機動戦士ガンダム外伝 オペレーション・スカイダイバー (抜殻)
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死は闇で待つ 上





宇宙世紀0079.01.04

ルナツー2番ドック コロンブス級補給艦「ウーロンゴン」艦内

地球連邦軍第4艦隊第126航宙戦隊 ビルナ・ゲインツ少尉

 

 閉鎖空間に大勢の人間がいると、その集合意識は空気感染するウィルスのように広がり、どんよりとした空気となって空間を埋め尽くす。すれ違う人々の顔色には不安の影が濃く映し出され、まるで普段の彼らではない別人を見ているようだ。誰もがこれから何が起こるのか、不安を募らせていた。

 その不安の元は、やはり昨日地球圏全土で突然放送されたジオン公国総帥ギレン・ザビによるジオン公国の独立宣言と、それに伴う連邦政府への宣戦布告だろう。自分もそのジャックされた放送を見ていた。あまりに突拍子のない話に誰もが動揺し、その衝撃は今でも波紋を残しているようだった。

 戦争。宇宙世紀が始まってから、この言葉が使われたことはない。そしてこの先も聞くことはないと思っていた。

「ビルナ!探したぞ」

 聞きなれた声を聞いて、ぼんやりしていた思考から目覚めた。背後から、急ぎ足で同僚のファルマ・ニーヤド少尉が向かってくる。

「自室にもどこにもいないから、探すのに苦労したぞ。ブリーフィングに向かうんじゃないのか?」

「あ、ああ。悪い、少しぼんやりしてたみたいだ」

「どうしたんだ?そんなに覇気がないなんてお前らしくもない。まさか迷子になってた言い訳をしてるんじゃないよな?」

「迷子……?」

 周りを見渡して、ここがブリーフィンルームのある艦橋部から全く反対の区画であることに気づいた。我ながらどうかしている。どうやら自分も艦内の空気に染められてしまっていたらしい。

「全く……こっちも調子狂っちまうな。いいから行こうぜ。ブリーフィングに遅れちまう」

 

「艦内もずっとピリピリしてて、あの整備長すら黙り込んじまうくらいなんだぜ。普段は普段で近寄りがたい人だけどさ。今は話しかけるなり殴りかかってきそうなほど張りつめてるぜ、格納庫の空気は。機体に石ころ一つぶつけてみろ。きっとスパナが飛んでくる」

「大げさな例えだな。別に今に始まったことじゃないだろ、あの人が気難しいのは。それに、誰だってこんな状況じゃ神経張りつめるのも無理ないさ」

「昨日の宣戦布告ね。何だってこんな無茶なことを始めたのかね、ジオンも。たった一つのサイドで連邦に戦いを挑むなんて、負けたいですなんて言ってるようなもんだろ」

「俺は家族が心配だよ。サイド1はサイド3に近いから、無事でいるといいけど」

「そういや妹さんは今年ハイスクールだったか?おいおい、そんな暗い顔するなよ!大丈夫さ。サイド1にだって艦隊はいるんだし、ジオンだって同じスペースノイドだ。いくら連邦のコロニーでも、そうそうコロニーを攻撃したりなんてしないさ」

「……そうだな、悪いな気を遣わせて。どうにも気持ちが沈みがちだったんだが、持ち直したよ」

「いいってことよ。それにピンチでも大丈夫。友人の妹の危機に颯爽と駆け付ける宇宙の騎士、なんてのもまた通だからな!お前を義兄さんって呼ぶのはごめんだが、俺に惚れちまったら仕方ないからな」

「もしそうなったら、不慮の事故がお前を襲って妹を悲しませることになるから、その前に消えてもらうか」

 そうこう話してる内に、ブリーフィングルームへと辿り着いた。艦長を除けば、自分たちが最後だったらしい。五分ほど遅れて、艦長が入ってくる。

「すまない、会議が長引いた。全員楽にしてくれ。これよりブリーフィングを開始する。まずは本題に入る前に、順を追って説明する必要がある。

 諸君らも知っての通り、ジオン公国の宣戦布告に伴い、我々地球連邦はジオン公国との戦争状態に突入した。宣戦布告と同時にジオン公国はサイド1,2,4に奇襲を仕掛けてきた。……結論から述べる。これら三つのサイドは、ジオン公国の攻撃によって壊滅した」

 突如、背筋が凍り着くような錯覚に陥った。地面が無くなり、宇宙空間に放り出されているかのように、意識がぼんやりと浮かんで平衡感覚を保てないような気がした。だがやがては落ち着いていく。広がった波紋が収まると、耳に入ってきたのはブリーフィングルームの喧騒だった。

「諸君、静かに!気持ちは分かるが話を続けなければならない。なぜならば、これはまだジオン軍の狂気の一端でしかないからだ。

 続けるぞ。現在、三つのサイドが壊滅状態に陥った。駐留艦隊は全滅し、コロニー自体への被害状況は不明。月面基地グラナダとフォン・ブラウンも制圧されたと報告されている。だが、問題はここからだ。まずは、この写真を見て欲しい」

 艦長がスクリーンを操作し、一枚の写真を写す。一見してみればただのスペースコロニーの写真にも見えた。だが続々と表示される写真の数々は、この場にいる全員を震撼させるのに十分すぎるほど衝撃的な画像だった。

「ジオン軍はサイド2、8バンチコロニー「アイランド・イフィッシュ」に核パルスエンジンを搭載した。コロニーはサイド2圏内を離れ、地球に向かっている。つまりジオン軍は、コロニーを大量破壊兵器として地球に降下させるものと思われる」

 何かの悪い夢と思いたい。今すぐ目が覚めて、汗だくの体を拭ってこう言うんだ。”ああ、夢で良かった”と。だが現実は鮮明に、このコロニーが地球への落下コースを取っていることを分析していた。スペースノイドにとってかけがえのない大地であるコロニーを、兵器として運用するとは。一体、何のための独立なのか。誰のための独立だというのか。

「敵の攻撃目標はジャブローであると予想される。いかにジャブローが堅牢であろうと、あれだけの質量をもったものが落着すればひとたまりもない。ジャブローの陥落は我々の敗北を意味するだけでなく、スペースコロニーの落着などという未曽有の行為が、一体地球にどれだけの影響をもたらすか計り知れない。故に、我々はこのコロニーが地球に落下する前に阻止する必要がある。

 コロニーの落着まで、計算では三日から五日かかると予想される。その間に我々は艦隊を集結させ、阻止限界点を越える前にコロニーの進路変更、不可能な場合はコロニーの破壊を行う。主力部隊はティアンム提督率いる第8戦隊。攻撃には艦隊及び地上からの核ミサイル攻撃を行う。あくまで敵艦隊の撃滅によるコロニーの進路変更が主目標となる。敵艦隊の数は少なく、戦力の上ではこちらに分があるからだ。

