ISの巧〜貧弱航空オタ奮闘記〜 (ゆすくうけに@Aki)
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はじまりは決闘から
第1章人物設定


本日の更新は3話分あります。これは3話中1話目です…が、設定書き程度のものなので、スルーも可能です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号1)←今ここ
・IS機体解説(通し番号2)
・第2話(通し番号4)
の3本です。ご注意ください。


登場人物

 

坂上(さかがみ)(たくみ)

年齢:15歳

性別:男性

国籍:日本

IS適性:D(本来は存在しないランク。機械による適性検査で『搭乗不可能』と判定されたが、事実として搭乗出来ているため、便宜的にこのランクを付与)

所属:大森重工IS開発部門1班(IS運用班)/IS学園1年1組

役職:大森重工テストパイロット

使用機体:灰影(第2世代型)

 

織斑(おりむら)一夏(いちか)

年齢:15歳

性別:男性

国籍:日本

IS適性:B

所属:IS学園1年1組

役職:無し

使用機体:白式

 

セシリア・オルコット

年齢:15歳

性別:女性

国籍:イギリス

IS適性:A

BT適性:A

所属:IS学園1年1組

役職:イギリス代表候補生

使用機体:ブルー・ティアーズ

 

篠ノ之(しののの)(ほうき)

年齢:15歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:C

所属:IS学園1年1組

役職:無し

使用機体:なし

 

布仏(のほとけ)本音(ほんね)

愛称:のほほんさん

年齢:15歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園1年1組/IS学園生徒会

役職:IS学園生徒会書記

使用機体:なし

 

更識楯無

年齢:17歳?

性別:女性

国籍:ロシア(自由国籍権によるもの)

IS適性:不明(A?)

所属:IS学園2年(クラス不明)/IS学園生徒会長

役職:ロシア国家代表(代表候補生"ではない")

使用機体:霧纏の淑女(ミストリアス・レイディ)(なぜロシアなのに英語なのかは不明)

 

(まゆずみ)薫子(かおるこ)

年齢:16歳?

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園2年(クラス不明)/IS学園新聞部

役職:IS学園新聞部副部長

使用機体:IS学園所有練習機

 

織斑千冬(ちふゆ)

年齢:24歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明(恐らくA+)

所属:IS学園

役職:IS学園1年1組担任

使用機体:なんらかの教員専用機(かつては専用機『暮桜』を使用)

 

山田真耶(まや)

年齢:不明

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園

役職:IS学園1年1組副担任

使用機体:教員専用ラファール・リヴァイヴ

 

葛城隼人

年齢:20代

性別:男性

国籍:日本

IS適性:無し

所属:大森重工IS開発部門第1班

役職:大森重工IS開発部門第1班カウンセラー

 

坂上父

年齢:三十代

性別:男性

国籍:日本

IS適性:無し

所属:大森重工IS開発部門第3班(機体開発・研究班)

役職:大森重工IS開発部門副チーフ

 

坂上母

年齢:三十代

性別:女性

国籍:日本

IS適性:B

所属:大森重工IS開発部門第2班(装備開発・研究班)

役職:大森重工IS開発部門第2班班長

 

 

 

眼鏡っ娘(本名不明)

年齢:15歳(リボンから1年生と判断)

性別:女性

国籍:不明(顔立ちからアジア系と判断)

IS適性:不明

所属:IS学園1年(クラスは不明)

役職:不明

使用機体:不明(なし?)

 

転入生(本名不明)

年齢:15歳

性別:女性…?

国籍:不明(日本ではない)

IS適性:不明

所属:不明→IS学園1年生

役職:不明

使用機体:不明



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第1章登場IS解説

本日の更新は3話分あります。これは3話中2話目です…が、設定書き程度のものなので、スルーも可能です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号1)
・IS機体解説(通し番号2)←今ここ
(ここに本編第1話が入る。通し番号3)
・第2話(通し番号4)
の3本です。ご注意ください。

※2019/09/14修整:ブルー・ティアーズのBTシステムが『単一仕様』となっていましたが、正確には特殊機能です。混乱させてしまい、すみません。

※2019/09/18修整:間違えて没版のフォーマットで投稿してしまっていたので差し替えました。各機体解説の種別と搭乗者が加えられています。


ISの『世代』について。

 

第1世代:黎明期に見られたISで、いまは筐体のみの状態で一部博物館にて展示されている程度。機体や装備を量子格納(厳密には異なるが、容量制限のある4次元収納袋に仕舞うようなものだと考えて良い)や量子展開(その4次元収納袋から取り出すことと考えて良い)する機能が無い。

第2世代:現在主流のIS。上で説明した量子格納・展開機能を備えている。基本的に、第1世代より後で作られたため第1世代と比較して性能が高い。

第3世代:現在一部の国や企業で研究中のIS。これまでは限定的に機体制御に用いられていたマインドインターフェイス(思考制御機能のことと捉えて良い)を、より高度に洗練した上で他の手段による制御の難しい武装の制御に転用したもの。イギリス代表候補生『セシリア・オルコット』の駆る『ブルー・ティアーズ』などがそれにあたる。

 

ーーーーーーー

登場機体解説

 

灰影(かいえい)

■種別:第2世代IS/射撃型/試作機/装備運用試験機(大森重工)/専用機

 

■搭乗者:坂上巧(大森重工専属テストパイロット/テストシューター/男性ISドライバー)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.8(ジェットエンジン不使用時:マッハ1.0)、鋭角機動はほぼ不可能

・基本重量:3t

・運動性能:マッハ1.8で旋回半径10m、バックステップなど一部挙動に制限あり

・単独大気圏離脱・再突入:非現実的

 

■装備

・9mmマシンピストル「シークレットサービス」×8

 主に敵機の接近を防止するため弾幕を張るために使われる。名前はISの手の内に隠し持てるその小ささから。

・12.7mmマシンガン「15式機銃」×3

 ISにおいてアサルトライフルと軽機関銃の区別は無い。重機関銃はヘビーマシンガンとして区別される。これは自衛隊機のものと同一仕様。

・試作型突撃銃槍×1

 推進器搭載の大型ランス。内部にシークレットサービスの格納スペースがあり、銃撃可能。

・試作型30mm機対機特装砲×1

 模擬戦では弾は1試合1発のみ。一度撃つと次発装填可能になるまで放熱に1時間かかる。本来は地上からISを攻撃する地対機兵器だったがその絶望的な運用難度により自衛隊でのコンペティション提出前に開発が頓挫、皮肉にもIS用装備として復活を遂げることとなった。

・17式40mm機関砲×1

 クラス代表決定戦後で支給された火器。本体重量、反動のどちらも大きいため、主に腕部ハードポイントに接続して使う。

 

■解説

 大森重工初の完全独自開発IS。第2世代機で、坂上巧の専用機にして今後の試験装備のテストベッドである。

 この機体の開発を担当したチームのメンバーは、元を辿ると大森重工の航空機開発チームから移籍してきた人物が多い。このため、機体各部が航空機を参考に形づくられている。

 大まかな見た目はフランスのデュノア社が開発した『ラファール・リヴァイヴ』に似ているが、装甲分割や垂直尾翼として機能する脚部装甲など細部の形状はまるで異なる。

 特徴として、メインの推進器が左右主翼に備わったジェットエンジンとなっている。これは、IS関連技術を投入したことで大幅に性能が向上したものであり、打鉄と同等の装甲を備えたこの機体にラファール以上の速度性能を持たせている。

 一方で、主翼形状や各部の構造から、小回りが効きにくい機体となっている。特に、主翼を展開した状態でのバックステップや前進していない状態での水平横移動などの行動を取ると機体に大きな負荷がかかり、故障の原因となりうる。

 このように(航空機、機動兵器としてはともかく)ISとしての完成度は決して高いとは言えない、本当の意味での試験機である。

 

白式(びゃくしき)

■種別:第2世代特殊型(暫定分類)/格闘型/試験機/専用機

 

■搭乗者:織斑一夏(男性ISドライバー)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ2.1

・基本重量:1.8t

・運動性能:マッハ2.1で鋭角機動が可能(最高速度の8割以上の速度で鋭角機動ができるのは現状この機体のみ)

・単独大気圏離脱・再突入:離脱のみ可能(再突入するには耐熱機能が足りない)

 

■装備

・近接ブレード(名称無し)×1

→対ISブレード『雪片弐型(ゆきひらにのかた)』×1

 

単一仕様(ワンオフ・アビリティ)

・『零落白夜』

 放出されたエネルギーに触れることでそのエネルギーを無にするもの。固体に対しては一般的なビームサーベルと同様に振る舞う。

 現状、ブレード『雪片弐型』の刀身からのみ展開可能。ただし多量のエネルギーを消費するため、振るうだけで自身のシールドエネルギーが減少する。

 

■解説

 倉持技研が、『世界初の男性IS適合者:織斑一夏』のために開発した新型機で、彼の専用機。世代は不明だが第2世代に相当すると思われる。ただし、理由は不明だが存在するはずのバススロット(初期装備の他に追加装備を格納出来る量子格納領域のこと)が全て塞がっているため、他の装備を追加で使用するためには機体展開後に手持ちで持ち込む他ない。

 必要最低限をさらに下回る装甲と引き換えに既存IS最高レベルの速度性能・機動性を獲得した高速格闘特化機。

 何故このような玄人向けの機体が完全な初心者である織斑一夏に支給されたのかは不明だが、確かに彼の才能はこの機体に合致している模様。

 なお、ファーストシフトでワンオフ・アビリティが発現した理由も不明である。

 余談だが、倉持技研がこの機体の開発に全リソースを注いだため(そして何故か外部による一切の協力を拒んだため)、当時進行していた打鉄の後継機開発計画は事実上凍結されることとなった。

 

ブルー・ティアーズ

■種別:第3世代/射撃型/フラッグシップモデル/装備試験機/専用機

 

■搭乗者:セシリア・オルコット(イギリス代表候補生)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.7

・基本重量:2.5t

・運動性能:マッハ1.7で旋回半径8m

・単独大気圏離脱・再突入:非現実的

 

