ダウナー系が本当のヒーローになるまで (鶴クレイン)
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1話:ダウナー系の全ての始まり


「……あ、出来た」

 

 

白衣を着た痩せぎすの女が、信じられないとでも言うように呟いた。

無駄な細菌が空気中に舞わないようにマスクをして、持っていた試験管を軽く振る。怪しい緑の光を発するLED電球が、チカチカと瞬いた。

 

 

「何度やっても出来なかったのに、どうして今更…?

ま、いいか。偶然にせよ、あの子と似た遺伝子が出来たし。良いスペアになって欲しいわ」

 

 

 

高いヒールが音を鳴らした。無音の部屋に響く音を気にもせずに女は歩き続ける。個性によって壁に生えた人間の手はドアノブを回して開け放った。扉を開けた先は暗闇だ。一歩踏み出すと同時に、その姿が搔き消える。

 

 

 

 

それは未来で起こる「神野区の悪夢」と同時展開し、それに匹敵するであろう戦いの始まりだった。

 

 

___________________________________

 

雄英高校ヒーロー科。そこはプロに必須の資格取得を目的とする養成校。全国同科中、最も人気で最も難しく、その倍率は例年300を超える。

平和の象徴「オールマイト」、燃焼系ヒーロー「エンデヴァー」、ベストジーニスト8年連続受賞「ベストジーニスト」

偉大なヒーローには雄英卒業が絶対条件である。

 

 

シャギー掛かった水色の短髪と赤い瞳。透き通るような白い肌を外見的特徴とする少女がセーラー服でその門を叩く。伏せがちの瞳に加え、病気のように左右に頭を揺らしてゆっくりと歩く少女は、今にも倒れそうだ。

しかし、彼女を心配して声をかけるものはいない。

 

 

 

少女の名前は天魔(てんま) (いち)

 

 

 

雄英高校のヒーロー科を受験する、15歳で()()()()()()()()()()少女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 

Yokoso(ヨーコソ)ー…」とコール&レスポンスを期待したプレゼント・マイクは、返ってきた沈黙に傷つきながらも口を開いた。

 

 

『こいつぁシヴィーーー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?YEAHH!!!!』

 

 

プレゼント・マイクがどれだけ呼びかけても、レスポンスは一切返ってこない。会場にいる者はラジオを聞きに来たのではないので当然の反応だが、少々可哀想に思ってしまう。

雄英高校ヒーロー科の受験は、筆記と実技の二つをこなさなくてはならない。

その内の一つである実技試験は、演習会場にてポイントが振り分けられている仮想(ヴィラン)を行動不能にしてポイントを稼ぐ方法になっている。

一見すると簡単だが、前提として機械を行動不能にする手段を持っていなくては話にならない。逆説的に、そのような個性を持っていない者は自分の身体だけでなんとかしなくてはいけないのだ。

 

 

『俺からは以上だ!最後にリスナーへ我が校"校訓"をプレゼントしよう!かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!"Plus Ultra(更に 向こうへ)"。それでは皆、良い受難を!!』

 

 

最後までレスポンスは返ってこなかったが、それでも笑顔を崩さず圧をかけてくるのはさすがプロと言えよう。




pixivからやってきました、ましゅです
初見の方は初めまして、ご存知の方は再び読んでいただきありがとうございます。
ハーメルンに染まっていないので、拙いですがよろしくお願いします。


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2話:ダウナー系と雄英入試

ご感想お待ちしています。モチベーションへ一方通行です。


スキニーデニムに白いTシャツと動きやすさを重視した天魔 市は会場へと移動する。168cmと女子にしては高い身長に反して、体重が驚くほど軽い。四肢は細く、内臓が入っているのかと思うくらいには腹が薄い。まともに食べているのかと心配になる。体を保護する脂肪が少なくすぐに折れてしまいそうで、まさに紙装甲と呼ぶに相応しい身体だ。

市は軽く演習会場を見回した。

高校の敷地内にも関わらず、7つある会場の一つ一つが街のように広い。もはや街と言っても過言ではない。

 

 

『ハイ スタートー!』

 

 

やる気のないプレゼント・マイクの声が会場の拡声機から流れ、会場にいる大多数の少年少女達は受験という真面目な場に対しての軽すぎる掛け声に面食らって動けずにいる。

そんな中、市は当たり前のように足を踏み出した。

徒歩からだんだんとスピードを上げて倒れる直前まで身体を前に傾けると、地面から禍々しい黒を纏った手が現れた。左右から出た細い手は市の肩と太ももを抱き締めるように支えたまま、代わりに地面を滑るように動く。

そのスピードは走るよりもやや速かった。

 

 

『どうしたあ!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?』

「くそっ出遅れた!!」

「なんなんだよあの個性!」

 

 

先頭を走り続ける市の前に、仮想敵が現れた。早くて脆い1P、蠍のように尻尾を駆使する2P、戦車の様に大きくて硬い亀型の3P。細い道で一斉に出てきた為、ドミノのように直線で並んでしまった。

 

 

「……()たれ根の闇」

 

 

前傾姿勢で俯き、仮想敵を見ないままに市が呟く。

進むスピードに合わせて大きな手が1つ地面から出現し、その左右の隙間を埋めるように小さな手が2つ生え、団扇のように隙間なく広げられた手が超スピードで突進した。堅さを無視して壊れる仮想敵に、オーバーキルで下から手が打ち上がれば見るも無惨な鉄屑へと変わっていった。

走りながら腕を少し動かすだけで、その動きを拡大補足するように影の手が敵を攻撃する。薙ぎ払い、叩きつけ、掴み、吹き飛ばし、挟み、時には斬り裂く。

手を生やすだけの個性だが、見方を変えて攻撃へと転身させれば凡用性が跳ね上がる。手の届かない所まで生やす事が出来るので、周りの地形を把握していれば無限大の可能性を秘めていた。

 

 

制限時間が半分経過し、数十を超える仮想敵を倒した所で地震が起こった。否、地震ではなく地響きだ。とてつもない質量を持った大きな何かが受験生達に向かってきている。

今まで1P、2P、3Pと遭遇しているが、1つだけ破壊していないものがある。所狭しと大暴れするギミックだと説明された、0P敵。高層ビルを破壊して現れたソレはまさに圧倒的脅威。周りの物を手当たり次第に破壊し、動くだけでもその質量は恐ろしい。市の個性は万能だが、あそこまで大きな物に対する術はまだ持っていない。

 

逃げようかな、と市がのろりと0P敵を見上げた時にそれが聞こえた。

巨体との接触で崩れたビルのコンクリートが受験生へと降り注ぐ。受験生の前に一般市民だ。ヒーローを目指す者達が集う高校の入試で死者は出ないと思うが、雹のように地面へと落ちてくる欠片に死を覚悟する者は少なからずいる。死を目の前にしてしまえば最後、平和に生きてきた一般市民は金縛りにあったようにたちまち身体が動かなくなる。

名前も知らない他人が、市の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、早く行って」

「…やだ、嫌だ」

「やだじゃない。これからは、ちゃんと生きるんだ。生きられるんだ」

生きたくない(行きたくない)。一緒がいい」

「…市はいつから悪い子になったんだい?いい子にするって約束しただろ?」

「やだ、一緒。悪い子だもん」

「私は生き埋めになるだけ。大丈夫さ」

「……白色さん」

「…じゃあ悪い子の市ちゃん。いつかの未来で、あの子を止めてあげてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチリと、あと数瞬で圧死する人間と目があった。

瞬間、重力に沿って落下するコンクリートが止まる。過去を思い出したせいで思考が加速する。周囲の音が消えて、全てがいつも以上にハッキリ分かるようになった。

自分を取り巻く世界に対して情報の処理スピードが速くなり、自分の体感として世界が遅くなる。

隔離された空間で、市を見た顔が口を動かした。

 

 

 

「た す け て」

 

 

多分、そう言ったんだと思う。

それを目視して、時間が元の速さに戻る。

大きな音と共にコンクリートが地面に叩きつけられて、それによって巻き上げられたチリが煙となって辺りを覆う。

 

 

 

 

「おいおい入試だろ!?」

「誰か下敷きになった!!誰か!」

『終 了〜〜!!!!』

 

 

 

誰も0Pを行動不能にすることが出来ずに試験終了の合図がスピーカーから流れ、同時に全ての仮想敵が活動を停止して動かなくなった。

雄英の試験官であるヒーローが会場を走り、怪我人の発見に急ぐ。正気に戻った数人の受験生が先ほどコンクリートが落ちた地点を知らせようとヒーローに駆け寄った。

 

 

 

「あの、数人コンクリの下敷きに!!」

 

 

目を見開いて驚いたヒーローがコンクリートを退かそうと個性を発現する間際で、積まれた瓦礫がカタカタと動くのを見た。

一本の黒い影がコンクリートを突き破って止まり、祈るように指を組んだ左右の影の手は地面から伸びたまま停止する。呆然とする聴衆を尻目に、花が咲くかの如く開いた手の中に、下敷きになった3人がポカンとしていた。

 

 

 

 

 

【思考加速】

市が100倍に引き延ばされる思考で、人体ではあり得ない速さで3人を覆ったのだ。加速した思考では1秒が体感100秒になり、音を、もしくは光を置いて行動することが出来る。これは個性でも何でもなく、無意識に制御される脳のリミッターを解除する事で得られた市の才能の1つだ。

結果だけを見て羨む輩は、その過程に生じる苛酷さを理解していない。

 

 

 

 

「そう、違ったのね………いいえ、気にしないで…」

 

 

 

影を纏う黒い手を発生させる、見た目は完全に敵向きの個性「魔の手」

 

 

試験が終わり帰る市の背中を、紫髪の少年が見つめていた。




pixivにて連載中の作品を推敲して投稿しています。
この小説の主人公の容姿はエヴァのレイちゃん。目は死んでいる。
ご存知の方はいると思いますが個性「魔の手」は、戦国BASARAでお市が使う武器です。技名も動きもそこから取っています。超献身的。
気になる方は「お市 モーション」で調べてみてください。ぜひ!!


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3話:ダウナー系と採点修羅場

雄英高校ヒーロー科の入試期間は、受験生にとって戦争である。

そしてそれは、教師にも同じ事が言えた。

ヒーロー科以前に雄英高校はレベルが高い。普通科しかり、サポート科や経営科も倍率が高く、受験シーズンは教師陣が社蓄になりデスマーチが始まる。

 

 

一般入試の定員は36名。18人ずつで2クラスの狭き門である。

出願人数は10,800人を超え、教師達はその人数分の筆記採点をして、実技試験のビデオ判定にリアルタイムでの観賞。

やる事が多い。やる事が、多い(2回目)

この頃になると、毎年発狂した者の奇行が恒例行事にすらなってくる。

 

 

 

「あっはぁ〜〜〜〜!!!!ふぅーーーやぁーーーーーゴフッ!?」

 

 

今もまた発狂したのか童心に帰ってキャスターチェアに立ち乗り、笑いながら個性で高速回転をする同僚(バカ)を沈めた。完全に個性の無駄遣いであり、同僚(コイツ)の個性は断じてキャスターチェアを回すことに使うものではない。

 

 

「実技総合成績出ました」

「……同率で1位が2人。最下位を落とすか」

「いや、ここでの繰り下げで生徒を落としてしまうのはあまりにも…」

「………まぁ、いいじゃない!1年くらい1クラス19人でも変わらないよ!我が校でその種を芽吹かせてくれればいいさ!自由な校風だもの!」

 

 

 

EXAMINATION(試験) RESULT(結果)と表示された画面に、受験生の上位者の名前が表示される。

 

 

 

「E会場のラストはやばかったな」

「ええ、間に合わないと思ったし、ミリ秒であの行動が出来る彼女の個性は強いわね」

「あの場のあの瞬間、あの個性でなければ間に合わなかっただろうな」

「救助Pも申し分なし、本人は余力を残して帰還、ね」

 

 

 

 

同率1位 天魔 市

敵P29 救助P48 合計77P

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

試験結果と思われる封筒が雄英から届いた。

狭いアパートの部屋に折り畳みベッドとパイプ椅子、冷蔵庫。調理道具にクローゼットも無い。良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。

そんな部屋で1人、市はパイプ椅子に腰掛けて封筒を開けた。ギシリとパイプ同士が擦れる音がして、封筒の中に入っていた小さな機械が膝に落ちた。

 

 

 

『私が投映された!!!』

 

 

突然の大音量に肩を震わせて、市は展開されたプロジェクトを見上げる。

 

 

『天魔少女、筆記に実技、実に見事だった。仮想敵をある程度倒したら動かなくなったからこちらも焦ったよね!

「やる気がないんじゃないか」なんて邪推した奴もいる。

たが!!君は最後の最後で行動を起こした!!あの行為は尊いものだ。

当たり前だが、誰にでも出来る事じゃない。私たち雄英は、それを誇りに思う。審査制の救助活動(レスキュー)P!!天魔 市 48P!!!

君がなぜ仮想敵を倒す事を止めたのかは分からない。だが、誇っていい!!!君は正しい事をした!!

おいで天魔少女!雄英ここが君のヒーローアカデミアだ!』

 

 

そう締めてプロジェクトは消えた。どうやら、封筒は合格通知だったようだ。

正直、受かるつもりはなかった。目的の為に近い方を選んだだけであって、本当はどこでも良かったのだ。

 

 

 

 

いつかの未来までに、牙を研ぐことが出来れば。




どうでもいいけど「同率1位 天魔市」って韻踏んでてラップみたいだよねっていう事に気付きました。


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4話:捜査会議及び報告※

イラストにてお目汚し失礼します。


「最近、動き出したみたいだね」

「はい。レプリカの目撃情報が増えています」

 

 

 

 

「レプリカ」

数十年前に突然現れたにも関わらず、老いることを知らないのかその実力は衰えずに未だ現役で活動を続けている者。ヒーロー免許を持っていない一般人にも関わらず、災害時や敵襲撃時に被害者を救けて回る人間。

 

 

免許を持っていない人間が個性を使う事が違法だと知っているようで、白い狐の仮面で顔を隠して活動しているヒーロー擬き。

ローブを深く被っているので髪の色、髪型も分からずじまい。有力な情報といえば、両腕が機械仕掛けだということ位か。両腕が無いのか、どうも機械義手らしい。そもそも性別もどちらか分からないのだ。

遭遇しても誰も詳しい事を覚えていない。その姿は朧げで、白い狐面だけが唯一の手がかり。

注意しようにも神出鬼没、しかも拠点も見つからない。ふらりと現れて救助活動をし、いつの間に消えてしまう。

 

 

一部の民間人にはレプリカを崇拝し、ヒーローとして認めるべき、ヒーロー飽和社会の救世主だの言いたい放題だ。

 

 

 

 

 

 

「警戒しろ。アイツは何処にでも現れる。事件が起きたら、その周辺を素早く見張らせて捕らえろ」

「はっ!」

 

 

 

 

ヒーロー免許を取ればいいのに、どうしてこんな回りくどい事をするんだ。

レプリカに助けられた一般人からも礼を言いたいのにまだ見つからないのかと催促が来るのも面倒なのに。俺たち警察は、今日も業務と一貫でレプリカを嫌と言うほど探し続ける。

 

 

「手がかりと言っていいか分からないが、鍵を握るのはあいつらか」

「その情報、確かなんですか?揺すっても何も出ないですよあの爺さん」

「…お前は新人だったな」

「え?はい、そうですけど」

「お前は以前のあいつを知らないからだ」

「以前?まあ歳はいってるけど良いひとですよ。近所の爺さんみたいな立ち位置で」

「………はぁ〜」

「失礼ですよ!俺見て溜め息吐かないでくださいよ!」

「あの事務所の全員が、元々俺ら警察が目を付けてたチンピラに(ヴィラン)なんだよ」

「えぇ!?なんで警察がロックオンしてんのにヒーローになってんですか!?」

 

 

頭の血管が浮き出て切れそうになるのを堪える。

いかん、ダメだ。共通認識だと勘違いしていた俺が悪い。

今度から新人教育者にはあの爺さんの事を教えておけと伝えておかねば。

 

 

「…どうやらまだ教育が足りないようだな?俺の認識も甘かった。新人だからと甘えてるとこの世界は生きていけねぇぞ。その書類終わったら俺んとこ来い」

「横暴だ!」

 

 

 

 




レプリカのイメージイラスト

【挿絵表示】

だいぶ初期の方に描いたのでデザインが違います。概ねこんなんだと思っていただければ幸いです。これ↑よりも後に出るイラストのレプリカの方が正確です。


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5話:ダウナー系と個性把握テスト

まだハーメルンに慣れません。
読みにくさは後々解消していけたらなと思います。


大企業本部のような構造をしている雄英高校。

先日の受験にて、ヒーロー科に合格した天魔 市はその廊下を歩いていた。彼女の歩くスピードは、一般的に表現される徒歩よりも倍は遅い。上半身をゆっくりと揺らしながら歩くので、足元が覚束なく遅くなるのだ。

今は頭を揺らしていないものの、動きはとてもゆっくりであった。

それを自覚している市は、様子見とばかりに朝早い時間から登校をする。

あの時間に家を出てこの時間に着くならば、これからは何時に家を出れば間に合うといった極普通の判断である。

ただ、市は限度を知らなかった。

いや、自分の歩幅を理解していると思った方がいいのか。春で朝日が速まった4時というとんでもない時間に家を出た。

少しは自分を信じてあげても良いと思う。歩くのはそこまで遅くはない。

 

早すぎて校門は閉まっていた。幸運だったのは、登校した教師のプロヒーローと会えたことで便乗して校内に入る事が出来たことだろうか。

ヒーローもさぞ驚いた事だろう。朝早くに雄英の校門をユラリと見上げる少女がいたのだから。雄英の制服じゃなかったら保護しているレベルである。

 

 

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 

バリアフリーの為か、巨体の生徒もしくは教師に合わせて大きく造られた扉を開ける。やはりというか、誰もいなかった。何も疑問に思わないのか、市はコテリと首を傾げて席に着く。早く来すぎて黒板に席が張り出される前だったので、本能のままに選んだ席だ。

世間一般でいう暇つぶし道具の本やスマホも持っていない。

市の暇つぶしは、個性の手(以下「魔手(まて)」)を小さく出して戯れる事だけである。子守唄のような童謡のような、ゆったりとしたリズムを口ずさみながらならば特に良し。

 

 

 

「尋ね尋ねて 幾千里………あなた離れて、閻魔、様……」

 

 

アカペラになるのは仕方がないが、柔らかく滑らかな声だ。本来は囁き声(ウィスパーボイス)、もしくは息漏れ声と呼ばれる声なのだが、声に混濁した部分が無いのため何処か浮世離れしている様に聴こえる。

 

 

 

 

歌ってから数十分が過ぎた。

大きすぎる扉を開けて入って来たのは、18禁ヒーローのミッドナイトだ。既に生徒がいる事に驚きながらも、自分の世界に入っている市を見てから気付かれないように教卓に席順が記された紙を置いて出ていった。日頃のルーティーンか、市なりに馴染もうとしているのだろうと思った彼女なりの優しさだ。ミッドナイトには悪いが、そんな訳ないだろう。

女教師が出ていったのを確認してから、市は個性を使い魔手で紙を引き寄せた。

黒板を正面に見て左側。後ろから二番目であり、4×5の机に1つ席が余っている。雄英のホームページの概要では、定員18名に推薦2名の1クラス20名ではなかったのか。なぜ1-Aは21名なのだろう。

そこまで考えるが、別にどうでもいいと指定の席へと座った。市は考える事が好きではないし、外も明るくなってきた。

歌うのはやめよう。でもミニ魔手と戯れるのはそのままで、市は時間が過ぎるのを待った。

久しぶりに感じる、穏やかな空間だ。

 

 

 

 

 

**************

 

 

気にしていなかった周囲が騒がしい事に気付いたのは、そろそろHRの時間だと魔手が教壇を指差して教えてくれたからだ。

そういえばと顔を上げると、ちょうど教室の廊下で寝袋に入った人間が出てきた所であった。

 

 

「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。

担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

 

「よろしくね」なんて言葉と表情が全くリンクしていない。確実に面倒臭いと考えている顔にシンプルな服装。白と黒の2色で形成されている担任:相澤消太は先ほどまで自分が入っていた寝袋を漁り、中から雄英高校の体育着らしきものを取り出した。

 

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 

袖、襟に緑の広狭ライン2本、肩に緑のエポレットと2つの金釦グレーのジャケット。白無地ワイシャツに緑無地のミドルスカート。

女子更衣室にてお洒落な雄英制服のブレザーを魔手に手伝ってもらいながら脱ぐ。

 

五分袖の青無地、正面に雄英を表す「U A」が縦に印刷されている体操服は、市の168cmの身長に合わせた丈で用意されていた。Sサイズでも服との隙間が大きいので、冬はインナーをちゃんと着ないと寒いだろう。そそくさと着替えた市は、振り返らずにグラウンドへと出た。

 

 

 

「個性把握…テストォ!?」

 

 

 

全員が集まったと同時に一方的に告げられたのは、その言葉だった。

合格通知の後に送られてきた冊子では、登校初日は入学式とガイダンスであった。それを無視して堂々と言い放つので、むしろこちらが間違えたのかとすら思う。

 

 

「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」

 

 

ソフトボール投げ、立ち幅とび、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈と、新年度の授業始めに行う体力測定と何ら変わらない種目を相澤は挙げていく。個性把握とは言いつつも、やる事は普段と変わらないようだ。

 

 

「中学の頃からやってるだろ?“個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

 

突然引き合いに出された文部科学省を市は少し哀れに思った。

爆豪と呼ばれた薄い金髪に赤目の三白眼の少年が、ソフトボール投げの手本に名指しされた。思いっ切りとの言葉を言われ、ヒーロー科らしからぬ言動とともにボールを投げる。

 

 

 

「んじゃまぁ 死ねえ!!!!」

 

 

 

無駄にドスの効いた声で叫ぶと同時に、彼の個性が発動する。

手に持った物を爆発させる能力なのか、ボールが手から離れる直前に爆発させた。投げた後に爆風が吹き荒れ、砂埃が舞う。あまりの口の悪さに数人の生徒は(………死ね?)と思っていそうである。

機械仕掛けのボールだった為、目視不能の距離に落ちていても相澤が持つ端末が音を鳴らし、距離が画面に表示された。記録は705.2m。普通に投げたらまずあり得ない結果だ。

 

 

「なんだこれ!!すげー()()()()!」

「705mってマジかよ!」

「“個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

「………面白そう…か」

 

 

その言葉が教師である相澤の地雷だったのか、纏う空気が変わった。

意図的に変えたのかは分からないが、「面白そう」と短絡的かつ楽観的な感想を抱いた生徒達を威圧しにきたのは確実だ。顔に影が差し、強調された隈に光の無い空虚な瞳。

 

 

「ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?よし トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。生徒の如何は先生おれたちの“自由”。ようこそこれが 雄英高校ヒーロー科だ」

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても…理不尽すぎる!!」

 

 

希望に満ち溢れた入学初日。夢見がちとは言わなくとも、バラ色のキャンパスくらいは思い描いていたのだろう。しかし、見飽きているニュース速報では、大抵の敵は突然発生するものだ。ショッピングやデート、就寝中などヒーローの都合を無視したタイミングで出動要請がくるのが普通。

それを思えば、このくらいの事などまだ優しい方ではないかと思える。行動を起こす敵をいつだって未然に防げるわけではない。そういった意味では、ヒーローはいつだって不利なのだ。

 

 

「そういう理不尽ピンチを覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。

“Plus Ultra”さ 全力で乗り越えて来い」

 

 

 

そして、個性把握テストが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1種目:50m走

出席番号で天魔と常闇が同時に走る。市は入試の実技試験と同じように、魔手に支えられて滑るように走った。

中学の体力測定では真面目にやらなかった為に体育教師も呆れて見放していた。そもそも市は普通に走っても遅い。魔手に身体を支えてもらい、自分で走らない方が個性把握テストの目的としては合っているのだ。個性のジャンルが似ている常闇が驚いた声を出した。

 

結果 中学19:64→5:18

 

 

 

 

 

第2種目:握力

魔手により測定器が破壊。

 

結果 中学21kgw→測定不能

 

 

 

 

 

その他の種目も、市というよりはほぼ魔手がやったようなものだ。市に対して献身的すぎる。甘い。過保護な恋人並にゲロ甘である。

次は第5種目のボール投げだ。早々に魔手によって放たれたボールは100mを優に超えた。基本的に他人には無関心な市は、ボール投げの記録が出ると見学列から離れて魔手と戯れる。

この瞬間が市にとって一番心が安らぐ時だ。

 

 

 

 

騒がしかったボール投げが終わり、最後の種目である持久走も終わった。

市が魔手に運ばれて持久走をする中で、緑の頭をした少年が片手の痛みを堪えるように走っていたのが目についた。よく見ると、手ではなく指先だ。青紫に腫れていて痛々しい。突き指でもしたのだろうか。それにしては大袈裟な色だ。もしかしたら折れているのかもしれない。指先を?ボール投げをしている短時間で?

疑問には思ったが持久走の最中に助けることも出来ないし、助けようとも思わない。初日早々クラスメイトが減るなんて新鮮だ。ヒーローになりたくて狭き門を通ったのに、個性把握テストで個性を発動しないなど言語道断。もしリスクと引き換えに大きな力を発揮するとしても、今求められているのはどの場面で個性が有用に使えるかの事前調査だ。その程度のことが理解出来ないのならば、自らの個性を疎んでいると見なされてもおかしくない。やめたほうが懸命だ。

 

 

 

 

「んじゃパパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する。

ちなみに除籍はウソな」

「…………」

「!?」

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「「「はーーーーーー!!!!??」」」

 

 

 

 

一括開示された結果にて最下位であろう緑の少年の顔が、人間としての枠から解放された。ふくらはぎが太くガタイの良い少年も、本体であろう眼鏡にヒビが入るほどの衝撃を受けている。

 

それにしても、わざわざ生徒を威圧までして言い放った「最下位除籍」は本当に虚偽だったのだろうか。テスト開始時に面倒くさそうに開かれていた相澤の瞳が、今は真っ直ぐ正面を向いている。視線の先にいるのは、あの緑の少年だ。彼の中で「最下位=見込み無し」という方程式が崩れたのだろう。彼の才能は最低限0ではなかったのだ。

雄英の校風は自由。除籍と決めていても、またそれを無かった事にするのも1つの“自由”である。

入学初日はこれにて終了。教室にカリキュラム等の書類があるそうなので、持ち帰ってから吟味するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

ところで、校舎の影に隠れているNo.1ヒーローのオールマイトは一体何をしていたのだろうか?

まあそんなことはどうでもいい。市は人に関わるのが得意ではないのだから。

 

 



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6話:ダウナー系とヒーロー基礎学

市が通う雄英高校は、全国的に見ても偏差値が79と高い。にも関わらず、ヒーロー科の倍率が300と高いのは、雄英を出ることが一種のステータスとされているからである。

万を超える受験ライバルを蹴落として合格した1-A、1-Bの時間割はそれに見合うものであり、月曜から金曜まで昼休みを挟み7限もの授業が。土曜も休みは無く6限までの授業を受ける。最高峰らしくハイレベルな授業内容に加え、現役ヒーローがそれぞれの科目の教師となって学ぶことが出来る。授業の合間に語られるヒーローの武勇伝は飽きる事なく、よくある授業中の居眠りは発生しない。

 

入学からオリエンテーションが終わって本格的に授業が始まる今日、午前に必修科目や英語の後に、クックヒーロー:ランチラッシュが作る一流を料理をリーズナブルに。学生の懐事情を理解した優しい対応だ。

 

 

「君、白米は!?白米は良いよ白米!!」

 

 

食堂解放初日、行く気は無かったが校内探索の為に食堂を利用した市は、熱心に白米を推すランチラッシュを平和的に無視して安価の味噌汁を頼んでカウンター席に座る。どうやら今後「味噌汁の子」と覚えられていそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休みを挟み午後の授業が始まる。

ヒーロー科を志望して入学したクラスメイトが待ちに待った授業、「ヒーロー基礎学」だ。そわそわと落ち着かないクラスメイトに、なぜそこまで興奮するのだろうかと市は純粋に思う。

 

 

「わーたーしーがー!!」

「来っ」

「普通にドアから来た!!!」

 

 

興奮を抑えられなかった緑頭が、「私が」の後に続く言葉を言う。きっと被せて言いたかったのだろうが、残念そもそも言う言葉が間違っているので教師のオールマイトの言葉を遮る形になってしまった。

No.1ヒーロー:オールマイト。All might(全ての可能性がある)を語源にした言葉であろう、名は体を表すに相応しいヒーロー名だ。強大な力を持っていながらも、人として親しみやすくコミカルさを忘れない。彼がNo.1で在り続けるのは、常人には想像も出来ない葛藤があるのだろう。越えねばならない死があったのだろう。

だからこそ、彼はいつも笑っているのかもしれない。ピンチの時、人々を助けた時、ブラウン管の向こうで。笑っていないと、No.1の自分を保てないのかもしれない。

その心うちを他人に悟らせない辺り、さすがヒーローといった所か。

 

 

「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!」

 

 

 

雄英のヒーロー科にて、当たり前だが最も単位数が多いのがヒーロー基礎学。ヒーローを育てる為の素地をつくる課目だ。戦闘力に状況判断力、戦闘指揮力に医療知識、ヒーローに関する法律に本番を想定した救出訓練。

一般的な高校では予算的にも再現出来ない事をやってのける。

 

 

「そしてそいつに伴って…こちら!!入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた…戦闘服(コスチューム)!!!」

「おおお!!!!!」

 

 

雄英に入って初めてのヒーローらしき事に、クラスから歓声があがった。

 

 

「着替えたら順次グラウンド・β(ベータ)に集まるんだ!」

「はーい!!!」

「格好から入るってのも大切な事だぜ少年少女!自覚するのだ!!!今日から自分は…ヒーローなんだと!!

さあ!始めようか有精卵共!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗な奴だ、と思った。

どこか懐かしくて、遠い昔に失った何かを想い出すような感覚に陥る。

懐かしいでもない。されども美しい。

綺麗はともかく、自分が何かを「美しい」なんて形容する日が来るなんてまだずっと先だと思ってた。

病気に見える少し怖い細さも、淡い青の白縹(しろはなだ)色の髪も、血のような赤い瞳も、まるで完成された人形のように、天魔 市という人間は完結している。

 

 

自分という人間を救えずに、あの瞬間だけ狂気に囚われてしまった母親のような儚さを持っていた。天魔 市という人間は、何を考えているのだろうか。彼女の思考は、父親の虐待に近い訓練から俺を守りきれなかった母親と似通ったものがあると、その時に漠然と考えたのを覚えている。

 

 

 

…………そういえば、あの時親父から救けてくれた奴はなんて言っていただろうか。突然現れて、No.2ヒーローである親父と渡りあったアイツを。

まるで親父の手の内を知っているような戦い方だった。個性を使っていたのか分からないが、炎に臆さずに身体だけで戦っていた。素早い動きで翻弄し、幼い俺でも分かる重い一撃が叩き込まれる所を。

 

何も言わなかったけれど、孤独だった世界に出来た味方のようでとても頼もしかった。

親父に勝った後、呆然と見てた俺を機械の腕で撫でてくれた。

温度の無い機械だったにも関わらず、今までのどの手よりも温かかったんだ。

 

それなりに大きくなってから調べてみるとヒーロー免許を持っていない犯罪者としてメディアは放送し、救けられた人からはヒーローだと祀られていた。人によって真逆の印象に驚き、ヒーローでないのにあの強さは勿体ないと思った。

 

 

レプリカは、オールマイトに並ぶ俺のヒーロー(憧れ)なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

被服控除(ひふくこうじょ)

雄英高校は、入学前に「個性届」「身体情報」を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるシステムだ。「要望」を添付することで便利で最新鋭のコスチュームが手に入る。

 

市の個性は魔手を利用した身体の拡大補助を主としたものだ。魔手が無ければステゴロ(素手喧嘩)になる。よって、市がサポート会社に提出したコスチューム要望はこうなった。

・両手両足にダメージを加算する鎧

・手の動きをなるべく隠すローブ

・表情から動揺を悟らせないフェイスマスク

シンプルにと箇条書きで要望を出したのがいけなかったのだろうか。

 

 

本当に書いた事しか再現されていない。

鋭角的で薄汚れたローブに、何故か左腕だけ肩まである鎧。膝蹴りや肘打ちの為か、関節部には趣味の悪い髑髏がいた。露出した二の腕と片脚の太ももには、拘束用であろう鎖がジャラジャラと音を鳴らして巻きついていた。肋骨を保護する器具が付いた物々しいストラップレスの見せるブラジャーに、厳ついベルトのショートパンツ。極め付けに、黒いフェイスマスク。

目元だけが露出しているが、目のハイライトが消えて死んだ目をしているようだ。一瞬敵ヴィランに見えてしまう凶悪な姿。普段の不気味さがより先鋭化している。

 

 

 

「始めようか有精卵共!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 

コスチュームに着替えたクラスメイトを見回す。私服のようなカジュアルな者は少ない。

 

 

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内のほうが凶悪敵出現率は高いんだ。監禁・軟禁・裏商売…このヒーロー飽和社会…ゲフン。真に賢しい敵は屋内やみにひそむ!!君らにはこれから「敵組」と「ヒーロー組」に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう!!」

「!!?」

 

 

基礎訓練では無く、突然の実習にA組は戸惑いを隠せない。昨日の相澤担任による個性把握テストの事もあり、疑心暗鬼のようだ。

 

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」

「このマントヤバくない?」

「んんん〜〜聖徳太子ィィ!!」

 

 

新米教師のオールマイトは、生徒数人から一度に聞かれた質問に対応出来ずに面白い事を口走った。意外とコミカルな人柄のようだ。

まだ教師としての適応力がない為、懐から小さな紙…いわゆるカンペを取り出して本人的にコッソリと盗み見た。

 

 

「いいかい!?状況設定は「敵」がアジトに「核兵器」を隠していて、「ヒーロー」はそれを処理しようとしている!「ヒーロー」は制限時間内に「敵」を捕まえるか、「核兵器」を回収する事。「敵」は制限時間まで「核兵器」を守るか「ヒーロー」を捕まえる事」

 

 

急なアメリカン設定に周囲が騒ついた。彼がアメコミ風な画風に関係しているのだろうか。とりあえず彼がアメリカ推しという事は伝わった。コンビ及び対戦相手はクジで決めるようだ。しかし、1-Aは21人いる。どうやっても1人余ってしまうが、どうするのだろうか?

同じことを疑問に思ったのだろう、ポニーテールで凛とした女子が手を上げた。

 

 

「お言葉ですが、A組は21人います。クジを引いても1人余ってしまいますが、どうするのですか?」

「うん、それはしょうがないよね!だから何処かのチームは3人グループになるけど、対戦相手は作戦でカバーしよう!その経験は、きっと糧になるさ!」

 

 

 

どこかの組み合わせは2対3になる。数の利というのは大きく、正面から戦う際は誰かが2人を相手取ることになるということだ。

クラスの全員がクジを引き、市が出したのは「B」。顔の左半分を氷で覆った少年と、顔を隠す銀髪のリーゼントに口元を隠すマスクの少年だ。

リーゼントの大柄な少年の肩から腕が伸び、本来は手が出来る場所に口が作られた。

 

 

「俺は障子 目蔵。個性は「複製腕」だ。この触手の先端に身体を複製出来る。諜報や情報収集向きだが、戦う事も可能だ」

「轟 焦凍だ。個性は「半冷半燃」。右手で凍らせて左手で燃やす」

「…天魔 市。作戦は任せるから…私の個性は、これ…」

 

 

 

Bチームは圧倒的に会話がない。飛び交う言葉も無い。簡単な自己紹介にて、市は個性の名前も言わずに魔手を地面から出す。出てきたはいいが放置されて寂しかったのか、猫のようにすり寄ってきた魔手を肩越しに弄る。

どうやらこれで交流は終わりのようだ。障子は一足先に、屋内対人戦闘訓練に使うビルの地下モニタールームへと行ってしまった。

 

 

「……………」

「………?」

 

 

視線を感じる。2人きりでの空間で、轟に見られていたようだ。

何かを言う訳でもなく、ただ市の顔を凝視する轟に、疑問符を浮かべながらも見つめ返した。

市を通して、誰かを見ているのだろうか。その目は市を見ていない。

満足したのか、無言のまま轟はモニタールームへと足を進めた。そろそろ市もモニタールームに行かなければ。構ってもらえて嬉しそうな魔手を消し、通常のビルよりも強固に設計された建物に入っていった。

 

 

 

地下のモニタールームには、ビル内に設置されている音声を拾わない定点カメラからの映像が幾つものウィンドウに投影されている。

対人戦闘訓練にて、互いに持ち物は決まっている。コンビと連携をとる小型無線、ヒーロー側には建物の見取り図を。そして確保テープ。相手に巻き付けた時点で「捕らえた」証明となる。「核」に少しでも触れれば回収と見なされて勝敗が決まる。

制限時間は15分

「核」の場所を「ヒーロー」は知らず、探索しながら敵を迎撃しなければならない。

この訓練の勝敗は大きく分けて4つ。

・制限時間をオーバーする(敵勝利)

・核を回収する(ヒーロー勝利)

・敵全員に確保テープを巻き付ける(ヒーロー勝利)

・ヒーロー全員に確保テープを巻き付ける(敵勝利)

 

 

 

 

最初の対戦相手はAヒーロー対D敵。

緑頭の少年は、緑谷 出久というらしい。だんだんとクラスメイトの名前も覚えてきた。対戦する緑谷と爆豪には因縁があるようで、ビル内がただならぬ緊張感に包まれている。あまり他人の戦闘に興味は無い。オールマイトからは考えて見るように言われているが、彼らの戦い方は大体分かる。

個性把握テストで判明した個性に性格。類い稀なる頭脳で、モニターにて戦いを見ながら、その解析と思考を切り離して演算する。市が「思考加速」と共に持っている「並列演算」。脳のリミッターが外された副産物で、同時に2つの事柄を考えながら行動する事が出来る。

視線はモニターに固定したまま、魔手と戯れた。

 

 

爆豪は随分と暴力的で自尊心が高い。にも関わらず、冷静な所がある。敵なら誰でも良いわけではなく、強い敵を倒したいという繊細で複雑な闘志。そう、まるで乙女心の様な戦闘狂だ。

対して緑谷は、自身を追い込む強化型の個性。自分でそれをセーブしている代わりに、鋭い洞察力と観察眼がある。モニタールームが大きく揺れ、ビルの一階部分が吹き飛んだ。

緑谷が小型無線で麗日と連絡を取った。その時点で、市の脳内演算が結果を叩き出した。きっと市の予測演算通りになるだろう。結末が分かった戦いをこれ以上見る意味も無く、後方へと移動して寝転がる。

麗日の位置とリンクした爆豪と緑谷の戦い。モニター室にはきこえない小型無線でのやりとりで柱に抱きつく麗日。それぞれの個性に思考回路。緑谷がアッパーカットを打てば、市の演算結果は証明される。

 

 

 

 

 

 

「麗日さん行くぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ほらね。




市ちゃんのコスチュームはグラブルのカオスルーダーです。
然るべき時に挿絵アップします。

補足説明(ほとんど転スラ)
【思考加速】
通常の100倍に知覚速度を上昇させる
【並列演算】
思考と切り離して演算を行う(同時に二つの事を考えられる)


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7話:ダウナー系と戦闘訓練

分けたら短くなってしまった…。


A対Dの対戦が終わり、それぞれの酷評も終わった。

負けた事がショックだったのか、爆豪の口数が少ない。瞳孔が開いていて、軽度の興奮状態になっている。息遣いも荒く、見ていて危なっかしい。

そんな爆豪を無視して、授業は次の対戦へと移る。先程の戦いで建物が壊れてしまった為、演習ビルBにて行うようだ。壊れても替えるほどのビルが立ち並んでいる演習会場の規模は、さすがマンモス校とでも言うべきか。

さて、次は私のチームが戦闘か。

 

 

ヒーローチームB

「……」

「……」

「……」

 

 

敵チームI

「尾白くん、私ちょっと本気出すわ。手袋もブーツも脱ぐわ」

「うん…」

(葉隠さん…透明人間としては正しい選択だけど、女の子としてはやばいぞ倫理的に…)

 

 

 

第2戦が始まった。敵チームが核の部屋に入ってから5分、作戦も言われずに2人の後ろを歩いてビル内へと足を踏み入れ、入口にて障子が複数の触手の先端に耳を造った。建物の反響音や足跡、呼吸音を正確に聞き取っていて情報収集力がとても高い事が分かる。

 

 

「四階北側の広間に一人。もう一人は同階のどこか…素足だな…。透明の奴が伏兵として捕える係か」

「外出てろ、危ねえから。向こうは防衛戦のつもりだろうが…俺には関係ない」

 

 

轟が一歩前に出て壁に触れる。接触面からピキカチと凍り、ビルの奥へと広がっていく。足の鎧が床に縫い付けられるように凍るが、常人離れした力で蹴り砕く。素足やスニーカーではなく、硬い鎧で脚を覆っているからこそ出来る芸当だ。市は忠告通りに魔手に寄りかかって滑るようにビル外へ、それを追いかけて障子が。轟が一人でビル内へと入っていく。そのうち慢心が祟って足元を掬われそうだ。

氷がビルを侵食していくのを無言で眺め、轟が核に触れるまでやる事も無いので寝転がった。市が暇なのを察したのか、小さい魔手が地面から顔を出す。腕を動かす気もない無気力な市の手で一人遊びを始め、その様子を何か言いたげに障子が見下ろしていた。

 

 

 

『ヒーローチームWIN!!』

 

 

オールマイトの声が拡声器から流れ、ビルを凍らせていた氷が溶けた。氷が融解して水になり、ビルを濡らしていく。

こうして、市は特に何もせず戦闘訓練が終わった。ヒーローが少ない人数で被害無く敵を無効化できるならばいいだろう。市の個性が必要なかったという事で、クラスメイトに個性を詳しく把握されていない。チームになった人には実際に見せているが個性名までは言っていないし、勝手に予想しているだろう。

 

 

 

「お疲れさん!!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!しかし真摯に取り組んだ!初めての訓練にしちゃ皆 上出来だったぜ!」」

 

 

 

講評が終わったと思えば、急いで緑谷の所へ走っていったオールマイト。

彼が去る間際に残した「着替えて教室にお戻り!」の言葉通り、擦れてうるさい鎧を脱ぐ為に一足先に更衣室へと戻った。ヒーロー基礎学が終わっても、授業はある。保健室に搬送された緑谷は帰ってくることもなく時間が過ぎて放課後になった。

教科書やノートを揃えて鞄に入れながら周りの音を聞く。どうやら先程やった対人戦闘訓練の反省会が開催されようとしていた。何もしていない市がいても反省する事はないし、迷惑だろう。鞄を肩にかけて帰る準備をした。

 

 

「え、天魔ちゃん帰っちゃうの?反省会しない?」

「天魔の個性ってまだ分かんねえからさ、どうよ?」

「ああ。俺と似通った個性は少し気になる」

「………お疲れ様…」

「あ……」

 

 

 

誘いの声を無視して帰路に着いた。途中で爆豪を追い越したような気もする……が、気のせいだろう。

明日は何の授業があるのだろうか。

 




天魔’s目
血のように赤い。

天魔’s魔の手
献身的すぎて老後に欲しい。

天魔’s精神
……………。

天魔’s全身
最低限の洗練された筋肉だけで細すぎる。

天魔’s脚
頭を左右に振りながら歩く。遅いし怖い。


挿絵の容姿で魔の手使って敵を千切っては投げ、千切っては投げるからいいですよね。脅威の塊に身を任せてる無表情の子が性癖なんですよ…。戦国BASARAのお市しかり、P3のキタローしかり。


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8話:ダウナー系と人命救助訓れ※

イラストにてお目汚し失礼します。


Q.オールマイトの授業はどんな感じです?

A.…………。

 

 

 

驚いた、その一言に限る。

やけに校門前が騒がしいと思えば、マスコミか。突然マイクを向けられて質問されたので声も出なかった。例え声が出たとしても、市は質問に答える気はさらさら無い。No.1プロヒーローであるオールマイトが雄英高校で教師になったことを聞きつけているようだ。

マイクを向ける記者を素通りして校門をくぐる市は、追いかけてこようと着いてきた記者に視線を向けた。

血のように赤い綺麗な目。しかし、瞳孔よりもっと奥が微かに濁っている。人間観察が得意な者でもすぐには気付かない虚構や虚空がそこにはあった。

不幸にも、その深淵を覗いてしまったカメラマンが悲鳴をあげて発狂した。虚無の犠牲者だ。彼の個性「人心掌握(heart peep)」で市の心を掴もうとして、その暗くておぞましいナニかを見てしまったのだ。ヒーロー免許を持っていないのに、コッソリと個性を使ったのだから自業自得といえる。

 

使わなければ知る事もなかったのに。

 

尋常ではないカメラマンの悲鳴により、マスコミ全ての目がそちらに向く。その隙をついて、市は表情も変えずに校舎へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

「…………へえ」

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

「学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来たーーーーー!!!」

 

 

 

大盛り上がりである。

HRの本題として相澤先生が言い放った言葉に、ノリのいい男子達が騒ぐ。我先にと手を挙げるクラスメイトに多数決を提案する飯田の手もまた綺麗にそびえ立っていた。行動と言動がここまで一致していないのも面白……珍しい。

 

 

「………」

 

 

学級委員長なんて面倒なものを市がやりたい筈も無く、少し思案して提案者の飯田に票を入れた。言い出しっぺの法則というやつだ。

投票結果を見ると、飯田に入った票は1つだけ。多数決を提案しておきながら他の人に投票したようで、飯田本人は自分に票が入っている事に驚いている。しかし、結果として3票入った緑谷が1-A学級委員長になった。

可決した学級委員長多数決はこうして終わりそれぞれが興奮冷めやらぬ中、授業が始まるのだった。

 

 

 

 

昼休み。

前回、市が少し顔を出しただけで白米を嫌というほど勧められた為、もう食堂に近づくのをやめた。人とは学習する生き物なのだ。

それに生存条件的にはサプリメントと水があれば生きていける。点滴だけで人間が生きていけるように、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルをサプリで摂取すれば日常生活は維持出来るのだ。腸の働きが悪くなって免疫が低下するがそこはそれ。

その為、昼休みの鐘が鳴ってすぐに味気ないサプリを飲み込めば市の昼食は終わり。食堂に行く意味も理由も無く、時間が過ぎるのを待つ。足を動かした方が良いと魔手が進言(とは言っても、手なので話したりはしない。なんとなくそう言っているのだろうと感じているだけだ)してくるので、校内を散歩しようと思う。

 

昼休みの校舎は騒がしい。広い食堂に生徒が集中している事もあるが、弁当を教室内や庭で食べようとそこらに人が散っているのも原因だろう。あらゆる所から談笑が聴こえてうるさいほどだ。人気が無い場所に移ろうと静かな場所に向かって進む。

その時、警報が轟いた。

 

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

 

 

 

最高峰の雄英でセキュリティが発動するなんて珍しい。

しかも3なんて、レベル分けされている中で高めのランクだ。今いる場所は人気の無い所だが屋外ではない。放送の通り避難しようとして、道の先で何かが這い回る音に近いものがした。ズ ズ ズと禍々しい音がするような場所ではない。振り返ると、黒い靄がポカリと浮かんでいる。その靄に内部があるのか、中心から指が出現し靄に手をかける。掌を模したマスクで顔を大部分を隠しているが、指の隙間から覗く目は皺だらけの瞼と異様な眼光を携えており、狂気が顔を出していた。

 

 

 

だが()()()()()()()

 

 

 

人の持つ狂気や虚無、無力や非道徳はこれまで市が何度も見てきたものだ。靄から出てきた青い髪の青年が宿す狂気など、生まれたての子供のようなもの。子猫をいなすようにあしらえる。

市が恐れるものでもない。

あの頃ほどでもない。

 

 

 

「…お前、朝見たな」

「………私のこと、知ってるの…」

「マスコミ発狂させてたし…お前の個性、雄英ヒーローに向いてないよ」

 

 

なかなかどうして鋭いようだ。そうか、朝のアレを見られていたのか。

だけど勘違いしているようで。マスコミが叫んだのは市の個性でもなんでもなく、あの男が深淵を見たからに他ならない。

 

 

「…良ければ少し、私とお話しない…?」

「……あーー面倒くさ。世の中クソだな…」

 

 

 

腰を低く構え、低姿勢のまま青年がこちらに向かってくる。速い。が、捉えられない速度でも無い。

触れる事で発動する個性なのか、市に手を伸ばしてきている。手が市に触る直前、無気力に左手を右へ大きく振れば小さな魔手が2本。足元左手から飛び出て青年を押して弾き返す。これは上手くタイミングを見極めないと失敗するのだ。弾かれた青年は土煙を出しながら足で踏ん張り、失速した。

 

 

「チッ……まだかよ黒霧」

「…2人で、何かを盗りにきたのね」

「…はぁーーー」

 

 

 

お互いに本気でやりあう気はサラサラ無い。

体裁として戦っているだけであり市は侵入者なんてどうでもよく、青年も面倒臭いから教師にチクらなければ無視してもいい存在だ。相手を殺すなど微塵も考えずに、側から見れば凄まじい応酬も本人達には約束組手に近い戯れのようなもの。実力者同士で成り立つ高次元の牽制。決め手も無いまま続く攻防は永遠に続くかと思われたが。

 

 

「死柄木 弔、何してるんです」

「遅えよ終わんのが」

 

 

死柄木と呼ばれた青年の後ろにスーツを着た男らしき者が出現した。スーツから出ている顔や手が黒い靄で形成されていて、先程青年が出てきた靄はこの男の個性だと分かる。会話からして用事が終わったらしい。これ以上戦っても時間の無駄だと判断した市は魔手を消して出方を窺った。

 

 

 

「変なガキ…帰んぞ黒霧」

「よろしいので?この生徒がヒーロー科ならば消した方が良いのでは?」

「どうでもいいわ、闇色さん……貴方達が野垂れ死ぬ頃には忘れるもの…」

「ああ、そいつは無視していい。コッチ側の奴だ」

「…なるほど」

 

 

 

2人の間での意思疎通が完了したようで、来た時と同じく靄の中へと消えていった。スーツの男の名前から推測すると個性は霧関係のようだ。完全に気配が消えたのを確かめてから、昼休み終了のチャイムが鳴った。

周りを見回して設備が壊れてない事に一安心してから、市は教室に戻ろうと踵を返す。別に報告する程の事でも無いし、聞かれるまで話さないでおこう。どうせお喋りは得意ではないのだ。

 

 

5限は委員長の他にもある委員決めをするらしい。それを取り仕切る委員長の緑谷が、昼休みのマスコミ騒ぎを食堂にて鎮静化した飯田を委員長に他薦したのだ。というか、市が死柄木と戦っている時にそんな事があったのか。敵の明らかな陽動に呆れながらも、誰かに言う程の事でもないと自己完結した。

それにしても、「非常口飯田」はやめた方が良いと思った市であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

「ハーイ!なにするんですか?」

「災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

 

なぜかレスキューと英語で書かれた札を掲げて相澤先生が言った。騒つくクラスメイトを視線で黙らせてから、リモコンのボタンを押して黒板横の壁からそれぞれのコスチュームが入った棚がせり出す。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

 

 

いつもの通りに更衣室へ行き、制服を脱いでコスチュームに着替える。相澤先生はコスチューム着用はどちらでも良いと言っていたが、生徒の様子を見る限り、ほとんどがコスチュームを着ようと棚から取り出していた。例外なのは先日の対人戦闘訓練にてボロボロにしてしまった緑谷だけであろう。

 

 

 

「ねね、天魔ちゃん!前から思ってたんだけど、コスチュームカッコいいね!」

「私も私も!着替えてすぐ行っちゃったし、反省会も帰っちゃうからお話出来なかったからねー!」

 

 

着替え中に、市も含めて7人しかいない1-A女子に話しかけられた。

透明な葉隠に、反転目をもつ芦戸。他にもパンキッシュな耳郎に大きな目をもつ蛙吹、聡明で万能な八百万に汎用性の高い個性の麗日。市とは違い、社交的でコミュニケーション能力が高い今時の女子と表現できる。市の様子に尻込みしていたけれど、勇気を出して話しかけてきた良い子達だ。

 

 

 

「…天魔 市。友達になってくれるの…?嬉しい…たとえ嘘でも…」

「嘘じゃないよ!私、麗日お茶子、よろしくね!」

「ウチ、耳郎 響香っての」

「私は八百万 百ですわ」

「ケロ…蛙吹 梅雨よ。私思った事を何でも言っちゃうの。天魔ちゃん、私あなたが少し怖いわ」

「…そう」

 

 

蛙吹の指摘に、女子が驚いた顔で彼女を見た。冷静で洞察力が鋭く、先見性も高い。個性は詳しく分からないが、人間としては弱点が少ないな。同じ歳でここまでの子を見るのは初めてだ。

 

 

「あなたは…とてもまっすぐに尽くす人なのね…」

 

 

 

どうしてこの子は傷ついた顔をするのだろうか。別に雄英には友達を作りに来ているわけではない。怖いのならば怖いままでいい。恐怖は人間がもつ本能的な感情であり、無理に克服する必要はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」

「飯田くんフルスロットル……!」

 

 

緑谷の指名にて委員長になって嬉しい飯田は張り切って訓練場へ向かうバスの乗車を仕切っている。そんな努力もむなしく、乗るバスは新幹線の指定席のように全席が一方向を向いているタイプでは無く一般バスのように向かい合った席順になっていた。本人はそれを予測出来なかったのを悔しがっている。

バス内では対人戦闘訓練で一緒のチームになった轟と隣の席になった。共通の話題など無く、会話の必要性も感じない為寝ることにしよう。轟も精神統一なのか目を閉じているのでお互い様だ。

バスに乗って揺れる事しばらく、到着した所は学校設備とは思えないほど大きなレジャーランドだった。セントラル広場から放射状に広がる6つのアトラクションが設置されている。

 

 

「すっげーーー!!!USJかよ!!?」

「水難事故、土砂災害、火事……etc.あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も…(U)ソの(S)害や(J)故ルーム!」

(((USJだった!!)))