 なお詳細は不明であるが、ジオン軍の新兵器の情報がある。現状判明していることは、レーダーや光学兵器に影響を及ぼすこと、高度な空間戦闘能力を有した新型兵器であることだ。ジオン軍の切り札であると考えられ、三つのサイドと月がこうも簡単に陥落した原因であると考えられる。注意して作戦に取り組むように。

 ……我々に失敗は許されない。我々の失敗は連邦軍の敗北を意味する。それは宇宙での惨劇が地上でも行われるということだ。各員の健闘を期待する。以上だ」

 ブリーフィングが終わり艦長が立ち去る。我々は軍人だが、それ以上に人間だ。故郷の滅亡、家族の死、それを突き付けられた人間は多い。宇宙軍の出身は圧倒的にスペースノイドが多いからだ。それは自分も、ファルマも変わらない。ファルマは何も言わずブリーフィングルームを去っていった。全員がまだ、気持ちの整理をつける時間が必要だ。だがそれは長くは続かないだろう。艦隊が集結次第連邦軍は作戦に入るはずだ。

 ブリーフィングルームを離れ、またぼんやりと艦内を漂っていた。今度は自分がどこに向かうでもないことを自覚していたが、だからといって自室に戻ろうとも思わなかった。今はとにかく、何も考えたくなかった



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死は闇で待つ 下

宇宙世紀0079.01.10

コロンブス級補給艦「ウーロンゴン」艦内

地球連邦軍第4艦隊第126航宙戦隊 ビルナ・ゲインツ少尉

 

「総員第一種戦闘配備!繰り返す総員第一種戦闘配備!整備員はカタパルトへ。パイロットは別命あるまで機体で待機せよ!」

 艦内は出撃直前で騒然としていた。整備長が檄を飛ばして最終チェックを行っている。俺たちパイロットは自らの愛機のシステム確認を終え、出撃合図を待っていた。

 遂にジオンと戦える。遂に家族の仇を取れる。ほとんどの隊員がそんなことを考えていたと思う。自身も例外ではなく。

 この五日間の待機期間は耐えがたいものだった。艦内の空気は常に極度の緊張状態であったし、誰しもが怒りを蓄えていた。いつまでも現れないジオン軍に対して復讐の機会を待ち続けた。そうしてようやく、この時が来たのだ。

 あれほど長かった時間なのに、何をして過ごしたのかよく覚えていない。ただ繰り返し叩き込んだ作戦内容だけが頭に反芻されている。操縦桿を握る手がうずく。狭いコックピットで体をソワソワと動かす。歯が浮くような思いがして、深く深呼吸をする。

 個別通信の回線ランプに気が付いたのはそんな時だった。まるで周りが見えていなかったらしい。このタイミングで誰が話しかけてくるのかと思いながら呼び出しボタンを押す。応答したのはファルマだった。

「どうしたんだ、こんな時に」

「……ビルナ。少しいいか?」

 ファルマの声は普段とは裏腹に重く小さい。まるで消えかかった炎みたいに不確かで、弱々しかった。

「ビルナは、その、死ぬかもしれないって考えたことあるか?」

「は?」

 あまりに突拍子の無い質問に、何も答えることができなかった。言わんとしていることは分かる。こんな状況で聞いて来る気持ちも分かる。だが自分がこの質問になんと答えればいいのか、何が正解なのか分からずそのまま黙ってしまった。だがファルマは答えが欲しかった訳じゃないのかそのまま喋り続ける。

「だって、戦争なんだぜ!俺、こんなことになるなんて思ってなかったからさ。戦争なんて縁のないことだと思ってた。笑っちまうよな、軍人なのに。俺には死ぬ覚悟なんてない。いくら連邦が強かろうが、誰も死なないわけじゃない。なんだか生き残れる気がしないんだよ。明日を迎えてる予感が無い。この壁一枚隔てた死の空間に投げ出されて、どこかへ行ってしまうイメージが頭から離れないんだ。なぁビルナ……。俺、死にたくないよ……」

 最近のファルマの様子を思い出す。どこか不自然で、元気がなかった。笑顔を浮かべてはいたが、どこか歪んでいた気がする。きっとあの日からずっと思い続けてきたのだろう。誰もが戦意を示すなかで、一人怖がっていたのだろう。無理もない。どうかしてた。俺たちがこれからやろうとしていることは、殺し合いなんだ。理由を付けて正当化して、一方的に行う虐殺とは違う。この時まで俺は、馬鹿馬鹿しいことに自分が死ぬなんて微塵も考えてなかった。

「安心しろ、ファルマ。絶対に死んだりしないさ。約束する。俺が嘘をついたことがあるか?」

「……ありがとう。話してたら楽になったよ。戦争が終わったらさ、一緒に墓参りに行くよ」

「……ああ、きっと家族も喜ぶ」

 通信が切れる。それと入れ替わるように隊長からの通信が伝わる。ハッチが開かれ、機体はカタパルトに押し出されて宇宙へと消えていった。

 

 



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モーロン・ラベ 上

宇宙世紀0079.3月

北米 デビスモンサン空軍基地

地球連邦太平洋方面軍第19戦闘飛行隊 ダグラス・ミリアウッド大尉

 

 眼下の大地には、色あせた絨毯のような砂色が広がっている。前任地のハワイ基地は美しい海に囲まれていて今とは対照的だったが、私にはどちらの空からも故郷のオーストラリアを思い出させてくれた。

「こちらエレパイオ1。各機、機体の具合はどうか」

「こちらエレパイオ3。計器正常、悪くない。最初見た時はガラクタかと思いましたが、整備兵はいい仕事をしてくれたようです」

「こちらエレパイオ2。通信状態も良好。隊長、一曲歌っても?」

「こちらエレパイオ1。許可できない。ペルコンテ少尉が歌い始めたら全員両手で耳を抑えちまうからな」

「了解。不時着(サボり)の口実にしてあげようと思ったんですけどね」

「あー、こちら管制塔だが、こっち(メインランド)じゃ不時着してもサーフィンは出来ないから気を付けな。火傷覚悟の日光浴か脱水でお花畑を見るくらいしか娯楽がない」

 だからさっさと帰って来いと伝えると管制官は通信を切った。

 風防(キャノピー)の上では太陽がさんさんと輝いている。太陽の強烈な白から目を逸らすと天の青と海の青が地平線の彼方で溶け合っていた。

 

×

 

