天空の城の世界に憑依転生した (あおにさい)
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 黒眼鏡――サングラスをかけ、黒い帽子をかぶり、上等なスーツに身を包んだ、明らかに金持ち風の男たち。田舎では一生体験することのないであろう都会の匂いを漂わせ、威圧感をもってこちらを囲み、見下ろしている。

 

「ご両親はご在宅かな?」

 

 リーダー格らしき、茶色のスーツを着た男が気取ったふうに問いかけてきた。金色の髪と白い肌、一人だけ眼鏡は薄っすらと透けていて、鋭い眼光は観察するように静かだ。

 

「この家に住んでいるのは僕だけです。両親は亡くなりました」

 

 冷や汗が出ているのか、背筋が冷たい。

 うそだろ、まじかよ、と思考がぐるぐると回っている。傍らでむずがるように体を擦り付けてくるヤクに押されて、足がよろめいた。

 

 

**

 

 

 僕には前世の記憶がある。前世そのままの人格のまま、暮らしてきた。幸いであったのは、言語が全く別のものであったということだろう。そうでなければ、女言葉を話すキモい少年だったかもしれない。

 なんせ、今は男だが、前世は女だったものだから。

 

 前世は二十一世紀の東の島国の国民だった。サブカルチャーが豊富な飽食の国。問題は多々あれど、治安は良く善良で健康な市民であるなら百年生きることさえ出来る環境だった。残念ながら、若くして病気を患い死んでしまったけれど。

 

 最初はあまりの落差に驚いた。

 僕が生まれたゴンドアという山岳の村は、農業を営むほぼ自給自足のど田舎だった。

 長い黒毛の牛の仲間、ヤクを飼い慣らして乳や肉をもらい、ほそぼそとした畑を世話し、時に狩りをする。

 電気はなく、ガスもなく、かろうじて井戸には組み上げポンプがついているのみ。

 常に動物くさく、食事は質素で娯楽はない。

 医療にいたっては、代々の薬師が漢方薬めいたものを煎じるくらいで、長い時間と労力をかけて都会へ出なければまともな治療は受けられない。

 

 アルプスの少女かな?

 

 実際、似たようなものだ。

 前世のあの国は本当に恵まれていたのだな、と死んでから気がついた間抜けは僕である。

 慣れればヤクの世話も畑仕事も、そう苦ではない。一番つらいのは、娯楽がないことだった。

 家にある本という本は、父親の日記ですら読破したほどで。前世で見た好きな物語を文字に起こしてみたりもした。

 

 

 そんな生活の中で、ひとつ引っかかることがあった。

 家の古い暖炉だ。使われなくなって久しく、飾り棚のように魔改造されたその裏側に、美しく透き通った青い石が隠すように置かれている。

 我が家に代々伝わるという石に刻まれた黄金の紋章。前世で見覚えがあったのだ。

 この石にまつわる話を祖母から初めて聞かされたのは、物心つくかつかないかの頃のことだ。不思議な呪文、他人には明かしてはいけない石の在り処。

 既視感を覚えて首をかしげるうち、前世の名作といわれた物語に思い当たった。

 完全に「天空の城ラピュタ」の飛行石である。ある世代以上の日本国民なら誰もが知るであろう名作、入道雲を見て「あの雲の中にはラピュタがあるのかも」と夢見た懐かしき日、少年少女が手に手を合わせて呪文を唱えるのに同調してネット上の国民たちが一緒になって言ったためにダウンしたサーバー。

 

 え、僕のご先祖ってラピュタ人なの? まじで?

 

 刺激の少ない田舎暮らしも相まって、僕は熱狂した。祖母に話をせがみ、それらを手帳にまとめ、不思議な呪文の解読を試みた。父がチーズを売りに行くのについていって、街で本を立ち読みし、捨てられた新聞をかき集め、情報を集めた。

 あまりにアレだったためか、母や祖母からは幾度か説教を受けたが、父はわりと協力的だったように思う。おかげさまで、田舎の小僧には珍しく僕はそこそこの学を持つに至った。

 

 この時点では、娯楽の少ない生活の暇つぶしに近いものだった。ぶっちゃけ、心から祖母の話を信じていたわけでもなく、「どこにでもこういう話は転がっているものだなぁ」程度の認識だった。先祖代々、なんていうのは古い家なら少なからずあるものだし、ただのきれいな石っころは結婚に重みをもたせるもの。そこにロマンを求めて紋章の意味を探ったり、勝手なストーリーを付け加えたりして遊んでいたようなものだ。

 

 しかし。しかしである。

 母が死ぬ時、継いだ真名を聞いて僕は血の気が引いたのだ。

 

 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ。

 

 死の際に、母はこうも言った。「ラピュタを探すのはもうやめなさい」と。

 つまり、僕のご先祖は本当にラピュタ人で、どうやら僕の子孫はラピュタを発見し終わりの呪文を唱える少女「シータ」らしい。

 僕と同名ですね、はははは。

 

 母の死後、ひとりで家を切り盛りしながら、僕はラピュタのことを考察した資料を改めてまとめ直した。

 祖母から聞いた話や、立ち読みした歴史本から得た知識。解読した呪文と、新たに開発してしまった呪文。

 

 これ、子孫に残していいのだろうか。いっそ、何も知らないほうが平和なのでは……?

 

 などと考えつつも、これまでの努力とロマンを無駄にできず、惰性で情報収集を続けた。

 仮にも自営業の事業主であるので、世間の情報も仕入れなくてはならない。新聞に踊る「浮遊島発見」の文字を見たときは、気が遠くなったよね。その後、写真を公開した飛行士は嘘つきのペテン師として批判の的になり、ゴシップ記事の格好のネタにされた。

 このあたりで、もう嫌な予感しかしなくなった。

 しかし僕は男なのだ。シータという名前の少年である。ジブリヒロインではないはずなのだ。

 

 こう思い込んで数年。

 どうも僕は、性別を間違えて生まれたらしい、と悟った次第である。

 

 

**

 

 

 突然家にやってきた男たちの集団、そのリーダー格である茶色スーツの男が、我が家の素朴なダイニングの椅子に腰掛けている。なんかボロっちくてすみません、と意味もなく謝ってしまいたくなる風格だ。

 彼の横に従うように黒眼鏡の紳士が立っているのも、なおさら場違い感がすごい。

 家に入ったのはこの二人だけで、他の男達は家が狭いことを理由に外で待ってもらうことになった。今頃、かわいいヤクたちに癒やされているかもしれない。

 

 街で購入して、ちまちまと飲んでいる紅茶を、家族が亡くなってから使っていない揃いの茶器で用意する。うーん、黒眼鏡さんの分はどうしよう。一応、椅子は勧めてみたんだが遠慮されてしまったのだ。田舎の小僧程度では、高貴な方々のおもてなしの方法がとんとわからない。

 とりあえず三人分用意した紅茶をテーブルに並べ、ついでにおやつ用の手作り素朴クッキーを皿に盛る。

 

「これはどうも」

 

 紳士的に茶色スーツの男は会釈してくれた。とても礼儀正しい。

 

 あれやこれや目前のことに対処することで現実逃避しているけど、すごく嫌な予感がします。

 

 僕は茶色スーツさんの正面の席につき、「それで」と促した。

 

「こんな田舎のなにもない家に何の御用でしょうか?」

 

 大体想像つくけどな!

 

「私はムスカといいます。歴史的に大変価値のある石がこちらの家にあると聞きまして、不躾ながら訪ねてまいりました」

 

 ほほう、なるほど?

 たぶんこれ、正史なのかあるいはパラレル世界なのかのシータちゃんは、「知りません」と突っぱねたせいで拉致されたのでは? いや、祖母の言いつけや母の遺言的に間違ってないんだけどね、相手が悪いよね。

 いやでも素直に石を渡しても、結局呪文は僕しか知らないから拐われるのでは……?

 というか、これ僕が間違えるとムスカさんがラピュタ王になって世界を支配してしまうのでは?

 

 やべぇ、吐きそう。

 

 ええええ、世界の命運を田舎小僧が握っているんですけど!? 難易度高すぎない!?

 

 明らかに顔が強張ったのが自分でもわかった。知ってます、って言っているようなもんである。

 僕は手が震えないように力を込めて紅茶を口に含み、唇をなめた。

 

「どこからそれを聞いたのかはあえて問いません。確かに、我が家には代々伝わる古い石があります」

「ほう」

 

 喜色を全面に出して口角を上げるムスカさんの顔がとても怖い。

 

「どうやら、ムスカさんは石の価値を正しくご存知のようで」

「そうですね。相応の金額で買い取らせていただきますよ」

 

 眼鏡をはずし、上機嫌にハンカチで拭くムスカさんは、美形である。貴族的な顔立ちとも言える。

 ばくばくと早鐘を打つ心臓、手のひらににじみ出る汗、声が震えないように頑張るのが精一杯だ。

 もうね、色々頭の中でぐるぐるしてるよね。

 いっそ、「知らん」と言って拉致されて成り行きに任せたくなってくるわ。

 

「……申し訳ありませんが、二人で話せますか?」

 

 ムスカさんの斜め後ろに立つ黒眼鏡の紳士をちらりと見て問いかける。威圧感が増した気がするが、きっと気のせい。

 深呼吸して、落ち着いた声を心がける。

 

「こんな子供相手に、護衛は不要でしょう? もちろん害する気はありません。ただ、石にまつわる話は()()()()には口外しないのです。僕が話したことをムスカさんがどう扱うかは、おまかせします」

「……ふむ、いいでしょう」

 

 ムスカさんがさっと手を上げると、黒眼鏡の紳士はぺこりと頭を下げてきびきびと家から出ていった。やべぇ、もう動作一つ一つが優雅で何もかも勝てる気がしない。

 

「それで?」

 

 すらっと長い足を組み、面白そうにこちらを見るムスカさん。こわいよう、こわいよう! この人、懐に銃を持ってるんだろうし、体格的にも首でも締められたら一発で逝ける。

 

「石のことは、どこから聞きましたか?」

「聞いた、というよりも調べた、といったほうが正しいな。古い文献には、わりと残っているものだよ」

 

 自然にタメ口になったムスカさんから、ちょっとの親しみを感じる。そうね、ど田舎の街の本屋さんにも並んでいたくらいだものね。

 僕は紅茶をちびりと飲んで、ムスカさんを見上げた。

 

「王家がいくつかに別れたのは、祖母から聞きました。あなたはどこの家の方ですか?」

 

 嘘です、正史、あるいはパラレル世界の知識です。うちはどっちかっていうと、ラピュタ人が廃れていくのを望んでいたようなので、知識の継承はしてないです。

 

「……パロ、の家だが」

 

 ちょっと驚いた顔でこっちを見るムスカさんの顔は思いの他幼い。まあ、おとぎ話のような伝説を信じちゃう人だもんなぁ。実際ラピュタはあるんだけど、よくいい大人がそんな幻想を大真面目に追えるよな……。

 

「そうですか……、なるほど」

 

 意味深に頷いて、しばし間を置き、僕はムスカさんの薄い色素の目を見据える。

 

「今更になって、石を求めている理由は? これはパロ家の総意か?」

 

 ちょっときつい言い方で問う。背筋を伸ばし、眼光に力を込め、胸を張る。

 パロは傍系王族、そして僕は正当な血筋の真の王家(トエル・ウル)だ。ラピュタ人同士で話すのなら、僕のほうが地位が高いのである。はったりだろうが、そうなのだということを態度で示す。偉そうな喋り方なんて知らん、参考は前世のサブカルチャーだよ!

 ムスカさんは不快そうに眉を寄せたが、それ以上明確な反応はなかった。

 よぉし、畳み掛けるぞぉ! テンションあげろぉ!

 

「数年前、飛行士が浮遊島を発見したらしいが、その関係か? 飛行技術が発展すれば、いずれ島の存在は明らかになるからな……その前に()()するということか?」

 

 ムスカさんはじっとこちらを見つめたあと、口の端をニヒルに吊り上げた。

 

「ずいぶんとお詳しいようで」

「まあ、そこそこ。あの記事を見たときは肝が冷えた。かといって騒ぎ立てれば信憑性が増す。ペテン師扱いされた飛行士は気の毒だが、ああいう展開になったのは幸運だった」

 

 やれやれだぜ、と頭をふる。今僕は、素朴など田舎小僧ではないのだ。ラピュタ人を束ねる王族の若き長なのである!

 

 ……ロールプレイつらい。中二病かな?

 

「それで、石をどうするつもりでここに来た?」

 

 声を低くし、威嚇するように笑ってやった。

 田舎小僧のわりに、わりと僕は美少年である。パラレル世界のシータちゃんだって、美少女のジブリヒロインだったのだ、頑張ればそれなりの雰囲気は出るはず! 顔が引きつった気がするけど、気のせい!

 

「私は、軍に属していましてね。ラピュタ探索の密命を受けています。無論、私()()の目的はかの浮遊城の()()であって、軍事転用()()()気はありません」

 

 上手いこと本音を隠しやがってこの野心家め!

 くぐもった感じで喉が鳴った。運良く笑ったような音になったが、実際は緊張のあまり喉が詰まっただけだ。

 

「パロ家が管理を?」

「失礼ながら、あなたにその力がお有りのようには見えませんしね」

 

 ド正論過ぎて、なんも言えない。

 世間的身分は、ただの田舎小僧。しかも両親は亡く、いわゆる孤児に近い。財産といえば家と家畜と畑のみ、金銭による貯蓄はわずかで、飛行船を買う金もパイロットを雇う金も自分で学ぶための学費もない。

 僕が持っているのは、前世の夢物語と血筋と石と呪文のみ。そして、血筋はムスカさんで事足りるし、石は奪えばよく、呪文は僕がまとめた資料が見つかればそれで済む。

 詰んでいる。パラレル世界のシータちゃんが無事だったのは、呪文が彼女の頭の中にしかなかったからだ。

 

 大きく息を吐いて、だらんと頬杖をつく。はー、やってらんねぇぜ!

 

「まあ、そうだろうな。僕はただの田舎の農民、空に浮かぶ島に行けるはずもない。真の王家(トエル・ウル)とはいえ、あるのは単なる血と伝承に過ぎず、ラピュタの技術を持っているわけでもなし」

「では、石を譲っていただけますね? ご心配なく、ラピュタの遺産は正しく管理しましょう」

 

 つまりラピュタ王の手で支配するってことですね、わかりみ。

 もうねー、性別が男って時点でまた詰んでるよね。吐き気がするが、女の子なら王妃扱いでそばに置いたかもしれないからなぁ。

 しかし王族の男同士なら、よくある継承権争いしかない。石を譲っても、どっかの時点で僕は暗殺されそうな気がする。

 こうなるともう、僕に出来ることはひとつだ。ぐるぐる考えている間に覚悟完了したし。

 のそっと身を起こして頷いた。

 

「いいだろう。ラピュタの探索に協力しよう。どっちにしろ、あれが只人の手に渡るのは避けたい。いたずらに墓荒らしされるのは不愉快だ」

「石と、呪文を教えていただければあとはこちらでしますよ」

 

 にやにやと笑うムスカさん。隠せよその悪意をよ。

 僕ははっと鼻で笑った。

 

「パロ家の者に石は扱えないよ。あれが従うのは、真の王家(トエル・ウル)にのみ。そのように()()()()()()

 

 はい、嘘です。たぶん呪文と血があれば、石はほいほい言うことを聞くと思う。だがここで用済みバイバイ(死)されては、元も子もない。

 

「ほう、それは知りませんでした」

「だろうな。そもそも、地に降りてからは使おうともしなかったのだろうし」

 

 半笑いでクッキーをつまみ、咀嚼する。うん、香草の素朴な香りがして美味い。

 ムスカさんの刺すような視線なんて知らぬ。

 

「五日後に迎えに来てくれるか。それまでに、長期不在の準備をしておく。ついでに、うちにある文献をまとめておこう。探索の役に立つはずだ」

「……いいでしょう。こちらもそれまでに、話を通しておきますよ」

「うん」

 

 カップに残った紅茶を飲み干し、息をついた。

 はーくっそ、ラピュタ人になんてなるもんじゃねぇわ。

 

 ムスカさんが立ち上がり、にいと笑った。

 

「では」

 

 うちは玄関ドアから直でダイニングなので、椅子から立って見送る。

 しばらく耳をすませて、家の外の男たちと去っていった物音を聞き、椅子に崩れ落ちるようにして座った。テーブルに頬を付けて、息を長く吐く。

 

 五日後までに、もろもろ済ませなきゃならないけど、今はもう少しだけこの安堵感に浸っておきたい。

 結局一口も飲まれなかった紅茶を見て、悔しいような悲しいような気持ちが湧き出る。

 カップ二つ分、ごりごりとクッキーを食べながら飲み干して、僕は静かに行動を開始した。



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 飛行船ナウ。

 

 前世含めて、飛行船に乗ったのは初めてだ。ジブリ作品独特の、あの虫のような動力で浮かぶ乗り物の中にいるのだと思うと、興奮しなくもない。

 自由に出歩くのを禁止された状況でなければ、もうちょっと楽しめた気がする。

 

 ムスカさんと二人きりの個室で、文献を机に並べあーだこーだとラピュタについて話し合う。

 もうね、最初は尋問されるのかと内心死にそうな思いだったのだが、始まってみればロマン求める男同士の友情が芽生えたわ。

 ムスカさんとこのパロ家は、口語伝ではなく文章のみでの伝承だったらしく、僕がラピュタ人の使っていた言葉を話すとたいそう興奮してくれた。逆に僕のうちのトエル家はラピュタ文字が廃れているので、ムスカさんによるラピュタ文字講座はとても楽しいものだった。

 

 夕食の時間だと、例の黒眼鏡側近さんがやってきて教えてくれたのを合図に、僕たちは資料と文献を片付け、話し合いを切り上げた。部屋まで運ばれてきた夕食を、黒眼鏡側近さんがサーブしてくれる。

 おしゃれな盛り付けがされた皿にちょっと気後れはしたものの、前世ではそういえば当たり前だったわと思い出すと、自然とテーブルマナーは出てきた。

 

 飛行船の上で学者ばりの討論ののち、部屋に夕食を運ばせてディナーとか、僕すごく王族っぽいね?

 パラレル世界のシータちゃんとの扱いの差を考えると、わりかし上手くやれているのでは。

 

 ディナーをあらかた片付け終える頃、部屋の外でなにか騒ぎが起きているのが聞こえてきた。

 きたよー、きたよー。海賊だよー。

 

 僕は白々しく「なにかあったのでしょうか」とムスカさんに問い、ムスカさんは黒眼鏡さんたちとばたばたと様子を確認する。やがてディナーを並べていたテーブルを部屋の外へ転がしながら出して、廊下にバリケードを作ると、黒眼鏡さんがその後ろにしゃがみこんだ。

 ムスカさんはちらりと僕……、というか僕の首に下げられた飛行石を見て、「伏せていなさい」と告げた。部屋のドアが閉められる。争う声や音が聞こえるが、まだ遠そうだ。

 ムスカさんはトランクケースを開けて、モールス信号を打ち始める。

 

 さあ、分水嶺だ。野心と功名心と良心、ロマンに矜持と友情、ここでする僕の選択によっては、多くの人が死んでしまう。

 

「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」

「……なんだね、唐突に?」

 

 モールス信号を打ちつつも、ムスカさんは返事をしてくれた。多少の友情が影響したかな。

 

ラピュタの真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)の末裔として、あなたに聞きたい」

「今忙しいので、あとにしてほしいのだが?」

 

 今じゃなきゃだめなんだよ!

 

「ラピュタの浮遊島は残り一つだ。あなたは、ラピュタの兵器をどうするつもりで探索している?」

「討論はあとだ。賊の狙いはおそらく飛行石なのだよ。君はその石を守ることを考えなさい」

「今正直に答えないのなら、僕はここから飛び降りる」

「は!?」

 

 おお、ムスカさんの素っ頓狂な声は初めて聞いた。

 なお、僕はすでに窓を開けてそこに腰掛けている。あとは後ろに体重をかければそのままフライ・アウェイだ。

 

「答えろ、ロムスカ」

「なんのつもりだね?」

 

 モールス信号を打つのを止め、ムスカさんは立ち上がって僕と対峙した。銃で僕を撃てば力を失った体は石とともに落ちる。呪文は僕の頭の中、さらに飛行石はトエルにしか使えないと嘯いていて、ムスカさんにはこれを否定する材料がない。

 

「今の時代にラピュタの力はいらない。過ぎた力は世界を滅ぼす」

「私が浮遊島を使って戦争でもしかけると思っているのかね? 何を根拠に」

「長く話す時間はない。兵器をどうする? 答えによっては、あなたを浮遊島へ連れて行ってもいい」

「馬鹿な真似はやめないか。さっさとこっちへ。賊が入ってくるぞ、窓を閉めなさい」

「それがあなたの答えでいいのか?」

「っなにを……」

「ここで誓え。ラピュタの兵器を使わない、と」

「誓えば、窓から離れるのだね?」

「もちろんだよ、ロムスカ」

 

 空気が重く、ひりついている。部屋の外では、ドーラ一家の暴れる音と銃撃音に悲鳴、まもなくバリケードは突破され、ここに踏み入ってくるだろう。

 はく、となにかを言いかけてムスカさんは口を閉じた。

 ムスカさんの目を見つめ、虚勢であろうと僕は王族ぶる。彼に対してはそれが正解なのだと思う。

 

「僕たちは滅びゆく種族だ。血は薄れ、いずれ飛行石は標ですらなくなるだろう。最後の王族として、ラピュタの末裔として、僕らは仕事をせねばならない」

 

 ムスカさんは目を見開いてこちらを凝視したまま固まっている。こんな顔してても美形とかまじなんなん。

 

「兵器を壊し二度と使えないようにする。そのために浮遊島へ向かうことを、誓え」

「……きみは……」

 

 ムスカさんが息苦しそうに顔をしかめ、かすれた声でぽつりと言ったその瞬間――。

 ドアが蹴破られ、ガタイのいい男が飛び込んでくる。黒眼鏡の紳士ではないし、覆面の怪しげな格好からしておそらく侵入してきた賊――ドーラ一家だろう。

 突っ立っていただけのムスカさんに男がぶつかり、たたらをふんだムスカさんがこちらへよろりと傾いた。

 

 手を差し出し、僕は叫ぶ。

 

「僕とともに来い、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!」

 

 差し出された手に反射的に伸ばしたのか、転ばないように前のめりになっただけなのか、ムスカさんの手は僕の手のひらにおさまり、がしりと掴むことが出来た。

 僕はそのまま足を蹴って、体を後ろへ傾ける。

 息を呑むような音と罵声が聞こえ、僕はムスカさんを道連れに、そのまま飛行船から飛び降りたのだった。

 

 

**

 

 

 体が揺すられる。耳鳴りの向こうで声が聞こえ、やがて感覚が明瞭になり、意識が覚醒していくのがわかった。

 目を開けると、星空が広がっている。しばし瞬きして体を起こすと、夜闇の中ですっごくしょっぱい顔をしたムスカさんと、その向こうに小柄な影が見えた。

 あたりは草が生い茂る丘の田舎道というところか。遠目に、ぽつぽつと明かりと町並みが見える。

 おおむね、予定通りだ。

 

「……よし、着地は成功した」

「君は馬鹿なのかね?」

 

 座り込んだ僕とムスカさん。小柄な影の足元のランタンが影の手によって持ち上げられると、心配そうに膝をついておろおろしている少年がいた。

 

「一応聞くけど、体に異常はあります?」

「……今更敬語を使われても気味が悪い。やめなさい」

「そう? まあ、無事で何よりだよ」

 

 頭が痛そうに額を押さえるムスカさんを放置して、僕は少年に視線をやった。

 

「驚かせてごめんね」

「あっいや! 怪我とかがないなら良かった!」

 

 ほっとしたように笑った少年は実に純朴そうだ。田舎小僧の僕といい勝負である。

 

「で?」

「落ちているところは目撃されたようだ」

 

 たぶんすでに聞いているだろうとムスカさんに聞くと、案の定きっぱりとした答えが返ってきた。うーん、仕事のできる男だなぁ。

 ほんと、世界征服なんていう野心さえなければ出世していい暮らししてるんだろうに。この人にロマンと王家の血筋与えちゃったせいで、ひどいことになってる。いや、なりかけた? まだ未遂かな。

 

「把握した。口封じはやめろよ」

 

 びくっと少年が反応し、ムスカさんがまたしょっぱい顔になった。

 

「ごめんね、怖がらせて。このおじさんは怖いけど、僕のいうことならだいたい聞くから、なにかされたら言ってね」

「え、あ、うん」

 

 戸惑ったように答える少年と、不機嫌そうなムスカさん。よく見ると、スーツ姿ながらちょっとくたびれている。まあ、飛行船から落ちたしな。

 僕はゆっくり立ち上がり、体がふらつかないことを確認した。ムスカさんも立ち上がり、スーツついた土汚れや草を払っている。

 

「僕はリュシー、こっちのおじさんはロミール。君の名前を聞いてもいいかな」

「僕はパズー、鉱山で見習いをしてる」

「よろしくパズー」

「こちらこそ、よろしくリュシー!」

 

 握手をして上下にふる。

 うむ、心温まるはじめましてだ。パズー少年のくそ度胸とコミュ力よ。さすがジブリヒーロー。

 空から人が落ちてきて軟着陸したところを目撃しておいて、このあっけらかんとした態度はすごい。

 

「悪いんだけど、どこか休めるところを知らないかな? とりあえず雨風しのげるようなら、洞窟でもいい」

「それなら僕の家に来なよ!」

 

 すっごいわくわく顔ですね?

 ありがたいんだが、もうちょっと警戒心を養ってほしい。僕はともかく、あやしいスーツのおじさんも一緒なんだよ?

 見ろ、ムスカさんの顔を。こいつ大丈夫か? って表情だぞ。

 だが渡りに船には違いないので、僕は遠慮なく頷いた。

 

「君がいいのならお世話になるよ。ロミールもそれでいいよね?」

「……まあ……」

 

 しっぶい返事だな!

