ラッキーパンチを狙えクズ! (なっち様)
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生き苦しい1

 ご利用は計画的に、というのはよく金融会社のCMなどで聞くが、そんなの全部に言えるだろう。

 酔っぱらったおやじに何度もしつこく言われなくたって分かってる。

 そのうえ言った側はさもいいことを教えてやったとしたり顔になるのだから辟易する。

 お前はそんなに偉大な人間か? 俺はそんなに馬鹿に見えるか?

 という言葉を呑み込んだのは前者と後者どちらが正しいのか分かっているからだ。

 

 そういうイライラがたまってくるとつい能力を使いたくなってしまう。

 青年、相澤孝人(あいざわたかと)は能力禁止処分を受けている。

 能力禁止処分とは過去に能力を用いて悪事を働いたものに一定の期間超能力の使用禁止を科す、いうなれば車の免停のようなものだ。

 相澤の場合は喧嘩した相手を洗脳して裸にして躍らせたことで科せられた。

 

 相澤としては喧嘩両成敗だと思うのだが一方的に相手に被害を与えたとしてこちらだけが処分を受けることになってしまった。

 相澤の能力でお互い殴り合うような状況になる筈もないのだが……。

 

 『精神感応』それが相澤が生まれ持った能力だった。

 テレパシー、洗脳、読心術といった精神に関することなら大抵できる能力だ、どんなに相手が強い能力を持っていても関係なしに洗脳して操り人形同然にしてしまえる能力でどうして一方的以外の状況になりえようか。

 そもそも喧嘩になった原因は相手にあったのだ、なのに相手が弱かったから俺が悪いことにされた、と相澤は思っている。

 

そうは言ってもここで能力を酔っぱらったおやじ相手に使うわけにもいかなかった、能力禁止処分されてからやっと見つけたバイトだ早々にクビになるわけにはいかない、というのもあるが理由はそれだけではない。

相澤は隠すように腕のタイマーを抑えた。

このタイマーについて時計の機能だけでなくいろいろと高性能だと禁止処分を受けたときに支給され機能について説明されたが相澤は少しも覚えていない。

彼が知っているのは能力を使ったら通知が保護観察所に送られるということぐらいだ。

保護観察が解かれる期間は三か月先だと言われてから二か月がたった、ここで使ったら二か月の努力が無駄になってしまうと考えたらとても使う気にはならなかった。

 

 

「相澤君、ちょっといい?」

 

 上がりの時間が近づき、酔った客の相手が嫌になってきた相澤が時間が過ぎるのが早送りになることを祈っていたころに店長に呼ばれた。

 相澤は嫌な予感がした。

 

「なんすか?」

 

「それがねぇ、麻衣ちゃん風邪で来れなくなっちゃってもう少し居てもらっていいかな?」

 

「……ダイジョブです」

 

「悪いねぇ、しばらくしたら遼くんが来るからそれまでお願いね」

 

 両手を合わせて断わられないと分かっている‘おねがい‘をされる。

 雇われの身の相澤には頷く以外の選択肢はない。

 

「ういっす」

 

 麻衣ちゃん最近風邪多くないですか?

 というか店長も絶対サボりだってわかってるだろ、とそんなことを言う勇気はないから口が裂けても言えないが、相澤は口が裂けても言えないことを言わせるのは好きだった。

 一か月後の楽しみが出来たと自らを慰めて厨房からホールに戻った。

 

 相澤孝人は決して性格のいい人間ではない。

 能力の悪用はするし、それに関して良心の呵責を無視できる人間だ、もっとも一度無視した良心からの警告はどんどんと弱くなっていったが。

 別段それを悪いことだとは考えていなかった。

 小さなころから『精神感応』の能力を持っていた相澤は人の心の内をよく見て育った。

 はじめはじゃんけんで、つぎはババ抜き、つぎは喧嘩、最後には日常で、人の心を覗くことに抵抗がなくなった時には人の心の『普通』が分かるようになっていた。

 

 醜い。

 

