そうだね。私の身体にはだいぶ『タタリ』が広がっちゃってるから解るよ。私の命はもう長くはないってこと……ね、夏凜ちゃん。私の目を見てくれる?」

「目……? んっ…」

 

急に何を言い出すのかと言えば、友奈は眼鏡を外して視線を私に合わせてきた。私も同じように見つめ返すとある違和感に気がついた。

私は震える手を動かして友奈の頰に手を添えた。

 

「──あんたまさか。視えてないの(、、、、、、)…?」

「うん…って言っても左側だけだけどね。というか左半身の感覚が鈍くなってるのが正しいかな? 動かせるけど、動かしている実感がないの。不思議な感じ……まるでテレビの映像を眺めている気分だよ」

「なん──東郷!?」

 

また知らない事実を本人から聞かされて私は狼狽する。そんなの……ってない。私の想像していた以上に彼女の身体は蝕まれている。なんで私は肝心なところで気がつかないんだ。

 

「──私もゆうちゃんの異変に気がついたのはつい最近なの。ゆうちゃん、隠すのが上手だから……っ、でもどうしようもなくて。色々、沢山調べたけれどどれも解決に繋がるものにはならなくて……時間だけがどんどん過ぎていく。だから私とゆうちゃんは決めたの夏凜ちゃん」

「…なにを?」

 

不意に添えていた手に別の手が添えられた。それは友奈自身の手だった。感覚がないと言っていた左手で。感触を確かめるような手つきで触れながら、微笑みながら彼女は私をまっすぐ見てきた。

 

「私ね──夏凜ちゃんのお兄さんが言っていた『神婚の儀』を受けることにしたよ。神樹様のところに行きます」

「……本気なの? 『神婚』をしたら友奈は──」

 

兄貴に聞かされた。もし友奈が『神婚』をすれば人類は助かるのと同時に友奈の『タタリ』が無くなることを。けれど『神婚の儀』を行ったその人は神樹様と共に在ることとなり……その最後は…人としての生を終えることを意味する。

 

「ううん、そんなことはさせないわ夏凜ちゃん。それにゆうちゃんには別の目的があるから……その目的を全うするためにも『神婚の儀』の話は都合が良いのよ」

「どういうこと…?」

 

目的? 都合が良い? それは一体どういう理由があるのだろうか。

 

 

 

 

「それはね────……」

 

 

 

 

 

友奈は自身の思いを打ち明ける。ポツポツと、ゆっくり時間をかけて話をして……。

 

 

 

 

「………────だから夏凜ちゃん」

 

 

 

友奈は外していた眼鏡を再び着けると困ったように微笑んで、

 

 

 

「もし私の我儘を聞いてくれるなら……地獄の底までもついてきてくれる?」

 

 

 

友奈の『選択』を知った私に彼女は問いかけてくる。

 

 

私は………。

 

 

 

 

 

私、は…────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は刻一刻と迫っている。立ち止まりたくても、熟考したくてもタイムリミットは確かにその先に存在してしまっている。

でも考え続けていかなくちゃ、立ち止まれなくても『答え』を見つけなければならない。

 

大晦日の夜。あの後話を切り上げて帰宅した私はベットに身を投げてずっとそのままだった。枕に顔を埋め、横から酸素を求めるように顔を覗かせた。

 

 

────分からなくなる。

 

 

私はこのまま友奈と東郷についていけばいいのか……或いは風たちに相談して一緒に二人を止めるべきなのかもしれない。でも私の中の『何か』がそれを止めてくる。むちゃくちゃになりそうだった。

 

 

『神婚』をしたら友奈は人として生きられない。けれどこのまま放置していてもいずれ『タタリ』によって死ぬ。

この『選択』はあまりにも重圧にのしかかってきた。兄貴に啖呵切るように言った『言葉』が揺らいでしまうほどに。

 

 

────いや、揺らいじゃダメだ。

 

 

「……はぁ。もうそろそろ年越しか」

 

 

いつもは寝ているこの時間帯だけど、今日は眠気もなく起き続けていた。チャンネルを適当に回しっぱなしのテレビにはそろそろだと言わんばかりにカウントダウンの準備を賑やかに盛り上げながら放送している。

端末は勇者部のやり取りがチャットで行われている。変わらず、いつものように。私は正直今の気分的には乗り気じゃないけど、心の平穏を少しでも保つためにちょくちょく会話には参加している。

 

────三ヶ日どっかでみんなで集まるわよ!

 

────元日は人混みが凄そうなんで二日目とかどうでしょうか?

 

────いいですね!

 

────さんせー!

 

────まんせー!

 

────『まんせー!』ってなによそれ。私はいつでもいいわ。

 

────万歳! ぼたもちっ!

 

 

いや意味わからんし。というか二人はそれどころじゃないでしょうに……ああいや、だからこそなのかもしれない。意識を向けてみれば端末を眺めている私の頰が緩んでいるのを自覚できる。

みんなも私もこの穏やかな時間が大好きなんだ。恥ずかしくて口にはしないけどね。

 

「…………ん? 電話だ」

 

手に持つ端末が唐突に震えた。着信。

しかし番号は知らないやつだった。こんな遅くの時間に一体誰なんだろうか。

 

「長いな……」

 

一瞬、出ないでいようか迷った。非通知ではないけど登録はされておらず、いたずら電話かもしれないと思ったから。

けれどその着信はいつまでも鳴り続けていて、もしかしたら…と実は部活メンバーで誰かの新しい番号なのかって考えが変わってきたところで応答することにした私は端末の画面をタップして、耳に当てた。

 

「もしもし?」

『───ようやく繋がった。出るのが遅いわよ』

「……は?」

 

 

知っている声(、、、、、、)。久しくて聴き慣れない声であった。だから第一声が間抜けなものとなってしまったのは仕方ないことだった。

 

『は? じゃないわよ。せっかくこちらからかけてきたのだからもう少し何か気の利いたことを言うべきじゃないの?』

「いや、待って。待ちなさい……状況がうまく飲み込めないわ。えっと……芽吹(、、)? よね」

『えぇそうよ。久しぶり、夏凜』

 

電話の相手はまさかの『楠 芽吹』だった。かつて勇者選抜の時に知り合ったその人からの連絡。これが驚かないワケがなかった。

そんな私の反応が予想通りだったのか否か、その声はどこか満足げに聴こえてくるのは気のせいだろうか。

 

『まぁ貴方のそんな気の抜けた声を聞けただけでもこうして連絡した価値があったかもしれないわね』

「む……嫌味を言いたいだけなら切るわよ? そもそもなんで芽吹が私の連絡先を知っているワケ?」

『そっちにいる勇者の一人に教えてもらってたのよ。それで連絡してあげてって言われてね……あの子に言われたら断るわけにもいかないから』

「勇者……? あっ」

 

言われてすぐに分かった。

 

「……納得した。この前友奈が行方不明になってたのは芽吹のところに居たのね」

『そういうこと。友奈にはこっちの『任務』を手伝ってもらっていたの』

「そうなんだ……」

 

流石というべきか、友奈はやっぱり友奈なんだなぁと改めて感服させられる。彼女の持ち前の『優しさ』、『人柄』よってこうして巡り巡ってかつての繋がりがでてくるのは驚かされるばかりだ。

 

芽吹も芽吹で口調は相変わらずだけど、以前ほどの棘のあるようには感じない。

もしかしたら私と同じように『キッカケ』があったのかもしれないわね。

 

 

『でもそうね。私と貴方で昔話に花を咲かせるような性格でもないし、率直に訊ねようかしら……何を迷っているの? 夏凜。貴方らしくもない』

「……芽吹は友奈の事情は知ってるの?」

『ええ。彼女の口から直接ではなかったけど、大体のことは把握しているつもりよ。それで、どうなの?』

 

なら『タタリ』関連は知っているってことか。

 

「…迷ってるのかしらね。友奈のやろうとしていることを止めさせるべきなのか、そうでないのか。どっちにせよもうあの子に残された時間が少ないのは事実なの。何も助けになれていないのが悔しいんだけどさ」

『…………。』

「…なによ、ダンマリして」

『いや、訓練時代と比べてあなた丸くなり過ぎじゃない? 大丈夫??』

「おい」

 

こやつは何を言ってるんだ。そういうアンタこそあの時と比べたらキャラ変わってるレベルなのを自覚してるのかと。そう口にしたら、

 

『お互い様じゃない。環境に左右された部分はあるだろうけど、過程を含めてそれらが一番大切でかけがえの無いものなんだと理解できたのは大きいことよ』

 

こう返される。まったくその通りだと思うけどもさ……何か歯痒いのよね今も。

 

『だとしたらその場所をくれた、一緒に過ごせる仲間に恩返したって何らおかしくはないじゃない。この人のためなら身を削ってでも……それこそ命を張れる、全力で頑張れる。その気持ちが大切だと私は思う。夏凜にとって友奈はそういう存在なんでしょう?』

「……まぁ、うん。そうね。私が今の私になれたのは友奈と仲間たちのおかげなのはその通りね……そっか」

 

それでも、例えそれだけだとしても立ち上がる理由にはなるのよね。少なからずこの感情に従って動きてきた前例もあったことを今更ながらに思い出した。

友奈のため、勇者部のため、仲間のため。何も、迷うことなんてなかったのかもしれない。

自分の心に従って…………それを芽吹から教えられるのは少し悔しかったけども。

 

『自分の中で納得できた?』

「不安は残る部分もあるけど、さっきまでに比べたらだいぶスッとしたかもしれないわね。なんというかその…………あ、ありがと、芽吹」

『どういたしまして。私もそうやって悩んだ時期があった経験を活かせただけだから気にしないで──』

『メブぅー! そこで何してるのさー、早くしないと年が明けちゃうよー!』

 

電話口の先から芽吹が誰かに呼ばれている。

 

「お呼びみたいよ」

『みたいね。じゃあこの辺で終わりにしましょうか』

「ええ」

『友奈のこと、よろしく頼むわね。あの子を支えてあげてちょうだい。うちの隊の人たちも心配してるから……あとよろしく言っておいてくれる?』

「任せなさい…でもそれは直接いいなさいよ。アンタも友奈と友達なんでしょ? その方が喜ぶと思うから」

『そう? なら後で連絡しておくわ』

 

久しぶりというかここまで普通にやり取り出来てることに驚くけど、それは私が成長した証なのかしらね。

 

『じゃあ、また───夏凜、来年もいい年を迎えられるようにお互い頑張りましょう。良いお年を』

「ええ。じゃあまた、芽吹───良いお年を」

 

 

 

つけっぱなしのテレビからカウントダウンが始まっている。加えて勇者部のチャットの通知もかなり溜まっていた。

 

 

「友奈……」

 

間もなく年が明ける。こうして芽吹と話す機会に恵まれて漸く私の腹が決まった。それもこれも全部彼女のおかげだ。感謝してもしきれないぐらいに。

 

私の『選択』は決まった。彼女に───結城友奈についていく。

 




夏凜は友奈についていく『選択』をする。
芽吹とも再び話すキッカケを得ることができた。(漸く絡ませることができました)

そしてこちらも漸く年越しを迎えて、いよいよの所まで来ることができました。


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六十話

あけましておめでとうごさいます(今更)


◾️

 

 

元日。年を越した最初の日。

 

私の『初夢』とも呼ぶべきものはみんなとの夢だった。

 

景色は『春』を連想させる桜が綺麗に咲いた野原でみんなでわいわい楽しみながらお花見をしている夢。

私はまだお花見どころか『春』でさえ未経験の身だけど、きっとこれは私の願望にも似た光景だったのかもしれない。

 

風先輩がみんなをまとめて大きなレジャーシートを広げてたくさんのお弁当やお菓子、飲み物を並べてお喋りとかたくさんするの。

樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのっちさんに加えて芽吹さん、弥勒さん、雀さんにしずくさんに亜耶ちゃん。

そして私の隣にはやっぱり大好きな美森さんが居てくれて……他にも防人の人もたくさん居てとっても賑やかな、そんな夢。

 

 

 

「────あら、おはようゆうちゃん」

「…ふぁ。おはよう美森さん、明けましておめでとーぉ」

「明けましておめでとうございます。よく起きれたね、昨日あんなに盛り上がっててちゃんと朝起きれるか心配だったのよ?」

「なんとなく美森さんが来る気配がしてー……」

「もう。たまたまでしょー?」

「ふみゅ」

 

頬っぺたを突かれてぼんやりとした思考と共にぐりぐりされる。美森さんはさっき来て今まさに私を起こそうとしたところだったらしくて顔が近くにあってちょっとだけ驚いちゃったのは内緒です。

 

美森さんは私の背中に腕を通して起こすのを手伝ってくれる。ここ最近はこうやって朝起こしに来てくれる時に色々やってくれることが増えて助かってるけれど、同時に申し訳無く思っちゃう。

 

「立てる? 眩暈とかそういうのは平気?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう美森さん……よっと」

「急に起きちゃダメ。それと『アレ』も見せてね」

「はーい。美森さんなんだかお母さんみたいだね」

「……そんなこと言うのはこのお口かしら?」

「いひゃいいひゃいごめんなひゃい」

「まったくもう。新年のご挨拶とかしなきゃいけないんだから巫山戯ないの」

 

そんなやり取りも楽しくてつい度が過ぎちゃう時もあるけど、付き合ってくれる美森さんはやっぱり優しい人だなーと考えながら私は寝間着を脱いで身体中に巻いている『包帯』を外していく。

 

素肌にギッシリと刻まれた『タタリ』の刻印。今は無い痛みがあった時に比べたら広がりは止まっているように思える……と願いたいところです。

 

「……うん、前に見た時と変わらないわね。『種』は持ってる?」

「ちゃんと持ってるよ。枕元の側に……ほら」

「……数は七つ。前に飲んだときから少し経ったからそろそろ次の『種』を摂取した方がいいと思うよゆうちゃん」

「そうだね。だったらはい、美森さんも」

 

種の数は全部で九つで、この前に私と美森さんで二つ使った。残り七粒の種の内二つを手にして一つを美森さんに差し出した。

困惑する彼女は視線を種と私に行ったり来たりしている。

 

「私はゆうちゃんに比べたら軽度だから平気だよ? 数も限られているんだし、全部ゆうちゃんが使用した方がいいと──」

「それでも痛みが無いわけじゃないでしょ? 美森さんも、無理はダメ。それに『紡ぎの種』は二人で使おうって決めたから私が使うなら美森さんも一緒に使うの。だから……はい」

「…………うん。ありがとうゆうちゃん」

 

押しに負けておずおずと種を受け取った美森さんと一緒にそれらを口に含んで飲み込んだ。これで残りは『五つ』。

 

「……痛みは和らいだ?」

「──相変わらず即効性があって凄いよ。おかげさまで」

「良かった。それじゃあ新しい包帯巻くの手伝ってくれる?」

「うん。任せてゆうちゃん」

 

美森さんの『タタリ』も少しずつ進行しているようで、その度に鈍痛が伴う。種の効力は絶大なみたいで美森さんの表情も和らいでくれた。やっぱり無理してたね。

 

私の素肌は再び白い包帯で包まれていく。これを万が一晒して外に出ちゃったら他の人に感染してしまうからとても大事な処置だ。

来たる『神婚の儀』までに私は被害を最小限に抑えつつその日を迎えなきゃいけない。春信さんからは『近いうちに執り行う』と連絡が来ていたからやれることはやっておかないとね。

 

「──はい。これでどうかな」

「さっすが美森さん! 手際がいいなぁ…ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ行こっか」

 

こうして私の新年の朝は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部で集まるのは二日目ということで私と美森さんで挨拶回りをすることにした。私の両親と美森さんのご両親に挨拶を済ませてからご近所を回っていく。『結城ちゃん』は顔が広くて色々な人とお知り合いですごいと思った。自分のことのように嬉しくなって思わず表情が綻ぶと美森さんも同じように笑ってくれる。

冬の寒さはまるで心の暖かさを感じられるようでとっても好き。左半身は感覚があまり無いから余計に感じ取れるのかな?

 

 

「あっ! 見てみて美森さん。ここ氷ができてるよ」

「雪は降らなかったみたいだけど、凄く寒かったから一部が凍ってしまっていたのね……ってなにしてるのゆうちゃん?」

「ちべた!? あ、でも左手だと何も感じられない〜…あはは。こんな氷触るの初めてだー」

 

しゃがんで道端の凍結した氷に触れてみる。なんかこういうのワクワクしちゃうよね。

 

「ちょ…!? ゆうちゃんそんな触っちゃダメよ!!」

「み、美森さん?」

「あーもう、地面にはどんな病原菌が付いてるか分かったものじゃないわ……このアルコールティッシュで指先を拭いて…! ああこんなに手を冷やしちゃって私がギュッて握るしかないわね」

「あれー……?」

 

瞬く間に指先を綺麗に拭われ、なぜか手を握られる私。そのティッシュはどこから出したの美森さん?

 

「小さい子じゃないんだから不用意に触っちゃだめよ」

「お、大袈裟だよー。えへへ」

「罰としてゆうちゃんは帰り道私と手を繋いで帰る刑だね」

「えー…? ふふ、はーい♪」

 

胸の鼓動がとくん、とくんと熱く脈打つのがわかる。私はより密着するように美森さんの腕に抱きついて手も指先を絡めるように握った。

 

僅かに美森さんの肩が跳ねる。ふふ、そんな反応も愛おしく感じちゃうね。

 

「甘んじて罰を受けさせていただきまーす」

「もぉー…ゆうちゃんからかってるでしょ?」

「からかってないよ。むしろずっとこうしていたいぐらい……かな?」

「…ゆうちゃん」

 

私の『願い』。みんなには幸せでいてほしい。結城ちゃんにも戻ってきてほしい。私にこんな楽しい時間をくれたたくさんの人に恩返しをしたい。

最初の何もなかった自分に比べて今はこんなにも色々なモノが増えた。それがとっても嬉しくて、そして失うのが怖くなっている。

 

「……不安?」

「…あは。ちょっとだけ」

 

言葉にしなくても私の心境を悟ってくれる。私はそんな良くしてくれた人たちをもしかしたら裏切っちゃうんじゃないかって思う。

これからの『選択』はそれだけ多くのものを賭けて巻き込んで行うものだと分かっているはずなのに。

 

「前にも言ったけどゆうちゃんが沢山考えて出した答えなら、私はそれについていくよ。きっと夏凜ちゃんもそう思っているはずだから」

「怒らないの…?」

「怒ったとしてもゆうちゃんは止まらないでしょ? 私は決めたの……あなたについて行くって。天秤の針がどちらに傾いてもそれが自分たちの『選択』なら後悔はないから」

「……そうだったね。ありがとう、美森さん」

 

不安がいつまでも拭いきれないけどその度に彼女が寄り添ってくれる。それだけでも前に進む原動力になれた。

 

サクサクと霜が降りた地面を踏みしめながら二人で歩いていく。ちっちゃい子みたいな感想だけど、これも楽しいな。

 

……楽しいこと、か。

 

「ねぇ、美森さん。私ね……みんなでお花見がしたい」

「お花見?」

「うん。仲良くしてくれるみんなと一緒に綺麗な桜の木の下で楽しむの。春がどんな感じなのかネットとかでしか知らないから経験してみたくて」

「そうね。その時は先輩と一緒に腕によりをかけてお弁当を作るわ」

「ほんと? やったー!」

 

あの『初夢』のようになれたらいいなぁ……うん、そのためにも頑張ろう。諦めないでいけば必ず『未来』に辿り着けると信じて。

 

 



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六十一話 ※風視点

◾️

 

 

 

一月二日。

 

今日は年末に約束していた勇者部のみんなで初詣に行く日。

 

「樹ー。起きてるー?」

 

いつものようにアタシは妹を起こしに部屋に向かう。ノックをしてドアを開けてみれば丁度ベッドから起きあがろうとしていたようですぐに目が合った。

 

「お、ちゃんと起きれてるわね。おはよう樹」

「おはようお姉ちゃん。ふぁ〜…」

「二度寝しないようにしなさいよー」

「はぁーい」

 

そう言い残してアタシは部屋を後にする。近頃の樹はだいぶ早起き出来るようになってきていた。他にも家事全般を自ら率先してやるようにもなって日々の成長が窺える。姉としては少し寂しく思うけど、それ以上に喜びの方が強く感じられるわ。

 

(これもみんなのおかげかしらねー)

 

特に最近は友奈の事情を知ってからは更に火がついている様子。それもそうか…と今の友奈は考えてみればたった半年足らずであんなにもしっかり自立できてる子になっている。その様を見せつけられたら樹も負けてられないって対抗心を燃やしたのかもしれない。料理の腕は相変わらずだけど……ほんとなんでそこに関してはアタシでさえ匙を投げ出したくなってくる出来になるのかしら? 誰か教えて欲しいもんだ。

 

「…………。」

 

洗い物をしながらアタシは考える。内容は乃木が打ち明けてくれた友奈たちの隠していること。『天の神』、『タタリ』、『呪いによる死』。その様々なことをアタシと樹は乃木の口から聞かされた。

 

今でも信じ難いそれらは部長として、また仲間として大きく重圧がのしかかってきた。同時にもっとアタシがうまく立ち回っていればどうにか出来たんじゃないかって考えてしまう。いまさら悔いても仕方のないことだってのは分かってるけど、頑張ってくれているみんなには申し訳ない気持ちで一杯なのが現状だ。

 

(乃木はもう大赦の思い通りにはさせないって言ってた。それはアタシも同意見だけど……友奈のことに関して東郷がまた暴走しちゃう可能性があるのよね)

 

生き死にの瀬戸際でまた突拍子もないことをやらかすかもしれない。アタシたちの中で一番あの子のことを気にかけている東郷のことだ。神樹様を倒す────なんて言いかねないのが怖いところ。前科もあるし……って、仲間をそんな風に捉えちゃいけないか。

 

どちらにせよきっと悩んでいるはずだ。力になってあげたい。でも乃木が言うにはあの二人から何かを言ってくることは低いと見ているようで、それでアタシと樹に相談をしてきたらしい。

 

(そういえば…あの日は夏凜が付き添いで行ってたのよね。大赦本庁だっけ? アタシも樹もしばらく顔を出してないか)

 

もっともあの組織に今更顔向け出来たもんじゃないけどさ。所属こそしてはいるけど、あそこは勇者に対して秘匿事項が多すぎるのよね。実際友奈の件にしても乃木に聞かされなければ知らなかったわけだし。

 

諸々の評価からしてもやはり、アタシは乃木と同じ結論に至る。

 

『タタリ』の元凶───天の神を倒すこと。

 

そこまで考えたところでアタシは洗い物を終えてテーブルに作った朝食を並べていく。

 

「うぅー…洗面所さむいぃー……あぁ、でもこっちはあったかいよ〜」

「丁度出来たから座ってー樹」

「はーい」

 

二度寝することなく顔をスッキリさせた樹がリビングにやってきた。アタシも樹の対面に座ってあれよこれよと彼女の前に料理を提供していく。いただきます、と手を合わせて二人で朝食を食べ始める。

 

「美味しいよ、お姉ちゃん」

「ありがと」

「今日の天気は平気そう?」

「予報だと晴れだったわ。三ヶ日は心配はいらないみたいだし、日頃の行いがいいせいかしら」

「早くみんなと会いたいなー。現地集合だったっけ?」

「そうね。人も多いだろうし、神社の入口辺りに集合する感じになるかな」

 

樹は乃木の話を聞いてどう思っているんだろう。あの後は何となく話に触れられなくて終わったけど、せめてアタシにとって一番近しい存在である妹には意見を訊いておくべきだよね。

 

「お姉ちゃん? どうしたの、怖い顔して」

「え? そんな顔してた??」

「してたよー。何か考え事…?」

「まぁ、そんなとこね……ねぇ樹あのさ──」

「もしかして友奈さんのこと?」

「…………うん」

 

どうやら最初から見抜かれていたようだ。流石アタシの妹。

樹は箸を休め、こちらに視線を重ねてくる。

 

「お姉ちゃん。私ね……友奈さんには死んでほしくない。東郷先輩にも。だから園子先輩についていくよ」

「…………! そう。そう決めたのね樹」

 

その瞳の奥には昔になかったものを秘めていた。それにこの子がこんなにも真っ直ぐ意見を言えるようになっていたことに嬉しさを感じてしまう。

成長したわね、樹。

なら姉であるアタシもしっかりとしないとダメよね。

 

「お姉ちゃんは……?」

「……正直言ってまだ迷ってる。だから今日友奈たちと会うでしょ? もう一度ちゃんとあの子たちを観たい。きっとそれでアタシの気持ちも定まると思うから」

「…そっか。お姉ちゃんらしいね」

「樹はほんといい子に育ったわね。姉として鼻が高いわ」

「そんなことないよ。どれもみんなのおかげで今の私がいるんだもん」

 

お互いに微笑む。

いつか追い抜かれそうだなぁなんてこの時思った。

 

 

 

 

 

 

 

その後は滞りなく支度を済ませてアタシと樹は神社へと向かった。

部長として一足先にいないとね、と意気込んで行ってみればなんと既に集まっているではないか。

 

そんなアタシたちにすぐに気がついた東郷と乃木がこちらに近づいてくる。

 

「あけおめっす〜フーミン先輩、イっつん」

「あけましておめでとうございます」

「東郷先輩、園子先輩あけましておめでとうございます」

「明けましておめでとう。なんだ、アタシたちが最後だったのね。それと二人とも着物よく似合ってるわねー」

 

東郷は言わずともがな乃木も中々に似合っていて流石令嬢様といったところか。ふと、隣にいた樹が小首を傾げる。

 

「あれ、友奈先輩と夏凜先輩は向こうで何をしてるんですか?」

「なんかすっごい笑顔の友奈にくっつかれてるわね」

「ゆうちゃん夏凜ちゃんに会えたのが嬉しくてさっきからずっとくっついちゃってるんです」

「さっきまで私ともしてたんよ〜わいわいと」

「夏凜ちゃーん! すりすり〜♪」

「ちょぉ!? なんで今日はそんなに甘えてくんのよ! 安静にしてなくていいの?!」

「ちょっとぐらいならへーきだよ。それにそんなこと言っても受け止めてくれる夏凜ちゃん好きー♪」

「んなっ!!? だ、だだだってそれは仕方ないでしょ!」

 

確かにテンションの上がった友奈に纏わりつかれている夏凜がそこに居た。なんであんな調子なのかしら…? まるで『タタリ』に侵されているようには見えない様子に一瞬具合が良くなっているのかと考えたが、よく観察してみると夏凜が友奈を倒れないようにうまく支えているようにも見てとれた。夏凜の表情は嬉しさ半分、焦りが半分──みたいな割合の顔してるし。でも何も知らないでいたら気がつかないわね。

 

…………というか、

 

「ねぇ、東郷。一つ訊いてもいい?」

「はい。なんでしょうか?」

「…あんたって友奈のこと『ゆうちゃん』って呼んでたっけ?? なんかあまりにも自然に言うもんだからスルーするところだったわ」

「あー…そこは流してくれれば良かったんですけどー…えっと」

 

なんか仄かに顔が赤い気がする…。それとも改めて尋ねられて気恥ずかしいのか珍しく目を泳がせる東郷を見て隣にいる乃木が目を輝かせながらサムズアップしていた。

 

「フーミン先輩。わっしーとゆっちーは一つ大人の階段を登ったんですぜ!」

「は……はぁ!? マジ?! ちょっと東郷あんた何してんのよ?!!」

「ちょ、ちょっとそのっち!? あの誤解です風先輩」

「あ、あわわわ……友奈先輩と東郷先輩が……!」

「樹ちゃん? 何を想像してるの?? な、なにもしてないですよ! ただお互いに呼び方を変えようって話になってそれでそう呼んでいるだけですっ!」

「…なーんだ、そうだったのね。もうびっくりしちゃったじゃない」

 

それでもまさか東郷がああやって誰かをあだ名で呼ぶなんて珍しくて驚いちゃったわ。乃木は別として。

あのまま鑑賞してるのも面白いけど、そうも言ってられないのでアタシたちは二人の元に歩いて行った。

 

「そこのイチャつきどもー。あけましておめでとう」

「だ、誰がイチャついてるか!?」

「あ! 明けましておめでとうございます、風先輩……に樹ちゃん!」

「明けましておめでとうございます夏凜先輩、友奈せんぱ──ひゃ?!」

「えへへー樹ちゃんあったかーい。すりすり〜♪」

「も、もう友奈先輩くすぐったいですよぉー……♪」

「ぁ……」

 

夏凜のツッコミも束の間に今度は友奈は樹とイチャつき始めた。

なんかこれだと樹より友奈の方が妹みたいに見えるわね……って考えてみれば精神年齢的には友奈は一番下ってことになるだろうからあながち間違いではない……? むむ。

 

「ゆっちーがイっつんに盗られて残念だね〜」

「…ふ、ふん! ざ、残念になんか……思って、ないし…!」

「声も上ずっちゃっていっそ清々しいほどに分かりやすいわね夏凜」

「う、うっさい!」

「にぼっしー顔まっかっかー♪」

「ぐぬぬぅ……!」

「東郷は友奈がああやってていいの?」

「ゆうちゃんが喜んでいるならそれが一番なので」

「あ、ハイ」

 

その慈愛の目はやめんしゃい。なんか東郷ってば友奈を見る目が変わってないかしら? なんだか……うん、変な想像すると乃木になるからやめておこう。

 

そんなやり取りをしていたら今度はアタシに軽く衝撃が襲いかかってきた。視界内に居たからアタシは驚くことなくそのまま受け止めてあげる。

 

「風先輩もーすりすり〜♪」

「なぁにー? そんなにスキンシップばかりしてると東郷が妬いちゃうわよ?」

「や、妬きません…!」

「またみんなの顔が見れて嬉しくなっちゃって。テンション上がってます!」

「ま、そんな後輩たちをドンと受け止めてあげる女子力は必要よね。ほら、カモン!」

「わぁい♪」

「なにアホやってんだが……樹?」

「……友奈先輩ずるい」

「あらあら…」

「イっつんもお年頃なんやねぇー」

 

外野が何か言っているがスルーしてアタシは甘えてくる友奈の頭を撫でた。サラサラの髪は東郷を彷彿とさせるもので手入れが行き届いてるのが分かる。この辺は『友奈』と比べてしっかりしてる印象を抱いた。

 

倒れないように支えていると分かるけど、結構自重を預けてきている。それが『タタリ』のせいだと思うと少し悲しくなった。表向きは悟られないようにしている反面、こうして着実と肉体を蝕んで弱らせている。

 

(──ねぇ、友奈。どうしてあなたはそこまで頑張れるの?)