 僕は背中に括り付けていた背嚢をいったん下ろし、トランクケースに結んでいた紐を解いて、ケースをムスカさんに渡した。

 

「そっちは文献を詰め込んだから、扱いに気をつけて。お金持ってる?」

「……多少は」

「それは上々。人里近くに着地出来て良かったよ」

「……リュシー、聞きたいのだが、これは計画的な犯行かね?」

「まあそこそこかな。石の存在が知られた以上、なにか起こるとは思っていたよ。石自体にも価値はあるからね」

 

 嘘です。単なる前世の知識です。でも、頑張って考えればたどり着く考察でもある。

 いつでもフライ・アウェイが出来る石なんて、それだけでお宝だよね。

 背嚢を肩にかけてパズーに頷くと、身内の話が終わったことを察した少年は、「こっち!」と明るく先導してくれた。

 それに従って足を進めつつ、ちらりと隣を歩くムスカさんを見上げる。月明かりとパズーが持つランタンしかないのでとても暗いが、かろうじて表情がわかる。不機嫌そうだが、今の所害意はなさそうだ。ちゃんと偽名で呼んでくれたし、頭の回転の早いこの人はなんとなく今後の方針を理解しているんだろう。

 

 丘を登ると、小屋とレンガの塔が寄り添うようにぽつんと建っていた。うーむ、これを見ると田舎小僧とはいえ僕の家はそこそこ裕福だったかもしれないと考えてしまう。失礼ながら、嵐が来たら吹っ飛びそう。

 夜の暗闇の中、かろうじて見えるムスカさんの表情はだいぶ渋い。まあこの人は僕など比べ物にならないくらい上流階級っぽいしな。

 

「どうぞ」

 

 親切にもドアを開けて押さえてくれるパズーに礼を言い、小屋……いや少年の家にお邪魔することになった。

 

 

**

 

 

 ラッパの音で目が覚めた。うるせぇ。

 上半身を起こして、眠気を払うために頭を振り、隣で眠るおじさんを眺める。スーツの上着を脱ぎ、眼鏡を外して床に転がっている姿は、とてもではないが軍属のエリートさんとは思えない。ラッパの音が不快なのか、もそもそと動いて横向きになり、耳をふさぐように腕を頭に乗せると、再び動かなくなった。

 おい、まじか。それでいいのか、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ。

 

 でも僕は気遣いができる田舎小僧なので、おじさんを起こさないように息を潜めて立ち上がった。

 ラッパの音色が聞こえる外へとつながる、天窓にかけられた梯子を慎重に登る。上に出ると、風が髪をさらい、寝癖をなおすようにびゅうびゅうと耳の横を通り抜けた。気持ちいいな、いい朝だ。

 

 視線を上げると、ラッパを吹く少年がレンガの塔の端に立っていた。妙に耳に馴染む音色が繰り返される。

 眼下に望む景色は美しい。この小屋は丘の上に建てられているので、眺望が良好だ。通り沿いに建てられた町並みと、線路。谷に組まれた足場は機能美に溢れ、民家の煙突からのぼる白い煙がたゆたって消えていく。山の峰には雪が残り、朝日が反射してきらきらと輝いている。人の営みと自然が調和した絶景だった。

 

 ラッパの音色が止んだので視線を近くに引き戻すとほぼ同時に、背中をなにかに押された。驚いて声を上げると、少年の明るい笑い声が響く。

 

「おはよう、リュシー!」

「おはようパズー、いい演奏だった」

 

 そうかな、と照れたように頬をかいたパズーは器用に出っ張ったレンガを踏みながら塔から降りてきて、隣に立った。周りは白い鳩がばたばたと飛んでいて、騒がしい。僕の背中を押したのはこの鳩たちだろう。

 パズーはラッパを脇に抱えるとポケットに手を突っ込んでパンくずのようなものを取り出した。

 鳩がそれに群がって、パズーがけらけらと笑う。

 鳩に邪魔されながらも僕の手を取ってパンくずを乗せ、パズーは新たにポケットから取り出して鳩と戯れた。

 朝からテンションが高い。僕も楽しくなって、鳩の首筋をちょっと撫でてみる。

 しばしの後、足元に餌をまいて落ち着いた僕たちは改めて向き直った。

 

「よく眠れた?」

「おかげでぐっすりだよ。ありがとう」

「ロミールさんは?」

「まだ寝てる。そろそろ起きるんじゃないかな」

「それじゃ、朝ごはんにしよう。下に水場があるんだ、使って」

「何から何まで助かるよ」

 

 鳩たちはそのままでいいというので、天窓から中に戻る。ムスカさんはすでに身支度を整え、借りていた仮の寝床をきれいに片付けていた。

 

「おはよう、ロミール。いい朝だね」

「……おはよう」

 

 すごい不本意そうな顔だが、挨拶を返してくれるだけましかな。パズー少年に対しては「世話になった」云々と言っているし、根本的に礼儀正しい人である。

 

 僕は二人に声をかけて、階下に向かった。急な階段を降りていくと視界に飛び込んでくる、作りかけの飛行機らしき骨組み。水場は隅に置かれ、蛇口が外から引かれたパイプにつながっていた。全体的に、僕の生家より文明的だ。

 飛行機を横目に、ありがたく蛇口から水を出し顔を洗う。ついでに髪を撫で付けて手ぐしで梳かした。鏡はないが、まあ男だし見苦くはあるまい。

 

 そして部屋の一角、壁に貼られた写真や絵を眺める。ラピュタと書かれた白黒の写真は、雲か霧の中に要塞のようなものが見えるものだった。いや、見ようによっては城か。かつて新聞で見たものと同じ写真だ。

 浮遊しているということを証明する材料はこの写真の中にはなく、浮遊島と断定する証拠にはなりえないだろう。

 存在することを知っている僕でさえ、雲のような白い物に隠れた箇所が地面につながっているように見えるのだ。

 

「どうやら、例の飛行士の関係者のようだね」

 

 背後から聞こえた声に、僕は「そのようだ」と頷いた。

 ムスカさんが顔を洗いに来ているのはわかっていたので放っておいたのだが、彼もこの写真に気がついたらしい。僕が眺めていたので興味が惹かれたのかも。

 

「さて、これは石に導かれたのか、ただの偶然か。ロミールはどう思う?」

「……さあな」

 

 実際、パラレル世界のシータちゃんの冒険はなにかに導かれるかのようだった。飛行船から落ちた先で、ラピュタを撮影した飛行士の息子に会うなんてどんな確率だ。

 体験してみて思うが、いっそ運命と言ってもいいように思う。石が落ちる場所を選んだような気がする。

 たぶんムスカさんも同じような感覚なんだろう、すごく複雑な顔でラピュタの写真を見つめていた。

 

「朝ごはん出来たよ! 食べよう!」

 

 元気な声が上から降ってくる。僕はムスカさんの腕を叩いて促し、「今行くよ」とパズーに返事を返した。



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 僕が背嚢から出した非常食を提供し、わりかし豪華な品数となった朝食の席で、ムスカさんはパズーに例の写真について問いかけた。

 やはり少年はペテン師と世間からバッシングを受けた飛行士の息子で、自分で飛行機を作っていつかラピュタを探しに行きたいという。

 ムスカさんはちょっと感心したような顔で、話に聞き入っていた。熱心な相づちとラピュタを否定しない大人の存在に、パズーは嬉しそうに父親の手記を持ち出して説明した。

 朝食を食べ終えても話は尽きず、場所を移して資料が多くあるという階下の部屋で、子供二人と大人一人、ロマン溢れる浮遊島について語り合う。

 もうね、僕もムスカさんも思うことは一緒だ。「わかる」、の一言。空に浮かぶ島に建てられたお城。誰も見たことのない場所と謎、財宝。男のロマンである。飛行船での討論でこのあたり、僕らはとても話が合ったのだ。

 ちらりちらりと互いに目配せしあい、「どうする? 言っちゃう?」「いや、これは機密事項だから! ラピュタの王族の秘密だから!」とアイコンタクト。色々あってねじれきったヲタ友の絆がちょっと復活している。

 

 そうこうするうちに、聞き慣れないエンジン音がした。盛り上がっている二人を横目に、僕は窓へ寄って確認する。

 うむ、ドーラ一家だな。本当に前世の記憶通りですありがとうございます。

 

「ロミール、話はいったんそこまでだよ。できるだけ窓から見えないようにこっちに来て。パズーはそこから動かないように」

「え?」

 

 キョトン顔のパズーを置いておき、何かを察したムスカさんが軍人らしく素早く身をかがめて窓から外を覗き見た。

 

「例の奴らだな」

「やっぱりそうか。……あなたは、軍に戻る気はある?」

「……どういう意味かね?」

「ムスカとしての人生を捨ててほしい」

 

 何いってんだこいつ、って目だ。うぬぬ。野心家の気持ち、僕わかんない。いや、察するところはあるけども。

 

「せっかく出世しているところ悪いとは思うんだけどね。僕たちは死んだことにしたほうが話が早い」

 

 そう告げると、ムスカさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。

 派手なオートモービルが田舎道に横付けされ、そこから真っ白いスーツにシルクハットの男が降りてくる。窓からは途中までしか見えないが、この家の玄関にやってくるのはもう時間の問題でしかない。

 

「今すぐに選んで。昨夜の答えを聞かせてほしい。もし軍に戻るのなら、あなたとの冒険はここまでだ」

「賊と手を組む気か? それこそ墓荒らしではないかね」

 

 何かを察したらしいムスカさんが責めるように僕を睨んだ。やっぱり頭いいなこの人。僕が何をするつもりかわかったようだ。

 僕は人生でも一等悪く見えるように、にやりと笑いかけた。

 

「財宝が欲しいならくれてやるよ。僕の目的は別にある。あなたも欲しいのなら、金目の物を持っていけばいい」

「っそんなもの!」

 

 声を荒げたムスカさんは自分の声にびっくりしたのか、肩を揺らして口をつぐんだ。

 直後、どんどんどん、と上の階からドアを叩く音がする。

 パズーが困ったようにこっちを見て、上を見て、首を傾げた。少年もかなり察しがいい。訪問者がキナ臭いことはわかったようだ。さすがヒーロー。

 

「残念、時間切れだよ」

 

 僕は素早くムスカさんの懐に手を突っ込み、銃を取り上げた。おお、一か八かだったけど、やればできるもんだな!?

 パズーがぎょっとした顔で固まる。ムスカさんが焦ったように手を伸ばしてきたので、後ろへ下がって躱した。

 

「貴様……っ!」

「パズー、悪いんだけどお客さんをこの家に入れてもいいかな? 君にも家にも危害は加えさせない」

「あ、ああ……」

 

 ムスカさんに銃口を向けてパズーに言うと、戸惑ったようではあったがしっかりと声は返ってきた。

 

「ロミールは動かないでね。パズー、ごめん。お客さんをここに呼んでもらえる?」

 

 硬い声で「わかった」と返事をしたパズーは、階段を上がっていった。

 

「あなたとはいい友人になれそうだと、僕は思ったんだよ。先祖の残した遺産とロマンを追う友人に。ともに責務を負う戦友に。唯一残った血縁の家族に」

 

 ムスカさんの顔は怒りに満ちている。憎々しいとばかりに鋭い眼光が刺さってくる。こんな子供に出し抜かれたのが悔しかったのか、あるいは――。

 

「僕は何度もあなたに問いかけた。石をどうするのか、遺産をどうするのか、どう管理するつもりなのか」

 

 どれほどムスカさんが罵ったとしても、僕は僕でムスカさんを責めたい気持ちが止まらない。

 

「あなたは耳触りの良い言葉と美辞麗句で答えてくれたけれど、一度も「放棄する」とも「兵器を使わない」とも口にはしなかった。それがあなたの誠意というなら、いっそ嘘をつくべきだったよ。たった一言、「兵器を封印し、二度と使われないようにする」と言えば良かった」

 

 上でパズーがお客さんと問答し、階段に向かって歩いてくるのがわかる。この家は音がすべて筒抜けなのだ。

 

「あなたは裏切られたとでも思っているのかもしれないが、僕の方こそ騙されたとあなたを罵ってもいいのではないかな」

「小賢しいガキめ……」

 

 歯を食い締めるように、ムスカさんが低く唸る。

 

「なんだなんだ、取り込み中かよおい」

 

 陽気な声が空気を緩ませた。階段に背を向けているので見えないが、ドーラ一家の男だろう。

 僕は変わらずムスカさんに銃口を向けたまま、その声に応じた。

 

「やあ、いらっしゃい海賊さん。僕の家ではないけど、歓迎するよ」

「ずいぶん小生意気なガキだな。で、何してんだ」

「仲間割れ」

「へぇ? で、どっちが石を持ってる?」

 

 僕は「さあね」と答えて、ムスカさんを見据えた。

 

「ねえ、ロムスカ。言えばいい、それが本心でもなくとも、僕は信じてあげよう」

「私が裏切ってもいいとでも言うのかね?」

「あなたが裏切らないように見張るのも僕の責務のうちだ」

 

 ムスカさんは盛大に舌打ちをして、優雅に右手を上げた。険しい顔だが、目から怒りと殺意めいたものは消えているように見える。

 

「私は我が一族が持ち得る兵器の所有を放棄し、またそれが二度と使われることのないよう破壊することを誓う。我が真名において」

「一族当主、リュシータが聞き届けた。その誓いが破られぬことを信じて願う」

 

 安堵の息を長く吐き、銃をムスカさんに投げた。ムスカさんは、怪訝そうな顔でそれを受け取った。まあ、そうなるだろうね。裏切る前提の男に武器渡すとか意味分かんないよね。

 でも僕はそうしたいのだ。

 

「パズー、ごめんだけどもう少しここ借りていい?」

 

 振り返ると、階段の一番下のところでドーラ一家の一味であろう白いスーツの男と、家主の少年がぽかんとこっちを見ている。

 パズーははっとしたように肩を揺らし、こくこくと頷いた。

 

「僕外に行っていようか?」

「いや、いいよ。そこにいて、聞いてて」

 

 なんせ君は、関係者だからね!

 後ろからムスカさんが「おい」とツッコミを入れてくるが、それ以上何も言わないところを見ると彼から見てもパズーは「関係者」なのだろう。

 

「さて、お待たせしたね」

 

 白いスーツの男に笑いかけると、引きつったような微妙な会釈が返ってきた。うん?

 

「子供相手で話しづらいなら、後ろのロミールが相手をするけど?」

 

 ちぃっとすっごい舌打ちが聞こえてきたけど、無視する。ムスカさん、お行儀悪いですよ。

 

「……よくわかんねぇんだが、石はどこだ?」

「うーん、あなたは海賊の首領?」

 

 ぶれない海賊に、ちょっと感心する。そんでもって、何度も説明するのは面倒なので一番上の人を出して欲しいのだ。

 ドーラ一家だろうから、ピンク髪三編みのおばあちゃんが首領だとは思うだけど、違うかもしれないし。

 

「いや、ママは外で待ってる。直接話がしたいのか?」

「ざっくりいうと、財宝をあげるので、飛行船であるところまで送ってほしい」

「はぁ?」

 

 わけわからんという顔のひょうきんな海賊に、僕は肩をすくめた。

 

「とにかくそう言って、首領を連れてきてよ」

 

 白いスーツの海賊は、かぶったシルクハットを揺らし、首を傾げながらも頷いてくれた。素直だなおい。

 

 

**

 

 

 さて、再び場を移して、パズーの小屋……、家のダイニングだ。ちょっと小さめのテーブルについているのは、僕と海賊ドーラ、ムスカさん、そしてパズーである。パズーはドーラの隣でとても居心地が悪そうだけど、話の内容的に僕の隣はムスカさんだから、仕方ない。我慢して。

 ドーラ一家の愉快な仲間たちはパズーの家を荒らさないようにお願いして、隅っこでおとなしくしてもらっている。外にいられると、それはそれで目立つ輩だ。これが最善だろう、たぶん。

 

「まずは自己紹介から。僕はリュシー、農業を営む田舎小僧」

「貴様のような農民がいてたまるか」

 

 なんか横から聞こえたけど、無視する。ムスカさん、さっきから行儀が悪いですよ。

 

「こっちのおじさんは、僕の遠縁でロミール」

 

 ここですかさずムスカさんが舌打ち。横にいるからよく見えないけど、たぶん顔もすごいことになっている気がする。パズーの顔が引きつっているし。

 

「ドーラだ」

「パズーのために注釈すると、海賊だよ」

「そっか……」

 

 なんか遠い目で頷いている少年を示し、僕はドーラに紹介した。

 

「こっちの男の子は、この家の家主でパズー。鉱山で見習いをしてる」

「悪いね、家を借りちまって」

「いえ……」

 

 力なく笑うパズーだけど、まあ話が進めば気力は戻るだろうと思う。

 僕はまず、ドーラに視線を向けて話を進める。

 

「確認だけれど、あなた方の一味が欲しいのは飛行石の結晶で間違いないですか?」

「そうだ。で、そっちは船に乗せて欲しいって?」

「はい。僕とロミールと、本人が希望すればパズーを」

「え、僕!?」

 

 ぎょっとして目を丸くするパズーに笑ってみせて、「順を追って説明するから」と落ち着かせる。

 

「後払いになりますが、お礼はします。成功報酬ってやつです」

「……イマイチ信用ならないね」

 

 胡散臭そうに鼻を鳴らすドーラは、頬杖をついて机を指で叩いた。

 

「――、そもそも飛行石を君たちはなんだと思っているのだね?」

 

 ムスカさんが静かな声で言う。ここでついに参戦してきた。心情ははかりきれないけど、ひとまず協力はしてくれるようだ。

 

「その口ぶりからすると、ただの宙に浮かべる石ってわけでもなさそうだねぇ?」

 

 愉快げな口調でドーラは答え、にやにやと笑った。

 僕がムスカさんを見上げると、視線が絡む。僕が頷くと、ムスカさんは仕方なさそうに息をついて、椅子に浅く座り直した。

 

「ラピュタの伝説を聞いたことはあるかね?」

「そりゃ海賊ならね。眉唾モンだが、財宝が眠っているっていう浮遊島だ。なんだい、飛行石となんか関係あるのかい?」

 

 ドーラが軽快に答える中、パズーの目がじっと熱を帯びてムスカさんを見ている。

 

「飛行石は、ラピュタの浮遊島への道標であると我々は予測している。あなた方の船で浮遊島まで連れて行って頂きたい。報酬はラピュタの財宝だ」

 

 ムスカさんは落ち着いた声音で言った。

 一瞬の沈黙。

 ぷ、と誰かが吹き出すと、伝染するようにドーラ一家に笑いが広がった。ドーラもくつくつと喉で笑っている。

 パズーが不機嫌そうにドーラ一家の面々を睨んだ。

 

「ラピュタはある、父さんは見たんだ」

 

 きっぱりと言い切った少年の声は笑い声の中でも不思議と響き、ドーラ一家の男たちが顔を見合わせて口を閉じた。ドーラ本人は、目を眇めて隣に座るパズーを見つめている。

 ムスカさんが機嫌悪そうに鼻を鳴らした。

 僕は「まあまあ」と言いながら、服の下に隠していた飛行石の首飾りを取り出し、首にかけたまま石を手のひらに乗せる。

 

「僕の名は、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ。ラピュタ人の末裔だよ。この石は先祖代々、名と共に継いできたもの」

「は……」

 

 息を吐くようにドーラが口を大きく開け、手のひらに乗った青い石と僕の顔を見比べた。

 僕はムスカさんへ視線をやりあごでしゃくってやる。ムスカさんは嫌そうに眉をしかめ、首を振ったが、にっこり笑ってやった。さあ、ムスカさんもちゃんと自己紹介して!

 しばらく無言でアイコンタクトの言い合いをし、ムスカさんが悪そうな顔をして笑って僕が怯んだところで彼が口を開いた。

 

「トエルとはラピュタ語で「真の」という意味、ウルは王族に連なるものを示すものだ。君たちはラピュタの真の王族、その末裔、ラピュタ王の前にいるのだよ」

 

 違う、そうじゃない!

 ていうか、王様って言っても僕とムスカさんしか国民いないけど!?

 

「私は、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ。ラピュタ人が地に降り立った時、王家から分岐したもう一つの王族の末裔だ」

 

 ふふん、とドヤ顔で決めるムスカさん。すごく楽しそうだが、違うそうじゃない。ていうか、わかっていてやっている。この人ほんと、マウント取るの好きだよね!

 

「王族とかそういうのは気にしなくていいよ。僕が言いたいのは、ラピュタ人だった僕らの祖先が残した文献と、この石を使えば浮遊島の探索が出来るということ。眉唾でもなんでもない。浮遊島はあるよ。このラピュタの名に誓ってね」

 

 パズーが今にも叫びだしそうな様子でうずうずと目を輝かせている。とても嬉しそうだ。

 一方ドーラは、考え込むように沈黙してしまった。部屋の隅っこで寛いでいる一味の皆さんは、少々やかましく騒いでいる。内容は、財宝だ、浮遊島だ、冒険だ、大金持ちだ、といったところか。楽しそうで何よりだが、ドーラに「静かにおし、みっともない!」と一喝されておとなしくなった。

 続いてドーラは、じろりとこちらを()めつける。

 

「あたしの記憶が正しけりゃ、飛行石の情報は軍の暗号でやりとりされていたようだが?」

 

 おお、さすが海賊の首領。

 

「それに、小僧っ子はともかく、そっちのあんたは軍人じゃないのかい? なんでわざわざ海賊と手を組む?」

 

 まあ一度交戦したし覚えてますよね。

 ムスカさんは言いたくなさそうに口を真一文字に結んでしまったので、僕がドーラに答えた。

 

「軍事利用されないために」

「……つまり、政府や軍がラピュタを狙ってるってことだね? 手を出したら、捕まるんじゃないのかい? あたしゃ財宝は好きだが、命と天秤にかけるほどじゃあない」

 

 うん、と頷いて僕はドーラを見つめた。

 

「あなた方の勢力であれば、ラピュタの技術を利用しようと思ったとしても、それを実行できる力を持たない。さらに、ロミールは軍規違反の脱走者として、僕は飛行石の所有者として、追われる身。正規の方法では飛行できない。そう考えて海賊船に乗せてもらおうと依頼したことは、ご理解頂けているかと思います」

「あんたほんと小生意気な小僧だね」

 

 嫌そうにドーラさんが顔をしかめる。

 僕は肩をすくめた。

 

「いかんせん、そうでなければ交渉もできないので」

 

 すんごく深ぁいため息のあと、ドーラはひらひらと手を振った。

 

「まあいい、それで?」

「現状、僕たちが頼れるのは飛行石の存在を知っているあなた方一味、そしてラピュタの発見者を父に持ち研究を続けたパズーだけです」

 

 パズーがすごい顔でこっちを見ているが、ごめん今忙しい。

 

「浮遊島は、ただ財宝が眠る城ではないのです。あれはラピュタ人が作り上げた要塞。技術の結晶にして、そのものが兵器。もしそれが使われた場合、おそらく被害は歴史上類を見ないものになるでしょう。地上は一瞬で焦土と化し、天空から武力支配されることになる。浮遊島にいるものだけが富み、地上を這いつくばる者たちはただ恐怖に怯える時代がやってくる」

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 

「すでにラピュタの存在は知られています。飛行石がなくとも、労力と技術を注げば軍艦が乗り込むのはそう遠い話ではありません。その前に、僕はラピュタ人の末裔として始末をつけたいのです。要塞を壊し、沈め、「なかったこと」にする。ラピュタをただの幻にするのです。かつて空からの支配を止め、地上に立った偉大なる先祖に倣って」

 

 空気は張り詰めている。ドーラの顔は難しいままだ。まあ、結局彼女の言ったことには答えていないしな。

 

「軍に狙われ追われることも、命の危険があることも否定しません。僕たちを船に乗せ行動を共にすれば、あなた方は危険にさらされる。ですから――」

 

 僕は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。

 

「僕は、情に訴えるしかない。どうか手を貸してください。僕と一緒に命を懸けてください。お願いします」

 

 横で何かが動く気配がした。驚く間もなく、朗々とした声が響く。

 

「軍に情報を渡していた私が言うことではないが、頼まれて頂きたい。報酬が財宝で足りなければ、私が金銭を用意しよう」

 

 じわりと、胸が熱くなった。涙腺が緩みかけたが、そんな場合じゃないとあわてて閉め直す。

 

 ムスカさんのことが全部わかるわけではない。

 でも、自分がかつて地上を支配した一族に連なる血だと知った時、僕はこう思ったことがある。「じゃあなんで、こんなど田舎で農民やってるんだろう」と。

 僕は田舎暮らしをしながらロマンを追いかけるのが割と好きだったから、それで良かった。けれど、ムスカさんはどうだったのか。

 彼は上流階級の生まれだろう。そしてそういう世界では上には上がいるものだ。それこそ王様にでもならない限り。ムスカさんは、もしかしたらこう思ったかもしれない。「血筋で言うならこちらの方が上なのに」「ラピュタの技術があれば、こんな無能の下につかなくてもいいのに」「ラピュタの存在を笑う馬鹿どもが、なぜ探そうともしないのか」――。

 彼はとても優秀な男だと思う。部下に対する過不足のない指示、膨大な知識と即座にするべきことを判断する頭の回転の速さ、鍛え上げられた肉体と技術。

 時代がもし、ラピュタ人が支配している頃だったなら。彼はもしかしたら、真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)へ婿入りして、本当に世界を支配する王様になっていたかもしれない。

 正しく評価されないことは辛いものだ。夢を笑われることは痛くて悲しくて寂しい。自分自身のルーツを否定されることは、まるで自分自身の存在を否定されたような気分になる。

 彼は己はラピュタ人の末裔にして、王族であるのだと誇りを持っている。どれだけ滑稽であろうが、彼の中ではそれが真実なのだ。

 だからこそ、誇り高き末裔として振る舞ってくれたのだと、僕は信じる。僕の横で一緒に頭を下げてくれているこの人は、ラピュタ最後の王族として、遺物の後始末を担う戦友であると。



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幕間

ちょっとだけ先の話。
飛行船に乗ったあとのムスカさんとドーラ。


「それじゃ、小僧っ子どもは持ち場に行きな! サボんじゃないよ!」

 

 海賊ドーラの怒鳴るような声に呑気な子供二人が応えて、パズーという鉱山の少年が先に歩き出した。そのままシータ――、リュシーも操舵室を出ていくのかと思ったのだが、じっとこちらを見上げている。

 ふっくらとした頬の線はまだ幼く、しかしその目の中には高い教養と強い意志が宿り、気圧された。

 

「なんだね?」

 

 なにか言いたいことでもあるのかと問えば、少年はこくりと頷いて、口を開いた。

 

「信じている」

 

 私が答える間もなく、それだけ言ってくるりと背を向けてドアが閉められてしまう。

 あれが王だと言うなら、私は確かに傍系に過ぎないのだろう。

 感嘆のような何かを深い息で吐き出して、広げられた地図に視線を落とした。

 

「……なんともまあ、肝っ玉の据わったガキだ」

 

 ドーラが呆れたような声で閉められたドアを一瞥し、そしてその鋭い視線は私の胸のあたりに据えられる。

 私はそれに誘われるように、懐をさすって肩をすくめた。

 

「ルイから聞いているよ。あんたら、()()()()したそうじゃないか」

 

