大 誤 算 (ジムリーダーのメモ)
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序章
第一話、或いは大誤算の目覚め。


 自分が所謂転生者、昨今では至る所で投げ売りされている例のアレだと気付いたのはこの新たな世界に生を受けてから4年経ち、物心がはっきりとつき始めた頃だった。

 

 それまで心を優しく包むような穏やかな感覚の中にいたのが、突如として地面に叩きつけられたような衝撃を受けて目を覚ます。微睡みの中でフラッシュバックした過去が脳裏に焼き付き、それが本来の……今となってはかつての自分のものであるという事を直感する。半ばパニックのようになって柔らかいベッドから飛び起き、慌てて自分の部屋を飛び出すと、そのまま広い廊下を駆け抜け、洗面所の鏡に自分の顔を映す。

 そこに映っているのは当然ながら自分の顔だ。だがそれは本当に自分の顔だったか?いや、これは自分の顔ではない。だが紛れもなく自分なのだ。訳が分からない。一度冷静になろうと水道水で顔を洗う。当然今ある顔が洗い流されるなんて事はなく、やはり先程と変わらぬ幼い少年の顔が映し出されている。

 何が何だか分からない、或いはこれも夢かもしれないと思い再びベッドに入る事にした。思いのほかあっさりと眠気がやってきて、そのまま眠りに落ちた。夢の中では生まれてから今までの、新しい自分の記憶が流れていく。

 そうして目を覚まして、寝ぼけ眼を擦りながら朝の支度をして、眠気を覚ましたところでやっと合点が行った。

 

(あっ、これ異世界転生だ)

 

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 とりあえず手早く状況を整理する。僕の住んでいる家はホウエン地方はカナズミシティの一角にあるちょっと頭おかしいサイズの邸宅である。そして僕の目の前には父親からプレゼントだと贈られてきたモンスターボール。何かの冗談かと思い地図を見てみたり本を漁ったりもしてみたが、やはり間違いはない。

 

 ここはポケットモンスターの世界である。

 

 自分の足で駆け回り、広い世界の中を旅してポケモンを捕まえたり、その捕まえた仲間達と共に戦ったり……兎に角子供の冒険心を擽るその世界観に子供の頃は強く心踊らされていたが、まさか自分がそんな世界の住人になるなんて誰が予想出来ただろうか。はっきり言ってとても嬉しい。昔の人生が惜しくない訳では無いが、元より僕は歳を取ってから出来た子供だった事もあり、両親は就職してすぐに他界している。それに兄弟もいない。頼れる親戚がいた訳でもないので、俗に言う天涯孤独の身だったのだからそこまで気に病む程でも無い。

 僕を最も悩ませる要因は、やはりと言うべきかこれからの人生についてである。

 

 今の自分の名前は、『ツワブキ・ダイゴ』。

 

 生粋の石マニアであり、トップクラスのポケモントレーナーであり、鋼タイプのエキスパートであり、そしてホウエンリーグチャンピオンでもあった男。

 今の自分は彼自身であり、それも後から憑依した訳ではなく、彼としてこの世に生を受けたのだ。ツワブキ・ダイゴの名を騙る以上は生半可なトレーナーとして生きていく訳にはいかない。何とかして自力でチャンピオンにまで登り詰め、原作であるゲームと同じならばやがて来るであろうこの世界の主役に「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」と堂々と言えるようにならなければならないのだ。まあ実際ゲームと同じだという保証はないし、名を騙るも何もダイゴは紛れもなく自分の名前ではあるのだが。

 

 父親から贈られてきたモンスターボールの中に入っていたのはダンバルだった。そう、ダンバルだった。大事な事なので二回言っておく。折角なので言っておくが、僕が一番好きなポケモンは昔から変わらずメタグロスである。圧倒的な質量、猛々しい四本足、力強い瞳に怜悧な知能。かっこいい。とてもかっこいい。そして当然その進化前であるダンバルもメタングも大好きだ。ダンバルはクリクリとしたつぶらな瞳が悶え狂うほどかわいいし、メタングは鼻のように突き出た突起が非常に愛らしい。

 ボールから出てきたダンバルと見つめ合いながら頭の中で彼らグロス一族の素晴らしさを反芻すること36秒、謎の膠着状態に身体を揺らして首を傾げるような動作をするダンバルに我慢しきれず飛び掛る。

 

 ダンバル の とっしん!みぞおち に はいった!

 

 ナイスアタックだダンバル、流石は僕のパートナー。

 

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 ダンバルを連れて家の中を歩く。

 しかし改めて見るとやっぱり頭おかしいなこの家のサイズ。ツワブキ家が代々受け継いできた、ポケモン世界でも有数の大企業であるデボンコーポレーション。その邸宅ともなれば大きいのは当然ではあるのだが、何分規模が異常である。カナズミにこんな大きな家あったか?とかそういうレベルではない。

 カナズミシティ自体もゲームのように端から端まで30秒も掛からず走り回れるようなサイズでは到底ないが、それを差し引いてもこの家と土地は縮尺を間違えている。無駄に広い廊下、無駄に広い部屋、無駄に広い庭。更には多くの使用人が邸宅の中を忙しく動き回っている。

 挙句の果てには自分専属の使用人までいた。名前はジイ、所謂老執事であるが年齢からは想像もつかないほど屈強な身体をしている。トレーナーズカードを貰うまでのボディガードも兼ねていると言っているし、モンスターボールもちゃんと6つ持っているのでまず間違いなくポケモンバトルもリアルファイトも強いのだろう。というか確実に強い。調子に乗った僕がダンバルを抱き締めて圧殺されかけた際、顔色一つ変えることなくダンバルを持ち上げているのだ。若干怖い。

 

 

 ダンバルを貰ってから二週間程経った。

 散々に撫でたりつついたり何度も圧殺されかけたりしたものの、かなり仲良くなれたので一先ずはホウエンリーグ制覇を目指して強くなるための特訓を開始する事にした。幸いにもツワブキ邸にはポケモンバトルやトレーニングを行うための設備が整っており、雇っている使用人の中にもトレーナーが多かったので実力をつけるだけの土壌は整っている。更に言えばジイがトレーナーなので話が早い。実戦あるのみとジイとのバトルから始めてみたが、僕もダンバルも上手く動けなかったのでやっぱりトレーニングから始めることにした。

 

「とにかく今はとっしんを磨きあげよう。きっと君の為になる」

 

 ニドクイン型のサンドバッグに向かって絶えずとっしんを繰り返すダンバル。この練習の狙いはダンバルがダンバルのまま、確実に相手を倒す為にとっしんの精度と威力を上げることである。

 ジイとポケモンバトルしてみて理解した事がある。それはやはりと言うべきか、ゲームと違って実際の行動や指示が極めて重要であるという事。アニメで見ていたものと同じように、回避や場所を狙っての攻撃を行うことでゲームでは命中100の技を避けたり、意図的に急所を攻撃することも出来る。つまりレベルだけでなくトレーナーを含むバトルの練度が非常に重要なのだ。

 そしてこれは同時に、相性不利であってもある程度覆せることを意味している。時には不利な攻撃を受けても耐える事や効果が今一つな技でもそれなりにダメージを与えられる事はあるが、相性差というものは基本的にどうにもならないものだ。だがアニメのようなバトルが繰り広げられる世界ならばその限りではない。ポケモンとトレーナーの実力や作戦によっては有利不利を度外視して渡り合うことも不可能ではない筈だと僕は考えている。

 そうして始まったのがダンバルのとっしん修行である。控えめに言ってもダンバルは強いポケモンではない。とっしん以外の技を自力で覚えることは出来ないし、その威力こそ決して低い訳では無いが、かと言って強力な技とは言えない。何せ自傷技なのだ。他に使える技があれば、戦法などにもよるが敢えてとっしんを使うという選択肢が取られることは中々ないだろう。この世界で一体どれだけのトレーナーがダンバルを使っているかは知らないが、恐らく育てた経験のある人間は誰もが「早くメタングにした方がいい」と答えるはずだ。

 だが、敢えてそうしない。むしろ今とっしんを突き詰めることでダンバルにも何か新しいものが見えてくるという確信めいた予感があるが為に、傍から見れば間違っているとしか思えない訓練を続けている。

 何十何百というとっしんを重ね、疲弊したダンバルを休ませ、体力が回復したらまたとっしんさせる。時に的を小さくしてみたり、動くようにしてみたり、或いは今までよりも硬度を上げたりして難易度を上げる。その間に自分もトレーナー用の技術や戦術をまとめた本を読み漁る。そんな特訓が一週間ほど続いた頃。そろそろいいんじゃないかと思い、再びポケモンバトルを行うことにした。

 

「ダンバル、一気に決めるんだ!」

 

 専属使用人であるジイとの2回目のバトルで、とっしんの一撃は完成された。

 ジイのコノハナはダンバルのとっしんの予備動作を見て、はっぱカッターでの牽制を行いつつ回避しようとバックステップ気味に飛び上がる。当然牽制程度で怯むことは無く、ダンバルはコノハナの胴に向かってとっしんを仕掛けていく。だがそれはジイの読み通りであり、直線的な軌道しか描けないとっしんをはたいて落とす事によるカウンターヒットを狙っていた。

 だが直線的に加速して迫っていたダンバルの挙動が突然変わる。胴体に向かっていたのがあと1mも無いところで、まるで何かに引き寄せられるように急速に下に落ち、そのままコノハナの真下を取る。直線的に来るものと思い込んでいたコノハナとジイの反応が一瞬遅れ、その隙にダンバルは鋭角に軌道を変えて直下から顎を打ち抜いた。

 ダンバルは体内から磁力を放出することで地上と反発を起こして宙に浮いている。つまり生まれつき磁力を操作するという固有の力を持っているということである。そこで考えた。これ上手く使えば何処ぞの磁界王みたいなことが出来るんじゃないかと。だがその能力を磨く方法にまでは思い至らなかった。

 しかし彼が直感で始めたとっしんの訓練は、結果的に磁力操作の技術を向上させることに繋がっている。ダンバルは体内から放出される磁力を巧みに制御することで飛躍的に速度を上昇させ、更にはそれを維持したまま鋭角に曲がる事すら可能となっていた。

 

「お見事です坊っちゃま。この爺、感服致しました」

 

「有難うジイ。でもこれじゃまだダメなんだ。僕もダンバルも世界一になるにはまだまだ足りない……ジイの本気を引き出せてもいないからね」

 

 ジイはまだまだ実力を隠している。より正確に言えば本気で戦ってこそいるものの、全力を出している訳では無い。彼は常に6個のボールをぶら下げているが、バトルにおいて使われたのは先程のコノハナのみ。言い方は悪いが、ぶっちゃけ舐めプである。

 この世界はゲームと違って現実なのだ。各地方のトレーナーたちのトップとも言えるジムリーダーの強さもまた隔絶したものになっているだろう。少なくともジイの半分も引き出せないようではジムリーダーに勝つことさえ出来ないはずだ。そうでなくとも原作通りならアクア団やマグマ団との戦いも待っている。この後の苦労を減らす為にももっと強くなる事と、新たに仲間を増やす事を胸に誓った。

 

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 自分を転生者と自覚してから一年と半年が経った。

 ツワブキ・ダイゴとしての生活自体にも幾分か慣れてきて、5歳になる頃には自宅と同じくカナズミ内にあるトレーナーズスクールに通うことになった。多分あと15年か20年くらい遅く生まれていれば後にこの街のジムリーダーになるツツジに教えてもらうことも出来たのだろうが、まあそれは言ってもしょうがない話である。

 ゲームでの詳しい設定は知らないが、自分の今いるこのポケモン世界ではトレーナーになるには資格が必要であり、2つ種類がある。

 1つは10歳で成人になると共に各地方のリーグから交付されるトレーナー免許。簡単に言えば保険証と運転免許証の合わせ技のようなものだ。これがあればその地方の中であれば公式戦への参加やポケモンとの共同での労働の他、ポケモンセンターの回復装置などを無償で利用できるようになる。

 1つはトレーナーズスクールで最低1年以上ポケモンに関する学習を行った後、認定試験に合格することで得られる『国際認定トレーナー資格』。簡単に言ってしまえば国際運転免許証である。一般的に10歳での成人とともに交付されるトレーナーズカードとは背面のデザインと内部記録が異なるカードが配られ、各地方での面倒な手続き無しにポケモンバトルや身分証明に使用できる。他にもポケモンセンター内の宿泊施設の無償利用なんかも出来るようになる。

 この他にもブリーダー免許や携帯獣博士号など、ポケモンに関する資格や免許は複数あるがひとまず割愛。

 ジムリーダーや四天王等のリーグ公式トレーナーを目指す際も国際資格の取得は必須であり、将来有望なポケモントレーナーたちの多くはこの資格を持っているとの事。ちなみに公認トーナメントで優秀な成績を残したり、ジムバッジを全て集められるほどの実力があるトレーナーにもこの資格は発行されるらしい。

 だったら別にジムを制覇すればいいのでは、と思うかもしれないが、この資格は10歳未満でも試験を通れば与えられるので、出来るだけ早く受かる方が有利。だから少し面倒だと思いながらも毎日通って勉学に励んでいるのだ。

 ちなみに10歳未満のトレーナー、ゲームでいうところの短パン小僧や園児なんかは親が責任を持つという条件でポケモンの所持と非公認バトルのみ認められているらしい。

 幸い勉強自体はかつての世界での学力やポケモン知識が引き継がれているのもあってかさして難しいものでもなく、むしろトレーナーズスクール唯一の5歳児でありながら常にテストの結果が一位であるためか余計に浮いている。

 そのせいかは定かではないが周囲からは「デボンのヤベー奴」と渾名され、実技の時間になると全員から一斉に距離を取られてハブられるので、仕方なくメタングと一緒に磁力を操る特訓を続けている。

 

 ダンバルもといメタングは、この一年半という期間の中で著しく強くなった。磁力操作の精度を更に上げただけでなく、進化したことによって技のレパートリーも増え、バトルでの選択肢も大幅に増えている。

 しかもゲームと違って技はいくらでも覚えられるし、物によっては体力の消耗はあるものの基本的にいくらでも使える。当然それらを適切に使い分けるのは至難の業である為、基本的には4つか5つ程度に技を絞って鍛えていくらしいのだが、それでは万全を期することが出来ない。なので磁力操作に加えて今まで覚えてきた技全てを的確に使いこなしていくための特訓も今は行っている。

 その成果というべきか、ジイとのバトルでは2体目であるロゼリアまでは突破できるようになった。3体目にキノガッサが出てきた瞬間意識が飛びかけたし、実際メタングの意識は二重の意味で飛ばされたが。

 この状況を打開するにはメタングと自分自身の能力の向上は勿論のこと、やはり手持ちを増やさなければならない。しかしその辺の適当なポケモンを捕まえるというのは果たして良い事なのだろうか、と悩んでしまう。

 何故なら今の自分はダイゴさんだからだ。もしも自分が名も知られていないようなモブトレーナーであれば、手当たり次第に捕まえて強くしてという簡単な戦力補充が出来るが、ダイゴの名を背負う以上生半可な育成は出来ない。というかなんか嫌である。

 この世界に生まれてきた以上、世界中の色々なポケモンを捕まえたいという気持ちは確かにあるが、それはあくまで愛でたりする為であってバトルに使いたい訳では無い。心理的に謎のプライドが働いているのだ。

 しかし次の手持ちはどうするべきか。ダイゴさんらしく行くならヤジロンやエアームド、ココドラを探すことになるのだが、そうするとそれはそれで一体どこを探せば化石が見つかるのかという疑問もないではない。

 なるべく卒業までにあと一、二体は手持ちを増やしておきたいというのが本音だが、出現する場所を正確に覚えていないのと、カナズミから遠い場合そこまで教育係も兼ねている使用人達を誤魔化しながら行くのは至難の業なのでどうにもならない。

 そもそも仮にゲームでの出現場所に行けたとしても、ここは既に僕にとっては現実世界なのだ。必ず会えるという確証はない。

 どうしたものかと考えながらもメタングに指示を出している時、不意に一人の少年が目に付いた。その少年はかなり艶のある翠色の髪をしていて、物憂げに一人佇んでいた。あんな少年今までいただろうか。どこで見たような気がするのだが、少なくとも今までここにいた生徒ではない……と思う。後、なんとなく自分と似たようなオーラを感じる。特に一人だけ浮いてるところとか。

 

「どうしたんだい?そんな顔をして」

 

「……君は、美しさというものについてどう思う?」

 

 パードゥン?いきなり何を言ってるんだ君は。

 

「私のポケモンたちは皆美しい。知性に溢れ、優雅で、壮麗で、技の使い方から細かい所作、肌のキメ細やかさに至るまで何もかもがエクセレント!なぜなら彼らが誰よりも美しくなれるように努力してきたからさ!」

 

 あっ、この人あんまり話聞かないタイプの人だ。

 

「だけどね、私のポケモンを見た人は口を揃えて言うんだ……」

 

 急に上昇したテンションを、再び急に降下させた緑髪の少年は、徐ろにボールを取り出すと、中から一体のポケモンを呼び出す。

 

「私のヒンバスが、ヒンバスだけが美しくないと!」

 

 現れたのは凄まじくツヤツヤしたヒンバスであった。確かにヒンバス特有のみすぼらしい姿形こそ変わっていないものの、その鱗は美しい光沢を放っているし、ヒレもボロボロだが逞しく鍛え上げられている。瞳からは強い意志を感じられ、口元は特に変化していないはずなのに何故か知的な印象を受ける。

 半ば美と醜の合体事故のような感じもするが、少なくともその洗練された姿からは並大抵のものでは無い努力と研鑽を見て取れた。明らかにテレビや写真で見る自然のヒンバスとは次元が違う。

 

「誰も彼も真の美しさを捉えようとしていない!ポケモンの美しさはその姿形やシルエットに現れるものじゃなく、丁寧に磨き上げられた技術や繊細なディテールに現れる!それに気付かない人間が多すぎるんだ……」

 

 はっきり言って図鑑にすらみすぼらしいとかボロボロとか貶されまくっているヒンバスが相手では、正当な評価を求められても難しいだろうとは思わなくもないが、彼がコンテストマスターなんかを目指しているのであれば確かにそう思うのも不自然な話ではないと思う。

 どんなポケモンにも参加権はあるというのに、それを審査員側が選り好みしてしまってはどうしようもない。そこに怒りを感じるのは必然と言ってもいいだろう。

 

「少なくとも僕は、このヒンバスと君の努力をとても素晴らしいと思うよ」

 

 実際に万人に評価されるような美しさかは兎も角として、誰よりも綺麗なヒンバスを作り上げた彼と、その彼と共に必死でやってきたであろうヒンバスの努力はもっと認められるべきだと思う。

 

「!!……君は、君はわかってくれるのか?僕たちのやってきた事が無駄じゃなかったと言ってくれるのか!?」

 

「うん。無駄なんかじゃないよ、絶対に」

 

 事実、無駄じゃない。ヒンバスの進化条件は美しさを一定の数値まで高めてレベルアップする事だったはずだ。それがこの世界でもそうかは定かではないが、進化に石が必要なポケモンはやはりいるし、手持ちを交換することで進化するという不思議なポケモンもやはり実在する。何らかの形で進化条件に絡んでいることは確かだろう。しかしそうだとすればもう充分過ぎるほどに美しさはあるはずだ。一体何が足りないのか。

 

「ああ、なんてワンダフル!ルネから無理やり送り出されたかと思えば、まさか君のような理解者に出会えるとは……!」

 

 ん?ルネ?ルネといえばルネシティだが……。待てよ、翠髪でルネシティでヒンバス……ヒンバスは進化するとミロカロスになる……美しさにこだわりがある……。んんんん????

 

「君はぼ……私の心からの友だ!私の名前はミクリ、君の名前を教えてくれないか?」

 

 なんか展開早くない?

 

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 ミクリは今月になってルネのトレーナーズスクールからカナズミに転校……というか強制的に連れてこられたらしい。理由を聞くと返答にかなり間が空いたが、ざっくり言うと美しさ議論のあまり教室を壊したからとかなんとか。怖い。

 しかしミクリの髪が蒼ではなく翠ということはこの世界はエメラルドなのだろうか。となれば時期が来ればホウエンを上手い事動き回って主人公達を手助けする場面が増えるし、チャンピオンも返上しなければならないが、まだ確証はない。

 外見や手持ちはエメラルド準拠でもグラードンとカイオーガのどっちかしか甦れないなんて可能性も否定は出来ない。つまりその時になってみないと分からないのだ。なるべく原作を壊すような事はしたくないので、必死こいて調整する必要がある。つらい。

 

「君のメタングは素晴らしいね、ダイゴ。コンテストに出る為の美しさには勝てないが、戦いの中で磨かれてきた溢れんばかりのパワーを感じるよ……」

 

 考え事をするのはいいが、今はとりあえずこのハイテンションな変態をなんとかしなければならない。物凄くヤラシイ感じの手つきでメタングの身体中をベタベタと触りまくっているミクリの顔は、なんかもうテレビとかじゃ絶対映せないような顔をしている。さしものメタングも腹が立ったのか磁気浮上を切ってミクリを潰してしまった。それでも表情は変わらないあたり、本当にこれが未来のホウエンチャンピオンでいいのかだんだん不安になってくる。

 とりあえずメタングを再び浮かせ、圧死寸前のミクリを救助した後は彼と共にどうすればヒンバスを世間に認めさせられるのかを考える事になった。というか僕は既にその答えを知っている。知ってはいるのだが、ここまで極まってなお進化しないヒンバスとかどうしたらいいのかちょっと分からない。何かが足りないのは確かなんだが、それがどうすれば埋まるのかが分からない。

 

「思いつく限りの事はやってきたつもりではあるけれど、私もヒンバスも正直言って手詰まりだよ。なにか君の視点から考え付くことはないかな?」

 

「うーん、例えばなにか装飾品でもつけてみるとかどうだろう。リボンとかネックレスとか」

 

「それはポケモン本来のフォルムを奪うことになりかねない、私としてはなるべくそういうことはしたくないんだけど……」

 

「物は試しだよ。駄目なら駄目で仕方ないけど、そのやりたくない事の中に突破口があったっておかしくないからね」

 

 持っていた鞄の中をまさぐり、ちょうどよく使えるものがないかと探す。流石にそんなに都合良く持っては……いた。ダンバルを貰った時にモンスターボールについていたラッピングリボンだ。どうして鞄に紛れ込んでいたのかは知らないが、丁度いいのでこれを使う事にする。

 何か納得いかないような顔をしているミクリを横目に、ヒンバスの尾ビレの根元にリボンを括り付ける。僕は蝶結びしか出来ないので装飾としてはシンプルであるが、なんとなく雰囲気が可愛らしくなった気がする。

 

「これでよし。じゃあ、僕とバトルしようか」

 

 その言葉にミクリはやや取り乱す。

 

「いや、待ってくれないか。どうしてバトルなんだ、私はあまりバトルは好きじゃない」

 

「条件が整うことで進化するポケモンだっているんだ。もしかしたらヒンバスだって進化出来るかもしれないよ」

 

 というか、出来る。

 

「……仕方ない。私も全力を尽くすよ」

 

「じゃあ僕の家に行こうか。ここだと目立つからね」

 

 そう、とても目立つ。ヒンバスがミロカロスに進化することが世間的には未だに知られていないことである以上、然るべき研究機関や有識者が発表するまでは信頼出来る相手以外に知られる訳にはいかない。特にここはホウエンでも最大級のトレーナーズスクールだ。ヒンバスがミロカロスになると知れば誰もがそれを言って回るだろうし、実際に捕まえてミロカロスにしようとするだろう。だが特別な条件が関係している以上、誰もが出来ることではない。

 ミクリのヒンバスのようにトレーナーを信頼し、研鑽を続けたからこそ進化する権利に近づくことが出来る訳だが、トレーナーの誰しもがミクリのように我慢強く、気高く、理想を求めて挑戦していける訳では無い。乱獲されたヒンバスたちは恐らく、進化方法も判然としないまま心無いトレーナー達に使えない個体としてゴミのように捨てられる事になるだろう。それを防ぐ為にも、人目に触れさせるわけにはいかないのだ。

 

 という訳で家まで案内したのだが、ミクリは凄まじく驚いていた。僕がツワブキ家の人間だということを知らなかったらしい。カナズミに越してきてからほとんど日も経ってないので仕方がないといえば仕方がない事ではある。

 しかし屋敷に友達を連れてきたことが今まで無かったからって使用人一同ボロ泣きするのはやり過ぎじゃないだろうか。5歳の時点でそんなにぼっちのイメージついてるのか僕には。否定できないのが悔しい。

 

 使用人達は涙を流しながらも異様に晴れやかな笑顔で僕達をトレーニング及びバトル用の部屋に連れていく。絵面が宗教団体みたいなんだけどこれは大丈夫なんだろうか。部屋には既にジイが待機しており、一通りの準備を済ませていた。有能。

 

「さあ覚悟はいいかな、ミクリ。僕とメタングは簡単に負けるような相手じゃないよ」

 

「やると決まった以上は勝つつもりでやるさ」

 

 互いにモンスターボールからメタングとヒンバスを呼び出し、所定の位置につく。審判にはジイ及びバトルに優れた他の使用人2人の計3人が着いている。

 

「ジイ、バトル開始の宣言を!」

 

「バトル開始!」

 

 ヒンバスの進化を促す為のバトルが始まった。

 

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 開始の合図と共にヒンバスがたいあたりを仕掛けてくる。悲しい話ではあるが、ヒンバスもまたダンバルと同様進化するまで自力で覚えられる技のバリエーションが非常に少なく、更にその威力も雀の涙ほどしかない。コイキングと同様に控えめに言っても涙が出るほど弱いポケモンである。

 メタングはそれを正面から叩き返そうとバレットパンチを繰り出す。

 

「今だヒンバス、みずのはどう!」

 

 しかしやはり未来のチャンピオンというべきか、隙丸出しのたいあたりはあくまで相手の攻撃動作を釣り出す為のフェイントであり、本命であるみずのはどうを打ち出してきた。どうやらあちらのヒンバスは技マシンなどでしっかりと使える技を覚えてきているらしい。

 みずのはどうを受けたメタングは僅かに怯むものの、勢いを殺すことなくコメットパンチを振り翳す。しかしそれはあえなく空を切った。

 

「メタング、続けてコメットパンチだ!」

 

 2発、3発と打ち込まれていくメタングの拳はしかしヒンバスに当たることは無い。それどころかヒンバスから打ち出されるみずのはどうによって僅かとはいえダメージを食らい始めている。どうやらヒンバス自体の練度も相当なもののようだ。

 それにしても何故こちらの攻撃が当たらないのか。みずのはどうと言えば、ゲームにおいては当たった時に確率で混乱状態にしてくる技だ。だがメタングには混乱しているような様子はない。

 仮説だが、ゲーム内における混乱の描写が必ずしも現実で一致するとは限らないのではないだろうか。ゲームの時のように意識が混濁してよくわからなくなるのも混乱だと言えるし、トレーナーの指示が突然聞こえなくなり、どうすればいいか分からなくなるのも混乱だと言えるだろう。

 ではみずのはどうが引き起こす混乱とは何なのか。目を凝らして見れば、放たれた波動の中に、反対側がまるで上下反転したかのように見えるものがあるのが確認出来た。

 

「……そういう事か!加速をつけてしねんのずつきでみずのはどうごと突っ切るんだ!」

 

 リニアモーターカーの理論で急加速したメタングの額に超能力でバリアが形成され、眼前に迫るみずのはどうを物ともせずに突撃していく。その一撃はヒンバスの体をしっかりと捉え、壁に向かって吹き飛ばした。

 みずのはどうによる混乱の理屈とは、端的に言えば光反射による座標の誤認である。同時に複数の波動が放たれ、それらが相手にダメージを与えつつ、その中に虫眼鏡のレンズのような役割を持った波動が折り混ぜられる事によって遠近感を狂わせる。相手の空振りを誘発することで体力の消耗を狙うことが出来る技なのだ。

 仕掛けが分かってしまえばそれを打ち破る方法は少なくはない。今回のように突撃を仕掛けて強引に突っ切ってしまうのもそのひとつだ。

 

「くっ……ヒンバス、まだいけるだろう?」

 

 壁に強かに打ち付けられながらも姿勢を起こしたヒンバスは、先程の衝撃が抜けきっていないのか、ややふらつきながらもミクリの言葉に頷く。

 

「このままでは消耗戦になりかねないな……。よし、アレをやろう。本来ならば将来のコンテストまでこの技は誰からも隠しておきたかったのだが……出し惜しみは無しだ。私たちの奥の手を見せつけるぞ!」

 

 ミクリの意を受けたヒンバスは、顔を振って意識を鮮明に戻すと、勇んでメタングに飛びかかっていった。

 

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 私はバトルというものが好きではない。確かにバトルにも華麗さや歴戦のポケモンのみが持つ勇ましさはあるが、それよりもコンテストの華美壮麗な魅せ合いの方がより鮮烈であると思っているからだ。そして何より、私は心から楽しめるようなバトルをした事も見た事もない。

 

 私にとってバトルとは「さして美しくもなければ面白くもない、つまらない」ものだった。

 

 今から二年前、ルネシティのジムリーダーであるアダンさん……即ちお師匠様に幼くして才能を見出された事で私はバトルの道を歩み出した。一人称を僕から私に改めるようにしたのもその時からだ。

 しかし私にとってバトルのトレーニングというものは苦痛だった。お師匠様は「バトルの中にしかない『美』を見つけられた時、ユーは初めてコンテストマスターへの道を歩む事が出来る」と言って、私が一人前だと認められるトレーナーになるまでコンテストへ出場する事を禁止した。

 私は悩んだ。なぜお師匠様がそんなことを言うのかと考え込んだ。私には姉のようなコーディネイターとしての才能がないから諭しているのかとも思ったが、そんなことは無かった。

 私は禁を破ってコンテストに出場した。私が初めて捕まえ、ずっと共に過ごしてきたポケモンであるヒンバスと共に。彼は観客達を魅了した。世間一般ではみすぼらしい、ボロボロでみっともないと言われた彼が、ステージの上でどのポケモンよりも美しく舞う姿は衝撃的だったろう。事実観客達からの評価は私達が最高だった。

 だが、勝てなかった。結果は2位だった。理由はただひとつ、「ヒンバスだから」だ。私はその言葉を最終審査で受けた時、絶望した。審査員達は実際の演技の質以上に、トップに立った際の見栄えを優先したのだ。許せなかった。コンテストという美の祭典を侮辱されたようにさえ感じた。審査員控え室に直談判してやろうと駆け出した私を止めたのは、お師匠様だった。

 

 その時初めて、私はお師匠様に怒られた。今まで厳しく指導されたことはあったが、本気で怒られたのは初めてのことだった。

 それから私をルネに連れ帰り、暫くの間口を利いてくれなかった。私が勝手にコンテストに出たことがダメだったのかと聞いても、バトルの美に気づけないことがダメなのかと聞いても、お師匠様は何も答えてはくれない。

 そんな日々が続いて、私はカナズミのトレーナーズスクールに送られることが決まった。その時私は……いや、僕は。失望されたのだと感じた。弟子としての価値がないと、切り捨てられるのだと。思わずヒンバスを馬鹿にしてきたスクールの他の生徒を返り討ちにしてしまう程に、僕の心は波立っていた。

 ルネを発つ前、お師匠様は僕に言った。

「美しさ以外のものを知れ」と。

 或いはそれは僕にコンテストの道を諦め、他の事をしろということなのかもしれないと思っていた。

 

 だが、そうじゃない。

 お師匠様は僕に失望していたわけじゃないのだと、この地で出来た初めてにして唯一無二の友であるダイゴによって、気付かされた。

 

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 メタングに飛び掛ったヒンバスは、先程と同じようにみずのはどうを連発する。しかしその軌道が違う。それらは弧を描いて飛び交い、メタングの周りを取り囲んでいき、更には間隔が少しずつ狭まっていく。波動を突き抜けようとメタングが動いたその時、突如として周囲の水が凍てつき始めた。

 ヒンバスのれいとうビームによって凍結された波動は螺旋を描き、巻き込まれたメタングの両腕ごと凍りつく。竜巻の如き氷柱の中で、しかしメタングは身動きひとつする事無く、ただ静かに次の動きを待っていた。

 

「さあ、フィナーレだ!」

 

 ミクリの掛け声と共にヒンバスが氷柱の真下、僅かに空いた穴の中へ飛び込む。何処からともなく現れた水が氷柱内に流れ込み、メタング目掛けてその波に乗って登っていく。そしてそのまま、メタングを上方に向かって拘束ごと吹き飛ばす。

 同時に水圧で内側から氷柱が砕けて弾け、氷の結晶が舞い、さながら大輪の花が開いたかの如く水が溢れ出した。

 

「これが私達のコンビネーション!本来ならば分散するなみのりの威力を一点集中させて叩きつける、バトルでもコンテストでもパーフェクトな必殺技だ!」

 

 これは流石に立ち上がれまい、とミクリは考えていた。だがその認識が浅はかであったと気付く。

 メタングは依然として健在。それなりにダメージを受けているようではあるものの、とてもではないが致命傷というには程遠かった。

 そしてその後ろに控えるダイゴにも焦りや驚きは見られない。それどころか、その顔には何故か怒りが滲んでいた。場の空気感が急激に変わっていくのを肌で感じる。

 

「ふざけるなよ……バトルでも使える?パーフェクトな必殺技?そんな浅はかな心持ちで僕のメタングを倒せるとでも思ったのか君は」

 

 今までに感じたことの無い感覚。いや、ミクリは一度だけ感じたことがある。それは師匠であるアダンが珍しく本気の戦いをしていた時に感じたもの。ありふれた言い方になってしまうが、それは何処までも力強い気迫だった。

 師匠と同じものをダイゴに感じたミクリは思わず一歩下がる。バトルへの気概のある無しでここまで差があるものなのかと実感してしまう。

 

「師匠であるアダンさんに期待されて、必死で頑張ってきたんだろう?それがこんな程度の低い技で満足しているのか君は……笑わせないでくれ、ミクリ。君みたいなのを一時でも友達だと思ってしまったなんて、僕の人生の汚点だよ」

 

 ダイゴと同じくこちらを殺さんばかりの眼光を放つメタングが、ゆっくりと構えを取る。自らの腕を矢を放つ直前の弓のようにギリギリと引き絞り、狙いをヒンバスに正確に定める。

 

「これで終わりにしよう。君もヒンバスも、結局その程度だ」

 

 ダイゴが言い終わると共に、メタングは急激な加速をつけて飛び出していく。強烈なコメットパンチの一撃がヒンバスを貫くその瞬間、ミクリはダイゴに突きつけられた絶望の余り、強く瞳を閉じた。

 

 それから何秒、何十秒経ったろうか。先程の一撃で自分は確かに敗北したはずなのだが、依然として勝敗の判定が行われない。

 恐る恐る目を開けたミクリの前にいたのは、今まで見た事もないほどに美しい姿をしたポケモンだった。

 

────────────────────────

 

 リボンもつけた。バトルもしてる。じゃあ何が足りないのかと考えて、なんとなく怒りじゃないかと思った。事実ミクリのヒンバスは彼同様に自信満々な雰囲気こそ出していたものの、ずっと申し訳なさそうな顔をしていたし、何処か引け目のようなものを感じている気配があった。それをミクリ自身も感じていたからか、ヒンバスとのコンビネーションも上手くいっていなかった。

 確かにあの必殺技は華々しく感じたし、敢えて食らうようにテレパシーを介して指示したとはいえ、僕のメタングにそれなり以上のダメージを与えられるだけでも優れた一撃だと言えるだけのものはあった。だが詰めが甘い。あれだけ確実に当てられる状況を用意しているにも関わらず、急所を捉えられていないのだ。みずのはどうを巧みに制御できるだけの技術を持ったヒンバスとミクリが棒立ちに等しい相手の急所を狙えないはずがない。

 まあ、仮に急所に当たっていたとしても僕のメタングなら確実に耐えていただろうけど。他にもコンテストではともかくバトルで使うには完成度の低さが目立つとか色々あるがそれは割愛。

 だからまあなんというか、とりあえず精神的な揺さぶりをかけてみることにしたのだが、どう考えてもキレ方が情緒不安定のソレとしか思えないタイミングだった割には思っていた以上に上手くいったらしい。

 

「あぁ……君は、まさかヒンバスなのか……?」

 

 ミクリは眼前に現れた、後光を放つほどの美しさを誇るポケモンの尾ビレについたリボンを見て声をかける。ヒンバスだったそのポケモンは、自身の首をミクリに向けてゆっくりと頷くと、再びこちらに顔を戻し、僕とメタングを睨みつけた。それはまるで「私の主人を愚弄するな」と言わんばかりである。

 

「ちゃんと進化出来たみたいだね。おめでとう、ミクリ。そしてヒンバス……いや、ミロカロスと呼んだ方がいいのかな」

 

「ミロカロス……ミロカロス!?まさか、これがあの幻の水ポケモンだというのですか坊っちゃま!」

 

 突然現れたミロカロスに見とれていた審判の一人が、驚きの余り声を上げる。もう一人も驚愕のあまり口を開けて惚けている。ジイはいつも通りであまり動じていない。

 

「家にある文献を漁っている時に興味深いものを見かけてね。その中には『心清く 身体健やかなる醜魚 美を身につけよ さらば 聖なる遣いと ならん』って書いてあったんだ。君達にぴったりな古文書だと思わないかい?」

 

 まあ、本当はそんな古文書ないんですけどね。思いっきりでっち上げである。

 ついでに、なぜあんな揺さぶり方をしたのかと言われれば、それはミクリが周囲に怒りを感じていた理由がヒンバスを馬鹿にされたという理由だったからだ。飼い主とペットは似るなんて話があるが、それはおそらくポケモンでも通用すると僕は考えている。ならばミクリと共に苦楽を共にしてきたヒンバスも、きっとミクリを馬鹿にされれば怒るだろう。そんな優しい心をヒンバスが持っていることに賭けた。

 以前の僕の世界には「穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって伝説の戦士に目覚める」話があった。ぶっちゃけ某願いを叶える玉集め系バトル漫画の事だが、まさか本当に同じ理屈で進化するとは思ってもみなかった。ミロカロスはヒンバス界のスーパーなんちゃら人なのかもしれない。ハチャメチャが押し寄せ過ぎである。古文書的に怒りで目覚めたら暴走しちゃうだろとかそういう話をしてはいけない。

 

「ダイゴ……君は……ぼ、僕の為に……」

 

 ミクリはミロカロスを抱き締めると、そのまま泣き崩れた。5時間くらい。泣き喚きすぎて何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、とりあえず色々と感謝の言葉を言ってるっぽいのは確かだった。聞き取れたのは「お師匠様の言葉の意味がわかった」、「バトルの美が見えた気がする」、「僕ももっとバトルしたくなった」とかそんな感じのことくらい。そこまで言われるようなことしてないんだけどな、ちょっと恥ずかしい。

 とりあえずその場にいた全員にヒンバスの進化の事は内緒にするように言い含めておいた。いつか何処かの物好きが研究成果として発表するかもしれないし、或いはミクリがコンテストマスターになった時、彼の口から告げられるかもしれない。何れにせよ今はまだその時ではない。それから泣き止んだミクリをスクールの寮まで送り届けて、その日は解散になった。

 その道中でミクリに「お師匠様の話はしていただろうか」と聞かれたが、全力ではぐらかして、彼の部屋にぶち込んでそそくさと帰った。これは全然関係ない話だが、ミクリの住んでいるスクールの寮は、一人部屋でしかもやたら広かった。

 

 翌日、ミクリは初めて会った時点でかなり距離が近かったのが更に距離が近くなった。暑苦しい。

 しかも会話がべらぼうに多い。うるさい。

 更には僕と絡んでるのでやべーやつ扱いされていたが、ミロカロスを出した途端周りから物凄く声をかけられるようになっていた。ずるい。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど腹が立ったので今度は本気でボコボコにした。必殺技の詰めの甘さを逆手にとる形で。そしたらもっとハイテンションになった。僕は本当にミクリと友達として上手くやっていけるのだろうか。

 それからもミクリと一緒にトレーニングしたり、近場で化石を探してみたり、トレーニングしたり、勉強したり、トレーニングしたり。

 

 そんなこんなで更に半年が過ぎた。

 僕達は認定試験を無事突破して国際トレーナー資格を手に入れ、今日無事にスクールを卒業した。

 僕の事をスクールの皆も祝ってくれていた。が、ミクリはもっと凄かった。泣き出したり告白する子まで出てくる始末。ミロカロスを見せて以降、元々社交的でグイグイ行くタイプのミクリは僕以外にも沢山友達を作っていた。対して僕はそんなミクリの1番近くにいたためそれなりに他の子達と会話する機会も増えたが、結局ぼっちは克服できなかった。なんで?