 ただこの一言に尽きるのだ。

 醜いことこそが普通であり、正常な状態なのだと相澤は幼くして知った。

 そして成長した彼も他の人間と同じように普通になった。

 

「お疲れ!悪かったね」

 

 バイト上がり、結局暫くというのは二時間後だった。

 たった二時間も希望の後にやってくるととても長く疲れる時間だった。

 

 明日の講義が昼からでよかったと思いながら相澤は飲み屋を後にした。

 八時間ぶりのスマホには通知が三個しか来てなかった、それもカラオケ店のクーポンとパチ屋の新台入れ替えのお知らせというのだった。

 内容を表示することもなく鞄にそのまま放り投げる。

 

「つまんね」

 

 家に帰っても飯の用意をしてあるわけでもないし、どこかで食べてくか、それなら賄い貰えばよかったな、なんて考えながら相澤は駅前を歩き出した。

 こんな時間でもどこかやってるだろ、とあたりを見回しても飲み屋ばかりのなかにラーメン店を見つけた。

 そこでバス停のあたりに人が集まっているのに気が付いた。

 

 相澤がその中に以前お世話になった服装の人が混じり込んでいるのを見つけた。

 ――警察だ。

 何事だろうかと相澤の中で興味がわいた、ということは周りの人間は野次馬かと自信と同じ感情に動かされた人の群れを見る。

 相澤もその中に加わった、こういう時自分が高身長なのは幸いだ。

 ――ってなんてつまらない幸いだよ。

 まず警察の人が見えた、何かにずっと呼びかけを行っている、少し背伸びをしてみる。

 警察の人が呼びかけていたのは女だった、しかも横たわっている。

 

「えっ!?」

 

 思わず口から驚きの言葉が出てしまった。

 かなり大きな声だったが隣の人間が視線をよこしたくらいでほかの周囲の人間は興奮しているせいかはあまり気にしていないようだった。

 だが、相澤は隣がこちらに視線をよこしたことすら気づかなかった。

 倒れていた女を相澤は知っていた、話したこともある。

 

「麻衣……?」

 

 倒れていたのは今日バイトをサボったであろう麻衣だった。

 



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生き苦しい2

感想とか待ってます


人だかりの中心にあったのは倒れた麻衣だった。

見間違いかとも思ったけども、二か月の間見た顔だ間違えるわけがない。

警察の呼びかけにピクリとも動かない様子の麻衣を見て、相澤は想像をしてしまう。

なら今俺たちは死体に群がってるのか。

相澤はそこまで考えて、いやまだ死んだと決まったわけではないと思いなおした。

ネガティブに考えすぎてしまうのは相澤の悪癖だ。

 

サイレンが駅の壁を反射して相澤の耳まで届いた、救急車だ。

野次馬の皆で誰かが通報するだろうと思って誰もしていないという最悪の事態を考えたがどうやら杞憂だったようだ、あるいは警察がしたのかもしれない。

 救急隊員たちが担架を持ってやってきた。

 

「道を開けてください!道を開けてください!」

 

 これ以上は邪魔になるだろう、ほかの野次馬たちもそう思ったのか、あるいはもう事態の進展がなさそうだと思った周囲の人間が散り散りに去っていく中で相澤は奇妙な女を見た。

 ――瞬間移動(テレポート)か?

 その女は絵画にシールを張り付けたように視線の先に突然現れた、瞬間移動(テレポート)特有の現象だ。

 街中での瞬間移動は危険だ、当然禁止されている。

その女は周囲を見渡したし非難めいた視線を向ける相澤と目があったと思うと、必死に手を伸ばし何かを叫んだと思うと消えてしまった。

 

「なんだったんだ?」

 

 悪ふざけにしては女の顔は悲痛すぎたし必死だった、瞬間移動(テレポート)のタイミングも意味不明だ、馬鹿なりアホなり言い捨てて逃げるイタズラではなさそうだった。

 本当に伝えたいことがあるんだったら戻ってこないのも理解不能だ。

 