 そういえば、あの場には海賊が一人いた。

 船の進路や追手のことを話し合うには、この問題を解決してからということなのだろう。同じ立場であれば、私もそうする。閉鎖された飛行船の中に、不穏分子を置きたくはない。

 

「あれはリュシーの言葉遊びだ。私達はもともと()()ではなかったのでね」

 

 

 ――そう、もともと私はあの子供を利用するつもりでいたのだ。

 

 

**

 

 

 真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)の家系が、衰退していることはわかっていた。すでに残っているのは子供が一人だけだということも。

 田舎の山岳地帯の、小さな農村。調べる必要性を感じないほど、何も持たない子供。親もなく、財産は土地と家畜だけ。先祖がラピュタ人であったことを忘却するように地に馴染んだ一族。

 金さえ積めば、事は容易く進むと考えていた。

 子供の態度が変わったのは、私がラピュタ人(パロ・ウル・ラピュタ)だと確信したあとのこと。

 

『今更になって、石を求めている理由は? これはパロ家の総意か?』

 

 不遜な口調、年上に対してあまりに横柄な姿勢と態度。探るような目つきには深い知性があり、田舎の農民の子がするようなものではなかった。

 しかしそれでも、子供が持っているものは土地と家畜と石だけだと私は思った。ラピュタの歴史を知ろうが知るまいが、現在(いま)あるものを比べればどちらが優勢であるかなど明らかだ。

 あの日、私の感情が動いたのは一度。

 私が飛行石と浮遊島を()()()()――そう告げた時に響いた笑い声だ。

 

『パロ家が管理を?』

 

 できるはずがない、お前ごときが。言外にそう云っていた。

 その瞬間、苦い経験が脳裏をよぎった。ラピュタの存在と歴史をただの伝説だと一蹴した無能な上層部、冷たい視線、困惑する両親。ただ遺言のままに保存してきただけの古い文献がおさまった、誰も触ることのない本棚。

 即座に返答できたのは、そういう経験のおかげだろう。私は、外面の皮の厚さに自信がある。苛立ちも、害意も、すべて隠し通せる。

 

『パロ家の者に石は扱えないよ。あれが従うのは、真の王家(トエル・ウル)にのみ。そのように作られている』

 

 バカにするように云われても、それならば次善の策を練ればいいのだと頭の中は冷静だった。片隅が常に苛ついていたとしても、たかだか田舎の子供が偉そうに口答えしていたとしても。丁寧に傀儡にしてやろうと、思っていた。

 綺麗な言葉でくるんで、世界のために必要なのだと説いて、堕とす。ラピュタの復活のためならば、子供の心が死のうが構わなかった。

 たとえ、同じように歴史を調べた同士のようなものだとしても。たとえ、同じように王族の自覚があるのだとしても。

 

 ――窓の縁に腰掛けた少年は、そこがまるで玉座であるかのように堂々としていた。

 

『最後の王族として、ラピュタの末裔として、僕らは仕事をせねばならない。兵器を壊し二度と使えないようにする。そのために浮遊島へ向かうことを、誓え』

 

 バリケードを作るために荒れた室内、騒々しく賊が暴れている廊下、銃撃音と悲鳴。

 侵入してきた賊に押されてよろけたのは間違いない。だが、前に一歩足を踏み出したのは、果たしてただの偶然だったのだろうか。

 あの時、私は何を言おうとしたのだろう。思い返しても、わからないのだ。

 

『僕とともに来い、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!』

 

 幼い声だった。未熟で細い腕だった。

 座っていたのは窓の縁で、着ていたのはただの安っぽい平服で、近寄れば動物臭くて不愉快なガキだった。

 

 それでも、私はそこに幻を見た。

 

 膝をついて(こうべ)を垂れたくなるような。高貴で誇り高く、人々を導いて富をもたらす王の姿を。

 

 気がつけば空の上、意識を失った少年の手を握って落ちていた。

 落ちながら、彼の体に括り付けられた荷物を見て、乾いた笑いが出た。どこからが()()で、どこからが()()で、どこまでが真実だろうかと、私にしては盛大に笑った。

 笑い終えてから、ひどく腹が立ったが。

 

『財宝が欲しいならくれてやるよ。僕の目的は別にある。あなたも欲しいのなら、金目の物を持っていけばいい』

 

 腹が立ったと言うなら、リュシータの云ったこれが一番腹が立った。私が欲しいものが低俗なものだと決めつけられたあの時、「そんなもの要らない」と怒鳴りかけた。

 一瞬、思ったことに戸惑って続きは言えなかったが。

 そんなもの要らない、私が本当に欲しいのは――ラピュタの歴史の証明と誇りだ。

 自分の中に生まれた()()に驚き、次いでやはり苛立った。小賢しくもラピュタ王を名乗るガキがいなければ、私はとっくに()()を手に入れていたはずだったからだ。

 海賊との交渉の席についたのは、その方が時間をかけて子供を調略することが出来ると考えていたからであり、強引に言わされた誓いを守るつもりなどなかった。

 

『僕はラピュタ人の末裔として始末をつけたいのです。要塞を壊し、沈め、「なかったこと」にする。ラピュタをただの幻にするのです。かつて空からの支配を止め、地上に立った偉大なる先祖に倣って』

 

 それが、演技なのか虚勢であるのか、あるいは子供の本当の姿なのか。

 あの時、私の隣で語った子供の言葉が、頭の中で回った。

 

『ラピュタ人の末裔として』

『偉大なる先祖に倣って』

 

 暗号を解くようにラピュタ語を解析し、歴史書を紐解いて追いかけた。私の祖先、最初のルーツ。なぜ名を継がねばならないのか、どうして歴史を忘れようとするのか。権威を捨て、誇りを失い、ただの大衆と同化し、血を忘れて、埋もれてゆくだけのもの。

 かつて全てを持っていたのに、地に落ちて手放した王家(ウル・ラピュタ)は、なぜこんなことをしたのか?

 子孫が苦労することをわからなかったはずがない、忘れたかったのなら名を継がせなければ良かった、何も残さなければ良かった。

 中途半端に手がかりを落とし、中途半端に隠し、中途半端に遺物を浮かべた。

 何を求めていたのか、子供の出した答えがこれなのだろう。地上で大衆と同化する道を選んだのは「空からの支配をやめるため」、手がかりを残したのは「必要のなくなった遺物を処分させるため」。

 全てが「子孫が必要とした時のため」だと信じていた私の考えとは、相反するもの。

 どちらが正解であるかなど、問題ではない。現在(いま)ある事実だけが、ここにあるだけのこと。

 ラピュタ王家の末裔、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタは道を選んだのだ。遺物を処分し、ラピュタを忘れる道を選んだ。

 愚かで稚拙で理解し難かった。私はどうやって海賊やリュシータを出し抜けるかを考えていた。

 あの時、立ち上がって頭を下げた子供の、震える手を見るまでは。

 

『僕と一緒に命を懸けてください』

 

 堂々と語った小生意気な子供はなりをひそめ、実に真摯な姿だった。少なくとも、海賊ドーラの目にはそう映っただろう。

 よく見なければわかないほど小刻みに、子供の手は震えていた。目を閉じて伏せた顔は強張り、唇を噛んでいた。

 ――言葉にするなら、私はこの時に絆されたのだろう。

 

 この世でただ一人、リュシータだけが私をラピュタ人として扱う。王として振る舞い、命令し、幾度となく「信じている」と言う。

 何を信じるというのか。最初から騙していた私の何を。

 良心か、友情か、礼節か――。リュシータの口から聞いたことはないが、幻聴のようなものが聞こえる。忠誠を信じている、と。

 もし、ラピュタが世界を支配していた時代に生まれていたなら。私は真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)(こうべ)を垂れる臣下の一人であっただろう。リュシータは玉座に腰を下ろし、強く意思の宿った瞳でラピュタ人を束ねただろう。

 

 夢想する幻と、手の震えを隠す子供はどう考えても乖離していた。

 

 

**

 

 

()()ではなかった軍人さんは、なんでまた協力している? 騙しているっていうなら、船から落っことすよ」

 

 口調は軽いが、ドーラの顔は本気だった。情に訴えかけたリュシータは、見事この豪傑な女海賊を説得せしめたのだ。私が裏切るそぶりを見せれば、宣言した通り海賊船から落とされるだろう。

 先程さすった懐には、銃が収まっている。リュシータは取り上げることも、海賊ドーラに私が武器を持っていることを告げもしなかった。それが「信じている」ということなら、なんと臣下に甘い王だろうか。

 ゆえにこそ、私は()()()()()()

 

「臣下は王に従うものなのでね。リュシーが望むのならそれを叶えるのが仕事だ」

「冗談は大概にしな! あたしゃ、心変わりの理由を訊いてるんだ」

 

 だん、と地図を広げた机を叩き、ドーラが咆える。

 私の振る舞いが胡散臭く見えることは理解できる。

 私がラピュタ探索の密命を受けた特務機関の軍人であったのは事実だ。ラピュタの兵器を使って再びその権威を復活させようとしていたし、その際にはリュシータを利用することも軍を捨てることも想定内だった。――全ては過去のこと。

 

「マダム、あなたと同じことだとも。情に絆されたのだよ。健気で愚かで脆弱な幼き王にね」

 

 夢想した幻の王と、手の震えを隠す子供。

 窓の縁を玉座のごとく座った堂々たる姿と、荷物とともに落下するに任せているだけの動物臭い少年。

 上位者として悠然と笑った声と、真摯に頭を下げて願う声。

 

 ドーラに向かい、私は笑む。

 

「我が王は頼りなくていらっしゃる。責務を果たすその時まで、臣下たる私が支えねば」

 

 浮遊島が沈むその時まで、私はラピュタの誇り高き王に仕える臣下なのだ。

 心変わりの理由など、この高揚感をただ捕まえたいがため。浮遊島を使ってラピュタ復活を宣言し、支配する道よりも。ラピュタの()()に生き抜く道の、なんと心地の良いことか。

 

 幼く愚かで、誇り高く勇猛な、最後のラピュタ王。共に死ねるのなら、それこそが私の本望である。




ムスカ「ひゃっほう!」
ドーラ「どんびき」

3のラストと対になるような感じにしたかったです。なんか違うぞこれ。

ここまで勢いで書きました。ロードショー見ながら、「もしシータが憑依転生者で男の子だったら……」と考え始めたら止まらなかった。
天空の城とかいう最高にロマンあふれるお話で、ついルビを振ってしまうよね。真の王家とか、古代人の末裔とか。このワードでたぎる人は、たぶんムスカさんの気持ちがわかるはず!

あとは書き溜めていないので、完結できるかわからないです。


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 話は少々遡る。

 

 あの日、ムスカさん御一行が家にやってきてどうにか説得……のようなものが成功し追い返した日。

 

 僕はまず、呪文に関するラピュタの資料を燃やした。何年もかけて考察したメモから、お遊び半分に()()した新しいものまで、全部を灰にした。

 この資料があるだけで、僕はムスカさんに殺される可能性が高いからだ。

 内容は、頭の中に入っている。特に呪文は何度も諳んじていた。

 最初は娯楽のない田舎のごっこ遊びだったが、名を継いだあとは「もしも」の時のための練習に変わった。そのうちに全てを暗記出来たのは、良き副産物だった。

 

 見張りが残されているかもしれないと考えたので、外からわからないようにコソコソと資料を引っ張り出し選別して、「見せていいもの」と「廃棄するもの」に分けていく。

 それから、食事の支度をしているから煙が出ているのだと思わせられるように少しずつ、燃やした。

 

 料理用のかまどでひとつひとつ黒く焦がしていく作業は、火葬のように思えた。

 燃え盛る炎の中に消えていく父が書いた文字、それを訂正した祖母の走り書き、意味を考察していた僕が書いた注釈。

 祖母が優しく教えてくれた不思議な呪文、母と一緒に歌った古代の詩、父が買ってきた歴史書に刻まれていた文言。

 夢を見るだけで幸せだったこと、ロマンを追いかけて没頭した日常。わいわいと話し合う僕たちを、呆れたように「そろそろご飯よ」とたしなめた母の後ろ姿。

 外には聞こえないように、声を漏らさないように押し殺して泣いた。ごめんなさい、と小さく謝罪する。

 

 ムスカさん相手にハリボテの演技をした時、僕はこう思ってしまった。

 

 みんな、死んでいて良かった――。

 

 ごめんなさい、と父の文字を燃やして謝る。

 ごめんなさい、と祖母が書いた詩を燃やして謝る。

 ごめんなさい、と母の最期の言葉を思い出して謝る。

 

 ちゃんと王家の誇りを持っていました、なんて嘘もいいところだ。祖母は田舎のおばあちゃんで、両親は農民の夫婦で、僕はロマンを追いかけていただけの、ただのガキだ。

 僕がハッタリを張れたのは、祖母も両親も知らない物語(ラピュタ)を識っていて、そしてひとりだったからだ。

 もし家族が生きていたら、彼らは石のことを頑なに秘密にして、抵抗した挙げ句に拘束されていただろう。そのあとのことは深く考えなくてもわかる。

 不意に出た冷酷非情な思考が、僕の心を自己嫌悪で打ちのめした。それでも未だにこれで良かったと考えているのだから、零れる涙さえ自分自身を慰めるだけのものに思えてならない。

 

 ごめんなさい。

 嘘をついてごめんなさい。

 許して欲しいなんて言いません。恨んでいい、親不孝者と罵ってくれていい。

 

 田舎小僧だった僕の心は今ここに、かまどの中に置いていく。思い出と一緒に、家族のもとへ置いていく。

 

 僕は、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ(最後のラピュタ王)となる。

 誰のためでもなく、ただ自分のために。

 許さなくていい。恨んでくれていい、罵ってくれていい。

 だからせめてどうか、見ていて欲しい。どこかで家族が僕を見ているかもしれない――。そう考えるだけで、無様を晒すまいと勇気が持てるから。

 

 

**

 

 

<我を助けよ(リテ・ラトバリタ・ウルス)、光よ甦れ>(、アリアロス・バル・ネトリール)

 

 呪文は、いつものようにするりと唱えられた。祖母曰く「困った時のおまじない」、ムスカさんに云わせれば「聖なる呪文」。僕にとっては「起動呪文」。

 手のひらに乗せた飛行石から青白い燐光が吹き出し、空気が揺れて風となり吹き荒れる。

 ただ事ではないというわかりやすい変化に、ムスカさんが「おおおお」と声を上げた。

 わかる、わかるよ。僕もちょっと楽しいもの。

 手のひらにある飛行石からは熱は感じない。この光は熱をもたないのだ。むしろ、ひんやりしているような気がする。

 

 洞窟の中を満たした光はやがて小さくなり、押し込まれるようにして石に戻ってくる。

 見慣れた青い石は、ほのかに青白く光を放つ見慣れない状態で落ち着いた。

 この超技術感はんぱねぇな。神秘的と言えばそうだが、科学技術が発達していた世界を経験していると、魔法(ファンタジー)というより超科学(SF)感が強い。音声認識システムを搭載したAIが家電を操作した技術を、より発展した形で手の平サイズに収まるようにしたような。

 

 洞窟内は再び薄暗くなって、ランタンの炎で面々が照らし出されている。

 熱い目で僕を見つめるムスカさん、大口を開けて固まったり、「すげぇ」と繰り返したりしているドーラ一家の三人、そして海賊首領ドーラが「こいつぁ信じざるを得ないね」と言い、頷いたパズーが「ラピュタは本当にあるんだ」と惚けたように呟いた。

 

 

 海賊ドーラ一家との交渉の結論は、女首領ドーラの言で「情には流されてやる、だが証拠を示しな」ということになった。

 僕が嘘を言っていない証拠、ラピュタ人の末裔である証拠だ。手っ取り早く、高所から飛行石をつけて飛び降りてみても良かったのだけれど、実益になる方法があったのでそちらを取った。

 巻き込んだ形になったものの、「僕もラピュタに行く」と主張するパズーの案内で、昔は坑道だった洞窟に入ったのは昼過ぎのこと。

 僕のリクエスト「できるだけひと目につかない閉鎖空間」に足を運んだのは、真偽を見極める必要がある首領ドーラとパズー、ドーラが選んだ海賊船員(愉快な仲間たち)、そして「護衛する」とついてきたムスカさんである。

 

 外で呪文を唱えなくて本当に良かった。こんなことが外で起きれば、衆目について追手に早々に見つかってしまう。

 

「僕の話が信じてもらえたと思っていいですか」

 

 ドーラに問いかけると、器用に片眉を上げた女海賊はにやりと笑った。とても悪そうな笑顔だ。

 

「ああ、信じようじゃないか。お望み通り、浮遊島へ乗せてってやろう。報酬にも期待しているよ、王様」

「うん、好きに持っていってください」

 

 僕は朗らかに了承する。

 パラレル世界のシータちゃんの冒険では、とんでもない量の財宝が浮遊島にあったはずだ。たぶん、海賊船に乗せきれないほど。

 上手く事が運べば、浮遊島へたどり着けるのは僕たちだけになる。浮遊島は沈めるつもりだから、財宝など残していても意味がないのだ。

 

「それじゃあ、さっさと船へ行くよ!」

 

 言うなり、くるりと踵を返してドーラはランタン片手にずんずんと進んでいく。船員らが慌てて追いかけて行った。

 

「パズー、君はどうする?」

「もちろん、ついて行くさ! 僕にもなにか手伝いをさせてよ!」

 

 にこにこと笑って答えるパズーの迷いのなさは、本当にすごい。彼には巻き込まれたという意識が微塵もない。それでいて、危険な旅であることを理解している。

 

「ありがとう。すごく心強いよ」

 

 万感の思いを込めて告げた。

 パラレル世界で奮闘した姿は、実に危なっかしくそして勇敢だった。ここにいるパズーが同じ勇敢さを持っているとは言い切れないけれど、僕の「お願い」にドーラが答えるより早く「協力する!」と声を上げた彼は、心の支えである。

 

「出発は早いほうがいい。私達も急ごう」

 

 ランタンを持ってそう言ったムスカさんは、僕たち二人を促すようにゆっくりと歩き出した。

 飛行石が放つ青白い光で、ほんのり照らされた大きな背中を見上げる。

 

「ロミール、さっきはありがとう。……あなたを信じて良かった」

「――君は本当にお人好しだよ」

 

 皮肉げな声は、だけどどこか楽しそうだ。「だから騙されないように気をつけなさい」と実にブーメランな警告を含んでいるような気がする。

 ムスカさんが、どの時点で僕を「王様」と認めてくれたのかよくわからない。僕はそういう態度を徹底していたけれど、逆に反発心を煽っていたような気がしていた。少なくとも、ドーラとの交渉の席についた時は不承不承だったはずだ。僕の演説じみた何かが響いたのだろうか、うーん、野心家の気持ちはやっぱりわからぬ。

 ともあれ、この人が味方なのはパズー同様とても心強い。

 

 ドーラたちに追いついて間もなく、洞窟を出た。とたんに、首から下げた飛行石が一瞬光を撒き散らし、空を示すように細く光が収束する。

 ……正直、とても驚いた。「わっ」とか声を上げてしまった。()()()()()()()()、恥ずかしい。

 咳払いして、場をとりなす。

 

「この光の先に、ラピュタの浮遊島があるんだ」

 

 飛行石から青白い光が細く天へ伸びている。その先を夢見るように、パズーが「光の先に」と反芻し、ムスカさんが「聖なる光か……」と笑う。

 ドーラ一家の船員(愉快な仲間たち)は、歓声を上げて「行くぞラピュタに!」と気合を入れた。

 

「なるほどねぇ」

 

 ドーラが頷いて、光が指す方向からぐるんとこちらに向き直る。さすがの威圧感だ。

 

「そいつを奪い取って、光の先に進めばいいんだね?」

 

 じろりと老練に輝く目が見る先は、僕が首から下げている飛行石だ。ムスカさんが前に出てかばってくれようとしたが、それを制してドーラと対峙する。

 

「石はラピュタ人の言うことしかきかない。たとえ呪文を知っていようとも」

 

 飛行石を僕の手から離すことはない。ムスカさんにも、ドーラにも、パズーにも。誰にも石は渡さない。

 僕の口から出るのが単なる虚言であったとしても、僕が石を離さなければいい。奪われなければいい。

 

「浮遊島にラピュタの財宝は必ずあると確約します。もし約束を(たが)えたとあなたが思った時には、僕を殺して構いません」

 

 もう頭は下げない。女海賊との契約は成立している。これはただ、試されているのだ。

 飛行石を奪われたらどうするのか、海賊たちの働きにどう応えるのか。何が何でも目的を達する覚悟があるのかを。

 

 ドーラはふん、と鼻を鳴らした。

 

「いいだろう」

 

 ほっと息をついたのは誰だろうか。

 緊張感を生み出して即座に霧散させたドーラは、船員を促して先を進んで行った。再びそのあとを追いかけながら、飛行石を服の下に入れる。

 パズーが励ますように肩をたたいてくれて、ようやく力が抜けた。

 

 使われていない古い坑道の外は、廃れた作業場の跡が残っている。そこを足早に駆け抜ける。

 僕とムスカさんが飛行船から落ちたことは、ラピュタ探索をする軍隊には通知されているだろう。ムスカさんいわく「政府特務機関所属の諜報員」である黒眼鏡さん達は、すぐに僕たちが落ちたことを察するだろうし、そう簡単にラピュタの手がかりを諦めるとは思えない。

 よって、身体的特徴をできるだけ隠すため、僕とムスカさんは髪を隠す帽子を目深にかぶり、落ちたときとは別の服を着ている。パズーとドーラ一家から借り受けたもので、ムスカさんは着替える時にうんざりしたような顔をしていた。どぎつい紫のスーツは、確かにちょっとどうかと思うけど、見慣れてくると似合っているような気がしてきた。派手な衣装に身を包む当人が、恥ずかしげもなく堂々としているのがいいのかもしれない。

 ドーラ一家に紛れ込むことは出来ていると思う。パズーが一緒にいてくれるおかげで、僕の存在にも誤魔化しが効いている。しかしそのドーラ一家も、飛行船を襲撃したことで目の敵にされているだろうから、油断はできない。

 なんせ敵は公的機関だから、逃げ回るしかないのだ。

 そうして僕たちは、間もなく海賊船タイガーモス号へ乗り込むのだった。

 

 

**

 

 

 くっそ汚い船のキッチンに顔がひきつる。ここまで案内してくれたドーラの末息子アンリは、「じゃあよろしく」と軽く言って風のように去って行った。道中に食事は一日に五回だとかのたまっていた。信じたくないが、事実なんだろう。

 確かに僕は「料理は割と得意な方」と自己申告はした。飛行船で働けと言われても、僕に出来るのは雑用くらいだ。パズーは「機械類なら多少わかる」と申告したので、たぶんパラレル世界同様、機関士のじいさんに世話になるのだろう。

 なお、ムスカさんはドーラと情報交換のため操舵室に残っている。

 だからといって、この惨状をひとりでどうにかしろ、というのは無茶振りが過ぎる。

 僕は深くため息をついて、腕まくりをしたのだった。

 

 洗っても洗っても洗っても終わらぬ。なんだここ、地獄なの? どれだけ溜め込んだの? 馬鹿なの? 不潔なの?

 そしてパラレル世界のシータちゃんのように、船員が積極的に手伝いに来てくれる気配はない。無情。野郎のガキなど知らぬということなんだろうな、本当にわかりやすい。

 あらかた生ゴミの処理を終え、洗い物が半分片付いた頃。前触れ無くキッチンの出入り口が開いた。

 

 おお、ついに船員が手伝いに! 

 

 期待を込めて視線を向けたら、そこにいたのはムスカさんだった。

 なんだこの落胆と驚きの感情。ちょっと経験したことない感じの不整脈だったぞ今。

 

「ちょっといいかね? 作業しながらでいいから聞いてくれたまえ」

 

 はいはい、と返事をして僕は皿洗いの作業へ戻った。

 

「先程軍の暗号通信を盗聴したのだがね、ティディス要塞で少々異変が起きたようだ」

「うん? それ今必要なこと?」

 

 気が散るのであとにして欲しいのが正直なところである。

 しかしムスカさんは「作業は続けていい」と繰り返して、話し始めた。

 

「ラピュタの浮遊島から落下したと推測される機械人形のようなものが――」

「待って。待って、え? 落下した? 僕その話知らないんだけど、どういうことなの」

 

 あれ、待てよ? なんか既視感あるぞこれ。

 手を止めて、出入り口に佇むムスカさんに視線をやると、ムッとした顔をしている。話が遮られてご機嫌斜めのお顔かな。

 

「以前、空から落ちてきたと農民から通報があり、軍が収容したものだ。ラピュタの実在が確定した物的証拠でね、ティディス要塞で厳重に保管されていた」

「……わかった。大丈夫、続けて」

 

 そういやそんなエピソードあったわ。大幅ショートカットしたから、まったく頭になかった。

 

「その機械人形のようなものが、突如動き出したようだ」

 

 ちょっと言葉にならなかった。

 

 ……それ、僕のせいじゃね?

 

 危うく皿を落としそうになったが、慌てて掴み直して息を吐く。「それで」と促すと、ムスカさんは淡々と言った。

 

「要塞でひとしきり暴れ、鎮圧のために破壊された」

「……そう」

 

 そっか。

 

「たぶんそれは、飛行石を起動させた影響だと思う。呪文の意味は話したから知っていると思うけど、「我を助けよ」が何かの通信状態でつながっていたその機械兵に伝わり、僕のところへ来ようとしたのかもしれない」

 

 僕は「そう」だと()()()()()。熱光線を出して暴れながら、塔の上に逃げていく少女を追いかける機械仕掛けの人形。ついに相まみえた時、少女に向かって手を差し出した、忠実で優しいしもべ。ラピュタの恐るべき兵器にして、兵士。

 なぜ、僕は思い出さなかったのだろう。

 哀れなロボットは人ではないから、重視していなかったような気もする。今もどちらかというと、要塞の軍人さんは無事だったろうかと考えている。

 

「ふむ、私もそんなところだと推測した。おかげで今は混乱している頃だろう。しかし、状況が落ち着けば、逆にラピュタ探索に力を入れると私は考えている。あるいは、機械兵の攻撃が我々のものからだと嘯くかもしれないな」

「いや、嘯くも何も、事実だよ。ロミールも、そういうことはもっと早く言ってよね。そしたらもう少し気をつけたのに」

 

 最後の皿を水切りカゴに入れて、ふやけた手を握って開く。

 振り向くと、閉じた出入り口の前に立ったままで手伝う気配のないムスカさんは、腕を組み首を傾げていた。

 

「呪文が変えられない以上、気をつけようがないのでは?」

「そうだけど、気構えの問題だよ。船長はこのこと知ってるの?」

「そもそも、通信の盗聴はドーラが始めたのだ。今となってはどう言っていいのかわからんが、……優秀な海賊だ」

「ぶほぉっ」

 

 唐突にぶっこんできた言葉に吹き出す。ごほごほ咳き込んでいる間に、ムスカさんは「では、引き続き食事の準備を頑張ってくれたまえ」と言い残し、キッチンを出ていった。

 あれ本当に僕のこと王様だって思ってくれてるの? 扱い雑くない? せめて手伝うそぶりくらい見せてくれても良くない?

