真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回 (ウサギとくま)
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プロローグ

最終話読んだ人達は不安よな。第2章、更新します。


 布団の上に胡坐をかきながら、六畳ある自分の部屋をぐるりと見渡す。

 築30年の古参物件にしては、目に見えて気になる汚れや損傷はない。

 俺が越してくる前から、大家さんがこまめに掃除や修繕を行っていたのだろう。

 風呂は共用だが、トイレは部屋にある。何より大学に近い。

 

 ここに越してきて、3か月は経っただろうか。

 ここはいい物件だ。

 3ヶ月過ごしてきて、改めてそう感じる。

 

 3か月……そうか。3か月も経ったのか。

 

「時間が経つのは早いなぁ」

 

 汗を吸ったのか少し重いタオルケットを放り投げ、布団から這い出る。

 

「色々あったなぁ」

 

 脳裏にここ3か月の出来事が走馬灯のように巡る。

 とても濃い3か月だった。

 まだ20年ぽっちしか過ごしていない自分の人生だが、ここまで濃密な3か月はこれから先もう無いだろう。そう思うほど濃密な生活だった。

 

 可愛い大家さん付きのこのアパートに入居し、初めての新歓コンパで遠藤寺と出会い、過去の俺が人生を狂わせてしまったデス子先輩の同好会に入り、生まれて初めて行ったダイエット中に現役JKである美咲ちゃんにジョギングのイロハを教わることになり、他にも色々な出会いがあって――そしてこの部屋で彼女と出会った。

 

 とても濃くて、とても楽しい日々だった。

 楽しく過ごせた理由は色々あるが、その中の一つである――彼女。

 俺がこの部屋に越してくる前からこの部屋にいた彼女。

 この部屋に取り憑いた幽霊である彼女。

 

『おはよ辰巳君!』

 

『行ってらっしゃい! あ、寝癖ついてるよ!』

 

『おかえりー! 今日のご飯はね、すき焼きだよすき焼き! あ、関東風と関西風、どっちがいい?』

 

 いつも楽しそうに俺の世話をしてくれた彼女。

 毎日毎日、飽きもせずに俺に笑顔を向けてくれた彼女。

 何の見返りも求めない、純粋な好意を向けてくれた彼女。

 

『えへへ、辰巳君……だいすきっ!』

 

 俺は彼女の笑顔や行為に心から救われていた。

 朝彼女に起こされ、一緒に食事を食べ「行ってらっしゃい」と彼女に見送られて大学に行き、彼女の「お帰りなさい」で家に帰る。そして「おやすみなさい」で1日を終える。

 そのサイクルは確かに俺の人生に潤いを与えてくれた。

 無味乾燥になるはずだった俺の生活に、彩りを与えてくれた。

 

 だが、そんな潤いと彩りをくれた彼女――エリザはもういない。

 この部屋から去ってしまった。

 

 テーブルの上を見る。

 薄っすらと埃が積もっていた。

 彼女がいた頃は、ありえなかった光景だ。

 きっと俺よりも早く起きて、掃除をしていたからだろう。

   

「……」

 

 テーブル以外にも、色々な場所に小さな汚れが見える。

 他にもエリザが居た頃は綺麗に畳まれていた洗濯物も、今は部屋の隅に乱雑に積まれている。

 

「掃除、しないとな」

 

 言ってはみるものの、どうにもやる気が起きない。

 掃除をするくらいだったら、その時間を使ってもっと建設的なことをしたいと思ってしまう。

 例えば新しく始まったアニメで気に入ったキャラのシーンだけを抜粋してまとめた動画を自分用に作ったり、イカちゃんとただイチャイチャするだけの俺得SSを綴ったり、イカちゃんを『オチが無くてつまらん』とかディスるアニメ系ブログに粘着して荒らし続けたり……そんな事をしていたら、掃除をする時間なんてない。時間が足りな過ぎる。

 

「はぁ、1日が25時間あったらいいのに」

 

 まあ、それはそれでイカイチャSSを綴る時間が追加で1時間長くなるだけなんだが。

 もしくはイカちゃんのフィギュアを色んな角度から眺める神聖な日課の時間が増えるだけか。

 

「俺って駄目人間だなぁ」

 

 このままじゃいけない事は分かっている。

 ネットやテレビなりで簡単な食事の作り方や掃除の仕方なりを学んで、実践するべきだろう。もうエリザはいないのだ。当たり前の1人暮らしのように、当たり前の事をしなければいけない。

 分かってはいる。分かってはいるが……やる気が出ない。

 

「……飯食って学校行くか」

 

 もそっと立ち上がり、冷蔵庫に向かう。

 ラップが掛けられた大皿を取り出し、レンジに突っ込む。

 レンジのスイッチを入れ、グルグル回る皿を眺める。

 

「そういえば一時期、レンジにスマホを入れてチンしたら充電できる、みたいな噂あったよな」

 

 エリザが居れば『へー、そうなの? 辰巳君、物知りだねー!』と反応してくれる言葉も、今はただの独り言だ。返事が返ってくることはない。とても空しい。

 エリザがいなくなった今なら分かる。発した言葉に反応して、返事をしてくれる存在がいる……そんな当たり前の環境が、とても尊いものだと。こういう当たり前にある物の大切さって、いつだって失ってから分かるもんなんだよな。咳をしても1人――昔の偉い人の言葉が、今なら心から理解できる。誰が言ったんだっけ? 尾崎なんとかだったような……尾崎、尾崎……ああ、盗んだバイクで走りだした人か。流石いい事言うなぁ。

 

 少し温め過ぎたのか、アチアチな皿を取り出しテーブルに置く。

 

「いただきま……あ」

 

 箸を用意し忘れたので、溜息を吐きながら立ち上がり台所へ向かう。

 改めて食事を前にする。

 

「いただきます」

 

 食べ始めてお茶を用意し忘れたことに気づいたが、面倒なのでそのまま食事を続けた。

 

「うん、美味い」

 

 かなり美味い。何ていうか、年季の入った美味さだ。

 レンチンしてこの旨さなら、出来立てはもっと美味いんだろう。

 ちなみにこのご飯は、昨晩大家さんが訪ねてきて冷蔵庫に置いて行ったものだ。

 大家さんはエリザが去って以来、こうやって食事を差し入れしてくれている。

 流石に申し訳ないと思って、それとなく遠慮はしているのだがいつも笑顔で

 

『いいんですよー、自分のを作るついでですから♪』

 

 といつもの向日葵のような笑顔でありがたい事を言ってくれる。

 ただその後、ちょっと悪い顔でぼそぼそと

 

『……ふふふ、こうやって一ノ瀬さんのストマックをグワシッ! 鷲掴みをすることで……うふふふ。いずれは――大家娘毎日食事感謝! 非常美味! 我腹満腹謝謝茄子! 我願毎日大家娘食事――否味噌汁毎日作成希望! 了承? 了承誠!? 了承確定!? 我心底嬉! 我飛程嬉! 我他妈射爆!! 入籍! 我大家娘入籍希望! 出会三ヵ月即入籍! 子供二人犬猫1匹願! 毎日出社前接吻夢叶、嗚呼……謝謝茄子――とまあ、こんな展開がベストオブベストですね、ふっふっふ……』

 

 とかも言ってるけど、聞こえないので分からない。

 ただいつまでも大家さんには甘えていられない。

 大家さんだって自分の仕事で忙しいんだし、社交辞令を鵜呑みにしてはいられないからな。

 

 しかし――

 

「美味い。美味いんだが……」

 

 何だろう。物足りない。

 味がどうとか、盛り付けがどうかいう話ではない。そんな事を語れる高尚な舌や目は持っていない。

 だが確かに何かが足りない。

 

「……」

 

 内省してみる。

 今まで、エリザが居たころと今のこの食事、違いはなんだろうか。

 

「……そうか」

 

 すぐに分かった。

 目の前に誰もいないからだ。1人で食事を食べている、それが理由だ。

 食事を食べている俺を見て嬉しそうにしている相手も、自分も美味しそうに頬に手を当てながら食事をする相手も、食事の間に今日大学であった出来事やテレビで見た面白い話を語る相手がいない。

 それが違いだ。たったそれだけの違い。

 だがとても大きな違いだ。

 たった一人の食事がこんなに楽しくないものだとは思わなかった。

 お腹を満たしているはずなのに、胃がキュウっと締め付けられるような感覚。

 変な話だ。

 

「……もぐもぐ」

 

 出汁の効いた出汁巻き卵を食べる。美味しい。

 思わず感想が口から出そうになるが、返事が返ってこず空しくなるのは分かっているので、黙って食べることにした。鯖の塩焼き、カブのサラダ、カブの漬物、何か緑色の野菜のお浸し、カブと鶏肉の照り焼き……どれも美味しかった。特にカブ。大家さん曰く『全部ウチで獲れたものですよー』ということらしい。……全部?

 

「……」

 

 テレビでも付けようとリモコンを手に取ったが、今まではエリザとお喋りをしながら食べるのに夢中で、その習慣がなく、今更テレビを見ながら食べるのもなぁ、と思いリモコンを置いた。

 

「ご馳走様でした」

 

 食事を終えて、皿を台所に運ぶ。

 

「あ、そうか。自分で洗わないといけないのか」

 

 スポンジを手に取ろうとして……皿を水に浸けるだけにした。

 やる気が起きないので、帰ってからにしよう。帰ってからそのやる気が出るかは分からないが。

 こういう事もこれからは自分でやらないといけないのだ。当たり前の事だが。 

 

 食事を終えたが、大学の講義までまだ時間がある。

 

 普段だったら洗い物をするエリザを眺めなあら、スマホゲーをポチポチしたり、キテレツ大百科の再放送を見るのだが、どうにもやる気が起きない。今、キテレツを見たらコロ助と仲良く遊ぶキテレツにムカついてアンチスレを立ててしまいそうだ。

 

「…………ちょっと早いけど、学校行くか」

 

 自分の部屋の筈なのにどうにも落ち着かない。

 エリザの鼻歌や皿を洗う音、足音が聞こえない無音の部屋が……空寒く感じる。

 逃げるように鞄を持って玄関へ。

 靴を履いて部屋を見渡す。

 

「行ってきます」

 

 返事はない。

 分かってはいるが、言ってしまう。

 もしかしたら……もしかしたら返事が返ってくるかもしれない。そんなありえない願望、未練がまだ胸の内に残っている。

 情けない。もし妹である雪菜ちゃんがここに居たなら、嬉々として俺を罵倒しただろう。

 

『ああ、情けない兄さん。本当に情けない。情けな過ぎて涙が出てきますね。いえ、泣きませんが。兄さんの為に、わざわざ涙を流すなんて、水分の無駄遣いですから。兄さんの為に涙を流すくらいだったら、まだその水分を使ってお風呂の掃除をした方がいいです』

 

 なんてこと言いそう。いや、マジで言うなあの妹なら。別にいいけどさ、まあ雪菜ちゃんの涙で拭いた後のお風呂には出来たら俺が一番に入りたいが。

 

 何の話だっけ。

 

 ああ、そうだ。

 俺は自分でこの選択を選んだんだ。この部屋から去っていくエリザを見送ったのは他でもない俺だ。

 エリザを止めることも出来ただろうが、俺はそれをしなかった。

 その結果がこれだ。

 無様に後悔をしながら、誰もいない部屋を見つめる俺という結果。

 誰もいない部屋で起きて、1人で食事をして、行ってらっしゃいを言ってくれる相手もいない、帰って来てもお帰りなさいの言葉もない、寝る時も1人。

 そんな生活が続いていくのだ。

 考えるだけで憂鬱になる。

 

 ただ――人間は順応する生き物だ。

 この無味乾燥な生活にも、いつかは慣れるのだろう。今感じてるこの感情は今だけのもので、いつかは慣れて別の物に置き換えられてしまうのだろう。

 エリザはいない、その事実が当たり前になってしまう。

 当たり前じゃない生活が、当たり前になってしまうのだ。

 それはとても悲しいし、寂しい事だが……人間である以上、避けられる事ではない。

 

 さようなら今までの愉しい生活。

 ようこそこれからの寂しい生活。

 

「……はぁ」

 

 明日から夏休み……ある意味で大学生活の真のプロローグともいえるのに、俺の心は喜びとはほど遠かった。

 

 



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遠藤寺part1

 

 

■■■

 

 

「――では、講義はここまでとする。この講義を最後に、夏休みに入る学生諸君。あまりハメを外し過ぎないように。分かっているとは思うが、学生の本分は勉学に勤しむことであり、例え長期の休みといってもバイトや遊びにかまけることなく、勉学の時間を充分に――」

 

 

 大講義室の壇上で、初老の男性教諭が説教染みた口調で喋っている。

 

 だが既にほとんどの生徒は立ち上がり、近くの友人同士で固まり、興奮した様子で話し合っていた。

 

 ざわついた講義室の声は耳を傾けなくても、俺の耳に入ってきた。

 

 

「よっしゃあ、夏休み突入! 遊びまくり! イエァ!」

 

 

「遊びもいいけど、その前に金っしょ! 先立つものがないといかんでしょ!」

 

 

「BBQしようぜぇ!」

 

 

「お、金欲しい感じ? 俺の叔父さんがさ、夏休みの間、住み込みでバイト募集してんだけどさ、どうよ」

 

 

「なになにどんなバイトよ?」

 

 

「BBQ! BBQ!」

 

 

「何かどっかの島に、丸太とか日本刀を運んで行くって仕事なんだけど、めっちゃ儲かるんだよ。上手くやれば週で10万行けるぜ?」

 

 

「でかした! 滅茶苦茶ええやん! やるやるそのバイト!」

 

 

「BBQ! BBQ! バスターバスタークイック!」

 

 

 随分と楽しそうな夏休みの過ごし方だ。

 

 俺も「そろそろ混ぜろよ!」とか勢よくその輪に入って、withB(一緒にバイト)したい。

 

 まあ、そんなコミュ能は無いんだが。

 

 

 他にもバイクの免許を取るだとか、住み込みで海の家のバイトだとか、家族と一緒に避暑地で過ごす、彼女と初めてのお泊り旅行、サークルの合宿……そんな楽しそうな話が聞こえて来る。

 

 壇上の教授は溜息を吐いて、去って行った。

 

 だが仕方ない。だって夏休みだ。あー夏休み。シーソルトアイスが美味しい季節だ。

 

 

 今までの俺だったら、リア充共のリア充スケジュールを聞くだけで怨嗟の声をまき散らしていただろうが(主にネット界隈で)、今日の俺は違う。

 

 なにせ実家を出て初めての夏休みだ。1人暮らしを始めて最初の夏休み。

 

 ワクワクが止まらない。

 

 今までの夏休みとは違うのだ。

 

 え? プロローグ? 憂鬱? 言ったけどなに?

 

 大人は嘘つきではないのです。間違いをするだけなんだぜ? 

 

 

 ともかく夏休みだ。サマーシーズン到来!

 

 

 実家にいた頃みたいに、昼まで寝てたら雪菜ちゃんがノック無しに入って来て『兄さんは時間を無駄にすることに関しては、この世界で上位に入りますね』とか嫌味を言うためだけに部屋に居座ることもない。

 

 深夜まで起きてアレコレしてたら、やっぱりノック無しに入って来て『兄さんの摩擦音が五月蠅くて眠れないのですが』みたいな根も葉もない罵声を浴びせつつ、勝手に俺のベッドを占領することもない。

 

 時間だけは無駄にあるので、KEYとLeafの作品を最初から最新作までぶっ通しでプレイしてたら、ノーノックでインして来て『兄さんの摩擦音とカピパラの様な鳴き声がうるさいので、勉強ができません』的なディスをかましてきて、俺の部屋で宿題を初めて人のエロゲタイムを邪魔することもない。

 

 そこそこやり込んだネトゲで初心者の可愛い女の子キャラと仲良くなって、まあ色々催して『見抜きしてもいいですか』って尋ねたらその子が『ゲームの中でも摩擦ですか。本当に兄さんは救えませんね……』とか言い出して、俺が枕を濡らすこともない。

 

 あとまあ色々あるんだけど……とにかく、そういった妨害が無い、初めての夏休みなのだ。……あれ? 雪菜ちゃんって結構暇人?

 

 

 ともかく、俺にとって本当の意味で自由な夏休みを満喫できるのだ。

 

 

「フフフ……」

 

 

 何をしようか。積んでいたゲームをやるのは勿論、以前は雪菜ちゃんの目があって出来なかったラ〇スシリーズを初代から最終作までぶっ通しプレイもやりたい(リメイク含む)。大家さんの部屋にあったこ〇ち亀やミナミ〇帝王を読破するのもいいだろう。漫画やゲームだけだと教養が偏るし、小説にも挑戦してみようか。そういえば大家さんがグイン何とかって小説をオススメしてたな……。

 

 

「ウフフフ……」

 

 

 夏休みの予定を考えるだけで、笑みがこぼれて来る。

 

 なにせ大学1回生の夏休みだ。高3の時の様に受験に備える必要もないし、大学3回、4回生に訪れるであろう就職の準備をする必要もない。何のしがらみも存在しない、自由な夏休みだ。自由過ぎて、自分の背中に羽が生えているように思えてしまう。このままこの翼で大空を舞いつつ、夏休みなんて無いと嘆く就活生や社会人を優越感と共に見下す高度な遊び(高さ的な意味でも)に耽りたいものですなぁ、フハハ!

 

 

 

「――ふぅん。随分と機嫌が良さそうだね」

 

 

 

 夏休みに浮かれる俺を見て、隣に座る人影が喋りかけてきた。

 

 視線を向ける。

 

 そこにいたのは外を歩いたらまず間違いなく秒で熱中症になるだろうフリフリしたゴスロリを着た少女だ。

 

 ゴスロリ服というタダでさえ特徴ある恰好に加え、頭には結構大きななリボンを着けている。ただ似合ってはいる。ゴスロリ服とリボンの色とか模様とか? ファッションセンスに疎い俺には詳しく語れないが、リボンとゴスロリ服が互いに邪魔をしておらず、調和している。今日は黒ベースに服に紫のフリフリが付いている服だ。リボンの色もフリフリと合わせたのか、紫色だ。うーん、ナイスゥ!

 

 ここまで見事にリボンを着けこなせる大学生は、目の前の少女か倉田佐〇理さんくらいだろう。はちみつくまさん。

 

 

 少女はこちらを睨みつけるような視線を向けてくる。

 

 この見られているだけで身がすくみ1ターンお休みになるような視線を向けて来るジト女の正体は――

 

 

「そういうお前は機嫌悪そうだな。遠藤寺」

 

 

 こいつの名前は遠藤寺。趣味は推理。見ての通り美少女ゴスロリ探偵だ。

 

 ここだけの話、この大学での数少ない俺の友人だ。いや、ぶっちゃけ唯一の友人だ。いわゆる唯一人(神)

 

 遠藤寺とはこの大学に入学してから参加した新歓コンパで遭遇して以来、何やかんやあって共に行動をしている。

 

 その新歓コンパの内容が気になる? けれどもこれは別の物語、いつかまた別のときに話すことにしよう……。

 

 

 遠藤寺はいつも通りデフォルトの不機嫌な表情だが、今日は更に不機嫌そうに見えた。

 

 ジト度78%ってところか。ここまで高いと視線で体が湿ってくる。主に冷や汗とかで。

 

 

「不機嫌……か。まあ、そうだね。認めよう。ボクは少し苛立っている。君の言う通りだ」

 

 

 予約していた限定品を確保できなかったというメールをクソ通販サイトから受け取ったのかな?

 

 

「ふーん、何かあったのか?」

 

 

「何か、ね」

 

 

 俺の問いかけに、遠藤寺はムッとしたように唯でさえ鋭い目を細めた。かなりの鋭さだ。こんにゃくくらいは切れそう。

 

 遠藤寺はムッとしたままの顔を俺に近づけてきた。

 

 やばい、キスされる!とキス童貞を卒業する心の覚悟をしていたら、すぐ目の前で止まった。

 遠藤寺の整った美少女顔が4DX以上にド迫力かつド正面に迫っている。

 

 

「ボクの機嫌が悪いのは君のせいなんだけどね」

 

 

「は?」

 

 

 オレェ? 何かやっちゃいましたか?

 遠藤寺の期限を損なうような行いをした覚えはない。つーか遠藤寺が何で機嫌悪くするとか未だ模索中。

 

 

「なんというか、君とボクの温度差がね。いや、実際君は悪くないんだ。何もしてない。だが、君のその顔を見ていたら腹が立つんだ」

 

 

 何それナゾナゾ? 俺は悪くないのに、俺のせいなの? 意味わかんなーい。ぶっちゃけありえなーい。

 

 あと今になって俺の顔のことは言うな。好きでこの顔に生まれたわけじゃないし。俺だって本当は竹内〇真みたいな顔に生まれたかったし。もうなんだったら竹〇力でも、竹内〇子でもいいよ。竹繋がりでかぐや姫(♂)でも可!

