IS【小さな少年は盾を構える】 (屍モドキ)
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一話 少年と天災の出会い ※挿絵あり

 玩具の溢れた子供部屋。

 絵本、積み木、人形、ブリキ、他にも子供向けの玩具が辺り一面に散乱し、部屋の一角で山を形成していた。壁紙は星が煌めく夜空から太陽の差す青空の絵が描かれている。天井にも同じような壁紙が張られており、複数の照明が部屋を照らす。

 

 しかし窓はなく、それ故、外の状況が分からないようにされていた。空調の無機的な音とモビールの駆動音と静かな電子音が、この部屋のBGMと化していた。

「・・・・・・・・・」

 その部屋に一人、小さな男の子が中央に座り、本を読んでいた。 

 

 身の丈は随分と小さく、まだ小学校に上がるか上がらないかというほど。肉は少なく細身で脂肪も少ない。見た目からの年にしては若干痩せている印象が見受けられる。髪は艶の抜けかけた黒色で、少しはねっ毛が目立つくらい。

 

 少しして、子供部屋に一人の男性が入ってきた。

 痩せた顔立ちは西洋人らしいもので、その碧眼の下には薄い隈が伸びていた。髪はあまり整ったものではなく、着崩した白衣はあちこちがよれて皺が出来ていた。

「おはよう、(ゆい)。元気かな?」

 部屋に入ってきた西洋人の男に、少年は振り向いて笑顔を咲かす。

 

「先生!」

 

 少年は読んでいた本を閉じて置き、男に向かって飛び込んで、男は少年を優しく抱きかかえた。

「おっと、元気なようだね」

「うん!」

 男は少年の頭に手を置いて撫でながら、会話を続ける。

「それじゃあ、今日も検査をするよ」

「また、やるの⋯⋯?」

 男の言葉に少年が身をすくませてあきらかに嫌そうな表情を浮かばせる。

 

 男は苦笑いをして、謝罪を垂れつつ少年を宥める。

「⋯⋯すまない。けれど、これも君がちゃんと健康であるか調べるためなんだ。わかってくれないか?」

「⋯⋯うん」

 男はその場にしゃがんで少年の目線に合わせ、頭を撫でてやりながら目の前の少年を宥める。

「それに今日は結にプレゼントがあるんだ。検査が終ったら上げよう」

「ほんとに? 分かった、やる!」

 その言葉を聞いて検査とやらを渋っていた少年も、嫌々ではあるものの先生と慕う彼に付いていくことにした。

「それじゃあ行こう、結」

「うん、先生」

 二人が部屋の外に出る。部屋の外はさっきの子供部屋のような温かい色ではなく、無機質なパネルを敷き詰めた生気のない作りになっていた。等間隔で分け目を見せる床と壁。目を刺すような光を無造作に放つ細長い照明。鼻につくのは消毒液のアルコールの匂いと、それに隠された煙草や出所のわからない鉄臭い匂い。

 

 無言で歩く二人だが、少年は西洋人の男の服の裾を掴んで離さない。男も慣れてしまっているのか諦めたのか、時折少年の方を向いては優しく微笑むが、何も言わずに歩くだけだった。

「さ、着いたよ」

「う、ん」

 脚を止めて横を向くと、シルバーメタルに塗装されたスライド式の扉。右側に設置された入力端子に男がパスワードを入力すると、空気の抜ける音と共に扉が開く。

 

 中には拘束具を取り付け床に固定された手すり付きの椅子と、それを囲うように置かれたたくさんの機械類。少年は上に着ていた服を脱いで椅子に座る。

 

 細身な体。骨こそ浮いていないが脂肪が落ちかけているその肢体に一つ、異常な点があった。

 

 

 彼の背中。項中程から肩甲骨の間までにかけて、背骨の突起をさらに伸ばしたような装置が装着されていた。否、装着と言うよりか、もはや埋め込まれているようだった。

 

 白衣から手術服に着替えた男と、同じ格好をした大人が複数人。椅子に拘束された少年を囲んでそれぞれ機械をいじっている。そして幾つかのコードを引っ張り出し、少年の背中にある装置に接続していく。

 

「それでは始めよう」

 

 その言葉が耳に届いた途端、少年は諦めたように、目を瞑った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 施設の直上。

 雲の上まで上がると、そこにはデフォルメされた巨大なニンジンが浮かんでいた。大きさは高さが10mに達するかと言うほど。

 そのニンジンの上に、一人の女性が立って空映画面を覗きながらホログラムキーボードを叩いてニンジンの最終調整及びチェックをしていた。身長は170cm前後で、放漫に実った体を『不思議の国のアリス』の作品を一纏めにしたような恰好に身を包んでいた。

「こーんなもんかなー。さてさて、奇襲型ニンジン準備かんりょーう!」

 モニターとキーボードを閉じる。ニンジンの上部が開くと乗り込み口が現れ、そこにその女性は乗り込んだ。そして空中で停止していた巨大ニンジンは吊るしていた二兎を切ったように直下へ落下していった。

 

「私の娘でイタズラするゴミ共は抹殺だ♪」

 

 落下するニンジンは、たっぷり数秒かけて施設へ直撃した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 同時刻。

 施設内を赤いランプが点滅を繰り返し、警告音が忙しく耳を叩く。男女年齢の入り混じった作業員や研究員のような恰好をした人間が逃げ惑う。奇声、怒号、悲鳴。耳障りの悪い声が入り混じり、そこは地獄のような情景だった。

「何事だ!?」

「し、襲撃です!」

「なんだと!?」

「現在、当施設の上空に謎の飛来物体が降下してきています!」

 それはあの女性が乗っているニンジンだった。それは数秒と待たずに施設に直撃し、巨大な風穴と共に容易く侵入して見せた。

 

 人命なぞ知ったことではないと言わんばかりに身勝手に、そして大胆に侵入してきたその女性をみた研究員たちは、あぜんとした表情で硬直した。

「やぁやぁ愚か者諸君共。私のISを返してもらいに来たよ」

 出てきた女性は張り付けた笑顔で目的を言い放ち、施設の床に足を置く。

「し、篠ノ之束!?」

 一人の男が女性の顔を見て声を上げるが、束と呼ばれた女性はその男含め、その場に居る全員を素通りして歩いていく。だが警備員が束を止めようと携帯していた機関銃を構えて塞がり立つ。しかし束を止まることなく進んでいく。

「止まれ、そしてこちらの指示に従ってもら⋯⋯」

 言い終わる手前で束は目の前に居た武装した男二人の首を掴んでそのまま前に押し倒し、首の骨をへし折って動きを止める。更に、加勢で増えた戦闘要員が発砲してきたが、それを難なく避けて見せて全ての武器保持者を屠っていった。

「こんなものかなー。さて、目的の物はこっちかなー」

 特に気に留めることなく、床に散らばる屍の山を放置して目的の部屋。少年が入っていった部屋に行く。

 

 中は蛻の殻で、誰一人としてそこに居る者はいなかった。

「ふん、ここじゃないか」

 歩いてきた方向とは逆を見て、そちらに向かって束は動き出す。

 

 

 

 

 

 同時刻、少年が入っていった部屋では数名の研究者が右往左往していた。

「まだ性能分析すら終わってないんだぞ!」

「しかし、このままでは施設も我々も無事ではすみません!」

「だが⋯⋯!」

 西洋人の男を中心に話し合いが行われ機材を畳むか逃げるかを言い争っていた。そこへ、壁を突き抜けてニンジンがめり込んできた。中からはふざけた格好をした女性こと束が登場する。

「反応的にはここだけど。お、いたいた」

 目の前に立つ異様な存在に畏怖すら覚える研究者たち。そんな彼らの事に見向きもせずに束は部屋の奥、分厚いガラスに分離されている奥の広間へ視線を向ける。

 

 その中には、歪な形のISが佇んでいた。

 

『アァァァ⋯⋯』

 

 そのISは時折痙攣しながら面を上げて、安定しない挙動でこちらを視認すると、倒れそうになる自身の状態に構うことなく突進し、ガラスに衝突して突っかかる。厚さ40cmはありそうな強化ガラスに罅が入るが、割れるまでには至らず、衝撃波が束の髪を揺らす。

「お前、いや君は⋯⋯」

 目の前の化け物に対する呼称を改めて、荒れ狂いながら窓を殴り続ける存在と、部屋に転がっていたコンピューターを拾い上げ、画面に表示されていた情報を交互に見やる。

「そういう事か。⋯⋯チッ、下衆共が」

 小さく毒づいて手に抱えていたコンピューターを投げ捨てて、まだ逃げていなかった西洋人の男の胸倉を掴み上げる。

「おい、アレを()()方法はあるんだろうな」

「う、ぐ⋯⋯ない」

 苦しそうに否定した男を投げようとしたが、その前に男が懐から何かを取り出したのに気がついた。

「なにそれ」

「完全停止は無理だが、これならあのISを抑えることが出来るだろう」

 手渡されたものは、棺に十字架を重ねたようなアクセサリーだった。

「どうか、これを彼に身に付けてやってくれ、もう苦しまなくていいように⋯⋯」

 束は渡された装飾品を眺めて、背後で強化ガラスを叩き続けているISに振り向く。幾度と殴られたガラスが次の一撃でようやく粉砕され、細やかなガラス片が辺りに散らばる。

 

 しかし、お構いなしに束は装飾品を持ったままISに近づき、襲いかかる巨椀を難なくすり抜けて、彼の首もとに装飾品を掛けてやる。

『ガァアアアァァァァァッ!!!!!』

 すると暴れていたISはもがくように頭を抱えてのたうち回り、咆哮を揚げてプツリと沈黙した。一拍子開けてISは光を放ちながら収束し、中から少年が気絶したまま出てきた。

「う、うぅ⋯⋯」

 束は倒れた少年に近寄り、体をゆっくり持ち上げてその顔を見る。

「よいしょ、それじゃあね。愚かな石ころくん」

 束は少年を抱えてニンジンに乗り込み、そのまま施設を後にした。

 しかし軽やかに去っていったが、その横顔には憤慨とも後悔とも言えない相が映っていた。

 

「これで四人目か⋯⋯」

 

 目の前に倒れている少年を見ながら、揺れる機体の中で束はやるせない声で呟いた。

 

「君は、()()()()のかな?」

 

 




 あ、申し遅れましたが屍モドキです。

 そうじゃない。

 原作沿いとは言いましたが原作の共通部分は基本ダイジェストで往こうと思います。


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クラス代表決戦編
二話 少年は学園に入りました ※挿絵あり



【挿絵表示】

主人公 全体図


 桜咲き乱れる春の季節。

 真新しさが垣間見える教室で、一人の男子生徒が突っ伏して項垂れていた。

 

 彼の名は織斑(おりむら) 一夏(いちか)

 なんの変哲もないただの男子高校生、とはいかない。

 目の前、いや左右後方、全方位が女子生徒で埋め尽くされた教室に、彼は男一人席に座っていたのだ。

 

 文字通り注目の的。いや見世物のパンダのそれであった。奇異の視線が多方面から刺さり、首が重くなる一方で上がらない。クラス名簿で見かけた幼馴染であろう人物が座っている方に助けてほしいと言う旨の視線を送ってみるが、一瞥してそっぽを向かれた。

 

「はぁぁ⋯⋯」

 

 どうしてこうなったのか。

 あの時、高校受験の時に『藍越学園』と『IS学園』を間違って受けに行った彼は、間違って資料室に入ってしまい、そこに置かれてあったISに触れた際、何が原因か女性しか使えないというISを起動させてしまった。

 

 その結果、彼は人工島に設置されたISに関する知識や技術を専門に教える学園機関、『IS学園』に急遽進路変更を余儀なくされた。

 それだけにとどまらず世界で初めてISを動かした男として世界中に報道、拡散されてしまった。

 

 一人で考え事、いや境遇の悲観をしていたら教室に一人の女性教員が出席簿を持って入っていきた。

 緑髪をショートボブに切り揃えた、低身長で眼鏡を掛けた女性。

 格好は淡い黄色のワンピースを着ていて、茶の短いブーツを履いている。

 

「皆さん、おはようございます!」

 

「「「⋯⋯⋯⋯」」」

「あ、あはは⋯⋯副担任の山田真耶です。よろしくお願いします⋯⋯」

 

 元気よく挨拶をしたらしいが誰も反応しない。こんな倍率の高い学校なら顔見知りなぞいないのも当たり前だし、みんな緊張して話せないのも頷ける。

 

「うぅ⋯⋯では出席を取ります」

 

 それでもめげずに仕事を始める辺り、教師としてはしっかりしているらしい。

 

 一人ずつ名前を呼ばれていくなか、彼は一人の女子生徒、彼の幼馴染に視線を向けた。

 

 篠ノ之 箒。

 ISを造った天才篠ノ之 束博士の妹で、剣道の全国大会で一位を獲得するほどの剣の腕前の持ち主。

 だが篠ノ之博士がISを造ったせいで政府の保護プログラムとやらにより家族散り散りに、各所を転々と暮らしていたようで、彼女が転校した小学校六年以来連絡が途絶えてしまった。

 

「織斑君」

「⋯⋯」

「お、織斑君」

「⋯⋯⋯」

「織斑君!」

「うぉあ!?」

 

 いつのまにか目の前にいた女性教員に名前を呼ばれ、驚いてしまった。

「はい、なんですか」

「出席ですよ出席。あから始まっておにきて、今は織斑君なんです。自己紹介してください」

「あ、あぁ、すみません」

 返事をされなくて困っていたのか半泣き状態の山田先生に懇願されて席を立つ。

 

 回りの生徒からの視線が集まった。

 学園、いやISが出て以来初めての男とは一体どんな者なんだろうかという期待とプレッシャーの眼差しが一夏を全方位にわたって刺していた。

「えぇと、織斑 一夏です」

 次は何が続くのか。

「以上です!」

 潔い敗北宣言。山田先生含め一夏を除いた教室内の人間がずっこけた。

 

 パァンッ!

 そしてそんな一夏の後頭部に大きめの破裂音と強い衝撃が響いた。

「いってぇ!?」

「自己紹介もまともに出来んのか貴様は」

「げぇ! 関羽!?」

 

 パァンッ!

 また破裂音。

「誰が三国志の英雄の一人だ愚か者」

「なんで千冬姉がここに⋯⋯」

 

 パァンッ!

「公私を弁えろ。織斑先生と呼べ」

「お、織斑先生⋯⋯」

 もはや不憫にすら思える三連続の出席簿アタックに一夏が沈む。

「すまないな山田先生、会議が長引いた」

「織斑先生っ!」

 

 黒髪の凛々しい顔立ちをした女性教員。

 その姿を見た教室内の女子生徒の多数が目を見開く。

 

「聞け諸君。ここはお前たちひよっこを最低限現場で使えるようにするように育てる施設だ。私の言うことは聞け。分かったら返事をしろ分からんでも返事をしろ」

 

 横暴にも程があるとも思える台詞を吐きながら教壇に立ち、目の前の女子生徒+男子一名に向かってそのセリフを言い終わった束の間、教室内から歓声が上がった。

 

「き、きゃぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

「千冬様ぁぁ!!!」

「貴女に憧れてこの学園へ来たんですぅ!」

「調子づかない様に躾けてくださいっ! でもたまにでいいから誉めて!」

 劈くような声が痛む頭に響く。

 後半妙な言葉が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。彼女たちの為にも。

 耳を塞いでも聞こえてくるような嬌声にうんざりする姉こと織斑先生は頭を抑えながらうんざりしていた。

 

「よくもまぁ毎年毎年これだけの馬鹿が集まるものだ⋯⋯私のクラスに集めているのか?」

「あ、あはは⋯⋯慕われているだけでもありがたいですよ」

「それにしても限度があるだろう」

 

 彼女の愚痴にどこか投げやりなフォローをかける山田先生。

 

「君たち、入学して舞い上がるのもいいが、まだ連絡事項は終わっていないぞ。静かにしなさい」

「「「はい!」」」

 

 なんだこの団結力は。

 全員知り合いか何かか。

 一つ小さくため息をついた千冬は教室の扉に向いて呼びかける。

 

「もういいぞ、入ってきなさい」

「はい」

 

 扉の向こうから返事がした。

 全員が其方に向いて誰が居るのかと思考を巡らせる。

 

 入学日から早々に転校生だろうか。

 いくら自由校風が売りのIS学園だろうとそれはアリなのだろうか。

 

 クラス中の視線が集まる中、教室の扉を物々しく開けて登場し人物に、全員の視線が釘付けになって離れなくなった。

 その人物と言うのは途轍もなく幼い少年だった。

 見た目からの年齢で言えば小学生上がるかというぐらいで、決して高校に用があるとは思えない。

 見てくれが幼いだけで、実年齢はもしかしたら同じなのでは、と憶測も立ててみる者もいたが、そんなものは彼の自己紹介によって悉く崩れ去った。

 

「えっと、あの」

「大丈夫ですよ。練習した通りでいいんですよ」

「うん⋯⋯、えー、ぼくの名前は上代(かみしろ) (ゆい)、です。みなさんと一緒におべんきょうはできないけど、ISの授業は一緒にします。えっと、よろしくおねがいします」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げると、制服の下に着ていたパーカーのフードが彼の頭に被さる。

 わたわたと頭を上げながらフードを直す姿はあざといながらも可愛らしい。

 

 しかしそんなことよりも。

 

「せ、先生! なんでこんな男の子がここにいるんですか!?」

「この子もISを動かしたの?」

「でも見た目的に小学生ぐらいなんじゃ」

「お兄さん×ショタ⋯⋯ほほう」

 

 最後の一言が不穏過ぎる。

 姦しい教室の空気に少年は山田先生の後ろに隠れてしまい、山田先生が困ったように少年の背中をさすって宥めている。その様子すら愛らしく、ウサギのような行動に女子生徒の何人かが射止められた。

 

「「はぐぅっ!」」

 

 言葉の絶えない教室の空気に再び頭を痛める織斑先生が手を叩いて注意する。

 それに教室がパタリと静まり、教壇に視線が集まる。

 

「君たち、人の話を聞きなさい。まずこの子についてだが、詳しいことは追々話していく。授業は本人が言った通りウチのクラスのIS実習授業と、一応座学にも出てもらう予定だ。いじめるなよ?」

「「「はい!」」」

 

 元気のよい返事が聞けて満足した織斑先生は首を縦に振り、チャイム鳴ったので一度右傾に利、教師陣は退室していった。

 結と名乗った少年もそれに付いて行き、二人と一人が出ていったと同時に教室はわっ、と騒ぎだした。

 

「ねぇねぇあの子のこと知ってた?」

「知るわけないでしょ!」

「可愛かったなぁ!」

「尊い⋯⋯」

 

 一夏はまたも騒がしくなった教室に耐え切れそうになくなり、幼馴染こと篠ノ之箒のところまで行き、彼女を連れて一度教室を出ることを決めた。

 

「箒、ちょっといいか?」

「お、おい、待て」

 

 そのまま教室の外に連れられ、少し荒れた廊下に二人並んで話をしていた。

 

「よく私だと分かったな、一夏」

「髪、昔のまんまだからな。すぐに分かった」

「っ」

 

 そう言うと彼女はそっぽを向いてしまったが、すぐに顔を向けて最近はどうだったか、とかおばさんは元気か、とか昔話に花を咲かせていた。

 少し話に熱を入れていたら、視界の端で何かがちらつくのに気が付いたので振り返ると、先ほどの少年が曲がり角から首を覗かせているのが見えた。

 

「あっ⋯⋯」

 

 彼はこちらと目が合うと、すぐに首を引っ込めてしまった。

 

「あの子は」

「すまない、私も詳しく分からない」

「そりゃいきなり顔合わせだもんな」

 

 暫くするとまたこちらを覗き、小さな瞳を目一杯広げながら遠慮がちに見ている。

 その状態で動こうともしないので、一夏は極力驚かさないよう気を配りながら少年に声をかけた。

 

「おーい。そんなところ居ないでこっち来いよー」

「っ!」

 声のかかった少年はぴくりと肩を跳ねさせ、おどおどとしながら角から身を出してきて、ゆっくりと近づいてきた。

 

「よう、えーと、上代君だっけ?」

「う、ん」

 

 屈んで目の高さを合わせた一夏の問いに小さく頷き、少し吃りながら「お兄ちゃんたちは?」と訊ねる結に二人とも改めて自己紹介をした。

「俺は一夏、織斑一夏だ。よろしくな」

「私は篠ノ之箒だ」

「うん、はい。よろしく、お願い、します」

 

 結は噛み砕くように口の中で二人の名前を反覆させ、また目線だけ此方に向けて「よろしくおねがいします」とオーバーなお辞儀をする。

 それでまたパーカーのフードが被さるのを見て、一夏は苦笑しながらフードを直してやろうとしたら、結はその手をすかさず払い退けた。

 

「⋯⋯え?」

「や、止めて。これは、触らないで⋯⋯!」

 

 何が起きたのか分からない。目の前の少年は焦点をぶれさせながら荒い呼吸になっていき、顔に汗が垂れていた。

 

 後になって平常心が帰ってきたのか、ハッとした顔をして狼狽えている。 

 

「あ⋯⋯ごめんなさい⋯⋯!」

「え、ま、待って!」

 

 明らかに普通ではない。そう思って落ち着かせようと手を伸ばしたところ、手を見た少年が何かに怯えるように逃げていってしまった。

 

「なんだったのだ、今のは」

「わかんねぇ、けどどこかおかしかった⋯⋯」

 

 怪訝そうに尋ねる箒に、叩かれた手と結が逃げて行った方を交互に見ながら、一夏は静かに答えた。

 

 そうしているとチャイムが鳴り出し、急いで教室に戻る二人だった。

 

 

 

「遅い」

「すみません⋯⋯」

「ごめんなさい⋯⋯」

 教室に戻ったと同時に開けた扉の先に居た織斑先生の出席簿アタックにより、仲良くたんこぶを腫らしてそれぞれの席で小さく丸まる二人を労わるような若しくは憐れむような目で流すクラスメイト達。

 そんな二人の姿には副担任の真耶ですら若干焦っているほどだった。

 

 見渡しても結の姿が無く、山田先生はおろおろと織斑先生と相談していて、織斑先生は小さくため息を着いて大丈夫だ、とか言っていた。

 

 注意も終わり授業に入る。

 IS座学。女子生徒にとっては中学の履修科目でもあるため、今日の内容は半分以上復習なのだが。

「お、織斑君? 何処か分からないところはありますか?」

「全部分かりません」

「へ?」

 教室の後ろで授業風景を眺めていた織斑先生がため息をついていた。

「織斑、入学前に渡した参考書はどうした⋯⋯」

「古い電話帳と間違えて捨てました!」

 

 パァァァンッ!

 

 本日五度目の出席簿アタックにより顔面から机に落下する。

「必読と書いてあっただろう⋯⋯再発行してやるから一週間で暗記しろ」

「いや、あの量を一週間でと言うのは無理が」

「やれ」

「はい」

 拒否権など端から無かった。

 

 一夏の知識以外は滞りなく授業が進み、授業終了の鐘が鳴る。

 教材を纏めた山田先生が早足で退出し、それに続いて織斑先生も追うように教室をでた。

 

 教師が居なくなったことによって教室内の緊張感が崩れ、皆々それぞれの行動に移る。

 

 一夏は疲労感により机に突っ伏していると、一人の女子生徒が一夏の机の前にやってきた。

 

「少しよろしくて?」

「ん?」

 

 見上げるとブロンドを伸ばし、揉み上げを縦ロールに巻いたこれ見よがしにお嬢様然とした生徒が立っていた。フリルのあしらわれた制服を着こなしている様は顔立ちからしても英国貴族と言わんばかりだった。

 

「まぁ! なんですのその口の聞き方は!」

「いやだって、俺君のこと知らないし」

 

 それを聞いた目の前の金髪少女は金魚のように口をパクパク開いて仰天していた。

 

「この、このわたくしを、セシリア・オルコットを知らないと……!?」

「どちら様で」

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!」

 

 胸をそらし、手を腰にあてがいもう片方の手を胸元に添えて高らかに名乗った少女をあまり興味のない目で見る一夏。

 

「なぁ、一ついいか?」

「あら、何でしょう? いくら私とも言えども凡人の質問には答えますわよ」

 ふふんと得意気に戻るセシリアと名乗る少女に一夏は素朴に質問を繰り出す。

 

「代表候補生ってなんだ?」

 その質問にクラスの大半がずっこけた。

 勿論目の前の金髪少女もこけた。

 

「一夏、代表候補生と言うのは各国代表のISパイロットの候補になっている者の呼び名だ。文字からしてわかるだろう」

「あぁ、そうか」

 これには流石の箒も会話に入らざるを得ないと思い、解説をしてやる。

 

「あ、あなた、馬鹿にしてますの?」

「いやぁ、予備知識無いもんだから」

 ため息を吐く金髪少女は崩れそうになる表情筋を絞めて、また毅然とした態度を示しながら一夏に対して得意気に語る。

「まぁ私もそこまで鬼ではありませんし? 貴方がどうしてもと仰るならこの、私が教授してあげてもよろしくてよ?」

「いや、断る」

 

 その言葉に訳が分からないと言葉を失うセシリア。対して一夏はそれまでの緩んだ顔から一転して、真っ直ぐな瞳をセシリアに向けていた。

「何故ですの!?」

「俺はあんたみたいな奴が好かなくてね。悪いが断らせていただく」

「っ⋯⋯あとで泣いて謝っても知りませんわよ!」

 続けて何か言おうとしたらしいが、生憎チャイムが鳴り会話は中断。セシリアは「覚えてらっしゃい!」と捨て台詞を吐いて退散していった。

 

 数分と経たず教室のドアが開けられ、織斑先生と山田先生に手を握って連れられた結が申し訳なさそうに入ってきた。

 

「よし、全員いるな。早速だがこれよりこのクラスの代表を決める。自薦他薦は問わない。やりたいものは申し出ろ。因みに拒否権はない」

 

 大雑把な提案と説明に暫し押し黙る生徒たち。

 学級委員など普通の学校では面倒事を押し付けられるような立場に普通は成りたいとは思わないが、このISではそうとは限らない。らしい。

 

「はい! 織斑君を推薦します!」

「えっ!?」

「私も~」

「じゃあ私も推薦しまーす」

 

 一人の推薦を皮切りに何人もが一夏を推してきた。

 それが気に食わなかったのか、セシリアが机を叩きながら声を荒げて立ち上がる。

 それに結は肩を跳ねさせて縮こまっていた。

 

「ちょっと待ちなさい! 何故この私ではなくIS操縦の経験のない男が推薦されますの!?」

 その言葉に皆が黙り、彼女の鬱憤は続けられる。

 

「私はISのパイロットとしてわざわざこんな極東まで足を運んだと言うのに、それなのにこんな極東の島国の猿と一緒にされては困りますわ!」

 そこまで言われて頭にきた一夏。思わず立ち上がって同じように言葉を返す。

 

「イギリスだって島国だろ。馬鹿舌提げていいご身分だな」

「なっ⋯⋯あなた、私の祖国を侮辱しますの!?」

「先に言ったのはそっちだろ!」

 

 一夏のその言葉に一瞬押し黙ったセシリアは、一夏を指差し高らかに戦布告を言い渡す。

 

「決闘ですわ!」

「あぁいいぜ、その方が分かりやすい」

 

 続いてセシリアは結のを指差し半ばやけくそに言い放った。

「アナタもですわ! アナタも私と戦いなさい!」

「えっ」

 

 教室の一番後ろ。子供が座るには些か大きすぎる椅子の上で着かない足をぷらぷらと泳がしていた結が、突然言われて何のことかと頭をあげ、きょろきょろ見回して立っていた二人に視線を向ける。

 

「な、何?」

「アナタ何も聞いてませんでしたの!?」

「だって、ぼく関係ないと思って⋯⋯」

 その言葉に呆れかえってぶつぶつと「男って⋯⋯男って⋯⋯」と何かを愚痴っていたセシリアは端的に結に説明してやり、若干怯えつつもこくりと首を縦に振った結を見て、ようやく満足したのか疲れたため息を吐き出すセシリアだった。

 

 その様子を見守っていた織斑先生は手を叩いて立ち上がり、意見をまとめる。

「よし、学級委員決定ISの模擬戦闘で決定することで決まりだ。異論はないな」

 その言葉でその場は収束し、剣呑な空気を醸し出す二人は静かに座り、結は未だ状況が飲み込み切れずおろおろしていた。

 

「なんなんだろう?」

「気にしなくても⋯⋯いや、少し気に留めておきましょうね~」

 

 どんな言葉を掛けるべきか迷う真耶だった。



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三話 少年は地下に住む

 剣呑な空気を帯びた教室にて、授業を終え各々は生徒寮の自室に戻っていったり部活に精を出していたりとそれぞれの時間を過ごしいている中、一夏は教室に残っていた。

 

 時刻としては夕陽が傾いて教室の窓から多少は和らいだかと思う眩しい日差しが差すほど。

 件の生徒寮については部屋が割り振られていないので当分は自宅から通学と、先日実の姉から電話越しに言われたばかりなので、今は本土とこの人工島を繋ぐモノレール待ちの時間でもあった。

 

 その間、一夏は今日あった出来事を思い返していた。

 

 入学によるプレッシャーと奇異の目。

 セシリアとの言い合い。

 

 そして上代 結と言う少年。

 

 特注であろう小さなIS学園指定の制服の下にパーカーを着ていた彼は、そのフードに触られるのを極端に嫌っていた。それはもう精神が不安定になるほどに。そんな彼がどうしてこの島に居るのか。

 

 理由はもちろん分かってはいるが、何故自分のように公に公表されていないのかが不思議だった。

 

 このクラスの全員が驚いていたし、皆初耳だと言わんばかりに噂話が絶えなかった。

 姦しいとはこのことかと一夏もうんざりしながら時間が過ぎるのをまっていた。

 

 暫く静かな教室に佇んでいると、突然教室の扉がひとりでに開いた。否、開けたのは結だったようで、机の影に隠れて見えなかったようだ。

 

「お兄ちゃん?」

「結くん、どうした?」

 

 一夏が居ることが予想外だったのか少し驚いたように目を見開いていた彼は、ふと何か思い出したように小走りに近づいてきて、一夏の目の前までくると突然頭を下げだした。

 

「な、何だよ急に」

「ごめんなさい」

「え?」

 

 突拍子もなく謝られたことになんの事かと考えたが、それが今朝の出来事かと考えると合点がいった。

 

「朝、お兄ちゃんの手、叩いちゃったから……」

「あぁ、あれはいいんだ。俺も何も言わずに触ろうとしたのがいけなかったんだしさ」

 

 ばつが悪そうに眉を下げる少年を見て慌てたように取り繕う一夏。

 どうにか慰めようと頭でも撫でてみるかと思い、手を差し出したら結は一瞬手を見て瞳孔を開いて硬直したが、優しく頭に載せられると何事のないかのように撫でられていた。

 

「ん⋯⋯」

 

 一度撫でられれば先ほどのような警戒心は多少なり薄れ、気持ちよさそうに目を細めて身を委ねてくる。

 

 少しの間そうやって結を撫でていると、また突然扉が開かれ、今度は慌てた様子で山田先生が入ってきた。

 

「よ、良かった、まだいましたね⋯⋯」

「山田先生? どうしたんですか?」

 

 息を切らした彼女はふらふらと近くまで来てずずいと鍵を渡してきたので立ち上がって話を聞く。

 

「織斑君の、部屋割り、決まりましたぁ~⋯⋯」

「え、でも当分は自宅から通学って言われていたし、着替えも」

「それは私が準備しておいた」

 

 声のした方を見ると扉にもたれかかる織斑先生が大きなショルダーバッグを背負って立っていた。

 

「織斑先生!」

「千冬姉」

「織斑先生と……まぁいいだろう」

 

 千冬は大きなバッグを一夏に渡してやる。

 

「数日分の着替えと充電器を入れてある。それだけあれば充分だろう」

「いや、まぁ、そうだけど」

 

 大雑把な内容物にげんなりとするが、それだけあれば事足りると言うのも間違ってはいないので何も言えない。

 

「それと、参考書は発行申請してあるから、届いたら一週間で暗記しろ」

「え、いやでもあの本電話帳並みに分厚いんだけど」

「やれ」

「はい」

 

 有無を言わせてくれないが、これも捨ててしまった自分が悪いと無理やり飲み込んで了承する。

 若干落胆しながらも少年を引き連れて渡された番号の部屋に行こうと少年の手を握って教室を出る。

 

「結、行こうぜ。一緒の部屋だろ?」

「ちがうよ」

「え? いやでも男は俺達二人だけだし、部屋割りとしては俺らが同じ部屋じゃないのか?」

 

 それでも首を横に振る結に首を傾げる一夏だったが、それならば実際に見て確かめた方が早いと思い、生徒寮に向かった。結もなんだかんだと付いてきてくれたので少しばかり心強い一夏だった。

 

 

 生徒寮に向かう途中、一夏と結は短い会話をしていた。

 

「なぁ結、結はいつからこの学園にいるんだ?」

「⋯⋯よく分かんない。けど、半年ぐらいいる」

 

 一夏の質問に曖昧な返答をする結。

 そして無言のまま握っている一夏の手に少しだけ力を籠める。

 その目はどこか遠くを見ているようで、何だか話しかけづらかった。

 

「また今度、話すね」

「あ、あぁ」

 

 一夏はそれ以上何も聞くことが出来なかった。

 

 

「それじゃあ、ぼくはこっちだから」

 

 そう言いながら結はそれまでずっと繋いでいた一夏の手を放し、くるりと背を向ける。

 

「ばいばい」

「お、おお。じゃ、また明日な」

「うん」

 

 少し離れて手を振ってきた結に、ギクシャクしながらも振り返す一夏。

 寮の外は既に薄暗い。闇色に染まっていく外の空気に、結が飲み込まれてしまいそうだと思うほど、少年の輪郭は薄かった。

 

 

 

 

 静かに続いた会話は終わり、いつの間にか目的の部屋まで来ていた。

 ナンバープレートに書かれている番号と入り口の上に掛けられている札を交互に見て間違いないことを確認し、鍵が掛かっていないのも確認したうえで一夏も室にドアを開けた。

 

「あぁ、お前が今度の同居人か。よろしくたの⋯⋯一夏!?」

「は、箒!?」

 

 部屋に居たのは濡れた身体を拭いている同じクラスになった幼馴染の箒だった。

 

「何故お前がここにいる!」

「いや、俺も一人部屋かと思ってて!」

「一先ず出ていけぇええ!」

「うわぁぁぁあああ!!?」

 

 あまりの状況に困惑しながらも部屋から叩き出され、理不尽と思いながら一夏は何処にもいない誰かを呪った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 日も暮れて辺りは殆ど夜となりつつある道を、宛もないようにふらふらと進む結。

 その足取りは確かではないものの、道に迷うような素振りはなく、目的地はあるようだった。

 

 たどり着いたのはアリーナ。

 の、裏手。

 扉を開けて中に入り、狭い通路を進むと下へと続く階段があった。足元を照らす小さな照明の連なっているその道を、結は躓くこともなく、慣れた足取りで降りていく。

 

 その先にあったのは、行き止まりの通路の右側にある簡素な扉。

 結は少し背伸びをしながらそのドアノブに手をかけてドアを開く。

 

 

「はぁ~いおかえりなさ~い!」

 

 

 ブチッ。

 

 キュインキュインキュインキュインキュインキュイン。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って!?」

 

 結は目の前の不審者を視認するなり何処からともなく取り出した防犯ブザーの栓を躊躇い無く引き抜いた。

 

 不審者は予想外の反応に驚いて、押さえ込むような形で飛び付き、防犯ブザーに栓を填めさせて話を聞いてもらえるように取り繕い始めた。

 

「ねぇ、あまりに躊躇い無さすぎじゃない? お姉さん驚いちゃった☆」

 

 誰も居るはずがないのに、扉を開けて出迎えてきたのは水色の髪をショートに切り揃えたつり目の少女だった。

 

「不審者は通報しなさいって、先生が言ってたから」

「確かに私が悪いんだけどね。もう少し驚いてくれても良かったかなってお姉さん思うな~」

 

 結はまた無言で防犯ブザーに手を掛けようとしたので、今度は引き抜かせる前に少女は結からブザーを奪い取った。

 

「お願いだからお話しましょ? お姉さん悪い人じゃないよ!」

「勝手に人の部屋に入るのは悪いことじゃないの?」

「そうだけども!」

 

 子供には似つかわしくない淡々とした様子に気圧されながらも、少女はこほんと息を整えて佇まいを直す。

 

「まずははじめまして。私は更識楯無、この学園の現生徒会長よ」

「嘘は吐いちゃいけないて、先生が言ってた」

「本当なんだけどな~……」

 

 信用こそしてないが、警戒はずっと続けている結は、少女に質問をする。

 

「ぼくに何かようですか?」

 

 結の質問に楯無はやっと話に入れると内心安堵しつつ、後ろ手で自然に取り出した扇子を小気味良い音を発てながら開き、口許を隠す。

 

「そう、それなんだけどね。あなたの事を少しばかり視察しに来たの」

 

 そう言いながら扇子をひっくり返す。

 そこには『戒心』と書かれていた。

 

「あなたがここに居るのは前から知っていたのだけれど、あまり表立って動けなかったのよね。けれどこうして生徒会長の座に就いたことによって、何をしても怒られない☆」

「……」

 

 飄々とした態度に嫌気が差すのか、眉間に小さな皺を寄せる結に苦笑いを浮かべる楯無。

 

 しかしそれでも立場上上に居ることは変わらない。それをなんとなく察した結は上着を脱ぎ捨てて上裸になり、襟足をかきあげて項についたそれを見せつける。

 

「お姉さんが見たいのはこれ?」

「話が早くて助かるわん」

 

 軽い口調であるものの、その声音は真面目なものに変わった。

 

「これ、触ってみてもいいかしら?」

「勝手にしてよ」

「それじゃあ遠慮無く」

 

 楯無は結の後ろに屈んで、項から肩の間にかけて生えているそれに触れる。

 

 子供の柔肌に包まれた背骨に紛れて、入れ替わるようにそこだけ突き出ている機械部品。背骨らしく節が出ているが、骨を模した無機物が背中から生えていると言うのは異質なものがあった。

 

 よく見れば無機物と肌の境目には小さな切傷が無数に刻まれており、当たり前だがこれが後天的に付けられた物だと言うことを訴えかけてきた。

 

「痛々しいわね」

「もう慣れたから」

「そう……」

 

 諦めたような結の声に、楯無は無力感に苛まれた。

 もういいかと結が聞いてきたので楯無は軽い笑顔を浮かべて背中から手を離し、もういいわよ。と直る。

 

()()I()S()にはどんな能力があるのかしら?」

「知らない。これが動いてるときは起きてないから」

「そう、分かったわ。ありがとう」

 

 そそくさとシャツを羽織って楯無に向き直る。

 すると楯無は『完了』と書かれた扇子を開いた。

 いつの間に変えたのか。

 

「もし何かあれば私にも教えてね。出来る限りの力になるわ」

「通報していいですか」

「まだ信用されてない!?」

 

 結の変わらない態度に不貞腐れながら部屋を出ようとする楯無だったが、振り向いた先には織斑先生が仁王立ちで立っていた。

 

 楯無は冷や汗を滴ながら、なんとか薄ら笑いを浮かべ扇子で口元を隠しながら目の前の修羅に訊いた。

 

「あら織斑先生。どうかなさいましたか?」

「いや楯無。どうやら不審者が出たという通報があってな。何か知らないか?」

「い、いえ。何も存じませんわ。それでは私はこれで……」

「まぁ待て」

 

 愛想笑いを立てて立ち去ろうとした楯無の首根っこを掴み、引っ張り戻す織斑先生。

 

「良いことを教えてやろう楯無。あの防犯ブザーにはGPS等が備わっていてな。あれの栓が抜かれたら私の持っている端末に通知が来るようになっている」

「そ、そうなんですか~」

 

 耳元で囁くように告げられたその情報に、更に顔を青くさせる楯無だったが、千冬は気に止めず結に不審者についての情報を訊いた。

 

「上代、それを鳴らしたようだが不審な人物等は居なかったか」

 

 千冬の言葉に結は眉一つ動かすこと無く楯無を指差した。

 

「先生が掴んでるその人です」

「そうか、分かった。後は任せなさい」

 

 有無を言わさず織斑先生は楯無を引っ張りながら部屋を出ていった。

 楯無は必死に抵抗するもすかさずアイアンクローが頭部を掴みあげ、ずるずると引き摺られる。

 

「あ、あの、織斑先生!? 違います。誤解なんです~~~!!」

 

 悲痛な叫びがアリーナの地下に響いた。



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四話 少年の記憶

 主人公が全く出てこないけど主人公です。



 ※一部修正しました。




 金属フレームが剥き出しになっている十畳ほどの部屋の中で、簡素なベッドの上に寝そべる小さな人影が起き上がる。

 

「⋯⋯」

 

 何も言わずベッドから這い上がり、部屋の隅に置かれたボストンバックからスポーツドリンクと健康食品ブロック、サプリメントを手短に平らげ、部屋の入口向かい側の壁に設置された洗面台で歯を磨き、顔を洗い、寝癖を整える。

 

「⋯⋯今日は静かだね」

 

 そう呟きながら背中の機械部品の背骨を撫でる。

 何も言わないそのパーツは不規則に緑の点滅をするだけだが、結にとって今は静からしい。

 

 冷たいタイルの上にそれまで着ていた診察服が無造作に落とされ、別のバッグにしまわれているパーカーと制服を手早く着込んで部屋を出る。

 

 一応の施錠はするが、ここに来る人間は合鍵を持っている教師だったりつい先日不法侵入に勤しんでいた珍妙な格好をした自称生徒会長だったりと、本当に今やっていることに意味があるのか疑問が残るが、せめてもの意思表示であると決めつけて鍵を閉める。

 

「いってきます」

 

 扉に向かってその一言を発し、結はアリーナの地下から戸を開けて外に出て、教棟に向かい小さな歩幅で進んでいく。

 

 

 ◇

 

 

 一年一組教室。

 

 顔のあたりにある取っ手を掴んでもぞもぞと扉を開けるとまだ誰も来ていないらしく、教室内は朝の冷気と静寂に包まれていた。

 

「おはようございます⋯⋯」

 

 ふと壁にかかっている時計を見ればまだ六時を過ぎたばかり。

 何もすることがない。いや、せめて予習でもしておこうか。

 部屋の後ろにある自分用に調整された机に着き、背負ってきた鞄から分厚い教本を引き摺り出して項を捲っていく。

 

 操縦については知っていることばかり。模範的な内容に飽き飽きするが、時折記載されている注意事項やら禁止行為等に目を通し、わからないところに付箋をつけたり線を引いたりしていく。

 

 

 

 そうこうしていたら幾分か時間が経ったようで、クラスメイトの女子生徒が教室に入ってきた。

 

「おはよーございまーす。て、誰もいな⋯⋯いたぁ!?」

「おはよう、ございます」

 

 朝から元気な女の子に結は吃りつつもきちんと返事を返す。

 

「昨日の、男の子、結くん。おはよう!」

「んん……」

 

 女子生徒は昨日の朝の出来事を思いだし、結の頭を撫でてやる。

 気恥ずかしいのか慣れてないのか、撫で終わると結は本を被って机に突っ伏す。その姿が妙に愛らしくて女子生徒は思わず破顔してしまう。

 

 何この可愛い生き物は!? 可愛いよう!

 

 朝だからだろうか、頭の調子が少しおかしい女子生徒だった。

 もう少しじゃれていたいがそうは時間が許さない。

 その女子生徒は換気や日誌の準備をしなくてはならないと早足に教室内を巡っていった。

 

「結くん、また構ってね!」

「うん」

 

 撫でられた頭に手をあてがい、まだ頭頂部に残る掌の暖かさを再確認し、呆けていた思考に喝を入れるように頭を振ってまた予習に勤しむ結。

 

 時間は流れてようやくHRの時間まであと10分も無いかという頃に、一夏と箒が滑り込みで入室した。

 

「せ、セーフ!」

「ハァッ、ハァッ……」

 

 急いで来たのか息が荒い。

 そんな二人の後ろに織斑先生が立っていた。

 

「いつまでそこに立ち尽くしている。早く席に着け」

「「は、はい!」」

 

 鐘がなり、学校が始まった。

 

 

 

 高校生の五教科には出席しないが、IS専門授業には参加する。それが結がクラスに居る時間だ。

 それ以外の時間は別室で小学生向けの就学カリキュラムを進めている。

 

 それ以外はアリーナ地下の自室から殆ど出ようとしない。

 

 人との関わりを避けて一人で過ごすことが多い結にとって、人の多いクラスの中は新鮮の一言だった。

 

 

 授業が終わっての休憩時間。

 専門科目は連続授業なので教室の隅の机で教本を捲って居ると、一夏が話しかけてきた。

 

「お、おはよう。結」

「あ……おはよう、一夏お兄ちゃん」

 

 机の近くまで来た一夏は若干躊躇い勝ちだったが、返事を受け取ると何処かほっとした様子で会話を切り出してくる。

 

「なぁ、結はISの授業の内容、わかるのか?」

「なんとなくは、うん」

「そっかー……わかるのか……」

 

 肩を落として落胆している一夏に戸惑いの目を向ける結を思ってか、少し面倒くさそうな顔をした箒が一夏の回収にきた。

 

「おはよう、上代。一夏がすまない。コイツは今の授業について行けていない上、後の決闘も相まって焦っているのだ。許してやってくれ」

「うん、いいんだけど」

 

 自分の机の縁に手をかけてあからさまに項垂れている歳上になんと声を掛けてやればいいのか悩むが、昨日顔を会わせた女子生徒に首根っこを掴まれて席に戻される姿はあまりに居たたまれなかった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ん?」

「なんだ、結?」

 

 流石に気が引けた結は思わず声をかけ、二人は立ち止まって足を止めた。

 

「良かったら、ぼくも色々、教えるよ……?」

「ほ、本当か結!?」

「わっ」

 

 藁にもすがりつく思いで結に飛びつく一夏。

 教えを請う相手には例え年下だろうと貴賎なく敬意を払えと教えられた一夏は自分よりも随分と小さい教え手に心からの感謝を送る。

 

「ありがとう結……お前が居てくれて本当に心強いぜ!」

「いいよ、一夏お兄ちゃん」

 

 一夏は結の頭を撫でてやると結はくすぐったそうに目を細める。

 

 その様子を一定距離を保って観察していたクラスメイトの淑女達は爛々とそのぎらついた眼を輝かせていた。

 

「む、一夏。そろそろ授業が始まる。早いところ席に着かねばまた織斑先生に怒られる」

「そりゃいけね、じゃあな結。また後でな!」

 

 視線に気付いた箒は一夏を連れて自分達の席に戻っていった。

 

 

 ◇

 

 

 その後、本日の専門科目は終了して結が退室、通常科目の授業を挟んで昼休みになった。

 生徒は皆それぞれの時間を過ごし、教室で駄弁る者、食堂に赴く者、部活や委員の仕事に励む者など様々だった。

 

 一夏と箒は食堂に向かい、昼食を取っていた。

 

「なぁ箒。結見なかったか?」

「いや、午前の授業が終わってからは一度も目にしていないが、それがどうした?」

「あの年なら食べ盛りだと思うし、ここに来ると思ったんだけどな……」

 

 学年問わず沢山の女子生徒で賑わう食堂を見回して一夏はそう呟く。

 暫く二人で話ながら昼食に手を着けていると、突然二人の生徒が話しかけてきた。

 

「ねぇ、君が織斑君だよね」

「はい、えっと、二年の先輩ですか?」

 

 胸元のリボンの色が緑なので自分より上の学年だと知る。そんな名前の知らない二人が自分に何の用だろうか。

 

「男でIS動かしたって言っても分からないこと多いでしょ? 良かったら私たちが教えてあげようか?」

 

 思わぬ申し出に驚くが、先輩から手解きしてもらえるなら願ったり叶ったりと承諾しようとしたら、箒が割って入ってきた。

 

「結構です。私が教えることになっていますので」

「でも貴女も一年でしょ? それなら私達の方が……」

「私は、篠ノ之束の妹ですので……」

 

 その言葉を聞いた先輩方は急に態度を改めて身を引く。

 

「篠ノ之束、てあの……?」

「そ、それなら私達はいらないね」

「え、あの!?」

 

 そそくさと去っていった二人の背中を見送って一夏は幼馴染みに問いただす。

 

「なんで断ったんだよ」

「言っただろう!私が指導してやる」

「と言ってもお前ISどれぐらい乗ってたんだ?」

 

 ISはその操縦時間に比例して操作に順応していくと言われている。

 教えるとなればそれなりに操縦技術が高くないといけないのだが。

 

「……」

「なんでそっぽ向くんだよ」

 

 何故か居心地悪そうにしている目の前の幼馴染に敬遠の眼差しを向ける一夏。それに抵抗したいのか箒は言い訳を吐き出す。

 

「仕方ないだろう! 私は保護プログラムであちこち転校していたのだ。そんなまとまった時間などあるわけがないだろう」

「それはそうだが、じゃあ断らなくても良かったんじゃ」

「⋯⋯この朴念仁め」

 

 小さく呟かれたその非難は誰の耳にも入ることは無かった。 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 頭を撫でられた。

 それはこの島に来てから先生方や今朝のクラスメイト達のように撫でられることは多々あったので、珍しくもなかった。

 しかし問題はそれではない。

 誰に撫でられたか。

 

 織斑一夏。

 

 彼に触れてもらった時、頭に電流が走ったような感覚が横切っていった。

 

 初めて会ったばかりなのに懐かしい感じがした。

 今まで何度となく触れ合った彼らと同じ感じ。

 一緒に過ごし、励まし慰め合った彼らの匂い。

 

 鉄と油に塗れた匂い。

 

「ッ⋯⋯」

 

 どす黒い記憶が四肢に絡まり耳もとで囁いてくる。

 「なんで?」「どうして?」「信じていたのに」そんな彼らの悲鳴が、身も下ですすり泣いている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯」

 

 見えない誰かに謝罪を送るが、誰もそれを受け取らない。

 張り付いた亡霊達はただ苦しませることが目的とでも言いたげに、結にしがみついていた。

 

 




 次回特訓その次ようやくIS登場、だと思います。
 では。


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五話 少年と特訓

 書いちゃった。
 

 追記:誤字修正ありがとうございます。

    


 昼食が終わり、結に会う時間の話をしていないことに気がついた一夏は結を探しに学園内を歩いていた。

 

「結のやつ、何処にいるんだ? ん、あれは……」

 

 見掛けたのは副担任の山田先生。出席簿やら教材やらを抱えて曲がり角から歩いて出てきた。

 

 一夏は手を振って駆け寄り結の居場所が分からないかと訊ねてみる。

 

「はぁ、結ちゃ、結君ですか……ごめんなさい、私にも分からないんです。この時間はよくあちこち歩き回ってるので見つけるのは一苦労ですよ」

「そうなんですか……じゃあ結の部屋は分かりますか? 生徒寮に行かなかったので場所が分かんなくって」

「あの子の部屋はアリーナの裏口から入って奥の所にありますよ」

 

 垂れ下がった眉をいつもの山なりに戻した山田先生はそう答えた。

 その答えに今度は一夏が首を傾げる。

 

「なんでそんな所に?」

「あの子についてはまだ分からない事が多すぎて教えようにも教えられないんです」

「なるほど……ありがとうごさいます、山田先生」

 

 話を聞いて去ろうとする二人を真耶は呼び止める。

 

「用事があるなら伝えておきますよ」

「それでは放課後、道場に来るよう伝えてもらえますか?」

「なんで道場なんだよ箒」

「お前の力量を視るためだ」

「わかりました。そう伝えておきますね」

「それではお願いします。一夏、もうすぐ昼休みも終わる。急ぐぞ」

「あ、おい! じゃあ、お願いしますね山田先生!」

 

 時間的に諦めたのか教室に戻る二人を見送りながら山田先生は手を振り、彼らが見えなくなったころに愛想笑いを曇らせる。

 

「本当に、なんであんなにも小さな子にあんなことをしたのか。分からないです……」

 

 山田先生は別教室に向かうと、既に着席していた結を見て朗らかな笑顔を浮かべる。扉が開いた音に気付いて伏せていた顔を上げた結は瞳に微かな光を戻して真耶を見た。

 

「結ちゃんこんにちは」

「こんにちは」

「早速午後の授業に入りましょうね」

「ん、はい」

 

 

 ◇

 

 

 授業終わり、真耶は結に一夏と箒が道場に来るように言っていたと伝えると、結は思い出したようにあっと口を開き、了承して教室を出る。

 

「ありがとうございます、山田先生。ちょっと行ってきます」

「はい、気を付けてくださいね」

 

 背負えるように改造された手提げ鞄を背負い、道場に向かって軽く走る少年を見送る。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 道場。

 

 板張りの室内で、竹刀の弾けるような音が響く。

 中にいるのは二人、雪崩れるような攻めの連打を打つのが箒で、それを捌くもいなしきれず、されるがままになり、肩で息をするのが一夏。

 

 やがて一夏はしりもちをついて倒れ、箒は面を取って一夏に詰め寄る。

 

「何故だ一夏! 何故そんなにも弱くなった!」

「なんでって、そりゃまぁ中学三年間帰宅部だったしな」

 

 箒は拳を震わせ再度激昂する。

 

「私が鍛え直してやる! IS以前の問題だぞ一夏!」

「いや、ISは乗らないと駄目なんじゃないのか?」

 

「何やってるの?」

 

「うわぁ!?」

「なっ、なんだ、上代か」

 

 いつの間にか道場に来ていた少年は二人の横で様子を見守っていた。

 

「いやなに、一夏が昔より弱くなっていたのでな。鍛え直してやろうと」

「だからっていきなり本気でやることもないだろうに……」

「うるさい」

 

 結は真反対な状態の二人と、彼らの手に握られている竹刀に目を向けたあと、一夏に近付いて竹刀をねだる。

 

「お兄ちゃん。それ貸して」

「いいけど、結にはちょっと重いと思うけど」

「ちょっとだけ、ね?」

 

 一夏は訝しげに少年に竹刀を渡し、壁に寄る。

 結は一夏から受け取った竹刀を握ったり振ったりしてその勝手を探り、箒の前に向かって竹刀を構える。

 

 しかしその持ち方は独特で、柄と鶴を持ち、剣先を上に向けて構える。彼の背丈と変わらないくらいの竹刀は、剣と言うよりも盾のように見えた。

 

「一応聞いておくが、手加減はいるか?」

「いらない」

「そうか……なら全力で往くぞ!」

「おい箒、それは」

 

 一夏が何か言いかけたが、箒は不完全燃焼も相まっておののく速度で結に向かって打つ。

 しなった竹の破裂音が響く。

 箒の一撃を、結は一歩も動かず、手に持った竹刀を上に掲げて防いだ。

 

「ほう。反応は速いな」

「まだはやくない」

「言ったな!」

 

 それからも箒からの連撃が結に向かって放たれるが、結は目を見開き、全てを捉えて捌ききる。

 一発一発が重く、響くような衝撃があの小さな体に走ると考えると、一体どうやっていなしているのかが気になる。

 

 そうしていると、箒の上段を結は竹刀を斜めにずらし、軌道を逸らしてそのまま弾く。

 

「何っ!?」

 

 逸れて畳に着いた剣先を、結はすかさず踏みつけて自分の持っている竹刀の物打ちを箒の胴体に当てる。

 

 勢いこそあったがやはり身の丈にあっていなかったのか半ば得物に振り回されていたようで、威力は蚊に刺された程度だったのか、箒は痛がりもしなかった。

 

「う、これで良かった?」

「すげぇ、どうなってんだよ結!」

 

 ポカンと呆ける箒を余所に、一夏は結を抱えてはしゃぐ。結は気恥ずかしそうに顔を赤らめてされるがまま胴上げを受けるが浮かれた二人を箒が止めに入り、話し合いになる。

 

「上代、お前は何か武術の稽古をしていたのか?」

「……まぁ、たぶん」

 

 何処か端切れの悪い回答をする少年を不思議そうに見るが、昨日の事もありあまり触れなかった。

 

「けど、これとISに何か関係あるのか?」

「ある、と思うよ」

 

 結は竹刀を置いて一夏の前に座る。

 

「ISていっぱいわかんない事があるし、人の体に付いてないものだってあるけど、どうやって動かしてるかって言うのは腕を動かすのと変わらないんだよ」

「つまり?」

「お兄ちゃんは自分の体がどういうふうに作られてて、何がどうして自由に動かせてるか全部わかってて動かしてる?」

「そんなことを考えたことないな……」

 

 小さな口から垂れ流される哲学的な話にギャップと頭痛を覚えだした一夏は話に食らい付くので手一杯だった。

 

「だよね。それでいいんだよ」

「は?」

 

 まさかの肯定に間抜けな返事をしてしまった。

 それでいいとはどういうことなのか、言葉を探して質問しようとしたらその前に結が説明しだす。

 

「ISは人の体の動きに合わせて動くようになってるの。だから機械が動くのを意識しなくても腕を動かしたらISの腕も動くし、足を上げたらISの足も上がる」

 

 結の説明に一夏だけでなく、いつの間にか一夏の隣に座って結の話を聞いていた箒も関心を持って聞いていた。

 

「でも、それじゃあスラスターはどうなるんだ?」

 

 一夏の質問に結が少し顔をしかめて答える。

 

「そこが問題、なんだけど、人はもともと飛べないから別のイメージを持たないといけないの」

「例えば?」

「飛行機。あとは魚みたいな泳ぐ生き物とか、かな」

 

 腕を組み、上を見上げて想像してみる。

 翼を持ち、タービンを回し動力を得た巨大な鉄で出来た鳥のような塊が空を飛ぶ光景。

 それと魚類が海の中を自由に泳ぎ回る姿。

 

「うぅ~ん……なんとなく、わからんでもない……」

「結局動くのは自分だからね。色々やってみるのがいいと思う」

「そっか、分かった。ありがとな結!」

 

 そう言うと一夏は竹刀を掴んで立ち上がり、箒に頭を下げて稽古の続きを乞う。

 

「イメージが大事なら剣の感覚を取り戻さないとな。箒、頼む!」

「元よりそのつもりだ。覚悟しておけ一夏!」

「おう!」

 

 互いに構え、また打ち合う。

 その後も、一夏は剣道の稽古に加え結からISの操作について教わりながら決闘に向けて猛特訓を重ねた。

 

 

 

 

 

 そして、遂に迎えたセシリアとの決闘当日。

 

「なんだかんだ言いながらずっと竹刀振ってただけなんだけどさ、大丈夫だと思うか?」

「……」

「こっちを見ろよ」

 

 アリーナ待機室の壁に背を預けて並ぶ二人。

 

 なんと声をかけたらいいのか分からなくなった箒は逃げの一択だった。

 剣呑な空気の二人に結は少し離れたところでおろおろしていたが、真耶が慌てながら部屋に入ってきた。

 

「織斑君~! 届きました! 織斑君のISが届きましたよ~!」

 

 ようやく到着した一夏専用のIS。

 皆ついて行き、IS用ハンガーにかけられた、くすんだ白色をした機体を見上げる。

 

「これが……」

「織斑君の専用機、『白式』です!」

 

 シャープなボディには蒼いラインが入り、メインカラーの白さをより際立てている。ISは待機形態をとっており、乗り込めば直ぐにでも動き出しそうだが、まだ初期設定のままだ。

 

「織斑。今すぐ搭乗してフィッティングに入れ。これより予定を変更してセシリア対上代の試合を行う。上代、カタパルトに向かえ」

「「はい」!」

 

 織斑先生の指示に従い、それぞれ行動に移る。

 一夏は専用機の『白式』に乗り込み、結はハッチに向かい、制服とパーカーを脱いでISスーツだけの状態になる。

 フードで隠していた項の機械部品。背骨のように突出した部分に引っ掛かる様につるした盾の形をしたペンダントを握り、目を閉じて祈る様にペンダントに呼びかける。

 

 

 

 守って。

 

 先生、ガーディアン。

 

 

 

 




 ネーミングセンスはクソですが、許してください。
 魚より脳みそ詰まって無いので思いつかない。


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六話 少年のIS ※挿絵あり

 VSセシリア戦。
 盾持ちとか言いつつ使わない。


【挿絵表示】



 アリーナ。

 

 グラウンドの上空で、蒼い機体に身を包んだ長い金髪を携えた英国の淑女、セシリアが浮遊した状態で佇んでいた。セシリアは目を閉じ、精神統一に集中していたが、相手側のハッチが開く音で目を開き、そこから出てきたISを確認する。

 

「あら、随分と堅牢なISですこと」

「⋯⋯」

 

 ISには絶対防御という機能が備わっており、大半の攻撃は生身の人間には届かないようになっているので全身を装甲で覆う必要はない。

 だが、結のISは頭全体を覆うマスクに加え、胸部、肩、腹部、腰部に、その幼い身体に不釣りあいなほどの鎧が付けられていた。

 

 マスクには十字型のバイザーが前方にかせられ、左右から頭部全体を一周するようにセンサーのスリットが開いている。胸部にも同じように合わせ目のような溝が目立つアーマーが取り付けられている。腕部や脚部は通常の模範的なISに比べると一回り大きく、脚に至っては足首が見えないほどだった。

 

 背中のスラスターはウィングなどの滑空翼は無く、武骨なブースターが二つ並んでいて、同じように肩や腰、脚部に姿勢制御用の小型スラスターが見える。

 

 総じて飾り気のなく、武骨で時代遅れな機体と言うのがセシリアの評価だった。

 

 それにしてもあの装甲の厚さは何か理由でもありますの? とても意味があるようには感じませんが⋯⋯。

 まぁどうせ倒してしまうのですし、構いませんわ。

 

 しかしどれだけ頑丈なISに乗っていようと、子ども相手に銃口を向けるというのは躊躇うものがる。

 なので彼に提案をする。

 

 プライベートチャットを開き、セシリアは結と交渉する。

 

「そこのあなた」

「? なに。誰」

「以前名乗ったでしょうが! イギリス代表候補のオルコット、セシリア・オルコットですわ!」

「金髪のお姉ちゃん」

「話を聞かない子供だこと!」

 

 完全に嘗められている。

 可愛げがあればまだ手心と言うものがあったが、こうも虚仮にされてはプライドが許さない。

 

「今すぐ負けを認めれば痛い思いをさせずに終わらせて差し上げようと思っていましたが、世を知らないお子様には少し教育が必要なようですわね⋯⋯!」

「よく分かんないけど、負けない」

 

 チャット終了と共に試合開始のブザーがアリーナ内に響く。

 セシリアは瞬時に展開したライフルを構え、結に向けて射撃する。

 結は飛んできたエネルギー弾を最小限の動きで回避した。

 

「初撃は避けましたか。ならこれならどうです!」

「⋯⋯⋯」

 

 セシリアは自身のスラスターユニットに備わっている四基の移動砲台であるビット、『ブルーティアーズ』を展開し、結に向かって四方八方から狙撃う。

 

「⋯⋯っ」

「さぁ、踊りなさい! ブルーティアーズの織り成す円舞曲(ワルツ)で!」 

 

 前後左右、果ては上下すら関係なく四基のBT兵器が結に向かって銃口を向け、容赦なくレーザーを撃ってくる。

 

 前から来れば今度は右から、それをかわすと上と後ろに待機していた二基が発射する。

 飛び上がるように回避しても、BT兵器は螺旋を描いて追随し、離れない。

 

「観念なさい! このブルーティアーズの前では、貴方は私に近づくことすら適わない! その余裕もいつまで持つでしょうか!」

「よく喋るね」

「減らず口が多いこと!」

 

 BT兵器の四期同時稼働、並大抵の努力では一基動かすのもやっとの代物を四つも同時に操っていることに、結は内心驚きつつ、セシリアの実力を改めていた。

 この学園にも少なからずいた、女尊男卑主義の人間ではあるが、確かな実力を持ってその風潮に乗っかっているのだと。

 

 けど、まだ追い付けない速さじゃない。

 

 確かに四基同時のBT兵器攻撃は恐ろしい。

 だが、そんな訓練をしていたのは何もセシリアだけではない。

 

「……っ、何故一撃も当たりませんの!?」

 

 結は旋回飛行を続けながらセシリアのブルーティアーズの攻撃を全てかわしていた。

 

 振り向きもせず。

 

 ISにはハイパーセンサーが搭載されていて、360°全方位の視覚情報を取り入れる事が出来るが、その情報量を処理しようとしても、追い付かない。

 

 しかし、あの少年は全方位からの攻撃を全て把握し、単機ずつだろうが同時攻撃だろうが全て回避していた。

 

 一撃も当たらない事実にセシリアは焦り始めていた。

 

 向こうから攻撃はされない。しかしこちらの攻撃も一切入らない。それがもどかしくて仕方なかった。

 

 フラストレーションと共に、四基同時操作による疲労が見え始め、ブルーティアーズの動きが鈍くなってきた。

 

「くッ! まだ終わりませんわ!」

 

 残り時間が半分を切った。焦燥感は色濃く滲み出して、セシリアは半ば自棄になっていた。

 錯乱させてやろうと、追い詰めてやろうと思考を巡らせて飛ばしていたブルーティアーズも、最早余裕もなくなって気がつけば自分で撃った射撃に自分の兵器が当たりそうになることが多々あった。

 

「せめて、一撃でも……!」

 

 もう時間がない。このままでは遊ばれたまま引き分けになってしまう。それが何よりも屈辱だ。

 せめて一撃、たった一撃だけでも当ててしまえば勝てる。

 

 焦ったセシリアはそれまで飛行させていたブルーティアーズから意識を離し、自ら狙撃しようと構えた。

 

「……ッ!」

 

 だが、その隙を結は見逃さなかった。

 それまで逃げの一択だった結はブルーティアーズの猛攻が止んだ途端、目の色を変えてセシリアに飛び込んでいった。

 

 だめ押しとばかりに空中で静止したブルーティアーズを踏みつけ、三角飛びをしながら四基のBT兵器を文字通り足蹴にして加速し、セシリアに向かって一直線に飛びかかる。

 

 ぬぅ、と開いた掌でセシリアの頭を掴もうとした。

 

 

 が、次の瞬間試合終了のブザーがアリーナに鳴り響いた。

 結が向けた掌は、セシリアの目の前で止まっていて、彼女に触れる事はなかった。

 

「ッ……フーッ……!」

「……終わっちゃった」

 

 仰け反って動けないセシリアから意識を完全に外し、結はカタパルトに向かって飛翔して戻る。

 

「お、お待ちなさい!」

「……なに?」

 

 セシリアは数分そのまま動けず、結が離れたところでやっと硬直が解け、少年を引き留めた。

 フルフェイスの仮面からは表情は読み取れないが、その声音から何も面白くないような雰囲気を出したいるのはわかった。

 

「何故攻撃してこなかったのです! ずっと避けるだけでやり過ごして、貴方決闘というものを理解していませんの!?」

「……あー」

 

 結はわかったようなわかってないような呻き声を上げて空に手を翳し、自分のISに登録されている唯一のアイテムを展開させた。

 

「た、盾……?」

「うん。盾」

 

 出てきたのはISを着こんだ結の背丈を覆うほどの大盾で、結はそれを一度掴んでアリーナのグラウンドに放るが、盾は地面に落下する前にデータ化して消える。

 

「ぼくのISには武器が入ってないの。あるのはさっきの盾だけ。だから攻撃しなかった」

「な⋯⋯だからといって!」

「それじゃあね。金髪のお姉ちゃん」

 

 試合の結果はお互いに無傷でタイムアップ、引分けで終わった。

 結は今度こそカタパルトに向かって戻っていった。

 

「結、お疲れ!」

「ん」

 

 戻ると既に待機していた一夏と遭遇する。

 

「凄いな、あんな動きが出来るなんて。一体どれだけISに乗ってたんだ?」

「お兄ちゃんよりは多いよ。あぁそれと」

 

 結は勿体振るように間を開けて、先程の試合で感じたことを一夏に伝えて去る。

 

「あのお姉ちゃん、あんまり踊らなかったんだ」

「お、踊らなかった……?」

「じゃあね」

「あ、あぁ、おう」

 

 なんの事かいまいちぴんとこない一夏は小さい少年の背中を見送り、言われた言葉を反芻させながら出撃準備を終わらせる。

 

「よくわかんねぇけど、やるっきゃなぇよな」

 

 

 

 

 控え室。

 

 ISスーツにパーカーを羽織った結に、箒達が駆け寄ってきた。

 

「よくやった、と言いたいが、なんなんださっきの試合は……?」

 

 終始避けているだけだったのに、最後に突然セシリアに向かって突っ込んでいった様子に違和感を感じた箒は靄がかった質問を投げ掛ける。

 その質問に結は何でもないような顔をして、答えた。

 

「おにごっこ」

「は?」

「ぼくが何も出来ないから、遊んでた」 

「いや、だからと言って」

「それじゃ、お兄ちゃんのとこ行ってくるね」

「あ、おい待て!」

 

 箒の言葉に聞く耳を持たず、少年は部屋の隅に寄って二機のISが向かい合って浮遊しているモニターを眺めていた。

 

「お兄ちゃん、気づくかな」

 




 結のIS。
 子供サイズの仮面ライダーイクサセーブモードにユニコーンのシナンジュの手足とバックパックをくっつけたイメージ。
 盾はストライシールドみたいな形状。

 あと阿頼耶識みたいなのが機械部品になってうなじから生えてる感じ。


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七話 蒼と白

 明けましておめでとうございます。
 今年初投稿はこちらになりました。

 何書いてたか若干忘れてましたが何となく思い出してきたので大丈夫です。

 ではどうぞ。

 ※一部修正しました。



 お互いに無傷で終わった一回戦を終えて間も無く、一夏対セシリアの試合が始まろうとしていた。

 

 一夏は初期設定を終えて機体性能の確認、エネルギーのチェックを終えるところだった。

 セシリアは消費分のエネルギーや弾丸の補給、上がった呼吸を整えていた。

 

 あの子供、カミシロ ユイ。

 纏っているISの性能からして第二世代と言われても信じてしまいそうな恰好に反して、あの反応速度、異常だった。

 ISのハイパーセンサーならあの距離でも銃弾を撃った後に確認して避けることも可能です。

 しかし、それを不規則に、多方向から撃っているはずのレーザーを一度も振り向きもせず、慌てる様子もなく避けてみせるあの胆力、どんな訓練をすればあの年であんな芸当が出来ると言いますの⋯⋯?

 

 もしかすれば今の私の弱点を、知ったうえであんなことをしていた?

 

 そこまで考えてセシリアは何を馬鹿なことを、と頭を振り、握っていたドリンクを置いて立ち上がり、再度蒼いISを纏う。

 

「あんなもの、所詮は猿真似。今度こそ踏み躙って差し上げますわ⋯⋯!」

 

 男に弄ばれたという事実が、セシリアをより燃え上がらせた。

 

 

 ◇

 

 

「一夏、いけるか?」

「あぁ、大丈夫だ。千冬姉」

 

 またその呼び方で、と叱ろうとした千冬は、自信に満ちた一夏の表情を見てその言葉を飲み込む。

 そして微笑んで見送ってやった。

「いってこい、一夏」

「いってきます!」

 

 何よりも、誰よりも頼りになる姉の声に押され、一夏は勢いよくカタパルトから飛び出していった。

 アリーナ上空まで飛行して少し、蒼い機体に乗ったセシリアも同じように飛び立ち、一夏の目の前で静止した。

 

「一ついいか」

「⋯⋯なんですの」

 

 一夏の言葉にすら棘のある対応を見せるセシリア。どうやら想像以上に結との戦闘が答えたようだった。

 一夏は出来るだけ手短に済ませようと、簡潔に言葉を綴る。

 

「アンタは、なんで男を嫌うんだ?」

「そんなの⋯⋯」

 

 思い浮かんだのは自分の父親。

 誰に対してもよそよそしく、常に人の目を気にしているようだった。

 それは家のメイドはおろか母や自分に対しても、ずっと距離を置いて、視線を気にして、言葉を濁して逃げ出して⋯⋯。何かあれば開口一番に謝罪。

 

 そんな姿しか見た事の無かった父という男性に、セシリアはいつしか男と言うものを毛嫌いするようになった。

 

「権力に縋って媚び諂って、そんな姿に嫌気がさすからですわ!」

「ッ!」

 

 試合開始のブザーが響き、瞬時に展開したライフルを握り締め、BT兵器も併用しての同時射撃。

 先の結との試合の開始時と同じような始まり方もあってか、一夏は肝を冷やしつつもなんとか初発を回避する。

 

「いきなりか!」

「早急に撃ち落として差し上げます!」

 

 空を自在に飛び回るブルーティアーズが一夏に向かってすべての砲門を向けて飛行する。

 

 一夏はすれすれで回避しつつ、白式に搭載されているはずの武器を展開してみると、出てきたのはIS用ブレード一本のみだった。

 

「これだけかよ!」

 

 無いよりはましかもしれないが、遠距離主軸の相手に対して近接武器のみとなると泣けてくる。

 嘆いても仕方ないので一夏はブレードを展開して掴み取り、青いレーザーの嵐を掻い潜ってセシリアに向かって飛翔する。

 

「そうはさせません!」

 

 しかし距離を積めようとすればセシリアの持っているライフルが放たれ、そこで足止めを食らうと流れるようにブルーティアーズが飛んでくる。

 

 いくら近づこうとしても彼女に触れることはおろか近くに行くことすらかなわない。

 

「何か方法は⋯⋯そういや結が何か言ってたな」

 

 あの人は踊らなかったね。

 

 セシリアと結の試合、セシリアは結に踊れと挑発していた。

 ブルーティアーズの飛び交うアリーナで結は全ての攻撃を避けていたのは見ていた通りだったが、その時セシリアはどうしていただろうか?

 

「やってみる価値はありそうだ……」

 

 一夏はブレードを握り直し、セシリアに向かって斬りかかる。

 

「無駄な足掻きは見苦しくてよ!」

「うるせぇ!」

 

 今度は避けられ、同じ様にBT兵器の追撃がくる。寸のところで避けるが、一撃喰らって距離が離れる。一度離れて振り出しに戻るが、一夏は焦る様子もなく、呼吸を整えていた。

 

 あの一瞬、セシリアが動いたとき、回りのビットは止まっていた。もしかすれば……。

 

 攻撃を仕掛けたときの様子を、意識的に開いたハイパーセンサーで一夏は見ていた。

 

「もし貴方が負ければ、私の奴隷にしてあげますわ!」

「やってみろよ!」

 

 四方から砲門を向けるブルーティアーズを確認し、ようやく慣れてきた飛行操作でレーザーを回避していく。

 

 一撃撃てば移動して別の角度から砲撃、そんな軌道を描くビットが四基も相手となると、流石に堪えるものがある。

 

 仕掛けていきたいのに避けるだけでやっとだ。

 なんとかしねぇと⋯⋯!

 

 焦燥感に駆られつつ、隙を窺ってみる。

 アリーナを飛び交うビット、それに対比して()()()()()()

 

 

 瞬間、横からの砲撃を前方へ回避、セシリアへと向かって斬りかかる。

 

 ビットを操作して自分の前に防ぐようにしてブルーティアーズを持ってきたセシリアは、そのままの仰角で一夏を狙い撃つ。

 

 しかし一夏は止まろうとせず、ギリギリまで接近したのち、セシリアの合図で撃たれたレーザーを避け、すり抜け様にブルーティアーズを一基撃墜して見せた。

 

「な、なんですって!?」

「今度はこっちからだ!」

 

 ビットを一基墜とされた隙を突いてもう一基も撃墜する。

 残るビットはあと二基。これならいける。

 

 数を減らされつつもセシリアは残りのブルーティアーズを飛ばすが、一夏は無意識で瞬時加速を行い、残りの二基も片付ける。

 

 四基全てのビットを破壊されたセシリアはライフルを構えるが、セシリアが撃つよりも速く一夏はセシリアに接近し、ブレードを身に引き付ける。

 

 これで終わったか、と誰もが思った矢先、セシリアのブルーティアーズのリアスカートが展開し、その裏に備えられてあった二基のミサイルが噴出した。

 

「何!?」

「ブルーティアーズは六基ありましてよ!」

 

 至近距離。瞬時加速による慣性が働き、止まろうとしても前に進んでしまう。

 煙と火花を上げてミサイルは発射。あっけなく一夏は真正面からミサイルを食らった。

 

 

 

「あ」

「もっと様子見をしてもよかっただろうに⋯⋯あの馬鹿⋯⋯」

 

 観戦室で見ていた各々が声や小言を漏らしていた。

 呆れた空気が満ちるなか、千冬だけは真剣な姿勢を崩さず、ニヤリと笑う。

 

 

「ふ、機体に助けられたな」

 

 煙幕が張れる。

 そこに浮かんでいたものの姿が現れ、皆目を開き、驚愕した。

 

 ISを纏った一夏の姿。彼が纏うISの形状が変化し、色はくすんだ灰色から明度を増した白色へと変化。手にはIS用ブレードから解放された白式唯一にして最大の武器、『雪片弐型』が握られていた。

 

 一夏は目の前に表示される機体情報と初期設定の終了を知らせる(ウィンドウ)を確認してそれらを閉じ、目の前で慄いている英国淑女に目を向けた。

 

「まさか、今まで初期状態で戦っていたというの⋯⋯!?」

 

 ありえない。

 操縦経験たかが二日や三日の人間が第一移行前の状態でISを乗りこなしていたのか?

 

 セシリアの近距離でのミサイルを喰らうも、一夏の白式は一次移行(ファーストシフト)を行い、ステータスを更新。ダメージを無効化し、今の一夏に適したISへと姿を変えた。

 

「つくづく、最高の姉を持ったよ。俺は」

 

 一夏はかつて自分の姉が現役時代、IS大会で猛威を振るっていた頃に愛用されていたブレードを見つめ胸に込み上げる熱意を滾らせる。

 セシリアは目の前で起こる予想外の展開の何もかもに憤り、自棄が回って乱雑にライフルを構える。

 

「あぁぁもう! とっとと墜ちなさい!」

 

 連続して撃たれる光線を、一回り大きくなった背部スラスターを展開させ、高速移動で全てを避ける。

 さっきまでに比べ、一撃だって当たらなくなってしまったことにセシリアは余計に熱くなり、だんだんと攻撃も乱れて行った。

 

 一夏は一度距離を離し、セシリアを見据えて刀を構える。

 

 

 

「あぁ、駄目だな」

 

 観戦室で不敵な笑みを浮かべていた千冬が、少し呆れたように口を開いた。

 その言葉に疑問符を浮かべた真耶は何故と尋ねる。

 

「織斑先生、どうしてですか?」

 

 千冬は画面に映る一夏の姿を指差し、アイツの右手を見てみろ。と指摘した。

 

「ああやって握ったり開いたりしているだろ。ああしている時のアイツは決まって何かミスをする」

「へぇー。やっぱり姉弟だとそういう仕草にも気が付くんですね~」

「山田先生。この後二人でじっくり話しませんか?」

「あれ、なんで!?」

 

 照れ隠しから全く笑っていない笑顔で真耶を恐喝している千冬を極力見ない様にしていた箒は、もうすぐ試合が終わると確信する。

 

「どっちが勝つかな」

「む、上代。無論一夏だろう。オルコットは最早平常心を忘れて熱くなってしまっている。ああなっては当たる攻撃も当たらない。逆に一夏は一次移行が完了して機体の勝手も分かってきている。そして冷静な姿勢が崩れていない。このままいけば勝つかもしれんぞ」

「⋯⋯うん」

 

 どこか嬉しそうに話す箒を横目に、結は画面に映る真っ白なISを見つめる。

 もっと言えば、自信に満ちた一夏の横顔を穴が開くほど見つめる。

 

「おりむら⋯⋯」

 

 

 

 

 アリーナ。

 

 誘導も予測もなくなった、飛び回る一夏の軌道を追いかけるだけのような弾道を描くセシリアの射撃を難なく回避する一夏は、飛び回った末『雪片弐型』を両手で握り、単一使用能力(ワンオフアビリティ)を発動させる。雪片の刀身部分が割れて展開し、そこから粒子の刃が通常時の二回りも長い刃を生成する。

 

 一夏は刀身を横に構え、スラスターを全開まで吹かし、セシリアに向かって一直線に飛び込む。

 

「俺は、俺を支えてくれた人たちのためにアンタを倒す!」

「ッ!」

 

 急接近した一夏。

 振り抜かれた刀身は、セシリアに触れるよりも速くに消滅していた。

 

 そして、それと同時に試合終了のブザーがアリーナ内に響き渡る。

 

 

『試合終了。勝者セシリア・オルコット』

 

 

 アリーナ中央のモニターに映し出されたのは、まさかの内容だった。

 

「は?」

「え?」

 

 その結果に当事者たちは間の抜けた声を漏らし、観戦室にいた面子も何が起こったのか分からないでいる状態だった。

 ただ、千冬は結果を分かっていたのか、ため息を漏らしていた。

 

「あのバカは⋯⋯」 

 

 理解の及ばないまま、試合は終了し双方大人しく戻っていった。

 

 

 

 

 




 原作と殆ど差異は無いので書いててあんまり面白くは無かった⋯⋯。
 次回は一夏と結の戦闘です。
 剣と盾、どっちが勝つのか。まぁ一夏くんの能力じゃあジリ貧でしょうが。

 ではここらへんで。

 ご感想評価お願いします。
 誤字等ありましたら報告願います。

 それではまた。


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八話 剣と盾

 やりたかったこと+α

 結の盾はガンダムのストライクシールドに十字刻んでるようなイメージで。

 多分それでいいと思う(適当)


 控室、一夏は自分のISとなった白式の待機形態である右腕に巻かれたガントレットを撫でながら、姉の千冬に先ほどの減少について尋ねた。

 

「なぁ千冬姉。さっきの試合、なんで俺が負けたんだ?」

「学校では先生と⋯⋯まぁいい。それはな、『雪片弐型』、と言うか単一能力の『零落白夜』が欠陥品だからだ」

「欠陥?」

 

 千冬の答えに首を傾げる。

 

「ISには絶対防御を発動させるシールドエネルギーがあるが、『零落白夜』は自身のシールドエネルギーを変換して単一仕様能力を発動させ、相手のシールドエネルギーを無効化し、直接ダメージを与える。つまり諸刃の剣だ」

「だから俺は負けたのか……」

 

 千冬の説明を聞いて納得し、そんな仕様の能力で覇者になったのかと思うと改めて感心した。

 

「使いどころを間違えれば最悪相手は死ぬかもしれん。使うときは状況を見極めろ」

「……あぁ」

 

 その後、白式のシールドエネルギーを充填した後、一夏と結の試合が始まった。

 

 

 

 カタパルト。

 

「ISの勝手もわかってきただろう。油断はするなよ一夏」

「あぁ、行ってくる!」

 

 姉の声を受けて気を引き締めた一夏は勢いよく飛び立つ。

 

 

 

 反対側のピットで、結は小さな体を丸めて踞っていた。俯いて表情は見えないが、先程からずっと小声で何か呟いている。

 

「⋯⋯うるさい。君はでなくていい。ぼくが行くから⋯⋯」

 

 セシリアは自身の試合が全て終了したので着替えに席を外しているが、今の結の光景を見れば恐らく訝しげに思うかも知れない。

 

 しばらくそのような調子で呟いていたが、すぐに立ち上がり、堅牢な兵士のISを展開してカタパルトに立つ。

 

「『ガーディアン』、発進」

 

 縋るような声でその名前を呼ぶ。踏み台が前方へスライドし、そのままアリーナへと飛び出す。スラスターを吹かして既に待機していた白式の前まで飛び、空中で停止する。

 

「なぁ結。なんで俺達も試合しないといけないんだよ。なぁ?」

 

 一夏の素朴な質問に仮面のしたからくぐもった声で答える。

 

「多分、ぼくたちのデータがいるんじゃない?」

「あぁーなるほどな」

 

 結の考えに納得した一夏はそれじゃあ、と雪片を構える。

 それにならい、結も大盾を展開して前に向ける。

 

「今度は勝つぜ、結!」

「負けないよ、お兄ちゃん」

 

 その言葉を発した結の顔は仮面で見えることはなかったが、嫌じゃない空気を一夏は感じた。

 

 ブザーが鳴り、試合が始まる。

 一夏の大太刀と結の大盾がぶつかり、つんざくような金属音が響き渡る。

 

 初発で弾き、一度離れた二人。先に動いたのは一夏だった。下からの勢いをつけた斬り上げを結は斜めに添えた盾でいなす。

 刀身が盾の上辺まで滑ったところで結は全身のスラスターを吹かし、真横に回転して盾の下側にある凸部分で殴るように動く。

 

「相変わらずすごい動きするな!」

「自分のISのせいのうを知っておくのは大事だよ」

 

 結の初めての攻撃を雪片の柄頭で受け止め、そのまま押し込んで弾き、蹴りを入れてみるが、結は瞬時に距離を開けて避けてしまう。

 

「今度はこっちから行くよ」

 

 そう言った結は背部ユニットと脚部のスラスターも加えた瞬時加速で、寝かせた大盾で大きく横に薙いだ。

 

 一夏は対応しきれず雪片で受けるが、質量の違いからあっさりと押し負けて吹き飛ばされてしまう。

 そこへ追撃とばかりに接近し、大盾を左右から上下から振り回し、範囲の広い攻撃の連打から一夏は逃れられなくなった。

 

 結の攻撃自体は単純だ。獲物も大柄で抜け出すのも簡単だろう。だが結は離れようとする一夏に張り付いている。

 

「後ろに引けば前に進み、横に逸れようとすればすかさずずれて立ちはだかる。随分厄介じゃないか」

 

 その様子を見ていた千冬は苦しい笑みを浮かべて二人の戦いを眺める。

 

 太刀を振るう間合いを潰される。

 延々と目の前で壁を相手しているような感覚がしてくるほど、結の攻撃と接近は執拗だった。

 

 じわじわと削られてくるシールドエネルギー。盾だけだと侮っていたわけではないが、まさかここまでだとは思いもしなかった。もしかしたら見た目の幼さから無意識に弱いと思い込んでいたのかも知れない。

 

 対戦して初めてわかった結の力量に、一夏は申し訳なさと悔しさで苦虫を噛み潰す。

 

 けど、まだ終わってない!

 

 雪片を握り直した一夏は目の前まで近付いた結に体当たりを決める。

 

「うッ!?」

「おぉぉッ!!」

 

 いい具合の距離感。

 一夏はすかさず袈裟斬りを打ち出した。

 結は虚を突かれた体当たりで姿勢を崩していて、一夏の攻撃を受けようにも間に合わず、諸に斬撃を受けてしまい、アリーナの地面に転げる。

 

「しまった、やり過ぎたか……? おーい結ー、無事かー!?」

 

 

 ◇

 

 

 

「う、うぅ、いった……」

 

 結はすぐに起き上がって飛び上がろうとしたら、突然項からぴり、と電流のような疼きを感じ、同時に頭に響く声に顔をしかめる。

 

 変われ、俺もやりたい。

「うるさい、君は出てきちゃだめ……!」

 知るか。勝手にやるぜ。

「ま、待って、だめだっ……あ」

 

 突如項の機械部品が小さく唸り、点灯していた緑色のライトが赤く染まる。全身がびりりと痺れたかと思えば次の瞬間、体の感覚が途切れて自由に動かせなくなり、視界も暗転してきた。

 

 

 

『俺も遊んでもらうか』

 

 

 

 仮面の下で誰かが嗤う。

 

 

 

 ◆

 

 

 アリーナの地面に転がった結を見て、しまった、と冷や汗を流す一夏は一度安否を確かめた方が良いかと思い、寝転がる結に向かって降りようとしたら、少年が巨躯なISをのそりと起き上がらせた。

 

「よかった、結、無事か!?」

「…………」

「結?」

 

 辺りを見回した少年は声をかけた一夏の方を向くと、手元にあった大盾をハンマー投げか何かの要領でいきなり放り投げた。

 

「うぉお!?」

 

 突然の奇襲に驚いた一夏はすかさず雪片を振るい、重たい盾をなんとか弾いた。

 しかし、弾いた盾の裏に拳を振り絞った結の姿が見えた束の間、一夏は結のでたらめな拳を真正面から受けて、今度は自分が吹き飛ばされる。

 

 並みのISに比べて二回りほど太い腕から繰り出される拳は、構えがなっていなかろうがそれだけで恐ろしいものだった。

 一夏は背部ユニットを展開して飛ばされた勢いを殺し、急に動きが変わった目の前の少年に質問する。

 

「どうしたんだ結? なんだか急に動きが変わったみたいだが」

「……」

 

 何も答えない。

 一夏の一太刀で弾かれた盾を空中で掴んだ結。またスラスターを吹かして攻撃に入るが、今度は先程に比べてまだ遅い。

 一夏は迎え撃とうと袈裟斬りを出すが、一夏の斬撃とは反対側の下に潜り込み、そのまま直線的な軌道を描いて結は一夏の背部に回り込み、逆さ向きで全身を回転させながら盾で一夏を殴る。

 

「うぐッ!」

 

 振り向き様に攻撃をくらい体勢を崩す、そして更に結は斜めに回りながら踵落としを一夏の頭上から振り落とした。

 

 絶対防御が発動し、バリアーの放電と共に一夏のシールドエネルギーが、がくんと減る。

 

「ゆ、結!?」

 

 結の猛攻が終わらない。

 さっきまで盾であり得物でもある大盾を使った攻撃が主だった少年が、今は盾も捨てて徒手空拳ともステゴロともとれるような攻撃の連打を打ち出している。

 

 連打の隙を突いても姿勢制御用のスラスターを駆使して急角度に逸れて避けられる。

 被弾覚悟で飛び込んでも為す統べなく拳や蹴りを叩き込まれる。

 

 やがてガードに徹していた一夏の腕がはね除けられ、胴ががら空きになる。ガーディアンの、通常のそれよりも何倍も太い脚部の蹴り、まともに当たれば一溜りもないその一撃が一夏に直撃するかと誰もが思ったが、その挙動がずれて空を蹴る。

 

「え?」

 

 蹴りを振り抜いた姿勢のまま、結は硬直していたが、少しして糸が切れた人形の用に、空中から落下した。

 

「え、おい、結!?」

 

 そのまままた地面に直撃するかと焦る一夏だったが、結は地上から数メートルの位置で停止して、辺りを見回して一夏を捉える。

 

「あ、ああ……うん。何でもないよ、お兄ちゃん」

 

 起き上がった結はあくまでシラフだと言い張って譲らなかった。

 側にあった大盾を掴み上げ、左に添えて飛び上がる。

 

「これからが、本番だから」

「ぉ、おう」

 

 今一釈然としない一夏だったが、結は何事もないように振る舞うので気にしないよう努める。

 

 一夏は結の様子を気にしていたが、当の本人は旋回しながら勢いをつけ、最初と同じように盾で殴る。

 

 さっきのラッシュを捌ききれなかったとはいえその速度に食らい付いていた一夏にとって、今の結の攻撃はまだ目で追えるようにはなっていた。

 

 しかしたださえ巨大な盾を然も平然と振り回しているが、一撃当たるだけでも響く重さが厄介だった。

 

 一夏は雪片で弾いたり、既の所で避けたりするので手一杯だった。

 

「ぼくが勝つ!」

「負けねぇ!」

 

 互角の打ち合い。お互い近距離特化だというのもあって交戦は激しい。

 

「えやぁっ!」

「ッ!」

 

 結の下からのかち上げが一夏の胴に刺さる

 

 ことはなく、一夏は逆に結の振り上げを踏みつけて蹴落とし、結の頭上に飛び上がり、スラスターを上に向け、出せる限りの出力で噴射し、零落白夜を発動して真っ向に雪片を振るう。

 

 助走を付け、直上からの攻撃。

 当たれば一瞬で負ける。

 しかし避ける暇も余裕も盾もない。

 

 

 どうする。

 

 

 結は瞬間、それでも受け止めると一夏に迫り、零落白夜発動中の雪片の刀身をISのマニピュレータで受け止め、真剣白羽取りを成功させた。

 

 これには観戦室の面子も含め、アリーナの観戦席にいた一組の皆も歓声を上げていた。

 

「お前、やっぱりすげぇよ、結」

「一夏お兄ちゃんこそ、よくここまで動けるね」

 

 緊迫した状況の中、二人は互いを讃え、称賛していた。

 

 お互いにシールドエネルギーが瞬く間に減少していく。一夏は単一仕様能力で、結は白羽取りで掴んだ刃から、ぐんぐん削られていく。

 

 このまま硬直状態が続けばどちらかが負ける。

 

 だが、一夏は抜け出そうにも結は受け止めた雪片を離そうとしない。

 

 結か、一夏か。

 どっちが先にジリ貧になるのか。

 

 あと数秒で決着がつく。

 

 固唾を呑む。

 

 手が汗ばんでくる。

 

 瞬きも忘れ、皆が見入るアリーナの中央。

 

 

 やがて、長い瞬間を終えて試合終了のブザーが皆の耳を貫いた。

 

 観戦していた者のみならず、結と一夏もアリーナ中央のモニターに目を向ける。

 

 モニターの、対戦氏名の間に表示される『draw』の文字。

 

「引き、分け……?」

 

 誰かが呟いたその言葉に、皆が何と言えば良いのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔がずらりと並んでいた。

 

 結と一夏も目の前に表示された窓に目を通すと、お互いシールドエネルギーを全損していて、まさか同時に無くなるとは、と妙な感心を抱きつつ、脱力する。

 

「なんだよぉ~……結局俺の負け越しかよ……」

「ぼくも一回も勝ってないから、あの金髪のお姉ちゃんの勝ち、かな」

「げぇ……マジか……」

 

 あからさまに嫌そうな顔をする一夏をみてクスクスと小さく笑う結。

 

 これにて決闘は終了して解散、それぞれ寮に戻ったり何かの準備に取りかかったりと、忙しなく動き回っている中で、結はシャワーと着替えを済ませたあと、更衣室の片隅で小声で話をしていた。

 

 

 

「出てこないでって言ったよね?」

『あの臭いがするやつはみんな俺が相手してたじゃねぇか』

「だからって出てこないでよ」

『ちょっと遊んだだけじゃねぇかよ』

「ダメなのはダメ」

 

 何処を見ているのかわからない瞳は一言二言会話を続けた後、会話は途切れ結の意識が戻ってくる。

 

 一夏に先に戻ってていいと伝えていたため、一人で使うには余りある更衣室の一角で少年がもぞもぞと着替えを済ませて部屋を出ると、息を荒くしている一夏が結の前まで走ってきた。

 

「あ、結。見つけた!」

「どうしたのお兄ちゃん?」

 

 何処からかは分からないが人工島の全ての土地を使用しているこのIS学園に於いて、移動というのが些かつらい。それを分かっているため、結はまだ呼吸が乱れている一夏の背中を擦ってやりつつ何の用か聞き出す。

 

 

「クラスの女子達が打ち上げやるって言っててさ。良かったら結も来ないか?」

 

 その言葉に、結は瞬間フリーズして動かなくなった。

 

 




 次回、おねショタ。

 感想、評価、お願いします。
 誤字脱字あればご報告ください。

 


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九話 少年と打ち上げ

 うろ覚えなので箇所は詰め気味。
 原作が手元に無いので修正しようがない。


 女子用シャワールーム。

 

 そこでたった一人、セシリアが瑞々しい柔肌を晒し、降り注ぐ適温の雨に身を濡らし、先の試合のことを振り返っていた。

 

 織斑 一夏。初めて目にしたときはそこら辺の男共と変わらないのだと思っていた。しかしいざ面と向かって言葉を交わし、決闘をしてみれば、他の奴等とは何も似ていない、芯のある人物だった。

 

 彼との試合は自分の勝ちではあったが、もしあの時、あの攻撃が当たっていれば負けていたのは自分だっただろう。

 

 

 そうしてもう一人、上代 結。

 

 終始何がしたいのかわからない。

 

 最初は自分の父親とその印象を重ねたが、そうでもないようだった。

 

 掴み所が無いと言えばいいのか、自分がしたいことを示すことがなかった。あれだけの技量を持ち合わせておきながら、何もしようとしない。

 

 自分との試合では最後以外何もせず、ただひたすら逃げるだけだった。かと思えば一夏との試合ではずっと打ち合いをしていたりと、その戦闘スタイルにブレがあり、何故そんなにも回りくどいことをしているのかが謎だった。

 

「遊んでいた……?」

 

 少年との試合の最後、此方に向かって飛び込んで頭を掴もうとしていた。

 

 結局、触れる前に試合は終わったが、あの時の眼前に広がったマニピュレータには無邪気な子供心ではなく、何かを奪おうとする意思をセシリアは見た。

 

「なんにせよ、わたくしの完敗ですわ……」

 

 敗北を認めた少女は、何故か晴れた気持ちが胸の内に広がっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それでは、これより『試合の打ち上げと織斑君一組のクラス代表就任おめでとうパーティー』を始めたいと思いま~~~~す!!」

「「「イェーイ!」」」

 

 食堂で一年一組の面子が集い、何かやたらと長い名目のパーティーが始まった。

 皆ジュースを注いだカップを片手に浮かれた空気を漂わせて楽しそうにしている。

 

 そのなか、一夏だけは何が起こっていてみんな何を楽しそうにしているのか分からなかった。

 

 見回してみると隅っこの席で結が両手でカップを握りしめ、炭酸飲料を口に含んでは体を震わせて、を繰り返していた。

 

「なぁ、俺負けたんだよな? なんで俺がクラス代表になってんだ?」

「それは」

「それは私が辞退したからですわ!」

 

 突然セシリアが立ち上がり、腰に手をあてがい高らかにそう言った。それでも一夏は腑に落ちず、何故、と理解が及んでいなかった。

 

「そもそもわたくしも大人気なかったところもありますし、ここは辞退してクラス代表には一夏さんに担ってもらいますわ!」

「いや、そもそも俺もあんまり強くないし、順位的に結になるんじゃ……」

「ぼくもじたいしました」

 

 隅っこでぷるぷるしていた結がいつの間にか一夏の横に立っていた。

 

「でも、俺全然強くないし」

「ならば私が鍛えてあげますわ」

「ぼくもがんばる」

 

「ほら、こういう仕事て馴染みなくて」

「人間誰しも初めての事は慣れないことがありますわ。私もできる限り協力します」

「あ、あはは……」

 

 あの手この手で拒む一夏だったが、対してセシリアは全てをブロックして何がなんでも一夏を推奨してきたので、一夏は折れる他なかった。

 

 なんとか一夏がクラス代表になることを認めたところで、セシリアは全員を見回して姿勢を正す。

 

「そして一夏さん、上代さん、クラスの皆様。先日は無礼なもの言い、大変申し訳ありませんでした」

 

 深くお辞儀をし、自身を非を詫びるセシリアに、一同は暖かい笑みを浮かべた。

 

「気にしなくていいよオルコットさん。謝ってくれたのが一番嬉しい」

「これからもよろしくねオルコットさん!」

「気にしないでセッシー~」

「みなさん……」

 

 無用な歪み合いが解消され、皆が笑いあっているこの空間に居心地のよさを感じる。

 

「さて、大事な話も済んだしここからは楽しくいこう、かんぱーい!」

 

 その合図と共に全員がカップを掲げ、談笑し、広げたお菓子に手を伸ばし、飲み物を煽っていた。結はまた炭酸飲料と格闘し、一夏と箒が宥めつつ自分達も菓子を口に運んでいた。

 そこにセシリアがやって来た。

 

「あ、オルコット、さん」

「セシリアで構いませんわ。是非そう呼んでくだしいませ」

「じゃあ、セシリア。どうかしたか?」

 

 セシリアは自分が女尊男卑思想に陥った経緯と、その経緯について語った。

 

「私の父は気弱な人でして、いつも人の機嫌を気にしているような人でした。それで一夏さんや上代さんもそのような方だと勝手に思い込み、あのような態度を取ってしまいました……」

 

 再度頭を下げるセシリアに一夏は戸惑い頭を上げてくれと頼み、結はセシリアの頭を何も言わず撫でていた。

 

「気にしなくていいさセシリア。お前が認めてくれたならそれでいいよ」

「ぼくも気にしてないよ、セシリアお姉ちゃん」

「一夏さん、上代さん……」

 

 改めて許しを貰い、セシリアは目頭を熱くさせた。

 

 

「どーもー、新聞部でーす。噂の男性操縦者ってどの子かな。君たちかな?」

 

 突然現れた謎の人物に目を向ける。

 カメラを首から下げてメモとペンを両手に握り、メガネを光らせ結と一夏を見つけるや否やすぐさま近づいてきたので、結は一夏の陰に隠れる。

 

「君が織斑君で、そっちの子が上代君だね?」

「はい、そうですけど。貴女は?」

「私は新聞部部長の(まゆずみ) 薫子(かおるこ)。世界に二人の男性操縦者である織斑くんと上代くんにインタビューしにきたよー」

 

 そういって彼女は名刺を手渡してくる。

 結と一夏はそれぞれ受け取ってまじまじと名刺と彼女の顔を交互に見つめる。

 

「それじゃ、まず織斑君。クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

 ボイスレコーダーをずいと一夏に向けて早速インタビューを始める先輩。

 

「え、えっと。頑張ります」

「うーん、イマイチインパクトに欠けるなー。もう一声お願い!」

「え、えぇ? じゃあ、俺に触れると火傷するぜ?」

 

 

 まさかのダメ出しにしばし考えた後に、一夏は適当な決め台詞を吐いた。

 しかもかなりのキメ顔で。

 

「わぁー! 前時代的~! まぁこれはあとで捏造しておくことにして。次は上代君! どうぞ!」

 

 落ち込む一夏の後ろで一夏の背中を擦っていた結は、ふむと口を手で隠して考え込み、ふと顔をあげて薫子の目を見ながら澄んだ声で答える。

 

「何言えばいいのかわかんない」

「な、なんでもいいよー!」

 

 うんうん唸る結を眺めて可愛いと思う反面、進まないと感じた薫子は直ぐ様メモ帳に文章を書き、それを読むように結に言った。

 

「よしじゃあ、これ読んでみて!」

「うん? 『一夏お兄ちゃんに負けないようがんばります』、でいいの?」

「あ、下の方も」

「薫子お姉ちゃん大好き」

「「「おい!!」」」

「てへぺろッ!」

 

 結に読ませたその台詞をしっかりと録音していった薫子は一目散に逃げていき、一夏、箒、セシリアの三人にを中心に数名のクラスメイトが結を囲むように庇った。

 

「むぐー、くるしぃー」

 

 その後、結はセシリアも混ぜた三人の抑止を振り切ってまた炭酸に挑むものの、慣れない感覚に酔ってしまって早めの退場を果たす。

 

 

 

 ◇

 

 

 学園の入り口で、一人の少女が疲弊しきった顔を提げて歩いてきた。

 明るい茶髪を伸ばして黄色のリボンでツインテールにし、格好はIS学園の制服を着ているがかなり改造が施してあり、肩が出ており袖は末広がり、かなり短めのミニスカートからは健康的なおみ足が覗いていて、履き慣れたスニーカーを着用。

 

 肩からボストンバッグを提げ、片手に握られているくしゃくしゃになったメモは、彼女の性格が現れている。

 

「ったく、もう少しマトモな情報寄越しなさいよ……」

 

 少女は愚痴りながらもメモに記された微々たる情報を頼りに学園にたどり着き、中を右往左往していた。

 

 すると目の前に一人の男の子を見つける。

 

「うぷ、しゅわしゅわ気持ち悪い……」

 

 その少年は廊下の枦に踞って口許を押さえていた。

 見るからに絶不調の少年に少女は致し方無く歩みより、屈んで目線を出来るだけ合わして話しかけた。

 

「君、大丈夫? なんか見るからに気分悪そうだけど」

「うぶ、お姉ちゃん、だれ……?」

 

 はて、どうしてこんなところに男の子が居るのかと考えながら少女は少年の具合を看ていたら、思い出したのはつい先日のニュースだった。

 

 そう言えば、IS学園の入学式の当日に二人目の男性操縦者が出たって騒いでいたような。

 

 情報規制がされていたのか、それとも当日に見つかったのか、理由は定かでは無いが何の前触れもなく現れ、しかも出生も名前も年齢も何もかも不明の男性操縦者と言うことで世間はまたも大騒ぎになった。

 

 いろんな所のテレビ局やら出版社やらが情報をかき集めていたそうだが、何一つとしてその男性操縦者の情報が出てこなかったらしい。

 

「あなた、お名前は?」

「上代、結。お姉ちゃんはだぁれ?」

「アタシは(ファン) 鈴音(リンイン)。よろしくね!」

「りんりん?」

「リンイン、ややこしいなら鈴でもいいわよ」

「ん、うん。鈴お姉ちゃん」

 

 鈴は立ち上がり、結に手を差し伸ばす。

 結は出された少女の手をじ、と見たあと、恐る恐る手をとり立ち上がる。

 

「ところで、職員室ってどっちに行けばいいの?」

「あっちだよ。連れていった方がいい?」

「お願いするわ!」

 

 かれこれ公共交通機関を乗り継いできた末の目的地で彷徨っていた鈴にとって、今は年端もいかないような少年の提案にもすがる思いだった。

 

 ほの暗い廊下を、結と鈴は手を繋いだまま歩いていく。

 それにいち早く気がついたのは鈴だったが、子供特有の柔らかい握力で握られた手を離すのもなんだか忍びないと思った彼女はしばらく繋いだままでいた。

 

「ここだよ」

「ん、ありがと、えーと、上代くん?」

「結でいい」

「じゃあそう呼ばせてもらうわね。結」

「うん、おやすみ。鈴お姉ちゃん」

「おやすみなさい、結!」

 

 目的地に着いてやっと手を離す。

 別段特別な感情も無く、変に気を使うわけでも無かったが、無意識に結の頭に手が伸びてくしゃ、と髪を撫でていた。

 

 それじゃあ、と別れを告げて結は右の通路に消えていった。

 

 

 程なくして鈴は職員室にて手続きを済ませ、職員によって生徒寮に案内される。

 

「あれ、右じゃないんですか?」

「生徒寮はここからは左側よ」

「でもさっき男の子が右に行きましたけど」

「あぁ、あの子はいいの」

「?」

 

 あの子はいい?

 結は生徒寮には住んでいないのだろうか。

 まだ幼いからだろうか。

 

 まぁいいか。

 もう眠いし。

 

  




 鈴ちゃん登場。
 次はワンサマーと再開&仲違い。



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クラス対抗戦編
十話 少年と彼らの仲


詰めたらなごうなったでござる。



 何もなく翌日。

 昨日の気分の悪さもすっかり解消した結は、いつも通り早い時間に起きて既に一組の自分の机に座していた。

 

 ちらほら人数が増えていく教室の中で、数人と挨拶を交わし、また数人は机に伏して暇そうにしている結の頭を撫でていた。

 

「ゆいゆいおはよ~」

「おはよ、ございます」

 

 間延びした声で声をかけてきたのは黄色いキャラクターの髪飾りをつけ、手元も隠れるだぼだぼの袖を振ってくるのほほんとしたクラスメイト。

 

 誰だっけと思うがそもそも自己紹介はされていないので知らないのも無理のない結は、素直に名前を訊ねた。

 

「あの、誰でしたっけ……?」

「あれー言ってなかったっけ?」

 

 ほんわかした雰囲気で小首を傾げる女子に無言で頷いた結。その女子生徒はなら教えとくねと名乗った。

 

「わたしは布仏 本音だよ~。あらためてよろしく~ゆいゆい~」 

「のほ、とけ、ほんね……うん。よろしくおねがいします」

 

 口の中で噛み砕くように反芻させ、覚えた名前を呼んでみる。

 

「本音お姉ちゃん、て呼んでいい?」

「なんでもいいよ~」

 

 ぽんぽんと結の頭を撫でていった本音は結を連れてクラスメイトの会話に混ざる。中には一夏や箒、セシリアも入っていた。

 

「聞いた? 隣の二組に転校生が来るって噂」

「しかも代表候補生らしいよ~」

 

 一般生徒は好奇心からの興味が湧く中、専用機持ちのセシリアと一夏は真剣な面持ちで話を聞いていると、突然教室の入り口から声がした。

 

「その情報、古いよ」

 

 皆振り向くと、そこには噂の転校生が教室の扉にもたれ掛かっていた。

 

「お前は、鈴!」

「久しぶり、一夏」

「昨日のお姉ちゃん」

「おはよ、結。あんたここのクラスだったんだ」

 

 二人の反応にクラスの大半が目を丸くして目線をそれぞれに振る。

 一夏と結は鈴と呼ばれた少女に駆け寄り、結と手を繋ぎ、鈴は一夏と昔話に花を咲かせていた。

 

「久しぶりだな、中学二年以来か」

「ほんと、相変わらずアンタは厄介事に巻き込まれるわね」

 

「鈴お姉ちゃん、あのあと大丈夫だった?」

「あんたこそ大丈夫だったの? あんなに気分悪そうにしてたけど」

「大丈夫ー」

「そう、なら良かった」

 

 一夏とは何処と無く弾んだ声音で言葉を交わし、結には年上らしい振る舞いで昨日何かあったらしいのかその事を話していた。

 

「しかし、何でまた急に転校なんかしてきたんだ?」

「それは、その」

 

 一夏の質問に歯切れの悪い言葉で濁していると、鈴の背後から無言で出席簿が彼女の頭頂部に落下した。

 

「あいたっ!?」

 

 激痛の走る頭頂部を押さえて文句の一つでも言おうと振り向いた鈴は、その相手を見て怒りは消え失せ青ざめる。

 

「いきなり何すんのよ……て、千冬さん!?」

「学校では織斑先生と呼べ。そして凰、お前は自分の教室に帰れ」

「う……あとでまた来るから、逃げんじゃ無いわよ一夏!」

「お、おう」

 

 妙な捨て台詞を残して隣の教室に去っていく鈴。

 残された二人も千冬の一喝で席に戻り、授業が始まる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 午前の授業も終わり、昼休みに入った。

 一夏、箒、セシリアは教室を出て食堂に向かうと、そこには先に来ていたのか入口の前で腕組をした鈴が待っていた。

 

「遅いわよ一夏!」

「別に待たなくても良かったのに」

「うるさいわね! 早くしなさいよ!」

 

 それぞれ食券を購入してカウンターに並び、一夏は日替わり定食、箒は焼魚定食、鈴は醤油ラーメンでセシリアはサンドイッチを頼み、四人がテーブル席に着いてから鈴は違和感を感じて口に出す。

 

「あれ、結は?」

 

 一夏と自分、専用機持ちの英国女と何故か一夏に付いて親しそうにしているこの女ともう一人、昨日助けてくれたあの少年の姿が見えず、鈴はキョロキョロと見回して見るがあの小さな背丈の姿は微塵も見当たらない。

 

「結のやつ、いつもここには来ないんだよ」

「ふーん、お弁当かしら」

 

 それならそれでもいいのかなと料理に手をつけようとしたら、視界の端に今朝見たきりの少年の姿が映った。

 

 首を向けると両手で大事そうに弁当の包みを持ち、パーカーのフードを揺らしながら小走りで此方に向かって一直線に走ってくる少年の姿がそこにあった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ご飯……ごふっ」

「結!?」

 

 ズボンの裾に足を引っ掻けて勢いよく前のめりにずっこけた。

 回りは冷や汗をかき、一夏をはじめ食堂に居た一組の者と鈴が駆け寄り、外野がなんだなんだと輪を作る。

 

「大丈夫か結!」

「らいじょうふ」

「血は出てないか! 歯は折れてないか!?」

「おれへない」

「お怪我はされてませんの!?」

「ひてないよ」

 

 少し過保護な気もするが、あれだけ思い切り倒れたら年上として心配するのも当然だろうか。

 

 

「お弁当守れた」

「「「(ご)自分の心配をしろ(なさい)!」」」

「はい」

 

 なんだろう。この、なんだろう。

 

 得も言えない感情に苛まれる鈴だった。

 

 

 ◇

 

 

「それで、そこの者と一夏はどういう関係なのだ。随分と親しそうだったが」

 

 テーブルを挟んで箒が一夏に問いただす。

 一夏は箸を置いて鈴の紹介をする。

 

「コイツは鈴、小5の時中国から引っ越してきた幼馴染みみたいなもんで、箒とはちょうど入れ違いだったな」

「よろしく!」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 そう言って箒と鈴が笑顔で握手を交わすが、お互い作り笑いか目が笑っていない。一夏は二人の後ろに火花が散ったような錯覚を見て疲れているのかと眉間を揉み、結は極力関わらないように口に弁当の中身を運んでいた。

 

「そうだ鈴、親父さんとお袋さんは元気にしてるか?」

「あぁ、うん、まぁ……」

 

 一夏の問いに歯切れの悪い言葉で濁す鈴。

 

「実は、わたしのママとパパ、離婚しちゃったの」

 

 それから鈴はぽつぽつと身の上話を語りはじめた。

 

「昔はホントに仲が良かったんだけどね、中学の時ぐらいかな、だんだん二人とも話さなくなってさ、国に帰ってからもっと仲が悪くなってって、結局離婚しちゃった。その後はママに引き取られて。ほら、今の時代女の方が強いから」

 

 だんだん語調が弱くなり、釣られて視線が下がっていく。ついに押し黙ってしまった鈴。周りも何も言えず、一夏はやってしまった、とかける言葉がなかった。

 

 そんな中、結は何も言わず自分の弁当の中からミートボールをずいと鈴のラーメンの中にいれる。

 

「結?」

「あげる」

「あ、ありがとう」

 

 呆けていた鈴だったが、勝手に渡されたその肉団子を口に運ぶ。何とも言い難いぬるさと甘口なソースの味がしたが、何処か優しさを感じる味だった。

 

「元気出して、お姉ちゃん」

「うん、ありがとね、結」

 

 鈴は目頭を擦り、結の頭を撫でる。

 結も目を細めてされるがままに撫でられる。

 

 お陰で鉛のように重かった空気は何処かへ流れ、皆食事に戻った。

 

 

 

 ◇

 

 

 放課後、アリーナ地下の結の部屋。

 微かに揺れる部屋の隅で結は制服からISスーツに着替えていた。特注のスーツから生える機械の項は、今日も特に変わることなく不規則な緑の点滅を続けている。

 

 それを隠すようにパーカーを羽織り、部屋を出て少し歩き、横にある扉から階段を登るとアリーナの関係者入口と同じ通路に出るのでそこから一般通路に移り、アリーナの解放されているカタパルトに到着する。

 

「……」

 

 外は様々な人間や機械が不規則に動き、皆何かをしているのが見える。

 その内で数名、見知った人物を見つけた。一夏と箒、セシリアだった。

 

 結はカタパルトから飛び上がり、一先ず上からそれぞれの様子をハイパーセンサーで拡大し、観察していた。

 

 口元から何となく何を言っているかを見ていると、セシリアはつらつらと専門用語と教科書のような知識を羅列していて、箒は端的も越えた擬音での大雑把な説明をしている。

 

 それを聞かされている一夏はげんなりしていて、見ていて若干いたたまれない。

 

 いって混ざってみようか。そう思っていると一夏はまた練習に戻ったようで、飛行をはじめた。

 

 結は少し驚かしてみようとゆっくり飛びながら一夏からは死角の位地に入る。

 

 そして唐突に一夏の目の前に飛び出して、彼の気を引く。

 

「なぁっ!?」

 

 一夏はすぐに姿勢を起こして急ブレーキを掛け、空中で止まる。

 静止して見上げると、そこには十字のマスクが特徴的な結のIS、ガーディアンが浮かんでいた。

 

「どうしたんだよ結、危ないな」

「邪魔してごめんねお兄ちゃん。なんかしてるから付き合おうと思って」

「あぁ、そういうことなら頼む」

 

 何からしようか、と二人はタワーの前で話し始め、とんとんと話は進み、一先ず飛行の練習をすることになった。

 

「ぼくの機体は重たいから、お兄ちゃんの機体の方が、そのぶん速く飛べると思うよ」

「そうなのか、けどなんか感覚掴めないんだよなぁ……」

「それは慣れなきゃダメだね。取り敢えず、飛ぼう。付いてきて」

「あぁ!」

 

 結は旋回して一夏に背を向け、アリーナの空に向かって飛び上がる。

 その後ろを一夏が追い掛け、二人は一定の間隔と速度を保って飛行する。

 

 その様子を地上で眺める箒とセシリア。

 

「あれは、上代か」

「相変わらず何を考えているのかわかりませんわ……」

 

 そして外野の女子生徒たち。

 

「世界に二人だけの男性操縦者があそこに……」

「カッコイイの織斑くん、そして可愛いの結たん」

「カッコ可愛いよ結くんはぁはぁ……」

「呑気なこと言ってないで練習したら……可愛いな」

 

 世にも珍しい男性操縦者の二人だけあって、その二人が一緒にいると言うのはそれほどに貴重な瞬間だった。

 

「……」

「どうした、結?」

「なんでもない」

 

 全方位を見渡せるハイパーセンサーで女子たちの様子を見ていた結は、なんとも言えない感情が沸き上がってくすぐったい思いだった。

 

「お兄ちゃん、少しずつ速く飛ぶからね」

「おぉ、頼む!」

 

 結は背部スラスターの出力を高めていき、徐々に速度を上げていく。アリーナ内をぐるぐると回り、速くなっていく結の後ろをなんとか食らい付いている一夏だが、その表情はだんだんと険しく余裕の無いものになっていった。

 

 ハイパーセンサーで一夏の様子を後頭部から眺める結。

 ここで更にスラスターの出力を上げ、ユニットを展開させる。追加で脚部にも備えられているユニットも使って一気に加速してみせる。

 

「結!?」

 

 ドォン、と空気の壁を抜ける音がして結のISは急加速をして旋回し、そのままタワーの頂上まで一息で飛翔した。

 

「お兄ちゃーん、同じことできる?」

「やったことないんだが!?」

「やってみよう」

「マジかよ!」

 

 プライベートチャットで耳元に聞こえてくる少年の声はあくまで呑気なもので、さらっと言われたことは中々にハードだった。

 

 同じようにやってはみるが、巧く加速させられない一夏。

 足踏みをしているような焦りにやがて操作もぎこちなくなっていく。

 

「なぁ結、あの加速ってどうやるんだ?」

 

 ついに諦めたのか、一夏は上空で見ていた少年に聞いた。

 結は糸を切った人形のように自由落下で一夏のもとまで落ち、彼の真横でピタリと止まる。

 

 端から見れば気絶したのかと危うくなったが、当の本人は何ともないように説明を始める。

 

「ぼくとお兄ちゃんの背部スラスターて、いろいろ違うから何とも言えないけど、エネルギーを多く使うのは変わらないかな、多分」

「エネルギーを多くねぇ」

 

 漠然とした説明に要領を得ない。

 燃料を多く使う。それはなんとなく分かるが、ではそれを実践してみるとなるといまいち巧くいかない。

 

「セシリアお姉ちゃんと戦った時に一回出来てたし、出来るとは思うんだけどね」

「あれは、あのときは無我夢中だったし、今じゃわかんねぇよ」

 

 あのとき、速く飛ぶイメージがあったからなんとなく出来ていたらしいが、一夏としてはそれどころではなかったのでいまいち実感がなかった。

 

「結はどんなイメージで瞬時加速をやってるんだ?」

「ぼく?」

 

 分からないなら聞け、と思考を一度手放した一夏は結のやり方を参考にしてみようと思い至った。

 

「ぼくは、風船かな」

「風船」

「ふーっ、て息を吐くのが普通の飛ぶとき、風船に空気を入れて飛ばすのが瞬時加速で飛ぶとき、て思ってる」

「あー、うん、なるほど」

 

 何となくイメージが沸いてくる。

 つまり溜めダッシュと一緒だろう。

 

「結ー、ちょっとやってみるから見ててくれー!」

「はーい」

 

 ものは試し、一夏は結に教わったイメージから自分なりに解釈し、背部スラスターに意識を集中させる。

 

 徐行程で飛びながら、背部スラスターに送るエネルギーの量を少しずつ増やしつつ、意図的に溜め込んでユニット内に貯蓄させ、ある程度溜めたところで一気に放出させる。

 

 ドンッ、と爆音が響き、一夏はスラスターに押され、空気の膜とスラスターに挟まれ圧迫感を覚えながら飛び上がる。

 

「うぉおおおお!?」

 

 間抜けな声を上げて結のところまで飛び、慣性が途切れて突然の浮遊感が体を通り抜けていった。

 

「やったねお兄ちゃん。ちゃんと出来てたよ」

「そ、そうなの、か?」

 

 仮面の下でクスクスと笑っている結に褒められつつ、冷や汗を拭う。

 

 それから結と一夏は使用時間ギリギリまで訓練を続け、ほったらかしにされていた箒とセシリアは拗ねて膨れていた。

 

「何故私が説明したときより上代が来たときの方が上手くいく?」

「それはあんな大雑把な説明ではわかりづらいと思いましてよ」

「いやセシリアも大概分かりづらい……」

「わたくしの説明の何処がわかりづらいと?」

「いや堅苦しい理論はあんまり得意じゃなくてさ……」

 

 練習でくたくたになった一夏を問い質す大和撫子と英国淑女。端から見れば両手に花とでも言うのだろうが、それはあくまで他人の感想であり、とうの一夏は一刻も早く抜け出したい一心だった。

 

 そうしていること十数分、やっと解放された一夏に結も付いていき、更衣室を抜けて休憩ルームで汗を拭っていると背後から鈴がドリンクを持ってやって来た。

 

「お疲れ一夏、温めのスポーツドリンクよ。結もいる?」

「お、ありがとな。鈴」

「いるー」

 

 一夏にお礼を言われて頬を染めながら結にも一夏に手渡したものと同じボトルを渡す鈴。

 ボトルを受け取った二人、集中していたため一夏は勢いよく呷り、結は然程疲労の気も見せていなかったか、チビチビと喉に流し込んでいく。

 

「あぁ~、体に染みる……」

「本当。昔からおじいちゃんみたいね、一夏って」

「健康は大事だぞ」

「ぬるい」

 

 一夏にドリンクを渡し、感想を貰った鈴の表情にどことなく嬉しい感情を見つけた結は、二人から少しだけ距離を置いて眺める。

 

「ねぇ、一夏。あのときの約束覚えてる?」

「約束って、鈴が転校するときのか?」

「うん」

 

 気恥ずかしそうにしながらも、甘酸っぱい感情を乗せた言葉には確かに色恋の香りを漂わせる鈴は、昔、学校を転校することになった際に一夏と交わした約束のことを切り出した。

 

「もしまた会えたら、毎日……」

「毎日、酢豚を奢ってくれるってやつ!」

「は?」

 

 さっきまでの浮かれた様子は何処へやら、鈴は、素っ頓狂な声を漏らして否定する。

 

「そんなんじゃないわよ! まさか覚えてないの!?」

「覚えてるだろ! 確かに酢豚奢ってくれるやつだろ?」

「だから、奢るんじゃないのよ!」

 

 そのまま二人は合っている、いや違う、と平行線で言い合いになり、互いに譲らず謝らずでどんどん熱くなっている。

 

 その騒ぎを聞き付けて外野が集まり、そのなかには箒やセシリアもいたので結は二人に泣きついた。

 

「なんだ、どうしたんだ上代。どういう状況だこれは」

「何か言い合っているご様子ですが、一夏さんはあの方と何があったのですか?」

「わかんないよぉ!」

 

 珍しく声を上げる少年を慰めながら箒も打って入ろうと試みるが、それどころではなく言い合いはヒートアップしていく。

 

「女の子との約束を忘れるなんて最低よ!」

「なんだとこの貧乳!」

 

 その台詞を吐いた直後、一夏はしまった、と口を閉じたがもう遅い。

 貧乳は鈴の一番のコンプレックスであり、昔その事をふざけて口にした中学時代の友人は、鈴の逆鱗に触れて半殺しになるまで血祭りにされていた。

 

 拳が飛んでくるかと身構えたが、鈴は片腕だけISを展開して、それを床に思い切り叩きつけた。

 

 衝撃と金属の凹む音。

 見れば床は大きく凹み、クレーターを作っていた。

 強化金属フレームで出来たアリーナの通路は、生半可な衝撃では傷一つつかないのだが、それがここまでの凹みを作るとなると鈴のISのパワーが如何程か窺える。

 

「言ったわね。言ってはいけない事を言ったわね……」

「待て、鈴、それは誤解で……」

 

 溢れ出す涙も気にせず、鈴は捲し立てて激昂する。

 

「アンタなんか、馬に蹴られて死ね!」

 

 そう吐き捨てて、鈴は振り返り走り去っていった。

 取り残された一夏は後を追うことも出来ず、呆然と立ち尽くしていたがそこに箒がやって来て追い討ちをかける。

 

「一夏、お前は犬に噛まれて死ね」

「箒、お前まで⋯⋯」

 

 それだけを言い残して箒も去っていく。

 セシリアは会話に取り残されていたが、聞いている限り一夏が悪いのだと判断して、飛び火を食う前に結も連れてこの場を去ろうとしたら、少年の姿が見えなかった。

 

「あら、結さん?」

 

 忽然と姿を消した少年を名前を呼んでみるが返事はない。少し見渡すと、鈴が走っていった方向に向かって行っている結の後ろ姿が見えた。 

 

 

 




 分岐しない……。
 次回、結くんの生い立ちを本当にチラッと触れるかも。


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十一話 少年と泣いた少女

 結くんの過去がチラッと出てくるだけ。


 ◇

 

 

 

 

 学園屋上。

 夕暮れの赤い陽射しが直にさすベンチで、鈴は膝を抱えて丸くなり、一人啜り泣いていた。

 

 一夏との約束。それがあったからこそ転校して祖国に帰った後も、両親が離婚したときも、訓練を経て代表候補生にまで上り詰めたときも頑張ってこれたのに。

 

 それを大事な相手が忘れていたのでは本末転倒も良いところ、怒りと悲しみ、やるせない感情が渦巻いて、何がしたいのかすらわからなくなってきた。

 

 どうして忘れちゃったのよ、バカ……。

 

 思い浮かべる恋い焦がれた男の姿が、今では色褪せてただただつらい。

 

 もう全てを投げ出してしまいたい、そう思い焦ったところで屋上の扉が遠慮がちに開けられ、誰かが出てくるのを感じた。

 

 振り向くと、そこには肩で息をする小さな少年の姿があった。

 

「……結?」

 

 少年は今にも泣き出しそうな顔で、制服の裾を握って鈴のもとに走ってくる。

 鈴は目許の涙を払い、駆け寄ってくる結を迎え入れる。

 

「どうしたのよ」

「お姉ちゃんが泣いてたから、来た」

 

 たったそれだけで、お節介だ、構わないで、そんな言葉の数々が巡った末、結局鈴の口から出たものは嗚咽であり、どうしようもなく涙は溢れてくる。

 結は制服のポケットからハンカチを取り出して涙に濡れた鈴の目許を優しく拭ってやる。

 

 鈴は目の前の少年に泣きつき、自分よりも二回りも小さい少年の胸のなかで号泣した。

 

 結はなにも言わず鈴の背に手を回し、優しく頭を撫でる。彼女が静かに落ち着くまで、ずっとそうしていた。

 

 

 

 

 夕陽がさらに傾いてきだして辺りも鬱蒼としてきた頃、まだ涙は止まらないが、ようやく落ち着いた鈴は、結を隣に座らせてから、彼から渡されたハンカチを大事そうに握り、時折流れる涙を拭いていた。

 

「もう大丈夫?」

「ん、もうちょっと……」

「わかった」

 

 そう言って結は鈴の隣でぼう、と日が落ちていく空を眺める。

 

 質問はしない。

 自分が関わっているわけでないし、今やっていることだってお節介だと承知している少年だが、それでも見過ごせなかった。

 

「なんで、アタシに構うわけ……?」

 

 声をしゃくらせながら鈴が訊ねる。

 怪訝に思っているわけでも迷惑そうにしているわけでもなく、ただ単純に疑問だった。

 

 昨日今日会ったばかりの人間に、こうも甲斐甲斐しく接するものだろうか。

 もしも自分なら放っておくだろう。

 幼いからこそ構うのか、それともそういう性格なのか、理由が知りたかった。

 

 結は少しだけ口をつぐんだあと、ゆっくり話し出した。

 

「……昔、施設にいたころね、ぼくの他にいろんな子がいたんだ」

 

 そこにはたくさんの友達がいたんだ。

 男の子、女の子、おっきい子やちっさい子。みんなは仲良しで、よく一緒に遊んでた。

 

 でも、時々誰かが泣いてたんだ。

 怖い、もうやだって言いながら。

 

 聞いても答えてくれなかったし、無理に聞くのも嫌だったから、ぼくはそばにいてなぐさめてあげるのがよくあったんだ。

 大丈夫、怖くないよって言いながら泣き止むまでこうして、お姉ちゃんにしたみたいに頭を撫でてるとね、みんな少しだけ元気になったんだよ。

 

 色んな子が施設からいなくなってからみんなと会えなくなったけど、今でもみんな元気にしてるって思うとぼくも元気になる。

 

「だからかな。なぐさめるのはとくいだよ!」

 

 少年の膝の上で寝転がって話を聞いていた鈴は、内容を話半分に聞いていたが、今自分がこうして宥められている事実からなんとなく本当であることを悟った。

 

「なんか、ありがとね。少し元気でたかも」

「そっか。よかった」

 

 ようやく立ち直った鈴は起き上がり、ありがとね、と結の頭を撫でてやったあと、手元にあった彼のハンカチに気がついた。

 躊躇いもなく有り難く使っていたが、気がつけば涙と他の液体でたらたらになった正方形の布。よくみればやたらと上等な素材を使っていて、手触りもよく一目で高いものだと気づく。

 

「結、あんた、これ、高いものだった……?」

「そうなの? 先生からもらったものだからわかんない」

 

 震える鈴に対して結は平然としているので物の価値がイマイチわかっていないのか、と鈴は納得した反面、そんなものを汚してしまった罪悪感がひしひしと肌を逆撫でする。

 

「ごめんなさい、洗って返すわ」

「え、でも」

「あんたが許してもあたしが許せないの」

「う、うん」

 

 結を無理矢理承諾させ、自分の体液まみれのハンカチを取り敢えず丁寧に畳んでポケットにしまう。

 借り物の話はここまでで、妙にスッとした気分になった鈴は背伸びをして息を吐く。

 

「なんか、泣いたらスッキリしたわ。本当にありがとね、結」

「お姉ちゃんが大丈夫になったんなら、よかったよ」

 

 然も自分の事のように喜んでいる少年の頭を撫でてやる。

 

「あーあ、あんなんじゃあたしなんて女として見られてないのかなー」

 

 思い出したのはさっきの事。

 あれほど恋い焦がれた気持ちは何処かへ旅立ち、今はもうなんとも思っていないのが不思議なほどだった。

 

 そういえば、今度クラス代表戦があったのよね。

 このまま約束ごと忘れられたまま終わるのも癪だし、代表戦でこてんぱんに懲らしめてやろうかしら。

 

 そんなことを考えたいると体の内側からふつふつと怒りとも取れないやる気が溢れてきた。

 

「よし、アタシ勝つよ!」

「んー?」

 

 日の暮れた空に向かって拳を向け、高らかに宣言する。

 

 

 

 ◇

 

 

 学生寮。

 

 鈴は自室に戻って洗濯物を選別していた。

 勿論借りたハンカチも取り出して汚れ物と一緒くたに放り投げようとして、素材感からして手洗いの方がいいかとつまみ上げる。

 

 持ち上げたレースのハンカチを広げて今一度よく見てみると、布の端に刺繍が入って射たのを見つけた。

 

「なにこれ、名前?」

 

 そこには『Ernest=Hide』と青い糸で筆記体の刺繍が施されていた。

 

 い、え、えーねすと、ハイド?

 

 多分違う気がすると思った鈴はルームメイトのアメリカ人になんと読むのが正しいのか聞いてみることにした。

 

「ねぇティナ。これなんて読むの?」

「ん? どれどれ。あー。アーネスト・ハイドだよ」

「ふーん。ありがと」

 

 そこまで気になっていたわけではないが、持ち主とは違う名前が入れられているとやはり多少は気になっても仕方ない。

 そこまで大きな問題でもなかったが。

 

 別段気にもせず、手短な容器に水と少量の洗剤を混ぜ彼のハンカチを浸して洗う。

 乾いたらちゃんと渡してあげよう。

 

 

 そしてクラス代表戦、一夏を一捻りで倒して謝罪させてやる。




 あと二話もしたらクラス代表戦ですかね。
 


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十二話 少年の大切な物

 原作とはちょっと違うことやります。


 翌朝、一夏は釈然としないままに自分の教室に登校すると、教室内がいつもとは違う騒々しさがあった。

 

「あ、織斑君、おはよ!」

「おぉ、おはよう」

 

 目があった一人の女子が挨拶しながら一枚のプリントを持って近づいてきた。

 手渡されたプリントに目を落とすと、そこには学園行事の案内が書かれていた。

 

「クラス対抗戦?」

「そ。織斑君は一組のクラス代表だからね。頑張ってもらわないと!」

「頑張って織斑君!」

「がんばれ~おりむー」

 

 拳を握って激励しているクラスの面子を呆けた顔で眺めていた一夏の横から、セシリアが話に入ってくる。

 

「一年のクラス代表で専用機を持っているのは一夏さんだけ……だと思いますが」

 

「待った」

 

 セシリアの言葉を遮ってきたのは教室の入り口にいた鈴だった。

 

「二組のクラス代表はアタシに変わって貰ったから。もし対抗戦であたしが勝ったらあたしに謝ってもらうから、一夏」

 

 そう言った鈴はクラス内を見回したあと、一夏とセシリアの元に来て胸を張る。

 

「ところで結はいないの? 渡したいものがあるんだけど」

「結なら」

「あんたには聞いてない」

「えぇ……」

 

 昨日の一件で鈴は一夏に並々ならぬ敵意を向けていた。

 

「結さんなら今日は三限からここに来ますわ」

「そうなの? じゃあこれ返しておいてもらえないかしら。実技やら体育やらで教室空けるから暇がなくて、お願い」

「それならお安いご用です」

「ありがと!」

 

 セシリアに昨日借りたハンカチを手渡し、鈴は忙しそうに自分のクラスに戻っていった。

 

 一夏は居心地悪く自分の席に戻り、セシリアは受け取ったハンカチを眺めて、その質感から祖国のブランド品だと鑑定する。

 

 そして、刺繍されていた名前を見つけて、一瞬顔をしかめさせた。

 

 が、すぐに頭を振って気を改める。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 別教室。

 黒板前に添えられた教壇と、その向かいに一つだけ置かれた机があるだけの、あまりにも殺風景な教室に、結は一人席について何をするわけでもなく無言を貫いていた。

 

 何かするわけでもなく、床に足が着くか着かないかの高さの椅子は些か爪先が泳ぐので当てもなくぷらぷらと振ってみる。

 楽しいわけじゃないが、何も考えずに暇を潰すのならこういう単調な動作も良いのかとぼー、としていると、教室の扉が開かれて外から赤縁メガネに緑髪をした女性教員が入ってきた。

 

「おはようございます結ちゃん!」

「真耶先生、おはようございます」

 

 結のことをちゃん付けで呼ぶ真耶。

 結が学園島に来た頃から、結の世話をしていた。

 はじめはかなり警戒されていたが、今では作ったお弁当を食べてもらえる程には関係も和らいできた。

 

「はい、今日のお弁当ですよ」

「ありがとう、ございます」

 

 特に何か特別なことを言うわけでもなく、結は手渡された弁当の包みを受け取り、それをまじまじと眺める。

 

「ふふ、気になりますか?」

「え、あ、うん、はい」

「開けてからのお楽しみですよ」

「わかりました」

 

 それでは授業に移りましょう、と手を叩き、真耶は教壇に立ち、小学生用の教本を片手に授業が始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 昼休み。

 

 結は教室内で弁当をついばんでいた。

 表情は終始変わらず機械的に中身を摘まんでは口に運び、一定数咀嚼して飲み込む。この動作を只管続けていた。

 

 箸の持ち方は若干覚束なく、力んでいるのか少し持ちづらそうに震えている。

 それでも食事は滞りなく進めている。

 

「美味しいですか?」

「うん」

 

 同席していた真耶が同じ中身の弁当をつつきながら弁当の感想を尋ねる。

 返答は二文字の一言で終わってしまい、真耶は嬉しさを必死に感じつつも少し物悲しい気分になってしまう。

 

「……まだ、味は分かりづらいですか?」

「……そんなことないよ」

 

 間を置いての返答は嘘にまみれていた。

 

 結がここに来た当初、結はまともに食事をせず、何か口にしても味がしないと吐き出していた。

 それが極度のストレスによるものかはわからないが、みるみるうちに痩せ細っていく小児の姿を眺めるのは教師として、大人として堪えられなかった真耶は自ら結の世話役を買って出た。

 

 今ではこうして弁当を作り、時間があれば一緒に食べたりしている。

 以前のように嘔吐することはなくなったが、それでも些か我慢をしているようでやるせない。

 

「ごちそうさま。美味しかったです」

「結ちゃん」

 

 真耶は咄嗟に目の前の少年を呼び止め、抱き締める。

 

「結ちゃん。つらかったり、寂しかったりしたら、いつでも私に頼ってください。どんなときでも力になります。だから、抱え込まないでいいんですよ……」

「……はい」

 

 暫くそのままで結はされるがまま真耶に抱き締められ、その人肌にかつての恩師の姿を重ねる。

 性別や人種は違えど、その温もりが微かに似ていると感じた結は、自ずと手が伸び、自分も真耶に抱擁する。

 

「ぼくは大丈夫だよ、真耶先生」

「結ちゃん……」

 

 それが本心だと信じたいが、もしかすれば不安にさせないための見栄かもしれない。

 それでも、信じたいと思った真耶はそれ以上は何も言わず、滲む涙を堪えてただ抱擁するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後からは教室で専門座学が入っているので、結はあのあと真耶と別れて教室に向かった。

 ついた先で扉を開けば皆の視線が集まるが、全員一度開いた扉の先に人影が見えなかった事に驚き、改めて下の方にいる結を見つけて内心ほっとする。

 

 結は毎度集まる視線に少しびくびくしつつ、会釈して自分の席に着く。

 そして誰かと話すことなく爪先で暇を玩んでいるとセシリアが声をかけてくる。

 

「ごきげよう、結さん」

「セシリアお姉ちゃん。こんにちは」

 

 最初はイギリスの、決闘の時は金髪。しかし今は名前で呼んでくれていることに親しみやすさを感じたセシリアは複雑ではあるが嬉しくて少し頬が緩む。

 が、すぐに引き締めてセシリアはポケットからきれいに畳まれたハンカチを取り出し、結に渡す。

 

「こちら、鈴さんがありがとうと言っておりましたよ」

「あ、うん。ありがとうセシリアお姉ちゃん」

 

 ハンカチを受け取った結はこれまでにないような笑みを浮かべ、その一枚の布を大事そうに包んで自分のポケットに仕舞う。

 

 物に対するにはあまりにも仰々しい態度に、流石のセシリアも気になった。

 

 

「結さん。そのハンカチ、とても大切な物なのですか?」

「うん」

 

 短く答えた結は、ハンカチの元の持ち主のことを考える。

 

 あの施設で皆のことを思いやり、泣いている子が居れば慰め、笑っている子が居れば一緒に笑い、とにかく誰かのために身を粉にして働いていたあの人。

 

「これね、先生からもらったんだ」

「先生? この学園のですか?」

「うぅん、前に施設に居たころの、先生」

 

 まだ十にも満たない子供だというのに、結は哀しみと嬉しさを綯交ぜにした表情を浮かべながら話し続ける。

 

「先生は、世界で一番、誰よりも優しくて、みんなのために頑張ってた人。ぼくの大切な人なんだ」

「そうなのですか」

 

 結が思い浮かべる人物というのが、一体どんな人間かはわからない。

 だが、話を聞く限りではあの父親とは違う、まともな人間のようであった。

 あの人とは違う、そう再認識したセシリアは安堵するが一緒に落胆もした。

 

「だから、このハンカチはぼくの宝物」

「それは、大切にしないといけませんわね」

「うん!」

 

 今までにない笑顔を見せられて戸惑ったが、ここで取り乱しては貴族の誇りが失われてしまう。

 セシリアは結の頭を優しい手つきで撫でてやり、ヒラヒラ手を振って自分の席に戻った。

 

 

 

 




 ついに幕開けとなったクラス対抗戦。
 一夏と鈴の激闘の狭間、現れたのは強敵ゴーレム。
 そんな中、結の前にも現れたゴーレムに結はどう立ち向かう。
 次回、○○と●●

 さて次回も、ナーバスナーバス!