 

乃木から聞いた話だと今も苦痛に苛まれているらしい。でもこの子はそれを感じさせないように立ち回っているんだ。それはなぜか……アタシたちを困らせないように、心配させないようにしているから。

 

「ほら、友奈。初詣がまだなんだから、そろそろ風から離れなさい」

「はーい!」

「ゆうちゃん、人混みがあるから離れないように手を繋ごっか」

「…! うん! ありがとう美森さん」

「なら反対側(こっち)には私が居てあげるわよ。感謝してよね」

「あは。夏凜ちゃんもありがとー」

 

返事よく頷いた友奈は二人に連れられて鳥居をくぐっていった。確かにここで時間を潰しているのももったいないのでアタシたちも続くことにした。

 

「お姉ちゃん…手、繋いでもいい?」

「あら珍しい。いいわよ、はい」

「姉妹愛が映えますなぁー…わっ」

「乃木もふらふらーってどっかいっちゃいそうだからアンタもね。ほら、いくわよ」

「おー…! あいあいさー♪」

 

両手に妹と後輩を連れてアタシたち三人も鳥居をくぐっていく。人は三ヶ日もあってかそれなりの量で進むのも大変ねこれは。

前を行く三人を見失わないようにアタシたちもその背中を追う。

 

 

────今を、この瞬間も楽しんで生きていこうとしているその背中を。

 

そこでアタシは改めて気付かされる。

ああ、そうか。悲観してばかりじゃなくて明るい『未来』を信じて前に進もうとする意思が大事なんだ。それは前の『友奈』も今の『友奈』もやってきてるじゃない。『諦めない』、『挫けない』って。

 

その真っ直ぐな姿をこの目で見てきたはずだ。なのに部長であり、先輩であるアタシが先に絶望し、諦めようとしてどうするのよ。当人たちの方がよっぽど苦しいのに…。

 

こんなに優しくて、いい子たちが理不尽に死ぬなんておかしい。

 

大赦も友奈を使って『神婚』させようなんて考えが理解できない。それで万が一世界が救われたとしても、納得なんて出来ない。

 

……だったら、アタシは。

 

「──ねぇ、乃木」

「なんですかフーミン先輩?」

 

また以前のように馬鹿しようとしてるのかもしれない。でも今は理不尽に対して『怒り』に支配されているわけじゃないから前のようには暴走はしないと誓える。

 

「アタシもやっぱりあんたについて行く。大赦の考えには従えないし、神婚なんて友奈にはさせたくない。だったら徹底的に抗ってやるって友奈たちを観て思ったわ。天の神でもなんでも戦ってやるわよ」

「お姉ちゃん……」

「ごめんね樹。決めるのが遅くなって」

「ううん。そんなことないよ……一緒に友奈さんを守ろう」

「そっかぁー……ありがとう二人とも。私の我儘に付き合ってくれて。頼もしいな」

 

お互いに握っている手に力が込められた。そうだ…今までだってそうして乗り越えてきたじゃない。

 

「…実は私もフーミン先輩とイっつんに報告しとかなきゃいけないことがあったんよ」

「なによ?」

「なんでしょうか?」

 

決意も定まったところで乃木が真剣な表情であることを告げてきた。

 

「ゆっちーの神婚の日取りが決まったみたい。九日後の一月十一日。その日にゆっちーは神樹様に捧げられることになったんよ」

 

 

 

 

 



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勇者御記 筆 東郷美森。


そこには一冊の書物が置かれていた。

手にとってページをめくっていく────。


◾️

 

 

 

一月一日。

 

 

新年を迎える。去年は本当にたくさんのことがあって大変だったけど、こうして年を越せたのはみんなの努力の賜物だったと思う。

 

前日に少し夜更かしをしてしまったが、いつも通りの時間に起床。朝の日課も全てこなして結城家に向かってご挨拶をした。そうして二階に上がらせてもらい、友奈ちゃんの部屋に向かって彼女を起こそうとしたけど珍しく起きていて少し驚いた。

 

ゆうちゃんは最近睡眠時間が長くなってきている。

 

睡眠時間が起床時間を越えようとしているから。その原因は一つだけど毎回不安に襲われてしまう。ゆうちゃんには内緒だけど呼吸をしているか、脈は正常かの確認はもはや当たり前で目を離したくないのが現状だ。大丈夫だと信じたいけれど、もしもの時を考えたら不安で仕方がない。

 

二人でご近所に挨拶周りをした。

 

ゆうちゃんは明るく振る舞っているけど、基礎体力がどんどん低下している。歩きたいからと歩いてみても息が上がるのが早い。本人は癖になっているのか隠そうとしてるけど私にはすぐにわかる。左半身の感覚のない彼女はその範囲を補助してあげないといけないので今や一人で歩かせたりなんかできないし、無理に体力を消耗した日には寝床に着く前に眠りについてしまう。事実この日は夕方には眠気に耐えられなくなったゆうちゃんは椅子の上で寝てしまっていた。

ご両親には疲れて眠ってしまったと理由をつけたけど、そろそろ誤魔化すのが苦しくなってきている。

 

 

一月二日。

 

 

朝はいつものように。夏凜ちゃんからゆうちゃんの容態について訊かれて近況を報告する。

ゆうちゃんは静かに寝ていて起こすのが忍びなかったけれど、今日は勇者部で集まって初詣に行くことになっていたから起こしてあげた。

眠りが深いせいか目覚めるのに三十分ほどかかってしまう。

 

包帯を取り替える際に刻印の状況を確かめる────好転の兆し無し。

 

しかしゆうちゃんが持っていた『紡ぎの種』のおかげで進行が抑制できているようにも見える。あれが無かったら今頃は……ううん、考えたくない。

 

ゆうちゃんは初詣をとても楽しみにしていた。彼女にとって初めての行事だものね。着いたらすぐみんなに抱きついている姿は少しもやもやしたけど、辛い中であんなにも楽しそうな姿を見ていたら止めるなんてことはできない。夏凜ちゃんも手伝ってくれて意識的に人の波に呑まれないように計らってくれた。ありがとう夏凜ちゃん。

 

おみくじを引いたり、甘酒を飲んでみたり色々と初めてを経験していた。ちなみにゆうちゃんは大吉を引いて嬉しそうにしていた。私は小吉……微妙なところだ。甘酒は風先輩と樹ちゃんが酔ってしまって一騒ぎあったけどそれも含めていい思い出になってくれたと思う。

 

屋台もあったりして時間も忘れるぐらい楽しい時間を過ごせたと思う。でもあまりゆうちゃんを長居させるのは体に障るのでほどほどで解散することになった。名残惜しそうにしているゆうちゃんには申し訳なかったな…。

 

帰りも夏凜ちゃんが見送ってくれて三人で帰宅。そこで夏凜ちゃんにお礼を言っている最中にゆうちゃんの体調が急変してしまった。

吐き気を訴える彼女をトイレに連れて行って我慢させずに吐かせる。どうやら昼間に飲んだ甘酒や食べ物が原因みたい。私が背中をさすっている間に夏凜ちゃんが色々とお世話をしてくれて本当に助かった。

 

私の食事と比べたら油分やら栄養の偏りの強い食べ物ばかりだったせいだと考えたが、ゆうちゃんの青白い顔を見るに『タタリ』の影響が色濃く映ってしまっている気がした。脂汗も凄い。動けないゆうちゃんを夏凜ちゃんが背負って部屋まで運んでくれた。熱もあるようでこれは不味い傾向だ。今日も油断せず看病をしようと思う。

 

 

一月三日。

 

 

ゆうちゃんの熱が下がらない。昨日の今日で仕方ないとも言えない状況だが、ご両親も凄く心配している。私も凄く心配だ。引き続き看病を続ける。

 

 

 

お昼過ぎに大赦がゆうちゃんの家に訪問してきた。内容は年末に話をした『神婚の儀』を執り行う日程について。何もこんなタイミングで来なくても良かったのに…………ゆうちゃんは律儀に体を起こして話に耳を傾けていた。私も同席させてもらい話を聞くと、八日後に儀式を始めることになったらしい。ゆうちゃんの体調を吟味した最短の日付。私は不安が拭えないままだったが、ゆうちゃんは迷わず首を縦に振っていた。

 

…………。

 

大赦から改めてゆうちゃんの状態を知らされる。『友奈ちゃん』が行った『満開』による『散華』の影響でその殆どが神樹様が創った『代替品』で賄っていること。私たちと違ってゆうちゃんの肉体は『御姿』と呼ばれていて神様と性質が近い状態だと言われている。その影響のせいで『タタリ』または『呪い』を強く受けてしまうらしい。私よりも後に祟られたにも関わらずにこうなってしまっているのはそのせいだそうだ。

 

……私の、せいで。

 

暗い感情が湧き上がりそうになった。でもその時に居たゆうちゃんが手を握りしめてくれて我に帰ることができた。

 

そうだ。私がしっかりしないとダメじゃない。

 

それから大まかな話を終えた私はゆうちゃんをベッドに寝かせて訪れた職員を見送る。

帰り間際にその人は私にある物を手渡してきた。

 

それが今こうして書いている『勇者御記』と呼ばれる代物。

 

本来はゆうちゃんに書かせる予定であったみたいたが、想定以上の体力低下に伴い執筆に至れないと判断した大赦が代わりに私を指名したようだ。

経過観察を含め、そしてこれも勇者としての御役目だと自分に言い聞かせて筆を進めることにした。

 

…………。

 

あの大赦の職員────私とは事務会話でしか言葉を交わすことしか出来なかった。もしまた機会があるのならば何の隔たりもなく会話が出来たらと思う。

 

その後は夏凜ちゃんにも報告をすると『わかった』と直ぐに返答がくる。本当は風先輩たちにも話すことが出来れば良かったけど、いつの切っ掛けで『タタリ』が伝染してしまうのか分からないので必要な処置だ。

 

……察しの良いそのっちなら私たちの状況なんて御見通しだろうけれど。

 

もし、これをそのっちが観る機会があるならこの場で謝らせてもらう。みんなにも…………相談できなくてごめんなさい。

 

 

 

一月四日。

 

 

冬休みも終わり、いよいよ明日から学校が始まる。ゆうちゃんの体調は昨日よりは良くなっているが後のことを考えると登校は控えたほうがいいと判断する。

 

しかしゆうちゃんは首を横に振った。

 

この身体が動く限り、学校に行きたいと言ってきた。私と一緒に通いたいって。額に汗を滲ませ、呼吸も乱れているのにその瞳の奥には力強いものを感じ取れた。私にはそれを否定することが出来なかった。

 

本当は儀式まで体力を温存させたほうがいい。ベッドの上で横になっていたほうがいいと。それでも彼女は首を縦に振ることはなかった。

 

…………。

 

結局、私が折れるしかなくご両親にもうまく説明をして支度を整えるしかなかった。何がゆうちゃんを突き動かしているのか……正直よく分からない。

日常が大切なのは良くわかる。凄くよくわかる。でももっと自分のことを大事にして欲しいと願うのは私の我儘なんだろうか。

 

友奈ちゃんがゆうちゃんになって。ゆうちゃんが友奈ちゃんとして日常を壊さないように生きてきたその最期がこれではあまりにも報われなさすぎる。

彼女は友奈ちゃんを取り戻そうと動いている。私も友奈ちゃんには心の底から戻ってきて欲しいと願っているのは確かだ。

 

でも……でも今はそれと同じぐらいゆうちゃんにも生きて欲しいと願っているんだよ?

 

 

 

一月五日。

 

 

天気は晴れ。冬の寒さは未だ健在のまま登校日となった私たちは再び制服を身に纏い学校に足を運んだ。

 

ゆうちゃんの体調は崩れたままだ。普通の体調不良だとしても本来は休まなくてはならない状態だったけど、平静を保つ努力を彼女はしていた。

 

笑う。笑みを浮かべていた。『タタリ』のことには触れずにまるで何もなかったかのように日常を振る舞っていた。

 

やっと学校が始まったね! 早くクラスのみんなに会いたい。授業をしっかり受けないとね……と。

私も同じように口角をあげる。こんな状況下でもゆうちゃんと会話をするのが楽しいと思えたから。

 

学校につくと持ち前の人当たりの良さを発揮させて色んな人とお話をしていた。辛さや苦しさを表に出すことなく笑顔を振りまいている。誰もが疑うことはないだろう。

その表情を見るたびにチクリと胸の奥に刺さるような感覚に陥る。これはゆうちゃんが望んだことだから……なんて自分に言い聞かせていたような気がする。

 

休みの日は寝ていた時間の授業も寝ずに向き合っていた。夏凜ちゃんも心配そうにチラチラと横目で見ていたけど、ゆうちゃんはしっかりと勉学に励んでいた。

 

────けれど放課後までの間に計三回、ゆうちゃんはトイレの個室で吐いてしまった。

 

 

一月六日。

 

 

いよいよ勇者部の活動も再開される。ゆうちゃんも張り切っていて半ば食い気味に参加していた。本当に楽しそうに。

 

私はこの日からビデオカメラを常備することにした。風先輩は今年で卒業してしまうからこちらの活動記録を兼ねて提案させてもらった。カメラを回している最中にも常にゆうちゃんの周りには誰がが居てくれる。ここに居る間は心身ともに休めることが出来た。安心できる仲間がいるのはこうも心強いとは最近更に実感していることで、私はいつも以上に自然に接することが出来ていたと思う。

 

…………。

 

私に刻まれている『タタリ』が疼く。痛みこそ『紡ぎの種』で抑えられているから良いものの進行しているのが理解できる。

時間が着々と削られていく。残り五日。うまくいくのかな……。

 

 

 

一月七日。

 

 

勇者部の依頼で迷い猫を探した。結果的には捕まえることが出来たけど、私とゆうちゃんの時は見事に逃げられてしまった。

動物の本能が働いたのか、きっと私たちの『タタリ』を感じ取ったんだろう。呆然としている私たちを夏凜ちゃんが必死にフォローしてくれたのが印象に残る。

 

帰り際にそのっちに呼び止められて色々と訊ねられた。カマをかけてきたり何かを探るような物言いだったからボロを出さないようにするのが少々骨が折れたけど何とか事なき終えることができた。……できたよね?

 

同時に親友に隠し事をしてしまっていることに胸の奥が痛む。ごめんなさいそのっち。風先輩も樹ちゃんも──ああダメだ。思考を切り替えろ。この思考傾向はよろしくない。気をしっかり保て……東郷美森。護国万歳。

 

 

 

一月八日。

 

 

『種』の効力が薄くなってきた。痛みがじわじわと滲んでくる。ゆうちゃんも苦しそうだった……なのに私のことを一番に心配してくれて嬉しかったけど、私も本当にあなたのことを心配してることはわかって欲しい。

 

…………。

 

パソコンのキーボードを打つのってこんなにも辛かったかな。風先輩たちに気取られないように雑務をこなすのが今日は中々に大変だった。私たちの事情を把握してくれている夏凜ちゃんには負担が増えてしまって申し訳なかった。

 

『こんなのなんてことないわよ。他にやれることはある?』って言ってくれた時すごく頼もしかった。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるその姿は銀と重なって視えて心が温かくなった。ありがとう夏凜ちゃん。

 

 

一月九日。

 

 

残り二日。今日が休みで本当によかった。ゆうちゃんが高熱を出して倒れてしまったから。こんな状態で学校に居たら大変な騒ぎになっていただろうし、余計に無理を押し倒そうとするのは目に見えたから。

 

私は寝ているゆうちゃんの傍にいることにした。悪夢にうなされるように寝ているその姿はとても心が苦しめられる思いで手を握り続けてあげることしか出来ない。なんて無力なんだろう、私…。

そろそろ次の『種』の摂取をしたほうがいいのかもしれない。

 

 

…………。

 

 

午後になると夏凜ちゃんが家に来てくれた。来て早々に私を見ると『あんたも休みなさい』と背中を押されてしまう。どうやら私も人から見たら酷い有様らしく今すぐにでも寝ないと気絶させてでも横にさせると半ば脅されながら、私は用意された布団(来客用)に寝かしつけられてしまった。

 

────友奈のことは任せなさい。

 

その言葉に安心してしまったのか私は気がつくと日が沈むまでの間、深く寝てしまっていた。久しぶりにまともに寝た気がして夏凜ちゃんには感謝してもしきれない。

確かに自分のことを疎かにしてしまっていたかも…。反省せねば。

 

起きてリビングに向かうと夏凜ちゃんは友奈ちゃんのご両親と話をしていた。何を話していたのかは教えてくれなかったのが少し気になる。その後はお礼と気分転換も兼ねて晩御飯をご馳走してあげた。

ゆうちゃんの分も作ってあげたけど、柔らかいもの以外は食べることが出来なくなっていた。少し残念がっていたけど、早く良くなればまた食べられるよねって言ってくれた時には目頭の奥がツンとしちゃった。

 

 

…………。

 

こんな生活も残り二日と考えると何とか耐えられる。良くも悪くもその日が私たちの命運が定まるから。

でないと…………そろそろ心がしんどい。日に日に弱々しくなっていくゆうちゃんを見ているのは耐えられない。寄り添うことしかできない自分に対して何度歯噛みしたことか。

 

またあの時みたいに…………誰かを失いたくないよ。

 

 

 

一月十日。

 

 

 

…………。痛みで目が覚める。

 

 

………………。痛い。生きたい。痛い。心が痛い。胸が痛い。

……………………。ゆうちゃん。あと少しだから……明日、だから。

 

────。──。

 

ゆうちゃんの顔色は青白い。生気が抜け落ちていてまるで……。

 

ううん……大丈夫。きっと…ゆうちゃんなら……友奈ちゃんなら………でも、不安でどうにかなってしまいそうだ。

 

……銀。

 

私はゆうちゃんを神樹様の元に送り届ける。この御役目だけは誰にも譲れないし譲るつもりはない。

 

明日、きっと世界は大きく動き出す。

 

今日は体調を出来るだけ整えておこう。やれる事は全てやって備えておく。

『また、明日』が言えるように……私たちは未来を賭けて戦わせてもらいます。

 

だから見守っていてください。

 

…………。

 

 

 

一月十一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





────最後の文を読み終えた私は端末を手に取りすぐに連絡を入れる。

「……フーミン先輩、今から言うところにイっつんと一緒に来てほしいかな。うん──あの人ならきっと二人の居場所が分かるはずだから」

行方を晦ました二人を探して早や一時間が経過しようとしている。
取り返しのつかなくなる前に急ぎあの二人を止めなければ──。


────
───
──







あとがき。


原作とは異なる道を辿った結果……。

『神婚』の儀式は早められることになる。

『私』ことゆうちゃんは肉体の限界がもうすぐそこまで来てしまっている。東郷さんにもかなりのダメージ(精神含む)受けてしまった。

御記の執筆は友奈→東郷に変わっている。大まかな流れは沿わせたつもり。

これにより日付が飛びますがいよいよ運命の日まで来ることができました(長かった)。

どうか少女たちの最後の物語(軌跡)にお付き合いください。




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六十三話

◾️

 

 

 

家の天井。まず初めに視界に収まったのがそこだった。

部屋の中はまだ薄暗く、カーテンから覗く光も夜の色を残している。

 

「…………ぁ。あー…」

 

声を出してみる。喉の痛みは昨日までに比べたら全然痛くないし、関節部も痛みも薄くなっていた。だからこそ私は身体を起こすことができた。

 

「また、あの時みたい」

 

両手をにぎにぎと開閉させていくと変化に気がつく。この感覚は初めてではないと。それは楠さんの所にお世話になっていた時と同じものだった。

 

「……まだ、私は頑張っていいんだよね? 先輩(、、)

 

椅子の上でそのっちさんからもらった抱き枕を齧っている牛鬼に目を向ける。あの時の『熱』を思い返して私は自分のやるべき事を再確認させていく。

 

今日。一月十一日。ここまで看病してくれた美森さんと夏凜ちゃんに報いるためにも私は神婚の儀に向かう。先輩……のおかげかは分からないけれどここまで身体が楽になっていることは都合が良い。

 

ベッドから出てゆっくり立ち上がる。机に置いてあったメガネを着けてパジャマから私服に着替えていく中でふと、窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。

 

────め。こっちに……で…。

 

私は目を見開く。幻覚か幻聴か……そこには顔を俯かせた自分の姿が映されていた。ぼそぼそと口を動かすその姿は何かを伝えようとしているようにも見えるが、よく認識できない。

たまに視えていたこの『幻』はどこか既視感を覚えさせる。正体が分からない以上どうしようもないが、もしかしたら無理しようとしている私を止めようとする反応なのかもしれない。だから私はその声に微笑んで、

 

「……大丈夫だよ。きっとうまくいくから…安心して」

 

それが不安から来るものなら安心させたい。『タタリ』を刻まれても、呪いに苛まれてもこうして今日まで生きて来れたんだからきっと上手くいく。途中で破綻してしまう可能性だってあったんだ。だったらこれはきっと私の『選択』が導いてくれた結果なのだと、今なら分かる気がする。

 

着替えが終わる頃には声は聴こえなくなっていた。入れ替わるように部屋の扉が開けられると、そこには美森さんが立っていた。

 

「──ゆう、ちゃん?」

「おはよう美森さん」

「身体の具合は平気なの…? 立って大丈夫……?」

「うん。不思議と体が楽なんだ。これも美森さんが看病してくれたおかげなのかも……っ!?」

「良かった…! ほんとうに、良かった……よぉ」

 

堪らず美森さんは駆け寄って私を抱きしめた。心底安心した口調で、強く抱きしめるその姿に感覚の薄くなった私の身体は熱く反応を示していた。ああ、やっぱり……この人の温もりはとても安らぐ。忘れそうになる人の感触を確かめるように私も美森さんに腕を回して抱きしめ返した。

 

「ありがとう、美森さん」

 

疲れて、やつれて、憔悴しきった彼女にどれだけ負担を強いたか。美森さんにも『タタリ』の影響があっただろうに……それでも私を優先して看病してくれたからこそ私は生きていられた。

 

「今日までに体調が良くならなかったらどうしようかと思ってたけど、これも美森さんのおかげだね……まだ時間まで余裕があるから美森さんは休んでてよ」

「仮眠は細かくしてたから平気。でも一度家に戻るわね…色々と準備をしてくるから」

「うん、行ってらっしゃい。私も色々とやっておかないといけないから」

 

一度分かれて行動する。私は玄関まで美森さんを見送ってから再び自分の部屋に戻って周囲を見渡した。

 

やる事はまず……掃除をしよう(、、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が今日まで使ってきた友奈ちゃんの部屋。お世話になった意味も込めて私は細かく掃除をしていった。

 

 

「───はぁー…こんなもんかな」

 

 

息が上がりつつ窓の外を眺めると日はすっかりと昇っていた。時間が経つのが早いなぁなんて思いながら私は机の上に重ねたノートの束に手を添える。

 

「…………。」

 

これは私が書いてきた『日記』だ。私の辿った軌跡とも言えるそれらは『証』として残しておこうと思ってここに置かせてもらう。

『結城ちゃん』が戻ってきたときのために。『友奈』の日常をまた再開できるようにするために。

 

ここまで来るのに短いようでとても長かった。それもやっと……。

必要最低限の荷物を持って私は立ち上がる。何はともあれ今日でこの日々は区切りを迎えるのだと、少しばかりの嬉しさと寂しさを覚えた。

 

「行こう。私」

 

意気込んでドアノブに手をかけたその時、勝手に扉が開き始めた。

 

────そしてそこに立っていたのは、結城ちゃんの母親だった。

 

「……え? あ、あの…」

「出かけるの…友奈?」

 

なんだか久しぶりに聴くその声に上擦った返事を返してしまう。なんでこのタイミングで来たんだろうかと疑問が過る中、母親は小さく溜息を吐いた。

 

「その前に…リビングに来なさい。お父さんも待ってるから」

「は、はい」

 

いつも柔和な笑みを浮かべ、優しい雰囲気を崩さない人から初めて見るその表情に私は素直に従うことにした。

 

も、もしかして怒ってる、のかな……?