 

 

「マジで意味が分かんないんだけど。俺、何か怒らせることしたっけ?」

 

 

「さっきも言ったが、君は何もしていない。ただね……」

 

 

 遠藤寺は溜息を吐いた。

 

 うーん遠藤寺の二酸化炭素ってば、ちょーフローラル。チョコミントの香りがする。あ、ちなみに俺、チョコミント味のこと歯磨き粉味って言っちゃう人を見たら例外なくボコボコにするタイプの人だから、その辺踏まえて欲しい。ん? ボコボコにする方法? そりゃそいつの家に寿司やらピザの宅配地獄ですわ。本当の強者は自ら手を出さないってね。

 

 

「君は夏休みを楽しみにしている。対するボクは夏休みを迎えるのが憂鬱だ。この温度差がね……全く、夏休みなんて来なければいいのに」

 

 

 溜息を吐きつつ、遠藤寺はそんなことを言った。

 

 夏休みが来なければいいって……そんなセリフ、エンドレスエイトを体験した何とか団以外に吐くやついると思わなかった。

 

 ふぅん、そうか……。遠藤寺にもいろいろあるんだな。

 

 遠藤寺の人生において、夏休みというものは辛い存在なのかもしれない。

 

 

 お互い親友と呼び合っているものの、俺と遠藤寺はまだ出会って3か月ちょっとしか経っていない。

 

 出会って3か月って書くと何かAVのタイトルみたいだけど、それは置いといて俺はまだ遠藤寺のことを全然知らない。

 

 好きな食べ物がうどんであることや、案外煽り耐性が低いこと、宇宙人対策が知らんが毎日頭のリボンを変えていること、毎日体から違う果物の臭いがすること(今日はグァバ)、タマさんっていうメイドさんがいること……それくらいしか知らない。

 

 あとゴスロリ服で隠されてるけど、結構体つきはむっちりしている。つまりゴスロリ服は遠藤寺のむっちりとしたドスケベボディを隠すむっちりおべべということ……?

 

 

『ムッツリスケベみたいに言うな』

 

 

 脳内で老成した女賢者みたいな声に突っ込まれてしまった。

 

 このツッコミの主の名前はシルバちゃん。俺の頭? 心? よく分からないけど、その辺に在住している妖精的存在だ。

 

 老成した女賢者の声が分からない? 俺も分からん。ヴィクトリカ・〇・ブロワちゃんみたいな年齢に似合わない老婆の様なしわがれた声だと思えばいいんじゃないですかね。

 

 脳内で囁くゴーストちゃんことシルバちゃんについては後ほど語るとしよう。1話だしね。初めて読む人の為にキャラ紹介も兼ねてるんだ。これから会う人物は改めて紹介しておこう。何かが起こってスピンオフの主人公になるかもしれないしな。スライムが主人公になる世界だし、幽霊が主人公のグルメスピンオフが企画されてもおかしくない。

 

 

 とにかく遠藤寺は夏休みに対して、あまりよくない感情を持っているようだ。

 

 対する俺は初めての1人夏休み、一夏を心待ちにしている。Yeah!めっちゃサマーデイだ。この夏休みがその辺にいる有象無象以上に楽しむ気だ。

 

 この温度差、そりゃ不機嫌になるだろう。

 

 

 しかし、遠藤寺に何があったのだろうか。

 

 夏休みを嫌いになるなんて、相当な理由があるはずだ。夏休みに親でも殺されたのか?

 

 

「夏休みなんて来なければいいってお前……何かあったのか?」

 

 

 夏休みを讃える歓喜の声でざわめく教室の中、俺は遠藤寺に問いかけた。

 

 遠藤寺の顔が近いからか、そんなに大きな声は出さずとも、お互いの会話は聞こえた。

 

 俺の声が遠藤寺の前髪を揺らす。

 

 

「何かあったかと聞かれれば……無いんだ。無いことに気が滅入っている」

 

 

 ちょっと誰かが背中を押せば唇と唇が緊急ミーティングしてしまう距離の中、遠藤寺は囁くように言った。

 

 

 

「夏休み中は……講義が無いんだ」

 

 

 

 と。

 

 てっきり過去の夏休みで経験した苦い経験でも語られるかと思いきや、そんなことを言われたので俺は気が抜けてしまった。

 

 そりゃそうだろうと。

 

 だって夏休みなんだもの。夏休み中の集中講義みたいな例外はあるものの、基本的に夏休み中に講義はない。

 

 そんな当たり前のことを、何も残念がっているのか。

 

 まあ、遠藤寺さんは知識の探求人的な存在だから、知識を欲する場であるところの講義が無くなるのはちょっと悲しいのかもしれない。俺には分からんけど。

 

 

「そして講義が無くなるということは、大学に行く必要がないということだよ」

 

 

「お、おう」

 

 

 どうやら話はまだ続くようだ。確かに講義が無い以上、大学に行く必要はない。サークルとか同好会に入っていたら別だが、遠藤寺はどこにも所属していないはずだ。

 

 

 遠藤寺は変わらず、俺の顔をジッと見ていた。俺は恥ずかしさとか照れくささとか面映ゆさとか、一纏めに出来ちゃう感情で結構な頻度で目を逸らしちゃうけど、その間も遠藤寺はずっと俺もを見ていた。最初からずっと。

 

 

「大学に行く必要が無いということ、それはつまり――」

 

 

 遠藤寺の特徴的なジト目にばかり気が向いていたが、少し引いてみるとよくよく見れば、薄っすらと頬が赤くなっていた。

 

 遠藤寺の口から零れると息もどこか熱っぽい。

 

 そんな熱っぽい吐息を乗せた言葉が――

 

 

 

「――君に会えないということだ」

 

 

 

 そう言って遠藤寺は顔を離した。

 

 

「そういうことだったのか」

 

 

 どういうことだったのか。

 

 整理してみる。

 

 遠藤寺は夏休みが来ることにムカついてる。それは講義が無いから。講義が無いと学校に来る必要がない。

 

 学校に来ないと……俺に会えない。

 

 

 結論――一ノ瀬君に会えないから、夏休みってちょームカつくー。

 

 

「君に会えなくなる。そう考えただけで……ボクの心は張り裂けそうだ。冗談抜きでね。この3か月、君とはほぼ毎日顔を合わせていた。君と朝の挨拶を交わし、共に講義を受け、食事を共にし、たまに酒を飲む……それが無くなる。最早ボクの生活の一部であったその流れが失われてしまう、君という重要なファクターが無ければ」

 

 

 遠藤寺は興奮からか薄っすら頬を染めた以外は、いつも通りの口調で続けた。

 

 

「ボクの生活において、君は無くてはならないものなんだ。朝君と顔を会わせればそれまでざわついていた心が落ち着く。講義を受けながら見る君の寝顔はどんな名作映画より有意義な時間だ。君と共にする食事はそれが粗末なジャンクフードであっても忘れられない味になってしまう」

 

 

「ちょ、ちょっと待って遠藤寺。よし、ここでセーブをしよう」

 

 

 俺はこの状況を一旦保留する為にステータスメニューを呼び出した。

 

 しかしメニューは出ない。心の中でステータス!(ブルータス的な発音)と叫ぶが、やはり出ない。

 

 これはもう運営案件だろう。

 

 ん? メニューが出ないってことは、もしかしてこの世界は……デスゲームなのか? リスポーン無し? ザンキゼロ?

 

 

 俺が前世(β版)の知識を動員してこの状況を打破しようとしたが、どうやら前世の俺も非リア充であったらしく俺の口からは「はわわわ……」という可愛らしい声しか出なかった。

 

 

「そして……君と一緒に酒を酌み交わす。それが何よりの……何よりの楽しみだ。ボクはかなり早い年齢から酒を覚えていたが、正直祖父の言うお酒の楽しさは理解していなかった。あくまで嗜好品としての飲酒、それ以外のなにものでもなかった。だが君と一緒に酒を飲んで祖父の言葉が分かった。君と世界にとっては益の無いくだらない会話をしながら普段飲んでいる物の十分の一にも見たない安酒を飲む行為は……うん、すまない。この感情は言葉にすることが出来ない。ただそれを極限まで簡易化した言葉は……愉しい。そう、愉しいんだ。君と話して、食事をして、酒を飲む、それはそう、何というか……世界が彩るんだ。……世界が彩る? どういう意味だ?」

 

 

「それ俺に聞いちゃうの?」

 

 

 美少女ゴスロリ名探偵である遠藤寺に分からないんだから、俺に分かるわけないじゃん。

 

 俺がぽかんとしていると、遠藤寺は咳払いをしつつ続けた。

 

 

「……んん! とにかく。夏休みに入ると君に会えなくなる。それがボクにとってどうしようもなく耐え難い。まだ夏休みになってもいないのに、想像だけで溜息が出てしまう。――あ、今夏休み中の自分の姿が見えたよ。うわ……家の書斎に引きこもりながら、君と一緒に撮った写真を見ながらワインを飲んでいる……何だこれ?」

 

 

「だから何でそれ俺に聞いちゃうの?」

 

 

 ていうかここまで聞いて分かったけど、遠藤寺のそれって完全に、夏休みに入っていつも遊んでる友達と会えなくなって寂しい小学生症候群じゃん。いや、俺には経験無いけどさ。

 

 

「はぁ……辛い。朝、君と会ってから君の表情や体調を見て前日にボクと別れてからの過ごし方や睡眠時間を推理したり、口臭から食事を推察したり、会って最初にボクの体のどの部分に視線を向けるか賭けをする……それが楽しみだったのに……」

 

 

 なに? 朝俺と会うだけでそんな過密な情報戦が発生してたの? 知らんかったわ。つーか知らなくて良かった類の情報だなこれ。

 

 なるほど。

 

 

「そんな事で悩んでたのか遠藤寺……」

 

 

「ああ、君にとってはそんな事だろうね。いくらボクが君に会えなくて辛かろうと君は違う。夏休みの間ボクに会えなくてなっても何も感じていない。はは、ははは……あ、その事実って結構辛いねこれ。胸がチクチクする。あれ? なぜか、目の奥が熱くなってきたんだけど、目から何か液体のようなものが出そうだ……生まれて初めての経験だ」

 

 

 このままじゃ遠藤寺は初めて悲しみという感情を持ったアンドロイドのような経験をしてしまう。

 

 つーか、遠藤寺、本当にしょうもないことで悩んでんのな。

 

 

「いや、つーかさ。普通に夏休み中にも会えばいいじゃん」

 

 

 これだけの話だろ。

 

 俺の言葉に遠藤寺は心底意味が分からないというように、首を傾げた。

 

 

「すまない。少し……意味が分からないんだが。夏休み中にも……会う? どういう意味だい?」

 

 

「その意味が分からないっていうのが分からんわ。だから、普通に夏休み中にも会えばいいじゃん、遊ぶ為に。飯食ったり、酒飲んだり」

 

 

「んん? 夏休み中に? 遊ぶ? ……ふむ」

 

 

 俺が発したワード達を噛み締めるように、推理モードに入る遠藤寺。

 

 そもそも推理モードに入るような案件ではないので、先ほど聞いたモブ達の夏休み中の予定を引用してみる。

 

 

「夏休みは……遊ぶもの?」

 

 

「まあ、一応足りない単位取る為の講義とか将来役立つセミナーとか? あと自分を高める為に海外に勉強留学行ったり? インドに行って悟りを開いたり? そういう過ごし方もあるらしいけど、普通は……遊ぶもんだぞ?」

 

 

 これはあくまで一ノ瀬辰巳個人の意見であるので、学生とはこうあるべし的な批判は受け付けません。

 

 思想は自由なのだ。雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことなんだぜ? だから個人の靴箱が存在する大学があっても、それは自由なんだ。何の話だっけ?

 

 

「そうか、普通か……普通、普通……ふむ……」

 

 

 遠藤寺が考え込んでしまった。

 

 やる事がないので『普通普通って……膝が痛いのかな?』『そりゃ痛風じゃ』というどうでもいいやり取りをシルバちゃんとしてたら、何やらすっきりした表情の遠藤寺が顔をあげていた。

 

 

「なるほど。普通の、一般的な大学生は夏休み中は遊ぶものなのか。知らなかったよ」

 

 

「大学生っていうか、小学生も中学生も高校生も基本的には遊んでると思うぞ」

 

 

 あくまで基本的に、だ。受験勉強をしてたり、部活に打ち込んでたり、憧れな先輩を助ける為にサマーなウォーズに挑んだり、死体を探しに友達と冒険したり、部室に現れたタイムマシンをしょうもない事に使ったり、シンクロナイズに挑んだり、隣に越してきた不治の病の男の子と遊んだり、武勇伝がマジでパネエ叔父さん達と夏の休日を過ごしたり、花火を上から見たり下から見たり……色々な過ごし方があると思うが、ほとんどの人間は、ダラダラ遊ぶものだ。何の生産性もない、ただの暑いだけの夏を過ごすのだ。

 

 

「そうか。遊ぶのか……遊んですごす夏休みというものに、まったく縁が無かったからね。思いもしなかったよ」

 

 

 遠藤寺はふざけているわけでもなく、本当に感心したといった表情で呟いた。

 

 

「逆にお前が今までどんな夏休みを過ごしたか気になるわ」

 

 

「ん? ボクの夏休みかい? 基本的には探偵として必要な知識を充実させるための勉強か、もしくはどんな状況でも冷静に推理が出来るように、特殊状況下での訓練に費やしていたね」  

 

 

 特殊状況下での訓練……どんなんだろ。

 

 偶然居合わせた小学生に麻酔銃打ち込まれても、眠らずに耐えつつ推理するとか? 超有名な祖父の名前を盾に場を仕切ろうとする探偵を圧倒する胆力とか? ブレードチルドレンとガチバトルしたり? 

 

 想像が付かない。

 

 

「別に大したものじゃないよ。南極に全裸で放置されそこで起こった殺人事件を推理したり、沈みゆく豪華客船の中で起こった連続殺人事件に挑んだり、10人しか存在しないはずの宇宙船の中で招かれざる11人目の犯人を暴いたり……その程度さ」

 

 

 基本的に遠藤寺は冗談を言わないタイプの人間なので、上記の状況は現実に起こったものだろう。

 

 つーか普通に大気圏突破してますね。無重力推理とか、結構気になるわ。いや待て待て。インパクトのある後編に気が向いたけど、一番最初にもっと気になる要素があったような……。

 

 

「しかし、そうか……普通の大学生は遊んで過ごすのか」

 

 

「基本的にはな」

 

 

「つまり、その、なんだ……」

 

 

 先ほどまで感心したように頷いた遠藤寺だが、ここに来て何か言い辛そうに言葉を噤んだ。

 

 

「君が先ほど言った言葉を拾い上げるなら……その、夏休み中も、今までの生活と同じように、普通にボクと会ってくれる、という意味として理解してもいいのかな?」

 

 

「さっきからそう言ってんじゃん」

 

 

 つーか逆に。流石の俺も大学で出来た唯一の友人(美少女)を放って、ただ一人で家に籠って過ごすような寂しい夏休みは過ごしたくない。

 

 何の縛りプレイなのか。

 

 俺別に縛りプレイで生じる達成感とかに興味ないし。序盤で強武器手に入るなら、平気でキューソネコカミ入手するし、ブラッドファームもモリモリするし。

 

 

 俺の言葉に、遠藤寺は落ち着かない様子でちょっと椅子からお尻を浮かせたり、髪の毛を弄ったりした。

 

 

「そ、そうか。夏休み中も……君と一緒に過ごせるのか。それは、とても……ふふ、嬉しいな。何だ、ずっと悩んでいたのがバカみたいだな、ふふっ」

 

 

 つーかアレか。遠藤寺、夏休み中は普通にずっと自分の用事だけに費やそうとしていたのか。

 

 何気に危なかったな。

 

 ここでちゃんと説明しておかないと、俺も夏休み中はずっと家に小森霧コース確定だったな。

 

 ゲームとかアニメとか色々やりたい事はあるけど、だからと言ってずっと家に籠ってたら気が滅入るからな。適度に外に出ないと。

 

 ずっと外に出ないとどうなるかは……自分でもよく知ってるからな。

 

 

「そうかぁ……ふふふっ、夏休みか。――夏休み……思ってた以上に楽しくなりそうだ……ふふ」

 

 

 一瞬、遠藤寺がいつもの皮肉気な表情ではなく、普通の少女のように笑ったように見えた。

 

 実際それは気のせいだったんだろう。俺が瞬きをした後、いつもの表情に戻っていた。

 

 

「さて、じゃあ……夏休み中の予定を決めておこうか」

 

 

「ん、そうだな」

 

 

 今日はこの後、デス子先輩にも会わないといけないからな。

 

 ジュルスケ帳は用意してるぜ。

 

 遠藤寺がいつもの「ふむ」と言って顎に手を当てる。

 

 

「申し訳ないが、高校生の頃から夏休み中、毎週木曜日は依頼を受けるようにしている。だから木曜日に会うことは出来ない」

 

 

「うん」

 

 

 木曜日は会えない、と。

 

 

「だからそれ以外の月火水飛んで金土日は……取り合えず朝の9時にいつもの場所で集合で、いいかな?」

 

 

「うん、よくない♪」

 

 

 俺の返した言葉に遠藤寺が眉を顰める。

 

 

「すまない。よくない♪というのはどういう意味かな? 夏休み中も会ってくれると、今君が言ったばかりだが」

 

 

「だからって何で夏休み中に毎日会うんだよ」

 

 

「ん? さっきも言ったが木曜日はボクの都合で……」

 

 

「そうですね! だからって何で毎日夏休み中に木曜日除いた全部の日に会うことに会わないといけないんだよ! お前極端すぎ!」

 

 

 確かに夏休み中も遠藤寺に会いたい。そう思う。だからって毎日会いたいかって言うとそれはまた違う。

 

 何が好きで家族以外の人間と毎日(木曜除く)顔を合わせないといけないんだよ。

 

 つーかなんだっただら大学休みの土日も含まれてる分、今より会ってる回数多いし。

 

 

 せっかくの夏休みなんだし、何もない日が欲しいんだよ。何の予定もない日がよ。

 

 実家にいたころは、何の予定もない日ってのが無かったからな。たまには昼過ぎに起きて2度寝したら次の日だった……みたいな都市伝説を体験してみたい。

 

 

 そういった自らの願望を込めて、遠藤寺に伝えた。

 

 

「そういう、ものなのか。ふむ。ボクとしては毎日会うのは非常に喜ばしいことなんだけど……でも、君が言うなら仕方がない」

 

 

 さっすが~、遠藤寺さんは話がわかるッ!

 

 

「では木曜日以外の……週5日でどうかな」

 

 

「それ今と同じじゃん! 週2日」

 

 

「週2って君……流石にそれは困る。少なすぎるな。下手をすればボクが死んでしまう。君欠乏症でね。君、ボクを殺す気かい?」

 

 

 遠藤寺はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、どこか試すような口調で喋る。

 

 何だよ俺欠乏症って。初めて聞いたわ。欠乏するとどうなるの? 頭がおかしくなってエン-ドウジ回路とか作っちゃうの? いらねえ!

 

 

「今の自分のメンタル、バイタルから推測するに、最低でも週3日会わないと……ふふ」

 

 

 それ何の笑い?

 

 

「じゃあ……週3日」

 

 

「ふむ、週5日」

 

 

「変わってないじゃん! 週5日って今と一緒じゃねーか!」

 

 

 遠藤寺のことは好きだが、ぶっちゃけ夏休み中に週5日ペースで会うのはキツイ。

 

 今でこそ遠藤寺のアレな振る舞いには慣れたものの、それでもインターバルがいる。

 

 

「あのさぁ、週5日ってさっきも言ったけど、今と同じ頻度じゃん? 夏休みってのはさぁ」

 

 

「なるほど、週4日だ」

 

 

「ん? まあ、それなら」

 

 

 と、突然遠藤寺が日数を下げてきたので、反射的に返答してしまった。

 

 まあ週4日ならいいか。

 

 月換算したら16日だ。

 

 半分以上だなこれ……まあ、うん。たった半分だ。

 

 逆に残りの半分を完全フリーで使えると考えたら……逆に多すぎるな。もっと遠藤寺に割いてもよかったかもしれない。

 

 

「ふふふ……そうか、夏休み中も君と一緒か。ということは毎年恒例のアレも君と一緒ということか……ふむ、それならその前に一度、家に招いておかないといけないな」

 

 

 遠藤寺は嬉しそうに、マイ手帳に自らのスケジュールを書き込んでいる。

 

 俺も慌てて書き込んだ。

 

 真っ白なスケジュール帳に、予定が書きこまれていく。

 

 

 ……今までに無い経験だ。

 

 

 今まではあっても、ゲームの発売日とか近所のゲームショップで開催されるカードゲームの大会(見るだけ)、推しの声優のイベントくらいしか書いてなかった手帳が埋まっていく。

 

 それを見ていると、何だか頬が緩んでしまうのだった。



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遠藤寺part2

 例によってこの辺りで俺の自己紹介をしておこう。

 男の自己紹介なんて興味ねーんですよ! そんな事に貴重な人生を浪費したくねー! まだ阿〇寛の爆速ホームページ読んでる方がマシ! という人の気持ちは多いに理解できるので、そういう人は読み飛ばしていいよ。誰だってそーする、俺もそーする。

 

 名前は一ノ瀬辰巳。年齢はひみつ。ピチピチの大学1回生だ。

 呼び方は好きに読んで欲しい。タツミンとかタッツン、たーちゃん、たつのじとか、何だったらたっつ・みーさんみたいに畏怖を込めて呼んで欲しい。

 どこにでもいる朝起きたら貞操逆転世界になってないかなぁと願ってる普通の大学生だ。

 家族はヘビースモーカーで放任主義の母親、何かヤバイけど可愛い妹が実家で暮らしている。父親は知らん。

 大学入学を機に1人暮らしを始めた俺だが、何か俺が越してくる前からその部屋には女の子の幽霊がいたらしく、なんやかんやあって生活を共にすることになった。

 それから3ヵ月、大学で親友である遠藤寺と勉学に勤しんだり、趣味が同じ大家さんと遊んだり、所属する同好会の先輩にスタンガンをお見舞いされたり、妹にメールで恐喝を受けたり、ハゲでロリコンのおっさんに粘着されたり。人生初めてのダイエットに挑戦したら、現役生フレッシュJKとお友達になったり。

 

 そんな3か月を過ごしてきて、今日に至る。

 異能バトルが起こるわけでもなく、異世界に飛ぶわけでもない、普通の人生だ。 

 

 

■■■

 

「そろそろ行こうか」

 

「だな」

 