■装備

・スターライトmkⅢ×1

 高速・高威力のBT粒子ビーム(製造会社によりBTレーザーと名付けられた)を発射可能なエネルギー系狙撃ライフル(ただし銃身にライフリングが刻まれているわけではない。ライフルの名は外見と運用法による慣例的なもの)。高精度センサーを搭載しているため超長距離射撃が可能だが、その長さや機構の繊細さ、重量により取り回しが悪く、また連射レートが低いことが主な欠点。

・BTビット×4→×6

 正式名称『ブルー・ティアーズ・ビット』BTレーザーを発射可能なものをスカート部に4機装備している。

→クラス代表決定戦での対白式戦にて、第5、6機目であるミサイルポッド型の存在が確認された。弾頭には高エネルギー状態のBT粒子が充填されており、各機3発ずつ格納している。

 

■特殊機能

・『BTシステム』

 脳内の特殊な神経束『BTクラスタ』により形成される特殊な脳波を感知してイメージ・インターフェイスに反映するシステム。BTビットはこのシステムにより遠隔操作されている。理論上、発射されたあとのBTレーザーの軌道をも制御可能とされるが、セシリア曰く「今は修行中ですのよ」とのこと。

 なお、先述のBTクラスタが存在するかどうか、存在したとしてその規模が大きいか小さいか(≒形成される脳波が検出しやすいかどうか)は先天的に決まるものである。イギリスのIS開発チームはこれらの要因の他、空間認識・把握能力や情報処理能力など様々な適性を総合して『BT適性』と呼称している。

 

■解説

 イギリスの代表候補生『セシリア・オルコット』の専用機。第3世代型で機動性と速度性能に重点を置いた射撃機である。

 特徴は独立機動射撃端末『BTビット』で、専属ドライバーのセシリア・オルコットはこれを囮・牽制・死角に動かしてからの包囲攻撃…といった様に多彩な方法で運用している。

 本機はイギリスが欧州連合政府主導の次期制式IS開発・選定計画『第3次イグニッション・プラン』に提出した『ティアーズタイプ』のフラッグシップモデルであり、現在他国を一歩リードしているものの、未だ予断を許さない状況にある。

 ちなみに他の候補としてはドイツの『レーゲンタイプ』、イタリアの『テンペスタⅡタイプ』が存在する。

 

 余談だが、一部では『蒼雫』と表記されることもある。

 

打鉄(うちがね)

■種別:第2世代IS/格闘型(初期設定)/量産機

 

■搭乗者:各国ISドライバー/IS学園生徒(練習機)/IS学園教師(教師専用機)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.3

・基本重量:2.8t

・運動性能:マッハ1.3で旋回半径5m/機動に特別の制限なし

・単独大気圏離脱・再突入:不可能

 

■装備

・対IS用ブレード(日本刀型)×1

・15式機銃×1

その他カスタマイズ次第で各種マシンガンやミサイル、ブレード、シールドなど様々な装備を搭載、運用可能。

 

・解説

 日本のIS研究所『倉持技研』が中心となり、設計から生産まで全て日本籍の団体(省庁から企業まで様々な団体が協力した)が行った第2世代IS(量産モデル)。初代『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の使用した第1世代機『暮桜』を参考に開発した機体で、随所にその影響が見られる。

 世界第2位のシェアを誇る傑作機で、様々な企業が対応装備やパッケージを作成・販売している。大森重工も参加企業の1つで、超長距離射撃戦パッケージ『撃鉄』やプリインストールされている飛行システム、初期装備の15式機銃や自衛隊納入機用の銃器などの設計・開発を主に担当した。

 基本的には装甲と中・近距離戦闘に重きを置いた機体であり、その分速度性能と機動性がやや劣る。




※この項目は、独自解釈の塊です。原作での設定とは異なる部分があります。


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第1話「自己紹介をしよう!」

2019/11/09 白式についての記述が時系列的に矛盾していたので修整


 物語の始まりは、織斑一夏やその同級生がIS学園に入学する約5年前。篠ノ之束がゴーレム1…のプロトタイプの運用試験をしていた時まで遡る。

 当然、奴が世界から隠れている時期のことで。ISはステルス機能を使用していた。

 

 ところが、偶然にもある機体のスラスター1つが不良品で、想定よりも出力が出ていなかった。

 偶然、小さな(ただしIS一機を中破させるのには十分な質量・速度を持っていた)隕石が1つ落ちてきた。

 偶然、先程の機体のAIがその不良品のスラスターを(不良品だと気づかずに)使う回避パターンを選択した。

 そうすれば当然、その機体は墜落する。

 それでも、本来なら落着地点は公海上、沈んでもISなら回収も容易だ。ステルスで気づかれないしね。

 ()()()()()()()()、衝撃で残存スラスターのエネルギー供給システムのストッパー部が故障し、恐ろしい勢いであらぬ方向に機体がカッ飛ぶ。

 その先にあったのは、偶然にも日本の某財閥系重工の試験場。

 結果、隕石の衝撃でGPSその他追跡機能が故障していたこともあり、この財閥系重工の手元に、篠ノ之束の制御を外れたISがまるごと1機転がり込むことになった。まさしく員数外のISコア()本家本元のIS技術()を背負ってやってきた、というわけだ。

 

 さて、そんな幸運な某財閥系重工だが、彼らの幸運はまだまだ続く。

 その鹵獲した試作型ゴーレムの研究をしていたメンバーの中には、ある夫婦がいた。お互いがお互いを異性として愛し、研究者として尊敬していた理想的な研究者夫婦だ。

 そんなちょっと珍しい二人の間には、頭が多少いいがそれをかき消して余りあるほどにアホをやらかしがちな愛の結晶(男子)がおりました。

 研究開始から4年半ほど経って、そんな彼ももうすぐ高校入試の勉強を始めようとする時期。

 彼は塾になんか行かなかった。そのアホっぷりと頭の良さから両親の同僚からも可愛がられていた彼には、世界的に見ても優秀な両親とその同僚という最高の教師がいた。高校入試程度であれば、買ってきた参考書と問題集で自習して、わからんところを教えてもらう。これで十分だった。

 そうして彼は着々と高校入試の対策を進めていったが、ある日の休憩中、そのアホっぷりが存分に炸裂した。

 

 事の次第はこうだ。

 

1:休憩中、鹵獲ISコアの研究を見学していた彼はコアに触ってみたいと思った。

 

2:触ってみたいと言った。

 

3:触るだけでは危険も無し、男性が触っても起動しないから別にいいよと許可された。

 

4:触った。

 

5:起動した。

 

……起動しちゃったのだ。

 

 すぐさま様々な検査が行われた。ゲノム解析プロジェクトも立ち上がった。パンツ脱がされて○○○○とか××××とかが付いてることも確認された。親父も起動実験してみたが動かなかった。

 

 色々あったが、最終的に彼は志望校ではなく、IS学園への入学を余儀なくされた。

 あろうことか専用機持ちとしてな!

 

 こうして出来上がったのが、受験するずっと前から志望校を諦めさせられ、代わりに女の園『IS学園』に放り込まれた男子生徒…つまりこの俺『坂上(さかがみ)(たくみ)』だ

 

 俺のスポンサーは先の某財閥系重工、『大森重工(おおもりじゅうこう)』だ。ここは昔から旧軍や自衛隊に装備を納入している日本の兵器の老舗で、F-2他航空機の開発・生産で空自とも縁が深かったこともあり、日本のIS開発では倉持が機体、大森が兵装や多数の換装パッケージ、と分担して開発・生産していた。ある種の蜜月関係だな。特に超長距離射撃パッケージ『撃鉄』なんかは我らが大森重工製パッケージの中でも随一の傑作らしく……失礼、話を戻そう。

 

 そんな蜜月関係だった2社だが、俺という爆弾が出現したことで事態はややこしくなる。

 そう、俺の機体だ。大森はこれを機に倉持を出しぬこうと思い立った。まぁ、機体と装備の両方を一社で作れれば、装備前提の機体開発だってできるしな。

 当然俺の存在は社外秘で、大森は機体を独自に作ることになった。これが不味かった。

 

 ご存知『世界初の男性ISドライバー』の、織斑一夏が現れた。

 『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬、その弟がやってくる。最高の宣伝だ。

 

 その頃対する我らが大森重工は俺の専用機の開発に四苦八苦、しかも無名で未熟な俺を育てる先輩ドライバーもいない。

 結果、俺の専用機が完成したのは、なんとIS学園に入学した今日この日!俺自身大森備品の打鉄(装備試験用。本来はコアではなく外付け電力で駆動する。飛べない)にコアを接続して組み上げた打鉄の初期生産仕様で一通りの練習はしたものの、当然腕前には疑問しかない。さて…

 

「おい、お前の番だ坂上」

…っと、回想(現実逃避)している場合では無いようだ。

 

 そんなこんなでやって来たIS学園。 なんの配慮か知らんが俺の隣はあの織斑一夏。一応所属の上では対立関係にある訳だが…それはともかく自己紹介だ。

 

「あっとすみません。…はじめまして、で良いのかな?出来れば知っておいてくれたほうが良かったんだけどね。俺は坂上巧、坂の上に『スキルフル』『エクイジット』という意味の巧で、坂上巧。趣味は…航空機に関することは何でも。後はせいぜいが特撮くらいかな?以後宜しく」

 ふう、何事もなく言えた。第一印象は大切だからね、しっかり時間かけて考えて良かった。

 

「……航…機…?」

「…時…遅れでしょ」

「…アン……ーク趣味な…かな」

 

……ザワザワと否定的な言葉が聞こえてくる。前言撤回、俺は何やら間違えたようだ。なんで航空機がだめなんだ?ISだって推進器付きの飛行機械なんだから航空機には違いないというのに…

 とはいえ、確かにIS側からすればいわゆる一般的な航空機は『古臭い』ものだろう、それを選択したあたりは俺のアホな部分が顔をのぞかせたと言えるのかもしれない。どうやらこのアホ()は、アホ故に志望校への道を閉ざされた程度では学習しなかったようだ。だからといってやめる気はないが。