「わけわかんねぇし、しらね」

 

 別に困るのは俺じゃないと相澤は結論付け、視線を戻す。

 

麻衣の身体が沈む、嫌がる素振りや苦しむ素振りがないのはさっきと変わらなくて、必死に心臓マッサージをする救急隊員をしり目に相澤は悟った。

 ――もう無理だ。

 

 だが、相澤が頭で考えていることはバイトのシフトだったり、貸してる三千円のことだったりだ。

 

 相澤は世間の言う常識に則って行動しているが、それが相澤の感情に基づいての行動であったことはあまり無い。

 

 相澤が小学生のころにクラスメイトが死んだことがある、その時にクラスの大半は悲しみ泣くものまでいた。

 休み時間を潰してお別れの手紙を書いたり、クラスの展示物を変えたりした。

相澤は泣いている女子のことを冷めた心で見ていた。

だって相澤にはその女子の本当の 心が分かるのだ、自分に酔った奴、アピールしたい奴、いろんな奴がいたけど本当に悲しんでいるのなんて一人も居なかった。

 

だけど、そこで相澤は自分の障害に気づいてしまった。

 

周りの人間は悲しくなくても泣ける、悲しそうにすることができる。

 その場にあった演技ができる。

 相澤のその悩みはその後ずっと続くことになる。

 運動会、歌唱祭、対抗戦、修学旅行、いつだって相澤はみんなと『同じ』演技ができなかった。

 

心はみんなと同じなのに演技が出来ない相澤はいつしかクズになったらしい。

 

 素直ないい子と呼ばれた子供のころから何も変わっていないのに、クズになってしまった相澤は、一つだけ演技を覚えた。

『普通』のフリだ。

 『普通』なフリをすると皆が大人になったと褒めてくれるようになった。

けど、素直ないい子にはもうなれなかった。

 

 「ラーメンて気分じゃなくなったわ」

 

 ラーメン店の窓ガラス側のあいつらもそんな気分なんだろうなと相澤はその客たちの顔を見て思った。

 

 

 翌日、昨日のことはニュースにもなっていなかった。

 バイトに麻衣は来なかった、相澤の記憶が正しければ今日はシフトが入っていたはずだ。

 

(生きてても死んでても昨日の感じじゃ今日来るのは無理か、心臓マッサージの時に絶対あばら折れてた)

 

 治療系の能力者ってレアだからなぁ、と自分の胸に手を当てる相澤。

 相澤が高校の時に後輩で一人だけそういう能力を持ってる人間が居たのを覚えている。

 能力バレをすると基本避けられる相澤だが全校で一人しかいないレア能力同士珍しく仲はよかった。

 

 (あいつも今高3で受験期か)

 

 と思い出に胸を馳せている相澤に店長がやってきた。

 

「麻衣ちゃん来ないんだけどなんか知ってる?」

 

 その言葉で相澤は一気に現実へ引き戻された。

 

「あいつ、昨日倒れて救急車で運ばれてましたよ、マジやばかったっす」

 

 実際に運ばれたのを見たわけではないがそうなったであろうことは想像できる、というかそれ以外どうなるのかを相澤は知らない。

 死んでいる場合でも多分そうなる筈だ。

 

「えええっ!?それほんと!?大丈夫なの?」

 

 たぶん大丈夫じゃない、いや絶対大丈夫じゃない。

 

「心マ受けてたんであばら骨が折れてますよ」

 

「心マ?」

 

「心臓マッサージです」

 

「え、本当に大変じゃん!」

 

 多分死んでるであろうことは伏せておいた、単純に面倒というのもあるが、言ったところで何も変わらないと相澤は思ったからだ。

 死んだと言ったって可哀そうと思う演技が出来ない相澤が浮くだけだ。

 今でさえ出来ていないのに生死が絡むと悲しむふりをする『儀式』をしないといけないので面倒だ。

 

「そっか、じゃあ悪いけど今日一人でホール頑張ってくれる?」

 

「……ういっす」

 