 ごめんなさい、調子に乗りました。
 次はクラス対抗戦です。

 感想、評価、気になるところあれば気兼ねなく言いつけたください。誤字脱字あればご報告ください。

 ではまた。


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十三話 少年と対抗戦

 対抗戦(前座)
 書いてて鈴ちゃん可愛いなって思い始めたこの頃。


 ついにやって来たクラス対抗戦当日。

 いつにもまして人の多い観客席を覗きながら、一夏はピットの中で息を整えていた。

 先日鈴と喧嘩して、その事を根に持たれて結局話し合いをすることもなくとうとう今日になってしまった。

 

「ちゃんと話さねぇと約束の内容すらわかんねぇよ……」

 

 自分で言ってて情けない奴だな、と思いつつも、今は自分だけじゃなくクラスのためにも戦わなくちゃいけない。一夏は気を引き締めて白式を展開し、カタパルトに足をのせ、飛び出す。

 

 とにかく、今は勝つことを考えるんだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 反対側ピット内部。

 

 鈴が機体のチェックをしている横で、何故か一組の人間である結が立っていた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「えぇ、バッチリよ! で、なんで結が居るの?」

 

 聞いて当然だろう。いくら親しくなった間とはいえ一組の人間が対戦相手に当たる二組の元に居てもいいのだろうか。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

「うぅん、なんでもない」

 

 どうでもいいや。

 なんか周りもそんなこと気にしてないみたいだし。なんなら愛でたくてウズウズしている。

 

「それじゃ、行ってくるわね!」

「いってらっしゃい」

 

 見送られ、鈴はカタパルトから景気よく飛び上がった。

 

 鈴が出撃したあと二組の者は観客席に戻ったが、結だけはそのままピット内に残っていた。

 人混みが苦手な結にとって今のアリーナ観客席は地獄絵図に等しい。しかし放送席にも居づらいし、地下にある自分の部屋に戻るくらいならここで待っているのが良いだろうと思い至り、冷たいピットの中で一人、鈴が勝つことを祈っていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アリーナ上空、一夏と鈴は向かい合っていた。

 

「覚悟しなさい一夏。徹底的にぶちのめしてから土下座させてやるんだから」

「やれるもんならやってみろよ」

 

 互いに謝罪するという選択肢は既に存在せず、力ずくでも非を認めさせる事しか考えていなかった。短気な者同士、こうなってしまうのも仕方無いのかもしれないが、ヒートアップして戻るに戻れなくなっていた。

 

 試合開始のブザーがなる。

 騒がしかった観客席は更に喧騒を増して、声援が増える。

 

 始めに仕掛けたのは一夏のほうだった。

 雪片弐型を展開して両手で掴み、加速をつけてから斬りかかる。

 鈴は堂々と構えて居たが、一夏が懐に迫った瞬間、不敵な笑みを浮かべたかと思えば、背部のユニットが展開して一瞬の砲撃の音が響き、一夏は見えない何かによって吹き飛んだ。

 

「ぐうっ!?」

 

「あれはなんだ!?」

「恐らく、圧縮した空気を弾として使っているのかと思われます。ダメージこそ少ないですが、威力は凄まじいものですわ」

 

 砲身は存在せず、それ故どこへ向かって撃ってくるのかが分かりづらい。単純だが恐ろしい武器に固唾を飲む。

 

 ボウリング玉程のサイズの塊で殴られたような感触に度肝を抜かれ、崩された体勢を正して再度飛びかかる。

 

「喰らえ!」

「ッ!」

 

 また衝撃に押され、一夏は鈴に近づくことはおろか攻撃も出来ない。更に鈴は巨大な青龍刀を二振り展開して構え、一夏に向かって攻撃に転じる。

 

 芯を付くような的確なものではなく、どちらかといえば力任せな斬撃の嵐に一夏は必然と苦戦を強いられる。一撃が重たいというのに、鈴は難なく青龍刀を振り回し、一夏が攻撃に入る前に斬りかかり、隙を作ってそこに斬撃を叩き込む。

 

 だが一夏も負けてはいられない。

 鈴の連撃を見定め、二本目の斬撃を半ば無理矢理に避けたあと、悟られないよう溜めたエネルギーを一度に使って瞬時加速を行使する。

 

 狙いは横に入り込む。ないし失敗しても体当たりが出来ればどうにかなると見込んで飛び込んだ瞬時加速は、狙いより少し下、鈴の脇に潜り込み、掛かるGを無視して無理矢理姿勢を起こし、横凪ぎで攻撃を当てる。

 

 やっとまともに入った攻撃を止めることはしないと、一夏は攻撃を続ける。

 

「嘗めんじゃないわよ!」

 

 しかし、又も放たれた衝撃波にぶち当たり、一夏は押し退けられた。その隙に鈴は二振りの青龍刀の柄頭を繋ぎ合わせ、一本の薙刀に合体させる。

 それを軽快に振り回し、先程よりも回転を増した連撃で一夏に迫る。

 

「やぁぁぁあああ!!」 

 

 一夏に一度の好機すら与えず、鈴は怒濤の連打を与えて二門からの龍砲を充填し始める。

 

「これで、終わり!」

 

 

 

 

 勝負が決すると誰もが予感した瞬間、突然轟音が響き渡り、同時にアリーナが揺れ、非常ベルが鳴り響く。

 

 何事か、試合をしていた二人は止まり、辺りを見回す。

 

「あれは……?」

「さぁ、わかんねぇ。けど、いい雰囲気じゃなさそうだ」

 

 アリーナの強固な防御壁を撃ち破って現れたのは、全身装甲に包まれた二機のIS。

 

 赤銅色の曲線的な形状の装甲は、全身を隙間なく包み、右腕は巨大な砲身、左腕は同じくらいのマニピュレータになっており、砲身からはさっきアリーナのエネルギーシールドを破ったためか煙を上げていた。

 顔に当たる箇所は首と胴が一体化していて、全身を向け、大、中、小の三つのカメラアイがこちらを捉える。

 

「織斑先生、応答してくれ! 千冬姉!」

 

 オープンチャットが繋がらず、ただノイズが煩く啼いているのみで役に立たない。

 観客席は人の波が生まれ、出口に向かって雪崩れているようだが、その流れは滞っているようだ。

 

 片方は周囲を見回したあと、鈴が出てきたピットに向かって飛んでいった。

 

「あっちには結が……待ちなさい!」

「行かせるか!」

 

 わかっているかのように謎のISは二人の前に立ち塞がり、足止めしてくる。

 

 偶然にしては明らかに出来上がっている。だが、この状況で何が出来るかなんてたかが知れているのも明白だった。

 

「鈴、試合は中断だ。コイツを倒すぞ」

「そんなこと言ったって、先生が来るのを待ってたほうが良いんじゃ……」

「連絡がつかない、非常口も開かないのか知らねぇけど避難が済んでない。やるしかないんだ……!」

 

 一瞬苦い表情を浮かべて悩んだ鈴は、すぐに引き締めて頷いて上空のISを睨む。

 

「やってやろうじゃない!」

 

 一夏と鈴は二人がかりで謎のISに斬りかかる。

 だが、そのISは二人の攻撃を見るやいなや最小限の動きで避け、距離を置きつつ一夏に拳を放って離れる。

 

「こんのぉ!」

 

 避ける敵に向かってすかさず鈴の龍砲が放たれるが、それすら簡単に避けられてしまい、ついでとばかりにレーザーが飛んでくる。

 

「鈴!」

「わかってるわよ!」

 

 無理な姿勢になりつつもすれすれで極太のレーザーを回避して、一度離れる。

 敵は追撃はしてこず、宙に浮いたまま停止する。

 

 それからも、二人が攻撃をしてはそのISは滅茶苦茶な動きで回避し、一発何らかの攻撃をして距離を置く。その繰り返しで一向に事は進まなかった。

 

「くそ、埒が開かない……」

 

 目の前の不審者は動こうとせず、抜けようとすればそれを拒む。それをくり返していれば怪しいのは明白だが、それを切り抜ける策がまだ生まれなかった。

 

「あの機械的な動き、本当に人が乗ってるのか?」

「何言ってんのよ、ISは人がいなきゃ動かないでしょ」

 

 一夏の疑問に鈴は即座に切り捨てるが、目の前であれだけ不自然な動きをされれば自分の答えに自信が無くなるのも当然のことだ。

 

「もし、何処かの誰かが無人のISを造ったんだとしたら……?」

「そんなこと、出来るわけ?」

「わかんねぇけど、そうなら遠慮はいらないよな……」

 

 苦しい笑みを浮かべる一夏の横顔に、良からぬことを思い付いたのかと溜め息をはく。

 

「何か策でもあるの?」

「あぁ、鈴。龍砲をアイツに向けて撃ってくれ」

「それはいいけど、避けられるわよ」

「それでもいいから!」

 

 やけくそに返事をした鈴は全力の龍砲を目の前のISに向けて放とうとした瞬間、その射線上に一夏が飛び出してくる。

 

「何してんのよ!?」

「いいから、撃て!」

「あぁもう! どうなっても知らないわよ!」

 

 鈴が放った龍砲のエネルギーを一夏は背部スラスターに無理矢理充填させ、瞬時加速のエネルギーに上乗せさせ、その速度を更に上げてISに向かって一直線に飛翔する。

 

「おおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 アイツの行動パターンは、攻撃を避けて一撃反撃するまでが一括り、その行動は殆ど無駄を省いたモーションだ。

 だったら、その動きが始まるより速く攻撃を当ててしまえばいい。

 予想だがあれは人間らしい動きをしていないことから無人機だと思う。ならば全力の零落白夜を当てても問題は無いだろう。

 

 謎のISのカメラ・アイが此方を捉える。そして回避行動に移ろうとするが、一夏はそれより速く敵の懐に入り込み、零落白夜を発動させる。

 

 伸びた刀身は簡単に敵ISの胴体を斬り、シールドエネルギーを根刮ぎ削ぎ落としてみせた。

 

『ギギ、ギ……』

 

 シールドエネルギーを全て消失し、勢い余って胴体も切断されたISの中から機械部品が散らばり、カメラ・アイからは光を失った。

 

「よし!」

「結を早く……!」

 

 勝利の余韻に浸る暇もなく結の方へ向かっていたもう一機との戦闘に加勢しようとカタパルトの方へ二人して向いた刹那、カタパルトのハッチが轟音を響かせて中から二機のISが絡まって飛び出してきた。

 

「「!?」」

 

 出てきたのは先程自分達が倒したものと同じ敵のIS。

 

 そしてもう片方は、呻き声をあげながらその敵ISを嬲り続ける結のガーディアンだった。

 

 

 

 

『殺シテヤル、何モカモ……』

 

 

 

 




 乱入(本番)

 ちょい出しは基本だよね。
 はてさてどうなることやら。
 結ちゃんがんばえ。

 感想、評価、気になること等々あれば感想ください。
 誤字、脱字等あればご報告願います。

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十四話 化物と少年

 時間は少し遡って。


 IS用カタパルト内部。

 

 金属のきしむ音が聞こえたかと思えば、天井に大穴を開けて鈍色の光沢を煌めかせる全身装甲に包まれた、謎のISがピット内に侵入してきた。

 

「だ、誰、ですか」

 

 出撃準備を済ませたばかりの結がそのISの方を向いて固まる。

 呼び掛けても返事はない。

 これは敵と見なしても良いものだろうか、と悩んでいると、胴体と一体化した頭についているカメラアイをキュイと鳴らして、それは此方を確認していた。

 

 不気味。

 あれが何なのか、何処から来たのか誰が乗っているのか何が目的なのか、ISを纏っていると言うことしか情報がないその存在に結は恐怖を抱き、涙を溢しそうになる。

 

「なんなの……」

 

 後ろに後退するが、決して広いと言えない環境、どうにかして逃げ出さなければと頭を捻っていると、目の前のISはその極端に太く大きな腕部に添えられたキャノン砲を物々しく此方に向けて、チャージ、そして躊躇いなく発砲してきた。

 

「っ! ガーディアン!」

 

 咄嗟に起動させたガーディアンのシールドで防御し、その間に装着を完了させた結はもう目の前にいる存在を已む無しに敵と見なす。

 

 レーザーを真正面から防いだせいで閃光が散り、その間に謎のISは結の死角に移動して接近してくる。

 

「う、しろ!」

 

 ブレードの握られた腕を振り向き様に蹴り飛ばし、その勢いで大盾で横薙ぎを当てようとするがそれを体躯を無理矢理海老反りするという、おかしな挙動でかわされる。

 

「っ!?」

 

 敵は跳ね退いて距離を取り、またレーザーを放ってくるのでそれらを盾で防ぎながら横に飛び、壁際すれすれまで移動して三角飛びでやや上から盾で殴りかかる。

 

 が、敵はそれを察知した途端に砲身を下ろして機体を回転させ、巨大な怪腕による裏拳で盾が弾かれた。

 

「あっ……!」

 

 最大の盾にして唯一の武器。

 それが今手元から離れて遠くへ転がる。

 すぐ取りに行こうとしても目の前に敵ISが立ち塞ぎ、武器を持たせまいと妨害をしてくる。

 

「う、うわあぁぁぁあああ!!!」

 

 骨の髄から響いてくる震えを押し殺し、拳を握り込む。

 背中のスラスターが展開して高速機動状態になり、踏ん張った姿勢から超加速を始め、この閉鎖空間でけたたましい爆音を響かせ、結は目の前の全身装甲を纏ったISに向かって殴り掛かった。

 

 瞬間を置いて衝撃音がピット内部を反響する。

 確実に入った。

 

 だが、そのISは何事も無かったかのように振り向き、巨腕を這わせるように伸ばしてくる。

 

「ッ!?」

 

 体前側のスラスターを噴かせて腕を避け、右側面のスラスターを噴かせて側転し、横腹に向けて勢いをつけた蹴り上げを当てる。

 

『⋯⋯』

「⋯⋯嘘でしょ」

 

 ピクリともしないどころか、脚を掴まれてレーザーキャノンと一体化した右腕が直上から容赦なく顔面に振り落とされる。

 避けようにも足を掴まれたまま宙釣りの状態で、引き上げられながら極太の砲身が迫る。

 

「かふっ⋯⋯」

 

 仮面から響く衝撃が脳全体を通り過ぎて反響する。

 

 まずい。

 攻撃は全て防がれ変な動きで避けられるし、当たってもびくともしない。

 通信障害が起こっているのかさっきから放送室に掛けても通じない。

 逃げようとすれば後ろから撃たれるだろうし、向こうも逃がす気はないだろう。

 

 退路がない。

 進路もない。

 

 支えであった盾も今は握っていない。

 

 どうしようもない不安感が結の心にのし掛かり、目尻に浮かべていた涙が溢れだした。

 手先が震えだし対峙しなければならないはずの敵の目の前で蹲りそうになる。

 頭の中は足踏みをして前にも後ろにも進めず動けない状態で燻り、答えを出せない状況に吐きそうになる。

 

「誰か……助けて……」

 

 目の前が滲んで何も見えなくなり、呼吸も段々と浅くなってくる。

 

 敵が動かず背を丸める此方に向かって悠々と歩いてくる姿が、絶望にじわじわと進んでいる事だけを示し、視界が端から炙るように色が落ちていく。

 

 敵が眼前まで到達した。

 殺される。

 

 そのとき、頭の中であいつの声が木霊する。

 

『俺が自由に出れないでイラついてる時によぉ、楽しそうなことしてんじゃねぇよ⋯⋯』

 

 その声が聞こえた瞬間、結の意識は覚醒状態のまま蓋をされ、項の機械部分からガチリと無機質な音がなり、全身の内側、筋や血管、神経が急速に回路を繋ぎ変え、体の自由が利かなくなる。

 

「フー、待って……ッ!」

 

 まだ辛うじて残っていた意識は丸めて内側へと押し込まれ、封をして重石を載せたように動けなくなった。

 

 同時に、ガーディアンのフルフェイスの仮面に掛けられた十字のハイパーセンサーの隙間から赤い燐光が溢れ、全身のアーマーが途端に重くのし掛かり、内側からひび割れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺ガ殺シテヤル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属製の発出ハッチの扉がけたたましい轟音と共に張り裂けて、中から二体のISが縺れながら飛び出してアリーナの地面を転がった。

 

「なんだ!?」

「また敵!?」

 

 俺と鈴は目の前の謎のISから音のしたほうに意識を向けると、そこには俺達が対峙しているものと同じ格好と装備をしたISと組み合っている結の姿があった。

 

 馬乗りになって分厚い装甲を纏ったマニピュレータで敵の腕部を掴むが、それを跳ねのけられる。それでも喰らい付いてがむしゃらな拳を打ち付ける姿は何処か焦燥感に駆られているようだった。

 

「結!」

「一夏、加勢するわよ!」

「当たり前だ!」

 

 互いにそう言って接近しようとした束の間、謎のISは結の拘束を一時的に振り解いて、下敷きにされたその体勢からゼロ距離で、あの強力なレーザーキャノンを発射した。

 

「なんだと!?」

「うっそ⋯⋯あんなの喰らったら一溜りもないじゃない!」

 

 しかも一撃では終わらず、続け様に二発、三発目を至近距離で打ち放ち、そのすべてを真面に喰らった結が仰け反って硬直する。

 結のIS、ガーディアンには異常なほどの装甲とあの大盾があり、並大抵の攻撃では歯が立たないが、このIS専用アリーナの防御シールドを容易く打ち破るような威力のレーザーを、しかもあの距離で喰らおうものならいくら結のISといえども生半可なダメージでは済まないはず。

 

「結を放せぇぇぇぇ!!!」

「とっととどきなさいよこの木偶の坊!」

 

 瞬間加速で近づこうとするが、先の戦闘でエネルギーを使い果たして、お互いもう残りわずかしかエネルギーが無く、じり貧に近い。

 それでも二人は飛び上がり、謎のISを退けようと躍起になる。

 

 せめて、あのISから結を引きはがすことが出来れば、まだどうにか出来るかもしれない。

 

 動かない結、またレーザーキャノンを放つため、チャージに移行する敵IS。

 

「逃げろ、結!」

 

 フルフェイスのせいで今、結自身の意識があるのか判断が出来ない。

 気を失っているのか、それとも朦朧としているのか、動かない彼をどうにかしようと駆け出す。

 

 レーザーが発射される、その寸前。

 

 結が腕をレーザーの発射口に突っ込み、爆発させた。

 

「はぁ!?」

「ゆ、ゆい!?」

 

 相手の武器を潰したが、自分の腕も使い物にならなくなった。

 半壊したガーディアンの腕を見た結はすぐに敵ISに意識を傾けて、先程と同じように、馬乗り状態から腕を上から下へ向けて、只管に振り下ろす。

 

 不気味なほど静かになったアリーナに鳴り響く金属音。ISの関節部のモーターの駆動音と、ぶつかり合う金属音が一定間隔で木霊し、それ以外の音など聞こえてこない。

 

 殴られながらゆっくりと、抵抗の意を示すように持ち上げられた敵ISの腕を、結は無造作に掴みとってへし折り、捥ぎ取り、興味の失せた玩具を捨てる様に、適当に後ろへ投げる。

 

 そして、最初は暴れていた敵ISもエネルギーが切れたのか、それとも駆動部が動かなくなったのか、だんだんと身動ぎすらしなくなり、ピクリとも動かなくなった。

 

 それでもなお、結は拳を振るい続ける。

 

「お、おい、結、もういいって!」

「ソイツ動かないし、倒したんじゃないの!?」

 

 一夏と鈴が声を掛けるが、結は顔も向けず、ずっと敵を殴り続ける。

 もう動かなくなったそれを、怒りをぶつける様に、嬲る様に、徹底的に。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 やがて一際大きく破砕音が響き、敵ISの胸部を貫いて結のISの右腕部がめり込んでいた。

 

「結⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 動かなくなった結と敵のIS。

 互いにひび割れたISの装甲が所々ボロボロと崩れ落ちていた。

 

 結のISの分厚い装甲。

 シールドエネルギーのあるISにおいて、装甲の厚さと言うのはあまり防御面に影響されないはずなのに、何故あんなにも堅牢な作りになっていたのか。

 華奢も通り越した幼い彼に対して、何故あんなにも大きな鎧が必要だったのか。

 

「なに、あれ⋯⋯」

「分からない⋯⋯けど……」

 

 一度だけ、見たことがある。

 セシリアと決闘をしたあの日の試合の中で、結が自分と試合をしていた最中、突然身のこなしや戦闘スタイルが豹変したあの時の事を思い出した。

 

 今はあのときに比べてもっと酷いだろう。

 

 装甲の外れた結のISの中から、無機質な鉄色のISの腕と、レーザーによって割れたフルフェイスのヘッドギアからは頭骨のような何かと、茨の蔦が伸びて、欠けている部分の頭部を包もうとしていた。

 

 やがて十数秒掛けて形態変化を終了させ、何も喋らない結が振り向く。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

「なぁ、結?」

「どうしたのよ、結」

 

 割れたフルフェイスの十字架のバイザーの下から髑髏の節穴のようなカメラアイが覗き見て、側頭部の穴を伸びた茨が補っている。砕けた腕から小型で細身の腕部が伸びていて、若干節くれ立っていた。

 

「結、早いとこ避難しようぜ。ここは危ないか    

 

 微動だにしない結を不気味に思いながらも声を掛けようとしたその瞬間。

 目の前に居た結が忽然と姿をかき消し、一瞬遅れて突風が靡く。後ろに居た鈴の短い悲鳴が後になって聞こえた。

 

「いぎゅっ!?」

「鈴ッ!」

『アァァ⋯⋯⋯』

 

 振り返るとIS展開状態の鈴の上に覆い被さり、抵抗させまいとのしかかる結の姿があった。

 

「結! 何してんだよ!」

『⋯⋯⋯⋯』

「なんとか言えって!」

 

 一体何が起きているのか、此方に対して攻撃とも取れる行動を始めた結をとにかく抑えようとしたその時。

 

「な、なに!?」

 

 結が自分のISの、装甲の砕けた方の腕を鈴の甲龍に押し当てると手のひらから鈴と甲龍を縛る様に茨が伸び、甲龍が光と共に掻き消され、ISスーツを着た鈴がその場に尻餅を着いてアリーナの地面に倒れた。

 

「へ? なんで、アタシIS解除したの?」

「鈴! 危ないから逃げろ!」

「う、うん」

 

 とにかく危険だと判断した一夏は何が起きたのか分からず困惑する鈴に逃げるように言い、目の前の結に対面する。

 鈴がアリーナの端まで移動した辺りで、一夏は雪片弐型を構えて結に問うた。 

 

「結、鈴の甲龍はどうしたんだ」

 

 結は答えない。

 しかし、言葉の代わりに行動で返答を示した。

 崩れた腕が持っていた物、それは甲龍が待機形態になったブレスレットがあったた。

 

「何をして鈴からISを奪った」

「⋯⋯⋯」

 

 何も言わず結が待機形態の甲龍を握り、短くなった腕に押し当てるとIS装着時の時のそれと同じ光を発して、結は甲龍を身に纏った。

 

「なんだそりゃ!?」

 

 正確には先ほどまで壊れていた部分を補うようにして結のISは甲龍を纏っていた。

 

 中身が出ていた左腕部、サイドアーマー、胸部装甲の一部、脚部装甲は右側の膝から下がすげ替わっていた。それに伴って伸びていた茨は形状を変え、甲龍の角のようなヘッドギアを真似た角に伸びる。

 

「本当にどうしちまったんだよ結!」

 

 目の前の歪な何かに呼び掛けるが何も返答はない。

 代わりに目の前のISは大股を開いて踏ん張り、背にある甲龍のスラスターをガコン、と展開して飛び込んできた。

「うおぉ!?」

 我武者羅な助走を着けての拳が飛んできて、それを避けるとそのISはお構い無いしにそのまま突っ込み、壁に衝突して停止する。

 

 一抹の希望をかけて壁に突っ込んだ方向に向き、ハイパーセンサーを起動させて確認するが、希望は消え去り脂汗が腹の下を冷やしてくる。

 

 

 

『ギィィアアアアアアァァァァァァ               ッッッ!!!!』

 

 

 

 舞い上がった土煙の中から出てきた半壊のガーディアンは、甲龍の武器である大型の青龍刀、『双天牙月』を展開して握りしめている。

 壁に衝突して更にマスクが砕け、顎部分がクラッシャーのようにだらんと開くと、そのISは解放された鬱憤と解放感をまき散らすかのような雄叫びを上げた。

 

「やる気満々かよ、キツイな⋯⋯」

 

 シールドエネルギーは半分を切って残り30%あるかないか。

 もう一度『零落白夜』を使えば一瞬で持っていかれるような残量に、焦燥感が湧いてくる。

 

 目の前の結のISが飛び上がり、青龍刀を構えて斬りかかってくるのを雪片で弾く。

 

 通り過ぎたかと思ったら空中で反転し、背負っている甲龍の龍砲の片方を発射してその場で制止、更にもう一発を発射して速度を付けてまた攻撃を仕掛けてくる。

 

「そんなのありかよ!」

 

 攻撃のための装備をそれ以外の用途に使うことも然ることながらあんな無理矢理な挙動をすればいくら絶対防御が発動したとしても身体に掛かるダメージは計り知れない。

 それなのに何のためらいもなしにそんなことをしでかす今の結の状態はやはり普通ではない。

 

 早く結を止めなければ、あの機体に殺されかねない。

 そう思っていても龍砲による規則性のない軌道変換とでたらめな攻撃に手出しできず、只管に四方八方から迫りくる連続攻撃を捌くことしかできない。

 

 しかし。

 

『ゴブゥッ』

 

 突然結仮面の下から溢れるほどの吐血をして地面に落下。明らかな不時着。かなりの勢いをつけたガーディアンはそのままの速度で転げ落ち、大きな隙を晒した。

 

 一夏はすかさず結に向かって瞬時加速で詰め寄り、その間に発動させた『零落白夜』で立ち上がった直後の結

の胴を横一閃に斬り抜け、残っていたシールドエネルギーを全て消費して結のISのエネルギーを同じように全て持っていく。

 

「かッ、ぁ⋯⋯」

 

 白式の『零落白夜』によってエネルギーを削られたガーディアンはそのまま倒れて待機形態に戻るかと思われたが、その予想は一蹴され、またも異常事態が起き出した。

 

 まだ動こうとするISの腕に、自身の背部から出た鎖が巻きつき、両手を縛って胸元に押し当てられる。更に手足を縛り、白色に近い灰色の板が何枚も展開して繋がり、瞬く間にガーディアンを取り囲んで棺の形になった。

 

『ガァァアアァァァァ            ッ!!!』

 

 まだ藻掻くガーディアンだったが、棺の上に展開されたガーディアンの大盾が棺桶の蓋のように、容赦なく重たい音を立てて封をされ、更に鎖が何重にも暴れる棺に巻き付いて完全に結とISを閉じ込めてしまった。

 

 歪な喧騒は嘘のように消え去って、アリーナに残された一夏と鈴は次第に暴れなくなっていった棺桶を見つめているだけだった。

 

 その静寂を打ち破って救護班がアリーナ内に入れるや否や一夏と鈴を連れて医務室に向かい、内側から引っ掻くような音を漏らす棺は、教員たちによって回収されていった。

 

「待ってくれ、その中には結が!」

「それは分かっている、今は自分のことを心配しなさい!」

 

 結の行動とあのISについて、もしかすれば今後結に会えなくなるかもしれないと感じた一夏は身を乗り出して食い止めようとするが、救護班の上級生たちは一夏を取り押さえてつれていってしまう。

 

「結、結ーーーーーーッ!」

 

 彼の叫びに誰も答える者はいなかった。

 

 




 さてさて、中の人が少し出てきました。
 今後もキャラは出てきますが、また結くんの出番が減っちゃう可能性が……? 影の薄い主人公とかやる気あるのか作者。

 それは後々ですが、暫く別の作品に耽るのでIS二次創作の更新は止まります。ご了承を。

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十五話 少年の夢事と事実

 


 意識がふわふわと浮いている気分だった。

 

 体は軽くて、さっきまで感じていた痛みはどこかに飛んでいっていた。

 

 ここはどこだろう。

 あたりを見回しても誰もいない。 何もない。 真っ白な広い部屋。

 

 大きな部屋の中、見つけたのはブリキの兵隊とリュウのオモチャ。

 

 そして手元にはボロボロになった陶器の人形。

 もう遊べなくなった人形を捨てて、目の前にある二つのオモチャにふらふらと近づく。

 身体が勝手に動く。頭と体が離れているような感じがして、飛んでしまいそうだった。

 

 リュウのオモチャに触れてみたら、あっけなく崩れてしまう。

 だが、リュウのオモチャは中身が空っぽになっていて、何となく腕を入れてみればすんなり入った。

 

 それで試しにブリキを小突いてみる。

 

 倒れたかと思たら、勝手に起き上がったので、また倒す。

 

 何度かそんなことを繰り返していると、お腹に違和感を感じた。

 

 見てみるとブリキの兵隊が、持っていた槍をぼくのお腹に刺していた。

 

 痛くない。けど体が重くなっていく。

 

 もう一度ブリキを見たら、ブリキは一夏お兄ちゃんに変わっていた。

 

 

 なんで。

 

 

 お兄ちゃんは今にも泣きそうな、なんでって聞くような顔をしてぼくを見ていた。

 

 

 まぶたがおもい。

 

 

 ねむっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 IS用ハンガーに無理矢理くくりつけられた巨大な棺を、教員達が【打鉄】や【ラファール・リヴァイヴ】を纏ったまま整備室に搬送する。

 

「急げ! 中の人命が最優先だ。最悪このガワがどうなろうと構わん!」

 

 織斑先生の指示で他の教員達は棺をどうにかしてこじ開けようと躍起になる。

 だが、ガーディアンの盾がそのまま棺桶として囲ってしまったので、生半可な道具では開けることはおろか逆に道具がねじ曲がる始末だった。

 

「織斑先生、棺が開きません!」

「打鉄のブレードを使え! それで駄目なら最悪レーザーで繋ぎ目を焼き切れ!」

「はい!」

 

 一人の教員がISのブレードを展開して合わせ目に立てるが、ブレードが撓んで折れてしまう。

 別の教員がレーザー切断機を引っ張ってきて棺桶に照射するが、焼き跡が付くのみで凹みすらついていない。

 

 数人がかりで棺を無理矢理にでも開こうとするが、それすら叶わず、1mmの隙間を作ることもなく、ただ時間が流れていくだけだった。

 

「中のパイロットの状態は!?」

「X線照射で確認取りました。これを見てください」

 

 透過による写真をみた千冬はそれに目を見張る。

 

「あの戦闘の様子から、このパイロットには相当な負荷がかかっているはずで、今すぐにでも施術しなければいけないのですが⋯⋯」

「それを機体自らが行っているとでも?」

 

 うつされていた内部の様子には、少年の腹部には縫合痕のように連なった線の列や、顎部分を通しているワイヤーのようなもの。その他患部と思わしき部分に塞ぐようなものが映し出されていた。

 

「この中で一体何が起こっているんだ⋯⋯」

 

 動揺する職員の前でただじっと沈黙している棺。

 

 もしかすれば中の結は死んでしまったのではないかと思うほど静かなそれに、一人の人間が早足に近づいて、無造作に、生身の拳を叩きつける。

 

 

「返してくださいっ!」

 

 

 溢れる涙を拭うこともせず、眼鏡のレンズを濡らし、床に零れて水たまりを作る。

 

 後ろで数名が止めようとするが、それも憚られてしまいそうなほどの雰囲気を纏う彼女、真耶に、誰も近づくことすらできなかった。

 

「あの子が毎日どれだけ苦しんでいると思ってるんですか、どれだけ不安の中にいると思ってるんですか、どれだけ傷ついていると思っているんですか!!」

 

 びくともしない棺に何度も拳をぶつけるが、棺は何も答えない。

 真耶の拳からは血が滲み、棺に血痕を作ってその悲壮感をより明白に示す。

 彼女は棺にもたれかかる様にその場にへたり込み、なりふり構わず嗚咽を漏らし始めた。

 

「真耶君、よしなさい」

「先輩、私はどうすればいいんですか。どうしたらあの子の助けになってあげられるんですか!?」

「⋯⋯⋯」

 

 千冬に縋りついて泣き喚く真耶には教師の面影など無く、目の前の事実を認めたくないと叫ぶ子供のような弱弱しさしかなかった。

 千冬は着ていたスーツの上着を真耶に羽織らせ、立たせる。

 

「今の我々には何も出来ない。ただの支えにすらなっていないのかもしれない。だからこそ、上代を助けてやらないといけない。手伝ってくれるか、真耶君」

 

 こんな状況でも毅然とした態度で臨む目の前の女性に、悔しさと尊敬の念が混ざった感情で見つめる真耶は涙を払い、気を引き締める。

 

「やります。あの子を救えるなら、なんだって⋯⋯!」

「よく言ってくれた」

 

 この棺から出てきてくれたら力一杯抱擁してあげよう。

 

 出来ることは少ない。ならばこそ全力で臨む、それしかないのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それから、整備室のISハンガーの一角を封鎖、ガーディアンの自動再生治療により出てこない結はカメラを設置されたIS用ハンガーの中で佇んでいた。

 

 どれだけ時間が過ぎても出てくる様子もなく、身動(みじろ)ぎも中から叩くような音すらさせない棺に、誰もが死んだのではないのかと危惧するほどだった。

 

 

 三日が経ち、事件の事情聴取が済んだ一夏と鈴が、顔を見せない結の状態を案じて職員室に出向く。

 あの一件で先生たちも多忙なのか、あちこちの机の上には栄養剤などが列をなし、その過酷さを伝えていた。

 

「織斑先生、結は今どうなってるんですか?」

「機密事項だ。お前たち一般生徒には伝えないようにと言われている」

「そうですか⋯⋯」

 

 情報はない。結にも会えない。そのことに一夏は落胆したが、鈴は内心安堵していた。

 

 

 先日の謎のISが学園に侵入してきた事件、あの時、結は私に襲い掛かってきた。

 

 何も言わず、敵意もなく、まるで子供特有の好奇心で動いているような気がした。

 それがとても恐ろしく、もしかすればその好奇心で殺されるのでは、と思えるほど、あの時の結はあやふやなものになっていた。

 

「結の奴、どこにいったんだろうな⋯⋯」

「え、えぇ、ホント、そうね」

 

 次に顔を合わせた時、どんな顔をして声を掛けたらいいのかさっぱり分からない。

 

 嫌ってしまうだろうか。それとも再会に感激できるだろうか。

 そんな心配を嘲笑うかのように、時間は流れる。

 

 

 ◆

 

 

 それから数日。

 真耶は朝や放課後に整備室に出向き、一角を壁で覆われた部屋の中に消えてはそこで時間を消費していた。

 中に入れば厳重に固定、拘束された巨大な棺桶が直立し、何も言わず佇んでいる。

 

「結ちゃん。今日も寝てますか」

 

 疲れた声で真耶は独り言を棺桶に向かって発する。

 ここ数日まともに寝てなく、さりとて仕事を放棄できるような性分でもない彼女は真面目に職務に全うし、その精神を摩耗するしかなかった。

 髪はあまり整っておらずはねっ毛が見える。目の下には眼鏡のフレームで隠れてはいるが隈が染み出し、瞳は光りを失いかけていた。

 

「まだ眠いですか? 早く起きないと体がなまっちゃいますよー⋯⋯」

 

 棺桶に触れる。

 金属の冷たさが指を差す。内側からは微かな振動と電子音が鳴り、まだ活動していることを伝えてきて、結がまだ生きているのだと縋るような気持ちでいっぱいになる。

 だが何も出来ない。この壁一枚を隔てて大事な少年は眠り、私はただ焦燥感に埋もれるだけ。

 

「起きてくれなきゃ、心配ですよ⋯⋯」

 

 目を落とせば自分が作った血痕に行きつき、余計に辛くなって、また涙があふれる。

 

 目頭が熱くなるのを感じた真耶は頭を振って頬を叩き、上手く笑えない笑顔を浮かべて部屋を後にする。

 

「それじゃ、結ちゃん。また来るね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日、少女は憤りを抱えて整備室へ向かっていた。

 

 クラス対抗戦の開催日に起こった事件から急に、自身の専用機開発のため通い詰めていた整備室が数日使用不可になっていた。

 

 煮え湯を飲まされる気持ちで渋々別のデータの製作に勤しみ、いざ整備室が解放されたかと思えばその片隅にけして小さいとは言えない巨大なバリケードが張られ、神聖な作業場が何かに占領されている。

 

 話によればあの事件で起動、損傷していたのはこの学園で只二人の男子生徒だけと聞く。

 ならばあの片隅を塞いでいる邪魔な壁の中にはその男子生徒の専用機が詰まっていると言う事になる。

 

「本当に、最低⋯⋯」

 

 必要最低限以上のことはしない。無駄なことは極限まで省くのがポリシーの彼女でも、今のこの状況に愚痴をこぼすぐらいには怒りが募っていた。

 今度その男性操縦者を見つけたら小言の一つや二つも言ってやろう。

 

 そう決意を固めて備室に入り、自身のISをハンガーにかけた後、工具や必要な材料を取りにいって戻ってくるとき、突然例の壁の向こうから音がした。

 

 古びた蝶番石が軋むような、それこそ大きな扉が開くような鈍重な音を立てて何かが床を引き摺っている。

 

 慌てて材料をその場に置いて部屋の隅に走り、壁に備え付けられている扉を開く。

 鍵がされていないことに内心呆れつつ、その中を覗いて予想外の様子に驚く。

 

 

「なに、子供⋯⋯?」

 

 

 目の前には蓋の開いた巨大な棺桶から流れ落ちたかのように、培養液のようなものにまみれて力なく倒れている、自分よりもかなり背丈の小さい、痩せ細った少年が横たわっていた。

 

 時折体内にまで入っていたのか、体表に付着している液体と同じような液体を嗚咽交じりに吐き出しながら、震える手足を床に這わせて立ち上がろうとしている。

 

「出てく、る、な⋯⋯フー、やめ⋯⋯こない、で⋯⋯!」

 

 何かを呟く彼の瞳の焦点は定まることなくぐらぐらと乱れ、誰かと喋る様に独り言を延々と呟いている。何も見えていないのか、手足に力が入っておらず、液体で滑らせては床に身体をぶつけている。

 

 そして一番異様なのは背中、首筋のあたり。

 

 首から肩甲骨の間ぐらいにかけて、生身の人間には決して生えることはないであろう無機質な機械の部品が背骨を形成して埋まっている。

 

 小さなランプが激しく点滅し、黄色の光を発した時点で何かの信号を発したのか、彼が出てきた棺桶が光りに包まれ、小さなペンダントとなって彼の首に鎖を通してぶら下がる。

 

「あ、カ⋯⋯まだ⋯⋯」

 

 ペンダントがかけられた少年は一際大きく痙攣したのち、白目を剥いて床に伏し、動かなくなった。

 

「なんなの、本当に⋯⋯!」

 

 動かなくなったのを確認したのち、その少女、更識(さらしき) (かんざし)は気絶した結を抱え、当初の男性操縦者に何か言ってやろうと言う目的も忘れて一目散に医務室へと走っていった。

 

 




 さてさて簪ちゃんも絡んで参りました。
 これでキャラごとの好感度が程よくばらけてきましたね。
 わくわくが止まりません。

 
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 ではでは。


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十六話 少年と関わる人

 急遽作った一話。短い。


 簪によって医務室に担ぎ込まれた結は、意識不明のまま身体検査とメディカルチェック。MRIによる内臓検査が済んだのち酸素吸入器具と点滴、心電図モニタが横に添えられ、厳重に経過観察に持ちこまれた。

 

 そして深い呼吸を繰り返す少年の手には、一つの手錠が嵌められる。

 

 まだ幼さの残る結の手に嵌まる手錠を見て、簪は驚きながら何が起こっているのか近くにいた教員に訊ねる。

 

 聞けばこの少年は先日のクラス対抗戦の時の被害者で、全身に重傷を負ったにも関わらず、彼の専用機が彼を拘束。十日間ISの中に閉じ込められていたが、解放された所に出会わした自分が運んできてくれたおかげでやっとまともな治療が出来たらしい。

 

「けど、手錠までする必要ないと思うのですが」

「もしもの時の保険だよ。まぁ、これでも生温いかもしれないけど」

 

 そう答える教員の目には一抹の不安の色が映る。

 それを瞬き一つで掻き消した教員は踵を返して退室し、部屋には簪と眠る少年が残された。

 

「変な子……」

 

 少年の治療は思っていたよりも早く終わり、簪は眠っている少年の顔を椅子に座って眺める。

 

 こうしてみればただの子供。少し痩せ気味で細い体付きをしているだけの少年A。

 だけど背中のあの機械はなんだろう。

 

 結の背中に見える無機質な物体。

 普段はパーカーのフードで隠している、うなじの機械部品。しかしそんなことを知らない簪は本人が起きたらその時に聞こうと軽い気持ちで捉えていた。

 

 そのあと十数分待ってみても少年が目覚める様子が無かったので、簪は諦めて立ち上がる。

 

 

 

 病室を出るとき、二人の教員とすれ違ったので簪は会釈を垂れて通り過ぎる。一人は黒髪でスーツのよく似合う名の知れた世界最強(ブリュンヒルデ)

 もう片方は端から見ても疲れが溜まっているのだと分かるほど疲れの色が抜け落ちていない緑髪の小柄な女性教員。たしか、一組の副担任だったか。

 

 自分には関係ない。

 

 この子供とも、もう関わらないだろう。

 

 簪は留まることなく歩き続ける。

 

 

 ◇

 

 

 数日ぶりに結の顔をみた二人。安堵するのも束の間、手錠をみて目から光を失って気を引き締める。 

 

「本当に、ここまでしないといけないんですか……?」

「これでも善処したほうだ。命があるだけマシだと言う輩だっている。我慢してくれ」

「っ……はい」

 

 一介の教職員でしかない真耶には今の結に対しての発言権は無いに等しい。だからこそ、今の結の有り様がもどかしく、なんとかしてやりたくても何も出来ない自分が心底恨めしかった。

 

 

 ◆ 

 

 

 一人の天災が、モニタに映る映像記録をみて歯噛みしていた。

 

「これが、あいつらが求めていたISかよ」

 

 画面には飛び散る機械油と飛散する金属片にまみれながら、カメラを向ける対象に向かって馬乗りになり、拳を何度と振り落とすガーディアンの姿が写っていた。

 

「認めない。絶対」

 

 静かな怒りはデスクにヒビを入れ、キーボードを破壊した。

 




 簪との絡みをさせるためのワンクッション。
 それだけ。

 何かありましたらご報告ください。

 では。


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十七話 少年と彼らの溝

 ワッフルワッフル。


 学園地下。

 

 照明の落とされた会議室のような部屋の中で、スクリーンに映された映像を頬杖を付きながら見る楯無の姿があった。

 

「これが上代 結の、本当のIS⋯⋯」

 

 スクリーンには学園を襲撃した二機のうちの片方を、馬乗りになって殴っている結のガーディアンが映されていた。

 

 装甲は所々ヒビが入って砕け、剥がれ落ちている所もある。

 そしてガーディアンの下に、剥き出しになったフレームに紛れて小柄なISの姿が垣間見える。

 それは見間違い等ではなく、頭部の甲冑が砕けたときに見えた髑髏の眼孔がのぞいていたことで確信した事実だった。

 

「ISの中にISか⋯⋯いや、あの鎧はそもそも外部パッケージなのかしら?」

 

 機体情報が極端に少ない彼のISは、何世代かも分からない故に性能を測ることが難しく、IS自体が結と同化している状況にあるため、無闇矢鱈と手出しができない。

 

 ついでに言えば楯無が余計な真似をしたおかげで彼女に対する結の不信感がバリバリに働いているため、近づくことすら叶わない。

 

「さて、何から始めようかしら」

 

 パチリと閉じた扇子をもう一度開く。

 

 そこには『属目』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ガチリ、と神経が連結する音がした。

 

 目が覚めた。

 

 場所はどこだろう。

 

 頭と全身を真っ白なベッドに包まれる柔らかさの中に、背中の一部分だけ固いものが背骨を圧迫している。この嫌な圧迫感こそ自分の持っているISの待機形態であり、自分が生きるために必要なパーツ。

 

 上を見上げる視界の右側に見えるのは、自分の名前が書かれた液体の入った袋と、その下に繋がれた透明な管は液溜まりを通って自分の腕に繋がれている。

 

 

 起き上がろうとして体に力をいれたら、全身から裂けるような痛みがして、持ち上げた頭が枕へ落ちる。

 

 目を動かして見える限りの視界から情報を得る。

 

 白い簡素なベッド、それを囲むようにしてかけられた同じ色のカーテン、天井も白く、カーテンから差し込める光は黄金色をしていてやたら眩しい。

 

 今度は手をついて起き上がろうとして、それも憚られた。

 

「手錠⋯⋯?」

 

 小さな少年の両手に掛けられた、あまりにも似つかわしくない鉄の輪。そして右腕にはリストバンドが填められており、バイタルチェックかそれとも監視用か、淡い光を放っていた。

 

 それらを一瞥し、記憶を思い起こす。

 

 あのISがピットの中に入ってきて戦闘になったあと、記憶が大分飛んでしまっている。

 ただ、フーと入れ替わってしまったので、良くないことになっているのはこの手錠を見ればわかった。

 

 それと、夢の中でみた一夏の姿。

 

「⋯⋯」

 

 あれが現実なのか、それともただの夢なのか。

 

 ただひたすら嫌な予感しかせず、出来る限り考えないように努めて結は体を無理やり起こして何かしようと辺りを見回す。

 

 枕元には盾のペンダントが置かれており、制限に制限を重ねられた腕を何とか伸ばし、ペンダントを手繰り寄せてなんとか掴んだ。それを胸元に添えれば、起きた傍から感じていた違和感が解消されてほっと息が漏れた。

 

 気分も優れてきてはいるものの、腹の中は空っぽで味覚もないのに飯を求め、泣いている。かと言って食べられるようなものは見当たらず、動くことも出来ないので、結は誰か来るのをベッドの上で待つことしか出来なかった。

 

 そして待つこと数分、カーテンを開けて真耶が入ってきた。

 

「結ちゃん、今日は起きてます、か⋯⋯」

「ぁ、真耶先生、おはようございます」 

 

 真耶はベッドで体を起こしている結の姿を見るや否やその場で硬直し、手に持っていた教材の類いをその場にばさばさと落としてしまった。

 

「へ、あ、あぁ⋯⋯」

 

 そして覚束ない足取りでベッドに歩み寄り、溢れる涙を気にすることもせず、ひしと結を抱き締めた。

 

「ょ゛か゛った゛⋯⋯ゆ゛い゛ちゃ゛ん゛、よ゛か゛った゛よ゛ぉ⋯⋯!」

「ぅえ、先生、ぐるじい」

 

 大の大人がおいおいと大泣きしている。

 泣きじゃくる鼻声と、ぐしゃぐしゃに濡れた顔を少年の肩口に押し込み、絶対に放さないとばかりに結を抱き締める真耶。それを目の当たりにして結はどうすることも出来ないので、泣き止むまでされるがまま泣きつかれることを選んだ。

 

 そのまま、真耶が泣き止むまで結は胸を貸し、圧迫される点滴の針も気にせず真耶の肩に頭を落とす。

 大人の匂いに、結は忘れられなかった懐かしさと寂しさを感じて鼻の奥が痺れた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それから結は自分がどれほど気を失い、時間が過ぎていたのかを聞いて驚き、それでいて妙に納得しているような顔を見せつつ事の顛末をじっと聞いていた。

 

「そうだったんだ、ぼくが、うん、うん⋯⋯」

「結ちゃん⋯⋯」

 

 ガーディアンの暴走、鈴のISの強奪、そしてガーディアンの拘束。

 

 何も覚えていない。

 

 いや、知っているのはもう一人だろう。

 

「そろそろ私は戻りますけど、何か欲しいものはありますか?」

「うぅん、平気。真耶先生も気を付けてね」

「っ、はい。頑張ります!」

 

 目尻に溜まっていた涙を払いながら、真耶は精一杯の笑顔を浮かべて病屋を後にした。

 

 

 そして入れ替わりで一夏と箒、セシリア、鈴が部屋に入ってきた。

 

「結!」

「上代、もう大丈夫なのか」

「結さん、ご無事でしたか!?」

「⋯⋯」

 

 それぞれ待ち焦がれて慌てていたり、そんな中で平静と保とうと上がる感情を抑えながらも食い気味になっていたり、はたまた何も言わず、距離を取っていたりと様々だった。

 

「おはよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

 かすれ気味の喉を震わせて、病室に入ってくる四人に向けて出来る限りの笑顔を浮かべる。

 体を起こし、言葉を交わし、笑顔を浮かべる結を見て全員は安堵するが、手錠を見つけて怪訝そうな顔をする者と、理解しつつも受け入れられない者とに別れる。

 

「結、それは……」

「お兄ちゃんなら分かるでしょ」

「そりゃ、そうだけど……」

 

 あくまで平然としている結に一夏は歯切れの悪い返事しか出来なかった。他の三人も何も言わず、鈴だけは結に目線を合わさず二の腕を掴んでいた。

 

「ごめんね。一夏お兄ちゃん、鈴お姉ちゃん。ひどいことしちゃったみたい」

「結……」

 

 あくまで記憶はなく、他人事のような物言いをする結に鈴は抱え込んでいた感情を爆発させてしまう。

 

 

「なんでそんなに平然としてられんのよアンタは!」

 

 

 その場の全員が凍りつく。

 この事件で一番被害を被ったのは恐らく彼女だろう。

 親しみを持って接していた子供に裏切られ、自身のISを奪われた。学園に来た当初からやや不安定気味だったメンタルは既に限界を迎えており、もう投げやりだった。

 

 結は肩を跳ねさせて俯き、何も言わず鈴を見て苦笑いを浮かべる。

 

「……ごめんね、鈴お姉ちゃん。ごめんなさい」

「アタシ先に出てる……」

「あ、おい、鈴!」

 

 鈴はやるせなくなって、早足で病室を出ていく。

 一夏は一度結を見て、それでも微笑みを崩さない少年になんと声を掛けたらいいのかわからず鈴を追い掛けていった。

 

「お姉ちゃん、少し、一人にして」

「上代⋯⋯」

「お願い」

 

 掠れそうな程小さくなる結の言葉に、残された箒とセシリアは何も言わずに部屋を出ていった。

 遠退いていく足音が聞こえなくなったところで、結は毛布を強く握りしめ、枕に頭を落とす。

 

 

 あぁ⋯⋯またか⋯⋯。

 

 昔、施設にいた頃の記憶が甦る。

 検査と称して行われる何かがあるときは、決まって記憶が飛んでいた。

 

『人殺し!』

 

『お前なんかいなければ⋯⋯!』

 

『アイツを返せよ!』

 

 そして検査がある度同じ施設にいた子供は数を減らし、中には大怪我を負っている子供からは罵詈雑言を浴びせられた。

 

 最初はどうしてそんなことを言われるのかわからず、ただただ泣いていた。

 だが、フーの存在を知ってからは何もかもを覚ってしまい、死のうとしたが、それを見つけた先生は大泣きしながら止めてきた。

 

『結、君のせいじゃない。君は何も悪くない。だから、こんなことはもうしないでくれ⋯⋯』

 

 そんな恩師の言葉を愚直に飲んだ結は、その後どれだけ非難を浴びようとも、自ら命を断つことは無かった。尤も、もしそんなことに臨もうとすれば、背中に埋まったISが勝手に阻止していたことだろう。

 

「なんでこうなっちゃうんだろう⋯⋯」

 

 

 ねぇ先生。

 ぼくはまだ、生きていないとだめですか。

 

 

 

 手錠の鎖を撓ませて腕で目元を隠し、勝手に流れる涙を静かに拭った。

 

  




 悪いのは誰なのか。
 盛り上がってまいりました。
 どうなるんでしょうね。キニナルー。

 ではでは。


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閑話休題。結のプロフィール。

 ISも載せようとしたけどちょっと、ネタバレを挟むのでもう少し先に出します。
 活動報告に書いてるので意味があるのかは知らない。




 名前:上代(かみしろ) (ゆい)

 

年齢:推定八歳前後。

身長:121.7cm

体重:20.4kg

 

 東洋系の顔立ち。

 髪は艶のない黒で、前髪は目にかかるぐらい、横、後ろは耳がなんとか出ているぐらいの長さ。

 髪質はぼさついていて跳ね毛が目立つ。

 

 目の色は黒。光が消えかけている。つり目な方だが眉はやんわりと下向き。目の下には隈がうっすら伸びており、寝不足なことが窺える。

 

 身長は平均より下。全体の筋肉は少ないが、平均やや少なめといった具合。

 病的なまでに白い柔肌の体は露骨に骨が浮き出るほどではなく、細身。肉付きは控えめであばらが少し横から透けている程度。

 

 項の辺りに有機デバイス型の機械が埋め込まれており、首にはガーディアンの待機形態である盾のペンダントが掛かっている。

 

 馴れ初めは警戒心が強く、あまり自分から関わりにいく方ではないが、慣れてきだしたらそれなりに懐く。

 背中のデバイスが一番のコンプレックスであり、触れることを許すのは本当に心を開いた相手にだけしか触らせない。

『先生』と呼ぶ人間にこれ以上無く懐き、慕っていたので、学園に連れられてからはあまり人と関わろうとせず、一人で過ごしていることが殆ど。

 

 

 自他の殆どに興味が無く、暇があればごく稀にふらふらと学園島を散歩するか部屋でぼう、としているしかしていない。

 学園に来た当初は部屋から一切出ようとせず、それは今になってもあまり変わらず、あまり出歩こうとはしない。

 時折真耶が時間を作っては会いに行く姿が確認される。

 

 勉学は滞りなく進んでいるが、外の世界を知らない故に倫理観や道徳観が多少足りていない時が見受けられる。

 社会性も乏しく、ある意味で外が新鮮なときも恐ろしいときもある。

 

 彼の部屋は第一アリーナの関係者入り口を降りて最奥にある物置を改装した部屋で、寝具と勉強机、着替えと栄養補助食品が詰まったバッグがそれぞれ一つずつあるだけで、とても子供の部屋と呼ぶには殺風景な有り様になっている。

 

 着替えは制服が三着。寝間着、普段着を兼ねた診察服が三着、パーカーが三着だけで、他の服は一つもない。

 食料も栄養補助食と完全栄養食、経口補水液がストックされているぐらいで、味のあるものは無いに等しい。

 

 それを見た真耶に、昼はせめて色のあるごはんを食べてほしいと言われて、昼は真耶が作ってくるお弁当を食べている。

 なお、実験によるストレスや有機デバイスを取り付けた後遺症等で味覚を失っているので、食事は作業的に口に運んで飲み込んでいるだけ。

 

 真耶をなんとなく意識してはいるようで、小学生用の個別授業の後が昼休憩の時はよく一緒に昼食を取っている。

 

 時折部屋の奥から啜り泣く声がするが、その声を聞くものは学園にはいない。

 

 




 同じ年代の子供に比べたら小さい方かな。と意識しながら数字を入れてみましたけど、実際どうなのかわからない。
 座って抱いたときに頭の上に顎をすんなり乗せられたらいいなってぐらいの身長差。

 でも背後には立たせてくれないのが結ちゃん。


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十八話 知りたいものと追うもの

 簪ちゃん


 その後、事情聴取から今のところ敵意は無いと判断された結は手錠を外された代わりに特殊なチョーカーを嵌められた。

 

「君がまた自我を無くして暴走した場合、我々の判断で君の首が吹き飛ぶ。それを肝に命じておきなさい」

「わかりました」

 

 嫌がる素振りすら見せずにただはいと首を縦に振る少年に不気味さすら感じた教員は、手元のタブレットに表示されるバイタルデータになんの異常も表示させない結を訝しむが、それも直ぐに止める。

 

「他に何か質問とかある?」

「あぁそれなら⋯⋯」

 

 

 

 んぐぅぅうぎゅぅごげげげげげげげげげげげげげげげ。

 

 

「なに、今の音」

「お腹が空いたのでごはんをください」

 

 結の腹の音が病室内に響き渡った。

 教員は呆れて顔がひきつっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 食器の鳴る音。咀嚼音。牛乳を飲む音。

 

 山盛りの白米。丼に注がれた味噌汁。大皿にひしめき合う主菜、副菜、野菜は鮮やかなトリコロールを成していた。

 

 箸はまだ使い慣れない結。フォークとスプーンを固く握って、目の前に鎮座する大量の飯を黙々と平らげていく。幾ら食べようとも腹が満たされる気配がせず、食道を通ってすぐさま消化が始まり、胃を通り越して消えていく。

 

「⋯⋯けふっ」

 

 牛乳で口のなかに残っていたものを全て飲み込む。

 目の前の器は全て空になっているが、それでも腹は満たされず、栄養を欲してぎゅるると啼いている。味も分からず満足もしないのに、と心の中で本能に愚痴を吐くが、本能は知らん顔して食い物をねだる。

 

 少年は迷わずナースコールを手繰り寄せてそのボタンを押そうと指を掛けた時、一人の少女が病室内に入ってきた。

 

「失礼します。て、なにこれ⋯⋯」

 

 肩まで伸びた淡い水色の頭髪。細いのメガネの奥に見えた髪と同じ色の垂れ目の瞳には優しげのある心配と小さな好奇心が垣間見えて、目の下にはうっすらと隈が染みている。制服は膝丈のロングスカートで、袖も相応の長さを持っている。

 

 背丈は真耶先生と変わらないくらいで、全体的に細身な印象を受ける。胸も小さい。

 滴型を逆さにしたような、二つの髪飾りに填められた玉石が煌めく。

 

 この学園の生徒であることは一目でわかるが、基本出歩かないうえつい先日までISの中に閉じ込められていた結にとって、目の前の人間が誰なのか、何も知らなかった。

 

 対して結の病室を訪れた少女。更識 簪は、あの日好奇心で覗いた隔離された部屋のなかで倒れていた結のことがずっと気掛かりで仕方なく、気になる一心で足を運んだ次第だった。

 そして開幕一番に目についた大量の空になった皿の山を見つけて仰天する。

 

「お姉ちゃん、だれ?」

 

 呆けている、とは違う。何も考えていないような無表情で、結は簪を見る。

 

「覚えては、ないよね。気絶してたんだし」

 

 簪は初めてコンタクトをとる目の前の少年に何から聞こうかと考えつつ、隣に置かれていた椅子に座る。

 

「ええと、はじめましてでいい? 私は更識 簪。一年四組の者、です」

 

 虚無の瞳で此方を見つめながら、顔色ひとつ変えずに口許を拭う結に何故か敬語になっている。

 兎に角簪は簡潔に自己紹介を提示した。

 

「ぼくは結。上代 結。お姉ちゃん、どっかで会ったっけ」

「君が整備室で倒れてたから医務室まで運んだんだけど」

 

 簪の説明を受けて、自分がここに寝ていた経緯をなんとなく悟った結は、成る程と首を縦に振った。

 だから自分はここに居て、この人のお陰で命が保たれた。だとしたらお礼を言うのは当然。そう教えられたから。

 

「そうなんだ。じゃあ、ありがとうございます。お姉ちゃん」

「う、うん、どういたしまして」

 

 変な返事のされ方に戸惑う簪たったが、自分がここにきた理由を思い出して、改めて結と向かい合う。

 

「ところで、君を連れてきて気になったんだけど」

「なぁに?」

 

 簪は結の背中にある、バンテージで隠されてはいるが、この少年を運び出した際に見てしまった背中の機械を指差しながら尋ねる。

 

 

「君のその首のやつ。なに?」

 

 

 結はハッとなって肩甲骨の間の辺りを手で押さえ、今初めて見せる戸惑いの表情で簪を睨んだ。

 

「⋯⋯見たの?」

「ごめん。見た」

 

 今にも泣き出しそうに顔を歪ませる結。あまりの動揺ぶりに聞いたことを若干後悔した簪だったが、結は暫くして脱力して項垂れ、巻かれた包帯を外して簪に背中を見せる。

 その目にはもう光りは消え失せて、無表情が保たれていた。

 

「誰にも言わないでね」

「う、うん」

 

 感情の死んだ声音で結は簪に言う。

 

 少年の小さな背中。肉は少なく背骨は綺麗に浮かんでいる。

 そしてその背骨の上部、肩甲骨の間からうなじにかけて、生身の人間には存在しない、背骨を模したような機械部品が列になって生えていた。

 

 触れてみてもいいか、と簪は恐ろしさを覚えながら訊いてみる。結は一度簪を見たあと、痛くしないなら。と恐る恐る背中を差し出した。

 

「これ、なんなの?」

 

 人肌に温もっているものの、質感は硬く、歪さをみせながらも整った形をしているそれに触れながら、簪は問う。

 

「これがぼくのIS。ぼくの専用機ってやつ」

「これが、IS⋯⋯?」

 

 簪の問いに、結はあくまで平然としながら答えた。

 

「どうして、そもそもなんで⋯⋯」

「知らない。生まれたころからあった」

 

 生まれたころからあった。

 通常ISなど生まれながらに持ち合わせるはずもない。ならば誰かが人為的にこれを取り付けたに違いない。

 

 だが、そんなことをすれば拒絶反応から使用者が死にかねない。もっと言えばそんな非人道的な行為など日本国は勿論のこと世界のどの国に置いても憚れるべき行為なはず。ではそんな所業を犯した輩は何処の誰か、そして何を目的としてやったのか?

 

「気持ち悪い?」

「え?」

 

 服を着ながら結は光の消えた、眠たそうな目で簪を見ながら訊いた。

 言わずとも背中のそれのことだろう。こんな自分が気持ち悪いか。人と違うから辟易するか。彼の眼差しからはそんな感情がぶつけられている。

 

「これがないとぼくは生きられない。らしいよ」

「そう、なんだ⋯⋯」

 

 何も言えない。

 泣きもせず、怒りもせず、少年は淡々と簪に自身の持っているISの説明を施す。

 

 元々自身のIS開発のために、助けた見舞いという口実で覗きにきた程度だったが、教えられた事実はそれを上回るものだった。

 施設で起きたという出来事の数々、そのISが語り掛けてくるという話、彼が『先生』と呼び、慕う者の存在。

 

「君がISを使うとき、どんな感じなの?」

 

 いくら動揺しようとも、あくまで自分がここへ来た目的は忘れないように、されど守るべき尊厳は尊重しながら言葉を選ぶ。

 

「本当の手足みたいに、動かせて、感じて、飛べるもの。それと、痛いことされたら本当に痛いの」

「それって」

 

 機体ダメージがそのまま肉体にも反映されているのか?

 だとしたら、彼の適合率は通常の判定よりも大幅に高い筈。そもそも機体を直接体に埋め込んでいるのはそれが理由?

 

 頭の中に疑問と予測が乱立していく。

 しかし聞かなければいけない。ISを使う人間として、これ以上この子のような人間が生まれてはいけない。そしてこの子の痛みを知らなければいけない。簪は無意識にそう感じ、頬を撫でる嫌悪感も拭って話を頭に入れる。

 

「誰につけられたか、わかる?」

「知らない。でも先生は自分のせいだ、て言ってた」

「そっか⋯⋯」

 

 簪のなかでその『先生』とやらに、姉や織斑 一夏以上の憤りを感じて目を伏せる。

 彼が『先生』と呼ぶ人物は、何故このような行為に及んだのか。しかし自分が悪いと言っている辺り、罪の意識はあったと思いたいが、それでも償えるものではない。

 

 簪が考察に耽っていると、結は徐に点滴の針を引き抜いてベッドから立ち上がり、そのまま病室の扉を開けて風で飛びそうな足取りで出ていった。

 

「ちょ、君!?」

「じゃあね。めがねのお姉ちゃん」

「めがねのお姉ちゃん⋯⋯?」

 

 拒絶ではない、諦観した眼で簪を一瞥し、結は病室を後にする。

 残された簪は追い掛けることも出来ないまま、少年の背中を見送るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 体が熱を持って細胞が稼働している。

 全身に出来た傷や打撲等が度合いの酷いものから優先的に修復されているのがわかる。

 

「こら、待ちなさい!」

 

 その体格に対して明らかに許容量を超えた食事を全て平らげた結は、自室があるアリーナへ向かって歩いている所を、見かけた看護教員に止められた。

 

「君はまだ療養中のはずよ、すぐに病室に戻りなさい!」

「もう治りました」

「そんなはずないでしょう!?」

 

 そう言って連れ戻そうとした教員は、結の腕を掴んでその異常に高くなっている体温に驚く。

 明らかに子供の平均体温を超え、トレーニングを終えたアスリートのような高温帯にいた。

 

 は、と気が付いて点滴の針を抜いた箇所を見ると、止血はおろか、既に傷口が塞がっていた。

 

「じゃあ、もういいですよね」

「ま、待って!」

 

 それでも一度医師の診断を通さなければ、と言うことで結は看護師に渋々着いて行き、問診、検診、触診その他レントゲンやMRIで診たところ、全ての怪我、骨折等が癒えていた。

 

「こんなことが、あり得るはずは⋯⋯」

「もういいですよね」

「え、あぁ⋯⋯」

 

 そう言って結は診察服を着て包帯で首を隠し、誰も寄せ付けないという雰囲気を放ち早足で部屋に帰る。

 夕暮れに向かって傾く陽光。その陽射しを浴びて伸びる結の影は長く、静かに笑っていた。

 

  

 

 




 今後の予定。
 結のISの話、鈴ちゃんとの話、そして本編に沿って進行。
 だと思います。
 簪とも絡ませるので、ご心配なく。

 ではでは。


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十九話 少年と痴女

 やっぱり一夏は原作主人公なんやなって。


 結が病室を抜け出したその日、一夏と鈴はあの事件で起きた()()暴走の詳細を知るべく、結のことをよく知っているであろう山田先生、ないし一夏の姉であり、一組の担任の織斑先生を訪ねようと職員室に向かっていた。

 鈴の足取りは空元気を振り絞っているようでもあり、一夏は危ぶんで何度も止めようと手を持ち上げはするものの、先日の仲違いからまともに声を掛けられずにぎくしゃくして話しかけられずにいた。

 

「ねぇ一夏」

「なんだよ、鈴」

 

 いかり肩で廊下を歩く鈴は、振り向くことなく一夏に問いかける。

 

「あの子、結はさ、なんであんなことがあって笑ってられたの⋯⋯?」

「⋯⋯わからない」

 

 十数日ぶりに再会し、話した時の少年は怯えることも、取り乱したりも泣き出すことも一切せず、ただ一言「ごめんなさい」と言い、慣れた作り笑いでこちらを見ていた。それがこの一連の騒動で何よりも恐ろしく、忌むべきことだというのを肌で感じた。更に言えば、あの少年がどんな悲惨な思いを経験してきたのかが垣間見えた瞬間でもあった。

 

「とにかく、先生たちに会って話をきかないと分からない」

「うん。そうよね」

 

 鈴は振り向かない。

 その声は震えていた。

 

 

 

 

 

 職員室の扉を叩いて目的の先生を探す。山田先生をすぐに見つけて呼び掛ける。振り向いた彼女の顔は数日分の疲労に濡れていた。目の下の隈、艶の落ちた髪、卓上に並ぶ栄養剤。どれも健康とは呼べない状態だった。

 

「山田先生。少しお時間いただいてもよろしいですか?」

「へ、私ですか? 構いませんけど」

 

 少し間の抜けた返事をしながら震える体を振り向かせる真耶。一夏と鈴は端的に旨を伝えて話を聞き出そうとする。

 

「この前の、結が暴走したときの事なんです」

「……少し場所を変えましょうか」

  

 結のこと、と口にした瞬間、真耶は目の色を変えて立ち上がり、二人を人気の少ない場所まで案内した。教室を出る時、千冬が此方を見ていたのを一夏は感付いていたが、何も言わない姉はまた書類に目を落としていた。

 

 

 人気のない放課後の廊下。自販機の置かれた休憩スペースまで来た真耶と二人。真耶は二人に缶ジュースを渡して自分も買った缶コーヒーの封を開け、息を吐いて話し始める。

 

「さて、何から話したらいいですか?」

 

 疲れた顔はさっきと変わらないが、真剣な眼差しは少し枯れている。目線は此方を見てはいるものの、時折あらぬ方へ向いては直りを繰り返している。

 

「結の、アイツのISについて詳しく聞きに来ました」

「あの子のISも、あの子自身にも何かあるんじゃないんですか?」

 

 一夏も鈴も半ば食い気味に質問するのも無理がない。

 あの事件の当事者であり、被害を被った二人だったが、何より気にかけているのが結だった。

 

「クラス代表を決めるときもおかしかった。けど今回はもっと明確だったんです。」

 

 いつも大人しい彼が、あの状態に陥ったときだけは荒々しく、全てを拒絶するような憎悪を感じた。

 自身の損傷も省みず、目の前に動くものだけをただ破壊しようとするあの存在は、何も知らない彼らでも危険だと分かる程だった。

 

「そうですね。まずあの子とあの子のISがどんなものか、話さないと⋯⋯」

「それは私から教えてやろう」

 

 真耶の言葉を遮って、誰かが話の中に割って入ってきた。

 

「織斑先生!?」

「千冬姉!」

「千冬さん!」

 

 話に入ってくるや否や一夏と鈴の頭上に拳が落ちた。

 

「学校では織斑先生と呼べ。いい加減覚えろ貴様ら」

「「はい……」」

 

 千冬は一つ咳払いをして話に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、お前たちの知っている上代のISはどんな姿をしている?」

「そんなのあのデカイ盾を持ってるやつだろ?」

「そうか。では待機形態は?」

 

 千冬の問いかけに一夏は何故そんなことを? と訝しみながらも答える。

 一夏の答えに千冬は唇を閉めて首を振る。

 

「あの盾のペンダントじゃないのか?」

「そう思うだろう。だが上代のISはそれではなく、項に埋まっている有機デバイスだ。そして恐らくだが、通常時のあのISの本来の姿ではない」

 

 項と聞いて一夏は、結が何故常にパーカーを着ているのか、そして初めて会話した時、フードに触れようとして逃げられたことに合点がいった。それと同時に、千冬の言い方に引っ掛かるものを感じた一夏は話を遮って質問をせずにはいられなかった。

 

「待ってくれ千冬姉。今なんて言った? 項に? 有機デバイス?」

「それじゃあまるで、ISを直接身体に入れてるような言い方⋯⋯」

 

 血の気が引き、顔を青くさせる二人だが、それでも足腰を力ませて踏ん張る。

 

 

「あぁそうだ。奴のISは奴自身の身体に直接埋め込まれ、脳から伸びる神経系に直に接続されている。もしISを取り出せば最悪⋯⋯上代は死ぬ」

 

 

 絶句。

 この学園で、下手をすればISを扱える人間の中で最年少と言っても良いあの少年が扱っているISは、体内に直接埋め込まれ、しかも外せば大なり小なり被害が出てしまうと言う。少し考えるだけでも恐ろしく、あの少年がどれだけの所業を強いられて存在しているのかが垣間見える。

 

 しかし、それがあの暴走と何の関係が。

 

「あれと戦ったお前たちなら分かるだろう。私もあの状態になった上代と対峙したことがあるが、あれは守り優先の上代とは打って変わって、捨て身の攻めしかしない」

「確かに、あの状態になったら盾も捨てて突撃してきた」

 

 二回も戦闘し、同じクラスで過ごしてきた一夏だからこそ、結の性格と戦闘スタイルを知っているつもりだった。

「でも、どうして戦闘スタイルにそんなにも差が出るんですか?」

「それはな……」

 

 千冬は目を伏せ、間を開けて続ける。

 そして一つの仮説を提唱した。

 

「あの暴走は上代自ら暴れていたのではなく、奴のISがひとりでに暴れていたのではないかと考えている」

「そんなこと」

「あるはずがない。とは言い切れないんだ」

 

 操縦者とISのリンクが定まらずに、IS使用中に事故が発生するというのはこのご時世だ。世界中で起こっていて今時珍しくもない。

 それでも人間がISに乗り込んでISを動かす、という行程はどれも等しく同じで、その前後が入れ替わる事例は今までに一件も出てきていない。

 

 もしそうだとしたのなら、ISの持っている人工知能がただの学習のみならず人を取り込んでパーツの一つとして数えられ、いつ死んでもおかしくない。

 

「そんなこと、許されるはずがない!」

「そうよ、なんであの子が!」

 

 一体何処の誰があの少年にそんなことを施したのか。

 一夏は千冬の片を掴んで揺さぶり口を開く。

 

「教えてくれ千冬姉、結は何処で誰にそんなことをされたんだ!」

「落ち着け一夏。焦る気持ちは痛いほど分かる。だが、まだその情報が掴めていない。探していくしかできないんだ」 

「っ⋯⋯!」

 

 激昂する一夏の手を押さえながら千冬は苦い表情で呟くように、一夏の言葉に返す。

 本当につらいのは当人だ。自分達はその一部だって分かってやれない。そう言いたげな表情に一夏は何も言えなくなる。

 

「結ちゃんがこの世に生まれた痕跡はなく、誰もあの子を知りません。もしあの子の存在を知れば、あの子を欲しがる人間はごまんといるでしょう。更にこの世界に結ちゃんが安心して居られる場所は無い。この学園ですら先日の襲撃事件で安全と言えなくなってしまった。誰かが守ってあげるしか出来ないんです」

 

 真耶の語る無慈悲な事実に、自分の無力さに立ち尽くすことしか出来ないことが何よりも悔しかった。固く握った拳は血が滲みそうなほど赤く滾り、噛み締める歯は食いしばって痛みが喉奥を焦がす。

 

 憎い。

 結を作った人間が、結を苦しめる存在が、無力な自分自身が。

 

 自分が手に入れた力はこれほどにもちっぽけで、また、誰かが苦しむ力でもあることを認めざるを得なかった。

 

「なぁ、千冬姉。どうすればあいつを、結を救えるんだ⋯⋯?」

「わからない。だが、間違わない様に導いてやることは出来るはずだ。そうだろう? 一夏」

 

 姉の優しい手が肩に触れる。見上げれば、滅多に見せない微笑みを浮かべた姉の姿が見え、その信頼に応えようと心の中にあったわだかまりを一度忘れ、前を向く。

 

「重たいな、あの時の刀みたいだ⋯⋯」

「命を預かるとはそういうことだからな。当然だ」

 

 剣道を習い始めたころ、姉に持たされた真剣の重みを思い出す。

 人を殺すための道具はそれだけの重みがあり、物理的な重さとは別に、もっと大きな重みが腕から全身に絡みついてきた。

 今一度、その気持ちを思い出し、拳を握りなおす。

 

「あぁ、俺やるよ。千冬姉!」

「よく言った、それでこそ私の弟だ」

 

 千冬は一夏の頭を撫でる。

 一夏の瞳に宿る熱い思いを、千冬も感じていた。

 

「私も、あの子を守りたい」

「そう言ってくれるとありがたい、鈴」

 

 もう負けない。自分に、そしてあの少年に対して誓う鈴もまた決意を固める。

 

 

 

 

 

 同時刻、自室に戻った結は診察服を脱ぎ、小さく華奢な肢体を蛍光灯の下に晒す。

 手を見つめ、手首、前腕、腹、胸、脚を見る。

 

 背丈は小さい。痩せ気味。ヒトと同じ、少しばかり血色の悪い青みが残る色白な肌はまさしく人間と同じそれだ。

 

 目を瞑り、背中のISに触れる。

 

 硬く、関節部分の駆動音が指の骨を伝って聞こえてくる。ひと肌に温もっており、機械部品は精密機器を内に秘め、頑丈な外装で覆われている。体表面の癒着部分にはとうの昔に塞がっている傷跡が幾つも刻まれている。

 

 意識を体表から体内に移す。背骨に変わって身体を支えるISはこの身体を構成するパーツとして認識され、既に無くてはならないモノになっている。違和感は物心がつく前から存在せず、どれだけ嫌悪感を示そうと拒絶反応も出さない自分の身体に嫌気がさす。

 

 時々聞こえるISの声はノイズのような雑音なはずなのに、頭の中には鮮明に響き渡る。

 いつも大人しくしていたアイツは、ISとの戦闘のときだけは活発になり、自分の身体を使おうと暴れ出す。

 

 そのせいで大切な人たちに迷惑をかけた。

 

「ぼくなんて⋯⋯」

 

 表情を歪ませて拳を握る。

 いくら死のうとしてもアイツは自分を死なせてはくれない。必ず何らかの方法で助けられてしまう。

 刃を突き立てても、銃で頭を撃っても、高所から飛び降りても、首を吊ろうと、意志に反して体はISによって動き出し、絶対に死なないように行動する。

 

 その時だけは首に掛けられた(ガーディアン)も反応せず、ISに加担して自分を救おうとしてくる。

 

「なんで、死なせてくれないの⋯⋯?」

 

 もう誰も悲しませたくない。ボクが居るせいで誰かが傷つくくらいなら、いっそ死んでしまった方が⋯⋯。

 

 

「う~ん、なんだか暗いムードじゃない?」

 

 

 突然部屋の隅から聞こえた誰かの声に顔を向け、服を拾い上げる。

 そこに居たのは淡い水色の髪を首のあたりで短く揃えた、何時ぞやの不審者が扇子で口元を隠し、腰に手を当てて堂々とした仁王立ちで立っていた。

 

「これじゃあお姉さん話しづらい⋯⋯」

 

 結は迷うことなく防犯ベルをカバンの中から引っ張り出し、その栓を引き抜こうとした。

 しかし瞬きよりも速く止めに入った不審者によって防犯ベルは腕ごと掴まれ、その勢いのまま結は不審者にベッドの上へ押し倒される。

 

「だから、何の躊躇いもなくそれを使うのは止めてもらえないかしら? お姉さん傷つくなぁ~」

「もうなんでもいい、好きにしてよ⋯⋯」

「あら大人しい」

 

 不審者こと楯無に、覆いかぶさるように押し倒され、両手は楯無の手で押さえられて抵抗もできない。

 自分への嫌悪感で既に無気力状態の結はもう自分がどうなろうとどうでもいい、と思い至り、自分の自由を眼前の痴女に差し出した。

 

 着替える前のあられもない姿で押し倒される結。

 そのことに気が付いた楯無はとんでもない状況だと今更ながら感じ、一先ずこの少年に服を着てもらおうと股の間に通していた足を持ち上げたところで、誰かが部屋の中に入ってきた。

 

「上代くん、でいいのかな。服を持って帰ってないから届ける様に、言われて⋯⋯」

 

 入ってきたのは簪だった。

 

 簪はベッドの上でイタイケナ少年に手を出そうとしている姉の姿を見てしまい、硬直する。

 半裸の少年をベッドの上に、しかも両手を押さえつけた状態で覆いかぶさっているなど性犯罪一歩前と思われても致し方なし。

 

「か、かか、簪ちゃん⋯⋯どうしてここに⋯⋯いや、あのね、これはその、違うのよ? そんなことをしようと思っていたわけじゃないの、たまたま、たまたまこんな体勢になっちゃっただけであって決して結くんにイカガワシイことをしようと思って押し倒したわけじゃなくて、なりゆきでこんな格好でこんな姿勢になっちゃっただけなの、お願い信じて簪ちゃん!」

 

 実の妹にそんな現場を見られた楯無は顔を青くさせながら飛び上がって結から離れ、どうにか弁明しようと言い訳を羅列していくが、簪は何も言わない。

 

「お姉ちゃん、見損なったよ⋯⋯」

「あぁっ! 誤解されている!」

 

 簪の姉を見る目は冷めきったもので、太陽すら凍らしてしまおうかと言うほどだった。

 

「こんな小さい子に手を出すなんて見損なったよお姉ちゃん! 尊敬してたのに、大好きだったのに⋯⋯まさかお姉ちゃんが小さな男の子に手を出すショタコンの変態だったなんて!」

「酷い言われよう! 待って簪ちゃん! 誤解なの、誤解なんだって!」

 

 珍しく狼狽える楯無をしり目に、無気力にベッドの上に横たわっていた結を引っ張り出した簪は心の中に入り混じる本音を叩きつけて部屋を出ていく。

 

「お姉ちゃんなんかしらない!」

「簪ちゃぁぁぁぁん!!!」

 

 ほの暗い結の部屋で、たった一人取り残された楯無はその場に項垂れ、大好きな実の妹に散々罵倒されたことにより、数十分たっぷりと放心状態で動けなくなってしまった。

 

 

 




 なんか変な終わり方したけど大体想定通りなので問題ありません。(誤字脱字がないとは言ってない)

 簪ちゃん結構ぐいぐいきてますけど、こうでもしなきゃ(ry

 ではではまた次回に。


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二十話 少年と画面のヒーロー

 ヒーローは誰。


 ※一部修正しました。


 自室を出てすぐ、手を引かれ歩きながらアリーナを出る。ここまで来ても後ろから楯無が追ってくる気配も声もしない。

 もう知るものか。どれだけ引け目に想っていても忌み嫌おうと高見の存在だと突き放そうとしても心の底では慕っていたはずなのに、まさかこんな子供に手を出すような年下好きの変態だったなんて、信頼も紙屑の如く地に堕ちてまった。

 

「君、お姉ちゃんに何か、されたりしてない?」

「⋯⋯うん」

「じゃあ一先ずこれ着て」

「うん」

 

 結は簪に渡された服を着る。

 思えば部屋を出て今まで半裸のままで少年を歩かせていたことに気が付いた簪は大胆なことをした、と羞恥心で頬を染めるが、当人で被害者であるはずの結は素知らぬ顔でパーカーを着て制服に腕を通し、最後にフードを目深に被って背中を隠す。 

 

「それじゃあ、行こっか」

「行くって、何処へ?」

 

 簪は繋いだ手を優しく引きながら、生徒寮へと足を向ける。

 

「私の部屋。そこなら、少しは安心できる。と思う」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結が病室を抜けたという情報はすぐに千冬の耳に入った。

 

「私だ⋯⋯なんだと! ⋯⋯わかったすぐに向かう」

 

 話の最中にかかってきた電話に出た千冬は、受話器越しに伝えられた旨を飲み込んで真耶と二人に伝える。

 

「上代が突然病室を抜けたらしい。しかも既に全快していたそうだ」

「どういうことですか!?」

「わからん。とにかく上代のもとに行くぞ」

 

 訳もわからずに走り出した四人。千冬を先頭に第一アリーナの地下まで走った。

 初めて入るアリーナの地下という場所に右も左も分からない一夏と鈴だったが、先頭を駆ける千冬のお陰でなんとか迷うことなく結の部屋の前までたどり着き、その扉を蹴破る勢いで開くと、そこには本命の少年ではなく見知らぬ女子高生が魂の抜けた顔で座り込んでいるだけだった。

 

 織斑先生はその女子高生の頭を片手で掴んで持ち上げ、結がどこに行ったかを尋ねるが、客観的に見ると拷問のようでもあるのでもう少し手心を加えてやってもいい気がするが、それどころではないので口を閉じる。

 

「おい楯無。上代がどこに行ったか知らないか? 知っているなら吐け。知らないなら今すぐ失せろ」

「うふふ、かんざしちゃん⋯⋯わたしなにかだめだった? まってかんざしちゃん⋯⋯」

「だめだ、使い物にならん。仕方ない」

 

 そう呟いた織斑先生は掴んでいた手を放したかと思えば、がら空きの胴に、徐に拳を叩きこんだ。

 謎の女子生徒は「ぴゅっ!?」と奇妙な悲鳴を上げて悶絶し、意識を取り戻したのか涎を垂らしながら起き上がり、辺りを見回して手を振っていた織斑先生を見つける。

  

「織斑先生!? あれ、簪ちゃんは!?」

「目が覚めたか楯無。上代は見てないか?」

「それよりなんだかめちゃくちゃポンポンが痛いんですが」

「あぁ、殴ったからな」

「容赦ないですね!?」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐその女子生徒から事情を聴き流しながら、結を連れて行ったと思われる生徒の情報を聞き出した織斑先生は、振り向いて部屋を出る。

 

「生徒寮に行くぞ、しらみつぶしだ!」

「「「はい!」」」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 簪に連れられた結は、有無を言わさず簪の部屋まで連れてこられ、何も言わずに部屋の中に入る。

 ドアの音を聞きつけて、部屋の奥から誰かが顔を出してきたが、その人物は結を見て目を剥いて驚いた。

 

 いつも誰とも話さず、近づかず、接することなく一人で過ごしている幼馴染みが、接点など無いはずの自分のクラスの少年を連れて部屋に帰ってきたのだから。

 

「かんちゃんおかえり~⋯⋯て、ゆいゆい? なんでここにいるの~?」

「そういえば本音は知り合いなんだよね。ちょっとこの子よろしく」 

 

 黄色いネズミのようなキャラクターの着ぐるみを身に纏う、いつか顔を合わせたクラスメイトの姿をぼうと見上げる結は、着替えをするからと衝立をして着替え始める簪の後ろ姿を見送ってそのまま立ち尽くして動かなくなってしまう。

 

「久しぶりだねゆいゆい。とりあえず座りなよぉ~」

「う、ん。ありがとう、ございます⋯⋯」

 

 袖に埋もれた手で椅子を差し出しながら、本音は初めて会った時よりも距離が遠くなった? と思いながらも何も言わず、いつものようににこにこしながら買い溜めているおやつを引っ張り出してきて迷うことなく封を開ける。

 遠慮がちに椅子に浅く腰掛ける結。肩肘は少し張ったままで動かず、目線だけはずっとあちこちを視ているようで落ち着いていない。

 

 それに突っ込むほど本音も野暮ったいことはせず、何も言わないまま棒菓子を食べ始める。

 

「おたべ~」

「い、いい」

「いいからいいいから~」

「むぇ、いただきます⋯⋯」

 

 半ば強引に口元に押し当てられる棒菓子を咥え、餌付けをされるように硬い食感を思わせる咀嚼音を鳴らしながら少しずつ食べ進んでいく。

 

「おいしい?」

「しらない」

「むー。私のお気に入りなんだよーこれ?」

「しらない」

 

 味なんて分からないのに。

 今更そんなことを言おうが、無味の食べ物を食すことに慣れきった体はもう拒絶反応も嫌悪感も感じないので自然と喉を通っていく。  

 そうして数本の棒菓子を食べさせられたところで、着替え終ったらしい簪が衝立を戻して結の前に姿を見せる。

 

「お、おまたせ⋯⋯」

「あれ~なんでちょっとおめかししてるのかんちゃん~?」

「本音うるさい⋯⋯!」

 

 出てきた簪は、部屋着と言うには少し華々しさがある服を纏っていて、これから出かけても問題は無さそうなほどには整っている。

 顔を赤くしながら本音の背中を軽い拳で叩く簪は、しばしうろうろとその場で右往左往しながら、思い出したかのようにテレビとブルーレイレコーダーに電源を入れて、戸棚の中から取り出した何かのパッケージからBDを再生機に挿入して再生開始する。

 

「えっと⋯⋯」

「ゆいでいいよ」

「じゃあ、結。こっちきて」

 

 言われるがままに結は簪が座っているベッドのところまで歩きその隣に座るが、何を思ったか簪は結の後ろに回り込んで、あすなろ抱きの要領で結を自分のまたぐらに入れる様にして座りなおす。

 勿論ほぼ初対面の相手にそこまで距離を許す結ではなかったが、耳打ちされた内容に黙って従うしかなかった。

 

「(背中のそれ、本音には言ってないんでしょ? 私が隠すから、じっとしてて)」

「(⋯⋯ありがとう)」

 

 後ろで間の抜けた顔をしながら訝しむ本音だったが、あまり気にしない様にして食堂にいってくるという旨を伝えて部屋を後にする。

 

 残された二人は、そのままオープニングが始まったアニメの映像を視界に映す。

 

 内容は変身するヒーローが悪の組織と戦うという内容で、よくある設定だがその分約束された熱い展開と白熱する激闘が描かれた人気の作品である。しかし年齢層はほとんどが低年齢の模様。

 何気ない日常を謳歌していた主人公、だが裏では悪の秘密結社が良からぬ計画を企て、それを実行に移し始めたところで主人公が登場、変身して戦う勧善懲悪な作品。

 

 そんなアニメを見ながら、簪は結に話しかける。

 

「背中のそれ、いつ付けられたとか、本当に覚えてないの?」

「おぼえてない。けど、夢は見た」

「どんな夢?」

「怖い夢」

 

 

 真っ暗な部屋。辛くて足元しか見えなくて、どれだけ広いとか、何があるとかは全然分からない。角も見えない部屋の中、ボクは月の光が入ってくる窓際の壁にもたれかかって膝を抱えて座っていた。

 

「声が聞こえるんだ」

 

 壁を隔ててくぐもった声が絶え間なく聞こえる。

 バンバン壁を叩きながら、そいつはずっとぼくの方を見ながら話しかけてくるんだ。

 そっちは見てない。見ちゃいけない。ぼくの中で何かがそう言ってた。壁の向こうから覗いてくるそいつは、薄くて小さい窓の向こうから、ボクの事をずっとずっと見ていた。そして嗤っていた。

 

『お前、一人、なんだろ。遊ぼうよ。俺と遊ぼう。遊ぼ』

 

 ぼくは壁に背中を当てて座ってる。そいつの方は見ないようにしてるのに、そいつはずっとぼくのことを見つめながら壁を叩いて、遊ぼう、遊ぼ、て話しかけてくる。ずっとけたけた嗤いながらぼくに話しかけてくる。

 

 ずっと。ずっと。ずっと。

 

 聞こえないように、耳を塞いでうずくまってたらそいつはもっと壁を叩いてくる。強く、壊そうとしてくる。

 

『遊ぼうよ。ねぇ。一人なんだろ。なぁ。おい。遊べ』

 

 聞こえない。

 何も聞こえない。

 そうやって思い過ごしだって、思いながら、目が覚めるのを待ってたんだ。毎日、毎日。

 

 

 

 でもある日、その窓が割れた。

 

 

 

 そいつは開いた窓からどろどろの体を滑り込ませて入ってきた。気味が悪いほど長くて、細い腕が床を這って、べちゃ。て落ちる。

 

『入れた。入れた。お前。遊ぼう。なぁ』

 

 そいつは床を這いながら近づいてくる。生え揃った歯だけが見える口を開けて、そいつはぼくの顔を指先で撫でながら話しかける。

 

 食べられる。

 そうでなくても命が危険にさらされる。

 

 そう思っても体は動かない。

 

 ボクはそいつとの境界線がなくなって、そいつの中にずぶずぶと沈んでいった。

 

 気がついて目が覚めたらそいつはいなくなってた。

 オモチャだらけの知らない部屋の中でぼくは気が付いた。

 

 

 

 そして背中にはこれがあった。

 

 

 

「それからはその夢は見なくなったよ」

「⋯⋯そっか。そうなんだ」

 

 所謂予知夢のようなものなのか、それとも物心がつく前の記憶が映す記憶なのかは分からないが、どちらにしてもこの少年を苦しませたことに変わりはない。

 

 思いふけって押し黙る簪とは対照的に、何も考えずにアニメを見ていた結だったが画面をすい、と指差し、懐の中で身動ぎをしながら今度は簪に問いかける。

 

「悪いやつってどっち?」

「あっちの、なんかゴテゴテしてるほう」

「ふーん」

 

 それ以上は何も言わない。

 また口を閉じ切って画面に向き直る。

 

「ねぇメガネのお姉ちゃん。なんでこの人たちは戦ってるの?」

「名前教えてなかったっけ⋯⋯いやいや、えっと、悪いヤツらをやっつけるのがヒーローだから、かな」

 

 何故戦っているのか、そんなこと考えもしなかった。それ故何と答えたら良いのか分からない。「これまでがそうだったから、これからもそうなんだろう」そういう認識で、いままでずっとこの作品や他のタイトルを視聴してきたが、戦う理由を深く考えたことは無かった。

 

「どうして戦わなきゃいけないの?」

「それは、なんでだろう……」

 

 勧善懲悪ものの作品が好きな簪にとって、その質問に対する答えは持ち合わせていなかった。 

 

「倒さないと、また誰かが傷付くから、かな」

 

 考えて考えて、やっと絞り出した答えに、結は興味があるのか無いのかわからない態度で聞きながら簪を見上げる。

 

「そっか。それなら、ぼくと一緒かな」

 

 自嘲するようにへらへらした笑みを浮かべながら、結は画面を見つめる。

 画面の向こうでは丁度悪党がヒーローの必殺技を喰らい、爆発四散して終わった瞬間であった。

 

「ぼくはお姉ちゃんを傷つけた。みんなを悲しませた。ぼくもあのカイブツと一緒、あのヒーローに倒される」

 

 脳裏に蘇る数日前の記憶。

 

 あの侵入者に殺されそうになって途切れ、気が付けば一夏と対峙しており、自分に刃を向けて困惑していた一夏の顔を思い出す。「どうして」なんて言ってそうだったあの顔に、なんて答えたら良いのか今でも分からない。

 そして先日、鈴に怒鳴られたこと。何故笑っていられるんだと怒られた。彼女自身の保身も見えた、自分への心配や恐怖も綯交ぜになった感情をぶつけられた。

 

「この前は一夏お兄ちゃんに倒された。だからきっと、今度は、今度こそ⋯⋯むぐっ」

 

 結の言いかけた言葉を、簪は咄嗟に手を差し伸べて口を塞ぎ、遮った。

 更に簪は触らせるまたぐらを寄せて太股を擦り合わせ、片手で結を自分の胸の中に引き寄せ、背と腹を密着させる。ついでに結の背中にあるISの背骨が胸骨を強めに撫でるが、そんなことを気にすることもなく、彼の頭上に顎を乗せ、後ろから完全に密着した態勢になる。

 

「⋯⋯君を悪者になんて、させない。織斑一夏が君の敵なら、私が君を守る。絶対に⋯⋯」

 

 少しだけ歪んだ感情からくる意志からそう宣言する簪。相まって結を抱く体に力が籠められる。力んだことで更に簪の胸に背骨が突き刺さるが、その痛みすら簪は受け止めようとしていた。

 あの男が、私から専用機を奪ったあの男がこの子の敵なら、私と同じ敵。

 

「ん、くるしい⋯⋯」

「あ⋯⋯ごめん」

 

 流石に絞めすぎたか、と反省しながら力んでいた身体を脱力させて結を強めのあすなろ抱きもとい羽交い絞めから解いてやる。

 やっと解放された結は息苦しさを解消しようと深呼吸をし、ベッドから立ち上がって部屋の出口へ向かう。

 

「気にしてくれて、ありがと、う」

 

 ドアノブに手を掛けたところで結は立ち止まり、顔だけ此方に向けて、光のない瞳で微笑みながら戸を開く。

 

「じゃあね。お姉ちゃん」

「あ、うん⋯⋯」

 

 少年が離れた懐はすぐに熱を失い、うすら寒く感じるほど冷えてしまった。

 簪は立ち上がって結の手を引こうとしたが、勝手に足が止まってしまう。

 

 それでも。

 

「結!」

 

 簪は咄嗟に結の手を取って引き寄せる。

 

「また、また一緒にアニメ観よ? いいよね?」

 

 どうしてそんなことを言ってしまったの⋯⋯?

 自分で言ってて恥ずかしいやら情けないやら、もう少しいい言葉とか投げかけてやる言葉があったはずだろうと後悔の渦に飲まれそうになっていると、結は笑って了承してくれた。

 

「いいよ。また見ようね。簪お姉ちゃん」

「ー、うんっ」

 

 強く握手をして結は簪と別れ、部屋を出たところで結を探し回っていた四人と遭遇した。

 あちこちを聞きまわり探し回り、虚ろになっている目で結を見つけた途端に一瞬固まり、目の前の情報を再認識してようやく動いた全員はあっと声を上げて駆け寄る。

 

「あ」

「上代! 無事か!」

 

 やたら焦っていたのか、皆汗だくになり肩で息をしている有様だった。

 そんな状態の織斑先生に肩を掴まれて揺さ振られる結は何が何だかわからないまま、されるがままに振られて目を回す。

 

  

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

 部屋に居た変質者こと楯無は無事にお縄を掛けられ連行され、平穏が確立された旨を聞かされた結は心の中で胸を撫で下ろして安心していた。

 結が見つかったことで安堵した一夏と鈴は結と話をしたかったが、消灯時間が近づいていて話す間もなく今日はお開きとなり、煮え切らないまま部屋に戻っていく。

 

 去り際、また教室で会おう、と声を張っていた一夏に手を振って返し、真耶に手を引かれながら結は自室への帰路に就く。

 

「結ちゃん怖くありませんでしたか?」

「簪お姉ちゃんがいてくれたから、大丈夫だった」

 

 一時はどうなることかと肝を冷やした真耶だったが、なんとか結が無事でいてくれたので簪と言う少女に感謝の念を送る。

 

 程無くしてアリーナ地下の結の部屋まで辿り着く頃には夜も浸かって辺りは暗くなっていた。

 最初は指を引っ掻ける程度だった結の繋ぐ手は、きゅっと握るぐらいに力んで離れない。

 

「はい、着きましたよ結ちゃん」

「……うん」

 

 結の手が真耶の指先からすり抜けて離れる。

 それを心の片隅で寂しく思いながらも、彼が無事でいてくれたことに感謝しながら笑顔で来た道に振り向く。

 

 しかし、戻ろうとした真耶の袖を、控えめに、けれど確かに掴む。

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

 その呼び方に、真耶の意識が凍った。

 

 




 誤字や脱字があればご報告ください。

 ではでは。


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二十一話 少年と先生

 言いたいことは分かりました。
 そしてご用意させていただきました。




()()

 

 袖を引っ張られながらその呼び方で呼ばれ、真耶の意識は凍り付いた。

 

 その呼ばれ方に一瞬喜び、次には潰れてしまいそうなほどの後悔と憤りに濡れて俯く。

 

 頼られている、と言えば聞こえは良いだろう。しかしそれは近いようで最も遠い呼び方だった。彼が心の中で『先生』という人物を手放したくないという現れであり、その人影を真耶に重ねた証拠でもある。

 

 

 この歳の子供に親という依存対象があって当然だが、結にとっての対象はもっと特別で、親以上の心の支えになっていた。

 

 それを今までの結との関わりを築き、分かち合ってきた真耶だからこそ、さっきの『先生』と呼んだ結の心境の乱れ具合を汲み取り、頼られていると少しでも浮かれてしまった自分が憎かった。

 

 様々な感情が入り乱れ、押し潰されてしまいそうな気持ちに今は蓋をし、あくまで平静を保って結の目線に遭わせる。

 

「どうか、しましたか。結ちゃん?」

 

 結は感情を見せない表情に乏しいながら、少しの不安を瞳の奥に宿しながら答える。

 

「今日、だけ⋯⋯今日だけ、一緒に寝てください、真耶先生」

 

 いつもの呼び方に戻っていたことに安堵しつつ、話題に耳を傾けて胸を撫で下ろした途端に驚く。

 

「あぁ、そんなことですか。それなら⋯⋯え?」

 

 今なんと?

 齢二十歳を超えてなおこの御時世、彼氏の一つも出来たことがない真耶にとって、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

 

「今、なんと⋯⋯?」

「だから、その⋯⋯今夜だけ、一緒に寝てください。だめ、ですか⋯⋯?」

 

 気恥ずかしいのか顔を赤くさせ、もじもじと手遊びをしながら、上目遣いでしかも涙を溜めた目で真耶を見上げて懇願してくる。

 さっきの葛藤とは別の感情に吞まれて、真耶は昏倒しそうになった。

 

「お風呂って、もう入ってますか?」

「うぅん、まだ」

「そうですか」

 

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

 

 教員寮。

 

 当たり前だがここに生徒が来ることなど滅多にない。

 相当な急用でもない限り、生徒にとっては無用の場所であり、不用意に近づき難い場所でもある。

 

 その一室に、結は真耶に手を引かれて部屋に入っていく。

 部屋の中はそれなりに整えられ、しかし脱ぎ捨てられたパジャマや卓上に置かれたパソコンや資料からこの人が教職員という職に就いている人なんだと、結は肌で感じた。

 同時にその博識な雰囲気が、どこか懐かしさを思わせて真耶の手を掴む手に力がこもる。

 

「ちょっとここで待っててください。お部屋の掃除してきますから⋯⋯」

 

 そう玄関口で待たされ、真耶は早足に部屋にあがってパタパタと部屋中を適当に片付けはじめ、人に見られても恥ずかしくはない程度には片付いたところで扉から顔を覗かせ、玄関口で呆然と立ち尽くしていた結を部屋の中に呼び込む。

 呼ばれた方の結はおずおずと部屋に入り、出されたクッションの上にちょんと控えめに座る。

 

 部屋の中は生徒寮に比べて少し狭いと感じるが、向こうは二人一部屋なので、一人部屋が基本の此方なら十分な広さがあった。

 

「ご飯は食べました?」

「うん、はい。でもお腹空きました」

「それじゃあ、何か作りますね!」

 

 腕まくりをした真耶はキッチンに立ち、冷蔵庫と炊飯器の中を見て献立を決める。

 フライパンと木べら、食材をシンクに揃えてコンロを点火して手早く調理を開始。フライパンを暖めているうちに野菜類を刻み、卵を溶く。

 油をフライパンに回し入れ、溶いた卵液とご飯を投入する。油で弾ける卵液を米が上から圧し掛かり、諸ともフライパンの底で焼けながら黄金色に身を焦がす。それらを木べらで切るように炒めながら鍋を振れば、塊で入れた米は油でほぐれ、卵と絡んで香ばしい香りを漂わせる。

 

 そこに刻んでおいた野菜類を纏めてフライパンの中に流し込み、木べらで切り混ぜつつ鍋を振って空気に触れさせながら炒めれば、あっという間に野菜にも火が通っていくので塩胡椒で味を調え、茶碗に移して皿に盛る。

 

「はい、完成です!」

「おぉぉ」

 

 出来上がって結の前に振る舞われたのは空腹を擽る香りを放つ炒飯。

 手渡されたスプーンを握り、「どうぞ召し上がってください」と許可が下りたので、黄金色のお山に杓を刺す。

 よく水気が飛んでぱらぱらと崩れる山の一角を掬い取り、熱いまま口に運んで噛み締め、そのまま無言で咀嚼を続ける。

 

「美味しいですか?」

「おいひ、でふ」

「そうですか、そっか……」

 

 この問答に意味はあるのだろうか。それはずっと感じていた悩みであり、最近感じている無力感の原因でもある。

 

 味覚障害を患っているらしい彼にどれだけ美味しい物を出したところで、栄養摂取以上の意味を成さないその食事に一体何の価値があるのだろう。

 だが、いくら悩み悔やんだところで本人が何も感じていないならそれは問題ではない。

 

 結の口元についていた米粒を摘み取ってやり、口に入れる。

 

「美味しいですよ、うん……」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あっという間に皿を綺麗にした結。

 真耶も自分の分の皿を片して二組を洗い終わり、暇そうに教本を眺めていた結に声を掛ける。

 

「結ちゃん。お風呂に入りましょう」

「はい」

 

「い、一緒に入りましょう!」

「えっ」

 

 脱衣所で服を脱いでいた結の前には、一糸纏わぬ姿でこちらに優しく微笑み、身動ぎをする真耶の姿。

 背丈こそ平均的な女性の身長はあるが、可愛らしい童顔とそれに見合わない豊満な胸、そして大人の女性としての美しい体系も相まって、見る人間によっては見惚れたり、血涙を流すだろう。

 

 だが結はあまり動じていなかった。

 

 否、動かなくなっていた。

 

 そのまま引きずられるように、結は真耶に引かれ、浴室へと招かれていった。

 

 

 

 

 いくら教員用の寮とはいえ、浴室の中は広いとは言えない。

 だが真耶も一人の女性として健康に気を使っているので人一人が足を屈めてやっと入れる程度の風呂釜でも湯は張ることのほうが多い。

 そして今日がその日である。

 

 浴槽に溜まっているのがお湯であることを確認して一つ掬い上げ、自分に掛ける。

 

「結ちゃん、こっちに来てください。洗ってあげますから」

「一人で、洗えます」

「いいからいいから♪」

 

 膝立ちの姿勢になっている真耶の前でされるがままにお湯で全身を濡らされ、シャンプーを付けた手で頭を得る様に泡立て、爪を立てないように指で頭皮を撫でる様に、結の頭を洗ってやる。

 

「痛くないですか?」

「ん⋯⋯気持ちいい、です」

 

 両手を胸の前で握り、シャンプーが染みない様に目をきゅっ、と閉じて首を縮める。

 いつも心此処に在らずというような彼でも、こんな仕草をするんだ。と真耶は内心驚きながらもどこか安心していた。

 

 お湯で頭を洗い流し、タオルにボディーソープで泡を立て、構えたところで結が今度こそ感情を示して後退る。

 

「どうしたんですか? 洗ってあげますから、ほら、きてください」

「い、いや⋯⋯自分で洗えます。洗えますから⋯⋯」

 

 ずぶ濡れになって垂れた前髪のおかげで目は見えないが、身体を隠し細い腕で隠しているのは見ていて可愛らしい。

 

「別に変なことはしませんよ?」

「ちがう、そうじゃなくて」

 

 背中の⋯⋯。

 

 それを言いかけた結はすぐに口を噤んでバツが悪そうに横を向く。ハッと気が付いた真耶も、地雷を踏んだと思って後悔する。

 それでも真耶は身を引かず、逆に前に出る。

 

「だから、自分で洗⋯⋯⋯」

「私が洗います」

 

 真耶からタオルを譲ってもらおうと手を伸ばした結を真耶は引寄せ、なおも離れようとする結を片手で抱き止め、そのまま泡立ったタオルを少年の体に押し当てて洗い始める。

 

 爪先を立てて正座する真耶の膝の上に乗るようにして結は座らせられ、逃がさないと言わんばかりに片手で固定され、おかげで頭が豊満過ぎる胸に挟まれて横が見えない。

 不意の行動が相次いで頭が追い付かない結は、訳も分からず脈拍が速くなっている事だけはなんとか理解していたが、その原因がなんなのか、まだ理解出来ていなかった。

 

 借りてきた猫のようにおとなしくなった結はそのまま体の隅々まできれいさっぱり洗われ、湯船にそのまま脇から抱えられて浸けられる。

 結を洗い終わって真耶も自分の身体を手早く清め、浴槽に自分も入る。

 

 ただでさえ狭い浴槽に大人と子供とはいえ人が二人も入ればお湯が溢れ出し、お互い小さく膝を抱えても肩や腰が密着してしまう。

 

「やっぱり狭いですね」

「うん⋯⋯」

 

 流石にこのままでは出ることもかなわないのでは、と危惧した真耶は身体を横に向けて結に向き合い、股の間に結を座らせ体操座りの姿勢で結を抱えたまま湯船に浸かる。そんな姿勢になっても結の背筋はまっすぐに立ったままだったので、真耶は多少強引に少年の頭を胸の中に落とし込み、全身で固定する。

 

「百数えるまで出たらだめですよ~」

「う、ん⋯⋯」

 

 下手をしたら溺れそう。

 そんな危険視もどこ吹く風と真耶は数字を数え始め、浮かぶ胸の間で結は湯船に口を付けて泡を作っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 風呂から上がった二人。

 結は諸々の理由でのぼせそうになり地引漁の如く真耶に引き上げられて引き出され、そのまま脱衣所で涼みながら力なく項垂れる身体を真耶が手厚く水滴を拭う。

 

「だだだ、大丈夫ですか?」

「ぷしゅー⋯⋯」

 

 動けるようになるまで十数分費やし、下着を着せられたところで朦朧としていた意識を取り戻し、ひったくる様に着替えを受け取ってそれぞれ可愛らしいパジャマと診察衣に着替える。

 

 寝るまで何かゲームなり本なりに余興に華を咲かせるか、それとも教本を開いて予習復習に勉めるか迷って結を横目で窺うと、半目まで落ちた瞼をこすりながらこっくり、こっくり、舟を漕いでいた。

 そのまま前のめりに音もなく伏せてしまってから背中を刎ねさせて起き上がった結を撫でてもう寝ることにした。

 

「もう寝ましょうか」

「ん⋯⋯はぁい⋯⋯」

 

 半分以上意識が夢の中に誘われている少年にせめて歯磨きは済ませるよう促し、ベッドに横たえて自分も潜り込む。明かりを消し、シングルベッドの上で二人は抱き合うように、いや結が真耶の抱き枕のように抱えられた姿勢、彼女の腕枕の中で服の胸元を掴み、結は微睡みの中でぽつぽつと弱弱しい声で呟きだす。

 

「今日は、わがままを言って⋯⋯ごめんなさい」

「気にしなくていいんですよ、いつでも頼って下さい⋯⋯」

 

 もう殆ど寝てしまっている結の頭を撫でながら、あやすように寝付かせる。

 寝息を立て始めた結を見て、真耶は堪えていた涙を流す。

 

「⋯⋯いつだって甘えていいんですよ」

 

 最初、結が裾を掴んできたとき、何が起こっているのか分からなかった。

 この学園に就任したときには既にこの子はこの島にいついており、例の地下室にずっと引きこもっていた。

 初めて会った時、結は織斑先生の陰に隠れて周囲をずっと警戒するように視線を巡らせ、恐る恐る頭を下げて最低限の自己紹介をしただけで終わった。

 

『上代結です、よろしくお願い、します⋯⋯』

 

 目の下には今よりもっと酷い隈が染みついており、子どもの体型としては極度の痩せ型で栄養失調手前な状態だった。

 事情を聞けば就任する前から数か月前に、篠ノ之束博士が自ら出向いて織斑先生に引き渡し、それ以降アリーナ地下の部屋に居座ったらしい。

 人との関わりを極端に避け、出された食事にも手を付けないことが殆ど。そのお陰かそれとも篠ノ之博士の隠蔽工作の技術が高かったのか、彼を秘匿することは容易で、入学式が始まるまで誰にも感づかれることが無かった。

 

 真耶は早期に学園に召喚され、織斑先生の意向で事実上結の専属教師として選ばれることになった。

 

 代表候補生時代の先輩後輩の関係だった彼女に急務と急かされ、いざ出向いてみれば出てきたのは不審な点が多い謎の少年の世話。初めは何事かと思ったが、彼と話していくごとにどんどん不安になっていった。

 

『君は、どこから来たんですか?』

『知らない』

『⋯⋯好きな食べ物とかって、ありますか? 良ければ作ってきますよ!』

『味がわかんないし、いい』

『そう、ですか⋯⋯』

 

 ベッドの上で膝を抱え、此方を見ることなく壁を見つめる彼に、真耶はどう接していいのか分からなかった。

 子供の世話、と高を括っていたがばっかりに織斑先生から彼の身の上の事情やISについて聞き、背筋が凍った。

 

『今の上代の精神状態ではいつ死んでもおかしくない。いや、もう死んでしまっても当然なはずなのに、彼は未だなお生きている』

『じゃあどうして⋯⋯』

『背中のISが生かしているか、それともまだ縋っている幻影があるのか⋯⋯』

 

 一度だけ、彼が恋しそうにハンカチを眺めている所を見た。

 

『先生、会いたいよ⋯⋯』

 

 その時の横顔には、今まで自分たちには見せた事のない、親が恋しい子供の顔になっていたのを覚えている。

 ずっと強がっている。いや、極力他人を信じず、関わらないようにしているのが彼の態度と事情を知って分かった。だからこそ、真耶は関わろうと、積極的に彼に親しく接した。

 

『結ちゃん。お弁当を作ってきました! 食べてもらえますか?』

『⋯⋯ぼく味が分からないって、言ったよね?』

『それでも、食べないと体に悪いですから』

『⋯⋯分かった』

 

 多少無理矢理だったが、昼は弁当を渡すようになり、彼と会話をする機会を作った。

 

『結ちゃんのいう先生って、どんな方なんですか?』

『⋯⋯大事な人。いつも泣いてた』

 

 彼が昔過ごしていたという『施設』で、結を相手にしていたという白衣の男だと言う。

 束博士が襲撃したことでその施設は聞いた限りでは壊滅したそうで、その先生とはそれ以来会っていないらしい。

 それ以来束博士から渡された盾のISとハンカチが彼にとってその『先生』の思い出の品で、取り出してはまた会えるように握り締めている。

 

 

 入学試験の日、秘密裏に結のISの性能試験を兼ねて結対織斑先生の模擬戦を行った。

 

『私を倒す必要はない。制限時間まで生き残ればいい』

『生き残る⋯⋯』

 

 第二世代量産型の【打鉄】と出所不明、世代も性能も不明の盾を持った、全身装甲のIS。

 最初、打鉄の猛攻を全て見切っているのかという手際で結はISの身の丈よりも大きい盾を振り回し、攻撃を捌いていた。

 

『フー、待⋯⋯ッ!』

『ッ!?』

 

 突然盾を投げ捨てるように織斑先生に目掛けて投擲した結。盾の真後ろに張り付いて特攻し、大盾を弾いた瞬間の打鉄の懐に潜り込んでアッパーカット。それからの近接戦に織斑先生は度肝を抜かれて応戦するが、絶え間なく、どれも巨体からの重たい一撃は避けるのも困難といった具合。

 

 結の振りかざした一撃を打鉄の盾で受け流し、刀による袈裟斬りを喰らわせて終わったかと思いきや、結はその一撃を受けて刀身を掴んでいた。

 明らかに致命的なダメージを負ってなお倒そうとするその姿は模擬戦をしている装いは無く、確実に目の前の相手を手にかけてしまおうという勢いがあった。

 

 だが、そこで攻撃をするわけでもなく、織斑先生の駆る打鉄に触れた結は何故か首を傾げていた。

 その間に打鉄の機関銃【焔】によってあっけなくSEを削られた結のISは敗れ、気を失った結は目覚めてから顔を青くして謝罪の言葉を並べて泣きじゃくっていた。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯!』

 

 その時、何故彼があんなにも動揺していたのか、それは先日の事件で痛いほどわかった。

 

 

 

 真耶は自分の胸の中で眠る少年をみる。

 初めてあったころに比べれば、隈は薄れたと思う。まだ細いと思えるが肉付きも少しついてきて、明らかに骨が浮くことはなくなった。安らかな寝息は彼に安心してもらっている証だと信じたい。

 

「こうしていれば、ただの男の子ですもんね⋯⋯結ちゃんは」

 

 結を強く抱きしめる。

 自分よりも少しだけ体温の高い少年は身動ぎをして、少しくすぐったい。

 

 

 彼と在りたい。彼に安心してもらえる存在でありたい。

 だからこそ、『先生』と呼ばれたときはものすごく嬉しく、そして辛かった。

 

 この子を悲観することは決して許されない。だが、その『先生』が彼の人生を歪ませたと言っても過言ではないことは確かだ。

 

「私は、君の味方ですからね。結ちゃん」

 

 一筋の滴が目尻から零れ、枕を濡らす。

 もうこの子が苦しまない日が来ることを願う。

 

 平和を望むことはそんなにも難しいことですか。

 この子が無事でいることは罪でしょうか。

 

 

 神様仏様、この子がどうか笑って過ごせますように⋯⋯。

 

 

 眠りにつくまで、真耶は祈り続けた。

 いつかきっと叶えてみせる。そう信じて。




 おねショタだけとは言ってない。

 誤字脱字等あればご報告ください。

 ではでは。


 もしかしたらこれまでの話に何か足したりするかもしれません。
 まぁ殆ど差異はないかもしれませんが。


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二十二話 少年の拠り所

 半分くらいキャラが勝手に動いて書きました。


 翌朝。

 

 教員寮、真耶の部屋。

 

 目が覚めた結は、目の前に人が居ることに一瞬驚いて自分が何処に居るのかを思い出してから落ち着く。

 

 なんとか真耶の腕のなかから這い出てきた結は、カーテンの隙間から差し込む朝日を半目で眺めたあと、持ってきていた着替えに袖を通して忍び足で部屋を出ようしたが、なんと起きてきた真耶がそれを見つけて早々に捕まえられる。

 

「おはようございます結ちゃん」

「おはようございます⋯⋯」

 

 後ろから腹に手を回されて抱き上げられ、逃走阻止されたことによって力なく項垂れる結を部屋の奥に連れ戻す真耶。

 

「何処に行くんですか?」

「学校に⋯⋯」

「ふーん」

 

 まじまじと至近距離で結を見つめる真耶に、結はばつが悪そうに視線をずらして横を向く。

 

「だめです」

「えっ」

 

 まさかゴーサインが出ないとは思っていなくて、呆気に取られる結を真耶はそのままお姫様抱っこで持ち上げてまたベッドに横たえさせる。

 

「病み上がりなんですから、あと一日は大人しくしなくちゃいけませんよ」

「でも、もう」

「寝てないと怒りますよ」

「⋯⋯はい」

 

 大人しく布団に潜る結の頭を、優しく撫でる真耶はにっこりと微笑んで朝食を作るべく台所に向かった。

 

 手早く用意された朝食を早々に片付けた結を真耶は寝かしつけて着替える。部屋を出る前に、真耶は結を力一杯抱き締めてブーツを履いて玄関扉を開ける。

 

「なるべくはやく帰ってくるので、ちゃんと寝ててくださいね」

「うん」

「それじゃあ行ってきますね!」

「いってらっしゃい、真耶先生」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 四組教室。

 

 早くから登校した簪は、ホログラムディスプレイの代わりとして機能しているメガネの奥に映るプログラミングの画面を見つめながら手元のキーボードを叩く。

 

 そしてその片手間に、昨日の出来事を思い出していた。

 

 

 少しだけ気になって覗いた病室で、ただ運んだだけの少年に感じた暗い感情に自分と似通ったなにかを感じた簪。

 先生に頼まれた忘れ物を届ける口実で少年を追いかけ、なんだかんだ姉と口論になってしまい、少年を自分の部屋へと連れ込んでいた。

 

 人見知りの強い性分だとは思っていたのだが、ここまで心を許したのは何故だろう。

 

 病室で積まれた大皿の山は明らかにあの小さな体に収まりきるとは思えなかった。

 ただ消化が早いという言葉では済まされないが、聞いた話ではあの子はまだ入院していなくてはいけないらしいが、目の前で平然と歩いて出ていった様子から既に回復していると言っても良かった。

 

 ならば、食べている最中に傷を癒していたのだろうか?

 

 そんな馬鹿な話があるわけがない。

 きっと治療を担当した先生が何か間違えただけだ。

 

 

 不可解なのはそれだけじゃない。

 あの背中の機械、いやISだ。

 

 彼の口振りからしてあのISのせいで他人を傷付けてしまったらしいが、だからと言って殺される道理もないはずだ。

 

 一緒にアニメを見ていたとき、あの子は悲しそうに笑っていた。

 

『ぼくはあの怪物だ。お兄ちゃんが倒してくれる』

 

 まるで誰かに殺してくれることを望んでいるかのような言い方に、私は考えるよりも速く体が動き、あの子の口を塞いで抱き締めていた。

 

 織斑 一夏は私の敵だ。

 あの子を殺すのが奴なら、私にとってあの子は味方だ。

 

 眉間に皺が寄る。

 ふと手が止まっていたことに気がついて、またタイピングを再開する。

 

 あんな奴に結を殺させはしない。

 だからこそ力がいる。

 結を守るための力が。

 

 早く完成させなくては⋯⋯。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 二組。

 

 鈴は浮かない顔で教室に着いた。

 腕にはつい先日渡された甲龍の待機形態である細い腕輪が填まっている

 

 彼女は自分の席について、頬杖をつきながらその小豆色に近い赤をした腕輪を眺めていた。

 

『破損部位の修理と、使用履歴の一部消去をしておいた。あとは問題無いはずだが、何かあれば言いなさい』

『わかりました。ありがとうございます』

 

 そう言われて返された自分の愛機は何も変わらずの状態だったが、それが逆に恐ろしくもあった。

 

 結に奪われたとき、まるで自分のISに見放されたような気持ちだった。

 単純な力で組伏せられ、何の抵抗もなく甲龍は私から離れてあの妙なISに取り込まれてしまった。

 

 それから一夏によって倒さた直後にあの棺に詰められた結と一緒に甲龍は閉じ込められていた。

 一緒に排出された甲龍は限界値を超えた使用によって破損していたらしく、本国からのパーツ輸送で破損部位を換装。使用履歴はIS学園内で一部を消去することで終わった。

 

 使用履歴にはノイズが掛かっており、使用者の名前には途切れてはいたが『PHANTOM』と書かれていたそうだ。

 

 結ではない、恐らく、あの子の背中にあるあれだろう。

 成す術なく奪われただけだった。

 なにも抵抗出来なかった。

 

 悔しい。

 だがそれ以上に怖かった。

 

 あの子に、結に襲われ、もしかすれば殺されていたかもしれないという事が。

 

 腕輪を力強く額にぶつける。

 

「私は、何を信じたらいいのよ⋯⋯」

 

 最も近いところにあると思っていた心の拠り所は、いつでも崩れてしまいそうなほどに脆く蝕まれてしまっていた。

 

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

 

 昼時。

 真耶は職員室で自分が拵えた弁当箱をつついていると、隣に座っている千冬から声をかけられた。

 

「今日はここですか。山田先生」

「織斑先生。まぁ、今日は一人なので」

 

 購買で買ってきたらしいパンと牛乳の封を開ける千冬。

 あまり栄養も味も関心がない食生活に昔から変わらない、と思い出に耽りそうになっていた真耶だが、少しだけ俯き気味に千冬に訊ねる。

 

「織斑先生。結ちゃん⋯⋯あの子は、どうしてあんなにも屈託のない笑顔をしていられるんでしょうか」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 真耶の問い掛けに千冬は返す言葉が見つからなかった。

 一口パンを齧ってゆっくりと咀嚼し、牛乳と一緒に飲み干してから、千冬は口を開く。

 

「以前、アイツと話したことがある」

 

 山田君に預けるより前に、此処へ来たばかりのアイツは私を含めた数名が相手をしていたんだがな。その時のアイツはあのアリーナの地下室に引き籠ってずっと誰かを呼んでいた。

 

『先生はどこ⋯⋯? 先生に会いたい、会いたいんだ⋯⋯!』

 

 初めはずっとそうして『先生』とやらを呼び続け、まともに動けなくなるまでそうしていた。直ぐ様医療機器を持ち込んで治療したりと、随分手間をかけさせてくれたよ。

 次第にやる気が失せたのか私達を必要以上に拒絶事は少なくなったが、それでもアイツなりの一線と言うものがあるのだろう。

 フードの奥、あのISに触れさせてくれたのは私だけだった。私以外が触ろうとすれば歯を剥いて嫌がり、私にだけは渋々だったが触れさせてはくれた。

 

『何故私はいいんだ?』

『お姉さんを見てると、何だかあの子を思い出すんだ。少しだけ一緒にいたあの子を、安心する。だから』

『⋯⋯そうか』

 

 一度に多くは語ってはくれなかったが、どの話にも多かれ少なかれ『先生』が絡んでいた。

 

「きっと、今でも信じているんだろう」

 

 アイツの言う『先生』にまた会えると。

 

 それこそが、結の望みであり、今の彼の全て。心の支えになっているものだと千冬は感じていた。

 どれだけの苦痛を味わい、誰に罵倒さえ、蔑まれたとしても結は『先生』に会える、きっといつか再会出来ると信じ、それだけを頼りにして毎日を生きている。

 

 ある意味で崇拝主義に似た信念に突き動かされている少年。

 子にとって頼るものは親だ。

 だが不意に突き放されては戸惑うのも無理はない。それこそもう一度会いたいと願うなと言うほうが酷だ。

 

 何を捨てても、何を犠牲にしても『先生』に会えるのならば、きっと命すら……。

 

「やめてください」

 

 よく通る、ドスの効いた声で真耶が千冬の言葉を遮る。

 

 箸を握る手は震え、俯いていて顔は見えないが、纏う雰囲気から怒りの匂いを感じ取った。

 

「失言だったのは謝る、すまない。だがこれは本当だと思っている。だからこそ君に任せたんだ、山田君」

「⋯⋯」

 

 謝罪を垂れる千冬の言葉に、怒りを沈めながら耳を傾ける。

 

「放っておけばあの子は自ら命を投げ出してもおかしくない。だから、その時は君が止めてやってくれ。誰よりもあの子を信頼している君が」

 

「言われずともやります。だって私は、あの子の先生なんですから」

 

 千冬の目を見つめ、真耶は静かに宣言する。

 瞳の奥、涙を溜めた真耶の目に、底知れぬ熱意の輝きを見た千冬はその炎にみいる。

 

「ふふ……やっぱり君に任せて正解だったよ」

 

 手元のパンを平らげ、牛乳で流し入れた千冬は卓上の資料を持って立ち上がり、振り返り様に不敵な笑顔を浮かべて職員室を去っていく。

 

「さて、私もアイツらのために働いてやるとするか」

 

 ヒールを鳴らし進む歩みは力強く、勇猛であった。

 

 

 同時刻、食堂。

 

 食堂の片隅で、指すら覆い隠す袖を垂らしながら器用に箸で色々なものを混ぜてしまった昼食の丼モノを貪っている布仏 本音の元に、簪が訪れた。

 

「本音ちょっといい?」

「あれ、かんちゃん? なぁに?」

 

 学校で、しかも高校生になって簪から話しかけてくるとは随分と珍しい。

 そう思いなから人様には到底お見せできない内容物の丼を見ながら一瞬「またか……」と言いたげに顔をしかめる簪だったが、一つ咳払いをして話を持ちかける。

 

「本音に頼みたい事があるの」

 

 

 ◇

 

 

 放課後、真耶は早足に学園から寮に戻っていた。

 鍵の解錠すらかもどかしく、キーを落としそうになるがなんとか握りしめて鍵を開け、扉を勢いよく開いた。

 

「結ちゃん、ただいまっ!」

 

 玄関は暗いまま。

 それは別に構わないが、廊下を伝ってワンルームのリビングすら明かりがついていなかった。

 もしや勝手に部屋を抜け出してしまったのか、嫌でも暗い考えが浮かんでしまう。焦ってブーツを無造作に脱ぎ捨て、四つん這いになりながらリビングに飛び込む。

 

「結ちゃんッ!」

 

 そこで見た景色に、真耶はぴたりと動きを止め、思考すら置き去りにしてしまう。

 

「すぅー⋯⋯ふぅー⋯⋯」

「寝てましたか⋯⋯」

 

 パーカーのフードを目深に被ったまま小さな座卓に突っ伏し、顔こそ見えないがフードの縁を寝息で揺らす少年の姿が座卓の足越しに見えた。

 立ち上がって部屋を見ると、特に散らかっている様子もないところから本当に大人しくしていたのか、と嬉しいやら不安やらで複雑な気持ちになったが、座卓の上に置かれた本の上に、結の手が乗っていた。

 

「あらら、読んでる途中に寝ちゃったんですね」

 

 いや、手元には本の他にノートの切れ端があることから、恐らく予習をしていたのだろうと予想を変える。

 見よう見まねで書いたような、震えた文字で書かれた単語や文章などが箇条書きで記されており、そのどれもがIS基礎知識の教本に記されている事柄だった。

 

 そして、その下には一言『どうして』と書かれていた。

 

 その言葉が、何故だか胸に深く突き刺さる。

 別にただ分からない単語に対して何となく書いた事ではないのか。

 その考えはただの深読みした思い込みの可能性だってあるだろう。

 

 どうしても暗い考えに行きついてしまう摩耶は頭を振って気を取り直し、頬を叩いてから暗い気持ちを振り払ってから結を起こした。

 

「結ちゃん。起きてくださーい」

「ん、んんん⋯⋯」

 

 瞼を擦りながら起きた結は辺りを見回し、明るくなっていた部屋に目を焼いて顔を顰めるが、真耶を認識した途端にぱっと目を開いた。

 

「真耶先生。おはようございます」

「といってももう夕方ですけどね。ご飯にしましょう!」

「ん、はい」

 

 夕食後、真耶の強引な決定によって真耶の部屋にもう一泊することになった結は、もう何も抵抗することなく終止大人しく縮こまっていたらしい。

 

  




 余談、何もありませんでした。
 次回、ISが出るかもしれません。

 感想、評価、誤字、脱字等あればご報告ください。

 では。


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タッグトーナメント編
二十三話 少年と貴公子


 話を進めるか殺し合いさせるか迷ってました。


 翌朝、結は先に起きて身支度を済ませ慌ただしく部屋を出て行った真耶を見送り、こんこんと朝日を浴びながら背伸びをし、自分も朝食と身支度を済ませて背負えるように改造された通学鞄を背負ってからフードを目深に被った。

 

「いってきます」

 

 オートロック式の扉は閉まるとともにがちり、と重たい金属音を鳴らしてドアノブを固定する。扉が開かなくなったことを確認して腕時計に目を落とし、まだ登校時間は余裕があることを知ってゆっくり歩く。

 

 しかしあたりを見回さず、ずっと下を向いて学園へ小さい足で歩いていれば前方不注意で誰かとぶつかってしまった。

 

「わぶっ」

「わ、危ないよ⋯⋯えっと、なんでここに子どもが?」

 

 誰かの真っ白いズボンの股の間に顔が埋まった。

 一夏かと思ったが声が違う。

 それに足の長さからして明らかに別人だと思って結はフードの奥からその人物を見上げると、そこには優しそうな困り顔を浮かべてこちらを見つめる男とも女とも取れないような、中性的な誰かがいた。

 長い金髪を後ろで三つ編みにして垂らし、昔図鑑で見た紫陽花のような瞳を持つ誰かはしゃがんで目線を合わせてきて、頭をフードの上から撫でながら怪我はしてないかと聞いてくるので首を横に振って答える。

 

「誰、ですか?」

「君こそ、なんでこんなところに居るの? ここは学園の関係者しか⋯⋯その制服、もしかして」

 

 その人物は自分が着ている制服と同じデザインの制服に身を包む結を改めてじろじろと見回した後、一人で勝手に頷いて立ち上がる。

 

「多分、また会えるよ。じゃあね!」

 

 その人は爽やかな笑顔で立ち去り、残された結は何のことだと考えてみたが分からなかったので、構わず教室へとぼとぼ歩みを再開させた。

 

 

 

 ◇

 

 

 一年一組。既に何人かの生徒が教室内で談笑していたり、教科書を開いて予習をしていたりと各々の時間を過ごしている所に、扉を半分だけ開いて結が躊躇い勝ちに教室の中に入ってくる。

 みな結を二度見し、人だかりを形成して結を取り囲む。

 

「上代くん! 久しぶりじゃんか!」

「あの後無事だったの!?」

「元気で良かったよぉ~⋯⋯」

「ゆいゆい~三日ぶり?」

「本音あんた上代君に会ってたの!?」

 

 結への心配だったり、安否の確認であったり、しばらく顔を見せていないはずがまさかの人間がその間に会っていた事へ矛先が向いたりと教室入り口で人だかりが時間を増すごとに増えていく。

 やがて教室に来た一夏と箒の二人と目が合った結は少しだけ見つめた後、バツが悪そうに視線を外してしまうが、一夏は結を見つけるなり女子の波をかき分けて結のところまで駆け付け、少年を引き寄せる。

 

「結! もう学校来れるようになったんだな!」

「う、ん。おはよ、お兄ちゃん⋯⋯」

「もう体はいいのか、上代」

「もう大丈夫だよ、箒お姉ちゃん⋯⋯」

 

 あくまで少年の心配をしていた一夏は結が学校に出てきてくれたことに喜んでいたが、箒はフクザツそうに結のことを見ていた。むしろそうして距離を置いてくれた方が結としては気が楽でもあったが、一夏はそうでもなかったよどうしていいか分からず眉を垂らすしか出来なかった。

 

「一夏。お前の気持ちも分かるが上代を解放してやれ。病み上がりで回復しきれていないかもしれんのだぞ」

「あぁ、それもそうだな。悪かった結。ちょっと嬉しくてさ」

 

 ようやく解放された結は乱れた服装を正し、脱げかけていたフードを被りなおして短く「いいよ」と答えて自分の席に着く。

 

 あれだけの大事があり、十数日と出てこれない状態に陥ってなお平静が崩れることも取り乱すこともなく、何事もなかったと言わんばかりに結は本を読んでいた。

 いつもと変わらないと思えたが、フードで顔が見えなくなった結との距離に、初日以上の幅を感じた一夏は何と声を掛けたものかと悩んでみるが何も思いつかず、もどかしさを抱えたまま自分の席に着くしか出来なかった。

 

 

 やがて時間はSHR開始時間になり、教壇には山田先生が立ち、横に織斑先生が座って話し始める。

 

「みなさんおはようございます。今日はみなさんの新しいお友達を紹介しますよ!」

 

 山田先生の声に、二人の生徒が入室し、教壇の前に並んで立つ。

 片方は薄い金髪を後ろで三つ編みにして垂らし、中性的な出で立ちの恰好からその性別の判断が出来ず、もしや⋯⋯と胸を躍らせる生徒が複数人騒ぐ。

 

 もう片方は対照的な銀髪を真っ直ぐおろし、眼帯で隠され隻眼になっている瞳は赤く、冷たかった。踵を揃え、背筋をまっすぐに伸ばし、後ろに手を回して直立する様は正しく軍人と呼べるものだった。

 

「フランスから来ました。シャルル・デュノアです。僕と同じ男性操縦者の方がいると聞いています。よろしくお願いします」

 

 嫌味のない、爽やかな笑顔でしめる。

 その言葉選びから察しがついた女子生徒の過半数はピタリとフリーズし、何かを肌で感じた結は蹲って耳を塞ぎ、対応に入れなかった一夏は諸に絶叫を喰らって眩暈を起こしていた。

 

「貴公子! フランスの貴公子よ!」

「織斑君との掛け合いもばっちりよ!」

「上代君との歳の差CPだって捨てられない」

「この三つ巴、どうする」

 

 やいのやいのと騒ぎ立て、果ては不穏なことを言い始めた腐女子の群れに悪寒が走る三人。

 まだ騒ぐ女子生徒を織斑先生は苦そうな咳払いで納め、もう一人の転校生に声を掛ける。

 

「自己紹介をしろ、ボーデヴィッヒ」

「分かりました教官」

「教官はよせ、織斑先生と呼べ」

「はい」

 

 かなりのボリュームの絶叫に晒されたと言うのに不動を貫いていたもう一人の生徒は何事もなかったかのように澄ました顔で口を開く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 それだけ言うとまた口を噤んでしまい、山田先生は困り果ててあたふたしているが、ラウラと名乗った銀髪の少女は一夏の席まで歩き、一夏に平手打ちを放った。

 

 凍りついた空間に、弾けるような音が木霊する。

 

 驚いたり、動じなかったり、反応はそれぞれだったが当の叩かれた一夏は訳も分からずに動揺し、ラウラに食らいつく。

 

「何するんだよいきなり!」

「私は認めない、貴様のような奴が教官の弟など……」

 

 冷徹な瞳は怨みを籠めて一夏を睨む。

 一触即発の空気が流れる雰囲気を、織斑先生が割って入り指示を飛ばす。

 

「一限は二組との合同実習だ。諸君、準備を済ませ第二アリーナに集合、以上!」

 

 織斑先生の指示に皆は立ち上がり、早々に動き出す。

 女子生徒たちが着替え始めるよりもはやく教室を出た結、一夏、シャルルの三人はアリーナの更衣室へ向かう。

 

「君が織斑君で、そっちが今朝の……カミシロユイ君、かな? 僕のことはシャルルでいいよ」

「よろしくシャルル。俺も一夏でいいぜ。ややこしいしな」

「何でもいいよ」

 

 シャルルは握手を求めて手を差し出したが、一夏はその手を掴んで走り出した。

 

「わぁ!? な、なんで!?」

「わり、俺達の更衣室って遠いからさ、急がないと授業に遅れちまうんだ。それと……」

 

 一夏が説明するよりもはやく、その状況は形成されてしまった。

 学年様々の女子生徒の徒党が廊下階段あちこちから姿を表し、三人を見つけるなり鬨の声を上げて迫り来る。

 

「居たわ、噂の転校生よ!」

「フランス貴公子の品格、魅せてもらうわよ!」

「居たぞ、居たぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

 未確認生物でも見つけたときのような雄叫びを上げて女子の群れが襲いかかる。

 追い付かれてはいけないと三人は全速力で走るが、歩幅の違いからどうしても結は遅れをとってしまう。

 

「結、掴まれ!」

「いい」

 

 階段に差し掛かったところで結は手すりを軽く掴んで段差から飛び降り、手摺に体重をかけて器用にUターンをしながら駆け降りていく。

 

「先に行っとくね」

「お、おー」

「はは、アクティブだね」

 

 あれだけ動けるのなら心配も無用か……と思った一夏だが、まず先に自分の心配をするべきだった。

 迫り来る大群から逃げ惑い、更衣室に辿り着くまでにはすっかり体力を使い倒していた。

 

「先に出てるよ」

「お、おぉ~……」

「はぁっ、はぁっ……みんな、元気、なんだね……」

 

 すっかりくたびれながらも着替え出す二人。

 結は先にジャージのパーカーを羽織って先に出ていった。

 スパッツのような布地の衣類に「引っ掛かる」とか愚痴りながらも着替える。

 

「これ、履きづらいんだよな。引っ掛かるし」

「ひ、ひっかか……ひ、へえー……」

 

 何処か慌てた様子のシャルルと共にアリーナへと出るころには皆集合し終わっていた。

 

「これより二組合同実習授業を行う!」

 

 




 よく、というか全部の話に誤字があり、毎度毎度訂正してもらえることに甘んじて見直しもしない愚か者なんですが、本当に感謝してます。
 たまに素で間違ってたりとかするので自分でも疑心暗鬼だったりするのは内緒。


 誤字、脱字あればご報告願います。

 感想、評価もお願いします。

 書いておけばもらえるってだれか言ってた。


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二十四話 少女たちと教師

 


「これより二組合同実習授業を行う!」

 

 

 アリーナに織斑先生の声が響き渡る。

 殆どが整列し終わっている一組、二組の中に一夏とシャルルは紛れる様に加わり、シャルルは先に出て行った少年の姿が見えないことに気が付いて一夏に小声で尋ねる。

 

「一夏、結はどこにいるの?」

「実習授業の時はアイツ列には入らないんだよ」

 

 その代わり、と一夏が指差した先、アリーナ内の空を騎士のようなISが一機。大回りな飛び方で旋回する影が見えた。

 今時珍しく一切肌の露出がない真っ黒なインナーと、全身にわたる身の丈に対してアンバランスなほどの分厚い装甲と、十字架の様なデザインのバイザーに覆われて誰なのか一見判別できなかったが、一夏に言われてようやくあれが結なのだとシャルルは理解した。

 

「あれ、あのISあそこまでデカかったっけ」

 

 図体の大きさはこれまで通り変わらない。

 全身装甲や留め具も今まで通り。だが、それに付け加えて手枷や足枷のようなものが両手足に繋がれ、それぞれから疎らな長さの鎖が短くぶら下がっていた。

 顎にもチンガードの様な口あてが添えられ、より頑丈さを増しているようにも見えた。

 

 訝しげに結の『ガーディアン』を見ていた一夏だったが、視界の先で落下してくる何かに気が付いて肝を冷やす。

 

 

「ど、どいてください~~~~~~~~~!!!」

 

 

 飛行中に姿勢を崩したのか、きりもみ回転をしながら飛来する緑色の鉄塊こと『ラファール・リヴァイヴ』に乗った山田先生が叫びながら落下してきた。

 

「な⋯⋯白式!」

「真耶先生ッ!」

 

 咄嗟にISを展開した一夏よりも速く、空中旋回していた結が軌道を変え、瞬時加速で山田先生の下に回り込み、彼女を抱えたまま他の者がいない方向へ自分が下敷きになりながら不時着する。

 

 地面を抉り、壁に激突してやっと停止した結と山田先生のもとに数名が織斑先生とISを展開していた一夏が赴く。

 

「山田先生、ご無事ですか」

「結、大丈夫か!?」

 

 たち込める砂煙の中で、山田先生を腹に抱えたままの結はぐったりとして動かない。

 ガーディアンの腕を押し上げて飛び退いた真耶は仰向けに伸びている結を引き起こして安否を確認する。

 

「いたた⋯⋯ぁ、結ちゃん! ごめんなさい、大丈夫ですかっ!?」

「⋯⋯う、ん」

 

 声をかけられてゆっくり起き上がった結は、水を被った犬のように頭を振ってから、山田先生の手を借りて立ち上がる。

 

「本当に大丈夫ですか、何処か怪我してたり痛めたりとかしてませんか。あぁ私が不甲斐ないばかりに結ちゃんに怪我させてしまってたらどうしよう⋯⋯」

「真耶先生、大丈夫、大丈夫だから」

 

 ガーディアンのヘルメットやら結の全身至るところを展開中のラファールのマニピュレータでペタペタと触診していた真耶が少々鬱陶しかったのか、結は真耶の手を掴んで止め、言い聞かせるように無事を伝える。

 

「二人とも無事なようなら授業を再開するぞ」

「はい」

「後で保健の先生に診てもらったほうが⋯⋯」

「もう、大丈夫だって!」

 

 転校生二人は山田先生の対応に苦笑いを浮かべたり、呆れたように溜め息を吐いたりしていた。

 

「山田先生、その辺で⋯⋯」

「あ、スミマセン織斑先生⋯⋯」

 

 織斑先生に嗜められて渋々結から離れる真耶は、背筋を正して織斑先生の後ろに着き、その横に結も倣う。

 

「さて、そうだな⋯⋯模擬戦を行う。オルコット、凰。ISを出して前に出ろ」

 

 織斑先生からの指名を受けた二名は苦虫を噛んだように顔をしかめて嫌々と言う風に出てくる。

 

「どうして私が⋯⋯」

「なんでアタシなのよ⋯⋯」

 

 気力不十分、あまり積極的ではない雰囲気の二人に織斑先生はにやりと口角を釣り上げて不敵な笑みを浮かべ、彼女たちに耳打ちをする。

 

「そう言うな。もしかすればアイツらに良いとこを見せれるかもしれんぞ?」

 

 下手をすればセクハラとも言われかねないおっさん臭い台詞に二人は溜息を吐きそうになったが、寸でのところで飲み込んでぶっきらぼうにISを展開する。

 

「ええいやってやるわよ! ここで名誉挽回してやりゃあいいんでしょ!」

「気が乗りませんがそれも良いでしょう。華麗に散らして差し上げますわ!」

 

 二人ともそれぞれの得物を構え、一触即発の空気を流したところで織斑先生が呼びかけて止める。

 

「待て。貴様らの相手はもう決まっている」

「え、セシリアと戦うんじゃないの?」

「わたくしもてっきりそういうものかと、何方なんですの?」

 

 誰が出てくるのか。専用機持ちである一夏や結だろうか。それともつい今朝方顔合わせしたばかりの、右も左も分からないような転校生二人か。

 二人が一体だれが出てくるのか⋯⋯と思考を巡らせている間に出てきたのは、先ほど墜落未遂を起こした山田先生だった。

 

「まさか、山田先生?」

「しかも二対一、ですか?」

「あはは、お手柔らかにお願いします」

 

 教師相手とはいえ、二対一でしかもこちらは両方第三世代型の専用機。方や山田先生は第二世代型の『ラファール・リヴァイヴ』で特筆するような力や専用武装があるわけでもない。

 本当に戦えるのか、とも思っていたが、そんな余裕は一瞬にして打ち砕かれた。

 

 猪突猛進の勢いで先行し、青龍刀による連撃を繰り出す鈴の攻撃を意図も容易く躱し、グレネードを置いて離脱する。

 負けじとグレネードを斬り払うが、煙幕を抜けた先でライフルによる弾丸の雨を受けて足止めを喰らう。

 

 セシリアは細かい軌道を描く山田先生(ひょうてき)へ照準を合わせることにあくせくしている間に突撃する鈴が割って入ってしまい、狙撃タイミングをことごとく逃してしまう。

 泣く泣く四基のブルーティアーズによる攻撃を行うが、山田先生にはかすることもなく、逆に鈴の足止めをしてしまう結果になってしまう。

 

「ちょっと! 何処狙ってんのよ!」

「そちらこそ、少々出しゃばりすぎではなくて!?」

 

 思い通りにならない連携に、二人は互いに当たりはじめる。

 その様子には失笑する他なかった。

 

「デュノア。ラファールの解説をしてみろ」

「はい。えっと、ラファール・リヴァイヴはフランスのIS企業、デュノア社製の第二世代量産機で、汎用性に優れた機体になっています。使い手によってカスタムすることで近接にも遠距離にも対応できるという汎用性の高さから世界シェアは第三位を誇っています」

 

 それでも諦めずに飛び込む鈴。だが振り回す青龍刀は当たらず、空を斬る。

 躍起になり、助走をつけ、大きく振りかぶった一撃があっけなく躱され、勢いを押し切れずに飛んで行った先にはブルーティアーズの操作でもたついていたセシリアがそこに居た。

 目が合い、避けようと動く間もなく二人は空中で激突。

 

「なんでここに居んのよ!」

「どうしてこっちに突っ込んできますの!」

 

 まるでなっていない連携。

 これには織斑先生も額に青筋を立てて眉間を抑えていた。

 

 ぎゃあぎゃあと言い争いをしている二人に山田先生は躊躇いなくグレネードランチャーを向け、引き金を一回引く。

 

「「あ」」

 

 終わりは実にあっけなく、終始山田先生の優勢で閉幕となった。

 仲良く墜落する二人を回収しに結と一夏が飛んで赴き、山田先生は集合して観戦していた生徒たちの前に降り立つ。

 

「山田先生は元日本代表候補性で実力は見てもらった通りだ。今後は敬意をもって接するように」

「といっても候補生止まりでしたけどね⋯⋯」

「確か異名は『銃央矛塵(キリング・シールド)』でしたっけ?」

「その話はよしてください!」

 

 後輩いびりもほどほどに、過去の負の遺産(くろれきし)を突かれて慌てる真耶とそれに愉悦を感じる千冬の様子に、生徒たちは意外な一面を見たと感じたり自分もイジられたいとマゾの感情を抱いたりと忙しなく心を躍らせていた。

 

「お姉ちゃんたち、大丈夫?」

「二人とも、怪我はないか?」

「くぅぅ⋯⋯早く退いてくださいまし、鈴さん!」

「言われなくても退くっての! にしても強くない? あの先生」

 

 墜落後にISを解除し、それぞれ一夏と結の手を借りて起き上がった二人は改めて山田先生の実力を思い知り、同時に自分たちの身の程を痛感した。

 現行の最新型の第三世代二人掛かりでまともに立ち回ることも出来ないままに撃ち落されてしまった。

 

 性能差云々は元より、パイロットとしての腕の違いを見せつけられてしまい、己の無力さに正直へこんでしまう。

 

「お姉ちゃん」

「どうかしました?」

「何よ」

 

 結に呼ばれ、不貞腐れた顔を上げた途端、ガーディアンのゴツイマニピュレータに二人は額を軽く突かれた。

 

「すっごいカッコ悪かったね」

 

 顔の見えないフルフェイス越しに手を添え、くふふ、と笑いながらそんなことをのたまう結にセシリアと鈴は大人気もなくカチンと頭にきたようで、言葉をまくしたてて言い寄る。

 

「あんたねぇ、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ!? 慰めるとか励ますとかねぇ!!」

「もう少しオブラートに包むことが出来ませんの!?」

「まぁまぁ二人とも、結だって悪気があったわけじゃ無いと思うし⋯⋯」

「アンタは黙ってて!」

「一夏さんは黙っててくださいます?」

 

 あまりの圧に気圧されて一夏は小さく縮こまる。

 

 ISの中に納まる結を見上げて二人は睨みつける。

 当の本人は仮面の下の顔を見せないまま肩を揺らして笑う。

 

「だって本当なんだもん」

「ぐっ⋯⋯」

「何も言えませんわ⋯⋯」

 

 笑いを堪える結に噛みつきたい気持ちを年上の余裕と言う言い訳で押さえ込み、二人は気持ち強めの歩みで集合している生徒達のところに戻る。

 その後姿を見てから結はガーディアンを待機形態に戻すと同時に、格納していたパーカーをすぐさま羽織ってフードを被る。

 

 息をついて笑みをもみ消す結に一夏が背をかがめて小さく耳打ちしてくる。

 

「あんなこと言って、大丈夫なのかよ?」

「知らない。でも元気になったと思うよ」

 

 ほら、と彼が指差す二人にさっきまでのしおらしい様子はなく、何時か見返してやらんと言う気迫があった。

 そこまで見越してあんなことを言ったのか、と感心する一夏は結の頭をフードの上から撫でてやる。

 

「まぁ、励ましてやるなんて優しいよ、結は」

「そんなんじゃないよ。そんなんじゃ」

 

 結は一夏の手を拒むことはなく、むしろ自ら手を差し出して自分よりも背の高い、兄の様な一夏の手を取る。

 

「行こ、一夏お兄ちゃん」

「おう」

 

 

 




 結の出番が少ない!
 
 まぁいいや。

 ではでは。


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二十五話 少年と軍人少女

 なんかまた突拍子もなくランキングに載っていたのは多分評価が入ったからだと信じたい。

 本当にありがとうございます。
 これからも頑張りますので、どうか結をよろしくお願いします。



 結、一夏、セシリア、鈴の四人が帰ってきたところで再度号令がかかり、織斑先生の指示で訓練機が数機、グラウンドの中に運び込まれる。

 

「これよりグループに別れてIS搭乗と歩行の訓練を行う!」

 

 織斑先生の号令で、女子生徒の大半が一夏、結、シャルルの三人に寄って集って班に入ろうとせがんできた。

 

「織斑くん一緒にやろう!」

「結くんお願~い!」

「デュノアくん教えて!」

 

 

「「「「よろしくお願いします!!」」」」

 

 

 一斉に集まってきた女子生徒の群れに囲まれた男子それぞれは困った顔を浮かべたり、苦笑いをしたり、不安そうに周りを見たりしていた。

 

「貴様ら、出席番号順で専用機持ちに着け⋯⋯」

 

 青筋を立てながら織斑先生が指示を飛ばしていた。

 

 

 

 今日のIS訓練は搭乗して歩行、降りるまでを一サイクルでローテーションする内容だった。

 

「そうそう、初めはゆっくり歩いてみてくれ」

「こ、こうかな」

 

 訓練機の打鉄に乗った女子は一夏の補助を受けながら、少し覚束ない足取りで数メートルをゆっくりと進み、停止。すぐさま飛び降りる。

 

「次は、箒か」

「あぁ。だがこれでは⋯⋯」

 

 立ち上がったままの打鉄を見上げた箒は困った表情を浮かべて立ち尽くす。

 

 専用機ならばそもそも操縦者が乗っている事が前提なので、このような事故はまず起こらないが、訓練機は基本的に展開状態で運用されるので、こう言った立ち上がったまま停止させてしまう事故がよくある。

 

「こりゃいけね、箒。ちょっと我慢してくれ」

「な、何をする一夏ぁあ!?」

 

 一夏は箒を優しく抱きかかえ、そのまま打鉄の操縦席に運ぶ。

 所謂お姫様抱っこの体勢に箒は耳まで顔を赤くして金魚のように口をぱくぱくして声も発せられない状態だったが、やがて諦めて大人しく一夏の腕の中で縮こまってしまう。

 

「ほら、着いたぞ箒。足元に気を付けて乗れよ」

「へ!? はっ、あ、あぁ⋯⋯」

 

 実に名残惜しいが、後がつっかえてしまうので離れなければならない。

 仕方なく箒は打鉄に乗り移り、卒なく歩行をこなして降りようとしたところで、同じ班の女子達から並々ならぬ視線を感じて立ち止まった。

 

 箒さんだけ良い思いをして終わりだなんて、そんなことないよね?

 

 目で語られる無言の圧に箒は根負けしてしまい、何ともわざとらしい芝居をうって、自分も打鉄を立たせたまま飛び降りる。

 

「おい! お前もそのままにしちゃ駄目だろ!」

「これはその、事故だ、事故⋯⋯」

 

 苦し紛れの言い訳を並べる箒を他所に班の女子達は嬉しそうにお姫様抱っこをせがみ、浮かれた空気で授業は進んだ。

 

「ゆいゆい~あれやって~」

「だっこ?」

「うん~」

 

 何かじゃれあっている、という気持ちで一夏の班を見ていた結は足元で飛び跳ねている本音の姿を視界情報に映す。

 ともすればスクール水着の様なISスーツなどで大人しくなるような恵体でもなく、飛び跳ねるごとに揺れる乳房に何人もの生徒が羨ましそうに眺めていた。

 

「別にISに乗れないわけじゃないでしょ」

「ぶー。お姫様抱っこは女の子の夢なんだよ~!」

 

 謎の主張に首を捻りながらも結は本音の脇に手を通し、飼い猫でも掴んだような持ち方で持ち上げる。

 

 

「だめ~!」

「えー」

 

 仕方なく一夏がやっていたようにお姫様だっこをしてやる。

 大層ご満悦なようで、本音はむふー、と鼻息を立てて大人しくなった。

 

「こんなのがいいの?」

「こんなのがいいの!」

 

 そんなものを見せつけられて、欲張らない人間などいない。

 我先に手を伸ばし、次は私いいや私が、とこちらも滞りなく授業が進んでいった。

 

 織斑先生は更に頭を痛めていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 授業が終わり、三人は更衣室に戻って着替えていると、シャルが慌てた様子でアリーナに続く通路に走っていた。

 

「ご、ごめん、僕、忘れ物したみたいだから、二人とも先に戻ってて!?」

「お、おう」

 

 取り残された二人はぽかんと呆けていたが、まぁ向こうにも事情があるんだろうということで話が区切られた。

 

「あ、結。今日いっしょに昼飯食わないか?」

「いいよ」

 

 一緒にご飯を食べることになった。

 真耶先生に言っておかないと。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 午前の授業は全て終わり、別教室から集合場所である屋上へと向かっている途中、結は目の前を歩いていた銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒに呼び止められた。

 

「む、貴様。上代とかいったな。丁度いい。お前に聞きたいことがある」

 

 何だろう。誰か分からないし用もないはず。

 ていうか誰だっけ。

 早く屋上に行きたいのに。

 ほんのりと焦る気持ちを抑えながら、結はラウラに向き直る。

 

「貴様、何処の国の所属だ」

「⋯⋯? お姉ちゃん誰?」

 

 授業を一緒にすることが少ないため、人間関係が疎かになりやすい結は同級生でも名前を覚えていない生徒が数人いるくらいなので、今日あったばかりの目の前の少女のことなど殆ど覚えていなかった。

 

 ただ、一夏をぶったことは印象的だったので、それだけは覚えている。

 

「今朝言っただろう。同じことを繰り返すのは好かん」

「銀髪のお姉ちゃん」

「……まぁいい。それで、貴様は何処の国の所属だ。日本か?」

 

 ラウラは溜め息を吐いて自分の本題をなんとか持ちかける。

 対して問われた当人はなんと答えようかと頭を捻る。

 

「ぼく、そういうのじゃないよ」

「嘘を言うな。代表候補生でもない人間が専用機など持てるはずがないだろう。それともお前の国の人間が過保護なだけか?」

 

 捲し立てるような物言いに逃げてしまいたくなるが、結はフードを掴んで踏み留まる。

 

「ちがう。そんなものじゃないよ」

「なんだと?」

 

 その言葉にラウラは眉を潜め、声音を強めて結に言い寄る。

 

「この学園に来るにあたって生徒と国家代表、代表候補生とその専用機について調べてきた。その中にお前もいた。だがお前だけ所属国家がなく、出生についてもISについても不明だった。お前は一体何者だ?」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 長い銀髪を靡かせた少女は結との距離を詰めて壁に着ける。逃がすまいと壁を叩き、髪を垂らして結を上から睨み付ける。

 

 言い逃れをさせてくれる相手ではないと感じた結は、フードの奥から銀髪の少女を見つめ、臆する事もなく一つ質問を問いかける。

 

「ねぇ銀髪のお姉ちゃん。ぼくの専用機てなんだと思う?」

 

 結の問いかけにラウラはからかわれているのかと鼻についたが、子供相手に腹を立てるのも大人気ないかと身を引いておき、質問に答える。

 

「資料には無かったが、首にぶら下がっているその、今日実習で見せたあのでかいやつだろう」

「違うよ」

 

 嘲るような形だけの笑みを浮かべて息を吐き、結はフードを脱いで制服の胸元を開いて鎖骨辺りまではだけさせ、背中に埋まってあるそれをラウラにだけ見えるように見せしめ、質問の答えを示す。

 

「こっちがぼくの専用機。ガーディアンはこれの鎧だよ」

「⋯⋯それがお前のISだと言うのか?」

「そうだよ」

 

 怒ることなく、悲観するわけでもなく、ただ笑っているだけの結はまたフードをかぶり直して襟元を糺す。

 

「どこで生まれたかなんて分からない。ISなんて生まれたときからここにあった。だから専用機だと思うけど、所属とか多分無いよ」

 

 淡々と話す様子に嘘偽りなく、どこか自分を試すような言い方に、もしやこの眼帯の事を聞かれているのかと思い込む。

 

 だが話してやることはしなかった。

 

 興味も尽きたラウラは壁から手を離し、結を解放してやる。

 

「同情などしないぞ」

「別にいらないよ。もう痛くないもん」

 

 何事もなかったかのように結は踵を返して小さな足で走って行った。

 その姿が階段を登って見えなくなり、足音が聞こえなくなったところでラウラも人気のない場所を探して歩き出す。

 

「私に似て難儀なやつだ⋯⋯いや、私の方がまだ良いほうか」

 

 人間としての扱いを受けていたのだから。

 

 眼帯を指で撫で、地獄のような日々を思い出す。

 

 失敗作の烙印を押され、人として何もかもを失った。

 そんな私を教官が鍛え上げ、今の自分を作ってくれた。

 

 厳しく、凛々しく、何より美しい教官。

 

 そんな彼女を、誰よりも強い彼女を、己の非力さで汚したあの存在が許せない。

 

 覚悟していろ織斑一夏。

 必ずその首を討ち取り、教官の汚名を晴らしてくれる。

 




 ラウラに壁ドンされるって相当に役得だと思うんですよね。

 口で普通に説明するより生で見せる方が良さそうと思ったけど、なっかちょっとえっちな感じになっちゃった。
 まぁ、無意識ってことで。

 ではでは。


 


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二十六話 少年とお昼ごはん

 飯食うのにどれだけ時間を費やしたのやら。


 ラウラに足止めを喰らって遅れた分、出来るだけ早足で屋上に辿り着いた結は荒い呼吸のまま扉を開き、そよ風に吹かれて目を細めた。

 風で捲れそうになるフードを片手で抑え、意地悪な風のいたずらを堪えれば、なんとも他人事な青空の景色が広がる。

 

「あ、来た。おーい結、こっちだぞー!」

「一夏お兄ちゃん」

 

 屋上の一角で集まっている集団の中から見知った顔の人物が立ち上がって手を振ってきたので、そちらへ目掛けて一直線に進む。

 花壇の塀を避けながら早足で走っていたら、遊び足らない突風が今度は強めに吹いてきて、結の体が少しだけ浮いて足元を掬う。

 

「あれ?」

「結っ!」

 

 一瞬の浮遊感と地を踏み損ねた足裏がその勢いのまま宙を踏み、結は綺麗な弧を描いて気の毒なほどの勢いで顔から屋上のタイルに目掛けてごん、と固く鈍い音を立てて転倒した。

 

 先に来ていた一夏とシャルルが慌てて駆け寄り、器用に弁当だけは地面に着けることなく倒れた結を優しく抱き上げて怪我の確認を取る。

 

「結、大丈夫か!?」

「凄い音がしたけど、怪我はしてない!?」

「んう、おべんとうはまもれた」

「「自分の心配をしろ(して)!」」

 

 見たことのある光景だ。と女子陣は駆け出しそうになった体をベンチに据え、胸を撫で下ろしながら思う。

 

 また飛ばされないようにと一夏に手を引かれながら、結は片手で真耶から受け取った弁当を抱えて短い歩幅で早足についていく。

 

「よし、みんな揃ったし、飯にしようぜ!」

「ちょっと待て一夏」

 

 食事にありつこうとしたした一夏に待ったをかけた箒は、一夏を引き摺って茂みに隠れる。

 

「一緒に昼食をと聞いて来てみれば、なぜセシリアや鈴まで来ている」

「だって、みんなで食った方がいいだろ? それにシャルルはまだ学園に来たばっかで不安だろうし、結は結でさ、見てないと怖いからよ……」

「それは、そうだが……」

 

 一夏の言い分で渋々了承したものの、納得はしていない箒。だがこれ以上愚痴を垂れたところでなにも起こるはずもないので、黙って受け入れることにした。

 

 戻ると結がお腹を押さえているので何事かと思えば、可愛らしいとは言いがたい音量で結が腹を鳴らした。

 取り敢えず食べようということになって、一夏の合掌でみな持参した弁当に手をつける。

 

「い、一夏、受けとれ」

「今朝言ってたやつか。サンキュー箒!」

 

 おずおずと箒が一夏に二つあるうちの片方の弁当箱を手渡し、待ってましたと言わんばかりに喜びながら、中を見て更に一夏は心を弾ませる。

 

「美味そうだな~! とくにこの唐揚げ!」

「唐揚げではないのだが、そうか」

「あれ、箒のやつなんか全体的に少なくないか?」

 

 同じものを作ったのなら同じだけ入っていてもおかしくないはずだが、自分が持っている物と箒の物を見比べてみてもおかずの品数が少ない、総じてこじんまりしていた。

 

「わ、私はいい。今はダイエットしているからな」

 

 苦し紛れの言い訳だが本当は上手く出来たものを一夏の弁当に選んでいたら自分の分がだいぶ減ってしまっただけである。これも自戒と一時は納得したが、やはり些か少なかったのか欲しがりな腹は足らないと文句を垂れている。

 

「それじゃあ足りないだろ。ほら、あーん」

「えぇ!?」

 

 まさかこんな公衆の面前で、しかも鈴やセシリアやデュノアもいるのに、上代に見せたらなんと言われるか。

 

「あ、これが日本のカップルがするっている「はい、あーん」てやつだね!」

「あんたちょっと黙りなさい!」

「はした、はしたないですわ!」

 

 やたらと嬉しそうに言ってくるデュノアを有識者が取り押さえる。

 そんなはやし立てる周囲も構わずに一夏はずい、と箒におかずを差し出すので、観念してそれを頬張る。

 

「ふ、うまい、な」

「自分がつくったんだから自信もてって」

 

 鈴はその甘ったるい様子に嫉妬なのかわからない複雑な心境を抱きながらも、なんだかんだ今朝早起きして作ってきた酢豚の入ったタッパーを取り出して見せる。

 

「そういやアタシも今朝なんだか早く起きちゃって、多めに作ってきたからアンタも食べなさいよ」

 

 妙に早口になっているあたりまだ意識しまくっている。

 一夏に対し特筆して特別な感情を抱いていない人間からすれば滑稽ではあったが、何も言わずに触れないようにした。

 

「結も、食べてみてよ。美味しいからさ」

「うん。いただきます」

 

 刻み野菜と一緒に豚肉を摘まみ、口を開き雛のように待ち構える結の小さな口のなかにお手製の酢豚を運びいれる。口に酢豚を入れてもらった結はそのまま静かな咀嚼を繰り返し、一息で飲み込んで一言「美味しい」と言って終わる。

 

「結ってさ、ISに乗ってるときはよく笑うよな」

「そう? わかんない」

 

 フードに隠された少年の頭を撫でながら、一夏は苦笑交じりに想ったことを口にしてみるが、当人は全くの無意識だったようでよく分からないと首を傾げて見せる。

 同級生は確かにと首を縦に振り、今日あったばかりのシャルルはそうなのか。となんとなく納得していた。

 

「わたくしも今朝は早くに起きまして、サンドイッチを作ってみましたの。皆さん如何ですか?」

 

 横からバスケットを取り出したセシリア。中を開けば色とりどりの具を挟んだサンドイッチが華やかに並んでいた。瀟洒なものが作ればこうも鮮やかな出来上がりになるのか、と周囲は感心する。

 

「ささ一夏さん。結さん。おひとつどうぞ」

「おう、ありがとうなセシリア」

「いたらきまふ」

 

 箸をおいてサンドイッチを受け取る一夏と、既に空になった弁当箱に蓋をした結が受け取ったサンドイッチに齧り付く。

 また何一つとして表情を崩さない結がすぐさま飲み込み、席を立つ。

 

「ごちそうさま。おいしかったよ」

「結、もう行くのか?」

「うん。後でね。一夏お兄ちゃん」

 

 控えめに手を振って屋上から立ち去る結の後ろ姿を見えなくなるまで眺めた後、自分もサンドイッチを一口齧って動けなくなった。

 

「ッ!?」

「一夏、どうした?」

「お口に合いませんでしたか、一夏さん?」

 

 よく分からない味が舌の上で混ざり合い、仮装パーティーの社交ダンスを繰り広げていた。個性の主張をしあっていて統一が無い、それどころか誰も立ち退くことをしないのでずっとに中に居座り続ける。身体がこれを食べることを拒否している。顎が動かない。飲み込めない。嘔吐機能が働こうとアップをしている。

 

 しかし人から頂いたものを吐き出すことが出来るほど人を辞めていないので、男の意地を見せた一夏はやせ我慢の元精一杯の笑顔を浮かべ、飲み込んでしまう。

 

「い、いや、美味しかったよ、セシリア⋯⋯」

 

 我に返った一夏は結が消えていった出入口を見る。

 あのサンドイッチを食べて普通でいられたのなら、とんでもない胆力の持ち主か若しくは味覚が機能していないかだ。

 どちらにせよ結が無事であるかがものすごく不安だ。

 

 一夏は箒から受け取った弁当の中身を一気に平らげ、席を立つ。

 

「お、おい一夏! どこに行く!?」

「悪いみんな、ちょっと用事思い出したから先に戻る! あと箒、唐揚げ美味かったぞー!」

 

 言い捨てる様に走り去っていった一夏の後ろ姿をただ呆然と見ているだけだった他の者たちは何事かと考えるが、何もわからずそのまま昼食を食べ終えた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「結ッ!!」

「一夏お兄ちゃん。どうしたの?」

 

 なんの変わりのない様子で廊下を歩いていた少年の後ろ姿に一安心するが、それもよそに一夏は結の元に駆け寄って膝を着き、肩を掴む。

 

「結、大丈夫か、何ともないか。変に我慢したりとかしてないか!?」

「なに、なに? どうしたのお兄ちゃん」

 

 一夏の必死の形相に戸惑うしかない結は何事か、と疑問符を浮かべるしか出来なかった。

 だがまもなく一夏の危惧していたことが起きてしまう。

 

 突然、結が糸の切れたマリオネット人形のようにその場に崩れ落ち、一夏の胸の中に倒れる。

 一夏は動かない結を抱き留めて仰向けると、涎を垂らして動かない結が訳が分からないと言う風に目を開き、一夏のことを見ていた。

 

「ふへ?」

「結、大丈夫か!?」

 

 足腰に力が入らない。それどころか指先にも力が入らない。

 IS、フーとの連結が途切れたか。

 しかし何故?