 そしてドーラを評価したあの言葉。遠回しに「ドーラ一家って、取り締まる側にとってまじ厄介」という意味だと思うんだけど。婉曲した表現が一周回って、単なる褒め言葉じゃないですかやだー。

 含蓄ありすぎて、何を言っていいものやら。元敵、現味方だものね、複雑だよね。まあ、ムスカさんが海賊たちと馴染んでいるのは良い事だと思うことにする。

 

 大鍋で煮込んだビーフシチュー、ナンのような簡単パンに、ビタミンがとれるように副菜の数々。我ながらいい腕していると思う。

 狩りと獣の解体から乳搾り、チーズ作りに畑仕事、料理洗濯掃除まで、なんでもござれの田舎小僧である。僕はいい主夫になれるのでは……? しかし僕が婿入りするとして、この海賊船にいる女性は海賊首領ドーラ(推定五十歳以上)のみである。そりゃ、パラレル世界のシータちゃんがちやほやされるわけだわ。なんてむさ苦しい閉鎖空間……。

 

 料理中の匂いが漂い始めると、つられたのか船員がちょいちょい顔を出すようになった。見違えた劇的アフターのキッチンにおののき、くるくると働く美少年の目を盗んでつまみ食いをしていく。なお、別々の時間にそれぞれ来て、好き勝手に好物のものを作れとわめいて出ていった。まじおこ。手伝っていけこら。リクエストされた好物は当分作ってやんねぇぞ。でかい図体しやがって幼児かよ。

 業務用もかくやという大鍋も狭いキッチンも扱ったことがないうえ、十人を超える乗組員の食事を一日五回も素人ひとりで作るとか頭がおかしいとしか言えない。

 そりゃキッチンも荒れるよ。僕たちを乗せるまでは当番制だったのだろうけど、サボれるところはサボっていたのだと思う。

 時々進路確認のために飛行石をぶら下げて操舵室に行くのだが、もはやそれだけが僕の休憩時間である。

 なお、パズーは予想通り機関士のじいさんの助手。ムスカさんは、人足兼参謀といった立ち位置に収まった。軍の追手の動向を探ったり、他の船員と一緒に飛行船の操作やらをしているらしい。

 一日目をどうにかやりくりしたあと、僕はドーラにこの仕事の厳しさを訴え、業務内容の改善を求めた。正当な要求だと思う。食事の用意に追われて、片付けと掃除が間に合わない。とにかく一人では無理。

 

 そして僕は夜の見張りを免除された。しかしキッチンに手伝いは来なかった。

 違う、そういう意味じゃないと再度訴えたが、「どうにかやれているようだから」となだめすかされ、僕の仕事は海賊船の料理番(コック)になった。

 誠に遺憾である。




 お気に入り追加、評価、感想、誤字報告ありがとうございます。ひとつひとつ感想返しせずごめんなさい。ニヤニヤしながら読ませていただきました。
 ヒロインムスカに笑ったのと、シータくんへの高評価に驚いたのと、ランキングに入ってビビっているのをお伝えします。面白いとか好きとか頂いてとても嬉しい。そして、みんな中二病な冒険ロマンが大好きなようでなにより。作者も大好きです。モチベーションが上がりました、ありがとう。

 前話までは、某ロードショーを見ただけのにわか知識で書き散らかしたのですごく焦ってます。ググったら、映画には出てこない裏設定とかがあって頭を抱えました。小説版があるとか知らなかったうえ、前話の時点ですでに齟齬が出てきていそうな気配がします。
 なので、原作改変タグと捏造タグに寄りかかって、続きを書こうと思います。
 開き直るぞ! 自分の性癖に正直に! 二次創作なんてそんなもんだ!


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 ムスカさんの生家に長く保存されていた古文書とその解読をした資料、僕が祖母から聞いた話と伝説を照らし合わせて作った資料と父が集めた歴史書、パズーの父親が遺した手記と写真。

 

 キッチンの床に広げるようなものではないが、他に使える場所はないので致し方ない。ドーラの船長室を借りようかと考えたのだけれど、いくら豪胆な女海賊とはいえ夜はちゃんと眠りたいだろうと遠慮した形だ。

 三人全員が手隙なのは、今の所夜だけなのだ。主に料理番(ぼく)の都合である。

 

「古文書によると、ラピュタの()()はラピュタ人が地上に立った時代に封印されたのだと記されている。ここだ」

 

 ムスカさんが古く黄ばんだ紙に綴られたラピュタ文字を指差して、とんとんとつつく。いくつかの単語は教えてもらっていたけれど、さすがにわからない。僕とパズーは、さっさとムスカさんが解読したほうの現代語訳に視線をやった。

 ムスカさんの言う通り、城を封印し子孫に託した――とある。

 

「その詳しい方法については、この書にはない。そもそもこの古文書は、ラピュタ人が地上に降りて数世代経てから書かれたものではないかと私は推測している」

「つまり、これを書いた人も浮遊島を見たことはなく、家族や縁戚から聞いていただけということだね」

 

 僕が頷いて言うと、ムスカさんは別の文献を広げた。

 

「同じ作者が記したと思われるものだ。内容は日記のようなものでね、浮遊島にいたというような記述はない。他にも別の作者が書いたいくつか古い文献はあるが、どれも随分あとの時代のもののようだ」

「……ラピュタにいた人々は、何も残そうとしなかったの?」

 

 パズーが首を傾げて問う。僕は唸り、ムスカさんは口を歪めた。

 

「意図せずして、失伝してしまったのではないだろうか」

 

 率直に自分の意見を述べて、僕は唇をなめた。

 

「それまで浮遊島で暮らしていた人が、いきなり地上に降りれば、生活基盤を整えるのも苦労が絶えないと思う。地上にも人がいたのなら、争いもあったかもしれない。そういう混乱があって、正しい知識を持つ人が亡くなり、記録の価値がわからなくなって、朽ちてしまった」

 

 古文書の作者の日記を見て、それから無言でいるムスカさんを見上げた。

 

「パロ家の祖先は賢明な人だったんだろう。誰かが残さなきゃいけないと思って、沢山の人に話を聞いてこれを書いたのではないかな」

 

 口語伝しか残っていないトエル家とはえらい違いである。……さすがにこれは言えないけれども。

 パズーがきらきらとした顔で声をはずませる。

 

「ロミールさんの祖先はすごい人だったんだね!」

 

 真っ直ぐに褒められたムスカさんは、照れくさそうに顔を横にそらした。それからとりなすように咳払いをして、眼鏡を押し上げる。

 

「パズーくんの父君は浮遊島の目撃者だが、その時の状況は聞いているかね? どのような場所で、どの程度の高度だったか、など」

 

 パズーが飛行士の手記のページをめくって、「ここ」と広げて見せてくれる。

 

「父さんの推測では、偏西風に乗って回遊しているんじゃないかって。僕もそう思う。一定の場所に留まっていないから、簡単に見つからなかったんじゃないかな?」

 

 手記には飛行士が当時飛んでいた高度と場所が記され、偏西風の流れが簡単な地図に書き込まれている。

 残念ながら気象系の知識に乏しい僕ではよくわからない。しかしムスカさんはパズーの家でちらりと見て以来、この記録にはとても興味があるようで、いくつかパズーに質問しては納得したように頷いている。パズーもパズーで、淀みなく答えていくのがすごい。

 

「……なるほど。ラピュタの封印とは巨大な積乱雲か」

 

 二人の間でしばし話し合いが行われ、ムスカさんがそう結論づけると、パズーも「きっとそうだよ!」と笑って頷いた。

 

「だが、積乱雲に突っ込むなど自殺行為もいいところ……君の父君はよく無事だったな」

雲の中(竜の巣)を抜けたら、その中心にラピュタがあったんだって。父さんの乗っていた二人乗りの飛行船は逆風になびくことができるから、それで上手く雲を抜けられたんだって言ってたよ」

 

 ……なんだろうこの置いてきぼり感。ちょっとさみしい。

 そう思ったのが伝わったのか、ムスカさんがはっとしたような顔で僕の方へ視線をよこした。

 

「リュシー、封印を解く方法に心当たりはあるかね? 聖なる光を取り戻した時のような呪文だ」

 

 うむ、僕も仲間に入れてくれてありがとう!

 張り切って答えるよ。

 

「口語伝では婉曲に呪文が伝わっている。候補はいくつかあるけど、組み合わせと効果を考えて一つに絞れるよ。「姿を現せ」という意味で、詩などには使われていないから飛行石を操る特別な言葉の一種であることは間違いない」

 

 祖母いわく、「失せ物探しのおまじない」だ。これだけ聞くと民間伝承にしか聞こえないが、祖母が教えてくれた現代語訳の言い回しが仰々しいのである。詩に似たような意味の言葉はあるが、そちらはもっと柔らかい表現をしている。

 ムスカさんは古文書のラピュタ文字をなぞりながら「おそらくそれで合っているだろう」と頷いた。

 

「遠く離れたティディス要塞で、呪文に機械兵が反応したところを踏まえると、軽率に唱えるわけにもいかない。積乱雲が近づいたら試すことになるだろうね」

「えーと、つまり積乱雲はラピュタが作り出しているってこと……?」

 

 パズーが信じられないとばかりに目を見開いた。

 

「不可能ではないと思うよ……ラピュタの技術は、少なく見積もっても千年先をいっている」

 

 僕は服の上から飛行石をいじって言い漏らす。この石ひとつで、どれだけの技術が詰まっているのか。

 しんみりとした沈黙が何秒か続いた。僕と同様、パズーもムスカさんも古代人の生活と技術を想像したのだと思う。

 

「明日にでも、巨大な積乱雲を見つけたらすぐ知らせるように周知しなくてはな」

 

 ムスカさんがそう言って広げた資料を片付け始めた。

 

「今日はここまでにしておこう」

 

 僕とパズーは頷いて、本やメモをまとめた。僕が飛行船から飛び降りる際に持ち出したトランクケースにそれらを入れて、片隅に置いておく。海賊たちが集う船室に置くのはどうも不安なので、僕がキッチンを綺麗にしてからはここに置くことにしたのだ。

 緊張の糸が切れたパズーが眠そうにあくびをして、首を左右にひねる。

 三人でキッチンを出ると、夜風が冷たく吹いていた。身震いをして、デッキを歩き船室へ向かう。三人も増えたことで寝床が足りず、基本的に僕たちは床に雑魚寝だが、文句は言えない。

 パズーは見張りがあるとのことで、そのまま船体上部につながる梯子を登っていった。

 

 

**

 

 

 明けて翌日。

 食料と燃料の補給のため、海賊船タイガーモス号は交易の町近郊で停泊する準備に入った。

 僕たちが落ちた炭鉱の町からは、追手を警戒してすぐに離れたので、補給は出来なかったのだ。いきなり三人も乗員が増えたことに加え、目的地がどこにあるかわからない浮遊島だ。備蓄は多いに越したことはない。船員も大食いばかりだし。

 この航行計画については、僕たちが海賊船に乗ることが確定した時点で決められたものだった。

 

 そんなわけで、母船タイガーモス号から、フラップターという小型機が三機飛び立った。

 そして僕はデッキの手すりに寄りかかって、ムスカさんとそれを見送っている。

 当然ながら、僕とムスカさんは追われている身の上なので町で買い物など出来ない。特に人相が知れ渡っているであろうムスカさんは、軍人や役人と顔を合わせないように気をつけねばならない。諜報部にいた本人がそう言うのだから、真実味が増すものだ。

 

 フラップターに乗った船員がひらひらと手を振って、降下していく。

 虫のように羽ばたきながら安定飛行するあの乗り物、僕はまだ乗ったことがない。乗ってみたいとは思うが、なかなか機会がないのだ。

 母船はこのまま人目につかないような場所を選んで一旦地上へ降りるので、残った船員もばたばたと忙しそうに走り回っている。

 僕も、そろそろ本日三度目の食事の用意を始めなければならない。まだ正午前で三度目の食事の用意、自分で考えながら意味がわからないが、この海賊船ではこれが常識なのである。常識とは一体。

 ムスカさんが船員に小突かれて「働けとうへんぼく!」と暴言を吐かれているのを横目に、僕はそそくさとキッチンへ入った。

 

 

 そして僕は落下している。

 うっそだろ。僕、この短い期間で落ち過ぎじゃない?

 

 数秒前のことである。

 買い出し班が帰ってきて、再び空の上に戻り、揃って食事をしたあと。洗い物をキッチンへ運び込む作業をしていた時、船が大きく揺れた。デッキの手すりを掴んで体を支えた僕が見たのは、手伝ってくれていたパズーの足がもつれ、宙に放り出されているところだった。

 

 ものすごい速さで思考が回ったんだと思う。僕は手すりの下をくぐって身を乗り出しながら大声を上げた。

 

「パズーが落ちた! 追いかける!」

 

 声に反応して操舵室のドアの開く音が聞こえたが、その時には僕はすでにパズーを追いかけて飛び降りていた。

 船体を蹴って加速し、頭から落ちるパズーの足をどうにか掴んで引き寄せる。上で「敵襲!」と叫ぶ海賊たちの声と罵声。下から吹き上げてくる風圧の中、腕を掴み合ったパズーが「飛行艇だ!」と叫んだ。

 

 これが僕とムスカさんに向けての追手なのか、ドーラ一家に対する報復なのかは現段階では不明だ。

 考えている間に雲を突き抜け、地面がみるみるうちに近づいてくる。地面に叩きつけられる恐怖で体が震えた。ムスカさんを連れて飛行船から飛び降りた時は、間もなく気を失ったからなぁ……ムスカさんが手を離さないでくれて本当に良かった。

 視界の端で揺れていた飛行石の奥が光り、優しく体が浮き上がる。安堵の息をついて、僕は逆側の手もパズーの方へ伸ばした。今僕から離れれば、パズーは落ちてしまう。

 パズーは意図を汲み取ってくれて、向かい合って両手を繋いだ。

 

「……すごい。あの時、リュシー達はこうやって浮かんでいたんだね」

 

 パズーはキラキラとした目で飛行石を見つめている。

 え、いまそこ? と僕が戸惑っている間に、彼はきりっと顔を改めた。

 

「飛行艇*1は一機だけだったし、距離もあった。タイガーモス号は、たぶん逃げ切れると思う」

「あとは僕たちがどうやって船に戻るか、か……」

 

 僕はそう返したが、心臓はこれまでに無いほど早鐘を打っていた。

 あの瞬間、僕がとっさに飛び出していなければパズーは死んでいた。

 地面に足をついたパズーはぶんぶんと繋いだ手を振って「ありがとう、助かった」などと笑うが、笑い事ではない。

 だが、彼は彼の意思でこの冒険に踏み出したのだから、僕が謝罪をするのも違うだろう。僕は「どういたしまして、無事で良かった」と言うしかなかった。

 

 飛行石を丁寧に服の下にしまい込む。

 買い出しをした町を発ってから、食事の時間を挟んでいるので、大きな町からは距離があるはずだ。潮の匂いがするし、上から海が見えたから、もう少し遅かったら海に放り出されていたかもしれない。そう思うとなかなかに幸運ではあった。だが、どうやら人里はなく、人家や畑のようなものは周囲にはなかった。

 下りたところは草原で、草が腰を超えるあたりまで伸び、身動きが取りづらい。

 

「……パズー、今何を持ってる?」

 

 僕はそう問いかけながら、自分自身の所持品もまさぐった。腰のベルトにつけた小さな革の鞄は、生家から持ち出してきたものである。もともとは狩りの時に使っていた小道具入れだ。これに携帯ナイフと焼き締めたクッキー、傷に塗る軟膏や少量のお金などを突っ込んである。万一を考えてのことだったけど、本当にこんなことになるとは思わなかった。

 服装は買い出し班が調達してくれた子供サイズのショートマントを試しに着けて動いていたから、これは不幸中の幸いだろうか。パズーも同じタイプのものを身に着けている。他に、二人揃って飛行用のゴーグルを頭に乗せていた。

 

「さっき、リュシーにもらったおやつと……」

 

 パズーは言いながらごそごそとポケットをまさぐり、肩から斜めに掛けていた鞄を覗き込んで「ロープ、カンテラ、火種(マッチ)……」と羅列する。正直僕より準備がいい。そうして一通り挙げたのち、「あ」と思い出したように声を上げてかがみ込むと、ズボンをめくりあげた。

 

「ドーラに言われて、ここにナイフを仕込んだんだ」

 

 ……海賊の教育って恐いわ……。

 

 ひとまず互いの所持品を確認して、僕たちは長い草に隠れるようにしゃがんだ。気休め程度だけれど、やらないよりはいいだろう。

 

「飛行艇は一機だけだって言ってたね」

「うん。見た感じ、中型くらいだった。僕、目は良いほうだよ。タイガーモス号はすぐに速度を上げたから、撒けると思う」

 

 パズーの答えに僕はそっと空を見上げた。雲が邪魔で見えないのが口惜しい。

 

「飛行艇は十中八九、軍の奴らだろうね。ドーラ一家を狙ったのか、僕とロミールが乗っているのがバレたのかはわからないけど」

「僕たちを探しにくると思う?」

「落ちたところを見られたかもしれないから、用心したいかな」

 

 いかんせん、僕の容姿はすでに把握されているのだ。子供が落ちた、というだけでも疑うには十分だろう。

 ムスカさんは飛行石やラピュタのことをあまり要塞の将軍には話さなかったようだけれど、所属していた諜報部には詳細な情報を渡していたらしい。ラピュタが古い時代の世界の覇者であり、その兵器が浮遊島にあるのだということは知られているという。それが海賊や、ムスカさん個人の手に渡るかもしれないと考えていることだろう。「政府は今ごろ、躍起になっているに違いない」とはムスカさんの言である。

 飛行石を持っている僕は、どうしたって力のない子供だから、海賊船から離れたことを知られてしまえば、早々に確保へ動くことは想像に難くない。

 

「どうするリュシー? このあたりに隠れてフラップター(迎え)を待つ?」

 

 パズーはそう提案してくれたが、僕は首を横に振った。

 

「飛行艇がここに着陸するのが先か、迎えが来るのが先かになる。危険過ぎる賭けだ。移動しよう」

「わかった」

 

 素直に頷いてくれたパズーに頷き返し、僕は飛行石を慎重に手で覆いながら取り出した。

 淡く光る白い光は、すぅと空を指して覆った僕の指で止まる。その方角を確認して、石を素早く服の下に戻した。

 

「急ごう、東に進む」

 

 船の進路は海賊船に乗っていた全員が知っていることだ。闇雲な方向へ逃げ惑うより、探してくれるであろう船員と出会える可能性は高い。

 僕が前、パズーが後ろでがさがさと草の中を小走りに進む。痕跡が残ってしまうが、あちらには諜報員(プロ)がいる、偽装する作業は時間を食うだけで無駄になる。

 

 一時間ほど進んだ頃、急に視界がひらけた。胸を超える高さまである草が途切れて光が差し、眩しさに目を細める。

 足を止めた僕の後ろからパズーが横に並んで、「わぁ」と声を上げた。

 

「海だ……!」

 

 美しい景色だった。

 水平線を堺に広がる(あお)(あお)。大きな雲が塗りつぶすようにして鎮座し、その周囲を小さな雲の欠片が流れていく。潮風が長く伸びた周りの草を揺らし、僕らの髪で遊びマントをなびかせた。

 

 崖の上だ。下を見ると、岩壁が数メートル下の海まで続いている。

 僕は慌ててパズーの手を掴み後ろへ引っ張って草の中に引きずり込んだ。

 

「っわ、なに!?」

 

 しぃと指を立ててなだめる。

 

「ここで見つかると飛び降りるしか無いから、もう少し内側に入ってから海岸線に沿って移動しよう」

 

 来た道を少し戻って、ひとまず僕らは南へ方向を変えた。左手に海岸線を見ながら、草原を進む。

 

「パズー、あの雲さ……」

「うん、きっとラピュタだ」

 

 後ろから聞こえたのはきっぱりとした声だった。大きな積乱雲が上空に浮かんでいる。船にいた時はわからなかったが、下から見ると一目瞭然だった。

 飛行石を取り出して確認したい衝動に駆られたが、今そんなことをすればそれこそ追手に見つかりかねない。

 

「でも、僕とロミールさんが予測していた地点よりだいぶ近い。偏西風に乗っているなら、もっと東だ」

 

 パズーの言葉に、僕は服の上から飛行石を握った。

 

「飛行石に向かってきている」

「リュシーを迎えに来たんじゃないかな」

 

 僕が呟くと、パズーが朗らかに言った。

 

「きっと、ラピュタが君とロミールさんを迎えに来たんだ」

 

 足を進めながら、僕はパズーに見えもしないのに頷いた。機械的(システマチック)に動いている浮遊島だけれど、そこに感情を乗せるならきっとそうだと思いたい。

 

 右手から声と足音が遠く響いてきていた。僕がなにか言うよりも早く、パズーが「軍隊だ」と告げる。

 僕は一度立ち止まって、パズーが示す方向に目を眇めた。草が揺れ動くばかりで、よくわからない。

 

「見えるの?」

「うん。十人はいないけど、追いつかれたらまずい」

 

 手を庇代わりにしていたパズーはそう答えて、今度はくるりと体を海の方へ向け空を見上げた。

 

「タイガーモス号も、フラップターも見えない」

 

 パズーがそう言うならそうなのだろう。彼は本当に目がいい。

 周囲には隠れられるような場所はない。岸壁まで行って飛び降りるという手もあるが、それで見つかったら今度こそ逃げ場はなくなる。

 ――となると。

 

「パズー、演技力に自信はある?」

「へ?」

 

 ぽかんとしたパズーの顔はすごく面白かった。

*1
飛行艇≠飛行船艦(ゴリアテ)




 前話、肝心な呪文のところのルビで盛大にミスってしまいました。誤字報告や感想で教えてくださった方々ありがとうございました。


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 緑の軍服をまとい小銃を抱えた兵士が四人、黒スーツに黒眼鏡の紳士風の男が二人――、目の良いパズーが言うには、こちらに向かってくる集団はそれで全部だという。海賊船を襲った飛行艇自体がそれほど大きいものではなく、人数も限られているのだろう。

 隊列を組んで走ってくる姿がようやく僕の目にもわかるようになった頃、僕とパズーは大きく手を振って声を上げた。

 

「おーい、おーい!」

 

 両腕をブンブンと振り、存在を主張する。しばらくそうしてから、僕たちは軍隊に向かって走り出した。心臓はうるさく脈打ち、緊張で手汗がにじみ出ているが、表情は努めて笑顔に保ち続けた。

 互いの距離が縮まってくると、兵士らは小銃を構えてその先端に付けられた剣先をこちらに向ける。僕は肩を跳ねさせて足を止め、「怪しいものじゃありません!」と大きな声で言った。強張った顔が()()()()()見えるだろか。

 

「あの、僕たち海賊から逃げていて!」

「この子が狙われているんです! 助けてください!」

 

 パズーが僕を示して請うと、向けられていた剣先がわずかに下がった。

 

「シータくん。よもや、このようなところで出会うとは思いもしていなかった」

 

 兵士らの後ろから声をかけてきた、見覚えのある口ひげをはやした黒眼鏡の紳士に視線を移し、僕は「ああ」と息をつく。

 

「良かった、助けに来てくれたんですね」

「もちろん、君は我々にとって()()()被保護者だからね」

 

 兵士の後ろから動かない紳士は淡々としている。陽光に反射する黒い眼鏡は表情を読ませてくれない。

 

「それで、そちらの少年は? お友達かな?」

「拐われた先で色々助けてくれたんです」

 

 黒眼鏡はこくりと頷いて、「そっちの少年は捕縛しろ」と告げた。

 僕は慌ててパズーの前に出る。

 

「待ってください! ()()()()は海賊じゃありません!」

 

 言っている間に、兵士たちは後ろに回り込んでパズーを拘束してしまった。「離せ! 僕は海賊じゃない!」と叫ぶパズーを振り返り、ゆっくり瞬きをする。

 

「君は自分の立場をわかっていないようだが」

 

 黒眼鏡は言いながら近寄ってきて、僕の腕を掴んだ。すごく痛いわけでもないが、振り払えそうにもない。

 

「貴重な()()()の周囲に素性の知れない者がいるのは、あまり好ましくはないのだよ」

「パーシーに乱暴なことをするなら、もう協力はしませんよ」

 

 言い返すと、黒眼鏡の口元が笑みを描いた。

 

「疑いが晴れるまでの辛抱だ。そう悪いようにはしないとも」

 

 パズーは後手に縛られてその傍には兵士が一人ついている。他の三人は黒眼鏡の二人と一緒に僕を取り囲むようにして立った。

 

「少々尋ねたいことがあってね。ムスカ大佐はどこにいる?」

「え……?」

 

 僕は目を見開いて、()()()

 

「どういうことですか?」

「君と一緒に飛行客船から落ちたのではないのか?」

 

 黒眼鏡は口ひげをさすって問いかけてきたのを、僕は首を横に振り否定する。

 

「僕は確かに落ちましたが、近くを飛んでいた海賊の小型機に拾われました。その時、ムスカさんは部屋にいたと思います」

 

 そこまで言ってから、僕は「まさか」と小さく呟き黒眼鏡に詰め寄った。

 

「ムスカさんが、飛行船から落ちたんですか!?」

 

 黒眼鏡の紳士は、勢いに押されたのか一歩後ずさる。

 僕は「そんな」と悲痛な声で()()()、拳を強く握りうつむいた。

 

「……飛行石は君が持っているのかね?」

 

 ムスカさんのことをひとまず置いておくことにしたのか、上から質問が降ってくる。声音には冷たいほどに感情が乗っていない。

 

「っはい、ここに――」

 

 僕は言いながらズボンのポケットに手をつっこみ「あれ?」と首を傾げてみせた。反対側のポケットや鞄を開けたりして探すが、石は()()見つからない。

 ()()()()パズーが、「シータ」と僕を呼ぶ。

 

「転んだ時に落としたんじゃない?」

「あ……!」

 

 僕はようやく()()()()()、黒眼鏡にそのことを告げる。紳士は口ひげをさすって頷き、パズーの方へ顔を向けた。

 

「その少年の所持品を調べろ」

 