 講義室に残っていた他の生徒たちが全て居なくなった後、俺と遠藤寺は荷物を纏めて立ち上がった。

 何でわざわざ最後に出て行くかっていうと、遠藤寺があまり目立ちたくないらしいからだ。

 大学生活も1学期が終わるわけだが、未だに遠藤寺に奇異の視線を向ける輩は多い。

 まあ、そりゃゴスロリ服なんて来てたら目立つに決まってるし、止めればいいのに……という事を以前言ったことがあるが

 

『それは無理だね。この格好はボクの探偵としての生き様を表したものであり、同時に縛りでもある。……まあ、いつか話すさ』

 

 みたいな事を言って煙に巻かれた。ぶっちゃけ意味が分からん。それから

 

『君はボクだけが目立つ格好をしているように言っているが、君の恰好もそれなりに……』

 

 的な事を言われたので、一般的模範大学生――いわゆるモブの俺にナニ言ってんだコイツと思った。

 

 そのまま出口に向かう。

 

「ふむ、夏休みの大半を君と過ごすことになるなら、かなり予定を変更しなければならないね。タマさんにも伝えておかないと」

 

 前を歩きながらそんな事を言う遠藤寺だが、その言葉に面倒臭いといった感情は一切なく、どこか楽しそうに思えた。

 まるで遠足に持っていくおやつを選ぶ小学生のような機嫌のいい口調だった。

 

「やれやれ、車の手配も改めてしなおさないと。また提出する書類の書き直しだ」

 

 溜息と共に自嘲的に笑い、肩を竦める。

 でもやっぱりどこか嬉しそう。

 だって足取りが違う。

 普段のノーマル遠藤寺は非常に姿勢がよく、歩く時の態勢も全くぶれない。

 だが今は……

 

「ああ、そうだ。今年も例の館に招かれるなら……君の分の部屋も用意してもらわないとね。まあ、ボクは別に同じ部屋でもいいんだが……うん。その方がいいかもしれないな。よし、では敢えて先方には君の存在を伝えないようにしておこう」

 

 揺れてる。

 スカートがヒラヒラ揺れてる。

 足取りがいつもより軽快なせいか知らないが、普段は微動だにしないスカートが……ゆらゆらしてる。

 膝裏くらいの長さのスカートがゆらゆら。ゆらりと持ち上がり、白いオーバーニーソックスの付け根まで見える。

 

 ほう、白ニーですか。やりますね。

 近くに寄ってよく見てみれば、ソックスの付け根の部分が猫ちゃんの耳みたいになってて可愛い。

 こういう普通は見えない部分のお洒落っていいよね。俺も見習って見えない部分、例えば普段はいてるパンツを攻めまくった物に変えてみようか。股間の部分がメッシュになってやつとか。そういうお洒落に気を遣わないと隣で歩く遠藤寺に恥をかかせちゃうし。

 

 しかし、白ニーに包まれたこの太もも、いい感じにむっちりとしてていいなぁ。幻想的ですらある。

 この幻想的な2本の足の間を潜ったら、その先はもしかしたら異世界に繋がっているんじゃないだろうか。俺、今まで異世界への扉とか探して見つからなかったけど、もしかしたらこういう場所に存在するのかもしれない。入ってみようかな……

 

「おっとそうだ。夏休み中の何日か、泊りがけで君を連れていくことになるが、問題は――おい」

 

 遠藤寺門に突入するか否かをマジで考えていると、咎めるような声と共にお尻の辺りが手で隠されてしまった。

 これじゃ、門が潜れない! そうやすやすと通らせてはくれないってわけか。

 

「君、さっきからボクのどこを見ながら話を聞いているんだい?」

 

「どこってお前、太ももの間にある異世界――」

 

 いや、待て。理性が薄くなりすぎて、いらん事を言おうとしているぞ。

 冷静になってみれば、かなりヤバイ人の発言だ。どうやら遠藤寺の魅惑の太ももにヤられてちょっと頭がどうかしてしまったらしい。

 落ち着いて答える。

 

「スカートを見ながらだけど、何か問題あるか?」

 

 あくまでスカートの揺れから現在の風速を測っているんですけど、みたいな数学者の顔で答えた。

 模範的な回答でありつつ、知的さも伺える……ナイスな返答だ。

 

「いや……言い切られると逆に困るんだが。ボクのスカートなんか見て楽しいのかい?」

 

「すごくたのしい!」

 

 実際スカートのヒラヒラを見るっての凄くの愉しいから、反射的にそう答えてしまった。

 いや、マジで楽しい。

 このスカートの揺れを打ち寄せる海波に見立てて、体育座りをしたままぼんやり余生を過ごしたい。

 

「な、なんて純粋な目で言うんだ君……いや、まあ別にいいんだけどね。他に誰もいないし。興味が無いと言われるよりはずっといいか」

 

 そう言うと遠藤寺は再び歩き始めた。

 どうやら素直に答えた事でグッドコミニケーションに繋がったらしい。やっぱ素直さって大切やね。ワシントンさんの偉人伝読んでてよかった。

 

「いいとは言ったが……やっぱり、何だか落ち着かないな」

 

 小さく呟きながら、遠藤寺はそのまま手をどかさなかった。

 まあ、それはそれでエスカレーターに乗って短いスカートを隠す女子高生っぽくてよい。

 

 遠藤寺と喋りながら歩いていると、例の部屋に辿り着いた。

 一見ただの教室だが、全ての窓がカーテンで覆われており、中の様子を一切伺えない。

 窓や扉のわずかな隙間からは、怪しげな瘴気が漏れ出ている。

 見ているだけでPOW値の低いプレイヤーはSAN値が下がりそう。

 うーん、ボス部屋っぽい。

 近くにセーブポイントとか行商人が配置されてるタイプだ。

 

 ここは俺が所属しているオカルト同好会『闇探求セシ慟哭』の部室だ。

 同好会のメンバーは先輩と俺の2人だけ。先輩曰く他にメンバーはいるらしいのだが、今のところ見たことがないので正直怪しい。

 

「さて、1学期の講義もこれで終わったことだし、どうだい? お祝いと言ってはなんだが、このまま飲みにでも行かないかい?」

 

 前を歩く遠藤寺が振り返り、手首をクイっと動かす。オッサンか。

 俺はこの後、同好会に用があるので右手で左目を覆うジェスチャーをしつつ「すまん、この後コレで」と返答した。

 

「……何だいそれ。視力検査でもあるのかい?」

 

 どうやら伝わらなかったようだ。まだまだ以心伝心には遠いな。

 

「同好会だよ。ちょっと先輩に呼びだされてな。夏休み中の活動がどうとかで」

 

「……むぅ、そうか」

 

 遠藤寺が残念そうな表情を浮かべた。うっ、ちょっと心が痛い。思わず『うっそー! 行く行くー☆ ゴートゥギャザー!』とイケイケドンドンしたかったが、先約である先輩を放置するわけにもいかない。あの人も結構根に持つタイプだからな。また黒魔術という名のスタンガンをお見舞いされちゃかなわない。

 

「ならここで別れるとしよう。ボクは帰って夏休みのスケジュールでも作成しておこう。いや、楽しみだね」

 

 そうか、夏休みに入るって事は、遠藤寺が大学に来ることはもう無いんだよな。

 つまり遠藤寺と先輩を会わせるチャンスはこの瞬間だけ。

 今までどうにかして、遠藤寺を先輩に会わせようと試みては来たが、どうにも上手くいかなかった。

 数少ない知り合いだし、どうにかこの2人を会わせて是非仲良くなってほしい。

 いずれは俺を放って2人で遊びに行ったりする関係になるとよりベネ!

 2人の美少女が育てる百合の花……ちょっと離れた所で愛でたいんだよ。

 

 というわけで言ってみた。これがラストチャンスだ。

 

「なあ遠藤寺。……いい加減、先輩に会ってくれないか?」

 

「いや、何だその……新しい妻に会って欲しいと息子を説得する不器用な父親みたいなセリフは」

 

 何だその例え。

 俺は畳み掛けるように、両手を合わせた。

 

「ちょっと! ちょっとだけ! ちょっと会うだけだから!」

 

「むぅ……」

 

 遠藤寺は困ったように眉を顰めた。

 

「いいじゃん、ちょっとだけだって。会って軽く挨拶するだけだって! 『ちーす』『どもどもー』『コンゴトモシクヨロー』『ミートゥー』みたいな!?」

 

「どこの部族の挨拶だそれは」

 

「別に手を繋げとか、ハグをしろとか、自販機の影で壁ドン+キスしろとか、酔い潰れて一緒にベッドにインしろとか、そういう事は言ってねーだろ!」

 

「君はボクをどうしたいんだ」

 

 遠藤寺が呆れたような視線を向けてきた。

 あ、いかんいかん。ちょっと興奮し過ぎた。すぐそこに百合の種子があると思ったらつい……。

 

「やっぱりダメ?」

 

「んん……」

 

「すっげえいい人なんだよ」

 

「君が紹介してくる人間だ。そこは疑ってないさ。ただ――」

 

 遠藤寺はやはり困ったような表情で髪を弄った。 

 む……この辺にしておいた方がいいかもしれない。そもそも遠藤寺と先輩、点と点だった俺の知人関係を繋げて線にしたい……みたいな俺のわがままだったし。あとマジで百合展開もちょっと希望してた。俺以外に友達がいない遠藤寺に他の友人を……みたいな自分勝手な押し付けもあったと思う。遠藤寺が俺以外に友達は不要だと言うなら、それを尊重するべきなんだろう。

 

「すまん遠藤寺、やっぱり――」

 

「いや……会おう」

 

「マジで!」

 

「ああ。正直、君が普段話す先輩とやらに興味が無いわけじゃないからね」

 

 あ、来てる? キマシタワーの土台出来てんじゃん! あとはジェンガの如く慎重に積み上げるだけ……。

 

「ただ、もう少し時間が欲しい。その先輩とやらに会う前に、もう少し地固めをしておきたい」

 

「は? 何? 地固め?」

 

 え、どういう意味? 地固めって……キマシタワー着工手伝ってくれんの? 心の中読まれちゃってる?

 

「キミとボクの関係性の話だよ。出来れば夏休み中にある程度は将来を見据えた盤石な形を作っておきたいのさ」

 

「え、俺? これ何の話?」

 

「君は分からなくてもいいさ。ただボクの方が精神面と身体面共にその先輩より近い場所にある、それが傍から見ただけで察することが出来るほどにはしておきたいのさ」

 

 あ、これ俺に分かるように話してないな。

 遠藤寺って頭いいから、結構難しい話とかするけど、俺に理解させたい時は凄い分かりやすい言い方するからな。

 これほとんど独り言だわ。

 

「ボクは勝てない戦いはしない主義だからね。既に勝敗は決した上で勝負に挑みたい。ボクは気に入った物を手放す気は一切ないんだ。ずっと側に置いておきたい。それが本にしろ、酒にしろ、関係でも。まあ、要するに――これはボクのだ、それが相手に分かればいい」

 

 自嘲気味に笑った後、遠藤寺は溜息を吐いた。

 

「むぅ……我ながら子供みたいな独占欲だな。これに関しては心のコントロールが効かない……困ったな。もっと余裕を持つべきなんだが、どうにもこうにも……世間一般の女性はこんな操舵不能な感情にどうやって手綱を付けているのか、ふむ……恋愛マニュアルの購入を検討するか……」

 

「遠藤寺?」

 

「ん? ああ、すまない。少し耽ってしまった。とにかく夏休みが明ければ、その先輩とやらに会うとしよう」

 

「お、マジで? 助かるわ」

 

 遠藤寺は言ったことは絶対に曲げないからな。あとは先輩側だな。

 先輩は先輩で遠藤寺に全く興味ないみたいだし。ここは言葉巧みに先輩を騙す……いや、諭すしかない。

 

「じゃあ、ボクはそろそろ行くよ」

 

「おう、気を付けてな」

 

「ああ、いい夏休みを……っと。そうだ、気を付けてで思い出したよ」

 

 そう言うと遠藤寺は鞄からメモ帳を取り出した。

 

「最近、町で妙な人間は見なかったかい?」

 

「妙って?」

 

「そうだな。振る舞い、言動、雰囲気もそうなんだが……特に妙なのは恰好だね」

 

「妙な恰好の人間か……」

 

 俺は妙な恰好のトップランカーである遠藤寺を見ながら考えたが、特にこれといって妙な恰好をした人間には遭遇していない。

 

「いや、見てないぞ」

 

「ん、それは良かった。最近、とある筋から妙に怪しい人間がこの町に入ったと聞いてね。近づかないように忠告しておこうと思って」

 

「そりゃありがたいが……妙に怪しいって、どんなヤツなんだよ」

 

 近づくも何も、どんな人間か分からなければ避けようがない。

 

「出来ればあまり説明をしたくないんだが。君が興味を持っても困るし」

 

 いや、気になるのは気になるが率先して会いに行こうとか野次馬根性は持ってないし。

 

「まあ、伝えておこう。その人間だが――冷蔵庫を引きずって歩いている少女だ」

 

「妙に怪しい!」

 

「そうだろう。鎖で繋いだ冷蔵庫を引きずりながら、ただひたすら町を歩き回っているらしい」

 

 何が目的なんだ……新世代のホームレスか?

 

「冷蔵庫売りの少女なんじゃ?」

 

「君、買いたいと思うかい?」

 

 想像してみる。

 夜中に歩いてたら、ズリズリと何かを引きずる音がする。恐怖に怯えていると闇の中からヌッと少女が現れ囁く。

 

『冷蔵庫……買いませんかぁ?』

 

 と。

 

 ま、漏らすよね。悲鳴とか、それ以外に色々。

 

「買わないよな。つーかそれ、マジ情報なのか? 正直信じられないんだが」

 

「ボクも信じたくはないが、ちゃんとした筋――昔から世話になっている情報屋からの情報だ。間違いない」

 

 サラっと言ったけど、普通に情報屋とかいるんだな。

 美少女で、探偵であり、情報屋との縁がある……コイツ主人公なんじゃね? あれ? じゃあ、俺って何なの?

 

「というわけで怪しい人間には近づかないように」

 

「お母さんかよ。つーかそれ聞いて近づこうと思うほど俺バカじゃないし」

 

「くくっ」

 

 遠藤寺がクスっと笑った。

 なぜ笑うんだい?

 

「いや、すまない。君がそれを言っても説得力が無くてね。なにせ、ボクみたいな変わった人間とこうして友達をやってるんだ。それに先輩とやらもかなりの変わり者だろう? そんな君だからね、ふふっ」

 

「人を変わり者ホイホイみたいに言わんでくれる?」

 

 俺だって普通の知り合いいるし。

 ……。

 ……いないな。そもそも知り合い自体、片手で数えるくらいしかいないわ。

 あれ涙が出てきた……おかしいな、はやおきしたからかな……。

 

「では伝えることも伝えたので、ボクは行くよ。……と思ったけど、最後に一つ」

 

 遠藤寺はこちらを心配するような表情を浮かべた。

 

「その、なんだ。君の部屋の幽霊少女の件だが……君は大丈夫かい? ほら、彼女は……」

 

「大丈夫だよ。何とか上手くやってる」

 

 嘘じゃなかった。俺は上手くやってるし、これからも上手くやる予定だ。

 エリザがどうなろうと、上手くやっていかなければならない。

 それは俺が決めたことだ。

 

「そうか。……ならいいさ」

 

 エリザが消えてからの騒動で、遠藤寺にも世話になった。

 言葉では礼を伝えたが、いつか別の形で礼をしないとな。例えば俺が酒を奢るとか。

 そんな今までしなかった事をするのもいいかもしれない。

 



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デス子先輩

 足取り軽く去っていく遠藤寺を見送り、俺は同好会『闇探求セシ慟哭』略して『やみどうこく』――いや、ここは思い切って『やみどう』くらい大胆に略すか。

 そんな『やみどう!』のの部室である空き教室の前に立った俺は、いつも通り扉をノックしようとした。

 

「……いや、待てよ」

 

 このまま普通にノックをして入ってもいいものだろうか。

 俺の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。

 

 だって、この部室の主である先輩は、普段から俺にスタンガンをかましたり、拉致して椅子に縛り付けたり、肩を露出して湿布を貼らせたり……と、かなりサプライズな演出をお見舞いしてくるし、たまには俺の方からお返しという名の逆サプライズをしてもいいんじゃないだろうか。ちなみに露出肩湿布に関してだけは、今後もどんどんお願いしたい。

 

 しかし、サプライズか……どうしたものか。先輩をビックリさせる方法。

 全裸で突入してみるか? いやリスクが高すぎる。先輩ビビらせるの引き換えに豚箱にぶち込まれるのはリスクとリターンが釣り合ってない。じゃあ刃牙のドイルみたく、窓ぶち破って教室に侵入……辰巳的にかなり驚きポイント高いけど、物理的に不可能か……。

 うーん、いい塩梅のドッキリって難しいなぁ。下手にやり過ぎると、先輩に嫌われるし。

 適度に『もー、一ノ瀬君ったら……びっくりしたよぉ! デスデス!』くらいの反応で済ませるにはどうすればいいか。

 

「……うーん」

 

 ノック無しに入って、突然部屋の電気を付ける。

 こんなもんかな。

 しょぼいが、今出来る犯罪にもならず先輩にも嫌われないサプライズはこれくらいだろ。

 

 では実行。

 30秒ほど目を瞑り、闇に目を鳴らす。

 俺は大きく息を吸いながら、勢いよく教室の扉を開けた。

 

 

「狼が出たぞー!!!」

 

 

 アドリブのセリフと共に教室に飛び込み、真っ暗な教室の中にある電気のスイッチに向かう。

 そしてスイッチオン!

 教室に電気が付き、闇が淘汰される。

 急に光が差し込んだので、目が痛い。慣れるまでシパシパ瞬きを繰り返す。

 

 さて、先輩の反応はどうだろうか。

 びっくりして椅子から転げ落ちてたりなんかしたら、超ウケル。

 ……。

 さっきから先輩の声が全く聞こえないんだけど。

 え、もしかして最初から誰もいなかったとか? だったら俺、すっごい恥ずかしいんだけど。

 

「……一ノ瀬くん」

 

 教室の隅、いつも先輩が陣取ってる辺りから声が聞こえた。

 なーんだ、いるじゃん。

 ようやく光に目が慣れてきたので、驚いているであろう先輩に視線を向けた。

 

 ――ジャミラがそこにいた。

 

 正確には、ジャミラごっこをしている誰がかそこに立っていた。

 ジャミラごっこが分からない? ほら、上の服の後裾を頭に被せて、なんだ……画像検索して。

 とにかくジャミラごっこをしている何者か――面倒くさい推理パート省くと先輩がいた。

 

「……」

 

 いつも着ている黒ローブを頭の方から脱ごうとしている先輩だ。

 どうやらお着換え中だったらしい。

 ローブの脱げ具合からして、恐らく俺からは見えないが背後から見たらパンツ丸見えだろう。

 うーん、困った。

 漫画とかのラッキースケベ的な場面に憧れてはいたけど、実際自分で体験するとなると、なんかちょっとリアクションに困る。

 顔を赤くして手で目を隠す(勿論指の隙間から見てる)みたいなリアクションをしたいが、それにしてはどうも場面に色気が無い。だってジャミラだもん。

 

「……」

 

「……」

 

 先輩は先ほどの第一声以降、声を発していない。

 ただジッとこちらを見ている。顔はいつもの通り見えないが、ローブで隠されたその表情からは何かしらの圧力――恐らくは非難の感情がヒシヒシと伝わってくる。

 何か言わなきゃ。何でもいい、先輩のジャミラっぷり、イエスだね!とか。

 

「あの、ジャミ……いや、先輩、その……」

 

「……一ノ瀬くん」

 

 やったイベントが進行したぞ。

 先輩はスッと右手を上げ、先ほど俺が操作したスイッチを指した。

 

「……消して」

 

「はい?」

 

 リライトしてええええええ!ってこと?

 

「電気、消して」

 

 出来ればそのセリフは初めての夜とか、もっと色気がある場面で聞きたかった。

 間違ってもジャミラっぽい女の子に言われたくはなかった。

 

「あ、電気。はい」

 

 機械音声のような平坦な口調の先輩に従い、もう一度教室の電気を消す。

 そして世界は再び闇に包まれた……。

 

「目、瞑って」

 

「あ、はい」

 

 言われた通り、闇の中で目を瞑る。

 ここは大人しく先輩に従っておいた方がいいだろう。じゃないと何かヤバイ気がする。100万度の高熱火球とか吐き出されたら死ねる。

 目を瞑ったことで、視覚以外の感覚が鋭敏になった。

 待ってる間暇だし、自分の『はたらく感覚』に耳を傾けてみよう。

 

 聴覚――ゴソゴソといった衣擦れの音。これは、恐らく先輩が服を着替えている音だろう。え、生着替えってこと? こんな昼間っからJDの生着替えてとか放送していいの? 土曜の深夜じゃねーんだぞ? え、何の話ってのりのりて――あ、住んでる所がバレる。

 嗅覚――教室中に漂う怪しげなお香……なんかお祖母ちゃんの家みたいな匂いだな。あと、それに混じってハンバーガーの匂いもする。まーた、昼間っから教室でソロバーガーですか。黒い服着てるヤツはソロで何かしら攻略しないといけないって縛りでもあんのかね。

 味覚――うーん、ほんのり甘い気がする。多分、この教室に澱んでる先輩の微粒子だな。何言ってるか分からんけど。

 触覚――今触れてるこのスイッチ……何だか温かい。俺が何度もクリクリするから照れたのかな?

