ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐ (寺町朱穂)
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プロローグ

 

「……ノッブ……ノッブ!」

 

 可憐な女の声で目が覚める。

 声の方向を見ると、白い髪の少女が襖を開けて立っていた。浅葱色のだんだらを羽織った少女を寝ぼけ眼で見ていると、彼女は大げさにため息をついた。

 

「早く起きてください。置いて行きますよ」

「そうそう、伯母上の分のプリンまで食べちゃうんだからね」

 

 にしし、と小さな女の子が笑いながら顔をのぞかせる。

 

「沖田。置いて行くぞ」

「あ、土方さん。待ってください!」

「伯母上、またあとでね!」

 

 女の子たちは去っていく。

 

「伯母上だぁ? 誰のことを言って……」

 

 信長は頭を掻こうとして、ふと、鼻と喉に違和感を覚えた。いつもより少し細く、胸が僅かに重い。そこで胸元に目を落とすと、二つのふくらみと谷間があった。

 

「……は?」

 

 瞬きをする。

 もう一度、瞬きをする。眼をこする。さらに瞬きをする。ゆっくりと手を這わせ、胸を揉んでみる。白くすべすべとした手先が服の上から胸に吸い付き、確かな感覚を伝えている。

 

「おはようございます、姉上! 姉上?」

 

 再び襖が開き、今度は優男が尋ねてきた。

 赤い服に黒い南蛮風の外套を羽織り、不思議そうに目をぱちくりさせている。信長は胸を揉みながら、彼を眺めた。

 

「姉上? 何をしているのですか?」

「見てわからねぇか。胸を触ってんだよ、胸を」

 

 胸は非情に柔らかく、かなり実感のある夢である。

 ここのところ、オルテ帝国の首都の整備やら廃棄物との戦いの準備やらで、戦う以外に脳がない総大将の代わりに頭を働かせていた。ほとんど不眠不休で指示を飛ばしたり策を練ったりしていたせいで、心身ともに疲れ果てていた。

 

「これは、ご褒美かもしれねぇな」

「僕には何を言っているのか分かりませんが……とりあえず、朝餉に行きましょう!」

「ん? 飯もあるのか」

 

 優男に促され、信長は起き上がった。

 

「姉上、帽子をお忘れですよ」

「ん、これか。……いかすな」

 

 木瓜紋があしらわれた帽子は、信長の好みどんぴしゃであった。

 ついでに、近くにあった鏡で自身の姿を確認する。

 

 元の面影は、まるでない。

 髭はないし、黒髪は艶やかだし、眼の色は赤い。肌も白く、無駄毛など皆無だ。おまけに女である。奇妙な夢をみているものだ。

 服装は十月機関が着ている衣服に近いが、赤と黒が基調となっている。これも戦馬鹿な総大将の紅の羽織を彷彿させたが、それよりもずっとイケている。

 

「刀は……へし切か。あれは、黒田に渡したんじゃが……ま、夢だしいいか」

「姉上? 独り言多いですね」

「そうじゃ。さっきから、わしのことを『姉上』って呼んでるが、お前、誰?」

 

 朝餉に向かう途中、優男に尋ねてみると、彼はあんぐり口を開けて固まった。ぽいっと木の実でも投げ入れたくなるような口の開け方である。

 

「あ、姉上……ぼ、僕をお忘れですか? 信勝ですよ、信勝!」

「あー、信勝ね。……本当に?」

「マジですよ。姉上、酷いです。僕をお忘れになるなんて……」

 

 信勝と名乗った少年は、赤い瞳をうるうるさせた。

 信長は頭を掻いた。ごわごわの髪ではなく、さらっさらの髪なので違和感はあったが、いま気にするところはそれではない。

 

「そうか、お前が信勝ね。……なんかさ、なよっとしてない?」

「信勝は、昔からこのままです。え、もしかして、姉上。記憶喪失とか?」

「馬鹿を言うな。わしは織田前右府信長、その人じゃ。あーもう、なんじゃ、この夢は!」

 

 第一、この廊下もおかしい。

 本能寺が焼け打ちされた後、辿り着いた白い空間が一番近いが、あれよりもずっと質量があり、立体感があった。

 おまけに、どこからともなく美味しそうな匂いも漂ってきている。おそらく、朝餉の場所から漂ってくるのだろう。匂いと一緒に賑やかな声まで流れてきた。

 

「朝餉の会場はここか?」

 

 信長がひょいっと覗いてみれば、そこには、ありとあらゆる服装・人種の人間が集っていた。しかし、動物の頭をした巨漢や鬼の角を生やした少女など、人間に見えない者もちらほら見える。

 

「な、なんじゃこりゃ」

「あ、ノッブ。おはよう」

「おはようございます、信長さん」

 

 信長が呆気に取られていると、二人の少女が話しかけてきた。

 橙色の髪をした快活そうな少女と、薄紫色の髪をした穏やかな少女だ。二人ともぴらぴらした着物を纏い、足をみっともないくらいさらけ出している。信長が二人の足に目を向けていれば、橙色の髪の少女がこてんと首を傾げた。

 

「あれ、ノッブ。なんか感じ違くない?」

「そうなんですよ、今日の姉上はなんというか、おっさんっぽくて……」

「おっさんぽくて悪かったな! どーせ、中身はおっさんだよ。つーか、信勝だっけ? やけに馴れ馴れしくない? もっと、ツンツンしてただろ?」

「んー……やっぱり、いつものノッブと違う」

「そうですね、先輩。確かに言われてみれば、少し雰囲気や話し方が違う気も……」

 

 少女たちが、じっと観察するように見てくる。

 

「信長さん、ダ・ヴィンチちゃんのメンタルチェックを受けたらいかがでしょう?」

「はぁ? めんたる、ちぇっくだぁ? よく分かんねぇけど、問題ないっての」

 

 どうせ、夢だし。

 信長は言いながら、朝餉の会場に足を踏み入れた。

 人間も見るからに人外の存在も、いがみあうことなくわいわいと皆が調理場に列をなして並んでいる。信長はその最後尾についた。前に並んでいるのは、破廉恥な少女。鎌倉式の鎧をまとっているようだが、布面積がわずかしかない。あまりにもみだらな服装をしているのに、誰も注意していないことを考えると、これが普通なのだろうか。それとも、夢特有の御都合主義という奴か。

 そんなことを考えながら、じっと少女を見ていたせいだろう。

 少女は視線に気づいたのか、こちらを振り返った。

 

「おや、信長殿でしたか。おはようございます。ああ、主殿にマシュ殿、信勝殿もおはようございます」

「おはよう、牛若丸」

「う、牛若丸だと!?」

 

 信長は目を丸くした。

 

「おいおい、嬢ちゃん。こいつが、牛若丸って本当か? 女だぞ?」

「え、牛若丸は女だよ? なにおかしなことを言ってるの?」

「いやいや、何故にわしが変だってことになってるの?」

 

 信長は右手を額に当て、大きく息を吐いた。

 牛若丸が女。

 つまり、源義経が女。にわかには信じがたいことであるが、これも夢なのだと考えればいい。というか、夢だ。つじつまが合わないこともあるだろうよ。

 

「源氏に与した奴らって顔で選ばれてるのか? 与一も女みたいな顔してたし……」

「与一……ああ、那須与一殿ですね」

「那須与一って、古文に出てきた……えっと、たしか……」

「与一といえば、屋島の戦いだ。源平合戦の屋島の戦い」

 

 橙色の少女が悩んでいるようだったので、信長が答えを口にする。

 

「平氏の船が掲げた扇の的を射抜いたって話だ」

「はい。信長さんの言う通りです。那須与一という方は遠くから扇の的を射抜いた後、平氏の頭を撃ち抜いた方だと本に書いてありました」

「うっ、残酷……」

「主殿、ご安心を。与一殿が射抜いたのは扇の的と数人ですが、私は一度の戦いで百の首を取り、主殿に納める自信があります。いいえ、ご命令とあれば、千の首もとってきましょう」

 

 牛若丸はにこにこ笑いながら話した。

 橙色の少女は少し引いたような顔で「ありがとう。でも、首はいらないからね」と繰り返している。

 

「こいつ、義経じゃなくて『妖怪 首おいてけ』なんじゃね?」

「はははっ、信長殿。面白いことを言いますな。実に的を射ております。ですが、もっと的確に表現するなら『妖怪 首狩りまくるぞー』ですな」

 

 義経の前に傍に僧兵が笑う。

 だが、次の瞬間、義経は刀を抜き払うと、僧兵の首元に突きつける。

 

「もう一度、言ってみろ。弁慶、私を何だと?」

「ははは、申し訳ありません」

 

 僧兵が義経に弁明する姿を見ながら、信長は大きな息を吐く。

 

「……ったく、なんて夢だ」

 

 牛若丸が与一の見た目に中身が豊久なんて、悪い夢にもほどがある。

 

 

 

 ちなみに、朝餉はオルテの料理と似ていた。

 だが、こっちの方が百倍美味しかった。

 

 

 発言を撤回、素晴らしい夢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしが男になっとる――っ!?」

 

 その悲鳴は首都を震わせた。

 

「え、なに、このわし。めっちゃダンディなんじゃけど!? これはこれでいかす……ってわけあるかい!」

「信長さん、どうかしましたか!?」

「どうしたもこうもあるか! わしが男になってるんじゃけど! って、おぬし誰じゃ!?」

 

 信長は部屋に入ってきた眼鏡の女を一瞥する。

 

「え、オルミーヌですけど……」

「オッパイミーヌ? っく、乳を強調するような名前をしおって」

「オルミーヌです! 何度言えば分かるんですか!」

「いま言ったばかりなんだけど!」

 

 信長は眼鏡の巨乳女から目を逸らすと、もう一度、部屋の内装を見渡した。

 煉瓦造りの建物で、部屋の至る所に地図や図面が散らばっている。まるで、これから戦争でもおっぱじめるような雰囲気だ。

 

「特異点にレイシフトしたのか? それで、霊基が男に変わったってことかの?

……ふむ、それならありえ……るわけないじゃろ! おい、オルミー乳! ここはどこじゃ?」

「オルミーヌです! ここは、どこって、オルテの首都ですけど……大丈夫ですか?」

「おるて……まったく聞いたこともない地名じゃな。ったく、どうせ聖杯の仕業じゃろう。聖杯を探すか」

「せーはい?そいたなんじゃ?」

 

 信長が肩を落として呟くと、その声を拾った声があった。

 入口の所に、寝ぼけ眼の男が立っていた。赤いジャケットを羽織った男が、こちらに近づいてくる。

 

「信。朝から、どげんしたんじゃ?」

「おう、ちょうど良かった。おぬしは聖杯を知ってるか? なんでも願いごとの叶う黄金の杯じゃ」

「知らん。願い事がなんでも叶うなんざ、胡散臭い杯やか」 

「うむ、分かるわー。実際、爆弾にすることくらいにしか使い道のない杯じゃし……仕方ない。おぬしら、邪魔したな」

「どこへ行っつもりだ?」

 

 赤いジャケットの男が呼び止めてくる。

 

「そりゃ、聖杯探しじゃ。わしをこんな姿にした元凶を探し出し、カルデアに帰らんと行けないからのう」

「かるであ? なにゆちょるんか、さっぱり分からん」

「そうですよ! それに、信長さんはこれから廃棄物と戦うって言ったじゃないですか!」

「いや、初耳なんじゃけど!?」

「うるさいわねー、朝っぱらから騒々しい」

 

 信長が困惑していると、さらに頭を混乱させるような人物が現れた。

 道化のように顔を白く塗りたくり、メイクを施している怪しげな男だ。一目で必要以上に関わり合いを持ってはいけない人物だと分かる。

 

「なんじゃ、メフィストか?」

「まあ、失礼しちゃう。あんな悪魔と一緒にされるなんて…………ん? 何で貴方、メフィストを知ってるの?」

「え、マジで、メッフィーの知り合い?」

 

 キャスターの悪魔を想起させたので口にしてみたが、まさか通じるとは思わなかった。

 

「それ以前に、貴方の時代にはメフィストなんて伝わってなかったはずでしょ?」

「そりゃ、わしは会ったことあるし。爆弾繋がりで話が合うんじゃよ。いや、話すことは爆弾だけじゃが」

「ちょっとちょっと、そこのおっぱい眼鏡。この人、どうしちゃったわけ?」

「知らないですよ。朝からこんな感じなんです」

「頭でも打ったか?」

「打っとらん! ついでに聞くが、聖杯に心当たりはないか?」

「やだ、なによ。あんた、聖杯なんて興味があるわけ?」

 

 道化男は目を細めると、真剣な目で信長を見てくる。

 

「聖杯なんか手に入れてどうするっていうのよ?」

「わしは女に戻りたい」

「いや、信長は男でしょ? ライトノベルじゃあるまいし」

「だって、わしは女じゃし」

「信長は男に決まってるでしょ」

「生まれた時から女じゃよ」

「女?」

「うむ」

 

 しん……と場が静まり返る。

 

「……どこか良い病院を探さなくちゃ」

「おい!!」

 

「ノブさん、豊久さん、大変です!!」

 

 耳長の少年が慌てて駆け込んできた。

 

「城内に、わけのわからない奴らが現れて……あっ!」

 

 すると、耳長の少年の後ろから何かが迫ってきた。

 それは腰くらいの背の高さをした可愛らしい見た目のナマモノ。そう――……

 

「なんだ、ちびノブか。はぁ……つまり、ぐだぐだ案件ということじゃな」

「いや、なんですかそれ!?」

「というか、ぐたぐだってなに!?」

「ノッブっ!」

 

 ちびノブはうようよ現れ、刀を掲げて突撃してくる。

 

「仕方なか!」

 

 赤いジャケットの男が日本刀を引き抜くと、ちびノブたちに切りかかった。すぐに一閃され、ちびノブたちの首と胴体が分かれていく。

 しかし、切っても切っても埒があかない。

 次から次へと突撃してくるのだ。

 

「ええい、こういうのは一斉に倒すのが一番じゃ! 鉄砲隊、構えぇい!」

 

 信長は、勢いよく手を前に伸ばした。

 

 ……が、何も起こらない。

 

「信、オカマんとこの鉄砲隊は待機中や」

「ええい、そうじゃない。むむむ、この肉体、魔術回路がないのか……じゃが、この程度、第六天魔王の枷にはならん! ぉぉおおお!!」 

 

 足を踏ん張り、身体が軋むほど魔力を廻す。

 

 どのような理由かは分からないが、肉体が変質している。おまけに、得体のしれない場所に飛ばされていた。周りは自分のことを知っているようだが、信長自身は全く知らない相手ばかりだ。

 

「つまり、わしは、わしと同名の肉体に憑依したということ。

 じゃが! わしは、わしの魂は……霊基は魔人アーチャーこと織田信長よ!」

 

 魔術回路がないから、魔術や英霊としての神秘を体現できない?

 そんなこと知る者か。回路がないなら、無理やり作ればいいだけのこと。信長は背骨を麻酔なしで摘出するような痛みを喰いしばり、全身全霊をかけて魔術回路を作り上げ、切り開いていく。

 

「三千世界に屍を晒すが良い……」

 

 口の端から、つぅっと赤い血が流れだす。

 だが、それがどうした。

 本能寺で火に囲まれ、自刃したときと比べたら、まったくもって軽い痛みだ。

 

「天魔轟臨!」

 

 ずれていたパズルのピースが、ぴたりと嵌った――……そんな感覚と味わうと同時に、自身の背後に火縄が数本、出現したのが分かった。

 

「これが魔王の、三千世界じゃ――っ!!」

 

 右手で号令を出す。

 それと同時に背後に展開した火縄が一斉に火を噴いた。弾丸は無数にいたちびノブの一団を貫き、あっという間に掃討された。

 

「はぁ……はぁ……威力が、落ちとるの……やっぱり、無茶は……」

 

 くらり、と空が回転する。

 身体が倒れたと分かったのは、鈍い痛みと冷たい床を感じてからだった。

 

「おい、しっかりせーっ!」

「信長さん!」

 

 視界が狭まり、黒く沈んでいく。

 

「是非も……なし、か」

 

 この言葉を最後に、信長の意識は遮断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、カルデアでは異変が起きていた。

 のんびりとした朝餉も終わり、信長が不思議な夢世界を探索しようと廊下へ出た時だった。

 

「ノッブ――っ!」

「ノブノブ――ッ!」

 

 自身の身体とそっくりなナマモノが、廊下に蔓延っている。

 

「うわぁ……ちびノブだよ」

「ええ、ちびノブですね……」

 

 橙色の髪の少女と薄紫色をした髪の少女が、ナマモノを遠い目で見ていた。

 

「なんじゃ、ありゃ?」

「なにって、ちびノブじゃん。……また、ぐだぐだ案件だよ。ノッブ、なにかしでかした?」

「わしゃ何もしとらん。というか、これも夢なんだろ?」

「夢? ……って、危ないっ!」

 

 茶釜を持ったナマモノが突撃してくる。

 だが、それは信長たちに当たる前に切り殺された。

 

「おう、殿様! 大丈夫だったか?」

 

 そこにいたのは、赤髪の偉丈夫だった。

 やけに刃が鋭利な槍を掲げ、狂気が迸る黄色い眼が特徴的な男である。信長は「あれ、こいつどこかで会ったことのあるような……」という気配を感じた。

 

「森君!」

「これで20点だ。ちっこい大殿は1点で茶釜持ってる奴が2点ってことにしてんだよ。でっかい大殿でてきたら5点なんだが、まだ見てねぇ」

「ありがとう、森君。せっかくだから、このまま管制室まで護衛してくれる?」

「おう、殿様の命令なら引き受けるぜ!」

「森君……点数……よもや、おぬし……勝蔵ではあるまいな?」

「ん? 大殿、いまさらなに言ってやがる。勝蔵以外の誰に見えるってんだ?」

 

 森長可は、鮫のような歯を見せつけるように笑った。

 

「うげ、本当に勝蔵かよ……」

 

 信長の記憶にある勝蔵は黒髪だった気がするのだが、狂戦士の雰囲気はそっくりだ。

 

「マシュ、森君、ノッブ。管制室へ行こう!」

 

 橙色の少女は走り出した。

 

「お、おい! 勝手に決めるな! ったく!」

 

 信長も不本意ながら謎の現象を探るため、少女に続けて地面を蹴る。いまは女の身体になっているからか、不思議と足が羽のように軽い。身体の力の入れ具合も気を付けなければ、床をひんむいてしまいそうになる。

 

「いや、女っつーより、おトヨの身体になったような感じだな」

 

 信長が内からあふれ出す感覚に戸惑っていると、長可が話しかけてきた。

 

「大殿、勝負しようぜ! どっちが点数稼げるか!」

「いや、お前に勝てる気はしねぇーよ。狸んとこの鍋之介くらいしか太刀打ちできねぇって」

「忠勝か! あー、あいつならオレといい勝負が出来そうだな。一度くらい殺し合ってみたかったぜ」

「森君、ノッブも話は後にして!」

 

 幸か不幸か、ナマモノは管制室に辿り着くまで現れなかった。

 

「ああ、立香ちゃんたち。呼ぼうと思ってたんだ!」

 

 管制室では、数人の人が待ち構えていた。

 金髪の太った男、黒髪オールバックの青年、二つ結びの少女に、博識そうな眼鏡の少女。残りの人たちは謎の光を放つ四角い物体を睨みつけながら、手元を動かしている。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、なにがあったの?」

「端的に言えば、ぐだぐだ粒子だね。みんながぐだぐだになっちゃう粒子が特異点から流れ出ているみたいなんだ」

 

 二つ結びの可愛らしい少女がさらっと言ったが、信長は理解できなかった。

 

「なんだそりゃ? ぐだぐだになる粒子って。風邪かよ?」

「そうだよね、ミス・信長。それは、私も意味が分からない」

 

 信長の意見に、金髪の男も同意してくれる。

 

「カルデアで起こった出来事は資料に目を通したが、ぐだぐだってなに? そもそも、ちびノブってなに? あれ、意味わからないんだけど」

「大丈夫です、ゴルドルフ新所長。私たちも分かりません。それにしても、信長さんが驚かれるとは……」

「そう、そこさ!」

 

 二つ結びの少女がきらんっと目を光らせた。

 

「信勝君から『姉上が変だ』って報告を受けてね、こっそり霊基をチェックさせてもらったよ。

 そうしたらなんと! 肉体は変わらないのに、刻まれた霊基が違うって結果になったんだ!」

「つまり、見た目はノッブだけど、中身はノッブじゃないってこと?」

「よく分からねぇが、わしは織田前右府信長だぞ? 夢だって言いたいが、はぁ……さすがに、違うって認めるしかないか」

 

 信長は大きく肩を落とした。

 

 見慣れぬ風景、こちらを一方的に知っている人間たち、見たことのない料理に舌触りや味、匂いまで感じる。おまけに、不自然なまでに軽くて力強い身体。

 

 これは、夢ではない。

 現実なのだと認めるしかなかった。

 

「ま、知らない世界に飛ばされるのは、今回が初めてじゃないからな。受け入れるしかないだろ。で、元には戻れるのか?」

「そのためには、まず、本来の織田信長の魂がどこへ消えてしまったのか探す必要があるね」

 

 二つ結びの少女はそう言いながら、青く輝く筒状の地図を指さした。

 

「だから、試しに今回の騒動の発端になったと思われるぐだぐだ粒子を遡ったところ、ペーパームーンが妙な場所を突き止めたんだ」

「妙な場所? ダ・ヴィンチちゃん、それって……?」

「そこは、私が説明します」

 

 紫髪の博識そうな女が、くいっと眼鏡を持ち上げて答えた。

 

「ペーパームーンはドラムロールのように回る筒状の平面化された世界地図を投影することができますが……今回はココ、世界地図の向こう側に特異点反応を示しているのです」

 

 青く輝く地図からはみ出したところに、赤い点が浮かび上がっていた。

 

「おそらく、特異点に類する存在でしょう。こうして、ペーパームーンで観測はできていますし、レイシフトは可能です。トリスメギストスⅡの予測でも、そこにカルデアの織田信長がいる可能性が極めて高いとの演算結果が出ていますから」

「いや、わしも織田信長だけどさ。そこに行けば、元の身体に戻れるってことか?」

「おそらくは。それでは、レイシフト開始と行きますか!」

 

 なにやら立香たちが慌ただしく準備を始める。

 

「マシュと信長公は同行するとして、森君も行くだろ? 得体のしれない特異点だから用心に用心を重ねて、もう少し同行サーヴァントが欲しい所だけど……」

「それなら僕が行くよ」

 

 金髪の少年が部屋に入ってきた。

 

「ビリー!」

「生前、護衛の仕事を請け負ったこともあるからね」

 

 その後ろから、旗を携えた清楚な少女と先ほどの白髪の女武者が続いて入室する。

 

「マスターたちの行く場所が安心安全な場所とも限らない。そういうところは、僕みたいなアウトローの出番さ」

「話が聞こえたもので。私でよろしければ、喜んで力添えします」

「ノッブの不祥事の後始末は、この沖田さんにお任せください!」

「それでは、頼むよ。ビリー・ザ・キッド、ジャンヌ・ダルク、沖田総司」

「なんか、随分人数が増えたな……」

 

 信長は新たに加わった三人を見据える。

 

 三人が三人とも、静かな闘志を抱いている。

 鬼武蔵はもちろん、彼らはにこやかな笑顔を浮かべているが相当な手練れだ。それを率いているのは、どこからどうみても変哲のない少女……。

 

「ありゃ、異質だな」

 

 少し会話してみるだけで分かった。

 平々凡々。秀でているところもなければ、欠けているところもない。性質も善寄りで、なよっとしていて甘い考えをしている。戦国の世に放り込んだら、まず生き残れないだろう。

 そんな娘が、なぜ一騎当千の強者たちを率いているのか。

 

 あの娘の態度からすれば、おそらく、この世界の織田信長も彼女に従っていた。

 信長は誰かに従うという窮屈なことを嫌っている。もちろん、豊久を総大将として立てているが、あれは彼が大将の器だったからだ。別に平伏したいわけではないし、従っているわけでもない。

 

「この世界のわしは、何を考えてた……?」

 

 漂流者の織田信長には、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ううん」

 

 信長は薄目を開けた。

 宝具の使用で体力と魔力を一気に持っていかれ、気を失ってしまったらしい。

 額に冷たいタオルの存在を感じながら、そっと耳を立てた。どこか近くで、誰かが何かを話し込んでいる。

 

「馬鹿な! 連絡が途絶えただと?」

「見慣れぬ壁が封鎖している……廃棄物の仕業か?」

「おまけに、魔王ノブナガと名乗る軍勢が攻めてくるとは……」

「ノブなら知ってるんじゃない。ほらー、起きろー、ノブー」

 

 揺すられて起きる。 

 そこには、片目を隠した美少年の姿があった。

 

「なにが、起きた?」

「口で説明するより、見た方が早い」

 

 美少年は窓の外を指さした。

 彼の指先を辿り、信長は絶句した。

 

 

 大空一面。

 飛行物体が浮かんでいる。否、物体なんて生易しい表現にあらず。

 それは、城だ。草木を生やし、見慣れる建造物が立ち並ぶ大きな城が浮かんでいる。

 

「わし、ラピュタの世界にレイシフトしてたのか!? わしは……なんて、ファンタジー世界に生きる信長なんじゃー!?」

 

 信長の声は部屋を木霊する。

 

 

 

 はたして、信長たちは元の身体に戻れるのか。

 そして、特異点を解決できるのか!?

 

 

 

 特異点? 平行世界? 「ぐだぐだオルテ空中都市―ノブの名は―」

 

 

 

 

 

 




ドリフの信長とFGO信長の入れ替わりネタ。





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1話 ぐだぐだレイシフト

ぐだぐだ更新をしていきたいです。


「はぁ? 異世界からの来訪者?」

 

 

 少女の不快そうな声が響き渡る。

 ゴスロリの少女は口を尖らせると、眼鏡の男を一瞥した。

 

「紫、これあんたの仕業?」

「EAZY、平行世界からの来訪者だ」

 

 男は余裕のある声で答えると、新聞をめくった。

 

「理由は分からないが、平行世界の人理が不安定らしい。その影響がこちらの世界にまで押し寄せてきたのだろう」

「平行世界の事情は知ったことじゃないわ。勝手に介入されるのが嫌なだけよ」

「それについては問題なかろう」

 

 ぺらろと新聞をめくる。

 新聞には黒々とした文字で『オルテ、なぞの空中都市が出現!』と書かれている。ゴスロリ少女は文字を睨み付けると、それみたことかと顔を歪めた。

 

「さっそく影響出てるじゃない! どうするのよ、コレ!」

「問題ない。直に修正される」

「……それならいいけど。私の廃棄物たちが平行世界の人間程度に負けるとは思えないし」

 

 EAZYは長い黒髪を翻すように男に背を向ける。

 かつかつと足音を高く響かせながら、紫の空間を去った。

 

 

 が、

 

「そうだ、いいこと思いついちゃった」

 

 

 にぃっと歯を見せるように笑う。

 自分の空間に戻ってきた少女はPC画面を起動させた。ちょうど平行世界からの光が降りてくるところだ。

 

「せっかくだから、利用させてもらうわよ。平行世界の英雄さん」

 

 レイシフトの光に指を突っ込み、ばらばらに掻き混ぜる。

 すると、一本だった光が複数に割れ、地表へと降り注ぐ。

 

「カルデアの最後のマスター? 人類の希望? そんなこと、私には関係ないわ。だって、別の世界の話じゃない」

 

 

 EAZYはバラバラになった者たちが辿る運命を想像すると、愉快そうに笑い声をあげた。

 

 

 その分割こそ、特別な運命を生み落としたなんて考えもしなかった。

 

 

 

 

 

 長い長いレイシフトを抜けると、深い深い森の奥にいた。

 

「……?」

「……え?」

「………お?」

「…………ん?」

 

 

 立香は爽やかな風を感じた。

 橙色の髪を押さえ、周囲を見渡してみる。豊かな緑が広がっていた。のどかでピクニックにでも丁度良い感じの森である。

 

「ここは……廃城の近くだ」

 

 信長の声がした。振り返ると、信長が安堵の息をつくところだった。その後ろには森長可が槍を片手に控えている。隣では、ジャンヌ・ダルクが金の髪を風に揺らしている。

 

「廃城?」

「こっちに来てから最初に拠点にしていた場所だよ。ここからなら数十分で着くはずだ」

「良かった、ノッブ……じゃなかった。信長さん知った場所だったんだね、マシュ! ……マシュ?」

 

 立香は頼りがいのある後輩の姿を探した。

 しかし、薄紫の髪の少女はどこにも見当たらない。それどころか、ビリー・ザ・キッドと沖田総司の姿も見当たらなかった。

 

「マシュ!? 沖田さん!? ビリー!?」

「マスター、ひとつお耳に入れたいことが」

 

 立香が後輩たちを呼ぶと、ジャンヌが静々と話しかけてきた。

 

「レイシフトしている途中、何者かの介入を受けました」

「介入?」

「ゴスロリ少女の指が見えた気がするのです。おそらく、そのせいで他の皆さんとはぐれてしまったのかもしれません」

「うーん、そうなのか」

 

 立香自身は少女など見ていない。

 だが、聖女ジャンヌが嘘をつくとは到底思えなかった。

 

「通信機はマシュが持っているから、カルデアとの連絡もできない」

 

 幸運なことは、信長と一緒にいること。

 彼の知っている場所だということ。

 そして、森長可が近くにいるということだ。本物の狂戦士である彼は、殿様の言うことしか聞かない。自分の近くにいた方が安心である。

 

「とりあえず、廃城に連れて行ってもらえませんか?」

「うし、分かった」

 

 信長が歩き始めるので、その後に続く。

 

「ところで、ジャンヌ。よくゴスロリなんて知ってたね」

「さばフェスのときに、いろいろと調べましたから」

「殿様、さばふぇすってなんだ?」

「あ、そっか。森君はそのときいなかったんだ」

 

 森長可が召喚されたのは、比較的最近だ。

 一緒に夏を過ごしたのは、ラスベガスが最初だった気がする。

 

「ルルハワ……えっと、ハワイ島とホノルル島が合体した島で行われた同人即売会のことかな」

 

 夏に行われた祭りを思い出すと、今でも頬が緩む。

 人理漂白される前、最後の夏のことだ。

 さばフェスで売り上げ優勝するまで何度も何度も七日間をループすることになり、幾冊もの同人誌を作ることになったのである。

 寝る間を惜しんだ作業や一位を取るため画策したのも大変だったが、みんなで同人誌を作ったりわいわい遊んだりするのは楽しくて、ハワイを思いっきり満喫したのだった。

 

「なんだそれ?」

「自分たちの趣味の本を作って、同じ趣味の人同士で楽しむイベントになるのかな」

「本だとぅ?」

 

 信長が目を丸くさせた。

 

「本なんざ簡単に作れねぇだろ? 紙はどうするんだ?」

「信長さんの時代は紙が貴重だったの?」

「手紙が出せる程度にはなったが、庶民が手を出せるもんじゃねぇんだよ」

「そーいや、俺たちの世界の大殿は、かなり手紙を書いてたんだぜ」

 

 森長可が信長の言葉を引き継いだ。

 

「殿下の女遊びに悩んだ寧々様に手紙を書いたとか」

「うわ、マジか。そっちの猿も女癖が悪いのかよ」

 

 うげぇと信長は肩を落とした。

 どこの世でも、豊臣秀吉は豊臣秀吉らしい。立香の苦笑いを見て、長可は楽しそうに笑った。

 

「あー、惜しかったぜ。俺がその時に召喚されてたら、茶の本を出してたのによ」

「カルデアに戻ったら作ってみたらどう? ノウハウなら、私やジャンヌも知っているし、作家系サーヴァントのみんなも教えてくれると思う」

「そりゃいいや。帰ったら書いてみるか。できあがったら、殿様に献上するぜ」

「献上なんて大げさな」

 

 立香と長可が話していると、信長が何か難しい顔で悩んでいることに気が付く。

 立香が信長に声をかける前に、ジャンヌが信長に近寄って行った。

 

「どうかしましたか、信長さん」

「ん、いや、あの小娘……よくもまあ、勝蔵と普通に話せるなと」

「私たち自慢のマスターですから!」

「ますたー、か」

 

 信長は一言呟くと黙り込んだ。

 

「おい、小娘」

「はい、なんで――」

「あぁん? 別世界の大殿とはいえ、俺の殿様を小娘呼ばわりするとは良い度胸じゃねぇか」

 

 立香が答える前に、長可が槍を抜いた。狂気の奔る目で信長を睨み付けると、そのまま槍を振り下ろそうとする。立香は慌てて叫んだ。

 

「ステイ! 森君、ステイ! えーと、そう! 私がまだ自己紹介ろくにしてないのが駄目だったんだから。それに、信長さんの方がずっと年上だし!」

「…………はぁ、殿様が言うなら仕方ねぇか」

 

 長可は大きく息を吐くと、渋々槍を戻した。

 その様子を唖然と見るのが、織田信長である。

 

「勝蔵が言うことを聞いた、だと……? ますたーだったか? あんた、勝蔵の弱みでも握ってんのか?」

 

 信長は口に出してから、違うと思い直す。

 弱みを握る程度で行動を制御できるのだとすれば、頭を悩ますことはなかったに違いない。「別世界の勝蔵だからありえるのかも」と思ったが、言葉を交わせば行動方針や思考はほぼ同じだと分かる。「秀吉が女好き」という共通事項もあることから性別、姿かたちが違えど、辿ってきた歴史は概ね同じか類似しているのだろう。

 

 にもかかわらず、勝蔵が言うことを聞いてる。

 この自分ですら、匙を投げたのに。

 

「ますたー、お前、何者だ?」

「何者って言われても……藤丸立香です。ただのマスターです」

 

 藤丸立香は困ったような笑顔で応えた。

 

「ますたーってのは、なんだ?」

「えっと、契約したサーヴァントを使役する役職ですね」

「さーばんと?」

「森君やジャンヌみたいに人理に刻まれた英雄のことで、世界の危機に立ち向かうために一時的に力を借りているんです」

「つまり、なんだ? 勝蔵が人理に刻まれた英雄かよ?」

「なんだ、大殿。悪いか?」

「いや、勝蔵なら無理もねぇよ」

 

 信長は投げやりな口調で言ったあと、再び思考の海に沈んだ。

 自分の見た限り、藤丸立香は人を指揮できる人間には見えない。かるであなる場所にいたときから観察しているが、やはり人を束ね、上に立つ人間には見えないのだ。

 

 むしろ、会話の節々からごくごく一般的な人間であることが分かってしまう。

 

 いや、一般的な人間にしても「ぬるい」。

 

 

「ふふ、信長さん」

 

 信長を思考の海から引き揚げたのは、ジャンヌだった。

 

「うわっ、と。なんだよ?」

「いえ、私も自己紹介をしていないと思いまして。私はジャンヌ・ダルク。ジャンヌとお呼びください」

「じゃんぬ……じゃんぬ……?」

 

 どこかで聞いたことのある名前のような気がする。

 ルイス・フロイスあたりから聞いたのだろうか。

 

 しかし、これ以上の思考に耽る時間は与えられなかった。

 

 

「ノッブ!」

「ノブノブ!!」

 

 木々の茂みからちびノブが飛び出してきたのだ。

 十数体の小さなノブと家屋ほどの大きさがあるノブが一体。立香が口を開く前に、長可とジャンヌが彼女の前に躍り出た。

 

 

「森くん、ジャンヌ、お願い!」

「ひゃーっははははは!根切り撫で斬り皆殺しだぁ!」

「行きます!どうか、主の御加護を」

 

 長可が槍を振り回し、ジャンヌは旗を掲げた。

 

「信長さんは、後ろで下がっていてください」

「……ああ、そうさせてもらう。あんたの采配、しっかり見させてもらうぜ」

「き、緊張する……」

「大丈夫ですよ、マスター」

 

 立香の顔が強張ると、ジャンヌが朗らかな笑みを向けてきた。

 

「マスターはいつも通り、指示をお願いします」

「おうよ、殿様。どの大殿から殺せばいい?」

 

 ジャンヌと長可の言葉からは全幅の信頼が感じ取れる。

 立香はまっすぐ前だけを向くと二人に指示を飛ばした。

 

「森君に任せるよ。ジャンヌ、他のサーヴァントの気配はある?」

「いえ、この近辺にはありません」

「分かった。森君の援護をお願い」

「はい、お任せを!」

 

 長可がちびノブに切り込みにかかると、その背中にジャンヌも続いた。彼女は旗を軽く手の中で回すと、柄の部分でちびノブを押し倒す。長可に比べ、武術としては甘い攻撃だが身体能力は抜群に高い。腰の剣を抜くことなく、旗だけで戦い抜いている。

 

 藤丸立香は彼らの戦うさまを見守り、拳を握りしめていた。

 

「しゃあ! これで最後だぜ!」

「ノブェ……!」

 

 長可が最後のちびノブを切り終えるまで、五分もかからなかった。

 

「おいおいおいおいおい!この程度で死んだらつまんねぇだろが! たった9点しか稼げなかったぜ」

「お疲れ様、森君。ジャンヌもありがとう。二人とも怪我はない?」

「問題ありません。かすり傷も負いませんでした」

「よかった……」

 

 藤丸立香はほっと胸をおろした。

 

「……まあ、悪くない采配じゃねぇか?」

 

 信長は立香に言葉を送った。

 

「本当? 良かった」

 

 立香は嬉しそうに微笑んだ。

 

「しかし、このナマモノがこんなところにも現れるとは……廃城へ急ぐか」

 

 信長は淡々と彼女を見返すと廃城へ足を進ませる。

 

 先程の言葉、嘘ではないが、真実とも違う。

 戦素人の娘にしては及第点、といったところだ。

 決して名将の采配ではない。だが、落第でもない。私が私がと前に出っ張らず、各々の個性を理解し端的な指示を飛ばしていた。そして、兵が勝つことを信じていた。これは誰にもできることではない。

 

 

 とはいえ、名将ではない。

 

 

 たとえば、彼女は自らの駒を全て戦いに向かわせた。

 彼女は気づいていないのだろうか。

 あのとき、背中は完全にがら空きだった。万が一、伏兵がいたらと考えていなかったのだろうか。それとも、まさか織田信長が守ってくれると幻想を抱いていたのか。

 まさか、自分の身は自分で守るつもりだったのか。

 

 剣を握るような手ではなく、筋肉の付き方も庶民に毛が生えた程度なのに。

 

 

 もちろん、強敵相手ではなく、あの程度の雑兵故の采配だったのかもしれない。

 

 

 

 

「ん? この臭い……!?」

 

 信長は漂ってきた火薬の臭いに目を疑った。

 明らかに廃城の方から漂ってきている。あの場所では火薬を作ってはいるが、火をつけるような真似は絶対にしない。

 

 小娘の采配について考えている場合ではない。

 信長はすぐに頭を切り替えると、地面を蹴った。軽く走るつもりだったが、サーヴァントなる肉体のおかげだろう。自身の身体よりもずっと一歩が長く、風になったような感じだった。

 

 

「ま、待って、信長さん!」

 

 

 後ろから藤丸立香の呼ぶ声が聞こえたが、足を止めている場合ではない。

 森を抜け、廃城が見えてきた。

 

「守れ! 絶対に守り抜くんだ!」

「ノブナガさんたちには使いを送った! もう少しの辛抱だ!!」

 

 廃城から怒声が聞こえてくる。

 エルフの若い衆が矢を握り閉め、城の向こう側の敵と戦っているらしい。

 

「おい! どうした!?」

「な、新手か!?」

「ちげーよ! 俺は信長……っく、あーもう、オルテからの使いだ! 一体、なにが起きた!?」

 

 信長は忌々しそうに舌打ちをする。

 身体は女、心は織田前右府信長と叫んでも信じてもらえまい。もっともそれらしい言葉を訴えてみたが、案の定、エルフたちは困惑していた。

 

「オルテから使い!? それにしては早すぎないか!?」

「別件で来たんだよ。廃棄物か!?」

「い、いいえ。廃棄物ではない、と思うのですが……」

 

 エルフが戸惑っている間に、立香たちも追いついた。立香の足は人並みだからか、長可に米俵のように抱えられていた。

 

「その者たちは?」

「俺の仲間だよ。漂流者の仲間だ!