 悪いと持っている演技ぐらいはしろクソデブ。

 

 



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3話

 

 2日後、大学の講義が終わって帰る、底辺大学で留年をしかかっているというのだから笑えない。

 全部自分の責任だ、誰も助けてはくれない。

 相澤は自分が大学を卒業して就職するという未来がどうしても見えなかった。

 自分の人生を人に語れる形にするには、いや、せめて見苦しくしないようにするにはもうこのまま不慮の事故や病で倒れて死ぬしかないのではないかという考えがここ最近は浮かんでは消える。

 いっそ隕石でも衝突して地球がなくなってしまえばいいのに。

 

 帰り道、大体の学生は2、3人で集まって帰るなか相澤は一人だった。

 別に友達がいないわけではないけど、多くはいないしその大体が一年生の頃に知り合った奴だ。

 大学からアパートは近い、そして安い。

 相澤としては値段のことについて思うことはあまりない、せいぜいが家賃を負担してくれている親はありがたいだろうな、というくらいだ。

 だからせめてもの義理で卒業はしなくてはいけないと思うと胸に鉛が詰め込まれたような気分になった。

 

 自然とうなだれていた頭をあげると見知らぬ女が相澤の部屋の前で立っていた。

 

 同年代だろうか?同じ大学生が集まったアパートだが相澤はその女を初めて見た。

 ボブカットで茶色いTシャツにジーパンのその女は相澤の部屋の前で腕を組んで待っていた。

 ――どうしよ、なんて声かけたらいいんだろ。

 ここは無難に「こんにちは」だろうか、と考えているうちに女の方から相澤が返ってきたことに気が付いた。

 

「相澤孝人あいざわたかとさんですよね?」

 

「はい、そうですが……」

 

「姉がお世話になりました、それでお話を少し伺いたくて待たせていただいたんですけど」

 

「はい?姉ですか?」

 

 ただでさえ友人の少ない相澤に女の友人はいない、相澤は心当たりが全くなかった。

 その様子にその女は歯とした顔になった。

 

「申し遅れました、長瀬麻衣の妹の長瀬佳央梨ながせかおりです」

 

「ああ、あいつの」

 

 どうやら麻衣の妹らしい、いわれてみれば顔が似てるような気がする、その麻衣の妹が一体何の用だろうか。

 

「それで聞きたいこととは?」

 

「はい、それなんですが……」

 

長瀬佳央梨はあたりをきょろきょろと見回し

 

「ちょっと中でお話しさせていただいてもいいですか?」

 

 と言った。

 いきなりの来客で人に見せれる部屋の状態の自分は相当ラッキーなのではないだろうかと相澤は思った。

 だが、悲しいことに人に聞かれたくない話をするには相澤の部屋の壁は薄すぎるのだが、佳央梨がそのことを知ってるはずは無かった。

 かといって聞き耳を立ててくるような相手は相澤にはいないが。

 

「そこに座ってください」

 

 相澤は手でこの部屋に二個だけあるクッションを指し示した。

 相澤の部屋は流行りのゲーム機と親に買ってもらったテレビ、冷蔵庫の他にパソコンなどを置く勉強デスクがおいてあるくらいで、床にはクッションしかなくお茶を出しておくようなテーブルもない。

 ベッドは壁を繰り上げて作ったような壁と一体化したものだ。

 

「はい、あ、お邪魔します」

 

 佳央梨は少し部屋を見回した後、玄関を通り言われたクッションにおとなしく座った。

 

「それでお話というのは?」

 

「は、はい、まずは姉が亡くなったことをお知らせしなくてはいけません」

 

「あぁ、その話ですか」

 

「知っていたんですか……?」

 

 正確には知らない、けど死ぬのを想像で補えるくらいには知ってるが正しい。

 

「麻衣さんが救急車で運ばれてくのを見まして」

 

 本当はそこも見ていない。

 

「……そうですか」

 

「はい、この度はご愁傷さまです。

麻衣さんには俺もよくしてもらっていて……」

 

 よくしてもらってなんだろうか?悲しいのか?悔しいのか?