 

 

アトラクションの説明をしたのはスペースヒーローの「13号」。

個性「ブラックホール」にて障害物をほぼ無効化し災害救助でめざましい活躍をしているヒーロー。彼が現場にいれば雪崩も土砂崩れさえも吸い込んでしまえる。使い方を一歩間違えれば、人間を吸い込んでしまうものだ。

 

 

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」

(((((増える…)))))

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

「ええ…しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せる「いきすぎた個性」を個々が持っていることを忘れないで下さい。

相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では…心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。

以上!ご静聴ありがとうございました」

 

 

紳士的にお辞儀をして演説を終えた13号にクラスメイトは喝采を浴びせた。飯田はブラボー!!!とイントネーションを変えて何回も叫んでいる。そんなに今の演説が響いたのか。

一同の叫び声に反応してか、USJ内の電気が消え、噴水から出る水が不定期に止まる。

 

 

 

 

「一かたまりになって動くな!!!」

「え?」

「13号!!生徒を守れ!!!」

 

 

突然、相澤先生の怒声がUSJ内に響いた。いつもと違って本気の憤りや困惑を混ぜた声色に、生徒が何事かと広場の階段下を見る。つい先日出会った彼らではないか、あの時の狙いはカリキュラムだったのか。黒い霧からワサワサと大人数が溢れてくる。まだ状況を理解出来ていないのか、入試のようにもう始まっているのかと問う切島に相澤先生が(ヴィラン)だと答えながら戦闘準備を整えている。あのままのペースで霧から排出し続けるならば、じきに広場も敵で埋まってしまうだろう。校内では駆けつけられてしまうからか出さなかった殺気を纏って死柄木が顔を出し、猫背のまま空を仰いだ。

 

 

 

「子供を殺せば来るのかな?」

 

 

 

なんともまあ、物騒なことで。

 

 




約束組手、天魔vs死柄木

【挿絵表示】

D.Gray-manリスペクトでトレスさせていただきました。すごく漫画の参考になります…。


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9話:ダウナー系と未知との遭遇

侵入者センサーは反応無し。アラームも捕縛装置も作動せずにこの隔離空間に来たのならば、あの時はそういう目的だったのだろう。

首に巻いている捕縛武器が緩く広がりつつ、相澤先生の髪が持ち上がる。

13号に生徒を任せて彼は急な階段から飛び降りた。着地先で待つ遠距離個性の3人を秒で戦闘不能にし、異形型の個性主も統計的に分析された弱点を突いて行動不能にした。

簡単に記したが、イレイザーヘッドの個性は「抹消」であり身体能力は自前のものである。「個性に頼らない」を体現しているヒーローなのだ。

上から相澤先生の戦いを眺めながら、あの時に遭遇した霧のスーツを観察する。イレイザーヘッドが個性発動中に髪が上がるのを見抜き、その隙をついて消えた。

………となると、その消えた先は間違いなく、

 

 

「初めまして 我々は敵連合」

 

 

まぁ、こちらであろうな。

敵連合なんてチープにして安直な名前、一体誰が付けたんだか。

 

「せんえつながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和な象徴オールマイトに、…息絶えて頂きたいと思ってのことでして。

本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…私の役目はこれ」

 

 

 

霧が何かを仕掛けるのを察して、先制だと言わんばかりに爆豪と切島が飛び出して攻撃をした。わざわざ先導していた13号の前に躍り出て、だ。

この位置は13号の個性にとって邪魔でしかなく、彼のブラックホールでは2人を巻き込んでしまう。冷静な判断は良いが、大局を見る目はまだ育っていないらしい。

 

 

「危ない危ない……そう…生徒といえど優秀な金の卵。散らして嫐り殺す」

 

 

イレイザーヘッドの観察で皆より離れた場所にいた市は、霧に巻き込まれるのが数瞬遅かった。後ろに下がる轟、先頭の爆豪と切島、麗日と砂糖を担いで離脱する飯田に、芦戸と瀬呂に覆いかぶさる障子。一瞬で見えたのはそれだけだった。

【思考加速】をしようにも、その助走である思考を巡らす事が出来ていない。まず自分の体をいつもより大きな「大魔の手」2本で祈る様に包み、姿勢の低い障子に大魔の手1本を上から被せて隙間無く覆う。

魔手は地面の中から出ている風に見えているが、概念的にはその限りではない。市がイメージして出しているだけで、どこにだって出現させる事が出来る。炎の中、氷の中、水の中に空中、影など他にもあるが、霧の個性がワープならば、それをドーム状に張り巡らされていても地中深く抉ってワープしなければ魔手は転移されない。これが相手の個性を知るという事だ。

結果、離脱した飯田、麗日、砂糖の3人の他に障子、芦戸、瀬呂、市が13号と共に転移せずセントラル広場に残された。

 

 

霧が晴れて広場に残されたと悟った麗日と芦戸の女子2人は市の方へ顔を強張らせながらも後ずさり、それを守る様に背に庇い男子4人が前へ進み構える。

障子が複製腕に目と耳を作り、周りを確認し始めた。

 

 

「障子くん、皆はいるか!?確認出来るか!?」

「散り散りにはなっているがこの施設内にいる」

 

 

USJ外に移動したり、霧の中に取り込まれていない事に安堵の表情を浮かべた。しかし安心してばかりはいられないと気持ちを切り替えて霧へと向き合う。

 

 

「クソッ…物理攻撃無効でワープって…最悪の個性だぜおい!」

「……委員長!」

「は!!」

「君に託します。学校まで走ってこの事を伝えて下さい!警報が鳴らず、そして電話も圏外になっていました。警報器は赤外線式…先輩…いえ、イレイザーヘッドが下で個性を消し回っているにも拘らず無作動なのは…恐らくそれらを妨害可能な“個性もの”がいて、即座に隠したのでしょう。とすると、それを見つけ出すより君が走った方が早い!」

「しかしクラスを置いてくなど委員長の風上にも…」

「行けって非常口!!外に出れば警報がある!だからこいつらはこん中だけで事を起こしてんだろう!?」

「外にさえ出られりゃ追っちゃこれねえよ!!お前の脚でこのモヤを振り切れ!!」

 

 

皆の中で結論は出たらしい。そして飯田の覚悟も出来た。ならば、飯田を逃すという点において足手まといになる市は他の事をしようと広場の噴水を階段の上から見下ろした。

 

 

「みんな、頑張ってね…私はあっちに行くから」

「天魔ちゃん!?無茶だよ、どうして!」

「飯田くんのサポートしよ!ね!」

「……天魔さん、任せていいんですね?」

「先生!?」

「ええ…。私の個性は遠距離にも対応してるわ。危なくなったら引く…」

「…分かりました。全員、位置について下さい!」

「手段がないとはいえ敵前で策を語る阿保がいますか」

「バレても問題ないから、語ったんでしょうが!!」

 

 

黒いフェイスマスクで表情が見えない市と13号の目が合う。互いのアイコンタクトで意思の疎通を完了させ、足に力を入れて膝を軽く曲げた。霧と13号が戦いを始めようとする空気を背中で感じながら、市は相澤先生のように階段を跳び下りる。市を見て驚いたイレイザーヘッドがこちらに来ようとするも、死柄木に道を塞がれて舌打ちをした。

 

 

(うめ)け死の華」

 

 

 

フェイスマスクに隠れながらも空中で確かにそう呟いた市は、魔手に支えられて着地する。空気抵抗で舞っていたローブがバサリと市を隠し、そのフードの間から赤く光る目が覗いていた。

 

 

「あ"ぁあ…」

 

 

身体の内部で、心音が大きく響く。

技の反動で大きく力が抜けて前のめりに倒れそうになる所を堪えて俯きながら呼吸を整えながら、足元からは際限なく小さな魔手が現れて消滅を繰り返す。一歩一歩を踏みしめるようにゆっくりと足を出した市を格好の的だと思ったのか、敵が大勢向かって来た。しかし敵達は市に触れる前に、その足元で蠢いている魔手に絡め取られて悲鳴をあげながら上へと巻き上げられ、地面に叩きつけられる頃には意識を失っていた。敵を絡め取るだけでなく吸い寄せる性質も持っているのか、犠牲になった仲間数人を見て足を止めるも呆気なく捕まり二の舞になっていく。市が進む事によってその範囲は移動し、周りを一掃していった。

 

 

 

「…あのガキ、ヒーロー科か…すごいなあ、イレイザーヘッド」

「天魔……あのバカ!」

「かっこいいなあ、かっこいいなあ。ところでヒーロー、本命は俺じゃない」

「___ッ!?」

「……………あ、」

 

 

死柄木が言うのが早いか、イレイザーヘッドの後ろと市の前に脳を剥き出しにした大男2人が現れる。相澤先生は血が、市の所では千切られた魔手が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチリ。と脳内で音がする。

【思考加速】の準備が出来た合図だ。発動すれば世界が遅れて流れ、全ての音は低音に変わるだろう。しかし、市が大男に体を掴まれたのと同時だった為に発動を中止させた。まるで子供がリカちゃん人形の腕ごと胴体を鷲掴みにするようにされて大男の顔近くまで持ち上げられる。

 

 

「天魔さん、あんな所にどうして…!?」

「天魔ちゃん…!!」

 

 

すぐそばの水辺に、緑谷と峰田と蛙吹がいるのを視界に捉えた。少し向こうではイレイザーヘッドのゴーグルが宙を舞って地面に落ちる。身体が片手で掴まれ力を込められたのでギュグキュと骨が軋む音が身体から鳴る。

背骨ごと鯖折りにしようとしている力の入れ方だ。掴まれた拍子にローブは外れて何処かへいった。ローブに付いているフードではなく、自身の水色の髪が視野にパラつく。

 

 

 

「ぅ…うぁ…」

 

 

【思考加速】はまだ使わない。掴まれている状態で発動しても何の意味も無いからだ。相澤先生の両腕は潰され、顔面が叩きつけられるのを水辺の3人が見ている。

これ以上力を込められると骨が折れて内臓が傷つくので、大男の両足と空いてる片手を大魔の手で掴み動かないようにした。市の身体を握っている手の中にも魔手を出して、内部から反作用の法則の様に押し返す。いつでも拘束から抜けられる均衡を保ちながら、タイミングを見計らう為に苦しげな表情をキープしつつ冷静に周りを見回して聞き耳を立てた。

死柄木はこの大男を改人“脳無”と言った。

 

人改め(改人)]ならば、元々コレは人間か。

黒い霧がこちらに戻ってきたということは、階段組は上手くいったようだ。死柄木はイライラして自分の首を掻き毟っている。よく観察すると、親指だけ首に触れていない。校内と比べてイレイザーヘッドとの戦いを合わせて分析すると、USJでは5本の指全てで触っていた。触れた物を壊す個性の条件は全ての指で触れている事かもしれない。これは良いアドバンテージだ。

癇癪を起こした子供みたいに声を荒げ、スイッチが切れたのか帰ると呟いた死柄木。

 

 

「けどもその前に、平和な象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう」

 

 

水辺で立ち竦んでいた緑谷、蛙吹、峰田の3人に目で追える速さで接近した死柄木はその大きな手を蛙吹の顔へ当てる。

 

果たして崩壊は起こらなかった。

個性を発動したと思われる髪を揺らしたイレイザーヘッドの顔を脳無がまた地面へと叩きつけ、それによって抹消が消えた事を察した緑谷が死柄木へと殴りかかった。

相澤先生の元を離れた脳無が、オールマイト似の個性を持った緑谷のパンチを腹で受け止めてその手を掴む。涙目になる緑谷を助けようと死柄木の腕を退かし舌を伸ばす蛙吹に、退けられた手を峰田と蛙吹に触ろうとする死柄木。

 

咄嗟に小さな魔手を死柄木の両二の腕から出して中指だけを掴ませ、骨折させる勢いで手の甲へと引いた。人間の骨の構造上、中指根元を関節と逆に引っ張れば全ての指で1つの物を触れなくなる。中指を引っ張る魔手を壊そうとしても五本指が触れる事は不可能。

次に緑谷をと考えた時、咄嗟だったとはいえ誰かを救けようとしている自分に市は驚いた。こんな事をする為に雄英に入った訳ではないのにどうして、そう思った時、USJの扉の方から何かを壊す音が聞こえ煙が上がった。何事だと、死柄木と脳無の手が止まる。

 

 

 

 

 

「もう大丈夫。私が来た!」

「「「オールマイトォォ!!!!!」」」

 

 

 

 

流石だ。

お疲れ様、我らが委員長。

 

 



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10話:ダウナー系とプロの世界

捕まっている事を演出する為に苦しげな表情をしているのに、口元が釣り上がってしまいそうになる。

 

No.1ヒーローの登場にビビる敵を瞬殺し相澤先生を救けたオールマイトは、死柄木達に向き合って緑谷達3人を救ける。何を話しているか分からないが、オールマイトがもう一体の脳無の相手をするようだ。市を掴んだ脳無は死柄木の元へ移動して戦いを静観している。脳無が移動する時、その動きを察知して手足を固定していた大魔の手は消している。死柄木が振り返った時に脳無を拘束している所を見られたら面倒くさいし。

バックドロップが決まったと思えば、脳無が突き刺さる予定の地面に敵が霧を発生させて凌ぎ、さらにバックドロップの姿勢で動かないオールマイトの背中の地面へと繋がり脳無が脇腹に指を食い込ませていた。白いシャツには血が滲んでいる。

 

 

「動くなよ。動けばこっちの脳無がガキを握り殺すからな…」

「Shit!!!天魔少女!」

「私の中に血や臓物が溢れるので嫌なのですが…あなた程の者ならば喜んで受け入れる。目にも止まらぬ速度のあなたを拘束するのが脳無の役目。そしてあなたの身体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引きちぎるのが私の役目」

 

 

 

人質に取られているらしい市を見て、ヒーローのオールマイトは一瞬判断に迷った。それにつけこんで脳無がオールマイトを霧の中へと引きずり込んでいる。タイミングを窺っているだけだから心配は無用だと彼を見るが伝わっていないのであろう、安心しろと言わんばかりの笑顔を向けられた。違うそうじゃない。

市が呆れている間に緑谷が飛び込んできたのを爆豪が遮り霧を抑え、轟がオールマイトを捕らえている脳無を凍らせていた。同時に掛け声と共に切島が死柄木へ攻撃を仕掛けたが容易く避けられている。

 

 

「くっそ!!!いいとこねー!」

「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!!」

「平和の象徴はてめェら如きに殺れねえよ」

「かっちゃん…!皆…!!」

「おいあれ…人質に取られてんの、天魔だろ!?」

「あのモブ女…根暗のクセに足引っ張りやがって…!!」

「そう。天魔少女が捕らわれている今、迂闊に動いてはいけない!」

 

 

 

 

切島は連中で最上位と思わしき実力者の死柄木に突っ込んだのだ、避けられるのは当たり前な気がしてならない。あの程度の攻撃が当たるならば襲撃なんてしない方が身の為なのだから。轟の氷結によってオールマイトは脳無から抜け出し、凍らされて砕けた腕をものともせずに動く脳無に緑谷が戦慄している。

 

 

「皆 下がれ!!なんだ!?ショック吸収の個性じゃないのか!?」

「別にそれだけとは言ってないだろう。これは超再生だな」

「!?」

「脳無はおまえの100%にも耐えられるよう改造された超高性能サンドバッグ人間さ。まずは出入り口の奪還だ、行け脳無」

 

 

 

 

 

 

 

動くタイミングは、どう考えても今だろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆豪に迫る常人には不可視のパンチを、オールマイトが生徒を庇おうと場所を入れ替えたのが見え、オールマイトに迫る脳無の拳に対して備える。

パンチとの接触で辺りに衝撃波が襲い、緑谷は爆豪がアレを受けたと彼の名前を呼ぶ。だが、爆豪と引き換えにパンチを受ける筈のオールマイトは、その姿勢のまま何が起こったのか理解に数秒を要した。

 

脳無のパンチは、大きな黒い手によって受け止められてたからだ。

 

 

 

「…は?つまんねえ事すんなし」

「あの個性は…天魔さん!?」

 

「……欠片は十分。超再生に…ショック吸収…。ダメージの与え方は貴方が教えてくれたわ…」

 

 

 

市を掴んでいるもう一体の脳無の背後に出現した2本の大魔の手が揺れている。見せつけるように揺れた大魔の手は脳無の頭と身体を掴み、掌の内部で保たせていた均衡を崩し破裂した手から落ちた市は脳無の足元に着地する。無気力にゆるりと振り返れば、オマケとばかりにもう1つの大魔の手が出て脳無の両足を鷲掴みにした。

 

 

 

「ふふ、…ゆっくり、ね…」

 

 

 

 

楽しそうに呟く市の声に合わせて、大魔の手達が脳無の身体を捻る。

それぞれが逆方向に力を加えている為、首と腹が部分的に回り今にも千切れそうだ。そのまま追加で2本の魔手が出現し、脳無の両腕を掴んで雑巾のように捻る。千切ると再生してしまうから、そうならないギリギリのラインを見極めて力を込める。

瞬間的なダメージではないのでショック吸収は働かない。動こうにも脳無の身体は5本の魔手に拘束されているし、無理やり千切るには勢いを付けなければならず、そうするとショック判定を受けて耐性が働くのでショック吸収が裏目に出て千切れない。完全に無効化に成功していた。

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

「なんだよ、あの力任せな個性…」

「それだけじゃねえ…あの繊細なコントロール、使いこなしてる証拠だ」

「…倒し方、ヒーローじゃないだろ。脳無、黒霧やれ、俺は子どもをあしらう。クリアして帰ろう」

「天魔少女、その一体は任せたぞ!」

 

 

 

いや、任せたと言われても。市は脳無を行動不能にしているだけで、魔手を離せば動かれてしまうのだか。

オールマイトと脳無の殴り合いで勢いよく風が吹く。献身的な魔手は勝手に市の身体を飛ばされないよう固定し、行く末を見守っている。「Plus Ultra」のパンチと共に脳無は空へと飛ばされ、あちらの脳無は決着がついたようだ。敵、早く帰らないかなと思考を巡らせた市は、緑谷がオールマイトへ迫る死柄木と霧に向かうのが見えた。

【思考加速】のスイッチをようやく入れて彼らを見据える。市の体感が1秒から100秒になる世界で、ゆっくりと動く死柄木、緑谷を見ながらまた脳を動かす。

無造作に並走する霧へと腕を突っ込んだ死柄木の手が緑谷の前へと出た。

オールマイトの目の前で生徒を殺せる事が嬉しいのか、死柄木がキヒヒと笑う。

 

 

 

「…残念ね」

 

 

 

今度は手加減なんて考えずに小さい魔手を出して、死柄木の薬指を思いっきり反対に折った。ボキリと骨が折れる音と同時にその手に銃弾がめり込んだ。

 

 

 

「1-Aクラス委員長 飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

 

 

 

 

複数のヒーローを連れて、飯田が帰ってきた。死柄木の手に当たった銃弾はそのヒーローの内の1人であろう。続けざまに両手両足を撃ち抜かれたにも関わらず、死柄木は霧に入り込み逃走した。

 

ヒーロー達は生徒の無事を確かめるべくそれぞれの災害ゾーンに散って行く。オールマイトの前に倒れ伏す緑谷を心配して切島が駆け寄るも、ヒーロー「セメントス」の個性により目の前のコンクリートがせり上がって停止させられた。

 

 

 

「ありがとう助かったよ…セメントス」

「俺もあなたのファンなので…このまま姿を隠しつつ保健室へ向かいましょう。しかしまァ毎度無茶しますね…」

「無茶をしなければやられていた。それ程に強敵だった。………………あ!?」

「……………」

 

 

 

やっと気付いた。

切島は良いとして、なぜオールマイトの視線の先にいた市に気付かないのか。そしてその姿はどうしたのだろうかオールマイト。

 

 

「いやこれはそのだね天魔少女…いや、私はオールマイトではないぞ!」

「それは無理があると思いますよ!?」

「……私、何も見てないわ」

 

 

 

まあ、別に興味もない。

フイと顔を逸らして、地面から出る魔手へ寄りかかる。脳無に掴まれた時に飛んだローブが近くにあるのを見つけたので、それでも使えと魔手に渡させた。握られていたせいで、腕に巻かれている鎖が肌に跡を付けている。鎧も少しだけ湾曲しているのでサポート会社に修復をしてもらおう。

ヒーローが駆けつけてきたので、脳無を無力化している魔手をどうするか聞いた。警察も到着しているし、プロヒーローも多数いるので拘束を解いても良いとの事。

 

ただオールマイトのあの姿を決して口外しないようにと強く口止めされた。くどい。

 

 

 



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11話:抑止力と巨悪の会話

保健室にて

 

 

 

「あの、オールマイト…」

「なにかね緑谷少年」

「天魔さんに…その、トゥルーフォーム見られてしまいましたけど…」

「ふむ、そうだね…」

 

 

 

その場にいてオロオロとしているだけだった自分を思い出したのか、尻すぼみになりながら緑谷出久はオールマイトへと問う。

オールマイトは、爆豪を庇って脳無のパンチを受けようとした時を思い出した。

 

 

オールマイト並みのパワーを抑える出力。

あのタイミングで動く状況判断。

人質にされていても冷静な分析力。

捕まっている状況を利用した適応力。

個性を使用した緑谷をフォローする瞬発力。

脳無一体を完全に無効化した戦闘力。

大小の個性を精密に制御する繊細さ。

攻守捕縛揃う個性の汎用性。

 

 

何をとっても、あの天魔 市はズバ抜けていた。プロヒーローとも渡り合えるであろう実力の高さ。そしてなによりもあの歳で殺気に慣れていた。

どういう事かは分からないが、あの場での対応に助けられたのも事実だ。

 

 

 

「天魔少女ならば大丈夫だろう!」

「そう、ですか…。僕もそう、思います」

 

 

 

素晴らしい原石だ。

磨けばもっと光るだろう。

 

 

 

 

「……ところで緑谷少年、君は「レプリカ」をしっているかい?」

「レプリカ…?20年前位に突然現れて人々を救けている人ですよね。日夜テレビを騒がせているのはヒーロー免許を持っていないからで、取得していれば人気上昇は確実の実力を持った人。個性は分からないけどその強さから身体強化型の個性だと分析されて……ハッ、すみませんオールマイト!」

「いいよ!…ヒーローではないが履修済みか、さすがだね。5年前のこの怪我、本当はもっと酷い予定だったんだ」

「え…予定だったって、どういう……?」

「怪我を受けた後にレプリカが現れてね。負傷した私を庇って戦ってくれたんだ。あれはヒーローの素質を持った素晴らしい人物だったよ」

「オールマイトに怪我をさせた敵と互角なんて…やっぱり凄すぎる!」

「やっぱり?」

「…あ、そうですよね。僕、レプリカに会ったことあるんです」

「本当かい緑谷少年!いつ!?」

「ひょ!?え、と…僕が無個性と診断された時だから…10年前くらいです。…その、泣いてる時に抱きしめてくれたんです。何も言わなかったけど、それだけで嬉しかったので覚えてます。それがレプリカなのは大きくなってから知りました」

「……そうか。君も救けられていたんだね。いつか会って礼が言いたいものだ」

「はい!」

「ヒーロー免許を持っていない者がヒーロー活動をする事は禁止されている。その分類で言えばレプリカは犯罪者だ。けれど…とても勿体ないよね」

「そうですよね。どうしてヒーロー免許を取らないんでしょうか?」

「普通に考えれば取れない理由がある…って所だと思うけど、分からないよね!HAHAHA!」

 

 

 

こうして、師弟は2人の時間を駄弁り、穏やかな時間を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

『オールマイト並の速さを持った子供の他に、気になった事はあるかな』

「……どう考えてもコッチ側のガキがいた。天魔って呼ばれた女…あいつも腹が立つ…」

 

 

 

あのクソみたいな目つき。

脳無の無効化の方法。

 

 

どれもヒーローを目指す奴がやる事じゃなかった。それに考え方もそうだ。マスコミを陽動に利用したあの時も、明らかに手加減して俺と戦ってたし、ヒーローの先公にもチクってなかった。

 

 

『天魔……天魔ね…。心当たりがあるから、今度揺さぶりをかけてみたらどうだい?敵連合のメンバーが増えるのは大歓迎だよ』

「……引き入れるのか、先生」

『君がコチラ側だと言うならばその方がいいだろう?記者を発狂させたという個性も興味深い』

 

 

 

 

 

 

 

 

『それに……その子はきっと()の身内だろうからね』

 

 

 



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データ:雄英体育祭をロードしますか?→はい
12話:ダウナー系と雄英体育祭


 

USJ襲撃の翌日、体制を整える為か臨時休校となった。流石に雄英もそこまで図太くはないみたいだ。休日を挟んで学校へ行くとクラスメイトが数人チラホラと集まっていた。入学初日から登校時間逆算に成功した市は、最近HRが始まる30分前に登校出来ている。後から来た人も今日は自主的に席へ着き、どうもおしゃべりの雰囲気ではなく皆黙って席に着いていた。

時間になると扉から包帯で全身を覆った相澤先生が入ってくる。口も見えずに腕も固定されていて、どう考えても安静にするべき見栄えだが復帰したようだ。プロ根性とは恐ろしい。

 

 

「俺の安否はどうでも良い。何より戦いはまだ終わってねぇ」

 

 

はて、まだ終わってないとは如何に?まだ学校内にスパイでもいるのだろうか。

 

 

「雄英体育祭が迫ってる」

「クソ学校っぽいの来たあああ!!」

「待って待って!敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より雄英(ウチ)の体育祭は……最大のチャンス、敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」

 

 

そうなのか、初耳だ。暮らしている部屋にテレビなんていう人類の叡智があるはずもなく、そもそもテレビで特集されるほどの重要度である事に驚いた。1つ1つのスケールが頭のおかしい学校だ、良い意味で。

ヒーローを志すなら、と言われても市はその限りでは無いし、本音を言えばどうでもいい。

 

 

 

 

**************

 

 

 

放課後。

2週間後に体育祭があると言われても、やることはいつもと変わらない。

家に帰って布団に寝転がり、天井を見て過ごすだけ。時間を潰す趣味や遊ぶ友達も金銭的余裕も無く、電気代がかかるので全ての電気を消して暗い中で虚空を見つめ、夜が来たら寝る。陽が昇ったなら起きる。食べ物も最低限で、トイレに行く頻度も少ない。軽く野生児の生活のようだが、不満や不備は無い。

人生に余計な事はいらず、ただ来たる日に向けて生きる。頭の中で呪詛を漏らし、語りかけてくる怨念や己を確固たる意志で抑圧し今を過ごす。

より良い明日などなく、その代わりにより悪い昨日はなかったのだと。

ヒーローでもなく、敵でもない半端者の市はそうして精神を保っているのだ。

 

 

「(全ては幻想の中、私はあの中にいた。あの時間のあの空間、あの瞬間にしか無かった居場所はもう無い。ああ、嫌だ、怒らないで。私は悪くないの、本当よ?本当に悪くないの。誰も助けてくれなかっただけで、私の正当性は損なわれていない。だって、だって…)」

 

 

軽い人格崩壊を起こしかけた市を引き止めたのは、麗日の声であった。

 

 

「うおおお…何ごとだあ!!!?」

 

 

その声を聞いて、1-A扉を見れば人も通れないほどたくさんの人で埋め尽くされていた。出れないと愚痴った峰田の隣を爆豪を通ると、泣きそうな顔で彼を指差している。何か言われたのだろうか、代わりに謝っている緑谷が可哀想である。

 

「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育祭たたかいの前に見ときてぇんだろ。意味ねェからどけモブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

 

初対面の人間にいきなりモブ群衆と言い放つのすごいな。デリカシー皆無だから出来る芸当だ。戦闘はともかく、人格に難ありと市ですら思わざるを得ない。周りの犬にキャンキャンとうるさいチワワのようだ。その気迫に押された生徒が後ずさり、その後ろから紫色の髪と濃い隈を携えた少年が前に出た。

 

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」

 

 

 

……どこかで見たことあると思えば、彼は受験会場で一緒になった少年ではないだろうか?魔手で人を救けた時に感じた視線の主だ。嫉妬と共感が混じった目で見つめられていたのを覚えている。

 

「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ、知ってた?体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……。

敵情視察?少なくとも普通科おれは、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

「隣のB組のモンだけどよぅ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

 

 

A組から爆豪への非難の目がすごい。「なんつー事言ってんだ」とでも言いたげである。ハードルを上げるだけ上げて無言で帰ろうとした爆豪に切島も耐えられなかったのかツッコんだ。

 

 

「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!!!」

「関係ねえよ…」

「はぁーーーー!?」

「上に上がりゃ関係ねえ」

 

 

それは爆豪だけであってA組は巻き込まれたようなものだが。面倒ごとに関わるのは市とてごめんだ。

 

 

「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか!」

「上か…一理ある」

「言うね」

「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」

 

 

何を思ったのか、直情的で情に熱い切島が丸め込まれた。しっかりしろ、である。

というか扉の前に集まられたら純粋に邪魔だ。爆豪が群れを抜け、市もそれに続こうとカバンを持って扉へと歩いた。

俯きながら遅く歩く市を不気味に思ったのか、1人を除いてモーセのように道が開く。扉前で立ったままの紫髪の少年を見上げた。ヒーロー科編入と爆豪に喧嘩を売っていた割には身体が鍛えられていない。ヒーローになりたいと思っていても、ズルズルとそれを引きずっているのかトレーニングをしていないのかもしれない。

 

 

「…入試会場、一緒だった…」

「…確かに一緒だったけど、俺のこと知ってんだ」

「別に。願いや夢に貴賤(きせん)は無いわ…頑張ってね…」

 

 

 

そう言って紫の少年とすれ違う。またあの時のように背中に視線を感じた。

 

 

 

体育祭まであと2週間。その期間はテレビにも取り上げられる体育祭の種目決定や、その準備に費やされるのだろう。その間に生徒は準備をしておけ、という事か。クラスメイトの何人かは、校庭や入試時に使った演習場など施設を借りて個性を調節していた。

日常のルーティーンを変える事もなく2週間はあっという間に過ぎた。

 

 

ヒーローに憧れる者、そうでない者。

自分の意思を世間に発信する者、策を練る者。

それぞれの思想が入り混じり、熱い体育祭の火蓋が切られた。



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13話:ダウナー系と障害物競争〔様子見〕

体操着に着替えてA組の控え室へ入る。

12万人も収容できる体育祭専用スタジアムまで所有しているなんて、その金はどこから来るのだろうか。しかも3学年分だから三つ。幾らだ。

何局ものカメラマンが入り口で検査を受け、スタジアムまでの道には屋台が並び、花火まで上がっている。

一般人や企業のスカウト、カメラマンやヒーローなど集客が完了したのかもうすぐ開会式だ。その盛り上がりの声が控え室まで聞こえる。轟と緑谷が何か言い合っている気がするけど、どうでもいいと自分の世界に入り五感をシャットダウンする。しばらくして口田から何か言いたげに肩をポンと叩かれたので入場なのだと察した。

 

 

「雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!どうせてめーらアレだろこいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!

ヒーロー科!!1年!!!A組だろぉぉ!?

 

 

万を超える観客に囲まれて、スポンサーやヒーローの広告が至る所にある。色が多彩で目に眩しいくらいだ。しかしさすがと言うべきか、広告で一番多かったのはオールマイトだ。No.1ヒーローは広告起用率も伊達ではない。

 

 

先端が複数に分かれたバラ鞭で音を鳴らして「選手宣誓」と言ったのは、今年の体育祭1年の主審を務めるヒーロー「ミッドナイト」。18禁ヒーローと言われたその過激なコスチュームは子供の教育に悪い事この上ない。

 

 

「選手代表!!1-A爆豪勝己、1-A天魔市!!」

「え〜〜かっちゃんなの!?」

「天魔さんも…以外だな」

「あいつら一応入試一位通過だったからな」

「チッ…()()()()()()()()な」

 

 

先に爆豪が壇上に上がる。

 

 

「せんせー。俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

「調子のんなよA組オラァ!」

「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」

「ヘドロヤロー!」

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 

本当にデリカシーが無いな彼は。ヘイトを集めるのは良いけどA組を巻き込まないでほしい。A組全員が口の悪さ、実力共に爆豪と同じレベルだと思われては困るのだ。悪い奴1人が目立てば周りはそいつと同じだと思われるアレ。こんな事なら市が先に宣誓を言えばよかった。そんな気力もなかったし、当たり前のように壇上に登るから順番を譲ってしまったのが間違いだった。この後に宣誓は正直やりたくない。しかし主審のミッドナイトがこちらを見ているのでやらなくてはいけないのだろう。渋々と階段を登り、マイクの前に立った。

 

 

 

「…………、」

 

 

 

はくり、と息を吸い込む。

大丈夫だ。ここは辛い場所ではない。痛くなる場所でもない。

 

 

「…私たちは、日頃の成果を発揮し、支えてくれた人達の為に戦う事を誓います…」

「おお…キチンとしたやつだ」

「爆豪の後だと安心するな…」

「実際求められてんのはあーいうのだから勘違いすんなよ」

「なんて素晴らしい宣誓なんだ!!」

「…ちゃんとまともなのもいるんだなA組」

 

 

A組へのヘイトが少しだけ無くなったのに安心したのか笑顔が見える。ゲインロス効果(下げてから上げて良印象にしたから)なのか飯田は「よくやったぞ天魔くん!」と意味の分からないパントマイムをしていた。市はそんな真面目キャラでも無いが、爆豪の後なら誰でもそう思ってしまうのかもしれない。

 

 

「模範的宣誓をありがとう!さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!」

 

 

ミッドナイトの後ろにあるモニターがスロットルのように回る。2週間も空けて考えた競技は何なのだろうか。

 

 

「いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!!今年は……コレ!!!」

 

 

ポーズと共にモニターに映し出された文字は「障害物競走」だった。A〜Kの計11クラスで総当たりレース。コースはこのスタジアムの外周約4km。外へ出る扉がパズルを解くかの如く開き、1人では大きく、けれども大人数では狭い門へと人が集中した。コースを守れば何をしても良し。スタートを知らせるランプの1つ目が点灯。3つ目の点灯と同時に「スタート」の掛け声が響き、出入り口に人が殺到した。

あの人混みの中に行く勇気は無いので、1番後ろ最後尾に立ち様子を窺う。

 

 

『さーて実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!』

『無理矢理呼んだんだろが…』

 

 

解説席に相澤先生も連れ込まれたのか、疲れも混じった恨めしそうな声色だ。

 

 

『さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ!!』

『1-A 轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!すげえな!!一抜けだ!!アレだなもうなんか…ズリィな!!』

『ここで改めて説明だ!第一種目は障害物競走!!この特設スタジアムの外周を一周してゴールだぜ!!』

『おい』

『ルールはコースアウトさえしなけりゃ何でもアリの残虐チキンレースだ!!各所に設置されたカメラロボが興奮をお届けするぜ!』

『俺いらないだろ』

『あん?…おいおい全員スタートしたと思いきや、まだスタジアム内に1人残ってんぞお!入試一位の天魔どうしたあ!!』

『様子見だな。天魔はクラスの奴より一歩後ろにいるような生徒だ。目立ちたくない訳じゃないだろうが思考も性格も個性の詳細もまだ分からん奴、かと思えば戦闘力は高い』

『入試一位は何考えてっか分からんってか!!だが実力は折り紙つき!オーディエンス!!天魔がいつスタートして何位になるのかも見ものだぜえ!!』

 

 

掌を空に向けた大魔の手に腰掛けて実況と共にカメラモニターを見上げる。なるほど、まさに障害物。爆豪はロボットを跳び越え、それに瀬呂と常闇が便乗したようだ。

第二関門はザ・フォール。ポッカリと空いた底の見えない深いクレーターにポツポツと存在している足場の島。島間を繋ぐロープを辿って向こう側へ行く綱渡りのようなもの。

先頭を走る轟はロープを凍らせ、その上を滑って攻略している。

 

 

 

『おーっとここで入試一位の天魔が動いたぁ!!黒い手に掴まれたまま手が移動してんぞ!本人は手の中で寝るっつーか脱力!!されるがままかよズリィーー!!』

『あいつ走るの遅いからな。あの個性に運んでもらった方が合理的だ』

 

 

 

 

「(運んでくれる?)」

2本の手に問いかければ、言葉の無い頷きが返ってくる。そこに可愛さを見出してしまうから、()()()なのかもしれない

 

 

 



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14話:ダウナー系と障害物競争〔本領発揮〕

 

 

魔手の中で寝そべりながら外の様子を見る。ロボットは大半が壊れているので、残機を処理するのは一瞬だ。魔手が運ぶ速さは常人のダッシュより何倍も早く、第一関門を抜ける頃には数人を抜かした。

 

第二関門に関しては、魔手が速さをキープしながら崖手前で市を思い切り投げた。着地地点を計算して投げられた市は着地の島で先回りして出た魔手により受け止められ、また投げて…を繰り返しアッと言う間に攻略してしまう。

 

 

 

『見たかよオーディエンス!!あんなに後からスタートしたにも拘らずゴボウ抜き!!個性はあの手かあ!?本人は何もしてねえ、寝てんぞー!!』

「…あの個性、任意の場所に出現させる事が出来るなら救助に役立つな」

「本人の戦闘力は分からないが、イレイザーヘッドのお墨付きなら期待できそうだ」

「エンデヴァーの息子もすげえけど、あの子もすげえ!!」

「確かに凄いけど…俺は無気力なのが怖えな。死体運んでるみてえ」

「凄く可愛い顔してる…」

「エンデヴァーの息子もあの手の子も顔が良い…天は二物を与えないんじゃないのかよ」

『先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねえから安心せずにつき進め!!そして早くも最終関門!かくしてその実態はーー…一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!』

 

 

威力は無いがノックバックに煙、音と嫌がらせとしか思えない地雷が埋まっているようだ。実況にて轟と爆豪が先頭争いに火がついた事を知った。そして前方で地雷を何個も同時に作動させたような音と煙が上がる。どうやら緑谷がそれを利用して先頭争いに加わったらしい。

轟と爆豪なんていう気難しい性格ランキングでもトップ争いしてる2人に割り込むなんて凄いな。

 

 

『緑谷、間髪入れず後続妨害!!なんと地雷原を即クリア!!イレイザーヘッドお前のクラスすげぇな!!どういう教育してんだ!』

『俺は何もしてねえよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう』

『さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!?』

『無視か』

『今一番にスタジアムへ還ってきたその男______…緑谷出久の存在を!!』

 

 

 

地雷原を一抜けし、緑谷が1位でゴールしたようだ。

第三関門直前で止まり、市は周りにいる人の観察を開始する。息遣いや動悸、顔色から残りの体力を計算し、それに合わせて地雷原を進む。地雷が埋められている場所は土を掘り起こした跡があって分かりやすい。

地雷を踏んでも問題は無いが、後数人抜かす事を考えて自分の身体を魔手に投げさせる。地雷原を抜けてスタジアムに戻り、市がゴールした数拍遅れて青山がゴールした。顔色が悪くてお腹を抑えているので、個性を使いすぎて腹痛に襲われているみたいだ。ご愁傷様である。

 

 

「ようやく終了ね。それじゃあ結果をご覧なさい!予選通過は上位42名!!!」

「アフゥン☆」

 

 

無事に全員ゴールし終えたようで、順位がまとめられた。予選通過は上位42位までらしく、市は最下位の42位。僅差で予選通過に溢れた青山はショックで倒れてしまった。

 

 

 

 

「残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は残されてるわ!!そして次からいよいよ本戦よ!!ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバリなさい!!!」

 

 

マスコミがシャッターを切る音がする。ミッドナイトの後ろには再びスクリーンが投影され、画面のスロットルが回っている。

 

 

「さーて第二種目よ!!私はもう知ってるけど…何かしら!!?言ってるそばからコレよ!!!!」

 

 

スクリーンに表示されているのは「騎馬戦」だ。

参加者は2〜4人で自由に騎馬を作り、障害物競走の結果に応じたP(ポイント)が各自に振りあてられる。組み合わせ次第でPが変わり、入試のようにPを稼いでいく方式だ。

市は最下位なので5P。Pは5ずつ加算されていくようで、単純計算で2位の轟は205Pであり1位の緑谷は210P。

 

____だと思うが。

 

 

「1位に与えられるPは1000万P!!!!

上位の奴ほど狙われちゃう____…下克上サバイバルよ!!!」

 

 

 

 

 

まあ、そんな簡単にはいかないのが世の常である。哀れ緑谷、生きろ。

1000万と聞いて目の色を変えて見てくる奴らに負けるな。



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15話:ダウナー系と騎馬戦〔チーム決め〕

・騎馬戦の合計Pが書かれたハチマキは首から上に巻かなければならない。

・ハチマキが多いほど顔が隠れて管理が大変になり、視界の妨げにもなる。

・普通とは違いハチマキを取られても騎馬が崩れてもアウトにはならず15分間フィールドにいることになる。

・個性発動アリだが、悪質な攻撃は一発退場。

 

ルールを理解し、その隙間をどう上手く抜けられるかが鍵となりそうだ。

 

 

 

「それじゃこれより15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 

ぼんやりと周囲を見回して様子を見る。知っている個性や仲の良い人と組んでいる人が多数だ。「一緒に組もう」なんて言うコミュニケーション能力が市にある筈もなく、余った人でいいやと妥協した。宣戦布告に来た紫の髪の少年が尾白に話しかけているのを流し目で見る。話が終わったのか尾白ともう1人B組の誰かを引き連れて紫の少年が市へと近づいて来た。

 

 

「なあ、あんた」

「………?」

「…俺と組まないか?」

「…ええ、いいわ」

 

 

最初の問いに首を傾げると眉間に皺を寄せて「組もう」と話しかけてきた。思考を張り巡らせて返事をすると、彼はとても驚いた顔をした。

 

 

「俺の個性知ってんのか」

「…状況判断に基づいたに過ぎないわ。個性は精神汚染?」

「……ああ、俺の問いかけに答えれば洗脳する事が出来る。どうして効かないのか聞いてもいいか?」

「…貴方の質問に答えずして答える事」

「は?」

 

 

推測通り、彼は人の精神に干渉する個性のようだ。

発動条件は分からなかったが、尾白が彼と言葉を交わした瞬間に直立不動になったので鍵は一問一答だと思ったのだ。特定の単語を言うor言わせるならば危なかったが、どうやら賭けに勝ったらしい。

一問一答に賭けた市は、彼の問いに自己完結した後、自問自答を答えたのだ。分かりやすく言うならば「問いに心の中で答え、同じ事を心の中で自分に問いて答えを口に出す」ということ。その為、僅かながら彼と話す時にタイムラグが生じてしまった。

 

 

「貴方が騎手なら、私は…?」

「…組んでくれるのか、有難い。あんたには前騎馬をやって欲しいんだ。個性は攻撃じゃなくて補助に使ってほしい」

「…分かった。作戦は?」

「最初にPを手放して、最終局面で俺の個性を使って取る」

「…攻め時を間違えないでね」

 

 

市の身長は168cmと、尾白(169cm)よりほんの少し小さい。B組の少年は市より3cmほど低いが、ガッシリしているので騎馬のバランスは良さそうだ。

 

 

「俺は心操人使。あんたの個性は知ってるけど、名前は?」

「…私は天魔市。心操くん、1つ策があるのだけど_____」

 

 

騎馬戦の固定概念を壊さずにルールの隙を突いた作戦を伝えれば、面白いとばかりにニヤリと笑った。




身長一覧
108:峰田
150:蛙吹
152:葉隠
154:耳郎
156:麗日
158:常闇
159:芦戸
166:緑谷
168:上鳴、青山、天魔
169:尾白
170:切島
172:爆豪
173:八百万
176:轟
177:瀬呂
179:飯田
183:相澤先生
185:砂糖
186:口田
187:障子


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16話:ダウナー系と騎馬戦〔騎馬戦決着〕

市を前騎馬のポジションに置き、スムーズに移動するため魔手が足を覆う。後ろには尾白とB組が、騎手には心操が。

 

 

心操チーム

・心操:80P

・天魔:5P

・尾白:160P

・庄田:50P

TOTAL 295P

 

 

 

『よォーし組み終わったな!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!いくぜ!!残虐バトルロイヤルカウントダウン!!

3!!!2!!1…! START!』

 

開始と同時にほぼ全ての騎馬が緑谷の1000万に群がった。 最初は心操の言った通りにハチマキを手放して自由になり、上鳴の放電や轟の氷結がフィールドを駆け抜ける。周りを見ていると時間が過ぎるのはあっという間だ。

 

 

『……あら!!?ちょっと待てよコレ…!A組、緑谷以外パッとしてねえ…ってか爆豪あれ…!?』

 

 

あら、珍しい。

A組とは違い、B組は理知的な人間が多そうだ。B組全体で予選を捨てた長期スパンの策。障害物競争でこちらの個性を分析しつつ、本選を狙った大規模な作戦。あの爆豪を煽る彼すごいな。

あ、こっち来た。

 

 

「何の用だよ、P(ポイント)取って欲しいのか?」

「はは、冗談キツイって。ちょっと貸してよ」

「…痛っ」

 

 

爆豪のハチマキを奪った彼が通りすがりに市の頭を軽く叩く。「女性の頭を叩くとは何事だ」とクレームが来そうだが、生憎とこちらの様子はモニターに抜かれていない。何をしに来たのか不明だが、市の頭を叩いたら用済みとばかりにまた爆豪チームへ向かっていく。

……のだが、突然頭を抱えて苦しみ始めた。

 

 

あ、あぁあああ________!?

「物間、どうした!?」

「っんだ、コレ、ア、頭が!!カラダが、手がっ…崩れ……!?何故だ!?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…何故お前が_____!目の前に、お前がいる!!」

「誰でもいいから触れ物間!俺らでもいい、コピーしろ!」

「(なんだよ、なんなんだよコレ!?コレとよく似た光景を知ってる、コレを表す言葉を知ってる!絶望なんて生易しいものじゃない、これは【地獄】だ)」

「物間!!!」

 

 

 

…なるほど、彼の個性は「コピー」もしくは「模範」か。それは悪い事をした。

 

 

「…いきなりなんだったんだ」

「…さぁ?()()()()()()()()()()()…?」

 

 

どうやら自騎馬の個性をコピーして夢から脱出したようだが、呼吸を整える間もなく爆豪が飛びかかっていった。騎馬の制止を振り切っているようで、同じチームの3人は大変だな。

 

 

「やっぱりA組は個性の使い方慣れてんな…」

 

 

ヒーローに憧れてヒーロー科を受験し、本人的には恵まれなかった個性故に不合格。自分の個性への無力感にヒーロー科への羨望や嫉妬。それでも諦めきれない執着が錯綜して身動きが取れなかったのだろう。是非とも体育祭で活躍し夢を叶えて貰いたいものだ。

爆豪が空中でハチマキを狙った所や、障子が背中にアタッカー2人を乗せているのを見て、この判定なら提案した作戦は上手くいきそうだと安心した。

残り時間30秒。心操が個性を使って、切島と似た個性を持つB組からハチマキを奪い走り抜ける。その際に後ろの騎馬がぶつかって揺れた。

 

 

「心操くん、出るわ」

「……ああ、信じてるぞ天魔」

「天魔さん!?あれ俺っ…」

 

 

お目覚めか、尾白くん。

おはよう、もうクライマックスだよ。

 

 



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17話:ダウナー系と騎馬戦〔策策策〕※

イラストにてお目汚し失礼します。


今まで見なかった心操の笑った顔を見て準備を整える。正気に戻ったのか狼狽えている尾白を無視し、B組の少年と尾白の2()()()()()()()()上に心操が乗った。

 

 

『そろそろ時間だカウントいくぜエヴィバディセイヘイ!10!』

 

 

 

魔手から跳躍し、轟が個性にて作った氷の仕切りを越えて静かに状況を見下ろした。跳びあがる際に洗脳してB組から取った全てのハチマキを口に咥えて宙に躍り出る。轟と緑谷が今にもぶつかろうと対面し、爆豪も氷を破壊して参戦している所だった。

カチリ。

【思考加速】のスイッチを入れる。今は三つ巴の誰も気づいていない。上鳴が電気を纏うのが見えて、空中に出した魔手で全身を包んで凌いだ。

 

 

 

『…………3…………』

 

 

 

3のカウントダウンと同時に轟へ肩車のように着地して顔を覗き込む。

残り時間3秒から2秒になるまで、市の体感で100秒。むしろ時間がありすぎて困ってしまうレベルだ。

100分の1秒の速さで肩の重さを知覚した轟がゆっくりと市を見上げ、その目が至近距離で合い見開かれた。八百万が創造した棒に氷を張り巡らせて緑谷と爆豪を警戒していたので、意識外からの乱入に驚いたようだ。口で持っていた2つのハチマキを轟の首に掛けて、交換だと1000万Pを咥えて跳躍し離脱する。緑谷の絶望した目と、爆豪の人を殺せそうな目とが市を追ってきていた。【思考加速】を解除して、轟の作った氷のバリケートを越えて騎馬へと戻る。

 

 

「っしまった!!!」

「取られっ…」

『2、1、TIME UP!』

「天魔さんコッチ!」

 

 

 

市が跳んで戻り尾白の尾の上に立て膝で着地した。状況が分からないまま、市がこちらに跳んできたので咄嗟に尻尾を伸ばしたのだろう、素晴らしいヒーロー精神だ。

 

 

『お前ら見たかよ!!最後の最後、残り5秒の瞬間をよお!!!三つ巴と思われた戦いで華麗に1000万を掻っ攫ったのは、予測不能な天魔市だ〜!!スロースターターすぎて目が離せねえな!!!早速上位4チーム見てみよか!!

1位心操チーム!!

2位轟チーム!!

3位爆豪チーム!!

4位緑谷チーム!!

以上4組が最終種目へ…進出だあぁーーー!!』

 

 

「ご苦労様」

「…互いに頑張りましょう」

「そうだな。世話になった、ありがとう天魔」

 

 

キョロキョロする尾白を尻目に、心操とハイタッチを交わした。騎馬戦始めより良い顔をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市が提案した作戦は下記の通りである。

まずは心操の作戦通りに持ちPポイントを手放して他騎馬の観察をする。B組の茨の髪の少女が個性を使っていた事や、障子の騎馬に2人乗っていた事からハチマキを狙う騎手は1人とは限らないという事だ。さらに、爆豪が空中へのテクニカルで騎馬から離れても足を地面に付かなければセーフ。

よって、市は騎馬と見せかけた騎手だったのだ。魔手の上に乗って移動していたので地面に足は付いておらず、ラスト数秒に【思考加速】を用いてハチマキを奪い盗る。

 

もし爆豪の空中テクニカルが無ければ、酷い博打になるので心操の洗脳だけで済ませていただろう。それでも3位にはなれた。市は作戦を提案しただけでGOサインを出したのは心操であり、この注目度は心操自身が選択した結果である。

彼に向上心が無ければ市は作戦を提案せず彼に甘んじていただろう。市はヒーローになりたいと燻っている背中を押しただけ、全ては彼が掴み取ったものだ。

 

 

 

 

 

『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!!!オイ、イレイザーヘッド飯行こうぜ…!』

『寝る』

『ヒュー!』

「っはぁ、はぁ……っ、なんだあいつ…A組はバケモノしかいないの?しかもあの天魔って奴、僕がB組に提案したのと同じ事を……。障害物競争もアレだけじゃ詳しい個性や性格の観察は不可能だったし、選手宣誓の態度は完全にブラフだったワケだ…ムッカつくなあ」

「A組も賢い奴はいんだなー。メシ行こーぜ物間」

「天魔ちゃんすごいよお!!あんな事出来るんだね!カッコいい!!」

「……ありがとう」

 

 

 

昼食は食べなくてもいいか。褒められて少しソワソワする気持ちを落ち着かせようと市は観覧席に座って寄りかかる。スタジアムの大多数が昼食を食べに席を立っていた。

一時間もあるし、する事も何も無いので寝ることにしよう。

 

 

 

暖かい太陽光に、人々のザワザワと騒がしいガヤがBGM。

寝るにはうってつけの条件の中で市は眠りにつくのだった。




変なボタン押すもんじゃないですね……。パニクります。

【挿絵表示】

尾白くん超描きやすい…


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18話:ダウナー系とトーナメント本選

「…ん、うぅ」

 

 

揺さぶられている感じがしたのでアクビをして目を擦る。顔を上げると良かったと安堵の溜息らしきものを吐いた八百万がいたので、彼女に起こされたようだ。

 

 

「起こして申し訳ありません。午後から女子全員で応援合戦するらしいので、一緒に着替えに行きましょう!」

「………」

 

 

そんな事言われていただろうか?

まあ人の話は聞いていても記憶はしていないのでそうだったのかもしれない。八百万が言うのだし、本当にあるのだろう。

控え室にて、「UA」と胸に書かれたオレンジ色のチアガールの衣装に着替えてポンポンを渡された。スタジアム向こうにもチアガールが応援をしているので、こちらも対抗して応援すべきなんだろうか。だがチアリーディングの振り付けなど練習していないから分からない。

 

 

『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!』

 

 

昼休憩が終わり、選手出入り口から休憩上がりのクラスがゾロゾロと出てくる。B組の女子から「なんだあれ…」と言わんばかりの視線を感じた。

 

 

『本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ…ん?アリャ?』

『なーにやったんだ……?』

『どーしたA組!!?』

「峰田さん上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

 

 

察した。

人の良い八百万の事だ、疑問には思ったものの信じてしまったのだろう。衣装もわざわざ個性で創造したらしく、用意されていないのならその時点で気付いて然るべきだったのに。

 

 

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私…」

「アホだろアイツら…」

「まァ本戦まで時間空くし、張りつめててもシンドイしさ…いいんじゃない!!?やったろ!!」

「透ちゃん好きね」

「………はあ」

 

 

着替える時間も無いので、チアガールの格好のまま成り行きを見守るとしよう。チアガールの露出はコスチュームと差異は無いし、違いは鎧の有無くらいだ。恥ずかしがるほどでもない。

 

 

『さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目、進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!!一対一のガチバトルだ!!』

 

 

トーナメントの組み合わせをくじで決めてから、レクリエーションを挟んでバトルを始めるようだ。レクリエーションは進出者16人の参加は個人の自由。1位になった心操のチームからくじを引こうとして、同じチームだった尾白が手を上げた。

 

 

「あの…!すみません、俺、辞退します」

「!!」

「尾白くん!何で…!?」

「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。たぶん奴の“個性”で…」

「………」

「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも…!でもさ!皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんなわけ分かんないままそこに並ぶなんて…俺は出来ない」

 

 

 

そんなに洗脳されていたのを気にしているのか。まあ心操の個性は初見殺しだから仕方ない、そう済ませられないのは彼の芯が通っているからだろう。

尾白の後ろに女子が集まって慰めるも、そういう問題ではないようだが女子のチア衣装にツッコむ余裕はあるので安心した。紳士だ。

 

 

「B組の庄田二連撃です。僕も同様の理由から棄権したい!実力如何以前に…()()()()()()()が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」

「なんだこいつら…!!男らしいな!」

『何か妙な事になってるが…』

『ここは主審ミッドナイトの采配がどうなるか…』

「そういう青臭い話はさァ…好み!!!庄田、尾白の棄権を認めます!」

 

 

 

いいのか、それで。

主審のミッドナイトの好みにより、2人の棄権が認められた。そうか、普通の人はそういう事も考えるのか。プライドだの理解出来ないけれど、世の中そんなものらしい。

2人抜けた穴を5位のチームにて埋めようとするが、そのB組のチームも違う者を推薦した。そういうの、よく分からないな。

抽選の結果、トーナメント表が出来たようだ。

 

 

第1試合、緑谷vs心操

第2試合、轟vs瀬呂

第3試合、塩崎vs天魔

第4試合、飯田vs発目

第5試合、芦戸vs上鳴

第6試合、常闇vs八百万

第7試合、鉄哲vs切島

第8試合、麗日vs爆豪

 

 

塩崎は確か繰り上ってきたB組の茨だ。彼女が障子の腕の隙間からハチマキを取っているのも騎馬戦の作戦に参考にしたから、個性の目安はついている。さて…どうしようか。

 

 

『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといて、イッツ束の間、楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

 

開催の時と同じく花火が上がり、大玉転がしや借り物競争が行われた。女子からチアの応援に誘われたが、そんな事をしたい訳じゃない。いつもの体操服に着替えて、一足先に控え室にいよう。

1-A控え室の扉を開けると、緑谷と尾白が話し込んでいた。緑谷の顔が険しい。

 

 

「あっ…天魔さん。どうしたの?」

「…別に。ここで待つだけよ」

「今、緑谷にあいつの対策教えてたんだ。そういえば、天魔さんは個性にかからなかったの?」

「……言わない。不平等よ、彼にも想いはあるのだから」

「ああ、そっか…そうだよね。ごめん天魔さん」

「でも俺が醒めた時に1000万持って跳んできてるからビックリしたよ」

「そうだ!天魔さん、あの数秒で轟くんの肩に着地してたよね!僕も目の前で見てて驚いたけど、何よりすごく速かったよ!」

「…あり、がとう」

「個性も強くて、きっと天魔さんは素敵なヒーローになるんだと思う。早く天魔さんの分析してみたいな」

 

 

 

 

 

そりゃあ【思考加速】の最中なのだから速く見えるのは当然だ、実際にいつもより100倍速くなっているのだから。

頑張れと一言告げてから、机に伏せて目を閉じる。今まで見ていた色が消えて、目の前には闇が広がるだけ。その先を見ようと見据えても、途中でどうしても目が動いてしまう。

 

 

『ヘイガイズアァユゥレディ!?色々やってきましたが!!結局これだぜガチンコ勝負!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!!心・技・体に知恵知識!!総動員して駆け上がれ!!』

 

 

いつの間にか緑谷と尾白はA組控え室から退出していた。控え室にいるモニターにて実況と共に試合が観られるようになっているが、その音すらも煩くて仕方がない。

寝ていられる環境でもないので、選手控え室へと向かおう。

 



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19話:ダウナー系と塩崎 茨

第1試合は緑谷が勝ち、心操が負けた。

残念だが、勝負というのは勝つ者がいて負ける者がいる。しかし、彼は大丈夫だろう。市という人間と関わった事など、忘れた方が賢明だ。

 

第2試合は轟が勝った。

開始と同時に轟の場外を狙った瀬呂を一撃で行動不能にしていた。観客のドンマイコールは彼の心に刺さるからやめてあげた方がいいと思う。

 

 

 

『ステージを渇かして次の対決!!

B組からの刺客!!キレイなアレにはトゲがある!?ヒーロー科、塩崎茨!(バーサス)無気力ダウナー系女子、睡余(すいよ)ォ!!ヒーロー科、天魔市!』

『よく睡余なんて知ってんな』

『知っとるわ舐めんな!寝起きって意味だぜオーディエンス!!覚えて帰ってくれよ!』

「あの、申し立て失礼いたします。刺客とはどういうことでしょう。私はただ勝利を目指してここまで来ただけであり、試合相手を殺める為に来たのではありません」

『ごっ、ごめん!!』

「そもそも私が雄英の進学を希望したのは、決して邪な考えではなく、多くの人々を救済したいと思ったからであり…」

『だからごめんってば!俺が悪かったから!』

「!分かって頂けて、感謝します」

 

 

対戦相手はB組の塩崎茨。個性は名前や容姿からして、茨を操る個性。手から生やすのか地面から生やすのか、はたまた髪の毛をそのまま伸ばしてくるのかは確信が持てないが、あの個性ならば市が直接出る必要もない。

 

 

『と、とにかく、すっSTART!!』

 

 

 

 

 

「…妄言ね。救済なんて無理よ…」

「何を言われようとも、私はその為に雄英へと来たのです。貴方もヒーロー科ならば目指す志があるのでは?」

「…身体を救うのは簡単、でも心までは救えない。気の持ち方や生きたいと願うのは、その人自身の変化。貴方は関係ないわ」

「それでもいいのです。迷い苦しむ人々の背中を押し、身が危険ならば救け出す。それが私のやりたいことなのですから」

「……すごいのね。“救ける”って、私にも出来る…?」

「ええ、きっと」

 

 

問答は終わりと、適当な場所に魔手を出して塩崎へと向かわせる。祈るためか手を組んだ塩崎の茨の髪がうねり、壁を作って魔手を阻んだ。その際に死角で切り離したのか、地面を伝って出た茨が市を絡み取って浮かせた。こうして身体を拘束されるのはUSJの脳無にもやられたな、と心の中で思う。掴んだまま場外へ放り投げようとはしないので、捕まえた事で勝負は着いたと思っているのだろうか。

お返しとばかりに塩崎の足元から大魔の手を出して掴み上げる。

 

 

 

『これはぁ!互いの個性で相手を掴み合う!!身動きが取れずとも個性が自立するのはお互い様ってかあ!!』

『いや、塩崎の個性は切り離すと次が生えるまで待たないと使えないが、天魔はそういった制限が一切無いからな。掴まれた時に全ての茨を髪から切り離しているなら塩崎は自前でなんとかするしかねえよ』

『いいねえ実況っぽい!!!もっと解説頼むぜイレイザーヘッド!』

 

 

 

このまま場外へ投げても髪を伸ばして耐えるだろう。

そうしない為には…。

 

 

 

「っ…ああっ」

『天魔、塩崎を個性でブン投げたぁー!!負けじと塩崎、ツルを伸ばすがおぉーーーっと!!!場外にも出現した手が塩崎を受け止め、そのまま場外へ優しく降ろしたあ!!!』

「塩崎さん場外!天魔さん二回戦進出!!」

 

 

 

主審ミッドナイトのジャッジと同時に観客から歓声が沸いた。B組からは「塩崎ぃぃいいぃい!!」と暑苦しい悲鳴も聞こえる。対戦が終わったのならば戻ってもいいだろうと1-A控え室に踵を返した。




市ちゃんはボソボソ喋ってるイメージです。
エヴァのレイちゃんか戦国BASARAのお市をイメージしてもらえれば幸いです。


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20話:ダウナー系と飯田 天哉※

イラストにてお目汚し失礼します。


飯田vs発目は飯田の勝利

芦戸vs上鳴は芦戸の勝利

常闇vs八百万は常闇の勝利

切島vs鉄哲は切島の勝利

麗日vs爆豪は爆豪の勝利

 

……らしい。1-A控え室でボーっとしていたので人伝に聞いた話だが。このままでは相澤先生に怒られると思うので、次の試合はきちんと見よう。最初の16名の勝敗が全て決まり、半分の8人になった。

 

 

次の試合は緑谷と轟だ。

開始から轟が氷を生成し、緑谷が個性で打ち消す。何度かそれを繰り返してた後に両者は何か言い合っているのがモニター越しに分かる。緑谷が叫び、呆然とした轟の左目から炎が噴き出した。観覧席にいたNo.2のエンデヴァーが轟に言葉をかけるも本人は無視している。

 

 

浮かべている笑顔の頬を伝うのは汗か涙か、髪で隠れているのでこの角度からじゃ分からなかった。

 

 

轟はエンデヴァーの息子だったらしい。父の個性を半分、母の氷結の個性を半分受け継いで出来たのが轟のようだ。いや、むしろ彼はその為に作られたのかもしれない。

今まで左の炎を頑なに使わなかったのは、あの親子間で何か確執があったのかもしれないな。それを自力で破ったのか、緑谷が壊したのかは分からない。

けれども轟の目は、以前とは違って生きていた。

彼はようやく歩き出せたのかもしれない。

 

 

熱膨張によって起きた大爆発で、緑谷が場外負け。

轟が三回戦進出となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

『続いて第2試合!速さで比べると真逆な男女がぶつかり合う!!飯田(バーサス)天魔!!』

 

 

飯田はふくらはぎに付いたエンジンから空気を射出する個性の為、空中でも少しなら移動が出来る。先程の塩崎のように魔手で掴んで場外に投げるのも考えたが、手の内を見せた以上対策はしてくるだろう。

 

『START!!』

 

開始の合図と同時に飯田が個性を使って市の背後を取り、そのまま肩に手を置いて押し出そうと場外に向かって加速していく。凄まじい風圧だ、目を開けていられない。

市が一回戦で負け、塩崎が勝ち進んでいたならば飯田の狙い通り場外だっただろう。彼女は周りを知覚してから個性を発動するので、そのタイムラグが飯田の勝機になる。

 

 

 

場外直前で市の前方に大魔の手を2本、左右から合わせて壁を作る。受け止める為に出したが、飯田には牽制に見えたようで市から手を離して距離を置いた。

 

 

 

「天魔くん、君の個性は強力だ。きっとあのまま進んでも場外はしないだろう。だが、俺は負ける訳にはいかないんだ!」

「…どうしたの、怖い顔…」

「俺自身の為、兄の為!勝たせてもらうぞ!」

「そう…。裁け背の罪」

 

 

正面から走ってくる飯田を迎え撃つ為に市もゆっくり走り、接触する瞬間に足元から大魔の手が出現して引っ掻く。接触寸前だった事、足元からの出現だった事が要因となり飯田は気付くのが遅れたのか魔手が当たって飛んだ。

 

 

 

「砕け悲の夢」

 

 

 

飯田の着地と同時に、足元から大魔の手が出て彼を掴む。掴んだまま飯田を何度も地面に叩きつけ、市の前に来るように投げつけた。

叩きつけられたことで痛んだ身体は、思うようには動かなくなる。身動きが取れないまま市の前に飛んできた飯田は、魔手を呼び出し踊っているかの如く攻撃する市にされるがままだった。

 

 

右手を軽く上げ、左手を上げる。

右手を振り上げ、左手と同時に地面に下ろす。

下ろして蹲ったままの両手を振り上げ、右に回りながら右手を、左に回りながら左手を交互に振り払い、最後に自分を抱きしめる。

 

 

その8連の動きに魔手が拡大的に追随し、隙なく飯田を襲った。

 

 

 

『天魔、個性を存分に使って飯田を攻撃ー!!反撃の隙もないぜ、飯田これは厳しいかぁ!!』

『天魔自体は隙の多い乱撃だが、直前に飯田の体力を消耗させて動きを鈍くしてんな。天魔自身と個性の手は独立してるから、どんな体勢でも…下手したらノーモーションで攻撃出来るぞアレ』

『なるほど、個性に攻撃させときながら自分でも殴れるってことか!』

『その解釈でいい』

 

 

 

市の個性を詳しく知らないからと実況席で解説するのはやめてほしい。対戦相手や観客、ブラウン管を伝って全国に届くから余計に。

 

「がはっ……ク、ソ…!!」

 

魔手を飯田に絡ませ、動きを制限する。その拘束から逃れようと飯田が空中に跳んだが、それは市との戦いにおいて悪手でしかない。

飯田、そろそろ終わりにしよう。

 

 

「廻れ()の檻」

 

 

 

空中で飯田を中心にし、無規則に規則性を持って魔手が彼を取り巻いた。魔手で出来た輪が幾重にも重なり、あるものは斜めに、あるものは平行に交わり僅かながらもそれぞれが円を描くように回る。

渾天儀(こんてんぎ)のように美しく、アンティークな芸術だった。禍々しく、魔手の闇に引き摺られそうなほど恐ろしい。だからこそ、洗練された恐怖心がそれに美しさを見出すのかもしれない。

 

 

 

『オイオイオイオイ!!そんなのアリかぁ!?天魔、黒い手で作った大量の輪っかを組み合わせて飯田を閉じ込めたーーー!!飯田、これじゃ身動きが取れない!!まるで地球儀!!!』

『阿保、地球儀じゃなくて天球儀だ』

 

 

 

 

もっと大掛かりに輪を増やす事も出来るが、学生相手な事、観客が楽しむ範囲ならばこの規模で充分だろう。飯田の自慢の足も身体を拘束されていては活かせない。たとえ拘束を解いても、その先に待ち受けるのはいくらでも補充出来て、全ての輪に拘束する為の魔手が全方位から伸ばせる檻だ。

 

 

「ぐううっ…!」

「天魔さん三回戦進出!」

「うわあ、メガネくんドンマイ」

「あの檻はどうしようもないだろ…プロだって破れるのは限られるぞ」

「今年の一年はエンデヴァーの息子以外も粒揃いだな…」

「敵捕縛にも役に立つな…何より本人が独立して動けるのがデカい」

「そりゃそうだ。敵拘束しながら戦えんだもんな」

 

「なに呑気な事言ってんだよ…あんなん、洒落になんねぇって…」

 

 

 

ミッドナイトがそう判断するのも無理は無い。「廻れ憂の檻」を解除して丁寧に飯田を地面に降ろす。悔しそうに顔を歪めて空を仰ぐ彼を言葉をかけるなんて事もせず、背を向けて歩いた。

 

 

 

 

「(ふふ…「廻れ憂の檻(アレ)」の危なさに何人が気付けたんだろう)」




「廻れ憂の檻」はオリジナル技です。

【挿絵表示】

要素盛り込みすぎて自分でも訳が分からなくなったのでアップします。色々切り貼りして描きました。背景入れてからおかしくなった(当社比)


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21話:ダウナー系と轟 焦凍※

イラストにてお目汚し失礼します。


切島vs爆豪の対決は爆豪が制したようだ。轟、天魔、常闇、爆豪のベスト4が出揃って白熱の三回戦が始まろうとしていた。

 

『準決!サクサク行くぜ!天魔市 対 轟焦凍!!