 

ーーーーー

 で、2時間目の放課後。それまでの時間で隣の席の織斑一夏が授業についていけないなどとのたまうので休み時間に教えたり二人揃って『なんで俺たちこんな所に居るんだ…』とため息をついては『人間は集団の中で生きるものだ』などと織斑先生に一緒に説教されてみたり、と交流を深めていたわけだが。

 

 1つ、わかったことがある。

 

 こいつは先の授業での織斑千冬とのやり取りで、でっかく『必読』と書かれた分厚い参考書を古い電話帳と間違えて捨てたという、ドジやって志望校に行けなくなった俺に勝るとも劣らないアホっぷりを見せつけてくれたおかしい奴だ、ということだ。アホ同士仲良くしよう。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

「聞いてます?お返事は?」

……そう、それこそ、

 

「あ、ああ聞いてるけど…どういう要件だ?」

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「特に要件は無いそうだ。無視していいぞ一夏」

 金髪ロールで青い吊り目の女子生徒にこんなこと言われてたら、助け舟を出したりはするさ。いやまあ仮に絡んできたのが黒髪ショートで橙色の垂れ目の男子(属性が真逆の)生徒だったとしても助け舟出すけどさ。

 

「で、一夏。さっき絡まれてたけどお前なんかやったの?」

「ん?いや、そもそもなんで話しかけられてるのかどころか、この人が誰なのかさえわからない状態なんだけど…」

…無知って怖いね。だからって怒るのもアレだが。代表候補生の品位はどうした金髪ロール。

 

「あー、この人はセシリア・オルコットさんだ。イギリスの代表候補生なんだと。一応有名人らしいぜ」

「ふーん。代表候補生ってなに?」

…そこからかよ。ちょっと噎せたし周りの女子驚いてずっこけてるぞ、おい。マジで無知怖いな

 

「おいおい、字面から考えてみろよ。『代表』の『候補生』だぞ?その国の国家代表ISドライバーの候補生のことだってわかるだろ?テレビとか新聞とか、見ない?」

「あー、確かにテレビはあんまり見ないな。新聞も地方欄くらいか」

「見ろや。…っとそういえば次の授業の内容は大丈夫なのか?」

「…次何?」

「そこからか…確かアレだ、実戦…じゃなくて実践で使う各種装備の…」

 

「いい加減にしてもらえるかしら!!??」

 そこに響くややヒステリックな声。誰だ?

 

「あ、貴方達、ちょっと…いえ、かなり無礼なんじゃないかしら?」

 忘れてた。セシリア・オルコットだ。

 

「おお、忘れてた。つい話し込んじゃってさ。で、一夏になんか用でも?今こいつ俺の電話帳で勉強中なんで、また後でってことで良いかな?」

「…っ!………はぁ、織斑一夏については仕方がありませんわね。男でISを操縦出来ると聞いて、少しは知性を感じさせるような殿方かと思いましたが、完全に期待外れでしたわ。ですが、ええと…」

「…坂上巧だ。人のこと言えた立場かよ」

「貴方は無冠の男性操縦者、しかも二人目でしてよ?対するわたくしは女性で代表候補生にして入試の主席、しかも実技試験では唯一教官を倒したエリート中のエリート。立場の違いを弁えることね」

 知るかよ。別に俺、ここ志望校じゃねーし。そもそもまともに大学進学出来るかすら怪しいし。東京工業大行けなくなったらどうしてくれる。

 

「ん?入試って、あれか?ISを動かして戦うってやつ?」

 おいこら一夏君、チミは電話帳を引く作業に戻りなさい。

 

「もちろん。ディベートでは無いのですから、教官と対戦する入試科目はそれ以外にありませんわ」

 ほらセシリアがそっち行った。知らねーぞ?どうなっても。

 

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

「は……?」

…あーあ、俺しーらないっと。

 そのまま二人は(というかほとんどセシリアが)やいのやいのと騒いで無慈悲な(或いは慈悲深き)チャイムに引き裂かれる。

 

 ちなみに俺はその試験でろくに動けず瞬殺された。というか打鉄がまともに動いてくれなかったのだ。流石IS適性D、文字通りの意味で規格外な低ランクは伊達じゃない。大森の施設で練習したときは一応まともに動いたのだが……

 

「っ………!またあとで来ますわ!逃げないことね!良くって!?」

 ばいばーい二度と来んな。一夏お前も頷くな。

 

 

…と、そこまでは良かった(良かないがまあまだマシだった)。問題は次の授業だ。

 

 

「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の……っと、その前に来月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 ほう、クラス代表。説明によれば生徒会の会議とかに参加する学級長と各クラスを国としたときの国家代表の合わさったような役職らしい。面倒くさい仕事がてんこ盛り、なるやつはご苦労さん…ってなわけにはいかないんだろうな。クラス版国家代表、なんかいやーな気配がするが…具体的にはどこぞの金髪ロール碧眼吊り目とか。

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

 あー、客寄せパンダ。どんまい。無名の俺は影からサポートに徹するよ。頑張れ。

 

「私は坂上君がいいと思います!」

 ほー、坂上さん。このクラスに他の坂上さんは…いらっしゃら…ない。そう。へー…

 

「辞退していいですか?」

「では候補者は織斑一夏、坂上巧……他にはいないか?()()()()()()()()()()

 黙殺!?自薦他薦問わずをそんなに強調して言わずとも。小説だったら横書きなら文字の上、縦書きなら右に・がついてますよこれ。

 

「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな…」

 そうだそうだーもっと言ったれ一夏!

 

「自薦他薦は問わない、と行ったはずだ。他薦されたものに拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 ひでぇ。これだよ。そもそもあなた教職免許持ってます?ブリュンヒルデ枠で入ってません?

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 セシリア!?この際誰でもいい。千冬先生と交渉して俺たちに辞退させてく…

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を1年間も味わえとおっしゃるのですか!?」

「待てや。今なんつった(なんて言った)?」

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはサーカスではなくIS技術の修練に来たのですよ!大体こんな文化が後進的な島国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛ですわ!」

「イギリスだって大したお国自慢ない島国だろ。大体、メシマズ国家ランキングで何年トップだ?」

「ほう!極東の猿と来たか。面白い、そんなにサーカスが好きなら両手足使ってお手玉でもしてやろうか?ただしボールはお前だセシリア…俺と同じタイミングで言うなよ一夏。相手は聖徳太子じゃないんだぞ」

「お前こそ被せてくるなよ…」

 

「あっ、あっ、あなたがたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「ほら俺の言葉ちゃんと聞こえてない。一夏のせいだぞ?俺はセシリア個人を侮辱しただけだ」

「お黙りなさい!こうなったら決闘ですわ!お二人に決闘を言い渡しますわ!」

「ほら見ろセシリアちゃんバグって日本語おかしいぞ、とは流石に言わない。うん、坂上君は賢いのだ」

「聞こえてましてよ…!」

「ありゃりゃ、声に出てたか…やっちまった。なぁ一夏」

「ああ、冷静に考えると俺たち結構やっちまったな」

「決闘だぜ決闘」

「しかも入試主席の代表候補生が相手だ。やばいなこれ」

「ああ。やばいよね。でもまあ、」

 

「「ここで勝ったらめっちゃカッコいいよなこれ」」

 

 このあたりでクラスでドッと爆笑が巻き起こる。

「ねえねえ、二人とも本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって大昔の話だよ?」

 あー、あれか。『女と男で戦争したら男陣営は3時間で制圧されかねない』ってやつか。各国軍事費をISに注いでるから確かに負けるとは思うが…正気か?確かに、IS以前のどの兵器を持ってきてもISには敵わない。でも3時間は無い。ISに積む兵器を作る技術が男にもある以上、最低1週間は持つね。女性陣営の慢心込みならもっと持つ。

 

「あ、私わかった。二人で挑む気でしょ!」

「あー、なるほど!」

「ふふっ、ええ良いでしょう。二人まとめていらっしゃい!」

 あらあらセシリアちゃんすっかり上機嫌。さっきの激昂何処へやら。流石の自信だなイギリス代表候補生。

 

「「はっはっは。だが断る」」

 また被ったよ。打ち合わせしてないんだぜ?これ。

 

「まったく…貴様らのその自信はどこから来るんだ?だがまあいい。勝負は来週の月曜日放課後、第3アリーナで行う。3人とも用意をしておくように。さて、それでは授業を始める」

 織斑先生が手を叩いて意識を切り替えさせる。しかし、セシリア・オルコットか…

 

ーーーーー

 放課後、さっさと学校屋上のヘリポートに向かい、待機していたオスプレイに乗る。陸自からの放出品だ。いまは大森(O)グローバル(H)ホールディングス(H)(我らが大森重工他旧大森財閥系企業の株を管理する会社だ)傘下の警備会社、大森セキュリティで運用してる。ほら、原発とか海外の油田設備とかの警備やってる会社だ。CMでよく見るだろう?え、知らない…?そうか、では説明しよう!

 

 自衛隊に限らず世界中の軍隊が白騎士事件を始めとしたISショックの煽りを食ってその規模を縮小した。にも関わらず、アラスカ条約でISの軍事的利用が禁じられている。

Q.そうするとどうなる?