 こういうとき『普通』はどう思ってどういうべきなのか相澤は分からなかった。

 

「こちらこそ姉がお世話になったみたいで」

 

 建前が相澤は大嫌いだ、相澤は常に本音に触れて生きてきたからだ。

 

「それで本題なんですが」

 

「はい」

 

「最近姉が何かお渡ししませんでした?」

 

「いえ、特には」

 

「……そうですか?では変わった様子とかあったりしませんでした?」

 

「変わった様子ですか?」

 

「はい、どんな些細なことでも構わないので教えてください」

 

 何かを受け取った覚えは無かったが、それなら何か思い当たるかもしれないと考え相澤は自分の記憶を探ってみる。

 女性店員ということもあり飲み屋ではよく話しかけられていて、相澤よりも客に知り合いが多かったこと、学校から直接バイトに来ていること。

 順々に思い浮かべていき、変わったことと言えるものを一つだけ思い当たった。

 

「そういえば、最近アルバイトを休みがちでしたね?」

 

「アルバイトですか?」

 

「はい、シフトを入れないのではなく当日になって急に来れなくなることが多かったです」

 

 付け加えるなら麻衣のシフトはそんなに多い方でもなかった。

 

「理由は知ってます?」

 

「風邪や体調不良ですかね、失礼な話、僕はサボりだと思っています」

 

 ――もし本当に体調不良で死んだとしてその兆候に気づかなかった俺にも責任があるのだろうか、面倒だぞ、死ぬなら一人で死ね、死んでまで人の足を引っ張るな。

サボったくせに偶然それらしい症状で死んだとかいうオチはやめてくれよ?

 

「バイトを休んだ日に何をしていたかは知らないですよね?」

 

「はい、そこまでは。

あっ、でも麻衣さんが倒れた日、本当は麻衣さんシフト入れてたんですけど風邪で来れなくなったという連絡が着ました」

 

「そうなんですか」

 

 あの日だけは確実に麻衣がサボったと言える日だった。

 一体何をしていたのか佳央梨が知りたいのはそこだろうがそこまでは相澤も知らなかった。

 逆にここにきて相澤は1つ知りたいことができた。

 能力が使えれば勝手に心の中を覗き込めたが、今はわざわざ聞かなくてはならないのが不便に思える。

 人に質問をするってこんなに怖いことだったかと相澤は思い出した。

 

「あの」

 

「はい?」

 

「どうしてこのようなことを聞きに来たんですか?」

 

 これが相澤の聞きたかったことだ、もしかして本当に責任をとらせに来たのだろうか。

 

「……それは」

 

 佳央梨は明らかに言いよどんだ。

 どうやら責任というのは相澤の杞憂らしい、ここまで話を聞いて今そのことを言わない理由は無いだろう。

 では、一体話を聞いてどうするつもりだったのだろうか。

 

「実は、姉は殺害されたかもしれないんです」

 

「……それは、その許せないことですが、なぜあなたが聞き込みを?

そういうのは警察の方に任せた方がいいのではないでしょうか」

 

 麻衣が殺されたというのはこの際置いておくとして。

素人がいたずらに聞きまわるのは良くないだろう、もし相澤が麻衣を殺害した犯人だったらどうしていたのだろうか。

 

「もちろん犯人の捜索などは警察に任せてます。

私が探しているのは姉の遺産なんです」

 

「遺産?何ですかそれ」

 

「三千万」

 



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4話

佳央梨が告げた数字、当然下に円がつくとして三千万円。

 

 麻衣が本当にそれを残したというなら妹の佳央梨が躍起になるのも理解できる。

 

 相澤が40回留年してもいい、いやそれでもまだ余る額だ。

 

 相澤は扇風機もクーラーもついていないこの部屋で時折熱そうに鼻から息を漏らす佳央梨を見つめる。

 

 取らぬ狸の皮算用、この場合は他人の取らぬ狸の皮算用。

 