 それで、廃棄物じゃないなら誰が攻めてきた!? オルテの残党か?」

 

 信長が迫れば、そのエルフは一瞬悩む。

 だが、背に腹はかえられないと判断したのだろう。エルフは顔を引き締めると、信じられない言葉を叫んだのであった。

 

 

 

 

「実は『オダ・トヨトミ・ゴールデン連合』と名乗る者たちが攻めてきたんです……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作にオリジナルサーヴァントを出す予定はありません。


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2話 織田・豊臣・ゴールデン連合

「織田・豊臣・ゴールデン連合だとぅ?」

「うわぁ……」

 

 信長が愕然とするのに対し、藤丸立香は諦観していた。

 

「おい、藤丸。お前、心当たりがあるのか?」

「たぶん、信勝君と茶々さんとゴールデンだと思います……」

「茶々……って、あの茶々か? お市の娘の!?」

 

 信長は目を白黒させた。

 「信勝がサーヴァントかよ、英雄判定がばがばだな」と思っていたが、まさか市の娘まで英雄とは信じられなかった。もちろん、本能寺の時点で、市に夫はおらず、豊久の話の通りなら織田は完全に没落した。後ろ盾のない未亡人となった妹の市が良い人生を送れたはずはないと思っていたが、末の姪っ子が英雄となるとは……。

 

 世の中、どうなるのか分からないものだ。

 

「つーか、豊臣ってなんだよ。随分、大層な家名だな。そこに嫁いだのか?」

「え、豊臣知らないんですか?」

「知らねぇよ、そんな偉そうな家名」

「あー、そういうことか」

 

 長可が納得のいった顔をする。

 

「殿様、こっちの大殿は英霊じゃねぇ」

「……そっか、なるほど」

 

 長可の言ったことに、藤丸立香は納得する。ジャンヌの方も彼の説明を理解したのか、小さく嘆息した。

 

「私たちサーヴァントは自分の生きた時代よりも先の未来の出来事を識ることができますが、ここの信長さんは違います。私はトヨトミのことを詳しく知りませんが、きっとそういうことなのでしょう」

「お前たち、なに勝手に納得してんだ?」

「つまり、茶々さんが嫁いだのは――、っと」

 

 藤丸が答える前に、廃城が揺れた。

 一際巨大なノブが三匹、城に拳を打ち込もうとしたからだ。ちょっとした小屋ほどの拳を受けたら、確実に城が崩壊してしまう。

 

「っ、つべこべ言っている場合じゃねぇ。おい、藤丸。あとで詳しい話を聞くぞ」

「は、はい! ジャンヌ、お願い!」

「主の御業をここに!」

 

 ジャンヌは鋭く返事をすると、旗を手に奔った。

 軽快に城壁の縁に飛び移り三匹の巨大ノブの前に立つ。城ほどのサイズの巨大ノブの前では、ジャンヌなど小さな点のようにしか見えない。彼女の旗も腰に差した細身の剣も小枝にも等しい。ノブたちの拳の前ではちっぽけな小娘など襲るに足らず。彼らは警戒することなく、巨大な拳をジャンヌに振り下ろそうとした。

 

「あの娘だけで大丈夫なのか!?」

 

 しかし、織田信長の心配は杞憂に終わった。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!『我が神はここにありて』!」

 

 金髪の聖女は宣言する。

 するとどうだろう。彼女の白い御旗が神々しいまでの光に包まれ、金砂が零れ落ちる。零れ落ちた金色の光は瞬く間に廃城を覆い、ノブたちの拳を弾き返した。

 

「森君!」

「おうよ、殿様!」

 

 長可は狂気の迸る目を爛々と輝かせると、攻撃を弾かれ戸惑うノブたちに襲いかかった。城ほどのサイズのノブに対し怯むことなく、槍をぐるりと回転させる。光の壁を跳び越え、ノブたちの頭上に躍り出ると、にたりと笑った。

 

「ひゃはっー!!」

 

 まさに、一刀両断。

 槍の穂先が異様な音をたてながら回転し、ノブの頭上から腹にかけて分断する。あまりにも異様な強さを見て、ノブたちは唖然と佇むしかない。攻撃も防御も考えることができない、わずか一秒だけの思考中断。その一秒が言葉通りの命取りとなった。

 ただ動きを止めたデカ物など、大きすぎる的も同然。

 

 

 戦場を恐怖に陥らせた狂戦士、森長可の敵ではなかった。

 

 

「なんという力だ……!」

 

 織田信長は愕然とした。

 自分の知る森長可よりも百倍強い。不自然なまでに強化されている。藤丸立香たちの世界では、この強さが標準だったのだろうか?

 それとも、サーヴァントとやらになってから強化されたのか。

 そのあたりは理解できないが、きっとあの森長可なら銃弾の雨でも生き残ると確信した。長篠の戦を再現したとしても、鉄砲の蹂躙をかいくぐって本陣に切り込むはずだ。

 

「……欲しい」

 

 信長の口から願望が零れる。

 森長可の驚異的なまでの強さ、そして、ジャンヌなる娘の盾の力。彼女は廃城を守るだけに使っていたが、もっと戦に効果的に転用できる。

 

 オルミーヌが以前使っていた壁の魔法や安倍晴明たちの通信用水晶のように。

 

 異世界の英雄たち。

 その力があれば、国盗りはもっと楽にできる。あの力を活用すれば、廃棄物たちとの戦の勝算が飛躍的に上がる。

 

 

 だが、彼らは自分の部下ではない。

 

 

「信長さん、どうかしましたか?」

 

 藤丸立香の配下だ。

 

「いや、なんでもねぇよ。ほら、行くぞ」

「え、行くって……?」

「敵の首領が逃げる前に捕獲しねぇでどうする」

 

 みたところ、雑兵はいない。

 すべて、ちびノブなるナマモノで固めていたようだ。遠目から見ても、首領と思われる三人を守る兵はいない。

 

「そうですね。少なくとも、金時は話を聞いてくれるはず」

「そうか、なら交渉はお前に……ん、金時?」

 

 すごく聞き捨てならない言葉を拾った気がする。

 だが、それを問い返す前に、藤丸は動き出した。

 

「ジャンヌ、ありがとう。そのまま城を守ってくれる?」

「はい、もちろんです」

 

 ジャンヌは真摯な声で答えた。

 光の城壁の形成に集中しているらしい。信長の目には彼女が額から汗を流しているのが見える。あの技は余程、体力を使うとみた。明らかに人の理を外れた力を手にした代償、というのだろうか。

 

「信勝君、茶々さん、金時!」

「お、大将――」

「あー、出たな! 姉上の偽物!!」

 

 黒い硝子のような細工物で目を隠した金髪の青年がにやっと笑い、何かを言おうとしたが、それを遮ったのは信勝だった。

 

「姉上の至高なる身体を勝手に奪うとは! 外道な痴れ者め! 姉上に返せ!」

「言われなくても、返すに決まってるだろ。女の身体はしっくりこねぇんだ」

「なんだと!? 姉上の身体を侮辱するのか!?」

「侮辱なんてしてねぇよ!

 だいたい奪ったつもりもねえし」

「ふーん……」

 

 信長が異世界の信勝に言い返していると、小さな娘の視線に気づいた。この身体と信勝の身体を足しで二で割り幼くしたような少女は、ちょっとだけ眉を持ち上げる。

 

「伯母上の魂がおっさんになったって聞いたけど、本当だ。言われて見たら、口調とか全然違うかも! これには殿下もびっくり!」

「伯母上……ってことは、お前、まさか茶々か!?」

 

 英雄になった時点で半信半疑だったが、ここまで幼いとは思ってもいなかったのだ。

 

「信勝君も茶々さんも金時も、どうしてここに?」

 

 藤丸立香が尋ねると、茶々は悪戯っぽく笑った。

 

「信勝叔父上が『特異点に伯母上の魂を探しに行く!』って言うから、茶々も付いて行くことにしたの。

 茶々は忘れないんだから。帝都の時、茶々がプリンを食べに行っている間に全部終わったなんて……幸村君激怒の真田丸案件な過ちを繰り返さないため、茶々は叔父上の味方となったのだ!」

「……で、ゴールデンは?」

「こいつらが勇士を集っていたのさ」

 

 金髪の青年も楽しそうに答えた。

 

「だいたい、二人だけ特異点に行くのを見過ごせねぇよ。

 書文の旦那も誘おうとしたんだが、ウルフたちと模擬戦闘する約束があるとかで来られねぇってさ」

 

 つまり、引率である。

 

「織田・豊臣・ゴールデン連合は?」

「僕の作戦です」

 

 信勝が自慢気に鼻を鳴らした。

 

「織田と名乗れば、本物の姉上なら気づいてくれるはず。こいつみたいに姉上の身体を乗っ取った偽物も釣れるかもしれないと思いまして」

「茶々は織田だったけど、いまは豊臣だから、織田・豊臣連合にしたの!」

「それだと俺が除け者だろう? だから、織田・豊臣・ゴールデン連合だ!」

 

 三人ともドヤっとしているが、信長は頭が痛くなった。

 

「ゴールデンって、響きが良いよね! 茶々も殿下も金は大好き!」

「…………はぁ、全員本気で言っているところがすげーな」

「どうだ、姉上の偽物! 僕の凄さを思い知ったか!」

「はいはい、すげーな」

 

 信勝と茶々だけなら良いが、坂田金時まで便乗しているのが更に質が悪い。

 信長は子どもの頃から源頼光と坂田金時の伝説を聞き育ってきた。だが、まさかこんなに頭悪そうな名前に乗っかったり、日本人とは思えぬ奇抜な髪型と服装をしていたりするとは想像すらしなかった。

 

 

 異世界、おそろしや。

 

 

「さあ、偽者! 姉上の身体から出ていけ!」

「信勝、刀を振り回すな。身体を傷つけたところで、魂が入れ替わるとも限らねぇし、この身体が死んだら魂戻ってきたところでお陀仏だろ?」

「んな……!?」

 

 信勝は失念していたらしい。彼は悔しそうに唇をかみしめると、親の仇を見るような目つきで睨んできた。信長は身体がかゆくなった。

 信長自身、信勝から怒りと軽蔑の視線を向けられることには慣れていたが、異世界の信勝は信長が信長の身体を乗っ取ったことに怒っている。つまり、自身の姉信長のために怒っているのだ。非常に複雑な気持ちである。信長がぐぬぬとうなっていると、立香が話しかけてきた。

 

「信長さん、この世界の信長さんの身体はどこにありますか?」

「ん、ああ、そりゃ、オルテ帝国の首都だ。廃城からなら道程が分かる。馬を借りて道案内を――」

 

「その必要はありません」

 

 精悍な声が、信長の言葉を遮った。

 信長には聞き覚えのある声だったが、藤丸や信勝たちにとってみれば初見の声だ。信勝以外の者たちは声の主に視線を向ける。

 声の主は馬の荷台から軽快に飛び降り、さっそうと近づいてきた。

 

「オルミーヌから信長さんがおかしくなったとの報告がありました。

 信長さんの女発言、誰も覚えていないような態度、そして、廃棄物のような異能力を操り、謎の生物を殲滅したと」

 

 白い服の青年、安倍晴明だ。

 後ろに異国人の二人を引きつれ、こちらに向かってくる。

 

「貴方たちの異様な力が廃棄物のものかと思いましたが、私たちと同じく漂流者のようですね。

 しかも、信長さんの心と体が入れ替わっているとは……」

「おい、晴明。お前の術でなんとかできねぇのか?」

「お二人が近くにいればなんとかなるかもしれませんが……」

「晴明?」

 

 これに反応したのは、自称金時だった。

 晴明は怪訝そうに、傾奇者の自称金時を見上げた。

 

「はい。申し遅れました。私、十月機関の漂流者。安倍晴明です」

「おお! 晴明か! この世界の晴明からもビッグなオーラを感じるぜ!」

「ええと、失礼ですが名前をお聞きしても? 戦闘は全部見ることができたのですが、会話は最後の方しか聞くことが出来なくて……」

「お、悪い悪い。オレの名前は坂田金時。オレのことはゴールデンと呼んでくれ!」

「…………はい?」

 

 晴明は固まった。

 目が点になっていることにお構いなしに、金時は旧友にあったかのように言葉を続ける。

 

「しっかし、その服……けっこうイカすじゃねぇか! オレ的には、もっとゴージャスな飾りをつけたり、腕にゴールド巻いたりするのが良いと思うが、好みは人それぞれだ。

 こっちでもよろしく頼むぜ、晴明!」

「…………貴方、本当に金時ですか? 髪が金だから金時ではなく?」

「お? いや、この髪は地毛だぜ? ほら、まさかりだって持ってる。ベアー号だってある!」

 

 金時はにぃっと楽しそうに笑うと、何もない空間から二つの物体を取り出した。

 ひとつは、斧の形をしたもの。「言われてみれば斧」という形状の物体を自慢げに掲げ、もう片方の手で二つの歯車がついた黒い乗り物を叩いた。

 

「見ろ。俺のまさかりとベアー号だ!」

「「絶対に違う!!」」

 

 信長と晴明の声が重なり、廃城を震わした。

 特に晴明は顔見知りのはずの男との差異に戸惑いが隠せない。普段は取り乱さないはずの晴明が愕然と表情を崩し、金時に詰め寄っていた。

 

「まさかりも問題ですが、そもそも、ベアー号とはなんでしょう?」

「ん? そっちの俺は持ってねぇのか? 俺の伝説といったら、ベアーだろ! 足柄山の熊のことだ、イカしてるだろ?」

「はぁ、クマですか……くま……熊!?」

 

 さすがの晴明も思考が一瞬停止したかのように言葉を繰り返す。が、事実を理解すると目を白黒させながら叫んだ。一方の、金時は馴染みの男の驚く様子が面白かったのか、ますます笑みを深める。

 

「ははは! 晴明の驚く顔を見るのは新鮮だな! だが、残念だぜ……そっちのオレはゴールデンかっこいいセンスがない男だったのか?」

「当たり前でしょう……金時は貴方みたいに奇天烈な傾奇者では……いや、私の知っている金時も……」

 

 晴明は言い返そうとしていた口を閉ざし、目を逸らした。

 それに気を良くした金時は、ますます口調熱く晴明にベアー号の素晴らしさを語り、そちらの世界の自分について根掘り葉掘り聞き始めた。

 

 信長は彼を遠巻きに見ながら、呆れたように呟くしかなかった。

 

「……足柄山の金時があんな男だったとはな……」

「まあ、そうだよね……最初は驚くよね……」

 

 信長は立香の嘆息交じりの言葉を背で感じながら、つくづく思う。

 

 

 城を覆いつくす光の壁を作る少女。

 血を吸うことを喜びとするような狂戦士。

 信長を慕い崇拝する(女信長を)裏切る要素ゼロな信勝。

 妹の子で戦闘力皆無そうなのに、なぜか英雄になってる茶々。

 

 そして、違和感の塊な坂田金時。

 

 

 

 おそろしや、異世界。

 

 

 

 

 

 一方。

 

「うーん、はぐれた」

 

 ビリー・ザ・キッドは肩の力を落とした。

 うだるような森の中を進めど、サーヴァントの気配はおろか人すらいない。

 

「こういうときは、アウトローの出番だと思ったんだけどな。マスターが一人になっていないといいが」

 

 もちろん、自分のマスターは一人で放り出されて泣いて叫んで敵に屠られる人間ではない。

 一人でも行動することができるだろうが、ここは未知の特異点。

 シュミレーターではなく、一人で行動するにも限界がある。一刻も早く合流し、護衛する必要があった。

 

「ん、これは……!?」 

 

 

 ビリーは目を疑った。

 木々の葉擦れから鉄の塊が見える。深緑色なので木々なかに隠れていたが、彼の目を誤魔化せなかった。

 

「たしか飛行機、だっけ?」

 

 カルデアのアーカイブで見た情報を想起する。

 実際に見たことはないが、人を乗せて空を飛ぶ移動手段。知識としては知っていたが、前触れもなく目の前に現れるとあまりの巨大さに目が奪われてしまう。

 

「凄いな……エジソンやテスラだったら嬉々として調べ始めるのだろうけど」

 

 ビリーはガンマンだ。

 科学者ではない。だが、興味は惹いた。これまで森にはなかった明らかな人工物。木々を軽く払い、情報を得られないかと機体に歩み寄る。

 

「プロペラ。時代的には、マスターより少し前の時代のものかな。

 基本的に緑色だけど、赤い丸の中に15。赤い丸だから日本製?」

 

 尾の方に、A343-15と黄色い文字が刻まれている。

 この15は赤丸の15と同じ意味だろう。

 

「15番目だったら嫌だな。これが15機もあることになる。……この銃なら撃ち落とせると思いたい」

 

 この機体の主に会った時は、敵対しないようにしよう。

 そう思った、直後だった。

 

「誰だ!」

 

 背中に殺気を感じ、ビリーは素早く銃を抜いた。

 

「んだてめぇ、俺の愛機に触るな、バカヤロウ、コノヤロウ!!」

 

 

 犬人間を引きつれ現れたのは、がらの悪い日本人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 カルデアの者

「えっと、君は日本人?」

 

 ビリーは銃を収めた。

 かといって、完全に敵意を解いたわけではない。敵意を見せないために収めただけだ。いざとなったら、西部屈指のガンマンの早撃ちが披露することになるだろう。

 

「あぁん?」

「いや、君の服に書かれた文字が日本語のような気がして」

 

 ビリーが指をさすと、日本人の青年は自身の服に刻まれた名札に目を落とした。

 

「んだ、コノヤロウ。日本語、読めるのか?」

「多少はね。えっと、すがの、なおさん? 僕はビリー――」

「バカヤロウ! かんのなおしだ! 菅野直!

 テメェ、西部劇丸出しのカッコだが、どこのカイジンだ? アメリカだったら蹴る!イギリスでも蹴る!」

「えっと…………………カルデア、かな」

 

 ビリーはしばらく黙った後、答えてみた。

 嘘ではない。カルデアから来たアメリカ人だ。

 

「オーイエー! カルデア!!」

 

 菅野はハイタッチを求めてきたので、ビリーも左手で応じる。

 

「いえーい!」

「カルデア? とっくに滅んだ国の名前じゃないか」

 

 一方、ぶつぶつ言いながら、疲れた表情の男が現れる。白い布で身体を優雅に纏った男だ。まるで、ローマ人のような服装をしている。

 一方は日本人。一方はローマ人。

 服装からして時代は絶対に違う人間だ。おまけに、彼らの周りにいるのは犬の獣人。二人の存在も異質だが、彼らを囲むのは全員が犬の獣人だった。

 おそらくは、犬の獣人の部族の村に菅野直とローマ人が食客として招かれているのかもしれない。

 

 そして、犬獣人といえば一つの仮説が浮かびあげる。

 

 

「ナオシ、ここはロシアかい?」

 

 

 ビリーは問うてみた。

 藤丸立香が最初に攻略した異聞帯。自分が召喚されたと聞いて、詳細なデータを確認したことがある。過酷な環境下で生き残るため、人間は犬獣人に姿を変えることにした世界だったそうだ。

 

 今回の特異点は、ロシア異聞帯の名残が影響しているのだろうか?

 そう思って尋ねてみたが、菅野は意味わからねえと首を傾げた。

 

「はぁ!? カルデア人、どこに雪があるってんだよ!? つーか、ロシアじゃねぇだろ、ソビエトだろ、バカヤロウ!」

「うーん、だよね!」

「ソビエトってどこだよ、ロシアってどこだよ。そんな国ねぇよ」

「ところで、貴方は? 日本人ではなさそうだけど?」

 

 ビリーはローマ人に問いかける。

 すると、ローマ人は少しだけ落ち着いたような顔になった。

 

「顔が平ったくない奴は安心する……ごほん、私はスキピオ。スキピオ・アフリカヌスだ」

「スキピオ……スキピオ・アフリカヌス!?」

 

 ビリーは衝撃を受けた。

 生前の彼は知らなかったが、いまは英霊。時空を超えた知識が与えられている。故に、最初は馴染みのない名前だったが、すぐにぴんっと来たのだ。

 

「まさか、古代ローマの!?」

「スキピオ、誰だよそれ。つーか、始めてお前の名前聞いたわ。ローマならカエサルとか連れて来いよ」

「何度も言った! 何度も言った! もうやだ、この蛮人……!」

「ま、まあ落ち着いて。

 でも、おかしいな……君もサーヴァント?」

「さーばんと、なんだそれは?」

「ううん、知らないなら良いんだ」

 

 明らかに時代の違う二人がいるので、サーヴァントかと疑ったが気配がまるで違う。

 アサシンのように気配遮断が使えるなら話は変わってくるが、スキピオに暗殺の逸話はない。ここが異聞帯で別の歴史を辿った場所なら話は変わってくるだろうが、2人の表情からしてそれはなさそうだ。

 

「僕は人を探しているんだ。そのなかには、君と同じ日本人もいる」

「名前は?」

「一人は僕の一番大事な人なんだ。

 藤丸立香。オレンジ色の髪の女の子だよ」

 

 マシュの名やジャンヌの名前も言おうと思ったが、この日本人にとって外国人の名を出すことは危険だ。スキピオに対する態度から見てもわかる。

 菅野の反応や様子を見ながら、マシュやジャンヌといった外国系の名前は慎重に小出しするべきだろう。

 そう判断すると、まず日本系サーヴァントの名前から言うことにした。

 

「他には、織田信長という女の子かな」

「はぁ!?」

 

 菅野はあんぐり口を開ける。何かまずいことでも言ったか、と焦っていると、菅野はずんずんとこちらに歩みを寄せてきた。

 

「織田信長が女のわけねぇだろ!? つーか、とっくの昔に死んでらぁ!!」

「空神様! オルテ軍が攻めてきました!」

 

 獣人が駆け寄ってくると、菅野は反転した。

 

「よし、てめぇら! ブッ飛ばすぞ!」

「……作戦考えるの俺なんだけど、はぁ……ローマに帰りたい」

 

 菅野と獣人たちが勢いよく走り出し、とぼとぼとスキピオが続く。

 

 

「ごめん、マスター。合流するまでに時間がかかりそうだ……」

 

 

 ビリーは空に向かって呟くと、彼らの後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 オルテ首都。

 

「先輩! 先輩!?」

 

 紫髪の少女が必死になって人を探していた。

 マシュ・キリエライトだ。レイシフトしてみると、一人で街中に佇んでいたのである。サーヴァントの気配はなく、薄ら寂れた街だった。建物は立派だが、激しい戦いがあったのかいたるところが破損している。人々の顔に覇気もなく、おそるおそる遠巻きに見られていた。

 

 

 おまけに、巨大な空中都市が浮かんでいる。

 

 

「ここは、一体……?」

 

 藤丸立香との魔力契約は繋がっているのを感じた。

 だが、どこにいるかまで詳細の場所は分からない。藤丸側が一人取り残されることは経験しているが、マシュが一人で取り残されたのは初めてだった。

 

「通信も起動しない」

 

 心に隙間が生じる。

 だが、こんなときに藤丸立香なら前を向いて諦めずに自分のできることを探すはずだ。マシュはぱんっと頬を叩くと、とりあえず話を聞けそうな人を探すことにした。

 

「あの、すみま――」

「ひぃ! 漂流者!」

 

 マシュが近づくと、人は逃げてしまった。

 

「どりふたーず?」

 

 マシュはきょとんとする。

 はてと首を傾げる。日本お笑い系のアーカイブ動画にそんな名前があった。だが、そのなかに女性は誰もいなかったはずである。

 

「誰かに間違えられているのでしょうか?」

「う、うわぁー!」

「悲鳴!?」

 

 マシュは悲鳴の方向に走り出した。

 

「ノブ!」

「ノブノブ!!」

 

 ちびノブたちだ。

 逃げ惑う人々に襲いかかっている。マシュは人々の前に飛び出ると、使い慣れた盾でちびノブたちを薙ぎ倒した。

 

「はぁっ!」

「ノブ、ノブノブ!!」

 

 しかし、次から次へと沸いてくる。

 七つの特異点や四つの異聞帯を踏破して来た腕前は伊達ではなく、後ろから攻め来るノブには回し蹴りをし、その勢いで盾を回転させ周囲のノブたちを一網打尽にする。

 

「あと、五匹!」

 

 しかし、遠くに構えている。

 盾が届かないほどの距離で銃を構え、一斉に射撃した。マシュは盾で防ぐ、が、ちびノブの習性を忘れていた。ちびノブは空間転移する。銃撃を終えると姿を一度地中に潜め、数秒と経たずにマシュの目と鼻の先まで移動して来たのだ。

 

「しまっー」

「――!」

 

 が、ノブたちの首が五匹同時に切り取られる。

 

「え……?」

「女が何故、鎧ば着こんで戦場んおる?」

 

 赤い若武者がいた。

 日本刀を持っているので日本人なのだろうが、胸に十文字が刻まれている。キリスト教徒なのだろうか、と思いながら、マシュは口を開いた。

 

「マシュ・キリエライトと言います。織田信長さんを元に戻すために来たのですが、信長さんをご存じでしょうか?」

「信を?」

「はい!」

 

 マシュが尋ねると、若武者はじっとこちらを見据える。

 

「来い。様子が変じゃて思うちょったんだ。せーはいがなんとか」

「聖杯ですね! 私の知っている信長さんです!」

 

 良かった、と安堵した。

 藤丸たちは見つからないが、ひとまず信長と接触することはできたそうだ。あとは、一緒にはぐれた皆を探すだけである。

 

「ところで、えっと……貴方は?」

「島津。島津豊久」

「トヨヒサさん、あの空に浮かんでいる城は……?」

「知らん」

 

 豊久は即答した。

 マシュは歩きながら、もう一度空を見上げる。見た目的には、セミラミスの空中庭園と似ていた。だが、全体的な意匠が日本風だ。一瞬、悪名高きチェイテピラミッド姫路城を思い出したが、チェイテ城自体は動かない。それに、エリザベートが動き出すのはハロウィンと決まっている。夏は終わったが、時期的にハロウィンにはまだ早い。

 

 それに、エリザベートが信長の精神を弄る理由が分からない。

 もっとも、彼女に常識を求める方が間違っているのかもしれないが。

 

「あ、トヨさんお帰りなさい! その人は……?」

 

 耳長の青年が不思議そうに見てくる。

 

「信のこと調べに来た女」

「マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします!」

「マシュさんですか。と、とにかくこちらに。今、上で大変な騒ぎになってるんです!」

 

 青年に案内され、マシュは城に足を踏み入れた。

 まるで、エルフのように耳が長い青年だ。もしかすると、ここは特異点ではなく、ロシア異聞帯のように人間が姿を変えた異聞帯なのではないかと。

 しかし、目の前の島津豊久からサーヴァントの気配は感じない。

 

 マシュが頭を悩ませていると、上の階から叫び声が聞こえてきた。

 

「だーかーら! わしは知らないと言っておろう! そりゃ、魔王信長って名前には心あたりあるが、あいつは滅びたはずだし、そもそも、なんちゃらって箱の中の話だし!」

「意味わからないこと言ってんじゃないわよ! この非常事態に! というか、なんでいきなり廃棄物的な技を使えるようになったわけ!? あんた、本当は本能寺で焼け死んだんじゃないでしょうね!?」

「死んだに決まっておるじゃろう!? 死んでなかったら、もっと天下布武してたわ! あー、もう! とにかく!

 わしは魔人アーチャー、第六天魔王信長その人だっての! それが、どういうわけかイケメンダンディなおっさんの身体になったってことだわい!」

「そこが意味わからないって言ってるの!

 なによ、魔人アーチャーって! なによ、女信長って! ラノベじゃないのよ!?」

 

 壮年の男性の声と女口調の男性の声が響いてくる。

 そのなかに、聞き覚えのある単語をいくつか拾うと、マシュは自分の表情が綻ぶのを感じた。

 

「あの話し方……私の知ってる信長さんですね!」

 

 マシュは階段を駆け上ると、開けっ放しの大扉を覗き込んだ。

 壮年の男性とメフィストフェレスのような顔の男性が口論している。エルフらしき人々と黒髪の美少年、眼鏡の巨乳少女が遠巻きに眺めていた。

 

「信長さん!」

 

 マシュが声をあげると、ぴたりと論争が止まる。

 メフィスト顔の男は「だれ、あんた?」と言いたそうな顔をしていたが、眼帯の男性はマシュを見た途端、ぱあっと顔が華やいだ。

 

「おお、マシュ! マシュではないか!!」

 

 男性は嬉しそうに駆け寄ると、マシュに抱き着いた。

 

「ちょ、信長さん!?」

「助かったー! いや、わし一人でもなんとかなるとは思ったんじゃが、救援が来ると嬉しい! というか、わしの身体は? わしの身体は無事なの!?」

「お、落ち着いてください」

「マシュ、一人だけか? マスターはどうした、マスターは? というか、わしの一大事だというのに、沖田の奴は来ないのか!?」

 

 信長はマシュを離すと、きょろきょろ辺りを見渡した。

 

「すみません、こちらに来るとき先輩たちとはぐれてしまって……それから、信長さんの身体の件ですが、信長さんの身体には別の信長さんが入っているようなのです。

 たぶん、その身体の信長さんかと」

「……なに、本当に入れ替わったってこと?」

 

 メフィスト顔の男が大きな息を吐いた。

 

「信じられない……映画みたいな話ね」

「うむ、尾張で大ヒットした映画『わしの名は』みたいじゃな」

「あんたの時代に映画なんてないでしょう……?」

「あ、あの、説明します。でも、その前に……あの空中都市は?」

 

 マシュが尋ねると、眼鏡の美少女が口を開いた。

 

「えっと、魔王信長と名乗る者の城らしいのですが、現状なにも……でも、あれが現れてから外部との通信が遮断されているんです」

「街の外には出られんかった」

 

 マシュの後ろから豊久が言った。

 面倒くさそうに頭を掻きながら入室すると、大きく息を吐いた。

 

「ちびノブやったか? 市中うようよしちょる。

 あいつらは斬ってん、いっき消滅す。手柄首にならん」

「外には出られない……? 通信障害でしょうか? 私の通信機も使えなくて」

 

 マシュは通信機の不調の原因に気付く。

 あの空中都市さえなんとかすれば、カルデアと交信することができるはずだ。藤丸立香たちと連絡を取ることができるかもしれない。

 

「大師匠様なら信長さん同士を入れ替えることができるかもしれません」

「その方はいまどこに?」

「廃城へ一旦出向くと。そこで異変が起きたらしくて。でも、その後、通信が……」

「決まりじゃな!」

 

 信長は拳を掌にぶつけた。

 

「魔王信長の首を取る! それから大師匠とやらに会って、わしの身体を元に戻す!!」

「なにあんたが指揮ってるのよ」

「信……じゃなくて、女信? 空中庭園にどうやって攻め入るの?」

 

 片目隠れの美少年が手を挙げた。

 

「エルフの跳躍力でも、まったく届かないところだよ?」

「あ……」

 

 信長は固まった。

 うぐぐ、とうなりながら対策を考え込み始める。だが、すぐに思いつかないらしく、しばらく時間がかかりそうだ。その様子を見て、顔白塗りのメイクを施した男がマシュに目を向けた。

 

「それで、貴方はどこから来たの?