 

 何はともあれ、これでやっとジム巡りが出来る。ミクリも一度ルネに戻り、師匠であるアダンの許可を取ってからバッジ集めの旅に出るらしい。一度道を分かつことにはなるが、また再び会うこともあるだろう。というか正史的に会わないと困る。

 ほんの少しの他愛ない会話をして、僕達はそれぞれの旅に出た。使用人達は僕が家を空けることで大号泣していたし、感じるものがなかった訳では無い。だがこれでいいのだ。

 

 やっと僕が、(ダイゴ)のスタートラインに立てたのだから。

 

 




最も危険な罠、それは未実装。
たくまずして仕掛けられた未来のガチャに眠る殺し屋。
それは突然に目を覚まし、偽りの平穏(きんよく)を打ち破る。
パシオは巨大な罠の島。
そこかしこで、財布を咥えた射幸心が目を覚ます。
次回「罠」。
ダイゴも、巨大な不発弾。
自爆、誘爆、御用心。

要約:ポケマスに頭をやられて書きました。

(9/8 追記。感想や誤字修正などでいただいた意見を元に修正しました。前より多少は読みやすくなったと思います。感謝)


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第二話、若しくは離島での出会い。

人物紹介

だいごさん(漢字表記:大誤さん、大誤算)
ずかんNo.376
なまえ/ダイゴ
タイプ/てんせい
おや/ムクゲ
とくせい/てんせいしゃ
まえの じんせいの きおくを ひきつげる
へんなせいかく 4さいのとき
カナズミシティ で めざめた

ミクリ
ずかんNo.350
なまえ/ミクリ
タイプ/ゆうび
ししょう/アダン
とくせい/アーティスト
そだてた ポケモン が うつくしくなる
まじめなせいかく 7さいのとき
カナズミシティ で であった



 カナズミを出発して2日目、道草を食いすぎたせいでトウカの森を抜ける頃には日が落ちてしまっていた為、一度トウカシティで宿泊。それからムロタウン行きの船に乗っている途中で僕は気づいた。冷静に考えたら時系列的に知ってるジムリーダーがほとんど居ないという事に。僕自身はあくまでツワブキさんちのダイゴとして、まだ見ぬ主人公達の手助けをしたり全力でバトルの相手をしたりする立場なので、別に原作のジム戦が追体験できるぞー!ヤッフー!なんて意気込んでいたという訳では無い。なのでそこまでショックは受けていないといえばないのだが。……ごめんなさい嘘吐きました物凄い楽しみにしてたしなんならもう帰りたい。つらい。

 だがそれも仕方の無いことだと何とか割り切るしかない。原作に介入せざるを得ない立場の人間として生まれてきた以上は、なるべくこの世界の歴史を崩さないように、崩れないように立ち回っていく事が僕の使命なのだから。

 まあこれも僕が勝手に使命感を抱いているだけだが。そもそもポケモン世界を自分の目で見て、足で歩いて、思うがままに満喫できるというだけで、お釣りが際限なく返ってくるレベルの体験なのだ。ましてや自分が主人公の協力者にしていつか超えるべき壁という美味しい立ち位置に生まれるなんてもう贅沢とかそういう次元ではない。なのでそういう使命感でも持ってないと天罰でも下りそうで怖い。

 ちなみに今回の旅の中では、徒歩で行けるところはなるべく徒歩で行くことにした。理由はただ一つ、僕のメタグロスが移動手段としても優秀になり過ぎたせいであっさり旅が終わりかねないからだ。

 

 ミクリのヒンバスをミロカロスに進化させてから数日経って、僕のメタングも日課であるジイとのバトル中にメタグロスに進化した。しかし進化で高まった力を制御出来るようになるまでに3ヶ月程かかってしまった。

 

「ポケモンの中には機械のような姿をした子や、どう考えても無機物にしか見えない子もいますが、彼らもれっきとした生き物です。だからなのかは分かりませんが、成長に伴いその姿形はおろか能力まで急激に変化してしまう『進化』という生態を持っている彼らの中には、極稀に進化に身体が追いつかず、上手くコントロール出来なくなる……なんて子が現れることがあるんです。私自身、実際に今までに何度かそういった例を見てきました」

 

 これは原因究明の為に情報を集めたり聞いて回った時に、カナズミにあるポケモンセンターの職員、平たく言えばジョーイさんが話してくれた内容だ。

 簡単に言うと、「メタングからメタグロスになる過程で急激に強くなり過ぎた」という事らしい。メタグロスは進化の際にメタングの2つから更にその倍である4つに脳が増えるポケモンである。スーパーコンピューター並に高められた演算処理能力と知能によって超能力は更に増大し、体重も500kgを超え、その身体を優に浮かせられるように磁力操作能力も今まで以上に強力なものになる。ましてや僕のメタグロスは進化する前から厳しい鍛錬を積み重ねてきて、最初からは見違える程に高い能力を持っていたのだ。そして当然、その力を十全に使いこなす為の繊細なコントロールも培ってきた。

 それが突然、力だけが爆発的に強化されてしまったとなれば制御しきれなくなるのも当たり前だと言える。いくら高速道路を走り慣れているからといって、いきなりF1カーに乗せられても誰も運転出来ないのと同じ事だ。

 なので最初はとにかく慣らした。僕が上に乗った状態でツワブキ邸の中を誰にも、何処にも当たることなく駆け抜けることが出来れば、少なくとも磁力の操作に関しては問題ないだろうと考え、それを実行に起こす。結果、何度も何度も死にかけたし家の壁が吹き飛びまくった。使用人達も吹き飛びかけた。それでも毎日やり続けて、2ヶ月経つ頃にはなんとか壁を壊さなくて済む所までにはなった。だが相変わらず曲がり角なんかで使用人にぶつかりかけて非常に危ないので、今度は少し先の未来を予測させながら飛ばせることにした。

 そこから更に1ヶ月経つ頃にはサイコキネシスの応用で重い荷物を運ぶのを手伝ったり、部屋のドアを開けたり、なんなら僕が水の入ったコップを持ったままでも一滴も零すことなく全部屋回れるようになっていた。 最高速度も今までの比ではなくなり、僕が乗ってる間はひかりのかべやリフレクターを張ることでGや風から守ってくれる。技マシンで覚えたばかりにも関わらず、即座に使いこなすのは流石という他にない。

 制御はもう完璧だと思ったので、今度は更にその力を伸ばす方に切り替えることにした。やり方は先ずトレーニングで地力を鍛え、バトルで実戦経験を積んでモノにする。つまりは今まで繰り返しやってきたやり方と同じだ。バトルの相手はやはりと言うべきか、主にジイ。その他にも比較的トレーナーとしての実績の高い使用人や、カナズミに立ち寄った腕に覚えがある一般のトレーナー達にも声をかけるなどしてバトルに付き合ってもらった。

 様々なポケモン、様々なタイプとの戦いはいい経験になったが、やはりジイを超える強さのトレーナーが現れることは無かった。というかジイが強すぎる。昔はもっと強いトレーナーが沢山いるものだと思っていたが、最近はもう本気のジムリーダーでもなければ勝負にならないんじゃないかと思っている。

 実際、メタグロスに進化しても尚、あのキノガッサは強敵だった。タイプ相性的にはこちらが明らかに有利であり、更に以前よりも高まった超能力と加速から繰り出されるしねんのずつきが直撃したにも関わらず、それに耐えて反撃のマッハパンチを入れてきた、といえば少しは理解してくれるだろうか。あまり距離を取るとキノコのほうしをバラ撒かれて動きを制限され、かと言って近付き過ぎると一気に距離を詰めてのマッハパンチが飛んでくる。そこから繋げるようにしてスカイアッパーで打ち上げられ、ばくれつパンチを打ち込まれた時は流石に冷や汗をかいた。それでもギリギリで反応しててっぺきを使っていたお陰で威力を軽減して耐え切り、そのまま至近距離でコメットパンチとマッハパンチが数多に飛び交う怒涛の乱打戦にもつれ込む。不良vs吸血鬼の如き壮絶な殴り合いの末、遂にメタグロスが勝利した時には流石に僕も達成感と高揚感、そして感動の余り泣いてしまった。そしてその直後に現れたノクタスのミサイルばり弾幕にキレた。

 後はミクリにもバトルやトレーニングに付き合ってもらったり、近場に偶然落ちているなんていう極小の可能性に懸けた化石捜索に協力してもらったりと、色々と手伝ってもらった。その分彼らの新たな必殺技を考える手伝いもさせられた……というかその時間の方が長かったが。「いずれ君と戦って倒す為には、より完成度の高い必殺技が必要だと思ったからさ」とか言いながら僕にその技の考案を手伝わせるのはちょっと意味不明すぎると思う。

 

 色々と長くなってしまったが、つまるところはメタグロスタクシーで何処へでも行き放題なのは旅の風情がない。という話である。そらをとぶだって一度立ち寄った場所にしか行けないのだから、せめて一度は自分の力で足を運ぶべきだろう。

 なのでムロタウンへ向かうのには、原作通りハギ老人に船を出してもらった。どうにも親父とハギ老人は古くからの仲らしく、かつて四天王のゲンジも含めた3人で古い海図に書き記されていたマボロシ島を見つける為、ホウエンの各地を小型船で回ったらしい。結局見つけることは出来なかったが、今度は世界各地に出ていこうという話になり、その旅路の中でハギ老人はピーコちゃんに出会い、ゲンジは幼い頃に自分を救ってくれた野生のボーマンダと再会し、親父は自分よりもかなり歳上の二人との旅で培った経験を仕事に活かして事業を拡大したとの事。

 そんな訳で強い信頼関係が築かれているようで、僕がダイゴだと名乗った途端に要件を伝えるまでもなくムロへの船を用意してくれた。どうも親父に「自分の息子がジム巡りの旅に出たから、何かあったら助けになってくれ」と言われていたらしい。展開が早い。

 

 船に揺られること約2時間弱。陸地が見えてきたので、そろそろ降りる準備を整える。いい加減に落ち込んだ気持ちも少しは回復してきたし、この鬱憤はジム戦で晴らすとしよう。

 

────────────────────────

 

 

 という訳で、気持ちを切り替えてやってきたのはムロタウン。小さな……とは言ってもそこそこのサイズはある離島の一部を開いて作られた町で、ゲームのこじんまりとした規模とは比べるまでもないものの、やはりカナズミシティと比べると、言い方は悪いが雲泥の差というか、田舎感が凄い。ジムに向かう前に少し探索してみようと色々見て回ったが、割と本気で何も無い。ゲーム内ですらフレンドリィショップがなかったので仕方が無いのかもしれない。一応小さなスーパーとかはあったから生活する分には問題なさそうではある。

 ざっくりと辺りを確認してからジムに突貫したのだが、なんというか、意外とあっさり勝ってしまった。リーグの規約上、ジムリーダーは自身の手持ちや戦法を対戦相手のポケモンの強さではなくバッジの所持数で変えなければならないらしく、珍しい事ではあるが、実力は高いがバッジ所持数が少ないトレーナーなんかと戦う時は結構歯がゆい思いをしているんだと、ムロのジムリーダーは僕に愚痴っていた。

 彼の使う搦手や奇策にはかなり手こずらされたが、それに対応して的確に返す僕とメタグロスの事をかなり気に入ってくれたらしく、もしまたジムに来ることがあれば、その時は本気で戦ってくれるとの事。先程の規約が適応されるのはジムにトレーナーが挑戦者として来た時だけで、個人的にバトルをする分にはその為の場所としてジムを使ったとしても大丈夫らしい。思ったより緩かった。

 

「お前どうやってあんなに強いポケモン育てたんだよ!俺にもやり方教えてくれよ!」

 

 で、そのジム戦を見て興奮しながら話しかけてきたのが彼。ムロの現ジムリーダーの甥っ子で、カントーから鍛えるためにやってきた少年。名前はトウキ。そう遠くない未来、パッと見地味過ぎてそうとは分からない服装のジムリーダーになる男である。カントー出身とかそんな設定あったっけ……。

 トウキって何となく印象が薄いんだけど、子供の頃は結構やんちゃな感じだったみたいだ。格闘タイプっぽくて僕は好きです。とりあえず感謝のとっしん一万回から始めたらいいよ、と返したらドン引きされた。かなしい。

 

「なあ、ダイゴ。俺とポケモンバトルしてくれないか?今の俺じゃ絶対勝てないことはわかってるけど、それでも自分より強い相手と戦えば見えることだってあると思うんだよ!」

 

「うん、別に構わないよ。僕にもそういう経験あるし」

 

「いっつも俺が修行してる石の洞窟ってとこがあるんだ、そこなら誰にも邪魔されないから早く行こうぜ!」

 

 石の洞窟かぁ。……石の洞窟?あっ……完璧に忘れてた。ここならココドラいるじゃん……。

 

────────────────────────

 

 やって来ました石の洞窟。来るまでにトウキからココドラがいることは聞いておいたので、まず間違いなくここで捕まえることが出来るだろう。僕がどうしてもココドラを捕まえたいと言ったら、バトルする前に群れの中で一番硬くて強いのを探し出してみせると約束してくれた。優しい。

 

 洞窟の中は当然暗い。こういう時の為に持ってきた探検用の懐中電灯をバッグから取り出し、中を照らしながら先へ進む。トウキは普段からここで修行していると言っていたが、どうやら彼は夜目が利くらしく、この程度の暗闇ならわざわざ明かりを用意しなくても問題ないんだとか。夜中にトイレ行く時とかすごい便利そうなので羨ましい。

 ダイゴさんと石の洞窟にココドラといえば、思い浮かべるのはやはりアニポケのめっちゃ声が低い山男だろう。僕はあれも好きです。あの格好も洞窟を探索することを考えれば理に適っているし、ぶっちゃけチャンピオンやってる以外はただの石マニアみたいなところがあるのであの扱いも間違っていない気がする。

 そういえば僕はまだ石の良さに目覚めていないのだが、これはアイデンティティ的に大丈夫なんだろうか。ミクリには化石探しの件で石好きだと思われているみたいだけど。

 考えながら、先を行くトウキの案内で歩いていくうちに、分岐した洞窟の奥、ココドラ達が群れで生活している縄張りに差し掛かる。やばい、肉眼で見るとすごい可愛い。子犬みたいにちっちゃく丸まって寝てる彼等全てが、それぞれ60kgもあるとかちょっと信じられないくらいキュート。全部持って帰っちゃダメかな、ダメか。

 なるべく起こしたりしないように一匹一匹見て回ったものの、ピンと来る感じのココドラは見つからなかった。個人的にこういう勘はよく当たる方だと自負しているので、おそらくこの中に僕とやっていけるココドラはいないのだろう。

 

「ダイゴが連れて行けるくらい強そうなココドラっていうと……この奥まで行かないとダメかもな」

 

 そう言ってトウキが指を差したのは洞窟の更に奥、数匹のコドラが立ち塞がっている横穴だった。

 

「あそこの奥、俺もまだ行ったことないけどボスゴドラがいるみたいなんだ」

 

「もしかしなくても縄張りの長に喧嘩を売れって言ってるのかなそれは」

 

「よーしっ、行くぞ!」

 

 ジムリーダーってもしかして人の話聞かない人しかなれない仕事だったりする?

 

────────────────────────

 

 仕方が無いのでコドラ数匹をサイコキネシスでさっさと退かして、横穴の中に入っていく。穴自体はさほど長くはなく、3分も歩かぬ内に最深部まで辿り着く。そこに居たのは僕達が来る気配を察知していたのか警戒態勢を取っているボスゴドラと、その後ろに隠れている、他より一回り小さな、瞳の赤いココドラだった。

 恐らくこの石の洞窟の長であろうボスゴドラには全身の至る所に戦いで受けた傷があり、角は片方折れているものの極めて長く成長していて、そして鋭利である。そんな歴戦のボスゴドラが己の闘争心と怒りを剥き出しにして、こちらにその矛先を向けている。

 

「……もしかして俺、やっちゃったかな……」

 

「仕方ないよ、元はと言えば僕の我儘が引き起こした事態だからね。……君は下がっていてくれ」

 

 曲がりなりにも善意でやった結果なのだ。トウキを責めるのは可哀想なので、ここは僕が事態を収めるしかないだろう。メタグロスに臨戦態勢を取らせ、てっぺきとリフレクターを同時に発動する。

 ボスゴドラがほえる。洞窟全体を震わせるほどの咆哮に、その後ろにいたココドラは縮み上がり、岩陰に身を隠すようにして逃げ去っていった。本来ならばいかなるポケモンも萎縮して動きが鈍るところだが、メタグロスにそれは通用しない。それに気づいたのか、ボスゴドラはこちらに向かって全力で駆け出した。鋼鉄の尾を鞭の如くしならせ、凄まじい速度で叩きつけにかかるが、メタグロスはそのアイアンテールを片腕で受け止め、もう片方の腕でメタルクローを繰り出す。それに驚愕するような声を上げながらも、ボスゴドラは体を捻って尾を掴んだ腕を外すと、その勢いのまま自らもアイアンクローを放って相殺する。ボスゴドラがそのまま怯むことなく、間髪入れずにずつきを仕掛けてきたのを距離を取って回避し、力を溜めさせる。

 

「行け、メタグロス!全力でコメットパンチ!」

 

 瞬間的に亜音速にまで加速されたメタグロスから放たれたコメットパンチがボスゴドラの体を捉える。しかしその一撃を野生の勘で察知していたのか、ボスゴドラも防御の姿勢を取ってまもることでダメージを抑え、反撃のアイアンテールを振り下ろす。メタグロスはそこにコメットパンチを合わせると、今度はその尾を押し返して弾き返した。

 

「手を緩めるな、そのまま畳み掛けるんだ!」

 

 自らの全体重を乗せた一撃を弾かれて怯んだボスゴドラに、おいうちを連続で叩き込む。てっぺきによって物理的な衝撃に強くなっているとはいえ、決して無傷で耐えられる訳では無い。着実にボスゴドラの体力は削られていく。防戦一方となったボスゴドラに、メタグロスは決着をつけるべく再びコメットパンチを叩きつけんとその拳を振り翳す。

 しかし2体の間に突如として何かが割って入り、メタグロスはその拳を止める。

 

 そこには先程逃げていったはずのココドラが、ボスゴドラを守るべく立ち塞がっていた。

 

────────────────────────

 

 場が静寂に包まれる。全身を震わせ、恐怖の表情を浮かべ、それでもメタグロスから赤い瞳も緑がかった身体も決して逸らす事無く立ち塞がるココドラと、その背後で完全に固まっているボスゴドラを前に、ダイゴもメタグロスも完全に毒気を抜かれてしまっていた。

 

「メタグロス、有難う。一度下がってくれ」

 

 メタグロスはゆっくりとココドラの前から後退し、代わりに僕がその立ち位置に入る。何らかの攻撃が来るものだと思っていたからなのか、目の前に立った僕が突然頭を下げたのを見て、ココドラとボスゴドラは困惑していた。

 

「ごめんね、僕達は新しい仲間になってくれる子を探していただけで、君と君の親を傷つけるつもりは無かったんだ」

 

 当然だが僕にはポケモンと会話する能力なんてないし、ポケモンの心が読めたり、声が聞こえたりするような能力なんて持っていない。メタグロスとは彼のテレパシーを通じて指示を出したりなんかも出来るし、会話する事も多分不可能じゃないが、僕自身がサイキッカーな訳では無いのでメタグロス以外とは喋れない。

 それでもこのココドラとボスゴドラに声を掛けたのは、僕のトレーナーとしての気持ちの問題だ。僕達にはポケモンの言葉は分からないが、ポケモン側は恐らく理解している。捕まえたばかりの野生のポケモンはおろか、捕まえてすらいない普通のポケモンさえ人の指示を聞くことがあるのだから、一度バトルをして落ち着かせた今ならきっと僕の言葉に少し耳を傾けるくらいはしてくれるだろう。

 だから、まずは謝らなければならない。

 最初は病気か何かで弱っていたのを長の近くに置いていたのだと思っていたが、ココドラが僕達の前に立ち塞がったのを見て思い出したのだ。この瞳と身体の色合いは色違いのそれであると。

 これはトレーナーズスクールにいた頃に授業で習った話なのだが、色違いのポケモンを目にする機会が少ない理由には複数あるという。ひとつは単純に出生率が低い事。ひとつは希少性故に非合法な組織などに狙われやすい事。そして最後のひとつは群れに居場所が無い事が多く、野生の中で淘汰されやすい事だ。色違いに産まれたポケモンはその外見故に群れなどの集団から弾き出されることが多く、酷い時には産みの親からすら捨てられてしまうことがあるらしい。産まれたてのポケモンが自力で生きていくことは難しく、そのまま死んでしまうことも決して少なくはない。群れに受け入れられたからといって普通に生きていける訳でもなく、その珍しさが祟って悪質なトレーナーに狙われるなどの被害に遭うことも絶えない。

 石の洞窟の長であるボスゴドラは恐らくこのココドラの親であり、群れの中では生きられないと判断したのだろうか。せめて彼が成長して、自分で縄張りを探せるようになるまでは傍において育てるつもりだったのだろう。だからわざわざ入り口に護衛までつけていたのに、突然それを突破して僕達が現れたのだ。攻撃を仕掛けてくるのも無理もない事だった。

 

「俺も……ごめんなさい!元はと言えば俺がダイゴの話も聞かないでここまで来たんだ!だから悪いのは俺なんだ!」

 

 少し遠巻きにバトルを見ていたトウキも、駆け寄ってきて頭を下げた。僕達に対してボスゴドラは、何処か溜息のような声を上げると、ココドラ共々その場にへたりこんだ。どうやらひとまずは理解してくれたらしい。

 

「……それで、ボスゴドラ。このココドラは君の子供ってことでいいのかな」

 

 ボスゴドラは鳴き声を上げながら首を縦に振る。どうやら正解だったらしい。

 

「無茶なことは分かってて聞きたいんだけど、僕の旅にココドラを連れていかせてはくれないか?」

 

「ちょっ、ダイゴ!?」

 

「僕はココドラに可能性を感じたんだ。体も小さいし色も違う、ずっと親に守られてきて自分より強い相手と対峙した経験なんてないだろう彼が、自分の大切な親を守る為なら例え死ぬかもしれないと思っていても立ち塞がってみせた。その勇気はこの洞窟のどのココドラよりも、一番強くて硬いと思ったんだよ」

 

 カバンの中からモンスターボールを取り出して手に持ちながら、言葉を続ける。

 

「無理にとは言わないよ。でも、もし君が僕の旅に付いてきてくれるのなら……今度は僕のメタグロスからでも君の親……いや、ここの皆を守れるようになるくらい強くしてみせる。君にならそれが出来る」

 

 その発言にボスゴドラが傷ついた体を無理やり起こし、吼える。僕に向かって頭の角を突きつけて睨み付けながら、ココドラを抱え上げようとするが……ココドラはそれを拒否した。ボスゴドラはそれに困惑し唸りを上げ、ココドラはそんなボスゴドラに向き合うと、身体を震えさせながらも何度も何度も鳴き声を発した。それに対してボスゴドラも反論するように声を荒らげる。親子喧嘩のようなものなのだろうか。

 そんな光景がしばらく繰り広げられて、先に折れたのはボスゴドラの方だった。この日一番の怒りの叫声を上げると、そのままそっぽを向いて座り込んでしまう。だがココドラに迷いはなく、その背中をじっと見つめた後、僕の方に向き直って頭をモンスターボールに押し付けた。スイッチが押し込まれたことでボールが開閉し、中にココドラが吸い込まれていくと、光と音を発しながら揺れ、すぐにそれが収まる。再びスイッチを押すと、ちゃんと中からココドラがでてきた。これで僕にも2人目の仲間が出来たわけだ。

 

「ボスゴドラ。君はもう僕の話なんて聞いてくれないかもしれないけど、どうしても言っておく。このココドラは必ず、どのボスゴドラよりも強くなる。強くしてみせる。そしていつかこの洞窟に来て、今度こそ君を倒してみせるよ。その時を待っていて欲しい」

 

 そう言い残して、僕達は石の洞窟の最深部を後にした。僕と共に立ち去っていくココドラの顔はやや不安げではあるものの、決意を持ったものだった。

 

────────────────────────

 

 そんなこんなでココドラを伴って石の洞窟の入口付近まで戻ってきた。ちゃんと一番強くて硬いココドラを見つけて仲間にしたので、トウキとの約束を果たさなければならない。

 

「トウキ、僕とポケモンバトルしようか。約束だったよね」

 

「でもさっきあのボスゴドラとバトルしたばっかりだろ?疲れたりしてないか?」

 

「一度や二度の戦いで疲れるほど、僕のメタグロスはヤワじゃないよ。そもそも君と最初に戦うのはメタグロスじゃないしね」

 

 足下のココドラが「まさか」と言わんばかりの顔で僕の方を見ているが、その通り。最初に出ていくのはココドラだ。控えめに言ってココドラは弱い。いずれ強くなる原石なのは確かだが、今はまだルースにすらなっていない状態だ。だからまず、相性の悪い相手というものがどれだけ恐ろしいものなのかを知ってもらう。

 ある漫画の中でも「「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!恐怖を我がものとすることじゃあッ!」というセリフを、カエルにパンチしてメメタァする人が言っていた。つまりはそういう事だ。恐れを知り、実際に体験するからこそ、それにどう対処すればいいのか。どう立ち向かうべきかを真剣に考えるようになるのだ。

 それに一度実戦を経験させておいた方がいいんじゃないかという気持ちもある。この旅にはジイもいなければミクリもいない。確かに一般のトレーナーはそこら中にいて、その大半が目が合えばバトルをしかけてくるようなジャンキーではあるが、彼らが必ずしも強い訳では無い。いつでも強いトレーナーと恒常的に戦える状況が用意されていたメタグロスと違って、ココドラはこの旅の中で、色んなトレーナーと戦いながら強くなっていかなければならないのだ。そんな状況でバトルの度に気後れされるような事があってはしっかりとした経験を積ませることが出来ないので、ここで少し慣らしてもらおうという所存である。

 

「良いかいココドラ。まだ難しいかもしれないけど、まずは君の親の動きを思い出して戦うんだ。順当に進化していけば、君もいずれボスゴドラになる。その時に恥ずかしい姿は見せたくないだろう?」

 

 そう言うと、ココドラはすこし気持ちを切り替えられたのか、さっきよりはやる気になる。が、トウキの出したマクノシタを見てやっぱり逃げ腰になった。本能的に自分がどのタイプに弱いかを何となく理解しているらしい。

 

「相性的にはこっちが有利だけど油断はしない……全力で行くよ!」

 

 はい、逃げようとしないの。ここで立ち向かわないと立派なボスゴドラになれないぞ。

 

────────────────────────

 

 ココドラはダイゴの的確な指示と共に飛んで、跳ねて、反撃してくる。負けじとこちらも指示を出してマクノシタに攻撃させるが、そのつっぱりをギリギリで避けて、メタルクローで着実にダメージを与えてくる。先程まで野生だったはずのココドラがここまで動けるなんて、と心の底からワクワクが湧きあがる。

 

(すっげぇ……!最初はメタグロスが強いんだと思ってた、でもやっぱり違う!ダイゴ自身のトレーナーとしてのレベルも、俺なんかじゃ比較にならないくらい高いんだ……!)

 

 自分とそう変わらない、下手をすれば自分の方が少し上だろう年齢のダイゴが、自分よりも遥か先を行っている。それが驚きだし、悔しい。でも何よりも凄いと感じる。いつか自分も彼のように強くなりたい。いや、彼を超えたい。そう思わせてくれる。

 それまで上手く避け続けていたココドラだったが、遂にマクノシタのつっぱりを食らって弾き飛ばされる。こちらもかなり削られたが、ココドラはもう動けないようだ。

 

「有難う、ココドラ。初めてなのによく頑張ってくれたね。……さあ、トウキ。僕はこれで君の勝ちでもいいんだけど……どうする?」

 

「当然、やるさ!本気のお前と戦わなきゃ意味が無い!」

 

「そうだね、君はそういう性格だ。だから僕も……出し惜しみはしないよ……!」

 

 ダイゴの心からの笑みと共に、後ろに控えていたメタグロスがゆっくりと近付き、眼前に立ち塞がる。ダイゴとメタグロスの放つ気迫はその身体を何倍も大きく感じさせ、圧倒的な力の差に全身が痺れるような感覚に襲われる。だが、それが心地良い。

 決して勝てないと分かっているからこそ、この戦いの中で自分なりに何かを見つけようと必死になれる。限界のバトルの中でぶつかり合うからこそ、もっと強くなることが出来る。

 

「行け、マクノシタ!」

 

 勝てないからと言って必ず負ける訳じゃない。99%勝ち目がなくても、1%の可能性にかけて立ち向かう。

 きあいだめを終えたマクノシタが、浮いているメタグロスをはたきおとす為の一撃を振るう。その一撃がメタグロスのメタルクローとぶつかい合い、そして──

 

────────────────────────

 

「いっちゃったなぁ……ダイゴ」

 

 あの長いようで短い戦いの後、ダイゴは次の街をめざしてここを去っていった。結局俺は負けてしまったけど、それでもあの戦いの中で覚えた事や気持ちは決して忘れない。

 

「なぁ、おじさん」

 

「どうしたトウキ、珍しく真剣な顔して」

 

「俺さ、ジムリーダーになるよ。ちゃんとスクールに通って、資格とって……それでおじさんよりも強いジムリーダーになる!」

 

 俺は今までずっと悩んでいた。普通のトレーナーやアスリートの道を選ぶか、おじさんのようにジムリーダーになる道を選ぶか。だからわざわざカントーからこのムロタウンまで、ジムリーダーという仕事がどんなものなのかを知る為にやってきていた。実際におじさんの仕事を見ていて、町の顔としての役割や他の書類仕事なんかも強制されるジムリーダーという仕事はしんどそうだな、なんて思う気持ちもあったし、挑戦者に負けなきゃいけないなんて嫌だな、とも思っていた。

 でもダイゴとの戦いの中で、おじさんが本当は凄いトレーナーなんだって、やっとわかった。俺とマクノシタはメタグロスと真正面から打ち合おうとするばかりで、上手く戦うことが出来なかった。確かに俺は真っ向から力をぶつけ合うのが好きだし、心の底から楽しんではいたが、それは楽しいだけで勝てる戦いをしていたとは言えないのかもしれないと、後々になって気付いた。

 だがおじさんは俺のマクノシタとそこまで変わらないレベルのポケモンを使って、色んな手段でダイゴとメタグロスを翻弄していた。確かに全て破られてはいたけど、それでも色々と手を尽くして、ダイゴがバッジを得るに相応しいトレーナーなのかを「挑戦を受ける側」として見極めていた。

 それはココドラが俺のマクノシタの攻撃を上手く躱したり、タイミングを見て反撃したりしていたのと変わらない。サーフィンと同じようにただ力で押すだけではなく、テクニックを磨いて乗りこなすも重要。それが本当の意味でのバトルなのだと、知ることが出来た。

 俺はダイゴを同じトレーナーとして尊敬している。でもそれ以上に、まず尊敬するべき相手が身近にいた事に気づけたんだ。

 

「……そうか。だがトウキ、ジムリーダーへの道のりは長く険しいぞ。資格を取るのは勿論、トレーナーとしての実績も積まなきゃならないし、その中で沢山辛いことが待っている。それでもやるんだな?」

 

「ああ!俺は絶対にジムリーダーになって、この世界にビッグウェーブを巻き起こしてやるんだ!」

 

 もう、迷いはない。俺はトレーナーとして、ジムリーダーとして。立派に自分を誇れる男になってみせるんだ!

 

────────────────────────

 

 ムロタウンを出航してから一時間。

折角だから壁画見ていけばよかった……。

 

 




暴力、それは止む事の無い蹂躙
大地はプラスパワーを吸わされ、大気は急所ストーンエッジにむせかえる
大修練、それは忌まわしき記憶
次回、鋼の携帯獣使 FULLMETAL DAIGOSAN
第3話 『ベリーハード殲滅戦』
真実を語る、例え一人になっても

要約:ライチ強過ぎ問題。


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第三話、又は鋼鉄と電気。

人物紹介

トウキ
ずかんNo.297
なまえ/トウキ
タイプ/ねっけつ
ししょう/おじさん
とくせい/サーファー
ものごとの なみに のるのが うまい
やんちゃなせいかく 8さいのとき
ムロタウン で であった

テッセン
ずかんNo.310
なまえ/テッセン
タイプ/ごうかい
おや/ふめい
とくせい/メカニック
きかい に かんして むるいに つよい
わんぱくなせいかく 34さいのとき
キンセツシティ で であった




 最初のバッジを手に入れ、ココドラを仲間にし、トウキと仲良くなって……そうしてムロタウンを発って、既に3日が経った。

 あれから僕はハギ老人の船で海水浴場に連れてきてもらい、お礼を告げてカイナシティへ向かった。その間に海の家で焼きそば食べたり、道中のトレーナー全てと戦ってココドラを鍛えることが出来たので、二重の意味で美味しかった。

 

 カイナシティでは特に話題になるようなことも無かったので、割愛しようと思う。ぶっちゃけ2泊3日で普通に観光してただけだし……。市場を見て回ったり、博物館を見学したり。

 後は一応ミクリが来てないかと思ってコンテスト会場も覗いたが、やっぱり彼はいなかった。というかコンテストを見るのも割と楽しみにしていたのに、(あれ?なんかミクリの方が凄いな……)となってしまうせいで微妙だったのは、どうにも敗北感を感じさせられて仕方がなかった。おのれミクリ。

 一通りカイナを堪能した後は、そのまま北に進路をとってキンセツシティを目指す。サイクリングロードは何となくこの年代でもあるだろうなとは思っていたが、道中にからくり屋敷を見つけた時は流石にちょっとびっくりした。ポケモン世界は奇人変人が多いが、主人公たちがやってくる遥か昔から、からくり大王はこんなことをやっていたのかと思うとなんかこう……言葉では言い表せない気分になったので、とりあえず触れないでおこうと思う。朧気でも仕掛けを覚えている以上はズルになってしまうのもあるので、仕方の無いことなのだ。

 

 キンセツシティまでの道のりは実際に自分で歩いてみると相当長いのだが、その分バトルジャンキーなトレーナー達が沢山いるので、ココドラに経験を積ませるという意味では最適だった。

 110番道路のトレーナーと一通り戦い終えたら、今度はサイクリングロードのトレーナー達とも戦うべく乗り込む。僕は自転車を持っていないので本来なら入ることは出来ないが、メタグロスに乗っかって途中から飛び乗り、マッハ自転車よりも早く突き抜けてしまえば誰にも文句は言えないだろう。別にタクシーとして使っている訳では無いので、個人的にはセーフということにしておく。地方によってはバイクも走ってるんだし、これくらいなら大目に見てくれるんじゃないかな。絶対見てくれる。

 新幹線並みの速さで飛び回りながら、トレーナーを見つけた端から狩っていく。

 ココドラはこの超短期間で鍛えられた結果著しく成長し、今ではアイアンテールで大岩を粉々に吹き飛ばす事すら可能となった。やや臆病なところはまだまだ治らないものの、バトルという行為にも慣れ、動きも格段に良くなってきている。そろそろ進化も近いかもしれない。

 これは個人的な体感なので本当に正しいかはまだ定かではないが、日々強くなるココドラを見ていると、どうも複数のトレーナーと様々な状況で戦うことは強いトレーナーと何度も戦う事に匹敵するだけの経験になっているように思う。

 ポケモンバトルというものは基本的に創意工夫が重要だ。これは元のゲームでの対人戦なんかでもそうだが、例えそれが伝説のポケモンであっても、単独のポケモンによるゴリ押しが通用する状況というのは少ない。或いはそういうものは例外なく対策される。その為、どんなトレーナーも少なからずそれぞれのポケモンや性格に合わせた戦い方をするもので、その中には真っ向からのぶつかり合いを好むトレーナーもいるし、逆に毒や麻痺などの状態異常を利用して優位に事を運ぶトレーナーもいる。自分のポケモンを積み技でひたすら強化して戦うトレーナーや、誰もが思いつかないような奇抜な戦い方で相手の裏をかくトレーナーだっているだろう。

 同じ強さの相手や、自分より強い相手……ゲーム的にいえばライバルや四天王達と何度も、何度でも戦えるという状況は確かに非常に恵まれていると言える。だが同じ相手とのバトルは続ければ続けるほど、互いに互いの手を知り尽くしている状態になり、バトル自体の起伏は少なくなっていってしまう。ポケモン自身の戦闘力や技術を伸ばすことには繋がるが、それでは新たな発見や未知の体験を得ることは難しい。

 主人公が使うポケモン達が短い旅の中でも急激に成長するのは、様々なトレーナー達とのバトルの他に、それぞれの悪の組織との戦いや、コンテストなどの中で様々な経験を積み重ねているからなのかもしれない。

 なお、経験値稼ぎ(タブンネ)などの存在は考えないものとする。どうせホウエンにはいないし。多分ね。

 

 サイクリングロードのトレーナーを全員薙ぎ倒したのは良いものの、そのままの勢いで普通にサイクリングロードの出口に入ってしまったせいでかなり怒られてしまった。僕は「これは最新のメタグロス型浮遊式自転車なんです」と弁明したが、メタグロス自身がそれを否定したので結局バレた。真面目なのが僕のメタグロスのいい所だけど、正直言うと庇って欲しかった。

 

────────────────────────

 

 サイクリングロードを出るのにかなり時間を使ってしまったので、朝にカイナシティを出発したにも関わらず、キンセツシティに着く頃には夜の帳が降りていた。街自体は街灯が多く設けられているおかげでかなり明るく、夜になっても営業している店が多い。流石にお腹も空いてきていたので、ポケモンセンターに宿をとる前に適当な店に入って食事をする事にした。基本的にどこの飲食店もポケモン同伴が許可されているので、ボールからココドラとメタグロスを出し、彼等にはポケモンフードを、僕は適当な料理をいくらか見繕って注文する。

 注文してから気づいたのだが、メニュー的にここは多分居酒屋だ。精神年齢はかなりのものとはいえ、体はまだ十代にもなっていない子供が一人で入ってきても何も言わずに注文をとる辺りはかなり衝撃的に感じる。まあ10歳が成人扱いの世界なので、意外とそんなものなのかもしれない。

 ちなみに全世界のポケモンユーザー誰もが思っていたであろう「ポケモン世界の人間は何を食べているのか」という疑問についてだが、まあなんというか、普通に食用ポケモンというのが存在する。正直僕も最初はあまり受け入れられなかったが、冷静に考えるとゲームやアニメでもヤドンのしっぽとかコイキングとか色々あったので、もう割り切ることにしている。

 後、何故かお米や麦なんかの穀物は普通に存在しており、この世界でも一般に広く食べられている。そしてポケモン世界最大の謎であるインドゾウについては、この世界に生を受けてから一度たりとも見たり聞いたりしていない。不思議。

 

「お前さん、珍しいポケモン連れとるな?」

 

 注文した料理が来るのを待っていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、白髪混じりの髭を蓄えた男がビールを片手に立っていた。赤く染まった顔色からして、かなり酔っ払っているみたいだ。

 

「この辺じゃメタグロスなんて連れとるトレーナー滅多におらん。それにそのココドラも色違いのようだし……レアなポケモンが好きなのかのぅ?」

 

 男はそう言いながら、ポケットからモンスターボールを取り出すと、そのスイッチを押し込む。中から姿を現したのはレアコイルだった。

 

「儂のポケモンもレアだぞ!なんせ『レア』コイルだからな!わっははははは!!」

 

 言うや否や、その男のポケモンであるはずのレアコイルがでんきショックを浴びせる。気絶したのか、そのまま倒れ込んだ男をレアコイルが器用に持ち上げて店を出ていくが、店員は愚か他の客さえ誰一人として気にも止めていない。どうやら日常茶飯事らしい。

 一先ず運ばれてきた料理を食べ、店を出て、ポケモンセンターに宿を借り、そこでやっと気づいた。

 

 あの酔っ払いはもしかしてテッセンなのでは?