 

『オマエ、ナンカ変ナモン喰ッタロ』

「(なに、どういうこと)」

 

 頭の中でフーの声が聞こえる。

 随分と焦った様子で、忙しそうに何かしているそうだ。

 

『毒物分解スルカラ、シバラクソノママナ』

「(わけわかんない)」

 

 毒なんて食べた覚えはないが。しかし今こうして動けない以上、何処かで何かを口にしてしまったのだろう。

 

「とにかく、保健室に行こう、結」

「ふ、うん」

 

 かろうじて動く唇を震わせて結がうなずく。

 動かなくなった結を抱き上げ、いざ運ぼうとした途端に一夏の目の前に、水色の髪をした眼鏡の少女がものすごい剣幕で立ち塞がる。

 

「織斑、一夏⋯⋯その子に、何してる、の?」

「え⋯⋯?」

 

 一夏は察した。

 面倒事だと。

 




 ワッフルワッフル


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二十七話 少年と彼を想う者

 頂いた感想で「セシリアのサンドイッチ」に関する熱意あるコメントをいくつか頂きました。
 安全意識が高くて作者感激です。

 そして一夏と簪の修羅場に皆様が心を踊らされていることに作者も感極まって小躍りしてました。





 知らない少女。

 背中まで伸びる水色の髪は手入れこそされいるものの、若干質が落ちている。よく寝ていないのか目の下の隈は傍から見てもよく見えるほどには染みていて健康的ではない。

 

 そんな少女が自分を蔑む眼差しで睨みつけているのだが、身に覚えが無くて困っている状況だった。

 

「織斑、一夏⋯⋯その子に、何してるの?」

 

 少なくとも向こうは自分のことを知っている、のは当然だろう。学園に入学が決まった当初日本国内のみならず世界中で報道されたおかげで、いろんな意味で人気者になってしまったのだ。

 

 それで、自分のことを知っているらしい少女は腕の中に力なくもたれかかっている結のことも知ってるようだった。

 

 だが良い印象を持たれていないようで、終始警戒する視線で自分と腕の中の結を交互に見やり、一定の距離感を保ったまま近づこうとしない。

 

 もっとも、ISによる女尊男卑の風潮が広まったこの世間体ではそう珍しくない光景ではあるのだが、こうも露骨な意思表示をされると流石に傷つくこともある。

 

「えーっと、結が急に倒れたから、保健室に運ぼうと⋯⋯」

「そう。放して」

 

 少女はそれだけ言い捨て、しかし拒絶の意思は保ったまま一夏に近づいて結を優しく奪い取る。

 

 座らない頭を支え、膝の下に腕を回していわゆるお姫様抱っこというものを動けない少年に対して行い、水色髪の華奢な少女はそのまま一夏に見向きもせずに早足に歩き出す。

 

「あえ、かんざし、おねー、ちゃん?」

「ん、もう大丈夫だからね、結」

 

 視界に映った彼女をようやく認識できた結が不思議そうに簪を眺める。

 

 どうしてここに、とか、なんで抱えられてるの、だとか、いろんな疑問が浮かんでは口から這い出ようと四苦八苦するものの、うまいように呂律が回らず口をぱくぱくと開閉を繰り返すだけで発声すらままならないことに驚きつつ、もどかしさに唸ることしか出来なかった。

 

「怖くない、怖くない」

 

 なにか勘違いをしたらしい簪は、腕の中で子犬のように顔をしかめ唸る結を優しく抱き締め、あやすように髪を撫でる。

 

 そのまま、結を抱き締めたまま歩く簪の後ろを、肩を狭める一夏がなんと声かけすればいいのか迷いながら着いていく。

 時折話しかけようとしてみるが、簪が常時放っている拒絶の雰囲気に圧倒され、出した手を引っ込めてしまう。

 

「……」

「……」

 

 無言の直列移動。

 端から見れば何をしているか全くわからない状況に首をかしげる。

 

 保健室まで着いたはいいが、簪は両手が塞がっていて扉を開くことができない。もたつく彼女をみてすかさず一夏が扉を開けてやる。簪は一夏に一瞥くれてやり、結をベッドに運ぶ。

 

「失礼します。ベッドは空いてますか?」

「あら、いらっしゃい。どっちも空いてるわよ」

 

 廊下側のベッドに横たえられた結は改めて簪を見上げ、続いて一夏にも目線を合わせる。

 

「なん、で、ぼく。倒れた、の?」

 

 単純な疑問。訳がわからないまま体が動かなくなり、突然一夏の目の前で倒れた結は、自分が倒れた原因がなんなのか二人に尋ねた。

 

「この男に変なことされたんじゃないの?」

「ちが、う、よー」

 

 完全に一夏を疑っている簪は一夏を指差して「これが犯人か」と言外に訊ねるが、結は遅くでしか喋れない口で否定する。

 

「ひどいな……なぁ、結。さっきセシリアのサンドイッチ食べて何か変とか思わなかったか?」

「う? わかぅ、ない」

 

 何かおかしかったのか? 眉を凝らす結に一夏は少しだけ懸念する。

 

 動けない現状に結が不自由さを感じていると、頭のなかに自らのISの声が響く。

 

『(解析シ終ワッタ。コレハ出サナキャダメダナ)』

「え?」

『(吐クゾ)』

「待っ……ごぷっ」

 

 どうやら解析とやらが終わったらしいが、有無を言わさずに内臓が蠢き、食道を通って焼けるほど熱いものが込み上げてきた。

 

 力なく開いていたせいで留めることすらままならず、ついさっき詰め込んだばかりの昼食だったもののシェイクが止めどなく流れ出てくる。

 

「「結っ!?」」

 

 目の前でいきなり嘔吐しだした結を前に、枕元に立っていた2人が慌てて結を抱える。咄嗟に手で口元を押さえた結はやっと体が動いた、などとのんきなことを考えていた。

 

「結、手が、でも出したもの……」

「あんた、バケツと雑巾持ってきてくれ、早く!」

 

 うつぶせで結の体を支える一夏は慌てる簪に指示を飛ばす。言われた簪は眉を顰めたが、一夏の言葉に黙って従い、言われたものを取りに走った。

 

 一分と待たずに持ち込まれたバケツに顔をつけ、結は条件反射による涙と鼻水を滴らせながら、口のなかに溜まっていたものと更に込み上げてくるものをすべて文字通り吐き出す。

 

 物音を聞き付けて出てきた先生が経口補水液とタオルを持ってくる。

 

「バケツに入れたか。ちょっと失礼」

 

 保健室の先生はまだ固形を保っているものが混じった吐瀉物をまじまじと眺める。溶けた有機物と鼻の奥を刺すような胃液の匂いに一夏と簪が思わず鼻をつまむ。

 時折揺すって観察していたが、やがて観終わったのかバケツを教室の隅において戻ってくる。

 

「んー、あれはジャガイモの芽かな。それと、よくわからないやけに発色のいいペースト状の何かが少し。なにあれ?」

 

 教員は上の空で不思議そうに悩み、濡れタオルで顔を拭いていた結に訊ねる。

 

「あと、消化器官がまだ働いてないのかな? 全然溶けてなかったよ。まるで危険を察知して吐き出したみたい」

 

 一頻り拭いたあと、浴びるように経口補水液を飲む結は教員の問いに答える。

 

「知らない、です……あいつが、出すって、言ったから」

「そう。とにかく危ないものは出せたから良かったけど、少し休んでいきなさい。連絡しとくから」

「ありがとう、ございます」

 

 息切れて肩を上下させる結はまた同じベッドに寝ようとして三人に止められる。隣のベッドに移された結は風で飛びそうなか弱さで床に伏し、直ぐに目を閉じた。

 簪は替えのシーツを取りに走り、一夏は自分の制服と汚れたシーツを洗濯するために保健室を出る。

 

 戻ってきたころには結はうたた寝するほどには落ち着いたそうで、また戻してもいいように枕元にはエチケット袋が準備され、頭は横に向けられていた。

 

「おかえり。彼は寝ちゃってるから、静かにね」

「あ、はい」

 

 ベッドの隣に置かれていた椅子に簪が腰かける。頭を撫でればくすぐったそうに身動ぎをして、毛布からはみ出ていた小さな手をつつけばきゅ、と握り返してくる。

 

 さっきまでの大事など無かったかのようなやすらぎに満ちた寝顔に二人は肩の力を抜いた。

 

「なぁ、あんた」

「簪でいい。お姉ちゃんがいるから名前でいい」

「じゃあ簪さん。君は、結の友達?」

 

 一夏の問い掛けに簪はうんとは言えなかった。

 ただの他人、とは思いたくない。だが友人と言えるほど親しいわけてもなく、付き合いなんて二日会った程度。

 結局友人未満の関係だったかな。と簪は少しやるせなさを覚えた。

 

「友達、とは言いづらい。倒れてたのを運んだだけ」

 

 何日もの間、昏睡状態だったはずなのに何事もなく目を覚まし、当たり前な顔をして歩いていた。

 心配なんてないと思ったがそうでもなく、誰にも見せないようにしていたのだろう背中の物を見られ、恐怖したりもしていた。

 初めて見た彼の感情だった。

 

 気になって、色々知りたいと思ったので追い掛けてみれば愚姉に襲われていたから後先考えず部屋に匿ってしまった。あの時は自分でもどうかしていたと思う。

 

 一緒にアニメを見て、色々話した。

 

『きっとぼくはあのカイブツと一緒。あのヒーローが倒してくれる』

 

 あの時みせた、寂しそうな、枯れた笑顔が頭から離れない。

 

「織斑一夏。あなたのせいで私のISが捨てられたことはこの際どうでもいい」

 

 この男が出てきたせいで私の専用機の開発が中止され、この男の専用機が造られた。その事を一夏は知らなかった。だからいま初めて聞かされた大人の事情というものに苦い顔をする。

 

「あなたは、この子の、結の何? 敵? それとも味方?」

 

 簪の質問にすぐ答えようとした一夏だったが、開いた口からは何も出なかった。ここで仲間だと言えたのならどれだけ良かっただろう。

 

 最悪殺してしまったかもしれない戦いをしておいて結はあくまで笑っていた。避ける事もせず、敵視するわけでもなく、いつも通りに接していた。

 むしろ安心していた節すらある。

 

「どっち、なんだろうな……ただ、でも……俺は、結の助けになりたい。こいつを救いたい」

 

 もしまた結が誰かを襲うことがあれば、その時も剣を向けなくてはいけない。

 

 勿論そんなことを起こしてはいけないが、今の自分には結の暴走を事前にとめる手段を有さない。

 結局本人に頼りっきりになってしまっている。

 

 ひとりよがりな言葉しか出てこない歯痒さに悔しさをおぼえる。

 

「あなたを完全に信用した訳じゃない。私はこの子を助けたい。誰を敵に回しても、あなたからこの子を、結を守る」

 

 あなたを恨んでいるから。

 それだけではない。

 

 ヒーローを望むだけだった自分の前に、助けを求めもせず、むしろ死を救済とすら思ったいるような子供がいた。

 あれは悲観じゃない。そういうものだと受け入れていた目だった。

 

 可哀想とか同情などを思わなかったかと言えば嘘になる。

 だがそれを悪と簪は言いたくなかった。

 

 だから助ける。

 結に関わる動機なんてそれだけで良かった。

 

 ふと時計を見ればもう昼休みも終わりそうだった。

 二人は結を保健室に残し、教室に戻る。

 

 最低限関わりたくないからと、簪は反対方向へ向かって行った。

 

 

 残された一夏は簪の背中を見つめ、歯を食い縛る。

 

「俺だって、結を守りたいんだよ……」

 

 これじゃあまだまだ弱いままだな、なんて心の中で愚痴り、一夏は振り切れない気持ちに苛まれながら走った。

 

 

 




 頂いた感想を眺めて常々思いますが、みんな結ちゃんが好きなんですね。嬉しいです。作者も好きです。 

 先日友人に今後の展開を話してみたら
「タッグトーナメント編がかすり傷に見えてくる」
 と感想をいただきました。

 つまりタッグトーナメント編はそんなに酷なことはないはずなのでご安心ください。

 ではでは。


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二十八話 少年への疑惑

 アンケート、明確に何を書くかは決めてませんが、どう扱うかは決めているのでそのうち出します。


 午後は基本教科の授業だったため、あのあと結とは顔を合わせなかった一夏。もどかしい気持ちを無理矢理飲み込んで、今日も今日とて特訓に励むためアリーナへ向かった。

 

 結の部屋はアリーナの地下にあることだし、時間があったら覗いていこう。

 

 授業も終わり、片付けてアリーナへ向かおうと席を立ったところで一夏はシャルルに呼び止められた。

 

「一夏、IS訓練に行くんでしょ? 僕も同行していいかな?」

「あぁ、いいぜ」

 

 放課後の廊下を二人が話ながら歩く。

 

「結、倒れたらしいけど大丈夫だったの?」

「まぁ、原因は分かってるから大丈夫だとは、思う」

 

 なんとも曖昧な返事だった。

 しかしセシリアの料理下手があれほどとは思わなかった。あれはどうにかして矯正しなければ。

 

 そして結はしばらく安静にしているようにと言われていたので、今日の特訓には参加できないだろうと思いつつ、一夏はアリーナの更衣室で着替え、ピットから飛び出す。

 

 

 

「遅かったね一夏お兄ちゃん」

「⋯⋯結!?」

 

 アリーナ内に出ると、既に結がガーディアンを展開した状態で待機していた。

 

 先に出ていたらしい箒たちと一緒にいたが、みな総じて心配そうな顔をして立っていた。フルフェイス型のヘッドギアのせいで顔色がわからないが、不調では無いようでまずは一安心する。

 

「動いてもいいのか結。まだ寝てた方がいいんじゃ」

「大丈夫だよ。ほら、元気」

 

 そういいながらその場でバク転してみせる。

 息切れする様子もなく、虚勢を張っているわけでもなさそうなので、一応無事ではあるようだ。

 

「無理はするなよ上代」

 

 ぶっきらぼうだがそれなりに心配はする箒。

 

「申し訳ありませんでした結さん……」

 

 訳をこっそり教えてもらい、深々と頭を下げるセシリア。

 

「やばそうならちゃんと休みなさいよね」

 

 何処か気が気でない鈴。

 

 各々の言葉に結は一つ一つ頷き、簡単に返事を返す。

 後から出てきたシャルルも結をみて驚いていたが、別段なにも追及することはなく、呆気なく流していた。

 

「それじゃあ一夏。早速特訓始めようか」

「おう」

 

 まずは一夏とシャルルが軽い模擬戦をする事になり、結が二人から距離を取って観戦する。

 

「行くぞ、シャルル!」

「いいよ一夏!」

 

 雪片弐型を展開した一夏が『ラファール・リヴァイヴカスタムII』を纏うシャルル目掛けて跳躍する。

 振り下ろされた刀身を避けず、まずは小手調べと言わんばかりにシャルルは左腕のシールドでそれを受け止め、インターセプターで反撃を繰り出す。

 

 接近格闘特化の『白式』にとって遠中近すべてをこなせる『ラファール・リヴァイヴ』はかなり厄介な相手だった。

 

 近づかなければ攻撃手段がないこちらにとって、向こうは遠距離武器を有しているので距離を離されたらたちまち蜂の巣にされてしまう。

 

 一夏はとにかく接近して雪片を振るおうとするものの、シャルルは涼しい顔で飛び退き、アサルトライフルを展開して引き金を引く。

 

 一時的に展開させたシールドバリアで守ってはみるが、共通兵装ぐらいでは呆気なく撃ち破られる。

 

「こンのぉ!!」

 

 被弾覚悟で行う無理矢理の特攻。

 シャルルは尚もニコニコしながら後退し、グレネードランチャーを構え、一夏が目の前に飛び出してきたところで放つ。

 

「残念、僕の勝ちだよ」

 

 汚い花火が落ち、模擬戦はひとまず終わった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「一夏のISってそのブレード以外は無いの?」 

「あぁ、拡張領域を全部これに使ってるみたいで、ナイフ一本だって入らないんだよ」

 

 一撃必殺の武器と引き換えに、他の武器は何一つとして装備できない仕様の機体は玄人向けどころか、もはや失敗作と言ってもおかしくはなかった。

 

 そんなものをIS初心者に渡すのだから、開発者の配慮のなさが窺える。

 まぁ作った人間を知っていればそれなりに頷ける。

 

「それじゃあ僕のライフル使ってみる?」

「え、それ大丈夫なのか?」

 

 シャルルはライフルを一挺展開させ、ホログラムウィンドウで何か操作をしたあと一夏に手渡した。

 

「武器の権限を使用許諾(アンロック)しておけば、他の人でも使えるんだよ」

「へぇ、まだ知らないことがあるんだな」

 

 そうして渡されたライフルを持ってみたのはいいが、日本で生まれ育った一夏にとって銃の扱いなどてんてわからなかった。

 

「トリガーにはまだ指をかけないで、脇を閉めて安定させるんだ。それで……」

「こ、こうか?」

 

 一夏の後ろから被さるようにシャルルが持たせかたから照準の合わせかた、撃ち方までを丁寧に教えていく。

 

「なんか、近くない?」

「確かに近いな」

「殿方同士ですし、構いませんこと?」

 

 二人の様子を見ていた女子たちは三者三様の反応を示す。箒はあからさまに不機嫌で、鈴は不満な気持ちに溢れていた。セシリアは男同士だし、と割り切っている。

 

「……?」

 

 顔の見えない結は箒たちと一夏たちを交互に見ながら、顎に指をあてがって不思議そうに眺めていた。

 

 一夏たちから十数メートル離れたところに的が出現し、それへ向けてライフルの引き金が引かれる。

 

「おわっ!?」

 

 発砲音と反動におどかされるが、シャルルに促されるように照準をずらし、続けて的を撃つ一夏はそのままマガジンが一つ空になるまで射撃を続ける。

 

「どうだったかな、初めて遠距離武器を使ってみた感想は?」

「なんていうか、『速い』って印象だったな」

 

 接近するよりも速く、そして到達することが攻撃に繋がる。動作は最小限。近づくことなく相手に攻撃出来る事に近距離戦との違いをありありと実感した。

 

「でも直線的な攻撃になりやすいから、出来るだけ射撃は読まれないようにしないといけないんだ」

「はー、結構難しいんだな」

 

 シャルルの説明は知識と実践を織り交ぜた教え方で分かりやすく、難しい専門用語も程々に耳に入ってきやすい。

 

「シャルルって教えるの上手だな」

「そうかな? えへへ」

 

 これまでは箒たちから率先して教わっていたが、どれもあてにならずにほとんど独学に近い状態だった。

 

『こう、どん、と近づいてズバッといくんだ。なに? 分からないだと?』

 

『体面を120度に傾けて徐々に加速していき、鋭角をイメージして飛翔すればより速度を出せますわ』

 

『大体よ大体。こんなの感覚でわかるでしょ』

 

 擬音、専門用語、天才肌。どれも教わるには難易度が高く、言っている意味を理解することさえ困難だった事に疲れた笑みをこぼす。

 

「なんだその顔は。我々の教え方が気に入らないとでも言うのか一夏!」

「なにも言ってないだろ!」

 

 ここで愚痴を溢せばまたしごかれる。

 

「結もやってみる?」

「あ、うん」

 

 シャルルに手招きされた結がホバー走行で近くまで飛んでくる。一夏にした時と同じようにライフルを渡して、後ろから覆い被さる。

 

「待っててね、今使えるように……」

 

 ウィンドウを出そうとしたシャルルが言い終わるよりも早く、結はライフルを構えて遠くにある的の中心を撃ち抜いた。

 

 続けて同じ的を撃ち続け、標示されていた得点板を出来るだけ破壊したところで銃口を下に向け、安全装置を入れる。

 

 それを見ていた一夏たちは驚きながらも拍手をし、結を誉めていた。

 

「はい。ありがとう、ございま、した」

「あ、あぁ……うん」

 

 ライフルを受け取ったシャルルは自分のライフルと結を見て、ただ呆然としていた。

 

「使用許可もなしに、なんで僕の武器が使え……」

 

 ぶつぶつと迷走する思考は答えにたどり着くことはなく、あっちこっちに行き当たっては首を横に振ってまた次の答えに向けて千鳥足になっていた。

 

「どうしたんだよ、シャルル」

「いや、なんでもないよ……一夏」

 

 もしかして、いや、でも、まさか、そんな言葉を繰り返しては口のなかで転がり、のどの奥で絡まって出ることも落ちることもなく、ただただ胸の内を気持ち悪いもやが支配する。

 

 

 やがて思考を止めたシャルルは気を取り直し、誰もが心を許すような笑顔を浮かべて結に話しかける。

 

「いやぁすごいね。僕がサポートしなくてもあんなに正確に狙撃が出来ちゃうなんて!」

 

 絶えない笑顔で結を誉めるシャルル。対して結は何も言わず、照れることもなく、顔だけ向けてシャルルの言葉を聞いていた。

 

「結。君のこと、もっと知りたいな」

 

 そう言うとシャルルは結の手を取ろうと腕を伸ばすが、結は伸ばされたシャルルの手を払い、十字架のマスクでシャルルを睨む。

 

「さわらないで」

 

 いつか一夏に向けたような恐怖ではなく、明確な拒絶の意思を持ってシャルルから離れる。

 

 マスクの下で睨む結と、にこにこと笑うシャルル。

 あまりに対極的な二人の間を冷たい空気が流れる。

 

「……あはは、ごめんね? ちょっと馴れ馴れしかったかな」

 

 手を振って平謝りをするシャルルに一瞥をくれて結はカタパルトに向いて飛ぶ。

 

「かえる」

「お、おい結! すまねぇシャルル。またあとでな……!」

「いいよ。気にしないで」

 

 結を追いかける一夏はシャルルに向かって手を合わせ、シャルルはそれに手を振って返した。

 

 

 結の拒絶を見るのは二回目の箒は拒絶反応を示したのは背中のISのことか、それともシャルルが個人的に嫌いなのか。予想を立ててみるが、それ以上の答えは出てこなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 更衣室まで追いかけた一夏は、既に着替え終えた結の手を掴んで引き留める。

 

「待てよ結! 何か嫌ことでもあったのか?」

 

 あからさまに不機嫌だった少年をあんじて怒ることはせず、正すように聞いてみる。

 

「あの……人は、なんだか気持ち悪いの」

「気持ち悪い? シャルルがか?」

「うん」

 

 他人にここまで明確な嫌悪感を示すのも珍しいとは思うもの、何故あんなにも人当たりがいいシャルルに対してその感情を示すのかがわからなかった。

 

「ずっと笑ってるだけの人は、怖い。だからあの人はいやな感じがする」

 

 フードを掴んで目元まで隠す結は怯えるように俯いている。

 

「そうは言うがな、別に悪いやつじゃないだろ?」

「……もういい。かえる」

「結!」

 

 そう言い捨てた結は更衣室を抜けて地下へ向かう通路に向かう。

 それを追いかける一夏は結の手を取って一緒に歩く。

 

「嫌いなら嫌いでいいけどさ、露骨に避けなくてもいいんじゃないか?」

「……」

 

 結は答えない。

 かわりに一夏の手を強く握り返し、唇を尖らせる。

 

 今日だけで随分と感情を見せるものだ。

 怒るよりも可愛らしさが勝り、弟がいたらこんな気持ちになれるのかな、など思いながら一夏は結の頭をガシガシなで回す。

 

 

 

 そうやってじゃれている二人の目の前に、一人の女性が現れた。

 

 

 

「ゆ~い~ちゃ~ん~?」

「ひゅ……」

 

 目の前に満面の笑みを浮かべる山田先生が、全然笑ってない口調で結の名前を呼ぶ。

 結は山田先生とエンカウントした瞬間に一夏の背に隠れてしまうが、頼った先の一夏に抱えられて、借りてきたねこのように持ち上げられる。

 

「だめだぞ結。山田先生に言わないできたんだろ?」

「だって……」

 

 珍しく不貞腐れる少年に一夏は苦笑してしまう。

 だが結も心のうちでは悪かったとは思っているようで、抵抗しないのがその現れだろう。そのまま床に降ろし、今度は隠れることなく山田先生の前に立った結は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「……勝手に出ちゃってごめんなさい」

「本当に、元気なのはいいですが、休むときはちゃんと休む。約束してください!」

 

 そういいながら山田先生は結に向けて小指を出す。

 戸惑う結はおずおずと自分も指を出すと、すぐに山田先生に指を絡め取られる。

 

「ゆーびきーりげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

 

 ぽかんとする結。

 対して山田先生は穏やかに笑っていた。

 

「今の、なんですか?」

「ふふっ、人と約束するときのおまじないみたいなものです。もう無理しちゃいけませんよ?」

 

 無言で頷く結。 

 後は私に任せてくださいと言われたらもう出る幕がなくなり、一夏は手ぶらになった片手で頭をかいて帰路につく。

 

 その後、シャルルと同室になることになり、箒と部屋が別れた一夏だが、朴念仁をかまして一発いいものを喰らった一夏だった。

 




 シャルは立場上、ある程度腹黒になってもいいかなとは思います。
 作者ならそうします。

 しかし、下衆に堕ちるシャルというのも乙ではないでしょうか。
 作者なら興奮します。

 


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二十九話 少年を探る貴公子

 よく洋楽のラブソングを聞きながら書いてます。
 つまり愛に溢れた作品なんです。


 山田先生に抱き上げられた猫のような溶け具合で運ばれた結はその日見ることはなかった。

 

 部屋に帰った一夏はシャルルに結が悪いとは思っているから許してやってくれないか、と頭を下げたところ、シャルルは気にする素振りもみせず、軽く笑って流していた。

 

「大丈夫だよ一夏。ちょっと肌に合わなかっただけだろうし、これから仲良くなればいいだけだよ」

「そうか、ありがとな。シャルル」

 

 気にしていない様子のシャルルに救われた気になった一夏は一先ず結の事は置いておき、その日はもう休むことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 真耶の部屋。

 

 例によって手厚く丁寧に扱われた結は既に風呂と胃に優しい夕食を終えて安静に寝かされていた。

 

 抗ったところで抑え込まれ、がっちりホールドされて寝かされるだけなので、何も言うまいと諦めて静かに寝ておく。

 

「真耶先生」

「なんですか結ちゃん?」

 

 二言目を言おうかどうか迷っていた結は、せめてこの学園で一番信頼している人にだけは伝えておこうと決心し、口をあける。

 

「あの、今日はじめて会った金髪のひと」

「デュノア君がどうかしましたか?」

「あの人がね、怖いの」

「怖い、と言いますと?」

 

 漠然とした物言いにいまいち要領を得ない真耶はもう少し詳しく聞き返す。

 対して感じ取った雰囲気からの感想を述べた結はなんと言えばいいのかわからず、また少し閉口したのち、うんうん唸りながら言葉を紡ぐ。

 

「何か隠してる、気がする。いろいろ変なの」

「ふぅむ」

 

 ずっと他人の話を聞いていて、自分から何か話すことが殆どなかった。

 口から出てくるのは疑問文ばかりで、人と合わせているというよりずっと離れて無遠慮に見られている気がして気味が悪かった。

 

「それと、あの施設にいた人と同じ目の感じがした」

「⋯⋯もう少し聞かせてもらってもいいですか?」

 

 結の言う施設と言うのは、この少年が生まれてここに来るまでの間滞在していた研究所のことだ。そこでは彼の背中にあるISの研究が主だったということは、既に彼の口から聞かされている。

 

 そこにいた人間と同じ目で結を見ていたとなると、多少警戒しておく必要がある。

 

「ぼくじゃなくて、ISを見てる感じがしたの。こう、じろじろ見られるような、遠慮がない感じ」

「なるほど⋯⋯私も彼についてもう少し調べてみます。ありがとう、結ちゃん」

 

 そう言いながら真耶はあやすように結の頭を撫でる。

 結はくすぐったそうに目を細め、真耶の細い指先に頭を擦り付ける。

 

「それと、もう一つだけ。あの人男の人? 女の人?」

 

 結の言葉に首を傾ける真耶。

 

「デュノア君は男ですよ?」

「んー⋯⋯ありがとうございます。真耶先生」

 

 どうしてそんなことを? と思ったが、彼が中性的だからわからなかったのだろうと納得させておいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日。

 

「おはよう。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 シャルルはクラスの生徒たちに聞き込みを行っていた。

 

 訊ね事は勿論結のこと。

 クラスは一緒でも授業を共にすることは他の同級生に比べて半分もない上、休憩時間は忽然と姿を消すので彼本人から話を聞こうにも、全くと言ってコンタクトが取れなかった。

 

 と言うより午後から体調不良で授業に出ず、ちゃんと話をしたのは放課後のアリーナでのほんの少しだけだった。

 

 

 なのでこうしてまずは結のクラスメイトから話を聞くことにした。

 

「上代くん? 可愛いよね! なんかミステリアスで!」

 

「結くんねぇー。あの子ISの授業でしか一緒にしないんだけど、もの静かでいい子だよ。あと可愛い」

 

「織斑くんたちとよく一緒にいるのを見たことあるけど、どんな子って言われたらよくわかんないなぁ。でもこれだけは言える。可愛い」

 

「仲良くなったら頭くらいなら触らせてくれるよ! そうじゃなかったら一定間隔を開けられて拒否られるから気をつけてね! 可愛いからって近づいたら逃げられちゃうよ!」

 

 

 

 

「わかった。ありがとう」

 

 

 何も分からなかった。

 

 本人が喋らないうえクラスメイトの中でもごく少数としか関わりがないらしく、クラスメイトの大半が上代 結という人物をおぼろ気にしか記憶していなかった。

 

 唯一共通の認識として可愛いというのがわかった。

 そうじゃない、知りたいのはそんな情報ではない。

 

 回りくどい聞き方をしたのがいけなかったのかもしれない。

 なので今度はストレートにISについて訊ねてみた。

 

 

「上代くんのIS? よくわかんない」

「盾しか持ってないって本人が言ってたよ」

「噂によると中にもうひとつISがあるとか聞いたなぁ」

「あんな小さい子があんなに大きなISに乗ってるって考えたら、作った人はロマンを知ってるよね!」

 

 

「⋯⋯はは、ありがとう」

 

 相変わらずふわふわした答えが多かったが、そのなかでいくつか気になる情報を入手した。

 

 まず盾しか待っていないという点。

 今日見た限りの性能からして第三世代か、特別に調整を受けた第二世代の可能性が高い。

 普通のISのようにいくつか武器を装備していてもおかしくないはずなのに、結のISには盾が一枚入っているだけだという。

 

 そして次に、中にもう一体ISが入っているという噂。

 

 あくまで噂であり、それ以上確信のとれる情報は入手できなかった。

 

 だが、昨日アリーナで見た、人の武器を使用許諾無しに使えたという事実と何か関係があるかもしれない。

 

 

 そうなれば、尚更結のISについての情報が欲しい。

 欲を言えばそのものが⋯⋯。

 

 

 

 その日の晩、一夏と同室になったシャルルは同居人と談笑に見せかけた情報収集に華を咲かせていた。

 

「結についてどう思ってるか? そうだな⋯⋯小さくて可愛いよな」

「それはもういいから!」

 

 散々聞かされた外見的情報にうんざりしながらシャルルは詰め寄る様に一夏に幅を寄せる。

 

「悪い悪い⋯⋯んー。大人しそうに見えて結構大胆なコトするようなやつで、かと思ったら遠くからこっちを見てて距離が離れてるんだよな」

「なんか曖昧だね」

「そうだな、言われてみたら俺って結について実はよく分かってないのかもしれない⋯⋯」

 

 一夏は陰る笑顔を下に向け、少しだけ寂しそうに語る。

 

「アイツ、人と関わろうとしないのか、同学年の生徒どころかクラスメイトとだってあまり喋らないんだよ。多分自分から避けてるんだと思う」

「それは、どうして?」

 

 なんでって、と言いかけた一夏は思わず口を閉ざしてバツが悪そうに視線を逸らせた。

 シャルルはそこに結のISと何か関係があるとほぼ確信したが、それ以上一夏が結について語ることは無かった。

 

「もう遅いし、寝ようぜ。シャルル」

「そうだね。おやすみ、一夏」

 

 

 

 

 翌々日。

 

 朝の教室。

 今日は午前はISの座学なので結も教室に顔をだしていた。

 身の丈にあっていない机と椅子について着かない足を泳がせている様はなんとも愛らしいが、本人の目から若干生気が抜けている。

 

 

 ちらほら生徒が増えていき、みな結の顔を見て嬉しそうに手を振って言葉をかけてくるクラスメイトに結は透き通るような眼差しで小さく手を振って返す。

 

 そうして時間を潰していくうちに席が埋っていき、結の前に座る本音もようやく顔出してふらふらと席についた。

 

「おはよ~ゆいゆい」

「おはよう。本音お姉ちゃん」

 

 ゆったりした動作で椅子に腰掛ける本音は、担いできた鞄からがさごそと箱に入ったお菓子を取り出しておもむろに封をあける。

 

 そのまま幸せそうに頬を緩ませ、夢中になって焼き菓子を貪る。

 その様子に本音の学友たちは集ってやじを飛ばしている。

 

「本音あんた朝からお菓子食べる気?」

「朝ごはん食べ損ねちゃって~これ朝ごはん~」

「ちゃんと食べないと太るぞー?」

「あはは~やだな~」

 

 笑って流す本音は焼き菓子を運ぶ手を止めることなく、あっという間に片手に持っていた菓子袋を空にしてしまう。

 もう一つは言っていた袋を箱から取り出して空箱と丸めた包装をカバンの中に突っ込み、同じように封を開けてかりかりと食べ始める。

 

「ゆいゆいも食べる~?」

「ん」

 

 本音から差し出された焼き菓子を受け取らず、結は本音の手をその小さな両手で包んだ。

 結に手を取られて更に撫でまわされ、寝ぼけまなこだった本音の頭はきれいに覚めた。

 

 何事かと思ってされるままに手を触らせていたが、結はそんな動揺の止まらない変ににやけた本音の目をじっと見つめてくるので、本音は生唾を飲んで結の真っ黒な瞳を見つめ返す。

 

「本音お姉ちゃん、無理しないでね」

「え?」

 

 突然そんなことを言われてキョトンとしている本音。

 

 何を唐突に、と思いもしたが本音を見つめる結の目には微かに心配する感情が見えたので、本音は少ししてからいつもの笑顔を作り、結の頭を撫でる。

 

「わたしは大丈夫だよ~。心配してくれてありがとね、ゆいゆい」

「んん⋯⋯」

 

 結が握る本音の手には小さな痣がいくつも浮かんでおり、掌にはマメが出来ているほどだった。

 そして隈を隠すために塗ったのであろう化粧がほんの少しだけずれており、隠したかった黒いシミを結は昔よく見た疲れ目の男と重ねて見つけてしまい、思わずあんな言葉が口走った。

 

 本音が何をしていてこんな状態になっているかは知らない。

 いつものほほんとしていて頑張るとは無縁のような彼女がここまで身体を疲弊させることが珍しく、何をしているかは知らないが、よほど大事なことのために働いているのだろう。

 

 そう思う結は何も言わず、ただただ彼女の手を労わる様に撫でるだけだった。

 

「どうしたの、ゆいゆい?」

「なんでもない。なんでも」

 

 妙な恥ずかしさで机に伏す結を撫でながら、愛しい感情に悶える本音。

 少年の熱の余韻をまだ覚えている手には工具を握っていた時の痛みが消えたような気がして、本音はその手を摩りながら小さく、含むように微笑む。

 

 

 今日明日は頑張れるなあ~。

 

 

 そんなことを考えていた本音はSHRが始まる寸前まで結の軽く撥ねっ毛が目立つ頭を心行くまで撫でていた。

 

 

 

 その様子を遠くから見つめる双眸が一対。

 

「ほほう⋯⋯」

 

 




 いいこと思いついた。




 感想、評価、お願いします。

 ではでは。


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三十話 少年と約束

 現実が多忙で時間が取れず、執筆が遅れます。
 それとこの辺りの原作知識がうやむやになっているので、イベントの順番がずれているかもしれません。

 ご容赦ください。

 アンケートにつきましては、甘えたがりに関してはヒロインが揃ったところで、山田先生との回については近日中を目安に執筆させていただきます。

 はい、二つです。
 


 その日は教室でのIS専門座学が午前にあり、結も一組の教室に足を運んでいた。

 

「うぅ~トイレトイレっと……お゛ッ」

「ぶ」

 

 まだホームルームも始まる前、一夏がお手洗いに駆け込もうと教室の戸を開けた瞬間、逆に教室に戻ってきた結の頭が丁度一夏の股間に直撃し、一夏の股間から除夜の鐘が鳴り響いた。

 

「うぉぉぉ……すまねぇ、結ぃぃ……」

「なまあたたかかった」

 

 そこそこの勢いで結が教室に入ってきたのには訳がある。

 自室から移動するとき、他のクラスの生徒が寄って集って結を追いかけ回していたのだ。

 

 それらから逃げ惑い、ようやく安置に到着したところで教室に滑り込もうとしたら、丁度一夏が戸を開いてさっきの惨劇が起こった。

 

「なるほど、織斑くんのおまたは生暖かい、と」

「あんなにオーバーな反応しなくても」

「やっぱり痛いのかな?」

 

 男の痛みを知らない女子は言いたい放題だが、そんなことを気にする余裕もないらしい一夏は震えながらもお手洗いに向かった。

 

「なんで急に追われるようになったんだろ」

「知らないのゆいゆい~?」

 

 前の席に座る本音が体を後ろに向け、結の疑問に答えてくれた。

 

「この前しののんがおりむーに言ってたんだ~」

 

 そう言いながら事の顛末と成り行き、尾ひれなど着いていった原因を聞かされて少年は渋い顔で項垂れる。

 話に聞き耳を立てていた箒は羞恥心で肩を狭めていた。

 

「お付き合い、好きな人……」

 

 ふつふつと独り言を呟きながら少年は上の空で考え事に入り込む。

 

「上代くんおはよ!」

「結くんおはよう」

「ゆいゆい、おはよ~」

「おはよう」

 

 しかし無表情ながら挨拶は返すので、少なくともクラスの女子たちに可愛がられてはいるようだった。

 

「おはよう、結」

「おはよう、ございます」

 

 しかしシャルルに対してだけは未だに敬語を使い、『他人』という境界線から踏入れさせようとはしていなかった。

 

 

「結、少しいいかな」

「……なん、ですか」

 

 被さるフードの隙間からきな臭い貴公子の顔を見上げる結は、あからさまに嫌な顔をする。

 

「今度の休日、時間をくれないかい? 少しだけだからさ」

「よーけんは」

「男同士でお話したいんだ。一夏もいるから」

「………………わかった」

 

 かなり間の開いた返答にシャルルは内心胸を撫で下ろしていた。

 

「ありがとう、またね」

「……」

 

 その結の対応に一部の女子は「三角関係……!?」と嬉しそうに黄色い声を発して朝から騒がしそうにしている。

 

「織斑くんの事が大好きな結たんがシャルルくんに嫉妬……」

「でもシャルルくんは結たんが気になるけど、あえて織斑くんに言い寄って結たんの気を引いている?」

「鈍感な織斑くんは二人の好意に気付かないから……キャー!」

 

 実に楽しそうだ。

 

「おはよう結。今日昼飯一緒に食わないか?」

「今日は真耶先生と食べる」

「そっか、分かった」

 

 無理強いは出来ないので、寂しいながらも身を引く一夏は結の頭を撫でてから自分の席に着いた。

 

 

 ◆

 

 

 放課後、結は廊下を走っていた。

 いけないことだけとは重々理解しているが、どうも守るに守れない状況なので仕方無く走っている。

 

 後ろからは複数人の足音が怒濤の勢いで床を踏んでいる。

 

「上代くん待ってぇーっ!」

「さきっちょだけ、さきっちょだけだからぁ!」

「ショタ、拝まずにはいられない!」

 

 姦しいことこの上ない。

 いやもしかすればそれ以上だろうか。

 初日やそこらは殆ど誰も関わらなかったのが、例の転校生の金髪の方が来てからやたら過激になってきた気がする。

 

 しかしこうも毎日追い掛けられては埒か開かない。

 どうしたものか。

 

「あ、簪お姉ちゃん」

「結。そんなに慌ててどうし……」

 

 曲がり角に差し掛かった結は、そこでばったり簪と遭遇した。

 

「ちょっとごめんなさい」

「え、なに、急に、きゃっ!?」

 

 勝手に断りをいれた結は何を仕出かすのかと思いきや、いきなり簪のスカートを捲って彼女の足の間に体を滑り込ませてきた。

 

 え、なに? 新手のスカート捲り? でも結に限ってそんなやんちゃな事ってするのかな。わかんないわかんない。いやでもなんで急にそう言うことになっちゃったの? て言うか今日のパンツ何色だったっけ……ストッキング越しでも見えるよね。でも結なら目を瞑ってくれているかもしれない。あとなんか股の間が変に温くて妙な感じがする。

 

 何事かと驚くのも束の間、そこそこの人数の団体が結が来た方向から押し寄せてきょろきょろと辺りを散策し、うちの一人が簪に訊ねてきた。

 

「ねぇ貴女。こっちに上代君来たでしょ? どっちに行ったか分かる?」

「え? えぇと、あっち……」

 

 簪は咄嗟に下りの階段を指差してその場を誤魔化す。相手は短く感謝し、団体を率いて馬車の如く騒々しい足音で階段を下りていった。

 

「もう出てきてもいいよ」

「んん、ありがとう。簪お姉ちゃん」

 

 控えめに呼び掛けると、腰の辺りから暖簾を潜るように結がもそもそ這い出てくるので、妙な風の通る感じに苛まれる簪。

 

「いつもあんな感じなの?」

「うぅん。あの金髪の人が来てから」

 

 金髪と聞いて思い浮かべたのは最近一組に転校してきた三人目の男性操縦者と囃される人物で、名前は確かシャルル・デュノアだったか。

 

「最初は一夏お兄ちゃんだけだったのが、あの人が入って一緒に追い掛けられてて、ついでに追われてる感じ」

「難儀だね、結……」

 

 同情する他なかったが、別段本人は気にしておらず、人気の無い道を探して行こうとしたので、簪は咄嗟に少年を呼び止めた。 

 

「ねぇ、結!」

「なぁに?」

 

 後ろ髪を掴まれたように立ち止まり、振り向いた結はそのままとてとてと簪のところまで歩いてくる。

 

 そんな少年に、膝を屈めて結の目線に遇わせた簪は少し緊張した様子で唇を噛み、彼の手を取って用件を伝える。

 

「も、もしよかったら、今日か明日、また私の部屋でアニメ、見ない……?」

 

 いや待てよ。

 

 ここ最近ISの製作に追われてまともな生活を送っていないので、部屋は荒れ生活は乱れそれはもう年頃の女子の部屋として見れば目も当てられない惨状になっている事を思い出した簪は、慌ててさっきの誘いを訂正する。

 

「いや、待って。今日はちょっと……明日、いや週末……そうだ週末にして、お願い」

「わかった。じゃあ土曜日に行くね」

「うん。待ってるから」

 

 危うく女どころか人としての尊厳を子供相手に失うところだったと肝を冷やし、少年が見えなくなったあたりでふとさっきスカートの中身をありありと見られたことに赤面して暫く動けなくなった。

 

 み、見られた……でも、結ならいいよね?

 

 

 

 ◇

 

 

 山田先生の特別補習が終了し、早足にアリーナへ向かう一夏は近道をしようと通りが買った中庭で、自分の姉である千冬とその元教え子らしいラウラがなにやら話しているところに出くわした。

 

「お願いです教官、もう一度ドイツに戻り、我が隊の指揮を!」

「……何度も言わせるな、今の私はこの学園の教師だ」

 

 先日自分を打ったときのような冷徹なものではなく、何処と無く駄々を捏ねる幼さをラウラに垣間見た。

 

「この学園の生徒たちはISをファッションか何かと勘違いしている、こんな辺境なところにいては教官の価値が鈍ってしまいます!」

 

 それより先を言わせる前に、千冬は閉口していた姿勢を崩してラウラに威圧的な視線を送る。

 

「あまり調子に乗るなよ小娘」

「ッ……」

「弱冠十五で選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「私は……」

 

 これ以上の言葉を発することは許されない。

 そんな気さえ起こしてしまうほど、千冬の眼光は鋭く、本当に斬られている錯覚を見るほどだった。

 

 

 

「いたわ、あっちよ!」

「しーつこーい……」

 

 上から声がした、と見上げた瞬間。中庭の上空、結が二階の窓から身を乗り出していた。

 迷うことなく窓額を蹴って跳躍し、下を向いた少年とラウラはバッチリ目が合う。

 

「えっ」

「はぁっ!?」

 

 放物線を描いて跳んでくる少年はそのまま重力に従い、向かう先は織斑先生の立っているところだった。

 

 思わずその場にいた全員が飛び出して受け止めようとしたが、重力加速度に人間の瞬発力が勝ることは出来ず、接触事故が起きてしまうと誰もが予想し肝を冷やしたが、結果は思っていたものより呆気なかった。

 

「よっ、と。窓から飛ぶのは止めなさい。上代」

「ごめんなさい」

 

 意図も容易く四、五メートルはありそうな高所から飛来する小学校低学年くらいの男の子を受け止める織斑先生は、あくまで涼しい顔で結を受け止めてしまうので周りは感嘆な息をつく。

 

「な、何をしている上代 結!」

 

 空から少年が落ちてきた事象に理解が追い付かないラウラは声を裏返しながら、織斑先生に抱えられている結を指差して怒鳴り付ける。

 

「色んな人達に追いかけ回されてて、あそこから飛べば逃げ切れると思ったの」

 

 そう言って結が指差した窓から複数人の女子生徒が悔しそうに結を見詰め、やがて諦めたのかすごすごと帰っていく様が窺えた。

 

「くぅっ、逃げられた!」

「しかもお相手はあの千冬様よ。勝ち目は無いわ」

「この次は捕まえてみせるッ!」

 

 姿を消す生徒たちを眺めて結は胸を撫で下ろし、織斑先生から解放されたと同時に小さく小突かれる。

 

「無茶はするな、山田先生に怒られても知らんぞ」

「はぁい」

 

 山田先生を出され、流石に肩を窄ませる結は小突かれたところを擦りながら間延びした返事をするだけだった。

 

 その様子にほとほと呆れたラウラは怒るのも馬鹿馬鹿しいと云った感じで額を抑え、踵を返す。

 

「付き合いきれん、私は先に失礼します……」

 

 ラウラのいなくなった中庭を、結が探るように周囲を見回し、何故か一夏がいるところをじっと見つめる。

 

「……?」

「………」

 

 互いの視線が衝突し、隠れていた側の一夏は身を低く屈めて茂みの影に隠れるが、 もう遅い。

 

 訝しみながら首を傾げて近づいてくるので一夏は再びぎょっと驚いて逃げようと身体を反転させるが、何故逃げるのだろうと考えている間に結につかまり、袖を引かれて千冬の前に連行される。

 

「覗き趣味か? 感心しないな」

「違うって!」

 

 目まぐるしく変わる展開に目を回していた一夏。

 

「こんなところで油を売っていないで修練に励め。そんなことでは今度のタッグトーナメントで大恥をかくことになるぞ」

「わかってるよ、千冬姉」

 

 しまったと口を押さえたが遅かった。

 一夏の頭上に落とされた拳骨は、さっき結にしたものとは比べ物にならないほどの威力で放たれ、鈍い音をたてて直撃する。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

「結の時と全然違うじゃないかよ!」

「私に子供を強く殴れと? 酷なやつだ」

「そうじゃねぇ!」

 

 このままではいけないと踏んだ一夏は結を引き連れて早々とアリーナへ向かう。

 

「俺、強くなるよ。今よりもっと」

 

 少年の手を引きながら、一夏は自分に言い聞かせるように言う。

 結は不思議そうに聞いていたが、にこりと笑って励ました。

 

「一夏お兄ちゃんならなれるよ、いつか……」

 

 

 

 いつか、ぼくを●●●くらい。

 

 

 

 その笑みの裏に枯れ果てた感情が隠っている事を、そのときの一夏は見つけられなかった。

  

 




結「黄色ってどうなんだろ?」
一夏「どうした?」


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三十一話 少年と休日の特訓

 最近、鈴と結のおねショタ(R-18まで)を妄想しては「これ書けるかな?」なんて一人でもやもやしてます作者です。

 別枠で書こうかな。





 土曜日は午後からアリーナが解放され、各生徒は訓練機で操縦練習していたり、専用機持ちならデータ採集や戦闘訓練だったりと賑やかな時間帯である。

 

 この曜日はアリーナの地下に住む結が決まって顔を出す日でもあり、本人曰く「音が響いてうるさいから」だそう。

 

 なので結はIS展開状態でカタパルトの天井に腰掛け、何かするわけでもなく足を泳がせながら地上の生徒たちを眺めるのがこの曜日のよくある形に収まっている。

 

 

 ときおり女子生徒から手を振られて気が付けば振り返すくらいの大人しさだが、ほば確実に『噂の二人目の男子生徒に会える』という事で、ただでさえ使用者の数が多いアリーナの中で、第一アリーナは屈指の人気を誇る。

 

 結からすればいい迷惑ではあるが本人は特段気にする様子もなく、仕方ないと納得して人間観察と日向ぼっこに勤しんでいた。

 

「結ー。ちょっといいかー?」

 

 結のプライベートチャットから呼び出しベルの音が鳴り、通話を開くと一夏の顔が映る。

 

 男三つ巴の状況に同じアリーナにいる他の女子生徒は熱い思いを滾らせていた。

 

 

 因みに箒、セシリア、鈴は急遽開かれたセシリアの料理矯正教室もとい、地獄のお料理教室に参加しており、この場にいる知っている人物は一夏とシャルルしかいない。

 

「いきなり強火以上目指して火をかけるのやめろ」

 

「フィーリングで料理をするな! お前は分量を守れ!」

 

「調味料をいれるぞ! 面白くなってきた!」

 

「え、刺していい?」

 

「もう諦めては……?」

 

 随分な言われように流石の英国淑女も青菜に塩だったようだ。しゅんと縮こまっている様に同級の箒も同情していた。

 

 

 閑話休題。一夏の呼び掛けに応じた結はスクリーンの向こうにいる彼に声を返す。

 

「なぁに?」

「シャルルと模擬戦するからちょっと見ててくれないか?」

「いいよ」

 

 

 

 一夏の申し出に短く承諾し、立ち上がってカタパルトの上から頭を下に向け、真っ逆さま飛び降りる。

 

 端から見ていた生徒はぎょっと肝を冷し、結をよく知っている一組の生徒はハラハラしつつもいつものことだと気にしないように努めていた。

 

 そのまま振り子のように放物線を画いて落下し、一夏達のところまで最短距離で到着した結は何事もなかったかのような振る舞いで地に足をつけて着地して見せる。

 

 

 毎度こうして呼ばれてはあんな飛びかたをするもので、しかもフルフェイス型ヘッドギアのおかげで顔が見えないのも合間って気絶しているのかそれとも素なのか分からないから、見ている側からすれば物凄く怖い。

 

 まだ通話をしてからくるので一夏は無事だとわかってはいるが、それでも不安があることは否めない。

 

「結っていつもあんななの?」

「まぁな。大丈夫だと思うが、ちょっと怖いって思うこともあるな」

 

 横から青い顔をしたシャルルが耳打ちしてくる。

 苦笑いで一夏はもう慣れたと自分に言い聞かせてはいるが、ひやひやして落ち着かない。

 

「この前の射撃訓練も踏まえてちょっと模擬戦したいんだ。シャルルとやってみるから、なにか思うところがあったら言ってくれないか?」

「いいよ。ぼくでよかったら」

 

 そう言って一夏はシャルルからライフルを借りて距離を開き、対面する。

 

 結たちも壁際まで移動して二人の様子を見守る。

 

「いつでもいいよ、一夏!」

「いくぞ、シャルル!」

 

 ライフルを手にした一夏の先制攻撃。

 先日からシャルルに習った通りの撃ち方をできる限り再現し、目測による軸合わせに手間取りながらも飛び回るオレンジの飛翔物を狙って狙撃する。

 

 だがシャルルも黙って撃たれるだけではなく、ガルムを展開して一夏に銃口を向け、上へ飛びながら連射する。

 

「ッ!」

 

 射撃体勢を解いて横に飛び、狙いきれないながらもトリガーを引く一夏。ライフルが弾切れをしてしまい、やむなくライフルから雪片へ武器を持ち直した。

 

 そして刀剣の切っ先をシャルルに向けて身体を弓矢のようにしならせ、突きの構えで飛び込む。

 

「ゼァッ!」

「なっ!?」

 

 まだ零落白夜は発動しておらず、実体のある一撃はリーチこそ短いが、一夏はそれを持ち前の加速性能で補い、振り向いたシャルルが銃口を定めるよりも速くシャルルのガルムを叩き落とした。

 

 振り抜いた刀身は下に傾き、その勢いを殺すまいと一夏は逆袈裟斬りを放とうと左手を柄に添え、振り上げる。

 シャルルもやられるだけには終わらず、左腕のシールドを引き寄せ尖端を振り下ろす。

 

 短く大きな衝撃音がアリーナ内に響き渡り、二人は空中で弾き飛んだ。

 

「凄いじゃないか、一夏!」

「あ、危なかった……」

 

 緊張の解けた二人は互いに武器を下ろして格納し、地上に降りて反省会に洒落混む。

 

「どうだった、結?」

「うるさかった」

「いやそうじゃなくて」

 

 ヘッドギアの耳の辺りを押さえながら結が俯きがちに答える。

 

「もっとこうした方がいいとか、ないか?」

「んー……」

 

 マスクの下でぶつぶつ呟く結はやがて顔をあげ、片手で指を立てた銃のハンドサインを作って宙に指先を向ける。

 

「銃の弾はだいたい真っ直ぐ飛ぶ。それで撃つにも準備がいる。だから当てるなら先に考えないといけない、と思う」

「つまり、予測して当たるところに目掛けて撃てってことか?」

「うん、うん」

 

 ブレ幅があったとしても着弾範囲と言うものは限られてくる。その上で対象物を撃つには相手の行動予測と事前準備が必要になってくる。

 

 そう解釈してみたりはするが、頭でわかっていてもまだ行動が追い付かない。

 悩んでいても仕方ないと一度話し合いを切り上げ訓練を再開しようとしたところで、三人に絡む人物が一人。

 

「私と戦え、織斑一夏」

 

 真っ黒いISを身に纏うドイツから来た一組の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒその人だった。

 

 厳しい表情で対面する一夏は依然として律した態度でその誘いを断る。

 

「嫌だ。理由がねぇよ」

「貴様に無くとも私にある。断る権利はない!」

 

 有無を言わせずラウラはレールカノンを展開し、近距離から一夏へ向けて撃鉄を降ろす。

 

 瞬間の出来事に飛び退こうとしたが、一夏の前にシャルルが盾を持ってそれを後方に弾き、跳弾したそれを追いかけた結が、弾が落ちるよりも速く着弾点に到着して二次被害を抑える。

 

 反撃とばかりにガルムを構えたシャルルが容赦なくラウラへ向けて発砲したが、発射された弾丸は全て彼女の目の前で減速し、停止した後に重力に従う。

 

 余裕の笑みを浮かべたラウラは冷たい眼差しでシャルルとその後ろの一夏を睨む。

 

「邪魔をするな」

「いきなり仕掛けてくるなんて、ドイツの人は沸点が低いのかな?」

第二世代(アンティーク)風情が意気がるなよ」

「未だに量産の目処が立たない新人(ルーキー)よりはましかと思うけど?」

 

 剣呑な空気が一人と二人の間を漂うが、そこに監視していたらしい教師がマイク越しに呼び掛けてくる。

 

『そこの生徒、何をしている! 学年とクラスを言いなさい!』

 

 警告も無視して私闘に持ち込むほど分別を弁えていないわけではないようで、一つ舌打ちをしてラウラは振り向き去っていった。

 

「覚えておけ」

「……」

 

 カタパルトに戻る黒い影を見つめていた一夏とシャルル。

 自分達も戻ろうと振り向いたときには、既に結の姿はアリーナから消えており、抜けた声を上げるシャルルをからからと笑う一夏だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 LEDの目映い照明が照らすアリーナ内部の通路を早足に進むラウラの後ろを、ラウラよりも低い背丈の少年が小走りに追いかける。

 

「何故ついてくる」

「お姉ちゃんから怖い感じがしたから、かな」

 

 流石に気になって足を止めたラウラが苛立ち混じりに結に問いかけると、結は疑問系の答えを返すのでラウラは更にフラストレーションを募らせる。

 

「銀髪のお姉ちゃんは、どうして一夏お兄ちゃんを嫌うの?」

「単純だ。奴が弱いせいで、教官の顔に泥を塗ったからだ」

 

 ラウラの答えに首を傾ける結。

 

「泥?」

「そこからか……えぇとだな、つまりその、織斑教官の面子を潰したというか……ええいまどろっこしい! 何故私がこんなことを話しているのだ!?」

 

 意味が通じないとはここまで面倒なのか、と頭を抱えるラウラ。

 

「奴が弱く、教官の手を煩わせたせいで織斑教官はモンドグロッソの棄権を余儀無くされたのだ。わかったか!」

「んー」

「こやつめ……」

 

 理解しきっていないのか間の抜けた返事をする結に対して拳を震わせるラウラだが、息を整えて言葉を紡ぐ。

 

「私は弱いものが許せない。それで他人の足を引っ張るのであればなおのこと。そして織斑一夏は自身の弱さで教官の足枷になっている、だから奴が許せない」

 

 やっと言葉に出来たことに少し満足したラウラは胸のうちで小さくうなずく。

 対照に結はずっと首を傾げたままだった。

 

「ねぇ銀髪のお姉ちゃん。もしお姉ちゃんが一夏お兄ちゃんを倒したら、昔の事が変わるの?」

「どういうことだ」

 

 意味を捉えきれないラウラ。それでもその言葉に説教を垂れるような意を感じとり、眉間に皺を寄せる。

 

「今のお兄ちゃんを殺せば、千冬先生はその大会に勝てた?」

 

 ラウラはナイフを抜き取り、結の足元に投擲する。

 

「……私を怒らせるなよ」

 

 だが結は怯える様子もなくそれを床から引っこ抜いてラウラにグリップを向けて返す。

 

「銀髪のお姉ちゃん。人を殺しても昔のことは変わらないよ」

 

 下唇を噛みきってしまいしそうになるほど噛み締め、結が持っていたナイフを奪い取って切っ先を向ける。

 

「そんなこと知っている、私が許せないのは奴の弱さだ、教官を弱くさせる奴の軟弱さだッ!」

 

 ラウラの怒りは止まらない。

 煮えたぎる感情の渦は尚も沸き上がり、ラウラを歪んだ怒りに染めていく。

 

「あの男だけならまだいい。だが、その周囲を堕落させる奴の弱さが気に入らない。許されない……!」

 

 修羅のような覇気を纏う彼女はナイフを納め、結に背を向ける。

 

「もう私に関わるな」

「……」

 

 焦燥感に駆られた彼女を結は哀れむ目で見ていた。

 

 いつだったか、手にかけた彼等を嘆き、凶器を己の体に突き刺したときの自分を見ているようだった。

 そんな客観的な思考に苛まれて、少年は服の裾を掴む。

 

 

 感傷に浸る暇も与えてくれないまま、結のプライベートチャットにまた一夏からコールが鳴る。

 

「なに、一夏お兄ちゃん」

『よかった、繋がった。今からボーデヴィッヒの対策を練りたいんだ、少しでいいから部屋に来てくれないか?』

「わかった」

 

 了承して通話を切り、結は一度自室に戻って汗を落とし、私服に着替えて生徒寮に向かう。

 

「わっ!」

「う゛」

 

 しかし道中、結はアリーナの出口でシャルルとぶつかった。

 

「ご、ごめん結! ちょっと今急いでるからあとでね!」

 

 転けた結を手早く起こし、手に持った着替えを抱えたシャルルは早足に寮へ向けて走っていった。

 

 あまりに慌てた様子になんと声かけすればよかったのかわからず、その場で呆けていた結だが、目の前にシャルルが落としていったのであろう白い布を見つけた。

 

 

 取り敢えず拾い上げて見ると、それは三角形の形をした布で、広げてみればそれが下着であることがわかった。

 

 

 女物の。

 

 

 

 趣味だろうか。

 頭のなかに宇宙が広がった結は考えることを一先ず放棄して、それをポケットにしまう。

 

『(女物ノ下着、股間ノ痛ミ、妙ナ詮索)』

「(怪しいのは前からでしょ)」

『(マァナ)』

 

 一夏お兄ちゃんの部屋に行こう。シャルルさんもいるはず。そのときに聞こう。

 

 




 使用楽曲の使い方がよく分からない。
 曲が流れるのか、それとも歌詞を載せたら使用元として記載するのか。

 教えてエロい人。


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三十二話 少女のプライド

 どのくらいの方が把握しているのかわかりませんが、一話、六話に挿絵を追加しました。

 それと来週の投稿はないと思います。
 
 


 大慌てで部屋の掃除に取り掛かる簪と本音。

 

「かんちゃんこれ何処に置いとけばいい~?」

「それは、タンスの、下から二段目の、奥、いや手前に……!」

 

 設計図と参照データの書類や栄養ドリンク、携帯食料の残骸で形成された、趣ある汚部屋をもとの姿に戻そうというのだ。

 

 先日から手は着けていたものの、整理整頓など何処へやら。

 製作作業を一旦切り上げて片付けとはなったが、まずはゴミを掃いて次に脱ぎ散らかされた衣類を洗い、最後は重要書類の整頓とさばいていく。

 

 しかしマイペースな本音は簪の1/3の速度で動くうえ、たまに飽きて動かなくなるので簪がその倍働くはめになったりと忙しない。

 

 

 数日前、簪としては意気揚々と結を部屋に招待したのだが、悲惨な状態になっていたこの部屋のことを思い出して急遽片付けをしている次第である。

 

「あとは書類だけだから、本音も手伝って!」

「お茶淹れてきたよ~」

「本音っ!」

 

 マイペースである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 生徒寮の廊下を小さな足が跡をつける。

 ポケットに入れたものを服の上から擦りながら、結は不味いことをしてしまったかもしれないも思いつつも、それを持っていたシャルルへの疑問を募らせる。

 

 初めて出会った時、股にぶつかったのにたじろぎする様子もなく颯爽と去っていった。

 一夏とぶつかったときは悶絶するほどだったのに、何もなかったなんておかしいだろう。

 

 二度目に会った時、やたらと一夏と自分に関わりを持とうとしてきた。

 他にも生徒は注目できるような人物は多いと思うが、何故に自分たちに固執するのかわからない。

 

 決定的なのは、今懐にあるシャルルの落しもの。

 

 暫く歩きながら考えた結は、口元を隠していた手を退けた。

 

 

 どうでもいいや。

 

 

 歩いていると後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえたので振り向いてみると、そこには嬉しそうな顔を浮かべる一夏がいた。

 

「おーい結! 俺の部屋に行くんだろ、一緒に行こうぜ!」

「うん」

 

 そう言って駆け寄ってきた彼に差し出される手を取り、並んで歩く。

 

「おに×ショタ……」

「なんて神聖な光景……」

「お父さんお母さん、産んでくれてありがとう……」

 

 今日も今日とて絶好調な外野は既に、天に召されかけていた。

 

「一夏お兄ちゃん、シャルルさんと何かあったの?」

「いや別に、大したことじゃないんだけどさ」

 

 上手くいかないという風に顔をしかめる一夏は、先程更衣室であった出来事を結に伝えてみた。

 

 

 転校してきてから同じ男同士ということで、更に部屋も一緒になったシャルルとそれなりに親好を深めたいと思っていた一夏だった。

 

 しかしシャルルは一定のラインで線引きをしてきてそれ以上は関わらないような、妙な距離感を感じていた一夏は予てより山田先生を通して頼んでいた大浴場の使用許可が下りたので、一緒に入らないかと誘った。

 

 だがシャルルは頑なに拒んで逃げ出してしまい、今に至るという。

 

 

「一緒に風呂に入るくらい、いいじゃねーかよー」

「ぼくはやだなぁ」

「あ、まぁ、結はな」

 

 いくら自分たち三人しか居ないとはいえ、誰かに体を、背中を見られる事を好かない結は公衆浴場なんてものに通う気は更々無かった。

 

 シャルルもそんな理由なのだろうか。

 それともあんな下着を履いているところを見られるのが嫌なのか。

 

「一夏お兄ちゃん、これ」

「ん、なんだ?」

 

 結はポケットの中の落とし物を一夏に手渡してそれを見せる。

 シャルルの落とし物を受け取った一夏は、初めはなんなのか分からなかったが、手の中の布切れの正体が分かった途端にぎょっと驚いた。

 

「ゆ、結! これ誰のだ!?」

「シャルルさんの」

「嘘だろ!?」

 

 そんな、いやだって、まさか、否定的な言葉がいくつも喉を通っては掠れて消えていく一夏を尻目に、結は彼の手を引っ張って部屋を目指す。

 

「早くいこ、一夏お兄ちゃん」

「でも、部屋にはシャルルが……」

「だからだよ」

 

 疑問符を連ねる一夏など知ったことではないと言わんばかりに手を引いてくるので、一夏は逆に立ち止まってしまう。

 

「ねぇ一夏お兄ちゃん。シャルルさんは男の人?」

「そりゃ、俺と一緒の部屋だし、そういうことでこの学園に来たんだし……」

 

 そうは言いながら一夏はシャルルへの疑いがどんどん大きくなっていく。

 初日に裸を見られるのを嫌がったり、逆にやたらと肌を見てきたり、気軽に話しかけたりするわりには何処かよそよそしいと言うか、妙な距離感を感じていた。

 

「でも、だとしたらなんで、男だって偽ってきたんだよ」

「それを聞きに行くんだ」 

 

 不思議がっている結にとって、シャルルが男だろうと女だろうとどうでも良かった。

 

 ただ、隠し事をしているシャルルが気味悪く、時折見せる影に嫌な焦燥感を感じた結は、それが『先生』と似たような雰囲気だと思っていた。

 

 

 辿り着いた部屋の前で一夏がノックをする。

 

「シャルルー、入るぞー」

「へ!? ちょ、ちょっと待ってて一夏!」

 

 中から聞こえてきたのはやけに慌てている様子のシャルルの声だった。

 

 しばし部屋の前で待たされ、やっと出てきたシャルルは急いで着たのか乱れたジャージを身に纏い、さっきまでシャワーを浴びていたのだろう、濡れたままの髪を乱雑に後ろで纏めて垂らしている。

 

「さっき言ったやつ」

「お風呂のこと? 僕は嫌だよ!」

「そっちじゃねぇって」

「あっ、ボーデヴィッヒの方か」

 

 落ち着きに欠ける今のシャルルにいつもの毅然とした態度は影も形も見当たらない。

 

「結も来てたんだ」

「ん」

 

 一夏の後ろから顔を覗かせる結はじと、とシャルルを見上げている。

 部屋の前で立っている訳にもいかず、一夏に招かれて結は部屋にお邪魔することにした。

 

 用意された椅子に腰掛け、一夏が神妙な顔でお茶を淹れている間、結とシャルルは何も話すことはなく、ただじっと口を閉じたままだった。

 

 やっと戻ってきた一夏が全員に湯飲みを渡し、自分も腰を据えて話す態勢に入る。

 

「ところでシャルル、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なに、一夏?」

 

 なんと言えばいいかわからなかった一夏は、何も言わず、言い出せず、それでも懐から真っ白な布を取り出してシャルルに手渡す。

 

「これ、お前のか……?」

「あぁ、それ、は……」

 

 渡された布切れもとい、女性用下着に目をおとしたシャルルはピタリと動きを止め、うんともすんとも言わずに押し黙ってしまう。

 

 

 

 あああぁぁァァァ        ッ!!!

 

 

 

 ここで『僕のです』と言えば正体がバレるか、もしくは変態の烙印を捺される! けど『違います』なんて言っても誰かのパンツを盗む変態と思われる! つまりどっちに転んでも変態と言われる! 嫌だ! 

 

「その、結がシャルルとぶつかったときに落としていったって言っててさ……」

「あ、あは、あははは……」

 

 男をとって、変態を受け入れるか。

 女をとって、プライドを守るか。

 

 待って。

 

 なんで男を取らないといけないんだよ。

 僕女の子なのに。

 

 

 女の子なのに!

 

 

 シャルルは心の中で何かが吹っ切れた。

 

「これは! 僕の! パンツだぁぁぁ!!!」

 

 勢いよく立ち上がり、パンツを力強く握りしめる。

 

「そして僕は男じゃない、女の子だもんっ!」

 

 今までずっと着けてきた特殊コルセットを外して投げ捨て、ISのパッケージ内からハンドガンを展開して一夏と結に厳つい銃口を向ける。

 

「僕が自由になるには、君達を犠牲にしても僕は自由を手に入れる……これは、僕の、フランス革命だぁっ!!」

 

「待て、シャルル!」

 

 尚も止まらないシャルルを取り押さえようと一夏が飛び付くが、自棄になった人間というのは存外暴れるもので、一夏はなんとか結だけでも逃がそうと目線を向けたところ、少年は微動だにせず俯いて座っていた。

 

 いけない、この騒動で気絶したか!?

 

 早いところ逃げてもらわないと怪我人が出る!

 

 ああでもないこうでもない。決断出来ない問答を繰り返す一夏を端に、少年は髪をかき上げながら被ってたフードを下ろし、一つ舌打ちをして二人を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「『()()()()()』」

 

 

 

 

 

 

 誰が言ったのか。

 声音からしてそれは明白だったのに、誰が口を開いたのか一夏とシャルはわからなかった。

 

 同時に悪寒の走った一夏は冷や汗を一筋垂らし、声のした方を恐る恐る振り向く。

 

「『ピーピー喚くんじゃねぇ、猿ども』」

 

 したり顔でふてぶてしく座っていた結が、ニヒルな笑みでにたりと嗤った。

 






 書いてて自分は疲れてるのかなって思った。

 


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三十三話 亡霊と少女の決断

 ちょっと迷走からの脱却をしてました。
 あとシャルちゃんのブチギレがそこそこ好評のようで安心しました。


 

「『喚くんじゃねぇ、猿ども』」

 

 その声に一夏とシャルは立ち止まり、固唾を飲んでその場に座る。

 

「『話がしたいんだろ? それで呼んだんだろう? じゃあ話をしようぜ?』」

「う、うん」

「あぁ……」

 

 呑気に欠伸をして二人を見下ろす結は、シャルが女だったと言う事実に目もくれず、遠慮のない目で部屋中を見回している。

 

「『おい、何か甘いものとか無いのか?』」

「買い置きしてあるのが、あるけど」

「『じゃあくれ』」

 

 図々しい物言いだが、今話をしている相手が本当に結なのか。

 

 否、きっと結ではない。

 あの日、あの時、突如として現れた無人機を無惨なまでに嬲り殺しにし、鈴のISを奪い、嬉々として自分に襲い掛かってきた相手だ。

 結の身体をボロボロになるまで酷使して、死ぬ寸前まで追い詰めた存在。

 

「いいけど、その前に……お前は、誰だ?」

「『なんだよ、忘れたのか? 薄情だなぁ』」

 

 如何にも悲しんでますという風な演技をしながら、それは一夏とシャルにねば着くような視線を向け、胸に手を添えて自己紹介を述べる。

 

「『オレはファントム。上代 結の本当の専用機ってやつで、()()()()()()ってところか』」

 

 もう一人の結? 何を言っているのかわからない。

 頭が理解を拒んでいるのか、言われていることをそのままうんと頷いてのみ飲むことが出来なかった。

 今目の前で佇んでいるそれを、結とは思いたくもなかった。

 

「『それと、オレは味がわかるから』」

「なんだと……?」

 

 それは一夏が持ってきた焼き菓子の詰まった缶を引ったくり、無造作に封を開いて中のクッキーを一枚つまみ上げ、大口を開けて垂らした舌の上に乗せ、品の無い食べ方で貪る。

 

「『ん、ん、んンン~~~~~…………いいな、なかなか。甘い』」

 

 たっぷり十数回の咀嚼をしたのちに飲み込み、にまぁ、と恍惚な表情で笑う様は実に不快感を煽るものだった。

 

「なんで、お前に味覚があるんだ」

「『あぁ、()()()()()。オレが生命維持装置の代わりになる対価としてな』」

 

 何から話すか、と膝の上で頬杖を着きながらファントムと名乗ったそれは耽るのを止めて一夏に視線を向ける。

 

「『こいつの五感の殆どはオレが持っていて、結のやつはISを介した情報しか得ていない』」

 

 そういいながらもう一枚クッキーを頬張り、鮮明に感じる甘味ににやける

 

「『視界はかすんで音は濁り、匂いは消え失せ味覚は薄れ、触感は鈍って怪我したことさえわからない』」

 

 何が面白いのかにたにたしているファントムに一夏は掴みかかる。 

 

「てめぇ……!」

「『おっ』」

 

 溢れる激情に振り回された一夏は結の胸ぐらを掴みはしたが、へらへら笑う少年を殴ることは出来なかった。

 

「『なんだよ、殴るのか? 恨めしいか? きしし』」

「笑うな⋯⋯その顔で、その声で⋯⋯お前なんかがッ!!」

「一夏、止めてよ!」

 

 余裕綽々といった様子で一夏を笑うそれは、結という盾の後ろでからかっているようで、更に火に油を注いでいる。

 見かねたシャルが一夏の腕を掴んでその場を収め、全員腰を据えて顔を見合わせる。

 

「『何もずっとそうってわけじゃねぇよ。ISを展開している時だけは感覚が戻ってお前らと同じものを感じてるさ。まぁこれがあるお陰でほぼ無意味だがな』」

 

 ファントムは首から下がる盾のペンダントをつまみ上げ、恨めしそうに睨んでいる。

 

「『別に前みたいに暴れたりなんてしねぇよ。これもあるしな』」

 

 そう言いながらそれは首に填められている物々しいチョーカーを指先で叩きながら悔しそうに眉を顰めて笑う。

 

「それがなんだって言うんだ」

「『なんだ、聞いてないのか? 爆弾だよ爆弾』」

 

 爆弾という単語に、あの事件以来先生方が危惧して取り付けたのだろうと察する。

 同時にそんなものに頼らなくてはならないほど目の前のISを無力化させる手段がなく、隣り合わせで結を見捨てることになる事実に一夏は唇を噛み締める。

 

「『これがあったらまともに身動きも取れねぇけど、そんなことは今はいい』」

 

 一夏をからかうのも飽きたのか、今度はシャルに目を向けてそれは口を開く。

 

「『お前、名前は?』」

「シャルロット、シャルロット・デュノア」

 

 名乗ったのは今まで使ってきた偽名ではなく、本当の名前だった。

 無造作に転がるコルセットを横目に眺めつつ、ファントムはシャルロットに再び質問を投げ掛ける。

 

「『どうして男装してきた?』」

「会社の、あの人の命令だったから……」

 

 それからシャルロットは生まれた経緯、所属している会社の経営危機のせいで父親に呼び出され、男として学園に送り込まれ、男性操縦者である二人の情報を得る任務を任されていた事を明かした。

 あくまで悲壮感はなく、何処か苛立っていたのは気のせいかもしれない。

 

「ゴムしてなかったせいなのに、なんで僕がぶたれなきゃいけないのさ」

「シャルル……じゃなかったな。シャルロット、生々しいからよせ……」

 

 怒れる乙女は時に恐ろしい何かに豹変することを学び、ファントムとは違う畏怖を一夏は感じた。

 

「『きしし、それでさっきのバカ騒ぎか。最高だなお前』」

 

 口では笑っているが、目だけはずっとシャルロットを見据えていたファントムはすぅ、と笑みを消し、一つ質問をする。

 

「『それで、オレ達にお前の正体がバレて、極秘任務も暴露したわけだが、これからどうする気だ?』」

 

 それは話の本題であり、一つ選択を誤ればシャルロットの命など簡単に消えてしまう問題だった。

 

「会社のこともあの人のことも好きじゃない。けど本妻の人に言われたんだ。『今は耐えて』って。だから僕は諦めない」

 

 生まれて一度も会ったことのなかった父親に呼び出され、初めて顔を合わせた時、本妻の女性にいきなり張り倒された。胸ぐらを掴まれて耳元で言われたのは忌み事ではなく謝罪と励ましだった。

 

『こんなことに貴女を巻き込んでしまって申し訳無い』

 

『今の状況を打開出きればすぐにでも貴女を解放して元の生活に返します。それまでは耐えて』

 

 あの時、体裁を保つために打たれこそしたものの、シャルロットは半信半疑の心境のなかでこの女性の言うことを信じてみようと思った。

 あくまで気丈なシャルロットの姿は勇ましかった。

 

「俺に考えがある」

 

 立ち上がったのは一夏だった。

 一夏は机から手帳を手繰りよせ、特記事項の記された頁を捲って二人に見せる。

 

「学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない。この学園にいれば、少なくとも三年は猶予がある。その間に何か策を模索すればいい」

 

 ISと言うものが特殊な存在であり、他国から半ば強制で設立されたIS学園だが、その実様々な国家から有望な人材が送られているせいで下手に干渉出来ない制約が生まれた。

 それは自国の人間に対しても適用され、この学園に在籍する生徒は名目上それぞれの国家所属だが、実のところ学園所属の扱いになっている。

 

「『なるほどいい考えだ』」

「だから―」

「『だがなぁ』」

 

 一夏の話を遮ってファントムが手を上げる。

 

「『お前の話通りなら守って逃げてばっかりだ。それじゃあどうしようもねぇ』」

「じゃあどうするんだ?」

「『その会社ってのはオレか一夏の情報が欲しいんだろ? それなら話は単純だ』」

 

 そういってファントムはシャルロットにメモリーカードか何か記憶装置を持ってこいと言い渡し、手渡された掌に乗るくらいのソレを首筋に目掛けて勢い良く突き刺す。

 

 ビクン、と大きく跳ねたあと、結の目の前に現れたホログラムウインドウの選択画面を操作し、データのインストールが開始される。

 その間結の体が小刻みに震え、焦点の合っていない目がずっと下を向いているので恐ろしい。

 

 やがて作業が終了したのか、ファントムはメモリーデバイスを引き抜き、首筋を擦りながらシャルロットにメモリデバイスを放り投げる。

 

「わっ!?」

「『くれてやる』」

「いいの……?」

「『ただし』」

 

 両手でメモリースティックを掴んだシャルロットは結を見上げて驚く。

 

「『お前はオレに何をくれる?』」

 

 その言葉にシャルロットは蛇に睨まれた蛙のように、身動ぎすら出来なくなった。

 

「『お前の命の危機に、一発逆転の切り札を渡してやったんだ。何か見返りがあっていいだろう?』」

 

 下卑た笑みを浮かべるファントムは貪欲な瞳で舐めるようにシャルロットを見ている。

 

「『だから……うぐっ!?』」

 

 一夏が止めに入ろうかと踏み出した瞬間、突然ファントムこと結の体は自分の首を掴んで力強く絞め始めた。

 

「『結!? 止め……~~~~~ッ!!!』」

 

 ベッドの上でのたうち回り、遂には床に転げ落ちながらファントムは意識を手放したのか、ぐるんと白目を向いて力なく倒れた。

 

「ゆ、結……?」

「ふひゅぅっ」

「「おわぁっ!?」」

 

 勢い良く飛び起きた結は数回えずいたあと咳払いをして頭を支え、ふらつきながらも一夏の手を借りて起き上がり、膝立ちのまま二人を見上げる。

 

「はぁ、はぁ……ごめん、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「いいんだ結。それより大丈夫なのか?」

「うん、へいき」

 

 荒い呼吸を整えて頭を振り、補助なしで立ち上がった結は改めてシャルロットに向き直る。

 

「そのデータは、あげる」

「ほ、本当!?」

「だけど」

 

 また要求か、今度はなんだと腹の中で探るシャルロットだったが、結の要求は至極簡単で、逆にそれだけなのかと疑うものだった。

 

「ぼくにもこのISのこと、ぼくのこと、教えて」

「それだけ? なんで?」

 

 明らかに優位な立場にいるのに、結は物も金も求めず、欲しがったのは差し出した情報の詳細だった。

 

「ぼく何も知らないんだ、これのこと。先生もあの人も、この学園に来てからだって誰も教えてくれなかった」

 

 物心ついた時から既に取り憑いていたISを、結自身何も知らずそこにあって当然だと思ってはいたが、知らない故に扱いきれず、今まで何人もの人々を傷付け、時には手にかけていた。

 

 無知は罪とは誰が言ったか、まさしくそれだと自らの行いをもって味わった結は自身のISについてもっと知っておきたいと願うようになっていた。

 

「だから、お願い、シャルロットお姉ちゃん。ぼくが何なのか、お姉ちゃんが教えて?」

 

 その時の結の笑顔は、さっきまでファントムのしたいたそれとはうってかわって嫌味のない、清らかなものだった。

 

「……わかったよ、結。ちゃんと調べてもらう」

 

 シャルロットは結の頭を撫でながら、少年の願いに答えて上げようと誓った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、色々脱線したんだが本題に……」

 

 漸く対策会議を始められると安堵して切り出した一夏だったが、そこに扉を叩くものが現れた。

 

「一夏さんいらっしゃいますか? よろしかった皆さんと一緒に夕食をいただきませんか?」

 

 扉の向こうからセシリアの声が聞こえた。

 一夏は返事を返して迎え入れようとしたが、ふとシャルロットが変装していないことに気がつき、慌ててシャルロットに身を隠すように言う。

 

「隠れろシャルロット!」

「う、うん! ここでいいかな」

「なんでクローゼットなんだよ! ベッドでいいから、早く!」

 

 バタバタしながらシャルロットがベッドに潜り込んだのと、扉の向こうから聞こえる騒音を訝しく思ったセシリアが扉を開くのはほぼ同時だった。

 

「こんばんは、セシリアお姉ちゃん」

「あら結さん、こちらにいらしてたのですか。それで一夏さんは……何をしていらっしゃいますの?」

 

 そこには頭の先までシーツを被ったシャルロットの上に覆い被さる一夏の姿があった。

 シャルロットのことを男だと思っているセシリアにとってみれば、男同士で一線を越えそうな情景に些か引っ掛かるものを感じて首を傾げる。

 

「や、いやぁ、シャルルのやつが風邪っぽいて言うから、布団をかけてやろうと、な?」

「そう、そうだよ~。ごほんごほん……」

 

 当の本人達はまだ正体がバレるわけにもいかないので、必死に誤魔化そうと陳腐ないいわけを並べていた。

 

「この国には病人に被さる治療法でもあるのかしら……」

 

「でしたら、一夏さんだけでも一緒に行きませんか?」

「あ、あぁ。いいぜ! じゃあ行ってくるシャルル!」

「ごゆっくり~」

 

 下手に感付かれる前にこの場を離れようと一夏は早足に結を連れて部屋を出る。

 廊下には箒や鈴も待っていたようで、確かにいつもの面子が揃っていた。

 

「結も来るか?」

「ごめん一夏お兄ちゃん、もう他の人と約束してるの。ごめんね」

「それなら仕方ないな。じゃあ今日はここでお別れか」

「うん、それじゃぁ、バイバイ」

 

 一夏達に背を向けて結は生徒寮の廊下を小走りで駆けて行った。

 一度立ち止まって振り返り、背伸びをしながら手を振ってきたので、みな惜しみながらも振り返して送り出す。

 

「男三人集って何をしていたのだ?」

「あー、秘密の会議?」

 

 ふと聞かれた質問になんと返せばいいのか分からず、つい疑問系になってしまって箒に「なんだそれは」と突っ込まれたが、本当の事はまだ言えない。

 

 小さくなる背中を見つめながら、一夏は苦悩する。

 

 俺は、本当に結が助けられるのか……?

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少年がある部屋の前で扉を叩く。

 扉越しに床を乱雑に踏む音が響き、勢い良く扉が開いて中から汗を流す簪の顔が飛び出した。

 

「来たよ、簪お姉ちゃん」

「い、いらっしゃい、結……」

 

 手招きされて部屋の中に入る。

 中はこの間までの汚部屋の面影はなくなり、ある程度整頓され、床や家具がちゃんと見えるようにされた空間にまで整えられていた。

 

 タンスや設置場所された書類棚からは隠しきれなかった何かがはみ出してはいるものの、まだ尊厳を守れている。

 

「何観る? アニメ? 特撮? 洋画?」

「簪お姉ちゃんの見たいやつがいい」

 

 忙しかったとはいえ、結が来ること自体は嬉しく思っていた簪は乏しい表情筋をフル活用してうきうきしていた。

 因みに本音は既に一日の活動限界を突破し、残った体力で食堂に駆け込んだ。

 

 再生機にディスクを差し、小さな駆動音と電子音が部屋中に木霊する。

 

 危惧するべき本音も居ないのに、結は前と同じように簪の股の間に体を滑り込ませて腰掛けにする。

 以前と同じような構図になっている事に若干の羞恥心を抱きつつも、懐かれている事に嬉しさを感じていた簪は今日作っておいたカップケーキの存在を思い出す。

 

 結を一旦クッションに乗せて立ち上がり、冷蔵庫から持ってきた手のひら大の小さなカップケーキ。

 味はプレーンと抹茶、チョコチップのことを三種類を作っていた。

 

「結、食べる?」

「……いただきます」

 

 小さな手で仰々しくケーキを受け取った結は、上から下からカップケーキをぐるりと眺めたあと、小さな口を限界まで開いてかぶりつく。

 

 口元にスポンジのかすを付けながらゆっくりと咀嚼し、丹念に味わった後にごくんと一息に飲み込んだ。

 

「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

 

 美味しいのだろう。

 きっと。




 ファンタムを略してフー。
 イニシャルはPなのでプーでもいいかもしれない。

 糞野郎って意味で。



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三十四話 少年と氷の少女

 なんとなく真耶とワチャワチャする回。
 以前のアンケートの解とは言えないかもしれませんが、楽しんでいただければ。


 少年はふと目を覚まし、覚えのない部屋で知らない間に寝ていたことに違和感と心地よさを感じた。

 

「あ、起きました?」

「真耶、先生……?」

 

 なぜここに真耶先生がいるのか、そもそも今自分は何処にどんな経緯で寝ていたのかわからない。

 

「昨日更識さんの部屋に行ったそうで、そこで寝てしまったのを織斑先生に回収してもらって、何故か私の部屋に運ばれました」

「どうして」

 

 アリーナ地下の自分の部屋に放り込まれていたなら分かる。どうしてわざわざ教員寮の真耶先生の部屋に移されたのか、そこが分からなかった。

 

 寝起きの頭で呆けながら真耶と自分が今いる部屋、自分が寝ていたところを見回して隣から膝立ちの姿勢で自分を覗き込む真耶に目線を合わせる。

 

「真耶先生、一緒だった⋯⋯?」

「あぁー、夜も遅かったし、代わりの布団を敷くのも手間だったので一緒に寝ましたよ」

 

 軽い感じでさらっと答えた真耶だが、改めて自分の口で説明した内容を鑑みてそれはそれで危ないのではと一人でもんもんとしている隙に、結は素知らぬ顔でベッドから這い出て身支度をしていた。

 

「そっか、うん、ありがとう、ございました。さようなら」

「うぇぇ!? 待ってください!」

 

 滑りながら手を掴んでくる真耶に止められ、結はそれに従い部屋を出るのはもう少し後にすることにした。

 

「朝ごはん、食べて行きませんか? もう二人分作ってあるので」

「じゃぁ、いただきます」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 座卓に並ぶ二人分の朝食。

 

 サラダ、フレンチトースト、コーンスープ、ハムエッグ、牛乳。下手に尖った物はなく、色鮮やかな品々は栄養と味の両立が取れたものだった。

 

「いただきます」

「いただき、ます」

 

 座卓を挟んで合掌。

 やたら柔らかい食感のそれらを口に運び、サラダの軽い歯触りに安心感を覚え、それらをスープで飲み干す。

 

 今まで数回、こうして真耶と一緒に食事をしてきた結は、未だに慣れない他人との距離を恐る恐る縮めている感覚があった。

 

「美味しいですか?」

「うん、美味しい、です」

「それはよかっ……あちっ!」

 

 突然スープを飲もうとした真耶がカップから口を離して跳ねる。

 火傷した舌を牛乳で冷やしていた真耶だったが、思い出したように牛乳を卓上に叩きおいて結の手を取る。

 

「結ちゃんスープ飲みました!?」

「う、うん」

「お口あーんしてください!」

「あー」

 

 真耶に言われた通りに口を開いて咥内を見せる。

 頬を掴み、おもむろに中へ指を入れて舌の様子を見ていた真耶はあっ、と声を漏らして結の牛乳を掴み渡す。

 

「舌火傷してます結ちゃん、今すぐ冷まして!」

「はぁい」

 

 なるほど舌を焼いていたのか、などと楽観的な気持ちでグラスの回りに水滴を垂らす牛乳をちびちびと舐めるように飲む結を見ながら、真耶は結の頭を撫でてほ、と息をつく。

 

「痛かったらちゃんと言ってください!」

「ふぁい」

 

 あまりすすめられる行為ではないがコップに舌を突っ込み患部を冷やしている結。

 大げさだと思いつつ、コレが普通の反応なのかと他人事のように感心しながら、ようやく自分が怪我をしていたのかと自覚してむなしい気持ちになる。

 

「ごめんなさい、私がもっと気をつけていれば……」

らいよううあおに(だいじょうぶなのに)

 

 起きて一時間も経たないうちに泣きそうになっている真耶を見てどうにか元気付けよう、心配させないようにしようと考える。

 

「ねぇ、真耶先生」

「なんですか?」

 

 牛乳を飲み干した結はコップを卓に置き、白くなったくちもとを拭って上目遣いで真耶を見上げる。

 

「お散歩行きたい」 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 十時前、私服に着替えた真耶と、水筒を肩に掛けた結が仲良く帽子を被って学園島の海辺を散歩していた。

 

 夏が近づき日差しの強くなるこの頃、昼時に出歩くなら日除けが無いとつらいものがあり、半袖のワンピースから華奢な腕をみせる真耶は事前に自分と結に日焼け止めクリームを塗っておいた。

 

「結ちゃん、暑くないですか?」

「平気」

 

 少年の手を引きながら、小さな歩幅で付いてくる結を逐一確認しつつ、無理をしない程度に歩く様は親と子のそれだった。

 

 

 漸く歩いていると屋根のあるベンチを見つけ、そこに逃げ込むように座って束の間の涼を取る二人。結の持っていた水筒からよく冷えたお茶を二人で飲み、青空と遠い海を見渡して一息つく。

 

 ポケットから取り出したハンカチで少年の汗をふいてやりながら、真耶は素朴な疑問を結に投げ掛ける。

 

「……結ちゃんは、ここから逃げようとか思ったこと、ありませんか?」

 

 真耶の質問に結は目を見開き、悲しむような、肯定するような、気まずくはにかんで水平線を見つめる。

 

「一回、じゃないかな、いっぱいあるよ」

「っ……そう、ですか。そうですよね」

 

 初めてこの学園に送り込まれたとき、地下室の隅でずっと膝を抱えて塞ぎ込むか、人気のない場所を探して彷徨うかの二つしかしなかった結。

 

「最初のころは早く出たい、て思ってた」

 

 千冬やその他の教員達に幾度となく帰りたい、出してと懇願していたが、次第に気力も尽きて部屋に居ることの方が多くなった。

 

「けど、出たところで行くとこが無いから」

 

 頭のなかには常に『先生』の事でいっぱいで、会えもしない彼にずっと助けを求めていた。しかし、その信念も徐々に霞み、全てを諦めて部屋で過ごすようになった。

 

 やがて真耶が予定より早くに学園に召還され、結の相手をするよう命じられた。

 

「それに今は真耶先生がいて、千冬先生や一夏お兄ちゃんがいて、みんながいて……楽しいんだ」

「結ちゃん……」

 

 カップを少しだけ強く握って視線を水平線から真耶に切り替え、見上げながらにへ、と微笑む。

 感極まって涙腺をやられた真耶は思わず結を抱き締めて遠慮なしに頬擦りをする。それがなんとなくくすぐったくて落ち着かない結だったが、嫌な気はしないのでされるままにした。

 

 が、楽しい時間も長くは続かないようで、懐に仕舞われてあった真耶の携帯電話のコールが鳴る。

 

「もしもし山田です。織斑先生、どうしました? ……わかりました、すぐ向かいます」

 

 見るからに残念そうな顔でベンチを立った真耶は、結に自分の部屋の鍵を渡して弁明をする。

 

「ごめんなさい結ちゃん、どうやら仕事が押してるようでヘルプが来たので行ってきます……」

「わかった、行ってらっしゃい。真耶先生」

 

 教員という仕事はなかなかに激務なようで、しばしば休日出勤に駆り出される教員がいるのが珍しくないのはこのIS学園でも同じこと。

 

 折角の休日で、しかも結と戯れている時間を潰しての仕事だけあって今にも泣きそうになっている真耶を慰めながら、結は広げていた水筒等を片付ける。

 

「頑張って、真耶先生」

「……はい、行ってきます結ちゃん!」

 

 大きく手を振って駆けていった真耶を見送り、もうしばらく海を眺めたあと、ひさしの影から出た結は見下ろされる日光に目を細めながら、照り返して眩しいアスファルトを踏み締めてとことこ帰る。

 

 時季的には梅雨時で、蒸発した雨の蒸し暑さに加えもう既に脱皮してきたらしい蝉のけたたましい鳴き声が遠くから聞こえてくる。

 

「ふぅ……」

 

 額から、首から、それこそ全身から吹き出る汗を拭ってみるものの、拭いたそばからまたじわりと滲んで意味をなさない。

 

 帽子のつばの先に見える焼け付くような光景に眩みながらも小さな足跡は続く。

 時々立ち止まって水分を摂り休憩を挟むが、それでも払拭しきれない茹だる暑さは齢二桁にも達していないような子供にはつらいものがあった。

 

 陽炎が揺らめき視界を不安定にさせ、意識が朦朧としているのがなんとなくわかる。

 

 痛みも熱も鈍く感じる結にとって、身体に異常が起きているかわからない事が、何よりも危ないことだった。

 

 こんなことなら真耶先生と一緒に行けば良かった。

 

「あ、れ……」

 

 やがて歩くことが困難だと察した結は、辺りを見回して見つけた木陰に這うようにして逃げ込む。街路樹の影はくっきりと明暗が別れて伸びており、影のなかに収まるよう身を屈め、足を折って小さく踞る。

 

「……」

 

 止まってくれない汗に多少の危機感を覚えながら、どうやってこの状況を脱しようか悩むが、煮だってきた頭では発案すら満足に出来ず、瞳を伏せて待つことしか出来なくなっていた。

 水筒の中は空になって重石にしかなっていない。

 

 今は、少し、休もう……。

 

 地に手と膝を着き、深い息遣いで浅い眠気に身を任す。

 

 

 

「……あの子って」

 

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

「あ、起きたスか」

「おねえちゃん、だぁれ……?」

 

 やたら茹だる頭をもたげて、真上から覗き込む半目の少女の顔を見上げる。

 

 ここは何処だ、日陰の差したベンチに横たえられているのか。

 結は起き上がろうとして謎の少女のやけに冷たい腕に押し戻され、再び彼女の太腿の上に頭がすとんと落ちた。

 

「まだ安静にしとくスよ」

「なんで、ぼく……」

「やっぱ憶えてないみたいスね、君」

 

 変わった口調で話す彼女の話を聞くに、どうやらこの鬱陶しいくらいのいい天気で日光浴をしていたらそのまま気を失い、彼女にここまで運ばれたそうだった。

 

「軽い熱中症みたいな状態だったんで、私のISで冷やしておいたスよ」

「ありがと、ございま、す」

 

 彼女の腕を見ると深い紺色のISの腕が横になる自分の胸と頭に添えられ、霜を降らせる冷気が掌から漏れていた。

 

「キモチイイ……」

「それは良かったス」

 

 寝ぼけ眼がだんだんと開き、頭が少しずつ冴えてくる。

 余分な熱を吸われたような感覚で、酷暑の今日には丁度いい体温にまで落ち着いた結は起き上がって振り向く。

 

 そこには細いおさげを肩から垂らす黒髪の小柄な少女が気だるそうに、しかし少しだけ心配している風に此方を見ていた。

 

「まだ寝てなくていいスか?」

「うん、『熱はもうない』て、フーも言ってる」

「フー?」

「なんでもない」

 

 つい口にしてしまった名前をはぐらかして口元をきゅっと閉じる。

 

「お姉ちゃん、お名前はなんて言うんですか」

「あー、通りすがりの美少女、てとこスかね」

 

 せめてお礼がしたいと聞いてみたが、向こうも変な言い訳で誤魔化して名乗ろうとはしなかった。されども食い下がろうとする結のほっぺを横から両手で挟み、もにもにしながら少女は結を立たせてやる。

 

「またすぐ会えるスよ」

「そう、かな……」

 

 持っていた未開封のペットボトルを結の首もとに押し当てて、少女は立ち上がって去っていく。

 

「さらばッス、ボイスレコーダーの少年君。一応保健室に行ってちゃんと治療してもらうッスよ」

 

 凍ったペットボトルを大事に握りしめ、結は自分の呼び名に首を傾げた。

 

「……ボイスレコーダー?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 その後、事情を聞いた真耶は新人と思えない速度で仕事の山を片付け、結がいるらしい保健室に飛び込んで扉の縁に足を引っ掛け勢い良く倒れていた。

 

「治療場に怪我しにこないでよ」

「ご、ごべんなはい……」

 

 鼻を押さえながらふらふらと立ち上がった真耶は、丁度点滴を射ち終わって顔色の良くなった結のところに駆け寄り、全身を触診してやっと息を吐く。

 

「何処も怪我してないですか、具合は悪くないですか、身体が熱いとか気分が悪いとか……」

「大丈夫」

「じゃないでしょ」

 

 割って入った保健医は氷枕を結の頭に押し当てて冷やす。

 

「軽度だったとはいえ熱中症だったんだからよく冷やす。山田、部屋帰ったら水風呂に入れてやりなさい」

「は、はい!」

 

 名指しで任を言い渡された真耶はすかさず立ち上がって敬礼する。その姿に失笑しつつ、保健医は真耶の肩を叩いて椅子に腰かけた。

 

「変な気は起こさないでよ?」

「仮にも教師ですよね!?」

 

 氷枕を両手で掲げる結は嬉しそうにきゃんきゃん騒いでいる大人二人を眺めながら、きんと冷えていく頭で楽しそうだな、と楽観的に眺めていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 そのまま今日も真耶の部屋に泊まる事となり、帰宅早々に汗を流すべく浴室に直行する真耶と結。

 

 脱衣所に入るなり着替えてきますと言った真耶に浴室に向かうように促され、結は先に水浴びをしていた。

 

 ISを持っていた謎の少女から始まり、保健室では氷枕等でよく冷やされ、殆ど身体に害は無いだろうとは思うが大人は頷いてはくれず、風邪を引きそうなほど冷やさねば納得してくれない。

 

 未だにくしゃみ一つ出ないので良しとしようと考えながら冷水のシャワーを頭から被っていると、浴室の扉が開かれて、水着を着た真耶がもじもじと恥ずかしそうに入っていた。

 

「お待たせ、しました」

「下着?」

「み、水着です」

 

 水着を見たことの無かった結にとって布面積の少ない服は総じて下着の認識だったので、真耶が服を着たまま入ってきたのかと思って少しばかり驚いた。

 

「なんで?」

「どうせなら夏っぽくしようと、思いまして……」

 

 赤くなるわけでもなく、ただただ疑問を持って問い詰めたところ真耶は恥ずかしそうに縮こまり、何も喋らなくなった。

 

「ごめんなさい脱いできます!」

「もうそのままでいいです」

 

 羞恥心に殺されそうになった真耶は浴室を飛び出そうとしたが、結に手を取られて止められたのでそのままの格好で大人しく水風呂に入ることにした。

 

 

 椅子に座らされ、背中側から頭を洗われる結。

 改めて直視されると恥ずかしいらしいので特に詮索はせず、まじまじと見ないように努める。

 

「冷たく無いですか?」

「大丈夫」

 

 適度な指圧で頭を揉まれるのは心地が良かった。

 全身をくまなく洗われた後、されっぱなしというのもいい気分では無かったので真耶の背中を流したりする結。

 

 そうして二人とも身体を清めて水面に浸かる。

 

「ひゃっ、冷たい!」

「つめたい」

 

 膝まで足を浸けた後、恐る恐る腰を落とす真耶と呆然と立ち尽くして真耶を見る結。

 真耶が全身浸かってやっと結も座り、真耶を背もたれにして浮いた胸に頭を置く。と言うよりそうなるように真耶がした。

 

 曲げた足の間に収まり、胸枕によって頭が沈まないよう固定され、だめ押しとばかりに両手をからだの前に回されて確りとホールドされた。

 

「はぁぁ~~……冷たいけど気持ちいいですね~」

「うん」

 

 背中と後頭部越しから直に伝わる真耶の体温と、それ以外の全身にかけてが冷水に濡れる感触に揺れて妙に心地のいい。

 

 真耶と風呂に入るときはいつもこうしてホールドされる結。

 浴槽に張ってあるのが湯槽ならこれでいいかもしれないが、今回は冷える事が目的なので、密着しているのは如何なものか。

 

「ひゃんっ! くすぐったいですよ結ちゃん」

「ん、ごめんなさい」

 

 結は急に身体が冷えたので身震いしてみたら、真耶の身体と擦れて変なところに当たったらしい。

 可愛い声を出して恥ずかしかったのか、真耶は咳払いをして結の身体を抱き留める。

 

「真耶先生?」

「……いつも、なんで君の力になれないんだろうと思って、悔しくなるんです」

 

 それは真耶の吐露であり、理想と現実のギャップ。結を助けたいと思う気持ちとそれが叶っていないと言う現実の狭間に焦がれる想いだった。

 

「私に誰かを助ける力なんて無いのかな、て……そう思うといつも泣きそうになって、でもそれじゃいけないって躍起になって……」

 

 いつも目の前にいる少年は何処か遠くにいるようで、どれだけ傷付いたのか推し量れる筈もなく、しかし少年は泣くことも怒ることもなく、ただ笑っていた。

 

 少年を抱く腕に力がこもってしまう。

 離したくない、もう怪我をさせるようなことに巻き込みたくない。しかしいつの間にか結は怪我をして、倒れて、それでも立って何処かへ行ってしまう。

 

「真耶先生」

「ゆ、結ちゃん?」

 

 結は体勢を変えて真耶と対面になるようにして、真耶の膝の上に乗り、彼女の肩に手を置いてまっすぐ目を見つめる。

 

「おしっこ漏れそう」

「お手洗いに行きましょうっ!」

 

 流石に冷えすぎたようで膀胱が限界点を迎えて決壊寸前だった。濡れたまま水風呂から上げられそのまま身体も拭かずにトイレに駆け込む二人。

 

 流石に用を足すところに入るのは真耶も気にするところがあったようで、扉前に立っていた。

 

 タオルを腰に巻いて出てきた結はどこかスッキリした様子で手を洗い、犬のように頭を振って水滴を飛ばすので真耶はバスタオルを持って身体を拭いてやる。

 

「う、真耶先生」

「なんですか?」

 

 髪をタオルで覆う真耶の手を小さな手で押さえ、結は目にかかるほどの前髪とタオルの隙間から真耶を覗く。

 

「ぼく、守ってもらうだけなのは嫌なんだ」

 

 結は昔施設にて育ててくれた『先生』の事を思い出す。

 結や他の子供達のために泣き、笑い、さまざまな事を教えてくれた『先生』は結を庇って何処かへ行ってしまった。

 

 『先生』だけではない。あの施設にいた他の研究員や警備員はあのウサギの女によって大多数が殺されたらしい。

 

「ぼくを守って死んだ人が沢山いた。そんなの嫌。誰かに死なれるなら、ぼくはもう守ってほしくない」

 

 次第に俯いていく結を真耶は何も言葉をかけることが出来ず、しかし何もしないわけではなかった。

 

 泣き出しそうになる涙腺に喝を入れて涙をぐっと堪え、膝を着いて結を見上げる。

 少年の手をとって強く握り、確固たる意志を持った眼差しで結をみる。

 

「私は、何処へも行きません。結ちゃんを一人にはさせません!」

「真耶先生……?」

 

 そう言いつつ真耶はにへ、と笑って結の頭を撫でた。

 

「だから、これからも私の……私たちの側に居てくれませんか?」

 

 真耶のお願いはたったそれだけだが、もう他人には戻れないほど進んだ関係を築いてきたからこそ、敢えてそんな言葉にした。

 

 結は開いた口をつむぎ、少しだけ笑って見せて答える。

 

「ぼくも、みんなのとこに居たい。居させてください」

「ありがとうございます……!」

 

 何でもないような、それでいて大切な約束を交わして真耶は喜び結を抱き締める。

 

 他人からちょっとずつ変わっていく関係。

 呼び方は分からない。

 それでも、進んでいるのだと実感した。

 

「まだ服は着ないの?」

「あっ」

 

 羞恥心に殺された真耶だった。

 

 




 
 クラス代表就任パーティーの時。


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三十五話 感情と理性

 大変長らく御待たせ致しました。
 リアルが理不尽なほど忙しかったです。
 


 週明けの学園内は姦しく賑わっていた。

 学年別トーナメントのパートナー申請開始日と言うことで学園内の女子、特に一年生は同学年に三人いるようで、男子のなかで誰と組むか、と言う話題で持ち切りだった。

 

「王道にして最強の織斑君でしょ!」

「貴公子なデュノア君だって負けてないわ!」

「YESショタNOタッチ」

 

 混沌とした内容には誰一人として突っ込みを入れる者はおらず、ブレーキの効かない暴走列車は無遠慮に突き進んでいた。否、もはやブレーキなど存在しなかった。

 

「皆さんは誰と組むかもう決めましたの?」

「いや、私はまだだ」

「アタシも」

 

 呆れたように姦しい団体を眺めていたセシリアと鈴は、いざ自分が誰と組もうかとなったとき、誰にするか悩んでしまう。

 

 

 ここは同級生でクラス代表になっていただいた一夏さんに……いいえ、それではあまり面白みに欠けますわね。

 

 一夏を誘おうにもこの前の勝負が流れてなんか引っ掛かるし、結は、なんだかなぁ……。

 

 

 理由はあれ夢の男子生徒と組むことに幾分抵抗感のあった二人は、ふとお互いの顔を見合わせて似通った何かを感じ取った。

 

「鈴さん、もしよろしければわたくしと組んではいただけませんこと?」

「奇遇ね、アタシも同じこと考えてた」

 

 先日山田先生に呆気なく倒された仲で、更に二人とも男性操縦者にそこそこ縁のある者同士、通じあった結果奇妙なコンビが結成された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「かんちゃ~ん、残念なお知らせがあります」

「……聞きたくない」

「一つだけだから~」

 

 四組近くの廊下で隣り合わせで壁に寄り添う簪と本音がこそこそと話していた。

 

 本音はいつもの調子で話してこそいるものの、やはりどこか残念そうで、躊躇い勝ちに呟く。

 

「かんちゃんの専用機、トーナメントまでに完成出来ません」

「……」

 

 以前から開発を進めていた簪の専用機。

 ロシア代表の姉に対抗して自分も一人で作ってみせようとがむしゃらに奮闘したものの、やはりと言うべきか。

 資材も資料も足りないまま着手した専用機は未だ完成の目処は立たず、全体の三割だって出来ているか怪しい程だった。

 

「ねぇかんちゃん」

「なに、本音」

 

 劣等感や無力感に埋もれて自分がどんな顔をしているのか分からなくなった。

 なんと言って隣に立つ幼馴染みに顔向けすればいいのか分からない。

 

 でも呼ばれたのだから、そっちを見てみると、簪は突然首に回された腕に引き寄せられ、彼女に無理やり抱擁される。

 

「本音、何を……?」

「私、頼りないかな?」

 

 脈絡のない質問に虚を突かれて言葉に詰まった。

 いつも何でもないように笑って、場を和ませていた彼女は、いつも張り積めた重い空気を纏う大好きな幼馴染みを想い、自分には何が出来るだろうと悩んでいた。

 

「辛いなら頼っていいんだよ、利用してくれたって全然構わない。大切な幼馴染みなんだもん。だからね、かんちゃん」

 

 本音の声は次第に濡れて、簪を抱く腕にぎゅう、と力がこもる。

 

「そんな顔、しないでよ」

 

 言われて簪はようやく自分がどれだけ酷い有り様になったいるのか気がついた。

 

 徹夜続きで身も心も消耗し、姉や織斑一夏へ向けた不毛な対抗心だけを糧にここまできたのに何も成し得ることなく、徒労に終わった。

 

 お姉ちゃんが羨ましかった。

 何でもこなせて世渡り上手で、まだ学生の身でありながら国家代表に選ばれ、家の跡継ぎになった。

 

 織斑一夏が恨めしかった。

 私のIS開発に横槍を入れられて私のISは開発中止を余儀なくされ、手元に残ったのは書きかけの設計図だけだった。

 

 もう諦めてしまったほうが楽だろう。

 しかし今捨てたら、何が残るのだろうか。

 

「本音。私、くやしいよ……」

「うん、うん」

 

 気が付けばなみなみに溜まっていた涙が止めどなく溢れて本音の服を濡らす。

 本音は何も言わず、自分の腕のなかで泣き崩れる簪を優しく抱き締める。

 自分も泣いてるのに気にも留めず。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 放課後のアリーナはいつも以上に活気に溢れていた。

 言わずもがなタッグトーナメントが差し迫り、優勝を目指してそれぞれ訓練やパートナーとの練習に励んでいる。

 

 優勝すれば男子生徒との交際が出来るなどという噂が何処からか広まり、あわよくばなんて妄想を信じて真剣に取り組む様子は残念な情熱に燃えていた。

 

 そんな狂信者と化した有象無象に紛れてセシリアと鈴の姿が伺えた。

 

「だから! 貴女はいつも前に出過ぎなんです!」

「アンタがちんたらしてるからでしょ!」

 

 やはりというべきか、先日の戦闘でもそうだったように互いの動きに合わせようとは出来ず、二人ともやりたいようにやっては衝突し、いがみ合っていた。

 

 そこへ黒い影が降り立つ。

 

「イギリスのブルー・ティアーズ、中国の甲龍か。ふん、データで見たときのほうがまだ強そうではあったな」

 

 不敵な笑みを浮かべて二人の前に現れたラウラは、機体情報の記されたホログラムウィンドウを閉じて二人を見据える。

 

「なに、喧嘩売ってんの?」

「随分自信がおありなようで?」

 

 ラウラの言いぐさに聞き捨てならないと臨戦態勢に入る二人だが、対してラウラは構えることすらせず、更に挑発を重ねる。

 

「今貴様ら二人を相手取ったとしても、負けることはない」

「言ったわね!」

「後悔なさらないように!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「一夏、結。アリーナ行こう!」

「おう」

「うん」

 

 タッグトーナメントまでもう日も少ない。

 今日も三人は修練に臨むべくアリーナへ向かう。

 

 シャルロットに手招きされ席を立つ一夏と結はそのままシャルの後ろに着いていく。

 

 ある程度進んで人気が少なくなったところで、一夏はシャルロットに小声で話しかける。

 

「まだ男装は続けるんだな」

「うん、結から貰ったデータの交渉が終わるまではこの格好のままかな」

 

 二日前に結から機体情報の入ったデータを貰ったシャルロットはすぐにデュノア社に掛け合い、半ば脅迫気味な交渉を持ち掛けた。

 

『シャルロットか。調査は順調か』

『良い情報と悪い情報があります』

 

 従わなければデータは消す。そうでなくても会社を傾けるだけの材料は揃っている。等と脅し文句を連ねれば簡単に社長は首を縦に振り、シャルロットは一時の自由と今後の身の保証を手に入れた。

 

「シャルろ……ル、おね、お兄ちゃん」

「あはは、言いづらそうだね結」

 

 四苦八苦しながら言いかけては口を塞ぎ、気にして呼び方を無理やり変える結に苦笑刷るシャルロットは何か良い案は無いものかと顎に手を添えて考える。

 

「それじゃあ……シャルって呼んで?」

「うん、シャル、お兄ちゃん」

「なぁに、結?」

 

 しゃがんで結の目線に合わせたシャルロットは、おずおずと略した名前で呼んでくれた結に返事をする。

 

「仲良くなったよな、二人とも」

「そうかな? えへへ」

 

 後ろで様子を見ていた一夏が微笑ましそうに眺めていた事に恥ずかしさを覚えるシャルロットだが、ようやく結と打ち解けた事実に喜ぶ。

 

「これはシャルル×結の誕生か?」

「ほう、NTRですか」

「それ以上はいけない」

 

 仲睦まじく手を取り合って歩く姿は親子か兄弟のようで、見た人間はもれなく微笑み和やかな雰囲気が立ち込めていた。

 

 

 しかしそれも一瞬で凍てつく。

 

 アリーナに着いた三人は、周囲の生徒たちが不穏な顔で中に進んでいくのに顔をしかめる。

 

「なんか喧嘩やってるみたいよ」

「しかも二対一なんだって」

「専用機持ちって聞いたよ」

 

 専用機持ち、そんな人間は学園内でも数えるほどしかいない。しかも嬉々として戦闘に挑む者となれば、更に限られてくる。 

 

 三人は不安に駆られて歩く足を早め、駆け足でアリーナに、グラウンドに飛びだした。

 

 

 

 ワイヤーのしなる音。

 金属に巻き付き、キンと甲高い音を立ててセシリアと鈴の機体をつるし上げ、嬲り殺しにしている。

 絶対防御は発動しないギリギリの物理攻撃は二人の装甲を砕き、深刻なまでのダメージを追わしていた。

 

『オ? ハハ』

 

 その光景が目に映ったと同時に、結はアリーナの出入口からISを展開しながら走って一瞬先に展開した足で床が砕けんばかりに踏ん張り、パッケージ内から引き摺り出した大盾を上空に向けて投擲した。

 

「やぁぁああッッ!!!」

 

 そして片手を床に這わせ、全身に設置されたスラスターの中の後方に向いたもの全てを最大出力で噴かし、ブーストをかけた初速で弾ける勢いを付け、目標であるラウラに目掛けて一直線に飛来する。

 

「む」

 

 ハイパーセンサーでガーディアンを感知したラウラは二人をブレードワイヤーに絡めたまま一瞬で到達した結をAICによる空間停止で眼前に停止させ、自分を打つはずだった拳を見て嘲笑する。

 

「直線的な攻撃、稚拙な証拠だな」

「こっちじゃない」

「何を……ハッ!?」

 

 結を止めた瞬間、自分の真上に落下してきた物体に気を取られ、回避と同時に結にかけていたAICを解いてしまう。

 すかさず動けるようになった結は丁度落ちてきた盾を掴み、大降りな横薙ぎを肩と脛のスラスターで勢いを増した一撃にしてラウラへ見舞った。

 

「ぐゥッ!」

 

 こいつ、武器を投擲しておいて自らを囮に……!

 

 圧倒的なリーチの長さと瞬発力に避けきれないラウラは食い縛って盾の横一文字を受け、強く弾かれる。

 

 二撃目を視野に入れていたのか、器用な奴だ。

 

 縛っていた二人を渋々解放し、しかしただ離すのではなく結へ目掛けて同時に投げる。

 

 拘束の解かれた二人は力無く宙を舞い、諸手を慌てて広げた結に確と受け止められる。

 

「結、無事か!」

「これお願い」

「うぉっと!?」

 

 遅れてやって来た一夏に二人を投げ渡し、結はまたスラスターを爆発させる勢いで飛び上がる。

 

 吹き飛ばされたラウラは空中でバク転して慣性を殺しながら停止し、顔をあげた瞬間既に目の前にいた結に驚く。

 

「ッ!?」

「ガァァアアッ!!」

 

 ブレードワイヤーでは間に合わない、瞬時に前で組んだ腕で防ぐが、速度の載った重撃は簡単にラウラの腕を押し混み、彼女ごと弾き飛ばしてしまう。

 

 

 あのでかい盾を振るだけでも相当取り回しに苦労するはずだ。直ぐに追撃なぞ……。

 

 

 視界が開けた瞬間に見えたのは盾の側面。

 飛来する盾をなんとか拳で跳ね返した途端にラウラは上から背中を叩く衝撃に打たれ、地に落ちた。

 

「あの戦い方、まさか⋯⋯」

 

 結は制御スラスターで振り切った盾を回転しながら再度ラウラへ投擲し、その後ろに隠れて自分も空を駆け上がっていた。

 ラウラが盾をかち上げた時には既にラウラの頭上に到着しており、前転しながらの踵落としを繰り出していた。

 

「おのれぇぇ!!」

 

 地面から這い上がったラウラはせめて一発でも返してやらねばと結を探すが、自分が落ちたところから張り詰める土煙に遮られ、ハイパーセンサーで見つけた時には結はもう背後に迫っていた。

 

「いい気になるなよ貴様ァ!」

「あ⋯⋯?」

 

 振りかざされていた盾をがむしゃらに弾き、一緒に発射しておいたブレードワイヤーで反撃と拘束を試みる。

 攻撃を阻まれ隙が生じてしまった結はラウラのブレードワイヤーに腕を弾かれ、もう片方の腕にワイヤーを絡められて宙吊りにされる。

 

「フフ、捕まえたぞ⋯⋯!」

 

 捕まった、邪魔くさい。

 ああもう、()()()()

 

 結は吊るされた自らの腕に目掛けて躊躇いなく拳を振るうと、殴られたガーディアンの腕部は意図も簡単に砕け、中から細身の人骨のようなフレームが露出した。

 

『ソウダヨナ、邪魔ダヨナ。要ラネェヨナ、コンナ鎧ハヨォ……』

 

 装甲が砕けたことによって結はラウラの拘束から解放され、空を蹴る勢いでラウラに突進する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「血迷ったか!」

「ダメだ結、止まってくれ!」

 

 見たことのある光景に一夏は肌が粟立ち、雪片弐式を握り直して瞬時加速で結を止めんと飛び上がる。

 プラズマ手刀を展開したラウラと剥き出しの腕を向ける結。

 

 割って入るには遠すぎる。

 一夏は『零落白夜』を一瞬限界まで引き出し、伸ばしたエネルギーの切先を結の首目掛けて振るった。 

 

 もしも結がまたクラス対抗戦の時の様な状態に陥っているのであれば、自分はまた結に剣を向け、結を止めなくてはならない。たとえ殺してしまったとしても、今の自分には、そうすることしか手段がない。

 

 二人の攻撃が交差する直前、二人の腕を誰かが近接ブレードで叩き落とした。

 それに気を盗られて全員動きが止まり、横やりを入れた人物に視線が集まる。

 

「やれやれ、子どもの相手は疲れるな」

 

 そこには涼しげな表情で感嘆のため息を吐きながら、生身でIS用の近接ブレードを振るう織斑先生の姿があった。

 生身でありながらIS用のブレードで燕返しを繰り出せる人物など、そうはいないだろう。

 

「千冬姉!」

「教官!」

 

 織斑先生はブレードを鞘に納め、その場にいた三人に武器を納める様に言う。

 

「模擬戦をやるのは構わんが、アリーナを破壊するような行為は教師として黙認しかねる。それと上代」

「はい」

 

 織斑先生は結に向き直り、上着のポケットから一つのグリップタイプのスイッチを見せる。

 

「あまり山田先生を心配させる事はするな」

「……はい」

 

 少しだけトーンの落ちた声でそう言った織斑先生はそれでいいと頷き、スイッチをしまって面倒くさそうにひらひらと手を振る。

 

「トーナメントまで一切の私闘は禁止する。双方それでいいな?」

「はい、教官」

「わかりました」

 

 去っていく織斑先生を見送った後、何か言いたげに此方を睨んでいたラウラはすぐに視線を逸らし、ISを待機形態に戻して自分もその場を後にした。

 

 俯いたまま動かない結に声かけしようか迷っていた一夏だったが、何か言うより早く結はISを解除して地に足を着けていた。

 

「後でね」

「お、おう」

 

 パーカーを羽織ってすたすた歩いていく少年を追いかけることも出来ず、しかし動けないままのセシリアと鈴を放ったらかしにするわけにもいかず、一夏はシャルロットと一緒に二人を保健室に運んだ。

 

『チッ、シラケルゼ……』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「もうちょっとやってりゃ勝てたのよ!」

「助太刀など不要でしたわ!」

「お前らな……」

「あはは……」

 

 ついさっきまで弱々しく気を失っていた二人は、元気そうに愚痴を吐きながらシャルロットから受け取った紅茶と烏龍茶をちびちび飲んでいた。

 

「……えい」

「いたたたたたたっ!?」

「あだだだだだだっ!?」

 

 不意に現れた結が二人の身体に巻かれていた包帯をつまんでみると、虚勢を張っていた二人はなんとも簡単に悲鳴を上げてのたうち回っている。

 

「何をしますの!?」

「痛いじゃないのよ!」

 

 二人が言い寄るのと同時に、結は頭を深く下げて濡れた声で謝った。

 

「ごめんなさい」

 

 頭を下げたまま、結はしゃくる涙声で更に続ける。

 

「もっと早く、二人を助けられてたら、よかったのに……セシリアお姉ちゃんも鈴お姉ちゃんも、怪我させちゃった……」

 

 止められなかった。しかも頭に血が上り、ファントムの力を欲していた。

 それが何より恐ろしく、あの時織斑先生が止めてくれていなければ自分でもどうなっていたか予想できない。

 

「謝らないでくださいまし、結さん」

「そうよ、もとはと言えばアタシたちが悪いんだし……」

 

 セシリアは結を手招きし、おずおずと近付いてきた少年を抱き寄せて涙を拭ってやる。

 

「今回は無様な姿を見せてしまいましたが、トーナメントでは……」

 

「お二人のトーナメント出場は許可出来ません!」

「山田先生!?」

 

 保健室の扉を開いてバタバタと入ってきた山田先生は、リベンジに燃える二人に水を差す。

 

「どうしてですか!」

「お二人のISがダメージレベルCを越えたためです。これ以上の使用はISへ悪影響を与えるため教師として見過ごせません!」

 

 聞き慣れない単語に首を首をかしげる一夏に、シャルロットや山田先生が丹念に教える。

 

「ISには自己修復機能が備えられてるのは知ってるよね?」

「あぁ」

 

 未だ知識の粋を出ないが、今回目の前で起こった惨劇に不本意ながら理解をする一夏。

 

「その蓄積ダメージ量によって自己修復も限界値があるんだけど、それを越えたら変な直り方をするから無理に起動するのは憚られるんだ」

「なるほど」

「へぇ」

 

 骨折や捻挫をした時、適切な治療やリハビリを行わなければその後の生活に悪い癖が付くものかと自分なりに噛み砕いてみる。

 

 そして他人事のように頷いている結に、事情を知る者全員が複雑な眼差しを向けていた。

 

「ともかく、機体が完全に直るまで二人ともISを使ってはいけませんよ、いいですね!」

「「はい……」」

 

 珍しく強気な真耶に食い下がることも出来ず、苦い顔をしながらも二人は頷いた。

 

 ともかく二人の安否確認が取れて一安心した矢先、何処から聞き付けたのか女子生徒の大群が保健室に雪崩のように押し掛けてきた。

 

「織斑君私と組もう!」

「デュノア君、私と一緒に戦って!」

「結たん結婚してぇ!!」

 

 入ってきた生徒は次から次へと男子生徒の三人へと詰め寄り、我先にパートナー申請に名乗り挙げる。

 

 だが一夏は咄嗟にシャルロットの肩を掴み寄せ、皆の誘いを断った。

 

「お、俺はシャルルと組むんだ。悪いな」

「そ、そうなんだよ、あはは」

 

 一夏の苦し紛れの言い訳に皆は一瞬硬直したものの、それも良いかと頷いて納得した。

 

「それなら、まぁ」

「男同士も絵になるし……」

「上代君、私と組もう!」

「あっ、抜け駆けするな!」

 

 しかし既に結の姿はそこにはなく、どうやって抜け出したのか保健室の扉から脱兎のごとく逃げ出す少年のフードがチラリと見えた。

 

「いたぞ、いたぞぉぉぉぉぉ!!!!」

「皆のもの、追えぇぇい!!!」

 

 人混みは結を追い掛けて流れ出て行き、保健室には静寂が訪れた。

 

「すまん、結……」

「まぁ、あの子なら大丈夫だよ……」

 

 相も変わらず跳び跳ねて逃げる少年を捕まえられた者は誰一人としていなかったという。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「織斑先生、この組み合わせは……」

「仕方ないさ」

 

 職員室で真耶は目の前にあるタッグトーナメントのエントリーリストを見て困惑していた。

 

 ランダムに組まれたタッグの一つに、職員全員は閉口してその氏名を睨んでいた。

 

「ボーデヴィッヒと上代、か」

 

 片や一年最強の矛と、最強の盾。

 さて、お前ならどうする?

 

 一夏よ。

 

 

 




 結たんと結婚するのは誰か!


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三十六話 エゴと想い

 スッゴいはしょりますが、箒は結の背中の事情を把握してます。


 タッグ申請期間が終了し、エントリーリストが張り出され、出場者は我先にリストを見に行って集っていた。

 

 上へ下へ結が逃げ、誰も捕まえられなかった末、結局ランダム決定で選出された結果に見たもの全員どよどよと騒いでいる。

 

「上代君のパートナーは、ボーデヴィッヒさんか……」

「専用機持ちのタッグとか卑怯すぎませんかね」

「てか真面目に手強くない?」

「どうして私じゃないのよォオオオ~~~~~ッ!!」

 

 専用機を持たない者たちから既に何名か諦めた人間が現れ、煩悩に溺れていたものは自分がタッグでは無かったことに落胆し、先を見据える者は何とかして倒せないかと早速対策を一考していた。

 

 

 廊下から喜怒哀楽の喧騒が聞こえてくる教室で、異様な雰囲気を纏っている箒が窓の外を眺めながら僻むように黄昏ていた。

 

「お前はいいよなぁ、みんなの人気者で……」

「ほ、箒お姉ちゃん?」

 

 その瞳はもしかすれば地獄でも覗いているような、どす黒い渦を巻いていたが、ため息と一緒に億劫な感情を吐き出した箒は気を持ち直して結に目を向ける。

 

「今誰かに地獄へ誘われる声を聞いた」

「何を言ってるの」

 

 意味を持っているのか怪しい言葉を吐く箒は何かよくわからないものを妬んでいるような気がしたが、それが何かはいまいちわからなかった。

 

「それより上代。タッグトーナメントは本当にあいつと出るのか?」

「うん」

 

 懸念する箒にしれっと答え、両手を掲げて箒に抱っこを求め、彼女の膝の上で自分も窓の外を眺める。

 

「あの人は、多分寂しい人なんだと思う」

「寂しい?」

 

 嫌悪感ではなく同情のような哀れみを想う結に意外だと思いつつ、箒は昔の自分をラウラに重ねて共感した。

 

「力に溺れて誰かを傷つける、か……耳が痛いな」

 

 実の姉がこの世にISを生み出した時から、箒は家族と離ればなれになり日本中を転々として過ごしてきた。

 想い人との約束も果たせず、連絡すら許されない不自由な生活の中で僻みや嫌みたらしい羨む目線に晒されて、いつしか心は荒みきっていた。

 

 幼少から続けていた剣道は、この頃には既にストレスの捌け口と化し、結果として中学の全国大会で優勝したものの気分は晴れないままだった。

 

「孤独は人を駄目な方向に進ませる、のだと思う。だからこそ誰か一人でも支えてくれる人間が必要なんだ」

 

 幼馴染みであり初恋の相手である一夏を思い浮かべ、頬を朱く染めながら箒はそういう。

 

「だが想っているだけで何も出来ないのなら、私はやはり力が欲しい」

 

 箒の表情は陰り、結は後ろめたい感情を垣間見た。

 

 篠ノ之 束の妹と囃し立てられて、その実持っているものは剣道の腕のみ。勝手に期待されては此方の気も知らないで落胆し、何処かへ行ってしまうのが箒にとっての他人だった。

 

「以前はあれほど嫌っていたISが、今では喉から手が出るほど欲しいと思っているのが悔しいがな」

「箒お姉ちゃん?」

 

 一夏との特訓から、先日の襲撃事件のときも、箒に出来ることは少なくいつも遠くから祈るだけ。一夏の周囲に人が増える度に自分が一夏から離れてしまっている気がしてならなかった。

 

 どうして私はあそこにいない。

 何故私には力がない。

 

 ISさえあれば……。

 

「ISさえあれば、一夏の隣に立てるのに……」

「……」

 

 膝の上に座る結を抱き締めながら、箒は俯いて黙りこむ。

 

 浅はかで卑しい自分が情けなく、嫌いになりそうだった。結局天災の妹などと言われながら、私はただの人間だった。

 

 卑しい感情の渦に呑まれてしまう。

 

 欲望と嫌悪感の狭間でどうにかなりそうだ。

 

「箒お姉ちゃん、一夏お兄ちゃんのこと好きなの?」

「ほぁっ!?」

 

 突然結の呟いた質問に度肝を抜かれてあたふたする箒。

 

「いや、ちが、そういう意味ではなくてな!? いや確かに慕ってはいるが今のは恋愛感情云々ではなくて……だから違うのだっ!!」

「どっちなの」

 

 否定しきれず好きという言葉をずっと口の中で遊ばせてしまい、余計に恥ずかしくなった。

 膝の上の結を抱えたままショートしてしまった箒はばつが悪そうに唇を尖らせ言葉になっていない言い訳のようなものをだらだらと垂れ流していた。

 

「……力なんて無くてもいいよ」

「上代……?」

 

 力を渡され、それを使ってきたからこそ結は知っている。

 ISと共に生きてきた結にとって、ISとは文字通り身体の一部であり、失ってはならない存在。

 だがそれは多くの犠牲の元に成り立っていた。

 

 沢山の同胞の命を奪い、贄に捧げたこの身体で何一つ守れた事は無く、いつだって傷つけ、失ってばかりだった。

 

「ISだけが全部じゃない。他にも強くなる方法はあるよ」

「確かにそうだが……」

 

 それでも食い下がる箒は言い返す為の言葉が浮かばず息が詰まる。

 

 これ以上一夏一人に背負わせるわけにはいかないんだ、私はあいつの手助けをしてやりたい。

 だから、力が要るのだ……!

 

「あ、ここに居たのか箒」

 

 会話の途切れた二人の空間に割って入ってきたのは当の一夏だった。

 此方の気も知らずにずかずかと教室に入ってきた一夏は珍しい組み合わせだなと思いながらちょっといいかと訪ねてきた。

 

「いやさ、剣道の練習をしばらくやってなかったからまた箒に指南してもらいたくてさ。悪いけど頼めないか?」

「お前という奴は……わかった、武道場に行くぞ」

「ありがとう箒!」

 

 早速準備をするため走り去っていく一夏の後ろ姿を見送った箒は、一先ずは今の気持ちに蓋をして一夏を追い掛けることにした。

 

「という事だ結。私はアイツをしごいてくるのでな、今日はお別れだ」

「ほどほどにね、バイバイ箒お姉ちゃん」

「あぁ、また明日」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 その日の晩、一通の着信がある人物の携帯電話に届いた。

 

「おや、おやおや。箒ちゃん」

 

 着信音から誰かを察知したその人物とは、現在世界各国から指名手配を受けているIS開発の第一人者であり、ISの産みの親である篠ノ之 束その人だった。

 

 束はすぐに通話を開き、受話器を耳に当てけらけらと楽しそうに電話に出る。

 

「やぁやぁ箒ちゃんどうしたんだい?」

『姉さん、実は頼みたいことがあって電話した』

「あぁ、わかってるよ。君だけの専用機だろう?」

 

 神妙な声音の箒にお構い無く、束は久方ぶりに聞く実の妹の声に興奮を隠しきれない。

 

「なんてったって箒ちゃんからのお願い事なんだ、束さんがちゃんと叶えてあげよう!」

『ありがとう、姉さん』

 

 世間話などをする仲でもないので、用件を伝えれば箒は簡潔に話を括って電話を切ってしまった。

 束は携帯電話を再度操作して、今度は別の相手に此方から一本入れた。

 

 しばしの掛け合わせの時間を要して電話に出たのは、箒よりも幼い声の相手だった。

 

『篠ノ之 束ぇ! 今更わらわに何のようじゃ!!』

「やぁーあお姫様、元気にしてた?」

『うるさい! もう貴様らに我が国の財産はくれてやらんと言ったであろうに!』

 

 随分お怒りな声の主は束の声を聞くなり物凄い剣幕で怒鳴り倒していたが、当の束は気にする素振りも見せずむしろ相手の逆鱗を逆撫でするようにけらけらと笑うだけだった。

 

「あと一個、あと一個だけ作ったらもうしないから」

『その一個がどれだけ貴重か貴様わかっておるのか!』

「わかってるよぉ。だってこれは」

 

「ファントムを倒す要なんだから」

 

 束のその言葉に先程まで血気盛んに騒いでいた声の主はピタリと静かになり、一拍置いて深いため息を吐いた。

 

『今回だけじゃ。これ以上はもう関わりとうない』

「ありがと~じゃあまたね!」

 

 何か言いたげだった相手にお小言を言われる前に、束は通話を切り、ハンガーにかかっている未完成のIS振り返る。

 

「ごめんね箒ちゃん。君の純情、少しだけ利用させてね」

 

 開発途中のその機体は、血塗れたような紅に染まっていた。

 

 




 なんかすごく話が前後しましたが、新キャラ()を出すにはこのぐらいの猶予があったほうが良いかも知れなかった。
 あと原作通りなら電話した時点で完成してたので、ある意味時間軸はずれていないはず。


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三十七話 野心と邪心

 タイトル本当にこれでいいのか迷いましたが、頭が回らないのでこのままで。


「お前は手を出さなくていい。私一人で十分だ」

「わかった」

 

 それが命令なら。

 のどまで出てきた言葉を舌の上で転がしてから飲み込む。

 そんなことは言わなくてもいい。勝手にこの人がどうにかするだろう。それが分かっていれば自分が何かする必要はない。

 

「聞き訳がいいことは評価しよう」

 

 プライベートチャットを閉じ、カタパルトの台座に足を掛ける。

 

 

「結はジリ貧も狙えるけど、ラウラは二人がかりでも難しいよ」

「やるしかないさ」

 

 事前に決めておいた作戦を頭のなかでシュミレーションしながら、一夏はラウラに向けて敵対心を、結に対抗心を燃やす。

 

 必ずラウラを倒し、自分が弱くない事を証明しなければならない。

 

 気を引き締め、発出の衝撃に備える。

 

 

 アリーナ各カタパルト内部。

 

 四機のISが、それぞれ四つのカタパルトから出撃する。

 

「織斑一夏、白式。行きます!」

 

「シャルル・デュノア、ラファール・リヴァイヴⅡカスタム。出撃するよ!」

 

「ラウラ・ボーディヴィッヒ、レーゲン。出る!」

 

「上代結、ガーディアン。発進」

 

 同時にアリーナへと飛び立った四機は、中央の境界線から離れて二対が向かい合うように降り立つ。

 

「一夏はラウラと、僕は結とやるよ。加勢出来そうなら助っ人に入るからね」

「分かった」

 

 ラウラは無表情を守ったまま一夏とシャルルに向き直る。

 結は少し離れた位置に後退し、盾を出して呆然と立っていた。

 

 一夏とシャルルはそれぞれ雪片とライフルを展開して構え、試合開始の合図を待つ。

 

 待ち焦がれるその一瞬を、結を除いた全員が待望し、近づくほど減速してく時間は、待ち望んだ試合開始のブザー音を皮切りに加速していった。

 

「オォォッ!!」

 

 雪片を振り絞った一夏は一直線にラウラへ向かって斬りかかる。

 ラウラは身体をずらしてそれを避け、プラズマ手刀で反撃をしようと振り被るがこれをシャルがライフルによる狙撃で阻止。牽制としてレールカノンを数発放ってシャルを引き離し、一夏に向かってブレードワイヤーを飛ばす。

 

「喰らえッ!」

「ッ!」

 

 ワイヤーに引っ掛かった一夏を放物線を描いて引き寄せ、地に足が着かないところで串刺しにせんと手刀を振りかざす。

 一夏は手刀を身体を捻って雪片で弾き、合間を縫うようにシャルがライフルからガルムに持ち替えて引き金を引き、二人の間を引き離す。

 

「一夏平気!?」

「おう、なんとかな。ただ⋯⋯」

 

 一夏はシャルの言葉に答えながら、アリーナの隅でぼうっと立っている結を見る。

 

 以前よりも分厚い全身装甲(フルプレート)に包まれた結は、盾を弄びながらときおり此方を覗き込むようにみては視線を外し、また盾で遊んで時間を潰している。

 

「どうやら戦う気はなさそうだ」

「嘗められてる、ね」

 

 警告音とともに、ワイヤーブレードが飛んできたので瞬時に二人は躱し、目の前の黒い機体と向き合う。

 

「よそ見とは余裕だな」

「そっちこそ、タッグマッチだっていうのにソロとは恐れ入るよ」

 

 プラズマ手刀を展開したラウラは一直線に一夏に襲い掛かる。同時にシャルに向かってワイヤーブレードで牽制し、自分と一夏への介入をさせない。

 両手の手刀から繰り出される連撃に加え、ブレードワイヤーの猛攻をギリギリのところで捌くがそれでもすべてを処理しきれているわけでなく、やむなくシールドエネルギーを削りながら対処する。

 

「そんなものか、織斑一夏ァッ!」

「んなわけあるかよ!!」

 

 後退すれば追い詰められるのなら、前進あるのみ。

 前方から迫るブレードワイヤーの猛攻を捨て身の特攻で潜り抜け、一夏は深く振り絞った一撃をラウラへ向けて放つ。

 

「えいっ」

「ぬあっ!?」

 

 仰け反って避けようとしたラウラの目の前に、結のガーディアンの盾がタイミングよく投擲されて一夏の渾身の一撃を防いでしまう。

 

「結!」

「貴様、邪魔をするな!」

 

 一夏の斬撃によって軌道を変えて地に落ちた盾はそのまま消滅し、再度結の手元に展開される。

 結はそれをまたさっきまでと同じように弄り、知らん顔で二人の輪から外れる。

 

「忘れてもらっちゃあ困るなぁ!」

「ん」

 

 死角からの狙撃を試みたシャルだったが、結は左後方から放たれたライフルの弾丸をあろうことか振り向きもせずに後ろ手で盾を構え、肘と空いていた片手を支えに防ぐ。

 

 狙撃を防がれたシャルは直ぐ様ライフルからナイフに持ち替え、一直線に飛び上がって結に近接戦に持ち込む。

 

「やぁあッ!」

「んしょ」

 

 片手にはナイフ、シールドを携える片手はガルムを握り、中、近距離を交互に往復しながら絶えず攻撃を繰り出す。

 

 しかし結はナイフを避け、弾丸を防ぎ、時折挟まれる格闘すら受け止めて無力化していく。

 

 硬い、どの攻撃もまるで効いてない!

 

 あくまでその場からほとんど動こうとしない結に対し、旋回しながらヒット&アウェイを繰り返すシャルロットは攻撃の全てが決定打どころかダメージすら通っていない事に苦汁を飲まされる。

 

 例えば背後から攻撃しようと防がれてしまう結の鉄壁になす術がなく、あの手この手を全て潰されてしまう。

 

「あっちに行きなよ。もう何もしないから」

「え?……うわぁぁああ!?」

 

 当然結が自発的に動いたかと思えば、シャルロットのナイフの刺突を避けて腕を掴み、そのままハンマー投げのように横にスイングして交戦中の一夏とラウラのところへ投擲した。

 

「どいてぇぇぇ~~~~~!!」

「シャルル!?」

「なんだと!?」

 

 滅茶苦茶な回転を付けられて自分では空中制御が出来なくなったシャルロットは、慣性に従って鍔迫り合いをしていた二人と激突した。

 

「ふざけているのか貴様ぁぁ!!」

「何もするなって言ったのはお姉ちゃんでしょ」

「大丈夫か、シャルル」

「う、ん……」

 

 タッグマッチだというのに子供の喧嘩のような有り様の状況に生徒たちは笑い、教員たちは胃を痛めたり頭を抱え、各国から出向いてきた役人などは苦笑していた。

 

「まぁいい、端から二対一の予定だったのだ、かかってこい!」

「言われなくても行ってやらぁ!」

「遠慮なく!」

 

 飛び込む一夏。

 後方から支援射撃をするシャルロット。

 全てを迎え撃つラウラ。

 

 まだ十余年の子供と言えども専用機を持たされた代表候補生同士の戦いは、それなりに目を見張るものだった。

 

 ブレード一本しか武器を持たない一夏は突っ込んで近接戦を持ち掛けるしかないが、全範囲をカバー出来るラウラは素直にそれを許す筈もなく、ブレードワイヤーで一夏の接近を防いでくる。

 

 だがラウラのワイヤーをシャルロットが撃ち落とし、一夏の手助けをすることによってラウラの懐に潜り込んだ一夏は本日二度めのチャンスに武器を握り直し、低い姿勢からの逆袈裟斬りを放つ。

 

「ぐぅぅ!!」

 

 一夏だけでは実力不足であっという間に終わる戦いが、シャルロットの手助けでラウラを妨害しながら一夏の土俵にラウラを上手く引きずり落とす。

 

 

 そうして何とか一夏が戦える状況まで持ってこれたが、仮にも軍人であるラウラも近接は苦手ではない。

 プラズマ手刀で一夏の攻撃を弾き、時に反撃をして優勢を保ちながら一夏のシールドエネルギーを削っていく。

 

 二人の隙を縫ってシャルロットが跳び、ライフルの援護射撃を試みる。

 

「チィッ!」

 

 ラウラは咄嗟にAICを発動して弾丸を眼前で停止させてみせるが、一夏へのリソースが途切れて攻撃を食らってしまう。

 

 しかしただでは済まさず置き土産とばかりにレールカノンを一夏へ見舞ってやる。

 そしてブレードワイヤーをシャルロットへ目掛けて放ち、一撃でライフルを掠め取り、二撃で反撃に成功させる。

 

「まだだ!」

 

 しかしラウラの目の前で一夏は振りかぶった姿勢のまま停止し、その場に固定される。

 

 

 ラウラは一夏の足にワイヤーを絡ませ、横からガルムを持って出てきたシャルロットの弾除け代わりに使ってから蹴り飛ばす。

 

 シャルロットには牽制射撃をして足止めをし、ラウラは一夏を先に討つべくプラズマ手刀とワイヤーブレードの二種を使い分け、一度に二発以上の攻撃を繰り返す。

 

「はや……!」

 

 人間の視野角全方向から向けられる攻撃の嵐を捌ききれず逃げ出そうにも、前から迫るラウラの手刀と左右上下から射たれるワイヤーブレードに阻まれて動けないまま嬲り殺しにされる。

 

 捕まれば終わり、視界端に見える警告表示に苛立ちつつ、全身削がれながら一夏は耐える。

 

「一夏はやらせない!」

「邪魔だ!」

 

 ガルムのオート射撃をAICで防いだラウラ。その隙をみて一夏がラウラの猛攻から逃げ出しそれを追おうとするが、グレネードランチャーの一撃にさらに足止めを貰ってラウラの意識は一度シャルロットに傾いた。

 

「そんなに構って欲しいのなら、先に貴様から墜としてやる……!」

 

 シャルロットを追い掛けて飛ぶラウラ。

 だが後ろから射撃を受け、立ち止まった。

 

「な……!?」

 

 虚を突かれて喰らった攻撃に戸惑い追跡を止めて振り向くと、シャルロットの落としたライフルを装備している一夏の姿がそこにあった。

 

「そんな……!?」

「引っ掛かってくれて、ありがとな」

 

 一夏たちは一対一ではなく、シャルロットとの二体一を想定して立ち回る作戦だった。

 

 ラウラのパートナーが結だったことでその作戦はあえなく中断したかに思われたが、実質結の戦闘不参加でおおよそ想定どおりの立ち回りができたことにより、二人はラウラを出し抜く事が出来た。

 

「もらったっ!」

「しま……ッ」

 

 立ち止まってしまい大きな隙を晒したラウラは、シールドの裏に隠されたパイルバンカー『シールド・ピアース』を展開していたシャルロットの一撃をまともに受けてしまう。

 

 地上に叩き落とされ、アリーナの端まで転がったラウラのシールドエネルギーはほぼ残されていなかった。

 

 赤い点滅が視界を覆い、警告のアラームが延々と鳴り響く。

 

 負けるのか、アイツらに?

 

 織斑 一夏に?

 

 あれほど憎み蔑んできた相手に?

 

 悔しさと憎悪が混ざり、どす黒い感情がふつふつと込み上げてくる。

 

  負けられない。

 

 負けてなるものか。

 

 あんなやつに……!

 

 震える腕で地面を打ち、衝撃で多少歪んだ駆動部を軋ませながらラウラは今までそうしてきたように、無様を晒しながら起き上がる。

 

「もう出てきてもいいかな」

「上代、結……?」

 

 何故出てきた。

 あれだけ強がっておいてこんな様の私を笑いにきたのか。

 

 やめろ、来るな。

 助けるな。

 あっちへ行け。

 

 私は弱くない、助けなど必要ない。

 

 一人で戦える。

 勝てる。

 今までそうしてきたのだから!

 

 だから、やめろ。

 私を、馬鹿にするな……。

 

 

 

「私を侮辱するなぁぁあああ!!!」

 

 

 

 咆哮するラウラ。

 結の背後に見えた獣を見て、一夏は叫んだ。

 

「ッ、逃げろ結!」

「ぐっ……!」

 

 一夏が叫んだのと同時に、ラウラの異変に気付いた結は手甲部分で背後から飛び出してきたプラズマ手刀の一撃を防ぐ。

 

 無理な態勢でしかも不意打ちが重なり、受け止めきれなかった結はラウラに腕をはじかれ、たたらを踏んだところを回し蹴りを喰らって蹴り飛ばされる。

 

「お前、仮にもパートナーだろ! 何してんだよ!」

「私は、強くなくてはいけない……誰の手助けもいらない強さを……力を……」

 

 飛ばされた結を庇うように前に出た一夏は虫の息になっていたはずのラウラに問い掛けるが、ラウラは俯いたまま答えにならない独り言を呟くのみで会話にもなっていなかった。

 

 

 力が要るのだ。

 

 強くなくては生きる意味はない。

 

 誰にも負けない圧倒的な力が。

 

 全てを捩じ伏せれるだけの力が!

 

 

『汝、力ヲ欲スルカ?』

 

 欲しい。奴らを倒せるのなら、どんな手でも使ってやる!

 

『ナラバ授ケヨウ。貴様ノ命ト引キ換エニ』

 

 何を……?

 

 ラウラは魂のそこから囁かれるような声に頷いた途端、纏うISが融解して全身をくまなく覆い出した。

 

「きゃぁぁぁあああああああ!!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 ずぶずぶと音を立ててヘドロのようになったISの沼に沈むラウラを、助けようにもすでに指先すら余さず呑み込まれてしまい遅かったかと舌を打つ一夏。

 

 騒然とする観客席は、融解したISが別の姿に変わった事に一度静かになり、さらに慌ただしく騒ぎ立てる。

 

「なんだよ、ありゃあ……」

 

 それはかつて世界最強の称号を手にした時の、『暮桜』を纏った織斑 千冬に似た泥のような人形が佇んでいた。

 




 オリジナル要素が増した回でした。



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三十八話 少年と決意

 滅多に書かない戦闘描写に四苦八苦しつつ、楽しんでる作者です。





 泥人形が日本代表だったころの、『暮桜』を纏った織斑 千冬の姿を真似てアリーナの中央に佇む。

 

「織斑先生、あれは……」

「VTシステム、まさかあれが実装されていたとは……」

 

 独り言のようにぶつぶつと呟く千冬は険しい面持ちのままインカムマイクを手にして電源を入れ、教職員に指示を飛ばす。

 

「非常事態だ。トーナメントは中断、各国のお偉いさんには悪いが退避してもらい、その後生徒達も避難。それとアリーナの隔壁を降ろせ」

『了解!』

 

 次に一夏達のオープンチャットに繋ぎ、現状の報告と指示を飛ばす。

 

「聞こえるかデュノア」

『織斑先生!』

 

 通話に応じたデュノアは何がなんだかわからないという様子だったが、こちらの声を聞いて一先ずの冷静さを取り戻したようだ。

 

「しばらく足止めを頼む、来賓の方々とガキ共を避難させた後に教員で対処する。それまで持ちこたえてくれ」

『わかりました!』

「それと」

 

 一拍置いて言われた一言に、シャルロットは改めて気を引き締める。

 

「殺す気でいけ、さもなくば死ぬぞ」

 

 そういって千冬は通話を切り、疼く身体を抑えて画面を見据える。

 

「ちょっと、織斑先生!」

「わかっている。しかし廉価物とはいえあれを甘くみるな」

 

 画面中央に映る自分の影に、様々な感情を抱く。

 

 

「あれは、過去の私の模造品だ」

 

 

 ◆

 

 

 拳を握り締めて震えていた一夏は歯を食い縛り、見開いた目で泥人形を見据えて全力で飛翔する。

 

「こんのぉおおおお!!!」

「一夏ッ!」

 

 シャルロットの制止に聞く耳を持たずがむしゃらに飛びかかった一夏だったが、泥人形は当時の千冬の動きを嫌なほど忠実に再現して一夏の攻撃を捌き、避け、無駄の無い一撃を喰らわせて剣を構える。

 

 なす術なく一方的にやられた一夏だが、負けじと再び起き上がって立ち向かおうとするが先の戦闘でエネルギーを使い果たしてISが強制的に待機状態まで戻ってしまった。

 

 こんな時に……!

 

 それでも進む足を止めない一夏。

 

「やめてよ……」

「ぐえっ!?」

 

 生身であるにも関わらず、目の前に佇むどす黒いISに飛びかかろうとする一夏を捕まえ、後方に投げ飛ばした結はガーディアンの巨腕で上から一夏を潰してしまうほど強く取り押さえる。

 

「何をしてるのさ結ッ!」

「う、ぐ……離せ、結……俺は、俺は……!」

 

 尚も暴れる一夏だが、結は更に抑える力を強めるので、一夏はまたあの時のように結が暴走したのかと危惧したが、そうではないようだ。

 

「一夏お兄ちゃん。お兄ちゃんはあの人が憎い?」

「それは……」

 

 結の質問に一夏は熱が抜け、頭に上っていた血がゆっくり流れていくのを感じた。

 

 

 憎いか、確かに憎い。

 

 出会い頭に打たれた事はまだ理解した。

 あの時自分に力がなく、なんの抵抗も出来ないまま助けを求める事しかできなかったのが悔しかった。

 

 奴が千冬姉を崇拝していたからこそ、その弟が不出来だといって叱喝するのなら甘んじて受け入れよう。

 

 だが、崇め讃える自分が崇拝の対象に成り代わる事はあってはならない。

 人間とはその人一人だけであり、他の誰にもなることはない。

 

 その行為は自殺と同義であり、同時に讃えるその人物すら殺す行為にも繋がってしまう。

 

 

 だから許せない。

 千冬を尊敬しているからこそ、今目の前にいる偽物になったラウラが許せなかった。

 

「『恨みは続く。誰かが喧嘩してるなら間に入ってやれば、解決する』て、先生が言ってた」

「……」

 

 こんな子供になんて事を押し付けているのだろう。

 大人になりきれない自分達が勝手に喧嘩して、そのしりぬぐいを子供にやらせていることに嫌気がさす。

 

「だから、あれはぼくが倒す。二人に仲直りしてほしいから」

「でも、結……」

 

 結の言葉に迷いはなく、寂しそうな物言いに反してどこか揺るがない決意が窺える。

 

「お兄ちゃんは強くなってる。あのお姉ちゃんにもそれを知って欲しい。お兄ちゃんにも、あのお姉ちゃんが千冬先生を尊敬してることを知って欲しいんだ」

 

 わがままを言うように、頑として譲らない姿勢に一夏は根負けし、頭を振って肩の力を抜く。

 

「あぁ……わかった」

 

 結はきっと命を賭してでもラウラを止めようとするだろう。

 それだけはさせてはならない。そこに自分もいなければ、何も解決しない。

 

「けどな、俺もいく。俺ももっと強くなりたいんだ。千冬姉に認めてもらえるくらい、みんなを守れるくらいに」

「……ふふ、いいよ」

 

 

「それはいいけど、一夏のISはもう動けないんだろう?」

「う、それは……」

「一夏、白式のガントレットを出して」

「こうか?」

 

 

 やれやれと呆れながらシャルロットは背部からエネルギー供給用のケーブルを引っ張り出し、待機形態のガントレットに差し込む。

 

 シャルロットの『ラファール・リヴァイブC(カスタム)II』に残っていたシールドエネルギーを全て『白式』に投じ、シャルロットのISは待機形態まで戻り、『白式』は右腕と武器の『雪片弐式』だけが展開される。

 

「展開出来たのは片腕と武器だけ、厳しいね……」

「残量も少ない。出来てせいぜい一撃が限界だ」

 

 先の戦闘では殆ど動かなかった結が唯一戦える人員だが、如何せん決定打に欠ける。

 シャルロットの作戦は結が前に出て足どめ、隙を作り、あの泥人形が怯んだところを一夏が突撃し、『零落白夜』で止めを刺す。

 

 成功率など低くて当然。

 失敗すれば良くて重傷、最悪死ぬ。

 

 目の前に鎮座する死地を前に、一夏は一筋の冷や汗を垂らして雪片を握り直す。

 

「いくぜ、結」

「うん、一夏お兄ちゃん」

 

 

 



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三十九話 少年と化物

 


 警告ブザーがアリーナの観客席に響き、各国の技術者や責任者、重役が我先に逃げ惑う。生徒達も慌てて席を立ち、教員達の指示のもと迅速な避難をしている。

 

 閑散とし、やがて人の悲鳴や怒号が聞こえなくなっていく中でオープンチャットの向こう側から真耶の声が聞こえてくる。

 

『織斑君!? 何をしてるんですか! 戻ってください!』

 

 一度だけ顔を一夏の方に向けた結は、仮面の下にどんな表情を作っていたのかは分からないが、どこか寂しそうに俯いてまた泥人形へ向き直る。

 

「すみません、山田先生。少しだけ持ちこたえておきますから、そっちは頼みました」

『待ちなさい織斑君! 危険です! 結ちゃん、止めてくださ……ッ』

 

 言い終わるよりも前に通話を切り、申し訳無い気持ちになりながら一夏は雪片弐式を構える。

 

「チャンスは一回きり。頼んだぜ、結」

「うん、任せて」

 

 大盾を展開した結は盾を片手に担ぎ、左手で地面を押さえる。

 獣のような低姿勢の状態で背面にある全てのスラスターを稼働させ、スタートダッシュを行うべくエネルギーを溜める。

 

「ッ!」

 

 暴発寸前まで溜めた推進力を一度に放出し、土煙を巻き上げて爆音が鳴る。ガーディアンは地面を抉って弾道ミサイルの如く一直線に泥人形へ向かって跳躍し、振り絞った大盾を突き出して渾身の一撃を打ち込んだ。

 

『……』

「やぁッ!」

 

 しかし加速をつけた一撃は逆袈裟斬りによって簡単に弾かれ、半歩前に出た泥人形は振り上げた雪片を真っ直ぐ振り下ろす。

 

 その一太刀は一つとして無駄はなく、極限まで磨き上げられた一撃に結は寸のところで後ろに躱すが、逃げ遅れた脚を打たれ、そのまま剣先で脚払いを食らって転げる。

 

「ぎぃッ……!」

 

 だが打たれた勢いを殺しはせず、そのまま側転して距離を置くが、泥人形は更に追撃をするべく踏み込んでくる。

 

 逃がしてはくれない。

 逃げても一夏お兄ちゃんが攻められない。

 

 なら突っ込もう。

 

「ぇやぁあ!!」

 

 結は人形が二歩目を踏み込むより半歩早く接近し、上段からの幹竹割りを加速が、入る前に受け止めた。

 雪片の鍔に掌をぶつけてみるが、やはりというかその馬鹿力に根負けしそうになって押し込まれる。

 

 しかし、やっと泥人形の攻撃を止められた。

 かと思えば泥人形は身体を後退させてガーディアンの重心をずらし、そのまま上体を捻って結を引っ張り、結の側頭部目掛けて回し蹴りを放ってきた。

 

「結!」

「ま、だ、だあああっ!!」

 

 上下逆さになった結は地面に手を這わせて押し付け、天に向けた両足で泥人形の顔面を蹴り上げる。

 

『……ッ』

 

 流石に防ぎきれなかったらしい泥人形は守るために出した両腕も捩じ込まれて宙に浮くほどの蹴りをもらって仰け反る。

 

「はあぁッ!!」

 

 その隙を逃す結ではなく、脚部と肩部のスラスターを使って姿勢を戻し、更に斜めの回転を加えて踵落としを喰らわせた。

 

 加速の付けられた一撃は泥人形の胸部にクリティカルヒットし、浮いていた泥人形はまた地面に背を打ち付ける。

 

「やったか!?」

「いや、まだだ!」

 

 一瞬沈黙した泥人形だったが、まるでアメーバか何かが起き上がるように、ぶるぶると震えながら歪んだ身体を元に戻し、二本足だけで立ち上がる。

 

「いやな感じ……」

「マジかよ……」

 

  表情の変わらない泥人形。

 余裕があるわけでもないが、追い詰め切れていない気がして結は焦る。

 

 倒さなきゃいけないわけじゃない。

 止めはお兄ちゃんがやってくれる。

 だから焦るな、怖くない、問題ない。

 

 でも、もし失敗したら?

 

 その時は……。

 

 

 

「結っ!」

 

 

 

 一夏の呼び声にふと顔を上げると、眼前まで接近していた泥人形が踏み込みながらの胴切りを繰り出そうとしているところだった。

 

「えいっ!」

 

 泥人形の雪片を落とした肘鉄と打ち上げる膝蹴りで挟み、威力を落としながら攻撃を阻止し、尖らせた手刀を横たわる刀身へ目掛けておもむろに振り下ろす。

 

 半分より柄寄りの位置から雪片は甲高い金属音を鳴らして真っ二つに折れ、得物を失った泥人形は一瞬取り乱す。

 

 結はそこの隙に折った刀身を逆手に持ち、一息で泥人形の眉間に折れた刀を突き刺した。

 

「今だよ!」

「あぁ!」

 

 眉間に深く刀身が刺さり、頭を抱えて耳障りな雄叫びを上げる泥人形。

 

 一夏は瞬時に『零落白夜』を発動し、結と前後交替して実の姉の姿を真似る泥人形の前に躍り出る。

 

 

「ぜああああああッッ!!!」

 

 

 頭を抱えながら一夏の攻撃を阻もうと伸ばす腕を切り落とし、振り上げた雪片弐式を泥人形の胸から下腹部にかけて真っ直ぐに振り落とし、エネルギーの刃は泥人形に大きな亀裂を作った。

 

 

「いた……!」

「ラウラお姉ちゃん!」

 

 

 一夏が零落白夜によって切り裂いた亀裂から、ラウラの顔が覗く。

 

 しかし、泥人形は頭に刺さった刀をそのまま飲み込み、再生させた両手で開いた切り口を押さえ、無理矢理閉じてしまう。

 

「ふざけんな!?」

「止めるっ!」

 

 すかさず結が飛び付き亀裂をこじ開けようとするが、それよりも強い力でVTシステムの泥の塊は亀裂を塞ぎ、ガーディアンの腕を掴み、ラウラを取られまいと拒む。

 

 負けずと結は自らの腕に絡み付いてくるヘドロに気もくれず、無理矢理ラウラに纏わりついている泥を落とそうと奮闘するが、流動体のそれは中々にしつこい。

 

 気を抜けばラウラは元通りに呑み込まれ、最悪自分自身すら取り込まれそうなほど腕は泥のなかに沈んでいく。

 

「ぐぅぅ……ラウラお姉ちゃんを、返せ……!」

 

 このままでは埒が開かない。

 いくら泥をはね除けようとも上から黒々とした泥が流れ、削れる部分を補充する。

 

 そんないたちごっこを続けて足踏みをしていることに苛つきが募る。

 

 かと思っていると、泥の女戦士は瞳に暗い光を取り戻し、流体を垂れ流す片手を伸ばして結の首に掛けてくる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 もう片方の腕を亀裂に捩じ込む結の腕を掴み、おどろおどろしい嗚咽を漏らして絞め殺そうとばかりに首を絞める手に力をかけてくる。

 

「あ、ぐ……負けるかぁぁああ……!!」

 

 負けじと結も引き戻そうと腕を振るうが、掴んでくる泥の腕は見た目以上の怪力で、じわじわと亀裂から結の腕を引き剥がしてしまう。

 

 そして、抜いた腕を更に強く握り締め、装甲を砕いて何かが割れるような鈍い音が腕の奥から聞こえた。

 

 

 

 

 

「がぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 結の悲鳴を聞いて泥人形は下卑た笑みを浮かべている。

 

 折角一夏が作ってくれた道が塞がれてしまう。

 まだ彼女を救いだしていないのに。

 こんな泥人形なんかに。

 

 まだ負けていられない……!