 女信長なんて私の知っている歴史にはいなかったわ。平行世界?」

「そのあたりは分かりませんが、カルデアという組織に属しています」

「カルデア……? バビロニアの王朝のこと? まさか、北壁ではないでしょうね?」

「北壁は分かりませんが、バビロンの王朝から名前をとった組織です。正式名称は人理継続保障機関と言います」

 

 

 マシュは問いかけを皮切りに、自身の所属する組織の仕事内容について語り始めるのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 オルテ上空、空中都市。

 

 

 玉座の間には、赤髪の女性が座っている。

 玉座の階段の前では、六人のサーヴァントが横一列に並び、ひれ伏していた。

 魔王信長がこの世界を手中に収めるため、召喚したサーヴァントたちだ。ここに茶々がいれば「叔母上の七本槍だネ!」とか命名しそうなものだが、その言葉はとある人物たちにとって地雷となるので、ここでは「新織田七大将」と呼ばれている。

 

 しかし、

 

「一人、足りぬな。たしか、キャスターの……」

「申し訳ありません」

 

 中央に跪く壮年の男が口を開く。

 

「奴は先兵として走らせました。先手必勝という言葉がございます」

 

 壮年の男は語り続けた。

 

「斥候を通じ、首都の勢力は判明しました。

 サーヴァントはシールダーの小娘だけ。あとは人間と亜人のみ。ともなれば、首都よりも他の拠点を攻め落とすのが得策かと。

 サーヴァント排除後は、廃棄物とやらとの戦いにも備えねばなりません」

「分かった。光秀、その手筈で進めよ」

「はっ!」

 

 光秀が短く答えれば、魔王信長は深々と頷いた。

 

「ところで、先兵はどこに向かわせたのか?」

「オルテ近郊の廃城です。エルフの子どもたちに興味があるようで、焚きつけたら喜び勇んで出陣しました」

「エルフか、なるほど」

 

 魔王信長は息を吐いた。

 

「というか、光秀。お前の私怨ではないか? あやつ一騎で何かできるとは思えぬのだが」

「問題ないでしょう。そのときには、すぐに後続部隊を派遣させますので」

 

 光秀は何食わぬ顔で答える。

 その顔を見て、同調するようにくっくと笑う部下もいる。

 魔王信長は2人を見比べ、もう一度だけ息を吐いた。

 

 

 

「是非もなし、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話 北壁

 廃城の一室。

 そこでは、立香たちは安倍晴明と今後の対策を練っていた。

 

 

「現在、オルテ首都に入る手段はありません」

 

 安倍晴明は断言した。

 

「この信長とオルテにいる信長が一緒にいれば、私の符術で戻せるかもしれませんが、ここまで距離が離れていると不可能です。よって、まずはオルテ首都に潜入する術を探ります。

 ですが、現状、オルテの周りには結界が張られており、傷ひとつつけることができません」

 

 安倍晴明が言うと、後ろに控えていた二人の西洋人の内、一人が話し出した。

 

「銃で撃っても効かなかった。同じ場所に何発も打ち込めばできるかもしれないが……」

「集中的に宝具を放ったらどうなんだろう?」

 

 彼の意見を聞き、立香は呟いていた。

 

「宝具?」

「私たち英霊の最終奥義のことです」

 

 立香に代わり、ジャンヌが話し出す。

 

「自分にまつわる逸話や概念を現実に現す。私の場合は、主の御旗。ゴールデンさんの場合はまさかりといった具合に」

「ゴールデンでグレイトなまさかりやクールなベアー号のことだ」

「分かったような、分かりたくないような」

 

 安倍晴明が微妙な表情を浮かべると、信長がふむと考え込む。

 

「つまりだ、金時。ただでさえ強いあんたたちの更に強い一撃ということか?」

「おうよ! さすが、信長公だ。こんなかで一番パワフルな宝具は俺だな」

「聞き捨てならねぇな。俺のほうが一番だろ、殿様?」

 

 金時の回答に横やりを入れたのは長可だった。黄色の双眸に怒りを爛々と輝かせ、立香に問いただす。

 

「なんなら、こいつと死合ってもいいぜ?」

「駄目だよ、金時は仲間だから」

「っち」

「勝蔵と金時のどちらが強いのかは置いておくが、一点に強い一撃を食わらせることができれば、突破できるかもしれねぇってことか」

「良い提案ですが、ただ、そう簡単にいくかどうか……おや?」

 

 晴明が口を濁すように呟いた矢先、瞬きをした。

 近くに置かれた水晶が一瞬輝いたのだ。立香は不思議そうに水晶に目を向けた。

 

「それは?」

「遠くのものと会話できる玉です。ちょうど北壁へ斥候が潜り組む時刻でした」

「北壁……?」

「北方カルネアデス国境要塞『カルネアデスの北壁』。つい数か月前まで人間の砦でしたが、廃棄物の領土となりました」

「廃棄物ってのは、人間やエルフたちの敵だ」

 

 信長が言うと、晴明が見るように促した。

 

「この世界が直面している最重要課題です。今後、貴方たちにも関わって来るでしょう」

 

 立香は水晶玉を覗き見る。

 斥候という名の弟子が見た風景がそのまま映し出され、音も聞こえてきた。

 

 

 地獄だった。

 

 

 これまで、ありとあらゆる特異点を回ってきた。

 四種四様の異聞帯も旅してきた。

 

 

 極寒のロシアで逞しく生き抜くために進化し、人が獣人となった世界。

 神に守護され一見幸せそうだが、どれだけ長くても25歳までしか生きられない冷酷で残酷な北欧世界。

 穏やかで病もない生活を送ることができるが、個々の文字や名前がなく、不老不死の皇帝から幸せを押し付けられている成長のない世界。

 輪廻転生を数日で繰り返し、死した人や傷ついた人、神にいらないと判断されたものは、人々の記憶からも完全に消え失せる世界。

 

 

 だが、人が家畜とされた世界はなかった。

 人が食糧とされる世界はなかった。

 

「最低だな」

 

 金時が憎しみ込めて吐き捨てる。

 ジャンヌが見たこともないほど顔を引きつらせ、茶々も怒り心頭のようだ。他の人たちの顔は見えないが、同様な表情を浮かべている気配が伝わって来るし、自分も同じ顔をしている。

 

「こんな世界、初めて見た」

「……これが黒王率いる廃棄物たちの所業です」

 

 晴明の言葉からひしひしろ怒りが伝わってくる。

 

「黒王……王様?」

「廃棄物の王です」

「王……」

 

 立香は逸らしたくなる顔を必死に押しとどめ、睨みつけるように水晶を見入り、そして、気づいた。

 

「あ、あそこ!」

 

 斥候も気づいたのだろう。

 城壁から小さな人が落下する。この距離からだと豆粒のような人だった。これもオークたちの儀式なのか、と思ったが、そうではなかった。壁の方から騒ぎが近づき、怪物たちの悲鳴が木霊する。

 

 その中心には、ひたすら切りながら前進する女武者の姿があったのだ。

 浅黄色のだんだらを羽織り、ひたすら切って切って切りまくる女武者。

 立香は悲鳴のような声で叫んでいた。

 

 

「あれは……沖田さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前、北壁。

 とある一室に、一人の女武者が姿を現した。

 

「っ、なんですか、ここは?」

 

 

 カルデアの沖田総司は薄気味悪さに気を引き締める。

 レイシフトしたと思えば、四方壁に囲まれた部屋にいたのだ。藤丸立香の姿はおろか、他のサーヴァントの気配すらない。あるのは肌がぞわりと逆立つような異様な空気だけを感じた。

 

「とりあえず、進みましょう」 

 

 沖田は刀に手を添えたまま部屋を出る。

 部屋を出ても壁ばかり。窓はなく、外をうかがい知ることはできない。ただ賑わいが遠くから聞こえてくるので、どこかに人はいるのだろう。人の気配を探りながら進んでいると、通路の向こうから誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 

 敵か、味方か。

 

 できる限り気配を消すと、そっと壁に寄りかかるように向こう側をうかがい見る。

 

「……え?」

 

 その刹那、雷で撃たれたような衝撃が走った。

 近づいてくる相手と目が合う。相手の方も愕然と目を見開き、動きを止めた。

 

「土方さん?」

「総司、なのか?」

 

 沖田は頷いた。

 

「はい、私は沖田総司です。ですが……私の知っている土方さんと違うというか、ものすごくスタンド出せそうなアラーキー的な顔しているというか」

 

 おまけに、バーサーカーの土方歳三より闇落ちしている感じがする。

 というか、見た目が全然違う。

 しかし、沖田総司の魂は目の前の青年を土方歳三だと認識していた。土方の方も同じ気持ちらしく、嬉しいような悩ましいような顔で歩み寄ってきた。

 

「確かに総司だが……なぜ、女子に?」

「何をおかしなことを言っているんですか? 私、産まれた時から……って、そうか。ここはノッブが男の世界でしたっけ」

 

 レイシフトする前に受けた説明を思い出し、土方歳三の言葉に一人納得した。

 性別が逆転している世界ならば、この世界の自分が男であっても何も不思議ではないのだ。

 

「でも、おかしいですね。性別が逆転した世界であるなら、土方さんが女になるはず。巨乳好きの土方さんなら胸がボインボインになってもおかしくないはずなのに……!?」

「なぜそうなる!?」

「え? もしかして、土方さんは女嫌いでしたか?」

「いや、間違っていない」

 

 土方はむむむと難しい顔になる。

 

「胸はないよりあるほうがいい。大きければ大きいほど良い」

「よかったー、私の知っている土方さんです!」 

 

 沖田は軽快に笑った。

 

「いやー、土方さんが男でよかったです。だいたい、土方さんが女とか想像できませんよ! しかし、この知らない世界で土方さんと出会えたのも何かの縁! 最近は私オルタや土佐組に出番も人気も何もかも負けていると思ってましたが、日ごろの行いですかねー! 今回、沖田さんの幸先は良さそう———ぐはっ」

「総司!」

 

 興奮しすぎたせいか、沖田は吐血した。

 スキル、病弱。

 前触れもなくおとずれる弱体化スキルだ。ただこのくらいの吐血なら日常茶飯事レベルなのだが、土方はそのことを知らない。さあっと青ざめると素早く屈みこみ、沖田の肩をつかんだ。

 

「しっかりしろ」

「だ、大丈夫です。これ、本当に……ぐふぁ」

「いいから話すな。再び死なれては困る」

 

 土方は沖田に気を遣い、沖田は申し訳ないと目を伏せた。

 

「だが、よかった。俺は……お前や近藤さんが呼びかけに答えてくれないと思っていたが……俺みたいに転生していたからなのだな」

「転生……? あれ、そういえば、土方さんからはサーヴァントの気配が……?」

 

 沖田の頭に疑問符が浮かんだとき、別の声が乱入してきた。

 

「ヒジカタ、何をしているのです? ……おや、そちらの御仁は?」

 

 眼鏡をかけた男が長い髪の女性と一緒に近づいてきた。

 沖田が答える前に、土方がすっと立ち上がる。

 

「沖田総司。俺の仲間だ」

「ふむ、つまり廃棄物と。ですが、らしくありませんね。漂流者のようだ」

「こいつは間違いなく死んだ。遺体も葬った。姿かたちは少し違うが、廃棄物に間違いない」

「ほう……ヒジカタ、貴方がそこまでおしゃべりなのは珍しい。

 それでしたら、我らが王のもとに案内せねばなりません。どうぞ、こちらに」

 

 男はくいっと眼鏡を持ち上げると歩きだした。

 土方が「歩けるか?」と目で尋ねてきたので、沖田は大丈夫と頷いた。

 

「女性のサムライ?」

 

 髪の長い女性が涼やかな目を向けてくる。

 

「女はサムライになれないと聞いたけど? 女首は手柄ではないとか」

「そんなことはありませんよ」

 

 沖田は歩きながら首を振った。

 

「ノッブも越後の龍だって女性ですし……少なくとも、私がいた場所では数は少ないですが、女ながら刀を握る者もいました」

「そういうこともあるのね」

 

 女性はたいして興味なさそうに答えた。

 

「そういえば、貴方は?」

「アナスタシア。アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ」

「アナスタシアさんですか!」

 

 沖田はへぇっと目を見開いた。

 アナスタシアとは直接の接点はない。一度だけ、廊下をすれ違った際、

 

『女のサムライさん、一緒に写真を撮りましょう?』

 

 と誘われ、彼女に自撮りに付き合った程度だった。

 見た目は少し違ったが、こちらも土方と同じく自分の知るアナスタシアとの差異は感じられない。

 

「うーん、つまり、性別が逆転してるのは、私とノッブだけですか……」

「性別が逆転?」

「いや、こちらの話です。

 アナスタシアさんのことは自撮りとラーメンが好きな方としか知りませんでしたが……この世界にもいらっしゃったのですね」

「じどり、らーめん?」

「写真を撮ることですよ」

「そうね、写真は好きだわ。この世界になくて残念……もっとも、今となっては写す価値のあるものはないのだけど」

 

 アナスタシアは諦観した目をすると淡々と答えた。

 

「でも、ラーメンは知らないわ」

「中華風の麺料理ですよ」

 

 沖田は説明した。

 

「中華麺を茹でてスープを合わせて完成!ってお手軽料理です」

「スープはコンソメなの?」

「うーん、コンソメではないです」

 

 サーヴァントとして現界した時点で、その時代の知識がアップデートされる。しかし、さすがにラーメンの詳細な材料までは知らない。

 

「鶏ガラベースのスープに秘伝のタレを混ぜ合わせたもの……だったかと」

「美味しいの?」

「当然!

 アツアツのスープに麺が絡み合って優勝って感じです!」

「そう……らーめんね……らーめん」

 

 アナスタシアは言葉を噛みしめるように何度も呟いた。

 もはや諦観した様子はなく、じっくりと興味深げに考え込んでいる。心なしか、青い目が少しばかり輝いていた。

 

「もう少し、話してくださる?」

「もちろん! でも、その前に……この世界のことをお話しいただけませんか? 何分、来たばかりですので」

「説明よりも見た方が早いでしょう」

 

 アナスタシアが答える前に、眼鏡の男が話し出した。

 

「見た方が早い……?」

 

 嫌な気配が一段回高まる。

 沖田の予感は的中した。窓のない通路を抜け、万里の長城のような頂面に出た瞬間、沖田は眼下の光景に背筋が凍った。

 

 

「な、なんですか、あれは!」

 

 モンスターたちの街が広がっている。

 オークやゴブリンらしき怪物たちが生活を営んでいた。それだけなら許容できる、そのような世界だと思えばいい。

 だが、問題は他にあった。

 青銅のドラゴンが捕らえられていた。地面に伏し、苦しそうな悲鳴を絶えず上げている。怪物たちは気にも留めず、鼻歌を歌いながら銅を切り落としているのだ。

 

「なにを青ざめているのです、新たな剣士?」

「だって、あれはあまりにも惨い。あのドラゴンが何をしたというのです!?」

「我々に歯向かった末路ですよ。それに、良い鉱山になる」

「鉱山……?」

「文明をつくるには、通貨が必要です。通貨を作るには、銅が必要となる。他の用途にも使えますし、いちいち堀に行く手間も省ける」

 

 眼鏡の男は良いことづくめだと笑った。

 沖田は信じられないと苦しむドラゴンから視線を逸らし、もっと許してはならない所業を目にしてしまう。人間が鎖に繋がれていた。奴隷だ。これも不思議なことではない。奴隷自体の文化はいつの時代もあった。

 

「奴隷を、人間を、食べてる……うっ」

 

 沖田は口を押える。

 吐血ではなく、もっと酸っぱい感覚が喉の奥から這い上がってくる。沖田はなんとか抑え込むと、後ろを振り返って更に驚愕する。

 

「オークや巨人、ケンタウロスの軍勢が……!」

 

 地平線の向こうまで、隙間なく異形の兵士が見えた。これから彼らが何をするのか、その後に人間たちに何が待っているのか、誰も言わずとも答えが分かる。沖田は土方を見上げた。

 

「土方さんは、これで良いんですか?」

「……」

「オキタ、あれは奴隷ではありません、家畜ですよ、ただの家畜。使役し、処分し、食糧にもなる。

 そうそう、申し遅れました。私はラスプーチン。グレゴリー・ラスプーチンです。以後、お見知りおきを」

「ラスプーチン!」

 

 沖田は反射的に後ろへ跳び、刀に手をかける。

 

「……納得がいきました。ここは平行世界の特異点ではなく、異聞帯だったのですね」

 

 カルデアで一時退去し、彷徨海で再召喚された時、多くのサーヴァントが彼らが新たに歩んできた道のりを確認した。沖田総司も例にもれず、藤丸立香たち残存カルデアが辿った内容を確認した。

 

 そこに、名前があった。

 

「ラスプーチン、異星の神の使徒!」

「おやおや、なにか誤解をされているようだ。しかし、おかしい。君は漂流者ではないはずだ。ヒジカタの言うことが正しければ、間違いなく死んだはず。その者が何故?」

「……とぼけても無駄です」

 

 沖田は目を細めた。

 

「私は、死にました。新撰組として、最後まで戦い抜くこともできずに。……ですが!」

 

 沖田は刀を抜き払う。

 土方と目が合い、気持ちが半歩下がったが、すぐに二歩前に出る。

 

 

 

 

「いまの私は英霊! マスターのサーヴァント! マスターの剣として、いえ、私自身もこの所業を見過ごすわけにはいきません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アナスタシアさんの出番が少ないのが悲しい。
というか、この人は本気で誰がどうやって倒すの?


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5話 生存戦略!

「あなた……敵だったのね」

 

 沖田が刀を握ると、アナスタシアは目を細めた。

 

「残念だわ。らーめんの話、詳しく聞きたかったのに」

 

 ラスプーチンは一歩下がり、アナスタシアと土方が前に出る。土方の顔色は変わらない。一見すると無表情のように見えたが、沖田には分かった。諦観と戸惑い、そして小匙一杯ほどの怒りが入り混じっている。

 

 きっと、自分が逆の立場だったら……同じ顔をしたかもしれない。

 

「……っ」

 

 沖田は唇を噛んだ。

 啖呵を切ったのは良いが、そう簡単にここを解放することはできない。

 怪物もろとも全員切れば大勝利なのだが、三人とも手練れだ。一人一人孤立していれば話は変わってくるが、正直厳しい。

 しかも、ラスプーチンの口ぶりからして、他にも仲間がいるとみた。

 

 沖田は勝機はないかと視線を動かし、腹をくくった。

 

「速攻で方をつけます!」

「残念だけどそれは無理よ」

 

 沖田が走りだせば、アナスタシアが淡々と手を振り上げる。その瞬間、身も心も凍るような吹雪が襲いかかってきた。反射的に避けたので直撃を受けずにすんだが、つい数瞬前まで自分の立っていた場所が雪の塊と化している。

 

「逃げても無駄よ。どうせ死ぬのだから」

 

 アナスタシアは語るが、これ以上避けようにも退路はない。

 なにせ、ここは城壁の頂面。

 人がすれ違える程度の幅しかない。

 前にはアナスタシアや土方、ラスプーチン。

 後ろへ退却しても、さらに逃げ道のない廊下へ誘い込まれるだけ。むしろ、廊下に逃げ込んだ瞬間、怒涛の吹雪が押し寄せてくるはずだ。そうなってしまっては、元も子もない。

 

 

 誰が見ても、勝敗は明らか。

 沖田総司に勝機はない。

 

「凍りついて眠りなさい」

「そう簡単に、死にませんよ」

 

 だが、それは人間に限っての話。

 彼らは知らなかった。

 この沖田総司、ただの人間ではなく人理に刻まれた英霊。生前よりも遥かに身体能力が向上し、奇跡を起こす存在だった。

 沖田は一度、化け物の軍勢側に身体を寄せる。吹雪が身体を飲み込む直前、思いっきり跳ね、化け物側の城壁の上に降り立つ。そこは、到底人が立てぬとは思えぬ絶壁の今にも崩れそうな頂点。沖田総司は吹雪をかいくぐり、アナスタシアを見下す立場となった。

 

「なっ!?」

「これで……終わりです!」

 

 沖田は勢いよく足を踏み込むと、アナスタシアに跳びかかる。先の足場が崩れ落ちる前に、アナスタシアと目と鼻の先まで到達した。予想外の攻撃は生前戦場にすら立ったことのない娘にとって、信じられない出来事だった。驚愕に意識を囚われ、眼前に迫る死神に対応が遅れる。

 

「噓……ッ!?」

 

 しかし、それは戦素人に限りの話。

 ラスプーチンとアナスタシアは理解できずに固まったが、戦玄人の男は考えるより先に動いていた。

 沖田の突きがアナスタシアの脳天を貫く直前、土方がぐいっと彼女の腕をつかんで身体を引き寄せる。間一髪、沖田はアナスタシアの頭こそを取れなかったが、瞬時に刀を持ち替え、右腕に狙いを変えた。自身で避けられなかった者が防備できるはずもなく、沖田の突きはアナスタシアの右腕を貫いた。

 

「あ、あああああ!!」

 

 アナスタシアの悲鳴が沖田の耳元で聞こえる。

 仕留めきれなかったことに舌打ちするが、腕を奪っただけでも僥倖だと思おう。沖田はそう判断すると、床に足をつけることなく、怪物たちが商業を営む市へ落下した。

 

 

「ば、馬鹿な。ためらいなく落下するだと!?」

 

 ラスプーチンが頭上で驚く声が聞こえてくるが、その声もだんだんと遠ざかり、代わりに怪物たちの市が迫って来る。

 沖田は一言、ためいきをついた。

 

「うーん、悲しいです。まさか、私だけが落下することになるとは……。

 理想としては、落下するのはマスターだったんですけどね。マスターが『セイバー、着地任せた!』と叫んだところに『沖田さん、参上!』と現れたかったのに……はぁ」

 

 生前ならいざ知らず、英霊にはこの程度の落下はどうってことない。

 敵を仕留めきれないと分かった以上、即時撤退、即時マスターと合流し、情報を共有するのが最善だ。そのときに、ここの惨状を伝えればいい。

 そうと決めたら、怪物たちの兵が地平線の彼方まで埋め尽くした方よりも、むごたらしい市場に身を投げた方が生存率が上がる。

 

 もしかしたら、逃走用の馬が見つかるかもしれない。

 

「――ッ!?」

「――、――!!」

 

 眼下の怪物たちが騒いでいる。

 落下する人間を嘲笑う。あれでは助かる見込みはない、死体を食糧にするか、どうするのか相談しているようにも見える。

 

「笑止!」

 

 沖田は悪戯っぽく笑い、地表に到達。

 落下の衝撃で両足が痺れたが、別段問題はない。怪物たちが「五体満足で着地した」ことに驚きを隠さず、呆然とするのを見て、彼女は怪物の街を突破する。怪物で言葉を理解できないとはいえ、兵士ではなく生活を営む民だった。

 英霊が英霊なら、彼らを傷つけながら道を切り開くことなどしなかっただろう。

 

 

 しかし、人間を家畜同然に扱う様を見たらどうだろう?

 そもそも、戦場にことの善悪無しと割り切り、突っ走る娘であればどうだろう?

 

「――!!」

 

 怪物たちが一歩遅れて追って来る。

 その鈍足は俊足に敵わない。事態は沖田総司の圧倒的優勢かに見えた。

 

 

 ところが、事態は転換する。

 

 

「っ、ぐはっ、こんな、ところ、で」

 

 

 

 彼女のスキル病弱を発動してしまったのだ。

 沖田の口から赤い血が噴き出し、足元が揺れる。間一髪で路地に入り、一旦は姿を隠すことができたが、こんなところで剣を振るえなくなれば、怪物に殴り殺しにされるのは必定。心は先に進もうとするのに、身体が全く動いてくれない。

 

「こんな、こんな、ことって……マスター……」

 

 沖田は悔しさに呟いた、その時だった。

 

「静かに!」

 

 黒鎧の二人組が、沖田の腕をつかんだ。

 

「あなた、がたは……?」

「僕は十月機関の者です」

「おい、いいのか。この女、廃棄物かも……いや、連中は怪物と敵対しないか」

「とりあえず、これを着てください。混乱に乗じて、兵士一人分の装備を奪ってきました」

 

 十月機関と名乗った者たちは、自分たちおそろいの黒い鎧を渡してくる。

 敵かもしれないが、この状況を助けてくれるらしい。

 

「か、感謝します」

 

 沖田は装備を解き、軽装になると鎧を纏う。

 軽装を解くとき、黒鎧の片方がひゅうっと口笛を吹いた。顔に十文字の刺青が彫られた青年は興味深そうに目を細めた。

 

「あんた、剣士のようだが、術も使えるんだな」

「じゅつ――っごほっごほっ」

「あ、すまない。落ち着け」

 

 沖田が咳を込むと、鎧の男は少し慌てる。

 

「すみません、あと少し休めば……」

「休んでいる時間はありません。ドグ、すぐ逃げますよ」

「もちろんだ」

 

 ドグと呼ばれた青年は返事をするや否や、沖田に肩を貸した。もう一人の方の線が細い黒鎧はあたりを見渡し、敵がいないかどうか確認する。ドグは彼の先に出ると、すんすんと鼻を動かした。

 

「よし、こっちだ」

「北壁で何が起きているのか、早く大師匠様に伝えないと……!」

「なーにを伝えるって?」

 

 逃げようとする三人の前に、さらなる新手が登場する。

 長い黒髪に細めの少年がにたりと不遜な笑いを浮かべていたのだ。腰に刀を下げているので、彼は日本人かもしれない。沖田が見据えると、日本人らしき少年の目元が更に細まった。

 

「いずこの国の間者かな? はたまた、偶然潜入してた十月機関とやらの者?」

「っ!」

 

 最初に動いたのは、ドグだった。

 沖田がいなければ、単身で切り込みにかかっていたかもしれないが、手負いの娘を邪険にできない。

 

「こいつを頼む!」

 

 故に、沖田を十月機関の少年に託すだけの時間があった。

 そのまま剣を引き抜き、切り込みにかかる。だが、その剣は日本人の少年に届かない。彼はひょいっと首を退けると、くるりと回転する。あっさりとドグの剣の上に着地し、日本刀を軽やかに引き抜いた。

 

「度胸あるじゃないの、君ら」

 

 日本人の少年は一切手を緩めることなく、ドグの首元に切っ先を添え、一気に撫で切ろうとした。

 ドグには何が起きたのか、わからなかったはずだ。

 あまりにも実力差があり過ぎたのだ。

 辛うじて、沖田の目には刀裁きが見えた。これから先、一秒後に何が起きるのかは明白。目の前で惨殺されるのを見ていることしかできない悔しさに唇を噛む。

 

 

 自分が動けたら、彼を救えるのに、と。

 

 

 

 しかし、その瞬間だった。

 

『沖田さん、そいつを倒して!!』

 

 藤丸立香の声が沖田の耳に響き、身体が急激に楽になる。沖田は何が起きたのか考えるよりも早く、自分の身体が動いた。

 

「縮地!」

「ッ!?」

 

 少年の切っ先がドグの首を刎ねることはなかった。

 沖田が彼の背を盗ったからだ。さすがに背後から狙われたら、そちらに気を向けなければらならない。それも、自分と同等かそれ以上かもしれぬ武士の剣なら尚更である。

 

「なんだ、君。復活したの?」

「……」

 

 沖田は答えない。

 マスターの令呪による支援だということはすぐに理解できたが、令呪一画程度で緩和できるほど病弱スキルの低下は防げない。そもそも、近くにマスターの気配はしなかった。

 どういう理屈かわからないが、今分かることは戦うこと。

 沖田は荒い呼吸を繰り返し、少年に狙いを定めた。

 

「でも、顔色が悪いよ。今にも倒れそうだ。火事場の馬鹿力って奴かな」

「…………」

 

 これも返答しない。

 言葉に時間を割けば、戦いに支障が出る。片膝をつきそうな気持ちを必死に奮い立たせ、目の前の少年だけを睨みつけた。

 

「その刀、君も日本人か。なら、僕の名前も知っているだろう?

 源九郎判官義経。名前くらい、聞いたことない?」

「なっ……!?」

 

 ここで、沖田にも隙が生まれた。

 自分の知るカルデアの牛若丸との差異、日本の歴史で有名な武将。

 普段ならすぐに隙を閉じ、戦に集中することができたはずだが、ただでさえ弱っている彼女はすぐに隙を閉ざすことができない。

 

「ごめんね、死んでもらうよ」

 

 義経の刀が、沖田の首を狙う。

 今度ばかりは、幕末生粋の若武者も避けられない。辛うじて初撃を抑えたが、次は無理だと身体が叫ぶ。

 

 

(すみません、マスター)

 

 今度こそ、一緒に最後まで駆け抜けたかったのに。

 

「私は……」

「沖田総司、もう大丈夫です。あなたは十分に働きました」

 

 沖田が諦めかけた瞬間、白い札が周囲を埋め尽くす。

 

「ほう?」

 

 義経は後退した。

 何が起きるのか、楽しみで仕方ないとばかりに口角を上げる。

 沖田が目を丸くしているうちに、白い札はたちまち集まり人の姿を形成した。

 

「大師匠!」

 

 黒鎧の少年の安心した声が通りに木霊した。義経は冷やかすように口笛を吹く。

 

「へー、救援?」

「本当は黒王と話したかったのですが、ここが潮時でしょう。

 だが、廃棄物。これだけは言っておく。

 人間、舐めるなよ。人間は強い。お前のくびきを自ら千切り取ったくらいにな」

 

 青年がそれだけ言うと、沖田の視界いっぱいを白札が覆いつくした。身体全身を張りつき、正直気味が悪い感覚が広がったが、どうすることもできない。

 されるがままになっていると、別の感覚に陥った。

 

 血と土煙にまみれた空気が一変し、すずやかな森の香りが鼻孔をくすぐった。

 まるで、まったく違う場所にレイシフトしたような感覚に戸惑っていれば遠くから声が聞こえてきた。

 

「沖田さん、沖田さんー!」

 

 白い札が剥がれ落ちれば、崩れた西洋風の城跡から橙色の少女が駆けてくるのが見える。

 

「ます、たー。よかった、無事だったんですね……」

 

 沖田は安堵の息を零す。

 それと同時に、令呪で無理やり奮い立っていた身体が限界を迎える。

 

「沖田さん!!」

 

 

 藤丸立香の手が届く直前、沖田の意識はぷつりと落ちた。

 

 

 

 

 

 




ドクを助けたかったんだ……。犬耳亜人の彼には生きていて欲しかったんだ……。
今回シリアス多めだった分、次回(5月7日17時更新)はぐだぐだします。


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6話 織田家のはなし

 廃城の一室。

 藤丸立香は右拳を握りしめていた。

 

「……沖田さん」

 

 彼女の視線の先には、沖田総司の姿があった。青ざめた顔で横になっている。まる一日経つが、意識が戻らない。

 

 

「まーだ、そこにいたのか」

 

 扉が開き、織田信長の声が聞こえてきた。

 振り返ると、信長と茶々の姿があった。茶々はパンとスープが乗せられた盆を持っている。

 

「マスター、昼食の時間じゃ!」

「飯くらい食え、持たんぞ?」

「ありがとう。でも、ちょっとびっくりした」

 

 立香は努めて笑う。

 

「他の皆は?」

「金髪の女は『しばらく魔力を蓄えます。嫌な予感がするのです』と言って、飯ばかり食ってる。

 んで、勝蔵は扉の前にいる」

「男の大殿。俺の殿様になにかしでかしたら、承知しねぇからな」

 

 開けっ放しの扉から、ひょいっと長可が顔を出す。

 

「森君、大丈夫だよ。なにかあったら呼ぶから。

 それで、信勝君たちは?」

「金時はエルフたちに交わって遊んでおる。信勝は……まあ、晴明に押し付けた」

「押し付けた?」

「あいつ、鬱陶しすぎるんだよな」

 

 信長は心底疲れたように頭を垂らした。

 

「つーか、お前たちの世界の信勝おかしくねぇ? 女の俺に執着しすぎじゃねぇ? 殺気を向けられる程度ならまだしも監視だとか言って四六時中付きまとってくるし、しまいには『姉上の偽物、少しでも姉上の至高なるお身体に傷つけたら容赦しないぞ! お前を殺したあと、僕も死ぬ!』とか言い出すんだぜ?」

「信勝君らしい」

 

 立香が渇いた笑いを向けると、信長は笑い事じゃないと手を振った。

 

 

「だいたい、なーんで信勝が俺を慕ってんだよ。お前たちの世界の信勝は俺に謀反起こさなかったのか?」

「謀反したよ。信勝君がいうには『女だからとかくだらない理由で姉上を認めないなんて許せない。だから僕が焚きつけてやった』とか」

「俺のためかよ!?」

 

 信長は大きくため息をついた。

 

「その理屈だと、俺が男なら謀反を起こさなかったってことだろ?」

「叔父上が『姉上が男だったら僕も謀反を起こさずに、仲良く暮らせたのに』とか言っておったのう。『姉上のほうが有能で跡継ぎにふさわしい』とか『僕は無能だから家を継げない』とか」

 

 茶々が信長のつぶやきを拾うと、彼はげぇっと顔を歪めた。

 

「なんじゃそりゃ。羨ましいにもほどがあるぜ」

「そっちの信勝君は普通に謀反したんですか?」

「普通に謀反だよ! 本気で家督奪いに来たんだよ!」

 

 信長はわめいていたが、立香は苦笑いを返すことしかできなかった。

 どちらかといえば、本当の「織田信長と信勝の関係」より、男信長の語る「織田信長と信勝の関係」のほうが史実っぽい気がするし、ぼんやりと日本史で習ったような気がする。

 

「はぁ……俺のとこの信勝もな、そのくらい可愛い弟だったらなー……俺だって、弟殺したくねぇよ」

「大殿って身内に甘めぇよな」

 

 長可が話に割り込んできた。

 

「返り忠だけは許せねぇよ。主君を裏切るなんてのは、武士としちゃ気合が入ってねぇ証拠だ。そんときに俺がいれば、大殿の代わりにぶち殺してやったのに」

「んな、簡単に割り切れる話じゃないってんだ。ってか、自分の手を汚すのが嫌だったわけでもねぇよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんなんだよ。一度、織田家に組した者を簡単に殺せるか。だが、光秀。あいつだけは駄目だ」

「光秀って、明智光秀?」

 

 立香が尋ねると信長は苦い表情のまま頷いた。

 

「それ以外、誰がいるってんだ。……っ、まさか、カルデアには光秀がいるのか!? そっちの光秀も信勝みてぇな理由で謀反起こしたのか!?」

「召喚はしていないけど……うん、だいたいそんな感じです」

 

 『織田信長の唯一の理解者でありたいのに、秀吉とかと天下を語り合うようになったのが嫌で謀反した』と説明すれば、信長の顔色は徐々に蒼くなり、最終的には燃え尽きた灰のような顔になってしまった。

 

「あのー、信長さん?」

「藤丸たちの世界、怖ぇ……歴史の流れ的には近い感じがするのに、理由が怖ぇよ……信勝も光秀も狂信者じゃねぇか。むしろ、俺の知ってる通りの人物が、勝蔵しかいねぇってのが逆に怖ぇよ。勝蔵を見て安心する日が来るとはな……」

「お! 大殿、俺を褒めてんのか!」

「褒めてるつーか、お前だけは変わってくれるなよ。たとえば、お前が従順になったら……いや、なってるのか? だが、根本的な性格は変わってねぇから……はぁ……」

 

 

 信長はがっくし肩を落とすと、ぐだぐだした場を仕切り直すように手を叩いた。

 

「ま、そういうわけだ。

 とにかく! 信勝がうっとうしいから、晴明に押し付けた。ちびノブだったか? 信勝にもそいつを操る能力がある。こちらの戦力拡大がてら、ちびノブを晴明に強化してもらう算段だ」

「叔父上が伯母上に因縁つけてるところとか、新鮮すぎて面白いのう!」

 

 テンション低めの信長に対し、茶々は心から楽しそうに笑った。

 

「あ、間違えた。伯母上だけど、男の伯母上だった。伯母上は伯母上でも性別は違うとか最初は信じられなかったが、これはこれで珍しいから茶々的に大満足!