 

母親の後ろについていき、リビングに向かうと椅子には父親が既に腰を下ろして待っていた。

そこにも驚いたがそれよりも目の前のテーブルの上に並んでいるものに対しても同じ反応を示してしまった。

 

「これは……」

「座りなさい」

「…はい」

 

言われた通りに向かい側の席に着いた。そうしていると私の目の前にお粥と具が細かく刻まれている汁物とかが置かれていく。

 

「病み上がりだから消化に良いものを作ったけど、食べられないなら無理に食べないでもいいからね」

「は、はい。えっと……?」

「今時間は朝食の時だ。なら、家族でこうして卓を囲むのは何もおかしくないだろう」

 

そう言う父親の横に母親が座る。少しの沈黙の後に口を開いたのは母親だった。

 

「……身体の具合はどう? 美森ちゃんからは逐一報告を受けていたけど」

「おかげで楽になりました。ご迷惑をお掛けしてすみません」

「そう……」

 

何かしら言いたげな視線を感じる。けれど私もどう話を切り出して良いか分からないでいたためにまたも沈黙が場を占めた。

 

「……ごめんね友奈。私たち何もしてあげられなくて」

「そんな、謝らなくていいですよ。大赦の方から近づかないようにって言われてたんですもんね」

「それでも、ね。親として子供に看病の一つすらしないのはやっぱりどうかしていたわ……謝って許されることじゃないのは分かってるけど、本当にごめんなさい」

「…すまなかった」

 

そう言って友奈ちゃんの両親は私に頭を下げた。

 

「あ、頭を上げてください。本当に気にしないで……そもそも私が無理してきたのが原因だから。それにお二人の気持ちは十分に伝わってきてるので何もしなかった、なんて言わないでください」

 

ご両親が気に病む必要はまったくない。それどころか謝るべきは私の方で……ずっと隠してきたことがあったのだから。

私は二人の姿を見て腹が決まった。顔を上げて二人を見つめる。

 

「あの、私の方こそ謝りたいことがあります。聞いてくれますか?」

「何かしら…?」

 

私は一度深呼吸をしてから、自分自身の『秘密』を打ち明ける。

 

今この体には『結城友奈』としてでなく、別の『人格』が入ってしまっていること。それが『私』だということ。それらをずっと黙って過ごしてきたこと。御役目のこと……色々を私は二人に話し込んだ。

 

話している間、両親はじっと私の声に耳を傾けてくれていた。

 

「──たくさん、隠してごめんなさい。友奈ちゃんの生活を壊さないように、出来るだけ元の状態で返していこうと私は……っ?!」

「…いい。もういいのよ……友奈」

 

いつの間にか立ち上がってこちらに近づいていた母親に優しく抱きしめられた。

 

「え……?」

「実は私もお父さんもなんとなくそうなんじゃないかって思ってたの。あなたの話を聞いてやっぱりって…そう思った」

「そう、なんですか?」

「ええ。実の娘のことだもの……分かるに決まってるじゃない」

 

……そっか。

 

「あと、これだけはわかって欲しいの。友奈はもちろんだけど……あなたも私たちの『娘』であることは変わりないからね? それをどうしても伝えたかった」

「……………娘? 私、が……?」

 

一瞬、何を言っているのが理解できなかった。そんな拍子抜けた私の両頬に手を添えて慈しむように撫でてくれる。父親の方もこちらに歩み寄ってきて私との視線を合わせるようにしゃがんで手を握ってきた。

 

「…ああ、友奈(、、)。お前もちゃんと私達の大切な子供だ。いつの間にか娘がもう一人できていたなんて嬉しいことじゃないか。なぁ、母さん?」

「ふふ、そうですね。あのお転婆な友奈と違ってあなたはとっても聡い子……でも抱え込んじゃう癖はあの子と一緒だからこんなにも──頑張っちゃうのよね」

「………そんなこと、ないですよ。私は、わたし…は」

 

感覚がないはずなのに、触れられているそこから熱いものが滲み込んでくる。美森さんがくれる『熱』とはまた別の……初めての(かんかく)だった。

 

心地がいい。本当に心地よい感覚だった。まるで求めていたものの一つであるかのように…確かに私の心に熱を宿してくれる。

自然と、いつの間にか私は手を伸ばして目の前の人を抱きしめていた。そうして向こうも返してくれる。私を抱きしめてくれた。

 

「友奈。私たちの友奈……今までこうしてあげられなくてごめんね」

「寂しい思いをさせてしまったな。ダメな父親ですまない」

「……っ。わ、わた…私の方こそごめんなさい。いっぱい迷惑かけて、心配させて……!」

 

視界が歪む。そこから何かが頰に伝って流れるそれが『涙』だと理解する頃には、私は母親の胸の中に顔を埋めていた。

 

 

 

────ああ、そうか。生まれて初めて(、、、、、、、)お母さんとお父さんに抱きしめられたんだ。

 

 

 

私の生まれが特殊で、そういう存在なんていないものだと思ってた。でもそうじゃないよって言ってくれる言葉にこの流れる涙が止まらない。泣いている美森さんに手を伸ばそうとしたあの時以来の『涙』。

 

「お父さん……お母さん……ありがとうございます。私を娘って言ってくれて…家族だって認めてくれて」

「他人行儀もしなくていい友奈。私達は親子なんだから」

「……っ。うん、お父さん」

「これからもいっぱい甘えていいのよ、友奈」

「お母さん……っ!」

 

私にも家族がいたんだ。今まで一歩引いてこの人たちと過ごしてきたけど、それももう考えなくていいんだ。

 

「……さて。ご飯、すっかり冷めちゃったわね。温め直しましょうか」

「友奈。食べられるか?」

「うん。食べる」

 

今だけはこの時間を大切にしたい。こうして運命の日の朝は家族との食事から始まったのだった。

 

 

────

───

──

 

 

 

 

朝食を終えてから残りの時間は話をすることに費やした。もっと早くこうしていれば、ああしていればなんて考えてしまうけどこれらも私の選んだ『選択』だとすれば幾らか溜飲が下がってくれる。

 

玄関先で靴を履いて立ち上がった私は振り返って見送るお父さんとお母さんに微笑んだ。

 

「……本当に行くのね?」

「御役目とはいえ、無理する事はないんだぞ」

「心配してくれてありがとう。でも、これは私にしか出来ないことだから。ちゃんと次に帰ってくるときには友奈ちゃんとして帰ってくるよ」

「──違うわ友奈、あなたも一緒に帰ってくるのよ」

「そうだ友奈。二人で(、、、)帰ってきなさい」

「……………っ!」

 

また目尻に涙が浮かぶ。泣きっぽいな私……でも頑張れる理由の一つがまた増えた。頑張ろう。本当に。

 

もう一度軽く抱擁を交わし、私は玄関の扉を開ける。

外には既に大赦の車が待機していて、その側に美森さんが立って待っていてくれた。

 

「お待たせ美森さん」

「ゆうちゃん。もういいの?」

「うん、美森さんこそ……平気?」

「覚悟は出来てる。後はゆうちゃんと一緒に行くだけ」

「そっか……ありがとう。お父さんとお母さんのことも」

「どういたしまして」

 

迎えの車のドアを開けられ私は一度だけ振り向いた。

 

 

 

「…行ってきます、お父さん、お母さん」

 

 

 




友奈ちゃんの両親との対話。
自分のことを同じ家族で娘と認めてくれた。彼女の頑張る理由が一つ増える。

『私』の体調が一時的に良くなってるのは◾️◾️の『ある日』だから。これは原作でも似たようなことが起こっているので流用させてもらった次第。


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六十四話 ※Another

◾️

 

 

景色が流れていく。私は横目にそれを眺めながら頬杖をついて移動の時間を潰していた。

 

『──今、結城様と東郷様の二人が移動を始めたみたいだ』

「……そう。いよいよなのね」

 

車内には二人だけ。兄である三好春信が運転をしてその助手席についているのが私だった。移動先は大赦の保有する施設で『とある物』を受け取りに行くためにここにいる。

友奈と東郷は別の車で『神婚の儀』を行うため儀式場に向かっていて、私も後で合流する予定だけどまずはこちらの用を済ませる必要があった。

 

「園子の動向は…?」

『園子様は大赦本庁に連絡があったよ。やっぱり僕たちの動きに感づいてる節が見受けられるね』

「園子っていつもふわふわしてるけど、こういう時の『カン』が冴えてるのよね。この前も最初に友奈と一緒に行くように仕向けたのも結局アイツの差し金だったし」

『派閥争いの間を縫ってどちらの情報も手に入れられるように動いているから流石に次期当主と言われるだけの手腕は持ってるね。僕も何回か話す機会があったけど、年下の女の子と話してるって感覚じゃない時があるよ彼女は』

「ここ数日の学校でも東郷や私たちにも探りを入れてきたし……向こうの方についたってことかしら」

 

神樹様含む神様を絶対的存在として肯定する神道派と神を信仰するがその全てを頼らずとも……っていう人道派が組織内には存在しているらしい。

 

『どちらにせよ、それは大人たちの勝手な争いだから置いておいて……まず利用してくるだろうから、こちらからはその逆を充てようと思う』

「いいの? 肩入れしすぎると良くないって言ってなかったっけ?」

『問題ないよ。それで夏凜が動きやすくなるなら僕は自分の立場よりそちらを優先させてもらう──とは言っても建前は必要だし、理由付けなんて幾らでもつけてやるさ』

「……そう」

 

なんか歯痒いわね。兄貴がここまで気にかけてくれるのもそうだけど、相変わらずの手際の良さを見て最初から予見していたようにも思えてしまうほどだ。

園子は友奈を……いや、儀式を止めようとしている。どうやら私をあの時向かわせたのも友奈の動向を探って欲しいという願いが含まれていたようで、今の私の動きは彼女からしてみれば所謂『当てが外れた』とも言える状況かしらね。

 

────地獄の果てまでついてきてくれる?

 

友奈は私にこう言った。きっとあの子なりの覚悟の現れなのかもしれない。でも私は沢山考えた結果は『地獄』なんてまっぴらごめんって結論に至った。

 

(ついていく……けど地獄なんて行かせるもんか)

 

勇者なら、仲間なら、友達なら地獄に行こうとする人間を黙って見過ごすなんてしない。むしろ引っ張り上げてやる気概で今は満ち溢れていた。

 

しばらく車を走らせると目的地に到着した。

私は車を降りて兄貴の隣に並んで歩き出す。背丈は頭一個分違う兄との差を感じながら施設内に入って進んでいく。

此処は兄貴の管理する大赦の技術を取り扱う場所で私たちからすれば主に『勇者端末』のメンテナンスなどに利用されている。

 

『──少々技術部の人たちには無茶させてしまったけど、何とか完成にまで漕ぎ着けることができた』

「ごめん。私の我儘を聞いてくれて」

『いいさ。今までの分を含めて力になれなかったお返しができて僕としてもいいタイミングだった。受け取って欲しい』

 

そう言いながら兄貴は私に小型のアタッシュケースを差し出してきた。躊躇わず私は受け取ってその場で中身を確認し手にする。

 

「行くわ、兄貴。時間も惜しいから」

『ああ。こっちの事は任せて行ってくるといい』

「うん」

 

慣れた操作で勇者アプリを起動してすぐに変身を果たす。

 

「ねぇ兄貴。もし全部終わったらさ……また家族で一緒にご飯でも食べない? 色々と、話したいことがたくさんあるからさ」

『────。是非、聞かせて欲しい。必ず時間を作っておく。夏凜──頼んだよ』

「……ありがと、兄貴。行ってきます」

 

口角が上がってしまっているのを背を向ける事で隠す。

そのまま駆け足で部屋を後にして適当な窓を開け、私は飛び出した。飛躍的に上昇させた跳躍力で建物伝いに渡って最短最速を持ってして目的の場所へ……そして友奈の元に向かう。

 

────兄貴に託された『もの』を手にして。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

乃木の調べた通りなら今日が『神婚』の儀式が行われる日。アタシは樹と共に夏凜の住むマンションに足を運んでいた。

試しにノックをしてみる。

 

──応答なし。

 

インターホンも鳴らしてみたが結果は同じ。うーん、やはり留守か。

どうしたものかと頭を悩ませる。

 

「──お姉ちゃん。鍵、空いてるみたい」

「マジ? あ、本当だ……ん? でもさっき確かに鍵が…あれ、樹いつの間にワイヤー出してたの??」

「なんでもないよ、お姉ちゃん。ほら、行こ!」

 

屈託のない笑みを浮かべ樹が入るように促してくる。なんかその笑顔が東郷のと被るのは気のせいかしら…?

まぁともあれ勝手ながらに入らせてもらうことにした。

緊急時だから仕方ない。以前お邪魔したときと同じリビングに足を運ぶ。

 

「──やっぱ、いないか」

「お姉ちゃんこっちの部屋にもいないよ。夏凜さんどこにいったのかな?」

「友奈たちと一緒に行動してるのかも。まさかこんなに早くから動くとは考えもしなかったけど……ん?」

 

友奈の家(あっち)には乃木が行ってるから何かあれば連絡はすぐに来るはず……なんて考えていたらテーブルの上の書類に目がいく。

つらつらと細かい字がびっしり書かれたそれらの一枚を手に取ってみる。

 

「──勇者アプリのアップデート……?」

 

それは見たこともない書面。アタシたちの端末を弄る際には事前に連絡が必ず入る。でもこれに関しては見たことも聞いたこともないし、そうするとこれは夏凜のみに通知されたものと見ていいだろう。

 

「……あ! お姉ちゃん! 夏凜さん見つけたよ!!」

「えっ!? どこ? ……って凄い勢いで移動してるわね」

 

なるほど、そういえばアタシたちの端末にはお互いの位置を確認できる機能があったことを思い出して樹の画面を覗いてみたら夏凜が道順やらを全て無視して移動している様子を捉えることができた。

勇者に変身しているのは当然として迷いなく向かっているのを見るにその先が友奈たちの居る所と見ていいだろう。

 

同時にアタシの端末が震えた。

 

「もしもし?」

『フーミン先輩、今から言うところにイっつんと一緒に来てほしいかな』

「ちょうど良かったわ乃木。アタシたちもこれから夏凜の所に向かおうと──」

『にぼっしーは多分また別の所に行ってると思う。今はそこよりも慰霊碑のあるあの場所に向かってほしいの。ゆっちー達の動きが想定していたよりもバラけちゃってて一人じゃ追い切れないんよ』

「何よそれ…ってことは邪魔が入るのを見越されてたってことになるじゃない。夏凜のあれは囮ってこと?」

 

アタシたちが動くってことが予め分かっていたからこうなった。確かにアタシや東郷が暴挙に出た経緯がある以上は疑念を持つのは最もだが、今はそれが仇となってしまったわけか。

 

『何とも言えない。わっしーたちは端末の電源を落としてるせいか位置情報で追えないから……でも今時間ならあそこに行けばもしかしたら…!』

「悠長に考えてる暇はないか…分かったわ、樹と二人で向かうから。そこに行けば友奈たちの居場所が分かるのよね?」

『うん──あの人ならきっと二人の居場所が分かるはずだから』

 

乃木の言うあの人とは一体誰だろうか。

取り敢えずそのまま通話を終了して、アタシはその手で勇者アプリを起動させる。

 

「樹。聞いてたわよね?」

「うん、いつでも行けるよお姉ちゃん」

「普通に移動してたんじゃ時間が足りないから変身して行くわよ」

 

迷わず画面をタップしアタシたちは勇者の姿へと変身した。

去り際にチラッと先程の書類が気にかかったが優先順位は友奈たちの方が先だと判断して、アタシと樹は夏凜のマンションを後にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

────通話を終えて私はわっしーのお母様に挨拶をしてから家を出る。

脇に停めてあった車に乗り込んで運転手に移動先を指示して動き始めた。

 

(この時間帯なら居るはず……うん、違う…待ってくれてるはず)

 

そうでなくてもほぼ毎日あそこに顔を出す私だからこそ、向こうの動きかある程度予想がつけられたわけだけど。

 

「…通達した?」

『はい。まもなく指定の場所に配置されます』

「ありがとう。あっちこっちで混乱が予想されるからその時はみんなでうまくお願い。私たちは出来る限り抑えるけど、全てを防ぎ切るのは難しいかもしれないから」

『畏まりました』

「じゃあ、ここで降りるから後はよろしくね」

 

伝えることは伝えた私は車を止めてもらって外に出たらすぐに勇者へと変身をした。そのままフーミン先輩たちに合流するべく慰霊碑のあるあの場所に向かう。

時間は限られているから少し本気を出して進むことにして鴉天狗に端末を持ってもらいながら位置情報を確認する。

 

(わっしーたちは変わらず反応なし。にぼっしーは…止まってる?)

 

移動中の私と先輩、イっつんとは違い先程まで急速に移動をしていたにぼっしーの位置がさっきから動かずにいたことに疑問を覚えた。

ゆっちーたちとは離れて行動しているところを見るに何か目的があって動いているのかと思っていたけど……。

 

フーミン先輩たちを追い抜かして私は一足早く到着すると駆け足で施設に駆け込んだ。

 

「はぁ、はぁ…いた(、、)!」

『────やはり、来ましたか』

 

慰霊牌の並ぶ中央にその人は立っていた。安芸先生。小学生時代の時の私、わっしー、ミノさんの先生。仮面をつけて感情を殺し、その素顔を拝むことは出来ないけど安芸先生がここに来ていたことは知っていた。

階段を一段、また一段と降りていって先生に近づいていく。

 

「先生。私が来ることが分かってたんだね」

『…それはお互い様でしょう。一体どうされましたか? 御役目もなしに変身しているのは感心しませんが』

「先生こそ。色々と忙しい時にここに居てもいいんですか? よければ私が送っていきますよ」

『お気持ちだけ受け取っておきます。それに、こういうやり取りをしに来たわけでもないのでしょう?』

「そうですね。なら単刀直入に──ゆっちーたちが行おうとしている『神婚』の儀式場を教えてください」

『断ります、と言ったら?』

「断れないよ。先生なら……私がどういう気持ちで今ここにいるのか分かってますよね?」

『大赦は人類を存命させる義務があります。神婚による儀式の完遂はそれに繋がる唯一の道なのです』

「唯一なわけがあるかぁ!!」

「──フーミン先輩!」

 

叫びと共に現れたのは二人。フーミン先輩とイっつんだった。

武器を携え強い意志を含めた眼差しで先生を見る。

 

「道がそれしかないなんて間違ってるわ! それに誰かを…仲間を犠牲にしてまで世界を救おうなんてアタシは思わない」

『犠牲…ですか。しかしそれは今更なことです』

「今更って…! あんた──」

『此処は歴代の勇者や巫女たちが祀られている場所。遡ること三百年もの間、同じ志を持っていた者たちは沢山いました。私達がいるこの場や大橋に名を連ねる先代方も同じ──しかし結果は今私達が生きている現実が示している。これ以上の犠牲を増やさないためにも儀式を急ぐ必要があるのです』

 

歴史が、年月が今の私たちの生きる現実を示していた。

 

「…それでもどうにかならなかったんですか! 友奈さんが、世界が救われる方法は…!」

『我々は模索しました。しかし友奈様にはもう僅かながらの時しか生きられないのです。天の神による『タタリ』は既に友奈様の全身に廻り、蝕み、命を削り続けている。時間が無いのですよ。あるいは炎の世界を消すことが出来れば──』

「でもそれは不可能だと、言いたいんですよね? だからゆっちーが神婚をして人としての生を終えることになっても仕方ないって」

『──神婚は友奈様の、世界の救済に足るものだと大赦は判断しました。既に御本人と東郷様が了承しています』

「ふざけんな…! 話にならないわ、今すぐ大赦を止めに──」

 

大剣を構えたフーミン先輩が一歩踏み出そうとしたところでその歩みを阻まれる。

 

────一本の刀がフーミン先輩の前に突き立てられていたから。

 

その武器を知っている。ここにいるみんながそう。だから驚きを露わにするのはしょうがなかった。

吹き抜けの天井から飛び降りてきて『赤い勇者』が姿を表す。

 

「──夏凜!? な、なんでアンタがここに…!」

「…行かせない。友奈のところには行かせないわ、風」

 

姿を眩ましていた最後の仲間が私たちに刃を向けていた────。

 



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六十五話 ※Another

◾️

 

 

 

「────夏凜!? アンタどうして…!」

 

フーミン先輩が驚きの声を上げる。対するにぼっしーは刀の切先を突きつけたまま出入り口を塞ぐように立っていた。

 

「行かせない…行かせないわよ風。友奈たちのところに」

「夏凜さんどうしてですか!? 早くしないと友奈さんが──!」

「樹、友奈はこれから神婚をするの。その邪魔をさせるわけにはいかないからここで大人しくしていて」

「そんな…」

「ねぇ、にぼっしー。にぼっしーの位置情報はさっき真逆を示してたのにどうしてここに?」

「……ちょっと細工をしてもらっただけ。囮の役目と万が一ここに来た場合に確実に足止めを出来るようにアンタたちを油断させるため」

「夏凜! アンタ分かってんの!? 神婚をしたら友奈だけじゃない、人類が『人』じゃなくなっちゃうのかもしれないのよ?!」

 

先輩の言う通りゆっちーたちが神婚を完遂してしまえば天の神の侵攻は止まるが『人』として終わってしまう。そんな瀬戸際にいる私たちだけど、それでもにぼっしーはその場を動こうとはしなかった。

 

「まさかアンタたち……死のうとしてるんじゃないでしょうね?」

「それはないわね。私は友奈の願いを叶えるために動いてるの、だから行かせない」

「このっ! 分からず屋ぁーー!」

 

大剣を構えて大振りに振るう先輩。にぼっしーはわかっていたのか刀で大剣を受け止めてみせた。

 

「部長命令よ夏凜、今すぐ退きなさい!」

「嫌よ、こればっかりは聞けないわ!」

「やめてお姉ちゃん、夏凜さん! こんなの間違ってるよ!!」

「……一旦落ち着いて二人とも! 先生、本当にこれが貴方の望んでいることなんですか?」

『想定の範囲内です。だからこそ、三好様に助力を願ったのです。儀式を成功させることが我々の願い』

 

止める気はないみたいだね。だったら、と私も槍を構えようとしたその時……ある人たちが目に入った。

 

────あれは、大赦の………そういうことか。

 

私はある事に気がついてそのまま槍を二人の間に滑り込ませて割り込んだ。

 

「乃木?!」

「フーミン先輩。どーどー……ここは一つ、私に任せてもらえませんか?」

「…どういうことよ?」

「詳しいことは喋ってる暇は無さそうなので……いま端末に送りました。ゆっちーの居場所の見当がついたから取り敢えずこの場を離れて下さい」

「園子さん……」

「イっつん、みんなをよろしくね。イっつんとっても強い子だから何とかなるよ。先輩、さぁ行って」

「乃木……分かったわ。夏凜、アンタ全部終わったらお説教だからね! よーく覚えておきなさいよ!」

「くっ…行かせ────」

 

一瞬戸惑ったにぼっしーを今度は私が止める形で立ちはだかった。間を抜ける様にフーミン先輩とイっつんは走っていく。後ろの安芸先生は特に何かする事なくその場でジッと私たちを仮面越しに見据えていた。

 

「…ふふ」

「何がおかしいのよ」

「ここにわっしーが居ればある意味揃った感じなのかなぁーって思って」

「…? なに言ってんのよ園子。悪いけどアンタに付き合ってる暇は──」

「んーん。ダメ、にぼっしーは私を足止めするの。その方が都合がいいでしょ?(、、、、、、、、、)

「────!」

 

にぼっしーが驚く。凄く分かりやすい。

 

「お兄さんの立場もあるだろうし、ある程度はやらないといけないんだねぇ……少し場所を変えよっか。ここで戦うとみんなに失礼しちゃうと悪いから」

 

慰霊牌(ごせんぞさま)に傷をつけるのもそうだけど、そもそも戦う(演じる)にはこの場所はあまりよろしくない。だから私は後ろに下がってそこにいた安芸先生を捕まえて槍を突きつけた。

 

「──これなら分かりやすいかな? …んん、そこを退け、三好夏凜! さもなくばこの神官がどうなってもいいのか!」

「あんた……」

 

勇者部の記録の中で観せてもらった演劇があったけど、それを真似てみた。にぼっしーは複雑そうな表情を浮かべていたが首を振ってキッと私を睨みつけてくる。

 

「──卑怯な。今すぐその人を解放しろ!」

「ならば私の要求を飲み込め! そうすれば開放してやる……ってことで先生、ちょっと失礼します」

 

私は先生を抱えて外に場所を変えるべく動き出した。とは言っても遠くには逃げない。さっきの場所から少し離れた所で足を止めた。

 

 

『…園子様。やはりお気づきになられていましたか』

「大人の事情ってやつは大変ですね。でも先生、もし全部が終わったらわっしーと三人でミノさんのお墓参りしようね」

『……考えておきます』

「園子!」

 

短いやり取りをしているうちににぼっしーがやってきた。私は頰を緩ませながら槍を構えてにぼっしーに接近する。

 

「なっ…!? ぐっ、う!」

「おー、不意打ちなのに反応できた。さすがは完成型勇者って呼ばれてるだけあるね」

「どういう、つもり……よ!!」

 

弾かれてお互いに距離を取る。にぼっしーは刀を構え、私も同じように槍を構えた。

 

「お話しようよにぼっしー。きっと今回、私たちに足りなかったのはソレだと思うから。全力でやろう」

「……いいわ。丁度いい機会だし、歴代最高と云われたあんたの実力……確かめさせてもらうわっ!」

 

にぼっしーは勢いをつけて私に近づいてきた。その口角は上がっていることに気がついているだろうか。

ううん、それは私も同じか。こんな時にと思ってしまうけど、こんな時だからこそ私たちなりのやり方でやるのが正解だって私は考える。

 

過去に悩み、苦悩したからこそ。相談して、共有して、解決に繋がる道を造る。その先の『答え』はきっと同じだから。

 

「やぁああーッ!」

「はぁーーッ!!」

 

────お互いの刃が火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

冷やかな水流が身体を打ち付ける。手を合わせ目を閉じて心を穏やかに鎮めて清めていく。

 

「…………。」

 

しばらくして私は滝の中から出て上がると側にいた大赦の巫女たちによって装束を着せられて支度を進めていく。

 

「…気分はどう? ゆうちゃん」

「うん、美森さんが居てくれるから大丈夫」

 

気分は落ち着いてる。私は安心させるように微笑むと、美森さんも同じように微笑んでくれた。

 

『──準備が整いました』

『東郷様はこちらへ』

「いえ、私はゆうちゃんの護衛に就かせていただきます。貴方がたと同じ『巫女』でもあるし、そういう手筈のはずだと伺っていますが?」

『……くれぐれも儀式の妨げにならぬよう、お願い致します』

 

少し強引な気もしなくも無いけど有無を言わせない美森さんの圧でこの場を押し切った。地に膝をつき頭を下げる巫女たちの間を私たちは二人で歩いていった。

 

「良かったのかな…?」

「いいのよ。少しぐらい我儘を通したって」

「う、うん」

「それよりも……ここはねゆうちゃん。昔私とそのっちも利用したことのある場所なんだよ。御役目の前に身を清めるために訪れたの」

「そうだったんだ。そんな場所が儀式場になるなんて……運命だね」

「うん。でももうあの時のようにはいかせない。ゆうちゃんの『願い』も叶えさせてみせるわ」

「うん。頑張ろう」

 

手を繋ぐ。心強い私の大好きな人がいるから進んでいける。

少し歩いた先に景色が変わる場所が見えてきた。それは私たちが御役目を果たすための神樹様が張る結界……『樹海』がその先に広がっていた。

『境目』とも呼べるその所に『神官』が立っている。神官は頭を深く下げた。

 

『お待ちしておりました勇者様。こちらより神樹様の元へと御運び致します。さあ』

「……はい」

 

一本の太い『根』に誘われる。ここに乗っていけばその先にいる神樹様の所に……ううん、『結城ちゃん』の所に行けるんだ。

私はずっとこの時を待っていた。今の『私』なら判る──あの先に私と美森さんの求めるものがあると。

 

「──ゆうちゃん!」

「み、美森さん…?」

 

一歩を踏み出そうとした所で私は後ろから抱きしめられた。ぎゅうっと強く抱擁されてその『熱』がくすぐったく思えてしまうほどに。

美森さんはそんな私の耳元でボソッと呟く。

 

「……後で必ず向かうから。それまでどうか……生きて、生き抜いて」

「うん。ありがとう美森さん……行ってきます」

 

名残惜しげに私たちは離れていく。美森さんはその際に私の手元に『端末』を残してくれた。神官さんには見えないようにコッソリと。

 

歩みをそのまま進めて『根』の上に乗る。するとゆっくりと『根』は動き出して神樹様の元へ移動を始めた。

 

 

 

「…………私の『命』が尽きる前に会いに行くから」

 

 

 

ぎゅっと胸に手を置いて決意を固める。

 

 

『花』はいつか散ってしまう。ずっとは咲き続けることはできないから。

 

──いつかは散ってしまうのは分かっていた。

 

だから……だからこそ『私』はやり遂げなければならない。

それは私が『わたし』になった責任なんだ。

目覚めた時からそれは理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……待っててね。結城ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は『わたし』に誓う。

必ずあなたのもとに辿り着いてみせると────。

 

 





神婚の儀が始まるところまで。

そして『あらすじ』の部分をようやく回収。


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六十六話 ※Another

◾️

 

 

 

 

刀と槍がせめぎ合う。勝敗を決する一打はお互いに譲ることなく私と園子は慰霊碑の並ぶ施設の横の開けた場所で戦っていた。

並外れた身体能力は一般人からしたら目で追うのがやっとであろう速度を持って相対している。

 

 

「──ねぇにぼっしー分かってる? あのままゆっちーを行かせちゃうとどうなっちゃうのか!」

「園子こそ分かってる? このまま友奈と東郷を放っておくといずれ死んでしまうことを!」

「うん……だからゆっちーとわっしーを救う方法を探ろうとして──!」

 

私は力任せに刀を振るって園子を吹き飛ばす。

それでも綺麗に受け流す辺り底知れないものを感じられた。

 

「──それじゃあ間に合わない。遅いのよ園子。悠長に私たちが解決策を探っている間も友奈の容態は悪くなる一方なのっ! 東郷だってそう……『タタリ』に蝕まれていく二人を見て、命を削られ続けられる様を見せられていく気持ちがアンタに分かるの?!」

「…分かるよ。学校に来てる時もすごく苦しそうにしてたし、部活でもそう……陰でバレないように努力していたことも。にぼっしーこそ分かる? 手を差し伸べたくても差し伸べられない人の気持ちが!」

「そんなの──くっ!?」

 

今度は私が園子に飛ばされて距離を取らされる。その際にちらっと視線を向こうに向けてみれば、何人もの大赦の神官たちが私たちの戦い(えんぎ)を、観察していた。

 

────まったく。大人たちってやつは…。

 

あの連中は簡単に言ってしまえば私たち勇者を快く思っていない人たちだ。建前では腰を低くしているが、今回の『神婚』を確実に成功させようとしていて以前東郷や風の暴挙に似たことをさせまいと、兄貴を経由して私がみんなに対する抑止力として使われている。

立場上、それでも兄貴は従うしかない。

 

納得はしてないけど……。

 

思わず舌打ちをしてしまうが、これも兄貴のためだと私は無理矢理に納得させて園子に向き直る。

 

「にぼっしー。後悔してない? ゆっちーのこと、本当は止めたかったって。今ならまだ間に合うよ。一緒に他の方法を考えてみる気はないかな?」

「後悔……ですって? 後悔なんてあるわけない。私は私の意思で『選択』したの。友奈は友奈(あいつ)に会いに行って……それはあの子の望みで、私の『願い』なのよ!」

 

提示された選択肢はいくつかあった。その中で私は悩み、考え抜いて今ここに立っている。

 

ついてきてくれる? と友奈は言った。以前の友奈が差し伸べてくれたその手を今度は私が差し伸べてあげるんだ。

 

「───っ!? なに…?」

 

その時、急に大地が揺れ始めた。思わず立ち止まってしまう私たちが周囲を見渡していると近くにいた園子に『安芸先生』と呼ばれていた神官が遠くを見据えた。

 

『──予定より早いですね。まさか直接手を下しに来るとは』

「なに、あれ……まさか」

 

遠くの空が縦に裂けて赤黒い世界が広がり始めていた。それはまるで神樹様が結界を張るときと同じで、そんなことを出来る存在なんて一つしかなかった。

 

「あれが……『天の神』なんだよね、先生?」

『そうです。我々が数百年もの間戦ってきたバーテックスたちの総本山とも言うべきでしょうか』

 

ならあれが友奈と東郷を苦しめていた元凶だ。世界を……この四国を呑み込むほどの巨大さに私の握る刀に力がこもる。

 