A.中東その他でテロ屋がのさばる。

 そこで、元軍人の雇用対策をしたい国、重要拠点の防衛(特に石油関連施設)をしたいグローバル企業、非IS兵器技術を維持したい軍需企業、三者の思惑が噛み合った結果、『必要最低限度の装備をした民間の警備隊』という建前でPMCが自然発生したわけだ。

 ホントさ、イカれてんだよね、この世界。

 

 閑話休題、IS学園から程近い演習場に降り立った俺は、ようやく完成した専用機を目にした…わけだがなんというか、こう…仕方なくはあるんだが…

 

「どうだい、坂上君。これが我が大森重工の作った君専用の機体、『灰影(かいえい)』だ」

「すごく……ラファールモドキです」

 なんというか、遠目には口元以外の頭全部を覆うヘルメットが付属している他はほとんどデュノア社のラファール・リヴァイヴを灰色に塗っただけにしか見えないのだ。

 まあ、腰部のウィングが明らかに揚力を生む構造になってたり、その上にラムジェットエンジンのような円筒がついていたり、脚部があからさまに垂直翼として機能するようになっていたり、ISとして一般的な推進器が少なかったり、装甲が打鉄レベルまで増加していたり、とよく見れば全く違う機体だとよくわかるのだが。特にウィング類の処理は素晴らしく、思わず生唾を飲み込みそうに……今の無し。今は真面目な話をする時だ。

 

 ちなみに、俺に機体を見せてくれたのは葛城隼人さん。父さんの同僚だ。俺と大森重工間の窓口と学園生活の方針の相談(一応、俺は大森重工の広告塔としての仕事がある)を担当する人で、既に何度か一緒に食事をしている。クラスでの自己紹介なんかも、一緒に相談して決めた。と言ってもアレは俺の提案がそのまま通ったのだが。

 

 それにしても災難な話だ、こんなに若いのに俺みたいなガキンチョのお守りをさせられるとは…いや俺が葛城さんを若いというのも変な話だしとっても失礼な思考なのでやめようかこの話題。最初から一人で完結してる脳内会話(独り言)だけど。

 

「それはともかくこのデザインいいんです?初見の印象は口元以外を覆うヘルメット付きの、灰色のラファール・リヴァイヴなんですが」

「仕方ないでしょ、ウチこれが初めての独自作成ISなんだから。それに君のオーダーはちゃんと叶えてるよ。『射撃型、装甲は並み以上で速力重視。それと弾数制限以外のデメリットがなく、かつ決定打になり得る切り札』全部揃えた。だから全体的なシルエットは勘弁して」

「デュノア社に怒られても知りませんよ?ただでさえ倉持に喧嘩売ってるんですからウチ……っていうか撃鉄その他打鉄用パッケージ開発してるんだから打鉄に寄せればよかったのに…」

「今更倉持の真似は出来ないよ。それに大まかなデザイン以外は別物だから大丈夫。特に美しく洗練された腰の主翼のこのライン、風洞実験を何百回も繰り返して到達した最適解だ。ラファールの翼型のただの推進器とは訳が違う、けっこうそそる造りになってるでしょ?」

「それは…まぁ、否定、しませんけど……?」

 真剣さを保つ為にわざと見ないようにしていたというのに、嫌でも目線が吸い寄せられる。

 

「だろう?それにこの空力的に完成された脚!まさに僕の最高傑作だよ!!」

「…垂直翼……ですよね?ということは…」

「そう、こいつの本質はISじゃない、ISコアを積んで、人型をしているだけの戦闘機なのさ!」

 やばい。かなり興奮してきた。

 

「なるほど、だからちゃんとキャノピー付き(セミフルフェイス型)、口元以外頭の全てが覆われてるのか」

「そりゃそうだよ!風晒しのコクピットなんか時代遅れにも程がある!その上で、シールドバリアのおかげで呼吸の心配は無い。呼吸マスクからの解放だ!」

 ああ興奮が止まらない、まだまだ語りたいが1週間後にはイギリスの代表候補生と一夏と決闘だ。さっそく慣らし運転しなければ。いや嘘だ。早く乗らせろ。待ちきれん。言葉遣いが乱れてる?知ったことか!俺に早くこの機体をモノにさせろ!!

 

「おいおいどうしたんだい?早く乗らせろって顔してるけど」

「来週セシリア・オルコットと決闘だ。あと一夏とも。だから早くコイツをモノにしたい」

「ふふっ、君にはパイロットの素質もあるのかな?いやパイロットに必要な素質とか知らないけど。さあ早く乗ってくれ。僕に灰影が空を制するところを見せてくれ!!」

 

 逸る心を抑えて灰影に『()()()()』。こいつはISじゃない、航空機だ。だから『装着』なんて表現は間違いだ。

 だが、その一方でこいつはただの航空機でもない。脳内に流れ込む現有エネルギー(電力)量と推進器用燃料の表示、使用可能兵装と現在展開している兵装の情報、自分の真後ろ、真上、真下、全天周囲の視界……!

 

「Take off!!」

 堪らず加速、離陸する。

…なんだこの機体は。素晴らしい。素晴らし過ぎる!

 上方への加速でさえ数秒で超音速域、マッハ1.1に到達!水平方向のトップスピードはマッハ1.8、でありながら身体をくねらせることでほとんど減速せずに旋回半径10m、この運動性能でペイロードはA-10並にありながら防御もシールドバリアでかなり強固と来たもんだ。高さ約2m横約4m奥行き約2mという圧倒的小サイズも馬鹿にならない。

 

「ふふ…ふふふはははははくくくく………!認めよう。確かにISは既存兵器を大きく上回る。だが…」

 言葉を続けようとして、やめた。空で放つには些か無粋に過ぎると、純粋にそう思った。




 はじめに、この第1話を読んでいただいた皆さん、ありがとうございます。

 はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方は…はじめまして?ゆすくうけにです。
 今後とも、よろしくお願いします。


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第2話「で、決闘?」

本日の更新は3話分あります。これは3話中3話目で、本編の話、つまりいわゆる第2話です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号1)
・IS機体解説(通し番号2)
(ここに本編第1話が入る。通し番号3)
・第2話(通し番号4)
の3本です。ご注意ください。
ーーーーー
2019/11/09 一部表現が誤解しやすいとのことで修整


side巧

「ふわ〜あぁ、ねむ……」

 坂上巧(さかがみたくみ)、IS学園へ帰還せり。帰還?いや出陣か?まあいいや。

 時刻は現在08:10、場所は屋上ヘリポート。

 朝のホームルームは08:30から、屋上ヘリポートからの道のりおよそ800m。

……はい。競歩しましょうね坂上君。

 

ーーーーー

「脚が疲れた……」

「おはよ。遅かったな巧」

「ついさっきIS学園についた。廊下は走っちゃだめなので競歩してた。辛い。眠い。おやすみ…」

「寝るな!そろそろ朝のホームルームだぞ!千冬姉に怒られるぞ!」

「それは嫌だ。おはようございますだな一夏」

 一瞬で目が覚めた。昨日の電話帳事件で一夏を叱ったあの恐ろしさは、早くも俺の体に刻まれたようだ。

 

「昨日どうしたんだ?放課後さっさと居なくなるし、寮には戻ってこないしさ」

「あー、専用機の受領に演習場行って、それからずっと乗ってた。一睡もしてない」

「…朝メシは?」

「機内…ああ、オスプレイで食べた。カップ焼きそば」

「そうか…眠そうだな、大丈夫か?」

「大丈夫、というか話しかけ続けてくれ。眠気が紛れる」

 話し続けないとマジで眠りそうだ。やばい。

 

…ふと気づくと、周りが何やら騒がしい。

 

「せ、専用機!?1年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで…」

「ああ〜。いいなあ……私も専用機欲しいなぁ」

 あー、専用機。確かにそう()()()するよな。違うんだなこれが。支援は十割大森(O)グローバル(G)ホールディングス(H)関連からですよ。それにこいつは本来存在しない、世界で468機目のISだ。政府の支援で貰えるような綺麗な機体じゃない。むしろちょっと後ろ暗い経緯のある機体なんだが…と、そんなことを言うわけにもいかず、曖昧に微笑むだけにしておく。面倒ごとはまだ早い。

 

ーーーーー

「やばい。全然わからねえ」

 机に突っ伏してつぶやくお隣さんの一夏君。今は3時間目が終わった休み時間だ。しかし前々から思ってたんだが、心拍数やら呼吸量やら脳内エンドルフィンやら弄るIS絶対やばいだろ。ブラジャーみたいなものってそれどんなブラジャーだよおかしいだろ。まあ、灰影の場合はIS機体研究部門が俺の機体の設定全部弄り直してたし多分大丈夫‥かな?研究部門は少しマッドだしちょっと不安だ。

 

「あ、そうだこれ返しとく。昨日忘れてっただろ?」

 唐突にそう言って一夏が取り出したのは、例の必読参考書、通称『電話帳』だ。昨日の一夏の発言で通称が確定した。それはともかく…

 

「別にいいのに。再発行まだなんだろ?俺は大丈夫だからさ」

「大丈夫って、この厚さだぞ?お前も予習とかに使うんじゃ…」

「まさか。この程度の量だ、大体暗記した。基礎理論が分かればすんなり入る。後はIS固有の単語だけだが、こっちは興味あったしなんとかなった」

「…すげえ」

「体育はボロボロだけどな。シャトルラン52回って多分このクラス俺だけだぞ?」

「52…?まあいいや、お前ISに詳しいだろ?俺に教えてくれな…」

 

バンッ!!!

 

 うわっびっくりした。誰かと思えば篠ノ之箒さんか。一夏君お知り合いで?