 はっ!? もしかして、男の伯母上の世界の茶々って、実は男子だったり?」

「女童に決まってるだろ! というか、男の伯母上って、なんだよ。いや、合ってるけどよぉ」

「うーん、男の伯母上の世界の茶々について詳しく聞きたいところじゃ。でも、男の伯母上も本能寺以降のこと知らないみたいだし……。

 んー、そっちの世界の茶々は狸と一緒に伊賀越えとかしてないと信じたい」

「いやいや、こっちの世界でもしていないでしょ」

 

 茶々が伊賀越えとか年齢的にも設定的にも無理があり過ぎる。

 どこの茶々主役の大河ドラマか、とツッコミを入れる。茶々は悪戯っぽく笑うと、盆を差し出してきた。

 

「とにかく! マスター、食事の時間じゃ!!」

「うん、後で食べる」

「今食えよ。そういって食わないつもりだろ?」

 

 立香が曖昧に笑うと、信長が言葉を返してきた。

 

「……わかった」

 

 立香が盆を受け取ると、信長と茶々も近くの椅子に座った。

 パンを千切り、口に運ぶ。小麦だろうか、素材の味がしっかり感じるこれまでお腹がそこまで空いていなかったのに、音さえ出なかったが腹が欲しいと訴えかけてくる。立香が黙々とパンを食べ始めると、信長が問いかけてきた。

 

「……こいつが倒れたことに、気を病んでるのか?」

「沖田さんのこと?」

「気に病むことはねぇよ。あの場では最善の判断だった。現に誰も死なずに帰還したんだからな」

 

 信長の言葉を聞き、立香は手を止める。

 

 

 そして、昨日の出来事を思い出した。

 

 

「私、令呪を使いました。沖田さんを復活させるしか、あの場を切り抜けられないと思ったんです」

 

 立香は二画になった令呪を見下した。

 とっさの判断だった。

 令呪で無理やり力を底上げすれば、病弱スキルを一時的に緩和できると踏んでの行動だった。彼女が異世界の義経の足止めをしている隙に、安倍晴明が不思議な術で空間転移し、彼女たちを連れて戻ってきた。

 

 

 しかし、立香が駆け寄ったころには令呪の力が切れ、それからずっと目を覚まさない。

 聖杯ですら消せないスキルを相殺するためには、令呪一画では足りなかったのだ。

 

 

「でも、もし……もう一画令呪を使えば、沖田さんを完全回復できたかもしれません。

 ジャンヌや金時を令呪で転移させていれば、北壁の人たちを解放できたかもしれない。

 それに、私……」

 

 立香はそこまで呟くと、雑念を払うように頬を叩いた。

 

「って、考えても仕方ないですよね!」

 

 柄にもなく弱気になっていた自分を叱責した。

 これまでの自分の行動を口に出してみると、悩んでいるのはらしくないと思えてくる。

 くよくよ立ち止まってはいられない。

 自分にできることに専念する。しゃんと頭を上げ、前を向かなければならない。いつだって、そうしてきたではないか!

 

「うん! それでこそ、マスターよ!」

 

 立香が少し自分を取り戻すと、茶々は嬉しそうに頬を緩ませる。

 そして落ち着いた声色で語りかけてきた。

 

「この子は茶々が見ておるゆえ、ゆっくりエルフの村を見物するがよい」

「でも……」

「子どもは親の言うことを聞くものぞ」

 

 普段の我儘で贅沢好きな一面とは打って変わり、慈母のような態度だった。

 

「本当に?」

「構わぬ。なに、看病なら慣れておるでな!」

 

 訂正、慈母のようなではない。慈母である。

 子を慈しむ気持ちにかけては、カルデアに召喚されたサーヴァントでも上位に入るのは間違いない。日頃の軽く明るい態度を見慣れていると、時折垣間見せる慈愛深く暗い過去に切なくなる。

 

 だが、そういう態度を彼女は望まない。

 

 故に、立香は笑った。

 

「ありがとうございます。ちょっと見てきますね。食器も返してこないといけないし」

 

 いつのまにか、空っぽになった皿を集める。

 

「うむうむ。行って参れ。面白きものがいっぱいあるぞ!」

 

 立香は茶々に見送られ、退席する。

 狭い部屋にはいまだに眠りから覚めぬ娘と茶々、そして信長が残された。

 

 

 

 

 

 

 信長は立香を見送ると、沖田に目を落とした。

 

 

「勝蔵は……行ったか。勝蔵が護衛とか不安しかねぇ……。

 つーか、茶々。お前も子どもじゃねぇか。いや、さーばんとやらは見た目が年齢と比例していないんだったか」

 

 先日、立香たちから教授された英霊やサーヴァントの基礎知識を思い出す。

 ついでに、茶々が秀吉の側室になったことも聞いた。

 最初こそ驚愕で目が飛び出そうになったが、豊久曰く「織田は落ちぶれ、豊臣のお茶くみ」らしいので、是非もなしだ。むしろ、落ちぶれた名家の娘を拾い上げるのは聞く話であり、秀吉が市に執着していたことを考えると、娘を側室に迎え入れるのはありえるはなしだった。

 

「なぁ、茶々。市はどうなった?」

 

 想像はつく。

 豊久が教えてくれた断片的な情報を頼りに、織田家の者たちがどのような選択を決断し、いかにして没落していったのか。

 しかし、想像と事実は異なる。

 近いが遠い世界の話を聞くことで、事実に近づけるはずだ。

 

「茶々の世界と男伯母上の世界だと歴史が違うかもしれぬぞ?」

「そのあたりは勝手に咀嚼する。それで、お市はどうなった?」

「……母上はね、殿下に討たれた。権六殿と一緒に」

「権六と?」

「うん」

「そうか」

 

 信長は短く返した。

 短いが、声色が重い。

 

 市が権六こと柴田勝家と婚姻を結ぶこと自体、なにも不自然ではない。

 20歳以上も年齢が離れているが、柴田勝家は織田家家老筆頭。織田家が弱っている現状を顧みれば、庇護を求める代わりに婚姻するのは珍しい話ではなかった。

 

 問題はここからだ。

 

 秀吉が天下を取ったことは、豊久から事前に聞いている。

 つまり、筆頭家老の勝家を滅ぼしたのは間違いない。だいたい、足軽上がりの秀吉が上に立つことを古くから織田家重鎮の勝家が良しとしないのは明白。

 どこかで柴田は滅ぼされただろうなとは勘付いていたが、嫁いだ市まで殺すとは思わなかった。

 おまけに、秀吉は茶々を側室にいれたという。

 

 いろいろと突っ込みたい。

 質問したいし、声を荒げたい。 

 

 

 けれど、茶々にとっては過ぎ去りし日の出来事。

 身内とはいえ、外野がとやかく言うことはできない。

 

 

「そうか」

 

 もう一度、呟く。

 見た目こそ子供だが、ちらちらと顔を覗かす穏やかで落ち着いた表情。

 

 秀吉が死んだあと、秀吉の茶坊主と徳川家康が覇権争いをしたと聞く。

 地形や戦況を知らないので断定はできないが、どちらに転んでも秀吉に嫁いだ側室が辿る未来はろくなものではない。

 茶々は修羅場を幾重にも潜り抜けたからこそ、こうして英霊となってしまった。

 

 戦国の世だとは分かっていながら、寂しい思いに駆られる。

 伯父としては、たとえ政略結婚だとしても、英霊なんぞに昇華されない平穏で幸せな暮らしを送って欲しかったのだ。

 

「なあ、茶々。お前、今は幸せか?」

 

 信長が尋ねる。

 茶々は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに悪戯が完了した無邪気な笑顔で頷いた。

 

 

「もちろん! マスターとも気が合うし、物珍しい絢爛豪華な催しものとか起きる!

 こうして、男の伯母上にも会えたしのう!」

 

 きらびやかな笑顔で率直な気持ち。

 信長は眩しそうに目を細めると、もう一度頷いた。

 

 

「……良かったな、茶々」

 

 

 

 

 



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7話 異文化交流

 立香は城下町を歩いていた。

 

 城下町といっても、こじんまりとした職人の街である。

 最近になって生じたらしく、建物の木材は新しく、仮設のテントが立ち並んでいた。商売人の姿は見えず、エルフたちが弓や矢を作り、マスクをしながら臭い泥と何かを調合している。

 

「それにしても、人間がいないね」

 

 右を見ても左を見ても、エルフばかりで人間の姿は見なかった。

 とはいえ、忌避されているわけでもない。こうして町を歩くと、稀有な目で見られることはあったが、どちらかといえば、エルフたちの目は立香よりも、自分のあとを何も言わずについてくる狂戦士に向けられていた。興味半分恐怖半分といったところだろう。

 森長可が彼らの視線が気に入らないことくらい察していたので、立香が先手を打つことにした。

 

「森君、乱暴は駄目だよ。私たちがお邪魔しているんだから」

「っち、仕方ねぇな」

「……うわー、すげー。今度も勝蔵が言うことを聞いてる」

 

 長可が不貞腐れていると、信長がため息交じりの声をかけてきた。

 

「本当、藤丸。お前、どんな手品を使ったわけ?」  

「何もしてないよ。というか、信長さんはいつからそこに?」

「いま追いついたところだ」

 

 信長は息を吐いた。

 

「茶々と話すことはねぇし、あの娘を見守る義理もねぇ」

 

 信長はすぱっと言い切る。

 信長の姿なので、むずむずとした違和感を覚える一方、自分の知っている信長も「沖田なら目覚めるじゃろう。なにせ、わしのライバルだからのう!」と断言しそうだ。

 

「んなことより、藤丸はあいつら見ても驚かねぇのな」

「あいつらって、エルフのこと?」

 

 立香は首を傾げる。

 

「本物を見たのは初めてだけど、本やゲームによく出てくるから」

「なんだ、つまらねぇの」

「つまらないとは失礼な」

「俺なんざ最初は鬼の一種かと思ったぜ」

「あー、うん」

 

 立香は納得した。

 酒吞童子や茨木童子の耳もエルフみたいに人より長い。現代のサブカルチャーを知らぬ戦国時代の日本人がそう表現するのは不思議ではない。

 

「そういえば、みんなどこに住んでいるんですか?」

 

 働いているエルフの数と家屋の数が一致しない。こんな狭い家に寝泊まりするような一族なのか、それとも森の木の上で暮らしているのだろうか、と思いながら木々を見上げていると、信長は答えてくれた。

 

「ん? そりゃ、ここは仕事場であって村じゃねぇからな。

 エルフの大半は向こうの村に住んでる。ま、他の村から来てるエルフも集落に厄介になっているな」

「エルフの村……!」

 

 実に、ファンタジーな用語である。

 

「行ってみるか?」

「え、行って平気ですか?」

「別に問題ねぇだろ。俺たちも漂流者ってことで通ってるし。ほら、行くぞ」

 

 信長が案内してくれるので、立香たちは後に続く。

 エルフの村、ちょっとだけ気持ちが昂揚した。ただ、ひとつ気になることがある。

 

「信長さん、さっきエルフが何か調合していたけど知ってますか?」

 

 立香は糞のようなきつい臭いを出していた泥を思い返す。

 本当は近づいて質問したかったが、あまりの臭いに閉口して尋ねることができなかったのだ。

 

「火薬のことか?」

「火薬!? エルフが!?」

 

 立香は目を丸くする。

 だが、驚いたのは自分だけだったらしい。

 

「殿様、気づかなかったのか?」 

「森君は分かったの?」

「糞尿と硫黄と木炭。それを合わせてるってことは、黒色火薬だ」

 

 常識だぜ、という顔で話されるので、はぁと頷くことしかできない。

 

「大殿もまどろっこしいことするな。硝石採った方が早いだろ」

「硝石がねぇんだよ。だから、裏山で作ってるが……採れるまでには時間がかかる」

「っ、がはははは! なんだよ、大殿! 一向宗の真似か!」

「使えるもんは使わねぇと勝てないだろうが」

 

 長可と信長が互いに楽しそうに笑い合っていた。

 長可は凶悪な顔で、信長は企んでいる悪い顔。はたからみると、悪の組織の幹部同士の会話みたいに見える。立香が少し引いた笑みを浮かべていると、前の方が何やら騒がしいことに気づいた。

 子どもの賑やかな笑い声が聞こえてくる。

 

 きゃっきゃと楽しそうな黄色い声の間に混ざる男性の高らかな声。

 

 

「イェーイ! 気持ちいいか!?」

「いえーい!!」

 

 草原を駆ける金時がいた。

 いつのまにクラスチェンジをしたのだろうか? 昨日は白い衣装のバーサーカーだったのに、今は黒いライダージャケットの騎兵クラスに変わっている。

 金時はエルフの子どもを肩車し、草原を縦横無尽に駆けまわっていた。エルフの子どもは金時の頭をつかみながら、心から楽しそうに笑っている。

 金時はしばらく走り回るとエルフの子どもたちが集まっている場に戻り、子どもをゆっくりと下ろした。

 

「どうだ? ゴールデンタイムだっただろう!」

「うん! 風になったみたいだった!」

「ゴールデン、次は僕!」

「違うよ、俺だよ!」

「ルールは守らねぇとな。順番だ、順番……と、大将じゃねぇか!」

 

 金時はこちらに気付いたのか、清々しいまでの笑顔で大きく手を振った。

 

「なにしてるの?」

 

 立香が尋ねれば、金時が答える前にエルフの子どもたちが興奮気味に話し出した。

 

「ゴールデンの乗り物に乗りたかったんだけど、乗れないから肩車してもらってるんだ!」

「すごいんだよ! ゴールデンは馬より早いんだ!」

「漂流者で一番カッコイイ! トヨヒサさんとかノブさんとか怖いだけだもん」

「誰が怖いだ!?」

「男信長、怒るなって! 子ども相手に怒るなんざ、男が廃るぜ?」

 

 金時は豪快に笑った。

 ベアー号に乗せられないというのは理解できた。もともと宝具だし、マスターの立香ですら乗せてもらうまでに時間がかかったのだ。いくら金時が子ども好きだとはいえ、出会ったばかりのエルフの子どもたちが簡単に乗せてもらえるはずもない。

 

 だからといって、代案として肩車で走り回るとは……金時らしいといえば金時らしい。

 

「ところで、大将。何か用か?」

「散歩してるだけ。気にしないで」

「そうか。何かあったら遠慮なく言ってくれ!」

 

 立香が頷けば、金時は子どもたちの輪に戻って行った。

 早速別の子を抱え上げると、「よし、風より疾くDriveキメるぜ!」と叫び発進した。エルフの子どもたちの歓声を一身に浴び走る姿は、誰よりも自由で楽しそうである。

 

「あれが足柄山の金太郎かよ……イメージ崩れる」

「金時だから」

「殿様、俺の方が殿様担いで早く走れるぜ!」

「いまは遠慮しておくよ……あれ?」

 

 立香は他の人影に気付いた。

 安倍晴明の後ろにいた男性二人だ。襤褸布をマントのように羽織った青年とテンガロンハットの青年。二人とも西部劇のような服装をしている。おそらく、彼らもここの世界ではない世界から来た漂流者に違いない。

 

「こんにちは」

 

 立香は話しかけると、テンガロンハットの青年が帽子を軽く上げて会釈してきた。

 

「たしか、異世界から来た女だったな」

「はい、藤丸立香です」

「リツカ、か。漂流者にしろ異世界人にしろ、ジャパニーズが多い」

 

 テンガロンハットの青年が呟くと、今度は襤褸布を纏った青年が話しかけてきた。

 

「なあ、あんた。煙草持ってねぇか? この世界じゃ手に入らねぇんだ」

「おいおい、さっき金ぴかの兄ちゃんから貰ったばかりだろ?」

 

 テンガロンハットの青年がいさめるが、襤褸布の青年は知ったことないと言わんばかりの表情で嘆息した。

 

「煙草節約しながら生きてくなんざ、俺たちワイルドバンチ強盗団らしくねぇ」

「強盗……略奪……」

 

 立香は呟いた。

 一瞬、黒ひげやドレイクを思い出した。「必要だから奪う」と率先して行動しそうなものである。おまけに、二人とも節約なんて言葉からは縁遠い人物でもある。

 それを思い出して呟いてしまった発言だったが、襤褸布の青年には心外だったらしい。彼は眉間に皺をよせ、むっと口を尖らせた。

 

「おいおい、俺たちは強盗団だ。略奪はしねぇよ」

「ブッチ、一緒だろ」

「それに、俺たちは殺しはしない。少なくとも、俺たち強盗団は仕事中に殺しはしたことがない」

「嘘つけ。警官隊から逃げるときに応戦したじゃないか。まあ、俺は本当に殺してないが」

 

 ブッチと呼ばれた襤褸布を被った青年の言葉に、テンガロンハットの青年がツッコミを入れていく。しかし、ブッチは聞く耳を持つ様子はなく、身を乗り出した。

 

「で、どうなんだ? あんた、煙草持ってるか?」

「残念ながら未成年です」

「ま、そうだろうなー」

「金時のほかに煙草持ってそうな人は……ビリーなら持ってるかも」

 

 立香はまだ合流できていない仲間の名を口にした。

 

「ビリー?」

「ビリー・ザ・キッド。こっちに来てからはぐれてしまったけど、彼は気が良いから分けてくれると思いますよ」

「え、まて。ビリー・ザ・キッドって言ったか?」

 

 ブッチは目を輝かせた。

 

「はい、そうですけど……」

「っぷは、面白れぇ! 聞いたか、キッド! 少年悪漢王が来てるってさ!」

「そいつは面白い」

 

 先ほどまで比較的冷静だったテンガロンハットの青年も眉を上げ、驚きを隠せなかった。

 

「キッドって、まさか……!」

 

 同じく、立香も目を丸くした。

 テンガロンハットの青年は「キッド」と呼ばれていたのだ。男の信長のように、もしかすると異世界のビリーなのか!と尋ねる前に、こちらのキッドは口を開いた。

 

「俺はサンダンス・キッド。悪漢王とは血縁でもなんでもないが、彼は俺たちにとって先輩みたいなもんだ」

「大先輩だ! 俺たちアウトローには伝説級の存在だぜ。煙草も酒も自由に手に入らねぇが、この世界も悪くねぇじゃん。なあ、他には誰が来てるんだ?」

「西部開拓時代の人は残念ながら……」

 

 立香が控えめに答えると、ブッチはつまらなそうに顔を歪めたが、すぐににやっと笑った。

 

「なあ、嬢ちゃんの世界の悪漢王はちゃんと男なんだよな? そこの日本人と違って」

「ビリーは男です」

「そりゃそうか。ビリー・ザ・キッドって名前の女はいねぇな」

「あ、あははは」

 

 立香は乾いた笑みで返した。

 信長という名が基本男につけられる名前だということやアーサー王やローマ皇帝ネロが女とかそう言ったことは黙っておこう。いろいろと話がややこしくなりそうだ。

 

「藤丸、藤丸」

 

 ちょいちょいと信長が手招きしている。

 はて、どうしたのか?と思っていると、彼はこんなことを言い出した。

 

「あいつら強盗団だぞ? 勝蔵に対してもそうだが、軽すぎないか?」

「だって、彼らは味方でしょ?」

 

 立香はきょとんとした。

 

「敵だったら緊張するし、酷いことをしていたら止めるけど……いまさら強盗団に驚くようなことはないよ」

「お、もしかして、カルデアってとこには強盗団がいるのか?」

 

 立香の話が聞こえたのか、ブッチが尋ねてくる。

 

「強盗団はいないけど、海賊なら。黒ひげとかバーソロミューとか」

「全員、大海賊じゃねぇか! カルデア、面白れぇ! 悪党の集まりだ!」

「悪党じゃない人もいますよ!? 金時とか、ジャンヌとか……って、そうだ。ジャンヌは?」

 

 信勝は安倍晴明といるとしても、今回の同行サーヴァントで最も聖人で属性が善ではっちゃけると物凄く厄介な人の姿を見ていない。

 

「ジャンヌ……? 金髪のお嬢ちゃんか。彼女なら向こうの丘に行ったぜ」

「丘……? 教えてくれてありがとうございます!」

 

 

 立香は礼を言うと、2人に別れを告げて丘を登り始めた。

 

 

 風がそよぎ、穏やかな丘だった。

 ランチボックスを持って、ピクニックしたら心地よいだろう。

 ところが、この暖かな気持ちはすぐに吹き飛ばされることになった。

 

 丘の向こう側で巨大な炎の柱が生じたのである。

 

 

「あれは……!?」

「旗持った嬢ちゃんのいる場所だ! しかも、あの炎……!」

「知ってるの、信長さん!?」

 

 立香は素早く信長に視線を奔らせる。

 信長は若干青ざめた顔で冷や汗を流していた。

 

 

「あいつは、廃棄物の女が使う炎だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クラスチェンジは普通できない?
細かいことは気にしないでください。


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8話 ぐだぐだ百年戦争

 時は少し前に遡る。

 

 廃棄物のジャンヌ・ダルクは兵を率いて、廃城に再進軍していた。

 本来であれば、進軍はもう少し先、さらにいえば別の場所に出撃していただろうが、ここにきて廃棄物側に問題が発生した。

 

 

 謎の少女剣士、沖田総司の出現である。

 

 

 日本で無念の死を遂げ、こちらの世界に改めて召喚された娘だった。

 おまけに、身体能力も生前より格段に向上され、北壁からの落下にも耐えうる肉体を保持している。それだけならば、確実に廃棄物だと断定できたはずだ。

 

 しかしながら価値観は漂流者に近く、何故か女体化し、どうやら他の誰かを主と仰ぎ行動している模様。

 

「由々しき事態である」

 

 黒王は廃棄物たちを集めると宣言した。

 アナスタシアだけは別だ。黒王がすでに腕を治癒していたが、心まで治すことはできない。生前のこともあり、取り乱して部屋から出られる状況ではなかったのだ。

 

 

「ラスプーチンが放った斥候もオルテ首都ヴェルリナに潜入できず、見えない壁が覆いつくしている。

 ジャンヌ・ダルク。あの女剣士を殺せるか?」

「当然!」

 

 ジャンヌはにたりと笑った。

 久しぶりに思う存分に戦えることが嬉しく、そして、ずっと胸に燃やしていた願いが実現できるかと思うと笑いが止まらない。

 

「もし、その道中に漂流者を見かけたら焼き殺して良いんですね?」

「ジャンヌ、黒王さまの計画では――」

「許可する」

 

 ラスプーチンが待ったをかける前に、黒王からの許可が下りる。

 ジャンヌは顔に歪んだ笑みを浮かべると、礼もそこそこに退出した。あの場にいた廃棄物の誰よりも士気高く憎悪と戦に燃えている。

 

 そんな娘の後ろ姿を苦い気持ちで見送るのは、土方歳三だった。

 

「土方、お前は行くな」

「……」

「知古故に剣が鈍るやもしれぬ。惟任とは反対に」

 

 黒王は桔梗の紋をあしらった服を着た男性に顔を向ける。

 惟任こと、明智光秀。この世界にいるとされる織田信長の息の根を今度こそ止めてやると意気込む男だ。

 

 だが、彼も不思議と浮かない顔をしている。

 そのことに目ざとく気づいたのは、ラスプーチンだった。

 

「おや、コレトー。どうかしました?」

「……いや、なんでもない」

 

 明智光秀は黙り込む。

 

 まさか、言えるわけがない。

 

 織田信長が三人いるような気配がしたなんて、あまりにも非現実な直感を口に出せるような人間ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、廃棄物のジャンヌ・ダルクは進軍を開始する。

 

「臭う、臭うぞ……!!」

 

 黒王が事前に、沖田総司のだいたいの居場所は目星がつけていた。

 十月機関の者ともに消えていったことからするに、オルテ近郊にいると仮定する。手負いの者を休ませられるような場所はいくつか存在するが、新たな漂流者ともなれば、まず行く先はオルテ首都。しかし、謎の封鎖の結果、入れないとなれば、行く場所は一つ。

 

 

 廃城。

 エルフの集落があり、ジャンヌが以前攻めた因縁の地だ。勝負の行方を思い出せば、胸のうちからぶすぶすと沸き上がる憎悪の炎がこみあげてきた。

 

 

「女サムライや漂流者がなくても、今度こそ燃やし尽くす! っくく、あはははは!!」

 

 ジャンヌは高笑いをした。

 青空高く木霊する笑い声。清々しいまでに憎悪と快楽に満ちた声をとどろかす。

 

 ところが、ここで一つの事件が起きた。

 

「……ん、誰かいる?」

 

 あと少しで廃城に着くというのに、進行方向に人間を発見する。

 荒野を伴なしで、たった一人で歩いている。道化のような青い衣装を着こんでいることから、たった一人の大道芸人なのだろう。

 

「目障りだ。焼き尽くす!」

 

 ジャンヌは特に考えることなく、黒剣を抜いた。すれ違いざまに焼き尽くしてやろうと決める。

 さながら前哨戦だ。

 

 そうやって、意気込むはずだった。

 

 

 

 

 

 

「……おやぁ?」

 

 道化はこちらを見る。

 カエルのような目をぎょろりと回し、しげしげとジャンヌを見た。ジャンヌも道化を見た瞬間、雷が身体にはしったような衝撃を感じた。

 

「と、止まれ!」

 

 ジャンヌは馬を止めた。

 あまりにも唐突に止めるものだから、後続の黒鎧の怪物たちに動揺が走る。いつも敵陣突破するときに、決して止まることなく炎を撒き散らす。部下たちは火に触れぬことに細心の注意を払い、かつ、彼女を見失わないように行軍するのが常だった。

 

 その彼女が初めて「待った」をかけた。

 部下たちがざわめいたが、ジャンヌに彼らの声は聞こえてこない。

 

「お前、いや、貴方は……!」

「……違うのですねぇ」

 

 ジャンヌが震える声で何か言う前に、道化はやれやれと頭を振る。

 

「金髪ショートで男装している。フランスおよび数多の人間をも焼き殺さんばかりの憎悪の炎。

 貴方は間違うことなく、ジャンヌでしょう」

 

 しかし、道化の顔は明るくない。

 むしろ、ますます大きなため息をついた。

 

「本来であれば、再び巡り合えた僥倖に感謝し、我が祈りは無駄ではなかった! 神に神罰を! 世界に呪いあれ! ……と、意気込むところですが、ジャンヌ……いいえ、ジャンヌらしき人。貴方には足りない物が一つだけ存在することに気づいてしまったのです」

「私に足りないもの……?」

「今の私は本来の霊基よりも精神汚染が薄いので、分かってしまうのですよ。汚染が深ければ、素晴らしい再会に感極まるところだったのに……」

「だから、私になにが足りないの!?」

 

 ジャンヌは前に乗り出すように叫んだ。

 

「私には分かる。姿かたち違えど、貴方はジルなんだって!」

「いいえ、違います。

 私めはジル吉郎。『羽柴・ジル・ド・レェ吉郎』でございます!」

「……は?」

 

 ジャンヌは目が点になった。

 驚きのあまり、思考が空白となる。ジャンヌは身体から力が抜けていく。剣が指から落ちかけていることに気付き、慌てて握り直した。

 なんというか、ジルが理解しがたい名前を告げた気がする。

 

「どこが精神汚染が薄いの? ジル、がっつり精神汚染されてない? 見た目どころか、名前まで変わってるわよ!?」

「いえいえ、ジャンヌ。私の精神汚染は薄いのですよ」

 

 ジルは声色を変わることなく、冷静に首を振った。

 

「私めは魔王信長様のサーヴァント。

 織田七大将軍の一人、羽柴・ジル・ド・レェ吉郎でございます。

 明智殿から

『エルフの子どもに興味はないか? さくっとエルフの集落を攻め滅ぼしてこい。その後は、そこに拠点を置いて暮らすと良い。絶対に信長様のもとに戻って来るな。

 ふふふ、ふはははは!! 一生僻地で暮らすことだな、カエル顔の猿!!』

 と命じられまして。いまから攻めに行くところなのです」

「明智……コレトーのこと? ハシバ? え、なにそれ?」

 

 ジャンヌは混乱した。

 ものすごく急にぐだぐだになってきたので、理解が追い付かない。彼女に追い打ちをかけるように、ジルは語り続けた。

 

「ジャンヌらしき者と知り合えるのは喜ばしい限りなのですが、貴方には……ジャンヌにあって、貴方にはないものがあります」

「……ごめん、ジル。私、分からない。いろいろと」

「それは、胸です!!」

 

 ジルは宣言した。

 本来の霊基で召喚されたキャスターのジル・ド・レェだった場合、廃棄物のジャンヌを感極まって迎え入れただろう。もしかしなくとも、魔王信長程度の使命を放棄し、廃棄物のジャンヌと行動を共にし、同じ道を歩んでいたに違いない。

 

 しかし!

 ここにいるのは、ジル・ド・レェではない。

 魔王信長が召喚し、ぐだぐだ粒子に汚染された羽柴ジル吉郎なのだ!

 

 

「ジャンヌは人々を包み込むような豊満な胸をもっていました。顔からも気品が滲みでて、光輝くような聖女だったのです。ジャンヌは決して、バレー部主将ではありません!」

「この…………ジル、もどきが!!!」

 

 ジルの宣言をかき消すように、ジャンヌはナイフを投擲する。

 しかし、ナイフは羽柴ジルに届かない。燃え盛るナイフは謎の生物が撃ち落とす。ジャンヌは目を疑った。

 

「ジャンヌと戦うのは不本意ですがしかたありますまい。

 盟友プレラーティから賜った技をお見せしましょう!!」

 

 ジルは叫ぶ。

 廃棄物のジャンヌは知らないが、ぐだぐだ粒子に汚染されていたところで能力や宝具に変化はない。ジャンヌが気づいたときには、背後の部下たちがもがき苦しみながらタコのような怪魔に変異するところだった。

 

「お前たち――ッ!? く、ジル!!」

 

 ジャンヌは怒りの声を上げる。

 腐っても部下だった。関心などほぼ向けてこなかったが、それでも、自分について来る部下に少なからず一定以上の好意を抱いていた。

 それをあっという間に変身させられたのだ。ジルだがジルではない道化からの侮辱に後押しされ、ジャンヌは文字通り燃えた。

 

「殺す! 焼き殺す!! たとえ、ジルであっても!」

「ジルではありません。バレー部主将のジャンヌ、私めは羽柴ジル吉郎……」

「それ以上話すな!」

 

 ジャンヌは激昂した。

 馬を飛び降り、自分の怒りのままに突撃する。

 気が付けば、ジャンヌの周りは火の海になっていた。

 それでも、怪魔となった部下たちは生き残っている。理由は簡単で、炎の壁を作り、ジャンヌとジルとの戦に参入してこないようにしていたからだ。

 ジャンヌには、彼らを巻き添えにしないだけの理性は残っていた。

 

 そして、

 

「これで終わりよ、ジル」

 

 ジルを殺さない理性も。

 ジャンヌが放ったナイフはジルの宝具「螺湮城教本」に刺さり、一気に燃やしつくす。手元からの出火に、さすがの羽柴ジルも書物を落として後退するしかない。その隙に、ジャンヌは他の怪魔たちを焼きつくし、ジルに接近する。

 ジャンヌは黒い剣を羽柴ジルの喉元に突きつけた。

 

「私の言う通りにするなら、命はとらないわ」

 

 姿かたちは変われど、口にする言葉はひそかに気にしていることを堂々と指摘して怒髪天をつくものだったとしても、ジャンヌ・ダルクにとって、ジル元帥は特別な存在だった。

 

「彼らを元に戻しなさい。そして、ジル。私と再び戦場を駆けると誓いなさい」

「ジャンヌ……異世界のジャンヌ。それはできない相談なのです。一度変異させたものを戻すことなどできないのですよ。

 私が、貴方に従うことができぬように」

「そこまで、私は貴方の世界の私と違う?」

 

 ジャンヌは嫉妬した。

 変わり果てたジルの心を離さない、彼の信じる「ジャンヌ・ダルク」を。

 

「私めは、ジャンヌ。貴方に献身的に尽くしたい。ですが、この霊基が許してくれないのです」

 

 ジルの顔が苦悩に歪んだ。

 彼は苦しそうに絞り出した言葉を聞いたとき、ジャンヌは悟った。

 バレー部主将とか胸がないとか、そのような言葉はすべて方便。ジャンヌと戦わなければならないと自分を鼓舞するための言葉だったのではないかと。

 

「私めは、魔王信長様を裏切ることはできないのです」

 

 事実、こんなあっさりと決着がつくはずがない。

 ジャンヌは廃棄物として忌々しい炎を操ることができるようになったが、ジル・ド・レェはジャンヌより戦経験が長い元帥だった。自分より戦上手かつ同じように異能力を扱う者が、あっさり負けるはずがないのだ。

 

「わずかではありますが、またあなたと語らえたことを、幸福に思います」

「ジル……」

「この羽柴ジル、できる限りの記憶を英霊の座まで持ち帰る所存。さらばです、異世界のジャンヌ。貴方のことは決して忘れず、霊基に刻まれることでしょう。たとえ、一部ボリュームが圧倒的に違うのだとしても」

「最期までそれ!?」

 

 ジルはどこか満ち足りた顔で消滅した。

 金砂になり、あとは残らない。自分を取り囲むのは焼け野原と異形と化した部下たち。ジャンヌは手を操り、炎の壁を変形させ、元部下たちを炎の波で飲み込み焼き殺す。

 

 

「……胸糞悪い。さっさとエルフの村を焼きに行く。女剣士と漂流者を殺す!!」

「そうはさせません!」

 

 しかし、今度も待ったをかける清廉な声が貫いた。

 

 

 

 

 

 つまるところ、廃棄物のジャンヌの苦難はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 




〇羽柴ジル・ド・レェ吉郎
ぐだぐだイベントといえば、武将+サーヴァントの謎コラボ。
(例:上杉アルトリア、真田エミ村など)

天下人秀吉とジル元帥を合体させてしまい、全国の秀吉ファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした!!


織田七大将軍は残り六人。
ぐだぐだ武将は五人、ぐだぐだ名前ではないのは一人だけです。


次回「ふたりはジャンヌ・ダルク」
書き溜めも次回で切れるので連日投稿ではなくなりますが、今後もよろしくお願いします!