START!!』

 

 

開幕で終わらせようと、轟が氷結を放つ。みんな短期決戦を狙いすぎではないだろうか。

迫り来る氷河を眺めながら、2本の大魔の手で身体を包んだ。

 

 

『開始早々お約束の氷結ー!!だがおめェら知ってんだろ!天魔はここでやられる奴じゃないって事をよお!!』

 

 

吐く息が白い。市を包んでいる魔手の外はきっと瀬呂を行動不能にしたような巨大な氷で覆われているのだろう。

はて、どうしようか。

 

 

『…ありゃ、出てこないぞ?天魔、氷結に為すすべ無しかあ!?』

『んな訳あるか』

 

 

 

よくご存知で、相澤先生。

無理やり魔手を開かせて氷を割った。連鎖的に割れて散る大きめの氷を魔手に掴ませて轟へと投げる。ハンドボール投げにて好記録を出した魔手の投擲威力は銃よりも重い。

轟は足から氷を発生させ、飛んでくる(つぶて)を氷の盾で防いだ。脆い氷同士にも関わらず、あまりの威力に地鳴りとともに音の爆発とも呼べる轟音がスタジアムに響いた。

土煙で見えにくいが、予め把握していた轟の背後に魔手を出して掴み上げる。掴んだ魔手を凍らせても自分の身動きが取れない事を察したのか、轟はなんとか抜けようと抵抗していた。

 

 

 

「…ジーンリッチじゃなかったのね。おめでとう」

「……お前、俺がデザインベビーだって言いたいのか…?いい加減にしろよ…!」

「あなたは愛されて生まれてきた。それに気付いたのは、とても幸せなこと…」

 

 

 

怒りに染まった目が市を捉えた瞬間、感情の炎が消えて凪いだ目に変わる。あの激情からこの速さでのクールダウンは珍しい。自身の怒りで狭まった視野に一体何を見たのだろうか。

 

 

「お前、」

「…あなたの目に、何が映っているの…」

「…破滅を畏れるお前と…もう一人のお前、か?」

「……とても静かに…私の心を見透かすのね…」

「見えただけだ。今の俺じゃ、お前を救えるわけじゃねえ」

「それでいいわ…あなたじゃ私を救えないもの」

「そうか。お前も…そうなんだな」

「人を傷付けない人間はいなく、間違いを犯さない生物もない。それでいいのよ。希望を見ろなんて言わないわ……ただ卑屈にだけはならないで」

 

 

 

 

緑谷との戦いで何かを説かれたのか、以前よりも理性が見える。縛っていた自身の左を解放する事の意味を考えているのだろうか。

自分だけが進んではダメだと、相手を残していくのは嫌だと。

 

 

「…誰かを救えないかも。何も残らないかも。

それを“何とかしたい”と考えるのは、とても疲れるわ。枷に思うそれも、きっと未来の糧になる」

「……天魔、」

「貴方はまだ生きている。自分を信じて、戦えばいい。…貴方にはそれに耐えられる強靭(つよ)さがある」

「お前も、緑谷も…フザけんなよ…」

 

 

長時間出し過ぎたらしく、轟を掴み上げていた大魔の手は消えてしまった。着地するやいなや、足元を凍らせようとしたので空中に逃げる。市を見上げて次の攻撃を仕掛けようとしているのが見えたので、地面から大魔の手を市に向けて出し、それに捕まって勢いよく轟へ迫る。着地と相手への叩きつけを同時に行う技なので、たまらず轟は市から距離を取った。

 

 

互いの距離が空き、相手の出方を窺うためジリジリと回る。

何か少しのキッカケで勝敗がついてしまうような緊張感に包まれた。

 

 




氷ブン投げシーン

【挿絵表示】

擬音書くの凄い恥ずかしいですね。トレスしてても難しいです。
回を重ねる毎に下手になってる気がしますがなんで…?


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22話:ダウナー系とトーナメント決着※

イラストにてお目汚し失礼します。


__________その時。

 

どこか遠くで、晒され慣れた大きな悪意を感知した。人間への不信、社会の不満、世界への抵抗。誰もが目を逸らしているからこそ、自分が立ち上がらねばと心で叫ぶ声が聴こえた。

ヒーローがもたらした数万の(犠牲者)を見て、ヒーローが殺した数千の呪い(ヴィラン)を見た。

……その上で「ふざけるな」と言った彼らの言葉を、「どうでもいい」と踏みにじる野次馬(われわれ)がいた。

 

 

 

 

 

 

「(魔が降る…あの虚無が、吹雪の中の絶望が…)」

「隙あり、だ」

「____________」

 

 

 

 

 

空を見上げる為に意識を外した数秒の隙を見て、轟が最速で氷を生成する。ガードも出来ずに足元から凍らされ、はくりと白い息を吐いた。トドメ用なのかワザと凍らせなかった剥き出しの腹に、こちらに走る勢いもプラスされた左ストレートが決まったのを他人事のように感じていた。一瞬止まる呼吸と、腹部に来る衝撃。宙を舞う感覚と背中を強く打ち付けた音。

場外へと吹き飛んで壁にもたれかかり、動こうにも綺麗に鳩尾(みぞおち)へと決まったのか指すらピクリともしない。

 

 

 

「天魔さん場外!轟くんの勝利!!」

『天魔場外!轟、炎を見せず決勝進出だ!』

 

 

 

歓声が煩わしい。

動こうともがいても力が抜けてまた地面へと倒れ込んでしまう。

 

 

 

「動かない方がいい。悪いな、加減出来なかった」

「………」

「運ぶぞ」

 

 

 

轟に横に抱き上げられて、担架を持った救急ロボットの元へ連れて行かれた。労わるように丁寧に担架に乗せられて、リカバリーガールの所へ運ばれる。

 

 

「全然、母さんと同じ思考なんかじゃないな」

「…貴方の母親じゃないわ」

「ああ、もう分かる」

「?」

 

 

 

轟は最後の最後までよく分からない人だった。

 

 

 

 

**************

 

 

 

リカバリーガールに怪我を治してもらった市は、早退する旨を彼女に伝えた。

 

 

 

「早退?急にどうしたんだい?」

「…………」

「…言えないのかい。それは、さっきの試合の最後で手を抜いた事と関係あるんかね」

 

 

 

鋭いな。

別に手を抜いた訳じゃない。あの場から速く抜ける方法がワザと隙を見せて負けるのが最善だった、それだけだ。感じた情動の元へ一刻も早く駆け付ける。その目的の為に行動しただけ。

 

 

 

「…はあ。担任には…言ってないようだね。しょうがない、アタシから言っておくよ」

 

 

感謝を込めてリカバリーガールに頭を下げてから治療室を退出して人気の無い所へ歩く。

人がいない事を確認して足元から魔手を出した。ウゾウゾと全身に絡みつき、市の身体が足元の闇へと埋まっていく。まるでUSJを襲撃した敵の個性のように、黒い霧の中へ足から順に埋まっていき最後に頭がトプリと呑み込まれた。

 

幸か不幸か、周りには誰もいなかった。

 




轟くんの氷結ってめちゃ難ですね。見て描いたのに…。
1
【挿絵表示】

2
【挿絵表示】

参考にDグレ読んでたら再熱してしまいました。
殴られた瞬間氷が消えるマジック。描き忘れました。
威力的に、轟くんが一時的にワンフォーオールが使えるようになってしまいました。


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23話:ダウナー系と表彰式

 

「それではこれより!!表彰式に移ります!」

 

 

決勝を終えての表彰式に、花火が上がる。煙幕と共に地面から表彰台がせり上がり、それぞれの順位の場所へ生徒が立っている。

 

 

「何アレ…」

「起きてからずっと暴れてんだと。しっかしまー、締まんねー1位だな」

 

 

 

決勝にて本気を出さないまま負けた2位の轟に向かって、全身と口を拘束された爆豪がモガモガと怒鳴っている。厳重すぎてむしろ敵を拘束しているように見えてしまう。

 

 

「3位には常闇くんともう一人天魔さんがいるんだけど、ちょっとした事情で早退になっちゃったのでご了承下さいな」

「メディア意識…!」

 

 

カメラマンに向かって猫なで声でウインクをするミッドナイトに常闇が驚いている。

 

 

「飯田くんだけじゃなくて天魔さんも早退…?」

「飯田ちゃんは知ってるけど、天魔ちゃんどうしたのかしら」

「天魔さんが早退したなんて今知ったんだけど」

 

 

相澤先生だけに報告したのか、三回戦が終わって中々帰ってこなかったのは早退したからなのだとA組は心配している。中には突然いなくなった事に不信感を募らす者もいた。

 

 

 

「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」

「私が!」

「メダルを持って「我らがヒーロー、オールマイトォ!!」来た!」

 

 

体育祭一番の見せ場に張り切って高所から登場したにも関わらず、登場シーンまで打ち合わせをしていなかったのか台詞が被ってしまった。少し可愛いメンタル弱めなオールマイトは涙目でミッドナイトに訴えている。気を取り直してメダルを授与してもらおうと、ご機嫌取りにミッドナイトはメダル入れをオールマイトに差し出した。

 

 

 

「常闇少年おめでとう!強いな君は!」

「もったいないお言葉」

「ただ!相性差を覆すには“個性”に頼りっきりじゃダメだ。もっと地力を鍛えれば取れる択が増すだろう」

「……御意」

 

 

入賞者一人一人に声をかけ、力強い抱擁と共にアドバイスを与えるオールマイトはやはりプロヒーローなのだと実感する。言われた言葉を噛み締めて、常闇は銅メダルを持った。

 

 

「轟少年、おめでとう。決勝で左側を収めてしまったのにはワケがあるのかな」

「…緑谷戦でキッカケをもらって、天魔に思考停止(現実逃避)するなと言われて……わからなくなってしまいました。あなたが緑谷を気にかけるのも少しわかった気がします。俺もあなたやレプリカのようなヒーローになりたかった。ただ…俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目だと思った。清算しなきゃならないモノがまだある」

「……顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる。レプリカは余り褒められたものではないが…君には本質が見えているんだろうね」

 

 

 

緑谷との戦いで発破をかけられたのは知っているが、天魔との戦いでも背中を押されていたと聞いてオールマイトは驚いた。天魔はただ闇を抱えた強いだけの少女ではなく、人に寄り添わない厳しい言葉で轟の迷いを和らげている。人と距離を置きながらも、放って置けずに助言をしていたようだ。トゥルーフォームを知られた際、彼女を信じて良かったとオールマイトは安堵する。

 

そして内心触れたくなかった1位の爆豪へメダルを進呈。くぐもる声にビビりながらも猿轡を外し、目が吊り上がりすぎて顔が怖い爆豪にめげず会話をした。

 

 

「オールマイトォ、こんな1番…何の価値もねぇんだよ…世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ!!」

「(顔すげえ…)うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない。

(顔すげえ)受けとっとけよ!“傷”として!忘れぬよう!」

「要らねっつってんだろが!!」

 

 

 

メダルをかけられまいと抵抗していた爆豪だったが、「セイッ」と軽い掛け声と同時に開いた口に引っ掛けられた。酷い顔をしているが、咥えたメダルを落とさないのは偉いのかもしれない。

 

 

 

「さァ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にも()()に立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!

てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの!!!」

「プルス「おつかれさまでした!!!」ト…えっ!?」

 

 

 

観客全員が「プルス ウルトラ」と叫んでいるにも関わらず、誰よりも大きな声で「お疲れ様でした」と宣ったオールマイトへ愛あるブーイングの嵐が襲う。

 

 

 

 

最後まで締まらない体育祭だったと記載しておこう。

 

 

 

 

**************

 

 

静かな病院内で控えめに走る音がした。本人的には遠慮しているのだろうが、彼の個性では仕方ないとはいえ「子供の全力疾走と同じくらいうるさかった」と後々クレームが入る事だろう。

 

 

「兄さん!!!!」

「こら天哉、静かに…マスクしなさい」

 

 

うるさく扉を開けたのは、雄英体育祭にて全国テレビで放送された飯田天哉。アルコール消毒を基本とした院内でマスクをせずに走るのは、学校生活を共に送る友人が見たら驚くだろう。いつもの真面目さは鳴りを潜めて声を荒げた。

 

 

「先程、麻酔が切れて目覚めました。まだ朦朧としてますね。あと2分手術が遅かったら手遅れでした」

「……天哉…、母……さん…」

 

 

腹部を怪我したのか、腹に手術痕がある。大きな包帯とガーゼで覆われているが凄惨な光景に、たまらず飯田の母は脱力し気絶寸前まで追いやられた。

 

 

「おまえ…みてぇな優秀な弟が…せっかく憧れて…くれてんの…に」

「君はナースコールを押して、来た看護師とともに患者のお母様を運んでくれ。落ち着いたら説明するから」

「は、はい」

「ごめんな…天哉。兄ちゃん…負け…ちまった」

 

 

物心ついた時から背中を追いかけていた兄の悲惨な姿。それを見た飯田の顔は、この言葉ほど適した表現は無いだろう。

“望みを絶たれる”……「絶望」とは、言い得て妙な言葉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着かれましたか?」

「はい…私より、天晴は……息子はどうですか?」

「弟さんの方は看護師にお任せ下さい。お兄さんの方ですが、命に別状はありません」

「っ後遺症は!?息子はヒーロー活動をしているんです…!」

「奇跡的に後遺症はありません。長期間の入院が必要なので、筋肉の低下や直感の鈍りなどはありますが、時間をかければ今後もヒーロー活動は出来るようになりますよ」

「……はぁ、よかっ、たです…!!連絡をもらった時、覚悟していたので…」

「そうですか」

 

 

安堵のため息を吐いた飯田の母を見て、医師は数秒の思考を完結させて口を開いた。

 

 

「…お母様、一つお伝えしたい事があるんです。彼が病院に運ばれた際、目視での診察では後遺症が残るだろう判断しました。申し訳ありません」

「……いえ、いいんです。生きていてくれるだけでも幸せですから」

「そう言って頂けると嬉しいです。手術を始める時も、そう思っていました。あの規模の傷から、脊髄損傷による下半身麻痺だと」

「………」

「しかし、切断されていた筈の神経が繋がっていたのです。確実に切れていたのに、切断面が何かに引っ張られているかのように接着していました。個性によるものかは定かではありませんが、そのおかげで後遺症が無かったと言っても過言ではありません」

「そんなことを、一体誰が…?」

「不可解なのは、彼の搬送方法もです。彼は怪我を負った状態のまま、引きずられて病院まで来ました。受付のナースが気付いたので病院内は清潔ですが、病院(ここ)に来るまでの道路は血だらけでした。通行人が通報したのもあって捜査が行われ、ヒーロー殺しと接触したと見て間違いないでしょう」

 

 

医師はヒーロー殺しはもう現場にいなかったこと。彼が搬送された個性が分からない事を母に告げた。

 

 

「これは、落ち着いたら天哉に話しても良いですか?」

「是非そうしてあげてください。超能力の個性か、目的地まで移動させる個性か、まだ特定は出来ません」

「でも天晴が完治する事に因果関係が無くても、その個性の持ち主には感謝しないとですね…直接お礼がしたいです」

「……案外、レプリカかもしれませんよ」

「レプリカ…?」

「ああいえ、予想ですので。ヒーローでも無く、個性が不明の2点を考えた時に浮かんだだけです。その方が名乗り出てくれるといいですね」

「はい、本当に……そろそろ様子を見てきます。面会は大丈夫…でしたよね?」

「大丈夫ですよ。手術も終わりましたし…ですが、病院内ではお静かに」

「ふふ、すみません。叱っておきます」

 



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24話:ダウナー系と舞台裏

呼ばれている。

魔手が出てくる場所に身体をねじ込み、時間空間、物質の概念がない闇の中を飛ぶように移動する。魔手の出る場所ならば、市は闇と闇を繋げて行き来することが出来るのだ。そこに壁や障害は意味をなさず、その光景を見逃した者には瞬間移動と捉えられてしまうだろう。

 

 

轟と戦っている時に感じた情動。それを発している者に無意識に呼ばれ、自ら向かってもいる。そうせざるをえない、そうでなくてはならない。解明の出来ない不可思議な個性によって、市は空間を超える。

「ここ」ではない「どこか」へ。

 

 

いつの間にか、着ていた体操服は闇に紛れる黒い服へと変わっていた。ちゃんと後で戻ってきてくれると嬉しい。あれ高いのだから。

 

 

目的地へ到着したのか、薄く光る出口が見えた。水の中から顔を出すような感覚と共に身体が現実世界へと固定される。

目を開くと、路地裏だった。

 

 

 

「……子供か。消えろ、今なら何もしない」

『こちら保須警察署、至急応援頼む!』

「貴方の身体…血に染まって真っ赤ね…」

 

 

 

黒いマスクを指に引っ掛けて下げながら倒れているヒーローを見下ろす。どこか飯田に似たコスチュームの人だ。微動だにせず出血量が多い。落ちている携帯の画面には不在着信で「天哉」の名が表示されていて、血に濡れた男は勢いよくそれを踏み潰した。

 

 

「名声……金…どいつもこいつもヒーロー名乗りやがって…てめェらはヒーローなんかじゃねえ…」

「……呼んだのは、貴方…?」

「彼らだけだ…俺を殺っていいのは…オールマイトとレプリカだけだ」

『「ヒーロー殺し」が現れた!!!』

「あなたは強いのに…嘆いているのね」

 

 

 

放置すると死んでしまうので、魔手に身体を掴ませて路地裏から大通りへ出す。魔手が見られるとここに市がいる事がバレてしまうので、そうならない為に魔手を他人に見られないよう病院へと向かわせる。男の武器が刃物なので、もしかしたらどこかしらの神経がやられているかもしれない。極小細胞レベルの魔手を操作して切れた断面を繋げる。

市が救助擬きをしている間に、男はビルの間を蹴って上へと上がっていった。良かった、小さい魔手の操作は集中力に意識を割かれるので攻撃されたら迎撃が大変だったかもしれない。

それを追いかけて彼の背後に着地する。意外にも攻撃されず、煙突の上から赤黒い路地裏を見下ろしている。

ヒーローを否定する発言をしておきながら、オールマイトやレプリカを認めている。どうやら現代社会において仕事として成り立ってしまうヒーローを嫌悪し、純然たる善意にて人救けをし見返りを求めない2人を崇拝すらしている。

 

 

 

「探しましたよ「ヒーロー殺し」…“ステイン”」

 

 

聞き覚えのある声が背後から聞こえ、凄まじい速さで刀を抜いた彼が器用に市を避けて斬りつけた。

 

「落ち着いて下さい…我々は()()……」

「!」

「悪名高い貴方に是非とも会いたかった。お時間少々よろしいでしょうか?そこの少女も共に」

「……ええ」

 

 

この霧を自分の意思で潜るとは思わなかった。ワープの個性は便利で、先程の市の移動とは違い出口に直結している。

 

 

「…あ?体育祭テレビでやってんだけど…なんでここにいる訳?」

「先生の指示でしたので」

「俺らが襲撃した雄英ヒーロー科のエリートがいていいのかよ」

「…私はヒーローになる為にあそこにいるんじゃないもの…」

「可哀想だなあ。こんな奴のせいで試験に落ちた負け組が。そんなお前に良い話だ…敵連合(コッチ)に来いよ。その死んだ目…お前はそちら側じゃないだろ」

 

 

 

皮肉も言葉遊びも無くストレートに勧誘されてしまった。

 

 

 

「…………ふ、ふふふ」

「お前の目的も、敵連合コッチなら達成出来ると思うぞ。知らねえけど」

「…私の目的は、神さまになること」

「は?」

 

 

 

市の目的が予想外だったのか、死柄木はあっけに取られた。それもそうだろう。神なんて、今どき幼稚園生も見ない夢だ。光る赤ん坊が産まれる前の時代ならともかく、個性によって夢が現実となった今の社会で神になるなど笑い草。

 

 

「く、くく……ははははは!!!バカじゃねえの!神とか…腹痛ぇ…ははは!!」

「…神か。目指すものは一般論ではないのだろう。慈愛で人に手を差し伸べ、生贄を求めない者…良いな、お前」

「ははは…は?マジで言ってんのヒーロー殺し」

「1人殺せば人殺し…100万人殺せば英雄。100人の死は悲劇だけど、100万人の死は統計よ」

「はー…つくづく疑問だよ。なんでお前みたいなのが雄英にいるってのが」

「愚問ね…。貴方、近道に路地裏は使わない人…?」

「つまりヒーローになりたいから雄英にいるのではなく、必要だから通過しているだけという事ですか」

「回りくどいな…敵連合(コッチ)に入るか聞いてんだけど」

 

 

 

 

答えを急かす死柄木を見ても、市は不気味に口角を上げて首を傾げるだけだ。



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データ:職場体験をロードしますか?→はい
25話:ダウナー系とヒーロー名


 

 

 

「お前、なんで早退した」

 

 

体育祭の振替休日が終わって登校すると、下駄箱で待ち構えていた相澤先生に捕まり職員室へと連行された。相澤先生が市を呼ぶ事を分かっていたのか、職員のヒーローもチラリと視線を寄越すだけで机に噛り付いている。

 

 

「婆さんから聞いたが、なぜ俺の所に来ない。実況席にいたから声がかけられなかった…じゃないだろ」

「…………」

「過ぎた事だから俺はもう言わん。だが、こういった非合理的な行為を繰り返すなら覚悟しろよ」

「はい…」

「真面目にやれよ。なんの為に雄英(ココ)来てんだ」

 

 

 

「戻っていい」と言い、相澤先生は机と向き合ってしまった。言い訳を聞き入れる気がないのだろう。

 

 

 

「…相澤先生」

「話は終わってんぞ」

「どうしたら、神様になれますか?」

「………あ?」

 

 

 

職員室が静寂に包まれる。朝食を食べていたらしいヒーローが箸で摘んでいる惣菜がポロリと落ちた。そんなに驚くことだろうか。

 

 

 

「……なんでも…ありません」

「ヒーローと神は違う、馬鹿な夢は見るな。それがお前の為だ」

「………失礼します」

 

 

自分の為だから、神になりたいと思っているのに。理解出来ないなら無理に擁護しなくていい。自分以外の人間は結局他人でしか無く、人間の思考など自分自身でも分からないのだから。

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

教室へ向かうと早退した事を心配され、全国的にテレビで放映された体育祭の影響で登校時に声をかけられたことが話題になっていた。そう言われてみれば、登校中に声をかけられたような気がする。変に絡んでくる輩と勘違いして会釈だけで済ませていた。

ワイワイと一通り盛り上がった教室にチャイムと同時に相澤先生が入ってきた。先程の喧騒はどこへやら、背筋の伸びた綺麗な姿勢で座り相澤先生の言葉を待っている。

 

 

 

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

「婆さんの処置が大ゲサなんだよ。んなもんより今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ。「コードネーム」、ヒーロー名の考案だ」

「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」

 

 

せっかく綺麗に座ったのに、テンションが急上昇したせいでコロンビアポーズや立ち上がる人、元気が有り余ってる芦戸などは飛び跳ねている。ザワリと相澤先生の髪が浮かんで目が赤くなり、個性を発動しようとしているのが分かった。黙らせるにしても実力行使すぎる。すぐに静まったので効果覿面ではあるが。

 

 

「というのも先日話した「プロからのドラフト指名」に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2,3年から…つまり今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「大人は勝手だ!」

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

 

 

 

早退したからドラフト指名の話は聞いてないな。市はあまり活躍していないし、来ないだろうと高を括る。

相澤先生がリモコンを操作して黒板に集計を映し出す。2本の長い線に続く形で追随する1本があった。

 

轟:4,123

爆豪:3,556

天魔:1,743

 

 

「例年はもっとバラけるんだが、二、三人に注目が偏った」

「だーーー白黒ついた!」

「見る目ないよねプロ」

「1位2位逆転してんじゃん」

「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな…」

「ビビってんじゃねーよプロが!!」

「さすがですわ轟さん」

「ほとんど親の話題ありきだろ…」

「わあああ!」

「うむ」

「無いな!怖かったんだやっぱ」

「んん……」

「…来てる」

「おお、天魔すげえな!」

 

 

 

予想を遥かに超えた指名数に驚いた。同じく三位の常闇と同じくらいだろうと思っていたが、あの体育祭のどこを見ていたのだろう。

 

 

 

「これを踏まえ…指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

「「「!!」」」

「おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってこった」

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

「まァ仮ではあるが適当なもんは…」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 

 

コードネームか…。ヒーローになる気はサラサラないが、確かに本名とヒーロー名は違うしそこまで頭が回っていなかった。クラスメイトには待ちに待った時間なのだろうけど、悪いが市は全く思いつかない。教室の外で待っていたのか、相澤先生の言葉を遮る形で教室に入ってきたのは体育祭で主審を務めたミッドナイトだった。

 

 

「この時の名が!世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」

「ミッドナイト!!」

「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺にはそういうのできん。将来自分がどうなるのか名を付けることでイメージが固まりそこに近づいてく。それが「名は体を表す」ってことだ。“オールマイト”とかな」

 

 

 

本当にミッドナイトに丸投げするらしく、相澤先生は寝袋に入り壁に寄りかかる。彼は暇があればいつも寝ている気がするが寝不足なのだろうか。

ヒーロー名を書くためのパネルが前から回されてペンを持つ。15分ほど経過した所で、出来た人から前に出て発表するらしい。

一番手青山から二番手の芦戸。2人ともクセの強い名前を却下されてクラス全体が異様な緊張感に包まれる。その雰囲気を壊した蛙吹に尊敬のフロッピー(ヒーロー名)コールが贈られた。

 

コントのような教室を遠くの出来事みたいに感じながら、市はペンを持つ。ヒーロー名、肩書き、自分がなりたいもの。神は駄目だ、市は万能になりたい訳ではない。なりたいものは神だが、信者が求める救世主にはならない。

周りが次々にヒーロー名を決めていく中、市がパネルに書いた言葉は「幻妖言惑(げんようげんわく)」だった。無理やり考えた造語でヒーロー名としては成立していないので発表する気はない。

 

ヒーロー名が決まっていないのは市を含めて4人。発表の様子を眺め、飯田が決めたヒーロー名の「天哉」にどこか見覚えがあった。

……たしか、路地裏で飯田のコスチュームに似てるヒーローの携帯画面に表示されていた名だ。

 

そういえば彼はどうなったのだろう。

治療の一環として臨時的に切断された神経を極細の魔手で繋いでみたが、なにせ初めてやったのでコントロールが分からなかったのだ。良くて下半身不随、最悪は魔手が周りの細胞を傷つけて重症化。最良なのは魔手が神経の役割を果たして全回復だろうが。天のみぞ知る、というヤツだ。

 

 

 

「天魔さんは決まったのかしら?書いてはいるし、少しだけ見せて。

…………発想はいいけど、これは“平和の象徴”のような二つ名向きね。人を救うヒーローって考えると、マイナスイメージの漢字が多いからもう少し考えてみましょう」

「天魔、駄目だったのか。ふむ…俺はいいと思うぞ」

 

 

 

常闇に言われても余り嬉しくない。

 

 

 

 

 

どれだけ時間を貰っても決定することは無く、ミッドナイトも決まったら報告に来てねと言われてしまった。ミッドナイトが相澤先生を起こして発言を促す。職場体験の連絡事項はまだあったようで、リストを配られて説明を受けた。

 

 

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件。この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる、よく考えて選べよ」

 

 

渡されたリストには先程の指名1,743件分の事務所名が表記されていた。これは目を通すのも大変そうだ。二日後の週末に提出らしいので、家で目を通す事にしよう。



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26話:ダウナー系と職場体験〔受け入れ先〕

「No more bet.」

 

 

 

取ってつけたような笑顔を浮かべて常套句を言う。もう何百回言っただろうか。少し着崩したカジュアルな格好に視界に入る黒い髪。眼前で動く度の入っていないモノクルが鬱陶しい。

回る赤と黒のルーレットを見ながら、選ぶ職場間違えたかもしれないと心の中で溜め息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

職場体験当日

 

 

一旦駅に集合してからそれぞれの移動手段に乗って指名を貰った職場へと赴く。選んだ職場体験先は「パワーク事務所」だ。

元々はチンピラや(ヴィラン)として目を付けられていたが、とある人物によって改心し素質もあってヒーローへと転身。しかし厄介な敵でもあった為に監視も兼ねて警察からの依頼がほとんどの事務所だ。

 

 

 

 

 

 

「…雄英高校、天魔市です」

「む?お客さんだね、どのような依頼ですかな」

 

 

 

ビル2階に入っているヒーロー事務所の扉を開けると、迎えてくれたのは飄々とした50がらみの壮年だった。如何にも紳士な凛々しいロマンスグレーのおじさまだが、親しみやすい顔に浮かべている笑みが胡散臭くて仕方がない。

市を客と認識したということは、職場体験の話が伝わっていないのだろうか?

 

 

 

 

「ただいま戻りましたよーっと。ん、客がいるの……あ!!パワークさん、その子だよ!雄英体育祭で凄かった子!」

「メタくんお帰り〜!」

「うわ軽っ。アンタ第一印象だけならカッコいいんだからそのままキープ!」

「酷い!!もう!ローちゃんは一緒じゃなかったのかな?」

「アイツならもうすぐ来るだろ」

 

 

 

なんだコレ。

外から買い物袋を持った端正な顔の男が入ってくる。美丈夫が言っていた言葉からして、このロマンスグレーが事務所を立ち上げたヒーローのパワークという人物らしい。

 

 

 

「体育祭って事はローちゃんが大絶賛してた子?どうしてこんな遠い事務所に来たんだい?」

「ちゃんと国からお知らせ来てただろ。プロのドラフト指名で雄英体育祭参考にし、ろよっ、て……もしかして」

「ハァ〜イただいま〜!!あら、天魔ちゃん来てくれたの?お姉さん嬉しいわあ!」

「………ぅぐ」

 

 

バァンと力強く開け放たれた扉からミッドナイトもビックリな美女が、市を視認した途端にブロンズの髪を揺らしながら豊満な身体で抱きついてくる。

一方的に懐かれているが何故だ。

何がとは言わないが顔に押し付けられているので、このままだと窒息してしまいそうだから助けてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美丈夫が美女を引き剥がして職場体験の事をロマンスグレーに説明する。

どうやらロマンスグレー本人は体育祭に興味を持っていなかったが、美女が観戦していたところ市を発見。興奮した勢いで雄英に指名をしたらしい。要は美女の暴走である。ほんかわしたロマンスグレーと天真爛漫な美女に囲まれて、美丈夫は貧乏くじを引く苦労人のようだ。

 

 

 

「うちのローちゃんがゴメンね。そういう事なら喜んで歓迎するよ。私はヒーローのパワーク、一応この事務所を立ち上げていてね。人を救けるというよりは警察の申請で調査を担当する事務所なんだ」

「私はロベレット。よろしくね天魔ちゃん♡」

「で、俺はメタモル。俺ら2人でパワークさんの相棒(サイドキック)をしてる。悪いな、ロベレットの暴走に巻き込んで」

「暴走なんて失礼ね。天魔ちゃんには光るものを感じたのよ。こう、ビビっと!まだ無自覚だけど、部下を裏で操る魔性の女の素質があるんだから!」

「悪女はもういらねーって。あ、違う違う。天魔さんが悪女って訳じゃないから」

「可愛いなぁ〜天魔ちゃん。私にも孫がいれば……ね、パパって呼んでくれないカナ?」

「やめろ!!」

「…………ぱぱ?」

「ごばあっ!!!」

「きゃー、吐血したわ!」

「致命傷!?父性枯渇してんじゃなかったのかよ!」

 

 

 

 

……なんだコレ。いやノッた市も悪かったのだが。

アットホームな3人組だが、この事務所にはこれで全員なのだろうか。コミカルだが、時折見せる目が強者のソレだった。少なくとも、高い実力があるからこうして余裕を持っていると考える。

 

 

 

パワークはロシア語で「蜘蛛」を。

メタモルは「変態」や「変身」を意味するメタモルフォーゼ。

ロベレットは、花言葉からロベリア(悪意)マーガレット(美しい容姿)を足したもの。

互いに自己紹介をして、パワークにヒーロー名を聞かれた。

 

 

 

 

「…まだ、決まってないです…」

「おや、意外だね。テレビで見た君の個性から幾らでも思い付く気もするが」

「ヒーロー名は無いのね…。じゃあ私は“お市ちゃん”って呼ぶわ」

「ナイスセンスだローちゃん。私もお市ちゃんと呼ぶからよろしくね」

「俺は…あー、呼ぶ時に考えるわ」

「メタくんてば照れ屋さんなんだから〜」

「パパで吐血したアンタに言われたくないんだが」

 

 

一通りコントを楽しんだ三人は、キリがいいとアイコンタクトを取り合う。真面目な顔をしたパワークにつられて背筋を正せば、先程とは一変しプレッシャーを放ってきた。ヒーローにしては随分と重く、悪意の篭ったオーラだ。恐れ入る。

 

 

 

「……フム、私の本気の威圧に顔色一つ変えないとは見所があるね。この程度で萎縮するなら適当にパトロールを任せる所だったけど……ロベレット、君の本質を見抜く眼にはいつも驚かされる」

「ビビっときたって言ったじゃないですか〜。手が足りないって愚痴ってたの、この子で解決しません?」

「及第点どころかスタンディングオベーションでキスを贈るくらい素晴らしい!」

「嫌♡どうせキスするならお市ちゃんみたいな可愛い女の子がいいわ」

「手が足りないって、今受けてるヤマは……まさか、」

「お市ちゃん、一つ聞きたいんだがね」

「ヤメろ学生だぞ!」

 

 

 

 

「君……お芝居は好きカナ?」

 

 

 

 

良からぬことを考えてる悪い笑みだ。

職場体験に来ている以上、頷かないという選択肢が無いのが辛いけども。



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27話:ダウナー系と職場体験〔実践〕※

イラストにてお目汚し失礼します。


「…なぁ、本当にこれでいいのか?」

「こんな服着せたなんて雄英にバレたらどうするのパワークさん」

「んん〜可愛い!さすがパパの娘!」

「聞けよ」

「私たち捕まらない?未成年淫行みたいな罪で」

「ちゃんと聞いてるとも。問題ないさ、これはメタくんの個性で作った皮……「着ている」以上、着ぐるみと同じ扱いサ!!」

「…なんつー暴論」

「依頼の船、ディーラーにこんなエッチな服着せてるのね。軽蔑しちゃう」

「頭の弱い金持ちの集まりだから仕方ない、こういう分かりやすい物が好きなのさ。金品みたいにね」

 

 

 

個性「化けの皮(ドッペルゲンガー)」によって他者の外見模写を得意とし、潜入捜査の依頼を受ける変装のスペシャリスト、メタモルによって化粧が施された。

眉毛をすっぴんより下に描き、目を細くしカラーコンタクトで黒目にする。変装だけではない「化けの皮」の真骨頂である“望む姿にする”力で漆黒の髪が腰まで伸ばされて分け目を変え、個性を誤解されるように動物の耳と尻尾を生やされた。これで変装が解けない限り動物系の個性だと勘違いされるだろう。

ちゃんと自分の意思で動かせるのでとても芸が細かい。

 

 

 

パワークに頼まれた事は「依頼されたカジノへの潜入を手伝ってほしい」というものだ。パワークのプレッシャーに耐えられるのならば行けるだろうと。パワークとロベレットは客として、メタモルは別口で潜入した後で合流予定だ。

5日間の豪華客船クルーズにて、そこで行われるカジノのディーラーとして潜入させられた。取引が行われる最前線に職場体験の学生を送るなと思う。

 

 

 

 

 

取引が行われるのは最終日。

市の役割はルーレットのディーラーとして仕事をして、ひたすら客の顔を覚える事。最終日までにはパワーク達が要人を炙り出すと言われたのでそれを待っていればいい。

豪華客船と言っても、レベルや規模の違う有権者の希望でカジノスペースはコロッセオのようになっている。細々と堅実に遊ぶならカードゲーム専用の部屋があり、市が担当するルーレットの回転盤はコロッセオ1つ使った大掛かりなものだ。観戦席や大画面で他人の賭けを見ることも出来るし、ゲームに参加するならステージにて専用のチップを賭けるだけ。

ステージを大きく使った回転盤に、外を回るボール。大きすぎるので全自動だが、個性によるイカサマを防ぐ為に専用のSPが何人もいる。

ディーラーはイカサマを演出すると思われがちだか、実際は金を扱う信用職業なのでイカサマを防止する役割があるのだ。

幸い職場体験の一週間は事務所への泊まり込みが許可されているので、豪華客船と呼ばれるに相応しい高価な部屋がディーラーにも当てられ寝泊まりしている。

 

 

 

 

 

無事初日と2日目の仕事が終わり、部屋の布団へ横になる。滅多に見ない携帯画面に、緑谷から一斉送信で送られて来ていた位置情報が表示されていた。送られた時間はまだしも、表示されている住所が随分と遠かったので見なかった事にしよう。

 

 

 

 

 

 

3日目。

今日は趣旨を変えて遊んでみようと思う。いつものようにディーラーとしての仕事をしながら、「並列演算」で切り離した思考を使って客の顔を覚えていく。TPOに合わせた服を着ているので声をかけられる事もあったが、目を見つめれば怯むのかそそくさと退散していくのが大半だった。作り笑いに気付いたか、カジノやってるだけあって観察眼がある。

セクハラされなくて良かった。

されようものなら市はきっと迎撃してしまうだろう。

 

 

 

目の前の席に人が座る。

顔を隠すように黒い狐面をしたオールバックの男だった。仕立ての良いスーツを着て口の前で手を組む仕草は様になっている。後ろには美女を待機させていて、黒い仮面の奥でウインクをされたような気がした。

 

 

「ゲームをしますか?」

「こんにちはお嬢さん。可愛い個性のお耳が素敵だね」

「こんにちは。耳に興味を持って下さったお客様がベットして頂けるので、ディーラーとしては嬉しいかぎりですが…少し恥ずかしいです」

「いやいや謙遜しなくていいヨ。耳だけでは無く君自身の魅力もきっとあるから」

「あら、ありがとうございます」

 

 

 

この低音ボイスにお茶目な会話、パワークだ。ならば後ろにいる美女はロベレットか。見た目は変わっていないのに、お淑やかな雰囲気のせいで別人に見える。3日目にして接触してくるとは、予定よりも随分と早かったな。

 

 

 

「このゲームで勝てたら、こんな枯れた私のお誘いに乗ってくれるかい?」

「困ります…お客様」

「頼むよ。初日から君を見ていたんだ」

「後ろに美しいお方がいるではありませんか」

「彼女は女性が好きでね。君を指名したのは彼女なのさ」

「…ストレートアップなら考えましょう」

「ああ、それでいいとも」

 

 

 

 

 

ストレートアップとは、ルーレットにある赤と黒合わせて36個の数字と0の中から1点に賭ける事だ。当たる確率が極めて低い為、高いリターンが期待できる一発逆転の賭け。

素顔を隠したパワークとの会話を面白がってベットする人数が増え、ギャラリーも集まってきた。

チャイムを鳴らしてルーレットに球を投げ込む。参加者が次々とチップを賭け(ベットし)てもパワークは仮面の奥で目を閉じているのか動かない。賭けられたチップを「並列演算」で計算しながら球の回り具合を観察してタイミングを見極める。

 

 

 

 

 

 

「No more bet.」

「まっ…マジかよあのオッサン」

「正気か!?」

 

 

 

 

 

betと言う直前に、パワークが全てのチップを黒の10に置いた。タワーがいくつも出来るほどの枚数を、だ。外れれば大損の賭けで、もうチップの移動は出来ない。

これはパワークが当てに行くのでは無く、市に当てろと言っているようだ。これ位の事なら当ててみろと。

 

 

 

 

 

 

…上等。

「並列演算」のスイッチを切り替えて、助走無しで「思考加速」を発動させる。黒の10と球、そしてスピードを見て、胸元に付いてる赤いブローチに仕込んだ機械でホイールの突起を調節した。タチの悪い客に捕まった時用にディーラーの先輩に教えてもらったものだ。

速度が緩んだ球はその突起に当たり簡単に数字へと落ちる。黒の10を挟んでいる赤の5と23に球が弾かれて目的の場所へと入った。

ストレートアップの配当は36倍。そこに全てのチップを置いた意味を考えたギャラリーが一瞬静まった。

 

 

 

「全チップの配当、36倍。おめでとうございます」

「君のようなレディを誘うなら当然さ。この位の運は持っていないとね」

「では後ほど」

「お…おおぉーーーーー!!!!!」

「は!?今っ…はぁ!?」

「カジノ荒らしだ!!!」

 

 

 

 

 

 

「換金した金は部屋にお願いするネ」と言い残してパワークはカジノを去る。去り際にロベレットが投げキスをしてきたので、ニコリと作り笑いで返した。

やれやれ、パワークの部屋で集合してから情報交換か。演技とはいえ作り笑いをやりすぎた、職場体験後に表情筋が筋肉痛になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

「いやぁ凄いねお市ちゃん。煽りはしたけど、まさか本当に落とすなんて思わなかったよ。当てた時に笑わなかったのを褒めてほしいくらいだ」

「いやぁんもうお市ちゃん最高〜♡」

「おい」

「…そう、ですか」

「私達も大金持ちだ。全部ベットしといて良かったよ」

「お市ちゃんのおかげよ〜!これで好きな物たくさん買えるわ!」

「…おい」

「それにしても猫耳可愛いネ。いっそ化けの皮被ったままでウチで働かない?」

「職人気質のメタモルの事だから感覚も通ってるんでしょう?触らせて〜」

「………ん、」

「お芝居も上手いとは。人を近付けないあの作り笑い、あれは素晴らしい!客が萎縮して不正も減るし、口説きにくいキャラに確立している。お市ちゃん可愛いからセクハラされないか超心配だったけど…君は潜入していても将来有望なヒーローの卵だから、ここで目を付けられてストーカーされる、なんて事にならなさそうで安心したよ」

「おい!!!」

 

 

 

ディーラーを交代し後続に憐憫の目を向けられながらチップを換金してパワークの部屋に入れば、あっと言う間にもみくちゃにされた。それを止めたのは無視され続けていたメタモルだ。豪華客船の清掃員としておじさんに変装した彼は独自の情報網にてターゲットを探っていたらしい。

 

今回のターゲットは豪華客船のカジノで麻薬取引をするマフィアのボスだ。麻薬といっても、個性を強化する物や快楽依存の高い脱法ドラッグ。

最終日にパワークがロベレットを連れてボスへ交渉を持ちかける。話し合いはもちろんギャンブルだ。それと同時にメタモルは側近の無力化、市は内通者の監視。

この作戦を決めるにあたり、パワークが持つ頭脳に脱帽した。

凄まじく綿密かつ緻密に計算された作戦だ。まるで蜘蛛の糸のように外堀から埋めて、気が付けば捕まっている。予想外の事も彼の頭の中では予測出来ているのだろう配置だった。

 

 

これが、プロか。

 

 

 

「この作戦で1番大切なのはお市ちゃん、君だ」

「…それは分かるが、職場体験だぞ?」

「失礼よメタモル、お市ちゃんはもう私達の仲間なんだから。全てにおいて高水準のお市ちゃんがパワークさんの作戦立案を学べば怖いもの無しよ!」

「そうだそうだ!お市ちゃんは私の相棒(サイドキック)にするんだから!ウチの()にするんだから!」

「可愛い子ぶんな!」

 

 

 

 

……どうでもいいから早く寝たい。




カジノのイメージはペルソナ5のニイジマパレスのボスステージをご想像ください。「オルサガ」がカジノイベント中なので、ジゼルに影響されてしまいました。服可愛い…。
「化けの皮」変装ver

【挿絵表示】


9話にて、「思考加速」には準備が必要だと記しました。
「思考加速」をするには、助走としてある程度脳が回っていなくてはいけないので何も考えていない状態からは出来ません。
「並列演算」も同じです。

しかし、「並列演算」から「思考加速」へは瞬時に変える事が出来ます。なぜなら2つの事を同時に考えているので助走の必要が無いからです。


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28話:ダウナー系と職場体験〔最終日〕※

イラストにてお目汚し失礼します。


最終日

VIPルームの個室でくつろいでいるマフィアへ交渉を持ちかければ、彼等マフィアのルールに(のっと)る誠意を見せろと言ってきた。ギャンブルをする事は確定らしい。ここまでパワークの作戦通りだ。

意外にも、賭けはルーレットでは無くチェスで行うようだ。てっきりある程度予測地点を操作できる市のルーレットで交渉が行われるのだと思っていたが、出番はなさそうなので外で待機していよう。

 

 

 

 

「なんだオッサン、俺と勝負して勝てる見込みあんの?」

「だって君達は遊戯(ゲーム)以外の交渉法じゃ納得しないでショ?」

「…はっ。女侍らせて良い身分だな。負けても慰めてもらえるもんな?」

 

 

 

マフィアのボスは統計的な刺青の入った中年男性……ではなく、そこそこ顔が整っている男だった。目元に小さな星の刺青が入っていて泣き黒子のよう。賭け事に強い強運持ちで、ギャンブルで組織の金を稼いでいるらしい。軟派な男らしく、ロベレットに笑顔で手を振っている。

 

……本当にこの男がボスなのだろうか?

 

 

 

「はー、やれやれ。この豪華客船のカジノにいるにも関わらずチェスとはね。ウチの事よく調べてんだな。遊戯で育ってきた俺らはどんなイカサマを吹っかけられても余裕で勝つし、勝負を受けないなんて事はしない。チェスはあまり馴染みの無いゲーム………おまけに()()()()()()()ときた」

 

 

 

 

ヒーロー:パワーク

個性「感覚強奪」

相手の五感を一時的に奪う事が出来る。奪った箇所は黒く変色してしまう。

 

 

 

言葉通り、マフィアのボスは何も見えていない。相手の視界を奪ったのならば、今のパワークは目が黒くなっている事だろう。それを隠す為に、ヒーローコスチュームにて顔を隠す仮面を付けているようだ。仮面の色が黒いのもそれを誤魔化すため。しかしなぜ狐の面かは詳細不明。

 

 

 

 

「はは、対ギャンブルにおいては相性の良い個性だが………なめられたものだな。見えないというアドバンテージは、俺にとって不利でも何でもない」

 

 

 

 

対戦相手:運占(うんぜん) (すぐる)

個性「好運(ハッピーラック)

運が良い。ひたすら運が良い。ギャンブルやゲームで重宝する。

 

 

 

 

 

 

「幸運はいつだって俺の物だ。俺の個性は勝利の女神そのもの。オッサンじゃ俺に勝てないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

??

???

 

………ん??

ん!?

 

 

 

仮面で顔を隠したオッサンの個性で暗かった視界が戻る。元通りになった視力は今まで駒を動かしていたチェス盤を映し、理解に数秒使ってしまった。駒が、全て取られている。

 

 

 

俺の負けだ。

 

 

 

 

どうして負けた?視界が無くとも絶対に優勢だった。絶対にだ。

 

 

 

 

「(どうして手を抜いた!?)」

 

 

 

 

まるでワザと負けたみたいに…!!

オッサンの個性は視界を奪うんじゃなかったのか!?

 

 

敗北を知覚し、無敗に傷がついて手が震えている。確かにオッサンも強かった。だが、俺もギャンブラーとして全てのゲームに精通している。不得意でも、それなりのレベルにはなっている筈だ。オッサンと互角の…それ以上の戦いをしていた。

 

 

 

 

 

……いや違う。

オッサンが何もしていないなら、必然的に消去法で残る人物…………まさか。

 

 

 

「(女か!!!)」

 

 

 

オッサンが座るソファの後ろで立つ女を睨む。俺の殺気など感じていないのか無視しているのか、女としての魅力が溢れる官能的な笑顔を浮かべて手を振ってきた。そして無意識に手を振り返している自分に気付いた。

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

ヒーロー:ロベレット

個性「好感度」

どんな者でも彼女に好感を持ち、彼女に有利に動く。密室や距離など制限はあるものの、匂いを嗅がせてしまえば無敵だ。

 

 

 

「…嗅覚。視界だけでなく密かに臭いも奪われていた…ってことか」

「ソ!彼女の香りを受けた君はこちらに有利に動き…私達に個性(幸運)を使う。五感を同時に奪うのは久々でね…いつ解けるかも分からない時間との賭けだったよ。騙す快感と消耗するスリル。どれほど慈善活動を続けても、このドキドキには敵わない!これだから賭け(ギャンブル)はやめられないんだよネ!」

「……お前は………()()()は…!まさか十数年前に消えたギャンブル荒らし、ナポレオン!?」

「はて、私はただのアラフィフだから難しい事は分からないヨ」

 

 

 

 

つまりマフィアのボスと言える人物を相手に、警察からの依頼だったとしてもパワークが本気を出すまでも無かったという事になる。

 

 

 

 

「随分と強運をお持ちで天狗のようだが、その手の輩ほど弱点が共通している。度し難い慢心、いつもありがとネ!」

 

 

 

 

敗者にウインクをしている場面なんてただの好々爺にしか見えないのだから不思議だ。

 




とあふ漫画を一部オマージュした内容になっています。分かる方は私と握手!

お恥ずかしながら、以前描いたものです。
パワーク仮面ver(イメージはFGOで新宿のアーチャー)

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29話:ダウナー系と職場体験〔決着〕※

イラストにてお目汚し失礼します。


待ちくたびれたよ。

どうせパワークが勝っても負けてもプランが変わるだけで作戦に支障は無いのだから手早く済ませて欲しかった。

VIPルームから出てきた対戦相手をパワークが拘束している。後ろに控えていたスーツのマフィアはボスが捕らえられている事で降参しているのか大人しく付いてきていた。

拘束したマフィア達を閉じ込める為に、パワークが使用していた客室を使うようだ。あと数時間で港に到着するし、その位の短時間ならば同じ部屋で監視するだけで良いみたいだ。船の施設や着船までの時間で拘束方法が変わるらしい。なるほど、勉強になる。

夜空が広がるバルコニーを移動していると、どこからか羽ばたく音が聞こえた。港も近いし、鳥だろうか。何気なくその羽ばたきを見上げると、

 

 

 

 

「(……鳥)」

 

 

 

 

羽毛の生えていない翼が音を立てて近づいて来ている。大きな鳥だ。

 

 

 

 

 

 

………いや違う。

あれは鳥ではない。

 

 

 

 

 

 

 

星の光で照らされた鳥の影に、身体があった。鳥ではない人間の四肢だ。

羽の個性持ちが飛んでいるのかと見ても、様子がおかしい。どうやら背中に人を乗せて飛んでいるようで、ライフルを構えているのか赤いスコープが反射してパワークの後頭部を捉えている。

 

 

 

____________さすがパワーク。

事務所に着いた頃の会話を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ギャンブルで勝っても、相手はきっとボスではない。裏組織のボスは総じて表には顔を出さないからね…これまでの情報でも、組織に関わった者は銃殺されている。…腕の良いスナイパーがいるよ。それも狙撃と相性のいい個性だ)

(私は戦闘向きではないし、メタモルは近接戦闘しか出来ないわよ?)

(誰が戦闘向きじゃないって…?俺は遠距離も出来なくはないが、確実じゃないからオススメしねーですよ)

(うん、それは充分理解しているよ。そうだね…お市ちゃん、どうかな?君に狙撃手の拘束をお願いしたいんだけど)

(………)

(なーに、もしもの保険はかけておくから、焦らなくていい)

 

 

 

 

 

 

……焦らなくていい、か。らしくない。

狙撃に相性の良い個性。スコープを気にせず観察すると、銃口の先に穴が出来ていた。あれは市も使っているからよく分かる、空間同士を繋げる為の穴だ。銃弾の出口が、パワークの顳顬(こめかみ)の横数ミリにある。スコープの赤い光は陽動、本命はターゲットの急所。

 

_______銃声が反響もなく空に消えて、パワークの顳顬を狙った銃弾は市が伸ばした手の中に握られていた。

 

 

 

 

 

「……フム、素晴らしい」

「いってらっしゃいな♡」

「わぁーってる、跳ぶぞ!!」

「…ぁ」

 

 

 

メタモルの右肩に座るよう担がれて跳躍する。細身だけどしっかりと筋肉が付いていて、なるほどこれは近接戦闘向きだと思った。

 

 

 

「空、飛べるか!?」

「…無理、だけど行く」

「じゃあ投げる、捕まえてこい市!」

 

 

 

メタモルに手を握られ、跳躍の勢いのまま投げられた。

メタモルの個性「化けの皮」は、身につけている時に一度だけダメージを無効化する能力がある。先程パワークを狙っていた銃弾を掌で受け止めたのがダメージ換算されたのか、効力を失った皮が怪しく光って空中で剥がれていくのが分かった。

黒かった髪が見慣れた水色に変わり、ディーラーの服も剥がれヒーローコスチュームが現れる。口元を隠すフェイスマスクに触りながら空中で邪魔なローブを脱ぎ捨てると、受け取ろうとして失敗したのか「ぶっ」とメタモルの声がした。

きっと顔面キャッチしたのだろう。

 

 

狙撃手に近づくと、羽を持った人間は平均よりも大きな身体で、脳が剥き出しになっていた。

死柄木が使っていた脳無だ。

なぜ脳無がここに…ニュースでは保須市でヒーロー殺しが逮捕された記事に敵連合が報道されていたが、なぜこのタイミングなのだろうか。

 

 

 

 

「(……届かない)」

 

 

 

メタモルに投げられ手を伸ばしていても、あと数メートルで届かなさそうだ。それは困る、任された仕事は全うしなくては。

 

 

 

 

「掴め()の月」

 

 

 

 

背中に2本の魔手を掌だけ出して、翼のように動かして空中を移動する。

本来は目の前の敵を魔手で挟むものなのだが、短時間だけ空中移動する事が判明したので使わせてもらおう。

空中を飛んで追いかけてくるとは思わなかったのか、ライフルの充填が遅い。すぐに発砲できる拳銃を出して個性を使っても、顳顬から来るのを分かっているので魔手で防ぐ。脳無の羽を切り落として、狙撃手を気絶させる。2人以上の重さを持って船へと戻った。

 

 

 

 

「お市ちゃんお帰り〜!ヒーローコスチュームは露出が多いから駄目って言ったのに!パパは許しませんよ!」

「すごいわお市ちゃん!貴女の個性、そんな風にも使えるのね!空も飛べるなんてビックリしちゃった」

「ああ、よくやった。が…その露出は俺もどうかと思うぞ。まだ学生なんだからな」

 

 

 

 

こうして、ボスではないがマフィアの稼ぎ頭を捕らえる事に成功した。後は警察が尋問やらで自白するのを待つだけだ。

 

 

 

 

 

こうして、少しのイザコザがあったものの職場体験は無事終わったのであった。




以前描いたもので…お恥ずかしい。
化けの皮が剥がれている所になります。

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30話:ダウナー系と職場体験〔決着?〕

誤差報告いつもありがとうございます!よく読んで頂いてると思って励みになります。
モチベーションに繋がるのでコメントよろしくお願いします!


 

 

 

 

「…ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

捕まえたマフィアを警察に引き渡して夕方。

空が赤くなり西日が強くなる頃、市は世話になったパワーク達へとお辞儀をした。頭を下げる市を見守るパワークに、微笑むメタモル、抱きつくロベレットと反応は様々だ。コスチュームをトランクを詰めて一週間ぶりの制服を着た市はロベレットにされるがままである。

 

 

 

「寂しいわお市ちゃん!心細くなったらいつでも来てね!遠かったらそっちに事務所移すから!」

「私もそうする〜!お市ちゃんはもうウチの()なんですぅ〜!!養子にするんですぅ〜!!!」

「大人気ないなパワークさん…。お前ならもっと上を目指せるだろうが、ここに来るならいつでも歓迎する」

「困った時はいつでも頼っておいで!パパ頑張るから!」

 

 

 

 

ロベレットに抱きつかれたまま、近寄ってきたパワークとメタモルに頭を撫でられた。あっという間の一週間だが、良い職場体験先だった。

 

 

 

 

 

「いつでも来てね〜!」

「うぅ……グス、私も行くぅ〜!!」

「やめんか」

「ぐえっ」

 

 

 

駅まで見送りに来てくれた3人を振り返って改札を抜ける。衝動的にこちらに来ようとしたパワークを、メタモルが襟を掴んで止めた。上司の筈なのに対応が雑だ。

結局脳無を捕らえた時も、パワークはメタモルによって「化けの皮」を纏っていたらしく銃弾が当たっても無傷の予定だったらしい。もしもの保険はそういうことか。あの時に市が動かなくても良かったなら何もしなかったのに。

 

 

 

それにしても、良いトリオだった。

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

「…行ったか?」

「はい。職場体験でパワーク事務所に来ていた雄英生は新幹線にて帰りました」

「分かった。潜入捜査を依頼したが、無事にやり遂げてくれたようだな」

「先輩心配してましたもんね。カジノだったしパワークのじいさんが暴走するんじゃないかって」

「まあな。あいつら3人は元々警察が目を付けていた敵やチンピラだろ」

「それは知ってますけど…光堕ちというか、なんでヒーローになったんです?」

「……お前はまだ知らなかったか。これは極秘情報だが、パワーク達3人はレプリカとの接触によってヒーローになったと言われている」

「!マジっすか…だから俺らはあいつらを見張ってるんですね」

「ああ。アイツらはレプリカに恩があるからな…匿っているかもしれない」

「レプリカも素直に表に出てくれれば俺たちも楽なんですけどねー。なんだって隠れてるんだか。世間では持ち上げられてるのに、贅沢なやつ」

「うだうだ言わず仕事に集中しろ」

「へいへい」

 



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31話:パワーク事務所

市を見送った3人は事務所へと帰り、それぞれの時間を堪能している。

ロベレットは雑誌を見て、メタモルはテレビを、パワークはソファにて寛いでいる。誰も顔を動かさずに宙や画面を見たまま、独り言のように会話が始まった。

 

 

 

「いやあ、中々面白い子だったね」

「そうですね。あれは化けますよ」

「本当に可愛い子だったもの。メタモルの個性で化けてても元が良いから可愛いままだし」

「あんま変えても違和感があると思ったからな。顔のベースそのままで後は化粧だ」

「印象操作なんて髪色だけでも結構変わるからネ。いい判断だったよメタくん」

「そりゃドウモ」

「なるほど。君が言った「2回目」の答えがこういう形で判明するとはね。そりゃ過去の私も首をひねるってものさ!とても興味深い因果をお持ちのようだ」

 

 

 

 

 

 

「ね、レプリカ」

「………」

 

 

 

 

パワークが座るソファの後ろに、白い狐面をつけた性別不明の黒マントが現れていた。

 

 

世間や警察を賑わせ、レプリカと呼ばれているその人。

 

 

 

 

「船で遭遇したあの大男、脳無だったかな?我々ヒーローには知られていない巨悪が動き出しているようだね」

「あー、やっぱそういう系か」

「他のヒーローは知らないけど、私たちは元々アッチ側だからなんとなく分かるのよね」

「そうとも。もしこの状況で『見えない敵』がいるのなら、こちらにも『敵には見えていない味方』が必要になる。今回はありがとうね、レプリカ」

 

 

 

パワークが言っていた「もしもの保険」はメタモルの「化けの皮(ドッペルゲンガー)」によるダメージ無効化ではなく、確証は無いが側にいると確信していたレプリカの事だ。

持ち前の頭脳にて叩き出した予測が外れる事はなく、狙われたならばあらゆる手段で追い詰められ気付いた時には絡め取られている。

計画を発案した本人の自覚のない悪意が余計にタチが悪い。

 

ヒーロー名は、レプリカが一案として候補に挙げて気に入ったものだ。

 

 

 

 

 

「私が付けている狐面は、恩人である君を真似していたんだけど…君、可愛い所あるんだね」

「…………」

「伏線回収ご苦労様。約束は約束さ、私達は今後、全力で君のサポートに徹するとしよう」

「ええ、楽しそうだし私も賛成〜」

「…はぁ。ま、アンタには救けられたしな。俺も異論は無い」

「そういう事。さ、これから何をするのかナ?なんでも言ってよ!」

「…………」

 

 

 

 

頭を下げたレプリカは小声で感謝の言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても神様になりたい、とはね」

「あ、それ私も聞きました。すごいですよね、あの歳で」

「一昔前は私も自分の万能感に酔いしれていた時があったよ。なにせ私レベルの頭脳を持つと、なんでも思い通りになるからね。考えるのが楽しくて仕方なかったよ」

「うわぁ、会いたくないですね」

「部下の使い捨てなんて当たり前だったしね。多少使えるなら長持ちさせてたけど、ヒビが入ったらすぐ交換してたナァ。割と人の命とかどうでもいいと思ってた時期だったし」

「人って変われるものなんだな」

「いや、変わってないよ。君らもそうだろう?私達がヒーローになっても、行動理念は自分が得するのかどうか。そう考えると、数日前のヒーロー殺しに狙われちゃうから大っぴらには言えないけどネ」

「パワークさん流石ぁ〜」

「お前もそう変わらないからな、ロベレット」

 



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データ:林間合宿をロードしますか?→はい
32話:ダウナー系と救助訓練レース


前回まではpixivの書き溜めを一気に投下していました。ここからはリアル更新です。
筆が乗ってる内に書きたいと思います。願わくば神野まで。


職場体験が終わった翌日。

それぞれが体験先で得た刺激は良いものだったようで、一皮向けたような雰囲気がある。爆豪に関してはその限りではないが。

 

 

「天魔ちゃんは職場体験どうだった?」

「…別に。豪華客船のカジノに潜入してディーラーしてた」

「なんかレベル違くない!?」

 

 

キチンと学べた者がいれば、プロ世界の闇を見た人もいる。そして職場体験中に緑谷から送られてきたアドレスは、ヒーロー殺しと遭遇した時の住所だと判明した。

 

 

……ああ、あの時の人か。

そういえば、死柄木に「また会おう」と言われたんだっけ。タイミングまでは教えてくれなかったけれど、まぁどこかで会えるのだから放っておこう。

 

 

 

「ハイ私が来た。ってな感じでやっていくわけだけどもね。はいヒーロー基礎学ね!久し振りだ少年少女!元気か!?」

「ヌルっと入ったな」

「久々なのにな」

「パターンが尽きたのかしら」

「職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!!」

 

 

生徒の失礼なツッコミにもちゃんと対応してくれるから、人間が出来ている。パターンが無尽蔵である事を告げ、今日の訓練方法を教わった。

 

クラスの人数の都合上、5人3組と6人1組に分かれて1組ずつの訓練。使う場所は複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集地帯の運動場γ(ガンマ)

オールマイトが救難信号を出したら街外から一斉スタートし、誰が一番早くオールマイトを救けるか競争する。建物への被害は最小限に。

 

前歴のある爆豪を指して注意をする。誰がとは言わないが、指で思いっきり差されたので苦い顔で「指さすな」と言っていた。

 

 

1組目は緑谷、尾白、飯田、芦田、瀬呂と機動力が高いメンバーが固まった組だ。モニター前で見学するが、緑谷の評価がイマイチ高くない。飯田も怪我をして万全の状態ではないものの参加している。

スタートと同時に瀬呂が個性のテープを伸ばして空中に躍り出る。そうやってオールマイトを探す瀬呂を、緑谷が追い抜いた。

 

 

緑の光を全身に纏い、以前とは格段に向上した動きになっている。あらゆるパイプや突起物を足場にして跳ねている。職場体験先で相当な経験を積んだようだ。緑谷本人も、柔軟な思考や予測シュミレーター能力の高さはクラス1位を争うレベルだ。頭が良い事と賢い事は違う。

 

 

……と思っていたのだが、濡れたパイプへの着地時に足を滑らせて落ちた。着地先をよく見ていなかったのか。その配慮が無いから、ああいった移動方法は現在習得中のようだ。

滑り落ちたタイムロスで、オールマイトを最初に救けたのは瀬呂だった。子供の運動会のように「助けてくれてありがとう」のタスキが肩からかけられているが、あれは少し恥ずかしいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市は2組目なので準備を始める。

メンバーは常闇、青山、耳郎、切島の5人。

索敵に秀でた耳郎、能力の高い常闇、冷静な判断力を持つ青山、正面突破の切島。

 

 

スタートの合図で動いたのは耳郎だ。その場にしゃがんでプラグを使って索敵を行う。

常闇は黒影(ダークシャドウ)によって空中での索敵。

青山はレーザーの時間に注意しつつ、緑谷のように跳ね、切島は硬化した指を鉤爪のように使ってビルを登っている。

 

 

「………おいで」

 

 

大魔(おおま)の手を出現させて、揺れる手を見つめた。

右手を胸に当て、左手でローブを持ってお辞儀(カーテシー)をすれば、心得たと頷いて市を包む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔手で包まれている時が1番穏やかでいられる。ゆりかごのように、ここにいる限り自分は永遠に侵されないという絶対領域。精神安定の薬。このまま永遠に微睡(まどろ)んでいたい。そう思ってしまう程の安心感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを打ち破ったのは、誰でもない大魔の手だ。

起きろとばかりに手を開いて顔に光が差し込み、目が焼き尽くされてしまいそうな光量に思わず顔を覆った。

市を包んだまま上へ下へと移動し、入り組んだ所では投げられ空中でオールマイトを探す。

 

 

「(…………いた)」

 

 

何処かの屋上で、救援者らしからぬ態度で待ち受けているオールマイトが笑っている。流石にいつもの様に大声で笑ったりはしていないが、存在感が違う。

そちらに向かって速度を速め、オールマイトの所まであと数秒。

 

 

 

だったのだが、僅差で常闇に抜かれてしまった。

常闇は空中で黒影(ダークシャドウ)を体内にしまいオールマイトの目の前に降り立つ。

 

 

 

「ふむ、1番は常闇少年か!まずはありがとう!黒影(ダークシャドウ)を利用した移動だったけれど、救難者を見つけるのが遅かった。でも進んでる方向に私がいたから運が良かったね!