 

 という訳で翌日。僕は早々に支度を整えると、朝早くからキンセツジムへ向かった。だが肝心のテッセンがいない。

 ジムのトレーナーから話を聞く限り、どうにも最近の彼は独自に開発しているとある発電システムの実験に夢中らしく、なかなかジムに姿を見せないらしい。一応挑戦者が来る度に言伝はしているものの、「この最終調整が終われば、まとめて相手をする」と言って取り合ってくれない。そんな状態がもう一ヶ月以上も続いているんだとか。

 念の為テッセンの写真を見せてもらったところ、紛れもなく昨日の酔っ払いだったので、彼が昨日居酒屋で飲んだくれていた事を報告しておいた。それを聞いたジムトレーナーは一瞬で般若もかくやという形相になり、全速力で何処かへ走っていった。その速度はマッハ自転車より早く見える。

 何はともあれ、これであと数日もすればちゃんと挑戦できるようになるだろう。その間もメタグロスとココドラを鍛えるのは当然として、何して時間潰そうかな。

 

────────────────────────

 

 

 

 

   わーい、すろっとじゃらじゃらたのしいなー

 

 

 

 

────────────────────────

 

 ゲームでも割と黙々とやっていたキンセツゲームコーナーのスロットだが、やっぱり楽しかった。日がな一日やっても止まらないというか止まれないレベルには。

 置いてある筐体の数や種類もゲームで見るより更に豊富で、様々なポケモンがモチーフのスロットがあって飽きが来ない。ただ流石に大当たりでピカチュウの電撃が赤と青に光る台は色んな意味で不安になった。高速点滅じゃなかったし、店内も明るいので大丈夫そうだったが。

 他にも昔の自分がやっていたのとかなり似たようなゲームが複数置いてあった。例えば横スクロールシューティングの設定がえぐいやつや、特殊なコマンドを入れると最強になるやつ。パズルだとカラフルなメタモンを上手く繋げて消すやつや、これまたカラフルなブロックで列を揃えて消すやつ。他にも格闘ポケモンたちがはどうだんとかスカイアッパーをコマンドで出して戦うゲーム、ポケジャンという麻雀みたいなゲーム、そして王道のピンボール……とにかく色々とあったので全部やり尽くした。

 元々時代に応じてゲームキューブやwiiがある世界なので、アーケードゲームだって色々あるのも不自然な事では無い。僕が知らなかっただけで、ゲームコーナーなら本当はこれくらい充実しててもおかしくはないだろう。タマムシと違って悪の組織関与してないし。

 

 トレーニングの時間以外ほぼ全てを捧げるくらいに夢中になっていたので、気がついたら一週間経っていた。自分でも割とどうかと思う。

 兎にも角にも時間というか日数は潰せたので、朝になって再びジムを訪れる。やっと挑戦できるかと思いきや、中ではテッセンが倒れて大騒ぎになっていた。前と同じジムトレーナーに話を聞いたのだが、どうにも今度は「そこまで言うなら両立させてやる!」と言って不眠不休でジムと実験の両方をやり続けて倒れたらしい。ジムリーダーは人の話聞かない説が補強されてしまった。どうしよう。

 流石にこれ以上ゲームセンターにへばりつくのも憚られるので、とりあえず昼にでもお見舞いに行ってみようと思う。一度しか会ったことがない、それもその一度すら酔っ払っていて記憶があるかどうか怪しい時なので、相手は覚えてないんじゃないかとかそういう部分は考えない。メタグロスを連れたトレーナーは珍しい、なんて言ってたんだから覚えてるはずだ。……十中八九忘れてるだろうな。

 

 テッセンが運び込まれた病室を訪ねてキンセツの総合病院までやってきた。栄養失調と過労で今日一日は安静にしてないと駄目なのに、無理やりにでも動こうとしていて困っているらしい。普段は何かあっても手持ちのレアコイルやライボルトたちが止めるらしいのだが、今回ばっかりは体調のことも考慮してそれが出来ず、病室内でずっと騒いでいてどうにもならないので、職員の間ではもういっそ要求通りに解放すれば良いんじゃないかという意見すら出ているとの事。

 

「だぁあああから!儂はもう十分充電したと言っておる!離せぇええええええ!!」

 

 とりあえずノックして病室に入ったのだが、中ではテッセンがポケモンたちによってベッドに押さえ付けられていた。本当に騒いでるよこの人。さっき倒れたばっかりだった筈なのにもう回復しているらしい。医療が凄いのか回復力が凄いのか、どっちなんだろう?

 

「ん?……おぉ、なんだお前さん。この間の居酒屋の坊主じゃないか。わざわざ儂の見舞いに来てくれたのか」

 

「僕のこと覚えてたんですか?」

 

 覚えてないだろうと思っていたので、ちょっとびっくりしている。

 

「自慢じゃないが、儂は酒には強いんだ。酔ってたって何言ったか、誰と喋ったかくらいはちゃんと覚えとるぞ!」

 

 大口を開けて笑うテッセンの背後では、いい加減に我慢の限界なのか、それともこれだけ回復したなら使っても大丈夫と判断したのか、レアコイルとライボルトがでんじはを放つ準備をしている。ここで使われると流石に巻き込まれかねないので、手でやんわりと静止しつつ、何故そこまでその実験にこだわるのかを聞くことにする。

 

「どうして実験にこだわるか?うむ、そうだのぅ……お前さん、発電所がどういう仕組みになってるかは知っとるか?」

 

「はい、一般的には電気ポケモンの力を借りて発電したのを、一度蓄電して供給してるんですよね?」

 

 この世界における生活の基盤を支えているのは、やはりと言うべきかポケモンである。

 有名なところではミルタンクの牛乳やヤドンのしっぽなどの畜産の他、格闘ポケモン達を使った引越し業者などの肉体労働などだろうか。一般トレーナーがそれぞれの仕事に合ったポケモンを連れていることが多いのはつまりそういう事なのだ。

 電気タイプのポケモンの場合は彼らを発電所や研究所に集め、その能力を利用して発電・蓄電を行っている事が多い。法律によって定められた一定の範囲において一匹の電気ポケモンから生活に使うための電力が回収され、それぞれの町に供給されるようになっているらしい。

 

「よく知っとるの。まあ最近は電気ポケモンだけでは供給が追いつかない所も出てきて、火力や水力なんていう発電方法も使われとるが……それは一先ず置いとくか。儂は常々それがどうにかならんかと思っておってな」

 

「どうにか、ですか」

 

「うむ、確かに儂らにとって電気というものは、今や切っても切り離せんくらい生活に根付いたものだ。それを作る為にポケモン達には協力してもらっとる訳だが……。今はまだ、確かにそれでも何とか回っとる。だが今後人口が増え、大きな街が増えていけば必ず今のままでは供給が追いつかんくなる。現にそれが理由で他の発電方法を使っとる街もあるからな。だがどこもかしこもが新しく発電所を作れるわけではあるまい。となれば、ポケモン達にこれまで以上の負担を強いらなきゃならんくなると思わんか?儂はそれを何とか出来る発明がしたくてな」

 

 テッセンの後ろのレアコイルとライボルトも、その言葉に深々と頷く。なるほど、確かに一理ある。実際これから15年くらい経ったら超過激派環境保全団体、別名大規模テロリスト集団が2つも同時に台頭してきてホウエン中を荒し回る事を知っているので、ポケモンを重視しながらも決して人の使う電気を否定しないスタンスには、言葉以上の重みがあった。

 

「儂が今研究しているのはポケモン達から供給された電気を増幅するシステムなんだが、それを使えば、いずれは電力不足に陥るなんて事態を未然に防ぐことが出来ると儂は考えておる。その事をツワブキに話したら、デボンコーポが快く協力してくれてな!後は重要なパーツを一つ取り付ければ稼働させられるって所までは来たんだが、そんな時にちょうど倒れてしまっての……」

 

 どうにもそのパーツをつけての試運転がやりたいが為にさっさと病院から出ていきたいようだ。それよりデボンって言ったな今。また親父が関わってるのか。

 

「うーむ、そうだな。お前さん、このダイナモバッジが欲しくてこの街に来たんじゃろ?」

 

 そう言って、テッセンは懐からキンセツジム制覇の証であるダイナモバッジを取り出す。

 

「儂の代わりにこれを取り付けて、装置を起動してみてくれんか?そのあとは一度電源を落として、儂の所にどうだったかを教えに来てくれれば良い。それでこのバッジはお前さんにくれてやる。あそこにはかなりの数の電気ポケモンがおるからの、それを突破できる腕があれば十分バッジを持つ権利があるわい」

 

 ココドラの修行にもなりそうだし、そのくらいのことでバッジが貰えるならそれでも問題は無いといえば無い。が、やっぱりそれだけでバッジを貰うのは違う気がする。

 

「バッジはいいですよ。その代わり、僕がちゃんとその装置を試してこれたら、最優先で僕と戦ってください」

 

 僕の返しが予想外だったのか、テッセンは再び笑い声を上げると、笑顔のまま言葉を返す。

 

「こりゃ面白い!若いポケモントレーナーはやっぱりこうでなくてはな!いいだろう、約束する!お前さんが戻ってきたら絶対に最初に相手をしてやろう!」

 

 テッセンは懐から、今度は先程の装置のパーツと何処かの鍵、そしてある場所を指した地図を取り出した。この場所には見覚えがある。

 

「この実験が上手く行けば、儂はその地下発電施設をニューキンセツと名づけることにしようと思っとる。場所はその地図に書いてあるとおりだ。この鍵を使えば中に入れるぞ」

 

 やっぱりニューキンセツだよね、うん。

 展開が早い。

 

────────────────────────

 

 ニューキンセツ。正直あんまり覚えてないのだが、スイッチみたいなのを押して、扉を開けながら奥まで入っていく場所だったはず……というか実際そうだった。地面にあるスイッチを踏み込むことで対応した壁を開き、奥へ奥へと進んでいく。道中に現れるコイルやビリリダマたちの殆どをココドラと対処しつつ、足を止めずに歩いていく。

 ハッキリ言って、マルマインとビリリダマがゴロゴロ転がってるのはいくらなんでも危険すぎると思う。どう考えてもいつか事故が起きる。

 後、コイルがかわいい。ダンバルと同じでクリクリとした目がね、かわいい。横についてるU字の磁石がフリフリと揺れる姿も可愛らしい。

 これもトレーナーズスクールで学んだ事だが、ポケモントレーナーは基本的に7匹以上ポケモンを連れ歩いて『良い』。ただし、バトルの際にはその中から最大で6体までを選出して戦う形になっている。そもそもまだこの世界にはボックスにポケモンを預けるという概念がなく、7体以上手持ちがいる時は専用の預かり所に預けたり、バトルとは別で連れ歩いたりする以外に方法がないためにそういうことになっているのだが。

 まあつまり、ちょっとくらい色々捕まえても許されるんじゃないかと思う。コイルって鋼だし、大丈夫だよね。ね?

 

 Oh……Magneton……コイルに投げたモンスターボールがレアコイルに当たってしまった。なんで?

 しかもそのままボールに入っていき、あっさりと捕まえられてしまった。どうして?

 ……何だか知らんがとにかくよし!レアコイルもかっこいいのでセーフだ。三位一体のそのフォルムは、元のコイルのかわいさを損なうこと無くかっこよさに昇華している。何なら1匹でコイル3匹分だとも考えられるので、とてもお得である。詰まる所、レアコイルも好きです。

 新しく仲間になったレアコイルの案内で、そこから先は迷うことなく発電所の中を進んで行くことが出来た。ニューキンセツの中はゲームのそれよりも複雑になっており、行き止まりや押しても反応のないスイッチがあったりで、かなり探り探りでなければ進めない状態だったのだが、やはりここに住み着いていただけあり、レアコイルは僕達を一直線に発電機まで案内してくれている。

 そうしてたどり着いた先、大きな発電機の前には、これまたここにいるどのポケモンよりも大きなポケモンが浮いている。

 

 その姿は、紛れもなくジバコイルだった。

 

 いやまあ、うん。確かに特殊な発電機の近くだし、磁場がおかしくなったりしてるかもしれないっていうのは分かる。でも流石にホウエンにいるのは大丈夫なんだろうか。多分大丈夫ではない。こんなの絶対おかしいよ。

 

 

 発電機を守るジバコイルに遭遇した後、レアコイルが電磁波で事情を説明したのか、ジバコイルはあっさりと退いてくれたので、持ってきたパーツを取りつけて動作を確認した。なんの問題もなく稼働するようだったので、電源を一度落とし、ジバコイルに別れを告げてテッセンの病室まで無事に戻ってきた。

 

「おぉ、その様子だと上手く行ったか!これで供給の改善に一歩繋がるぞ!」

 

「動作自体は問題なくしてたので、後はテッセンさんがもう一度確認すれば大丈夫だと思います。……それより、あそこにいたジバ……ポケモンはなんなんですか?」

 

 未使用のモンスターボールを既に捕まえられているポケモンに向けた場合、ボールはエラーを発して捕獲待機状態にならないようになっている。その仕組みを利用して試しにボールを向けてみたが、どうもあのジバコイルは既に誰かの手持ちのようだった。

 

「あいつはここだけの話、儂のレアコイルが突然進化したせいであの姿になったものでな。人目に触れさせる訳にもいかんから、一先ずあそこの番人をして貰っとるんだ」

 

 やはりあのジバコイルはテッセンの手持ちだったみたいだ。恐らくは発電機の至近距離で、特殊な磁場を浴びていたのが理由で進化したのだろう。

 ただ、あのジバコイル以外に同種は他におらず、僕のレアコイルが発電機に近付いても特に進化の兆候を見せなかったので、他にもなにか要因があるのだろうと考えられる。いずれにせよテッセンの手持ちならば、こちらが干渉する事でもないだろう。

 

「よし、お前さん。約束通り早速儂とバトルするぞ!」

 

「今日は安静にして明日にしてください。全力で戦えないとお互いに不完全燃焼になりますから」

 

 折角ゲームと同じジムリーダーと戦えるんだから、どうせなら万全の状態で戦いたい。それに、バトルに備えてレアコイルが現状使える技の把握と調整もしておかねばならない。もっと言うと、後ろのライボルト達が痺れを切らしそうなので、電撃に巻き込まれるのを避けるためにも明日の朝一番にしてもらう事にした。

 

────────────────────────

 

「お前さん、ニューキンセツのレアコイルを捕まえたのか!あやつらは野生が長いからか、そうそう捕まらん程プライドが高いのによくやるわい!」

 

 僕の呼び出したレアコイルを見たテッセンは、高笑いしながら驚きを口にする。「この子僕が投げたボールにはすんなり入っちゃったんですよ」とか言えるわけもないので、そのままレアコイルに指示を出していく。

 バトルは既に始まっている。病院を出た後、僕はレアコイルに磁力操作に関する指導をメタグロスから受けさせつつ、ココドラの最終調整を行って今日に備えた。

 そして今まさに、バッジをかけたバトルの幕が切って落とされた所である。

 

 僕のレアコイルに相対するは、同じくレアコイル。相性面でも技の面でも、互いに互いの強みを潰しあっている状態である。テッセンのレアコイルが放ったちょうおんぱを同じくちょうおんぱで相殺しつつ、互いに円を描くように動き回って隙を伺う。ソニックブームを打てば同じ技で返され、でんげきはは10まんボルトで無理矢理かき消す。拮抗した状態が長く続き、先に動いたのは僕の方だった。

 

「行け、レアコイル!あの技を使うんだ!」

 

 その言葉だけで指示の内容を理解したレアコイルが、その場で回転しながら己の身体に電気と磁力を纏っていく。スパークの態勢に入った事を警戒して、テッセンのレアコイルがソニックブームで妨害しようとするが既に遅い。全身に電磁力を纏いながら回転するレアコイルは、強力な渦を巻く電磁気を盾として攻撃を防ぎながら加速し、敵に向かって突撃していく。

 これが昨夜即興で思いついた技、別名未完成版超電磁スピンである。なぜ未完成なのかと言われれば、単純に某超電磁ロボほど上手くいかなかったからだ。

 だがその一撃は強力である。まともにくらったテッセンのレアコイルは、吹き飛ばされながら全身から火花を飛び散らせ、錐もみ回転で落下してくる。そしてそのまま地面に倒れ、戦闘不能となっていた。やはり威力に関しては現状でも申し分ない。

 

「いいぞ、お前さんの熱意が見えるぞ!やはりデカい口を叩くだけのトレーナーとは違う!」

 

 テンションが更に上がったテッセンは2つ目のモンスターボールを取り出し、ビリリダマを繰り出す。レアコイルは先程の勢いそのままに突貫していくが、その一撃はいとも簡単に避けられてしまった。

 この技の最大の弱点にして、未完成たる所以。それは急激な加速と回転にレアコイル自身がついていけず、直線的にしか放つことが出来ないということだ。その速度は確かに僕のメタグロスが本気で放つコメットパンチにも匹敵するが、軌道があくまで直線でしか無いのであれば、進路を見極めて回避することも可能である。

 初見ならば確実に仕留められるだろうし、大概の相手には二度目以降も通用するだろう。だが、流石はジムリーダーだ。たった一度食らっただけで技の特性を見極め、いとも容易く回避してのける。酔っ払ったり喚いたりであまり威厳を感じさせてこなかったテッセンだが、そのバトルの実力が相当なものであることを肌で感じさせられる。

 

「磨きの甘い技では儂には勝てんぞ!ほれ、ビリリダマ!ころがるんだ!」

 

 球状の体を活かし、フィールドの中をボールのように転がる事で加速するビリリダマに対し、レアコイルも超電磁状態を解除してソニックブームを放つ。しかし緩急をつけながら縦横無尽に転がり回るビリリダマに、先程の攻撃で消耗したばかりのレアコイルでは狙いを定めて当てることが出来ない。

 そうこうしている内に十分な加速を得たビリリダマが突撃を仕掛ける。レアコイルに一度激突しても尚、その速度が下がることはなく、むしろ先程よりも速度を増していく。レアコイルもそれを必死に捉えて回避しようとしても回避先を予測され、迎撃しようにも予備動作を見抜かれて技を潰されてしまう。

 

「くっ、レアコイル!」

 

 あと僅かで限界という状態のレアコイルにトドメを刺すため、限界まで加速をつけたビリリダマが猛烈な速度で迫っていく。そんな中でレアコイルが不意に、こちらに目配せをした。

 それとほぼ同時にビリリダマの一撃を食らったレアコイルは吹き飛ばされ……なかった。最後の気力で強烈な磁力を発し、ビリリダマを自身に縛り付けたレアコイルは、そのままスパークを発しながら、自分諸共高速で地面に叩きつける。その強烈な衝撃とそれを受けた焦りが引き金となったのか、ビリリダマはじばくしてしまった。

 

「レアコイル……!」

 

「ほぉ、まさか儂のビリリダマを自爆させて道連れにするとは!お前さん、余程信頼されてるようだな」

 

「……どうしてそこまでしてくれるのかは分からないけど……その気持ちには報いなきゃいけない。そうだろう、ココドラ!」

 

 戦闘不能になったレアコイルを回収し、新たにココドラを繰り出す。普段は頼りなく煌めく赤い瞳も、今は真紅に燃え上がり、強い意志を示している。ボールの中からレアコイルの戦いを見ていて、なにか感じ入るものがあったようだ。

 

「これが儂の最後のポケモンだ、行けぃライボルト!」

 

 現れたのはテッセンがこのバトルで使う中で最も強いポケモン、ライボルト。ライボルトは出てくると共にでんこうせっかを仕掛け、速度で翻弄しながらココドラの体力を削りに来る。てっぺきによって肉体を硬化させることでその連撃を難なく耐え、カウンターヒットを狙ってアイアンテールを振り回す。

 しかしライボルトは突如としてその動きを止めた。アイアンテールが空を切るのと同時に、でんじはが放たれる。肉体を麻痺させられたココドラの動きが見るからに鈍くなり、悠々と近づいてきたライボルトに反撃しようにも、思うように体を動かせなくなってしまう。

 でんこうせっかによる高速移動を利用した空気摩擦によって、鬣に大量の電気を蓄えたライボルトがでんげきはを放つ。本来よりも威力の高まったそれは眩い閃光と共にココドラを貫き、吹き飛ばしていく。

 再びでんこうせっかを使い、高速で駆け抜けながら、宙に浮いたココドラを追撃せんとするライボルト。しかしその体はココドラとは真逆に吹き飛ばされていった。

 吹き飛ばされる際の運動量を利用して放つアイアンテール。本来ならば自分が飛ばされた際に壁面や地面に叩きつけることで衝撃を殺す為に習得していた技術だったのだが、今回はそれを攻撃に利用する形で一撃を加えることが出来た。ライボルト自身が出していた速度も相まって、半ば自ら鉄塊にぶつかる形となっている。そのダメージは相当なもののはずだ。

 

 だがそれでも、ライボルトは立つ。かなりのダメージを受けてこそいるものの、闘争心には微塵の衰えもなく、むしろ最初よりも増しているとさえ言える。

 

「あれでもまだ立つのか……!」

 

「これでも儂はジムリーダーだからの、ヤワな育て方はしておらんよ。ライボルト、駆け巡れィ!」

 

 テッセンの声を受けたライボルトが、ビリリダマと同じようにフィールドを駆け巡り始める。だがその速度は先程のビリリダマが使っていたころがるの比ではない。常にでんこうせっかを維持しながら走り回るその姿は、帯電量の増加によって発生した雷光の残像も相まって、正しく地を駆ける稲妻であった。

 いくら機転を利かせて深手を追わせることが出来たとはいえ、ココドラも消耗し、更には麻痺までしている。そんな状態では対応など到底ままならない。

 恐らく相手の狙いは限界まで帯電した状態からのでんげきはだ。先程の貯めから放たれたそれも相応の威力があったが、恐らくその比では無いだろう一撃である事は想像に難くない。

 完全に動きを止めたココドラは、ただライボルトの動きを目で追うだけで何もしない。辺りには猛獣もかくやと唸りを上げる電気の音が響き渡る。

 遂にチャージを完了させ、その動きを止めたライボルトが、全身の電気を一つに集約させていく。依然として、ココドラは動かない。

 そして放たれたでんげきはは強烈な電気の波濤となり、夥しい閃光を放ちながらココドラを飲み込んでいった。

 

「お前さんのココドラ、なかなか見所はあったが案外呆気なかったのぅ。もう少し鍛え直して……」

 

「それはどうかな?」

 

「何っ!?」

 

 電気が拡散し、光が消える。否、消えていない。ココドラの肉体が眩い雷光を放ちながら、少しずつ大きくなっていく。ココドラがほえると同時に、全身を覆っていた鉄の鎧が弾け飛び、中から新たな姿を現す。

 

「このタイミングで進化か……!」

 

「僕は狙ってたんです。ココドラの進化をね」

 

 カッコつけました。半分嘘です、ごめんなさい。このバトルで進化するかなとは直感で思っていたものの、まさかこんなにいいタイミングで進化するとは思ってませんでした。だが結果オーライなので良しとする。

 ちなみにそれはどうかな、などと大口を叩いたのは、地面にアイアンテールを突き立てた状態で電撃を受けることで、電気をある程度地面に受け流すという技術をココドラに教えていたからである。というか最初の時も実はバレないようにやらせていた。そうじゃなきゃいくら等倍でもあの威力は耐えられなかっただろう。

 弱点を対策するのは当然として、等倍や自分が有利な属性に対しても確実に勝てるような鍛え方をしておかないと、油断を理由に足元を掬われていては立派なホウエンチャンピオン(ダイゴさん)だとは言えないだろうと考え、日頃から色々と対策を練っていた甲斐があった。僕の中でのダイゴさんのハードルがやたら高いことについては否定出来ない。

 

「コドラ、どろかけだ!」

 

 古い鎧と共に体を覆っていた電気を脱ぎ捨て、麻痺を解除したコドラは辺りの地面を掘り返し、手当たり次第に泥を投げつける。ライボルトも流石に消耗しているらしく、最初は機敏に避けていたものの、だんだんと動きが鈍っていき、幾らかの泥がライボルトの体を捉えた。それと同時に指示を出し、コドラにメタルクローを繰り出させる。先程のでんげきはで蓄積していた電気を全て使ってしまったことによる疲労と、フィールドにもバラ撒かれた泥に足を取られたことで体勢を崩したライボルトの身体にメタルクローが突き刺さる。泥で覆われた箇所に攻撃を当てることで静電気による麻痺も防ぎつつ、一気に畳みかけていく。

 だがライボルトもこの程度の事で心折れたりはしない。必死の抵抗を試み、でんこうせっかを放つも、てっぺきに加えて進化によって先程よりも硬度の増したコドラを相手に、消耗した体力では傷をつけることも難しく、むしろ高速で走りながら泥に足を取られたことで、余計に隙を作ってしまった。

 

「トドメだ、コドラ!アイアンテール!」

 

 その隙を、コドラは決して逃がさない。放たれたアイアンテールがライボルトの急所を捉える。強烈な一撃を食らい、身体を壁にたたきつけられたライボルトは、そのまま戦闘不能となった。

 

 テッセンには既にこのバトルで使う用に登録されたポケモンはいない。

 僕とレアコイル、そしてコドラの勝利だ。

 

────────────────────────

 

「ふぅ……いやぁ、いい試合だったぞ。お前さんは儂の想像以上だ!さあ、このダイナモバッジを持っていけ!」

 

 改めてテッセンは懐からバッジを取り出し、僕に差し出す。今度はそれを拒否することなく受け取り、トレーナーズカードにしっかりと装着した。

 

「とりあえず儂は充電のし直しだな……熱い戦いだったがかなり疲れちまったからの」

 

「今日は本当にいいバトルをさせてもらえました。僕のコドラも進化出来ましたし、ニューキンセツに行けたおかげでレアコイルも捕まえることが出来た。本当にありがとうございました」

 

 キンセツシティは本当にいい場所だった。ゲームコーナーも楽しかったし、ココドラもコドラに進化したし、思わぬメンバーも手に入れられた。想像よりも遥かに大きな収穫だったと言える。

 

「そこまで言われちまうと流石に儂も照れるわい……。まあ、なんだ。またキンセツシティに来るといい。お前さんが強くなった時には、今度は儂ももっと強くなってバトルしてやるぞ!」

 

 ムロの時といい、やはりジムリーダーはバトルが好きらしい。僕も本気のバトルは望む所なので、いつかまた必ず来ようと思う。

 

「ところで、お前さん。名前を聞いてなかったな。教えて貰えるか?」

 

 ハギ老人の件があったからてっきり知っているものだと思ってたけど、もしかして気付かれてなかったのか。道理でお前さんとしか呼ばれないわけだ。

 

「お前さんがツワブキん所の息子だったのか!?何となくどこかで見たような気がしてたが、気づかんかったわい!わっはははは!!!」

 

 僕の名前を聞いて、驚きながらもいつものように高笑いするテッセンを前に、僕は思った。

 この人が街のトップをやってるキンセツの人達は、大変だろうなぁ……、と。

 

────────────────────────

 

 キンセツシティを出発して丸一日。シダケタウンに一度行き、軽く見て回ってから再びジム巡りの順路に戻る。その途中でシダケのコンテスト会場を見てみたら、ミクリの優勝写真が飾られていた。どうもキンセツで時間を潰している間に入れ違いになったようだ。おのれミクリ。

 今更になって気付いたが、コンテスト会場が分かれているという事はこの世界はエメラルドではなくルビサファなのだろうか。でもテッセンの手持ちにはライボルトがいたので、やはり一概には言い切れない。もうちょっと様子を見ないと分からないな、これは。或いは実際に本編が始まらなければ分からないかもしれない。それだと困るので、出来ればそれまでに判別を済ませておきたいところだ。

 

 メタグロスに乗って来た道を戻り、キンセツシティから今度は北に向かって歩いていく。そろそろ111番道路に入る頃だが、ここの砂漠にはどうしても捕まえなければならないポケモンがいる。

 そう、ヤジロンである。鋼のエキスパートでありながら、思いっきり鋼タイプではないポケモンも使っているダイゴさんであるが、鋼以外の手持ちは基本的に古代の何かに関連したポケモンである。ユレイドルとアーマルドのような化石ポケモンも古代からのポケモンだと言えるが、やはり一番古代らしさがあるのはネンドールだろう。土偶とか埴輪とかそういう系統の古代感であるが、あれはあれで神秘的な中に独特の愛嬌があって好きだ。よって仲間にしない道理はない。

 いずれ砂漠を通ることを考え、カナズミ出発前に予めゴーグルは用意してある。わざわざ都合良くゴーグルをくれるタイプのライバルは僕にはいないので、事前準備はやはり大事。

 万が一遭難しても何とかなるように大量のおいしい水も買い込んできた。更に今回はメタグロスに乗って突入するので危険なこともあんまりないだろう。冒険はちゃんと帰ってこその冒険なので、安全策を取るのは重要なのだ。ただこれだけ準備をしても、やっぱり普通に危ない場所に入っていくのは怖い。危険な場所にもガンガン首を突っ込んでいける主人公達は凄い。どうしても勇気が出ないので、無理にでもテンションを上げようと思う。

 

「ゴーグルとおいしいみずは持ったな、行くぞ!」

 

自分で言っておいてなんだが、この台詞はなんか違う気がした。

 

 




生き残った者たちが行く所はどこだ。
その予測も立たないままに、スマホゲーは、人の時間を吸う。
少なすぎる交換アイテムのせせら笑いは、最後の足掻きとは思えなかった。
メモが呼ぶ最後の力。呼び起こすのはいつだ。
次回、機鋼戦士Zダンバル「マルチ駆ける」

君は、刻の涙を見る。

要約:育成イベントとは何だったのか。


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第四話、其は砂塵の中の運命。

 暑い。半端じゃなく暑い。おいしい水を買い込んでなければ死んでいたと言っても過言ではないほどに暑い。明らかにここだけ気候が異常である。

 地方のごく一部にだけ砂漠が存在して、砂嵐まで吹き荒れてるというのがそもそもおかしい。赤い肩をした鉄の悪魔でも通ったのだろうか。

 だが暑いのはまだ我慢出来る。それよりとにかく息が苦しい。冷静に考えれば吹き荒ぶ砂塵の中でまともに呼吸が出来るわけがないということにもっと早く気付くべきだった。この中を視界確保用のゴーグルだけで駆け抜ける主人公は、一体どうやって呼吸しているのか。もしかしたらゴーゴーゴーグルは実はゴーグルとは名ばかりのガスマスクで、呼吸器もカバーできるようになっているのかもしれない。特殊部隊か何か?

 今は既にメタグロスのリフレクターによって防御してもらっているものの、さっきまでの状態が軽く拷問だったので、かなり体力を消耗した気がする。かれこれ1時間ほどさ迷っているにも関わらず、見つかるのはサンドやナックラーばかりでヤジロンは全く見当たらないというのも疲労感に拍車をかけていた。

 最初はレアコイルとコドラに周囲の確認と警戒をしてもらうつもりだったが、あまりに視界が悪く見失いそうになるので止めた。なので僕とメタグロスが目視で探しているのだが、いくらなんでもここまで見つからない事があるだろうか?

 以前「ゲームの世界では確かに特定の場所を延々と探れば目当てのポケモンは見つかっていたが、この世界では必ずしも目当てのポケモンがゲーム通りの場所にいるとは限らないんじゃないか」、と考えたことがあった。実際の所、ココドラは石の洞窟にいたしレアコイルもニューキンセツにいたので、大丈夫だろうと勝手に思い込んでいたが、もしかしたらこの世界でのヤジロンは砂漠には現れないのかもしれない。

 時間が経ったからか、砂嵐の勢いは砂漠に入った時よりかは弱くなってきた。それに伴って視界もかなり開けてきたが、それでも全然見当たらない。となれば、ここには生息していない可能性も考慮せざるを得ない。もしこのまま手がかりの一つも見つからなければ、もうお手上げである。

 

 ひとまず引き返そうかと思ったその時、不意にメタグロスが何かを捉えた。メタグロスの指し示した方向を見ると、砂塵の中に薄ぼんやりと影が見える。ゆっくりと近づくように指示を出し、少しずつ近寄っていくと、その朧気だった輪郭がよりはっきりとしてくる。

 そこには先程まであれほど探しても見つからなかったヤジロン達が、両手に粘土のようなものを抱えて集まっていた。何をやっているのかとしばらく観察していると、彼らは回転しながら移動を始め、どこかへと向かっていく。折角見つけたのに見失う訳にはいかない。僕達は慌てて彼等を追いかけていく。

 ヤジロン達は、いつの間にか現れていた砂の塔のような建造物の中に入っていった。僕達もそれを追いかけて砂の塔の中に突入したのだが、中に入ると同時に入口が塞がれてしまった。ホラー映画じゃないんだからやめて欲しい。

 念のため試してみたのだが、塔の壁……というよりもこの塔自体が、メタグロスのコメットパンチを以ってしても破れないほど強力な力で護られており、とてもでは無いが力押しでは脱出出来そうにない。本当にやめてくれない?

 

 だがしかし、僕はまだ慌てていない。今まで見てきたものや読んできたものの知識からいけば、この手の謎の建造物は大概仕掛けを解くと脱出できるようになっているからだ。砂の中に埋もれた骨らしき何かが見えるけど気にしない。むしろ気の所為だ。絶対。きっと。多分。

 何れにせよここで立ち止まっていても仕方が無いので、まずは上を目指して登っていくことにする。幸いにも次の階への穴と縄ばしごがあるので、これを使って上がっていけばいずれ最上階まで辿り着けるだろう。ひとまず2階に上がってみれば、何故か1階よりも広い上に床がところどころヒビ割れていて、少しでも体重をかければ簡単に崩れ落ちてしまうだろう事が容易に想像出来る。

 

 ここもしかして幻影の塔だったりしない?