 ……ムカつく野郎だな! 最初に僕の家に来たムスカさんはもうちょっと可愛げが……いや、可愛くはないな。ひたすら怖かっただけだわ。

 おっと失礼。僕は海賊に拐われた可哀相な田舎小僧である。そしてその指示は残念ながら想定内である。そもそも僕は例えパズーでも石を預けたりはしない。

 パズーは「痛い、やめろ」だの「僕は何も盗んでない!」など言って暴れて(演技して)いる。

 パズーが飛行石を持っていないことがわかると、今度は僕が調べられたが、石は見つからなかった。――ちょっと冷や冷やしたが。

 

「転んだのは、海に気を取られた時だったのであっちの方です」

 

 指差したのは、草の深いあたりだ。ついさっきまで僕とパズーが踏み荒らしていたので、さほど不自然ではないはずだ。

 黒眼鏡の紳士は胡乱げに口を歪めたが、掴んだままの僕の腕をぐいと引っ張って、僕が示した方へ歩き出した。引きずられて、僕も足を踏み出す。ちらりと振り返ると、後ろからもうひとりの黒眼鏡(諜報員)と、三人の小銃を抱えた兵士、そしてパズーを引き連れた見張り役が続いていた。

 

「あの、ムスカさんは無事なんですか?」

「それこそ我らの知りたいところだ。本当に大佐が落ちるところは見ていないのか?」

 

 素知らぬ顔で首を振り、「すぐに飛行船から離れたので」と答える。

 ぴたりと足を止めた黒眼鏡は、僕の腕を離さないまま兵士たちへあごをしゃくった。

 

「周辺を探せ。金の紋章のある青い石だ。見つけたら触れずに報告したまえ」

 

 パズーを後手に拘束している一人を除き、三人の兵士が草の根をかき分けてかがみ込む。僕の腕を掴んでいる口ひげの黒眼鏡は、もうひとりの諜報員に「お前もだ」と言い放った。命じられた方は不満げにため息をついたが、兵士らに指示をして効率よく探す場所を配分し、自らも地面に膝をつく。

 この口ひげをはやした元ムスカさんの側近が、この場では一番地位が高いのだろう。

 

「さて、シータくん。靴を脱いでもらえるかな」

「えっ?」

 

 素で驚いて声を上げる僕に、口ひげは「なにかやましいことでも?」と笑う。

 僕は渋々靴を脱いで、草を薙ぎ倒した上に足を置いた。

 黒眼鏡は靴を片方ずつひっくり返したり、内側に手を突っ込んで探ったあと、再び地面の上に揃えて戻した。もういい、という意味だと思ったので僕はそれを履いて、息をつく。

 

「疑ってすまなかったね」

 

 まったくすまないという感情の乗っていない顔と声で黒眼鏡は言った。

 腕は変わらずに掴まれたまま、離してくれそうにない。ロープで縛らないのは、僕の言っていることが本当だった場合の僕の心情を気にしているのだろう。

 だが、()()()()飛行石は見つからない。最初は狭い範囲で固まっていた兵士たちも、徐々に探す場所を広げて散り始めている。

 十数分ほどそうしていただろうか、口ひげの黒眼鏡はじっと待つだけで何かの感情を見出すことは出来ないが、探している方の四人は苛立ってきている。「やっぱりクソガキが盗んだんだろう」と言い出してパズーの身体検査がもう一度行われたが、()()石など持っていない。代わりに彼の鞄と足に仕込まれていたナイフが没収されてしまった。

 

 ――そろそろ限界が近い。

 

 願うように耳をすませる。ここで来てくれないなら、僕は作戦を別の方向へ向けるしか無い。海の上に浮かぶ巨大な積乱雲を見て、僕は一度ぎゅっと目を閉じた。

 ぶーんという虫の羽ばたく独特の音が聞こえたのは、いよいよ呪文を口にしようとしていた時だった。

 

「海賊だ!」

 

 小銃を構える兵士らの視線の先、西の空からフラップターが二機こちらに向かって飛んでくる。

 乗っているのはそれぞれ二人、計四人の海賊たちだ。頭まで覆う独特の飛行服とゴーグルで顔を隠した姿は、飛行客船を襲った時と同じ出で立ちである。

 またたく間に距離を詰めてくるフラップターに向けて、小銃から弾丸が放たれたが、当たった様子はない。

 僕は掴まれた腕をさらに強く握られて、引っ張られた。黒眼鏡に左右を挟まれているので、簡単には逃げ出せない。黒眼鏡も、まだ僕が「海賊と手を組んでいるのか否か」が不明のままでは、人質足り得ないと思ったのか、それ以上は何もしてこなかった。

 二機のフラップターからそれぞれ一人ずつ飛び降りて、そのまま兵士に掴みかかって殴っている。ぶんぶんと頭上を飛ぶフラップターからは、ロケットランチャーのようなものが地上へ向けられて放たれると、煙があたりに充満し始めた。

 

「催涙弾だ! 吸い込むな!」

 

 僕の腕を掴んでいる口ひげがくぐもった声で言うが、兵士らはもう聞こえているのかいないのか、咳き込みながら海賊と戦っている。僕は素早く掴まれていない方の手で頭上に乗っていた飛行用ゴーグルを引き下ろした。

 その時、「このガキ!」という焦った男の声が聞こえて振り向くと、パズーが後手に縛られたまま、兵士のみぞおちに頭突きをしているところだった。……めっちゃ痛そう。

 頭を上げたパズーと目が合った瞬間、パズーは叫びながら黒眼鏡に突っ込んでくる。いや待って危ない、と僕が言う間もなく、頭突きが見事に決まった。

 口ひげの手が腰に伸びたのが見えて、僕は体をひねりその腕を掴んだ。手の先には、拳銃が収まったホルスターがある。

 ほっと息をついたのもつかの間、顔にひどい衝撃が走り、熱と激痛で一瞬何がなんだかわからなくなった。

 

「クソガキどもめ!」

 

 ぐわんぐわん揺れる頭で、ようやく殴られたのだと理解する。しかし掴まれた腕は依然として離されていない。それどころか、ねじるようにして関節を極められ、後ろで固められてしまった。

 痛みで呻きながらもパズーを視線で探すと、彼も殴られたのか縛られたまま膝をついている。パズーの頭突きアタックを食らった黒眼鏡は大した負傷でもなかったようで、膝をついたパズーの頭髪を掴んで顔を上げさせた。

 

「そっちのガキも一緒だ、行くぞ」

 

 海賊らにいいようにされている兵士たちには目もくれず、黒眼鏡は冷酷に言って僕を引きずる。

 

 銃撃音が草原に響いた。

 

 うぐ、と呻いたのは僕の腕を掴んでいた口ひげの黒眼鏡だ。痛みに耐えかねたのだろうか、力が緩んだので僕は強引にそれを振り払った。

 そうしているうちに二発目。パズーを立たせようとしていたもうひとりの諜報員が、腕を押さえてうずくまる。

 僕はパズーに駆け寄って、安否を確かめた。意識はあるようだから、ひとまずは安心していいだろう。

 

「どこへ行こうというのかね?」

 

 聞こえた声は、海側からだった。催涙ガスはすでに潮風で散ってしまっている。長い草の間から姿を見せたムスカさんは、支え合ってどうにか立っている僕とパズーを見て眉をしかめた。

 

「遅れてすまなかった。こちらへ来たまえ」

「ムスカ大佐!」

 

 怒りに満ちた声に、何の感情も見えなかった口ひげでも怒るのかと変な感慨を抱いた。

 僕はパズーと一緒にムスカさんの後ろまで駆け、着陸した三機目のフラップターから降りたドーラの次男ルイの手で、さらに後方へ押しやられる。

 その間に、ムスカさんと黒眼鏡(諜報員)が話しているのが聞こえていた。

 

「ムスカ大佐、国を裏切るおつもりか!」

「もともと国に忠義を誓ってなどいない。その名は捨てた」

「っこの行いがどういう意味か、わかっているのでしょうね」

「私は君たちよりよほど優秀だと自負するがね。君たちがわかっていることを、私が理解していないとでも?」

 

 嫌な予感がして、僕は催涙ガスを吸い込んで痛む喉や殴られた頬を無視し、思い切り叫んだ。

 

「殺すな!」

 

 げほ、と咳き込む。ゴーグルを押し上げて広くなった視界に、ムスカさんの後ろ姿があった。

 

 頭の中で映像が高速で流れていっていた。ムスカさんに付き従っていた二人の黒眼鏡、ラピュタの中枢半ばに置き去りにされた者たち。海の藻屑になった多数の兵隊を見て、高笑いをするムスカ大佐(別世界のロミール)

 ――彼に、人殺しをさせてはいけない。

 

「誇りを汚すなロムスカ!」

 

 喉が痛くて、長く話せない。咳き込む僕の背中を、ルイが「おいおい」と言いながらもさすってくれている。水が欲しいが、そんなものはないので唾を飲み込んで代わりとした。

 動きの止まっているムスカさん――、ロミールの背中に命令する。

 

「拘束するだけでいい」

 

 声は掠れたが、ちゃんと聞こえていたのだろう。ロミールがなにかするより先に、海賊たちが手際よく兵士と黒眼鏡を縛り上げていく。

 ロミールがこちらを振り返って、渋い顔をした。

 じっと視線を薄い色素の目に据える。喉も痛いし頬もズキズキするし、腕も変な感じだが、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。

 

「生かしておいても、害になるだけではないかね」

 

 ロミールの言っていることは間違っていない。彼らを生かしておけば、いずれ手痛いしっぺ返しがくるだろう。

 僕が今から言うことはただの論点のすり替えだけれど、論理的にロミールを説得するのは諦めている。

 

「諜報員だった()()()()()はそういうやり方で生きてきたのだろうけれど、()()()()に人殺しはさせないよ」

 

 痛む喉からは掠れた声しか出なかった。再び咳き込んでしまって、続きが言えない。

 ひゅう、と口笛を吹いたのはドーラの次男ルイだった。

 

「王様かっこいいぜ! 自分のために人殺しはさせないってか!」

 

 茶化すようにそう笑った彼は、ぐしゃりと僕の頭を乱暴に撫でる。そして声のトーンが静かに落とされた。

 

「見直した。お前、いい男になるよ」

 

 ルイの様子に毒気を抜かれたのか、ロミールはため息をついて肩の力を抜いた。

 もう一度唾を飲み込んで痛みを誤魔化した僕は、ロミールに告げる。

 

「僕は、そんなことをさせる為に、あなたに人生を捨てさせたのではないんだよ」

 

 ルイの茶々のせいで格好がつかないけれども、ロミールは仕方なさそうに笑ってくれた。悪そうな笑みでも皮肉げなものでもなく実に柔らかい表情で、僕とルイ、そして事の成り行きを見守っていたパズーと海賊たちはそろって目をむいたのだった。

 

 

**

 

 

 夕焼けに照らされる海賊船タイガーモス号。船は砲撃を受けたものの、大した損傷ではなく、航行に問題はないという。

 その船室で、僕とパズーは怪我の手当を受けていた。幸いなことに骨も折れていないし、内臓にも異常はなさそうだ。

 

「馬鹿どもが。飛行船から落ちりゃ普通死ぬんだよ、このグズ」

 

 腕を組んでこちらを見下ろす海賊の女首領は、ぎゅうと顔をしかめた。

 

「おまけになんだいその怪我は! ええ? おとなしく待ってられないのかい!」

 

 彼女とてわかってはいるのだろうが、言いたいことを我慢するような人ではない。僕とパズーは怪我の手当をされながら、黙って優しい海賊の説教を聞き続けた。

 治療が終わる頃、一通り吐き出して満足したのか、ドーラはふんと鼻を鳴らしてくるりと踵を返した。船室のドアノブに手をかけながら、「まあよく戻った」と言ってドアを開けて出ていってしまう。

 なんとも面映(おもは)ゆく、顔が笑ってしまい殴られた頬が引きつって慌てて表情を戻した。パズーは遠慮なくクスクスと笑っているが、蹴られたという腹が痛むのか笑い声の合間に「いたっ」と呻き声が時折入った。

 

「しっかし、ロミールの予測がピタリで驚いたなぁ! 落ちたところから東に向かっているだの、軍隊相手に時間稼ぎをしているだろう、だのさ!」

 

 ドーラの末息子アンリが、ケラケラと笑う。壁に背を預けて立っていたロミールが嫌そうに「仕事はいいのかね」と問うが、アンリは明るく「俺は事情聴取係だからさぁ!」と答えた。僕らの傷の手当をしてくれたのは彼である。

 でもたぶん、事情聴取云々は今思いついた役割で体の良いサボりの言い訳だろうな。他の船員らは手当の間、入れ替わり立ち替わり顔を出してはドーラの怒鳴り声で追い出されていた。

 ロミールがここにいるのは、僕らの監視を兼ねた看護役なのだろう。二人でデッキを歩いていて落ちたのだから、さもありなん。

 

「でさぁ、二人に聞きたいんだけど。なんか軍隊が散らばってたけど、何があったわけ?」

 

 アンリが首を傾げる。僕はさっきの今でまだ喉が痛いので、パズーが飛行石を落としたことにしたのだと答えた。

 それを聞いていて思い出し、僕は腰の鞄から包みを取り出した。広げると、非常食用に持ち歩いていた焼き締めたクッキーが五枚ほど入っている。間に挟まった三枚を抜き出して、内側をくり抜いた中に押し込めた飛行石を取り出した。実のところ、喉が痛いのはこの中身を食べて乾いてしまっていたのも原因なのではと思っている。

 

「へぇ、考えたね」

 

 クッキーのカスを払って飛行石を首に下げていると、アンリが感心したように頷きながら自然な動作でクッキーをつまみ、自分の口に放り込んだ。遠慮もなにもあったもんじゃないな本当に。

 僕はため息をついて、クッキーをロミールにも勧めた。日持ちするようにものすごく固いが、頑張ればどうにかなる。味は悪くないのだ、味は。パズーにも勧めたが、僕と一緒にくり抜いた中身を食べているので、引きつった顔で断られた。

 アンリが渋い顔でクッキーを飲み込むと、ごそごそと懐から水筒を取り出してあおった。

 

「なにこれぇ、口の中の水分が消えたんだけどリュシー! 美味しいけどもういらない!」

 

 叫ぶアンリの手から水筒を奪い、ロミールが勢いよく中身を飲む。うーん、やっぱり何も飲まないでいるとそうなるよね。結局くり抜いたものは食べ切れなくて、目立たないように地面に埋めたのである。

 ついでに僕も喉が乾いていたので、ロミールに手を差し出して水筒を要求した。だいぶ中身が減っているようだ。念の為に匂いを嗅いだけれど、酒ではなさそう。パズーも飲みたいだろうから、飲みすぎないように気をつけて水筒を傾けた。

 

「一休みしたら操舵室へ行く。竜の巣(例の積乱雲)が近い、今夜にでもラピュタの封印を解くことになるだろう」

 

 ロミールの言葉に僕は顔を引き締めた。パズーと見たあの積乱雲がそうなのだと、ロミールも半ば確信しているのが伝わってくる。

 パズーも水筒の中身を飲み干すと、勢いよく頷いた。

 

「いよいよだね!」

 

 アンリは「財宝かー」と嬉しそうに言っている。

 服の下に入れた飛行石を握り、僕は深く息を吸って吐いた。故郷を離れてそれほど経っていないのに、ずいぶん遠くまで来たものだ。

 こちらをじっと見ているロミールに、自然と笑みが浮かび、頬が引きつって押さえた。どうも今日は格好がつかない。



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 雲の上に出た海賊船タイガーモス号は、低気圧の塊である巨大積乱雲(竜の巣)に引き込まれない距離を取り飛行している。いわく、これ以上近づくとなすすべなく危険空域に入り、戻ることが困難となる。

 ぴりぴりとした緊張感が船を包んでいた。すっかり日は沈みきり、月光と星だけが頼りの夜闇に座る巨大な雲が、操舵室の横窓いっぱいを支配している。

 操縦士と副操縦士の他、ドーラ、パズー、ロミール、そして僕とで操舵室はとても狭苦しい。

 僕が服の下から取り出した飛行石は、その美しい光を真っ直ぐに雲の中に向けていた。丸い横窓の向こうに伸びる光を視線で追って、僕は手のひらの上の飛行石を軽く握った。

 

「<失せしもの汝、姿を現せ(シス・テアル・ロト・リーフェリン)>」

 

 飛行石に灯る青白い光が点滅し、燐光が散る。

 洞窟で「聖なる呪文」を唱えた時ほど、劇的な変化は何もなかった。飛行石が少々反応したものの、溢れかえるような光はなく、あからさまに空気が揺れたりもしない。身構えていた僕たちは少々拍子抜けし、誰かがふうと息をつく。

 

「ママ、雲が……」

 

 最初に口を開いたのは、操縦桿を握るドーラの長男シャルルだった。積乱雲(竜の巣)が陣取る横窓を見ていた僕やロミールと違い、いつでも離脱出来るように気を張っていた彼こそが最初に変化に気がついたのだろう。

 少しずつ、時間をかけながら雲が散っていく。じりじりと焦れったい時間だった。操舵室の外から、デッキで様子を見ていたのであろう他の船員らの騒ぎが聞こえてくる。窓越しで見るよりも、肌で感じ取っているだろう彼らが少し羨ましい。

 

「ああ!」

 

 ロミールが声を上げ、窓にへばりついた。パズーがほぼ同時に同じ窓の半分に顔を突っ込み、二人の後ろ姿だけで何も見えなくなってしまう。一瞬ちらりと見えたのは、城の端っこだったかもしれない。

 しまった出遅れた、と僕は思ったが、二人がドーラに首根っこ掴まれて乱暴に引き剥がされるのを見て、出遅れた自分を褒めた。

 

「窓からおどき、はしゃぐのはあとだ!」

 

 障害物が退かされた窓の向こうに、月明かりに浮かぶ浮遊島が雲の合間から見え隠れしている。

 

「おお、ラピュタだ!」

 

 こちら側の窓へよそ見をしている副操縦士が声を弾ませ、それにシャルルが「すげぇ!」と応じて再びドーラが一喝するのを聞きながら、僕はそれに魅入っていた。

 植物と思わしきシルエットを頭に乗せ、白い壁にひび割れのように蔦が這っている上部、円を描いてカーブしていく城壁らしき下部。

 夜空に浮かぶ幻想的な浮遊島が、雲が晴れて姿を現していく。

 あれがラピュタ。天空の城。遠い遠い先祖が空に浮かべた島。

 手のひらに乗せたままだった飛行石の紋章を撫でる。

 

「……美しい」

 

 ぽつりと言ったのはロミールだった。見上げると、食い入るように窓の外を凝視している。

 

「うん、綺麗だ」

 

 パズーが続いてきらきらと目を輝かせた。

 外のデッキでは船員らがはしゃぐ声がしていたが、操舵室は伝説の浮遊島を前に、感嘆するように沈黙した。

 

「っ船長、軍の暗号通信です!」

 

 ヘッドセットを付けている副操縦士の船員が声を上げる。ドーラが奪うようにしてヘッドフォンを耳にあてた。どこから出したのか、手帳をめくって通信に聞き入るのを、僕らはただ固唾を呑んで見ているしか無い。

 軍の通信ならロミールの方が詳しいだろうに、彼はじっとドーラが口を開くのを待っている。

 ドーラの目が見開かれて口がへの字に曲がっていくので、僕たちにはあまり良い知らせではないのだろうことはわかった。

 ドーラはヘッドフォンをロミールに渡し、ロミールがそれを耳に当てる。それを横目に、ドーラが苦い顔で言った。

 

「奴ら、飛行船艦で追ってくる気だ」

「……ああ、飛行船艦ゴリアテを夜明けと共に発たせるつもりだな」

 

 ロミールが応えて、ヘッドフォンを船員へ返した。パズーが青い顔で「船艦」と呟く。

 僕はそのあたりの知識が乏しいが、船艦ともなると昼間襲撃してきた飛行艇とは比べ物にもならない戦力を有しているのではないだろうか。前世の映像を思い返すと、確かにゴリアテというとんでもなく巨大な船が在る。アレが相手では、飛行艇を翻弄したタイガーモス号とてひとたまりもない。

 

「ラピュタ探索のため、もとより申請はしていた。ティディス要塞への()()で遅延していたが、準備が整ったのだろう」

 

 ロミールはそこまで言って、窓の外へ視線をやった。雲が散って全容を現しつつある浮遊島を眺め、眩しそうに目を細める。

 

「いかが致しましょう、リュシータ陛下?」

 

 からかうような文言だったが、その口調は真面目くさっていた。

 僕は肩をすくめて、ドーラを見上げた。

 

「どこか上陸できそうな場所を探そう、船長」

「ゴリアテはどうするんだい」

 

 ドーラが低い声で問うのを受け、僕は窓の外を凝視して浮遊島に見とれているロミールに声をかけた。

 

「ロミール、()()はありそう?」

「場所が古文書の通りであるならば間違いなく」

 

 淀みない返事だ。どこか熱っぽいのは、もう仕方がない。僕も許されるなら、喜びに身を任せてはしゃぎたいのだ。気持ちはわかり過ぎるくらいにわかる。

 僕は頷いて、ドーラに向き直った。

 

「夜明けまでに雲で再び浮遊島を隠せれば、ひとまず僕たちの勝ちだよ船長。上陸したあとは、僕とロミールでどうにかする。間に合わないようなら、あなた方は持てるだけ財宝を持って逃げていい」

 

 さすがに船艦と戦えとは言えない。

 ラピュタの中枢、ロミールいわく「聖域」には浮遊島のあらゆる機能を操作する制御装置があるはずだ。積乱雲を浮遊島が操っていたのなら、もう一度発生させることも不可能ではない。

 ドーラは呆れたような怒りだすような微妙な顔だったが、舌打ちをひとつして「上陸準備」と声を張り上げた。彼女が伝声管を使って指示を出すと、外で海賊たちが忙しく働く音が聞こえてくる。

 

「接岸するのは下方部のほうが好ましい」

 

 ようやく窓から目を離したロミールは、懐から手帳を取り出してページをめくる。

 

「見たところ、ずいぶん崩落が進んでいる。上から下りるより、上部が崩れている箇所から入り口を探すほうが早いだろうね」

 

 ドーラがにやりと笑い、船が向きを変えたことで正面に見えるようになった浮遊島を見やった。

 

「聞いていたね、シャルル。上が崩れているあたりを目指しな。丈夫そうなところで船を固定する」

 

 

**

 

 

 係留した海賊船から渡した橋の先、古い城へ一歩足を踏み入れる。気分が高揚しているが、これが緊張からくるものなのか、歓喜からくるものなのか、もうわからなくなっていた。頭に熱がのぼり、知らずに深い息が漏れ出る。

 ロミールが言うように、上部が派手に崩壊している一角があったので船はその下層部に上手く停泊することが出来た。係留の際には崩れ落ちるのではないかとはらはらしたものだが、海賊たちはよく働いて手際よく浮遊島へ上陸する手はずを整えてくれた。

 

 ロミールはかがみ込んで地面――古い石材らしきものを撫で、パズーは上にそびえる建造物を見上げて感嘆の声を上げている。

 海賊たちはわあわあと叫び興奮して抱き合いながら、早くも金目の物を探そうと石柱や中へ続く通路へ目をやっていた。

 僕もまた、崩壊を免れた石柱に触れて口元が緩んでしまう。治療を受けてガーゼを貼られた頬はまだ少し違和感があるが、我慢できないほどではない。

 探索してみたい、古代人の暮らしや思いを探ってみたい、おとぎ話のような空飛ぶ島でどんな風に日々を過ごし、どのように考え、何を信仰して生きたのだろうか。どんな時代だったのだろう、政治はどんな形態で、国民はどのくらいいたのだろう。どのような仕事や職種があったのか、何を食べていたのだろう、どういった料理があったのだろう。家畜はいたのだろうか、動物たちと寄り添ったのだろうか。家の広さは? 貧富の差は? 貨幣の種類は?