────私たちの『敵』。私の倒すべき『敵』。

 

「…! そういえば現実世界なのに敵がいるってことは町には一般人が…!」

「それは大丈夫だよにぼっしー。こういうこともあろうかと各地に避難誘導するように手配してるから。なるべく安全な所にーって」

「そ、そう……流石ね」

 

いつの間にそんなことをって思ったけど、このところ別行動ばかりしてたから知らないのも無理はないかと納得しておく。

 

「でも、ああして天の神が来てるってことは神婚は進んでいるってことですよね?」

『そうなります。そして我ら「大赦」からはあなた達勇者に御役目を告げなくてはなりません』

 

神官はそう言って『天の神』を背にして私たちに向き直ると、

 

 

『──友奈様の神婚成立まで敵の進行を食い止めてください。これがあなた達勇者の最後の御役目となるでしょう』

 

私たちに御役目を言い果たした。

 

 

 

 

 

 

 

地鳴りが遠くから聴こえてくる。予め私は夏凜ちゃんのお兄さんから聞かされていたから心は平静を保つことができた。

 

 

「──もう、私たちは後戻りはできない」

 

 

銃口を下げて呟く私の足元には先程まで待機していた神官の一人だった。簡単な束縛を施しているけど、息はちゃんとある。

 

『な、なぜ……勇者様……こんな』

「安心してください。時間を掛ければ解ける程度のものですから。私とゆうちゃんにはやる事があるのでその邪魔をされないための処置です」

『こんなことをしてしまえば神婚に影響が……世界が』

「差し支えることはありません。道は違えど目指すものは一致しているはずですから。『身姿』である彼女は神樹様の元に送り届けます」

『…………。』

 

ぴしゃりと言い返す間も与えずに吐き捨てると、私はゆうちゃんの元に行こうと歩き出す。先程から胸に刻まれている『タタリ』が強く疼く。背後の縦に裂けた赤黒い世界が影響を及ぼしているのは確かだ。

 

もう 大赦(かれら)には十分に従った。

急がねば。

 

「東郷ーー!!!」

「東郷先輩っ!」

 

 

声のせいで思わず歩みを止めてしまう。そしてゆっくりと私は振り返る。

 

 

「……風先輩、樹ちゃん」

 

なぜだろうか、凄く久しぶりに顔を見た気がする。少し息を切らし気味なのを見るに全速力でここまで来たのだろう。心配してくれてる、いや怒っているのかな……しかし私はそんな二人に銃口を向けた。

 

「東郷…本気なの?」

「先輩、私たちにはもう時間がないんです。特にゆうちゃんには……」

「だからってこんなことをするのは間違ってます。もっと何か方法があったはずですよ!」

「樹ちゃん。ゆうちゃんは神樹様の所に行く理由があるのよ」

「理由って……っ!?」

 

地響きが続く。遠くのアレにみんなの視線が釘付けになる。

 

「なによ、あれ」

「あれは『天の神』です風先輩。私たちが今まで戦ってきた敵の総大将です。ゆうちゃんと神樹様の『神婚』を成立させまいと自らが出陣したんでしょうね」

「あんな巨大なのが……でも、乃木の言う通りならアイツを倒せばみんなが助かる──!」

 

ぶつぶつとなにかを言っている先輩を他所に私は隙をついて離れた。

 

「あっ!? 東郷先輩!」

「ごめんなさい。私は一刻も早くゆうちゃんの所に向かわないといけないから!」

「東郷っ! くっ……あーもー! どいつもこいつも話を聞かんで勝手に行動してぇ!! 樹! 乃木と夏凜のところが心配だからお願いできる?!」

「……! うん、任せてお姉ちゃん。お姉ちゃんも気をつけて」

「ええ、よろしく頼むわよ」

 

樹ちゃんは『天の神』の方へ、風先輩は私を追ってくる形になった。

 

「待てーー! 東郷! わ、ちょ!?」

「来ないでください先輩……迎撃しますよ?」

「も、もうしてるじゃない?! ちょ、はっ、この!」

 

私の銃撃を大剣で弾いていく風先輩。

 

「てかアンタまた暴走してるでしょー! やめ、やめろこらぁ!!」

「暴走なんかしてません! 至って正常な思考回路です!!」

「アンタが友奈関連で正常だったことがないでしょうがー!」

「それは言いがかりです!」

「マジで話聞かないわね……あたしだってぇぇ!!!」

 

一際大きく跳んだ先輩は大剣を大ぶりに振り落とした。衝撃と土煙を撒き散らせて私の進路を妨害してくる。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ずっと走りっぱなしで嫌になっちゃうわ。足の筋肉がついたら女子力が下がっちゃうじゃない」

「なら邪魔をしないでください」

「それは出来ないってば。どうして友奈を神樹様の所に向かわせるの? 東郷だってその意味がどういうことか分からないわけじゃないでしょ??」

「ええ、もちろん承知してます。でもこれは二人で決めたことなんです……だって神樹様のところには──『友奈ちゃん』がいるんですから」

 

 

私は先輩に打ち明ける。あそこには以前の友奈ちゃんがいるから。精神が……『幽体』がそこにいるのだから。私とゆうちゃんの目的はその『友奈ちゃん』を取り戻すこと。それが神婚の儀を受けた理由だ。

風先輩はそれを聴いて目を見開く。

 

「どういうことよ……『友奈』が神樹様のところにいるって。証拠は?」

「提示できる『モノ』はありません。でもゆうちゃんという存在が『散華』の影響によって生み出されたものなら、捧げられた『友奈ちゃん』の『精神』は神樹様と共にあるはずなんです。それに……強いて言うならゆうちゃん自身がそう感じているから(、、、、、、、、、、)。理由としてはそれで十分に足ります」

「…アンタってホント友奈のことになるとアホになるわね」

「──……!? そ、そんなことありません断じて!」

「なに本気で驚いてるのよ。その根拠というか、自信が凄いわね。はぁ……」

 

呆れたような表情に対してムッとしてしまう。なんだ、なにがいけないんだと思わずにはいられない。

 

「…ともあれ時間が無いのはみんな同じよ東郷。この限りある中で足並みを揃えるのが大切なんじゃないかしら? 散り散りになってたって物事はうまく行かないし、それはアンタも経験してきたことでしょ?」

「それは……」

「あたしたちがキチンと相談出来なかったのが悪かったのかも。うん……二人の事情は分かった。なら、目的を絞った方が可能性が出てくると思うわ」

「目的を絞る…?」

 

風先輩は神樹様の方に視線を向ける。

 

「本来の『友奈』があそこにいるとしてもただ行かせたら神婚が成立してしまう可能性があるからそこは何としても阻止しないといけない。あたしもついて行くからまずは先に行ってる友奈と合流して、一緒に『友奈』を取り戻しに行く。みんなで行けばそれなりに対応できると思うし、そしたら急いでみんなのところに行って『天の神』を迎え討つ……ってのでどうよ?」

「だいぶ無茶な作戦だと思いますが……やるしかないですね」

「なーに。あっちには最強の勇者たちと(つよ)カワな妹かいるんだからもしかしたらあたしらが出る幕はないかもしれないけどね」

 

からからと笑う先輩。そのおかげか頭の中が落ち着きを取り戻してきた気がする。やっぱりこの人はここぞとばかりに頼りになる人だ。

 

 

「なら全速力で向かいます────満開ッ!!」

 

 

戦況は刻一刻と変化している。『天の神』が現れた以上、もうここで全ての決着を付けなくてはならない。出し惜しみはしている暇はないので、私は一回きりの『満開』を使用した。

 

「──乗ってください風先輩!」

「おっし! 友奈のところに行くわよ!」

 

 

だから待っててゆうちゃん。今行くから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして向かおうとした私たちの背後に巨大な熱量の塊が接近してきていたことに気がつかないでいた。

或いは僅かな希望の道筋が見えてきたせいなのか、盲目的になっていたのかもしれない。ともかく一瞬の隙の内に私たちの視界は真っ白に染まってしまった────。

 



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六十七話 ※Another

 

 

────完全なる不意打ちだった。神樹様の展開する結界に似た赤黒い世界が広がってその中心に存在する『天の神』。私たちが御役目として侵攻を阻止するように言われてからすぐのことだった。

 

「────え?」

 

喉から出てきた言葉は疑問の声。直後に背後から爆発音が轟いた。爆風が私たちを襲い園子は近くにいた神官を守って対処している。

 

 

────まって。アイツ、今どこを狙った…?

 

 

ここからの距離はそれなりに離れている。もちろん私たちのところではない。

振り向いてその先を見てみれば、何かに着弾したであろう痕跡が見て取れた。

 

「う、そ…───ッ!」

 

ギリっと噛み締めて私は半ば無意識に飛び出していた。

すれ違い際に園子が何か言っていたが、頭に血が上った私は聞こえずにそのまま天の神の元に前進していく。

 

「──…よくも、やってくれたなぁぁ!!」

 

天に叫ぶ。

せっかく友奈がここまで頑張ってきたのに。あの子が求めてきたものにもうすぐ手が届きそうなのに……あの子の未来を奪おうとする眼前の敵に私は全力で突き進んだ。

 

天の神は私の存在に気が付いたのか攻撃を開始する。鏡のような物が煌めき現れたスコーピオンの尾が私に目掛けて刺突してきた。あの毒の尾にやられたらひとたまりもないソレを私は両の刀で弾いて回避する。

 

「─…ッ! 満開っ!!!」

 

あまりの重撃に顔を顰め、私は勢いを落とすまいと一度きりの『満開』を使用した。そうして攻撃力と機動力を手に入れた私は更に進んでいく。

 

「(……コイツ──他のバーテックスの力を使えるの?!)」

 

今度はサジタリウスが持つ無数の針の束が雨のように降り注いできた。満開時に展開されている四つの巨大な刀で高速で斬り払っていく。バーテックスたちの親玉、総大将なのだから当たり前のことなのかもしれないが、これは些か卑怯じゃないか。

 

「…─っ!? ()、ぅ…精霊バリアまで……!」

 

今度は鋭い痛みが頰を掠めた。こいつは更にバリアまでも貫通させることが出来るらしい。久しく感じなかった痛みと鮮血に顔を顰め、同時に怒りが込み上げてきた。やはりコイツが友奈や東郷、みんなを苦しめた元凶なのだと実感し、天の神を倒せば『タタリ』に苦しめられることもなくなるということがよく分かった。

 

 

「……っざけんじゃ、ないわよ!」

 

 

────夏凜ちゃん。わたしたちはずっと友達だよ!

 

────夏凜ちゃん。私のこと友達って言ってくれて、仲間だと認めてくれてありがとうございます。

 

どちらの友奈も私にとってかけがえのない存在。私を変えてくれた存在。友達として支えてあげたいって思える存在。そんな彼女たちはいつだって『諦めない』で立ち上がっていた。あの子は自分のやるべきことを分かっていて、もうすぐそれに手が届く。ここで天の神をどうにかしないとそれすらも叶わなくなってしまう。きっと大丈夫。最悪は考えたくない。考える必要もない。

 

無数の針たちの攻撃が止む。今だ、と私は進もうとしたその時に背後から金属がぶつかる音が聞こえてきた。振り返るとそこには先程降り注いできた針たちがキャンサーの反射板に弾かれて再び私に放たれている。防御しようとしても動作が遅れてしまったために間に合わない。

 

「────もう。にぼっしー前に出過ぎだよ」

 

その言葉と共に間に割って現れたのは園子だった。そして手に持つ槍を傘状に展開させて防御させるといつもの調子で微笑みながら私の隣に並んでくれた。

 

「──ありがとう園子。ちょっと…頭に血が上り過ぎてた」

「あははー。そういうところもそっくりさんなんだねぇ……うん、ちゃんと隣で戦うよ。今度こそ、一人にはさせないから」

「……それってどういう意味────!」

 

会話も束の間、冷静になった頭で気配を察知できた私は天の神の方に向き直って巨刀を構えた。直後に爆発。

 

これはヴァルゴの爆弾……!

 

それも威力が桁違いなものだった。園子を庇ったがそれでも引き離されるぐらいには吹き飛ばされてしまう。更に加えて、

 

「───…!? ごぼ…!」

「───んん?!」

 

私と園子がそれぞれ巨大な水球の中に閉じ込められる。これはアクエリアスの……水中に放り出された私たちは抜け出そうとするけど水流が中心に吸い込むように流れているせいでうまくいかない。

そしてその隙を逃すはずもない天の神は水球を囲むようにスコーピオンの尾を複数出現させて照準を私と園子に向けていた。

確実に仕留めるための攻撃。

 

「(ダメ…! 逃げられない。くそ……こんな、ところで)」

 

まだ、私たちはやりたい事がたくさんあるのに……。間もなく、慈悲もなくスコーピオンの尾が私を貫いて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私の大事な人たちを傷つけるなぁぁーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

…………えっ?

 

 

 

 

 

────尾は寸での所で停止していた。

スコーピオンの尾はそれぞれ十に近い本数が私を目掛けていた。しかしその全てが細い『糸』で固く結ばれて止められている。力強く、引きちぎれることのない糸は次に私の腕に巻きついて勢いで引っ張られる。

 

アクエリアスの水球から脱した。

 

「ごほ、ごほっ! ……い、樹。ありがとう、助かったわ」

「けほ……イっつんナイスタイミングー」

「遅くなりました夏凜先輩、園子先輩! 私も一緒に天の神と戦います」

 

目の前に立って居たのは『満開』をした樹だった。スコーピオンの尾を全てワイヤーの糸で切断すると、追い討ちに放たれていた尾を易々と巻き取って細断していく。そのどこか頼もしい背中は『姉』を彷彿とさせる。

 

「樹…! 友奈は、みんなは平気なの!? さっきすごい爆発があって──!」

「すみません夏凜さん、私も爆発は見えましたが詳細は分からないです……でもきっと大丈夫です。だから、ここは私たちがなんとかしましょう!」

「イっつんが気合いに燃えてる…! にぼっしー、確かに心配だけどイっつんの言う通りここで天の神を抑えないと町に被害が及んじゃうから私たち三人で頑張ろうよ」

「……そう、よね。ごめん、弱音を吐きっぱなしだったわ。やってやろうじゃない」

「その意気だよにぼっしー」

「周囲の攻撃は私が抑えます! お願いします夏凜さん、園子さん!」

 

そうだ。こうして背中を預けられる存在が私にはいる。

 

「(まだ……諦めるのは早い…!)」

 

友奈が辿り着くまで、私たちが今を繋いで見せる。友奈が掲げた『六つ目』を成し遂げるために……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────『私』は何のために生まれてきたんだろう。

 

 

ずっとその答えを探してきた。『結城友奈』の肉体に精神を宿し、『結城友奈』として生きることを強いられた……ううん、それは厳密には違うけど考えていたことだった。

 

一つは泣いている美森さんの涙を拭ってあげたかったから。それが始まりだったのは記憶に鮮明に残っている。

 

「……っ。う、ぅ」

 

頭がズキズキする。倒れている。なんで、と思考を巡らせてみれば先程凄い衝撃波が襲ってきて『根』に乗っていた私は吹き飛ばされてしまったんだ。さっきの衝撃は一体……。

 

「…っ、た、立て、ない──!」

 

地面に落ちたせいなのか、はたまた私の肉体が限界にきているのか定かではないけどうつ伏せに倒れたまま動くことが出来ない。まだ神樹様の所には程遠い。急がないと……いけないのに。

 

「ぜぇ、ぜぇ……かはっ、くっ、うぅ……」

 

息が荒い。視界が暗くなる。ただでさえ落ちてしまった視力、筋力は私の意思とは裏腹に言うことを聞いてくれないようだ。いや、とうに限界は超えていたんだ。それをみんながくれる温かな『熱』のおかげで動かせていたからここまで来れた。

眠気が襲ってくる。眠い……寒い。

 

(……あぁ、私。ここで………限…かい……美森、さ…)

 

暗い闇が迫ってくる。空っぽの闇が……私を……──

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───あの、風先輩。一つ訊いてもいいですか?』

『ん? なーに??』

 

────包むかに思われた。

 

…映像が流れてくる。これは身に覚えのあるものだ。確か私が自分のことを打ち明けて少し経った時のことだった……気がする。

いつものように部室でみんな集まって作業している時にずっと気になっていたものについて私は近くに居た風先輩に訊ねていた。

 

『あの勇者部五箇条って先輩が考えたんですか? それとも代々受け継いできた伝統的なものだったり?』

『あー…ふふ、そっか。今の友奈には教えてなかったわね』

 

目を細めて微笑みながら先輩は私の方に向き直って話を続ける。

 

『部活自体はアタシが立ち上げてね、これは樹と東郷そして「友奈」たちと一緒に考えて書いたものなのよ。やっぱり活動するに当たっては大事だと思ったしさ。こういうのあった方が一致団結できそうだし』

『そうだったんですか。結城ちゃんが……』

 

その時の私はなんて感じたのだろう。嬉しかった、のかな。結城ちゃんがここでの生活を楽しんでいることを実感できたからかもしれない。

 

『……おっ、いい事閃いた! 友奈、せっかくあんたもちゃんと仲間になったんだから追加で一箇条考えてみてみたら? 「六箇条目」!』

『……へっ? 私が、ですか??』

『あ、それいいアイデアだよお姉ちゃん。是非、書いてみてください友奈先輩!』

『樹ちゃんまで…』

『フーミン先輩、私とにぼっしーも新入部員なんですけど〜』

『あたしは園子と比べて別に新人ってわけじゃないし……ま、いいんじゃないの。代表して友奈が考えれば』

『そそ! アタシはそれが言いたかったのよ。乃木もそれでいいでしょ?』

 

同意を求めて視線を向ける先輩に倣って私も振り向こうとしたら不意に身体が重くなった。原因はそのっちさんだった。しかもニコニコ顔で。

 

『もちろんいいですよー。ゆっちーのセンスに期待っすね〜」

『そんなハードル上げないでよそのっちさん。わ、分かりました……えっと』

『じゃあ、その間にアタシは余白を作れるように書き直してー…樹と夏凜はそっち剥がすの手伝ってくれる?』

『はーい』

『しゃーないわね』

 

テキパキと準備を進めて行くみんな。はてさてどうしたものかと首を傾ける私。

 

『なんだか不思議ね』

『あ、わっしー』

『東郷さん…? 何が不思議なの?』

 

ああ、そういえば、この時はまだ東郷さんって呼んでたっけ。

 

『実はね、あの五箇条を書こうって提案したのは友奈ちゃんなんだよ』

『…! やっぱり結城ちゃんは凄いですね。何処にいてもみんなの中心にいるんですから』

『ええ、そうね。でも今の友奈ちゃんも同じだよ』

『え…?』

『そうだよぉーゆっちー♪』

 

美森さんの言葉にそのっちさんが強く抱きしめてくれる。私は苦しくも嬉しくありながら周囲を見渡してみると風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃんがみんな笑ってくれていた。

 

『みんなゆっちーのことが大好きなんだよ。真面目なゆっちーも頑張り屋さんなゆっちーも楽しんでるゆっちーもみーんな引っくるめて、ね。私は前のゆっちーとあんまりお喋りできなかったけど、きっと変わらずみんなの陽だまりなんだろうなぁって想像できるよ』

『そのっちの言う通りよ友奈ちゃん。だからあの時の友奈ちゃんのようにあなたの「想い」をここに書いて欲しいな』

『……はい』

 

みんなの優しさに包まれて今の私がいる。そうした時に私は何を願ったのだろうか────ああ、そうだった。

 

『───できた』

 

さらさらと書いていくと、みんなが覗き込んでくる。

 

『あっはは、なんというか友奈らしいじゃない』

『そうだねお姉ちゃん。とってもいいと思います』

『友奈が考えて書いたなら良いと思うわ』

『うん、とってもゆっちーらしさが溢れてるねぇ』

『ふふ…きっとどっちの友奈ちゃんでも同じことを書いてたかしらね。優しさが垣間見える一箇条ね』

『あは……なんだか照れるよー』

 

私がこの部活に、みんなに掲げる『願い』は一つ。これはきっと私の生まれた理由の一つでもあったものなのかもしれない。それをここに綴ることにした。

 

 

勇者部六箇条、一つ────『みんな 幸せであること!』

 

 

 

────

───

──

 

 

 

────ソウダッタ。マダ、ナニモナシテイナイ。

 

────まダ、やるベキことが……私にハ、あるんダ。

 

────最初の頃のナにもない自分はもういない。そうだ。こんなにも私に『(おもいで)』をもらったんだから……みんなの『幸せ』を願って、結城ちゃんの『幸せ』を願って叶えていくためにも足掻いていこうじゃないか。

 

先輩(ゆうな)からもらったバトンを託すために。今一度立ちあがろう。

大丈夫、私は何度だって立ち上がれる。だから前に、進もう。

 

────……遠くで何かが聴こえてくる。

 

なんの、音だろう……?

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────……鳴り続ける。これは……私の端末の……お、と?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

「───…っ?! はっ、は、ぁ……!?」

 

 

 

…意識が浮上した。忘れていた呼吸で荒々しく酸素を取り込んで循環させていく。今、私は危なかった。みんなとの『(おもいで)』を走馬灯のように思い出さなければ或いは事切れていたかもしれない。

 

ふと、音の出所を辿る。先程から耳に届く機械音は倒れている私の少し前にあった。私の端末。美森さんから隠れて渡してくれたその端末から着信が鳴っていた。

 

「けほ…っ、く、う…!」

 

これはきっと電話だ。手を伸ばして私は端末をなんとか手繰り寄せてそのまま直ぐに通話開始ボタンをタップした。

 

スピーカーにしてしばらくすると、ノイズの中で誰かの声が聞こえてくる。

 

『──ぃ! おい! 聞こえてるか結城!!』

「シズク……さ、ん?」

 

電話の主はまさかのシズクさんだった。そして私の掠れた声が聞き届いたのかその声色はどこかホッとしている様子であった。

 

「シズ、クさん…私……」

『今どこにいる!? あの馬鹿でかいバケモンはまさか…天の神…!』

「はい……あれは…天の神だと思います。身体の『タタリ(きず)』が凄く……痛いほどに疼いてます。今、私は神樹様の所に向かってる…最中です」

『…だからか。今あの場所を起点にバーテックスたちもわんさか溢れ出て来てやがる! ゴールドタワー(こっち)にもかなり来てて応戦してる最中だ……取り敢えず、オマエが生きてて安心した』

「……あは」

 

わざわざ心配して、世界がこんなになっているのに電話をしてきてくれるなんて……繋がるかもわかんないのに……すごく優しい人だなぁシズクさん。

 

「今……さっき危なかったですけど…シズクさんのおかけでなんとか戻ってこれました」

『……そうか。良かった』

「…ねぇ、シズクさん。私……あと少しなんです。目的地まで……私自身があの向こうにいるんです……でも、体が…うまく動かせなくて」

『───結城。オレたちには目的があるって前に言ったよな?』

「…はい」

『オレはしずくを守るために生まれた存在だ。結城、オレたちには生まれた理由や意味が必ずある。そしてオマエもとうとう見つけた』

「……はい。漸く、遠回りでしたけど…見つけました」

 

生まれた意味。理由。それらの根底は……私が『わたし』に出会うため。結城ちゃんに出会うために私は生まれた。そして、彼女の過ごした日常を守るために私はここにいる。

 

『見つけたなら…意味を見出したのならオマエは立ち上がれるはずだ。いつかのオマエがオレたちを助けるために戦場に立ったように』

「はい…っ。く、うぅ…!」

『立て、結城。オマエなら必ず成し遂げられる。その時を見せてくれるって言ってくれたじゃねェか』

「……ぐ、うぅうぅぅ!!」

 

シズクさんの言葉に突き動かされる。背中を押してくれる人がいる。そうだ……私はいつだってそうしてきたんだ。今もそれは変わらない。

 

手足の感覚はほぼ無い状態だけど私は立ち上がった。足は震え、汗がたくさん出てくるし感覚がない癖に痛いのはなくならない。それでも私は立ち上がることができた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、ございます。シズクさん……私、行きます」

『ああ、行って…そしてしずくに会いに来いよ……。言いたいことはそれだけだ。じゃあ、オレも持ち場に戻るからよ──またな結城』

「…………うん、必ず。またね、シズクさん」

 

通話が終わる。見上げれば神樹様までまだ遠く感じた。

 

でも今なら進める。歩める。

 

「ぜぇ……っ、は、ぁ…」

 

前に進め。手足の感覚が無くなろうとも、進む意思さえあれば身体は動かせた。一歩が鉛のように重く、気持ちばかりが先行して中々苦労させられる。だけど、進む。進むと決めたんだ。

 

「……っ。──────はっ、っぁ……!」

 

朦朧とする視界の中、私は再び歩みを始めた。

 



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六十八話 ※Another

◾️

 

 

 

私たちは迫り来る無数の『星屑』たちの防衛を行なっていた。

ゴールドタワー。今、そこではなんとしてでも守らなければならない戦いが始まっていた。

 

 

「隊長! 第二波、来ます!」

「各隊、陣形を崩さず戦闘に臨んで! 私たちにとってこのタワーは生命線よ!! それに亜耶ちゃんの所には絶対に行かせてはならないわ」

『了解!』

 

私の言葉に声を上げ、皆は守備を固めていく。倒す事が目的ではない。倒せるのならば倒してもいいが、無理をする必要はない。これは今日まで徹底してやらせてきたことだ。実践経験を積んだ彼女たちにはそれがどういう意味か肌で感じてくれているはず。だから、耐えられている。

 

「(…でも、それでもいつまで保つか)」

 

タワーの最下層では巫女である亜耶ちゃんが『祝詞』を行なっている。タワーの『切り札』を使用するための準備をしているのだ。今は私たち防人はそこまでの目標として戦っているけれど何せ敵の数が多すぎる。物量でいつか押し負けてしまう。

幸いなのは『星屑』たちが相手だということか。大型はやはり『勇者』の方に戦力を向けられていると見て良いし、こちらとしてもそうでなければ被害がどこまで及ぶか分かったもんじゃない。

 

「メブぅぅ!! いっぱい来てるよ!? どーしよーー!」

「私の側に居なさい雀。あなたの事は私が守るから」

「──! うん!!」

「おーっほっほっほーー! まさに弥勒無双っ! こうもわたくしの実力が発揮されると困りますわねぇ!!」

「うわー……弥勒さんハイになって意味わかんないこと言ってるし、でもおかげで冷静になれたよ。ねぇメブ、友奈さんたち大丈夫なのかな?」

「それは……」

 

私はタワーの屋上から遠くを見つめる。あの炎の世界が広がる中心部分に存在していると思われるアレが『天の神』なんだろう。友奈や夏凜たちが相手している『敵』。こうして直面してみると自分たちでは役不足だと実感させられる。仮に私があの立場だったら、と考えてしまう。

 

「メブ、危ない!!」

「…えっ?」

 

雀の声に意識を割いていたことを思い出すと目の前には口を大きく開けた『星屑』の一体が迫っていた。しかしその間に割って入った雀の盾がその一撃を防いでくれる。私はすぐに銃剣を構えて喰らいつく『星屑』を切り裂いてやった。

 

「……ありがとう雀。油断してた」

「ほ、ほんとに気をつけてよぉメブ。メブがいなくなったら誰が私を守ってくれるんだよぉ」

「…ブレないわね、あなた」

 

まぁそのおかげで何度も助けてもらっているけれど。今もそうだし。

 

「──わりぃ、楠。待たせた」

「シズクさん?! もー今までどこいってたのさー!」

「シズク……」

 

少しして屋上に上がってきたのはシズクだった。戦衣を纏い、銃剣を手にした彼女はすでに準備は整え終えている。私は目配せでこちらにこさせる。

 

「さっき結城と連絡がついた」

「──! じゃあ無事だったの?」

「それは……」

 

言い淀むシズク。彼女の容態はタワーにいた頃よりも悪化していると予想していた私たちだけど、どうやらその予想は当たっていたらしい。

 

「……なら、避難してもらっていた方が」

「結城はいま神樹の所に向かってるみたいだぜ」

「──!! そんな…あそこは今戦火の真っ只中じゃない! 危険だわ」

「かもな」

「かもなって……シズク、あなた…!」

「あのよぉ楠」

 

ポリポリと頭を掻いてシズクは小さく溜息をついた。

 

「──アイツ自身の時間はあまり残されちゃいない。でもその中で結城は自分の『答え』を見つけたんだ。その意味はオレが一番よく分かってるつもりだ。止められるわけがねぇ……それに背中を押してやるって言った手前な」

「…………。」

 

こんなに自分の『想い』を口に出してくるシズクは初めてかもしれない。半身である『しずく』以外にここまで反応を示すのはやはり友奈の凄いところなのだろう。

友奈の出したという『答え』。あの子はシズクのように人格を二つ持つ者で、本来の肉体の精神を取り戻したいと常に考えていた。

そして今、彼女は神樹様のところに向かっている。ということはつまり、そういうことなのだろう。

 

私は手前に来た『星屑』を銃で撃ち落とし、一つ溜息を漏らした。

 