 

「うぅ……ッ!」

 

 結は泥人形が抑えるISの腕部から自分自身の素手を引き抜き、塞ぎかけていた亀裂へ目掛けておもむろにに突っ込んだ。

 

 瞬間、結の腕に猛烈な熱と不快な電気の濁流、傷口をなで回すような気味の悪いどす黒い泥が絡み付いてくる。

 

 ぼくだけの力じゃ押し負けてしまう。

 ファントムに頼るのは少し気に入らない。

 

 でも、そうしなければ勝てない。

 

 だからお願い。

 

 心のうちで願ってみると、頭の奥から聞きたくもない嫌な声が嬉しそうに返事をし、うなじを伝って全身が焼けるように熱くなる。

 

『オモシレェ……手伝ッテヤルヨ』

 

 食い縛り、それは躍起になって咆哮を上げる。

 

「『オオオォォォォォォッッ!!!』」

 

 十字の中央に入っているバイザー下の左目から、紅の光が漏れる。

 

 鈍く軋む音を出したあと、マスクのクラッシャーが砕けて口当てがアギトのように垂れ下がり、腹の底から響く大声を張り上げる。

 

 それが結のものか、それとも以前の化物のものか、それを見定められるものはいなかった。

 

「ダメだ結、それは……!」

「だい、じょうぶ……!」

 

 危惧した一夏は叫ぶが、すかさず結の言葉に脚を止め、信じることだけしかできなくなった。

 

 

 

 そして以前鈴のISを奪った時と同じ茨がガーディアンの腕と連結し、装甲をパージする。

 泥人形の亀裂を開く結の腕とは別に、首を閉める人形の腕を茨の腕が掴み、ゆっくりと引き剥がした。

 

 腕二対の操作と焼ききれそうな痛みに頭が割れそうになるのを気力だけで繋ぎ止め、亀裂を掻き分け中から銀髪の少女を見つけ出す。

 

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 

 反応はない。仕方ない、引きずり出すしかない。

 だが彼女に触れた瞬間、泥人形は途端に力を増し、結のISの腕をへし折る程の力で潰しにかかった。

 

 ただでさえ結のガーディアンよりも膨れ上がった泥人形が更に出力を上げ、上からのし掛かる勢いでラウラを渡さないと結をISごと潰しにきていた。

 

 

 結も負けじとマニピュレータの出力を上げて泥の腕に対抗し、焼ける素手にはもう感覚が失くなってきた。

 

「ううぅぅ……!」

『ハ、ナ、セェェェ……!!』

 

 いよいよもって後が無くなった泥人形は、ここではじめて怒りの形相を浮かべて全力で結を潰しに往く。

 

 結も対抗してラウラを引き寄せ、もはや支えにしかなっていないガーディアンの腕に意識を割くのがやっとの状況。モーターが熱を帯びはじめ、間接が悲鳴を上げている。

 

 しかし、ガーディアンは雄叫びのような呻き声を上げて首を掴む泥人形の腕を押し上げ、人形の手首を掴んで力任せにねじ曲げる。

 

 

『ギィィアァァァアアアッッ!!!』

 

 

 泥人形は金切り声の悲鳴を上げて逃れようともがくが、ガーディアンはねじ曲げた腕から手を離し、空いた片腕を瞬時に伸ばして泥人形の頭を捕らえた。

 

『廉価物風情ガ! 俺カラ奪オウナンザ! 烏滸ガマシインダヨォッ!』

 

 ガーディアンのもう片方の腕は泥人形の腕を引きちぎって後方へ放り投げ、ラウラが挟まる亀裂の間に指を滑り込ませて力任せに広げる。

 

「お姉ちゃんを、返せ!」

 

 スーツを溶かし、皮膚を焦がす泥に涙を浮かべながらも、結は目の前で埋もれる銀髪の少女を助けたい一心で彼女の腕を掴む。

 

「とっ、た……!」

 

 掴んだその感触を頼りにがむしゃらに手繰り寄せ、泥人形からやっとの思いでラウラを引き摺り出す。

 

 結は生臭い鉄と肉の焦げた臭いのする腕で必死に抱き寄せた。

 

『ゴ、ゴガ……ガエ、返、ゼ……返ゼ……!』

 

 搭乗者を失った泥人形は、ラウラを取り戻そうと捕まれたままの状態から節榑た瞳を此方に向けて怨念のようにのたまう。

 それを朧気な双眸で捉えた結とファントムは、遂に怒髪天を衝く。

 

 

 

 

「かえす、もんかぁぁぁーーーーーッッ!!!」

『木偶ガ、潰レロォォォーーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 結は片腕でラウラを抱きかかえ、もう片方をガーディアンの腕に突っ込む。半ば溶けかけている目の前の泥人形を空いたままのISの腕で地面に振り下ろし、真上からの拳を叩き込んだ。

 

 泥を飛散させながら地に伏した泥人形は崩れ落ち、泥は元の黒々としたシュヴァルツェア・レーゲンに収束し、そこには無惨に砕けた残骸だけが転がる。

 

 

 ガーディアンもマスクの赤い発光が消え、腕は茨の制御を失って地面に転がる。

 

 結は膝から崩れ落ちながらISを解除し、自らも倒れてしまう。

 

「はぁー、はぁー……たす、けれ、た……」

 

 火傷と規格外の操縦により頭がショート寸前だった結は、倒れる間際に優しく寝かせたラウラを一度見つめる。

 

 息をしている。死んではいない。怪我はないようだ。良かった。でも、手当てをしてあげないと……。

 

「お姉、ちゃ、ん……」

 

 そこで結の体は限界を迎え、指一本すら動かせなくなった。

 

 あぁ、まだ引っ張り出しただけなのに、ここで止まってはいけない。動け、動け、動いてくれ。

 

 

 いくら願ってもひりつく腕は持ち上がらず、叫ぼうとしても喉は潰れて声がでない。

 

 

 誰かが駆け寄ってくるのが視界の端で見えた。

 一夏お兄ちゃんかな。早くラウラお姉ちゃんを助けてあげて。早く、早く。

 

 

 あぁ、あの人がいたら、何て言ってくれただろう。

 

 

 

 落ちていく意識の片隅で、結は先生と慕う彼のことを考えていた。

 

 

 




 原作主人公の活躍が少ないけど許して……。

 それと、洒落にならないくらい時間が取れないので更新が滞ります。
 ご容赦ください。


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四十話 失ったもの、得たもの

 ちょっとだけお待たせしました。

 後日談みたいなところです。






 声が聞こえた。

 小さな少年の声だ。

 

「ラウラお姉ちゃん」

 

 私の手を掴み、強く握って離さない。

 振りほどくことなど造作もないはずが、腕は持ち上げることすらままならず、そもそも離す気もわかなかった。

 

「何故私に執着する。どうして助けようとしたんだ。こんな事をしなくても、お前に関係ないだろう」

 

 夢でも見ているような、ゆらゆらとした居心地の中で目の前の少年にそんなことを聞いてみる。

 すると彼はぐっと眉を潜め、泣きそうなのを我慢しながら否定してくる。

 

「そんなこと、ない」

「何が気に食わない? 私はお前の家族でもなければ親しい仲でも無いのだ。見放してもいいだろうに」

 

 自分でも驚くぐらい饒舌なものだ。

 どうにもこの少年の前では口が回るようで、思っている事が止めどなく溢れてくるようだ。

 

「認めてほしかったんだ」

 

 認める? 何を?

 

 お前の強さを?

 

 それとも私の弱さを?

 

「違うの。お兄ちゃんが弱くないって、強くなってるって、知ってほしかった」

「お前という奴は……」

 

 この期に及んで自分ではなく人のために行動していたとは、ほとほと呆れたものだ。

 

 が、しかし。

 認めねばなるまい。

 

 手に入れた力に傲り、回りを弱者と決めつけ嬲り、あろうことか目の敵にしていた相手に負けたとなれば最早かける言葉も見当たらない。

 

 結局、暴走してこいつに救われ、無様な姿を晒した。

 

「そうか、ならば認めよう。お前の事も、奴の事も」

 

 夢から醒める瞬間、少年がほんの少し笑った気がした。

 

 

 

 目覚めると真っ白な天井が私を見下ろしていた。

 

 横を向くと教官が鋭い眼差しでこちらを見ている。

 

「起きたか。気分はどうだ、ボーデヴィッヒ」

「うぅ……教、官。私は……」

 

 大した外傷は無いものの、節々が痛む身体を起こして教官に上体を向ける。

 

「VTシステム。それがお前の機体に組み込まれていた。勿論無断でな」

「ヴァルキリートレースシステム、噂には聞いていましたが、まさか……」

 

 第一回モンドグロッソ優勝者の動きを解析し、それをプログラム化して組み込んだシステム。

 

 コード一つでかつての世界最強と同じ力を得られる反面、パイロットすらパーツの一つとして作動するため、非人道的だと批判を受け、使用禁止とされた禁忌のシステム。

 

「ドイツにはそれ相応のペナルティが下るだろう。お前も知らなかったとはいえ事情聴取があるはずだ、覚悟しておけ」

「はい……」

 

 転校してきた当初の威厳は打ち砕かれ、小さく縮こまるラウラを見て溜め息をついた千冬は立ち上がって声を張る。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はい!」

「貴様は何者だ!」

「私は、私は……」

 

 その問いかけに答えようとして、ラウラは息が詰まった。

 崇拝していた人物の影に囚われ、ついぞ何も成し得ることなく、結局自分は誰でもなかった。

 

「誰でもないなら丁度いい。今後はラウラ・ボーデヴィッヒを名乗れ」

「は、はい」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 しかし、生まれてずっと背負ったいた肩の荷が、ようやく降りた気がした。

 

「せいぜい足掻けよ、小娘。人生はまだまだ果てしないぞ」

「……はい!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 まず騒音で目が覚めた。

 風で揺れるカーテンの音、擦れるシーツ、心拍計やら点滴やらが奏でる機械的な反復する音。人の話し声、足音……。

 

 それら全てが今までの何倍にも大きくなったような騒音に叩き起こされ、目眩がした。

 

 加えてよく洗濯された繊維と消毒用アルコールの独特の匂い、濃淡な膿んだ外傷部位の臭みがごちゃ混ぜになって鼻をつく。

 

 

 くさい……。

 

 

 耐えきれない情報量に鼻と耳を塞ごうとして、腕が持ち上がらないことに気が付いた。

 

 見れば両腕とも肘から指先まで固定されており、右腕は吊るされ、左腕も包帯でガチガチに固められている。左足にも同じような固定器具が設けられておりピクリとも動かせない。

 

 喉を刺す痺れた鈍痛に、首にも似たような器具が巻かれており、全身が動かせなくなっていた。

 

 何一つとして行動の余地を許されない状態に諦めてぐったりとしていたら隣のカーテンが開かれ、向い側のベッドにいたラウラがこちらを見つけた。

 

「居たのか」

「ぁ、ぅあ……」

 

 喋れない。

 もどかしい。

 体力が残っていないのか、治りが遅い。

 

「無理に喋るな、口だけ動かせるならこっちが読み取る」

「ぅ、ん……」

 

 四苦八苦してもぞもぞしていた結は途端に大人しくなり、深呼吸してたどたどしい笑みを浮かべる。

 

「『よかった』だと? この期に及んで人の心配か」

 

 呆れたようにラウラは頭を抑えて頭を振った。

 明らかに重症なはずの少年は、まるで自分のことのようにラウラの身体を労り、代わりに自身の命にはとことん無頓着だった。

 

「お前も、よく今まで生きてきたものだ」

「ふ、へへ、は」

 

 皮肉で言ったのに照れくさそうに笑う結を見てもう何も言うまいと誓う。

 

「『お兄ちゃんのこと』か。あぁ、認めてやるさ。そう約束したのだからな」

 

 少しだけ悔しいのかふくれながらもそう言ってくれたラウラに結は笑い、安心して目を瞑る。

 

「そっちへ行ってもいいか?」

「ぃ、よ」

 

 結の枕元の辺りに腰掛けたラウラは、後ろ手で結の頭を撫でながら、ぽつりぽつりと語りかける。

 

「お前は、どうしてそんなにも他人に拘るのだ」

 

『人とは仲良くしなさい。て、先生に教えてもらったから』

 

 恩師の教えを堅実に守り、自身を蔑ろにしてまでその教示を貫く姿勢はもはや狂気に近かった。

 

「どうしてそこまでして、その人物の言うことに従う」

 

『先生を、信じてるから』

 

 それは純粋であると同時に狭い価値観でしか世界を見れていない証拠であり、善悪以前の問題だ。

 過去の自分を見せられているような気分になり、思わず目を背けたくなったラウラだったが、拳を握って堪えまた質問する。

 

「もし、その先生とやらに裏切られたら、どうする?」

 

 意地の悪い問いだったか、と後ろめたく思いもしたが、それでも聞いておきたかった。

 

 存在しているかも怪しいような心の支えが無くなったとして、この少年は何を信じるのか。それとも何からも離れるのか。

 

『……わからない。けど、それでも、先生に教えてもらったことは守る。守りたい』

 

「そうか……」

 

 健気な姿勢にもう何も言うこともできず、ただ肯定してやる。

 

 もしもこの子が以前の私のように道を踏み外しそうになったら、力ずくでも正してやろう。

 それが私を引き留めてくれたこの子への恩返しであり、年上としての在り方なはずだから。

 

 

 ぐぅぅぅぎゅるるるるるる。

 

 

 ラウラが一先ずの自分の在り方を決めたと同時に、結の小さなお腹からあまりにも可愛げの無い音が鳴り響いた。

 

「えへ、へへ」

「……一気に冷めたぞ」

 

 なんとも締まらない、と嘆くラウラだった。

 

 

 

 




 これにてタッグトーナメント編終了です。
 原作から少し離れながら進めたのでちょっと長引いてしまいました。


 ではでは。


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一夏の特訓編
四十一話 少年と周囲


 さらっと流します


 VTシステムによるトラブル騒ぎで結局タッグトーナメントは中断になり、学園内で密かに噂されていた『優勝者は男子生徒とお付き合い出来る』という話も無効になった。

 

 加えてシャルロットが自分の性を明かし、実は女だったことを告白したことによって女子生徒たちのハートに更なるダメージを増した。

 

 

 お陰で脳内お花乙女畑状態だった女子生徒の大半は現実を受け止めきれず、中には体調不良を起こすものまででた始末。

 

 片腕を吊り松葉杖をつきながらも復帰したばかりの結に飛び付く輩もいたが時を同じくして教室に戻ったラウラによって軒並み迎撃されていた。

 

 

 

 ことの発端である箒はというと、事件の当時何も出来なかった悔しさと、トーナメント中断によって一夏との約束が白紙になったことのもどかしさで一人不貞腐れていた。

 

  結局、あの時私は何も出来ず、アリーナにいた三人が何もかも片付けてしまった。

 いくら言い訳を重ねたところで自分があの場所にいなかった事自体が悔しい。

 

 運も、実力も、何もかも足りない……。

 

 

 剣道場を借り、道着に袖を通して黙想に耽る。

 いくら気を律しようとしても邪念が横槍を入れてきて集中が続かない。

 

 がむしゃらに素振りをしようと晴れないこの気持ちをどうすることも出来ず、落ち着かせようとしても年頃のじゃじゃ馬は言うことを聞いてくれない。

 

 仕方無く部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、偶然にも告白宣言をした相手に遭遇してしまった。

 

「お、箒」

「一夏!?」

 

 戻り際に出くわした想い人を前にして生娘のように取り乱す箒は思わず逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪え、世間話と洒落込もうと口を開くも言葉が続かない。

 

「そういや、この前の約束なんだけどよ」

「!」

 

 今回のタッグトーナメントで優勝したら付き合ってもらう。

 確かにそう言った。

 だが問うの大会は中断され、彼等との実力差をありありと見せ付けられ、正直いって箒のメンタルは崩れ去っていた。

 

 いまここで一夏に「やっぱりあの話無しで」なんて言われようものならこいつを殺して私も死んでやる。

 等と物騒なことを考えていると、告げられた言葉は予想外に甘いものだった。

 

「あの話なんだけどよ、俺はいいぞ」

「ほ、本当か!」

「幼馴染みの頼みだしな、断れないさ」

「それは良かった……」

 

 遂に相思相愛で結ばれる時がきたか……。

 想いが通じて来るべくして結ばれた、などと甘い妄想に耽っていれば、現実を叩きつけられ非情な目を見るのが落ち。

 

「いくらでも付き合ってやるよ、買い物くらい」

「この……馬鹿者が!」

 

 容赦ないブローが一夏のがら空きの胴体に突き刺さり、一撃K.Oを決めた箒はそのまま一夏の屍を踏み越えてさっさと自室に戻って行った。

 

 

 結とラウラが復帰して数日。

 全治数ヶ月はかかりそうだった怪我は見る影もなく治っており、今は片腕を吊っているだけに収まっている。

 

 だが他が完全に治っているわけではないようで、時折足を庇うような歩き方をするので見ている側としては肝が冷えて落ち着かない。

 

 誰か援助するべきか、と回りが見合わせてたじろぐ最中、一人だけ気の迷いを見せず結の腕を持つものが一人。

 

「結、あまり無理はするな。まだ骨がくっついていないのだろう」

「ラウラお姉ちゃん」

 

 流れる動作で結の手を取り倒れないよう肩を優しく掴んで支える。

 

 

 転校当初は近寄り難い気を纏って周囲を寄せ付けなかったラウラ。

 

 タッグトーナメント前にはセシリアと鈴を戦闘不能になるまで叩きのめし、更に回りとの関係に溝を作っていたが、VTシステム事件後に復帰してきた頃には丸くなっており、今のように手厚く結のフォローに徹していた。

 

 

 シャルロットが性を明かし、ついでに男子生徒の大浴場の利用が解禁された時期を鑑みてあらぬ妄想に行き着いた者共と、二組の鈴が一夏にありったけの殺意をぶつけようとしたところ、結と共に鎮圧していた。

 

 これまでの非礼を詫び、鈴にも謝罪をしていた。ラウラに以前のような棘はなかった。

 

 

 どこまで行く、食堂まで。そんな短い会話を済ませてゆっくり、ゆっくりと短い歩幅で二人は歩いていった。

 

 

 ◇

 

 

「ほら、口を開けろ」

「あー」

 

 ラウラは真耶が持たせた弁当の中身をフォークですくい、開けさせた結の口に入れる。

 

 同じ作業を繰り返すだけだが、回りは羨む目線を二人に送って指を咥えている。ラウラは若干の気恥ずかしさを感じながらも、これはただの手助けだと自分に言い聞かせて黙々と食べさせる。

 

 だが一人占めと言うのも面白くなかったようで、見かねた鈴が結とラウラのいるテーブルに勇み足で近づく。

 

「ちょっと、くっつきすぎじゃないかしら? 甘やかすだけじゃダメなのよ」

「弱い犬ほどよく吠えるとは言ったものだ、羨ましいのか?」

 

 ついに噛みついた鈴の逆鱗を撫でるラウラ。

 平たい間に挟まれて結が居心地悪そうに揉みくちゃにされているが、怪我で上手く動けずされるままに文字通り板挟みになっていた。

 

 なによ?

 やるか?

 

 どんどん喧嘩腰になっていく二人を止める手立ても気持ちも起きず、されとて結をそのままにしておくわけにもいかずどうしようかとたたらを踏む周り。

 

「喧嘩しちゃ、だめー……!」

 

 動かせる片腕と肩で無理やり二人を押しのける結に言われて二人は一旦離れるものの、しゃがんで結に詰め寄る。

 

「そうは言うが自分のこともままならないようなお前は見ていて危なっかしい、手助けは必要だろう?」

「だからってアンタだけでしゃばってんじゃないわよ! アタシがやる。いいわよね、結?」

 

 目が据わった二人に言い寄られて若干涙目になる少年。

 

「結、おいでー」

「うぅー」

 

 崖の谷間から這い出た結は片足でてんてんと走り、呼んだシャルロットのもとに半ば倒れるようにして飛び込み、彼女の懐に収まり優しく抱擁される。

 

「やはり大きいほうがいいのか!」

「アタシじゃあ物足りないってわけ!?」

「怪我人だよ二人とも!」

 

 無い物ねだりをする二人をかわいそうな目で見ながら、結は逃げるようにシャルロットの懐に顔を埋めて視線を逸らす。

 

 なんとも愛らしいが、今は悪手過ぎる。

 だらしない顔になるシャルロットに対して修羅もかくやと言うほどの怒気を孕む二人。

 

「難儀な奴だ」

 

 他人事のように茶を啜る箒。

 

「結はモテるな、ははは……」

 

 男として羨みつつ、同情も一入に乾いた笑みを送る一夏。

 

「お二人とも落ち着いてくださいまし」

 

 大人げない二人をどう嗜めるべきかとため息をつくセシリア。

 

 三者三様の対応を見せながら、人数の増えた面子に回りは微笑ましいものを感じていた。

 

 

 結局、間をとって二人に挟まれて昼食を取ることになった結は少しだけ居心地が悪そうにしていたとか。

 

「なんか増えてる……」

 

 小さな焦燥感に駆られる簪が隅から見守っていた。

 




 みんな保護者目線。

 次回、結くんのカラダをまさぐろう!


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四十二話 少年の変化

 お待たせしました。



 VTシステム事件以降、結に嗅覚と聴覚が戻ったらしい。

 

 元々IS展開時は問題なく機能していたらしいが、格納状態でも使える事に本人も驚いていた。

 

 どういう理由で器官が回復したのかは不明だが、それでも何も感じられなかった彼に五感の内の二つが戻ったことが何より喜ばしいことだった。

 

 が、しかし。

 

「ゆ、結。もういいか?」

「もうちょっと、もうちょっと⋯⋯」

 

 膝の上に座る少年に二の腕を掴まれ、肩回りの匂いを遠慮なく嗅がれる一夏はくすぐったさと恥ずかしさで逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

 周囲の女子生徒は羨ましいのかそれともよからぬ妄想を企てているのか一定の距離を保って近付かない。

 

 そこ、メモを取るな。

 

 スケッチをするな。

 

 写真を取るな。

 

「いいなぁ、変わってほしいなぁ」

「むしろお構い無く?」

「はかどるぅ~」

 

 垂れる鼻血に気も留めず、血眼をギラギラさせながら笑顔で一心不乱に筆を走らせる様は狂気の沙汰だった。 

 

「なんだろう、嗅いだことある匂い」

「俺がか?」

 

 郷愁の念か、いつか聞いた『先生』という人物と似ていたのか、記憶の片隅に眠っていた思い出に浸りながら結は突然一夏の胸に顔を埋め、掴んでいる袖を固く握って動かなくなった。

 

 淀んだ歓声が聞こえてくるが、今はそんなものも気にせず胸のうちで震える小さな少年を優しくあやす。

 

「大丈夫か」

「⋯⋯うん、平気」

 

 俯いていて見えないが、消え入りそうな涙声で答える少年はあからさまに大丈夫ではなかった。

 

 どうやって泣き止まそうか、そんなことを考えていたら鐘が鳴り、織斑先生がヒールを鳴らしながら入ってきた。

 

「席に着け、ホームルームを始める」

 

 蜘蛛の子を散らすように慌てて自分達の椅子に飛び付く女子生徒。涙を拭って一夏の膝から飛び降り自分の椅子に乗り上げる結。

 

  心配そうな視線を送る一夏へいつも通りの無表情をみせ、何もないように少しだけ笑ってみせる。

 

 それだけで一夏は何も言わないことにして、口を閉ざした。

 

 

 今日の午前はIS実習。

 

 アリーナに集まり、一般生徒は訓練機での飛行練習が主な内容で、代表候補生及び専用機持ちはそれの補助と指導に当たる。

 

 ISで飛ぶにはPIC、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーと言うものを理解しておく事が重要であり、この装置で浮遊や加減速を行う。

 

「飛べてる!? あたし飛べてる!?」

「ちゃんと飛べてますわよ」

 

 一人で騒ぐ女子生徒の手を引きながら空中で遊泳するように先導するセシリア。

 飛行角度やイメージ等を事細かく詳細に説明しながら教鞭を振るっていたら誰も彼も知識量に追い付けなくなってパンクしてしまったので、今回はあまり喋らず行動を身に付けさせることに徹していた。

 

「飛行ていうのも違和感あるよね」

「そうそう、飛ぶっていうか、浮いてる感じなんだよな」

 

 技能と知識に未だ差がある一夏は教えるにも手一杯で、模範的な説明になりながら教え教わり理解を深めていた。

 

「身体の芯はずらさないで、滑るように進むんだよ」

「わかった!」

 

「矯正は後だ、まずやってみろ」

「はい!」

 

 女子であることを明かしたシャルロットや最近クラスメイトと打ち解けてきたラウラなど、実力をもって代表候補生となった者は教えるのも達者で各々のやり方で他の生徒の補助をしていた。

 

「上代くん、こう?」

「うん、そんな感じ」

 

 ふらふらしながらガーディアンの腕にしがみつき、頭に入っている知識を必死に思い出しながら亀の歩みより遅い空中遊泳に勤しむ女子生徒を、結は暇そうに支えていた。

 

「なんか、今日のラファール動きにくい、んだけど⋯⋯!!」

「そうなの?」

 

 彼女のモニターに表示されている出力と体感的な操作感覚が一致しておらず、飛んでいる機体は次第に降下していくのに焦りを覚えた彼女は無理やり踏ん張ろうとしてスラスターを噴かしてみたが何も起きず、そのまま動かなくなってしまった。

 

「あぶないっ」

「あふんっ!?」

 

 急降下する寸前だった彼女の腕を掴んで引き上げ、そのままゆっくりと地面に下ろしてやった結は直ぐ様ラファール・リヴァイヴから女子生徒を降ろす。

 

 突然の事故に教師や他の生徒が集まってガヤガヤと騒ぎ立てているなかで、結は降りた女子生徒に目もくれず、彼女が乗っていたISの脚部をまじまじと眺め、何か小声で話していたかと思うと脹脛のスラスターを指差した。

 

「ここ、ここがよくない」

「なんだと?」

 

 訝しげな顔を浮かべる織斑先生は故障したISを整備室に運ばせ、授業を再開した。

 

 

 ◇

 

 

「上代、あの時何故ISの故障場所がわかったのだ?」

「えっとね、ここが痛いって聞こえたの」

 

 あのあと整備班が件のISを点検したところ、結が指摘したところに異常が見つかったらしい。

 しかも実際に開いてみなければ分からない箇所だったようで、それを触れることすらなく見つけた結は何をしたのかと、今度は別の話題で騒がれていた。

 

「声? ISのか?」

「うん。ちょっとだけだったけど」

 

 首を傾げる皆に当然のように頷く結。

 以前から自身のISの声は常日頃聞こえていたが、今回は何故かラファールの声が一瞬だけ聞こえたらしい。

 何故他のISの声が聞こえたのかは本人も分からないらしいが、これも身体にISを宿しているからなのかは不明だ。

 

 結の発言に様々な考察や妄言が飛び交いながら姦しくしていると、織斑先生が徐に扉を開いて教室に入り、室内を見回して結を見つけたあと用件を端的に伝える。

 

「上代、お前は今から身体検査があるそうだから保健室に行きなさい」

「わかりました」

 

 今更なんの検査だろう。ギプスが外れたときに殆んどの検診は済んだと思うけど。

 そんなことを考えつつ、やるのだから行かねばならないと言い聞かせ席を立って保健室に向かう。

 

 

 

 そうこうしていたら保健室に着き、中に入るとジャージを着た真耶と白衣を羽織る保健医、それと自称生徒会長の楯無がいた。

 

 楯無と視線がかち合った瞬間、条件反射で防犯ブザーを引き抜こうとした結をすぐさま楯無本人が飛び付いて止める。 

 

「躊躇いって知ってる!?」

「知らない」

「そっか! 迷うって意味よ! 覚えておいてね!」

「はい」 

 

 相変わらずの低い信用度に肝を冷やされる迫真がかった勢いの楯無をみて、一体何をしでかしたのかと頭を抱える教員二名は楯無を放ったらかしにしたまま本題を結に持ち掛ける。

 

「さてさて、アホの子はほっといて本題に入るのだけど」

「酷くないですか先生!?」

 

 取り上げた防犯ブザーを懐に仕舞いながら立ち上がる楯無を無視し、保健医は目隠しを結に手渡した。

 

「これは?」

「前回怪我の治療で出来なかった触覚検査をするから、目隠しして触るの。真耶が同伴者として来てるから下手なことはしないしさせないわ。いい?」

「わかりました」

 

 目隠しで視界を塞ぎ、服を捲られ、上裸に近い状態になる。

 

「全身の触覚検査をするわね。まずは筆で撫でていくから何か感じたら答えてね」

「はい」

 

 言いながら保健医は毛筆で二の腕をくすぐるように撫でる。フェザータッチともいえる撫で方で、端から見ている人間もくすぐられているところを擦りたくなるようなゾワリとする感触。反対の同じ個所も楯無がイタズラ心に満ち溢れている顔をしながらさわさわと撫でているが、しかし結は微動だにせず、触られているのか定かではないようでもやがかった顔をしていた。

 

 腕、顔、首や肋など各部をゆっくりとした動きで撫でているものの、結は一度も反応せずに隈無く撫でられる。

 

「何かしてますか?」

「めちゃくちゃ撫でてる」

「わかりません⋯⋯」

 

 そうか、と答えた保健医は筆で撫でるのを止め、今度は針を取り出した。

 一本を楯無に手渡し、毛筆の時と同じように左右対称の箇所を針で刺激するものらしい。

 

「さて、次は痛覚よ」

「はい」

 

 慎重な手付きで針を摘まみ、触れるか触れないかの位置から針の先端を腕の皮膚にあてがう。

 そこから少しだけ押し込み、細い腕に小さなくぼみが出来るまで押したところで結は少しだけ肩を揺らして声を漏らす。

 

「何か触った」

「うん、ちょっとだけ感じたか」

 

 結が答えた時には針を当ててたところから紅の玉が静かに膨らみ、皮膚を伝って跡を残しながら落ちる。

 

「真耶、消毒液と絆創膏」

「っ、はい⋯⋯」

 

 何事もないように淡々と患部を消毒し、絆創膏を張って処置を済ませた保健医は針を拭ってしまい、今度は二本の試験管を用意する。

 傍のポットからお湯を注ぎ、真水を足して温度調整したものを、先ほどと同じように体にあてがった。

 

 

「今暖かい試験管を当ててるの、わかる?」

「んー⋯⋯あったかい、かな」

「ふむ、温度感知は有りか」

 

 保健医は試験管の中身を冷水に入れ替えて同じように身体の表面に押し当てたところ、結は少しだけ肩を揺らして試験管の当たっている所へ目隠し越しに首を向けた。

 

「今度は、つめたい」

「冷温両方とも感じてるね、問題はなさそうだ」

 

 試験管の中身を流しに捨てて道具を片付けた保健医はさてと腰を持ち上げ別の医療器具を持って並べ始めた。

 

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

「さて、一通り終わったしもう戻っても大丈夫だよ、お疲れ様」

 

 採血と心音を聞いて診断が終了し、軽い貧血気味の結は青い顔でふらふらと保健室から出ようとしたところを真耶に支えられ、昼休憩を知らすチャイムが鳴ったのでそのまま二人は昼食を摂るため今度こそ保健室を後にした。

 

「生徒会長さん。あの子、上代 結君のことをどう思う?」

「そうですねぇ、大人しくって可愛いと思いますよ」

「そうじゃないでしょ」

 

 扇子を開き、鋭い視線を結たちが出て行った扉へ向けて送る。

 そこには『怪訝』と書かれていた。

 

「以前に増して上がった適正率。鬼が出るか蛇が出るか、楽観視も許されないですね」

「念には念を入れる必要、あるかしら」

「むしろ足りないのでは?」

 

 不敵に笑うが腹の底では冷たい汗が滲む。

 この学園にきた当初から結のIS適正率は常人を逸脱した数値を示していた。ISを直接神経と接続し無理矢理シンクロしていると言っても過言ではない状態なのだからある意味当然ではあった。

 

 それが以前の無人機襲撃事件や此度のVTシステム騒動など、幾度となく命を賭した戦いに身を投じる度上昇し、交わる彼のISとのシンクロ状態に何か関係があるとすれば、これ以上のISの使用は結自身の命に係わるかもしれない。

 

 最悪、ISに彼の人格が飲み込まれ、人を超え、ISを超えた存在に成りかねない。

 付け加える様に彼の本来のISの能力を考えると、最早手の付けられない獣が出来上がる。

 

「彼を作り出した輩は、何をやろうとしているの?」

 

 扇子から下がる飾りが瑠璃色に煌めく。

 

 

 

 

 

 





 お待たせしてしまい申し訳ありません。
 別で投稿している三次創作の執筆とリアル事情に忙殺されてこちらが疎かになってしまいました。

 ではまた次回に。


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四十三話 少年のいない一時

 結が余所に行っている時のメインキャラたち。


 昼休憩になっても結が戻ることはなく、どことなく静かな教室では浮き足だったような落ち着いたような、妙な雰囲気のままみなそれぞれの過ごし方で時間を過ごしていた。

 

 一夏と箒、そして他の一組に属する代表候補生と鈴が何も言わず集い、食堂にて昼食を摂っているが、みな何食わぬ顔でパスタを巻いているラウラに神妙な面持ちで視線を送っていた。

 

「(なんでアイツがいんのよ)」

「(知らねぇよ、ついてきたんだよ)」

「(敵意は無いようですし、よいのではありませんか?)」

 

 以前ラウラと一悶着あった鈴は当たり前だがあまり仲が良くない、というよりか苦手意識から遠ざけていた。

 教室が同じなのと復帰したときの謝罪で過去の事に踏ん切りを着けているセシリアは紅茶を飲みながら流していた。

 

「なんだ、私の顔に何かついているか?」

「ソース着いてるよ」

 

 怪訝そうな顔で睨む鈴に目線を送るラウラだが、口元にミートソースが着いていた。見かねたシャルロットに拭ってもらう様は何処か幼子のようなあどけなさがあった。

 

「もう無闇に戦う気はない。あの時の私は自惚れていた、許せとは言わんが謝らせてくれ。すまなかった」

「あ、あぁ、そう……」

 

 タッグトーナメントより前の彼女とはうってかわってまるで別人のようなトゲの無い態度になっていたので、嫌みのひとつでも言おうとした鈴は度肝を抜かれて何も言えなくなった。

 

「それで、お前たちに聞きたいことがあるのだが」

 

 フォークでパスタの大玉を作ったラウラはそれを頬張り、また口の回りを汚しながら一夏たちに訊ねる。

 

「お前たちは結をどう思っている?」

 

 聞かれて、改めて結との関係がどんなものか考える面々。

 

「なんだろうな。弟みたいな、友達かな」

 

 なんだかんだと浅からぬ関わりのある一夏は寂しそうな少年を思い浮かべた。何とかしたいと思いつつ、何も出来ないと苦悩する。

 

「ただのクラスメイトよりは睦まじいと信じたい」

 

 人とコミュニケーションを取るのが苦手な箒はあまり結とは話したことは無いが、それでも嫌われてはいなかった。

 

「良き学友ですわ」

 

 自分の過ちに気付かせてくれた人物の一人であり、成り行きだが助けてもくれた人。件のサンドイッチ事件も怒らず水に流されてしまったときは流石に申し訳無かった。

 

「目つけてないと危なっかしい弟分よね」

 

 人を想う優しさもあるが、危なっかしいところは年相応と言うべきか。時折目につく危険行動にハラハラして落ち着かない。

 

「僕は……人生にきっかけをくれた恩人、かな」

 

 パンツの事は忘れない。

 

 それぞれの言葉で結への思いを語り、改めて少年との距離感を自覚する。長かったり短かったり、はたまた妙な関わりがあったり。

 

 複雑な気持ちこそあれど嫌う理由にはならなかった。

 

「そうか。それでもう一つききたいのだが、ある日の結が生徒寮の一室に入っていくのをお前たちは知っているか?」

「は?」

「あぁ」

 

 ラウラの口から飛び出た爆弾発言に同席していた面々が硬直して場の空気が固まった。

 以前結が病室を抜け出した事を思い出した一夏と箒は当時の騒動を思い出して苦い顔を浮かべる。

 

「ついでに言うとあの生徒だ」

「は?」

「えっ」

 

 ラウラが指差した先には和風定食を片付けていた簪が思わぬところから視線が集まって固まっていた。

 

 学園内でも孤立しており、言ってしまうと同級の一夏達ですら授業以外で結と会うことはISの特訓の他には皆無に等しかった。

 

 それなのに何をしたのか結が自ら誰かの部屋に行くなど聞いたことが無い。

 本人もなんの変わりようもなく平然としているのに、もうそこまで仲良くなったとなれば今まで躊躇ってきた自分達はなんなのか。

 

「少し話を伺ってもよろしくて!?」

「えっ」

「ちょっと座んなさいよ!」

「あのっ」

「手荒なことはしないからさ!」

「待っ」

 

 早々に席に招かれ、左右を挟んで簪が逃げないようにガッチリとガードする箒やセシリア達はゴンとテーブルにコップを叩き付けて威圧的に詰めよった。

 

「結さんと随分仲がよろしいようで」

「なに、誑かしたの?」

「大人しい顔して結構大胆なんだねぇ」

「よさないかお前たち。怖がらせてどうする」

 

 突然囲まれて借りてきた猫以上にびくびく震えている簪に同情する箒。

 

 下手なことを言うと殺されかねない。そんな気がする。

 

「えっと、結とは色々経緯があって……」

「いろいろねぇ」

「経緯かぁ」

 

 あやふやな情報しか出せないが、言ってもいいものか悩む。

 実の姉に襲われているところに介入して引っ張ってきた結果、たまに少年を部屋に招いてはだらだらとアニメ鑑賞に耽るだけ。

 本当にそれだけなのだが、話したところで信じてもらえるかどうか分からない。

 

「あ、君は」

「織斑一夏……!」

 

 強い眼力を放ってくる彼女たちの威圧に気づかなかったが、助けを呼ぼうと見回したところにいた一夏ところを目線があって思わず睨む。

 

 セシリアのサンドイッチで倒れた結を保健室に運び、渋々二人で介抱していた時の記憶が呼び戻される。

 

「簪さん、だっけ」

「この際なんでもいいから助けて」

 

 もはや藁にもすがる思いで一夏に手助けを求む簪は、内心説明していなかったのかと毒づいてもみるが今は身の安全が最優先事項だった。

 

「この人は悪い人じゃねえよ。倒れた結を抱えて保健室まで連れてってくれたんだ」

「自分の部屋じゃなくて?」

「う、うん……」

 

 回りの怪訝そうな顔に萎縮する簪は申し訳なさそうにジュースのストローに口を付ける。

 

 一度は本当に連れ込んだことは黙っておこう。

 だって不可抗力なんだもの。

 

 

 あの愚姉は何をしようとしていたのか、何れにせよなんの良いことも無さそうなので、簪は考えるのを止めた。

 

「そういや病室抜け出した時は結のやつ何処に行ってたかわかるか簪さん?」

 

 バカ野郎、今掘り返すな。

 何をそんな純朴そうな目で見てきているのだ止めろ。そんなことを今私に聞くんじゃない。連れ込んだのは確かに私にだけどあれは意図してやったわけではなくてたまたまあんな形になってしまったただけであって決して幼子に破廉恥な行いをしようなどと考えていたわけではない。

 

 冷や汗を流しながら簪はストレスによって閉め上がった胃に冷たいジュースを流し込み、息を吐いて眼鏡をかけ直す。

 

「私の部屋に、いました」

 

 凛々しい姿勢で簪は席を立ち、早足に食堂を後にした。

 

「やっぱり連れ込んでんじゃない!」

 

 我に返った皆が早々に簪を追いかけ、不毛の逃走劇は昼休憩の終わりまで続いたとか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ひっくしゅっ」

「風邪ですか結ちゃん?」

 

 可愛らしいくしゃみをした結が真耶に鼻を拭かれて恥ずかしそうに眉をしかませる。

 

 幸い真耶が持参してきた二人ぶんの弁当の包みには影響はなく、鼻をかんだ結と真耶は合掌して弁当の蓋を開く。

 

「いただきます」

「ます」

 

 未だに冴え渡る聴覚に慣れきっていない結の申し出により人気の少ない屋外のベンチに二人で腰掛けている二人は、静かだが仲睦まじく昼食を摂っていた。

 

「これ、いい匂い」

「それは最後のお楽しみですよ」

 

 端っこに添えてあったゼリーの包みを嗅ぎながら結は透明感のある甘い香りに夢中になっていた。

 まだ味はわからないが、匂いだけでも楽しめるよう弁当の中身に工夫を凝らすようになった真耶は、うまく匂いに気付いてくれた事に思わず笑みを溢していた。

 

 気になるゼリーは最後と言われてちょっとだけ落ち込んだ結だが、いつもより早いペースで弁当を食べていた。

 

「ゆっくりでいいんですよ、ゆっくりで」

「ん、ん、ふぁい」

 

 真耶は咀嚼して揺れる結の頭を撫でながら、自分も弁当に箸を着ける。

 今度は何を作ってあげよう。

 

 楽しみが増え、小さな手間が愛おしい。

 そんな幸せを噛み締められる事が、何より嬉しかった。

 

 

 

 




 ほのぼの。

 ではでは。


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四十四話 無機物の囁き

「なんでトーナメント中止なのよぉぉおおお!!!!」

「やればいいじゃん! 続けたらよかったじゃん!!」

「あァァァんまりだァァアァ!!!!」

 

 

 彼女達は絶望のどん底に叩き落とされたいた。

 

 理由は一つ。

 

 タッグトーナメントが中止になったから。

 

 それだけなら残念で済むものが大半だった。

 殆どの生徒は専用機など持たず、スポンサーや国への売り込みやPRが目的だった人間はごく僅かだ。

 

 それらもVTシステムの無断使用に注目されて二の次三の次でほぼ影響が少なかった。

 

 では何故彼女たちが地獄の底に落とされたように咽び泣いているのか。

 

 

 実は生徒達の間で密かに噂されていた、()()()()が関与していた。

 

 今回のタッグトーナメントで誰が優勝するかを予想し、それにベットを賭けて当たれば総取り、外れれば賭けたものを失うという、黒一色のアブナイお遊びの景品である。

 

 

 

 それはある日の黛 薫子が一年一組のクラス代表決定戦の打ち上げ時にちゃっかり録音しておいた上代 結の声が録られたボイスレコーダーの複製品。

 

 内容は一部編集され、結の幼い声で『お姉ちゃん大好き』の台詞が録られているものだが、実はこれは少数だが新聞部から限定的に取引されている。

 学生の身分ではなかなか手のでない値段になっており、流通数も少なく需要に対して供給が絶望的に少ない状況だった。

 

 では今回の賭け事でそれが配られるのかと言えばそうではなく、なんとその上をいく上位互換が勝ったものに配られる予定だったのだ。

 

 

 

 内容はなんと結の声を更にいじり、個人の名前を呼ぶように編集されたプレミアム仕様となっていた。

 

 一口数千円からと値段も然ることながらまさかの内容に競争率もはね上がり、よくも悪くもタッグトーナメントの士気は上がり皆ギラギラした闘志を燃やしていた。

 

 大体は専用機持ちに賭けられ、また自信と野心に満ちた輩は自分達に賭け、しかし欲望に染まったタッグトーナメントは全て水に流された。

 

 実に不純である。

 

 返金などなく掛け金は全て新聞部に流され、恨みを買った新聞部も流石に申し訳ないと思ったのか期間限定で一般仕様のレコーダーを三割引で売るようになった。

 

 

 

 それがいけなかったのか、ついに足がついてしまった。

 

「薫子ちゃ~ん、これ何かしら~?」

「それは、その、あのです、ね」

 

 生徒会室のど真ん中で正座する首謀者の黛 薫子と、目の前でふてぶてしく椅子に腰掛ける現生徒会長の更識 楯無。

 楯無の手には新聞部が製作し、販売していた結の声が録音されたボイスレコーダーが握られており、隣の机には薫子のカメラとレコーダーが置かれていた。

 

「VTシステムに関して学園内を探ってたら、まさかこんなものが作られていたなんてね」

「悪いことじゃないと思うの、ね?」

 

 実際問題結は一年一組の所属であり、同学年の一年生達は日に数回見掛ける機会はあるが、他の学年となれば少年との接点が少なく、しかも三年生においては今年が終われば各国代表より貴重な男性操縦者を拝む機会が無くなるのである。

 

 事実ボイスレコーダーの売れ行きは二年、三年生を中心に売れており、果ては賄賂を渡す輩まで出ている。

 

「上代君との関わりがないからってパパラッチ紛いな事をするのは良くないし、今回に関してはもうアウトよ」

「返す言葉も御座いません……」

 

 生徒による物品の製作ならまだ許された。

 しかしそれを販売し、利益を得てしまうとなればもう手がつけられない。

 インフレとはそうやって始まり、偏りが生まれると争いの種になりかねない。

 

「なのでこのボイスレコーダーは没収。後日新聞部も生徒会が捜査に入ります」

「そんなぁ、横暴だぁ! うわぁぁぁん!!」

 

 十代後半とは思えないような駄々を捏ねる薫子を一蹴しても良かったが、楯無はそうせず彼女の肩を掴んで耳元で囁く。

 

「そこで相談なのだけど、今回の売り上げを没収しない代わりにボイスレコーダーの元データを全て頂けないかしら?」

「はぇ?」

 

 楯無の要求とは録られた結の声が全て録音されている。元データの提示。

 販売するための媒体を抜かれるので新聞部としては収入が減ってしまう申し出だが、売上額は毎年の部費に比べれば雲泥の差であり、向こう数年の予算は出来上がっているので決して悪い話ではなかった。

 

 これで売り上げも徴収されてしまうと本当になにも残らない。

 薫子はすぐに首を縦に振り、楯無の話を飲んだ。

 

「交渉成立て事で良いわね」

「ありがとうたっちゃん!」

 

 女の友情は固い握手で証明された。

 

 

「それで、譲り受けた品で遊ぶ気分はどうですか会長」

「なかなか良いわよ」

 

 スピーカーに耳を押し当ててくねくねと気持ち悪く悶える生徒会長を冷たい眼差しで眺める幼馴染みであり生徒会の副会長を務める布仏(のほとけ) (うつほ)は、目の前の残念美人にどうやって仕事をさせようか頭を痛める。

 

「確かにこれが欲しかったのだけど、目的は違うわよ」

「なら今すぐその電源を落としてください」

 

 真面目な声音で言うが身体は蕩けきっている。

 如何せん説得力に欠けるそれに虚はため息を漏らす。

 

「そんなことをしているから妹さんに嫌われるのですよ」

「言わないで虚ちゃん! これでも気にしてるのよ!」

「なら止めてください」

 

 未だ妹に嫌われた傷が癒えない楯無は竹馬の友に傷口を抉られやいのやいのと騒いでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 新聞部が生徒会に摘発されたという噂は生徒の間で瞬く間に広まり、同時に二度と結のお姉ちゃんボイスが録られた声が聞けなくなるとなり市場は地獄の需要過多に陥り、高額な転売で身を棒に振る生徒まで出た始末。

 

「何見てるんだ?」

「ミイラになったミイラ取りっす」

 

 屋上から校舎裏等で必死の懇願やらがめつい取引を素知らぬ顔で眺める少女、フォルテ・サファイアは鉄柵に上体をかけて隣に並ぶ学園の三年生であり恋仲でもあるダリル・ケイシーに答える。

 

 大きなバストを揺らし、金髪のホーステールを靡かせる彼女は自分よりも不毛なゴシップに注目しているフォルテに少しばかり妬いていた。

 

「どいつもこいつも、そんなにあんな小便臭いガキがいいのか?」

「本気の人なんていない。遊び半分なんスよ、みんな」

 

 フォルテにならって躍起になっている生徒を見下ろすダリルは浅ましいものを見るように目を細める。

 

「上代、ねぇ……なんの代わりだか」

 

 腫れ物を見るような目をするダリルはやるせない声で意味があるのかないのかわからない事を呟く。

 

 接点など何もないような彼女でも女子生徒に追い掛け回される少年に何か思うことがあるのだろうか。フォルテは下からダリルの横顔を覗いてみるが何もわからなかった。

 

「どうかしたんスか?」

「なんでもねぇよ」

 

 一言吐き捨ててダリルは屋上を後にした。

 

「ちょっかいでもかけにいくかな」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 とっぷりと日の暮れた晩、アリーナのグラウンドに一人の影が月夜に照らされて歩く。 

 

 

 行先はアリーナのIS格納庫。

 鉄扉を軋ませて開くと、中にはよく整理されながら半ばすし詰め状態の第二世代型ISである【打鉄】と【ラファール・リヴァイブ】が並んでいた。

 

「こんばんは、みんな」

 

 言葉を返すものなど一人もいない。

 それどころかそこに居る人間は結一人だけであり、他はISのみであるはずだが結は開口一番に挨拶をし、格納庫の中央に腰を降ろしてぐるりと辺りを見回す。

 

「今日はどんなことがあったの?」

 

 世間話でもするように気さくな物言いでISたちに語りかける結は決して頭がおかしくなった訳ではない。

 

 VT事件でのファントムとの深い共鳴で自身とISの境界線が一層縮まり、五感機能の一部回復と、ISとの共鳴を感じ取れるようになった。

 

 奇しくも聴力の回復と伴って現れた新たな能力に一度は驚いたが、常日頃聞こえるファントムの声に慣れていたので他のISの声が聞こえたことに対しては大して特別な感情は無く、むしろどこか安心感があった。

 

「そうなんだ、直してもらった方がいいのかな」

 

 暗い格納庫には結の声しか響いていない。

 しかし彼には賑やかなIS達の愚痴や日報等が絶えること無く騒がしさと姦しさを持って耳に届いていた。

 

 人とISの談笑は静かに、しかし賑やかに華を咲かせていた。

 

 

  




 原作の内容を忘れたのでちょっと読み返してきます。
 


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四十五話 壊すものと守るもの

 お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
 明けましておめでとうございます。

 年末の仕事納めと大掃除、家のいざこざと脱力感に追われて筆を執る機会が減ってました。

 ではどうぞ。
 





 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 涙声で連ねる謝罪の言葉はもはや誰にたいしての言葉かも忘れ、ただその行為を繰り返すだけの少年はその場にうずくまり、すがりつく思いで誰かに謝っていた。

 

 見えない誰か。

 

 否、そこには青年だったり少女だったり、十代前半から二十代後半ぐらいの様々な男女が何人、何十人、もしかすれば百も千も越える人数が並んでいるのかもしれない。

 

 亡霊のような青い顔で、無機質に動く口元は少年へ向けた罵詈雑言が乗せられていた。

 

 何故まだ生きている。

 

 早く死ねばいいのに。

 

 お前だけ生きているなんて。

 

 許さない。

 

 許さない。

 

 許さない。

 

 許さない。

 

 

 静かにせめたてる彼らは少年を見下したまま、拒絶の言葉を連ねるのみだった。

 

 お前だけが幸せになれるなんて、あり得ない。

 

 そう言うと彼らは少年の前に道を作り、そのさきにあるものを見せる。

 

 そこには無惨に散らばった人肉の塊。人だったものたち。そして見慣れた制服。

 

 

 一夏達だ。

 

 

 大切な人が消える苦しみを。

 

 俺たちから奪ってきたお前に。

 

 与えてやろう。

 

 

 震える手足で逃げ出そうとする結を彼らは取り押さえ、頭を掴んでまじまじと見せつける。

 

 死を。

 

 何者にも変えられない誰かの死を。

 

 焼き付けろ。

 

 その目に、脳裏に、記憶に。

 

 忘れはしない。

 

 忘れさせない。

 

 

 全てお前のせいだ。

 

 

 

 あ、あぁ……。

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~ッッ!!!!」 

 

 

 

 ベッドから飛び起きた結は全身から吹き出す脂汗も気にせずに寝床から這い出て、夢の中で掴まれていた箇所を撫でる。

 全身を虫が這うような不快感が支配し、夢の中で掴まれていた箇所を見てもなんの痣も無かったが、確かに握られたような感触がざわざわと肌を粟立たせ、腹のなかの蟠りを追い出そうと消化器官は逆流して喉を焼く。

 

「あぁぁぁあぁあぁぁ………………!!!」

 

 まだ瞼の裏に鮮明に写っている彼等の憎悪に当てられて、気が狂う結は震える腕で体を抱き、床に額を擦り付けながら嗚咽を漏らす。

 

 

 ◆

 

 

 

 一時限目の時間になったというのに、結の姿が見えないことに真耶は少しばかり焦っていた。

 

 欠席の連絡は入っておらず、目の前に一席しかない空席に誰もいない事に多少なり不安感を覚えていた。

 

 

 ゆ、結ちゃんが無断欠席をするなんてそんな、織斑先生の方にも連絡は無いみたいですし、何かあったんでしょうか……。

 

 

 疑問は一先ず置いておき、真耶は結が居るであろう地下室に向かった。そこには嗚咽を漏らしてうずくまる、見るに耐えない姿の結がいた。

 

「結ちゃんっ!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯⋯」

 

 部屋の中央で横たわる少年の顔は蒼白で涙と汗、吐瀉物に濡れて悲惨な事になっていた。

 朦朧とした瞳で虚空を眺めている結を抱き起すと結は真耶にしがみつき、とめどなく涙を流してしきりに謝罪の言葉を延々と呟き始めた。

 

「ぼくのせいで、みんなが⋯⋯ぼくが生きてるせいで、死んじゃう⋯⋯死んじゃった⋯⋯!」

「結、ちゃん⋯⋯」

 

 真耶は震える少年の手を掴み、自分の頬にあてがい力強く結を抱き締めた。

 結の震えはふと収まり、それまで連ねていた謝罪は息が切れたように止まって荒い呼吸だけを繰り返している。どっと脱力した結が後頭部から倒れそうになったので咄嗟に結を抱えなおした真耶は涙目でこちらを見上げる少年に優しく微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、結ちゃん。私も、皆さんも、ちゃんと生きてます。ほら」

「⋯⋯⋯⋯真耶先生、生きて、る」

 

 彼女のぬくもりに気が付いた結はようやく我に返り、とめどなく涙を流しながらおいおいと泣き出した。

 

 

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんっ」

「うぉっ。どうした、結?」

 

 会合と同時に一夏の胸に飛び込んだ結は、一夏の制服にしがみついて顔を押し付ける。

 いつもと全然違う少年の行動に困惑しながらも、弟のように思っている少年に甘えられていることがなんとなく嬉しい一夏は、結を抱えて頭を撫でてやる。

 

「怖い夢、見たの」

「なんだよそれ」

 

 笑って誤魔化しながら一夏はしがみついてくる少年を膝の上に乗せて優しく頭を撫でる。涙目の結は息をしゃくらせながらも一夏の体温と匂いに安堵し、強張る体を落ち着かせる。

 

「一夏、上代はどうかしたのか」

「あぁおはよう箒。なんか怖い夢みたらしくてさ」

 

 その程度で泣き出すとは、と箒は悪態でも着こうかとしたが、いつもより小さく感じる結の背中をみて口を紡ぎ、仕方ないとため息を着いて結の背中を撫でる。

 

「どんな夢をみたのだ?」

「みんながね、居なくなる夢」

 

 親とはぐれた幼子のように泣きじゃくりながら答える結は酷く困惑した様子で箒の問い掛けに答える。

 それを聞いた箒と一夏は互いの顔を見合せ、少しだけ微笑んで結に向き合う。

 

「俺たちは何処にも行かないぞ、なぁ箒?」

「無論だ。お前だけを置き去りにするなどあるものか」

 

 あまりに珍しく弱々しい結の姿に、教室中だけでなく廊下の外まで話が広がって小さな人だかりができるが、お構い無しに結は一夏の膝に乗っていた。

 

 注目を浴びればその目線は感染するもので、セシリアや教室の前を通りがかった鈴までやってくる。

 

「どうかなさいましたか?」

「なにやってんのよ結?」

「二人とも」

 

 人目につくところで誰かの膝の上にいる結が物珍しく、訊ねてくる二人に一夏が端的に説明してやると、二人は小さく吹き出した。

 

「なによそれ、アタシならここにちゃーんといるわよっ!」

「勿論私もお側に居ますわ」

 

 その言い回しだとあらぬ誤解を生みそうだが、野暮なことに突っ込むような雰囲気手もないので誰も口を挟んだりはしない。

 

 結はそれでも二人を見上げ、納得のいかないような、寂しい顔をして俯くものだから鈴は頭をかき、一夏から結を引き寄せ抱き締める。

 

「あーもう、泣かないの。ちゃんとここにいるんだから、安心しなさいよまったく!」

「うん……」

 

 ほんのり頬を染めながらも結をあやす鈴は面倒見のいいお姉さんをしていた。

 

 丁度教室に戻ってきたシャルロットとラウラにその現場をしっかりと見られ、あらぬ誤解をしてしまったラウラは鈴に飛び付くがシャルロットに抑えられ、未だ涙ぐんでいる結に変わって一夏が事情を説明するとようやくラウラも落ち着きを持って結に接する。

 

「ならば私の胸を貸そう。なに、遠慮するな」

 

 そう言いながら自慢気に胸を張るラウラだが、寂しい平原のそこに如何にして安心感を求めようか。

 だが結は躊躇う様子もなく、吸い付くようにラウラの背中に手を回し、か弱い力加減で銀髪の少女に抱き着く。

 

「んう……」

「ふぉっ」

 

 あまりに躊躇しないので思わず変な声をあげてしまったラウラだが、奇声による羞恥心より想い人からの抱擁からくる高揚に惑わされ、たちまち動けなくなった。

 

「おおおお結が、結が私の胸のなかに、みじゅから……!」

「ん、ラウラお姉ちゃん……」

 

 イカガワシイ気がしなくもないが、本人とも気を悪くしてはいなさそうなので良しとしておこう。

 

「ラウラ~僕にも抱かせてよ~」

 

 後ろで焦らされていたシャルロットがついに我慢ならずせがむように割ってはいる。

 言い回しになんとも言えない危なさを感じるのも彼女の性なのだろう。

 

 だらしない放心状態で動かないラウラの腕の中から結を抜き取ったシャルロットはそのまま腹の下に結をくぐらせ、背中に手を回して抱き締める。

 

「えへ、僕は結のこと離さないよ」

「うん……」

 

 歯の浮くような台詞でさえさらりと言ってしまうシャルロットだが、そんなことに気を止める余裕もないのか結はシャルロットの腕を掴んで離れない。

 

「……」

 

 普段ほとんど感情をみせない結がここまで動揺し、取り乱すなんてことはない。

 それほどまでに結がみた夢というのは恐ろしく、少年の心の内にファントムのような巨大な影が潜んでいるのだとしたら、それらをどうにかする術が無い自分が何とも歯痒かった。

 

 ◇

 

 

「ダメだ」

「そこを何とか……!」

 

 職員室で、一夏は織斑先生の机の横で両手を合わせ、深々と頭を下げていた。

 対して千冬は一夏に一瞥もくれずに事務作業に没頭している。

 

「上代の外出許可など出せるわけないだろう」

「何とかなりませんか!」

 

 学園島が広いとはいえずっと学園内に居たのでは代わり映えしない日常に退屈してしまうのではと考えた一夏は結の外出許可を認めてもらうべくこうして担任のところまで赴いて懇願しているのだが、返ってくる返答は無理の一点張りだった。

 

「もしも出先で上代が暴れだしたらどう責任を取るつもりだ」

「その時俺が!」

「自分の専用機も乗りこなせていないじゃじゃ馬がか?」

 

 手厳しいが正しい千冬の言葉に一夏は返す言葉も見つからなかったが、それでも彼は食い下がる。

 

「だったら、今よりもっと強くなればいいんだろ?」

「……ほう?」

 

 挑発的な視線を一夏を向けたところ、彼は静かに闘志を燃やしてまっすぐな瞳で此方を見つめてきた。

 その瞳の奥に若いながら静かに燃える闘志を魅せられ、千冬ははしたないと思いつつも不適に口角をつり上げる。

 

「ならば手始めに上級生の代表候補生と手合わせしてこい。話は此方が着けてきてやる」

 

 そう言い千冬は一夏に生徒プロフィールの資料束を無造作に渡す。

 

「言っておくが、一筋縄で勝てる相手だと思うなよ?」

「望むところだ」

 

 千冬の挑発に応えるように、一夏は笑ってみせた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 




 原作の記憶が曖昧なので上級生と軽く戦ってから林間合宿に行かせます。
 


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四十六話 格差と特訓

 久々に書くものだから何もかも忘れてました。







 放課後、アリーナの選手待機室に集合した学園の代表候補生達。

 そこに箒と結の姿がない事にそこはかとなく寂しさを感じながら、一夏は集まってもらった皆と上級生の数が聞いていたより少ない事が気になった。

 

「なんか、足りなくないか?」

「いないのは更識姉妹だ。姉は生徒会、妹はデータ収集で放送室にいる」

 

 遅れて現れたのは今回の集まりを決めた本人である織斑先生だった。

 いつもの黒いスーツを着込み片手にクリップボードを持ってそう言いながら、二、三年生の紹介に移る。

 

「二年生はイギリス代表候補生サラ・ウェルキン、ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイア。そして三年生はアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーだ」

 

 セシリアに似て慎ましい佇まいの少女と、眠そうな半目の少女、そして機嫌の悪そうな眼差しで一夏を睨むホーステールの少女。

 

「サラ・ウェルキンです。専用機こそありませんが負ける気はしませんよ?」

 

「フォルテっす。よろしく」

 

「ダリル・ケイシー。なんでオレがこんなことを……」

 

 三者三様の態度を見せる彼女達だが、誰も一筋縄では太刀打ちできないと思わせる程の威圧感を肌で感じた一夏は姿勢をただし、勢いよく直角の礼をする。

 

「この度は自分の頼みを聞いてくださりありがとうございます!」

「いーいー、堅っ苦しいのは嫌いなんだ。それに……」

 

 ダリルは一夏の顎を掴んで無理やり顔を上げさせ、戸惑っている彼の双眸の奥を冷たい眼差しで見詰める。

 

「お前は人を殺せるほどの力を手にして何をする?」

 

 その質問にどこまでの意味が含まれているのか定かではない。

 先日のラウラとの件も然り、無人機が強襲してきた時や、結が暴走した時、必ず誰かを恐ろしい目に遇わせてしまっていた。

 

 昔、非力だった自分が謎の集団に誘拐されたとき、ただ怯えているだけだったのが嫌で強くなろうとした。

 

 だと言うのに、あの時のような事を繰り返している。

 誰かを助けたいと思っていても実力が着いてこない現実にたたらを踏んでばかりだった。

 

「家族やみんなを……結を、守りたい。いや、守るんです」

 

 見下してくるダリルを見上げ、一夏は答える。

 

「誰かを犠牲にしてもか?」

「誰も死なせない」

 

 若く、青い。

 そんなことできるはずがない。

 

 どれだけ否定しようとも成し得ることなぞ出来やしない。そんな分かりきったことをわざわざ指摘するまでもなく、しかしそれでもダリルとの視線を逸らすことなく言い切る一夏にダリルは不適に笑って掴んでいた手を離す。

 

「ま、知ったこっちゃねぇがな」

 

 吐き捨ててダリルはその場で服を脱ぎ、ISスーツだけになる。

 勘違いした鈴に平手を喰らった一夏は早くもダウンし、同じく勘違いしたフォルテが慌ててダリルの身体を隠そうと脱ぎ捨てられた制服を掴み、低い身長で飛び跳ねながら服を持ち上げている。

 

「何してんだ?」

「それはこっちのセリフっす!」

 

 成り行きはともかく、一年生強化訓練が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 一夏や鈴等の近接格闘型のISはフォルテ、ダリルが主な相手となり、セシリアやシャルロットのような遠、中距離射撃型の機体はサラが指導と模擬戦を担う形になった。

 

「そんなもんか一年生ッ!?」

「ぐッ……まだまだ!」

 

「オルコット、射撃だけに集中しない! デュノアはもっと攻める!」

「「はい!」」

 

 代表候補生とはいいつつもその実力は国家代表に匹敵するものであり、圧倒的な実力差に振り回されている一夏達。

 

 サラに関しては量産機であるにも関わらず、いつかの山田先生のように専用機持ち二人を相手に飄々と空を駆けていた。

 

「攻撃が当たんない!」

「見え見えなんだよチャイニーズ!」

 

 得意の龍砲を連射するものの、ダリルの駆る『ヘル・ハウンドver2.5』は龍砲の射線を予測し、隙間を縫うように避けて甲龍に肉薄して地面へ叩きつける。

 

「ハァッ!」

「うちを忘れてもらったら困るっす」

 

 飛ばされたリンと入れ替わるように飛び込む一夏の前に紺色のIS『コールド・ブラッド』が立ち塞がり、氷の壁を生成して白式の斬撃を阻む。

 

 小柄で最小限の防御だったが、雪片弐型の一撃は簡単に止められてしまう。

 

 姿形は違うけど、結と戦ってるみたいだ……。

 

「私も忘れてもらっては困るな!」

「ちゃんと遊んでやるよゲルマン軍人!」

 

 紫電のような軌道を描いて突撃するラウラのワイヤーブレードを飛び越えるように躱したダリルの後ろに待ち構えていたフォルテが入れ替わるように迎え撃つ。

 

「数だけじゃ勝てないっすよ」

「チィッ……!」

 

 幼い体つきに似つかわしくない鎧に包まれ、身の丈以上の大盾を振り回す少年の影を重ねながら、一夏達はいくら斬っても手応えの感じない氷の壁に距離を置く。

 

「鈴、ラウラ、まだいけるか?」

「一発でもぶん殴る!」

「黙らせてやる……!」

「落ち着いていけよ」

 

 犬歯を向いて躱される怒りを露にするかつての幼馴染みとぶつかり合った軍人を横目に雪片弐型を構え直す。

 

「フォルテ、あれやるぞ」

「大丈夫すかね?」

 

 対してダリルとフォルテの二人は汗一つかかずに隣り合い、ダリルの合図で動き出した。

 

「何かくる!」

「一発で眠らせてやるぜ、一年生!」

 

 ダリルの『ヘル・ハウンドver2.5』が操る炎とフォルテが駆る『コールド・ブラッド』が放つ冷気が混ざり、一拍置いて巨大化。同時に腕を振り抜いた二人の合体技が一夏と鈴を呑み込み爆発した。

 

「『凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)』痺れたろ? 一年生」

「つ、つよ……」

「まだ、まけてな、い……」

 

 地面に伏したと思えばパタリと気を失う二人を眺めながら、ダリルは遠い眼差しで不敵に笑った。

 

「まだ、いける……!」

「しつこい男は嫌われるぜ?」

 

 震えながら立ち上がった一夏は倒れそうなほど低い姿勢のまま片側の背部スラスターにエネルギーを溜め、ダリル目掛けて瞬時加速を発動する。

 

「無鉄砲なのはよくないなァッ!」

「くッ……!」

 

 カウンターを狙って拳を振るったダリルだったが、一夏はダリルの拳に触れることなく彼女の頭上を通り越し、彼方後方へ飛んでいってしまった。

 

「もうお疲れか……うぉっ!?」

 

 振り向いたダリルの眼前に『零落白夜』を発動した一夏がもう片方のスラスターで瞬時加速を行い接近していた。

 だが光の剣が触れるより前に氷の壁がダリルの目前で展開され、一夏の渾身の一撃は阻止されてしまった。

 

「なんだよフォルテ、邪魔しやがって」

「好きな人に怪我してほしくないだけっす」

「そういうとこだよな」

 

 敢えなく勝てないまま終わった一日。

 

 まだまだ先が長そうだと思う一夏だった。




 簪ちゃん出てないけど許して……。


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四十七話 手段と目的

 特訓数日目。


 初日から簡単に潰された一夏と鈴、ラウラの三人だが、一夏の二段加速に上級生達は驚いていた。

 

「まさか二段加速を一年の、しかもISに乗ってまだ三ヶ月も経ってないような初心者が使えるなんてな」

「織斑君は鍛えればもっと強くなれますよ」

「は、はぁ」

 

 通常、瞬時加速とは二回分のエネルギーを消費して加速する方法なのだが、これを操縦者の体感的な操作で行わなければならず、しかも失敗すれば飛行ユニットが爆発しかねない行為。

 

 一夏は瞬時加速を既に会得していたが、複数ある飛行ユニットを別々に操作し瞬時加速を段階的に行ったのはこの戦闘が初めてだった。

 結果として二段加速には成功したものの虚を突いただけに終わり攻撃を当てるには至らなかった。

 

「けど今のうちからそこまで出来るなら張り合いがある、一撃でも当てられたらお前の勝ちだ」

「頑張ります……」

 

 くたくたになりながら上級生の激励に答える一夏。

 

 一方放送室ではわなわなと震える簪の姿があった。

 

「もっと! あれを! 使いなさいよ! 織斑一夏ぁ!」

 

 荷電粒子砲製作のため白式の『零落白夜』のデータが欲しかった簪だが、エネルギー残量を気にするが故単一仕様を出し渋った結果、ほとんど収穫が無かった。

 

 織斑先生経由で白式の観察及びデータ収集の許可は織斑一夏本人から下りているものの、肝心の観察対象が欲しているデータを寄越さないのであれば話は別だ。

 

「ISが完成したら絶対に倒す……!」

 

 もはや対抗心も執着心も関係なく、個人的な恨みでしか見ていなかった。

 

「簪ちゃん……」

 

 扉をほんの少し開き、中を覗く影が一人。

 天才で変態の駄姉こと更識 楯無。

 

 どうにか妹の力になりつつ悪化しかしていない関係の再建を考えてはいるものの、何も行動に移せていない有り様だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「織斑君よく食べるね~、何人前あるのそれ?」

「これで四人前は食ったな」

 

 食卓に重ねられた四人分のプレートと食器。

 丁度器が空になり、積まれた器の上にまた一枚重なる。

 近頃の上級生との特訓で使った二段加速然り、いつもの力と数で圧倒されるクラスメイト達との練習に比べ、技術や積み重ねてきたIS乗りとしての腕で押されいつも以上に疲弊していた。

 

「昨日特訓で張り切りすぎて、試験勉強も重なって食欲が増してさ」

「ふーん、専用機持ちも大変なんだなあ~」

 

 

 

 席を立ちまた食券を買いに行った一夏を遠くの席から眺めていた簪は、ふといつかの記憶を思い出した。

 

「……あの時の結みたい」

 

 結と初めて会話した時、少年は病床に居たというのに体に見合わないような大量の食事を目の前に平然と全て平らげており、明らかに重体だった怪我が数日のうちに完治していた。

 

 

 真っ直ぐ飛ぶだけでもシールドエネルギー越しとはいえ相当なGが掛かっているのに、それを織斑一夏は昨日の三年生との模擬戦で二段加速を行い、一度目と二度目で進行方向が真逆になって相当な負荷が身体にかかっていたはず。

 

 いくら学生時代に鍛えていたとは言っても戦闘機のパイロットでもない人間がそんな負荷を身体にかけられたら数日は全身が痛んで動けなくなるもの。よくて存命悪くて内臓破裂ぐらい。

 

 なのに彼は当たり前に立ち、歩いて昼食を食べている。

 

「……データが採れるならなんでもいいか」

 

 未だに一夏に対しては薄情だった。

 

 

 ◆

 

 

 今日もダリル、フォルテの二人を相手に奮闘する一夏達。

 今回は双刃剣を握り締めるダリルは愉快にアリーナの空を駆け、双肩にある猟犬の頭から炎を吹きながら牽制し、双刃剣でラウラを攻め立てる。

 

「まだまだァ!」

「これしき!」

 

 一夏と鈴を相手取りながら氷壁や氷柱を生み出して二人の攻撃を阻むフォルテ。

 二人の攻撃を先読みしながら氷柱を生成して進路や攻撃を阻み、一切の隙も与えず氷漬けにしてしまう。

 

「鈴、あの時のやつもう一回やるぞ!」

「はぁ!? あんた正気!?」

「いいから撃て!」

 

 言われて鈴は龍砲の照準を一夏の背に合わせ、一瞬の躊躇を挟んで吹っ切れたと同時に全力で放つ。

 

「仲間撃ちて、焦りすぎじゃあ……ほう」

 

 一夏は龍砲が放った衝撃をそのまま背部スラスターに取り込み、無理矢理推進材として活用して爆発的な勢いでフォルテに突進する。

 

 すぐに氷壁を数枚一夏の進路上に生成したフォルテだが、一夏は氷の壁をものともしない勢いでフォルテ目掛けて飛び込み、雪片弐型ですべての氷壁を粉砕。

 

「ゼェァァァ──────────ッッッ!!!」

 

 振り絞った雪片弐型から『零落白夜』を発動しながら振り下ろし、新たに阻害物を出される前に止めを刺しに行った。

 

「しまっ……!」

 

 絶対防御を貫通しシールドエネルギーを根刮ぎ削られた『コールド・ブラッド』は戦闘不能となり、強制的に待機形態まで戻ってしまい、空中に生身で放り出された。

 

「まずっ……」

「フォルテ!」

 

 気づいたダリルが瞬時加速で急降下し、落下寸前のところでフォルテを掴んで抱き抱える。

 

 精密な飛行操作で落ちた彼女には一切の衝撃がいかないように減速の加減をしたダリルだが、反動として内臓の圧迫感に嘔吐感を覚えつつ、それを飲み下して平静を装っている。

 

「ありがと、す」

「いいよ。にしても『零落白夜』か、話には聞いていたがやっぱりトンでもないな」

 

 フォルテを地上に降ろしたダリルの下に遅れてやって来た一夏は大変なことをしたと焦って頭を下げるが、二人とも気にしないと手を振って軽く許した。

 

「油断した私が悪いんだし、気にしなくていいすよ」

「気に障るが試合は試合だ」

 

 それよりも、と続けてダリルは申し訳なさそうに眉を八の字に垂らす一夏の頭を乱雑にかきながら下がっていた頭を持ち上げる。

 

「気にするなつってんだろ。お前がしようとしてる事をお前自身が否定するな」

「それは……ッ」

 

 言われたくなかった真実を言われて一夏は黙るしかなかった。

 

 結が外に出るために強くなろうとしているが、その実手に入れようとしている力は結を殺すためのものだ。少年が他人を見境なく襲うような事が起きる前に、事前に彼を無力化するための力であり彼を殺すための力だ。

 

 どれだけ目を背けようとしても必ずちらつく誰かの死のイメージに震え上がり、足がすくみ、腹の奥から冷や汗が滲み出て足がすくむ。

 

「俺は、間違ったことをしてるんでしょうか……」

 

 後ろめたい感情を節々から溢れさせ、黒いものに憑かれる一夏をダリルは溜め息を吐いたあと額を叩いて気を引く。

 

「『一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ』殺した数が人を神聖なものにする。お前はあのガキを英雄にしたいのか?」

「そんなこと、させません……ッ!」

 

 ダリルの言葉を思わず否定する一夏は最悪の事態を想像して冷え上がる。

 

「お前が人殺しになれば、あいつが英雄になることはない」

「…………」

 

 排他的だが、現実的な考え方に賛同したくもないはずなのに理解出来てしまう事が嫌だった。

 いくら守りたいと息巻いても自分一人が出来ることなぞたかが知れていて、夢も希望も持ち出せない事柄に何も言い出せなかった。

 

「しっかり悩め。だが時間は待ってくれないぞ、織斑 一夏」

「……はい」

 

 もう一度一夏の頭をかいてダリルはフォルテを連れアリーナを去った。

 

「英雄……」

 

 

 ◇

 

 

 放送室に表示された画面をかじりつくように見ている簪がひきつったような笑い声を上げていた。

 

「ふ、ふふ……データ、録れた……」

 

 予想以上の出力数値を出し、録れたデータをみて思わずにやける簪。

 

「これで、織斑 一夏から結を守れる……」

 

 歪な道を真っ直ぐに進む簪はデータメモリを握って早々に放送室を出ていった。

 

「結は私が守るんだ」

 

 




 原作にはない(作者の記憶の限り)上級生との特訓回。
 蛇足的ですが許してください。


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四十八話 証明と協力

 大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!

 なんとかお見せできる程度になったので投稿した次第であります!


 ◇

 

 

 フォルテに勝ち、二段加速を修得した一夏はその機動性を伸ばしながらフォルテとダリルの二人を相手に対抗出来るだけの能力を身に付けた。

 

 伴って一緒になって特訓に参加していた鈴やラウラも各々のスキルアップを果たし、連携の精度も上げた。

 

 

 本日は今の一夏の力量を確かめるべく、一夏とダリルの一騎討ちの試合が行われる。

 

「さァーて、今日お前が勝てば晴れてお前の力が証明されるが、意気込みを聞こうか?」

「絶対に勝ってみせます」

「いいねェ、それじゃあ早速往こうかッ!」

 

 観客など誰もいない静かなアリーナに、けたたましい試合開始のブザーが鳴り響く。

 

 同時に飛び出した両者は互いの得物をぶつけ合い、一度離れた後にスラスターを噴かし、また刃を交える。

 

「ははァッ! こんなもんじゃモノ足りねェだろ!?」

「当然!」

 

 双刃剣事態の対処法は鈴の甲龍が持っている双天牙月で解っているので理解はしているが、甲龍の物よりも小振りで取り回しやすいヘル・ハウンドの双刃剣は軽量な分手数が多く、一撃弾けば次の一手が既に目の前に来ているような速さに何とか食らいつく。

 

 しかしそれだけではない。

 両肩の犬頭が牙を向いて口を開き、明々と燃え滾る火球を飛ばしてくる。

 

 炎の弾を払い除け、揺らめく炎の向こうから爛々とした目を向いたダリルがにまりと笑って双刃剣を振り下ろしてきた。

 

「ダラァァッッ!!」

「ぐッ!」

 

 反応に遅れた一夏は回転の乗った一撃を受け止めてしまい軋む身体に鞭打って、ダリルの双刃剣を押し退け、彼女目掛けて飛翔する。

 

 

 二段加速の応用で片側ずつ使って幾何学的な軌道を描きながら旋回し、飛び交う火球の隙を縫うように寸のところで避けては好機を伺う。

 

 だが『零落白夜』だけでもエネルギーを食う燃費の悪さに加え、通常の二倍の燃料を消費する瞬時加速を片側ずつとはいえ連続して使っている一夏は短期決戦を狙いたかった。

 

「往くぞッ!」

「来なァッ!」

 

 片側のスラスターだけで初動を始め、段階を踏んで両方のスラスターで翔ぶ一夏は『零落白夜』を発動する。それに呼応してダリルも刃に炎を纏わせ両肩部の犬頭に火球を生み出し発射態勢を整え一夏に急接近する。

 

「これでどうだぁぁぁッッ!!!」

「オォラァァァ!!!」

 

 真っ白い光の流星が、巨大な灼熱の火球に飲み込まれる。

 

 貫かれるような熱気に包まれながら彼女の間合いに入った一夏に照準を合わせて両肩部の火球を放つ。放たれた火球を装甲を焼きながら掻い潜り、一夏はダリルの懐に潜り込むが彼女は双刃を振り回して一夏の一撃を叩き斬るように弾く。

 

「俺は、負けない!!」

「何っ!?」

 

 打ち落とされた刀を即座に逆袈裟斬りの構えに持ち直して切り上げ、ダリルの双刃剣を弾き除ける。瞬間に出来た隙で唐竹を繰り出し『ヘル・ハウンド』のSEを根こそぎ削り落とした。

 

 火球が晴れ、試合終了のブザーがアリーナに響き渡った。

 

 中央のホログラムには一夏の名前が表示され、彼の勝利が決定した。

 

「残り、6%⋯⋯やったぁぁぁーーーー!!!」

 

 軽度とは言え火傷を負いながら勝った一夏はひりつく全身に気にも留めず勝利した余韻にたっぷりと浸かっていたが、姿勢を崩して意識が傾き、そのまま地面へ垂直に落下した。

 

「大丈夫かー」

「いつつ⋯⋯なんとか」

 

 当初の目的から多少遠回りこそしたが、それでも上級生に対して勝利を収めた一夏はこの数日で明らかなスキルアップを果たした。

 

 

 その方裏で一人の少女がISの製作に勤しんでいた。

 

「形にはなってきたけど、どうにも稼働データにムラがあってイマイチだなぁ⋯⋯」

 

 現在主流の第三世代型のISでは単一仕様の出力が大きすぎてどのISも燃費が悪く、それに釣られて比較が難しかった。比べて第二世代型は出力自体はどの機体でも安定こそしているもの、やはり旧世代という点から製作中のISに当てはめようとすればスペックの違いからどれも今一つ。

 

「お困りかしら」

「何しにきたの、お姉ちゃん」

 

 現れたのは変態ショタコン残念美人の実姉である更識 楯無だった。

 

 卑屈からではなく軽蔑から距離を取る簪の露骨な塩対応に内心号泣しながらも楯無は咳払いで誤魔化しながら簪にメモリーカードを手渡す。

 

「これは?」

「ミステリアス・レイディの稼働データよ。活用して頂戴」

 

 それは楯無の専用機のデータが詰まったデータだった。

 それだけ言い残して楯無は整備室を出ようとしたが、扉で立ち止まって簪に語り掛ける。

 

「簪ちゃん。貴女はそのISで何をしたい?」

 

 いつものおちゃらけた調子ではなく、真剣な声音に気圧されながらも簪はメモリーカードを握り締めてその質問に答える。

 

「私は、結を守りたい。誰が相手でも、何を言われても」

 

 あの悲しそうな笑顔が忘れられない。

 全てを諦めたようなあの横顔から、きっと自分には計り知れない大きな過去があるのだろうと感じた。

 

「そう、なら強くならなくちゃね」

「うん」

 

 そう言って楯無は今度こそ整備室を出ていき、冷たい室内には静寂が訪れた。

 

「結は私が守る。そのためにも完成させるんだ、私のISを」

 

 もうすぐ完成させてあげるからね、『打鉄弐式』。

 

 視線の先にある未完成のISが応えるように煌めいた気がした。




 上級生との特訓一先ず終了です。

 途中結を乱入させるかで悩んだのですが、結局は止めました。

 


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林間学校編
四十九話 少年とおでかけ


 最近時間と体力が残らずこのように投稿が遅れてばかりで大変申し訳なく思います。

 出来る限り投稿出来るように尽力しますのでどうか今後もこの小説を宜しくお願いします。





 

 

 

 必要な寄り道を経て、やっとの事結の外出許可が降りるようになった。

 一夏及びその他の代表候補生以上の実力を持った生徒、教員もしくはその両方の同伴が条件とは言え、学園島の外へ少年を連れ出せる機会が生まれた事が一夏にとって嬉しいことだった。

 

「結! 今度一緒に出掛けようぜ!」

 

 結の部屋に駆け込んで息を切らしながら事の旨を伝えると、結は呆然としていたがやがて目に光を取り戻して口許に手を当てながら一考。一夏と目を合わせて答えた。

 

「やだ」

 

 一夏は膝から崩れ落ちた。

 まさか断られるとは到底思ってもおらず、一夏の誘いに首を横に振った結は項垂れる一夏に駆け寄って背中を擦る。

 

「なんでなんだよ結~……」

「ごめん、お外はまだ怖くて」

 

 しゅんとさみしそうに眉を垂らす少年を見上げ、一夏は彼の境遇を改めて慮る。

 

 今まで一度も外の世界を知らずに生きてきた結は、限られた空間に居る事が当たり前だった。固く閉ざされた鉄の壁だったり、先の見えない果てしない海であったり、何かが遮っていた。

 

「俺も一緒に行く。俺だけじゃない、みんなもいる。だから、外に出てみないか?」

 

 少しの迷いが結の答えを遅らせる。 

 

「また、誰かに怪我させたら……」

「そうなる前に俺が止める」

 

 慄然とした態度を示す一夏はさまよう結の目を確と見詰め、嘘偽りのない真っ正直な気持ちをぶつける。

 

「お兄ちゃんが、一緒なら」

「本当か、よっしゃ!!」

 

 おずおずと差し出された手を掴み取り、一夏は飛び上がって結を抱き締めながら溢れんばかりに喜んでいた。驚きつつもはにかむ結をみて、一夏は結が以前より笑うようになった気がした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 日を改めて休日に外出することになり、診察衣と制服、パーカーしか持っていない結の服の調達と目前に迫った林間合宿へ向けての水着の新調が今回の外出の目的だった。

 

 校門前に集合する結はパーカーのフードを目深に被って刺すような陽射しの目下に晒されながら待っていると、不意に日陰が自分を覆い隠したので見上げると日傘を刺したセシリアがにこりと笑っていた。

 

「おはよ、セシリアお姉ちゃん」

「ごきげんよう結さん。そんな格好ですとまた倒れてしまいますわ。こちらにおいでくださいまし」

 

 セシリアはそう言いながらショルダーバックから水の入ったペットボトルの封を開けて結に手渡し、飲むように促す。

 両手で大事そうに抱えながら水を飲み、身体に水分が沁みわたる感触に浸っていた。

 

「ぷあ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 水を得た魚のようにふわりとした活力を取り戻した結。

 二人で晴天下の相合傘を楽しんでいればようやく他の面子も集まってきた。

 おおよそいつもの面々が揃ったところで簪がいない事に気が付いた。

 

「簪お姉ちゃんは?」

「ISの作製がもうすぐ完成だから今日は来れないとさ」

 

 本音をはじめとした整備場志望の生徒達と協力して製作に当たっているため、下手に息抜きも出来ない変わりに作業ペースは早いもので、当初の予定よりもかなり進んでいた。

 

 既に八割方まで組み上げられたISは残すところ少しの武装と各部出力の調整をする程度で、学生達だけで造られた物ながら技術は折り紙付きで、各国の最新型ISと肩を並べる程の精度が期待される。

 

「またの機会に一緒に行こうって言ってたぜ」

「うん」

 

 俯く結の頭をフードの上からがしがし撫でてやり、一夏を見上げる少年は困ったように笑っていた。

 

 

 ◇

 

 

 初めて目にするモノレールの異質さにドギマギしながら一夏達に手を引かれ乗り込んだ結は、程よく温度調整された車内で背伸びをし、他には誰もいない車内の窓に張り付いて外の景色を眺めていた。

 

 果てしない海と青空に挟まれ、水平線を越えた先に見えた本州の大地を見付けて興奮気味に一夏に訪ねる。

 

「お兄ちゃん。あれはなに?」

「あれは日本の本土だ。学園島なんかよりもずっとでかいぞ」

「へぇ……」

 

 結の眼差しはモノレールが進むにつれて近づいてくる日本の大地に釘付けだった。

 

 

 

 

 

 目的の駅に着いて全員下車し、結は一夏の手を握って一夏、箒を先頭に七人は移動を始める。

 各国の美女が集まりしかもIS学園の制服を着て歩いていれば目立つのは必然であり、周囲からは小声で話す声が聞こえたり、またある方からは黄色い歓声が届いてくる。

 

 セシリアやシャルロットなど社交場に慣れている者は向けられる視線に笑顔を返したり、ラウラなど厳格な者は慄然とした態度を貫いていた。

 

 未だ奇異の目に晒される事に慣れない一夏は肩身を狭くしつつも手を引く少年に格好を付けたくて肩を力ませながら進む。

 

「うるさい」

「有名税というやつだ。仕方ない」

 

 聴力を人並み以上まで取り戻した結は周囲の歓声に眉を顰ませながらフードを目深に被る。

 

 訪れた知らない街で知り合いの影に隠れながら、向けられるスマホのカメラから視線を外して何でもないように振る舞う。

 

「あれが二人目の……」

「まだ子供じゃん」

「その可愛い御尊顔を拝みたい!」

 

 変な輩は何処にでも沸いてくるようだ。

 

 顔も知らないような人間に観られる事は慣れているはずなのに、今は何故だか心がざわついた。

 

 

 

 

 夏の日差しに情熱的な目線を送られながら一行は市内一大きいのショッピングモールに到着した。

 

 ここにないものは市内の何処にも存在しないと豪語するほどで、実際それだけの品揃えを実現しておりここに来れば一通りの買い物は済むと言われている。

 

 

「それじゃあ僕達はあっちを見てくるね」

「おう、後で合流だな」

 

 臨海学校に向け、貸し切りのビーチで着るための水着選びに勤しむ少女達。

 

 姦しく楽しそうに派手な下着のような布に何故ああも面白おかしく反応できるのだろうとぼんやり考えながら、結は一夏に手を引かれるまま男性用の水着売場に連行された。

 

「結に似合うやつ、パーカーは必須だろ? ならこっちかな……」

 

 一夏は幾つかの水着を持ってきては姿見の前に立ち尽くしている結の体の前にかざしてしげしげと眺めては「違うな」とか「こっちの方がいいかもしれない」とか良いながらまた水着を取っ替え引っ替えに持ってくる。

 

 ついに業を煮やして結は一夏が持ってきた大きめのパーカーとトランクス型の水着をむしりとってこれでいいとざっくばらんに伝える。

 

「これでいいのか?」

「これでいい」

 

 服には無頓着な結は適当に選んだ裾の長い水着を選び、一夏も丁度目に止まった無難な物を持って集合場所に戻ると既に他のみんなが集っていたので驚く。

 

「もう済んだのか?」

「うぅんまだだよ。実はね、みんなの水着を二人に選んでもらおうと思ってさ」

 

 そういうシャルロットは早速二人を連れて女性用の水着売り場に姿をくらませる。

 

「こんなのとかどうかな?」

「どうだ、一夏?」

「アタシはこれ!」

「悩みますわね」

 

 きゃあきゃあ言いながらあれやこれやとビキニであったりパレオだった利を持ってきてはとっかえひっかえに選び倒し、姿見の前でかざして見たり他の者に見せて意見を交換したりする彼女たちを傍から眼福とでも言わんかのような朗らかな笑みで見守る一夏と退屈そうに欠伸をする結。

 

 箒たちに掴まって意見を求められる一夏をほったらかしにして離れていようと彼らから距離を取って待っている緒、突然背中から尖ったもので叩かれるような衝撃がした。

 

「う゛」

 

 振り向くとヒールを履いた見知らぬ女性が冷たい眼差しで見下ろしていて、手に持っていた衣類をばさりと無造作に投げてきた。

 

「ねぇ、これ返しといて」

「誰?」

 

 その女はぴくりと眉を顰め、結の足を踏み躙りながら続ける。

 

「黙って従っとけばいいの。男なんて私たち女の言いなりでいればいいの。分かる?」

「なんで?」

 

 この女が何を言っているのか全く持って分からない結だったかが、異変に気が付いた一夏が箒たちを振り切って結と女の前に立ち塞がり、結から衣類を引っ手繰って女の腕に押し返す。

 

「何? 戻しておいてよ」

「そんなの言われる筋合いはない。自分で戻してこいよ」

「あらいいの? ここで私が叫べばあんたなんか痴漢で捕まえられるのよ?」

 

 卑しくにたにたと下品な笑みを浮かべる女に嫌悪感を感じる一夏。

 この世にISが登場して以来、女にしか動かせなかった超兵器を重んじる動きが世界で起こり、世の女性はそれに傲り男を蔑み下僕のように扱ってきた。

 

 歯向かうのならば冤罪は当然のように横行され即刻逮捕だったりと、それはもう好き勝手のやりたい放題が当然だった。

 

 男性操縦者と言えど、世界でたった二人しかいないイレギュラーは見下されてきた男達からすれば崇められこそすれど下手に権力を持ってしまった女性たちからすれば目の上のたんこぶ、煙たい存在でもあった。

 

 もっとも、目の前のこの女がそこまでの意図でこんなことをしているのかと思いもしないが。

 

「謝るか、痛い目みたいならそれでもいいけど?」

 

 それを言った女は周囲を見回して警備員を見つけ呼びかけようとしたところで結が徐に自分の右手の人差し指から爪を一息に剥がした。

 

「んっ」

「はぁ!?」

 

 赤黒い鮮血が滴り爪を剥がされた指先が痙攣しているが、当の本人は平然とした顔で剥がした爪を女に見せ付ける。

 

「これでいい?」

 

 痛覚が鈍っているからこそできる異常な行為にその女は爪を跳ねのけ口を押えながら逃げ出そうとしたところで既に背後に回っていたラウラに足をすくわれて無様に頭から倒れる。

 すかさず馬乗りになって関節を極めたラウラは女の髪を掴み上げ、ドスの効いた小声で耳元に語り掛ける。

 

「この非礼、貴様のような安い人間の命で償えると思うな?」

 

 そのまま腕をへし折ってしまおうとしたラウラだったが、誰かに肩を掴まれてあらぬ方向に曲げようとした手を止め自分の肩を掴んだ相手を見上げる。

 そこには厳しい目をした千冬がいた。

 

 その後ろでは千冬の背に隠れていた真耶が何事かと背伸びをしながら覗こうとしているがよく見れずにぴょんこぴょんこ跳ねている。

 

「それまでにしておけラウラ」

「⋯⋯教官がそう仰るのであれば」

「やれやれ、手間のかかる生徒だ」

 

 掴んでいた女の手を離すとその女は四つん這いになりながらその場から逃げ出した。

 元世界最強を目の前にして尻尾を巻いたことに更に嫌気がさすが、深追いはするなと言われたし、当の結は何事も無かったと言うふうに自分が爪を剥がした指の背をまじまじと眺めていた。

 

「結、大丈夫か!」

「うん。もう生えてきてるから」

 

 そう言って一夏に指を見せつける。

 

 そこには既に一ミリほど伸びた真っ白い爪が頭を出していた。

 この調子ならあと数時間で何事もなかったように治るだろうがそれでもいい気分はしなかった。

 

「すまん、俺が付いていながらあんな目に合わせちまって⋯⋯」

「何が?」

 

 他人が優しかろうが厳しかろうがそれが『他人』であるならば関係のない、どうでもいいモノだった。

 家族や友人は守り、それ以外とは必要以上に関わらず、義理も仇も等しく受け取らない。

 

 後ろめたい空気が漂う中、千冬の咳払いで気は紛れて、「さて」と二つの水着を取り出した千冬が一夏と結の二人に白と黒の水着を見せる。

 

「二つに絞れたのだがな、どっちがいい?」

 

 言われて一夏がすぐに見たのは黒い水着。

 いつも黒いスーツを身に着け似合っているだけあって水着でも似合いそうだと想像するが、それを他の見ず知らずの人間に見られて視線が集まるのもどうか、と良からぬことを考えてしまい一夏は白い方に目を向ける。

 

 結はそんな一夏の視線を負いながら両方の水着を見比べて繰り方の水着をまじまじと見る。

 

「白、かな」

「黒」

 

 別々の意見が出たことに回りは固唾を飲んだが、一番驚いたのは一夏で、逆に千冬は見透かしていたかのようににやりと笑った。

 

「お兄ちゃんずっと見てたし、こっちの方が良いと思ったから」

「お前は昔から気に入った方を先に見る癖があるからな、黒にしよう」

 

 そう言いながら千冬は黒い方をじっと見つめ、一夏の耳元で耳打ちする。

 

「私がそんじょそこらの男に付いて行くような軽い女に見えるか?」

「そんなこと思ってねえよ!」

 

 それならいい。と身をひるがえして千冬はにまにま笑いながら何も分からないまま事が終ってしまい混乱している真耶を連れて去っていった。

 

 残された者たちはぽかんと呆けていたが、思い出したかのように水着を選びに走って最終的に決めてきた幾つかの水着を持って二人の前に立ち塞がり最終戦別のため目をギラギラさせながら二人の意見を待ち構えていた。

 

 

 ようやく買い物が終って行く当てもないので酷暑の目下に晒されるのも嫌がり学園に戻ろうかとシャルロットが提案したところで一夏は申し訳ないように皆に切り出した。

 

「悪い、俺ちょっと結を連れて行きたいところがあるんだ。みんなは先に帰っててくれないか?」

「それはいいが、二人きりでか?」

「あぁ」

 

 一夏はいつになく真面目な顔で箒にそういい、箒も下手に詮索するのも良くないと黙って了承してセシリアたちに事情を話して一夏たちと箒たちは別の行先に行くため駅で別れた。

 

「一夏お兄ちゃん。何処に行くの?」

「俺の家だよ。俺と、千冬姉の家」

 

 電車は一夏の故郷へと走り出した。

 

 

 

 




 感想で「結を最初に何処へ連れて行くのか」という疑問がありましたが普通に外出させてしまいました。

 とくにそこらへんを考えていなかったので初めての外出が平凡なものになってしまいどうにもヤキモキしますがそこは次回に回します。

 ではでは。


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五十話 二人の記憶

 前回の続き。





 バスに揺らされながら一夏は昨日の事を思い浮かべる。

 

 

 

 ふと思い立った一夏は姉であり担任の千冬が居る寮監室の戸を叩いていた。

 

 ぶっきらぼうに入れと言われて扉を開くと中は酒の空き缶とつまみの袋、脱ぎ捨てられたスーツが散乱しており絶対に他人には見せられない光景が広がっていた。

 

 一夏はため息をつきながらジャージ姿で椅子に腰掛けている千冬と面と向かうようにベッドに腰を下ろし、ここに来た理由を話す。

 

「なぁ千冬姉。結を家に連れていってもいいか?」

「……構わんが、何故だ?」

 

 話と言うのは結の外出許可、というより少年を連れていく場所についてだった。

 

 何故また実家に、買い物なりすればよいのでは、色々といいかけたが千冬は一先ず一夏の言い分を聞くべく口を閉ざす。

 

「なんか、結に知ってほしいんだ。所謂普通の家族って訳でもないけどさ、俺たちだって……」

 

 一夏の言わんとすることを察して千冬は押し黙る。

 確かに自分達には親がいない。一夏の言う普通とは異なりそれなりに苦労もしてきたし、かけてきたがそれでも帰る家がある。

 

「でも、帰る場所があって、待っててくれる家族がいて、そんなところがあるって、結には知ってほしいんだ」

「あぁ……そうだな。好きにしていい」

 

 千冬の答えに一夏は呆けていた口を閉じてくしゃ、と笑う。

 

「ありがとう、千冬姉!」

 

 結に出掛けることを伝えようと立ち上がったところで千冬に呼び止められ、手招きされるのでなんだろうと近付いたら徐に手刀を頭頂部に叩き込まれてしまいその場に頭を抱えながら踞る。

 

「一応学校だからな。織斑先生と呼べ」

「さっきまで何もしなかったじゃねぇか……」

 

 手刀を食らった箇所を押さえながらも一夏はめげずに立ち上げり部屋を後にする。

 

 

 ◆

 

 

 気付けば車窓から見える景色は人の喧騒に包まれた都会から見覚えのある懐かしい街並みに変わっており、見覚えのある建物や風景が目に止まる。

 

「お兄ちゃんの家って、どんなところ?」

「別に言うこともないような普通の家だぞ」

 

 近場のバス停で降車し、もう少しの距離を二人で手を繋ぎらながら歩いた。

 

 七月になったばかりの太陽というのは鬱陶しいほどに暑苦しく、道中の日陰を選びながらしばしば立ち止まって申し訳程度の涼を取ったり水分補給をしたり、時間を掛けてようやく一夏の実家まで辿り着いた。

 

 ポケットから取り出した鍵で玄関を開け、うっすらと埃が積った廊下に面倒臭さと郷愁の想いを募らせる。

 

「よし、中で休もうぜ」

「うん」

 

 一夏に招かれ家に上がる結。

 しかし休むとは言ったものの、手付かずで汚れた家でのんびりするほどズボラではない一夏は申し訳ないと思いつつも結と協力して簡単にではあったが、最低限の掃除を済ませてようやくソファーに腰を下ろした。

 

「はぁー……やっぱり家には人が居なきゃダメだ」

「きれいになった?」

「おう、ありがとな結。手伝ってくれて」

 

 隣に座る少年の頭をぐしぐし撫でてやると、少年はくすぐったそうに目を細める。

 

 

 ◆

 

 

 初めてお邪魔する人の家。もっと言えばごく一般的な民家を見て、上がってみて体感する事が初めての結は落ち着かなくてそわそわしていた。

 

「色々見てみるか?」

「っ……うん」

 

 一夏の許しを得て、一階から順に部屋のあちこちを見て回る二人。

 少し古さを残す家屋だがボロいわけではなく、人がきちんと手入れをしてやれば家というものは長持ちする。

 

 最新の住宅ではないが、必要なものは揃っており姉弟二人が住むには広すぎるほどだった。

 

「ここが俺の部屋」

 

 狭い階段を上がって戸を開くと、受験に行ってからあまり変わっていない学生らしい部屋があった。

 壁にかかった学ラン、勉強机の上に並ぶ教本やノートの類い。本棚には漫画や参考書が並び、それとは別の段にゲームソフトが幾つか立っていた。

 

 少し殺風景だが友人宅によく遊びに行っていたので、遊び道具などはあまり持ち合わせていなかった。

 

「これなぁに?」

「それは、アルバムだよ」

 

 結が指したのは一冊の分厚い冊子。

 開くと一夏が物心付いてからの写真が冊子の途中まで埋め尽くされていた。

 どの写真にも喜怒哀楽が溢れ、家族や友人、恩師や大切な人との写真が多かった。

 

「この人は?」

「その人は近くの道場で師範をしてる人で、そこで箒と知り合ったんだ」

「じゃあこの人」

「中学が一緒だった友達だ。こっちが弾でこっちが数馬。よく三人でつるんでたな」

 

 写真の中には箒や鈴など、知ってる顔ぶれがあり彼ら彼女らの在りし日の姿は結の目には淡く輝いて見えた。

 そんな一夏の思い出が詰まったアルバムだが、少し気になるものがあった。

 

「これより前の写真はないの?」

 

 誰が、いつ始めたのかはわからないが、中に写っている千冬の姿は既にセーラー服のものまでしかなく、それより前の姿はなかった。

 伴って一夏が小学生からの写真しか無く、それより前の写真は一枚とて存在しなかった。

 

「あぁ、写真を撮るようになったのは小学校上がってからで、物心付いたときからこの家に居たけどそれより前の記憶は無いな……」

「ふぅん」

 

 被験体として出生より定期的にカメラのフラッシュを浴びてきた結だが、だからこそ自分でも覚えていないような時の写真が無いことに多少違和感を覚えたのだ。

 

「その時お世話になった人との思い出がちゃんと残るならそれでいいさ。大事なのは今だからな」

 

 思い浮かべるのは顔も知らない両親の事。

 生まれてこの方一度も顔を会わせたことのない蒸発した両親は、千冬に訪ねても「もう関係無い。忘れろ」の一点張りで何も覚えていない。

 

 自分達を見捨てて出ていった二人に何の情も湧かないが、それでも何も知らないままというのはあまりいい気はせず、思い出す度に忘れようとしていた。

 

 いつか会えたら、もし出会ってしまったら、俺はその時どうするんだろう。

 

 どうして見捨てていったと怒るだろうか?

 それともやっと会えたと泣くだろうか?

 

 時々親子というものが恋しくなるときもあるが、無いものねだりをしても仕方無いので忘れようと必死に生きてきた。

 

 それでも頭の片隅には父母の影がちらつく。

 

「……ん……ちゃん……お兄ちゃん」

「へ? あ、どうした結?」

 

 会ったこともない二人を思い浮かべていたら不安がったのか結に体を揺すられて呼び戻された。

 

 何事かと思ったら結がしゃべる前に結の小さな腹がぐぅ、と可愛らしく鳴いて、恥ずかしそうに赤くなる少年の頭をガシガシ撫でる。

 

「飯にするか!」

「うん」

 

 

 

 せっかく故郷に帰ってきているのでどうせなら知り合いのところにも顔出ししておこうと思い、食堂を開いている五反田家にお邪魔することにした。

 

「いらっしゃ……なんだ一夏か!」

「一夏さん!? なんで!?」

「どうも、ご無沙汰してます。蘭も久しぶりだな」

「コンニチハ……」

 

 厨房で豪快に中華鍋を振るっている筋骨隆々なガタイの老人の方は友人である五反田 弾の祖父、五反田 厳さん。

 今だ現役で食堂を開いているのは流石としか言いようがない。

 

 客席を行ったり来たりしているのはこの五反田食堂の看板娘、五反田 蘭。

 燃えるような赤みがかった長髪をクリップで纏め、夏とはいえラフな格好の上からエプロンを着けるのはどうなのだろう。

 ハツラツとした笑顔に妙されたファンは数多く、この子目当てでこの食堂に通う客層がいるのだとか。

 

「今日は弾のやついないのか?」

「お兄なら部屋に居ますよ。丁度お昼だし呼んできますね!」

「いや、俺が行ってくる。その間結を任せていいか?」

「わかりました!」

 

 一先ずの結を蘭に預け、裏口から二階の住居にお邪魔する。

 襖の向こうから聞こえるテレビゲームの音声に呆れながら勢いよく襖を開くと、見慣れた腐れ縁が暇そうに一人遊びに励んでいた。

 

「おい、厳さんが飯だから降りてこいって言ってたぞ」

「もう野菜炒めは飽きたって……一夏じゃねぇか!!」

 

 久しぶりも無しに入ってきた友人に驚きながら、弾は転げてコントローラーから手を離してしまい、ゲーム画面では自機が袋叩きにあって負けていた。

 

「何すんだお前!」

「それより飯食うぞ」

 

 さながらアザラシのように部屋から引き摺り出された弾は渋々階段を降りる。

 食堂の戸を開くと見知らぬ少年と仲良くしている自分の妹の姿が見え、相変わらず猫被ってやがる……などと無粋な事を思いながら一夏に少年の詳細を訪ねる。

 

「なぁ一夏、アイツ誰だ?」

「俺と同じ男性操縦者の上代 結っていうんだ」

「ほーん……なんだとぉ!?」

 

 その情報を聞くや否や弾は結に駆け寄って肩を掴み、無粋極まりない質問責めをしながら前後に揺らす。

 

「お前が二人目の男性操縦者なのか!? 一夏と同じで学園の美少女達とよろしくやってるんだな!? くぅぅ~~……羨ましい!! 心底羨ましい!!! その年で禁断の花園の中に入れるお前がメチャクチャ羨ましい!!!! どうしたらお前のようになれるんだ!! 教えてくれ!!」

 

「うるせぇぞ弾!!」

「ふぐぅ!?」

 

 厨房から飛んできたおたまが弾の側頭部に直撃し、そのまま弾は倒れ揺らされて千鳥足になっている結は蘭によって支えられる。

 

 欲望に溺れた人間というのはここまで醜くなれるのか、そんなことを思いながら一夏は友人の亡骸を回収する。

 

「大丈夫だった、結くん?」

「せかいがまわる」

 

 結は蘭に介抱されながら席に着き、厳さん特製の炒め物定食を目の当たりにして豪快な料理に見入る。

 結の食欲なら一人前くらいは食べきれるだろうと思って二人前注文したが、いざ目の前に出されるとやはりというか、大皿一杯に載った肉と野菜の山に一夏は生唾を呑む。

 

「厳さん、多くないですか?」

「二人とも若ぇんだ、食えるうちに食っとけ」

 

 気を利かしてくれたのか多めによそわれた定食に二人揃って手を合わせてから手を着け、酷暑で消耗仕切った体に食というエネルギーの塊を流し込んでいく。

 

「結、食べきれ無いなら少し食うぞ?」

「大丈夫」

 

 火入れも完璧、量も申し分無く味は言わずもがな安定した旨さ。山盛りの白米に一汁三菜の揃った定食は筆舌し難い幸福感に見舞われ主菜、飯、汁物と箸が進む。

 

 一夏の食べっぷりを横で見ていた結も同じように野菜炒めを多めに摘まんで口に運び、白米を同じだけ口一杯に頬張ってもぎゅもぎゅ言わせながらしっかり咀嚼していた。

 

「すごい、かわいい」

「よく食うよな……」

 

 昼休憩にしていた弾と蘭が一夏と同じ量を食べ進む結を見てほうと感心していた。

 

 それを頬杖をついて眺めていた弾の頭に厳さんからのしゃもじが飛び、見事に当たった。

 

「イッテェ何すんだジジイ!」

「行儀よく食えばか野郎!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる祖父と孫の言い合いにふと目をやる結があれ、と二人を指差しながら蘭に無言の訴えをするが、日常茶飯事なのでもう気にしていない蘭は結の口許についていた米粒を摘まんで口に運ぶ。

 

「うちのおじいちゃん礼儀作法には厳しいから、お兄はいつも怒られてるんだよ」

「へぇ」

 

 その光景を見ていた、他の席に居た蘭ファンクラブの皆様がこぞって顔に米粒をつけて蘭にとって欲しいなどと宣っていたら、そちらにももれなく厳さんからの菜箸が飛んで頭に刺さっていた。

 

「いつもいつも賑やかな店だ……」

「すごい」

 

 主菜も副菜も汁物の具すら残さず平らげた二人。

 

「「ごちそうさまでした」!」

 

 揃って手を合わせ、食べ終わりの挨拶を述べてから会計を済ませる。一夏のポケットマネーから払われ、結いは一夏と店に深々と頭を下げていた。

 

「ちゃんとお礼が言えて偉いわ~うちの子なんて誰に似たのか無愛想になっちゃって」

「先生に、教えてもらったから」

 

 自称定食屋の看板娘で弾達の母親である蓮さんに頭を撫でられながら結は一夏に手を引かれ、弾達に見送られて店を後にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 帰りのバスで、結は今日あった出来事を反芻させていた。

 水着を買った。

 変な女の人に出会ったので爪を剥がしたら、気持ち悪いものを見る目で逃げていった。何がしたかったのかわからないが、もう爪も生えきっているし問題はなくなった。

 

 一夏の家に行った。

 アルバムを見させてもらった。

 人とは存外笑うものらしく、写真の中の人々は皆目映い笑顔を浮かべていた。気になることは幾つかあったが、聞いてもわからないのだから考えないようにした。

 

 五反田家に行った。

 美味しそうな料理をご馳走になった。

 和気あいあいとした空気は懐かしいような慣れないような、居心地のよさに長居しては行けないと思い、手早く食事を済ませて出てきた。

 

 

 窓のそとはまだ明るい。

 日が傾いてきだした頃なのに、灼熱の日光は衰える事を知らず地上を焼いている。

 

「結、どうだった? 外に出てみて」

 

 隣で茹だるそうに汗をかいている一夏に訊ねられ、結は口に手を当てて少し考える。

 

「なんだか、よくわからなかった」

 

 人の醜さに触れたことがある。

 エゴにまみれた人間はいつの間にか全員居なくなり、元居た場所には自分含めて誰も居なくなった。

 みんな消えていった。

 

 人の優しさに触れたことがある。

 先生の。真耶の。一夏達の。時に優しく、時に厳しく、人と言葉を交わし、喜び、愛し、怒り、泣き……。

 

 そのどれもが今まで経験してきた同じ事象と似ているようで何処か違っており、そのちょっとしたギャップをどんな分類にいれるべきか心が静かに揺れ動いていた。

 

「でも、すっごく暖かい気持ちが流れてきた」

「そうか、そっか……なら良かった」

 

 結の言葉を聞き、一夏は今日無理にでも結を連れ出した事を悔やむまいと胸の中で彼に誓い、照れ臭くなって少年の頭を撫でる。

 

 結との距離がまた少しだけ近付いたようで、嬉しかった。

 

 誰もいないバスの中、二人の少年のかすかな笑い声が木霊していた。

 

 





 作者です。
 だらだら書いてきてついに五十話きてしまいました。

 話の展開としてはまだまだ道半ばも良いところでアニメなら一期の途中ですね。全然進んでねぇ。

 これからも続きますのでよろしくお願いします。

 番外書こうかな……。


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五十一話 少年と臨海学校

 長々書いてたら延びてしまった……。


 海岸沿いを走る大型バス。

 車道側の席は車窓に張り付いてよく晴れた海を一目みようと多数の生徒が目を奪われている。

 

 ちなみに席割りで誰が男子生徒と隣になるかで一悶着あったが、先生が隣になるか男同士で座らせるかで多数決を採られ、僅差で男同士の相席になった。

 

 自分の意見すら言わせてもらえずちょっとだけしょんぼりしていた一夏だが、無言で窓の向こうを眺めている結の後ろ姿をみてそんな気持ちも忘れてしまった。

 

「楽しみか?」

「ちょっとだけ、えへへ」

 

 外へ出る事への抵抗感が多少は薄れたのか、控えめにはにかむ様子は見ている側も嬉しいものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数台のバスが止まったのは海沿いに面した旅館の駐車場。

 炎天下の中広場でクラスごと整列し、織斑先生が手短に指示を飛ばす。

 

「今日より三日間お世話になる旅館の女将さんだ、貴様ら挨拶をしろ!」

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 元気の良い挨拶に女将さんはにこにこしながら綺麗なお辞儀を返す。

 

「まぁ、今年も元気な生徒さん達ですねぇ」

「馬鹿なだけですよ」

 

 簡単な注意事項を済ませ、荷解きをするため列を成して旅館に入っていく生徒達を背景に一夏と結が織斑先生に引き留められ、改めて女将さんと対面させられる。

 

「お前達も挨拶しておけ」

「宜しくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 

 勢いよく頭を垂れる一夏の横で同じようにぺこりとお辞儀をする結に女将さんが思わず微笑む。 

 

「ふふ、逞しい弟さんだこと」

「ただの愚弟です」

 

 顔合わせを済ませ、一夏達も荷物を下ろすため部屋に向かう。その途中、数日分の重荷が手から空いた女子生徒達に訊ねらた。

 

「織斑君の部屋ってどこなの?」

「そういえばしおりにも書いてなかったね~」

「教えてよー遊びに行くからさ!」

 

 押し掛ける気マンマンの彼女達になんと答えようか迷っている一夏の代わりに後からやってきた織斑先生が答える。

 

「あー、それなんだが……」

「私と相部屋だ。特別授業が受けたくば来るがいい」

 

 それを聞いた女子生徒達から笑顔が消え、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと散らばっていった。

 

「あ、あはー、私は止めとこうかなー……」

「私もー……」

 

 IS学園に入った者の大半は確かに千冬に憧れてこの学園の門をくぐったが、臨海学校に来てまで煮詰めるような座学に専念する気など毛頭無かった。

 

「ゆいゆいはどこー?」

「真耶先生と一緒」

 

 本音が聞き出したその言葉に第二陣を組んだ者共が死霊の如く這い上がって徒党を組んだ。

 

「因みに上代の部屋は私の部屋の隣だからな」

 

「さーて海行こっか!!」

「泳ご泳ご!!!」

 

 しかし希望は呆気なく潰えてしまい、躍起になって海へと飛び出ていった。

 

 

 ◇

 

 

 一夏と二人で更衣室に向かう途中、道端に妙なものが生えていた。

 

「変なのがある」

「気にするな、気にしちゃダメだ……」

 

 心当たりしかない。

 そして十中八九ろくでもない事に捲き込まれる気がするので極力関わりたくない。

 

 地面から生えている機械仕掛けのウサミミなど意味不明過ぎて逆に触りたくなる。しかも隣に立看板が刺さっており「引っ張ってください」とご丁寧に書かれていた。

 

「抜く?」

「まぁそうするよな」

 

 ウサミミのしたからあの人が飛び出てきたらどうしよう、なんてことを考えながらむんずとウサミミを掴み、根菜を引き抜く要領で腰をいれ、地を踏ん張ってウサミミを引っこ抜く。

 

 存外簡単にウサミミは引っこ抜け、思わず尻餅をついた一夏の真上に影が出来たので上を仰ぐと巨大な人参が落ちてきた。

 

「うおぉああっ!?」

 

 結を抱えて慌てて飛び退き落下してきた人参に注意を払いながら結を庇うように構える。

 

 何が起こるかとヒヤヒヤしていると、巨大人参はパクリと縦に四等分されて中からかの有名人であり全世界から指名手配を受けている天災科学者、篠ノ之 束その人が出てきた。

 

 

 さっき引っこ抜いたものと同じ機械仕掛けのウサミミを頭から生やし、青いドレスの上からフリルのついたエプロン。そのポケットからは懐中時計の鎖が伸び、腰の結び紐に繋がっている。

 

 評して『不思議の国のアリス』を一人で演じているような奇妙な格好だが、彼女自身常識が通用しない相手でありそれも乗じて似合っているのがすごい。

 

「やぁやぁ久しぶり~いっくん!」

「た、束さん……お久し振りです」

 

 天才を超えた天災は実にフランクな挨拶をかましてきて、幼い頃から姉の友人であった顔馴染みの知り合いにどう対処すれば良いのか毎度毎度言葉に悩む一夏。

 

 今こそこうして取っ付きやすいような喋り方をしているが、それは彼女が興味を示した人間だけであり、その他の他人に対しては徹底的な無視か石ころ以下の扱いが主である。

 

 なので結を前にこの人はどんな態度をとるのか、それが不安で一夏はどうやってこの場を切り抜けようかと悩んでいたら結は一夏の腕をするりと抜けて束のところにかけていた。

 

「あ、結……!」

「ゆっくん、久しぶりだねぇ」

「久しぶり束さん」

 

 存外呆気なく、束は結を受け入れてよしよしと頭を優しく撫でていた。というよりもあの二人に面識があったこと自体初耳でありそこに驚く。

 

「結、束さんのこと知ってるのか?」

「うん。施設を出てからちょっとだけ一緒にいた」

 

 そう言われて束に説明を求める目線を送るが、彼女はそれを知った上でニコニコ笑って有耶無耶にしてしまう。

 

「それじゃあ私は箒ちゃんを探しに行ってくるね!」

「あ、ちょっと! まったく、相変わらずだな……」

 

 茂みへ向かって一目散に駆けていった束を見送りながら、一夏はため息をつき結は走り去っていく彼女の背に手を振っていた。

 

 

 ともかくして一夏に連れられ更衣室で水着に着替えた結は、夏服よりも心許ない面積のパーカーを羽織って首もとまでジッパーを閉める。

 

「よし、行こうぜ結」

「うん」

 

 結はサンダルに履き替え、一夏は素足のまま夏のビーチに赴く。

 

 快晴の青天井に見舞われ熱された砂浜は焼けるように熱く、素足でそのまま出てしまった一夏は堪らずその場でたたらを踏んでしまう。

 

 

 奇妙な小躍りをする一夏を奇異の目で眺めながら結は小さな足跡をとぼとぼと砂浜に列ねながら、波打ち際まで歩いていく。

 

「わぁ……」

 

 思わずため息が出るほど広大で、果てしなく、横一文字に伸びる水平線の先には入道雲が起き上がっている。

 

 

 陽射しで目が眩むのも気にせず、さざなみに足を濡らされながら結は穴が空くほど海の向こうを覗いていた。

 

 その眼差しは幼い探求心と、何処か寂しそうな哀愁が入り雑じったような憂いた感情が垣間見えて、一夏は声をかけるのに少しばかり躊躇った。

 

「結、みんなのとこに行こうぜ」

「うん、わかった」

 

 なんだか結が消えてしまいそうで怖くなり、堪らず声をかけたら結はなんでもないように振る舞って戻ってきた。

 

 

 

 夏の海辺というのはどうにも興奮冷めやらぬもので、うら若き十代の玉のような柔肌を心許ない面積の水着で包み、活気溢れんばかりに騒ぎ遊び飛沫乱れる姿は思春期真っ盛りの男子高校生にとっては天国でもあり地獄でもあった。

 

 それでも平静を装えるのは幼少から姉との同居生活に慣れているからだろう。それがなければ即死だった。

 

「織斑くん遊んでる?」

「一緒に泳ご!」

 

 既に濡れている同じクラスの女子達に囲まれながらてんやわんやになっていればいつの間にか手を繋いでいたはずの結がするりと人混みを潜り抜け、そそくさと退避していた。

 

 

 

 逃げたさきには簪と本音が居り、逃げる口実を見つけて二人のもとに近付く。

 

 臨海学校目前で無事ISが完成し、準備やら手伝ってもらった方々の挨拶回り等で東奔西走していた簪に休む間など欠片もなく、瑞々しい格好こそしているが随分やつれていた。

 ふらついている簪を引っ張っている本音はというと、いつもの普段着と同じような耳と尻尾の這えた着ぐるみのようなものを着ていた。暑くないのか。

 

「あ、ゆいゆい~」

「へ? あ、結!?」

 

 結に気が付いた二人は少年の元に駆け寄り結の目線に合わせ並んで屈んだ。

 

「ゆいゆい~かんちゃんのIS完成したんだよ~よしよしして~」

「わかった」

 

 二つ返事でズイと差し出された本音の頭を両手で抱えるようになで回し、蕩けるような笑みをこぼす幼馴染みを隣で羨ましそうに眺めていた簪。

 

「簪お姉ちゃんも」

「へっ」

 

 突然そんなことを言われたかと思ったときには既に結の小さな掌は簪の頭に置かれており、髪止めを避けながら、本音のときと同じように結の胸の中で優しく抱擁されながらよしよしされる。

 

「あ、あっ、あぁっ……!」

「かんちゃんうれしそ~」

 

 異常なまでの優しさに包まれ簪の情報処理能力はオーバーヒートを起こしてしまいガクガクと震えていた。

 

 ついにその場で膝を付き、処理落ちした簪を抱えながらその場を去る本音を心配しながら見送って、手持無沙汰になった結が次に向かったのはセシリアと鈴のところだった。

 

「二人ともきれいだね」

「そうですか? ふふ、吟味した甲斐がありますわ」

「そりゃそうでしょ、なんたってアタシが着てるんだもの!」

 

 蒼いビキニにパレオを纏うセシリアと、オレンジのチューブトップのようなボディラインがよく見える物を着ている鈴。

 二人ともよく似合っていて結もほうほうと感心している。

 

「結さんは皆さんと遊ばないのですか?」

「ぼくはいいよ」

 

 シートを引きながら結はセシリアの言葉に返す。

 下手に無理強いするのも嫌なので早々に割り切って一夏に猫のような身のこなしで飛び乗っている鈴を二人で眺めながら、セシリアはバスケットの中からサンオイルを取り出して肌に塗りはじめる。

 

「お手数ですが背中に塗っていただけませんか?」

「いいよ」

 

 セシリアからオイルを受け取り、うつ伏せでビキニのトップをはだけさせたセシリアの背にそのままオイルを垂らす。

 

「ひゃん!? 直はダメですわ!」

「そうなの?」

 

 人肌まで暖めていないオイルをつけられ、素頓狂な声をあげながら飛び起きたセシリア。

 思わぬ出来事に慌てていたためか、前を隠すものを忘れていたため少年の目の前にありありと見せつけられる形のいい二つの房がふるんと揺れる。

 

「見ないでくださいまし!!」

「見てない」

 

「結さんにも、塗ってさしあげましょう」

「おねがいします」

 

 

 サンオイルを手のひらでのばし、柔らかい頬を撫で回し薄い胸板や華奢な二の腕、指先等を丹念に、全身へ塗り込む。

 あまり外で肌を出したくない結を考慮してパーカーの前だけはだけさせ、結を膝に乗せて抱き合うようにして背中までオイルを塗ってやる。

 

 端からみれば男児の上半身に腕をいれてまさぐっているようにしか見えない構図にいかがわしい行為に取られるかもしれないと思い返して危惧しつつ、これは仕方がなかったと自分に言い聞かせて黙々と塗る。

 

 

 塗っている最中、セシリアの膝から落ちないように彼女の肩に腕を置いてくすぐったそうにしている結をゼロ距離で強制的に堪能させられ、別の意味で頭がお熱くなっていたセシリア。

 

「……ごくり」

「セシリアお姉ちゃん?」

「な、なんでもありまひぇんわ!?」

 

 込み上げてきた情熱を生唾と一緒に飲み下し、何とかして平静を取り持つ。

 

 終わった頃には肩で息をするセシリアを他所に肌に油が纏う独特な被膜感に顔をしかめる結の姿があり、結との過度なふれあいを羨む目やそこにあった極限の葛藤をみた者からの敬意の目がセシリアに向けられていた。

 

 そこへ鈴が不敵な笑みを浮かべながらセシリアの死角に潜り込み、項垂れている彼女の美尻にサンオイルで濡れた両手を突っ込んだ。

 

「んひぃっ!? なんですの鈴さん!!」

「よく耐えたわね。ご褒美よ」

「そんなの嬉しくもな……ひぁあんっ!」

 

 細い指を引き締まった尻肉に食い込ませながら豪快にセシリアの下半身を揉みしだく鈴。

 二人はそのままキャットファイトに発展し、野次馬の声援に囲まれながらオイルレスリングで揉みくちゃになっていった。

 

 

 

 

 またも蚊帳の外に放り出された結は、今度は海の家で休むことに。

 

 木目のベンチに腰掛けぷらぷら足を揺らしながら息を着いていたらタオルで全身を巻いてミイラのようになっているラウラを連れたシャルロットが旅館のほうから出てきて結と目があった。

 

 イエローのビキニトップに黒いボーダーラインが入ったスカートを履いているシャルロットは華の十代の綺麗と可愛い両方を取り込んだ可憐さを魅せていた。

 

「あ、結いたよラウラ」

「いやしかし、まだ心の準備が……」

 

 なにやら要領の得ない返答を垂れ流しているラウラのタオルの端を引きながらシャルロットはもどかしさに頬を膨らませる。

 

「それじゃあ結は僕が借りてくよ?」

「それはだめだっ」

 

 有耶無耶な事しか言わないラウラに痺れを切らしたシャルロットはラウラを巻いているタオルの一端をぐわしと掴み、おもむろに引っ張った。

 

「何をするぅうう~~~~!?」

「ラウラが決心しないのがいけないんだよ!」

 

 目を回しながら出てきたラウラはふんだんにフリルがあしらわれた黒いビキニを纏っており、いつもは降ろしている長い銀髪をサイドアップテールでまとめていて、もじもじと恥じらう姿も相まって年相応の可愛らしさを存分に発揮していた。

 

「どうだ、結?」

 

 いじいじと手遊びに耽るラウラを頭の先から爪先までじっくりと眺め、隅々まで見詰められるラウラは羞恥心と不安感から逃げ出したいのに逃げられない心境に足止めを喰らって動けずにいた。

 

 そこには軍人としての凛としたラウラではなく、一人の幼気な少女が恥じらいを持って立ち尽くしているだけだった。

 

「二人とも可愛い」

「えへへ、ありがとう結!」

「そうかそうか、可愛いか、えふ……ぐふぅっ!!」

 

 結に誉められだらしなく破顔しているラウラの後頭部に、何処からともなく飛んできたビーチボールが見事にヒットした。

 

 結の賛美に有頂天になっていたラウラは飛んできたボールの存在に気づかず直撃をもらい、そのまま勢いよく顔から砂浜に落ちて目も当てられない有り様に結は絶句、シャルロットは頭を押さえてラウラを抱き起こしてきた。

 

「大丈夫、ラウラ?」

「ふ、ふふ……面白い、宣戦布告と受け取った……!」

 

 ビーチボールを掴み、シャルロットと一緒にビーチバレーへと赴くラウラを送り出し、結はまた一夏のところへ行こうと思いぽたぽた歩きだした。

 

 

 

 

 

 一夏のところに付くと、一夏の他に箒の姿もあった。

 

「あ、結」

「上代か」

 

 赤いラインの入った純白のビキニで齢十五歳とは思えないような恵体を包む箒が落ち着かない様子で一夏に水着の感想を求めていた。

 

 箒がもつ一夏への恋慕は結も以前本人から聞いたことがあり、あまり邪魔をするのも良くないなと判断して離脱しようと体を反転させたら眼前に黒い逆三角形が映り、間髪いれずに衝突してしまった。

 

「おっと、すまんな上代」

「千冬先生」

 

 腰にぶつかった結の頭を撫でながら織斑先生は燦々と輝く陽光の下、黒の水着を着けた世界最強の肢体を惜し気もなくさらけ出す。

 

「織斑先生の水着姿よッ!」

「千冬様、なんて神々しい!!」

「神は二物も三物も与えてしまったが、許そうでないか!」

 

 騒がしい人間は何処へ行っても騒がしい。

 いくら見慣れた実姉とは言えこれほどまでに様になっていれば弟である一夏もさすがに見惚れてしまい、言葉を失い焼き付けるように魅入ってしまっていた。

 

「……一夏、おい一夏?」

「あ、あぁ、すまん箒」

 

 軽蔑するような眼差しで隣の幼馴染みを睨む箒だったが、年上とは言えこれほどまでの格差社会を見せつけられて己の非力さを垣間見た。

 

 あの身体、練り上げられている……。

 

 なんて大きさだ……大きいだけじゃない、ちゃんと張りがあり、美しい形を保っている。胸だけでなく、絞まるところは絞まっていて出るところは出ており、その下にすらりと伸びる美脚、非の打ち所がない完璧な身体だ……。

 

 そんな人を相手に私は胸がでかいだけで調子に乗るなど笑止千万、勝てようはずもない……。

 

 一人で打ち拉がれている箒だったが、そんなことで挫けるような乙女心など持ち合わせていない。

 一夏に腕組みをして半ば強引にその場を立ち去り、強敵からの逃亡と意中の相手の一人占めを同時にこなしてみせた。

 

 だがそこまでで、二人きりになった途端吃りだして何も出来なくなるヘタレ具合は未だ健在だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夕飯時、大広間をいくつも列ね、クラスごとに食卓を囲み始まったばかりの臨海学校に心弾ませる少女たち。

 

 そのなかで一人席のど真ん中に座らされた一夏は肩身の狭い状況ながら、旬の海鮮や山菜が色とりどりに並ぶ御膳に手を合わせ、和食ならではの食材の味に舌鼓を打っていた。

 

 大和撫子を地で往く箒や軍の訓練に慣れているラウラは黙々と食卓の料理を食べ進め、生食に慣れていないセシリアなど異国出身の者の半数は刺身に苦い顔をしていた。

 

 時として本わさびを丸々食べてしまい鼻を摘まんで震えるシャルロットの介抱をしつつ、織斑先生に怒られながらその日の夕飯は終わった。

 

 

 

 

 この旅館は個室の浴室がなく、風呂は露天風呂が男女一ヶ所ずつしかないので、貸し切りとはいえ人目を気にする結には些か抵抗があった。

 

 ……ように思われたが、実際はそこまで抵抗されるわけでもなくすんなりと入浴してもらえることになり、拍子抜けした一夏は半ば呆けたまま湯船に浸かっていた。

 

「背中、大丈夫なのか?」

「うん。今はお兄ちゃんしかいないから」

 

 大丈夫、と頷きつつもひしと一夏の隣で顎が浸るくらいに湯船に沈んでおり、それでも思うところはあるのかと妙に納得してみる。

 

「飯のとき居なかったけど、先生たちのとこにいたのか?」

「真耶先生たちと一緒に食べてた」

 

 結は先生たちと一緒に夕飯を取っていたため一緒の席にはいなかったが、それでもちゃんと完食はしたようだ。

 だが味覚障害の都合でいつも飲み込むような食べ方をしているので、やはりもう少し咀嚼をするよう正せねばなるまい。

 

「それにしても、いい湯だ……」

「そう?」

 

 隣から聞こえてくる女子たちの姦しい声に遠い存在のものだと思っていたら、話の内容がやれ胸の大きさだ尻の触り心地だの、親父臭い内容だったので早々に結を連れ退場した。

 

「もうちょっと入らなくて良かったの?」

「名残惜しいがあれじゃ休まるものも休まらねぇよ……!」

 

 こんなところで元気になられては困るものがある。

 ゆったり長湯が出来ることを切に願いながら一夏は浴衣に袖を通し部屋に戻った。

 

 同じように特別サイズの浴衣を着てタオルを首に巻いた結も一夏のあとをぽたぽた着いていく。

 

 戻る途中、結の足取りが覚束無いものになってきたので振り向いたら結の瞼が半分程閉じかけて、一夏に引かれるまま歩いている状態だった。

 

 

「なんだ、もう眠いのか?」

「ん……うん……」

「もうちょっとで部屋に付くから我慢しような」

「んぅ……」

 

 初めての泊まり掛けの外出で気分も昂っていたのか、すっかり疲れてしまったようだ。

 

 部屋に付く頃には殆ど瞼も閉じていて、迎えてくれた山田先生の胸にぽすんと倒れ伏し、そのまま寝入ってしまった。

 

「ありゃ、じゃあ私と結ちゃんは先に寝させてもらいますね」

「わかりました山田先生、おやすみなさい」

 

 申し訳なさそうに結を抱っこし襖を閉める山田先生を見送ったあと、久し振りに兄妹二人きりになって妙な空気に包まれた。

 

「なぁ千冬姉」

「学校では……」

「今はいいだろ、二人きりなんだし」

 

 ここ最近、姉も仕事詰めで苦労ばかりをかけているし、結の事や事件の始末、調査に駆り出されていくら世界最強と持て囃されても疲れは溜まるものだ。

 

「なぁ、久しぶりにしておこうか?」

「そうだな、折角だし頼もうか」

 

 敷いた布団に寝そべり早くしろと急かす姉を見ながら、何処まで行っても変わらないものだ、なんて失笑した一夏はその背中に腕を這わし、指圧のマッサージを施していく。

 

「結の事、ありがとな、千冬姉」

「私が、あっ……したのは、んっ……提案だけさ」

 

 微かな嬌声を漏らしながらなんでもないと言い張る姉に少しばかり悪戯心が芽生えた一夏は背中を押している指に強めに力をかける。

 

「はぅっ!? こら、一夏!」

「もうちょっと素直に喜べないかよ」

 

 姉弟水入らずで年甲斐もなくはしゃいでいたら、突然廊下に繋がる襖をじっと見た千冬になんだと思った一夏。

 千冬は立ち上がって襖に手を掛け勢いよく開くと、外からセシリアや鈴達がどたどたと雪崩れ込んで人の山を成した。

 

「何してんだお前ら」

「あ、や、いえ、いくら兄妹と言えどあんなはしたないこと……!」

「そうよ! ずるいですよ!」

「破廉恥だぞ一夏!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いぐ彼女達を隣で結が寝てるからと静め、事の顛末と内容を聞いてもらったところ入ってきた五人は自分の勘違いに顔を赤くしていた。

 

「どうだ、お前たちも受けてみるか? こいつのマッサージはなかなかだぞ」

 

 

 

 その日の晩、隣から聞こえてくる多人数の嬌声に苛まれながら、尚もぐっすり寝ている結を羨みながら寝不足に陥る真耶だった。

 

 




 次回、箒の専用機登場。
 ついでに結の追加武装も登場。



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五十二話 紅と盾

 ワクワクしてきました。







 まだ早朝と呼ぶには日が昇りきっていない、陽光の縁が水平線から空を橙色に染め始める頃、真耶は不意に頬を撫でた窓から漂う潮風に目を覚ます。

 

「やぁ、牛女」

「へ、うし……? あなたは、篠ノ之博士……?」

 

 ベランダの手すりに腰を下ろし、窓の外からこちらを見下ろしている彼女に驚きながら、手探りで眼鏡をかけ奇天烈な格好をしている女性を見上げる。

 

「一つ忠告しておいてやろう」

 

 こちらの言葉、意見は何一つとして聞く耳を持ってくれない。以前織斑先生に訊ねたときに聞いた人物像と同じだ。

 

「あまりその子に肩入れしない方がいいよ」

「それは、どういう……?」

 

 その子というのは今自分の胸のなかで寝ている結の事だろう。

 静かに寝息を立てている少年の寝顔を一度見てもう一度束を見上げる。

 

「辛い思いをしたくないなら関わらないでいることだね」

 

 それだけ言い残すと束は手すりから後ろに倒れながら姿を消し、慌ててベランダに出て下を覗いても彼女の姿は見当たらなかった。

 

「結ちゃんは、何者なんですか……」

 

 真耶のぼやきは漣の音にかき消され、涙で日の出に目が眩んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 本日の予定は昨日とはうってかわってIS実習。

 専用機持ちはそれぞれの機体の機能チェックや属国から送られてきた追加武装の確認が主で、それらのテスト運用が行われる。

 

 一般生徒は訓練機での飛行訓練や野外での操縦訓練が主になっている。

 

「それぞれ班に別れて訓練を行う、準備に取り掛かれ!」

「「「はい!!」」」

 

 織斑先生の号令で機材を取りにあっちこっち走り回る彼女達を横目に一夏たちは自分達も作業に移ろうと振り向いた瞬間、海岸に面した崖から聞こえてきた地鳴りのような音に気づいて振り向くと、昨日見たばかりの人影が崖の側面を走り降りてきた。

 

「なんだぁっ!?」

 

 考えうる限り人のやる行動ではない目の前の現象に驚いて中止する、突拍子もなく急斜面を走り落ちてきたのは彼の天才発明家であり全世界から指名手配を受けている最重要人物、篠ノ之 束だった。

 

「ちーちゃぁぁあああぁぁぁいたたたたたたたたた!!!??」

「やかましい」

 

 斜面降下中に飛び上がり、かつての幼馴染みであり唯一の親友へ向かってルパンダイブをかます束だが、千冬はこれを即座に片手で受け止め簡単に吊り上げる。

 こめかみに指が食い込みそうな程のアイアンクローをくらいながらもけらけらと笑っている。

 

「久し振りだねぇ箒ちゃん」

「お久しぶりです」

 

 無造作に砂浜に捨てられるが何事もなかったように立ち上がり、今度は箒の側に寄るが箒は実の姉を相手にほとんど目も会わせず冷たい態度で対面している。

 

「見ないうちに随分大きくなっちゃって……ふへ」

「それ以上近付くなら殴る」

 

 コンプレックスである胸に視線を向けられ鬼のような目付きで姉を睨む箒。

 あまりの嫌われようだというのになんの悪びれもせずへらへら笑う彼女を一夏は目が合わせづらくなるのに、結は事情を知らないためか平然と近付いていく。

 

「ゆっくんもいっくんも、昨日ぶりだねえ」

「おはよう」

 

 初対面ではないからか、なんの抵抗もせずひょいと抱えられる結を見て二人の関係性が気になったが追求はしない。

 

 

 奇妙なワンピースを着て出てきた天災と称される彼女を目の当たりにした一夏と千冬、結以外の生徒達はISを作った張本人であり世界中から逃げ回る束を見て硬直し、どよどよと混乱に陥る。

 

 頭を抱える千冬はそのまま結を抱えてぐるぐる回っている束を小突き、生徒の前に突き出して自己紹介をするよう迫る。

 

「皆が混乱しているだろう。自己紹介くらいしろ」

「え~⋯⋯私が天才の束さんだよ! はい終わり」

 

 あまりにもおちゃらけた台詞にもう一度拳を束の頭上に振り下ろす千冬だが、それをすんなり避けられて青筋を立てる。

 

「ちーちゃんに愛してもらえるのは嬉しいけどスキンシップが過ぎるよ!」

「誰がお前など愛するものか気持ち悪い」

 

 片や世界最強、片や天災発明家。

 この世で知らないものなどいないと吟われる世界中から注目される二人が揃い、しかも互いに旧知の知り合いであるためかじゃれる姿に夢でも見ているのかと錯覚するほどだった

 

「あ、あの! 篠ノ之博士の御高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 その中でセシリアは興味と好奇心で束に声を掛けにいく。束の事を知っているものはそれを止めようとしたが、既に遅く束はさっきまでの明るい雰囲気はなくなり冷めた眼差しでセシリアを睨む。

 

「誰だよオメーはよ金髪女。束さんはいっくんたちと話してるのになに邪魔してくれてんだよねぇ」

「え、あの……」

 

 元来、篠ノ之 束は他人を人として見ておらず、道端の石ころと同じ扱いをしていた。自身の両親ですらそのような態度をとっており、千冬に出会うまでその癖は治らず、千冬に矯正されてやっと言葉を返すくらいにはなったらしい。

 

 それでも自分が興味を示さない人間には最低限以下の話しかせず、迷惑そうに相手の話を遮って止めるのが主だった。

 

「私の時間を邪魔するなんて……ん?」

 

 言い責めようとしていた束は目と鼻の先まで近付いたセシリアの顔を至近距離でまじまじと睨み、見詰めながら訝しげな表情を浮かべる。

 

「君、ハイド君の娘かい?」

「は……ハイド?」

 

 誰の名前か、聞いたこともない誰かと関連付けられてセシリアは困惑しているが束はそんなこと気にする素振りも見せず一人でけらけら笑っている。

 

「やっぱりそうだ! ははっ。こんなところで会うなんて面白いなぁ!」

「あ、あの、何を言って?」

 

 他人を道端の石ころ以下のように扱う束が見ず知らずのセシリアにこれほど友好的な態度をとるのは珍しい、どころか初めて目にした束の知人達は目を剥いていた。

 

 認知される前と後の温度差にまだおろおろしているセシリアを抱き上げて軽々と舞っている束。

 そんな束はセシリアの耳元に口を近付けぼそりと呟く。

 

「君のお父さんの部屋を覗いてみな」

 

 その声音は問い詰められた時のものよりも暗く、ねばつくような嫌悪感がした。

 

「父の……?」

 

 そこでようやく砂浜に降ろされ、束の間で起こりすぎた出来事に頭がこんがらがっているセシリアは、最後に言われた一言が頭の奥にへばりついて取れなくなった。

 

「さぁさぁ皆様お待ちかね! 篠ノ之束の最新作にて最高傑作、箒ちゃんの専用機であり世界でたった一つの第四世代のご登場、その名も『紅椿』!」

 

 そう言いながら束が空を仰いで手を振り上げると、上空から大きな八面体の結晶のようなものが砂浜に着地し、がパリと開いて中から華々しい紅色のISが一機、乗機姿勢で格納されていた。

 

「これが、私の専用機⋯⋯」

 

 目を見開いて対面する自身のISに奮え、見入っている箒の横顔を眺めてにこにこしている束はあえて何も言わず、もう一度点を仰いで高らかに宣う。

 

「まだまだいくよ! お次はゆっくんの追加武装!」

 

 展開された八面体だったものが姿を変えて八枚の小型盾となり、四枚ずつ連なって二対の束になる。

 

「ビットとして無線操作可能な小型シールドが八枚、追加ブースターとしても活用できる優れもの! 機能はまだまだ残ってるけど、それは使ってからのお楽しみ♪」

「すごそう」

 

 案の定と言うか、嬉しそうでも嫌そうでもない結は無表情でぺこりと束に頭をさげ、束もふやけた笑顔を引っ提げて結を抱き上げながら少年の頭を撫でまわしている。

 

「さーてフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補助に入るからすぐに終わらせるよ!」

 

 機体に乗り込んだ箒の性能に合わせて出力調整や機体の微調整のため特異な形をしたホログラムキーボードを叩く束。

 

 その後ろであまりよく思っていないらしい一般生徒がこそこそと小声で話し声を立てている。

 

「アイツの姉妹だからって代表候補でもないのに専用機なんて⋯⋯」

「不公平だよね~⋯⋯」

 

 言ったところでどうしようもない。しかし誰もが欲しがる自分だけの専用機を家族だったからなんて理由で与えてもらえるならよく思わないのも当然である。これには千冬も閉口し、箒は少しだけバツが悪そうに視線を逸らす中、束はそんな生徒の言葉を聞いてキーボードを叩きながらおどけたように言葉を返す。

 

「おやおや歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来世界が平等だったことなんて一度たりともないんだぜ?」

 

 束の言葉に小言を立てた生徒は何も言い返せず、居心地が悪くなって蜘蛛の子を散らすようにその場を去った。

 

「さていっくんゆーくん。二人のISも見せてくれるかな?」

「あ、はい!」

「わかった」

 

 束に促されてISを展開し並び立つ二機の騎士。

 表示されるウィンドウの機体データや稼働記録を眺めながら束は興味深そうなため息を吐いている。

 

「ふーむ、ゆーくんを拾った時も思ったけどよくわからない不思議なフラグメントマップを構築してるよね。いっくんのはまだ既存のものに近いけどゆーくんは完全に別物だよー」

「やっぱり俺達が男だからですか?」

「それはナノ単位まで分解してみたらわかるかもねー。していい?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 この人が言ったらどんなことでも冗談にならないのが怖いところだ。

 

「そういや後付武装が出来ないのはどうしてなんですか?」

「それは私がそういう設定にしたからだよ-」

「えっ」

 

 まさかの事実に驚きもするが、結のガーディアンも半分程束が作ったらしい。

 

「ちなみに結のISがどんなのかも知ってるんですか?」

「それは私にも分からないよ~。いっくんも知ってると思うけどかなり特殊だからね、ゆーくんのISって」

 

 言われて結の方を見ると、結は仮面で何を考えているのか分からないが、俯いていたと思ったら海の向こうに視線を向けて動かなくなっていた。

 

「結?」

「ん、なんでもない」

 

 一夏の方に向き直ってそうは言ったものの、また結は水平線の向こうを眺めていた。

 

「歌声、うれしそう」

 

 海の彼方から聞こえてくる人ならざる者の歌声は実に楽しそうで、思わず自分も微笑んでしまいそうになる結は箒に視線をやって気を引き締める。

 

 箒の方では丁度機体調整が完了したようで、試運転も兼ねた飛行で青空を自在に駆け回る紅の影が映る。

 

「気分はどうだい箒ちゃん?」

「凄い、思う以上に動いてくれる!」

 

 紅い翼竜のようなISは旋回を続けて飛び回り、初めて乗るはずの機体は既に箒の身体機能に順応し、箒の予想以上の性能を引き出していた。

 

「それじゃあこれ全部撃ち落としてみよっか!」

「実弾ミサイル!?」

 

 束が腕を振ったとたんに現れた十六連装実弾ミサイルが一斉に箒の紅椿へ目掛けて飛来するが、箒は背部ユニットに提げられている二振りの刀を引き抜き、左手の刀を横に振るうと斬撃が飛んでいき、ミサイルを全て撃ち落とした。

 

「まだまだいくよ!」

「ッ!」

 

 撃ち落とされたミサイルの煙幕から現れた無人の移動固定砲台の群れの攻撃を旋回して躱し、右手の刀を突きの構えに運び一息に放つと刀の先端からビームが伸び、一撃で移動固定砲台を貫いた。

 

「すげぇ……」

「……」

 

 流石篠ノ之 束直々に製造されたIS、と感心している一夏をよそに千冬は厳しい眼差しで紅椿を睨んでいた。

 

 視線の先には念願の専用機を手に入れいつも以上に高陽している箒の姿が映り、少しだけ心配になる一夏は千冬が紅椿を睨む理由がそれだけでは無いことに気付くが、それ以上の感情は読めなかった。

 

 その横で貰った小型盾を弄っていた結は箒の危うい、受かれた感情に気が付いてはいた。

 

 施設にいた大人にもあんな目をする人がいた。

 力を求め、欲望に濡れたギラギラした目でこっちを見てくるときのいやな感じは今でも覚えている。

 

 

 あまり思い出したくない記憶と重なる箒のギラギラした瞳から視線を反らした途端、結の耳につんざくような金切り声のような悲鳴が甲高く鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ             !!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の声ではない、IS自身の悲鳴が脳内を直接引っ掻き回すような鋭い痛みに耐えきれなかった結はヘルメットの上から頭を抱えてその場に踞り、もがき苦しんで暴れだす。

 

「うぐっ!? がぁっ、あぁぁぁああぁあああ!!?」

「結!?」

「どうしたんだ上代!!」

 

 不慮の事態に駆け寄るものや暴走を危惧して臨戦態勢を取るものも現れるが、それよりも大慌てでタブレットを持って走ってきた真耶に千冬は意識を傾ける。

 

「お、おおお、織斑先生大変です!!」

「どうしたんだこんな時に……なんだと……!」

 

 渡されたタブレットを見て千冬は毛色を変え、どよどよと取り乱している生徒達に号令を飛ばす。

 

「全員、訓練は中断、直ちに片付けて各部屋に戻れ!」 

 

 号令の後、何処かへ電話をかける千冬は電話越しの相手へこれ以上にない程怒鳴り散らしていた。

 

「ふざけるなッ!! 我々に貴様らの尻拭いをしろと言うのか! ISを持っていようと軍人ではないのだぞ!!」

 

 生徒の目も気にせず怒る様にラウラすら物怖じするくらいだというのに束は相も変わらず張り付けたような笑みを浮かべている事に一夏はどうしようもない恐怖感を抱いた。

 

 やがて電話を握り潰さん程の握力で端末を軋ませながら通話を切った千冬はふつふつとしながらも静かに指示を飛ばす。

 

「代表候補生、及び専用機持ちは私と一緒に来い」

 

 




 次回。紅椿、出陣。

 感想評価、誤字脱字等あればご報告願います。

 ではまた。


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五十三話 紅と福音

 何故かゼルダの伝説BotWにハマってしまい執筆どころではなくなってしまってます。
 寝食忘れてプレイするぐらいにハマってるのでマジで困ってます。


 織斑先生の指揮で教員らは生徒を各部屋に押し込め大広間に専用機持ち及び代表候補生を召集し、この度発生した事件と殲滅対象の情報を説明する。

 

 隣の部屋では拘束帯と目隠しを施された結が布団の上に転がっており、声になら無いおどろおどろしい呻き声を上げながら脂汗をかいてのたうち回っていた。

 

 

 気が気でない一夏だったが、今はこの事態が発生した原因の対処に意識を割く。

 

「アメリカの第三世代軍用IS『シルベリオ・ゴスペル』今後福音と呼称、が稼働実験中に突如暴走し、マッハ二で飛翔中。あと数刻でこの海域を通過する」

 

 一夏と箒は代表候補生ではない故このような非常事態に直面したことなど無く事態の大きさに追い付くためかじりつくように説明に耳を傾けていた。

 

 他のセシリアや鈴等はホログラムに表示された海図予測移動地点と対象ISのスペックを視て渋い顔を浮かべている。

 

「わたくしのブルー・ティアーズを高速パッケージに換装すれば追い付けないこともありませんが、それでは対応に間に合いません……」

「それなら『紅椿』の出番だよ!」

 

 部屋の天井をガパリと開いて降りてきたのは例の兎こと篠ノ之 束。

 

 身軽な身のこなしで天井から降下して音もなく千冬の前に躍り出る。

 

「私の作った紅椿なら換装無しで高速機動可能、全身の展開装甲をフルに使うこと前提だけど、今の箒ちゃんなら使えるはずだよ!」

「それは本当か束」

「モチロン! これぞパッケージの交換を不要とした第四世代の真骨頂であり一番の強みだもんね!」

 

 兵器としてのISの完成を目指した第一世代。

 

 後付武装によって戦闘での用途の多様化に主眼が置かれた第二世代。

 

 操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の搭載を目標とした第三世代。

 

 各国が第三世代の実験段階の枠を出ないなか、今現在世界中の機体全てを凌駕する性能を秘めた紅椿。

 

 此度の事件で箒に白羽の矢が立つのは必然だった。

 

「作戦を伝える。篠ノ之の紅椿で接近、織斑の白式による『零落白夜』で撃破。チャンスは一度きりだと思え」

「「はい!」」

 

 

 

 別室。

 赤と緑のライトが交互に点滅を繰り返すうなじの部品を布団に押し付けるようにうねる結はガチガチと歯を震わせて唸り声を上げていた。

 

「だめだ、君は出なくて、いい……!!」

『ウルセェ、アレダケ暴レテヤガルノニ オ預ケナンテ冗談ジャネェ!!』

 

 声が途切れる寸前、頭のなかを引っ掻き回すような金切り声の悲鳴が聞こえた。

 それはラウラの暴走事件以降から耳に入ってきたISの声だと言うのはすぐに理解できた。

 

 悲鳴が聞こえた直後に怖気がするほどのヒステリックな敵意に満ちたISの声が聞こえ、それに共鳴してファントムが暴れだした。

 

 それ以降悲鳴を上げたISの声は聞こえていないが、まだ遠くにいるそのISを討とうとファントムが暴れ、ガーディアンが何とか押さえ付けているがどれほど持つかわからない。

 

 

 夜の暗がりに怯えるように、見知らぬものを怖がるように、往きすぎた疑心暗鬼に満ちた声の主をどうにか宥めなければこの事態は終息しない。

 わかっているのに身体は思うように動かず、装甲の崩壊と再構築を繰り返すISに意識が飛びそうになる。

 

「止めなきゃ、あの子を……!」

 

 

 

 ◆

 

 

 昼下がりの海辺に並び立つ一夏と箒。

 あれだけ騒がしかった海が今では閑散とした印象を受け、どこか寂しさを感じる。

 

 二人と面向かって織斑先生が憂いた眼差しで二人を見つめる。

 

「すまない、こんな事に巻き込んでしまって……」

「心配すんなよ千冬姉、必ず生きて帰ってくる」

「あぁ、一夏と私なら問題ありません!」

 

 死ぬかもしれないという緊張と畏怖が入り雑じる感情をひた隠して笑う一夏とは別に、箒はどこか危うい有頂天になった調子のままで胸を張っている。

 

「こい、白式!」

「往くぞ紅椿!」

 

 ISを展開して浜辺から足を浮かせる。

 

「生きて帰ってこい」

「あぁ!」

「はい!」

 

 一抹の不安を残したまま作戦は開始され、福音へ向けて二人は飛び立った。

 

「一夏、振り落とされるなよ」

「頼んだ箒」

 

 飛行可能高度まで飛翔し、一夏は紅椿の背にしがみついて輸送を任せる。

 

 戦闘は極力避け、可能であれば一撃での撃破が望ましいが、戦闘が始まってしまえば一夏と箒に勝ち目はない。

 

 それもあり、白式のエネルギーはできる限り温存しておき紅椿で目標との介入地点まで移動、接触と同時に『零落白夜』で奇襲。一撃離脱での勝利が望まれた。

 

 可能なら撃破、延長が見受けられる時点で作戦失敗とみなし退却する手筈になっている。

 

 

 けれど、もしも倒せなかったら……。

 そんな不安が頭のどこかで引っ掛かり、紅椿に掴まる腕が強ばる。

 

「距離百kmを切った、もうすぐ当たるぞ!」

「分かったッ!」

 

 気の迷いを振り払った一夏は紅椿の背に低い姿勢で立ち上がり、『零落白夜』を発動させる。

 実体剣が割れ、シールドエネルギーを変換して現れた光の刀身を横這いに振り絞り、肉眼で視認出来るまで近づいてきた銀翼のISをただ一点に見据えて構える。

 

「ゼェァァァーーーーーーーッッ!!」

 

『ッ!』

 

 一夏の横一文字が放たれた瞬間、攻撃を察知した福音が反転して一撃を躱した。

 

 初撃は失敗、全身を翻して羽根を振り撒くように、福音は鋼鉄の銀翼からエネルギーの光弾をぼろぼろと翼から発生させ、一斉に発射させてくる。

 

「く……ッ!」 

 

 紅椿の背中から飛び退き一夏と箒は反対方向に回避する。

 しかし光弾は均等に二分して二人の軌道をなぞるように追い掛け、一夏は海面すれすれを飛んで光弾を海面に着弾させることで捌き、箒は振り抜いた二刀で全ての光弾を撃ち落とす。

 

「一夏、ここで墜とすぞ!」

「……! ダメだ箒!」

「ッ!? 何故だ一夏!!」

 

 一夏の制止に箒は戸惑いながら昂る感情のまま聞き返す。光弾を避けながら一夏が示した先には一隻の漁船が大きな弧を描いて旋回しているところだった。

 

 

 とっくに避難勧告がされている、なのに何故まだ船がここにいるのか。

 

 その答えは単純だった。 

 視界情報が示すのは登録不明の密漁船。

 

 そもそも勧告にも聞く耳をもたなかった犯罪組織の人間だった。

 

「あんな奴ら放っておけ、今は福音の討伐が優先だろうが!」

「いい加減にしろよ箒ッ!」

 

 叫ぶ箒に一夏はそれ以上の怒気を持って箒に迫る。

 

「お前どうしたんだよ、ISが手に入ったからって弱い奴らは見放すのかよ……それがお前の求めた強さかよ!」

「それ、は……」

 

 思い出すのは中学時代の剣道全国大会の光景。

 姉への憎しみを持って剣を振るい、立ちはだかる者を全て打ち倒していくうちにいつの間にか全国決勝まで進んでいた。

 

 日本一と言う名誉に喜ぶ周囲に目もくれず、ただ憂さ晴らしのために握る竹刀はなんとも心許なかった。

 

 なんの障害もなく圧倒的なまでに相手選手を叩きのめし全国優勝を果たした後、試合場の隅で酷い打撲傷を擦る相手選手が見えた。

 

 

 私は何のために力を得たのだ。

 

 

 いもしない姉への怒りだけでこんなことを続け、見ず知らずの相手へ怒りをぶつけてきただけではないか。

 

 大好きだった剣道を汚し、肉親を恨み、私は何がしたかったのか。

 

 そんな自己嫌悪の念に駆られてそれ以降竹刀を持つのが怖くなったのではないか。

 

 

 両手の刀が掌からこぼれ落ち、上空で消滅する。

 

 空いた掌で顔を抑えて自己嫌悪に押し潰れそうになりながら箒は泣き崩れるしかなかった。

 

「私は、私は……!」

「……! 危ない箒!」

 

 再度一斉に発射された数多の光弾。

 まだ海域を離脱しきれていない密漁船と呆けていた箒を庇って一夏は光弾の雨に己の体を晒し、自らを犠牲にして箒を守った。

 

「一夏ぁ!!」

 

 髪留めが弛んでほどける。

 最愛の人から貰ったリボンが。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 作戦は失敗。

 

 密漁船というトラブルに見舞われ福音の討伐は未達成に終わり、要であった一夏は意識不明の重傷を負い、集中治療の末昏睡状態に陥っている。

 

「……お兄ちゃん」

 

 畳に似つかわしくない医療器具がごろごろと部屋に置かれ、全てが一夏に繋がれている。

 

 いつかの自分もこんな状態だったのだろうかと場違いなことを考えながら結は未だに目を覚まさない一夏の手を握る。

 

「一夏、そんな……」

 

 隣では静かに涙を流す箒がわなわなと震え、濡れた瞳で一夏の顔を見下ろしていた。

 

「大丈夫、白式のお姉ちゃんが付いてるから」

「上代……?」

 

 拳を硬く握り締める結はすくと立ち上がり、短い歩幅で部屋の外へ出ていった。

 箒からは後ろ姿しか見えなかったが、怒気にも似た何かを感じ取って何も言えなかった。

 

 

 止めなきゃ、あの子を。

 

 




 次回ぐらいで福音事件終わったらいいなと思ってます。

 何かあればご報告ください。

 ではでは。


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五十四話 少年達の決意

 結がキレた。

 いつも静かなやつがぶちギレると恐ろしいなんてよく聞くが、まさかここまでとは思いもしなかった。

 

 まず主導権を完全に掌握されている。

 身体だけじゃなく、IS()や忌々しい盾までも操作権利を奪われている。

 

 あれだけ俺を拒んでいたコイツが、今は俺を必要としていること事態が異例で、それこそが何よりもおかしかった。

 

『面白ソウジャネーカ』

 

 嘯くようにひひひと嗤う。

 

 

 俺の力をどう使うか、見物だぜ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 潮風に靡かれてフードが揺れる。

 ISスーツを纏った結は首に下がるペンダントを外して握り、祈るように額に押し当てる。

 

「これを、使えば……」

 

 ガーディアンは後付武装として運用出来る様に束によって手を加えられたIS用の封印装置だ。

 元々は別のISに取り付けられるはずだったモノを先生が渡してきたらしい。ファントムすら押し込め稼働限界を迎えるまで決して開くことのない棺桶は、今では自分の意志で開けられる。

 

 一夏の負傷に心が揺れた。

 ほんの一瞬だけ一夏の死を覚悟した。

 

 あれだけ拒んでいたファントムを受け入れる事すら苦では無くなった。

 ファントムを受け入れたことにより棺桶に蓋をする理由が消え、棺は空になる。

 

 その開いた棺の中に、今度はあのISを入れる。

 

「結ちゃんっ!」

 

 息を乱しながら走ってきたのは真耶だった。

 汗で張りつく乱れた髪を乱雑にすくい、眼鏡をかけ直して結に詰め寄る。

 

「今すぐ部屋に戻りなさい、じゃないと、怒りますよ!」

 

 血気迫る勢いで怒鳴る真耶を寂しそうに見上げながらも結は何も言わない。

 

「いっぱい怒りますからね、泣いたってやめませんから、結ちゃんに嫌われても、怒るんだから……!」

 

 無駄な事だと分かっていながら真耶は引き止める。

 溢れんばかりに涙を溜める瞳には少しの力強さもない。か細くなる声音は震えていて今にも泣き出してしまいそうだった。

 

 そんな真耶を見上げながら結は下唇を噛み締めて一度頭を下げる。

 

 たったそれだけなのに、今世の最後とでも言いたいほどに落胆する真耶は身体から力んでいた力がふいにすり抜けてかくんと倒れそうになるのをなんとか踏みとどまる。

 

「ごめんなさい、真耶先生。でも行かなきゃいけないから」

 

 次に頭を上げたときには、結は寂しそうに微笑んだ。

 

 結は視線を真耶から海の向こうに向け直し、煌煌と色めく夕陽に目を細めながらISを展開した。

 

 

 

 

「ファントム」

 

 

 

 ガーディアンではない。

 騎士の様なガーディアンとは打って変わって人骨を模したようなそのISは通常の物よりも一回りほど小柄で、節々から生身の腕や脚が隙間から覗き、流線的な形状をしており人体の構造に近い。

 

 内部フレームをそのまま稼働させているような歪なISは髑髏の意匠が全面的に凝らされた仮面を少年の素顔に被せ、吊り上がった眼孔から赤い閃光を垂れ流していた。

 

「結、ちゃん⋯⋯」

「ガーディアン、展開」

 

 盾のペンダントを握りながら結が呟いた瞬間、ペンダントは自ら発光しながら消失し、変わりに少年の全身を覆いつくす堅牢な装甲となって展開される。

 

 ただしこれまでにかけて付け足された足枷や鎖などは消え失せ、元の無垢なガーディアンがそこに立っていた。

 

 

 先刻束から貰い受けた八枚の小型盾を肩と背部ユニットに一対ずつ、前後の腰部装甲に一対ずつ連結され、防御面の下に隠されていた噴射口を下方に揃えて向ける。

 

「行ってきます」

「待って、結ちゃ⋯⋯!」

 

 仮面の下は見えないが、優しい声音でそう言った結は真耶の制止に耳も貸さず爆発的な初速で空へ向かって飛び上がり、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 立ち尽くす真耶はその場にへたり込み、静かに啜り泣きながら結が飛んで行った先を見つめていた。

 

「難儀だな……」

 

 物陰から様子を眺めていたラウラは真耶への声掛けも叶わず眉を顰める。

 

 傷心の彼女を慰める暇もない。振り向くと代表候補生の面々とすっかり意気消沈してしまった箒が揃っていた。

 

「さて、行けるかお前たち」

 

 追加武装の調整をする者やISの最終チェックを行う者など、出撃に備えて各々準備に勤しんでいた。

 

「準備万端ですわ」

「アタシも」

「セットアップは完了、いつでもいけるよ」

「怖いけど、いくしかないよね」

 

 皆覚悟を決めたように張り詰めた意識の中、箒だけは訳がわからないとばかりに困惑していた。

 

「何をする気だ、まだ出撃命令も出ていないのだぞ、みんな!」

 

 織斑先生からの指令はまだ何も出ていない。

 だと言うのに何故勝手に出ようとするのか、わからなかった。

 

「何って第二ラウンドよ。とっとと行くわよ」

 

 当然のように吐き捨てる鈴を前に、箒はバツが悪そうに俯くしかなかった。

 自分の自惚れで失敗した手前、最早ISに乗ることすら申し訳が立たないと感じてしまうほどに彼女の心は罪悪感に苛まれていた。

 

「私には、もう、戦う資格も、一夏の側に居ることも出来やしない……」

 

 うじうじと自己嫌悪にしか走らない箒に鈴は苛立ちを覚え、箒の胸倉をつかんで揺する。

 

「甘ったれてんじゃないわよ!」

 

 鈴の激昂に箒は何も言わない。

 

「専用機持ちってのはね、そんなわがままが許されるような立場じゃないのよ! それともアンタは戦うときに戦えない臆病者なわけ!?」

 

 それでも鈴の言葉は止まらず裏に潜む滲むような努力の末端を知らしめられる。

 それが悔しくて、されど認めざるを得ない事実を前に箒は躍起になって感情のままに吠える。

 

「じゃあ⋯⋯どうしろと言うのだ! お前たちのように代表候補生になったわけではない、実力で専用機を得たわけではない、ただの、凡人で⋯⋯」

 

 憎悪の果てに振るった剣は無慈悲な力に染まり、エゴに塗れた恋慕は想い人を窮地に追い詰めた。

 

 結局自分はただの凡人で、己の力だけで得たものなど何一つない空っぽな人間だった。

 

「あっそ。それじゃあそこでずっと蹲ってなさいよ。アタシたちだけでなんとかするし。一夏のことも諦めるってわけでいいのね」

「⋯⋯ッ! それは、そんなのイヤだ⋯⋯!」

 

 ハッとなって顔を上げた箒は熱くなる目頭に力を込めて必死に涙を堪え、鈴に面と向かって思いのたけをぶつける。

 

「私だって一夏のそばに居たい、そのために姉さんに頼んでまで専用機を手に入れたのだ、ここで引き下がるなど、したくない!」

 

 思った以上に勝手に口が動き、思っていた事、隠してきた事、募らせていた思いを吐露し、堪えていた涙が一筋頬を濡らした。

 

「それでいいじゃない。アタシが同じ立場なら同じことをするわよ」

「り、鈴⋯⋯?」

 

 溜め込んでいた感情を吐き出した箒を抱擁してやる鈴の声音はあくまで優しいもので、慈愛に満ちていた。

 

「一夏の事が好きなんでしょ? 諦める必要なんてないじゃない。最後まで足掻いてみせなさいよ。アタシもアンタも一夏が好き。いつでも全力全開でやらなきゃ張り合いがないってものよ」

 

 箒の背を摩りながら、あやすように言い聞かせる。

 ライバルだなんて言いながらも、鈴はそれ以上に箒の事を良き友として思っていた。

 

「私も、一夏が好きだ。一夏の傍にいたい⋯⋯!」

「それでいいじゃない。ほら、リベンジかましに行くわよ」

「あぁ!」

 

 友に手を引かれ、少女は再び立ち上がる。

 雪辱を晴らすため、己を乗り越えるため。

 

 




 遅れてスミマセン。
 ライズやってました。

 あと福音編もうちょっと続きそうです。

 


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五十五話 少年達と福音


【挿絵表示】

 私事で申し訳ないのですが、ありがたいこと読者の方からファンアートなるものをいただきました。
 ご本人様からは掲載許可をいただいております。

 ダーク・リベリオン様ありがとうございます!

https://syosetu.org/user/3864/
ダーク・リベリオン様のページも載せておきます。






 海上を飛行しながら結は仮面の下の涙を自覚する。

 

『何泣イテンダ』

「……うるさい」

 

 ファントムが嬉しそうに問いかけてくるが結は冷たく一蹴して再び前を向く。

 真耶の制止を張り切って飛び出したことに対する罪悪感を噛み殺し、重くなる足取りを紛らわす為に速度を上げる。

 

 帰ったら怒られるかな。怒られるだろうな。

 そもそも帰れるかな。

 

 また暴走したらどうしよう……。

 

 今はファントムが大人しいけど、暴れなくなったわけじゃないし、ガーディアンも起動するかわからない。

 

 もしものときは首輪があるし……。

 

 黒い感情が焦げるように燻りだしたところで頭の中にファントムの声が響いた。

 

『ケドナ単ニコイツヲ絆グダケジャア意味ネェダロ』

「わかってるよ」

 

 ガーディアンは封印装置であり修復装置でもある。

 ISが極度のダメージを追っていなければ封印棺は現れない、どころかただ鎧を着せて終わりなので余計に面倒になる。

 

 つまり福音を討伐する寸前まで追い詰めなければガーディアンをもたせる意味が無く、今の自分にはそこまで攻撃を出せる手段がなかった。

 

 

 なんとか決め手となる攻撃手段を模索していると突然鳴り響いたオープンチャットの呼び出し鈴に足止めを食らってその場で停止し、渋々チャットに出る。

 

『結か、少し待て』

「ラウラお姉ちゃん?」

 

 電話主はラウラだった。

 何事かと思いはしたが、すぐに目的は同じだろうと予想して話に耳を傾ける。

 

『我々も手を貸す。もうすぐ合流するからその場からあまり離れるな』

「どうしてここにいるってわかったの?」

 

 既に排他的経済水域まで来ているのだが、ラウラの予想は正しく自分の居場所とまではいかないが目的が露見している事に少なからず驚く結。

 そんな少年にため息を付きながらラウラは専用機持ちを引き連れて結のいる地点まで移動する。

 

『それを言うならお前だって、作戦会議に参加していないのに何故福音の居場所がわかっているのだ』

「だって声が聞こえるから……」

 

 ISとのディープリンクが織り成す特殊能力とでも言うべきもので探索しているという結にラウラは言葉を失う。

 

 やがて周辺探索マップに数機のISが確認したところでチャットを切り、一分と待たずにラウラ達が到着した。

 一夏を除いた一組の専用機持ちの面々や鈴、簪までもがそこにおり、あまりの戦力に結は嬉しいやら呆れるやらで肩をすくめる。

 

「みんなまで……千冬先生に怒られるよ?」

「今から国際問題に介入しようとする非公認の男性操縦者が何を言うか」

 

 結という存在が不透明な箇所が多すぎて各国の情報機関が挙って結の情報を探るが無いものはない。結果、世間では『存在しない男性操縦者』とまで言われていた。

 

 つい先日の外出でその姿が世間の目に晒されたが、そもそも顔写真すら無いのでそれすら半信半疑の情報に留まっている。

 

 伴って結は世界各国から幻の二人目だとか、存在しない男だとか言われたい放題だった。

 

「ともかく、編成を確認する」

 

 ラウラの指揮の下、現在の人員での編成が組まれる。

 

 近距離戦闘は箒、鈴が担当し、後方支援にラウラ、セシリアが配置。中距離支援はシャルロットが担い、簪は隙をみて砲撃支援、全体の防御支援に結が付くことになった。

 

「皆準備はいいか?」

 

 ラウラの言葉に皆無言で見合わせて頷く。

 

「作戦開始だ」

 

 

 ◆

 

 

『…………』

 

 海上でバリアーに包まれていた福音、そこへ一発の砲弾が飛来し、認識したと同時に福音へ着弾した。

 

 攻撃に気が付いた福音は防御壁を解除して戦闘態勢に移行する。

 続け様に光弾が数発、上体と右翼部を狙って狙撃され、考える間もなく避けた途端にミサイルの雨に晒された。

 

『ッ!』

 

 反撃として鋼鉄の双翼から光の弾を振るい出した福音は自分へ目掛けて迫りくるミサイル群へ光弾を迎撃させて相殺する。

 

 それでも受け切れなかったミサイルに撃たれて多少のダメージを負うが、致命傷には至らず臨戦態勢に移行する福音を確認したラウラは次の指示を出す。

 

「箒、鈴、左右から攻撃。デュノアは上空から射撃支援。オルコットは次のポイントに誘導しろ」

「「「「了解!」」」」

 

 間を開けずに斬りかかった箒と鈴を避けて福音が上空に飛び上がるがそこをシャルロットがグレネードランチャーで撃ち落とす。すかさずラピットスイッチでガルムに持ち替えダメ押しとばかりに足止めをしているところを近接組の二人が背面から攻撃を入れる。

 

「貰ったぁ!!」

「墜とす!!」

 

 二刀から飛翔する斬撃と四連装に増設された龍砲のダブルパンチはそこへ追い打ちをかけて福音のシールドエネルギーを消耗させる。

 

「狙い撃ちですわ!」

 

 間髪入れずにセシリアの射撃が福音の羽を穿つ。

 堪らずに逃げる福音だがそれすらラウラの目論見通りに動かされていた。

 

「更識、撃て!」

「はい!」

 

 逃げた先で簪が放った多弾頭ロケットミサイル群が逃げ場を塞ぎ、福音は押しつぶされそうな物量をもつ爆発の下敷きになる。

 

『Ꮮa    ………♪』

 

 だがそれでも止まらない福音。 

 爆風から飛び抜けて煙幕を払うように旋回し、鉄の羽からおびただしい量の光弾をばら撒き周囲へ無差別に発射させる。

 

「行くよ結!」

「ッ……わかった!」

 

 それぞれシールドを展開して構える二人。

 全方位、上も下もなく飛ばされた眩い爆弾の波をシャルロットは両手側面に内蔵された防御パッケージでラウラと簪を守り、結はその他の面々にシールドビットをそれぞれ二枚と三枚ずつ配置させ自らも大盾で光弾の波を凌ぐ。

 

「あれだけの爆発で無傷とは、流石だな」

 

 爆風が止み小型シールドから福音の様子を伺うラウラは改めて束特製の装備性能に感服する。

 

 加えて手にして間もない無線操作の盾を複数枚、ISのアシストがあるとはいえ八枚全てを的確に使いこなす結の操縦技術も相まっての事となると、改めて彼の存在の大きさに思い知らされる。

 

「仕掛ける!」

 

 煙幕が晴れる寸前に飛び出した箒が背部ユニットを一対切り離し、展開装甲を発動して福音に目掛けて飛翔させる。

 

 エネルギー刃を出現させた展開装甲は大型のソードビットとでも言うべき機動性を有して福音に飛びかかり、そこへ二振りの刀から繰り出される斬撃が更に福音を窮地に追い立てる。

 

「はぁぁぁあああッッ!!!」

『ッ…!!』

 

 箒の猛攻に翼を削がれ、新たに光弾を生成する余地も与えられずに次から次へ一撃でも致命傷を与えるような斬撃が福音のシールドエネルギーを削っていき、一振りを止めてももう片方が首を刎ねる勢いで放たれる。

 それでも決定打がなかなか決まらない箒は事を急いて大振りな上段構えを取った。

 

 その瞬間を狙いすましたかのように福音が身を捩って抜け出そうとしたが、下方側面から飛来した小型シールドが福音の横腹に突き刺さる。

 

『ッ、〜〜〜〜〜〜ッッ!!!』

 

 堪えきれずに嗚咽を散らして脱出し損ねた福音を逃さない箒の一太刀。

 

「獲った!!」

 

 エネルギー刃を纏った上段斬りは福音のシールドエネルギーを削ぎ落とし、福音は重力に囚われて海に呑まれた。

 

「今なら……!」

 

 小型シールドを回収した結は福音に続いて海に急降下気味に入水し、碧の視界の中銀翼の天使を見つけて一目散に接近する。

 力無く海の底へ誘われる彼女に装備解除したガーディアンのペンダントを握って近付き、花を添えるように優しく押し当てるがガーディアンは棺にはならず、なんの変化も見せずに無反応を貫いていた。

 

 おかしい、あれだけのダメージを負ってなおガーディアンは反応しない。装備登録などは切っているはずなのに強制修復機能が発動しないとなれば、IS自身が回復しているということになる。

 

「まさか……二次移行(セカンドシフト)!?」

 

 異変に気が付いたのもつかの間、福音は覚醒と同時に光の繭に包まれる。

 弾かれた盾のペンダントをひったくり、福音から飛び退いたものの海中で膨れるエネルギーの塊に押し出された結は剥き身のファントムのまま海上へ押し出された。

 

「大丈夫か上代!?」

「うぐ……平気」

 

 眩い繭を日差し代わりに差した腕の隙間から覗きながら再び鎧を着込む結は、小型シールドを展開して散開させ、後悔の念を一入に大盾を握り締めて福音に向かい直る。

 

 頼みの綱であったガーディアンが無効化され、福音は万全の体勢に行き着いてしまった。

 

 苦戦しなかったとはいえ半ば消耗している状態で戦える相手ではない。

 

 結も、他の者も、固唾を呑んで光の繭に視線を注ぐ。

 

 

 繭は霧を払うように散開し、中から翼の無い福音が姿を現す。

 失った鋼鉄の羽の代わりに、眩い光を放つ光の翼が三対、福音の背面から放射状に伸び、雄々しく靡いて羽を広げる。

 

「まさか、こんな時に……」

「第二ラウンドってところかな……」

「もうやだ……」

 

 泣き言を言っても止まってはくれない。

 三対の羽にそれまでの三倍の光弾を纏わせ、旋回すると当時に全弾が全方向に発射される。各々回避行動をとったり防御態勢で凌いでみるが圧倒的な物量に押し負ける。

 

 そして攻撃に移った福音は近くにいた箒を仕返しとばかりに飛ばして掴み、結へ目掛けて放り投げる。

 

「箒お姉ちゃん!」

「ぐぅっ、すまない上代……!」

 

 箒から視線を外した福音は機械が人を模したような動きで夜の海上を駆け回り、鈴を狙って光弾を発射する。

 

「危ない鈴!」

 

 すぐ様シャルロットがエネルギーシールドを張って鈴の前に立ち塞がり光弾を防ぐものの、間隔を空けて撃たれる爆発に押されてシールドを剥がされる。

 その瞬間を狙って接近していた福音はシャルロットを叩き落とし、背後に回っていた鈴の青龍刀も裏拳で食い止め回し蹴りで墜とす。

 

「そんな、これほどまでだなんて……!」

 

 次にセシリアを狙う福音の光弾による追撃をBT兵装で撃ち落とすセシリア。一発の威力ならばセシリアのBT兵装の方が上だが、あまりの数に圧されて後退を余儀なくされていた。

 

「オルコットさん!」

 

 セシリアを追う光弾にミサイルを放つ簪。

 殆どの光弾を誘爆させて残ったものをセシリア自身がライフルで撃ち落とすが、これを良しと思わなかったのか福音は頭上に一際大きなエネルギーの凝縮体を生み出してそこから極太のレーザービームをセシリアへ向けて放った。

 

「いって、シールドビット!!」

 

 それを察知した結がシールドビットを四枚、セシリアにビームが被弾する寸前で滑り込ませ、盾が円を描いて互い同士重なるように連結させてビームの威力を抑える。

 

 だがレーザービームはシールドを押し退けてセシリアを焼き払い、暗い海に墜とす。

 

「そんな、オルコットさんも……」

「っ、逃げろ更識!」

 

 次の標的を簪とラウラに向けた福音。

 すぐさま簪の前に立つラウラはワイヤーブレードを射出して福音を拘束するが、福音は光弾でワイヤーを切り離し、瞬時加速で急接近し勢いのままラウラを殴り飛ばす。

 それに留まらず伸ばしたままのワイヤーを掴んで振り回し、逃げ惑う簪に命中させてセシリアに撃ったレーザービームよりも更に巨大なビームを放った。

 

「く、そッ……ガーディアンッッ!!!」

「行くぞ紅椿!!」

 

 瞬時加速で二人との間に割って入った結と箒はそれぞれ大盾と展開装甲を構えてビームを真正面から防ぐ。

 大盾と小型シールド全てを重ねても威力を抑えるには至らず、紅椿の展開装甲の力も借りてようやく全てのビームを受け止めきれた程だった。

 

「か、はッ……」

「結!」

 

 撃てる限りの光弾全てを収束させて放ったレーザービームを食らって全てのシールドビットは大破、大盾も砕けてしまっている。全身も半壊しかけており内に眠るファントムの姿がところどころ確認できるまで鎧は砕けていた。

 

 

 このままじゃ、負ける……。

 

 こうなったらファントムの力で無理矢理にでも……!!