 

「悪いな、坂上。こいつとは私が教える約束になっている」

「…え?あ、ちょ箒!?」

 約束があるなら俺に聞かないと思うが…まあいいか。あー、そのまま連れてかれてやんの。

 

 ぶっちゃけ俺も実技はまっっっったくわからん。なので山田先生に教わろうと思ってたんでな、一夏に教える時間は捻出出来そうに無かった。礼を言おう篠ノ之箒さん。

 織斑先生に教わる?馬鹿言うな、あの人は近接特化だ。俺とは戦術思想の段階で分野が違う。いやまあ確かにあの人は世界トップレベルの実力者なんだけど、射撃戦の専門じゃない。ちなみに山田先生はその専門だ。

 

「ねえねえ、坂上君さあ!」

「はいはーい!質問しつもーん!」

「今日のお昼ヒマ?放課後ヒマ?夜ヒマ?」

 と、一夏が教室から連れ出された瞬間周りで様子見していた女子が一気に群がる。あっちでは整理券配布してる。有料で。良いけど後で利益半分請求してやろう。

 

「出身どこ?」

「誕生日いつ?」

「血液型は?」

「趣味は?」

「出身中学どこ?」

「カラオケ十八番は何?」

「なんで専用機もらえたの?」

「漫画とか読んでる?」

「好きなテレビ番組は?」

「はい一旦ストップ!みんな一緒に言うな!俺が聞き取れない」

 なんだこいつら。俺の知る女子とは明らかに違う。女子ってもっとこう、静かな存在なのでは?いやまあ周囲の女子がたまたまそういうタイプだっただけなのかもだが…

 

「ええと、今日からしばらくはISの練習と勉強するのでヒマは無い。生まれたのは北海道だけど住民票登録は東京。誕生日は秘密だ。お前らなんか変なもの送りつける気だろ。血液型も秘密、知りたきゃ会社にアポ取ってくれ。趣味?航空機関連なら何でも。あとはせいぜい特撮かな?出身中学は秘密だ、そういう約束なの!カラオケ十八番…そもそもカラオケ行かねえ!専用機…まあ企業所属だしな。漫画はあれだ、風都探偵第6巻絶賛発売中、よろしく!好きなテレビ番組はピタゴラスイッチと仮面ライダー!…ふう、質問はこれで合ってる?あとそこで整理券売ってる君、良いけど俺にも分け前よこせ。俺で儲けるのにこっちに一銭も入らないのはなんか癪だ」

 

パンッ!パンッ!

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 おお怖い。というかもうそんな時間か。気づけば一夏も箒さんも戻ってきていた。

 後で聞いた話だが、俺と一夏が話しているときに来なかったのは、箒さんが視線で牽制していたからなんだとか。強いな剣道日本一。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備までしばらくかかる」

「へ?」

 しかしまあ、そんなことを考えている場合ではないようで…

 

 

「政府に予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意する」

 

 

 はえー、専用機。まあ2/72億の男性ドライバーだ、そういうこともあるだろう…と思ったのが俺だけかはともかく、少なくとも多くのクラスメイトは違ったらしい。

「せ、専用機!?坂上君だけじゃなくて織斑君も!?」

「え、じゃあ織斑君も企業勢…?」

「いやいや、多分織斑君は政府の支援でしょ」

「いいなあ、なんで男子ばっかり……」

 

「まだわかってないようだな。教科書6ページ、音読しろ」

 えーと、教科書6ページね。

「お前じゃない坂上。織斑、お前だ」

「え、えーと…『現在、幅広く……(以下略)』」

 俺じゃないのか。まあいいや。要約すると、

 

1:ISは世界に467機しか存在しない

2:ISコアは篠ノ之束博士しか作れない

3:ただし本人はこれ以上作る気はない

4:一夏は国家所属でも企業所属でもない。しかしデータ採取のため例外的に専用機を与えられる

 

以上となる。ところで篠ノ之って苗字…いやまあ偶然かもしれんが…まあいいや

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 真正のアホだこの女子生徒。どっちに転んでも火種じゃん。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 真正のアホ2号発見。この人教師というか教育機関の人間としてどうなの?

 

 その後はまあ、ご想像通り。IS学園の女子はミーハーなのかね?箒さんにワラワラと群がってやれ篠ノ之博士は天才だったかだの箒さんも天才なのかだの聞いて、箒さんがキレて、織斑先生が強制終了からの授業開始。

 女子校って、男子が行くべき場所じゃねえな。まあ男子校に女子が来ても大変だろうけど。

 

ーーーーー

 さて、昼休みだ。またセシリアが一夏に絡んでたが、なんかもう眠気と疲れと空腹で助けに入る気が起きなかった。すまん一夏。

 一夏の空気の読めなさと人類14億人抹殺事件(一夏が人類が今60億人超だと言いやがった)まで聞こえたあたりで、俺は自分が教室の外に出ていた事に気づいた。まあいいか。

…というわけで、俺はこのあと教室で起こった事件を知らない。知ってる人がいたら教えてくれ、牛乳かオレンジジュースの200mlパック1つならおごるぞ?

 

 さて、飯にするか…!

 

ーーーーー

 さっさと味噌汁とライス大、沢庵、肉入り野菜炒めを掻き込んだ俺は職員室へ向かった。

 

「失礼しまーす、山田先生いますか?」

 俺が問うてすぐに、はーいとなにやら可愛らしい声が聞こえてきた。遠くの島の机なのかな?

 

 あ、入っていいですよ?、と山田先生の声。高校の職員室って基本出入り自由なんです?

 

「ごめんなさい、さっきまで昼食食べてたから机片付いてないんだけど…」

 あー、しまった。何も今来なくてもよかったじゃないか。何なら放課後すぐにでも…とはいえ、来てしまったものは仕方ない。

 

「先生、ISの実技の指導、していただけませんか?」

「え?あー、えっと…実技演習なら今月の中旬から始まりますけ…あ!セシリアさんたちとの模擬戦はその前ですね。なるほど…放課後1時間だけで良ければ今日からでも出来ますが…その、私でいいんですか?」

「いいも何も私には山田先生以外の選択肢は無いも同然なのですが…いい、とはどういうことですか?」

 実際、同級生はほとんどが俺に毛が生えた程度の実力だろうし上級生は知り合い0人、担任・副担任の先生二人なら射撃機で国家代表になった山田先生の方が一番だろう。

 

「ええと、坂上君は大森重工の所属ですよね?大森製装備のテストシューターは倉持技研のISドライバーがしていたので、その方に教えてもらったほうが良いと思うのですが…?」

 流石元日本代表、よくご存知で。にしても倉持かぁ……セシリアに教えてもらう方が難易度低い気がしますよ正直、とは言えない。淑女協定で2社の抗争は水面下に留めているのだ…今のところ。

 

「あー、その方ちょっと体調不良らしく…」

 言った瞬間気がついた。バカ、何言ってんだ俺。相手は日本の元国家代表、日本のISドライバー全員に顔が利く。見舞いの連絡をするとか言い出しかねない。

 

「そうですか…心配ですね…そういうことならわかりました。今日から6日間、よろしくお願いしますね?」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 よし、とりあえずこれで少しはマシになるかな。

 

ーーーーー

side山田先生

 なんというか、周りに興味の無い爬虫類みたいな子かな、と思っていましたが、そうでもない…のかな?でも坂上君が頼めばクラスメイトや上級生のみんなは喜んで協力してくれるはず、なのに私に直接頼みに来たってことは…まだここに馴染めてないのかな…そうですよね、女子校にたった二人の男子、しかもお互いほとんど初対面。不安になりますよね…

 そんな状況で頼りにされたんだもの、しっかりしなきゃ!

……あれ、何か忘れているような?

 

 あ、寮の部屋割言ってない!

 

ガラッ!

「さ、坂上君!寮の部屋なんだけど…」

「へ?あー、寮…でもここって二人部屋が基本…あれ、そういえば一夏はどうしてるんです?」

「あ、えっとその…一夏君は篠ノ之箒さんと相部屋になりました…あ、も、もちろん暫定的処置ですよ!?」

「あはは、そりゃそうですよね」

「では、これが部屋の鍵です。織斑君には篠ノ之さんから伝えてもらえるようにしておきますから、すぐ来ると思いますよ」

 

ーーーーー

side坂上巧

 そんなわけで山田先生による1時間集中特訓と、後は整備室で灰影の調整をして寮の自室に戻って勉強する日々が始まった。

 放課後の演習の後でこの部屋に案内されたのだが、一人部屋というのは存外味気ないものである。

「まあ、流石に毎日オスプレイ通学は出来ないし、一夏もすぐこっちの部屋に来るだろうし。別にいいか。荷物は何故か昼には届いてたし。あれか、親には昨日の時点で伝わってたとかいうパターンか」

 

ーーーーー

 なーんて思ってたのも最初の3日ほどのこと。

 

「一夏は来ねえし、女子は続々来やがるし……」

 言いながら、今日の演習の際に採取した同時刻同じアリーナを使っていた全ISのモーションデータをグループ毎に分断、3Dソフトで俯瞰してIS戦術や機動の教科書と照らし合わせて感覚を擦り合わせていく。

 

 それを他者の入室を許可する20:00(個人的に設定した時間だ。ぼっちになるのは嫌だしな)まで続け、部屋に来た女子に紅茶を淹れて洋菓子を振る舞う。その時の他愛ない話にも部活、国を基盤とした派閥やIS装備の趣味嗜好、学年毎の流行りの技術戦術などなど興味深い情報が表れたりするから面白い。

 ちなみにここで得た情報はちょっとした小遣いと上質な茶葉や洋菓子( 実弾 )に化ける。うむ、気分は敏腕外交官だ。なんか楽しいぞこれ。

 彼女たちに合わせてカスタマイズされた、重工に限らない大森系列グループ企業の全力のパンフレットが届くのも時間の問題だろう。

 

 その後は勉強再開だ。とはいえ、消灯時間を1週間も振り切り続けるのはあまり良くない。なのでとりあえずセシリア達との決闘まではちゃんと24:00から06:00の睡眠時間を確保する。

 何はともあれ、初めてのISでの模擬戦だ。灰影で戦えるってだけで楽しいんだ。後はせいぜい得るもの得て宣伝でもしますかね。

 

ーーーーー

side一夏

 さて、今日はセシリアとの決闘の日だ。決闘が決まった日から今日まで、箒と互角以上に戦えるまでに鍛えてくれた箒には感謝の念しかない。

 

「なぁ、箒」

「なんだ?一夏」

 緊急措置ということで箒と同居生活を送ることになったわけだが、6年前に束さん関連で篠ノ之家が散り散りになったとき以来会えていなかったという断絶は、すっかり修復できたように感じる。

 それこそ昔のように、お互い名前で呼び合う仲に戻れたのだ。実に喜ばしい事だ。

 

「気のせいかもしれないんだが、」

「そうか。なら気のせいだろう」

 

 

……本当に喜ばしい事だ。それは間違いない。だが、1つだけ、解決していない問題がある。

 

 

「なあ箒、I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「………」

「目 を そ  ら す な」

 

 確かに、箒はあれから1週間、俺にそれはもうみっちりと、稽古をつけてくれた。

 