天魔少女も惜しかった!君はスタートで自分の時間を作るから、そこをどう活かしていくかが課題だね」

 

 

遠回しに「早く行動しろ」と言われたがそのくらいは市も理解している。順位にはこだわっていないので残念という気持ちはないが、あのタスキを付けなくていいと思うと1位にならなくて良かったと思ってしまう。

 

切島、耳郎、青山の順でオールマイトの所へ集合した。案の定というか予想通りというか、青山は腹を押さえていた。

………痛めたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

ヒーロー基礎学が終わり、ヒーローコスチュームから制服に着替えるので更衣室へと入った。

 

 

「いや〜今日の授業は楽しかったね!」

「私はまだまだですわ…もっと臨機応変に必要な物を創造しなければ」

「それにしても緑谷が早かったよー」

「三奈ちゃん同じ組だったものね、ケロ」

「デクくん凄かったよね!」

「ウチも機動力どうにかしないとだよ。救助してて間に合わないのが1番最悪だし」

「…ふ、あぁ」

 

 

着替えながらヒーロー基礎学の感想を言い合う女性陣を尻目に、眠気が襲ってくる。しっかり睡眠はとった筈なのだけど、まだ足りないようだ。

 

 

「おい緑谷!!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!!見ろよこの穴、ショーシャンク!!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」

 

 

隠しもしない大声が更衣室の何処かから聞こえた。耳郎が舌打ちをして空いてるであろう穴の前に立つ。

全身の鎧とフェイスマスクを外し、ストラップレスのブラジャーを外したまま欠伸(あくび)をしてボーッと宙を見てる市の分まで代弁する勢いで女子が耳郎にゴーサインを出す。その顔には鬼神が宿っていた。

 

 

「峰田くんやめたまえ!ノゾキは立派なハンザイ行為だ!」

「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!」

『(最低)』

 

 

女子の心が1つになった。

A組の秩序(ルーラー)、飯田が窘めても堪えない。そのメンタルをもっと他の場面に活かせばいいのに、どんな行動原理なんだろうか。

 

 

「八百万のヤオヨロッパイ!!

芦田の腰つき!!

葉隠の浮かぶ下着!!

天魔のしなやかな脚!!

麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア「ドックン」あああ!!!!

「ありがと響香ちゃん」

「何て卑劣…!!すぐにふさいでしまいましょう!!」

「(ウチだけ何も言われてなかったな)」

 

 

 

 

自業自得、因果応報。

同情の余地はない。

 



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33話:ダウナー系と期末テスト

「えー…そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間1ヶ月休める道理はない」

「まさか……!」

「夏休み、林間合宿やるぞ」

「知ってたよーーーーー!!やったーーー!!!」

「肝試そー!!」

「風呂!!」

「花火」

「風呂!!」

「カレーだな…!」

「行水!!」

「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」

「湯浴み!」

「いかなる環境でも正しい選択を…か、面白い」

「寝食皆と!!ワクワクしてきたぁあ!!」

 

 

帰りのHRで知らされたのは、年間行事の確認だった。

騒がしいな峰田。更衣室での出来事をどこに忘れてきたのだろうか。

 

 

「ただし」

 

 

もはや恒例となった、相澤先生が個性発動の為に髪を揺らめかせれば、騒がしかったクラス内が静まる。だんだんとA組が調教されてきている。相澤先生の努力の賜物か、A組の適応力か。どちらも得をしないので深くは考えないが、雄英に染まったとでも思っておこう。

 

「その前に期末テストで合格点に満たなかった奴は…学校で補習地獄だ」

「みんな頑張ろーぜ!!」

 

 

切島と上鳴の迫真の顔、そこまでして林間合宿に行きたいのだろうか。それとも補習が嫌なだけか。

試験範囲は一学期でやったことの総合的内容。普通科目の他にも、A組はヒーロー科だ。戦闘訓練や救助訓練など、演習試験がある事を忘れてはならない。

 

 

放課後になったら相澤先生に相談でもしておこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…相澤先生」

「なんだ天魔。下校だぞ」

「期末試験、ご相談が……」

「……来い」

 

クラスメイトが帰り始めた教室では都合が悪いと思ったのか、職員室に向かったので付いていった。後を付いていくと、様々な生徒が相澤先生に挨拶をして帰っていく。生徒からの信頼は厚いようで、少し意外に思ってしまう。多くは上級生なので、1年とは違い先生の優しさを知っているのかもしれない。

 

 

「それで、相談ってのは?俺らも期末の準備があるから手短にな」

「…実技のテストなんですが…もし、対戦形式ならお願いが…」

「テスト内容に関しては何も言わないぞ。聞くだけは聞くが」

「速い人に、してください…」

「速い?」

「1秒に100回…最低でもその速さの攻撃でないと、私、当たらないので…」

「……ほぅ」

「舐めているのではなく、客観的事実なので…」

「まぁ対戦形式かは言えないが、そうなった時の考慮はしておこう」

「ありがとう、ございます」

 

 

 

 

**************

 

 

さて、相談は聞き入れてもらえただろうか。

こちらが気を利かせただけなので、別に無視されてもいいけれど、それだと市だけ簡単に突破してしまいそうだ。

自分に縛りを課している訳でもないので、期末テストでは遠慮なく【思考加速】を使わせてもらおう。だからこそあの相談だったのだが。

 

 

普段通り過ごしていても、当然時間は過ぎていく。

期末テストまで残すところ一週間を切っていた。

 

 

21位「全く勉強してねーーー!!体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねーー!!」

15位「確かに」

 

 

またやってる。

彼ら、中間テストでも同じ事をしていなかっただろうか。学習しないというか、欲望に忠実というか。あれはテスト前日に徹夜したと言って、徹夜でゲームしているタイプだ。

芦戸は楽観的なのか諦めているのか良い笑顔で腕を組んでいるし、意外にも常闇が焦っている。

 

 

13位「中間はまー入学したてで範囲狭いし特に苦労なかったんだけどなー…行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って…」

10位「演習試験もあるのが辛えとこだよな」

20位「あんたは同族だと思ってた!」

21位「おまえみたいな奴はバカではじめて愛嬌出るんだろが…!どこに需要あんだよ…!!」

10位「“世界”かな」

4位「芦戸さん上鳴くん!が…頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」

2位「うむ!」

5位「普通に授業うけてりゃ赤点は出ねえだろ」

6位「…勉強したら?」

21位「言葉には気をつけろ!!

 

 

騒いでいた芦戸と上鳴の2人は、A組1位の八百万に勉強を教えてもらう事になった。それに続いて各分野に不安のある耳郎や瀬呂、尾白が八百万にお願いをしていた。お嬢様なのか、友達に勉強を教える事が嬉しいようで顔を赤らめている。

 

昼休みを挟んで緑谷達は食堂でB組に試験の内容を聞いたらしく、放課後クラスの皆に共有した。B組には体育祭で叩かれた彼がいるが、捻くれてそうな彼が教えてくれたのだろうか?

 

 

期末テストは筆記と実技で分かれ、はじめの数日を筆記試験に費やし最終日の一日を使って演習試験が行われる。

 

 

期末テスト、筆記試験当日。

試験内容はだいたい予想通りというか、ヤマは外れなくて安心した。試験時間が減るごとに、視界にチラリと入る何人かが沈んでいる。終わって睡眠タイムなのか絶望しているのかは見分けがつかないが、頑張ってほしい。

 

答案を回収して先生が出て行ったと同時に上鳴と芦戸が八百万に飛びついていたので、教えられた所が解けたようだ。

 

 

市の筆記はまあまあの出来だったと記しておこう。

 




成績順
1位:八百万
2位:飯田
3位:爆豪
4位:緑谷
5位:轟
6位:天魔
7位:蛙吹
8位:耳郎
9位:尾白
10位:峰田
11位:障子
12位:口田
13位:砂糖
14位:麗日
15位:常闇
16位:切島
17位:葉隠
18位:瀬呂
19位:青山
20位:芦田
21位:上鳴


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34話:ダウナー系と対戦教師※

イラストにてお目汚し失礼します。


そして演習試験当日

 

 

広い校内の昇降口正面。ヒーローコスチュームに着替えて集められた市達は、実技試験にしては教師が多いと思った。

 

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃみっともねぇヘマはするなよ。

諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが…」

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」

「花火!カレー!肝試ーー!!」

「残念!!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 

ノリノリで仰け反った上鳴に、腕を上げる芦戸。相澤先生の首元に巻かれた捕縛布が動いてネズミの校長先生がヒョコリと身体を出した。想像よりも大きい身体だが、あのサイズを首元に潜ませているなんて相澤先生の首への負担は大丈夫だろうか。

 

聞いていた話と違ったので、成績下位の2人は先程のポーズのまま固まってしまった。すごい。仰け反ったままなんて、体幹が鍛えられている証拠だ。

 

 

「校長先生!」

「変更って…」

「それはね…これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!というわけで…諸君らにはこれから二人一組(ツーマンセル)でここにいる教師一人と戦闘を行なってもらう!」

 

 

二人一組(ツーマンセル)

B組とは違い、奇数のA組の人数でそのチーム分けは良くない。なぜ三人一組(スリーマンセル)の七チームでなく、二人一組の十チームで一人を余らせるのか。

 

 

「先…生方と…!?」

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ。まず轟と八百万がチームで、俺とだ。そして緑谷と爆豪がチーム」

「デ……!?」

「かっ…!?」

「で…相手は_____…」

「私がする!協力して勝ちに来いよお二人さん!!」

「んで疑問に思った奴も多いと思うが、一人余る奴は天魔、お前だ」

「……………」

 

 

…なるほど。

あの相談を聞き入れたからこういう措置にしたって事か。

 

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ、時間がもったいないから速やかに乗れ。天魔は試験の構造上、10組が終わった後だ」

 

 

 

校長vs芦田・上鳴

13号vs青山・麗日

プレゼント・マイクvs口田・耳郎

エクトプラズムvs蛙吹・常闇

ミッドナイトvs瀬呂・峰田

スナイプvs葉隠・障子

セメントスvs砂糖・切島

パワーローダーvs飯田・尾白

イレイザーヘッドvs轟・八百万

オールマイトvs緑谷・爆豪

そして皆の試験終了後にイレイザーヘッドvs天魔

 

 

相澤先生の体力的負担は考慮しなくていいのか?轟・八百万チームが終わった後に市との期末試験なんて、社畜もいいところだ。前のチームとのテストを早めに終わらせれば休憩時間はあるが、推薦らしい二人を相手して時間が余るのか疑問だ。

 

 

校内バスを四人で利用するなんて、贅沢すぎると思う。市は一番後ろの端を座ってバス内を見回した。乗った全員が一定のスペースを確保し、相澤先生は外、轟は自分の手、八百万は考え事をしているのか俯いている。会話は当たり前だが無い。

 

相澤先生との対戦場所は、一般人が住むような住宅街ステージだった。曲がり角の数に比例して死角が多く、ヒット&アウェイのイレイザーヘッドには戦いやすい立地だ。合理的に試験説明は三人同時にするようで、校内バスは試験終了まで待機する事になった。

 

 

「制限時間は30分。お前らの目的は「このハンドカフスを(先生)に掛ける」か「どちらか一人がこのステージから脱出」すること」

「…ということは、逃げてもよろしいのですね」

「ああ。戦闘訓練とは違い、相手は格上の俺。極めて実戦に近い状況での試験だ、俺らを(ヴィラン)そのものだと考えろ。会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならそれで良し。だが実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟……()()()()はよくわかってるハズだ」

「?」

 

 

……それもそうか。

ヒーローになった時、相手との実力差が分からずに殺されれば市民の不安へ繋がり、もしかしたら敵を調子に乗らせて更なる被害を招く可能性もある。そのヒーローの個性でしか救えない未来の命を潰す事にもなるかもしれない。

 

 

「試されるのは判断力だ。だが生徒側(お前たち)の不利を埋めるハンデとして、サポート科の超圧縮(おも)りを体重の約半分ほど装着する。古典的だが動き辛いし体力は削られるからな」

「戦闘を視野に入れさせる為か」

「さぁな。説明は終わりだ。天魔、婆さん(リカバリーガール)の所で待ってろ」

「はい」

 

 

 

 

生徒側はステージ中央スタートで、逃走成功の条件は指定のゲートを通る事。先生側の定石はゲート付近での待ち伏せ。

 

指示された所へ行けば、「リカバリーガール出張保健所」と書かれたテントが設置されている。中にはハイテクな機械と共に数多くのモニターが試験ステージを映し、いつでもドクターストップが出来るようになっていた。

 

 

「さて…今日は激務になりそうだ」

 

 

リカバリーガールが目の前にあるマイクを持って、モニターを見る。

 

 

『皆、位置についたね。それじゃあ今から雄英高1年、期末テストを始めるよレディイイ_______…ゴォ!!!』

 

 

各ステージに置かれているスピーカーから、マイクに入れた声が流れる。スタートと同時に蛙吹・常闇の周りをエクトプラズム先生の分身が囲む。

それぞれの生徒がゲートに向かって警戒しながら走り出す。

 

 

それじゃあ、相澤先生の観察でも始めようか。

 




対戦相手発表のアレ

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35話:ダウナー系と観察記

「組の采配ですが……まず芦戸・上鳴の二人。良くも悪くも単純な行動傾向にありますので……校長の頭脳でそこを抉り出して頂きたい」

「オッケー」

「轟。一通り申し分ないが全体的に力押しのきらいがあります。そして八百万は万能ですが咄嗟の判断力や応用力に欠ける…よって俺が“個性”を消し近接戦闘で弱みを突きます」

「異議なし!」

「次に緑谷と爆豪ですが……オールマイトさん頼みます。この二人に関しては能力や成績で組んでいません…。(ひとえ)に仲の悪さ!!緑谷のことがお気に入りなんでしょう。上手く誘導しといて下さいね」

「ま、任せてもらおう!」

「そうだ相澤くん、先に聞いておきたいんだけど、一人余る事については考えてるの?」

「はい。これは数日前に本人から相談を受けました。天魔と俺が二人(サシ)で戦います」

「…校長、それっていいんですか?演習試験の目的は各々の課題をペアでぶつけること。常闇と同じようにエクトプラズムでの人海戦術ではだめなの?」

「相談ってのは「最低限1秒に100回」を目安とした攻撃速度を求められました。オールマイト先生でも考えましたが…」

「うん、活動時間ギリギリになってしまうよね!」

「その自信が個性からくるものなのか、俺はまだ判断出来ていません。ですから天魔との試験では、重りを外して挑みます」

「いくらなんでもそこまで…」

「いや、相澤くんは正しいよ。それが慢心だとしたら、このままでは危ない。それに聞いた話だと、「神になりたい」と言っていたんだろう?」

「それは俺も聞いたぜイェー!あまりにも堂々としてたから拍手しちまう所だったぜ!」

「じゃあ相澤くんの負担を考えて、10組が終わった後だね。我々教師側も、リカバリーガールの所で観させてもらおう」

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

開始から10分経過、最初に条件達成したのは轟・八百万チームだった。「なんだかんだあまい男」とリカバリーガールが言っていたので、やはり最後のは敢えて策に乗ったらしい。

そういうのが、生徒に慕われる所なのだろう。

 

マイクを通して轟・八百万チームの勝利が全体に伝わり、市は次の演習試験の為にステージへと移動する。残り時間はあと20分、相澤先生の拘束でも解いて待っていよう。

ああ、それと対戦ステージも回って把握しておかないと。時間があるんだからその位はしておかなければ。

 

 

 

『緑谷・爆豪チーム条件達成!』

 

 

おや、意外な組が二番手でクリアか。あの二人はどこか相入れないものがあると勝手に思っていたが、勘違いだったようだ。

 

なるほど、このステージの敷地は四角か。相当広い上に住宅街が完全に再現されている。有事の際には一般人の避難場所にもなれそうだ。

 

 

 

『蛙吹・常闇チーム条件達成!』

 

 

 

轟が出した大氷壁が残ってる。溶かさなかったのか…これは市の時に残っていれば死角として使えそうだ。別に無くなっても構わないが、なるべく選択肢は多い方がいい。

 

 

 

『口田・耳郎チーム条件達成!』

 

 

 

 

……撒菱(まきびし)

どうしてこんな所に……ああ、ここで轟が吊るされたのか。すぐ脱出すればいいのに何か考え事でもしていたのかしばらくぶら下がっていたな。

 

 

 

『報告〜〜〜飯田・尾白チーム…条件達成!!』

 

 

 

所々に相澤先生の捕縛布が落ちている。あの大氷壁にも凍ったものが付着していたし、相澤先生は回収しない主義なのだろうか?

 

 

 

『報告〜〜障子・葉隠チーム……条件達成!』

 

 

 

なんか、だんだん放送するのが面倒になってきた空気がスピーカーから伝わってくる。相澤先生的には複雑だろうけど、轟・八百万チームが一番にクリアしたからゆっくりと休んでほしい。

 

 

 

『あっとここで麗日・青山チーム……条件達成!!』

 

 

 

終盤にきてクリアしていくチームが多い。皆よくやっているようだ。

……電柱が溶けている。これは最後の轟がやったものか。形状記憶合金の加熱に用いた炎が塀や電柱の一部を溶かしている。これは危ない、もう少しで崩れてしまいそうだ。

 

制限時間も残り数分。残りは芦戸・上鳴チームに砂糖・切島チーム、瀬呂・峰田チームか。対戦相手を思い出し、悪いがどのチームも無理そうだと考える。

 

 

『峰田・瀬呂チーム条件達成!!そして…タイムアップ!!期末試験これにて終了だよ!!』

 

 

 

………へえ、ギリギリで滑り込んだんだ。

少しクラスメイトを舐めていたらしい。全員分の評価を改めなければ。

今回、条件達成出来なかった芦戸、上鳴、砂糖、切島は残念ながら林間合宿はお留守番か。ムードメーカーがいないのは少し残念だが、補習を頑張ってこなしてくれ。もしかしたら市も仲間入りするかもしれないからそれを期待していてほしい。

 




アニメ版では、地面に引き倒されたお茶子に個性使おうとする13号先生に向かっていって手を拘束するあたり、青山くんはちゃんと判断力も高くて立派なヒーロー志望なんだなと思いました。
冷静に周りを見てる青山くん好きです。


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36話:ダウナー系と演習試験※

イラストにてお目汚し失礼します。


「そんじゃ、お前以外の10組は終わったことだし俺らも始めるか」

「………」

「お前の相談を聞いた結果、お前には重りのハンデはいらないと判断した。求めているのは高速連撃、だろ?」

「…はい」

「重りを外す以外は他の連中と変わらない。制限時間は30分、達成条件も同じ。だが、お前がモニターで見てた動きとは倍の速度だ。クリア出来なくても言い訳すんなよ」

「はい」

『こっちでも確認はしてるから無茶しても大丈夫さね。あと希望した生徒にも見せてるから頑張んなさいよ。それじゃあ雄英高1年天魔市、期末テストを始めるよ!レディイイ____…ゴォ!!!』

 

 

 

先程とは違い、相澤先生と向かい合ってテストが始まった。

合図と同時にさっきのテストとは段違いのスピードで捕縛布を市に投げる。

 

 

「!」

 

 

驚いたのは一瞬だ。それほど恐るものではない。

………が、少し威力が高い気がする。

 

 

 

音を立てて壁にぶつかった布を避け、塀に着地する。握っている捕縛布をしならせ、伸びている部分が向かってきた。

 

個性は______当たり前だか使えない。

 

 

この身ひとつで何とかするしかないか。

まぁ、相澤先生と戦う時点で予測していた事だ。その対策をしていない訳はない。

 

逃げるのは悪手なので、先生に向かって走る。手首を返して捕縛布を戻そうとしていたから着ていたローブを投げて目眩しに使う。

その隙にスライディングで股下を潜り抜け、先生の視線が外れたのもプラスして魔手に身体を掴ませてゲート側のなるべく遠くへ投げた。

 

先生ならばきっとどこか折を見て捕縛布で減速するだろう。魔手が先生を投げたのを背に、滑り終わりの速度のまま魔手の力を借りて走る。いくつもの曲がり角を手を付きながら移動し、仕掛けを施していく。

 

 

 

「す、すごい…!僕らは視界から外れる時に距離を取るのに、逆転の発想で近づくなんて…」

「あのローブ…いやマントでも代用出来そうですわ。ああして相澤先生の「抹消」から逃れるなんて」

「しかも冷静さね。個性が使えないなんて知っていても初見なら誰でも一瞬は焦るからね。個性を使っても冷静な相手が突撃してくるのは初めてだったのか、その隙を突かれたね」

「あの子の戦いは私たちも学ぶことが多そうね」

 

 

 

 

おそらく相澤先生は自分の方がゲートに近いからその場から動かないだろう。ならば、こちらは出来るだけ準備をしておけばいい。

移動は魔手がやってくれるから市の体力に限界は来ない。移動時に()()()()()()を巻き込みながらステージを走り抜ける。

 

 

 

「(………このくらいでいいかな)」

 

 

 

後は我慢比べだ。

市はその場にしゃがんで魔手と戯れ始めた。

 

 

 

 

 

**************

 

 

残り時間5分。

 

戯れていた魔手が消え、先生が近くにいる事を察する。

しゃがんでいたので後ろに着地した先生への反応が遅れ、顔を蹴り上げられる。フェイスマスクが取れて、脳が揺れている間に轟のように吊り上げられた。

 

 

 

「…動きが無いから警戒していたが、いつ動くんだ?」

「………」

 

 

 

先生、()()は危ないですよ。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

市を見上げていた先生の背後に魔手が迫る。重りを付けていないので軽やかに避けるが、避けた先にも新たな魔手が現れて先生を襲った。

まるで避ける位置まで計算されているかのように発動する魔手に、先生も手一杯だ。

 

 

タネは単純。

曲がり角で手を付いた時に予め魔手を時間差で作動させていたのだ。それも個性なので先生の「抹消」を使えば消えるが、予め切り離しているので市を見ても消えないから魔手そのものを見なければならない。その間に市は視界から外れるので自由意思で魔手を発動することも出来るし、捕縛布を解く事も難しくはない。

 

遠くでガラスが割れる様な音が響き、鋭い氷が飛んでくる。

 

 

 

「これは……轟の大氷壁!」

「痛い所は…突いていくのよね」

 

 

魔手の遠隔操作にて風向きや飛行速度を計算した氷が、市を吊り上げていた捕縛布にいくつも衝突し切れる。流石にこの猛攻にも耐えられなかったようだ。

 

 

「体育祭での解説……私と個性は独立しているって、忘れてしまったの?」

 

 

 

 

氷の雨を捌きながら市を見るのは大変だろう。そして、それに意味は無い。この試験で貴方を越えるのに、市の個性は必要ないのだから。

 

 

「我慢比べは私の勝ち」

 

 

 

魔手と戯れている所に来なければ、タイムアップで市の負けだったのに。

だから先生、

 

 

 

 

「____________どいて?」

 

 

 

カチリ。

スイッチが入った。

 

着地と同時に踏み込み、地面スレスレを滑って先生に迫る。

「抹消」を発動させているので近接戦闘を警戒している先生には悪いが、横をスルリと通過した。

 

 

 

「……どこで見つけてきたんだか」

 

 

 

すれ違い様に、【思考加速】にて俊敏になった動きで先生を後ろ手に縛る。これも、さっきの演習試験で先生が轟を吊るした後そのままにされていた捕縛布だ。()()()()は持ち主に返さないと。

先生を敵として見ろと言うのならば、使えるものは使わなければ。

 

 

 

 

「…俺が捕まってた相澤先生の武器だ」

「個性が使えなくても、相手と同じ物を使うことで同じ土俵にいる事をアピールか…凄まじいね」

「けどハンドカフスを掛けてないってことはまだやる気なのかねあの子」

「いや、短時間での拘束にしては随分と厳重だから解くのは難しいかもね。しかも後ろ手だから余計にね!」

 

 

 

ローブとフェイスマスクは何処かに行ったので、試験が終わったら回収しておかなければ。

いや、これを機にコスチュームを新調するのも良いかもしれない。緑谷や轟は初期と違うし、市も申請しておこうか。

 

 

 

 

「掴め虚の月」

 

 

残り時間1分。

市の走る速度ではどう考えても間に合わない事が判明したので、魔手に空へ投げてもらい、背中に出した魔手を翼のようにしてゲートへ急ぐ。

 

モニターでも分かっていたが、なぜあんなにポップなデザインにしたのだろうか。しかも校長先生が「頑張れ」と応援してくれている。

ゲート前に降りて振り返っても、相澤先生が追ってくる気配は無い。

 

 

無事に試験合格出来そうだ。

内心ホッとしてゲートをくぐった。

 

 

 

『天魔、条件達成!治療してあげるから二人でこっちにおいで』

 

 

 

…相澤先生も連れて行かないといけないのか。

仕方ないので、遠いが魔手に連れてきてもらおう。ゲートを振り返ると、校長先生の「頑張れ」の吹き出しが「よくぞ」に変わっていた。

 

芸が細かい。

 




トレスって難しいですね。スタート直後のシーンです。

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ラストのシーン(相澤先生トレス難しい)

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37話:ダウナー系とエンカウント

 

 

上鳴、砂糖、芦戸、切島が死んでいる。

 

……いや、誤解だ。正確には死んだような顔をしている。

期末テストの演習試験にて条件クリア出来ず林間合宿には行かないで学校にてお留守番だからだ。

 

 

「皆…土産話っひぐ、楽しみに…うう、してるっ…がら!」

「まっまだわかんないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

「緑谷、それ口にしたらなくなるパターンだ…」

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだわからんのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」

「落ち着けよ長え」

 

 

あまりのショックにテンションがおかしな事になっている。あれが開き直りというやつか。

 

 

「予鈴が鳴ったら席につけ」

 

 

相澤先生もいつもより力強く扉を開け放った。調教されたA組はすぐさま席に座り先生の言葉を待つ。

 

「おはよう。今回の期末テストだが…残念ながら赤点が出た。したがって…林間合宿は全員行きます」

「どんでんがえしだあ!」

 

 

そんな顔面崩壊するほど嬉しいのか?

 

筆記テストでの赤点は0人で、実技での補習で4人+瀬呂が実技の赤点。演習試験をクリアしても、演習時の活躍も吟味しているらしく瀬呂はそれに引っかかったようだ。

追い込む為に本気で叩き潰すと脅して各生徒が持つ課題への向き合い方を見るのが演習試験の本当の目的らしく、赤点の人こそ林間合宿(強化合宿)で力をつけないといけない。

 

 

「合理的虚偽ってやつさ」

「ゴーリテキキョギィイー!!」

 

 

なんかもう持ちネタみたいな扱いだけどそれでいいのか?

ただ全部が嘘なんて甘いものではなく、赤点組は林間合宿とは別途に留守番よりキツイ補習時間が設けられているらしい。

 

また赤点組の表情が死んだ。

……というか合宿のしおり分厚いな。

 

 

 

 

 

「ねね、天魔ちゃん明日ヒマ?A組みんなで買い物行こうよ!」

「……いい、けど」

「本当!?天魔ちゃん追加でー!!」

「用事があるから、途中で帰るけど…」

「だいじょぶ!むしろ用事あるのに来ていいの?」

「…そのくらいなら」

 

 

……合宿のしおりに書いてあるような荷物は持ってないので、買わなければ。そんな長期間の着替えは持っていないし、合宿所では洗濯は出来ないだろう。

あと「人によって必要なもの」「あると便利なのもの」の欄には酔い止めやエチケット袋、水着、使い慣れたシャンプー類など。

 

部屋着とは何だろうか?

必需品に書いてある着替えと何が違うのだろう。市が部屋で着ているものは世間一般では「病衣」と呼ばれているらしく、パジャマや私服にもカウントされないと聞いた。

ならば部屋着も買わないといけない。下着だけで過ごすのは駄目なのか。

 

 

 

**************

 

 

「ってな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰(きやし)区ショッピングモール!」

 

 

…みんな私服で着ている。

場違いにも市は制服で来て、私服集団に紛れているので目立つ。服選びに失敗した気がしないでもない。

 

 

「お!アレ雄英生じゃん!?1年!?体育祭ウェーーーイ!!」

 

 

あ、そうか。

大荷物になるなら、それを入れるカバンも大きくしないといけないのか。

魔手の空間の中に入れるのもアリだが、やった事がないので下手したら一生取り出せなくなる可能性があるからやめておこう。

 

 

ひとまず集合時間を決めて自由行動の流れになった。ショッピングモールに来る前にアパートの部屋にある服を広げてみたが、ほとんどが黒一色だった。

そもそもクローゼットが無いのだ。唯一の収納場所は洗面所と学習机の引き出し。嵩張(かさば)るタオルが場所を占拠して服の入る場所は少ない。それも雄英の制服で埋まる為、服の少なさを察してしまうというもの。

 

 

どこか適当な服屋に入って物色を始める。こういう所はブティックと言うんだっけ?服を数着買い、店員の挨拶を背に受けて店を出る。

 

 

 

「…………!」

 

 

 

携帯を小物バッグから出して、クラスラインに「時間なので帰る」と送る。すぐに「え〜」の返信やそれに準ずるスタンプが送られてくるが、引き止めようとするメッセージは来なかった。

 

感じたことのある狂気だ。

それを辿りエスカレーターを降りて出口に向かう。あれだけの狂気を放っておきながら、周囲の人間は誰一人として反応しない。

ショッピングモールから出て少し歩いた時に見つけた。不気味な笑みを貼り付けている彼だ。

 

 

「ご機嫌よう…」

「…ああ、お前か」

「あの時の「また会おう」は、今?」

「そういうことにしておいてやるよ。今は気分がいい」

 

 

隣を歩いても何もしてこない。

USJ襲撃時よりも精神的に大人になった。雄英で体育祭や職場体験をしている間に、水面下に潜み着々と浸食を進めているようだ。

雄英体育祭でヒーロー殺しと共に招待された時に聞いた声の主が想像通りならば、そのうち市にもお呼びがかかるだろう。

 

 

再会の時は近い、強くならなければ。

牙を研ぎ、命を削り、その代価にて死ぬことになろうとも。

市が市で在るために研鑚を積まなければ。どれほどの人が死のうとも、「あの人」を殺した先に神様への道がある。

そして眠りにつく頃に、穏やかでいたい。

 

 

神様に「ごめんなさい」と「ありがとう」を(たてまつ)らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死柄木と別れてアパートに帰る途中に、怒涛の様にクラスメイトから心配の連絡が来た。どうやらショッピングモールで緑谷と敵連合が遭遇したようで、市への確認をしたようだ。

 

「会ってない」と送った。

「天魔ちゃんが無事で良かった」と返信がきた。

 

 

…どうか、彼らが純粋でいられますように。

 

 



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38話:ダウナー系とプッシーキャッツ※

イラストにてお目汚し失礼します。


ショッピングモールで敵連合と遭遇した事を受けて、どうやら林間合宿に支障が出ているらしい。

 

 

(ヴィラン)の動きを警戒し、例年使わせて頂いてる合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

「えーーー!!」

「もう親に言っちゃってるよ」

「故にですわね…話が誰にどう伝わっているのか学校が把握出来ませんもの」

「合宿自体をキャンセルしねえの英断すぎんだろ!」

 

 

でも、仕方ないことだと思う。

期末テストが終わったので、待ちに待った夏休みに入った。

敵連合と2度も接触したことにより、長期の外出は控えろと学校から連絡が来た。

家族と旅行などの計画をしてもおじゃんになるクラスメイトが多く、海や山にも行けないと残念そうだった。

 

女性陣から学校のプールで遊ばないかと誘われたが、外に出るのは好きじゃないので断った。市以外で楽しんでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

そして林間合宿当日

学校に来てから大きな荷物をバスに積んで集合する。

夏休みに入ったというのに、相澤先生の隈は絶好調だ。

 

「雄英高は一学期を終え、現在夏休み期間中に入っている。だが…ヒーローを目指す諸君らに、安息の日々は訪れない。この林間合宿で更なる高みへ。“Plus Ultra”を目指してもらう」

「「「はい!」」」

 

上鳴に芦戸、そしてよほど楽しみなのか麗日まで合宿のリズムに合わせて音頭を取っている。上鳴と芦戸はあちらでも補習があることを忘れているのだろうか。

 

「え?なになにA組補習いるの?つまり期末で赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれえ!?」

 

 

B組(あちら)にもハイテンションの輩はいるようだ。

周りの反応を見ると日常茶飯事らしい。あ、沈められた。

B組の女性陣は沈められた奴とは反対にA組に好意的だ。ぜひとも市を巻き込まないで仲良くしてほしい。

 

それにしても、席順で乗ったはいいがバス内が騒がしい。仲のいい友人と共に数日を過ごすから仕方ないとはいえ、バスが発車してすぐに席の移動が始まり席順が関係なくなった。とりあえず最後列の窓側を確保したが、隣に誰も来ないので正解だったと安心する。

背もたれに寄りかかって窓の外を見るが、見えるのは整備された道やコンクリートのみ。都会を抜けたあたりでようやく緑が見えるレベルになった。

 

 

一時間ほど走行し、休憩となった。バスから降りても、パーキングエリアではなく広く開けた場所だ。しかもB組のバスは無い。

 

察した。

……はぁ、そんなことだろうと思った。

 

何においてもマンモスレベルを要求する雄英高校ヒーロー科だ。このままバスに揺られてハイ終わり、では済まないか。

近くの黒い車から出てきたのは、コスチュームを着たヒーローだ。だが名前は分からない。

 

 

「煌めく(まなこ)でロックオン!」

「キュートでキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 

自己紹介は本人が口上とともにしてくれた。が、市が知っている訳がない。今回の合宿でお世話になるプロヒーローらしい。

近くにいる少年は誰かの子供だろうか?

 

 

赤色さんが示した宿泊施設は、広場から見える山のふもと。少しばかり遠いが、なるほど、だからここで降ろされたのか。

ようやくこれから起こる事を察したのか、全員がバスに向かって走り出した。もう手遅れなのだし、無駄な足掻きはやめた方が身のためだ。

市は走らずに宿泊施設の場所を確認する。どうせ生易しくこの広場に置いていくなんてことはあるまい。

ボゴリと足元の地面が盛り上がり、振り返るとバスに戻ろうと走ったクラスメイトは土流に飲み込まれていた。

 

 

あれに巻き込まれると制服が汚れる。

それに匂いもついてパフォーマンスが下がるだろう。

夏になりクールビズでシャツだけになっているが洗濯が面倒くさい。

 

そんな考えなくても分かることを一瞬で叩き出す。

市は巻き込まれるより先に木製ガードレールを踏み込んで蹴り、土が及ばない範囲に出ようと「掴め()の月」で森に向かって空中を突き進む。

 

 

「ピクシーボブ、一人避けたわ!」

「っえ、無理!あの距離は今じゃ捕まえられない!」

「……ったく、天魔の奴こういう時は速いのか」

「もう、有望すぎるのも困るね!……おーい!私有地につき“個性”の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この…“魔獣の森”を抜けて!!」

 

 

後ろの遠くで赤色さんの声がする。皆は崖下に降ろされたらしく、木陰に着地した市との距離は遠い。

 

 

「マジュウだーーー!!?」

 

 

この声は上鳴と瀬呂かな?

驚きと勢いを含めた悲鳴と同時に、市の目の前に4本足の何かが現れる。

これが魔獣?ずいぶんチープ(安物)というか、想像の範疇を出ないというか…端的に言えばありがちで恐怖すら湧かない。

声の向き的に、市の前にいる個体とは別にもう一体あちらにもいるようだ。

 

 

 

デカくて遅い敵との戦いでの最適解は先手必勝。

「刻め苦の(きず)……来れ根の闇」

動きを止めてから特大威力を叩き込む、以上。

 

 

大魔の手が魔獣の左右から発生し、その身体を掴む。その間に市の前方に(おうぎ)のように隙間なく手を広げた魔手が猛スピードで魔獣に向かって直進し、ヒットと同時に打ち上がった。

衝撃で魔獣は中央から縦に引き裂かれてその姿を消す。

 

 

「天魔ちゃん無事ーー!?」

「そっちも凄い音したぞ!出たのか!」

 

返事してもどうせ市の声量では聞こえないし、声を出すのも面倒くさいので無視した。あちらではクラス委員組を筆頭に一致団結しているようで何よりだ。

 

 

「前方から三匹、左右に二匹ずつ!」

「総数7…来るよ!」

「…先に行ってる」

「っ天魔は無事だ!先に行くらしい!」

「単独で!?ウチらと一緒に…ってもう音が遠い!」

 

 

索敵に長けた二人が指示を出しているのが聞こえたので、二人に安否を伝えて森を進む。先ほどとは違い、翼の生えた犬のような魔獣や亀型、イングランド南西部に伝わる妖精スプリガンを模したもの、人狼や牛鬼(ギュウキ)馬鬼(バキ)、プテラノドンに大蛇などバリエーション豊かだ。ここはテーマパークのアトラクションだっただろうか?

 

一体一体相手するのは愚直だし時間もかかる。

降りる前に確認した方角へ魔手に運ばれてながら土塊(つちくれ)にしていった。

空を飛ぶものは土の身体に生やした魔手で翼を切り落とし、動きの速いものは足を崩す。定石(じょうせき)通りに行動すれば片手間にも出来ることだ。

 

魔獣を倒していくらか時間が経った。魔手に運ばれている以上、市のスタミナに消費は無くトップスピードを維持している。ある時を境に、向かってくる魔獣の種類と数が増えた。スピード重視の脆い小人に、ブラキオサウルスのように幅だけとって道を塞ぐもの。

 

 

なんとしても市を止めたいらしい。ということは逆説的にこの先にゴールがある証拠。

時間経過が分からないので、腕時計してくれば良かったと後悔した。

 

 

 

 

 

 

**************

 

pm12:15

 

 

 

「……ここ?」

 

 

「プッシーキャッツのマタタビ荘」と彫られた看板と建物を見つけた。建物の名前的にここが合宿所で間違いないだろうけど、ネーミングセンスを少し疑う。無理に捻れとは言わないけれど、ストレート過ぎないだろうか。

 

 

 

「あぁ〜悔しい!私の土魔獣がぁ〜!!」

「え、もう着いたの!?早くない……って君か」

「なんで皆と一緒来ないのよ〜!」

「……?」

 

 

青色さんに肩を掴まれて揺すられる。どうして一緒に来なかったのと言われても、A組の皆は市が集団行動出来ないと認識していると思うので置いてきただけだ。他意はない。

 

 

「やっぱり一番乗りは天魔か。優秀なのは良いが、足並み揃える事も学べ」

「…はい」

「お昼はどうする?空いてるでしょ?」

「…お腹減ってない。から、皆を待ってる」

「あの子達の進軍速度や位置から考えるとまだかかるよ?」

「何か、お手伝いする」

「う〜ん、どうするイレイザー」

「本人が良いなら好きに使ってください」

 

 

相澤先生の許可も得たので、手伝おう。

指示さえくれれば、魔手もいるので手間は省けるはずだ。

 

 

とりあえずバスに積まれた皆の荷物を割り当てられた部屋に運び、食器や洗い物、シーツの取り出し、夕飯の準備をした。

 

先ほどの子供も似たような手伝いをしていたが、その最中ちらちらと市を見てくるので、構ってほしいのかと思い少年の隣に小さな魔手を出す。

 

「うわっなんだ!?」

「……遊ぶ?」

「遊ぶか!手伝ってんならサボんなよ」

「そう…。運べないものなら、魔手(それ)に言って」

「はぁ!?どういう意味…無視すんなオイ!」

 

 

少年の背丈と同じ長さの魔手を二本つけた。最初は気味悪がって「近づくなよ!」と逃げていたが、どこまでも付いていくので諦めたのだろう。初めは無視していたが、重いものを指示されたのかダンボールを見下ろしている。

市が少年から見えない所に行った時に魔手が使われた感覚があったので、活用してくれたようだ。姿を見せると途端に魔手からダンボールをひったくってよろけているものだから、赤色さんと青色さんは微笑ましいものを見る目で眺めている。

 

 

助けてあげないのだろうか。

倒れそうになって叫んでいたので、魔手に背中を支えさせる。

 

 

あ、舌打ちされた。

 

 




逃げ足が速いシーン※トレスです

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39話:ダウナー系と夕食のち風呂※

イラストにてお目汚し失礼します。


やる事は全て終わったので、後は森を抜けてくる皆を待つだけだ。

合宿施設の入り口にある段差に腰を下ろして体育座りで森を眺める。暇つぶしのものは何一つ持ってきていないが、いつも家で過ごしている時と変わらない。

ボーっと眺めていると、赤色さんに促されたのか少年が隣に座った。不本意ですと顔に書いてある機嫌の悪さだ。触らぬ神に祟りなし、放っておこう。

 

互いに会話がないまま時間だけが過ぎ、西日がさしてきた。夏だし、17時頃といったところか。少し遠いだけなのに、こんなに時間がかかるだろうか。皆には代わりに運んでくれる魔手が無いから、スタミナ切れとかが原因かもしれない。

 

 

「やーーーっと来たにゃん」

「何が「三時間」ですか…」

「ソレ、私たちならって意味。悪いね。まぁ、その時間で到着しちゃった子もいるけど」

「天魔…聞こえないと思ったら着いてたのか…」

「いくら、なんでも…はぁ、早く、ない……!?」

 

 

そうだろうか?

 

 

 

隣にいる少年は赤色さんの従兄弟の子供で、コウタと言うらしい。そんな名前だったのか、少年。握手を求めて無防備に近づいた緑谷に右ストレートを入れ、身長の差ゆえに急所を殴られたことで緑谷が変な声を出して沈んだ。

 

 

「マセガキ」

「お前に似てねえか?」

「あ?似てねえよ!つーかてめェ喋ってんじゃねぇぞ舐めプ野郎!」

「悪い」

「茶番はいいから食堂に行け。バスの荷物は天魔が部屋に運んだ、礼くらいはしておけ。その後、入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ、さァ早くしろ」

 

 

 

移動するかと立ち上がった時に、一部を除いたクラスメイトからお礼を言われた。暇だったから気にするなと伝え、夕飯はいいのかと問えば思い出した様に「腹減ったー!!」と走っていく欠食児を見送る。仕込みを手伝ったからメニューは知っているが、楽しみにしているので言わないでおこう。

 

 

 

夕飯はポテトサラダ、揚げ物全般、刺身、ビーフシチュー、酢豚に餃子、ローストビーフに肉団子など、大人数の高校生の胃袋を満足させるようにとにかく量を作った。

市が出来ることは魔手も出来るので、野菜の切り方や調理方法などを教わればその経験値は魔手にも反映される。逆に市が出来ない事は魔手も出来ないので、最初は包丁の持ち方から教わった。なにせ料理はしたことがない。

初めは「大丈夫かな」と不安がっていたプッシーキャッツも、魔手が戦力になると気付いてからドンドン市が調理方法を仕込まれた。

 

 

あとは赤色さんと青色さんの指示通り、人手の足りない所を魔手で補いつつ仕込みをしていった。誰もいない場所で野菜を切っていたり火を起こしたり、油で揚げたり配膳したりと(魔手が)大忙しだった。

市がちゃんと手伝えているか確認に来た相澤先生も、あれは絶対「こいつ便利だな」とでも思っている顔だった。

 

 

 

凄まじい勢いで消費される夕飯を、味噌汁を口に含みながら見る。そういえば、皆の食事風景を見るのは初めてかもしれない。というか障子、複製腕の口から食べていたのか。驚いた。

 

赤色さんと青色さんが配膳に忙しそうだったので人差し指をクイと動かして魔手を出せば、一瞬驚いた後に「ありがとう!助かるよ!」と頭に赤色さんの声が響き、青色さんからはウインクをもらった。

ついでにコウタが運ぶダンボール付近に2本出せば「俺が運ぶんだよ。倒れそうになった時でいい」とぶっきらぼうに魔手へ話しかけていた。

彼も魔手に慣れたようだ。

 

 

 

 

**************

 

 

あれだけの量が全て食い尽くされた。どうしてそんなに胃袋に入るのか疑問でならない。男子高校生の万年欠食を舐めるなというメッセージだろうか。

 

 

 

男女に分かれて風呂へと入り、広い露天風呂に女性陣のテンションも上がっている。

 

 

「うわぁ露天だ!!」

「気持ちいいねえ」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

 

走り回ると危ない…と言っても無駄だろう。湯船にタオルを入れるのはいけないらしく、脱衣所に置いて温泉に足を踏み入れる。少し熱いので、足だけ入れて石に座った。

 

どうやら男風呂は隣らしく、入浴時間が同じなのか彼らの声が反響して聞こえる。

 

 

「峰田くんやめたまえ!君のしている事は己も女性陣も(おとし)める恥ずべき行為だ!」

 

 

ただでさえ響く空間に、いつも通りの大きな声で峰田を注意する飯田の声だ。もう何が起ころうとしているのか、女子は見当が付いている。

 

「とりあえず石でも投げる?」

「ウチがやるよ」

「私もやるわ、耳郎ちゃん」

 

八百万に至っては何かを創ろうとしている。いざとなったら魔手で皆の身体を隠してあげようと考えた時、男風呂に動きがあった。

 

 

「壁とは越える為にある!!“Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”!!!」

「速っ!!」

「校訓を穢すんじゃないよ!!」

 

 

仕切りの向こうでポポポと音がする。いよいよ行動に移ったようだ。

女風呂に緊張が走り、全員が仕切りを見上げる。

すると、仕切りの間から赤い帽子の後ろ姿が現れた。

 

「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」

 

恐らく、上部にいた峰田を叩いたのだろう。「くそガキ」と叫ぶ峰田が落ちたのか派手な水飛沫の音がした。

 

「フンッ」

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「ありがと洸汰くーん!」

 

芦田のお礼に、つい振り向いたコウタが女子の裸体に驚いて男風呂へ背中から落ちていく。少年には刺激が強すぎたらしい。

 

「わっ…あ…う、うわぁあああ!?」

「危ない!!」

 

男風呂に消えていく伸ばされた手を、あれは頭から着地するやつだと咄嗟にバチャリと跳んで仕切りに乗り上げつつもガシッと掴んだ。

 

 

「…ふぅ」

 

 

危機一髪、間に合ったようだ。

身体に張り付いたお湯が汗のように男風呂へ落ちていく。

コウタの手を掴んだ先に視線をやると、受け止めようとしたのか光を(ほとばし)らせた緑谷が市を見上げていた。

数秒静まり、緑谷が顔を赤くしたと思ったら後ろを向いて頭を抱えた。

 

 

「〜〜〜!?」

「ててて、天魔ぁあぁあぁ!?」

「天魔ちゃんなにしとんの!?」

「いっ、今タオルを創りますわ!」

「見えない!オイラ見てない!!この手を離せぇぇぇえ!!」

「?」

「うわわわ、天魔さん起きないで!!」

「尾白てめっ余計なことを!」

「ありがとうございますっ!!」

「お礼言っちゃったよ!」

「あんたらサイテー!!」

「天魔くん!早く戻りたまえ!」

 

 

別に露天は濁り湯だし、温泉に浸かっていない男子は腰にタオルを巻いているので見えていない。峰田に関しては魔手で厳重に全身拘束の後、顔を覆ったので呼吸以外は何も出来ない筈だ。

市だって仕切りがギリギリ隠しているので胸は見えていない筈だし、紳士は目を閉じたり手で隠しているし、峰田にとっては残念だが魔手が身体を掴んでいるから起き上がっても見えないようになっている。

何をそんなに慌てふためいているのだろう?

 

 

「っ黒影(ダークシャドウ)!!」

「アイヨ!」

「常闇ぃ!お前の個性で覗く気だろう!」

「っるせぇな早く戻れや根暗女!殺すぞ!」

「タオル出来ましたわ!」

「貸して!私が浮かす!」

「アレは任せろ。後ろ向きで凍らせとく」

 

 

…とりあえず少年どうすればいい?

 

女性陣の方には魔手で身体を隠しているのを見ているのにパニックから帰ってこない。結局、魔手の上から保険で常闇の黒影(ダークシャドウ)を巻かれて仕切りを降りた。

 

ちなみに少年は固く目を閉じた切島が受け取ろうとしていたので、合図して腕に落としておいた。

 

 

風呂上がりに脱衣所で女性陣に色々言われたが、割愛しておこう。

 




ラッキースケベが描いてて一番楽しかったです。
※トレス、模写です。

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40話:レプリカが結ぶもの※

イラストにてお目汚し失礼します。
いつも誤字報告ありがとうございます。もう義務教育終えている身なのに本当に恥ずかしいです。
けど気付いてくれてありがとうございます!


風呂場で倒れた洸汰くんを急いで運び、マンダレイから礼を言われた。こちらこそ、洸汰くんが無事でよかった。

天魔さんを中心とした事故でクラスの皆が使い物にならなくなったから、一時はどうなることかと思ったけど…。

 

今この場にいるのが僕とマンダレイ、気絶した洸汰くんだけということに気付いて、出会った時から気になっていたことを聞いてみようと思った。

 

 

「洸汰くんは…ヒーローに否定的なんですね」

「ん?」

「僕の周りは昔からヒーローになりたいって人ばかりで…。あ、僕も…で、この歳の子がそんな風なの珍しいな…って思って」

「そうだね。当然世間じゃヒーローを良く思わない人も沢山いるけど…普通に育ってればこの子もヒーローに憧れてたんじゃないかな」

「普通…?」

 

 

まるで、洸汰くんが普通じゃないって言い方だ。

僕がそんな風に考えていると、ドアが開けられてピクシーボブが飲み物を盆に乗せて入ってきた。

 

 

「マンダレイのいとこ…洸汰の両親ね。ヒーローだったけど…意識不明の植物状態なの」

「え……」

「二年前…(ヴィラン)から市民を守ってね。あと一歩の所で、レプリカが乱入したから命だけは取り止めたの。目覚めない限りヒーロー活動は出来ないから、事実上は引退したも同然。ヒーローとしてはこれ以上ない程に立派な最後だし、名誉ある引退だと思う。でも…物心ついたばかりの子供にはそんなことわからない。親が世界の全てだもんね。

『両親は自分(ぼく)を置いて行ってしまった』…なのに世間はヒーローとして良い事・素晴らしい事と褒めたたえ続けた…」

 

 

二年前、(ヴィラン)によって襲われ、レプリカの乱入で意識不明の重体。当時ニュースになったので僕はよく覚えている。

野次馬が撮った映像もテレビで流れて、修正しても隠しきれない血の赤に驚いていたような気がする。身体の大きな(ヴィラン)のシンプルな増強個性の一撃を、鋼鉄の義手で受け止めたレプリカ。その連れらしき白髪の少年は重傷を負ったヒーローの応急手当てに必死なのに、撮影者を含む野次馬はヒーローさながらの登場に口笛や歓声を浴びせるばかり。少年が苛立ちも露に怒鳴った、「誰か救急車呼べよ!」という言葉。

 

お茶の間に流れたこの動画は、随分と世間を賑わせたものだ。

レプリカをヒーロー視する者が増え、その連れである少年の対応の正しさ。そして見ているだけの悪い野次馬。街中での戦いについて、市民がやるべき事を改めて考えさせられた動画だった。

 

 

「同じヒーローである私らのことも良く思ってないみたい…けれど他に身寄りもないから従ってる……って感じ。私らより、会ってもないレプリカのほうがまだ心を開いてる。洸汰にとってヒーローは、理解出来ない気持ち悪い人種なんだよ」

(救えなかった人間などいなかったかのように、ヘラヘラ笑ってるからだよなあ)

 

 

ショッピングモールで死柄木が言っていた言葉を何故か思い出した。

…とても無責任で他人事(ひとごと)な言い方になるけど、色々な考えの人がいる。立て続けに聞く価値観の相違に、僕は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑谷、あの子供どうだった」

「轟くん…。うん、気絶しただけで大したことないって」

 

 

 

沈んだ気持ちのまま、男子の大部屋に帰ると真っ先に轟くんに話しかけられた。保須市でヒーロー殺しに遭遇した時に分かったけど、轟くんは優しい人だ。だから洸汰くんの事も心配だったんだろう。

 

 

「?どうした?」

「あ、いや……ちょっと、色んなことがあったから考え事しちゃってて」

「あの子供のことか?」

「それもあるかな。実はね、洸汰くんはヒーローが好きじゃないみたいで…お世話になってるマンダレイよりもレプリカに心を開いてるって聞いて…」

「………レプリカだと?」

「うん…。あ、ごめん!オールマイトみたいなヒーローに憧れてる轟くんにこんな事言うもんじゃないよね!」

「いや、いい。…レプリカと会ったことあるからな」

「…へ?そうなの?」

「ああ」

 

 

嘘、轟くんも!?

 

 

「ぼ、僕もレプリカに会ったことあるんだ!随分前…それこそ、個性が発現する10年前くらいに」

「俺もそのくらい前だった気がする。あのクソ親父がぶっ飛ばされたからな、忘れたくても忘れらねえ」

「エンデヴァーが!?ってことは、レプリカって相当な実力者なんだよな。10年程前とはいえ、その頃にはエンデヴァーの戦闘スタイルも確立してたはずだし…ブツブツ

「緑谷?」

「ハッ、ごめん!ついクセで…僕も昔、個性について悩んでた時に会ったんだ。泣いてる僕を抱きしめてくれた。今思うと、わんわん泣いてる子供の僕って迷惑だっただろうなって恥ずかしいよ…はは」

「…俺もだ。お前には言ったが、クソ親父の稽古が死ぬほど辛かった時に撫でてもらった。機械の手が…温かかった」

「……うん、僕もだよ。硬くて痛いはずなのに、涙が止まらなかった。だから、今度会えたらお礼がしたいんだ!」

「ああ、俺もだ」

 

 

 

 

**************

 

 

 

「弔くんから荷物届いたよ!全員分あるから、現地まで運んでくれだって!」

「疼く…疼くぞ……早く行こうぜ…!」

「まだ尚早。それに派手なことはしなくていいって言ってなかった?」

「ああ。会った途端に襲いかかってきたクセに、急にボス面し始めやがってな」

「使命にでも目覚めたんじゃねえの?俺達の実力を見せてみろーってな感じで。知らねーけど」

「今回はあくまで狼煙だ。(うつろ)に塗れた英雄たちが地に堕ちる。その輝かしい未来の為のな」

 




結論:デクよりも轟の方が描きやすい

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41話:ダウナー系と合宿二日目※

イラストにてお目汚し失礼します。


翌日、合宿二日目

AM5:30

 

 

早朝の集合に皆眠そうだ。そう言っている市も眠い。

 

 

「お早う諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。(こん)合宿の目的は全員の強化及びそれによる“仮免”の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 

 

相澤先生は朝から元気そうだ。先生が爆豪に投げ渡したのは、四月の個性把握テストで使ったハンドボール投げの機械球だ。投げてみろと促された爆豪は勢いを付けてボールを投げる。

なぜ気合いの声が「よっこらくたばれ」なんだ?普通に「よっこらしょ」じゃ満足出来ないのか?悪口を言っていないと死んでしまう病気でも患っているのだろうか。えらいもの罹患(りかん)してるな、爆豪。

 

そんな掛け声の割には、四月よりも記録が伸びていない。あれだけ言っておいて、すごく恥ずかしい。

 

 

「入学からおよそ3ヶ月、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで“個性”そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから____今日から君らの“個性”を伸ばす。死ぬ程キツイがくれぐれも…死なないように_____…」

 

 

ああ、だから相澤先生のテンションが高いのか。

A組を追い込むことが出来るから、いい笑顔で言い放っている。入学数日でなんとなく気付いていたけど、相澤先生はドSだと思う。

 

 

 

 

そして眼前に広がったのは、見るに堪えない死屍累々の地獄絵図だった。

いたるところで叫び声が聞こえ、聞こえてくる心音や呼吸音の上昇、オマケに爆豪の悪口レベルが低下していくのが分かる。もうほぼ唸り声と「クソが!」しか言ってない。語彙力が無い。

 

 

市の個性の弱点は、一度出した魔手を永遠に出し続けられない事。

よって市に出された個性伸ばし訓練は、ひたすら魔手を出すこと。地面、空中、ありとあらゆる所に魔手を出現させて発現時間を伸ばす試みだ。

飯田の走るすぐ後ろに生やすことで、発現までのタイムロス減少、発現場所の把握など一石五鳥くらいの訓練だ。嘘、盛った。一石三鳥くらいの訓練だ。

出してもすぐに消えないので、訓練所に魔手が延々と不気味に立ち並ぶ異様な光景となっている。あと飯田の走ったコースが丸わかりだ。

 

市の個性を「サーチ」した黄色さんは、少し驚いていた。「……繰り返してる?」と意味深に呟いたきり、避けられているようで詳しい話は聞けていない。

 

 

あ、B組だ。おそよう、数分とはいえ長く寝られているのが羨ましいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっ通しで個性を使い続けて11時間。雄英でなかったらパワハラに匹敵する訓練量だ。

 

 

「さァ昨日言ったね!「世話焼くのは今日だけ」って!!」

「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」

 

A,B組の返事する声は覇気がなく、みんなこってり絞られたようだ。市は精神的疲労があるものの、体力は減っていない。強いて言うならば太陽の下にずっといたせいで眠いくらいか。

ポジティブ解釈で飯田が発破をかける。2組合わせれば人手が足りないなんてことはないだろう。そこそこ手伝いつつ、カレーを完成させた。

 

 

皆がガッツいている中で、赤色さんが少年を探している。どこかに行ってしまったのか。緑谷もカレーを持ったままどこかへ行ってしまったし、迷子なんてことは無いだろう。

皿に控えめに盛り付けられたカレーをゆっくり完食して、今日の訓練で鍛えた魔手を遠隔に発現して少年がいるらしき場所に出した。

緑谷も暗い顔して帰ってきた。一体何しに行ってたのか…カレーも持ってないし。

 

 

「……んだよ、またこの黒い手か。うぜえよ…触んな!…重いもの持ってねえし寄るな!…カレー持ってくんなよ…いらねえって…!しつけーな!食えばいいんだろ食えば!!!……本当、個性なんて嫌いだ」

 

 

 

魔手は無事に少年と接触したようだ。何してるかは分からないが、迷子にはなってないようで何より。

 

 

 

こうして、林間合宿二日目は終わった。

夜、女子部屋ではトランプやウノに誘われたが眠気が強いので断ってから寝た。熟睡だ。

 

 

 

 

**************

 

 

「んん〜、ていうかこれ嫌。可愛くないです」

「裏のデザイナー・開発者が設計したんでしょ。見た目はともかく理には適ってるハズだよ」

「そんなこと聞いてないです。可愛くないって話です」

「俺このマスクお気に入り決定だわ。良いセンスしてる」

「気色悪い歯茎(はぐき)のマスクだろ。しかもレプリカの真似」

「レプリカ()だろォが!様を付けろ様を」

「はぁ〜い、おまたーー」

「仕事…仕事……」

「これで8人」

「どうでもいいから早くやらせろ。ワクワクが止まんねえよ」

「黙ってろイカレ野郎共。まだだ…決行は…11人全員揃ってからだ。

威勢だけのチンピラをいくら集めたところでリスクが増えるだけだ。やるなら()()豊富な少数精鋭。まずは思い知らせろ…てめェらの平穏は、俺たちの掌の上だっていうことを」

 

 

レプリカを「様」と呼ぶ()()の青年は、歯茎が露出する口元を(かたど)ったマスクを上機嫌に撫でて雄英の林間合宿施設を見下ろした。

 




白髪青年イメージ。喰種マスクが思ったより大変なのでもう描きません。描くならマスク外したのがいいです。

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42話:ダウナー系と肝試し※

イラストにてお目汚し失礼します。


林間合宿三日目、昼

続・“個性”を伸ばす訓練

 

 

「皆もダラダラやるな。何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか常に頭に置いておけ」

 

 

原点。何の為にこうして汗をかいているのか。

市は……市の原点はいつだったか。

 

「ねこねこねこ…それより皆!今日の晩はねぇ…クラス対抗肝試しを決行するよ!しっかり訓練した後はしっかり楽しいことがある!ザ!アメとムチ!」

 

ああ…そういえば、しおりにそんなこと書いてあった気がする。「肝試し」はそんなに心踊るものなのだろうか。

個性伸ばし訓練では、昨日の事を省みて魔手で作った日陰に入って訓練をする。どうせ名目は「魔手の永久発現」なのだ。日陰にする為に使っても、ずっと発現させるためだと思えば何も言われまい。

 

今日の夕飯メニューは肉じゃがだ。相変わらず飯田はフルスロットル。B組が担当してるジャガイモの皮むきに参戦している。

すこし煮崩れしたり、人参が固かったりしたけれど初日のカレーと同じように男子組はハイテンションで食べていた。

……そんな、泣くほどのことか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて!腹もふくれた皿も洗った!お次は…」

「肝を試す時間だー!!」

 

夜遅くまで勉強していた補習組はつかの間の安らぎに心が踊っているが、ドS相澤先生によって補習授業に引きずられていった。「大変心苦しい」とは言ってるけど絶対嘘。

……むごいな。あれはもはや断末魔だ。

 

 

クラス対抗肝試しの脅かす側先攻はB組で、もうスタンバイしているらしい。二人一組で3分おきに出発し、森の道を一周してくるようだ。

一周にかかる時間は約15分。

折り返し地点で名前を書いた札を持って帰ればクリア。

脅かす側は直接接触禁止で、脅かしは“個性”アリ。

勝敗はより多くの人数を失禁させたクラスの勝ち。

 

1組目:常闇、障子

2組目:爆豪、轟

3組目:耳郎、葉隠

4組目:八百万、青山

5組目:麗日、蛙吹

6組目:尾白、峰田

7組目:飯田、口田

厳正なくじ引きの結果、8組目にて市とパートナーになったのは緑谷だった。組み合わせが不満なのか爆豪は尾白に、峰田は青山に迫っている。

断った方が身のためだ尾白。青山は分かっているから全力で首を振っている。

 

落ち着いたのか、1組目がスタートして森の中に消えていった。最初の2組は静かに驚く人が集まっているので、森の静謐(せいひつ)さは失われていない。しかし怖いのが苦手な3組目が森に入ると、脅かしポイント毎に悲鳴をあげているのが聞こえる。

5組目の麗日と蛙吹ペアが森へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして数分後、恐怖が顔を覗かせる。

 

 

 

「…何この焦げ臭いの_____……」

「あれは…?」

「黒煙…」

「何か燃えているのか!」

「まさか山火事!?」

 

森から出る煙を確認してすぐ、青色さんが宙に浮いて森へ引き寄せられた。周りの反応から、誰も個性は使っていない。

引き寄せられた勢いのまま、大きな棒で頭を殴られた青色さんは血を流して気絶した。

 

「飼い猫ちゃんはジャマね」

「な…何で…!万全を期したハズじゃあ……!!何で敵がいるんだよォ!!!」

 

倒れた青色さんを踏みつけるのは、サングラスをかけた大柄の男にトカゲ男、一歩下がった所にズボンのポケットに手を入れるマスクをした白髪の青年

 

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!我ら敵連合開闢(かいびゃく)行動隊!!」

 

開闢…天と地がはじめて出来た時、または世界の始まりの時。

仰々しく名乗る割にはダサい名前だ。国語辞典でカッコいい言葉を見つけた子供が付けたようなネーミングセンス。

 

「敵連合…!?何でここに…!!」

「この子の頭潰しちゃおうかしら、どうかしら?ねえどう思う?」

「させぬわ このっ…」

「待て待て早まるなマグ姉!虎もだ落ち着け。生殺与奪(せいさつよだつ)は全て、ステインの(おっしゃ)る主張に沿うか否か!!」

「どうでもいいけど、ステインはオールマイトだけじゃなくレプリカ様も認めてたの忘れんなよスピナー」

 

 

ヒーロー殺しステイン…彼の思想に感銘を受けたものか。

確かに、あの時会った彼の信念は人を惹きつけるに相応しいものだった。もしも会うタイミングが違えば、市はスピナーと呼ばれた男のようになっていたかもしれない。神や尊い者を信仰するのは自由意思だ。だか、それも度が過ぎると自我が確立せず、確固とした自分を持っていない事になる。

市が言えたことではないが。

 

 

スピナーが取り出したのは、あらゆる刃物をベルトで纏めた大剣。虚仮威(こけおど)しにしか見えないが言わないでおこう。

 

 

「何でもいいがなあ貴様ら…!その倒れてる女…ピクシーボブは最近 婚期を気にし始めててなぁ。女の幸せ掴もうって…いい歳して頑張ってたんだよ。そんな女の顔キズモノにして男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ」

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

「虎!!「指示」は出した!他の生徒の安否はラグドールに任せよう!私らは二人でここを押さえる!!皆行って!!良い!、決して戦闘はしない事!委員長引率!」

「承知致しました!行こう!!」

 

 

クラスメイトを連れて逃げようとする飯田を止めたのは緑谷だ。赤色さんに「知っている」と言った彼は、一人でどこかに行こうとしている。

 

 

「…緑谷」

「っなに天魔さん」

「困ったら叫んで………()()()()()()()…」

「?わ、分かった!」

 

 

一刻でも早く行きたいのか、そう返事をして跳躍していった。

いや、絶対分かってないアレ。

 

 

「なに?俺にも教えてよ」

「…嫌な人」

「マズい!委員長早く!!」

 

 

 

市に向かって繰り出される貫手(ぬきて)を、魔手で防ぎつつ飯田が邪魔なので尾白と口田の方へ押す。

 

 

「天魔くん!!」

「はい、1人死んだ」

 

防いだハズの手は魔手をすり抜けて、市の胸を貫いていた。

 



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43話:僕のヒーロー

洸汰くんを庇って背中に一撃を食らい、ポケットに入れていたケータイが壊された。ヒーロー殺しの時みたいに増援は望めない。

 

僕一人の力で、この(ヴィラン)をなんとかしないといけないんだ。

 

 

 

 

 

ガードしたにも関わらず、左腕の骨がボロボロになった。圧倒的な力だ。

 

 

「あ、いけね。そうそう知ってたら教えてくれよ。爆豪と天魔ってガキはどこにいる?」

「!?」

 

天魔さん、かっちゃん_________!?