 

「箒お姉ちゃん、もしぼくがまた暴れたら、その時は殺してくれていいから」

「いきなり何を言っている結……?」

 

 箒の了承を聞くよりも前に結は盾をしまい、砕けた鎧の一部を引き剥がしてファントムの掌を剥き出しにする。

 

「手伝ってよ、ファントム!!」

『ショォーガネェーナァア!!』

 

 鎧を着た亡霊は紅い双眸で無慈悲な天使を睨みつける。

 

「『行くぞ』」

 




 大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。

 これのᎡ-18版の三次創作やモンハンの二次創作完結に時間と情熱を割いてました。

 何かありましたらご報告お願いします。
 ではでは。


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五十六話 助けたいものと守りたいもの

 すみません諸事情で再掲させていただきました。
 一部名称を変更しました。


 追い詰めたはずなのに。

 福音は二次移行で復活し、味方を次々に屠り今や戦えるのは三人だけ。

 しかもエネルギーは殆ど底を尽きかけているこの状況はあまりにも絶望的過ぎた。

 

 戦えるわけがない。

 

 勝てるはずがない。

 

 それでもあの子もを止め、あの人を助けなければいけない。

 

 

 突然聞こえた知らないISの声。

 砂嵐のようなノイズの中、彼女は金切り声の断末魔は恐怖に濡れ、ありもしない敵を恐れて逃げ惑うように乱れ狂い、鋭い悲鳴を脳に刻み込まれた。

 

『敵、敵……こわい、みんな敵、みんな敵ぃぃぃぃいいいい!!!!!』

 

 あれだけ離れていたのに聞こえてくるほど叫ばれた悲鳴は悲痛で、聞くに堪えない絶叫だった。

 

 時間にしてほんの数秒だったが、終わり際に聞こえた「私が、この人を守らなきゃ……!」という言葉がずっと引っ掛かっている。今まで会ってきたISはどれも突然自分から動くなんて事は殆どなかった。

 

 自分自身が特殊なだけで、他のISは自我こそ持っていれどひとりでに動く事は無く、どれも出来て絶対防御を発動するぐらいだった。

 

 例外を上げればラウラのVTシステムがあるが、あれはファントムの廉価品でしかも過去のデータのトレースとなればどれだけお粗末なものかが伺える。

 

 それがあのISはどうだ。

 

 自我を確立し、搭乗者を守らんと無理矢理二次移行まで行ってしまった。

 搭乗者とのリンクが深いからなのか、それともあのISが特別AIの思考回路が良いのかわからないが、もし搭乗者も正常に動けていたなら途轍もない相手だったかもしれない。

 

 ガーディアンを提げるため触れた瞬間、あのISから声がした。

 『この人を守らなきゃ』

 そんな独り言をずっと呟いている。

 

 教えてあげなければ。

 敵なんてどこにもいないよ。

 

 何も怖くないよ。

 

 君もその人も死なないから。

 

 

 でも、今はそれどころではない。

 ISのコアネットワークが遮断され、こちらからの声が届かずあのISはひとりぼっちのまま恐怖の渦で怯えている。搭乗者を抱えて、必死に守ろうともがき苦しんでいる。

 

 止まることを忘れたあのISをなんとしてでも止める。

 たとえこの身が滅んでもしまっても構わない。

 

 どうせ死なないのだから。

 

『「行くぞ」』

 

 

 

 ◆

 

 

 

 何処までも続く水平線に果てしない青空に浮かぶ雲の虚像が映っている。

 さざなみの押し寄せる音が定間隔で空に響き、涼しい潮風が頬を優しく撫でて何処かへ吹き去っていく。

 

 何処だ、ここは。

 

 何か途轍もない騒動があったはずなのに、心は驚くほど静かに落ち着いていて安らいでいる。

 

 ふと、誰かの歌声が聞こえた。 

 懐かしさを感じる音色だが、声の主は聞き慣れない。それでも何か親しみを感じざるを得ない歌声に釣られて海面に足を濡らしながら進むと、一本の若い樹木の下で一人の少女がこちらを背に、懐かしい歌を歌っていた。

 

 一夏はしばらく眺めているだけだったが、声をかけようと一歩踏み込んだところで歌は止み、少女がこちらに向き直った。

 大きな帽子のせいで顔は見えなかったが、少し幼さを感じる背丈の少女は樹木に手を掛けながら幼そうな体躯からは少し離れた大人びた声音で一夏に問い掛けてくる。

 

『あなたは、力を欲しますか』

 

 随分漠然とした質問に一夏は答えを考えた。

 そうだな、と思考しながらやがて一つの答えに辿り着く。

 

「力か、確かに欲しいよ。ただし戦って勝つためじゃなくて何かを守るためのな」

『…………』

 

 少女は何も言わない。

 

「世の中理不尽な事が多いだろ? 自分の意見も通せずに誰かに無理強いさせられることがさ。それが世間だったり、家族だったり」

 

 家族を離された人がいた。

 家のため孤独に戦う人がいた。

 世間に流されてしまった人がいた。

 成すすべなく親に利用された人がいた。

 誰かの目的のために生み出された人がいた。 

 重圧に耐えかね家から逃げた人がいた。

 

 人の業を背負わされた人がいた。

 

「俺は、そんな理不尽な暴力から守れるだけの力か欲しい」

 

 この世の全員が幸せになれるなんて思ってない。

 けれど、自分が関わった人達だけでも幸せであってほしい。

 

 やるせない勇気を握り締め、空虚な心に火を灯した一夏の目は光を取り戻していた。

 少女はそんな一夏の闘志を目の当たりにしてほんの少しだけ微笑む。

 

『そう、だったら行かなきゃね』

 

 言われた瞬間体が浮いていく感覚がして、朧気な空間から意識が遠のいていった。 

 だが一夏は慌てることもなく、わかっているふうに笑って少女の送る言葉に背を押され、灯した火を胸に夢の世界を後にした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 目が覚めると酸素マスクの息苦しさで起き上がり、夢の出来事と現実で意識を手放すまでの出来事が頭の中で交差し少しばかり混乱した。

 

「……行かないとな」

 

 酸素マスクを外し、全身に貼り付けてある観測用のシールを引き剥がして全身至る所に巻かれている包帯を解く。

 ふと右腕に見えたガントレットを眺め、優しく撫でる。

 

「ありがとうな、白式」

 

 医療器具からの脱出を果たし、ほぼ裸だった全身に最近になって着慣れてきたISスーツをパチンと身につける。

 

 一夏がいざ征こうと襖に手を掛けて開いたら、目の前には丁度バイタルの通信が途切れて異常を察知した千冬と真耶が大慌てで部屋に駆けつけてきたところだった。

 

「どこへ行く気だ」

「みんなが戦ってるんだ、行かせてくれ」

「だめですッ! あれだけ重症だったのに出撃なん、て……」

 

 既に完治している一夏の全身をみて真耶は信じられないといった驚愕の表情に変わる。千冬はわかっていたふうに渋く頷き、襖にもたれ掛かって道を開ける。

 

「生きて帰れ」

「……あぁ!!」

 

 旅館を飛び出し、福音の反応がする方向へ向かって跳躍し、ISを纏って飛んでいく一夏の姿を眺めながら千冬は達観した顔を浮かべた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 箒が追い、結が捕まえようとしても福音は留まることなく幾何学的な軌道を描いて二人の攻撃を難なく躱し、お返しとばかりに光弾を置き去りにすり抜けていく。

 

『「捕まらない!!」』

「叩き落とす!」

 

 背部ユニットとの連携で繰り出す箒の連撃をいとも簡単に躱す福音は急接近と緊急回避を繰り返して二人を翻弄する。

 時折飛来される視界を覆い尽くすほどの光弾をエネルギー刃で切り裂きながら肉薄するものの、寸のところでいつも攻撃を躱されてまた振り出しに戻ることを繰り返していた。

 

『「食らえっ!」』

 

 結がシールドビットを福音に当てようと飛ばすが、福音は避けずに盾を鷲掴みにして箒の斬撃を盾で受け止め、盾をひっくり返してブレードと盾の上下を返しそのまま箒を殴りつける。

 

 そのままレーザーを撃とうとチャージを始めるがその間に迫っていた結に気が付き照準を結へ向け、巨大なレーザーを放つ。

 

 すかさず大盾で防ぐ結。

 復帰した箒が食い下がって諸手を振り上げ背後から二振りの上段斬りを振りかぶるが、咄嗟に反転した福音が掌を大きく開き、二本のブレードを掴みとった。

 

「なっ!?」

 

 得物を捕まれ動揺している箒を待つことなく福音が光弾を放つ。

 回避でまたも距離を開けられるが、そこへ更に光弾が飛びかかってきたので展開装甲で防ぐ。

 

 兆しの良くない戦況に焦りが募る。

 焦りが判断を早め、悪手を掴んでしまい、ぬかるみに嵌る。

 

 どれだけ追い詰めたと思ってもまたすぐに間を空けられ、途轍もない攻撃の量に押し負けてしまう。

 

 クソ、勝てない……。

 

 こんなとき、一夏がいてくれたら……。

 

 一夏なら勝てたかもしれないのに……。

 

『「箒お姉ちゃん!!」』

「っ!!」

 

 負の感情に呑まれていた相手を待つほど福音は悠長な相手ではない。

 結が叫んだときには眼前でレーザーを放つ福音から見え、一瞬にして光の陰に隠れる。

 目の前にはどんどんと大きくなる光の弾が迫ってきていた。

 

 しまった、避けるには遅すぎる。

 展開装甲でも防ぐには心許ないが、今はそれに頼るしか……!

 

「させるかぁぁぁあああ!!!」

 

 箒の隙を突くように撃たれたレーザービームが直撃するよりも早く、誰かがその間に入りレーザーを防いだ。

 

 

 

 

「待たせたな、みんな!」

 

 

 

 

 

 そこには二次移行を済ませた『白式』改め『雪羅』に乗る、一夏の姿があった。

 

「……一夏!!」

「一夏お兄ちゃん!」

 

 純白に近い真っ白な装甲。

 大型化した背部スラスターや各部に増設されたサブスラスターから機動性の向上が図られている。雪片弐型は変わらないが、左腕に装備された多機能武装腕『雪羅』が何よりも特徴的で、箒への攻撃もこれで防いでいた事から防御にも使えることがわかる。

 

 真っ白な機体を駆る一夏が左腕に装備された新規武装の大型マニピュレータの小手から展開したエネルギーシールドでレーザーを防いでいたのだ。

 思わず気が抜けて落ちそうになる箒を掴み、慌てて引き起こす一夏は格納スペースから一本のリボンを取り出した。

 

「ほら、やるよ」

「これは……」

「箒の誕生日だろ、今日は。おめでとう」

「一夏……」

 

 言いたいことが山ほどあった。感謝も謝罪もたくさん申し出たかった。

 しかし箒はそれらを一緒くたに飲み込み、下ろしていた長い黒髪を束ね、貰ったリボンでギュッと、一つに結ぶ。

 

「行くぞ箒、結!!」

「あぁ!」

『「うん!!」』

 

 雪片弐型を構える一夏は振り払われた光弾を左腕の小手から発射したエネルギー弾で相殺しながら福音に迫る。

 

「ぜらぁァァ!!!」

 

 左腕のシールドで防ぎながら接近し、右手の雪片弐型で攻撃。距離を開かれればエネルギー弾で牽制しながら接近を繰り返している。

 

 攻撃一辺倒だった白式の頃に比べ左腕のクローが加わったことにより行動に選択肢が増えた一夏の機体だが、どれも『零落百夜』の派生であるがために燃費の悪化が伺える。

 

 それでも一撃一撃が致命的なダメージになり得る攻撃は着実に福音を追い詰めていた。

 

 それに続いて箒や結も福音を討つべく攻め立てるが、決定打となるものは今ひとつ決まらず好戦ではあるものの攻めあぐねいていた。

 

 く、私も一夏もエネルギーの消耗が激しい……!

 早く決めなければみなやられてしまう……。

 

 いやだ、そんなのはいやだ!

 

 もう誰も傷つけさせやしない、一夏のときのような失態など二度とみせてなるものか!!

 

 一夏は私が守るんだ!!

 

 

 箒の決意に応えるように、紅椿は黄金色の粒子を展開装甲の隙間から溢れさせる。

 

 

単一仕様『絢爛舞踏』発動。

 

 

 黄金色の粒子は瞬く間に紅椿を覆い尽くし、残り三十%を切りかけていたシールドエネルギーを急速回復させ最大値まで回復させてしまった。

 

「これは……!? これなら!!」

 

 咄嗟に一夏の所へ駆けつけた箒は説明もなく白式とガーディアンの手を握る。

 すると、途端に消耗しきっていたエネルギーが回復していく様に一夏と結は驚きつつもそれどころではない状況に説明を受けたい一心をかなぐり捨て剣を構える。

 

「助かったぜ、箒」

『「ありがとう」』

「礼はあとだ、行くぞ!」

 

 制限をかけていたスラスターをエネルギーの消耗の心配なく吹かして飛び出した一夏は福音の光弾を左手のエネルギーシールドで防ぎながら特攻し、逃げる隙を無くした福音の片翼を削ぐ。

 

「箒!」

「任せろ!」

 

 そこへ畳み掛けるように紅椿が二刀を握って迫り、腕で防ごうとする福音のガードを一振りで跳ね除けもう一太刀を振り払い、少し離れていたところからの飛び出した斬撃で残っていた片翼を斬り落とした。

 

「後は頼んだ!」

 

『「ぁぁアアア!!!!」』

 

 

 咆哮したガーディアンの半壊したバイザーに覗き穴が開いた仮面が補われ、マスクは砕けて顎が開放される。

 

 

 ボロボロになり亀裂が入った大盾を茨が這いずり、盾を砕いて変形しながら右腕と融合を果たし、半壊状態だがまだ動かせる小型シールドを肩、背中、腰、脚に一対ずつ装備させて出力を上げる。

 

 

 

 

 共鳴現象。

 

 

 

 

 半壊の鎧を着た亡霊はまさしくガーディアンとファントムが融合したような、禍々しくも雄々しい風貌のISは片目に紅い光を怪しく灯し、片目にはガーディアンの青いバイザーの透過した陰を帯びながら肥大化した右腕を振るう。

 

 それと同時に特殊状況に応じたISが新たな力を発現した。

 

 擬似形態移行、『MORGAN・LE・FAY』セットアップ完了。

 単一仕様、『SHEATH』発動可能。

 

 

 これは……?

 新シイチカラダ、詰ラネェ能力ダナ。

 

 なんだかよくわかんないけど、あの子を助けられるなら何でも使ってやる!

 

 

『「最後の一発だ、堪えろガーディアンッ!!!」』

 

 

 意図せず二人で飛び出した一夏と結は目配せをして攻撃準備を済ませ、福音目掛けて一直線に突貫する。

 

「往くぞ結!」

『「うん!」』

 

 

 単一仕様、『零落百夜』

 単一仕様、『SHEATH』

 

 

「ぜらぁぁぁああああああ!!!!」

『「うらぁぁぁぁああああ!!!」』

 

 2つの推進力が同じ方向を向いて一直線に海上を横断し、押し出された空気が海を割いてᏙ字に波を立てていく。

 『零落百夜』を発動した一夏の左手と、ガーディアンとファントムの効果を並行して発動させた結の右手がそれぞれ福音の頭と胸を掴み、反抗させる暇も与えずに有り余る推力の限り飛ぶ。

 

 方や新造された機体の全ブースターを、方や追加スラスター全てをを最大火力まで引き上げ、反撃の余地もくれてやらない意思で福音の力を削いでいく。

 

 だがそれでも福音は震える両手を持ち上げ、一夏と結の首を掴んで鉤爪のようなマニピュレータの指をぐり、と食い込ませ、握り潰さんばかりにぎりぎりと絞めてきた。

 

「おおぉぉぉぉおおおおお!!!!!」

『「がぁぁぁぁああああ!!!!!」』

 

 ぷつりと皮の破ける感触とともに間もなく、小島の沖に激突し、同時に福音のエネルギーが底をついてISが消滅した。

 浜には福音の搭乗者が力なく横たわり、昇る朝日に照らされてヘルメットが眩く反射している。ハイパーセンサーで生存確認こそ取れたものの、そこには生者のような暖かみは感じられなかった。

 

「……う、うぐっ……ひぐっ……」

「はぁっ……はぁっ……結……」

 

 ISを解除し、傷だらけの身体を縮こまらせて蹲る結は浜の上で声を押し殺すように泣いていた。

 

「ごめん、ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」

「………」

 

 小さな少年の悲痛な謝罪は波の音にかき消され、誰も声をかけれるものはいなかった。



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五十七話 二人の距離

 福音討伐を終え旅館に帰った結達を待っていたのは冷たい迎えだった。

 

 空を青く照らす太陽は貫徹で戦闘続きだった八人には相当堪えているようで、旅館の玄関前で立たされている皆々は平然を気取っている者もいれば初の戦闘で倒れそうになっている者や罪悪感からずっと俯いている者など、様々だった。

 

「さて、福音討伐。よくやったと言いたいところだが……」

 

 織斑先生が言葉を発したと同時に旅館の戸口から素足で出てきた山田先生が無言のまま結のところまでずかずかとやってきてそのまま結の目の前で立ち止まる。

 

 誰もが心配のあまり抱き締めるものだと思っていた。

 

 だが真耶は結の頬を打った。

 

 卵が潰れるような不格好な音がしたが、それでも結は少しだけ体勢が崩れてよろける。

 対して真耶も大粒の涙を流し、肩で息をしながら震えていた。

 

 いつもはおっとりとしている真耶だが、そんな彼女の突然の行動にまわりは驚きのあまり何も言うことができず、しかし誰一人として止めに入りはしなかった。

 

 否、できなかった。

 

「約束、したじゃないですか」

「…………」

 

 結は何も言わない。

 打たれた頬を手で抑えながら俯く姿は更にに小さく見えた。

 

「無茶なことしないって言ったじゃないですか、危ないことしないって約束したじゃないですか……なのにどうして……!」

「……ごめん、なさい」

 

 泣き腫らし、それでも止めどなく涙を流す真耶は上擦って震えている声音で子供に言い聞かせるように、結の目の前で膝を付き肩に手を置いて濡れた双眸で結をじっと見つめている。

 

「どうしてあなたは、私との約束破って! 危ないことしてッ! 自分のことなんて何も考えずに誰かのために、そこまで必死になれるんですかぁ! どうして、私の言うこと聞いてくれないの………?」

 

 真耶は力無く結にもたれ掛かってしがみつき、二度と離さないと言わんばかりに力いっぱいの抱擁をして泣きじゃくる。

 

「まやせんせい、痛いよぉ……」

 

 ずっと堪えていたらしい結も堪らずぼろぼろと涙を流し、おいおいと声を上げて真耶に泣きついていた。

 

 今まで他人にあまり感情をみせることが無かった結が今、弱音を吐き、号泣し、年相応の感情をありのままに出している。

 皆々初めて見る結の感情に面食らって動けずにいたが、千冬は他の者に目配せして気を引き、号令をかける。

 

「帰ったらたっぷり罰則課題を出してやる。それと今回の事件は他言無用、喋れば厳罰だ。以上解散」

 

 

 

 その後は身体検査を受け、結は一夏に抱えられ朝風呂で汗を流す。

 目を離せばすぐに湯船に沈んでいく結を一夏が逐一引き上げ、おちおち温もることもままならず一夏は早々に風呂から上がる。

 

 そして部屋に戻ると結は真耶の折檻を食らっていた。

 

 お互いずっと泣き散らして誰が説教をしているのかわからない状態だったが。

 

 

 ◇

 

 

 林間合宿で泊まれる最後の日でもあって自由行動となっていたが、福音討伐作戦に参加した面々は当然のごとく部屋での待機命令が下され、抜け出しても良いことは無いので仕方なく夏日の日陰で各々の時間を潰していた。

 

 最後に海を楽しみに行くものや散歩に出るもの、部屋でのんびりしたり、各々の時間を有意義に過ごす者達を一夏達は部屋の外から羨ましそうに眺めていた。

 

 

 

 その日の晩は一層豪華な食事が出され、これまで以上に気分が高揚している一般生徒は討伐メンバーにここぞとばかりに作戦の顛末を聞くため群がっていた。

 

「ねーぇー教えてよう〜」

「だーめ。もし聞いたらそっちだって厳罰の対象なんだよ?」

 

 それでもそこは一国の代表候補生、簡単には口を割らず一貫して黙秘を続けており消して口外することはなかった。

 

「ところで上代君は?」

「朝からずっと寝ています。相当疲れていたのでしょう」

 

 あの戦闘で一番奮闘していたであろう少年。

 その日初めて使う思考操作武器計八つを難なく操り、挙げ句の果てに形態移行に近い何かまで発現させた彼に掛かった負荷はけして軽いものではないはずだ。

 

 真耶の説教の末終わったと同時に前のめりに蹲り、そのままなきべそが寝息に変わった結は泥のように眠ったらしい。

 流石に布団へ運ばれたが、運んだ真耶の服の裾を握ったまま離さなかったので真耶も道連れにされていた。

 

 その姿を千冬がここぞとばかりに携帯電話を取り出して嬉しそうに激写している姿を見て一夏を始めとした面子が冷めた目で見ていたとか。

 

「へぇ、それで織斑君は?」

「いないな……大体察しはつくが」

 

 視線だけ窓の向こうへ送ってお吸い物を啜るラウラはため息を吐いて知らないなと吐き捨てる。

 

 私も色恋沙汰には疎いが、あれらの恋路は知っているさ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 誰もいない夜のビーチ。

 

 一夏は食後の運動がてら旅館を抜け出して海で一人泳いでいた。

 暫くそうして波に持を任せて泳いだ後、海から上がってって耳の中の水を抜き、傍の岩場に腰かけて決戦に赴く直前に見た夢の内容をぼんやり、思い出していた。

 

 そういえば、何か夢を見てたんだ。

 どんな夢だったっけ⋯⋯。

 

 起きた直前はしっかり覚えていたはずなのに、今ではその内容すら朧気になっていた。

 唯一さざなみの音だけははっきりとしていて、それだけが現実と重なって余計にもどかしさが胸にわだかまりを作ってもいた。

 

「い、一夏」

 

 名前を呼ばれて振り返る。

 

 そこには先日見た白いビキニを纏った箒が恥ずかしそうに、体面を腕で隠すように手を組みながら立っていた。

 夜とは言え満月が昇っている月下で夜目が利くこの状況では箒の姿が良く見えてしまい、数秒じっくり眺めた後イケナイ気分になって、慌てて目線を反らす一夏。

 

「あ、あまり見ないでくれ、恥ずかしいのだ⋯⋯」

「お、おう、すまん⋯⋯」

 

 そこで会話は途切れる。

 箒は何も言わず一夏から少し離れたところに座り込み、何か話そうとはするがうまく言葉は口から出ずに無為に時間だけが過ぎる。

 

「そういえばさ、髪、大丈夫だったか? 少しは焼けただろ」

「あぁ、それなら問題は無い。新しいリボンだってその、もらったしな⋯⋯」

「改めて、誕生日おめでとうな」

「あ、あぁ⋯⋯ありが、とぅ⋯⋯」

 

 自分の髪を撫でながら箒は少しだけ気恥ずかしそうに照れながらも、優しく微笑んでそ礼を言う。

 

 またしても沈黙が走る。

 

「お前こそ、大丈夫だったのか? その⋯⋯その、怪我をしていただろう」

「あー、なんか起きたら治ってた」

「そんな馬鹿なことがあるわけがないだろう!?」

 

 箒は見せてみろと声を荒げながら一夏の肩を掴んで背中をむけさせる。そして広い背中をまじまじと触れ、撫で、摘まんで隅々までよく観察してみるがどこにも外傷はなく健康そのものの背中しかなかった。

 

「消えている⋯⋯本当に何もないのか?」

「あぁうん。治った。あれじゃないか? ISの操縦者保護機能ってやつ」

「あれはただ保護するだけだろう。治すなんて聞いたことが無いぞ⋯⋯」

 

 あっけらかんとしたままの一夏は何一つとして気にしていない様子だったが、それを箒は気に食わないと言うように話を終わらせなかった。

 

「それでは駄目なのだ、そんな簡単に許されると、困るのだ⋯⋯」

 

 目に見えて落ち込む箒をみて一夏は困ったふうに顔を顰めるが、彼女の心象をくみ取ってみることにした。

 

「それじゃあ、俺が今から箒に罰をやる。それでいいか?」

「わかった⋯⋯」

 

 けして本意ではない。

 だがけじめをつけなければ彼女は自分んを許すことはしないだろう。

 

「よし、目を瞑ってくれ」

「う、うむ」

 

 決心した面構えでぎゅっと目を瞑る箒の額に一発、いい音を弾かせてデコピンをくれてやった。

 

「あだっ」

「はい終わり。これに懲りたら自意識過剰と独断先行は控えろよ」

 

 ぽかんとしていた箒だが、見る見るうちに顔を赤くして一夏に突っかかる。

 

「ふ、ふざけているのか!? あんなデコピンくらいで、そんな⋯⋯!」

「まぁ落ち着けよ、その、当たってる⋯⋯」

 

 一夏は気まずくなって目を反らしながら箒の肩をもってどうにか宥めるが、そんなことをお構いなく詰め寄ってくる箒のただでさえ豊満な胸が心許ない布地一枚隔てて一夏の胸板に押し当てられ、簡単に形を崩して潰れる。

 

 それに気づいて慌てて離れる箒は自分の胸を抱え、抗議の目をじとー、と一夏にぶつける。

 

「人が真面目な話をしている時に、お前と言う奴は⋯⋯⋯」

「すまん、すみませんでした⋯⋯」

 

 鋭い眼差しは変わらないが、その中に熱を持った目線を感じてもう一度箒の方を向くと知らぬ間に手を取られ、彼女の胸に添えられる。

 手に収まりきらない柔肌の奥から伝わってくる熱く、速い動脈の音が箒の内に秘めた感情を表しているようで、釣られて自分もどくどくと脈拍が上がっていくのが分かる。

 

「その、お前は、私のことを異性として、意識するのか⋯⋯?」

「う、ん⋯⋯」

 

 今にも消え入りそうなかぼそい小声でぽそぽそと呟く箒の言葉が一言一句鼓膜に響いてくる。

 満月の優しい月明かりに照らされた麗しい水着を纏った幼馴染が、いつにもましてきれいに映った。

 

 密着した状態で互いの鼓動の音が交じり合い、時間の感覚がどんどんと狂ってしまうなか、どうどうと頭がこんがらがる中で箒の潤んだ瞳と目が合い、しばらく動けないまま互いを見つめ合う。

 

 熱い視線はずっと目を見あったまま、やがてどちらともなく距離が縮まり、そして唇が触れ⋯⋯⋯

 

 

 ⋯⋯ることは無かった。

 

 

「⋯⋯箒?」

 

 箒が手で遮ったことにより互いの口が触れることはなく、一夏は箒の突き出された掌と熱いキスをしていた。

 なんとも言えない感触に何を感じていいのか分からず困惑していたが、箒は切ない表情のまま名残惜しそうにも『今以上の関係』を拒んだ。

 

「今の私にそんな資格はない、こんな体たらくではお前の隣には立つことなどできない⋯⋯」

「そんな、そこまで言わなくたって⋯⋯」

 

 一夏は気にしていないと伝えるが箒は必死に頭を振ってそれを拒む。

 

「これは私自身へのけじめだ、お前が許しても私は許せないのだ。だが⋯⋯」

 

 涙は見せない。

 手に入る愛を彼女は受け取らなかった。

 

 もしもそれを手にすればこの事件で起きた事が全て妥協で収まってしまうから。

 

 それが箒は許せなかった。

 

「いまにきっと、一夏の隣に居られるような人間になる。それまで、待ってもらえないか?」

「そうか⋯⋯わかった。けどな」

 

 一夏は言い切らずに身を乗り出して箒を抱き寄せ、彼女の額に口づけをする。

 

「なっ⋯⋯!?」

「このぐらいならいいだろ?」

 

 何か言いたげな箒はぱくぱくと口を開閉させながら震えていたが、一夏に頭を撫でられて否応なく黙り込んでしまった。 

 

 そんなじゃれ合いをしていればそろそろ時間もいい頃合いになってきたので旅館に戻ることにした二人。

 

 

 旅館に戻る短い時間、会話は無かったが、二人はずっと手を繋いでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四十二%かー、ま、こんなところかな? そしてゆーくんは初めて使う兵装をああも簡単に使いこなすなんて、やっぱり人間じゃねーぜ」

 

 空中投影ディスプレイに浮かび上がった各種パラメーターや記録映像を見ながら、篠ノ之 束その人は子供のように、天使のように無邪気に笑う。

 

 峠の柵の上に腰かけて崖の向こうに投げ出した足を当てもなく揺らす姿は年端も行かない無邪気さを感じさせるが、場所が場所なだけに可愛らしさは薄れていた。

 

「それにしたって白式には驚かされるなぁ。まさか搭乗者の生体再生まで可能なんて。まるで⋯⋯」

「まるで『白騎士』のようだな。お前が心血を注いで作り上げたコアナンバー〇〇一にして初の実践投入機、一番目の機体にな」

 

 音もなく表れたのは漆黒のスーツに身を包む千冬。

 

「やぁ、ちーちゃん」

「おう」

 

 二人は互いの顔を見ない。

 

「ところで、その白騎士はどこへ行ったんだろうね?」

「白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」

 

 かつて『白騎士』と呼ばれた機体はコアを残して解体され、第一世代開発に大きく貢献したものの、とある検挙襲撃事件を皮切りにその行方をくらませていたが、いつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれていた。

 

「あっはは、せいかーい。それで例えばの話、コア・ネットワークでやり取りしていたとするよね? ちーちゃんの一番目の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。もしそうなら同じ単一仕様を開発したとしても不思議じゃないよねぇ」

 

「不思議だよね、あのコアは確かに初期化したはずなんだけどね」

「あぁ、不思議なものだ」

 

 

「不思議と言うならゆーくんもさ。まさかISのコアとあれだけシンクロできるなんて」  

「コアの人格とも言うべき核か」

「そうさ」

 

 あれは私が作ったんじゃない。

 ()()()()()()()()()()()

 そこにある人格とも呼べるものを核として確立し、コアと呼べるものに昇華させたに過ぎないんだ。

 

 それを人が乗れるようにしたのは確かだけど、ゆーくんのあれは人がISに乗られてる感じだよね。

 

「でもあのISに身体を奪われることなく均衡を保っているのはきっとあの盾のおかげだよ」

「やはりそうなのか」

 

 あの盾はISの力を封じ込める。

 それは全てのISに置いて天敵ともなる禁忌のような力を有してい居るはずなのに、その力は己に向けて発動させ、決して誰も傷つけず、誰からにも傷つけられない強固な要塞の中に閉じこもっていた()()()()がISの核と共鳴し、先日の全く別の形態移行を可能にした。

 

「わかんない事だらけだよ。でも、それでいい」

 

 そう、それは問題ではない。

 束にとっては分からなくても問題ではなかった。

 

「そうだな、私も一つたとえ話をしてやろう」

「珍しいね、ちーちゃんが」

 

 例えばとある天災が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違えさせたとする。そこで使われるISをその時だけ動かせるようにする。そうすると、本来男が動かせないはずのISが使える。と言う事になる。

 

「ふ~ん? でもそれじゃあ継続的には動かせないよね?」

「そうだな、お前は長い事同じものに手を加えることはしないからな」

 

 言われて嬉しそうに笑う束を他所に千冬はまあいいと切り上げて次の話に移る。

 

「とある天才が妹の晴れ舞台で華々しくデビューさせたいと企てる。そこで用意するのは専用機とISの暴走事件だ」

 

 束は何も答えない。それでも千冬は言葉を続ける。

 

「暴走事件に際して新型の高性能機を作戦に加え、妹は華々しく専用気持ちとしてデビューということろだ」

「へぇ、不思議なたとえ話だねぇ。凄い天才がいたもんだ」

「あぁ。かつて十二ヶ国の軍事コンピュータを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した天才がな」

 

 束は何も答えない。千冬もなにも言わない。

 

「ねぇちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そっか」

 

 峠に噴き上げる風が一度強くうなりを上げた。

 

      

 

 その風の中、束は何かを呟いて姿を消した。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 千冬は深く息を吐いて寄りかかっていた木の幹に後頭部を押し当て、その場を去る。

 その口から漏れた声は潮風にながされ闇へと消えた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「んぁ……」

 

 さめざめとした憂鬱な気分で目覚めた結は暗い部屋の中、月明かりだけを頼りに起き上がってゆったりとホールドされた真耶の腕の中から這い出る。

 

 やたらと視界が良い。

 と言うよりハイパーセンサーを起動している時のような鮮明な視界情報に感動する反面、情報量の多さに吐きそうになる。

 まだ夜で良かった。これが昼間だったら日陰にいても陽光で目を焼いていたかもしれない。

 

「ん……結ちゃん……?」

「おはよ、真耶先生」

 

 胸の辺りにいた結がいなくなったことで隙間が開き、薄ら寒くなった温度感で起きた真耶が手探りで眼鏡をかけ、目をしばしばさせながら布団から出てくる。

 

 布団の上で鎮座する真耶はそばに寄ってきた結を抱え、そのまま支えにして頭が覚醒するのを待っていた。

 

「ん、起きたか」

「織斑先生、おはようございます……」

 

 隣の襖が開き、浴衣に袖を通す織斑先生が此方に気がついて声をかけてくれた。

 

「すまないが食事は下げてもらった。時間なのでな」

 

 時計を見れば午後の十時を回ったくらい。

 流石に夕食と言うには遅すぎるため、二人のために用意されていた夕餉は回収されたらしい。

 

「何か食べたいなら厨房を借りるといい。許可は取ってある」

「すみません、ありがとうございます……」

「気にするな、それに今の上代ならそっちのほうがいいだろうさ」

「それは、どういう……?」

 

 優しく微笑む織斑先生の意図がいまいちわからず二人して互いの顔を見合わせる真耶と結は首を傾げるが、二人の腹からなんとも可愛らしい鳴き声がしたので、ともかく何か口にするべく千冬に頭を下げ部屋を後にする。

 

 途中で心配になって様子を見に来ていた中居さんに会い、一連の流れを掻い摘んで教えてもらい改めてお礼を言う二人に中居さんはなんだか嬉しそうに笑いながら、厨房のあるところまで案内してくださった。

 

 こんこんと目が覚める真耶は浴衣の袖を襷で結び、冷蔵庫から食材を拝借しだだっ広い厨房の片隅で一人調理を始める。

 

 野菜を切り、肉を削ぎ、仕込みを済ませ米を炊く。

 やたらと趣のある調理器具で肉野菜に火を通し、調味料を適量まぶし簡単に味を整える。

 

「はい、出来ましたよ」

「……いただきます」

 

 結が取り出してくれた食器に盛り付け二人で手を合わせる。

 

 味がわからないのにこんなものを作ったって……。

 

 いつも思う嫌な事。

 彼は美味しいと言ってくれるが、本当に美味しく思ってくれているのかわからない。自分も同じものを食べているから味が悪いなんてことはあまり無いが、彼が本心から食事を楽しんでいるかが不安だった。

 それでもいつも残さず完食してくれる結は何を思って食事をするのか。

 聞きたくても怖くて聞けなかった。

 

 そんな結が、遅い夕飯に箸をつけて一口頬張った瞬間目を見開き、ピクリとも動かずに固まってしまったのだ。

 

 まさか味付けを失敗したか、いやそんなことに気づくのか?

 色々な不安感が綯交ぜになりながらおろおろしていると、結が咀嚼して口の中のものを飲み込んで口を開く。

 

「おい、しい……」

「結ちゃん?」

 

 何かを確かめるように結は一口、また一口食事に手を伸ばし口いっぱいに頬張ってもごもごと咀嚼をしている。

 

「おいしい!」

「は、え、え?」

 

 今までこちらが感想を聞くまでけして言葉を発することは無かった結が自分から美味しいと言い、また味を確かめるように料理をどんどんと食べすすめていった。

 

「結ちゃん、味覚が、戻って……」

 

 少し遅れてようやく結の変化に気がついたらしい真耶はさっきまで感じていた不安感が全て一掃され、今目の前で食事を必死に楽しむ結に抱きついて本日何度目かわからない大粒の涙をだばだば流す。

 

「良かった、良かったよぉぉ………!!」

「くるひぃい」

 

 その日の野菜炒めはちょっとだけしょっぱくなった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 よほど嬉しかったのか泣き疲れて眠ってしまった真耶を見下ろし、逆に夕飯を食べて目が覚めた結は物音を立てないように縁側の窓を少しだけ開き、外の空気を一身に受ける。

 

「わぁ」

 

 星々が瞬く暗い藍色の空に、昼間のときとはうってかわって影のように黒い雲が流れ、揺れる海面は月明かりに照らされて白い輪郭を揺らしながら波打っている。

 

 天高く上る満月は地上を優しく照らし、誰もいない海を彩っていた。

 

「夜の空ってきれいなんだね」

 

 熱帯夜で茹だる頬を涼しい潮風が撫でて吹き去り、鼻腔に潮の香りを残していく。

 

 草木も眠る静かな夜、遠くから聞こえるさざなみの音を子守唄代わりに布団に潜る結は真耶の懐に寄り添って彼女の人肌に安心感を懐きながらまた、夢に落ちる。

 

 

 ◇

 

 

 翌朝朝食を摂り、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。

 その後すぐに各クラスのバスに乗り込み、昼はサービスエリアで摂るらしい。

 

 粗方の作業が終了してバスに乗り込んだところで、一人の女性がバスに乗車してきた。

 

「織斑一夏くんはいるかしら?」

「はい?」

 

 サングラスでよく分からないが、金髪の女性は一夏をみつけるとずかずかと近づいてきて身をかがめ、サングラス越しからじいと見つめてくる。

 

「へぇ、君が⋯⋯それじゃあ隣の男の子が、あの時の盾の子かしら」

 

 一夏と隣の結を交互に見やりながら謎の女性は品定めをするように楽しそうに、まじまじと観察をしてくるので落ち着かずに目線を反らしてしまう。

 かくいう結は逆に女性の事をじぃ、と見つめていて鼻をひくひくと揺らしながら無遠慮に匂いを嗅いでいた。

 

「オレンジのにおい」

「コロンよ、良い香りでしょ?」

「それと、血と消毒液の匂い、やっぱり怪我してる、の⋯⋯?」

「⋯⋯⋯」

 

 椅子から飛び降りて女性の元に駆け寄る結は泣きそうになりながら彼女の前に出て深々と頭を下げた。

 あまりの光景にバスの中は騒然となるが、事の顛末を知っている一夏や箒、教師陣は何も言えずに様子を見ていた。

 

「ごめんなさい、ぼくが、あの子を⋯⋯お姉さんを⋯⋯ぼくのせいで⋯⋯」

「いいの、あの子はずっと私を守ってくれてたから」

 

 その様を見て一夏たちはこの女性があの福音の搭乗者だと言う事を悟る。

 

「そう、私が『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のパイロット。ナターシャ・ファイルス」

 

 ナターシャと名乗った女性は結に顔を上げさせ涙を払い、少年の頬にキスをする。

 度肝を抜かれて呆けている周囲をよそに一夏にも同じように頬へ口づけをした後ウインクを飛ばしてさっそうとバスを降りて行った。

 

「なっ⋯⋯!?」

「ありがとう。じゃあね、二人のナイトさん!」

 

 颯爽と去って行くナターシャを見送る二人は呆けたまま動けなかったが、それ以上に真耶と箒は雷にでも打たれたかのように硬直していた。

 そして声にならない悲鳴がバスの中に木魂し、世迷言を連ねる真耶に結がもみくちゃにされたり何処からともなく飛んできたペットボトルに一夏が頭部を狙われたりと大騒ぎになっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 バスから降りたナターシャは千冬の元に行く。

 

「あまり火種を残してくれるな、ガキの相手は面倒なんだ」

「うふふ、あまりに可愛い男の子がいたから、ついね」

 

 悪戯っぽく笑うナターシャだが嫌な汗がつたっているのを千冬は見過ごさなかったが、あえて何も言わなかった。

 

「体は大丈夫なのか」

「えぇ、ずっとあの子が守ってくれていたから」

 

 全てのISを敵としか認識できない様にされ、強引な形態移行にコアネットワークの遮断。 自分を孤独に晒してまで搭乗者であるナターシャを、己の身を極限まで酷使して守り抜いた福音はそのコアこそ無事だったものの、この暴走事件を招いたことから今日未明にコアを凍結処理されることが決定した。

 

「⋯⋯何よりも飛ぶことが好きだったあの子が翼を奪われた。相手が誰であろうと、私は許せない」

「あまり無茶はするな。この後も査問委員会があるのだろう? 今は大人しくしておいたほうがいい」

「それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」

 

 IS世界大会の総合優勝者に授けられる最強の称号。

 千冬はそれの第一回受賞者ではあったが、その名で呼ばれることは好きではなかった。

 

「アドバイスさ」

「そうですか、ならば今は大人しくしていましょう⋯⋯今はね」

 

 鋭い視線を躱して互いの帰路に着く。

 その背中には再会を誓う言葉があった。

 



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閑話休題 結のISの機体情報

 メモ書きのようなものなのでところどころ抜けてるような足りてないような感じです。




IS名:ガーディアン

 

 通常のISより一回り大きい西洋の金属甲冑のようなデザインのISで、頭部は全体を覆うフルフェイスタイプのヘッドギアで、前面には十字架がモチーフのバイザーが留め具で掛かっている。

 背部のスラスターは最低限のサイズだが、第三世代性能を有する。

 盾は打撃に使用できるほか、振り回してからの投擲も可能だが、身の丈を超える程の大盾なので取り回しはよくない。

 全身にボルトやリベットのような金具が散りばめられ、上から装甲を無理矢理つけたような違和感があるのが特徴。

 

 武器:大型盾『MORGAN』

 

 機体の身の丈よりも大型の盾。

 身を屈めば全身を防御することもでき、その大きさから振り回して打撃武器としても運用可能。

 また、如何なる攻撃も防ぎ、内側からの攻撃も防ぐ。

 

 

 単一仕様:『SHEATH』

  

 シールドエネルギーが限界を迎えた場合、装備者のISを強制的に停止させ、盾を変形させ巨大な棺桶を生成し中へ装備者を閉じ込め、その中で搭乗者とISが活動可能な状態まで回復させるが、その間は棺の中に閉じ込められたままになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガーディアン追加ユニット。

 

 名称[楽園の九人姉妹(nine sisters)]

 分類:シールドビット

 

 ガーディアンの戦闘が防御特化型で、味方を守る事を重点的に強化するために篠ノ之 束博士が開発した無線制御機。

 

 

 脳波による無線制御で複数同時操作可能なうえ腕、脚に装着させて身を守ることもできる。複数を連結させて防御面積を広くしたり、シールドをそのまま相手にぶつけて物理攻撃に使用したりも可能。

 

 防御面を展開させ、一対ずつ肩、背中、背部ユニット、腰に連結させて追加のスラスターユニットにする事ができ、元々の機動性を爆発的に飛躍させることが可能。

 

 

 IS名:『MORGAN・LE・FEY』

 

 第三世代

 

 ガーディアンが共鳴現象によりファントムと融合し、擬似的に形態移行した姿。

 全身の装甲は一度崩壊して再構築され、それまでの着られているような過度な大きさの鎧ではなくなり、結の体型及びファントムの形に沿うようなシャープなものへと変化した。

 

 装甲は全体的に洗練されて薄くはなったが、腕部や脚部の一部分は分厚い装甲が残り、格闘戦にも対応できるようになっている。

 

 また、結の意思によって装甲をパージ出来るようになっており、腕部装甲を外してファントムの単一仕様を発動出来るようになった。

 

 右腕に大盾と茨が融合した特殊兵装『TRINITY』を装備。

 巨大化した右腕は掴んだISを強制停止させるガーディアンの能力を有する。

 

 単一仕様:『SHEATH』

 

 エネルギーの有無に関係無くISを強制的に停止させる。

 ガーディアン本来の能力であり、結の意思で他人にも能力を行使出来るようになった。

 

 

 

IS名:ファントム

 結のIS、ガーディアンを破って出現したIS。

 大柄で図太い装甲が特徴的だったガーディアンに反して、小柄で細身なのが特徴。節が目立つデザインをしていて、ほぼフレームに近い形状をしている。背部にスラスターユニットは存在せず、背面と足裏に備えられた最低限のスラスターで飛行時の調整を行う。

 フルフェイスのヘッドギアで、頭蓋骨を模したような形をしている。頭頂部には鋳薔薇で編まれたような王冠のような頭部センサーが目隠しをするように、目深に被られている。

 

 

 単一能力:『UNREARONING SPITE(理由無き悪意)』

 能力発動時、手のひらから生える棘の蔦に触れたISを登録者の有無、ロック関係なしに奪い、身に纏う。

 奪ったISをそのまま装備し、そのISの武器を使用する。

 単一能力も使用可。

 

 

 デメリット:暴走状態なため、本人の意思での停止、稼働の制御が行えない。

 ISとのリンクが通常のそれよりも深いため、ダメージを受けると身体の同じ箇所にも傷を負う場合がある。

 

 

 例外:結が意識を保ったままファントムを起動したとき、例外としてガーディアンの装甲を一時的にパージして能力を発動出来る。

 

 




 概ねこんな感じです。

 全然名前決めてなかったので大慌てで決めてきました。
 それに伴って色々いじくってしまいましたすみません。


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夏休み編
五十八話 少年の思い出


 福音事件というアクシデントに見舞われながらも楽しい楽しい林間合宿は無事終えることができ、より一層陽射しの強さを増した七月の酷暑に負けんばかりに活気を放つ女生徒達は各々やいのやいの休み時間を過ごしていた。

 

 誰も欠ける事なく帰還できたものの、変わった事がいくつかあった。

 

 篠ノ之 箒が代表候補にもならずに篠ノ之束の手によって専用機を、しかも世界中が開発を急いでいる第四世帯のISを手にするという事態に学園は国家所属を見送り、学園所属の扱いを取った。

 

 更に織斑 一夏の専用機が二次移行を完了し、更に男性操縦者としての価値が高まり、より一層その身を狙われる危険性が出てきた。

 

 そして結のISも形態移行をしたのだが、不思議な事に学園に戻ってからもう一度ISを展開したらいつものガーディアンが出てきた。

 本人曰く「あれはファントムと一緒に出さなきゃムリ」だそう。

 

 そして一番変わったのは織斑一夏と篠ノ之箒の関係だろうか。

 

「一夏! 少しいいか?」

「なんだよ箒」

 

 手作り弁当の包を恥じらいながら手渡す箒から嬉しそうに受け取る一夏は満面の笑みで感謝の言葉を連ねる。

 初々しく華やかな光景に男日照りの激しい女子達は相当に羨ましそうな目線を送るが本人たちは気づかない。

 

 視線の流れ弾が結にも飛ぶが、バックに潜む真耶の影に怯えて手を出すものはいなかった。

 

 それでも気になるのは少年に想い人がいるかどうか。

 

 しかしそれを聞いてしまった日にはどうなるかわかったものではない。

 

 自分だったらどれほど嬉しいだろう。しかしそこに自分はいない、でも気になる。

 

 果たして山田教員だろうか、それとも専用機持ちの誰かだろうか、はたまた……!?

 

 そんな憶測飛び交う中で一人平然を装いながら……否、本当に平然としながら特攻を仕掛ける猛者がひとり。

 

「ゆいゆいって好きな子とかいるの~?」

「うん? うん」

 

 ナイスだのほほん、しかしバッドだったのほほん。

 クラスのほとんどの女子が思わず立ち上がり、数名は気絶。何処から沸いたか廊下にも人集りが壁を作って耳を澄ませる。

 

「いるんだ~……いるんだっ!?」

「う、うん」

 

 珍しく本音が大声を張り上げて驚き、手に持ったいた棒菓子を落としてしまう。

 だが咄嗟に平静を保って詳細に探りを入れる本音。

 

「だぁれ?」

「昔、一緒の施設にいた、女の子……」

 

 その回答に挙動不審だった婦女子たちは胸を撫で下ろして腰を据え、気を失っていたものたちは立ち上がって息を整えていた。

 

「その子ってどんな子だったの?」

 

 流石にここまであからさまになれば、一夏も話を理解してきたようで、弟のように思っている結の好きな人と言うものが気になって訊いてくる。

 

「なんだろう、千冬先生みたいな感じ」

「千冬姉か、いい趣味してるな~……」

 

 一夏が想像したのはやたらと手の早い女の子で、それでいて不器用ながら人思いな優しい人物像だった。

 

「馴初めはどんなだったんだ?」

「一人で居たらね、向こうから話しかけてきたの」

「ほう、積極的だったのだな」

 

 思い浮かべるのは黒い髪を背中まで伸ばした同じ背丈の女の子。

 勝気でいつも不敵に笑う彼女は初めて顔を合わせたはずの自分にいろいろな事を訊ねてきた。

 

「いろいろお話ししてて、ぼくの方が年下って分かったら『私の方がお姉さんだ!』て嬉しそうにしてた」

「微笑ましいですわね」

 

 姉のようなメイドがいるらしいセシリアは自身を重ねて思わず笑う。

 

「少しの間だけしか一緒にいなかったけど、楽しかった」

 

 寂れてきている、忘れてはいけない、濃紺で淡い記憶。

 

 

『ずっとここにいるのか、お前?』

 

『そうか、お前は末っ子になるのか。それなら私はお姉さんだな!』

 

『私と一緒にここを出よう、お前となら私は何でもできる!』

 

『絶対また戻ってくる! だから待っていてくれ、結!』

 

 記憶のなかの彼女は表情豊かで、笑い、怒り、泣き、色々な顔を見せてくれた。

 ほんの一時しか隣にいなかったが、忘れ難い大切な思い出だった。

 

「なんて名前なんだ、その子?」

「えっとね……」

 

 なんていったっけ、確か……そうだ。

 

 

 

「マドカちゃん」

 

 

 

 

「座れ貴様ら、授業を始めるぞ」

 

 扉を開けて入ってきた疲れ気味な織斑先生の一言で人だかりは蜘蛛の子を散らすように散開して各々の席に着く。

 

 マドカか。円香、円夏……なんてな。

 

 チャイムが鳴る。

 



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五十九話 夏休みと学徒

 あの番外編は以前アンケートで取った選択肢の一つで、構想はあったんですが如何せん出すところが無かったのでやっつけで出した次第です。
 反省はしてません。








 八月のはじめ。

 IS学園は遅めの夏休みに入っていた。

 

 寮制でしかも生徒の半分以上が海外からの留学生なのでこの長期休暇で祖国に帰省する者も多数おり、学園内は普段に比べてがらんとした静けさに落ち着いていた。

 

 そんな中、部屋でだらしない格好をしてアイスをかじるツインテールの少女、鈴は日本特有の湿度の高い暑さに嫌気が差しながら女性向け雑誌を読んでいた。

 

「……あっっっついわねぇ!!」

「鈴うるさい……」

 

 もとより暑さが苦手な鈴はまとわりつくような湿気に追討ちをかけられて我慢の限界に達していた。

 棒アイスを根本からかじりとって雑誌を無造作にベッドに放り、まだ人に見られてもマシな格好に着替え、といっても下着が肌着になった程度の布面積だが。同室のティナ・ハルミトンに声を掛けてから部屋を出る。

 

「ちょっと出かけてくる!」

「静かにしなさい」

 

 勢い良く扉を閉め、ずんずんと勇み足で向かうのは一夏の部屋。

 特に用事はないがこのままでは暇と熱波で茹で上がりそうなので丁度いいサンドバッグ兼幼馴染をいびりに行ってやろうというか魂胆である。

 

「ほんと、バカ」

 

 部屋に向かう途中、足を重く絡めとるのは後ろめたい暗い感情。

 約束を忘れられていた事が許し難く、強迫観念のようなものに迫られて編入したIS学園で唯一心の拠り所だと思っていた相手に裏切られたようで、身を引き裂かれる思いを味わった。

 

 そんな時に出会った結とも色々あって、一周回って吹っ切れた気がする。

 

 何を信じればいいのかわからない。

 疑心暗鬼になる暇もなく駆け抜けるような毎日だった一学期が終わり夏休みになった今だからこそ自分と向き直る時間が生まれ、思い詰めた結果に生まれた疑問がこれだった。

 

 幼馴染にも、慰めてくれた少年にも、自分の専用機にも……家族にも。

 

 たくさん裏切られた気がする。

 

 無力でちっぽけな自分には何も残らないのだろうか。

 頭の片隅に蔓延るドロドロとした影に怯える。

 

 遠くから聞こえるセミの声がやたらうるさく反響する。

 このまま突っ立っていれば夏の陽炎と一緒に揺らいで消えてしまいそうと呆けていたら、誰かから声をかけられた。

 

「よぉ、鈴……て、どうした?」

「へ、一夏……?」

 

 何処か心配している素振りを見せる一夏と目があったとき、私は泣いていた気がする。

 

「取り敢えず部屋に来るか? お茶でも飲んでいけよ」

「うん……」

 

 今だけは、甘えてもいいよね。

 

 

 

 時は少し遡って、場所はイギリス。

 

 セシリアは祖国での仕事や軍への情報提供、両親の墓参りを済ませて屋敷のある部屋を訪れていた。

 

 両親が亡くなってから一度も入ったことのない父の部屋。

 最低限の遺品整理だけ済ませてあとは一切手付かずになっている部屋は掃除こそされているものの本棚などにはうっすらホコリが積もり、ハンカチで口元を覆いながらホコリをはたいて一冊の本、否日記を取り出した。

 

 お父様の日記。

 ベルトで鍵を掛けられていたそれは両親が事故で亡くなる前日まで記されていたもので、机の引き出しにしまわれていた鍵で錠を開け、中を覗いてみるとそれまでの父の出来事や心象がこと細やかに綴られていた。

 

 

 だが何処を取って見てもそこにはなんの変哲もない、いつもの日常が綴られているだけで特別変わったものは無かった。

 二人が亡くなる前日までの出来事が綴られて途中から白紙の頁が続いたが、終わり際に走り書きを記したようなものが垣間見えたのでそのページを捲り、震えていて読みづらい文から何が書かれているのが読み取ってみる。

 

 

 

 ÷月∃日

 

 次の研究の題材がまだ決まらない。

 培養技術は確かに進歩したが人の身体機能をそのままに再生させられるほどの医療は未だ確立されておらず、運任せにドナーに頼るしかないのがこの世の現状だ。

 

 もっと良い方法が編み出せないものか。

 

 

 ‖月∇日

 

 クローン技術の応用で臓器を生成する方法が生まれたもののまだ実用段階には至っていない。

 

 そういえばテレビで世界中の軍事機関が何者かにハッキングされ日本国へ一斉にミサイルが発射されたと言う。

 そこへある一人の騎士が全てのミサイルを迎撃し、日本国へ一切の被害を出さなかったらしい。眉唾な話だが世界中でその映像が流されたので信憑性はあるだろう。

 

 

 ¬月∈日

 

 遺伝子の添付で人の細胞を他の生物に持たせられる事が出来るが、どれほどの機能を有した細胞が作れるのか、ここは倫理も関わってくるので未だ研究の域を出ていないものも多い。

 

 世界ではインフィニット・ストラトスと呼ばれるものがこの世に普及してはや数カ月。女性にしか扱えないらしいその機械はまたたく間に世界中に配備され、各国は急いでこれの実用化に躍起になっている。

 人とはどうにも武器を持たなくては不安らしい。

 

 

 ∂月∩日

 

 街に出ると周囲の目線がやたら鋭かった。

 ISと呼称される機械が各国でその姿を見せるようになり、女性の軍への入隊率が大幅に増えた。

 それに伴い街に留まらず世界中で女性の男性への横暴や冤罪が増えたらしい。

 これをエゴと呼ばずになんと言うべきか。

 嫌な時代になったものだ。私も肩身が狭い。

 

 

 ⊥月⊿日

 

 家で妻の機嫌が悪い時が増えた。

 冷たい眼差しを向けられる事には慣れたつもりだが、こうも頻繁に晒されては落ち着けるものも落ち着けない。外でも、家でも、人の視線を気にするのはつらい。

 

 そういえば、聞くところによるとあのISというものは装備を量子変換を起こして機体内の領域内に格納できるらしい。

 もしもこれを応用すれば破損した臓器や人体を再生出来るかもしれない。

 治癒能力はあれど再生能力を有さない人間にとってはかなってもみないものになるかもしれない。

 どうにかして研究に使えないか……。

 

 

 ⊆月⨹日

 

 早速イギリス軍にかけ合わせてみたが結果は予想通りの門前払い。

 いくら自分が末端の研究者と言えども、電話越しに男とわかった瞬間に嫌そうな声音でまくしたてながら電話を切られた。

 医療よりも軍事のほうが供給が先なのはわかるが、独占しては意味がないじゃないか。

 

 

 ≡月⇔日

 

 ある日、資産家を名乗る女性が私の研究室を訪ねてきた。

 彼女曰く「先生の論文を目にして感銘をうけました! どうか研究の支援をさせてください!」だそう。胡散臭いったらありゃしない。

 

 だったらここにISのコアを用意してもらおうと吐き捨てておいた。

 私の研究はまずそこから出ないと何も始まらない。

 

 その女は少し考えたあと、後日伺いますと言い残して去っていった。

 もし冷やかしだったら……どうもしないがね。

 

 

 ≡月⁒日

 

 数日後、あのときの女がまた現れた。

 ついてきてほしいと言うので渋々ついていくことにした。時間だけはあるので構わなかったし。

 やたら長い道のりを回りくどい遠回りしながらたどり着いたよくわからない施設の中に通されると、そこにはなんと一機のISコアが鎮座していた。

 不敵に笑う女の顔がやたらと印象的で忘れられなかったのを覚えている。

 

 

 ≡月◢日

 

 一晩考えて女の協力を仰ぐことにした。

 女尊男卑の風潮が高まった現在、私一人の欲でISを手に入れるのは難しいと考えた。本物のISを使える環境が整うのならば非合法だったとしても研究のために使わせてもらうとしよう。

 法に背いてでも、善になるのならば。

 

 

 ∅月≦日

 

 実験は順調とは言えない。

 

 物体を領域内に格納し再度取り出すことは出来るが、破損した箇所もそのままで展開されてしまうのでこれをどうにかするのが当面の課題となる。

 切り傷の一つも違わず同じ状態で展開されたところを見て流石に関心を覚えた。

 

 人、哺乳類には再生能力が備わっていない。消化器官を潰せば食事は管での栄養摂取になり、肺を痛めれば酸素ボンベと永遠に添い遂げる。

 もしもこの研究が実ればどんな重症だったとしても完全回復出来る。

 

 必ずものにしてやる。

 

 

 ⊇月≦日

 

 ISには自己修復機能が備わっているが、それは元々の装備をある程度格納領域内で修繕出来るものらしい。

 つまり臓器を直したいのであれば健全な器官を事前に持っていなければならず、破損してから格納領域で治療させる必要があるのかもしれない。

 

 そうなると、人とISが一緒に……。

 

 

 ∈月∇日

 

 あの施設は実に奇妙だ。

 ISのコアがあることもそうだが、ヒトの臓物や貴重な資材などが殆ど揃っている。

 必要なものを伝えておけば翌日にはだいたい用意されており、研究対象のナマモノが要ると言えばすぐに出てくる。

 明らかにおかしい。

 だが調べる手段がないわけではなかった。

 久しぶりに顔を見たあの女が妙な笑顔で真相を見せてあげましょうだなんて勿体ぶりながら提唱してきたので、半信半疑ながら提供先を見ることにした。

 

 いったい、何処のやぶ医者と繋がっているのか。

 

 

 ≠月⊿日

 

 私はとんでもない事に加担していた。

 こんなもの誰にも見せられない。

 私はなんてことをしていたのだ。

 もう引き返せない。

 研究を止めればあいつらに殺される、家族も殺すと脅された。

 

 私は、どうすればいい……。

 

 

 ≠月‖日

 

 研究は終わった。

 どれだけ関与してしまったかわからないが、沢山の子供達が死んでしまったのだろう。

 そしてあの子が生み出された。

 

 たくさんの犠牲の上に成り立ってしまったあの子を、いったい奴らはどうする気なのだろうか。 

 

 

 ∃月∂日

 

 誰にも話す事が出来ないまま時間だけが流れ、あの子の事を秘匿にし、自分が重ねた罪も隠蔽し、家族に後ろめたい気持ちを引っ提げて避けていれば見透かされたのか妻に問い詰められ、これまでの事を全て、包み隠さずに話した。

 彼女は何も言わず、ただ「わかった」とだけ言い、私を責めたりはしなかった。

 

 いっそ殺してほしかった。

 私を罰してくれたならどれだけ楽だったろうか。

 だが妻はそうしなかった。

 

 私は、私は……。

 

 

 日記はここで途切れていた。

 日付を見れば二人が亡くなる前日で止まっており、それがこの日記の終わりだと知らされているようで胸の奥に黒い蟠りを覚える。

 何もないと思いつつも、まだ何か無いかと食い下がるよう白紙ばかりのページを捲っていたら書きなぐったような震えた筆跡で一つの単語が綴られていた。

 

 

『insider』

 

 

 

「これは……?」

 

 内通者?

 もしかすれば二人はこの内通者によって日記に書かれていた組織に知られ、抹殺されてしまったのだろうか?

 そうだとすれば二人が突然揃って死んでしまった訳も理解できるが、これは流石に早とちりが過ぎるかもしれない。

 

 だが……この事を知っているものなどもう屋敷にはいないし、仕えているメイド達も私が家を復権させてから雇い直した者達ばかり。

 

 ならば、もしも、知ってるとしたら……。

 

「お嬢様」

「ッ……!?」

 

 セシリアが振り向くといつの間にか背後に立っていた付き人のチェルシーと目があって押し殺すような悲鳴を短くならして思わず日記を背に隠す。

 

「何度もお呼びしたのですが返事が無かったもので、お部屋に入らせていただきました」

「あ、あぁ、ごめんなさい……」

 

 背後から心臓を掴まれたような気がしてバクバクと脈を荒立てる鼓動を落ち着かせるため大きく息を吐く。

 

 チェルシー。

 

 チェルシー・ブランケット。

 

 幼い頃よりオルコット家にメイドとして仕え、家に居た頃はずっとずっと一緒にいたセシリアの付き人だが、セシリア本人にとっては幼い頃より共に過ごしてきた姉のような存在だった。

 

 歳は一つ上しか違わないのに大人びた彼女はセシリアにとって目標になり得る人物でもあり、彼女をスパイとして疑う事はなんとも心苦しく後になって後悔が募る。

 

 

 ◆

 

 

 時間は戻って、場所は日本国。

 事前に手配しておいた車で学園の前まで向かう途中、 セシリアは隣で姿勢正しく座る幼馴染のメイドの事が気掛かりで仕方が無かった。

 

 

 父の部屋で見つけた日記の内容を思い返す。

 

 どうにも父は研究者だったようで生体医療について学問を修め、臓器の回復や破損した部位の復元技術を確立させようとしていたらしい。

 

 そこに登場したのがIS。

 ISは物体を量子分解させて格納領域に武装や装備そのものをモノの大きさや質量、密度に関係無く収納でき、更に寸分違わず同じように展開出来る。

 

 それに目をつけた父はISを使った臓器復元の研究をしようとしたらしいが、一端の研究者が私用で扱えるほどISは手軽な代物でもなく、父は手を焼いていた。

 

 そんなある日、父の元に現れたというか謎の女性。

 その女性は父に何処から得たのかISのコアを父に渡し、研究の援助をしていたという。

 時には研究対象である臓器、しかも破損した臓器を提供し、父の研究は滞ることなく着々と進んでいたそうな。

 

 代わりとして父はそれまでの研究室からその女性が指定した別の場所での研究を要求されたが、それ以外は何も言われず不気味なほどに都合のいい条件に首を傾げもしたが、それでもやりたいことが出来るならとあまりに疑うことは無かったようだ。

 

 しかしそれでも気になる事は多かったらしい。

 それもそうだ、幾度も渡される臓器の数は当時の地域の死亡件数よりも多く、どの臓物も若く健康的なものが多かったそう。

 更には半ば無償で渡されたISのコア。

 世界に五百とない貴重なコアをたかが一人の男のために用意するなどありえないのがこの世界の現状。

 

 なのにそれほどまでにたった一人の男の研究のためにそこまでの資本を注ぎ込むその連中は何がしたかったのだろう。

 

「如何なさいましたか、お嬢様?」

「い、いえ! 何でもないの」

 

 顔色の優れないセシリアをチェルシーは憂いた眼差しで心配する。

 

 断定したくない、否定したい。

 答えの出ない葛藤の末、拭いきれない疑問を腹に抱えたまま学園まで来たが、今になっておどろおどろしくてたまらない。

 

 やがて車は止まり、窓からは学園の門が見えた。

 先に降りたチェルシーが扉を開け、手を差し出してくれたのでその細くも心強い手を取り車内から降りる。

 だが考え事に没頭していたせいか日差しに目が眩んでよろけたセシリアをチェルシーはすぐさま身を寄せて受け止めに入った。

 

「ごめんなさい、チェルシー……」

「大丈夫ですかお嬢様、やはりお部屋までお付きした方がよろしいのでは」

「心配いらないわ。ちょっと日に当てられただけだから」

 

 どうにも食い下がるチェルシーに面食らってお願いしようとも思ったが、セシリアは笑って流し、すぐに一人で立ち上がり荷物を持つが、チェルシーはそれでも言う事を聞かずセシリアからキャリーバッグを半ば無理矢理ひったくる。

 

「やはり心配です。お部屋までおともいたします」

「もう、チェルシーったら心配性なんだから」

 

 そんな問答をしていたら校門近くの花壇をまじまじと眺めていたらしい結がこちらに気が付き、駆け足に近づいてきた。

 

「あら結さんお久しぶりですわ」

「おかえりセシリアお姉ちゃん。と、その人、は……」

「はじめまして、チェルシー・ブランケットと申します。以後お見知りおきを」

「上代 結です」

 

 スカートの裾を摘みあげ、仰々しく頭を垂れるチェルシーの仕草は一挙手一投足完璧なもので、派手に飾ることはなく、しかし乏しさもなく素晴らしいの一言に尽きる。

 

 そんな彼女のことを見上げながら、結は何かを考えるように口元に手を当てて俯き、再度目線をチェルシーに向けてから訊ねる。

 

「もしかして、お姉さん?」

「……なんのことでしょう」

 

 ほんの一瞬、チェルシーから冷たい印象を受けた結は申し訳なさそうに下唇を噛みながら首を引っ込める。

 

「似てる女の子がいたから……」

「私に妹はいませんよ」

 

 ぴしゃりと言い切るチェルシーに圧されて結は何も言えなくなる。

 いくら食い下がっても何も得られるものはないだろうと見定め、少年は質問を止めにした。

 

「さ、さぁ、こんな日に外にいたのでは暑さにあてられてしまいますわ! 早く荷物を運びましょう!」

「承りましたお嬢様」

「ぼくも手伝うよ」

 

 きれいに三等分された鞄をそれぞれが持ち、蝉の声を煩わしく感じながら炎天下の正門をくぐる。

 

 喧騒は遠くないはずなのに、三人の間に会話はなく不思議と静かだった。

 

 荷運びも早々に終わり、帰国するためチェルシーは行き着く間もなくとんぼ返りだと言うのでセシリアはチップを握らせて名残惜しさを噛み締めながらも見送っていた。

 

 去り際、結にも目礼をして去っていくメイドには、既に黒い気配は感じられず、妙な肩透かしを食らったようで釈然としない少年はずっと疑念を抱えたままだったが、気にしても仕方がないのでひとまず忘れるように努めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 暗い部屋の中、電子画面のブルーライトに晒され一人の影がノイズのように揺れる。

 モニターには以前の福音事件が起きた一部始終の映像が繰り返し流されており、映像を眺める主は一人の男の子が映る瞬間を何度も再生していた。

 

「ミツケタ……」

 

 潤んだ声は妖艶な雰囲気をまとい、それは恋に溺れる乙女のような嬌声だった。

 暗闇で、誰かは妖しく笑う。

 画面に映る仮面の騎士を指先で撫でながら。

 

 




 次回、セッシーと鈴について行ってウォーターパークを満喫するショタ!

 水着回は終わらない!

 何かあればご報告ねがいます!
 ではでは!


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六十話 少女たちとお出かけ

 随分と間隔をあけてしまいすみませんでした。
 今後の話を書くため、心の休養をとっていました。

 ちょっとつらくなるので、へへ。


 

 

「ラウラ、服を買いにいこう」

「何故だ?」

 

 朝、裸で起き上がる同室の相手ことラウラに一言、物申すシャルロットはこめかみに手を当てながらそんなことを呟いた。

 

「ラウラ服全然持ってないじゃん」

「支給された制服がある」

「それを持ってるとは言わないんだよ!」

 

 生まれた頃からドイツ軍に属し、IS部隊の兵士として育てられたラウラにとって一般的な人間の感性というものが疎く、「生きていたらそれでいい」などというほどには物欲が無い。

 

 何か欲しいと言えばそれは大体が武器や暗器の類が殆どで、服や装飾品などという洒落たものは一つとして持ち合わせていなかった。

 

 はじめて同室になって部屋替えをした際、ラウラの荷物がキャリーバッグ二つあれば簡単に収まるような物量の無さにはシャルロットも驚愕した覚えがある。

 

「とにかく、今度お洋服買いに行くからね!」

「むぅ」

「結も連れて行くからね」

「あいわかった」

 

 結の名前を出した途端に打って変わって背筋を正す銀髪の黒うさぎ。

 

「私が結を見てやらねばな」

 

 こっちのセリフだ。

 

 ラウラも大概だが、結の私物事情もラウラに引けを取らない、否それ以上だった。

 

 話によれば篠ノ之博士によって半ば無理矢理この学園へ連れ込まれたらしく来たときには診察服一枚のみという簡素も越えた虚無。

 学園から支給された制服なども有りはするらしいが、それら全てをかき集めてようやくボストンバッグが埋まるかそれぐらいだと言う。

 

 もはや人の生活ではない。

 

 はじめはただの情報採取の相手としか見ていなかったが、今のある程度自由が効く状況になって肩の荷が降りた今ならそれなりに干渉もできるので、これを機に二人を人間並みの感性を持てるよう仕向ける魂胆だった。

 

 

 ラウラはまだ人との関わりがあるからいいけど、結は今から矯正しなきゃ今後の生活すら危ういからね……。

 

 少年は人を避ける気質なので将来孤立しないか不安だった。

 

 ともかく事が決まれば後は日程を決めて出かけるのみ。

 ラウラも用事は大半済ませているようでいつでも出れるとのこと。結も大した用は無いらしいので問題なし。

 

 

 外出申請をするとき、織斑先生が見たことがないような渋い顔をしていたが、二人がいれば一先ずは大丈夫だろうと言って判子を押してくれた。

 

 

 ◇

 

 

 翌日、待ち合わせにしていた校門前では、既に結が待機していたようでパーカーのフードを目深に被り、正門の日陰にしゃがんで太陽と反対の空を眺めていた。

 

「おはよ、結。早いね」

「することなかったから」

 

 大して趣味を持たない結は真耶及び学校から出された課題や報告書、夏期休業課題という名の夏休みの宿題など、一人でこなせるものはすべて片付けてしまい、完全に暇を持て余している状態だった。

 

 暇があれば島内を散歩したり開放されているアリーナで訓練機の相手をしたりなど、遊び盛りというような年頃の子供が、半ば惰性のように過ごしているのは教員間でも問題視する者も少なくはない。

 

 訓練などでは一度に十機以上を相手取ることも多々あり話だけ聞いていれば心配から思わず待ったをかけたくなるようなものだが、その実訓練機のほうが振り回されているらしく、訓練が終われば死屍累々の山の上で一人、結だけが立っているなんてこともザラにある。

 

 

 話が逸れたが、今シャルロットはこの自分に無頓着な無垢過ぎる二人を連れてある程度の感性を育んでやらなければならない。

 

 ショッピングデートなど言っていられる状況ではないのである。

 

 

「二人とも、僕がきっちり綺麗にしてみせるからね!」

「あぁ頼む」

「よろしくおねがいします」

 

 人気の少ないモノレールの中で高らかに宣言するシャルロット。

 その決意が無駄にならない事を祈るばかりである。

 

 

 ◇

 

 

 街に付くとあたりを見回しながらシャルロットはショッピングモールに行きのバスに二人を連れて乗り込む。

 

 二人ともまともな服を持っていないので、3人揃ってIS学園の制服を着ているが、以前揃って出かけたときもそうだったがやはり制服……というよりもIS学園の生徒というだけでだいぶ目線が集まるようだ。

 

「わ、あれってIS学園の生徒さんだよね?」

「倍率一万超えてるとかいうあの?」

「すごーいお人形さんみたい……」

「側にいるのあれ男の子じゃない?」

「ふふ、カワイイっ!」

 

 近くで女子高生のグループがシャルロットたちを見ながら声を抑えることなく噂話に華を咲かせている。

 それに気が付いたシャルロットは気恥ずかしそうに首を窄めて少し赤くなるが、向かいに座るラウラはバスの車窓から望める外景を眺めながら『戦争時化の市街戦シミュレーション』という酔狂な戦線想定に耽っていた。

 

 シャルロットの隣に座る結はと言うと、バス内の喧騒に鼓膜を叩かれながらも車窓から見える色とりどりの街並みに相も変わらず釘付けになっていた。

 

「あついね、シャルお姉ちゃん」

「そうだね。気を付けなきゃ倒れそうだよ」

 

 少年の頬に伝う一つ時の汗をポケットから取り出したハンカチで拭いながら、シャルロットは笑顔で受け答える。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目的のバス停で下車した三人は駅前のデパートに入ってパンフレットを貰い受け、目的の店に目を通し、行先と向かう順番、道のりを決めて早速出発する。

 

「行くよ二人とも!」

「「おー」」

 

 無表情のまま高らかに拳を掲げる二人を引き連れながら目的の服屋に向かうシャルロットの姿は、あるいは面倒な子供の面倒を見る母親のようでもあった。

 

 元来我の強いラウラだが、シャルロットの言う事だけは大人しく聞く。

 それは彼女の知らない母性だとでも言うのか、それとも肝の据わった相手には頭が上がらないのかは分からないが、シャルロットにとっては聞き訳のいい妹分を引き連れている感覚だとも。

 

「ラウラ、私服はスカートとズボンどっちがいい?」

「どっちでも⋯⋯」

「どってでもいいは無しでね」

「⋯⋯」

 

 一枚一枚物色しながらシャルロットはラウラが言おうとしていた他人任せのセリフを真っ向から否定してみせる。何も言わせてもらえず口をすぼめるララウラだが、仕方なくズボンを選ぶラウラだった。

 そんな銀髪の君の姿を後ろからおもしろおかしくくつくつと喉を鳴らしながら眺めてくる結の姿に恥じらいながら、ラウラはそっぽを向いて気分をはぐらかせる。

 

 その間もシャルロットは二人に似合うコーディネートを考えながらぶつぶつと品揃えと値段、店の傾向などを考慮しながら歩みを進めていく。

 

「取り合えず上から見ていくよ。それならいいモノ見繕えそうだし」

「「はい」」

 

 シャルロットの言葉に大人しくうなずく様はまさしく姉弟のようであるが、その実二人とも自他に興味の無いアバウトな人間同士の似たもの同士なだけである。

 

「服など着れたらいいではないか」

「譲れないモノがあるんだよきっと」

「二人ともー! 早くーっ!」

「「はーい」」

 

 シャルロットの呼び出しに同時に駆けるラウラと結。

 

 

 

 まずはラウラのコーディネートから始まり、店員さんとあれやこれやと意見交換しているシャルロットの姿を眺めながら吊るされた様々なシャツやワンピース、その他多種多様な衣類を煙たそうに眺めるラウラは隣であくびをかみ殺す結に、適当にひっつかんだ服を見せてみる。

 

「結、こんなのはどうだろうか」

「んー、よくわかんないけど、ふりふりしてて可愛いと思うよ」

 

 そんな一部始終を見逃すようなシャルロットではなく、すぐさましゃしゃり出てきた店長に相談、結託して店中の衣類を新旧問わず洗いざらい模索して一着の黒いワンピースをどこからか引っ張り出してきた。

 

「ラウラ、これ着てみてっ!!」

「のわっ。どうしたシャルロット!?」

 

 瞳孔が開きかかっている彼女の覇気に気圧されておずおずと試着室を借りるラウラ。

 手渡されたワンピース以外にもアクセサリーの類をごろごろと渡され、付け方がイマイチ分からずてこずりながらも律義に全て身に付けて試着室のカーテンが控えめに開かれる。

 

「ど、どうだ」

 

 フリルのあしらわれた黒いワンピースからすらりと伸びる健脚には踵が上がったサンダルのようなミュールが履かれ、手首には銀髪に反して白金色に輝くブレスレットが通され、過度に主張をするわけでもなくあくまで身に着けているラウラを立てる程度の輝きを放っている。

 

 その浮世離れした超俗的な佇まいにその場にいた誰もが目を奪われ、息を呑んで見惚れてしまっていた。

 

「可愛い……」

「美しい……」

「素晴らしい……」

 

 半ば語彙の死んだ感想がちらほらと散見され、そんなことを言われ慣れていないラウラからすれば羞恥に晒されているにも等しい状況なのでいつにもまして小さくなっている彼女の心象がさらに縮こまる。

 

 それがなんとも可愛らしく、よだれを垂らすシャルロットと店長は満足げに頷きながら鼻息を荒くしていた。

 

 ラウラは流されるままに服を買わされ、少女たちの買い物はまだ続く。

 

「結はどんな服がいい?」

「パーカー」

 

 最早アイデンティティと化しているフードを一周回って好むようになった結は、大体の服装でパーカーを着るようになった。

 だが、持っているものは殆どが丈の長いもので、手が隠れそうになるほど長い袖を折り込んでようやく使えるほどものしか持っていない。

 

 だが本来の目的は背中のISを隠すためのものなので、言ってしまえばフードさえあればいいのである。

 

 取り外せるフードだったり、ネックカバーやバンダナ等を巻くことによって代用が効くと思うし、そうなれば薄手の服も着れるだろう。

 

「それじゃあ今日は色々着てみよっか!」

「パーカー……」

 

 シャルロットに引きずられ男児用衣類のカラフル過ぎるビビットカラーまみれの服をあれよこれよと目をギラギラさせながら物色してまわるシャルロットを端からラウラと二人で薄ら寒い感情を抱きながら、ただ眺めるだけの結だった。

 

 

 買い物はまだまだ続く……。

 

 

 





 あと数話は夏休み満喫回を書くと思います。

 ではでは。


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六十一話 少年と給仕

 おまたせしました。
 シャル、ラウラとのお買い物の続きです。





 衣類関係の買い物が終わり、時計を見れば正午を回るくらい。

 

「二人とも、どこかでお昼にしよっか」

「はい」

「了解した」

 

 衣類の入った紙袋をぶら下げた三人は、夏の日差しに負けない健やかさを照りつける太陽へ向けて返しながら腹の虫を大人しくさせるべく街へ繰り出した。

 

 人の荒波をなんとか避けつつ、やっとたどり着いた喫茶店へ駆け込んで冷房の効いた室内で涼を取る三人は各々食事やら飲み物やらで体力の回復を図っていた。

 

 

 水滴を垂らすアイスコーヒーをストローでついばみながら一息つくシャルロットは目の前でパスタを口いっぱいに頬張る結を見て思わず吹き出した。

 隣で同じようにカレーを食していたラウラが居た事も相まって相当なダメージが入った。

 

 飛沫したカフェインに濡らされた結は何も気にせずフォークで丸めたパスタを当たり前のように口に運ぶので、シャルロットは謝罪混じりに結の顔をおしぼりで拭ってやる。

 流れ弾を食らって顔半分が濡れたラウラは疲れ果てた電気ネズミのような顔をしていた。

 

「ご、ごめんね、結!」

あいあお(ありがと)

「私には無いのか?」

 

 キラキラした目で皿を貪る姿は歳相応の少年らしく、夏日に負けない活発な様子は茹だって萎えた食欲も戻ってきた。

 

「僕も何か食べよっと。すみませーん!」

「おいシャルロット、私に謝罪とかはないのか?」

 

 サンドイッチを注文したシャルロットは軽く謝りつつ、拗ねかけたラウラの顔と銀髪を席の向かいから撫でるように拭いてやった。

 

 三人が和気あいあいとしている隅で、一人の女性が頭を抱えてアイスコーヒーの氷を無作為に噛み砕いていた。

 

「あ〜……なんでこんなときに3人も休んじゃうかな〜……!」

 

 随分と気が立っていた様子で、暑さも相まってか店内の喧騒が耳に刺さったようで少し嫌そうに三人の方向へ目を向けたとき、彼女の時間が一瞬止まった。

 

 かと思えば彼女は飛び跳ねるように席を立ち、シャルロット達のいる席へ齧り付くように飛んできて三人はぎょっと驚く。

 

「あなた達、バイトしない!?」

「へ?」

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 連れられてきたのはメイド喫茶。

 と言ってもサブカルチャー満載なこびこびな店ではなく、あくまで制服が給仕服なだけで他は普通の喫茶店と何も変わらない、らしい。

 

 しかも男性もウェイターとして働き、燕尾服の人もいるのでクラシックが売りの店ではあるようだ。

 

 店に向かう途中、臨時雇用のわけをきくとどうやらバイトの二人が駆け落ちして突然店を辞めたらしく、急に二人も休まれては飲食店としては相当な痛手。そこでシャルロット達に声をかけたそう。

 

 そしてそんな店の制服に袖を通すシャルロット含め三人。

 

「ふむ、スカートとは案外動きやすいが、いかんせん心許ないな」

「ちょっとおおきい」

「ねぇ。なんで僕は紳士服なの」

 

 膝下まであるスカートの裾をつまみながら機能性が落ちると不満をのたまうラウラと単純にサイズの問題を述べる結。

 

 そして女性であるはずの自分に燕尾服を渡された事にことさら納得のいかないシャルロットが能面のような顔でションボリしていた。

 

「うん、みんな似合ってる!」

「なんで男用の服なんですか」

 

 満足気に頷くさっきの女性、この店の店長に詰め寄るシャルロットに店長は快活な笑顔で面と向かって答える。

 

「あなた中性的だからこっちのほうが売れそうだからよ!」

「そんなぁ!」

 

 控室の隅でメソメソと蹲るシャルロットのそばにぽてぽてと近付く結。

 

「シャルお姉ちゃん。ぼくとおそろいなの嫌?」

「イヤじゃない!」

 

 少年の言葉で気を取り戻したシャルロットは元気に立ち上がり、伝票メモとペンをポケットに突っ込んで意気揚々とフロアに繰り出した。

 

 それを見て店長は快く頷き、ラウラは軽蔑の眼差しで見送った。

 

 

 

 ◇

 

 

 店は昼頃と言うこともあり、喫茶店とはいえランチメニューもあるのでそれなりに人が入って忙しいことになっていた。

 

 バイトなど経験のない三人だが各々すぐに対応し、客に相応のサービスでもてなしていた。

 

「お帰りなさいませお嬢様がた。お席の方へご案内いたします」

 

 吹っ切れたシャルロットはいつぞやのイケメンムーブを思い出して涼しげな眼差しで女性客の接客に臨んでいた。あまりの凛々しさに男も女も関係なく視線をかっさらい、誰しもがうっとりと見惚れていた。

 

「飲め」

「え、あの、俺達ブルーマウンテンを」

「ハッ。貴様らなぞにコーヒーの違いがわかるのか?」

 

 対してラウラは塩対応も超えた氷対応で浮かれていた男性客のテンションを氷河期に叩き落としていた。しかしその冷徹な接客が妙な客層に受けてラウラ本人はあまり嬉しそうではなかった。

 

「いらっしゃい、ませ」

「男の子……」

 

 見た目からしてバイトすら許されない結だが社会見学の一環として研修バッヂをぶら下げ小さな足取りで接客をしていた。

 

 席が空けば皿を片付けテーブルを拭き、客が来れば席に案内し注文を厨房に届ける。

 

「ご注文をおうかがいしまふ、す」

「ヒンッ。ここ、コーヒーと、サンドイッチ……」

 

 身長が低いせいでつま先立ちをしてようやくテーブルの上に頭が出るくらいの位置から震えながら注文を取る姿に悶絶する客と周囲。

 笑顔は少ないが一生懸命な姿勢に胸を撃たれのたうち回る客が続出した。

 

「うん……じゃなかった。わかりました!」

「おほっふ」

 

 不意に見せられる控えめな笑顔に当てられる者共はすべからく新しい扉を開きかけ、テーブルに齧りついてなんとか理性を保っていたが、それもすぐに打ちのめされる。

 

「コーヒーにお砂糖とミルクはいれますか?」

「じゃ、じゃあ、ミルクをお願いします」

 

 注文を聞いた結は「しつれいします」と一言ことわってから客が座る席の隣に膝立ちで席に乗り上がり、コーヒーカップにミルクの入った小瓶を傾ける。

 

 この店はコーヒーなどの注文では、客の前でミルクや砂糖を入れてやるサービスを行っていた。

 結以外も同じ様にミルクなり砂糖なり混ぜてやっているが、幾分身長の足りない結は椅子に乗り上げなければこのサービスが行えなかった。

 

 おかげで意図せず少年執事と相席イベントが発生することになり客のキャパシティが秒読みで限界を迎えてしまう。

 

「まだ入れる?」

「お願いします……」

 

 ブラックがカフェオレになるまで注がれたアイスコーヒーをよくかき混ぜてやり、ずずいとコースターごと客の目の前に差し出したあと結は席から飛び降りて一礼する。

 

「それではごゆっくり、おじょうさま!」

「ふ、ふふ……」

 

 その光景に他の客はごくりと固唾をのみ、我先にと結を指名して注文を飛ばしていた。

 

「あたしミルク!」

「私も!」

「むしろ私に注いで!」

「何言ってんのよ変態!」

「何想像してんのよ変態!」

 

 やいのやいのと言い合う店内は騒々しく荒れていく。

 

 話の内容的にあまりおすすめされるべきではない隠語だらけの激しい猥談に店長が頭を痛める中、シャルロットは騒ぐ客の元に勇み足で近づき強めにお冷をテーブルに叩き付けた。

 

「お客様、店内ではお静かに。お約束できますか?」

 

 しんと静まり返った店内にシャルロットの半音下がった声がよく響く。

 

「は、はいぃ……」

 

 話の内容がわからなかった結とラウラが並んで首を傾げつつ、取り敢えず話が収まったらしいので接客に戻ろうとしたその瞬間、店内に三人の男が殴り込んできた。

 

「動くんじゃねぇ、お前ら!」

 

 入り口には全身真っ黒な衣装に身を包む三名の男達。

 手には何処から仕入れたのかハンドガンとサブマシンガン、紙幣の束が乱雑に詰められたボストンバッグを担いでいた。

 

 遅れて、けたたましくサイレンを鳴らしながらやってきたパトカーが店の前に止まり、中から拡声器を持って出てきた警官が強盗達に投降する様に呼びかけてきた。

 

 だが、男の一人が窓から警官らに向かって威嚇射撃をして近づかせないように仕向ける。

 

 逃げ遅れた結が男達の一人に捕まり頭に銃口を突きつけられ、警察官にむかって男の怒号が響いた。

 

「妙な真似するんじゃねえぞ! 下手なことをすればこいつは殺す!」

 

 咄嗟に男達へ飛びかかろうとするラウラをシャルロットが肩を掴んで抑え、逃げられないよう胴を掴まれている結とアイコンタクトを図る。

 

 結、平気!?

 へいき。

 

 最近は隠していた凶暴性を曝け出さんばかりに呻いているラウラを他所に、結は余裕綽々なサムズアップを二人に送る。

 それが何よりも安心材料になり、結を奪われた不安感が一瞬にして吹き飛び冷静さを取り戻した。

 

「動くなよガキ、頭が吹っ飛ぶぜ?」

「この銃ロックかかってるよ」

「な、なに!?」

 

 結の言葉に動揺して片手で銃をいじろうとする強盗犯だが、結はいたって冷静に強盗犯の大きな手に自分の手をあてがい、こなれた手付きでテキパキと小銃をいじっていく。

 

「ほら、できた」

 

 そう言って結はシャルロット達の方向へ弾が詰まったマガジンを投げた。

 

「これで撃てない」

「……っ! このクソガキィ!!」

 

 頭に血が上った強盗犯は結をテーブルへ投げ飛ばし、盛大な音を立てて不時着した結だが、なんともなくけろっと起き上がって埃を払う。

 

 

 強盗が結へ一歩近づいたのと同時に、倒れていたテーブルの陰から現れたラウラがお冷を強盗ら目掛けてひっかけ、浮いた氷のブロックを弾いて全員に目くらましをする。 

 更にラウラはスカートをひるがえしながら回し蹴りを放ち目の前の強盗を蹴り飛ばし、不意打ちによって重心の位置がずれていたハンドガンは手放され、一丁の拳銃は飛び出したラウラによって回収された。

 

「このアマが!」

「まだいるんだよね!」

 

 物陰から飛び出したシャルロットが一人の男に接近、低い姿勢からの飛び蹴りで振り出されていた腕ごと胴を蹴り、拳銃を弾き飛ばしてよろけた男の腕を掴みうつ伏せになるよう押し倒す。

 

「目標二、制圧完了!」

「目標一、制圧完了」

 

 しっかり意識を刈り取ってから残った一人に目を向けると、男は着ていたジャケットを捲り、その下に巻かれた幾つものダイナマイトを見せつけてきた。

 

「掴まってムショ暮らしになるぐらいなら、全部吹き飛ばしてやる!!」

 

 自棄になった男へ奪い取った拳銃を向けたシャルロットとラウラだったが、発砲されることなくバツの刺客によって制圧されてしまう。

 

「ごるでぃおんくらっしゃー」

「ぎゃんっ!?」

 

 突如背後からぬるっと現れた結が一人残っていた強盗の股間を背後から容赦なく蹴り上げた。

 それでも踏ん張る強盗へ結は更にもう一撃、蹴りを同じ個所に振るう。

 

 ついに倒れ伏した強盗犯だったが、結はそれでも休所への猛攻を止めるつもりはないらしく、幾度と同じ個所へ蹴りを入れていた。

 

「でぃばいでぃんぐぶれいかー」

「はぁんっ」

 

 一頻り蹴り倒した後、結は三つ爪に割いた右手をぱきりと鳴らしながら痙攣している強盗犯の突き出された尻を躊躇なく穿つ。

 

「よし」

 

 念を押されて無力化された強盗犯は泡を吹いて気絶してしまい、見かねたシャルロットは面倒事を避けるべくまだ呆然としている店内の空気を置き去りにして二人と着替えを取ッ掴み店を去ることにした。

 

「逃げよう結、僕らが見つかるといろいろまずいよ!」

「ん」

「そうだな」

 

 その後、押しかけてきた機動隊とすれ違うように店の裏口から脱出した三人は、出来るだけ人気の少ない場所へと逃亡した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 当てもなく奔走していたらいつの間にか夕方になっており、近くの川辺で息を落ち着かせる三人は暮れていく夕日を眺めていた。

 

「はー、今日は大変だったね」

「そうか? まぁ危ないやつはいたが想定内だったな」

「たのしかった」

 

 随分な胆力を見せつけられるシャルロットは枯れた笑みを浮かべるが、近くに止まっていたキッチンカーを見つけ、はっと今日出かけてきた目的の一つを思い出した。

 

「そういえば、食べれば願い事が叶うクレープ屋さんがあるんだよ! ていうかアレだよ!」

「何だそれは、願掛けか」

「クレープ?」

 

 一人で興奮しているシャルロットとは対極に胡散臭そうに話を聞くラウラとそもそも知識がない結は首を傾げていた。言うよりもまずは注文をしたほうが早いと二人を連れ店の前までやってきたシャルロットは手短に注文を伝える。

 

「すみませーん、ミックスベリーのクレープ三つください!」

「あーすみません。ミックスもう終わっちゃったんですよ」

 

 まさかの事態にシャルロットは驚きを隠せず見るからに落ち込んでいる横でラウラが何食わぬ顔で指を三本立ててシャルロットの代わりに注文を述べる。

 

「いちごとぶどうをくれ」

「それと、きいちごはありますか?」

「……はーい、毎度あり!」

 

 ラウラから代金を受け取りながら二人の注文に店員さんは含み笑いを浮かべて調理に取り掛かる。数分と待たずに出された3つのクレープを三人が受け取り、近くのベンチに並んで腰掛ける。

 

「なんでいちごとぶどうとキイチゴなの?」

「英訳してみろ」

「それにあそこミックスベリーは無かったね」

 

 ラウラに言われ、ようやく気がついたシャルロットは気を使ってくれた二人の優しさと鋭い観察眼に舌を巻く。

 

「一口もらってもいいかな」

「いいぞ」

「どーぞ」

 

 二人にずいと差し出されたクレープをそれぞれ一口ずつ交換し、口の中で擬似的に生み出されるミックスベリーの味を堪能しながら冴え渡るフレッシュな糖分を補給して、シャルロットは昼頃に起きた襲撃事件での疑問を結に尋ねる。

 

「ねぇ結。なんで銃のマガジンを抜けたの?」

 

 ロックがかかっていたという言葉がブラフだったとしても、普通は使う銃の仕組みを知っておかなければマガジンをあんなにもすんなり抜き取るという行為は出来ない。

 

 しかもまだ幼い結が、ラウラのように軍に従事していたとかでもなければありえない話である。

 

「……昔ね、使ったことがあるから」

 

 そうしないと殺されるから。

 そうしないと死んでしまうから。

 

 言外にそんなことを口の中で転がした結は開きかけた口をクレープで塞ぎ、がむしゃらにつんとしょっぱく感じる甘味を貪る。

 

「そうか」

「そうなんだ……」

 

 無言で大きく口を開けながらクレープを食べ進める少年の頭を撫でながら、二人はそれ以上は何も言わず、同じようにクレープを食べた。

 

 少しだけ苦味を感じたのはきっと気のせいではないだろう。

 

 

 ◆

 

 

 門限のギリギリで学園に帰ってきた一行はシャルロット達の部屋で集い、シャワーを済ませて今日買ってきたばかりのパジャマ姿に着替えたのだが。

  

「な……なんなのだこの服は!」

「え〜似合ってるよラウラ〜」

 

 フードには猫耳、腰からは尻尾が生え、手足の先端は肉球のようになった上下一体型の寝間着はさながら猫のきぐるみのような格好で、シャルロットは白を、ラウラは黒の色をしていた。

 

「ねずみ」

「結のはねずみさんだよ!」

 

 サイズダウンされた猫のタイプもあったのだが、シャルロットの趣味で結は同じシリーズのねずみのものを着ていた。当人は嫌がる素振りはなく、むしろ全身を包まれる感触を気に入り少しばかり興奮していた。

 

 それ以上にシャルロットの息が荒く、恥じらうラウラよりも興奮で赤く昂揚している彼女を警戒するのは結だけではなかった。

 

「知ってるかい、結。『白い猫でも黒い猫でもネズミを捕まえられるのがいい猫』なんだよ……」

 

 そんなことをのたまいながらシャルロットは開ききった瞳孔を結に向け、肉球をワキワキさせてネズミの格好をした結ににじり寄る。

 

 次の瞬間身を屈めながら少年に飛びつくシャルロットを結は間一髪で避けて小さな歩幅で飛び退きながらラウラの下まで移動する。

 だがこれで安心と思った束の間、背後から感じた悪寒に気が付き結はその場でしゃがみ、頭上でベアハッグのような勢いでラウラの腕が空振りするのを見届けたあと、器用に前転しながら二人を前にして身構える。

 

「安心しなよ結、ちゃんと優しくしてあげるから……」

「逃げるな結。これはスキンシップの一環だ」

 

 言動が小児性愛者のそれになりつつあるシャルロット、建前の裏では獲物を狩る狩人になるラウラを前にして逃げる結だが、そんな危ない二人に捕まってやるほど生やさしいことはなく、ここぞとばかりに隙をみては関節を軽く蹴ったり飛んでくる手をはたき落としたりと捕まらないための手段に一切の加減がなかった。

 

「どうしても逃げるっていうんだ」 

「『窮鼠猫をかむ』っていうから」

 

 それは一学期、国語の授業で真耶から習った日本のことわざだった。

 

 その後もけして広くはない部屋で三人は追いかけっこを繰り返していたが、結のスタミナ切れで辛くも二人に捕まってしまいわにゃわにゃと揉みくちゃにされた結は事切れた人形のようにベッドの上に寝転がっていた。

 

「ごめんね結。かわいくてつい……」

「負けたもののさだめよ」

「ぼくは愛玩動物……」

 

 干からびた結だったが、その顔は悲観しているわけではなくどこか楽しそうでもあった。

 

 その後、シャルロットの采配で今晩は二人の部屋にお邪魔させてもらうこととなった結は、二人に左右を固められながら一つのベッドできれいに川の字になって眠りについた。

 

 二匹の牝猫に挟まれたネズミという異質な光景だったが、三人とも平和な寝顔を浮かべていたという。

 

 

 

 

 

 




 久々の屍モドキです。

 書こうと思ったら加工してて夏休みに身を委ねてました。
 すみません。

 ともかく次回は簪ちゃんと絡ませられたらと思ってます。

 何かありましたらご報告ねがいます。
 ではでは。


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六十二話 結と練習

 別の先品を書いていてちょっと期間が空きました。
 今回は最近少なくなっていたメカとバトル回です。

 ではどうぞ。





 アリーナ、グラウンド。

 

 闘技場の中央に一機のISが仁王立ちで盾を構え、その周りには十機の打鉄及びラファール・リヴァイヴが各々の武器を構え、中央に立つ盾の戦士を一瞬の油断もすることなく見下ろしていた。

 

「よろしくお願いします」

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」

 

 挨拶とともに試合開始のブザーが鳴り響き、同時に近接ブレードを握った打鉄数機がガーディアンに向かって飛びつき、各々が渾身の一撃とせんばかりにブレードを振るう。

 

 だがそれらは全てガーディアンのシールドビットによって防がれ、ガーディアンはその場から一歩たりとも動かない。

 

 攻撃を防がれたからといって深追いをする者はおらず、すぐさま飛び退いた彼女たちの後ろには射撃兵装『葵』と『ガルム』を構える二種のIS。

 

 結を取り囲んで四方八方からの一斉射撃を繰り出すが、それすらもシールドビットの高速展開と格納を繰り返して全ての弾丸を防いでしまう。

 

「終わり? ならいくよ」

 

 呟いたと同時にその場からガーディアンの姿は消え失せ、金属製の衝撃音が十機分響いたと同時にアリーナにはユイのガーディアン以外立つものは残っていなかった。

 

「おつかれさま」

「「「「あ、ありがとうございました~⋯⋯」」」」

 

 夏期休業中、学園ではアリーナを日中の間開放しており、IS操縦訓練や模擬戦、武装の性能テストなど様々な生徒が時間を当てていた。

 代表候補性や他国から来日している生徒などはもちろん祖国に帰国してそれらの本分に務めていたりするので、普段に比べればアリーナの使用率は低い。

 

 だが学園に残っている生徒もいくら部活動や委員会の業務があるとはいえISに触れる機会が多いわけでもないので、こういった場面で経験を積むべく通いつめていた。

 

 そんな中、帰る場所もなく、学業もなく課題も済んでしまった結は飽和状態の自由をどうにか埋めるべく、こうしてIS操縦の補助や模擬戦の相手をしたりして時間を潰していた。

 

 

 因みに結との訓練にはいくつかパターンがあり、アリーナ内を旋回する結を捕まえる『おいかけっこ』。結に被弾させれば勝ちの『鬼ごっこ』。結と模擬戦をする『組手』の三つが主だった。

 

『おいかけっこ』は基本ISの操縦に慣れていない者が参加し、操作間隔を養う目的で行われる。だが、もしも邪な気持ちで参加すれば痛い目を見るのは明白で、物見遊山の気持ちで参加しようものなら監視している教員に呼び出されてペナルティを喰らう事も。

 

『鬼ごっこ』ではおいかけっことは逆に結から逃げるものであり、結から一撃でも被弾を喰らえば即リタイアとなる。が、結も武装を解禁することによって四方八方から盾の飛来を避けねばならず、決して少年に追いかけてもらえる事は無く夢を見て参加した生徒の大半は開始早々に盾の横薙ぎを喰らって教師に大目玉を喰らっていた。

 

 

『組手』は操縦に慣れた者が参加し、結を含め参加者全てに武装全ての使用が許された模擬戦。武器の使用練度を上げることが目的で、ここでは原則何を使っても許されるが、結以外の参加者同士での被弾はアウト判定として行動不能になり、チーム戦としての側面も強い。

 もちろん結からの攻撃もあるが、少年は基本的に相手に初撃を譲り、ある程度攻撃を避けてから反撃に移るので、メンタルをやられる生徒も少なくないとか。

 

 

 余談だが結のISは変則的な軌道力が秀でており、四方八方からの斬撃銃撃の雨霰をその場で直立した状態から二軸地球儀のように前後左右に回転して回避していたらしい。

 その現場に居合わせた生徒の殆どは心の中で何かが折れる音がしたという。

 

 今日の項目は『組手』であり、しかも一年生相手での一撃必殺が主だったので短時間での戦闘だった。 

 

 これが操縦に慣れてきた三年生等になると更に熾激しさを増す。

 結のISはその特性上AIによるサポートを一切受けない代わりに如何なる使用許諾も必要とせず、例えば他のISが手放したナイフを扱えるし、銃の引き金も引ける。

 

 本来IS間の許諾なく武器は扱えないのだが、それを無効にできるのが結のISの長所であり、厄介な要因の一つである。

 

 これにより結は『組手』では相手の武器をもぎ取ってからアリーナ内を上に下に、縦横無尽に駆け回り、一人残らず文字通り千切っては投げ千切っては投げを繰り返す、鏖殺の獣と化していた。

 

 言葉通りの鉄壁をありありと見せ付けられて結を追い掛ける厄介ファンが減ったとかなんとか。

 

 閑話休題。

 

 そうこうして休日の時間潰しを終えた結は、シャワー後の湿った髪を夏のそよ風に晒しながら食堂に訪れる。

 

 背伸びをしながら買ってきた食券をカウンターのおばちゃんに差し出し、お盆に乗った食器類をカタカタ鳴らしながら覚束ない足取りで席を探す様は誰もが気にかけるほどに危なっかしいものだった。

 

 カウンター席は一人では上手く座れない事を知っている結は申し訳ないと思いつつもテーブル席に近寄り、ソファーにお盆を載せてから自分も横によじ登り、なんとか卓上にお盆を移して手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 以前は事務的な通過儀礼のようになっていた食前の挨拶は、今では心からの感謝を送るようになった結は焦る気持ちを抑えきれず大口を開けながら主菜の焼きサバにかぶりつく。

 

 かぶりついた部分からきれいに骨を残して身を小削ぎ、無表情だが輝く目だけは確かにサバを味わっていると主張していた。

 

 そしてそこそこの大きさをしている茶碗に盛られた白米を一口、二口と頬張り口いっぱいに溜め込み、さながらリスのようになりながらもぎゅもぎゅと咀嚼を続け、味噌汁を啜って流し込む。

 

 

 結はほっと一息つく頃と恍惚の表情を浮かべ、また焼きサバをかじり白米を食べ、漬物やサラダなども忌避なくもりもりと食べすすめていた。

 

 蝉の声がけたたましく響き渡るこの酷暑、それでも食欲を衰えさす事なく着々と食事を進める様子に見守っていた者たちも感化され、食べかけていたものは口へ運ぶ手を早め、何を頼むか悩んでいたものは結が食べていた焼きサバ定食を次々に注文しにいった。

 

 

 そして誰もが結とお近づきになろうと焼きサバ定食を両手で持って特攻態勢になって入るが、少年の貴重なお食事を邪魔するのも気が引けると尻込みし膠着状態に陥っている中、たった一人結のいる席に向かう猛者が。

 

「おは、ちが⋯⋯こんにちは、結」

「簪お姉ちゃん。こんにちは」

 

 かき揚げうどんがのったお盆を持ち、おどおどと腰の引けた姿勢で結の座るテーブル席にやってきた簪。

 簪の行動に抜け駆けだと唇を噛むものやしてやられたと舌打ちをするものなどいるが、そのすべてを横目に内心ガッツポーズをする簪は極力周囲の視線を気にしない様にあくまで笑顔を浮かべながら結との会話に拙い華を咲かせる。

 

「あのさ、結。今日、私の部屋でその⋯⋯映画観ない⋯⋯?」

「いいよ」

 

 即答で簪の誘いに快諾する結。

 小さな笑顔を浮かべる簪だが頭の中はけたたましいフィーバー状態だが、周囲は阿鼻叫喚と後悔の嵐に見舞われ世紀末のお通夜のような有様になっていた。

 

 

 かくして結の簪の部屋にお泊り第n回目が開催決定とされた。

 

 

 






 次回、簪ちゃんの部屋にお泊り!
 ついでにのほほんさんもいるのでJK二人に挟まれてうふふするだけだと思います!

 ではではまた次回で!


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六十三話 少年と肝試し

 吊橋効果って実際どれだけ続くんですかね。
 


 夜の学生寮。

 その一室では簪主催の肝試し大会が開かれていた。

 とはいえ参加者はルームメイト同士の簪と本音、そして何故かお呼ばれされた結の三人だけなのだが。

 

「かんちゃん」

「何も、何も言わないで、本音」

 

 彼女は友達が少なかった。

 

 入学当初は代表候補性や生徒会長の妹と言うこともあり話しかけられることもあったのだが、専用機の開発保留や織斑一夏の登場、そもそも姉と比べられたくないと言うことも相まってクラスメイトとは疎遠。半ば孤立していた。

 

 それも専用機を手に入れてからはある程度改善してはいるようだが、それでも一定の距離を開けているのは事実。

 

 閑話休題。

 

 肝試し大会などと銘打ってはいるもののその実いつもの通り簪と本音の部屋に結が来ただけだった。

 

「今日は何するの?」

「今日はね……」

 

 意味深な笑顔を浮かべながら簪はキラリとメガネを光らせ、ディスクスタンドから取り出したいくつかのタイトルをありありと結に見せつける。

 

「ホラー映画で肝試し、だよ!」

「ほらー」

 

 

 ◇

 

 

 いつものごとく簪の懐に座らされ、後頭部に触れる柔らかさと硬さのなんとも言えない感触に目を瞑りつつも、結は鮮明に映るようになった視界情報で目の当たりにする映画に内心浮かれていた。

 

 一発目の映画は不慮の事故で死んだいじめられっ子が蘇り、いじめっ子達を次々に殺めていくスプラッター映画。

 ホッケーマスクで顔を隠す巨漢に追われる様は絶望の惨状が約束される。

 

「あそこの曲がり角に入ると死ぬ」

「え?」

 

 殺人鬼から逃げていた登場人物が結の示した角を曲がると、なんと行き止まりになっていた。

 壁を叩いて悪態をつく男はなんとか逃げ道を探すが、取っ掛かりも少なく登ろうにもレンガ積みの壁は上にそびえ立っていてよじ登るには至難の業だ。

 

 あえなく現れた殺人鬼によって男は聞くに耐えない断末魔を残して無残に殺されてしまった。

 

「あのまま行ったら頭ぶつけちゃうね」

「結?」

 

 登場人物の一人が枠の低い扉をくぐりそこねて頭を打ち、その場に倒れ込んでしまった。

 起き上がる直前背後から殺人鬼が持っていた牛刀のようなナイフが背中を刺し、あっけなく息絶えてしまった。

 

 それからも結は次々とキャラクターの死に方を先に当てては簪と本音を驚かせる。

 

 最後、一人の女が残され殺人鬼は湖の中へと消えていった後味の悪いラストと終わった映画は静かなエンドロールの後、大きくENDの文字を残して最初のメニュー画面へと戻された。

 

「ね、ねぇ、なんでわかったの?」

「お話の最初の方で出てたよ?」

 

 まさかと思い映像を序盤のあたりに戻し再生し直したところ、殺人鬼と化した主人公がそれぞれのキャラを殺した場所は、なんと自分が今までいじめられていた袋小路や、使われていない空き倉庫の小さな扉など、確かに殺された場所と一致していた。

 

 つまりこれは単なる復讐劇ではなく劇場型殺人とも取れる意趣返しのような手口の殺人でもあった。

 

 なんとも質の悪い内容だ。

 それに最初から気がついた結も大概だが、フィクションとはいえそんな意趣返しを行った殺人鬼も相当イカれている。

 それだけ彼らを憎んで止まないのだろう、そう思うとなんとなくだが親近感を覚えた簪は慌てて頭を振って別の映画を用意する。

 

 

 殺人鬼の魂が取り憑いたグッドガイ人形が様々な手口で主人公たち一家を皆殺しにしていくスプラッターホラー映画だ。

 

 場面は警察に追われる殺人鬼が町のおもちゃ屋さんに逃げ込んだシーンから始まる。

 

 そこで殺人鬼は謎の呪術を行い、自分の魂を近くにあった子供用の人形へと宿してその場を乗り切った。

 そしてある一家にその人形は購入され、そこから始まる血みどろの虐殺劇は手に汗握る内容に簪はずっと結を抱えたまま動かなくなるほどで、隣でのんきに棒菓子を咥えていた本音に言われるまで微動だにできないくらいだった。

 

「これ怖いね」

「え、本当!?」

 

 さっきまで追われる側より追う側の感想しか言わなかった結が初めて怖いと言った事にちょっとうれしくなる簪。

 

「倒し方がわからない」

「そこ?」

「バラバラにすれば無力化は出来るだろうけど、乗り移った魂を取り出さないとどうにもね〜」

「本音も!?」

 

 整備士志望の幼馴染と殺人人形の攻略法を議論する小学生とはこれ如何に。

 呪術を使う相手に真っ向から潰しにかかる二人を前に、簪はホラー映画の恐怖よりも二人の胆力に肝を冷やされた。

 

 

 思っていた反応もなく、期待していたラッキースケベもとい吊橋効果も望めないと落胆した簪はため息をつきながら映画の再生を止め、録画していた日曜朝に放送している戦隊モノの特撮を流す。

 

「結、怖いのはここまでにしてこれ見よ」

「うん」

 

 やっていたのは戦隊ヒーロー45作品目を記念して作られた作品で、センターポジション以外全員機械生命体と言うのが特徴のヒーロー。レッド格が戦闘スーツに着替えるのに対し機械生命体はゴテゴテのロボット着ぐるみになるのがインパクトのあるヒーロー達。

 

 なのだが。

 

「なにこれ……」

 

 映像を見る結はあまりの内容に震え慄き恐怖していた。

 

「なんで、怖い……」

 

 内容としては殆どが荒唐無稽もいいところのぶっとび過ぎた内容で、例えるならば「インフルエンザの時にみる夢」「見る麻薬」「ヨホホイ」等が上げられる。

 

 そもそも歴代シリーズの中でも群を抜いてイカれているので、理解しようとするほど頭を痛める内容となっている。

 

「わ、機械の人大きくなった」

 

「なんでおはぎを奪い合うの」

 

「ビルが「ビル」て鳴きながら襲ってくる」

 

「なんで人が大きくなるの。なんで合体してるの」

 

「なんでテニスボールが爆発するの」

 

「怖い……怖い……」

 

 劇中の問題に対する解決策が次第にいろんな意味で過激化していく様を目の当たりにして、理解が追いつかない結はガタガタと震えながら簪にしがみついていた。

 

「なんでこうなるの?」

「なんでだろうねぇ……」

「なんでだろうねぇ〜」

 

 サブカルには詳しい簪やそれに便乗している本音すら、この作品の説明には匙を投げていた。

 

 結局最新話までの視聴は断念され愕然としたままの結は文字通り頭を抱えて部屋の隅で蹲っている。

 

「なんで、なんで……」

「ゆ、結、理解しようとしちゃ、ダメ……」

「『考えるな感じろ理論』だよ〜」

 

 そうは言ってみても受け止めてしまった衝撃を手放すことなど出来ず、処理しきれないまま潰されて情報過多によるオーバーヒートをしてしまった結は知恵熱でダウンし、無碍にすることなど有り得ないので簪は自分のベッドに結を寝かせておいた。

 

「ちゃっかり自分のとこなんだねぇ〜」

「う、うるさい……!」

 

 散らかした菓子や飲み物を片付けながら本音に茶化されて赤くなる簪は小声でブツブツと否定しているが、どれだけ言葉を連ねようとも行動がすべて打ち消していた。

 

 

 ◆

 

 

 その後、起きる気配のない結を見て映画鑑賞会はお開きになり、そそくさと寝る準備を済ませて簪と本音は各々の寝床に潜り込んだ。

 

 少し肌寒いくるいにしておいたエアコンの風に吹かれながら真っ暗な部屋の中、機械的な送風音だけがかすかに聞こえてくる闇の中で時折少年の声が引っ掻くように聞こえてくる。

 

「うぅ〜……テニスになっちゃう……」

 

 どんな夢なの。

 

 やはり初めて見るには刺激が強すぎたのか、他人が聞けば意味がわからない寝言を呻きながら結はうんうんとうなされている。

 

 簪は横たわる姿勢のまま結を抱き寄せ、極力起こさないように努めながら優しく結の頭を撫でてやる。

 

「んぅ……かんじゃひ、おねー、ちゃ……」

 

 何かを感じ取ったのか、結はそんな寝言を呟いてすうすうと寝息を立てている。

 さっきまでの呻き声が嘘のように静かになり、安らかな寝顔で寝始めたのをみて簪も息をついた。

 

「ゆいゆい寝た? かんちゃん」

「うん、今静かになった」

 

 ごそごそと、あまり音を立てないように簪のベッドに入ってきた本音は頬杖をつきながら結の寝顔を眺めていた。

 

「かんちゃんは、ゆいゆいのこと好き?」

「どど、どうしたの、本音?」

 

 突然の質問に吃ってしまう簪だが、あうあう唸りつつもまっすぐに結を見つめている幼馴染の眼差しに当てられ、緊張しつつも微かな小声で答える。

 

「うん、好き。だと思う……」

 

 家族に対するものか、それとも異性に対するものなのか、この感情がいったいどんな気持ちかは定かではない。

 

 もしかすれば執着や依存かもしれない。

 けれど嫌な気持ちはない。

 

「そっか、うん。私もだよかんちゃん」

「ほん、ね……?」

 

 本音はそう言い、頬杖を崩して後ろに隠していた枕に頭を落とし、身体を結と簪に寄せて一緒になって添い寝する。

 三人が並び、きれいな川の字で横になって入るが女子高生二人に挟まれて熟睡出来るのは心を許しているか色情を知らないかの二者択一だろう。

 

 当たり前だがぐっすり眠っている結の頬を指先でつつきながら本音は言葉を続ける。

 

「私もね、ゆいゆいが好き。みんなのことも好き。勿論、かんちゃんも大好き」

「……」

 

 前向きなことを言いながら、本音の声からは寂しさが感じ取れた。

 きっといつか、こんな日々は終わる。

 どんな形であれ、この学園で知り合った人間と別れる日がくる。

 

 結とも、いつかお別れするのかもしれない。

 

 人の人生には出会いと別れがあり、その一期一会を大切にしなければいけない。そんなことを誰かが言っていた気がする。

 たとえどれだけ親しい仲だろうとはなればなれになってしまう時だってある。

 

「もっと、ずっと、一緒にいたいな……」

「私もだよ、かんちゃん」

 

 そう言いながら本音は結越しに腕を伸ばし、結もろとも簪のことをぎゅう、と力強く抱きしめた。

 まるで幼子のような抱擁に気恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちが溢れたが、親友なりの気遣いに免じて簪は笑みを一つこぼし、互いに手を取り握る。

 

 もう少しだけ、こんな日々が続きますように。

 

 夏の夜。淡い願いを抱き、少女は眠る。

 少年と親友との出会いに感謝しながら。

 

 





 次回から夏祭りにするかお泊り訪問にするかぶっ飛ばして二学期突入させるかに迷ってます。

 感想、評価お願いします。
 誤字脱字等があれば、ご報告願います。

 ではでは


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六十四話 教師の苦悩


 ちょっと逃げてました。
 ついでにあちこちで読書&他の趣味に走ってました。




 

 

 カーテンの隙間から射す朝日に嫌悪感を示しつつ、ベッドから這い出た真耶は二日酔いで鈍器で殴られたように響く頭を抱えながら部屋の冷房を入れ、覚束ない足取りで流し台に赴きコップを片手に水道水を呷り飲む。

 

「く、うぅっ……」

 

 多少はマシになった頭痛に眉間のシワを寄せながらも彼女は酒臭い部屋の匂いをどうにかするべくおもむろに部屋の窓を開き、再度水を飲みながらローテーブルの上に鎮座している仕事に関する資料と散乱している空の酒缶を見て、昨日の事を思い出した。

 

 

 昨日は夏季休業開けの授業で使う資料作成とその他林間学校で起きた一連の事件の整理をしている最中、結との出来事でモヤモヤした感情の整理がつかず、酒に手を出して無理矢理眠ってしまったのだ。

 

 普段からあまり飲まない真耶にとってアルコールなど少し飲めば酔えるのだが、その日は、と言うよりここ数日は寝付きが悪く毎晩のように酒に手を出していた。

 

 時刻を見ればまだ朝の七時過ぎ。

 昼間で寝ているものだと思ったが、まだ体力があるのかそれとも逆に無いのか、それはさておき散らかった部屋の掃除をなんとなく済ませ、換気のため開けていた窓を閉め、カーテンだけ開けたまま自己主張の激しい夏場の日光を部屋の照明にしてキャミソールから部屋着に着替える。

 

「結ちゃんは、今日もアリーナで訓練かな……」

 

 事実上専属の教え子の事を案じながら、コーンフレークに牛乳を注いで手っ取り早く朝食を済ませる。

 

 

 ◇

 

 

 残っていた資料作りを進めつつ、真耶は今日の予定を頭の中で立てていた。

 

「買い出し行かなきゃなぁ……」

 

 冷蔵庫を開けたら中身がほぼ空に等しかった。

 仕事に逃げてまともに外出もしていなかったこともあり、食材は底をつき酒も全て空けてしまったので、嫌々ながら買い足しに行こうかなと考える。

 

 初任で副担任とはいえ初々しさなどとうに失い、すり減った精神のまま目の前の仕事と並行に最低限の家事を考えつつ、それと同時に担当の生徒、結の事を考えていた。

 

 私は、あの子の先生としてうまくやれているのだろうか。

 

 あの子の学習能力は悪くない。どころか少し基礎を教えれば簡単に応用をこなしてしまうあたり要領は良いのだろう。今では中学で習うような内容の授業も行っているが、それとは対象的に倫理や道徳といった授業ではいささか問題が残っていた。

 

 ある程度の倫理観は養われているが、時折恐ろしいと感じてしまうほどに自己犠牲の精神が根付いているようで、それは仮定の話はもとより現実彼は何かしら自分を殺して誰かを守るような行為に走る傾向にある。

 

 

 いろいろ頑張ってるつもりだけど空回りしてたりしてないかな。

 

 幾度となく矯正を試みてはいるが、それは福音事件などで如実に現れ、結果的に死傷者は出なかったものの結が重症を負うことが殆どだった。

 いつもいつも大怪我をして倒れる少年の姿を前にする度に胸が締め付けられ、いくら止めようとも彼は笑って死地に飛び込んでいく。

 

 

 

 感情的に打っちゃって、嫌われてたらやだな……。

 

 林間学校最終日。福音事件も絡んでいたとはいえ結果的に彼に手を上げてしまった事を未だに悔やみ、それ以降自ずと距離を開けてしまいわだかまりを抱えつつもどうにもできずに酒を呷る日々を送っていた。

 

 キーボードを打つ指がふと止まる。

 

 目尻に溜まっていた涙が溢れ、胸元を濡らしていた。

 慌てて目元を拭うが蓋をしていた感情とともに涙はとめどなく流れ、やがて止まらない涙を拭うことすら億劫になり、ただ静かに泣いた。

 

 

 

 私は、あの子にとってなんなんだろう。

 

 

 

 母親?

 

 教師?

 

 姉弟?

 

 どれでもあって、どれでもない。

 

 自己嫌悪と自問自答を繰り返して、答えなど見つかるはずもなく、部屋には自分の啜り泣く声と冷房の風音が微かに響いていた。

 

 そんな憂鬱な部屋にインターホンのチャイムが無遠慮に転がった。

 

 夏休みの真っ最中、わざわざ教師のところまで足を飛ばすような物好きな生徒などほとんどいない。

 誰にも会えないような顔をしているのに、いったい誰が……。

 

 なんとか気分を切り替えた真耶は目元を拭い、息を整えて嫌々玄関まで出る。

 

「どちら様でしょうか……?」

「あふっ」

 

 ドアを開けるとゴンと何かにぶつかる音とともに小さな悲鳴が聞こえてきたので何事かと思い下を向くと、そこには鼻を抑えて縮こまる結の姿があった。

 

 片手に何かのチラシを握って。

  

「ゆ、結……ちゃん……?」

「こんにちは、真耶先生」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その日、いつもの戦闘訓練を済ませた結は暇を持て余し、なんとなしに部活動の様子を見て回っていた。

 

 血気盛んに屋外コートやグラウンド等で練習に励む運動部、それぞれの部室や整備室で作品作りに勤しむ文化部など、各々の青春を一秒たりとも無駄にせんとばかりに打ち込む姿は見ていて飽きないものではあった。

 

 しかし今日は何処もかしこも人の気配が少ない。

 

 全寮制で普段は何処でも人がいるような学校だが、御盆に乗じて日本の学生や教員は実家に帰省する者が多く、長期休暇で一時帰国する者も少なくはない。

 

 そして今日から御盆の期間が始まると言うことで、学校はしんと静まり返っていた。

 

 どうやって暇を潰そうか、そんなことを考えながら結は学園内を歩いていると、掲示板に鮮やかなチラシが貼ってあることに気がつく。

 

「なつ、まつり?」

 

 チラシには大きく『夏祭り』と書かれ、背景には夜空に浮かぶ花火のイラスト。紹介文はそこそこに開催日を見ればなんと今日。職員室でコピーを刷ってもらい、チラシを握りしめて真耶の部屋までやってきた次第だった。

 

 

 結の鼻に応急処置を施し、受け取ったチラシをまじまじと眺めながら真耶は何処か上の空で考えていた。

 

 結ちゃんから来たってことは嫌われてない? そもそも結ちゃん自身そんな事考えても無いのかな……。でももしご機嫌取りとかそんな接待みたいなものだったらどうしよう。一人相撲なのかもしれない。他に一緒に行ってくれる人がいなかったから? 織斑君たちは帰省してるからついでだったりするのかな。それでも私に声をかけてくれたのは……。

 

 堂々巡りを続けていたら、結に袖を引っ張られ、そこでようやく意識が戻る。

 はっとなって結をみると不安そうに自分を見上げていた。

 

「真耶先生と行きたい」

「結ちゃん……」

 

 たったそれだけだった。

 

 だが、それでも、自分を選んでくれた事に喜びを感じなかったと言えば嘘になる。

 

 結の表情は乏しいが、目にはらんらんと光が灯っているのを確かに感じた真耶は意を決して出かける事にした。

 

「それじゃあ、行きましょうか?」

「やったー」

 

 






 いろいろ悩んだ結果、真耶とのペア回と縁日イベントを混合することにしました。
 予定としては次回で夏休み編終了、二学期スタートという流れでいこうと思ってます。

 だらだらと書いたり書かなかったりを繰り返していますが、まだまだ続きますのでどうかご容赦ください。

 ではでは。




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六十五話 少年と縁日

 正門前でぼうと空を眺める結。

 

 太陽が傾きたした青空を横切っていく雲を眺めながら、日陰の中でひりつく夏の暑さを噛み締めていた。

 

 温かい、いや暑い。

 汗がベタついて止まらない。

 

 直下から照らされる熱。

 目を差す太陽の光。

 騒がしい虫の鳴き声。

 遠くから薫る草の匂い。

 肌に擦れる汗で濡れた布。

 

 あの日から今まで忘れていた五感。

 ようやくISに頼らないままでも感じれるようになった感覚。

 

 人に近付いた証。

 

 それら全ての感覚の一つ一つに感動を覚えつつ、同時に煩わしいとも思うようになったこの頃。

 

 一夏達と同じ景色を見られ、同じ物を食べられて、同じ音を聞けるようになった傍ら、転べば痛く、暑さはうだるく、汚れたら不快感を感じるようにもなった。

 

 全部が全部良いことだけではない。

 嫌な事も確かにある。

 

 五感が完全に開かれた当初は全ての感覚が敏感で、慣れるまでは時間がかかってしまったが、今では戸惑う事もなく平然と過ごしていられるようになった。

 

 ぼくは、人間になれたのかな。

 

 

「お、お待たせしましたっ」

「んぁ」

 

 声をかけられて振り向くと、からからと下駄を鳴らしながら小さな巾着袋を揺らして小股の小走りで駆け寄ってくる真耶の姿があった。

 

 長くない髪を整えてご丁寧にヘアピンまで刺していかにも『勝負服』と言わんばかりの格好に気圧される結は、丸く見開いた眼で真耶を頭からつま先まで見上げ、下へ下へ視界をスクロールしていく。

 

「へ、変ですよねっ。やっぱり浮かれすぎですよね、すぐ着替えてきま……」

「きれい」

 

 結の一言で逃げようとしていた真耶の足が止まる。

 湯気が出そうなほど熱くなっている彼女の手を取り、控えめに手を揺らしながら結は待ちきれんばかりに急かしてくる。

 

 やがて根負けした真耶が渋々、赤くなっている顔を隠しながらモノレールの駅へ並んで歩いていった。

 

 

 

 何故真耶が浴衣に着替えてきたか。

 それは教員寮を出た直後、ばったり出会した織斑先生に捕まり、結と出かける事を知った千冬は自分の部活動で使っている和服を半ば強制的に貸し出した。

 着付けをしている間、千冬は真耶の胸囲を測りながらゲスい笑みをうかべ、着付けをしている最中の織斑先生はおもちゃを見つけた子供のように、実に楽しそうにしながら「生徒に手を出すとはな……」とかそんな事を囁きながら帯をキツく締めていた。

 

 因みに千冬は茶道部顧問であり、大会などで和服は必要不可欠であり着付けの練習も兼ねて部室には多種多様な着物が揃っている。流石はIS学園というべきか。

 

 浴衣にあう程度のナチュラルメイクまで施され、もはや嫁に行くのではと疑うまでには完成された真耶を眺めながら千冬は嬉しそうに頷いていたとか。

 

 閑話休題。

 

  モノレールに揺らされながら、人の少ない車内で結は床につかない足を振動に逆らいながらつま先を揺らし、真耶は落ち着かないのかしきりに髪をいじっていた。

 

 今の時刻は午後十五時を回ったほど。

 祭りの開催場所に到着する時間を考慮しても祭り本番まではかなり時間がある。とはいえ出店も早いところは昼頃から開店するところもあるので余裕はあるだろう。

 

「真耶先生、今日も暑いね」

「ひぁっ!? そ、そうですね!」

 

 気温の話題を振られてしどろもどろに答える真耶。

 

 ふと、そんな会話に違和感を感じて、しかし福音事件から回復した結の五感の事を思い出して納得すると同時にホロリと涙ぐむ真耶。

 

 真耶の涙をみてぎょっと驚く結はあたふたしながら自分のポケットを漁り、中から取り出したハンカチをそっと真耶に差し出す。

 多少の躊躇いはあったが、真耶はハンカチを受け取って目元を拭い、見せかけではあるものの少しだけ笑ってみせた。

 

 涙を拭いたハンカチを畳み、布の隅に刺繍された結のものではない誰かの名前を見ながら真耶は尋ねる。

 

「この、アーネストという人は、結ちゃんがいつも言ってる『先生』なんですか?」

「うん、そうだよ」

 

 アーネスト・ハイド。

 

 ハンカチに美しい筆記体で刺繍された名前は男のものだとわかるが、この人物がどのような人なのかということは未だわからずにいる。

 結一人ではあまりにも情報が少なく、そのせいもあって詳細が割り出せず、今も水面下で捜索されてはいるものの発見はおろか手掛かりすら掴めないままでいるのだ。

 

「そういえば、先生の名前違ったんだ」

「は?」

 

 初耳なんですが?

 そもそも調べる人物の名前が違えば犯人探しもまともに行くはずがない。

 

「違うって、どういう!?」

「んーとね。先生は『きゅうめい』って言ってたよ」

 

 きゅうめい。

 キュウメイ……。

 

 旧名ッ!

 

 雷にでも撃たれたかのような衝撃を受けて固まる真耶を見上げながら、結はどうしたのかとおどけたように首を傾げる。

 

 そうだ、男だったとしても婿養子に入れば名前が変わるのは男性の方、つまりこの場合はこのアーネストなる人物が伴侶となる女性の家の婿養子として迎えられたからこそ、この名前は旧名となり捜索が難航してしまったのだ。

 

「そ、それを早くいってくださいぃぃ!!」

「ええ……ごめんなさい?」

 

 納得がいかないような、理解が追いついていないような顔をして取り敢えず謝る結。

 

 対して真耶はわなわなと震えつつも巾着袋からスマホを取り出し、メモの準備をして結に詰め寄る。

 

「それで、本当の名前はなんですか!?」

「し、知らない。教えてくれなかったから……」

 

 ガクリと項垂れる真耶。

 そんな真耶を見てか、結は眉を八の字に垂らして何か考えつき、そう言えばと付け足して言葉を紡ぐ。

 

「えとね、先生はね、『奥さんと娘』がいるって言ってた」

「奥さんと、娘……?」

 

 どうもしなくても家族構成だろう。

 

「あ、それとね」

「何でしょう」

 

 この際重要度の低い話だろうが何でも聞いておかなければならないと、藁にもすがる気持ちで結の話に耳を傾ける真耶。

 

「先生とセシリアお姉ちゃんが同じ目をしてたのはびっくりしちゃった」

「同じ、目……?」

 

 聞けば目の色だけでなく、目元まで似通っていたと言う。

 確かにオルコット嬢は垂れ目の碧眼だが、わざわざ言う事だろうか。しかし、もしも親子とすれば似るのも当然……。

 

 だがオルコット家の家庭事情は入学時の個人情報から聞いている通り、両親の死別となっていた。

 確か死因は原因不明の新幹線爆破事故。原因調査をしても不明な点が多く、人の手によって行われたとも言われ未だ真相は語られていないらしい。

 

 まだ仮定の話に過ぎないが、結の言う先生がセシリアの父親とすれば、もうこの世にはおらず探し出されないのも当然と言える、のか?