 考えれば考えるだけ、好奇心も疑問も湧き出てくる。

 

 とは言え、月光と星明りが頼りの夜闇だ。ランタンの数には限りがあり、飛行石も光るのをやめている。廃墟といって差し支えないほどに古びた建造物は静謐で不気味だ。柱と柱の間のぽっかりとした暗闇など、興奮が覚めてしまえば恐怖心が湧き上がるだろう。

 胸元の飛行石をいじりながら、僕は闇の先に目をやっているうち、急速に頭の中が冷えていくのを感じていた。

 

 ああ――時間が足りない。

 

「ロミール」

 

 パズーと並んでぼんやりと城のような建造物を見上げていたロミールに声をかけるが、返事はない。

 しばし待ってみたが、反応がないので仕方なく僕は歩み寄り、その腕を叩いた。

 

「ロミール、仕事だ」

「……ああ」

 

 緩慢にこちらに向いた惚けた顔に視線を合わせると、ロミールの表情はまたたく間に引き締まった。

 

「すまない。聖域のことだね?」

「この夜闇での探索は安全とはいえないけど、僕たちには時間がない。入り口の見当はつくの?」

 

 ロミールは頷いて、手帳を取り出した。話が聞こえていたのか、パズーが気を利かせてランタンを手元に持ち上げて照らしてくれる。

 それに短く礼を言ったロミールは、目当てのページを開いた。背伸びをして覗き込んでみたが、ラピュタ語と現代語の走り書きが入り乱れていてとても読みづらい。かろうじてわかるのは、絵図のようなものだ。

 

「このあたりのような石材ではないもので造られた領域がある。材質は石に近いが、金属めいている」

 

 いつの間にか騒いでいた海賊たちも静まり返り、こちらの話に耳を傾けているようだった。

 ロミールは絵図を指でなぞり、続けた。

 

「入り口には、飛行石の紋章と同じものが刻まれている。それさえ見つけることが出来れば……」

 

 ロミールはパズーに断ってランタンを受け取ると、周囲を探るようにあちらこちらへ向けながら慎重に足を進め始めた。

 明かりに置いていかれないように僕はあとを追いかける。パズーと、その後ろに海賊らがゾロゾロと列をなした。ちょっと予想外のことだったけれど、ロミールも特に何も言わないし、入り口までなら僕も構わないと思っている。

 大所帯で夜闇の古城をウロウロと歩き回った。やがて狭い通路らしき場所から回廊なのか、外縁に沿って弧を描く広い場所に出る。左手側は崩れていて床も壁もなく、下の海まで見えている。右手にはロミールの言うところの金属めいた――、僕の感覚としてはプラスチックのようなつるりとした黒っぽい壁が緩やかなカーブで続いていた。手でなぞると、よく磨かれた石材の感触のような気もする。

 僕やパズーがペタペタと壁を触るのを、ロミールが呆れたようなため息をついていたけれど、彼だってちょっと嬉しそうに撫でていたのを僕は見た。

 そのまま壁沿いに、落ちないように足元に気をつけながら進んでいくと、ピタリとロミールの足が止まる。

 

「あったぞ、これだ」

 

 落ち着いた声の中に、確かな興奮の色があった。

 ちょうどロミールの胸くらいの高さに、何かが彫り込まれている――というよりも埋め込まれている。僕には見上げなければならない高さだったが、ロミールがそっと正面をあけてくれたのでよく見ることが出来た。

 人型のようなものが植物のように腕を伸ばし、その両端が三つずつに割れた金の紋章。それが刻まれた美しい石が壁に埋め込まれている。飛行石だろうか。ロミールが傍らでランタンを持って照らしてくれるが、夜闇のせいかよくわからない。反対側の隣でパズーが紋章を見て、「リュシーの石のとよく似ている」と言う。

 手を伸ばしてその表面に触れてみる。ただの石と思えばそのように感じるだけの感触だ。

 

「リュシータ、飛行石を」

 

 ロミールに促され、僕は首から飛行石を外した。ネックレスの紐を左手にぐるぐると巻きつけて縛り、そのまま左手に飛行石を乗せる。

 そして、鏡写しのようにそっくりな紋章を向き合わせるようにして、飛行石を埋め込まれた石にかざした。

 呼応するように双方の石が淡く光る。間もなく、壁だったはずのものがぽかりと口を開けた。ドアのように開くでもなく、鉄格子のように上がっていくわけでなく、ただ壁だけが消え去り、同時に埋め込まれていたはずの石も消えてしまう。穴の形は直線的で、六角形。これまで歩いてきた通路ではアーチ状の出入り口だったが、ここだけが妙に機械的だ。

 ぞくりと背筋がおののいた。

 

「聖域への道は開かれた」

 

 ロミールは言いながら、ランタンを穴の中を照らすように掲げた。月とランタンの光に照らされた暗闇の奥は、奇妙な模様で満たされた壁と天井と床とで覆い尽くされている。先は通路のようで、これまでと同様、二、三人が並んで歩けるくらいの幅しか無い。

 ごくりと音を出したのは、後ろの方で見ていた海賊の誰かだろうか。

 僕は左手の飛行石を握り、彼らの方へ向き直った。

 

「ここから先は、僕とロミールで行きます」

 

 口調を改めた僕に変化を感じたのか、ランタンや自前の光源でついてきた海賊たちは黙ったままこちらを注視してくれている。ならず者のはずなのに、彼らのこういうところは本当に優しくて気のいい性分がにじみ出ている。

 

「財宝をお渡しすると言いながら、このような形になってしまってごめんなさい。あなた方が探索して得た財宝は、好きにお持ち帰りください」

 

 言いながら考えて、僕は付け加えた。

 

「文字が書かれたものなどは、そのままにしておいたほうが安全だと思います。……何がどう作用してこの島が動くのかわからないので」

 

 部外者がラピュタの紋章に触れたら迎撃する、などという物騒なものがあってもおかしくはないと思うのだ。少なくとも、僕がラピュタの超技術を用いて要塞を作るならそうする。

 実に素直にどこか怯えたような様子で頷く海賊たちの一番前、女首領ドーラは不機嫌そうに黙り込んで反応が薄い。

 僕は彼女を意図的に無視しながら話を続けた。

 

「夜明けまでに僕たちが戻らなかったら、すぐにこの空域から逃げてください」

 

 あとは僕がわざわざ告げなくともわかるだろう。

 僕は深く頭を下げた。

 

「ご助力に、心からの感謝を。ここまで連れてきて下さって、ありがとうございました」

 

 がしりと、肩を掴まれる。そのまま強引に頭を上げさせられ、僕は同じ目線にいる少年と視線を交わした。

 

「パズー、君もドーラたちと一緒に――」

「僕も行く」

 

 有無を言わさない目であり、声だった。とっさに言い返すことが出来ず、飛行石を持つ左手を強く握る。

 

「僕はこの目で見たいから、君についていく。ラピュタのことを知るために行く」

 

 彼は馬鹿ではない。この先に進むことがどれだけ危険なのかを、夜明けと共に退路が無くなることを、理解していないはずがない。

 でも、その口から「死」も「危険」も「友情」も出てこなかったから、僕は何も言えなかった。パズーの意志であり好奇心であり、探究心だと言われてしまえば、僕はそれに反論できない。

 

「決まりだな。パズーくんは私たちと行動を共にする」

 

 背後からロミールの声がして、僕の肩に置かれたパズーの手がするりとはずれた。

 つい振り返るが、ロミールはこちらを見ておらず、「これを」と言って何かを海賊たちの方へ投げた。視線で追いかけると、ドーラが受け取ったものを眺めている。紙、だろうか。

 

「報酬が足りないようなら、ほとぼりが冷めた頃にそこへ連絡をしたまえ。話はつけてある」

 

 ロミールの声はいつもどおり皮肉めいていた。ドーラは不機嫌そうに鼻を鳴らし、紙をしまい込んだ。

 

「夜明けまでは待つ」

 

 吐き捨てたドーラは、くるりと踵を返して海賊らを押しのけ、来た道を戻って行く。僕はその背中に向けて、もう一度頭を下げた。

 

 ロミールが片手に持ったランタンを、壁に開いた入り口へ差し向ける。反対の腕は僕の背に回り、軽く押された。入り口の正面に立たされて、逆隣でパズーが小さく頷いた。彼もロミールも強引に進むでもなく、ただそうして僕が踏み出すのを待っている。

 僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して口を開いた。

 

「行こう」




 調べて出てきた原作裏設定(準備稿)を都合よく使っていくスタイル。原作ラピュタ語(呪文)が完全にオリジナル言語のようで、「語源があるだろうから適当に捏造しよ」と思っていた作者、頭を悩ませるの巻。

 録画したロードショーを何度も見ているうちに、そういやおっさんと少年が手をつないで落っこちてくる様子を見ていたパズー少年は何を思ったんだろうと考えました。
「親方、空からおじさんと男の子が!」
 女の子が落ちてきたのは天使かもしれないという感想を抱いたようだけど、おっさんと少年だったパズーくんはちょっとかわいそうな気がしなくもない。

▼09/28 追記
※飛行船艦という表記は、原作に準拠しています。「戦艦」ではなく「船艦」というのが原作表記のようです。


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 滅びの呪文というものがある。ラピュタの浮遊島全てを無に帰す言葉だ。島に立ち、飛行石を掲げて僕が唱えれば島は崩壊する。ラピュタの技術と浮遊島を海に沈めるという目的は、それで果たせるだろう。飛行船艦ゴリアテより先に浮遊島に入れた時点で、勝ったも同然と言っていい。

 僕も最初はそのつもりだった。海賊たちに財宝を渡し、ついでに僕も少々の史料などを失敬して呪文を唱え、海賊船で離脱する。これだけのことだ。

 それで済むのだと僕は楽観視していた。

 

 ロミールの持つ古文書には、ラピュタについて細かく書かれている。浮遊都市の機能や建物、厳しい階級制度、ロボットや機械を使った豊かな暮らし、そして滅亡に至った経緯。

 前世で識る物語(ラピュタ)では、滅亡した理由については言及されていない。映画の外で設定などがあったかもしれないけれど、(わたし)は識らない。だからだろうか。古文書で「病によって地上に降りざるを得なかった」と知った時、僕はひどく衝撃を受けた。

 

 なぜ浮遊島は浮いたままだった? 疫病患者の隔離施設か? 健康な者が地上へ逃げて、病気の人だけが浮遊島で余生を送り死んだのでは? そして病原菌は宿る生き物を失い、断絶した?

 

 ではもし。

 ラピュタの科学力を持ってしても治せなかった病が、浮遊島を壊すことによって世界に広まったら――。

 

 ロミールは「ありえない」と断じた。今現在、何事もなく地上で人間が繁栄しているのがその証拠となると。そもそもそのような危険があるのなら、ラピュタ人が浮遊島を放置するはずがないのだ、と。

 たしかに一理ある。そうだよなと頷ける。

 前世の感覚でも、冒険を主軸とした子供向けのアニメ映画で、ハッピーエンドとなるあの映画(ものがたり)の世界で、そのような陰鬱な「その後」があるわけがないと思う。

 

 しかし、考え始めるとただ浮遊島を崩壊させるだけで済むのか疑問が湧き出てくる。物語(えいが)のエンディングをなぞるように呪文を唱えて、それでお終いなのだろうか。

 飛行石を抱えた巨木によってはるか上空へ昇るであろうラピュタの庭園は、そのまま放置していいのか? いつか遠い未来で宇宙開発によって発見され、結局ラピュタの科学を世に放つことにならないか? 海に落ちるであろうロボットや兵器は、呪文ひとつで本当に機能が停止するのか? 二度と動かないという保証はどこにある?

 

 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ(ラピュタ王)として、見ないふりをしていいのか。

 

 僕は、ラピュタを識り制御し()()()()()させなくてはならない。ここは二次元の映像の中でなく、多くの者が生きている世界(げんじつ)なのだから。

 

 

**

 

 

 壁が消失して出来た六角形の穴へ入ると、妙なことに気がついた。遅れて入ってきたロミールに声をかけ、ランタンの火を消してもらう。

 

「……なんで見えるんだろう?」

 

 パズーがきょとりとした顔で不思議そうに首を傾げる。

 特別明るいわけでもなく、どこかに光源があるわけでもない。だというのに、周囲の壁や床の模様も色も、くっきりと認識できている。外ではわかりづらかった互いの表情まで全てだ。

 

「これもラピュタの技術の一つだ」

 

 ロミールが何でも無いように言うが、今の時代の科学を通り越した()を識っている身では空恐ろしいと思う。左手に握る飛行石も、この不思議な空間も、生半な科学では実現し得ない。記録によると約七百年前らしいが、一体その時代に何が起きていたのだろうか。

 一本道を進むと行き止まりになり、突き当りの正面にはまたあの紋章と石が埋め込まれている。それに飛行石をかざすと、床が下へ沈み始めた。――エレベーターだ。

 模様の描かれた黒っぽい壁に囲まれた狭い空間を、下へ下へ向かっていく。振動も音もなく、静か過ぎる移動は非現実的だ。圧倒されている僕らはただ無言で、動く床に乗っていた。

 やがて視界がひらけて、壁と同じ黒っぽい色の立方体が大小様々に積まれて()()()()()空間に出た。床は相変わらず動いたままで、見下ろすと、僕らが乗っている床もまた黒い立方体であることがわかる。

 

「ここが、ラピュタの中枢……か」

 

 ぽつりと呟く。

 SFの世界だった。一度そう思ってしまうと、立方体の側面に描かれている模様は機械の回路にしか見えなくなる。立方体が積み上げられて造られた壁からは、それらが出たり入ったりして回路を繋ぎ演算し、浮遊島を管理している。大規模コンピューター、演算装置、ひとつの巨大な機械だ。

 

「上の城や建物は居住区なのだよ」

 

 ロミールは言葉少なに解説してくれた。その視線は熱を帯びて演算をする立方体へ向けられている。

 やがて僕らが乗っていた床は広間を通り過ぎ、少し下へ降りて間もなく止まった。黒い壁に四方を囲まれたが、正面の壁が四角くくり抜かれる。それはやはり壁が突然消失したかのようだった。

 中に入ると、今度は黒い壁に青い線が光っている。後ろでパズーが声を上げたので振り返ると、入ってきた部分が壁になっていた。まるで閉じ込められたかのようだ。

 

「外にはちゃんと出られる。大丈夫だよパズー」

 

 声をかけている間に、僕たちが入った小さな部屋は動き始めた。下へ行っているというよりも、部屋ごとどこかへ移動しているのだろう。壁の青い線は淡く輝いて直線的な模様を描き、動いている。それをなんとはなしに目で追いかけながら数十秒ほど待っていると、再び正面の壁が消失した。

 

 最初に目に入ったのは、太い紐かパイプのようだった。遅れて、それが植物なのだと理解する。

 

「なんだこれは」

 

 ロミールが言うなり、眼前に垂れ下がっていた木の根を掴んで()けて小走りに大部屋らしき空間に進んだ。僕とパズーもそのあとを追いかける。

 

「木の根っこ……?」

 

 パズーがきょろきょろと見回して呟いた声は、広い空間によく響いた。

 広間は相変わらず黒っぽい壁だったけれど、回路じみた模様は装飾が加えられ、柱や石像で飾られている。その壁を木の根が這い、高い天井からは無数の根が垂れ下がっている。床にまで達したそれらは細く広がっていて、つるりとした表面を覆っていた。

 壁の像に絡まる根っこを触ると、感触は地上のものと変わりはないようだ。ただの植物に見える。

 

「害はなさそうだ」

 

 ひとりごちて、ロミールの様子を窺う。広間を見回し、手帳をめくり、木の根を除けて壁を調べてと忙しない。進む方向を尋ねると、迷いなく歩き出した。その確信に満ちた顔は実に頼もしい。

 

「すごい木の根だね。タイガーモス号から、庭園みたいなのが見えたからそれかな」

「時間があればそっちにも行きたいけどね」

 

 パズーの言葉に肩をすくめると、ロミールがため息をついた。

 

「難しいだろう。今いる中枢部分も相当の広さだ。全てを探索する時間はないと思いたまえ」

 

 そう言う本人が一番探索したいだろうに、一切を耐えている。

 ロミールの案内に従って足を進めながら、僕らは道中で垣間見たラピュタの技術や生活の痕跡について語り合った。緊張感に欠けるけれど、この機会を逃せば二度と目にすることはないのだと思えばつい考察したくなる。壁の模様や等間隔に並ぶ人型の像の意味、動かずに壁に寄りかかっているロボットの本来の役割、植物の侵入を許している理由。十字路のような分かれ道でロミールが手帳をめくり、「あちらに行くと玉座の間だ」と言ったときなど駆け出したかった。

 やがて行き止まりになり、僕らは手分けをして壁に這う根っこをかき分けて先へ進む標を探した。目印は黄金の紋章を刻まれた石だ。僕やパズーにとっては少し見上げるくらいの高さにあるそれに、僕の左手に括り付けた飛行石をかざす。これまでと違い、壁は消失することなく左右へ動いて開いていった。

 向こうは光に溢れて、室内一面に背の高い草が茂っている。僕の顔の高さにまで達しているそれらの間を、小さな虫が無数に飛び回り、その中央にひときわ輝く()()があった。飛行石だろうか。天井から垂れてきている太い木の根が絡み合って繭のようになっている。隙間から漏れ出ている光は青白く、茂った草が神秘的に輝きを照り返していた。回路のような模様の黒壁が見える隙間はなく、壁はものすごい数の根が覆い尽くしている。

 大きく深呼吸をして踏み出した。僕に先頭を譲った二人がついてくる足音が、妙に耳に響く。

 草をかき分けて進むと、水音が足元からする。見下ろすと、じわじわと中央から流れてきているようだった。

 前世の映像(きおく)では、このあたりの細かいことを覚えていない。精密機器と思われる機械の中枢が植物に覆われ、水が漏れ出ているのは大丈夫なのだろうか。

 

「ひどい状態だな」

 

 ロミールの声が苛立っている。ふいに頭の中で「焼き払ってやる」というロミールの声が回り、一瞬後ろから聞こえたのかと錯覚した。違う、これはムスカ大佐(別のロミール)の声だ。

 とりあえず、中央にある根の繭に近寄り、手を伸ばした。

 

「普通の植物みたいだけど、内側が光ってる」

「切り裂いても?」

 

 隣に立ったロミールが窺うようにこちらへ視線をよこした。彼が言うからには必要なことなのだろうと頷くと、切り裂くと言った割には力づくで根っこを引きちぎっていく。僕とパズーも協力して根をかき分けていき、間もなく「それ」が姿を現した。

 

「……おお……」

 

 声を漏らしたのはロミールだったけれど、僕もパズーも息を呑んでそれに魅入った。

 巨大な宝石。頭より大きな青い石――飛行石だ。三角錐を底面同士で貼り合わせた形状の美しい石は、くるくると横回転しながら根っこの繭の中で浮いている。まるで木の根に守られているかのように。

 

「これが、ラピュタの力の根源……」

 

 口をついて出たのはそんな感想だった。

 

「七百年もの間、王の帰りを待っていたのだ」

 

 厳かに言ったロミールが僕に向き直ると、目を細めて頭を下げた。芝居がかった気取った仕草が妙に様になっている。

 

「リュシータ陛下のご帰還、誠に喜ばしく存じます」

「……ありがとう。ロミールとパズーのおかげだ。ドーラ一家もね。それで、制御盤(黒い石)はどこだろう」

 

 ちょっと面食らったけれど、僕はどうにか応じて強引に話をそらした。そうでもしないと、大仰な口上を言われそうな雰囲気だったので。

 ロミールは頭を上げるときょろきょろと周辺を見回し、「こちらへ」と歩き出した。僕やパズーにとっては視界が遮られる草だけれど、ロミールほどの身長があれば上から何があるか見えるのだろう。

 数メートル歩くと、僕の胸ほどの高さまである黒い四角柱があった。ロミールが示す石柱の、斜めに傾いている上面にはラピュタ語がびっしりと書かれている。いくらか教わった単語は拾えるけど、全体の意味はまったくわからない。付け焼き刃の知識ではどうにもならないものだ。文章の形をしているのか、それともキーボードのようなものなのかも不明である。パズーも横から覗き込んで顔をしかめた。僕らは視線を通わせて、それからロミールを見上げる。

 

「……読める?」

「おまかせを」

 

 自信満々に言ったロミールは手帳片手に、しばらく無言で石版をなぞった。

 

「操作は可能のようだが……今から()()のかね?」

「必要なところを教えて。間違えそうなら言って欲しい。まずは雲を出せるか試すところから始めよう」

 

 左手には括り付けた飛行石、右手に鞄から出した手製のラピュタ語辞典(監修ロミール)を持って、僕は石版の正面に立った。制御盤(黒い石)を使うには、飛行石が必要なのだ。隣ではパズーが石版に刻まれているラピュタ語を書き写そうとしている。察して助けになろうとしてくれている彼の行動には、本当に頭の下がる思いだ。

 

「一時間やって雲が出せないなら、施設や兵器の完全停止と廃棄を優先するよ」

「陛下の仰せのままに」

 

 (うやうや)しく言ったロミールは、一転して厳しい顔つきとなり僕に次々と指示を出し始めた。こっちの単語を飛行石でなぞって命じて、あっちの文字へ飛ばして云々。都度意味を添えてくれる丁寧さである。この人、本当になんでもできるなあ。

 プログラム関係は得意ではない。それでもそういった予備知識があるのとないのとでは違うのか、繰り返していくうちに要領がつかめてくる。教え方もいいんだろう。間もなくして、空中へ外の様子を映し出すことに成功した。

 スクリーンや投映機器、モニターがあるわけでもなく、空中へ平面的に映し出される様子は、揃って息を呑むほど非現実的で超絶した技術を感じる。夜空に雲が流れているだけのなんてことのない風景に、僕らはしばし言葉を失った。

 

「科学がずっと進んでいたんだね……どうして」

 

 パズーは独り言のように小さくささやき、ふつりと言葉を切った。

 彼の言いたいこと、思うことはわかる。どうして、ラピュタは滅んだのか。三人で話し、文献をめくり、古文書を解読しても、結論が出なかったひとつだ。流行り病があったとして、技術を全て捨て去る必要はどこにもなかった。これほどの科学力があれば、人類は今よりずっと豊かに暮らしていたはずだった。それをどうして放棄したのか。まったくわからないのだ。

 

「――その話はあとにしよう」

 

 頭を振って、僕は黒い石(制御盤)に視線を戻した。彫り込まれたラピュタ語は、僕の操作に合わせて赤く光り、点滅する。

 

「待ってリュシー、あれを見て!」

 

 パズーの声に映像の方へ顔を上げる。パズーには何か見えているようだったけれど、僕とロミールは首を傾げた。夜空があるだけだ。何があったのかと僕が口を開く前に、映像に写り込んだのは金属の翼を広げた影だった。船艦ではないけど、タイガーモス号でもない。

 

「軍の飛行艇だ」

 

 ロミールがそう言って、ちらりと僕を見下ろす。

 

「リュシータ。君の善性と高潔さによって生かされた諜報員と兵士が、追いかけてきたようだぞ」

 

 咎めるような響きだった。

 無論、昼間の飛行艇は追ってこられないように細工したし、彼らの持っていた通信器具も全て壊した。元同僚であるロミールが徹底的に諜報員の持ち物を調べていたから、そこに穴はないだろう。それでも彼らは拘束から脱し、新たな飛行艇でここまで来ている。あちらだって無能というわけではないのだろう。わかっていたから、ロミールは()()しようとしたのだ。

 

「そんな言い方!」

 

 パズーが威勢よく身を乗り出してくれたのを、僕は止めた。なにか言いたげに口をぱくぱくさせたパズーはため息をつき、一歩下がって肩をすくめる。

 

「ロミール、飛行艇をどうにか出来るかな」

「やり方を教えるからよく聞きたまえ」

 

 飛行艇への攻撃方法をロミールは操作方法を交えながら語った。要塞部分から砲身を使って撃ち落とすなら簡単な操作でいい、動かせるロボット兵を使って戦ってもいい。

 僕は首を横に振り、唇をなめて慎重に口を開いた。

 

「撃ち落としたり、乗っている人が死ぬような攻撃はしない。ロボット(機械兵)を使って浮遊島から遠ざけたい。その間に雲を出すか、兵器を放棄する」

「しかしそれでは――」

「いいから操作方法を。ロボットを動かすのはこっちだね」

「……いいだろう」

 

 機械兵への複雑な指示は難しい。単純にあれを壊せとするなら忠実に従ってくれるが、そんなことをすれば乗っている人は十中八九死んでしまう。僕はロミールに助言を受けながら、飛行艇を追いやって近づけないように交戦し、なおかつ撃墜しないようにしろ――、という指示をロボットへ下した。

 映像の中にロボット兵が映り、長い両腕に薄い膜を張って飛んでいく。飛行艇から銃撃を受けているが、効いている様子はない。僕の指示した通りに数体のロボット兵が飛行艇に取り付き、窓を塞いで妨害し始めた。これでいい。

 ふ、と息をついたところを、ロミールが複雑そうに見下ろしてくる。

 

「……リュシーは少々お人好しが過ぎるように思うがね」

 

 大分表現が柔らかい。僕が忌避していることを見抜いてそういう言い方をしているんだろう。

 僕は頷いて「自覚はあるよ」と答えた。

 

「僕らはラピュタの遺物が軍事利用されるのを防ぐためにここにいる。そのために人を殺すのは間違っている」

「それが君の敵であってもか?」

 

 ロミールは、笑うでなく怒るでなく、淡々とした調子でそう問いかける。

 平和を掲げるバカバカしさは、国の上層部にいた彼のほうがよくわかるのだろうと思う。前世は平和ボケした国の一般人で、十数年生きた今の人生でも僕はただの農民だった。争い事とは縁遠く、それゆえにロミールの思考を理解できる日はこないとも思っている。それでも僕は、この()を通さずにはいられないのだ。

 

「これが綺麗事なのは承知しているよ。だけどロムスカ、()()()()()失ってしまったら、僕らには一体何が残る? 歴史を失くし、記録を失い、言葉と文字が廃れた。血は薄れ、技術は継がれず、わずかに残ったのは伝承とひとつの石だけだ。誇りと尊厳を捨ててしまえば、僕らはもう王族ではない」

 

 この黒い石を使った操作ひとつで、あの飛行艇を消し炭に出来るだろう。飛行船艦だって、物語(きおく)の通りに撃墜してしまえる。こちらに一切の被害を出さないまま、敵を全て抹殺できる。

 そうすることが最善であるのはわかっている。ラピュタ探索を担う者たちを殺し、金と技術が注ぎ込まれて運用しているであろう船艦を破壊すれば、政府はしばらく動けまい。その間に僕らは目的を完璧な形で成し得るだろう。

 ――でもその先は? 僕はきっと一生をかけて自問する。殺人者となったラピュタ最後の王様は、果たして王族足り得るか。倫理を捨てた時点で、ただの虐殺者となるのではないのか。

 

「僕を虐殺者にしないでくれロムスカ。無血をもってラピュタは滅ぶ。そうでなければいけない」

 

 頭の中をぐるりと廻る映像は、繰り返し幻聴を響かせる。兵隊の悲鳴、爆撃音、逃げてと叫ぶ少女の声、死んでいく人々を指して面白い見世物(ショー)だと揶揄するムスカ大佐の嗤い声。

 兵器は使わない。使ってはいけない。使わせてはいけない。ラピュタは壊さなければいけない。そうでなければ、僕の望む未来(エンディング)がない。

 

「わかってくれなんて言わない。――従って欲しい」

「……陛下がそう望むのなら」

 

 ロミールは薄く笑みを浮かべ、優雅に頭を下げる。ついため息を漏らし、じっと黙って見ていたパズーと目が合って僕は口角を上げた。

 僕もなかなか王様ぶりが板についてきたのではないだろうか。




ムスカ「よめる、よめるぞぉ!」

 ムスカさんの内心はきっとこう。


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 機械兵(ロボット)(たか)られて身動きの取れなくなった飛行艇は、蛇行を繰り返して振り払おうとしているが、それくらいで振り払えるものではない。ロボット兵の胸部から青白い火のようなものが吹き、それを推進力に飛行艇を島から遠ざけるように押し返している。攻撃と言うには生ぬるく、しかし飛行艇にとっては敵わぬ厄介なものだろう。

 映像から視線を落とし、制御盤(黒い石)の操作に戻ろうとしたその時、横から「あのさ」とパズーが声をかけてきた。

 

「それ、単語ごとに赤く光るよね。まとめて書き出してみたんだけど」

 

 書き写された部分を手帳から二枚ちぎってパズーは「これ」と差し出してきた。一枚は制御盤(黒い石)のラピュタ文字全て、もう一枚は単語を連ねたものだ。走り書きだけれど、一文字ずつ区別はつく。見慣れない模様のようなものだというのに、手早くわかりやすい。

 見やすいように視線の先で持ってくれているのは、僕の両手がふさがっているからだろう。

 

「ふむ」

 

 ロミールが上から覗き込んで感心したように頷いた。

 

「素晴らしい。君は助手に向いているな」

 

 褒めてるのか微妙にけなしているのかよくわからないことを言って、二枚の紙をロミールはひったくるようにパズーから奪った。パズーも笑っていないで反論していいと思うのだが。

 

「リュシー、しばらく待ちたまえ。単語の意味が明確になれば、作業もはかどる」

「はーい」

 