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9話 ふたりはジャンヌ・ダルク

 立香たちが丘を駆けのぼったとき、ジャンヌ・ダルクは旗を担いでいた。

 

「ジャンヌ! あの炎は!?」

「……どうやら、この世界の私とジルが戦っているようです」

 

 ジャンヌの目は眼下の戦場に向けられている。

 立香も目を凝らせば、キャスターのジル・ド・レェと金髪の女騎士が戦いを繰り広げていた。女剣士は炎を自由自在に操り、あたりを燃やし尽くすように戦っている。

 

「あれが、ジャンヌ? まるで、アヴェンジャーの邪ンヌみたい」

「はい。在り様は彼女に近いでしょう」

 

 ジャンヌは戦場に赴く兵士の顔をしていた。

 悲しみに暮れることもなく、出会えた幸福に喜ぶこともない。

 

「あいつは……!!」

「信長さん、知ってるの?」

「知ってるも何も、一度ここを襲ったやつだ。そんときは、おトヨが倒したが……」

 

 信長は一度、口を閉ざす。

 

「藤丸。お前ならどうする? あっちのカエル顔は知り合いなのか?」

「知り合いだけど、たぶん別人だと思う」

 

 立香は正直に話す。

 その言葉を受け継ぐように、ジャンヌが語り始めた。

 

「ジルがこの時代にレイシフトするとは考えられません。信勝さんのときは、ムニエルさんがこっそり通してくれたようですが、ジルにその手段は使えるはずはありません。

 おそらく、この時代に召喚されたサーヴァント。はぐれサーヴァントもしくは、この異変を巻き起こした元凶が召喚したサーヴァントに違いありません」

 

 ジャンヌは立香の思いを代弁すると、先に歩き出した。

 

「マスター、ここは私だけに任せてください」

「そんな!? 一人じゃ危険だよ」

「私、ずっと考えていたことがあるのです」

 

 ジャンヌは歩みを止めずに言った。

 

「ぐだぐだ粒子が絡む案件、私が関われたことは一度もありませんでした。

 従来通りだとすれば、私ではなく、坂本さん、岡田さん、沖田オルタさんが加わっていたに違いありません」

「それは……」

「ですが、私が選ばれた。その理由は、きっと……これが、神の啓示なのでしょう」

 

 だから、手出しはしないで欲しい。

 その先の言葉を告げなかったが、彼女の背中は訴えていた。

 

「あぁん? なんだよ。てめぇだけが点数稼ぐつもりか?」

 

 森長可が不満そうに口を尖らせる。

 

「森君。まずは、ジャンヌに任せよう」

「だがよう、殿様!」

「ジャンヌが危険になったら、私たちも加勢する。それでいいよね、ジャンヌ」

「はい! それでは……ジャンヌ(おねえちゃん)、行きます!」

 

 ジャンヌは高らかに宣言すると、丘を疾風のごとく駆けおりた。

 立香は彼女の無事を祈るように、残り二画となった令呪が刻まれた拳を握りしめる。

 

 

 

 

 そして、ふと思った。

 

 

 

 

「……おねえちゃん?」

「ねえちゃん?」

「おねえちゃん……?」

 

 立香、長可、信長、三者ともに同じ言葉を呟いた。

 互いに呟くことにより、聞き間違いではないことを確認する。そして、立香は顔から血の気が引いて行くのを感じた。

 

「も、森君、急いで後を追いかけるよ! とてつもなく嫌な予感がする!」

 

 ジャンヌが言っていた。

 ちびノブが存在する時点で、すっかり忘れていたが今回の案件には「ぐだぐだ粒子」が激しく絡んでいる。

 

 このシリアスな状況下であっても、その粒子が遺憾なく強さを発揮していたら?

 ジャンヌ・ダルクが本人に自覚症状がなくても、ぐだぐだ粒子に汚染されていたら?

 

 

「廃棄物のジャンヌが可哀そうなことになる!」

「は、はぁ!?」

 

 立香が丘を駆け下り始め、その後に長可が続く。半歩遅れて信長が続き、彼は意味わからねぇという顔で問いかけてきた。

 

「廃棄物は敵だぞ? なんで、そいつの心配しねぇといけないんだ」

「そうかもしれないけど、あれは……!!」

 

 立香の頭が痛くなる。

 あの技は……敵に回したら非常に恐ろしく、味方ならば物凄く頼りになる。

 

 だがしかし、それをしたら色々と駄目な気がする!

 

 

 たとえ、世界を滅ぼす廃棄物に対してであっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、廃棄物のジャンヌはこれから起きることを知らない。

 ジルを仕留め、怪物と化した部下たちを焼き殺した後、彼女は新たに現れた女を一瞥した。

 

「……あんたは……」

 

 虫唾が奔った。

 目の前の自分は、どこからどう見ても清廉潔白な聖女。

 まるで、自分が堕ちる前の具現化だった。神を信じ、百年戦争を駆け抜けた聖女。人々に裏切られ、磔にされる前の忌々しいまでに清らかな姿。

 

「忌々しい。聖女そのものじゃない」

「いいえ、私は聖女などではありません」

 

 高潔な聖女ジャンヌは堕ちた自分から目を逸らさない。

 

「誰もが私を聖女と呼ぶ、けれど他ならぬこの私だけがそう思ったことは一度もないのです」

「……同意するわ。私も同じよ」

 

 廃棄物のジャンヌは吐き捨てるように言った。

 

「私は神からの啓示を受けた娘に過ぎないわ。神の御心のまま、神のために戦い抜いた。その姿を周りが勝手に聖女だと称しただけよ。周りが、勝手に」

 

 それだけだ。

 だが、そこから先が問題なのだ。廃棄物のジャンヌは鼻を鳴らした。

 

「でも、そうね……あんたは知らないのね。だから、そんな面ができるのよ」

「知らない、とは?」

 

 聖女ジャンヌが静かに尋ねてくるので、廃棄物のジャンヌはあざけるように笑った。

 

「私の最期を。貴方、故国に裏切られたことを知らないでしょう?

 あんた、フランスに裏切られる前の私ね?」

「……」

「あいつらは……人間どもは私のことを『聖女』と呼びながら、旗色が悪くなった途端、掌返したように『魔女だ』って決めつけてきたのよ! 辱められ、火刑にされ、嘲笑われて、誰も助けてくれなくて、……どう? これが真実よ、乙女(ラピュセル)?」

「……ああ、そのことですか」

 

 しかし、聖女ジャンヌは平然と受け止めた。

 あまりにも自然と答えたので、廃棄物のジャンヌは唖然とする。

 

「な……知っているの? あの末路を知ってるのに、そんな顔ができるわけ!?」

「私は最初からあの結末を覚悟していました。無念も後悔もありません。

 神の啓示を受け、村を離れ、戦場に出たときからこの手は血で汚れています。誰もに愚か者と罵られ、虐げられるのならせめて自分自身だけは裏切らないと誓っていたのです」

 

 それは、あまりにも揺るがない言葉だった。

 廃棄物のジャンヌは歯を噛みしめる。右側の顔が炎で燃え上がるのを感じた。

 

「ありえない」

 

 途中までは、同じ想いだった。

 神の啓示を受け、村を出たその時から……戦場でジルと肩を並べて走り抜けたときには、たとえ剣を抜かなくても手は汚れていた。聖女なんて呼ばれてはいたが、自分は聖女などではない。ただ周りが勝手に言っているだけ。自分は神の御心のままに、故国フランスを救うために命を賭して戦い抜いた。

 

 

 だが、あの末路は……辱められ、火刑にかけられる苦しさは!

 

「魔女と言われたのよ? 民のため、フランスを救国のために、神のために、私たちは戦ったのに!!」

「私も同じです」

 

 高潔な娘はまっすぐな言葉を紡ぐ。

 

「魔女と叫ばれ、火刑にかけられました。身体を燃やす炎は苦しかった、辛かった。

 ですが、事実は変えることはできないのです。私は……あの場で死んだのですから」

「だったら、なぜ恨まない! 人間を恨まない!! あいつらへ恨みを憎しみを……お前は、少しも思わないのか!?」

「はい」

 

 聖女のジャンヌは断言した。

 悩む素振りはなく、あまりにも清々しい言葉に廃棄物のジャンヌは言葉を失う。

 

「私は彼らに恨みも憎しみも抱きません」

「なんで、なんで、なんで、なんで!!」

 

 廃棄物のジャンヌが叫ぶと炎が大河のように押し寄せた。清らかなジャンヌは身動き一つしない。炎の海が自身を飲み込もうとするのに眉一つ動かさず、その炎が間近に迫ってようやく旗を振った。純白の旗は炎を払い、二つに別つ。

 

「死者が生者の世界に関わること自体、あってはならぬこと。

 死者の八つ当たりで今生きる者の未来を奪うなど烏滸がましいにもほどがある」

「私の死は無駄だったってこと!? 私の怒りはどこにぶつければいいのよ!!」

「私の死を礎にして、人は少しづつではあるが前に進んでいる。それで良しとするべきです」

 

 此処で初めて、聖女のジャンヌは表情を崩した。

 口元に微笑を浮かべたのだ。

 

「それでも怒りの熱が収まらぬというのであれば、いま生きている者に肩を貸す。

 いまを生きる人々が、自分と同じ過ちを繰り返さないように」

「それ、は……」

 

 一理ある、と。

 廃棄物のジャンヌは微かながらに思ってしまった。

 怒りは収まらず、その通りばかりで余計に腹が立ち、憎悪の業火は胸の奥で燃え続ける。

 

 人間に死を! 漂流者に死を!

 

 フランスの救国のために走ったように、いまは黒王の国のために剣を掲げている。

 

「ふふふ、あははは!! なら、まったく問題ないわ。だって、今してることと同じだもの」

「……人間ではなく、オークたちの軍勢に肩を貸すと?」

「あんたの理屈が正しければ、オークたちも生者よ。

 つまるところ、利害の一致。私は邪悪な人間を焼き殺したい。彼らも人間を滅ぼしたい。だから、私は彼らの進むべく道を切り開くため荒野を駆ける。ほら、なにも変わらないわ」

 

 それは、大義名分を借りた多大なる八つ当たり。

 聖女のジャンヌの言葉で自覚し、自身の言葉で行いを肯定する。自分たちの進むべく道にある害悪を焼き殺すだけなのだ。そのなかには、たとえ無垢な人間がいたとしても、人間は等しく焼き滅ぼさなくてはならない。

 

 

「……そうですか」

 

 聖女のジャンヌは少しばかり寂しそうに目を伏せる。

 だが、すぐに顔を上げると戦う顔になった。ジャンヌが戦う意思を見せたことで、廃棄物のジャンヌはにたりと笑った。

 

「ようやく戦う気になったのね、聖女様」

「私は聖女ではありません。私は、あなたの姉として、妹が勝てることはないと、その体に叩き込……優しく教えて差し上げます!」

「そうこないとね!! ……はい?」

 

 廃棄物のジャンヌは高らかに吼えた、が、聞き捨てならない言葉に立ち止まる。

 

「……姉?」

「主よ、神のご加護を! ジャンヌ☆霊基チェーンジ!!」

「さ、させるか!」

 

 廃棄物ジャンヌは酷く頭の悪い言葉を察し、これは是が非でも倒さねばならぬと急いだ。二つに別った炎を凝縮し、前後左右から一気に炎で押し流そうとした。それと同時に、自身も地面を蹴り、炎を纏った黒剣でジャンヌを切り裂こうとする。

 

 だが、次の瞬間、炎が蒸発した。

 

「え……?」

 

 聖女のジャンヌを中心に水が飛び散る。

 廃棄物のジャンヌの憎悪の炎は水によって鎮火され、ぷすぷすと焦げ目だけが地面に残る。

 

「な、なによ、その、は、は、破廉恥な服装は!?」

 

 聖女のジャンヌは布面積の少ない服を纏っていた。

 一応、上着を羽織っているようだが、身体のラインをぴったり浮き立つ薄着……俗に言う「競泳水着」なわけだが、廃棄物のジャンヌが知るはずもない。

 

「へ、へ、変態ー! 馬鹿じゃないの!? この露出狂!」

 

 廃棄物のジャンヌは自身の顔から火が出るほど(そして、実際に出た)赤く染めると、数本のナイフを飛ばす。どのような理屈か分からないが、異世界の痴女ジャンヌは水を出す。だが、肉薄ぎりぎりまで迫ったナイフから突如放たれる業火は避けられるはずもない!

 

 

 と、思っていたが、

 

「あ・そ・ぼ」

 

 痴女ジャンヌに当たる前に、別の何かが払いのける。その生き物に炎が点火されたが、その生き物自体が水を帯びてナイフは呆気なく地面に転がった。

 

「サ、サメ……?」

「はい! リースXPです!」

「は、はぁああ!?」

 

 荒野に廃棄物ジャンヌの驚愕の叫びが木霊する。

 

「どこか、おかしいでしょうか?」

「おかしいところしかないわよ! 私がサメを飼うだなんて! というか、サメを飼いたいなんて一度も……ええ、一度もないわ!!」

 

 廃棄物ジャンヌは一瞬、脳裏に浮かんだ想像を素早く燃やす。

 サメを飼うなんて、かっこいいじゃん……と一秒でも思ってしまった自分が恥ずかしい。

 

「実は昨年の夏に海を訪れたとき、私はイルカを助けたんです。それから一年、リースは一緒に成長しました」

「イルカがなんでサメになってるわけ!?

 あーもう! ジャンヌ、意味わからない! ハシバ・ジルキチロウしかり、あんたしかり!」

「ふふ、お褒めの言葉として受け取りますね」

「どこが褒めてるの!? 頭のネジが緩み切ってない!?」

「私は貴方の姉。お姉ちゃんは、妹の元気な姿を見るだけで嬉しいのです」

「いや、あんたは私でしょ!?」

 

 廃棄物ジャンヌがぎゃーぎゃー指摘するが、姉を名乗る不審者痴女ジャンヌは柔らかい笑みを崩さない。

 

 

「分からないなら、身体に教えてあげます。

 

 くらえ、姉ビーム!!」

 

 

 

 

 



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10話 ラブ・クライシス

ぐだぐだとシリアスの比率が難しい。


 

「遅かった……!」

 

 

 立香たちがジャンヌに駆け寄った時には、すべてが終わっていた。

 

「姉ビーム!」

 

 水着のジャンヌから廃棄物のジャンヌに向かい、みょんみょんみょんと放たれる。

 廃棄物のジャンヌは避けることができず、桃色レーザービームを直に受けてしまったのだ。

 

「ストップ! ジャンヌ、ストップ!」

「立香ちゃん? そんなに焦ってどうしたのです?」

 

 水着のジャンヌはきょとんと首を傾げた。

 

「いや、いまのは駄目でしょ?」

「駄目? なぜ、駄目なのです? 私は可愛い妹の目を覚まさせようとしただけですよ?」

「廃棄物のジャンヌは妹ではない」

 

 むしろ、別世界線の同一人物だよ!?

 立香はそう訴えたのだが、水着のジャンヌはいまいちピンときていないようだった。彼女はリースXPと名乗るサメをなでながら本気で首をひねっている。

 

「立香ちゃんは変なことを言いますね……そうでしょう、可愛い妹?」

 

 水着ジャンヌは廃棄物のジャンヌに語りかけた。廃棄物のジャンヌの方は苦しそうに頭を抱えてうなだれるばかりで何も答えない。

 こうした問答が続いている間に、信長が一歩遅れて追いついてきた。

 

「な、なんて格好してんだ、金髪の嬢ちゃん……!? はしたないにもほどがあるだろ! つーか、あれサメだよな? どこから、サメ取り出したんだ!?」

「あ・そ・ぼ」

「しかも、しゃべるのかよ!? 異世界、怖っ!」

「私たちの世界でも普通のサメは話さないから……!」

 

 立香は急いで訂正を入れる。

 水着ジャンヌのせいで、自分たち凡人類史を誤解されたくなかった。水着ジャンヌが凡人類史の標準なのではない。彼女が常識やら感性やらを逸脱しているのである。

 

「と、とにかく、ジャンヌ。廃棄物のジャンヌの洗脳を解いて」

「立香ちゃん、私は洗脳なんかしてませんよ? 妹は姉に逆らえないことを教えてあげているだけです」

「だから、そういうことではなくって……」

「……おい、女」

 

 立香が説得の言葉を探していると、隣の森長可の殺気が膨れ上がったのを感じた。

 

「さっきから聞いていれば、俺の殿様のことを『立香ちゃん』だと? 舐めた呼び方するじゃねぇか……!」

「ちょ、森君!?」

「当然ですよ。だって、私は立香ちゃんの姉なのですから!」

「姉か……姉なら仕方ねぇ…………は?」

 

 森長可の目が点になった。

 

「あね? なに言ってんだ?」

「まずいっ!」

 

 「姉」の単語を聞いた瞬間、立香はやばいっと本能的に彼の背中に隠れた。目を合わせた瞬間、いつかの再現になってしまいそうだと直感したのだ。長可の大きな背中に身を隠しながら、

 

「私は妹ではない、私は妹ではない、私は妹ではない」

 

 と、言い聞かせるように呟く。

 こんな奇行に及んでいると、信長が不審そうな目を向けてきた。

 

「藤丸、あんなの破廉恥女の戯言だろ? 人種が違うし、さーばんとじゃねぇか」

「でも……向かい合うと妹になる」

「んな馬鹿なことねぇだろ?」

「ふふ、私は妹が増えて嬉しいです。カルデアに帰り、姉妹5人で仲良く暮らしましょう!」

 

 水着ジャンヌは悪意のない明るい声をあげた。

 

「私に姉妹はいません!」

「……つべこべ言ってんじゃないわよ」

 

 しかし、悲しいかな。

 水辺の聖女に同意する声が上がってしまった。

 

「あんた、私たちの妹でしょ? 姉の言うことには逆らわないってのが分からないの?」

 

 廃棄物のジャンヌである。

 いまだに頭を痛そうに抱えながら若干青ざめた顔をしていた。

 

「うー、頭が痛い。お姉ちゃんの声と黒王様の声ががんがんに響いて気持ちが悪い……ん、というか、あれ? あんた、初対面よね? 初対面の妹……?」

「初対面の他人、藤丸立香です!」

「もう! 他人だなんて……お姉ちゃんは悲しいですよ?」

 

 やれやれと水着のジャンヌが言えば、廃棄物のジャンヌは「そうだった、あいつも妹だった……」とうわごとを呟いている。

 もしかしたら、ぐだぐだ粒子のせいで普段より姉ビームが効きやすくなっているのかもしれない、なんて頭の片隅で考えながら事態の打開策を頑張って練ろうとする。

 

「俺の殿様を洗脳しようなんざ良い度胸してんじゃねぇか! 殺っていいよな!?」

「森君……それは……」

「ジャンヌはがっかりです。妹と戦うことになるなんて……ですが、仕方ありません。姉に妹が勝てるわけがないと証明してみせます!」

「藤丸! 勝蔵! あいつはマズい! 一度、撤退するぞ! いや、仲間なのに撤退ってのは変だが、ひとまず距離を置くに越したことはねぇ!」

「そうはさせません! リースXP!」

 

 水着ジャンヌの命令を受け、リースXPは動き出す。

 

「あ・そ・ぼ」

 

 リースXPは人を軽々と貫きそうな鋭い牙を見せつけるように襲いかかってきた。すぐに長可が動き、人間武骨を振るう。人間武骨が当たる直前、XPは体をよじらせて避ける。そのまま巨大な口を開き、長可の肩に喰らいついた。

 だが、その程度で倒れる鬼武蔵ではない。

 

「ぶち殺すぞテメェ!」

 

 サメを右手でつかみ、逃げないように支えてから腹に槍を刺そうとした。

 さすがのXPも身の危険を感じたのか、身体を震わし腕から無理やり抜けようとする。しかし、時すでに遅し。槍は白い腹を貫き、血の雨が降り注いだ。

 

「あ……そ……ぼ……」

「っち、まだ仕留め切れてねぇのか……頑丈なサメだぜ」

「さすが、勝蔵……サメの目に怯まないで戦ってやがる。って、感心してる場合じゃなかった! いまのうちに退却だ!」

「逃がしませんよ! お姉ちゃんの愛を受け取りなさい! 『姉ビーム』!」

 

 鬼武蔵が動いたことにより、立香の姿を遮るものはなくなってしまったのだ。

 みょんみょんと放射される桃色ビームをまともにくらってしまい、よたよたと倒れこんでしまう。

 

「藤丸!」

「うう、あの人は……姉……だったかも……」

「まじかよ!?」

「ふふふ、姉ビームとはお姉ちゃんが妹のために放つ愛故のビームです!

 これをくらったことにより、マスタースキルはすべて私のために使われます。 回避! 強化! 回復! 完璧でお姉ちゃん嬉しいです……!」

 

 マスタースキルのせいで、水着ジャンヌに付随した存在であるXPの傷が瞬く間に戻ってしまった。

 

「あ! そ! ぼ!」

 

 激しく尾を振るって人間武骨を自力で抜くと、怒りを込めるように語尾を強めた。

 もともと薄ら寒い気配を纏っていたが、ぴりぴりと肌を刺すような殺気が上昇する。

 

「殿様! なんで、敵を援護してんだ!」

「ごめん……体が……勝手に……」

「これで、とどめです! 姉ビー……っ!?」

 

 しかし、水着ジャンヌがビームを打つことはできなかった。

 

 

「ゴールデンライダー! 見参!」

 

 バイクの轟音と共に現れたのは、坂田金時だった。

 水着ジャンヌの視線は乱入者に向けられ、姉ビームを放つ手が止まる。

 

「ゴールデン!!」

「来たぜ、大将! しかし、話には聞いてたが、姉を名乗る水辺の聖女……イッツクレイジーじゃねぇか」

「む、姉妹の語り合いに乱入ですか?」

 

 立香が喜びの声をあげると、水着ジャンヌは不満そうに口を尖らせた。金時は一瞬彼女を睨みつけようとしたが、服装が水着だからだろう。すぐに顔を赤らめて視線を露出の少ないジャンヌの方へと逸らした。

 

「あいつが、廃棄物……バッドでサッドな空気がただよってくるぜ……!」

「金時さん、廃棄物ではありません! 私の妹です!」

「そうよ! 私たちはジャンヌ姉妹。姉妹同士の語り合いを邪魔しないでくれる?」

「断じて、語り合いじゃない」

 

 立香はげっそりとした顔で呟いた。

 話し合いなんて生易しいものではない。信長も立香と同意見らしい。

 

「お前らのは物理と洗脳の間違いだろ。

 おい、金時。ひとまず、藤丸を連れて退却しろ。お前の騎馬(くま)ならびーむとやらも届かねぇ場所まで一気にいけるはずだ。この場は、勝蔵なら食い止められる。藤丸を避難させたら、反撃返しだ!」

「その必要はないぜ、男信長公」

 

 金時はにやりと笑った。

 

「聖女のクレイジーさはベガスで聞いてたからな。ジャストライトな対抗策を用意した!」

「対抗策……まさか、頼光さんを!?」

 

 立香は愕然とした。

 

「シスターは空気から産まれるもんじゃねぇ。マザーから産まれるもんだ」

「だから、ラスベガスでは母属性の頼光さんに頼んだけど……でも、どうやって?」

 

 それは無理な話だ。

 マシュの盾がない以上、こちらから新たにサーヴァントを召喚することはできない。いくら金時と彼女の絆が強くても、金時には源頼光を召喚できるような逸話は残されていないのだ。

 

「忘れちまったのか、大将?

 ここには、もうひとり……母がいるだろう?」

「母……まさか……!」

 

 立香の言葉にかぶせるように、馬のいななきが響いた。

 荷馬車が丘を駆け下りてくるところだった。ブッチが愉快そうな顔で馬を御し、荷馬車には三人乗せていた。あきれた表情のキッドに疲れた様子の晴明、そして——

 

「妾の出番じゃ!」

 

 茶々である。

 得意げな顔で、でんっと胸を張って立っていた。

 

「待たせたのう、立香(マスター)!」

「って、切り札が茶々かよ!?」

「男でも伯母上は心配性よな。我が子に危険が迫っておれば、母とは助けるものぞ」

 

 ふふんっと茶々は鼻を鳴らす。

 大丈夫かな、と立香自身も不安になった。

 

 たしかに、茶々は二児の母だった。

 そのこともあってか、母性が強く、立香のこと我が子のように慈愛を注いでくれる。つい先ほども、沖田を看病すると申し出る眼差しは間違いなく母のものだった。

 

 

 だがしかし、溶岩水泳部に属するほど突き抜けていない!

 姉を名乗る不審者に対抗するのは、いささか弱いのだ。

 

「大将、心配無用だぜ!」

「そうそう、あとは茶々に任せるが良い! とうっ!」

 

 茶々は荷馬車を蹴り飛ばすと、森長可の隣に降り立った。

 信長似の長い黒髪を風になびかせながら堂々とジャンヌの前に立つ。そのとき、髪の隙間から背中に札のようなものが張られているのが見えた。

 

「……あれは……?」

「気持ちを高める札です」

 

 晴明がため息交じりの声で答えてくれた。

 

「とはいっても、せいぜい踏み切れない気持ちを後押しする程度の札ですが……。

 茶々さんの母としての意識の気持ちを高め、母という概念で姉を名乗る概念に対抗する。理屈としては適っていますが、理解に苦しみます。はたして本当に解決となるのでしょうか?」

「パーフェクトだ、晴明!」

「そもそもジャンヌさんは味方ですよね? 味方同士で戦う意義が分かりません」

「俺たちの大将が洗脳されかかってんだ。戦わねぇ道理がねぇよ」

「うむうむ! 茶々も戦う気満々! いまなら、狸にも勝てそう!」

 

 茶々は宣言すると、びしりっと指を差した。

 

「これ、そこの南蛮人! この子は妾の子。そちの妹ではないのじゃ!」

「そんなはずありません! 私の妹です! いきますよ、ジャンヌ(いもうと)!」

「もちろんよ、ジャンヌ(おねえちゃん)!」

 

 水着ジャンヌが姉ビームを繰り出した。

 

「ええい、茶々も出せるんだから! 『母ビーム』!」

 

 茶々の手から炎が放出された。

 だが、弱い。

 誰の目から見ても、姉ビームなる桃色光線に押されてしまっていた。

 

「それ、火のつもり? 火はね、こうやって使うのよ!」

 

 それを後押しするように、廃棄物のジャンヌが手から炎を放った。

 地獄の業火が姉ビームに重ね合わさり、謎の威力が倍増する。

 

「にゃあああっ!」

 

 茶々のビームは完全に負けてしまった。

 

「茶々!」

 

 茶々に姉&炎光線が届く刹那、信長が彼女を抱きかかえる。信長は間一髪のところで飛び退き、直撃を避けた。ちょうど茶々のいた場所は炎がくすぶり黒い煙が立ち昇る。

 

「ぎゃふんとしましたか、母を名乗る不審者(茶々)さん」

「私たち姉妹の力を思い知って?」

「…………」

 

 茶々は答えない。

 血の気の失せた白い顔で自分のいた場所を見つめる。

 

「茶々! おい、しっかりしろ!」

「あ……男伯母上……髪が……」

「ん? ああ、少し焦げてんな……だが、この程度問題ねぇよ」

 

 信長は笑って見せた。

 茶々を庇った時に、炎の余波が信長の髪をかすめていたのだ。本格的に燃え移ることはなかったが、ちりちりと焼ける臭いがする。 

 

「燃えたのか」

 

 ぽつり、と。

 茶々は言葉を漏らす。

 

「おぬしら……伯母上を……妾の……家族を……燃やしたな……!!」

 

 茶々の声色が徐々に怒りを帯びてくる。

 彼女は信長の腕を解くと一歩、二歩と前に出た。

 

「茶々……?」

「止めるでない、男伯母上。妾は教えなければならぬ」

 

 普段の無邪気さは完全に失せ、茶々は静かに告げると「浅井一文字」を引き抜いた。刀が炎を纏うと、それに呼応するように炎が周囲一帯に立ち込める。

 炎はうねりながら空へと昇り、日本の城——豊臣秀吉が築城した「大阪城」を象った。

 

「姉だか妹だか分からぬが、妾の家族を手にかけるなら容赦はせぬ!」

 

 彼女が叫ぶ。

 天下人の側室、茶々。

 彼女は生涯で三度の落城を経験し、そのたびに父を失い、母を失い、最後には全てを失った。

 政治と時流に振り回され、加害者になり果てた元被害者。

 

 評価に賛否両論あれど、家族を炎で失った事実に変わりない。

 晴明の札の効力も相乗し、茶々の家族を守る母としての側面が普段の三倍以上に膨れ上がる。

 

「くらえ!!」

 

 茶々は腕を振り上げると、怒りを炎のビームとして放出した。

 

 

 

「『母ファイヤー』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、姉VS母が決着。
次々回からは、ノッブパートに移りたい。
「オリジナル展開」をタグに追加しました。
まず、とにかく自分が楽しみながら書いていきたいです。


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11話 火の輪を抱いた少女

「負けません! 『姉ビーム』!」

 

 ジャンヌが迎え撃つが、空間を燃やすほどの業火に勝てるはずがない。

 彼女はすぐに旗色の悪さを察したのか、相棒の名を叫んだ。

 

「っ、リースXP!」

 

 ジャンヌは叫ぶ。

 サメの纏う水ならば炎に効果があると考えたのだろう。

 だが、時すでに遅し。

 

「いよっと!」

 

 森長可が槍で迎え撃つ。

 長可の槍はサメの腹にクリーンヒット。

 

「あぁぁぁぁぁ……!」

「そんな! リース!」

 

 長可に打たれ、人食いサメはぐるぐる回転しながら地平線の向こうへと姿を消した。ジャンヌの注意はサメに向けられ、母ファイヤーへの対応が疎かになる。

 

「隙ありなのじゃ! カモン、豊臣ポーンズ!」

 

 茶々の叫びに呼応するように、ジャンヌ達の周りに火の壁がそびえたつ。そして、けたけたと笑う五人の骸骨が地面から這い出てきた。

 

「ひぃ、なによ、これ!?」

 

 廃棄物のジャンヌが悲鳴を上げ、炎で粉砕しようとする。

 だが、骸骨は怯まない。大坂の陣で馳せ参じた大坂牢人五人衆……真田信繁、後藤又兵衛基次、明石全登、毛利勝永、そして、長宗我部盛親の亡者は火を恐れることなく、動きを封じ込めにかかる。

 

「しまった、防御が間に合わない!」

 

 ジャンヌたちにはビームを打つ余裕もない。

 

 茶々は炎を撃つ手を止めると、赤く染まった刀を地に落とした。刀は硬い地面に溶け、背後の大阪城はすべてが焼け落ちるように崩れ、代わりに生まれるのは城を飲み込むほど巨大な火の鳥だった。

 

「そして茶々必殺のぉ……『絢爛魔界日輪城』!」

 

 火の鳥は甲高く鳴くと翼を広げて宙を舞い、まっすぐ水着のジャンヌへと襲いかかった。

 

「あいったたたた!」

 

 炎の鳥が水着のジャンヌを包み込む。

 そして、火の粉が完全に消えた時——、

 

「うう、やられました……」

 

 水着のジャンヌの霊基は戻っていた。

 全体的に焦げ臭く、身体中に傷を負い、髪や服などが焦げているが命に別状はなさそうである。彼女はよろよろと立ち上がると申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「屈辱の……敗北……私は、姉ではなかったのですね……」

「姉ではなかったのです……!」

「う、ん、んんん? あ! そうよ、私が妹のわけないじゃない!」

 

 廃棄物のジャンヌは絶句した。

 どうやら、無事に姉ビームの洗脳が解けたらしい。

 

「というか、見ず知らずの他人まで妹だと思い込んでたわ……痴女の私、怖すぎる。私よりずっと廃棄物じゃない?」

 

 廃棄物のジャンヌは精神的なショックが大きいのだろう。へなへなとその場に座り込んだ。完全に白く燃え尽き、疲労困憊の戦意喪失状態であった。

 

「どうじゃ、マスター! 男の伯母上! 妾の活躍は!」

 

 一方、茶々はぴょんぴょん跳ねていた。

 身を焼くほどの怒りはどこへやら。誰から見ても、勝利に浮かれていた。

 

「茶々……いろいろと聞きたいことは山ほどあるが、俺のために怒ったのか?」

「え? べ、別に男伯母上のために怒ったわけじゃないんだから! 茶々的に姉とかなんとかが許せなかったから怒っただけなんだからネ!」

 

 茶々は頬を赤らめると、ぷいっとそっぽを向いた。黒い髪が揺れ、背中があらわになった。貼ってあったはずの札はない。さきの業火で燃え尽きてしまったのかもしれない。

 立香がそんなことを想っていると、晴明が鋭い声を出した。

 

「なぜ、廃棄物に撃たなかったのですか!」

 

 晴明は茶々を睨んでいた。

 

「あの熱量があれば、廃棄物を焼き殺せたはず!」

「ん? 一番大事なのは洗脳を解くことじゃろう?」

 

 茶々はぽかんと口を開けた。

 

「金髪の暴走を止めること。そうであろう、立香?」

 

 彼女の問いかけに、立香は深々と頷いた。晴明は信じられないと更に眉間にしわを寄せた。

 

「正直なところ、私はジャンヌが度を越した暴走をしていなければ、洗脳も悪くないと思っていました。情報を得る手がかりになりますし、自害させることだってできる。なのに、貴方は……ジャンヌが暴走する前から洗脳を解くつもりだった。いえ、違います。

 貴方は最初から洗脳を阻止するつもりだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

「晴明と同感だ」

 

 信長も真剣な目で同意する。

 

「藤丸、あいつに情が移ったのか?」

「違うよ!」

 

 立香は否定する。

 人を家畜にする。あんな悲惨な所業を見たのだ。絶対に許せるわけがない。

 

「廃棄物は倒さないといけない。この世界には他に道はないし、その通りだと思う」

 

 晴明や信長の意見は理屈としては分かる。むしろ、普通に考えればそうするべきなのかもしれない。

 だが、

 

「それでも、洗脳はよくないよ」

 

 率直な気持ちを述べた。

 

「こちらから洗脳して、自分が誰なのか分からないうちに倒すなんて……私にはできない」

 

 だから、戦うならここからだ。

 その意思をまっすぐ伝える。晴明は理解できないと顔を歪め、信長やブッチたちの目は点になり、茶々と金時は「それが自分たちのマスターだ」と頷きあった。

 そして、廃棄物のジャンヌは、

 

「あんた、変わってるわ」

 

 弱弱しく笑った。

 

「邪悪で卑劣な人間が、よりにもよって私に情をかけるとはね……戦い抜いて守ろうとした者たちに裏切られた私を……洗脳するのは良くない、だなんて」

「ん? それは違うぞ」

 

 ところが、廃棄物ジャンヌの呟きに答えたのは、茶々だった。

 

「茶々は詳しいことは分からぬ。英霊の座とかいう時空を超えた知識もややこしすぎるのでな。

 じゃが、そちは最期まで母に愛されていた。それだけは知っておる」

「え……?」

 

 廃棄物のジャンヌはぽかんと口を開けた。

 立香は茶々の言葉を引き継ぐように話し始めた。

 

「イザベル・ヴトン。ジャンヌの復権に動いた人だったよね?」

 

 第一特異点(オルレアン)を旅したときに、聞いた話を思い出す。

 ジャンヌの母は杖を突きながら法廷に出向き、涙ながらに娘の復権を訴えた。最終的な審理でジャンヌの無罪を勝ち取る事に成功し、娘の復権を見届けた二年後に息を引き取ったのである。