 

「一応仕事はしなくちゃあ…よ!」

 

 

折れた左腕を庇いながら攻撃をいなすけれど、(ヴィラン)の方が経験値と場数のせいか強い。ワン・フォー・オールフルカウルで攻撃してもビクともしない。

 

 

「必ず救ける!?どうやって?実現不可のキレイ事のたまってんじゃねぇよ!自分に正直に生きようぜ!!」

 

地面に蹲る僕に振り下ろされようとしていた左腕は、洸汰くんが投げた石によって止められた。

 

 

「ウォーターホース……パパ…ママ…も、そんな風にいたぶったのか…!」

「_________!!」

「ああ?マジかよヒーローの子供かよ?運命的じゃねぇの、ウォーターホース。この俺の左眼()を義眼にしたあの二人だ。殺したかったのによぉ…レプリカだか訳の分からん奴に止められて消化不良だったんだよ。しかもその時いたガキが一緒に行動してるなんてよ…殺したくて仕方ねえ!」

「おまえのせいで…おまえみたいな奴のせいで、いつもいつもこうなるんだ!!」

「………ガキはそうやってすぐ責任転嫁する、よくないぜ。俺だって別にこの眼のこと恨んでねえぞ?俺は人を殺したかっただけで、あの二人はそれを止めたがった。悪いのは出来もしねえことをやりたがってた…てめェのパパとママさ!!!っとなったらそうくるよな!?ボロ雑巾!」

「悪いの、おまえだろ!!」

 

 

何も考えるな。

たとえ目的が友達でも、(ヴィラン)がレプリカの連れを仲間にしていても、一瞬でも揺らげばやられる。そうしたら、洸汰くんを救けられないじゃないか!!

 

 

スピードも劣る!

ダメージも与えられない!

こいつは強い!!

なら_______

 

 

「捕まえた!これで速さは関係ない!」

「(折れて使えねえ腕を筋繊維に絡めて……!!)で何だ!?力不足のその腕で殴るのか!?」

「できるできないじゃないんだっ…ヒーローは!!命を賭してキレイ事 実践するお仕事だ!」

「(何だ!?さっきまでと様子が…)」

「あああ!!」

 

 

轟音と共に土煙が上がり、久しぶりに使った100%の力で足場が崩壊する。勢いに負けて軽い身体が吹き飛ばされて崖下に落ちていく洸汰くんの悲鳴を聞いて、両腕が動かないながらも声の場所に向かった。

 

「(駄目だ、間に合わな……!!)」

 

口で服の襟を噛もうと土煙から顔を出して崖下を見る。

 

「ぁ……また、なんで…!」

「……天魔さんの、個性…」

 

落ちそうになった洸汰くんを崖から生えた黒い手が掴んでいた。

どうして天魔さんの個性がこの場所に…?

掴んでいた手は、洸汰くんを引き上げてから消えていく。

 

 

「ハァ…ハァ…施設に行こう…こっからは近………」

 

 

背後で石が崩れる音がした。

嫌な予感がする。振り返ると、先ほどの(ヴィラン)が大量の筋繊維に包まれて起き上がっている所だ。

 

「ウソだ…ウソだろ……100%だぞ…!?」

 

 

オールマイトの力だぞ!!?

 

 

「テレフォンパンチだ。しかしやるなあ!緑谷…!!」

 

 

気合いと勢いをつける為に拳を耳まで引いたから、その威力に気付いた(ヴィラン)が軌道を読んでガードしたっていうのか!?

「テレフォンパンチ」なんてボクシングでもやってないと分からない言葉だ。ただがむしゃらに殴るのではなく、総合格闘技等で計算された動きの経験値があることも察してしまった。

洸汰くんを背中におぶらせて攻撃を避ける。さっきまでとは比べものにならない速さと力だ。背中を庇いながら地面に擦られ、色んな考えが脳内を巡る。やめろ考えるな、深みにハマる。

 

今!ここで!戦って!!勝つしか!!!!

おまえに道はないんだ緑谷出久!

救けるんだろ!!おまえの原点を思い出せ!!

 

 

「下がってて洸汰くん…で、ぶつかったら全力で施設へ走るんだ」

「ぶつかったらって…おまえまさか!ムリだ逃げよう!おまえの攻撃効かなかったじゃん!!黒い手じゃ駄目なのか!?両腕折れて…」

「大丈夫!」

 

天魔さんの個性じゃ時間稼ぎにしかならない。USJで見た大きい手ならまだしも、さっきの手だけなら数も足りないし耐久力も分からない。それにまた出てきてくれるかすらも賭けだ。

 

反動で骨が粉々になった右腕を(ヴィラン)にぶつける。握った拳は振り抜けずに均衡する。

痛い。

痛い。

痛くて痛くて涙が出るけど、そんなこと言っていられる場合じゃないんだ。

 

 

「____…じょうぶ…大丈ぶ!!()()()()後ろには絶対行かせない!!からっ…走れ!!走れ!!

「んのガキが!てめェエ最っ高じゃねえか!!!」

「ゔゔ…っるせぇええええええ」

 

 

相手の方が強い。どんどん仰け反って、地面に押し付けられても絶対に諦めない。

ごめんお母さん。お母さん、ごめん。

オールマイト!!

オールマイト!!!

オール、マイ…

 

「潰れちまえぇ!!!」

 

地面と(ヴィラン)の筋繊維が近付き、意識を失いかける。目の前が暗くて、とても眠い。

 

「!?なんだ、水!?」

「やっやめろオオオ!!」

「後でな!な!?後で殺してやっから待っ____」

 

 

________洸汰くん

…そうだ、僕は。

あの子を救ける為にここに来たんだ。

 

 

洸汰くんの個性の水をかけられて一瞬だけ力が抜けた。視界が元に戻り、眠気が消えていく。冷静になった頭で見ると、暗かっただけで僕の周りには沢山の黒い手が僕を守るように地面から筋繊維を押し返していた。

その僅かな隙間と時間に、勝機を見出す。

 

 

「ころっさせてえええ」

「待て!パワー上がってねえか…っ」

「たまるかあああああ!!!!!」

 

 

ワン・フォー・オール1000000(百万)%

デラウエア・デトロイトスマッシュ!!!

 

 

 

_________捉えた!

防御に回そうとした(ヴィラン)の筋繊維が、黒い手によって阻まれる。その力強さに数秒で掻き消えてしまったけれど、その数秒で充分。

最高の一撃を顔に思いっきり叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腕はもうボロボロで、全身が痛い。息が苦しい。

…けど、(ヴィラン)は起き上がってこない。

フラついた身体を無事な足で支えて、皆の所へ行こう。洸汰くんを、守らなければ。

洸汰くんが飛ばされた時や最後の一撃は、天魔さんのおかげだった。だからこそ、狙われている彼女とかっちゃんを守ってお礼を言わなければ。

 

「ひとまずこの(ヴィラン)は放置しとく。ボロボロの腕で威力は落ちてたろうけど、それでも相当なダメージのハズ…すぐには起きないと思うし、起きてもまともに動けないと思う」

「……けど、……あ」

 

 

(ヴィラン)の方を向いて声をあげた洸汰くんを見て、まさかまた起き上がったのかと全身に鳥肌が立つ。振り返ると、天魔さんの個性である黒い手が(ヴィラン)を拘束していた。倒れている地面が黒く変色し、手が出てくる空間へ(ヴィラン)が沈んでいく。

 

 

「な、なんだあれ…どうなってんだ!?」

「…分からない。けど、天魔さんだからきっと大丈夫だよ」

 

黒い地面に完全に沈んで、(ヴィラン)がいた所はなにも無くなった。彼がどうなるか不安だけど、これでもう対峙しない事に確信が持てた。天魔さんは「任せろ」と言ってくれたのだろうか。

……そういえば、この場所に来る時、天魔さんが言っていたような気がする。

『困ったら叫んで……付けておくから…』

きっと、黒い手のことを言っていたんだ。今更だけど、思い返せば僕が叫んだ時にあの手が救けてくれていた。

 

 

「…あいつ、天魔って名前だったのか」

「うん。正確にはあの手じゃなくて本体の人の名前だけど…」

「知ってる」

「そっか…。これから、僕は君を守って施設に向かうよ」

「え?」

「君にしか出来ないことがある。森に火をつけられて、あれじゃどの道閉じ込められちゃう。わかるかい?君のその“個性”が必要だ。僕らを救けて。…さっきみたいに」

 

 

洸汰くんを背中につかまらせて、残した足で跳躍する。脳裏をよぎるのはさっきの言葉だ。

 

 

『爆豪と天魔ってガキはどこにいる?』

 

 

天魔さんは、さっき肝試しをする森の入り口にいた。マンダレイに引率を頼まれた飯田くんなら、彼女を施設に送り届けているだろう。

だけどなんでだろう。嫌な予感がする……!

 



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44話:ダウナー系と風雲急※

イラストにてお目汚し失礼します。


「…なーんてね。大丈夫、痛みはないよ。俺が「触れたい」と思うもの以外、俺は全てを拒絶する」

 

 

市の胸に刺さった手を動かして青年は笑う。本当に痛みはなく、胸を手が貫いている光景を見て不思議な気持ちにすらなってしまう。

 

 

「俺の名前はフェイク(模造品)レプリカ(複製品)様リスペクトの名前だから、覚えてくれよ」

「……神さまの」

「神?」

「早く行って!」

 

赤色さんが市と青年との会話に乱入し、その爪を振り下ろす。フェイクは特に避ける素振りなく攻撃を身体に通過させた。距離を取ろうにも背中が押されているように動かない。どうやら市の背中に「触りたい」と思っているらしく、胸に刺さる腕の貫通した掌を実体化しているらしい。

市からフェイクを引き離そうと赤色さんが奮闘するも、トカゲによって離されてしまった。

 

 

「……私が、相手します」

「駄目、戦闘は許してないわ!今救けるから!」

「無理だってマンダレイ。俺はこの子と遊びたいし、スピナーと遊んでてよ。ってことでよろしくスピナー!」

「言われなくとも。お前と俺は似てるからな!」

「それはお前が勝手に思ってるだけだっての」

 

 

後ろに下がれないので、ならばと一歩近付いて振りかぶった拳も受け止められてしまう。魔手で追随した攻撃は通過した。

市の手を離そうとしないので、フェイクは「市」以外の全てを個性で通過させていると結論付けた。これでは魔手は目眩しにしか使えない。

消去法で考えて、市が相手した方が効率がいい。相澤先生風に言えば合理的だ。

 

 

「飯田、行って」

「っしかし天魔くん!!君一人では」

「行って」

「なら俺も残るよ!」

「やめたまえ尾白くん!!皆で一緒に…!」

「……邪魔なの」

 

 

貫通した腕から離れられたので、いち早くフェイクを沈めるべく形だけの戦闘態勢に入った。

カチリ。

引き伸ばされた世界でフェイクの背後をとって首を狙った手刀は、本来は反応出来ない筈の彼に受け止められた。

 

 

「……!?」

 

 

そんな馬鹿な。常人の100倍のスピードについてくるなんて、どんな反射神経してるんだ。

 

________いや、そうじゃない。

 

 

「悪いな、俺も使えるんだ。【思考加速】」

「……私以外にも、生きていたのね」

「もちろん。死にたくは無かったからな」

 

 

今の攻防で、市の優位性は無くなったと見ていい。【思考加速】の世界に付いて来れなかった飯田と尾白は呆然としている。

 

 

「行って。巻き込んでも、知らない」

「だって。素直に逃げたら?」

「…………っ、天魔くん!相澤先生を呼んでくるから、それまで頼む!!」

 

 

飯田が尾白と口田、峰田を連れて施設に行ったのを見送ってフェイクに向き合う。戦闘許可は降りていない。だから、交戦と言うよりは攻撃を避け続ける事に徹しようと思う。

 

そして、どちらも【思考加速】を用いた超速戦闘が始まった。

 

突進してきたフェイクの攻撃を避けて、空に逃げる。そう簡単にはいかないと思うが、「掴め()の月」で空中に留まって様子を見た。あの個性では対空手段を持っていないように思うが……と考えた所で、市を追って高く跳躍したフェイクは同じ目線に着地した。

 

 

「………そう、賢いのね」

「まあね。触れたいものを自由に選ぶ。言い換えれば空気だって踏みつけられる。この世の万物すべてに対して「選べる」権利を持ってるからな。もちろん()()()()()

「個性は……拒絶ね」

「…へえ。「透過」や「通過」じゃなくて「拒絶」ね。その根拠は?」

「貴方が言ったわ。「全てを拒絶する」って」

「なるほど、大正解。賢いのはお互い様だ。ったく、ついクセで言っちまった」

 

森の中ならばともかく空中ならば死角のせいで不意を突かれる事もない、正面からの真っ向勝負。互いの演算能力がモノを言う戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『A組B組総員____プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に()いて戦闘を許可する!!繰り返す!A組B組総員、戦闘を許可する!!』

 

 

 

戦い始めて数分、頭の中で赤色さんの声が響いた。

ならば、攻勢に出よう。避けるだけだった今までとは一変、魔手を使った撹乱と死角を用いて変則的な動きにチェンジする。

 

 

「お、本腰入れてきたね。なら俺も頑張っちゃおうかな!レプリカ様に命じられた以上、無様なとこ晒せないし!」

「…神さまの命令で、ここに?」

「おっとそれは秘密だ。俺ら(敵連合)の目的はアンタと爆豪ってガキだからな」

 

 

 

**************

 

「君、すぐ戻りな!その怪我、尋常じゃない!」

「いやっ…すいません!もう一つ伝えて下さい!(ヴィラン)の狙い、少なくともその一つ…かっちゃんと天魔さんが狙われてる!テレパスお願いします!」

「かっちゃ…誰!?待ちなさいちょっと!天魔って子、さっきここにいたのに!」

「やだ…この子、本ト殺しといた方がイイ!」

「ぬっ!?」

「手を出すなマグ姉!!」

「ぁ!?ちょっと何やってんの!?優先殺害リストにあった子よ!?」

「そりゃ死柄木本人の意思」

「スピナー!何しに来たのよあんた!」

「あのガキはステインがお救いした人間!つまり英雄を背負うに足る人物なのだ!!俺はその意思にシタガ!!」

「やっっとイイの入った!(…仕方ない…とりあえず伝えなくちゃ)」

 

 

(ヴィラン)の狙いの一つ判明____!狙いは生徒の「かっちゃん」、「天魔」!!』

 

「爆豪……!?」

「爆豪くんだと……それに天魔くんも!?」

「っくそ!なんでさっき俺達は…!!」

 

『「かっちゃん」と「天魔」はなるべく戦闘を避けて!!単独では動かないこと!!わかった!?「かっちゃん」!!「天魔」はさっきの場所か施設に戻りなさい!交戦中でもなるべく施設の方向へ!!』

 

 

**************

 

 

 

…施設に戻れと言われても、ねえ。

いまそれどころじゃない。善処はするけど、希望は持たないでほしい。

 

「ああ、強いな。それに同じ土俵だ!」

「……」

 

【思考加速】保持者同士で戦ったことがないから新鮮な気持ちだ。腹を殴られて吹き飛ぶも空中に出した魔手で減速し、その反動でフェイクに向かって投げる。右ストレートは受け止められたが、予想していたので頭を下げ遠心力で上がった左足の踵が顔面に綺麗に入った。

 

ちょっとスッキリ。

 

 

 

何処かで銃声が鳴った。具体的な場所までは分からないけど、誰かが撃ったか撃たれたか。B組全員分の個性まで把握していないのでなんとも言えないが、もしかしたら八百万の創造で作った銃かもしれない。

 

 

仕方ない、この空中戦を凌ぎながら施設の方角へ近づくか。




フェイクの個性はとあるキャラのオマージュです。

【挿絵表示】


レプリカ=市だと思っていた人が多数いて驚いています。人物の書き分け描写の拙さが露見してしまった…もっと経験値積みますね


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45話:ダウナー系と転転転※

イラストにてお目汚し失礼します。


「ハイそこ!」

「___っ!?」

 

 

魔手の支える力も加えて防御(ガード)したのにとんでもない膂力(りょりょく)だ。猛スピードで建物に突っ込み、壁を破壊して机にもたれかかる。

 

「天魔ちゃん!」

「っ天魔…狙われてる生徒か!」

 

偶然にも施設の一部屋、皆が集合してる所へ突っ込んだらしく赤色さんから言われた目的は達成した。けど、相澤先生がいない。緑谷が救けにいったコウタがいるので、無事に保護されたみたいで安心だ。

 

「おまえまで…ボロボロじゃんかよ…」

「洸汰くんは生徒の所に!」

 

何か言っているが、加速された世界ではゆっくり過ぎて何言ってるか分からない。すぐに起き上がって、外で眺めているフェイクの元へ跳ぶ。超速戦闘の再開だ。

 

「は、速え…」

「くっ、イレイザーめ、あと数十秒だったのに!」

「どういうことですかブラド先生!」

「さっき相澤先生が戦線に出てしまったからここを離れられないんだ!天魔くんと戦ってるあの(ヴィラン)の相手をすれば、僕たちが無防備になるから!」

「天魔ちゃん待って!天魔ちゃん!!」

「…体育祭の、化け物個性なのに、……なんであいつが押されてるわけ…?」

 

 

穴が空いてると大変だろうから、市が突っ込んで破壊された建物の穴は魔手で埋めておいた。やはり誰も巻き込まないという点においても、フェイクとは空中戦を繰り広げた方が合理的。

さっきは気付かなかったが、よく見れば森に蒼い炎が広がって黒煙が空に昇っている。相当温度が高い炎か、炎色反応でバリウムが燃えているか。

エンデヴァーならともかく、轟はまだ青い炎を出せるレベルになっていただろうか。違うならば炎の個性か、芦戸の強酸のようにバリウム()を噴出する個性を持つ敵がいるということだ。

 

 

「お、爆豪くん回収完了だってさ。なら俺もそろそろ連れてかないとな」

「……抵抗は?」

「もちろんアリだ」

 

 

【思考加速】同士で戦うことは、スピードでとれるアドバンテージがなくなった状態を示す。自分の素の身体能力の高さが求められ、対フェイクに関しては個性が使えないと考えていい。

均衡していた筈の戦いが崩れた。先程よりも速くなったフェイクのパンチが迫る。しかしこちらもタダで殴られるわけにはいかない。

地面と垂直に直立して空気抵抗を減らす事で急降下しそれを避ける。

それを確認し仰向けになり上昇気流に背中を押され近付き、右ストレートを打って伸びた腕に足を絡ませて上体を起こす事で地面に勢いよく放る。仰け反った身体を起こすと同時に相手を叩きつける技だ。

今までそんな事されなかったのか、投げる瞬間に「嘘だろぉ!?」とフェイクは驚いていた。

 

フェイクが森に消えて数秒後、煙が上がった所に着地する。

 

「つぅ……マジかよ」

 

運良く下敷きになった脳無のおかげでフェイクは無傷だったのが納得出来ない。運のいい奴。

脳無は背中から何本も生えた腕にチェーンソーやドリル、トンカチなどの凶器が、本来の腕には黄色い何かを持っている。本人はいないが、アレは黄色さんの頭につけているものだ。半分に割れて血に染まっている。この脳無が黄色さんを襲ったのか。

 

「な、…なんだ?」

「……っ、天魔、さん…?なぜ……」

「八百万?大丈夫か!?」

「すみません…泡瀬さん…!!大…丈夫です」

 

八百万とB組男子を視界に捉える。けどそれだけだ。すぐに態勢を立て直したフェイクのせいで巻き込んではならないとまた空中に跳んだ。二人には目もくれずに市へ向かってくるのが救いだ。脳無はそちらでどうにかしてほしい。あの凶器を防ぐくらいの魔手は出しておくから。

 

「そろそろ限界だろ。ただでさえ【思考加速】は精神摩耗が激しい上、体力も消費する。こんなに長時間使った事ないんじゃないか?」

「……っ」

 

図星。

けれどまだフラついているだけで、戦闘に支障はない。

そして、近くで大きな音がした。フラついた頭はその音に意識を持っていってしまう。その隙をついて顔を鷲掴みにされてしまった。

 

 

「…ほらな」

 

 

凄い力だ。頭蓋骨を握りつぶされてしまいそうな握力。さっきのお返しと言うように高所から勢いのまま後頭部を地面に押し付けられた。

 

「ぁ…がっ」

「悪ぃ遅れた、けど…取り込み中?」

「見りゃ分かんだろ」

 

フェイクの掌の隙間から、緑谷と轟、障子が見えた。ツギハギの男に同年代らしき女子、ラバースーツを着たマスクマン。彼らが今回の襲撃犯か。

 

 

「っ天魔さん危ない!!!!」

 

「________、」

 

 

 

緑谷の呼びかけに反応してフェイクの手を退かそうとした途端、目の前が真っ暗になる。

 

気付いた時には、障子が複製腕で作った長い手を市に向かって伸ばしていた。後ろから首を誰かに掴まれ、隣には爆豪がいる。少しでも動けば折るとでも言うように力が込められた。

 

 

「かっちゃん!!」

「天魔ぁ!!」

「来んな…デク」

「…いってきます」

 

 

市の声は聞こえていただろうか。

一度潜った事のある霧に呑まれ、なぜか急に眠気が襲ってきた。

逆らうのも面倒くさくて身を任せる。それに、きっと大丈夫だ。

 

 

やっと「あの人」に会える。

そんな予感がした。

 





【挿絵表示】

フェイクの着地地点は、八百万を殺そうと武器を振り上げた脳無です。
アニメだとヤオモモの頭抱いて庇ってる泡瀬くんカッコ良かったです。

ちなみにとても今更ですが
赤色さん→マンダレイ
青色さん→ピクシーボブ
黄色さん→ラグドール
橙さん(言ってないけど)→虎


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データ:神野区の悪夢をロードしますか?→はい
46話:ダウナー系と敗北から


僕たちはあの日、ヒーローを目指す者として(ヴィラン)達に完全敗北した。

 

 

ブラドキング先生が通報したみたいで…(ヴィラン)が去った15分後、救急や消防が到着した。生徒41名の内、(ヴィラン)のガスによって意識不明の重体15名。重・軽傷者11名、無傷で済んだのは13名だった。

そして…行方不明2名。

プロヒーローは6名のうち1名(ピクシーボブ)が頭を強く打たれ重体。1名(ラグドール)が大量の血痕を残し行方不明となっていた。

 

一方(ヴィラン)側は2名の現行犯逮捕、天魔さんが消した敵1名(マスキュラー)は不明。彼らを残し…他の(ヴィラン)達は姿を消した。

 

 

 

僕らの楽しみにしていた林間合宿は、最悪の結果で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林間合宿から二日後。

僕はというとあの後すぐ合宿所近くの病院に運ばれた。二日間気絶と悶絶を繰り返し高熱にうなされた。

その間リカバリーガールが来て治癒を施してくれたり警察が訪ねてきたみたいだけど、何一つ覚えてなかった。

 

 

今も目が覚めて横を見ると、お母さんの字と共に剥かれた林檎が皿に盛ってある。いつも心配かけて、本当に悪い事をしたと思う。実際、林間合宿で一度諦めかけたんだ。洸汰くんと天魔さんの個性がなければ、今頃ここにいなかったかもしれない。

 

「洸汰くん…無事かな…」

 

相澤先生に預けてから彼には会ってない。

ノックと共に病室の扉が開かれて上鳴くんが顔を覗かせた。ゾロゾロとクラスの皆が入ってきて、途端に病室は大所帯だ。

最後の記憶を思い出す。あと少しで手が届いた。腕さえ伸ばせれば手を掴んでいた。

両腕を怪我していなければ、届いていたかもしれないのに。

 

本当は出来るはずなのに、それが出来なかったことがこんなにも悔しい。

 

 

 

「僕は…手の届く場所にいた。必ず救けなきゃいけなかった…!僕の“個性”は…その為の“個性”なんだ。相澤先生に言われた通りになった…体……動かなかった…!洸汰くんを救けるのに精一杯…目の前にいる人を、僕は…」

「じゃあ今度は救けよう」

『へ!?』

 

そこで切島くんに提案されたのは、脳無に取り付けた発信機の位置を八百万さんに創ってもらう受信デバイスで辿る方法だった。

 

 

「プロに任せるべき案件だ!生徒(おれたち)の出ていい舞台ではないんだ馬鹿者!!」

「んなもんわかってるよ!!でもさァ!何っも出来なかったんだ!!ダチが狙われてるって聞いてさァ!!天魔なんか施設にボロボロで突っ込んできてすぐ戦いに行っちまった!!しかも守られた!!なんっっも出来なかった!!しなかった!!

ここで動かなきゃ俺ァ!ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」

 

 

それは慟哭(どうこく)だった。

施設でずっと守られていた切島くんの後悔、懺悔が痛いほど伝わってくる。

 

「切島ここ病院だぞ落ち着けよ。こだわりは良いけど今回は…」

「飯田ちゃんが正しいわ」

「飯田が、皆が正しいよ。そんなことは分かってんだよ。でも!!なァ緑谷!!まだ手は届くんだよ!救けに行けるんだよ!」

 

 

あまりの衝撃と事実に、僕は切島くんから差し出された手を見る事しか出来なかった。

 

 

 

引き留める人に肯定する人。重くなった空気は病室へのノックで霧散した。僕の診察時間らしく、担当医の人が来たのだ。耳郎さんや葉隠さんのお見舞いに行こうと提案した瀬呂くんによって、皆が退室していく。

 

 

「八百万には昨日話をした。行くなら即行…今晩だ。重傷のおめーが動けるかは知らねえ。それでも誘ってんのは、おめーが一番悔しいと思うからだ。今晩…病院前で待つ」

 

すぐに返事はしなかった。

まだ…僕の手は届くんだ。

 

 

 

夜、腕の包帯が取れた僕は病院前に行く。

院内で八百万さんと合流して玄関を出れば、既に切島くんと轟くんが待っていた。そして…飯田くんも。

 

殴られて気持ちをぶつけられて、それでも僕は救けに行きたかった。その想いが伝わったのかは分からない。けれど飯田くんも一緒に、二人の救出についてきてくれる。

 

後戻りなんて出来ない。

僕は、あの時出来なかったことをするんだ。

 

 

 

 

 

**************

 

 

「生徒の安全…と仰りましたがイレイザーヘッドさん。事件の最中、生徒に戦うよう促したそうですね。意図をお聞かせください」

「私共が状況を把握出来なかった為、最悪の事態を避けるべくそう判断しました」

「最悪の事態とは?26名もの被害者と2名の拉致は最悪と言えませんか?」

「私があの場で想定した“最悪”とは、生徒が為す術なく殺害されることでした」

「被害の大半を占めたガス攻撃、敵の“個性”から催眠ガスの(たぐい)だと判明しております。拳藤さん、鉄哲くんの迅速な対応のおかげで全員命に別状はなく、また生徒らのメンタルケアも行っておりますが深刻な心的外傷などは今のところ見受けられません」

「不幸中の幸いだとでも?」

「未来を侵されることが“最悪”だと考えております」

「攫われた爆豪くん、天魔さんについても同じ事が言えますか?」

 

 

謝罪会見は、雄英の粗を出そうと嫌味な質問をする記者で満員だ。いつもと違い髪と髭を整えた相澤や校長が受け答えをするも、記者が満足することは無い。

 

「どちらも雄英高に優秀な成績で入学、体育祭で上位3位にランクイン。

また爆豪くんは中学時代、ヘドロ事件で強力な(ヴィラン)に単身抵抗を続け、経歴こそタフなヒーロー性を感じさせますが、反面決勝で見せた粗暴さや表彰式に至るまでの態度。

天魔さんは両親がおらず、個性の把握もしていない。トーナメントの戦いで使用された個性の凶悪性、残虐性。それに見合わない言動や思考。

共に精神面の不安定さも散見されます。

もしそこに目をつけた上での拉致だとしたら?言葉巧みに2人を匂引(かどわ)かし、悪の道に染まってしまったら?未来があると言い切れる根拠をお聞かせ下さい」

 

 

わかってはいたが攻撃的。言葉の戦争だ。

ストレスを掛けて粗野な発言を引き出そうとしている。

謝罪会見に出てきたメディア嫌いのイレイザーヘッドを見て、カモだとでも思ったのだろう。質問をした記者は暴言はまだかと目が物語っている。

立ち上がったイレイザーヘッドを見て暴走すると思ったのか、ブラドキングが止めろとアイコンタクトをする。

それは杞憂に終わり、イレイザーヘッドヘッドは頭を下げた。

 

 

「爆豪勝己の粗暴な行動、天魔市の雄英生らしからぬ態度。それらについては教育者である私の不徳の致すところです。ただ…体育祭での一連の行動は、2人の“理想の高さ”に起因しています。1人は誰よりも“トップヒーロー”を追い求め…もがいている。1人は誰よりも人を救うことに向き合い、足掻いている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、(ヴィラン)は浅はかであると私は考えております」

「根拠になっておりませんが?感情の問題ではなく、具体策があるのかと伺っております」

「________我々も手を(こまね)いてるワケではありません。現在、警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します」

 

 

 

そこには、何年にも亘ってプロヒーローを輩出する誇りがあった。

 

 



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47話:ダウナー系とゲキトツ※

イラストにてお目汚し失礼します。


とある隠れ家バー

 

謝罪会見の一部を放送するテレビが消されて、そちらを向いていた死柄木が振り返る。視線の先には椅子に座って拘束された爆豪がガンを飛ばし、その隣で市は壁に寄りかかって眠っている。

優しいのか分からないが、拘束もされていない。林間合宿から二日経っても寝たままなので(ヴィラン)側が拘束するのも馬鹿馬鹿しいと諦めたのだ。死柄木が()()と呼ぶ人物が「私が起こすまで起きないよ」と発言したのもあり、寝かされたままである。

時々暇を持て余したトゥワイスやフェイクがちょっかいを出してはスピナーやMr.コンプレスに(たしなめ)られ、トガとマグネは髪を弄ったりガールズトークに勤しんだりしている。もちろん市も話している(てい)で。

 

 

 

 

「不思議なもんだよなあ、何故奴ら(ヒーロー)が責められてる!?奴らは少ーし対応がズレてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!「おまえらは完璧でいろ」って!?現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ爆豪くんよ」

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローではなくなった。これがステインのご教示!!」

「人の命を金や自己顕示に変換する異様、それをルールでギチギチと守る社会、敗北者を励ますどころか責めたてる国民。俺たちの戦いは「問い」。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう!俺たちは勝つつもりだ。

君も、勝つのは好きだろ」

 

 

死柄木が爆豪の拘束を解くように指示する。トゥワイスが椅子に近寄って拘束具を外すのを、爆豪は普段では考えられないほど大人しく見ていた。

 

「ここにいる者、事情は違えど。人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ。君ならそれを…」

 

自由になった手首を擦り合わせていた爆豪だが、足の拘束を外された瞬間、(ひざまず)いて作業していたトゥワイスの顔に膝蹴りを決めて死柄木の胸元を爆破する。やはり普段通りの彼だった。

そんな爆音が近くで鳴ったのに、市の目はピクリとも動かない。

爆風で死柄木の顔に付いていた手が外れ、床に落ちる。

 

 

「黙って聞いてりゃダラッダラよォ…!馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ!要は「嫌がらせしてぇから仲間になって下さい」だろ!?無駄だよ。

俺は()()()()()()が勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようがそこァ()()曲がらねえ」

 

 

爆豪の話を聞いているのか耳に入っていないのか、攻撃された姿勢のまま床に落ちた手を見て死柄木は呆然と呟いた。

 

「…………お父さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆破の衝撃でカウンターに置いてあったリモコンが落下し、その際に押されたのか再びテレビが点けられた。記者の質問にイレイザーヘッドが頭を下げて答えている。

 

『________我々も手を振って(こまね)いてるワケではありません。現在、警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します』

 

 

「ハッ、言ってくれるな雄英も先生も…そういうこったクソカス連合!(あんだけ大掛かりな襲撃カチ込んで成果は俺ら二人。言質(げんち)も取れてる!こいつらにとって根暗女と俺ァ「利用価値のある重要人物」。俺の「心」にとり入ろうとする以上、本気で殺しに来るこたねえ。相手は8人、根暗女もいる…こいつらの方針が変わんねーうちに2〜3人ブッ殺して脱出したる!!!)

言っとくが俺ァまだ戦闘許可解けてねえぞ!」

 

 

考えている事は正確だし、市を救けようというヒーローらしい姿勢も見られる。だがいかんせん顔が悪い。これには(ヴィラン)連合もタジタジである。案外そこを見て爆豪を攫った可能性すらある。

 

「自分の立場よくわかってるわね…!小賢しい子!」

「いや…馬鹿だろ」

「刺しましょう」

「うわぁ、俺らより悪人面(あくにんづら)だこいつ」

「その気がねえなら懐柔されたフリでもしときゃいいものを…やっちまったな」

「したくねーモンは嘘でもしねんだよ俺ァ。こんな辛気くせーとこ長居する気もねえ」

「………お父さん…」

 

死柄木は顔に着けていた手が地雷らしく、爆豪を崩壊させようとしているのか手を上げる。それを宥めようと黒霧が彼に寄ろうとするが、上げた手で黒霧を止めた。

 

 

「手を出すなよ……おまえら。こいつは…大切なコマだ」

 

USJ襲撃時や、荼毘とトガを(ヴィラン)連合に入れる時の死柄木だったなら爆豪を殺していただろう。だが落ちた手を着けて冷静に話す姿、その成長とも呼べる変化に黒霧は驚いている。死柄木はもう思い通りにいかずに癇癪を起こす子供ではないのだと。

 

「出来れば少し耳を傾けて欲しかったな…君とはわかり合えるとおもってた…」

「わかり合うだ?ねぇわ」

「仕方がない。ヒーロー達も調査を進めていると言っていた…悠長に説得してられない。先生、力を貸せ」

 

 

雄英の謝罪会見が流れていたテレビ画面にはいつのまにかノイズが走り、そこから全身が底冷えするような独特な低い声が画面から流れた。

 

 

「先生ぇ…?てめェがボスじゃねえのかよ…!白けんな」

「黒霧、コンプレス。あいつみたいにまた眠らせてしまっておけ」

「はぁ…ここまで人の話聞かねーとは…逆に感心するぜ」

「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!」

(最大火力でブッ飛ばしてえが…根暗女とワープ野郎が邪魔すぎる…。つーかいつまで寝てんだクソ女!考えろ…!どうにか隙作って後ろのドアから…)

 

先ほど死柄木に向けた爆破は、市を起こすためにもワザと大袈裟にしたのだが、起きる気配がない。それもそうだ、爆豪は知らないが、市は個性らしきもので眠らされているのだから。

 

爆豪が脳をフル回転させている時、その後ろのドアがノックされた。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店ですーーー」

 

場が静まり、誰も頼んだ覚えもない配達に緊張が走る。

そして、起死回生の一手。

 

SMASSH(スマッシュ)!!」の声とともにレンガの壁が破壊され、色鮮やかなオールマイトが飛び込んできた。破壊された壁の前にいたスピナーは驚きつつも振り返って叫ぶ。

 

「何だぁ!!?」

「黒霧!ゲート…!」

「先制必縛(ひつばく)、ウルシ鎖牢(さろう)!!」

 

ヒーロー「シンリンカムイ」の個性で木に縛られた(ヴィラン)連合。燃やして抜け出そうとする荼毘の頭を瞬速の影が蹴り、脳を揺らして意識を奪った。個性で木をすり抜けたフェイクは神速のオールマイトの攻撃を認識する暇も無く、手刀によって倒れた。【思考加速】の助走もしていなかったのだ、無理はない。

 

「さすが若手実力派だシンリンカムイ!!そして目にも留まらぬ古豪グラントリノ!!もう逃げられんぞ(ヴィラン)連合…何故って!?

我々が来た!」

 

ノックした扉の隙間からは違うヒーローが入り込んで鍵を開ける。開いた扉から警察が入り、外ではNo.2のエンデヴァーが待機して万全の包囲網だ。

 

 

「怖かったろうに…少女を庇いながらよく耐えた!ごめんな…もう大丈夫だ少年!」

「こっ…怖くねえよヨユーだクソッ!!」

 

憧れのオールマイトが救けに来てくれたシチュエーションに歓喜し、怖がっていたと思われた事に怒り、結果ワケの分からないテンションで返した。体育祭の表彰で慣れたのか察しているのか、オールマイトは親指を立てている。

 

「せっかく色々こねくり回してたのに……何そっちから来てくれてんだよラスボス…(全員押さえられた…簡単には逃げられない…)

チッ、仕方がない…。俺たちだけじゃない?……そりゃあこっちもだ。黒霧ぃ!持って来れるだけ持って来い!!!」

 

 

叫んだ死柄木に、黒霧が応えようと自身の霧を広げる。だが、来ると思われていた脳無がやってくる気配はない。

 

「………どうした黒霧!」

「すみません死柄木弔…所定の位置にあるハズの脳無が…ない…!!」

「はぁ!?」

「やはり君はまだまだ青二才だ、死柄木!」

「あ?」

(ヴィラン)連合よ、君らは舐めすぎだ。少年の魂を、少女の意志を、警察のたゆまぬ捜査を。そして我々の怒りを!!おいたが過ぎたな…ここで終わりだ、死柄木弔!!」

 

天魔を片手で抱き上げ、爆豪の肩に手を置く。たったそれだけで、爆豪の胸は安心で満たされる。

教え子を攫われ今まで好き勝手された(ヴィラン)連合を睨むその眼光は、平和の象徴と呼ばれるに相応しい威圧だった。

 

「オールマイト…これがステインの求めた…ヒーロー…」

「終わりだと…?ふざけるな…始まったばかりだ。正義だの…平和だの…あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す…この為にオールマイト(フタ)を取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな…ここからなんだよ………黒ぎっ…」

「うっ…!?」

 

とんできた赤い紐が刺さり、声をあげて黒霧は脱力した。扉の鍵を開けたヒーローによって最も厄介だった黒霧が気絶させられたのだ。

 

「さっき言ったろ。大人しくしといた方が身の為だって。

引石健磁(ひきいしけんじ)(さこ)圧紘(あつひろ)、伊口秀一、渡我被身子、分倍河原(ぶばいがわら)仁、否断(ひだん)(しゅん)。少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性をつきとめたそうだ。わかるかね?もう逃げ場ァねえってことよ。なァ死柄木、聞きてえんだが…おまえさんのボスはどこにいる?」

 

 

死柄木は答えない。

なぜなら認めていないからだ。孤独だった自分を見つけてくれた「先生」を、信じているから。

 

「こんなァ…こんな…あっけなく…ふざけるな…ふざけるな」

()は今どこにいる」

「失せろ………消えろ…」

「死柄木!!」

「おまえが!!嫌いだ!!!!」

 

 

感情の爆発。溜まりに溜まったガスが引火したように、死柄木の心が弾けていく。その叫びを聞き届けたのか黒い液体が二つ、死柄木の後ろに現れて脳無が出てきた。

 

「脳無!?何もないとこから…!何だあれは!」

「エッジショット!黒霧は____」

「気絶している!こいつの仕業ではないぞ!」

「どんどん出てくるぞ!!」

「シンリンカムイ!天魔少女を!(ヴィラン)と共に絶対に放すんじゃないぞ!!」

「ハッ!」

「ぅぼお“!!?っだこれ…!?」

「爆豪少年!!」

 

無理やり口から出てきた黒い液体に包まれ、爆豪が消える。オールマイトはそれを抱きしめて止めようとしたが、間に合わない。

 

「っ天魔少女!」

「」ゴポッ

「駄目だ、シンリンカムイ!」

 

シンリンカムイの木に抱きとめられていた市は、眠っていても眉を顰めて爆豪と同じように口から液体を吐く。シンリンカムイが阻止するように市を木で巻くが、何もない空間にとぐろを巻いただけだった。

 

「Nooooooo!!!!」

 

応援を呼ぼうとエンデヴァーを見ると、こちら以上の脳無が警官を襲っている。脳無の襲撃に気をとられている間に、まずトガが液体を吐き出した。

 

「ぼえ!!!」

「!?」

「マズイ!全員持っていかれるぞ!!」

「おんのれ!私も連れて行け!!死柄木ぃいい!!」

 

警察とヒーローを置いて、(ヴィラン)連合と被害者は全員その場から消えた。

 

 

**************

 

 

脳無のいるアジトを制圧したヒーロー複数名を一瞬で戦闘不能にした男。

名前はオール・フォー・ワン。オールマイトと対を成す、巨悪だ。

 

満身創痍でありながらNo.4のベストジーニストですらも圧倒した実力。偶然攻撃に巻き込まれなかった緑谷、轟、飯田、切島、八百万の五人は気付かれないように呼吸を止めて気配を消し続ける。

恐怖で身体が動かない。

それもそうだ。まだ未成年である十代の子供。ずっと前から世界を裏で動かす悪意に慣れている方がどうかしている。

 

 

隠れた塀の向こうでバシャリと水音と共に咳き込む声がした。10年以上近くで聞いた声だ。緑谷は咳だけで誰か分かった。

 

「ゲッホ!!くっせぇぇ…んっじゃこりゃあ!!」

 

(かっちゃん!!!!)

(爆豪!!)

(なら天魔さんは…!?)

 

 

「悪いね、爆豪くん」

「あ!!?」

 

爆豪の後ろでも同じ音がいくつも鳴り、爆豪の隣に市が出される。(ヴィラン)連合も姿を現して、口から出した黒い液体は臭いのか皆文句を言い、後ろでは黒霧と荼毘、フェイクが倒れていた。

 

「また失敗したね弔…でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子達もね…。君が「大切なコマ」だと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に(せんせい)がいるんだよ。

全ては、君の為にある」

 

爆豪でも恐怖で息を呑み、動けずにいる。

 

 

 

緑谷は恐怖で動かない身体を、思考を回すことで搔き消して一歩動こうとする。一歩でも動いてしまえば、あとは動けるようになると考えたからだ。

そんな緑谷を、震えた手で力強くも服を掴んで止めたのは飯田だ。飯田が緑谷と轟を、八百万が切島の服を握りしめて離さない。恐怖に震えながらも、二人は「彼らを守る」という使命感だけで動いているのだ。

動いてはいけないと。

見つかれば、確実に死んでしまうからと。

 

 

「起きなさい」

 

 

(ヴィラン)連合ではない人間を恐怖が支配するそんな状況で、今まで寝ていた市の目がパチリと開いた。

開いてしまった。

 

 

 

「ああ…おはよう、天魔 市。そして夢の感想を、聞かせておくれ」

 

 

 

________そして、神野は悪夢に(さいな)まれる。

 

 




名前由来
否→否決
断→断り
峻→峻拒(しゅんきょ):きっぱりと拒むこと
だいたい10秒で考えた名前が絶対拒否するマンになってしまった…。

泥描くのあかん…堀越さんすごい。

【挿絵表示】


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48話:徒花

徒花(あだばな):咲いても実を結ばない花、またの名を無駄花


市は、固い試験管の中で生まれた。

 

母体から卵子を取り出して作った受精卵の遺伝子操作によって完成した子供だ。市には同じ工程を経て作られた兄がいて、そちらが完成品と呼称されていた。市はその完成品に万が一があった時の代わりであれと作り出された存在だった。

市を生み出す卵子を提供した母親と呼ぶべき存在は好奇心旺盛で、兄を生み出す為に自分の身体を提供した人。顔は知らない。

 

容姿、頭脳、戦闘能力の全てを市より優遇された兄は、市のことを「使えない役立たずだ」と見下してくれても良かったのに、兄は毎日の頻度で市に会いに来る。

幼かった市は、それを大層嬉しがった。

 

 

市には、教育係…というより世話係がいた。名前は教えてもらえず、いつも白い白衣を着ていたから「白色さん」と呼んだ。彼女は絵本を読み聞かせたり、一緒に遊んでくれたりと世話係として相応しい仕事をしていた。

 

 

自我が形成し始めて数年、4歳になった市に個性は発現せずに一年が経った。兄は()()()()()を操るカッコいい個性なのに、どうして市に個性が発現しないのか。それは当然の疑問であり、市はそれを白色さんに言った。

「個性が欲しい」と。

 

その日から、市は自分がぬるま湯に浸かっていたことを知った。

 

 

 

 

 

 

市を生み出したのは、子供により強い個性を植え付ける為の実験所だった。自分の個性に不満を持つ者、無個性の者、自分の個性が金になる者と理由は人の数だけあったが、みんな口を揃えて「殺してくれ」と泣き叫んでいた。

 

市は兄のスペアだった事もあり、その実験所のトップの更に上の人とテレビ越しの面談を行った。

 

 

『この子が彼のスペアかい?兄は闇の個性を持っているのに無個性なのか…。うん、いいよ。僕が直接あげてもいいんだけど』

「滅相もございません!!私どもで必ず、貴方の満足する個性を定着させてみせます!()()()()()()()()()()()!」

『……そうか、期待しているよ』

 

 

市の個性実験が始まってから兄は会いに来なくなった。白色さんも来なくなった。

市は、ひとりぼっちになってしまった。

 

 

身体の中に入れた個性は馴染まずに市を内部から破壊する。五歳児の体力ではすぐ瀕死になり、その度に回復の個性で元通りにされてまた個性を入れられた。

寝ている時間は、頭を開いて脳実験の始まりだ。神経レベルの精密さで脳のリミッターが外され、常人では耐えられない情報量を整理することが出来るようになった。その副産物が【思考加速】である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、完成品の遺伝子操作って具体的にどうやったの?」

「あ?なんで今更」

「なんか気になって。上手くいかなかったって聞いた割にはヒョイって出来てたから」

「…機密事項だぞ。………数年前からこの施設にレプリカがいるって噂、知ってるか?」

「まあ噂だし。それで?」

「……俺は知ーらね。何も言ってないし」

「はぁ!?最後までハッキリ言いなさいよ!!…………?え?」

「お?」

「……………もし、もしかしてよ?そのレプリカの遺伝子パクったとか…?」

「さぁねー。レプリカの遺伝子参考にしたとか言ってないし」

「言ってるじゃないですか!」

 

 

ある日、そんな会話が聞こえた。兄には及ばないながらも優秀な頭脳を持つ市には会話の意味がしっかりと分かった。

顔を知らない「レプリカ」が、今の市を生み出した。遺伝子を真似したと言うのなら、市は「レプリカ」のクローンではないか。

白色さんが読んでくれた絵本には、「神様は自分の姿を真似して人間を作りました」と書かれていた。

_________レプリカは、市の神様なのだ。

 

市は、自分の神様になったレプリカに会いたくて仕方がない。レプリカに会うことだけを実験を乗り切る目標にして毎日耐えた。

 

 

 

そして、施設にヒーローが突入した。その動きを察知したのか、狡猾で用心深いオール・フォー・ワンは自分の事を知る研究者を殺して施設から去っていった。

 

「嫌だ、嫌だ!!!死にたくない!死にたくない!!!」

「また家族に会いたい!まだ何も謝ってないのに!」

「生きたい…っ生きだい!!」

 

そうやって生を願った者から、オール・フォー・ワンによって殺されていく。

残されたのは、何が起こっているか分からずに発狂する者、自害する者と様々。そこには地獄があった。生きたいと願う者が死んで、死にたいと思う者が生き残った。この研究所にいる全ての者が、命に嫌われていた。

 

個性による被害が施設を壊し、市に向かって太い柱が落ちてくる。

神様に会えずに、死んでしまうようだ。でも、今までの苦しみが終わるならいいのかもしれない。自分の死を受け入れようとして、身体を強く押される。

 

 

大きな音がして、市の代わりに誰かが下敷きになった。

 

 

「……白色、さん?」

「…………無事、ね」

 

 

今にも消えてしまいそうな、か細い声だった。命が燃えていく。死ななかったはずの命が、市のせいで消えていく。

 

 

「ほら、早く行って」

「…やだ、嫌だ」

「やだじゃない。これからは、ちゃんと生きるんだ。生きられるんだ」

生きたくない(行きたくない)。一緒がいい」

「…市はいつから悪い子になったんだい?いい子にするって約束しただろ?」

「やだ、一緒。悪い子だもん」

「私は生き埋めになるだけ。大丈夫さ」

「…白色さん」

「…じゃあ悪い子の市ちゃん。いつかの未来で、あの子()を止めてあげてね」

 

 

優しく笑って、白色さんは目を閉じた。きっと、もうその目を開けてはくれないのだろう。研究所ももう少しで全壊する。突入したヒーローは、殺された研究者の回収に勤しんで実験体の市の所へ来ることは無い。なぜなら市以外の実験体は死に、泣き声一つあげない市に気付かないから。

 

白色さんの死体の近くに座って、呆然と天井を見上げる。もうすぐ崩れて市を目掛けて落ちてくるだろう。

市は生きることから逃げた。死ぬことから逃げた。何もかもが怖くて、今すぐ目を抉って何も見たくない程に逃げたかった。

 

そんな市がいる部屋の扉が破壊され、差し込んでくる光と共に狐のお面が見えた。

 

 

_________ああ、なんて神々しい

 

 

 

「神さま………?」

 

 

その光景に全てを忘れ、思った事を言っていた。

返事など勿論無く、近付いてくる神さまは市の頭を撫でる。途端に力が流れ込んできて、今までどの個性も受け入れなかった身体に個性が発現した。

市は、「レプリカ」から個性をもらったのだ。

 

 

「…ぇ?」

「個性はあげる。だから約束して?」

「…………はい、神さま」

「__________________」

 

 

…あの時、神さまは何て言ったんだっけ。もう声も覚えていないけれど、泡沫(うたかた)の夢として光景だけが頭に浮かぶ。

あの日、市という少女は生まれ、神様と約束をした。

 

そして、市は自分も神様のようになると誓った。神様のような人になって、兄を救うのだと決心した。

市を救けてくれた神様その人になりたかった。

 

 

 

 

 

 

『起きなさい』

…起きろと言われた。起きなくては。

 

 

 

 

その残像の中、不意に

_________市の、終わりの夜がきた。

 

 

 

 

 

「ああ…おはよう、天魔 市。そして夢の感想を、聞かせておくれ」

 




トガちゃんが聞いたら共感してくれるような心情です。
好きな人みたくなりたいと思う。
好きな人と同じになりたい。
同じものを身につけたい。
その人そのものになりたい。
そんな幼少期の決心をズルズルと引き立って雄英生になってしまいました。


溜まったイラストを描くので、日曜まで更新が少し遅れます。全部描いてアップするので、そうしたら続きを書きます。
焦らしプレイと言うのですよね、こういうの笑。作者的にも早く書きたいので焦らしプレイです。
次回更新を気長にお待ちください。


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49話:ダウナー系とオール・フォー・ワン

ここからN番煎じのよくある展開になりますが、気長にお付き合いください。


「オール・フォー・ワン様……お久しゅうございます…お久しゅう…」

「うん、久しぶりだね。君の個性はレプリカのものだから、返して欲しいな。僕の研究のかつての協力者に」

「…嫌、神様からもらったの」

「もらった、ね…。僕と似た個性なのかなレプリカは」

「さあ…?」

 

 

十年ぶりに、あの時の面談者にあった。顔は違うけれど、声と言っている内容からそう判断した。こちらに近付いてくるのをボンヤリと見て、この人が一連の事件を裏で引いていた犯人だと悟る。

だがすぐに足は止まり、空からやってきたオールマイトと両手を組んだ。

 

「全て返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!!」

「また僕を殺すか、オールマイト」

 

 

とこか遠い所から飛んできたらしいオールマイトとオール・フォー・ワンとの接触で起きた風に吹き飛ばされないように魔手で身体を支える。市以外は吹き飛ばされた。

 

 

「ずいぶん遅かったじゃないか。バーからここまで30km(キロ)余り….僕が脳無を()()優に30秒は経過しての到着……衰えたねオールマイト」

「貴様こそ何だ、その工業地帯のようなマスクは!?だいぶ無理してるんじゃないか!?6年前と同じ過ちは犯さん…オール・フォー・ワン。

爆豪少年を取り返す!天魔少女も取り返す!そして貴様は今度こそ刑務所にブチ込む!貴様の操る(ヴィラン)連合もろとも!!」

「それは…やる事が多くて大変だな、お互いに」

 

オール・フォー・ワンの左腕が肥大し、そこから放たれた空気がオールマイトを弾く。あの勢いだと数キロは飛ばされたっぽい。

 

「オールマイトォ!!!」

「心配しなくてもあの程度では死なないよ。だから…ここは逃げろ弔。その子を連れて。黒霧、皆を逃がすんだ」

 

 

左手の指が三本、赤黒く光って黒い霧に刺さり、そしてオール・フォー・ワンの顔が市に向いた。「その子を連れて」と言う事は爆豪のことだろう。ならば市は?こちらを向いて、なにをしようとしているのか。

 

 

「君は逃げては駄目だ。まだ個性を貰ってないからね」

「………」

「でも僕はオールマイトの相手で忙しくてね。代わりに遊んであげなさい…ほどほどにね」

 

 

オール・フォー・ワンによって崩壊した一帯で、唯一建物の形を保っていた工場らしきところから人が姿を現した。男の人はどこか見たことのある笑みを浮かべながら、愛しい人と再会したかのように顔を緩ませる。

 

 

「_________兄様(にいさま)

「やぁ、市、会えて嬉しいよ…。けど、今は会いたくなかったな。妹を殺すのは流石に堪え……」

「らぁッ!!」

 

 

兄の話を遮って飛びかかったのは、今まで倒れていたフェイクだった。いつ起きたのか知らないが、同時期くらいに気を失っていたツギハギの男はまだ倒れている。

 

「君もいるのか、識別番号1072(ヒトマルナナニ)

「気絶したフリした甲斐があったな。15年…15年だ!ついに見つけたぞ完成品!!」

「まったく…友達じゃないんだから気楽に話しかけないでくれよ」

「おいフェイク!勝手な事するな!」

「あ!?悪い、俺の目的こいつだから!(ヴィラン)連合抜けるわ、ありがとな!意外と楽しかったぞ!」

「ッハァ!?」

 

 

フェイクは個性で攻撃を避けつつ、兄の体に手を伸ばして何かをしようとしている。爆豪の方も(ヴィラン)連合と戦っているようだ。市が目を覚ました時、爆豪は市を庇うようにオール・フォー・ワンの前に出ていた事を思い出す。…守ろうとしてくれていたのだろうか。

オールマイトは連れて行かれそうな爆豪と、戦闘を始めた兄とフェイクの近くにいる市を救けようとしてくれているが、オール・フォー・ワンに邪魔されて身動きが取れない。

…これは、戦う場所を変えた方がいいのかもしれないな。

 

 

そう思っていたら近くの壁が壊され、氷の山が現れる。その傾斜を何かが滑り登って空高く跳んだ。切島と飯田と緑谷だ。飯田と緑谷に支えられた切島が、こちらを向いて手を伸ばす。

 

 

「来い!!爆豪、天魔!!」

 

 

爆豪に一斉に向かう(ヴィラン)を、魔手で牽制する。

そういえば市は戦闘許可が解けてないし、爆豪が守ってくれていたのだから、市もお返しくらいしなければ。これで貸し借りナシだ。

無事に爆豪は跳び、切島の手を掴む。跳ばなかった市に緑谷が目を見開いて見てくるので、手を振っておいた。

 

 

「……どこにでも…っ現れやがる!!」

「マジかよ…全く!天魔少女、なぜ行かなかった!」

「…ふふ、」

「逃がすな!遠距離ある奴は!?」

「荼毘に黒霧!両方ダウン!フェイクは使えねえ!」

「あんたら()()()()()!!行くわよ!反発破局、夜逃げ砲!!」

 

いやだからネーミングセンス…(ヴィラン)連合の名付けは壊滅的なのか。防ごうかと思ったが、倒れていた女性が巨大化して身を盾にしていたので、倒れてくる彼女を大魔の手で受け止めるだけにしておいた。女性の顔にぶつかって鼻血を出させるとは、人間の風上にも置かない奴らだ。

 

 

「まだ間に合う!!もう一発……」

 

行かせない為に魔手でオカマ、トカゲ、フルフェイスマスクを拘束する。するとどこからか来た老人が顎を蹴って綺麗に脳を揺らし3人を気絶させた。緑谷が老人の名前を叫んでいるであろうがよく聞こえない。まあ、あちらは現在進行形で高速移動しているから仕方ない。

跳んでいる緑谷達4人を、空中に出した魔手で投げて速度加速してあげた。

 

「天魔さん!!どうして…」

「…っ必ず戻ってこい!!天魔ァ!!」

 

 

そういう激励の声は聞こえるから嫌になる。

兄とフェイクが戦っているところに駆け出し、参戦する事にしたので2人に魔手を振り下ろす。

 

 

「上」

「おわっ……!?ちょ、上じゃなくて避けろって言ってくれよ!」

「そう?避けて」

「どぅわぁ!」

 

林間合宿から思っていたけど、フェイクはなかなか愉快な人柄のようだ。警告通りに避けたフェイクを尻目に、攻撃と見せかけて地面に両手を付ける。その両手から市を中心に地面に闇が広がり、市とフェイク、そして兄の3人を()()()()に引きずり込んだ。

 

 

「…そうだね、場所を変えようか」

「ちょ、沈む…!?」

「これで、誰もいないわ…」

「天魔少女…わかった!すぐ行くから待ってなさい!」

 

 

これで(ヴィラン)連合に囚われていた足手まといはいなくなった。

オールマイトも全力が出せるだろう。

 

 

 

**************

 

 

「全く…少年少女に気を遣われるとは」

「天魔 市の心配はしなくていいのかいオールマイト?あの男は、かつて私が個性実験の為に作った完成品さ。今の天魔 市では勝てないよ。彼女は個性を使いこなせていないからね」

「無駄だオール・フォー・ワン、私は揺らがない。天魔少女を信じているからな」

「せいぜいそう思い込んでいればいいさ。直にわかる」

 



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50話:ダウナー系と兄※

イラストにてお目汚し失礼します。


闇の中を3つの光が奔り、衝突する。

10年ぶりに会った兄はとても強かった。個性を完全に使っていないにもかかわらず、フェイクと2人がかりでも勝てない。

兄とフェイクが戦っている間に、フェイクの体を死角にして魔手で切り裂く。フェイクは拒絶で魔手の攻撃を受けないので良い目眩しになってはいるのだが、兄の反応の方が早い。

全員が【思考加速】をしているのだから当たり前なのだが、兄の方が速く感じる。おそらく市とフェイクの加速速度は100倍。今までので攻防から、兄は100倍以上加速していると言っていいだろう。

 

だが、全力ではないので舐められていると思う。

 

 

「虚しい戦いだね、そちらに益は無いよ」

「そういう問題じゃねえんだよ!お前をずっと探してたんだ、レプリカ様と!」

「レプリカ、ね。市に個性を譲渡した良い人だけど、それだけだ。会ったこともないし。市、君の生きる意味はなんだい?」

「……生きる、意味?私は、神様に…」

「違うよ、その後は?どうして神様かは知らないけど、なった後はどうするんだい?人に施しを与えるの?市の意志は?なりたいもの、やりたいことはないの?」

「…………」

「俺忘れんなよシスコン!」

 

 

自分が本当は何がしたいか、そういえば考えた事がなかった。

神様のように兄を救けて、穏やかに眠る。

その後は?