「友奈の心配は私だってしてる。隊のみんなだってそう……短い付き合いだけどあの子は楽しいと思える時間をくれたの。あの子の願いが、『答え』がそこにあるというなら手伝わないって選択肢は無いわ」

「楠……」

「ただ直接的に手を貸す事ができないのがもどかしいけどね」

 

それは私たちが『防人』で、あの子達が『勇者』だから。けれど、だからって何もしないなんて考えはありえない。

今も遠くで戦闘の余波が起こっている。きっとあそこで『勇者』が戦っている。久しく顔を見ていない彼女もそこで強大な敵と相対しているのだろう。

いつかの電話口で吐露した彼女の本音。その背中を見てきた私はちゃんと彼女の背中を押す事が出来たのだろうか。

結末は、恐らく今日に分かるのかもしれない。

 

(──夏凜、貴女なら何とかしてくれるって信じてる。友奈のこと……頼んだわよ)

 

私たちもここで戦って、そしてまたあなたたちと再会を果たす。

 

「…やろうぜ楠。これがオレたち防人の最後の戦いだ」

「ええ。ここを守り切って、友奈たちにまた会いましょう」

 

誰もまだ諦めていない。各々が明日を掴むために今を精一杯生きている。

迫り来る『星屑』の大群を相手に私は銃剣を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

金属を叩く音が広がる。周囲には『毒霧』が視界を埋めて辺りの様子が把握できない。

今の一撃はアリエスを捉えたはずだったが、上手く躱されてしまったらしく毒霧の中に消えていった。

 

「(くそ、浅い……この中じゃ樹と園子もどこにいるのか把握し難いし、厄介だわ……!)」

 

毒霧はカプリコーンの有する技。合わせ技をやられて厄介極まりない状況だ。しかしこちらもただやられているばかりではない。

 

私は目を凝らして意識を尖らせる。

 

「(───視えたっ! 樹のワイヤー……!)」

 

キラリと光る細糸。

捉えたらそこから速い。毒霧の中に伸びるワイヤーを一直線に突き進むと仕留め損ねたアリエスが姿を現した。

そのまま有無を言わさず一閃。満開によるブーストのかかった一撃はアリエスを一刀両断する。

 

「(さすが樹ね。状況把握から何から成長速度が尋常じゃないわ……私もうかうかしてられないわね)」

 

以前に東郷から光るものがあると評されている彼女の言葉は確かなのかもしれない。

この『毒霧』が充満する手前に樹は周囲に数多のワイヤーを散らしていた。

おかげで『毒霧』の中で樹のワイヤーは目印になる。『星屑』は負荷に耐えられずに細断されるからワイヤーがピンと張られる先に大型がいることになる。『満開』もいつまでも保つわけでもないので全速力で斬りかかっていった。

 

刹那にカプリコーンを斬り捨てる。これで『毒霧』は晴れていくので、その勢いでジャンプして霧の範囲外に飛び出した。

 

「──っ!?」

 

飛び出した直後に天からサジタリウスの無数の針束と、両側から角のように硬質化して隆起したものが突進してきていた。

 

「にぼっしー!!」

「夏凜さん!」

 

合わせるように樹が角たちを、園子がさっきのように傘状にした槍を盾にして防いでくれた。

 

「ナイスよ二人とも……!」

 

お返しとばかりに私は巨大に伸ばした刀を『天の神』に向けて斬り払う。

しかし『天の神』は周囲にライブラを出現させて分銅を高速で回転させて私の刀と打ち合わせてきた。途中で刀の動きが止まってしまう。

 

「こん、のッ!!」

 

高速回転させて生じた突風に乗ってムカデのような長い体型をしたやつがこちらに向かってくる。

 

「にぼっしーばかり狙わせるわけにはいかないよ!」

 

すぐさま園子がフォローにかかる。ムカデの一体を槍で貫くとそのまま振り回して残りの奴らも撃墜させていく。

一人『満開』をしていない園子だが、後れを感じさせないその動きはさすが歴代最強とも言うべきか。

 

「──にしてもキリがない! こっちは時間がないってのにっ!!」

「たぶんあの中心の鏡みたいのを壊せばどうにかなりそうだけど……一筋縄じゃいかないねー」

 

絶え間なく繰り出される敵と攻撃に苛立ちを覚える。

手立てがないかと考えを巡らせようにも私たちは『天の神』を次に見た瞬間言葉を失った。

 

「なに、あれ…? 太陽…?」

 

いつの間にそこにあったのか、遥か上空に巨大な熱量の塊が展開されていた。

見たことはある。レオの放つ火球と同じものだ。しかし、規模が違いすぎた。遠くまで明るく照らすその様は正しく『太陽』の如く、ジリジリと肌が焼ける感覚に襲われる。

 

先程は神樹側へ放った火球は今度こそ標的をこちらに向けていた。

 

「……防げるかな?」

「園子は下がってて。ここは満開してる樹とやるわ」

「わ、私のワイヤーを全部束ねて防いでみせます!」

「えぇ…………やるわよ。どのみちどうにかしないとアイツのところに行けないから!」

 

飛び立って火球に突っ込むと同時にレオの火球が放たれた。満開の力を全開にしてアレに肉薄する。

まず先に樹のワイヤーが届く。束に束ねて巨大化した『壁』を火球にぶち当てると衝撃が広がった。

 

「くっ、うう……!」

 

苦悶の表情を浮かべる樹。

『満開』によって強化されたワイヤーを更に何層にも、何重にも束ねて火球を受け止めようとするが僅かに押し留めているのが限界のようだった。

 

「樹ぃー! 踏ん張れるっ?!!」

「はいぃ!! やってみせますぅ!!」

 

だからなんだ。諦めるなんて選択肢は私たちにはない。

程なくして私も火球に到達して巨刀を携えて立ち向かう。以前の時はみんなで抑えた火球を今は二人でやっている。

 

『はぁぁああーー!!!!』

 

気合いを入れて押し込むと勢いが弱まってきた。この調子で…!

 

「──っ! にぼっしー! イっつん!! ダメ、そこから逃げてっ!」

 

押し返してきたところで地上にいる園子の声が聞こえてきた。

 

「なに、園子……あと少しで押し返せるのよ!」

「違うの! 二発目が来てるっ!(、、、、、、、、、) だからそこから退避して!」

「──は? 何言って……」

「夏凜さんっ!!」

 

樹のワイヤーが私を覆うように巻きついてきた。繭のように包まれる隙間から覗く景色が白色に埋め尽くされた。爆発が起こったのだと理解した時には私も樹も地面に叩きつけられていた。

衝撃と共に防御のために作ったワイヤーの繭は一瞬にして砕け、身を投げ出されてしまう。

どうやら『天の神』はレオの火球を遅らせてから二発目を放ってきたみたいだった。

 

「かは……っ!?」

 

レオの火球は空中で大爆発を起こした。凄まじい衝撃波に身体中の酸素を全て吐き出される感覚に襲われ、ダメージの限界を超えたのか一度きりの『満開』はその役目を終えてしまった。

 

「くっそ…………っ!!」

 

荒げた息を吐きつつ私は体勢を立て直そうと身をおこす。

こちらの戦力は大幅にダウン。相変わらず『天の神』は無機質に私たちを見下ろしている。

 

────赤黒く焼けた空を見上げた。

 

睨む。睨み付ける。その先には倒すべき『敵』が存在している。私に残されていた『満開ゲージ』も底をつき、通常の変身すらも解けて元の姿に戻っていた。

 

「…っ。にぼっしー…!」

「夏凜……さん」

 

地面に膝をつく園子と樹。私と違い勇者の姿であるが互いにボロボロであり状況としては不利なのは一目瞭然だった。だがみんな戦意は喪失していない。私は『満開』をして『天の神』に立ち向かった。進みゆく自分を二人がフォローする形で戦い、あの忌々しい神様に一撃をお見舞いしてやろうと仕掛けたのだがご覧の有様だ。

 

────強い。圧倒的に強かった。

 

「こ、んの……ッ!」

 

槍の雨、毒の針、爆弾は『天の神』から放たれれば精霊バリアは殆ど意味をなさない。そしてこちらの一回限りの『満開』は供物を捧げていたころと比べて出力が低くなってしまっている。力の差を埋めることが出来なかった。

 

「にぼっしー逃げて。今攻撃が来たら耐えられない!」

「ここは私と園子先輩が持たせますから……夏凜さんは下がってください!」

「…………、」

 

あぁ。私は何をしているんだ。啖呵切ってこれとは本当に情けない。背中を押してくれた芽吹にさえ笑われてしまうだろう。

 

「──まだ、よ。私はまだ戦えるわ……」

 

膝をついていた脚に力を込める。友奈が神樹様の所に辿り着くまで『天の神』の相手をしなくちゃいけない。

あの子の選んだ『選択』を無駄にするわけにはいかないんだから。

 

だから立て、立って戦うんだ。根性を見せろ。仲間のために、世界のために、人々のために、自分のために────『未来』のためにッ!

 

 

 

「──ッッ!!」

 

 

────私はまだ、諦めちゃいない。

 

 

「……にぼっしー。それ、は…?」

「……夏凜、さん?」

 

二人の驚く声が聞こえた。でも私は振り返ることはなく、行動で示す。

左手には私がいつも使っている『端末』を、そして…………右手にも同様の『端末』を手にしていた。

驚くのも無理はないか。園子でさえ知らないと思うから、これは(、、、)

 

私の兄貴に頼って、そして託してくれたもう一つの『勇者端末』。これは先代の勇者────『三ノ輪銀』が積み上げてきたもの。そしてもう片方は私自身────『三好夏凜』が積み上げてきたものだ。

 

「……力を、貸して」

 

兄貴と兄貴の抱える技術部の人たちが総がかりで仕上げてくれた二つの端末。私の無理なお願いをこうして形にしてくれた人たちに感謝を。そして私は語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「力を貸して三ノ輪銀。私は仲間を、友達を助けたい。世界を守りたい。かつての貴方が守り抜いたものを壊させないように、私と一緒に力を合わせて戦って欲しい」

 

────この『切り札』は君にしか扱えない。二つの資質を持つ君にしか。夏凜……この『切り札』は想いが大切になる。だから君の想うままに使うんだ。そうすれば応えてくれるはずだから。

 

想いを、願いを込めて。私は願い続ける。『想い』は力になるから。その力強さを私は勇者部(ここ)に来て知ることができたから。

 

「今あいつをどうにか止めないと何もかもが終わってしまう。それはイヤ。嫌だから戦うの。みんなが笑って過ごせる『未来』を手に入れるために……私は、私の全てを賭けて立ち上がるから」

 

────夏凜。この『切り札』を使えばどの勇者よりも強くなる。でもこの力を使えば最後……君は『勇者』ではなくなる(、、、、、、、、、、)

 

『終わる』ためじゃなく、『進む』ために力を奮う。私はこの目で見てきたから。そうやってきた人達を知っているから。そうでありたい、そうなりたいと私も願うから。

例えこの先『勇者』としての資質を失おうとも。私の周りには温かい『日常』があるから怖くない。それらを失う方が今はもっと怖い。

 

だから──────私は未来(あした)が欲しいっ!!!

 

呼応するように隣に相棒の『義輝』が顕れ、そしてもう反対側に──精霊『鈴鹿御前』が顕れた。

 

「精霊が……!」

「二体の精霊。もしかしてミノさんの──!」

 

私の足元を中心に光の根が広がり始める。それはまるで神樹様のと同じような、極彩色の輝きを放っていた。

 

『諸行無常ー』

『…諸法無我』

「ええ……ええ! いくわよ」

 

応えてくれた。嬉しさが滲み出るように口元がニヤリと浮かび上がる。

私は腕を交差させて端末を目の前に翳す。

同時に端末の画面に蕾が表示される。『椿』と『牡丹』。私は迷わず両方の画面を指先で触れた。そして────二種類の花びらが画面から溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────私の覚悟。私の選択。私の力。積み上げてきたものを全て練り上げて昇華させろ。さすれば『神花』の兆しを得られる。

 

 

 

 

 

 

 

────友奈。今度は私が貴方の背中を後押ししてあげる。だから、頑張れ。頑張って生き抜いて。そして『未来(あした)』に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────…花びらと光がまるで世界を包むかのようだった。その手に持つ『端末』は巨大な『戦斧』となり、ズシリと重厚を宿す。勇者服は紅蓮の如く真紅の色に染まり、両手の甲と肩には二人のモチーフの花の紋様が刻まれていた。各関節部からは『(ほのお)』が煌めき、二つ結びだった髪は後ろに一つに束ねられている。

 

「──これが」

 

銀光の瞳を持ってして天を射抜く。

 

────今、『三好夏凜』と『三ノ輪銀』の勇者としての資質が溶け合い本当の意味で一つとなった。

『完成型』としての殻を破り、私はもう一段階上に昇りつめる。世界を覆う『死の炎』とは異なる『生の炎』がこの地を照らすように輝きを放つ。

 

 

「これが『完成型勇者』のその先──『究極型勇者』よ……ッ!」

 

 

最初で最後の『大変身』。人の知恵と叡智、そして想いの結晶。それらを手にして私は目の前の神に再び立ち向かう────。

 

 

 




○三好夏凜の最後の変身。二つの端末はそれぞれ能力値を極限まで高めるために彼女の兄が作り上げたオリジナル。

『大満開』ならぬ『大変身』。どちらも一度きりの力で彼女は迷わず使用した。夏凜ちゃんマジ勇者。

端末の複数使用ということで精霊を追加。こちらは『はなゆい』で銀に充てられている精霊を使用。


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終章『サキワフハナ』
六十九話 貴方に微笑む


◾️

 

 

 

──いざ飛び立とうとしたその時、爆風と共に身体は宙を舞っていた。

 

 

「…ぐっ、っぁ!」

 

咄嗟に満開ゲージを使い大剣を構えてガードしたけど東郷の用意した砲船は木っ端微塵に砕かれてしまった。一撃で葬り去るその威力は計り知れず、逆に東郷が満開状態でなかったら危なかったかもしれない状況に嫌な汗が流れる。

 

「とう、ごう! 無事…!?」

「っ……ぁ。はい、私は……平気…ごほ、ごほっ!」

 

口ではそう言っても彼女の容態は立ち上がるのにもやっとな状態に見えた。大剣を伸ばして東郷にも守りの手を伸ばしたが威力を殺し切るのには足りなかったようだった。

 

「あぁぁあ…! ぐぅ、ぅ……っ」

「…あんたまさか。ちょっと触るわよ」

 

しかし苦しみ方が尋常じゃない。アタシはボロボロの彼女を仰向けに寝かせて視線を巡らせると、首筋に見慣れない痣を見つけた。少しだけ肌を露出させるとそこには赤黒い『刻印』がびっしりに刻まれていた。

 

乃木の言っていたタタリの……。

 

無意識に拳を握っていた。アタシたちを……何より東郷と友奈を苦しめている元凶を初めてこの目で見て、ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 

「っ、せ、せん、ぱい……」

「喋らないで! 待ってなさい、すぐに安全な所に連れて行くから──」

「後ろ……敵…」

「────っ!!」

 

掠れ声の東郷の言葉に誘われて振り向くと『星屑』が接近していた。

恐らく天の神が放ったやつらでその数はかなり多い。アタシは一番に接近してきた星屑を大剣で斬り払った。

 

「こんな、いつの間に…!」

「先輩……げほ…逃げて、ください。私は足手、纏いに……なってしまいます」

「そんなこと絶対しない! 友奈の所に行くんでしょ!? 諦めるなっ!」

 

斬って、斬って、斬り払う。天の裂け目から現れるバーテックスたちはアタシたち目掛けて突撃してくる。

 

「…………!!」

 

どうする? このまま東郷を抱えて前に進むべきか……それとも目の前の敵を全て倒してそれから進むべき?

 

思考を巡らせる。でも最適解なんてものはパッと浮かぶほど戦況は待ってはくれない。裂け目から遂に大型が姿を現してしまう。アタシは一度満開ゲージを見つめてから前を向いたまま東郷に話しかけた。

 

「──東郷。今から酷なことを言うけど聞いて」

「……はい」

「立って。ここはアタシがバーテックスを食い止めるから、あんたはそのまま真っ直ぐ友奈の所に行きなさい」

「……っ。ぅ……でも、風先輩。あの敵の数は……」

 

アタシの言葉を察してくれた東郷はよろよろと立ち上がる。痛いだろうにごめんね。

振り向くとその表情は不安に濡れていて…。だからこそアタシはニカっと笑ってみせた。

 

「部長に任せなさい。たまには良いところ見せないとカッコつかないしね。そんで全部終わらせてまたみんなで集まりましょ。約束」

「──っ、はい! 必ず……御武運を」

 

一瞬涙ぐんでいるように見えた。ありゃ、泣かせるつもりはなかったんだけどなぁ…。

 

「ちゃんと生きて帰ってくるのよ。友奈と、二人で」

 

東郷は痛みを堪えながら走っていく。その背後を狙うように星屑が襲い掛かろうとするけど、それはアタシがさせない。

大剣で斬り裂いて息を大きく吸った。そして、

 

「──アンタらの相手は勇者部部長の犬吠埼風が相手だぁぁー!」

 

叫ぶ。宣戦布告。思いの丈をぶつけるために満開ゲージを一つ消費して剣を更に巨大化させて振り斬った。

 

「アンタらには個人的に恨みがあるんだから!!」

 

今、この戦場にたった一人。ならもうこの際だ、全てを出し尽くそう。

更に一つ消費。肥大した剣の腹でバーテックスを多数巻き込みながら叩き潰す。

 

「アンタたちが襲って来なければアタシのお父さんもお母さんも死なずに済んだ!! 樹も悲しまずに済んだんだ!!!」

 

二年前の事故。あれが無ければ…ううん、そもそもこいつらが攻めて来なければアタシたち家族は今もみんな一緒に暮らしていた筈だ。

樹も家族を失う悲しみを負わなくてよかった。今となっては過去の事だし、ありえない未来像。しかし、だからといって納得のいくものでは到底なかった。

 

「お前らがいたから…! どれだけの苦しみをみんなが背負ったと思ってんのよッ!!」

 

アタシだけじゃない。もっとたくさんの人間が苦しんだ。

叩き斬る。怒りも嘆きも全てぶつけるように。けれど頭に血が昇って来たところで意識の端から現れたバーテックスの歯が私の肩を掠めた。

 

「──っ!? よくもぉあ!!」

 

痛みに顔を顰め、アタシは口を大きく開ける。

追撃してくる星屑を突き刺しこちらに寄せたらそのまま今度はアタシが星屑に齧り付いた。

 

「ふーー…!! ふんッッー!!!」

 

ぶちぶちぶち、と肉を齧り切ってから大剣で斬り払って両断させた。そのまま少し咀嚼してから吐き捨てる。

 

「一丁前にうどんのコシみたいな弾力して……腹立つ! 不味いし!」

 

でも冷静になった。首を振って思考をクリアにしつつ剣を構え、離れた位置から出現した大型がいよいよ間近に迫るところまで来た。

 

──樹は大丈夫だろうか。

 

最前線で戦っている唯一の家族に思いを馳せる。侵攻が進んでいないところを見るに今も戦っているとみていいだろう。乃木も夏凜もいる。あの子はとても強くなった。数えればなんて事のない日数だったのかもしれない。それでもあんなに見違えるほど立派に育っていった妹。

 

「あの子が頑張ってるのに、アタシが頑張らない理由はないでしょ」

 

ずっとそうしてきた。今も変わらない。成長して隣に並んでくれる喜びもあるけどやっぱり姉としての背中をずっと見ていてもらいたい。

……なんて樹に言ったら拗ねちゃうかしらね。

 

最後のゲージを消費する。長大した大剣を真上から振り下ろして大型のバーテックスを粉砕して、息切れとともにアタシは片膝をつく。

 

「はぁ、はぁ……ぐっ…」

 

あれ、剣ってこんなに重かったっけ…?

まだまだ敵はいる。数えるのも鬱陶しいぐらいに。手数の少ないアタシにとって集団戦は些か堪えてしまうようだ。

アタシの様子を知ってか知らずか、もう一体現れたスコーピオンの尾がこちら目掛けて攻撃してきた。歯を食いしばりその尾を受け止めようとしたところでアタシは、

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 

突如現れたある物に釘付けになった。

見たことがある、というより自分が何度も助けてもらったものであった。

 

────『精霊バリア』

 

アタシには犬神がいるけど、そのバリアを貼っているのはその子ではない。体を炎で燃やし、輪を描くような造形はアタシの知る精霊にはないもの。

 

『…………。』

 

バリアを展開させつつ、精霊はこちらに振り向く。何か言いたげなのか解らないが、次にアタシの意識は横に出現した犬神に向けられた。

 

「犬神…?」

 

犬神の口元には端末が咥えられている。

端末の画面にはこれまた見知らぬものが映った。アタシたちが勇者に変身する際に表示される画面。花の蕾……確かこれは『姫百合』だったか。

 

「まさか、これを押せってこと……?」

 

精霊たちは答えない。喋れないから当然だがきっとそうしろと伝えてきている。そんな気がした。

 

アタシの変身は解けていない。なのにアタシの端末には変身待機画面が映されている。これの意味するところは分からないけど、スコーピオンに攻撃され続けている今、なりふり構っていられないのかもしれない。

 

そしてアタシは画面に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────映像が流れる。

 

一人の少女の視点。戦っている。目の前には同じアタシも戦っていたスコーピオン・バーテックスだ。

ボロボロで身動きがとれない様子の少女の背後からは少女に逃げてくれと叫んでいる。

それでも少女は逃げない。強い意志を感じた。守ろうとする強い意志が。

しかしその最期に……アタシは絶句してしまう。

 

「なによ、これ……こんな…」

『──まぁそれがタマの最後ってわけだな、うん』

「……っ、誰!?」

 

バッと振り返るとそこには見たことない少女が立っていた。というか周りの景色が白く何もないことにも驚く。確かアタシは端末で変身をして……。

 

『うんうん。突然こんな場所に放り込まれたらおっタマげるのも無理ないな』

「タマ…? なに、猫の名前??」

『あっはっはー。喧嘩売ってるのか! タマはタマ──土居球子だぞ!』

 

からからと笑いながら少女──土居球子はアタシの前に近づいてくる。背丈はアタシよりも小さく、しかしその風貌からはアタシたちと同じものを感じ取れた。

 

「土居って、確か慰霊碑にあったような……」

『おーそれそれ。いやぁそれなら話が早いな風』

「あれ、アタシの名前……っていうよりここどこよ。アタシはバーテックスと戦っていたはずじゃなかったの?」

『今まさに戦闘真っ只中だな。でも安心していいぞ、現実に戻ればこの空間の出来事は一瞬のことだからなー』

「色々とツッコミたい所だけど……土居さん? は勇者よね?? あなたが助けてくれたってことでいいのかしら?」

 

勇者ならばあの精霊はこの子が持ち主っていうことになる。どこから現れたのか分からないけど助けられたのは事実なのでお礼を言う。

 

『礼なんて水臭いぞ風。タマのことはタマって呼んでくれていいからな!』

「あなたと会うのは初めてなんだけど…?」

『あー……まぁそっか〜……うん、タマは固っ苦しいのが嫌なだけだから、そういうことで』

「はぁ……」

 

イマイチ要領を得ないけど…。

 

『とにかく、そっちの勇者のおかげでタマたちが出てくることが出来たんだ。手を貸すことが出来てタマは嬉しいぞ』

「勇者って、こんなことを出来る人なんて誰も……」

『それは三好夏凜のおかげだな! 特別な端末を使った効果か神樹様と強固なパスが繋がってタマたちが出てくることが出来たわけなんだぞ!』

「夏凜が…? あっ…!」

 

アタシはここに来る前に夏凜の家にあった資料を思い出す。

あれはこういう意図があったのかと……ていうか夏凜のことも知ってるのねこの子は。

 

『よーし、話したいことはまだあるけどすぐに戻って一緒に戦うぞ風!』

「……そうしたいのは山々なんだけど、満開ゲージも尽きちゃって中々厳しい状況なのよね。不甲斐ないけど」

『なーに言ってるんだ風、だからタマがこうしているんだろー?』

 

どん、と胸を叩いたドヤ顔のタマは笑って、

 

『──タマに任せタマえ!』

 

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

────意識、というか場面、視界が切り替わる。白い空間が晴れて戦場に舞い戻った。

 

「──えっ?」

 

(かぜ)が頰を撫でた。浮いている……スコーピオン・バーテックスを見下ろす形に何が起こっているのか理解が追いつかないでいた。

何かに乗っている、と下を向いてみるとそこには巨大な円盤にアタシは乗っていた。円盤の外周には『刃』がついていて、それらがまるでさっきの精霊のように炎を纏いながら回転している。

 

「任せタマえって……こういうことなのね」

 

あの空間で出会ったタマが一緒に戦おうと言ってくれた。上空から見てみれば確かに地面を縫うように極彩色の光が三人のいる所からこちらに伸びてきているのがわかる。これの発端は彼女曰く夏凜の仕業なのだと。『満開』とは異なる別の力。大地が、空間が、何かに覆われていくのが感覚で分かった。

アタシは円盤に触れる。

 

「力強くてあったかい……これなら、まだ、戦えるっ!」

 

ふつふつと闘志が湧き上がってきた。

巨大な旋刃盤はまるで自分の手足のように動いてくれる。機動力を得たアタシは迫り来るバーテックスに大剣を振るう。

 

「やられてたまるもんかぁぁーー!!!!」

 

アタシはスコーピオンの尾を躱し、大剣と旋刃盤の二つで真っ二つに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

頭が痛い。体が痛い。

 

もうそんなことを考えるのは何度目になるだろうか。

 

「はっ、は……はぁ、っ、はっ」

 

風先輩に背中を押された私は立ち上がることが、そして動くことが出来た。その足で目的の場所に向かう。

 

「ゆう、ちゃん……待ってて」

 

誰よりも頑張っていて、苦しんで、それでも前に進み続けている彼女の元へ。そのために私は歩み続けている。神樹様から伸びてる極彩色の根が道を作りその上を進む。そこに指向性を感じとり、少し進むとひらけた場所に出た。

 

「──! ゆうちゃんっ!!!」

 

居た。ついに追いついた。しかし彼女は倒れたままその場を動かない。まさか、と私は急いで彼女の元に歩み寄って体を抱き抱えた。

 

「ゆうちゃん! 起きてゆうちゃんっ!!」

 

顔はやつれ、呼吸をちゃんとしてるのかも怪しいゆうちゃんの名前を呼びながら揺すった。肌から感じる体温はまるで死人のように冷たい。それはかつての銀の姿と重なってしまいそうになって……泣きそうになるのを堪えながら私は呼びかけ続けていると僅かに唇が動いたのを見た。

そしてゆうちゃんは重々しく瞼を開けた。

 

「……ぁ、みもり、さん…だ、ぁ」

「ゆうちゃん、しっかりして! まだ諦めちゃダメだよ。あと少しで神樹様の所にたどり着くから」

「あ、は……ちょっと…きゅうけい、してた、だけ、だから……」

 

私の顔を見るなり破顔してくれる。

掠れ掠れで単語を発するゆうちゃんの命の灯火は今にも消えてしまいそうで…。目も焦点が合っておらず、ちゃんと視えていなさそうだ。私はゆうちゃんから受け取っていた『紡ぎの種』を取り出して彼女の口元に差し出した。

 

「お願いゆうちゃん飲んで…」

「…………。」

 

しかしゆうちゃんは口を開かない。いや、開けないほどに衰弱しているせいだ、と私はなりふり構わず自分の口に種を含むとそのままゆうちゃんの唇に重ね合わせた。

 

「ん……」

 

緊急事態だから仕方ない。

だけどこんな状況なのに心臓はどくん、どくんと跳ねてしまう。対して唇から伝わる冷たい感触は肌と同じように死期を悟らせてしまうほどの冷たさだった。

舌先を使ってゆうちゃんの口内に種を送り込む。それでようやく嚥下してくれた。即効性のものなのでこれで幾ばくか時間を稼げるはずだ。

 

「…ゆうちゃん」

「え、へへ……みもり、さんがキス……してくれた」

「──っ?! せ、せせ接吻じゃなくてこれは医療行為で……と、とにかく私がおぶるから」

「…………うん」

 

誤魔化すようにゆうちゃんを背負う。

顔が熱いほど赤くなってる気がする。ゆうちゃんは凄く幸せそうな表情を浮かべていた。どうして、彼女はそんなに嬉しいのだろうか。

 

…思えばゆうちゃんが私に向ける感情というか、視線というか、そういうものが他の人と違うと感じる時があった。その意味をしっかりと考える時間が私にはなかったのかもしれない。

 

……………………。

 

ジクジクと痛む刻印を感じながら私は動き出す。兎も角あと少し……あと少しで私たちの目指してきた『友奈ちゃん』のもとに辿り着く。

 

私たちの求めた大切な人がそこにいる。

 

「はぁ、はぁ……っ、ふ、う、っ……もうちょっと、だからね、ゆうちゃん……私が、あなたを、連れて行くから…」

「…………、………うん。あり…がとー」

 