 僕は肩をすくめて返し、緊張して強張った首をほぐそうと左右にひねった。ぶつぶつと集中して解読を始めたロミールの邪魔をしないように、制御室内をぐるりと見回す。

 植物の根と草で覆われているが、もともとは中央にある巨大な飛行石とこの黒い石(制御盤)だけがある空間だったのだろう。物がないのは島を()()時に持ち出したのか、もともとそういう場所だったのか。映像を宙に出せることを考えると、できるだけ障害物を置かないようにしていたのかもしれない。

 考えながら隣に顔を向けると、パズーはぼんやりと中央に浮かぶ飛行石を眺めていた。僕が見ていることに気がつくと、照れたように頬をかいてぽつりと呟く。

 

「夢みたいだ、リュシー達と会ってからずっと。今僕はラピュタの中にいるんだって考えるだけで、無性に叫びたくなる」

「島を探索する時間があればよかったんだけど」

「ううん、充分だよ」

 

 ゆっくりと首を横に振り、パズーは目をきらめかせた。

 

「いつか自分の飛行機で探すつもりだったけど、ずっと先のことだと思ってた。父さんが遺したものを継いで、絶対にラピュタにたどり着くんだって誓ったけどさ。それはきっと僕が大人になってからだろうなって。こんなに早くラピュタに来られて、しかも中枢にまで入ってる。すごいことだよ」

 

 目を細めて笑うパズーのこの純粋さは、得難い気質だと思う。

 父親が詐欺師扱いされたまま死に、それで辛い思いもしたのではないだろうか。ペテン師の息子だと、後ろ指を指されたかもしれない。人によっては、原因となった写真を破り捨ててもおかしくはない。亡父を信じて曇りなくラピュタはあると言い切り、実際に行動に起こした彼の心の、なんと強いことか。

 

「僕はひとつ、君に謝らなきゃいけない」

 

 僕が切り出すと、パズーはきょとんとした。まったく心当たりが無いらしい。「食事の量なら足りてるけど」と見当違いなことを言い出したパズーがおかしくて、笑ってしまった。「違うよ」と否定して、僕は少々姿勢を正して向き直った。

 

「僕は、浮遊島(ラピュタ)を「なかったこと」にするつもりでいる。パズーのお父さんの汚名を晴らすことは出来ない。ごめん」

 

 パズーは真剣な顔で頷き、困ったように口を曲げた。

 

「わかってる。リュシーは最初からそうしたいって話してただろ。僕は承知でついて来ているんだから、今更だよ」

 

 そう言って、再び中央で横回転する飛行石を見つめる。その横顔はひどく大人びていた。

 

「最初にラピュタの話をリュシーとロミールさんとした時、すごく楽しかった。僕の話をあんなに真剣に聞いてくれたのは、リュシー達が初めてだった。君がラピュタ人の末裔だって知って、胸がわくわくしたんだ」

 

 パズーは静かに言って、視線をこちらに戻し、首を傾げた。

 

「リュシーの方こそ、僕がそういう気持ちでついて来ていることが嫌じゃないの?」

「まさか。僕だって、楽しんでいないといえば嘘になる。それにパズーは、協力するって言ってくれたじゃないか。今ロミールが解読しているメモだって、君が書いてくれたんだ」

 

 答えた僕に、パズーは力強く頷いた。

 

「当たり前だよ。僕たち友達だろ!」

 

 なんのてらいもなく言い切り、パズーはこぶしでコツリと僕の肩を軽く殴った。

 これは照れる。顔が熱い。

 

「うん。ありがとう」

 

 顔がにやけて戻らない。お返しだとパズーの胸にこぶしをぶつけて、にやけたのを誤魔化した。パスーもちょっと照れくさかったのか、へらっと笑って顔をわざとらしく反らした。

 

「……もういいかね」

 

 この空気感に切り込んでくるロミールの勇気よ。

 僕は表情筋を駆使して真面目な顔を作り頷いた。まだ頬が火照っている気がするけど、そこはどうか見逃して欲しい。パズーは平然としている。これが強き心か。

 

 ロミールの助言を受けながら、僕は再び黒い石(制御盤)の操作を始めた。なぞる単語が赤く光り、その法則をパズーが書き出して検討する。ラピュタの要所を映像でいくつも出す頃には、僕らは制御盤(黒い石)の使い方の概要を完全に掴むことが出来た。

 ラピュタの回路(コンピューター)は操作者の意志を()()()反映している。黄金の紋章が刻まれた小さな飛行石こそがその真髄である。使用する者の血筋を()()、声を聴き、その危機を()()する。時に持ち主を宙に舞わせて命を救い、時に呪文()を聴いて従い、聖域への道を拓く標となる。今、僕の左手に収まる青い石には、ラピュタの高められた科学力が詰め込まれている。その最たるものこそ、持ち主の意志を正確に()()()()て望みを叶えること。黒い石(制御盤)の操作に必要なのだというよりも、制御盤(黒い石)が飛行石の補助具なのだ。仕組みがわかってしまうと、前世のパソコンよりよほど使いやすいほどである。

 ともあれ、細やかな操作には強く意識しながら単語をなぞればいいのだと僕らは学び、そこから十分ほどで雲を発生させる機能を見つけ出した。

 ラピュタの様々な箇所や情報をいくつも映し出して並べたので、夜空に浮かぶ飛行艇とそれにまとわりついているロボットらの映像は隅の方へ追いやられている。海賊たちが居住区を探索しているのも見つけたが、残念ながら彼らにかまっている暇はない。

 塔型の積乱雲発生装置は居住区付近の上層部にあるらしい。浮遊島は雲の上にあるから雨に打たれる心配はないが、むき出しの塔は風にさらされ続けて七百年が経過している。

 映し出したラピュタ語を、ロミールが読み上げた。

 

「……再稼働まで十二時間だ」

 

 積乱雲発生装置は崩壊が進んでいて、かつ急停止したことにより負荷がかかりすぐには使えないことがわかった。

 今は夜中の一時を過ぎている。夜明けには間に合わない。

 たが、僕たちが海の上に出てこの島のある空域までは数時間かかっている。飛行船艦ゴリアテは、ティディス要塞から夜明けに出立する。浮遊島自体を移動させて反対方向へ逃げれば、もう少し時間が稼げるはずだ。ゴリアテがここに来るまでに雲の中に隠れることは可能だろう。

 頭のなかで概算し、ロミールに確かめようとしたが、その前にロミールが口を開いた。

 

「飛行艇の諜報員から場所と状況が報告されている。あの暗号通信はおそらく()()()()ための虚偽のものだ。ゴリアテは要塞をすでに発ったと考えなさい」

 

 冷たくも聞こえる静かな声だった。

 頭の中に残っていた楽観的な思考が霧散していく。うるさく鳴る心臓と、怒鳴り散らしたいような奇妙な気持ちを堪え、僕は頷いた。

 

「ラピュタの()()にうつる」

 

 返事をするように、ごくりと喉を鳴らしたのはパズーだった。

 黒い石(制御盤)の上に飛行石を滑らせる。ドーラ一家の映る一角に、音声が伝わるようにして僕は口を開いた。

 

「夜明けを待たずに、ゴリアテが来ます。すぐに逃げてください」

 

 あちら側の声も、こちらの映像もやりとりは出来ない。抗議するように腕を振り上げたり首を振ったりしている男たちや、大口をあけて怒鳴っているドーラが映し出されていたけれど、元々隅にあったその映像をさらに視界の外へ追いやった。

 

「パズー」

 

 右手に持っていた手帳をポケットに突っ込み、僕は隣に立つパズーの手を取り強引に握手した。

 

「ここまで本当にありがとう」

 

 パズーの顔がぎゅっとしかめられた。握手したままの手が強く握り返される。

 

「リュシー、まさか……」

「ここでお別れだよ、パズー」

 

 手を緩めるが、絶対に離さないとばかりに右手を掴まれた。ぶるぶると首を振り、パズーは声を震わせる。

 

「また会えるよね。そうだろう? まだ話し足りないことがいっぱいあるんだ」

「僕もだよパズー。もっと君と話したいし、色んなことをやってみたい」

 

 掴まれた右手を引っ張るが、離してくれない。強引に振り払うことが出来ず、ぶらぶらと上下に振った。

 シータに生まれてから、初めての友達だった。もちろん故郷(ゴンドア)にだって、親しくしてくれた人はいたけれど、大抵は年上か赤ん坊くらい小さいかのどちらかで、同年代の友人はパズーが初めてだ。こんな別れ方は、ひどいと思う。もっと別の出会い方をしてみたかった。

 

「君も男なら聞き分けたまえ」

 

 パズーの手首を取ったロミールの力に負けたのか、手が緩んだので右手を抜き取る。僕はそのロミールを見上げて、言った。

 

「ロミール、あなたもだよ。パズーを連れてすぐにタイガーモス号に戻って。制御盤(黒い石)の使い方は理解した。僕ひとりで充分だ」

「なにを……」

 

 目を見開いて驚愕するロミールをじっと見据え、声が震えないように息を吸って胸を張る。

 

()()()、ロムスカ。パズーを頼むよ。……信じている」

「……御意」

 

 納得がいかないという顔をしていても、ロミールは応じてパズーを抱え上げた。そうしてそのまま、草をかき分けて歩き出す。パズーが僕の名を呼ぶ声と、それをなだめすかすロミールの声が足音と共に遠ざかっていく。彼らが出ていく出入り口に背を向け、僕は彼らが上層区まで戻れるように黒い石(制御盤)を操作した。

 海賊たちも財宝らしき荷物を抱えて映像の端に消えていく。パズーを抱えたロミールが上層区を映す映像に見えたところで、僕はそれらの映像を隅の方へ追いやった。

 ラピュタ語で連なり表示される浮遊島の現状は、いずれラピュタが隠れることすらできなくなることを明確に示していた。この浮遊島は、当初の大きさから半壊している。雲の発生装置である塔も、もう何十年かすれば機能しなくなって崩れてしまう。長い年月をかけてゆっくりと外側から崩れていったのだろう。農夫が発見したというティディス要塞に保管されていたロボットは、崩壊が進んでいた証拠のひとつだ。

 しかし、科学の粋を極めた技術のほとんどは今残っている中枢付近に集中している。ほぼ無傷の状態だ。雲が無くなり、どこかの国が発見すればいずれ利用されてしまうことが目に見えて判明したのだ。

 

 静まり返った制御室内(聖域)で黒い石を撫で、浮遊する巨大な青い石を見上げる。ラピュタを知るほどに、優れた科学力を実感するほどに、()()を無に帰すことがどれだけ難しいかがわかる。原子炉の停止に多くの手順が必要なように、部屋の中央で煌々と輝く巨大な飛行石のエネルギーはどうやったって一晩では止められない。滅びの呪文はきっと強制終了のような強引さで崩壊を促すけれど、それだけではこの巨大な飛行石の結晶は止まらない。脳裏に描かれる映像(きおく)に、木の根に抱かれて高い空を泳ぐラピュタの残骸がちらついている。

 ポケットから手帳を出して開く。ロミールやパズーと話し合いながら先程まとめ直したラピュタ語の現代語訳、制御盤(黒い石)仕様だ。多くはロミールの知識に頼ったものだが、完成度は高い。片手でページを固定し、左手で黒い石(制御盤)の単語をなぞる。

 積乱雲発生装置の起動準備を中止した。各所に据え付けられている大砲や兵器への燃料の補給路を切断、近場にいるロボット兵を起動させて破壊させる。同様に、島のあらゆる場所をロボット兵を使って壊して、壊して、壊す。中枢からつながる全ての機器と施設の状態を映し、映像内に示されるラピュタ語を右手に持った手帳で慎重に読み解きながら、漏れがないかを何度も確認した。

 あちこちをロボット兵が四足で動き回り、頭部から熱光線を出して焼いていく。ところどころ出火が広がり、植物の葉にまで燃え広がっていた。映像から音は聞こえないけれど、部屋の上部から激しい物音が響いてくる。

 気がついたら手が止まっていて、その光景をぼんやり眺めていた。今、僕の手でラピュタが壊れていく。僕が壊すから、それを選んだから、この世から消える。胸の中に虚無感が広がり、足が震えた。

 ――亡国の王様になんて、なるもんじゃない。

 息を吸って、吐く。汗で滑る右手で手帳を持ち直し、左手の飛行石を黒い石(制御盤)に滑らせた。

 軍の飛行艇を映していた映像の中に、タイガーモス号が映り込んだのが見えた。無事に脱出する準備が整ったのだろう。安堵の息をついて、作業に戻る。

 格納庫に残っている動けるロボットへ片っ端から接続し、内部から自壊するように命令を下していく。島の真下付近を映すと、胎児のように丸まったままの人型機械(ロボット兵)が次々と夜の黒い海へ落ちていくのが見えた。飛行石のエネルギーから切断され、自重を支えきれない砲身や黒い立方体(回路)が同じように海へぼろぼろと落下し、白く水しぶきを上げた。

 

 うたを口ずさむ。家に伝わる古い(うた)の中で、祖母がいっとうに好きだった(うた)

 

 土に根をおろし 風と共に生きよう

 種と共に冬を越え 鳥と共に春をうたおう

 地に足をつけ 水と共に生きよう

 若葉と共に夏を迎え 虫と共に秋をうたおう

 豊かな大地に祈りを捧げ 巡りゆく季節と共に

 

 子守唄のように柔らかい旋律で、人の営みと自然の豊かさを讃えたうただ。現代語から、ラピュタの口語で同じ旋律を繰り返す。祖母はこれを「ゴンドアの古いうた」と言った。農民のうたなのよ、と。祖母が優しくうたうのを聞きながら、眠る前にまどろむ時間が好きだった。

 

 島に残っているロボット兵の大半に自壊するように指示をして、ひとつ息をついた。浮遊島の多くが、ラピュタの叡智もろともに瓦礫になっているのが各所の映像で確認できる。ロボットが胸と頭が破裂した状態で四肢を投げ出していくつも転がっていて、まるで人の死体のようだった。

 鼻歌で旋律を繰り返しながら、部屋の中央に座す木の根の繭に歩み寄る。すっかり水を吸ってしまった靴は、なかなかに履き心地がひどい。歩きながら、昼間手当された頬のガーゼを剥がして捨てた。少しぴりぴりするけど、それだけだ。頭より高い草をかき分け進むのはなかなか面倒である。

 根に手をかけて青い石に右手を伸ばす。背伸びをして、根っこに半分乗り上げるような体勢になってようやく、それに触れることが出来た。熱はない。ただ冷たく、すべすべとした研磨された宝石に触っているだけだ。横回転していたけれど、手を出すとすんなり回転が止まった。この巨大な石ひとつで、島が空を飛んでいる。

 飛行石を括り付けた左手を伸ばして、飛行石同士を接触させる。ぶわりと青白い燐光が散って、小さく音を立てた。反応があったことに確信を得て、口元が緩む。

 頭よりも大きな青い宝石を両腕で引き寄せた。素直に腕の中に収まったそれに頬をすりよせ、うたをささやく。

 

「――<ものみな鎮まれ(レヂアチオ・ルント・リッナ)()光よ閉じよ(アリアロス・バル・バルス)>」

 

 永久に眠れ、ラピュタの秘宝よ。

 

 手のひらの黄金の紋章に意志(こころ)意識(おもい)を乗せる。小さな石から大きな宝石へ伝わり、青白い光がうずまいた。いやだとぐずるように青い石の中でぐるぐると大きくなり、四方八方へ光がほとばしる。目が灼かれないようにとっさにまぶたをきつく結び、僕は飛行石を抱きしめた。

 うたをうたう。地に還ること、土とともに生きること、大地に根付く営みをうたう。死ぬのは怖い、わかるよ。終わるのはつらい、知っている。何もなしえずただ滅ぶだけはいやだ、ああもちろんだ。死ぬことも、終わることも、無為に時を待つことも。怖くて辛くて悔しくて切ない。知っているとも、よくわかる。ゆえに、これは(ぼく)のエゴだ。

 

「<(リテ)()ラピュタ王リュシータ(リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ)()名において(アロス・リンフェ)()みな閉じて眠れ(ルント・テアル・バルス)>」

 

 どうか幼い子供が眠りにつくように、滅びてくれ。




 お客様のなかにラピュタ語が堪能な方はいらっしゃいませんか! あるいは、ゴンドア出身で古い詩に詳しい方はいらっしゃらないでしょうか!
 捏造とねつぞうとネツゾウしかないです。「ゴンドアのうた」の後半も、呪文のようなナニカも、切って貼って捏造しました。誤字報告で正しい詞や訳がつくのを待っています。

▼11/10 追記 ラピュタ語(呪文)について
 ウィキによると、ケルト語の影響を受けた「でまかせ」らしいです。(出典:ロマンアルバム「映画 天空の城ラピュタGUIDE BOOK」)
 感想で頂いたギリシャ語は、ご指摘どおり継がれる名前に使われているようです。
 このあたり、作者も詳しくなくて、ウィキとネットで拾い集めた噂や考察などの受け売りだけで書いています。ケルト語といっても数種類があるようで、調べてみましたが早々にギブアップしました。公式の書籍で「でまかせ」と記述があることと、詳しい元ネタが不明のため「監督のオリジナル言語」と作者は考えています。
 原作映画で使われている「リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」「バルス」の他、ネットの海で探した準備稿の中の二種「シス・テアル・ロト・リーフェリン」「レヂアチオ・ルント・リッナ」が公式呪文と解釈しました。拙作では、この四種をさらにいじくって、似たような響きのカタカナを付け加えています。

 だらっと語りましたが、読んで下さる分にはふわっとした雰囲気で流して下さってかまいません。なんかかっけぇ呪文言ってるくらいの中二感でおk。作者もそんなノリで書いています。ルビを振るのが楽しくて仕方ないんです。


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10

「親戚?」

「はい。母方の遠い血縁の人が来たんです」

「おいおいシータ、そりゃ大丈夫なのか? 騙されていないか?」

 

 馴染みの農夫が、心配そうに顔をしかめる。僕は努めていつもどおりに気楽な口調で応じた。

 

「祖母から聞いた一族のことに、すごく詳しかったですよ。そもそも、こんな何の財産も無い子供を騙して引き取ろうなんて人、いないですって」

「世の中、人身売買だってあるんだぞ。それに初対面の親戚のところなんぞより、お前もこの村にいたいだろう?」

「実は、考古学の専門家で……その、色々教えてくれるって」

「そういうことかよ。お前さん、死んだオヤジさんと揃って歴史狂いだもんなぁ」

 

 渋っていた農夫は理由を聞くとあっさり納得し、わがままな子供を見るような呆れた目でため息をつく。亡くなった父と僕が街に行くたびに立ち読みして追い出され、歴史書を買うために節約生活を送ったことを、父の友人だった彼はよく知っているのだ。 

 

「それで家を出ることになったので、これまで面倒を見てくださったお礼に土地をお譲りしたいんです」

「うちにか? そんな金はねぇぞ」

「お金はいりません。父が亡くなってから、ずいぶんお世話になりましたし。大した家でもないし……。いらないようなら、適当に売ってください」

「さすがに無料(ただ)ではなぁ。村長んとこ相談して、村の方で買い取って貰えるように話そうか。新しい生活始めるんなら何かと入用だろ」

「全部、親戚のおじさんが面倒を見てくれるらしいので」

 

 ふるりと首を振ると、農夫はとたんに険しい顔つきになった。

 

「シータ、本当に騙されていないんだな? 親戚のくせに、婆さんや母ちゃんの葬式にだって来なかったじゃねぇか」

「軍属の、ちゃんとした人ですよ」

 

 少々野心家だが、間違いなく軍人である。嘘ではない。公的な職業というのはそれだけで信用度が高く、案の定農夫は「なんだ」と破顔した。安心しきった顔だった。

 

「軍人か。まあそれなら大丈夫だろう。なんかあったら、いやなにもなくても手紙はよこせよ。俺ァ一応、お前さんの父親代わりだと思ってんだからな」

「っはい、ありがとうございます。落ち着いたら必ず手紙を書きます」

 

 手紙を出せるようならばぜひ。

 祖母より先に父が亡くなってから、女子供しかいない我が家をこまごまと気にかけてくれた人だ。季節ごとに必要な力作業を手伝ってくれ、村の男衆の中に僕を引き入れて狩りの仕方や酒との付き合い方や女の口説き方やらと指南してくれた。僕にとっては、兄のような存在である。

 もう二度とこのように話す機会がないことを、残念に思う。

 

「とにかく、家と畑は村に買い取ってもらえ。村長んとこ行ってどんだけ金が出せるか聞いてくるわ。その軍人ってのはいつ迎えに来るんだ?」

「四日後に」

「ずいぶんとまあ性急なことだな。危ないと思うようならすぐに逃げ帰ってくるんだぞ」

 

 いい子に「はい」と答えたが、この約束はきっと守ることが出来ない。

 

 

**

 

 

 最後のラピュタ王(リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ)になると決めた時、僕は故郷(ゴンドア)の地へ帰れないことを覚悟した。

 家と土地を売り、家畜を馴染みの農夫に譲った。数日で準備をすませるのは苦労したけれど、万事丸くおさまり僕は都会の()()に引き取られたことになっている。家族を早くに亡くした可哀相な田舎小僧は、裕福で親切な都会の軍人に養われて教育され幸せに暮らすのだ。村の人達はシータという孤児が拾った幸運を、朗らかに語るだろう。

 他の誰でもなく、これは僕が始めたことだ。始めたからには、終わりがある。

 ラピュタの力の根源である巨大な飛行石の結晶が、ちゃんと最後まで自壊するのを見届けなくてはならない。どれだけ言葉を紡ごうと、呪文(ねがい)による強引な自壊指示であることに変わりはなく、手順を踏まない以上は何が起こるのかわからないのだ。

 

 ――だからといって、王族(あるじ)を守るような動作をするとは予想外だったんだよね。

 

 腕に抱えた飛行石の結晶から、細かな燐光が吹き出し制御室(聖域)内全体に広がった。それから激しく音を立てた天井が垂れ下がる根っこごとひび割れたが、落ちてくる様子はない。ぎしぎしと揺れ、不自然な形で太い木の根が空中に留まっている。

 制御盤(黒い石)から離れたことで宙に映し出したものは消えているが、映像を見なくとも振動と音からして、制御室(聖域)の外では島の崩壊が始まっているのはわかる。聖域(ここ)は島の下方部、外から見ると島を支えるような形をしている黒い半球体の中だ。天井の様子を見るに、上の層の床はすでに抜けているだろう。それらが飛行石から発せられる浮力で宙に留まり、制御室(聖域)は崩壊の影響から守られている。

 最後まで見届けたいという僕の意志が読み取られてこういう結果になったのか、飛行石の自己判断による現象なのか。

 気が緩んで腕の中に視線を落とすと、飛行石は褒めてとでも言うようにぴかぴかと点滅した。なんとはなしに撫でてみて、美しい青の端が黒ずんでいることに気がついた。角からじわじわとゆっくり変質し、色が失われて褪せていく。

 つまり、この飛行石の結晶がただの石になった時、超常じみた浮力と制御を完全に失うのだろう。そしてその時にこそ、浮遊島は海へ落ちるのだ。――望んだ結末になることに安堵した。

 再び目を閉じてうたをうたい、昔母がそうしてくれたように腕の中の飛行石を撫でる。優しく温かな手が幼い僕を眠りへ誘ったように、心安く眠れと願いながら頬を寄せた。

 

「リュシータ!」

 

 反射的に顔を上げる。

 腕の中の美しい青い石から出て室内に散っている光は、その人物をぼんやりと照らし出した。都会風の男だ。薄めのサングラス、白い肌、上等なスーツに靴。いつも整えられていた金色の髪は乱れ、珍しく焦った顔で駆け寄ってくる。

 僕が呆然としている間に距離を詰めたロミールは、僕の抱える飛行石を見て眉を寄せ、次いでこちらへ顔を向けた。根っこに乗り上げているおかげで、身長のあるロミールとも目線の高さが同じだ。

 

「パズーくんはタイガーモス号に乗った。船はすでに島から離れている。他にすることはあるかね、陛下?」

 

 小さい石を括り付けた左手を差し出し、重ねるように促した。手のひらに乗ったロミールの手ごと、腕の中の巨大な宝石に押し付ける。

 

「ついでにあなたも命令するといいよ。「バルス(閉じよ)」だ。揺るぎない意志を乗せて滅べと唱え、命令し、ラピュタを終わらせて」

「――陛下の御心のままに」

 

 震える声で応じ、小声で練習するように「ば」と繰り返してから、すうと息を大きく吸ってロミールは叫んだ。

 

閉じよ(バルス)!」

 

 とたんに、巨大な結晶からぶわりと青白い光が吹き出した。同時に空気が揺れて風を巻き起こす。

 目を見開いたロミールに僕は頷いて、握っていた彼の手を離した。左手の中の飛行石は黄金の紋章をそのままに、黒ずんで朽ちていく。時間的に限界だったのか、あるいはロミールの呪文がとどめになったのかもしれない。形こそ保ったままだが、もうこれまでのように使えないだろう。

 室内に吹き出した光はちりちりと音を立てて散っていった。

 

「僕はあなたに嘘をついた。飛行石は、あなたでも操れたよ。呪文と意味を理解してさえいれば、王家(ウル・ラピュタ)の血筋なら誰であってもね」

 

 ぱかりと口を開けてアホ面を晒しているロミールを見ることが出来るのは、たぶん今だけだろう。

 腕から巨大な結晶を離すと、定位置に戻るように木の根の繭の中へ浮かんだ。

 

「島は間もなく落ちる。古い時代の古い城もろとも、全部海の底だ。あなたが欲したものは跡形もなくなるだろうね」

 

 一拍置いて、なおも言葉を発しないロミールにとびきり悪い顔で嘲笑ってやる。

 

「ねえ()()()()()、ラピュタは滅ぶよ。あなたは自由にしていいんだ。ドーラたちの船に乗って、海賊でもすればいいんじゃないかな。ああ、それとも軍に戻ってラピュタ()()を続ける? 海に潜れば何か見つかるかもね。もちろん、全部使い物にはならないけど」

 

 心底おかしく、声を立てて嘲笑ってやるのだ。

 

「本当によく働いてくれたよ。臣下()()()は楽しんでもらえた?」

 

 ふるりとロミールの肩が揺れ、眉尻が吊り上げられ、口元が力んだように震えた。ああ、そうだ怒っていい。僕を()()()()()()()()()怒り狂え。

 憤怒の表情を浮かべたロミールは、大きく腕を振りかぶった。痛みと衝撃にそなえ顔を(そむ)けて目を閉じ、歯を食いしばる。

 しかしいくら待てどもなにもなく、代わりに物音がした。目を開くと、ロミールは水で濡れているのも構わずに床に膝をついて僕に向かい深く俯いている。いや、これは――(ひざまず)(こうべ)を垂れたと言うべきなのだろう。