 コロニーが地球を襲ったあの日、我々がいたハワイはコロニー落としの余波によって生まれた高潮で壊滅的な被害を被った。ハワイに駐留していた艦隊と飛行場は高潮に飲まれ、基地機能は停止して機材も流されるか塩まみれになって使い物にならなくなった。高潮はハワイの港や市街地にも被害を出し、新年のバカンスに浮かれていた人々にも犠牲を出した。

 その後救助や復興作業に駆り出された我々だったが、二月以降ミサイル基地へのマスドライバー攻撃など地球への直接侵攻の可能性が高まり、基地としての機能を失って手持ち無沙汰のハワイ基地の人員はジャブロー防衛力強化の一環として北米へと派遣されたのだった。

 我々パイロットは新しい機体を受領するためにここデビスモンサンに配属された。ここは一線を退いた予備役機の他にも、スクラップ同然に近い退役機の残骸が取り残された戦闘機の墓場だった。整備兵たちは昼夜を問わずこれらのガラクタを稼働状態に復活させる仕事に追われた。

 元々連邦軍は防衛地域のわりに規模の小さい軍隊だ。連邦政府という統一政権の下で、我々は治安維持を目的とした対テロ部隊として運用されてきた。平和な時代に軍隊はいらない、という世間の声に負けて政治家はいつも軍備縮小を命題に抱えていたし、実際にジオンが軍備を整えている間も、我々の予算はギリギリで回されていた。しかもその大半は宇宙軍に持っていかれ、地上軍にはろくに回ってこないのが実情だった。

 戦闘機は帰投すればミサイルに至るまで精密に整備される。空中での事故はパイロットの生死にかかわる。だが予算のせいで修理パーツが回らずに格納庫で眠り、そしてそのまま退役を迎える機体も多い。そうして再利用案を抱えたままこの戦闘機の墓場へ運ばれてくるのである。

 ジオンとの戦端が開かれた現在、連邦政府は軍事費を莫大に投入して戦力の増強を図っているが、新しい機体を作るのにも時間がかかる。ジオン軍の地球降下作戦が一週間ほど前に遂に始まり、この修繕作業も急ピッチで進められるようになった。そうして蘇った機体が、我々の乗機になる。整備兵たちは今も斜陽に染まる滑走路の中を懸命に走り回り、影絵の中をひょこひょこと出入りするように残骸から使えるパーツを取り出している。

 傍らにそびえる乗機を見上げる。オレンジの陽光に照らされて、煤臭いエンジンの香りを漂わせるこの「フライ(空飛ぶ)・マンタ」が、炎の中から蘇った不死鳥のように思えた。

 




遅くなりましたがようやく新しい話を投稿できます。書くのが遅い……

そういえばTwitterアカウントを開設しました。死亡寸前のアカウントですが日記(不意に辞める)とか小説の投稿とかのお知らせに使ってます。よろしければ。

戦闘の推移はハードグラフを参考にしましたが独自で適当にした部分もあります。


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モーロン・ラベ 中

宇宙世紀0079.03.11

北米 デビスモンサン空軍基地

地球連邦太平洋方面軍第19戦闘飛行隊 ダグラス・ミリアウッド大尉

 

×

 

 その日、我々は日も昇らぬ早朝に叩き起こされた。基地内には緊急事態を知らせるアラームが鳴り響き、我々は緊急出撃を命じられてコーヒーもブレイクファストも抜きにコックピットに飛び込んだ。命令はただ「未確認飛行物体を迎撃せよ」という一言のみで、ブリーフィングもなく基地に存在した全ての機体が飛び立っていく。この異常事態に、ほとんどの連邦将兵たちは自分たちの身に何が降りかかっているのか理解した。遂に、ジオン軍が北米に降下してきたのだと。

 空中で編隊を組み、即席で取り付けられたレーザー通信機で編隊間の通信網を形成する。無線通信も試みたものの、雑音しか流さないそれはミノフスキー粒子の濃さを表してより現実を鮮明にするだけだった。

 空は未だ暗闇に包まれていたが、高い視点の我らに並ぶように太陽が遠く世界を照らしていた。上空は東側の空からほんのりと色を取り戻していくようだった。その中に、まだ暗い世界の中に尾を引いて走る光が見えた。初め、それはここ最近観測される宇宙戦艦やコロニーの残骸が大気圏に突入して燃え尽きていく光だと思った。だが、それらの光に向かって飛んでいた我々はやがてその光がいつまでも燃え尽きることなく段々と輪郭を得ていくうちに、それが残骸ではなく巨大な卵のような形をしたジオンの大気圏突入カプセル「HLV」であることが分かった。そして我々が迎撃する予定の未確認飛行物体が何を指すのかも。

 宇宙戦艦の残骸が美しい流れ星となって燃え尽きるのを、連邦広報部員が地球に帰りたがっている連邦将兵の無念と言っていた。ならばこのHLVの流星群は、宇宙に捨てられたスペースノイドの七十年にも及ぶ憎悪の炎で彩られているのだろう。孵化を待つ宇宙から産み落とされた卵が、まるで地球を押し潰そうとするように空を埋め尽くしていた。

 

 ミノフスキー粒子の影響は甚大で、電子戦能力の奪われた我々は翼を折られたように無力だった。レーザー通信では戦闘速度での交信は満足に行えず、レーダーが封じられて目視で照準を付けなければならないため速度も落とさねばならない。何をするにしても機体の性能と人間の性能が合わず、降下してくるHLVに対してろくな成果を出すどころかろくな戦闘行動すら行えなかった。端的に言えば、ぶつからないようにするので精一杯だった。

 こうしてHLVへの迎撃に完全に失敗した我々は、ジオン軍地上部隊の展開を許してしまい、西岸部の要衝キャリフォルニアベースを早々に失ってしまう。東岸部では大規模な南下撤退命令を下り、防衛線はヒューストンの辺りまで下がっていた。そんな状況の中で、我々デビスモンサン空軍基地にはいつまでも待機命令が下っていた。ジオン軍がどこに降下してどの程度浸透しているのか、その情報を掌握するまで部隊を動かすことが出来なかったのだ。ジオン軍は内陸部にも東西沿岸ほどではないが部隊を降下させ、これが電撃戦に揺れる連邦軍の情報網に更に混乱をもたらしていた。やがてキャリフォルニアベース陥落の報が我々の耳にも伝わる頃、ある程度の敵戦力を掴んだ方面軍司令部から新たな命令が共に伝えられた。太平洋方面軍第19戦闘飛行隊は、ロサンゼルスへ移動し同都市を防衛せよと。



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モーロン・ラベ 下

アメリカの道路については調べたのですが、一応ハードグラフ準拠に州間高速道路は一級道、州道は同じような分け方で三級道に設定しました。
航空機の軍事行動についてあまり詳しくないので拙い描写になっているかもしれません。