 要するに嫉妬だ。

 

 ここにきて、麻衣の死から3日たって、初めて相澤は麻衣が死んだことを悔やんだ

 

 

 

 

「それは……大金ですね」

 

 

 

 

「はい、だから必ず見つけたいんです」

 

 

 

 

 それはそうだろう、佳央梨の親が来なかったところを見るに両親も違う人間のとこで三千万円の手掛かりを探しているのだろう。

 

 親も麻衣を産んでよかったと歓喜しているだろうなと相澤は思った。

 

 

 

 

 でもなぜ麻衣が三千万円も貯蓄していることを知っているのだろうか、思い返してみても相澤は麻衣がそんな風には見えなかった。

 

 そんな余裕あるのにバイトしていたこともに理解できないことだ。

 

 

 

 

 相澤が不思議に思っているともう聞けることは無いと思ったのか佳央梨は立ち上がった。

 

 

 

 

「今日はお話が聞けて良かったです、あまり長居してもいけませんしここらへんで失礼します」

 

 

 

 

 長居といっても相澤たちがここに来て30分がたったか経たないかくらいだ。

 

 だが相澤としても帰るという佳央梨を引き留める理由は無い、そもそも予定にないアポなし訪問だからだ。

 

 帰ると言うならそれでいい。

 

 

 

 

「そうですか、ではまた。

 

なにかお力になれることがあったら遠慮せずお声がけください。

 

この度は本当にご愁傷でした」

 

 

 

 

「ありがとうございます、では失礼します」

 

 

 

 

 軽く頭を下げて去っていった佳央梨を見送った相澤はデスクに腰をかけ考える。

 

 今回の佳央梨の訪問、怪しいことが多すぎる気がする。

 

 まず、本当に三千万円があるのか。

 

 ただの学生である麻衣が本当にそんな大金を持っていたとは信じ難い、現に麻衣は相澤と同じでバイトをしているし、なんなら相澤は三千円を麻衣に貸しているのだ。

 

 そんな大金を持っている人間が金を借りるだろうか。

 

 

 

 

 次に佳央梨の言った「犯人を捜すのは警察に任せます」という発言だ。

 

 普通に考えたら、相澤は『普通』ではないが『普通』について、それを基準に考えたら麻衣を殺した犯人が奪ったと思うのではないだろうか。

 

 だが佳央梨は犯人と金を分けていた。

 

 金目当ての殺人ではないことを確信している様子だったのはなぜだろうか。

 

 別々に起こった事件だとして、そんな偶然があるのだろうか。

 

 

 

 

 まだ何か忘れてる気がするがパッと思いつくのではこのあたりだろうか。

 

 

 

 

 分かったことは佳央梨が操作とか聞き込みに向いていないということだ、性格しかり能力もだ。

 

 相澤だったら他人に三千万を探しているなんて絶対言わない。

 

 他人に先回りされるかもしれないのに、そんな情報をただで渡すのは癪だ。

 

そもそも相澤には人に理由を言わなくてもいい能力がある、相澤の『精神感応』記憶まで

 

は見れないまでも心を読むくらいなら朝飯前だ。

 

 会話の中でそれとなく探っていくことだってできる。

 

 しかし、佳央梨はそういう能力ではないということなのだろう。

 

 

 

 

 やけに頭がさえてきた気がする、自分が探偵のようなことばかり考えていることに相澤は気づいた。

 

 馬鹿馬鹿しい

 

 いくら考えたって三千万が手に入るわけでもないというのに。

 

そもそもどうやって手に入れるつもりだ、お前のその考えは『普通』から離れていないか?

 

 

 

 

相澤には分からなかった。

 

 

 

 

どうせ心では皆妬んでいるのが『普通』じゃないのか?