 

「結ちゃんは、その先生に会いたいですか?」

「うん、会いたい」

 

 何も言えない。

 そもそも家族と決まったわけではないのに、何故か胸騒ぎがする。

 

 きっと違う、そう自分に言い聞かせながら、それ以上は何も尋ねることができずにただ、結の頭を撫でてやる事しか今の彼女には出来なかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 祭りの会場近くに着く頃には日は一層傾き、空は橙色に染まり始めていた。

 遠くからは笛と和太鼓の音色が独特な古い音程で聞こえてくる。

 

 朱色の薄暗い空の下、各々のあかりを灯して賑わう屋台が人の流れからお客を招いては和気藹々と品を売っている。

 焼きそばやたこ焼きのソースの香りや綿菓子やりんご飴等の素朴で甘い匂いに惹かれ、逸る気持ちを抑えつつも真耶の手をしっかりと握る結は目をきらきら光らせながら真耶の手を引いて近場にあった屋台に駆け寄る。

 

「これはなに?」

「りんご飴ですよ。食べますか?」

 

 無言で何度も首を縦に振る結に、真耶は屋台の店主から飴を一本買って結に手渡す。

 ありがとうと言いながら受け取ったりんご飴におもむろにに噛み付いた結は、薄皮のように張り付いている飴の膜を噛み砕き、下のりんごもろとも一口分齧りとる。

 

 ゴリゴリと鳴らしながらりんごの瑞々しさと飴の素朴な甘さに目を輝かせながらまた一口、二口と割り箸に刺さったりんごをリスのように齧る。

 

「私も一口いただいてもいいですか?」

「ん、ふぁい」

 

 結は背伸びをしながらりんご飴を差し出し、真耶は屈みながら髪をすくいあげ、一口かじる。

 

「美味しいですね」

「おいしい!」

 

 二人で笑いあい、他の店も回ってみる事にした。

 

 

 

 味覚を取り戻してから結の食欲は著しく増し、好き嫌いなく食べるので当たり前のように成人一人前の食事を取り、挙句おかわりにまで走ったりしている。

 

 屋台で何か買えば真耶と半分ずつにはしているものの、きちんと完食して別の店へふらふらと寄せられて行く。

 

 

 左右に屋台が連なる道を練り歩きながら粉ものや麺、果ては菓子を頬張りながら時折射的や金魚すくい等の娯楽に手を出しては軒並み外すも、それでも結は全ての新鮮な経験に笑顔を浮かべていた。

 

「真耶先生、これは何?」

「ラムネですね。飲みましょうか」

 

 水色の瓶を二本買った真耶は片方を結に手渡し、付属の栓抜きでしゅぽんっと小気味よい音を立てて中にビー玉を落とす。

 結も見様見真似で栓を抜いたところ、あまり冷えていなかったからか溢れ出した炭酸の泡で手を濡らしてしまった。

 

 祭囃子を抜け、ベンチがあったのでそこに二人で腰掛けて一息つく。

 

「楽しいですか、結ちゃん」

「うん」

 

 サイダーを飲もうとしてビー玉に蓋をされる結は、舌の先で瓶の中のビー玉を転がしながら中の炭酸を飲みぷるぷるしている。

 

 真耶の制止を振り切ってなおもラムネ瓶を呷っていると、人混みの流れから見慣れた顔ぶれの二人と忘れかけていた一人が出てきた。

 

「あ、一夏お兄ちゃん達だ」

「へっ」

 

 ラムネから口を離してそう口にした途端、素っ頓狂な声を上げる真耶と、こちらに気がついて嬉しそうに駆け寄ってくる一夏率いる箒と五反田蘭の三人組。

 

「あれ、結じゃねーか!」

「か、上代!? それに山田先生まで!?」

「結くん!?」

 

 まさかこんなところに、と言いたげに驚きながら近づいてきた三人組は各々の反応を見せながら結と、同伴していた真耶を交互に見る。

 

 まさか教え子とエンカウントしてしまうなんて……完全に浮かれた格好をしている自分が恥ずかしくなり、羞恥心に駆られて逃げ出そうとも考えたが結のもとを離れるわけにもいかず、下手な笑顔を貼り付けて何でもないふうに装う。

 

 久しぶりに結と顔を合わせた蘭はいつぞやの子どもだ、と思いながら記憶の中の結よりも笑顔が増えている事に多少の違和感を覚えていたが、それもすぐに引っ込める。

 

「結も夏祭りに来てたんだな」

「うん。『花火』ていうの見たいの」

 

 ポケットから丁寧に折り畳まれた祭りのチラシを取り出し、チラシに描かれている花火の絵を一夏に見せる。

 

 真耶と同じように浴衣を着ている箒と蘭を交互に見ながら、結は屈託のない笑顔で二人のお召し物を褒めるので、箒は嬉しさを押し殺しながら「一夏の奴もこのくらい素直なら……」とかぼやき、対して蘭は満更でもないような笑顔で結の頭を撫でていた。

 

「結くん、お祭りは楽しい?」

「楽しいよっ」

「そうかそうか〜!」

 

 しゃがんで目線を合わせた蘭が猫撫で声でにゃあにゃあ鳴きながら結の顔をもにもにと揉みくちゃにする。くすぐったいような気持ちよさに目を細める結は蘭の手の上から自分の手を重ね、止めるわけでもなくされるがままに彼女のじゃれ合いを受け入れていた。

 

 やがて満足したのか、ぱっと手が離れて周りを見ると、一夏と箒の姿が見えなくなっていた。

 

「……? 一夏お兄ちゃんは?」

「え? あれ?」

 

 あたりを見回しても見つかることはなく、完全に置いてけぼりにされた蘭は「しまった!」と小さな悲鳴を上げて二人を探しに行ってしまった。

 

 取り残された結と真耶は何処かに行こうとして、花火打ち上げ準備のアナウンスが流れ出したのでそのままベンチに腰を下ろし、花火が上がるのを待つことにした。

 

「まだかな」

「もうすぐですよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 祭囃子から抜け出した一夏と箒。

 境内裏の林の中に紛れ込み、生い茂る草木を踏み倒しながら一夏は箒の手を引いてずんずん進む。

 

「お、おい、どこへ行くのだ一夏」

「あの場所だよ」

 

 縁日に人混みから抜け出し、静かで暗い場所に二人きりになるなど……邪な妄想が膨らみ一人で悶々としながらも一夏に手を引かれるまま進んでしまっている箒は内心期待しながら一夏のあとに続いていた。

 

 やがて一夏は林の中で少し開けたところで立ち止まり、暗闇の中月明かりが照らす場所に出た。

 

 目的の場所とは、昔一夏が幼かったころ、箒を連れて境内裏を探索しているときに見つけた穴場だった。

 当時、夏祭りではよくここに一夏と箒、千冬と束の四人が集まって打ち上がる花火を景観していた。

 

 ここはその四人しか知らない場所。

 

 蘭にも、結にも隠している四人だけの秘密の場所だった。

 

「ここは……」

「懐かしいだろ。よく四人で花火見たよな」

 

 もう訪れることは無いかと思っていたが、こうして想い人と一緒に居られる事に嬉しさが募る。そして何を思ったか、それとも無意識にそうしたかったのか、箒は何も言わず一夏の胸に飛びつき、彼の服の胸元をきゅっと握る。

 

「ほ、箒?」

「何も言うな。言わないでくれ⋯⋯」

 

 いくら暗くなっているとはいえども赤くなった顔を見られるのは恥ずかしい。

 それこそ、誰もいない二人だけの空間でとなれば尚のこと。

 

 そんな羞恥心と淡い期待に身体を震わせる箒を、一夏は何も言わず抱き締める。

 

「一夏⋯⋯」

「箒が言うように、今は何も言わねえ。そう約束したもんな」

 

 林間学校での最後の夜。

 海岸で二人きりのときに躱した約束。

 

『一夏の隣に居られるような人間になる。それまで、待ってもらえないか?』

 

 箒自身のけじめと覚悟。

 それを無碍にして愛を囁き合うなどとても簡単な事だろう。それでも二人はそれを選ばず、研鑽の道を選んだ。それはお互いのことを理解しているからこそ、愛しているからこその選択だった。

 

 やがて大きな炸裂音を夜空に響かせながら、大きな花火が上がった。

 それを皮切りに大小、色鮮やかな花火が矢継ぎ早に打ち上げられ、闇夜の空を鮮やかな瞬間の火花が彩っていく。

 

「綺麗だな」

「あぁ、本当に」

 

 寄り添う二人はそれだけを口にして、昇る花火をずっと見上げていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 屋台の連なる道の端で打ちあがる花火の群れを見上げながら、結は花火の巨大さと一瞬の輝きに息をのむ。

 

「おっきい」

「キレイですね~」

 

 射的屋の景品としてもらった内輪で結と自分を交互に扇ぎながら、真耶は少し大きな声で空に向かって声を張る。

 

「たーまや~」

「なに、それ?」 

「昔、花火を作っていた職人さんのことです」

「へぇ」

 

 正直意味は分からないが、郷に入っては郷に従えと習った結は真耶と同じように両手を口の横に添えて、同じように声を張った。

 

「たーまやー」

 

 小さな掛声が夜空に響き、花火の音で掻き消される。

 

 破裂音を響かせながら花開く様は無情にも美しく、消えるときは陽炎のように姿を消す大輪の花に恐れを感じた結は、隣で同じように夜空を見上げていた真耶の腕にしがみつく。

 

「どうしました、結ちゃん?」

「わかんない。こわくなった⋯⋯」

 

 腕の中で微かに震える少年は得体のしれない恐怖に吞まれそうになっていた。

 彼自身、その恐怖を上手く理解すらしていないようで、何が怖いのかを上手く咀嚼しきれていないようだったが、それでも怯えてしまっていることだけは本当だった。

 

「こわい、ですか⋯⋯そうですね、怖いですね」

 

 真耶は優しく結の背中をさすり、あやすような声音で震える結に語り掛ける。

 

 

「怖いくらい、綺麗ですよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 真耶の腕の隙間から夜空を覗き見て、地上から暗闇一線引いて煌めいては消えていく花火を眼に映す結は、花火の昇る夜空に掌を透かし、自分の小さな手よりも大きな光の華を、今度はじっと見つめる。

 

 夜空に一際大きく輝いた緋色の花火を思い出の女の子と重ね、一層腕を伸ばした結はやがて手を下ろし、ふぅと息を一つ吐いて脱力する。

 

「本当に、きれい」

 

 欠け始めた月の明かりに負けない輝きで空を埋め尽くす花々に見惚れながら、結はいつの間にか恐怖心すら忘れて最後の一発が上がるまでずっと空を見上げていた。

 

 いつかまた、会えるよね。

 

 




 これにて夏休み編終了です。
 原作では織斑宅訪問があったりしますが、そもそもこちらではヒロイン達が一夏に靡いていないので割愛させていただきます。

 次回からは二学期編スタートということで、遂に楯無さんが本格的に登場します。

 ではでは。また次回で。



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二学期編編
六十六話 新学期と生徒会長


 お仕事つらいです。

 感想や評価が本当に沁みる日々です。




 二学期が始まり、実技の戦闘訓練にて剣を、銃を交わす専用機待ちの面々は、血気迫る勢いで己の技量を振るっていた。

 

「ラァァッ!!」

「えいやっ!」

 

 一夏の雪片弐型が繰り出す鋭い斬撃を、シャルロットはシールドで受け止め、押し上げながらがら空きの胴に銃口を向ける。

 だが引き金を引くより前に一夏は左腕の小手からエネルギーシールドを展開して銃撃を阻止、距離を開けながらビーム弾で牽制する。

 

 まばらに飛んでくる光弾を避けながらシャルロットはグレネードを投げ、それに慌てて回避しようとした一夏をガルムで抑止。得意の瞬間換装ですぐさまライフルに持ち替えたシャルロットは容赦なく一夏を撃ち抜いたのだった。

 

「くそ、ゴリ押しじゃあやっぱり勝てねぇや……」

「シールドエネルギーの使い過ぎだね。そんな装備じゃどうしょうもないだろうけど」

 

 二次移行を果たした一夏のIS白式あらため『雪羅』は、それまで備えていた『雪片弐型』に加えて新たな武装『雪羅』は、単体で射撃、格闘、防御をこなせる多機能武装腕となっており、機能的には優れているもののどれもシールドエネルギーを消費するため単純に燃費は悪化。

 

 二次移行に伴いスラスターユニットも二機から四機に増え、多少の燃費改善はあったものの結果的に今までよりも乗りこなすのが困難な機体へと変貌を遂げてしまった。

 

「本当に熟練のパイロットでもなければそんな機体、乗るのも怖いよ」

「初心者向けじゃねえよ、ホント……」

 

 シャルロットの手を借りながら立ち上がる一夏は、まだ模擬戦を繰り広げているクラスメイト達を見上げる。

 

 その中には紅のISと盾持ちのISが、激しい格闘を繰り広げていた。

 

「ゼァッ!!」

「ふんっ!」

 

 爪先から展開装甲を開いてエネルギー刃を出力した箒の蹴り上げを、結は足の裏に小型盾を履いて逆に踏み抜く。

 どちらとも弾かれて間合いが開き、すかさず箒が中距離から刀を突き出すと先端から刺突の延長のようなビームが結へ目掛けて飛ばされる。

 

「シールドビットっ!」

 

 結が左腕を振るうと付近にて待機していたシールドビットのうちの二機が結の前へ飛び出し、列なって箒のビームを防ぐ。

 更に結は右手を振るい、箒へ向けてシールドビットを三機、お返しとばかりに飛来させた。

 

「これならどうだ!」

 

 二振りの刀と蹴りで三枚の盾を弾き、背部ユニットを両機切り離して接近戦ユニットに切り替えた箒は、自身の二振りとブレードユニット二機による四つの刃での猛攻を結にぶつける。

 

 左右と前方から迫る四本同時の斬撃を、結は構えた大盾と左右に浮かべる小型盾で受け止める。

 だがそれが仇となり、結はその場に押し留められてしまう。

 

「捕まえた!」

「ところがぎっちょん」

 

 刀を盾にめり込ませる勢いで押してくる箒の重圧を結は、あろうことか自分が下に落ちる事で前方と左右からの攻撃を回避し、箒の背後に回り込む。

 

「なぬっ!?」

 

 箒を背後からしっかりとホールドしたまま結は後ろへ向かって体を反らし、地上へ頭を向けてそのまま自由落下、否。加速しながら急降下を始める。

 そして着地寸前で結は抱えていた箒を手放して彼女だけをアリーナの地面に投下、そして八枚全ての小型盾を一斉に箒目掛けて飛来させた。

 

「うぐっ!?」

「ぼくの勝ち」

 

 四方八方、それぞれの角度から盾の側面を添えられ、力を加えればテコの原理で体をへし折ると言われているような威圧を仮面越しに感じた箒は唇を噛み締めて武器を手放し、降参したと手を上げる。

 

「そこまで! 降りてこい貴様ら」

 

 織斑先生の号令で戦っていた代表候補性達は戦闘を止め、整列していた団体の前に降り立ってIS展開を解除する。

 

 その後、山田先生と他生徒による模範的な解説が行われ、授業は終わった。

 

 

 ◇

 

 

 新学期となり九月初頭、名目上は秋になったがまだまだ暑い日は続き、照りつける太陽から手で顔を隠すこともしばしば。

 

 そんな日々の中、二学期最初の全校集会で体育館の中に全校生徒が集まれば、いくら冷暖房完備の館内といえどうら若き十代の体温が篭もるのは当たり前で、換気のそよ風に当たる教員らがうらめしく思ったりする。

 

「あち〜……」

「こらこら織斑君。しゃきっとしなきゃ織斑先生に怒られちゃうぞ?」

「とは言ってもなぁ」

 

 混ざった香水の臭いも相まって気分を悪くしそうになるが、これも女子校の性だと諦めて一夏は頭を壇上に向ける。

 

 スピーチ台の上にマイクがポツンと置かれ、スポットライトで一際照らされたセンター位置に一人の女子生徒が脇から気丈な歩みで出てきた。

 

 その腕には生徒会長と書かれた腕章が。

 

「諸君、おはよう! 生徒会長の更識 楯無です。一学期は挨拶が出来なかったけど、改めてよろしく!」

 

 更識と名乗った少女は紅の瞳で壇上から生徒たちへ向けて見渡し、フフンと不敵に笑ってみせた。その中で一夏と目が合ったその少女は一夏へ向けてあざとくウインクをしてみせた。

 

「あっ」

 

 意味のない声が漏れたが慌てて口を閉じる一夏は、いつぞや結の部屋で見た、不法侵入を働いた謎の女子生徒がこの学園の生徒会長なのだと知り、なんとも微妙な感情が喉元でわだかまりをつくっていた。

 

「それで、織斑 一夏君の入部に関する決議ですが、これは今年の学園祭で総合人気一位を獲得した部へ入れる事にしました!」

 

 どよどよとざわめきだす生徒達。

 

「部活で緊急会議よ! アンケート取るから!」

「今年の催しは全力を尽くすわよ!」

「秋季大会? ほっとけあんなもん!」

 

 秋季大会をあんなもん呼ばわりするな。

 

「上代 結くんの処遇は如何するのでしょうか!」

「彼はそもそも特別学級扱いなので部への入部強制はできません」

 

 生徒会長の回答に露骨に肩を落とす亡者たち。

 

「しかし、要望があればそれなりの措置を取ることも考えます」

 

 あまりに抽象的な回答だが、僅かでも希望をもたせるような言葉に活気を取り戻す女子生徒達。

 

「やったぁーっ! それでこそ生徒会長様!」

「気合入れていくわよ!」

「一生ついていきます会長!」

 

 傍から見ればただの危ない人だが、渇望するものは案外多いらしい。

 拍手喝采の沸き起こる体育館で頭を抑える教師陣をものともせず、更識生徒会長はひらひらと手を振りながら舞台袖に引っ込んで集会は終わった。

 

「聞いてない……」

「まあ、これも社会ってやつだ……」

 

 あからさまにご機嫌斜めの結と手をつなぎ、この後の放課後をどう過ごすか考える。

 普段ならアリーナで特訓に次ぐ特訓をしているが、今日は皆用事が……十中八九さっきの生徒会長が言った学園祭の催し物の会議だが……に専念するということで、部活動に所属していない自分と結はこうして暇を持て余していた。

 

 二人だけでも特訓しようか、と思ったところで何者かに背後から声をかけられる。

 

「そこのお兄さ〜ん、お待ちになってぇ〜」

 

 随分な猫撫で声にやるせない気持ちで振り向くと、先程ぶりに見た生徒会長さまが乙女チックな走り方でこちらにやってきた。

 

 と思ったら突然その場でしゃがみ、その後ろから竹刀を握りしめて全身防具に身を包んだ何者かが渾身の胴突きを放ってきた。

 

「やァァーーッッ!!」

「うぉっお!?」

 

 寸のところで仰け反り、顎先を掠めた突きはその勢いのまま一夏を巻き込んでぺしゃりと墜落し、一夏は剣道少女の下敷きになって潰されてしまう。

 

「きゃっ! ごめんね織斑君!」

「退いてのいで退いてくださいっ!」

 

 先程の殺気は何処へやら、当然のように恥じらう顔の見えない女子生徒を横へずらして状況説明を求めるため更識生徒会長の方を見やると、何処からともなく飛んできた矢を躱し、近くにあったロッカーの中から飛び出したボクサーのラッシュをいなしていた。

 

 訳が分からん。

 

「何してるんですかこれ!?」

「あら、知らないの?」

 

 掌底でボクサーの顎を掠めて脳を揺らし、矢が飛んできた方向へ扇子を飛ばしてそれぞれの強襲を仕掛けてきた生徒全員を無力化してしまった。

 

「この学園における生徒会長とはその名の通り全ての生徒たちの長、つまり最強の称号なのよ」

 

 生徒会長は毅然とした立ち振る舞いでにこやかに微笑み、度肝を抜かれて座り込んだままだった一夏に手を差し伸べる。

 

「織斑 一夏君。ちょっとお時間いただけるかしらん?」

「は、はぁ」

 

 あまりの出来事に頭が追いつかない一夏だったが、袖を引く結に意識を引き戻されて立ち上がる。

 そして快活な足取りで進む奇っ怪な女性の後に付いていくのだった。

 

 

 




 なんとまぁ微妙な回で申し訳無いです。
 作者です。

 楯無先輩と戯れてから学園祭の流れでいいんですよね……?
 今絶賛読み直しておりますが、どうにもページが進まない。

 ではでは。


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六十七話 少年と生徒会

 


 迫り来る生徒会長を狙う刺客達を羽虫でもあしらうかのようにいなしながら、更識会長は軽い足取りである教室まで進む。

 

「ただいま〜。戻ったわよ」

「おかえりなさい、会長」

「んぐぐ〜……むにゃ」

 

 そこにはファイルの整理をしていたらしい眼鏡の先輩と、よく見知ったのほほんとした女子生徒が机に突っ伏して堂々と昼寝をしていた。

 

 そして眼鏡の先輩は居眠りしている女子生徒の頭に、手に持っていた分厚いファイルをごんと振り下ろした。

 

「いだぁ〜い!」

「起きなさい本音。お客様の前よ」

 

 後頭部を抑えながら飛び起きた本音はあからさまに目に涙を浮かべているが、間髪入れずそのままへろへろと机に倒れ付す。

 

「ぶっ続けのウエハースカード収集で眠いのだ〜……」

「あら、本音はグーのほうが好きなのかしら」

「お茶淹れてきま〜す!」

 

 虚の一言で席を立った本音は、そのまま風に靡くポリ袋のような足取りでお茶を淹れにいった。

 落ち着かない気持ちで椅子に座って待っていると、やがてお盆に2つの湯呑みを乗せてやってくるのほほんさん。

 

「粗茶で〜す」

「本音。しっかりしなさい」

 

 プルプルと震える手でお盆を運んできた本音が一夏と結の前にお茶の注がれた湯呑みを並べる。

 

「いただきま……あぢっ」

「おいおい、まだ熱いぞ」

 

 早速飲もうとして舌を火傷した結を宥めながら一夏は目の前にいる似ても似つかない姉妹を見比べていた。

「生徒会副会長、布仏 (うつほ)です。よろしくね」

「書記のね〜本音だよ〜」

 

 普段あんなにも気の抜けた生活態度で生徒会など務まるのだろうか。

 

「私がいてもお仕事が増えるだけだからね〜。何もしないのだ〜」

 

 それでいいのか生徒会。

 真面目、傍若無人ときてのほほんさんとなればある程度均衡が保たれるのか? 傍から見れば虚さんの負担が大きいように見えるが、それはさておき。

 

「どうして俺達をここに呼んだんですか?」

「んー、諸々の説明とかしていこうかしらね」

 

 まず、先の全校集会で自分が学園祭での景品にされた経緯について。未だ入部届すら出していない事に対して各部が生徒会へ苦情を出しているそうで、そこでかなり強引な措置が取られたらしい。

 

「入るといっても、女子だけの部活じゃあ俺にできる事ないじゃないですか!」

「マネージャーなりすればいいじゃない。人のお世話とか得意なんでしょう?」

 

 それはそうだが……。

 

「ちなみに上代くんは何もかも特例なのでこの校則は適用されません」

「まぁ、そうですよね」

 

 もしも女子高生の部活に小学生の結が入ればとんでもないことになりかねない。最悪イロイロ歪む。

 複雑な気持ちで腰にひっついている結に目線を送ると、よくわかってないように首を傾げる結がそこにいた。

 

「それと言ってはなんだけど、放課後の特訓私が見てあげるわよ」

「ご遠慮します」

 

 まぁまぁと言いながら更識生徒会長は虚さんに目配せし、やがて俺と結の前に飲み干した湯呑みの代わりにティーカップに注がれた紅茶を出してくれた。

 

「虚ちゃんのお茶は格別よ」

「いただきます……」

 

 飲めば言葉通り、市販の紅茶など比べ物にならないほどうまい紅茶に思わず素直な感想がこぼれた。

 

「美味しいですね」

「でしょう? ケーキもあるのよ」

 

 ホイップたっぷりのケーキは甘すぎず、紅茶と合わせて食べるとまた違う味わいに変化して飽きない。

 隣に座る結はその小さな口に大きな一切れを頬張り、口の周りにクリームをつけながらモヌモヌと目を輝かせて咀嚼していた。

 

「結、クリームついてるぞ」

「んう」

 

 結の口周りのクリームを拭ってやり、紅茶を飲むように促しながら生徒会長との話を再開する。

 

「特訓は他の面子に見てもらってるので間に合ってます」

「そうだろうけど私、強いわよ。それに」

 

 更識生徒会長は見透かすような目で見つめながら扇子で口元を隠す。

 

「鍛えてはいるみたいだけど君はまだまだ弱いのよねぇ」

 

 その言葉にむっと顔をしかめる一夏は言わなかっただけでずっと思っていたことを、ついポロッと口にしてしまう。

 

「自分がまだ未熟なのは認めますけど、他人の部屋でノしてたような見ず知らずの人に言われたけないです」

「止めてよ! 私だって気にしてるんだからッ!」

 

 本気の悲鳴だった。

 

 初対面ではないし目の前の生徒会長殿が強いということは先の暴力の雨あられを掻い潜る姿をもってしっかりと確認しているもののそれはそれ。

 

 以前、結の部屋で気絶していてゴタゴタ騒いでいたことに関して一夏は楯無の事を『残念な変質者』と認識していた。

 

「それなら、今から実践で勝負して決めましょう?」

「いいですよ。受けて立ちます」

 

 安い挑発だと一夏自身思っていたが、おどけるように貶されてはいそうですかと頷くほど人間が出来ていなかった。

 

 勝てないことは百も承知、ならば今の自分が学園最強を謳うこの人に何処まで通用するのかやってやろうじゃないか。

 

「ゆいゆい、ケーキおいしい?」

「おいひい!」

 

 その隣では机の縁から顔を覗かせる本音がにへらと結にケーキの感想を聞き、その後ろで虚が呆れたように頭を抑えていた。

 

 

 

 

 

 





 またなんとも期間が空いてしまい申し訳ないです。なんならちょっと開き直ってます。
 軽いスランプ気味で何が面白いのかわからなくなってきて今ずっとゲームしてます。

 あまり今回のようの話の進展がゆるい回はある程度統合しようかと思ってます。

 ではでは、また次回で。


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六十八話 特別特訓と弱味

 


 場所は道場。

 

 道着を着て木張りから畳張りに反転する床を挟んで一夏と楯無が対面していた。

 その傍らでは布仏姉妹と結が並んで正座している。

 

「ルールは一夏君が私を倒せたら勝ち。その間一夏君がどれだけ倒れてもいいわ。それでいい?」

「ハンデにしては大きすぎません?」

「だって私つよいもの」

 

 飄々と笑う様に思わずしかめっ面になる一夏だが、それらを飲み込んで向かい合う相手に一礼し、半身で構える。

 対して楯無は構えることなく立ち尽くしたまま、じっと一夏を見据えてていた。

 

「それでは、はじめッ!」

 

 虚の掛け声とともに先制を取ったのは楯無。

 

「っ!?」

 

 開始と同時に駆け出し、一夏の懐に潜り込んで避けようと仰け反った身体をさらに上へ押し上げ、関節を伸ばさせた状態に運び、そのまま簡単に背負い投げへ持っていった。

 

 あれは、無拍子!?

 

 人間には一定のリズムというものがある。それを元に動き、止まり、行動を起こすのが人間、というか生物の基本だ。そのリズムを崩すようなアクションが奇襲だったりするのだが、それらも一定のリズムのもとに行われる。

 

 だが、その一拍同士の間に付け入るような事はなかなか難しく、これを武道の世界では無拍子と呼ばれ、達人でもできるものは少ない。

 

 それを簡単に繰り出せるこの人って……。

 

 

 立ち上がり、構え直す一夏は心の内で無意識に侮っていた態度を改め、今度は真剣な眼差しで楯無をじっと見据えて闘気を高める。

 

 多分、今の自分尾実力ではどれだけ本気でやろうと勝てる気がしない。

 なら、どこまで通用するのか確かめる。ついでにこの人の技の一つでも盗んでやるつもりでやってやる!

 

「いきますよ!」

「いつでもおいで」

 

 駆け出した一夏。

 ハンデとばかりに待ち構える楯無に掴みかかろうとする一夏だが、伸ばされる腕を悉く叩き落とす楯無。

 

 どれも本気の攻め手じゃない。だけどブラフって訳でも無いのよね。

 

 誘い受けを狙っている訳でもなく、一挙一動が決め手に欠ける一撃。

 そんな軽い連打の中、一撃だけ本気の攻撃が混じって楯無の襟元を狙ってきた。

 

「っ!」

 

 だがその程度で動じる楯無ではなく、一夏の腕が自分の襟を掴むよりも先に手刀でその手を弾いた。だが、それだけでは終わらない。一夏は落とされた右手を引っ込めると同時に反転しながら左手を出していた。

 

 急な猛攻と本気の二撃目、虚を突いた攻撃に身を引く楯無。それを追いかける為一歩踏み出した瞬間、出した足を払われてそのまま一夏は前のめりに倒れてしまう。

 

「ざーんねん、もう少しだったわね」

「ぐっ……まだまだァ!」

 

 起き上がりざま構えず飛び込んだ一夏。

 その顔面を躊躇いもせずに横蹴りで受け止め、更にそのまま蹴り上げて一夏の顎を打ち抜く楯無はようやく化けの皮が剥がれたようにそれまでのにこやかな表情を獰猛な笑みに変える。

 

「さぁ、まだまだやるわよ」

 

 ………

 ……

 …

 

 

 それから数十分。

 一夏が一方的に攻めてはいるものの、どの攻撃もいなされ、躱され、無力化されてしまう。投げたと思っても宙を舞っているのが自分だったなんて事もあり、原理も理解も追いつかないまま、されるがままに倒れていた。

 

 付け加えて楯無の技の豊富さ。いや豊富どころかほぼすべての格闘技、武道に精通している。

 投げたと思えばローキックが飛んできたり、防いだと思ったら床にダイブしていたり、必死に絞り出したあの手この手を片手で捌かれてしまっては流石の一夏も心が折れそうになっていた。

 

「こ、な、く、そぉぉぉおおお!!!」

「あら、もう打つ手なし?」

 

 半ば自棄になりながら一夏は真正面から突っ掛かり、楯無の胴元を狙って腕を伸ばす。

 また同じ手を……と落胆した楯無がその手をの払い除けたように思われたが、一夏は必死に喰らいつき、楯無の袖を掴んでいた。

 

「っ!」

「取ったッ!」

 

 一種の動揺、その隙を見逃さず一夏はもう一方の腕で楯無の襟を掴み、渾身の投げを放とうとしたその時。

 

「あら」

「あっ」

 

 乱れていた道着が引っ張られ、大きく開かれてしまった襟元からよく実った巨峰がまろびでてしまった。

 

 咄嗟に結の視界を遮る布仏姉妹。さすが従者。

 

「う〜? 見えないよ〜」

「まだ早すぎますから」

「たっちゃんのは刺激的過ぎるから〜」

 

 派手なブラに支えられた二房のメロンがたゆんと柔らかくたわんで弾んで……そんな目の保養もとい目の毒な光景に思わず釘付けにされてしまった一夏は、次の瞬間掌底を顎に喰らい、さらに胴体を中心に撃たれる連撃によって人生初となるリアル空中コンボをその身に受けながら、華麗に意識を刈り取られた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 初夏の日差しを浴びながら、俺は走っていた。

 何処かへ向かうために一目散に、誰かに会うために必死に。

 

 やがて姿が見えてきた人影。

 井戸の前に佇む、巫女装束に身を包んだ、長い黒髪を一つに結んだ少女。

 その子が振り向て此方を向くが、逆光か日陰だったのか、その子の顔が見えない。良く知っているはずなのに、忘れてなんかいないはずなのに。

 

 張り詰める思いを伝えようと彼女へ手を伸ばし、何処まで行っても届かないもどかしいさに不安になりながら、ただ叫ぶ。

 

 

 

 『君が    

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

「……かはぁっ!」

 

 目覚めた一夏は起き上がろうとして頭を何かに遮られ、起き上がれない反動を硬いベッドに打ちつけた。

 

 頭が固定されている……? いや、誰かに掴まれている!

 

 はっきりしていく意識で頭から胴体へかけて絡まっているものが人の腕だと知った一夏は、次に何が頭を支えているのか髪の毛越しの感触でそれが誰かの太ももだと悟った。

 

「こ、ここは……」

「お目覚め?」

 

 最近聞いたばかりの慈愛に溢れた猫撫で声。

 いっそ清々しいまでの胡散臭さを醸し出していると言うのに、この人は何故こうもとっつきやすく、人の警戒心を掻い潜ってしまうのか。

 今もこうして膝枕をされていが、不快感や嫌悪感などは一切湧いてくることはなく、優しい子守唄も相まってもう少しだけ……なんて思ってしまう自分に驚いた。

 

「⋯⋯そういや、なんで楯無って名前なんです?」

「気になるわよね。この名前は更識家の当主が代々踏襲している名前なのよ。私は十七代目更識 楯無」

 

 逃げられないと悟った一夏は気を抜けば再び寝てしまいそうな意識で、楯無の膝から会話を持ちかけていた。

 深いことは聞かず、それも時代なのか、それとも強ければいいという制度なのか⋯⋯そんなことを考えつつ彼女と同じ姓を持った簪の事を聞こうとしたら保健室の扉が開かれた。

 

「失礼します、織斑一夏は⋯⋯⋯貴様、何をしている」

「ら、ラウラ!?」

 

 保健室の戸を開いて現れたのは銀髪の少女、ラウラだった。

 今日の一夏の訓練相手でも会ったラウラは時間になっても姿を見せない一夏を訝しんで多方面を探し回っていたのだが、ばったり出会った織斑先生から聞いてここ部活一棟保健室にきた次第なのだが、来てみれば等の一夏は謎の少女に膝枕をされていると言う状況で、呆れて怒る気も失せた。

 

 そして何かを思いついたラウラは懐からスマホを取り出し、無言のまま一夏たちをパシャリと撮った。

 

「⋯⋯⋯ふっ」

「おいなんで今撮ったんだよ!」

「いやなに、ただの私用だ。きにするなははははは!!」

「笑ってんじゃねえよ!!」

 

 嬉しそうに逃げ出すラウラを追いかけようとしたが、なおもがっちりホールドしてくる楯無先輩に阻まれて立ち上がることも儘ならない一夏は、なおもカメラを向けるラウラの撮影を許してしまい成すすべなくシャッターを切られてしまう。

 

 楯無はと言うと、嬉しそうにカメラへ視線を送ったりピースサインをしたり、両手で一夏の頭を抱いたりと熱烈疑惑でも掛けられそうなポーズばかり摂るので収拾がつかない。

 

「私との特訓をサボってこんなところで上級生と逢引か、箒が見れば怒り狂うだろうな」

「箒とは⋯⋯なんで知ってるんだよ!?」

「林間学校で抜け出していたのをしってるぞ」

 

 まさかのセリフに言葉が詰まる一夏は何も言い返せずに口籠る。

 

「遊んでないで早く特訓をしにいくぞ」

「お、おう」

 

 一頻り笑った後、ラウラは途端に素に戻って保健室から出て行った。 

 そこでようやく解放され、一夏はラウラの後へ続いて第四アリーナへと向かった。

 

「生徒会長も来るんですが?」

「だめ?」

「いやいいですけど」

 

 




 無気力が続いて遅延⋯⋯。

 完結するまで書きたい⋯⋯。

 ではでは。


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六十九話 指南と先輩

 


「あれ、一夏? 今日は第四アリーナでラウラと特訓じゃなかったの?」

「あぁ、いろいろあってな」

 

 何か諦めたような顔持ちでシャルロットとセシリアに事情を説明する一夏。彼の性格を知っているからかシャルロットは失笑しながらも訓練の付き添いに承諾し、少し離れた位置にいるセシリアはというと、あまり快くは思っていなかったようだ。

 

 それもそのはず。

 一夏の白式が二次移行で雪羅へと変貌し、射撃機能も有してからと言うもの、セシリアが一夏に唯一勝っていた特性が被ってしまい、更にはビーム兵器主体のブルー・ティアーズでは雪羅の『零落白夜』とも相性が悪く、ここ最近のセシリアの戦績は負け続きだった。

 

 そんなわけで射撃も格闘もこなせるシャルロットに頼み込み、こうして対近接訓練に勤しんていたのだが、当の一夏が来てしまい興ざめしてしまった。

 

「それで、そちらの方は?」

「セシリア、生徒会長だよ」

「あぁ、そういえば見たことあるような……」

 

 流石に失礼では? とは言い出せす、なんなら自分も同じような感想を抱いた仲なので言葉にしない一夏。

 

「一夏くんの特訓に私も参加する事にしちゃったので、以後お見知りおきを!」

「はい?」

「そうでしたの?」

 

 箒と簪を除き、ほぼ全ての専用機持ちの生徒からとてもありがたいご指導を受けることになった一夏。

 

 離れたところで結がラウラに高い高いをされながらISを展開していた。

 何をしている。

 

「さて、まずお二人は『シューター・フロー』で円状制御飛翔(サークル・ロンド)をしてもらえる?」

「構いませんけど」

「それは射撃型の戦闘動作(バトルスタンス)ですよね?」

 

 楯無が提示したのは互いに円を描きながら旋回飛行し、同時に銃撃訓練を行うものだった。

 

 そもそもISのPICとは基本的にオート操作になっているのだが、これでは細かい操作や移動ができないデメリットがある。それをマニュアルに切り替えて飛行するのは相当に高度な技術で、飛行制御に思考を割きつつ状況把握と戦闘にも意識をしなければいけない。しかもこれが亜音速の領域で行われるような戦闘だからこそ厄介で、雪羅のスペックを考慮したら最悪の場合自滅で身体が吹き飛ぶ。

 

「しかし一夏さんの機体は近接特化型⋯⋯」

「二次移行で射撃兵装が追加されたからか?」

「ご名答、ただそれだけじゃないのよね。一夏君の機体は近接特化で射撃兵装も付いたけど、あの荷電粒子砲は狙撃銃に近い。だから⋯⋯」

「接近して叩く」

 

 楯無は何も言わず、にこりと微笑んで扇子を開く。そこには『見事』と書かれていた。

 

「そのためにはまず射撃型の戦闘方法を学ばなきゃね。それでは二人とも、よろしくぅっ!」

 

 そして準備が整った二人を離れたところから見上げる。

 アリーナフィールドには『ブルー・ティアーズ』と『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』が向かい合って並び立ち、それぞれ狙撃銃と機関銃を携えていた。

 

『それじゃあ始めるよ、セシリア』

『構わなくてよ』

 

 二人同時に右回りに旋回しながら撃鉄を引き、飛行射撃が始まる。

 互いに旋回することで正面からの弾丸を回避し、だんだんと加速していくも調和が乱れることはなく射撃は激化していく。

 

「すげぇ⋯⋯」

「マニュアル操作であの練度、回避と命中両方を意識してだよ。機体をちゃんと乗りこなせていないとなかなかああはいかないね」

 

 感心しているのもつかの間、楯無は何かを思いついてオープンチャットのマイク越しに一つのボイスレコーダーを近づけ、中に録音されている一つの声を再生した。

 

 

『お姉ちゃん大好き♡』

『へあっ♡!?』

『おひゅ♡!?』

 

 編集されてずいぶんと甘ったるい言い方に調整された結のラブコールに思わず反応してしまった二人、しかし悲しいかな。今は射撃訓練中で、絶賛ドンパチやっている最中に気を抜いてしまえば起こる事故はただ一つ。

 

『『あっ』』

 

 互いの弾丸に撃ち落され、そのまま制御を失った二人はそれぞれ壁と地面に墜落して大きな土煙を上げていた。

 

「こうならないようマニュアル操作のときはしっかり操縦に意識すること。わかった?」

「酷い人だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それから二日、一夏は楯無の猛特訓に励んでいた。

 

 左腕の『雪羅』をカノンモードにし、オートからマニュアル操作に切り替えた飛行操作に四苦八苦しながらシューターフローで飛ぶ練習を繰り返し行っている。

 

 気を抜けばすぐさま地面に真っ逆さまなたどたどしい操作感に、見ている方はにやけていたり落ち着かなかったり。

 

「速度落ちてるわよ。しっかり集中しなさい」

「わ、わかりました」

 

 いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって真面目な楯無生徒会長のご指導の下、一夏はPICを全てマニュアル制御に変えたISをなんとか動かしていた。

 

 それまで頭をそこまで使わなくてもよかったオート操作とは違って、姿勢制御から武装の調整まで、機体情報の全てを把握して動かさなければならないため、意識していないと飛ぶことすらままならず、その度にフィールドの端に居る楯無先輩から喝を入れられる。

 

 カノンモードの『雪羅』のエネルギー再充填にあと二十秒、アリーナフィールドの上空に浮いているバルーンに目標を定め、覚束ない足取りのシューター・フローで死に物狂いで飛ぶ。

 

 機体制御の全てをマニュアル化しているため、雪羅の射撃の反動も自分で制御しなくてはいけない。戦車の砲弾を簡単に上回るような砲撃の制御を失敗しようものなら簡単に壁にめり込んでしまう。なったのだから言えるあの痛みと虚無感といったら。

 

 しかし、どうして射撃訓練の基礎を習っているのか、未だによくわからない。

 どうせなら射撃主体の相手との実践訓練の方がまだ有意義なのでは? と思ってしまう。

 

『はいそこー。余計なコト考えない』

「すみません」

 

 口出しできない要因として、生徒会長の説明は実に分かりやすかった。『一番頭のいい人間というのは誰にでもわかる言葉で説明できる者だ』と何かの本で読んだ気がする。生徒会長はまさしくそんな人だった。

 

『よし、速度上がってきたね。ここでシューター・フローから瞬時加速(イグニッション・ブースト)いってみようか』

「いきなりそんな⋯⋯!」

「急ぐ!」

「は、はい!」

 

 言われた通りシューター・フローから瞬時加速に切り替えて飛ぼうとしたら、姿勢制御を失ってそのままの勢いで壁に墜落してしまった。

 

「いってぇ⋯⋯」

「こらこら、瞬時加速のチャージもしながらシューター・フローも維持しなきゃ」

「難しいです⋯⋯」

「泣き言言わない。みんなできてるのよ」

 

 ああ、日本人の性か、そう言われては何も言い返す術はない。

 

「ほら起きて。もう一回」

「はい⋯⋯」

 

 どのコーチよりも分かりやすい反面、誰よりも厳しい。そんな更識楯無先輩の指導はまだまだ続く。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あら、織斑くん」

「あ、布仏先輩⋯⋯」

 

 廊下で偶然出くわしたのほほんさんのお姉さん。ええと⋯⋯。

 

「虚でいいわよ。妹もいるし」

「じゃあ、虚先輩。楯無先輩ってどんな人ですか?」

 

 一夏の質問にふと物思いに耽る虚先輩はからかうように微笑みながら一夏の瞳を見据えて答える。

 

「疑うのは否定しないけど、人の好意は素直に受け取ることよ」

「それはまぁ、そうですけど」

 

 その意見は同意だが、ほぼ初対面の人間にああも手厚く構うものだろうか。

 結というイレギュラーを抱えているせいもあってか、やたらと人とのかかわりが増えて正直困惑している自分が居る。

 

「あの方は私でも分からないことが多い。けど考えがあっての事なのよ」

「そうですか」

 

 幼馴染でもわからないとは、どれだけ謎が多いんだあの残念な先輩。

 しかし、あの人柄も相まってか妙に納得してしまう。

 

「一つ忠告しておくわ。どれだけ予防しても注意しても絶対振り回されるから。体力だけはしっかりしないとね」

「じゃあ、食事はちゃんと摂るようにします」

「喉を通るといいわね。ふふ」

 

 こえーよ。

 

 

 ふふふ、と笑って去っていく虚先輩を見送ってから自分の部屋に帰る一夏。 

 

「おかえりなさい、ごはんにします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 即刻ドアを閉め、すぐさ部屋番号と鍵の番号を確認する。表札の名前もチェック。織斑一夏、よし、違わない。

 きっと疲れていたんだろう。そう言うことにしておこう。そうでないと自分の部屋に裸エプロン姿の楯無先輩が新婚夫婦の常套句みたいな出迎えなんてしてるはずがない。

 

 息を吐いてもう一度ドアを開けると、さっき同じポーズでまた楯無先輩が出てきた。

 

「おかえりなさい。私にします? 私にします? それともわ・た・し?」

「選択肢がない!」

 

 せめて夢であってほしかった。

 

「なんで一年の寮に!」

「生徒会長特権」

「職権乱用!」

 

 部屋の入り口で人目も気にせず騒げば野次馬も集まるというもの。しかもただでさえ目立ってしまう男性操縦者ということでなんだなんだと見に来る人間が集えば興味が無くても耳に入ってくるだろう。

 

「一夏。何をしている⋯⋯?」

「ほ、箒ぃ!?」

 

 そこにはなにやら四角い包みをもった幼馴染が信じられないモノを見たような顔をして震えていた。

 

「わ、私にあんなことを言っておきながら、お前と言う奴は、お前と言うやつはぁぁぁぁ!!!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 空いていた右腕にISを展開し、抜刀された日本刀を展開しておもむろに斬りかかってきた箒。

 避けるか、防ぐか、いやでも先輩が。そんなことを考えていた一夏を他所に楯無は余裕の笑みで一夏の前に裸エプロンのまま躍り出て大型ランスを展開し、箒の日本刀を軽々と受けた。

 

「あらら、情熱的。けど今一夏君を亡き者にされちゃうとおねえさん、困っちゃうなぁ」

 

 そう言いながらランスで日本刀を巻き上げ、飛ばされた刀は勢いよく壁に刺さった。お隣さんごめんなさい。

 

 まだ引き下がらないと言いたげに箒は一歩詰め寄ろうとしたが、楯無先輩が先にランスの切先を箒に向けて抑止した。

 

「勝負あり、お話きいてもらえる?」

「ぐッ⋯⋯!」

 

 負けを悟ったか、箒は不服ながらも力を抜いてISを収納し、野次馬たちに一礼して扉を閉じた。

 

 




 


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七十話 先輩と生活

 


「そっかぁ。箒ちゃんは文武両道、料理もうまいのね」

「い、いえ、それほどでは」

「謙遜することはないわよ。あ、このいなり寿司美味しい!」

 

 あの後何とか箒を落ち着かせ、説得&納得させた楯無先輩は制服に着替えて一緒に箒が持ってきたいなり寿司をつまんでいた。

 箒は面と向かって褒められることに慣れていないのか若干口数が減りながら縮こまっていたが、ふと目があえばものすごい形相で睨んでくるのでもう少し大人しくしていただきたい。

 

「しかしいなりか。懐かしいな」

「ふ、ふん」

「うん、うまい。お母さんの味に似てるな」

「! そうだろう、そうだろう!」

 

 一つ頂いてみると、昔まだ箒のご家族が離れる前、道場に通っていた頃、箒のお母さんがよく作ってくれたいなり寿司とよく似た濃口醤油と酢飯の風味がよく利いた旨味が口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく。

 

 だが折角のおいしいいなり寿司も、そう睨まれては食べづらい。

 

「あら、二人とも食べないの? じゃあ私がいただきまーす」

 

 蛇に睨まれて固まっている一夏をしり目に楯無は残りの寿司を全て平らげてしまった。

 

「ところで箒ちゃん。専用機の単一仕様(ワンオフ・アビリティー)が発動しないんだって?」

「それは⋯⋯!」

 

 無言で睨んでくる箒の首を横に振って講義をする。

 そう、あの福音事件以来、紅椿は単一仕様である『絢爛舞踏』が発動できずにいた。

 

 何度試そうとも発動までには至らず、データベース上に表示こそされてはいるので何かしらの不調、というわけではないようだ。

 

「簡単に言うと単一仕様は操縦者とISの精神状態が完全同調時にしか発動しないのよ。前に発動させたときの事覚えてる?」

「え、えぇ、まぁ」

「その時の気持ちを再現できれば、ISは応えてくれるわ」

「そ、そうですか⋯⋯」

 

 歯切れの悪い返事でそう言うと今度は照れくさそうに此方を俯きなが覗き見してくる箒になんだかむずがゆい感情を覚えてしまう。

 

「ついでに説明するとね。白式は一対零消滅能力なのに対して紅椿は一対百の増幅能力。更には他機へのエネルギーバイパス増築能力ってとこかしら。流石は束博士自作の機体と言うところね。素晴らしいわ」

 

 いわば最前線の兵稜と言ったところか。

 

「そういえば一夏君はシャルロットちゃんともバイパスあるのよね。ログ見たけど凄いわ。IS同士のエネルギーバイパスって本来IS同士の同調とかがとても難しいのに、それを実戦でやってのけるなんて」

「シャルロットは優秀ですから」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 ここにいない女(シャルロット)の事を褒めたせいで顔を顰める箒が、無言のまま一夏の脛を蹴り上げる。

 そのままじゃれ合う二人を見てからからと笑う楯無を恨めしそうに横目で訴えつつ、一夏は食後のお茶を汲みに部屋の奥へと消えていった。

 その一夏の姿を見送った後、箒と対面した楯無は声を少し小さくして箒に語り掛ける。

 

「けれど……言い方はあれなのだけど、一個人にここまでの戦力を託すのもちょっと不自然なのよね」

 

 それもそのはず。

 いくら箒が肉親だとしても、個人に与える専用機と言うなら現行の新型である第三世代機で良かったのだ。

 

 それを何故か、単機で全面制圧可能で無限稼働機、しかも他機へのエネルギーパスも可能となれば、もはや世界大戦に一人で勝てる機体となるわけだ。

 

 もちろんこれは理論上の話であって、『紅椿』を完全に使いこなしていることを前提とした運用なのだが。

 

「使いこなせない以上は特訓あるのみよね。よし、それなら箒ちゃんも私が面倒をみてあげましょう!」

「えっ」

「ただし別々でね。思ったより二人がお熱いみたいだから」

「うっ」

 

 顔を赤らめる様を見てこれは予想以上にデキてるな⋯⋯などと目を光らせる楯無。

 

「いい箒ちゃん。今の時代女が攻めるのは当たり前だけど、相手と対等の立場にいることが何より大切なのよ」

「急に何の話ですか!?」

「私も仕事で世界中駆け回ったけど、男って見栄っ張りなものよ」

「何となくわかります」

「これはある資産家の話なんだけど⋯⋯」

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 お茶を淹れて帰ってきた一夏は目の前の光景を疑った。

 ポン刀握ってカチコミにきた幼馴染がさっきまで半裸だった先輩と談笑している事実に。

 

 自分の時もつくづく思っていたのだが、この人は人と仲良くなるのが上手というか、人の懐に入るのが巧い。だからこそちょっと秘密にしてるようなことだっていつの間にか話してしまってるし、いつの間にか知られていたりする。そのくせ楯無先輩のことは殆どわかっていないのだ。

 

 女性に使うのはあまり薦められないとわかっているが、それでも『人たらし』という言葉を言いたくなる。

 

「しかし、なんだかこの部屋、先輩の私物がそこかしこにあるような⋯⋯」

「えぇ。私今日からここに住むからね」

 

 え、それ今言うんですか。

 案の定驚いた箒は赤くなったり修羅になったりと顔色を変えながら「ならば私も!」と突っかかって言ったが、二人部屋という制約と生徒会長権限という職権乱用を振りかざされて敢え無く意気消沈していた。

 

「さあ、忙しくなるわよ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 楯無先輩との日常は、とても大変なものだった。

 

 寝る前の歯磨きを済ませて洗面所から戻ったら、下着姿にワイシャツを羽織っただけの先輩がベッドの上でくつろいでいた。

 箒やシャルロットも、同室だったときは極力肌も下着も見せないようにお互いそのあたりを意識して生活していたのだがこの人は違う。もろに見せている、というより自分の生活スタイルを一切崩すつもりが無いようで、自分が過ごしやすい環境のまま過ごしているのだ。

 

「どうしたの一夏くん?」

「ちゃ、ちゃんと服着てくださいよ!」

「着てるわよ?」

「下着だけじゃなくてズボンとか履いてくださいって!」

 

 年頃の女子のあられもない姿など思春期真っ盛りの男子高校生にとって目の毒でしかなく、一夏はすぐさま洗面所に退散するが、何を思ったか楯無は閉まった扉のドアノブに手をかけてきた。

 

「ドアが開かない」

「そりゃあ抑えてますから」

「開かぬなら 分解(バラ)してしまえ 蝶番」

 

 がきょん、と子気味イイ音を立てながらドアの蝶番が外れ、止めが無くなった扉を押し倒して入ってきた楯無先輩がドア越しに馬乗りになってきた。

 

「さあ、キモチいいと評判のマッサージを私にもしなさい」

「ふく、服きたらやってあげますから! あと重⋯⋯」

「生徒会長ぱーんち」

「オごッ!?」

 

 ドア越しから短く重たい衝撃が鎖骨辺りに鋭く響いてきた。

 

 観念して施術することにした一夏だったが、前提条件として一夏自身が納得する恰好で、ということで不貞腐れながら楯無は短パンを履き、一夏の手腕が唸るマッサージを堪能することが出来たのだが。

 

「一夏くん」

「はい」

「鼻血出てる」

「⋯⋯はい」

 

 

 

 

 また別の日。

 

 四限目が終りを知らせる鐘を合図に授業を切り上げた先生が教室から立ち去り、号令終わりからうら若き十代の姦しさを取り戻した彼女らは爛々とした様子で弁当を取り出したり、学食に駆け込んだりする中で一人息を吐いていた一夏。

 

 クラスメイト達に食事に誘われ付いて行こうとした矢先、教室のドアが開かれ曹操こと楯無先輩が仰々しい重箱を抱えて教室に入ってきた。

 

「お邪魔するわよ~」

 

 悪寒に苛まれながら一夏は極力目を合わせないようにしていたが、やはりというか見つかってしまって楯無先輩は躊躇なくこちらにやってきた事により、噂大好き女子高生たちは一気にざわっと騒ぎ出し、本音か茶番か「私たちの織斑君が⋯⋯!」とか「くそ、コレが生徒会長の特権か!」とか「私たちにもお慈悲を!」なんてあることないこと騒ぎ立てるものなので余計に胃が痛む一夏。

 

「お弁当作ってきたの」

「どうやって作ったんですか⋯⋯」

「普通に早起きしてよ」

「それで五段もあるような重箱が作れてたまりますか」

 

 世の主婦主夫が聞こうものなら憤慨しかねない。

 

 最近の付き合いで分かったと言えば、楯無先輩は『頑張ればだれでもできる』と当たり前のように口にしてしまう人だと言う事。努力も才能の一つだと思うが、この人は努力も才能もセンスも持ち合わせている完璧超人の変態だった。

 もし鵜呑みにして真似すれば痛い目を見るやつ。

 

「一夏くん、あーん」

「もが」

 

 呆けていたら口にピーマンの肉詰めを突っ込まれ、周囲の視線の痛みに晒されつつもその肉汁溢れる肉詰めの美味さに感銘を抱いてしまう。

 

「な、何をしているんですか!」

「お昼ご飯よ、箒ちゃんもこっちいらっしゃい」

 

 狐のように手招きする楯無先輩に促されるまま丁度一夏と楯無の間にずいと収まる箒。

 駄々っ子をあやすように重箱の中身を見せておかずの交換をしている様子はどうにも「人の扱いに慣れている」という感想しか出てこなかった一夏は食欲が失せてきていることを自覚しつつ、箒から渡された弁当と重箱を掻き込んだ。

 

 

 

 また別の日。

 

 

 今日一日の疲労と汚れを落とすため、部屋のシャワーを浴びていた一夏だが、壁に掛けたシャワーデッキから放出される温水の雨に打たれるばかりで身体も洗えずに呆けていた。

 

 疲れた。

 単純に疲れた。

 

 波乱というか台風のような勢いのまま滞在している楯無先輩の猛攻を日々なんとか受け流しながら過ごしているが、最近体力が追い付かなくなってきていた。

 

 とっとと体洗って今日は寝よう……。

 

 ボディーソープのボトルに手をあてがい、洗剤が出てくるのを信じて押してみたが、空気の掠れる音がしてすかぶった。

 そういえば残り少なくなっていたな、しかも同居人が急に入ってきたので消費量を見誤ったか。

 

 一夏は詰替え用のものを取りに出ようとして浴室のドアを開けようとしたら、反対側からスクール水着の楯無先輩が一夏が開けるよりも早く扉を開け、彼のあられもない姿をガン見してから入ってきた。

 

「キャァアアアア!!!!」

「なによ女々しいわね。背中ながしてあげるからお尻見せなさい」

「言い方ァ! もっとあるでしょうよ!!」

 

 隠すものなんてないので必然的に背中を晒す事になってしまった一夏をニヤニヤ眺めながら、楯無は持ってきた替えのボディーソープを自分の胸に付け、逞しい背中に密着してゴシゴシと身体を上下して洗ってやる。

 

「なんで密着するんですか!?」

「狭いからじゃない?」

「質問を質問で返さないでッ! ください!!」

 

 精神一到、心頭滅却、葉岩礁、風神脚、鉄拳制裁、砲撃連脚違うこれ連鎖コンボだ。

 

「かゆいところはありませんかー?」

「理性が針のむしろです!」

 

 抵抗してもいいし、なんならしたほうがいいのだが、腕っ節で自分が勝てるはずもなく、されとて好き勝手にされるままというわけにもいかない一夏はひたすら反抗声明を上げるばかりだった。

 

 

 ◆

 

 

「もっと頑張りなさい!」

「もう無理? まだまだよ!」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

「もうまぢむり……」

「一夏、大丈夫? 言動がおかしなことになってるよ?」

 

 昼時の食堂でうなだれる一夏。同席しているのはシャルロットとラウラ。

 シャルロットは明太子パスタを食べる合間に一夏を見かねて少しぬるくしたお茶を持ってきた。

 

「はい、せめてこれでも飲んでよ」

「あぁ……ありがとう」

 

 近頃の楯無先輩からのしごきで心身ともに衰弱仕切った一夏は、体力には気を付けろの意味を嫌でも理解し、重い体を持ち上げて湯呑みをすする。

 

「あの女は、態度こそ軽いが、実力は、むぐ、確かにある」

「喋るか食べるかどっちかにしなよ」

「むがぐぐ」

「そこで食べるんだ」

 

 ジャーマンポテトとソーセージを頬張りながらラウラは楯無の分析を語る。

 だが何処か不機嫌な様子のラウラはやけ食いのように口いっぱいにじゃがいもを押し込んで無理やり飲み込んでしまった。

 

「ラウラ、お腹壊すよ」

「結吸いが出来ていなくてな。ストレスが酷い」

「結吸いってなに」

 

 猫か。日陰干しした布団の香りがしそうだ。

 そう考えるとありなのかもしれない、と一夏は頭が回っていない事に気付かないままお茶を啜る。

 

「でね〜かんちゃんがね〜」

「へぇ」

 

 そこに現れたのは本音と手を繋いで食堂にやってきた結。

 一人で歩かせたらたまに転ける事が多々あるので、クラスメイトにより時折こうして彼の手を引く事が暗黙のルールとなっていた。因みに当番制はなくその場に居合わせた生徒に限るらしい。

 

「じゃあね、本音お姉ちゃん」

「えへ〜」

 

 普段の1.5倍補正がかかった笑顔で食券を買いにいく本音と別れ、ちょうど一夏たちと目があった結はそのまま弁当片手に小さい歩幅でてちてちやってきた。

 

「結、吸わせろ」

「なんて?」

 

 ラウラは有無を言わさず結を膝の上に乗せ、フードと後頭部の隙間に顔を埋めて周りが引くほどの深呼吸を繰り返す。当の吸われている本人はあまり気持ちのいいものではないのか、眉をひそめて弁当の封を開けていた。

 

「大丈夫なのか、結……?」

「一夏お兄ちゃんこそ、元気ないよ」

 

 恍惚な表情を浮かべているラウラには後で注意しておくとして。

 こらそこ、羨ましそうに見ない。

 シャルロット、挙手をしない。

 ラウラお前いい加減にしろ。 

 

「はい、あげる」

「おお、ありがとな」

 

 結から弁当に入っていた主菜のハンバーグを差し出され、お言葉に甘えて食す。

 労いと優しさに当てられて目頭が熱くなる一夏の側にやってきたのは昼食をプレートにのせてやってきた本音。

 

「お茶漬けのお茶は緑茶派? 麦茶派? それとも意外に紅茶派? 私はウーロン茶派〜♪」

 

 茶碗に盛られたご飯に温められたウーロン茶をひっかけ、そこによく練った納豆、焼きじゃけの切り身をまるまる一本載せていた。

 

「更にここに〜」

「ここに?」

 

 滋養強壮は付きそうだが、如何せん食欲が唆られない、と言うよりズボラ飯より杜撰な有様のモノを見てさらに食欲が失せる一夏。

 そこへいったい何を足すつもりなのか?

 

「生たまごを落とします」

 

 うお、本当に入れたっ!?

 そう言いながら本音はかぱり、と小気味良く殻を割って生卵を器の中に入れた。

 

「まぜまぜ〜」

 

 箸を突き立てておもむろにかき混ぜる。

 混沌とした器の中身は筆舌に尽くし難く、名状し難い何かになっていた。

 

 やっと出来上がったそれを本音は待ってましたと言わんばかりに口の中へ掻き込んでズルズルと啜っていた。

 

「うわぁ!? すするな!」

「音を立てて食べるのが通なんだよ〜?」

「蕎麦か!」

 

 本音はふてくされながらも静かにお茶漬けのような何かをちゅるちゅると啜るように食べる。

 食欲などすっかり失せてしまった一夏は、もう部屋で休むことにして食堂をあとにした。

 

「おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」

 

 一夏は膝から崩れ落ちた

 




 次回から学園祭開始です


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七十一話 少年と学園祭

 


 実のありすぎる特訓と並行して行われる学園祭準備。それらも乗り越えてようやくの学園祭当日。

 一夏たちのクラスはメイド喫茶を開くことになり、ホール担当は主にメイド服。見世物件ウエイトレスの男二人は執事服を身に着けていた。

 

 何故メイド喫茶なのかと言えば発案はまさかのラウラ。案件を担任である織斑先生に説明したところ、職員室で爆笑していた。

 

 どうやら夏休みの間で縁があったようで、ダメ元で協力を頼んでみた結果なんと快諾。全員分のメイド服を貸出させてもらえることに。

 ホールで使う机などの調度品は、セシリアの意向で本場イギリスから職人お手製のゴチック式テーブルセットが搬送され、庶民皆様は震えながらセッティングしていた。

 

「上代くんの制服はどっち……?」

「……ッ!」

「やっぱりそこか……!」

 

 謎の発言とそれに反応する有象無象。

 何が「やっぱりそこか……!」だ。男物一択だろうに。

 

「男用に決まってんだろ」

「以前使った執事服があるだろうが」

 

 これにはラウラも呆れ顔で同意見だったらしく、ため息をつきながら一喝していた。

 

「え、でも、上代くんのメイド姿、みたくない?」

「見たいに決まってるだろうばかもの」

「せめて止めろよ」

 

 おいラウラてめぇ。

 だめだこいつら、早くなんとかしないと……。

 

「か、上代くん、スカート履かない?」

「ぼく何でもいいよ」

 

 抜け駆けとばかりに血走った双眸をギラギラ光らせてメイド服片手に詰め寄る女生徒。さして何も不快感は感じていないのか平然と渡された衣装を受け取ろうとする結を引き止め、予め用意されていた服に袖を通すよう促す。

 

 準備前の衣装替え。メイド姿の同級生というのはやはり新鮮なもので、みんな容姿が整っているのでどれも様になっていた。

 

 結を引き連れ自分たちも着替えて戻ってきた二人を一組の生徒が出迎える。

 

「一夏、着替えたか?」

「おう箒。洋服も似合ってるじゃねえか」

「っ! そ、そういうお前も、様になっているぞ」

 

 クラシックなロングスカートのメイド服。

 媚びないデザインであるからこその奥ゆかしさが箒の大和撫子な雰囲気と合っていて、いつも見慣れた道着姿とは違った趣に思わず見惚れてしまいそうになる一夏。

 

 打って変わって普段の制服姿から大人びた執事服に身を包む一夏はいつもよりも落ち着いた印象を受けて思わずたじろいでしまうクラスの面々。だがふと見せるいつもの朗らかな笑みは変わらず優しさを保っていて、そのギャップに当てられて目眩を起こすものもちらほら。

 

「これでいいの?」

 

 白い半袖のカッターシャツに黒いサス付きショートパンツ、ガーター付きの純白の膝丈ソックスにローファを履き、こつこつと小気味よく鳴らしながら出てきた結。

 首元にはネクタイの代わりにスカーフを巻き、首の裏を隠していた。

 前髪を髪留めでまとめ、普段下ろしていたせいもあってかよく見えるようになった瞳からはいつもよりも大人びた印象を受ける。

 

「ほっっっそ」

「すね毛なんて無い」

「ちょっとあざとすぎませんかね、おっふ」

 

 おかしい、ちゃんと執事服を用意されていたはずなのに。

 中性的な格好でありながら、細い体躯の中にはしっかりと男らしい骨付きを感じさせる結の立ち振る舞いに意識を刈り取られてしまう者も出る始末。

 

 当人はなんともないようにその場で回りながら自分の格好がおかしくないかまじまじと見下ろし、いつもは隠れているがショートパンツを履いてるせいで日の目を浴びることになった太ももを擦りながら、股を閉じてもぞもぞと照れていた。

 

「えへへ、ちょっと恥ずかしいね」

「ヒュッ」

「ホフッ」

「ハァッ」

 

 もしかすれば初めて拝むかもしれない結の『照れ顔』に思わぬ不意打ちを喰らってしまった面々は揃って胸を抑えて膝から崩れ落ちる。不毛である。

 

「これはお出し出来るものではない! 刺激的すぎる!!」

「だめ?」

 

 鼻血をだくだくと流しながら血眼で結の制服改正を訴えるクラスメイトを冷ややかな目で眺めながら、一夏は改めて執事服を探してきた。

 

「ほら、もうすぐ開店しなきゃいけないから裏で着替えてこい」

「うん。わかった」

 

 程なくして学園祭が始まった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 IS学園は人工島に建てられたISパイロット、整備士育成のための学校で、各国からの優秀な人材が集まる場所でもある。

 

 なので普段は基本外部の人間が立ち入ることは出来ないのだが、こういった催し事の際はその限りでなく、それぞれの国から自国の武装やらオプションツールなどを売りにきたり、お偉いさんが視察にきたりなど様々だ。

 

 しかも今回は生徒一人に付き一枚、知り合いへ贈れる招待状が配布され、一般人の来客もちらほら見受けられる。

 

「はーい並んでくださーい! 最後尾はこちらですよー!!」

 

 そんな中でも一年一組は大繁盛だった。

 例の男性操縦者を一目見ようと来場客が押し寄せ、開店から数分で学園生徒関係者から外部の人間まで多種多様な人々がわらわらと押し寄せてきた。

 

「何か手伝えることはないか?」

「あー! 織斑君出てこないで!」

「騒がしくなって収拾つかなくなるでしょうが!」

「す、すまん!」

 

 のこのこやってきた有名人に廊下は騒がしさ二倍増しになり列が乱れそうになるのをなんとか食い止めるメイド姿の一組生徒。

 やらかしたと後悔してすぐさま教室に引っ込んだ一夏は、持ち直してホールの接客に戻った。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様⋯⋯て、鈴!」

「なにしてくれてんのよ一夏ぁ!!」

 

 来店した客の注文に来てみればそこに座っていたのは二組のクラス代表こと凰 鈴音だった。

 クラスの出し物の衣装なのか、煌びやかな赤いチャイナドレスに生足を惜しげもなく晒し、イスに腰かけてつま先のヒールを揺らしていた。

 

「アンタのせいでウチの集客率が落ちてるじゃない!」

「しらねーよ!」

「何よその言い草、アタシはお客よ! ちゃんと接客しなさいよ!」

「こんの⋯⋯ご注文はお決まりですか、お嬢様⋯⋯」

 

 悔しそうに頭を下げる一夏をみて鈴は嬉しそうにないんまりと笑っていた。

 

「あ、鈴お姉ちゃん。いらっしゃい、ませ」

「あら結⋯⋯結!?」

 

 ゴチック式に整えられた格好をした少年を目の当たりにして鈴は椅子から転げ落ちそうな勢いで取り乱す。

 普段のだぼっとした恰好から一変してハリのあるシャツを着こみ、サスペンダーを肩にかけてショートパンツを履いていて幼さはしっかり残しており、髪を上げて大人びた雰囲気の中に残る少年らしさのギャップに当てられて卒倒しそうになった。

 

「お持ち帰りは!?」

「ねーよ」

 

 鈴は舌打ちをしながら一夏から渡されたメニュー表を眺め、普通の喫茶店となんら変わり映えしない一覧を睨みながら隅の方にある一風変わった品があるのを見つけた。

 

「ねぇ、この『執事にご奉仕セット』てなに?」

「⋯⋯お嬢様。こちらの『メイドのご奉仕セット』はいかがですか?」

 

 あからさまに話を逸らそうとした一夏をみて鈴は何かあると察し、身を屈めて今度は結にコソコソと聞きにいった。

 

「ねぇ結。この『執事にご奉仕セット』てなに?」

「んーとね。二人でお菓子食べるの」

「執事にご奉仕セット一つ、お願いね」

 

 一夏はため息を吐きながらオーダーを厨房の方へ届けに行った。暫くしてトレイにチョコのついた棒菓子が添えられたグラスを載せて鈴のいるテーブルまでやってきた一夏はグラスをテーブルに置き、心底嫌そうな目で結の隣に並んだ。

 

「では、どちらの執事にご奉仕なさいますか?」

「は? なにそれ」

 

 ようは選べと。

 今、目の前で嫌そうに接待している小憎たらしい幼馴染と、よくわかってないのかぽかんと微笑んでいる幼い少年。

 

「どっちもってあるの?」

「料金二倍、時間制限十分で終了後即退店となりますが」

「やってやろうじゃない!!!」

 

 鈴は財布から表示金額の倍の金をテーブルに叩き出し、ちょっと気持ち悪い笑みを浮かべながら『執事にご奉仕、欲張りセット』を頼むこととなった。

 

「で、何するのよ」

「それではセットの説明をさせていただきま……やめだやめだ! なんでお前相手に敬語なんだ!」

「ぷははははは!! イイわよ、アンタならタメ口で許してあげるわ」

 

 我慢の限界が来たのか一夏は頭をかきあげながら結と並んで鈴の向かい側の席になるように座り、棒菓子の入ったグラスを鈴の方に置いた。

 

「コレを俺たちに食べさせる」

「は? なんで金払って食わせなきゃいけないのよ」

「だから他にすれば良かったんだよ、キャンセルは無しだぞ」

 

 あまり良い気はしていない鈴だったが、一夏を辱められると察した彼女は早速一本菓子を取り出し、ずずいと一夏の方に向けた。

 

「お嬢様からのご褒美よ。はい、あ〜〜〜〜〜〜〜ん?」

「くっ……あー……」

 

 仕事の一環だからと自分に言い聞かせながら一夏は差し出された棒菓子にかじりつき、前歯でへし折って荒く咀嚼した後に飲み下す。

 

「少しは味わいなさい」

「嫌だね」

 

 鈴は残った部分を一夏の口に突っ込んでから、何か言いたげな一夏を尻目に今度は結へ菓子を差し出す。

 

「はい結、あーん」

「んぁああ」

 

 餌を待つ雛のように小さなお口を目一杯広げて待っている少年の口へ、霜が溶けて水滴を垂らすチョコ菓子を口の中へ入れてやる。

 下の前歯に当たった感触を確かめてから結は棒菓子に歯を立てて、思っていたよりも硬かったのか一度の咀嚼で菓子を折るにはいたらず舌を這わし、テコの原理でパキンと小気味よく菓子を折った。

 

 甘いミルクチョコのコーティングが咥内の温度でとろけ、ビスケット生地の軸部分をごりごり鳴らしながら咀嚼する。

 

「美味しい?」

「ん、うん!」

 

 花のように笑う少年に満足したらしい鈴は結に小遣いを忍ばせて颯爽と店を去っていった。

 

「凰さん! お店サボってないでちゃんと働いて!!」

「わ、わかってるわよ!」

 

 鈴を迎えに来たらしい二組の方にどやされ、鈴は早足に今度こそ帰っていった。

 

「織斑くん、上代君、二人とも休憩入っちゃって〜」

「「はーい」」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結が休憩で教室の外に出ていいようショートパンツ姿から一夏と同じ執事服に着替えさせ、並んで手を繋ぎ外を回る。

 普段以上に人気の増した空間に慣れないらしい結はずっと一夏の手を握ったまま離さず、一夏も握られた手を離さないようにしっかり掴んでいた。

 

 クラスごとの売店やら催し物を端から見て回り、時に食べたり飲んだりしながら練り歩いていると、やはりというかIS関連のセールスの方に話しかけられてしまった。

 

「はじめまして! 織斑一夏さんですか? わたくしIS装備開発企業『みつるぎ』の渉外担当の巻紙(まきがみ) 礼子(れいこ)と申します!」

 

 ふわふわした長い金髪の女性に話しかけられた。

 いかにも営業の者ですといった風な作り笑顔を浮かべる彼女は質の良さそうなスーツにタイトスカートと、これまた身なりもきちんとしている。

 

 結はともかくとして、一夏の方は世界初の男性操縦者として世界各国で報道されまくり、ガッツリ顔が割れてしまっているので、こういった外部ので人間が入りやすい場ではこうしてIS関連の装備や追加パーツの押し売りを受けやすい。

 

 だが一夏は毎度の事この手の話は全て断るようにしている。

 第一に彼の専用機は機体領域の全てを武装の『雪片弐型』に全て食われているから。もう一つは自分自身がこの手の話に疎くて下手をしないためである。

 

「いかがでしょう? 我社の製品は安定性も性能も完璧、せめてお話だけでも……」

「すみません、そういった話はいつも断ってまして……」

 

 圧のすごい笑顔のままグイグイと詰めてくる巻紙さんのお誘いを丁重にお断りしながら逃げるように早足に進むのだが、彼女の方も負けじと迫ってくるもので恐ろしい。

 連れている結には悪いがしばらくこのままはや歩きになるかもしれない。

 

「結、大丈夫か?」

「うん。けど一夏お兄ちゃん、その人もしかしたら……」

 

 何か言いかけた結だがその言葉を待つよりも先に店を回っていた他のクラスの生徒たちと目があった。

 

「あ、織斑くんだ!」

「上代くんも一緒だ!」

「二人とも執事服着てる!」

「追えぇぇい!!!!!!!」

 

 なんでだよ。

 

 群れを成して襲い掛かってくる集団を目の当たりにし、一夏と結はいつもの調子のまま走り出した。

 

「あ、ちょ、織斑さん!?」

「すみません、俺ら逃げますので!!」

 

 二人は一目散に逃げ出し、礼子は押し寄せる女子高生の群れに押し流され、一夏達を見失ってしまった。

 

「………チッ」

 

 誰かの小さな本音が賑やかな喧騒の中に溢れた。




 本調子出ないです。
 次回学園祭後半。

 ではでは。

 感想、評価よろしくお願いします。


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七十二話 蜘蛛と学園最強

 長引きました。
 長くなりました。
 端折りはしましたが。






 なんとか女子の群れを撒いた一夏と結は、校門前にやってきた。

 そこにはジャケットを羽織った赤い長髪をバンダナで纏めた奇妙な男が立っていた。

 

「よう一夏! それに結くんだったか?」

「久しぶりだな、弾」

「こんにちは」

 

 その男は一夏の友人である五反田 弾。

 生徒一人につき一枚配られた招待状を受け取り、やたら気張った格好でやってきた。かなり浮ついた格好に一夏は少々げんなりしていたが、当の本人は夢の花園にやってきた! と心躍らせている。

 

 ちなみに結はそもそも招待状を配る相手がいない事もあって受け取っていない。

 

 一夏達二人が執事服を身に着けている事に唇を噛んで笑いを堪えている弾を尻目に一夏は学園内に彼を案内した。

 

「あら、あなた一般の人? 招待状を拝見してもよろしいですか?」

「あ、はい、えっと……これです」

 

 ばったり出会したのは生徒会副会長の布仏 虚先輩だった。

 三年生らしい落ち着いた振る舞いは見ているだけでも尻込みしてしまう程で、現に初対面の弾は面食らってまともに会話もできなくなっていた。

 

 弾がポケットから取り出したシワのついた招待状を確認した後、虚先輩は了承したらしくそれを弾に返し優しく微笑んだ。

 

「ありがとうございます。学園祭を楽しんでくださいね」

「は、はい!」

 

 去っていく虚先輩を鼻の下を伸ばしながら見送っている弾。

 

「おら、行くぞ」

「いだだだだ!!! わかった、わかったから耳を離せ!!」

 

 汚物に群がるハエを見る眼差しで見つめる一夏は弾の耳を引っ張りながら自分のクラスへ引き連れて行く。

 

「結、ほら、手つなごう」

「んう……肩車、して。お兄ちゃん」

「わかったよ、っと」

 

 少年は気持ちいいほどの笑顔で頷いて、両手を広げて一夏の腕に身を預け、彼の頭上まで持ち上げられたのちに肩に座らされる。

 普段の倍の高さから見渡す景色とは新鮮なもので、ISに乗っていれば空高く飛ぶことも出来る。だが重力を感じながら人の群れを見渡すのはなんとも言えない高揚感を感じる。

 

「上代くんだー! あとでお店行くからね!」

「来てね〜」

「上代くんが織斑くんに肩車されてる!」

「わは〜」

 

 高いところに出ていれば自然と目立つわけで、結を見上げては手を振ってくる女子生徒達に手を振り返しながら、結は一夏に乗せられて教室まで戻ってきた。

 

「あ〜! ようやく戻ってきたなうちのドル箱〜〜!!!」

「言い方」

 

 メイド服で怒ってくるクラスメイトを宥めていると、同じくクラシックメイドの格好をした箒達からも視線を向けられる。

 

「二番テーブルですぐにゲームしてきてね! あとこっちのオーダー四番さんに持ってって!」

「わかった!」

「上代くんはあっちの七番さんとこでゲームね!」

「はい」

 

 教室に早速仕事を言い任され、自分も仕事に戻ろうとした時、教室の扉を開けてよく知った面倒な人が入ってきた。

 

「私、参上」

「呼んでないです」

 

 何故かメイド服を着て現れた更識生徒会長を適当にあしらいたい気持ちをさらさら隠すつもりも無いらしい一夏はそそくさと店の奥に引っ込もうとするが、楯無はそんな一夏の首根っこを捕らえて無理やり話を進めてきた。

 

「さて、話通り男子二人を借りてくわね」

「その話を俺達は聞いてないんですが」

 

 店長と何やら話をつけてきた楯無。真っ向からの対談でお互い顔は笑っているが、手元では何やら紙束の受け渡しをしているあたり十中八九賄賂である。駄目だろう。

 

 そうなれば自分たち男に発言権は元より拒否権も無いに等しい。

 だが一応の説明だけはしてもらわなければ納得がいかないので、何処に何をしに行くのかだけ説明を仰ぐことにした。

 

「何するんですか」

「演劇よ」

 

 楯無がパンと扇子を開く。

 そこには『迫撃』と書かれていた。

 

 

 ◇

 

 

「もーいーかーい」

「はい……」

 

 当たり前だが誰もいない更衣室にて、一夏は黒い執事服から白を基調にしたタキシードに着替えていた。

 袖や裾には豪華な装飾が施されていて、歴史の教科書で見たことのある西洋の貴族と同じ格好にどうにも歯痒い思いを感じる。

 

「なかなか似合ってるじゃない。はいこれ」

「王冠、ですか」

 

 渡された小さな冠を被り、慣れない詰め襟の感触に息苦しさを感じてしまう。

 

「だいたい、演劇なんて言われても台詞言えないですよ」

「大丈夫よ。こっちがある程度ナビゲーションするから、それにあわせて動いてくれればいいから」

 

 なんとも雑な説明に頭痛がする一夏だが、根回しで売られた以上仕事をこなすほか無い。

 

「シンデレラの主役は女の子! 君はカッコイイ王子様やってくれたらいいから!」

「善処します」

 

 楯無に肩を叩かれその勢いのまま舞台の上に躍り出た一夏。開演開始のブザーとともに巻き上げられていく垂れ幕を見上げながら、咳払いをして姿勢を正す。

 

『昔々あるところに、シンデレラと言う少女がいました』

 

 というかまず出てくるのは主役のシンデレラじゃないのか? とナレーションを聞きながら登場人物の順序がいきなり破綻していることに気がつくが、そんな一夏を置き去りにして演劇は続く。

 

『シンデレラは姉と母にいつもいじめられて……いたのはとうの昔』

 

 ん?

 急に声音が変わってそのまま進行されるナレーション。

 

『否、シンデレラとはもはや名前ではない、舞踏会を勝ち抜き、己の実力で幸せを勝ち取ったものに与えられる称号、それこそが灰被り姫!!』

 

『シンデレラたちは己の強さを証明し、血で血を洗う戦いに身を投じて勝利を掴むのです! さぁ、王子様の王冠を手にするのはいったい誰なのか!!』

 

 聞いたことのないナレーションに戸惑いを隠せない一夏だったが、悩む暇すら与えられず何処からともなく飛んできた刃物が一夏の頬を掠めた。

 

「ヒィッ!?」

「その冠寄越しなさい一夏ァ!!」

 

 セットのハリボテから飛び出した、シンデレラドレスを身に纏う鈴が飛刀を投擲しながら襲い掛かってきた。

 鍛えられた動体視力でなんとか躱すが、手数の多さに比べて丸腰のままの一夏は逃げる以外に選択肢を持たなかった。

 

「逃げんじゃないわよ!」

「逃げるんだよぉ!!」

 

 猫のようなしなやかさで接近してきた鈴の体術を受け止める一夏だが、鈴は一夏の防御を利用して飛び上がり、ガラスのハイヒールを頭上から振り下ろす。

 

「あっぶねぇ! ガラスじゃねえかそれ!」

「大丈夫、強化ガラスらしいからこれ!」

 

 腐っても専用気持ちはエリートなだけあって、その身のこなしは流石と言える。だが惚れ惚れしている余裕などなく、一夏は鈴の蹴りを受け止め、容易くひっくり返してそのまま逃亡を図った。

 

 そうして柱のセットの影に隠れるが、平穏などこのステージの上にありはしない。弾丸が柱を跳ねる音が響き、すぐにしゃがむと同時にさっきまで頭があった場所にまた一発狙撃された。

 

「セシリアか!」

 

 視線の先には城のテラスを模した二階をスナイパーライフルを抱えて走る純白ドレス姿のセシリアがいた。

 

 上も下も乱立する小道具やらの物陰を利用され、後を追うのも難しく、格好の的の立場から抜け出せない一夏の背後からまた別の人物が現れた。

 

「一夏、しゃがんで!」

「シャルロット!」

 

 言われた通りにしゃがみ、シャルロットが持っていた防弾シールドを構えた矢先に二発の弾丸がクリアーの盾に突き刺さる。あちこちから飛んでくるクナイやら弾丸やらの飛び道具を受け止めながら、シャルロットは横目で一夏に提案を持ちかける。

 

「一夏、その王冠くれないかなっ」

「い、いいぞ、早く終わるなら何でもいい!」

 

 そうして手早く王冠を脱ぐと、一夏の体に異常な威力の電流が全身に走った。すぐさま王冠をかぶり直したら電流は止まり、泣きそうになるほど痙攣していた。

 

『これも愛国心か、王子様は王冠を奪われると心を痛め、全身に激痛が走るのです!』

 

 そんな馬鹿な話があるか。

 自ら受け渡そうものなら電流刑で、逃げるなら文字通り命を狙われる。

 こんな絶体絶命の状態だと言うのにシャルロットは一層にっこりと微笑んでおねだりをするように両手を差し出してくる。

 

「ちょーだい♪」

「嘘だろ!?」

 

 一夏は回れ右をしてシャルロットからも逃げることになった。

 振り向けば右手にハンドガン、左手に防弾シールドを持ち、笑顔で迫ってくるシャルロット。

 この時一夏は笑顔が本来得物を追い詰める強者の顔だと言う事を改めて思い知らされた。

 

 だが、逃げた先で二人の刺客が立ち塞がる。

 

 

「一夏、その冠を寄越せ!」

「早くそれを渡せ、織斑一夏!」

「勘弁してくれえ!」

 

 日本刀を振りかぶった箒と、タクティカルナイフを両手に携えたラウラが同時に襲い掛かってきた。

 ガラスの靴でよくも動けるものだと感心しながらも一夏は命がけの回避に専念する。各々何かしらの目的で参加しているのだろうが、武器を持ち出すのはあまりに力技すぎやしないか。

 

「邪魔をするな!」

「そっちこそ!」

 

 何やらシンデレラ同士で権利争いが勃発し、お互いに一歩も引かない剣戟が繰り広げられる。

 そんな惨劇を繰り広げる壇上をよそに、一つのアナウンスが入った。

 

『ここで王子様の追加です』

 

 ステージ上が暗転したのち、ドラムロールとともに多数のスポットライトが射す台の中央に立っていたのは、一夏と同じような白のスーツを着た結だった。

 

「ここどこ?」

「逃げろォ!! 結ィ!!」

 

 一夏が言うより早かったか、また別のアナウンスが二人を絶望の底へ叩き落とすこととなる。

 

『更に一般参加のシンデレラを追加します』

 

 壇上に放たれた飢えた狼の群れ。

 シンデレラドレスを着た姿がより一層危ない集団に思えてくる。

 

「私の純情受け取ってぇぇえええ!!」

「王冠くださあああああああいい!!!!」

「男の子と追いかけっこ♤ 興奮するじゃない♡」

 

 危険が危ない。

 演劇はいつの間にかバトルロワイヤルへと変貌し、一夏と結は群を成すシンデレラの群れから逃げ回り、演劇とは名ばかりに波乱万丈の新喜劇で追い回される結果となった。

 

「かんちゃんは参加しないの〜?」

「私同衾よりも通い妻のほうが好きだから。それに本音と離れたくない」

「ちょっと前半何言ってるかわかんないや」

「本音?」

 

 客席からカオスな惨状と化した壇上をゴミを見るような目で見下ろす簪は、一人優越感に浸っていた。

 

 シンデレラの群れの中で姫たちの求愛をことごとくお断りしながら彼女たちを踏み台にして怒涛の逃走劇を魅せる結をよそに、一夏はこの事態を纏められる打開策を、もしくは安全に劇を終わらせられる手段はないか逃げながら考えていると、何者かに腕を掴まれた。

 

 

 

「織斑さん、こちらへ」

「のわっ!?」

 

 物陰から現れた巻紙 礼子さんに腕を引っ張られ、一夏はそのまま人気の少ない物置へと連れ込まれた。

 慌ただしかった喧騒がどこか遠くへ流れていくのをどこか他人事のように聞き流していた。慌ただしく逃げ惑い、乱れた呼吸を整えて振り向けば依然として営業スマイルを浮かべている礼子さんがいた。

 

「はぁ、さて、本題なのですが」

「はい?」

「織斑さんの『白式』を頂戴したいのですが、構いませんね?」

「は、は?」

 

 突然の質問に一夏は返答に困ってしまったが、断るよりも先に礼子の蹴りが腹に刺さり、一夏はそのままロッカーに叩きつけられる。

 

「めんどくせぇ、とっとと出しやがれよ」

「げほ、え、え……?」

 

 貼り付けたような笑顔とは裏腹に、さっきまでの敬語から一転して荒んだ口調の言葉が彼女の口から漏れている。そのギャップがまた信じられず、一夏は飲み込めきれない現状をなんとか理解しようとして、今度は顔を蹴られた。

 

「とっととテメェの『白式』を出せって言ってんだよクソガキがァ!」

「っ……!」

 

 二発目を喰らってようやく目の前の女が敵だと理解した一夏は、咄嗟に『雪羅』を展開しようとして、失敗した。

 

 体中が痺れる感覚、スタンガンか何かを撃たれたのだと、気づいた頃には遅かった。

 腕にあったはずの金属質の感触が消えていた。ISを展開しようとした瞬間に電気ショックをもらい、剥がれたガントレットを目の前の女が持っていた。

 

剥離機(リムーバー)、操縦者から無理矢理引き剥がす代物さ」

「か、かえ、せ……!」

「返せと言われて返すかよ!!」

 

 潜めていた本性をみせた女は貼り付けたような笑顔を掻きむしり、髪をかきあげながら歯をみせて貶むように笑ってみせる。そして背中から蜘蛛の足のようなものが一本、また一本とスーツを引き裂きながら荒々しく伸び、狭い控室の床を砕いて彼女を宙に持ち上げる。

 

「ようやくオマエの出番だぜ『アラクネ』ッ!!」

 

 毒々しい虎柄の八本足に大きく丸い尾を携え、フルフェイスヘッドギアに備わる八つのカメラアイがこちらを睨む様はまさに女郎蜘蛛と呼ぶに相応しい見てくれをしていた。

 

「アンタ、いったい何者だ……!? どうして俺のISを狙うッ!!」

「それはなぁ、オレが悪の手先だからだよォ!!」

 

 自分に向かって振り下ろさた蜘蛛の足を寸のところで躱し、ベンチを押し退けて接近を試みるが、やはり生身では絶対的に勝てなるはずもなく、女が取り出したマシンガンを見るなり一夏はベンチを盾に狭いロッカールームを逃げ惑う。

 

亡国機業(ファントムタスク)、それが私たちの組織。お前、昔拉致られたことあるよなぁ? あの時のやつが私たちの仲間だ。感動の再開だろォ?」

「……ッ、お前たちが!」

 

 まさかの事実を突きつけられて一夏は怒りと悔しさに心臓を鷲掴みにされた感覚がした。

 

「そして私は亡国機業が一人、オータム様だァ!!」

 

 唇を切れてしまいそうなほど噛み締め、ぐつぐつと煮え滾る憎悪が思考回路をドス黒いもので蝕んでくる。

 このままではいけない、そう理解しているはずなのに、脳裏によぎる姉の優しい笑顔と、幼き頃向けられた世間からの誹謗中傷が交互に映し出され、一夏は黒い感情に突き動かされてしまった。

 

「お前らが、お前らがぁぁああ!!!」

 

 ロッカーの影から飛び出し、オータムをまっすぐ捉えて、捨て身の特攻に走る。

 IS相手に、生身の人間が、武器すら持たず。

 

 あまりの滑稽さにオータムは笑いすら通り越して呆れ、『アラクネ』の多脚の一本を一夏へ向ける。

 

「蜘蛛の糸には気を付けろよォォ?」

 

 脚の先端にある銃口から特殊繊維で作れた蜘蛛の巣のような網が飛び出し、一夏は一瞬で無力化されてしまった。

 粘性のある糸は攻撃力こそ無いが、上半身に覆い被さり腕の自由はおろか服を脱いで脱出することもままならない。

 

「くそ、なんだよこれ!」

「ギャハハ!! 話に聞いていた通り喧嘩っぱやくて直線的、煽ればすぐに飛んでくるとはな!!!」

 

 無様にもがく一夏を肴に高笑いを上げるオータム。

 

 それがさらに一夏の精神を逆撫でし、怒髪天を衝く。煮え滾る血液が動脈をどうどうと流れ、脈拍数とともに体温も釣られて上がっているのが頬を伝う汗からわかる。

 

「こんな、ところで……!」

「そのまま間抜けヅラ晒して死ねばいいんだよ、テメェはよォ!!」

 

 軋む骨も、引き千切れそうな筋肉も、憤怒の炎に灼かれて力み出す。

 

 勝利を予感して余裕の笑みを浮かべていたオータムだったが、それもすぐに消え去った。

 一夏の身体に纏まる糸は次第に肉が食い込み、破裂しそうな勢いで糸を引き伸ばす。そして、絡まる糸に亀裂が入った。

 

 目の前の現実をオータムは驚いた。

 

 まさか、ISですら無力化できる強粘度の糸だぞ?

 それを自力で引き千切るなんて、やっぱり人間じゃねえ。

 

 聞いてた通り、身体性能自体は千冬と同等、いやそれ以上か……。

 

 もう()()()()()()()()()。早いところ始末しなければ、計画に支障をきたすかもしれない。せっかくISを奪ったのだ、()()()調()()()()()()()()()片付けてしまおう。

 

 蜘蛛の脚を振り上げ、脚の先に備わるかえしがついた実体刃を見せつけるようにギラリと掲げる。

 

「あばよ、織斑一夏ァァア!!」

「ッ!!」

 

 一夏はもうだめか、と諦めかけたその時。

 甲高い金属音が更衣室に響き渡り、自分に振り下ろされるはずだった刃の冷たい斬撃が未だ体を分断していない事を不思議に思い、恐る恐る目を開けるとそこには、部分展開したランスで蜘蛛の脚を受け止める更識 楯無の姿があった。

 

「楯無さん!」

「やぁ一夏君。君は本当に、トラブルに巻き込まれやすいわね」

 

 口元を隠していた扇子をパンと子気味良い音を鳴らして閉じた楯無は一夏に一瞥くれてにこりと不敵な笑みを浮かべる。

 

 だが、それも待たずオータムは蜘蛛の装甲脚で楯無を無造作に貫いた。

 

「な!」

「部外者が出しゃばるんじゃねぇ!!」

 

 貫かれた勢いで飛び散った冷たい飛沫が一夏の顔を濡らし、生気のない楯無の目がやたらとゆっくりに見えた。

 束の間の希望はあっけなく潰えてしまった、今度こそ一夏はどうにかなってしまいそうになり、歯を食いしばるが、すぐに聞こえた言葉に躓きそうになった。

 

 

「油断は大敵よ?」

 

 それは正しく楯無の声。

 今目の前で腹に風穴を開けられたばかりの彼女はじゃぶんと溶けて水たまりになり、一夏はさっき自分の顔を濡らしたものが返り血ではなくただの水だったことに気が付いた。

 

「これは、水か!?」

「正解」

 

 オータムは後ろから聞こえた声に振り向き、それと同時に装甲脚で薙ぎ払おうとしたが、眼前まで一瞬で迫ってきたランスに阻まれる。 

 

「くっ⋯⋯!」

「あら、浅かったわね」

 

 『アラクネ』が飛び退き、そこに立っていたのは小柄なISに身を包む楯無だった。

 各所のアーマーは小さく、最低限の面積しかない。それをカバーするように各部に浮遊するクリスタルのようなユニットから透明な液状のフィールドが形成され、まるで水でできたドレスのようでもあった。また、片手に握るランスからも水のヴェールが螺旋状に伸び、ドリルのように回転を始めた

 

「お前、なんなんだ!?」

「IS学園生徒会長、更識 楯無。そしてそのIS『ミステリアス・レイディ』よ。よろしくね」

 

 

 オータムは楯無の挨拶が終るのも待たずにマシンガンを構えて躊躇うことなく引き金を引く。

 それを楯無は前方に展開したクリスタルから水の膜を張り、一発たりとも取りこぼすことなく受け止め、オータムがマシンガンを撃ち終わるなり弾丸を受け止めていた水の膜にランスを突っ込み、水のらせんを伸ばして範囲外からオータムへ攻撃を仕掛けた。

 水のランスの突撃を装甲脚の前脚で防ぎ、後ろ脚を射撃状態に切り替えたオータムは上から楯無に実体弾の雨を浴びせる。

 

「け、今ここで殺してやんよ!!」

「うふふ、なんていう悪役発言かしら。これじゃあ私が勝つのも必然ね」

 

 弾丸を水のヴェールで防ぎ、装甲脚をランスで蹴散らしながら楯無は自分のペースにオータムを巻き込んで戦況を押し流す。

 

「生徒を守るのも生徒会長の務めよ。一夏君は自分の思いを願ってなさいな」

「それはどういう……?」

 

 楯無はそれ以上は何も言わず、ウインクを飛ばしてまたランスを軽快に振り回す。

 

 願え。

 その本意はわからないが、あの人が意味のない事を言うはずがない。

 

 一夏はその言葉を反芻しながら、自分の愛機、『白式』のイメージを頭の中で具体的に構築させる。

 

 純白の機体、圧倒的な力、象徴的な翼。

 いや違う、これはただの見てくれの問題だ。本質はそこじゃない気がする。

 

 わがままで、扱いづらく、とんだじゃじゃ馬。

 そう、これこれ。

 

 武器は雪片しか認めず、千冬姉が乗っていた『暮桜』と似たような機体のくせに、攻撃特化しすぎて燃費は最悪、改善の余地も無い欠陥機。第三世代でしかも限定的に第四世代のくせして趣味に走ったみたいな性能していて扱いづらいここの上ない。おまけに善処すらする気なんてほとほと無いらしく、弩級の大飯ぐらいの近接特化で素人にはピーキー過ぎる機体。

 

 

 でも、どっかの誰かが乗っていたIS(白騎士)とよく似た姿形は憎めず、託された剣を信じて真っ直ぐに突き進む。

 

 わがままで、自分勝手で、誰にも負けないくらい強い。

 

 それが、俺のISなんだ!

 

 

「だから、来い……『白式』!!」

 

 

 一瞬だけ見えた自分のISの姿を、絶対離さないと言わんばかりに、がむしゃらにその名を叫ぶ。

 するとオータムが持っていたガントレットが彼の言葉に呼応するように光りながら一夏の元へ流れるように吸い込まれ、光に包まれた。

 

 一瞬強く輝き、光の中から『雪羅』を纏った一夏が拳を振りかぶって飛び出してきた。

 

「ラァッ!」

「ッ!」

 

 この狭い空間で『雪片弐型』を振り回すのは悪手だ。

 ならば取り回しに優れた『雪羅』で応戦するほかない。

 

 この数日間の間、楯無からひたすら叩き込まれた円環飛行の訓練を思い出しながら、一夏は更衣室のロッカーを蹴飛ばしながら天井が低く感じる空間を飛翔し、カノンモードに切り替えた武装腕『雪羅』を構えてオータムにエネルギー弾を浴びせる。

 

「一気に叩く!!」

「調子に乗るなよクソガキィ!!!」

 

 攻めの姿勢を崩すことなく一夏は迷わず接近戦に挑む。

 上下左右から絶え間なく飛び出て来る鋭利な爪のついた蜘蛛の足を弾きながら、なんとか懐に潜り込めないかひたすら耐えて様子を伺うが、オータムの力量は相当なものなようで、多脚を活かし一切の付け入る隙も潰してしまう。

 

「そんなものかよクソガキィ!!」

「私を忘れてもらうと困るわ」

 

 横から突き出された水のドリルランスが、『アラクネ』の装甲脚の一本を穿つ。

 支えが一本無くなったことでバランスを崩し、よろめいた隙を逃さず一夏が畳み掛け、『雪羅』による単一能力『零落白夜』で更に二本の装甲脚を砕いた。

 

 床に膝をついたオータムに一夏は『雪羅』をカノンモードで銃口を向け、楯無はランスの切っ先をオータムの頭に添える。

 

「さ、同行願えるかしら?」

「……ソイツは御免被るぜ」

 

 オータムは『アラクネ』からコアを持ってずるりと抜け出し、手に持っていた小型スイッチを起動させる。

 

「まさか……一夏君危ない!」

「うわぁっ!?」

 

 フルフェイスヘッドギアのカメラアイが赤く点滅するのを見て嫌な予感を感じた楯無は、咄嗟に一夏を庇って水のヴェールで自分たちを覆った。

 

 直後に視界を埋め尽くす閃光と、部屋に響き渡る爆音。

 爆心地にあった『アラクネ』本体は木端微塵に吹き飛び、肉片が見当たらないあたり、オータムと名乗った女は逃げ出したらしい。

 瓦礫やスクラップになったロッカーなどを見渡しながら部屋の修理費用などを割り出している楯無は飽きれたように呟いた。

 

「まったく、下手すれば自分だって巻き添え食らってたかもしれないでしょうに。危ない連中ね」

「あの、楯無さん。そろそろ離れてもらってもよろしいでしょうか……?」

 

 一夏を庇って被さってきた楯無に感謝こそすれど冷たくあしらいたくない一夏は最大限の誠意で対応したいものだが、下手に密着してしまったものでフィールドスキン越しに伝わる彼女の体温にドギマギしてしまう。

 

「すみません、こんな時に⋯⋯」

「んー、お姉さん。そんな言葉を聞きたくて助けたわけじゃないんだけどなー」

 

 つまらなさそうに半目で頬を膨らませる楯無を横目に何度も視線を途切らせながら、一夏は頭の中でぐるぐると口にするべき言葉を探し、やがて口を開いた。

 

「あ、ありがとう、ございました」

「うふふ、どういたしまして」

 

 いつもの作ったようなしたり顔ではなく、どことなく本心からだとわかるような無邪気な笑みに一夏は思わず息を詰まらせてしまう。

 

「ところで私のおっぱい、どうだった?」

「え!? えっとその⋯⋯」

「黙秘権とはひどいなあ」

「や、柔らかかった、です⋯⋯」

「んふふ、えっち」

 

 頬を赤らめながら、いつものようににやりと笑う彼女に、絶対勝てないだろうなと疲弊した頭で感じた。

 

 

 

 ◆

 

 

(クソ、クソ、クソ⋯⋯⋯⋯!!)

 

 IS学園の敷地を走り抜けながら、オータムは何度も頭の中で毒づいていた。

 そもそも、今回のIS奪取は、全てが予定外だったのだ。本来ならば寮の部屋にいるときを狙って行動するはずが突然の同居に作戦の変更を余儀なくされた。

 

(何が簡単な仕事だ、あのガキ⋯⋯クソ、気に入らねえ!)

 

 いつでも他人を見下したような目をした少女。自分の能力の高さと相手の能力の低さを確信している目をしている、そんな少女の目。

 それは今回の潜入計画と『剥離機(リムーバー)』を用意した本人でもあった。

 

(だいたい何がリムーバーだ、あんな風に遠隔で呼び出されたんじゃ意味がないじゃねえか!)

 

 しかも、二回目のチャンスはない。あの装置を一度でも使ってしまった以上、ISには耐性がついてしまい、同じものは二度と使えなくなってしまう。

 

(いや、それが狙いなのか⋯⋯!)

 

 逆だ。

 引き離す性質の剥離機に対して耐性が付き、遠隔での呼び出しが出来るようになったのだ。

 

 つまり、あの少女はこうなることが分かっていた。少なくても提案者の少女にはこの結果を予想していたのだと、オータムは考えた。

 

(クソクソクソ、ふざけやがって⋯⋯よくも私を利用してくれたな、あのクソガキィィ!!!)

 

 はらわたが煮えくり返ってしまいそうなほど憤慨するオータムは、一度冷静になるべく水を求めて人工島をさまよう。

 ようやく茂みを抜けた先に公園があったので水飲み場で頭を冷やそうと蛇口を捻り、上に向かって噴き出る水に頭を突っ込む。

 だが水が顔を濡らすことはなく、勢いよく流れる水の音だけが耳に届くので不思議に思って目を開くと、なんと噴き出る水は目の前で見えない板のようなものに遮られていた。

 

「ッ! AIC⋯⋯ドイツのISか!」

「その通りだ『亡国機業(ファントム・タスク)』」

 

 オータムは水飲み場から飛び退こうとして、見えない何かに足を掬われてそのまま背中から倒れた。

 

「動くな。すでに狙撃手がオマエの眉間を狙っている」

 

 ラウラの冷たい声が傾く夕陽の差す公園に響く。

 

「さて、洗いざらい吐いてもらおうか、貴様の組織について」

 

 以前、第二回モンド・グロッソ決勝戦の時に起こった誘拐事件に関わったドイツ軍は、亡国機業について少ないながら情報を持っていた。

 そして今回の襲撃、ISの使用から、これらの組織が相当に大きなものだと察していた。

 

「お前が乗っていたISはアメリカ軍の第二世代だったな。どこから手に入れた?」

「ハッ!! 誰が、喋るかよ!!」

 

 ISのコアを製造する技術は今まで公開されていない。

 それはつまりどこからか奪ったものである他ない。

 そしてそんな大事となれば、国防に関わる重大な過失であるため、どの国もISが盗まれたことなど公にはしなかった。

 

 ISの強奪計画を企て、それを実行するだけの組織力は、けして小さくはないということだった。

 

「よかろう、私にも尋問の心得がある。長い付き合いになりそうだな」

 

 そういってオータムの身柄を拘束しようと近づいた瞬間、プライベート・チャンネルから結の声が響いた。

 

『ラウラお姉ちゃん、危ない!』

「何っ!?」

 

 ラウラがセンサー域を拡大した次の瞬間、目の前に現れた小型盾が自分目掛けて飛来した光線を間一髪で防いだ。

 

『ラウラさん、下がって!』

 

 既に構えていたセシリアは弾道と方向から敵の位置を割り出し、高速接近する敵影に照準を其方へ向ける。

 だが、ロングレンジ用ズームに映っていたものはセシリアが知っているものだった。

 

『そんな、まさか!?』

 

 BT二号機『サイレント・ゼフィルス』。

 

 試験的にシールド・ビットを搭載した試験機であり、その基礎データには一号機であるセシリアのブルー・ティアーズが使われている。

 同国の先輩が乗るはずだった機体が、何故ここに!

 

『何をしているセシリア、撃て!』

「っ、はい!」

 

 すぐにレーザーライフルで狙撃を試みるが、シールド・ビットを展開され有効打に至らない。

 それどころか相手は高速移動中からライフルを構え、牽制のために射出したビットを狙撃してきた。

 

 高速飛行下での精密射撃!? しかもこの連射精度だなんて!

 

 焦りで照準が定まらないなか、それでもセシリアはビットでの攻撃を続ける。無論当たることはなく相手はレーザーライフルの光弾を簡単に避けながらなおも接近してくる。

 

『何か、嫌な感じがする……』

 

 セシリアの下前方に居た結はそう呟いて八枚のシールド・ビットを展開、出来るだけセシリア達の視界の邪魔にならないあたりに配置し、いつでも防御出来るようにスタンバイさせる。

 

 結はハイパーセンサーの拡大ズームを限界まで上げ、ようやく視認できた相手の顔を確認しようとするが、頭の上半分をまるまる覆うバイザーに阻まれて口元しか確認できなかった。

 

『結さん、ミサイルビットを使います』

『わかった』

 

 早くも奥の手を使うことに躊躇いを感じてしまうが、それでも今の力量差では使わざるを得ない。

 セシリアはスカートアーマーをひるがえして中から二基のミサイルビットを発射、『サイレント・ゼフィルス』目掛けて飛翔させる。

 

 追尾ミサイルの如く蠢く軌道を辿って飛ぶミサイルは直線的に撃たれるレーザー網を掻い潜って直撃するかと思われた。

 

 だが、左右に撃たれたレーザーが弧を描いて湾曲したのだ。

 

『曲がった!』

『なんですって!?』

 

 レーザーはそのままミサイル・ビットを撃ち落とし、続けて撃たれた光線が放射状に折れ曲がりながら飛んでくる。

 

『当たらせない!』

 

 結はシールド・ビットで応戦を試みるが、レーザーは直前で避けて一撃もシールドに触れずに避けきった。

 

 防戦一方で相手を追い返せるはずもなく、藍色のISは結たちから離れた位置で停止する。

 そして顔の見えないバイザーでぐるりと周囲を見渡しながら、既にAICの発動体勢を取っていたラウラを見下げながらポツリとつぶやいた。

 

『その程度か、遺伝子強化素体(アドバンスド)

「貴様、何故それを知っている」

 

 それは今尚語られることは少ない、ラウラの身の上の話。

 それこそ軍内部の一部の人間しか知りえない事実を、イギリスから奪取したISに乗る少女はさも当たり前のように語る。

 

『今日は撤退する。そこの仲間を回収してな』

「逃がすとでも?」

 

 瞬時に『シュバルツェア・レーゲン』を纏ったラウラは肩部の大型カノンを発射する。

 ほぼノーモーションで射出された大口径の砲弾群を最低限の動作で躱しながら、『サイレント・ゼフィルス』は両手で担ぐレーザーライフルを構え、ラウラの足元を狙って威嚇射撃を行った。

 

「小癪な!」

『ここは見逃せ。また会うだろう』

 

 巻き上がった砂煙の中、寸前まで接近していたらしい敵は、オータムを抱えて逃げ出した。

 

『逃しません!』

「よせ、セシリア。今追っても勝ち目はない」

 

 敵機を追跡しようとして飛び上がったセシリアをラウラは冷静に抑止する。

 躍起になるセシリア。本国のISを奪われた事も、敵を取り逃がした事よりも何より、自分よりBT兵器の性能を発揮していた相手にこの上ない敗北感と絶望を感じていた。

 

 その中で一人、結だけは違う感情で逃げた敵の姿を見送っていた。

 

「あの声、まさか……」

 

 振り向きざまに聞こえた少女の声。

 数年前、あの施設で一緒に居た、女の子の声によく似ていた。

 

 

 ◆

 

 

「テメェ、よくも騙してくれたなッ!」

 

 部屋に響く女の怒号。

 オータムは乱れた格好のまま少女の胸ぐらを掴みあげて壁に叩きつけ、今にも殺しかねない勢いで鬱憤をぶつけていた。

 当の少女は変わらず冷たい眼差しでオータムを見つめ、悪びれもせず淡々と話す。

 

「そのキレイなお顔にタトゥーでも入れるか? アァ!?」

「何騒いでるの、オータム」

 

 濡れた金髪を垂らし、バスローブ姿で部屋に入ってきた長身の女が二人の仲裁に入る。

 オータムとはまた違った長い金髪をおろし、胸元が開いた格好で備え付けのソファーに腰掛ける。

 

「スコール、お前も知ってたのかよ!」

「ごめんなさいね。その方が事が進みそうだったの」

 

 スコールと呼ばれた女はゆったりとした口調のまま横の手…ブルに置かれたワイングラスに酒を注ぎ、それを一気に呷る。そしてグラスをテーブルに戻し、オータムを招き寄せて猫をあやすように優しい手つきで彼女の髪を手ぐしで梳いてやる。

 

「そう怒らないで、私の愛しい人」

「……後で部屋に行くからな」

 

 さっきまでの怒りは何処かに消えたらしいオータムは身なりを整えるため浴室に駆け込んで行った。

 恥じらう乙女のような足取りで消えた彼女の後ろ姿を虚無の目で眺めていた少女にスコールは微笑みながらデータメモリを手渡す。

 

「エム、ISを整備に回しておいて。『サイレント・ゼフィルス』はまだ調整が必要よ」

「わかった」

 

 スコールはそう言い残し、ヤル気いっぱいでシャワーを浴びに行ったオータムを弄るべく軽快な足取りで浴室に駆け込み、シャワーの滴る音と混じって女どもの嬌声が聞こえてくるまでそう時間はかからなかった。

 

 そんなやり取りの掛け合いをつまらなさそうな目で一瞥した少女は、部屋を出て長い通路を小走りに駆ける。

 首にぶら下がったロケットペンダントを握りしめ、今日見つけた鎧のISを思い出しながら、昂って引き上がる口角を必死に抑える。

 

 あぁ、やっと、やっとだ。ついに出会えたな……。

 

 待ち望んだ。

 思い焦がれた。

 この世でたった一人の。

 

「結、お姉ちゃんが会いに行くからな」

 

 恋を知ったばかりの乙女のような足取りで、少女は駆けていった。

 






 お久しぶりです。
 やることリストアップしたうえで書いてたらいつもより長くなりましたが、いつもより書きやすかったです。
 これでおおよそ原作五巻ぐらいまでの内容です。

 いつか更新止まっちまいそうな遅さですが、それでも読んでくださる方々のために、自分が読みたい作品のために、もうちょっと頑張りたいです。

 ではでは、また次回。


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七十三話 対話と挑発

 お久しぶりです。

 世間は色々ありましたが、私は変わらず書いていきます。

 


 あれからすぐに学園に戻った一夏たち。

 教員達の立ち回りと情報統制の賜物で一般の来客はもちろん生徒たちの大半が襲撃事件があったのを知る者はいなかった。

 

 生徒会が開催していた演劇で入場者や殆どの生徒が一か所に纏まっていたおかげだ。これも計算尽くだとすれば、楯無生徒会長の慧眼はどこまで見越しておいたのか、と一夏は素直に感服してしまう。

 

 体育館に集う生徒達の前で壇上に上がり、集計された用紙を眺めマイクを掲げる生徒会長の姿を整列した全校生徒がギラギラした目つきで見上げたいた。

 

「学園祭人気投票、結果発表〜〜〜〜〜!」

 

 バラエティ番組みたいなノリで始まった。

 放送係ドラムロールを流すな。

 

「一位は………生徒会の『演劇』でぇぇぇぇぇす!!」

 

 一瞬で冷めた全校生徒。

 そんな話があってたまるかと言わんばかりの猛抗議があちこちから飛び出している。

 

「ふざけるなー!」

「そんなの認められるものですか!!」

『演劇の参加条件は生徒会への投票よ。みんなありがとう、ありがとう!!』

 

 めちゃくちゃだ。

 男をダシにしてほぼ全校生徒の票を掻っ攫っていった生徒会長へのヘイトは今まさに奈落の底へ落ちていった。

 盛大なブーイングの嵐を前に楯無は涼しい顔を浮かべた扇子で扇いでいたが、それをパチンと閉じてマイクのそばで、響くように表彰台を叩き乾いた音を響かせる。

 

『しかぁーし。これで終わってはみんなも不服でしょう。、そこで!』

 

 パンと広げた扇子には『共有』の二文字が。

 

『織斑一夏君には今後、各部への出張援助を引き上げてもらう事にします!』

「流石生徒会長!!」

「それでこそ我らの会長!」

「アナタに一生付いていきます!」

 

 手のひら返しにももう少し緩急つけないか? クルックルじゃないか。

 手首にベアリングついてるのか?

 ていうか俺の意見は?

 

 所属決定から派遣要員任命までがスムーズ過ぎて軽く引いてしまう一夏。逃げ道など無いと言うような期待の眼差しを早くも全方向から向けられて、今日一番のため息が漏れた。

 

 やっぱり、ひとたらしだ……。

 

 

 

 セシリアは内心穏やかではなかった。

 

 私よりもBT兵装を使いこなしていた、祖国では一番適性が高かった私よりも……。いえ、こんな考えでは成長もありえませんわ。もっと、鍛えなければ。でも……。

 

 これ以上何をすれば?

 

 銃撃戦の術は先輩や教員の方からみっちり指導していただき、自主練や復習も欠かさず、わからなければロジカルに追求して頭と体に叩き込んできた。

 それなのに、手も足も及ばない。

 

 私は、何をすれば……。

 どうやって……。

 

 あの方に勝てばいいの……?

 

 

 

 

「セシリアお姉ちゃん」

「ひんっ!?」

 

 教室で意気消沈していた時、結に突然声をかけられて飛び起きたセシリアは慌てふためきながら機嫌を取り持って笑顔を浮かべる。

 

「な、な、なんですの、結さん?」

「んーとね。ちょっとお話したいから、外に行こ」

「はい、構いませんが」

 

 どもる結を訝しく思いながらも、手を引かれて小さな少年のあとを付いていく。

 

 

「セシリアお姉ちゃんはさ、あの時のISのこと知ってる?」

「……あれは、我がイギリスのISでした。BT二号機『サイレント・ゼフィルス』私のブルー・ティアーズの姉妹機です」

 

「じゃあ、あの機体に乗ってた人のことは、知ってる?」

「そこまでは、残念ながら把握してません」

「そっか……うん、ありがとう」

 

 結は建前の礼だけ伝えて去っていった。

 

「結さん!」

「なに?」

 

 思わず呼び止めてしまった。

 しかし後戻りなどする気もないセシリアは意を決して少年に頭を下げるのだった。

 

「私に特訓を積んでいただけませんか!?」

 

 

 ◇

 

 

「ビームを曲げたい?」

「はい!」

 

 曲がるものなのか? そういえばあの姉妹機に乗ってた人は曲げてたな。信じられないが目の前で実例を出されているので信じざるをえない。

 

「どうやれば光線を曲げられるのでしょうか……?」

「光線を曲げる、かぁ」

 

 光とは真っ直ぐに進むものだ。

 長射程のレールガンなら磁場をいじってどうにかできるかもしれないが、純粋な光線銃の弾道を変えるなんて荒唐無稽な芸当などできるはずもない。

 だが、あの襲撃者が駆るISはそれをやってのけた。

 

 衝撃砲を撃ち、空間を留め、水で盾を作る。

 ISならばどんな事でも可能だと、証明されているのだから、やるしかないのだ。

 

「結局、イメージによるところが多いから、ビームを曲げるイメージをしよう」

「ビームを、曲げるイメージ……」

 

 言われてはいそうですかと出来るものではない。ISの操縦は操縦者とISのコンタクトが肝であり、適合率が高いほど人とISの間にあるズレが無くなり、操縦もより感覚的に、ラグが少なくなる。

 

「撃ったら撃ちっぱなしになってる。ビームの先まで意識して」

「そうは言われましても……!」

 

 ライフルの射撃とはわけが違う。

 実弾や通常のレーザーライフルは、射出したらそれっきりだ。

 だがBT兵器は射出時間が長く、光線が文字通り『線』になって飛ぶ。これは他の弾丸が『点』だとすれば、幾らか干渉しやすい構造になっている。

 

 けれど、光の速さで飛ぶものを視認ないし知覚するには相当の集中力と動体視力が必要だ。

 

 それ以前に、それだけの芸当をやってのけるには鍛錬どころか自分のISをより理解しなければならない。

 文字数字を並べただけの論文でも説明書でもなく、もっと深く、自分の指を動かすほど無意識に操作が出来るくらい、ISを識らなくてはならない。

 

「セシリアお姉ちゃんはISの、ブルーティアーズの声をちゃんと聞いてる?」

「は? ブルーティアーズの、声?」

 

 突然そんな質問をされて思わず素っ頓狂な声が漏れるセシリア。 

 

「ISのみんなだってお話できるんだよ」

「いくらAIが発達しているからと言って、言葉を交わせるわけが……」

 

 それはあなたの特殊技能では?

 という言葉をぐっと飲み込み、藁にもすがる思いでセシリアは今身につけている『ブルー・ティアーズ』の声を聞こうと集中してみることにした。

 

 目を閉じハイパーセンサーの知覚の更に奥、データ化された機体情報の渦に思考を傾けていると、目の前にいたガーディアンに手を握られる。

 

「ゆ、結さん?」

「ほら集中して」

「は、はいっ」

 

 セシリアは思わず意識してしまいそうになるが、結は何をするのか自分とセシリアの周囲に八枚のシールドビットを円を描くように整列させ、両手ともセシリアのブルー・ティアーズの両手に沿わせてくる。

 

 訝しむ気持ちも一入にセシリアは自分の機体へ意識を傾けると、さっきとは打って変わってすり抜けるような呆気なさとともに意識が機体の中へ吸い込まれた。

 

「こ、ここは?」

 

 さっきまでアリーナで修練に励んでいたはずなのに。

 今いるのはどう見ても屋内、というか自分の屋敷の中だった。

 

 夢か幻か、腰を低く身構えているとロビー奥の階段を誰かが降りてきた。

 

「あら、お顔をちゃんと合わせるのは初めてですね。セシリア」

「あ、あなたは……?」

 

 落ち着いた女性の声音。

 まず感じたのが肉親のような雰囲気だったが、話し方から立ち振る舞いなどからして母ではないようだった。

 

 蒼いドレスに身を包み、つばの広いハットを目深に被って目元はよく見えなかったが、美しい方なのだと理解するよりも早く感じ取った。

 

「えぇ、えぇ、あの子の助けがあってでしょうけど。」 

 

 ハットの下から艷やかな黒髪を腰まで垂らし、うふふと上品に笑う仕草は東洋の大和撫子のような儚さを垣間見せる。だが格好や立ち振舞は西洋貴族に通ずる気高さも感じられ、セシリアはただただ困惑していた。

 

「ブルー・ティアーズ……ですの?」

「そうね、今はそんな名前でしたわね」

 

 懐かしむような言い方をする女性は被っていた大きな帽子を取り、その尊顔をセシリアの前に晒す。

 

 そしてその顔を見てセシリアは開いた口が塞がらなくなった。

 

「織斑先生……? でも、若い……」

「懐かしい名前。けど違うのよ」

 

 常日頃見ている担任の千冬と同じ顔つき。しかしその容姿は女学生と言われても疑わない程に若く、普段なら絶対に見せないような柔らかい微笑みを浮かべていた。

 

 もしかすれば、『ブリュンヒルデ』と呼ばれていたあの頃よりも若いかもしれない。

 

「この姿は言わば影。最初のパイロットにして最高のパイロットだったあの人の。私は、私達は覚えてる、いや覚えてしまったのよ」

「………」

 

 ISは、コアネットワークと呼ばれるオンラインサーバーで繋がっている。その空間でIS同士は情報共有したり、データやエネルギーの受送信を行ったり出来る。

 

 もしも、目の前の影とやらがISの適合率に関連しているのであれば、織斑一夏がISを扱える理由の裏付けにもなる……?

 

 遠い思い出を眺める彼女は色褪せた瞳に輝きを宿してセシリアに向き直る。

 

「セシリア」

「は、はい!」

 

 織斑先生に呼ばれたような気持ちになって、セシリアは思わず姿勢を正しながら返事をする。その様にブルー・ティアーズはくすくす笑いながいたずらっぽくセシリアに語りかける。

 

「私を魅了してみせて。貴女の輝きを私に魅せて」

「わたくしの、輝き」

 

 試すように、誘うように。にんまりと嗜虐的に嗤うブルー・ティアーズは再び帽子を被り直し、くるりと身を翻しながら声高らかに楽しそうな笑みを浮かべて嗤う。

 

「そうすれば応えてあげられる。心躍る狂詩曲(ラプソディ)を、貴女と私で、一緒に!」

「きゃぁっ!?」

 

 ブルー・ティアーズはセシリアの手を取り、二人だけの屋敷で軽やかに踊り始める。

 ワルツのようなゆったりとしたものではない。燃えるように情熱的で、針のように繊細な、そんなタンゴを誰もいないたった二人で。

 

 わけもわからず踊らされるセシリアは、それでも彼女のステップに付いていこうとするが、彼女はいたずらにステップを変えたり韻を踏むような振り付けをしてみたり、ひっきりなしにリズムを掻き回してくる。

 

 どんどんと迫るテンポに足を掬われ、転げてしまいそうになるたびに彼女に引き戻され、振り回されるまま彼女のダンスに付き合わされるセシリアは、テンポの合わない足取りに息苦しさを覚えていた。

 

 仮にも愛機とのペアだというのに、こうも波長が合いませんの?

 

 曲も流れないロビーの中央で、ブルー・ティアーズは突然ピタリと立ち止まり、少し遅れてセシリアも歩みを止めた。

 

「なぜ、止まったのですか?」

「……残念。今回はここまでみたい」

 

 突然何を言い出すのか、そう思っていたセシリアだが、自分の体が先端から透けているのを見てぎょっと目を剥く。

 

「は、えぇっ!?」

「さぁいってらっしゃい。もっと私をワクワクさせてね。セシリア」

 

 光に包まれ、引き上げられるような浮遊感を受けながら上へ上へと昇っているセシリアを、ブルー・ティアーズはにこにこと手を振りながら見送っていた。

 高貴な微笑みとは裏腹に退屈そうな眼差しをした彼女をみてセシリアは不服に思いながらも、彼女の言葉を噛み締め、消えてしまう寸前に誓った。

 

「絶対に、強くなってみせます! そう時間は取らせませんわ!」

 

 それだけ言い残して消えていったセシリアを見送り、ブルー・ティアーズは尚も笑顔を崩さないままその場に佇むのだった。

 

 

 ◇

 

 

 壮大な物語を読み終えた後のような、茫然とした意識の中から浮き上がったセシリア。

 

「ん……ここは」

「起きた?」

 

 目覚めるとアリーナの上空がうっすらと赤みがかっているのが見えた。

 

 もう、夕暮れ? アリーナの使用時間が……そんなにあの空間に居座っていたのかしら……。

 

 寝起きのような鈍った思考回路をなんとか働かせながら、今まで何をしていたのか思い出したセシリアは、あれが幻では無かったのかわからないでいた。

 

「どう? ブルー・ティアーズのお姉ちゃんとはお話しできた?」

「は、はい……」

 

 結のその言葉を聞いて、あの体験が夢でも幻でも無いのだと思い知らされる。

 

 逆に言えば結さんはいつでもあのようにISと対話が出来る? いやもしかすれば日常的に会話しているのであれば、それだけで凄いことなのでは……? 

 

 改めて目の前の少年が人間離れした存在なのだと思い知らされるとともに、何故生きているのか不安になってきた。

 

 そしてあの体験が本物だとわかり、愛機に軽くあしらわれた事にふつふつと憤りを募らせる。

 

「えぇ、えぇ。やってみせますとも……」

「セシリアお姉ちゃん?」

 

 安い挑発ですこと。

 受けてやりますとも。

 

 小馬鹿にされて簡単に折れるほど安い意地は持ち合わせていない。それは祖国の性が、それとも彼女の生来か。どちらにしても負けずぎらいな彼女を滾らせた事実は変わらない。

 

「必ずや貴女をモノにしてみせますわっ!」

 

 結と自分以外誰もいない静かなアリーナで、セシリアは高らかに宣言する。

 

 あの襲撃者に勝つため、自分の愛機をわからせるため。

 強くなると誓ったのだ。

 

『そこの生徒ー。アリーナ閉じるから出なさーい』

「あ、ハイ」

 

 

 





 お久しぶりです。屍モドキです。
 二ヶ月ぶりですね。
 最近お仕事が増えましてまともに書ける時間が減りました。週末もなんだかんだとしてたら終わるぐらいには多忙になってきたので、どうしようかなと。

 最近人生何度目かの熱中症になりました。
 皆さん夏場はお気をつけて。

 ではでは。
 また次回。
 


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キャノンボール・ファスト編
七十四話 ヒトとIS


 超お久しぶりです。


 仕事が多忙になり、もう元気がなくなって呆けた生活を送っていました。

 今回はちょっと大事なお話です。

 ではどうぞ。








 それからというもの、セシリアの特訓が始まった。

 

 まず、彼女は音楽を聴くようにした。なにも現実逃避はなく、それが最善だと判断したからである。あの日、結に導かれたブルー・ティアーズとの対話の中で、彼女と二人きりで踊った感覚を思い出すため、セシリアはアップテンポの曲を耳にするようになった。

 

 勉学の合間にはイヤホンを身に着け、部活でも楽曲を嗜み、日々のバイオリンは疎かになり、もっぱらエレキギターを掻き鳴らしているようで、今までのクラシックを尊重していた彼女からは考えられないような変わりようだった。

 

「ロックですわ」

「どうしたセシリア」

 

 シルバーアクセを巻いていかにもなパンクファッションに染まっている彼女。

 あまりの出来栄えにかける言葉を見失っていた一夏は、突然の世迷い言に思わず突っ込んでしまったことを悔やむ。

 

「んっん。失礼、取り乱しました」

「取り乱すの次元が違うんだが」

 

 シルバーアクセを取っぱらいながらセシリアは何事もなかったかのように席に座るが、纏う雰囲気は少し前のような焦燥感や憤りを感じさせるような刺々しい様子ではなく、どこか気怠けなジャンキーな影を纏っていた。

 

「ところで一夏さんはISの声というものを聞いたことはありまして?」

「ISの声? あぁ〜〜〜………」

 

 問われて思い出すのはあの林間学校での出来事。

 今はもうほとんど覚えていない夢の内容だが、確かに誰かと話したことだけは覚えていた。

 

「なんか、応援されたような、気がする」

「気がするって、覚えていませんの?」

「林間学校の時の記憶だし、ちょっと覚えてないな」

「そうですか……」

 

 申し訳ないと思いつつもこればかりはどうしようもない。ISとは未だ未解明な部分が多く、作った張本人である篠ノ之束博士すら完全な解析は不可能と白旗を振るレベルなのだ。

 だが、一夏もそうだったように専用機との一対一でのシンクロ内であれば、あるいは理解を示せるのかもしれない。

 

「結さんはISの声は聞こえますの?」

「え、聞こえないの?」

 

 あの少年は別だが。

 その身にISを宿し、聞くところによれば四六時中ISの声が聞こえてくるらしい結にとっては、むしろ声など聞こえなくてもいいと思えるかもしれない。

 しかしだからこその適合率であり、専用気持ちの中でもずば抜けて高いポテンシャルを秘めた結はもしかすれば国家代表にも匹敵するほどの実力を持っている。

 

「以前に共鳴してからは何も……」

「ふぅん」

 

 特段面白くもつまらなくもないような生返事を返す結。

 

 あの時結に補助をしてもらいながら共鳴し、ブルー・ティアーズと対話して以来、一向にあの時のような共鳴反応をするようなことは無く、記録に残っていた恐ろしいまでの適合率を再現するには至らなかった。

 

 

 普通、大半の女性がISに登場した際の適合率が10%前後で、良くても30%代が出るくらいだ。

 

 四割を超えてきたら軍や国から専用機の勧誘が来たりする程で、尚且つ個人用にチューニングされた専用機等であれば適合率は五割も超えられる。

 

 ここまでが人がただISに乗っただけの話であり、それ以上の数値となれば血の滲むような鍛錬が必要となる。

 

 

 異端な例として、ラウラは生まれた時からISに乗るための調整を受けているだけあってその適合率は80%弱にまで上り、世界唯一の第四世代を駆る箒はその機体性能もあって適合率だけで言えばあの生徒会長とも肩を並べれる程だ。

 

 

 そしてそれらを圧倒するのはISそのものを身体に宿す上代 結。

 適合率は90%を常に超え、聞いた話ではあの福音事件の時見せた共鳴現象と呼ばれる形態移行のとき、100%を出したとか。

 

 それをなせるのは特殊なISのおかげでもあり、また、彼自身の出生元にも秘密があるのかは定かではない。

 

「じゃあもう一回共鳴してみようか」

「……わかりました」

 

 喉に絡まる蟠りを飲み込み、セシリアは少年の提案を受け入れた。

 

 

 ◇

 

「これ使ってみて」

「結さんのシールドビット、ですか?」

 

 以前のように手を握られて一緒にシンクロするのかと思ったら、今度はシールドを渡されて少し困惑する。

 

 確か、林間学校の時あの篠ノ之束博士から渡されていたシールドビット、でしたわね。

 

「これ使うとね、すっごくISと繋がりやすくなるんだよ」

「それは、リンクの補助装置のようなもの、ですか?」

「んー、なんかね、響くの」

 

 言い方的に補助装置というより反響装置か。

 それならば扱いとしてはBT兵器よりも更なる空間認識能力を求められる筈。

 

「今度はぼくが助けない代わりにその盾と一緒にしてみよ」

「これと、ですか?」

 

 質問は後回しにしてセシリアは画面の文面で渡された四基のシールドビットを受理し、武装登録した後に展開してみる。

 

 ブルー・ティアーズの基本武装であるライフルビット達とは違い、あくまで規格外な追加武装なので、収まる場所がない四枚のシールドはセシリアの周囲で一定間隔を保って浮遊していた。

 

「それじゃあ集中して、フィッティングするときみたいに」

「わかりました」

 

 セシリアは視界を閉じ、意図して過集中状態に意識を体の奥へと傾けてブルー・ティアーズの音に耳を済ます。

 

 普段なら機体情報やハイパー・センサー等がいつもの数倍の精度が出せる程度だが、今回はそれらも超えてより深い領域まで踏み込んで来ている。

 

 全身の皮を剥いで精神を剥き出しにされたかのような、針の切っ先を多方面から向けられているような、ひりついた感覚にまで研ぎ澄まされていく。

 

 激しい戦闘の中でも中々入れることのない、いわゆる覚醒状態にまで突入したセシリア。

 

 ここまでは常人が努力して到達出来る領域。

 

「ん、それじゃあシールドと同期接続してみよう」

 

 結に促されるまま、漂うシールド達に意識を広げる。

 

「んぎっ!?」

 

 劈く金属音のような耳鳴り。途端、頭に流れ込んでくるISの情報群。無理やり共有されているような濁流にセシリアは頭を抱えて倒れそうになるのを堪える。

 

 

 これは、なんですの!?

 これがシールドビットの恩恵、いや効果と言ったほうが正しい!?

 

「結さん、これは、一体……!?」

「えへへ。凄いでしょ」

 

 マスク越しににへら、と笑う少年はセシリアの周りに浮いていたシールドビットを片付け、膝をついていた彼女に手を差し出して起き上がらせる。

 

 過集中で敏感になっているところへ全身に針を刺されるかのような感覚に痺れてしまうセシリア。

 

 だが尚も集中を途切れさせる事なくブルー・ティアーズとの同調共鳴に思考を割いている胆力は流石と言うべきか。

 

 

 ただ受け身で使っていてはあっという間に呑み込まれてしまいそうな使用感に抗いながら、セシリアは必死に自分の愛機とのコンタクトに迫る。

 

 

「そう、ゆっくり、行っておいで」

 

 結の言葉を聞いてすぐ、二度目となるディープシンクロに意識を預けてセシリアの魂は機体の奥底に誘われた。

 

 

 ◆

 

 

 ここは、またあの場所……。

 

 気がついたら前回と同じように宮廷のような屋敷のロビー。

 振り向くとそこにはつまらなさそうに厳かな椅子に腰掛ける令嬢ことブルー・ティアーズの姿があった。

 

「ナンセンス」

「は、なんですって!?」

 

 開口一番にまさかダメ出しを喰らうとは思ってもいなかったセシリアは声が裏返りながらも食い下がる。

 

「大体、貴女が協力してくれないから困ってるのでしょう!?」

「貴女の熱が足りないのよ。もっと情熱的なものをちょうだいな」

 

「あの盾を使ってる時点で、補助輪のついた自転車を乗り回してドヤ顔している子供と一緒よ!」

「何もそこまでではなくって!?」

 

 例え方があまりにも酷すぎる事に思わず声を荒らげるセシリアだが、そんなものに意を汲むブルー・ティアーズではなく、額を抑えながら残念そうに俯いて首を振る。

 

「自分の信念を簡単に捨てるようなお方に貸す私では無くてよ!」

「じゃあどうすればいいのですか!」

 

「他人に言われて楽器を簡単に変えるようでは一流とは言えないわ」

 

 その言葉に息が詰まる。

 今までの行為を省みて、自分は確かに己の道を見失っていた用に思えたからだ。

 近頃耳にしている音楽はどれもアップテンポで響くような曲ばかり。

 バイオリンではあまりに役不足なところがあり、同じ弦楽器の中からエレキギターを弾くようになっていた。

 

 だが、曲にあった音が手に入ったとはいえそれで満足しているのかと言うと、また違ってくる。

 耳に染み付いた音色とは程遠い、電子的な音にはどうしても心が追いつかないのだ。

 

「信念を貫きなさい。変わらなくていい。でも進化しなきゃ」

 

 優しく微笑む彼女の瞳に魅入ってしまい、思わず言葉を見失うセシリアはポカンと彼女を眺めていた。

 

「と言うことで出直してらっしゃい」

「はわっ!?」

 

 が、つかの間肩に添えられていた両手に力を込められ、軽く突き飛ばされた。背後は既に屋敷の床は無く、セシリアは何もない空間にあっさりと落ちていった。

 

「あんまりですわ!!」

「うわっ」

 

 セシリアが飛び起きると、目の前で様子を伺っていた結が大きな鎧をガシャンと揺らして小さく驚いた。

 

「進化……長所……?」

「何かわかった?」

「いえ、進展は望めません……」

 

 あまり収穫は無かった。

 付き合ってもらったのにこの結果で、見るからに落胆するセシリアを労ろうと言葉を選ぶ結だが、あいにく小洒落た台詞が言えるほど大人ではないので、ただう〜う〜と唸るだけだった。

 

「今日はひとまず休みます……」

「うん、元気出してね」

「はい……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「オルコットさん。ちょっとよろしいですか?」

「山田先生、どうかしましたか?」

 

 放課後のアリーナから寮に戻る途中、廊下で出くわした山田先生に呼び止められたセシリアは、収まりの悪い腹の虫をひとまず抑えてけて教師に向かい合う。

 

「実は内密のお話がありまして……」

「何かあったんですの?」

 

 山田先生はあーだこーだと言葉を濁しながら、申し訳なさそうにセシリアの顔を覗きながらぽろりと言葉を溢す。

 

「オルコットさん。貴女のご両親について、お聞かせ願えますか?」

 

 そのセリフにピクリと眉が振れるセシリア。

 だが、ただの冷やかしや興味本位でそんな事を聞くわけがないと悪い言葉を飲み込んだセシリアは咳払いをして、「場所を変えましょう」と応接室での対談を求めた。

 

 それに頷く山田先生は申し訳なさそうにペコペコと頭を下げながら何度も謝罪と御礼を連ねるもので、いつぞやに二体一で捻じ伏せられた事を思い出しながら、複雑な心境で小さな副担任の背中を眺めて後ろについていく。

 

 引き戸を開けて、そこそこ狭い部屋に通される。

 安くはないが一級品には届かないようなソファに腰掛けながら、セシリアは対面で紙とペンを用意する山田先生を待ち「では、どうぞ」と促されて一つ息を呑み、一つ一つ言葉を紡ぎだす。

 

「ご存知のとおり、両親とは死別しておりまして、詳しいことはわたくしもあまりわかりません」

 

 これは事実。まだ齢十に満たない頃に亡くなった両親達との面識は薄く、厳しかった母と怯えていた父はお互いにお互いを避けているようでもあった。

 二人とも仕事だなんだと家を空ける事も少なくなく、私はいつも習い事に追われていたような気さえする。

 

「母は名家の生まれでして、父が婿養子として家に入り、母の姓で結婚したと聞いてます」

「では、お父様の旧姓は、わかりますか?」

 

 旧姓? そんなものになんの意味が……。

 だが探りたい気持ちは一緒。ある日に上代 結のハンカチを見た時の、否定したい気持ちをぐっと堪え、頭の中にある家族の血筋を辿る。

 

「確か……ハイド、アーネスト=ハイドです」

 

 昔、まだ両親が生きていて、そこまで不仲ではなかった時、自分の誕生日会に集まった親戚達。その中で父と話していた人達。

 あの日父が持っていたハンカチと同じ色の布。それが結の持ち物だと手渡された時の感情は、言い表し難いものだった。

 

「どうして、このような事を?」

「結ちゃんの出生について調べていたところ、本人からオルコットさんに似た人物の特徴が出まして。それで事情聴取というわけでは無いですが、お話を聞きたく……」 

「そんな、父に限ってそんな……話、は……」

 

 言い淀む山田先生をよそに言葉に詰まるセシリア。そこでふと何かを思い出したかのように顔を上げ、実家に帰省した間に見つけた父の日記のことを思い出した。

 

「日記……父の日記があるんです!」

 

 すぐ様日記を取りに戻ったセシリアは、駆け足で部屋から一冊の本を手繰り寄せ、また山田先生のもとへ駆け戻る。

 

 持ってきた日記を対談室の低い机に叩きつけるようにして置き、小口の錠を解いて中を見せる。

 にゅっと手を伸ばして日記にかじりつくように見つめる山田先生だったが、すぐにセシリアに向き合った。

 

「これなんて読むんですか⋯⋯?」

「英語くらい読んでくださいな⋯⋯」

 

 大丈夫なのかこの人。

 もどかしい気持ちでいっぱいになりながらもセシリアは懇切丁寧に翻訳し、日記の内容を伝えた。すると山田先生は目を剥いて慌てだし、忙しなくメモを取りながらセシリアの解説を逐一ノートに書き込む。

 

「……と言うことが書いてます」

「大問題じゃないですか!?」

 

「ですが父はもう死んでいますので」

「それを安心材料としていいんですか?」

 

 当の本人が既にこの世を去っているので、これ以上はほぼありえないと思いたい。だが先日の襲撃事件といい、裏で何かしらが活動を始めているのも事実。

 それが父親の行っていた非人道的な研究と何かしら繋がっているのだとすれば、この日記は事実を裏付けるために欠かせないものになるだろう。

 

「そういえば、以前林間学校の時に篠ノ之博士から言われた事があるのですが、『お父さんの部屋に行きな』と……それでこの日記を見つけたんです」

「あの篠ノ之博士が知っていたと……?」

 

 日記の中に出てきた女の人とは関係なさそうだが、父の研究を知っているような口ぶりでもあった。

 

 世界の軍事機関を同時にハイジャックしたり、数時間は要するISの専用機のチューニングを数分で終わらせたりするようなあの人なら、一個人の機密情報を知っていてもおかしくはないが……。

 

「この件は織斑先生にも話してみようと思いますが、話しても構いませんか?」

「問題ありません。是非お願いします」

 

 セシリアは日記を山田先生に預け、ひとまず対談は終わりを迎える。

 互いに飲み込めない気持ちを抱えて、真耶は早足で千冬のもとへ向かった。

 

 

 ◆

 

 

「そういう事が……わかった。可能なら聞いてみるとしよう」

「え、篠ノ之博士と連絡とれるんですか?」

「電話番号くらいなら知ってる」

「電話番号」

 

 全世界指名手配犯の電話番号⋯⋯。

 色々ツッコみたいが、真耶は千冬に日記を手渡して内容を確認してもらう。

 内容はあまり深く読み漁らず、流すようにページを捲っていた千冬だが、後半の研究が行われていたところで一瞬手が止まり、そこからは白紙のところまでじっくりとその震えた文字列を見つめていた。

 

「しかし、こんな研究までされていたとは……」

 

 日記を読みながら改めて思い返してみると、人体とISの融合という箇所に引っかかる。

 再生医療の一端を担うような研究だが、それまでの経緯にはあまりにも褒められないような出来事が断片的ではあるが綴られている。

 

 人体に直接ISを……。

 

 まるで結のような、いや、恐らくは本人がこの研究の被験者だったのだろう。

 

 日記の日付や結の肉体年齢から鑑みるに、時系列が一致している。

 

 だがそれを裏付けるにはこの証拠だけでは心許ない。

 

 

 心底不本意だが、聞いてみるか。

 

 千冬は職員室を出て、誰もいない屋上で電話のコールを鳴らしてみることにした。

 

 

 ◆

 

 

 とある研究施設。

 警告音がけたたましく鳴り響き、そこかしこから非常用のランプが点滅している廊下で、半壊状態の研究所を我が物顔で練り歩く女の姿が一人。

 

「ここも模造品のガラクタばかり」

 

 死屍累々の山を踏み越えながら、瓦解した研究所を練り歩く。

 各部屋には研究資材のナマモノだったり、人間擬きの欠片やIS調整用の機械などがあちこちに投げ出されており、元から杜撰な施設だったことが伺える。

 

 研究資金が降りなくなったか、それとも元からか。どちらにせよ興味はないけど。

 

 冷えきった眼差しで歩いていると、警告ブザー音に相まって場にそぐわない明るいメロディが流れ出す。

 

「ん、この着信音は♪」 

 

 ワンピースのポケットから取り出した携帯電話の画面には、旧友の名前が表示されていた。

 すぐさま通話状態にして画面を耳に押し当てると、聞き慣れた冷たい声が聞こえてきた。

 

「もしもし? ちーちゃん! 何かな何かな? 愛の告白してくれちゃう?」

『オルコットの父親について聞かせてもらおうか』

 

 その言葉に束はにた~とした笑みを浮かべ、面白おかしくケタケタ笑いながら快諾する。

 

「いいよいいよ〜。どこまで話そうか? うふふふ♪」

 

 廊下を歩く足を止めず、通話したまま束は人気の無くなった研究所を突き進む。

 それと同時に千冬との会話には楽しそうに話に耳を傾け、前提として何処まで知っているのか聞いてみたり。

 

「ハイド君について何処まで知ってるのかな?」

『大学病院所属の研究員で、再生医療の研究をしていたらしいな』

「公の情報ならその程度だよね〜」

 

 アーネスト・ハイドが医療の研究に携わっていたのは事実。イギリスの出生記録や各施設の在籍記録を確認する限り、至って普通の人物ではあった。

 

 だがそれはあくまで表の話。

 裏では日記の通り知らずしらずのうちに人体実験の手伝いをやらされており、その結果として一人の()()()が生まれた。

 

 それが結である。

 

「私自身に彼との接点なんて欠片もないけど、彼の文献を読んでみた感じ私も考えたことがある設計なんだよね」

『ISを直接埋め込むことが、か』

「そかまではしないかな~? あまりにナンセンスじゃん」

 

 あの日記の内容から見るに最初はただのISに臓器をあてがう程度の行為だったようだが、支援組織の裏を明かされてからはいくつかの被検体を乗り換えしながらISの適合者を造っていたのだろう。

 

 結が何人目かはわからないが、それまでの実験体は性能測定のためのサンドバッグにされていた。

 生き残っていたものもいたようだが、それらもまた何処かの武装組織だったりに売られていたりしていたようだった。

 

『研究所とやらの場所を探ってみたが案の定情報は無し、場所も誰かのおかげで壊滅されて物的証拠もゼロときた』

「てへぺろっ!」

『次あったら締め上げるからな』

 

 あの日、あの研究所の殆どを壊滅させた張本人である束。あの日はただでさえ自分が造ったISを勝手に弄くられていた事に苛立っていた事に加えて、ISと()()の融合という、単純でつまらない研究に腹が立ってしまい、徹底的なまでに施設を壊して回っていた。

 

「ちなみに資材や資金を出資してた企業の名前なんだけど、知りたい?」

『亡国機業だろう。把握している』

「だよねぇ〜!」

 

 自分たちと関わりがあると言うならそこ以外検討がつかない。千冬はそう言いたげに亡国機業の名前を口にする。

 

『奴ら、まだISを持っていたのか?』

「公開されてないコアもあるし、一機や二機ぐらい抱えていてもおかしくはないでしょ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そもそもISを製造するにあたって、確かに設計開発したのは束自身だが、資金も資材も施設さえも協力をしてきたのは亡国機業達だ。

 

 生産ラインを設けてそこそこの数を量産し、白騎士事件を引き起こした後に世界各国へISを売り込む。元からその計画は束と千冬、そして亡国機業が一枚噛んでいた。

 

 それをあとから一抜けて全ての責任を束一人に押し付け、逃げていった事に関して彼女自身は気にしていないが、千冬としては少し不憫に思っている。

 

「偶然か知らないけど、ゆーくんの設計思想は白騎士とちーちゃんに似たものを感じるよ~」

『嫌味か? 喧嘩なら買うぞ?』

「も~違うってば~!」

 

 世に出回っている全てのISは、コアネットワークと呼ばれる情報網で繋がっている。

 それは良くも悪くも互いの情報を水面下で共有しあい、更なる最適化を求めて意見交換をするのだが、最初が悪かった。

 

 織斑千冬という究極の個体による最適解をよもや最初の機体が知ってしまったせいで、全ての機体は千冬をベースにして搭乗者を選ぶようになってしまった。

 

 試行錯誤も取捨選択もなにもない。最初から極めて正解に近い解を与えられてしまったせいで、IS達は搭乗者の選択肢を狭めてしまい、より千冬に近い者をパイロットとして選ぶようになってしまったのだ。

 

 その負い目もあって、千冬は戦う事を辞め、教鞭を振るう立場に回った。

 

 

 結はその最適解を覆すため、改良を施された最新の個体であり、またそのISも独自の進化を遂げている。

 

 

『⋯⋯プロジェクトモザイカはまだ終わっていないと思うか?』

「どうだろうねぇ~。でも、ゆーくんが生きてる時点で保留、もしくは次の段階に進んでると思うよ」

 

 そもそもISの登場で一度は頓挫したはずの計画だが、まさか対抗馬のISに適応させる形で復活させるとは。強欲というか贅沢というか、奴らにとってポーズも体裁もないらしい。

 

「答え合わせはできたかな?」

『概ね確認は取れた。分かり次第また連絡するさ』

「ちーちゃんなら大歓迎だよ! またね~バイビーベイビーサヨウナラ~!」

 

 千冬との通話を名残惜しくも切り上げ、束は携帯電話亜をポケットに丁寧にしまう。そして辿り着いた、目的の場所の扉を叩いてみる。

 無論返事など無いが、人の部屋を訪ねるならばノックはマナーなのだから。

 

 

「でもあの理論は、面白くないけどそりゃあやりたくなるよね」

 

 研究所からデータを抜き取り、今も自分のラボのデータベースに存在する論文を頭の中で暗唱しながら、ある部屋に入る。

 

「う、うぅ⋯⋯」

 

 そこには、長い銀髪を床に垂らした一人の少女が培養液に濡れて横たわっていた。

 ラウラと同じ銀髪。同じ容姿。同じ声音。

 彼女がデザイナーベイビーであるならば、複数の同一個体が生み出されていてもなんらおかしい事ではない。それどころかラウラ自体が欠陥品である以上、それ以上の上位互換を生み出すべく更なる開発をしていたっておかしくない。

 

 そしてこの施設はその極秘研究機関の一つであり、結が居た施設とも関連があった所。

 だから束はこうしてわざわざ呼ばれてもいない施設の門を叩き、このつまらない計画を稚拙な怒りで潰して回っていた。

 

 裸で床に横たわり、苦しそうにもだえる少女の両目は抉れており、赤い鮮血をさながら涙のように流しながら脳に直接伝わる激痛に悶え苦しんでいる。

 

 そんな彼女の苦しみに漬け込むように、されどメガミのような慈悲深い心で、束は少女の前でしゃがみ込み、暗闇から少女に手を差し伸べるのだ。

 

 

 

「君、生きてみるかい?」

 

 

 

 少女は何も言わない。

 だが、差し伸ばされたその手を、あらん限りの力を振り絞って握る。

 

 束は嬉しそうに笑いながら、彼女を抱えて踊るように舞い戻る。

 新たなる研究のために。

 

 






 次回やります詐欺を繰り返してはや数年。
 ようやく話の核心に触れることが出来たと思います。

 気づいてる人がどれだけいるのか知りませんが、暖かい目で見てやってください。

 次はキャノンボールファストまで進められたらいいなぁ⋯⋯。


 ではでは、ご感想などお願いします。

 


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七十五話 策と壁

 キャノンボール・ファスト。

 

 秋頃に開催されるISの高速バトルレース。本来は国際大会として行われるが、IS学園があることから市の特別イベントとして学園の生徒達が参加する催し物。一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門とに学年別に分かれて競う。2万人以上収容可能な市のISアリーナで開かれる。

 

 開催日が近づき、一般生徒も活気付いている中、専用機持ちはさらに気迫を纏っていた。

 

 元が国際大会なだけあって、各国各社のアピールイベントも兼ねた場でもあり、既存の製品の販促や試作の高機動パッケージの運用試験も行われていたりする。

 

 さらに、今年は代表候補生や専用機持ちがゴロゴロと居るので、例年以上に大会の期待度が高まっていた。つまり会社や国にとっては絶好のアピールチャンスでもあった。

 

 このIS学園でもその波に乗っかろうとする企業が多く、一年生と言えど専用気持ちの殆どは所属国から試験パッケージの搬送がされていた。

 

「『ストライク・ガンナー』。ビットは封印されますが、その分の出力を推進力に回しているので、機動性は格段に向上している……と」

 

 セシリアは本国から渡された専用の武装パックを自分の機体に組み込み、事前に説明されていた機体情報を実際のスペックと比較しながら読み上げてみる。

 

 ビットが完全に固定され、エネルギーを推力に回しているので高速戦闘にはやや心許ないが、バトルレースに出場するぶんには問題は無さそうに見える。

 ただ、妨害ありの今回の競争にはやはり不向きに思えて仕方ない。

 

 それに目先の目標であるBT兵器の屈折がまだ出来てないうえ、ダメ押しとばかりにビットを封印するような装備をつけてしまっていいのだろうか……そんな不安が募るが、逆に考えれば固定砲台と化した今の状態こそ、ビームの屈折が必要になるのだから、むしろ鍛錬には好条件では。

 

「上代、織斑、オルコット。高機動状態で飛行してみろ」

「「「はい」」」

 

 各々専用バイザーをハイパーセンサー内で展開し、通常仕様から高機動状態に移行する。

 

「えぇと、バイザーは……どこだ」

「機体詳細から高速飛行を選ぶと出てきますわ」

「あった、これだな」

 

 一夏はハイパーセンサーの中からアイクリックで高速飛行状態用のバイザーを開き、あまり馴れない視界情報にどぎまぎしながら先に飛び上がった二人の後を追う。

 

 ぐん、と推力に押し上げられるような感覚の後、一瞬乱れてしまいそうになった舵をしっかり取り直し、いつもの飛行よりも何倍も速い速度のまま追いかける。

 

「す、すごいな! ずっと瞬時加速してるみたいだ!」

「速さに慣れるまでは大変ですわよ」

「あんまり喋ると舌噛むよ」

 

 秒読みで二桁後半の時速まで加速し、螺旋を描きながらアリーナの上空を大回りで飛ぶ二人は、さらに前傾姿勢になってついに三桁速度にまで速度を上げる。

 ちょっとでもグラつけば簡単にひっくり返りそうになる慣性をなんとか持ち堪えながら、一夏も負けじと二人のスピードに食らいつく。

 

『織斑、遅れているぞ。スペックはお前のほうが高いんだからな』

「は、はい!」

 

 担任様からのありがたい叱咤をいただき、無理を承知で一気に加速する一夏。

 

「おわっ!?」

 

 だが無理が祟ったか、操舵を誤り方向転換に失敗してしまった。

 空中でスリップしてしまった一夏はそのまま制御を失い錐揉み回転しながら放物線を描いて落ちる。

 

 相当な速度を出していたため、減速もままならずに一夏は大きな音を立てて壁に激突。

 

「各自、高速飛行の練習。この時間は自習とする。アレみたいにぶつかるなよ」

「「「「はい!」」」」

 

 織斑先生はバッサリと吐き捨ててグループワークに勤めさせる。

 その間、専用機持ちは国から届いた追加パッケージのインストールなどに勤しんでいたりする。

 

 シャルロットやラウラも例外ではなく、秋にしては暑い日差しの中でパラソルを立て、涼みながらそこそこ大きいデータパックをヘッドギアに繋ぎ、装備が入り終わるのをまだかまだかと待っていた。

 

 そこに結が降りてきて、IS格納と同時にパーカーを取り出して上に羽織り、二人のところに小走りでやってくる。

 

「まだ時間掛かりそう?」

「あぁ、新型だからな。もうしばらくだ」

「僕はもうすぐ終わりそうだよ。既製品の追加だからね」

 

 頭上でピクピク動いているヘッドギアを結にまじまじと見つめられ、シャルロットとラウラは少し気恥ずかしさを覚える。

 

「動物のお耳みたいで可愛いね!」

「……ん、そうか」

「えへへ〜」

 

 まんざらでも無さそうに口角を上げる二人はもう少しこのままでもいいかな、なんて思っていたが、インストールは存外すぐに終わってしまい、人知れず落胆していた。

 

 

 

 

「上代、高機動時のコツなどあれば教えてほしいのだが、頼めるか?」

「いいよー」

 

 世界で唯一の第四世代型の機体を持たされた箒だが、つい先日までただの一般生徒であり量産機にしか乗ってなかった事から圧倒的な経験不足、更には篠ノ之束お手製のワンオフ機という超人仕様の機体をすぐに使いこなせるわけもなく。

 

 そのうえ、紅椿の単一仕様である『絢爛舞踏』の発動に躓いており、初めて使えたあの一件以来、単一仕様が発動出来ないままであるのも結構な痛手となっていた。

 

 そもそもが展開装甲に頼った性能の紅椿であるが、その出力は常時発動していればあっという間にエネルギー切れを起こしてしまうような機体。それこそ雪羅の『零落白夜』の比ではなく、とてもではないが持続して稼働するには些か障害が大きすぎる。

 

 

 だがそれにも挫けず箒は日々鍛錬と操縦時間を積み重ね、全身の展開装甲をそれなりに扱える程度には練度を上げたものの、それでもラウラやセシリアの第三世代型と同等か、少し遅れを取ってしまう実力だった。

 

 中でも俊敏性に関しては雪羅、ガーディアンが高い部類に入るのだが、箒自身も一夏も初心者から抜け出した程度の実力で、実際のところシャルロットなど企業や軍に所属している者のほうが実力で言えば高いのは確か。

 結に関してはそもそもが枠に収まっていないのでまともに括るのはよくない。

 

「俺も一緒にいいか?」

「いいよぉー」

 

 今日の反省から少しでも高速飛行の経験を積んでおかねば、本番で大恥をかくはめになりかねないと踏んだ一夏は我先に訓練に名乗り出る。

 

 そうと決まれば善は急げ。はやいところアリーナに向かわねば、ただでさえ倍率の高い使用率が、大会へ向けて学園生徒の大半が練習に使っているおかげで最近のアリーナの使用倍率がとんでもないことになっている。

 

 小走りでアリーナへ向かっていると、一夏は通路の脇道で見覚えのある人物を見かけた。 

 

「あれは……」

「……わかった……データは……いつもの……」

 

 遠目からはよく聞こえなかったが、何やら情報交換か定期報告のようにも聞ける会話に少し引っ掛かるものを感じた一夏は物陰に身を潜め、ダリル・ケイシーの話に耳を傾ける。

 なぜこんな事をしているのか自分でもわからないが、以前特訓に付き合ってくれた彼女とは似ても似つかないような、暗い声音がやたら気になってしまった。

 

 やがて連絡が終わったのか、通信を切って振り返ってきたので慌てて踵を返すと、目の前には彼女の恋仲であるところのフォルテ・サファイアが下からこちらを見上げていた。

 

「覗き見っすか、織斑一夏クン」

「違いますよ!」

 

 冷ややかな軽蔑の目に脊髄反射で否定に走る一夏。

 辿々しい一夏を嘲笑うかのように、後ろから迫ってきたダリルが彼の肩を叩き、会話に割り込んでくる。

 

「この一年ボーイに熱い視線で見られてただけさ」

「あ、熱い視線だなんて」

「悪いが私にはもうパートナーがいるんでな」

 

 そう言ってダリルはフォルテの背中に手を回し、ヒラヒラと手を振って去っていった。

 

「ただのデータ報告だよ。わかったら早く練習に行け」

 

 去り際、まるでこちらの疑いを見透かしていたかのような捨て台詞に肝を冷やしつつも、一夏は既に見えなくなっていた箒と結の後を追った。

 

 

 ◆

 

 

 瞬時加速と一言に言っても、機体によって特性が違えば速度の出し方も違う。

 

 例えば一夏の雪羅などは背面ユニットによる加速に依存しており、殆どはそこからの推力で瞬時加速を行う。

 

 逆に結のガーディアンなどは背部ユニットこそ小型だか、全身の各部位に設置された姿勢制御も兼用したブースターを使うことによって瞬時加速が行える。

 

 量産機ともなればある程度の規格化は出来るが他社の機体や、一品モノの専用機となると更に細分化されるので、期待のクセや特性などは使った人間にしか分からない。

 

「全身がブースターのようなものとなっている機体など私の紅椿以外では、上代のガーディアンしか知らないのでな」

「そっか」

 

 PICにより重力に縛られないISは、基本背面に備わっているスラスターによって推進力を得る。拡張装備で推進材を増やしたりも出来る機体もあるが、そんなものは極少数。

 そんな少数のうちに入る自分の機体は特別というより奇異な存在なのだろう。

 

 単機でのオールレンジ攻撃に秀でた紅椿と、単機での全範囲防御に特化したガーディアン。コンセプトは真逆だが、その性能は奇して似通った形に収まっていた。

 

 最も、展開装甲の性能は攻撃だけに留まらない万能性能なのだが、単一仕様有りきの性能なうえ、それを使いこなす腕をまだ箒は持ち合わせていない。

 

「瞬時加速してる最中に急に曲がったら危ないよね」

「勿論だ。横Gで押しつぶされる」

 

 いくら絶対防御で守られているといっても、内臓にいたるまでの衝撃を完全に吸収してくれるはずもなく、戦闘機の最高速度を超えるようなISで急な方向転換をするというのは自殺行為に等しい。

 

「だから曲がるときは、スラスターを全部吹かしておいて、曲がりたい側のスラスターをちょっと弱めたりして調整してるんだ」

「なるほど」

「加速度の差で曲がるんだな」

 

 習うより慣れろと言うことで、結は二人に実践して見せることにした。

 

「いくよー」

 

 ガーディアンの全身に小型シールドを纏い、アリーナの地上から上へ向かって飛んだ結は、全身に備わったスラスターの推力を少しずつ引き上げ、着々と加速していく。

 

 ある程度上昇したのちにタワーの周辺を大きく旋回しながら、どんどんと速度を上げていく結は目まぐるしく過ぎ去っていく景色に目もくれずに体感と脳内で微細な制御を行い、大きく8の字を描きながら飛翔する。

 

 何度か軌道を辿りながら飛び回り、最後に中央の交差をすり抜けた結はアリーナのグラウンドに真っ逆さまに落ち、同時にスラスターの噴射を止めて自由落下する。一瞬バク転しながら姿勢を起こし、下方向へスラスターを勢い良く噴射しながら減速した結は、地面の少し上で強く噴射し、ふわりと降り立つ。

 

「こんな感じ」

 

 じゃあどうぞ、と結は手のひらを二人に差し出すようにして、実際に飛行させてみる。

 

 二人とも機体を高機動モードに移行させ、一夏は背部ユニットにエネルギーを回し、箒は背部ユニットと脚部の展開装甲を起動させる。

 

 それぞれのやり方で飛び跳ね、空気の壁を叩いて急速飛行に移る。

 一夏は先日習ったマニュアル操作で速さからくる空気抵抗に負けないよう、力いっぱい舵を取り、自分が耐えられる限界の横Gを堪えながら結がやっていたような8の字飛びを繰り返す。

 

 対して箒は、高機動飛行自体は難なくこなせるようで、展開装甲の恩恵か空気抵抗などはそこまで苦にならない。だが、シールドエネルギーの減少量が著しく、飛翔に使う量を落とすとたちまち減速してしまう。されど吹かせば残量がゴリゴリ削られてしまい、ままならない。

 

 やはり、『絢爛舞踏』が使えないと厳しいな……。

 

 そんなもの思いに耽っていた箒。その油断が災いしたか、箒はスラスターの出力調整を誤って空中で転げてしまう。

 

「ひっ、きゃあっ!?」

「箒ッ!!」

 

 今日の一夏よろしく制御を失い回転しながら墜落しだした箒にいち早く気がついた一夏が、すぐさま方向転換して高機動状態のまま瞬時加速を行い、空気の膜を叩き割りながら墜落する赤い機体に飛んでいく。

 

 一夏は円弧を描いて横から紅椿をすくい取り、そのままグラウンドへ滑り込むようにして着陸する。

 

「無事か、箒!」

「あ、あぁ。ありがとう……一夏」

 

 鬼気迫る勢いで箒に安否の確認をする一夏。

 絶対防御があるとはいえ、もしもの場合が起こり得てしまうのもまた事実。それを身をもって知っているからこそ、一夏は至って真剣な面持ちで箒にずいと詰め寄るのだが。林間学校から明白に恋心を意識している箒としては、眼前まで迫る想い人の凛々しい瞳に見つめられてそれどころではないのが現実。

 

 もちろん一夏のおかげで怪我もなにも無いが、現在進行形で心拍数が爆上がりし、耳までかんかんに朱く染まる様はなんともいじらしい。

 

 そこでようやく自分たちの態勢が、傍から見てどのようなことになっているのか気付いたらしい一夏が慌てて弁明しようと口をぱくぱくさせるが、思ったように話せなくてしどろもどろになっていた。滑稽である。

 

「い、いつまで抱えているのだ!」

「いや、その……悪気はなかったんだ!」

 

 未だに抱かれたままだった箒は羞恥心から逃れるように一夏の胸を押し退け、熱い抱擁を名残惜しく思いつつも己の心を律して逃れる。

 

「ま、まったく、人目もあると言うのに⋯⋯ん?」

 

 ぶわ、と一瞬光に包まれる紅椿。

 ハイパーセンサーの画面には単一仕様発動のウィンドウが開かれ、明るい色で表示される『絢爛舞踏』の文字が。

 それに伴って視界端のエネルギー残量が、ほんの数パーセントだが増えているのを確かに確認した箒は、あまりの嬉しさに目を輝かせてとびはねる。

 

「や、やった! 発動したぞ!」

 

 当面の課題だったはずの単一仕様発動が思わぬ形で実現したため、柄にもなく喜ぶ姿に一夏も釣られて微笑ましく思っていると、箒はあらぬ事を口にする。

 

「一夏、本番中私に抱きつけ!」

「ダメだろ絶対!」

「二人とも大丈夫だった……なにしてるの?」

 

 お前だけが頼りなんだ!

 そもそもルール違反だろ!