宇宙世紀0079.3.15

北米 エドワーズ空軍基地

地球連邦軍太平洋方面軍第19戦闘飛行隊 ダグラス・ミリアウッド大尉

 

 

「北米駐留軍《われわれ》の戦況は好ましくない。西岸部に降下したジオン軍部隊は昨日キャリフォルニアベースの主要部を確保し、現在はロサンゼルスに向けて主力と見られる部隊が南下している。恐らくはロサンゼルス、サンディエゴを攻略した後、内陸部に降下した部隊と合流して東西沿岸を繋げる気だろう。

 我々は一級道5号線と三級道58号線に沿って防衛線を敷いているが、敵の進撃が早くろくな陣地構築は出来ていない。また、ジオン地上戦力に対してこちらの地上戦力はまるで歯が立たないそうだ。よって防衛は航空攻撃に頼ることになる。問題は制空権だ。

 これがジオンの戦闘機「ドップ」だ。歪な形をしているが、運動性能はこちらの戦闘機よりも高いらしい。少ないデータによる分析だがな。キャリフォルニアベースを失った今、展開できる戦力も向こうの方が上だろう。

 ただし、こちらにも有利な点がある。おおかた宇宙攻撃機パイロットでも引き抜いてきたんだろうが、敵は地球での航空戦《フライト》に慣れてない。巣だったばかりの雛鳥《チキン》どものケツを着火(フライド)してやれ。

 とにかく、何が何でも空軍《おまえら》には制空権を確保して敵MSの上から糞を垂れてもらわにゃいかん。それが出来なきゃ、地上部隊は哀れにもジオンの晩飯になるだろう。献立はきっとハンバーグだ。対地攻撃は19飛が担当、兵装は無誘導対地ミサイルを装備。一発でMSに対しても有効弾になる威力がある。全パイロットは第二種戦闘配置で待機。質問は?」

 参謀は乾いた舌を潤わせるように仏頂面をしながらゆっくりと部屋を見渡した。僅かな沈黙の後、司令が手を叩く渇いた音が響くとそれが解散の合図となった。幕僚たちが部屋を去り、その後に我々も腰を上げてぞろぞろと部屋を出ていく。ふと振り返ると、正面のスクリーンにはロサンゼルス周辺の地図と衛星写真が映っていた。私は何故か、この地図の地域が丸ごと海に変貌する姿を想像してしまった。

 

 ジオン軍の進撃の速さを実感したのは、会議が終わって三時間ほどで敵発見の報が伝わった時だった。既に太陽は西に傾き、夜の訪れに焦りが広がった。レーダーや暗視装置が使えない状況下では音速のジェット戦闘機で夜間飛行を行うのは自殺行為同然であり、夜間の航空攻撃は行えないからだ。敵がキャリフォルニアベースでの教訓を生かして狙ったのか、進撃速度を緩めなかったらたまたま夜が訪れたのかは定かではないが、敵を素通りさせるわけにもいかない。待機中だった我々に緊急出撃が命じられ戦闘機が次々と基地を飛び立っていった。

 第19戦闘飛行隊の出撃順位は最下位であり、がらんとした滑走路を最後に飛び立つ。機体の振動に耐えるために操縦桿を強く握りしめる。車輪が浮き、体がより地面へと引き付けられる感覚を味わうと、そこは地球を離れた空の上だった。後続機も自機の左斜め後方次々とくっついて来て、三個小隊総勢十二機の渡り鳥の群れ(ギース・フライト)が形成された。

 無線通信を試すが、当然のように繋がらない。レーザー通信機を起動させて編隊の通信網を使って部下に命令を下していく。空にはぼんやりと月が浮かび上がっており、太陽を空から追い出そうとしていた。

 

 前方に幾筋もの黒煙が空へと昇っている。そしてその上空では、視界に入ったごみのような黒い影がいくつも飛び交っていた。

「各機、前方の状況が見えるか」

「混戦になっているようですが、彼我の優勢は判別できません」

「こちらエレパイオ3、二時上方に編隊を確認。こちらに近づいてきます」

 目を凝らすと、確かに影が近づいてきている。しかし、そのシルエットに見覚えはなかった。アルファベットのWのような形をしたひどく不格好な、これまでに見たことのない航空機がジオン軍の主力戦闘機ドップであることにすぐには気づかなかった。

 その時まで私は油断をしていたのだ。宇宙育ちのジオンに、本場の空軍である連邦空軍《われわれ》を上回ることは出来ないと。

「全機散開!二時上方から敵機だ!合流は第二空域!」

 咄嗟に部下に命令を下す。敵は既にこちらを敵と認識している。IFFによる敵味方の識別ができないことがこんなにも判断を遅らせるとは。護衛機も気づいたのか高度を上げて敵機襲来に備える。敵も編隊を解いて散った我々を追いかけ始める。レーザー通信が切断されてあらゆる情報を目視で手に入れなければならなかった。

 その時、地上から上がっている信号弾に気がついた。対地攻撃機の我々に気づいたのか、撤退命令の赤色に交じって対地攻撃を要請する黄色の信号弾が、そこらで上がっている。そして見つけた。空からでもはっきりと見ることのできるジオンの巨人《ザク》を。その足元では炎上する戦車が黙々と煙を生み出している。また信号弾が上がる。その直後、発射地点はザクの持つ巨大な大砲によって吹き飛ばされた。

 そこにいた兵士たちがどうなったのか、考える暇もないままザクの目は新たな獲物を空に飛ぶ私の航空機に定めた。過剰なほどの威力のある大砲が空に向けられる。まさか対空砲火も放てるのか!

 機体を捻らせて回避行動に移るが、対地攻撃用の兵装をめいっぱい積んだフライ・マンタは重量で速度が出ない。これまでかと思ったが、ザクは空を飛ぶ航空機よりも地上の無力な兵士たちを優先したようだった。

 どうにか難を逃れて、戦域を離れた合流空域に到達した。敵を振り切って合流できたのは第一小隊の四機だけだった。

「各機、状態を知らせ」

「エレパイオ2、問題なし。護衛機が敵を追っ払ってくれましたから。でも、空域の優勢はジオンに傾いていそうです」

「こちらエレパイオ3。僚機《エレパイオ4》共に異常なし。自分も同感です。敵は我々対地攻撃部隊が来るのを知っていて待ち構えていたんです」

 航空戦闘《ドッグファイト》の基本は敵の背を取ることだ。航空機は後方の敵機に対して全くの無力であり、それを振り切るのは容易ではない。最も簡単な方法は味方に助けてもらうことだろう。