 そう説明すると、廃棄物のジャンヌは唖然とした。

 

「母さんが……? しかも、私が無罪ですって?」

「我が子が火の中で死んだ。それだけでも、母は苦しむものよ。子が嘲笑されていれば、なおのこと。愚かじゃと苛まれても、母とは子のために精一杯のことをするものじゃ。

 少なくとも、妾は……そうした。努力した、はずじゃったが……」

 

 茶々の表情が陰る。

 彼女は最後まで言い切らなかった。

 茶々自身の選択のせいで、我が子を死に追いやった。努力の方向が間違っていたかもしれないとか、間が悪かったとか、時流を読めなかったとか、いろいろ理由はあるだろうが、我が子を切腹に追いやってしまった。その事実は変わらず、彼女は英霊となった今もなお罪を背負っている。

 茶々の事情を知らぬ者も、深く沈んだ声色から何を言おうとしたのか察することができた。

 

「そう考えると、イザベルとやらが少し羨ましい」

 

 茶々は小さく頭を振ると、やや無邪気な顔に戻った。

 

「娘を止めることはできなかったかもしれぬが、己の手で名誉を回復することはできたのじゃ。

 妾には、それすらも許されなかった」

「……母さん(ラ・メール)……」

 

 廃棄物のジャンヌが目を伏せる。

 彼女は何を考えているのだろうか。

 

「私は……親不孝ね。もう一度、あのときに戻れるなら、火炙りにされることもなく、ただの村娘のジャネットとして…………いえ、戻れたとしても……」

 

 廃棄物のジャンヌは呟くと、自身の胸を強くつかんだ。

 

「私も同じです」

 

 ジャンヌも目を伏せた。

 

「神の啓示を受け、外の世界に飛び出したあの日に戻れたとしても……きっと、同じ選択をする。たとえ、己の末路を知っていたとしても、私たちは戦ったでしょう。信仰のためであり……故国を……自分の大切な人たちが住む、あの村を守るために」

「っふ、馬鹿みたい。あんたみたいな女と同じ考えだなんて」

「貴方はジャンヌ・ダルク。私と同じですから」

「さんざん姉とか妹とか言ってきた口で、よく言えるわね!」

 

 廃棄物ジャンヌはちょっと怒ったように言い返したが、ジャンヌは微笑ましそうな顔をしている。復讐者のジャンヌ・ダルク・オルタを見る眼差しに近い。

 

「はぁー、本当、ぐだぐだじゃない。なによこれ、……っ、ぅう!!」

 

 廃棄物のジャンヌが呆れたように首を振った、その瞬間だった。彼女は苦しそうに頭に手を当てる。

 

「ジャンヌ!?」

「……っ、分かってるわ、分かってますとも!! 命令には従います!」

 

 廃棄物のジャンヌはここにはいない誰かに向かって叫んだ。ちょっとイラだちの込めた言葉を言い終えると、こちらに向かい合う。

 

「フジマル、だったかしら? 洗脳を解いてくれたことには感謝するわ。お礼に、いいことを教えてあげる。

 さっきのジル、ハシバ・ジルキチロウとか名乗ってたわ。オダ七大将軍の一人とか」

「羽柴ジル吉郎!?」

「あとは、アケチに『エルフの村を制圧したら、そこに拠点を置いて二度と戻ってくるな、カエル顔の猿』って命令されたとも言ってたわね」

「……光秀」

 

 立香は頭を抱えた。

 いかにも、明智光秀が言いそうな言葉である。

 

「勘違いしないで。あくまでも個人的な礼よ、姉を名乗る不審者から助けてもらったね」

 

 廃棄物ジャンヌは言い切った途端、手を横へと払った。彼女の手の動きに呼応するように、立香たちと彼女との間に巨大な炎の壁が出現する。

 

「いかん!」

「ジャンヌ!」

 

 聖女のジャンヌが旗で炎を払いのける。

 しかし、一歩遅かった。地表に、廃棄物ジャンヌの姿は見当たらない。代わりに空を見上げると、彼女はワイバーンの上に飛びさった後だった。

 

 

 

 北壁がある、遥か彼方へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、オルテ首都上空「空中都市」

 

 魔王信長は臣下の言葉を聞いていた。

 

「……そうか、羽柴が消えたか」

「はっ。ですが、あやつは織田七大将軍のなかでも最弱。遅かれ早かれ、一番先に脱落するのは必然であり想定の範囲内でした。むしろ、ここで退場したおかげで、計画が進みやすくなったともいえます。あやつの死程度、何も問題ありますまい」

 

 

 明智光秀は淡々と述べるが、どことなく羽柴ジル吉郎の死を喜んでいるのが言葉の節々から伝わってきた。

 

「光秀、分かった。では、あいつを呼べ」

 

 魔王信長はとある将軍を呼び寄せた。

 

「よう、信長様。参上したぜ」

「うむ、おぬしを呼び出したのは他でもない。威力偵察だ」

「威力偵察?」

 

 呼び出されたサーヴァントは不服そうに答える。

 

「あれかい? 諜報活動ってやつか? ちっこいあんたに任せればいいんじゃねえの?」

「当初の計画では、ちびノブがいれば首都制圧は完了する予定だった。サーヴァントでも廃棄物でもない人物は恐れるに及ばず」

 

 事実、ちびノブは一般人には脅威である。

 サーヴァントでも「倒すのが面倒」と判定される時点で、一般人が立ち向かえて勝てる敵ではない。ましては、群れを成して襲いかかられた日には絶望的だ。

 

「懸念事項は、シールダーの小娘だったが、マスターが傍にいない。こいつのところに、ちびノブを送り続けていれば、いずれ魔力不足で自滅する……と、考えていた」

 

 マスターこと、藤丸立香の魔力は少ない。

 ゆえに、魔力自体の供給はカルデアからされている……のだが、肝心の供給パスが細い。藤丸立香とサーヴァントの距離が遠のけば遠のくほど、魔力の供給が上手く行き届かなくなる。

 

 つまり、シールダーの小娘ことマシュ・キリエライトは魔力供給がない中で戦わなければならず、ちびノブたちの脅威から人々を守るために戦えば戦うほど戦闘能力が落ちてしまうのだ。

 この状況を打破するためには、藤丸立香がオルテ首都に到着すれば解決するのだが、魔王信長たちの張った結界のせいで合流できる見込みはない。

 

「首都制圧は後に回し、まずは別のところを攻め落とすつもりだったが……ちびノブと対等以上に戦える者が存在したのだ」

「ほう……!」

 

 呼び出されたサーヴァントは興味深そうに目を光らせた。

 

「新しいサーヴァントが召喚されたのか?」

「いや、確かに、はぐれサーヴァントが一人発見されたが……あいつは捨ておいてもよい。脅威にはならぬ。

 おぬしに戦ってほしいのは、漂流者……ただの人間だ」

「ただの人間がちっこいあんたを倒してるだって? そいつは面白い」

「だが、いきなり全力を出すな」

 

 魔王信長は告げた。

 途端、呼び出されたサーヴァントは不満そうに口を尖らせる。

 

「不満そうな顔をするでない。いまのおぬしは、織田七大将軍の一騎にして、ぐだぐだ粒子に汚染されている。まかり間違って、倒されてしまっては困るのだ」

「その程度でくたばれるんならよ、オレは英雄になんぞなってねぇよ。だがまあ、今の俺はあんたのサーヴァント。命令にはちゃんと従うぜ。

 それで、俺が戦えばいいのは、どこのどいつなんだ?」

 

 呼び出されたサーヴァントは表情を切り替えると、魔王信長に問いかけた。

 魔王信長は、静かにその男の名を告げる。

 

 

「日本の侍、島津豊久だ」 

 

 

 オルテ首都、新たな戦の音が近づいていた。

 

 

 

 

 




長い長いジャンヌ戦、これにて閉幕。
FGO的に考えると、
プロローグ(1節)
1話~3話 (2節)
4話~5話 (3節)
6話~11話(4節)
ってな感じをイメージしてます。
次回から5節ですね。ちゃんとクロスオーバーしていきたいです!
今後ともよろしくお願いします。


洗脳宝具? 冤罪剣? あれは、ノーカン。




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12話 新たな敵、到来!

 オルテ帝国。

 首都(ヴェルリナ)

 酒瓶や酔いつぶれた人が転がる薄汚れた路地から一人、小綺麗な少年がメインストリートを眺めていた。

 

「これが、メインストリートだと?」

 

 少年は呆れたように言い放つ。

 

「見かけは立派だが、中身がともなっていない。店主に商品を売ろうとする気合がないではないか。いや、それ以前に若者もいなければ、子どもにも生気を感じられない。おまけに、負傷兵が物乞いをしてるときた。これが首都のメインストリートとは、世も末だな。いや、実際に滅ぼされかけているのだったか」

 

 批評を続ける少年に言葉を返す者はない。彼は小さく息を吐くと、首を横に振った。

 

「しかし、このような世界に召喚されるとは。以前、召喚に応じてしまった時も二次元を無理やり三次元にしたような馬鹿げた世界だったが、今回は更に悲惨だ……さてと、俺はどちらにつくか」

 

 少年は視線を上に向ける。

 首都の半分を覆いつくす天空の城。そして、その眼下には首都の政府庁舎が見えた。庁舎の窓辺には、壮年の眼帯をした男が物思いにふけっている姿が見える。

 

「……まあ、答えは決まっている。聖杯に召喚された『はぐれサーヴァント』として、自分の役割を果たす。それだけだ」

 

 はぐれサーヴァントは誰にも聞こえることのない言葉を残すと、路地の奥へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、首都(ヴェルリナ)の政庁舎。

 織田信長は上空に浮かぶ天空の城を眺めながら策を講じていた。

 

「ったく、面倒なことになったのう」

 

 マシュ単体であれば、ここに集った総力を結集させ、天空の城へと飛ばすことができる。だが、マスターとの距離があまりにも離れているせいで、マシュは満足に戦えない。そんな状態で送り届けても、無駄死にか人質になるだけである。現に、彼女は武装を解いた眼鏡の制服姿で、オルミーヌと話をしていた。

 

「むー」

 

 しかし、こうして二人を見ると姉妹のようである。

 二人とも美人だし眼鏡に全体的な雰囲気がそっくりである。あと、ふくよかな胸だ。信長は二人を見比べると、自身の胸元に視線を移す。まな板、というか、完全に男の胸である。

 

「って、本当のわしには胸はあるわい! 全然羨ましくなんてないんだからネ! 人斬りサークルの姫よりあったし、わしのほうが水着実装されたの先だったもん!」

「女信、なに言ってんの?」

「うおぅ!? いつから、そこに!?」

 

 信長が振り返ると、片目隠れの美少年が呆れた顔で佇んでいた。

 

「いつからって、最初からだけど?」

「気配消すのが上手いのう……。たしか、那須与一じゃったか?」

「そうだよ。もしかして、女信の世界では女だった?」

「んー、男として伝わっておるが……」

 

 信長は渋い顔をして答えた。

 

「だがのう、頼光も牛若丸も女じゃったからな……」

「へー、そういうこともあるんだね。……ん? 牛若丸が女……? 牛若丸って、源氏の?」

「それ以外の牛若丸はおらんよ。牛若丸こと源義経じゃ」

「っぷ、ぷぷぷ」

 

 信長が答えると、与一は口を抑えて笑い始めた。

 

「え、なに? わし、なにかおかしいこと言った?」

「いえ、なにも。でも、女ですか……っくっくっく、あの人が女だって。散々武士の道にはずれる卑怯なことばかりしてきていたから、異世界で女になるんですよ」

 

 与一の顔には明らかに「ざまぁ」の文字が浮かんでいた。

 どうやら、こちらの世界では相当嫌われていたようである。

 

「与一に義経が嫌われておるとは……いや、カルデアの牛若丸も戦いとなると非情・冷酷・最適手の権化じゃったか。敵は多そうだのう。

 しかし、まさか、源平屋島の那須与一と出会えるとは。それも、味方となると心強いわい! ところで、あっちの男は?」

 

 信長は暇そうに座っている男を一瞥した。

 

「ん、(おい)のことか?」

「お前以外に誰がいる? というか、普通にちびノブ殺してまわっておったが、何者じゃ?」

 

 ちびノブは見た目に騙されることなかれ。あれはサーヴァントでも手こずる存在である。ただの武芸者が倒せるはずもないのだ。信長は腰に下げている刀を一瞥したが、名のある業物には見えない。

 

「見たところ、侍っぽいが……」

「島津豊久。島津家久が子じゃ!」

「島津……島津……おお、知っておるぞ!」

 

 信長はぽんっと手を叩いた。

 

「九州のはじっこの! 田舎者じゃな!」

「あ、それ、こっちの信も言ってた」

「そうそう! 島津といえば、源平合戦の時から領地が変わっとらんかったのう! 先祖代々の田舎者じゃ!」

「信長さん! 失礼ですよ!!」

 

 豊久が動き出す寸前、マシュがぴしゃりと叱った。

 

「だってー、事実だしー」

「マシュは知ってるの、島津のこと?」

「それは……あ、思い出しました! たしか、クー・フーリンさんが島津と名乗っていましたよね」

 

 マシュは一瞬、眼を逸らしたが、すぐに切り返してきた。

 彼女の言葉を聞き、信長も「あー、そういえば、そんなこともあったな」と思い出す。

 

「わしとマシュが最初に出会った特異点でのことじゃな」

「はい。本当に懐かしいです……!」

 

 マシュと藤丸立香が人理修復の旅を始めてから間もない出会いだった。

 特異点自体も、7つの内の3つ目を攻略しているかしていないかくらいだっただろう。次に、ぐだぐだ粒子が絡んできたときには、すでに人理修復を成しえたあとだった。そう考えると、遠い昔の出来事である。

 信長が郷愁に浸っていると、豊久は少し怪訝そうに眉をひそめた。

 

「なんじゃ? 島津に南蛮人ん血が入ったんか?」

「いえ、そういうわけではなくて、ぐだぐだ武将のことです」

 

 マシュが説明を始めた。

 

「ぐだぐだ粒子に汚染されつつある世界で、聖杯によって召喚されたサーヴァントのことです。召喚時にぐだぐだ因子と混ざり合ってしまった存在ですね。

 例をあげるとすると、海道一の弓取りとして、松平アーラシュさんが召喚されていました」

「それ、東洋一の弓取りではなくって!?」

 

 これに突っ込みを入れたのは、サンジェルミ伯だった。

 

「だけど、ケルトの英雄と島津を掛け合わせたのは理解できるわ。だいたい全員、狂戦士でもおかしくない逸話ばかりだもの。……ん、待って。ぐだぐだ粒子に汚染されている、と言ったわね? つまり、この世界にも『ぐだぐだ武将』が召喚されているかもしれないってこと?」

「はい、おそらく」

「謎のナマモノを軽々倒せるほどの存在なのでしょ? 廃棄物並みに大変じゃない!」

 

 サンジェルミは脱力した。信長も同意する。信長が見た限り、エルフやドワーフだとちびノブは作戦次第で勝つことはできなくはないが、サーヴァントと戦えるだけの実力者はいない。島津豊久や那須与一を上手く使えば、サーヴァントの一、二体倒せるかもしれないが、かなり難しいことだろう。

 

「……ん?」

 

 信長が考えを巡らせていると、与一が外に目を向けた。

 

「どげんした?」

「何か飛んでいました」

 

 その言葉に、全員が窓の外に目を向ける。見ると、首都を覆う結界の上空を何かが通り過ぎ、弧を描きながら街に落下するのが見えた。

 

「なにかが、街の外から飛んできた!?」

「うーん、生き物っぽいけど」

 

 与一は眼を鋭く細めて、飛来した物体を注視したが歯切れが悪い。

 

「鳥か?」

「たぶん、サメかな? でも、この世界のサメって空を飛ぶの?」

「この世界でも、サメはサメです!」

 

 オルミーヌが否定した。サンジェルミも頷いている。

 

「おっぱい眼鏡の言う通りよ。サメが飛来するとか、ありえないわ。アメリカ映画ではあるまいし。本当に、サメだったの?」

「与一がそうゆたなら、そうに決まっちょる」

 

 豊久が代わりに応えると、彼は大きく伸びをして出入り口の方へ歩き始めた。 

 

「おぬし、どこへ行く?」

「様子を見てくる。なんか嫌な予感がするぞ」

 

 嫌な予感がする、と言いながらも、豊久の眼はぎらぎらと輝いていた。

 信長はその後姿を軽くにらむ。

 サメが降ってくるわけがない。それは、誰から見ても尋常でないことは明らかだ。つまり、人為的な意図が絡んでいる。もしかすると、サメを利用した何かをおっぱじめようとしているのかもしれない。

 

「なら、わしもついて行く」

「では、信長さん。私も一緒に……」

「マシュ、おぬしは残れ。一人くらいサーヴァントが残っておいたほうが良い。それに……」

 

 信長は一度、言葉を切った。

 

 どうも、あの若武者が気になった。聞けば、この軍の総大将と聞く。どうして、彼が総大将になったのか、信長には理解できなかった(・・・・・・・・)

 戦況に関する勘はあるようだが、それ以上のモノを持っているようには見えない。

 侍大将としては良いかもしれないが、信長としてみればそこまでだった。

 

「……」

 

 この世界は、死にかけている。

 漂流者の力を借りて、廃棄物と戦う。そこから、再び立ち直っていくのが、この世界の歴史なのだろう。

 オルミーヌたちの話を聞く限り、その廃棄物たちは非常に強い。

 ともなれば、漂流者が廃棄物と戦うためには、軍が必要だ。ゆえに、滅びる手前の国を簒奪し、漂流者の国とする。そこで国力を蓄え、きたるべき世界の存亡をかけた戦に臨む。

 

 それは、信長も分かる。漂流者の信長でなく、自分でも同じ手段を画策したことだろう。

 

 だが……なぜ、自分が総大将にならなかったのか。

 

 こんな疲弊しきった末期の国に漂流したともなれば、時代が再び己を望んでいると判断するのが当然ではないか? 死に瀕した世界を救い、新たな革新をもたらすべく天下布武を敢行するべきではないか?

 自分ならできる。織田信長であれば、優秀な侍大将や弓の達人たちを動かし、今度こそ天下をとれる。信長が見た限り、現在首都にいる漂流者たちのなかに、自分以上に効率よく天下をとれる人材はいない。

 

「この世界のわしが何を考えておったのか、ようわからん」

 

 信長は誰にも聞こえぬほど小さな声で呟くと、豊久について外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

「って、なんでおぬしたちも来とるんじゃー!」

 

 信長は後ろを振り返って叫んでいた。

 豊久の判断を後ろから視察し、本当に危険なことになったら助ければいいよネ!的に考えていたのだが、オルミーヌとドワーフがついてきていたのである。

 

「ドワーフの老人とか家で休んでおけ」

「ああ? なんだと? わしはまだまだ若いわい!!」

「え、若いの? 髭ボーボーじゃし、しわくちゃだから老人かと思った」

「ドワーフの年齢は分かりにくいですよね……」

「というか、オッパイもなんで来たのじゃ?」

「オルミーヌです! 私は十月機関の者として、漂流者を助けることは責務。ましては、信長さんに憑依した廃棄物のような能力を操る者を放っておくわけにはいきません!」

 

 オルミーヌはきっぱりと言い放った。

 

「えー、そう言っておるが、さっきはマシュと仲良く話してたじゃろ?」

「マシュさんは別です。親近感があるというか、貴方より胡散臭くないというか」

「はぁ、つまり、わしの監視か。……ま、是非もなし。ん? そこのドワーフ」

 

 信長はやれやれと頭を振って視線を逸らすと、ドワーフの手にした火縄銃に気がついた。

 

「それは種子島か?」

「テッポという奴じゃ。この世界のあんたに言われて、作らされたもんだ」

「鉄砲! ドワーフが種子島を!」

 

 確かに、自分ならしそうだと納得する。

 弾の火薬は作る方法があるし、ドワーフほどの鍛冶能力があれば量産することも可能だ。

 

「さすが、わし! ドワーフに種子島を作らせるとか、分かってるのう! うむ、次は安土を作らせる番よ」

「女信、城を築城すっと?」

「ふふふ、安土とはのう、超大型戦略爆撃機のことじゃ。って、漂流者のわしは時代を超える知識を持っていないんじゃった。そうじゃよな、帝都の聖杯戦争のことなんて知らんよな。わしだって、鉄の鳥が空を飛ぶとか、生前に知ってたら、国友村の鍛冶屋に……ん? 鍛冶屋? ……あ、あああ!!」

 

 なぜ、この瞬間まで気がつかなかったのか!

 爆撃機があれば、天空の城まで一直線ではないか。それも、一人ではなく複数で乗り込むことができる。マシュ一人では戦うことが困難でも、信長やちびノブを一閃できる豊久たちと組めば、魔王信長を倒すことができるのではないか。

 

「のう、ドワーフ。空を飛ぶ鉄の鳥、知っておるか?」

「鉄の鳥だ? なんだそれ?」

「わしの頭に設計図が入っとる。あとで書き写すから見るだけ見てくれぬか?」

 

 資源を考えると、超大型戦略爆撃機は作れないかもしれないが、縮小版くらいならいける気がする。首都中の鉄を徴収すれば、なんとかなるはずだ。種子島を作ったドワーフの腕なら、爆撃機の製造もできるかもしれない。いや、絶対に造ることができる。

 それに、さっきのサメは首都の外から飛来していた。もしかしたら、一度首都の外に出て、マスターと合流してから攻めなおすこともできるかもしれない。いや、そちらの方が合理的か? 自分の身体を取り戻すこともできるし……と、信長は思案する。

 

「なんか、女の信長さんが悪い笑顔をしてる……」

「信がよからんこっを企んじょる顔や」

「中身が変わっても、考え方は同じなのかもしれぬの」

 

 三人が言いたい放題しているが、信長は自身の計画を煮詰めることに夢中になっていた。

 

「…信長さん、女の信長さん、そろそろですよ。戻ってきてください」

「ん、おお、そうじゃった。このあたりに落下したんじゃよな? ま、与一はサメだと言っておったが、現実的に考えてもサメが降ってくるとかないじゃろ」

 

 信長は気楽に言うと、通りを曲がった。

 

 

 

 

「……」

 

 そして、信長たちは目撃してしまう。

 森長可の手によって、エルフの集落から飛ばされた……リースXPことホオジロザメを。ホオジロザメは凶暴な眼に光を宿したまま宙に浮きあがった。

 

「あそぼ」

「「「撤退!!」」」

 

 信長とオルミーヌ、ドワーフの絶叫が重なり合った。

 

「げぇ! あれ、水辺の聖女のサメじゃねぇ!?」

「知ってるんですか、女の信長さん!?」

「ベガスで一番やばい姉のサメじゃよ!」

「姉のサメとか意味わからんわい! というか、話してないか!?」

 

 信長たちをよそに、豊久は平然としていた。

 

「ただんサメじゃ。驚く必要はなか」

「ただのサメって……でも、あのサメ、浮いてません?」

「トヨ、あのサメはやばい」

「知らん」

 

 豊久は一歩、前に出た。

 サメは豊久に狙いを定めると、一言だけ呟いた。

 

「あそぼ」

「遊ぼごたっとか? よかぜ、遊んでやる!」

 

 サメが空中を泳ぐように疾走するのと同時に、豊久は刀を引き抜いた。にたりと好戦的な笑みを携え、サメに怯むことなく地面を蹴る。

 サメは凶悪な牙で豊久を噛み殺そうと口を大きく開けた。

 

「豊久! わしが援護する!」

「必要なか!!」

 

 信長が火縄銃を構えようとしたが、豊久は叫んだ。サメの口に食われる寸前、ぐいっと背をかがめてサメの腹部に入り込む。そのまま、迷いもなく腹に刀を突きたてると、勢いよく撫で切った。切れ味の良い刀は、すぱんっとサメの頭と胴体を別つ。おびたたしい鮮血が滝のように流れ出し、豊久を半分濡らした。

 

「あ……そ……」

 

 さすがに、凶暴なサメもこうなっては打つ手がない。

 数秒ほどぴくぴくと小さな痙攣を繰り返していたが、次第に静かになっていき、完全に動かなくなるとともに金砂となって消失した。

 

「うわぁ……勝蔵かよ、こいつ。怯むことなく倒したよ」

 

 信長は森長可のことを思い出した。あいつもサメ程度に戸惑うことなく、一突きで仕留めそうだと思いを馳せる。

 

「消えたな」

 

 豊久はつまらなそうに呟いた。

 

「どうして、サメが降ってきたのでしょう?」

「どこかん誰かが、打ち上げたんじゃろう。腹んところに痣があった」

「トヨくらいだぞ、そんなことに気づいたのは」

 

 ドワーフはやれやれと肩を落とした。

 

「わしなんか、眼を見るので精いっぱいだったわい」

「私、眼を見るのも怖かったです……」

「それが普通の反応じゃよ。しかし、あのサメがいるとなると、聖女がいるということじゃな」

 

 信長は腕を組むと唸った。

 味方なら心強いが、敵となると恐ろしい。特に、噂に聞く洗脳能力。現在の首都の戦力では、洗脳能力に太刀打ちできる人材はいない。狂戦士めいた豊久を使えば、力で押し通すことができるかもしれないが……と、考えているうちに、針を刺すような悪寒が身体にはしった。

 

「誰だ!」

「お、気づいたか。まあ、気配を消してねぇんだから、気づくよな」

 

 建物の屋根から、一人の男がこちらを覗き込んでいる。

 全体的に青い男だった。赤い槍を背負うように担ぎ、たんっと軽快に降りてくる。青い男はにたりと笑うと、獣じみた視線を豊久に向けた。

 

 

「魔王信長の七大将軍の一人、槍の又三こと、なんだったったけかな……。

 あ、そうそう、前田セタンタだ。そこの赤い兄ちゃんの心臓、貰いに来たぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※一部セリフ回しを変更しました。


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13話 ケルト/オルテで一番やばい奴

戦闘シーンが難しかった……



 青身の男は名乗った後、少し不満そうに口を尖らせた。

 

「って、また幼名かよ……しかも、前と同じ名前じゃねぇか」

「又左ではないか、久しぶりじゃのう!」

 

 信長がにこやかに言った。

 

「って、いつもの青い朱槍の人ではないか。毎度、ご苦労なことじゃ」

「女の信長さん、知り合いですか?」

「ぐだぐだ系特異点の常連じゃよ」

 

 信長はオルミーヌの疑問に笑って答えたが、眼だけは真剣にクランの猛犬クー・フーリンこと、前田セタンタを見据えていた。

 吊り上がった口元は粗暴で、しなやかな獣のようである。ぐだぐだ因子に汚染されているとはいえ、明確な殺意が伝わってきた。ふざけているのは名前だけ、というやつである。

 

「前田家が南蛮人を養子に取ったんか」

 

 豊久はセタンタから眼を逸らさない。刀を握り締めたまま、朱槍の男を睨みつけていた。

 

「加賀ではそんな変な服ば着ちょるのか」

「日本風にいえば、傾いてるってやつさ。一度、着てみるか? この服の良さが分かるぜ?」

 

 セタンタは口元をつり上げた。軽々とした声だったが、殺意に満ちている。豊久もにたりと好戦的に笑うと、信長たちを振り返ることなく口を開いた。

 

「ぬしゃらば下がってろ。あれは(おい)首級(クビ)じゃ」

「ほう。本当に一人で挑む気か?」

 

 セタンタは獣じみた眼光で豊久を観察するように睨みつけた。

 

「悪いが、簡単に首をとらせるつもりはねぇぞ」

 

 セタンタは二メートルをも朱槍を軽々構えた。

 豊久とセタンタの間合いは、わずか五メートル。うち、セタンタの凶器は二メートルある。単純計算で、残り三メートルしかない。しかし、サーヴァントの一歩で軽々と詰められる距離でしかない。

 

「豊久じゃったか? 悪いことは言わん。ここは撤退するぞ」

 

 信長はダメもとで口にした。

 

「槍の人はサーヴァントじゃ。わしも加勢したいのはやまやまなんじゃが、『矢避けの加護』がある。わしの火縄では太刀打ちできん」

「矢避けの加護?」

 

 信長の投げかけに、オルミーヌが口を開いた。

 

「矢を避けるということですか?」

「射手を目でおさめているなら弓矢や銃はもちろん、宝具すら回避するスキルじゃよ」

「ほうか」

 

 豊久は短く呟いたが、一向にこちらを向かない。

 信長の忠告に従う素振りはなく、単身でセタンタとやりあうつもりらしい。

 

「……戦バカ、ここに極まりか」

 

 信長は二人の対峙を見据えながら、豊久が敗北する前提で策を練り始めた。

 生身の人間がぐだぐだ武将とはいえ、サーヴァントと戦うことを決めるなど無謀にもほどがある。

 いかに、ちびノブを倒せるからと言って、調子に乗りすぎだ。おまけに、相手の力量が分かっているのに、豊久はまったく尻込みをしていない。

 

 こういう手合いは、やめろと制しても引くものではないのだ。

 事実、赤と青……二色の戦士は激突した。

 

「首、置いていけ!」

 

 最初に動いたのは、豊久だった。

 実戦刀を手に、紅色の青年は疾走する。

 

「てめぇこそ、心臓おいてけやぁ!」

 

 迎え撃つは、セタンタ。

 疾駆する豊久の姿が突風ならば、迎撃する真紅の穂先は神風のごとし。セタンタの槍は豊久の一撃よりも素早く、心臓めがけて高速で突き出される。豊久はすれすれのところで刀で受け流した。

 

「……ッ!」

 

 豊久は止まった。

 二メートルから先に踏み込むことができない。

 槍という武器は、戦場において刀よりも脅威だった。長い間合いをもって、敵を制し戦場を制する。十分な間合いを取ったまま相手を突き刺し、足を払い、長さと遠心力を利用して頭上から思いっきり殴りつけることもできた。間合いに入ろうとする敵を迎撃するだけでいいのだ。槍兵からすれば踏み込んでくる外敵を貫くことは、自ら打って出るよりも容易い。

 

「俺相手に接近戦を挑むとは、いい度胸じゃねぇの。いいぜ、少しは楽しめそうじゃねぇか!」

 

 ところが、セタンタは動いた。

 常に前進し、豊久を攻め続ける。普通に考えれば、逆効果。槍を引き戻した隙を突かれて、間合いに入られてしまう。

 しかし、豊久の喉や肩、心臓を貫こうとする槍に、戻りの隙などなかった。

 豊久も負けてはいない。

 怖気づくことなく、むしろ目をぎらぎらと輝かせながら刀を振るった。だが、セタンタの高速の突きは一撃ごとに豊久の攻撃をはじき、後退させていく。

 サーヴァントであるか否か以前に、豊久の圧倒的不利は変わらない。半端な後退では槍の間合いに入ることはできず、無理に反撃を試みようとすれば槍の穂先で腹を薙ぎ切られることは必定。

 

「……あやつ、どう戦うつもりじゃ?」

 

 信長は小さく呟くと、この世界の自分が総大将に祀り上げた男の行動を観察した。

 

「……」

 

 豊久はにやりと笑うと、一気に逃げた(・・・・・・)

 セタンタの突きを弾いた勢いで身体を逸らし、間合いへ無理やり飛び込むと見せかけ、信長たちのいる位置まで全速力で後退した。

 

「借っど」

「え!?」

 

 豊久はオルミーヌのポケットから札のようなものを引っ張り出すと、近くの家の窓を突き破る。

 

「逃がすか!」

 

 当然、セタンタは豊久を追いかけた。

 信長たちを一切無視し、豊久が割った窓から住居に侵入する。

 

「なるほどのう、屋内戦に持ち込んだか」

 

 信長は小声でつぶやくと窓から中を覗き込む。

 二メートルも超す長さの槍を狭い室内で自由自在に振り回すことは難しい。ただ、さすがは槍の英霊。軽く屈みこむと、屋外戦のように勢いよく横へ薙ぎ払う。豊久の顔の側面を狙った一撃は、刀ではじき返すことができたようだが、その後もセタンタは壁や天井に槍を当てることなく、美しい弧を描きながら自由自在に槍技を繰り出し続ける。

 

「なんというやつだ」

 

 ドワーフが銃を構えたまま呟いた。

 

「トヨが手も足も出ないとは」

「いや、よくやっておる。むしろ、大健闘じゃ」

 

 信長は目を細めた。

 なけなしの魔術回路を開き、もう一発くらいなら宝具を放つことはできるが、セタンタ相手に自身の宝具は効果がない。やはり、マシュを呼び戻すしかないか……と考え始めた矢先、豊久に動きがあった。

 

「どうした、どうした! まだやれるんじゃねぇの?」

 

 一向に、セタンタ優勢には変わりはない。

 互いに傷こそ負ってないが、豊久の息が上がっているのは誰から見ても明らかだった。

 

「まさか、それでしまいとか言うんじゃねぇだろうな?」

「おまんこそ、なに手加減をしちょる? 本気じゃなか」

 

 槍を打ち払いながら、豊久は問いかけに答えた。

 

「そりゃな。本気を出したら、一撃で終わっちまうだろ?」

「そうじゃなか」

「ああん?」

 

 豊久はにたりと笑うと、セタンタが打ち払われた槍を構えなおして次の一撃を繰り出すコンマ数秒の隙に、後ろを見ることなく、再び背中から窓へと飛びのいた。

 

「うわっと!?」

 

 信長たちは慌てて引き下がる。

 豊久はこちらの動揺を気にかけることなく、さきほどオルミーヌから取った札を前に突き出した。

 

「おるみぬ!」

「え、は、はい!」

 

 オルミーヌは何が起きているのか分からないようだったが、軽く手を払った。すると、豊久が持っていた札を軸に白い壁が出現した。一瞬、セタンタが目に入ったが、白い壁が立ちふさがり姿が見えなくなる。

 

「お前、ただの人間じゃねぇな。魔術を使えるとは」

 

 もちろん、この程度でセタンタが戸惑うわけがない。

 

「俺ではなか」

 

 豊久は白壁の前にたたずむと、やや大きめの声で否定する。

 そんな豊久めがけて、白壁の向こうから赤い槍が貫いた。豊久の脇腹を赤い槍は貫通し、にんまりと弧を描いたままの口元から赤い血が滴り落ちる。

 

「トヨさん!」

「拍子抜けだな」

 

 セタンタは白壁を足で砕くと、路地に出てきた。

 壁が壊れ、煙が立ち込める中、悠然と姿を現した。豊久が槍が刺さったまま、よろよろと後ろに下がる姿をセタンタはつまらなそうに見ている。

 

「白壁ってのは驚いたが、こんなもんか」

 

 セタンタは淡々と口にすると、豊久から槍を抜こうとした。だが、豊久は赤い槍をつかんだまま抜かそうとしない。

 

「死んでも離さないってか? しかし、分からねぇな。お前ほどの武芸者なら力量の差くらい分かるはずだ。しかも、総大将なんだろ? 石壁で足止めしてる間にでも、逃げるべきだったな」

(おい)は、一度もそがい思うたことはなか。俺はしょせん、功名、餓鬼よ……」

 

 豊久が話すたびに、口から血が泡のように湧き出てくる。だが、彼は脇腹を貫く槍を握りしめたまま、言葉を語り続けた。

 

「じゃけん、奴は違う。第六天魔王織田前右府信長は違う。わしゃ相手にがまりばすれば、その間に食ろうて信が必ず潮目を変える」

「ノブナガのための時間稼ぎか?」

 