 

 訳のわからない問答を繰り返している二人を尻目に、結は呆れてその場を後にした。

 

 それ以降、本番まで箒が自力で発現出来なかったのは言わずもがな。

 

 






 妙な感じで終わりましたが、次回キャノンボール・ファスト開催です。
 
 ではでは
 


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七十六話 刺客と勇気

 

 ついにやってきたキャノンボール・ファスト開催日。

 

 場所はIS学園でなく、市の運営するレース用ステージが用意され、そこには学園生徒だけでなく、一般参加の企業や各国の軍人などもちらほらと見受けられる。

 

 部門としては専用機限定のレースと、量産機のみのレースがあり、何でもありの専用機部門は結構な人気を博し、今年はIS学園の専用気持ちの生徒が多い年でもあり、例年以上の盛り上がりをみせていた。

 

 プレハブを敷いただけの更衣室で、ISスーツに着替えながら一夏と結は改めて学園外の情景というものを鑑みていた。

 

「人、多いね」

「学園外の人間も結構いるからな」

 

 国内外問わず、軍や企業の人間があちこちに散見できる今の状況、もしかすれば戦争でもしているんじゃないかと思えるほどに軍事火力が集中しているので、見方を変えれば割と物騒な景色でもある。

 

 しかし今日行われるのはあくまでもレースであり、専用機はさておき一般機の機体はストレージ容量の問題から、殆どの火器を外して推進剤などに入れ替えている。そうでもしないと終盤で亀の歩みの如く疲弊しきった進み具合になってしまう。

 

「専用機レースももうすぐだ。早く行こうぜ」

「うん」

 

 仮設更衣室からレース会場に向かう二人。

 瞬間、結はチクリとした視線を感じて振り返る。

 

「どうした?」

「いや、なんでもないよ。行こ」

 

 一夏の手を繋ぎ、視線から逃げるように結は会場へ駆ける。

 

 ◇

 

 レース場観客席。

 人混みでごった返す観客席をなんとか這い上がる少女が一人。

 

 彼女の名前は五反田 蘭。

 私立聖マリアンヌ女学園中等部の生徒会長。

 小柄ながら発育良好であり、長い赤髪にヘアバンドをした元気女子。一夏に想いを寄せており、『年下』属性をフルに活用しながら攻略中。

 

 諸々の理由でIS学園へ入学を目指しており、簡易適性検査で「A」判定を受けている。

 

 今日はそのIS学園が主催する催しでもあり、想い人の一夏が出場するらしい大会というのでこうして足繁く赴いてみたのだが、やはりというか、老若男女関係なく人気の高いISの大会だけあり、恐ろしい人口密度になっていた。

 

 そんなこともあり、蘭は不意に長身の女性とぶつかってしまう。

 

「きゃっ、ごめんなさい!」

「こちらこそごめんなさい。お怪我はないかしら、お嬢さん?」

 

 感じたのは無慈悲な硬い衝撃ではなく、はちきれんばかりの柔らかな感触だった。

 見上げると、タイトスカートコーデのスーツをさも当たり前のように着こなすブロンドの女性。ひと目でわかる白人の面持ちながら、流暢な日本語を話すので、蘭は一瞬面食らってしまう。

 

「人が多いから気をつけてね。それじゃ」

「は、はいぃ」

 

 流し目でウインクを飛ばしながら、女性はサングラスをかけて去っていく。

 あまりに様になっている立ち振る舞いや、グラマラスな女性体型についつい自分の貧相な体と比べてしまい、蘭は悲しい気持ちになる。

 

「一般参加のお客様ですか?」

「あ、はい!」

 

 声をかけられ、蘭は背筋を伸ばして振り返る。

 そこには受験に向けて何度もホームページで見ていたIS学園の制服を着た女性が立っていた。

 見ると、左腕には生徒会長と書かれた腕章がはめられており、自分の受験生活に関わってくると肌で感じた蘭は条件反射で自己紹介に走る。

 

「は、はじめまして! 聖マリアンヌ女学園中等部の五反田蘭です!」

「はじめまして、IS学園生徒会長の更識 楯無です」

 

 細い手でぎゅっと手を握られ、呆気に取られる楯無だったが、すぐに持ち直して簡潔に自分からも言葉を返す。

 

「実は、IS学園を受けようと思ってまして」

「あら、それは嬉しいけど……うちは倍率高いから頑張ってね」

 

 応援してるわね。と楯無は観客席の見回りに行ってしまった。

 

 うわ〜〜〜……キレイな人だなあ〜〜……。

 

 威風堂々たる立ち振舞の楯無に圧倒されてしまう蘭。学年は違えど同じ生徒会長という立場だというのに、その凛とした面持ちについつい面食らってしまい、勝手に意気消沈してしまう。

 

 うぅ、私ももっと頼れるお姉さんになりたいよぉ〜〜!!

 

 

 ◆

 

 

 控室を通り、広大なレース場までやってきた一行。

 今から行われるのは代表候補性で括られた専用機部門である。

 第三世代の実用化という世間の流れからか、今年は代表候補生の数が多く、それは学園内だけに留まらず、学外の軍や部隊でも似たような話が多いらしい。

 

 が、ポストが空いているわけではなく、比例して採用倍率も跳ね上がっているとか。

 

 もともと数の限られている中で、今現在相当数の人間がコースに集い、各々がギラついた視線で既に鬩ぎ合っている。

 ISのあるないに関わらず、戦いの世界に再び身を投じるようになった一夏は、いつかの剣道の試合を思い出しながら、ひりついた感情を胸に宿す。

 

『皆様お待たせいたしました。キャノンボール・ファスト、専用機部門、間もなく始まります!!』

 

 元気なアナウンスに引かれて、観客席からは盛大な拍手と歓声が上がる。

 形は違えど勝負の舞台に上がった一夏は、勝利を目指す強者どもにあてられて身震いする。

 

『選手の皆様、位置についてください』

 

 コースのそばにいるスタッフに誘導されるまま、各々開始位置の白線の前に立ってそれぞれISを展開する。

 鋭角なデザインの機体が多く、どれもスラスターや制御翼のカスタムが施されていたりと、専用機らしい独特な機体が多い。色物部門なだけはある。

 

 全員の準備が整い、スタッフがコース上から退散し、つかの間の静寂が訪れる。

 

 スタート線上のシグナルに光が灯り、赤い点灯がブザーとともに横へ増えながら連なる。

 

 二つ、三つ、四つ……五列目が光り、一瞬の間を開けて赤いシグナルがバッと全て消え、開始の合図となる青いシグナルがただ一つ、火蓋を切る。

 

 一斉に飛び出すISの群れ。

 先行を突っ走るのは橙と黒の機体、シャルロットとラウラだ。

 

「悪いけど、今日は僕が勝つからね!」

「フッ、負けるわけにはいかないな」

 

 二つとも追加スラスターを三基も背負っているだけあり、馬鹿にならない初速で飛び出した。後続の自分たちも食らいつこうともがくが、その背中に手が届く気がしない。

 

「クッソ、速いな……!」

「おさき」

 

 後続の機体群から飛び出したのは結のガーディアン。

 全身にシールドスラスターを接続し、大盾をソリのようにして腹這い姿勢で低空飛行のまま群を突き抜け、トップを走る二人に並ぶ。

 

「結!」

「空気抵抗係数」

「いまなんて!?」

 

 謎の一言を残して更に加速する結のガーディアン。

 その姿はもはやドラッグレースカーの如く、病的なまでの直進飛行に誰しもが不安と興奮を覚えただろう。

 

 第一コーナーに差し掛かる。このまま曲がれるか、それとも日和るか、緊張の一瞬がやってくる。

 と思われた。 

 

 見えたのは一瞬のフラッシュ。

 続いてとてつもない爆音。

 

 コース上の仕掛けかと思ったが、あまりに大き過ぎる破壊痕を見るにそうでもないらしい。

 そして爆心地はシャルロットとラウラが並んで走っていた場所の丁度そのあたり。

 一夏はレースそっちのけで二人にチャンネルを繋ぐと、案外あっさりと返事が帰ってきた。

 

「二人とも、無事か!?」

『なんとかね』

『だが装備が全滅だ』

 

 全損した装備類を切り離した二人はすぐさまその場から離れる。

 次の攻撃を予測してのことだったが、攻撃の手は止まらず、後続にいた他の選手まで次々と撃たれていった。

 

 射角は乱立しているが、どれも上からの攻撃。

 見上げると、そこには学園祭の日に対面した、『サイレント・ゼフィルス』がライフルビットを携えて見下ろしていた。

 

「あいつ!!」

 

 BT二号機のパイロットは一夏を見つけてニヤリと笑い、その場から再度レーザーライフルを構え、ライフルビットとの同時攻撃を仕掛けてくる。

 

 一夏は複合兵装『雪羅』をシールドモードで稼働させ、降り注ぐ光線の雨を一身に受け止める。攻めいる隙を窺ってみるが、高威力のレーザーライフルだけで厄介なのに四方八方から湾曲して飛来するライフルビットからの攻撃も相まって、攻撃はおろか近づくことすらままならない。

 

「クソ、動けねぇ!!」

 

 四基と一丁によるアウトレンジ攻撃にされるがままの一夏。消耗の激しい展開装甲がついぞ底尽きかけたその時、自分の前に何かが遮ってくる。

 

 見ると鉄壁のシールドビットが三枚、列なって一夏を光線の雨から防いていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「あぁ助かった……!」

 

 先頭から戻ってきたらしい結が大盾を構えて『サイレント・ゼフィルス』に目を向ける。それに倣うように向こうも攻撃を止め、じっと結を見下ろしていたが、一つの影が敵に向かって飛び出した。

 

「あれは、セシリア!」

「ぼくもいく!」

「結!」

 

 一夏を置いて飛び出した結。少年の声には得体のしれない焦燥感に迫られているような、逼迫した感情が見え隠れしていた。

 

「君は、誰なんだ……!」

 

 

 ◆

 

 

「あ、わ、わ、わわわ……!」

 

 悲鳴と怒号が混じり、ごった返した人混みが出口へ向かって我先にと雪崩のごとく流れていく。

 だが、パニックに陥った烏合の衆ではろくな避難もできやしない。

 その中で未だ放心状態のままになっている蘭は、腰が抜けたままへたり込んでいた。

 

「貴女、大丈夫かしら!?」

「あ、ああ、生徒会長さんんん〜〜〜!!!」

 

 どこからともなく現れた楯無が、欄の腕を掴んで立たせてやる。

 生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる蘭を甲斐甲斐しく介抱してやりながら、楯無は彼女に扇子を渡して関係者出入り口を指す。

 

「それ持ってたらあそこ通してもらえるから、歩ける?」

「は、は、はい!!」

 

 ヘコヘコと走り去っていく赤髪の少女をみおくり、楯無は目の前に立ちはだかる金髪の女と面向かう。

 

「さて、大人しく連行されてはくれないかしら?」

「言われて従うほど初じゃないの」

 

 女はサングラスを外し、切れ長目で楯無を舐めるように見つめる。

 先手必勝、楯無は右手にISを展開し、蛇腹剣をストレージから引きずり出してうねる刀身を女へ目掛けて振り投げる。

 

 が、しなる一撃は女には当たらず、彼女の周囲で半透明な半球を形成するバリアに防がれた。

 

「それがあなたのISね」

「せっかちな女はモテないわよ」

 

 そう言って、女は部分展開していた腕を揺らし、半球のバリアを止める。

 

 黄金の装甲に包まれた、厳ついマニピュレータの手の甲に、爬虫類の尾のように節を連ねて反り上がる鞭のようなものが生えていた。

 そしてそれは高速回転しながら、不規則に揺れ動き、挙動が掴みづらい攻撃を楯無はそれでも蛇腹剣で捌きながら迫るが、女から余裕な表情が消えない。それがただのハッタリか、それとも本当に優位なのかはわからない。

 

「悪いけど、あまり長居はしていられないの」

「逃がすわけないでしょう!!」

 

 楯無の一撃を防いだ女は、マニピュレータの掌からバスケットボールほどの火球を作り出して、一瞬で弾けさせる。辺り一帯が真っ白な光に包まれ、視界に色が戻った頃には女は居なくなっていた。喧騒に紛れて逃げられてしまった。

 

「くっ……虚ちゃん。こちら更識楯無、不審者に逃げられちゃった。周囲の警戒をお願い」

『御意。お嬢様も一度戻られてください』

「避難者の確認してから行くわ」

『わかりました。お気をつけて』

 

 ISのオープンチャットで虚に支持を飛ばした楯無は、苦い思いであたりの捜索に出向く。

 

「そっちはまかせたわよ、みんな」

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 光の槍が降り注ぐ。

 その度に結が前に出て全ての盾を操り防ごうとしているのだが、光線は折れ曲がるように軌道を変えて盾をすり抜ける。

 一撃たりとも盾に当たらない、いや、避けられている。

 煽られているのか、それとも見向きもされていないのか、結の防御をすり抜けて、『サイレント・ゼフィルス』のライフルたちから繰り出される光線は、その殆どをセシリアに向けて発射されていた。

 

 避けられている。見向きもされていない、わけではないようだ。

 

 サイレント・ゼフィルスのパイロットは時折結をのほうを見ながら、射線上に結が被らないよう、常にライフルビットを調整しながら戦っていた。

 

 まるで庇われているような戦い方に、結はとてつもない違和感と、そこまでして戦闘に混じらせないようにする理由に、結はある一つの仮説を立てる。

 とてもではないが、考えたくない。だがそう思えて仕方ない。

 

 口元に浮かぶ、慈愛に満ちた微笑みが、あの日見た女の子の笑顔と重なって、濁る。

 

 そんな思いに蓋をする。

 結はシールドビットを連ねて、次の攻撃に備える。

 

「絶対に、話してもらうから……!」

 

 





 次回、セシリア覚醒。


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七十七話 邪道と覇道

 


 市街地の上空で、四方八方から光線が右へ左へ線を描く。

 一方は直線、もう片方は曲線を描きながら、青空へいたずらに光の筋を幾重にも散りばめていた。

 

「くぅッ!」

『墜ちろッ!!』

 

 セシリアの『ブルー・ティアーズ』から放たれた一撃を小型のシールドビットで凌いだ『サイレント・ゼフィルス』は、背面に並ぶライフルビット四基による一斉射撃を放射状に発射させ、それをセシリアへ目掛けて収束させる。

 

 光の投網のように、放射状に広がった光線目の前に、セシリアは突貫する。

 

『血迷ったか』

「この程度……!」

 

 一際大きく開いた隙間、その一瞬を見極めてセシリアは網の隙間を潜り抜け、すり抜けざまに高機動パッケージのために集束されていた自前のライフルビットから一斉射撃をする。

 

 まさか突っ込んでくるとは思っていなかった『サイレント・ゼフィルス』のパイロットは、セシリアのカウンター攻撃をまともに喰らってしまう。

 

『ぐぁッ!? ふふ……楽しませてくれる!』

「こんなものではなくてよ!!」

 

 『サイレント・ゼフィルス』はライフルビットとシールドビットの両方を全基稼働させ、上下左右問わないオールレンジ攻撃を仕掛ける。

 打撃、射撃の両攻撃が四方から飛びかかり、光線に至っては不意に湾曲しながら後ろからも飛んでくる。

 

「ッ……!」

『しぶといな』

 

 無意識のうちに手持ちのライフルで『サイレント・ゼフィルス』のライフルビットを撃ち落とそうとしてしまうセシリア。以前の先輩達から学んだ面制圧を主とした戦闘法をなんとか真似ながら、ようやく対峙出来る状況に思わず歯を食いしばる。

 

「これでッ!!」

『ほう……!』

 

 二連射撃による揺動を狙い、シールドビットの有効範囲を手薄にさせたうえで本体を集束されたライフルビットで撃ち落とそうと、狙い撃つ。

 

 だが『サイレント・ゼフィルス』は、あろうことか自分のライフルビットでセシリアの攻撃を受け止めてしまった。

 

「うそッ!?」

『やはりこの程度か。ならば死ね』

 

 セシリアが晒した一瞬の隙、『サイレント・ゼフィルス』は無下に吐き捨ててライフルを構える。感嘆が見える失笑で彼女は無造作に引き金を引き、一筋の光弾が一直線にセシリアへ向かって伸びる。

 

 虚をついたカウンター、セシリアはコンマ数秒で避ける選択を誤り、どうあがいても直撃する他無かった。

 せめて己が死なないように腕を交差させ、衝撃に備えた瞬間、恐ろしく眩しく思えた光が遮られ、セシリアは何かの影に収まっていた。

 そして鉄壁に衝撃が走るような音が響き、『サイレント・ゼフィルス』の攻撃はセシリアには届かなかった。

 

「これは」

『シールド……結っ!?』

 

 セシリアが目を開くと、目の前には結の『ガーディアン』が携えている小型のシールドビットが三基、三角型に身を寄せ合って漂っていた。

 

「セシリアお姉ちゃんはやらせない!」

「結さん……!」

 

 『サイレント・ゼフィルス』の前に立ち塞がる鉄壁の騎士。

 周囲に漂う盾の群が等間隔に結とセシリアの周りを囲い、全方位への警戒を行っていた。

 窮地にいることには変わりないが、ジリ貧まで先延ばしになった事でセシリアの中に多少の余裕が生まれる。

 

『おッ……お姉ちゃんだとォ……?』

 

 わなわなと嘶く『サイレント・ゼフィルス』のパイロット。

 バイザー越しに伝わってくる並々ならぬ殺気に二人は背筋を凍らせた。

 

『絶対に殺すッ!!!』

 

 大気を叩いて飛び出した『サイレント・ゼフィルス』はセシリアへ向けてレーザーライフルを乱射しながら突っ込んてくる。

 すかさず前に出る結だが、一緒に特攻してきた敵ビットの群の処理に追われてセシリアの防御が間に合わなくなる。

 

 怒髪天を衝いたからか、敵の攻撃に繊細さが欠けるようになっているとはいえ、それでも軌道を変えるレーザーの嵐に小型シールドビットの連続打撃に二人して手を焼く。

 

「防ぎきれない……!」

「攻めるのみですわ!」

 

 結は降り注ぐレーザーの雨あられをシールドビットで弾き凌ぐが、遠距離戦では殆ど攻撃に移れない機体相性の悪さと、相手している敵の技量差に歯を食いしばる。

 

『殺す、殺してやる!!!』

 

 髪の毛を逆立てて飛びついてくる『サイレント・ゼフィルス』を目の当たりにして悪寒が走るセシリア。

 結という防衛線を一枚隔ててなんとか接近を阻止されているのが救いだが、そんなオブラートのような状態がいつまで続くのかわからない。 

 だからこそおぞましい殺意に銃口を向けて、縮み上がる肝に鞭打ってセシリアは戦う意志を真正面から曝け出す。

 

 幾何学的な軌道を描きながら自分と結の回りを不規則に飛び回る『サイレント・ゼフィルス』。同じく乱雑な軌道で射撃と移動を繰り返す奴のライフルビットを結が全て弾いてくれているが、そのうちの何発かは曲がる射撃に対応しきれず自分のところへ向かって飛んでくる。

 

 それを避けるのに精一杯で、思うように攻撃に移れない。

 

「隙が……!」

 

 結の防御結界の隙間を窺ってみるが、ハイパーセンサーに映る敵影を目で追うばかりで照準が定まらない。

 

 わかってる、そもそも勝てない相手だったんだって。

 けれど祖国の雪辱を、自分のプライドを、踏み躙られた仇を討たなければならないのだ。

 

 無謀だとは百も承知、だからこそ結に、先輩方に、特訓を願い出たのだ。

 

 その結果がこれか?

 

 

 ライフルを構える手が次第に震えてくる。

 焦る気持ちがどんどん大きくなり、嫌な汗が背筋を冷やす。

 

 音が遠のく、視界から色が消えていく、得体のしれない恐怖で喉の奥がカラカラに渇く。

 

 呼吸は次第に浅く、身体は酸欠に陥ってISの展開はおろか身体の活動すら危うくなりかけてきた。

 

 

「やっぱり……」

 

 やっぱり、そんな事、できないんだ。

 私みたいな凡人には、使いこなせない。

 

 どうせ、私には……。

 

 張り詰めていたはずの緊張が抜けていく。

 肺が鉛を飲んだように重く、平常も保てないほどに疲弊してきていた。

 絶望が思考を塗り固め、突破口を一つ、また一つと潰してまわる。

 

 このまま諦めてしまったら、きっと楽になれるんだろう。きっとあっけなく終われる、そんな気がする。

 

 ゆっくりと、着実に呼吸が止まっていくセシリア。

 光を失い掛けた矢先、突然、激昂が飛んできた。 

  

「大丈夫!」

 

 張り倒すような大きな声にセシリアは肩を跳ねさせて手放しかけた意識を取り戻す。

 手からこぼれ落ちそうになっていたライフルを慌てて抱え直し、目の前で今もビームの嵐から自分を守っていた少年に視線を向けた。

 

「セシリアお姉ちゃんなら、できる!」

 

 背中越しに語られる言葉に、言いようのない不安が霧散していく。

 あまりに無責任、けれど一緒に特訓を積んできた間柄だからこそ、結はこうして檄を飛ばすのだ。

 

 言葉の裏に込められた期待と信頼に体が熱を取り戻す。

 血液のビートが鼓動を打ち鳴らし、骨を、心臓を、体中を駆け回って、彼女とそのISに轟く熱い曲を奏でる。

 

『……あら』

 

 ISの少女は迸る音に耳を傾け、心地よさそうにリズムに乗る。

 静寂の中に佇んでいたはずが椅子を蹴飛ばし、どこからか取り出したエレキギターをアンプを繋ぎ、最大音量で内側から掻き鳴らした。

 

「お願いッ……! ブルー・ティアーズッ!!!」

『良くてよ、セシリア!!』

 

 セシリアが指を鳴らす。

 弾けるような甲高い音が大空に響き、それと同時に『ブルー・ティアーズ』の高機動パッケージのために繋がれていた四基のライフルビットが一斉に飛び出した。

 

 ライフルビットは各々が意思を持っているかのように飛翔し、またたく間に『サイレント・ゼフィルス』の残っていたビット群を半数、撃ち落とした。

 

『……ほう』

「ここからは私達のステージでしてよ!!」

 

 瞳に蒼い光を灯す。『ブルー・ティアーズ』の名を冠するかのように、群青色の閃光を引きながらセシリアはスラスターを大きく吹かし、『サイレント・ゼフィルス』の下方へ向かって飛び出す。

 

 心に流れるのはバイオリンの音色、そしてギターのけたたましい不協和音。

 だが二つの楽器がそれぞれの主張をぶつけ合い、頭ごなしの理解ではなく魂からの唄を響かせる。

 

「セシリアお姉ちゃん、これも!!」

Cheers(ありがとう)!!」

 

 結はセシリアへ三枚の盾を渡す。

 セシリアは短く感謝の意を叫び、受け取った三つ小型盾を腰と背中に沿わし、スラスターユニットと併用して華々しく翻す様は、さながら鋼鉄のドレスのようでもあった。

 

 シールドが二人の共鳴を助長させ、『ブルー・ティアーズ』の動きは『サイレント・ゼフィルス』のそれと同等か、それ以上の機動性と射撃精度を魅せ、曲がったビームが当たるよりも速く、光の網を掻い潜り、高速で飛行する敵のビットを次々と撃ち落とし、『サイレント・ゼフィルス』自体にも攻撃を当てていく。

 

『小癪な……!』

 

 だがそれでは終わらない『サイレント・ゼフィルス』。

 己も覚醒したセシリアと同じだけの性能を発揮させ、体にかかる負荷も無視して無理やりセシリアの動きを追いかける。 

 

 ライフルビットで牽制し、回避運動をしたところに狙いを定めて狙撃する。

 

「あうっ!」

 

 セシリアの方が機動力が高いぶん、動きに単純さが出てしまった証拠だ。

 たった一度の被弾だが、高速戦闘においてはこれが致命的。

 まだ機体特性を掴みきれていないセシリアは格好の的になってしまう。

 

『終わらせてやる!』

「なんの!」

 

 あっという間にライフルビットに囲まれ、一斉放射に見舞われるセシリアだが、その全てを結から受け取ったシールドで凌いだ。

 焼けるような音を立ててシールドの表面が軽く焦げる。

 そこで初めて敵の動きに動揺が見えた。なにやら衝撃を受けたように半開きで口が空いている様子が伺えた。

 

『私に、撃たせたな……よくも、私に、結の物を撃たせたなァああああ!!!!!』

 

 それが敵の逆鱗に触れたか、さっきまでの悠長な気配とは打って変わって『サイレント・ゼフィルス』は全スラスターユニットを勢い良く噴射し、さながら蝶の羽根のようなものを展開する。

 

 巨大な半透明のベールをなびかせ、蝶は爆発的な速度で急速飛行を繰り出した。

 同時に飛行を始める彼奴のライフルビットは蜂のように旋回しながら連続でビームを吐き出してくる。

 上に、下に、横からも撃たれる光線はそれぞれが何度も軌道をひん曲げて、直接セシリアの四肢を狙って飛んできた。 

 不思議なことにセシリアを直接撃つのではなく、ISを狙って抉るような撃ち方に、その精密射撃と同時操作をこなせるだけの技量、狂気的なまでの圧力にセシリアと『ブルーティアーズ』は防戦を余儀なくされた。

 

 もう少し、もう少しで……!

 

 そんな状態でも負け時と回避とカウンターを見舞うセシリアだが、ついにライフルを持つ右手を撃たれて隙を晒してしまう。

 

 眼前にはさながら軍隊長の如く冷徹な態度を向ける蝶の主。

 自分の周囲には今にも撃てるように銃口を向けてくるライフルビット達の群が牙を剝いていた。

 

『もういい、死ね』

 

 敵の搭乗者は右手を振り下ろし、残るライフルビットの全てに発射指示を飛ばす。

 あらん限りのエネルギーを充填したライフルの銃口が眩く光をもらし、発射音を置き去りにして一瞬の閃光を放った。

 

 もうだめだ、誰もがそう思えた束の間、セシリアだけは不敵な笑みを崩さないまま、指遊びで作る拳銃を『サイレント・ゼフィルス』に向けて、撃つ真似をする。

 

「ふふ、ばーん……!」

 

 最期の負け惜しみだと、『サイレント・ゼフィルス』は嘲る。

 だが、思わぬ事が目の前で起こった。

 

 自分が行ったはずのレーザー攻撃が、あろうことか自分の方向へ湾曲して飛んできたのだ。

 あまりの出来事に対処が間に合わず、『サイレント・ゼフィルス』は自分の砲撃をまともに喰らってしまう。

 

『がふッ!?』

 

 何故攻撃が私に向かって……まさか、私の、ビットを使って……!?

 だが発射指示は私が自分で出した、それは確かなはず……。

 

 『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者はハイパーセンサーから武装欄を確認し、ライフルビットのアクティブ状況を確認する。

 そこには自分名義での登録に加えて、セシリアへの権限借用のタグがぶら下がっていた。

 

「お生憎様、機体情報がデフォルトのままでしたので使わせていただきましたわ!!」

 

 まさか、武器の使用権限を()()()というのか……!!

 

 本来IS同士の武器の貸し借りには複雑な手順と互いの承認などが必要だが、それをセシリアは結から受け取ったシールドビットを介し、『サイレント・ゼフィルス』の機体にアクセスして内側から操作権限を掠めとったのだ。

 

 だが使用権限の全てを掌握できたわけでなく、あくまで制御の末端を使えるようになった程度なのだが、不意打ちでBT兵器の曲射をするには十分だった。

 

「これでエンドマークです!!」

『こんなヤツにィイ!!!』

 

 ビットが使えないと判断した『サイレント・ゼフィルス』は、銃剣を握り締めてセシリアへ向かって一直線に特攻を仕掛ける。更に、ただ突っ込むのではなく上に飛び上がり、太陽を背にしてセシリアの目くらましを図り、動きがぐらついた一瞬を目掛けて一息に銃剣を腕が伸びる限りに突き出した。

 

「っ!!」

 

 肉薄する剣先が、もう目と鼻の先まで迫っていた。

 瞬きの間もなく過ぎる時間がやけに遅く感じるセシリアは、逃げる暇もないと理解し、それでも最小限のダメージで済ませようと腕を前に出し、防御姿勢を取る。

 

 そして、鋭利に鈍色の光沢を放つ銃剣が、ゆっくりと、セシリアの機体を、深々と……。

 

 最悪のイメージに思考が塗り潰されるセシリアは体が強ばり、ハラワタを鷲掴みにされたような感覚が下腹部に広がる。

 

 ブラックアウトしていく視界には、陽光に晒されて煌めく短刀の切っ先が他人事のように映っていた。

 

 

 ここで終わり……悔しい……。

 

 

 

 

 耳をつんざく甲高い金属音。

 何事かと思って目を開いたセシリアがあたりを見回すと、はるか後方へ円弧を描いて飛んでいく金属片が一つ。よく見れば銃剣の刃であり、前に向き直ると小さく厳つい鎧が背を向けて立ち塞がっていた。

 

 それはガーディアンだった。

 剣先がセシリアの身体を貫く瞬間、目にも止まらぬ速さで横入りした結が大盾で『サイレント・ゼフィルス』の特攻を防いだのだった。

 

「セシリアお姉ちゃんは、ぼくが守る……!」

「結、さん……」

『何故、何故だぁアアア………!!!』

 

 醜悪に口元を歪めながら金切り声で叫ぶ敵の銃剣を、結は大盾で弾き落とし、すかさずシールドビットでボディーブローを喰らわせる。

 

 上空に浮かんだ『サイレント・ゼフィルス』、その絶好のチャンスにセシリアは結の前に躍り出て、ライフルビットと手持ちの狙撃銃を一斉に敵へ向けて構え、あらん限りのエネルギーを充填する。

 

「これで、チェックメイトですの!!」

 

 おもむろにトリガーを引く。

 一斉にとびでたビームの束が大きな光の柱となって一直線に『サイレント・ゼフィルス』へ向かって伸びていく。

 避ける術を失った敵がなんとかシールドビットで凌ごうと悪足掻きを見せるが、超小型の盾ではその殆どを防ぐことができず、『サイレント・ゼフィルス』はビットごと撃ち落とされた。 

 

 煙幕が晴れ、残ったのは半壊状態の機体に跨る敵が一人。

 流石に痛手を負いすぎたと判断したのか、彼女は唇を噛み締めて背中を向け、一目散に逃げていった。

 

 追おうとする二人だが、今いる場所が市街地の近くだと思いだしてやむなく諦める。

 

 だがそんな時、結のプライベートチャンネルに一本の通知が届き、結はすぐに開くと通話越しの向こうから聞こえてきたのはあの『サイレント・ゼフィルス』のパイロットからだった。

 

『結、待っていろ! 私がお前を助け出す!! 必ず!! 絶対に!!』

「は、え、え……?」

 

 それだけ言い残して通話は途切れ、見上げると空にはもうゴマ粒ほどまで小さくなった敵の影が写った。

 

「君は……誰なんだよッ!!」

 

 記憶の彼方にこびりついた声。

 思い出と重なる声の主、重なってしまうのが嫌で、それでも彼女しかいないと思えてしまって、結はただ一人、あてのない憤りを握り締め、彼女が飛んでいった空へ向かって吠えた。

 

 

 

 

 





 どうも屍モドキです。
 無事、キャノンボール・ファストが頓挫しましてセッシーがお強くなりました。
 次回で一夏君のところで打ち上げ及びお誕生日会になるんですかね?

 ほのぼのした話が書きたい……。

 ではでは。


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七十八話 思い出と今

 どうも屍モドキです。
 前回がそこそこ好評なようで安心しました。
 
 逆に言えばあのくらいまでやらないとこっちの意図って伝わってない⋯⋯?
 じゃあ今度から強めに書きましょうかね〜。
 


 遠くに救急隊のサイレンが鳴り響いている。

 

 ところどころから煙が上がり、人々の怒号のような声が四方から飛び交っている。

 緊急事態である事には変わりないが、今さっき襲撃者を追いやった二人は他の者達よりも多少なりとも気の焦りは抜けていた。

 

「やりました、わ……」

「セシリアお姉ちゃんっ」

 

 血走った眼で虚空を眺めていたセシリアは、ついぞ見えなくなった敵を見送った後に、ついに虚勢が潰えて糸が切れたように気を失う。

 まだ戦闘空域にいる事には変わりないので、そのままなら地上へ真っ逆さまに墜落するところだったが、すぐさま結が飛びついてセシリアを蒼い機体ごと抱きかかえる。

 

 シールドビットの接続先を切り替え、自分の機体に移した結はそのままセシリアを抱えたまま、今もなお救護活動に奔走しているレース場までゆっくりと降下していく。

 

 白目を剥いて鼻血を垂らす彼女にみてくれや格好の良さなど毛ほども感じられないが、先の戦闘でどれだけの技量と胆力を見せつけたのか、それはすぐそばにいた結こそ一番わかっていた。

 

 ぼくのシールドビットも使いこなして、まさかあの子のビットも奪って使うなんて、やっぱり凄い……。

 

 動かないセシリアの『ブルー・ティアーズ』が自動的に解除され、力なく結に抱えられる彼女はそのまま救護班に手厚く運ばれていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 こ、ここは……。

 

 微睡みの中、痛む頭を抑えつつ、セシリアは微かに聞こえてくるクラシックギターの音色に耳を傾けていた。

 

『ふ、ふふん……るらら……〜♪』

「この曲は……」

 

 人生を唄い、愛した人への讃歌の曲。

 人生を信じ、いつまでも恋人を想う曲。

 幼い頃、父が時々歌ってくれた曲だった。

 そのギターの優しい音に、父の泣きそうなほど優しい歌声に、何度もせがんで聴いていた曲だった。

 

「どうしてこの曲を……貴女が知っているのです」

『貴女の心の中にあったの。歌ったらだめだった?』

 

 屋敷の大広間。

 たった二つしかない椅子の片方に腰掛け、慈しむリズムで弦を弾いていた彼女、『ブルー・ティアーズ』は演奏を止めて此方へ目を向ける。

 その目はさっきまで感じていたギラつくような血眼ではなく、誰かを想って労るような、慈しみに満ちた慈愛の眼差しだった。

 

 その目つきがかつての父に似ていて、セシリアは思わず視線を逸らしてしまう。

 

『あら、恥ずかしいの?』

「そういうわけでは。ただ、父を思いだして……」

 

 厳しかった母と、優しかった父。

 そうだ、優しかったのだ。

 怪我をしたらかけつけて来てくれたお父様。

 いろんな事を教えてくれたお父様。

 

 頬に優しくキスをしてくれたお父様。

 

 

 ある日を境に家族を避けるようになったお父様。

 互いに目も合わせなくなり、溝は深まり、私は堕ちていく。

 

 それから、わたくし達家族は壊れていった。

 

 不審な事故で二人は死に、使用人の殆どが去っていき、遺産も権力も狙われる日々にいつしか私は憔悴していった。

 二人が残したものを守るため、あの日々の記憶にすがって、誰も信用できなくなるまで奔走していた。

 

 負ければ終わり、勝たなければならない。

 そう自分に言い聞かせて、勉強も、仕事も、人付き合いも、選ばず何でもこなして、失敗しないように沢山学んで積み重ねて。

 

 他人事のように自分の過去を振り返っていると、屋敷に流れていたギターの音がすん、と止まる。

 

『ま、今回のライブはそこそこね。及第点かしら?』

「なぁっ……! もう少し褒めてもよろしくてよ!?」

 

 やれやれと言わんばかりに手を上げて首を振る彼女に食い下がるセシリア。

 それが面白くて、『ブルー・ティアーズ』は鼻で笑いながらズバズバとダメ出しを繰り出していく。

 

『そもそも貴女、やる気出すのが遅いのよ。頭でっかちなんだから』

「理論を知ってこそ上達ですわ! その場の勢いだけでは鍛錬にはなりませんことよ!」

『でも先の戦いじゃあ勢い任せで勝てたじゃない』

「それは、そうですが……」

 

 あくまで冷静さを持って戦うことを優先するセシリアと、情熱と勢いを抱いて臨む『ブルー・ティアーズ』。

 全くといっていいほど正反対の意見を掲げてぶつかり合う二人の言い合いはしばらく続いたが、やがてぴたりと膠着状態になる。

 

 肩で息をするセシリアだが、『ブルー・ティアーズ』はふと脱力してその大きな帽子をとった。

 吸い込まれるような大きな瞳にじっと見つめられ、セシリアは固唾を呑んで固まってしまう。

 

 対面して座る二人、二人とも流麗な姿勢で背筋を正し、片やセシリアは少しバツの悪そうな顔持ちで人の姿を模す愛機の目を、それでも見つめる。

 

『良くやったわ、セシリア』 

「わたくしは……」

 

 短い賞賛の言葉。

 その言葉が聞きたくて、でも言って欲しい人はもう何処にもいなくて。

 

 突然そんな事を言われて、セシリアは返す言葉に悩んで黙り込んでしまう。

 

『ほんの少しだけだったけど、確かに貴女は私と共鳴できた』

「それは、結さんの盾のおかげで……」

『あの時、貴女は盾に縋ってなかった。貴女の力だけだったわ』

 

 がむしゃらに、無我夢中に。

 セシリア自身、必死に戦っていた記憶しか無いのだが、その実戦況を逐一把握しながら己のビットも結から借りた盾も敵の機体も何もかも網羅しながら戦っていた。

 

 常人ではものの数分で思考回路が焼ききれてしまいそうな情報量だが、セシリアは全てを処理して全てを操った。

 知こそが彼女にとっての強みであり、理解していたからこその勝利だったのだ。

 

『貴女が信じてくれたから、私も応えられた』

「……っ、はい……!」

 

 喉の奥から嗚咽が漏れる。熱くなる目頭を抑えながらセシリアは気丈に振る舞おうとするが、嬉しさは涙となって、あとからあとから湧いてきてしまう。

 そんな彼女を『ブルー・ティアーズ』は仕方ないなと言わんばかりに息をついて、何も言わずに優しくセシリアを抱擁してやる。

 

 もう少し、そうしていたいと思う気持ちも汲んでくれず、別れの時は突然にやってくる。

 

『あら、もうお開きかしらね。それじゃあ、またね』

「ブルー・ティアーズ……!」

 

 持ち上げられるような浮遊感。セシリアの体は『ブルー・ティアーズ』の腕からすり抜けて空間の外へと放り出される。

 セシリアの意思に関係なく連れていかれる間際、達観した様子で手を振り見送ってくる愛機へ名残惜しそうに手を伸ばすセシリアだが、それもすぐに光に呑まれ、非情にも現実へと帰還するのだった。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

「……〜♪」

「ん、んん……」

 

 壮大な夢を見たあとのような、さっぱりと閑散した感情に満たされてセシリアは目を覚ます。

 枕元で小さく鼻歌を歌っていた結と目が合い、その歌が夢の中で愛機が弾いていた曲と同じだったことに多少なり驚いてしまう。

 

「あ、セシリアお姉ちゃん。起きた?」

「えぇ、はい、起きました……」

 

 鼻に詰まっていた栓を引っこ抜き、気道が確保されて息の通りがよくなるのを感じる。喉の奥に感じる血の匂いはどうしょうもないが、軽度の貧血でふらつく頭を抑えてセシリアは今の状況を確認しようと首をまわしてみる。

 

 真っ白な屋内にレースのカーテンから光が差し込んでいる。

 消毒薬の臭いがする寝床は少し固くて、首が凝ってしまった。

 氷枕の固い感触がまだ後頭部で残っていて、冷える髪の毛が首に貼り付いて気持ち悪い。

 

 ベッドの上に上体だけ起こし、まだ回りきらない頭を揺らす。ようやく傾いてきた日差しに目をしばしばさせながら、セシリアはおそらくずっとそばにいたらしい少年の髪を撫でてみる。見た目の艶のなさからは考えられないほど柔らかい感触に少し驚く。

 

 結もセシリアの手を拒む様子はなく、されるがまま撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。

 だが結はセシリアの手をむんずと掴み、そっと彼女の膝の上に戻して立ち上がる。

 

「セシリアお姉ちゃん起きたし、千冬先生たち呼んでくるね」

「あ、はい。お気をつけて」

 

 セシリアは掴まれた腕と立ち去った少年が出ていった扉を交互に見やり、窓からふきこむ秋のそよ風に流されて肩を振るわせる。

 

 手、小さかった……。

 

 掴まれた腕をみながら、手首に残る結の小さな手の熱を反芻させるが、窓から吹き込む秋の風がその熱を持ち去っていった。

 

 

 ◇

 

 

 その後、戦闘に加わっていたセシリアと結がおもに事情聴取を受けることになり、IS学園の全員が解放されたのは午後四時を回った頃だった。

 

 襲撃があったさっきの今なので、集団で学園に戻る運びとなり、一般生徒はみな早々に帰宅。

 残る専用機メンバーが集ったところで織斑先生が引率を務め、今は疲弊しきった面持ちで代表候補生その他がモノレールに揺らされ、朱く染まっていく夕陽に照り付けられていた。

 

「織斑、そういえば今日はお前の誕生日だったな」

「そうだけど、それがどうしたんだよ」

 

 腕組をしたまま突然そんなことを言い放った千冬が、一夏に何か確認をするような素振りでそんなことを言い放つ。

 一夏は疑問に思いつつも一夏は項垂れたまま見上げた姿勢で頷き、何を言い出すのか見守る。

 

「ケーキ屋にケーキを注文している。みんなで食べるといい」

「せめて一言言っておいてほしいなぁ!!」

 

 要は受け取りが面倒だから代わりに行ってこいとの指示であった。

 思わず身を反り上げてせめてもの意思表示を示してみるが、千冬はそんな一夏に鐘の音が鳴るデコピン一発を喰らわせて鎮圧し。

 額を抑えて悶える一夏の首根っこをひっつかんだ千冬は自分の口元に一夏を引き寄せ、誰にも聞かれないように耳打ちする。

 

「上代に付いていろ。近いうちにまた奴が来る」

「わ、わかった……」

 

 教壇に立つときでも、剣術の指南をするときでもない、その一生で殆ど聞いたことのないような冷たい声に一夏は背筋が凍えるような感覚を覚えて了承するしかなかった。

 

 すとんと座席に戻された一夏は疲れも忘れてお行儀よく座りなおす。

 そんな様子を怪訝に思う他の面々だが、それも千冬が声をかけて少しピリついた空気を和ませる。

 

「お前たちも参加するといい。大人数の方が楽しいだろう」

「まぁ、本人が良いなら⋯⋯」

「そういうことでしたら」

「仕方ないわね」

「ただ飯だ、行くぞシャルロット」

「ラウラ言い方」

「アニメ⋯⋯でも結と一緒⋯⋯」

 

 乗り気でもなかったような雰囲気ではあったが、何故か行く気満々のラウラに釣られ、他のメンバーもそれじゃあと付いて行く流れになり、一夏の家に集うことになる。

 

「結、一緒にご飯たべようぜ」

「うん、わかったよ。お兄ちゃん」

 

 一夏の隣に座る少年は朗らかな笑みを浮かべながら、頭を撫でる一夏の手を受け入れて、むしろ頭を押しつけるぐいぐいと距離を詰めてくるので、一夏は根負けし、懐に少年を引き寄せてしっかりと抱き締める。

 

「わぶ」

「つかまえた」

 

 結はもぞもぞとうごめきながら定位置を探し、やがて一夏を椅子代わりにするような姿勢で膝の上に腰を沈ませ、その小さな背中を一夏の引き締まった胸に預ける。

 腹に回された両手を掴み、モノレールの揺れに振り落とされないようにしっかりと一夏の両手をその小さな手で握る。

 

 周囲の目は微笑ましくもあり、嫉妬の炎がチラついたり。とんだ飛び火を喰らうが、一夏は何も言うことが出来ずに観念し、疲れから諦めてただ結のするままに身体を任せることにした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 場所は織斑宅。

 リビングには即席の飾りつけがされた宴会会場が設営され、一軒家には些か密度の高い人口が集っていた。

 まずは中学時代からの友人である五反田 弾と御手洗一馬、弾の妹の蘭。

 続いて学園メンバーの箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪。

 何故か参加している生徒会から、楯無、虚、本音。

 

 そして結。

 

 

 豪華メンバー勢揃いで若干気負いしている男子高校生二名は、一夏の親友枠に居ることに感謝しつつ、今の状況になぜ自分たちが場違い感を感じているのか分からないというふうだった。

 一夏は一夏で、何故読んでもいないはずの生徒会がこの場にいるのか分からなかった。

 

「せっかくのお誕生日なんだしお姉さんも呼びなさいよ~水臭いじゃない」

「呼んでないのに何でいるんですか!?」

 

 同じ生徒会メンバー同士で乳繰り合っている一夏と楯無。関わりない内輪ネタほどつまらないものは無いが、それが片方が知り合いでもう片方が知らない美女ともなればもっとつまらない。

 

「どういう関係だ一夏ぁ!!」

「なんだこの面子」

 

 半分以上知らない美少女に囲まれて嬉しい反面、何故知り合いがこんな花園にいるのだと憤慨する悲しき男二人。

 だがそんな野郎どもも、隣に座る少女たちに声を掛けられたらうれしそうに鼻を下を伸ばしているので、昔から二人を知る一夏や鈴などは軽蔑の眼差しで見下していた。

 

「あなた、学園祭に来ていた人よね?」

「ア、ハイ! 五反田 弾といいます! 付き合ったら一途で、彼女はいません!」

「あら、うふふ」

 

 何故か虚と仲睦まじそうにしている弾、我関せずとばかりに存在感を消していく数馬、騒ぐ他国籍の面々にそばに寄ってくる蘭。

 一夏は姦しい喧騒に頭痛を覚えながらも、久方ぶりに賑わう我が家をみてなんだか優しい感情に満たされた。ただ平和だと。

 

 いつの間にか取り出してきた炭酸飲料を飲もうとしてシャルロットに取り上げられる結。

 

「乾杯してからだよ結」

「んむー」

「じゃあ早速」

「祝いましょう!!」

 

 おもむろに立ち上がり、ぱちんと扇子を広げる楯無。

 扇子には朱く『祝』と書かれており、なんともめでたい。

 

「大会お疲れ様! &一夏くんお誕生日おめでとうを称えて、か〜んぱぁ〜い!!」

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 楯無がグラスを掲げると、他の全員も一緒になってグラスを天井に突き上げ、各々隣同士などとカップを突き合わせる。

 口の渇きを潤したり、一気に呷り飲んだり、一度始まった宴は行う意味を求めず、ただ楽しさを、ご馳走を求めて並ぶ料理に手が伸び笑いあい、和気藹々とした空気に満たされた。

 

 シャルロットによって炭酸から果汁ジュースに取り替えられた結はどことなく不服そうだ。

 だが、簪や本音などにより餌付けのごとく渡される菓子や肉に舌づつみをうち、次々と渡されるものを目一杯頬張ってげっ歯類のように膨れていた。

 

「一夏さん! ケーキ焼いてきたので食べてください!」

「はい、ラーメン作ったから食べなさいよ」

「おぉ、二人ともありがとう」

 

 ガチガチに緊張しながら手作りケーキを渡してくる蘭と、さも当然のように盆に乗ったラーメン鉢を突き出してくる鈴。あまりの温度差に戸惑ってしまう一夏だが、ケーキはみんなに切り分けラーメンは伸びないうちに啜る。

 

 その後もラウラからコンバットナイフ、セシリアからはティーセット、シャルロットからは試供品の腕時計と、多様性に振れまくるプレゼントの高価さに受け取る手が震えてくる。これも代表候補性という国の広告塔だからなりえるブランド力の高さか、一夏は改めて人脈の凄さを思い知った。

 

「一夏、ちょっとこい……」

「どうした箒」

 

 包を持ってウロウロしていた箒に呼び止められた一夏は、二人してリビングから離れ、何故か廊下でプレゼントを渡された。

 ずいと渡され開けろと急かされるので、一夏は何度目ともわからない強いられに苦笑いしつつも包の中から出てきたものに目を剥く。

 

「これは、着物か?」

「家から上等な布が出てきたのでな、仕立ててもらった」

「いいな……ありがとう!」

 

 質感は相当にいいもので、柄はきれいな市松模様、肌触りもよく滑らかだ。市に並べば相当な値段がつきそうな代物に尻込みしてしまいそうになるが、愛する人がくれたものを謙遜して受け取るのもそれは無礼。

 一夏は溢れる気持ちを感謝の言葉とともに箒を抱きしめ、明かりのついていない廊下で二人静かに抱擁しあう。

 

「箒も、その髪留め付けてくれて嬉しいよ」

「その、毎日、つけているわけじゃない……!」

 

 そうは言いつつ、今もあげたリボンを結んでくれている事に一夏は形容しがたい嬉しさに胸が熱くなる。

 しばらくそうして二人は温度を確かめるように抱きあう。

 熱に囃されて何でもしてしまいそうになる思いを踏み止まらせ、これ以上の行いには進まない。

 それには覚悟も準備も、資格も足らないのだから。

 

「袖を通したら一番に見せるよ」

「あぁ、真っ先に私にみせるんだぞ!」

 

 進めない想いを誤魔化すようにはにかみながら、一夏はそんな事を言ってみる。今は慰めにしかならなくても。

 

「おーい織斑一夏! ジュースが切れたぞ!」

「自分で買いにいけよ!」

 

 そんな空気の読めないラウラの声に声を荒げて有耶無耶にする一夏。

 もしかすれば何か起こってしまいそうだった空気感に期待しなかったと言えば嘘になる。だがそれは許せない。そう二人で誓ったのだから。

 

「じゃあ、行ってくる。箒」

「あぁ、気をつけて行け、一夏」

 

 リビングに戻ると人混みでわやくちゃになっていた結を見つけ、気分転換がてら一緒に連れて行く事にした。

 一夏は結に上着を羽織らせ、袋と財布を持って二人で外に繰り出す。

 

「よし、行くぞ結」

「うん」

 

 外に出るととっぷりと陽は暮れており、あたりは街頭がなければ迷ってしまいそうなほど暗い。

 空を見ても曇っている様子はない。今夜は新月の真っ暗闇。

 一寸先は闇の夜。こごえる秋風に晒されて身震いしていると、服の裾にきゅっとしがみついてくる結。

 見えない暗闇に怯え、できるだけ密着するようにくっついてくる少年の頭を撫でながらあやし、一夏は屈んで目線を合わせながら小さな手を握ってやる。

 

「怖くない、俺が付いてる」

「うん……」

 

 言い聞かせるように、暗闇に怯える結を慰める。

 結はおずおずと了承して、普段よりも強く一夏の手を握りながら新月の闇を一緒に歩く。

 

 目の前も見えない夜道、目を開けているのか閉じているのかわからない、ともすれば自分とまわりの境界線すら怪しくなる。

 そのぶん結と手を繋いでいる温もりだけが明確に分かり、彼が『お兄ちゃん』と呼んでくれるからこそ自分という存在が今ここに居るのだと知覚できた。

 

「寒いな」

「ね」

 

 夏はとうに過ぎてしまい、夜になれば肌寒い。

 月明かりもない暗闇の中では不安がどんどんと肥大化してしまう。

 結が居るから、年上としての見栄で歩ける。

 

 今はそれだけが頼りだった。

 

 

 行き先はコンビニではなく、近くにある公園の自販機。

 そちらのほうが距離的に近いこともあり、なるべく人との接触も避けられると思ったからだ。

 

 今日の戦闘で、こちらも向こうも多少なり疲弊していると思うが、それでも再戦にならないとは言い切れない。

 なのでできる限り被害が少ない場所を選び、こうして人通りの少ないところへやってきた。

 

 公園までやってくると、少なかった街灯がそれなりに増えて、灯りの直下だけは道がわかるようになっていた。丸く点在する道のくぼみを辿るように、先に見える赤い自販機のところまで足元を確かめながら歩いていく。

 

「よし着いた。早く買って帰ろうぜ」

「うん」

 

 青白い灯りが二人を照らす。

 上下に三列並ぶプラパッケージの飲み物を吟味しながら、注文されている飲み物を選んでいると、突然草かげから物音がした。

 

 それは遠くから聞こえてきたのだが、音はだんだんと近づいてきた。

 道路の真横の茂みががさがさと揺れ動く。何かが這うように、茂みを揺らす何かは次第に灯りのある場所へ這いずってくる。

 

 ばさり、と。

 生垣を超えて何かが街灯の隙間に落ちた。

 灯りの影になってシルエットしか確認できない。

 

 一夏は自分の背後に結を隠しながら、のらりくらりと立ち上がる人影を注視する。いつでも戦闘態勢に移れるよう腕のガントレットに意識を割きながら、じっと身構える。

 

 小柄な体型、ミニスカートから伸びる細い足、女のうめき声を上げながら、片手で頭を抑え、やたら長い髪の毛が歩くたびに不規則に揺れている。

 

 それは、暗闇に溶けていた影が街灯の下に晒され、その姿を現した。

 

「お前は……」

「……織斑、一夏……」

 

 艷やかな黒い長髪、ミニワンピースに大きなジャンパーを羽織っていてやたら小柄に感じるが、見た目からの年齢は十四、五歳ぐらい。世間一般の人間とは思えないほどボロボロで、しかし肌には清潔さを感じさせる色艶がある。

 そして緋色の瞳が見つめてくるその顔つきは、一夏にとって唯一の家族、千冬によく似ていた。

 その女は一夏を見るなりギラギラとした敵意の視線を向けていたが、隣にいた結を見て、不気味なほどににんまりと恍惚な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会いたかった……結」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 可憐な乙女のような声音。

 相手と自分たちとの間にあるギャップから、あまりにおぞましい感情に首筋を撫でられたような気がした。

 

「マドカ、ちゃん……」

 

 こいつが?

 

 一夏は結に確認しようと一瞬女から視線を外してしまった。

 それが仇となったらしい。

 次に目を向けた時には、マドカと呼ばれた女は上着のポケットから黒光りする拳銃を取り出し、躊躇うことなく一夏の方へ向けて銃口を構えていた。

 

 結を庇おうと背を向けたが先か、静かな公園に一つの銃声が響き、消えた。

 

 

 

 

 

 






 どうも作者です。

 やっとマドカ出せました。
 ほのぼのも書けたしまたぼちぼち続けます。

 ではでは。、


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七十九話 兄と弟



 誰にとっての?








 乾いた銃声の破裂音。

 

 一夏の背中越しから閃光が見えた。

 目に焼き付くフラッシュが暗闇に消え失る。

 結が撃たれたことに気がついたのは飛び出た排莢が地面に当たる音がした時だった。

 

「一夏お兄ちゃん!」

「大丈夫だ、当たってない!」

「そっちじゃなくて!」

 

 何かあったのだと一夏が振り向くと、弾丸が目の前で浮いていた。

 いや、空中に押しピンで留められたように静止していたのだ。

 

 こんな超能力じみた芸当をこなせるのは知っている人物の中でもただ一人。

 

「ラウラ!」

「結と下がっていろ、織斑一夏」

 

 どこからともなく現れたのはラウラだった。

 茶化して一夏を繰り出させたのは囮として活用する為であり、結果予想通り目の前の女が釣れた。

 

 ラウラは忠告も無しに腰からナイフを抜き、そのまま振り上げてマドカへと投擲する。

 

 ラウラは相手の回避予想を立ててすぐに横へ飛び出せるよう身構えていた。だがマドカは避けることもせず、ISも展開せず、生身の片手で投擲されたナイフを受け止めたのだ。

 先端を向けて真っ直ぐに飛んだ刃は当然彼女の掌を貫通し、血飛沫を飛び散らせながら刀身を汚す。

 

「なッ……正気か!?」

「ふふッ、この程度、愛の前にはかすり傷にもならん!」

 

 掌に突き刺さった短剣を徐に引き抜いたマドカ。

 栓を抜いたように溢れる出血も気にせずに、ラウラへ向けて短剣を上に投げた。

 街灯よりも高く投擲されたナイフは暗闇に姿を消し、AICでの防御機能が低下する。手の内を知られているが故の嫌がらせじみたやり方にラウラは舌打ちする。

 

 凶器が落ちてくる頭上と、拳銃を装備した敵が一人。碌に戦えるのは自分だけの状態で、ラウラは一瞬だけ迷ってしまった。安全の為の後退と、戦闘のための前進に。

 

 その隙を逃すことなく、マドカは前傾姿勢で走り出し、ラウラの選択権を潰しにいく。多勢に無勢。最初から満身創痍だったマドカは捨て身で攻撃することを選んだ。

 

 ラウラは落ちてきたナイフを掴み取り、やむなく防戦態勢に移る。

 せめて二人が逃げる時間を作らねば、そう思って準手に握った得物をいつでも繰り出せるように引き絞る。

 

「ッ!」

「終わりだ」

 

 血気迫る勢いで向かってくるマドカ。

 せめて気圧されないよう、必ず殺すつもりで臨むラウラだったが、それより先に飛び出した人影が。

 

「結!?」

「…………結」

 

 身を挺してラウラを守るように、小さな体をあらん限りにひろげて大の字に手足を広げる少年。

 束の間の膠着状態に陥った状況で、少年を挟み、時間が停止したような静寂がしんと広がった。

 

 それをみて、マドカは泣くわけでもなく、されども怒り狂う事もなく、構えていた武器を下ろして結にずかずかと歩み寄る。

 そして目の前で立ち止まり、結より少し高い目線からじっと見下ろしていた。 

 

 ただ立ち尽くして見上げる結。

 マドカは長い髪を垂らし、暗がりから覗く双眸がギラギラと粘ついた光をみせていた。

 さながら蛇に睨まれた蛙のように、結は目を見開き、瞬きも忘れてマドカの目を見上げる。瞳孔の開ききった瞳に吸い込まれそうになり、地に付けている足から感覚が抜けていく。平衡感覚が徐々に薄れていき、立つのが危うくなる。過呼吸気味に呼吸が荒く、浅くなっていく結がついに倒れそうになった。

 

 その瞬間マドカは諸手を広げ、覆い被さるように結に抱き着いた。

 

「……へ?」

「結ぃぃ……やっと会えたなあ……!」

 

 身を屈め、体面ができるだけ密着するようにが擦り合わせながらぎゅうぎゅうと力強く抱擁するマドカ。

 対して、結は何がなんだかわからないといった様子で硬直し、されるままに抱き上げられる。

 

 血の気が引いた結の青白い全身に血流が戻り、皮膚の毛細血管がざわざわと血気を取り戻して触覚を再起動させる。

 汗や血や汚れでべた付くマドカの肌が、ぎとぎとに纏わりついてくる彼女の長い黒髪が、顔に、喉に、腕に、絡みついて気色悪い。そんな不快感も忘れて、結は彼女の強引な抱擁から抜け出せない。子供の人形遊びのようにがしりと掴まれて、成すすべなく結は脱力したまま動けなかった。

 

「自分から私の胸へ飛び込んでくるなんてぇ、本当にお前は愛いやつだなぁ〜♡」

「な、ちょ……ま」

 

 結にそんなつもりは毛頭無い。

 だが彼女にとってはそう思えたのだろうか。だとしても曲解が過ぎる……。思い込みの激しい行動に戸惑いつつ、いつでも助けを出せるよう身構える一夏とラウラ。だがそんな二人を意にも介さずマドカは結との接触に舞い上がっていた。

 嬉々として一人結に語り掛けながら上機嫌に話すマドカと、顔面蒼白で呆けたまま蝋人形のように動けないままでいる結。

 

 あまりに温度差の違う二人を目の当たりにして、一夏は妙な不快感すら覚えてしまう。

 

「今まで長かった、地獄のような日々だった。お前に会うために色んな所を巡り、色んな事をやってきたんだぞ? やっと会えた、報われたのだ……」

「ま、マ、マドカ、ちゃん……?」

 

 困惑しながら抱き締められる結は、離れたい意思を示すように押し退けているが、マドカの体はびくともせずに回された腕は離れない。

 そんなままでも結はなんとか首だけでも動かし、マドカの腕の中から彼女の顔を見上げる。

 

「君は、本当に⋯⋯マドカちゃん、なの⋯⋯?」 

「マドカお姉ちゃんと呼びなさい」 

 

 冷たい声で言われた。

 さっきまで花のように咲いていた笑顔がぴしゃりと凍り付き、鉛のように重い声音でつらつらと言葉が紡がれる。

 

「今日、あの女に『セシリアお姉ちゃん』などと呼んでいただろう。お前の本当の姉は私だ。私だけなんだ。他の奴らなど血も縁も繋がりもない、戯言だ、まやかしだ」

 

 その目はずっと結を見ているが、焦点が合っていないのか開かれた灼眼の両目はぎらぎらと結の目の奥を見つめている。

 何が嬉しいのかにたりと吊り上がった口端に口元は引っ張られ、白い歯が暗がりからチラついている。

 聞いているだけでやっとの結は半ばマドカの言葉を聞き流していたが、頭の中で反響する彼女の主張がずっと繰り返されている。

 

「お前の姉は、この織斑 マドカだけだ」

 

 やっと聞けた彼女の名前。

 一夏とラウラは言葉を失い、思いもよらなかった事実に思考が停止しかける。

 一夏にとって、自分を家族とは千冬だけだった。織斑の性を名乗る、千冬によく似た女が、結の姉を自称する。その事柄の結び付きが見いだせず、ただただ困惑するしかなかったのだ。

 

 だが結だけはそんなことお構いなしに、相変わらず蒼い顔でマドカに問いかける。

 

「ねぇ、マドカちゃ⋯⋯お姉ちゃん。あの施設のみんなは⋯⋯? 先生は、どうなったの⋯⋯?」

「そのことか、心配するな」

 

 それだけが気がかりだった。

 気が付けば束の研究所に連れられ、その後はIS学園にたらい回し。何年ものあいだ詳細を知れないまま、あの研究所での出来事を抱えて生きていた結にとって、それだけが気になっていたのだ。

 

 

 

「研究員は殆どが束の襲撃で死亡。生き残りは私が始末した! 無論アーネストもだ!!」

 

 

 

 爛々とした笑顔で、嬉々として話すマドカ。

 意味が分からないと、結はうんともすんとも言えないまま立ち尽くしていた。

 

 だが、何を思ったのか、それとも何も想っていないのか、次の瞬間、結はシールドビットをマドカ目掛けて真横から横薙ぎに射出していた。

 

 だがマドカもシールドビットを展開して結の一撃を受け止める。

 楽しそうに笑いながら、娯楽のひと時を噛みしめるように。 

 

「がああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

「どうした、お姉ちゃんと遊びたいのか?」

 

 血相を変えてマドカの腕から飛び出した結は走りながらガーディアンを纏い、目の前で薄ら笑いを浮かべているマドカへ目掛けて大盾を喰らわそうと振り被る。

 

 スラスターを全開まで吹かした渾身の一撃を放つが瞬時にサイレント・ゼフィルスを展開したマドカは飛んできた大盾を旋回して躱し、大盾を抑えながら結に迫りガーディアンのマスク越しから結の頬を優しい手つきでうっとりと撫でる。

 

「⋯⋯ッ!」

「いい一撃だ。速い、だがお姉ちゃんには届かなかったな」

 

 マドカはあくまでも嬉しそうに笑っているが、結はマスクの下で今にも殺してしまいそうな煮えくり返た憎悪を滾らせて抑えられた盾を捨て、シールドビットを展開してマドカに向けて飛ばす。

 

「よくも、先生をォ⋯⋯!」

「あんな人間死んで当然だ。何故慕う? 何故敬う? 何故庇う?」

 

 不可解、分からないと言わんばかりに首を傾げるマドカは飛び交うシールドビットの大群を躱し、防ぎ、弾きながら結に近づき、腰に腕を回して胸ぐらのチンガードに手を掛ける。

 

 そして強引に引き寄せて、片手で全身装甲に包まれた結を抱き上げたまま鎧に手をかけた。

 

「その鎧がそうさせるのか? ならばそんなもの剥ぎ取ってしまおう」

 

 そういったマドカはガーディアンの胸当てを剥ぎ、左腕部をへし折る。

 抵抗すらさせないまま、ビット同士で押し合いさせ、自分は思う存分結の相手に勤しんでいる。

 

「離、せ……!」

「どうしてそこまで執着するのだ」

 

 スカートアーマーを剥ぎ取り、レギンスを砕く。

 全身の鎧を末端から丁寧に、零れなく丹念に打ち砕き、剥がし、中身を抜き出しにしていく。

 

「何がお前を掻き立てるのだ」

 

 せめての抵抗の手めに振り上げられた結の拳を片手で受け止め、その手を上から握り潰す。

 四肢の全てを使い物にならなくされた結は、芋虫のようにもがきながらマドカの腕から這い出ようとしているが、そんな抵抗も虚しい。

 

「何故?」

 

 マドカは最後に残ったガーディアンの仮面に爪を食い込ませる。

 ぎりぎりと、金属が歪む音を立てながら仮面はゆっくりと剥離され、一際大きくぶちん、と勢いよく剥がされた。

 剥がれた勢いで仮面はあらぬ方向に飛んでいき、暗闇の草むらに掻き消された。

 

 

「お前のISはどこまでも醜いなぁ」

 

 仮面の下に隠されていた髑髏。それを指先で撫でながら、マドカは色っぽくそんなことを呟いた。

 鎧の封印が無理矢理剥がされ、半ば放心状態と化している結をどうしようかと悩んでいるマドカだが、突如として向けられた殺気に振り向くと、目の前には今にも叩き斬らんとばかりに迫っていた一夏が、『雪羅』を纏って飛び掛かっていた。

 

「テメェ、結を離せェェッッッ!!!」

「ちょうどいい、貴様を殺したかったのだ!!!」

 

 上段の構えで突っ込んでくる一夏を『サイレント・ゼフィルス』のシールドビットと銃剣の短刀でいなすマドカは、その場に結を残して公園の草むらを旋回するように後退する。

 何度か斬り交えながら、フェイントで一夏に空振りさせ、ありありと晒してしまった首筋目掛けて短刀を突き刺そうとした瞬間、ナイフが狙撃された。

 

「忘れてもらっては困るな」

「廉価物風情が、出しゃばるなぁ⋯⋯!!」

 

 そこには黒い機体を駆るラウラが、背中のカノンを傾けて立っていた。

 口元を歪ませながらマドカはライフルビットで狙撃しようと試みるが、昼の敗北もあって殆ど底をついてたエネルギー残量に内心舌打ちしつつ、まだ尚追撃の意思を示して飛び掛かってくる一夏とラウラを蹴飛ばして暗闇の夜空へと一気に飛翔した。

 

「また会おう、結」

 

 猫なで声でそんなことをぼやきながら、マドカは闇に消えていく。

 放置された結はなんとか起き上がってマドカを追おうとするが、無理矢理剥がされた鎧の均整が無くなり、半ば暴走状態に陥った精神は発狂乱の有様だった。

 鉄色の骸が地面をのた打ち回り、喉の奥から吐き出される雄叫びをあげながら、結はマドカが消えていった空へ咆哮する。

 

「あの子、あいつ、マドカちゃんは、先生を! ぼくがマドカちゃんを……がぁぁあああッッ!!!」

「結、落ち着け!」

 

 立つことも出来ないのに這いまわり、暴れる骸のISを羽交い絞めの要領で押さえ込む一夏だが、体躯のでかいISではあまりに騒がしく、目立ってしまう。『零落白夜』で無理矢理に機能停止させようにもこうも動かれては加減もなにもできやしない。

 

 そんなことで何も出来ないままでいると、ラウラが数本のブレードワイヤーで骸を拘束し、動きを封じた。

 

 

「一夏! 今のうちに結を止めろ!」

「あぁぁもう、畜生が!!」 

 

 無抵抗の相手に、そんなことを思いつつも一夏は出来るだけ最小出力に抑えた『零落白夜』を発動し、骸の左胸から右胴にかけて、一太刀、袈裟斬りを討つ。まるで処刑のようだと罪悪感で胸が潰されそうになりながら、エネルギーを削ぎ落されてISが格納された結に目を落とす。

 

 ISとのリンクが一時的に絶たれ、意識の糸が途切れた結はそのまま気絶してしまい、さっきまでの騒動が嘘のように、辺りには静寂が訪れた。

 

 だが、耳にこびりついた結の咆哮の残響が、ずっと離れないままでいた。

 

 

 ◆ 

 

 

 

 結はまだ起きない。

 飛び散った鎧は光りとなって収束し、もとのペンダントに戻ったのだが、全体に亀裂が入ってぼろぼろになっていた。

 それを少年の首元にかけ戻してやり、背に背負って一先ずは自宅に帰ることにした。

 

「これからどうするつもりだ、織斑一夏」

「さあな。取り合えず千冬姉から話を聞くしかない」

 

 何でもないふうに一夏は話しているが、その目は冷たい怒りに満ち満ちていた。

 

「納得いくまで話してもらわなきゃ、俺もどうにかしちまいそうだ」

 

 

 

 






 やっとここまで来ました。
 屍モドキです。

 ここから先をやりたくて今まで書いてきたと言っても過言ではありません。これ以上先を書くのが楽しみ過ぎる。でも書きたくない。そんな思いでいっぱいであります。

 これからも楽しく書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 感想、評価、誤字脱字などありましたらご報告願います。


 ではでは。
 


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閑話休題 機体情報+その他

 なんなら読まなくていいところです。





機体名[ブルー・ティアーズ+シールドパッケージ]

 

 イギリス代表候補性のセシリア・オルコットが駆る【ブルー・ティアーズ】がガーディアンのシールドパッケージを装備した状態。

 

 スカートアーマー替わりに前一枚、後二枚を携える。

 他のビット兵装とは違い、よりダイレクトな脳波操作を求められるので、それまで以上の空間認識能力と処理速度が必要。

 

 そのため、ビットとしての使用にはセシリア本人が機体とのディープリンクが必須条件であり、理詰めでISを動かしているセシリアにとってはなかなか難しい発動条件。

 

 シールドビットには脳波操作の都合、ISコアに酷似したクォーツが組み込まれており、これが共鳴現象を引き起こして操縦者と機体のリンク深度を飛躍的に高める効果がある。

 そのため、結と【ファントム】は常に深層リンク状態にあるため、シールドビットを自在に操れる。

 

 逆に情報と理屈でISを動かすセシリアにとっては操作が難しい代物であり、だからこそ情熱で動きたかった【ブルー・ティアーズ】との連携を繋ぐ架け橋となり、覚醒状態に至った。 

 

 

 

 対【サイレント・ゼフィルス】戦でのセシリアの行動。

 

 セシリアの潜在能力自体はそれなりに高く、代表候補生に選ばれるに相応しい能力を秘めていた。だがそれを最大限活かしきるに至らなかったのは単純に機体とのリンク状態が杜撰で、コアとの調和が取れていなかったため。

 

 セシリア本人の特徴として、何事も数字で考える癖がある。ISを機械の延長線にあるものだと捉えているため、プログラム的な思考で動かしていた。だからコアをただのCPUだと思い込み、その思い違いからブルー・ティアーズとの齟齬が生まれ、BT兵装の本領を発揮出来なかった。

 

 その食い違いを結がディープリンクの補助をすることにより、面と向かって対話する形で進展。

 覚醒のきっかけを編み出させ、シールドビットの補助により一時的にセシリアはブルー・ティアーズとの覚醒を果たす。

 

 因みに、戦闘後半で見せた【サイレント・ゼフィルス】のビットを操ったのは、シールドビットでの脳波範囲拡張とセシリアの技量。

 

 シールドビットでセシリアのハイパーセンサーの領域を拡張し、【サイレント・ゼフィルス】にハッキング。機体情報がデフォルトのままだったのであとは機体波長をセシリア側から調整するだけで機体リンク自体は可能だった。

 そこからライフルビットの制御権を間借りして、発射はM側から、曲射操作はセシリアが行って不意打ち。

 という流れ。

 

 

 

 

 

 機体名:暮桜[疑似コア搭載型]

 

 とある理由によりIS学園の地下に封印されていた暮桜に、襲撃事件の折に鹵獲されたゴーレムの疑似ISコアを搭載した機体。暮桜自体が第二世代型のISであり、コアも陳腐な代物であるため性能面では当時のスペックには劣る。

 

 無人機への搭載がデフォルトのコアであるため、PICや搭乗者保護機能の一部などがオミットされている。

 そこから更に千冬自身が出力調整を施し、機能的には当時の機体となんら遜色無い性能にまで引き上げられている。

 だがそれは今の千冬が搭乗することを前提とした場合であり、他の人間が乗れば歩くこともままならない。

 

 



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専用機タッグトーナメント編
八十話 他人と家族


 明けましておめでとうございます。
 まだまだ続く本編にちょっと不安になってきましたが、まだまだ頑張って書いていきますのでどうぞこれからもよろしくお願いします。






 家具の木片、破かれた教本、投げ捨てられた食料品。

 コンクリートが打ちっぱなしの一人部屋に散乱するゴミとかした家具だったものや日用品。破砕されたそれらの片隅や壁、床には血痕がこびりつき、人が暴れた後であることを示唆していた。

 

「………………」

 

 その部屋の中央で力なく倒れ付しているのは一人の少年。

 目元には泣き腫らした後があり、袖や裾には夥しい量の乾いた血のあとがべったりと張り付いてるいるが、肝心の肌に裂傷はおろかすり傷もついておらず、赤みがかった関節が破けた服の隙間から垣間見える。

 

 うつ伏せのまま倒れ伏している少年はパチリと目を開き、腕を床に付いて肘を立たせ、関節や筋肉の動作を確認するようにゆっくりと、身体を震わせながら立ち上がる。

 

 そして関節をゴキゴキと鳴らしながら周囲をじっとりと見回し、なんとなく現状を把握したあたりでぐるると腹が鳴った。

 

「チッ、腹減った……」

 

 小さく舌打ちしながら、少年は床に散らばっていた携帯食料や保存食を拾い上げて舌を出しながら踊り食い、口の中ですり潰すように咀嚼する。コップを拾い上げて洗面所から汲んだ水でそれらをまとめて胃の中へ流し込む。

 

 バッグからまだ食べられそうなものを漁ったり、ぶちまけられた食料品を吟味したりと最低限の補給をしながら部屋中の片付けをしていると、この部屋唯一の扉からノックの音がした。

 

「おはようございます、結ちゃん。今日は学校行けれそうですか?」

 

 鉄製の扉越しからくぐもって聞こえるそれは担任教師である真耶の声だった。

 起きているかどうかの確認。中に入ればいいものをとも思うが、いつかの生徒会長による不法侵入の件でこの倉庫のような部屋の扉は電子ロックが施され、部屋主以外の侵入は難しくなっていた。

 

 なのでこうして扉越しに話しかけているのだが、中の状況がわからない以上は返事をしようがしまいがそれは中の人間次第である。

 

「『おはよう、先生。でもごめんよ、まだ出れそうにないや』」

 

 何を思ったか、少年は返事を返し、登校しない旨をやんわりと伝える。

 その言葉に扉の向こうでは迷いの意を見せる真耶だったが、すぐに「わかりました」と答えて扉の前から去っていった。

 部屋の外から人の気配が無くなり、また静寂が訪れた部屋の中で一人、座り込みながら少年は胸に手を当てて語りかける。

 

 

 

「さて、まだ引き篭もるか? 結」

 

 

 ◆

 

 

 誕生日会を終え、襲撃事件の重苦しさをなんとか見ないように明るく振る舞う学園はどこかぎこちない雰囲気が漂っていた。

 未だ恐怖の念から抜け出せない者、なんとか明るく振る舞おうとする者など様々に、日常は知らぬ顔で過ぎていく。

 

 何気なく挨拶を交わし、先日の慰めや感謝の言葉が教室で飛び交う。

 そんなものを一夏はどこか他人事に聞き流していた。というよりも一切の情報をまともに処理出来ないでいる。

 

 何も変わっていないようで、異変は確かに自分たちの日常を蝕んでいた。

 あれから結は教室に姿を現さない。

 空席のままの机には日々プリントが積まれては回収されを繰り返し、そのぶんだけ結との隙間が開いている気がした。

 

 電車に揺らされているかのように、過ぎていく時間に連れられて現実は着々と、目の前の景色を、人との関係を、少しずつだが確実に変えていく。

 

 結との距離が遠のいているようで、けれど彼に会う顔がなくて、一夏は一人もがいていた。

 

 何も出来ないままに一日が終わり、一年寮に戻っていた一夏は、居ても立ってもいられずに部屋を出る。

 

「一夏くんどこ行くの?」

「千冬姉と話してきます」

「そう。あまり遅くならないでね」

 

 同室の楯無に背を向けたまま行き先を伝え、後ろ手で扉を閉める。

 今にも走り出しそうになる気持ちをなんとか踏み抑え、ズカズカと歩いていく先は寮長室。その扉を叩き、「入れ」と返事があったので中に入ると、部屋の奥で酒を呷る姉の姿があった。

 

 部屋に散乱する酒の空き缶と脱ぎ捨てられた衣類。充満するアルコールの臭いに辟易しながらも、一夏は汚部屋を突き抜けて千冬姉の前まで歩いていく。

 

「千冬姉、聞きたいことがある」

「学校では織斑先生と呼べ」

「俺達の家族の事だ」

「…………」

 

 千冬は何も言わずにまた酒を呷る。

 悠長な態度に業を煮やした一夏は半ば怒鳴る勢いで千冬に尋ねる。 

 

「マドカって誰だ? 結は俺達の家族なのか? 俺達の両親は何処に消えたんだ、俺達はいったい何者なんだ!!」

「一夏」

 

 空になった空き缶を卓上に並べ、冷蔵庫から取り出した新しい缶を開けながら千冬はぶっきらぼうに言い捨てる。

 

「私の家族はお前だけだ。無論、お前の家族も私だけだ」

「千冬姉!!」

「そうでないといけないんだ」

 

 一夏に小学校より前の記憶は存在しない。

 それは年を取るにつれて忘れていったものだからか、それとも最初から存在しないのか。

 

 織斑マドカ。

 

 千冬によく似た少女。

 彼女の存在が、自分たちの生い立ちが、何もかもが今一夏にとって信用出来ない、したくないものになりさがっていた。

 千冬に似た少女は結との姉弟関係を示唆し、当たり前のように凶器やISを振り回し、当然のように戦う様は、自分たちと決定的に生きる世界が異なっているはずなのに、何故かそれが当たり前に感じていた。

 

 拳を握り締めて立ち尽くす一夏を尻目に、千冬は溜息をつきながら飲みかけの酒を呷りあげ、不造作に卓上へ叩きつけて立ち上がる。

 

「来い、一夏」

「どこ行くんだよ」

 

 あれだけアルコールを摂取しているはずなのに悠然とした足取りで部屋を出ていく千冬を追いかけながら、一夏はその行き先を尋ねる。

 だが千冬は一夏に目もくれずにズカズカと歩みを進めて寮を出ていく。

 

「私に勝てたら教えてやる」

 

 秋も中頃を過ぎて夜になれば冷えてきだした。空はすっかり日が沈み、暗い道をたった二人で歩くこと十数分、連れて行かれたのは第二アリーナ。

 ドーム状の天井は夜間仕様で完全に閉ざされ、外からは見えないように遮蔽されていた。そんな中で天井を一周、投光器が設置されており、ブレーカーを上げると一斉にアリーナの中央を照らす。

 

「戦闘の準備をしろ」

「いきなり何だよ」

「私は機体を取ってくる」

 

 一夏の有無を言わさずに千冬はカタパルトに向かいながら社用の携帯電話で何処かに連絡を入れていた。

 思う事がありつつも一夏はISスーツに着替えに行き、早々に【雪羅】を纏ってアリーナの中央で待機していた。

 

 待つこと数分、やがてプライベートチャットに一本の通話が入り、出ると千冬が準備完了を伝えてすぐに通話は途切れる。

 向かい側のカタパルトが開き、すぐにも飛び出してくる相手への臨戦態勢を取りながら、一夏は腰から【雪片弐型】を抜き放つ。

 

 

 

 

「織斑千冬、【暮桜】。出る」

 

 

 

 

 カタパルトから飛び出してきたのは、かつて世界最強と謳われた伝説の機体。藍色の装甲に一振りの刀を携え、その身一つで最強へと上り詰めた千冬の専用機だった。

 

「それは、その機体は……!」

「無人機のコアを使用して再起動実験をしていたものだ。長らく凍結処理をされていたがな」

 

 昔の小柄な印象像からさほど変わってはいないが、背面から伸びる有線コードが機体各部のユニットへと伸びており、全体的にアナログな状態へダウングレードされていた。

 鞘から抜かれた【雪片】は、一夏の持つそれとは違って赤く光を灯し、シールドエネルギーの相違点が垣間見える。

 

「じゃじゃ馬がさらに扱いづらくなったが、まぁ動けん事はないか」

「そんなので戦えるのかよ」

「ふん、なめるなよ?」

 

 普段の教師としての千冬ではない。

 いつもの姉としての千冬でもない。

 

 今一夏の目の前にいるのは、一匹の剣士だった。

 

 睨まれただけで腹の底から冷える気持ちに震え上がる。そんな恐怖を抑えながら、一夏は中段の構えで千冬に対峙する。

 

「挑んでこい、叩き斬ってやる」

 

 鬼は笑う。

 久しい戦場に心踊らせながら。

 






 どうも屍モドキです。
 長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
 詳しくは活動報告に書いてますが、ちょっとリアル事情でバタバタしてまして、まともに生活が遅れる状態じゃありませんでした。

 なんとか調子が戻ってきたので、またぼちぼち書きます。

 感想なり誤字なりありましたら、ご報告ください。

 ではでは。


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八十一話 軋む歯車と埋まる溝

 


 

 その日の晩、楯無との部屋に担ぎこまれたのは気絶してボロボロになった一夏だった。

 

「織斑先生? 彼はどうしたんです?」

「なに、ちょっと扱いただけだ」

 

 そう言いながら千冬はボロ雑巾のような一夏を楯無に預け、軽くなった肩をゴリゴリ鳴らしながら部屋を去る。

 殆ど汚れてもいない千冬はふと立ち止まり、伝言を楯無に残した。

 

「そうだ。明日の晩も同じ場所に来いと伝えておけ」

「わ、わかりました」

 

 今度こそ去っていく千冬だが、その足取りには若干の疲れが見えた。

 

 ややあって目を覚した一夏は飛び起きたと同時に筋肉痛やら打撲やらで苦悶の表情を浮かべてのたうち回る。

 目を点にしながらベッドの上であたりを見回し、アリーナの地面の上でない事を知ると一夏は乱れた呼吸を整えながら隣で寝ていた楯無に経緯を尋ねた。

 

「あれ、俺確か、千冬姉と試合してませんでしたっけ……?」

「気絶して担ぎこまれたわよ。昨日は何があったの?」

 

 上から覗き込むのは同室の楯無先輩。

 あの世界最強と謳われる織斑千冬と気を失うまで戦い続けたと聞けば、流石の楯無も心配が勝っていた。

 

 一夏はその場に座り直し、昨日の事を思い出していた。

 

『私に勝てたら教えてやる』

 

 その言葉を聞いて突っかかった一夏だが、いくら機体性能に差があろうと関係無いと言わんばかりに一方的な試合を繰り返し、手も足も出ないまま返り討ちにされていた。

 

「結局何も聞き出せませんでした……」

 

 子供のように不貞腐れながら、一夏は正直に話す。

 強くなりたいと願っても力はつかない。

 

 学園に入ってから幾度となく戦い、時に命を危険に晒したりもしたが、それでも遥か高峰にいる姉に届きもしなかった。

 自惚れていたわけではない。

 少なくとも一撃ぐらいは一矢報いようと藻掻いてみたのだが、掠りもせずに叩き伏せられた事実が何よりもつらかった。

 

 暗く俯く一夏は信じて積み上げてきたものを全否定されている気分で、すっかり意気消沈していた。

 

「一夏君はもっと強くなれる。焦っちゃだめだけど、時間もないのよね」

「…………」

 

 それでも一夏の表情は変わらない。

 みかねた楯無はやれやれと頭を振り、無理やり一夏の頭を胸へと抱き寄せる。

 

「えい」

「のわっ!?」

 

 すぐに飛び退こうとする一夏だが、全身を痛めた状態ではさしたる抵抗もできずにされるまま楯無に抱擁されていた。

 

「無理しなきゃいけないのはわかるわ。けど潰れちゃったら元も子もないじゃない。どうか道を踏み外さないで」

「楯無さん……」

 

 さながら母親のような慈しみに満ちた声に、一夏は無意識に脱力していた。思えばあの晩からずっと焦燥感に駆られて突き動かされていた気がする。思いとどまった頃にはどうどうと滾っていた血の気が収まり、肩の力が抜けていた。

 

「あなたの講師は織斑先生だけじゃないからね。私もビシバシ鍛えてあげるわ!」

「望むところです!」

 

 鋼は何度も熱して、叩いて、鍛えて、刀と成り得る。

 今一夏は、綽々と熱されている最中なのだ。

 

 ならば今こそ極限まで鍛えてやるのが役目。

 

 

 

「それで、タッグトーナメントはどうするの?」

「へ?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 窓の無い部屋で時間帯を把握するのは難しい。

 機体情報から日時を知るのは難しい事ではないが、日照を浴びないのはやはり肉体的に健康とは言い難い。

 

 それはそれとして、ひとまず外に出たいと思う反面、何処に行こうか迷う。

 別にどこに行こうと構いやしないが、下手に歩き回るのは情報収集には向かない。何かいいもんはないか。

 

 ボロ雑巾以下の布切れの中から比較的まともに形状を保っている衣服を纏いながら、亡霊は今後の活動について方針を決めあぐねていた。

 

 サテ、暫ク結ノヤツハ出テコナイ ダロウシ、コノママ自由ヲ謳歌スルノモ アリダガ、何処マデ動ケバ イイモンカ。

 別ニ ココカラ逃ゲタッテ イイガ、ダトシタラ マタ亡国機業(アイツラ)ト 絡ム事ニ ナル。ソレハ アマリ嬉シクナイ。

 

 行くあてもないがとりあえず出ようとしたところ、扉の向こうからノックの音が転がってきた。

 

「結、居る?」

 

 声の主は簪だった。

 一夏と買い出しから戻ってからずっと気を失っており、それからも学校に出ていないと聞いていた簪は心配が募り、こうして顔を見に足を運んだ次第である。

 強固な扉の前で立ち尽くすばかりの簪は、結からの返事をじっと待つ。

 

「『なぁに、お姉ちゃん?』」

 

 扉越しに返事が帰ってきて簪は安堵した。

 

「この前から学校来てないみたいだったから、気になってさ」

「『そっか心配かけちゃった。ごめんね?』」

 

 普段となんら変わりない。

 いや、少しばかり人懐っこいような甘い声音。

 

 いつもの結はこんな猫なで声など出さないはず。

 

 扉の向こうから聞こえてくる結のはいつもの少年の声のはずなのに、その話し方、その特徴から何もかもが別人のような気がしてならなかった。

 

「ねぇ、結。中に入っても、いいかな……?」

 

 最初とは違う意味で少年の安否が気になった簪は、躊躇いながらも中の様子を確認したくてたまらなかった。

 嫌な汗が背中を伝い、掌を湿らせる。

 脳裏に虫唾が走る。

 本能が何かを危険だと知らせるのに、何が危険なのかがわからない。

 

 自分で部屋の中に入りたいと言ったが、内心断って欲しかった。

 だが現実はそうもいかないらしい。

 

「『…………いいよ』」

 

 間を開けて帰ってきたのは承諾の意。

 がちゃんと施錠が開かれ、冷たいドアノブが回る。

 重たい金属製の扉はすんなり開き、中へ通路の光が滑り込む。

 

 

 

「いらっしゃい、お姉ちゃん」

 

 

 

 そこには暗く荒んだ室内が広がっていた。

 散乱した雑貨や破片、破り捨てられた服や本、横転したベッドや机、よく見れば壁や床などには飛び散った血痕がこびりつき、獣が暴れたような有様の室内は明らかに心身の異常をありありと示している。

 

 だが彼は作り物のような優しい微笑みを顔に貼り付けて、塵芥と化した日用品に囲まれながら、少年の形をしたそれは当たり前のように部屋の奥から手招きしてくる。

 

 結であって結ではない。

 あきらかに平常ではない室内で、知っている顔をした知らない誰かに見据えられながら、簪は内心の震えを抑えるのに必死だった。

 

 二の腕に虫が這うような寒気が、扉を跨いだ瞬間からずっと絡みついてくる。

 早くここから逃げ出したい。だがぬかるみに足が埋れてしまったかのように固まり、動けなかった。

 

 目の前まで近づいてくる少年は、カメラのように無機質な瞳でじっとこちらを見上げている。そのどこまでも生気のこもっていない瞳孔はまるで監視されているかのようで、居心地の悪さや部屋の環境も相まってさながら拷問部屋にでもいる気分だった。

 

「わ、私、整備室にっ、用事があっ、あったんだ、った……!」

 

 一瞬の硬直の後、痺れていた体が感覚を取り戻したと同時に簪はあからさま過ぎる言い訳を連ね、足を床から無理やり引き剥がしながら叩き壊す勢いで部屋から飛び出し、そのまま早足に去っていった。

 

「『あ〜あ、からかい過ぎたかな。フフフ』」

 

 亡霊はケタケタ笑いながら、手の中で茨に巻かれたデータチップを弄る。それを首筋の挿入口に射し込むと、機体のデータベースに【打鉄弐式】の機体情報が流れ込んできた。

 

「『あんまり平和ボケもしてらんねぇぜ、カンザシお姉ちゃん』」

 

 シシシ、と笑いながら亡霊は情報処理に勤しむ。

 今後の根回しと下準備のために。

 

 

 ◆

 

 

 一目散に通路を走り抜けながら、簪は関係者出入り口から飛び出して一般通路に差し掛かると、道の真ん中で壁にも足りかかりながらその場にへたり込む。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 けたたましく胸を叩く心臓に内側から耳が狂いそうになりながら、止めどなく溢れてくる滝汗を拭う。

 

 な、なんなの、さっきの。

 

 怖かった。

 いつもの霞のような雰囲気の少年ではなかった。

 叢に潜む蛇に睨まれていたような、泥臭い恐怖に駆られて硬直してしまっていた。

 

 渡しそびれちゃった、申請用紙……。

 

 一学期に中止になったタッグトーナメントの申請用紙。

 何やら暴走事件があったとかで、大会自体が流れてしまったのが、学園側の配慮で専用機限定ではあるが再度行われることになった。

 

 そこで簪は、完成はしたもののあまり実践が積めていない愛機を使うべく、数少ない友人である結を頼ろうと赴いたのだが、結果はさっきの通りであった。

 

 なんたか、怖かったな……大会どうしよう。

 

 ある程度息が落ち着いたところで、ふりだしに戻った問題にどう対処するか悩みながら、簪はとぼとぼとアリーナから学生寮へ戻る。

 

「あっ」

「ん?」

 

 一年生寮に戻った簪は、通路でばったり出会ってしまった一夏を見上げているあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。

 バツが悪そうに簪は一夏から視線を逸らしながら通り抜けようとしたが、空気の読めない一夏に声をかけられて足を止めてしまった。

 

「それ、簪さんもタッグトーナメント出るのか?」

「わ私は、結と出るから」

「結は……多分出れないぞ」

「……それ、どういう意味?」

 

 何やら言葉を濁しながら言いづらそうに話す一夏。

 確実にあの晩何かあったに違いないと確信を持った簪だが、今から折り返して結から聞き出すほどの度胸は持ち合わせていなかった。

 

「あいつの機体、今は壊れて使えないはずだ。だから他のやつと組んだほうがいい」

 

 壊れている?

 キャノンボールファストの襲撃の時は殆ど戦闘に加わっていなかったし、やはりあの晩にIS戦闘があったということ? 

 え、市街で?

 それは別の意味でやばいのでは……?

 

 仮にもISの軍事利用は条約で禁止されている。それがゲリラ戦で日本の街中で戦闘が起きたとなれば、国際問題に発展するのだが、それをこの男はわかっているのか。まぁ世界で二人しかいない男性操縦者に保険の意味も込めて専用機を持たせているのだ。今回のことは日本国に非はない、はず……。

 

 というかなんで結の機体だけ損壊しているのか? やはりあの日の襲撃者と結は関わりがあったのか。空の上で何か話していたようだし。となると結の存在は相当危険な目に晒されているのか?

 

 どんどんと不安が募り、ぶつぶつと要素を呟き思考に耽る簪だが、当初の目的と今の状況を思い出して話に戻る。

 

「そんなこと言ったって、私、友達、いないし……」

「それじゃあさ、俺と出ようぜ」

「は、はぁっ!?」

 

 何を言っているのだこの男は。

 ナンパにしたってもうちょっと緩急をつけるべきじゃないのか。

 そもそもお前は引く手数多だろうに。同級の生徒を見ろ、専用機持ちがごまんといるじゃないか。というか一組に集中し過ぎなのだ。しかも一人はあの篠ノ之束博士から直々に渡されたというじゃないか。どう考えたって私なんかよりそっちを選んだほうがいいだろうが。何考えてるんだこいつ。

 

「なんで、あなたなんかと、出なきゃいけないの……!」

「大会出たいけど相手いないんだろ。だったらいいじゃねえか」

 

 痛いところを突かれて言葉に詰まる簪は、心底悔しそうな顔をしかめながら賎しく一夏を睨む。

 

「それに、アンタの強さをみてみたい」

「……何様のつもりよ」

 

 一夏とは浅からぬ因縁めいたものを感じている簪。それは互いに内に秘めていたものであり、それは結を介して更に深まった。

 

 互いに抱くのは結を助けたいと思う意思。だが一夏は少年に対抗出来る数少ない人間で、簪は一夏に恨みを、結に友情を抱いていた。

 

 そんな拗れたままの関係を解消したいと思う一夏はこうして簪にパートナーを申し出て、仲良しとは言わずとも理解を得られたらと画策していた。

 対して簪は心底嫌そうにしつつも、トーナメントに出る相方がいないのは事実だった。足元を見られているようで不服だったが、損得勘定の結果、渋々許諾することにした。

 

「わかった、あなたと出る。けど足引っ張ったら許さない」

「よし、タッグ成立だな」

 

 相方となる簪に握手の手を差し出す一夏だが、簪はそれを無視して早足に去っていく。虚空に手を振りながら一夏は手持ち無沙汰の右手をポケットにしまい、去っていく簪の後ろ姿をじっと見つめる。

 

 何処か覚束ない足取りに不安が勝った一夏は嫌味を言われるのも厭わずに簪の肩を掴む。

 

「きゃっ!?」

「なんかつらそうじゃねーか。パートナーなんだし頼れよ」

 

 簪は一夏の手を振りほどこうとするが、さっきの貧血からまだ戻っていない体調に苛立ちながら、できる限り接触面を減らそうと最低限の補助をしている一夏の気遣いを買い、黙っておくことにした。

 

 申請用紙を提出するため職員室まで歩くが、その間の会話は無く冷めきった空気が渦巻いていた。

 

 織斑一夏、生意気……!

 

 異性に触れられている事に意識し、しかもその相手が恨み相手で、内心めちゃくちゃに荒れている簪だが、当の一夏は晒される奇異の視線に極力目を向けないように気を配り、それどころではなかった。

 

 





 どうも屍モドキです。

 原作との調整とかが難しくて難航してます。
 キャラの登場時期だったりが結構変わってるので、そのまま使うにはちょっと辻褄が合わなくて面倒です。

 それではまた次回で。


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八十二話 鬼と骸

 照明を消したままの洋室で、マドカはデスクライトの灯りだけを頼りに右手の包帯を巻き取る。

 深々とナイフの刺さっていた箇所はすっかり塞がり、皮膚下に若干の神経痛に似た痺れを感じる程度だった。

 

「入るわよ」

 

 ノックの音と共に扉越しから聞こえてくるのは若い女の声。

 その声にマドカが応える気はなく、扉の向こうの女もそれを知ってか有無を言わさず部屋に入ってきた。

 豪奢な金髪を腰まで垂らすその女は、医療用ナノマシンの投薬注射器が散乱する部屋を見回したあとにマドカを一瞥する。

 

「先日の無断接触の件、どういう事?」

「ただの偶然だ」

 

 マドカは金髪の女に目もくれず、外傷を負った場所の確認をしながら剥いだ包帯を巻き取り、ゴミ箱に投げ捨てる。

 

「姉弟の再会ができて嬉しかったのはわかるけど、あまりそういう事をされたら困るのよね」

「以後気をつけるようにするさ」

 

 全く悪びれもしないマドカの態度が癇に障った女は、注射器の海を蹴り飛ばしながらマドカへ近づき、少女の細い首を掴みあげて壁に叩きつける。

 

「貴女の仕事はISの奪取、それをわかってる?」

 

 棘のある言い方にどれだけ女が内心荒んでいるのかが伺える。それもそのはず、先の襲撃では、あれだけのISがほぼ無防備の状態で並んでいたにも関わらずにたったの一機も手に入れるに至らず、その上マドカが返り討ちにあって逃げ帰ってくる始末。

 

 更にその状況で帰還までに織斑一夏含む数名と交戦、こちらは軽傷に済んだと言えどもダメージは少なくはなかった。

 

「私の引鉄は軽いんだ。それはお前も理解していると思うのだが」

 

 首を絞められても冷たい表情を崩さないマドカ。

 女が振り返ると背後には四基のライフルビットが今にも撃たんとばかりに銃口をこちらに向けて待機していた。

 

 やがて無駄と悟ったのか、女はマドカを解放して部屋を出ていく。

 

「次の指示を出すまで大人しくしてなさい、強化人種さん」

 

 女の敵意が薄らいだのを感じ取ったマドカはビット達を格納し、服の汚れを払ってベッドに身を投げる。

 

「あぁ、結……待ち遠しいなぁ……」

 

 火照る身体を捩って、嬌声を噛み殺しながら、マドカは昂ぶりを抑えるために慰めに耽るのだった。

 

 ◇

 

 

 

 夜の闘技場。

 ドームの真ん中で剣を交えるのは一組の姉弟。

 だが一方的な斬撃が続く中、一夏は死にものぐるいで千冬の太刀筋を一つの取りこぼしも無く目で追っていた。

 

「どうした一夏、仕掛けてこないのか!」

「できたらやってらァ!!」

 

 半ば叫ぶように吐き捨てながら、一夏は袈裟斬りを真正面から受け止め弾く。

 千冬の攻撃は全てが殺しに来るような威力を持ち合わせ、一つでもまともに喰らえばたちまちに撃墜されてしまう。

 だが攻撃の手は止まることを知らず、一撃踏み込むごとに拍車を掛けて繰り出される。

 

 右袈裟、唐竹割り……横、右上段、左逆袈裟、打突。

 

 一撃一撃をなんとか目で追いながら、一夏は千冬の繰り出す怒涛の連撃を捌いていた。

 昨日の試合で一方的な嬲り殺しにされてなすすべ無く打ちのめされた一夏。だが、そのたった一夜にして、一夏は千冬の攻撃を視認出来るようになっていた。

 

「ッラぁ!!」

「ほう」

 

 あまりに速く、とてつもなく重い攻撃の中に、それでも致命傷に至らない程度に弱いブラフ混じっている。焦りきっていたら絶対に間違って受けてしまうような攻撃は出来るだけ体面を逸して躱し、確実に仕留めにくるような攻撃だけを選別して弾いていた。

 

 成長している。

 微々たるものだが、昨日ならばもうくたばっていたものを、今はまだ正気を保って立ち、剣を振っている。拙さが目立つものの、それでも殺陣に抗えているのなら及第点だ。

 

 だが。

 

 千冬は左上段に構えた【雪片】を真っ直ぐに振り下ろす。

 その一撃がデコイだと悟った一夏は身を反らして斬撃を躱し、次に繰り出されるであろう二撃目に備えて左手を【雪片弐型】から離し、【雪羅】をシールドモードに切り替えてすぐさま展開した。

 

 バチン、と強烈なラップ音を闘技場内に響かせながら、【雪羅】のエネルギー膜に千冬の【雪片】が突き刺さる。

 一度目の斬撃は完全に思わせぶりの一太刀で、この返しこそが本命の攻撃。瞬時に二発の斬撃を繰り出す技、燕返しだった。

 

 以前にも見たことのある技に対応出来た事を内心喜ぶ一夏だが、そんな歓喜も束の間、千冬の回し蹴りが見事なまでにクリティカルヒット。右横腹に走る衝撃にそのまま吹き飛ばされ、広大なグラウンドを盛大に転がる。

 

 反転した視界で何が起こったのか一瞬理解が追いつかず、転がり終わって地面に大の字で倒れ伏す一夏が目にしたのは片手に刀を握り、悠然と練り歩いてくる藍色の鬼だった。

 

「良い反応だ。だがまだまだだな」

 

 逃げ出そうと回避するより早く、千冬の逆風が立ち上がった一夏の顎を打ち抜き、また突き飛ばされる。

 

「立て。今日はまだ終わらんぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「一夏くん平気?」

「大、大丈夫です……」

 

 昨日も死にかけるまでしごかれた一夏。楯無との特訓期間も相当に疲弊していたが、今の一夏はそれ以上に憔悴仕切っている。

 流石の楯無もこれには同情の意を示すが、当の本人はむしろそれを望んでいるようにも見えた。

 

 まるで野良犬のような眼をしている一夏だが、千冬の鍛え方のおかげかそれとも体質か、たったの数日で筋肉量が変わっていた。

 

 幼少から剣道をていたのもあり、ブランクはあれど元からそれなりに鍛えられていたのだが、最近は楯無自身が面倒をみていたり、それより前は自主的にトレーニングにも励んでいたので仕上がり自体は悪くなかった。

 

 が、それらを踏み越えて更に高みへと昇華している気がする。

 

「もっと、強くならなきゃいけないんです」

「そっか。なら頑張らなきゃね」

 

 心配なさそうだと笑顔を取り戻した楯無は、部屋に備わっている冷蔵庫から何やら濃いめの琥珀色をしたドリンクを一杯。一夏の前に持ち出してきた。

 

「なんですかこれ」

「ロシアのお茶、チャーガよ。さっ、グイッと一気にパラダイス♪」

 

 普段の彼女の行いから警戒していた一夏だが、お茶は思いの外美味しかったとか。

 

 

 ◆

 

 

 

 アリーナ地下にある結の部屋。

 散乱していた瓦礫破片や塵芥はきれいサッパリ掃除され、破損した備品その他日用品は全て補充され、元通りになっていた。

 ついでに新調された制服に着替えながら、少年は鼻歌交じりに制服のボタンを閉める。

 

 パーカーを羽織り、フードを立たせて首元を隠す。

 捲し上げる裾が少なくなったスラックスを履き、ジャケットをパーカーの上から被せて前を閉める。

 

 ピッタリした着心地に少年は口元を歪ませ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「さて、そろそろガッコウに行きますか」

 

 

 

 

 





 なんとか軌道に乗せられそうです。


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八十三話 キュビズムな器

「おはよーございまーす」

 

 教室の扉が勢いよく開かれ、入ってきたのは小さな子供。

 クラスの中にいた者はそれが誰だか一瞬わからず、教室の入り口に集まった視線はじっと少年の事を観察していた。

 

「上代くんだ」

「もう学校来れるんだ?」

「ていうか何があったのかな?」

 

 事情を知らない一般生徒達はやんややんやと姦しく騒ぎながらも久々に見る少年の姿に安堵する。

 だがそうでない、あの時、あの場に居合わせた一夏とラウラはこれ以上ない程に緊張していた。

 

「ゆ、結? もう平気なのか?」

「おはよ、お兄ちゃん。もう大丈夫だよ。心配かかてごめんね?」

 

 おずおずと声をかける一夏。だが結は「何もありませんでした」と言わんばかりに平然と、はにかむように笑ってみせる。

 あの時、あれだけ取り乱していた少年が、腸が煮えくり返るほどの慟哭を上げていた彼が、そんなこと忘れてしまったかのようにニコニコと、眼前で通学鞄を片付けていた。

 

 当たり前のように環境に順応している姿は、傍から見ればいつも通りの様子だろう。だが同じクラスで過ごし、一学期を共に過ごした一組の生徒達は目の前の少年が無表情を貫かず、愛想笑いと言えど笑った事に違和感を覚えたのだ。

 

 肩透かしをくらったみたいで釈然としない。

 他人事みたいに話す少年が、当事者では無いように思えて仕方なかった。

 

 他人のような仕草、話し方。癖。

 

 ゆるい目元。

 小さな口。

 少しはねた癖毛や薄い耳の形。

 まだ声変わりのしていない高めの声音。

 陶器のように細く白い指。

 いつも着ている服。

 少年を構成する何もかも一つとして違わないはずなのに、今目の前に居るのは全くの別人のような気がしてならなかった。

 

「結、ISは無事なのか?」

「全然。全壊でしばらく使えないよ」

 

 一夏の後ろから首を突っ込むラウラの質問に、結は首から下げていたロケット型の盾を見せながら答える。

 結のIS、ガーディアンの待機形態である盾の形をしたロケットペンダント。それが今は全体にヒビが入り、今にも砕け散りそうな様子で紐に吊るされていた。

 

 あれほど大事にしていた盾。それを指先で振り回しながら、少年はヘラヘラ笑っている。

 あまりに淡々としている。

 歳不相応にさらりと受け流す様は、とても齢十に満たない子供とは思えないほどに達観していた。

 

 そして、あまりにも彼らしくない態度に、嫌な汗が背中を伝う。

 

「お前、本当に結なのか?」

「なんの話?」

 

 一夏の問いかけに、少年はとぼけるように舌を出して答える。

 程なくして予鈴が鳴り、教室に織斑先生が入ってきた。

 

「おはよう諸君。何をしている織斑、席に付け」

 

 千冬の言葉に渋々席に戻る生徒たち。

 織斑先生は出席簿を教卓に置き、点呼を取る。

 後から入室してきた山田先生は結の姿を見た途端に今にも泣き出しそうになるが、きゅっと身を引き締めて溢れる涙を抑えていた。

 そんな真耶の姿に少年は小さく手を振って答える。

 

「上代。体調は大丈夫なのか」

「もう平気ですよ、センセ」

 

 聞き分けのいい子供に訝しむも、千冬はその場は収めて業務に戻る。

 SHRが終わり、授業は始まる。

 

 流し目で振り向くと、目があった結が愛嬌のある笑顔で手を振ってきた。

 

 その仕草で一夏は胸の中の蟠りが確信に変わる。

 

 アレは結じゃない。

 

 いつか、シャルロットが自分の素性を明かしたときに見た彼の姿が重なる。

 コロコロと表情を変え、面白可笑しく人を嘲笑う、人じゃないモノ。

 

 ファントム。

 

 奴は自分の事を上代 結だと名乗り、同時にISでもあると認めた。

 そして今、奴は結の体で結の生活に踏み込んでいる。

 

 動かない彼に業を煮やしたのか、それとも結が自ら主導権を明け渡したのか定かではないが、どちらにしても気が気でない。

 

 そうやって一人悩む一夏の脳天に、出席簿が勢いよく落下した。

 

「あぃってぇぇっ!!?」

「授業を聞かずに何を妄想している織斑。この問題解いてみろ」

 

 黒板まで引っ張り出される一夏が振り返りざまに見たのは、口元を隠してクスクス笑う結の姿だった。

 それがなんとも歳相応の笑い方をするので、なんだか怖くなってしまう。

 

 一夏は逃げるように問題の書かれた黒板と向き合い、やはり問題は解けなくてもう一発出席簿アタックを喰らってしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はい、結ちゃん。今日のお弁当です」

「ありがと真耶先生!」

 

 休み時間、職員室にて真耶から今日の分の弁当を受け取った結。いつ結が復帰してもいいように毎日二人分の弁当を持ってきては晩食に回していた真耶は、作った弁当を渡せた喜びに胸を打つ。

 

 小走りに職員室を出ていく少年を見送り、真耶は保っていた笑顔を崩す。

 

「山田君。あの子は今……」

「普段通りじゃないんですよね。わかってますよ」

 

 千冬が言うに迷って言い淀んでいると、それより早く真耶は千冬の意に肯定する。

 つまりはわかっていてそうしたのだと、そう言ったのだ。

 

 

「でも、それでも、生きててほしいんです」

「…………」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「なぁに、お兄ちゃん」

「……」

 

 職員室から教室に戻る途中、後をつけてきた一夏の気配に気づいていた亡霊は、知っていて尚人気のない場所まで誘導し、彼に向き直る。

 鋭い眼差しで少年を見下す一夏は一切の油断も晒さず警戒する。

 対して亡霊は今朝のような人懐っこい笑みではなく、にたにたと下卑た笑顔で一夏の睨みを見上げていた。

 

「結は、どうなってるんだ。生きてるのか」

「心配すんなよ。アイツは今、心の奥に引き篭もってる。おかげでISも使えやしねェ」

 

 亡霊は自分の胸に指を立て、忌まわしそうに見つめながら胸をなぞる。

 

「ISが? 人が動けばISも動くんじゃないのか?」

「バカが、オレ達はそんな単純なキカイじゃねェんだよ」

 

 ISってのはただのキカイじゃねェ。

 内に宿るコアとニンゲンが共鳴して、初めて動かせるんだ。

 その共鳴深度が適合率であり、そいつがオレ達を上手く使えるかどうかの指数になる。

 

「最も、その基準は初っ端から最強のバケモノが創っちまったモンだから、誰しもが扱えるモノじゃ無くなったんだがな」

 

 心底楽しそうにシシシ、と笑う姿がとても結とは思えなくて、一夏は無意識に拳に力が溜まるのを感じる。

 

「今の結は自分の殻に閉じ篭って世界の全てを拒絶している。目を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉ざし、踞ったまま蛹みたいに動かねェ」

 

 これじゃァ共鳴もあったモンじゃねェ。

 嫌味ったらしく悪態をつく亡霊は首からぶら下がる盾を握り締めて破壊しようとしてみるが、ボロボロにひび割れているソレは見た目よりも頑丈なのかびくともしない。

 やがて諦めた亡霊は盾を胸元にしまい、何でもないように口元に笑顔を浮かべる。

 

「ま、そういう事だ。しばらくヨロシクな」

 

 踵を消えして教室に戻る亡霊。振り向きざま、背中越しに手を振って去るのを見送り、授業の時間に遅れないよう自分も教室に戻る一夏。

 燻る怒りは募るばかりで、行き場を探して渦巻いていく。

 

 突き動かされる衝動のままに、一夏は少年に詰め寄り、彼の胸ぐらを掴み上げる。体格差に少年の体は宙に浮き、手から滑り落ちた弁当箱が音を立てて床にぶつかる。

 

 凄味を効かせて睨む一夏にあくまで飄々とした態度を崩さない亡霊。

 

「結に何かあったらただじゃ置かねぇからな」

「わかってるよォ。オレの体でもあるんだから丁重に使うさ」

 

 一発でもくれてやらないと気がすまかい。だが相手は結の体でものを喋る。どうしようもなくやるせない気持ちに一夏はぶっきらぼうに亡霊を解放し、その場を逃げるように去っていった。

 

 亡霊は落とした弁当箱を拾い、乱れたであろう中身の事を案じながら、媚びる笑顔を作って教室に戻る。

 

 窓の外には生い茂る木々と何処までも広がる青空。波風に乗って漂う潮風の生臭さを微かに感じながら、少年は自分が生きていると実感する。

 

 誰に否定されようと、オレだって上代 結なんだよ。





 どうも。
 しばらく戦闘シーンは控えめで、キャラの掘り下げが増えるかと思います。
 結のことをもっと語れたらうれしいです。
 簪ちゃんも書かなきゃ……!

 ではでは。


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八十四話 絆と呪い


 注意。
 今回は原作最新刊のネタバレを含みます。
 知らないよという方はw〇kiやピ〇シブ大百科をご覧になった上で読んでも大して変わらないのでそのままお読みください。




 今日も日が暮れて、アリーナで剣を交える日々。

 

 相も変わらず一夏の劣勢だが、その足取りは次第に後退を止めた。

 千冬の鬼のような猛攻に反発し、たった一振りの剣を相手に両手を使ってようやく対処していた一夏。追いつけたと思えば足癖の悪い蹴りが下から飛んできて、更に追い込まれる。

 

 剣道の試合とは異なる異種格闘技戦。それも生身ではないのだから、攻撃のリーチや間合い、打ち出せる速さ、威力、何もかもが桁違いなのに、目の前の姉はその更に上を往く力と技で搦手も正面突破も捻じ伏せてくる。

 

 最初こそ愚直に『雪片弐型』一本で挑んでいた一夏だったが、それも二日と待たずに左手の武装腕『雪羅』を多様するようになり、だがしかし付け焼き刃の二刀流もどきではこれまでのやり方に毛が生えた程度の抵抗しか出来なかった。

 

 だが一夏とて、何もがむしゃらに突っ込んでいるのではない。

 連日のように一撃必殺の嵐に見舞われながら、ようやく身に付けてきた動体視力と回避性能。それは愚直に生存率を引き上げ、継戦能力の向上に貢献していた。

 

 千冬の斬撃は速く、重く、鋭い。『暮桜』と『雪片』の性能が相まって一撃離脱戦法を主とする戦い方なのだが、これは単一仕様の『零落白夜』の燃費が悪く、そうせざるをえないからこその戦い方である。

 

 現役時代、千冬は一撃で勝負を決める事が多く、それにより的確に相手の急所を狙って攻撃を行うようになった。

 

 そして今、千冬はその単一仕様を発動しないまま一夏と対峙している。

 それは決して弟を軽んじての事ではない。

 

 長期戦こそが一夏の能力を発揮する条件だからだ。

 

 故に千冬は自身の単一仕様を封印し、出来る限り戦闘を継続させられるように仕向けて剣を交わす。

 

 当然だが一夏の方は『零落白夜』を発動しながら打ち合っているが、第三世代の燃料を持ってしても両手の消費機に加え四基のスラスターを扱う『雪羅』では燃費は最悪。エネルギーの消耗度はまだ千冬の『暮桜』の方が軽度だった。

 

「ゼラァァッ!!!」

「ッ!」

 

 一夏の袈裟斬りを片側のスラスターを吹かし、瞬時に半身で避ける。

 すり抜けざまに抜き胴を仕掛けるが、一夏は『雪羅』で千冬の太刀を弾き、刀身が当たらないと踏んで柄頭で千冬に殴りかかる。

 

 零距離、互いに体勢が崩れた状態で、一夏の捨て身特攻になすすべ無く甘んじて受け入れる千冬でもない。

 刀を振るには些か不十分な姿勢だと悟った千冬は、躊躇うことなく一夏の顔面にヘッドバッドを叩き込む。

 

「がぶっ……!?」

「頭を使えよ」

 

 そういうことではないだろう。仰け反りながら思う一夏だが、瞬時に雪片弐型を握り直し、頭上から真っ直ぐに振り下ろす。

 

「そう何度もッ……」

「それでも!!」

「なにッ!?」

 

 切り上げで一夏の太刀を受ける千冬。

 だが一夏は刀身が触れる瞬間、『零落白夜』を発動した。一瞬の勝負に出たのだ。

 だが、それを見越した千冬も同じく雪片に『零落白夜』を発動させる。

 旧型と新型、二つの刃が互いを仕留めんとばかりに激しく鬩ぎ合い、シールドエネルギーを瞬く間に損耗しあう。

 

「ラァァァッッ!!!!」

 

 逃さない、そんな気迫で迫り、雪片弐型を両手で掴んだ一夏は踏み込むと同時に一息で千冬を雪片ごと斬り伏せた。

 

 千冬のもつ雪片の刀身は半ばでばっさり切り落とされ、突き抜けた斬撃は暮桜の右腕と右半身に深い斬撃の痕を刻みつける。

 

 『暮桜』のシールドエネルギーはたちまち消え失せ、通り越したダメージはそのまま機体骨格へと伝わり、多大な損傷を負わせた。

 

 寸のところで絶対防御の発動が間に合った千冬だが、大なり小なり自身にも攻撃が通ってしまったようで右半身から血を流す。

 

「しまっ……千冬姉ぇッ!!」

「ぐ、うぅ……心配するな、一夏……」

 

 エネルギー切れでパワーアシストの無くなった『暮桜』は、その疑似コアのせいか機体が待機形態に縮まることも無くその巨体のままにぐらりと傾く。

 すぐさま駆け寄る一夏は千冬を地面に横たえ、手足に張り付く武装を次々に剥いでいく。

 

 身軽になった千冬は一夏の手を借りながら尚も流血している傷口を抑え、誰もいない控室に転がりこんだ。

 

「死ぬなよ千冬姉……!」

「バカを言うな、こんなもので死なん……」

 

 ◆

 

 

 あらかたの応急手当が済んだ千冬はただの布切れに成り下がったISスーツからジャージに着替え、控室のベンチに腰掛けて一息つく。

 汚れたガーゼや布切れを片しながら、一夏は手当の間ずっと黙りこくって千冬が話すのを待っていた。だが彼女は黙々と手を動かすばかりでまだ口を開かない。

 

「何から話せばいいか……そうだな」

 

 躊躇っていた言葉を、伝えたくなかった事実を今一度確かめるように、千冬は普段とは何もかも違う弱々しい覇気で言葉を紡ぐ。

 

「あの日、私は逃げ出したんだ。お前を、お前だけを連れて」

 

 まだ物心もついていないような幼子だったお前の手を引き、私はある施設を逃げ出した。追手は少なくて、今思えば怖いくらいすんなり抜け出せたものだ。

 後から知ったが、あれは束の差し金だったらしい。

 

 あいつは似たような実験施設で当時開発段階だったISを創っていた。

 私達はそこで知り合った。今では感謝すべきなのかわからんがな。

 

 施設から逃げ出した私達を篠ノ之家の人たちが不憫に思って色々と手助けをしてくれた。そのおかげで今もあの家に住めるのだ。

 

 断っていたのに学業もこなせたのはひとえにあの人たちのおかげだな。

 

「あの施設での日々は地獄だった」

 

 薬品と血肉の匂いがそこら中から漂い、誰かの悲鳴だったり、怒号や、様々な破壊音がずっと鳴っていた気がする。

 聞かないように、覚えておかないように努めていた。

 

 私に似た子供が何人もいた。

 そのどれもが五体満足でなかったり、数日とせず見かけなくなったり、いろんな理由で消えていった。

 その施設にいた大人達は私を『完成品』だと称して色んな実験をさせてきた。

 

 織斑計画、私はその計画の千番目の試験体らしい。

 

「だから千冬」

 

 やっと完成した強化人間の創造。

 その初めての成功例。

 

 様々な人間の遺伝子を掛け合わせ、より優れた身体能力を獲得させ、更に遺伝子改造により常人では到達しえない強靭な身体を造り上げた。

 

 だが欠陥はあった。

 

 爆発的な筋力は忽ち身体を破損させる恐れがあった。

 

 

「並の人間に比べれば正しく超人並みのこの身体。だが長時間酷使すれば壊れてしまう」

 

 瞬間的な力なら耐えられたが、長いこと戦うのは向かなかった。

 やむなくして計画は練りなおされ、直線的な力から永続的な継続力を求められた。

 

 そこで治癒能力に振った個体の製造がおこなわれた。

 何度負傷しようとも忽ち回復し、また戦いに身を投じれるように。

 

「私という糧を経て生み出された、新たな強化人間」

 

 その第一号こそお前だ、一夏。

 長期戦闘において真価を発揮する再生型強化個体。

 

 そしてお前の完成と共に、束が研究していたISも同じく実用段階までこじ付けたらしかった。

 

 常人でも簡単に超人になれる夢の兵器。

 あいつらはずっと戦争がしたかったのさ。

 

 その後、私たちを生み出した計画は凍結、それからはISを主に開発が進んでいた。

 その一時の隙を突いて私は、お前を連れて逃げ出した。

 

「これが私の知る、私たちの過去だ。後は知らない」

 

 吐き捨てるように言い残し、千冬はまた黙りこく。

 そのころには既に血は止まっていて、ガーゼに染みる血は赤黒く固まっていた。

 

「じゃあ、父さんは、母さんは……」

「そんなものはいない。強靭な遺伝子の塊だ。私達は」

 

 今まで散々隠されてきた過去をこうも簡単に津々浦々語る千冬に動揺を隠しきれない一夏。

 小学生から前の記憶が無いこと、親の不在、死にかけても生き延びたほどのやたらと丈夫な体。今まで不思議に感じていた事の裏付けをされる過去はあまりにも残酷で呆気ないものだった。

 

「戦いから遠のけて、牙を抜いたつもりだった。だが鍛えてみれば、やっぱりお前も『織斑』だったな」

「…………」

 

 諦観した目で更衣室の天井を眺めながら、千冬は小さく息を吐く。

 自分たちの名前に何が込められているのか。

 それを知って胃の中のものが込み上げてきて喉の奥を焼く。

 

「なぁ千冬姉。俺は、俺達は……何者なんだ……?」

「………なんだろうな」

 

 次第に垂れ下がっていく一夏の頭を、千冬はベンチから立ち上がって空いた片手で抱き寄せる。

 気付かぬうちに震えていた背中に手を回され、いつぶりかの家族の抱擁に一夏はしがみつくしかなかった。

 

「それでも、お前は、私の弟だ。それだけは忘れてくれるな」

 

 それは家族の絆か、それとも血の呪縛か。

 二人を繋ぐものは何にも変えられない。

 内側から芋虫が這うような気持ち悪さを覚えながらも、身体に流れる異形の血は目の前の姉と同じものだと思うと、それでも孤独は無かった。

 

「さて、明日も早い。もう寝よう」

「そんな、流石に休んでもいいんじゃないか?」

 

 そそくさと更衣室を出ていく千冬の背を追いかけながら、一夏も救急箱を片付けて付いていく。

 

「公務員は忙しいんだよ。お前も遅刻するなよ、高校生」

「……わかった、おやすみ。千冬姉」

「あぁ、おやすみ。一夏」

 

 それが痩せ我慢だとはわかっていたが、千冬の強さを知っている一夏は何も否定せず、ただ笑って見送る。

 真実を知っても今の現実は何も変わらないのだと知らしめるように、いつもの笑顔で言葉を交した。

 

 

 

 ◆

 

 

 真っ暗な、誰もいない通路を一人、少年がヒタヒタと歩き回る。

 

「こっちの通路は、何処に繋がってるかな〜っと?」

 

 今いるのは第三アリーナに繋がる連絡通路。

 殺風景な道は暗く閉ざされ、足元の非常灯が怪しく床を照らしている。

 

 更衣室の一つに入り、壁際のロッカーによじ登って排気ダクトの穴を覗きながら少年は何かを確かめるように小さく音を響かせる。

 そして手に持っていたドライバーでダクトの蓋を取ると、そこへ腕を突っ込み、その先から茨の触手を伸ばして穴を隅々まで調べる。何に触れたのか、どこまで続いているのか、張り巡らせた触手に意識を向けながら、一つ一つ確認する。

 

「やっぱり通気口はほぼ一通だな。なるほどなるほど」

 

 ダクトから腕を戻して再び蓋をする。

 小さなメモをつけながら少年は行為室を出て、また奥へと歩いていく。

 メモは学園島のマップが事細かく記され真っ黒に染まっていた。

 

 






 千冬と一夏の過去が出ました。
 まぁ人造人間なのは最新刊で出てたのでここまでは。
 さてさてこれからどうなるやら。

 ではでは。


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八十五話 選択と未来

 原作読み返しながら書いてるんですがいろいろつらい。
 頑張ります。





 翌日、あくまで平静を保って登校した一夏。

 感情と事実の整理がついたわけではないが、それでも今こなすべき学業や大会への準備などがあるため、立ち止まってはいられない。

 悩むのは後にして、今はタッグトーナメントに向けて精進しなければ。そんな思いを今一度持ち直し、気持ちを切り替えたところで誰かに名前を呼ばれる。

 

「お、織斑 一夏……ちょっと……」

「あれ、簪さん? なんだよ急に」

 

 横を向くと、四組生徒の更識 簪がとても居心地悪そうにもじもじと袖を引っ張ってきた。

 同じ日本代表候補の二人ではあるが、意外と言えば意外な組み合わせの二人に集まる奇異の視線に耐えかねた簪がその視線の針から逃げるように一夏を連れて人気の少ない廊下へ連れて行く。

 

「その、タッグトーナメント、もうすぐ開催されるのに……なんで一緒に練習とか、しない、の……!?」

「あ、あぁ〜〜〜………スマン、忘れてた」

 

 簪は開口一番に不満を爆発させる。

 自分から挑発的にペアの申請をしておいて今の今まで合同練習の一つもしていない事実に簪は憤りを募らせていた。

 

 一夏自身、身の上の都合で時間を潰していたとはいえ、外せない用事だったので今までを無為にしていた訳ではないのだが、そんなことを目の前の少女が知る由もないのないのでここは伏せて愛想笑いでやり過ごしてみる。

 

「べ、別にあなたと一緒に練習とか好きでやるわけじゃなくて、その、せっかく出場するんだから、せめてまともな試合はしたいなって……それだけで……」

 

 いつになく饒舌な簪に新鮮味を感じる一夏。

 見当違いなことを言って余計に怒らせたらいけないと口数は少なく口にするのは謝罪だけだが。

 

「本当にごめん、それじゃあ今日にでもやろうぜ」

「…………第六でやるから」

「おう、また放課後にな」

 

 なんだか普段にも増して幸の薄い顔を引っ提げている一夏に調子が狂いながら、簪はブツブツ小言を挟みながら自分のクラスへと帰っていった。

 逃げるように去っていく簪を見送り、彼自身も自分の教室に帰る。

 

「高校生、頑張らなくちゃな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「おい、ガキ」

「んぁ?」

 

 メモと建物を見比べながら構造を確認していた少年のもとに、一人の女が現れた。

 淡い金髪を細長くホーステールに纏め、大きく開いた胸元は大胆の一言では済まないほどに迫力がある。一般的な女性に比べて高い身長から見下されたらばその威圧感は凄まじく、それが年端も行かない子供相手ともなれば相当なもの。

 

 だが少年は張り付けたような笑顔のまま厳つい雰囲気の女子高生を見上げている。

 

 少年の身長の倍はありそうな女性に見下され、人気のない通路ともあってすっぽりと彼女の影に収まっている。

 その体格差から逃げられないぞ、と言われているようで、少年は逃避の意思を捨てて両手を頭の後ろで組み、金髪の女を見やる。

 

「お姉チャン、だーれ?」

「誰でもいい。そんなことより組織に戻る気はないか? 織斑 結」

「『………へェ』」

 

 その瞬間に結の顔は作ったような笑顔から一瞬で下卑た笑みに切り替わる。正体を隠す相手ではないと知ったからだ。

 己が何者かも分かってないような一夏などにはまだ猫を被って接するが、この女は自分の正体どころか出生まで把握している。となるとその場ではぐらかすより身分を晒して情報を聞き出しておいた方が得策。

 

「『オレを知ってるお前は誰だ?』」

「奴らの部下、てところだ」

 

 立場としては下っ端。

 セキュリティやらがあるとはいえスパイ活動の為に動くとなれば重鎮が行くわけでもなく、多少能のあるヒラが動くのが妥当だろう。

 ならばあまり期待は出来そうに無いか。

 

 今になって接触してきたのは、やはりあのマドカという娘が恐らく勝手に結へ近付いてきたからだろう。遅かれ早かれこうなるとは思っていたが、それでもこいつらにとっては計算外の出来事だったに違いない。

 先のサイレント・ゼフィルス襲撃事件といい、近頃のこいつらはISの略奪が目的なのだろうか。だからこうしてお呼ばれしているのか。

 

「『まだ戻る気は無ェよ。オレは遊び足りない』」

「……ま、考えておいてくれ」

 

 だが答えは拒否。

 虚勢もあるが、また奴らの手駒になるのは癪に障る。

 眉一つ動かさずにこちらの答えを受け入れたのは、こうなると予想しての事だろう。

 滞り無く話が進むのは有り難い。だがこいつら相手にそんなスマートさを求めてるわけでもないので同時に気持ち悪い。

 

「それと、今のオレは上代 結だ。覚えとけ」

「そうかい」

 

 女の威圧感が解れたのを察知した亡霊はするりと彼女のわきをすり抜けて駆け足に去っていく。

 途中すれ違った黒い短髪の少女に見覚えを感じながら、誰だコイツともの思いに耽るより先にあざとくウインクを飛ばした少年は駆け足にアリーナへと向かっていった。

 

 一人取り残された女は頭を掻きながら、上司への連絡文をなんとなく考える。そうしていると、後ろから様子を見ていたらしい少女が金髪の女に声をかけた。

 

「ダリル」

「よう、フォルテ」

「さっき、あの子と何を話してたんスか?」

「何でもねぇよ」

 

 口寂しさに舌打ちをするダリル。

 フォルテの肩を抱き、気を紛らわせる為に自分たちもアリーナへと向かった。

 

 

 ◇

 

 

 第六アリーナ。

 空中戦の訓練を想定して上空が開放された闘技場で、中央には天高くそびえる塔が歪に曲がって立っているのが特徴。

 

 放課後、ここへ集合した一夏と簪。

 まずは互いの機体性能を把握しておこうと言うわけで、空中に投影された的を狙撃していくことになった。

 

 開始合図のブザーが鳴ると同時に空中に現れる無数の的。

 すぐさま飛び掛ろうとする一夏を簪が一喝で抑止させ、彼女の機体『打鉄弐式』の爆撃兵装『山嵐』を二基展開。カバーが開き、無数の弾頭が姿を表すと一斉に発射され、一面に展開されていた的の壁を一掃する。

 

「織斑くん!」

「分かった!」

 

 立ち込める煙幕が晴れるか簪の合図が先か、飛び出した一夏が簪の撃ちもらした的をカノンモードにした『雪羅』で寸分の狂いもなく全てを撃ち落とし、次に展開された標的に目線を合わせてブレードを構える。

 

「速い……」

 

 あまりの速さにISのハイパーセンサーを持ってしても目で追いかけるのがやっとの速さ。

 加えて殆どの的を正確に破壊していく。

 基本は右手のブレードで捌き、変則的な動きをする的には左手のカノンで撃ち落とす。その射撃も正確なもので、ほとんど撃ち漏れもなく射止めている。

 

 更に展開されたサークは、今度はこちらへ向かって突進してくるので、一夏はブレードを、簪は超振動薙刀を振りかざして急接近してくる標的の群れを次々に薙ぎ払う。

 

 全ての的を破壊し終えた二人はぶわりと地面に着地し、一夏はブレードをしまいながら簪のもとまでやってくる。

 

「どうだったよ?」

「ふ、ふーん。まぁまぁね」

 

 思わず感心していた事実を認めたくない簪は強がった台詞を吐きながら横を向く。

 あまりに子供のような態度を示すので、これには一夏も失笑してしまう。それに怒る姿が更に拍車をかけるので、余計におかしくて更に笑う一夏。

 最初こそ剣呑な出会いから始まった二人。

 

「私の『打鉄弐式』は爆撃型の面制圧が得意だから、貴方には射撃を強いる事もあるかもだけど」

「さっきのでも不甲斐ないか?」

「ち、調子に乗らないで……!」

 

 冗談交じりにからかって、叱られて、笑いあう。

 ただの高校生のような話し振りだと他人事のように思ってしまった一夏は、つい昨日聞かされた自分の過去をすっかり忘れていた。

 あの鍔迫り合いの一瞬、明確に殺意をもって千冬に挑んだ。そうしなければ勝てないと思っていたし、実際辛勝で姉は今日も教室に出ていたほどだ。

 

 千冬の怪我は治っていなかった。今朝も腕と首周りに包帯が巻かれていたのを察するに軽い怪我では無いはずなのだが、普段と何も変わらず凛とした出で立ちで教壇に立っていた。

 

 対して自分は殆ど怪我も少なかったが筋肉疲労が凄まじく、昨日は立てるかやっとの状態だったのに、今こうしてISに乗っていても何処にも異常はみられない。それどころか昨日の戦闘よりも技の速さが増している気がする。

 

 この平常な体が、昨晩に千冬から聞かされた己の正体を裏付けているようで気持ちが悪い。

 だが、憎いと思う反面、今はこの力が絶対に必要なのだと感じる。

 

 一夏は視線を上げると、観戦席の方から一対の目が自分たちを見ていることに気が付いた。

 

 一番前の手摺に身を乗り出して、保護シールドに張り付きながら無遠慮に見つめてくる少年の姿。

 

「結⋯⋯」

 

 一切隠す気のない好奇の目。

 というよりも、欲しいオモチャを前にしている子供のようだった。

 

 いつか結と戦う日が来るのだろうか。

 

 

 起こってほしくない未来予想を振り払い、一夏は未来から逃げるように今の目標であるタッグトーナメントを見据える。

 

「よし、勝つぞぉー!!」

「なにやる気になってるの」

 

 

 






 どうも。
 次回ようやくタッグトーナメント開催できそうです。
 簪ちゃんの見せ場作れたらいいな。


 ではでは。


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八十六話 姉妹と紅白


 


 

 いよいよ再開したタッグマッチトーナメント。

 例年通りならば希望制でほとんどの生徒が出場できたのだが、今回は先の襲撃事件からの再スタートともあって時間的、能力的な制約が多々あり、専用機持ち及び代表候補性以上の待遇を持った生徒しか出場できないようになっている。

 

 それでも大会の熱狂ぶりは凄まじく、ISがモータースポーツの延長に存在する昨今の在り方を示すようでもあった。

 

 ともかくとして無事に大会が開かれるのであればそれ以上の事はない。

 

 

 

「それでは開会の挨拶を、生徒会長からお願いします」

 

 体育館に集う全校生徒。

 整然と並ぶ美女、美女、美女。多国籍の女の群れを前に壇上には生徒会メンバーが舞台袖の横に並び、眠そうに欠伸を噛み殺す本音。そんな彼女の横腹をつついて注意する一夏は、今日行われるタッグトーナメントの相手が誰なのか危惧していた。

 

 ただでさえ今回のタッグトーナメントは規模の縮小の影響で専用機のみの出場となっており、メンバーがエース、エリートの粒ぞろい。しかも各国の最新鋭機カスタム機などワンオフ機体が多いのでそれぞれ対策が異なり、一筋縄ではいかないどころか初戦から大敗を喫する可能性すらありえる。

 

 

 あれだけ千冬に鍛えられたが、恐らく半分も通用しないだろうというのが一夏自身の見立てであった。

 

 ひとり不安に苛まれれる一夏を他所に、楯無は紹介に呼ばれて壇上の中央、マイクスタンドの前に立ち、自分の高さにマイクを合わせて話し出す。

 

「皆さんおはようございます。今日は専用機持ち限定タッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとっても大いに参考になると思います。なのでしっかりと視て、これからの学びにしてください」

 

 淀みなく透き通る声。しっかりとした発音は聞いていてなんとも落ち着く声だ。

 相変わらず圧倒的な存在感を醸し出している楯無さんだが、この人の任期はそれだけではない。

 

「まぁ、それはそれとして!」

 

 さっきとは打って変わっておちゃらけた調子で懐からセンスを取り出した彼女はぱんっ、と扇子を開く。そこには「博徒」と書かれていた。

 

「今日は生徒全員に楽しんでもらうため、生徒会である企画を考案しました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 

 わああああああ! と整列していた生徒たちが一斉に騒ぎ出す。

 

「ただの賭博じゃないですか!」

「安心しなさい織斑副会長。根回しは済んでいるから!」

 

 にっこりと微笑む楯無会長。

 教師陣に視線を向けるとその誰もがだんまりを決め込んで反対もしていない。唯一千冬だけがこめかみを押さえて難色を示していたが。

 

「それでは対戦表を発表いたします!」

 

 そう言った楯無さんの後ろに大型の空中投影ディスプレイが用意される。

 そこに映し出されたのは。

 

「げぇっ!?」

 

『第一試合、織斑一夏&更識簪 対 更識楯無&篠ノ之箒』

 

 まさかの初戦から本大会の大本命である楯無との試合。

 幼馴染と学園最強、最近は二人で特訓している様子だったし、連携も申し分ないだろう。勝てる気がしない。

 ふと簪の事を気に掛ける一夏。視線を向けると、彼女はきつく口をつぐんでトーナメント表を睨んでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 出場者はアリーナに移動。各控室にて待機、準備をするように言われた。各々作戦の確認をしていたり、精神統一に精を出していたり、試合に向けて万全を期していた。

 

「なぁ、簪さん」

「なに」

 

 ホログラムウィンドウを開き、武装のチェックを行っていた簪は、画面をなぞる手を止めず、一夏の呼び掛けに言葉だけで応える。

 

「いきなり楯無さんと勝負だけど、いけるか?」

「そんな弱音を吐くような人間だったの、あなた」

 

 不安に感じていた心を読まれたようで、図星を突かれた一夏は分が悪く言い返せない。

 

「お姉ちゃんの事は嫌いじゃない。けど結に変な事してたから倒したい」

「あぁ……」

 

 身に覚えがある光景。

 いつぞや、結の部屋で項垂れていた楯無を見かけた時は何事かと焦ったが、今の簪の発言で何があったのか大方予想できた。

 姉妹仲はそこまで悪いわけでもないようだし、敵視と言うより目標といったところか。

 

「じゃあ作戦はこうだ。俺が楯無さんとやりあうから、箒を先に倒すようにしよう。あいつに『絢爛舞踏』は使わせない」

「わかった。お姉ちゃんは任せるから」

 

 一夏はずいと簪へ拳を突き出し、簪は自分も同じようにきゅっと結んだ握り拳を一夏の手にこつんと当てる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 反対側の控室では楯無が恵体をISスーツに収めながら箒と簡易ミーティングに勤しんでいた。

 

「向こうは恐らく箒ちゃんを先に墜としに来ると思うわ」

「うぐ、やはり甘く見られているのでしょうか」

「違うわよ。多分は紅椿の単一仕様を使わせないためね」

 

 パチリとショルダーを弾かせ、楯無は続ける。

 

「なので私が全体のフォローをするから、箒ちゃんは好きな方を倒しちゃいなさい」

「でも、それでは先輩に負担が」

「何言ってるのよ。お姉さん最強なんだからっ!」

 

 そう言って開いた扇子には『圧倒』の文字。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 各カタパルトに四機のISが跨る。

 重いハッチが開き、アリーナへの通路が開かれ、出撃ラインが照らし出される。

 

「織斑一夏、雪羅。行きます!」

「更識簪、打鉄弐式。出ます……!」

 

「更識楯無、ミステリアス・レイディ! 行くわよ!」

「篠ノ之箒、赤椿! 参る!」

 

 信号は赤から青に変わり、一瞬のGが全身にかかりながらそれぞれはアリーナへ一斉に飛び出した。

 

 喝采の中、揃った四人は互いを見合わせながらアリーナ中央の空中に現れたホログラムウィンドウを見据える。

 

『織斑一夏 & 更識簪 VS 更識楯無 & 篠ノ之箒』

 

 選手名からカウントダウンに切り替わり、数字が下っていくにつれて観客は静かに、張り詰めた空気が広がる。

 下がる数字。次第に一秒の間隔が恐ろしく離れていくような錯覚さえ覚える。あと数秒。汗を握り締め、武器を構えて誰もが臨戦態勢に入る。

 

 3……2……1────

 

 

「ッ、何か来る!!」

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時に一瞬の閃光があたりを光に包む。

 煌々と光を放つレーザーがアリーナ上空のバリアを突き破り、四人の真上から降り注がれた。

 

 

 

 






 また長らく間隔が空いてしまいました。
 ちょっとゴタゴタが多くて忙しかったです。
 多分まだ忙しい。

 ではではまた次回。


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八十七話 襲撃者と学徒兵


 
 


 試合開始のブザーが鳴る寸前、一夏はヒリついた感覚を覚えて上空を見上げ、左腕の『雪羅』をシールドモードで展開した。

 

 予感は的中。極太のレーザーがアリーナのバリアを突き破って降り注がれる。

 一夏は側にいた簪の上に被さるようにしてレーザーを防ぎ、箒と楯無はそれぞれで防御態勢を取り、攻撃の雨を凌ぐ。

 

「また敵襲か!」

「みたいだな」

 

 光線の発生源、アリーナの上空に浮かぶのは赤銅色のIS。

 全身装甲に身を包み、巨大な左腕部からぶら下がるのは、今しがた光線を撃ったばかりだと示すように硝煙が昇っている。

 

 複数機いるようだが、微動だにしていないと思ったら突然四方に散り散りに飛んでいき、残った二機が堂々とアリーナへ侵入してきた。

 

 流線型の機体は左右非対称で、まだ標準的な右腕に対して二周り以上も巨大な左腕には複数の銃口が覗き、上半身と一体化している背部スラスターにも左腕のそれと同じような銃口が左右それぞれ四つずつ確認できる。

 対して下半身は最低限の装飾しかなく、やたらと細長く写って病的なまでのトップヘビーな機体構造になっていた。

 また、雄牛のような角が顎に向かって生えるヘッドギアからは人の顔は見えず、フルフェイスマスクはキチキチと音を立てて一夏達を見据えている。

 

「こいつら、またあの時みたいな無人機か?」

「ならば受けに回ったほうが得策かもしれん」

 

 そんな予想とは裏腹に、敵は徐に左腕の砲門をこちらへ突き出し、一切の躊躇もなく砲撃してきた。

 

「なにッ!?」

「殺らせんッ!!」

 

 展開装甲を開いた箒が全ての攻撃を抑制し、一夏が雪羅のカノンモードでカウンターを試みる。

 だが一夏の攻撃は、敵の眼前で爆ぜた。

 

「ッ!?」

 

 否、防がれた。

 敵の上半身と一体化している背部スラスター。そこから分離した小型のユニットが薄く展開し、シールドビットの役割を果たして防いだのだ。

 

 攻防一体、それも単機で……!

 それが眼前に二機、更に複数機が四方へ飛んでいった。

 狙いは恐らく自分達専用機だろう。今こうして一体につき一対を相手取る形をとっている。

 

 つまり一人で二人を相手して互角かそれ以上という腹積もりなのだろう。

 

 だが相手はそれだけでは終わらなかった。ガシャンと開いた肩のユニットが妖しい音とともに謎の電磁波を垂れ流す。それはアリーナを反響し、ハイパーセンサーにその効果を示した。

 

「何だこれ、スキンバリアーが消えた……?」

「それだけじゃない、先生方とも連絡が取れないわ」

 

 ISの必須機能、絶対防御の機能障害。

 しかも電波障害まで発生させているらしい。

 確かにこの状況で教員方からなんの連絡も無いのはおかしいと感じたが、まさかそんな事になっているとは思いもしなかった一夏。

 

 観戦席はまだ避難する生徒が残っている。

 アリーナの防御結界を意図も簡単に破壊できるような輩を残して退散するわけにも行かない。

 なのでここで迎撃、もしくは足止めする他ないらしい。

 

 再度砲門を構える相手。

 

「一夏くん、箒ちゃん。奴らを抑えて! 私がカバーする!」

「「了解!!」」

 

 武器を構え、それぞれ瞬時加速で飛び掛る二人。

 敵は砲撃準備を解いてシールドビットを展開し、斬り込みを受け流す。

 

 高速で旋回しながらそれぞれ二刀と一対の攻撃を凌ぐ敵機だが、たかが自動防御のビット兵装に足踏みする程度の二人ではない。

 普段、結の卓越したマニュアル操作で繰り出される八枚のシールドビットを相手に悪戦苦闘していたからこそ、その半分にも満たない数のドローンなど相手にもならない。

 

「セイッ!!」

「ラァッ!!」

 

 箒は展開装甲を用いた蹴り上げを、一夏は『零落白夜』を発動した袈裟斬りでそれぞれ敵機のシールドビットを撃ち落とす。

 突破される防壁。更に畳み掛ける一夏だが、腹の底から感じた悪寒に思わず踏み止まった。

 

「待て、箒!」

「ッ!!」

 

 束の間、肉薄した箒に飛びつく敵機の右腕。

 先端には鋭利に尖ったナイフが展開されており、寸のところで仰け反った箒の頬を薄く裂いた。

 

『───ッ』

「このッ!」

 

 もう一機は一夏の隙を狙って左腕の砲門を開き、至近距離で光線を放ってくる。

 すかさず雪羅で受け止める一夏だが、受け切れない熱波がじりじりと肌を焼く。

 

 通常、ISの基本兵装である皮膜装甲があれば、たとえ至近距離で拳銃を撃たれてもかすり傷一つ付かず、Gの圧力もある程度緩和される。

 

 だが今は違う。

 目の前の襲撃者が展開するジャミングによって、ISに備わる薄氷の防壁はかき消され、登場者に直接攻撃が通る。

 人を超人にさせるISの能力は抑制され、偽りの超人は再びか弱い人間へと貶められる。

 

 嫌でも理解させられる死の気配。

 試合などでは味わう事のない命のやり取り。

 

 逃れようのない死地を前にして、肝が縮こまる。

 生きたいと五臓六腑が泣き叫び、脂汗が止まらない。

 

 睨み合いの末に動けなくなる。

 

 そんな二人に、楯無が檄を飛ばす。

 

 

 

「しゃきっとしなさい二人とも!!」

 

 

 肩をはねて驚いた二人は手から溢れそうになった得物を握り直し、楯無の方へ振り向く。

 

 二人の後方、少し下からランスを掲げて胸を張る楯無。

 この状況で尚、あの不敵な笑みは崩れず、悠然とした姿勢は真っ直ぐ敵と、二人を見上げていた。

 

「私の学園を荒らす事は許さない、例え不明の相手でも学園最強は揺るがない」

 

 彼女の専用機、『ミステリアス・レイディ』は特殊装甲である水のヴェールを全身に纏いながら、その槍にも流水をうねらせて飛沫を立てる。

 

「私の庭で好きにはさせないわ」

 

 一夏と箒の間に並ぶ楯無。

 この中で誰よりも小柄な機体だが、誰より勇ましいオーラを背負い、二つの敵機を獰猛な目で見やる。

 

「……お姉ちゃん」

 

 そんな姉を見上げる事しかできない簪は唇を噛み締めて心を震わせる。

 襲撃者が乱入した時から動けなかった自分を悔やみ、この状況で当てにもされない期待度の低さを怒り、何より何も力を示せない非力を憎む。

 

 何も変わっていないじゃないか。

 否、変わるんだ。

 今、ここで、私は!

 

「お姉ちゃん! 私だって、戦えるんだ!!」

「簪ちゃん……それじゃあ任せちゃうわね!」

 

 叫び、武器の薙刀を握る簪は三人のところへ飛んでいく。

 まだ怖い。得体のしれない相手が怖い。

 けれど、逃げ惑って変われないのはもっと怖い。

 

 前の福音事件じゃあまり活躍出来なかった。

 だから今度は、私もちゃんと戦うんだ……!

 

 少女は庇護を捨てる。

 姉の横に立つ為に。

 

 





 本調子が出ないから長引くと思いますがどうぞお付き合いください。
 感想や誤字などあればご報告お願いします。


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八十八話 鉄の人形と叛逆の盾

 最近暑くてキレそう。
 お身体に気をつけて乗り切りましょう。






 鳴り止まない警報音。

 部屋中を照らす赤色灯が既に分かっている異常事態を知らせるが、最早その音は神経を逆撫でするだけの雑音でしかない。

 

「三年生は緊急停止装置の解除! 二年生は一年共の避難誘導をしておけ!!」

 

 指示を飛ばす織斑 千冬。

 痛む片腕を抑え、今尚アリーナ中央で敵機と応戦している四名の安否を祈る。そしてそんな事しか出来ない今の自分を恨んだ。

 あの不明な敵機が特殊な電磁波でISの絶対防御を阻害している事は分かっているが、電波妨害のせいでそれを全ての生徒に伝える術がない。今度もやむ無く生徒に戦わせているこの現状がこの上なく屈辱的だった。

 

 一夏の扱きで自分が潰れてさえいなければ、もしくは出撃していた。

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、身動きの出来ないまま、それでもできる事を全力でこなす。

 

 一夏……。

 

 

 

 

 アリーナの各控室に飛んでいった敵機。

 全身装甲に覆われているが、関節は球体関節が補っており、おおよそは人の形を保っているが、見方を変えれば人の形を模しているとも捉えられる。

 人体構造を逸脱した人形が律儀に人の動きを真似するはずもなく、不可解な態勢からでも攻撃を仕掛けてくるので、見た目からはもとよりその動きが更に不気味さを増していた。

 

 

「こンのォォオオ!!!!」

 

 雄叫びとともに鈴は振り被った青龍刀を敵機に叩き付け、肉薄した勢いのまま、両肩の専用ユニット『龍砲』を喰らわせる。

 超近距離からの衝撃砲をまともに受けて吹き飛び、バラバラになって控室の壁にめり込む敵機だったが、間もなくして散らばったパーツは一つに合体し、平然と立ち上がって肩と左腕のカノン砲を乱射する。

 

「ヤバっ!?」

「ブルー・ティアーズ!」

 

 同時に撃ち出される光線の横雨。

 敵機の全ての砲撃を撃ち落とし、簡単に無力化してしまった。

 そしてついでとばかりに敵機の頭を狙撃したセシリアは涼しい顔で髪を靡かせる。

 

「どんな芸当なのよそれ」

「ただ狙撃と早射ちの足し算をしただけですわ」

「簡単に言ってくれちゃって」

 

 鈴は二振りの青龍刀を連結させ、大型の双刃である『双天牙月』を起き上がった無人機に向かって構える。

 

「あの人形、どうやって倒す?」

「壊せば止まるかと」

「任せなさい、得意なのよ」

 

 二人の髪が風に揺れる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 シャルロットとラウラの所へ落ちてきた無人機。

 会敵と同時にラウラへ飛び掛かった敵機は彼女の銀髪の頭を割らん限りの力で握り潰そうとするが、敵を見た瞬間二人はISを展開し、ラウラは自分の頭を掴んできた相手にプラズマ手刀を突き立てていた。

 

「ハァァッ!!」

 

 無人機の左腕に根本まで突き刺さるプラズマ手刀はそのまま敵機の左手を根本から切り落とす。

 更にラウラは左肩のレールカノンの照準を無人機に向け、盛大に撃鉄を下ろす。

 

 大口径の銃口から打ち出される物理弾は部屋中を照らすバレルフラッシュで半壊した控室を白く染めながら、何発も轟音を叩き鳴らす。

 

 弾倉の弾丸を撃ち尽くしたところで一瞬の静寂が漂う。

 だが、停止したと思われた無人機は火薬の煙幕の中からぬらりと現れ、右手のナイフを振り上げてラウラに襲いかかった。

 

「ラウラ、しゃがんで!!」

 

 シャルロットの指示と同時に、ラウラの頭の上をライフル弾が無人機の右腕を撥ねる。

 

 弾かれた無人機の右腕はロッカーを凹ませ、両手を無くした敵機はそれでも止まることなく肩の銃口を二人に向けて乱射する。 

 撃ち乱れる光線の嵐に耐えられず、二人は瓦礫の影に逃げ込みながら体制を立て直す算段を練る。

 

「ヤバイね、スキンバリアが消えて絶対防御も効かないよ」

「あぁ、おかげで髪が少し焦げた」

 

 チリチリに焦げた髪先を鬱陶しく弄りながら、ラウラは物陰からハイパーセンサーの知覚領域を広げて状況を見定める。

 

 敵機の動き自体は単調的だが、理性も痛覚も無いようだ。ただ単に無力化するのは難しいな。デタラメな出力でうまく近づけん。

 

「どうする、ラウラ」

「今考えている」

 

 身動きの出来ない状況に焦りそうになる二人。

 そんな傍らについ先程無人機から切り落とした巨腕の左手が、ひとりでに二人のもとへ這いよってきた。

 気味悪く感じた瞬間、それはガバリと開いて銃口を晒し、眩い光を漏らす。

 

「しまっ────」

 

 けたたましい衝撃音が部屋中をかけめぐる。

 

 

 ◆

 

 

 

「なんだァ、てめェ?」

「ファンって感じでも無さそうスね」

 

 襲来と同時に砲撃を仕掛けてきた敵機に、ダリルとフォルテの二人は瞬時にISを展開して左右それぞれに別れ、回避する。

 

 彼女の専用機、『ヘル・ハウンドver.2.5』で小さな火球を数発、物言わぬ敵機へ撃ち込んだダリルだが、それらの火の玉は敵機の目前で一瞬にしてかき消された。奴のシールドビットで防がれたのだ。

 

「へぇ、ただのデクって訳じゃないのか」

 

 火球を撃ち落とした敵機は角の生えた頭をもたげて床を踏ん張り、ダリルに向かって飛び上がろうとして、失敗する。

 見れば敵機の足は膝のあたりまで凍り付いており、それはもう一人の少々、フォルテ・サファイアの専用機『コールド・ブラッド』の単一仕様の能力であった。

 

「ナイスだフォルテ」

「うっす」

 

 身動きの出来ない敵機に向かって双刃を振り被るダリル。

 炎を纏わせた刃はちりちりと彼女の柔肌を焼きながら、轟音を立てて敵機に突き刺さった。

 

「オォラッ!!」

 

 だが相手は人の入っていない無人機。いくら急所を狙い、致命傷を与えた所で人の理で動いていない機械人形は、悲鳴一つ上げずにまた立ち上がり、全身の凶器を嬉々と掲げて襲い掛かる。

 

「鬱陶しいなァ、コイツはよォ!!」

「だったらもう一度凍らせるッスよ!!」

 

 火炎弾と氷結弾が無人機の光弾を相殺する。

 その間も無人機は一歩、また一歩、二人に向かって距離を縮めてくる。

 敵は右手のナイフを展開し、左手の砲門を広げ、チャージを開始している。

 

「どうします? ダリル」

「仕方ねぇ、派手に決めるぜ」

「了解ッス」

 

 二手に別れ、少女たちはその手にそれぞれ灼熱と極寒のエネルギーを溜める。

 

 危機を察知した無人機はすぐ様シールドビットを展開し、防御態勢に入るが、そんなものは忽ち吹き飛ばされた。

 

 眩い光と伴う轟音が、アリーナの一室を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

アリーナの地下。

 そこには結の部屋である物置部屋があった。

 未だズタボロの部屋の中で一人、少年が膝を抱えて寝転んでいる。

 

 部屋全体が外からの振動で揺れ、疎らに築かれた瓦礫の山がごろごろと崩れ落ちる。

 

『ウルセェナァ』

 

 そうしていると、一際大きな振動が部屋全体を強く揺らす。

 埃が舞い、瓦礫があちこちに散乱していく。部屋の照明が切れ、赤色灯に切り替わると同時に、通路から警告音がけたたましく鳴り響いてくる。

 

 程なくし、部屋の壁を切り裂いて赤銅色のISが無造作に侵入してきた。

 そのISは角の生えた頭部をもたげて少年を視認すると、足元の有象無象を踏み潰しながらまっすぐ少年のもとまでやってくる。

 

『ハッ、無人機カ』

 

 部屋に侵入者が現れようと、その子供は尚も動かず、無人機に背を向けたまま寝転んでいる。

 

 無人機は少年の前で立ち止まると、左腕のナイフを物々しく展開し、鈍色に光るそれを高々と持ち上げる。

 そしてモーションが定まったのか、がちりと1拍置いて掲げたナイフを真っ直ぐ、少年の脳天目掛けて振り下ろす。

 

 だがナイフは少年の頭をかち割る事はなく、激しい金属の衝撃音を鳴らして止まった。

 少年の頭上から2cm上。瞬間で展開された小型のシールドビットが無人機のナイフを受け止めていた。

 

『ッ───』

 

 更に二枚の盾が展開され、三枚の小型盾は無人機の周りを旋回しながら無人機を袋叩きにしていく。たとえ一枚が捕まったとしても別の二枚が反撃し、拘束を解いてまた峰打ちを繰り返す。

 

『敵ダ、結。戦ウゾ』

「(……やだ、何もしたくない)」

 

 亡霊は内なるもう一人の人格に問い掛ける。

 

 だが返答は拒絶。

 

 目の前ではナイフとレーザーの抵抗を圧倒しながら、三枚の盾が無人機と格闘している。その様はまるで見えない生き物が機械人形に絡みついているようでもあった。

 

『ソレジャア、ヤラレチマウゾ』

「(どうでもいい……)」

 

 無気力に倒れ伏す少年の心は完全に閉じ切っていた。

 殻に閉じこもり、これ以上傷付きたくないと塞いでしまっている。

 

「(もう、何もしたくないんだ……何もしたくないのに……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 またあの夢を見た。

 あれから毎晩のように、あの子達が夢の中に現れては虚ろな目でじっと見詰めてきて怨み言を延々と囁かれる。

 

 

 

「ぼく、どうしたらいいんだろう」

 

 部屋の中で盾と戯れる無人機をハイパーセンサーの全方位機能で視認しながら、結は独白を続ける。

 ただでさえ寝不足気味の少年にとってここ最近続いて見る悪夢に魘され更に睡眠不足に陥り、まともに寝たのはいつだったか忘れてしまった。

 

「あの子達が、言うんだ。死んでしまえって、いなくなれって。フーが言うんだ。オレに変われって……」

 

 縮こまる背中は小刻みに震え、死に誘う彼等と同じ眼孔の色を瞳の奥に灯し、夢現の頭で正常さを欠いた思考にまともな判断は下せず、最早この身体を、意思を、誰かに委ねてしまいたくなった。

 

 もう聞きたくない忌み事は鮮明な雑音で耳にへばりつき、いつか共に過ごした施設で嗅いだ血肉の臭いは鼻の奥でこびりついて離れない。

 

 

 今も鳴り響いている警報のブザーは昔施設にいた頃の、検査開始の合図と重なり、思い出さないようにしていたあの日の記憶が蘇る。

 

 鉄のぶつかる音、発砲音、硝煙の臭い、空気が焼ける臭い。

 

 

 

 彼等と殺し合った思イ出。

 

 

 

 忘れたいあの日々の思イ出が記憶の底からずるずると起き上がり、体の震えは途端に止んだ。

 

 扉を隔てて一夏達を見詰める結は冷たい床を一歩一歩危うい足取りで踏みしめながらパーカーを脱ぎ、項のISを露にする。

 

 

 

『「検査ノ時間ダ……」』

 

 

 

 項のランプは赤く点滅していた。

 

 

 

 ◆

 

 ラウラの前で弾けた無人機の左腕。

 途轍もない爆音を轟かせてアリーナの一角を吹き飛ばすものかと思われたが、その衝撃がラウラ達に届くことはなかった。

 

「ッ……結のシールドか!?」

 

 突然現れた二枚の小型シールドが無人機の光線を防いだ。

 

 二枚の盾は何も言わず、ただ耽々と無人機を前に立ち塞がる。

 そして無音のまま空中に浮遊する盾達はバキリと亀裂が入り、節のない四肢を伸ばす。簡易的な変形を繰り返し、人型に近いシルエットへと姿を変えていく。

 

 盾の防御面が上下二枚ずつに割れ、縦長の中心軸に併せて上下とも左右に別れる。五本の板で全身を構成された機体には肘膝などの関節は無く、単調な人形の兵士達は敵の無人機と同じ色のバイザーを光らせ、宙を蹴って無人機に向かって飛びかかった。

 

『──ッ!』

 

 一撃の威力は皆無に等しいだろう。だが軽さゆえの俊敏性と機動力で無人機を翻弄する兵士は赤銅色の機体を足止めする。そして不意を突いた一撃で無人機の足を掬い、その場に転倒させた。

 

 そして二人の前に降り立ち、シールドの形態へ戻ってそれぞれの機体に装備される。

 

「シンクロ率があがった!?」

「ジャミングも無効にしてしまった」 

 

 盾はセシリアが使用した時と同じような効果を発揮し、さらに無人機の妨害電波まで跳ね返してしまった。好機を得た二人は胸を借りる思いで盾を担ぎ、ラウラはブレードワイヤーとA.I.Cで無人機を拘束。シャルロットはハンドガンで関節を撃ち抜く。

 

「まだまだッ!」

 

 高速切替をしたシャルロットの狙撃銃が無人機の頭を撃ち抜き、対物ライフルの威力を優に超える弾丸は無人機の頭を吹き飛ばした。

 

『―――ッ!!?』

 

 センサーカメラを失った敵機はその場でたたらを踏み、姿勢制御がままならずに千鳥足になっている。

 そこへダメ押しとばかりにシャルロットが畳み掛け、左腕に装備された六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレースケール)』を無人機の鳩尾に撃ち込む。

 堪らず吹き飛んだ無人機をラウラはブレードワイヤーで吊し上げながら無人機を放り投げ、プラズマ手刀でコアを貫いた。

 

 無人機は生気を失って力なく横たわる。

 無力化の確認が取れるや否やシールドビットは二人の機体から剥がれ、何処かへと飛んで行ってしまった。

 それを見送りなら二人はやっと繋がった通信に応答する。

 

「こちらボーデヴィッヒ、敵機討伐完了。これより他生徒と合流します」

『了解した。気を付けていけ』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 これで何度目かの衝突音。

 無人機の豪腕と凶器の猛攻を両手で握った厳つい双刃と両肩の砲門で捌いている鈴だったが、それでも相手の光線までは手が回らない。

 

「チッ……!」

 

 目の前で眩く煌めく砲口を見せつけられて、その度に肝を潰す思いで逃げ出したくなるが、避けるよりも前に発射された光弾を、自分の背後から弧を描いて飛んできたレーザーが敵機の光弾を撃ち落とす。

 

 ブワリと煙幕を突き抜けて、鈴は振りかぶった双刃で無人機の丸太のような左腕を弾き、超至近距離で両肩の『龍砲』を喰らわせる。

 ガガン、と金属板を叩く音が響き、無人機の脚が床から若干浮いた。だがその程度では止まってくれない。

 鈴は左半身からの殺気を感じて側転しながら回避する。ついさっきまで自分がいたところを無人機のナイフを展開した右腕が海老反りした姿勢から繰り出され、空を掠めていた。

 

 そのままバク転しながらセシリアの横まで後退した鈴は内心ひやひやしながら毒づく。

 

「まったく、危ないったらありゃしない。まともに近付けないし!」

「こうも狭いとビットもまともに動かせません」

 

 次の作戦を練っていると、どこからかガタガタと音がする。

 何かが通気口を這っているような音だ。

 

 まさか猫かネズミが迷い込んだのでは?