 そして敵には、その空中戦を傍観して増援に襲い掛かれる予備部隊がいたのだ。どちらが勝つかはロースクール入学前の子供にも答えられるだろう。

「エレパイオ2、敵の技量はどうだった」

「この鈍重なフライ・マンタでは、とても振り切る自信はありませんでした。護衛機が助けてくれなければ、きっと合流はできなかったと思います」

 そして敵の腕前は評判以上ときた。この時点で我々の航空攻撃の可能性はほぼなくなったと言っていいだろう。しかし、あの光景が、ジオンのMSが助けを求めた歩兵を容赦なくバラバラにした光景が頭から離れなかった。

「こちらエレパイオ3。副編隊長として、撤退を提案します。制空権は我が方になく、我々に作戦遂行能力はないと……」

「いや、作戦は続行する。地上部隊は撤退を開始しているが、彼らは我々への航空攻撃を要請している。防衛線はすでに崩壊しているが、地上部隊の後退を支援するため対地攻撃を敢行する」

 エレパイオ3、ハリー中尉は少し間をおいてから了解と言った。他の誰からも不満は出なかった。職業軍人として、たとえ無謀な命令でも実行する教育を受けていることに感謝しつつ、もし私よりも上の人間がいれば迷わず攻撃中止を命令して欲しかった。私には、助けを求めている手を蹴落とすほどの勇気はなかったのだ。

 

「二機編隊《バディ》を組んで攻撃を行う。一度目の攻撃は長機《リーダー》が行い、僚機《ウィングマン》は援護を。二度目の攻撃では役割を交代しろ。ミサイルの出し惜しみはするな。二度の攻撃の後、第一空域で合流する。以上」

 通信を終え、小隊は二手に別れる。ジオンの一つ目は今も逃げ惑う歩兵たちをその圧倒的な巨躯を持って蹂躙していた。

 その生物を威圧するような無機質な目が、ぐるりとスライドしてこちらを捉える。そして手の巨大な大砲を持ち上げ、今度こそ撃ち落そうと弾丸を放ってきた。

「くそったれの宇宙豚が!」

「怯むな、ペルコンテ少尉!回避行動!」

 ドン、ドン、ドン、と連続した音が空気を震わせる。巨大な鉄塊は機体の脇を通り抜けるとその直後に自ら爆発した。ちくしょうHE(榴弾)だ!

 直撃はもちろんとして、至近弾でも撃墜の可能性が高くなった。しかも向こうは予測射撃の精度がやたらと高い。対するこちらは攻撃の瞬間には絶対に機首を敵に向けて突入姿勢を取らなければならない。空の王者であったはずの我々は、今はもう猟銃で撃ち落されるちんけな害鳥になってしまったのかもしれない。

 しかしジンギングを続けながら確実に距離を縮めている。既に射程距離には入っている。後は敵の攻撃が緩むタイミングを待つ。敵戦闘機もまだこちらの背には付いていない。早く、早く弾切れを起こしてくれ。

 その時、ペルコンテ少尉の二番機に120mmの砲弾が直撃した。

「ペルコンテ少尉!」

 機体は爆散することなく火を吹きながら高度を落としていく。速度を緩められない自機と引き離されてどんどん小さくなっていく。

「脱出しろ!ペルコンテ!」

 しかし、コックピットからペルコンテ少尉を吐き出すことなく、二番機は地面に叩きつけられて大きな火柱を上げたのが遠目にでも確認できた。だが気がつくと対空砲火は止んでいた。ザクの手にある大砲の上部、円盤のような弾倉《マガジン》が取り外されて地面に打ち捨てられている。今しかない。

 速度を緩めて、目標に向かって突入する。僚機を失った今、攻撃のチャンスは一度きりだ。機首のウェポンベイにある全弾を叩き込んでやる。ザクはリロードを諦めて銃を投げ捨て身を軽くした。そして両足を開いてこちらの攻撃に備えている。

 本当に人間そっくりの兵器だと思った。僅かにたじろぐ姿から、フライ・マンタに搭載されている対地ミサイルが命取りになるのだとはっきり分かる。

 コックピットの脇から円筒形のミサイルが飛んでいく。機首を上げて上昇する。ミサイルは全部で六発、その内一発でも胴体に当たれば撃墜、そうでなくても行動不能にできる。機体を旋回させて目標地点から半月を描くように飛んで戦果を確認して、絶句した。そこには、五体満足のザクが健在していた。恐るべき運動性能、恐るべき機動性。ザクはこちらの対地ミサイルを全て躱して、装甲に小さな傷と煤をつけているだけであった。

 悲嘆にくれる暇もなく、自身の背後にドップがくっついた。必死に振り切ろうとするが、ドップはひもで結ばれているように離れない。兵装を撃ち尽くして軽くなっているはずなのに。

 ドップの機関砲が火を吹く。シュンシュンと機体をかすめる音と、バカンッと金属が大きく破れる音が一緒になって聞こえてきた。チェックしなくても何が起きたのかは分かる。足元のレバーを思い切り引いて、私は狭いコックピットからだだっ広い大空に放りだされた。

 

 その後私は、運よく撤退する味方部隊と合流することに成功し、エドワーズ空軍基地へと帰還することができた。基地には出撃前の半分以下の航空機しか帰還しておらず、撤退の準備が始まっていた。その中に私の部下は一人もいなかった。

 既にジオン軍は一級道5号線を突破してロサンゼルスに侵攻を始めているらしい。そして三級道58号線でも敵部隊が確認され、エドワーズ空軍基地は放棄されることが決定した。我々の抵抗は、一体何だったのだろうか。私の下した命令は間違っていたのだろうか。

 夜が明ける頃、私は基地を経つ最後のトラックに乗り込んだ。機体の飛行限界時間を過ぎても、帰ってきた者は誰もいなかった。



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誰かが生きているかぎり 上

宇宙世紀0079.05.17

欧州戦線

地球連邦欧州方面軍第76空挺師団 ブーリック・リズガット二等特技兵

 

 地面はぐちゃぐちゃで、辺りには硝煙の香りが漂っていた。視界には炎と黒煙が上がり、周りからは僅かな呻き声が響く。ほんの小さな炎のくすぶりにすら負けてしまいそうなのに、助けを求める声は頭に響いた。その眼は、もう何も映さないはずなのに、虚ろな瞳はこちらをじっと見つめていた。その手は、バラバラになって原型もないはずなのに、確かな足かせとなって絡みついた。

 体は、まるで見捨てた命が乗りかかっているように重く、一歩進むたびに足が軋んだ。その重みを振り払おうとしても実体がなかった。やがて自身の振り回す重みに耐えきれず足がもつれて仰向けに倒れこむ。空は、昇っていく魂を塞ぐような曇天だった。

 

 嗅ぎなれた匂いに、目を覚ました。鼻腔の奥をつく消毒液の独特な匂い。嫌というほど嗅いだ出血による鉄の匂い。むせ返りそうになる肉が焼けた匂い。自分が今どこにいるのか、瞼を開ける前からはっきり分かった。きっとここは野戦病院だ。