 

いや、どうせ長くは生きられないのだ。

死にたいと思ったことは無い。でも生きたいと思ったことも無い。辛いことが無いと言えば嘘になる。けれどあると言っても嘘になる。

市は矛盾だらけだ。

 

 

「教えて…兄様はどうして戦うの?」

「市と一つになる為。僕の個性と市の個性、二つを合わせればきっと世界は変えられる」

「終わりの方でだろ」

「…まあ、君には分からないだろうね」

「ああ、分かりたくもない。完成品として恐れられ、生まれた時から全てを持っているお前を、理解したくもない。俺の手を掴んでくれたのはレプリカ様だけだ」

「どうでもいいよ…僕はあの日死んだ。あの世界から逃げ続ける君に、分かる筈がない」

「逃げているんじゃない、越えようとしている。確かに、俺はあの場所が怖かった。誰の目にも留まらずに死と痛みを待つだけの実験室が。だから、そこから救い出してくれたあの方に、ずっと付いていくと誓ったんだ!」

 

 

レプリカはフェイクをも救い、数多くの人を救けた。ヒーローではないレプリカをヒーロー視する者がいれば、犯罪者だと罵る者もいる。そんな彼らを貴賎(きせん)なく救けてしまえるレプリカに憧れた。

 

 

「難しいね、生きるって……もう生きてるのに」

「そうだね、生きることは問うことだから」

「兄様…泣いてるのね…。私は何がしたかったんだろう…この胸に、何が眠っているの?兄様の胸には…何が眠るの?どうして兄様が泣いているのか、私も知りたいの…」

「…戻りたいよ、あの時に。毎日のように市に会いにいって、笑って、ずっとこのままでいるんだと永遠に感じた時に。市を愛しているからね」

「どんなお話をしたのか、もうほとんど覚えていないの…ごめんなさい」

「一度あった事は忘れないよ。思い出せないだけで」

 

 

一度距離をとってフェイクと背中を合わせて兄に向き合う。あたりが闇のために距離感が狂い、今どのくらい離れているのか分からない。

 

 

「っち、ラチがあかない。何か手はあるか?」

「…たぶん」

「じゃあ俺が時間稼ぎで」

「どのくらい?」

「レプリカ様って言う時間くらい余裕」

「分かった…お願い、レプリカ様」

「ごめんやっぱ言い過ぎた」

 

何がしたかったのだろうこの人。

兄の個性である黒い火の玉がフェイクを襲い、軽口を叩いて回避する彼を見て集中した。

 

 

夜来(よるきたり)朝還(あしたにかえ)魔手(まのて)……無銘(むめい)

 

 

魔手を覆う仄暗い紫が赤くなり、その鋭さは洗練され攻撃力が上がる。特に合図もせず手を振り上げれば、危険を感じた2人が同時に飛び退いて何も無い闇に魔手が吸い込まれた。

 

 

「…驚いた、そこまで使えているんだね。でも、まだまだ」

「兄様の神様になる…そのためにここにいるの」

「だから、その後はどうするのって聞いたよ?」

「どうもしないわ…今までと同じく1人」

「そうやってまた逃げるの?神様になりたいっていうのは、独りぼっちで当たり前だった、なんて他人と上手に付き合えない市が見た、独りでも生きていけるという夢じゃないのかい?夢ばかり見てると目が悪くなるよ、現実がどんどん見えなくなる」

「天魔!」

 

 

魔手の能力を1段階上げたのに、それを越えて兄の蹴りが鳩尾(みぞおち)に入った。吹き飛ばされたのをフェイクに受け止められ、身体の力が抜ける。

 

 

「そう睨まないで、1072(ヒトマルナナニ)。君はいらないし見逃してあげるからさ」

「っは、ざけんな!たとえ俺たちがやられてもレプリカ様がいる」

「市に個性を譲渡して無個性も同然な偽善者を頼るの?せめて()()僕を倒してから言ってよ」

 

 

やはり個性の中では力が発揮出来ない。普段からそう感じていたが、ここに来て魔手にリミッターがかかっているのをなんとなく理解した。市の本来の個性ではないからだろうか。

神様は、市よりも上手く魔手を扱えていた?

 

 

分からない。

 

 

「フェイク…出る」

「……無理すんな。限界だろ」

「…解、放」

 

 

一度出よう。オールマイトには悪いけれど、この空間だとそのうち不利になってしまう。血もたくさん流した。失血で気を失ってしまえば、ここからフェイクを出すことが出来ないし、それはマズい。

 

 

 

 

命と引き換えにしても、兄を止めなければ。

市と一つになれば、誰も手がつけられなくなる。全てをもって、決着をつけなければ。

 

市はずっと、誰かの神様になりたかったのだから

 




トレスです

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51話:君の神様になりたい。※

このお話は元々、YouTubeで見た「君の神様になりたい。」のヒロアカMAD(轟ver)を見てストーリーを構成したものになります。
本家へのリスペクトをもって書き進めていこうと思います。

戦国BASARA要素ありです。知らなくても問題ありません。


あの空間の出口を開いて、中に入れていた2人を強制解放させる。

空中に投げ出された市は腰に手を回され、フェイクが空気を踏みつけブレーキをかけた事で無事に着地した。周りを見るとさっきよりも周りがえぐれて更地になり、上には報道用のヘリコプターが飛んでいる。オールマイトはいつしかUSJで見た姿になっているし、オール・フォー・ワンは倒れている。

決着はついたようだが、あれではもうほとんど動けないだろう。

 

 

「……夜。僕たちの個性が一番輝く時だ」

「ええ」

 

 

兄は、自分がどうなろうとどうでもいいのだ。市と同じように。

どれほどの言葉で生きる事を説いても、市は共感が欲しいだけ。

それらしい「良いこと」を言って、共感を得たい。「命を大切にして生きよう」も本音であり嘘ではない。ただ、兄が言ったようにひとりぼっちの市は沢山の人に共感を持ってほしい醜い人間なのだ。

 

苦しくて、悲しくて、生きたくなくて、死にたくなかった。

ただの自己満足でしかないけれど。市が誰かを救えるだなんて烏滸(おこ)がましい事を本気で考えていたわけではないけれど。

 

 

「市、世界は絶望ばかりだ。楽になりたいんだろう?」

「うん、だけど…兄様の神様になりたかった」

 

 

赤くなった魔手を率いて兄に向かい、超速の乱撃を繋ぎつつ演算で導いた所に魔手を出して捕捉しようとする。が、それは兄が火の玉を足場にして避け、更にそれを蹴って市に向かわせる。

 

「…眠リ狂イテ、眠リテ悔イヨ」

 

闇に身を委ねて寝転がり、多くの魔手に抱えられて戦車のように進む。火の玉は魔手に呑み込まれ、その巨体のまま突進していった。腕を赤く光らせた兄が迎え撃ち、辺りに衝撃が走る。

個性の系統は「闇」。どちらも互角で、同じ力を持っている。

 

「あは、ははははは…」

「うふ、ふふふふふ…」

「「(ひら)()(こく)()(やしろ)ッッ!!」」

 

鍔迫り合いのように動かない市と兄の周りを闇が回り、空へ昇っていく。まるで螺旋(らせん)のように質の違う黒が混ざり合い、一つになりながら細くなって消える。兄と市、どちらも大きな傷を負った。

 

 

どんな事を(のたま)っても、他人が持つ傷跡が埋まる筈がない。それはヒーローや神様の役割ではなく、カウンセラーと本人の仕事なのだから。

世界にとって矮小(わいしょう)な市がどれだけ誰かを抱きしめても叫んでも、現実は変わらない。叫んだとして、自分がスッキリして終わりだ。誰かに「辛かったね」と言ってほしくて、「頑張ったね」と言ってほしくて。

でもあの実験所の小さな世界に囚われた兄を神様のように救いたかった。

 

 

 

「っはぁ……はぁっ…は、……」

「俺が行く、下がってろ」

「いや。……兄様、舞台裏の私たちは、もう退場しよう?」

「無理だ。舞台裏こそが現実。表舞台とは、良いところだけを汲み上げた即席の虚構。ヒーローだってそうだろう?話題に上がるのはオールマイト、その他はそういえば居たなという認識。カーストの低いありきたりなヒーローは地味な慈善活動、税金の無駄遣いだと批難の的。だから、何も取り繕う必要の無いありのままの世界がいい。(ヴィラン)連合は、それを望んでる」

「はっ、そんなのお断りでーす!恥も外聞(がいぶん)も無い世界なんて、ぶっちゃけ動物と同じだし。理性の無い獣がどれほど醜いか分からないわけじゃないだろう?理解こそが人間の長所!俺は賢いからな、そのうち完成品のお前の度肝を抜く事するかもよ!」

「全ての人は勝つことが出来ない。でも…全ての人を賞賛する事は出来るもの…」

「はぁ……それこそ僕以上の綺麗事だろう?」

 

 

ダメだ、やはり届かない。

けれどきっと届いて「市に救われた」と言われても、変われたのは自分の力で市は関係ないと思ってしまう。「良かったね」と突き放してしまうのだろう。

幼い頃は、白色さんと一緒に絵本を読んでいた時が幸せだった。素敵な大人になって、ヒーローのように誰かを救いたいと思っていた。神様のように誰かを救うことに憧れても、現実はこれだ。

結局はボロボロの自分がここにいるだけ。

 

 

 

背後をとって魔手を叩きつけようとするが、カウンターを受けて地面を滑る。もう受け身もままならなくなってきた。

 

「…私だって…神様のような人に…」

 

泥だらけの身体を無理矢理動かして走る。「掴め()の月」で跳び、「裁け背の罪」で攻撃を繋ごうにもとんでもない方向に身体を曲げて避けられてしまった。どんな体幹と柔軟性を持っているのか。

 

さっきとは逆に市が魔手で兄の視界を塞ぎながらフェイクが不意打ちをしても、未来でも見えているかのように振り返って受け止められる。絶対に当たったと思ったが、【思考加速】で負けているのは痛い。

 

 

「少しは考えなよ。何度も背後から不意打ちした所で、同じ手が何度も通用すると思ってる?」

「は、3度目の正直って知ってるか?」

「君は3度以上やって失敗してるでしょ」

「じゃあ問題だ。今アンタの後ろにいるのは誰だ?」

「________!?」

(まわ)()(おり)

 

 

フェイクのパンチを手首を握って受け止めたが、握った手が開かれて黒い球体が現れる。それと同時に、体育祭で飯田に発動したのとは比べ物にならない密度と厳重さで魔手を出した。

 

「1度目は天魔、2度目は俺!3度目も天魔!前方の俺も脅威だ…生きてんなら呼吸くらいはしてんだろ!?」

「くっ…!」

 

兄を魔手で捕らえながら、フェイクの掌に収まるサイズの球体が成長し、兄を包む。口ぶりからして大気を拒絶して真空を造っている。しかも兄のすぐ近くにいる市を巻き込まない絶妙な調整で。そのまま球体と共に魔手は浮き上がり、ある程度の高さで止まる。市の個性に大気は関係ないし、フェイクは個性であの檻から脱出してきた。中の様子は分からないれど、不安は拭えない。

 

「即席にしちゃまあまあだったな」

「………だといいけれど…」

 

檻の中で身動きは取れないだろう。それにプラスして真空だ。呼吸は出来ずに意識は掠れ、真空が身体を締め付ける。人間でなくても倒せるはずだ。どれほどの時間が経ったか。数秒、数分だった気がするし、数時間のような気もする。

球体が割れて、(まわ)()(おり)も解除された。中央にいた兄は動くことなく落下して、地面に叩きつけられる。

目の瞳孔が開き、呼吸の為に大きく口を開けて倒れたままだ。

 

「…………………」

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして起き上がった。

倒れた姿勢のまま、まるで地面から背中を押されたように立ち上がり、目に光が戻ってくる。兄の全身が赤く光って、その背後に人の形をした何かが浮かび上がった。あれが兄の個性の本当の使い方。

 

睡覚(すいかく)しろ……六魔(りくま)…」

「……はは、嘘だろ…!?」

(おど)()の腕…っ!」

慟哭(どうこく)スル魂ィイ!!」

 

隣にいたフェイクの腕を掴んで引き寄せ、足元から円状に魔手を出して市たちを包む。それと同時に放たれた赤黒い波動弾が当たる。凄まじい威力だ。相殺もしきれずに弾かれた。

 

 

「どうして…確かに死んだ筈じゃ!」

「あはは、そりゃあ僕は完成品だしね」

 

 

市の完全上位互換。市が手だけ出せるとしたら、あちらは上半身を纏って攻撃してくる。威力も範囲も桁違いの超近接タイプだ。市が勝てる所は魔手の数だけ。近距離、中距離、遠距離と一定のレベルまでは対応出来るが、近距離に特化した兄にとっては器用貧乏でしかない。

 

 

「それに僕は1人じゃない。僕の個性は「六魔(りくま)ノ王」。ワン・フォー・オールのように受け継がれてきた訳じゃないけど、もし名乗るなら(ヴィラン)名は「第六天魔王」とでも名付けようかな。実際、市の苗字(天魔)はそこから取ったんでしょ?」

「……1人じゃ、ない?」

「どういうことだ……さっき「せめて一度僕を倒して」って言ったが…比喩ではなく本当に数人いるってのか!?」

「正解。僕の個性は人の魂を吸収するんだ。僕は今まで一度も人を殺した事がない……けれど、この強化具合は何万人もの魂で出来ている。安直だけど…君たちは平行世界って信じる?そこからたくさん人を殺した僕と魂を共有出来れば…素晴らしい奇跡だと思わない?」

「……最悪の…奇跡ね」

「…っ馬鹿な…世界に同一人物が何人もいていい筈がない!」

「そこは企業秘密。()()()()()()()()()存在重複を認められているからね…僕の中にいる僕は後4人。あと4回僕を倒さないと負けちゃうよ?」

 

 

絶望はしない。それは弱い人が行き着く場所であって、至った者から神に願う。だから市は絶望しない。

生身のこの身体で、神様になりたかったから。

 

 

「生きるって何…?兄様は知ってるの…?」

「生と死に価値はあるのかい?考える時間はあげないよ、なぜなら命に価値はないから。もし価値があるのなら、あの施設にいた僕らは何だったんだ?世界を恨まないとやっていけなくなる」

「…私は兄様のスペア。生まれただけでも嬉しい…本当よ?」

「そっか」

 

 

 

絵本を一緒に読んでいた時、

市は無力だった。

個性を身体に入れられた時、

市は無力だった。

施設の研究員が逃げ惑っている時、

市は無力だった。

白色さんが死んだ時、

市は無力だった。

レプリカの中に神を見出した時、

市は無力だった。

 

 

 

絶望してはいないが、市にもう戦う力は残っていない。

 

 

「厄災ノ棘」

「っくぅ…」

「!?しっかりしろ!オイ!」

「あ、あぁ……あぁ”あ”ああっ!!」

 

 

前方の地面から出現した無数の刃が市を貫く。両腕は肩から切断されて、遠い場所にボトリと落ちた。倒れそうな身体のバランスを取る腕も無く後ろに傾き、フェイクに受け止められる。

 

「出血が……クソッ」

 

市の身体から血が出る事を拒絶したのか、思ったよりも出血はしなかった。

 

 

「待ってろ、今どこかに…」

「………兄、様」

「……?おい……?」

「兄様…可哀想…」

 

 

 

腕があれば兄に伸ばしていたのに、痛みが走るだけ。ああ、どうしてフェイクが泣いているのだろう?

市は、市を救ったレプリカのような神様になりたいと何度も思っている。今でもそれは変わらない。

 

だって、市の腕を斬った兄の顔は、悲しそうに歪んでいるから。

あの時のように、無邪気に笑っていてほしい。

 

 

「っやめろ、もういい……なにもするな」

「泣いてるの…兄様…?」

「いいから。レプリカ様が来るまで俺が庇うから…」

「…何かを成し遂げる為には…全てを失う覚悟が、必要…?白色さん……私、どうしたら……」

 

 

痛い、そんなに力を込めたら痛い、フェイク。ずっと待ってるけど、神さまはいつ来るか分からない。だから、市が決着をつけないといけないのだ。

 

 

「ああ…そういう事か。レプリカ様、そういう事だったんですね」

「………?」

「俺がやるべきこと。美しいもの。あなたは天魔を生かしたいんですね」

「なに…を…?」

 

 

市を抱きしめて涙を流しながら、フェイクは兄の方を向いて大きく息を吸った。

 

 

「俺は今!この時この瞬間!この世界に!お前がいることを…拒絶する!!」

 

 

耳元で叫ばれて、耳がキンとする。なるほど、その手があったのか。兄の存在ごと拒絶してしまえば、その場しのぎだが危機は乗り越えられると。

そう考えていたが、フェイクの思考はその斜め上を行ったらしい。

 

「跳べェッッッ!!!!!」

 

 

光に包まれたのは、市の身体だった。

目の前が眩しくて目を閉じると、空に昇る感覚がする。

 

……さて、市はどうなるのだろう。想像もつかない事をしてくれたなあの男。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

光の粒子となって天に消える天魔を眺めて、フェイクは笑みを浮かべた。

 

「…市に何をした」

「はは、教えてやんね。初めてやったから俺もどうなるか知らないし」

「…………そう、邪魔をするんだね」

「ザマァミロ、シスコン」

 

 

フェイクは夜空を見上げながら後ろに倒れていく。

それを優しく受け止めたのは、全身が黒い誰かだった。

 

 

「その白い狐面……君がレプリカって奴か」

「お疲れさま」

 

 

背中に感じた温度に、フェイクは後ろを振り返る。見えたのは、いつでも見ていた白い仮面。死ぬフェイクを救い、近くにいることを許してくれた存在。

跳ばした天魔よりも優先度が高い、絶対の存在

 

 

「交代だ、フェイク」

 

 

この時フェイクは初めて、仮面から覗く赤い目を見た。

 





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レプリカの正体、分かる人はもう分かると思います。書くまでコメントでは言わないでね!

市ちゃんの苗字は第六“天魔”王からもらいました。
以上、制作秘話です。


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RE:最初期データをロードしますか?→はい
52話:徒花の真実


徒花(あだばな):咲いても実を結ばない花、またの名を無駄花

さぁて今までの伏線回収していくぞ〜(白目)


「……ぅ…!?」

 

空に昇っていると思ったら、いつの間にか地面に叩きつけられていた。それも結構な高さから。そして、気のせいかとも思える小さな違和感があった。

フェイクめ、次に会った時は覚えていろ。成り行きで共闘していたけど、お前は林間合宿で敵対していたんだからな。

 

なんて頭で考えていても、両腕が無いのは変わらないし不自由この上ない。今まで馬鹿にしていた「失ってから気付く大切な物」の意味がようやく分かった気分だ。両腕は無いと不便。

 

 

雨が降っていて、どこかの公園に落下したようだ。先ほどまでいた神野の光景とは大違いで傘を差して歩いている人がいる。目立つ所に落ちたので、このままでは警察を呼ばれかねない。

魔手の中から出た時、空を飛んでいたのはカメラを携えた報道陣のヘリコプターだ。きっとバッチリ市の事が映されて、あの戦いはお茶の間に届けられているだろう。

それに警察を呼ばれたら、雄英に連絡がいって相澤先生に怒られるのは必至。勘弁してもらいたい。

とりあえず魔手に運んでもらい、ドーム状の遊具の中に身を隠す。雨が降っているから子供は遊びに来ないだろうし、さっきまで緊迫していたからか急に眠気が来た。

 

それにしても、道行く人が気持ち悪いくらい落ち着いている。オールマイトのあの痩せた姿がテレビ中継されたなら、もっと焦っていてもおかしくない筈だ。変なことなど何もなかったように行き交う人々の顔は日系。もしかして中国とかのアジア圏にでも飛ばされてしまったのか。

魔手にゴミ箱を漁らせて新聞を見つけた。

 

「……日付が、20年も前…?」

 

意味が分からない。どれだけ家に新聞紙を溜め込んでいたんだゴミ袋の主は。頭がショートしたのか意識が眠気に負けたのか分からないが、日付を確認した途端に記憶が無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に起きると、変わらずに遊具の中だった。ただ一つ寝る前と違うのは、少年と少女にガン見されている事だ。随分と小さく、二人とも二歳児くらいか。この年の子供は運動能力が発達して、歩くのが楽しくて仕方ない。母親と繋いだ手を離して走る時期だ。

公園に遊びに来て、遊具の中に入って市を見つけたらしい。何を言うでも無く、ただひたすら顔を見られている。

 

燈矢(とうや)、冬美?遊ばないの?」

 

母親が来た。不味い、子供ならまだしも大人はある程度の常識がある。通報待った無しだ。咄嗟に魔手でかろうじてだが上半身を隠す。これで見られても大丈夫だ。

 

「…え!?ど、どう、しました?」

「……いえ、お気になさらず」

「ままー!手、ないない!」

「ないない!」

 

……もうどうにでもなればいいと思う。まさか二歳児にチクられるとは思ってもなかった。

 

「少し、複雑なので…放っておいて」

「……でも、」

「…なら、口の堅い医者を」

 

こんな一介の母親には、どうせ無理だろうけど。見たところ子供は二人、それにお腹にもいるであろう膨らみがある。三人目か。

 

「分かりました、口が堅いお医者さんですね。案内しますけど…」

「………」

「……!?」

 

魔手を消して、先の無い両肩を晒した。子供に見せるものではないが、このレベルの傷に対応出来る医者でないと無理だと無言で訴える。リカバリーガールなんて以ての外。

 

「…無理しなくていい」

「………いいえ、知ってます」

「子供に見せるものじゃない…それにお腹にもいる。面倒事をなぜ避けないの」

「子供が見ているからこそ、大人が正しい事をしなくてはいけないのです」

 

市を病院に案内した女性は、轟 冷と名乗った。とても聞き覚えのある苗字だが、轟の親戚だろうか。話すのが得意ではない市と話したがったので、子供の事を聞いた。どうやら個性婚らしく、夫に丸め込まれて家族は結婚を了承。夫が満足する個性が出るまで子供を産むそうだ。まるで養鶏。産まれてくる子供の性別は知っていて、名前も「夏雄」に決まっているらしい。病院の入り口で礼を言って別れた。もう会うことは無いだろう。

連れてこられたのは闇医者のようだったが対応もしっかりしていて、余計な事は何一つ聞いてこなかった。義手の取り付けは役所に申請しなくていいが、故に隠密や隠蔽、用意に時間がかかるうえ高額だったので断った。義手がなくても魔手がいるからどうにかやっていける筈だ。

 

「一応、ここに名前書いて。黙ってる代わりにこれ位は協力してね」

「…………」

 

渡された紙に名前を書こうとして、見てしまった。

 

 

「…怪我のせいか、曜日感覚が曖昧なの。今日の日付、教えてください」

「え?紙に書いてあるでしょ。今日が何年の何日なのか」

「……………」

 

 

新聞紙に表記されていた年代は、溜め込んでいたのではなかった。

どうやら、市はフェイクの個性で20年前の過去に飛ばされたらしい。

 

 

 

 

**************

 

紙に名前を書いて病院を後にしてから数年、色々と考えた。

なぜ20年前にいるのか?

フェイクの個性であの時間にあの地球にいる事を拒絶されたから。

 

逆に考えれば、兄と戦うまでに20年もの月日がある。雄英のクラスメイトは産まれてもいない。教師陣は同学年くらいだろうか。

市が一方的に知っているだけで、この世界に知り合いと呼べる人はいなくなってしまった。

しかし、それは悲観するべきことではない。今までと同じだけだ。市が何も言わなければ20年後にまた会える。それでいい。

ほんの少し、寂しいだけだ。

 

そして気付いた事もある。どうやら、市は歳をとらないようだ。三年が過ぎても顔や身長は変わらずに髪が伸びるだけ。ただ若いからかもしれないが、これは後から分かることなのでしばらく放っておこう。

 

 

 

少し前から、落ちている白い狐の仮面を着けるようになった。顔を隠すためである。この世界の人間にとって市は未来人だ。将来の市を見てドッペルゲンガーなどと疑われてはたまらない。そうならない様に、魔手も極力使用を控えなければ。

そういえば神様が着けていたのもこんな仮面だった気がするが、細部まではよく覚えていない。「白」「狐」を直感的に神様と結び付けていたのでそんなにハッキリと見ていないのだ。

今日もまた人に顔を見られぬように光の当たらない路地裏を歩きながら、死にそうな人がいたら救ける日々。正直やることがないので人救けはついでだ。兄と直に会って憧憬(しょうけい)が薄れたのか、兄と戦った時よりも落ち着いて行動が出来るようになった。一応雄英のヒーロー科に所属していたのだ、と思うくらいには余裕がある。

 

 

「君かね、最近私の邪魔をするのは」

 

 

振り返ると、三十代程の男性が立っている。スーツを着こなして紳士のような出で立ちだが、瞳の奥にある陰険さが顔を覗かせている。まだ若い。

 

「あなたが、私の邪魔をしているの…」

「フゥン、言ってくれるね」

 

男の気に障ったのか、プレッシャーを放ってくる。まだ洗練されていない、荒々しい悪意だ。だが、それは()()()()()()()

 

 

「…行っていい?」

「顔色一つ変えないか。好奇心を刺激されるが…君は私と同じ、詮索されるのを嫌がるだろうからやめておくよ」

「貴方のそれは、2回目だから」

「ほぅ、興味深い。何処かでお会いしたことが?君のような子なら忘れないと思うが」

「貴方の頭脳なら、すぐに思い当たるわ」

「両腕が無い人間など、数えるくらいしか遭遇していないからねェ…」

「…………」

「腕を動かす時に、少しタイムラグが生じている。一般人相手ならともかく、戦いの最中に自分が思うように動かせていないように見えたからね」

 

 

まぁ、そのくらいの頭脳はあるか。無い両腕を魔手を生やしてそれっぽく動かしているが、適当にやっていると人体関節を無視した動きになるから慎重にコントロールしているのだ。

その日から、男と定期的に遭遇するようになった。悪巧みをしているようなので注意に留めているが、いつかやらかしそうで目が離せない。なんなら市を巻き込んだ計画を立案する猛者だ。襲ってくる(ヴィラン)を迎撃して、【並列演算】で戦いながら敵のパターンや傾向を分析して組織から潰す。それを視野に入れて敵対者を脅したりと掌の上で転がされている。それを市も理解して乗っているのだから、男の事を嫌いになれないようだ。

 

ある日、信頼できる部下に任せた爆弾の火薬が想定外の量で、男がいる建物が崩れていった。建物の崩壊は市にとって軽度のトラウマだ。すぐに魔手を使役して瓦礫を退かして男を見つける。気を失っていた為、魔手を見られずに済んだ。

 

「……どうしてトドメを刺さないんだい?」

「…いきなり何?」

「いや、気になっただけサ。君は私を注意はするが、止めようとした事はなかった。私は目を付けられている(ヴィラン)なのにどうして、とね」

「…正義の反対は、また別の正義。そんなの分かりきっているでしょう。自分を、悪役だと思ってない。ヒーローのように使命を果たそうとしている。歪んだ社会を正そうとしている。…でも問題は、人々の安全を脅かしていること」

「まぁね。追い詰められたら人質を取るのもやぶさかではないし?」

「結果が正しくても…その過程で泣く人がいるから、注意していたのに」

 

 

後何十年か待てばヒーロー殺しが現れて男の望みに近い世間になるというのに。いや、男が果たせなかったからこそ未来でヒーロー殺しが生まれていたのかもしれないが。鶏が先か卵が先か、その違いでしかない。

 

 

「そう言ってくれたのは、君くらいのものサ。誰かは思っていたのだろうけど、面と向かって言ってはくれなかった。言ってくれないと、私は分からないフリをするからね!」

「…私が今まで犯した過ちは、全て悪いとは思ってないもの。全ての優しさがいつだって、正しくなかったみたいに」

「まるで自分は優しさに殺されたとでも言いたげだね。復讐とか考えなかったの?」

「……怒りと正義感で動いても、身体は満足に戦えないのを覚えてる」

「覚えてるって…君、まだ若いデショ。何年も戯れていてなんだけど、名前教えてくれない?」

「名前…無いわ」

「エッ嘘でしょ。数年遊んでて衝撃の真実」

「……………」

「なんて呼べばいいの?ねぇ〜、君のこと呼ばせてよ〜!」

 

 

子供か。

 

 

「なんか由来は?なんでもいいから思いついたの言ってヨ!私の頭脳フル回転で名前付けてあげる!」

「………代理。私は兄様の代わりだった」

「…フム。代理という言葉は良くない。なぜなら君は君自身にしかなれず、何者も君にはなれないのだから。せめて複製と言いなさい、又は写しと。君は誰かの代わりになる為に生まれたのではなく、オリジナルの可愛げがなさすぎて親が君を生んだのサ!思いっきり甘やかす為にね!」

「……甘やかす?」

「そうとも!だから君は代理では無い!ならば思いっきり格好良く、レプリカ(複製品)と呼んであげよう!」

「!!」

 

 

白い狐の仮面。

フェイクによって飛ばされた過去20年。

男に付けられた名前。

 

 

 

違和感の点がたった今、一つの線で繋がれた。

 

 

 

「私が……レプリカ?」

「うむ、我ながら良いセンスだ!…所で相談なんだけど、自首ってした方がいいと思う?それともまだ裏社会に君臨しとく?ねね、ついでに私の名前も考えてよ。(ヴィラン)名が「蜘蛛」なんて、警察とヒーローもネーミングセンスないよネ!」

 

 

ならばこの男は。

市がこれからするべき事は。

……しなければいけない事は。

 

 




混乱する方がいると思うので、数話後に時系列もどきを載せておきます。


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53話:re.出会い

お、思ったよりコメントが来ていて驚いたぜぇ…


「どうかね、義手の具合は?」

「…完璧、の一言」

「それは良かった。私のコネで用意出来る最高峰の物を選んだからね!あとなんでいつも通りなの?ツッコんだ方がいい?それとも君の通常運転なの?」

「……なにが?」

 

「どこで子供なんか拾ってきたの!?元の場所に戻してきなさい!」

 

大声を出さないでほしい。子供が驚いてしまったではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男に名付けてもらった日から数週間は考えすぎでノイローゼになりかけたので、考えることをやめた。市は「神様」と呼んではいるが、何をしていたかなんて詳しいことまでは知らない。市の中でレプリカは「神様」であり、それだけで充分だったから。

だから、これからの行動についていつまでも考えるのはやめた。そういうのはあまり得意ではないし、神様もそう思って人を救けていたのではないだろう。今の市の苦悩は、過去があり未来があるからだ。

そう思ったので、力をつける為にまず多くの人を救けることにした。兄に会うためだけに雄英に入学したが、腐ってもヒーロー志望のクラスメイトに揉まれてきたのだ。自己犠牲の精神は無いが、目につく範囲の人間なら救けようと思ったから。

そうすれば、人伝(ひとづて)に聞く神様との大きな乖離(かいり)はしないだろうと考えた。

 

 

自分が少しずつ変わりはじめている。

それが良いことなのか悪いことなのか、今は分からなかった。

 

 

 

 

 

さて、着ているローブに潜って男から隠れた二人の子供は市が偽善にて救けた人間の一部だ。どちらもまだ小学校高学年くらいだろうか。平日の昼間にいるのを見つけたので、まともな教育もされていないのだろう。

少年は変身をする個性らしく、人に化けて盗みをしたのがバレて袋叩きにされていた所を救けた。

付けてもらった義手の試用運転のつもりで殴っている大人をボコボコにしたので、使い心地は悪くなかった。【思考加速】を使っても壊れない強度もまた良い。いや、【思考加速】を使ったから壊れるとは限らないが、あの空間の中でいつものパフォーマンスが出来るという点では相当優秀な義手だ。

袋叩きから救けると、懐かれた。引き離しても付いてくるし、ローブを掴んで離さない。そのうち飽きるだろうと放置する事にした。

個性を使って窃盗をしたのだから、(ヴィラン)の類に入ってしまうだろう。けれど、そんな社会の仕組みを知らない子供だ。無知は憐れだが罪でははなく、それを教えなかった大人に罪があると市は思っている。

そんな善悪の見分けが付かない子供は、あの男に押し付けてしまおう。父性が枯れてしまうとボヤいていたし、ちょうどいい。地頭がなまじ優秀なので良い教育者となってくれるだろう。

 

少年の個性では市も姿を変えられるらしく、顔を見られたくないならどうかと勧められた。流石に仮面をしているとそういう気遣いをされてしまうか。この歳でそんな事を提案するとは、そういった環境で育ってきたと安易に予想が出来る。

提案を受け入れて姿が変わり、そしてなんと声まで変わった。どこにでもいるような女性の顔。その市に手を繋いでもいいかと顔を赤らめて尋ねてくるあたり、スレていると思っていた割には可愛げがあった。それもそうか。まだ親の庇護(ひご)下にいるべき子供だ、市が白色さんに求めたように人恋しいのかもしれない。

 

 

そうして手を繋いで歩くと、嫌に暗いアパートに辿り着いた。人気が無く日光も差し込まないでどんよりとしている。建物自体もボロボロで、ここに住む人は相当な金欠かワケありだと考えてしまうような古さだった。

見上げていると、大きな声で言い争う音が聞こえた。入り組んだ道の先にあるにも関わらず、遠くの大通りを歩く正義感の強い人に聞こえたのか通報する声もする。しばらくすればヒーローが到着するだろう。

どこかの部屋の窓ガラスが内部からの衝撃で吹き飛び、道に降ってきた。割れたガラスは凶器になりえる。市がいる場所から近くはなかったが、破片が飛んでこないとも限らないので少年を片手で抱き上げて回避。

喧嘩にしても、確実に今個性を使った。警察沙汰確定だ。

 

抱えている少年に怪我が無いのを確認して、ヒーローが来るなら放っておこうと道を戻ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___て

 

 

か細い声がする。いつも道行く人が聞き逃してしまうであろう声量。先ほど窓ガラスが割れた事で市に聞こえた少女の声。それはすなわち、あの部屋に声の主がいるという事だ。

 

 

__誰か…救、け…て…

 

 

抱えていた少年を置いて、その部屋に向かって跳ぶ。手すりや壁を足場にして登り、目的の部屋のベランダに着地する。

……しまった、()()()()()()()()()()()()()()()

喧嘩ならば放置していたが、あの激しさの渦中にいるらしき声が救けを求めているのを聞いてしまえばそうはいかなくなった。これではまるでヒーローではないかと自分に呆れてしまう。

 

部屋の中では、服を脱がされて震える少女と、それを囲む大柄の男数人。

はい有罪確定。合意ならまだしも、無理矢理、それも小学生の少女に詰め寄るとは人間失格。

先ほどの大声に窓の破壊は、抵抗する少女を脅す為のものか。

 

 

「なんだお前は。人ん家に勝手に入ってくんじゃねーよ!」

「今から楽しいことするんだからよォ。誰かも分からねえ豚はどっか行けっての」

「なんだ交ざりてえのか?それならそうと言えって」

「オラさっさと脱げよ雌豚!てめェにはそれしか取り柄がねえんだからよ!」

「お前そんなにガキ虐めるの好きだっけ?」

「…や…嫌だぁ……!」

 

 

胸糞悪い。

 

 

「ブタに対してしか自己顕示出来ないなんて、可哀想ね」

 

思った事を言ったら図星だったらしく、顔を赤くして殴りかかってきた。思考も攻撃パターンも安いチンピラだ、煽り耐性が低すぎる。【思考加速】を使うまでもない。

人体の皮膚が光り、大振りにテレフォンパンチをしてくる奴を投げて窓から落とした。死なないだろ、全身硬くする個性っぽかったし。

テレフォンパンチとはその名の通り、耳まで拳を引くので電話しているようなポーズであり「今からパンチを打ちますよ」と電話で教えてから打ってくる状態の事だ。つまり、軌道とタイミングが丸わかり。

次の二人も同じように落とした。最初に落とした男が移動していなければその上に落ちるような場所に。

 

部屋に残っているのはあと二人。家主らしき男と一番大きな男。家主は分からないが、もう一人の男は見るからに異形系の個性だ。ゴリラだか猿だか分からないが、人類の進化前の姿。だから知能が低いのか、納得。

ゴリラが呻いて腕の筋肉が肥大していく。オールマイトのような太さだが、彼ほどの威圧感はない。見せかけだけ大きくて中身が無いなんて、本人を体現しているようだ。

異形系や増強系の個性は多くが近接戦闘を得意とする。これは相澤先生に教えられてテストで出た。食らわなければなんということはない。そいつも外に蹴り飛ばして家主に向き合った。

 

「…ッチ、こっち来んなよ女。ガキがどうなってもいいのか?」

「ええ。私はヒーローじゃないし」

「なっ………く、来るなよ!?俺が指を鳴らせば、ガキは死ぬ!」

 

…なんて効率が良くて頭の悪い攻撃だ。それはヒーロー相手には効果抜群だろうけど相手が悪かったね。指を鳴らせば、なら相手が知覚出来ない速度で少女を取り返してしまえばいい。

 

 

カチリ。

足に力を入れて突進する。指を鳴らす前に少女を抱いて、ついでに顔に右ストレートをお見舞いして【思考加速】を解除する。新しい義手は鉄の塊なので、顔面陥没する程度の威力はあったようだ。醜い顔を整形してあげたのだ、むしろ感謝してほしい。

 

 

「……パパ?」

 

 

……なるほど。あの顔からこんな美少女が何故生まれたか疑問だが、実の父親に売られていたらしい。身体中の痣から、日常的に暴力を受けていたと見ていいだろう。これは保護施設直行だな。

とりあえず部屋から出ようとベランダの手すりに立った。下は警察に囲まれていて、突然上から降ってきた男共ににじり寄っている。

置いてきた少年は保護されているが、どうも彼の機嫌が悪い。

 

 

「司令官、人が出てきました!少女を抱えています!」

「ヒーローの到着まで待て!どんな個性を持っているか分からないぞ、警戒は怠るな!」

「性犯罪で指名手配を受けていた男達を確保しました!」

 

 

………犯人扱いされてないだろうか?気のせいだと思いたいが、そう上手くいかないようだ。あの弱さで凶悪犯だったのか?来るヒーローは期待しないでいよう。どうせそれなりの前衛とサポート特化の相棒(サイドキック)だろうと予想して面倒事にならない内に帰ろうとした。その時。

 

 

「私が来た!!!」

「……………」

 

 

前衛が強すぎる

あと16年であの時に戻るので活動していてもおかしくは無いが、いや、まさかこんな小物(ヴィラン)にまで出しゃばってくるとは思わなかった。

 

「おお、オールマイト!来てくれたのか!」

「勿論だとも!どんな(ヴィラン)であろうと、救けを求められたら向かうのがヒーローってやつさ!」

「頼もしいよ。目標だった指名手配犯は確保したんだけど、ちょっとトラブルがあってね」

「現場にトラブルはつきものさ、心配するな!何故なら、私が来たから!」

「指名手配犯がいた部屋に保護対象である少女を抱えた女性が見える。見たことない顔だし、一見すると少女を守ったように思うだろう。だが指名手配犯を無効化したのはあの女性だ、気をつけてくれ」

 

 

カチリ。

一日に何度も【思考加速】は使いたくないが、オールマイト相手に四の五の言ってられない。使ったと同時にオールマイトが向かってきたので避けた。少女を傷付けないように配慮してあわよくば取り返そうとしているが、少女はオールマイトを知らないのかその顔の濃さに驚いて涙目だ。ニュースや動画サイトを見ていないのだろう。

それにしても、前にUSJで見た時よりも圧倒的に速い。速度に威力、どれをとってもあの時の比ではなく、こちらも避けるのに精一杯だ。

何度も避けていれば、流石に偶然ではないと気付いたのかオールマイトの顔が笑顔のまま険しくなっていく。市が変身してる女性を只者ではないと思ったのだろう、攻撃速度を上げてきた。だが、まだ追える。

市の【思考加速】だって100倍のままではなく、今では精度も上がり100倍以上の世界にいる。それでもこのスピードに素で追いつくなんて、オールマイトも立派な人外だ。正直気持ち悪い。

 

狭い部屋だと不利なので、ベランダから飛び降りて着地する。先に落とした男達はもう回収されたようで、落ちてくる市に驚いた警察は蜘蛛の子を散らすように距離をとった。遅れてオールマイトも顔を潰した家主を抱えて降り、家主を警察に預けて市に向かい合う。

その着地の衝撃で目が覚めたのか、家主は市を見た途端に周りの警察を無視して喚き散らした。

 

 

「く、クソ女!こんな事してただで済むと思うなよ!そんなゴミなんてくれてやる!この俺が犯してやったのに産むだけ産んで自殺しやがって…!ガキなんざストレス解消にしかなんねーんだよ!!育てんのも面倒くせーしよぉ!ゴミが!てめェなんざいらねーんだ粗大ゴミ!」

「黙らせろ!!」

「なんだお前ら離せ!触んな殺すぞ!」

「…………っう、ぅ〜〜〜〜…」

 

 

あーあ、周りをよく見ないから。警察の前でそんなこと言ったらそうなるに決まってるだろうに。ほら、少女が泣き出した。市は泣いてる子供の慰め方を知らないから、放置するしかない。家主を取り押さえた警察に、困惑するオールマイト、ヘッドホンマイクに手を当てて考える司令官らしき男。

 

 

「え〜と…君はヒーローなのかな?」

「オールマイト、それは違う。ヒーロー名簿にあんな女性はいなかった」

「マジ?どうするの?」

「どうもこうも……っ待て!撃つな!」

「!?」

 

 

額に衝撃が走って思わず仰け反る。その後から銃声がした。

どうやら遠くで待機していた狙撃手に撃たれたらしい。指令系統はしっかりしてくれ、命に関わる。

市が撃たれたのを間近で見て、警察に保護された少年が制止を振り切ってこちらに駆け寄ってきた。

幸いにもダメージは無い。全身が光り、皮が剥がれて変身が解けている。ゆっくりと背中の筋肉を使って起き上がると、いきなり別人になった市に周囲が驚いていた。まぁ、一般女性がいきなり全身黒の狐面になったらそうなるのは分かる。

 

 

「貴方にはゴミでも、私にとってはゴミじゃない。…無価値な人など存在せず、私はこの子がゴミだとも思わない。捨てるなら、私がもらう」

「君は……?」

「その仮面、お前は……レプリカ!!」

「こんな所で会うとはな…総員、配置につけ!」

 

 

神様、こんなに前から知名度あったのか。流石だと思いたいが、今は自分がレプリカなので素直に喜べない。

逃げようとすれば、もちろん追いかけてくるのがヒーローだ。追い縋ろうとしていたオールマイトに義手に仕込んでいたナイフを投げて牽制し、ちょうど少年が足に抱きついてきたので地面に闇を出してその中に沈む様に潜った。魔手は見せていない、大丈夫な筈だ。

 

魔手は使っていないが、闇の中に入ることは増えた。魔手を見せなくて済むし、回避や移動にも使える。自分の個性の使い方が分かってきた、と思いたい。

そして出る場所はもちろん最近根城にしている男の元だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それだけ!?なんかもっとこう…他に言うことは!?」

「貴方が育てて。大丈夫、この子達にも了承は得てるから」

「大胆にして繊細な心遣い!!」

「怒鳴ると怯える。善悪くらいは教育出来るでしょ?」

「私には君という人間はハードルが高すぎるヨ!!」

 

この子達の傷付いた心は、ゆっくり育てていかないといけない。自尊心、自己承認欲求、その他にもたくさんある人の心を解きほぐして成長して欲しいのだ。

 

 

「ハァ……恩人の頼みだし、仕方ないね。君達、名前は?」

「…俺は扮貌(ふんぼう) (こう)

密芳(みつほう)好美(よしみ)、です」

「ウン、良い名前だ。私は…獅子那(ししな) (あゆむ)、本名さ」

「……どうして、仮面を?」

「よくぞ聞いてくれた!実は誰かのツッコミ待ちだったんだよ!知りたい?知りたい!?秘密〜〜!!」

「……ハァ」

「溜息なんて酷いじゃないか。三十代のオッさんの理由にしては恥ずかしいから言わないだけですぅ〜!そういうレプリカだって、どうして仮面を付けてるのさ!教えてくれたっていいじゃない!名前付けたの私なんだぞぅ!」

「……憧れの人と、お世話になった人の真似」

「ぶーぶー!その答えじゃ不満だよ!私は満足しないぞ!」

「そのうち分かる。…貴方が思い出せた時、また会いに来るわ」

「え、義手の更新とかメンテナンスには来ないの?」

「………改めて名乗る、という意味だから」

 

 

 

過去に来て、20年の月日を省みて真っ先に浮かんだのはロマンスグレーのあの人だった。あの時言われた「困った時はいつでも頼っておいで」を馬鹿正直に信じて、縋ろうなんて断じて考えてなどいない。

 




10秒で考えた名前解説
扮→扮する
貌→無貌(むぼう):貌(顔)が無いこと
甲→何かの囲い、又は外の覆い

密→密室
芳→芳しい(かんばしい):いい匂い
好→好き
美→美しい

獅子那 歩:イメージ元はfgoのジェームズ・モリアーティ。又の名を「犯罪界のナポレオン」。よって、
ナポ→那歩
レオン→獅子

いやマジ名前解説するの恥ずかしいです。



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54話:re.もう一度

男はまだ裏社会に降臨しながら二人を育てている。心配していたが、意外にも真面目に育てているので「やれば出来るではないか」と感心した。学校に通わせてもいいのだが、警察に見つかると厄介なので組織の信頼出来る者にも手伝わせて面倒を見ているようだ。

市も時々組織を訪ねては懐いてくる子供達の相手をしている。声を聞かせたくないので体術か、少年の個性で変身しつつ声を変えて勉強を教えている。

闇を渡りながら人救けをしては(ヴィラン)を修行ついでにボコボコにする日々。それは数年前、ある男と会った事で変わる事を余儀なくされた。

 

 

「君が例のレプリカかな?面白い個性を持っているね…少し、私の話を聞いてくれないか?」

「………」

「おや、警戒しているのかい。僕の名前はオール・フォー・ワン。君の事が気になっていたんだよ…その個性、僕にくれないか?」

「断る」

 

 

あの時とは違い、マスクで顔が隠れていない。まだあそこまでの怪我を負っていないということか。

 

 

「やれやれ…君にも良い話だと思うのにね。個性をくれる代わりに、望む個性を与えてあげるよ。どんなものでもいい、言ってくれれば叶えてあげる」

「…私は自分に満足している。叶えて「あげる」と言う時点で、私の事を下に見ている者に従うつもりはない」

「………ああ、すまん無意識だった」

 

そうやって、自分の下にいる者を嘲笑して操ってきたのだろう。この男に関しては、個性の出し惜しみはしなくていい。するつもりもない。ここで負けて個性を奪われてしまったら、何の為に市がここにいるのか。

全力で抵抗する所存だ。

右腕が赤黒い光を帯びて、何かが市に向かって放たれる。顔に食らって仮面が割れないように最低限の気を配りながら、オール・フォー・ワンとの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果は引き分け。

本気を出されると勝てる見込みが無いので、高度な(から)め手を用いた耐久戦で攻撃を凌いだ。オール・フォー・ワンも最初から本気を出すつもりは無かったらしく、ある程度の攻防を繰り広げてから手を止めてゆっくりと拍手をした。

 

 

「素晴らしい…このレベルの僕に渡り合うとはね…。けれど、そういう事か。

君の個性は強個性だが、()()()()()()()()()()。だから僕が奪っても君の域まではいけないだろう…実に興味深い。そこで折半案といこうか。僕は他人の個性を集めるのが趣味でね。その研究をしている施設に協力してくれないか?気が向いた時でいい、どうだい?君とは良い関係が築けると思うんだけど」

 

 

裏があるように思えてならないが、市を狙わないと言うのなら提案を受けよう。これから先もあんな戦闘をする気は無い。

施設まで案内する気は無いらしく、人を呼んでオール・フォー・ワンはどこかへ消えた。呼ばれたのは白衣を着た女性だ。名乗ろうとしたが、そこまで干渉するつもりも無いので遮った。

施設へ着くと同時に怪我の手当てをされて、包帯を巻かれる。顔は死守したし腕も偽物なので、足と胴体しか手当てされていないが、性別はバレてしまっただろう。顔を見られていないのが唯一の救いだ。

この世に素顔を晒す気は無いのだから。

終わったら組織で義手のメンテナンスをしてもらおうと考え、それまで暇なので女に何を研究しているのか聞いた。

 

 

「ああ、私は遺伝子学の研究をしているの。一昔前まで個性なんて概念は無かったのに、光る赤ん坊が生まれてから社会は大きく変わった…。

なぜ個性と呼ばれるものがあるのか、それは遺伝子に繋がれたデータなのか、何をもって私たちを人間たらしめるのか。人間に発現する個性が動物に出る事例もある。私は、それを知りたいの。遺伝子の時点で、生まれる命の個性を操作出来るのか、無個性に変更する事は可能なのか?

研究する度に思うの、人間ってなんだろうって」

 

 

…人の命を、科学で解明しようとしているのか。

それは結論が出るものなのかは市には分からない。だが一人の学者が命の答えを出した所で、全人類が当てはまる訳ではないのだ。それが多様性と呼ばれるものであり、人間が関わり合っていくのに必要なもの。

 

 

「…人間が持つ合理性と不合理性のせめぎ合い。そこに、命を科学する難しさがあるのでしょうね」

「そう。人間の身体を数値として解析して、その答えだけでは納得しない人間。だから私は、人を研究するの」

 

 

随分と崇高な想いだ。

そういう考えの者が世界に一定数いるからこそ、性善説や性悪説が唱えられるのだろう。そして、それに感銘を受けるフリをした世間が中身の無い「それらしいこと」を声高に訴えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから本当に気が向いた時に施設に行き、素人目線で個性についての意見を聞かれたりアドバイスを求められたりした。

正直、市に聞かないでほしい。

 

 

「……やつれた?」

「ああ、分かる?研究も楽しいけど、子供の世話を任されてね…。自分の知らない事に気付かされる反面、忙しくてしょうがない」

 

 

そう愚痴を零すわりには笑っている。日々に満足しているようで何よりだ。

 

 

 

**************

 

日本を縦横無尽に移動し、各地に足を伸ばしすぎて自分がどこにいるかあまり把握していなかった。

道を歩いていると、広い家の前で何かを殴る音が聞こえる。それに続いて子供がえずく声と喉を鳴らす音、怒鳴る声と聞くに堪えないものだ。周りの人間は気まずげにそそくさと通り過ぎたり、イヤホンをして聞こえないフリをしている。誰も通報しないのだろうか?

 

仕方ないので、誰も見ていない瞬間を見計らって敷地に侵入した。音が聞こえてくるのは道場のような場所であり、中の様子を探るため、壁に背中を預けた。

 

 

……、…誰だ!!」

 

 

声は大きいのに、何を言っているかまでは正確には分からない。けれど警戒とともに叫ばれた言葉だけはハッキリと聞こえ、直後に熱が近付いているのを感じてその場から飛び退いた。

壁が赤く膨らんだと思ったら、それを突き破って炎が駆ける。見事に穴を開けた壁の向こうから、威厳のある声で呼びかけられた。

 

 

「侵入者……この俺をエンデヴァーと知っての犯行か?」

「………」

 

 

いや、ごめんなさい知らなかった。これから他人の敷地に侵入する時は名札を見てから入ろう。

今の轟音を聞きつけたのか、母屋(おもや)から少女が飛び出して来た。

 

 

「今の音なに!?」

「来るな冬美、警察に通報しろ。ヒーローの要請は要らん」

「え……、うん、分かった」

 

 

冬美…どこかで聞いたことある名前だ。

いつ、どこで聞いたんだったか…。そういえば、エンデヴァーは轟の父なんだったか。轟、轟…………。

 

「(………ああ、あの時だ)」

 

市がここに飛ばされて初めて遭遇した子供が、確かそんな名前だった気がする。両腕が無いのを母親に告げ口した子供だ。という事は、ここは市が落ちた公園の近くか。

道場に空いた穴からエンデヴァーに姿を現し、その厳格な顔を見る。

 

「…その仮面、貴様が噂の奴か。ヒーロー気取りの犯罪者め」

 

側から見れば、ヒーロー気取りに見えるのだろう。

けれど、市はそんなこと微塵も思っていない。自分のやりたい事をしているだけで、周りがそう持ち上げているのだ。むしろ、そう言い(たた)える世論が煩わしい。

 

「ちょうどいい。貴様の行動は目に余ると思っていた所だ、ここで潰れておけ」

「……お断り」

 

炎がこちらに向かってくる。市の知っている轟とは威力も練度も桁違いだが、彼の戦い方に似ている。あの手に掴まれたら終わりだが、本人はそんなに速くないので逃げるのは簡単だ。

むしろ、出した後の炎を遠隔操作で高温にする事が出来ると考えて回避した方がいい。赤い炎の被害を受けない距離で避けても、その瞬間に青い炎にされてしまったら火傷を負わされてしまう。心配すべきは顔付近に放たれた炎が酸素を燃やし、急激な酸素濃度変化による意識の混濁。そうなってしまえばこちらに打つ手は無い。とにかく、炎に臆したら負ける。

オールマイトに次いでNo.2の実力を持つエンデヴァーだ。戦闘力も並のヒーローとは比べ物にならない。

 

 

カチリ。

笑ってしまうくらい遅くなった世界を走り、鳩尾(みぞおち)に鉄拳を叩き込んだ。炎を纏っていてもこちらは義手だ。腕自体に熱を感じないので、肉弾戦には丁度良かった。

 

 

「……ぐっ!?」

「…そう簡単に潰されると…困る」

「っ貴様……ただで済むと、思うなよ…!!」

「…………人の気持ちを、無視していない?」

「ヒーロー、でもない奴に…分かってたまるか!」

「誰かに勝ちたい、勝たなければ。追いつくために、なんでもしよう。……それは、貴方の怒り。視野を狭くして、他人を見ないようにしている。貴方の怒りは正しい…けれど、目の前にいるのは誰?」

 

 

諭すつもりなんて毛頭無く、説教をしているつもりも無い。No.2ヒーローなのだ、根は公平にして厳粛であり、在り方が平和の象徴と少し違うだけ。

聞こえていたかは定かではないが、遠くでサイレンが聞こえるので撤退するとしよう。よく見ると、道場内に少年がいた。……あれはもしかしなくとも、轟ではないだろうか?

10年ぶりのクラスメイトとの再会。嬉しくもあり、どうして会ってしまったのだろうと後悔もある。まだ会う時ではない。けれど、ずっと求めていたような気もする。

クラスメイトだった時とは違い、火傷の跡も生々しい。組織で最近強請られるようになったのを思い出して、轟の頭を撫でておいた。

今の轟はまだ幼く、その身は脆い。けれど、市はその先に尊さがある事を知っている。変わるなとは言わないが、次に会う時に記憶のままでいてくれる事を望もう。

 

 

家の前に警察が到着したので、急いで道場から出て闇に入り離脱した。

 

 

 

**************

 

 

子供の泣く声がする。

またか、と思ってしまうが子供とは本来泣いて育つものだ。

嬉しい、痛い、悲しい、寂しい、気持ち悪い。

表現方法が少ない小さい頃は、それら全てを涙を流して訴える。

市はその涙を流す理由が、悪いものでなければ良いと思う。

 

 

あの轟家事件から半年、どこかの団地でそれを聞いた。周りに子供のはしゃぐ声や大人の姿も無い。子供が一人で泣いている。様子を見て、大丈夫そうなら違う場所へ行こうと足を運んだ。

 

「(……緑谷?)」

 

あの特徴的な頭は彼にしか見えない。どうして泣いているのだろう?

逆算して考えるに、今は10年前。個性が発現していてもおかしくない頃だ。あの超パワーを持つ個性からして一人で泣くような事は無いと思うのだが、気弱な性格の彼だ、飼っていた動物が死んだなどの理由だろうか。

この歳の子供の平均的な門限が迫っている。そのうち母親が探しに来そうだが、周りに墓のような目印は無い。

観察していると、視線を感じたらしい緑谷がこちらを向いて肩を揺らした。

 

「………き、狐、さん…?」

 

この仮面をしていると、初見の大人はだいたいビビって近寄ってこない。例外は、何事にも好奇心旺盛な子供だ。時々公園で楽しませてくれるマジシャンのような分類に入れられているのか、市を視認した途端に走り寄ってくる。正直、勘弁してほしい。

 

 

「………」

「狐さん…なんでここに…」

「…貴方が、泣いているから」

 

 

子供ならこれで騙されてくれるだろう。

 

 

「……だって、みんな僕を虐めるから」

「………」

「僕ね、オールマイトが大好きなの!家でもね、ずっと見てるんだ!いつかオールマイトみたいに、カッコいいヒーローになる!」

「…そう」

「……でも、ムコセーなんだって…。個性が無いから、ヒーローになれない、んだって…ぅ、」

 

無個性?そんな筈は無い。

市の知る緑谷は、個性を持っていた。加減が分からないのか自爆してばかりだったけれど、彼は無個性では無い。きっと発現していないだけで、遅咲きなだけだ。

 

「…それは違う」

「………え?」

「まだ分からないだけ。将来、すごい個性が出るから」

「…本当?嘘じゃない?」

「うん、本当。大きくなったら雄英においで。その時に個性があったら、握手しよう」

「オールマイトが卒業した学校……本当?本当に、また会ってくれる?僕でも、ヒーローになれる?」

 

 

この歳から、そんなにヒーローに憧れていたのか。いや、無個性と言われているから、余計に憧れているのかもしれない。緑谷の個性がどうして遅咲きなのかは分からないが、市が知る限り緑谷はオールマイトの様な性格の男だ。余計なお世話が面倒くさいとも言える。

 

 

「無責任な事は言わない。…でも、全ての人は、ヒーローになれる可能性がある」

「……〜〜ぅ、わぁ〜〜ん!」

 

 

ここで断言しないのを、自分でも(ずる)いと思う。

というか泣き出した、どうしよう。

見るからに怪しい不審者なのに、緑谷はローブを掴んで離さない。そういえば四年前にオールマイトに会った時も二人の少年少女に掴まれていたような気がする。

ここで引き離すと更に泣くのが目に見えているので、温度の無い義手でゴメンと心で謝りながら抱きしめた。緑谷だって母親に抱きしめられる方がいいだろうに。

すると更に泣いた。いや何故だ。泣かない為にやったのにどうして逆効果なんだ。通行人に見られたら通報待ったなしである。本当にそれはマズイ。声が響かないように緑谷の顔をローブに押し付けて泣き止むのを待った。

…子供だから仕方ないか。どうせ市が言った事も忘れてるだろう。

 

 

 

 

存分に泣いたらいい、緑谷。

君に個性が宿ることを知っている。

希望的観測では無く未来から来た者として、君の未来は明るいと約束しよう。

 

 



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55話:re.天魔 市:オリジン

炎があがる。
林間合宿にてふざけて形容した地獄絵図などではなく、本当の地獄がそこにはあった。
涙を流して生き絶える者、喉を抑えて横たわる者、四肢が吹き飛んでいる者、顔の上半分が無い者。

そして市は、自分がどこにいて、何を成そうとしていたかを再確認した。




 

 

 

いつものように気が向いたので、施設に向かった。

いつも会話する白衣の女性の元気が無い。研究への好奇心は衰えていないようだが、何か別の所で問題があったのだろうか。

 

「え?ああ、大した事じゃない。ただ、最近は気が進まないことをやらされてるから、そのストレスが顔に出てるのかもね。…そうだ、今だから言うけど実はこの研究所に君の子供がいるんだよ」

「…、子供?」

「正確に言ったら子供では無いんだけど。ほら、初対面で怪我の手当てをしたでしょ?実はその時にコッソリ血をサンプルに回してね。求められた結果が出なくてイライラしてたから試しに君の遺伝子に寄せたら成功しちゃってさ…」

「……………、」

「より細分化して言うならクローン?前にも言ったけど、子供の世話っていうのは君のクローンの事。もしかしたら、君の顔にそっくりかもね」

「…名前、は?」

「それは秘密。私の受精卵を使ったけど私にちっとも似てない可愛さだから君似だよ」

「なぜ、このタイミングで」

「……………今日、ここは警察とヒーローによって閉鎖される。私が通報したからね…君と会えるのもこれで最後。ここにいる人間、誰も救けなくていい。全員が罪深くて、哀しい人ばかりだから。私もここで生まれて育ってきたから、長いことここにいる。良心の叱咤ってワケじゃないけど、とにかくそういうことだから。今日はもう帰りな、巻き込まれるよ」

 

 

そう言って、白衣の女性は部屋を出て行った。

____なんてことだ。今日が、その日。この施設が、市が生まれた場所だった。

 

一度も外に出た事がないから、施設の外観など知らなかった。子供など一人も見なかったし、あの女性は研究に誠実だった。

……ああ、だから市の相手を任されたのか。

裏でやっている事を知られたら、間違いなく邪魔をするからと。気が向いた時と言って頻度を減らし、取り留めの無い事をさせて帰す。全ては、警官やヒーローにレプリカも研究に賛同していると印象付ける為。

 

 

こんな簡単な事にも気付かなかった。神様しか思い出せず、その他の事が何一つ分からない。市の記憶はもう壊れかけている。

サイレンが鳴り、悲鳴が聞こえ始めた。オール・フォー・ワンが虐殺を始めたのだ。自分を知っている全ての研究者を口封じの為に殺して。

部屋の扉を破壊されて、巨悪が顔を見せる。

 

 

「やあレプリカ、その様子だと気付いてしまったのかな?せっかくだし、君も目障りだったんだ。研究者はほとんど殺したし、君も始末しておこう」

「………」

「嬉しいだろう?もう会えない研究者たち皆と会えるんだ」

 

 

慣れ親しんだ狂気が、今この瞬間だけは恐ろしい。

オール・フォー・ワンの右腕が膨らみ、その腕で殴られた。いくつもの壁をぶち抜いて、一等硬い鉄骨に背中をぶつけて止まった。

起き上がる気力も無い。全てが嫌になって、魔手の闇に引き摺り込まれていたい。あの優しいゆりかごの中で、ただ無意味に時が過ぎるのを待っていたい。

 

 

それでも、市の身体は起き上がろうとしていた。

頭がやめろと言うことを、壊れかけた心がそうしろと叫んでいた。

どうして、市は起き上がろうとしている?