 

 そして最後のシックスセンス、第六感は『ヤバイ』って告げてる。

 ちなみにヤバイって言葉の語源は戦国時代、戦場で腹這いになってる状態で頭のすぐ上を矢が飛んでいるような危険な状況、ってのが元ネタらしいよ。今5秒で考えた。

 以上、俺の感覚達でした。

 

「……一ノ瀬くん」

 

「は、はい」

 

「電気付けて」

 

 最早教室の電気オンオフマシーンとなった俺は、スムーズかつ最小限の動きで教室の電気を付けた。

 そして世界は光に包まれた。光あれ。

 

 教室の隅に視線を向ける。

 ジャミラを卒業した普通の先輩が、床に正座をしていた。

 

「こっち来て」

 

 有無を言わさない口調で、俺をオイデオイデする。

 さっきから先輩のセンテンスが短くてなんか怖い。

 あと声色が中二モードの芝居がかった感じでもないし、それが崩れた時の素っぽい感じでもない。第三の声色だ。

 

 あ、今更だけと目の前にいる黒いローブを着た女性が、この同好会の先輩であるデス子先輩だ。

 ちなみにデス子先輩ってのは俺が心の中で呼んでるだけで、ちゃんと名前はある。

 

 座ったまま微動だにしない先輩の前に向かう。

 

「ここ、座って」

 

 言われるがままに、先輩の正面に座る。

 あぐらをかこうとしたら「正座」と言われたので、慌てて姿勢を正す。

 

「……」

 

「……」

 

 ローブで顔が隠されて見えないが、視線がずっとこちらに向けられている。

 

「一ノ瀬くん」

 

「はい」

 

「どうしてノックをせずに入ってきたの?」

 

「いや、それは……」

 

 色々この場を誤魔化せるセリフが浮かんでくるが、先輩の視線にさらされていると、それが全て消えてしまう。無効化タイプの魔眼持ちかな。

 嘘や欺瞞が淘汰され、残ったのは真実だけだ。

 

「ちょっと、先輩を……驚かせようと、はい」

 

「そう。あのね、一ノ瀬くん。……そういうのはいいから」

 

「うっ」

 

 溜息と共に吐き出された先輩の言葉は、結構キツイものがあった。

 

「ノックせずに入ってきたり、ノックしないどころか足で蹴り開けてドアに穴開けたり、マンションの壁登って私の部屋の窓から入ろうとしたり……そういうのは、いいから」

 

「え、何の話?」

 

 最初以外全く、身に覚えがないんだけど。

 先輩は何だか、俺を通して別の誰かを見ているように思えた。この文章フレーズってよくNTRもののエロゲ―とかに出てくるよね。

 

「あのね一ノ瀬くん。ノックはしなきゃダメ。礼儀であり、一般常識だから。将来社会に出たときに、ノックする習慣が付いてないと大変にな事になるんだよ? 今回は教室だったからいいけど、ここが会社の社長室だったらどうするの? 社長室だったら絶対にノックしてたって言いきれる? 習慣が身についてなかったせいで、うっかりノックし忘れた……そんな事無いって絶対に言いきれる?」

 

 これ、怒られてるんだよな。

 それは分かるんだけど、この教師とか母親に怒られてるのとは違う感じ……なんだろうか。

 

「困るのは一ノ瀬くんなんだよ? それが原因で上司に怒られたり、評価が悪くなったり、最悪クビになって困るのは君なんだよ?」

 

 この感覚……雪菜ちゃんに説教されている感じに似ている。

 だけど、何か違う。

 怒ってはいるけど、その中にこちらを案ずる感情が伝わってくる、この感じ……。

 

「あのね、お姉ちゃんね別に君の事が嫌いで怒ってるわけじゃないの」

 

 姉だあああああああ!!!

 この初めての感覚、お姉ちゃんだ! 他人とも母親でも妹でもない、生まれて初めて感じるこれ……姉だ。姉ちゃん〇しようよ、とかで疑似的に体験したことはあるけど……まさかリアルな景観が出来るとは。そういえば先輩、妹がいるらしいし、お姉ちゃんなんだよなぁ。

 へー、これがお姉ちゃんに怒られてるって感覚かぁ。

 

「お姉ちゃんね、美咲ちゃ……じゃなかった、一ノ瀬くんの事が心配で怒ってるの。分かる?」

 

「……はい」

 

 他人のはずの先輩から伝わってくる姉としての感情……何だか本当に申し訳ない気持ちになってきた。

 そうだよな。マナー違反だったよな。先輩を驚かせてやろうと出来心でやってしまったけど、だからってやっていい事といけない事があるよな。

 

『スタンガンで拉致るのはええんかの?』

 

 あれスタンガンじゃなくてトールハンマーっていう神器らしいからセーフ。

 

「……ふぅ。それで私に言うことあるよね?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 その言葉は自然と出てきた。

 

「うん」

 

 先輩がローブの向こうで笑った。

 

「よく出来ました。すぐ謝れて偉いね。もうやっちゃダメだよ」

 

 そう言って頭を撫でて来る。

 あ、ああ、ああああ……お姉ちゃん、デス子お姉ちゃん……デス姉ぇ……

 俺の中に得体の知れない感覚が生まれた。

 マグマのように熱く、それでいて心地よい柔らかさ。そうか、これが弟になるって感覚か。

 

「デス子お姉ちゃん先輩……」

 

「っ!? あ、ご、ごめんね! ついいつも妹を叱る時と同じ感じで……」

 

 ワタワタと両手をばたつかせる先輩。

 

「俺、ただ先輩をちょっと驚かせたくて……」

 

「うん、分かる分かる。出来心だったんだよね? 私を楽しませようと思ったんだよね?」

 

 そうなんだ。

 椅子から転げ落ちた拍子にパンツの一つでも見られればオッケーくらいの出来心だったんだ……。

 それがこんな事になるなんて……やった。この選択を選んだ過去の俺、グッジョブ。

 

「もう怒ってないからね。今度からちゃんとノックしてくれたらいいから。ほら、私も1人でここにいる時にいきなり入ってこられたら困るから。……い、いや別に変なことはしてないけどね! 自分の部屋じゃないんだし! や、自分の部屋でも変な事はしてないよ!? だ、だからね、えっとえっと……」

 

 お、いつものガワが剥がれた先輩モードになってきたぞ。

 なんだ、お姉ちゃん先輩モードはもうおしまいか。残念だ。

 

「先輩、家で妹ちゃん相手だとあんな感じなんですね」

 

「うっ! さ、さっきの忘れて……忘れてよぉ……」

 

 忘れてって言われてポンと忘れられたら、MIBはいらねえっつーの!

 何が何でも覚えててやるからな!

 なるほど、先輩を適度に怒らせたら、お姉ちゃんモードになるのか……メモメモ。

 

「家で妹ちゃんに何で呼ばれてるんですか? お姉ちゃん? ねぇねぇ? 姉貴? あ、先輩だったら姉上とか姉君とか呼ばせてそう」

 

「うぅぅ……ああ、もう!」

 

 露出している皮膚を真っ赤に染めた先輩は、突然立ち上がって先ほどまで俺がクリクリしていた電気スイッチに走って行った。

 そのまま飛びつくように電気をオフにする。

 そして世界は闇に包まれた~ 2nd IGNITION~ 

 

 バタバタ走る音、そしてガタガタ何かを動かす音が聞こえた。

 後者は恐らく椅子だろう。

 

 暫くしてから、部屋の隅にある先輩のスペース辺りに薄っすら光が灯った。

 ゆらゆら揺れる光、蠟燭だ。

 蠟燭の火に照らされ、ぼんやり人影が現れる。

 椅子に座った黒いローブの少女。まあ、先輩だ。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……よ、ようこそ一ノ瀬後輩……ふぅ、ふぅ……フフフ……我が深淵の領域に……待っていましたよ」

 

 ハァハァ息を荒げながら、いつもの中二モードに入った先輩。

 どうやら一旦リセットをかけたいらしい。

 こんな事をしてもさっきのお姉ちゃん先輩モードの記憶は無かったことにならないのに。

 だがいい。俺もさっき先輩を怒らせてしまった。その詫びに先輩の茶番に付き合ってやるとしよう。

 

「ええ、先輩。呼び出されたので来ましたよ」

 

「ふ、フフフ……ふぅふぅ……で、では会合を始めるとしましょうか」

 

 どうでもいいけど先輩マジで体力ないな。

 ちょっと教室の中を走って往復しただけなのに、息荒れすぎだろ。

 さっきから先輩の乱れた呼吸で蠟燭の火が消えそうなんだよ。

 

■■■

 

「では、今後の活動――主に夏季休暇中の我が同好会の活動について話し合うとしましょうか……フフフ」

 

「夏休み中もなんかするんですか?」

 

「ええ、もちろん。と言っても活動自体はこれまでと変わらず、人に非ざる者、闇に生きその姿を社会から隠している物、妖怪、都市伝説、幽霊、その他もろもろを発見することが我がの目的です。……あ、デス」

 

 あ、今デス付け足した! キャラ戻したんだったらちゃんとしてくれよな。

 

「じゃあ、今までと一緒で街中歩き回ってふしぎ発見する感じですか」

 

「……あの番組は好きデスが、もっとこう、深淵で闇っぽい影に潜む、こう……我等の活動はそんな感じなんデスよ。一緒にしないで下さい」

 

 相変わらずふわっとした説明だな。

 改めて説明するが、この同好会の活動はネットとか人の噂で集めた都市伝説やら妖怪みたいなこの世に存在していないとされている物を捜索するのを目的としている。

 ぶっちゃけオカルトサークル的なものだ。そう言うと先輩は「あんなお遊びと一緒にしないでください! ワタシ達のはガチデスから!」とぷんすこするので少し面白い。

 今のところ、この活動でそれらしい物を発見したことはない。情報を元に向かっても、海坊主って情報で言ったらハゲのオッサン(しかもロリコン)だったり、人魚の肉を食べた永遠の少女って情報はウチの大家さんの事だったり、超能力者がいるって情報で向かったらただの人形遣いの青年だったり……外ればかりだ。だからと言ってこの世にそういった存在がいない、とは言い切れない。だってウチにガチの幽霊いたし。いたもん! 幽霊いたもん! ほんとだもん!

 

「というわけで一ノ瀬後輩。今後も常日頃から超常的な存在を探し求めるのデス! そして定期的にここにきて、ワタシに報告をするように」

 

 という感じでたまーにこの教室に来て『何も発見出来なかったッス』と報告したり、ネットでそれらしい書き込みを2人で読んだり、先輩が集めたオカルト文献を読んだり、不思議探索をする為外でフィールドワークをしたり、そんな活動をしている。

 

「定期的ってどんくらいですか?」

 

「え? んんー……っと、週に……3回くらい?」

 

「えぇ、多くないですか?」

 

「じゃ、じゃあ……2回?」

 

 週4回遠藤寺と会う事になってるから、ここに週2回来てたら1日しか自由な日がないな。

 そりゃ困る。何もせず家でゴロゴロする日が欲しい。何もしないことをする――それって人間に許された究極の特権だし。きっと将来、社会に出たらその特権も剥奪されるだろうし、今の内に謳歌しておきたい。

 

「あ、じゃあ4回でどうです? ……月に」

 

「え! そ、そんなの駄目! ……げほん。流石にそれは少なすぎるかと。一ノ瀬後輩、アナタは我らの活動を何だと思っているのデスか? いずれ来る暗黒時代に備え、闇に生きる者たちの手を取り、彼らを束ね、その先頭に立つ――それが我等が目指す至高の目的。それなのに一ノ瀬後輩、あなたときたら――ね、ねえ……同好会いや? もう飽きちゃった? やめたい?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないですけど」

 

 突然先輩が弱弱しい口調になったので、調子が狂ってしまう。

 モジモジと手の指と指を突き合わせる。

 

「そ、そっか。うん、それだったらいいんだけど……あ、あのね。も、もうちょっと来て欲しいかなぁって。えっと……あ、そうだ! 規約規約! 学校の規約でね、同好会でも夏休み中は月に6回……じゃなくて8回、活動しないと部費が出ないって規約があるの。だから、出来たら週2回は来ててほしいなあって……ダメ?」

 

 小首を傾げながら言う先輩。

 そんな風に言われたら断れないな。規約ならしょうがないか。規約とリンパの流れには逆らえないからな。

 何やかんや先輩にはお世話になってるし、この同好会が潰れたりしたら目覚めが悪い。

 何より先輩と過ごすのは結構楽しいし。先輩結構無自覚にエロイし。いい匂いするし。ここが無くなったら俺、この大学内で暇を潰す所無くなるし。大学構内にポツポツ休憩スペースあるじゃん? あそこで衆目に晒されながら休憩できる人ってマジで尊敬する。

 

「じゃあ週2回……来ます」

 

「ほんと!? ……フ、フフフ、それでこそ我が同志よ。今後もあなたの活動に期待していますよ……」

 

 先輩が組んだ両手で顔を隠しながら、低い声で笑う。

 

「フフ、フフフ……フフフフ……♪」

 

 ん? 何か……揺れてる? 気のせいか先輩の体が揺れてる気がする。

 テーブル越しに見える上半身に特に動きはない。

 だったら下半身に何か……よし。

 

 ――透けるとんグラァァァァァス!!!

 

 説明しよう。 

 透けるとんグラスとは、俺が持つ……というより、俺が装備している眼鏡ことシルバちゃんの特殊能力である。

 文字通り物体を透けて見ることができるのだ。エリザがいなくなってからあったゴタゴタで使えるようになった能力である。

 ちなみに服を透けさせてパンツとか見放題じゃん、と思うが何をどう透けさせるかはシルバちゃんの気分次第なので、そういった事は出来ない。いくら頼んでもしてくれない。

 

『ふむ? はいはい』

 

 目が熱くなって、テーブルが透き通った。

 そして現れる先輩の下半身。

 その下半身が揺れていた。

 楽しそうに足をブラブラさせていた。

 どうやら足をブラブラさせていたから、体も揺れていたらしい。

 

「なるほど」

 

「フム? どうかしましたか一ノ瀬後輩? さて、次回の会合ではまた外に出歩くとしましょうか。何やら面白い情報が手に入ったのでね。冷蔵庫を引きずる謎の少女――フフフ、これはまさしく、妖怪の類に違いありませんよ……フフフ……」

 

 怪しげに微笑みつつ、子供の様に足をぶらつかせる先輩を見ながら愉しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 



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美咲ちゃん×麦わら小学生×オッサン

 先輩との会合を終えた俺は帰宅することにした。

 普通の大学生なら放課後、友人と駄弁ったり、友人同士で集まってマリカーやスマブラに耽ったりするのだろうが、あいにく俺には、遠藤寺しか友人がおらず、その遠藤寺はとっくに帰ってしまったので、やる事がないから速やかに帰る。

 

「あっつ……」

 

 太陽の熱がジリジリコンクリートを照らしている。

 夏真っ盛りだ。地面を見ると焼け焦げてカラカラになったミミズが散らかっている。ちょっと焦げ過ぎた焼きそばっぽい。

 早く家に帰らないと、俺もこのミミズ達と同じ運命を辿ってしまうだろう。

 

 駅から大学へ伸びている坂を降りていき、途中で商店街を抜ける。

 近くに大学があるからか、買い食いやら友達同士の雑談ででそれなりに賑わっている商店街を抜け、アパートがある住宅街を歩く。

 ここを曲がれば後は一直線でアパートに到着する、そんな角を曲がった――瞬間

 

「――カハッ」

 

 腹部に強烈な一撃を受けた。

 かなりキツイ一撃だ。問答無用で相手を潰そうとする意思を感じる一撃。殺らないと意味ないよ、そんな漆黒の意思――おそらく監督の指示だろう。知らんけど。

 

 ああ……これは、アレだ。

 俺が大家さんと日常的に仲良くイチャイチャしてる姿を見て嫉妬した大家さんのファンクラブ(マジであるらしい)の誰かが、暴走して俺に天誅をお見舞いしたのだろう。きっとそうに違いない。俺だって、もし大家さんのファンクラブに所属していて、大家さんが男とイチャイチャしているのを見たら、凶刃を走らせることに迷いはないだろう。

 とうとうその日が来たのだ。大家さんみたいな可愛い大家がいるアパートに住んでる時点で、この結末は予想していた。いつか訪れるであろう最後が来てしまったのだ。

 

 ED18『鮮血の結末』

 

 脳裏にそんなEDタイトルが浮かぶ。

 

「い、一ノ瀬死すともイカちゃんは――」

 

 腹部の痛みを堪えつつ、普段から考えていた辞世の句を述べる。いや、敢えて台詞は無しでイギーみたくニヤリと微笑むだけでもいいかも……知らねーのかよジョジョだよ。もしくは天に腕を突き上げて雷が落ちるのもいいかも……うーん、人生の最後って迷っちゃう! 1度しか無い機会だし、みんなの記憶に残るナンバーワンかつオンリーワンなエンドを迎えたい。

 

「……あれ?」

 

 ただいつまで経っても、お迎えが来ない。そろそろ天使ちゃんたちが舞い降りて俺を連れてってくれてももいい時間なんだが……それに、ナイフやら包丁でグサッと来た割りには、それほどお腹が痛くない。最初の一撃から継続(スリップ)したダメージが無い。本来、刃物で相手を仕留めるなら、突き刺した後に内蔵に深刻なダメージを与える為、グリグリと抉り込むはずなのに。

 天に向けていた視線を、腹部に向ける。

 

 すると……なんとうことでしょう。

 俺を襲った刺客は、最終話にブラックコンドルを仕留めたチンピラのような風体……ではなく、麦わら帽子を被り、真っ白なワンピースを着た幼い少女だった。

 つーか、同じアパートに住む麦わら小学生だった。

 

「む、麦らァ……」

 

 改めて今の状況を確認する。

 刺客と思われる小学生の手元に、光物やそれに準ずる武器はなく、ただ俺の腹部に顔を押し付けているだけだ。

 どうやら、アパート近くの角を曲がった瞬間、この麦わら少女が俺に向かって飛び込んできたらしい。

 何だ、俺の命を狙う刺客じゃなかったのか……安心安心。

 

「……っ、……っ!」

 

 少女はブルブル体を震わせ、俺の腹部に押し付けた顔をグリグリ動かしている。

 何だなんだ。何がしたいんだこの子は。押し付けてる場所が場所ならプレイの一環に見られるぞ。

 

 あ、もしかして……この状況……

 

「……相撲か? 相撲を取りたいのか!? なあ、相撲か! 相撲取るか人間!?」

 

『河童かな?』

 

 シルバちゃんがツッコんできたが、普通に考えていきなりタックルされたら、辻相撲を挑まれたと思うだろう。

 こう見えても俺は結構相撲が得意だ。

 小学生の頃、田舎の祖母ちゃんの家に遊びに行った時は、いつも家の近くにある川に住む河童オジサンに稽古をつけてもらったからな。……ただあのオッサン、今考えるとただのホームレスなんだよな……しかも授業料代わりに渡すキュウリの食べ方が凄い変態的だった。こう、息を荒げつつ流し目で俺を見ながら舌を扇情的に這わせて……うん、この忌憶は封印しておこう。

 

「よし、相撲するならここは危ないな。土がある場所にしようぜ? あと、服が汚れるとアレだし、スクール水着に着替えた方が……」

 

「……! ……ッッ! ……ッッッ!」

 

 俺の提案に、麦わら小学生は否定するように顔を左右に振った。

 ちなみに先ほどからこの小学生が喋らないのは、普段からスケッチブックを使った筆談をコミニュケーションの手段にしているからだ。

 

 ここで唐突なキャラ紹介。

 この麦わらワンピース小学生は、俺が住んでいるアパートの住人だ。先ほども述べた通り、スケッチブックによる筆談をコミニケーションの主としている。あと、パパが筋肉もりもりマッチョマンので怖い。

 ちなみに病気で言葉を使えないわけではなく、だたそういうキャラを演じているらしい。かなり特殊なキャラ性だが、そのキャラを中学、高校……と続けていくのか、どこかで黒歴史として封印するのか、正直楽しみではある。

 

「……っ」

 

 少女は相変わらず体を震わせながら、俺の腹部から顔を離した。少女が流した涙やら鼻水がベットリ付着していてお腹の辺りが湿っている。ふむ、この部分は切り取って後で鑑識に回しておくか……。

 少女は震える手で、背負っていたスケッチブックに何事かを書いた。

 そして俺に見せて来る。

 

『たすけて』

 

 たすけて……助けて? 