 セタンタの目が一瞬、信長に向けられた。

 

「おかしな話だ。あいつはお前の知っているノブナガではないって話だろ? 実際、あいつは何が起きているのか分かってないって顔してるぜ?」

「……なぁ、おまんには、なんとかちゅう加護があっんじゃろう?」

「ん? 矢避けの加護のことか? そんなこと、聞いてどうするってんだ?」

 

 セタンタが眉間にしわを寄せた、次の瞬間だった。

 

「トヨ!」

 

 ドワーフが叫んだ。ドワーフはいつのまにか、豊久の後ろ側に回り込んでいた。豊久の背に隠れながら火縄を構え、身体の向こうにいるはずのセタンタに照準を定めている。

 

「かまわんど! おいごと撃えい!」

 

 豊久の言葉を聞き、ドワーフは迷うことなく手筒花火のような一撃を放つ。豊久の身体を貫き、セタンタへと球が届いた。本来であれば、矢避けの加護の効果でセタンタに当たることはない。しかし、射手であるドワーフの姿はセタンタの視界に入っていない。

 

 すなわち、矢避けの加護の効果は消える。

 

「やったか!」

「いい考えだったが、惜しかったな」

 

 ドワーフが目を輝かせたが、すぐに蒼白する。

 セタンタは無傷だった。槍を動かしてもなく、まともに銃弾を受けたはずなのに、青い身体には焦げ跡すらついていなかった。

 

「な!?」

「サーヴァントの身体にただの銃が通用するわけないだろ。って、知らなかったなら仕方ねぇのか……よく戦ったな。それじゃあ、お前の心臓を貰い受ける」

 

 セタンタは残念そうに呟く。ドワーフの攻撃で、さらに豊久の身体に穴が開いた。あれでは、まともに戦うことはできまい。しかし、まだ戦意は消失していなかった。立っているのもやっとだというのに、セタンタをして軽々引き抜くことはできないほど槍を握りしめている。

 

「………ん? まだ離さないってか? 往生際が悪い奴だ」

「そうじゃの、馬鹿な奴じゃ」

 

 ところが、この問いに答えたのは、豊久ではなく織田信長だった。

 それと同時に、ぐさりとセタンタの胸に刀が生える。

 

「なっ……」

「わしが潮目を変えるとか言われたら、わしだって全力をだすしかないじゃろ」

 

 信長はセタンタの背後から刀を刺しながら、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ばか、な……いつから、そこに?」

「ドワーフが銃を撃った時じゃよ。おかげで、わしも被弾したわい」

 

 事実、信長の肩からは滝のような血が流れ出ていた。

 

「気配がわからなかったって? そりゃ、いまのわしはサーヴァントより人間に近いからのう。気配を消せば、アサシンのごとしじゃ。それにしても……無理にスキルを使ったせいで、へとへとじゃわい」

 

 信長は刀を引き抜くと、その場に膝をついた。

 信長が使ったスキル「天下布武」。

 神性属性特攻スキルであり、ただ切るよりも神性持ちには突き刺さる。ぐだぐだ武将化していても、前田セタンタはクー・フーリンであることに変わりなく、不意の一撃は彼の動きを鈍らせるのに十分だった。

 

「さすがは信じゃ」

 

 ここで、豊久は槍を引き抜いた。

 信長の比ではないほどの血が溢れだしたが、彼は痛みなど全く感じていない笑顔で刀を構えて突撃する。

 

「首、貰うど」

「……っ、まだだ!」

 

 決着、ここにあり。

 セタンタが槍を戻す半歩先に、豊久が間合いに飛び込む。

 セタンタは豊久が飛び込んできたとわかるとすぐに槍を捨て、足蹴りを食らわそうとする。だが、

 

「させるか!」

 

 セタンタが足を振り上げようとする前に、信長が彼の両足にしがみついた。セタンタの動きが緩まり、その隙に、豊久は風を切るように刀を振るった。

 

「――っ、くあ!」

 

 セタンタの首は胴体と切り離され、ごとんっと血の海に沈んだ。セタンタの残骸が金砂となり、消えていく。激戦の跡が残った血の海の上で、信長と豊久は共に倒れこんだ。

 

「……勝ったが……首が、消えた」

「そりゃのう……サーヴァントじゃからな……」

「というか、おぬし……よく……わしのことを信じる気に……なったもんじゃのう」

「……信は女でも信じゃ……考え方が、似とる……」

「……あー……なんとなく、こっちのわしが何を考えていたのか……わかった気も……するのう」

「二人とも何を悠長に話しているんですか!」

 

 オルミーヌが駆け寄ってくる。

 走るたびに、ぱしゃぱしゃと血のみずたまりが弾いて、白い服に飛沫がつく。同じくドワーフも怒ったような安心したような顔で後に続いていた。

 

「トヨ! しっかりせんか!」

「すぐに運びます! トヨさんも女信長さんも、あと少し頑張ってください!」

 

 オルミーヌが信長を、ドワーフが豊久を担ぎ上げた、そのときだった。

 

「クランの猛犬を破ったか。なるほど、実力は確かなようだ」

 

 誰もいないはずの通りに男の声が木霊した。

 信長が視線を上げると、ちょうど通りの真ん中に光の粒子が集まるところだった。粒子は束ねられ、一つの人型を作り出す。夜に溶け込みそうなほどに黒い貴族服に身を包んだ男は、その黒と相反するようにぞっとするほど青白く、絹のように白い髪は無造作に後ろへ伸ばされていた。

 

「おぬしは……ドラゴン娘の衣装を作っていた……」

「余と面識があるようだな」

 

 彼の冷徹な目が一同を見渡した。

 セタンタの獣のような獰猛な瞳とは別の緊張感で周囲一帯が張り詰める。

 

「余はヴラド三世、ここに参った。いや、佐久間ヴラド三世と名乗るべきかもしれないな」

「ここで、新手じゃと」

「いかにも。余は別用でここに来たが……同朋が敗れたとあっては、見逃すわけにはいかない」

 

 ヴラド三世は淡々と宣言すると、手元に黒々とした槍を出現させた。 

 

「では、世界に呪わしき我が名を吼え立てよう」

「……っ、是非もなし、か」

 

 信長に串刺し公とやりえるだけの残存魔力はない。

 豊久はとてもではないが戦える状態ではない。

 ドワーフの銃は効かず、オルミーヌで太刀打ちできる敵ではない。

 

「おいが……しんがりを務めもっそ……」

「トヨ! 動いてはいかん!」

 

 ドワーフが豊久を止めようとするが、彼は止まらない。

 穴あきだらけの死にかけた身体に渇を入れるように立ち上がる。信長は狂気さえ覚えた。その姿は、まるで——

 

 

「まさか、ゾンビのようだと表現するつもりではないだろうな? くだらん。お前たちの目は節穴か。こいつのどこが腐っているように見える」

 

 しかし、信長の考えは一蹴された。 

 ヴラド三世と信長たちとの間に、再び別の人物が現れたからである。ただし、こちらの人物はヴラド三世に立ち向かうように立っており、血まみれの戦場と化した路地裏に似つかわしくない青髪の子どもだった。

 

「子どもが……来っところじゃなか。さっさと家に……」

「この状況で俺の心配か? お前は馬鹿なのか? いや、馬鹿なのだな。超がつくほど戦馬鹿だ! だが、面白い。俄然、お前たちの話を詳しく聞きたくなった。

 その前に、しばしご退出いただこうか」

 

 青髪の少年は何もない空間から一冊の本を取り出した。

 

「余とやりあうつもりか、アンデルセン」

「まさか! さすがに、俺一人ではお前を相手にすることはできない。なにせ、この世界では輪にかけて役立たずの三流サーヴァントなものでな」

 

 少年は断言すると、高らかに自身の著書の引用を謳った。

 

「『白鳥のように飛び立て。この池は、お前たちの住む場所ではない』」

 

 それは「みにくいアヒルの子」の引用文。

 アンデルセンの魔術を受け、一陣の風が巻き起こる。

 

「退避の魔術か……だがよい。余に任せられた仕事は、お前を自陣に引き入れることだったが……交渉は決裂したと伝えることにしよう」

 

 ヴラド三世はあっさりと目をつぶると、風に乗って遠くへ飛ばされ、どこかへと消えていった。

 

「あの……倒したのですか?」

「串刺し公が言っていただろ? 俺は遠くへ飛ばし、それに向こうも乗っかっただけだ。

 それより、こいつらをお前たちの拠点に運ぶのではなかったか?」

「そ、そうでした!」

 

 オルミーヌは我に返ったように叫ぶと、信長の腕を肩に回し歩き始めた。ドワーフも豊久を担いで歩き始める。

 

「まったく、今からこの調子とは……先が思いやられる」

 

 アンデルセンは手伝う素振りも見せず、二人を観察するように後に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 




Q.ヴラド三世とアンデルセンを出した理由は?
A.ヒラコー作品といえば、吸血鬼とアンデルセンでしょ!

Q.前田セタンタ、退場早すぎない?
A.幸運Eだから。
 彼はぐだぐだ物語を進めるための犠牲になったのだ。



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14話 ヴェルリナの夜

※サブタイトルを変更しました。


 前田セタンタとの戦闘が終わり、約半日が経過した。

 すでに陽は落ち、夜の闇と静寂に包まれている。だが、一か所だけ。漂流者たちが根城とする政府市庁舎だけは灯りがともり、緊迫感に包まれていた。

 

「あー痛たい……人間の身体とは不便よのう」

 

 信長は痛む肩を押さえながら、大げさにため息をついた。

 サーヴァントとしての力は使えるが、肉体自体は50歳前後。かなり無理やり魔術回路を通したこともあり、信長の肉体はボロボロである。

 

「だが、あいつよりマシか」

 

 信長は部屋の奥でいびきを上げる男に視線を向けた。

 島津豊久。

 与一やエルフたちが傷口を縫い終え、包帯だらけの身体を横たえている。

 この世界に麻酔などないので、直接、身体に針を刺していたというのに痛む素振りを見せず、すっかり寝入っていたのは驚きだ。もともと身体中が傷だらけ縫い跡だらけ。きっと、セタンタに挑んでいった勢いのまま、常に戦場を駆け抜けてきたのだろう。

 

「豊久さん、大丈夫でしょうか?」

 

 信長が豊久を眺めていると、マシュが不安そうに呟いていた。

 

「サーヴァントではないのに、あの傷では……」

「んー、まあ、大丈夫じゃろ。すやすや寝てるし」

「たしかに、寝ていますけど……」

 

 マシュは目を伏せた。彼女の隣には、オルミーヌが同じように沈んだ顔で腰を降ろしている。サーヴァントを一人倒したというのに、全体的に暗い空気が執務室を支配していた。

 その空気を換えるように、サンジェルミが手を叩いた。

 

「しけた顔をしてるわね。一人、サーヴァントが仲間になったのだから喜びなさいよ」

「む、意外と驚いてないな。『アンデルセンが英霊だなんて、冗談じゃないわよー!』とか言うと思ってたのじゃが」

「織田信長が並行世界の女信長と入れ替わったことが事実だと分かった時点で、もう何が来ても取り乱さないって決めたのよ。もっとも、ハンス・クリスチャン・アンデルセンがショタで不釣り合いな低音ボイスのギャップに、驚かなかったといえば嘘になるけど……誰得よ、これ」

 

 サンジェルミは憮然とした顔で、悠然と椅子に座り書物を読み漁る少年サーヴァントを軽く見据えた。

 

「でもね、アンデルセン。貴方は魔術師のクラスで召喚されているのでしょう? 回復魔術とか使えないのかしら?」

「作家に何を求めている。全知全能の神だと思っているのか?だとしたら、認識を改めるといい」

「え?」

 

 アンデルセンが難しい顔で答えると、オルミーヌが不思議そうに瞬きをする。

 

「どうした?」

「いえ、先ほど、なんとか三世を吹き飛ばしていませんでしたっけ?」

「あれは特別だ。俺は著作を引用した魔術を行使できる。だが、それ以上のことはできない。今回の場合、ワラキアの王が退却の術に抵抗しなかったからこそ成功したようなもの。ただでさえ最弱の三流作家が、著しく弱体化している。戦闘に関しては、一般人にも劣ると考えてくれ」

 

 アンデルセンは軽く笑いながら語れば、今度はマシュ・キリエライトが首をかしげた。

 

「ミスター・アンデルセン? 弱体化とは? 私が見た限り、負傷しているようには見えないのですが」

「……ふむ」

 

 アンデルセンは笑いを止めた。やや真面目な顔になると、何かを取り出すように手を掲げる。すると、どうだろう。何もなかった空間から一冊の装飾本が現れたのだ。アンデルセンは何食わぬ顔で本を手に取ると、表紙を軽く叩いた。

 

「サーヴァントともなれば、誰しもが宝具と呼ばれる切り札を持っている。俺の場合、この本……すなわち、俺の自伝「我が生涯の物語」の生原稿だ。

 この書の1ページ1ページが俺の童話を愛する読者から供給される魔力によって、『読者の見たがっているアンデルセン』の姿を取り、分身となって行動できる。もっとも、この宝具の本質は別にある。ほら、見てみろ」

 

 アンデルセンは軽く本をめくって見せた。

 しかし、不思議なことにすべてが白紙。文字どころかインクの垂れた後すら見当たらない。

 オルミーヌが眼鏡をかけなおし、ページをよく見ようと目を凝らしている。その後ろから、与一がひょっこり顔を覗かせた。

 

「なにも書いていないね」

「この本は白紙に戻さないと意味がない。主役として選んだ対象の人生を、新たに一冊の本としてに執筆することによって発揮されるのだからな。数ページ程度なら偶然を起こす程度にしかならんが、万が一にも脱稿し、本の出来が良ければ、主役を理想に満ち溢れた最高の姿にまで成長させることができる」

「うむ! 分かったぞ!」

 

 信長は身体を仰け反らせながら叫ぶと、自信満々に腕を組んだ。

 

「つまり! 巨大要塞を召喚したり、空を飛んだり、へし切からビーム出したり、この世を魔界に変えたり、とにかく最強無敵で天下布武しまくる真の覇王こと織田信長(わし)に変身! が、可能なわけじゃな!」

「可能ではある。だが、お前の人生を書き上げるだと? ばかばかしい。完全無欠(チート)な織田信長があっさり無双する物語など、まったくもって筆が乗らん。お前の批評ならしてやっても構わんが、美化された自伝を望むのであれば、余所をあたるといい」

「べ、別に書いてほしかったわけじゃないし! 試しに言ってみただけだし!」

 

 信長は口を尖らせた。

 アンデルセンの能力を使えば、本来の肉体に戻ってあっさり時間解決できるスーパー信長になれる!と思ったが、思うように進まないものである。

 

「ひとついいかしら、アンデルセン」

 

 その一方、サンジェルミは興味深そうに目を光らせた。

 

「筆が乗るか乗らないかは別として、ただの人間(・・・・・)サーヴァントと渡り合える戦士(・・・・・・・・・・・・・・)に昇華させることも可能なの?」

「過度な期待はよしてもらおう。俺のお眼鏡に叶う人物が存在し、仮に最後まで書き上げることができたとしても、現時点では不可能だ」

 

 アンデルセンは断言した。

 

「あら、どうして?」

「はぁ……さっきも言ったと思うが、この書の1ページ1ページが作家アンデルセンを愛する人々から供給される魔力によって構成されている。いくら文字を連ねても、満足に足りる物語を完成させたとしても、魔力が足りなければ意味がない。さあ、ここまで言えば、いかに頭の鈍い読者たちにでも分かるだろうよ」

「……あー、僕、分かっちゃった」

 

 アンデルセンに返答したのは、与一だった。

 

「僕、君の作品は悪いけど知らないんだ。君は知ってる?」

 

 与一はオルミーヌに話を振る。彼女も申し訳なさそうに首を振った。続いて、ドワーフやエルフたちも知らないと口していく。

 

「……マシュ、よもや、これは……」

「はい、信長さん。私も気づきました……。

 ミスター・アンデルセン。貴方の宝具が十分に発揮できない理由は、この世界に『人魚姫』や『雪の女王』といった作品が存在しないからでしょうか?」

「その通りだ。俺を知っている者は、この世界に誰もいない。すなわち、一冊の本を書き上げたところで、宝具を発動できるだけの魔力を供給することができない!」

 

 かなり悲惨な事実を口にしているというのに、アンデルセンは不敵な笑みを浮かべていた。うまく運用すれば、漂流者を含む人間や亜人たちであっても、サーヴァントや廃棄物たちに立ち向かえる強力宝具なのに、「アンデルセンの愛読者がいない」故に、まったくもって使い道のない宝具に成り下がってしまっているのだ。

 

「じ、冗談じゃないわよー!」

 

 サンジェルミは完全に血の気が失せていた。

 

「あんたのことを知ってる人間なんて、十人にも満たないじゃない!」

「ほう、十人もいたのか。それは作家冥利に尽きるというものだ。おい、なに世界が終わったような顔をしている? まさか、ろくに戦いをしないうちから諦めるのか? それならそれでいい。俺は本棚の隅にでもこもり、自由気ままに執筆活動をさせてもらうとしよう」

「むぅ、聞き捨てならないのう」

 

 信長はずいっと前に出た。

 

「つまり、おぬしの愛読者を増やせばよいだけではないか! 識字率に限らず、愛読者(ファン)を増やすだけなら口伝でも足りる。物を語ると書いて『物語』とも言うしのう!」

 

 信長はいつものようにマントをなびかせながら宣言しようとしたが、本来の衣装ではないことを思い出し、物足りなそうに手を振った。

 

「そうと決まれば、さっそく舞台作りじゃな。ただ語るだけではつまらぬじゃろうし、どうせなら、芝居にした方が目を引くし衆知しやすい。安心せい、いつでも主役を引き受ける準備はできておるわい!」

「まずは『雪の女王』か『親指姫』あたりを語ろうと思っていたが……よかろう。では、『はだかの王様』を上演するとするか。喜べ、織田信長。お前は主役の王様に大抜擢だ。はりきって演じてもらおうか」

「げぇ! 題名的に不穏なんじゃが!?」

「あの、アンデルセンさん?」

 

 ここで、声を上げたのは、オルミーヌだった。

 

「つまり、魔王信長や廃棄物退治に協力してくれるということでしょうか?」

「お前には耳がついていなかったのか? いや、頭を働かすための栄養分がすべて胸に行っていたのだな。……と、待て。椅子を振り上げるな、落ち着け。物書きを物理的に廃業させる気か?」

 

 アンデルセンはオルミーヌの攻撃をひょいっと避けると、一番安全だと思われる場所――マシュ・キリエライトの後ろに隠れた。

 

「進捗は期待するな。俺が演じようと思っていたが、これだけ演者がいるのだ。お前たちが芝居に勤しんでいる間、たっぷりと執筆の時間に充てるとしよう。なに、ここには愛読者がいる。俺がいなくても、芝居に起こせるはず……いや、待て。練習前に一度、原稿は見せてもらおう。まかり間違って、人魚姫が王子と結ばれハッピーエンドなんて展開が爆誕したら困る」

「原作は尊重しますので、ご安心ください」

 

 アンデルセンはマシュが嬉しそうな顔で頷くのを見届けると、「では、執筆に入る」と部屋を去ろうとする。

 信長は、その後ろ姿に言葉を投げかけた。

 

「待て、アンデルセン。おぬしは、カルデアのサーヴァントではない。はぐれサーヴァントなのじゃろう? ならば、多少なりとも、ぐだぐだ粒子に汚染されているはずじゃ」

「俺がぐだぐだ武将になっているはずだと?」

「誰と融合しているのか。一応、聞いておいた方が良いと思っての」

 

 信長は微笑みを浮かべながら尋ねてみる。

 この世界の聖杯によって召喚されている以上、ぐだぐだ粒子に汚染されていることは確実。余計な因子が合わさり、多少なりとも方向性が変わってしまう可能性がある。

 

 たとえば、松平アーラシュは今川義経と行動を共にしていた。

 真田エミ村は真田丸を築城し、織田幕府……もとい、金色魔太閤秀吉を名乗る魔神柱側として戦っていた。

 もちろん、本来の霊基が主体となっているが、最終局面に入ってから「俺は明智アンデルセンだ」と名乗り、居城を燃やされたらたまったものではない。

 

「あまり名乗る気はしないが、聞かれたからには答えるしかあるまい。もっとも、便宜上はぐだぐだ武将になるが、俺と融合している者は戦国の武将ではない。……聖杯は何を考え、この配役を俺に割り当てたのやら。シェイクスピアあたりが適当だろうに、まったくもって悪意しか感じない」

「誰じゃ? 太田の牛ちゃんとか?」

「第六天魔王を中心に事件が起きているからといって、すべてが万事、己の関係者で塗り固められていると思ったら大間違いだ」

 

 アンデルセンは言い切ると、心底疲れたように息をこぼした。

 

「薩摩だ」

「ん?」

「薩摩アンデルセン。島津家当主(・・・・・)家久(・・)の恩恵を受けた浄瑠璃太夫、薩摩浄雲の因子を継ぐ者だ」

 

 アンデルセンは部屋の奥で眠りに落ちている男を一瞥すると、静かに部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わり、エルフの集落。

 廃城の一室には、藤丸立香をはじめとしたカルデアの面々と安倍晴明を中心とした漂流者たちが顔をそろえていた。

 

「先ほど、封鎖された首都(ヴェルリナ)を見張る部下から連絡がありました。サメと思わしき飛翔体が首都に落ちていくのが見えたと」

「サメって……」

 

 立香は湿った視線を聖女に向ける。

 ジャンヌは既に普段の清楚な服に戻っており、申し訳なさそうに笑っていた。

 

「すみません。どうやら、戻り損ねたみたいですね」

「戻り損ねたって……そういうもの?」

「サメのことはいいのです。問題は、サメが首都に侵入したことです」

 

 安倍晴明は咳ばらいをすると、すぐに話を元に戻した。

 

「我々は地上から首都に潜入することはできません。謎の結界が張られています。ですが、サメは入ることができました」

「金髪姉ちゃんのサメだけが、特別ってわけでもねぇよな」

 

 立香は苦笑いで返す。

 ジャンヌのサメなら空から降ってきたり、常識離れした距離を泳いで追いかけてきたり、容易にこなしそうな気がした。結界だって、「あそぼ」の一言と共に破ることができそうだ。

 

「サメはともかく、空中には結界が張られてねぇ可能性があるってことか。しかし、空から入るとか無茶があるだろ。でっかい城を造って飛び込むには時間がかかりすぎる」

 

 秀吉は一夜城を建てたと有名だが、あれは例外中の例外。誰にでも真似できるわけではないし、どうやって築城したのかは説はあれど、正確には未だ不明とされている。

 

「さすがに、空を飛べる人はいないか」

 

 立香はサーヴァントたちを見渡した。

 ここにいるのは、ジャンヌ、森長可、沖田総司、茶々、坂田金時、織田信勝。六人とも空を飛べるスキルも宝具もない。

 

「マスターは一度、空を飛んだことがあると聞きましたが」

「あれは、飛んだというか、物理的に飛ばされたというか……」

 

 ジャンヌの問いかけに、立香は目を逸らした。

 土台と矢を繋ぎ、おもいっきり放つ。矢と土台は一緒に飛び、二日かかる距離を一瞬で一跨ぎ。なんと効率的で乗る人のことを考えていない。それこそ、「宝具・人間発射台」。

 新宿でも改良版に乗せられる羽目になったが、二度と御免である。

 

「物理的に飛ばされた? 藤丸、そのあたりの話を詳しく!」

「そ、そうだ。廃棄物ジャンヌがワイバーンを使ってたよね?」

 

 信長に話を詰められそうになったので、急いで話題を変えることにした。

 頭の中にぼんやりとしか残っていない設計図でも、信長や晴明といったここにいる面々の手にかかれば、あっという間に再現されてしまいそうだ。

 

「ワイバーンに乗って移動するのは、この世界では常識?」

「あれは、廃棄物だけです。ですが、局地的に巨大な鷹を飼いならし、軍用としている場所があります」

「オルテではなく?」

 

 立香が尋ねると、晴明は重々しくうなずいた。 

 

 

「グ=ビンネン。日本人漂流者を客員提督に迎えた商業集合国家です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 「放蕩」「なれど出来息子」

 グ=ビンネン商業ギルド連合。

 7つの巨大ギルドが運営する海洋疑似国家。

 それらを主導しているのが、シャイロック商会及びシャイロック銀行である。

 

「つまり、堺の連中が国を興したってことか」

 

 信長は長い廊下を歩きながら、先導する晴明に語りかけた。

 

「堺は存じませんが、概ね一致していると思います」

 

 晴明は振り返ることなく言い切った。

 

「我ら十月機関を挟んだオルテとの和平交渉。相手は、ナイゼル・ブリガンテ。序列二位の重鎮です。彼らにしても、オルテと和平をしたいという表れでしょう」

「オルテなんざ奪っても、うまみなんざねぇからな」

 

 広大な領地と膨大な民は魅力的かもしれないが、首都に住まう者ですら貧しさに憂いている。他国まで知れ渡った特別な産物もない斜陽国家を奪ったところで、余計な労力と維持費ばかりかかってしまう。

 商業国家なら断言するだろう。「不経済この上ない」と。

 

 だが、これは和睦であり、交渉の場。

 一見すればうまみのない斜陽国家であれど、うまみを生じることもできるのだ。

 

(本来ならオカマに任せるつもりだったんだがなぁ……)

 

 信長は歩調を緩めることなく嘆息する。

 サンジェルミがいれば、彼が名実ともに「オルテの代表、大使」として交渉にあたっていたはずだった。しかし、オルテの首都に入れない以上、自身で交渉をするしかない。

 もともとグ=ビンネンとの知古のあった晴明が間に入り、信長は一人、商会の建物に乗り込んだのである。

 

 否、訂正。

 一人ではない。

 信長の後ろには、不機嫌絶頂の顔をした信勝が歩んでいる。

 本来であれば、彼は同行をしない予定だった。たとえ、今回の旅路に同行が許されたとしても、立香たちと一緒に海にいる(・・)漂流者と会いに行くことになっていたはずだ。

 しかし、彼は頑として譲らなかった。

 

『僕が傍にいれば、姉上の御髪が焦げることはなかったのだ。今回こそ、命に代えても姉上の御身体を守り抜かなければならない。ついていくことが許可されなければ、お前を殺して僕も死ぬ!』

 

 と、ここまで言い切ったこと、そして、こんな危険な奴は逆に近くにおいて見張った方がいいのではないかということになり、カルデアの者のうち彼だけがここにいる。

 ただ、傍に控えさせていくにはつまらないので、彼には今回の交渉に使う物を持たせていた。

 

「さあ、こちらです」

 

 商会の男は信長たちを豪勢な趣向を凝らした扉の前に誘導すると、そっと扉を開けた。

 

「やあ、十月機関」

 

 信長と晴明が扉を抜けると、そこにいたのは褐色肌の優男だった。

 

「貴方は……バンゼルマシン・シャイロック8世!?」

「おい、晴明。ブリガンテって奴じゃなかったのか?」

「物事は単純に素早く、そして単純に。我が商会の社訓でね、この方が話が早いだろ? 久しぶり、ハルアキ」

 

 シャイロックは人のよさそうな微笑みを浮かべていた。

 信長は目を細め、事前情報を呼び起こしながら男を観察する。

 

「バンゼルマシン・シャイロック8世。序列筆頭シャイロック商会だったか?」

「ハルアキ、そちらの御仁は漂流者かな?」

 

 「放蕩」「なれど出来息子」と謳われる男は晴明に視線を向ける。

 

「はい。オルテの漂流者です」

「オルテはずるいな。漂流者が次々に流れ着く。まるで、意志を感じるよ」

「それはつまりだ、俺らが負けたら終わりってことよ。この世界のな」

 

 信長はシャイロックの前に腰を降ろした。

 いくら十月機関が間に入っているとはいえ、これは戦争中の二国の交渉である。いきなり、序列筆頭が来るのは極めて効率的だが、危害を加えてくるとは思わないのだろうか。日本の歴史を紐解いても、敵対関係の者に「交渉したい」と持ち掛け、のこのこ出向いたところを狙うなんて話は五万と転がっている。

 

 だが、戦況自体は圧倒的にグ=ビンネン側にある。

 

(大方、「自分を傷つけたが最後、交渉は決裂。徹底的に殺る」ってことだろうな)

 

 信長は内心、ため息をついた。

 

「ふむ、君は新しいオルテの首脳陣ってことかな。名前は?」

「織田前右府信長。和平を結びに来た」

「和平か。だが、簡単にはいかない。オルテの頭が変わったにしろ、そっちが吹っかけてきた戦だ。それに、ウチはずっと勝ってる。圧倒的にね」

「だが、これ以上の戦争を続けるだけの利益(うまみ)はねぇ」

 

 信長もシャイロックのように、にたりと笑って見せた。

 

「戦争なんざやるより、半手商売が儲かるだろ。この戦、お前たちは、どれだけ武器に出費した? 兵糧の確保は? 兵の調達は? 海戦だと聞いたが、船はどうした? 造船の費用は? それとも、自前の船を軍船にまわしたか?」

「……」

「略奪ってのもありだが、んなことをするより、オルテと商売した方が儲かる(・・・・・・・・・)

 

 信長は断言した。一度、呼吸を置き、相手が口を挟まないかどうか確認してから、続けて言葉を重ねる。

 

「さっき、和平と言ったが、俺たちが結びに来たのは、ただの和平じゃねぇ。要求賠償一切なしの白紙和平(・・・・)商談(・・)だ」

「正気で言ってるのか? 我々は戦争をしているのだぞ」

 

 信長の言葉に反応したのは、シャイロックではなく、彼の後ろに控えた男だった。

 

「正気も正気。どうせ、オルテの海軍も廻船商人も壊滅してんだ。今のオルテには港もねぇ。海はあんたらのもんだろ?」

「だが――」

「よくまあ、可愛い顔で言い切るものだ」

 

 シャイロックは部下の言葉を遮り、口端をあげたまま話した。

 

「好きでこの顔をしてんじゃねぇっての」

「ふむ……それで、商談というのは?」

「当面の食糧物資諸々と銭を貸せ」

「ふざけてるのか?」

 

 再び、部下が眉間に皺を寄せながら声を上げる。

 

「殺し合いをしていた相手に、『飯を出せ』『金を貸せ』と?」

「さっき、言っただろ。俺たち漂流者がオルテに集結している理由を」

「……だいたい理解した」

 

 シャイロックはテーブルの上に肘を乗せ、指を絡ませた。

 

「世界が破壊されてしまえば、商業など成り立たん。だから、『私達(オルテ)を強くしろ』と言うことか」

「気張って俺らを助けろ。上げ膳に据え膳でうまいもん食わせて小遣いもたっぷりくれて、疲れ切った国を全力で一刻も早く癒せ」

「先行投資とは、面白いことを言う。しかしだな、お嬢さん。我らは慈善団体ではない」

 

 シャイロックの目が一瞬だけ、信長の背後で難しい顔をしてたたずむ晴明へと向けられた。

 

「なに、質ならあるさ」

 

 信長は笑みを深めると、信勝に目で合図をした。信勝は頷くと、自身の手にしていた火縄銃(・・・)を前に掲げた。

 唐突に取り出された武器に、シャイロックの眉がぴくりと動く。

 

「それは……?」

「鉄砲ってもんだ。その筒で火薬を爆ぜさせて鉛の球を撃ちだす武器で、この間、黒王の先遣隊もあっと言う間に撃滅した」

 

 信長が手を上げると、信勝が火縄銃をテーブルに置いた。

 シャイロックと信長以外、ここに集ったすべての者の視線が火縄銃に注がれた。

 

「ドワーフの力とエルフの技術、それから俺ら漂流者の頭脳が生み出した武器だ。こいつの生産をある程度までは行っている。あんたたちに特別に卸してやる。そいつを販売して儲けろ」

「我々もそれを生産してしまうとは考えないのかな? 君たちを介さずとも済んでしまうとは?」

「割にあわねぇ」

 

 信長は即答した。

 

「あんたらにも作ることはできる。凄腕の鍛冶に調べさせれば、真似ることくらいできるだろうよ。だが、量産するには時間がかかりすぎる」

 

 天文12年、鉄砲は種子島に伝わった。

 信長自身が500艇の鉄砲を発注したのは、その5年後だ。ポルトガルからの輸入ではなく、既に鉄砲生産技術を得ていた国友村に注文したのである。

 これだけ聞くと、仕組みさえわかればあっという間に量産できるように思えるが、この世界においては別だ。

 信長は銃の各部位を指で叩きながら話しを続けた。

 

「銃身はドワーフの治金技術、銃床と落とし鉄はエルフの細工木工。これを上回る技術がなけりゃ、すぐに量産はできない」

 

 この世界において、ドワーフとエルフは専門的に卓越した技術を持っている。その点においては、この世界の人間の技術を凌駕しているのだ。

 仮に、ドワーフやエルフに匹敵するほどの職人が総出で量産に漕ぎ出したとしても、これを使うことは不可能である。

 

「これだけじゃ、ただの長い筒だ。この兵器は火薬で鉛の球を撃ちだすことで効力を発揮する。火薬ってのは、木炭と硫黄、それから硝石から作られる。だが、この硝石ってのが厄介でな」

 

 信長は言葉を口にしながら三つの指を立てた。

 

「いくら調べても、この世界に硝石が見つかっていない。だから、硝石を造る。うんこと畜生で」

「ふざけてるのかい?」

「うんこと畜生からできんだよ。鉱床がねぇ以上、家畜小屋や人家の床下、便所の土からしか採れねぇんだ。大人口と農村と家畜の大小便を営々と抱え込んだ――オルテ人間帝国にしか生み出せねぇもんだ。新興の海洋国家に、長年の積み重ねられたうんこがあるか?」

 

 うんこの買取を始めたところで、黒王軍の侵攻までの量産は不可能だ。

 その事実を突きつける。信長が目の前の青年を見据えていると、彼は目尻を緩めてうむっと頷いた。

 

「商談成立だ。飲もう、和平を」

「大番頭!」

「利子はきっちり取り立てる。黒王がやってくる、矢面に立つものたち(・・・・・・・・・)が弱っていたら話にならない」

「食料や銭も貸すのも忘れずにな」

 

 信長が念を押す。

シャイロックは笑みを崩さずに、まっすぐ信長を見ていた。

 

「しかし、我々もタダで援助するものつまらない。一緒に商売をしないか?」

「商売?」

「オルテにはエルフがいるな? とても美しい種の人々だ」

 

 ずいっと彼は前に身体をのめらせながら、商談を始めた。

 

「グ=ビンネンの金持ちのなかにはエルフ好きが多くてな、そこでだ」

「おい、まさか売れとでもぬかす気か?」

「エルフ娘たちが可愛い制服で劇場を開いて歌って踊って、入れあげた若者たちが関連商品をバンバン買うという」

「アリやな」

「駄目に決まっているでしょう」

 

 信長の目が光るのと同時に、晴明がびしっと言い放った。

 

 

「エルフの件は考えておいてほしい。それから……まだ(・・)お願いがあるのだろう、ノブナガ嬢?」

 

 彼は口元だけ綻ばせたまま、目を鋭く光らせた。

 

「空を飛べる手段があるって聞いたが、それを貸してくれないか?」

「航空部隊のことかな?」

 

 信長は頷き返すと、現状を簡単に説明した。

 オルテの首都が黒王以外の敵によって占拠され、突入する手段は上空からの降下しかないと。シャイロックは口を挟むことなく聞き入っていた。

 