生まれた時の記憶は、もう何も無い。

なのにどうして。

 

 

「………ん?」

「あ……あぁああぁあああああぁああぁぁぁああ!!!!!」

「っ!?」

 

そこからはただ走った。何をしているのか分からないくらい叫んで、飛び出して________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理性を取り戻すと、そこにオール・フォー・ワンはいなかった。施設は炎に包まれ、人間も機械も関係なく燃えていく。

どこかの扉を壊したのか、眼前には太い柱の下敷きになった白衣の女性と幼い市が泣いている。

白衣の女性。白色さん。市の、母親。

 

(君は、誰かの代わりになる為に生まれたのではなく、オリジナルの可愛げがなさすぎて親が君を生んだのサ!思いっきり甘やかす為にね!)

 

どうして、あの男の言葉が浮かぶ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神さま………?」

 

幼い自分の目に、市が映っている。

自分に言われた言葉に、曇っていた視界が晴れるようだった。

 

 

市はずっと、自分を救った神様になりたかった。

20年前に来て、その事実を受け入れて、心の何処かで見ないフリをしていた。

 

 

市はもう、神様になっていたのだ。

もう、ここで泣いている幼い子供ではない。

神になりたいと目を曇らせているほど幼くなどない。

現実を見たくないと目を覆う子供ではない。

市が生まれた時からもうそれは決まっていて、市ははじめから自分の神様だったのだ。

 

そんな分かりきった事にようやく気付いて、そして覚悟は決まった。仮にそれで倒れようとも構わない。

幼い自分は、市に新しい夢を見た。その夢を追いかけて20年以上過ごした。神様に憧れて10年、過去に跳んで10年、それに後悔は無い。夢から覚める時間だと気付くのに、20年もかかってしまった。

 

 

夢見せたなら、幕引きも市の役目だ。

 

 

 

市を見上げる自分に近付いて、その頭を撫でる。

このゆりかごも、こうなっては足枷だ。さぁ、お前の帰るべき場所に帰るといい。

 

今まで共にいた個性を、自分に譲渡した。自分自身に移動するのだから、拒絶反応などある訳がない。

 

 

 

「…ぇ?」

「個性はあげる。だから約束して?」

「…………はい、神さま」

「この先なにが起こっても生きると。貴女が生きる事で、ほんの少しでも世界は変えられる」

 

 

なぜなら、私が生き続けた事で自分の神様になれたから。

 

 

「その身体でずっと生きてきたんでしょう?」

 

コクリと頷いて、幼い自分は気を失った。それを自分に譲渡した魔手に人気の無い所へ運ばせて、下敷きになった母親を見る。

怒りと尊奉(そんぽう)、憂い、憧憬(しょうけい)は全て飲み込んだ。初めて、こんな穏やかな気持ちになれたかもしれない。

 

 

 

重い柱を退かして、母親を横に抱き上げる。

仮面に隠れて、私は泣いていた。

 

 

「…母様、長かったよ。気付くのに、たくさん時間がかかっちゃった。

母親を救けなくていい、なんて無茶言って…」

 

 

炎が轟々(ごうごう)と舞う施設の中を行く当ても無く歩く。柱によって腹が凹んだ母の顔は、綺麗だった。似ていないと言っていたが、本人が気付いていないだけで私は母にちゃんと似ている。

生まれた世界を再確認するように、一つ一つの部屋をゆっくり見て回った。そろそろ全てが燃え尽きてしまう。

 

とある部屋で、一人の少年を見つけた。炎の煙に焼かれて咳が酷く、あれでは呼吸も苦しいだろう。けれど、喉に手を当て涙を流したその目から、生への執着を見た。

ならば、私が救けよう。

 

 

名残惜しいけれど、母を壁にもたれかからせて少年を抱き上げる。破れかけたローブを顔に押し付け、煙を吸わないようにしていた。

 

 

「ゲホッ…ハァ、ありが、とう…ございます…ゴホッ」

「話さなくていいから、寝なさい。起きた時に、またお話ししよう」

「………は、ぃ」

 

 

空っぽの頭で、ずっと生きる意味を考えた。私が生まれた意味を考えた。そして、答えは既にあの時から私の中にあった。

 

人間は生まれた時から、誰もが夢を見て、現実と比較して失望してきた。けれど、誰一人として夢を見なかった者はいない。私の夢は叶い、望みが叶ったその時は、次の夢に向かって生きよう。形を変えて、紡ぎ続けるもの…それを、終わらない夢と呼ぶのかもしれない。

 

 

私の原点(オリジン)

気付くのに、思い出すのに、自覚するのに随分と待たせてしまった。

私が戦う理由。人を救ける理由。

やはり私の全ての始まりは、皮肉にもこの場所だったということか。

 



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56話:re.白い髪の少年

燃える施設から少年を持ち帰った時、獅子那は呆れたように私を見たけれど、ため息を吐いてベッドのある部屋を指差す。

高校生になった少年少女の反応は様々だった。少年はチラリと一瞥してからチンピラ狩りに行き、興味を持った少女が覗くも「なんだ男か」と一瞬で興味を失った。美少女に育っても男に興味を示さないのでどうしようかと考えている。

幼い頃に成人男性に囲まれていたのがトラウマなのか、女性好きに寄っているのだが…それをとやかく言うことは出来ない。私に出来ることはせめて優良物件を紹介するだけだ。もう幼馴染と言っても過言ではない少年はどうなのだろう。美少年、美少女だからお似合いだとは思うけど。

 

救けた少年を押し付けられる事が分かっているのか、獅子那に「面倒見ておくから行っておいで」と促された。あれは騙されてはいけない、面倒を見るのは言った本人ではなく部下だ。

お言葉に甘えて街に繰り出した。毎日積み重ねたイライラが爆発するのか、抑制された個性を解放して暴れる輩が後を絶たない。人によって積み重ねた時間や感情の解放のタイミングは十人十色なので、1日1度は必ず遭遇する。

私は、その暴走で被害に遭う人を救けるだけだ。

 

 

 

 

 

 

いつものように警察やヒーロー、感謝したいらしい一般人を撒いて、獅子那の組織に入る。誰にも見られないようにしているが、もし見られてもこの組織には中々手が出ないと思う。あんな雰囲気の男だが、世間では大物(ヴィラン)なのだ。本当に信じられない。

 

「帰ってきた!レプリカさん帰ってきた!!」

「ナイス報告だ好美(よしみ)クン!レプリカ、ちょっ…早くこっち来て!」

「……はぁ…」

「なんでため息!?本当に深刻だから!」

「そっち抑えろ!レプリカさんも呆れてないで早く!」

「分かった」

「なんで(こう)クンの言うことは素直に聞くのカナ!?あっ痛ぃ!意外に力強いね!?皮剥がれたから個性おかわり!オジさんにはキツいよ!」

「んなポンポン使えないっての!」

 

ドタバタと扉の向こうで暴れる音がする。また獅子那(ししな)が度の過ぎたイタズラをして少年にキレられているのかと思ったが、そうじゃないらしい。オロオロと焦る少女に手を引かれて、救けた少年を寝かせた部屋に入る。

そこには目を覚ましたのかパニックで暴れる少年と、それを押さえつけようとする二人がいた。少年の個性で押さえつける手は通過し、その手が時々二人に当たる。皮を被っているのでダメージは無いが、それも時間の問題だろう。

暴れる少年に近付いて、その目元を機械の掌で覆う。

 

 

「おはよう…なんのお話しをする?」

 

 

そう言うと、途端に大人しくなった。

あの施設にいたなら仕方ない。ましてや、目の前で殺戮が行われていたのだ。目が覚めてもまだ信じられないのだろう。

 

「……ここ、は…」

「安全な所。もう、怖くないよ」

「…火が………熱い…」

「大丈夫。次は側にいるから、おやすみ。たくさん暴れて疲れたね。今まで頑張ったから、少し休憩しようか」

「……………」

 

寝息が聞こえたので、目元から手を離す。涙の跡があり、(すす)だらけの白い髪が汚れている。

 

 

「…レプリカ、雰囲気変わったね。何か良い事でもあった?」

「別に…。私がここにいる理由を、再認識しただけ」

「そうか、それは僥倖(ぎょうこう)。迷いが晴れたようでなにより」

「…完全に晴れた訳じゃない」

「それでいい。人間は迷いながら進む生き物だからネ!迷わないと、私のようにクールでダンディな素敵な大人になってしまうよ!」

「…そう」

「淡白だなァ…」

「レプリカさん、皮剥がれてないか?アンタが言ってくれれば、いつでも変えるから。声はまだそのままでいいのか?」

「うん、この声で満足」

「そうか、気に入ってもらえて嬉しいよ」

(こう)クン!?私への反抗期は!?」

「感謝はちゃんとしてる、けどレプリカさんとは別ベクトルだ。やめてほしいならイタズラを控えてくれ」

「ぶー!家事スキルばっかり育っちゃって!私の母親かね、男母(おかあ)さん!」

「表出ろ」

「男はほっといて、レプリカさん一緒に寝よう?」

「…いや…側にいると言ったから、また今度ね」

「むぅ……」

 

 

一夜明けて起きた少年は、側に私がいた事に安堵したのか暴れる事はなかった。食事も私があげないと口に入れず、後ろを付いてくるので出歩けない。もしかしなくても、依存されている。

 

 

「…名前は?」

「……否断(ひだん)(しゅん)、だった気がする」

「どうして私の後を?」

「…だって、救けてくれた。貴方しか救けてくれなかった。一緒にいたい」

「………」

「お願いします。強くなります、側にいたいです」

 

…どうやら、私は子供に弱いらしい。

というか、泣かれるのが嫌いだ。泣かれて無視するよりは、ある程度言うことを聞いた方が泣かれずに済む事はここ数年で理解した。

よって、否断の望みを聞こう。そうと決まれば、獅子那に預けるに限る。

襟をむんずと掴んで持ち上げ、獅子那の元へ連れて行く。ソファにくつろいでいる膝の上に乗せて、目を点にしている男に面倒事を丸投げした。

 

「……えっと…嫌な予感がするんだけど?」

「戦闘稽古、よろしく」

「なんで!?意思疎通が出来てないよ!私は言葉のキャッチボールがしたい!」

「した」

「してない!!ちゃんと私がキャッチ出来るようにしてよ!年上イジメよくない!虐待!!」

「…扮貌(ふんぼう)蜜芳(みつほう)、この子に戦闘技術教えてあげて。個性は選んだものしか触らない「拒絶」だから」

「お、レプリカさん自らのお願いなら任せてくれ」

「後で一緒にお出かけしてね!」

「…………………」

「最近は俺も警察に目ぇつけられてるから派手にチンピラ狩り出来ないし、ちょうどいいから叩き込んでやる」

「面白そうな個性だし、私の個性でどうなるか試したいし。レプリカさんもショッピングしてくれるし頑張っちゃおうかな」

「…………ぐぅ…私もやるぅ〜〜!」

「お、お願いします!」

 

 

こんな茶番しなくても引き受けてくれると確信してる。

変な言葉遊びしないで最初からそう言えばいいのに。

 



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57話:re.乱入※

子供の成長は早い。

否断の稽古を時々手伝いながら五年が経ち、もう10歳だ。戦闘訓練だけではなく獅子那にも勉強を教えてもらっているようで平均水準の子供よりもハイスペックになってしまった。

当たり前なのだが、長年警察を弄んでいる頭脳タイプの大物(ヴィラン)に教育され、その男の幹部のような立ち位置にいる二人に戦闘を教わっているのだ。【思考加速】は私でしか教えられないので、時間がある時に付きっきりで教えている。今は10倍でしか動けないが、林間合宿で戦った時は100倍になっていたので将来は約束されたも同然。

 

後は外を歩くレベルには育ったので、最近は連れて歩いている。万が一の為に地面以外を拒絶させているので、不意打ちで足を狙う変わり者が来ない限り怪我は負わない筈だ。ずっと使用しているので個性の訓練にもなる、一石二鳥。

 

 

 

 

そして今日。

遠くで大掛かりな爆発が起き、キノコ雲が空高く昇る。一昔前の戦争にて、核爆弾が落とされた時のよう。

こんな大きな戦闘は数年ぶりだ。誰と誰が戦っているのかとても気になる。気付いた時にはオールマイトが平和の象徴と騒がれて街中で暴れる奴が激減していた。私の世間知らずさが浮き彫りになったみたいで恥ずかしかったのを覚えている。だってテレビなんて見ないし…。

 

周りはヒーローが市民の避難誘導をしていて戦闘状況を詳しくは知らないみたいだ。こうしている間にもキノコ雲の方向から聞こえる激しい音が市民を不安にさせて、避難誘導に手間取っている。

それをビルの上で見下ろしながら、音の発生源に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてそこでは、オールマイトとオール・フォー・ワンが戦っていた。

オールマイトが後ろの市民を庇いながら、オール・フォー・ワンはそれを見越して市民を巻き込む攻撃を繰り出す。本当に嫌らしい奴だ。他のヒーローは邪魔になる事を知っていて、いち早く市民を避難させようとしている。

ここでオールマイトが奴を倒してくれるのを期待して見学していよう、否断が戦う時の良い資料映像になるだろうし。

そう楽観視していたら、オールマイトの左脇が抉られる。それでも彼は平和の象徴らしく、笑って(はらわた)を撒き散らしながらオール・フォー・ワンの顔に一撃を叩き込んだ。

互いに満身創痍だが、まだ戦う事をやめようとしない。オール・フォー・ワンは起き上がり、オールマイトもまたそれを迎撃しようと拳を構える。

 

 

「否断、先に帰ってて」

「……いいえ、見ています」

 

全く、悪い子に育ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

カチリ。

ビルから飛んで、オールマイトに当たる一撃を受け止める。ダメージは無いが、今ので皮が剥がれてしまった。変わっていた声も元に戻ったので、喋るのはご法度だ。

 

「……レプリカか、5年ぶりだね。暴走した精神は落ち着いたかい?」

「レプリカ……11年前の君か…!」

「…………」

「ん?……君、個性はどうしたんだい?無個性じゃないか」

 

 

話す気は無いし話せないので、オール・フォー・ワンに飛びかかる。あちらはもう顔が潰れて、目もまともに見えていない。それでも私の攻撃を躱すのは、センサーや赤外線、或いは空気の流れ、音の反響を読む個性を持っているのだろう。私に「個性をくれないか」「与えてあげる」と言ったのならば、そうして奪った他人の個性で感知している筈だ。

 

 

「あの時は大変だったよ。並の個性では吸収されてしまったから、僕が使い慣れたものを使ってやっと距離を取った。無差別だったから、その間にお暇させてもらったんだ」

「…………」

「言葉も話せなくなったのかな?それとも話す気がない?今の状態で君とは戦いたくないし、退かせてもらおうかな」

 

 

いや、出来るなら今ここで倒しておきたい。

撤退行動を始めたオール・フォー・ワンに、それを阻止する私。オールマイトには黄色い老人が近寄っていった。

 

 

「レプリカ、避けたまえ!」

「!」

「頭に血が上っているね、ありがとうオールマイト」

 

 

大怪我をしているのに、オールマイトは戦闘している私達に向かってくる。そのパンチの衝撃でオール・フォー・ワンから離れ、その隙に逃げられてしまった。

目標がいないならば、ここにいても面倒になるだけだ。私に声をかけようとして吐血したオールマイトを無視して否断のいるビルに登り、連絡してくれていたのか迎えに来た扮貌(ふんぼう)の個性で撒いた。本当に便利だ。相澤先生がいなくてよかった。

 

 

 

 

 

 

獅子那の元へ戻ると、彼は真剣な表情で私を待っていた。

何か言いたい事がいるのだろう。ここ最近は考え事をしていた様だし、そろそろかもしれない。

 

「おかえりレプリカ、何があったかは把握しているよ。君も薄々気付いていると思うけど、タイミングが良いから今言うよ。私はこの組織を潰して、警察に自首する。ヒーローになろうと思うんだよネ。君と接触したことで、組織の行動をだんだん軽くしてきた。改心されたと勘違いしているだろう」

「…ならば、雇われている部下は?」

「ちゃんと考えているサ!悪党にはそのまま捕まってもらうし、信頼していた部下は真っ当な場所に紹介したよ。組織は弱体化しているからと警察も突撃しようと考えている。計画はもう立ててあるから、しばらくお別れだね」

「俺たち2人はヒーロー免許取って、この人が出てくるのを待つよ」

「立ち位置は幹部だけど、上手く誤魔化しているから警察は私達をチンピラだと思ってるし」

(しゅん)クンはそのままレプリカと一緒にいてね。無茶しないように見張っててよ」

「は、はい!」

 

 

……まぁ、そうなるか。

これで獅子那は裏社会から引退。その後釜にオール・フォー・ワンがなると見越している。ある程度のコネは残しつつ、ヒーローとしてそれを使った活躍を期待していよう。

 

 

「そうと決まればヒーローネーム考えよう、ヒーローネーム!もう「蜘蛛」なんて言われたくないもんね!」

「俺はもう決めてる」

「私も〜」

「え〜決まってないの私だけ?ねね、レプリカが決めてよ!お互いに名付け合うって良いよね!ネ!」

「…蜘蛛じゃダメなの?」

「えぇ〜!?だって端的すぎない!?もっとカッコいいの頂戴!」

「…スパイダー(英語)スピン(オランダ語)アラクネ(ギリシャ語)アラーニャ(スペイン語)マクラ(ネパール語)シュピンネ(ドイツ語)

「うんうん、それから?」

「……………………パワーク(ロシア語)

「それにしよう!うん、それがいい!」

「…どうして」

「それを言う時、一番愛がこもってたからネ!」

「…………」

「痛い!暴力反対!」

「俺はメタモル。個性「化けの皮(ドッペルゲンガー)」で変身するし、こんなんでいいだろ」

「私はロベリアとマーガレットを足してロベレット!花言葉は教えてあげないからね」

 

 

 

こうして、未来に必要な一つの欠片が誕生した。

 

 

 

 

**************

 

パワークが自首してから、思いのほかスムーズにヒーロー免許を取得したらしくもう事務所を立ち上げている。一体どんな手段を使ったのか。

パワークのことだから、私と会った時にはもう仕込んでいたのかもしれない。普段のイタズラならまだしも本気の悪巧みは悟らせないから、その頭脳に衰えはない。

警察の監視が付いているのも想定内だろう。私は買い物で外に出るメタモルと接触し、姿を変えてから客としてパワークの事務所に入るようになった。

 

 

 

 

否断も更に成長してもう13歳。依存度は減ったが、カルガモのように付いてくるのは相変わらずだった。

 

「レプリカ様、今日はどこへ行きますか?」

「……さあ、どうしようか」

 

 

 

 

 

特に記憶に残ることもない日々を過ごす。

今日は、そんな中で少しだけ覚えている出来事だった。

 

 

筋肉が皮膚外に出て腕が太くなった男が、ヒーローらしき瀕死の男女に腕を振り上げている。顔の左側は血で染まり、けれども楽しいのか笑顔で殺そうとしている。周りの人間は野次馬精神丸出しで、ヒーローの誘導を無視してスマホを構えている。

そのヒーローが殺されたら、次の標的は自分かもしれないと考える頭が無いのだろう。

 

 

間に割り込んで、その拳を受け止めた。

 

 

 

「おおっ誰だ誰だ?」

「すげー!ちょーカッコいいー!」

「これSNSあげたらバズるって!いいね超もらえんじゃん!」

「ああ、何だお前?代わりに遊んでくれんのか?」

「ええ、遊んであげる」

「ノリいいじゃねーか!今ハイなんだよ!遊ぼうぜえ!!」

 

 

拳を弾いて、瀕死のヒーローと距離を取らせる。すかさず否断が2人を移動させて、止血を始めた。左目を負傷しているのか、攻撃する場所が拳一つずつズレている。けれどそれを悟らせると修正してくるので、それっぽく避けておいた。

というか、最新の義手の硬度がエゲツない。誰かの「無変形」みたいなノリの個性でも使っているのではないかと疑うくらい丈夫だ。

 

 

「戦わないなら指示に従え!撮ってんじゃねえよ!!2人死にかけてんだぞ!?誰か救急車呼べよ!」

 

 

後ろで否断がキレてる。私に対していつも敬語だからか、フェイクの口調になるのを初めて聞いた。

傷口に手を入れ、(はい)り込んだ瓦礫などの異物を体内に触れないように取り出しているのを見て、個性の使い方が上達したと感心してしまった。

 

 

「個性使ってんのか?お前良いな!久々に楽しめる!」

「…子供はお家に帰りなさい」

「ああ?」

 

 

追い討ちで負傷した左目を狙って殴ればよほど痛かったのか、叫んで私から離れるのを眺める。自分から攻撃しない限り何もしてこないと分かったのか逃げていった。追いかけるのは警察の役目だ、頑張ってほしい。

野次馬に牙を向いている否断を呼び戻して、追っ手を撒いた。

威嚇していたのに、私が呼ぶとコロリと顔を変える否断を見て犬を飼っている気持ちになった。便利な忠犬だ。

 

 

あと2年、頑張って戦闘を叩き込むとしよう。




簡単ですが時系列を

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58話:re.その道を辿る※

イラストにてお目汚し失礼します。


私が雄英に入学した。

そういえば20年前の私はあんな雰囲気だったと思い出す。少し恥ずかしく、これがいつか誰かに聞いた黒歴史というものだと理解した。

それとも、私が20年でここまで変わってしまったのか。身体は成長しない15歳のままここまで来てしまった。精神年齢は単純計算で35だ。

きっとあの日を過ぎれば、成長するのだろう。

 

 

 

 

運命の日が近付いたからなのか、魔手は使えないけれど闇に潜る事が出来るようになった。入学した頃の私はまだ闇の制御に慣れていなかったので、中にいても見つかることはないと思う。

そこで否断と別行動をすることにした。闇に潜るのを見られたくないし、タイミングは分からないがそろそろ否断をフェイクとして(ヴィラン)連合に加入させないといけない。

 

 

「…否断、ここからは別行動」

「えっ、な、何故です?まだ強さが足りませんか…?貴方にずっと鍛えられて、強くなれたのだと…」

「いや、君は充分強い。けれど、私の目的は伝えた筈だ」

「…はい、研究所の完成品を見つけ次第交戦と仰っていました。それに見合う強さに、なれていないのということでは」

「君は内部、私は外から探そうと考えてる。離れていても、ずっと見ているから」

「……ですが…俺は、貴方と共にいると…」

「…否断 峻、君に課題だ」

「は、はい!」

「君が美しいと思うものを、決して壊さないようにしなさい」

「美、しい…?それは、どういう…」

「骨董品や自然、それ以外にも君が美しいと思ったならばなんでも」

「お待ちください!俺はずっと、貴方を美しいと…それではいけませんか!?」

「…ああ。(レプリカ)以外が望ましい」

 

 

よし、これで離すことが出来る。小さい頃から一緒にいるから、もう私の中で息子のような扱いだ。親離れ、子離れには強引だったと思うけれど、これくらいがちょうどいい。

というか私が美しいか……そうだろう、この仮面は素晴らしいだろう。私が自分に神を見出したのも、この仮面と後光によって神々しさを感じたからだ。

「君は内部」と言ったから、聡明な否断なら(ヴィラン)連合だと分かってくれるし、どう潜入するかはパワーク事務所で学んだ叩き上げのスキルを使えばどうにでもなる。

 

 

 

 

 

 

 

こうして、否断と別れた私は自分を観察することにした。

もちろん普段は闇から出て人救けをしている。潜るのは夢を見る感覚と思ってもらえればいい。

 

個性把握テスト、戦闘訓練、USJでの(ヴィラン)襲撃。闇の中で見守っていれば、懐かしいイベントばかりだ。こうして今見ていると、どうしてもっと人と関わらなかったのかと後悔する。

クラスメイトは私と友達になろうとしてくれていた。蛙吹には酷いことも言った。それでも話しかけてくれたクラスメイトには感謝しかない。

 

体育祭では轟を私と重ねていた。必要とされずに機械的に作られた子供である轟と、試験管ベビーである私。結局、轟は私とは違って愛されていたが、今なら分かる。私も白色さんに愛されていたと。

母親だと明かされない代わりに、世話係を理由にたくさんの事をしてくれた。それに気付けなかったのは私の落ち度だ。

今度、轟と話をしてみたい。体育祭前とは違う丸くなった彼と、家族の話をしてみたい。

そう考えている時に、闇の中に私が入ってきたので驚いて身を隠す。そうだ、そういえばこの時に悪意を感じて移動のために潜ったのだった。そこに向かうのに夢中だったのか、気付かれることなく闇から出ていった。

ホッと胸を撫でる。

 

 

職場体験では、本当に運命だったのかパワーク事務所を選んだのだった。

そこでパワークに世話になって、豪華客船でディーラーとして潜入したんだっけ。目上の者に対する態度がなってない、本当に黒歴史だ。

パワークもよく怒らなかったと思う。もしかしたら、この時点で私だと気付いていたのかもしれない。

化けの皮も纏っているし万が一は無いと分かっているが、闇に潜ってパワークの近くにいた。

脳無が現れて、それをメタモルに投げられた自分が無効化する。

今考えれば、正体を隠す為とはいえディーラーになる時にあの見た目にする必要があったのか。誰の趣味とは言わないが、考えたくない。

それにしても、メタモルとロベレットは大きくなった。私と会った時が11歳くらいだから、16年過ごして…もう27歳か。

職場体験期間が終わって、自分が雄英に帰っていく。見送りを終えて談笑しながら事務所に帰ってきた三人は、好きなことをしながらも会話をやめなかった。

 

 

 

 

「なるほど。君が言った「2回目」の答えがこういう形で判明するとはね。そりゃ過去の私も首をひねるってものさ!とても興味深い因果をお持ちのようだ。ね、レプリカ」

「………」

 

やはり近くにいることはバレでいたようだ。パワークがくつろいでいるソファの後ろに出て、次の言葉を待つ。

初めてパワークにプレッシャーをぶつけられた時に言った言葉をまだ覚えているようだった。そういう些細な違和感を見逃さない所が流石というか、長年裏社会に君臨していただけのことはある。

私が職場体験で受けたプレッシャーを1度目。理由は知らないが過去に戻って受けたのが2回目だと正確に理解している。

 

 

「私が付けている狐面は、恩人である君を真似していたんだけど…君、可愛い所あるんだね」

「…………」

 

 

出来ればそれは忘れていてほしかった。「お世話になった人の真似」で自分に行き着く所が本当に嫌いだ。正解だけど恥ずかしくて消えてしまいたい。

 

 

「伏線回収ご苦労様。約束は約束さ、私達は今後、全力で君のサポートに徹するとしよう」

「ええ、楽しそうだし私も賛成〜」

「…はぁ。ま、アンタには救けられたしな。俺も異論は無い」

「そういう事。さ、これから何をするのかナ?なんでも言ってよ!」

「……………ありがとう、ございます」

「頭なんて下げなくていいって。君と私の仲だろう?いや、むしろ娘だから!」

 

 

下げていた頭をあげて、ずっと付けていた狐面を外す。素顔を見せるのは、この世界に来たばかりの時に会った冬美、燈矢(とうや)、冷、医者以来だ。

 

 

「…おわかりかと思いますが………天魔、市…です。その…よろしくお願いします…。あと、長年…すみませんでした…」

 

 

反応が無い。そういえば3人に顔を見せたのも初めてか。そんなに見られるとなんだか居たたまれなくて、俯いた。

 

 

「〜〜〜〜お市ちゃん!もうレプリカさんじゃなくてお市ちゃんって呼んでいいのね!?ずっと本当の貴方とお話したかったの!」

「いつも俺の化けの皮被ってたし、声も変えてたからな。頼ってくれるのは嬉しかったけど…恩人のことが知れて良かった」

「お市ちゃん!!!大きくなってこんなに表情も豊かに……っ将来有望だよぉ〜〜!!もう一回パパって呼んでよ〜!!」

「…大きくなったって…髪が伸びただけ。そう言ってくれてありがとう…パパ」

「ごばぁっっっ!!!」

「職場体験初日よりもダメージが!?」

「ね、ねえ!困ってたんでしょ?だからずっと頼ってくれてたのよね?〜〜〜もう!大好き!!」

「ガフッ……ゲホッ…気付いてあげられなくてゴメンね〜!私の()がこんなにも健気!!」

「……!」

「あー…そのままにしてやってくれ、感極まってるだけだから。ついでに俺も交ざる」

「!?」

 

 

一通り揉みくちゃにされた。

そうか、こんな私でも職場体験の別れ際に言われた約束は有効なのか。

それは…………とても嬉しい。

 

落ち着くまでされるがままにして、今度の事を伝えた。3人がいてくれるなら心強い。私は今まで見ようとしなかっただけで、人に恵まれていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林間合宿は記憶に新しいので付いていかなかった。

否断が(ヴィラン)連合に加入して、私の真似をしたのか(ヴィラン)名を「フェイク」にしていたのを思い出して呆れた。頭痛が痛い……思わず二重表現をしてしまった。国語のセメントス先生に怒られてしまう。

 

 

そして林間合宿での不祥事が知られて、世間がザワつき始めた。雄英に集まるマスコミは多く、情報の開示を求めている。

謝罪会見ではメディア嫌いの相澤先生が出演し、それに目をつけた記者が棘のある質問を繰り返す。民意の代弁者を気取るその姿勢を哀れに思った。被害者の家族は決してそんな事を知りたくないだろうし、学校側からも説明をされている筈だ。

炙り出された所をこれでもかと突いて、金を得ようとしている。そしてでっち上げとも言えるニュースや新聞に世間は騙され、情報操作される事例は多い。

 

 

神野の一部が吹き飛んだ。ついに始まったのだ。

そこへ向かおうと闇に潜って目的地へ向かう。途中で2年前に戦った大男がいた。否断が野次馬に怒鳴った時のあの男、林間合宿の襲撃に参加していたのか。名前…マスなんとかだったような気がする。そこまで詳しく覚えてない。

私を見てなにか言っていたが、構っている暇がないので瞬殺してから外に叩き出しておいた。闇の中で自在に動ける機動力を舐めないでもらいたい。動けない程度に痛めつけただけで殺してはいない、安心してくれ。

 

 

 

 

私は、自分が跳ばされる所を見届けなければならない。

闇の中に自分とフェイク、兄の3人が入ってくる事は分かっていたので、入る瞬間に入れ替わって違う出口から外に出た。戦っているのは分からなかったけれど、オール・フォー・ワンとオールマイトの戦いは熾烈を極めている。

USJの時に見た痩せ細った姿で、尚も立ち向かおうとする平和の象徴。近くで気絶しているヒーローを救け出す為に合流したヒーロー達。遠くから聞こえる「勝て」の声援。

それを受けてオールマイトが力を振り絞った一撃を、5年前のあの時のように顔に叩き込んだ。オール・フォー・ワンは動かず、左腕を上げて勝利を伝えるオールマイトに歓声が聞こえる。

 

 

そして、そんなオールマイトの近くで闇が蠢き、闇の中で戦っていた3人が吐き出された。ならばと、私は闇に潜む。自分が跳んだ時に姿を現せられる様に観察を続けた。

一度死んだ兄が起き上がり、自分の両腕が斬り飛ぶ。それでも兄を救おうとする自分に、フェイクは何を感じたのか。もしかしたら、死にそうだったフェイクを救けた私の事を思い出していたのかもしれない。

 

 

「ああ…そういう事か。レプリカ様、そういう事だったんですね。俺がやるべきこと。美しいもの。あなたは天魔を生かしたいんですね」

 

 

(レプリカ)以外だと言ったのに、結局私をそう思ってしまったのか。本当に、しょうがない子だ。

 

 

「跳べェッッッ!!!!!」

 

 

そして、一筋の光が天に消える。

それを見送り、後ろに倒れていくフェイクを受け止めて兄を見た。

 

 

「交代だ、フェイク」

 

 

涙を流して見上げてくるフェイクに、少しだけ笑ってしまった。

本当によくやってくれた。後は私に任せてほしい。

 

 

 

**************

 

 

「初めまして…だっけ?人と話す時は目を見ろって教わらなかったの?取りなよ」

 

 

神速で放たれた斬撃も、今の私は避ける事が出来る。

顔を逸らして避けたけれど、元々の狙いは攻撃が目的ではないようで仮面だけが切られてしまった。

 

 

「さて、その顔を………っ!?」

「………!」

「20年ぶりです、兄様」

「天魔少女!!?」

 

 

 

20年、この時をずっと待っていた。さあ兄様、戦いの続きをしましょう。

 

 

 

全ては、このどうしようもなく長い夜を越えるために。





【挿絵表示】

20年はとうらぶで言う極修行だと思っていただければ幸いです。
つまり、全部変わる。


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59話:re.種明かしのクラウン

クラウン:王冠、紋章学、道化師、頂部、植物の部位、通貨


 

割れた仮面が音を立てて地面に落ちる。20年前よりも少し伸びた髪が風に流されて、報道ヘリコプターのカメラがこちらに向くのが分かる。

全国報道で、レプリカの正体が露わになってしまった。けれどもうレプリカとして活動するつもりは無いので、どうという事はない。もしクラスメイトがテレビを見ていたら、どうして私がレプリカなのかと驚いているのだろうか。

想像すると少し笑ってしまった。

 

 

「……市?なぜ、レプリカが…」

「…天魔…いや、レプリカ様……」

「どうして……レプリカが現れたのは、20年前の筈…!なのに、その正体が市なんて…いやお前か…1072(ヒトマルナナニ)!」

「そうらしいな…けど、これで全ての辻褄が合った。お前と天魔が兄妹ってこと、俺ら3人で戦ったこと。全て繋がってたんだ」

「さっきお前が、()()2()0()()()()()()()のか!」

 

 

今ならば分かる。

だからこそ………この戦いは、まず()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そんな馬鹿な!僕と同じ、存在重複……一体いつから……まさか!?」

「お、想像ついたか完成品。お前言ったよな、「僕が生まれたときから重複存在を認められている」って!僕“は”じゃなくて、僕“が”って確かに言った!お前が生まれた瞬間から、この世界は同一人物が2人いてもおかしくなくなった…つーことは、お前以外の奴にも存在重複は認められてんじゃねーのか?」

 

 

 

戦いの最中に冷静さを失えば、それこそ死が確定してしまう。フェイクは冷静でいられたからこそ、言葉の違和感に気付く事が出来たのだ。

 

 

 

「そ、ん、な______事、が______!!

いや、理屈は正しい……っそんなニュアンスの違いに、全部賭けたっていうのか!?いつ跳ぶかなんて、操作できる訳ないのに…20年も前なんて…!

っ!?お前ェ!!!!」

「あっははははははは!!()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!お前が生まれるより前なら、いつでも良かったんだよ!レプリカ様がお前の妹なのは、変わるワケが無いんだからな!」

「っ絶対に殺す。お前は絶対に許さない…否断 峻!」

「ああそう、俺の名前は否断 峻なんだよ。やっと覚えたか完成品」

 

 

フェイクに向かって波動を放つも、彼の個性でダメージを与える事もなく消えていった。

 

 

「兄様、別人みたいね」

「…ハァー………ふぅ。そうだ、僕が市と一つになれれば目的は達成するんだ。そうすればいつでも殺せる。もしかしたら絶望する顔も見られるかもしれないね。

……市、褒めてあげる。20年もよく頑張ったね…素晴らしい精神力だよ。誤魔化しているみたいだけど、君の本質は変わっていないんだろう?悲哀、絶望、羨望、憧憬(しょうけい)嚇怒(かくど)…君ほど矛盾を孕んだ子はいない」

「いいえ、私は全てを呑み込んだもの。さっきまでの私とは違う」

「うん、そうかもしれない。それでも…美しく育ったね。その在り方を、少しだけ僕は羨ましく思う。そこまで育つ君を見守れなかった事が悔しくて仕方ないよ。一緒に成長していきたかった、けど恐れなくていい。僕と一つになれば、ずっと側にいてあげられる」

「ううん…それは違う」

「………どういうことかな?」

「兄様は、さっきの私に言ったでしょ?空っぽの頭で考えたの……これが私の生きる意味。兄様を深い場所に連れて行ってあげるの…もう戻れないくらい深く。私が一緒にいてあげる…………ね?兄様?」

「……あはは!レプリカならば、市に個性をあげて今は何も無いんでしょ?それでどうするつもり?」

「…………おいで」

 

 

幼子と手を繋ぐように腕を広げる。それに応えるように、地面から大魔の手が2本発現した。フェイクの個性では、私に宿る個性までは完全に拒絶出来なかった。それが、私が20年前に跳んだ違和感の正体だ。

この世界にレプリカとしての私がいる事を察知して、20年前に跳んだ私の個性の大半が、意志を持っているのか分裂して残ったのだ。だから、跳んだ私が宿していた個性は残滓(ざんし)のようなもの。跳んですぐに使いすぎてしまえば魔手は使えなくなっていただろう。

本能が理解していたのか、それっぽい理由をつけて私は魔手を使おうとはしなかった。20年前に跳んでからは上半身を隠すのに一回、無い両腕の義手代わりに一回使っただけだ。闇に潜るのはカウントされていない。

そして、この日が近づく度に力を増していったと考えられる。だから自分が雄英に入学したのと同時期くらいに、レプリカの私が闇に潜れるようになった。

 

 

久しぶりに使う魔の手は、とても手に馴染んだ。まるで、何百年も一緒にいたかのように。

 

 

「兄様、確かに私の個性は貴方の劣化版。神様からもらった個性に、名前をつけるなんて烏滸がましいと思ってた。けど今は違う。私はこの個性を、誇りを持ってこう呼ぶの。兄様と似てる闇の手を……もう名乗らない名前で」

「僕を影に押し戻すの?いいよ、返り討ちにしてあげる」

「私の個性の名前は……レプリカ

 

 

 

 

 

 

その手に(とが)を、魂に(あがな)いを。

それぞれの闇がぶつかった。

 




更新ペースはモチベーションの上下で決まります。感想お待ちしているぜ!


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60話:re.君の神様になりたい。

3日間に渡る巨大ゴキブリと死闘の末、おじいちゃんを召喚して勝利したので更新します。朝一で敵の寝込みを襲いましたが、卑怯ではありません。奇襲も立派な作戦です。


今までだったら押し負けていたであろう激闘を耐えて確信する。私が成長してきた経験を、個性“レプリカ”にも反映出来ることを。

 

(とがを)()(くぎ)(はなちた)魔手(まのて)

 

赤くなっていた魔手が闇に沈み、再び出てきた時にはその手にたくさんの釘が刺さっていた。魔手自体を躱せても、あの釘が掠るだけでダメージにはなるだろう。出し惜しみをして負けるなんて言語道断。初めから全力で行かせてもらおう。

私は魔手を出し、兄が六魔(りくま)で迎え撃つ。私に腕を伸ばしてきた兄の手を、恋人のように指を絡ませて握った。頭上では魔手と六魔(りくま)が一撃を相殺しながら剣劇を何十、何百回も繰り広げて互いに一歩も譲らない。兄の方が力は強いけれど私は義手だ、どれだけの力で握られていても、痛みを感じることはない。

 

「私も兄様も、もう飛べないのよ。後は泣いて眠るだけ」

「戯言を……僕の翼はまだ飛べるし、眠る気は毛頭無い」

「きっとイカロスの翼ね。可哀想な兄様」

「それは市の方だろう?僕はダイダロス、堕ちることはないよ」

 

ギリギリと握られた手同士が音を鳴らす。私だって、無意味に20年を過ごしていたのではない。確固たる実力をもって、兄と眠る為に舞い戻ってきたのだ。

頭上で行われていた剣劇を制したのは、魔手だった。六魔(りくま)を弾き、それにつられて兄が仰け反った。それを逃さずに、握った手を引いた勢いのまま顔面に膝を入れる。

 

 

 

生きた証が欲しい。

誰かに称えてほしい。

前はずっと考えていたのに、人を救うことを知った私にはさほど重要な事じゃなかった。

 

 

 

戦いが熾烈さを増す。

【並列演算】と【思考加速】を同時に行って、六魔(りくま)の相手は魔手に任せた。私は切り離した思考を用いて兄の相手をするだけだ。頭上では人ならざる者が戦い、地上で兄妹がしのぎを削る。義手は欠け、服は破れ、身体の傷が増えていく。

けれど、これでいい。身体にダメージが蓄積されていくのを感じる。身体のパフォーマンスが悪くなり、攻撃を受ける回数も多くなってきた。

 

 

「そろそろ限界じゃないのかな?僕以上にダメージが多い。油断はしないから、決めさせてもらうよ」

「…たくさん考えて、答えに行き着いたの。私じゃ、兄様を救うのは無理かもしれないって」

「そう、それは残念だったね。“災禍(さいか)のうちに夢を見よ”」

「……!」

 

 

魔手が相手しているのとはまた別の六魔(りくま)ノ王が現れて、地面に剣を突き立てる。刺された地面が不気味なほどに白く光り、回避行動を取ろうとした時には遅かった。爆発とともに身体が浮いて、地面に叩きつけられる。瀕死と言っても過言ではない。今まで一度も壊れた事の無い義手の左腕が吹っ飛んだ。残った右腕も激しい攻撃は受け止められなさそうだ。

今の技はそう簡単に撃てるものではなく、強化に回した魂を多く削るので連発は嫌がるだろう。現に頭上で魔手と戦っていた六魔(りくま)は姿を消している。

逆に、あの大技でしか相殺出来ない攻撃を受けるしかなくなったという事だ。勝利を確信したからこそ兄は手札を出し切った。

私を殺さなかったから、負けるのだ。

 

 

地面に横たわったままで、考える。

誰かを救いたい。

誰かを守りたい。

その起源は、兄を救いたかったから。

行き着いた答えは、長年思っていたものとは違っていたけれど……納得もしてしまった。結局、私は誰一人として本当の意味で救うことは出来ないのだと。自分を表現することは大切。けれどそこに「誰かを救う」という崇高な理想が生まれた時、エゴの塊になってしまうと分かったから。

 

 

「……市、もういいだろう?僕を救えないと結論を出したのに、どうしてそんなに頑張るの?」

「まだ、やることがある、から…」

「やること?誰も救えないと分かって、まだ足掻くの?それとも諦めないで僕を救う?」

「それは無理」

「…………」

「兄様は、兄様が勝手に…自分のやり方で幸せになれるから!」

 

 

私が兄を救うことは出来ない。けれど、兄は幸せになれる。私の存在があろうとなかろうと、幸せになれる生き物だから。

人は弱くない。誰しもが生まれながらに幸せになれる権利を持っているから。

 

 

(キタ)レ、(ツド)エ、夢ヲ見ヨ!」

 

 

横になったままの私を、多くの魔手が抱えて兄に向かう。今まで出した技とは比べものにならない威力のもの。個性“レプリカ”は私の残り体力が少ないほど強化される性質を持ち、追い詰められた時に本領を発揮するのだ。これまでに追い詰められた事がないから気付くのに遅れてしまった。

これを迎え撃つには、先ほどの六魔(りくま)を出すしかない。

20年前はその片鱗を纏った腕で受け止められていたけれど、今はそんなことで止まるほど甘くない。

それでも抵抗しようと薄い六魔(りくま)を顕現して受ける。拮抗したのは数秒で、力負けすることことを兄も察したのだろう。

 

 

「僕に何度も語りかけた強い意志と思い、その中に混ざる諦めに似た絶望。……大人になったんだね、市。その幾重にも積み重なり、折り重なった想いは、きっと誰かの心を打つ力強さを持っているよ」

 

 

六魔(りくま)が搔き消え、無防備になった兄は巨体となった魔手に轢かれた。体で土埃をあげて地面を滑る兄を確認して、発動をやめて魔手の支えで立つ。兄はフラフラと立ち上がったが、私と同じく限界だったのか後ろに倒れていった。

すかさず魔手で兄の身体を後ろから掴んで動きを封じる。今のがカウントされているならば残り3人。けれど、それを相手する体力は残っていない。そんなことは既に理解している。

だから、眠ろう。

 

「………っ市…まさか…」

「母様から、兄様を止めてって言われたの。兄様を連れて行く…貴方の代理品として生まれた私の役目」

 

地面に固定される兄の元へ近付き、隣に座る。そういえば、大きくなった兄の顔を近くで見ることは無かったと残った右義手で頭を撫でた。

 

「ちゃんと満足してる…だって兄様と一緒だもの。兄様も、寂しくないよね?」

「……く、あははは……仕方ないなあ…好きにしなよ」

 

兄が力を抜いて夜空を見上げた。

その胸を枕にして、兄の身体に伏せる。

コポコポと水が沸騰するように、闇が広がる。私の周りに広がった闇はこれまでとは違う場所に繋がっていて、きっともう帰っては来られないだろう。私自身も、帰ってくるつもりは無い。

兄と共に身体が沈んでいき、目を閉じる。

あの時に手放した筈のゆりかごが、優しく身体をなぞっていく。

 

 

 

こうして私は睡臥(すいが)した。

 

 

 

 

 

**************

 

 

一夜明けて、二つの戦闘によって壊されたビルや埋まった住居に埋まった民間人の救助が行われる。レポーターによって中継され、カメラ越しの被害はお茶の間に衝撃を与えた。

 

『オールマイトの交戦中もヒーローによる救助活動が続けられておりましたが、死傷者はかなりの数になると予想されます…!!

そして長年の謎だったレプリカの正体が判明し、女性の詳細を調査中です。レプリカと謎の青年が戦った近くで、雄英の(ヴィラン)襲撃事件にて容疑者とされていた「血狂いマスキュラー」が発見されました。意識不明ですが命に別状は無く、先ほど移動牢(メイデン)に入れられて搬送されました。

元凶となった(ヴィラン)は今…あっ今!!移動牢(メイデン)に入れられようとしています!オールマイト達による厳戒体制の中、今…!』

 

 

移動牢(メイデン)の近くでオール・フォー・ワンを見張る痩せたオールマイトが、中継カメラに向かって指を指した。

 

「次は…………次は、君だ」

 

短く発信されたメッセージ。

それは一見、まだ見ぬ犯罪者への警鐘。平和の象徴の折れない姿。中継映像を見てそう捉えた大半の人間が、オールマイトへ歓声を送る。

その中で、正しくメッセージを受け取った少年だけが、涙を流していた。それを隣で黙って見る幼馴染。

平和の象徴オールマイトの折れない意志に騒がしい世界の中で、2人だけが静かだった。

 

 

 

 

 

『数年前からレプリカと共に行動していた少年は事情聴取の為に警察へと連行されます。(ヴィラン)からヒーローに転身して注目を集めていたパワークも、事務所に所属している2名と共にレプリカとの関係があったと警察署に自首しました。

あ、あの白い髪の少年です!情報では(ヴィラン)連合の一味だとありますが、レプリカの指示で潜入、脅威の探索だと判明しています。青年と共に消えたレプリカは、一体どこへ………ん、何…?ッカメラ、あれ!』

 

 

レポーターの焦る声と共にブレながらカメラに映ったものは、戦いでクレーターのようになった地面に黒い点が浮かび上がっている所だった。

 

 

「レプリカ様!」

「あ、待て!君!」

『レプリカの協力者である少年が黒い点に向かいました!なんでしょうか、あれ…なっ、な!?ご覧下さい!!噴水みたいに黒い水のようなものが噴き出しました!ヒーローも戦闘態勢に入っています!(ヴィラン)なのでしょうか!?あっ何か出てきました!!!………服?噴き出てきたのは、服、です?あの服は一体…。少年が服を抱いて泣きはじめました。ヒーローが連れ戻そうとしても個性なのでしょうか、手がすり抜けています』

 

 

まるでいらない物を吐き出すように、水とも言えない何かが出される。地面に落ちた服を掻き抱いて、否断 峻は涙を流す。

言わずもがな、レプリカが身につけていたものだ。

 

 

 

そしてその意味を知った雄英の一部の生徒達が、誰に知られる事もなく泣いた。




完?


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61話:re.??の声※

気付いた人はいるでしょう、前回で曲が終わっていない事を。


そういえば、最初はどのくらい前だったっけ?

自分(ワタシ)という自我は個性の中で沢山の数がせめぎ合っている。いつの間にか自我を持っていて、気付いた時には市を認識していた。一番最初の記憶はそれだ。途方にくれる市に、なぜか心が痛んで頭を撫でたのが始まりだった。

 

市の母親は場所を選ばずに手を生やす個性で、人体に手を生やして関節を極める関節技(サブミッション)の使い手だった。市が「白色さん」と呼ぶ女性と同じく研究者で、遺伝子学を主に実験を行っていた……ような気がする。

そこまでは覚えてないから分からない。

 

 

 

 

市は、どこにでもいる普通の少女()()()。明るい性格の14歳で、友達もたくさんいる。中学の帰り道に突然知らない場所に出て、苦労して家に帰ると知らない人間がいた。

それがキッカケだったと思う。正直、自信は無い。

今までの友達も存在せず、携帯電話も繋がった先で「誰だ」と言われる始末。市が14年間で築いてきたものが全て無くなったショックが大きかったのか、夜に公園のベンチで膝を抱えている市を見たのが自分(ワタシ)の原点。

 

そんな市を利用しようと14歳の少女を嘘で丸め込んで、個性実験のマウスにした。血を抜かれ、あらゆる個性を身体に入れられて、戦闘向き個性のサンドバッグにされた。そのせいでいつも身体はボロボロ。年端(としは)もいかない少女なんてお構い無しに暴行を加え、市は排水管を這うネズミのように扱われた。

ある日研究所に火が回り、ゆっくりと這いながら出口に向かう市を自分(ワタシ)は救けられなかった。市自身が自分(ワタシ)を使おうと考えていなかったから。

 

 

 

 

そして、とある部屋で見つけたのが市のクローン。

自分が救からないと思った市は、自分(ワタシ)をクローンに全て譲渡したのだ。市自身だったから、不本意だったけどクローンには問題無く乗り移れた。市が望んだから、クローンを研究所から逃した。振り返れば研究所は崩れて炎が広がり、あの子は死んだ。

 

自分(ワタシ)はクローンの個性になり、普通の高校に入学し、クローンの兄に襲われて死ぬ寸前にどこからか来た男によって過去へ跳んだ。跳んだクローンは紆余曲折を経てまた研究所に戻り、今の(クローン)のクローンが作られた。

 

 

複数ある自我が一つずつ分かれて市と共に過去へ跳び、それを何十回と繰り返して、自分(ワタシ)は気付いた。

自分(ワタシ)の最初の主である市は、クローンの兄である男が並行世界の自分とコンタクトを取った時に巻き込まれてこの世界に来てしまったのだと。その拍子にただの個性である自分(ワタシ)の自我が芽生え、市を見守っているのだと。

市のやりたいこと、求めることは手に取るように分かる。自分(ワタシ)の中をゆりかごのように思い、安心感を得る事も知っている。

 

 

 

()()()()()()()()()()()ということも。

 

 

 

前回は過去に跳んだクローンが仮面を付けて「レプリカ」と名乗って人救けをしていた。過去に跳ぶ際に自分(ワタシ)が分かれて見守ることになった市は…なんというか普通だった。少しレプリカの事を神格化し過ぎているとは思ったけど、マシな方だ。

__________けれど、

 

 

『…………おいで』

 

 

そうやって自分(ワタシ)に呼びかけてくれた。

個性でしかない自分(ワタシ)を家族のように呼んだ。

_______________ああ、この子は個性に過ぎないはずの自分(ワタシ)を必要としてくれているのだと。

 

 

 

『私の個性の名前は……レプリカ

 

 

………………ああ、ああ。

自分(ワタシ)の名前。以前に切り離された自我の誰もが持たない自分(ワタシ)だけのもの。月日を経る度に増えていた自我を、一つが過去に跳ぶ為に切り離された瞬間、全ての自我を支配した。

この子の為に生きよう。望むのならばなんでもする。期待するならば100%以上で応える。

自分(ワタシ)はこれから、この市の為に力を奮おうと決めた。どの自我にも渡さない、自分(ワタシ)だけの主。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、そんな兄と共に眠るなど許せない。

自分(ワタシ)なんかでは、市の心の傷を癒すことは出来ない。自分(ワタシ)の黒い手で抱きしめたい。声が出るのならば、傷跡と痛みも全部抱いて叫んであげたい。

 

けれど、20年で精神が成熟した市にそれは必要ない。市はとても強くて、きっと一人で前を向いていくんだ。

それならばいい。寂しいけれどそれでいい。

………だけど、もし。

もしも涙が溢れてしまう時が来るならば。

 

 

市の痛みを、辛さを、弱さを抱くその心を、自分(ワタシ)の無力で非力な汚れた腕で抱きしめさせてほしい。

 

自分(ワタシ)は無力だ。

黒い手で市の敵を倒すことしか出来ない自分(ワタシ)は無力だ。

自分(ワタシ)は市の個性だから、レプリカが市にしたように心を救うことは出来ない。

……自分(ワタシ)は無力だ。

無力な自分(ワタシ)で、市を救いたい。

救いたいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________これだけは出来る。

市、闇の中で眠らないで。

自分(ワタシ)(想い)を聴いて。

自分(ワタシ)は、もっと市と一緒にいたい。

 

兄と共に眠りたいと願う市にとって、自分(ワタシ)の想いは裏切りと思われても構わない。神の子イエスを裏切った男のように、今こうするのが最善だと思考した。

20年で綺麗に伸びた髪が元の長さに戻り、生まれたままの姿で眠っていた市が薄く目を開けた。そう、それで良い。自分(ワタシ)を見れば、闇に溶けた市を引き上げられる。

だから、市。

 

 

 

 

_______________おはよう

 

 

 

 

 

……自分(ワタシ)を見た。

ほら、市の兄も「いってらっしゃい」って言ってる。「妹と一緒でないと眠れないのかなんて思われたくない」って送り出してる。この闇にいる限り側にいるからと微笑んでいる。

 

だから、一緒に行こう。

自分(ワタシ)、市と過ごすこれからが楽しみなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個性に幾つも宿っている、とある自我のお話。

 

 

 

**************

 

 

黒い点から吐き出された市の服を掻き抱いて、否断 峻は涙を流し、カメラマンが泣いている彼をカメラで抜く。

その少し遠くで魔手に身体を包まれた市が、まるで水中から浮かんできたかのように地面から出てきた。裸体の市を「見せてたまるか」と際どい所を隠した魔手以外が消えて、それにまずオールマイトが気付いた。

 

 

「………なんて、ことだ」

「え?あれって……」

「ッレプリカ様ぁ!!!!」

 

 

オールマイトの声に顔を上げた否断の視界が、市を写した。その視線の先をカメラが追い、それと同時に叫んだ否断が走る。誰よりも先に市の元へ辿り着いた否断は市を抱きしめて、今度は違う意味の涙を流す。遅れてオールマイトや警察が到着し、オマケに中継映像を見ていたパワーク3人組が警察署で暴れて取り押さえられた。

否断の泣き声がうるさかったのだろう、眠そうに目を開けた市を確認して更に否断が泣いた。

 

 

「……っ、レプリカ、様ぁ…!」

「…もう、違う。次レプリカって呼んだら…無視するから…」

「はい…!はい、天魔様!」

「…………そうじゃない」

「ふぁい!」

 

不満そうに否断の頬を抓り、限界だったのかまた眠る。

頬を抓られてなお笑いながら嬉しそうに泣く否断を、オールマイトは個性継承者の少年を思い浮かべながら見守った。

 

 

『ご覧になられたでしょうか!レプリカと思わしき女性は無事です!たった今、どこからか現れて気を失ってしまいました!警察の手によって毛布がかけられています!神野で起こった戦いの内、一つの鍵を握るレプリカの正体が判明し、世間は混乱に包まれています。ネットでは「体育祭で見た雄英生では」との声もあがっており、これまでのレプリカの無免許による人命救助に賛否両論ありますが、どのような処分が下されるのでしょうか!?』

 

 

病院に運ばれたラグドールと虎、元々いたピクシーボブの容態を見ながら、マンダレイは神野の中継を見る。もうすぐ個性「テレパス」を持つ彼女は救助活動に呼ばれるだろう。彼女と共に中継映像を病室で見ていた少年が、手を強く握る。そことは別の病室で、植物状態になっていたヒーローの夫婦が目を覚ました。

 

 

宛名不明のスヴァスティカまで、あと________

 




タイトル「re.ユダの声」

【挿絵表示】

一人称が「市」ではないということは、今までの語り部は個性の魔手さん目線でしたよ、というだけのお話。
Q.一人称が「私」になったのはいつでしょう?

曲はメガテラ・ゼロさん派。
51話で書いたMADで、轟くん目線なのに途中から緑谷目線になる所が本当に好きです。

分からない方に(私の中で)分かりやすく説明すると、
魔手の中に複数の自我がある→59話にて「個性の大半が、意志を持っているかのように分裂して」→52話にて「気のせいかとも思える小さな違和感」は今まで複数あった自我が切り離されて一つになっている事を無意識に感じたから→譲渡された個性は月日を追うごとに自我が成長し、複数宿る事になる→また過去に跳ぶ時に一つが分かれる。

今回はこの小説の世界にて切り離された一つの自我のお話になります。違う世界に行けばこの自我ではないかもしれないし、この結末に辿り着かないかもしれないし、市は個性に「レプリカ」と名付けないかもしれない。雄英に入学していないのかもしれないし、敵になっていたかもしれない。
絶対に通る道は1:兄と戦って負けそうになり2:誰かの個性によって過去に跳び3:自分のクローンが作られ4:クローンに個性を譲渡すること。
それ以外は市の自由意志によって決まるので、ほんの少しでも違ったのならばヴィジランテとしてのレプリカは存在しなかったかもしれない。市はレプリカに神を見出さずに日々を過ごしていたかもしれない。個性をクローンに譲渡した後に自殺したかもしれない。兄と20年の時を経て再び戦わなかったかもしれない。

そんな数ある可能性、たくさんのIFの中で「レプリカを神とし、兄と戦い、否断 峻によって過去に跳び、意志を継ぐようにレプリカとして活動し、見覚えのある白髪の少年を救け、兄と共に眠る選択」をした市を書いたのがこの小説になります。
貴方の考える世界ではどうなっているのでしょうか?
原作のように市がいない世界?それとも士傑高校に入学している世界?否断 峻ではなく時間操作系の個性の持ち主で時間跳躍?…など、人によって様々でしょう。

長い解説にお付き合いいただき、ありがとうございます。(ちゃんとまだ続くよ!ヒロアカ完結まで書くつもりだよ!)


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62話:re.エントリー※

起きた。

兄との戦いで追った傷は治療されていて、壊れかけていた義手も元通り。リカバリーガールが治してくれたのかと推測した。どうやら丸一日眠っていたらしく、私が寝ている間に警察病院に運ばれたようだ。とはいえ、所々に包帯が巻いてあるので、完治とまではいかないらしい。一日中ずっと側にいたのか否断が私の手を握っていて、起きたと同時にナースコールを押した。

すぐに看護師と医者が駆け込んできて容態を聞かれる。どこも痛くないのでそれを伝え、彼らは警察に連絡する為に部屋から出て行った。

 

 

「…よかった…天魔、様…!」

「……………」

「服が出てきた時…もう会えないって、思ってました」

「……………」

「生きてて、よかった…!また話すことが出来て嬉しいです」

「……………」

「?あの……天魔様?イッ!?イタタタ!痛いです!」

 

 

否断が首を傾げたので、思いっきり耳を掴んで引っ張った。

 

 

「様をやめなさいと、遠回しに言ったのに…分からなかった?」

「すっ、すみませ……ごめんなさい、つい癖で」

「レプリカはもう終わり…だから私を追いかけてこなくていい。まずは高校に通わないとね、峻」

「!!…はい!」

「よろしい」

 

 

警察に連絡がついたのか、警官がゾロゾロと部屋に入ってきた。身体を動かすのに支障は無いので、彼らに連れられて警察署へ大人しく付いていく。どんな処罰であろうと、それを受け入れるつもりだ。ヒーロー免許を持たずに行う救助活動は犯罪、とっくに分かってる。

署内で否断と別れ、取り調べ室に入れられた。そこで私のこと、オール・フォー・ワンとの関係、レプリカのこと、時間跳躍のことを全て話した。信じられないと驚いていた警察も否断の個性を考えて可能かもしれないと思い当たったようだ。

 

 

「君のこれまでの活動は違法であり、私たち警察はそれを裁かなければならない。しかし今は神野の事で手が回らなくてね。少しの間だけど、拘束させてもらうよ」

「はい」

「あの戦いはテレビで中継されていた。おかげでレプリカの正体は全国区で生中継。画像はネットを通して世界中に広まり、君は話題の人物として世間を騒がせている」

「オールマイトと共に検索率は同率1位。ヒーローと警察、国と相談して処分を決めさせてもらう」

 

 

上層部らしき人にそう言われるが、分かっていた事だ。レプリカとして自覚したことを決めた時からそうなるのは予想済み。むしろ何度も言われるので耳にタコができてしまう。

厳格に言って部屋を出た男につられて、取り調べ室にいる警官の大半が出ていく。最後に出ていこうとした優しげな警官が、声を潜めて話かけてきた。

 

「心配しなくて良いと思うよ。平和の象徴がなくなった以上、民意から反感を買うのは避けたいだろうし、悪いようにはならないって」

 

 

そう言って、私に朝刊を渡して出ていった。右にオールマイト、左にレプリカと見開きで一面を飾った朝刊には、私の顔がバッチリと載っている。というか闇から出てきた時、服を着ていないのを今知った。魔手で隠されているとはいえ四捨五入したら全裸だ、コンプライアンス的にこの写真は載せて大丈夫なのだろうか?