 ふむ、穏やかじゃないですね。こんな昼間っから助けを求めて来る小学生……事件性を感じる。

 改めて麦わら小学生を見ると……体中が薄汚れている。真っ白だっただろうワンピースのそこかしこに茶色い汚れが見える。

 そして、何だか……臭い。

 全体的に臭気を纏っている。あまり近づきたくないタイプの臭さだ。逆に言えば近づきたくなるタイプの臭さも存在するわけだが、それをこの場で語ると明らかに尺が足りなくなるのでいつか出るだろう完全読本(アルティマニア)で語ろうと思う。

 

「つーか、お前臭いな……何? 何から助けろって?」

 

『――来る、あいつが……来る!!!』

 

 そう書くと少女は涙目で俺の背中に隠れた。

 うーん、なんだろう。この状況……何だか、デジャブを感じる。前にもこういうことがあったような……。

 

 俺が過去話の回想をしていると、すぐ近くのマンホールが突然、カタカタ揺れだした。

 

「……ひゃわぁ!?」

 

 麦わら少女が無口系キャラを放棄した、可愛らしい悲鳴をあげつつ、俺の背後に回った。

 かくいう俺もビビリでね……いきなりマンホールが動き出したから、少女と同じように可愛らしい悲鳴をあげたが、割愛する。男の悲鳴とか聞いても楽しくないし。

 少女と2人で震えていると、マンホールの蓋のカタカタがどんどん激しくなってきて――爆発した。

 爆音と共に、マンホールの蓋が跳ね上がる。

 瞬間、人影も飛び出てきた。

 

「――エントリィィィィィィィィッ!!」

 

 掛け声とは全く別の意味と共に地下から吹きあがってくる人影。

 人影は生意気にも地面にヒーロー着地をかました。

 

「フシュゥゥゥゥ……」

 

 地下から飛び出してきた謎の人物は、深く息を吐いた後、顔を上げこちらを見た。

 

「麦わらちゃん……みーつけたぁぁぁぁ……」

 

「…………あぅ」

 

 少女と同じく薄汚れた謎の人影――怪人ハゲエプロンこと肉屋の親父の粘っこい視線に充てられ、麦わら少女は卒倒した。

 なるほど、少女はこのハゲから逃げていたらしい。通りでデジャブを感じるはずだ。前にも同じことがあった。あの時はオッサンから逃げる為にゴミ箱に隠れていたが、今回は下水道に隠れていたのだろう。

 

「ようやく追いつけたぜぇ……下水の匂いで俺を撒こうとするなんて考えたなぁ……だが無駄、無駄無駄無駄ァ! 麦わらちゃんが発するロリ臭は……下水の匂いなんて凌駕してるからなぁ! どこまでも地の果てだって追いかけるぜぇ! ヒヒヒッ!」

 

「うわぁ」

 

 うーん、このオッサンが現在まで収監されずに生存出来ている理由が心底気になる。

 マジでこいつ、アーカム〇サイラムとかに収監しとくべき存在だろ。あとデッド〇ン・ワンダーランドとか。

 とにかく娑婆に置いといていい存在ではないだろ。 

    

「さーて、ようやく追い詰めたことだし、俺の家に連れ帰って――ロリ年上女教師の背徳赤点放課後補修をみっちり4時間してもらうぜぇ……」

 

 うーん、発狂しそう。SAN値チェックに成功しても、将来の人格形成に多大な影響を与えそう。

 お祖母ちゃん(存命)からロリには優しくしろと遺言を受けていた俺は、流石にこの状況を見過ごすころは出来ず、背後で失神している少女を守りつつ前に出た。

 

「ど、どうも……」

 

「ん? 何だァ? てめぇ……」

 

 麦わら少女に向けられていたオッサンの獣欲めいた視線が俺に向けられる。

 怖い! 問答無用で敗北宣言(サレンダー)したい! 

 だが背中で泡を吹きつつ、リアルタイムで悪夢にうなされている少女を見捨てるのは、人としてどうかと思う。

 

「お、おつカラーズ! ほ、ほら、俺だよ俺」

 

「ちっ、どっかで嗅いだ匂いだと思ったら……てめえか」

 

「そうそう。いつもあんたの店で買い物してる心優しい大学生です」

 

 何故か分からないが、このロリ以外の興味はないオッサンは、俺に優しい。優しいというか、敵対しないというか。

 とにかく、俺だって分かってもらえば、この場は収めてくれるはず。

 

「そうか。……さっさと、麦わらちゃんをこっちに渡せ。今すぐ渡せばてめえの命だけは助けてやる。だから早く渡ぜ、速やかに殺すぞ」

 

 あれ?

 

「いや、あの、俺なんだけど……ほら、オレオレ」

 

 敵意が無いことを示す為、可愛らしいポーズであるニコピョン族のポーズをとったが、オッサンはそんな俺を見て地面に唾を吐いた。

 

「カー……ペッ! 糞キメえな! 今のテメェはマジで捻り潰したくなるぜ! 前までは何か知らんがすげえロリ臭――大家ちゃまを凌駕するかもしれねぇロリ臭を纏ってたが……今のテメェからは微塵も感じねぇわ……何だったんだろうな今までのは……」

 

 あ、あれ……おかしいな。

 様子がおかしいぞ? 今までエリザと一緒に買い物とかしてた時は、何やかんやおまけをしてくれたり、優しくしてくれたはず……

 

「チッ、変だな……テメェを見れば見るほどムカついてくるぜ。何でテメェみたいなロリさを微塵も感じさせないガキに優しくしてやってたんだ俺は……」

 

 もしかしてアレか。エリザが居たからか。ある意味永遠のロリであるエリザが憑依してたから、そのエリザを感じて俺に優しくしてくれたのか。

 ということは今の俺はこのオッサンにとって、他のロリ以外の人間と同じ扱い……。

 

「おい時間切れだ」

 

 おっさんは唐突に左手を突き出してきた。

 俺の3倍はデカい手だ。だが、想像以上に綺麗な手だ。しっかり手入れをしているのか、肌荒れもないし肌質も綺麗だ。爪もしっかり整えてある。

 

「おう坊主。俺の手はデカいだろ? そして綺麗だ。だろ?」

 

「そ、そうですね」

 

「俺の手はな、左右でちゃんと役割を分けてるんだ。左手は――ロリを愛でる為の手。ロリの頭を撫でて、可愛い服を着せて、美味いもんを食わせてやる……その為の手だ」

 

 突き出していた左手を引っ込め、右手を突き出してくる。 

 そちらは先ほどとは単体に、酷使しているのか肌荒れが見られ、肌の色もどこか……赤黒い。

 

「この右手は……何に使うと思う?」

 

「さ、さぁ……カレー食べたりとか?」

 

 知らないし、知りたくもない。

 だが、オッサンから知りたくもない情報が無慈悲に告知される。

 

「この右手はなぁ――テメェみたいな気に入らないヤツを……ドカバキグシャーしちゃう手なんだよォ!」

 

 そう言うとオッサンはその巨大な右手を振り下ろしてきた。

 すさまじい勢いだ。

 あの巨大さと振り下ろすスピードから考えるに、俺みたいな人間1人を消し潰すことも可能だろう。まるで人間1人なら容易く食い破る一撃、名づけるなら――『一食い』

 この後に待っているのは唯一無二の死―― 

 

 え? 俺、マジでこんな意味不明なシーンで死ぬの? ロリコンのオッサンの一撃で?

 マジで? 育ててたらいつの間にか愛着が沸いてた子供を庇って死ぬ――ピッコロさん的死に方じゃないの? あと教会の残骸の中で相棒と酒を酌み交わしながら死ぬ何とかウッドさんみたいな! そんな死に方がいいんだけど。

 

 俺の死に方、こんななの? いやすぎるんだけど……

 

 どんな人間にとっても死は平等だ。

 金持ちだろうが、イケメンだろうが、有名人だろうが……訪れる時には訪れる。

 

 だが、ありがたいことに、俺の死は今日じゃなかったらしい。

 

 

「ちえりゃあああああああ!!!」

 

 

 突然飛び込んできた人影の飛び蹴りが、オッサンの無防備な胸部に突き刺さった。

 住宅街を震わせる激しい一声と比例するように、オッサンが激しく吹き飛ばされる。

 

「シッ!」

 

 飛び蹴りの勢いそのまま宙返りをして、地面に着地し、裂帛の息吹と共に構え取る少女――美咲ちゃん。

 

「ふぅー……えっと、あれ? 何かわるーい気を感じて飛び出してきたけど……大丈夫、辰巳?」

 

 腰を深く落としたまま、いつもの笑顔を向けて来る美咲ちゃん。

 この子は美咲ちゃん。色々あって俺のジョギングに付き合ってくれている、心優しい現役女子高生だ。適度に日焼けした肌とフリフリ揺れるポニーテールが今日も眩しい。

 

「み、美咲ちゃん?」

 

「おはよー辰巳せんぱーい! ん? えっと、もうお昼だからこんにちは? とにかくやっほー! 元気?」

 

 俺は麦わら少女を腰に巻いたまま、尻もちをついた状態で首振り人形みたくカクカク首肯した。

 

「そっかそっか。何かねぇ、お昼ご飯の後のランニングしてたら、辰巳先輩の匂いがしてさ。わーいって感じで走って行ったら、熊みたいな大男に襲われる瞬間でさ! 思わず飛び蹴りしちゃって……えっと、倒しちゃってよかった? もしかして知り合い? すっごい、今までに無いくらい悪い気を感じたから、思わず急所に一撃入れちゃったけど……」

 

「知らない人かな」

 

 悪い気とかいうあやふやな感覚で大の大人を卒倒させてしまった事に関しては思う所があるが……このオッサンならいいだろう。それにロリを救うための致し方ない犠牲、ロリテラルダメージだ。全く気に病む必要はない。

 何ならもう一撃か二撃入れて、当分娑婆に戻ってこれないくらい痛めつけて貰ってもいいだろう。

 

「うん、助かったよ。美咲ちゃんが来なかったらどうなってたか……」

 

「え、そう? あたし先輩の役に立った? ほ、ほんと? ……えへへ」

 

 俺の言葉にくすぐったそうに笑う美咲ちゃん。尻尾が生えてたらブンブン激しく揺れているだろう。うーん、やっぱり犬っぽい。匂いでこの場所まで辿り着いたとか、更に犬っぽさを感じる。ん? 犬だったら唐突にち〇ちんって声をかけても法には触れないよな……。

 

「だ、だったら褒めてもいいよ? お姉ちゃんね、いつもあたしがちゃんと宿題した時とか、頭撫でて褒めてくれるんだけど……た、辰巳もそうしていいよ? 特別だからね?」

 

 特別だったらしょうがねえな。

 リアルJKの頭を撫でるとか、時代が時代だったら晒し首にされるべき悪行だけど……特別だったら、しゃーなーなーもー!

 俺は仄かに汗の匂いを纏っている美咲ちゃんに近づき、汗のせいかしっとり濡れている頭を撫でた。

 久しぶりの感覚だ。

 いつも頭を撫でていた相手――エリザがいなくなってから、久しぶりの行為だ。

 近頃のJKにしては珍しく一切染色していない黒黒とした髪の毛を撫でる。

 俺と身長があまり変わらない美咲ちゃんが、膝を折ってくれるおかげで自分の胸元辺りにある頭を撫でる。

 

「えへ。えへへへ……お姉ちゃんに似てるけどちょっと手つきが違う……」

 

 頭を撫でながら感じる。

 リアルJKの頭を撫でる行為――罪深すぎる。

 来世に使うだろうポイントをガリガリ削っているような気がする。このまま来世ポイント(だろう物)を今使ってしまったら、来世の俺、生物を通り越して無機物――缶ジュースのプルタブになっちゃわない? 大丈夫? 可愛い女の子が自ら開けてくれるならいいけど『あーん、開けらんなーい。お願い♪』とか言って胸毛ボーボボーのオッサンに開けられたら死んでも死にきれないぞ……。

 

「えへへ……」

 

 ま、来世のことなんてどうでもいいか!

 来世って今さ! って偉い人が言ってたもんな! 来世より今だ!

 今はくすぐったそうに笑う美咲ちゃんの頭を撫でるターン!

 

「ふふ、えへへ――ッ!」

 

 撫でられてくすぐったそうにしていた美咲ちゃんが、突然、俺を突き飛ばし、自分は背後にステップした。

 一体なんだ……と思っていたら。

 

「フゥゥゥ……いい一撃、だったなぁ……」

 

 と深く息を吐いたオッサンが立っていた。

 

「……んー。鳩尾に思いっきり入れたはずなんだけど。半日は動けなくなるはずなんだけどなぁ」

 

 オッサンから距離を置いた美咲ちゃんが、構えたまま心底不思議そうに言う。

 オッサンは半日昏倒するだろう一撃を食らったとは思えないほとピンピンしていた。

 

「ま、いっか。――シッ!」

 

「ぐぅ!」

 

 美咲ちゃんがオッサンの側頭部に強烈な足撃を入れる。

 防御すらせず側頭部を打ち込まれたオッサンは、白目を向きながら撃ち抜かれた方向に倒れた。

 

 と思いきや、跳ね上がるように立ち上がり、そのまま美咲ちゃんに向かって巨大な右手を振り下ろした。

 

「ズェアッ!!!」

 

「わわわっ。何このおじさん!? 物凄いタフだ!?」

 

 食らったら即死確定なオワタ式一撃を身軽なステップで回避する。

 

「ガハハッッ! 無駄無駄ァ!」

 

 海賊みたいに笑うオッサンの視線の先には――今もなお俺の背後で気絶中の麦わらロリ。

 

「場にロリが存在する限り俺は何度でも蘇るゥ! 可愛いロリが居れば俺は無敵だぜぇ! ガハハッ!」

 

 リバイバ〇スライムみたいなオッサンだな。

 ただの思い込み(プラシーボ)にしか思えない発言だが、実際美咲ちゃんの一撃を食らってもピンピンしている。

 

「これでっ――どうだっ!」

 

 オッサンが振り回した右手を掻い潜りながら放つ水面蹴り。

 強烈なその一撃がオッサンの巨体を転倒させる。重力に弾かれて地面に倒れこむオッサンの背中に多段ヒットする踵落としをお見舞いする美咲ちゃん。

 

「グァァァッ!」

 

 よし、流石に今のはかなり効いただろう。

 こうしちゃいられねぇ!

 

「よしッ!」

 

 ここで俺がTOUJO! 守るのはYOUJO! オッサンが浮かべる苦悶のHYOUJO! そろそろ終わらせないと気になるKINJOからのKUJO! レミ×咲はSIJO!

 

 女の影でバトルの解説なんてしてらんねえ! 

 必殺のカポエラン(中学から極めてきた我流の格闘技)をプレゼントフォーユー!

 LA(ラストアタック)ボーナスは俺のもんだぁ!

 

「オラアアア!!!」

 

 俺は勢いよく立ち上がり、オッサンに最後の一撃をお見舞いしようと走り出した。

 アイ〇ックさん直伝のストンプを頭部に食らわせ――

 

「効かねぇなぁ……BBAの攻撃なんて、いくら食らっても痛くも痒くもねぇなぁ……」

 

 ――ようと思ったが、オッサンが全国のJKに謝るべき失礼なことを言いながら立ち上がりだしたので、そのまま反対側に走り抜けた。

 

『お主は何がやりたいんじゃ』

 

 脳内に響くシルバちゃんの声に「自分でも分からないです」と素直に答えた。

 一方、オッサンにBBA呼ばわりされて、ちょっとショックを受けた様子の美咲ちゃん。 

 

「うっ……あたし高校生なのにババアって言われた……む、むかつくぅ……」

 

 軽く地団太を踏む美咲ちゃん。ちょっと頬も膨らませててカワイイ。

 

「あ? BBAがそんな顔しても可愛くねーんだよ。さっさと失せろや! それかママの腹ん中に戻ってもっかいロリになってから来いや!」

 

 くっ、生JKに向かって何てことを……不敬罪を適用してやろうか。

 ちょうど背後に回ったことだし、背中にサクッとバックスタブお見舞い出来ないだろうか……あ、いや無理だわ。

 オッサン、視線は美咲ちゃんに向けてるけど、ずっと麦わらロリをターゲッティングしてるわ。感覚で分かる。意識されてんのが分かる。

 

「む、むかつくー……辰巳先輩もいるのに、いい所見せらんないし……仕方ない」

 

 そう言うと美咲ちゃんはスマホを取り出した。

 お、ポリスメン召喚か? しかし、いくら国家権力とはいえ、このオッサンを何とか出来るのか? ニューナンブくらいの弾丸だったら弾きそうだし……。

 そもそも気絶してるロリを体にくっ付けてる時点で俺もヤバイな。

 

「あ、もしもし。はい、オッス! 美咲です、オッス!」

 

 どうやら電話の相手は警官ではないらしい。

 

「はい先輩! ちょっとお願いが……はい。実はちょっとヤバイのと戦ってるので、アレ外す許可を……はい、ヤバイです。マジヤバです」

 

 相手は……部活の先輩だろうか。

 ちなみに電話中だが、オッサンは問答無用で美咲ちゃんに攻撃をしている。

 電話をしながら華麗にステップを踏み、パリィし、カウンターを入れる美咲ちゃん。うーん、器用だ。可愛い女子高生がカッコいいアクションしてる姿を生で見られるとか、最高に得難い経験だ。惜しむらくはジャージを着てるから、チラリズムを全く期待出来ないのが残念だ。

 

「え? 強さ? えーと、前の合宿で戦わされた熊よりも強いと思います、オッス! 急所も全然効かなくて……はい、オッサンです。え? ちん――」

 

 一瞬、美咲ちゃんが俺を見て顔を赤くした。

 

「えっとえっと、はい、そこもさっきから何発も入れてるんですけど、全く……だから……え! やった! 2つ外していいんですか!? ありがとうございマス! はい! はい! はい、終わらせたらちゃんとパンも買ってきます! ちくわパンとたくあんパン! え? あと5分!? わ、わっかりました! オッス! 失礼しまし――たッ!」

 

 オッサンの顔に飛び蹴りをかまし、そのまま後方に距離をとる美咲ちゃん。

 そして手にしていたスマホをポッケに入れて、フフンと得意げな笑顔を浮かべる。

 

「先輩の許可出たから、今からちょっと本気出すし。あ、見ててね先輩。瞬殺だから瞬殺」

 

 オッサンの向こうにいる俺にフリフリ手を振ってきたので、振り返す。

 よく分からんが、美咲ちゃんの本気が見られるらしい。アレを外すとかどうとか……ま、まさかブラを外すのか? あ、ありえるぜ……ブラと言えば拘束具の一種、それを外すことで身軽になるのは理に適っている。

 つ、つまり昼間っから生JKのお着換えタイム突入ってわけ? オッサンに見られたら可哀そうだし、いざとなったら俺で隠さなきゃ……!

 

「よーし」

 

 美咲ちゃんが突然屈みこむ。そしてジャージの裾を捲り上げた。そして現れる女子高生の脛――に巻き付く無機質感バリバリの重り。

 それを外し、地面に落とす。ズン……と地面が揺れた気がした。

 こんな漫画みたいな光景を見ることになるとは……つーかブラじゃないのか……残念……。

 

「じゃ、行くよッ!」

 

 ピョンピョンと身軽そうに跳ねていた美咲ちゃんが、地面を蹴る。

 その速度は先ほどの比ではなく、ぶっちゃけ何も見えなかった。ただ美咲ちゃんらしき残像がオッサンを一方的に蹂躙する光景。

 

「糞ガァァァァ!!!」

 

 拠点に入られてプンプンなアイ〇ズ様みたいな声をあげつつ、オッサンは闇雲に手を振り回した。

 だが当たらない。当たるはずがない。

 

「ロリが見てる前でこんな無様な真似見せるなんて――いや、これはこれで気持ちいいなぁ! もっと見てくれぇ!!!」

 

 恍惚としtオッサンがただ嬲られる光景を見た俺は……

 

「うーん、何か……うん」

 

 正直、ちょっとテンションが下がっていた。

 だって見えないもん。さっきまでは美咲ちゃんがカッコ可愛く戦ってる姿が見られてウハウハだったけど、今……オッサンが嬉しそうに苦悶の声をあげながらボコボコにされてる光景しか見えないもん。俺は一体何を見せられてるんだ。オッサンがリョナられて喜ぶ性癖なんて持ってないよ。もっと美咲ちゃんを見せてくれよ! バトルの解説も雑になるわ! つーわけで以下略。 

 

 それから。

 

 絶対に復活するオッサンVS絶対にオッサンを倒すJKの勝負は……時間切れに終わった。

 目を覚ました麦わらロリが目の前の光景にドン引きしてそのまま近くの壁を登ってアパートに逃げてしまったからだ。

 ロリがいなくなった事でやる気を無くしたオッサンは「もういいわ。ロリがいないからかーえろ」とノシノシ帰ってしまった。

 残された俺とハァハァ息を荒げてちょっとエロイ美咲ちゃん。

 

「むぅぅ……倒しきれなかったぁ……!」

 

「お疲れ美咲ちゃん。あとありがとう助けてくれて」

 

「んーん、全然いいよ。辰巳が困ってたらいつでも助けに来るから! でも……むむむ……もっと修行しないと……」

 

 オッサンを滅ぼせなかったことが、かなり堪えたらしい。

 多分、アレ人間じゃなくて妖怪とか怪物に近い存在だから、倒すなら神秘性に籠った概念礼装とかがいると思う。

 

「あたしもっと強くなるから! もっと強くなって次はカッコいいところ見せるからね! 辰巳先輩があたしに見惚れるくらい、強くなっちゃうから!」

 

 強さで見惚れさせるとか、発想が古代のそれだな……。

 

 「わ!? あと3分だ!?」と言って走りさる美咲ちゃん。

 俺は美咲ちゃんの背中を見送り、誰が通報したか分からないけど、今更になって到着した警官相手に穴と空いたコンクリートとか凹んだ壁の説明をすることになった。

 いつも俺を職質する警官ちゃんだ。

 

 数か月前、俺がこの辺りに越してきてから間もなく『腐った目をしている。何らかの犯罪の起こすのでは?』と懸念の声があり、結果、警官ちゃんが定期的に俺のショクムをシツモンしてくることになった。しかし、警官ちゃんは俺の事がキライみたいで、いつもいつも不愛想かつ高圧的に職質してきて、俺の心はイタイイタイなのだった。

 



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大家さん

「トホホ……警官ちゃん可愛いのに職質はキツイキツイなんだから……あーあ、どうにかして警官ちゃんの職質グイグイをやさしくて気持ちいものにしてもらえないかな~」

 

『美少女空手家女子高生VS肉屋のオッサン』というクソ映画レビュー待ったなしのB級テイスト全開のバトル鑑賞から、トラブルを聞きつけて後にやってきた冷酷無慈悲な警察官ちゃんへの釈明を「それでも俺はやってない」という言葉のみでゴリ押しした俺は、やっとアパートに敷地内に足を踏み入れた。精神的疲労感がハンパじゃない。

 

 このアパートに越してきてもう半年近く。すっかりこの住処に慣れ切ったせいで、こうやって帰ってくるととっても落ち着く。さっきの思い出しただけで気が滅入る圧迫職質の思い出もジワジワと薄れていった。

 

「ふぅ……やはり故郷はいい」

 

 心に宿る平穏から思わず、某ディアボロさんのセリフが出てしまったが、ここはもう第二の故郷と言っても過言ではない。

 本当に心地がいい場所だ。

 多分、地形補正とかが適用されて、ステータスが10%くらい上昇している気がする。

 

 そんな第二の故郷であるアパートの庭を見渡す。

 

「……うーん、大家さんいないな」

 

 いつも大学から帰ると、結構な確率で掃除とか庭弄りをしてる大家さんとエンカウントするが、今日は見当たらない。

 残念だ。できれば会いたかった。会ってどうでもいい雑談をしたかった。

 いつも夏の向日葵みたいに元気な大家さんと話すことで、少しでもオラに元気を分けてほしかった。 

 

「はぁ……」

 

 何せ……家に帰ってしまえば、誰もいないのだ。

 自分以外誰もいないガランとした部屋……考えるだけでも胸がキューっと苦しくなる。何かが足りないような喪失感。

 その心のスキマを少しでも埋める為に、大家さんとお話したかったんだがしょうがない。こういう事もある。

 

「……ん?」

 

 そんな事を思っていたら、トントンと肩を叩かれた。

 反射的に振り向くと、頬に何やらすべすべした物が押し付けられる。

 ほっそりとした――人差し指。

 

「えっへっへー、引っかかりましたね一ノ瀬さん」

 

 そう言って悪戯っぽい顔で笑うのは、先ほどまで会いたくて会いたくて震えていた大家さんだった。

 買い物帰りなのか、片手にビニール袋をぶら下げて、俺の頬を突くためにグッと背伸びをしていた。

 

 大家さんの背伸びってば癒されるぅ~。お願いだから、このまま成長しないで欲しい。マジで頼むから。何でもするから。腎臓1つくらいなら捧げてもいいから、邪神系の神様お願い!