膝が震える。この感覚は……『勇者』に変身していなければ私はもう動くことが出来ない。

汗がぽたぽたと地面に落ち、痛みが熱となって身体を灼く。

 

「だから……死なないで…ゆう、ちゃん」

「……………………うん。やくそく、したから、ね」

「風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも、そのっちも…みんな明日を目指して戦ってるから……だからあなたも、っ、あなたもまだ……ぅぅ」

「……うん…私も、みんなと……もっと…いろんなこと、したいな……」

 

あんなことやこんなこと、普通の人たちがしてることをしてみたいと彼女はよく言っていた。全てが新鮮味に溢れていて、無垢な小さな子供のようにキラキラと輝いて……。その『願い』を叶えてあげたいと、私が隣に居てそうしてあげたいと思っていた。彼女の幸せは私にとっての幸せであって、楽しいこと、喜びも悲しみも苦しみも、共に分かち合う関係でいられたらなって考えていた。

 

────嗚呼、そっか…。私…。

 

『友奈ちゃん』と『ゆうちゃん』。

ふと私が二人に抱いているものがそれぞれ違っていることを理解する。

その正体をどう表現したらいいのかまだ分からない。でもこれだけは言える──失いたくない。大切な人を失いたくない。銀のときみたいなのは嫌だ。

 

「…あれは……バーテックス…っ。なん、で」

 

そんな状態からの刺客。ニ体の小型バーテックスが私たち目掛けてやってくる。先輩の網を抜けて来てしまったのだろうか……いや、遠くの空に小さな裂け目があることに気がついた。あそこから出てきたようで私はすぐに長銃を出現させ、ゆうちゃんを落とさないように銃口を構えた。

 

「ふぅ、っ、ふー……!」

 

カタカタと震えて照準がうまく合わせられない。それに銃が重い。

──いいや、弱音を吐くな。

 

最悪になりたくないのならば、動け。もうこの手から零れ落ちないように今度こそ根性を見せるんだ。『鷲尾須美』と『東郷美森』の手を引いてくれた人たちのように今度は私がそうなるんだ。

 

引き金を引く。反動によって痛みが全体に響いてしまうけど気にせず発砲を繰り返す。

 

外す。外す。また外す。 長銃の片手撃ちとブレる照準では狙い通りに撃てないのが悔しい。

 

「まだ……まだ………! まだ、ぁ!!」

 

そして、やっとのことで一発がバーテックスに命中する。

 

しかし二体目に照準を間に合わせるには時間が足りず、大口を開けたバーテックスに私たち二人とも食べられてしまう────

 

「…………ぇ?」

 

────『場面』を目撃した。

 

なにが起こった、とバーテックスが一心不乱に食べ続ける『ソレ』を見るが理解が追いつかない。確かにあそこに私たちはいたはずなのに。

 

「…っ、でも、今のうちに……!」

 

ともかく助かった。時間を稼げているうちに私は進むことにした。

元いた道は神樹様の『根』が塞ぐように囲われる。まるで誘われるように。

 

 

────流石、良い判断ね。その子を頼んだわよ。

 

 

ふと頭によぎる一言が妙に懐かしさを覚えるような、そんな既視感を得ながら私はとうとう神樹様のいる結界の前まで辿り着き、その先へ一歩踏み出した。

 



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七十話 情熱

主人公視点。そして彼女は漸く────。


◾️

 

 

「──起きてゆうちゃん!!」

 

美森さんの声が聴こえて閉じていた瞼をゆっくりとあけた。気持ちでは前に進み続けていた気がしたけど、どうやら途中で倒れてしまっていたらしい。

 

「……ぁ、みもり、さん…だ、ぁ」

「ゆうちゃん、しっかりして! まだ諦めちゃダメだよ。あと少しで神樹様の所にたどり着くから」

「あ、は……ちょっと…きゅうけい、してた、だけ、だから……」

 

息苦しいけど、それでも私は美森さんの顔が見れて凄く嬉しい。美森さんの……大好きな人の(ぬくもり)だと肌で、この魂で感じられるから。

心配させないように言葉をかけて安心させたい。

すると美森さんは私の懐から『紡ぎの種』を取り出して私に差し出してくれた。頑張って口を開けようとするけどうまくいかず、どうしようかと思っていると不意に彼女はその種を口に含み始めた。

 

───そして、熱いものが流れてくる。

 

心臓の鼓動が強く聞こえる。忘れかけていた心音と共に私は幸福感に満たされた。

 

「…ゆうちゃん」

「え、へへ……みもり、さんがキス……してくれた」

「──っ?! せ、せせ接吻じゃなくてこれは医療行為で……と、とにかく私がおぶるから」

「…………うん」

 

わかってる。美森さん鈍感だから。でも凄く嬉しくて、痛みも忘れてしまうぐらいの衝撃でもあったけれど、向こうからしてくれて本当に幸せだった。

美森さんは誤魔化すように私に背を向けておぶってくれる。

 

「はぁ、はぁ……っ、ふ、う、っ……もうちょっと、だからね、ゆうちゃん……私が、あなたを、連れて行くから…」

「…………、………うん。あり…がとー」

 

うまく声が出ないけどもっと美森さんと一緒に時間を共有したい。こんな時でも……少しでもあなたと生きるために。

 

────生きることを諦めないでね。

 

やくそくしたから……私はもう一人じゃないから。だから一分一秒でも長く生きて、生き抜くの。

 

「風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも、そのっちも…みんな明日を目指して戦ってるから……だからあなたも、っ、あなたもまだ……ぅぅ」

「……うん…私も、みんなと……もっと…いろんなこと、したいな……」

 

冬を越え、春が芽吹く時をみんなと歩きたい。春を越え、夏の日照りの中でみんなではしゃぎたい。夏を越え、秋の紅葉を眺め会話の花を咲かせたい。秋を越え、一年の終わりをみんなと過ごしたい。

 

あんなことやこんなこと。みんながやってきたことを、やっていないことも全部やってみたい。

 

「…あれは……バーテックス…っ。なん、で」

 

美森さんの声が震える。敵が現れたのだろうか。美森さんが銃を取り出して構え始めていた。

 

「ふぅ、っ、ふー……!」

 

発砲。しかし私をおぶっているせいかうまく当たらずに弾は抜けていく。私を下ろせばいいと思うけど……美森さんはそんなことをする筈がないのは分かっていた。

 

「まだ……まだ………! まだ、ぁ!!」

 

このままだと接近されて二人ともやられてしまう。

 

────貴方、彼女を助けたいの?

 

そこで視界の端に見えたヒトの形をした光が私に語りかけてきた。朦朧とする意識の中の幻覚なのか分からないけど、私は頷いた。

 

────そう。あの人(、、、)が貴方を助けたのだから、私も貴方たちに手を貸すわ。

 

あの人……? それにあなたは一体────?

 

────名も無き勇者、とでも言っておこうかしら。

 

直後、美森さんの放った一発がバーテックスに命中する。しかしバーテックスの気配は消えておらず、間に合わないと私は直感した。

 

「…………ぇ?」

 

美森さんの可愛らしい声が耳に届く。それを意味する光景を私は視ることが出来ないけれどこの人が助けてくれたのだろうと考え、声の人にお礼を伝えておいた。

 

────一つ、訊いてもいいかしら……どうしてそんなにも頑張れるのかしら?

 

それは……幸せになりたいからですよ。みんなにも…それが手助けできるのならこんなにも嬉しいことはないです。あなたもそうだったんじゃないですか?

 

────でも今のあなたはもう……いいえ…そうね、貴方の『結末』を私は外から見届けるわ。大した事を言えた義理ではないけれど、せいぜい頑張りなさい。

 

…優しいんですね。ありがとうございます。

 

────あの人が託したものを次に渡す手助けをしているだけよ。気にせずいきなさい。

 

「み、もりさん……」

「…っ、うん! 今のうちに……っ!」

 

また一人私の背中を押してくれた。色んな人にそうしてもらって、自分たちで歩いてここまで来た。

美森さんが少し進むと一転して静寂に包まれた空間にたどり着く。

 

そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれは…。友奈ちゃん(、、、、、)……っ!」

「…………。」

 

 

 

此処は恐らく神樹様のいる結界の最奥。私たちは遂に辿り着いたのだ。その先に絡まる根元に強い『気配』を感じられた。身体にすっと馴染むような、どこか懐かしいような、そんな感覚を受けとる。

美森さんが息を呑む。

 

「ゆうちゃんの言った通り……あそこから助け出せば友奈ちゃんの『幽体』は肉体に還ることができる………!」

 

言うや否や美森さんは銃を構えて即座に引き金を引いた。絡まる根たちを、どうにかできればと考えての行動。しかしそううまく事が運べるかと言われればそうじゃなかった。

 

阻まれる弾丸。神樹様の張った結界が行く手を阻む。そして反応するようにどこからか伸びてきた枝が美森さんの手足を捕縛しようとしてきた。

 

「くっ、邪魔、しないでっ!! 私たちは神婚の儀をやりにきたんじゃない!」

 

枝が次々とこちらに向かってくる。払い除ける美森さん一人ではとてもじゃないが処理しきれる量ではない。ましてや私をおぶっている状態では尚更で、背後から隙を突かれて私の腕に絡みついて引き剥がされてしまう。

 

「あっ!? ダメ、離してっ!! ゆうちゃん!!」

「……──。……」

「ゆうちゃん…? お願い手を伸ばしてゆうちゃん……!?」

「────。」

「ぁ、う、うそそんな──! ダメ、だめよ起きてゆうちゃん。死んじゃだめっ!!」

「───。」

 

神樹様の狙いは『私』が依代にしている肉体。『幽体』の結城ちゃんが合わされば神婚の儀として完成する。その行為を邪魔しようとする勇者を排斥しようとするのは当たり前だった。

 

離されていく私と美森さん。彼女は必死に足掻き、私に手を伸ばすけど私にはもう『行動をおこす』ことすらままならない状態だった。

意識が遠のいていく。

 

『私』の意識が……。

 

「こ、のッ! 離して──離せぇぇぇぇえ!!!」

 

美森さんは叫ぶ。けれどそれも遠くの出来事のように感じて。心地よさと申し訳なさが混ざっていって。

 

「嫌だ、こんなのって……ないよ…もうこれ以上私から大切なものを奪わせないでよ! 私たちは生きるって約束したの。託してくれた、繋いでくれたこの『今』を一緒に生きるって約束を……だから連れて行かないで──!」

 

ぐぐぐっと美森さんに絡まっている枝に逆らって私に近づいてくる。その生きようとする『力強さ』に私の身体に『熱』が巡って……。

 

「────、」

 

うん、そうだったよね。私たちは約束したんだったよね。

美森さんの『記憶』を覗いた時に観た『結城ちゃん』のように。命を賭した三ノ輪さんのように。『私』が出会って巡り合ってきた人たちのように。

『私』が『今』出来ることを。そうしたいと思ったことをしていこうと決めたあの日から。

 

だから…………『生きる』ために、いかなきゃ、ね。

最初から決めていたことをやっていくだけだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────んっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────お互いの時間が止まる。まるで今という瞬間を切り取ったかのようだった。

 

 

私の覚悟、私の気持ち。それらを彼女に伝えるべく、私のとった最後の行動は……、

 

 

「────っ、」

 

 

 

唇に伝わる『熱』。両頬に手を添えて私は最愛の人にキスをした。

目を見開く美森さん。驚かせてごめんなさい。でもどうかこの『気持ち』を受け取って欲しいです。

 

あなたに出会えて良かった。あなたと共に同じ時間を共有できて嬉しかった。私に沢山の『熱』をくれて、からっぽだった私に生きる意味を教えてくれた。本当に楽しかったし、幸せだった。

 

『憧れ』はやがて『恋』になって、最後には『愛』が実った。

 

どうかこの私の『愛』をあなたに覚えていて欲しい。それだけで充分だから。

私の人生は『散華』から生まれ、神樹様に用意されたレールの上だったのかもしれないけど、優しい人たちのおかげで実りある豊かな時間を過ごせたと思う。

 

 

 

 

 

 

──少しぐらいみんなみたいに『勇者』に近づけてたならいいなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────今度こそ私と美森さんは離れていく。お互いの唇がすっと離れていく中、涙を流し力なく伸ばした美森さんの手は届かず。

 

「ゆう、ちゃ……ん」

 

私の肉体は神樹様の結界の内側に取り込まれる。近づくにつれて肉体から『魂』が浮かび上がりそれが結城ちゃんの『幽体』にゆっくり吸収されていく。一つになっていく。

 

 

ここが……私の終着点(ゴール)────────。

 





『私』、『友奈』は命が尽きる寸前の所で漸く『結城友奈』の元にたどり着く。
しかしその肉体と精神は神婚を行おうとする神樹様によって取り込まれようとしていた。

短くも長い彼女の人生の一幕。最後に東郷へ愛という名の告白を告げて彼女は逝く────。


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七十一話 愛情の絆

◾️

 

 

 

上か下か、左か右かも分からない。

生まれた時と同じ闇の中に落とされた。

 

終着点に到達した私の最期はどうだったのだろう。

美森さんに気持ちは伝わったかな…?

 

 

────…。

 

やるべきことはやってきた。結城ちゃんに『私』を還すこと、それを目指してやってきた。だからここから先は私自身の問題だ。

 

────……、

 

暗闇は続く。けどなぜだろう。さっきから『雨』が降っている気がする。

こんな場所でそんなことはありえないはずなのに。

ぽた、ぽたと滴るような雨粒は顔辺りに落ちている。

 

───…?

 

そういえばなんで『顔』って判断ができるんだろう?

そもそも私はどうしてこうやって思考ができているのか……なんて考えた辺りで自分の置かれている状況を漸く認識していくことができた。

 

そもそもが目の前が暗闇なのも目を閉じているだけだった。

 

「……んん、ん?」

 

恐る恐るといった感じで瞼を開ける。

 

『……っ、ひっく……ぅ』

「……え?」

 

目の前に映ったのは一人の少女の顔だった。それもよく知っている顔だ。大粒の涙を目尻に溜めて、溢れたものが私に降り注いでいたのが原因だった。

呆然とする中で何とか振り絞った言葉が、

 

「──もしかして結城、ちゃん…?」

 

その容姿は見間違うはずもなく、私が今日まで生きてきた彼女そのものだったから。

結城ちゃんの背後には大きな桜の木が生えている緑が豊かな場所だった。その下に私たちが居て、そこで私は結城ちゃんに膝枕をしてもらっている形になっていた。

 

『どうして……こんなにボロボロになってまでここまで来ちゃったの?』

 

下から見上げる彼女はすすり泣き、私のためにとても悲しんでくれた。自分の心配ではなく、他の人の安否を気にする所は彼女の人柄が出ているんだろう。

 

「それは私が結城ちゃんに会いにきたかったからですよ。その結果がそういうことになっただけです」

『でも…でもこうならない道もあったかもしれないんだよ。園ちゃんや風先輩、樹ちゃんに夏凜ちゃん……東郷さんがいるあの勇者部で楽しく日常を送ることだって出来たはず──』

「それも時間の問題だった筈だよ結城ちゃん。もう神樹様も限界に近かったのもあるし……それに私はきっとどういう道を辿ったとしても最後には此処に来てたと思う。例えば立場が逆だったとしても……ですよね?」

『……っ、それは』

 

分かってる。でもだからといってその人が傷つく姿を見るというのは堪えるのも理解できる。

 

「私は後悔してないよ。辛いことも痛いことも苦しいことも……決して楽な道のりではなかったけどさ……楽しかった。それらを超えるぐらい充実したからこそ、やっぱり結城ちゃんにはあそこに戻るべきなんだと私は思うよ」

 

元々はあなたの人生なんだから。これからまだまだ色んなことが未来で待っているから。自分を犠牲にしてまでその道を塞ぐ必要はどこにもないんだから。みんなと前を向いて歩いていって欲しいと私は切に願っている。

そう言ったら結城ちゃんは更に涙を溢れさせてしまった。

 

『…っ、わたしが、戻っちゃったら……あなたは…消えちゃうんだよ?』

「収まるべきところに、あるべきところに戻るだけだよ。むしろこんなにボロボロになっちゃってごめんなさい。きれいな体で戻してあげたかったんだけど……」

『ううん、いいんだよ。わたしの方こそ……あなたのことを沢山神樹様を通して見てた。わたしの日常を守ってくれてありがとう……』

「うん。こちらこそ、私に楽しい日常を過ごさせてくれてありがとうございました」

 

キッカケは偶然だったとしても、この思い出はずっと先に続いていく。私にはそれが分かったから。だから私は『わたし』に還す。借りていたものを、漸く還すことが出来る。

 

そう考え安心していると、私の身体が淡く輝きゆっくりと光の粒子を浮かび上がらせてきた。その様子を見ていた結城ちゃんが驚きと悲しみを混ぜ合わせた表情を浮かべる。

 

私は安心させるように腕を上げ、手のひらを彼女の頰に添える。

 

────もう、あなたにそんな顔は似合わないのに…。

 

「───っ、友奈ちゃん!(、、、、、、)

『あは。名前を呼んでくれるなんて嬉しい……悲しまなくていいんだよ。むしろ笑っていてくれる方が、嬉しいかな?』

「──っ、そう、だったね。笑顔……っ、スマイル、だから…これは悲しい涙じゃ、ないから!」

『うん……こうしてお話しすることはもう出来なくなるけど、わたしは結城ちゃんの中で生き続けるから……わたしはあなたの力になる。ずっと傍に居る』

 

漂う粒子は結城ちゃんの胸の中に次々と流れていく。わたしは貴方の中でちゃんと続いていける。だって────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────だってわたしは、

 

 

 

 

 

 

 

 

『───…あなたの「勇気」だから』

 

 

 

 

 

 

 

わたしはあなたの中で生まれ持っていたものがカタチになった存在。ここまで前に進んで来れたのもそのおかげ。

 

例えわたしという『意識』が消えても育んできた『勇気』は消えることはなく、力となって、これからも彼女と一緒に困難を乗り越えていくものとなる。

 

しずくさんを守るシズクさんみたいに、わたしも彼女を守れる存在でありたい。

 

『わたしからの願い(バトン)を……受け取って…「私」…』

「────うん、確かに受け取ったよ。今までありがとう…『わたし』…必ずやり遂げてみせるから」

 

わたしの手をぎゅっと握って力強く返事をしてくれる。あったかい……陽だまりのような温かさの中に揺れてとても心地がいい。

 

一度目を閉じて、そしてうっすらと開ける。

 

 

─────あぁ、そっか…。

 

────先輩たちから受け取った願い(バトン)を手にして。

 

───『勇気』を『友奈』に繋げて。

 

──(わたし)は『勇者』になるんだ。

 

 

 

 

 

消えゆく刹那、桜の木の木漏れ日に美森さんの笑顔がチラついた。

 

 

 

 

 

 

 

──

───

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の粒子が私の中に流れてくる。あったかい感情が私の中に満たされていく。彼女はやり遂げたんだ。私に笑顔を向けながら満足そうに。

 

握っていた手は既に虚空を掴み最初で最後の邂逅を果たすことができた。

 

「………ありがとう」

 

両手を握り胸のところに持ってくる。

溶け込んでいく。一つになっていくにつれてあの子が抱いてきた、生きてきた『熱』が駆け抜ける。神樹様を通して見てきたあの子の軌跡を感じられる。

 

みんながあの子を受け入れてくれてよかった。私の半身、大切な『勇気』はみんなに笑顔を咲かせてくれた。

私は立ち上がって振り返ると、大きな山桜が風に靡いて花びらが舞う。

 

「…………。」

 

私の代わりにあの子が生きてくれてもよかった。けれどあの子は私が進んで、そして一緒に生きていこうと言ってくれた。

 

──これで漸く私の覚悟は決まった。

 

「行こうか。みんなの所に」

 

そこに一羽の青い鴉が私の肩に降りてきてくれる。私が『幽体』になってから何度も助け導いてくれた子。

『道』は視えている。いつしか私の立っていた場所に穴が空き、抗わずに下に落ちていく。

 

神樹様は『(わたし)』が一つになるのを見計らってこうして行動に移してきた。

神婚を成立させるために。

 

でも、私は神婚を受けない。神様としていっぱい色んなことを助けてくれたけど、人は人の足で歩いていく…それを証明したい。侵攻している天の神にも同じように。

 

「待っててね、東郷さん」

 

早く元の世界に戻らないとね。心配させちゃってる親友のところへ一刻も早く向かう────。

 

 

 





バトンは受け継がれて───。

『私』は『わたし』へ、『勇者』は『結城友奈』に引き継がれました。
彼女という人生(ストーリー)はここで幕を閉じます。

けれど彼女は結城友奈に宿る『勇気』として生き続けることとなりました。
そしてようやく結城友奈が本筋に返り咲く。


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七十二話 心の痛みを判る人

◾️

 

 

 

────炎が爆ぜる音が断続的に鳴り、空気が震えると共に衝撃波が広がる。

 

(身体がすごく軽いけど……長くはない…か)

 

この『大変身』は時間が限られているのが直感で分かった。湧き出る力に合わせて『ナニカ』が無くなっていくような、そんなイヤな感覚。

斧を振るい相手の攻撃を弾き飛ばしていく。噴き出す炎でブーストさせて今まで以上の実力を発揮できている。

 

私の『大変身』は現状『満開』以上の出力を得ようとしていた。

 

「──それで十分じゃない。ありったけを込めてアイツに当たってやる!」

 

勇者の資質を賭けて、私という全てを賭けて。

『想い』を燃やせば出力はどこまでも伸びていく。強い意志はそのまま変換されて疾く、力強くなっていった。

 

「──ぐ、ぅ!!」

 

弾く中で負荷がのしかかってくる。今日まで肉体を鍛えて、調整をかけてきてもなおこの負担は、やはり常人では扱いきれない代物だと悟った。

それとも力を使う対価を既に支払い始めている影響もあるのかもしれない。勇者の力を失うということは私はちょっと身体を鍛えた一般人と何ら変わらないからだ。

そうなればもはや赤子をひねるより容易い。

 

(────っ!)

 

そんな中で幾度かの打ち合いに僅かな隙を見つけた。

私は足下を爆発させて一気に天の神の中心に飛び込み、両斧を大振りに振りかざす。

鐘が響くような、そんな音が辺りに広がるが私の斧はそれ以上進めなくなる。

……これでも、奴の懐には届かないのか。

 

だったら……更に強い『想い』を──っ!!

 

「……はあぁぁアア!!」

 

背中に炎の羽を生やしブーストさせて刃を少しでも前進させる。

…が、それも弾かれてすぐに私を囲うように全方位から針を出現させてきた。私はそれらを全身から放出した熱波で薙ぎ払う。

 

……いよいよ、天の神は私を始末しようと手数を増やしてきた。

 

「ま、だぁぁ!!」

 

──ここは、怖くても頑張りどころだろ。

 

思考の間に私の知らない記憶がチラついてきた。その感情が、想いがまるで私のモノのように広がり始めていく。

これが何を意味しているのか分からない。けれど止まらずに私は進んでいく。

『想い』を燃焼させる。私のモノを糧に更に力を強める。

 

──アタシに任せて、◾️◾️と◾️子は休んでな。

 

火球が繰り出され、それを私は一刀両断して破壊する。

私の抵抗力が増したせいなのか天の神の攻撃は更に苛烈になっていった。

……関係あるもんか。天の神の侵攻は確実に遅らせることができている。

その間にあの子が目的を果たせば…。

 

◾️◾️のために……っ、(アタシ)は………。

 

「アタシ……(わたし)、は……?」

 

思考の乱れ。その隙をついてきたのか天の神の攻撃によって後ろにいる樹と園子に目をつけてきた。

 

────なぁ、須美。園子。ずっと友達だぞ!

 

頭に…知らない映像が、声が流れる。誰、だれの…。

 

「……っ!?」

「こっちに──! イっつん!!」

 

変身はしているものの、満身創痍に近い二人にヤツの攻撃が降りかかろうとしていた。

 

────…またね。

 

心の痛みが、伝わる。

 

自分でも感じるほど、とてつもない速さを出して二人の前に立った。

そして巨大な斧を盾代わりにヤツの攻撃を受け止める。

 

────瞬間、自身の炎とは別に真っ赤な鮮血が噴き出ていた。

 

防御も攻撃に転換していて、かつ勇者としての資質を喪失し続けている今の私にはこの一撃は重すぎたようで……溢れた衝撃が皮膚を突き破って出てきたんだ。

思えば戦いの中で血を流すことなんて無かったな、なんてどこか他人事に考えていた。

 

「が、はっ……っ」

「にぼっしー!!!!」

「夏凜さんッ!!!?」

 

駆け寄ってくる二人に対して私は手で制して、

 

「平気、よ。下がってて……樹、園子」

「何言っているんですか! こんなに血が、出て……!」

「樹、見た目ほどじゃないから。とにかく離れて隠れてた方がいいわ……アイツの攻撃が来ないうちに、早く…」

「そんなこと言われても無理だよにぼっしー! このまま戦い続けたらにぼっしーが死んじゃうよ…っ!!」

「園子……ぐ、うっ」

 

振り向いて彼女を見た瞬間に視界の半分にノイズが走る。

そのノイズの隙間から見える彼女の悲しむ顔が幼く見えて、目の前の園子と重なって視えた。

 

「にぼっしー!!」

「園、子……?」

 

彼女は私の制止を振り切って近づいてくる。

さっきから起こる現象に戸惑いを覚えるが、こうまで観せられると何となく言いたいことが分かってきた……気がした。

 

「だめ。こんな状態で行かないでにぼっしー。私……怖いよ」

「…………。」

 

園子は私の元まで近づいて優しく抱きついてくる。いや、表現としては抱きしめるが正しいか。ともかくこんな園子を見るのは初めてのことだった。

いつもふわふわして、でもたまに勘の鋭いしっかりとした一面を見せる彼女の身体は弱々しく震え、まるで怯えた小さな子供のように感じられた。

 

「今のにぼっしーの『力』。すごく強いのはよく分かった……けど、無茶してるよね」

「それは……」

「うん。にぼっしーがいっぱい考えて、答えを出した結果だってことは分かってるんよ。でも心配なの……また(、、)あの時みたいに…………戻ってこないんじゃないかって」

 

園子の心の痛みが伝わってくる。

今にも泣きそうな声で彼女は言う。その意味を私は胸の内から湧き出てくる『想い』が代わりに答え合わせをしてくれる。

 

────あぁ、そっか。あの子も……こんな気持ちを抱いて行ったのか。

 

友を、家族を、大切なものを守りたくて。そこにあったのは確かな────。

 

「……園子。大丈夫よ、大丈夫」

 

片方の斧を地面に突き刺して彼女を引き寄せる。

 

「にぼっしー……?」

「私は必ず帰ってくる。だから泣きそうな顔になんないでよ。安心なさい」

「…………っ」

「か、夏凜さん……あれ」

 

首だけ動かして振り向くと天の神を中心にとてつもなくイヤな気配を感じ取った。

どうやら、本気を出したのか知らないけど私たちにトドメを刺そうとしているのか……あのまま何もしなかったらここら一帯が消し飛ばされる可能性が高い。

 

私の『大変身』も……『勇者』としての稼働時間も残り少ない。ここが、正念場かな。

 

「──アレを止めてくるわ。樹、園子を連れて少しでもここから離れてちょうだい」

「は、はい!」

「ダメだよにぼっしー!! 行くなら私も行くから…!」

「行きましょう園子先輩!!」

 

うん……私の今見てきた映像を見ると彼女の根っこの部分は変わっていないことがわかる。

それが少しだけおかしくて、小さく口角が吊り上がるのを自覚しながら私は突き刺していた斧を手に取って肩に担いだ。

 

「にぼっしーっ!!!」

「ねぇ園子。アタシ(、、、)を信じて待ってて。アンタを悲しませたりしないから」

「……………ほんと?」

「うん」

 

息を吸って、そして吐き出す。炎の大翼が背中から現れて、更に『想い』を練り上げる。

『三ノ輪銀』の『想い』も乗せて。

 

 

「究極型勇者────三好夏凜に任せなさい」

 

 

地上から飛び立つ。

向かいながら『大変身』の出力を上げているが目の前の攻撃に果たして間に合うかどうかは賭けだ。

最初から弱音を吐くわけにはいかない。後ろで待ってくれている大切な人のためにも。

 

(……っ、やってやる…!)

 

両斧にある紋様が回転しそこから灼炎が噴き出して刀身を覆う。

ヤツと地上の中間辺りで放たれた一撃はまるで光の柱が落ちてくるかのようだった。他のバーテックスの攻撃とはまるで毛色の違うソレは紛れもなく神の一撃と呼ぶに相応しかった。

そして間もなく私と接触しようとしている所であるものが視界の隅で捕捉した。

 

(あれは……?!)

 

ほぼ同時に天の神に向かって別方向から巨大な砲撃がぶつかった。かなりのエネルギーを秘めた一撃は天の神を捉えていて、ヤツもそれをガードするのに幾らかリソースを割いてくれた。

 

一瞬どこかで戦ってあるであろう芽吹を思い浮かべたが、実際のところ確認する術は今はない。

 

兎に角一つ言える事は……またとないグッドタイミング────!!

