こいつはいったい何なんだ? (有限世界)
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こいつどうすりゃ死ぬんだよ?

 強さに理由があればそれが荒唐無稽であれ、ある程度納得できる。例えば、神の祝福を受けたから強い、伝説の武器を持っているから強い、勇者の血を引いてるから強い等々。

 だからこそ、逆に理由のない強さというのは脅威を与える。尾城(おしろ)高校2年D組燕子花(かきつばた) 越也(えつや)というジャージ姿の男がまさにそれである。筋骨隆々でもない、のっぺりした顔も印象に残り難い。何処から見ても冴えない人間にしか見えない。まあ朝礼前のクラスで皆冬服なのに1人ジャージである事を除けば目立つとことはないだろう。

 しかし彼を知る人は言う。訳がわからない、あいつが最強だと。

 そんな彼の元へ二人の男が屯っている。

「今朝の事故凄かったらしいな」

 先ずは彼にとって所謂(いわゆる)悪友の空木(うつき)千夜(せんや)がニヤニヤしながら告げる。黒い髪でギラギラした目をしているが、何処と無く軽薄そうである。蛇足だが彼の欠点は腹黒だ。

「トラックと正面衝突、そしてトラックは大破」

 大破というだけでかなりのスピードが出ていたのはわかるであろう。

「なのにぶつかった空木は制服が破れて焦げただけ」

 だから彼はジャージなのである。ちなみにドライバーはその時の衝撃で肋骨を折ったとのこと。対して燕子花はトラックの衝突に対して微動だにしなかった。まあ制服は残念なことになったが。

「物理法則に色々喧嘩を売ってるけど、本当に何で生きてるのさ?」

 もう1人の見た目は平均値、テストの点も平均値、運動能力まで平均値の男が呆れながら言う。名前は平均値(アベレージ)もといい、安部礼二(あべれいじ)。空木は『全てを平均値にする程度の能力、安部(ぢから)の持ち主』と彼を表現する。なお、そんな能力は存在しない。