 そう、『剣道の』稽古をつけてくれたのである。

 

「だ、だって仕方ないだろう!お前があの日、私にあそこまで無様な負け方をするから!」

 

 あの日、つまり俺に専用機が用意されると伝えられた日の放課後、まず剣道の腕が鈍っていないか確かめる、との理由で剣道場で手合わせをした。十分後、俺は箒に一本負けした。

 

『鍛え直す!IS以前の問題だ!これから毎日、放課後3…いや4時間、私が稽古をつけてやる!』

 

 そりゃまあ、中学3年間帰宅部皆勤賞だった俺の剣の腕が鈍るのは当たり前だ。けどそれだって家計の足しにしようとバイトしたり、公私ともに厳しいように見えて実は家ではズボラな千冬姉や俺たちを捨てて出ていった(のだと思う。少なくともろくな面識は無い)両親の代わりに家事をしてたってのが大きな理由だし、千冬姉だってIS学園に入学決定する前は俺がISについての知識を仕入れるのすら嫌がってたし。

 

「だ、大体お前の専用機はまだ届いていないではないか!現物がないのに教えることはいくら私でも出来んぞ!」

「だとしても、学園の練習機使えば良いだろ!その為の練習機だし、そもそも専用機ないのはお前もだろ!」

 ああ、その通り。俺専用のISとやらは、何やらごたついているらしく、まだ届いていない。そう、今、()()()()()()()()になっても、だ。

 

 と、そんな風に俺と箒が沈黙していると、俺たちがいる第3アリーナのAピットの外側の入口が開く音がした。

 

「そもそもなんで二人とも来たのさ。授業参観はまだ先だよ?…いやここに授業参観があるかとか知らないけど」

「そりゃあもちろん、自慢の息子の晴れ舞台だ、是非とも目と磁気テープとBlu-rayディスクに焼き付けなきゃ」

「それに、立場的にも機体開発の責任者だし私達。ここに居てもまっっったく問題無いから」

 バズーカみたいなカメラ2つを担ぎ、ヨレヨレの白衣でボロボロの私服と履き潰したサンダルを隠そうとして隠し切れてない髪ボサボサの男性と、ノートパソコンが入っているであろうショルダーバッグをたすきがけし、この距離で機械油のキツい臭いが漂う白衣を前で留めて左右で違う安物の靴を履いたすっぴんで目の下の隈の濃い女性、そして彼らと親しげに話す巧が入ってきた。

 

「親バカなんだから…お?一夏に箒?なんでここに?」

「なんでって、セシリアとの決闘だぞ?」

 そう答えると数秒ほど怪訝な顔をした後今度は得心したような顔をして巧はこう言った。

「あー、さては織斑先生伝えて無かったな?対戦カードは俺とセシリア、お前とセシリア、お前と俺の順番だ」

「え?なんで俺とお前が決闘するんだ?」

 『セシリアと決闘する』という方向で頭が固まっていた俺の疑問に答えたのは箒。

「そもそもこの模擬戦はクラス代表を決めるものだ。候補者3人ならそれぞれで一戦ずつして決めるのが道理ではないか」

「あ、そっか」

 そうか。そもそもの発端が俺とセシリア、巧とセシリアの決闘とはいえ、一応これはクラス代表決定戦。さっきの対戦カードだと仮にセシリアが2連勝でもしない限り俺と巧の決戦が必要になるのか。

 

「っと、父さん母さん、そろそろ時間だ」

「おっと、もうそんな時間か。いいか、勝ち負けはどうでもいい。後でレポートを提出してくれ」

「全くお父さんったら…お父さんはね、『負けても気に病むな、この一戦で何かを掴めればそれだけで儲けもの』っていってるの。わかる?」

「わかるよ。お父さんが分かり辛いのはいつものことだし。じゃ、行ってくる」

 一家団欒そのものの空気に言い知れない感覚を覚えたのも一瞬、直ぐに血の気が引いた。

 

「なっ!?!?」

 なんと巧が出撃ゲートから飛び降りた。……()()()

 

 IS用の出撃ゲートは飛行できるISが利用することが前提だから、大体地面まで50mくらいの高さがある。もちろんそんな高さから落ちればひとたまりもない。

 思わず出撃ゲートから下を覗きこむために駆け寄ろうとして……

 「ん?どうした一夏」

 

 出撃ゲートのすぐ外に、灰色の塊が浮き上がってきた。

 

「な、お、おま、お、お…脅かすな!!」

 灰色の塊は巧のISだったらしい。それにしてもどうやって装着したのか。あらかじめ下で待機させてあったのだろうか?

 

「はぁ…何を驚いている、織斑。必読参考書にも書いてあっただろう?ISには待機形態というものがある。大方待機させていたISを落下中に展開しただけだ」

 いつの間に入ってきたのか、後ろで腕を組んでいる千冬姉が説明してくれた。

 

「正解です、織斑先生」

「やかましい。危険で趣味も悪いのは確かだ。少し誤っていれば死んでいたのだぞ?二度とやるな」

「…わかりましたよ。じゃ、審判お願いします」

 言うなりアリーナ中心に向かって飛んでいく。どうやらセシリアの機体も既に準備を終えて、アリーナに出たようだ。

 

どたどたどたっ!

「お、織斑君っ!」

 転びそうな足音とともにこのピットAに入ってきたのは山田先生。なにか御用で?

 

「山田先生、落ち着いて下さい。はい深呼吸。吸って〜」

「すぅ〜」

「はい吐いて〜」

「はぁ〜」

「落ち着きました?」

「は、はい…」

 なんだか可愛らしかったのでついついからかいたくなったけど、なんとなく千冬姉の視線が気になってやめた。

 

 うわー、目上の人間には敬意を払えってめっちゃ顔に書いてある。美人の割に彼氏がいないのはきっとこの怖い部分を隠そうともしない性格のせいなんじゃないだろうか。

 

 なになに?『馬鹿な弟にかける手間暇が無くなれば、見合いでも結婚でもすぐに出来るさ』…はい、そうですか。千冬姉の読心術すごいね。目線と表情とあとオーラ的な雰囲気で自分の意思を伝えるその表現力も。

 

「あ、と、それでですね!来ました!織斑君の専用IS!」

……え?

 

「丁度良い、まずはそれに乗って試合を観戦しろ」

……はい?

 

「この1週間私が鍛え上げたんだ。無様に負けることは許さんぞ」

……まじで?っていうか俺の試合はまだなんですケド…

 

…ごごんっ、と鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの耐爆扉が重い駆動音を響かせながらゆっくり開いたその向こう側に、『それ』は居た。

 

『白』。第一印象は、あらゆる意味でそれだけだった。

 

 白。真っ白。飾り気のない、無を体現した色。1mm四方の穢れもない純白の機体が、そこに居た。

 

「これが……!」

「はい、織斑君の専用IS『白式(びゃくしき)』です!」

 真っ白のそれ。無機質なそれは、なのに何故か、俺を待っている様な気がする。

 

「身体を動かせ、すぐに装着しろ。幸い時間は多少ある。フォーマットとフィッティングはオルコットと坂上の試合中に済ませろ。やりながらでいい、ハイパーセンサーで2人の試合を見て、IS戦闘がどういうものなのか、理解しろ。わかったな」

 急かされて、俺は純白のISに触る。

 触れた瞬間、装着の仕方が分かった。いや、頭に流れ込んできた、と言うのが正しいか。

 ハイパーセンサーとはなにか。シールドバリアとはなにか。PICとはなにか。量子格納・展開とはなにか。……ISとはなにか。

 

 とはいえ、残念ながら全部は受け止めきれ無かった。だからこそ勉強が必要なのだと、授業を受けて『思い出す』作業が必要なのだと、なんとなく分かった。

 もっとも、とりあえず動かす程度には問題無い。それほどまでに自然に、融け合う様に、俺の為だけにあつらえたように、生まれたときからあったように、白式と、『繋がる』。

 

 ハイパーセンサーの視界の素晴らしさは表現が難しい。全天周囲が一気に矛盾なく見渡せる、なんて教科書の1文を引用しても伝わらない。それでもあえて無理矢理表現するなら、生まれつき目が見えなかった人間が手術で視界を得るような、しかもその手術で得た視界を無理なく脳が受け止めるようなものだ。

 

 自然で邪魔にならないように、けれども決して見落とさないような位置と大きさに表示されるデータも、まるで普段から見ているかのように理解出来る。

 

「ハイパーセンサーは問題なく機能しているようだな。一夏、気分は悪くないか?」

 いつもと変わらない調子…のようでいて、ちょっと聞き逃しそうな千冬姉の声の震えもよくわかる。まあ、俺のこと名前で呼んでたし、生身でもわかるか。

 

「はえー、これが織斑一夏の専用機。あー、こりゃ初心者には荷が重いぞ?」

「スラスター配置や装甲の分割位置、機体姿勢、バランスから見て、高速格闘機ね、しかも軽装甲タイプの。確かに玄人向けの機体だわ」

 あとそこのお二人、不安になること言わないでもらえます?