 

────────────────────────

 

 ひたすらに塔を登っているのだが、全然頂上が見えない。ここって4階建てじゃないの……。

 しかも上がるごとに部屋が広くなり、更に部屋自体の形が少しずつ三角形に近づいていっている。どれだけ登っても部屋の中には何も無く、ただただ上へ行くための穴と梯子、そして床に穴がある以外には、所々に何かの骨や破片などのちょっと調べたくないものが落ちているだけである。

 あんまりにも出口も仕掛けも化石も見当たらないので段々本格的に怖くなってきた。最悪の場合は壁を一斉攻撃で叩き壊してでも脱出する他にないだろう。それでも出れなかったら……これは考えないでおくことにする。流石に洒落にならない。

 

 登り続けて40階、遂に変化が訪れる。

 今までにはなかった石造りの祭壇のようなものが部屋の中心にあり、その上には他とは異なる材質の石がふたつ並べて置かれていた。

 近づいて確認してみたが、これはポケモンの化石だ。僕もツワブキ家の人間なので、家や会社にコレクションされている珍しい石や結晶、宝石なんかはかなり見る機会があった。というか普通に生活してるだけで視界に入ってきていた。当然それらの中には古代のポケモンの化石もあったし、デボン社ではその化石のいくつかを使って、今も復元を目指した研究が行われている。その見学なんかで実際に間近で見たこともあるし、触ったこともある。なんなら親父にも嫌というほど自慢されたのでもう感覚で覚えてしまった。だからこそ断言しよう、これは紛れもなく化石である。

 しかしこれはどうするべきか。ここが幻影の塔であると考えるなら片方は爪の化石でもう片方は根っこの化石のはずだが、このどちらかを取ってしまえば塔は崩れてしまい、もう片方は砂漠の地下道に行かねば手に入らなくなってしまう。しかし砂漠の地下道が開通するのはこれから何年も先の話だ。どう足掻いても今すぐに手に入れることは出来ない。

 つまり、両方取ってしまえばいいのだ。メタグロスのサイコキネシスでどっちも引き寄せた。これで両方ともゲットだぜ!化石という最大の不確定要素がカバーされた事で、ダイゴさんの手持ちを完全に整える事が現実的に可能になった。まだふたつとも復元はできないが、それでもこれでやっとスタートラインに立てた感じがする。

 ヤジロンを探しに来てアノプスとリリーラまで手に入るのは捜索場所が砂漠だというのもあって、全く期待していなかったといえば嘘にはなるが、滅多なことでは見つからないだろうと思っていた。それがここまで首尾よく確保出来たのは想定外である。とても嬉しい。

 ひとまず持っていたタオルでそれぞれを包んで緩衝材代わりにし、大事に鞄の中にしまっておく。次に帰郷した時には化石復元の研究チームに協力してもらうことにするとしよう。

 さて、化石を手に入れたのはいいのだが、それはそれとして今度は別の問題が浮上してきた。化石を回収したというのに、塔の崩壊が始まらないのだ。より厳密には足場の崩落が起きるはずなのだが、そんな気配が全くない。この塔が崩壊すれば脱出出来るし、ヤジロンたちも砂漠に放たれるかな、なんて考えもあったのだが、どうにもそう事は上手く運ばないらしい。

 正直な所、この塔が壊れない理由は何となくわかっている。ここからまだ上があり、恐らく頂上かどこかに脱出する為の鍵か仕掛けがあるのだ。というか思いっきり化石があった場所の真上に穴が開いているので、ここから登って行けということなのだろう。

 この上には先程のヤジロン達がいる可能性が高いし、どのみち脱出を目指すには、現状上を目指すしかない。つまり最初から選択の余地はなく、再び登り続ける他の道はないのだ。

 

────────────────────────

 

 塔に入ってからもうどれだけ経っただろうか。明らかに最初の頃とは比べ物にならないレベルで部屋が広くなってきている。ジム戦が出来るくらいには縦も横も奥行も広い。

 いい加減になにか脱出の手がかりを見つけられないとつらい。この塔に入ってから同じような景色が延々と続くばかりで、精神的にかなり疲弊してきている感覚がある。というかヤジロンたちは本当にこの塔に入ったのだろうか。実は1階の天井に貼り付いていて、僕達が入ったあと急いで出ていって入口を閉めたとかそんなことは無いだろうか。流石に無理か。

 色々と疲れてきたので少しの休息を取っていると、突如として上へ向かう穴が崩れ、何かが落下してくる。それは全身が罅割れ、所々色が削げ、至る所が少しずつ欠けていた。それでも立ち上がり、こちらに攻撃的な視線を向けてくる。

 フォルムが歪んでこそいるものの、その姿形は間違いなくネンドールだった。

 

────────────────────────

 

 突然現れたネンドールは全身から何かが割れるような音を響かせながら、こちらにその両腕を向ける。両腕が円を描くように回転しながらサイコエネルギーを収束させていき、螺旋状の光線が放たれた。素早く反応したメタグロスがひかりのかべを張る事で防ごうとするが、ネンドールのサイケこうせんはひかりのかべを物ともせずに突き破り、こちらに迫る。咄嗟に回避行動を取ったことで避けることは出来たものの、まともに食らっていればメタグロスでさえかなりのダメージを負っていただろう一撃だった。

 そこに畳み掛けるようにして、げんしのちからによって形作られた岩塊が射出される。それをコメットパンチで真っ向から砕きながら、状況を整えるべく一度距離を取ろうとするが、テレポートによってこちらの至近距離にまで転移させた腕から、再びサイケこうせんが放たれる。すんでのところでひかりのかべを斜めに張り、多少ながら逸らしたことで直撃を避けることこそ出来たが、先程の一撃はメタグロスの後ろ足を掠めていた。

 悪寒が体を襲い、冷や汗が頬を伝う。このネンドールが、今まで戦ってきた野生ポケモンの中で最も恐ろしい相手だと直感する。控えめに言って、僕のメタグロスは強い。だがこのネンドールの力は、それでも勝てるか分からない程に高い。

間髪入れずにネンドールは再び動き出す。神秘的にさえ見えるコスモパワーをオーラとして全身に纏いながら両腕を自在に浮遊させ、多方向から光線を放ち、こちらを仕留めようと襲い掛かる。

 メタグロスもひかりのかべやサイコキネシスを駆使して光線を逸らしつつ紙一重で躱し、急加速して一気に距離を詰めていく。

勢いのままに放たれたコメットパンチは、しかし直撃する寸前にテレポートによって回避される。だがそれを事前に予測し、ネンドールが転移する確率の最も高い場所を向いてシャドーボールを放つ。打ち出されたシャドーボールの軌道上に現れたネンドールは、しかしそれに対して慌てることも無く、全身をコスモパワーで防御しつつ高速回転することで弾き返す。

 こうそくスピンはそのままに、げんしのちからによって自身の周囲に大量の岩塊を浮かべたネンドールは、その岩塊群を回転に乗せて射出する。それらをメタルクローで迎撃するも、突然横に現れたネンドールの両腕が砕かれた破片を固め直し、叩きつける。続けざまに放たれたサイケこうせんを回避しようとするも、がんせきふうじによって一瞬動きが鈍ったことで、躱しきれずに足に直撃する。十分に充填がなされていない状態で放たれていた為かダメージは少ないものの、傷を負わされたことには変わりがない。

 

「コドラ、レアコイル!メタグロスを援護してくれ、次の一撃で決めるぞ!」

 

 今はまだ辛うじて戦いになっているが、このままでは明らかにジリ貧だ。これ以上長引かせないためにも次の一撃で決めるしかない。

 コドラとレアコイルの今のレベルでは、ネンドールとメタグロスの戦いに割って入ることは難しいが、この大技を撃つ為には必要不可欠なので力を借りる。

コドラとメタグロスの2体は自身の肉体を限界まで硬化させ、ネンドールの攻撃からレアコイルを守るための囮になる。その間にレアコイルはでんじはを放ちながら回転を始め、スパークする事で自身を回転させる磁力と電力を合一させ、メタグロスに向かって超電磁スピンを行う。発生した電磁力の嵐の制御をレアコイルから受け取ったメタグロスは、自身の上にコドラを乗せ、凄まじい速度で共にネンドールに向かっていく。

 ゲームやアニメなどにはよくレールガンと呼ばれる兵器が出てくるが、理屈としてはそれと変わらない。念力と磁力によって大気中の金属分子を操作し、それらを擬似的なレールとして配置することによって、己の肉体を弾体として電磁投射する事で莫大なダメージを相手に与える戦法だ。

 凄まじい速度で迫るメタグロスとコドラを前に、危険を悟ったネンドールはテレポートしようとするも、間に合わずにそのまま直撃し、轟音と共にネンドールは壁面に叩きつけられた。

 もっと早く使えばよかったと思われるかもしれないが、この戦法に関してはそうもいかない。凄まじい威力と引き換えに、尋常ではない反動が体を襲うのだ。コドラがまもることで多少衝撃を和らげることは出来るものの、それでも完全にダメージを殺しきれず反動で暫く動けなくなるし、相応にこちらもダメージを食らう。更には凄まじいエネルギーによって全身に高熱を帯び、やけどに等しい状態にまでなってしまう。

 電気を纏って高速で突進するという技の性質や反動のある点こそピカチュウの使うボルテッカーに似ているものの、その理屈はまるで異なるので、この戦法は便宜上ボルテッカと名付けている。レーザーではないのでどっちかと言えばボルテッカクラッシュイントルードなのだが、それは一先ず置いておく。

 

 メタグロスもコドラも満身創痍だが、ネンドールも既に動ける状態ではない。先程まで全身を覆っていたコスモパワーが殆ど失われ、全身の至る所が大きく罅割れている。辛うじて腕が浮遊している事から、生きているのがなんとか分かるという状態だった。こちらがやらねばやられる状況だったので確実に仕留めるつもりで撃ったのだが、僅かながらも動けるのは想定外である。

 鞄からいいキズぐすりとやけどなおしを取り出してメタグロス達を回復させ、自分も含めて四本分のおいしいみずで喉を潤していると、上へ続く穴から数匹のヤジロンが降りてきた。それらは粘土のようなものを持っており、ここに来るまでに追いかけていたヤジロン達であることが分かった。彼らはこちらを一瞥すると、何故か深々と頭を下げ、それからネンドールの近くに寄っていく。

 ヤジロン達は持っていた粘土のような塊をネンドールに貼り付けていくが、ボロボロとこぼれ落ちてくっつかない。どうにも彼等はネンドールを修復したいようだが、具体的なやり方を知らないらしい。ヤジロンやネンドールは古代文明が作った泥人形に意思が宿ったポケモンである、とゲームでは説明されていた。恐らくは過去の知識を元にネンドールを修復しようとしているのだろうが、この砂漠には周辺の緑地含めて水がない。持ち帰っている時には多少なりとも水分を含んでいたのだろうが、その過程で乾燥してしまったのだろう。必死になって土を擦り付ける姿が、なんだか可哀想に思えてしまった。

 幸いにも水にはまだまだ余裕があったので、ひとつ開けて乾燥した粘土にかけ、その辺の砂やキズぐすりと一緒に混ぜ合わせる。ネンドールの損傷箇所に塗りつけると、まるでそれを取り込むかのようにして吸収し、修復されていく。それを見たヤジロン達も捏ねられた粘土を器用に掬い取り、ネンドールの体に次々と塗りつけていく。

 暫くして、沈黙を保っていたネンドールが再び動き出した。外見こそ補修されたものの完全に直った訳では無いようで、動く度に何かが割れるような音がしている。メタグロス達はその姿に警戒するものの、ネンドールには既に敵意はなく、自分たちの落ちてきた穴を腕で指している。あの上に上がれということなのだろうか。

 メタグロスに乗り、コドラとレアコイルも出した状態で上の階へ上がる。今までと違い床に謎の模様が走っており、それらはまるで孔雀石を結晶にしたかのように淡く翠に光り輝いていた。幻想的とも呼べるその部屋の中心には台座があり、その上には今まで見てきたどんな宝石よりも美しく輝く、深緑の宝玉が鎮座していた。

 僕はそれに魅入られ、ゆっくりとメタグロスを降りて近づいていく。今までは親父やダイゴさんの石集めという趣味がイマイチ理解できなかったが、これ程の石を見てしまうとその気持ちもわかる気がした。玉石混交という言葉があるが、これ程までに美しい玉を見てしまうと、むしろ石の中にも良さや美しさを見いだせるようになって来る気さえする。

 台座の前に立ち、そっとその宝玉に触れる。それと同時に、僕の意識は飛んでいった。

 

────────────────────────

 

 目を覚まし、身体を起こす。周囲はさっきまでいたはずの部屋とはまるで異なり、荒れ果てた大地に崩壊した数多の建造物。そして降りしきる豪雨と、その雲の隙間から差し込む燃えそうなほど暑い陽射し。人は愚かポケモンすら見当たらない世界に放り出されていた。辺りを見渡していると、突然遠くから轟音と共に衝撃が巻き起こり、それと共に瓦礫がこちらを目掛けて飛来する。咄嗟のことに身体が動かず死を覚悟するが、それは自分の体を通り抜け、地面にぶつかり粉々に砕け散った。

 どうやら今の自分は幽霊とか精神体とか、そんな感じのなにからしい。とにかく自分の身の危険に関しては気にする必要がなさそうなので、ひとまずはなにかが起きているであろう方向に向かって歩いて行くことにした。

 

 歩く道全て、何もかもが崩壊している。捨てられた自転車やバッグが散乱し、森の木が纏めて薙ぎ倒されている。不自然に隆起した土地があるかと思えば、突然津波に襲われたかのように水没した場所もある。まるでこの世の終わりのような風景で不穏極まりない。

 これはきっとあの玉がなにか理由を持って見せているのだろうが、一体僕に何を伝えようとしているのか。

 進めば進むほど被害も酷くなっていく。粉々になったモンスターボール、原型を留めないほどに破壊され、かろうじて瓦礫の色と看板で判別できる程度になったポケモンセンター、まるで隕石が落ちたと言わんばかりのクレーターと、そこに溜まった超高温の水。マグマとそれに拮抗する超低温の氷が混ざって出来た奇妙なオブジェ。遠目には震える山の如く抉られた山林が見える。

 あまりの不穏さに心臓が痛くなる。ここから先に進んではいけない、そんな感覚が襲いかかる。だがそれでも行かねば帰れないだろうし、進む他にない。断続的に続く破壊の音と衝撃の中で、それでも瓦礫や倒れた木々を渡り、焼け落ちた森の中を抜けた先。

 

 精神体だというのに、僕は嘔吐した。

 

 そこには人が倒れていた。最初に見た時は気付かなかった。黒い大きな塊が人の形をしていることに気づいたのは、その塊を必死に揺すっているポケモンが目に付いたからだ。破壊され尽くした街の中には夥しいほどの犠牲者と、それに縋り付くポケモンたちがいる。当然、ポケモンセンターやショップ、病院はスクールなどあらゆるものが瓦礫と化している。

 それだけじゃない。見るからに巨大であっただろう建造物の瓦礫からは血が滲み、恐らくそこで潰された人達の手持ちだっただろうポケモンたちが泣き叫んでいる。凍った人間が打ち砕かれ、四散している。中にはそんな彼等と同じような目に遭ったポケモン達もいた。どれもが見るからに鍛えられたポケモンであるにも関わらず、絶望の顔を浮かべてその命を散らしていた。

 

 もう見たくない。もう知りたくない。それでも体が勝手に前に進み始める。やめてくれ。見せないでくれ。僕はこんな世界知らない。こんな世界に生まれた覚えはない。

 それでも足は前に進んでいく。そうして歩いて、真っ二つになった看板の前に来た時に気付いた。いや、気付いてしまった。

 あのポケモンセンターは。

 あのスクールは。

 あの巨大な建物は。

 あの大きな家は。

 

『こ…… …………ミシティ』

『し……… ………の ゆうごうを』

『つ………… ……まち』

 

 膝から崩れ落ちる。何もかもが理解できなくなる。これは何だ。なんなんだ。何をさせたい?何を知らせたい?分からない。何も分からない。

 

 不意に、目の前に何かが落ちてきた。

 それはミロカロスだった。美しい身体は裂傷と火傷で見るも堪えない姿となっている。

 そしてその尾ビレには焼け焦げたリボンがついていた。

 助け起こそうにも身体がすり抜ける。道具を使おうにも何も持っていない。目の前に傷ついたポケモンがいるというのに、僕にはどうすることも出来ない。

 満身創痍のミロカロスはそれでも諦めまいと動くが、突然力が抜けたかと思うと、そのまま全く動かなくなった。

 

 また、勝手に足が前に進み出す。

 先へ進む程、犠牲になった人やポケモンが増えていく。

 鼻の削げ落ちたノズパス。

 両腕のもげたハリテヤマ。

 全身が砕けたジバコイル。

 甲羅ごと潰されたコータス。

 立ったまま絶命したケッキング。

 焼けただれたチルタリス。

 纏めて凍結されたソルロックとルナトーン。

 半身が炭化し、もう半身が凍り付いたキングドラ。

 

 それらを超え、やっとその元凶にたどり着く。

 

 

 カイオーガとグラードン。

 

 

 その二体を前にメタグロス、ボスゴドラ、アーマルド、ユレイドル、エアームド、レアコイル……そして数多のポケモンとジムリーダーが倒れ伏し、マグマ団やアクア団の服装をした者達も、マツブサやアオギリらしき男達も……そして僕自身さえ、息絶えている。

 

 最後に立っていた、白いニット帽を被った少年と、頭にバンダナを巻いた少女も、力尽きたのか崩れ落ちた。

 

 もはやこの二体を止めることは誰にも出来ない。

 圧倒的な力という絶望が、そこにはあった。

 

────────────────────────

 

 先程までの視界が途切れ、再び意識が元の場所に戻ってきた。

 全身を汗が伝う。

 この玉に触れ、よく分からない世界に飛ばされ、強制的に見せつけられた惨状。それらは全て妄想や空想なんかじゃなく、『いずれ起こる現実』だと直感する。

 このまま何を変えることも無く世界が進んで行けば、主人公達はレックウザの力を借りることが出来ず、完全に目覚めたグラードンとカイオーガによってホウエン地方……或いは世界さえ滅びかねない状況に陥ってしまう。

 その原因は分からない。分からないが、わざわざ僕にあの末路を見せたのだ。僕自身にも原因があると思えてならない。

 

 僕は心のどこかでずっと、この世界をVRのようなものだと思っていた。この世界での生はまるでゲームの中に飛び込んだような感覚で、確かに今の僕にとっては現実ではあるけれど、どこか心の中で線引きされている……言うなれば、夢心地のようなものだった。特に何をせずとも本編の通りに事件が起きるだろうから、僕が(ダイゴ)のやったように振る舞えば、後は主人公がなんとかしてくれる。そんな風に考えていた。

 ただ必要なだけの力があれば問題ないと考えて、漠然と日々を過ごすだけで、この世界の人間として真剣に生きようとしなかったのは、ただひたすらに転生者(ぼく)の甘えだ。

 この世界には必死に生きている人達やポケモン達が大勢いて、何かが起これば共に戦うし、何が起きなくとも互いに助け合う。そうやって日々を生きている。

 だというのに僕は未来を知っている、どうにかなるから問題ないと勝手に思い込み、いざとなればどう動けばいいのかを前世で見てきているのだから、それがこなせればいいという浅はかな考えで生きてきた。メタグロスたちにかける愛情も、ミクリ達に感じた友情も紛れもなく本物だというのに、彼らのように世界に向き合って生きていなかった。

 そうしてのうのうと生きた結末がきっと、アレなのだ。

 今の僕が生きるこの世界は、確かに空想だったはずの世界だ。だがもう違う、全てが紛れも無く現実なのだ。現実は物語のように都合よくは動かない。明確な筋道なんてものは何処にも存在しないし、攻略サイトも、攻略本もありはしない。仮に途中までゲームと同じように物事が進んでいたとしても、何処でそれが変わってしまうかなんて分からないのだ。

 

 手の中にある暗緑の玉を握り締める。

 僕は確かに(ぼく)だが、(ダイゴ)ではない。何処まで行っても所詮は世界に後付けされた、歪な存在だ。だから弁えて生きていこうと思っていた。自分なりに楽しいことはやっても、決して定められた物語を壊すこと無く、過度に他のキャラクターと関わりを持ったりもせず、多少の差異は起こるかもしれないが、大筋には絶対に干渉しないように生きていくつもりだった。

 だがそんなちゃちな理屈は通用しない。何かがそう誘導したのか、それとも本来の歴史がこうあるべきものだったのかは分からないが、何れにせよこのまま行けばホウエンは滅び去る。それを変えるには今のままでは足りない、その資格を僕はまだ持っていない。示された歴史にさえ抗おうというのであれば、明確な意志と覚悟を持って立ち向かわなければならない。

 

 もしも(ダイゴ)が、(ぼく)と同じようにこのビジョンを見たならどうするだろうか。きっとこのホウエンを守る為に、文字通り全身全霊で行動を起こすだろう。抗って、戦って、そうして何も変わらなかったとしても、命尽き果てるその時まで諦めずに立ち向かうはすだ。

 本来ならばそれをやっていたはずの(ダイゴ)はこの世界にはいない。ここにいるのは、その名前と容姿を持った(ぼく)だけだ。

 だから僕も本当の意味で、目を逸らさずにこの世界と向き合う覚悟を決める必要がある。このポケモンという不思議な生物達と共存する世界に生きる、一人の人間としての矜恃を持たなければならない。

 (ぼく)(ダイゴ)にはなれないかもしれない。いや、きっとなれないだろう。それでも、今ここにいる(ダイゴ)(ぼく)だけなのだ。

 ツワブキ家に仕える使用人達や親父、テッセンにトウキ、そしてミクリ。それに僕のポケモンであるメタグロス、コドラ、レアコイル。

 僕は彼らとの出会いを、そしてこれからも経験するであろう新たな出会いや別れを無駄にしたくはない。彼らが生きる未来を悲惨な末路で終わらせたくない。

 だから戦う。例えその中で世界に数多の誤算を生じさせる事になったとしても、僕はホウエンを救ってみせる。この世界にダイゴとして生まれた以上、それは僕が代わりに果たさなければならない事なのだ。

 

────────────────────────

 

 暗緑色に輝く玉を取ってから暫くして、幻影の塔の最上階……深碧の部屋の壁に門が現れた。やはりと言うべきかこの塔は宝玉を護る為にこの地に造られたものであり、ネンドールとヤジロン達はそれを護る為に残された護衛達であったようだ。ネンドールの身体が崩壊しかけていたのは、碌に修復も出来ない状態で長い事ここの護衛を続けていたためだと考えられる。

 しかしそれももう終わりだ。宝珠を受け取る者が現れた今、この塔は役目を終え、緩やかに崩壊して土に還っていく。

 ヤジロン達は再び僕達に深々と頭を下げると、先に門を潜り、外へと出ていった。役目を果たして自由となった彼等も、他のポケモン達と同じように自然の中で生きていくのだろう。

 ネンドールは手持ちに加えることにした。というよりも、彼自身が望んで仲間に加わった。どうにも僕がこれからどうしていくのかを見届けたいらしく、コドラと同じように自らモンスターボールの中に収まった。

 

 最上階に現れた門を潜ると、そのまま砂漠に繋がっていた。

 いつの間にか夜になっていた為に、凄まじく冷える。状況を整理する為にも、メタグロスに再び乗せて貰って砂漠を抜け、三度キンセツシティまで戻ってきた。化石の復元の他にも、手に入れた玉の詳細など調べたい事が色々とあるので、朝を待って一度カナズミシティに帰ることにする。

 あのビジョンの中では主人公が揃っており、更にはジムリーダーが今のメンバーから一新されていたので、幸いにも最悪の事態が現実になるまでにはまだまだ時間があるようだ。それまでにホウエンの伝承や神話を徹底的に調べ上げ、対策を練り上げておく必要がある。

 他にも今まで以上に仲間を鍛え上げたり、ホウエン以外の場所にも使えるものや新たな力を求めて出ていく必要があるだろう。やはり国際トレーナー資格を取っていたのは正解だった。

 

 手の中にある玉をじっくりと眺める。

 先程までの幻想的な輝きはどこへやら、明かりを当てれば多少は光るものの、それ以上の事は何も起きない。もはや綺麗な大きいビー玉程度に落ち着いているそれを、布で何重にもカバーして小さめのケースにしまう。この玉が一体何なのかはまだ分からない。どこかで似たようなものを見た覚えはあるのだが、いまいち思い出せないのだ。しかしきっと何か意味があるものであるのは確かなはずだ。でなければあんなビジョンを見せたりはしない。

 いずれにせよ、僕はもっと強くならなければならない。それは当然バトル的な意味合いでもあるが、それだけではない。より多くの情報や知識を集め、あの最悪の状況以外にも、どんな事態が起きたとしても対応できるだけの力をつけなければならない。

 少しずつでもいい、今よりももっと、もっと強くなる。それで未来を変えられるならば、なんだってやってやろう。

 行くしかないし、やるしかない。負ける訳にはいかないし、最後の瞬間まで止まる訳にはいかない。

 

 僕は僕として、運命と戦う。そして勝ってみせる。

 

 ツワブキ・ダイゴという名前に、僕はそう誓った。

 

 

 




やめて!コルニのクリティカットと「ここが決めどき!」で、ルカリオのインファイトを強くされたら、闇のゲームでバンギラスと繋がってるタケシの衣服まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでバンギラス!あんたが今ここで倒れたら、ジムリーダーのメモのドロップはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、バディーズ技が打てるんだから!

次回、「タケシの衣服死す」。マルチスタンバイ!


要約:ゲーム内でやれる事と共に話題とネタまで尽きてきた。




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第五話、故に私にとって君は。(前)

人物紹介

ゲンジ
ずかんNo.373
なまえ/ゲンジ
タイプ/ろうれん
おや/ふめい
とくせい/せんちょう
あらゆることの かじをとるのが とくい
まじめなせいかく 57さいのとき
サイユウシティ で であった



 ルネシティ。

 海底火山の噴火によって隆起した土地に人々が住み着いたことで生まれたこの町は、海の真ん中に位置しているにも関わらず、周辺を山で囲まれ、個人で往来するにはダイビングかそらをとぶを使わなければならない僻地である。しかしそれと同時に、古くからの伝承と歴史が今もなお残る神秘の町でもある。

 中でも目覚めの祠と呼ばれ、町民達に「魂の転生する地」として神聖視されている場所には、そこに集う魂達に認められるほどの力が無ければ入れないとされており、腕の立つ事で有名なトレーナーでさえ、立ち入りを拒まれてしまうとさえ言われている。

 

 このルネに帰ってきてからの私は、必死に努力を積み重ねてきた。全てはカナズミで出来た唯一無二の友であるダイゴを超える為、延いてはコンテストマスターとチャンピオンを両立するという私の新たな目標の為だ。

 カナズミで得たノウハウを最大限活かし、仲間達に加えて自分自身のトレーニングも必死に行った。お師匠様からのレッスンで得た知識や経験も、何故それがそうなるのかを考え、効率の良い方法を探し、実践に移すことで以前よりも早く習得出来た。

 ダイゴ曰く、私は感覚よりも理論で覚える方が上手くいくタイプらしい。お師匠様は感覚派で、今まで教えを理解するのにかなり苦労していたが、そこに少しの手間を加えるだけで見違えるようになった。

 

 そうして修練を重ね、時折許しを得てノーマル及びスーパーランクのコンテストに参加する事で実戦での感覚を掴み、お師匠様に一人前のトレーナーだと認められた私は、より高いランクのコンテストに出場する事を遂に許され、旅立つ事となった。

 ホウエンを巡るにあたって必要な物は既に準備してある。出発前にお師匠様に別れの挨拶をして、いざ出発しようとしたその時。休業になっているはずのジムの扉が突如としてこじ開けられ、何者かが不法侵入してきた。私とお師匠様は突然の事に、しかし慌てること無くモンスターボールに手をかける。堂々とした足取りで姿を現したのは、意外な人物であった。

 

「やあ、久しぶりだね。ミクリ」

 

 実に3年ぶりの再会だった。

 

────────────────────────

 

 やってきて早々、ダイゴはお師匠様にバトルを申し込んだ。どうにも急いでいるようで、一刻も早く戦いたいらしい。それをお師匠様が悩みながらも了承した事で、私を立会人としたバトルが開始された。何故今日は休業中なのに了承したのかと聞けば、「恩人には礼を尽くすものだから」と仰っていた。ツワブキ家との間になにか親交でもあったのだろうか。

 

「では、ミクリ。審判はユーに頼むよ」

 

 出発は遅れてしまうだろうが、頼まれた以上は仕方ない……というよりむしろ有難かった。私も今のダイゴがどんな戦い方をするのか、彼とお師匠様が戦ったらどうなるのかは非常に気になっていたので、旅立つ前に間近で見られる事は僥倖である。もしも事後報告なんてされた日には、なぜもう少し出発を遅らせなかったのかと後悔する事請け合いだろう。

 

「アダンさん、バッジの数なんかに拘って手加減せず全力で来てください。でないと僕には勝てませんよ」

 

「ほう……私がリーグ規定に背かなければ勝ち目がない程にユーは強いと?」

 

 ダイゴの言葉を受けたお師匠様の圧が変わる。明らかに先程の一言に怒りを感じているが、ダイゴはその気迫にたじろぎもしない。それどころか、先程の発言が当然のことであると言わんばかりの表情で佇んでいる。

 今日のダイゴは何処か様子がおかしい。確かに彼は人よりも幾らか自信家なところがあったが、それ相応の努力はしていたし、少なくとも相手を挑発するようなトレーナーではなかったはずなのだが。

 

「……良いでしょう。ダイゴ君、私はユーの言葉を断れないだけの理由がありますからね。しかし……簡単に勝てるなどとは思わないで頂こうか」

 

 そう言って、お師匠様は普段はバトルで使うことの無いモンスターボールに手を伸ばすと、ラプラスを呼び出した。私もまだ一度しかあのラプラスとは手合わせをした事がないが、私のミロカロスでさえ一矢報いることが出来るかどうかという強さだ。明らかに本気を出している。

 

「エアームド、頼むよ」

 

 それに対してダイゴが繰り出したのはエアームドだった。どうやらこの三年の中で、ダイゴもまた新たな仲間を手に入れてきたらしい。

 

「ミクリ、バトル開始の宣言をしたまえ」

 

「はいっ!バトル開始!」

 

 そうして始まったバトルは、私の想定を遥かに上回る戦いとなっていった。

 

────────────────────────

 

 開始の宣言と共に、エアームドはラプラスとの距離を一気に詰めると、己の翼を硬化させて打ち据える。はがねのつばさを受けたラプラスはその素早い攻撃にやや怯みながらも、反撃のれいとうビームを放つ。エアームドはあっさりと回避するものの、背後の壁を通じて部屋全体が氷で覆われる。更にラプラスはれいとうビームとハイドロポンプを交互に放ち、フィールドを水と氷で満たしていく。

 水位の上昇に伴いトレーナー用の足場も上昇し、擬似的に氷河のようなフィールドが形成されていく。お師匠様の得意な戦い方は「自らの有利な状況を作り上げ、相手を翻弄する」事であり、それ故に水のイリュージョニストと称されている。私の目から見れば、この状況はダイゴにとって非常に不利だ。

 相性から行けばエアームドとラプラスは互いに五分五分、むしろ速度に優れ飛行能力のあるエアームドの方が有利であったが、ラプラスを含むお師匠様の手持ち達が得意とする水上・水中という環境を作られてしまった以上、それを突破する事は困難だろう。

 そう思っていたが、突如としてラプラスが苦しみだした。

 

(こうも巧妙に毒を仕込むのか……!)

 

 ラプラスがはがねのつばさを受けた場所が、濃紫に変色していた。その猛毒は受けたラプラス自身も気付かぬ間に身体を侵食しており、知らぬままにハイドロポンプという大技を使ったことで、かなりの苦痛を受けている。そんな状態のラプラスに対して、エアームドは無慈悲にも更なる攻撃を加えようと直上より急降下しながら襲いかかる。

 ラプラスもそれを食らう訳には行くまいとエアームドを至近距離まで引き付けてれいとうビームを放つが、それを紙一重で躱すと共に、身を翻すようにして翼を叩きつけられる。しかしそれと共に上空から氷柱が落下し、エアームドの体に直撃した。

 お師匠様は回避されることまで見越しており、敢えて真上を取らせることでれいとうビームによって発生した氷柱による反撃を考えていたのだ。

 氷柱によって怯んだエアームドに対して、ラプラスは最後の力を振り絞りほろびのうたを口ずさむ。それを耳にしたエアームド、そしてラプラス自身も、その特殊な音波によって意識を失った。

 

 それぞれ倒れたポケモンに労う言葉を掛けながらボールに戻すと、新たなボールに手をかける。続いて現れたのは本来とは色の異なるボスゴドラ、それに対してお師匠様はナマズンを呼び出す。

 ナマズンは水中に潜り、かげぶんしんによって複数の虚像を作りながら、みずのはどうで光の反射を利用しつつ撹乱を試みる。ボスゴドラはただただまもる態勢をとり、攻撃を耐えているだけで反撃さえしようともせず、じっと何かを待っている。本来ならばボスゴドラにとって水タイプは相性が悪いはずなのだが、幾ら守りに入っているとはいえ何発も波動を食らって耐えている辺り、相当に鍛えられているのが見て取れる。

 ボスゴドラはそのままひたすらに攻撃を耐え続けるのに対し、攻撃を加え続けていたナマズンは、連続で技を使い続けた疲労によって動きが一瞬鈍る。

 その瞬間、遂にボスゴドラが動く。守りの態勢を解いたボスゴドラからはエネルギーが溢れ、その大半を乗せて放たれた拳がフィールドの水を吹き飛ばす。きあいパンチの衝撃は水のみならず、水中に潜んでいたナマズンすらも打ち上げた。ボスゴドラはそれを見逃さず、即座にエネルギーを再充填し、収束させてソーラービームを放つ。

 異常なまでの充填の早さに、かつて私も使った「みずのはどうによる光の反射」を今度はダイゴが利用し、打ち上げた水や氷、そして波動による光の反射によってエネルギーの蓄積速度を高めていたことに気付く。威力は流石に本来のそれよりも下がっているだろうが、きあいパンチのために充填していたエネルギーと複合する事で、ナマズンを仕留めるのには十分過ぎる程の威力を持った一撃を素早く放つ事を可能としたのだ。

 熱光線によって全身を灼かれたナマズンは、辛うじてあまごいによって吹き飛ばされた水を操作することで屋内に雨を降らせて後続に有利な状況を残しはしたものの、そのまま戦闘不能となってしまった。

 

 続けてお師匠様が繰り出したのはニョロトノ。ダイゴはボスゴドラから変えることなくバトルを続行する。

 ニョロトノはさいみんじゅつを仕掛けようとするが、それを受けたボスゴドラは自らを殴り付けることで無効化した。

 これ以上は効果がないと判断し、ニョロトノはハイドロポンプを放つ。指向性を持った瀑布と言わんばかりの水の奔流がボスゴドラに襲いかかり、その巨体を揺らす。

 しかし、突如として攻撃していたはずのニョロトノが倒れる。見ればボスゴドラの角には電気が溜まっていた。自らの受けている激流を通じて、かみなりをニョロトノの体内に打ち込んだのだ。それによってお師匠様のニョロトノは戦闘不能となってしまったが、ボスゴドラにも着実にダメージは蓄積しているようで、先程よりも息が荒くなっている。

 

「……先程の発言を訂正しましょう。ダイゴ君、ユーは強い。この私よりも、ね」

 

 その言葉と共に、お師匠様の纏う雰囲気が先程よりも落ち着いたものになり、それと共にキングドラが現れる。

 

「しかしユーはそれだけのパワーを持ちながら、一体何を焦っているのですか?」

 

 その一言で、ダイゴの顔から余裕が消えた。

 キングドラがみずのはどうと共にれいとうビームを放つ。凍結された波動は鋭利な氷の刃と化してボスゴドラに襲いかかっていくが、ドラゴンクローの一振りで叩き落とされる。

 

「ユーには才があり、それを活かすだけの頭脳もある。まだ成人すら迎えていないにも関わらず、既にその力量は私など遥かに凌駕していると言っていいでしょう」

 

 キングドラのかげぶんしんによって生み出された虚像がボスゴドラに突撃を仕掛ける。ボスゴドラはその影分身をアイアンテールで掻き消そうとする。しかし分身の中には氷塊が隠されており、それは砕けるとボスゴドラに纏わりつき、その身体を凍結させていく。

 

「そんなユーが、一体何に焦って……いや、何を恐れているのです?」

 

「……ボスゴドラ、はかいこうせん」

 

 ダイゴは答えない。

 ボスゴドラの全身を覆っていた氷が瞬く間に溶け、砕け散る。中からは全身の装甲が赤熱する程に膨大なエネルギーを溜めたボスゴドラが姿を現し、先程のソーラービームとは比較にならないほどの光線を撃ち放つ。

 キングドラはそれに辛うじて反応し、紙一重で回避するものの、その凄まじい熱量は間近を通り過ぎるだけでも身を焦がす程の熱波となって襲い掛かった。避けたにも関わらずダメージを食らうという矛盾を前に、しかしキングドラは自身のプライド故か、その痛みに耐えて立ち上がる。

 対してボスゴドラは自身の技の反動によって体力を削られ、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる。みずのはどうとハイドロポンプを受けたことによるダメージの蓄積に加え、はかいこうせんのエネルギーによる自身の赤熱化という相当な負荷のかかる行動を取ったのだ。限界が来るのも当然と言えた。

 

「ありがとう、ボスゴドラ。次は……」

 

「もういいでしょう。これ以上の勝負は無意味だ」

 

 新たにポケモンを繰り出そうとするダイゴを、お師匠様が制止する。そして懐からバッジを取り出すと、ゆっくりと近寄ってそれを手渡した。

 

「この勝負は私の負けです。ユーにはとても勝てそうにない。それに不甲斐ない話ですが、どうにも私にはユーのトラブルを解決してあげることは出来ないようだ」

 

「……バトル、有難う御座いました」

 

 ダイゴは顔を曇らせたまま、足早にジムを出ていく。遠ざかっていく後ろ姿は今にも消えてしまいそうな程に脆く儚い。気が付けば私は、そんな彼を黙って見ていられずに後を追いかけて駆け出していた。

 

────────────────────────

 

 ダイゴを追い掛けた先、辿り着いたのは目覚めの祠だった。彼が祠の中に入っていこうとする直前、私は何とか追いついてその腕を掴む。

 

「……ミクリ、悪いけど今は君に構っている場合じゃないんだ。離してくれ」

 

 間近で見た彼の顔は明らかに疲弊していた。かつてのような覇気がない。強いて言えば、まるで何かに脅されているような、そんな表情だ。

 

「さっきのバトルの時もそうだったが、今日の君はどこか様子がおかしい……一体この3年間で君に何が起きたっていうんだ」

 

 私が知らない間にダイゴは変わった。

 その強さは別次元のものになり、お師匠様に対してさえ真っ向から打ち勝つほどに鍛え上げられている。それこそ私とは天と地ほどの差だ。

 だがそれと引き換えに、彼はなにか大切なものを失ってしまったように思えてならない。かつての彼は年齢不相応に老成した部分がありながらも、色々な物事を真剣に捉え、興味の赴くままに私を引っ張っていってくれた。私はそんな彼に、自分とは違う眩しさを感じていた。だが今の彼からはそれを感じる事が出来ない。

 

「……今はまだ、話せることは何もない。何も無いんだ」

 

 掴んでいた手を振り払うと、ダイゴは祠の中に入っていく。後を追いかけていこうとしたが、謎の力に阻まれて立ち入ることが出来ない。今まで試したことなど一度もなかったから半信半疑だったが、どうやら認められなければ入れないというのは本当だったらしい。こんな形で知りたくはなかった。

 中に入れない以上は外で出てくるのを待つしかなく、ただひたすらに彼を待っていたが一向に戻ってこない。日が傾き、月が出ようかという頃になって漸く出てきたダイゴに声をかけようとしたが、彼はそのままメタグロスに乗って、二匹のエアームドと共に何処かへと飛び去っていってしまった。

 

 後に残された私は、ただ彼の飛び去った方に目を向けて、立ちつくすことしか出来なかった。

 

────────────────────────

 

「お師匠様……私は、どうすれば良かったのでしょうか」

 

 我ながら美しくない。一夜明けて、予定より一日遅れてこれから旅立つと言うのに、私の心の中は酷く澱んでいた。

 昨日の一件以降、私の頭の中をある考えが回り続けている。結局私は彼の信頼を勝ち得る程のものを持っていない人間だったのではないか、本当に親友だと思っていたのは自分だけで、ダイゴからすればそこらに転がっている石の一つでしかなかったのではないか。

 彼はそんな酷薄な人間ではない。そんな事は分かっているが、それでも可能性を否定しきれない自分がいる。

 何故なら私は彼の役に立っていないからだ。私はダイゴのように強くはないし、彼程才覚に溢れている訳では無い。知識でだって負けていたし、興味の幅が狭かった私と違って彼は様々なものを知っていて、それを私に見せてくれたし、教えてくれた。必殺技について聞いた時も、彼は様々なアイディアを即座に出すほどに創造性に富んでいた。

 そうやって私に色々なものを与えてくれた彼に返せたのは、せいぜい特訓相手としてトレーニングに付き合う事だったり、コンテストでの見栄えを重視したテクニックについて語った事くらいだ。

 今にして思えば、与えるものよりも貰うものの多い、釣り合いの取れていない関係だった。それでも気にならない程に私は日々が楽しかったし、バトルの中の美という新たな境地に至れたことを喜ばしく思っていた。トレーニングの中で彼に追いつけているという実感も確かにあった。

 だがそんなものは瞞しだったのではないかとさえ思えてしまう。私にはそれが怖くて堪らない。まるで自分だけが置き去りにされているような気分だ。

 

「……ミクリ、私は君に謝らなければならないことが一つある」

 

 不意に、お師匠様が私の肩に手を置いて語りかけてくる。困惑した。私は謝られるようなことなどお師匠様にされた覚えは無いのだ。

 

「ユーが……いや、君が旅立つ前に、私が君をカナズミに送った真意を話しておこうと思う」

 

 お師匠様がイリュージョニストである自分、即ち舞台に立つ人間としての口調を崩してまで話をするのは珍しい事で、その僅かばかりの驚きに、頭の中で渦を巻き続けていた思考が少し収まる。

 

「私が君のことを弟子として選んだ時、君が私に言った言葉を覚えているかね?」

 

「姉のようになりたい……ですか?」

 