 

「ぐぅぅううぅぅ……アァぁぁ!!!!!」

 

自身を鼓舞するために吼える。体を回転させて勢いをつけさせた両斧を砲撃に振りかざした。噴き出している全身の炎の火力を更に高め、勢いを殺さないように対応していく。

 

衝突した両者は拮抗する。

 

このまま押し負けて地上に落ちれば一帯が跡形も無く消し飛んでしまう。樹海化が行われていないこの現実の世界でそのようなことが起こってしまったらどれだけの犠牲者が出てしまうのか想像もしたくない。

超大な熱量の塊は私もろとも焼き尽くそうとしている。傷を負っていた箇所から再び出血が起こり痛みが全身に駆け巡る。

 

「大丈夫……だからっ!!」

 

それでもここから先には絶対に行かせない。

 

(アタシ)の根性を舐めるなぁぁぁーーー!!」

 

愛する者を守るために(、、、、、、、、、、)

 

視界が真っ白に覆われていく。

間もなく勇者としての全てを失う。だとしても諦める要因にはなり得ない。

次第に音も遠のき、感覚が薄くなっていった。

 

──────

────

──

 

 

 

 

二つの輝きは天の攻撃を防ぎ切った。

彼方からの砲撃の一撃、そして地上から舞い上がった炎の大翼が確かに受け止めたのだ。

 

一撃を防がれた神はその輝きを視てどう感じたのだろうか。

 

天の神が顕現してから今までに侵攻を止められた時間は如何程だったか。

 

『勇者』たちは持てる全てを用いて戦った。

 

炎の残滓がキラキラと地上に降り注ぐ中で、空を仰ぐ人々にはそれは果たしてどう映って見えたのか。

 

『────────』

 

天の神の向かうその先……神樹の生えるその土地から一際大きな『蕾』が顕現する。

『蕾』から広がる樹海化が天の神のいる地上まで根を張っていき、全てのエネルギーが『蕾』に収束していく。

 

そして、ついに……。

 

 

 

 

 

────『蕾』が開花した。

 




夏凜の『大変身』は使用時間が短い分、威力が絶大の仕様(大満開未満)
彼女は守るべき者を知り、『愛』のために戦った。
遠くで戦っている戦友もまた同様に。

結果的に時間を稼ぐことに成功し、『蕾』が開花する──。


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七十三話 神の祝福

◾️

 

彼女の『幽体』が取り込まれていく。その様をただ見ているだけで……言葉が出てこない。

悲しいはずなのに、苦しいはずなのに、私から出てくるのは目尻から溢れる『涙』だけだった。

 

「ゆう、ちゃん……」

 

私たちを隔てる神樹様の『結界』の上で力無く項垂れる。最後に交わした『口付け』に込められた想いは様々なものが孕んでいた。

 

「……信じてる。信じてるよ…ゆうちゃん…」

 

拳を握る。もはや捕縛する必要がないと捉えた神樹様はゆうちゃんとの神婚を成立させるべく動き始めていた。

私には目もくれず、ゆうちゃんと友奈ちゃんに蛇を絡みつかせていた。

 

これが為されば全ては終わる。しかしそれはやらせまいと私たちは動いてきた。私の役目は彼女を此処まで連れてくること。

それはつまり『ゆうちゃん』との別れがあるという抗えようのない事実が待っていた。

 

……本当は嫌だった。

 

どうしようもなく道は塞がれ、結果的にこうするしかなかったとしても……大切な人の命を天秤に掛けて動くなんてことは嫌だった。

 

「みんな頑張ってここまで来たの……過去の人もみんな」

 

天の神の怒りに触れ、そこから数百年の間続いてきた人類と神の因縁。か細くもここまで生きながらえてきた人々の代表として前線で戦ってきたが、失敗してしまえばそれすらも全て無に帰すことになる。

 

明日のことを考え、家族や友人たちと食事をし、寝床につく。

神の眷属になることはそんな当たり前さえも消えて無くなってしまうんだ。

 

「銀……あなたの想いも消えてしまうのは…私はそんなの嫌よ。あの子の分まで私たちは進んでいかなければならないの」

 

ギュっと指先に力を込める。

 

「──神樹様。人は……まだ生きることを諦めちゃいないんです。みんなまだ諦めずに戦っている。今を精一杯生き抜こうとしています。だから…」

 

いつか終わりが来るのだとしても……人はその意思や想いを次に繋ぐことができる存在なのだから。その可能性の芽を摘みとることはどうかやめて欲しい。

我儘で傲慢なのは分かってる。でも──、

 

「私たちはそれでも生きていきたいんです。だからもう一度……『人』を、信じて…もらえませんか?」

 

今更、一人の少女の声を聞いてくれるかは分からない。

でも……その時、確かに私はこの目で一つの『変化』を目にしたのだ。

 

結界の中から『青い烏』が羽ばたいてくるのを────。

 

『結界』をすり抜けて私の元に羽を広げて舞い降りる。

とても、綺麗な烏だった。

 

────…『その想いは、確かに、今、彼女に届いた』

 

「────えっ?」

 

神樹様の根元から一層の光が輝く。いや、違う……神樹様そのものが輝きを帯びている。

その中心から飛び出すもう一つの『輝き』。結界を破壊して現れたのは────。

 

 

 

 

 

 

「──ただいま。東郷さん(、、、、)

「ぁ、あっ……! ゆう……っ、友奈ちゃん──っ!」

 

 

奇跡を目の当たりにした。

私の大切な人が、今此処に再び『勇者』の姿を纏い、私の元に帰ってきてくれた。

長い桃色の髪を靡かせ、こちらを視るその瞳の色は左右異なる色に変化している。髪の色と似た瞳ともう一つ……淡緑色の瞳(、、、、、)。その意味を私はすぐに察することができた。

 

彼女はちゃんと、やり遂げたんだと。

 

そんな私の心境を知ってか友奈ちゃんは目を細め、申し訳なさげに口を開いた。

 

「長いあいだ……待たせちゃったね、東郷さん」

「ううん…待ってた、よ……でもその間に、私たちを支えてくれた人がいたから…その人のおかげで日常を続けていくことができたから…」

「うん、そして決着を付けよう。東郷さんの想い、(わたし)の想い、勇者部みんなの……更に人々の想いをのせて」

 

光は友奈ちゃんに集まっていく。右手には巨大な手甲が装着してあり、そこには温かくて力強い『熱』を感じられる。周囲には様々な色の水晶が漂っていて友奈ちゃんの姿も少しずつ変化をしていった。

 

地鳴りが響き、この空間を覆っていた膜に亀裂が走る。

 

いよいよ地に花が芽吹く時が来たのだ。裂けたその先に見えるのは巨大な内行花文鏡 ──『天の神』がいる。

 

 

(わたし)は、私達は人として戦う! 生きたいんだ……!!!」

 

神樹様の持つ『神力』が友奈ちゃんに収束する。

その姿は私たちが使用してきた『満開』の姿に似ていた。けれどそのどれよりも規格外な『力』を保有していることがわかる。

 

「友奈ちゃん……私…」

「東郷さんは無理しないでここで休んでて。そして見ててね…必ず証明してみせるから。人類は、まだ諦めちゃいないって! あの子の想いは繋いでみせるから!」

「……っ、うん。待ってる」

 

微笑むその姿はゆうちゃんと被る。いや、どちらも『友奈』なのだから当たり前だ。そしてしっかりとゆうちゃんは彼女の中で『生きている』。

 

友奈ちゃんは空を見上げて飛び立った。全速で、一直線に、真っ直ぐに天の神へと向かっていった。

 

きっと彼女ならやり遂げてみせる。今までだってそうだったから。信じられるものが彼女にはあるから。

だから私は彼女の帰りを待つ。友奈ちゃんの帰るべき場所として、私はここにいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズシリ、と重みを感じる右手に目をやる。

この『重み』はかつての勇者たちの『想い』も詰まっている。私たちの全てもここに。

 

(ここまで頑張ってきたみんなの想いを無駄にしないためにも…!)

 

この世界に戻ってくる際に神樹様に願った。生きたい、と。

神様の眷属としてでなく、人として生きていきたいと願った。

 

人は色んな人がいる。

 

神様だからきっと全てを観てきたと思う。良い人だけでなく、悪い人だって中には居ただろう。でもそんな中でも神樹様は『人』を守り続けてきてくれた。

それに救われた命も大勢にあった。(わたし)だってその一人だから。

 

神樹様が『人』の可能性を信じてくれたように。

だからこそ、私たち『人』を生き様を信じて欲しいと願う。

 

今一度、私は拳を強く握りしめる。

 

『天の神』は私の存在にすぐに気がつき、そしてそれを脅威と感じたのか周囲に展開していた攻撃を取り止めて、高密度のエネルギーの集め始め、放とうとしている。

『わたし』の右目から視えるあの『熱』は絶大だ。

 

正直言って少し怖い。でもその感情を包み込むぐらいの『勇気』が『熱』として全身に駆け巡っているのも理解できた。

 

──(わたし)は、一人じゃない!

 

「うぉおおおおぉぉお!!!」

 

『天の神』の一撃と衝突すると共に私の右手に負荷がかかる。かまうもんか、と叫び上げて押し返す。

 

『──────、』

 

夏凜ちゃんが私がここに来るより前に『天の神』の一撃を防いでくれていたのは神樹様を通して観ていた。本当に……夏凜ちゃんは凄い。

私も……踏ん張らないとね。

 

「負ける…、もんかぁぁぁああーーっ!!!」

 

更に夏凜ちゃんが使用した勇者端末のおかげでこの一帯に神樹様の『神力』が広がっていってる。

いくら神様と言えど連続して高密度のエネルギーをぶつけるのには少し時間が足りてなかったかのようで、そのおかげで優位にスタートできたのは大きかった。

 

「ぐぅうぅぅぅううー!!」

 

それでも半分ほどこちらが進んだところでピタッと動きを止められる。

押しても動かない……どころか少しずつ押し返されている感覚に襲われた。

強い。圧倒的な力とはこのことだと理解する。けど……。

 

だけど───ッ!

 

「勇者、は……不屈!! 何度、でも…! 立ち上がるっ!!!」

 

人は、私たちは何度壁にぶつかっても、それでも立ち向かってきた。

『わたし』だって、そうだった。

 

東郷さん、園ちゃん、夏凜ちゃん、風先輩、樹ちゃんだって……みんなここまで頑張って乗り越えてきたんだ。

三百年前から続く勇者たちや……銀ちゃんだって…! 『わたし』と仲良くしてくれた『防人』の人たちも!

 

「───ッ!!?」

 

視界がモノクロになりながらも懸命に抗うけど、更に強く押し戻された。

けれど……それでも諦めない。私は諦めない。挫けない。折れない。

 

気持ちだけは負けていけない。

 

 

────大丈夫。

 

 

押し切られるかと思いきや、不意に後退しなくなった。

それは感覚的に『誰か』に支えられている気がした。振り向くことは出来ないけど、沢山の『手』に私の背中は押されていた。

 

────前を見て、進んで。『みんな』も一緒についてるから。一人じゃないよ。

 

 

「……っ、友奈、ちゃん(、、、、、、)

 

右手に添えられていく手はきっと幻かもしれない。神様たちの領域内であるから起こった一つの奇跡なのかもしれない。

でも確かにそこに『勇者部』のみんなが居て、そして背中には名前も知らない『勇者』たちのみんなが私の力になってくれていた。

 

『行け! 友奈!!!』

『友奈さんの幸せのために…!』

『成せば大抵──』

『なんとかなる!!!』

『勇者部、ファイトーーー!!!!』

 

頼もしい仲間がいる。大切な人がいる。大好きな人がいる。

それだけで無限に力が湧いてくる。

 

「勇者は、根性───ッ!!」

 

────『わたし』もいるから。全部乗っけて叩きつけてやろう!

 

「全部ぅぅ……乗せぇぇええ──ッ!!!」

 

右手の籠手が輝かしく煌めく。これは私たちの結晶、その全てをぶつける。

 

「勇者ぁあああーー!!!」

 

この長い戦いを終わらせるために。前に進むために。

 

「パァァァァンチ!!!!!」

 

『天の神』の一撃を超えて私の拳はバーテックスが持っていたものと似た『御魂』を捉える。

深くめり込みながら周囲に亀裂が走り、ガラスや鏡が砕けるような音とともに天が崩落していった。

 

 





VS天の神ラスト。

見事『大満開』を果たした友奈は天の神を退ける。

『英雄』たちは東郷さんのいる神樹様の結界から友奈ちゃんの背中を押すために集ることになった。

余談として……作者がやりたかった設定として、
『大満開』時の友奈ちゃんのオッドアイに別の意味を持たせたかった。

この友奈ちゃんのシルエットを見てこの作品を書くきっかけになった場面でした。


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七十四話 牧歌的な喜び

◾️

 

 

 

天を覆う『内行花文鏡』が友奈ちゃんの手によって砕かれていく。神樹様による『大満開』とも呼ぶべき力と、私たち『勇者』の力。きっと何一つでも欠けてしまっていたら成し遂げられなかった今の状況に、私の心の内は様々な感情がひしめき合っていた。

 

「友奈ちゃん……」

 

戦いは終わった。全てが終わったのだ。私たち人類の『未来を生きたい』という願いが神様たちに聞き届けてもらえたのだと、空がガラスのように砕けていく様子を視て理解する。それと同時に頰に熱いものが流れ出ているのを自覚した。

 

それは涙。喜びと安堵と、そして哀しみの涙が頬を伝う。うっすらと唇に残る彼女の感触がそれらを強く自覚させて溢れるように涙が流れ出ていく。

 

あの子は──ゆうちゃんはやり遂げたのだ。自分の役目を、願いを、選択を。その短い生涯を賭して見事に成し遂げてみせたんだ。

 

「……っ、ぁ」

 

不意に身体がふらつく。ここに来るまでの道のりは決して楽ではなかった。『タタリ』に死の寸前まで蝕まれて、ゆうちゃんを守るために『優しい勇者』から力を借りてバーテックスからの猛攻を凌いだ。それらの反動が今、身体に降りかかり倒れそうになったところで──

 

「……大丈夫? わっしー」

「そのっち……」

 

──私は倒れることなく、かつての相棒に支えられた。視線をそちらに向ければそのっちがいつものように微笑んでいる。身体は私のようにあちこちボロボロだ。それが数年前のあの時を彷彿とさせるので、私は薄く苦笑を浮かべながらその肩に身を預けるように傾けた。

二人で同じ空を見上げる。

 

「終わったんだね。全部」

「うん……友奈ちゃんたちが…やって、くれたよ」

「はぁ〜…凄いなぁゆっちー。世界を救っちゃったんだ。あははー…」

「でもそのっちたちがいなければ、こうはならなかったと思う。風先輩に樹ちゃん。夏凜ちゃんだって……」

「私なんてなんにも出来なかったよー。にぼっしーたちがすーごく頑張ってくれたおかげだね」

 

みんなが力を合わせて乗り越えて、それで勝ち得た『未来』。謙遜してるがそのっちだって色々と裏で立ちまわってくれたんだ。本当に……尊敬できる人だと私は思う。

 

「タタリは消えた?」

「ええ、痛みも何事もなかったかのようだわ。ただ、疲労はあるみたいで足腰が少し……重くない?」

「ぜーんぜん。もっとこっちに寄り添ってくれてもいいんよ?」

 

なんてやりとりをしながら覚束ない足取りで前に進もうとするが、中々前進しないことに気がつく。隣のそのっちが困ったように笑っていた。

 

「あはは。私も実は足がガクブルなんよ……にぼっしーとイっつんとで張り切りすぎちゃったっぽい」

「…そうなの?」

「わっしーの前でカッコつけたかったけど、無理だったー。どうしよっかー……すぐ行きたいでしょわっしー」

「うん。だから少しずつでも進むわ。友奈ちゃんに早く会いに……いかないと……!」

「わわっ…!」

 

言葉とは裏腹に足は思うように動かず、支えてくれていたそのっちも足をもつらせて転倒しそうになってしまう。

 

でも……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───まったく、二人はいっつも無茶するよな。そこは昔から変わっちゃいないってことか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私たちを支えてくれたのは────一人の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──……えっ?」

『須美のやるぞーって時の視野が狭くなるのは相変わらずだなぁ。それに園子も……ああいや、身体は大きくなってるか、ははっ』

「な、なん……で? み、ミノ…さん?」

 

 

 

 

 

私たちがかつて『三人』で御役目を担っていた時の最後の一人。欠けてしまった一人が確かに────私たちの肩を支えてくれていた。

 

 

 

『おっす、久しぶり──って言うのもおかしいか。三ノ輪銀、ちょっとズル(、、)して来てやったぞ!』

 

 

過去であり、もはや『記憶』の中でしかないはずの笑顔が……現実に存在していた。足はもちろん止まって言葉を失う私たち。え、どういうことなの……?

 

これは夢? 妄想の類い?? そのっちも目をパチクリして驚きを通り越して驚愕していた。

そんな状態なのに、私たちの反応を見た銀はしてやったり……! と悪戯が成功した小さな子供のようにくつくつと笑っていた。

 

『驚いてる驚いてる。いやーそのリアクションが見たかった!』

「か、揶揄わないで! え、その……本当に銀…なの?」

「私の妄想が現実になったーとかじゃなくて?」

『おう。正真正銘モノホンの三ノ輪銀様だぞ! といっても正確には少し違うけどな』

「どういう……ぁ」

 

彼女に言われて違和感に気がついた。もし、彼女が当時のあの時のままならば私やそのっちを物理的に支えられないはずだ。肉体もそうだけど体格的にも。なのに目線はほぼ同じでその理由を考えた時、先に理解したのは隣にいるそのっちだった。

 

「その勇者服……もしかしてにぼっしー?」

「か、夏凜ちゃん? あ、言われてみればそんな面影が……でもどうやって…」

『さっすが園子大正解! 実は三好夏凜さんにお願いして一時的に肉体を借りてるんだ。どーだー! 凄いだろー! これも神樹様のおかげだぞ!』

「そんなことが、可能なの…?」

『……まぁ、それでも今だけこの限りのキセキだけどな。辺りに昇る光が視えるか? 理屈はどうかまったく分からないけど、今は『魂』の在り方? んや、境界線?? 的なものが曖昧になってるから出来てる芸当なんだとさ』

「神様たちの神力がぶつかった影響なのかな? ぼわぁーって」

『いやーそんな緩くないけどまぁそんな感じ。とにかく少しだけこの世に居られる時間をくれたんだ。だったら真っ先にお前らのところに行かないと、だろ?』

「───っ!」

 

目頭が熱くなる。もう会えない人との再開と言葉。色々と話したいことがあったはずなのに、うまく喉奥から出てこない。時間がない……と銀は言った。その変化は確かに現れていて、間借りしている夏凜ちゃんの肉体から光の粒子が漏れ出ていた。

 

『──二人を探すのに時間掛かっちゃったからなぁ……大口叩いたところ悪い。もう時間が近づいて来てる。このまま歩きながら行こっか。今回の一番の功労者のところに須美たちを案内させないといけないからさ』

「ミノさん……っ。あ、あのね……私…」

『ああ、わかってる。でもアタシから先に言わせてくれ園子……ごめんね。何も言えずに逝っちゃってさ』

「う、うぅ……わた、私の方こそごめんねミノさん。あの時私が弱かったからミノさんにたくさん…いっぱい苦しい思いをさせて」

「私もよ…銀。ほんとはあの時一緒に……行きたかったのに…不甲斐ないばっかりに…!」

『お、おいおい二人とも泣くなよ。いいんだよ、アタシがあの時ああして身体を張ったお陰で二人が生きててくれたんだからさ。喜ぶことはあっても悲しむ必要はまったくないぞ』

 

嗚呼、紛れもなく彼女は三ノ輪銀だ。今日はよく涙が溢れてしまう。止まらない……ううん、止められないよこんなの。

 

一歩、また一歩と前に進む。三人で……足を揃えていつかのように。ボロボロなのも同じ。散々神様に対して罵って来たくせに、今は都合よく神様に感謝してしまっている。私は天に昇っていく光の粒子たちを見つめながら呟いた。

 

「…ねぇ、銀。このあと人類はどうなっていくのかな」

『そうだなぁー…戦いは終わったし。これからすぐに神樹様があの炎の世界を消して元の世界を取り戻してくれる。そしたら後は人間の自由だと思うぞ。これからも人は何にでもなれる。何処にでもいける。アタシたちみたいな人が武器を取る必要もないし、バーテックスみたいな化け物どもと戦う必要もない。当たり前だった日常をみんな謳歌できるんだ』

「…でもそこにミノさんが居ないのは寂しいよ」

『それは……うん、本当に悪いと思ってるけど…でもね、そうやって二人が先の「未来」を進んでいくんだなーって思うと自分のことのようにすげー嬉しくてさ。アタシや先代の人たちのやってきたことは無駄じゃなかったんだなぁって……欲を言えばアタシも二人の隣で見てたかったけど、そりゃもう仕方ないって割り切れてるしなー…うん!』

「銀……」

 

きっと彼女は背中を押してくれている。昔のように、私たちの手を取って連れ出してくれる。例えその先に自分が居なくても。銀ははいつだってそういう人だったから。

 

それはそのっちも理解している。だけどごめん……ごめんね銀。泣いちゃうものは泣いちゃうのよ。強くなっても、ちょっとやそっとで挫けなくなっても……溢れてしまうのものが私たちにはあるの。

啜り泣きながら、それでも足は一歩ずつ止まらず進んでいく。私たちの『終着点』へと着実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして、ついにその刻は訪れて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──あの丘の先にいるから。ここからは須美と園子…そして夏凜さんと行くんだ。アタシは……ここまでだ』

 

 

たった数十メートルの移動距離だった。無限に続いていきそうな錯覚を抱く奇跡の時間に終わりを告げられる。今は先程よりも身体は動かせる。銀はそっと担いでいた私たちの肩から体を離していく。

 

私とそのっちは堪らずその手を握りしめた。

 

「銀っ!」

「ミノさん…っ!! 本当にお別れ…なの?」

『あぁ、時間だよ。もうこの世に留まれそうにないや……だからここでお別れ(、、、)だ』

 

銀からも手を強く握られる。気持ちは三人一緒だ。離れたくない、もっといたい、話をしたい。けれどそのわがままを通せるほど現実は甘くはなかった。ううん、今でさえ『奇跡』と呼べるほどの邂逅を果たしているのだから…。

 

『園子』

 

銀はそのっちに話かける。俯いていたそのっちはゆっくりと顔をあげて視線を交える。目元は涙のせいで真っ赤に腫れていた。

 

『毎日のように墓参りに来てくれてありがとう。お供物も美味しく食べさせてもらったぞ。それに沢山話を聞かせてくれてこっちもサンキューな。勇者部……居場所や友達がいっぱい出来たみたいで安心した。それと……須美のこと、よろしく頼むよ。ずっと、いつまでも仲良くするんだぞ』

「ミノ……さぁん。私も…ぐすっ。私もいっぱい…いーっぱいありがとう。うん、うん…っ! わっしーと仲良しさんでいるから。私たちズッ友だから……だから、安心してお空で私たちのこと見守っててね」

『ああ。ずっと見守ってるから──それと、須美』

 

泣きじゃくる園子の頭を撫でながら視線を私に向けてくる。その顔を見るだけで視界がぼやけてしまう。唇を固く結んで一生懸命堪える。

 

『…たはは。そんな顔するなよ、こっちまで泣いちゃうだろ?』

「無理よ。だって銀が私とそのっちを泣かせるんだもの」

『悪かったって』

 

握っていた手を離して私の頭も撫でてくれる。そういえば最後に撫でてもらったのって遠足以来だったかな。すごく…心地がいい。

 

『園子にも言ったけどさ、二人仲良くな。喧嘩やぶつかることがあってもちゃんと最後には仲直りするんだぞ?』

「…うん」

『須美はたまに周りが見えなくなっちゃうから、あまり暴走しすぎないこと』

「……うん」

『…………後はそうだな…ありがとう。須美たちと過ごしたあの時間はアタシにとってかけがえのないものだった。大変だったことも多かったけどそれ以上に楽しいことも沢山あったし、そんで最期にはこうして須美と話すことができてアタシはもう思い残すことがないぐらい今は嬉しいよ』

「私も……同じ。銀が居てそのっちも居てくれたから私はここまで来れたの。『友達』だって言ってくれて嬉しかった。楽しかった……銀には感謝してもしきれないぐらい沢山のものを私にくれたから。だから私の方こそありがとう、銀」

 

当時だったら恥ずかしくて言えなかったであろう言葉は、いつの間にかスッと口にすることができた。銀と過ごした日々は私の人生の奥深くで色濃く根付いている。優しくて力強く、折れることのない大切な『記憶(おもいで)』として。

 

銀は私の言葉を聞いて頷き、サッパリとした、眩い(まばゆい)笑顔を浮かべて夏凜ちゃんの肉体から『魂』を切り離した。

 

「────。」

 

倒れそうになる夏凜ちゃんを二人で支えて空を見上げる。目の錯覚か、私たちの願望かは分からないけれど確かに『魂』のカタチは銀の姿を象ってこちらに振り返っていた。

 

 

 

────二人に出会えて良かったよ。須美、園子。

 

 

「…っ! 幸せになるから! 銀…! 私もそのっちも銀が不安になる必要のないくらい幸せに生きていくから……だから本当にありがとう。また会いに来てくれて…!!」

「うん、わっしーの言う通り! ミノさんは安心してお空から見ててよ……!」

 

相変わらず涙は止まらないけど今や悲しみに濡れただけではない。つっかえていた胸の内が、一つの心残りが払拭されたんだ。

銀の『魂』の残滓が雲のように白く溶けていく。これが本当の最期。『鷲尾須美』から続いて来た私たちの三人の勇者の最期の幕引き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────バイバイ(、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『またね』を果たしてくれた彼女のお別れの言葉。その慈愛に満ちた微笑みと共に彼女の『魂』は本当の意味で天に還っていった。まるで暗雲の切れ目から覗く光の道筋に溶けていくように。





『天の神』を見事退けた勇者たち。
そして『鷲尾須美』という勇者の物語の終幕。


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七十五話 明日に期待して

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「はぁ、はぁ……お姉ちゃんどこにいるの…?」

 

息を切らし、小走りに移動しながらお姉ちゃんを探す。戦い続きで身体はあちこち痛むけど一刻も早く安否を確認したかった。

『天の神』は友奈さんが見事に倒し、天はガラスのように砕けて光の粒子が辺りを占めている。

 

戦闘の余波によって先輩たちとは散り散りになってしまったけど、あの人たちならきっと無事にやり過ごしているだろうと当たりをつけてこちらを優先させてもらっている。

 

だけどお姉ちゃんは見つからない。

 

焦りが募る一方で、冷静な思考となるわけにもいかずに時間だけが過ぎていってしまう。

 

『焦らないで』

「…っ。あ、あなたは…?」

 

声がする方に振り向いてみたら白装束に身を包んだ少女が立っていた。

 

『私は伊予島杏といいます。樹ちゃん、あなたをお姉さんのところに案内するためにここに現れました』

「現れた…? それに私の名前……あ、待って!」

 

ふわり、と風に揺れる粉雪のように伊予島さんと名乗った少女は先に進んでいく。よく分からないけど私はその道を辿るように追いかけていった。

 

私が探していた方角とは逆の方へ。

 

「道……全然違ってたんだ」

『今は天の神との戦闘で地形がめちゃくちゃだからしょうがないよ。でも安心してね。さっきも言った通り必ずお姉さんの所に案内するから』

「伊予島、さんは一体どういう……?」

 

突如目の前に現れた少女の全体像が掴めずに疑問符ばかり浮かんでしまう。そんな様子を知ってか知らずか伊予島さんはクスリと微笑み、

 

『私のことは杏でいいよ樹ちゃん。敬語とかもいらないからね。えっと…話せばすごく長くなるんだけど……掻い摘むと私もあなたと同じ「勇者」だった一人、かな。西暦──今から三百年ほど前のね』

「──っ! 前に園子さんから話を聞いたことあります」

『そうなんだ。きっと若葉さんが頑張って繋いでいってくれたおかげだね』

 

『若葉』という名前を聞いて私の中で繋がっていく。なら本当に目の前の人は勇者なのは間違いない。でもなんで過去のその人が今ここに存在しているんだろうかという更なる疑問が浮かぶ訳だけど……。

 

それでも、なんとなく感じられるものがある。

 

「──助けに来てくれたんだ。杏さんや皆さんが……私たちのために」

『うん。私たち以外の他の人も志したものは同じだったから。本当に凄いことだよ。あの天の神を倒しちゃうなんて……』

「ううん…凄いのは友奈さんだよ。私なんてフォローするので精一杯だったから」

『謙遜しなくてもいいのに。友奈、さん……かぁ』

 

何か巡らせているようだけどその内は分からない。懐かしむような、そんな感じの表情を浮かべていた。

進んでいくことしばらくして私はその先にあるモノを見つけることができた。

 

お姉ちゃんが使っていた『大剣』だ。

 

私はすぐに駆け出した。杏さんを追い抜いてその場所に向かう。大剣は地面に刺さっているだけでお姉ちゃんの姿が見えない。

 