 

 そうこうしてる内に巧とセシリアの試合が始まった。……のだが。

 

「えーっと千冬姉、あれはルール的にアリなの?」

「……一応ナシでは無いが…あまり褒められたものでは無いな」

 俺が千冬姉と呼んだことにも気づかないほど困惑する千冬姉。

「「いっけー巧!」」

 運動会に来た親状態の坂上家両親。

「男児でありながら、このような戦いをするとは…羞恥心が無いのか!?」

 苦虫を噛み潰したような顔の箒。

 

 試合開始30分後、第3アリーナAピットには、なんとも言えない空気が漂っていた。

 

ーーーーー

side巧(試合開始前)

 アリーナ内部には既にセシリア・オルコットの機体、『ブルー・ティアーズ』が浮遊し、俺と灰影を待ち構えていた。

「ラファール・リヴァイヴの改造機、それも醜い灰色。織斑一夏よりは多少知性があるように見られましたが、所詮は男性ですのね」

 ははは、面と向かった瞬間にひでえこと言いやがる。

 

「男馬鹿にするのは別にいいが、1つ訂正してもらおうか」

「あら、なんですの?」

「俺の乗機は『灰影』だ。断じてラファールの改造機じゃねぇ、覚えておけ。あとついでに言えば、灰影に『()()()()』は褒め言葉だな」

「……やはり男性というのは往々にしてズボラかつ過敏、どうでもいい所に拘る癖に大切な所で大雑把なのですね。そのISがラファールであろうがなかろうがわたくしとブルーティアーズの前ではどちらでも同じ事でしょうし、醜さを誇るというのは理解し難い感覚ですわ」

「処置なし。貴族の審美眼なら分かると思ったが、期待外れか。ま、美術品じゃないし軍人に分かればそれで良い」

 どうやら本格的にわからない、というか理解を放棄した顔をしている。わからんか……醜い、ではなく見にくい…つまり視認性が低い機体なら目視戦闘がやりにくいだろう、というシャレ混じりの反論だったわけだが…まあ良い。

 

 というか別にどうでもいいのだが、瞬き以外でアリーナで目を瞑るその胆力は見習いたいものだ…いや、そこまで行ったら慢心になりそうだ。その自信は何処から?青い機体だし熱に浮かれて(あなたの自信に狙いを決めて)?いやいや、発熱と寒気に効く第2類医薬品の風邪薬じゃあるまいし、まさかね。間違いなく飛行時間300h超え、入試主席、イギリス代表候補生、あと貴族として昔から射撃の腕を鍛えてきた(平和ボケして銃を知らない日本の平民なんぞとは違う、というその辺も関わってくるのかもしれん)…なーんて辺りから来るのだろう。

 あとは代表候補生の中でも貴重な専用機を支給された(勝ち取った)ことか?機体数が限られる以上国内の代表候補生同士の競争もあるだろうし、確かに自信の源としては有力だ。それと、一夏の存在も大きいか。公式で『世界初の男性ISドライバー』である一夏のISでの飛行時間が少ない以上、普通に考えたら後発男性ドライバーの俺はもっと少ないと見ていいと判断出来る。

……だまし討ちだよなこれ。備品の打鉄である程度練習してたし、専用機受領の日は夕食食わずに乗り回してたし、今週ずっと山田先生と演習してたし。大体飛行時間は50hを少し超える辺り…って、やっぱり少ないな。

 

 あー、うん。そりゃそうだ。道理でセシリアさん自信満々な訳だよ。とはいえげんなりした気持ちは見せない。あっちがもっと自信持っちゃうからね。

 

「さて、アリーナの観戦準備も整ったらしいし、そろそろ始めるか?」

「その前に、最後のチャンスをあげますわ」

 腰にライフル『スターライトMarkⅡ』を持つ左手を当て、こちらに右人差しを向ける。一夏に絡むときも大体そのポーズだよな。イギリスで流行りの(或いは伝統的な)威嚇姿勢なのだろうか。それにしてはあまり怖くないのだが。まあもしもコッチにライフル向けてたとしたら怖すぎるからやめてほしいけど。

 

「チャンス?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」

 んなこったろうとは思ったよ…脅しのつもりかロックオンしてるようだ。知るかよ。

 

「確かにある種のチャンスだが…やっぱり勝ちたいしな」

「そう?残念ですわ……それなら、」

 

 ブルー・ティアーズがライフルを握る左腕を動かす。灰影のシステムが動きから狙いを左腕と判断。

 灰影PIC、斥力姿勢制御スラスター、背部メイン、両翼大型スラスタースタンバイ。両主翼フラップ格納。

 

「お別れですわね!」

 姿勢制御スラスターで機体左後ろの空間を蹴り飛ばすように回避。

 両手に9mmマシンピストル『シークレットサービス』を展開、ブルー・ティアーズに対しほとんど左半身だけを見せる体勢で両手で弾幕を張る。

 二発目の光弾は避けれない位置なので左手のシークレットサービスを弾道上に投げて威力を軽減。残り7丁。

 

『バリア貫通、ダメージ40。シールドエネルギー残量、560。左肩部装甲大破』

 左肩部装甲をパージ。左肩の姿勢制御翼小破、粉塵対策で経路を一部封鎖、姿勢制御翼のスラスター性能20%ダウン。痛みは強引に無視する。

 姿勢制御を兼ねて両主翼ジェットエンジンに点火、加速。

 

 ブルーティアーズビット(イギリス代表候補生セシリア・オルコットの専用機ブルー・ティアーズの小型端末兵器。本体のライフル同様の光弾を放つ)を警戒して再度取り出したシークレットサービスで牽制射撃、左シークレットサービスを12.7mmマシンガン『15式機銃』に持ち替えブルー・ティアーズに射撃、回避される。

 

「さあ、踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 口論?面倒だが冷静さを奪えるならそれもよし、試してみよう。

 

「悪いが輪になって踊る踊りなんぞ盆踊りしか知らんのでな、手本を見せてくれよ!」

 敵機から見て右上、太陽の方向へ加速、乱数生成プログラムで加減速しながらフラップ位置を調整してPICに依らない軌道変更、宙返りしながら攻撃を肩部左右姿勢制御翼で全て庇い、敵機へ向けて射出(パージ)

 シールドエネルギー節約の為にバリアを解除していた肩部翼はそのまま爆発し、煙幕になる。

 煙幕へのビット4基の集中砲火をPICの低速無音浮遊で位置を調節し15式で受け止めて耐え、突撃銃槍に点火、投げる。15式残り2丁。

 

 敵機本体が回避したところを狙って真っ直ぐに接近、ライフルとビットに両手に展開した15式機銃で弾倉1つ分連射。

 

「ああっ、ビットが!」

 ビット一基を撃墜、ライフルのスコープ型センサーに損傷を確認。

 しかしライフルの光弾に胴体被弾、突撃銃槍も残存燃料ゼロ。総合的にはこちらが不利。いわゆる『ジリ貧』というやつか。

 だが、まだまだ手はある。敵機の射撃精度も密度も多少なりとも減っている。最善手を打ち続けるのみだ。落下してきた突撃銃槍を回収、格納。

 

ーーーーー

 試合開始から27分経過。この27分間、ブルー・ティアーズと灰影は次々と高度を変え距離を変え射撃戦を続けた。

 残存シールドエネルギー:70。装甲ダメージ:中。

 シークレットサービス:4丁。15式機銃:1丁。突撃銃槍:燃料補給80%完了。

…要するに、被害は甚大だ、

 

 だがブルー・ティアーズもビットを一基落とす事で空間辺りの射撃密度が下がり、スコープ型センサーを損傷させることで射撃制度が下がっているはずだ。

 敵機のドライバーは優秀に違いない。その後も変化なく冷静に灰影を追い込んだのだから。

 

 奇しくも、或いは当然、相対距離は試合開始時と等しい27m。ブルー・ティアーズはビットを格納している。故障には見えない、エネルギー補給だろう。今のうちに攻め立てるべきだ。

 

「27分。それなりに持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」

 返答する意味を感じられない。攻撃を続行。

 

「……ちょっと、聞こえていまして?レディの言葉を無視するのは大罪ですわよ?」

 非固定部位にクリーンヒット。いかに代表候補生といえどやはり人間に本来存在しないパーツへの反応は遅れるか。これはレポートのネタになる。

 

「……まあいいですわ。このブルー・ティアーズを前にして、所見でここまで耐えたのは貴方が初めてですわ。そればかりか一基撃墜すら成し遂げるとは、いい機体に恵まれましたわね。では、閉幕(フィナーレ)と参りましょう」

 最後の言葉と同時に、ビットが再射出される。リチャージが完了したか。

 

 距離が遠くてシークレットサービスは届かない。適正距離だが腕前の関係で15式はなかなか当たらない。まして超ロングバレルで取り回しの悪い『切り札』などもってのほか。だとしてもこうしてビットとライフルを避け続けていても埒が開かない。

 そういえば事前の調べによるとブルー・ティアーズはBT試験機としての性質が強く、実戦をあまり想定していないとのこと。

……別に命取られる訳でもなし。やるか。

 

「左脚、頂きますわ」

 勝手に持っていけ。

 左脚装甲を一部パージ、シールドバリアの展開範囲を再定義。回避せず加速。光弾は脱落した装甲に阻まれ、シールドバリアには届かない。

 突撃銃槍の燃料補給は完了、推進器をスタンバイ。

 

 整備室で出会った友人が山田先生直伝の回避接近機動を灰影用にアレンジし、関数化したプリセットモーションで距離10mまで接近、突撃銃槍の推進器と背部メインスラスターで一気に加速、両主翼のフラップをランダム開閉、狙いをつけにくくし、5mで槍を手放し背面ロール、からの左捻り込み、フラップだけで減速してビットのオーバーシュートを誘い、ブルー・ティアーズが手投げロケット槍を避けてこちらを向いた瞬間抱きつく。この間僅か2.5秒。

 

「え?あ、きゃああああ!?!?!?」

 

 そのまま両腕で胴体上部を、両脚で腰骨の上辺りをホールド。ドライバーが混乱から抜け出す前に地面に向けて急加速、ブルー・ティアーズをクッションに着地した後転がって灰影が下になる。この時主翼と背部メインスラスターを格納して脚部ハードポイントに再展開、敵機の胴体を灰影ごと地面に押し付けるように噴射し続けるのがポイントだ。

 

 ブルー・ティアーズ自慢のライフルもこの距離では使えず、ビットもブルー・ティアーズが盾になって灰影を狙えない。BT試験機ブルー・ティアーズには他の武装があるとは考えにくく、とりあえずは無力化出来ただろう。

 とはいえ、対する灰影もまた手頃な兵器がない。シークレットサービス(マシンピストル)は牽制用で大した火力は出ない。ロケット槍はさっき何処かに飛んでって、15式はブルーティアーズのライフルと同じ理由で使えない。切り札は論外。

 

 

 両者共に手が尽きた?いや、()は正にここある。

 

 

 右手でブルー・ティアーズの後頭部を掴み引き寄せる。

 この後の展開を察したらしいドライバーが目を瞑りイヤイヤをする。抵抗のつもりか?