 私の年の離れた姉は、嘗てはとても高名なコンテストスターだった。自身とポケモンの見目麗しさ、そして磨き上げられたテクニックで観客を魅了し、様々なコンテストで優勝を果たしていく稀代のコンテストアイドル。しかし彼女はマスターを目前に、突如として引退してしまった。理由は私も詳しく知らない。ただ何かに酷く悩んでいて、それが原因となって辞めたことは確かだった。

 今はホウエンを離れ、アドバイザーとしてシンオウ地方のコンテストに携わっている。

 そんな彼女の舞台を見た私は、幼心にコンテストの道を志したのだ。

 

「ああ、君は確かに私にそう言ったが……実の所、私はそうなって欲しくはなかった」

 

「私にコンテストの道を歩んで欲しくはなかったと?」

 

「いや、違う。言い方が悪かった。ミクリ……私は君に可能性を感じていた。バトルとコンテスト、その両方において頂点に立てる器が君にはある。傲慢な言い方だが、私は君に挫折を味わう様な生き方をして欲しくなかったんだ」

 

 真剣な面持ちを崩すことは無いが、何処か恥ずかしげにお師匠様は言葉を続ける。

 

「私も多くの挫折を経験してきた身でね。ジムリーダーの座を勝ち取るまでには何度も酷い負け方をして、挫けそうになったものだ。コンテストにおいても、私のパフォーマンスは最初は認められず、酷い時にはイシツブテを投げられた事もあった」

 

 私の肩に置いた手を離して、懺悔するように言葉を紡ぐ。

 

「だがミクリ、君は違う。君には最初から、私や君の姉が苦労して手に入れた全てがあった。だからこそ、君にはただ成功だけを知っていて欲しかった、途中で道を諦めるような事になって欲しくなかったんだ」

 

「でも、挫折しなければ得られないものだってあります。私は……僕は、あの日コンテストに負けて、だからこそダイゴに出会えた。彼のお陰で新しい可能性を見出すことが出来たんです」

 

 確かに、あの敗北は悔しかった。怒りが湧き上がるのを感じたし、こんな事が許されて良い訳が無いと、そう心の底から思った。だがその経験があったからこそ、僕とミロカロス……あの時のヒンバスは、絶対に彼らを見返してやろうと思えた。僕がコンテストマスターを目指しているのは、ただそうなりたいからじゃない。自分達が上に立って、コンテストの在り方を変えるためだ。

 

「私も失敗して初めて気付く事もある、という事を失念していたよ……あの時の私は君に苦悩のないキャリアを送らせる事に拘泥して、君の心を支えるという師匠として当然の役目を果たせていなかった。何時謝るべきか、話すべきかと考えているうちに3年も経ってしまったよ……。本当にすまなかった」

 

 お師匠様は、僕に深々と頭を下げた。

 

「お、お師匠様!?顔を上げてください!」

 

 僕が慌ててそう言うと、それでもすぐにではなく、ゆっくりと頭を上げる。お師匠様の顔は、いつもより晴れやかなものとなっていた。

 

「私をお師匠様と呼ぶのは今日で終わりだ。これから君は弟子ではなく、後継者としての道を歩んでいくのだ」

 

 そう言うと、お師匠様は胸元からひとつの証を取り出す。それは次期ジムリーダーである事を証明する特別なバッジだった。

 

「ミクリ、君が今感じている不安や恐れと同じものを、これから何度も味わう事になるだろう。前へ進もうにも上手く進めない時だってある。転んでしまって、そのまま立ち上がれなくなる事だってある」

 

 そのバッジを僕の胸元に着けながら、お師匠様は言葉を続ける。

 

「だがそれを理由に諦めるか?足を挫き、泥に塗れ、苦しみに打ち震えたとして、それで目標を目指す事をやめるのか?」

 

 その問いに返す言葉を、僕はひとつしか持ち合わせていない。

 

「いえ、絶対に諦めません。望んだものは必ず手に入れてみせます」

 

 そう、悩んでいても仕方が無い事だった。確かに今の僕には、ダイゴの心を救ってやることは出来ない。彼の悩みを聞き、協力する権利すらないのかもしれない。だが例えそうであったとしても、諦めてしまってはなにも分からないまま終わってしまう。

 それは彼を見捨てるだけではない。過去の自分の気持ちにさえ嘘をつき、今の自分を騙して生きる事と変わりがない。私はそんな在り方は望んでいない。ならば選ぶべき選択肢は、進むべき道はただ一つだ。

 

「そうだ、それでいい。……ユーが素晴らしいアーティストとなって戻ってくることを期待していますよ」

 

 傲慢かもしれない。強欲かもしれない。それでも構わない。僕は……私は、全てを手に入れてみせる。コンテストマスターの地位も、チャンピオンの称号も手に入れる。ダイゴとももう一度友として語らえるようになってみせる。

 そしてこのホウエンの歴史に、ミクリという名前を刻み付けるのだ。

 

「行ってきます……アダンさん」

 

 燦然と輝く太陽と、それを反射して美しく煌めく波に祝福されながら、私の大いなる旅路は幕を開けた。目指す先は遠く険しいが、必ず辿り着いてみせる。それを(ミクリ)の誇りとする為に。

 

────────────────────────

 

「ミロカロス、れいとうビーム!」

 

 ミロカロスの放ったれいとうビームが、ボーマンダのかえんほうしゃを突き貫いて直撃する。当たった箇所を起点に全身を凍らされたボーマンダは、自らの吐いた炎と共に身体を回転させることで辛うじて氷を払い、反撃のドラゴンクローを振り上げる。

 しかし一手遅い。ミロカロスの繰り出すなみのりによって発生した波濤に飲まれ、ボーマンダはそのまま意識を刈り取られた。

 

「完敗だな……。よくぞここまでポケモン達と信頼関係を築き、鍛え上げてきた。見事というべきだな!」

 

 黒いコートに帽子を被った老練のトレーナー……ゲンジは己に相対する挑戦者、即ち私の勝利を讃えてくれた。

 

「儂がこのポケモンリーグで最後の四天王として挑戦者達に立ちはだかるようになってから、ここを越えるのはお前が2人目だ」

 

「知っていますよ。私はその1人目を追ってここまで来たんです」

 

 私はミロカロスをボールに戻すと、彼らを持ってきたアイテムで回復させ、チャンピオンの間へと繋がる扉へ手をかける。

 

「……ここまで来たんだ、勝てよ。お前にしかあいつは倒せん」

 

 ゲンジさんの言葉を背に受けながら、私は扉を開け放った。

 

 チャンピオンの待ち受ける部屋への階段は、それまでよりもずっと長い。一歩一歩、噛み締めるように登っていく。

 ここまで色々なことがあった。

 ルネシティを出発したはいいものの、最初に何処へ向かうかを考えていなかったせいで半日海をさ迷った事。

 うっかり寝坊してしまって、初めてのスーパーランクコンテストに遅刻しかけた事。

 せっかく貰ったジムバッジを川に落として、ポケモン達まで駆り出して必死で探した事。

 旅のついででルネの伝承に残る地を巡った事。

 様々なポケモンやトレーナー達と出会い、戦った事。

 カナズミに寄った折に、ジイさんと戦って初めて勝てた事。

 道中のポケモンセンターで姉から連絡が来て、私に姪が産まれたと知った事。

 修行に熱を入れすぎて、本当に熱を出してしまった事。

 熾烈な戦いを勝ち抜いて、マスターランクを制覇した事。

 アダンさんと本気のバトルをして、勝った事。

 

 どれもが、旅を通じて私の血となり肉となってきた大切なものだ。想い出というものは往々にして美化されるものではあるが、だからこそ私は思う。美化されない想い出などない。その美しさが、より自分を強くしてくれるのだ。私はそう信じている。

 3年という歳月。時間をかけて経験を積んで、そうしてやっと、自分の中で挑戦するだけの水準に達したと感じられる所まで来た。そして今日、このホウエンリーグを勝ち進み、遂にチャンピオンに挑む。

 

 階段を登りきり、目の前の扉を開く。

 巨大な六角形のフィールドの中心に佇む男が一人。

 

「私が……私こそが!ここまで勝ち進み、君を倒す為にやってきたチャレンジャーだ!」

 

「……いつか、君ならここに来ると思っていたよ」

 

 以前と変わらず物鬱げな表情をしたチャンピオンは、自身のモンスターボールにゆっくりを手をかけながら、呟くように言葉を零す。

 

「言いたい事は色々とあるが、生憎私はそれを上手く伝えられる程、口には自信が無くてね。だから……バトルしに来た。お互いトレーナーなんだ、バトルでしか分かり合えないことだってあるだろう?」

 

 だから私は、そんな彼に引っ張られないように、力強く。ボールを握りながら勇んで言葉を返す。互いにモンスターボールに手をかけたことで、試合開始のカウントダウンが始まる。

 

「私は今日、君を越えるよ。チャンピオン(ダイゴ)

 

 カウントがゼロになると共に、私達は互いのポケモンを繰り出した。

 

 

 




ポケマスネタが色々な意味で尽きてしまったので真面目な後書きをば。

今話がミクリ視点となった理由は2つあります。
一つは、単に僕に疲弊している大誤算の視点で物語を面白く書く能力が無いからです。
普通に無理です。鬱屈した人間の一人称視点でやれることが今一つ思いつきませんでした。
もう一つは、時間軸をぶっ飛ばすのにこの方が書きやすかったからです。
本来考えていたプロットだと、ホウエン巡りはもっとゆっくりやっていくつもりだったのですが、本編キャラのいないジム戦とか書く側も読む側もつまらなくなる気しかしないというのと、そもそも前話で書いたものの関係で元々あった序章の構想が全て吹き飛んでいったので、一気に6年端折ってしまうことと相成りました。その関係で今話中にも所々おかしいな、と感じる部分があるかもしれません。ご指摘いただけると助かります。
自分の実力不足で中途半端な内容になってしまい、申し訳なく思うばかりです。本当にすいません。

次回のチャンピオン戦で序章は終わります。



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第六話、故に私にとって君は。(後)

 ドククラゲを繰り出したこちらに対して、チャンピオンの一番手は、奇しくもかつてアダンさんとバトルした時と同じくエアームドであった。

 エアームドの刃の如く鋭い翼の一撃を、ドククラゲは自らの触手に毒素を保護膜のように纏わせる事で衝撃を殺し、更にバリアーによって斬れ味を鈍らせて受け流す。毒タイプと鋼タイプ、互いに毒の効かない状況ではあるが、ヘドロばくだんのように毒を半固形化する手段があれば、このように応用を効かせることも出来るのだ。

 距離を取ったエアームドに対して、今度はバブルこうせんを放ってフィールドを埋め尽くしていく。バブルこうせんによって撃ち出される泡はエネルギーを内包しており、泡が破裂する事で炸裂する。フィールド全体にばら撒かれたそれらは触れるだけで連鎖的に起爆する機雷と化し、エアームドの動きを阻害する。

 

「エアームド、エアカッターだ」

 

 チャンピオンの淡々とした指示と共に、辺りに飛び交っていた泡がエアカッターによって切断されて弾けていく。エネルギーが弾け、連鎖的に爆発していくが、エアームドはそれを空気の刃によって副次的に発生する突風によって遠くへ吹き散らす事で封じている。

 そのまま飛来した刃はドククラゲに一撃を与えるが、同時に超力の刃が放たれ、食らった技の倍の速度でエアームドに直撃した。

 ミラーコートによる反撃で一瞬怯んだ瞬間に、すかさずハイドロポンプを撃ち込む。回避しようとするエアームドの脚を、激流の中から飛び出したドククラゲの触手が掴んでしっかりとからみつく事でホールドし、ハイドロポンプの中に手繰り寄せるように引き摺り込んだ。更に全身を搦め捕られたエアームドは水流の凄まじい勢いも相まって身動きを取れないまま、急激に体力を失っていく。

 この戦法の為にドククラゲの触手は鍛え上げられており、触手の締め付けだけでも鉄塊を捻じ曲げる程の膂力がある。それに加え、毎日のトレーニングで伸縮性も他のドククラゲ達とは比べ物にならないほどのものを手に入れた。全体に毒の膜とバリアーを纏わせることで容易には傷を付けられない程に耐久力も増しており、一度引き摺り込めば脱出は不可能だと言ってもいい。

 だが突然、ドククラゲが己の触手をエアームドから離した。同時にハイドロポンプによって撃ち出されていた水が瞬く間に蒸発していく。激流を突き破って現れ出たエアームドの全身は紅く燃え盛り、神速の特攻を仕掛けてくる。咄嗟に防御を固めようとしたドククラゲの急所に直撃し、そのままドククラゲは倒れ伏した。

 エアームドは身動きが取れなかったのではない。ハイドロポンプを受け続けながらも、その鋭い目でこちらの急所を探りながらゴッドバードを放つ為の溜めを行っていたのだ。

 だがその為とはいえ長時間ダメージを受け続けたせいか、エアームド自身も耐え切れず、地面に爪を突き立てこそしたものの、そのまま崩れ落ちた。

 

「有難う、ドククラゲ。次は君だ、ホエルオー!」

 

 フィールドの1/3が、ボールから飛び出したホエルオーの巨体で埋め尽くされた。現れると共にホエルオーは力を溜め、ドククラゲの攻撃で散った水すらもかき集めて集束させる。

 

「頑張ったね、エアームド。出番だよ、ボスゴドラ」

 

 ボスゴドラが出てきたと同時に、全身全霊のしおふきを叩き込む。

 しおふきという技は強力ではあるものの、体力やその日のコンディションに左右され、更に使えるポケモンも少ない為に滅多な事では使われない。しかし逆に言えば体力を十全に残し、コンディションを常に保つ事が出来ればハイドロポンプすら凌駕する驚異的な威力を維持する事が出来るということでもある。殆どのトレーナーが実戦で使わない為に対応も難しく、奇襲性も高い。

 高い耐久力と様々なタイプの技を活かしてこちらを潰しにかかってくるチャンピオンのボスゴドラは、メタグロスと並んで特に警戒していたポケモンだ。

 例え卑怯だと言われてもこの一撃で潰しきる。そうでなければただでさえ薄いこちらの勝ちの目が更に薄くなってしまう。今日ばかりは美しさよりも勝利をリスペクトさせてもらう。

 

「読んでいたよ、その一手は」

 

 噴き上がる潮によって発生していた霧が晴れた先。そこには酷く傷つきながらも倒れることなく、ボスゴドラが依然として立ちはだかっていた。

 

「僕のボスゴドラは頑丈だからね、例えどんな攻撃でも一撃は耐えられる」

 

 ボスゴドラの全身が鈍く輝く。その鋼鉄の鎧が次々と剥離し、身を守る盾から敵を引き裂く剣となりてホエルオーの身体を切り裂いていく。

 何だこの技は。私は知らない。見た事も、聞いた事さえない。驚愕する私に対して、その技の名はメタルバーストだ、とダイゴは呟いた。

 

「僕達がこれまで一度たりとも人前で使ったことの無い技だ。……正真正銘の本気で、君を試させてもらう」

 

 チャンピオンの壁は、自分の想像よりも遥かに強大に立ち塞がっていた。

 

────────────────────────

 

 あの日、幻影の塔でビジョンを見せられた僕は、フエンジムを攻略した段階で一度ジム巡りを止める。113番道路でエアームドの番を仲間にした後でカナズミに戻り、必死でどうにかする方法を模索し続けた。

 2年半の間、今まで以上に過酷なトレーニングを積み、研究所からホウエンの伝承に関する書類を拝借して徹底的に読み漁り、なにか手掛かりが無いかと探し続けたものの、大したものは見つからない。何故かどの伝承にも具体的なことが示されておらず、まるで後から改竄されたかのように実態がなかったのだ。それにも関わらず、約3000年前のホウエンではこの地方が崩壊しかねない程の大災害があった事が地層などの研究から判明している。

 グラードンとカイオーガの衝突があったことや、それをレックウザが止めた事は恐らく事実なのだろうが、何故それが起こったのかを把握しきれない以上、下手に空の柱へ向かったり送り火山の珠を動かすことは出来ない。とにかく情報が足りない以上、僕が下手に触れてしまったせいで崩壊が早まるなんて事態になっては元も子も無いので手が出せないのだ。

 暗中を模索し続けるような状況ははっきり言ってかなり堪えた。毎日あの夢を見るのも尋常じゃなくキツい。ホラー映画なら繰り返し観れば耐性もつくものだが、フィクションじゃない上に感覚が生々しいので精神的に疲弊する。いつまで経っても変わらない悪夢で睡眠時間を削られ、ハードワークで身体も疲労し、そんな状態がずっと続くので心が荒んでいく。

 人や物に八つ当たりしてしまいそうになるのを必死で抑えながら、ホウエン各地を飛び回って色々と探し回っていたのだが、大した情報も掴めない日々が続く。色んな意味で限界を迎えた僕は、糸が切れたように倒れ込んだ。

 まあつまり何が起きたかというと、成人も迎えてない子供が過労で入院する羽目になりました。辛いね。

 医師曰く、過労死寸前まで追い詰められていたらしい。そのせいで一ヶ月入院させられることとなったが、3日で抜け出して各地の探索に戻る。捜索の目をくぐり抜けながら、目指した先は流星の滝だった。

 

 カナズミからそう遠くない場所に位置する流星の滝は、広い洞窟の中に滝があるというかなり特殊な場所である。内部は他の洞窟と違い明るい。なぜかまでは詳しく分からないが、とにかく明るいのだから仕方ない。

 ここに来た理由はただ一つ、書類や文献を漁っていく中で、極々稀に出てくる「流星の民」と呼ばれる民族の情報を求めてである。彼らに関する情報は極めて少ない。それこそ文献も50、60とあるうちの1つ2つで言及されている程度で、それもせいぜい2行も触れれば終わってしまう。余程の秘密主義だったのか、或いは何らかの組織や部隊の隠語だったのかは定かでは無いが、具体的にどういう事をしていたのかすら分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼等について言及されている文献が何れもホウエンにおける伝説や、遺跡について書かれた何十年も昔の古いものである事から、古代に起きた天地海の三体による戦いに何らかの形で関わっていると推測出来るという事である。それで、流星の滝という名前から関連があると踏んでやって来てみた訳だ。

 

 最深部に辿り着いた時、不意に深緑の玉がカバンの中からでも分かるほどに反応を示した。ここが当たりかと取り出しては見たものの、今度はすぐに反応が止んでしまう。ぬか喜びさせられるのは今の状況だととても堪えるから紛らわしい事するな。

 

「ふむ、珍しい事もあるものだな。よもやこのような所に来る人間が私の他にいようとは」

 

 やっと当たりを引いたかと思えばハズレだったのでかなり落ち込んでいたその時。不意に後ろから声をかけられた。振り向けば、そこには闇に溶けるようなローブを身に纏った何者かが立っていた。顔も体も覆い隠されており、性別も判別できない。

 その彼……便宜上彼としておく、は僕の手に持っている玉を見ると、何かを悟ったように言葉を漏らす。

 

「……萌葱色の珠を継承する者が此処にも現れたか」

 

「萌葱色の珠……この玉の事ですか?」

 

 ぽっと出のアイテムだったせいで完全に頭から抜け落ちていたが、萌葱色の珠と言えば確かレックウザを目覚めさせる事の出来るアイテムである。こんな形で関わってくるのかこの珠。

 

「ああ、その宝珠は我ら流星の民の儀式に使われてきたものだ。災厄の予兆と共に光り輝き、選ばれし者に未来を伝える珠……それを持っているということは、お前が預言者に選ばれた事の証左なのだよ」

 

「預言者?」

 

「宝珠に選ばれし預言者は導きによって託宣を受け、それを元に災厄の祓い手となりて龍神様と天を駆ける伝承者を探す。それこそが使命だ。とはいえ、今や流星の民の殆どがその使命を忘れているようだがな」

 

 使命だとしても毎日悪夢見せられたら堪ったもんじゃないんですけど!と言いかけたのを飲み込み、会話を続ける。話によると、流星の民には三つの使命があるという。一つは龍神様と呼ばれる何か……恐らくはレックウザを崇め、奉る事。一つは先代の預言者が取り決めた宝珠の儀式を突破し、新たな預言者となる者を育て上げる事。そして最後の一つが『御業』を伝承し、それを祓い手に授ける事で災厄を祓う事。

 なんだかいまいちよく分からなくなってきたが、とにかく流星の民は歴史の裏で色々と頑張っていたらしい。

 更に言えば、僕は流星の民ではないにも関わらず、預言者としての試練に打ち勝ったせいで選ばれてしまったという事のようだ。厄災の祓い手とは、僕の場合は恐らくはいずれ現れる主人公達の事だろう。彼らが現れなかった場合は……自力でなんとかするしかない。

 

「この地では三千年程前に起きた、グラードンとカイオーガの戦い。それに介入する形で龍神様を呼んだのも我々だった。我々はこのホウエンの地の歴史の裏で常に関わっていたのだ」

 

「するとここには流星の民が住んでいたから、流星の滝って名前がついたんですか?」

 

「いや……違うよ」

 

 先程よりも彼の声色が少し優しくなる。とは言っても何故かボイスチェンジャーにでも掛かっているかのようにフラットで、性別も分からないような声なので、本当に雰囲気でわかる程度なのだが。

 

「ここは墓場さ。グラードンとカイオーガを止めた、最後の伝承者のね。彼等はその勇姿を讃えてこの滝を流星の滝と名付けたらしい。そんな事をしても意味が無いだろうに、ね」

 

 その言葉を聞いたからか、ボールの中のネンドールから珍しくテレパシーが飛んで来た。彼は無口なので余り意思表示をしないのだが、今回ばかりは自分の事も絡んでいるからか珍しく反応している。

 あくまで意思を伝えられるだけで言葉として理解できる訳では無いので、フィーリングで翻訳しているのだが、どうにもネンドールにあの珠を託して幻影の塔を護らせていた嘗てのトレーナーは、彼等が塔に入っていくのを見届けると何処かへと去っていったらしい。恐らくはそれが最後の伝承者なのだと思われる。

 ネンドール自身は、グラードンとカイオーガとの戦いでは巻き込まれた人間やポケモン達の救助に回っていたらしく、具体的に何があったのかまでは知らないらしい。

 

「預言者に出逢えたのも何かの縁だ、最後に君の名前を聞かせてもらおうか」

 

「……僕はダイゴ、ツワブキ・ダイゴです」

 

「……そうか。私は……そうだな。キサン、とでも名乗っておくとしよう。ではな、ダイゴ。何れまた出会う事になるだろう」

 

 そう言って彼……キサンは、身を翻してその場を後にする。残された僕は、ひとまず今聞いた情報を全てメモに取りつつ、事態がやっと好転し始めた事の歓喜に打ち震えていた。

 そして流星の滝を出た所でジイ達捜索班に捕まり、厳重な警備の元で病院の個室に軟禁された。しかも夢で見る景色は特に好転していなかった。どうして。

 

 暫く経ち、化石の復元に成功したという報告が入ったのは退院した直後。つまり僕が最初に託宣とやらを受けてから2年と7ヶ月が経った頃だった。

 やっと手持ちが揃ったので、そこからはもう全力でアノプスとリリーラを鍛え上げた。とにかく野生ポケモンやトレーナー達と戦わせ、暇があれば他の手持ちともトレーニングを行わせ続け、休むべき時はしっかり休ませる。ご飯もいっぱい食べさせた。

 その結果、彼ら自身の資質もあってかアーマルドとユレイドルは半年足らずで他の手持ちにも負けない程に強くなった。パワーレベリング成功である。

 

 手持ちも整い、前よりかはまだ希望の持てる状況になってきたので久々にジム巡りを再開する。破竹の勢いで突き進んでいき、後はルネシティのジムを残すのみ……という所で、ポケモンセンターに僕宛ての手紙が届いていた。

 

『ルネへ向かうのであれば、目覚めの祠にその宝珠を持って入るといい。そこに君の知らなければならないものが遺されている』

 

 これ多分キサンからの手紙だな?

 ジョーイさんに聞いたところ、僕がいない間に変な黒い格好の人が残していったものらしい。あの人もしかしてずっと何処かで見てるの……。

 ハッキリ言って顔も姿もよく分からない、それどころか恐らく名前も偽名であろう相手を素直に信じるのもどうかという話ではあるのだが、流星の民の事やレックウザの事、何よりも萌葱色の珠を知っていた以上、彼の言葉の信憑性は高いのだ。

 相変わらず夢の中で見る景色は死屍累々の状況から何一つ変わっていない。3年、つまり1000回以上も同じ夢を見ていると流石に精神が麻痺してきたのか、最近は前よりも反応が薄くなってきている。それが我ながら怖いので、いい加減に何とかしないと色んな意味でやばい。

 という訳で、翌日には早速ルネの町へとやって来た。

 急ぎなので山をメタグロスに乗って越え、ジムにも鍵かかってたが、中にはちゃんと人がいるみたいなのでこじ開けて入らせてもらう。犯罪じゃないかと言われても知らない。ホウエンを救う方が大事だから仕方ない。まあジムバッジを集めるのは半ば寄り道になってしまっている訳だが。

 中ではアダンとミクリが何やら真面目な話をしていたらしい、邪魔しちゃったみたいなので早めに終わらせよう。

 

 やめてよね。バトル中に精神攻撃受けたら、僕がそれに耐えきれるわけないだろ。

 思わず走って出てきてしまった。

 信じさせるだけの材料が無さすぎて、下手に打ち明けると僕が病気扱いを受ける羽目になるので言えないということをわかって欲しい。言ってないんだからわかるわけなかった。

 とりあえずバッジの制覇自体は出来たので、このまま目覚めの祠に寄ってカナズミに帰る事にする。後でルネジムにはお詫びの品を送っておこう……。

 祠の前まで辿り着き、入ろうとしたところで誰かに腕を掴まれ、引き止められる。

 僕の腕を掴んだのはミクリだった。

 

「ミクリ、悪いけど今は君に構っている場合じゃないんだ。離してくれ」

 

 正直さっきの今で合わせる顔が無い。どうしよう。

 

「さっきのバトルの時もそうだったが、今日の君はどこか様子がおかしい……一体この3年間で何が起きたっていうんだ」

 

「今はまだ君に話せることは何もない、何も無いんだ」

 

 ミクリなら信じてくれるかもしれないが、どの道話した所でどうにかなる問題ではない。せめてこの祠になにか証明になるようなものがあれば話も出来るかもしれないが、今までその類の物が見つかってない以上、恐らくここにもないだろう。

 とにかく今は祠に入るのが先決なので、ミクリの手を振りほどいて中へ入っていく。彼なら追いかけてくるかな、とも思ったが、意外にも追いかけては来なかった。こういう時は結構しつこかったのになぁ……。不思議。

 祠の中に入って暫く進んで行くと、珠が輝き始めた。奥に進むにつれて輝きを増し、最深部に辿り着く前には目に悪いくらい光り輝くようになっていた。多分フラッシュよりも眩しい。

 

 最深部は地底湖となっていた。珠が発する光を差し引いても、ここは何故か異様に明るい。果たしてここで見つけるべきものとは何なのか、全体を見て回ったがどこにもそれらしきものは見当たらない。嘘だったんじゃないかと思いかけたその時、壁の一部分が崩れ、下に何かが書かれているのを発見した。

 ゆっくりそこに近づき、壁に手を当てる。

 

 それと同時に、僕の意識はまたも飛ばされた。

 

 目を覚まし、身体を起こす。周囲はさっきまでいたはずの地底湖とはまるで異なり、荒廃した大地に崩壊した数多の建造物。そして絶え間なく降りしきる豪雨と、その雲の隙間から差し込む、何もかも焼き尽くさんばかりに強い陽射し。人はおろかポケモンすら見当たらない死の世界に放り出されていた……もう見飽きたよコレ、何回見せるのこの光景。

 とにかくいつも通り先に進んでいく。

 瓦礫の雨、崩れた森、震える山に凍りついた川。もうどれも見慣れてしまった。完全に破壊され尽くしたカナズミと、そこに住む人達やポケモン達の亡骸を見るのは今でも流石に堪える物があるが、最早吐き気も感じない。

 ミクリのミロカロス、ツツジのノズパス、トウキのハリテヤマ、テッセンのジバコイル、アスナのコータス、センリのケッキング、ナギのチルタリス、フウとランのソルロックとルナトーン、アダンのキングドラ。

 どれもがいつもと同じように、見るに堪えない姿で息絶えている。

 先へと進んで行けば、これまた変わらずグラードンとカイオーガの前に僕達が倒れ伏している光景が広がっているはずだ。

 

 だが今回は少し違う。

 道を往く最中、今までに聞き覚えのない咆哮が響き渡る。今まで幾度となくこの末路を見てきたから分かる。明らかにこれは聞き間違いなどではない。

 慌てて駆け出した僕が目にしたのは、グラードンとカイオーガを天空より見下ろし、彼等を焼き払わんとはかいこうせんを放つレックウザの姿だった。その頭の上には萌葱色の珠を持った男の主人公が乗り、もう一人の、つまるところは女主人公を背負っている。その顔は憤怒と絶望に満ちていた。

 周囲には相変わらず死屍累々といった様子で僕達が転がっている。何が原因かは分からないが、どうやらここに来た事で未来が少しマシな方に変わったらしい。凡その所、ちゃんと萌葱色の珠を主人公に託してレックウザの力を借りる事には成功はしたが、僕の努力が足りなかったが為に時間稼ぎすら出来なかった……という所だろうか。笑えない話である。

 最終的にレックウザを呼び出し、グラードンとカイオーガを止める事さえ出来れば救われる訳では無い。むしろその程度の違いでは結局大差がない。僕の最終的な目標は、犠牲を限りなくゼロにしてあの2体を封印し直す事だ。莫大な被害が出ている時点で何が起きようと負けであることには変わりがない。

 

 思考してる間に意識が戻ってきたので、今度は壁を引き剥がしていく。下から出てきたのは恐らく古代に描かれたであろう壁画だった。

 上段の空には緑色の長い蛇のような龍……多分これはレックウザで、その下の左半分は断崖に座する赤い獣……グラードンと、右半分は大波濤から飛び出た青い魚……カイオーガの姿が描かれている。その下にはそれらを崇める人々の姿があった。更にその人間たちの下には何かが描かれていたようだが、そこは削り取られてしまっている。

 そしてそれらの横には色々と書き記されているのだが、ハッキリ言ってまるで読めない。萌葱色の珠は先程よりも少し輝きが弱まり、あまり力を感じられない。この珠を翳した所で蒟蒻のように理解できるようにはならないだろう。出来る限り全ての文字をなるべく正確にメモに取り、その場を後にする。明らかに大事なことが書かれているというのに読めないのは尋常じゃなく不味い。まさかここに来て考古学の知識を要求されるとか想定外過ぎる。

 兎に角これをカナズミに持ち帰り、一刻も早く解読しなければならない。祠を出て直ぐに、エアームド達に周囲の警戒を任せつつメタグロスと共に空へ飛び立つ。ミクリには……また会う機会があればその時は謝ろう。

 

 カナズミに戻って一ヶ月、解読は遅々として進まなかった。理由は単純明快、誰一人としてこの言語を見た事が無かったのだ。古代ホウエンのそれよりも遥か古い世代の言語と推定され、どの研究者も存在すら知らなかった未知のものである為に全く読み解けないらしい。あまりの事態にこれを何処で見つけたのかと毎日デボンの考古学研究員から聞かれる始末である。

 なのでホウエンチャンピオンになってみました。いぇい。

 唐突だと思われるかもしれないが、これには3つの理由がある。

 一つは積極的にリーグ公認トーナメントやジム間の交流試合を開催、更にはダブルバトルを導入し、ホウエン全体のトレーナーレベルを能動的に底上げできる立場に就く為だ。いずれ来たる災厄に対抗出来るだけのチームを作る……即ち自分を含むジムリーダーや四天王達の練度を底上げし、結束力を高めていく。その過程で優秀なトレーナーを多く育成する事が出来れば、あの2体相手でも多少なり時間稼ぎが出来たり、避難の手が上手く回るようになるのではないか、という考えからである。

 一つはデボンの次期社長として立ち回っていくにあたって、チャンピオンという称号のネームバリューが非常に大きいからである。ポケモンやトレーナーに関連した製品を広く取り扱っている会社で、自分で言うのも本当にアレだけれども、その御曹司がホウエンチャンピオンの座に就いているとなれば商品の説得力は桁違いに跳ね上がるし、実質的な広告塔となる僕自身の発言力も必然的に高くなる。そうなれば僕の意向で事業を拡大する事も不可能ではなくなり、それを利用して考古学部門を大きくする事が出来れば、文書の解読を早めることも不可能ではないと考えたのだ。

 そして最後の一つは、僕のポケモン達の為である。僕ほどの頻度ではないが、彼らもまた珠の力で同じビジョンを共有していた為に精神的に疲弊していた。皆一様に僕と共に最後まで戦う覚悟は示してくれているものの、無理に走り続けていれば必ず何処かで壊れてしまう。そうならない為にも、彼等にトレーナーと共に戦うポケモンとしての達成感と、少しの休養を与えてあげたかった。幸いにも仕事が忙しい時期はエキシビションなどのバトルが殆ど無いので、その間は少し鍛錬を減らして、心と体を落ち着かせてあげられる時間を増やすよう努めた。それでも彼等は何かしていないと落ち着かないらしく、自主的にトレーニングしたりしていたらしい。それを僕の仕事中に預かってくれていたジイから聞いた時には、久し振りに少し泣いた。

 

 3年間色々とやり続けた末、少しずつだが古文書の解読も進んできた。まだ完全では無いもののペースは速まって来ており、このままならばそう遠からず全ての解読に成功するとの事。僕みたいな奴の為に皆頑張ってくれているのでとても有難い。

 ダブルバトルの導入に関しては、カントーのリーグ本部も新たなルールとして採用しようとしていたらしく、ダブルトーナメントなどを定期的に開く事で広く普及し、一般的なルールのひとつとなった。トクサネのジムはシングルからダブル専門のジムになったりもした。

 ジム同士の交流戦なども好評を博しており、今まで以上に連携が密になってきているという報告がリーグからも入っている。

 それによってか託宣の内容も少しづつ改善されてきており、街の被害が多少減ったり、ジムリーダー達の中から生き残る人が出てくるようにもなってきた。

 ついでに宇宙センターとも事業提携し、宇宙開発部門にも乗り出して成果を上げている。その流れでトクサネに家も建てた。宇宙センターとのやりとりの関係で、近場に寝泊まり出来る場所が必要だったからである。

 社内では僕を既に新社長として扱う流れが出来ており、親父もかなり乗り気になっているが、正直ホウエンが救えれば充分なのでその後は珍しい石とポケモン集めの旅にでも出たい。ぶっちゃけ仕事はとても面倒臭いのだ。発想がニートのそれだという自覚はある。

 あと、最近は部下達からの「休んでください」と「いつ寝てるんですかあなた」という言葉がひっきりなしにかかる。休んでる場合じゃないから今は必死に働きます。だからホウエンの事件を無事に乗り切れたら楽にさせてね。それまでは文字通り命懸けで頑張るから。

 

 連日の激務をこなしていた頃に、丁度電話がかかってきた。どうやらリーグにまた挑戦者が現れ、既に四天王を2人まで突破したらしい。基本的にチャンピオンはその地方のリーグで執務を行うものなのだが、僕の場合は会社の都合もあるので例外的に外への持ち出しが許されている。そして僕がチャンピオンの間にて挑戦者を待たなければならないのは、最低でも四天王が2人突破されてからだ。もう数ヶ月以上も電話がかかってきていなかった為、危うく迷惑電話だと思って無視しかけたが既の所で思い出せて良かった。

 

 いつもの移動と同じようにメタグロスに乗ってカナズミを発ち、サイユウシティへと向かう。そのままリーグの屋上に降り立ち、そこから中を通ってチャンピオンの間に入り、挑戦者を待つ。

 

 やってきたのは、ミクリだった。

 

「私が……私こそが!ここまで勝ち進み、君を倒す為にやってきたチャレンジャーだ!」

 

「いつか、君ならここに来ると思っていたよ」

 

 そして今に至る。

 

────────────────────────

 

 ホエルオーが倒れ際に放ったみずでっぽうの一撃でボスゴドラは倒れ、相討ちとなった。

 

「次は君だ、ルンパッパ!」

 

「漸くの晴れ舞台だ。行け、アーマルド!」

 

 アーマルドというポケモンは生で目にしたことは無いが、写真では見た事がある。確かデボンが化石から復元することに成功したポケモンと、その進化体の写真が公表された時のものだったか。

 

「その化石ポケモン、君の手持ちだったのか」

 

「まあね。……アーマルド、シザークロス!」

 

 全身が甲冑の如き甲羅で覆われたポケモン、アーマルドが己の両腕を交差させながら迫る。影分身によって一撃を回避したルンパッパは、かわらわりによって反撃を仕掛けようとするも、連続で周囲に放たれたロックブラストによって影分身ごと撃ち抜かれ、僅かに後退する。

 そこへすかさずアーマルドの鋭利な爪が切り掛かる。高速かつ何度も振り下ろされるそれは、次第に速度と威力を増してルンパッパを襲う。

 れんぞくぎりの猛攻を辛うじて避けながら、地中を通して根を絡みつかせ、ギガドレインを仕掛ける。養分を吸い取られたアーマルドは僅かに動きを止めたものの、すぐさま身体に纏わりついた根をきりさく。

 だがそれだけの隙が作れれば十分だった。

 

「ルンパッパ、ハイドロポンプ!」

 

 至近距離で激流が炸裂する。

 いくら古代の力を秘めたポケモンと言えど、この至近距離からの急所を狙ったハイドロポンプではひとたまりもないはずだ。

 だがアーマルドはその凄まじい破壊力を全身に受けながら尚、脚を前へ進め、ゆっくりとルンパッパに近付いてくる。確実に屠るだけの一撃であるはずなのにどうして効かないのか。私とルンパッパの判断が一瞬遅れてしまった間に、アーマルドの全身全霊のシザークロスが振り下ろされ、ルンパッパは己の身を引き裂かれて吹き飛ばされた。

 戦闘不能となったルンパッパをボールに戻し、ナマズンを繰り出す。間髪入れずに放ったなみのりを食らったアーマルドは、流石に限界だったのか倒れ伏した。

 

 続けてチャンピオンから繰り出されたのは、またも化石から復元されたポケモンとして見覚えのあるものだった。ユレイドルと呼ばれたそのポケモンは、続けて放たれたナマズンのなみのりを、まるで地面にぴったりと張り付いたように全く動く事無く平然と受け流す。水の中から放たれた蔓に無理やり捕らえられ、ギガドレインを受けたナマズンはあっさりと戦闘不能にまで追い込まれてしまった。

 

「私の残りの手持ちは2体……だがここから逆転させてもらう!行くぞ、ギャラドス!」

 

────────────────────────

 

 おかしい……なんか思ってたより遥かに強いぞミクリ……。この数年間コンテストでこそマスターに登り詰めてはいたものの、公式の場でバトルを全くしてこなかったミクリがここまで成長しているのは流石に想定外だった。

 なんならエアームドとボスゴドラでミロカロス以外は止められると思っていたので普通に驚いている。

 でもなんか楽しくなってきたから良しとする。

 

 ミクリが繰り出してきたギャラドスに対して、ここで長いことフィールドで待機していた罠を発動させてもらう。

 突如として何も無かったはずの床から大量の岩の破片が飛び出し、ギャラドスの体に突き刺さっていく。一つ一つは極小の破片なれど、それを大量に喰らえば当然無事では済まされない。