「お姉ちゃん…!」

『そこにいるよ。剣の裏に』

「えっ? ……あっ!! お姉ちゃん!!」

 

居た。大剣の腹を背に地面に座り込んでいたお姉ちゃんを発見した。ボロボロで擦り傷がいくつも見られて痛々しく見えてしまう。

 

「…おー我が愛しの妹よ。無事でなによりだわ」

「お姉ちゃんこそ…こんな、血がいっぱい出て…平気なの?」

「ヤバい負傷はないから安心していいわよ。敵が多すぎて捌くのに苦労しただけで、ここで疲れて休んでたの」

「よ、良かったぁー……」

 

緊張の糸が緩み力が抜ける。へたり込む私の頭をお姉ちゃんは優しく撫でてくれた。

 

「頑張ったね樹。みんなのフォローお疲れ様」

「お姉ちゃん…」

「立派になったわね。まさかこうやって肩を並べる日が来るなんてね……姉として誇らしいわよ」

「……っ。うん──!」

 

涙が出てくる。嬉しくて。憧れてた姉にこうして認めてもらえることが。その様子を後から来た杏さんが自分のことのように喜びを滲ませながら私たちを見ていた。

 

『良かったね樹ちゃん』

「ありがとう、杏さん」

「そちら様はー……んん? 私の目の錯覚かしら……ふよふよ浮いてない…?」

『まぁ言っちゃえば私って幽霊みたいなものですし。存在としては曖昧なんですよ』

「ゆ、ゆゆゆ幽霊っ?!! ひぃぃー!!?」

 

ぎゅーっと私の袖を握りながら後ろに隠れるお姉ちゃん。対して杏さんは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「あまりお姉ちゃんを揶揄っちゃダメだよ」

『ふふ、ごめんなさい』

「い、樹が幽霊と仲良くしてる…? やだ、私の妹ってば急成長しすぎ…?」

「もう何言ってるのお姉ちゃん。杏さんは私たちと同じ勇者なんだよ。私をこうしてここに連れてきてくれたの」

「そ、そうなの…? それはご丁寧に感謝します……」

 

なんで畏まっちゃってるの、と苦笑していたら今度は視界の端にからからと笑う人物が立っていた。

 

『そーかそーか。風はオバケが苦手なのかーならタマのことも同じように驚くが良いぞ?』

「…いや、タマのことは別になんともなかったわ」

『えー…なんだツマらん。ご苦労さまだったなーあんず』

「…? あの人も勇者、だよね杏さん??」

『うん、私にとっての風さんかな。ただいまタマっち先輩』

 

言いながら杏さんはその人の元に戻っていく。そして二人はにこやかに視線を交わせた後にこちらに向き直ると、その空の上から青い鴉が降りてきた。

 

杏さんとタマっち先輩と呼ばれた人たちの少し後ろに青い鴉は羽を下ろす。そこにはもう一人……巫女の衣装に身を包んだ少女が立っていた。

 

『道案内ありがとうございました杏さん。球子さんも』

「あなたは…?」

 

お姉ちゃんが訊ねるとその巫女さんは深々とお辞儀をする。

 

『私は上里ひなたと申します。こちらでは初めまして、ですね。犬吠埼風さん、樹ちゃん』

「は、初めまして!」

「上里って……『乃木』に連なる家柄の名じゃない! そんな人がなんでここに…?」

 

肩に青い鴉を乗せた彼女はゆっくりこちらに近づき、

 

『私たちは皆西暦の時代に勇者とその巫女として戦ってきた者です。始まりとして、そしてその代表として天の神を退けた貴方がたに改めて御礼をしに参りました』

『加勢しにも来たぞ』

『余計なことは言わなくていいのタマっち先輩』

 

どうやら私の知らないところで、この人たちは私たちのことを助けてくれていたらしい。お姉ちゃんは心当たりがあるみたいな顔をしている。

 

『三百数年と長きに渡る戦いに終止符を打ち、感謝致します。まもなく、神樹様がこれまで侵食された土地を元に戻していきます』

「元にって…あの炎の世界から戻すことなんて出来るの?」

『天の神が広げていた炎の世界は神樹様で言う樹海と同じものなんです。私たちの世界に上乗せする形で炎を拡大させていた……なのでその影響力を取り払えば元の世界が還ってきます』

『しかしまぁ、三百年以上も放置された土地なんて酷い有様なんだろーなぁ』

『それはそうなんだけど言い方があるでしょタマっち先輩』

 

杏さんがこほん、と一つ咳払いをする。

 

『ともあれ私たちの御役目はここまでですね。樹ちゃん、風さん……あの先で勇者部の方々が友奈さんの元に向かっています』

『タマたちの身体も消え始めたし、ここでお別れだな風』

 

一歩前に出てきた二人はそのまま私たちの手を握った。

 

「球子……あんた」

『そんな悲しい顔しなくていいんだぞ。それと、姉妹仲良くな! タマが言いたいことはそれだけだ』

「言われなくてもわかってるわよ。ここまでありがとう球子」

『おう!』

 

爽やかな笑顔で二人がお別れを告げる中で杏さんは微笑みを浮かべていた。

 

『樹ちゃん』

「うん…」

『お姉さんといつまでも仲良くしててね。本当はいっぱいお話したいことがあったんだけど……きっとあなた達なら幸せに生きていけるから』

「杏さん……もちろんだよ。だってお姉ちゃんは私のお姉ちゃんで『家族』だから。ありがとう、私たちを助けてくれて」

『うん』

 

初めて会った筈なのに、こうも名残惜しくなってしまうのはどうしてなんでだろう? 答えは分からないけれどきっと大切な繋がりがみんなとはあるんだろうって思う。きっと私たちと同じ時代を生きていたら仲良く出来た筈だ。

 

手をそれぞれ離して私たちは目配せする。

 

「いこっか樹。みんなの所へ!」

「うん! お姉ちゃん!」

 

今度は私たち二人で手を繋いで。見送られながらみんなの所に走っていった。

行かなきゃいけない場所がある。背中を押してくれたこの人たちの分まで私たちは明日に進んでいこう、と強く願って。

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さくなっていくその背中を見送る少女達。奇跡によって作られた肉体は消えかけていく。

 

 

『終わったんだなぁ全部』

『そうだねタマっち先輩…ひなたさん』

『長い間、お疲れ様でした。私たちもこうしてまた会えたことを嬉しく思います』

『だな!』

 

かつての戦友たちが、友と再会できた喜び。それだけでも彼女たちからすれば奇跡そのものだと言える。

 

『タマたちが先っぽいな。先に行くぞひなた、若葉(、、)!』

『最後にあの二人に会えて良かったよねタマっち先輩』

 

まるで自分達がこうでありたいと望んでいたようなあの姉妹と最後に顔を合わせることが出来て良かった、と満足そうに笑う。

 

『はい。もう少ししたら私たちもそちらに行きます』

 

少しの時間の差だが彼女は見送る。そして残った一人と一羽は目を見合わせる。

 

『私も先に失礼しますね若葉ちゃん。もう少しの間、この世に留まるんですよね?』

「…………。」

『はい、いつまでも待っています。何せ時間はたっぷりありますから』

 

頬を鴉に擦り合わせる。そして鴉は羽を広げ羽ばたき始めた。

 

『そういえばあのお二人は……あぁなるほど、そういうことですか。なら邪魔してはなりませんね。行ってらっしゃい、若葉ちゃん』

 

始まりの巫女はそう言って笑顔を浮かべながら消えていった。

青い鴉はその最後を見届けた後、戻りゆく世界の空に羽を広げていった────。

 



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七十六話 困難に打ち勝つ

◾️

 

 

 

鏡が割れるように、天の神が砕けていく。空を覆う炎の世界その全てに亀裂が走っていった。

 

「──っ、ぁ」

 

全てを出し切った。全身全霊、全力全開の勇者パンチはどうやら届いてくれたようだ。

私たちの『想い』は天の神に伝わってくれたかな…?

 

ゆっくりと落ちていく中、地上では見計らった神樹様が樹海を広げていき、見る見るうちに炎の世界を呑み込んでいく。

ぼんやりと眺めつつ、突如その視界に『牛鬼』が現れた。

 

「牛鬼……?」

『…………。』

 

私が勇者となったあの日から現れた精霊。幾度となく助けてくれたその相棒は静かに私を見つめていた。

その『意味』を、理解する。

 

「…お別れなんだね。ありがとう、牛鬼」

 

手を伸ばして引き寄せて抱きしめた。今ならわかる。この子は『あの人』そのものなんだと。

三百年前のその日から戦ってきた始まりの『友奈』なんだってことが。

繋いで、繋いで、繋がって……私たちは『魂』で繋がっている存在なんだ。

 

「いっぱいありがとう。『わたし』のことも助けてくれて……寂しいけど、また何処かで逢えたら嬉しいな」

『…………。』

 

喋ることが出来ない牛鬼は少しの後に、私の腕から離れてふよふよとどこかに飛んでいってしまった。

あれ…てっきり消えちゃったりするのかと思ってたけど…。

 

(まだ、やり残してることがあるのかな…?)

 

それが何か分からないけど、どうか良い結果になって欲しいと願う。

 

キラキラと光の粒子が身体から溢れて『変身』が解けていく。

無重力みたいにゆっくりと落ちていき、この後どうなるんだろうって朧げに考えていたら、私の身体は地面に落ちる前に優しい温もりに包まれた。

 

「…ぁ、東郷さん…園ちゃん、夏凜ちゃん」

「友奈ちゃん!!」

「ゆーゆ! 良かった、無事だったんだね」

「まったく…心配したんだから…」

 

抱き抱えられたその先に私の大切な人たちが待っていた。体を横たわらせ、頭は東郷さんの膝の上に乗せられる。

 

「東郷さん…」

「約束、守ってくれてありがとう友奈ちゃん……おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 

じんわりと涙を浮かべながらも私の頭を撫でてくれる。懐かしい感覚だけどつい最近までやってくれていた感覚もある。それはきっと『わたし』が感じてきたものなんだろうね。

 

「久しぶり、かな? ゆーゆ」

「そうだね。園ちゃん……でもちゃんと神樹様を通して観てたから…ありがとう、園ちゃんたちが戦ってくれたおかげで勝てたよ」

「あはは〜私はそんなに貢献できたかどうか……頑張ったのはにぼっしーなんだから」

 

チラッと園ちゃんが目配せすると、視線に気がついた夏凜ちゃんがそわそわとしていた。

 

「よ、良かったわ……友奈。生きててくれて」

「うん…うん。夏凜ちゃんのおかげだよ……助けてくれて本当にありがとう」

「いいのよ。友奈の助けになれたならそれで……『タタリ』はもうなくなった?」

「綺麗さっぱり無くなったよ」

 

私の言葉に三人ともホッとしてくれた。

 

「おーーい! みんな無事ーー?!」

「あ、フーミン先輩とイっつん!」

「良かった。先輩たちも無事みたい」

 

遅れて風先輩と樹ちゃんがやってくる。二人もあちこちボロボロでいっぱい戦ってくれてたのが分かる。本当にみんな頑張ってくれたおかげでやり遂げられたんだと思える。

 

「友奈さん…?」

「うん、結城友奈だよ。あの子が私を連れてきてくれたんだ。あの子と仲良くしてくれて…助けてくれてありがとう樹ちゃん」

「…っ。はい! おかえりなさい」

「よーし、これで勇者部全員生還だね!」

「待って乃木……もう一人の『友奈』は…」

「ちゃんと『ここ』にいます。風先輩」

 

胸に手を当てて言う。『わたし』はちゃんと私の中に存在している。いつまでも寄り添って支えてくれる『勇気』として。

その時に東郷さんの表情が少し変化したのを見たけど、すぐに元に戻して私の手に自分の手を重ねてくれた。

 

風先輩も察してくれたのか哀しそうな表情を浮かべる。

 

「そっか。ちょっと頑張りすぎちゃう所は友奈とそっくりだったわ。まぁそんなあの子に助けられた部分も多かったけどね、あはは…」

「はい。気にかけてくれてありがとうございました」

「うん……それとみんなもよくやってくれたわね。勇者部部長として、仲間として誇りに思うわ」

 

みんな頷き、その顔はどこか晴れやかに見えた。きっとここに来るまでに何かあったんだろうけど、それを聞き出すような野暮なことはしない。戦いは終わったのだから、それで今は良しとしよう。

 

樹海が世界を覆い、そこから現実の色がつき始めていた。やがて私たちを含め全てが元の世界に戻っていく。

私にとって久しぶりの再会に会話の花を咲かせながらその時を待っていた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重力に逆らって昇っていく光の粒子たち。これは数多の魂、願いが込められている。

遠くで少女達が笑っている。人が本当の意味で笑顔を取り戻すのに随分と時間がかかったけれど、まぁ丸く収まってくれたのなら存在した意味はあった筈だ。

 

『…………。』

 

見晴らしの良い屋上に足を運ぶ。四国が一望出来るその建物の上に私は立つ。

『仲間』たちも自分のように現界し、御役目を全うして最期を終えた。自分も一人の勇者に手助けはしたけどそこまでだった。その後の選択肢として『仲間』たちと合流して顔を合わせることもできたけど、それもしなかった。

 

だって自分には──元々の目的が他の人とは違うのだから。

 

『来て……くれるかしら?』

 

想う。願う。今こうしてこの世に留まれるこの刹那に逢いたい人がいた。この数百年と続いた中でずっと頑張ってきたその人に逢うために自分は今ここにいる。またかつてのように会えるなら……。

 

『……誰?』

 

しかしそこに最初に現れたのは焦がれた待ち人ではなく、別の一人の少女だった。

チラッと振り向いて見てみると、左右の癖っ毛がひょこひょこと動きそうな、そんな印象を受ける。気の強そうなツリ目が自分を射抜くように視線を向けてきた。

 

「それはこっちのセリフだ。オマエこそ何者だ?」

『まず自分から名乗るものじゃないかしら…防人の人』

「チッ……シズクだ。山伏シズク」

『そう…私はそうね…… Cシャドウ、でいいわ』

「おい。明らか偽名だろーが」

『いいじゃない。あなたとはこれっきりの関係なんだから』

 

一人一人の顔と名前は覚えていないけど、彼女はこのタワーを守っていた『防人』の人間だと認識している。

シズクという少女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「オマエ……まさか『勇者』か?」

『察しがいい……といいたいところだけど、私は今の時代の人間ではないの。ただの残滓、亡霊……いずれ消えて無くなる存在よ』

「……ならなんでここにいやがる? あの様子だと、戦闘は終わったのか??」

『待っている人がいるの。あと天の神は勇者たちがちゃんと退けたわ…じきに元に戻るから安心なさい』

「……なら、結城はやり遂げたんだな」

 

ぼそっと呟いた彼女の横顔は嬉しくも寂しい……そんな顔をしていた。雰囲気的にももしかしたら自分と似たような境遇なのかもしれない。

 

『………!』

 

二人で先の景色を無言で眺めていたら、とうとう自分の待ち人がふよふよと飛んできた。

綻ぶ顔を抑えながら手を広げて迎え入れた。

向こうも自分の方に真っ直ぐ胸の中に収まると、横に居た防人が驚く。

 

「こいつは……結城のとこにいた……」

『おかえりなさい。待ってたわ、本当に』

「…………、」

 

何かを言いたそうにしてたけれどそれ以上は言わず。私も気にせずに来てくれたこの子の頭を優しく撫でた。

 

やっぱり彼女は来てくれた。会いに来てくれた。嬉しくて涙が出てくる。あの時、会うことがなくお別れとなってしまった人との再会はそれだけで心が満たされていく。

 

『長い間、お疲れ様。高嶋さん(、、、、)……これで漸く、ゆっくり休めるわね』

 

人々の未来を願って彼女は神樹様の中で戦い続け、途方もない時間の果てに彼女の御役目は終わった。

疲れただろうに、苦しかっただろう。ここまでの人類の歴史を見てきた彼女に労いの言葉をかけ続ける。

 

『…これで私も未練なく逝ける』

「満足そうな顔しやがって……」

『ええ、満足よ。貴方もそろそろ行ったらどうかしら? お仲間が探してるんじゃない?』

 

元々彼女はこの場には関係のない人間。しかしどういうわけか彼女は大きく溜息を吐き出すと、雑に床に腰を下ろした。

 

「いや、オレはここにいる」

『なぜ?』

「約束したからだ。『友奈(アイツ)』と──最後まで見届けてやるってな。ソイツとオマエの関係性は知らねぇけどよ…その牛もどきはアイツが連れてたやつなんだ」

 

言いながら彼女は懐から花型のブローチを取り出して静かに見つめていた。

なんだか…私と彼女は似たもの同士なのかもしれない。

今度は私が溜息をついて横に腰を落ち着かせた。

 

『静かな方が良かったけど……仕方ないから許してあげる』

「んだよ仕方ねーって……」

『ねぇ』

「あん?」

 

呼びかけると彼女はこっちに振り向いた。同時に目を見開く。

 

「体……消えて…」

『ありがとう、このタワーを守ってくれて。私の「仲間」が遺してくれた象徴を壊させないでくれて。なんだかんだで嬉しかったわ』

 

生前『人』なんて滅んでもよかった、なんて考えていた時期もあったけれどこうして蓋を開けてみればそんなことはなかった。

不器用で色々と選択を間違えてきたりしたけど、それでも生きてくれて良かった、なんて思えるぐらいには『人』を好きになれていたのかもしれない。

 

私がその考えになったのはやっぱり『仲間』のおかげなのだろう。

 

周囲の光に溶けていくように身体が透けていく。『牛鬼』も同じように身体を散らして…。

 

そして先に『光』となった精霊は最期に人の姿を造り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『行こっか♪ ぐんちゃん────!』

『うん、高嶋さん…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し伸ばされた手をとる。今度こそ離れ離れにならないように強く握って。お互いが満開に咲いた笑顔を浮かべて。大好きな人と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あばよ」

 

 

 

 

消えゆく残滓を一人の少女が見送った────。

 



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七十七話 輝く心

◾️

 

 

天の神は倒され、約三百年の長きに渡る戦いは終わった。

神樹様は天の神が広げた炎の世界を書き換え、やがてその大樹は枯れ果てていってその姿を消失させた。

 

樹海化が解けて元の世界に戻ってきた私たち勇者部は園ちゃんが抱えていた大赦の人達によって救出されて病院に運ばれる。

検査をして身体に異常がないか、怪我の程度はどうかとか様々なことをしてくれた後にそれぞれ病室へ案内された。

 

「また、ベッドの上だね東郷さん」

「うん。でももうこれっきりにしたいわね」

 

なんて冗談が言える程度には心は落ち着いてる。私と東郷さんは『タタリ』の影響を強く受けていたせいで他のみんなに比べて少し入院期間がいるらしい。そしてもう一人、

 

「─でも今度は夏凜ちゃんも一緒の部屋だね!」

「……しょーがないじゃない。私は『大変身』の影響で身体機能が衰弱してるんだから。まさか力比べで樹に負けるとは思わなかったわよ」

「体力は元に戻りそう? 夏凜ちゃん」

「医者が言うには私の頑張り次第だと。まっ、全快とはいかなくてもいくらかは取り返してみせるわ」

「そっか。一緒にリハビリがんばろーね夏凜ちゃん!」

「……そういえば友奈ちゃん。『ゆうちゃん』の時の記憶はあるんだったっけ?」

「もちろん! あの子が託してくれたものはちゃんと覚えてるよ。だからみんなには沢山感謝してるんだ」

 

言いながら私は包帯の巻かれている『右目』に触れた。二人もその様子を見て静かに微笑んでくれた。

『わたし』が歩んできて、その目で見てきて、感じてきたものは『私』のものとして馴染んできている。いずれそれらはお互いに溶け合って一つになっていく。あの子は本当に私のために沢山のことをやってきてくれたんだなぁって感じられる。

 

そして、何よりも────。

 

「……? どうかした友奈ちゃん。私の顔をじっと見て」

「へっ!? う、ううん。何でもないよ東郷さん! えへへ」

 

笑って誤魔化してみせた。心臓の高鳴りが強まっていくのが分かる。

『わたし』から受け取った様々な『記憶』はただ一つに限っては物凄い勢いで私の心から溢れてきていた。

その『感情』を……。

 

(うぅう……ちょっと凄すぎるよぉー『わたし』ぃ……!)

 

絶対頬っぺた真っ赤だ。東郷さんだって気にしてるし…。

私が今まで感じてきてこなかった初めての『感情』に戸惑うばかりだ。

 

「──やっほーー!!! 乃木さんちと犬吠埼んちがお見舞いに来たぜベイベーッ!!!」

「うわ!? なによ、ビックリした!」

「ちょっと乃木ぃ! 病院内では静かにしなさいってば!!」

「友奈さん、東郷さん、夏凜さん。お見舞いに来ちゃいました!」

 

どうやって整理をつけようか考えたところで突如勢いよく扉が開けられてそこから園ちゃんと風先輩と樹ちゃんがやってきた。

ドタバタと一気に空気が明るくなる。

 

「…って、あんたらも怪我人でしょうに」

「アタシたちは軽いもんだからいいのよー。本当は来てくれて嬉しいくせに〜♪」

「包帯まみれのアンタが言うか! というかべ、別に嬉しいわけでもないからねっ!!?」

「お姉ちゃん、あんまり夏凜さんを弄っちゃダメだよ」

「にぼっしーは期待を裏切らないよねぇ〜」

「仲が良いことは素晴らしいことよそのっち」

「…ふふ」

 

(わたし)が求めていた日常。こうやって賑やかに過ごす時間はいつぶりなんだろうか。

しばらく談笑をしながら過ごしてから、会話の区切り目で園ちゃんが別の話題を切り出した。

 

「──さて、じゃあ今の世界の現状を分かる範囲で伝えるね」

 

本題はそこだとみんなの顔は引き締まる。

 

「天の神との戦闘の際に神樹様はゆーゆに力を与えるために自らが『満開』をすることによって無事、勝利に収めることができた。でも私たちが知っているように『満開』の後に待っているのは『散華』だよね。神樹様はその全てを代償にしたせいで神樹は枯れ果ててしまったの」

「それってつまり……もうこの世界に『神樹様』はいないってこと?」

「うーん、正確には少し違うんだけど…そもそも『神樹様』って複数の神様が人を守るぞー! って協力するために出来たものなんよ。で、その依代を『大満開』で失ったってことが正しいかな? 神様そのものが死んだわけじゃなくて、その神様たちは今も私たちの視えない所で存在している。それは同様に天の神も同じと言えるの」

 

それぞれが『依代』を失ったせいでこちらに干渉が出来なくなったということらしい。

 

「神樹様を失ったということは受けていた恩恵も失ってしまったってことになる…?」

「わっしー正解! 今日まで神樹様が助けてくれていた部分をこれからは受けられないっていうことになっててね。もー大赦の内部や外部の組織がてんやわんやしてるんよ。一部の上役なんて『小麦』になっちゃったしね」

「いつも思ってたけど、園子アンタさらっととんでもないことを言うわよね……」

「いや〜それほどでも〜」

「そ、それは褒めているんでしょうか…?」

 

ぽやーって空気を出しながらも目が笑ってない園ちゃんが少し怖かった…。大赦の愚痴をあの子が聞いてたことがあるみたいでそこから察するに色々言われてるんだろうなーって考えてしまう。

 

「要するに、これからの生活がガラッと変化してしまうってことでいいのよね乃木?」

「そうですねフーミン先輩。今はまだ蓄えやら何やらとあるけれど、いつまでもそうしてはおけないからねーこれからが人類の踏ん張りどころになるわけさ」

「天の神が現れた時も一般人の人がたくさん目撃しちゃってますし……きっと不安になっていますよね」

「それは可哀想だったけど、大赦が何でもかんでも秘匿しておくのがいけないのもある!」

 

にんまりと笑いながら園ちゃんはポケットから端末を取り出す。

 

「というわけで私は今から大赦に追撃してくるであります!」

「そのっち!」

 

ビシッと敬礼した園ちゃんを東郷さんが静止させた。

 

「もう無茶ばかりしないで……お願いだから」

「わっしー…うん、無茶はしないよ。これはちゃんと私が考えてやってるから」

「それなら私とお姉ちゃんが園子さんが無茶しないように見ておきます!」

「イっつん?」

「一人で抱え込むのは良くないです。それと私とお姉ちゃんも大赦直属の人間ですからもしかしたら何かお役に立てるかもしれません」

「樹……そうね。何なら日頃の鬱憤を紛らわすためにも一肌脱ぐしかないわねー乃木?」

 

樹ちゃんの言葉で園ちゃんはきょとんとしたけどすぐに笑みを浮かべると頷いてくれた。

 

「うん! よろしくね二人とも。いやーこれで暴走しちゃっても止めてくれる人がいるから安心だねぇ」

「いや、そこは抑えなさいよ!」

 

夏凜ちゃんのツッコミで笑いが起きる。よかった…さっきまで感じた園ちゃんの『熱』は不安な感じがしたけど今は穏やかになってくれた。

それに先輩と樹ちゃんが一緒なら東郷さんも安心してくれるだろうしね。

 

「まったく。嵐のようにきて去ってくんだから」

「…あら? また来客のようだわ」

 

園ちゃん達が出て行ってから少しして病室の扉がコンコン、とノックされた。東郷さんが「どうぞー」と招き入れると、現れたのはまさかの人だった。

 

「───っ。芽吹」

「芽吹ちゃんだ!」

「…こんにちは」

「友奈ちゃんと夏凜ちゃんの知り合い?」

「うん、『わたし』の時にお世話になった人だよ。芽吹ちゃんは『防人』っていう部隊の隊長でね、私たちとは違う御役目をしていたんだ」

「そうだったんだ……初めまして楠さん。東郷美森といいます」

「初めまして。楠芽吹です……みんな無事だったみたいね。夏凜は……ボロボロだけど」

「な、なによ悪い? これは名誉の負傷よ。芽吹こそ、ボロボロじゃないの」

「私たちの装備だと防衛で精一杯だったのよ。だから、これは名誉の負傷よ」

 

そう言う楠さんも見た目は夏凜ちゃんと同じぐらいの包帯で、二人は顔を見合わせた後に小さく笑っていた。

向こうもおそらく壮絶な戦いだったんだろうと彼女を見て思う。

 

「友奈…よね?」

「うん芽吹ちゃん。私としては初めましてだね…あの子がお世話になりました」

「…っ。なんだかあの子と比べてぐいぐいくるのね。名前呼びなんて少し驚いたし」

「迷惑だった…?」

「ううん、違うの。新鮮だなって思っただけ。友奈の好きに呼んでくれて構わないから」

「ありがとう芽吹ちゃん」

「私からも御礼を言いたいわ。芽吹さんって呼んでもいい?」

「ええもちろん。話は友奈から聞かされていたわ。あとお礼も何も私は特別なことは何もしてないから……しずく…うちの隊の一人が一番友奈のことを気にかけていたからお礼を言うならその子にお願い」

「そっちもみんな無事なんだね。良かった……」

「友奈のことはみんな気にかけてたから、退院したら会いたがってる子も沢山いるわよ」

「うん!」

 

『記憶』からすごくみんなには良くしてもらったのは分かってた。だから改めて言われて凄く嬉しい。

 

「芽吹もこの病院で入院なの?」

「私はこれから上司に報告しにいくのよ。ここを出る前にあなた達がいることは聞いてたから顔を出しにきたの」

「…大変ね」

「ほんとよまったく。ここ数週間のドタバタときたら……でも、それも今日で片がついたから良しとしてる」

「ねぇ…私が天の神と戦ってたときに先に攻撃をしたのって芽吹たちだった?」

「ええ、『千景砲』というものよ。私達『防人』の御役目はゴールドタワーを死守することだったから」

「──そっか、ありがとう。あれが無かったらきっと私はやられてた。芽吹たちの一撃があったからこそ、天の神を倒すことができたわ」

「…………そう」

「あ、芽吹ちゃん嬉しそうだー。良かったね、夏凜ちゃん」

「友奈、うるさい」

「えー」

「べ、別に。御礼を言っておかないと気が済まなかっただけだから」

「仲が良いのね二人とも」

 

みんな怪我はしたけど、死ぬことなくここまでこれた。その安心感みたいな空気が場を占めていた。

 

「友奈、さっきも言ったけど退院したらしずくたちに会いに来てほしい。それを伝えたかった。その時は東郷や夏凜も一緒に」

「もちろんだよ! 私も勇者部のみんなを紹介したいしね。楽しみにしてるよ」

「ぼたもちを沢山作っていかないとね」

「あっ、いいアイデアだね東郷さん。芽吹ちゃん東郷さんのぼたもちはすっごく美味しいからこっちも楽しみにしててね!」

「ええ。それじゃあ私はこれで……夏凜、また連絡するわ」

「うん。道中気をつけなさいよ芽吹」

 

そう言ってひらひらと手を振って芽吹ちゃんは病室を後にした。

 




気がつけば大満開の章も終わり(終わるまでには完結させたかった)年も明けてしまった……(愚痴

一応、本編はあと三話ほどで終わらせる予定でいますのでお付き合いください。


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