 

「なにやってんですか大家さん」

 

「ふふふっ。お買い物から帰ってきたらアパートの入口で一ノ瀬さんがぼんやり立っていたんでつい悪戯心がムクムクと……えへへ♪」

 

 あざとく舌をペロリと出す大家さん。

 全くこの人は……よい、もっとやりなさい、余が許す。そういう悪戯心(わんぱく)俺だーいすき! その悪戯心、これからも健やかにー伸びやかにー育ててほしい。

 最終的に俺を驚かせる為にビキニメイド姿で布団の中に隠れるとかいいと思いまーす。

 

「むにむに……ほほぅ、一ノ瀬さんの頬っぺた、なかなか柔らかいですね。これは……ずばり私の耳たぶくらいの柔らかさですね!」

 

「人の頬で遊ばないでくださいよ」

 

 当たり前だが俺はツンデレなので、言葉とは裏腹にもっと遊んでほしい。

 遊び疲れてそのまま頬を枕にお昼寝して欲しい。

 

 それはそれとしていい情報を聞いた。俺の頬っぺたが大家さんの耳たぶくらいってことは……自分の頬っぺたを使ってアレすれば大家さんの耳たぶを使ってアレするのと同じってこと……まあ、問題はどう頑張っても自分の頬っぺたでアレ出来ないってことだが。アレアレうるせーな。アレアレ星人かよ。

 

「あははー、ごめんなさーい」

 

 素直になれない俺は自分の心を曝け出せず、大家さんの指が頬から離れてしまった。

 頬に残る仄かな温かさに、何だか悲しくなってしまう。

 

「お帰りなさい一ノ瀬さん。今日もいいお天気ですねー」

 

 改めて大家さんを見る。

 何が楽しいのかいつも通り満面の笑みを浮かべている。恰好はいつもの和服だ。……いや、ちょっといつもの和服と違う気がする。具体的な違和感を説明出来ないが。

 俺の胸元くらいしかない小柄な身長のせいで、持っているビニール袋がとても大きく見えてしまう。こういう時に取るべき行動は実家にいた頃、某妹様(せつなちゃん)にイヤってほど調教されている。

 

 手を差し出す。

 

「あんまり距離ないですけど、袋持ちますよ」

 

「え? いいんですか? じゃあ、お願いします。……えへへ、今の大家さん的に結構キュンと来ましたよ」

 

 そう言ってはにかむ大家さんの表情に俺もキュンと来たので、これが正しい意味でのWIN×WINなんだろう。

 大家さんからビニール袋を受け取るが、思っていたより重い。中を見ると野菜やら魚がギッシリ詰まっていた。

 思わず重いと言ってしまいそうだったが、女性から買い物袋を受け取った時とおんぶをした時に絶対に言ってはいけない禁止ワードなので頑張って平気な顔をした。

 

 一緒に庭を歩いていると、大家さんが思い出したかのように口を開く。

 

「あ、そうだ。今日の朝ごはんはどうでした? お口に合いました?」

 

「いや、口に合うも何も……滅茶苦茶美味かったです」

 

 俺は素直な意見を述べた。

 1人で食べる寂しさはあったものの、料理は非常に美味だった。

 電子レンジで温めてあの美味しさなら、出来立てはもっと美味しいのだろう。美味すぎて口とか目からビームが出るかもしれない。もしくは何やかんやでダルシムになって地球温暖化から世界を救う神(クソ)がかった展開になるかも。

 俺の感想に大家さんは目を細め「んふふ♪」と満足気な微笑みを浮かべた。

 次いで和服の裾で口を隠し、何やらこしょこしょ呟く。

 

「……フフフ、順調、順調ですよ。こうやって一ノ瀬さんの胃をグワシと掴み、私のご飯無しではいられなくする……あとは野となれ山となれ……見える、見えますよ、私の望み通りの体形になったふくよかな一ノ瀬さんとちょっとお腹が大きくなった私が一緒に映る一枚絵が……ああ、エンディング曲まで聞こえます、うふふ……」

 

「大家さん?」

 

「はいー? どうしました?」

 

 どうもこうもいきなり口元隠してブツブツ呟いてやら気になるだろ。

 まあ、ここは突っ込まない方が吉か。

 

「あ、お口に合ったのなら、今日もご飯持っていきますねー。ていうか、そう思って多めに材料買ってきたわけですし」

 

 それでこの大きさか。

 今日も大家さんのご飯が食べられる、それは嬉しい。つーかそれが無いと、今日何も食べる物がない。

 だが、同じくらい申し訳ない。

 

「でも、いつも作ってもらって申し訳ないし、一食くらい――」

 

「ダメです!」

 

 ちょっと眉を寄せ、ピッと人差し指を立てた大家さんが食い気味に言った。

 

「一食くらい、なんですか? 一食くらいカップラーメンでもいいと思ってます? ダメです、ダメのダメです! このアパートに住んでる以上、そんな不健康な食事は許しませんよ!」

 

「いや、あの……」

 

「だめったらだーめです! 今日もごはんを作りに行きます! 決定です! ここでは私がルールです! 大家さんは絶対なんですからね! ……ていうか、エリちゃんがいない今がチャンスなんです、この機を逃しませんよ……! 一気に畳み掛けますよ……!」

 

 まーた、最後の方ボソボソ言ってる。

 つーか不健康云々を大家さんに説かれてもなぁ。新作ゲームの発売日0時にゲームショップ行ってそこから不眠不休でそのゲームクリアして目に隈作ってる姿がしょっちゅう目撃されてる大家さんェ……。

 そもそも一食くらい抜いてもって言おうとしたんだけどな。家にカップラーメン無いし。何だったら実家にいた頃から雪菜ちゃんの禁止されてたからカップラーメンとか食べたことないし、作り方も分からんし。

 

「というわけで大人しく、私のごはんを食べてくださいねー」

 

「はぁ……ルールなら」

 

 掟(ルール)なら従う他ない。子供の頃は校則(ルール)に拘束されるのとか真っ平ゴメンだよ!的な反骨精神を人並に持っていた俺だが、もう半ば大人になってしまった俺は社会のルールに組み込まれてしまいそんな反骨精神はない。何だったらルールに『縛られる』って語感でちょっと気持ちよくなってしまう今日この頃。大人になるって悲しいことね……。

 

「あ、だったらちょっとお願いがあるんですけど」

 

「なんです?」

 

「大家さんがよかったらなんですけど……ウチでご飯食べません?」

 

 大家さんはエリザがいなくなってから、こまめにご飯を持ってきてくれるが、そのままいそいそと帰ってしまう。

 出来ることなら一緒に食べたい。

 1人で食べるのって正直、かなりキツイ。

 お腹は満たされても心が満たされない。

 

「へ……い、一ノ瀬さんのお部屋で? ……ふ、二人で?」

 

 ああ……でも、どうだろう。これ結構キモい事言ってしまったかも。大家さんは大家としての責務で俺にご飯を届けてくれていたが、実際男の部屋で2人きりで食べるっていうのは……どうなんだコレ。やっちゃったか?

 

『ちょっとそれは流石に……え、ていうか何かごめんなさい。もしかして勘違いさせちゃいました? ……いやぁ、一緒に食べて住人さん達に噂とかされると恥ずかしいですし……』

 

 みたいな事をドン引き顔で言われたら俺は、ショックで伝説の木の下に穴掘ってセルフ埋葬する。

 今ならまだ間に合う! さっきのは無かったことに――

 

 

「……あの……えっと、その……はい。お、お邪魔させていただきます……ご、ご迷惑にならないように……ど、努力しますです」

 

 

 しようと思ったが、何やら大家さんが顔を真っ赤にして口を震わせながら肯定したもんだから、無かったことにはできなかった。

 あれ? 普通にオッケー出た。

 まあ、よく考えたら俺、普通に大家さんの部屋に遊びに行った事あるし、今更か? 

  

 大家さんは髪の毛を弄ったり、地面の土を草履でザリザリしたり、何だか落ち着かない様子だ。

 

「え、大丈夫ですか大家さん?」

 

「はい!? だ、大丈夫ですけど!? ぜんっぜん大丈夫ですけども!? アパートの……大家さん?してるんですけど!?」

 

「マジでどうしたんですか?」

 

 動揺……してんのか?

 初めて俺しかいない時の部屋に招いたから、とか? いやー大家さんの性格上、それくらいでここまで動揺するか? どうよ?

 暫く落ち着かない様子だった大家さんだが、徐々にいつもの大家さんに戻って行った。

 

「ふ、ふぅ……じゃ、じゃあ後で行きますね。い、一緒に……ごはんを食べましょう、その……二人で。ふ、二人っきりで!」

 

「はい待ってます」

 

「じゃ、じゃあ色々準備していきますね! ……ごはんの! ごはんのですよ!? それ以外の何があるんですか、もうっ!」

 

 目を『><』←こんな感じにしてパシパシ俺の方を叩いてくる。

 やっぱ変だな大家さん。

 普段からちょっと変な人だけど、今日はいつにも増して変だ。家庭菜園でヤバイもんでも育てて、知らない内にヤバイ粉でも吸ってんのか?

 それはそれとして、今日の夕食は1人じゃなくて嬉しい。

 今までは何とか寂しさを和らげようと、スマホに知り合いの写真――遠藤寺とか美咲ちゃん、雪菜ちゃん……あと二次元だけどク〇リちゃんとか神〇小鳥ちゃん、山〇美希ちゃん、紅緒〇ずさちゃん、スパイディやロールシャッハちゃんの画像を表示させて疑似的に誰かと食べる状況を作り出してたから。正直、かなりきつかった。食べてる時はいいけど、素面に戻った時の死にたくなる度がハンパなかった。

 

「そ、それにしても……ふぅ、あついあつい。今日はあっついですねー……あうぅ、顔がまだ熱いです……一ノ瀬さん、いっつも不意打ちするんですから……もうもうっ」

 

 頬を上気させた大家さんが、パタパタと顔を扇ぐ。

 確かに今日は暑い。

 さっきから汗が止まらないし、そのせいでシャツがびしょびしょだ。

 今だって額から流れる汗をハンカチ……は持ってくるのを忘れたので、シャツの裾で拭う。

 シャツ一枚に七分丈のズボンの俺がこれくらい暑いんだから、和服を着こんでる大家さんはもっと暑いだろう。

 

「はー暑い暑い。……ふぅ、ようやく落ち着きました。……がんばれわたしー今夜が勝負どころだぞー、おおやふぁいおー」 

 

 何やらこっそりガッツポーズをとっている大家さんも汗を……かいてない。

 あれだけ暑そうな恰好をしているのに、額に全く汗が浮かんでいない。

 

「いきなりお部屋に誘われるとか流石に動揺しちゃいましたね……ふむむ、部屋に帰ったらやることが山のように……お気に入りのアレに着替えて、今日みたいな日の為に買ったアレも着けて……あ、あれも用意しないと。い、一応! 一応ね! 私的にはアリなんですけど、ほら! 一ノ瀬さんまだ学生ですし!」

 

 額以外に露出している肌にも、まったく汗が浮かんでいない。

 これはおかしくないか?

 こんな暑いのに、汗の一つもかかないとか……。

 

「大家さん、何か……全然汗かいてないですね」

 

「はい? 汗?」

 

 例によって裾に口元を隠して何やら呟いていた大家さんだが、俺の声かけに顔を上げて自分の体を見下ろした。

 

「和服って暑そうですよね。でも大家さん、まったく汗かいてないですよね。どうなってるんですか?」

 

「……はー、そ、それは……ほら、大家さんですから」

 

 なるほどなー、大家だからかー……と納得できるほど俺はバカじゃない。

 この暑さで汗の一つもかいてないとか、物理法則に反している。

 おかしい……そして怪しい……。

 正直、いつもなら『へー。そうなんですかぁ』と流せる事案が気になって仕方がない。

 恐らく、普段から遠藤手が呪詛の様に呟いている

 

『少しでも気になることがあれば――疑うんだ。それが日常、非日常、関わらずどんな状況でも。そうやって自分の直観力を養うことが、探偵への第一歩になる。君には直観力を鍛えてもらう必要がある、ボクとの将来に備えてね』

 

 って言葉のせいだ。その言葉が頭をリフレインする。軽い呪いレベルだ。

 このままこの違和感を無視して家に帰ってもいいが、正直それじゃ気持ちが悪い。気になって夜も眠れないだろう。

 まだ時間もちょっと早いし、この違和感の正体を確かめよう。

 

「いいですか一ノ瀬さん。大家さんっていうのは、たとえ火の中、水の中、あの子のスカートの中……どんな場所、時間、状況であっても住民の皆さんのお役に立てるように、鍛えているんです。それはもう、皆さんが見ていない場所で、鍛錬に鍛錬を重ね、これくらいの暑さじゃ汗をかかないくらいバリバリ鍛えているんです。ふっふっふ……ちょっとは大家さんを尊敬しちゃいましたか?」

 

 大家さんが何か言ってるが、ここは一旦聞き流しておこう。漫画やアニメで出て来る大家さんやメイドさんは無敵超人みたいな扱いをされる事があるが、ここは現実だ。

 メイドさんだって暑かったら汗をかくし、何だったら風邪もひいて、お見舞いイベントも起こる。つーか起こって欲しい。……何の話だっけ?

 

 とにかく推理だ、推理をさせろ!

 

 さて、推理のやり方は普段から遠藤寺にレクチャーを受けている。

 全ての五感をフルに活用し、そこから見出した違和感を突き詰めていくのだ。推理を止めない限り、その先に真実はあるからよ……!

 

 では早速――シンキングタイム。

 

 まずは――視覚だな。

 自分がいかにして無敵な存在になったかを悦に浸りながら語る大家さん。ギアナ高地での修行を経て云々の話は気になるが、今は何よりも観察だ。

 ジッと大家さんを見つめる。

 汗のかきやすい額や首回りにもやはり汗はかいていない。

 

 だったら次は――嗅覚だ。

 思い切り息を吸い込む。

 

「――おえぇぇッ!」

 

「ど、どうしたんですか一ノ瀬さん!?」

 

 思い切り息を吸い込んだ結果、自分がかいた汗のくっさいくっさい臭いを思い切り吸い込んでしまった。

 盛大に嘔吐いてしまった俺を心配した大家さんが、ギュッと手を握ってくれた。

 チャンスとばかりに大家さんの匂いを吸収する。

 うーん、いい匂いだ。フローラルな香りがする。汗の匂いもしないし、最早俺と同じ人類とは思えない。

 

「大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?」

 

「いや、ちょっと咽せただけで……」

 

「そ、それならいいんですけど。落ち着くまで手を握ってますね。……ふふっ、役得役得」

 

 せっかく手を握ってくれているので、そのまま――触覚を確かめる。

 相変わらず小さな手だ。こんな小さな体でアパートの掃除や修繕をしたり、庭の手入れをしたり、こうやって料理まで作ってくれたり……正直頭が上がらない。

 大変な仕事だろうに、手には豆や手荒れも全くない、スベスベな肌触りだ。触ってるだけで気付いたら2~3日経ってそのまま餓死る、何てことになりそうな魅惑の触感。

 そしてやはり、視覚でも確認したがその手には汗をかいていなかった。

 

 残るは――味覚か。

 この状況から味覚を確かめる方法が浮かばない。何の違和感も与えず、大家さんの肌をペロペロする方法……うーん。

 欧米のハグ文化のように、コミニケーションにお互いの頬をペロペロする文化を今この瞬間俺が生み出して布教すれば……いや、歴史的下地が薄すぎる。文化ってのはその土地に根付いた価値観や風土を元に生まれるわけだし、今思いついたくらいの浅い歴史じゃきっと広まらないだろう。クソッ、タイムマシンさえあれば100年くらい前に飛んで頬ペロ文化を広めておけたのに……! おのれプルコギド――じゃなかったタイムマシンさえ……! タイムマシンさえ完成していれば……!

 まあ、無い物は仕方がない。気を取り直しつつ、この後悔を生かして今からでも将来に間に合うエッチ系文化の発足を目指すとしよう。

 

 で、最後は――聴覚か。

 正直、汗をかかない事に対する原因を調べるとに、聴覚は役に立たないと思う。

 だけど、仲間外れにするにも可哀そうだし、張角ちゃんにも少し働いてもらおう。

 今もすぐ近くで手をニギニギしてくれている大家さんに、耳を傾ける。

 

 ――ブブブブブブ

 

 何かが聞こえた。

 人間が発する、心拍音やお腹が鳴る音、関節の軋み、そういった物とは全く違う音。人工的な音だ。

 

 ――ブブブブブブブブブ

 

 これは……モーター音?

 何で大家さんの体からモーター音が? え? 大家さんってもしかしてロボットなの? だったら汗かかない理由とか、何なら超ロリである理由も確定されてしまうわけだけど。

 いや、ロボットって。ロリで大家で高濃度オタク、その上性格は天使とか……ただでさえ属性モリモリなのに、これ以上ロボ属性なんて……現実問題、1人の人間にこれだけの属性を詰め込むバカがいるか? ……何か編集者みたいな視点になってるけど。

 無い無い。ロボはない。つーか、ロボ娘的な伏線無かったし。部屋にオイルがあったり、ハリソ〇フォードに追われてたり、腕からロールケーキを出したり、くしゃみの後に『ロボ』って言葉が出てしまったり。伏線が無いのにいきなりそんな設定出されても、俺は認めませんからね!

 じゃあ、この音はなんだ?

 

『ふむ、成程のう』

 

 シルバちゃん、何か分かったのか?

 流石長生きしてるだけあるー!

 

『歳の事は言うな。……ふむ、音は何やら太もも、それも付け根の方から聞こえる。そんな場所から機械のモーター音。これはいわゆる一種の露出プレイじゃな。つまりその機械とやらの正体は、ローター――』

 

 思考シャットアウトッ! 俺は即座にシルバちゃんとの思考リンクを切断した。テレビの電源を切ったみたいにシルバちゃんの声が途切れる。やったことないけど、何か出来た。

 全く……何をいきなり言い出すんだ、あの褐色ロリババアは。欲求不満なんじゃないの? あんな所(つーか俺の心だけど)に籠って本ばっかり読んでるから。

 清純かつ天使な大家さんがローター仕込んで露出プレイに耽ってるとか、ありえないでしょうが! ……まあ、設定としては有能なので、今晩のオカズに使ってやってもいいよ。

 

 いつもとちょっと違う服、汗をかかない大家さん、何かの機械音。

 もう少しで……何かが分かりそうなんだけど。遠藤寺ならこれくらいの証拠で、完全に推理を成功させるんだろうが、俺にはまだ無理だ。

 

 これ以上考えても仕方がない。逆転〇判に倣って、ここはブラフを張るとしよう。

 

「大家さん」

 

「はいー?」

 

「大家さん、服の下に何か仕込んでますよね?」

 

 流石にいきなりボロを出すとは思わないが、少しは動揺なりするはず。

 

「――は?」

 

 大家さんの笑顔で固まった。

 

「な、ななななな、なにをいきなり……そ、そんな、まさか……ねぇ? ふ、服の下に何かって……あははっ、何のことでしょうか?」

 

 想像の10倍くらいボロを出してきたわ。

 大家さんは言い逃れ出来ない証拠を突き付けられた犯人のように、分かりやすく狼狽しだした。

 

「いや、さっきから機械音が……」

 

「ち、違うんです……そ、そうじゃないんです……! こ、これは違うんです……!」

 

 狼狽えっぷりがハンパじゃない。

 首を振りながら、ジリジリ後退していく。

 見える……崖が見える……あと船越栄〇郎も幻視(みえ)る……。

 

「それに何か、いつもと服もちょっと違うし……涼しむ為に、何かしてるんじゃないですか?」

 

「ひぃ!? な、なんて洞察力……! ……それはそれとして、服の違いとかをちゃんと見てくれてる一ノ瀬さんに、ちょっと嬉しくなっちゃう大家ちゃんなのでした」

 

 追い詰められながらニヤニヤする大家さん。器用だな。

 やはり、何か服の下に仕込んでいるらしい。

 それもこのクソ暑さを逃れられる、素敵な何かだ。ここは是非、ご相伴に預かりたいものだ。

 

「何仕込んでるんです? 俺にも教えてくださいよー。涼を味わうための素敵なサムシング、隠してるんでしょう? ねえねえ?」

 

「うぅ……いつになく一ノ瀬さんがグイグイ来る……こ、これはこれで……むふふ」

 

 何で追及されてるのに嬉しそうなんだこの人。

 そりゃグイグイも行くわ。もう暑いのイヤなんだよ! 自分のくっさい汗の臭いで吐きそうになるのはゴメンなんだよ! この暑さから逃れられるんだったら、悪魔に魂を売ってもいい、それくらいだ。

 

「うぅ……わ、分かりましたから。仕方ないですねぇ……」

 

「え、教えてくれるんですか」

 

 諦めたように言う大家さん。言ってみるもんだな!