「理解はできた。だが、君たちの総大将たちが敗北している可能性もあるだろう?」

「ない。こうして身体が入れ替わっている以上、俺の肉体に危機が迫れば、気づかぬはずがねぇ。なにもないってことは、本当の俺は無事ってことだ」

 

 実際のところは分からないが、そうして誤魔化す。

 

「俺が無事なら、他の連中も無事だ。総大将(トヨ)も与一もオカマも、みんな無事だ。織田信長(オレ)が生きてる限り、あいつらを殺すような策はとらんし、死なせるはずもねぇよ」

「ふむ……まあいい。どちらにせよ、君たちは我らの客だ。ただし、部隊を貸すのは考えさせてもらいたい」

「考える時間が必要なのか?」

「オルテ軍は壊滅しているが、生き残りがいないわけではない。兵の配備や手の空いている部隊を確認しないといけないからね」

 

 シャイロックはそれ以上、話すつもりはないとばかりに手を挙げた。

 信長も深く踏み込むことなく了承すると、その場を辞した。

 

「良い結果に終わって、よかったですね」

 

 商会を出ると、晴明が安堵したように息を吐いた。

 

「どうかしましたか?」

「気になることがあってな」

 

 信長は難しい顔のまま答える。

 

「あっさり過ぎる」

「なにもおかしいところはなかったと思いますが……」

「……」

 

 晴明は首を傾げている。

 信長は表情を崩すことなく商会を振り返った。

 

「和平を結びたがっていたのは事実だ。だが、こうも簡単に飲む(・・)か?」

 

 サンジェルミであれば、この交渉の流れに納得がいく。

 オルテの領主として名も顔も知られている大貴族だ。交渉の席につくにふさわしく、発言に説得力が産まれる。

 しかし、今回……織田信長はオルテに来た漂流者でしかない。否、オルテを国盗りした簒奪者であり、新たな支配者の一味である。和平まで結ぶことはできたとしても、その先の支援まで確約するのは、サンジェルミ伯爵であればこそ容易に言質をとることができる。

 

 ぽっと出の漂流者には、サンジェルミほど商人が質を受け入れるに値する信用がない(・・・・・)

 十月機関が後ろ盾でいたとしても、交渉のテーブルに着くのがやっとのはずなのだ。

 

「我ら漂流者が負け、世界が滅ぶことになれば商売もできません」

「晴明の言う通りです、姉上の偽者」

「根っからの商売人ってことか」

 

 信長は頭の片隅に釣り針が引っかかったような違和感を抱いたまま、商館に背を向けた。

 さすがは、グ=ビンネンの心臓部。信長のあとも、この国特有の褐色肌の男たちが入れ代わり立ち代わり。

 あまり長くここに留まっていては、邪魔になるだけだ。

 

「それで、俺らは宿に戻るってことでいいのか?」

「はい。ですが、宿に戻る前に、港を見に行く余裕くらいはありますよ。カルデアの者たちが戻ってくるまでには時間がありますから」

「あれ、そういえば……立香(マスター)たちは何をしているんでしたっけ?」

 

 信勝が思い出したかのように呟いた。

 

「お前なぁ、しっかり話は聞いとけよ」

 

 ジャンヌ・茶々・金時は、エルフの村に留守番。

 立香は沖田と長可と一緒に港まで来たが、商会の前で別れたのである。

 

「南蛮人二人は別のところへ向かったんだろ」

「キッドたちはスキピオたちの元へ行きました。グ=ビンネンの漂流者からの手紙を持って」

「そういえば、どんな漂流者なんだ? 日本人とは聞いていたが」

 

 信長は先の会合を思い出す。

 鉄砲に関する理解が早いとは思ったが、グ=ビンネンに属する漂流者が話していたに違いない。もっとも、製造に至るまでの知識はないようだが。

 

「我々と同郷、日ノ本の漂流者。その名も――」

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、軍艦だー!!」

 

 小舟に揺られ、しばらく。

 立香は突然目の前に現れた座礁中の軍艦を見上げ、感嘆の声を上げた。

あちらこちら被弾痕があり、甲板など半分以上壊れ朽ちてしまっていたが、左舷中央に艦橋が高らかにそびえ立っているのは間違いない。

 

 

 

 大日本帝国海軍の航空母艦「飛龍」。

 山口多聞率いる第二航空戦隊旗艦にして、ミッドウェーで沈んだと伝わる空母であった。

 

 

 

 

 

 



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16話 鉄の城

 それは、荘厳であり異質であった。

 

 エルフが生きる異世界ファンタジーな世界観において、岩礁に乗り上げた軍艦は異様ではあったが堂々たる風格は見る者の目を異論なしに奪われる。例えるのであれば、「海に浮かぶ鉄の城」と表現しても過言ではない。飛龍は太陽の光を一身に浴び、鉄の装甲が威風堂々と輝いていた。

 

「これが、飛龍……!」

 

 立香は、ほうっと感嘆の息を零す。

 いま、立香たちの乗る小舟は眼前の飛龍に比べたら、いかに簡素で素朴か思い知らされる。

 立香、森長可、沖田総司、十月機関のドグに船頭だけで、小舟はいっぱいいっぱい。少し波が荒れたら、バランスを崩して落っこちそうだ。

 

「本当、立派な軍艦ですね! 幕府の軍艦もなかなかのものでしたが、時代の進歩を感じますよ」

 

 立香の隣で、沖田が感心の声をあげた。

 

「あれから八十年余りで、船がここまで進化するとは……! 黒船なんか、目じゃないですね!」

 

 当時の日本人の情熱、技術の進歩の賜物である。

 

「でも、どうやって上がろう?」

 

 階段はないのだろうか、と立香が目を凝らして探していれば、ひょいっと視界が高くなる。

 

「え……?」

「階段なんざ探さなくても、俺が殿様を担いでいけばいいだけじゃねぇか!」

「え、あ、ちょ――っ、森君ー!?」

 

 立香が止める前に、森長可は跳躍した。

 腰に手を回されたと思えば、途端にぐわんっと身体が一気に持ち上がる。視線が空の青と海の青の一色に染まり、頑張って下に目を向ければ、あっという間に小舟は小さく遠ざかっていく。さあっとお腹の底から冷えていく感覚にゾッとする間もなく、甲板に降り立っていた。

 

「ほらよ、殿様!」

「あ、ありがとう、森君……」

 

 立香がやや青ざめながら口にすれば、長可は誇らしげに笑った。

 

「……こわかった……」

 

 立香はやや震える腕をさすりつつ、甲板を見渡してみる。

 

「あ……」

 

 目的の人物は、すぐに分かった。

 

 甲板には、ひとりの男性がたたずんでいたのだ。

 大日本帝国海軍の軍帽を被り、制服を着こなす壮年の男性は甲板に昇ってきた客人――立香たちを静かに見つめていた。

 

「貴方が山口多聞中将ですね」

「少将だ。私はまだ生きているのでね」

「し、失礼しました!」

 

 立香は反射的に背筋をぴんっと立て、敬礼の姿勢をとってしまっていた。

 

「藤丸立香です! 山口多聞少将、よろしくお願いします!」

「……ふむ」

 

 多聞はしばし黙って立香をみすえる。

 

「君は日本人のようだが、日本はどうなった?」

「どうなった、と聞かれますと……」

 

 立香は言い淀んでしまう。

 現状を述べるのであれば「地球全体が白紙化され、日本も消え失せた」だ。しかしながら、この人はそんな答えを望んでいるわけではないと思う。

 

「えっとですね」

 

 立香は慎重に言葉を選ぼうと、頭を悩ませた――そのときだった。

 

「ほうほう! 甲板から見える景色もいいですね!」

 

 快活とした少女の声が、立香の思考を遮る。はっと顔を向ければ、沖田総司が小脇にドグを抱えて甲板に降り立つところだった。

 

「浅葱色のだんだら羽織……お嬢さんは君は新撰組の縁者かね?」

「縁者というか、私こそ新撰組の天才剣士、沖田総司です!」

 

 沖田は誇らしげに胸を張る。

 多聞は興味深げに沖田を見ていたが、その視線が抱えられたドグの頭に向けられたとき若干不思議そうに皺を寄せる。

 

「なんだ? 俺の耳が気になるのか?」

 

 ドグは沖田に降ろされると、犬の耳を不快そうにぴくぴく動かしてみせる。すると、多聞は相当驚いたようで、文字通り目が点になった。

 

「その耳は飾りではなかったのか!」

「驚くのそこですか!?」

 

 立香は思わず突っ込んでしまった。

 

「いえ、てっきり、沖田総司が女性であることに驚かれると思っていましたので」

「無論、その事実にも驚いたが……」

 

 多聞は一度言葉を区切り、軍帽のつばに手を置いた。

 

「君たちのことは聞いている。私に会いに来たのだろう?」

「はい。晴明さんから『グ=ビンネンの客員提督は日本人の漂流者で、航空戦術に精通している』と聞きまして」

 

 今回、ヴェルリナに突入するにあたり、どうしても空から侵入するための手段が必要になってくる。

 そのために、信長たちはグ=ビンネンに協力要請を求めに行った。その間、立香たちは同じ日本人繋がりということもあり、山口多聞に会いに行くことにしたのだ。万が一、交渉が決裂したとしても、山口多聞からこの世界における航空戦術を指南してもらえるかもしれない。

 

「……ついて来なさい」

 

 多聞はポケットに手を入れると、ゆっくりと薄暗い艦内へを歩き始めた。

 立香は森長可たちと目を見合わせると、多聞の背中を追いかける。暗がりへと消えゆく多聞を追いかけ、館内に入ったとき、立香の口から言葉がこぼれた。

 

「これって、零戦……?」

 

 艦内に入るとすぐのところに、十数機の戦闘機がずらりと詰め込まれていた。ただ、風防に大穴が空いていたり、外板が無残に剥がれ落ちていたりと、どこかしら損傷の目立つ機体ばかり。どれもこれも少し前まで、空で激戦を潜り抜けていたように思えてしまう。

 

「それは九七艦攻だ」

 

 立香が機体を見上げていると、多聞は立ち止まった。

 

「零式艦戦21型は一つ隣の損傷機になる。ここには、九六艦爆、九七艦攻、零式艦戦21型が搭載されている。すべてが損傷機だ。まともな機はひとつもない。だが、優秀なパイロットがいれば不可能ではあるまい」

「あの、パイロットの方は……」

「わからん。ここに飛ばされたとき、この艦には私だけだった。遺体すら一体もない」

 

 多聞は淡々とした口調で述べる。

 

「遺体もなかったって……」

 

 実に奇妙な話である。

 立香たちを取り囲む戦闘機はもちろん、この飛龍自体も損傷が激しい。目の前には砲弾が突き抜けたような大穴が空いているし、壁にひび割れも目立つ。そもそも、飛龍がミッドウェーで沈んだとき、艦内に残ったのは多聞だけでなかったはずだし、他の乗員もいたに違いない。しかし、この世界に飛ばされたのは、多聞と飛龍だけ。他の乗員は――いまも、大海原の底で眠っているのだろうか?

 

「なあ、本当にこんな鉄の塊が空を飛ぶのか?」

 

 立香が背筋の凍るような思いを抱いていると、ドグが目を白黒させながら呟いた。

 

「だって、鉄だぞ? 鉄の塊が空に浮かぶはずがねぇだろ。オキタさん、本当にこれが空を?」

「もちろん! 沖田さんも見たことありますよ。バーサーカーのランスロットさんが宝具展開するときに乗ってますから!」

「……ん? ランスロット? アーサー王伝説のランスロットか?」

 

 多聞は沖田の発言に少々混乱しているようだった。

 まあ、無理もない。これには、立香も苦笑いで返すしかなかった。

 

「説明すると長くなりますけど、アーサー王伝説のランスロットで間違いないです」

 

 いまは慣れてしまったが、騎士物語のランスロットが、F15に乗って、ガトリング砲を発射するなんて、初見で驚かぬ者はいない。

 

「それにしても、優秀なパイロット……か」

 

 立香は、ちらっと後ろを振り返る。

 

「沖田さんは騎乗スキル持っていたよね?」

 

 騎乗スキルが高ければ、幻獣をも乗りこなすことができる。生前に搭乗したことのない戦闘機ですら、息をするのと同じくらい自然に操ることができると聞いたことがあった。

 立香は沖田に期待の眼差しを向けるが、返答はかんばしいものではなかった。

 

「すみません、沖田さんの騎乗スキルでは難しいです」

 

 沖田はしょんぼりと答える。

 

「バイク程度でしたら、なんとかなりますけど、戦闘機はちょっと……」

「ですよねー」

 

 ライダーは騎乗スキルを必ず持っているが、金時は例外的に所持していないので、戦闘機を運転することはできない。

 唯一、可能性としてあるのは、ビリー・ザ・キッド。彼も騎乗スキルを持っていた気がするが、いまはどこへ飛ばされてしまったのだろう? 仮に合流できたとしても、彼はアーチャーの英霊。騎乗スキルが、そこまで優れているわけではなかった。

 

「殿様! 見てみろよ!」

 

 さて、どうしたものかと考えていると、長可の嬉しそうな叫び声が聞こえてくる。立香は声の方に目を向け、ぎょっとした。森長可が銃を握りしめ、狂気に満ちた満面の笑みを浮かべていたのである。

 

「殿様、ここに火縄があるぜ!」

「も、森君! 危ないから触っちゃダメ!」

「大丈夫だって。火縄は心得てるからよ! って、こりゃ不良品か? 火薬を詰める場所ねぇぞ」

「うーん、そもそも火縄銃じゃないと思うな。とにかく、元あった場所に戻して来て」

 

 長可がぶつくさ言いながらも「殿様の命令だから仕方ねぇな」と戻しに行くのを見届けると、立香は急いで多聞に頭を下げた。

 

「勝手な真似して申し訳ありませんでした!」

「もともと、君たちに見せるつもりだった」

 

 多聞は気にしてないと口にする。

 

「小銃、機関銃、擲弾筒、軍刀などがいくらか残ってる」

「海戦なのに、銃が用意されていたんですね」

 

 立香は一か所にかき集められた小銃や木箱を見て、なにげなく疑問を口にした。

 

「この銃だと、相手の船に傷をつけることも難しいと思うんですけど」

「無論、銃で敵船に挑むなど不可能だ。これらの装備は、艦乗員が陸戦隊として編成できるように艦内に備えられている」

「なるほど……」

 

 多聞の答えに頷きながら、この世界の武器レベルを思い出す。

 立香が実際に目にしたのは、エルフたちの武装は弓。そして、エルフの村で作っていた火縄銃に使用するための黒色火薬。信長と長可の話からして、黒色火薬の概念はこの世界になかったと考えると、火縄銃より先の武器はまだ存在していないと考えていいだろう。

 そうなると、立香たちの前に無造作に集められた小銃や武器の数々は、チートアイテムと称しても過言ではない。現に、この世界の住人である犬耳獣人のドグは小銃にピンと来ていないようだ。銃口を覗き込みながら「木の棒に穴なんかあけて、どうやって戦うんだ?」と、沖田に尋ねている。

 

「たしかに、これがあれば黒王とは戦えるかもしれない。でも、たぶん、魔王信長に対抗するには……」

「君の考えの通り、これらの武器は魔王信長には通用しない。彼女はサーヴァントだ。現代の火器は通用しない」

 

 立香は自分の独り言に対する優男の答えに、うんと頷き返した。

 

「そうだよね。戦闘機はヴェルリナに突入するとき使わせてもらいたいけど、優秀なパイロット候補かー。まったく思いつかないな……」

「そこは大丈夫だと思うよ。北方にいる漂流者は凄腕パイロットだって聞くから」

「それなら、安心――……って、え?」

 

 あまりにも自然すぎて、立香は気づくのが遅れた。弾かれたように顔を上げ、そこにいた人物に唖然と口を開いてしまう。違和感に遅れたのは、彼の纏う白を基調とした軍服が海兵のものと似ているからか、お人よしさを強く感じる声色からだろうか?

 はたまた、彼はこういった特異点解決のための常連サーヴァントだったからかもしれない。

 

「さ、坂本さん!?」

「リョーマだけじゃない。お竜さんもいるぞ」

 

 坂本龍馬の背後に、にゅるっと黒髪の美少女が出現する。

 

「お竜さんも、どうして!?」

「呼ばれて飛び出てお竜さんという奴だな。というか、リョーマとお竜が来ていたことを知らなかったのか? そこの相撲小僧から聞かされていなかったのか?」

 

 お竜の赤い目が多聞をとらえる。

 

「説明するよりも、実際に会われた方が伝わりやすいと考えたまでのことです」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 立香は坂本龍馬とお竜と向きなおる。

 こうして集中すると、自身のサーヴァントとしてのパスを感じることができた。間違いなく、カルデアのサーヴァントになるわけだが、どうして彼らがいるのかという疑問の解決にはならない。

 

「簡単に言えば、僕たちは追加要員ということになる。

 カルデアで今回の特異点を解析していたら、ちょっと気になる点が発見されてね。僕たちが派遣されたというわけさ」

「気になる点?」

 

 坂本龍馬は帽子に手をかけながら、真面目な表情で語り始めた。

 

 

 

「なぜ、織田信長が入れ替わったか。その元凶のことだよ」

 

 

 

 

 

 

 



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17話 ぐだぐだ海援隊と獣の臭い

 彷徨海カルデアベースの管制室。

 立香たちがレイシフトした数時間後、数騎のサーヴァントに召集がかけられていた。

 

「こうして僕たちが集められたということは……事態に進展があったということかな」

 

 坂本龍馬が口火を切った。

 サーヴァントの織田信長が別世界の織田信長の魂と入れ替わってしまったという珍事件は、すでにカルデアのサーヴァントのほとんどが知るところであった。

 

「通信回線がつながったとか?」

「こちらとしては、常にアクセスを試みているけど妨害されていてね……」

 

 ダ・ヴィンチはやや消沈したように答えたが、すぐに気持ちを切り替えたように眼鏡をかける。

 

「だけど、原因の手がかりはつかめたよ!」

 

 そう言いながら、彼女が取り出したのは一つの箱――「ロゴスリアクト・ジェネリック」。

 外部から入力したパラメータを元に仮想空間を構築して実験可能という、まさに夢のようなシュミレーター。限定的な異なる歴史の検証もできるという優れものだが、現実世界との細かい齟齬がどうしても発生してしまい、それを放置していると特異点化するという人理修復中には大問題となる欠陥があるため、シオンによって倉庫に封印していたものである。

 

「なんだ、この箱がまた悪さをしたのか」

 

 坂本龍馬の背後から、にゅるっとお竜が顔を突き出す。

 

「いっそのこと、お竜さんがぶっ壊そうか?」

「だから、ぶっ壊すとかナイナイ! 説明したけど、アトラスの遺産に連なるものですから!」

 

 シオンは苦笑いで返した。

 

「ロゴスリアクト・ジェネリック内で行われていた複数の信長が覇を競い合うシミュレートは、カルデアの信長による天下統一によってゲームクリア。帰還し損ねた沖田オルタさんと森長可さんも無事に救出し、一件落着で幕を閉じました。念のため、トリスメギストスⅡで検証もしましたが、これ以上、騒ぎが広がることはないと演算結果が出ていました」

 

 ここまで話し終えると、彼女は大きく息をついた。

 

「ところがどっこい。演算しなおしてみたところ、面白い結果が出ました」

「面白い結果?」

 

 沖田総司オルタ――通称、まじんさんが串団子をもぐもぐ食べながら尋ねる。

 

「そう、ちょっと面白い。一度目の演算では出なかったはずの結果です」

「だから、なにが面白いのかね? はっきり結論を言わんかい!」

 

 ゴルドルフ新所長は緊張感のないまじんさんを一瞥すると、わずかに声を荒げて問いただす。

 

「アヴェンジャーの織田信長の漂流です。いえ、流出というのでしょうか」

「本来、アヴェンジャーの織田信長……あの世界において、魔王信長と呼ばれていた存在は、自身を焼失させることで特異点を終わらせることに成功した。つまり、この箱のなかで完結して終わった存在なんだよ」

 

 シオンの話を引き継ぐように、ダ・ヴィンチが語り始めた。

 

「だけど、完全に死んだはずの魔王信長が箱のなかで復活して、今回の特異点に漂着してしまった。それが発端の一つということだね」

「ふむ……それが、入れ替わりの真相となるのかね?」

 

 ゴルドルフは釈然としない顔をする。

 

「魔王信長が謎の復活を遂げたことは理解した。しかし、ミスター・信長とミス・信長が入れ替わった事実の理由にはなっていないと思うのだが」

「それについては、お聞き届けいただき儀がございます」

 

 ゴルドルフがどこからともなく聞こえてきた声に、はて、どこから……? と疑念を抱く前に、彼の死角に二人のサーヴァントが音もなく出現した。

 

「風魔小太郎、推参にて」

「同じく、加藤段蔵」

 

 忍者系サーヴァントの二人の登場に、最も驚いたのは間違いなくゴルドルフだった。あまりにも驚きすぎて、文句を言うこともできずに固まってしまっている。もう少し心に余裕があれば「ニンジャ系サーヴァントは、どうしていつも死角からシュタッと来るのかね?」と文句のひとつでも言えるかもしれないが、いまの彼にはそこまでの経験値が蓄積されていなかった。

 

「風魔小太郎、加藤段蔵。君たちはなにを知っているんだい?」

 

 完全に石と化したゴルドルフに代わり、坂本龍馬が口を開いた。

 

「朝餉の直前、僕と段蔵殿、両名がほぼ同時に感知したことがありました」

「朝餉ということは、ちょうど織田信長が入れ替わった頃だね」

「はい。僕も段蔵殿もまったく同じ感覚に襲われました。おそらくは……アルターエゴ・リンボ、蠢動の気配にて」

 

 その言葉に、ここに集められた者全員に激震が奔る。

 

 アルターエゴ・リンボ。

 またの名を蘆屋道満。

 下総の特異点やインド異聞帯に現れては、あらゆる形で不幸や災禍を周囲にばらまき、己は高みの見物を決めて愉悦する――まさに、外道の陰陽師だ。

 

「リンボ。悪なる野獣」

 

 段蔵が静かに語る。

 

「我が身とかの者との間に、なにかしらの縁が結ばれていると強く感じるのです」

「僕も同じです。僕は段蔵殿と違和感を辿り、行きついた先にあったのが、この箱だったのです」

 

 小太郎と段蔵の視線の先にある箱は、ロゴスリアクト・ジェネリック。

 

「つ、つまり、なにかね?」

 

 復活したゴルドルフは、やや青ざめながら箱から距離をとった。

 

「アルターエゴ・リンボはその箱と接触し、魔王信長を復活させ、並行世界に特異点を生み出した元凶だというのかね? というか、そもそも、この説が正しいのであれば、リンボは彷徨海に侵入したということになるのだが……!?」

「シミュレーターに侵入されてから警戒を強めていたんだけど、隙を突かれたみたい」

 

 ダ・ヴィンチが難しい顔のまま目を閉じる。

 シオンは、そんな彼女をちらっと横目で見ると、眼鏡をくいっと指で持ち上げた。

 

「風魔小太郎さんと加藤段蔵さん、二人の進言を受け、再びロゴスリアクト・ジェネリックのありとあらゆる機能をチェックしたところ、魔王信長の復活と流出が判明しました。十中八九、謎の復活と特異点、入れ替わりといった一連の事件の背後に、リンボの存在があることは確実でしょう」

「間違いなく、アルターエゴ・リンボ、道満法師が絡んでいるということか。たしか、道満法師が活躍した時代は、坂田金時と同じ平安の世だったよね」

 

 坂本龍馬は、マスターと同行したサーヴァントを想起する。

 

「坂田金時がいれば道満の存在を勘づける可能性はありますが、油断は禁物。アルターエゴ・リンボが絡んでいる以上、今回の織田信長入れ替わり事件が異星の神や地球白紙化現象と絡んでいる可能性もあります。このことを、現地調査中のマスターに伝えなければなりません」

「なるほどね……それなら、風魔小太郎と加藤段蔵を除けば、僕と以蔵さんでいいかな?」

「は、はぁぁぁ!? なに勝手なこというがな、龍馬!」

 

 龍馬の発言に、これまでずっと黙り込んでいた岡田以蔵が抗議の声を上げた。

 

「なんで、わしがそんな一文の得にもならんことをせんといかんがな! 忍だけで十分やろ」

「そうだぞ、リョーマ。こんなやつ連れて行っても、カエルの役にも立たん。もっと強そうな奴にしよう。ほら、よく能を舞ってる爺がいるだろ。あいつとか強そうだ」

「なんじゃと、お竜! わしが、あのじじぃより弱いとでもいうがか!?」

 

 お竜の軽口に、以蔵はぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる。

 そんな二人を意に介さず、高らかに笑う女性サーヴァントがいた。

 

「かんら、から、から! どーまんが悪さをしてるとは本当か?」

 

 鬼一法眼。

 死んだはずの牛若丸がサーヴァントとして現世に舞い戻ったことを感知し、牛若丸に生前の罰のひとつを喰らわせてやろうと現界し、すったもんだの末、カルデアのサーヴァントの一員となった法師である。

 

「なに、指名されずとも、僕がちょっと行ってみようではないか。なんなら、僕一人でも構わない。しかしだな、あの道満が悪さを働くとは……僕の知るどーまんは、かなり真面目だったぞ?」

「そこは、異星の神の使徒だからね。アルターエゴと名乗っている以上、純粋な蘆屋道満とは異なる存在だと推察される」

 

 ここで、口を開いたのは、今までずっと黙っていた名探偵であった。彼は椅子に腰をかけ、両手で拝むような姿勢をとっていたのだが、ホームズはすっと立ち上がる。

 

「だが、この事件……まだ不可解な謎が残されている」

「謎? リンボが原因だと分かったではないか」

 

 ゴルドルフが首を傾げるも、ホームズは険しい表情を崩さない。

 

「織田信長入れ替わり事件の理由ですよ。魔王信長を復活させた理由については推察できますが、リンボにはわざわざ現地の織田信長とカルデアのミス・信長の魂を入れ換える必要性がありません。それから、もう1つ。ここに集められたサーヴァントの数を確認してください」

 

 ホームズに指摘され、ゴルドルフはサーヴァントを確認する。

 まず、緊張感を全身から漂わせている風魔小太郎と加藤段蔵。坂本龍馬は苦笑いをしながら、お竜と言い合いになる岡田以蔵を丸め込み、岡田以蔵はしまったと口惜しそうな顔をしている。鬼一法眼は「異なる道満とは、どんな姿かたちなのか」と想像を膨らませる横では、三人のサーヴァントがこんな状況にも関わらず飲食をしていた。団子を頬張る沖田オルタ、たくあんを咀嚼する土方歳三、長尾景虎にいたっては酒を嗜んでいる。

 

「8人。たしかに、多いが……数は多いに越したことはないだろう? 敵地に乗り込むのだからな」

「逆です。特異点にしては多過ぎます」

 

 ホームズは語る。

 契約英霊は数少ない例外を除けば、自身のみではレイシフトができない。

 ともなれば、契約英霊はマスターに同期する形でレイシフトすることになるのだが、特異点に完全同行まで同期できない場合が多いのだ。

 まず、レイシフトするためには、特異点側の性質によって大きく左右される。その特異点において「その歴史にないもの」を受け入れる規定が厳しいか否か。正当な歴史に近いほど基準は厳しく、微小特異点になればなるほど緩まる。

 

「ラスベガスの一件のように、契約英霊が気軽にレイシフトを行える場合もありますが、今回はそれとは異なる特異点。そもそも、地球上に存在しない特異点です。地球上に存在した者は、誰であれ今回の特異点においては最大なる異物となる」

 

 ホームズの指摘を受け、ゴルドルフはペーパームーンに改めて視線を向ける。

 ペーパームーンは筒状の平面化された世界地図を投影しているが、今回の特異点は明らかにその外側で輝いていた。

 

「しかし、ペーパームーンもトリスメギストスⅡも『今回の特異点においては、サーヴァントであれば多少の条件こそあれ、誰でもレイシフトが可能』という結果がでています。これは、明らかに奇妙だとしかいえません」

「む、むう……だ、だが、どうして、そのように大事なことを最初の段階で言わない! ミス・藤丸立香やミス・マシュ・キリエライトたちがレイシフトする時点でおかしいと気づいていだのだろう?」

「それについてはですね……」

 

 ホームズはいつのまにか手にしていたパイプを軽く回しながら、ちらっとシオンを見る。シオンはてへっと軽く舌を出して、ダ・ヴィンチに視線を向けた。ダ・ヴィンチはしょうがないなーと首を振ると、三人の総意を言葉にした。

 

「ぐだぐだ粒子が関係しているから、そういうこともあるのかなって」

「な……!?」

 

 ゴルドルフは驚きのあまり、白目をむいてしまった。

 

「ごめんごめん。今回の件はぐだぐだ粒子だけじゃなくて、アルターエゴ・リンボが絡んでいると分かった以上、ぐだぐだに考えるわけにはいかないってなったわけさ」

「ぐだぐだ粒子がリンボと絡んでくるとは……完全に計算外でした」

「そんな、アバウトな……!」

「ははは」

 

 ホームズは軽く笑ったあと、急に真面目な表情に戻った。

 

「ことは一刻を争う。現地に向かう準備はできたかね?」

 

 8騎のサーヴァントは、それぞれ頷いて示す。

 

 

「それでは、レイシフトスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

「……ということがあったわけさ」

 

 

 時は戻り、現在の飛龍。

 坂本龍馬は立香たちにレイシフトした経緯を語った。

 

「ぐだぐだ案件なのに、よりにもよってリンボが絡んでいるなんて……!」

 

 立香は頭を抱えた。

 

「それで、一緒にレイシフトをした以蔵さんや他のみんなは?」

「この特異点にレイシフトすることに成功したわけだけど、一緒に来た以蔵さんや沖田君のオルタたちともはぐれちゃってね。まあ、サーヴァントだから大丈夫だとは思うけど」

 

 おそらく、立香たちと同じことが起きたのだろう。

 

「それにしても、坂本さんはどうして山口少将とお知り合いに?」

「僕はシャイロック商会の下請けをしているんだ。商売をしながら情報収集することは肌に合っていてね。その過程で、山口少将と知り合えた」

 

 そう言いながら、坂本龍馬は帽子をくいっと軽く指先でつまみ、山口多聞に視線を向ける。多聞もそうだと頷く姿を見て、立香は納得した。犬耳獣人のドグに驚きながらも、沖田総司が女性であることに驚かなかったのはこういう事情があったからだったのだ。

 

「まさか、私もかの坂本龍馬と言葉を交わすことができると思っても見ませんでした。一海軍軍人として、実に誉れ高いです」

「僕も優秀な艦長と知り合うことができて光栄です」

 

 多聞の言葉を受け、龍馬はにこりと微笑んだ。

 

「話を戻すけど、リンボがどこにいるのか正確な所在は絞り込めていない。ただ、魔王信長がいる場所は分かる」

「オルテの首都だね」

「その通り。ただ、これには不可解な点があって……」

「不可解な点?」

「いや、気にしないで。……おそらくだけど、リンボは魔王信長の傍近くにいる。いままでのデータを見る限り、下総のときは天草四郎、インドのときはアルジュナ・オルタといった風に、リンボは名目上自分が仕える主の傍近くに控えていることが多いからね」

 

 そうなると、ますます首都に突撃することが最優先課題となってくる。

 空から首都に乗り込み、魔王信長とリンボを倒せば終わりだ。

 

「でも、リンボが絡んでいるとなると、空想樹がこの世界のどこかに生えてる可能性もあるんだよね?」

「僕の調べた限り、空想樹に匹敵する巨木は存在しない。ただ、僕が気になるのは、空想樹よりもこの世界に迫る脅威――黒王のことだ」

 

 黒王。

 その言葉を聞き、立香は顔をしかめた。彼の所業は水晶玉を通して見たので知っている。この世界を滅ぼそうとしている存在であり、信長たち漂流者は人間側について黒王との決戦に備えているらしい。

 

「黒王はまもなく進軍を開始する。本格的に戦をはじめ、南下してくることになったが最後、ここに住まう人々の協力を得て、魔王信長を倒すのは極めて難しくなる」

「黒王が動き出す前に、魔王信長をどうにかしないといけないということだね」

 

 立香は小さく息を吐いた。

 

「マスター。君がしなければならないことは、黒王討伐ではない。魔王信長とアルターエゴ・リンボの撃破、並びに、織田信長の霊基を元に戻すことだよ。そこを間違えないようにね」

「大丈夫」

 

 立香は力強く頷いて見せる。

 

「でも、黒王って何者なんだろう?」

 

 晴明たちに教えてもらった限りでは、廃棄物たちはいわゆる闇落ちサーヴァントのようなもの。廃棄物のジャンヌなんかは分かりやすい例だろう。

 

「あー……それは、ねぇ」

 

 立香の質問に坂本龍馬は誤魔化すように笑う。ちなみに、お竜は話の途中から興味をなくしたらしく、よだれを垂らしながら気持ち良さそうに眠っていた。

 

「もしかして、神霊サーヴァント的な存在だったり?」

「そうともいえるかな」

 

 坂本龍馬は気まずそうに笑う。

 

「まだ噂でしかないけど、黒王はパンをちぎれば軍団全員に渡るほどの量にしたり、一匹の魚を大量に増やしたりすることができる能力の持ち主らしい」

「は……?」

 

 立香は頭がまっしろになった。

 歴史をまともに勉強し始めたのがカルデアに所属してからの浅知恵でも、その人物の真名は余裕で予想できてしまった。予想できてしまうからこそ、頭から冷水を浴びせられたかのように血の気が引いていく。

 

「んだよ、そいつ。兵站を考える必要がなくなるじゃねぇか!」

 

 青ざめる立香をよそに、森長可が吐き捨てるように叫ぶ。沖田も同意見なのか、うんうんと頷いていた。

 

「その通りです。そんな能力、軍を指揮する者であれば誰であれ欲しいですよ! まったく、そんなでたらめなチート能力を使う人物が敵とは……! こちらも、米俵担いでる人を連れてくるべきでした。はっ! もしや、黒王の正体は米俵の人なのでは!?」

「俵藤太ではないよ」

 

 立香は否定しながらも、俵藤太がレイシフトしてくれたら……と考えてしまう。万が一、黒王軍と戦うことになったとしても、食糧面の心配をしなくなるだけでどれだけ気持ちが軽くなることか。

 

「兵站の心配がなくなるとは、おそろしい能力だ」

 

 これに対し、多聞だけは冷静に口を開いた。

 

「しかし、戦をする以上、負けてはならない。勝たねばならぬ」

 

 多聞はそこで一息を突くと、毅然とした眼差しで立香たちをみすえる。

 

「カルデアの諸君。君たちはオルテ首都に乗り組む手段を得るべく、我が飛龍に来たのだろう。飛龍に搭載された装備――小銃、機関銃、擲弾筒、軍刀から九六艦爆、九七艦攻、零式艦戦21型までのいくらかを貸し出すことを許可する」

「本当ですか!?」

「ただし、条件がある」

 

 

 

 多聞は静かに条件を口にした。

 

 

 

 

 

 

 




本作の時系列を簡単におさらいします。
インド異聞帯攻略後、アトランティス突入前ですね。
鬼一師匠がいるのは、「いざ鎌倉にさよならを」イベントが特異点F攻略していれば一部でも参加可能だったからです。


※重大なミスを発見したので、投稿後一部を変更しました。



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