 

 

『20年前から活動を始めたヴィジランテ「レプリカ」。長年に渡って考察されていた、機械の腕を持つ正体不明のミステリアスさに心惹かれる読者も多いことだろう。No.1ヒーローによって歴史が動いた昨夜、オールマイトの真の姿と共に明かされたレプリカの正体。それはオリンピックに代わる日本の一大イベント、雄英体育祭にて上位入賞した天魔 市であった。高校生が20年前から活動という矛盾を孕んだ現状で、解明しようと全国の科学者達やテレビ番組が熱い議論を交わしている。ヒーローの穴を埋めるように活動していたレプリカは今後どうなるのか?戦闘力、事件解決数、社会貢献度、国民支持率は並のヒーローを凌駕する彼女へ下される処罰は?若くして脚光を浴びる彼女に注目していきたい(写真は絶望的状況から生還した際のもの。やはり高校生のようだが…?)』

 

 

目覚めてから少し気になってた事がある。

…レプリカってオールマイトと同レベルの扱いを受けるの?レプリカである私に重い刑を言い渡せば国民の反感を買う?

そんな大それたことをしたつもりは無いし、犯罪者への刑罰を世論で左右してどうする。そうしないための三権分立ではないのか。

 

それから警察署で長い間拘束された、といっても好待遇だ。私が住んでいたアパートよりも広い部屋で過ごし、神野から持ち込まれた両腕を繋げて義手とお別れした。義手を付けていた傷口が塞がっていたので、魔手で軽く表面を切り落とした後に極小サイズの魔手で神経系統を繋いで終わりだ。さすが私の個性、痛かったけど元通りに動くようになった。そう褒めると照れているのか手を震わせていた。

それを見た否断が悲鳴をあげながら部屋を飛び出して警官を呼び、血飛沫で汚れた部屋でしこたま怒られたのは納得いかなかった。仲良くなっているようで何よりだけれど。

そんなエキセントリックなことを仕出かしたからなのか、否断がくっついて離れなくなった。流石にトイレと風呂は赤面して逃げていくが、それ以外は腹に手を回されてずっと背後にいる。正直言って邪魔だ、動きにくい。

 

 

拘束されてから何日か経過し、校長先生、相澤先生、オールマイトが訪ねてきた。引退した平和の象徴は右腕を固定しているが、体調は平気そうで何より。広い部屋のソファに腰掛け、真面目な雰囲気を察したのか否断が手を離して隣に座った。向かいのソファにも3人を座らせて話出すのを待つ。

 

 

「久しぶりだね、大体のことは聞いているよ。そこの少年の個性で20年も前に跳び、レプリカとして活動していたと。まずはその選択をしてくれたことに感謝を」

「5年前、私をオール・フォー・ワンから救けてくれてありがとう。感謝しても足りないよ」

「問題なのは、無免許で個性を使用したこと。違法なのは知ってるだろ」

「はい、存じています」

「なら話は早い。つまるところ、お前は犯罪者だ。(ヴィラン)連合と何も変わらない。法で裁かないといけない」

「君への刑罰はザッと「傷害罪」に「個性違法使用罪」さ」

「っちょっと待てよ!人を救けて罪に問われるのか!?レプリカ様でなきゃ死んだ奴は大勢いた!俺が一緒に行動した10年間ですら万単位の人間が死ななかったんだ!」

「それも知っているさ。レプリカがいなければ、パワーク、メタモル、ロベレットという素晴らしいヒーローは誕生しなかったかもしれない。けれど英雄ならばルールを破ってもいいのかい?極端に言えば、たくさんの命を救ったから人を殺す事が許されるのかい?」

「………っそ、れは…!」

「…ハァ。校長先生、合理的じゃないですよ」

「ああ、ごめんね!大人として説教をしてしまったよ」

 

 

反論に立ち上がった否断が、流れが変わったことに気付いたのか座り直した。久しぶりに見た相澤先生の鋭い目が私を射抜く。

 

 

「1-Aテスト成績6位、問題だ。今の話にある穴を答えろ」

「はい。「資格未取得者が保護管理者の指示なく“個性”で危害を加えたこと」が規則内容であり、あの時の私は林間合宿にて相澤先生から出された戦闘許可は解けていませんでした。同様にレプリカとして活動している間は個性を使用していません。それは目撃情報から判明している筈です」

「正解。20年前に跳んだから無効と指摘されても、レプリカは個性を使っていない。神野で使用したタイミングは俺が戦闘許可を出した後だ。広い目で見れば、お前は規則違反をしていない。そこんとこ、考えてたのか」

「少しは。パワーク事務所でお世話になっていたので、そういう知恵は学びました」

「アウト寄りのグレーゾーンだがアウトではない、それに未成年だ。それを踏まえて、君の判決を言おう」

 

 

オマケに闇に潜んだ場所もちゃんと選んでいる。個性を使った場所は私有地であり規則にある「公の場」には引っかからない。

 

 

「君の刑罰は、これからも雄英に通うことサ!正規の手続きを踏み、正規の活躍をする!君が本当にヒーローになると世間に知らせなさい!」

「…………はい」

「…っよかった…!じゃあ、罪には問われないんですね!」

「ああ、厳重注意で終わり。オールマイトと同列の影響力を持ったレプリカだ。無理に刑を下しても良いことは無いからね」

「喜ぶのはいいけど、峻は有罪だから」

「…エッ」

「ああ、うん。否断 峻くん。君はバッチリ個性を使っているし、戦闘許可も出されていない」

「天魔は抜け道があるが、お前はフルコースだぞ。潜入とはいえ(ヴィラン)連合にも所属していたからな」

「ぅ、……レプリカ様が無事なら、俺はそれで…」

「違うでしょ峻」

「は、はい。い………市が、無事なら…」

「…お二人とも、あまり揶揄っては可哀想です」

 

 

オールマイトが相澤先生と校長先生を窘めて、否断はようやく遊ばれていたことに気付いたらしい。頰を膨らませて拗ねている。仮にも同い年の男子高校生なのに、どうしてこんなに可愛い仕草なのか?ロベレットとパワークか、次会ったらチョップでもお見舞いしておこう。

 

 

「今、雄英高校は世間から厳しく見られている。そこで「レプリカとして活動していた雄英生が(ヴィラン)連合の少年を改心。雄英にてメンタルケア、カウンセリングを行いヒーローとして育てていく」とシナリオを作った」

「2年前にウォーターホースの件で野次馬が撮影していた動画に映っていただろう?それを「改心してレプリカと共に慈善活動」と発表し、(ヴィラン)連合の動向を探っていたという事にするのサ!それに君も未成年だ、調べたら義務教育機関には通っていなかったようだし、本格的に勉強しないかい?」

「……つまり?」

「雄英高校ヒーロー科、1-Bに編入しないかい?A組だけ21人で中途半端だったから丁度いいし、どう?」

「…雄英のヒーロー科は毎年の受験倍率が異常だと聞くし、そこに落ちた奴が普通科に行くことも知ってる。そいつらを差し置いて俺を編入させる意味、本当に分かってるのか?」

「もちろん、他の教師にも通達済みだよ。君の個性と似ている子が雄英にはいてね。君はもっと強くなれる」

「どうしてもってなら雄英卒業した後に活躍しろ。んで俺らの判断は間違ってなかったと結果で表せ」

「………ハァ、分かりましたよ。けど活躍については保証しない。俺は市の相棒(サイドキック)になると決めてるからな」

「私は認めていません」

「そんな!?」

 

 

先生達がここに来た目的は達成された。あと雄英が全寮制になることを知らされて同意する。先に私のアパートに行ったらしいが、あまりに物が無くて驚いたらしい。物に執着もしていないので、服と靴、タオル、アメニティグッズだけ運ぶように頼んだ。

夏休み終了前の十数日からヒーロー科は授業があるらしく、それに間に合うようレプリカの会見を雄英が開いてくれるらしい。私を寮に入れるのは、マスコミ対策もあるのかもしれないと思った。

 

ついでに携帯の使用も許可されたので、否断に操作させてニュースを見た。確かにオールマイトも盛り上がっているが、ネットではレプリカの方が議論が進んでいる。

 

 

『中継見たけどヤバくね』

『ほんとソレ』

『音声も入ってたっぽいけど周りの音がうるさくて聞こえなかった』

『俺氏、読唇術の個性持ちな件』

『ぐう有能』

『マ?はよはよ』

『体育祭の映像見返したけどあのJKか』

『顔は良かったけど死人っぽかったよな』

『強個性だってことしか分からん』

『JKの裸……!!ふぅ』

『戦犯で草』

『おまわりさんこっちです』

『でも体育祭よりか大人?』

『雰囲気だろ。髪も伸びてるし』

『あと笑ってるからそう思うんじゃね』

『読唇術俺氏、言葉の深さに号泣』

『どうした』

『おかえり読唇術ニキ』

『読唇術ニキ!読唇術ニキじゃないか!』

『涙拭けよ…ウェッティーで』

『なんだウェッティーって』

『不覚にもトキめいた』

『ウェッwwwティーwww』

『ウェットティッシュのことそう言わんの?』

『初耳だわ』

『ちゃんと言えよ略すな』

『大草原不可避』

『読唇術ニキ生きてる?』

『おうよ』

『なんて言ってたん?』

『全裸待機』

『服着ろよ』

『パンツ穿いてないから恥ずかしくないもん!』

『パンツは穿け』

『モラル欠如男は黙ってろ』

『多分だが「兄様は兄様が勝手に自分のやり方で幸せになれるから」って言ってる』

『うわ刺さる』

『下手な歌よりも響くわ』

『私それ聞こえてた。生きようって思ったもん』

『兄妹で戦ってるのか』

『衝撃の事実』

『知りたくなかった』

『ずいぶん被害の出た兄妹喧嘩だな』

『てか体育祭の子が一回負けてなかった?』

『あの強個性が?』

『確かに。光った後にレプリカが出て、仮面取れたらその子だったよな』

『そうなん?最初から見てないから分からん』

『その前も所々だが言い合ってたぞ』

『「私じゃ兄様を救うのは無理」だとも言ってた』

『救いたい奴に自分で幸せになれるって言ったの?ワケワカメ』

『ヒーロー科なのに救えないってどんだけ』

『いや真剣に考えた結果だろ。この場合の救いたいは心の方だと思うし』

『自分じゃ心を救えない。なぜなら自分自身が気付けば幸せになれるからってこと?』

『そんな感じ』

『うわ………………うわ』

『響くじゃなくて刺さるんだが』

『誰かを救う力は無いけどそれでも誰かを救いたいって、そういうことだろ』

『変わったのは自分のおかげだけど、この言葉が変わるキッカケなのは確かなんだよなぁ』

『……なんか頑張ろ。オールマイト引退で騒いでる場合じゃない希ガス』

『つまんないことで文句言うのやめよ』

『彼女の感性で作られた曲を聴きたい』

『胸張って生きようと思った』

『レプリカの処罰、内容次第ではストライキも辞さない』

『俺レプリカに救けられたことある〜』

『裏山』

『勘違いしても謝らずに上から目線で喧嘩吹っかけてくるヒーローよりヒーローだったぞ』

『あるある』

『プライド高い奴は認めないからな。逆ギレしてくる』

『俺もストライキ参加するわ』

『もう一回素顔見たい』

 

 

 

そこまでスクロールした所で否断に画面を切られた。良い所だったのだが否断の顔が怖かったので何も言わなかった。賢明な判断だと思う。

 

 

 

 

 

**************

 

 

レプリカに関しての会見が開かれ、またネットがうるさいらしい。といっても否断が見せてくれないので「らしい」止まりなのだが。

今日から雄英で授業だ。寮に荷物は運ばれているらしいので、警察署から学校まで車で送られた。顔をなるべく隠してくれと言われたので、お粗末にメガネとマスクを装着。

雄英に到着して中に入り、1-Aの大きな扉を開ける。既に全員が席に着いていて、教室に入ってきた私の事を凝視してきた。

マスクを指に引っ掛けて下げる。メガネはしているけどこれで分かってくれるだろう。20年ぶりのクラスメイトとの対面だ。待ち望んでいた、と言うのも恥ずかしいが会いたかった。

 

 

「………どう、かな?」

 

 

前と比べて、少しは変われただろうか?

数秒の沈黙の後、動いたのは女性陣だった。

 

「………っ天魔ちゃーーん!!!!!」

「うええええん、無事!?生きてる!?」

「怪我は!?大丈夫なん!!!?」

 

涙を浮かべた女性陣に飛びつかれ、倒れそうになったのを魔手に支えられた。現状を理解した男性陣もワラワラと集まり、入り口で団子状態だ。それぞれから「心配した」や「レプリカってどういうこと」、「裸ヤベェな」など様々な声を掛けられた。

それに笑って返し、腕に抱きつく蛙吹に顔を向ければ彼女も私を見た。

 

 

「…梅雨ちゃんって、呼んでいい?」

「!ええ…お友達になりましょう」

「市って呼んで?それかお市と」

「分かったわ、お市ちゃん。ずっと貴女とお友達になりたかったの」

「私も呼んでよろしいですか!?お市さん!」

「ウチも響香でいいから、市」

「お市ちゃん!えへへ、もっと仲良くなれたみたいで嬉しいな」

「私もお茶子でいいから!」

 

 

泣いてキャピキャピと騒ぐ女性陣に、緑谷が果敢にも近寄ってきた。

 

 

「てっ…天魔さん!」

「緑谷、どうしたの?」

「クラスの皆、相澤先生から全部聞いたんだ。天魔さんがレプリカだった事とか、20年も前に跳んで今ここにいるとか、難しいことだらけだった」

「うん、知ってる。だから分からなかったら聞いて。教えるから」

「ありがとう。それでもね、入学した時の僕らと関わって来なかった天魔さんもレプリカだった天魔さんも、全部同じなんだって僕らは考えたんだ」

「……それで?」

「救けてくれてありがとう。それと、覚えてるかな……僕、雄英に入ったんだ!」

 

 

笑って手を差し伸べてきた緑谷。もちろんちゃんと覚えている、逆に緑谷の方が忘れていないかと思っていたよ。

 

 

「ええ、おめでとう。言った通りだったでしょ」

「うん」

 

 

差し出された緑谷の手を握って握手をした。

 

 

 

 

「なんか天魔の奴、雰囲気変わったな」

「笑ってるからじゃん?」

「良いことだ!」

「……チッ」

「あの天魔が…変わるものだな」

 

 

そろそろ相澤先生が来るし、着席した方がいいんじゃないの?





【挿絵表示】

イラスト作成ページはこちら↓
https://picrew.me/image_maker/42680

ヒーロースーツ新調するので時間ください。新技もあります。描きます。考えておいてアレですが、グラブルのカオスルーダーは描きたくない…あれやだ…鎧嫌い…。

フィクションなので刑の内容については異論を認めません。私の想像力は乏しいのです。


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データ:プロヒーロー仮免試験をロードしますか?→はい
63話:元ダウナー系と必殺技考案※


前回、神野の悪夢編にてこの小説の山場を越えられました。あそこまでのシナリオは相当読者様を選んだと思います。それでも続ける事が出来たのは皆様のコメントやメッセージ、評価、アクセス数、お気に入り数のおかげです。何を言われても、何を思われても私のやりたい事をやろうと再認識しました。本当にありがとうございます!
綾波レイは良いぞ!!!!!(クソデカボイス)
市ちゃんが成長したので、話し方が綾波→灰原に進化しました。
けれどイラストでは気怠げっぽく描けたらなと思います。


私によって騒がれていた教室は、相澤先生が入ってきたことによって静まった。この空気も懐かしい。

峻はB組で上手くやれているだろうか?

 

 

「昨日話したと思うが、ヒーロー科1年A組は仮免取得を当面の目的とする」

「「「はい!」」」

「ヒーロー免許ってのは人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然、取得の為の試験はとても厳しい。仮免といえどその合格率は例年5割を切る」

「仮免でそんなキツイのかよ…」

「そこで今日から君らには一人最低でも二つ……」

 

相澤先生が扉に向けてクイと指で合図を送る。もう何度も見ているのでどうなるのか想像つく、やはりガラリと扉を開けたのは他教科の教師だった。ミッドナイト先生にセメントス先生、エクトプラズム先生の3人がポーズをつけたり格好良くして入ってきた。マイク先生はハブられているようだ、可哀想に。

 

「必殺技を作ってもらう」

「必殺技!!!」

「「学校っぽくてそれでいて…」」

「「ヒーローっぽいのでキタァア!!!」」

 

盛り上がるのは良いけれど、席から立たない方がいい。主に相澤先生の眼力的な意味で。

 

「必殺!コレ スナワチ必勝ノ型・技ノ コトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とはいかに自分の得意を押し付けるか!」

「技は己を象徴する!今日日(きょうび)必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γ(ガンマ)へ集合だ」

 

 

壁に内蔵されたスーツケースを各自受け取って、更衣室へ向かう。私はコスチュームの変更届けを学校に出してまだ完成していないので体操着での参加だ。

体育館γ(ガンマ)は通称「トレーニングの台所ランド」、略してTDL。ちょこちょこと他のアトラクションの名前が出てくるのだけど、ディ◯ニーを英語だけでも名乗るのは許可を得ているのだろうか?そのうち訴訟されたら勝てないと思う。ほら、緑谷も「マズい」って顔してる。

セメントス先生の個性で生徒に合わせた地形や物を用意出来るので「台所」らしい。どうして示し合わせたように「D」の「台所」にしてしまったのか…。

 

これからのヒーローに必要なのは情報力、判断力、機動力、戦闘力、他にもコミュニケーション能力、魅力、統率力など多くの適正を毎年違う試験内容で試される。特に「戦闘力」は平和の象徴オールマイトがいなくなった事で(ヴィラン)の増加が予測され、これからは極めて重視される項目になるだろう。

 

 

「状況に左右されることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有している事になるんだよ」

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハ無イ。例エバ…飯田クンノ“レシプロバースト”、一時的ナ超速移動。ソレ自体ガ脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」

「アレ必殺技で良いのか…!!」

「成る程…自分の中に「これさえやれば有利・勝てる」って型をつくろうって話か」

 

 

うーん……確かにレプリカとして人救けをしていた頃、魔手が使えなかったので一般人を庇いながら戦うのは骨が折れた記憶がある。今までは義手があったから相手の攻撃に耐えられていたけれど、腕を治した今ではそれが出来ない。腕で受ける悪いクセになってしまいそうなので、防御力を上げる技や型を考えないとこれから苦労するだろう。

 

「これから後期始業まで…残り十日余りの夏休みは“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出す圧縮訓練となる!尚“個性”の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ、準備はいいか?」

『ハイ!!』

「ワクワクしてきたぁ!!」

 

セメントス先生によって盛り上がったコンクリートが棚田のように一つずつ足場を作っていく。そこにエクトプラズム先生の分身で複製された先生自身が生徒の戦闘を担当、アドバイスを行う方式のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「必殺技ノ方向性ハ決マッテイルノカ?」

「はい……「状況に左右されることの無い安定行動をとる」という点で、防御力の向上を考えています」

「ソウカ。戦闘力ヤ捕縛ハ申シ分ナイ…“レプリカ”トシテ感ジテイタ事カ」

「個性を使っていなかったとはいえ、民間人への被害を抑える事が苦手だと自覚しています」

 

という事で、私の訓練内容は大人数のエクトプラズム先生から攻撃をひたすら受けること。【思考加速】は使わないと決めている。戦闘中いつも使う訳にはいかないからだ。多方向から飛んでくる義足の蹴りを魔手で防ぎ、時にはいなして考える。

 

 

 

 

 

私に必要なのは魔手が全て補ってくれている……そうやって何度も攻撃をいなしていると、「レプリカ」と名付けた魔手が以前と違うのを感じた。操作していなくても、勝手にやりたい事を汲んでくれる。私の想いに応えてくれる。今までの感触と全然違うので逆に戸惑ってしまった。【並列演算】を使っていないのに私ではない2人で戦っているような、そんな感触。

空中へ逃げてもエクトプラズム先生は追いかけてくるので、どこまで付いてくるのか気になって体育館中を逃げ回った。

あ、オールマイトだ、手を振っておこう。

 

 

 

「……やはりというか、天魔少女はレベルが違うね」

「当然でしょう。レプリカとして20年生きてきたんです、あの位になっていないと困ります」

「厳しいなぁ相澤くんは」

「天魔が独走している道を追いかけて緑谷と爆豪が争い、その二人の熱がクラスに伝播(でんぱ)しています。奴らの存在がクラスの底上げをしてくれるのを期待しているんです」

「愛のムチってやつか……」

「違います」

 

 

闇に潜る事も制御出来ているのでそのうち怪我人を闇に入れて他の場所に出す、なんて事もしたい。闇なので暗闇が怖い人には向かないが……過去に跳ぶ前なら入れた後に出せるか不安だったけれど、経験を積んだ今なら問題なく出来る。

ひたすらエクトプラズム先生の攻撃を避けて避けて、時々反撃に新技をねじ込みつつも避け続けて四日経った。

四日目は新コスチュームも届いて着心地のチェックだ。

 

 

「お市ちゃん、コスチューム変えたのね。似合ってるわ」

「そう、かな?ありがとう梅雨ちゃん」

「ちょっと攻めすぎじゃない?脚長いから似合ってるけど」

「そんな高いヒールで大丈夫なの…!?」

「本当だオシャレ〜!」

「私が言うのもあれですが…少しだけ過剰な露出ですわ…。なんだか分かりませんが、心にきていますの…」

「ヤオモモそれ開けちゃアカン扉や!」

 

新しいコスチュームは今までとは一新、全て変えた。

フェイスマスクもいらないし、鎧もいらない。

衝撃吸収素材を編み込んだ体に張り付くライダースーツ。轟のように包帯などを入れる小さな容れ物が引っ掛けられる白いベルト。走りやすくクッションのついたヒール。白いファーを首から下げ、地面に手を突いた際に石での怪我を防ぐグローブ。

なぜか背中と左脚がバッカリと空いているが、コスチューム担当者はどういう趣味の持ち主なのか?

 

旧コスチュームでは、蹴りやパンチの破壊力の加算で鎧をつけていた。鎧は防具でもあり、それを外した新コスチュームでは防御力の低下が心配される。けれど考えたのだ。

()()()()()()()()()()()

部分的でしかなかった鎧を()()()()()()()と。

その為に他人からは無意味にも思えるファーを付けた。

お披露目は仮免のお楽しみだ。少しは空いた背中も気にならなくなるだろう。

 

 

 

「そこまでだA組!!!今日は午後からB組がTDL(ここ)を使わせてもらう予定だ!イレイザー、さっさと退くがいい」

「まだ10分弱ある。時間の使い方がなってないなヴラド」

「ねえ知ってる!?仮免試験って半数が落ちるんだって!A組(キミら)全員落ちてよ!!」

「市、会いたかったです!」

「……峻」

「なんとかB組でも上手くやれています…あとコスチューム過激過ぎないですか!?御御足(おみあし)が!」

「片脚だけね。もう慣れたもの……ホラ」

「ぶっふぅ!?せ、せせっ背中まで…!!まさかそれで活動を……!?」

「おぉ!何だよ天魔そのコスチュームは!!もっとオイラに見せろ!」

「あ”?なんだてめぇ心臓抜かれたいのか?」

「ひぃ!?」

「反射行動すぎる」

「峻、ステイ」

「はい!」

 

 

 

私が止めた峻を、B組の拳藤が回収していった。本当に馴染めているようで安心した。我が子(違う)の成長に感涙だ。

私の精神年齢はアレだが、この輪に入っている今はあの頃に戻ったような気持ちになれる。肉体年齢は同じだから後悔しないように皆と接していたい。

峻のコスチュームはただのスーツだ。近くで高笑いしている捻くれ者と被っているが、あちらは燕尾服でこちらはメンズスーツ。黒いスーツにベストを身につけ、顔の良さも相まって紳士的。

峻の個性の前では障害物という概念が存在しない。瓦礫を退かす手間も、炎に怯むことも無く駆けつけることが出来るし、戦闘においても攻守共に高水準でその身を死角に不意打ちも取れる。

私がやったように攻撃を峻の身体に通過させれば(ヴィラン)の動揺を誘うことも出来る。

 

 

……うん、良いヒーローになれるんじゃないか?

相棒(サイドキック)としても各所で引っ張りだこになるだろう。誰の個性でも合わせられるから余計に。

仮免試験はA組とB組が別会場で申し込んだのを残念がっていたが「頑張って」と応援すれば尻尾を振る幻覚が見えた。

 

 

「1年の時点で仮免取るのは全国でも少数派だ。つまり…君たちより訓練期間の長い者。未知の“個性”を持ち洗練してきた者達が集うワケだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが忘れないようにな」

「「「はい!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

寮に帰り、疲れたのかグッタリしたまま夕食を食べた一同は風呂へと消えていく。女子会に誘われたので風呂上がりにロビーへ集合し、仮免試験への心境を話し合った。初めての女子会に内心ワクワクしてしまった。いい大人が恥ずかしい。

 

 

「フヘエエエ…毎日毎日大変だァ…!」

「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」

「とはいえ、仮免試験まで一週間もないですわ」

「ヤオモモは必殺技どう?」

「うーん…やりたいことはあるのですが、まだ体が追いつかないので少しでも個性を伸ばしておく必要がありますわ」

「梅雨ちゃんは?」

「私はカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」

「お市ちゃんは?」

「私は完成かな。やりたい事は出来たし、他にも2、3個考えたから通用するのか楽しみなの」

「お茶子ちゃんは?」

「……」

 

ジュースのストローに口を付けてボーッとしているお茶子は反応が無い。梅雨ちゃんに突かれて飛び上がっているので、具合が悪いワケではないようだ。

 

「お疲れの様ね」

「いやいやいや!!疲れてなんかいられへん、まだまだこっから!……のハズなんだけど、何だろうねぇ。最近ムダに心がザワつくんが多くてねえ」

「恋だ」

「ギョ」

 

 

ギョって言った。形容詞でも何でもなく、口で「ギョ」ってそのまま言った。図星なのか……それは気になる。赤くなって否定しつつ浮くお茶子に追撃がかけられ、私も気になるので参戦した。

 

 

「誰ー!?どっち!?誰なのー!?」

「ゲロッちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ」

「お茶子、誰が好きなの?少し気になる」

「違うよ本当に!私そういうの本当…わからんし…」

 

 

赤く否定するお茶子を可愛いを微笑ましい気持ちになる中、梅雨ちゃんからストップがかかりヤオモモに睡眠を促された。

なるほど、自分から話し出すのを待つのが女子会か…勉強になった。

 

明日からも頑張ろう。

 




新コスチューム

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64話:元ダウナー系と雄英潰し※

仮免なんですが、どう想像しても一次審査だけ俺TUEEEEになってしまいます。だってホラ、20年も人救けしておいて夜嵐イナサに負けるビジョンが浮かばなくて…。イラスト描いているので許してくださいな。



楽しんだ女子会から日々は流れ、その日がきた。

雄英バスで向かった先は試験会場は国立多古場(たこば)競技場。バスから降りて弱音を吐く峰田を上半身を折り曲げて発破をかける相澤先生だったが、腕もブランとしているのでやる気の無さを感じる。この人は「応援」って言葉を辞書で調べてから今日を迎えた方がいい。

 

「この試験に合格し仮免許を取得出来れば、おまえら志望者(タマゴ)は晴れてヒヨッ子…セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」

「っしゃあなってやろうぜヒヨッこによォ!!」

「いつもの一発決めて行こーぜ!せーのっ“Plus…」

Ultra!!”

 

あれ、切島の声じゃない。ガタイのいい迷子だ、何処の子だろうか?

 

「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」

「飯田と切島を足して二乗したような…!」

「待って、あの制服…!」

「アレか!西の有名な!」

 

………?

皆の解説によると東日本は雄英、西日本には士傑と呼ばれるヒーロー科難関校があるらしく、先ほど“Plus Ultra”に交ざったのはその学生のようだった。円陣に交ざった謝罪でのお辞儀で思いっきり地面に額を打ち付けた少年は血を流している。あの勢いでいったなら当然だ。

相澤先生は彼を知っているらしく、名前は「夜嵐イナサ」。雄英の推薦入試をトップの成績で合格するも入学を辞退、実力は本物とのこと。

雄英を受験したのに西日本の士傑も受験するなんて、移動からして大変なのに随分とフットワークが軽いんだな。

 

 

「イレイザー!?イレイザーじゃないか!!」

「!」

「テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久し振りだな!!」

 

 

試験会場着のバスが並ぶ通路の先から、緑を基調とした女性が相澤先生へと話しかけた。あの嫌そうな顔を見て考えるに、一方的なベクトルで仲が良いようだ。ヒーローが教師になるというのも少ないのに知り合いが教師として会うなんて珍しい。

緑谷の解説によると、彼女はスマイルヒーローの「Ms.(ミス)ジョーク」、個性は「爆笑」。近くの人間を強制的に笑わせることで思考・行動を鈍らせる。彼女の(ヴィラン)退治は敵味方関係無く笑いながら殴り殴られの混沌(カオス)であり、狂気に満ちている…らしい。

彼女が所属しているのは傑物(けつぶつ)学園高校、担当クラスは2年2組。分かってはいたが、他校はさっきの夜嵐以外は上級生だ。

 

「俺は真堂(しんどう)!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」

「えっあ」

「しかし君たちはこうしてヒーローを志続けているんだね!素晴らしいよ!!不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!!」

 

こちらへ歩いてきた傑物(けつぶつ)学園高校の中心人物らしい少年が緑谷、上鳴、響香の手を握って爽やかに笑顔を振りまく。……けど、まだまだ子供だ。

 

「その中でも神野事件を中心で経験した爆豪くん、天魔さん」

「あ?」

「?」

「君らは特別に強い心を持っている。今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

「フかしてんじゃねえ。台詞(せりふ)(つら)が合ってねえんだよ」

「とても綺麗な余所行きの顔ね」

「………」

 

 

伸ばされた手を爆豪が払い、私はニコリと対応する。比べるべくもないが、パワークはただの好々爺(こうこうや)ではないという事か。猫を被るのは別に悪いことではなく、それで相手を油断させれば立派な戦術になる。

相澤先生に急かされて、試験会場へと足を踏み入れた。

雄英という事もあって当然ながら注目されるけど、私に対する目が違うことを知っている。

 

「あれがレプリカ?」

「神野の中継見た…」

「雄英生って本当だったんだ」

「なんで今更?空気読めよ」

「へえ…ちょっと戦いたいかも」

「バカお前、返り討ちにされるのがオチだぞ」

「そんなの分かんないじゃん」

 

私はそんな好奇の視線を気にするほど子供でもない。そういう時は堂々としていればいいのだ。間違えた事はしていないのだから胸を張って歩けばいい。レプリカの私を恥じる必要は無い。話している子達に向かって笑えば、気まずそうに目を逸らされた。

 

更衣室でコスチュームに着替えて、説明会場に入る。

一応雄英でまとまっているけれど、狭い部屋に何校も押し込められているから人口密度が高い。新コスチュームの空いた背中に視線を感じるけれど、無視した。黙って見ているだけならアクションを起こす必要もないからだ。

壇上では疲れ切った隈の濃い顔に掠れた声。なるほど、社畜さんが説明してくれるらしい。お仕事お疲れ様です。

 

「えー…ではアレ、仮免のヤツをやります。あー…僕、ヒーロー公安委員会の目良(めら)です…好きな睡眠はノンレム睡眠、よろしく…。仕事が忙しくてろくに寝れない…!人手が足りてない…!眠たい!

そんな信条の(もと)ご説明させていただきまーす…」

 

本当に大丈夫なのだろうか?睡眠不足は思考低下やストレス増加、免疫低下など2次被害が凄まじいものだ。発狂する前に働き方改革を是非ともしてほしい。けれど仕事だと割り切って説明を続ける姿勢はさすが社会人だ、褒められたものではないけれど。

 

「仮免のヤツの内容ですが…ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます。現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を(てい)する向きも少なくありません」

 

簡単に説明すれば、これまで多くの先人(ヒーロー)達が救助・(ヴィラン)退治で互いを高め合った結果スピード解決が基本となってきた。仮免を取ればそのスピードについて行けない者は将来厳しい、と。

 

 

「よって試されるはスピード!条件達成者()()100名を通過とします」

 

 

後ろでお飾りと思われていた巨大モニターが「一次試験通過者100名」と映した。予測していなかったふるいの狭さに会場が騒つき、女性陣もショックを受けている。受験者1540人中、一次通過出来るのは全体の1割未満。そう思うのも無理はない。

大人の事情をチラつかせて曖昧に説明を切り上げた目良(めら)さんはオレンジ色のボールと平たい丸の機械を取り出していた。

 

 

「で、その条件というのがコレです。

受験者はこのターゲットを3つ、体の好きな場所…ただし常に晒されている場所に取りつけて下さい。足裏や脇などはダメです。そしてこのボールを6つ携帯します。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで、3つ発光した時点で脱落とします。3つ目のターゲットにボールを当てた人が“倒した”こととします。そして二人倒した者から勝ち抜きです。

ルールは以上。えー…じゃ()()()ターゲットとボール配るんで…全員に行き渡ってから1分後にスタートします」

 

 

床が揺れるのと同時に天井が割れて、まさに部屋がサイコロの展開図のように広がった。急に入ってきた太陽光の眩しさに顔に手を(かざ)して、目が慣れるのを待つ。配られた3つのターゲットを両脚と鳩尾(みぞおち)に付けて、6つのボールの内1つを右手に持って残りを闇に収納した。ボールを入れるボールバッグは受け取らなかった。

 

「皆!あまり離れず一かたまりで動こう!」

「フザけろ遠足じゃねぇんだよ」

「バッカ待て待て!!」

「俺も抜けさせてもらう。大所帯じゃ却って力が発揮出来ねぇ」

「私も。出し惜しみはしないつもりだから、皆も早く通過してきてね」

 

 

呼び止める声を無視して「掴め()の月」で空中を移動する。私の好みの地形か…。魔手は何処にでも出せるので、私の体調的な面で火災や水辺が苦手だ。

空を飛ぶ私についてくる人が多数。ならばと着地しやすい高架橋に降りた。追いついた人達に四方を囲まれて、絶好のカモだと思われたのか笑い声がする。

 

 

『第一次試験スタート』

「……“幻妖言惑(げんようげんわく)”」

 

 

サイレンと共に放送が流れた瞬間、圧縮訓練にて考案した防御の必殺技を展開した。

首に下げてるファーを起点に魔手が姿形を変える。身体を包んだ魔手は段々と質感を持ち、黒いマントへと変貌(へんぼう)を遂げた。旧コスチュームにて身につけていた鎧を切り捨てた代わりに、全身を纏う鎧として魔手を変化させたものだ。

マントなので空いた背中も隠れて一石二鳥。

これが完成した時は嬉しかったのでたくさん撫でて頬ずりをしたものだ。魔手はプルプルと震えていて可愛かった。

 

 

 

……………さて、と。

私がレプリカと知っていて付いてきたのか、知らずに周りに合わせてここにいるのか。どちらにしろ、私と彼らの実力差は明確。

いつの時代も相手の実力を見抜けない(ヴィラン)やヒーローは淘汰されてきた。

ならば、私が彼らを脱落させてしまっても構わないのだろう?

 

 

その慧眼を鍛えてから出直しておいで。

 

 




“幻妖言惑”のイメージ元はアレンの神ノ道化です。
いつものように背景はトレス

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65話:元ダウナー系と一次試験結果※

アニメでは「所持したボールで二人以上脱落させた者」と言っていましたが、夜嵐が120人一気に脱落させたり、投擲さんが真壁さんの硬質ボール投げてたので解釈を変えています。(もしかしたらあらかじめ渡してあった投擲さんのボールを硬くして返したのかもしれないですけど)


「大したこと無いくせに人気者で羨ましいよ!なぁレプリカ!」

「えっアレがレプリカ!?狙うなんて聞いてないよ!」

「知名度だけだビビんな」

「そーそ。噂が一人歩きしてるってヤツ」

 

 

邪魔なので右手に持っていたボールを闇に収納し、私が立っている高架橋が壊されてボールが来ると面倒になるので真上に高く跳んだ。身動きの取れない空中に出たのを好機と見たのか、私を囲んでいた3桁以上の全員が一斉にボールを投げてくる。

ある者は個性でボールに羽を生やし、ある物は重力操作で上からボールを降らせる。またある者は怪力で下から勢いをつけて投げ、ある者は持っている全部のボールを。全方位から迫る数多くのボールから逃げる隙間など無い。

……が、逃げられないなら迎え撃てばいいだけだ。

 

 

 

 

 

魔手で出来たマントに付いているフードがフワリと頭を覆い、裾を持ってバサリと広げる。そのままマントを身体全体で大きく(ひるがえ)して向かってくる全ボールを跳ね返した。私へと投げられた300を超えるボールが高架橋にゲリラ豪雨のように降り注ぎ、ターゲットを守る個性を持っていなかったのかボールが当たって次々と赤い光が現れていく。

私が着地する時には、全員のターゲットが赤く光っていた。それが表すもの、つまり脱落だ。

 

この第一次試験のルールは、ターゲットに当てるボールは自分が持っている物でなくてもいい。重要なのは「誰が当てたか」なので、奪ったボールを使って試験を合格することも可能。

配られたボールを1つも使う事なく終わってしまった…残念だ。ちょっと投げてみたいと思ってたのに。

 

 

『え、まだ始まったばかりなのに一人目の通過者が…うお!?だっ、脱落者100名以上!!雄英潰しを返り討ちで100名以上脱落させて通過した!!彼女はレプリ……いえ、大変優秀で結構。あ、情報が入り次第、私がこちらの放送席から逐一(ちくいち)アナウンスさせられます。えー……ちょっとびっくりして目が覚めて参りました。ここからドンドン来そうです。みなさん、早めに頑張ってください』

ピピッ『通過者は控室へ移動して下さい、早よ』

 

 

体に付けた3つのターゲットが、脱落者とは反対に青く点滅して音声が流れた。へえ、意外と高性能な造りなんだ。

冷静な者ならば私を狙うなんてしないだろう。現に、脱落した者の中にさっき説明された士傑の人や傑物(けつぶつ)学園高校の人はいない。どうやら私の肩書きは怖いもの知らずとプライドの高い者を釣ってしまったらしい。

 

 

「嘘………私たち、もう終わりなの!?」

「なん、だよぉ…こんなんで脱落かよぉ…!!」

「だから嫌だったのに!」

「大したこと無いって言ったの誰だよ…!」

「くそ、俺らここで仮免取っとかないといけねーのに…」

 

 

今頃泣いてももう遅い。だいぶ手遅れな…いやかなり間に合わない後悔だ。これで心が折れていないのならばまた会えるだろう。互いを活かす連携の年季は一年違えど、それこそ私の戦況判断の方が年季が違う。

ターゲットからの音声案内に従って控室へ行こうとして、前と後ろから人が来ているのに気付いた。後ろからは大人数が走り、前からは一人が悠々と歩いている。前方から来るのは、確か士傑高校の男の子だ。

背後から来ている団体と衝突するのは明白なので、通行の邪魔になっては悪いと避けようとして話しかけられた。

 

 

「今の実力を見ると本物のレプリカだと判断せざるを得ない。御校(おんこう)である雄英高校に貴殿のような品位ある者がいることを尊敬する」

「ありがとう、けれどレプリカはもう終わりなの。私は天魔 市………市と呼んで、先輩」

「…無礼を詫びよう。私の名は肉倉(ししくら) 精児(せいじ)。将来、貴殿と肩を並べて戦う日を楽しみにしている」

「じゃあまずは一次試験を通過しないとね」

 

 

 

遠くの方で地面が盛り上がり、大きな揺れがこの高架橋にも届く。そろそろ行かないと不味いので控室へ向かった。しばらくして120名を脱落させた2人目の通過者のアナウンスが鳴り、私と合わせて220名以上の者が開始数分で脱落していく。仮免は狭き門だと聞いたし、次の機会にぜひとも頑張ってほしい。

 

 

 

 

**************

 

 

控室に入ってターゲットを磁気キーで外して返却棚に戻し、用意されている飲食物を無視して壁際のベンチに座った。

しばらくして会場前での円陣に割り込んできた夜嵐イナサが入ってきたので、2人目の通過者は彼か。雄英の推薦入試をトップで合格した子だ。

 

 

「あ!貴方が1人目の通過者ですか!!アナウンス聞いた時スゲーって思ったっス!!」

「こんにちは、そう言ってもらえて恐縮です」

「レプリカさんっスよね!俺、ファンです!握手してください!!!」

「元レプリカね…握手はもうしてるわ」

「貴方の動画、全部見てるっス!!熱かったっス!」

 

 

返事する前に握るなら聞く必要無いだろう。

分かってたけど、そう何回も「レプリカ」って言われるとウザい。また何処かの全国中継に乱入してヒーロー名を言って「今後レプリカって言うな」と言った方が良い気がする。

飲食物でも摘めばいいのに、夜嵐は私との会話に夢中だ。勢いが凄く声も大きいので人として得意では無いけれど、良い子なのは分かる。

分かった、レプリカに感動したのは分かったから。野次馬に怒鳴ったフェイクが好きなのね、ハイハイ。あの叫びは熱血だったね、うん。

 

それから続々と通過者ぎ控室に入ってきて、合格者数の半分が通過した。ようやく夜嵐も満足したのか、また別の人に話しかけている。

あ、轟も通過したようだ、やっと知り合いが来て安心した。私の隣に座った轟は、夜嵐を見て疑問符を浮かべている顔だった。

 

 

「…最初の通過者アナウンス、お前だろ。瞬殺だった」

「ふふ、運が良かっただけ。ねえ轟、君と話したいことがたくさんあるの」

「ああ、俺もだ。10年前のこと、感謝してる」

 

 

ヤオモモと響香、梅雨ちゃんと障子が来るまで話に花を咲かせた。

一緒に行動していたけれど傑物学園高校の生徒に分断されてしまい、今バラバラの状態らしい。心配しなくても、大丈夫だと思うよ。

ヤオモモは個性の関係上、この時間に食べ物を摂取することを重要視して離れていった。

爆豪、切島、上鳴、緑谷、瀬呂、お茶子が控室へと入ってくる。残席はあと18名、A組は残り9人。あ、8人一斉通過したから残り10人。控室へ入ってきたのは傑物学園高校の8人だ。

 

ヤオモモや響香が焦りはじめたので、どうなっているのかと控室に設置されたモニターに目をやる。すると、何処で空に向かって青いレーザーが放たれた所だった。空高く昇るソレは途切れる事がなく、あれでは注目を集めてしまう。……あれもしかして、青山の個性じゃないだろうか?

レーザーの発射地点に鳩が群がり、何が起こっているかはモニターでは確認出来ない。けれど、残ったA組が何かをしているのだけは分かった。

 

 

『2名通過!!残りは8名!!』

 

お、もう大丈夫かな。

 

『残り7名!6名!5名!続々と!この最終盤で一丸となった雄英が!コンボを決めて通っていく!そして0名!100人!!今埋まり!!終了!です!ッハーーーーー!!』

「っしゃああああ!!!」

「雄英全員、一次通っちゃったあ!!!」

「スゲェ!!こんなんスゲェよ!」

「ケッケロ〜!」

 

 

控室で雄英の歓声が上がる。飛び上がりる人、胸に手を当てる人とそれぞれの表現で安心していた。これで相澤先生に何か言われる心配も無い。本当に良かったと私も息を吐いた。

夜嵐が叫んでいるので、さっき話しかけられた肉倉(ししくら)は残念ながら落ちてしまったようだ。次の機会に頑張れ。

 

 

『えー1次選考を通過した100名の皆さん、これをご覧下さい』

 

 

モニターに映し出されたのは一次試験を行っていたフィールドだ。ビル街を中心に見えていたのだが……爆発した。

ああ…国の予算が…。

いやそこは心配する所じゃないけど、つい口から出てしまった。手を当てて抑えておこう。

 

なんて無茶をするんだ国家よ……。




仮免では梅雨ちゃんを抱っこする障子くんが本当にカッコよかったです。体育祭で一人戦車でダッシュした時と林間合宿で緑谷を背中に抱いた時とトガちゃんを弾いた時も思ってました。常闇くんと障子くんが紳士的で好きです。紳士枠。

【挿絵表示】

返り討ちのシーンです


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66話:元ダウナー系と二次試験※

イラストにてお目汚し失礼します。


『次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』

 

バイスタンダー(bystander)…救急現場に居合わせた人のことだった筈。雄英では戦闘面の方が比率が多いので救助系の経験が積めていないのが現状だ。応急処置や傷病診断の分類は習っているが、いざ実際に行うことを考えると不安が残る。

 

 

『一次選考を通過した皆さんは仮免許を取得していると仮定し、どれだけ適切な救助を行えるか試させて頂きます』

 

 

崩れたフィールドに向かう老人や子供がモニターに映し出される。危ないと思うが、解説によるとどうやら「要救助者のプロ」としてビジネスが成立している会社の人のようだ。ちゃんとボトルに入った血のりをカメラに向けて見せてくれてるが………ノリノリの笑顔。ちゃんと1人1人の顔を確かめればパワークが交じっているのではと勘違いしてしまうほど。

傷病者に扮した「HUC(フック)」がフィールド全域にスタンバイ、二次選考はそんな彼らを救出し、それをポイント採点で合否を決めるらしい。演習終了時に基準値を超えていれば合格なのだが…この広いフィールドでの行動が審査員のいる観覧席から見えるのか?まあ通過者は100人だし、各自一名を採点すれば100人で足りる数だ、その為のふるいだったのだろう。

 

 

『10分後には始めますので、トイレなど済ましといてくださいねー…』

 

 

今から与えられた猶予は10分。私の「レプリカ」は汎用性が高く、要救助者を団体で救助するのに向いている。けれど雄英生で纏まって行動するなら彼らの役割を奪ってしまうし、それではポイント採点で不利になってしまう。

私は一次選考と同じで別行動をさせてもらおう。きっと演習が始まれば近場にヒーロー候補生が集中するのは簡単に想像出来るので、スタート地点から一番遠い所に向かう必要がある。

 

 

「ねえヤオモモ、少しいい?」

「お市さん…どうしました?」

「悪いんだけど、個性使う余裕ってあるかな?」

「それは……ええ。今ならば脂質を蓄えることが出来るので大きな物でなければ構いませんわ」

「ありがとう」

「いえ、それくらいならば。何を創造しますか?」

「メモ帳2つとペンを……5本欲しいの」

「それだけですの?でしたらすぐ創りますわ」

「ごめん、もうすぐ二次選考なのに」

「お市さんなら何か考えがお有りでしょう?はい、出来ましたわ。私は脂質を摂取していますので、お互いに頑張りましょう」

「うん、いっぱい食べておいで」

「そ、そんな(いや)しん坊みたいに言わないで下さい!」

 

 

本当にありがとうヤオモモ、これで心置きなく別行動が出来る。

もらった物を闇に入れて開始を待っていると、士傑が爆豪に絡みに行っていた。撤収時には轟と夜嵐がバチっているけれど、私が止める必要も無い。言いたいこと言って去っていったし、轟には緑谷がフォローしに行ったから大丈夫でしょ。

 

そんな事を思っていると、控室に非常ベルの音が響いた。

 

 

 

(ヴィラン)による大規模テロが発生!規模は〇〇市全域、建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着する迄の救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮をとり行う。一人でも多くの命を救い出すこと!!!』

 

またもや今度は控室が展開図のように開き始めた。このパターン好きなんだな仮免試験。確かに後からもう一度組み合わせれば済むし、折り畳みが出来るから持ち運びにも便利だ。

 

『それでは……START!』

 

 

ブザーと共に「掴め()の月」で空を駆ける。私の他にも夜嵐が風によっていたり翼を生やして空中を移動している者は少数だがいないわけではない。意外にも爆豪が走って移動しているが、彼は爆破し過ぎると掌が痛くなるんだったか。どのくらい時間がかかるか分からない以上、消耗は避けたいらしい。

予想通り一番近くの都市部ゾーンに雄英生が行くのを見てから、私は一番遠い範囲に着地した。私の所に他のヒーロー候補生が来るのは時間の問題だけど、それまでに出来る事はやっておきたい。

 

 

目の前で崩れている建物に、広範囲で複数の魔手を出現させて規模と要救助者の把握を行う。瓦礫で塞がれた中に数人閉じ込められている。他の場所にも近すぎず遠すぎずの距離を保ってバラけているので、これでは人手不足が露骨に響いてしまう。

まず把握した範囲にいる要救助者の近くに魔手を各自4本ずつ出して触診をさせた。まず呼吸と脈の確認、出血状況、そして意識と歩行行動の有無。林間合宿での大量調理の時にも分かっていたが、私が今までやってきた経験が反映された「レプリカ」ならば余裕だ。

比較的救助優先度の低い軽傷者達は魔手での搬送。

歩行が出来ない者や意識の無い者は動かさないように魔手での搬送。

崩れそうな壁や鉄骨は支えてから救出、搬送。

【並列演算】を使わなくても自立行動をしてくれているので楽だ。

トリアージは一応、ABCDEアプローチに基づいたスタート法の図を書いたが救護所の人は分かってくれるだろうか?

 

 

 

「(ほう…まずは要救助者の位置を把握、そして個性による容態確認。初動ですら素晴らしい速度……相当な経験だ)」

「(一人一人のトリアージに合わせて運び方を分けている…現に優先度が高い頭部の怪我、大出血をしている私は運ばれているにも関わらず少しも振動が来ない)」

「(怖がっている者には個性の手遊びで精神的余裕を取り戻そうとしている。その被災地での局面で大切なのは心のケア…よく分かっているじゃないか)」

「(……いや、それだけではない!?この手が持っている物はメモ用紙?なっ…私の怪我の詳細が書かれている!減点だと考えていた救護所へ受け渡す時の円滑さを考慮している……応急処置の心得がある者ならばこれを見れば状態と処置を瞬時に把握出来るほどの正確な傷病診断……あの少女は一体……!?)」

「(このメモ用紙…その正確さだけではない。何より最後に書かれた「もう大丈夫」の一行がこんなにも頼もしい。私が赤ん坊設定だからかポップな猫と犬まで描いてある……なんて気配り。それにこの手…手遊び上手いな、なんだその影は!キツツキか!?)」

 

 

 

瓦礫に埋まった要救助者の場所へ向かう。要救助者のプロとはいえ、よくこんな場所に入る隙間を見つけてしかも中に入ろうとするなんて。暗い場所にいるのなら、精神的負担は相当なものだろう。

周りも見えない空間で救けが来るのを泣いて待つだけ。ヒーローは、そんな(トラウマ)を少しでも和らげる為にあるものだ。

崩れないように善処はするが、万が一の時に備えて内側を魔手で抑えておく。瓦礫を1つ1つ退かして中が見える頃、膝を抱えて泣き叫んでいる要救助者を見つけて手を伸ばした。

 

 

「もう大丈夫」

 

 

ヒーローは笑顔で

そういう教えですよね、オールマイト

 




「HUC」目線です。

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ふと脳内で考えてしまったのですが、否断くんは約束された勝利の顔面なので将来のビジュアル分岐はアレン(Dグレ)かベディ(FGO)かななんて馬鹿な想像してしまいました。深夜テンションですすみません。


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67話:元ダウナー系と敵乱入※

イラストにてお目汚し失礼します。


瓦礫に埋まった要救助者を引き上げて救助していると、遠くで聞こえた爆発音を皮切りに各フィールドで地鳴りと共に爆破が起こった。要救助者を搬送させている魔手には一度止まって守るよう指示を出し、私は瓦礫から救けた子供を抱いて庇う。

 

(ヴィラン)が姿を現し追撃を開始!現場のヒーロー候補生は(ヴィラン)を制圧しつつ、救助を続行して下さい』

 

そういう事も想定しているのか。

確かに救助演習のシナリオは「(ヴィラン)による大規模テロ」だから、態勢を立て直した(ヴィラン)が第2波を仕掛けてきても不思議ではない。(ヴィラン)が現れたのは救護所のすぐ前。私のフィールドから一番遠い場所に出現してしまったから、この子供を救助者へ運んだら加勢しに行こう。

私が探知をかけた範囲にはもう要救助者はいない。近くには他のヒーロー候補生がいるので、彼らに任せても大丈夫だ。

きっとあの様子では、まず救護所にいる人を避難。その殿(しんがり)を誰かが務めている筈だ。ならば先に避難を手伝った方が、加勢に向かうヒーロー候補生を増やすことが出来る。

……と考えたけれど、状況を見てから動いた方が良さそうだ。

 

もし殿(しんがり)(ヴィラン)を制圧出来ていないならば、人選次第でそちらに行ったほうが効率が良い。

流石に要救助者の子供を抱えて空を飛ぶのはいただけないだろうという事で、魔手に腰掛けて運ばれる。こっちの方が速いから大目に見てもらいたい。

 

 

 

 

「何をしてんだよっっ!!」

 

 

 

 

要救助者を避難させているヒーロー候補生を見つけて合流しようとした時、緑谷の怒声が(ヴィラン)の方から聞こえた。

一体なんだ?

緑谷が(ヴィラン)に向かってそう叫ぶとは考えにくい。だとしても、彼はあんなに口が悪くはなかった。もしや戦線で何かあったのかもしれない。なら、要救助者の避難で手一杯なこちらに合流せずに加勢にいったほうが懸命だ。

 

 

 

抱いている子供に一言謝ってから、魔手に避難列に合流するように指示して空を飛ぶ。空から戦線を見ると、轟と夜嵐がシャチの(ヴィラン)に行動不能にされていた。一次試験を通過した控室でも二人には確執があったっぽいし、喧嘩でもしていたのだろうか?それに緑谷がキレて叫んだ…と。そのほうが緑谷の口が悪い説明もつく。

彼ら殿(しんがり)が突破されたせいで(ヴィラン)達が避難している集団を追撃しようと向かっていく。緑谷らしき緑の点から地面にヒビが入って(ヴィラン)の足を止め、シャチは炎に閉じ込められた。

 

 

「ヘルプに戻るか!?」

「いや待て!」

「SMASH!!」

「そっちに行くのは駄目」

 

地上で緑谷が(ヴィラン)を蹴散らし、空で私が魔手を操作して制圧を始める。緑谷の方にも尾白や三奈と常闇、梅雨ちゃんが加勢し、避難を完了させたヒーロー候補生が次々とこちらに戻ってきた。人差し指を動かして魔手に指示を出しつつ、シャチが呑み込まれた炎の渦を見る。

 

 

 

凄まじい威力だ。

幻妖言惑(げんようげんわく)は衝撃や物理的なダメージを防げても、高温低温や音に関する攻撃にはまだ改善点がある。今の私の幻妖言惑(げんようげんわく)ではあれを防げないだろう。()()()()()()()()闇に潜るしか逃げ道がない。

あ、炎の渦が破られた。

 

空中から落下速度に身を任せてシャチへ突進し、高いヒールで蹴りを放つ。私と同時に緑谷も蹴りを放った。

 

 

「二人から離れて下さい!!!」

「神野ではどう、もッッ」

「(緑谷…天魔…!)」

「ぁ……!!」

「(おまえらは…どこまでも…!!)」

 

 

どちらの攻撃も片手で防がれてしまったが、両側からの相当な衝撃がシャチに響いている筈だ。緑谷は防御の腕を蹴り抜こうと力を込め、私は飛び退こうと膝を曲げた時、スタートの合図と同じ「ビー」というけたたましい音が鳴った。

 

 

『えー只今をもちまして配置された全てのHUC(フック)が危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全行程、終了となります!!!』

「終わった…!?」

「……ふぅ、疲れた」

 

緑谷と共にシャチから離れて、終わった事に安堵の溜息を吐いた。

 

『集計の(のち)、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ…他の方は着替えてしばし待機でお願いします』

「……らしいけど、動けるの?」

「だっ大丈夫轟くん!?」

「…ああ、大丈夫だ。動けねえけどな」

「……っス」

「じゃあ緑谷は更衣室へ行ってて。私が運ぶから」

「え、天魔さんに全部は任せられないよ!」

「平気。運ぶのは私じゃなくてレプリカだから」

「そう…?じゃあ、頼んでも…いいかな?」

「もちろん」

 

 

幻妖言惑(げんようげんわく)を解除してから二人を魔手で運ばせた。積もる話もありそうだし、一本の魔手で一緒に運んでしまえ。ほら、黙らないの。

 

 

「シャチョーすみません。仕事できませんでした…」

「やっぱ“()()()プロテクター”は動き辛いですね…」

「(いや…プロテクターがなかったとしても…あの炎の渦はそれ程に見事だった。それに、乾燥によるダメージからのやつら(緑谷と天魔)の奇襲…試験が長引いていればあるいは……)」

 

 

市にシャチと呼ばれていたNo.10ヒーロー「ギャングオルカ」が身に着けている拘束用プロテクターは、二人の最後の攻撃によってヒビが入っていた。

 

 




二次試験終了間際の攻防
市ちゃんで満足しちゃったので緑谷とギャングオルカが適当です。

【挿絵表示】

左右の足を間違えていたので修正しました。


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68話:元ダウナー系と仮免試験結果

アプリ「オルサガ」のゼロ章を久しぶりに進め、配布テレジアの騎士伝やったら名前の由来に歓喜しました。やっぱり時間遡行系は良いですね…。
大阪城掘っていたので更新遅れました。人妻でもないのに包丁が異常にドロップします。ていうか真堂くんボイスが五退ちゃんだった事にビックリしました。


更衣室で雄英制服に着替えて指定の場所で待機、待ち時間では女性陣が緊張で慰め合っている。この仮免試験担当の目良さんが壇上に立った。

 

『えー皆さん、長いことおつかれ様でした。これより発表を行いますが…その前に一言、採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUC(フック)の皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり…危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査しています。とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい…」

 

目良さんの背後にある巨大モニターに、一次試験を通過した100名の中で合格者の名前がズラリと並ぶ。私は「天魔」だから常闇と轟を探せば近いな。

 

「あったぜ!峰田実!」

「あったァ…」

「あるぞ!!」

「よし…」

「麗日ァ!!」

「コエー」

「フッ」

「よかった…」

「メルスィ!」

「あったぜ!」

「わー!!」

「……!」

点滴穿石(てんてきせんせき)ですわ」

「ケロッ」

「やったー!」

「っしェーい!!」

「あったぁ!…けど」

「ねえ!!」

「……ある」

 

常闇を見つけたので私の名前もその上にあったけれど、常闇の下にある「轟」が無い。それに「爆豪」も無い。

ありゃ…私がシャチの所へ行く前に減点されたのかな。

夜嵐が轟に頭を下げて地面に強打して騒いでいるのを横目に、少女に近づいて小声で話しかけた。

 

 

「遊ぶのも程々にね」

「………バレてしまいましたか。弔くんはまだ貴女とフェイクを待っていますよ」

「ふふ、それは本人から聞きたいかな」

「伝えておきます。それよりもどうして私だと?」

「自分の存在を悟らせないって、私もしてきたから」

「つまんないです。貴女はカァイくてお友達なのに、どうして一緒にいてくれないんですか?」

「友達と呼んでくれるの?ありがとう、嬉しいよ」

「………ズルいのです」

 

まだ私をそう思ってくれているのか。それは嬉しいと思う。私を必要としてくれる人がいるというのは、そちら側だとしても変わらない。

ただ(ヴィラン)連合はタイミングが悪かった。あの研究所での火事で偽善でもオール・フォー・ワンが私に手を差し伸べていれば、私はそちらだったかもしれないのに。

 

 

「私達はどんどん大きくなります。その時にまた、お声かけしますね」

「そう…フェイクと一緒に楽しみにしてる」

 

 

貴女達の笑顔はそんなにも純粋なのに、それだけがとても残念だ。

 

 

『えー続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますのでしっかり目を通しておいて下さい』

「ケミィ、もう雄英と仲良くなったのか?」

「もぉ、ちょっと雄英のこと知りたかっただけ」

「ええ、お気になさらず」

「そうか、夜嵐が世話になったね」

 

プリント配布で名前を呼ばれて士傑は向こうへ行ってしまった。私が彼女のことを見逃して、後にどう響くかは分からない。出来れば友達のままでいたいと思ってしまうのは、いけないことなのだろうか。

 

「天魔さん」

「はい」

『ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれた(など)、下記にズラーっと並んでます』

 

 

私の得点は92点。8点の内訳は

・要救助者の搬送する時に、レプリカだけでは不安を拭えない患者がいる

・救護所への受け渡しにレプリカだけでは運んでる最中の状態急変を伝えきれない

・運んでいた要救助者を個性に丸投げするのはよくない

・戦線合流時の状況判断で時間をかけすぎ

らしい。やはり人肌というのはこういう時にも大切なのだろう。搬送を個性に頼り過ぎるなという事か。

対敵時はいつものように状況観察をしてしまったので、滞空時間の長さを減点されてしまったようだ。これは私としても早急に直していきたい。

 

 

『合格した皆さんはこれから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使する立場となります。すなわち(ヴィラン)との戦闘、事件、事故からの救助など…ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じるという事でもあります』

 

 

オールマイトが引退した今、彼によって抑制されていた犯罪は増加の一途を辿るだろう。そんな風に時代が変わる中で、私達がその社会の中心になっていかなくてはならない。

そして仮免に合格出来なかった人は三ヶ月の特別講習を受講して個別テストで結果を出せば仮免許を発行するつもりらしい。一次通過した100名は育てていく方針のようだ。ボーダーラインを下回った時点で退場させずに全員を最後まで見たのは育てる見込みがあるかどうか。

轟、爆豪、夜嵐はちゃんと実力を見抜かれたようで良かった。

 

 

 

こうして、仮免許試験が終了。配布された小さな仮免許証を見て、ここまで来たかと実感した。

ヒーロー活動許可仮免許証/天魔 市

HERO NAME/OICHI(お市)

 

ここから私は「レプリカ(過去)」から卒業するんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮に帰ってそれぞれがリビングで休息をし、私は口田の飼っているウサギを撫でた。フワフワしていて可愛い。

明日は始業式だし、早く寝てしまおう。

 




ヒーロー名はかなり悩みました。
候補1:「ライクナザ」→like no other→他の人と違って→唯一無二(レプリカの反対)
候補2:「テイカーナイト」→taker night→夜を取り入れる→闇を呑み込む者
候補3:「シェイディ」→shady→陰の多い
候補4:「フォイリット」→foillit→fill(埋める)+ oichi(oiti)→ヒーロー活動の穴を埋める
散々悩んだ結果「直球でいいや」と自暴自棄になりました。こういう時に活動報告で名前を募集すればいいんですよね。


ヒロアカ4期、はじまりました。「死穢八斎會」編は私的にとても複雑で、様々な人の想いや過去が交差しているパートだと思っています。
なのでアニメと漫画を比較しながら執筆していきたいので、更新はアニメで「死穢八斎會」が終わってからにします。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。
ちょくちょくイラストはアップしていきますね。


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