 

「じゃ、じゃあ……ちょっとこっちに来てください」

 

 そのまま俺の手を引いて、アパートの裏手に連れて行こうとする。

 

「え、ここじゃダメなんですか?」

 

「だ、だめに決まってるじゃないですか! 何考えてるんですか、もうっ」

 

 大家さんが顔を真っ赤にしながら言った。

 え、アパートの裏で何すんの? 別に、この場で大家さんが涼しんでる方法と手段を耳打ちしてくれるだけでいいのに。

 

 俺は釈然としないものを抱えながら、大家さんに引っ張られるのだった。

 その先に何が待っているかも知らず――。

 

 

 

 



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大家さんpart2

 大家さんのちっちゃな手で引かれた先は、アパートの裏手だった。

 人気がない、建物の影になっている場所だ。

 そういえば前にここで麦わら小学生がスカートを持ち上げて俺に見せつけてきたっけ。懐かしいなぁ、フフフ。

 

『フフフ、じゃないが』

 

 アパートの裏手は少し涼しく、エアコンの室外機の音だけが響いていた。

 ここなら、ちょっと大声を出したり軽めの悲鳴が響いたり争い合う音が聞こえても、世論には何ら影響は与えないだろう。

 

『お主、発言が拉致監禁タイプの犯罪者のそれじゃな……』

 

 何でちょっと周囲の情報を述べただけでそんな事言われないといけないわけ? 

 言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン! 毒舌系モノローグとかも禁止されるとか、ほんま世の中世知辛いのじゃ……。

 

「うん、ここなら……誰もいないですね」

 

 脳内妖精と語る俺をよそにキョロキョロ周囲を見渡す大家さん。

 確かにここなら、誰もいないだろう。

 こんな人気のない場所に連れてくるからには、大家さんが語る情報は、それはもう値千金の徳川埋蔵金並みのレアな情報なんだろう。

 

 ちなみに、前回までのあらすじを覚えていない方に、何で俺たちがこんな人気のない場所にいるかを説明すると

 

 ――今日すっごく暑い! でも大家さんとっても涼しげ! ナンデ!? ナンデ!? フシギ! オシエテ! 教えて大家ちゃん! いいですとも!

 

 というわけである。実際はこれまでに至る、数多の権謀術数があったわけだが、それは略す。

 

「……コホン。じゃあ……一ノ瀬さん? 今から話すのは、内緒ですよ? ほんとに、ほんとーに……! 内緒の話ですからね! シークレットですからね? いいですか!?」

 

 珍しく険しい表情を浮かべた大家さんが、ズズイっと俺を追い詰める。どうでもいいが、シークレットの『シー』の部分だけ人差し指を口に当てるジェスチャーで可愛かった。

 大家さんにズズイっと追い詰められた俺は、アパート裏にひっそり生えている、この下で卒業式に告白されて生まれたカップルは幸せになりそうな樹にを背にした。

 

 すごい……すごく太い……太くて立派な樹……。

 

 背にしてるだけで爆弾処理班1級に昇格しそうな樹にうっとりしていると、大家さんがやはり切羽詰まった様子で語り掛けてきた。

 

「ほ、本当にお願いしますよ? 他の住民さんには『え? 全然汗かいてない? ……ふふふっ、それは……ずばり、わたしは大家さんだからなのです! ふふーん! ちょっとは尊敬してくださいね! えへへ!』みたいな調子こいたこと、ブイブイ言っちゃったんですから! ほ、本当に、本当に……ここだけの話にしてくださいよ……?」

 

 壁ドンならぬ、樹ドンをしながらそんなことを語る大家さん。

 水のない所でこのレベルの壁ドンを……! 

 かなり切羽詰まっているらしい。

 

「あ、あの……本当に、一ノ瀨さんだけですからね! ぜっっったいに! 絶対に他の人に言っちゃダメですからね!」

 

 俺を樹に押し付けながら、ちょっと涙目で言う大家さん。

 彼女にとって、大家という役割はそれくらい、不可侵なものなんだろう。

 住民を管理し、時に慈愛の手を伸ばす大家……彼女にとってそれは、神にも等しい役割(ロール)。

 住民に舐められたら負け……そんな意思を感じる。

 そんな彼女が俺にだけ内緒にしていた短所を語ってくれる。 

 それはとても光栄なことのはず……!

 

「……ふぅ。じゃ、じゃあ……行きますよ?」

 

 改めて周囲の人がいないことを確認した後、大家さんが何らかを覚悟をした眼で言葉を放つ。

 

「ゴ、ゴクリ……」

 

 とまあ、大家さんの秘密を暴露されるに値するそれっぽい生唾は呑み込んだものの……ある程度、ネタの予想はしている。

 このクソ暑い中、汗一つかかない彼女。

 彼女の体から聞こえるモーター音。

 そして普段彼女が着ている服と若干違う服。

 

 それだけでこの後、彼女から語られる秘密を予測するのは容易いだろう。

 

 恐らく彼女の秘密は――服の下に扇風機を仕込んでいることだろう。

 

 いわゆる一つの空調服ってやつだ。

 空調服ってのは電池やバッテリー、そして扇風機(ファン)が仕込まれた服で、ネットとかで普通に売っているヤツだ。分からない人はググってね。

 主に夏に外で仕事をする人に向けた作業服をカスタマイズした物だ。

 今日び、別段珍しくもない代物だ。まあ、着物にそれを組み合わせる人とか、目の前の大家さん以外にいないだろうけど。

 

 しかし、秘密を見せてくれるって……どうする気だ?

 服の下に仕込んでるだろうし、まさか服を捲って見せてくれるなんてありえないだろうし……ハハハ、ないない。

 

「い、一回だけですからね? な、何度も言いますけど、絶対に他の人には内緒ですよ……?」

 

 念を押すように言った大家さんは、何を思ったか着物の太もも辺りを掴んだ。

 そしてスススと上に持ち上げていく。

 

「……え?」

 

 何やら信じられない展開が目の前でスタートしていた。

 大家さんがちょっとずつ下半身を露出させている。

 普段、足元まで覆われている布が持ち上げられ、今は足首が見えている。

 

 ……何だ、夢か。だってこんなんありえないし。

 いくら大家さんが天然だからって、自分の秘密を見せる為に服捲り上げるとか……妄想乙☆!

 きっとあんまりにも暑すぎて、俺の頭は茹で上がってしまったに違いない。んでこれは倒れてる俺が見てる夢だ。

 現実の俺は倒れた後、大家さんの部屋に運び込まれて、膝枕で介抱されてるはず。……うおおお!? 目覚めなければ! 目覚めよ一ノ瀬辰巳、覚醒の時は来た!

 シルバちゃん、今すぐ俺の頬を抓ってくれ!

 

『いや、妾が頬を抓るのは物理的に不可能じゃが……前頭葉辺りをキュッとしてやろうか?』

 

 セルフロボトミーはノゥ! ほんともー、俺の心のヤバイやつはすぐ人の脳をどうこうしようとするんだからぁ。

 仕方ないから自分で頬を抓ると……痛い。

 え、これ現実なの? ToL〇VEるでは日常的に起こるタイプのイベントだけど、ここ現実世界だぜ?

 もしかしてこの世界ってToL〇VEるの二次創作世界だったりするの? だとしても俺は間違いなく猿山(モブ)ポジションであって、こんなエチチな展開を享受出来ないはず。

 現実(リアル)と非現実(ToL〇VEる)が俺を奪い合って(スクランブル)で何だかコワイ(ブルブル)

 

 わ、分からん……何なのだ、これは!どうすればいいのだ!?

 

 これが現実なのか、それとも妄想なのか、もしかするとこの世界は創作の世界で俺は5分前に生まれた胡蝶の夢がマトリックス的なダンガンロン――なんて混乱した俺が出した結論は――夏だから。

 そう、夏が全て悪い。

 こんな妄想染みた展開も夏が悪い。

 一見、涼しさを享受している大家さんだが、やっぱり夏の暑さには勝てなくて頭がちょっと茹で上がっているのだろう。

 だからこんな、自分で裾を持ち上げていくみたいな、ドスケベ行為に走っているのだ。

 清純で無垢な大家さんにこんな、ビッチ行為をさせるとは……許さん、許さんぞ夏……ナツコ(夏の擬人化キャラ)……マジで封〇演義の件は許さんからな。

 

 原因が夏の暑さだと分かったところで、俺にはどうすることもできない。

 夏に侵された大家さんの卑猥な行為を見守るしか出来ないのだ……オヨヨ……自分の無力が悲しい……オオオ……アッヒョオ、あグ〇フィーみたく笑っちゃった。

 

「うぅ……お、思っていた以上にこれ、恥ずかしいですね……ていうか、これ変態っぽいようなぁ……だ、大丈夫大丈夫、まだ清楚! まだギリギリ清楚だから! 清楚な大家さんが夏にちょっと大胆になったお色気イベントの範疇! まだセーフ! エリちゃん不在の内にこうやってちょっとでも好感度稼いどかないと……でもやっぱり恥ずかしい……!」

 

 何か大家さんがブツブツ言っているので顔を見たら……目は涙目ですしね、顔はぼうっと赤くなってるしょ、これ夏にやられてる顔ですわ。

 そんな大家さんの顔を肴にちょっとずつアップデート(物理)される下半身を見るのも乙なもの。

 

 ジワジワと裾が持ち上げられ、足首の先は……脛だ。

 足袋に覆われていた足首から、素肌(ナチュラルスキン)がお披露目された。

 うーん、遠藤寺の肉付きのいい足や美咲ちゃんの筋肉質な足もいいけど、大家さんのほっそりとした足もまたよし。みんな違ってみんないい。

 この脛も可愛らしくて、いや脛って呼び捨てするのも失礼だ。スネちゃま。大家さんのスネちゃま、かいらしなぁ。

 色も白くて水どころか銃弾も弾きそうなスベスベさで……ふむ物理無効持ちだな。

 スネちゃまも大部分が見えたザマスけど、まだ目的のブツは確認できない。

 も、もっと上にあるのか? バカな……まだ、上昇するだと……!

 

「「ゴ、ゴクリ……」」

 

 俺と大家さんの唾を飲み込んだ音がシンクロした。

 

「くっ、ここから先は……は、はじゅ、恥ずかしすぎます……! で、でもここで引いてしまったら負ける……! 同棲ロリ自称お嫁さん幽霊とか属性モリモリなエリちゃんに勝つためには、あの子にない部分……大人の色気で挑まないと……! 競うな、持ち味を活かすん……ですっ!」

 

 大家さんが何か、一つ壁を越えた。

 そんな強い意思の籠った声と共に――Next stage(新たなる舞台)へ――

 

 そして現れたのは――太もも。

 普段着物を着てるから初めて見る太もも。描写することすら躊躇してしまう、禁忌と神秘に包まれた場所。

 大家さんがそれを自分から見せつけているというシチュエーションと恥じらいで今にも倒れそうな大家さんの表情で俺の脳はスパークライナーがハイしそうになった。

 何とか脳が焼き切れずに済んだのは、その太ももにとても無粋な代物があったからだ。

 機械音と共に動作する――小型の扇風機。

 女スパイが拳銃を隠し持つポジションに、それはあった。

 

『何じゃ……ローターじゃないのか……』

 

 落胆したシルバちゃんと同じく、俺も少し落胆していた。

 機械が太ももの大部分を隠して残念に感じたということもあるが、どこか期待していたのだ。俺の予想を裏切ることを。

 大家さんには特別な何かがあって、涼しさを独占しているのもその何かの恩恵だと。

 しかし、実際は俺の想像していた通りの代物だった。

 

「はわ、はわわ……お父さんにも見せたことが無いところを一ノ瀬さんに……け、結婚……これはもう結婚してもらうしか……はっ!? はい終了! 閉店ガラガラです! と、というわけで見えましたか? 気づきましたか? これが私の秘密でしたぁ!」

 

 大家さんが慌ててシャッターを下ろす。

 

 太ももが隠れる瞬間、扇風機に隠れるように――何かの姿を見た。

 

「ちょ、ちょっと待った大家さん!」

 

「へ!?」

 

 慌てて大家さんの手を掴む。

 閉じられていたシャッターをこじ開けるように、裾を持ち上げる。

 

「きゃわー!? な、何ですか一ノ瀬さん!? もう閉店ですよ! サービスタイムは終わりなんですよぉ!?」

 

 大家さんがグイグイ裾を下げようとするが、俺も対抗してグイグイ持ち上げる。

 STR対抗ロールで勝利したので、再度太ももと相まみえることになった。

 

「あ、やっぱり力強い……一ノ瀬さんも男の子なんですね……って、いやいや! あ、あのですね? 一ノ瀨さん、いくら私の太ももが素敵で魅力的だとしても無理やりこういうことをするのは……ま、まあ無理やりも時と場合によってはアリなんですけど……今はダメー! 時が! 時が満ちてないですからぁ! 心の準備がまだなんですぅ!」

 

「大家さん、ちょっと静かにしてもらっていいでですか?」

 

「あ、はい。……あぅ、珍しい一ノ瀬さんの真剣な眼にグッときちゃった……でも恥ずかしいものは恥ずかしいです」

 

 太ももに座する無粋な扇風機。

 先ほど見た何かを求めて舐めるように観察していると、白い太ももが薄っすら赤く染まっていく。

 よく考えたら、この状況って周りから見たら結構アレな状況なんじゃ……という思考はシルバちゃんに預かってもらって、観察を続ける。

 すると……やはりいた。

 

『……?』

 

 扇風機の影に隠れるように、小人さんがいた。

 真っ白な着物を着た、小さな雪女みたいな小人さんがいた。

 暫く俺を警戒した様子で見ていたが、俺が何もしない様子を見ると扇風機に向かってフーフーと息を吐き始めた。

 

 なにこれ。

 

『ほう、付喪神じゃな。長い年月を経た道具に霊や神が取り憑いたものじゃ』

 

 あ、知ってる知ってる。アニメで見たわ。あとLike〇ifeでプレイしたわ。氷庫さんが可愛かったなぁ。あと姫子ルートが悲しかった。

 

『何の話じゃ。……しかし、この道具、それほど年経てはいない筈じゃが』

 

 確かに。

 

『……! ……!』

 

 しかしちっちゃい雪女ちゃん可愛いなぁ。一生懸命フーフーして頑張ってるなぁ。

 警戒されない程度に手を伸ばしてフーフー吐息に手をかざしてみる。ひんやり涼しい。

 そうか、この雪女ちゃんのお陰で大家さんは涼しさを得てるのか。

 まあ、実際一般的な空調服ってぶっちゃけそこまで涼しくはならないらしいし。

 

「なるほどなぁ」

 

「あ、あのー……何やら納得した様子の一ノ瀬さん? そ、そろそろー……下ろしてもいいですか? さ、流石に恥ずかしすぎて何だか頭がボーっとしてきて……あ、涼しい」

 

 雪女ちゃんが慌てて大家さんの頭をフーフーしに行ったので、忙しそうな雪女ちゃんの為にも裾を離す。

 ヒラリと着物の裾が舞い降り、下半身を隠していく。

 よかったよかった。大家さんが俺の期待を裏切ってくれて。下半身に雪女ちゃん囲ってるとか、流石大家さんだわ。

 

 色々な疑問が氷解(雪女だけに)したので、スッキリした。

 改めて大家さんを見るとちょっと距離を取られていたので、さっきシルバちゃんに渡しておいた思考を返してもらってサッと青ざめた。

 俺変態じゃん。大家さんの手を掴んで着物の裾を持ち上げて近距離でガン見してる変態ですわ。

 罪深過ぎて自らシャトーティフに投獄されたくなったわ。

 

「ご、ごめんなさい大家さん! つ、つい……」

 

 つい、なんだろうか。つい雪女ちゃんが見えて? Q(急に)Y(雪女ちゃんが)M(見えたから)とでも説明すんのか?

 そもそも俺が雪女ちゃん見えたのって、この眼鏡(シルバちゃん)のお陰だよな。大家さんはきっと自分に雪女ちゃんが取り憑いてるなんて知らないはず。 

 いや、ここで夏のせいにすれば……夏が熱すぎて犯した暴挙にすれば……いや、あんまりなっつん(夏の擬人化)のせいにするのんもなー。

 

 俺がドモリまくっていると、大家さんは顔を赤くしてジットリとした目を向けてきた。

 

「……一ノ瀬さんのエッチ」

 

 大家さんもエッチだろうが! と反論しようとしたがあんまり反論になってないので「ご、ごめんなさい」としか言えなかった。

 

「ま、まーまー! まあね! い、一ノ瀬さんも年頃の男の子ですからね、そりゃカワイイ大家さんに興味があるのはしょうがないですしね! ちょっと興奮してオイタしちゃっても若さゆえの過ちですよね! そもそも私が大人の色気を! 大人の色気をほんのちょこっと出しちゃったせいですからね? ふふふ、大人の色気……ふふ、一ノ瀬さんは悪くないです、ええ、男の子を惑わす色気を振り撒く私が悪いんです……うふふ」

 

 くっそマウント取ってくるなこの人。

 まあ、興奮してしまったのは事実だからしょうがないけど。でも大人の色気は無かった。それだけは言わせて欲しい。

 大家さんはロリカワイイ。決して大人の魅力なんてない、と。

 

 それはそれとして、秘密――扇風機について言及してみた。

 

「これですか? ふふーん、凄いでしょぉ? これ手作りなんですよ? 服と扇風機を一体化させる……こんな発想を思いつくなんて、流石私と思いませんか!?」

 

「いや、普通に売ってます」

 

「え? う、売ってるんですか?」

 

 スマホを操作して空調服のページを表示する。

 

「ほ、ほんとだ。……よ、よかった。特許とか申請してなくて。恥をかくところでした」

 

「でも手作りって凄いですね」

 

 ちょっと落ち込んだ大家さんをフォローする。

 実際、空調服を手作りするとか、想像も出来ない難しさのはずだ。

 

「え。そうですか? えへへ、私って器用ですから。でも、結構大変だったんですよ、これ作るの。お金も掛かりましたしねー。夏でも涼しさを得る為に試作品もいっぱい作って、色々迷走もして……通気性のいい生地で作ったり、生地の裏に冷たいゼリーを張り付けたり、馬鹿には見えない着物、いっそのこと氷で着物を作ったら? なんてことも考えましたからね!」

 

「溶けますよね」

 

「いや、それくらい迷走してたんですよ。去年の夏は、ほんとーに暑かったんです。いっそのこと着物キャラ捨てて、水着で夏を過ごそうと思いました」

 

 もしその時、大家さんが着物キャラを捨てていたなら、目の前には水着の大家さんがいたわけか。

 そっちの世界線も見てみたいなぁ。ただキャラ的には出オチ感が凄い。ずっと水着のキャラって……大道〇きらか。

 

「そしてある夏の日、遂に私は天啓を得たんです。着物と扇風機を組み合わせる神がかった発想を……!」

 

 その前に氷で出来た着物を思いつく辺り、去年の夏はそれはもう酷暑だったんだろう。

 確か、去年の夏、俺は受験勉強をしてたっけ。

 エアコンが壊れてクッソ暑い部屋の中で雪菜ちゃんと勉強。『兄さんの視線がいやらしいので』って言って意地でも薄着にならない雪菜ちゃんがぶっ倒れて、初めて介抱したり……色々あったなぁ。俺が生まれて初めて作ったクソ不味いお粥を文句も言わずに食べてくれて、あ、確かあの時は『手が使えないので兄さんが――』……ん? メールだ

 

『それ以上思い出すと兄さんの大切なフィギュアを全て溶かして固めたものを送り付けます』

 

 ウチの妹ってエスパーだっけ? こおりタイプだったはずなんだけど……コワイ!

 大切なフィギュアちゃんたちが批判上等な前衛アートになるのは嫌なので、これ以上考えないようにする。

 

「そして遂に完成したのがこの『対酷暑用着物型決戦兵器フェンリル-Ⅱ』です。……まあ、完成したのは夏が終わってからなんですけどね」

 

「意味ねー」

 

 しかし去年作った物に付喪神が宿ったのか。

 

『まあ年が浅い物でも、作り手の執念やその他の要因で付喪神が取り憑くこともあるの。稀の中の稀じゃが』

 

 ふーん、稀なんだ。大家さんすげーな。

 

『カカカ……愛情、慕情、嫉妬、憎悪、憧憬、欲望、優越、劣等、希望、絶望、空虚……人間が持つ感情は時に世界の道理すら捻じ曲げる。……それはお主もよく実感しておるだろう?』

 

 俺が一番実感している? どういう意味だ?

 その言い方だと、他にも俺の身近に付喪神を宿した何かがあるみたいだけど。

 

『カカカッ……ま、いずれ分かるの、いずれな』

 

 きーにーなーるー! 

 あとそういう伏線染みた意味深なセリフをサラッと言うのってすっげえ憧れるー!