 

でも行動まではしないし自分のように色々と探るようなことはしないかもしれない。

 

 

 

 

「ははっ」

 

 

 

 

 そこまで考えて自分の考えていたことが犯罪だということに相澤は気づいた。

 

 やっぱり『普通』じゃなかった。

 

 自分が悩んでいたことが可笑しくてしょうがなかった。

 

 シンプルな感情は大体『普通』じゃないということはとっくに分かっていたはずなのに、三千万という衝撃で忘れてしまってたのだろうか。 

 

 

 

 

 冷蔵庫をあける。 

 

 佳央梨には出さなかったコーラのペットボトルが入っている。

 

 相澤はどちらかと言うと炭酸が強い方の会社産のが好きだった。

 

 毎日飲むほどに相澤は気に入ってるのでいくつもストックしているのだが、佳央梨出さなかった理由はこれが最後の一本だったからだ。

 

 

 

 

 扇風機もクーラーもないこの部屋はいくら夕方になりかけているとはいえ暑すぎる。

 

 

 

 

(今度、扇風機くらいは買いに行くか)

 

 

 

 

 コーラを半分まで飲み干して相澤は考えた。

 

 冬のことを考えたら多少高くてもクーラーのがいいか、とバイトの給料と比較してパチンコ貯金を下ろすか真剣に考えてしまう。

 

 最悪パチンコで勝って金を造ればいいという結論に至りクーラーを買うことにした。

 

 

 

 

 実家ではクーラーなんて無くても扇風機さえあれば過ごせるほどだった、その扇風機でさえ余りつけることは無かった気がする。

 

 こっちは暑い、何とか現象と高校の頃に習った気がする。

 

 暑さで馬鹿になる奴がたくさん出てくるだろう、願わくば自分もその一人であってほしいと相澤は思った。

 

 自分がおかしいのに理由があるのは幸せだから。

 

 




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虫愛づる姫君

とはいえ無抵抗で馬鹿になるというのは違う。

 半分残ったコーラをぐいと飲み干して、出かける準備をする。

 また買いだめをするためだ。

 近くのコンビニに向かう、スーパーはちょっと遠いしコーラを買うだけならコンビニでいいと相澤は思ってる。

 自炊をすることはするがコンビニで弁当を買うことだって多い相澤は値段とか食のバランスの話は大きなお世話だと思っている。

 

 ちょっと歩いてというのは嘘で家を出てすぐのところのコンビニに着く、だいた今の時代コンビニが多すぎてどこに行ってもある程度の近さにあるのでは、と相澤は思うのだがクソ田舎出身は近くに何もないことがステータスなのか、地元の話をするときの鉄板で耳にタコができるほど同じ話を聞いた。

 ――不自由な過去がそんなに素晴らしいか?

 自虐的自慢というのだろうか相澤には何が面白いのか分からなかった、せめてオチでもつけてくれないとただの自分語りだ。

 

 店の中は涼しかった。

 比較対象がさっきまでいた自分の部屋なのだから当たり前だが。

 コーラを四本、ついでにバイトの休憩時間に食べる菓子を2つ、かごに入れる。

 レジは少しだけ並んでいて相澤の前に一人、隣のレジに二人並んでいた。

 前の人の会計が終わりお釣りを受け取った。

 相澤の番になりかごをレジの上に置く。

 

ちょうどその時に一匹の小さな虫がレジの上に飛んできた、輝かしい羽根を持つその昆虫はピタリと相澤の目の前に止まる。

店員の女性は小さくキャッと驚いた。

 

「すいません、すぐ退かしますから」

 

 その女性店員は後ろにからハエたたきのようなものを取り出してそういった。

 相澤は何も殺さなくてもと思い自分が外に逃がすと言おうと思ったときだった。

 

「タマムシですよ」

 

後ろから声がした。

女の声だ。

ちらりと後ろを振り返ると真剣な顔をした同年代の女が立っていた。

 

「ボクが外に逃がすので殺さないで」

 

 それはお願いというよりも命令に近かった。

 

「あ、はい、お願いします」

 

 店員はたじろぎながらも了解の意を示す。

 それを聞いてその女は相澤の横からひったくるようにタマムシを捕まえた。

 

「ありがとう」

 