 こんな非常事態でそんなものを助けている暇はない。

 

 諦めて放っておくか、そんな事を考えている間にも、音は段々と近付いてくる。更に激しさを増す音源が、やがて空気供給管のカバーにぶち当たると音がした。

 

 明らかに上記を逸した衝突音は猫などのそれではなく、まともな動物ではなさそうに思える。

 

 更にもう一回、激しい衝突音が甲高く鳴り響いたと思ったら、部屋上部に備え付けられた通気口から二枚の盾が飛び出してきた。

 

「はあっ!?」

「なんです!?」

 

 盾は飛び出した勢いのまま無人機の顔面に突撃し、一際大きな音を立てて跳ね返る。

 飛び跳ねた二枚の盾は、例によって簡易な人形の兵器へと姿を変えて再び無人機へと飛び掛かっていく。

 

「あれ、結の盾よね」

「はい。間違いありませんわ」

 

 二体の兵士は無人機の攻撃を巧みに躱しながらコマの様に回転して動きを封じている。

 元が盾である事もあり、その頑丈さから繰り出される一撃は微々たるものだが確実にダメージを与えている。更に無人機からの攻撃にも耐え、光線が来ようものなら盾へ戻って防ぐ。

 

「どきなさい!」

『──ッ』

 

 鈴の掛け声と同時に、無人機に向かって飛んでいったのは分厚い二振りの青龍刀『双天牙月』。

 重たく風を切る音を立てて飛来した刀はすぐ様飛び退いた盾達をすり抜けて、置いてきぼりにされた無人機の両肩に突き刺さった。

 

 束の間の無力化を確認した盾達はシールド形態に戻り、二人の機体に装備されて妨害電波を無効、そしてそれぞれの機体シンクロ率を上昇させる。

 

「これは……」

「一枚でも相当な効力ですこと」

 

 出力の上限を一時的に突破した二人の機体。

 それぞれ砲撃装備を展開し、全ての砲口を無人機へ向ける。

 

「ブルー・ティアーズ!!」

甲龍(シェンロン)!!」

 

 ライフルビット四基と光線銃、追加武装込みの衝撃砲四門。その全てが上限突破された出力での砲撃に備え、力強いチャージに入る。

 

 なんとか回避しようともがいている無人機だが、それよりも早くにチャージは終了し、一斉に発射された五本の光線と四つの火球、その無慈悲な大火力が控室の一角ごと無人機を消し去った。

 開いた穴の先で瓦礫に埋もれる無人機がついにエネルギー切れで停止する。それを確認するやいなやシールドビットはまたも二人から剥がれ、開いた大穴から飛んでいった。

 

「ふぅーーーっ、やったわね!」

「エレガントではありませんでしたが」

 

 腰に手を当てて快活な笑顔を浮かべる鈴に対して、ブロンドの長髪を払いながらセシリアが澄まし顔で毒を吐く。

 

 やっと繋がった通信からその他大勢の生徒の安否とまだ戦闘中のチームがある事を知らされた二人は、吹き抜けになった控室を飛び出した。

 

 

 ◆

 

 

 部屋の半分が損壊している。

 あたりの破損部分は奇妙な状態で、半分は赤熱するほど焼け焦げているのに対して、もう半分は氷柱が並び立つほど凍り付いていた。

 

 被害が一番大きいのは壁に叩き付けられて芋虫のように藻掻いている無人機で、装甲の殆どは溶解と凍結が折混ざったような状態で破損し、内部の配線や機械部品等がはみ出していた。

 

「げほ、ヤリ過ぎたか」

「ま、倒したのでヨシってコトで」

 

 無人機を機能停止まで追い込んだ事で、ISの機能が回復したのを確認した二人は、煙たい空間から逃れる様に外へ出る。

 

「ん、コイツは」

 

 外にはこちらの様子を伺っていたらしいシールドビットが二基。

 自分のたちの安否を確認するやいなや、二枚の盾は何も言わず去っていった。

 

「なんスか、あれ?」

「ほっとけ。ひとまず合流するぞ」

「ウス」

 

 まるで観察でもされていたような感触。

 ダリルはわだかまりを抱えて、今目の前の問題に取り掛かるよう努める。

 

 面倒がなけりゃいいな。

 

 

 







 次回、一夏達の回。あとついでに結も出したいな。

 感想誤字報告などありましたらお願いします。

 ではでは。


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八十九話 ブリキと武人








 目の前で空振りする豪腕。

 眩く飛び巻く光線。

 四方から絶え間なく降り頻る斬撃。

 

 それぞれ二体一の状況をなんとか維持しながら、一夏と簪、箒と楯無は今日まで培ってきた連携をもって眼前で暴れる無人機を相手取っていた。

 

 何故無人機と断定したか。あからさまに人体の可動を逸脱し、ISの武装部分のみならず、全身装甲に包まれた本体の人形すら360度の回転をしてみせたり、あらぬ方向へ関節を曲げてみせたりと、まるで人の枠に収まっていない動きを前に本能的な恐怖が拭えない。 

 

「簪さん!」

「わかった!」

 

 それでも剣を振るう。盾を構える。

 敵の猛攻を凌ぎ、反撃の狼煙を上げて今か今かと首を狙う。

 

 敵の肩に備わっている砲門からおびただしい数の光弾が煌めき、いち早く危険を察知した一夏が簪の前に出て『雪羅』をシールドモードで展開する。

 前方からの無数の光線を受け止めた一夏。そして両肩の速射荷電粒子砲『春雷』を展開した簪が、一夏の背後から飛び出して狙い定めた無人機へ粒子砲を撃ち込む。

 

 数回の砲撃をがむしゃらに撃ち、そのうち避けきれなかったらしい二発が無人機の右肩部キャノンと左足を撃ち抜いた。

 

「当たった!」

「畳み掛けるぞ!!」

 

 一夏に促されているのが癪ではあるが、それでもこの緊急事態で思考停止に陥るよりかマシかと考えながら、簪は対複合装甲用超振動薙刀『夢現』を握り締めて一夏とともに無人機へ近接戦を挑んでいく。

 

 

 少し離れたところで、箒と楯無が別の個体を相手に戦闘を繰り広げていた。

 

「楯無さん!」

「ナイスよ箒ちゃん!」

 

 楯無へ向けて放たれた光線を箒が操る背部ユニットの展開装甲で防ぎ、『天月』の牙突から飛び出したエネルギー刃が無人機のシールドエネルギーを削る。

 更に大型ランス『蒼流旋』を携えた楯無が、箒の攻撃を受けきったばかりの無人機へ突撃し、その右腕を穿ち落とした。

 

『……ッ!』

 

 お返しとばかりに無人機が肩のレーザーを仕切りに乱れ撃つが、箒の刀である『空裂』の一振りが放ったエネルギー波が無人機のレーザーを全て無効化してしまった。

 

 そこで箒の攻撃は止まらず、追撃とばかりに分離させた背部ユニットと両手の刀を握り締め、全身の展開装甲を発動させ、当たれば致命傷の一撃を全身から繰り出しながら無人機へと飛び込む。

 

「や、ァ、あぁァァァ!!!!!」

 

 二刀流の連撃、更に蹴り上げやユニットとの連携により、単騎で全方位からの格闘戦に持ち込む『紅椿』の性能も然ることながら、それらを巧みに使い分け、操る箒の技量も正しく彼女の実力だろう。

 

 だが相手は無人機。人では無ければ心も無い。

 箒の猛攻をまともに受けながらものともせず、全身を斬り刻まれながら、なんとその巨腕で箒の上段蹴りを掴み取った。

 藻掻き逃げ出そうとするが、いくら暴れ、刃を突き立てても無人機は掴んだ手を離さず、ぐい、と自分に近づけて砲門にエネルギーを充填させる。

 

「しまっ──!」

「箒ちゃん!!」

 

 至近距離での砲撃。流石に逃げられないと身の毛がよだつ思いで腕を交差させ縮こまる箒だったが、一瞬で半透明のヴェールに包まれ、無人機の砲撃が妨げられる。

 振り向くと楯無の専用機『ミステリアス・レイディ』の固有武装である『アクア・クリスタル』を煌めかせながら、彼女は左手に握った蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を撓らせ、湾曲した軌道を辿りながら無人機に斬りつける。

 

 無人機の意識が楯無へ向いた瞬間、その隙をついて抜け出した箒が柄頭で無人機の側頭部へ一撃をお見舞いしてやった。

 

「すみません、楯無さん!」

「箒ちゃん、ここは感謝よ!」

「ありがとうございます楯無さん!」

「よろしい!」

 

 戦闘状況は著しくない。だが楯無との会話で無駄に強張っていた体の力がふと抜けていく。戦いの最中だというのに、妙に嬉しく感じる自分がいる。ちぐはぐな感情が心地よかった。

 

 この人は何処までも凄い人だ。

 こんな状況だというのに笑っている。

 

 腹の中を読めない相手というのはどこかきな臭いものだ。そういう所から信用されないものだが、楯無は自分を中心に回りを振り回すので、疑いを掛けるより前にこちらが根負けしてしまう。

 

 

 底の知れない人間だという凄味を噛み締め、改めて畏怖の念を感じる箒はきりりと意識を引き締めて、両手の剣を構え直す。

 

 

 

 そこへ満を持して飛び込んできたいくつかの影。

 

 

「あれは!?」

「盾!?」

 

 現れたのは結の小型シールド。アリーナに現れた四枚の盾は、それぞれ二枚一組になって二機の無人機へ突撃していく。

 

『ッ!?』

 

 突如として現れたシールド達に翻弄されながら、無人機は自分のまわりを飛び回る盾を撃ち落とそうと躍起になっているが、巨腕のスイングも、左手のナイフも、肩のレーザーもことごとく躱され、逆に盾たちからお返しとばかりに体当たりを喰らっていた。

 

 盾だというのに攻撃を受けず、回避して反撃を当てる様は、何処かあの少年に似ていた。だが彼が操っているというのなら妙に納得のいく動きでもあり、無意識に彼の影を重ねていた。

 

 それは一際大きい一撃を無人機に喰らわせ、その反動で飛び上がりながら箒と楯無の元へと降り立った。

 

 訝しげに思いつつも、二人がその盾に触れた瞬間、視界の端に表示されているシンクロ率のメーターがぐん、と上昇し、機体性能が二割増しで引き上げられた。

 

「凄い、出力も上がっている!」

「これだけのブースト、とんでもないわね」

 

 盾一枚だけでこれ程とは……補助機能にしてもやりすぎよ。

 

 初回使用ですら一割以上ものステータス上昇を施す事ができる補助装置を、あろう事か八枚も同時に併用してみせ、更に自在に使いこなしているあの少年の怪しさが増していく。

 

 話しによればあの篠ノ之博士が与えたと言う。つまりこれだけの後付装備を使わせ、少年と彼のISの機能を増幅させることが目的なのだとしたら。

 調べでは少年のISは他人が使っているISを奪い、その機体も能力も自在に扱える。

 

 もしも少年のISが今以上に進化を遂げれば、恐らく学園だけでは対処仕切れない怪物が生まれてくるかもしれない。

 

 もしもそうなれば、最悪彼を殺める事になるかも……。

 

 ぞくりと怪しい考えが頭を過るが、今はかぶりを振って忘れ、盾によるブーストを甘受する。

 

 通常の二倍の量で水のヴェールを流しながら、楯無は激流の槍を高々と携えて胸を張る。

 

 ブーストで使用可能になった単一仕様『絢爛舞踏』を発動させ、全身の展開装甲を発動させる箒もその隣に並び、両手の剣をきりりと握り直して構える。

 

「やるわよ、箒ちゃん」

「はい!!」

 

 楯無の掛け声を皮切りに飛び出した二人。

 二手に別れ、左右からの同時攻撃。射撃態勢にも移らせない速さで体当たりをぶつけ、ぐらりと傾いた無人機に箒の二撃と楯無の回し蹴りが入り、地表へ向かって赤銅色の機体が落ちる。

 

「往くぞ『紅椿』!!」

「キメちゃうわよ『ミステリアス・レイディ』!!」

 

 箒は両翼の展開装甲ユニットを分離させて追撃、楯無は『蒼流旋』の四連装ガトリングを発射させながら追撃し、距離を詰める。

 

『ッ──────!!!』

 

 ガトリングの射撃と遠隔の斬撃を無防備の全身に晒されながら、無人機はなおも体勢を立て直して両肩と右腕のキャノン砲を光らせ、反撃に移る。

 

「喰らうものか!!」

「きゃんっ」

「楯無さん!?」

 

 足元から打ち上がる無数の光弾を全身の展開装甲で露払いをしていた箒の横で、なんの抵抗も見せずに光弾の雨を喰らった楯無が()()()()()()()()

 

 何事かと分からないまま、知り合いが消えてしまった目の前の出来事に力が抜けていく箒が血気迫る思いで無人機を見下げると、そこにはついさっき真横で蒸発したはずの楯無が無人機の横腹を大型ランスで穿っていた。

 

「楯無さん、今のは!」

「ふふん。質量を持った残像よ」

 

 先程、蒸発して消えていったものは『ミステリアス・レイディ』の水を操る能力による、水の分身だった。

 それを攻撃を受ける前、光弾の弾幕の前に残して回避し、虚を付いた不意打ちを狙ったのだ。

 

「喜ぶのは倒してから。最後は大きいのやっちゃいなさい、箒ちゃん」

「えっ!? わ、わかりました!!」

 

 それだけ言い残して楯無は時間稼ぎをするべく一人飛び出し、取り残された箒はあたふたしつつもやる事、できる事を見据え、精神統一を始める。

 

 考えろ、いや深く考えるな!

 できる事は多いようで少ない、下手な事はかえって足を引っ張るだろう。

 今私の手元にあるのは。

 

 私と。

 

 紅椿と。

 

 結の託してくれた盾がある!!

 

 

 死地の最前線という極限状態が身体を奮わせ、一夏たちや楯無と積み上げて来た過去が意地を踏ん張り、結の盾が意識的か無意識か、湧き上がる感情に、後押しをかける。

 

 ここで折れたら女が廃る!!

 紅椿、結、力を貸してくれ!!!

 

 箒の願いに応えるように、紅椿は淡い輝きに包まれ、単一仕様『絢爛舞踏』を発動させ、ゲージを飛び出る勢いでエネルギー残量が回復し、全身の展開装甲から余分に回復していたエネルギーが放出される。

 

【新兵装獲得。ブラスター・ライフル『穿千』】

 

 それだけに留まらず、これまでの戦闘経験と盾のブーストによる過剰なシンクロ率がこの土壇場で紅椿に新たな武装を新規構築させた。

 

「ええぃよくわからんが使ってやる!!」

 

 叩きつけるように眼前に現れた使用許諾を承認し、背面にあった展開装甲ユニットを両腕に沿わせると共に、それらは著しく形を変え、機能を変え、腕と融合した大型のクロスボウのような形状に変化を果たした。

 

 後ろ腰からバイポッドのような支えが生え、地に落ちて腰を据え、両腕を無人機に向けてターゲットサークルを敵機に合わせる。

 

 すぐに撃とうとしたところで何も出ず、肩透かしをくらう箒。確認するとハイパーセンサーの端に『CHARGE』の文字。どうやらエネルギーを充填しないと打てないらしい。

 

「まどろっこしい、早くせんかっ!」

 

 この戦況で動けないままで焦らされる箒が急かすが、そんなことを意にも介さず武装のエネルギー充填は亀の歩みで進む。

 

「箒ちゃんもうイケそう!?」

「今終わりました、避けてください楯無さん!!」

 

 今の今まで時間稼ぎとして接戦を持ち掛けていた楯無が箒の声に彼女の方を向くと、キラリと光る二つの星。

 

 

 

「いっけぇぇええええ!!!!!」

 

 

 

 死の危険を感じて無人機に水のヴェールを引っ掛け、すぐ様飛び退くと同時に、下方から特大の光線が二本、回避しようとしていた無人機を飲み込み、アリーナの地面すら抉りながら壁面まで押し出した。

 

 けたたましい轟音と土煙。

 無人機は一瞬でスクラップになり、スパークを散らしながら尽き果てる。

 

「わーお。やったわね箒ちゃん」

「ありがとうございました、楯無さん」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 無人機の動きに翻弄され、本能的な恐怖に侵されながらも簪は震える両手で薙刀を握り、えいやと心の中で意気込みながら切りかかる。

 

 超高振動薙刀で手足を斬り落とそうと近接戦で刃を振るっている簪だが、無人機は存外に頑丈で、全身装甲の機体を前に薙刀は無慈悲に弾かれている。

 

 硬質合金だって斬れる薙刀なのに⋯⋯!

 なんなのコイツ!

 

 無人機の異常なスペックに内心毒吐きながら、今度は脚の関節を狙って薙刀を振るう。

 

「なッ⋯⋯!?」

 

 だが無人機は簪の一撃に対し、狙われた足を後方へ直角に持ち上げることで回避、そして持ち上げた脚を維持したまま腰ごと下半身を回転させることで反撃に転じてくる。猫? 否、さながらタコのような動きは見ていて本当に気持ちが悪い。

 

 おおよそ人間では真似できない動きから繰り出される攻撃に怯えながら、簪は薙刀の柄で蹴りを受け止め、威力を相殺しきれず真横へ吹き飛ばされる。

 

「簪さん!」

「私は、大丈夫だから!!」

 

 一瞬こちらへ向かおうとしていた一夏に安否を伝え、無人機へ向かえと促す。

 一夏は簪への心配を無理矢理抑えて刀を握り締め、瞬時加速を使い、無人機がレーザーを放つよりも速く懐に潜り込む。

 光線の発射態勢から近接戦闘への移行に一拍遅れた無人機は、一夏の逆袈裟が直撃して構えていた左手のナイフが根元から斬り落とされる。

 

 もう一撃、踏み込もうとする一夏だったが、無人機は痛がりも後退もせず、無造作に振り上げた右の巨腕を一夏の頭頂部に目掛けて真っ直ぐり振り下ろしてきた。

 

「こッ⋯⋯⋯ノォ!!」

 

 咄嗟に突き出した左手の『雪羅』で無人機の巨腕を受け止め、ずしんと来る質量の重みに侍従が傾きそうになった。

 あまりの近距離で刀を振ろうにもろくな威力は発揮されず、落とし損ねた無人機の左腕に『雪片弐型』を持っていた片手も捕まえられてしまう。

 

「しまった⋯⋯!」

 

 両手とも塞がれてしまい、身動きの取れない状態。いくら蹴ろうが頭突こうが暴れようが、ピクリともしない無人機は手放してなんてくれなくて、下手をすれば簡単に骨の一つや二つへし折られそうな力で押し潰そうとしてくる。

 

 密着状態で抵抗できない一夏を前に、手持ち武装のほとんどが物量火器である簪も横槍を入れられず、見守るしかできない状況に焦燥感を覚えていた。

 喉が渇く。腹の底で蟠りが渦巻く。頭の中で考えが駆け巡るばかりで行動に映せない事自体が大きなストレスとなり、余計に苛立ちが募る。

 

「負、け、る、かァ⋯⋯⋯⋯ッ!!!」

 

 背を反らし、胸を張り、肩を盛り上げながら、機械腕を押し退けようとする一夏。ゆっくりと開けていく視界に映ったのは逆光を浴びて良く光る無人機のバイザーと、光が集光し始めた砲門。

 

 この至近距離であの超大なレーザーを撃とうとしているのだ。

 逃げようにも膠着状態から抜け出せるはずもなく、目を焼く光をただ見つめることしか出来ない一夏は死の輝きから目を背け、悔しさを噛みしめることしか出来なかった。

 

「畜生ォ⋯⋯!」

 

 一際大きく輝いた砲門。

 その一瞬、視界を遮った一つの影は一夏に届くはずだった光線を防ぎ、さらにもう一つの飛来物が無人機の背後を穿ち、二機の硬直を解いて跳ねて行った。

 

「な、なんだ!?」

「あれは、結の、盾⋯⋯!」

 

 一夏と簪の前にも現れた結の小型盾。それらは二人の機体に取り付き、『雪羅』には右手の籠手に、『打鉄弐式』にはバックスラスターの一つとなり、これまでの効力と同じように無人機の妨害電波をジャミング、そして機体と搭乗者のシンクロ率のブーストを付与してくれた。

 

 単純に上昇する機体効率は脳へ繋がるハイパーセンサーの情報密度がぐんと増し、されど冴え渡る思考処理でそれらを瞬時に把握。そして安定率の増した稼働効率はそのまま機体火力へと変換される。

 

「行くぞッ!!」

「うんっ!」

 

 瞬時加速で飛び出した一夏の背後からレーザーで援護射撃をする簪。

 その軌道は下手をすれば一夏を背後から撃ち落としてしまいそうなほど際を狙った射撃だが、放った光線のどれもが一夏をすり抜けて無人機の手足や胴体、その末端を狙い撃っていた。

 

 簪の援護で一夏へのカウンターを取り損ねた無人機は、彗星の如く迫る一夏の攻撃を処理しきれず、そのまま突き抜けるような抜き胴を喰らう。

 

 そこで一夏の攻撃は止まず、四基あるうちの一つの背部スラスターで素早く身を反転させ、一夏は斬り放った斬撃を回転にあわせて担ぎ、無人機の背後から振り被った姿勢からの上段斬りを無人機の脳天目掛けて真っ直ぐに振り下ろす。

 

『――ッ!!』

 

 それでも一夏の二発目の太刀を感知したらしい無人機は、方向転換と同時に大振りに振り回していた巨腕を一夏の腹へ叩きつけようとしていたが、それよりも速く一夏の一太刀が流麗な円弧を描いて無人機の背を斬った。

 

 

 明らかに人体の存在するであろう部分は肩から深く斜めに斬られていた。だがそんな程度で止まる無人機ではなかった。

 

 今際の際、ありったけのレーザーを撃ち乱れようとチャージをしていた無人機を前に、止めをさそうとした一夏は、簪の抑止の声と共に少し頭上で彼女の専用機、『打鉄弐式』の武装である八連装ミサイルポッド『山嵐』と荷電粒子砲『春雷』の砲門、それら全てが展開され、此方へ、正確には無人機へ向けて展開されていた。

 

「避けなきゃ知らない」

 

 悪態の一つを吐くことも許されないまま発射された四十八発のミサイルとレーザーの暴風雨。

 寸のところで逃げ出せた一夏は背後から感じた殴られるような爆風で放り出され、巨大な爆発は虫の息だった無人機を爆炎に飲み込ませ、簡単にスクラップへと変えてしまった。

 

「がっちゃ」

「あ⋯⋯危ねぇだろ!!?」

 

 鬱憤晴れましたと言わんばかりにすっきりした顔でサムズアップしてくる簪に食いつく一夏だったが、同じくして他の敵機を倒してきたらしい他の専用機メンバーが集い始め、その誰もが大した外傷もなく揃っていたことに安堵する。

 

「⋯⋯結がまだいないぞ!」

「本当! まだ戦ってるっての!?」

 

 この場にいる殆どが、少年が寄越した盾のサポートのお陰で生き残れたと言うのに、肝心の少年が未だ見当たらない。

 あの無人機たちは揃いも揃って専用機ばかりを狙って戦いを挑んできた。ならば結も狙われていておかしくはないはず。

 

 もしかすれば別のルートで既に避難したか、それとも盾を操ることに気を取られて無人機に苦戦しているか⋯⋯纏まらない考えはどんどん暗い方向へ思考を導き、やっと繋がった通信機能に縋る思いで通信を繋げるよう試みてみる。

 

『あ、織斑君! 皆さんも無事ですか!』

 

 繋がったのは管制室で対応していたらしい山田先生。

 焦った様子の彼女の声が落ち着受けない事態だと知らせてくるようでもあった。

 

「山田先生、こっちは無事です。ただ、結が見当たらなくて⋯⋯!」

『えぇっ、そっちもですか!?』

 

 しまった、まだ終わってない。

 そもそもあの襲撃事件から立ち直れていない少年が、この緊急事態にうまく対応できていたかすら怪しいのに、更に無人機の数撃となれば余計に不安要素が募るのは必然だった。

 

 最初に動いたのは簪だった。

 

「私、探しに行ってくる⋯⋯!」

「待ちなさい簪ちゃんっ!」

 

 アリーナ地下へ向かって走り出した簪を抑制しようと楯無が彼女の手を掴んだところで、アリーナのカタパルトから乱暴な金属音が遠く響いた。見るとそこには人影が映っていた。

 

 遠くから、カタパルトの中で反響する鎧の足音と、金属の塊を引き摺るような甲高く耳障りな不協和音。

 中は暗くて視認しづらいが、赤い軌跡がゆらゆらと目元で揺れているのがハイパーセンサー越しに確認できる。

 それが少年の専用機『ガーディアン』のバイザーから発せられるセンサー光だと理解出来るのにそう時間は掛からなかったが、その腕からは茨のようなワイヤーが伸び、その先にはつい先程まで自分たちが苦戦していた無人機達と同型の機体が括り付けられ、無造作に引き摺られている。

 

 ガーディアンはカタパルトの縁まで歩いてくると、引き摺っていた無人機と一緒にアリーナへ飛び降りて、重力のままズシンと広大な地面を踏み締める。

 

 飛び降りた拍子に、仮面がズルリと外れ落ち、下の歪な髑髏が赤い双眸でこちらを見据え、牙が生え揃っている顎の中で、子供の口元がニヤリと嗤った。

 

 

『キシシ』

 

 

 






 どうもお久しぶりです。
 なんか路線変更しそうですが、追加エピソードが挟まるだけで原作沿いではあるので許してください。
 次回、ようやく結が活躍しますのでよろしくお願いします。

 感想、評価ください。
 ではでは。


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九十話 二人の騎士と骸の王





 

 

 

 

 半壊したアリーナに立ち込めるどんよりと重たい空気。

 一夏達十名の前にポツンと立ち尽くす重装の騎士は、自らの掌から伸びる茨で無人機を無造作に引き摺りながら、ゆったりとした足取りで近付いてくる。

 

 騎士が一歩、また一歩と近づいて来るたび、闘技場に漂う緊張は大きく、どんよりと張り詰めてくる。

 

 結が空いた片手を空に振ると、一夏達が持っていたシールドビット達が外れ、少年の元へ全ての盾が集結し、少年の背後から伸びる茨のコードが盾を掴み、彼の前に円陣を組ませる。

 

 それらは一夏達へ向かって放射状に広がり、少年が何かをするような素振りを見せる。

 危険を察知した一同は回避しようとその場を離れようとしたが、それよりも速く、簡単に少年の一手が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『悲鳴共鳴(ひめいきょうめい)』」

                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ギィ

    ィ

    イ

     ぁ      ァアァァ

       ァアア アアァ

     アァ あ    ァァア

    ァア ァア     あぁ

    ぁぁ     アァ   あア

            アあ  ァァアァアア

              あ   アアァ

            ァア    ァアァ!

                アアァァ!

                 アァ!!

                 アア!!

                  ア!!

                 !!

                !!

            !!!!

           !!!!

          !!!

        !!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地すら揺るがす大絶叫。

 ハイパーセンサー越しの聴覚機能すら貫いて鼓膜を突き破るような不協和音にその場にいた誰もが耳を塞ぎ、体内を轟き抜く鈍痛で立てなくなってへたり込む。

 

「がッ……!! なんだ、こりゃ……ッ!!」

 

 爆撃でもされたかのような轟音は少年のシールド達を通して拡声され、アリーナの壁全体を反響して回って一夏達を反響の中に閉じ込め、たっぷりと耳障りな雑音に浸す。

 

 絶叫が止んだかと思ったら、全身が痺れるような感覚に襲われ、殆どの機体が鈍く鈍重な動きになっていた。

 

「ナニコレっ! 動きが、鈍い……!?」

「シンクロ率が落ちている、だと……!」

 

 その場の誰もが固有の単一仕様が使えなくなるまで機体とのリンクを阻害され、超技術を誇るはずのISはただの機械の塊と呼べる代物にまで成り下がった。

 

 

 一夏や箒の展開装甲はピタリと塞がり、セシリアや楯無のビット兵装はその場に落ちる。ラウラや簪の空間能力はハイパーセンサーの画面にすら表示されなくなり、ダリル、フォルテの二人の炎と氷は出現すらしなくなった。

 

 対IS用デバフトラップをまんまと喰らい、バインドボイスからの硬直が解ける頃にはすでに量産機に乗った素人程度の性能しか出せなくなっていた。

 

 

 だがそんなものでは終わらない。

 少年の行動は続く。

 彼の大絶叫が及ぼしたのは何も一夏達に向けての妨害だけではない。

 自身の魂と機体のクォーツを無理矢理共鳴させる為のものでもあったのだ。

 

 

 

 

 

【共鳴現象】

 

 

 

 

形態移行(フォームシフト)

 

 

 

 

『ARTHUR』

 

 

 

 

 

 

 

 外殻の封印装甲でもあった鎧は振動によって剥が落ち、代わりに全身から伸びる茨が少年と骸の機体の骨格に合う鎧へ変貌を遂げる。鎧は血濡れのように赤黒く、誰もを拒絶するような棘の意匠があちこちに散見できる。

 頭部へ伸びた茨はぐるぐると頭を帯のように包み、頭蓋骨を縛る棘の冠を生み出して目元を隠すように、目深に被る。

 

 さながら亡霊のような立ち振る舞いで一夏達と対面する骸の王。

 骸の顎から覗く口元は醜く歪み、えくぼを作って餓鬼のように嗤う。

 

 

 そんな彼の顔面に一撃、不可視の砲弾が直撃する。

 

 攻撃したのはツインテールを揺らし、ぎらついた目で結を睨む鈴。

 いつか暴走した結にISを奪われた彼女は、今の少年があの時の暴走時と同じ状態にあるのだと悟っていた。

 

「二組の、何を……!」

「鈴、お前……!」

「解かってンでしょ一夏ぁ! あの子は、アイツは……!」

 

 だからこその先制攻撃。だがオートモードに切り替えての専用武装【龍砲】の一撃はさほどダメージには成り得ない一撃だった。

 

「『いッ……てェなァぁ……お姉ェちャン……』」

 

 しかしその一撃は、その場にいた一同へ嫌でも戦いの合図なのだと思い知らされた。

 

「総員、攻撃開始ッ!! 目標は……上代 結ッ!!」

 

 飛び道具を持つ者は誰もが銃口を骸の王に向け、最早躊躇いすら抱かずに引き金を引く。それ以外の者は剣を構え、一斉に左右から飛びついた。

 

「『キシシ』」

 

 骸の王は掌から伸ばした茨で側に転がっていた無人機と、目の前を漂っていた八枚の盾を掴み、それらを目の前へ移動させて一斉射撃された実弾、光弾、その他全てを防ぐための防壁にする。

 

 絶え間なく撃ち込まれる弾丸砲弾レーザーの横雨はその一切を盾と無人機を操る茨によって阻まれ、弾一つとしてファントムに触れることは無かった。

 

 やがて一斉掃射が止んで立ち込める煙幕が晴れる直前、その煙幕を突き抜けながら飛び込んで来た一夏や箒、鈴とダリルが各々の刀や剣を一度に振り抜く。

 

「ハァァッ!!」

「ゼァッ!!!」

 

 上下左右、それぞれ一撃で仕留めんと全てが急所を狙った斬撃。

 その全てを、ファントムはまたも茨で操る盾で受け止める。

 全員の違う構え、太刀筋や攻撃法に対する攻撃のいなし方を使い分けながら、盾は自在に振り回されて四人の斬撃を一切無力化して本体への攻撃を拒む。

 

 一夏には鍔迫り合いで抑え、箒の二刀流は全てを弾く。

 鈴の青龍刀は白刃取りで抑え、ダリルの双刃は両方の剣が振れないところで抑制していた。

 

「器用なコトしやがる……!」

「気を付けて先輩、コイツは他人のISを奪えるんで!!」

「知ってるよォ!!」

 

 双刃を塞がれたダリルは抑え込まれる力をずらしながら半身をねじ込み、でたらめに蹴り上げを喰らわせようとした。

 だが彼女の一撃は横から飛び出してきた無人機によって阻まれる。

 

 と言うより吊るされた無人機で防がれた。

 乗っているものが人でないだけあって、横腹に突き刺さった蹴りに対して身動ぎも悶絶も見せない人形というのは実に不気味に感じる。

 

「チィッ!」

 

 二の手も無効化されていて思わず舌打ちが溢れるダリル。

 そんな彼女の前に佇んでいた無人機のゴーレムⅢは己を繋いでいた茨から強制チューニングの施され、バイザーに光を取り戻して彼女を睨む。

 

『………ッ!』

 

 標的である彼女を察知した途端に左腕のナイフを持ち上げて突き刺そうとおもむろに腕を振るう。

 

「そんな事も出来るのかよ!」

 

 ダリルはナイフを避けて距離を離し、茨で繋がったゴーレムⅢともう一度相対する羽目になって苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 

 シンクロ率が落ちてる今の状態、単一仕様も使えねぇ。

 機体も重てぇ。武器を振るうのもやっとだ。

 

 クソにも程があんだろうよ……!

 

 ◆

 

 

 鍔迫り合いから抜け、せめて一太刀だけでもお見舞してやろうと奮闘する一夏。

 機体性能を無理矢理落とされて万全の出力が出せないという状況でもあるが、盾二枚だけを相手にこれ程まで苦戦させられとは思ってもいなかった。

 

 これはファントムの能力の高さか、それとも結も同じだけ凄いのか。

 はたまた二人の能力か。

 

 少し離れたところで箒も同じように苦戦を強いられていた。

 切り込もうにも茨で吊るされた盾が踏み込みを妨害し、嫌でも近付けまいと防壁を築いている。

 

 一人につき盾は二枚、それぞれは茨で繋がっている、ならば切り落としてみるか……!

 

「ダラァぁっ!!!」

 

 一夏は『雪片弐型』を片手で握り直し、久々のオートモードに切り替えた背部スラスターを爆発的な勢いで吹かして飛びかかる。

 

 盾は一直線に飛んでくる一夏へカウンターを食らわそうと待ち構えていたところ、それを狙っていたらしい一夏によってその身を彼の空いていた左手で掴まれてしまう。

 

 すぐさま応援に飛んできた二枚目の盾を片足で抑えながら、一夏は引き千切る思いで茨の繋がる盾を引き伸ばしながらグリップに繋がっている茨のコードを一息で切断する。

 

「これでどうだ!!」

「『ところがギッチョン!!』」

 

 茨を切り飛ばした盾はコードの制御から抜け出したと思っていたのが、一夏の左手をすり抜けて彼の鳩尾へアッパーカットのような一撃を見舞う。

 

「ガッ……!」

「『ギャハハハ!!! 引っ掛かった引っ掛かった!!!』」

 

 

 茨のコードはブラフ、吊るして操っていると思わせる為のカモフラージュ。初歩的だが、まんまと引っ掛かった一夏は諸に攻撃を食らってしまった。

 

「一夏!!」

 

 吹き飛ばされた一夏を目で追ってしまった箒の隙を逃さず、盾達は彼女の二刀を弾いて殴り飛ばす。

 

 吹き飛んだ二人を前に盾達がずらりと並び、ミンチにしようとと一斉に殴りかかってくる。

 

 だが横からのパレットライフルの射撃が盾達を牽制し、一夏達への攻撃を食い止めた。

 

「二人とも、大丈夫!?」

「た、助かったぜ、シャルロット」

 

 ろくに機能もしない防御機能のおかげで、まともな威力を保った一撃を喰らって嘔吐く一夏。

 

 心配そうに寄り添う箒の手を借りながら虚勢で立ち上がる一夏は、改めて今の状況の不利を実感していた。

 

 今も絶え間なく武器を取り替えながら射撃の手を止めないシャルロットだが、その全ての弾は嫌がらせのように盾で防がれ、落とされる弾丸は一線を作っており、そこに結界でも張ってあるかのような錯覚さえ起こしてくる。

 

 そう。結は、ファントムは変身したときから一歩も動いていない。

 

 防戦に徹しているようだが、ただの一度の攻撃も本体には届いておらず、まるで力量差をこれでもかと知ろしめしているようでもあった。

 

 なんて厭らしい……だが事実、苦戦を強いられているのは自分たちで、さっきまで無人機との戦闘を繰り広げていた蓄積のおかげて皆々随分と消耗している。

 

 そこへ機体性能低下のデバフと来れば、相当に堪える。

 

 単一仕様『零落白夜』は消耗が激し過ぎる。他の皆の能力も使えない、箒も同じく消耗の激しい展開装甲は封印せざるをえなくなり、全員頼れるのは個別の武器のみ。

 

 ファントムは機体を奪える能力に加え、今目の前で無人機を容易く操ってダリルと交戦させているところを見るに、個別に機体の操作も出来るようだ。

 

 アイツにはまだ隠し玉があるかもしれない。

 手探りのままの急襲戦闘に後手後手の状態で、よもや敵に遊ばれている。

 

「結局、戦うしかないのか……」

 

 決めきれない決断を待たずに答えを求められる。

 やりたくないと頭の中でごねたって、振りかざされる暴力を前に対抗しなければ、脅かされるのはまた自分達なのだから。

 

 何度目か、結に刃を向けるのは。

 

 いつまでも馴れない、人を斬る行為。

 思い起こす度に足が竦み、腕が重苦しい。

 

 後ろ髪を引かれる思いで刀を握り直し、一夏は少年を見定める。

 

「待ってよ……!」

 

 誰かに呼び止められた。

 振り向くと、薙刀の切っ先をこちらに向けて、肩で息をしながら震えている簪がいた。

 緊張と慣れない戦意で震えている腕で薙刀を握りしめ、脅すように一夏へその切っ先を向けている。

 開いた瞳孔は一夏を一点に見定めて、いつでも喉元を引っ掻こうとしているが、荒い呼吸で薙刀を握る手はおろか足元すら危うくなっている。

 

「なんで、なんでみんな、結と、戦うって言うのに……そんなに澄ましてるのよ……!!」

 

 簪の奇行に誰もが気を立てる。

 それも仕方の無い事だろう。

 というより、この場の一年生の中で彼女だけが結のもう一つの顔を深く知らない。

 更に入学時からの一夏との確執も重なり、以前から彼女は一夏の事を敵視する傾向にあった事もあり、そこへ結と一夏が戦った過去も相まって二人の溝は深く、大きく刻まれていた。

 

 突き付けられる薙刀を見て、一夏は簪との隔たりを酷く実感してしまった。

 

「どきなさい簪ちゃん!」

「どかない、結は誰にも殺させない!」

 

 楯無の言葉に応えない簪は、錯乱状態に近かった。

 

「なんで、結が……! なんで結と戦わないといけないの!?」

「簪ちゃん! 危ないっ!!」

 

 楯無が横から飛び出し、簪を押し退けた。

 姉の不意の行為に対応出来なかった簪はそのまま楯無と一緒に投げ出され、数メートル吹き飛ぶ。

 

 何事かと思ったのも束の間、自分と一夏がいた線上に緋色の機体が騒々しく吹き飛ばされてきた。

 

「グゥッ……!」

「ダリル!!」

 

 それは上級生のダリル・ケイシーであった。

 後に続いてファントムとゴーレムⅢが地面に転がるダリルの前に降り立ち、彼女が持っていた双刃を荒々しく地面に突き立てる。

 

 立ち上がろうとするダリルの肩をゴーレムⅢが踏みつけながら、無人機は右腕の砲門を彼女の眼前に構えて止まる。

 

「この───ッ!!」

 

 至近距離。恋人の命の危機を目の当たりにして頭に血が上るフォルテ・サファイアはスナイパーライフルを腰撃ちの姿勢で構えて、躊躇わずに無人機へ発砲。五発の弾丸はゴーレムⅢの右腕を跳ね上げるには十分の威力を出し、生まれた隙を狙ってフォルテは無人機の頭部を狙って更に発砲。

 無人機は羊の角のようなヘッドギアを破壊され、バイザーに隠れた頭部まで吹き飛ばされる。

 

 ゴーレムⅢが頭部センサーを失って千鳥足になっている間にダリルは下から抜け出し、地面に突き刺さっていた双刃を引ったくって片膝のまま武器を構える。

 

「ダイジョブっすか!」

「くッ……当たり前だァ!」

 

 専用機として製造された彼女含めこの場にいる殆どの者の機体は高いシンクロ率を前提としたピーキーな調整を施されている。

 それは各部のモーターやユニットの一つに至るまで、緻密な設定のもと稼働していた専用機が、今や一世代前の陳腐な量産機以下の性能まで落とされ、超人的なパワーは何処へやら。

 さっきまで余裕綽々に動き、羽根のように軽かった手足は鉛のように重たく、意識して動かさなければマニピュレータすらまともに動かせない。

 

 

 クソ、機体が重たい……。まるでコイツに怯えてるみたいだ……!

 

 

 あの大絶叫から皮切りに動きが鈍くなったIS。

 

 無人機の特性ではなく、恐らくは上代 結の機体の能力だろう。

 知っている事は他人のISを奪える事だと聞いていたが、まさか間接的にISを操作出来るなんて。そんな回りくどい能力まで有しているとは思いもしなかった。

 

 と言うより、この場にいる全員が奴にISの権限を掌握されたまま、敢えて泳がされている。

 

 

 ふざけた真似しやがって……。

 

 

 腹が煮えくり返るような憤りを感じつつ、少しずつ反撃の手段を丁寧に潰されているような、趣味の悪い詰められ方を受けて余計に苛立ちが募る。

 

 そんなダリルの前に、ずしりと足を運ぶゴーレムⅢ。

 首無しの機体は時折ガタガタと痙攣しているが、肩部のセンサーで彼女とフォルテを知覚するやいなや、巨大な右腕を振り上げて躊躇いなく叩き落とした。

 

「あぶッ──」

 

 満身創痍のダリルを抱え、ネズミのように逃げるフォルテ。

 だが動きの鈍い今の機体では、碌な回避行動も取れず、足はもつれ、追撃を許してしまう。

 固有能力である氷が発現しない事実に内心舌打ちしながら、射程距離にしては近すぎる距離でスナイパーライフルを抜こうとして、無人機の接近を容易く許してしまう。

 

「あ……」

 

 巨腕の右腕による横薙ぎ。

 フォルテはそれをまともに喰らい、抱えていた恋人とも殴り飛ばされる。

 叩きつける衝撃で硬直してしまい、本能から逃げるように言われて立ち上がった頃には既に、目の前にはゴーレムⅢが立っていた。

 

 ゴーレムⅢはボールを蹴飛ばすように、フォルテの小さな体躯を蹴飛ばし、彼女を更に遠くへ吹き飛ばす。

 

「テメェ……ッ!!」

 

 恋人を傷付けられ、ついに怒りを顕にするダリルだったが、一矢報いようと双刃を構えたところでゴーレムⅢが自分へ向けて巨腕に備わっているレーザーの砲門を向けている事に気がついた。

 あっと呟くのが先か、目の前は影すらかき消された光に呑み込まれ、スキンフィールド越しのレーザーを受けて倒れてしまう。

 

 身を焦がすほどの熱と人と機械を纏めて吹き飛ばしてしまうほどの衝撃。無論ただで済むような威力では無いが、ダリルが起き上がろうとする度にゴーレムⅢは何度も彼女へ向けてレーザーを発射する。

 

「い、や……ダリ、ル……!」

 

 それを低いところから見ていたフォルテは、助けにいけない怒りと助けられない絶望に心をすり潰されながら、芋虫のように藻掻く事しかできなかった。言う事を聞いてくれない機体はもはや彼女たちにとってただの重りでしかなく、まだ着ているだけ生命が保たれるかもしれないだけの拘束具に成り果ててしまっている。

 

 最愛の人へ向けて必死に手を伸ばし、痛む体を引きずりながら這い進むフォルテ。

 そんな彼女の後ろを躊躇いなくついてくるゴーレムⅢ。

 再度、巨大な右腕を持ち上げ、羽虫を叩き潰すように、無人機は小柄な少女を潰した。

 

 破裂音に近いような衝撃音がアリーナに響き、フォルテは泡を吹いて動かなくなった。

 

「『二匹』」

 

 手強い相手だと思い知らされるには十分だ。

 自分がもう戦えないと悟ったダリルはファントムを挟んで向かいにいたセシリアに目配せしながら、背後からの狙撃を誘う。

 それを受けたセシリアはシャルロットとの同時射撃でファントムを彼の後方から狙い撃つ。

 

 しかしファントムは振り向きすらせず、触手のように蠢く茨で盾を巧みに操り、背後からの射撃全てを防ぎきってしまった。

 

「なッ⋯⋯」

「『無駄だ。オレはお前ラの視界情報も視えてるンだからナ』」

 

 ファントムが指を立てて、シャルロットたちへ向けて下に降ろすように振る。すると彼女たちの攻撃を防いだ盾の二枚が茨のコードから千切れるように飛び立ち、トンボのような軌道を辿ってセシリアとシャルロットに体当たりをぶつける。

 

「きゃあっ!」

「うぐっ⋯⋯!」

 

 盾は体当たりがヒットした後、先ほど彼女たちを助けた時と同じ人型に変形し、今度は彼女達を蹂躙するべくその身を振るって嬲る。

 弾など躱され、小さくすばしっこい兵士はナイフの斬撃すらものともせず、彼女たちを真正面から叩き潰す。

 

「止めろ結!」

「『ギャハハハハ!!!』」

 

 一夏の言葉に聞く耳も持たず、一方的になっていく嬲り殺しは続けられる。

 耐えかねた一夏が止めるべく駆け出したところで鈴の雄叫びが轟く。

 

 

「止めろっつってんでしょぉぉがぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 二つの青龍刀の柄頭を連結させた大薙刀『双天牙月』を大きく振り被ってファントムへ向けて投擲する。

 鈍く空を切る音を嘶かせながらISの身の丈も超える双刃がブーメランのように飛来する。

 そこで初めてファントムは自分への攻撃に視線を向け、両手を広げて飛んできた巨大な双刃を掴み取った。

 

「『お返しだ、鈴おねーちゃん』」

 

 そして、鈴がした時と同じように勢いをつけ、まったく同じ動きで双人を鈴へ向けて投擲する。

 

 投げ返された双刃を受け止める鈴は、更に寄越された人型の盾達を相手に苦戦を強いられる。

 大振りな武器と衝撃砲しか有さない鈴にとって、小さくすばしっこい相手というのはあまりにも苦手な敵だった。

 

 同時に二体も相手取ればたちまち防戦は崩され、背後から横から無遠慮な暴力に圧されながら、じわじわと余裕もエネルギーも削られてしまう。

 やがて数分と待たず、盾達によって地面の味を教えられる。

 

「『五匹』」

 

 続け様に今度は箒とラウラが、それぞれ二刀と両手のプラズマ手刀を展開して左右から挟み撃ちにファントムを狙う。

 

「いくぞ篠ノ之箒」

「あいわかった」

 

 二人の二撃、計四発の同時攻撃を四枚の盾で受け止めたファントムは、さらに一対の盾を操り、二人に反撃を与える。まともに喰らう前に避ける二人だが、一人で三枚の盾を相手にはどうにも手数が足りない。

 

「小賢しい⋯⋯ッ!」

 

 空間停止結界を張れないラウラは自部の周りでちょこまかと逃げ回る盾を撃ち落とそうと手刀を振り回し、ブレードワイヤーで誘おうとするが、盾たちはちょこまかとブレードワイヤーの隙間を掻い潜り、ラウラへ体当たりを続け様に繰り返す。

 

「チぃッ!」

 

 ついに業を煮やしたラウラは、飛ばしたワイヤーを掴み、自ら引っ張ることでブレードワイヤーの軌道を無理矢理変更させ、空中を飛び回る盾を捕らえた。

 すかさず肩のカノンをがちゃんと構え、大口径の砲弾で撃ち抜こうとした瞬間、別の盾が『シュバルツェア・レーゲン』のカノンの砲身を真上から叩き折り、発射された砲弾は砲身内部で爆発する。

 

「ッ―――!!」

 

 無論ラウラは爆風に押され、右後方から叩きつけられる衝撃に吹き飛ばされる。

 立ち込める煙幕を切り開き、後手に回るのはまずいと自分を狙う盾を探すが姿が見えない。

 

 視線を動かし土埃が舞い立つ空を見回していると、突然足元が何かに掬われる。

 見ればさっきまで自分が探していたはずの盾がレーゲンの右足に突き刺さっており、足首の関節が潰されていた。

 

 しまった。

 

 頭のなかで短い悪態を吐きながら、倒れる勢いを利用して、せめて一枚でも盾を潰そうとプラズマ手刀を地面へ向けて振り下ろしたが、盾は金属片を散らしながらレーゲンの脚から抜け出し、獲物を逃した手刀はアリーナの地面に突き刺さる。

 

 連続の失態に危機を察知していたが、予測から行動に移るより前に、予測していた敗北はやってきた。

 

 地に手をつけて一瞬動けなくなった彼女に、盾たちは真上からラウラを何度も嬲る。

 その身を挺して装備を砕き、三連続の衝撃を何度も繰り返す。

 

 やがてラウラが動かなくなったのを確認し、興味も失せたように飛び去った。

 

 

「『六匹』」

 

 同じくして箒も盾たちに両手の刀を振り回して応戦していた。

 全身の展開装甲を含め、ほぼ近接武器しか有さない彼女にとってビット兵装の相手とはかなり不利。

 ついさっき手に入れた遠距離武器も、高いシンクロ状態でなければ発現すらしてくれない。つまり今のままではとにかく不利。

 

「ならばもっと速く!!」

 

 展開装甲の使用をスラスター系のみに絞り、盾を追うことに専念する。

 自分の周りを幾何学的に飛び回る盾達を高い動体視力で捉えながら、三枚それぞれの軌道を観測、予測し、次に自分へ攻撃してくるタイミングを狙い当てる。

 

「そこだッ!!」

 

 短い動作での突き。だが寸のところで剣を躱され、背後に回っていたもう一つの盾が迫っていた。それを横目で察知していた箒は、宙空の水平姿勢のまま、背面蹴りによる回し蹴りを一瞬の蹴り上げで狙い当てる。

 

 ガツンと硬い金属音。

 バランスを失った盾は空中でぐるんと回転しながら吹き飛び、だが形は残っているところから破壊には至らなかった。

 

 そんな追いかけっこを繰り返していても埒が明かない。

 分かっているからこそ焦りが判断に、手元に現れ、小さなミスが繰り返される。

 当たっていたはずの攻撃は避けられ、捉えていたはずの敵影は見逃し、躱していたはずの攻撃を喰らっている。

 

「はぁッ、はぁッ⋯⋯!」

 

 そして、後になって気付く。

 手遅れになってしまっていることに。

 展開装甲での蹴りを入れようとして、装甲は割れずエネルギー刃も現れなかった。

 

 エネルギー切れ⋯⋯!?

 

 この土壇場で⋯⋯いつの間にかジリ貧に追いやられていた箒に残されたのは、二本の刀だけ。

 すでに重しにしかならないISではろくに振るうことも出来ず、箒は盾達の餌食にされてしまう。

 

 刀を振る、その外側から殴りつけられる。遅れて振り向けば、今度は背中に重たい一撃を貰い、鈍痛が背中から内臓を駆け巡り、腹から抜けていく。

 盾達に群がられ、足掻きながらそれを追い払おうとしても、執拗に啄ばまれて、限界まで貪られてしまう。

 

 やがて落下していることにも気が付かず、箒はあっけなく墜落してしまった。

 

 

「『七匹』」

 

 

 ほとんどの仲間が倒され、しかし殆ど攻撃を喰らわせることなく敗れる。

 まるでノルマ達成を確認するように、ファントムは倒した相手の数を数えながら一夏のもとまで歩いてくる。

 

 今度はお前達だ。

 

 骸のヘッドギアからは表情は読み取れない。

 だが、口端を釣り上げるように笑っている口元から、時々こぼれている奴の笑い声が、この場にいる全員を倒すため、自分が今の状況を楽しむため、悪びれもしない純粋な悪意のもと否応に楽しそうに嗤っていた。

 

「ま……待って、結……!!」

「よせ、簪さん!!」

 

 簪は薙刀を投げ捨て、もつれる足でたたらを踏みながらファントムの前に躍り出て、少年の胸元にすがりつく。

 

「結、結だよね? なんでこんな事、し、してるの? 止めようよ、ね……? お願いだから、いつもの、いつもの優しいアナタに戻って……」

 

 緊張で震えている簪。

 疑心暗鬼に陥る心は既に壊れかけ、残っていたプライドも無造作に踏み躙られ、藁にすがる思いで彼女は結に語りかけていた。

 

 

 簪の言葉に返すように、少年は簪の肩に手を置き、力を込めて引き離す。

 そして泣き出しそうだった彼女の頬を打った。

 

「『嫌だね。いつも思ってた……ウザいンだよお前』」

「……え」

 

 打たれた頬を抑え、何をされたのか理解が追い付かず、ただ戸惑う声を洩らす簪。

 そんな彼女を見下しながら、少年は語調を強めながらなおも言葉を紡ぐ。

 

「『可哀想なガキへの同情心をオカズにして擦った●●●●は気持ちよかったかァ!? ギャハハ!!』」

 

 彼のために、一夏から守るために、そんな一心で今まで強くあろうとしてきた簪にとって、結からの拒絶は身を引き裂かれるよりも激しい絶望だった。

 

 普段の少年なら絶対に発さないような下卑た言葉の羅列が、普段の少年の声から発せられる気持ち悪さに誰もが嫌悪感を覚える。

 そして、その罵倒の数々を真正面から向けられている簪は、その場にへたり込んだまま動けない。肌が粟立つような感触を感じながら頭の中で少年の言葉が反響する。

 

 

 

「『オレはずっとお前が大嫌いだったよ』」

 

 

 

 その一言が決め手となり、簪は俯いたまま動かなくなってしまった。

 

 

 ぎゃはははははははははは!!!!!!

 

  

 下品な笑いがアリーナに轟く。

 絶望に涙を流す簪は打ち砕かれた心では何もできなくなってしまった。

 

 そんな妹の前に立つ、姉と翡翠色の機体。

 

「あなた、覚悟はよろしいかしら?」

 

 普段の飄々とした楯無からは思いもしないような、冷たく鋭い声音。

 視線だけで肉が切れそうなほどの眼力で骸の仮面を見上げながら、楯無は槍を引き絞って構える。

 

「『衣をヒン剥かれちまって、まるで裸の王様だナァ!! もしくはゴディバ夫人かァ?』」

 

 単一仕様である水のヴェールが発生できない今、楯無のIS『ミステリアス・レイディ』は無力に等しい。

 だが、彼女は戦う。

 

 壊された学園のため。

 害された学園の生徒のため。

 

 そして何よりも、妹の尊厳のため。

 

 

 一夏は初めて目の当たりにする生徒会長、更識 楯無の激情を肌で感じ、自分の姉とはまた違った恐れを知る。

 

 

「『いいツラで見てくれちゃって、それじゃあとっておきだ』」

 

 ファントムはニタニタと笑いながら、放っていた盾達を回収し、再度自分の前に展開して妙な陣形を取らせた。

 

 

 そして、盾達はわらわらと群がってそれぞれが形を変え、一基の盾を基盤として各々が手足に変形しながら四肢を形成し、ガーディアンの鎧と仮面を被り、大盾をズシンと携える。

 

 『ゴーレムⅡ』起動。

 

 それはまるで結のガーディアンを模したような、もしくは少年がISを纏った姿を似せたような立ち振る舞いで、彼が愛用していた大盾を自分たちへ向けて構えてくる。

 

 二体の騎士が並び、一夏と楯無の前に立ち塞がって後ろで嗤う骸の王を守る。

 

 

「『さァ、まだまだ遊んでくれよ』」

 

 きしし。

 

 

 







 次回、次回で専用機トーナメント終わったらいいなぁ。

 ではでは。


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九十一話 鬼神と死神

 

 同時刻、管制室では織斑 千冬の指揮のもと教師も生徒も避難誘導や各施設の閉鎖の為に尽力したいた。

 

「各閉鎖のロック解除、ハッチ開きます!」

「来賓方の避難完了、学園生徒も続いて避難終わりました!」

「電波戻りました、映像映します!」

 

 襲撃してきた無人機の殆どが倒されたおかげで、学園中に波状していた通信妨害の電波が失せ、アリーナのリアルカメラが再起動される。

 

 モニターに映し出された死屍累々の悲惨な光景に、その場の誰もが息を呑んだ。

 

「あれは……」

「結、ちゃん……」

 

 そこかしこに転がっているのは学園でも選りすぐりと思われていた各国の代表候補生徒達。誰もが徹底的に打ちのめされ、画面越しでは生きているかも怪しい。

 

 そんな中、未だ倒れる事なく交戦している二組。

 一夏と楯無の前に並ぶ、二体の騎士。

 

 片やつい数十分前にアリーナの防壁を突破して現れた正体不明の無人機と思しき赤銅色のIS。

 もう一つは、見慣れた大盾を悠然と振り回す、白いIS。

 

 それが上代 結が持っていた小型盾の集合体だと理解するのに時間は掛からなかった。

 

 そして、少し離れたところで二組の戦いを傍観している骸のISが一機。

 

 いつか見た上代 結の機体である【ファントム】本来の姿と酷似しているものの、変形している装甲や一夏達と交戦している無人機らを見るに恐らく彼奴の能力が操作しているのだろう。

 

 全く同じ状況で千冬は苦い顔を浮かべる。

 上着のポケットの中に潜ませているグリップスイッチの硬い感触が言葉にできない程気持ち悪く、唇をキツく噛み締めていた。

 

 今すぐにでも駆け出して一夏を助けたい。

 

 内なる激情に駆られそうな思いを無理矢理踏みつけ、今課されている学園の、生徒達の責任者としての立場が、責務が自分の肩を掴んで離さない。

 

 しかも今で出たところで、あの激化したIS相手には生身では太刀打ちもできないだろう。一夏との特訓によって潰された【暮桜】は大破。修復にはまだまだ時間が掛かる。

 つまり今の自分に出来る事はここで大人しく眺めている事だけ。

 

 

 募る憤りを静かに燃やし、千冬は画面を見上げる。

 

「一夏、頼んだ……」

 

 

 ◇

 

 

 もう何度目かもわからなくなった切りかかり。

 

「はァ……ッ、はァ……ッ!! ラァ……ッ!!!」

 

 アリーナ中に散々響かせた甲高い金属音が一際大きく耳を劈き、腕が緩みそうになって慌てて刀を握り直す。

 大盾によって弾かれた自分の剣撃。そしてお返しに繰り出された盾の無人機による回し蹴りを左手の籠手で受け、姿勢を崩される。

 

 よろけた一夏を無人機は大盾で更に追撃を食らわせ、膝を折ったところで無操作に蹴り飛ばした。

 

「ぐぅ……ッ!」

『…………』

 

 無人機【ゴーレムⅡ】は自分で蹴り飛ばした一夏の前まで歩き、目の前で盾を起こして立ち塞がる。

 主である骸の下までは行かさないと言わんばかりに、冷徹に見下してくる。

 

 まるで結と戦ってるみたいだ……。

 

 ゴーレムⅡは全身が小型盾で構成された無人機だが、その動きはこれまで相手取った無人機どもとは違ってさながら有人機のようなしなやかさで動き、行動している。

 更に盾を主体とした攻防一体の動きは普段の少年と全く同じ戦い方。

 

 彼の精神がそのまま宿っているような錯覚さえ起こる気味の悪さが、余計に攻撃を躊躇わせ、意思を鈍らせてくる。

 

 それでも、俺は……。

 

 目前に差し迫った黒い感情が、事実が、選択肢が、俺の手足を絡めとって重くのしかかる。

 昔握らされた『人を殺す為の道具』が今自分の手にあるのだと再認識させられ、嫌でも重大な局面に立たされている事を実感する。

 

 一夏は我武者羅に立ち上がり、切りかかる。

 

「オォォ────ッッ!!!!」

 

 雄叫びを上げ、己の体を奮起させる。

 それが虚勢だとしても、引き下がれないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 

 少し離れた場所で、楯無は大型ランスと蛇腹剣によって赤銅色の無人機を相手に立ち回っていた。

 

「ハァッ!!!」

 

 ランスを携えて突進。だが鋭利な先端は無人機の巨大な腕によって防がれ、無人機にナイフでの反撃を許してしまう。ギラリと光るナイフを畳んだ蛇腹剣で弾き、再度広げた鞭のよう刃をしならせ、頭を斬り落とすつもりで剣を振るう。

 

「チッ……」

 

 寸のところで避けた無人機。しかし致命傷を免れた程度なようで、肩部スラスター兼レーザー砲の一部を斬り落とすには至ったようだ。

 

 半壊した肩部ユニットを撫で、恨めしそうに此方を睨む姿はまさに人間そのもの。さっきまで相手にしていた同型の無人機とは比べ物にならないほど人間臭く、さながら血が通った誰かが操縦しているようでもあった。

 

 ただでさえパワー負けしている性能差。技能で補ってやっと勝てる相手だったのが、その差まで埋められては勝ち筋すら見えない。

 しかも、恐らくだが相手は手加減をしてこの程度だと言う事。

 

 それもそのはず。今はあの骸の機体によって全員がISとのシンクロ率を大幅に下げられた状態。

 元々マニュアル操作での運用を想定したチューニングを施している機体だった事もあり、シンクロ率を落とされた反動は他の専用機に比べて著しく、自分も単一仕様が発動できない状態にまで陥れられ、【ミステリアス・レイディ】の象徴であった水のヴェールが展開できない状態だ。

 

 

 それなのに今まで倒されずに立っていられるのは単純に相手が手を抜いているからに他ならない。

 

 ならば、その意表を突いてやる。

 

 構えたランスの根本に、アクア・ヴェールを操る為のナノマシンを貯蔵していたタンクを連結させる。最早水も操れない塵芥になりかけていたナノマシン。それらを全てガトリング砲を備えたランスに充填させ、準備を整える。

 

「一夏君。後は任せたから」

「は、楯無さん!? 何する気ですか!」

 

 飛び出した楯無は蛇腹剣で無人機を牽制し、より脅威となり得る巨腕と肩の砲門前を避けながら接近。一気に近づいたところでランスを横一文字に薙ぎ払い、無人機の反撃も纏めて吹き飛ばす。

 

「逃さないわよ」

 

 吹き飛ばされた無人機が地面を跳ねながら体勢を起こした時、支線の先では蛇腹剣の刃を螺旋状に巻き、刺突の構えで引き絞る楯無の姿が映っていた。

 

 危機を察した無人機が、楯無の間合いから逃げ出そうとしたが、それよりも疾く楯無は引き絞った蛇腹剣の刺突を放ち、連なった刃はスクリューを描きながら無人機の腹を穿いた。

 

「まだまだぁ!!!」

 

 楯無はさらに、伸び切った蛇腹剣の刃を巻き戻し、自身を急接近させながら無人機の懐に飛び込み、備えていたランスをガツンと大きな音を立てて突き立てた。

 

『ッ……!!』

 

 根深く突き刺さったランスは無人機の腕を持ってしてもなかなか引き抜けない。

 藻掻くゴーレムは身体に突き立てられた二本の剣のせいで無理矢理身動きを封じられ、楯無への反撃も窮地からの脱出も困難になっていた。

 

 身じろぎすら許さず、楯無の猛攻は止まらない。

 

「爆ぜなさい」

 

 ゴーレムに突き立てられたランス【蒼流旋】の先端に備わったガトリング砲をゼロ距離で浴びせ、機体内部に無数の弾丸を無操作に撒き散らされる。関節からバレルフラッシュの光が漏れ、バラバラと弾が撃ち込まれる度にゴーレムは痙攣しながら内部から膨れ上がる。

 

 広げたスクラップ塊のように膨張していくゴーレムは、すでに事切れたかと思われた。

 

『───ッ!!』

 

 だが、ビクンと頭部センサーが起き上がり、楯無の顔を視認するやいなや垂れ下がっていた右腕だけを振り上げ、ブレードを展開し、自身の懐に潜り込んでいた楯無へ向けて真っ直ぐに振り下ろした。

 

「この──ッ!」

 

 ゼロ距離での一撃を楯無は蛇腹剣から離した腕で受け止め、しかしISの装甲に深く刺さったブレードは簡単には抜けない。

 ファントムが操っていたと言えど所詮は無人機。痛みなど無く死にもしない人形をどれだけ嬲っても、事切れるまで立ち上がるような存在に形を留めるような戦い方では決着がつかない。

 

「楯無さん!!」

 

 加勢に入ろうとした一夏だが、目の前に立ち憚るのはガーディアンによく似たゴーレム。それは重厚な見た目からは想像が付かないほど機敏な身のこなしで楯無のもとへ駆け付けようとした一夏の前に回り込み、牽制も簡単に捌いて移動を阻止してくる。

 

「クソ、退いてくれ!!」

 

 焦燥感に駆られている一夏を尻目に、楯無は冷静に今の状況を観察していた。

 

 出せる全力は既に出し切り、満身創痍の今ではここまでか。

 

 せめて一発でも、あの子にお見舞いしておきたかったな……。

 

 そんな事を思い馳せながら、楯無は使いたくなかった奥の手を発動する。ランスのスイッチを押し、槍に貯蔵しておいたナノマシンを無人機の抉れた腹に全てを注ぎ込む。

 

『ッ!?』

 

 機体装甲から内部の先に至るまで、またたく間に侵食されていく無人機は何が起こっているのか認識するよりも早く、結末は訪れる。

 

 窮地だと知りつつ、悪手だと思いつつ、それでも楯無は不敵な笑みを浮かべ、無人機の事を下から睨みつけながら爆発に自分諸共呑み込まれた。

 

 

 

 橙色の光が無人機を中心に破裂する。

 

 一瞬遅れて爆音が新しい辺りの空気を叩き広げて風圧に押されてよろける。騒音が収まってあたりを見回すと無人機は木端微塵に弾け、爆風をまともに喰らった楯無は近くで転がっていた。

 

「『九匹』」

 

 ゴーレムⅡに阻まれ、駆け付ける事もできなかった一夏はただ見ているだけだった。

 

「『あ~あ、せっかくの玩具(オモチャ)が壊れちまッた。まァいいか』」

 

 いよいよたった一人になるまで残された一夏は、胸の内を削られるような焦燥感に駆られる。

 

 動悸が激しく、縺れるような荒い呼吸で躰が震え、全身から脂汗が止まらない。

 

 

 駄目だ、戦わなきゃ、倒さなきゃいけない。

 今ここでアイツを、結を止めなければ、ファントムを倒さなければ、きっともっと大きな被害になる。

 

 でもそれでいいのか?

 

 アイツを倒してはい終わりでいいのか?

 

 俺は結を、みんなを守りたくて強くなったんだろう?

 

 それなのに結を倒していいのか?

 

 守ると誓った相手を傷つけるのか?

 

 

 迷いが判断を鈍らせる。

 

 震えて力が抜ける掌を何度も握り直し、迷いを放棄する。考えないように努める。だがそれが何か間違っているようで、心の何処かで後ろ髪を引かれるような後味の悪い感情に足を掴まれる。

 

 その気持ちは無意識に型に現れ、気づかぬうちに一夏は守りの姿勢を取っていた。

 

「ッ!!」

 

 接近するゴーレムⅡ。

 低い体勢から上に突き上げるような籠手のアッパーカットを半歩下がって躱し、続けて繰り出される大盾の薙ぎ払いを『雪片弐型』で弾く。重たい一撃で姿勢が崩れそうになるのを気合で踏ん張り、よろけたところに飛び込んできた足蹴りを左手の『雪羅』で受け止めた。

 

 脚絆(きゃはん)と脛当てを混ぜたような脚部は足首もない簡単な構造だが、レーザーすら弾くような鉄壁の防御面を有する外殻で繰り出される蹴りは、さながらハンマーのような威力で、防いだはずの此方が逆にダメージを喰らっている。

 

 なんて威力だ……!

 

 圧倒的な質量差で押し負け、くらりと目眩がする。

 そんな無防備を晒してしまっては格好の的。ゴーレムⅡは大盾を勢い良く一夏へ投げつけ、その影に隠れながらドンと一発踏込みを入れて、低姿勢の状態からロケットのように飛びついてきた。

 

「なっ……!?」

 

 剣で大盾を横に弾くと眼前まで迫っていたゴーレムⅡ。振りかぶっていた拳を認識したのが早いか、繰り出される拳打を寸のところで回避する。だがゴーレムⅡは攻撃の手を止めず、足を回して空中制御を取り、その回転の勢いを活かして回し蹴りに繋げてくる。

 蹴りは一発で終わらず、続けてもう一発、もう片方の足で繰り出され、それも防いだ一夏の腕を足掛けにして一夏の頭上まで駆け上がり、鉄塊のような盾の脚を真っ直ぐに持ち上げ、ギロチンのような踵落としを一直線に振り下ろす。

 

「グゥぅッ……!!」

 

 踵落としをまともに喰らってしまった一夏は置き去りにしかけた意識を取り戻すより先に、背中から伝わる大きな衝撃に潰され、アリーナのグラウンドに深々とめり込んだ。ゴーレムⅡが更に一回転して二発目の踵落としを一夏へぶつけたのだ。

 

「がッ……グふッ……」

 

 体中を駆け抜けた衝撃で身動きはおろか呼吸すらまともにできない一夏は、明滅する思考で何をされたのかも理解できていなかった。ただ攻撃を受け、自分が不利なんだとおぼろげに感じるのみだった。

 

 ゴーレムⅡは伸びている一夏の上に降り立ち、黒髪の頭を無造作に踏みつける。

 

「『十匹』」

 

 やり切ったような、ノルマを熟した後の無力感を感じさせるような声でファントムはつぶやく。

 

 

 だがそれに反し、一夏は覚醒した意識で身体に鞭打ち、背面スラスターの噴射口をゴーレムⅡへ向けて一斉にブーストをかける。

 

『ッ!』

 

 高熱の噴射熱がゴーレムⅡのマスクを焦がす。

 スラスターの熱に堪らず吹き飛ばされたゴーレムⅡは弧を描いて吹き飛び、四足獣のように両手足で降り立ち、センサーアイを一夏へ向けて威嚇するように身構える。

 

 地面へめり込んでいた一夏は手足を這わして勢いを横方向へずらし、半ば弾かれるように抉れた地面の窪みから抜け出して膝立ちのままゴーレムⅡへと向き直る。

 

 顔にへばり付く泥を拭い、口の中を噛んでしまって溜まった血反吐を吐き捨てて刀を構え直す。

 

「まだ……終わって、ない……!!」

「『へェ……』」

 

 這いつくばるように起き上がる一夏。

 ゴーレムⅢからの連戦に継ぐ連戦により、エネルギーも底を尽きかけ、体力も相当に消耗している。非常事態という今の状況からのストレスで更に疲弊感が増し、一夏は最早気力だけで立っている状況だった。

 

 

「『今度はオレが相手をしてやるよ』」

 

 

 ファントムが薄ら笑いを浮かべて呟く。骸が腕を振るうとゴーレムⅡは途端に子機のシールドビットへ分解され、盾達はファントムの司令に従うように一斉に躯へ収束し、盾達はそれぞれ籠手や脛当、肩当、草摺、胸当てへと変形し、先のゴーレムⅡのような形態を、ファントムに着られるように形成する。

 

 小型盾の鎧を撫でて、茨を伸ばして手繰り寄せたガーディアンの仮面を掴み、自分の顔に被せる。

 

「『ン〜。着慣れたモノは馴染むな〜。気に食わんが』」 

 

 ファントムはそんな事を宣いながら、両拳をぶつけて笑う。

 

 駄目だ、慎重になり過ぎるな。臆病になるな。

 挑まなければ勝てない、戦わなきゃいけないんだ……!

 

「『来ないのか? じゃあオレから行くぞ』」 

 

 空気を叩きつけるような爆音を響かせた超加速。

 ファントムは全身の盾の鎧に備わるスラスターの全てを噴射し、一直線に一夏へ向かって飛びつく。

 

「っ……!」

 

 刹那の攻撃を見切った一夏は、まだ目眩の残る頭でなんとか防御姿勢を取る。

 加速の乗ったフルスイングの拳。構えた左腕諸共押し込まれて吹き飛びそうになるのを必死に堪える。骨にまで響くような打撃は暴走車が衝突したような甲高い金属音を響かせて、ついに一夏を防御ごと殴り飛ばす。

 

 貫かれるような腕の痺れを振り払い、殴られた慣性を無理矢理受け流してその勢いのまま右回転。ステップを踏みながら横薙ぎに剣を振る。

 

「グっ……ゼぇアァッ!!!」

 

 苦し紛れの一撃。だがファントムはなんの驚きも見せず、自ら一夏へ距離を詰めて間合いに潜り、『零落白夜』の発動範囲外である刃の根本にわざとぶつかって攻撃を止めた。

 

「っざけんな……!」

 

 バイザー越しに映るファントムの眼がニヤリと嗤う。『雪片弐型』の刀身では近すぎる間合いを離すために後退を選んだ一夏。しかしそれも許さんと、ファントムは一夏と同じ速さで進行し、傾いている一夏の上半身へ向けて掌底を当てる。

 

「くッ!」

「『へへェ』」

 

 飛行中に崩された体幹は簡単に地面に向かって倒れ、背部スラスターごと地面に擦り付けられる一夏。そこへ拳を叩き落とそうとしていた。

 しかし一夏は迫っていたファントムに足をかけて蹴り上げ、巴投げの要領で骸の機体を投げ飛ばす。

 

「『おォっ!?』」

「そう何度もやらせねぇよ!!」

 

 投げ飛ばされたファントムは宙返りをしながら四肢を地面につけて着地し、一夏はすぐさま起き上がって刀を構える。

 

「『そうでなくちゃァなァア!!』」

「クッ……!」

 

 ファントムの急接近に身構える一夏。

 だが、予想に反して後ろから受けた灼けるような衝撃に泡を食らう。

 

「ぐぉッ!?」

 

 振り向くと、そこには『ブルー・ティアーズ』の専用武装、BT兵装のライフルビットが銃口から硝煙を上げて漂っていた。

 

 武装の略奪……!?

 ここに来て今更使ってきやがった……!

 

 ライフルの不意打ちに気を取られてしまった事を悔やみながら視線を前に戻すと、そこにはもう誰もいない。移動を許してしまったと更に唇を噛み、ハイパーセンサーで探知をしたら、ファントムは頭上にいた。

 

「!?」

 

 感知したと同時に頭上を見上げる一夏。ファントムは両手にISの基本武装の一つである携行ナイフを逆手に取り、自由落下している最中だった。

 

 一夏は横転しながらそれを回避し、顔を上げればまたファントムはそこから姿を消している。音もなくその場から消える様はさながら亡霊のようだ。そんな事を考えてゾクリと震える一夏だが、そんな事を考える暇もなく次の攻撃が襲ってくる。

 

「ラァッ!!」

 

 左手後方から飛んできた青龍刀の投擲を刀で叩き落とし、右前方から飛来する双刃を躱し、後方から乱射されたガルムの一斉掃射を展開したバリアで受け止める。

 

 倒された面々の武器を我が物顔で使用しながら多方面から矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくるファントム。

 時として自分が使いながら、はたまた分離したシールドビットの子機によって操作しながら、単機で小隊を生み出し、全方位から一夏を嬲り殺しにしていた。

 

 擬似的に行われる一対多の包囲戦。

 多種多様な武器や兵装が絶え間なく飛び交い、その場での停滞を余儀なくされる。致命傷を避け、一寸の隙を見逃さないよう意識はファントムの方へ向けながら、ハイパーセンサーによる感知で降り掛かる弾丸と光弾と刃の嵐を凌ぐ一夏。

 

 それぞれ単機で稼働させ、それぞれに異なる武装を使用させるにもやはり限界があるだろう。ファントム自身は近接戦闘は避け、まだ使える武装の選定と援護射撃を主として立ち回っている。

 

「ココだッ!!」

 

 そのおかげで、激しい包囲網も一定の隙が生まれている事に気がついた一夏は、一瞬の隙間を掻い潜って自分を囲う包囲網から抜け出した。

 

 瞬時加速によって追撃を凌ぐ。段階加速で更にヒット達の狙いを撹乱させ、照準の中にさえ収まることを拒む。

 

 狙うはファントム。

 超加速による速度を乗せた居合斬りを放つ為、それを確実に当てる為、多方面に飛翔しながら視線の撹乱を狙い、空中から地上に立っているファントムへ向かって一筋の道を見定める。

 

 ここだと胸の内で叫ぶ。

 

 横一文字に構えた『雪片弐型』を目一杯引き絞り、背部に備わる四基のスラスター全てによる爆発的な瞬時加速で、空気の壁を叩き割りながら飛び出した。

 

 一夏を見つけたファントムはラファールから奪ったパイルバンカーを打たんと構えていたが、それよりも一夏が早かった。

 

 だが。

 

 

『「死にたくない!! 助けてお兄ちゃん!!!」』

「──────ッ………」

 

 

 

 居合斬りを放とうとした刹那、助けを乞う結の声に鈍ってしまった一夏の心は太刀筋を歪ませ、急ブレーキを踏んでしまう。

 

 攻撃が不発に終わった一夏は完全な無防備姿をファントムの目の前に晒してしまい、待ってましたと言わんばかりにニヤリと嗤ったファントムは、構えていたパイルバンカーの一撃で一夏を躊躇いも無く殴り飛ばした。

 

 ガンッ! と大きな音を立てて超短射程の射出杭は咄嗟に構えていた一夏のガードごと彼を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

「『ギャアアーーーッハハハハハハハハ!!!!!! まァァーた引っ掛かったなぁぁぁ〜〜〜〜!!!』」

 

 

 

 

 投げ捨てられた空き缶の様に無様に転がっていった一夏を眺めながら、心底おかしく笑い飛ばすファントムは、持っていたパイルバンカーを放り投げ、腹を抱えて笑い転げている。

 

 しかしそれでも骸の猛攻は止まらない。仰向けの姿勢から飛び上がり、四足姿勢で一夏に向かって飛び出し、鳥か獣の様な速さで突撃してくる。

 それを見た一夏が『雪片』で迎撃しようとした刹那、ファントムは自らの身体から盾の鎧を分離させ、個々はシールドに戻りながら拡散して刀との衝突を避けた。

 

「な……!」

 

 それぞれのシールドは空中を機敏に旋回しながら一夏に向かって再度突撃を図っている。

 一枚、複数枚、前後左右上下から立体的に、おびただしい数の小型盾が無数に一夏に向かって飛んでくる。それを一夏は右手の刀『雪片弐型』と左腕の『雪羅』によって迎撃。躱し、弾き、いなして、出来る限りダメージにしないように努めるが、それも虚しく一発もらえば隙が生まれ、そこを突くように別の一撃が辺り、消して弱くない盾の攻撃はじわじわと一夏を追い詰め、すり潰すように、丹念に叩きつける。

 

 やがて一夏も、まわりに転がる皆の様に、迎撃もやむなく膝をつく。捌き切れなかった打撃の連打が徐々に、機体を屠り、喰らいついていた執念を丁寧に丁寧に叩き割る。

 

 やがて盾の雨は止む。

 ついに静かになったアリーナには、ただ一人、骸の機体だけが立ち尽くしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 心を打ち砕かれた簪はただ傍観していた。

 打ち負かされた生徒達に混ざって、尚も戦いを挑んだ姉と一夏の背中を呆然と眺めていた。

 

 しかし、奮闘も虚しく楯無は自爆によって倒れ、最後まで残されていた一夏すらも少年の悪辣とすら思える不意打ち騙し討ちの数々に負かされ、たった今手酷い一撃を喰らって自分のやや後方まで飛んできた。

 

 もう敵いっこないよ、諦めようよ……。

 

 とうに心は折れていた簪に敵対の意志は無く、黙って見ている事しか出来ない。

 戦意喪失してしまった彼女はもう戦えなかった。

 

 あれだけの猛攻を一身に受けながら、一夏は尚も立ち上がろうとしていた。その執念は何なのか、簪にはもはやわからなくなっていた。

 

 もう何やったって無駄なのに、この人はなんで……。

 

 たったそれだけ、何かが気になって簪は垂れる前髪の隙間から、履きを引きずりながら立ち上がる一夏の横顔を見上げ、ぎゅっ、と息を呑む。

 

 開いた瞳孔は一点に少年を捉え、血の気の引いた顔つきは真っ青に染まる。

 全身至る所に出来た大小様々な傷から流れていた血は既に固まり、筋肉が膨張しそうなほどの脈動を見せている。

 

 力任せに刀を握り締め、両手で大きさの違う握り拳を作り、大股を開いて亡霊を睨む様は人とは思えない形相だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……殺シテヤル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには一匹の、鬼の姿があった。

 

 

 






 お久しぶりです。
 駄目でした。纏まらない。

 次、次こそは……!


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九十二話 獄卒と亡者

 

 

 アイツを守るんだ。

 みんなを守るんだ。

 そのために強くなったんだ。

 だから力を手に入れたんだ。

 アイツを止められるだけの力を。

 誰も傷付けさせないだけの力を。

 

 

 

 もうどうでもいい。

 

 

 

 うちから湧き上がるドス黒い感情が、これまでの信念を、積み上げた過去を、結やみんなとの絆を。蓋をしていた気持ちが全てを真っ黒に塗り潰していく。斑模様の感情は後ろめたさも暗転し、明確な殺意のみを浮き彫りにしていった。

 

 腹の底の黒い激情は奴を殺せと命じてくる。

 もはや制御の効かない身体は仄暗い感情に促されるままに歩みを進め、敵と見做した結を、ファントムを、目の前の骸を倒せと命じてくる。

 

 

 一夏は雪片弐型を硬く握りしめ、見開いた双眸でファントムを見据えている。

 

 

「殺シテヤル」

 

 

 考えることをやめた頭の代わりに血液は他の体躯へ駆け巡り、ぐつぐつと煮え滾る怒りは熱となって居ても立ってもいられなくなるほど身体を熱く焼き焦がす。しかしそれとは対象的に頭は空っぽになったかのように冴え渡り、堂々巡りをしていた思考は完全に停止。研ぎ澄まされた感覚だけが機械的に身体を動かすのみだった。

 

 燻る心臓を掻き毟りたい。

 突き動かされる激動の赴くまま一夏はファントムへ向かって飛び出した。

 

 

 

 四基が並ぶ背部スラスター全てを使った瞬時加速。

 バンッ、と空気の壁をぶち破り、瞬きよりも速くファントムへ接近した一夏。

 あまりの速さにハイパーセンサーですら視認するのに遅れたファントム。

 視界を覆う一夏が目の前で刀を振り上げていた。

 シールドビットによる防御結界を張る隙間も与えられず一夏の接近を許してしまった事に気がついた。

 

 

 シマッタ、疾イ。

 

 

 知覚したときにはもう振り下ろされた雪片弐型がチラついていた。

 回避にはもう遅い。完全に一夏の間合い。無傷は無理。

 

 ならば受けるしかない。

 振り下ろされた真っ直ぐな唐竹割り。ファントムはそれを両手に装備したいたシールドビットで受け止めた。

 

 だが。

 

 

「『ングッ!?』」

 

 ファントムは刀を弾くかもしくは威力を相殺して押し止められると踏んでいた。しかし一夏の斬撃はそれ以上の威力。剛腕による力任せの出鱈目な一撃はファントムの防御を押し潰し、少年にその場で膝をつかせた。

 

 跪いたファントムに、一夏は再度刀を持ち上げ振り下ろす。その動作は最早『斬る』ではなく『叩く』に近かった。

 

 白式の十八番である『零落白夜』すら要さない超至近距離で、実体剣による我武者羅な殴打の連打。

 逃げることも許されない速さで、一撃一撃が骨すら砕こうかという威力で、確実に仕留めんと言わんばかりの殺気を込めて。何度も何度も何度も一夏は少年へ目掛けて刀剣を力一杯に握りしめ、技すら捨てた暴力を振り翳す。

 

「『ッ!⋯⋯嘗メンジャ ネェッ!!』」

 

 幾度となく叩きつけられる刀剣の殴打に耐えかねたファントムは、一夏が握るその刀を無理矢理掴み取り、振り下ろされる連打を中断させた。

 一方的に殴られる事に屈辱を覚えたファントムは全身に装備していたシールドビットを分離させ、今度は自分の番だと知らしめるように小型の盾を一夏へ向けて四方から飛ばした。

 

「───ッ」

 

 ファントムに掴まれた武器を取り戻そうと振り払うが、骸は刀身を掴んで離さない。四方から迫る無数の盾たちが一斉に迫る。

 

 このままでは逃げられない。

 

 諦めた一夏はすんなり『雪片弐型』から手を離し、真上に飛び上がることで八枚位の盾の直撃を回避した。

 当てを無くした盾達はファントムの前で甲高い音を立てながら積み重なり、不細工な金属塊を造り上げる。ファントムは盾を蹴飛ばして視界を保ち、左手に『雪片弐型』を握りなおして一夏を捉える。

 

 はるか上に跳びあがっていた一夏は、左手の武装腕である『雪羅』をカノンモードに切り替え上空からファントムへ向けて狙いを定め躊躇いなく撃鉄を下ろす。

 

「『クソッ!!』」

 

 ファントムは散開させていたシールドビットをかき集め、直上からの射撃を防ぎながら自分は刀剣を担ぐように握り直して上空にいる一夏へ向かって飛び出した。だが目の前にいたのはクロ―モードで展開していた一夏。落下と瞬時加速を乗せた急降下から繰り出す一撃がファントムの真上に落ちてきていた。

 

「『ッ!!』」

 

 触れるだけでシールドエネルギーを大幅に削ってしまう白式の単一仕様『零落白夜』。それはあの左腕の『雪羅』でも使用可能。対して一夏の手から離れた『雪片弐型』はその単一仕様を肖れない。つまりこのブレードはただの刀剣に過ぎない代物。

 

 そんなものでは奴の攻撃に対処しきれない。

 そう踏んだファントムは仕方なく防御に切り替え、展開した大盾を構えて一夏の近接攻撃を盾に任せる。

 

「ゼェェァッ!!!」

 

 一夏の鉤爪が大盾の表面を削る。

 しかし盾の裏にはもう少年は居らず、自由落下しながら消える大盾を他所にシールドスラスターを装備していたファントムが一夏の横から飛び蹴りを繰り出していた。

 

「『ラァァッ!!』」

 

 蹴りが触れる瞬間に伸び切った少年の脚を、一夏は体勢を戻すついでに掴み取り、そのまま地面へ向けて無造作に投げた。

 

 自分の飛び蹴りの速度を活かされ、果てに反撃を許してしまったことに若干の憤りと興奮を覚えるファントム。着地するより前に空中で体勢を立て直したファントムが一夏を見上げる。

 

 目に映ったのは既に眼前まで迫っていた一夏だった。

 

「『ウオッ!?』」

 

 すぐさま全身のスラスターをフル稼働させて旋回飛行に移り、一夏の攻撃を回避する。

 急落下でそのままアリーナのグラウンドに墜落した一夏。ファントムは内心このまま勝手に自滅してしまえばいいとほくそ笑んでいたが、立ち込める土煙を突き破って白い機体が飛び出した。

 

『「シツコイ ン ダヨッ!!」』

 

 まともに相手などしていられない。

 一撃が必殺ではあるが、その燃費は最悪。それが白式と言う機体である。セカンドシフトしようがその性能の特質は変わることなく引き継がれていた。それを理解しているからこそ、ファントムは逃げの一手に走るのだ。

 

 イクラ機体性能ガ良クテモ、当タラナキャ意味ガ無ェ!

 

 飛行速度は分が悪いが、稼働時間では此方のほうが有利、追いつけたところで防御面では勝るのだから負けるはずがない。

 そうやって打算を打っていたファントムだったが、突如して一夏の影が視界から掻き消える。

 

『「ッ!?」』

 

 瞬間的に瞬時加速を使ったのか、だとしてもハイパーセンサーの領域内なら知覚は出来るはず……。

 

 戸惑いの中アリーナ中を見渡していると、突如としてファントムの背中に穿つような衝撃が走る。

 

『「ガァッ!!?」』

 

 振り向きざまに見えたのはを()()()()()()()握る一夏の姿。

 姿勢を崩したファントムは追い打ちとばかりに一夏からの蹴りをくらい、また地面へ落ちていく。

 

 落ちた先で立ち上がるやいなや追ってきた一夏の飛び蹴りが降ってくる。それを転がるように避け、避けられた一夏は『雪羅』で叩き潰さんと振りかざした鉤爪を叩きつけ、それも避けたファントムに今度は身を倒すように踵落としを繰り出した。

 

 墜落からの三連撃をことごとく躱したファントムの前に、覆い被さるような影が少年の視界に映った瞬間、ファントムは掴んでいた『雪片弐型』で、一夏が振り下ろした攻撃を仰向けのまま受け止めた。

 

 眼前で攻撃が停滞した事により、ようやく一夏が今握っている得物が何なのか視認できた。

 

「『ナンダァ、ソノ武器ハ……!?』」

 

 刃渡りは雪片よりも長く、刀身は何かのフレームかと思えるほど分厚い。柄のまわり等に無骨なコードがそこかしこからはみ出て繋がれており、不細工な電工機械のようでもあった。

 そして何より歪だったのは、刀身に当たる部分に刃と呼べるものが無いこと。一見すればただの鈍器のようなそれ。しかし鍔も相まって剣のような形をしていた。

 

 だがおかしい。

 一夏の、白式の機体には拡張領域(パススロット)の殆どを『雪片弐型』と『雪羅』に割いているはず。ナイフの一本だって装備出来ないはずの機体から何故二本目の剣が出てくる?

 

 奥の手として隠していた?

 それとも今まで存在を知らなかった?

 

 頭の中で憶測が飛び交えど決して答えにはたどり着かない。

 そうこうしていたら緩んでしまった押し返しに付け込まれて一夏の握る大剣が目と鼻の先まで迫ってきた。

 

 そして切り結ぶ剣の向こうで、修羅の如き形相で睨む一夏の双眸が深淵を抱いて覗いてくる。

 

「『怖イ 顔シヤガッテ、泣イチャウゾォ……ッ!』」 

「…………」

 

 その一言を発するやいなや、一夏が押しつけている刃のない大剣が近づけられ、喉元にまで迫ってくる。

 一夏は怒りの度合いをさらに高め、それを全て力に変換してるようだ。

 やがてその力は大剣に現れる。

 一寸先まで近づいた大剣の刀身に、無いと思われた刃が姿を見せる。だがそれは実刃ではなく青白いスパークを散らすプラズマだった。

 

 雪片弐型の刀身と鍔迫り合いになって触れていた箇所がプラズマと競り合って凄まじい火花を散らしている。

 まずいと感じたファントムは一夏に脚を添えて蹴り上げ、巴投げの要領で引き剥がす。

 

 雪片弐型を見てみるが『零落白夜』の兼ね合いもあって耐熱処理でもしてあるのか大した外傷は無かった。

 

「『面白ェモノ持ッテル ナァ』」

 

 投げられた一夏はそのまま空中で姿勢を返し、こちらに正面を向けて何事も無かったように着地する。

 手にはついさっきようやく稼動を始めた大剣が尚もプラズマを光らせていた。

 

 あれは展開装甲じゃない。

 それどころか単一仕様の『零落白夜』ですらない。

 一夏から奪い取った『雪片弐型』の外傷が無い事を見るにそれは確かな事だろう。

 

 今の一夏にとって重要なのは武器の性能ではなく、()()()()()()()()()

 何よりも誰よりも得意な得物で戦うこと。

 それが一番のアドバンテージになり得る。

 

 狙っていた訳ではないが一夏に有利な条件が揃ってしまった。

 

 だがファントムは、それを望んでいた。

 

 より対等に戦える存在を。

 

 より長く遊べる相手を。

 

 より死線に近づける戦いを。

 

 

 ISと言う存在が世界に広まり、武力とはISを指す時代。

 そんな中、対IS戦を想定して生み出された自分が、織斑の身体に宿った自分が、過去の戦乙女を超える為に生み出された亡霊が。

 

 ようやく互角の戦いに身を投じられる喜びを目の当たりにし、内から溢れる幼心のように湧き踊る楽しさが抑えられない。

 

 ワクワク スル。

 

 モット遊ビタイ。

 

 モット楽シミ タイ。

 

「『モット ダ……モット オレ ヲ 楽シマセロ……織 斑 一 夏 ァァッ!!!!』」

 

 髑髏の下で釣り上げた口角を隠しもせず、ファントムは全身のスラスターを稼動させて爆発的な初速で飛び出す。

 対して一夏は無骨なプラズマブレードを両手で持ち上げ、上段の構えでそのまま向かい受ける。

 

 ファントムが一夏の間合いに入ると同時に一夏は踏み込み、持ち上げた大剣を袈裟に振るう。

 

 大盾を構えたファントムだが一夏は盾ごと骸をねじ伏せようとする勢いで潰しにかかる。

 単純なパワーでは一夏に分がある。二次移行を終えた機体性能と感情の暴走により覚醒した一夏の共鳴深度は、今のファントムと結の共鳴と同等かそれ以上。

 

 力負けを悟ったファントムは盾から手を離し、半歩下がって分厚い鉄板から抜け出す。大盾は轟音を響かせながら一瞬でアリーナのグラウンドに沈み、ファントムは向かって右側にサイドステップを踏みながら横に振り絞った『雪片弐型』を一夏の左側頭部目掛けて躊躇いなく振るう。

 

「───ッ」

 

 一夏は『雪羅』をシールドモードで展開し、ファントムの一撃を弾く。力量差で簡単に弾かれたファントムのがら空きになった胴体へ向けて、片手でなんとか切り替えした大剣を力任せに振り上げて片手での逆袈裟を繰り出す。

 

 大薙な一撃をファントムは脚に装着していたシールドビットで防ぐが、大剣の重撃には些か耐えきれなかったようで質量に負けて押し込まれる。

 

 そのまま担ぎ上げられたファントムは一夏の顎を狙ってサマーソルトキックを繰り出すが、一夏はヘッドバットでファントムの重装甲な蹴りを食い止めた。

 

「『バケモノ ガヨォッ!!』」

 

 いくらシールドスキンが万能だと言っても限度がある。確かにISに乗っている以上は肌の露出等は半ば意味をなさない防御性能だとしても、人間の本能的な忌避感で鋼鉄の手足からの攻撃は避けるはず。

 そんな危険意識を完全に捨て去っているからこそできる頭突きにファントムは毒吐きながら跳ね退く。

 

 ファントムの着地を狙って一夏は追撃を図る。

 と言っても振り切ったプラズマブレードを平らに構え、無造作な横薙ぎを払うだけ。しかしそれを四基のスラスターによる爆発的な加速を併せての攻撃である。

 

 後退しながら一夏の太刀筋を捉えたファントム。

 だが視えたからと言って躱せるわけではない。

 

 ファントムは両手で構えた『雪片弐型』で一夏の大剣を迎え撃ち、ふとすれば簡単に吹き飛ばされそうな一撃を何度も放ってかる一夏と何度も切り結ぶ。

 剣同士がぶつかるたびにファントムはよろけ、されど決定打が打ち込まれる前に立て直して一夏の決め手を欠く。

 

 

 加速力、馬力は当然ながら白式が勝る。

 一対一での戦闘では圧倒的に白式が有利。対してファントムは一対多における対IS戦に特化した機体。敵機の武器や機体そのものを奪取し、その場で兵装を換装、あるいは使用して戦う奇襲型である。

 

 つまりファントムそのものに()()()()()()()

 他にISや武装があって初めて機体として成立する、歪な機体である。

 

 だからこそファントムは結という器に至るまで、同族殺しの悪名を結達に課しながら戦闘経験を積み重ねた。

 

 近接、中距離、遠距離。直接的、間接的、誘発的……様々な方法で対人戦を戦い抜き、肉が千切れるまで戦い、その度に新しい肉体に移り変わって膨大な経験値を溜め込んだ。

 

 

 それなのに。

 

 

 織斑一夏に勝てない。

 いつもいつも。

 

 全ての戦況において従前に立ち回れるように満遍なく蓄えた経験を、織斑一夏は愚直に剣一本だけで制していく。

 

 初めて戦ったあの日も。

 奴の前で暴走したあの日も。

 結と共鳴したあの時も。

 

 そして今、互いに共鳴している今も。

 いつだってアイツは剣を構えて立ちはだかる。

 

 

 

「『……楽シイナァ』」

 

 

 

 ついぞ経験の無かった敗北。

 それをくれたのが一夏だった。

 

 初めて出会った、自分を倒してくれるかもしれない存在。

 その為の舞台、その為の人形、その為の盾。

 

 その為の怨み。

 

 これ以上に無い最高の戦いに、ファントムは口許を綻ばせて笑みをこぼす。

 

 その喜びが仇となり、隙を晒してしまう。

 

 ぐん、と踏み込んだ一夏の唐竹割りがファントムの正中線を捉え、弾こうとして構えた『雪片弐型』を叩き落としながら斬りこむ。

 剣に妨げられて浅く通った一夏の大剣の刀身がファントムの仮面を裂き、更に一本踏み込みながら一夏は切替して逆風を振り上げ、咄嗟に防ごうとしたファントムの両手のシールドビットを弾き飛ばし、躯のヘッドギアを割る。

 

「『グゥッ……!!』」

 

 アギトを残し、上顎から上の髑髏の面が剥がれて少年の素顔が曝け出される。

 だがその目つきは彼の少年の希薄な眼差しではなく、ファントムが宿る我欲が滲んだ釣り上がった目つきだった。

 

 奪っていた『雪片弐型』を落とし、使える物は自前のシールドビットだけになりながらファントムは尚も意地汚く武器を探すが、見つけたものに飛び付こうとするたび、立ち塞がる一夏によって妨げられ、全身の各所に装備している小型盾を一枚ずつ砕き剥がされる。

 

「……………」

 

 一夏が大剣を振るうたび、ファントムが鎧を剥がされるたび、ファントムの機体は少しずつその体躯を小さく削がれ、元の少年と大して変わらない体躯にまで装甲を剥かれる。

 

 

 じりじりと距離を詰める一夏。

 ファントムが立ち上がる度に大剣を振るい、鎧を、装甲を打ち砕き削ぎ落とす。逃げ道を一つずつ丁寧に磨り潰すように、ファントムが一歩下がれば一夏が一歩詰める。

 

 いよいよ力も底尽きてよろけたファントムを、一夏は無操作に蹴飛ばし、逃げる体力すら無くなって動かなくなったファントムを片手で持ち上げる。

 

「『ハァ……ハァ……焦ラシ、ヤガッテ……ッ!』」

「…………」

 

 少年の顔は苦渋に歪み、汗と泥と血で汚れて随分とみすぼらしい格好になっていた。

 それを淡々と見上げる一夏は片手で握る大剣を振りかざし、その首を刎ねようと刃を構える。

 

 これで終わり、これで終わらせる。

 

 単一仕様『零落白夜』起動。

 

 プラズマブレードの刀身はより一層深い光を放ちながら輝き、プラズマは白式の展開装甲に似た光を魅せる。

 

 

 一夏の機体は変わらず元の機体を保ったままなのも相まって、あまりにも一方的な戦いに管制室から見ていた千冬と真耶は惨たらしいとさえ感じる光景だった。

 

「織斑先生、これ以上は結ちゃんが死んでしまいます!」

「わかっている……! もう止せ織斑、返事をしろ!」 

 

 オープンチャットで繋がっているはずの白式にいくら言葉を投げかけても、一夏は攻撃の手を緩める事はなく、尚もファントムを大剣で嬲り殺しにしている。まるでボロ雑巾のような扱いに真耶は顔を隠し、千冬はもはやここまでか……と諦観の思いで懐からあるトリガースイッチを取り出す。

 

「織斑先生、それは……!」

「両方救うなら、もうこれしかない……」

 

 千冬の手に握られた簡素なグリップ。柄の上にはカバーで守られたスイッチがあり、千冬はその蓋を指先で弾き上げる。

 いつか結が暴走した折に装着を義務付けられた首輪の爆弾。爆ぜればたちまち血管を破り、数秒で再起不能に至るよう造られたそれを起動するためのスイッチ。

 

 常人ならば五分と待たずに失血死を起こせるそれは、特殊な自動治療装着を機体内に有する結にとっては緊急停止の為の装置でしかない。

 

 だが一度機体内の棺に押し込まれてしまえば、次に出てくるときは完全に治療が済んだその時。

 

 そもそも結が暴走した時も、IS委員会の熟れた上層部からは抹殺案まで出ていた始末。それを起爆首輪で手打ちにしたのは、あわよくばこれで死んでしまえばいいと言う下賎な考えの元だろう。

 あの婆共にとって男性操縦者とは目の上のたんこぶ。女だけの特権であるISを扱える男など目障りでしかないのだから。しかしその始末を自分達は負いたくない。なので現場責任者たる千冬にその責任と実行権が与えられた。

 

 全く損な役回り。そんな思いも他所に、実弟()()の安否もしてやれない己の不甲斐なさに臓物が煮えくり返りそうだった。

 

 それは真耶も同様だろう。

 もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

 勝手に呼び出して上代結の世話を押し付けてしまった事を今更ながら後悔する千冬。

 しかしそれももう遅いのかもしれない。

 一度築いた親愛とは中々消せないものだ。

 そしてそれが憎しみに変わるのは簡単な事でもある。

 

 これが終わったら私は恨まれるだろうな。

 家族恋しさに生徒を手放したか、人殺し、そんな文句で済めば良いだろうか。

 

 責任者とはいつもそんな役ばかりだ。

 

 何処か諦めたような眼差しで、千冬はスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 あまりに無機的な破裂音がアリーナに響く。

 

 結の首に嵌められていた首輪が起爆し、辺りに血の花を散らした。

 

 真正面で結を持っていた一夏は当然その血飛沫を浴び、飛び散る少年の血液は白式の純白な装甲を紅く汚す。

 

 一瞬何が起きたかわからなかった一夏。

 手の中には何故か瀕死になっている結がぶら下がっている。

 あまりに突発的な状況に理解が追いつかず、ここに来てようやく思考が行動に追い付いて感情の昂りが冷めてきていた。

 

 なんだ?

 俺は何をしていた?

 結を止めようと、ファントムを殺そうとして、剣を振っていて……。

 

 理解するより前に言葉を並べ、何をしていたかを整理しようとするが、思考はたたらを踏んで次の理解に進まない。

 

 いや、それより、ファントムを、止めなければ……。

 

 急冷されて軋む頭でようやく思いついたのはトドメを刺すこと。

 さっきまで自分が取っていたらしい行動に乗っ取り、半ば機械的な動きで結に剣を振ろうとするが、体は思ったように動かない。

 

 最後の一手を誰かに奪われ、填るはずだった自分の一撃の行き先がわからなくて、頭が、身体が動かない。

 

 そうして動けないままでいる一夏の手の中で、首から夥しい量の出血をしている少年が震えながら両手を持ち上げる。

 

 まだ動けるのか?

 

 見れば傷口を塞ごうと小さな茨のコードが少年の首元をはい回り、それは『雪羅』の籠手も構わず縫い合わせようとしていた。

 

 しまった、まだ動けるならこのまま相討ちもあり得る。早いところ逃げるか討ち取るかしなければ。

 そんな思いで大再、大剣を構え直した一夏の腕を、少年が細い腕で掴む。

 そして喀血を繰り返す青ざめた顔で、少年はにへ、と笑っていた。

 

 

「あ……あり、がとう……お兄、ちゃん………」

 

 

 殺してくれて。

 

 

 最後は声にすらなっていなかった言葉を残し、少年は一夏の手の中からずり落ちる。

 

 血みどろになっているべちゃりと落ちた少年を、彼の小さな背からあふれ出した拘束具が小さな体躯を呑み込み、いつかみた仰々しい棺を形成して小さな少年を完全に取り込み、その場にガタンと蓋をして落ちた。

 

「は、は………結? 結、なのか……?」

 

 その場に散らされた血飛沫。頬に残る血糊のベタつく温もり。鼻を覆い尽くすような鉄の臭い。機体越しに、手のに残る少年の感触。

 覚めた意識に叩き付けられる人間を殺した、殺そうとした感触が意識の中に、瞼の裏に焼き付けられる。

 

 自分の行いが何を招いたのか。意識の外で何をしていたのか。

 その結果を、一夏は掌にベッタリとついた緋色によって見せつけらた。

 

「あ、あぁ……あぁぁああぁぁ………!!」

 

 稼働限界を迎えて消滅する機体に放り出され、アリーナの中央で蹲った一夏は激しい慟哭を轟かせ、後悔の中で泣くしかなかった。

 無理矢理動かしていたからだが砕けそうなほどの激痛に苛まれながら、呼吸すらまともに出来ない息遣いでのた打ち回りながら、一夏は芋虫のように這いながら棺の傍まで近づく。

 

「なん、で⋯⋯なんで⋯⋯お前は、さっきの、お前は⋯⋯どっち、だ⋯⋯⋯!」

 

 少年が造った血溜まりを突っ切り、棺にしがみつきながら一夏は金切り声で問いかける。

 

「お前は⋯⋯今、誰なんだぁぁァァ⋯⋯⋯!!!」

 

 死屍累々の闘技場で只一人、ただ一人の男の叫びが響き渡った。

 

 そしてその声も途切れ、いよいよその場に動くものはいなくなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そこはどこかの上空。空に漂うのは奇怪な船。

 その中では小さな食卓の前でご機嫌に鎮座する、奇抜な格好をした女がいた。

 

「おーなか空いた♪ おーなか空いた♪ おーなか空いたった~♪」

「もう少しで出来上がります。束様」

 

 両手に食器を握り、嬉しそうに歌を口ずさむ女は世界中から指名手配を受ける天災科学者『篠ノ之 束』その人だった。

 

 そして束の声に反応した少女が、少し離れたキッチンからフライパンを持って現れる。

 体躯は細く、齢十五前後と思しき少女。絹のような長い銀髪を越しまで下ろし、白と青を基調としたゴスロリドレスに身を包む少女。そんな彼女の目はピタリと閉じられているが、しかし彼女の足取りは淀みない歩みをしていた。

 

 彼女の名は『クロエ・クロニクル』。かつて束の手によってとある研究所から拾われ、そのまま彼女のお気に入りに加えられたクロエはこうして束の世話係として生活していた。

 

 そんなクロエが束の前に置かれていた皿にフライパンの中身をよそう。

 ゴロゴロと硬い音を鳴らしながら出てきた黒い炭の塊。

 苦い香りと明らかに硬い感触を残すそれを、束は何のためらいもなく器用にナイフとフォークで拾い上げ、一口で頬張りゴリゴリと咀嚼する。

 

「ん、んおぉ。うーまーいーぞォーー!!」

「嘘です。美味しいはずがありません」

 

 クロエが申し訳なさそうに言葉を漏らすが、そんなこと気にも留めずに束は炭の塊をペロリと平らげてしまった。

 

「⋯⋯申し訳ありません、束様。このような物しか作れず⋯⋯」

「だったら出来るようになるまで練習すればいいのさ。くーちゃん」

 

 心苦しそうにしゅんと縮こまるクロエ。対して束は一切怒る素振りも見せず、それどころかフォローをかけるほどだった。

 

「あと束様は堅苦しいからやめて~。気軽にお母さんって呼んでよ~!」

「束様」

「あぁ~ん」

 

 クロエは束によって連れてこられ、名前を授けられてからこうして献身的に束の世話をし、束の言いつけをしっかりと守る娘だが、明確な上下関係の一線を引いて近づかない。

 それが正しいのかは定かではないが、こうして束が母呼びを懇願するたびに拒否をするのがクロエの日常になりつつあった。

 

 そうしてクロエから振られた束があからさまに涙を流しながら身を翻し、壁に掛けられていたモニターを起動させる。

 

 そこにはつい先刻、IS学園に襲撃していた無人機の視界を映した映像が流れていた。

 

「う~ん。いっくんの白式の稼働率は前回のデータと比べて随分上がったねえ。それも終盤で一気に」

「箒ちゃんの紅椿も新武装を展開できるまでに至ったけど、単一仕様の常態化はまだまだだね」

「ゆーくんもようやく覚醒したのか、それともまた暴走しちゃったのかな? どちらにせよあのシールドビットを上げたのは正解だったね!」

 

 映像では打ち捨てられて傾いた無人機の視界の先で、暴走したファントムと同じく暴走していた一夏の戦闘が繰り広げらえていた。

 それをクロエは熱心に観察している。

 

「あの少年が例の上代 結、ですか」

「そう。君の前身に当たる同じ生体同期型の機体だ。リリース順ならあの子のほうがお兄さんだね」

「そうですか、お兄様⋯⋯」

 

 画面の向こうで、仮面の下で笑う少年をじっと見つめるクロエ。

 開かれた双眸は黒い眼球に金色の瞳孔をしていた。

 あまりに人とかけ離れた双眸は、そかし何処か魅入ってしまいそうなほどに美しい。

 

「クロエは結お兄様にお会いしてみたいです」

 

 淡々と無表情なままのクロエだが、ここで初めて、自発的な言葉を漏らした。

 それが溜まらなく嬉しかったらしい束はにんまりと笑いかけ、彼女の手を取って抱き寄せ、薄暗い研究室の中で立った二人、ワルツを踊る。

 

「それじゃあ会いに行ってみようか!」

 

 無邪気に笑う束をよそに、クロエは今もモニターに映る少年の横顔を目に焼き付けていた。

 

 今、会いに行きます。

 

 結お兄様。

 

 






 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 長かった⋯⋯これにて専用機タッグトーナメント編終わりです。

 オリジナル要素も出せるようになってきて伏線も回収出来るよう頑張っていきます。

 ではでは。


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【改正版】閑話休題 機体情報

 結と一夏の機体解説。


 追記:投稿する物を間違えてました!すみません!すみません!



 

 機体名:『ARTHUR』

 

 結とファントムが共鳴現象を引き起こし、『ファントム』が形態変化を起こした姿。

 元は『ファントム』を基調として『ガーディアン』の鎧が変化、一部ファントムの茨も装甲を形成しており、躯の上から鎧を纏っている様は死神騎士を彷彿とさせる。

 

 単一仕様 

 

『UNREARONING SPITE』能力…他機の奪取。及び使用。範囲拡大により自身が搭乗しなくても操作可能。乗らない場合は無人機を介する。

『悲鳴共鳴』能力…自身のシンクロ率を強制的に引き上げ、その他の機体のシンクロ率を引き下げる。

 

 

 

 武装名『Knights of the round table』

 特殊シールドビット。

 

 機能:略奪したISの操作、運用する。ビットを介して結の脳波を伝染させ、機体に搭乗者が居ると誤認させて操作出来る。

 

 

 

 

 

 

 機体名:ゴーレムⅡ

 

 結の持つ八基のシールドビットが変形、合体した姿。

 シールドビットの本来の姿でもあり、機体性能は基礎能力で見れば第三世代相当の能力がある。

 各ビットがそれぞれ胴体と頭、腰から股間、腕、脚、スラスターに自らを割り振り一つの機体を構成する。全てのビットがどの部位に配置されても構成を崩さないスクランブル合体が可能。

 

 操作は自律稼働と遠隔操縦が可能。また、ファントムから結の脳波操作で動かしている為、集合人型での稼働はよりシンクロ率が高くなるメリットもある。

 これはシールドビット自体の特性でもあり、脳波操作の影響で機体とのシンクロ率を高める効果をゴーレム単機に集約させる事により、無人機でありながら有人機と同等の性能を引き出せる。

 

 また、シールドビットは単機で小型の人型形態へも変形する事が可能。

 この状態が他ISを無人操作する際の基部となる。

 

 

 単一仕様 

『共鳴強化』能力…盾を装備しているISのシンクロ率を引き上げる。装備する盾の数が増えるとその分上昇量も増える。

 

 

 シールドビットの特性。

 

 ビットは脳波操作で稼働し、反復効果で人とISのシンクロ率を高める効果ある。その反動で感覚酔いすることもある為、より高いシンクロ率を維持するかシールドビットの感性を抑えるなどして対策が必要。しかしビット側の性能を落とした場合は反復効果は発現しない。

 

 これは操縦者とビット間でのやり取りだけに当てはまる問題で、第三者(結、ファントム、または両方)が補助として介入した場合、ビットの性能を微調整する場合がある。これはセシリアが実証している。

 

 

 また、シールドビットは装備されている機体によって通常の盾から操縦者の特性に合わせるような形態へ変形する事もあり、盾として運用する他籠手や脛当にもなる。

 

 

 

 機体名[『ARTHUR』+シールドパッケージ]

 

 ファントムが共鳴現象により形態変化した姿に、全八枚のシールドビットを装備した状態。

 ガーディアンの鎧が失われた事により喪失した装甲を補うように、各シールドビットが変形して鎧甲冑のようにファントムを覆った状態。

 元の結とファントムの高いシンクロ率に加え、強制共鳴による形態変化、そこへ計八枚のシールドビットによるシンクロブーストが加わった事により機体反応速度はラグを無くし、より鮮明な感度と機能性を獲得した。

 

 

 機体名[雪羅(一夏激情状態)]

 

 一夏の感情の昂りが一定以上の波を作ったとき、機体との共鳴度が増幅して一時的に強化された状態。

 シンクロ率の大幅上昇によりエネルギーパフォーマンスが爆発的に向上し、機体性能をフルスペックで運用が可能。その代わりとして皮膜保護機能でも処理しきれないG負荷と膨大な情報処理能力が求められる。

 

 機体の性能上、操縦者の能力に依存しやすい機体なので、操縦者とのシンクロ率が高いほど真価を発揮する。

 

 

 個体名:織斑一夏

 この個体の特徴として、感情の起伏が激しい傾向がある。

 これは当個体の特性である『再生能力強化』に関係するもので、興奮状態に分泌されるアドレナリン等の分泌量を増やし怪我の修復速度を早めたり継戦能力の向上を図る意図がある為である。

 

 前期型の千冬は常人の枠組の中で超人的な身体能力を発揮するに至ったが、その代償として身体の耐久力が爆発的な運動能力と噛み合っておらず、継続的な戦闘には不向きだったという欠点が挙げられる。

 その反省も含めて後、期型として生まれた当個体は基礎的な身体能力は抑え、治癒能力と並行したコスト分配を行う事により、限定的だが理論上千冬の能力を上回る性能を引き出せる。

 

 結果として当個体は暴力性が非常に強いデメリットが生まれたが、コレは敵対する相手を用意することにより、その暴走性を残したまま管理する。

 

 

 

 

 



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if
私の彼氏は年下男子


 仕事のストレスで書き殴りました。

 完全イフストーリーであり、本編とは関係ありません。

 鈴×結が解釈違いという方はブラウザバックしていただく事を推奨します。


 なんやかんやあって結と付き合いだした。

 

 恋愛のれの字だって知らないようなあの子だけど、好きと言われれば頬を赤く染めて恥じらうくらいには異性を意識をしている。

 

 手を繋げばアタシより小さい手できゅっと握り返してくるし、あの子の目を覗いたら黒い目がアタシを見返して微笑む。

 

 あの子の肉まんより柔らかいほっぺをもちもちさせながら挟んでいる時なんて、この世の極楽を余すことなく詰め込んだような気持ちになる。

 

 何処に行っても付いてくるし、授業のときは仕方ないけどクラスが違うから、凄く残念そうな顔して教室に戻って、授業が終わったらアタシのところに急いで駆け込んでくる。

 

 昼時は常に隣に陣取って、何故向かいに座らないのかと尋ねれば「お姉ちゃんに一番近いところがいい」と言う。

 そしてアタシの手をとってにへ、と笑いながら呼んでくるのだ。「お姉ちゃん」と。

 

「ほんっっっ⋯⋯⋯⋯とにカワイイの!!!」

「うるさいわよ鈴」

 

 鈴は過去最大級に盛大な惚気話を同居人であるところのティナに垂れ流していた。

 

 同室であるがゆえに半ば強制的にこの中華娘の惚気話を延々と聞かされていたティナは諦めたように女性向け雑誌のペーシを捲りながら加えたアイスキャンディを舐める。

 

「彼氏って言っても子供の遊びみたいなもんでしょ?」

「別にいいじゃない! お互い満足してるんだし!」

「はいはいカワイイカワイイ」

 

 

「この前なんてお昼一緒に食べようと思って教室に行ったらあの子アタシを見つけた途端ににぱーって笑って『お姉ちゃん!』なんて言いながら駆け寄ってきて……あぁぁぁぁ~~~~~~~」

「一回病院で頭診てもらったほうがいいんじゃない?」

 

 これは重症だ。

 だが止める術はなく、何が嬉しいのか枕を抱えて転がり回るこのアホをどうにも出来ず、溜め息ばかりが増えるティナだった。

 

「ぁあ~~~明日も結に会えるって最高じゃない?」

「最高なのはあんたの頭のなかだけよ」

「おやすみティナ~」

「グッナイ。永遠に目覚めないで鈴」

 

 一言だって人の話を聞かないで勝手に上機嫌のまま寝こけた同居人の首をいつ絞めてやろうかと企てながらも、ティナは自分の寝床に潜った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「鈴お姉ちゃんっ」

「なぁに結?」

 

 あの子がアタシに甘えてくる。

 雛のように飛び付いてきて、アタシより小さな体を目一杯使って抱き締めてくる。胸のなかに修まる結の頭を撫でてやりながら、アタシも結を目一杯抱き締め返してあげる。

 

「お姉ちゃん、大好き」

「アタシも結のこと大好きよ」

 

 にやけてだらしない顔になってるんだろうな。

 でもこの気持ちを抑えるくらいなら素直になったほうがいい。心からそう思える程に、アタシはこの子に心酔していた。

 

 それが今は心地がいい。

 それが今の幸せだった。

 

「鈴お姉ちゃん⋯⋯」

「ちょっと、ふふ。なぁに、結?」

 

 結が頭を擦り付けてくる。

 猫撫で声で臭いをつけるような仕草に愛くるしい感情とくすぐったさに悶えてアタシは得も言えない多幸感と謎の快感に達してしまいそうになった。 

 

「好き、お姉ちゃん、好きだよ⋯⋯」

「ゆ、結⋯⋯?」

 

 背中に回されていた彼の腕は少し上にずれて、ノースリーブに改造した制服の隙間から露出した肩を撫でる。

 

 思わず背筋を震わせて仰け反り、結を抱き締めながら、そのまま前に向かって結を押し倒す形になり、何故かそこにあったベッドに少年を押し倒してしまった。

 

「ご、ごめんなさい結⋯⋯!」

「ふふ、いいんだよ鈴お姉ちゃん」

 

 咄嗟に飛び退こうとしたアタシの首に、結の腕がかけられる。

 ベッドの上に仰向けに寝そべる結の上に、今まさに事に勤しんでしまいそうな体勢で覆い被さる自分。

 

 アタシを見つめる結の目は艶やかに煌めき、唇は影に隠れつつも照りを魅せて艶かしい。少しだけ朱く染まる頬は結の恥ずかしさと嬉しさを綯交ぜにしたような感情が窺え、総称して初しさと愛らしさが同席する何かが胸の内で熱く滾っている。

 

「鈴お姉ちゃん、はやく⋯⋯」

「ゆ、ゆい? なに、を⋯⋯」

 

 結の細い腕に少しだけ力が籠る。

 たかがこんな幼子に引けを取るような鍛え方なんてしていないはずなのに、体にこれっぽっちも力が入らなくて、アタシの体はゆっくりと結に向かって落下する。

 

 儚い抵抗も虚しく目と鼻の先に彼の顔が迫っていた。

 ともすれば簡単に口づけでも出来そうな距離だ。

 

 結の漆黒の相貌がハッキリとアタシを見つめてくる。

 逃げられない、逃げたくない。期待と不安の間に挟まれていっそどうにかなってしまいそうな感情の渦の中で、結はアタシの頭に優しく手を回し、髪止めをほどきながら耳元に口を近づけて囁く。

 

 

「ぼくを、めちゃくちゃにして⋯⋯?」

 

 

 プツリと何かが途切れる音が聞こえ、それと同時に意識が吹き飛んだ。

 

 もうどうなろうと知ったことではない。

 倫理も道徳もかなぐり捨てて私は目の前に佇む極上のご馳走に飛び付きなりふり構わず貪った。

 

 唇を強引に奪ってふやけるほどしゃぶり、甘噛みよりも少し強く噛みついて、線の細い首筋やうっすら肋の浮いた胸に歯形を着ける。

 

 骨の髄まで痺れるような快楽と背徳感に酔い潰れ、扇情的な少年を味わう。

 

 結が喘ぎながら何かを言っている。

 蕩けきった瞳は更にアタシを滾らせて色欲の炎に油を注ぐ。

 煮える炎は衰えることを知らず、少年の手を握って押さえつける。

 

「お姉ちゃん、もっと、もっと⋯⋯」

「結、結、結、ゆい、ゆいぃぃ⋯⋯!」

 

 未だに体が形を保っているのが不思議でならない。

 いや、もう既に溶けどしているかも知れない。

 

 このまま二人とも融解して混ざりあい、どっちが誰なのかも分からなくなる程の色欲の渦の中に呑まれ、されども不安は欠片も存在しない。

 

 なんとも素敵な時の流れと感情の勢いに身を任せて、アタシはきっと取り返しの着かない事をしている

 

 一瞬過った罪悪感に立ち止まり、身を起こして改めて結を見下ろした。

 

 誰の体液なのか分からない何かにまみれ、煌々と見開かれた瞳の奥に、本能的な恐怖と好奇心、異性への愛情と性欲に濡れた感情が濁流となって渦巻いている。

 

「え、えへへ、お姉ちゃんに、殺されちゃう⋯⋯お姉ちゃんの愛に、溺れる、死んじゃう⋯⋯」

 

 既に壊れてしまった玩具のように虚ろな目で体を震わせる結は、尚も鈴を求めて体を引き寄せる。

 お互い酸欠状態で呂律も回らないほどだが、結はお構い無し鈴に腕を、足を絡める。

 

「ゆい、あたし、押さえきれないよ⋯⋯」

「もっと、もっとちょうだい⋯⋯お姉ちゃんを、ちょうだい⋯⋯」

 

 あぁ、何も聞こえてない。

 救いがないのかそれとも絶頂の先に逝ってしまったのか。

 もう後戻りできない事を悟った鈴は、もう一度結に体を重ね、これまで以上の色情に染まる。

 

 たがの外れた二人を止めるものはおらず、互いが互いを貪り求めあう。

 

 いっそのこと燃え尽きて朽ち果てるまでこうしていよう。

 

 きっと、それが今一番の幸せだ。

 

 最後に働いた理性は諦めをもって途絶え、本能に生きる獣となった二人は永遠の愛に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 もそりと起き上がる。

 動悸は激しく、耳の奥から心臓の音がけたたましく鳴り響いている。

 掛け布団の上から体を抱いていたようで、寝汗で張り付いた寝巻きが更に密着していてあまり気持ちのよい感じではない。

 

 頭の先から爪先まで凄まじい発汗量だが、一部汗ではないものが交じっており、飛び起きて股の間に手を突っ込む。

 

「はっず⋯⋯」

 

 何を求めてそうなったのか全くもって不可解な淫夢に頭を抱え、同時にそんなものを見てしまうくらい自分は欲求不満で、更にショタコンを拗らせた相当危険な女だと知らしめられた気分になった。

 

 

 その日、いつもと変わらない晴れやかな笑顔で飛び込んできた結を受け止めた鈴はどうしようもない罪悪感に苛まれて泣きながら結を抱擁していた。

 

「ごめんなさい結、あの時アタシが留まっていればぁぁぁあああ~~~~⋯⋯⋯⋯!!!」

「わぶ、なになに、どうしたの鈴お姉ちゃん?」

 

 




 これは全年齢対応版です。
 R-18に行くものもあります。
 そちらは作者名から飛んで投稿作品の中にあるのでそこから閲覧されてください。


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友達以上彼氏未満な関係だった男の子が積極的過ぎて理性が持たない件

 結のキャラ崩壊が凄まじいです。






 私の部屋に結が度々来るようになり、はや三ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 はじめは土日の休日だけでしかも夕刻を回る頃には早々に立ち去ってしまっていたのが、徐々に夜遅く、それこそ夕飯を一緒にとったりそのままお泊まりするくらいには長居するようになった。

 

 

 遠慮がちでなかなか触れ合うことのなかった結だったが、ゆっくりと時間を掛けて心身共に距離は近づき、今では何も言わずに隣か膝の上に乗ってくれる。

 

 時折顔を覗いては、ほわんとした眼差しで此方を見返してくる。

 

「たまらない」

「良かったね~かんちゃん」

 

 同居人であり幼馴染みである本音に結への思いの丈をつらつら長々と語っていれば、もう日も傾いていた。

 

 かくいう本音はこちらを見ておらず、焼き菓子を片手に雑誌を読んでいた。

 それでも嬉しそうに話す簪を見て、本音は何も言わずただ聞いているだけにしていた。

 

「今日はクラスの子のところにお泊まりしてくる~」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 半ば逃げるようにそそくさと部屋を立ち去る本音の背を見送ったあと、簪ははふぅと溜め息を着いてベッドに横たわる。

 

「結、今日も来るかな……」

 

 そんなことをぼやきつつ、彼が来るのを待つこの時間がなんとなく楽しい。

 思い焦がれるのが恋の醍醐味と聞いたことがあるが、まさしくそんな状況に陥っている自分に驚きつつ、やはり自分もそんな大多数の人間の一人なのだと思うとちょっとだけ悔しかったりする。

 

 

 恋なんてしないと思っていた。

 ずっと本音や家族と居るものだと思っていたのに、いつの間にか大切な人の中に結がいて、気付けば大好きな人になっていた。

 

 改めて認識するだけで胸が高鳴り、枕に顔を埋めて声にならない嬌声を上げる。

 

「簪お姉ちゃん、いる?」

 

 脳内のお花畑で散歩をしていると、当の想い人がドアを叩いて訪れたらしい。

 

 すぐさま飛び起きて戸を開けようとしたが一旦立ち止まり、前髪を整えてから出迎える。

 

「いらっしゃい、結」

「んん、こんばんは」

 

 寝巻き兼私服代わりの診察服とパーカーを着てきた結が玄関前で見上げていた。

 

 部屋に入っても何か予定があるわけでなく、促されるままベッドの上に腰を下ろした結は浮いた足をパタパタ揺らしている。

 

「何か飲む?」

「お茶がいい」

 

 甘いジュース等を好みそうな見た目で案外無難なものを飲むのも結の個性と言えるだろうか。

 何でも飲むが、水かお茶が好きらしい。

 

 少しだけ水を足して温くした緑茶を手渡すと、「ありがとう」と笑って受け取りちびちびと舐めるように飲む。

 

「今日は、何しようか」

 

 ボードゲーム、テレビゲームなど、室内で遊べるものは大概揃ってはいるが、ボードゲームは大人数で遊ぶようなものばかり、テレビゲームに関しては簪の趣向から一人用しか無かった。

 

 結果、基本的に大人しくアニメ観賞に耽る他無く、簪は結がマンネリ化していないか不安だった。

 

「アニメ。この前の続きから見たいな」

「うん、わかった」

 

 気のままに笑いながらそういう結に、簪は救われたようにほっと息をついて再生機を準備した。

 

 作り置きしておいた甘味を盆に乗せ、テレビの前に二人で座れば準備万端。

 

 結は当然のように簪の足の間に腰を下ろし、簪も満更ではないようで、結の腹の辺りに腕を回して軽く抱き止める。

 

 

 まもなく始まりオープニングの流れる画面を二人してまじまじと眺める。

 具体的に何が楽しいかと聞かれたら正直回答に困るが、私は不満はないし結も何も言わず、嫌な顔一つ一つせずどこか楽しそうにアニメ観賞に耽っていた。

 

 

 付き合っているかと言われたら違うと言うだろう。

 歳の差や倫理感が邪魔をして上手く好意を伝えることができない。

 

 それ故にもどかしく、今の関係が崩れるのが怖くて踏み出すことも出来ず、だらだらと恋人未満友達以上の曖昧な関係を引き摺って満足していると思い込む日々。

 

「ねぇ結。私の事、どのくらい好き?」

「んー……?」

 

 だからか、こんな事を聞いてしまう。

 

 しまった、鬱陶しい粘着系彼女のような質問をしてしまった。

 くだらない事を聞いてしまったと後悔しながら簪は膝の上で難しそうに考える結をハラハラしながら見守っていると、結は何か思いついたのか体をこちらに向けて対面座位なるように座った。

 

 何をするのか、もしくは何を言われるのかと気が気でなかった簪に、結は意を決して目を瞑り、おもむろに口付けをしてきた。

 

 時間にしてほんの数秒。

 小さな唇はすぐに離れ、結は目を細めてはにかんだ。

 

「えへへ、このくらい」

 

 あっ、ダメ。

 

 頭のなかで何かが一線を踏み越えた。

 越えてはならないと思っていたそれは呆気ないほど簡単に越え、今まで知らず知らずの内に我慢していたあれやこれやの欲求が一気に爆発してしまい、もう止められなくなる。

 

 考えるよりも早く体は動き、腕のなかに収まっている少年の肩を掴んで強引に引き寄せる。

 

「お姉ちゃ……んむっ」

 

 ぎゅう、と抱き締め、逃がさないと言わんばかりに抱擁して行うキスは半ば強引なものだったが、結は身動ぎもせずされるがまま身体を明け渡していた。

 

「ぷぁ、どうしたの。お姉ちゃん?」

「……もう我慢しなくていいよね、結」

 

 メガネの奥にギラギラした野性を覗かせながら、簪は目の前のご馳走を掴んで離さない。

 

 結をベッドに引っ張って倒し、自分も上に覆い被さって逃げられないように手を握る。

 いやしいくらいにがっつく簪を結はあくまで扇情的な笑みで迎え入れる。

 

「簪お姉ちゃん、なにするの?」

「わから、ない……でも、きっと、イイコト、だよ……」

 

 片言の日本語になっていく簪に余裕はない。

 対して結は焦る素振りも見せずにじっと簪を見詰めてにこりと笑っている。

 

「イイコトって、なぁに?」

「それは、それは……」

 

 訊ねられて、答えに詰まった。

 

 こんな事をしていいのか。

 

 まだ齢十才にも満たないような、保護されるべき小児相手に欲情してしまうなどあってはならない。

 

 キスされたし。

 それがどうした、ただの愛情表現だろう。

 

 好きって言われたし。

 肯定してもらえたら何をしてもいいのか。

 

 相思相愛なら。

 妄想に過ぎないのでは?

 

 頭のなかで辛辣な意見が飛び交っている。

 目前にした一線を越えられず、その場で足踏みを繰り返してしどろもどろになる。

 まな板の鯉な状態の結に優しく手を握られ、絡められた小さな指が手の甲をチロチロと撫でてくる。

 

「お姉ちゃん、怖い?」

「こ、こわ、怖く、無い、けど?」

 

 なんで強気なんだろう私。

 全然言えてないし。

 

 どうして恥の上塗りを繰り返すのかと羞恥心に駆られながら、簪は震える身体を鞭打ってずずいと顔を近づける。

 

 が、それだけ。

 すぼめた唇は何にも当たらず、小刻みに震えて口笛でも吹くのかと言わんばかりに息が漏れるだけだった。

 見かねた結が頭を起こして顔を近付け、開いた隙間を埋めて口付けをしてやる。

 

 不意を突かれた一撃に簪は渾身のダメージを喰らって肩の力が抜け、へなへなと結の上にのし掛かった。

 

「結、ずるいよぉ……」

「んふふー」

 

 無様な姿を晒し、羞恥心に押し潰され、小さな少年の薄い胸板の上惜しげもなく顔を埋める簪は、それでも結を抱き締める。

 

 甘える簪の頭を赤子をあやすように優しく撫でる結は愛しげに簪を抱擁し返している。

 

 これではどっちが年長者か分からないが、文字通り頭の上がらなくなった簪は諦めて結の抱擁に甘んじていた。

 

「大好きだよ、お姉ちゃん」

「私もっ、大好き!」

 

 その後寝落ちし、翌朝帰ってきた本音にベッドの上で抱き合ったまま寝ているところを見られ、「やっちゃったか~」と誤解を受けた簪の悲鳴が聞こえたとか。 




 ビッチではない。
 直接的な描写がないのでビッチではない。


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番外編 大きくなった結

 なんとなく書きました。
 遅まきながら五十話突破記念ということで。
 





 いつも通りの平日の朝。

 特に変わらず寮の自室を出て食堂で朝食を済ませた一夏はその足で真っ直ぐ自分の教室に向かった。

 

 戸を開けば見慣れた顔触れが何人か教室に来ており、お互い顔を見合わせて知ったように挨拶しあう。

 

「おはよう織斑君!」

「おう、おはよう」

 

 教室の、いやこの学園の生徒のほぼ全員が女子であり、右も左も異性に囲まれてどうなるかと思っていたが、案外なんとかなっている。

 

 加えて唯一の同性であるもう一人の男性操縦者は年端もいかない幼子で、頼るどころか頼られる立場だと思うと肩身が狭かった。

 

 最初は人見知りの激しかった彼も、今では滞りなく話せるくらいには仲良くなった。

 

「おはよう、一夏」

「おう、結。おは……」

 

 あれ、結の声ってこんな低かったっけ。

 てか俺の事呼び捨てだったっけ、お兄ちゃんとかつけてなかったか?

 

 振り向くと自分と同じくらいまで大きくなった結が、当たり前のような顔でそこに立っていた。

 歳のほど十五、六ぐらいか。高校生ぐらいまで大きくなった結はいつものようなあどけなさが薄れてガッシリとした体型にこそなっているが全体的な線の細さは変わらず男よりの中性的な印象は残っていた。

 

「結!?」

「どうした? 一夏」

 

 お前なんでそんな平然としてんだ?

 でかい、俺と同じくらい。いや少し小さいか?

 

 物陰に隠れて此方を見ていたような引っ込み思案な雰囲気は欠片もなく、メチャクチャフレンドリーな態度で話しかけてきたのでびっくりした。

 

「誰だお前は!」

「結だよ。大丈夫か一夏?」

 

 突如として成長した弟分のようなものだった結に頭の心配をされたが、そんなことを気にしていられるほど余裕はなく、目の前の出来事を受け止めるだけのキャパシティーが今の一夏には無かった。

 

「どうした、朝から騒がしいやつだな」

「箒、結が、結が、でかい! でかくなった!」

「何がでかいと……誰だお前は!?」

 

 一夏に振られて見た先に居た結の姿を二度見する箒。

 

 頭から爪先までを二往復し、もう一度一夏を見てエリを掴んで引き寄せ内緒話に持ち込む。

 

「どういうことだ!?」

「俺に聞かれても知らねぇよ!」

 

 突然の出来事に箒は取り乱しながらも原因を追求するが悲しいかな、一夏としてもそんなことがわかるはずもなく二人揃って……否クラス全体が騒然としていることから事実を受け止めきれてにいなかった。

 

 あまりの騒がしさに耐えかねたらしい二組の鈴が不機嫌気味に一組へ文句の一つでも垂れるべくズカズカとやってきて来た。

 

「ちょっとアンタら朝っぱらからうるさいのよ……あんた誰よ!?」

「結だよ」

「誰に許可とってアタシよりでかくなってんのよ!!」

「知らないよ」

 

 何故許可が必要なのか、そもそも何に対しての許可なのか、当の結は検討もつかないと言わんばかりに肩をすくめて項垂れながら背伸びをして結に吠える鈴の相手をしていた。

 

 そうこうしていると後からシャルロットとラウラが教室に登校してきて皆と同じように大きくなった結に驚愕していたが、ラウラは然程気にすることなくふてぶてしく腕組みをしながら顎に手を添え、まじまじと結を見上げていた。

 

「結なのか? にしては随分でかいな」

「そうかな、いつもと変わらないよ」

「解釈違いだ、出直してこい」

「酷くない?」

 

 あまりの塩対応にしょんぼりと涙ぐむ結の頭を気に食わないとペシペシ叩くラウラ。

 そんなラウラを引き上げて彼女の猛攻から結を救うシャルロットは感慨深く結を見上げながらため息をつく。

 

「はえ〜……大っきくなっちゃったね結」

「もともとこんなだったでしょ」

「いやいや、僕の知ってる結はもっとちっちゃくて可愛かったのになぁ。なんだか寂しいよ……」

「なんだかなぁ」

 

 そんな時に一組に現れたのは四組の簪。

 本音のメール着信を受け、渋々やってきた彼女は本音のメールに記載されてあった目の前の謎の男子生徒に訝しげに近づいてじとー、と眺めているとその雰囲気からこの男が結であることに気がつく。

 

「え、結?」

「そうだよ」

「抱っこ出来ない……」

「抱っこならぼくがするよ」

「ちがう、私がしたい。あの丁度いいぬいぐるみ感覚の抱き心地が良かったの。あの感覚を返して」

「わがままが過ぎるよ」

 

 そうしていれば予鈴がなり、急いで各々の教室に戻る他組の生徒たち。

 入れ替わるように教室に入ってきた副担任の真耶はクラスのものによって目の前に突き出された男子生徒、結を見て一瞬驚いたように硬直したが、やがて嬉しそうに頬をほころばせながら結に訊ねる。

 

「結ちゃんですか?」

「そうだよ真耶先生」

「わぁ、まぁまぁ。大きくなりましたねぇ」

 

 真耶は少し背伸びをしながら結の頬に手をあてがい、少し擦ってから頭に掌を移し、優しく撫でてやる。

 結は恥ずかしそうにしながらも拒絶はせず、あくまで真耶の手を受け入れされるままに頭を撫でられていた。

 

「なんか、恥ずかしいな……」

「そうですか? 何も変わりませんよ、ふふ」

 

 もしも結ちゃんが大きくなればこんなふうになるのでしょうか。

 少しだけ大人びた教え子の姿を拝むことができてどことなく嬉しさが溢れる真耶。

 これは夢なんでしょう。だからこんなにも嬉しい事が起きるんです。

 

 もっと見ていたいけど、結局は夢だから、本当はまだまだ子供で、手がかからないようで手のかかる愛おしい男の子がいるから。

 

「また、そのカッコイイ姿を見せてくださいね、結ちゃん」

 

 それまでは

 

 

 

 …………

 ……… 

 ……

 …

 

 

 

 ぱちりと目が覚め、ベッドから飛び起きた一夏は時計の数字と日付を確認し、洗面所で顔を洗いついでに頬を強めに打って目を覚ます。

 

「ゆ、夢……?」

 

 良かったような、そうじゃないような……。

 その日ほとんどの生徒が同じ夢を見たとしてすこしふしぎな話題になったが、話の中心であった結は夢を見ていないと証言し、怪奇現象のような一連の出来事は一時期学校新聞の一面に掲載されるほどの話題になったとか。




 夢オチって楽でいいですよね。
 もしも結が大きくなればどうなるんでしょうか。

 ではでは。


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お義母さんといっしょ


 if番外編。
 今回のは結と真耶が同棲してます。

 ではでは。


 携帯電話から目覚ましのアラームが鳴る。

 いまわしく長方形の画面を操作し、しかめっ面で黒く光る時間アプリの画面を睨みつけ、手探りで見つけた眼鏡を掛けて起き上がる。

 

 重たい上半身をぐぐっと反らし、部屋のカーテンを開いて朝市っ番の日光を全身に浴びる。

 身体に染みわたる陽光がじわじわと眠気を覚まし、暗がりに慣れきっていた瞳の奥がじんわりと痛みを伴いながら潤いをもって覚醒していく。

 

 一度深呼吸してしまえば、身体からはすっかり眠気が抜けてしゃきっと背筋が伸びる。

 そうしたところで再びベッドに戻り、未だに掛け布団にくるまっている彼に手を添えて優しく囁く。

 

 

「朝ですよ結ちゃん」

「んう⋯⋯」

 

 軽く揺すってやると、少年は小さな身体を起こして開ききっていない瞼をしばしばと細くさせていた。そんな彼を抱き寄せ、揺り椅子で赤子をあやすように前後に振れてやる。少年は細い腕を私の身体に回してひしとしがみついており、まだまどろみの中に居ることだろう。

 

 なので少し強めにぎゅうっと抱き締めてやる。

 私のデカい胸に彼の顔がずっぽり収まり、呼吸の熱がパジャマ越しに伝わってきてくすぐったい。

 それでようやく目が覚めたのか、少年は開ききってない寝ぼけまなこを半目に開き、胸の谷間から顔を覗かせてきた。

 

「ぉあょうごじゃいまぅ⋯⋯」

「ふふ、おはよう。結ちゃん」

 

 胸の中でもぞもぞとおくびをされるものでくすぐったい。まるでネコかなにかのようでそれがまた愛おしくもある。

 だが忙しい日本の朝にあまり悠長にしてはいられない。

 

 私は正しく猫のように少年を持ち上げ、ベッドから降ろす。

 背中を押しながら洗面台まで連れて行き、朝の冷水で顔を洗えば眠気も汚れも流れ落ち、頭がきりりと引き締まる。

 私が歯磨きをしている横でワンテンポ遅れて洗顔をし終わった少年も歯ブラシに歯磨き粉をにゅるりと少量たらし、口に突っ込んで泡立てている。

 そんな彼を横目に口を濯ぎ、私は早々に台所へ向かう。

 

「朝ご飯作ってきますね。歯磨き終ったら来てね」

「ふぁい⋯⋯」

 

 少年はまだ目覚め切っていない。が、彼はごはんを前にすると目が覚めることを知っているので、内心は憎たらしくも愛らしく思ってしまうのは親心か、それとも世話焼きか。

 

 角型のフライパンを火にかけ、少量の油を敷いて温める。

 その間に食器を並べ、食パンをトースターに差し込みレバーを押し込んで焼く。

 冷蔵庫から卵とウィンナー、青菜の和え物を取り出し、卵を二つ熱したフライパンに落として焼いていく。ぱちぱちと油が弾け、端の白身からじわりと色味が付いてくる。

 黄身が焼ける手前に片方はフライ返しで掬い出し、もう片方はひっくり返して両面じっくりと固焼きにしていく。

 どうにも少年はカタい歯触りのものを好むらしく、というより下手に柔らかいと噛まずに飲みこむ癖がある。改良を重ねる段階で目玉焼きも両面焼きなるものが有ることを初めて知った。

 

 

 もう片方も焼き終え、空になったフライパンに今度はウィンナーを数個転がして焼いていく。

 冷蔵されていただけあり火の通りはそれほど早くはないので、焼ける間にタッパーから和え物を二皿に同じだけ盛り付ける。それとプチトマトもついでに洗って転がしておく。

 

 そうしていればトーストが焼け終わり、取り出すころにはウィンナーも火が通って焼き目をつけていた。

 

 全てを一つの皿に盛りつけ、二枚の朝食を食卓に並べる。

 

「ごはん⋯⋯」

 

 丁度歯磨きの終わった少年は目元を擦りながら現れる。

 

「さ、ごはんですよっ」

「いただきます⋯⋯」

 

 小さなちゃぶ台を挟んで二人、私はコーヒーを、彼は牛乳を飲みながら、朝食に手を付ける。

 

 まだ眠そうにしていた彼だが、トーストを齧り、フォークでウィンナーを一本食べると落ちていた瞼が次第に起き上がり、活力が湧いてきたようで彼の食べる速さが少し上がる。

 和え物も目玉焼きも一緒くたにめいっぱい頬張り、それを牛乳で流し込む。

 トーストを三口ほど齧ってはバリバリと咀嚼し、ウィンナーとまとめてごくんと飲み込む。

 

「もっと落ち着いて食べてもいいんですよ」

「だって、んぐ。美味しいんだもん」

 

 そんなことを言われると弱ってしまう。

 でもマナーとかあるし⋯⋯でも本当に美味しそうに食べるなぁ⋯⋯。

 

 半熟の目玉焼きをトーストと一緒に齧り、もどかしさ半分嬉しさ半分で悩ましい。

 

 一心不乱に食べ物を見つめ、大きく上下する顎は確かにごはんを噛みしめていた。

 手早く用意した朝食はキレイに皿から無くなり、流し台に食器を付けてまた歯磨きを。

 

 

 冷食や作り置きのおかずとごはんを詰め込み、二人分のお弁当を包んで鞄に収める。

 

 私は制服替わりにキャミソールにとワンピースを纏い、寝癖を整えて眼鏡を掛けなおす。

 彼も背丈にあった小さいパーカーと制服を着こみ、バックパックのように改造された通学鞄を背負って靴を履く。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「ん。行ってきます」

「いってらっしゃい。いってきます」

 

 何とも奇妙な会話。

 変だと思いつつ、この部屋が私の彼の帰る場所だと思うとなんだかしっくりくる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 学校での生活は半分程が彼との生活になる。

 と言うのも、彼の学習プログラムはどうしても小学生用のものになるので、ISの専門分野以外は別教室にて教育が行われる事になっている。

 

 そして、それを担当するのは副担任である私。

 高校に就任して小学校の内容を教えるとは思ってもみなかったが、彼の学習能力の高さもあり、それほど難しくはないので助かっている。

 

 

 今日は朝から昼まで彼との対面授業。

 二人きりの教室はやたらと広いので、教卓は殆ど使わず彼の向かいの席に座って教える事が殆どだ。

 

「ここはこの文章をよく読むとわかりやすいですょ」

「んん〜……」

 

 読解力に多少壁を感じているものの、基礎問題と暗記に関しては人より覚えがいいのは若さ故の記録力か、それとも彼の頭の良さか。

 

 二人では手に余る広さの教室で、中央の席に並んで座って勉強を見る。

 他の教室も当たり前に授業中なので、学園全体は静かで、遠くから聞こえるアリーナの喧騒が他人事のように響いてくる。

 

「解けた!」

「どれどれ〜? ……うん、正解です!」

 

 問題集の回答欄に丸をつけ、よくできましたと手厚く褒める。

 少年は気恥ずかしくはにかみながらも私の抱擁を受け止めくれる。

 

 今日の授業範囲が終わったところでちょうどチャイムが鳴り、そかかしこから号令の掛け声が聞こえてくる。

 そして昼休憩の時間になり、いつにもまして生徒たち姦しい声が学園のあちこちから聞こえてきた。

 

「それじゃあ私達もお昼にしましょうか」

「うんっ」

 

 簡素に作ったお弁当。

 中身は二人とも変わらないが、朝とは変わって米が主食の和風な中身。

 最近になって箸の使い方覚えた結は、まだあどけない手つきで箸を握り、弁当の中身を恐る恐る食べる。

 

「ん、ん、美味しいっ」

「良かったです!」

 

 中身はシュウマイやアスパラベーコン、葉野菜の浅漬けや卵焼き。

 ご飯には玉子ふりかけをまぶし、彩り豊かな出来栄えに満足していたり。

 

 二人で同じ中身の弁当をつつき、残り少ない昼休憩を名残惜しく思いながらも午後の授業に向けてそれぞれ移動する。

 

 と言っても荷物をまとめて本教室である「一年一組」に戻るだけだが。

 私は教員なので一度職員室に戻り、座学のための教材を揃えて教室に向かう。

 

 ようし、午後も頑張るぞっ!

 

 

 ◆

 

 

 学校も終わり、私は明日の課題などの準備や事前予習のため、職員室にて教本やプリントに目を通す。

 明日は専門教科が多い日なので、入念に調べておかなければならない。

 そうして予習も済まし、そそくさと荷物を纏めて私は早足に職員室を後にする。

 

「それではお先に失礼しますね」

「あぁ、お疲れ様。山田先生」

 

 織斑先生に見送られながら、私は自分の寮に戻る。

 帰ると先に帰宅していたらしい少年が、宿題に手を付けていた。

 

「真耶先生、おかえりなさい」

「ただいまっ、結ちゃん」

 

 一緒に宿題もみてあげようともしたが「一人でできるもん」との事なので私は台所へ撤退。お夕飯を作ることにした。

 

 手を洗い、エプロンを巻き、調理器具を戸棚から出す。

 

「よしっ」

 

 冷凍していた白米をレンジで温め直し、その間に玉ねぎ、鶏肉を刻んでフライパンで炒める。グリンピースも投入し、そこに解凍が終わった米も入れてケチャップを適量。

 

 簡単に作ったチキンライスを二枚の皿に楕円形に盛り付け、卵と水、砂糖を少々かき混ぜてフライパンに投下。

 じゅわりと焼ける卵液を軽くかき混ぜ、底が固まり始めたところで卵液を包み、ほいっとひっくり返してふわふわオムレツを作る。

 オムレツを割らないようにゆっくりとチキンライスの上に乗せ、同じものをもう一つ作って並べる。

 そして重ねたオムレツの背に包丁を入れ、まっすぐに縦に割ってやると、中から半熟の卵がふわりと広がってチキンライスの山からなだれ落ちる。

 

 レタスを千切って残っていたグリンピースも混ぜ、切ったトマトも添えてドレッシングを回しかける。

 

「結ちゃん、お夕飯にしましょう!」

「はぁい」

 

 ちゃぶ台に並ぶオムライスとサラダ。

 湯気を立てるオムライスを前に、子どもらしく目を輝かせる結にスプーンを差し出し、二人で合掌して食べ始める。

 

「いただきます!」

「いただきます」

 

 ふわふわオムレツは簡単にスプーンで解け、朱色に染まったチキンライスと一緒に掬った結は、大口を開けてそれを頬張る。

 大人用のスプーンでは食べづらいかと思えたが、彼はそれでも口端をスプーンの湾曲に沿わせて抜き取り、口の中でじわりと溶けるオムライスに嬉しそうに舌鼓を打っている。

 

 一口分のオムライスを飲み込み、彼はきらきらした目のまま私に向いて感想を述べてくれる。

 

「美味しい! すっごく美味しい!」

「うふふ、よかったです」

 

 素直な感想がこんなにも嬉しいとは思わなかった。

 実に美味しそうに食べる姿に私も良い気分のままオムライスを食べ終える。

 

 その後、二人で食器を洗い、宿題の丸付けを済ませてお風呂に入る。

 

 一人で入ると聞かない少年を担ぎ上げ、スポンと、服を脱がせて風呂場に入れる。

 少年を自分の膝に座らせ、全身くまなくお湯洗いで濡らしたあと、頭からつま先まで丸洗いしてやる。

 

 お湯をかけられる頃には大人しくなってしまうので、扱いが楽だと言うと聞こえは悪いがその通りなので仕方ない。

 

 自分も体を洗い終わり、二人揃って狭い湯船に浸かる。

 足も伸ばせない個室の風呂だが、バスタブがあるだけまだマシか。

 

 彼を胸の浮袋に挟み、前後並んで足を折り曲げながら浸かる。

 

「ふぅぅ〜〜〜……極楽〜〜〜〜………」

「一人で入れるもん」

 

 少し根に持ってるのかまだ強気な事を言っている少年ををぎゅっと抱きしめる。

 

「それじゃあ今度は一人で入りますか?」

「施設にいた頃はそうしてたもん」

 

 ぷぅと膨れる彼の濡れた頭を撫でながら話を水に流し、体の芯まで温もったところで浴槽から上がる。

 その頃には彼もすっかりふやけて若干舟を漕いでいた。

 

「にゃむ……」

「寝るならお布団に入ってからにしましょうね」

 

 少年に歯磨きをさせている間に髪を乾かしてやり、ベッドに包ませている頃には寝息を立てていた。

 

 私はまだ寝るには早い。

 明日のご飯の下ごしらえや授業で使うものの準備を済ませ、その頃には既に夜遅い時間になっていた。

 さぁ寝ようと寝室の戸を開けたら、そこにはちょうど起きてしまったらしい少年が立っていた。

 

「ん……どうしました、結ちゃん?」

「眠れないの、真耶先生……」

 

 見ると眉をハの字に垂らし、潤んだ瞳で弱々しく見つめくる少年の顔が映る。

 

「私も今から寝るので、一緒に寝ましょうね」

「うん………」

 

 彼を抱き上げ、暗いベッドに二人で潜り込む。

 横になれば少年はすぐさまひっついてきて、啜り泣くような声を押し殺して泣いている。

 

 幾度となく悪夢に苛まれ、出会った当初はしょっちゅう気絶していたような彼だが、こうして一緒に寝るようになってからは悪夢で起きてしまう事も少なくなってきていた。

 

 けれど、たまにこうして寝付きが悪い日もある。

 なのでそんな時、私は決まって彼を抱き締めてあげるのだ。

 

「ぎゅ〜〜〜♡ ふふ、どうですか?」

 

 少年の頭と背中に腕を回してしっかりと抱き寄せ、彼の下半身も太ももに挟んで全身ガッチリホールドし、割と強めにハグしてあげる。

 機体に乗れば強い彼も、身一つになれば歳相応に弱々しくなってしまう。そんな弱さがちゃんとこの子も人なんだと思い知らされるようで、寧ろ安心できる。

 

 人肌の温もりに包まれながら、安らぎに満ちた寝息を立てるまでそうしてやると、私のパジャマの裾を掴んでいた彼の小さな手から力が抜けていくのを感じる。

 

「んぶぅ……」

 

「寝ちゃいました? ……おやすみなさい」

 

 さっきの怯えも何処へやら、すっかり安心しきって寝入ってしまった彼に続き、私も瞼を落として少年を湯たんぽ代わりに抱いて眠る。

 子供の体温は高いと言うが、存外心地良い温もりで、彼と同衾するようになってからの寝付きは結構良い。

 

 さて私も意識を手放そう。

 そうして深く沈んでいく思考に身を委ねていると、胸元の彼から何やら寝言が聞こえてきた。

 

「ん……お、かぁ……さ……」

 

 そう言いながら、結は私の背中に回している手に力を込める。

 しがみつくように、離れたくないと言わんばかりに。

 

「………私、頑張るね、結ちゃん」

 

 どうしょうもなく切なくて、愛しくて。

 それでも、彼に慕われる事がとても嬉しくて、私は無意識に流れる涙で枕を濡らし、不格好な笑顔でこの子を抱きしめる。

 

 大好きだよ、結ちゃん。






 どうも。
 特に本編がどうとか関係なく、最近買った新車が廃車になって車を新規契約した腹いせに書きました。
 一応無事でした。

 ではでは。


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