 体を起こすと、耳に入っていた喧騒を絵にした様な光景が広がっていた。周りには人が、というより負傷者がごった返しになっていた。連れてこられただけで、一切手を付けられていない患者も多数いるようだ。中には死んだことにさえ気づかれていない者もいる。

 すぐ隣に、負傷兵が運ばれてくる。その兵士は顔が半分潰れていた。恐らくは砲弾の至近弾を受けたのだろう。軍医が呼ばれてやって来るが、彼の傷を見るなり首を振った。もう助からない、他を優先しろ。こと医療の現場において、救命には優先順位が存在する。軽傷の者、重傷の者、そして助からない者。医師はその非情な判断を下さなければならない。

「目が覚めたのなら、そこをどいてくれない?」

 軍医は、近場の人間の容態を見ながら伝えてきた。どうやら、軍医の行動をずっと見ていたらしい。軍医は二の腕を指で叩きながら言った。

「君は衛生兵でしょう。なら私がどれだけ忙しいかよく分かると思うけど、それとも脳に障害があるんなら、悪いけど私の専門じゃないからよそを当たって」

 とにかく邪魔だからどけ、そう言われてようやく自分がなぜここで眠っていたのかを考えた。ハッとして自分の体をまさぐる。腕、足、指、全部ある。目立った外傷もなくホッとしたが、そうなるとなぜ自分がここに寝かされていたのかという疑問も生まれた。だが、誰かに聞こうにもそんな状況ではないのは分かる。自分が今どこに行くべきなのかはっきり分からない以上、目の前のできることに専念しようとさきほどの軍医を追った。

 

「助かったよ、あー……なんて言ったっけ?」

「ブーリックです。ブーリック・リズガット。いいんです。どうせ手持ち無沙汰でしたから」

 運ばれてきた負傷者の山が落ち着くと、軍医は用があるとテントを抜け出した。私は彼女を追って自分がどうしてここにいたのかを聞いた。

「覚えてない?君の仲間が、担架で運んできたんだ。18時間くらい前だったかな。目立った外傷もないしそこら辺に転がしとこうと思ったんだけど、発汗が凄くてうなされてたから点滴を打って寝かせたの。それからどんどん負傷者が運ばれてきて、あとは君が見た通り」

 そんなに眠っていたのか。それよりも仲間に運ばれたということは私は前線で気を失ったということなんだろうが、一体いつそんなことになったのか全く記憶にない。

「運んできた奴らはどこへ……」

「さあ、君を置いて大隊本部か連隊本部でも行ったんじゃないかな。見つかったかは知らないけど……っと質問に答えたんだしサボりに付き合ってよね」

 軍医は少し待つよう伝えると、自身のデスクへと向かって何やら書類の束を持って戻ってきた。どうやら薬品や包帯のリストらしい。

「ほんとなら自分で持っていくものでもないんだけど、こうでもしないとタバコも吸えないから。補給部隊の所まで案内するからそこからは自分探して。じゃあ行こうか」

 軍医は歩きながらタバコを咥える。安物の疑似タバコじゃない純正タバコ、しかも上等な地球産だ。

「最近は吸う量も増えてしまってね。やれやれ禁煙していたんだが……君も吸うかい?」

 私は首を振った。軍医はそうか、とだけ言ってタバコに火をつける。それから負傷者がごった返しのテントを見つめた。

「私は徴用された軍医でね、半ば無理やり入隊させられたようなもんだ。それからの毎日は地獄のようでね、日付ごとにテントを張り直した。そんで負傷者の山、山、山。毎日設営し直すから容態の安定していない奴は移送中に死んじまった。置いてきぼりをくらった奴もいる。最近はそういうことも少なくなったが。ジオンのMSってのはそんなに強力かい?」

 彼女は煙を吐きながら、僅かな軽蔑を込めて語った。それはきっと送られてくる負傷兵たち、つまり前線で戦う兵士たちに対してだ。確かに、あの一つ目(ザク)を間近で見ていない人間には、負け続きの連邦軍は不甲斐なく見えて当然だろう。だが、私には何も言い返せなかった。私は衛生兵であって、戦闘員じゃない。そして私が衛生兵としての職務を全うで来たことなど、ろくにないのだから。

「悪いね、嫌味に聞こえるかも知れないけど、元はと言えば私はただの一市民だ。防衛軍が負けてばかりでは不安も募る。ましてやその防衛軍に軍医として徴用されているんだから、兵がいないから武器を持て、だとか砲撃に巻き込まれても自己責任だ、なんて言われるのはごめんだからね」

 彼女はタバコを地面に落とすと、思い切り踏みつけてから擦りつけた。

「そうは言っても前線がどれだけひどい状況かは、この地獄の日々が物語ってる。吹っ飛んだ手足に飛び出した内臓……助かる見込みのある奴がろくにいない。その中で衛生兵をしているんだから、君は立派だ」

 彼女の話した言葉が脳で意味を成した時、頭の奥にメスが入ったようにズキリと痛んだ。視界が暗転して、平衡感覚が失われそうになる。誰かに後ろ指を指されて、非難の声で耳の奥が痛んだような気がした。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

 気づくと、目の下に隈を拵えた軍医がこちらを覗き込んでいた。

「……自分は、そんなに誇れる人間じゃありません」

「……そう。まぁいいわ、これ以上患者が増えると面倒だから気合で乗り切って。ほら、着いたわよ」

 軍医はポケットから取り出したチョコバーで補給部隊を指した。それから持っていたチョコバーを私のポケットに突っ込む。

「餞別にあげるわ。私は補給部に新しいのを強請るから。それじゃあねブーリック特技兵。生きてたらまた会いましょう」

 軍医はそう残して、二本目のタバコを咥えて去っていった。

 



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誰かが生きているかぎり 中

宇宙世紀0079.05.20

欧州戦線 旧フランス自治州

地球連邦欧州方面軍第76空挺師団 ブーリック・リズガット二等特技兵

 

 太陽は厚い雲に隠れていて、正午を回ったばかりだというのに空はどんよりと暗かった。それに倣うかのように、同乗する兵士たちの顔も暗い。助手席に座る若い士官だけが、ラコタの開いた車体から流れ込む風に負けじと地図を睨んでいる。

 後部座席に座る二人は、煤けた戦闘服に身を包んだ古参兵のようだった。二人とも疲れた顔で疑似タバコを吹かしている。隣に座る一人が煙を吐き出すが、先日嗅いだ純正品とは比べ物にならないほど匂いが薄かった。