 そう店員に言い残し外へとその女は去っていった。

 店員と相澤はそれを少しの間目で追いかけたがすぐに会計に戻った。

 

 

「このあたりにタマムシがいるのは珍しいんですよ」

 

 さっきの女と話すことになった。

 相澤がまたタマムシを見たくなって女にどこに逃がしたのか聞いたのだ。

 相澤がタマムシを見たことがあるのは図鑑の中だけで、子供の頃の憧れの虫だったことを思い出す。

 

「そうなんですか」

 

 だから相澤にできたのはそんな当り障りのない相槌だった。

 そもそも、一回も見たことがなかったからどこで見つけても珍しいと相澤は思っただろう。

 

「ほら奇麗な色でしょう」

 

 お互いに観葉植物にくっついたタマムシを見ながらまるで自分のことのようにタマムシを褒めた。

「ええ、とても」

 

「虫が好きなんですか?」

 

「カブトムシとかは好きですけど、ほかはそうでもないですね。

き、貴方は?」

 

 君か貴方かおまえ、どれで呼べばいいかいつも迷ってどもってしまう。

 

「ボクは好きですよ、たぶんすべての虫が好きなんだと思います」

 

「それは大きく出ましたね、じゃあ、例えば……」

 

 相澤はそこまで言いかけて初対面の相手を試すようなことを言っていいのだろうかと迷っていると、その女は「ああ、またか」というような顔をしてふんと鼻をならし、

 

「ゴキブリもムカデもゲジも好きですよ、何も昆虫だけが虫ってわけじゃないと思ってるんで」

 

 と力強く言い切った。

 そういう女もいるのか、珍しいなというのが相澤の感想。

 

「珍しいですね、女の人で虫好きって」

 

「よく言われます、変な女って」

 

――ボクっ子虫好き、まぁ変か。

珍しいと思いはしても言葉にして言うほど変だとは感じないのは初対面だからだろうか。

 

「生きてるってのを見るのが好きなんですよね」

 

 女は続けた。

 

「自分の力で生きてるってのが凄い好きなんです、ペットとかも可愛いとは思うんですけど、ほらあれって『生かされてる』ないですか」

 

「魚とか鳥だって自力で生きてるじゃないですか」

 

「はい、勿論魚も鳥も大好きですよ、このタマムシだってこんなに美しい輝きが力強く独りで生きてるんです、だからさっきの店員みたいにこの美しい命の宝石を勝手に終わらせるなんて傲慢なことしてはいけないんだ」

 

 なるほど確かに変な女だ。

 相澤は確信した。

 最後の方には事兄熱がこもって敬語じゃなくなっている。

 

「別に素で話してもらっていいですよ」

 

「そうかい、ならそうさせて貰おうかな、君も別に敬語じゃなくていいよ」

 

「あざっす」

 

「いいよ」

 

 と一拍置いて彼女は聞いた。

 

「君も『生きる命』の方が好ましいと思わない?」

 

「いいえ」

 

 即答。

 相澤の返答に彼女はがっかりした顔をした。

 

「君もペット動物のような『生かされる命』の方がいいというの?

人に媚びて人に飼われるために生まれた命のがいいと」

 

 随分悪意のある言い方だと相澤は思った。

 直前まで熱く語った自然生物との落差に思わず笑いそうになるのを相澤は抑える。

 生きるとか生かされるとかどうでもいいことでアホみたいだと。

 

「命に貴賤をつけることこそが傲慢だぜ」

 

「んん?」

 

「生きてるとか生きるとか、そんなんどうでもいいんだよ。

どっちも『生きてる』のが命だ、おまえが好きだとか嫌いだからって理由で価値づけするようなもんじゃない」

 

「……」

 

「お前が好き嫌いするためにほかの命を巻き込むなアホ」

 

 相澤は続ける。

 

「お前が見下した命だって空っぽに生きてるわけじゃないんだ」

 

 自分のことのように諭した。

 

「媚びたってなんだって違う生き方で必死に生きてるんだよ」

 




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