 

「なっ、これは……!」

 

「僕のエアームドは戦闘不能間際にこのトラップ……ステルスロックを発動していたんだ」

 

 ミクリの手持ちの中で、ステルスロックが効果を最大限発揮できる相手は相性の良いギャラドスのみ。この瞬間を狙って伏せていた一撃が見事に決まった。

 

「ユレイドル、げんしのちからだ」

 

 怯んでいる隙に、更に岩塊を射出して追撃を行う。流石に今度は避けられてしまったが、その避けた先にストーンエッジを配置して突き立てる。ステルスロックで使われた石を利用して作られた岩の剣を、しかし直前に察知して掠める程度に抑えたギャラドスは、自身の体をとぐろを巻くように高速で回転させてたつまきを起こす。回転の勢いのままに、ギャラドスはれいとうビームとみずのはどうを同時に放ち、フィールド全体を瞬く間に凍らせていく。

 さしものユレイドルもねをはる状態を解除し、体を揺らして回避していくが、少しずつ造り上げられていく無数の氷壁を前に逃げ場を失っていき、反撃に繰り出したげんしのちからは発生した竜巻に阻まれ、ストーンエッジは氷壁で止められる。こちらの動きは完全に封殺された状態となってしまった。

 

「そのまま氷壁ごとたきのぼりで打ち砕け!」

 

 竜巻に乗って加速したギャラドスは、そのまま超高速で氷壁を叩き壊しながらユレイドルを上空へかち上げる。というか明らかに威力と速度がおかしい。いくら自分で発生させた竜巻を利用しているとはいえ速度が上がりすぎている。

 

「気が付いたみたいだから言っておこう、私のギャラドスはたつまきと共にりゅうのまいを舞っていたのさ!」

 

 えっそれ両立出来るとかなにそれずるい。

 吹き飛ばされたユレイドルは最後の足掻きとして己の吸盤と触手を絡みつかせて全身全霊でしぼりとるが、再びのたきのぼりで天井に激突させられ、戦闘不能となった。

 

「さあ、これで数の上では再び並んだぞ……チャンピオン(ダイゴ)

 

「数が並んだからって勝てるとでも?」

 

「勝てる勝てないじゃない、勝つんだよ」

 

 あぁ、凄い懐かしいこの感じ。

 僕達は昔から負けず嫌いだった。バトルした後はいつもあそこをああすれば良かったのに、とか君のここが美しくない、とか言い合っていた。子供の頃……と言っても僕は精神年齢的には既に三十路だったが、の頃の純粋にバトルを楽しんでいた気持ちが少しずつ思い出されてくる。

 

「だったら僕も、君に負けてあげる訳にはいかないな……!行けっ、ネンドール!」

 

 互いに残るは二体、ここからが正念場だ。

 

────────────────────────

 

 ネンドールは古代から存在したポケモンとされ、連れているトレーナーも少ないが実際に見たことはあるし、タイプも理解している。相性だけでいえば確実にこちらが多少有利なはずだ。だというのに、ギャラドスが珍しく気圧されている。その異様な雰囲気は、今まで戦ってきたどのポケモンとも違う威圧感をこちらに感じさせてくる。

 ネンドールは全身にコスモパワーを纏わせる事でその防御力を高め、確実にこちらが与えられるダメージを減らしてくると共に、自在に動く両腕を駆使して全方位から光線を放ってくる。それらを時に躱し、時に相殺しながら少しずつ距離を詰めていく。

 ネンドールがげんしのちからを放ったのに合わせて、こちらもそれを突き破るようにたきのぼりを放つ。矢の如き速さで岩塊を叩き壊しながら迫るギャラドスを、しかしネンドールはこうそくスピンで受け流す。

 渾身の一撃を受け流された事で隙の生まれたギャラドスに、再びげんしのちからで生み出された岩塊が迫る。宙に浮いた状態のギャラドスはそのままたつまきを放って吹き飛ばそうとするが、先程よりも遥かに威力の増した一撃が横殴りにギャラドスを吹き飛ばした。

 

「パワートリック。防御に回していたエネルギーを全て攻撃に使って威力を高めさせてもらった」

 

「……だったら今、ネンドールの防御力は低くなっている。そうだろう?ギャラドス!」

 

 壁に叩きつけられ、動けなくなっていたギャラドスは、僕の声に反応してその身を立ち上がらせ、高速でネンドールへと突撃していく。

 咄嗟に張られたリフレクターを突き貫きながらたきのぼりを仕掛けて上空へと打ち上げる。だがそれだけでは終わらない。そのままダイビングに繋げてギャラドス自身を諸共に地面に叩きつける。本来ならば水上でやるコンビネーションなのだが、今回ばかりはこのまま押し通らせてもらう。

 地面に叩きつけられ、全身が罅割れたネンドールは最後の抵抗と言わんばかりにがんせきふうじを落し、互いがそれに巻き込まれる形で相討ちとなった。

 

「ここまで有難う、皆。……ミクリ、次で最後だ」

 

 チャンピオンの口角が上がる。彼は自分が負けて、チャンピオンの座を奪取されるかもしれないというのに笑っている。明らかにこのバトルを楽しんでいた。

 

「皆よく頑張ってくれた。……最後の手持ちが互いに昔と変わらないのは、私たちらしいと思わないか?ダイゴ」

 

 私も自然と笑っていた。何だか今まで彼にかける言葉を考えていた自分がとたんに馬鹿らしく思えてきた。

 

「ふっ、そうだね」

 

 簡単な話だ。自分の本音を最初からぶつければ良かったのだ。

 

「私達は、互いに色々あったと思う。6年という長いようで短い期間の中で、お互いに自分の目指すべきなにかを見てやってきたはずだ。でも結局、昔も今も大して変わらないのかもしれないんじゃないかとも思うんだ」

 

 恥ずかしがって、変に婉曲的な表現をしようとするから拗れてしまっていただけで、今も昔も彼に対して思うことは変わらない。

 

「だからこそ言わせて欲しい。ダイゴ、君は私の目標だった。あの日初めて会った日……初めてバトルしたあの時から、私にとって君は単なる親友じゃなく、超えるべき壁としてずっと立ちはだかっていたんだ。だから今日は絶対に負けられない。ここで君を超えて、私は最高のポケモントレーナーになる」

 

 堂々と言いきった僕に対して、ダイゴは少しの間目を閉じると、再び開眼して口を開く。

 

「そんな事言われたら、尚更負けられなくなるじゃないか」

 

 互いに最後のボールを構え、スイッチに手をかける。

 

「……メタグロス!」

 

「ミロカロス!」

 

 これ以上の言葉は不要。

 本気でバトルする(楽しむ)のみ。

 

────────────────────────

 

 メタグロスのコメットパンチが床を抉り、弾き飛ばす。流星の如き一撃を回避したミロカロスは己の尾ビレを鋼と化して叩きつける。アイアンテールを正面からバレットパンチで殴り返し、勢いを相殺しながらシャドーボールを発射するメタグロスに対し、ミロカロスもまたみずのはどうを放って迎撃する。

 至近距離での睨み合いは、気が付けば時折動作にフェイクを混じえながらの猛烈な乱打戦となっていた。

 メタグロスはてっぺきを、ミロカロスはじこさいせいを間に挟むことで互いに蓄積するダメージを最小限に抑えつつ、渾身の一撃を放ち合う。

 かつてよりも更に高度に昇華されたみずのはどうは座標の誤認を狙うだけでなく、屈折を利用して鏡像を作り出すなど洗練されているが、今更それに引っかかる程ダイゴとメタグロスも甘くはない。アームハンマーによってフィールドの床を叩き壊し、その衝撃で瓦礫を飛散させる事で波動を一気に吹き散らす。

 電磁加速によって超高速で打ち出されるコメットパンチを、ミロカロスは分厚い水の膜を張ることで守り、そのまま水を波に変じさせてのなみのりが繰り出される。発生した津波をメタグロスがはかいこうせんで蒸発させれば、次はれいとうビームが飛んでくる。それをひかりのかべを斜めに張ることで反射しつつ、サイコバリアーを纏った頭突きを仕掛ければ、ハイドロポンプをぶつけて勢いを殺していく。

 

「メタグロス、バレットパンチ!」

 

 ダイゴの指示と共に飛来する数多の弾丸の如き拳を至近距離で上手く躱しながら、ミロカロスは反撃のたきのぼりを放とうとする。その一瞬に、不意をつくような形でメタグロスからラスターカノンが放たれた。突然の砲撃に対応し切れずミロカロスは吹き飛ばされるも、途中で体を捻って上手く着地する。

 間髪入れずに放たれたアームハンマーを受け、更にミロカロスは吹き飛ばされる。息も絶え絶えという状況ながら、それでもミロカロスは立ち上がる。

 

「アレをやるぞ、ミロカロス。今度こそダイゴを驚嘆させるんだ!」

 

 まるであどけない少年のように指示を出すミクリに対し、ミロカロスもまた心の底から同意を返しつつ、技の態勢に入る。

 ミロカロスの撃ち出したハイドロポンプが、同時に発生させたふぶきによって凍結し、氷の槍として飛んでいくが、メタグロスはそれらをバレットパンチで叩き砕いていく。しかし今度は砕いたはずの氷は空に舞い上がり、あられとなって降り注ぐ。その間にミロカロスは大量にみずのはどうをばら撒くと、それをたつまきによって巨大な水の渦と変え、メタグロス目掛けて解き放つ。

 それはメタグロスを飲み込むと、ふぶきによって瞬く間に凍りつき、その身体を拘束していく。

 

「昔破られた技を使って勝てるとでも?」

 

「いいや。これはかつてのそれよりも進化し、完成されている」

 

 拘束を容易く打ち砕いたメタグロスに対して、ハイドロポンプが放たれる。だがそれは簡単に回避された……にも関わらず、メタグロスを撃ち抜いている。

 

「曲がるハイドロポンプ……!」

 

「私がかつてアイディアを聞いた時、君は色々な案を出してくれた。だがこれは敢えてそのどれでもない、私とミロカロスの弛まぬ鍛錬によって築かれたものだ」

 

 自由自在に動きを変えるハイドロポンプは、メタグロスを取り囲むとふぶきによって凍結していく。みずのはどうによって作られたそれよりも遥かに強固な氷の結界の中では、メタグロスさえも身動きを取る事が出来ない。そこへ再び作られた氷の槍が突き立てられていき、花の花弁のように美しく飾り立てられる。

 波濤の勢いを竜巻によって集約させたミロカロスが、己の体を回転させながら迫る。

 ミロカロスが怒涛の勢いで氷柱の中を突き抜けると共に、氷が粉々に砕け散り、吹き出した水と共に幻想的な景色を作り出す。白銀の結晶が花びらの如く舞散り、水は光を反射してそれを彩る。雪に咲く花の如きその世界は瞬く間に消えてしまうが、だからこそより鮮烈に人の心に残る。

 

「この技はダイゴ、君がいなければ一生完成する事は無かっただろう。故に私は、君のアイディアからこのコンビネーションの名前を取ることにした」

 

「……まさか」

 

「そう、これが私のオーロラ・エクスキューションだ!」

 

 完全に急所に当たった。思わず倒れ込みそうになるダイゴだったが、それを何とか堪える。

 

「その技名については後で話すとして……メタグロス、君はまだやれるだろう!」

 

 先程の一撃で凄まじいダメージを受けながらも、メタグロスはまだ倒れていない。奇しくも互いに満身創痍。次の一撃で確実に勝負が決まる。

 

「ハイドロポンプ!」

 

「コメットパンチ!」

 

 ハイドロポンプを纏ったミロカロスの突撃と、全霊を込めたメタグロスのコメットパンチがぶつかり合った。同時に凄まじい衝撃が発生する。吹き荒ぶ風によって煙が舞い上がり、2体の姿を覆い隠す。

 

 少しずつ煙が晴れ、互いの一撃がぶつかり合った場所には。

 

 メタグロスが立っていた。

 

────────────────────────

 

「あれだけ大口を叩いておいて結局勝てなかったか……恥ずかしい……」

 

 どう考えても適当に言った技の名前をそのまま使われた僕の方が恥ずかしいと思う。我が師の師ごめんなさい。

 

「でも曲がるハイドロポンプは流石に衝撃的だったよ。アレは本当に焦った」

 

「君を焦らせられるようになったのなら、まあ……長かった修行も無駄ではなかったか」

 

 はかいこうせんのようなエネルギーならいざ知らず、まさか水まで自由自在に曲げられるとかちょっと理解不能だったので本当に凄い。そんな唯一無二の技術があればコンテスト最優のマスターとか言われるのも納得である。

 

「……ミクリ。僕の我儘をひとつ聞いて貰えるかな」

 

 さて、ここからが本題だ。これを言えばミクリは確実に怒るだろうし、説明を要求されるだろう。場合によっては侮辱にも聞こえるし、下手をすれば絶交だってされかねないが、それでも言わざるを得ない。

 

「僕の代わりにチャンピオンの座に就いて欲しい」

 

「……待ってくれ、言っている意味がよく分からない。私は今しがた君に負けたはずだろう?その座はチャンピオンを下して殿堂入りを果たしたトレーナーにのみ受け継ぐ権利があるはずだ」

 

「さっきのは実質僕の負けだよ。正確に言えば試合に勝って勝負に負けたと言うべきかな。相手の知らない技を存分に使っておいてここまで競られたんだ。今は君の方が僕よりも確実に強い。だから最後は僕の棄権で君の勝ちって事で、どうかな?」

 

「ダイゴ、君の言いたいことは分かる。でもそれじゃあ私は納得がいかない。互いに全力を尽くして戦うのがポケモンバトルで、その結果私は負けた!それを覆すなんて事は私には……」

 

「頼むよミクリ、君にしか頼めない事なんだ」

 

「……そこまで言うなら理由を聞かせてくれ。その上で判断させて欲しい」

 

 ですよね。

 取り敢えず全て包み隠さず話す事にしようと思う。未来を変えるのに必要なものが少しずつ揃ってきた今なら、例え話したとしても希望はあるし、古文書さえ解読出来ればそれも立派な証明になるはずだ。彼は僕が下らない妄言の為に3年間も必死で行動する人間じゃないという事は……まあ多分、分かってくれているだろうし、そこも加味して前よりも多少は説得力のある話が出来る。100%信頼してくれるかはともかく、耳を傾けるくらいはしてくれるだろう。

 

 

 そうして全部話した結果。

 

「……俄には信じ難い話だが、ルネに伝わる伝承からいってもあながち嘘だとは言い切れない……。それに何より君の言うことだ、私は信じるよ」

 

 無事に信じて貰えました。というかこれ別に3年前にルネで会った時点で話してても問題なかったのでは……いや、ダメだ。目標を達成して成長していない彼がホウエンの末路を知るのは余りにも重荷が過ぎる。ミクリはなんだかんだ責任感が強い人間なので、このタイミング以外では逆に彼が潰れてしまっていたかもしれない。

 

「それで、私にチャンピオンの座を譲ったとして君はどうする?」

 

「実はね、既に当てがあるんだ」

 

 懐にしまってあった封筒から一枚の紙を取り出し、ミクリに見せつける。

 

「これは……推薦状じゃないか。それもタマムシ大学への」

 

「デボンの考古学部門からの伝手で知り合った教授がいてね、その人にタマムシで本格的に考古学の研究をしないかって誘われたんだ。あそこなら資料も一々借り受けたりしなくて済むし、古文書の解読も早く進むかもしれない」

 

 カントー地方にあるタマムシ大学といえば、世界でも有数の大学の一つである。特に携帯獣……平たくいえばポケモンに関する研究では右に出る大学がないと言われる程盛んに行われており、それに付随する形で古代のポケモン、ひいては考古学に関しても熱心に研究が続けられている。

 大学に入学するには最低でも成人済みである必要があり、その上で学力や実績などを基準に入学の是非が判断されるのだが、僕は既に12歳なので成人しており、更には大学側からの推薦もあるのでそのまま入学が出来るという訳だ。

 

「これからより多くの情報を集めるにあたって、確実に古代の知識が絡んでくる。一々解読に時間をかけなくて済むように、僕自身がある程度読めるようになっていた方がいいとも感じていてね。折角の誘いだし受けようと思っていたんだ」

 

「だが学業と仕事に加えて、更にチャンピオンとしての仕事まで遠方でこなすのは難しい。そうだろう?」

 

「それに、君の方が僕よりもトーナメントやエキシビションなんかの催し物を開くのは向いてるだろ?何せ『最優のコンテストマスター』なんて呼ばれてるみたいだし」

 

「まあ確かに、私のエレガントなパフォーマンスの方が人目は引くだろうが……それより君は本当にこれでいいのか?君にとってチャンピオンは通過点だったのかもしれないが、それでもここまでの努力は並大抵では無かったはずだ」

 

 惜しくない、と言えば確かに嘘にはなる。曲がりなりにも僕が自分を認識した時に思い至った最初の目標でもあるし、思う所は沢山ある。だがそれはまた勝ち取ればいいだけの話だ。

 

「フフ……何れ決着が着いたら、その時は僕が挑戦者として君に挑むよ。その方がきっと楽しいからね」

 

「だったら次は負けないように、私も更に腕を磨いておくするよ」

 

 僕には似合わなかったので、チャンピオンの玉座にずっとかけたままだったマントをミクリに渡す。うん、やっぱりこういうちょっとキザな衣装は彼の方が似合うな。

 

「引き継ぎの書類は全て予め作ってあるから、後は君が殿堂入りの登録を済ませれば、チャンピオンの座は無事に引き継がれる事になる。……後の事は君に任せるよ」

 

「私が君の分まで、立派に果たしてみせるさ。ホウエンの事は私に任せておいてくれ」

 

「有難う。それじゃあミクリ、また会おう。まあ定期的に様子は見に来るけどね」

 

「えっ」

 

 チャンピオンの間を後にした僕は、そのままレアコイルに掴まりサイユウシティから飛び立つ。カナズミのポケモンセンターで皆を回復させた後、用意しておいたスーツケースを持ってカイナシティから船に乗り込み、その日のうちにカントーへと旅立った。

 

────────────────────────

 

 薄暗い洞窟の中を、1人の少年が突き進む。

 自らの前に立ち塞がる黒服の男達を薙ぎ倒し、道行くトレーナーを薙ぎ払い、先へ先へと進んでいく、

 そうして彼が見つけたのは2つの化石と、その前に立つ一人の男。

 

「アンタ、トレーナー?」

 

 少年……黒髪に赤い帽子を被った少年は、眼前の男に声を掛ける。オレンジのシャツに茶色のフィールドベストを着込み、黒いニット帽を被って大きなリュックを背負った男は、少年の方を振り返ると笑顔で答える。

 

「僕はゴダイ、やまおとこのゴダイって言うんだ」

 

 ゴダイ……もといダイゴはサムズアップしながらも、冷や汗を垂れ流していた。

 

(どうしてレッドさんとエンカウントするんですか???)

 

 

 




遂にポケマスに飽きてしまったので、又も真面目な後書きをば。

これにて序章は終わりです。
前回の後書きでも書いた通り、当初の構想が粉微塵になって吹き飛んでいってしまったので、展開を短縮したり、設定を作り直したりした結果かなりぎゅうぎゅう詰めになってしまいました。

アンケートでは3686件もの回答を頂いた結果、このような形で4世代以降の技を使う事となりました。沢山の回答ありがとうございました。
並びに誤字報告をいつもしていただいている方々にも、ここで感謝の言葉を述べさせていただきたいと思います。いつもありがとうございます。
自分でも何度か読み返してから投稿しているはずなのですが、いただいた報告を見るとたまに頭のいかれた誤字があったりして、我ながら軽く引いたりしています。


次回からは大誤算、カントー編をお送り致します。(更新未定)




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カントー編
第七話、草と誤算と化石と炎。


人物紹介

エリカ
ずかんNo.045
なまえ/エリカ
タイプ/はなやか
おや/ふめい
とくせい/おじょうさま
まわり に ひと が あつまってくる
まけずぎらいなせいかく 10さいのとき
タマムシシティ で であった

ミツハル
ずかんNo.???
なまえ/ミツハル
タイプ/りかけい
おや/ふめい
とくせい/かせきマニア
かせき が すきすぎて つらい
せっかちなせいかく 15さいのとき
タマムシシティ で であった



 ホウエンをはるか離れてカントー地方。

 

 新天地での生活はハッキリ言ってしんどかった。

 昔は一人暮らしなんて当たり前にしていたので、今でも余裕で出来るだろうなんて高を括っていたが、三日で挫折した。

 炊事洗濯掃除に買い物、どれもこれもほぼ人任せで十二年間生きてきたのだ。旅をしている時だって宿泊は大概がポケモンセンターやホテルだったし、調理経験も精々ポロックを何度か作ってみたくらいで、自分の食事を自分で作った事なんてただの一度もなかった。

 ミクリでさえ弁当くらいなら作れるのに。

 ミクリでさえ弁当くらいなら作れるのに!!!

 詰まる所、僕には家事の能力がない。

 辛うじて掃除は人並み以上にこなせるのが幸いという有様だった。

 

 家事の殆どをポケモン達にやってもらう事でどうにか日々を過ごし、タマムシに引っ越して一ヶ月。遂に入学式の日がやってきた。

 僕の格好はいつものスーツ……ではない。オレンジのシャツに茶色のフィールドベスト、下はカーキ色の長ズボン。そして大きなリュックサック。

 所謂やまおとこのダイゴスタイルである。ここに黒のニット帽を被り、ゴダイという偽名を名乗れば完璧に別人だと言い張れる事間違いなし。

 何故そこまでするかと言うと、やはり自分がホウエンの元チャンピオンである事もあるのだが、それ以上にデボンの息子という立場の問題が大きい。

 ここカントー地方はデボンコーポレーションのライバル企業であるシルフカンパニーの膝元である。

 未だカントーにデボン製の商品が流通していないのはシルフカンパニーからの圧力があるからであり、そんな所で自分の名前を大々的に出せば、企業間の問題に発展しかねない。そんな事で万が一にも僕の目的を邪魔されるようなことがあってはならないのだ。

 僕を誘ってくれた教授には予め話を通してある。それはそれとして入学式では浮くだろうが、まあ大丈夫だろう、多分。

 

 で、実際に浮いていたはずだったのだが、一人の少女が壇上に上がった事で自分に向いていた視線が無くなったのを感じた。

 入学生代表として前に立ったその少女は、その場でただ一人だけ着物を身に纏っていた。その刺繍の細さや色彩からして明らかに高価な物である事が分かるが、かと言って自己主張は強くない。

 敢えて例えるならば、ひっそりと野に咲く花のような佇まいである。

 彼女の挨拶が終わると、誰に促された訳でもなく大きな拍手が巻き起こり、教員の方を見遣れば涙を流している者もちらほらと見受けられる。そんな反応に対して彼女はただ一礼すると、自身の元いた席に戻っていく。

 彼女の名前はエリカ。最早言うまでもないが、後にタマムシのトップとなる草タイプ使いのジムリーダーである。

 やっぱりジムリーダーになる人間は何処かしら濃くないとダメなんだなぁ、と改めて感じた瞬間だった。

 

 入学して早一年近くが経ち、後少しで年度も終わりという時期に差し掛かってきた。

 毎日やまおとこスタイルで通っている僕は、屋内でもニット帽を被ってるので若いのに頭皮がやばいんじゃないかとか、やまおとこの癖にレアコイルしか連れていないおかしな奴だとか、実は記憶喪失の天才考古学者だとか、とにかく色々な噂を立てられていた。

 普段レアコイルしか連れ歩いていないのは、カントーにいないポケモン……特にメタグロスやアーマルドやユレイドルを出そうものなら一発で正体がバレるからというちゃんとした理由があるのだが、それは流石に伝えようが無い。

 兎にも角にもその噂のせいか、一年もの期間があったというのに交友関係が全く広がっていない。必然的に人との会話もかなり少ない。

 強いて言えば僕を誘ってくれた教授とその助手、そして古代携帯獣学の研究で知り合ったミツハルという青年と喋るくらいなもので、それ以外の人からは話しかけられる事なんて滅多に無いのだ。

 正直、物凄く危機感を覚えている自分がいた。幾らなんでもちょっとコミュニケーション能力低すぎない?元々他者と接点を作るのが得意ではない自覚はあったが、流石に我ながら酷すぎる。

 極稀にあるお誘いも、研究で忙しいタイミングと重なっていたり、長期休暇には成果の報告やミクリ達の状況確認の為にホウエンに帰っているせいで、学生同士の集まりのようなものにまるで参加出来ていないのもかなり響いているように思う。

 流石に居心地が悪いので、何とか少しでも今の悪しきイメージを払拭して、人との繋がりを作れるようにしていきたい。だが帽子は脱げないし、レアコイル以外にちょうどいいポケモンも連れていない。フィールドワークに便利なので服装を変えるのも面倒だし、そも他人からの評価の為に自分の正体を明かすなんて事は以ての外だった。

 

「ミツハル、僕は一体どうしたら友達を……せめて知り合いを増やせると思う?」

 

「それをボクに聞くのか君は……それとも知ってて聞いてるのか?ボクの友達は九割くらい化石だぞ!」

 

「君が化石愛に生きてる人間なのは知ってるし、気持ちも分かる。でもそれはそれだ。何かこの大学で人と交流出来るようなイベントとか知らない?」

 

「……分かった、取り敢えず今度大学でやるバトル大会に出てみろよ!ボクも一緒に出てやるから!」

 

 タマムシ大学では年度末に一度、学生同士の交流を兼ねた大規模なバトル大会が開かれる。その優勝賞品は、大学側が総力を挙げて優勝者の願いをひとつ叶えるというものである。流石に限度こそあるものの、これを使って授業料を完全免除にした生徒や、個人的な研究費用を捻出してもらった生徒、果てはその権利で必須単位を全て賄った人間も嘗てはいたらしい。聞く所によると、あのオーキド博士も優勝した経験があるのだという。

 もしこの大会に優勝して、より多くの研究者の協力を取り付けることが出来れば、現状半分程度まで進んでいる古文書の解析を更に早めることが出来るかもしれない。それに加えて自分のマイナスイメージも払拭できて一石二鳥である。この案に乗らない手はなかった。

 

────────

 

 フィールドの中心に浮かぶレアコイルは、己目掛けて放たれるかえんほうしゃを容易く回避する。

 そして相手を翻弄せんと激しく動き回るウインディに対してかみなりを放つ。動きのパターンから移動先を予測し、狙い澄まして放たれた雷は、まるで吸い寄せられるようにウインディの急所を直撃する。

 ウインディはその一撃を耐える事も出来ずに、あっさりと倒れ伏した。

 

 大会も既に佳境に入り、多くのトレーナー達が激しい戦いを繰り広げてきた中で、まるで羽虫でも払うかのようにいとも容易く対戦相手を倒していくトレーナーが二人。

 一人は、入学式以来常に大学内の注目と羨望を一身に集め、文武両道、才色兼備と名高い草タイプ使いのエリカ。

 もう一人は、主に悪い噂に事欠かず、噂通りにレアコイルだけを連れて参加しているにも関わらず、当たり前のように勝ち進んできたやまおとこのゴダイ。

 周囲からの評価がまるで対照的な二人がぶつかったのは、準決勝での事だった。

 フィールドに立った二人は互いに言葉を交わすことも無く、ただ審判の合図と共に、己の仲間であるレアコイルとウツボットをそれぞれボールから解き放った。

 

 エリカは周囲から持たれている華やかなイメージに反して、堅実な戦い方をするトレーナーである。草タイプの持つ三種の粉による状態異常によって相手の動きを制限しながら、ギガドレインやまきつくで着実に体力を削り取るという戦術で、ここまでの試合を全て危なげなく制してきた。

 当然、トーナメントの中には炎タイプや虫タイプ等、手持ちとの相性が悪いポケモンも数多くいたものの、彼女はその尽くを返り討ちにしている。

 ポケモンバトルにおいて、相性というものはどう足掻いても変えようのないものである。極一部には例外も存在するが、少なくとも彼女はその類のポケモンを連れ歩いてはいない。

 しかしながら、エリカはその有利不利を覆す程の技量と戦術を、齢十にして既にモノにしていた。

 立ち振る舞いに相応しいだけの腕前を持ちながら、見栄えの良い技や一撃の大きい技に頼らず、確実な戦い方をする彼女に対して、観戦者達の評価は大会開始前よりも更に上がっていく。

 

 となれば、必然的に観客からの声援は全てエリカに寄せられる。

 若干一名ゴダイを応援する人間──この大学で出来た唯一の友人であり、共に大会に出たはいいものの二回戦で敗退したミツハル──もいるが、そんな彼も表立って声援を送る事が出来ない。周囲の全員が白と言っている中で一人だけ黒と言い張る程の度胸は無く、ただ小声で「がんばれー」と、どちらへの応援ともつかない言葉を呟くだけであった。

 

 そんなアウェーな状況に、しかしゴダイは笑っていた。嘗てはチャンピオンとして声援を受ける側だった自分が、ともすれば非難の言葉を浴びせられかけても可笑しくない状況に立っているというのが、面白くて仕方がなかったのだ。

 

「さあ、始めようか……レアコイル」

 

 ゴダイはレアコイルと共に、エリカのウツボットを真っ直ぐに見据える。相手が誰であっても手加減などするつもりは微塵も無い。

 バトル開始の掛け声と共に、レアコイルはスパークを放ちながら突進を仕掛けた。

 

────────────

 

 会場には今まさに、盛大なブーイングの嵐が吹き荒れていた。

 レアコイルは瞬く間にエリカのウツボットを倒すと、続けて現れたモンジャラも、技すら使わせずに倒してしまったからだ。

 大学側は一つの試合が長くなり過ぎない為の処置として、登録可能なポケモンを六匹、その中から試合毎に最大三匹まで選出するというルールを設けてある。それは即ち、エリカは既に残り一体という状況まで追い詰められているという事でもある。

 全員がエリカの味方と言っても過言では無く、彼女の勝利をこそ望んでいる観客たちにとって、嫌われ者と言っても過言では無いゴダイが圧倒的な優位に立っているという事実は極めて受け入れ難いものであった。

 集団心理というものは恐ろしいもので、誰か一人がブーイングを始めれば、周囲の人間にもそれが伝播していく。どちらが勝っても構わないと思っていたとしても、周りの動きに流され、自然とそう(ブーイング)しなければならないという義務感に駆られるようになっていく。そうして非難の波は広がっていき、会場を埋め尽くさんばかりに肥大化していく。

 絶え間なく飛び交う罵声の中で、渋い顔をするエリカと対照的に、ゴダイは依然として笑っていた。

 彼はプレッシャーに強かった。より厳密に言えば数年以上もの間、この程度のものでは比にもならない程の重圧を受け続けてきた為に感覚が麻痺していた。

 

(悪役レスラーになったみたいだ、テンション上がるなぁ)

 

 なんて呑気な事を考えている。

 そんな彼に対して、エリカは最後のボールよりも前に言葉を投げかけてきた。

 

「……お強いんですのね、貴方は」

 

「僕にも負けられない理由があるからね。……そんな事よりエリカさん、君はまだ本気を出してないんじゃないかな。全身全霊で来なければ僕には勝てないよ」

 

 その発言にエリカは一瞬驚いたような顔をすると、今度は笑顔で言葉を返す。

 

「そこまで仰るのでしたら……私も最後の一匹、存分にやらせていただきますわ」

 

 先程まで自分が持っていたボールを懐に戻し、別のボールを取り出すと、スイッチを押して放り投げる。その中から現れたラフレシアは、明らかに今までの二匹との格の違いを感じさせる強い圧を発していた。

 

「ラフレシアまで出したのですから……せめて一矢、報いさせていただきますわ」

 

 現れるや否や、ラフレシアがエネルギーを溜めて光球を放つ。高くまで上がった光は会場内を照りつけ、夏の屋外を想起させる程の強い輝きを作り出した。

 

「レアコイル、回避だ!」

 

 咄嗟の判断でその場からレアコイルを動かす。ゴダイの声に反応し、弾かれるようにその場から離れたのとほぼ同時。ラフレシアからソーラービームが放たれ、先程までレアコイルが浮いていた空間を焼き尽くした。

 ここまで派手な技を一切使ってこなかったエリカが初めて見せたソーラービームに、観客は皆歓声を上げる。だが既にその声はゴダイの耳にもエリカの耳にも届いてはいない。

 

 にほんばれとソーラービームの組み合わせは、シンプル故に非常に強力である。しかし同時に、定番とも言えるその組み合わせは対策されやすい。相手がにほんばれを使った後からあまごいなどでフィールドの状態を上書きする、ソーラービームに入るまでに先手を取って妨害する、そもそもにほんばれを使わせずに短期決戦に持ち込む等……誰でも思いつくが、それ故に誰にでも使いこなせる訳では無い。

 エリカとラフレシアはこの二つを成立させる為、にほんばれを発動するのと同時に光エネルギーの蓄積を開始する事で初撃発射までの隙を限り無く減らしていた。最初の溜めの動作をにほんばれを放つ為の動きと見せかける事で油断を誘い、乗った相手を無慈悲に撃ち抜く。

 その一瞬の攻勢の妙は、まさしく人喰い花(ラフレシア)に相応しいものであった。実際のラフレシアは人どころか虫すら食べないのだが。

 しかし回避される事すら想定内だったのか、エリカは顔色一つ変えることなく指示を出し、それを受けたラフレシアは間断無くソーラービームを連射する。

 対するレアコイルもかみなりを撃ち放ち、互いに紙一重で躱しながらの遠距離乱打戦にもつれ込んでいく。

 

「今です、ラフレシア!」

 

 均衡を破ったのはラフレシアだった。先程まで直線的にしか放つ事のなかったソーラービームを、薙ぎ払うように照射したのだ。攻撃の軌道が点から線に切り替わった事に対応出来ず、或いは回避にだけ集中していたならば避ける事も可能だったかもしれないが、その身を収斂した光の熱に焼かれたレアコイルの動きが止まる。

 その隙にラフレシアは、踊るような舞いと共にフィールド全体に花粉をバラ撒いた。

 どくのこなならば鋼タイプには効果が無い。

 しびれごなならば電気タイプには効果が無い。

 ならば振りまかれた花粉は間違いなくねむりごなだろう。今の状況でレアコイルがそれを吸い込んでしまえばどうなるかは、傍から見ていても明らかだった。

 しかしゴダイとて対策をしていない訳では無い。むしろ彼の人生の中で最も多く戦った相手は草タイプ使いだったのだ。主にとあるポケモンの胞子のせいで状態異常技が半ばトラウマになっている彼にとって、その対策をするのは当然の事であった。

 体勢を立て直したレアコイルは、その場で高速回転する事で風を発生させ、周囲の花粉を吹き飛ばす。

 こうそくスピンを維持したまま、次の動作に移ろうとしたその時。

 ラフレシアの花弁から放たれた一撃がレアコイルに直撃した。

 はなびらのまい。花弁にエネルギーを集中させ、凄まじい勢いで乱打を繰り出す技である。その威力はソーラービーム数発分にも匹敵するが、代償として使用したポケモン自身に極度の疲労を強いる為、これもまた使い手を選ぶ技だと言える。

 しかしそのリスクも、この技で決着をつけてしまえば何の問題も無い。

 

 一撃、二撃、三撃……回数に比例して威力は増していく。終わりのない連撃が僅かな隙も無く轟音と共に打ち込まれ続け、レアコイルに反撃は愚か逃げる暇さえ与えない。

 確かに草タイプの技は鋼タイプには効果が薄い。しかしそれも数を積み重ねれば、相手を仕留めるに足るだけのダメージを与える事も不可能ではないのだ。

 時間にして約一分以上もの間続いた攻撃の手が、遂に止まった。

 

「嘘だろ……」

 

 観客の一人が、思わず口から言葉を漏らす。

 息も絶え絶えのラフレシアの前には、依然としてレアコイルが浮いていた。

 当然無傷ではない。最初と比べれば明らかにふらついており、確実にダメージそのものは蓄積されている。だがそれでも、あの連撃を耐えてなお余裕がある事は誰の目からも容易に理解出来た。

 

 観客達が一斉にざわめく。いくら相性があると言っても耐えられるはずがない。では一体何故、レアコイルは戦闘不能になっていないのか。

 その場にいた誰もが、そんなはずは無いと否定したくなるような答えに行き着く。

 

 あのレアコイルのレベルは、ラフレシアの遥か上を行っているのではないのか、と。

 

「……参りました、などと言うつもりはありません。私達は最後まで戦いますわ、そうでしょう?ラフレシア」

 

 既に勝敗は決したと言っても過言ではない状況。だがエリカの中に降参という選択肢は無い。敗北を認めはするが、己から受け入れるなど言語道断。

 その性格はやはりラフレシアも同じであり、最早動かすのも困難な程に疲弊した身体を無理矢理に動かして、戦闘態勢を取り直す。

 

「レアコイル、でんじほう」

 

 ゴダイの指示を聞いたレアコイルは、万に一つも外さぬようにラフレシアに狙いを定める。ロックオンと共に、電磁力を一点に集束させた雷の砲弾が撃ち放たれた。

 

──────────

 

 準決勝を見ていた相手が、「どう足掻いても勝てる気がしないから」という理由で棄権した結果、最終的には不戦勝で優勝という事になった。イマイチ消化不良ではあるが、その報酬として他地方の考古学者の協力を取り付ける事に成功したので結果オーライという事にしておく。これで研究は更に捗るし、少なくとも大学卒業までには解読も完了するだろう。

 そこまではいい。本当にそこまでは思っていたとおりに事が運んでいた筈だったのだ。

 

 優勝者となった僕は、相変わらず誰からも声を掛けられない生活を送っている。何故かと聞かれれば、どうにも僕はやり過ぎたらしいとしか言いようがない。かつては若干の嫌悪感や好奇の目を向けられていたが、今では完全に恐怖心を抱かれている。

 肩書きというものは人の感じ方を左右する。例えば僕がホウエンリーグ元チャンピオンのダイゴとして大会に出ていたならば、この強さこそチャンピオンだ、なんて持て囃されていたのかもしれないが、今の僕はあくまで正体不明のやまおとこゴダイである。

 更に言えば、僕はカントーのジムバッジをひとつ足りとも持っていない。周囲からは得体の知れない人間が、説得力皆無な得体の知れない強さを持っている、としか認識されていないらしかった。とてもかなしい。

 

 大会が終わって数日、僕とミツハルがいつも通り研究室でポケモンと古代文明の関わりについて議論を交わしている時に、彼女は突然やって来た。

 そして手に持っていた写真と僕を間近で見比べると、何かに納得したように頷き、ブラフも何も無いド直球の言葉を投げつけてきた。

「貴方は……やはりダイゴさんですのね?元ホウエンチャンピオンの」

 

「!?」

 

 僕の正体が二人にバレた瞬間である。

 こういうのは良くない。本当に良くない。悪夢のお陰……なんて言い方はしたくもないが、大概の物事に動じない程度には強くなっていた筈の胃が久しぶりに凄く痛い。

 何故気付いたのかと聞けば、あれだけ非難が飛び交う環境の中で全く動じる事の無い精神力を持ち、鍛え上げられたレアコイルを連れていて、その上で自分がどこかで見た事のある若いトレーナーという条件から絞っていった結果なのだとか。残りの不確定要素は女の勘で補ったらしい。そんな事ある?