「実は魔法使いですとかサイボーグでしたとか、本当にとんでも設定ないの?かめ○め波撃てるとか」

 はっきり言って、安部が言うくらいの無茶苦茶な設定がないと信じられない。そして間違ってもどっちが強いとか考えてはいけない。が、

「ないよ」

 きちんと否定する。まあ実際にそんな異能者がいたところで否定するのだろう。

「というか、そんな奴いるはずがないでしょうが」

 燕子花が言うように世間一般の常識はそうである。なので、やはり世間一般の常識しか持ち得ない燕子花にはそう思うしかない。

「だったらお前はなんなんなんだよ?」

 多くの人間は心の中で空木が口にしたのと同じ突っ込みを入れる。心の声なので誰にも聞こえないが、聞こえたなら大合唱が聞こえたであろう。

「単なる一般人です」

「「「嘘だッ!」」」

 クラス中の口から見事に声が重なった。

「どうして!?」

「だって」

「ねぇ」

 1人理解ができず絶叫を上げるも、助け船などでない。

「か~き~つ~ば~~たーーッ!」

 現実で、地に響くような重い叫び声が聞こえる。こんな声を出す知り合いを燕子花には1人しか知らず、間違っても女の子が上げていい声ではない。

「風紀委員、そんな声を上げない方がいいぞ」

 名前ではなく役職で空木はたしなめた。

「そうだよ。もうちょっと女の子っぽくした方がいいよ」

 安部も付け加える。しかし、

「ふん!既に女の子らしい人気は諦めたわ!」

 なかなかの豪快さんである。長い髪でウルフヘアと言い張る癖っ毛の強さの辺りも豪快さんである。特に女性からの人気が高い。上級生からお姉様と呼ばれる程に。

「いや、オレが言いたいのは、そんな事をしているとだな……」

「何よ?」

「罵倒されたい!とか、踏み躙って欲しい!とか、そんなドMが寄ってくるぞ。

 ドMの皆さ~ん。ここにドSがいますよ~」

 真顔でそんな事を宣う空木。声は軽薄そのものだが、目は笑ってなく大真面目である。

「流石にそんな事はないんじゃないかな?」

 空木のボケを安部はやんわりと否定した。しかし彼女は真に受けたのか、

「これからはおしとやかに生きますわ」

 落ち着いた話し方と動作に切り替えた、が、

「すまん、そのおしとやかさという行き過ぎた気持ち悪さにオレは精神的ダメージを受けた。やはりドSだろ、お前」

「ごめん、僕もきつい」

「あ、俺も俺も」

 悪乗りする安部と燕子花。おそらくダメージは受けてない。鳥肌が立っている空木だけは本当にダメージを受けてるかもしれないが。

「どないせいっちゅうんじゃー!」

「黙って笑ってれば良いと思うよ」

 空木の返答に彼女はニッコリと、大抵の人なら惚れるような笑顔をする。

「誰を呪う気だ?」

「ウガーーーッ!」

 空木と漫才を繰り出す彼女は神在月(かみありづき)(しずく)。空木曰く、『弩マゾホイホイ』この男どもとは違って生徒会活動と部活動を両立させ、加えて家業で巫女をしている優等生である。まあ部活動に関しては燕子花も空木も参加できない理由があるのだが。

「けど空木と神在月は本当に仲がいいよな」

「だよね」

 ポツンと燕子花ば呟いた。安部も同意した。それに対して二人は同時に否定する。

「何処がよ!?」

「例外はあれど、オレは誰に対してもこんな感じだ」

 タイミングはピッタリだが内容は違う。よくある内容まで一致という、それ以上にからかわれる事にはならなかった。若干顔の赤い神在月と何処までも余裕そうな空木である。

 ボソリと「一方通行?」「怒りの可能性も僅かに」と言った会話があった、それはどうでもいい。

「漫才はさておき」

「さっきまで君が中心になってたよね」

 空木が話を戻すも当然の様に安部からつっこまれる。

「クラス違う神在月は何用で?」

「それ、クラス違う空木君が言うセリフじゃないからね」

 ツッコミはここでも安部が代表して行った。とりあえずそれは無視されて進む。

「そうよっ!燕子花!トラックを片付けるな!」

 クラスメイト達は皆意味がわからなかった。

「ああ、一応現場検証とかあるから、勝手に事故現場を動かしたら駄目なんだ」

 この燕子花、チートともいえる非常識な打たれ強さに加えて、パワーとスピードまで人間の限界を超えたチートだったりする。それこそ、トラックを持ち上げられるくらいに。

「壊れたトラックなぞ片付けた方が迷惑は少ない気がするが、今朝の事故をそのまま保存するのも重要な事だ」

 軽薄そうでも意外と知恵は回る空木であった。というか試験でも全教科99点という、満点とるより難しい事を遊び心でやってる人間である。加えてアルバイトで鍛えた雑学知識などを含めて、勉学以外でも頭の良さを窺わせる言動を発揮し過ぎる。切れ者が全力でバカをやっているというのが彼を知るものの評価である。

 そんな彼の説明を聞いて他のクラスメイトも納得する。しかしそれに待ったをかけるのは安部。

「いや、燕子花君の事だからきっと」

「ええ。そのレベルでの片付けなら交通安全を考えてまだ許容範囲なのよね」

 つまり許容できない片付けをしたと。神在月が引き継いだ。

「まさか潰してゴミ箱に捨てたのか?」

 空木は冗談で返したつもりなのだろうが、

「ゴミ箱ではないけど、概ねその通り。トラックが丸い金属球になってたわよ」

 何やってんだよ。クラスメイトの非難の視線が燕子花に突き刺さる。どうやってと疑問に思われない辺り、彼のパワーはよく理解されている。

「わかったよ、神在月さん。以後気をつけるよ」

「以後が無いに越したことはないよね。というより普通はないからね」

 素直に反省する燕子花に安部が付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 空木は腹を抱えて呼吸困難に陥っていた。

「これって今朝のがフラグになったのかな?」

 下校中にトラックにぶつかった燕子花を見ながらひきつった笑みで安部は呟いた。

 やはりと言うか何というか、燕子花本人は無傷である。財布と心にダメージは入ったが。

 

 

 

 この時彼等は思ってもいなかった。これからの波乱万丈な日々と比べれば、これでさえとるに足りない平凡な日々だったということに。

 




諸事情でお蔵入りだったやつ。
タイトルがしっくり来ないのと、ヒロイン不在がお蔵入りの理由。この主人公に釣り合うヒロインがどうしても思い浮かばない。

あと、空木の方が目立っている。こっちにヒロインをつけるならオムツ足りなくして使われるか、お互いに利用しようとするか、まだ考えられる。


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