 

「このフェンリルを元に『対寒冷用着物プロメテウス』『農耕用着物パールヴァティー』『水泳用着物ワダツミ』『看護用着物ディアン・ケト』を作成したんですけど……み、見たいですか?」

 

 大家さんが嬉々としてそんな事を語るので、思わずハイと答えたら、後ほど家でご飯を食べる時に大家さんのファッションショーをすることになった。

 どうでもいいけど、モチーフにしてる神話くらい統一して欲しい。

 そう思う俺であった。

 

 

 

 



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エピローグ

 大家さんが隠し通してきた秘密を遂に暴いた俺。

 実際、大家さんにとってはかなり重要だったかもしれないが、俺にとっては正直割としょうもない秘密だった。付喪神云々は置いといて。

 秘密を暴いたことで。

 

「ふっふっふ……お見事ですよ一ノ瀬さん。私の秘密を暴いたからには……あなたにも共犯になってもらいます! そう……この着物はMK.Ⅱ、つまりMK.Ⅰがあるということ。私が言いたいことは分かりますね? そう――今日から私と一ノ瀬さんはダブルフェンリルですからね!」

 

 って、大家さんとお揃いの着物を差し出してきたけど、どこからどう見ても女性物の着物で、俺が着ても絶対似合わないどころか、下手すれば大家さんファンクラブのメンバーから不敬だと断じられ闇討ちからの山奥への穴埋め、野犬が掘り出してプチニュースになることが予想できたので、丁重にお断りした。

 その後、しつこくペアルックを勧めて来る大家さんに対して、話をすり替える為に、夕食の件を持ち出した。

 

「お、女の子にはいろんな準備があるので……!」

 

 夕食の件を持ち出すと、大家さんは慌てた様子でそう言って自分の部屋に帰っていった。

 色々な準備が何かは分からないが、きっとこの後振舞ってくれる夕食のアレやコレだろう。

 着物の上からエプロンを羽織る大家さんを見るのが楽しみ過ぎる。

 

「~~~♪」

 

 一緒にご飯を食べる愉しいレクリエーションを想像して、俺の歩みは軽くなった。

 そのまま自分の部屋に向かう。

 

「……」

 

 ここ最近、部屋のドアを開ける前、気が付けば何かを期待してしまう。

 ゆっくりと扉を開ける。

 見覚えのある玄関が広がり――

 

 

『お帰りなさい、辰巳くん!』

 

 

 聞き覚えのある――幻聴が聞こえた。

 当然、幻聴は幻聴であり、その声は幻――ありもしないものだ。

 もちろん、その声を放つエリザも存在しない。

 分かっているのに、期待してしまう。

 

「……はぁ」

 

 もしかして。

 もしかして扉を開ければ……彼女がいるんじゃないか。

 いつもみたいに彼女がいて、いつもの言葉で迎えてくれるんじゃ。

 そんな女々しい感情が今でも捨てきれない。

 

「ただいま」

 

 返事がないことが分かっているのに告げる言葉(ただいま)はまだ慣れない。

 でも、慣れなければならないのだ。

 エリザがいない生活。それが当たり前であることに慣れなければならない。

 そうじゃないと、俺は前に進めない。

 

 

 ……進む必要はあるのか?

 

 

 心の奥底、仄暗い部分がそんな事を囁く。

 必要はあると言い返す。

 必要はあるのだ。いつまでもエリザの残影に固執していると、あっちに行ったエリザは報われない。エリザには安心してもらいたいんだ。俺が1人でも大丈夫だと。

 

 じゃないとエリザが安心して、向こうに行けないんだ!

 

 ……うん、いいこと言った俺。

 ちょっとどっかで聞いたことのあるフレーズだけど、いい言葉はいいものだ。いい物は決してなくならない。

 

「大家さん来るし、ちょっとでも掃除しないとな」

 

 部屋には全体的に薄っすら埃が積もっている。

 こんな薄汚れた場所に大家さんを招待するのは心苦しい。

 わずかな時間だが、掃除をしておくべきだろう。

 

「掃除道具ってどこにあんだろ」

 

 靴を脱いで部屋に上がる。

 ちょっとひんやりした廊下を抜け、襖を開ける。

 見慣れた6畳間、その窓の側に夕暮れの光が差し込んでいた。

 

「あ……」

 

 ああ、この光は……そうだ。よくここでエリザが居眠りをしていた。

 俺が帰る時、玄関まで迎えに来ていない時は、大抵この場所で居眠りをしていた。

 猫のように体を丸めて、赤子のようにあどけない顔で眠っていた。

 その姿に神々しく不可侵なものを感じたのは、いつだっただろうか。もう随分と前にも思える。つい最近の筈なのに。

 

「……ふぅ」

 

 歩みを進め、なんとなくその場所に胡坐をかいて座ってみる。

 夕暮れの光に、体が包まれる。

 なるほど、確かに温かくて心地いい。

 

「エリザが夢中になるわけだ」

 

 笑いながら独り言ちる。

 こんなに心地いいいと、そりゃ居眠りもしてしまう。

 実際、今も眠気が体に満ちてきた。

 

「……くぁぁ」

 

 エリザの真似をするように、畳に体を預ける。

 欠伸が零れる。

 夏のうだるような暑さじゃない、穏やかな熱に包まれた。

 少しだけ。

 掃除をしないといけないから、少しだけ。

 

 そう思いつつ、温かさに体を委ねる。

 その温かさはどこかエリザの匂いを感じさせた。

 

 久しぶりに感じたエリザの温かさに、俺はゆっくりと意識を手放した。

 

 

■■■

 

 

「おはよう辰巳くん」

 

 

 ゆさゆさと揺さぶられ、意識が徐々に覚醒する。

 どうやら少しの間、眠っていたようだ。 

 久しぶりに夢は見なかった。

 最近、夢を見たら一ノ瀬ハード淫乱度……じゃなかくてハートインランドでシルバちゃんと会うか、悪夢を見るかどっちかだったからな。

 普通に眠ったのは久しぶりだ。

 

「もう夜だよ? そろそろ起きないと、こんな所で寝てたら、風邪引いちゃうよ?」

 

 優しい声が俺の意識を揺り起こす。

 徐々に覚醒していくと、自分の頭が畳ではなく柔らかい物……太ももっぽい物に乗っていることに気づいた。

 太ももっぽい物はつまり太ももに近い物ってわけで、現実世界で限りなく太ももに近い物といえば……新種の大根、低反発大根だろうか。

 しかし今のところそういった大根が開発された記憶はないので、今俺が枕にしてるのは大根じゃなくて、太ももだろう。この下りいるか?

 

「だめだよー? いくら温かくてもそのまま寝ちゃったら、風邪引いちゃうよ? ……あ、でももし風邪ひいても、わたしがちゃーんと看病してあげるからね!」

 

 ふむ。

 この太ももの持ち主は大家さんだろうか。俺が居眠りをしてる間に約束の時間になって、優しい大家さんの事だから畳を枕にしてる俺を見かねて膝枕をしてくれたのかもしれない。

 

「ふ、ふふふ……頭動かしたらくすぐったいよぉ、辰巳くん。もー、起きてってばぁ。ごはん作れないよぉー」

 

 くすぐったそうに大家さんは言った。

 あれ? でも大家さんって基本、敬語だったよなぁ……俺のことも一ノ瀬さんって呼んでたし。

 俺のこと、辰巳君って呼ぶのは……エリザだけのはず。それに……声もエリザのものだ。

 でもエリザがここにいるはずないし……だって、エリザは……。

 

 薄っすらと目を開ける。

 

「あ、やっと起きたの? おはよ、辰巳君」

 

 そこには、夕暮れに照らされたエリザが居た。

 膝枕をした俺を見下ろすエリザから、サラサラと銀髪が流れ落ちる。

 あの頃と変わらない。俺の前からいなくなった、その時のままの姿だ。

 

「エリザ……?」

 

 ああ……どうしてこんな夢を見てしまうのだろうか。

 ついさっき、エリザがいない生活を受け入れようとしていたのに。

 やっと受け入れる為の準備が出来ていたのに。

 もう、エリザがいなくても大丈夫だって、そう思えるようになってきたのに。

 

 いや、違うか。そう思えていないから、こうやって後悔塗れの女々しい夢を見ているのだ。

 俺の心の中では、まだまだエリザがいない生活を受け入れていないのだ。

 こんな夢を見るくらい。

 

「あ、寝癖みっけー」

 

 夢の、幻のエリザはジッと俺を見ている。

 いつものように。俺の顔を何が楽しいのか笑顔で見つめている。

 そんないつもの彼女に、俺は幻だと分かっていながら、彼女に話しかけてしまった。

 

「……おはようエリザ」

 

「ん、おはよー! よく眠れた?」

 

 夢が俺の言葉に応えてくれる。まるで現実の、あの頃のように。

 とても心地いい感覚だ。心が温かくなる。

 このまま夢に浸っていたい。夢のエリザでいつまでも語り合っていたい。

 

 でも、それは虚しいだけだ。話した分だけ、楽しんだ分だけ、夢から覚めた時の空虚さが増すだけだ。

 分かってる。分かっているのに、それでも――手を伸ばしてしまう。

 

「あは、辰巳君の手、あったかいねぇ。この温かさすきー」

 

 頬に伸ばした手にエリザがくすぐったそうな顔を擦りつけてくる。

 エリザの、幽霊特有のひんやりとした冷たさと柔らかさを手のひらに感じた。

 夢とは思えない感触だ。

 いなくなったエリザを想い、焦がれ、夢見た結果、こうやって現実と遜色ない幻のエリザがある。

 我ながらほぼ現実の存在を夢に実現する自分の妄想の逞しさに呆れてしまう。

 

「エリザ……」

 

 去ったエリザを夢見ちゃうクソ雑魚メンタルは置いといて、エリザと久しぶりに会えたんだ。

 

「エリザ……フフフ……」

 

 感動的な場面だけど、俺はもっと即物的に生きたい。

 せっかくの夢だし、普段は出来なかったことをやろう。

 かつてエリザが居た頃なら、間違いなく出来なかったことを。

 別にいいじゃん。本物じゃないんだし、ちょっと調子に乗っても。夢だから目が覚めたら全部リセットされるし。

 

「んふー♪」

 

 頬に当てた手に頬をスリスリ擦りつけるエリザ。

 そんなエリザ(夢)に言った。

 

「ちょっと指、咥えてみてくれない?」

 

「へ? えっと……」

 

「ほら。怪我した指を舐めるみたいな? そんな感じ」

 

「あ、それならテレビで見たことあるよ!」

 

 そう言ってエリザ(夢)は俺の手、その人差し指を口に咥えた。

 幽霊特有のひんやりとした冷たさ、それに反する体内の温かさが交じり合って、矛盾したなんともいえない感覚……!

 ぬめぬめとエリザの舌が俺の指を這い回る。這い回れエリザたんって感じだ。 

 いやー、夢って本当にいいものですねぇ。現実ならドン引きされることも、こうやって都合いい展開に。欲望が満たされるぅー!

 もう俺、夢から覚めなくてもいいかも。

 このまま夢のエリザと一緒にめくるめく蜜月の日々を……!

 よし、次はエリザの足で俺の――

 

「んー、しょっばいかも。でも、えへへ、たのしー。他の指もする?」

 

「え、あ、はい」

 

「じゃー親指ー。辰巳パパにちゅー、なんちゃって♪」

 

 俺が望んでいないことを先んじてした夢エリザ。

 楽しそうに親指をペロペロしている。

 お、おかしいなぁ……夢なら俺が夢想した通りの展開で進むはず……。

 俺は別に親指をペロペロして欲しいなんて思っていない。他の指をペロペロするならお姉さん指をペロペロしてもらって百合魂を満たしてもらう。

 

 夢が俺の意に反して、自発的に行動を起こすなんて……。

 あれか? 機械の反乱(スカイネット)ならぬ、夢の反乱(ドリームネット)か?

 

『違うぞ』

 

 え? 何が違うのシルバちゃん。

 

『だから違うぞ。これは夢じゃない。というかお主、夢だと断じた瞬間、即座に自分の指をしゃぶらせるとか……流石の妾もヒくわ……』

 

 指だからセーフ! 指だから倫理機構も動けないもーん!

 ん? んんん? 待て。夢じゃないってことは……現実?

 いやいやいや。だっておかしいじゃん。エリザがここにいるはずないし。

 エリザは――

 

『そんなこと、本人に聞くとよい。妾は……くはぁ……そろそろ眠い。昨日夜更かししてお主が初めて妹と喧嘩した時の履歴を読んどったからのぉ。まさかあの妹があんな殊勝な態度をとるとは……ふわぁ、眠い眠い。というわけで妾は寝る。ん? こんなところによい感じの枕が……何じゃこれは。マフラーが巻かれた卵? まあ、よいか』

 

 などと言いつつ、俺の心に住んでるシルバちゃんは眠りについた。

 勝手に寝たり、人の脳を弄ろうとしたり、ヤバイわこの人。でも可愛いから許しちゃう。褐色ロリだから許しちゃう。

 

「もにゅもにゅ……んむ、どうかした辰巳君? 他の所もペロペロする?」

 

 ご飯おかわりする? みたいな感覚で笑顔を俺に向けて来るエリザ(夢)

 シルバちゃんの話では、これは夢じゃないらしいが……やっぱりそれはありえない。

 だってエリザがここに居るはずないのだ。

 エリザは俺の下から去った。いなくなったのだ。

 それは変えようもない過去。

 彼女は去り、俺はそれを見送った。

 違えようのない記憶。別離の記憶。

 

 じゃあ……目の前にいるこの少女は誰だ。

 エリザを騙る何者か? しかしこの雰囲気、幽霊であることには間違いない。

 例えエリザを騙れたとしても、幽霊を騙ることは出来ない。

 

「な、なぁ……」

 

「なぁに、辰巳君?」

 

 俺は問いかけた。

 たとえ、この夢のような会合が崩れ去ったとしても、真実を見極めたくて。

 いるはずのない少女の正体を掴みたくて。

 もしかしたら、もしかしたら……目の前の少女は俺が焦がれ、夢見ていた、彼女ではないかと。

 限りなく零に近い希望を胸に秘め。

 問いかけたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……温泉旅行行ってたはずだよな、エリザ」

 

「途中で帰ってきちゃった。えへへ」

 

 

 

 

 

 なーんだ。途中でかえって来っちゃったのかぁ。

 問題☆解決!(横ピース) 

 

 

 

 

■■■

 

 4泊5日の温泉旅行から、途中で帰ってきちゃったエリザは続けた。

 

「うん。あのね、旅行、すっごく楽しかったけどね。家にいる辰巳君はどうしてるかなーとか、ごはんちゃんと食べてるかなーとか、わたしがいなくてもちゃんと起きれてるかなぁーとか。考えてたら……あ、あのね。その……わたしが寂しくなっちゃって。……帰ってきちゃったの」

 

 先生に怒られる生徒のような表情でシュンと俯くエリザ。

 俺はそんなエリザの頬を優しく撫でた。

 

「そっか。お帰りエリザ。途中までだけど、旅行は楽しかったか?」

 

「う、うん! すっごく楽しかった! みんな優しくしてくれてね! 花子さん……あ、えっと一番偉い人ね? その人がね、いっつも側にいてくれて! 恋愛相談も……あ、こ、これはないしょだった。あ、あのね、わたしが知らなかった幽霊の常識とかいっぱい教えてくれたの!」

 

「そっかぁ」

 

 よかったよかった。

 エリザにも友達が出来たようで、俺も一安心だ。

 俺が来るまでこの家に縛られて1人っきりだったけど、こうして他の人との話を聞くと……うん、ちょっと嫉妬するかも。

 でも、エリザにとってはいい事だ。

 せっかく、限定的とはいえ、この部屋に縛られることは無くなったわけだし。

 

 いやぁ、エリザが成仏しかかったり、色々あったけど、落ち着くべきとこに落ち着いてよかったなぁ。

 俺がダイエットに成功したと思ったら、エリザの成仏問題が続いて発生したけど……解決してよかったぁ。

 今となってはいい思い出だ。大変だったけど、終わってしまえばただの過去だ。

 

 

 

■眠そうなシルバちゃんが教えてくれる第三章『大切なもの』のあらすじ■

 

「ん? 何じゃい、妾は今から寝るところじゃぞ?」

 

「なに? エリザ? 成仏? 何があった? ……はー、何じゃ、妾に説明しろと言うのか?」

 

「妾、眠いんじゃが。もういいじゃろ。……何やかんやあって平和に暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

 

「はー? それじゃ満足できんのか。あー、はいはい。分かった。分かったから」

 

「えーっと、ほらあれじゃ。何か消えたろ、幽霊娘? エリザとかいう。幽霊として生まれた……いや、生まれたというのは変な表現か。幽霊になったからには、抗えない終焉。――成仏じゃの」

 

「まー、妾がみるにそれはもう幸せに過ごしとったからのぅ。そりゃ未練も無くなって成仏するわ」

 

「で、妾の契約者はまあ……幽霊として成仏するならそれは自然の摂理かーとか、でもでもーとか、人間らしく矮小な悩みを垂れ流しつつ、周りに相談したり、1人で塞ぎ込んだり、幽霊娘の希望で初めて外で合瀬を交わしたり……」

 

「何やかんや探偵娘に叱咤されたり、黒ローブ娘に激励されたり、幽霊娘の過去を聞いて消沈したり、かと思えば大家の小娘の言葉で奮起したり……」

 

「ふわぁ……」

 

「えー、あと何じゃっけ……結局、幽霊娘の本心? もっと一緒に? ……何じゃったか。まあ、それを聞いて、それから……ねむねむ」

 

「まあ……話数で言ったら12話分の……話数ってなんじゃ?」

 

「ともかく、最終的に妾が主の願いを叶えたのじゃ。妾、本来の力を使ってな」

 

「こう、ワーって、本当の力をゴーって、ピカーって、そんな感じじゃ」

 

「それで、幽霊娘は現世に留まって、あ、ついでにこの部屋に縛られた地縛霊からちょっと成長して、視える者以外にも任意で見られるようになったり……あー、それで大家の小娘と仲良くなったんじゃったか」

 

「それから、それからぁ……町の化生が集まる会のようなもんに捕捉されて……」

 

「で……10年に1回の温泉旅行に……誘われ……」

 

「主と離れるのは嫌がっておったが、これも一つの経験と……」

 

「そういえば妹殿がそろそろ……」

 

「……」

 

「……ぐぅ」

 

 

■■■

 

 

「ね、ねえ辰巳君?」

 

 俺の手を握ったエリザが辛抱堪らんといった表情で言った。

 

「あ、あのね。辰巳君とずっと会えなかったからね、寂しく寂しくて……もっとぎゅーってしていい?」

 

「あ、うん。いい――」

 

 言い終わる前に、エリザは俺の胸に向かって飛び込んできた。

 膝枕していたエリザが俺の胸元に飛び込んでくるってことは、俺の頭が畳に落下して呻いてる俺の胸に飛び込んでくるわけだが。

 

「えへー、えへへー……辰巳君の匂いだー、いっぱいほじゅーしないとー、スリスリ」

 

 と胸元に頭を擦りつけてくるエリザを拒むことは出来なかった。

 エリザの頭を撫でながら天井を見上げる。

 胸が何かに満たされたかのように温かかった。

 欠けていたピースが埋まったかのような感覚。

 寒かった部屋に小さな火が灯ったような、そんな感覚。

 

 

 心底嬉しそうに俺の体に自分の体を擦りつけるエリザに、俺は優しく声をかけた。

 

「――おかえりエリザ」

 

「うん! ただいま辰巳君!」

 

 いつもとは反対のセリフに、やっぱり心が温かくなる。

 空いたいた心の隙間があっという間に埋まっていく。

 側に居てくれるだけで、俺の心を満たしてくれる。……やっぱりエリザは俺にとって特別な存在なんだ。

 多分、エリザにとっても俺は……。

 

 

 

 

■■■

 

 

 エリザが帰ってきて暫く経った。

 帰ってきた日の晩、大家さんが約束通りやって来て「対婚活用着物サキュバスの出番がぁ……」とガックリ膝を落としたが、それはそれとしてエリザが帰って来たの事に喜んでいた。

 エリザが任意で他の人に見えるようになってから、エリザと大家さんはすぐに仲良くなったのだ。お互い、存在は知っていながら見えていなかったからな。

 その日の夕食は大家さんとエリザの合作でそれはもう、豪華な食事だった。

 

 そして翌日。

 夏休みに入って授業がなくなった俺は、大学生らしくダラダラ過ごしていた。

 遠藤寺との約束もあるが、時間にはまだまだ遠い。

 

 部屋でダラダラしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「あっ、ごめーん。辰巳君出てー」

 

 揚げ物をしているエリザが台所から言ったので、玄関に向かう。

 任意で姿を見せられるようになったといっても、ある程度霊感?みたいなものが無いと、エリザを認識できない。

 だから基本的に来客は俺が対応する。

 といっても、来客するのは大家さんか、宅配のお兄さんくらいだ。もしくはN〇K。あと宗教の人。

 

 宗教の人に対してはスパゲッティ・モンスター教の有難さを語ればすぐに退散するし、NH〇は岬ちゃんがカワイイ。問題ない。

 

 恐らく来訪者は宅配のお兄さんだろう。この間、楽天Bo〇sでスナックバ〇江と怒りのロー〇ショーを注文したっけ。……あれ、どの本屋行ってもないからな。

 ルンルン気分で玄関の扉を開ける。

 

 

 

 

「――フフ、兄さん。久しぶりですね」

 

 

 

 

 玄関を開けたら趣味で兄のトイレ時間を管理してそうなやばいタイプの妹がいたので、ノータイムで扉を閉めた。

 きっと気のせいだろう。

 だって雪菜ちゃんがここ――俺の聖域にいるはずないし。

 だからきっと幻か夢だ。

 扉の向こうで常人なら3秒で失禁するだろう怒りのオーラを感じるけど……夢だって。

 

 というわけで、後は次章の俺に任せることにした。

 頑張れ次章の俺! 負けるな! 腹にジャンプ仕込んどけ!  



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