 実際の所、優れたトレーナーの中には並外れた直感を持っている人間も少なくは無いらしい。他のトレーナーが膨大なバトルの経験と知識を活用してやっと到達するはずの領域に、天才的な勘とセンスだけで踏み込んでいけるだけの素質を生まれつき備えた者達。必ずしもそういう人間ばかりが大成する訳では無いが、最適解を導く才能がバトルの強さに繋がるというのは頷ける話ではある。だからその才能をこんな事に使わないで欲しい。すこぶる心臓に悪い。

 

 その後は何故かエリカとミツハルが結託し、僕の正体を黙っている事の対価としてそれぞれ条件を提示してきた。

 まずミツハルの方だが、彼は僕のアーマルドとユレイドルを間近で観察したいらしい。カントーでは依然として、化石からポケモンを復元する技術が完全に確立されていない。復元に成功したポケモンこそいるものの、その極僅かな成功例の殆どは貴重なサンプルとして然るべき研究所に預けられており、研究者でもない人間が肉眼で化石ポケモンを見る機会は滅多に無いと言っていい。手持ちに加えているトレーナーなどほぼ存在しないだろう。

 ちなみに僕は権力でアーマルドとユレイドルを手持ちに加えた。社内での発言力、大事。

 

 そしてエリカの方は、この研究室への出入りを認める事を条件として言い渡してきた。

 カントー有数の名家出身である彼女は、しかし周囲から持て囃される事は余り好きではないのだと言う。草タイプ使いとして、ポケモントレーナーとして知識をより深める為に入学したにも関わらず、無駄に妄信的な取り巻きに囲まれ、碌にうたた寝すら出来ない窮屈な日々に内心辟易していたようだ。

 そして彼らの行動の中で、何よりもエリカが腹に据えかねていたのは先日の大会でのブーイングで、自分の勝負に水を差されかねない状況には彼女も内心どうしたものかと焦っていたらしい。

 普段は表に出さないが、そもそも彼女は極めて負けず嫌いである。だからこそ勝負の結果は公平でなければ意味が無いと考えており、もしもあのブーイングで僕が揺らいでいたならば、その場で試合を棄権するつもりだったのだとか。

 正直あの時は心の中で、(君達のバトルは素晴らしかった!コンビネーションも、戦略も!だがしかし、まるで全然!この僕とレアコイルを倒すには程遠いんだよねぇ!)とか言ってたくらいには真面目に取り合ってなかったので、個人的にはそこまで気にしているというのが意外なくらいなのだが。

 

 兎にも角にもエリカとしては息抜きの出来る場所が欲しいらしく、大会で優勝した結果として余計に人から距離を取られている僕が普段いる研究室は、単純に避難場所として都合が良いとの事。

 その程度の事で黙っていてくれるなら何の文句も無いので、二つ返事で了承した。

 

 研究室を訪れる人物が一人増える。即ち僕が会話する相手が一人増えたという事なので、大会に優勝して友達を増やす作戦は成功したという事にしてもいいと思う。わーい。

 

 

 ミツハルの要求は蹴った。

 

──────────

 

 学業に仕事、ポケモン達のトレーニングや古文書の解読に追われ続け、気付けば入学から約三年の月日が流れていた。

 古文書そのものの解読は後一歩というところまで来ているものの、グラードンとカイオーガを止める為の手がかりは依然として見つかっていない。それどころか壁画の内、削り取られていた部分に最も重要な事が書かれていた可能性がここに来て大きくなってきたのだ。あるものならば時間さえかければ理解する事も不可能ではないが、存在しないものはどうあっても理解できる訳が無い。

 やるせない気持ちを消化する為に、僕は連日連夜報告書の作成と解読作業に勤しんでいた。

 そんな僕に対してミツハルは、自分の代わりにお月見山で噂になっているという化石を探して来てくれと頼んできた。最初は断ったのだが、どうしても行ってくれと言うので仕方なく準備を整え、お月見山の洞窟内に入る事にした。

 今にして思えばミツハルは、僕が根を詰めているのを心配して息抜きさせようとしてくれたのかもしれない。

 折角なのでひとつくらいは化石を見つけて持って帰ってやろう思い、散策する事数十分。

 お月見山に化石がある事は遥か昔から知ってはいたが、まさか貝の化石も甲羅の化石も両方見つけられるとは思ってもいなかった……というか、これはもしかしなくても例のどっちかしか貰えない奴では?

 思い至るのとほぼ同時に、後ろから声を掛けられる。

 

「……アンタもトレーナー?」

 

 恐る恐る振り返る。そこに立っていたのは、赤い帽子を被った少年だった。無表情を絵に書いたかのような顔とは裏腹に、瞳にはこちらを焼き殺さんばかりの強い闘志が滾っている。

 

「僕はゴダイ、やまおとこのゴダイって言うんだ」

 

 どうしてレッドさんがいるんですか?????

 いや実際の所、まだ彼がレッドさんであると決まりきった訳では無い。が、お月見山の化石の前に現れる黒髪で赤い帽子の少年が他に居る可能性は一体どれほどのものだろう。どう考えても100どころか10,000万%の確率でレッドさんだ。

 もう背中の荷物を枕にして青空になりたい。どうしてこんな所で接触してしまうのか。もしかして本来なら理科系の男であるミツハルがこの化石を見つけ、レッドさんとバトルしていたのか。真相は闇の中に葬られたが、現在の状況は闇の中に葬れない。

 Q.研究室でレポート書いてたのになんでロードして戻れないんですか?

 A.レポートの意味が違うからです。

 そもそも電源を切る機能が無い。

 

「……レッド。それよりバトル、早くして」

 

 レッドと名乗った少年はポケットからモンスターボールを取り出すと、開閉スイッチに手をかける。

 やっぱりレッドさんじゃないか……。

 

「いやあの、ほら。僕は今ポケモンを連れてないから……」

 

「本当に?」

 

「本当だよ」

 

 嘘です。

 

「……じゃあ、仕方ない」

 

 どうやら諦めてくれたらしい。やや肩を落としながらボールを仕舞う姿には若干の哀愁が漂っている。正直にいえば僕だってバトルしたいけれども、身バレしたらどうなるか分かったものじゃないので避けざるを得ないのだ。許して。

 

「お詫びにこの化石、どちらか君に上げるよ。どっちが良い?」

 

 ついでなのでミツハルの代わりに僕がイベントを消化しておく。レッドさんがこの化石を使うかは分からないが、少なくとも僕が楽しいからいいんだ。

 言われたレッドさんはほんの少しだけ驚いたような顔をすると、ふたつの化石を交互に見比べ、貝の化石を指差した。

 僕は彼に貝の化石を手渡して、その場を立ち去ろうとするが、不意に声を掛けられる。

 

「お前等、化石をこっちに渡せ」

 

 声を掛けてきた集団は、全員黒い帽子を被り、胸元に赤いRの一文字がプリントされた黒い服を身に纏っていた。言わずもがなロケット団である。

 彼らは既にズバットやコラッタ、アーボなどのポケモンを所狭しと並べて臨戦態勢を取っていた。中でも目付きの悪い男が連れているカイリキーは並以上には鍛えられており、一般のトレーナーではまず間違いなく勝負にならないだろう事が見て取れる。

 

 相手が一般のトレーナーならば、の話だが。

 

──────────

 

「……リザードン」

 

 レッドの呼び出したリザードンは、瞬く間もない程の速度で周囲のポケモン達に技を浴びせ、気絶させた。降り立ったリザードンは自身の主であるレッドと共に、唯一攻撃に反応し防いだカイリキーと、そのトレーナーである目付きの悪い男を睨み付ける。

 

「……バトル、早く。アンタがいちばん強いんだろ」

 

 ともすれば殺意すら感じる程の鋭い眼光を前に、しかし男とカイリキーはまるでたじろぐ事も無く、バトルに備え構え直す。

 

「餓鬼の癖に中々やるじゃねぇか。だが俺らに逆らったって事は、覚悟が出来てるって事で良いんだよなぁ!?オイ!」

 

 男の怒声と共にカイリキーが動く。瞬間移動と見紛う程の縮地から、勢いを乗せたクロスチョップが放たれる。リザードンはそれに合わせて煙幕を口から吐き出し、文字通り煙に巻くと、瞬く間に背後を取ってつばさでうつ。しかしカイリキーはそれを耐え、リベンジとして大振りの拳を叩き込まんと放つ。

 リザードンはそれを一発、二発、三発、全てを紙一重で避けていく。

 

「つばさでうつ……!」

 

 レッドの指示と共に迫る翼を、しかしカイリキーは敢えて翼を身体で受け止め、四本の腕のうち二本に全霊の力を込めて掴み取った。

 離れられなくなったリザードンを、残り二本の腕で鯖折りするように締め上げ、更に動きを封じていく。ねっぷうを受けども、かえんほうしゃを受けどもカイリキーは腕を離す事無く締め上げ、そのままリザードンの両足裏に自身の足を絡ませ、車輪の如く回転しながらリザードンを地面に幾度と叩きつけていく。

 

「こいつァ只のじごくぐるまじゃねぇ……限界まで技を突き詰め、自分まで反動食らうようなチンケな技から昇華させた正真正銘の地獄車よォ!」

 

「……面白い」

 

「あァ?」

 

「強い相手とのバトルは……面白い……!」

 

 呼応するように、リザードンの尻尾の炎が一層激しく燃え上がる。地面に幾度と叩きつけられながらも、口から放たれた猛火はほのおのうずと化し、カイリキーの身体を焼き焦がす。

 技が決まり切っていた事で油断していたカイリキーは、不意の反撃に僅かに力が緩む。リザードンはその隙を着いて離脱すると、そのまま距離を取る。

 距離を取ったリザードンに対して、カイリキーは再び技を仕掛けんとするが、脚が思うように動かない。気付けばカイリキーは渦を巻く炎に身体を縛られ、身動きの取れない状態に追い込まれていた。

 

「これで終わりだ……きりさく!」

 

 リザードンの爪がカイリキーの胸元を深々と切り裂く。根性で耐えていたカイリキーも遂に限界が訪れたのか、地面に膝を突き、そのまま倒れ伏した。

 

「……僕の勝ちだ」

 

「あァ……テメェの勝ちだ」

 

 男はボールにカイリキーを戻し、負けを認めると、後ろの集団にも撤退するように命令を出す。先程の戦いを見て明らかに勝てる相手ではないと理解している為か、その動きは迅速だった。

 

「チッ……アポロの命令に従って来てみりゃこんな餓鬼がいるなんて、今日はついてねぇな……」

 

「アンタら、何者?」

 

「今更それ聞くか?……俺らはこのカントー地方を裏から操るロケット団、そして俺は幹部のヴァストクだ。……餓鬼、覚えとけよ。今回はテメェの強さに免じて退いてやる、強い事は正義だからな。だが次は本気でお前をぶっ殺す」

 

 ヴァストクは捨て台詞を吐いて部下と共に去っていった。

 ロケット団に目をつけられたレッドは、今後も彼等と戦いながら旅を続けていくことになるだろう。

 だがレッドの心には一片の不安も恐れもない。むしろ今まで以上に多くの相手と戦える事に喜びを感じていた。

 

────────

 

 タケシはどんな気持ちでレッドさんと戦ったんだろう。蚊帳の外の僕はキメ顔でそう思った。

 

 




色々あって期間が空いてしまいましたが、ダンバル入国決定記念に戻ってきました(激遅)。
次回も気長に待っていただけると助かります。


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第八話、そして人工の悪魔来たりて。

 お月見山を無事に踏破し、やって来たのはハナダシティ。水タイプを専門として扱うハナダジムの他、何故か異常な生態系が築かれているハナダの洞窟、法外な値段で品物を売り付けてくる自転車屋、名前がヤバすぎる金た……ゴールデンボールブリッジなど、色々と見所がある街である。

 

 僕はここでレッドさんと別れ、タマムシ大学に戻る事にした。彼の旅路の邪魔をするのは流石に悪い、より正確には僕の心臓に悪い。いやだって、ねぇ?

 レッドさんがポケモンセンターでリザードンを回復させている間に幾らか言葉を交わした後、物陰でエアームドに掴まってそらをとぶ。何故エアームドなのかと聞かれれば、万が一見つかってもジョウトにもいるポケモンなので多少誤魔化せるからである。最悪ホウエン地方出身の鋼タイプ使いとさえ思われなければ、まあそう簡単にバレることは無いだろう。エリカにはほぼノーヒントで見抜かれたが。

 暫く空の旅を続け、滅多に人の居ない自宅マンションの屋上に降り立つ。そのまま部屋に戻り、一度シャワーを浴びてから研究室に戻ると、部屋の中にはエリカしか居なかった。どうやらミツハルは別の用事で外に出たらしい。間が悪い。

 一先ず保管用のケースに仕舞われた化石をミツハルのデスクの上に置いておく。

 

「久しぶりだね、君がここに来るのは。随分忙しいだろうに」

 

「これでも手際は良い方ですから、息抜きする程度の時間は作れますわ」

 

 エリカは今、ジムリーダーと大学生の二足の草鞋を履いている。タマムシの顔としての役目をこなしながら、学業まで両立させるのは並大抵の事では無いだろう。というか尋常じゃない位にしんどい。僕もデボンの仕事を回しながら、チャンピオンとしてホウエン各地のイベントに出席したり、エキシビジョンマッチでバトルなんかもしていたのだ。その忙しさは痛い程によく分かる。

 というかもっと言えば、リーグチャンピオンになるよりもジムリーダーになる方が余程大変だと僕は思う。

 リーグチャンピオンになる条件は、各地方のジムを全て制覇する事でバッジを集め、四天王を全て打ち倒した上で前チャンピオンに勝つ事だけだ。

 こんな言い方をするのは失礼かもしれないが、極論バトルさえ強ければ誰でもなれるチャンピオンと違い、ジムリーダーになるまでの過程は長く険しい。

 

 まず初めにそれぞれのジムに認められる、推薦されるなどの形でリーダー候補生になる必要がある。当然後継者候補として公的に認められるのは簡単な事でなく、推薦を受けた上でリーグ監修の筆記試験に合格し、実技試験においても十分な成績を残さなければならない。

 そこから更にジムリーダーとしての仕事を学びつつ、バトル施設運営用の免許やその他複数の資格を取得。更には自分以外の候補生達との勝ち抜き戦を制し、最後に前ジムリーダーとのバトルに勝利する事で初めてジムリーダーになれるのだ。

 ちなみに他のパターンとして、ジムリーダーになる事が最初から殆ど決まっているパターンもある。一族経営のジム……カントーで言えばニビジムやセキチクジムがこれに該当する。この類のジムでもジムトレーナーやリーダー候補生を養成はするが、それ以上に血縁者に力を入れて育てる関係上、親類縁者以外がそのジムを引き継ぐ事はまず無いと言っていい。

 また、前ジムリーダーが運営に回っている場合に限り、資格取得の義務は免除される。無論前任が運営からも退くまでに資格を取得できていなければ権利は剥奪されるが。

 他にも既存のジムに四天王立ち会いの元で決闘を申し込み、勝利する事でジムそのものの権利を手に入れるという制度もあるが、こちらはそもそも事例が少ない。具体的な例として挙げられるのは、ヤマブキジムがこの制度を利用して、旧ヤマブキジムこと格闘道場からジムの座を勝ち取っている事くらいだろうか。

 単純な仕事の量や拘束時間でいえばチャンピオンもジムリーダーもそう差は無いのだが、地方そのものの顔でありどちらかと言えばタレントに近い扱いであるチャンピオンと異なり、ジムリーダーは各都市の管理や治安維持にも努めなければならないのだ。

 さしものエリカも多忙な日々には疲れているようで、普段よりも少し言葉に覇気が無い。

 

「それよりダイゴさん、貴方は何処へ行ってらしたのですか?」

 

「ああ、ミツハルに頼まれてお月見山にちょっとね」

 

 事の経緯を簡単に話す。

 お月見山で化石をふたつ見つけた事、レッドさんという強いトレーナーの少年に出会った事、ロケット団に絡まれたものの、レッドさんがリザードンで撃退した事。

 要点を掻い摘めばそんな所だろうか。

 話した中でも特にロケット団の話についてはかなり食い付きが良く、かなり質問された。最近になってロケット団の行動が突如として活発化しており、彼女がジムリーダーになってから、以前よりも改善されていたはずのタマムシの治安が、ロケット団の活動に巻き込まれる形で再び悪化してきているらしい。

 エリカはこの街のどこかに彼等のアジトがあるのではないかと考えて捜索してはいるのだが、それらしきものが一向に見つからず、場当たり的な対処をする事しか出来ないが為に、後手後手に廻らざるを得ない状況が続いているのだとか。

 流石に自分の住む街に関わる問題なので、僕自身もこの街の中……特にゲームコーナーとかゲームコーナーとかゲームコーナーとかを隈無く探ってみた事がある。しかしどのポスターの裏を見てもスイッチらしきものは見当たらず、何処から出入りしているのかまるで分からなかった。仮に違う場所にあるのであればもう完全にお手上げである。となれば、もっと別のアプローチで彼らのアジトを見つけ出さねばならない。

 

「実は私に良い考えがあるのですけれど……もし宜しければ協力して頂けますか?」

 

「僕に出来ることなら。それで、何をすればいい?」

 

 幸いにもエリカには既に策があるらしい。坂道を転がり落ちたり爆散するようなものでさえなければ、こちらとしては協力を断る理由が無い。

 作戦について詳しく聞こうとしたその時、間の悪い事にミツハルが戻ってきてしまった。

 

「なっ、ななななっ、かっ化石だ!これは化石だ!化石だな!?化石ってなんだ!?いや化石だ!!!!」

 

 本物の化石を前にして狂喜乱舞するミツハルを前に、僕とエリカはドン引きしていた。いや君がそういう人間なのは知っていたけれども、流石にテンション上がり過ぎじゃないかな。シンプルに怖い。

 

「ダイゴ!ダイゴくん!ダイゴさん!ダイゴ様!ありがとう……あ゛り゛が゛と゛ぅ゛……!!!」

 

 ミツハルは僕の方に振り返ると、号泣しながら縋り付いてきた。大の大人がこんな事で泣くんじゃない。いや本当に服が汚れるから、ほら早く離れて。涙と鼻水で服が酷い事になってるからやめて本当に。エリカも笑ってないで早く助けて欲しい。

 僕のボールから飛び出してきたレアコイルが、ミツハルにでんきショックを浴びせた事で事態は収まったが、空気感というかなんというか、色々と滅茶苦茶になってしまったので、ロケット団の件に関しては後日また話し合うという事で今日の所は解散した。

 

 その後ミツハルが意識を取り戻したのは翌日の昼過ぎだった。当然講義には遅刻していた。致し方無し。

 

──────────

 

「動くな。声を出したらどうなるか……分かるだろう?」

 

 全身黒づくめで、胸元に赤いRの文字が刻まれた服を着た男……ロケット団の下っ端は、路地裏で何者かに背後から襲われ、このカントー地方ではそうそう見かけないポケモン──エアームドの刃の如く鋭利な翼を首元に突き立てられていた。

 恐怖のあまり声を出しそうになるのを必死で抑え、男は頷く。

 

「宜しい。……決して振り向かずに服を脱げ。装備も全部だ。下着までは必要ない」

 

 要求の意図は分からないが、逆らえばどうなるかは火を見るより明らかである。下っ端は一心不乱に服を脱ぎ、その場に捨てていく。ベルトに纏めて装備されていた小型の無線機やモンスターボールもまとめて外し、文字通り身ぐるみを全て剥いだ状態となった。

 

「有難う」

 

 突然の感謝に困惑する下っ端の意識は、いつの間にか現れたレアコイルの電撃によって飛んでいった。下っ端を脅していた謎の男は彼が倒れてくるのを受け止めると、両腕両足を縄で縛って近くに転がす。男は先程まで下っ端の着ていた服に着替えると、今度はベルトに装着された無線機を取り外し、他の部隊に連絡を取った。

 

「タマムシ北東のポケモンセンター付近でイーブイを発見。繰り返す、タマムシ北東のポケモンセンター付近でイーブイを発見。現在対象はタマムシマンション屋上へ向かって逃走中、至急応援を願う」

 

『今はそれどころでは……待て、イーブイと言ったな?こちらD班、今すぐそちらに向かう!』

 

 その男は無線機を仕舞うと、傍に控えていたエアームドに掴まり、自身もタマムシマンションの屋上へと向かう。到着した先では既に、ロケット団員複数人が意識を失って倒れ込んでいた。……一人を除いて。

 

「思っていたよりも上手く行きましたわね」

 

「これで潜入は出来そうかな?」

 

 そう、謎の男の正体とは……ツワブキ・ダイゴです。

 エリカの立てた作戦を簡潔に説明すると、ロケット団員から服を奪って潜入するというシンプルなものだ。

 まず最初に僕が男の団員を襲撃し、服を奪う。その後で無線機を使って他の団員達を誘き寄せ、彼等の意識をねむりごなで奪ってから女性団員の衣服をエリカが奪う。そのまま彼らが居なくなった事がバレないうちにアジトに潜り込んでしまえば、後はもうこっちの物だ。

 スケジュールの調整や彼らの使うルートを粗方把握するのに一週間程かかってしまったが、今日ようやく作戦を決行に移したという訳である。

顔に関してはロケット団規定の帽子を被るのに加えてマスクをする事で誤魔化す。変装の完了した僕達はそのまま予め調べておいたルートを歩き回り、団員を見つけて話を聞く。

 

「すいません、私……アジトへの入り方を忘れてしまったのですけれど、もう一度教えて頂けませんか?」

 

「は?お前正気か?……まあ新人っぽいし仕方ねえな。ゲームコーナーの一番奥のポスターの裏にある壁を押し込んで、出て来るスキャナーでRバッジを認証すんだよ。お前らも持ってるだろ?」

 

「ご丁寧にありがとうございます。それでは」

 

 聞き終わるや否や、ボールから飛び出したラフレシアのねむりごなが炸裂する。驚く間も無く眠りについた団員から赤いR型のバッジを奪い、ゲームコーナーへと向かう。

 最奥のポスターを捲った裏の壁には、先程の団員の言っていた通りの仕掛けが施されていた。いくらなんでもノーヒントで見つけるの厳し過ぎない?

 出てきたスキャナーにRの形をしたバッジを翳すと、壁が縦に割れ、地下へ繋がる階段が現れる。

 僕とエリカは顔を見合わせると、互いにボールを構えて下の階へ突入していく。

 

 しかしそこは既に、もぬけの殻となっていた。

 

──────

 

「リザードン……きりさく」

 

 赤い帽子を被った少年、レッドの指示と共にリザードンの爪が相手のポケモンを切り裂く。次々に襲い来るロケット団のポケモン達を、歯牙にも掛けずに薙ぎ払っていくリザードンを前に、下っ端たちは敗北を悟ったのか、ボールも投げ捨てて逃げ去っていく。

 

「おい、レッド!そっちは終わりそうか?」

 

 茶色の髪を逆立てた少年、グリーンはカメックスに指示を出し、同じくロケット団のポケモン達を蹴散らしながらレッドの方へ駆け寄っていく。優に百体を超えるであろうポケモンを倒したというのに、リザードンもカメックスも息一つ切らしていない。

 

「……見ての通り」

 

「あー、テンション低いなぁお前。やっぱりあの中には強いヤツいなかったか。こっちも全然だぜ」

 

 心底詰まらなさそうな表情のレッドと同様に、グリーンもまた、余りの呆気なさに拍子抜けだと感じていた。ロケット団のアジト……それも最深部であろう地下四階まで来たというのに、碌なトレーナーが一人もいないのだ。ポケモンを好き勝手利用する悪の組織を潰したいという気持ちと同時に、レッドが遭遇したという強い幹部に出会う事も期待してやって来た二人からすれば、面白くないと感じるのも当然の事ではあった。

 

「……そういえば、これ」

 

 突然何かを思い出したレッドは、ポケットの中に手を突っ込むと、Rの文字が刻まれた鍵を取り出した。

 

「多分、エレベーターの鍵。さっき拾った」

 

「エレベーターの鍵なんて今更拾っても……いや、成程そういう事……これに気づいちゃうなんて、やっぱオレ天才?」

 

 今一つ何の事か分からないレッドに対して、グリーンは上への階段を上りながら説明する。今までは鍵が無かったせいで使えないにしても、エレベーターの乗降ロビーが各階にちゃんと備わっていた。にも関わらず最下層である地下四階にはそれが無い。となれば、上の階からエレベーターを使って降りてくれば、階段からは繋がっていない地下四階の部屋に繋がる可能性が高い。

 ドヤ顔で解説するグリーンに対して、やはりレッドはいつも通りの無表情であったが、説明には充分に納得が行ったらしい。二人とも喜び勇んでエレベーターに飛び乗ると、B4Fと書かれたボタンを押して降りていく。

 エレベーター特有の軽快な電子音と共に扉が開く。地下四階に到着すると、グリーンの見立て通り今度は全く違う場所に繋がっていた。

 相も変わらず突っかかってくる団員達を薙ぎ倒しながら、先へ先へと進んでいく二人は、他と比べても明らかに頑丈であろう扉の前に辿り着く。しかしその扉の前には、二人の男が立ち塞がっていた。

 

「おォ、餓鬼の侵入者が来たっつーからそうじゃねぇかとは思ってたが……やっぱりテメェか、化石の餓鬼ィ!」

 

「……ヴァストク、まさか貴方はこんな子供に負けて尻尾を巻いたというのですか」

 

「おい、アポロ。餓鬼だからって甘く見んじゃねぇぞ。こいつはガチだ、俺が戦ってきた中で四番目に強ェ」

 

 ヴァストクは腰のホルダーからボールを取り外すと、カイリキーを繰り出す。その胸にはリザードンに切り裂かれた傷跡が依然として残っており、瞳には凄まじい怒りと闘志を滾らせている。

 

「もう一人の少年は……ああ、成程。近頃我々の動きを邪魔をしている少年が二人もいると思ったら、お友達でしたか」

 

 アポロと呼ばれたその幹部はレッドとグリーン、そして彼らの手持ちであるリザードンとカメックスの事を値踏みするように睨め付けると、左右に装着したホルダーの内、右腰のものからボールを取り外し、マタドガスを繰り出した。

 

「お前達を消すのにはこれで充分でしょう。……我々のアジトに土足で踏み込んだ罪、この場で償ってもらいましょうか」

 

──────────

 

 濃縮された有毒物質の塊が空中で凍り付き、砕けて爆ぜる。マタドガスのヘドロばくだんをれいとうビームで迎撃したカメックスは、続けて背部の大砲左側から水の砲弾を連続射出する。撃ち出されたみずでっぽうは、右の大砲から放たれたれいとうビームを受ける事で氷塊と化す。高速で迫る数多の氷の弾丸に対し、マタドガスは片方の口を開き可燃性のガスを放出し、もう片方から火種を吹き出し着火する。かえんほうしゃを受けた氷塊は、マタドガスまで届く事無く溶かされ消えた。

 

「その程度の技で通用するとでも?」

 

「だったらこういうのはどうだ!」

 

 カメックスは身体を甲羅の中に引っ込めると、回転を始めた。それと共に左右の大砲から凄まじい勢いで水流を放出し、更にその回転速度を高めながら、高速でマタドガスへと突撃する。

 カメックスを撃ち落とさんと放たれたあくのはどうもヘドロばくだんも、その強固な甲羅と回転の相乗効果で弾き飛ばし、勢いを落とす事無くマタドガスに直撃する。

 80kgを超える質量との激突に、吹き飛ばされて壁に叩き付けられたマタドガス。それに対してカメックスは己の首を甲羅に入れたまま前傾姿勢を取ると、力強い踏み込みと共に突進を仕掛ける。カメックスはぶつかる瞬間に頭を甲羅から飛び出させ、全体重を乗せた頭突きを叩きつけた。マタドガスは壁とカメックスに挟まれ、衝突エネルギーを余すこと無くその身に浴びる。

 こうそくスピンからロケットずつきの連撃を食らったマタドガスは、急激に体力を削られ、思うように身体を動かすこともままならなくなってしまう。

 

「何をしているのです、マタドガス」

 

 しかしアポロの声を聞くと、体に力を込めて再び浮き上がり、カメックスに向かって全身全霊で飛びかかる。

 至近距離まで近づいたマタドガスは、一瞬反応の遅れたカメックスに対してシャドーボールを何度も叩きつける。接射で放たれ、更に零距離で炸裂するそれはマタドガス自身の身をも削っていく。六発目のシャドーボールを放つと共に、マタドガスは反動で力尽きた。

 四発目からはまもる事でダメージを軽減したカメックスだったが、それまでの三発分は完全に直撃しており、かなり体力を消耗している。

 だがグリーンの懸念はそこではない。

 

「お前……随分酷いじゃないの、自分のポケモンに自爆同然の動きをさせてるってわかってんのか?」

 

「だからなんだと言うのです。所詮ポケモンは消耗品、結果を出すものには価値があれど、出さないものに価値は無い。そのように調教してきたからこそ、己の価値を示そうと動いた。それだけの事でしょう?」

 

「ああ、テメーが最低な野郎って事はよく分かったぜ」

 

 ポケモンが自発的に、自傷覚悟で動くという事は決して無い訳では無い。その多くの場合はトレーナーやブリーダーとの絆が故である。祖父がポケモン博士であり、自身もまたトレーナーの一人であるグリーンも、そういった人間とポケモンの絆というものを信じて育ってきた。

 だからこそ先程のマタドガスの行動に疑念を持った。自分の目の前にいる男……アポロは、どう贔屓目に見ても繋がりを大事にするような男には見えない。ロケット団という組織そのものがポケモンと人の絆を否定し、踏み躙るような組織であり、その幹部ともなれば当然の事ではある。

 だが先程のマタドガスの動きを見て、本当はポケモンを大事にする人間なのではないかという僅かな可能性を考えざるを得なくなった。だからこそ敢えて問うたのだ。しかし彼は臆面も無く、「ポケモンは道具も同然である」と言い切ったのだ。お陰で何の引っかかりもなく思う存分に叩き潰せる。

 アポロが二体目のポケモンを出そうとした時、不意に動きを止め、彼自身の耳に取り付けられたインカムに手を当てた。彼にとって何らかの良い報告が入ったのか、先程まで苛立ったような表情を浮かべていたのが和らぎ、その口角は僅かに上がっていた。

 

「……これ以上時間を掛けるのは惜しい、行きなさい」

 

 アポロは再び右腰のホルダーからボールを取りだし、今度はマルマインを繰り出す。マルマインはその場に現れるや否や一気に加速してカメックス……否、カメックスとリザードンの両方へと近づいていく。

 

「なっ、不味……!」

 

「だいばくはつ」

 

 アポロの指示と共に閃光が迸る。体内に蓄積された膨大な電気エネルギーを暴走させたマルマインの身体から莫大な電力が放出され、瞬く間に大爆発を引き起こした。

 巻き込まれたカメックスとリザードンは辛うじて立っているものの、息も絶え絶えであり、かなり危険な状態にまで追い込まれている。二匹は主であるレッドとグリーンを守る為に体を張って爆風を防いでおり、結果として必要以上にダメージを負ってしまっていた。

 

「テメェ、アポロォ!俺とこいつの戦いに手出ししやがったなァ!」

 

「たった今報告が入りましてね、例の物が完成したそうです」

 

「……アレが本当に完成したってのか?」

 

「ええ、なので貴方の私闘に付き合っている場合ではなくなりました。ボスが我々を迎えに来るそうですから、バトルはこれで終わりです」

 

 アポロから飛び出した「バトル中止」の発言を聞いたヴァストクは、依然として熱り立つカイリキーを無理矢理にボールに戻す。その顔からは完全に血の気が引いている。彼等の言う『例の物』が、少なくともヴァストクにとっては余り良い物ではない事は明らかだった。

 

「例の物ってのがなんなのか、折角だから俺達にも教えてくれよ」

 

 自身のエースが追い込まれ、更にこれから敵のボスがやってくるという最悪な状況下にありながらも、グリーンは気丈に問いかける。

 

「コイツの事だよ、少年」

 

 突如として、二人の背後から威厳と共に恐怖を感じさせる声が掛かった。レッドとグリーンは咄嗟に後ろを振り返るが、そこには誰もいない。二人の頬を汗が伝う。

 再び前に顔を向けると、先程までそこにいなかった筈の男が、見た事も無いポケモンを連れて立っていた。

 

「ボス……なんでアンタが態々此処に……」

 

「ついでのようなものだ。我々に楯突く少年達というのが一体どれ程のトレーナーなのか、少し興味が湧いたのでな。……だが残念ながら、彼等には私に挑むだけの実力は無いらしい」

 

 ボスと呼ばれた男は、レッドとグリーンを一瞥しただけでそう判断した。普段ならば彼等も突っかかっていく所だったが、何も言い返す事が出来ない。男は、今のままでは何をどう足掻いても敵わないと二人に感じさせる程の圧倒的な風格を身に纏っていた。

 

「ああ、そうだ。折角だから君達にも紹介しておくとしよう。これは世界にただ一体だけのポケモン、我々が総力を挙げて作り上げた最強の生物──ミュウツーだ」

 

 全身を物々しい機械の鎧に包まれた二足歩行のポケモン──ミュウツーは、サカキが彼の事を紹介すると共に姿を消す。

 テレポートによって一瞬で眼前に迫ったミュウツーは、リザードンとカメックスが反応する間も無く、至近距離から超能力を纏った拳を叩き付ける。溢れんばかりのサイコキネシスを乗せた一撃は二体の身体を後方の壁にめり込ませ、彼等が消耗していたとはいえ、ただの一撃で完全に意識を刈り取っていた。

 

「リザードン……!」

 

「カメックス!……クソォッ!!」

 

 絶望感が襲う。例えどれほどの傷を負っていたとしても、リザードンもカメックスも反応すら出来ないような攻撃は今まで一度だって受けた事がない。ましてや踏ん張りも効かずに壁に叩き付けられた事など以ての外である。

 ミュウツーと呼ばれたポケモンからは、それを連れたボスとは対照的に何の風格もオーラも感じられない。ただただ不気味だった。圧倒的な強さを持つポケモンというものは、どんなものであれ何かしら他とは異なる風格を持っているものである。しかしミュウツーにはそれが無い。まるで生まれたてのポケモンのように何の覇気も感じられない。

 にも関わらず、他の手持ちを出したとしても届かないと直感させられる程の圧倒的な力を持っている。それが一層、ミュウツーへの恐怖を引き立たせていた。

 

「では、さらばだ少年達よ。君達も大人になるといい。絶対的な力の前では、子供の手など無力であるという事を知ってな」

 

 ミュウツーのテレポートによってロケット団のトップ三人は何処かへと消え去った。

 後に残されたのは胸に去来する敗北感を拭えない二人の少年。彼等は自分のポケモンをボールに戻すと、ただ黙ってその場に立ち尽す事しか出来なかった。

 

────────────

 

 僕達が最下層まで辿り着いた時には既にロケット団は全員姿を消しており、レッドさんとグリーンだけがその場に残されていた。……グリーンってこのタイミングで出てきたっけ?

 憔悴し切った……と言うよりむしろ、何かに絶望したような表情を浮かべるグリーンと、文字通りに苦虫を噛み潰したような顔をしたレッドさんをエリカに保護してもらい、その間に最奥の研究所らしき部屋を調べる事にする。

 暫く調べたが、研究資料の殆どは処分されていた。やはりと言うべきか流石と言うべきか、彼等もプロとしてアジトが発覚した場合の事は想定していたらしい。結局大したものも見つからなかったので、後の事を警察に任せて、二人から何があったのかを聞く為に彼等をタマムシジムまで連れて行く。

 傷だらけのリザードンとカメックスを回復装置に乗せ、彼等の傷を癒している間、二人──と言ってもほとんどグリーンが喋っていたのだが、はゆっくりと自分達の見たものを語ってくれた。

 

 ロケット団のアジトへの入り口は、彼らが「どちらが先に景品のポリゴンを手に入れるか」を競って躍起になっている時に、団員らしき男が店の奥に消えていくのを見かけ、尾行した事で気付いたらしい。

 その場で下っ端の男を倒し、ゲームコーナーの地下にアジトが隠されている事を聞き出した二人は意気揚々と突入した、という訳である。

 その最深部で彼らが遭遇したロケット団のボス……まず間違いなくサカキであろう男が連れていたポケモン。二人は、その今まで見たことも聞いたことも無いポケモンが、ミュウツーと呼ばれていたと言っている。

 ミュウツー。何度か聞き返したが、やはり間違いはないらしい。……いや、これどうしたらいいの。ミュウツーと言ったら、それはもう思い浮かぶポケモンが一体しかいない。あのミュウツーで間違いないだろう。

 四天王もライバルも倒し、チャンピオンとなったレッドさんが初めて戦うことを許される相手……事実上の裏ボスと言っても過言では無いポケモンだ。

 確かに作品によってはロケット団が生み出したことになっていたり、一時的にサカキが手持ちにしていた事もあった。だがいくらなんでもタマムシの時点でサカキが連れているなんて事は流石にあってはならないんじゃないかと思う。あまりにも戦力差が惨過ぎる。

 

「……オレ、マサラを出てからずっと無敵だったんだ。どんな相手も楽勝でぶっ倒して、最後にはチャンピオンの座でレッドと戦うつもりだった……でももう自信ないんだ……もしまたあのミュウツーとかいうポケモンと、ロケット団のボスとバトルするってなったら……そう思うと怖くて堪らない……情けないよなぁ……」

 

 グリーンの心は既に折れかけていた。たった一度の敗北だが、与えられたプレッシャーと絶望感は並大抵のものでは無い。

 むしろあのミュウツーとあのサカキという最悪の組み合わせを前にして、未だ成長過程の彼が生きて帰って来られた事は幸運だと言ってもいい。それを彼自身も感じているからこそ、弱気になっているのだろう。何せ今回はたまたま見逃されたというだけなのかもしれないのだから。

 

「……勝ちたくないのか」

 

 そんな彼の弱音に反応したのはレッドさんだった。彼はグリーンの胸ぐらを掴むと、無理やりに持ち上げる。

 

「見返してやりたくないのか。……馬鹿にされて、見下されて……真っ向から勝って認めさせてやりたくないのか」

 

「オレはお前みたいにバトル馬鹿な訳じゃねぇ……。それにあのおっさんにも言われただろ。大人になれって」

 

「……大人になれば勝てる訳じゃない。……ここで逃げたら、一生負けたままだろ」

 

 レッドの言葉に対し、グリーンは何も言い返せなくなる。当然だ。ライバルがそれでも立ち向かうと言っているのに、自分だけがここで折れて道を自ら閉ざそうとしている。諦める事を認められない自分がいる一方で、足が竦んで動けない自分もいる。

 この世界でこそ成人ではあるが、年齢も背丈も、彼等はまだまだ子供だ。大人ですら自分の絶望や焦燥感を割り切る事は難しいのに、それが彼らの歳で簡単に出来る方が異常だろう。

 そんな彼等を見兼ねたのか、横でただ黙って聞いているだけだったエリカが口を開いた。

 

「……では、そうですね。私とゴダイさんの二人で、貴方達に稽古を付けて差し上げるというのはどうでしょう」

 

「……それで勝てる?」

 

「ええ、少なくともロケット団如きが相手なら問題ないでしょう。何故なら……」

 

 そう嘯いたエリカは突然僕の頭に手を伸ばすと、被っていたニット帽を無理矢理に剥ぎ取った。グリーンは僕の正体に気付いたのか、エリカが手に持つニット帽と僕の顔を交互に見て驚いている。

 

「ここにいるのは元ホウエンチャンピオン──ツワブキ・ダイゴですから、ね?」

 

 二年前の約束が全身全霊で破られた瞬間だった。

 

──────────

 

「……本当に良いのかい?」

 

「はい。アイツと一緒の特訓してるんじゃ、いつまで経ってもアイツの事越えられないですから」

 

 グリーンは僕達の提案を受けなかった。貪欲に強さを求め、例え相手がどれほど恐ろしくても臆せず立ち向かおうとするレッドの姿勢に、彼も思う所があったらしい。

 

「レッド!オレは絶対お前より強くなって戻ってきてやるぜ!何も恐れねぇ、本当の本当に最強になって、あのおっさんも、いけすかねぇアポロとか言う奴も、お前も!全員ボッコボコにしてやるからな!」

 

「……上等」

 

 レッドと固く握手したグリーンは、調子を取り戻したのか「バイビー!」と別れの挨拶を告げ、振り返る事無く何処かへと歩き去っていった。

 

 

 もう正体がバレたことに関してはどうこう言っても仕方が無いので、開き直って彼等にはダイゴとして接していく事にする。

 という訳で、ここからはレッドさんが自力でミュウツーと戦える段階までパワーレベリングします。じゃあ練習メニューから設定していこう。

 まずは感謝のとっしん一万回からスタートね。兎に角とっしん一万回、他の技でも可。アーマルドもユレイドルも応援してるから頑張れ。

 次はただひたすらにバトルする。寝食も忘れてバトルに没頭してもらう。話を聞いている感じだとどうもレッドさんは格上との対戦経験が少ないようなので、僕とエリカが交代で徹底的に叩きのめす。常勝だけが強くなる道ではない、時には敗北の中から学ぶ事もあるんだよ。

 よって僕のパーティメンバー達にも久々に……本当に久々に本気で戦わせる。あのレッドさんが相手だとしても全く手は抜かない。ミクリと戦った時と同じくらい本気でやらせてもらう。じゃないとミュウツーには勝てないだろうし。

 それと並行してポケモンバトルに関する知識も今以上につけてもらうことにする。ポケモン達が頑張ってるのにトレーナーが座学を投げ出すなんて事はあってはならない。僕に出来たんだからレッドさんにも出来る。というかやってもらう。じゃないとカント―最強のジムリーダーでもあるサカキには勝てない。

 

 幸いにも本人はやる気満々なので、問題は無いだろう。エリカはそこまでするつもりはなかったと言わんばかりにドン引きしていた。特訓内容の殆どは僕が成人前……つまり今のレッドさんよりも若い頃にやってた事なんだから、多分大丈夫。タブンネ。

 

 

 こうして僕とレッドさんの地獄の特訓が幕を開けた。

 

 




このタイミングでヒガナとダイゴ来るとかそんな事ある???