「衛生兵、タバコ持ってるか?」

 隣に座っていた兵士が突然口を開いた。

「いや……悪いが持ってない。吸わないんだ」

「だよな。真面目そうな顔してるし。いやなに、お前から純正タバコの香りがした気がするんだが、気のせいだったか」

 確かにあの軍医と話したのは一日前だが、匂いが服に染み込むほど長く話した記憶はない。本当に香りに気づいたんだとしたらこの兵士の嗅覚は猟犬なみだ。もう一人の兵士にも鼻がおかしくなったんじゃないかと茶化されている。

「にしても不味いなぁ、軍のタバコは。こちとら面倒な申請用紙に金まで出してんのに。早く家に帰って、本物を吹かしてぇ」

 兵士は無精ひげをさすりながら、何かを思い出しているのか遠い目をして煙を吐いた。それからこちらの顔を覗き込んでくる。

「やけに若いな。学校帰りに攫われて、目隠し外したら兵隊か?」

「学生なのはあってるけど、志願兵だ」

 事実を言っただけなのだが、兵士たちは吹き出した。気づいた士官が振り返って睨むと兵士たちは体を震わせながら笑いをかみ殺した。やがておかしさがひと段落するとようやく元の調子に戻って話しかけてくる。

「望んでこんな場所に来るとはとんだアホだな。親でも殺されたか?」

「その親には反対されたよ。両親は医者だが、戦争で生まれる負傷者には関与しないなんて言い出した。人命よりも自分の安全だと。嫌気が差して家を飛び出した」

「まるで救世主だな。水の上も歩けそうだ。で、快適な我が家を飛び出した夢の感想は?」

「甘かったよ。ザク(ミートチョッパー)の120mm榴弾が直撃、みんな即死さ。助けようがない」

 助けようがない、か。都合のいい言い訳だと、自分の発言を馬鹿らしく思った。あの時の私は、初めてザクと会った時の私は、始めから助ける気など無くなっていたというのに。

「俺たちの専門は対MS特技兵(ザク・ハンター)なんだが、そうか即死か。そりゃいいこと聞いたかもな」

 兵士は空を仰いだ。向かいに座る兵士も口を開く。

「専門っつっても先週()()()()()ばっかだ。リジーナの使い方を教えられて明日から相手はザクだとな。俺たちは……」

「貴様ら、到着するからいい加減口を閉じろ」

 若い士官は振り返ると、不機嫌な口調でこちらを睨みつけながら車体を叩いた。道路の伸びる先には、小さな市街地が見える。

「すいませんね少尉殿。棺桶に入ったら話相手がいないもんで、つい」

 向かいに座っていた兵士は、今も睨み続けている士官のことなど意に介さずタバコの火を揉み消すと道路へ投げ捨てた。

「俺たちは代打さ。後ろには補欠もいるし補充もきく。けどお前(衛生兵)は違う。だから死ぬんじゃねぇぞ」

 隣の兵士にも肩を叩かれながら死ぬなよと忠告された。そんな彼らは、二人とも死人のような遠い目をしたままだった。

 

 検問所に到着して、警衛にラコタを止められて絶句した。その兵士は明らかに私よりも若く、少年といっていいほどだったからだ。

「マジかよ……」

 先ほどまでタバコを吹かしていた兵士たちも思わず声を漏らしていた。士官と警衛がお互いぎこちなく話していたが、士官が所属を名乗るとすんなりと通された。

 街は爆撃にでもあったのだろうか、所々が崩落し瓦礫が積まれている。ラコタを降りて、同乗していた兵士たちと別れた。彼らは若い少尉に命令されて対MS兵装を荷台から降ろし始めていた。

 私は新たに配属された歩兵中隊の中隊長であるロナルド・セトル大尉を探した。すれ違う兵士たちに居場所を聞いて、広場で指示を出していたやや小柄な士官の元に辿り着く。

「お前が新しい衛生兵か。よろしく頼む」

 辞令と簡単な挨拶を済ませると、セトル大尉はアルバートという若い兵士を呼び出した。軍用ブーツに慣れていないのだろうか、モタモタという擬音が似合いそうなおぼつかない足取りで駆けてくる。

「担架を担いでブーリック特技兵にくっつけ、分かったな」

 アルバート二等兵は精一杯の口を開けてイエスサーと返す。まるで映画のようなコテコテの兵隊ごっこだ。

「というわけで、第二小隊に合流しろ。前の戦闘で衛生兵がやられて欠員中だったんだ。後のことは第二小隊で聞いてくれ」

 そう言い残して、セトル大尉はまた指示を出しに兵隊の群れへと戻った。アルバート二等兵はぼんやりとこちらを見つめながら突っ立っている。

 実戦経験はなさそうな、警衛をしていた兵士と同じくらい若い兵士だ。実戦で役に立つか分からないから、比較的戦闘の少ない衛生兵のお手伝いにしたのは明白だった。くりくりとした目でこちらを見つめてくる。自信なさげな幼い顔を見て、お手伝いの役に立つかも怪しいと感じた。が、邪険にするのもはばかられる。見かけには寄らないかも知れない。とりあえずは彼に、街に設置された応急救護所へと案内してもらった。

 



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誰かが生きているかぎり 下

宇宙世紀079.5.21

欧州戦線 旧フランス自治州

地球連邦軍欧州方面軍第76空挺師団 ブーリック・リズガット二等特技兵

 

 衝撃が、全身の骨を叩いた。巨大な爆竹が投げ込まれたように続く衝撃と爆音の嵐。それが止むと舞い上がった土が雨となって降り注いだ。

 小隊陣地は砲弾によって掘り返されていた。黒い土の上に、放りだされた死体が転がっている。地面には、ビーズのようにキラキラと光る赤い肉片が混じっていた。

 ズシン、ズシンと地面を揺らす振動がリズムを刻んで聞こえてきた。この惨状を作り出した鋼鉄の巨人が遠くに見える。恐れるものなど何もない様にまっすぐとこちらへ向かってくる。

 今ならまだ逃げられる。私はザクと同じ方向に走りだした。

「ブーリック……」

 微かに声が聞こえた気がした、いや確かに聞こえた。だがあえて聞こえないふりをした。足は止めなかった。叫び声が聞こえた気がした。それを背中で受け止めた。声はやがて小さくなって、聞こえなくなった。

「ブーリック!」

 頭で反芻されていた言葉を鼓膜が感じ取って、ようやく足を止めた。ザクの足音はまだかすかに聞こえてくる。

「無事だったか。中隊は壊滅状態だ。第三小隊はどうした?」

 第三小隊は全滅だと声を出そうとするが、咳き込んでしまってうまく息が吸えない。空気を吸おうともがくが、それは肺にまでは届かない。

「パニックになってる。ブーリック、ブーリック!」

 視界が暗くなっていく。足の感覚がなくなる。名前を叫ばれ続けながら、私は落ちるように気を失った。

 