 

「見くびらないで頂きたい」

 

 怒気に満ちた気配のくせに、ぴくりとも動かない姿勢は敬意と恭順を示していて混乱する。

 肌が粟立ち、背筋から震えが走った。身構えていた分の力が抜け、木の根に乗り上げて曲げていた膝がかくりと下に落ち水音が鳴る。そのまま、腰掛けるように根っこの端へ体重を預けた。

 

「私は自らの意志で()()()()に仕えることを選んだのです。手放されたとて、この心は変わりません」

 

 俯いたまま、しかしロミールの声は朗々と響く。

 飛行石からとめどなくあふれて散る燐光に照らされたその姿は、まるで忠誠の誓いを王に捧げる高貴な臣下のようだった。

 

「我が君が()と運命を共にするというのであれば、どうか私めもご一緒させて頂きたく存じます。一言、許すとだけ賜りたく」

 

 頭の芯が熱い。嬉しいのか悲しいのかわからない。きっと嬉しくて悲しくて、それ以上に僕は怒っているのだと思う。ロミールにも、自分にも。

 唇をなめる。

 

「馬鹿じゃないのか。あんたは馬鹿だ。七百年も前に滅びた国だぞ。その王家にいったい何の意味があるっていうんだよ。領土は? 国民は? 国が滅びたのに王だけが生きているなんて滑稽にもほどがある。そういうのを、世間では滅亡っていうんだ」

 

 どうして戻ってきた。なんでこれが予測できなかった。

 どうか逃げて欲しい。生きていて欲しい。どこにも属さないただのロミールとして、人生を楽しんで欲しい。

 

「なにが国だ、なにが王だ! 僕はただの農家のガキなんだよ!」

「君のような農民がいてたまるか」

 

 いつかの再現のようにロミールは言って、顔を上げた。変わらず跪いたまま、見たことのない優しい顔で笑っている。

 

「君がただの生意気なクソガキだということはとっくに知っている。王たろうと演技していたこともね」

 

 何もかもお見通しだと言わんばかりの口調で、ロミールはわざとらしく肩をすくめいつものように皮肉げに片眉を上げた。

 

「だが、どうも私はそのクソガキこそが我が王だと信じてしまったのだ。責任は取って頂かなくては」

 

 複雑な感情がふくらみ、爆発しそうだった。脈打つ音が早くなり、耳に響いてうるさい。なぜだろう、僕は怒っているはずなのに、不思議と満たされたような気分だ。

 言葉が何も出てこなくて、それでも何かを言おうとして結局声にならないまま息だけが口から漏れた。

 島が揺れている。そこかしこで崩壊の音が響き、振動している。

 ロミールは再び頭を下げ、仰々しく言葉を重ねた。

 

臣下(わたし)に生きよと仰られるのであれば、どうか陛下も「無血」と宣言された通りに生き延びてください。誰の血も流させないと仰るのなら、御自身もその内に入れてくださいますよう平にお願い申し上げます」

 

 返答を待つとばかりに沈黙し、微動だにしないロミールの頭を眺める。

 ひどい二択だ。共に生きるか、一緒に死ぬか。僕はロミールの命を人質に取られたのだ。ロミールにとっては、どちらに転んでもいいのだろう。ラピュタが滅ぶのなら生きている意味がないとさえ言いそうな人だ。

 

「あんた、やっぱり馬鹿だよ。そんなことを言うために、わざわざ戻ってきたの? 人がせっかく悲壮な覚悟を決めたっていうのに、台無しだ」

 

 熱くなった頭を少しでも冷やそうと、僕は自分の髪をかき回した。

 僕の本質はどうしたって偉大な王ではなく小市民だから、こんな風に蜘蛛の糸を垂らされてしまえばすがりたくなる。いや、これは「すがってもいい」と(ほの)めかしているのだろう。ラピュタ王としての体裁を保ったまま子供(クソガキ)に戻っていいんだと、ロミールに言われている。

 左手に括り付けた飛行石の紐を解いて、首にかける。それから腕を伸ばして浮かんでいる巨大な結晶を掴まえ、脇にどうにか抱えた。角が当たって痛いなこれ。しかし大きさに反して、驚くほど軽い。暴走気味の浮力によるものだろうか。

 座っていた根っこから立ち上がり、僕は巨大な結晶を腕に抱えてロミールに歩み寄った。未だに動かない金髪の頭を見下ろし、指先で肩をつつく。顔を上げたロミールに、手を差し出した。

 

「僕とともに来い、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」

 

 せいぜい自信満々に見えるよう胸を張り、尊大に告げてやる。

 

「城が陥落して王族が落ち延びるのは、まあよくある話だ」

 

 

**

 

 

 瓦礫を避け、乗り越えながら進む。抱えた飛行石は移動する僕らを保護するように光を撒き散らしながら黒ずんでいった。おかげで崩壊に巻き込まれることもなく、ロミールが入ってきたという天井に空いた穴にすんなりとたどり着くことが出来た。代わりに、制御室(聖域)は、僕らが出た途端に崩れ落ちている。

 まさかロミールに背負われることになるとは思わなかった。右腕で飛行石を抱え、左手と両足で背中にしがみつく。壁の装飾や積み上がった瓦礫を使って、ロミールは器用に僕を背負ったまま上の階へ脱出してみせた。……まじでなんでも出来すぎだろこの人。スーパーマンかな?

 背中から下ろしてもらい、飛行石を光源にして夜闇の中をうかがう。居住区だろうか。壊れたロボットと燃え盛る炎がそこかしこに見える。首を反らして見上げると高い天井は無残に崩れ、星空が広がっていた。出てきた穴から下はみるみるうちに崩れ壊れて、重力のまま落ちていく。あっという間に黒い夜の海が顔を覗かせた。

 

「それで、ここからどうするの?」

 

 ランタンに火を灯す作業をしていたロミールに問う。「生き延びろ」と言ったからには、すでに手段を整えているはず、ロミールはそういう男だ。

 案の定、ロミールは間髪入れずに移動を始めた。まだ無事な通路や、倒れた柱などを渡って上層区へ小走りに向かう。通ってきた場所は僕らが走り抜けると、しばらく間を置いてぼろぼろと崩壊した。

 やがて広い場所に出て、遠目に月光に照らされたシルエットが見えた。小型飛行機(フラップター)だ。なんでもないように置いてあるが、あそこもいつ崩れたっておかしくはない。

 

「もう少しだ」

 

 励ますようにロミールは言って、僕の背を押した。

 両手で抱えている飛行石を持ち直し、僕は足を速めた。光が弱まるに伴って浮力を徐々に失い、重くなっている。半分ほどが黒ずみ、色褪せていた。

 このあたりは上層区の庭園らしく、建造物は少ない。そのため見通しがよく、遠くに大きくそびえる建物の白い壁が剥げ落ち、中にみっしりと生えた木々がむき出しになっているのが見えた。周囲にはロボットの残骸や倒れて朽ちている柱などが転がっている。ロボット兵の熱光線から発生した火災はこの区画には延焼していないらしく、僕が飛行石を抱えていることもあり、崩壊の音は遠い。

 そして、不意に見えたそれらに体が強ばった。

 頭と胸部が内側から破裂した一体のロボット、何かを乞うように腕を伸ばした格好で力尽きた機械人形。それに群がり、心配するように寄り添う小さな動物たちの影。

 ――ああ。

 天空に長く座した浮遊島(ラピュタ)は滅ぶ。恐ろしい兵器も、空を飛び回るロボット兵も、玉座の間も、聖域も。そして植物と動物の楽園だった美しい庭園も、ラピュタ人が祀られた墓も、それらを管理し世話をしていた園丁ロボットも、彼を慕う動物も。全て等しく海の底に沈むのだ。

 こみ上げてくる何かを飲み込み胸に落とす。わかっていたことだ。()()とはそういう意味だと僕は知っていてやったのだ。

 

「どうかしたのかね?」

「……なんでもない、なんでもないんだ」

 

 僕の様子に気づいたロミールが速さを緩めて立ち止まろうとしたので、首を振って急かした。

 再び速度を上げたロミールに続きながら、僕は心のなかで祈った。どうか彼らが優しく眠りにつけますように。

 

 

 園庭を抜けて、フラップターへ走る。抱えた結晶はずしりと重く、変色が進んでいる。もう浮遊島を維持する力は少ないのだろう、そこかしこで石材が落ち、砂埃が舞い上がった。虫食いのように床には穴が空き、水しぶきを上げる海が見えている。

 フラップターにたどり着くと、ロミールは手際よくエンジンを起動させた。いつの間に、操作方法を覚えたのだろうか。

 結束バンドをベルトに引っ掛ける時間も惜しく、フラップターに足を乗せ――かくんと逆の足が落ちた。その拍子に、抱えていた巨大な飛行石がすっぽ抜けて宙を舞う。石がフラップターの足場(デッキ)に吸い込まれたのを見ながら、僕の体は沈んだ。

 

「リュシータ!」

 

 浮遊感、焦った声、絶望した顔、フラップターの羽根が羽ばたく様子。

 ひどく、ゆっくりと時間が流れた。

 またたく間に崩壊して落ちていく城の欠片や瓦礫とちぎれた植物に、ロボットの残骸。ああそうか、飛行石が島から「出て」しまったからもう島の形を保てないのだ。頭の中の妙に冷静な部分がそんなことを考えた。

 手をのばす。ぶつかった瓦礫で指先が削れたような気がする。ごつりと後ろから肩に何かがぶつかり、熱と痛みに襲われた。

 首からさげた飛行石が衝撃で跳ね、黄金の紋章が月光を反射する。もうこの石に持ち主を浮遊させるような力はない。美しかった青は黒ずみ、神秘的に光ることもなく、朽ちていくだけだ。

 砂埃の間から夜空が見える。夜明けまであとどれくらいだろう、ずいぶん長い一日だった。どっと疲れが出て脱力する。

 タイガーモス号はゴリアテから逃げ切れるだろうか。ドーラ一家に命を懸けさせた代金は島の財宝で足りただろうか。パズーは、あの作りかけの飛行機を完成させて空を飛ぶだろうか。ロミールは僕が死んだらどうするんだろう。ゴンドアの村が無関係だと政府は納得してくれるかな。……残念だけど、手紙はやっぱり書けそうにない。

 

 

 ――落ちる。

 

 

 体が叩きつけられた。

 痛い……。が、死んでもいない。落下距離があまりに短い。

 腕を掴まれて、そのぬくもりに驚いた。フラップターの虫の羽ばたきのような飛行音がすぐ傍で聞こえる。

 

「リュシー! しっかりつかまって!」

 

 声と同時に両腕を引っ張られる。でも、動かすのは無理だろう。声の主は、僕と同じ程度の体格しか無いのだ。

 

「パズー……」

 

 息を吐くと、打ち付けた肩がずきりと痛んだ。

 かすむ視界で、どうやらフラップターの鼻面にへばりついている状況だとわかる。正面に泣きそうな顔のパズーがいて、腕を掴まれている。その脇に見えるのは海賊だろうか。確認しようと視線を上げようとした矢先、ぐんとフラップターが速度を上げた。とっさに体に力を入れて、しがみつく。

 

「とにかく島から離れるぞ!」

 

 この声はドーラの次男ルイだろうか。

 

 しばらく飛んで島から距離を取ったあと、僕はロミールの操縦するフラップターへ移った。今度こそ結束バンドをベルトにつなぎ、デッキの手すりを掴んで立つ。崩れた瓦礫にぶつかったらしい左肩はズキズキと痛いし、擦れた指先からはじんわり血が滲んでいる。でも、命に関わるようなものではない。

 僕はぼんやりと、横倒しになって落下していく巨木に魅入っていた。大きく広げた枝葉は頼りなく揺れ、自重に耐えきれないように大きくしなる。途中で折れ曲がり不格好な形で倒れていった。先程まで、あの根の先が作る繭の中にいたのだ。実感が湧かない。

 転がり落ちないように足の間で粗雑に扱われている巨大な飛行石()()()()()を見下ろして、首から下げた()()をいじる。

 軍の飛行艇に対抗していたロボット兵が、唐突に力を無くして落下していく。その小さな人型の影は頭部のランプをちかちかと点滅させ、長い腕を折り曲げて胸に手を当てているように見えた。そして次の瞬間、青白い炎を吹き出して爆発する。

 鼻の奥がつんとする。彼らは僕が黒い石(制御盤)から出した指示に忠実に従って自壊したのだ。

 ロボット兵の残骸が海に落ちて水しぶきを上げたのを最後に、浮遊島の崩壊は終わった。

 夜の暗い海の上にたくさんの植物や残骸が浮かび、とりわけ巨大な木が横倒しになり波にたゆたっている。あれほど存在感を放っていた天空に浮かぶ島は、海に落ちたのだ。

 足元に転がる巨大な()()石を、どうにか押す。()()()()()()。ずりずりと押して、そうしてそのまま海へ落とした。水しぶきを上げたのを見届けて、首からさげた飛行石をはずす。その黄金の紋章を撫でて眺めてから、手を突き出し指の力を緩めた。するりと離れた古い石は、唐突に光を帯びたり浮かんだりすることもなく、ぽちゃんと音を立てて沈んでいった。

 

「――これで、ラピュタは幻になった」

 

 自分で思っていたよりも、湿った声になってしまった。顔をこすり深呼吸して、うずまく感情を鎮める。

 ふいに視界を遮ったものに驚いて、意図せずに湿気った感傷は吹っ飛んでしまったけれど。

 僕らが乗っている他に、残り二機のフラップターも飛び回っていて鮮やかな色の煙幕を撒き散らしている。みるみるうちに軍の飛行艇が見えなくなった。

 ロミールが無言でフラップターを操作し、急加速した。あっという間に、浮遊島があった空域から離れていく。並行して飛ぶパズーの乗るフラップターから、ドーラの次男ルイが叫んだ。

 

「よう、王様! 海賊に拐われてみないか?」

「ちょうど、料理番(コック)を募集してるんだ! 今度こそプディングを作ってくれよ!」

「俺はねぇ、リュシーの作るのなら何でも食う!」

「機関士見習いもいると便利だ!」

「ついでに、暗号解読ができるやつがいるといいな!」

 

 続いて、他の二機がぐるぐると周囲にまとわりつき、それに乗る海賊たちから楽しげな声が飛んでくる。

 なんだかおかしくなって、僕は笑ってしまった。海賊たちやパズー、そしてロミールの笑う声も重なる。

 東の空が白みはじめた。もうすぐ日が昇ってくるだろう。鳥のようなシルエットの海賊船が、ゆったりと羽根を回してぽつんと飛んでいる。そのデッキから人影が手を振っているのが見えた。あの特徴的な三編みは船長のドーラだろう。

 

「君が結んだドーラとの()()を、勝手ながら延長させてもらった。もうしばらく、食事の準備を頑張ってくれたまえ」

 

 ロミールがにやりと笑う。

 僕は頷いて、笑みを返した。




 ここでエンディング曲。

 前回のラピュタ語について、あとがきに追記しました。


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11

 よお、久しぶりだなぁ。調子はどうだ? 儲かってるか?

 まてまて、そんなに邪険にすんなよ。いいじゃねぇか。ほら、一杯奢るぜ。飲め飲め。

 

 ああ、旅行じゃねぇよ。ちょいと従兄弟の結婚式に呼ばれてなぁ。はるばる船乗って行ってきてやったぜ。いやぁ、べっぴんな嫁さん貰いやがってよー。まったくうちのと交換してもらいたいくらいだわ。

 

 そうそう、帰りの船でよ。面白い話を聞きかじったんだよ。ん? 聞きたいか? いいだろう、聞かせてやろう。いやまて、逃げるな。マジで面白いから。

 

 お前さ、空飛ぶ島って知ってるか? いや映画じゃねぇし、小説でもなくてな。俺らのじいさん世代くらいだと、結構知ってるんだけどよ。俺もガキん頃、じいさんに聞いてな。ある飛行士が空を飛ぶ島を見つけたってんで、新聞やら世間やらが大騒ぎになったっつー詐欺話だ。ほら、聞いたことあったろ? そう、あれだよ。あの稀代のペテン師ってやつさ。

 ああ、そのペテン師のことじゃなくて、空飛ぶ島の話よ。

 帰りの船でたまたま船室が一緒になった男がな、空飛ぶ島の財宝で成り上がった家系だっつーのよ。暇つぶしの雑談だったんだが、これが思いの外盛り上がってな。

 空飛ぶ島の財宝だぜ? いやあ、笑うよな。俺も笑ったもんよ。そいつも根っから信じているわけでもなし、元海賊だとかいう曾祖父さんがそう言ってたんだとよ。その話がまぁ、荒唐無稽で面白くてな。お前の物書きのネタにでもしてくれよ。

 始まりは、ある海賊が軍の暗号通信を傍受したところからだ。とんでもねぇ価値のある宝石が、とある田舎にあるという情報でな……

 

 (中略)

 

 で、空飛ぶ島は海の藻屑と化しました、とこうくるわけよ。いやはや、これが劇や映画だったらさぞ面白そうだろ?

 いや、さすがに実話じゃないだろ。わかってるわ、そんなん。与太話だっつの。

 証拠はぜーんぶ深い海ん中、財宝は早々に分解して売っぱらうわで、なんにも証明できないところがミソだよな。そいつの曾祖父さんも大分ボケてたらしいし。

 そもそも、あの時代の海賊で飛行船持ってたのは、かの義賊ドーラ一家くらいだろ? そのあとはデカい軍船だの軍艦だのがガンガン飛び始めたもんだから、空を縄張りにしようなんて賊は出なかったらしいしな。

 そうそう、そのとおり。ご先祖様がドーラ一家の船員かもしれねぇなんて、そこら中で吹かれるホラだよな。いや、この話の面白いところは、義賊ドーラ一家が古代王族の末裔に手を貸したってところっつーのはわかるんだがな。さすがにねぇよ、って話だ。

 面と向かっちゃ言えなかったが、あいつの曾祖父さんは、きっとドーラ一家のファンとか助けられた貧困層とかだったんだろうなぁ。

 お? お? その顔はネタにしちまおうって顔だろ。儲けたら盛大に奢れよ。俺が! ネタ提供してやったんだからな。

 いやぁ、この与太話聞いた時から誰かに話したくてうずうずしててよお。船で会った男も、案外そういう気持ちだったのかもなあ。

 幻の国、天空の城ラピュタか。くう、ロマンだねぇ。




あとがき

 まずは偉大なる原作「天空の城ラピュタ」に心からの敬意と感謝を捧げます。そしてにわか知識のふわっとした妄想で何もかもを突っ走ったことを謝罪いたします。
 小説版も読んでいないし関連書籍も見たこと無いです。録画したテレビ放映と、ウィキと、ネットに転がっている裏話と噂話と妄想をごった煮しました。やっつけで本当に申し訳ない。原作愛はあるんです、本当です。お察しかと思いますが、作者はムスカが大好きです。いじられたり、コラを作られたり、台詞で遊ばれたりするムスカが大好きです。きれいなムスカもきたねぇムスカも等しく好きです。よき悪役は、二次創作魂を震わせてなりません。
 作者名も、かの名台詞「特務の青二才が(by将軍)」から頂きました。ありがとう、ムスカさん。

 改めまして、辛抱強く読んでくださった皆様方、評価、感想、誤字脱字報告、ありがとうございました。おかげさまでモチベーションが続きました。勢いで投稿した「幕間」後も続けることができたのは、読んで下さる方がいたからです。
 頂いた感想と評価は残さず食べました。鋭い指摘をいただいたり、褒めて貰ったり、あとがきに反応してくださったり、ニヤニヤが止まりません。美味い。むしゃむしゃ。
 妄想はひとまず落ち着いたので、これにて完結マークを付けさせていただきます。お付き合い頂きまして、ありがとうございました。

**

 「9」までに頂いた感想に対する返信です。申し訳ありませんが、まとめて意訳し、細かく拾ってはいません。

>好き
>面白い
>もっとやれ
 ありがとうございます。嬉しくて、モチベーションも上がりました。応援してくれる人がいるって、かなりやる気でますね。

>シータくんの王様ムーヴ
 これがやりたくて書いたんです。妄想のはじまりは王様ムーヴするシータでした。
 前世は病気の女の子が、原作知識を生かして少年王ムーヴするの良くない? 作者は大好きです。女→男のTSはBL系が多いけど、友情ものとか冒険ものだってもっと増えていいと思う。

>臣下ムスカ
 幕間で描写した通り、ムスカさんはテンション爆上げ、臣下ムーヴを楽しんでいらっしゃいます。たぶんこの先ずっと楽しんで過ごします。

>ヒロインムスカ
>ヒロイン不在
>パズーもヒロイン
>ドーラがヒロイン?
>むさくるしい
 ヒロイン不在につき、バタフライエフェクト発生中ww
 ぶっちゃけ、この類の感想とかツッコミが一番楽しくてくっそ笑った。
 圧倒的支持により、この作品のヒロインはムスカに決定しました。つまり本作は、ムスカ救済ものだったんですね!?

>冒険とロマン
 悔しいことに、作者の筆ではこれが描ききれなかった感があります。序盤でわくわくさせたくせに、5以降の展開でテンション下がった読者様がいたかなぁと反省。
 魔法っぽい不思議な石が出てくるのでファンタジー的な世界だと思っていたんです。幕間投稿後に知ったのですが、世界観はSF寄りなんですよね。冒険させるには、SFやスチパンの知識が足りんかった。ごめん。

>キャラクターの掘り下げ
 ジブリ作品だし、好き勝手いじったので批判覚悟だったのですが、とても好評でビビりました。もっとやってもいいと受け取って、さらに好きにやらせて頂きました。ありがとうございます。

>未来少年コナン
>ルパン第二期
>ムスカの子孫
 感想で頂いてから調べました。無知で申し訳ない。ムスカ妻子持ちかよ、びっくりした。
 原作映画の情報から、1870~80年代くらいかなと思って書いています。ソースはパズーの父親が撮ったラピュタの写真の文字(1868.7)です。
 作品同士のつながりについては、無視する方向で捏造と改変をしました。コナンやルパンは視聴していないのでわからないんです。
 拙作のその後の未来については、お好きなようにご想像ください。

>ムスカのセリフ
 感想で頂いたセリフノルマには笑いました。こういういじり方されるムスカが好きなんです。
 原作シーンを知っていると、同じセリフで意外性と一緒に感動のようなものをお届けしたいなと思っていた次第です。さすがに字面だけで悪役セリフになってしまうようなのは無理でしたが、いい場面で言ってもらうことが出来ました。「君も男なら聞き分けたまえ」は我ながら渾身の出来でした。褒めてもらってドヤ顔さらしています。( ・´ー・`)どや

>キツネリス……
 ごめん。動物たちと園丁ロボットには最初から眠ってもらう予定でした。シータくんはそれも込みで「幻」とか「沈める」とか言ってます。
 人間の身勝手だね、ごめんね。

>石と話してる?
 お好きに受け取って下さい。
 作者のイメージとしては、独り言に近いです。

>映像が浮かぶ
>ここでCM
 記憶に残っている映像があると、文章からでも自然と頭の中で想像できるんですよね。原作の力です。有名作品ならではだと思います。ありがたや。
 原作のイメージを極力壊さないように、雰囲気を寄せようと努力していたので、こういった感想を頂けてとても嬉しいです。

>ラピュタの中見て回って
>三人のラピュタオタク
 三人組は思う存分ラピュタ探索、一ヶ月くらいドーラ一家とわいわいしながら軍から逃げて、そのあとひっそり海の上でバルスるのが理想形だよなぁと作者も思います。そうしてあげたいなぁと。でも、物語として描くには難しかった。
 そして何より、ラピュタを全部探索して明確にしてしまったら、それは原作に対する冒涜だと思うんです。三人組の考察シーンをぼかしたのは、作者の勝手な捏造と妄想を垂れ流すのが嫌だったからなんですよね。二次創作とはいえ、ラピュタについての詳しい推測や考察をキャラクターに語らせるのは、原作ファンとしてどうしても無理でした。
 なんかこう、読者の皆様の各々の頭の中でいい感じに考察シーンを入れてください。

**

 ひとつ、心残りが有りまして。ポムじいさんが一切出てこないことです。洞窟入った時に出そうとしたんですけど、原作でもよくわからん感じの人で掘り下げることが出来ませんでした。ネットで拾い上げた一説によると、ラピュタ支配期の労働者身分の末裔だとかで。シータくんと絡ませてみたのですが、キャラ崩壊するし、何喋らせたらいいのかわからないし。人物像が捉えられず、ポムじいさん感がまったく出せなくて出番ごとなくなりました。完全に力量が不足している作者の責任。ああいう人物描くの、すごく難しい。やっぱジブリってすごいわ。キャラクター像が掴めた暁には、加筆するのもありかなと思っています。

**

※人によっては蛇足なので、ここから注意。
 その後をざっくり羅列しています。


ドーラ一家
 案の定政府と軍に目をつけられたので、拠点を変更。しばらく大人しくしていたが、数年後には再び海賊活動を始めた。浮遊島の財宝は色んな手段で換金したが、拠点変更の際に散財してしまいあんまり残っていない。
 なお、子孫がぺろっとどこかの誰かに冒険譚を漏らしてしまった模様。

軍と政府
 ゴリアテが着いたときには海にすごく大きな木が浮いていただけだった。黒眼鏡ズはとても怒られたし、結局一度も登場しなかった将軍は上層部から責任追及され、もしかしたら降格したかもしれない。
 すごく頑張ってサルベージしたけど、全部ぶっ壊れていて歴史史料にしかならんかった。
 数年の間、血眼になってドーラ一家やムスカ大佐やシータくんを探すことになる。

パズー
 炭鉱の町に帰って、飛行機制作になおいっそう力を入れた。新しい友人二人とは、手紙を交わし時折会って酒を飲む仲。
 たまにゴロツキにしか見えない男やばあさんが訪ねてくるらしい。

ムスカ大佐
 今回の騒動の犯人1。見つかったら極刑に処される。行方不明。

ゴンドアの谷のシータ
 今回の騒動の犯人2。見つかったら拉致監禁の末に拷問コースかもしれない。行方不明。

ロミールとリュシー
 二人組の学者が、どこぞの遺跡などで考古学の研究をしているという。両名とも古い歴史に見識が深いことで、一部では有名。
 いつも妙な変装や服装をしている変人で、馴染みのある者でも本人だとわからないまま話すことがある。のちに、個人用飛行機を所有する青年が加わり、行動範囲が広くなった。
 時々ごっこ遊びのように年下の青年が威張り、中年の男をこきつかっているらしい。

ラピュタの伝説
 すてきなおとぎばなし


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