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第九話、之は真紅の少年の伝説。(前)

 雷鳴が轟き稲光が走る。超常の波を引き裂きながら地を駆ける電光は、己が輝きを何処までも高めながら只管に突き進む。音をも越えた速度で走る電光が目指す先は、神をも恐れぬ禁忌の所業が生み出した、人の造りし悪魔そのもの。

 眼前の敵を打ち砕かんと拳を振り上げた鎧付きの悪魔を前に、欠片足りとも臆する事無く突き進み、具現化された思念を纏った拳と際限無く輝きを放つ電光が激突する。

 瞬間、世界が爆ぜた。否、そう錯覚する程の衝撃が巻き起こり、立ち上る塵埃の一つまでも消し飛ばす。限界まで圧縮された力が爆ぜ、飛散し、夥しい光となって空間を白く焼き尽くす。

 色彩が取り戻され、そこに立っていたのは────。

 

────────────

 

 修行開始から一週間が経った頃。

 

 バトルの最中、レッドさんが過労で倒れてしまった。

 

 それも無理のない事である。何故なら彼は三日三晩、不眠不休で僕との戦いに明け暮れていたのだから。

 

 人は極限状態に追い込まれると、無意識のうちに掛けられている制限が取り払われるという。俗に火事場の馬鹿力などと言われたりするものであるが、これは感覚に関しても同様である。

 頭の回転が完全に止まり、単純な思考さえままならなくなり、それでも答えを出さなければならない。そんな時、過程を省略して結果を得る力……端的に言えば、直感が研ぎ澄まされるのだ。当然の事ではあるが、戦いは数学ではない。最善の解さえ導き出す事が出来るのであれば、そこに過程となる式が介在する必要は微塵も無い。直感の優れたトレーナーが必ず大成する訳では無いが、大成したトレーナーの多くがソレに優れている理由は、ただ一重に結果を手繰り寄せる力が他者を遥かに凌駕しているからである。これが以前エリカに正体を言い当てられて以降、自分なりに様々なトレーナーを研究して辿り着いた結論だった。

 恐らく次にサカキと戦う時は、正真正銘自分の命を懸けたバトルになる。レッドさんも彼のポケモン達も、そのように確信していたし、話を聞いた僕もまた、そうなるだろうと考えていた。だからこそ実戦でのカン(勘・感)を何よりも早く養う必要があった。

 だが短期間で取り戻すとなれば、当然手段は限られてくる。ましてやいつ再びロケット団が姿を現すかなど彼等以外の誰にも分からないのだ。彼等は犯行の度に律儀に予告を出す怪盗のような輩ではない。集団で幅を利かせ、突然に襲撃し、略奪を繰り返すマフィアである。ならば尚更悠長に時間を掛けている場合では無い。

 

 だからこその荒療治である。

 

 ポケモンはマシンを使って体力を回復すれば疲労は取れるし、多少なれ睡眠不足も誤魔化せる。だが人間はそうもいかない。疲れれば頭は回らなくなるし、眠れなければ気が触れる。水や食事は摂っているものの、何かを口に入れれば完全に回復する程、人の身体は単純では無い。そんな当たり前の事を思い返す程の極限状態で行うポケモンバトルは、レッドさんのセンスを飛躍的に向上させていた。

 相手の一挙手一投足を見逃す事無く観察する事で行動を予測し、頭の中で対応策を組み立て、実行に移す。その一連のプロセスを幾度と無く繰り返し、盤上遊戯の如く互いの一手を積み重ねていくのがポケモンバトルである……と、僕は考えている。そしてこの理屈で行くならば戦う相手が強ければ強い程、より高い精度の予測と素早く柔軟な対応が必然的に求められる筈だ。

 傲慢な言い方かもしれないが、曲がりなりにも元ホウエンチャンピオンである僕は、未だ発展途上のレッドさんとは比べるまでも無く格上である。

 そして自分よりも強い相手との戦いは大きな糧となるが、その一方で敗北を味わうという事は精神的に著しい負担を強いる事でもある。誰だって勝てる方が気分が良いし、負ければ嫌になる物だからだ。増してや睡眠が不足し、精神的にも肉体的にも負荷が掛かった状態では、些細な事でさえ大きなストレスとなってのしかかる。連敗の数字が重なる度に受ける心労は相当な物だろう。

 だがそれでも、彼が音を上げる事は一度たりとも無かった。それは彼のポケモン達も同様であり、どれ程敗北を積み重ねようとも、そこから得られるものを必死に吸収していく。

 半ば拷問じみたやり方ではあったものの、その効果は確実に表れていた。

 現に、レッドさんが意識を失う直前まで彼とポケモン達の感覚は冴え渡っていた。紙一重で攻撃を躱し、相手の行動を的確に潰し、正確に急所を狙って反撃する。バトルにおける基本の全てが極めて高度な領域に到達しており、その読みの精度は第六感と呼ぶに相応しい程に高まっていた。あちらの不利は最後まで覆らなかったが、それでも今のネンドールに手傷を負わせられるのは、僕の知る限りでは彼とミクリくらいなものだろう。

 しかしいくら成果が出たとはいえレッドさんに無理をさせた事は事実であり、彼をジム内の治療室に運び込んだ後、僕はエリカから説教を受けた。

 人に教える事がさして上手くない自覚はあるし、無茶をさせた事も充分理解しているが、流石に現役ジムリーダーの教育方針と比べられるのは酷だと思う。

 

 ちなみに僕は四徹目です。もう慣れた。

 

──────────

 

 先程までバトルしていたはずが、何も無い空間の中を漂っている。既に目を開けているのか、それとも目が開かないのか判別のつかない暗闇の中に光が差す。

 光は道になり、まるで手招きをするかのように僕の所まで伸びてきた。その誘いに乗って、僕は歩いていく。

 眩い光の先にあったのは、過去の記憶だった。

 

 今からどれくらい昔だったか。確かアレはまだ自分が五歳の頃の事だ。

 僕はいつものようにグリーンと一緒にマサラタウンを駆け回って遊んでおり、その日はたまたま彼の提案で、1番道路にある草むらまで行ってみようという話になった。

 当時ポケモンを持っていたのはグリーンだけで、僕は「危ないから町の外に出ては行けない」と、普段から親にキツく言いつけられていたのだが、子供というものはダメと言われれば言われるほどやりたくなるもので、見つかれば叱られると分かっていても好奇心を抑える事が出来なかった。

 大人達にバレないように隠れながら町の出口まで辿り着いた時、草むらから突然リザードンが飛び出してきた。突然の出来事に思わず逃げ出しかけたが、よくよく観察すれば、そのリザードンは全身が傷だらけで、今にも死んでしまいそうな程に疲れ果てていた。

 グリーンは助けを呼ぶ為に全速力で駆け出し、僕は少しでも傷を治してやろうと、近くの木からオボンの実を取ってきて半ば無理やりに食べさせた。暫くしてグリーンが大人たちを連れて戻ってくると、リザードンはすぐさま運ばれて行く。それを追って僕達も研究所へと向かっていった。

 グリーンのお祖父さんでもあるオーキド博士が、運び込まれてきたリザードンを見るや否や、「有り得ない」と驚いていたのを未だに覚えている。

 リザードンが炎タイプだと言うのは誰もが知っている事だろうし、もし仮に知らなかったとしても、彼等の尻尾で燃え盛る炎を見れば想像が付くだろう。だというのに、そのリザードンは酷い火傷を背中に負っていた。

 炎タイプのポケモンが火傷をするなどという話は聞いた事が無い。困惑する僕達に、一通りの処置を済ませたオーキド博士は本棚から「ポケモン図鑑」と名付けられたアルバムを取り出すと、あるページを開いて見せてくれた。

 そこに載っていたのは、全身が燃え盛る炎で覆われた巨大な鳥のポケモンだった。

 このカントーにはそれぞれ炎、氷、雷を司る三匹の鳥ポケモンがいるらしい。人前に姿を現す事は滅多に無いがその力は凄まじく強大で、一度力を振るえば季節を変える事さえ出来ると言い伝えられて来たのだと、その図鑑には書き込まれていた。

 

「もしかしたら、リザードンは炎の鳥ポケモン──ファイヤーと戦って負けたのかもしれんな」

 

 オーキド博士の言葉を聞いた僕は、ポケモン図鑑を持ったまま駆け出していた。治療を終え、多少なれ傷を癒して寝転んでいたリザードンに対して、僕はファイヤーの写真を突きつけながら「このポケモンと戦ったのか」と聞いた。それに対してリザードンは怒り声を上げて勢いよく立ち上がると、鉄の如く硬化させた鋭い爪でアルバムを切り裂こうとしたが、突然蹲ってしまった。治療を受けたとはいえ、傷や背中の火傷は技を使える程治ってはいなかったらしい。

 言葉は通じないが動きの意味は分かる。彼はファイヤーと戦い、負けた。そして何故かは分からないが、このリザードンはマサラタウンまで死にかけの体を引き摺って逃げてきたのだ。

 

 オーキド博士が研究所でリザードンを保護してから数週間も経つと、傷だらけだった身体も完治し、火傷も殆ど治っていた。にも関わらず、彼は研究所から何処かへ行ったりはしなかった。僕はそんなリザードンが気になって仕方無く、毎日のように足を運んでは彼の事を観察したり話しかけたりして、遂に気付いた。

 

「……怖いんだろ、もう一度ファイヤーと戦うのが」

 

 リザードンは明らかに強い。今まで自分の目で見てきたどんなポケモンよりも風格があるし、その肉体は四天王の連れているポケモンと比べても遜色が無い程鍛え上げられている。だと言うのに彼がこの研究所から今も出ていかない理由は、ファイヤーと戦うのが怖いからなんじゃないかと僕は思った。それは図星だったらしく、リザードンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら唸り声を上げる。

 

「ファイヤーに勝ちたいんじゃないのか」

 

 当然だと言わんばかりに吠えるリザードン。しかし恐怖は拭えないのか、背中の翼は震えている。そんなリザードンの姿が何故だか情けなく思えて仕方がなかった。僕の最も嫌いな事は、昔から一貫して「諦める」事である。やられたらやられた分だけは意地でもやり返すし、何かで負けたら勝てるようになるまで何度でも挑む。最後には誰にも負けない強さを手に入れる事が、一番格好良い生き方だと僕は信じている。

 自分の考えを他の誰かに押し付ける事は良くない事ではあるのだろうが、挑もうとする気持ちを持ちながらも足が竦むという中途半端な状態のリザードンが、僕にはどうしても許せなかった。

 

「僕がポケモントレーナーになったら、絶対にファイヤーを倒して捕まえる」

 

 だから僕はリザードンの手を取って、宣言してみせた。リザードンは口をほんの少し開くと、短く鳴き声をあげる。何を馬鹿な事を言っているのか、と思ったのだろう。

 だが僕は本気だった。ファイヤーだけじゃない、フリーザーもサンダーも、他のポケモンも全て捕まえて、いつかはあらゆるポケモントレーナーの頂点に立ちたい。それは僕の夢でもあるのだ。

 語って聞かせれば、リザードンは先程の小馬鹿にしたような困惑とは打って変わって笑っていた。そして空に向かい、己の心の弱さを全て吐き出すように火を噴くと、僕の肩に手を置いて、真剣な眼差しで見つめてきた。それだけでも彼の気持ちは充分に伝わってくる。

 

「……リザードン、旅に出る時はお前も一緒に行こう」

 

 僕の問い掛けに対して、リザードンは何も言わずに首を縦に振った。ボールを持っていなかったのでゲットこそ旅立ちの日までしなかったが、その日からリザードンは僕のポケモンになった。

 

 

 それから更に数カ月が経ち、六歳の誕生日。父親から誕生日のプレゼントが届いていた。

 僕の父親は滅多に家に帰ってくる事がない。別に会ったことがない訳では無いし、連絡自体が取れない訳でもないが、電話をかけても手紙を出しても返事はなかなか来ないし、酷い時は一年以上も家に帰ってこない事だってある。家族が揃っていた事なんて、物心がついてから数える程しか無い。ポケモンに関連する仕事で様々な地方を飛び回っているらしく、その土産を貰う事や話を聞く事はあるが、具体的に何を目的とした仕事なのかもよく分かっていない。

 そんな父親から届いたものは、中にポケモンの入ったモンスターボールだった。

 

────────

 

 丸一日経って目を覚ましたレッドさんは、明らかに顔つきが変わっていた。何というか、初心を取り戻したとでも言うべきだろうか。そういう気配を感じる。

 起き抜けのバトルでもその研ぎ澄まされた感覚は変わらず……むしろ倒れる前よりも洗練されている。これならばもう無理に追い込む必要も無いだろうという事で、睡眠時間を投げ捨てての耐久地獄は終了とした。

 それからは一日の内、昼を僕とのバトルに充て、夜はエリカの講義を受け、ポケモンについての知識やバトルにおける理論や戦術をより深く理解してもらう。

 確かに正解さえ導き出せれば途中は必要ないとは言ったが、そもそも直感というものは経験や知識の蓄積から引き出されるものである。例え付け焼き刃になったとしても、最低でもレッドさんがサカキを倒す所までは残ってくれればいい……と思っての事だったのだが。

 実際の所、彼は物覚えがすこぶるに良かった。講義を受け始めてから三週間も経たない内にバトルにおける基礎的な戦術の殆どを把握し、判断材料として有効に活用出来るだけの領域に達していたのだ。後に生ける伝説とまで呼ばれる少年であるが故なのか、その吸収力は常人の遥かに上を行っていた。

 

 最終試験としてエリカとバトルしたレッドさんはあっさりと勝利し、レインボーバッジを受け取ると、不満気な顔をしながらもタマムシを後にした。不満気な理由は言わずもがな、ジムの制度が原因で本気のバトルが出来ないままに旅立たざるを得なかったからである。あの大会以降、弛まぬ鍛錬によって飛躍的に強くなったエリカは、今やカントージムリーダー最優とまで称される程に成長していた。そんなエリカと全力で戦ってみたいと考えるのはトレーナーならば必然ではある。レッドさんは最後まで粘りに粘ったが、シオンタウンでロケット団の目撃情報があったと聞くと、流石にそちらを優先して飛び出して行った。

 

 何はともあれ、漸く一息つける……という訳でもない。これから僕はタマムシデパートで、ある人物と会う事になっているのだ。ぶっちゃけ何を頼まれるのか粗方予想がつくので会いたくないのだが、もし逃げようものならカントーどころかあらゆる地方に手を回され、捜索される羽目になるだろう事は簡単に想像出来る。因みに何故タマムシデパートなのかと聞かれれば、それは一重にその相手の行きつけの店がデパート内に入っており、話のついでに特注で作らせていた物を受け取っておきたいのだとか。

 仕方が無いので、ニット帽はそのままに服装をやまおとこスタイルから普段よりやや地味なスーツに着替えてデパートへ向かう。衣料品の売り場に入ると、相も変わらずの奇行が視界に入った。

 

「このマントも中々似合ってるな……いつも以上に貫禄が出て素晴らしい……ほら、見ろシバ。これなんかは君にもピッタリだと思うんだが」

 

「いや、俺はそういうのは……」

 

「遠慮するな、なんなら五着くらい君にもプレゼントしようじゃないか!さあどれがいい?黒一色の硬派なマントか?花柄マントでギャップを狙うか?それとも敢えてのニョロボン柄か?」

 

 カントーにおけるポケモンバトルの頂点にして、リーグに座して挑戦者を打ち倒す最強のトレーナー達──四天王の一人であるシバが、同じく四天王の一人であるワタルに振り回されていた。

 そう、僕を呼び出したある人間とはワタルである。気さくで人当たりが良く、しかしいざとなれば冷静沈着で、的確に指示を飛ばしてどんな難題も解決する……見た目の良さやバトルの強さも相まって相当数のファンが存在するワタルであるが、そんな彼にも凄まじい難点が存在する。

 彼は生粋のマントマニアであり、マントの話をしている時の彼は狂っているのだ。古今東西ありとあらゆる柄のマントを集めて回るのが趣味であり、職務の関係で他地方に足を運べば必ずマントを買って帰り、自宅にはマント専用のクローゼットまで存在するらしい。そこまでならばまだただの変人で済むのだが、彼はそれを周囲にも何の悪気も無しに勧めてくるという質の悪い癖があった。

 ワタルという男は、カントー四天王のリーダーである。それはつまりこのチャンピオン不在のカントーでは文字通りの最強、トップ・オブ・トップという事でもある。そんな彼が善意で勧めてくるものを拒否できる人間は極めて限られる。というかカントーには居ないと言っても過言では無い。彼の提案を無下に出来ず一度貰ってしまったが最後、事ある毎にマントが届く恐怖の日々が幕を開けるのだ。一時期、カントーリーグ所属者は全員マントの着用を義務付けるという案を出した事もあったのだとか。流石にそれは他の四天王を含めたリーグ職員全員の嘆願もあって却下されたらしいが。

 そんな彼と僕は、それなりには見知った仲である。数少ない友達だと言ってもいい。と言うのも、僕がダブルバトルを広める際に相談した相手というのが、当時既に四天王最強のトレーナーとして名を馳せていたワタルだったからだ。

 僕のように予め持っている知識ではなく、自分の思い描く未来予想図としてポケモンバトルの今後を憂いていた彼は、新たなバトルの方式やバトル専門施設の建設など、恐らく未来で実現するだろう事に考えを巡らせていた。先見の明というものがある人間は、一度言葉を交わしてしまえば非常に話が早いもので、トントン拍子にダブルバトルの公式導入が決まり、それ以来定期的に連絡を取り合う間柄となった。カントーに来て以降もそれは変わっていない。むしろ増えた。彼はタマムシデパートにマントを買い付けに来る度に、僕の部屋を訪ねてくるのだ。

 ちなみに一度だけバトルした事があるが、彼のカイリューは本当にバリアーを覚えていた。一体どうやって覚えさせたのか聞いてはみたものの、返ってきた言葉は「気合い」の一言だったので色々と諦めた。

 

「……相変わらずみたいだね、ワタル」

 

「ダイ……ゴダイ君、早かったじゃないか!今日は君のスーツにも合うようなマントを探してきたんだが、どうかな?」

 

「遠慮しておくよ。……それより僕に頼みたい事というのは?」

 

 いつも通り布教熱心なワタルが鞄から取り出したマントを見なかったことにして、早速本題に入るように促す。しょぼくれながらもマントを仕舞い込んだワタルは、真面目な顔でこちらに向き直ると、口を開く。

 

「取り敢えず会計を済ませてもいいだろうか」

 

 どうぞ。

 

────────────────

 

 レッドがシオンタウンでフジからポケモンの笛と彼の思いを受け取り、ヤマブキシティに着いた頃には、既に街は阿鼻叫喚となっていた。

 ロケット団の手により街は攻撃を受け、更に凶暴化したポケモン達が大量に放たれたのだ。その結果街は彼等によって制圧されており、辛うじて動けるトレーナー達が必死に被害を食い止めている状況だった。

 レッドは懐からモンスターボールを取り出すと、リザードンを呼び出し、並み居る敵を蹴散らしながら市街を駆け抜ける。彼は道中で倒したロケット団員の言葉から、地下アジトで遭遇したボスが現在そこで取引をしているという情報を頼りに、シルフカンパニーを目指して突き進んでいた。

 しかしレッドは突如として足を止める。彼の前に見知った少年が現れ、制止してきたからだ。

 

「ボンジュール!レッド、前よりは強くなったみたいだな」

 

「グリーン……」

 

 久々に再会したグリーンの姿は、今までの彼からは想像もつかない程に傷だらけだった。身に纏った衣服はまるでボロ布のようになっており、至る所が擦り切れている。身体中には見える範囲だけでも痣や切り傷などが無数に出来ており、普段から手入れを欠かしていない筈の髪の毛は乱雑なままに伸びきっていた。

 幼馴染の見慣れない姿に困惑するレッドだったが、グリーンはそれを察して口を開く。

 

「お前の言いたい事は大体分かるけど、見ての通り今はそんな話をしてる場合じゃねぇから詳しい話は後だ。……それよりちょっと着いてきてくれよ、人手が足んねぇんだ」

 

「……分かった」

 

 グリーンの先導を受けて向かった先は、かつてはヤマブキジムとして名を馳せていた格闘道場だった。今やその活気は失われ、半ば寂れてしまっていたが、依然格闘術を伝える場所としては健在である。

 近年では珍しいジョウト様式の引き戸を開け、中に入る。何人かのロケット団員達が捕らえられていたが、それを意にも介さずグリーンは進んでいき、続いてレッドも奥へと向かう。

 最奥には応接用なのか道場の雰囲気とは少し趣の異なる部屋があり、そこでは三人の男達が話し合いを続けていた。

 一人はこの格闘道場の長であり、かつては最強の格闘家とも呼ばれた男、タケノリ。

 一人はカントー四天王の一角にして、現・最強の格闘家である男、シバ。

 そして最後の一人は元ホウエンリーグチャンピオンであるダイゴ。

 彼等はこのヤマブキシティをロケット団の手から奪還する為の作戦を考えていた。

 ここまで被害が大きくなった原因は、指揮を執る人間の不在である。ヤマブキのジムリーダーであるナツメは二日前から行方知れずとなってしまっており、連絡もつかない為、捜索部隊が組まれている所だった。そこに狙い済ましたようなタイミングでの大規模な襲撃が起きた事で、普段から街の警備に当たっていたトレーナー達は連携を取る暇さえなく制圧されてしまったのだ。

 この場に集まった三人はナツメの失踪にもロケット団が関わっていると考えており、また行方不明となったのが二日前ということもあり、この街の何処かに幽閉されているのではないかと推測を立てていた。

 だが何をするにも人手が足りていなかった。ヤマブキジムは既に制圧されており、ジムトレーナー達も捕まってしまっている事は確認済み。更に他の街でも、規模は及ばないもののロケット団による攻撃が発生しており、各ジムリーダー及び四天王はその対処に追われていた。重要視されなかったが故か格闘道場には大した実力の者はやって来ず簡単に撃退出来たが、より大人数で再び襲撃されるのは時間の問題だろう。

 これ以上の増援は期待できないとなれば、状況を打開できるのは今この場にいるトレーナー達だけである。しかし現在格闘道場に残っているトレーナーは、タケノリを含めても僅か四名と非常に少ない。門下生達は道場にいる時以外は野試合や山篭りなどで己を鍛えている為、基本的には出払っている事が災いしていた。元ジムリーダーのタケノリを除く三人もまた、トレーナーとしてはかなりの腕前ではあるが、やはり単独でジムリーダークラスかと言われると首を横に振るしかない。

 本来ならば、実力的にもダイゴとシバの二人だけでもこの事態を解決する事は決して不可能ではない。だが動く人数が少なければ、それだけ手の回らない所が増えてしまう。たった六人、それも実力で劣る三人を抱えたままでは、市民やポケモン達の保護をこなしながら安全を確保しつつ、ロケット団を撃滅ないし撤退に追い込むことは困難である。

 しかしここにレッドとグリーンの二人が入ってくれば話は変わってくる。彼らの実力はそれぞれがジムリーダーに匹敵すると言っても過言ではない。彼らは単体で充分な戦力として数えられる、それは即ち戦力の分散が大きな影響を及ぼさないという事でもある。

 彼等二人の追加によって立案された計画は、北にシバ、南にタケノリ、西にグリーン、東に門下生三人がそれぞれ向かって市民の救出を行いつつ、中央にあるシルフカンパニーにダイゴとレッドが乗り込み、ロケット団のボスを退けるというものである。

 最後までダイゴは「いや僕がシルフに行くのは……」と言って渋ったが、事態が事態なので最終的には無理矢理送り出された。

 

──────────

 

 作戦通りにシルフカンパニーへ向かったレッドは、一人でビルの中を駆け回っていた。

 ロケット団にとって最大の目標であったシルフカンパニーの周辺には、当然最も戦力が密集しており、その警戒度も他とは比較にならない程に高かった。そこでダイゴは自らを囮にする事で突破口を開き、ボスとの対決をレッドに託したのだ。

 ダイゴの行動に応える為、そして何より敗北の屈辱を自分に与えたボスを倒す為、シルフ内の団員達を蹴散らしながら先へ進んでいくレッド。しかし最新鋭の技術を駆使して造られたテレポート装置によって部屋を移動するシルフの内部は複雑であり、その不規則さと使用者への不親切度も相俟ってダンジョンの様相を呈していた。正確なマップも持っておらず、屋内で道に迷う、より正確にはテレポート先に迷うというという珍事に見舞われたレッド。彼に対し助け舟を出したのは、シルフ社内に隔離されていた研究者の一人であった。

 

「Mボール……?」

 

「はい、ロケット・コンツェルンと共同開発していた全く新しいモンスターボールでして……恐らく奴らの目的はその試作品を社長から奪い取る事だと思います」

 

 ロケット・コンツェルンもまたシルフに匹敵する大企業であり、ポケモン関連だけでなく飲食や工業など様々な事業を手がける複合企業である。その名前からロケット団との関係が度々噂されていたが、それらをあくまで事実無根として切り捨てており、実際に両者間で繋がりを示唆するようなものは何も無い。

 しかしそれならば、ロケット団は何処から試作品が完成した事を嗅ぎつけたのかという話になる。ましてやMボールは極秘中の極秘で開発が続けられていたものであり、シルフ社内にすら具体的な事を知る人間は少ないのだ。ロケット・コンツェルンとロケット団には噂通りの繋がりがある方がむしろ不自然ではない。

 自身の考えを吐き出した研究者は懐からカードキーと社内のマップデータ、そしてモンスターボールを取り出すと、レッドに手渡す。

 

「このキーとマップデータがあれば迷う事無く社長室まで進める筈です」

 

「このボールは……?」

 

「私達を救ってくれたお礼です」

 

「……僕はまだ何もしてないけど」

 

「危険を承知でここに飛び込んでくるという勇気ある行動……君ならば必ずロケット団のボスを倒してくれると、そう私は確信したんです。だからこれはそのお礼の先払いですよ」

 

 研究者は部屋のテレポート装置を起動させると、先へ進むよう促す。レッドはボールを返すべきか一瞬悩んだが、この研究者の想いを無駄にしない為にもボールと中のポケモンは譲り受け、絶対にロケット団のボスに勝つ事を約束して次の部屋へとテレポートした。

 

 受け取ったマップとキーを使い、最短ルートで最上階へと辿り着いたレッドは、リザードンの体当たりで大きなドアをこじ開けて中に突入する。

 社長室の中には三人。一人はミュウツーによって首を掴まれている老年の男。一人は超能力によって作られた壁に閉じ込められ、意識を失っている長髪の少女。そして最後の一人は、レッドがアジトで遭遇したロケット団のボスを名乗る壮年の男。

 男は突然の来客にさして驚く事も無く、ゆっくりとレッドの方へ振り返る。

 

「君はあの時の少年じゃないか。大人の取引に子供が首を突っ込もうとするのは、余り感心しないな」

 

「……アンタを倒しに来た」

 

「ほう……無謀と分かって敢えて挑むか、良いだろう。その挑戦、受けて立とうじゃないか」

 

 男が指示を出すと、ミュウツーは自らが掴んでいたシルフの社長を投げ捨てた。そしてレッドの方へ向き直ると、飛び出してきたリザードンの一撃をいなし、対峙する。

 

「だがこの部屋はバトルには少し狭いな……。ミュウツー、テレポートだ」

 

 ミュウツーの全身から念波が放たれ、視界が突如として塗り変わる。先程まで社長室にいたはずの四人は、気が付けばシルフカンパニー屋上に飛ばされていた。

 

「さあ、見せてもらおうか。君がどれほど私に食らいつけるようになったのか」

 

「……上等」

 

────────────

 

 轟くような衝撃音で目を覚ました黒髪の少女……ナツメは、眼前で繰り広げられている光景を信じられずにいた。

 

 実体化された超力の刃が降り注ぐ中を、全て紙一重で躱しながらミュウツーに接近するリザードン。眼前に迫った爪をバリアーで受け止めたミュウツーは、両腕に漆黒のエネルギーを形成して射出する。

 リザードンは打ち出されたシャドーボールを翼で弾くと、口から炎を吹き出しながら距離を取った。追撃に動こうとしたミュウツーの身体に炎の渦が絡み付き、一瞬動きを止める。その隙に再び接近したリザードンは、鋭利な爪の一撃で装甲ごと腕を切り裂いた。そのままアイアンテールを叩きつけようとするが、ミュウツーは直撃の寸前で自身をテレポートさせる。リザードンの背後に現れたミュウツーは念力と共に拳を叩き付ける。

突然の背後からの攻撃に、しかしリザードンは怯む事無く高速で振り返り、翼を翻すようにして切り付けた。つばめがえしを受けたミュウツーは、テレポートで距離を空ける。

 

(有り得ない……あのポケモンとまともに戦えるなんて……)

 

 ナツメには自分が最強のサイキッカーであり、また最強のエスパーポケモン使いであるという自負があった。自分の才能と実力で若くしてジムリーダーの地位を勝ち取った彼女にとって、ロケット団などという組織は大した障害では無かった筈だった。

 ジムの陰で動き回っていた下っ端から思考を読み取り、今回の事件を誰よりも早く察知した彼女は、自分が先んじて手を打つ事で被害を抑えようとしていたが、ロケット団のボスである男の連れたポケモン──ミュウツーの前に為す術も無く敗北してしまったのだ。

 今まで鍛え上げてきたポケモン達の技が何一つ通用せず、瞬きする暇さえ与えられずに仲間達が潰されていく恐怖。それはナツメにとって初めての絶望であり、最早どうにもならない存在なのだと諦める程のものだった。

 しかしあの赤い帽子の少年とリザードンは、じこさいせいによって傷を修復するミュウツーに対して攻めあぐねてこそいるものの、互角に渡り合っている。あまりの光景にまだ夢を見ているのかと錯覚したが、床を通して伝わる衝撃とミュウツーとのバトルで受けた傷の痛みが、これは紛れもなく現実であると訴えかけていた。

 

「ほう、随分と鍛え直したようだな。この短期間でこれ程までに仕上げてくるとは……余程優秀な師匠でもついたか?」

 

「アンタには関係ないだろ」

 

「ハッ、それもそうだ」

 

 天高く吹き出した莫大な炎を自ら浴び、全身に纏ったリザードンが吼える。その身を紅蓮の炎で染め上げたリザードンは、翼を強くはためかせ熱風を巻き起こしつつ飛翔する。

 

「リザードン、フレアドライブ……!」

 

 レッドの掛け声と共にミュウツー目掛けて急降下するリザードンに対して、ミュウツーはサイコキネシスを叩き付ける。超高密度の念は重力をすら捻じ曲げ、リザードンの身体を凄まじい圧力が襲うが、それでも尚止まること無くリザードンは突き進んでいく。先の一撃で止まらないのが想定外だったのか、僅かに判断の遅れたミュウツーに対し、リザードンは更に加速をつけるとそのまま激突した。同時に爆発が巻き起こり、炎の柱が立ち上る。

 

「良い技だ。だが……」

 

 しかしその炎は、突如として掻き消された。

 

「僅かに足りんよ、それでは」

 

 全身に傷を受けながら、しかしミュウツーはその場に倒れ伏したリザードンを見下ろしながら立っていた。そのままミュウツーは全身の傷を自己再生しようと試みる。

 

「……今だ、リザードン!」

 

 だがリザードンはそれを防がんと力を振り絞って立ち上がり、ミュウツーに組み付いた。尻尾の炎が激しく燃え上がり、やがて二匹を包み込む。それは更に激しさを増していくが、リザードンが意識を失った事でその火も消えてしまう。

 リザードンを放り捨てたミュウツーは改めて自己再生を行おうとするも、上手く再生する事が出来ない。それまでまるで感情というものを見せなかったミュウツーが、初めて一瞬の狼狽を見せた。

 

「火傷の再生には時間が掛かると踏んでの行動か……。成程、勘も鋭いらしい。だがそれを知ったところでどうする、このミュウツーとまともに戦えるだけのポケモンがまだ手持ちにいるとでも?」

 

 ナツメから見ても、リザードンが先程放った技は素晴らしいものだった。威力速度共に申し分無く、まともなポケモンが相手ならば出しただけで勝負が決まってしまう様な一撃。

 だと言うのに、あのポケモンは依然として立っている。流石に無傷とはいかなかったようだが、伝説のポケモンをさえ想起させる程の異常な強さと耐久力に変わりはない。

 それと渡り合っていたリザードンですら倒されてしまった今、この戦いは決してしまった。そうナツメが思ったその時。

 

「ああ、いるさ」

 

 レッドは懐からモンスターボールを取り出す。何の変哲もないボールである筈なのに、それは電気を帯びていた。

 

──────────

 

 父親から届いたモンスターボールの中に入っていたポケモンは、一緒についていた手紙を読むに無人発電所で見つかったらしく、電気玉という不思議な玉を持っていなければ自分の力を制御出来ないらしい。手紙の最後には「仲良くしてやって欲しい」とも書かれていたが、言われなくてもそうするつもりである。

 しかし常に全身から電気を放出しているそいつは、誰も傷つけたくないのか、それとも自分の強さを過信しているのか、ボールの中に入る事を拒み、誰からも距離を取って過ごしていた。

 ただ、全く誰とも関わらない訳ではなく、僕の話に聞き耳を立てていたり、リザードンとは気兼ねなく話していたりした。ご飯を出せば必ず残さず食べていたし、家から出ていこうとは決してしなかった。

 そんな日々が続き、いつものようにそいつを連れて研究所に行った時の事。研究所の庭で、見慣れない青年がオーキド博士に突っかかっていた。

 彼はマサラの外からやってきたエリートトレーナーらしく、その目的はリザードンを譲り受ける事だった。

 

「誰のポケモンでもないのなら良いでしょう?俺みたいな優秀なトレーナーの物になる方がリザードンも幸せなはずだ!」

 

 集めた四つのバッジを見せつけながら、それが当然の事であるかのように言ってのける青年に対して、リザードンは当然腹を立てていたし、グリーンも怒っていた。

 オーキド博士も「あくまで研究所のポケモンである」として断ってはいたものの、青年は一向に帰ろうとはせず、むしろお金を出して買おうとすらしていた。

 

「……リザードンは僕のポケモンだ」

 

 僕は彼の態度が頭に来て、つい思っていた事が口に出てしまう。僕の呟いた一言を耳にした青年は大声を上げて笑うと、モンスターボールからスピアーを呼び出し、針を突きつけて来た。

 

「だったらバトルしてみろよ、どうせお前なんかじゃ俺には勝てないだろうけどな!」

 

 その発言の直後、雷鳴が鳴り響いた。

 一撃で戦闘不能になったスピアーと、巻き添えを食らって意識を失ったエリートトレーナーが倒れ込む。視界が眩む程のかみなりを落としたのは、僕が連れていたポケモンだった。

 怒りの形相で雷を放ったそいつは、しかし周囲を見渡し、自分のやった事に気付いて怯えるように震え出す。そんな姿を見て、僕はこいつが寂しがり屋だったのだと気付いた。そして手紙の最後に書かれていた「仲良くしてやって欲しい」という言葉の意味をようやく理解した。こいつは自分の力が強すぎる余り、今までずっと孤独だったのだ。

 

 僕は怯えるそいつの頭を撫でながら、ただ一言「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。電気で手が痺れるが、これくらいの事はどうって事はない。オーキド博士もグリーンも突然のことに驚きこそしたが、僕を守ったそいつを褒めていた。

 

 それ以降、そいつはボールに入る事も拒まなくなったし、今までよりも普通に接するようになった。流石に風呂に一緒に入るのは勘弁して欲しかったが、それも繰り返す内に次第に慣れていった。

 オーキド博士の提案したトレーニングでリザードンやグリーンとバトルをするうちに、力の使い方を覚えた事で少しずつ電気を制御できるようにもなってきている。

 

 僕にとって二人目の相棒であるそのポケモンの名前は、そう。

 

────────

 

「……お前の出番だ、ピカチュウ!」

 

 ボールから解き放たれたピカチュウは、その可愛らしい容姿とは裏腹に、夥しい量の電気を全身から放出していた。

 

 

 

 




何とかダイゴさん実装日に間に合わせました。(ギリギリ)

バレンタインチョコならぬバレンタインダイヤを3,000個叩きつけて、ダイゴさんが来るのを待つという粋な計らいを用意してくれたポケマスですが、皆様は無事引けたでしょうか。

四天王のメモください。


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