「ブーリック!」

 目の前には、セトル大尉がいた。第一小隊の衛生兵であるシェーン二等特技兵と、相棒であるアルバート二等兵も心配そうに覗き込んでいる。起こされた理由を考えて、渇いた喉から声を出した。

「けが人……ですか?」

「違う、お前が大丈夫か」

 何のことかと首をかしげると、アルバート二等兵がしどろもどろに説明を始めた。夜番をアルバートと交代してから二時間ほどして、眠りながらうなされていたと。慌てたアルバートは中隊長を呼びに行った、ということだった。そう言われると野戦服はぐっしょりと濡れていたし、喉がカラカラに渇いていることにも納得がいった。セトル大尉が差しだしてくれた水筒を飲む。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 実際、体に不調はなかった。中隊長もそれ以上は何も言わず、立ち去った。シェーンには何か食べておけ、とだけ忠告された。そして一人残されたアルバートだけが、未だに心配そうに私を見ていた。

「急に倒れたりしないから安心しろ、だからそんなに見るな」

 言われた通り、何か食べた方がいい。そう思って背嚢を漁ると、軍医からもらったチョコバーが出てきた。それを見てアルバートの顔色が変わる。

「好きなのか、チョコレート?」

「甘いものが好きなんですが、ここ最近は……」

「ならやるよ。俺は一口だけでいい」

 アルバートは今までの心配を忘れたかのように破顔した。その笑顔を見ると、年相応の自然な少年の姿に見えた。気弱だが、他人を思いやれる普通の少年。それを普通でなくしているのは、まとっている軍服のせいだろうか。

 チョコバーの封を破ろうとした時、敵襲を知らせる声が響いた。途端にアルバートの顔色は悪くなっていく。日の入りの早送り映像を見ているようで、少しおかしかった。チョコバーをアルバートに投げ渡す。

「おやつはお預けだな。戦闘が終わったら食え」

 

 斥候が敵部隊を発見して、我々は配置についた。この街はビルが並び立つ西区のビジネス街と、そこで働いていた人々の住む東区の住宅街に別れていた。西区には大きな幹線道路が走っており、これを守ることが我々の目標でもあった。

 確認された敵戦力にMSはなく、装甲車四両に随伴する機動歩兵一個中隊規模が西区に、道幅が小さい東区には一個歩兵中隊が接近していた。そして両区の突入を支援するためのマゼラ・アタック戦車が街に近い丘陵に配置されていた。私の中隊の持ち場は東区だ。

 機関銃手が一番手を切って発砲し、戦闘が始まる。私が待機しているところまで、銃声が壁面を反響して伝わってくる。バララララという気持ちのいい音が響いて来るのは、特殊な楽器を使った演奏会のようにも感じられた。だが、一際大きい爆発音が聞こえてきて、そんな平和な妄想は吹き飛ばされた。

「衛生兵ー!」

 体が強ばるのを感じた。腰を上げた時、まだ立てずにいるアルバートに気づいた。

「いいか、死にたくなかったらとにかく走れ。さあ行くぞ!」

 腕を引っ張って強引に立ち上がらせる。もたつくアルバートの背中を叩きながら呼び声の方へと走っていく。

「衛生兵!機関銃手が砲弾にやられた!」

 半分潰れた建物から連れ出された負傷兵は全身に傷を負っていたが、一番の重傷は骨まで見えるほど裂けた右腕の裂傷だった。動脈が切れていて血が傷口から吹きだしている。止血帯を巻こうと腕に巻き付けるが、再び爆発音が響く。

「マゼラ・アタックが照準を付けてる!ここはまずい!」

「アルバート!担架を早く!」

「衛生兵、後は任せるぞ!」

 アルバートが担架を用意している間に兵士は持ち場へと戻っていった。どうせなら乗せるとこまで手伝わせたかったが……。

「アルバート!ぼさっとせずに足を持て!」

 案の定、アルバートは負傷者を持つことに壊れ物に触るかのように躊躇した。痛がっている人間を見たら優しくしてやりたくなるのが人情だろうが、そうも言ってられない。多少乱暴に担架に乗せると絶叫のソロパートを聞くはめになった。

 銃弾を避けれる位置まで運んでから止血剤をかけて腕を縛る。きっとこの腕は切断することになるだろうが、腕以外の傷はそこまで深くない。鎮痛剤を打って第二線を張っていた新兵に街の出口まで運ぶよう指示を出す。

「自分たちには持ち場が……」

「なら俺に代わって負傷者を診てくれるのか?」

 負傷兵を搬送用のラコタに預けたら担架をこっちまで持って来るよう言いつけてから、アルバートの背中を叩いて再び前へ戻る。アルバートは泣きながらそれに従った。

 

 それから戦闘は一時間近く続いた。第一線はマゼラ・アタック戦車(でくのぼう)のせいで早々に突破されてしまったが、敵が砲撃の届かない街中へ侵入すると敵の進撃は停滞した。しかし敵と味方がバラバラに入り乱れてしまい、お互いが敵を見失って状況は膠着している。

 現在はセトル大尉がバラバラになった味方と連絡を取っている。ミノフスキー粒子が濃く通信ができないため走って味方を探すしかないが、敵がどこにいるか分からないため大勢では動けない。その為集合していた二十名ほどから四名を引き連れて私を含めた残りには待機が命じられた。西区の方からは今も銃声や砲声が響いてきたが、東区では二十分ほど静かな時間が流れていた。

 アルバートは、もはや泣くこともせずに瓦礫と壁の間に挟まって座っていた。隣に座るスペースはなかったので、正面に腰を下ろす。

「大丈夫か?」

 アルバートは瞬きもせずに虚空を見つめている。頬を軽く叩いてやると、ようやく焦点が合った。

「生きてる実感がしません……」

 アルバートは途中までは必死について来ていた。だが防衛線を下げる時に、砲弾で即死した兵士を見た瞬間に、糸を切ったように動かなくなってしまった。死にかけの人間を見てはいたが、実際に死人が生まれる瞬間はその時が初めてだった。

 そこからは仕方なく一人で負傷者を診て回った。アルバートは古参兵に引っ張られながら今の位置に落ち着いた。

「お前は生きてるさ。ほら、チョコバーを食ってみろ」

 ロボットのように言われたことを行った。取り出したチョコバーを一口かじると、アルバートの頬に涙がつたった。

「味がしません。ゴムでも食べてるみたいだ」

 アルバートはチョコバーに封をして背嚢にしまった。そして項垂れて再び泣き始めた。私はどう声を掛けていいか分からず、ただ肩を叩いてやることしかできなかった。



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