 まあ、何にせよもはやその命運は右手の中。思いっきり力を込めて……

 

 

 握りしめた左拳を露出した喉に叩き込む。露出した急所なら絶対防御でシールドエネルギーを大きく消耗するはずだ。俺程度の虚弱腕力素人パンチでもISの膂力を足せるなら問題無い。

 シールドバリアもある、絶対防御とやらもある。遠慮なんかしない、コアに計算させた威力と連発速度の曲線が交差する力加減で躊躇なく2発目以降を叩き込み続ける。

 

 ビットが地面とブルー・ティアーズの合間を縫って俺を貫くよりブルー・ティアーズも早くシールドエネルギーを削りきれば勝ち。そうでなければ負け。単純なレースだ。

 

 衝撃に耐えきれず灰影の左拳が砕ける…問題無い。ドライバーの腕は無事であり、事ここに至れば武器を握る必要もない。それに、ほら。砕けた断面がこんなにも鋭い。

 

 とはいえ流石は代表候補生。流石に順応してビット射撃をスタートしたか…いや、順応というより意地か?自機への誤射を防ぐセーフティを切っているらしく灰影だけでなくブルー・ティアーズにも光弾の真新しい焦げ跡が見られる。

 

 

 

 強敵に対してなんとかこの戦術が通用したことによる安堵。あと少しで仕留められるという慢心。全力を出し切った故の疲れ。そういったものが、この時の俺には間違いなく存在していた。

 

 

「お生憎様、ですわ!」

 何かが煌めいた。そう思った瞬間には、全てが決していた。

 

 

『そこまで!勝者、セシリア・オルコット』

 無慈悲に俺の負けを告げる織斑先生と、試合終了のブザー。

 

 やられた。まんまと騙された。射撃機がなんでコンバットナイフなんぞ持ってるんだよ。

「殿方に襲われた時に備えて短刀を忍ばせるのもまた、淑女の嗜みでしてよ?」

 そう言い俺の口許にセシリアが突きつけているのは…いや、シールドバリアを削りきり、そのまま口許を守る絶対防御に突き刺さっているのは、ISサイズの青いコンバットナイフ。

 

「インターセプター、それがこの刃の銘ですわ……ところで、いつまでわたくしをホールドし続けるつもりですの?」

「おっと、こりゃ失敬。機体エネルギーが絶対防御の維持に回ってて指一本動かない。ナイフ抜いてくれるか?」

「あら、失礼」

 

 Bピットに戻るブルー・ティアーズとセシリア・オルコットの姿には堂々たるものがあった。流石はイギリス代表候補生。こういう所も、もう少し勉強すべきか?

 

「あー、織斑先生。機体にエネルギーが残ってません。俺の素の筋力じゃ3tの金属塊は動かせないんで、牽引の手配をお願い出来ます?」

ーーーーー

 

 この日からしばらく、周囲の俺への評価は大きく二分されることとなる。

一方は、『卑怯な手を使って試合を穢し、しかも勝てなかった。所詮は男』

もう一方は、『素人でありながら、負けたとはいえ代表候補生に食い下がり、シールドエネルギー残り50まで追い込んだ。侮れないISドライバー』




今回も読んでいただき、ありがとうございます。次回更新は9/20です。ちゃんと予約済なので安心してくださいね。


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第3話「一夏vsセシリア戦、何がどうしてこうなった」

今回は短めです、ご了承下さい


sideセシリア

 恐ろしい相手。それが先程戦ったIS『灰影』専属ドライバーの…いえ、巧さんの印象です。

 動きは稚拙、腕前は凡庸、まさに素人……それ故に、IS戦闘の常識をかなぐり捨てた…見方に依っては野蛮とも受け取られかねない異常な戦術と容赦ない攻撃。

(だからこそ、称賛に値しますわね)

 

 先程シールドエネルギーを大きく削られたあの殴打までの一連の流れ。言ってみればあれも『これまでのISの常識に無い動きをした結果対処法が分からず後手に回った』だけに過ぎないし、実際次戦えば余裕をもって対処出来るはず。

…けれども、それに至るまでの動きには形容し難い別種の理性が感じられて。

 

(そう、例えば左脚の装甲をパージして一瞬当たったように見せかけるあの動き。本能だけで戦っていては決して思いつきすらしないでしょう)

 

 だから少なくとも、日本のISをサーカスと揶揄したこと、日本を文化的に後進で野蛮な島国と呼んだことについては、反省しようと。そう思った。

 

『オルコット。準備はいいか?』

 織斑先生がインターバル20分の終了を告げる。当然、セシリア・オルコットの答えは決まっている。

 

「ええ、いつでも行けますわ」

 応急処置用具は既に仕舞った。絶対防御により喉も元から対して痛くない。ブルー・ティアーズも大きな損傷は無く、撃墜されたビットも専用機持ち各々に用意されたガレージから予備を取り寄せた。シールドエネルギーも、いわゆる『満タン』まで回復した。

 

「セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ。出撃致しますわ」

 イギリスの名門貴族オルコットの人間が出遅れることなど、決してあり得ない。

ーーーーー

side巧(一夏VSセシリア戦前のインターバル)

「……疲れた」

 暫くはやりたくないな、あんなの。

 

「その、なんて言うか…お疲れ様です、坂上君」

「ああ山田先生。先程は牽引、というかこの1週間の集中実技演習もですが、ありがとうございました」

「え!?あ、ええと…ど、どういたしまして…」

 どうしたのだろう。いつにも増して山田先生の態度がよそよそしい……箒さんはなんか睨んでくるし、一夏は信じられないようなものを見る目で見てくるし、織斑先生はめっちゃデカい溜息吐いてるし……俺、何かやっちまいました?

 

 なんて考えてみても理由は分かり切っている。アレだろう。喉への連続パンチ。

 いや、マジでなんであんなことしたのさ俺。絶対セシリアさんとの関係修復とか無理でしよこれ……野蛮な男呼ばわりされても一切否定出来ねえ!また俺の『アホ発作』が出てきやがったわけだ…最悪だ。あの時の俺にできる最善ではあったにせよ……なぁ。

 

「いや〜良かったぞ巧。父さんは戦闘機原理主義だがISってのも中々悪くないな。拳で急所を狙うなんて、流石は父さんの子だな!」

「5G環境下で三角関数を含む難問を解いてお互いの位置を確認しながら戦う戦闘機のドッグファイトの好きだけど、計算抜きに物理的に殴れるISの格闘戦も眼の保養になったわ〜。お母さんホクホクよ」

「たっぷりデータも取れたしな!」

「ね!」

 この場の人間で唯一俺の両親だけは楽しそうだな…というか語り合ってそのまま議論始めてるし…夫婦揃って楽しそうで何よりとは思うけどちょっと抑えてくれないかな……でも邪魔だけは出来ねえ。俺のポリシー的に議論中の研究者の邪魔だけは出来ねえ……

 

「おい」

「なんですか箒さん…今ちょっと反省中です…」

 結構不機嫌な声色で話しかけてきた箒さん。いったいどうしたと言うのか。

 

「貴様、どういうつもりであんな真似をした」

 ああ、そのことか。その答えは決まっている。

 

「当然、あれが最善策だったからですよ」

「なっ!?」

 何をそんな驚いた顔をしているのやら……そりゃ俺だって、さっきからずっと脳内反省会で『もっと良い方法は無かったのか』考えてますよ。でもね?仕方ないじゃないですか。俺にはより良い手段が無かったんですから。

 

「灰影の性能でまともに近接戦闘しようとしたらまずブルー・ティアーズビットに殺されるし、あのまま射撃戦続けてもジリ貧だし、一発こっきりの切り札切っても絶対避けられるし。今の俺と灰影には、あれ以上の方策は無かった。だから今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()反省してるんですよ」

「……す」

 ん?

 

「叩き直す。捻れきったその性根、今この場で叩き直す!」

「断る」

「……は?」

 は?じゃねーよ。これから一夏とセシリアの試合だろうが。こんな押し問答さっさと終わらせて移動しなきゃだ。

 

「ともかく、一夏の鍛錬は一段落したのだ。次は貴様だ。安心しろ、貴様でも2週間でまともに刀剣を振るえるようにしてやる。ついでに一夏も鍛え続けてやる」

「性根についてはさておき、貴様のあの戦い方は目に余る。この際だから篠ノ之に鍛えてもらえ」

 なんで織斑先生まで来るんですか。先生絡んだら決定事項だろ。どうしてこうなる…

 

「……やるなら槍が良い。それか薙刀か、せめてポールウェポンにさせてくれ」

 専門外を要求すれば諦めてくれるか?射撃機のドライバーは格闘を要求される時点で負けみたいなもんなんだって事を理解してもらえるとは思えないし。って、射撃機そのものなブルー・ティアーズを組み付きで追い込んだ俺が言っても説得力皆無か。……あ、自分の装甲に貼り付ける防御用指向性破片手榴弾みたいなのがあれば殴らなくてもよかったかもしれないな。関係修復がもっと面倒になるかも知れんが。あと必要なのはシークレットサービスのレートリデューサーを弄って強装弾を装填したマガジンを用意してそれ用の機関部に取り替えて…ってなると俺の手には負えんな。素直にスポンサーに頼もう。

 

「良いだろう」

「え?」

 なんだっけ。話の流れを忘れた。えーと…

 

「槍を教えてやると言った。篠ノ之流には槍もあるからな。そうと決まれば、明日から放課後2時間、一夏と合わせてみっちり扱いてやる」

 ああ、思い出した。いやなんでだよ。なんであるんだよ槍術。とはいえ自分から槍が良いと言った以上、これは断れないな。仕方ない、イメージ改善のためと割り切ってやるか。

 

「わかった。これからよろしく」

 ぼっちにならないためと考えれば多少は我慢出来るか…?あまりやりたくはないな…

 

「チャンスを差し上げますわ、とは、もう言いませんわ。それに、日本や男性を侮辱したことも謝ります。けれども勝つのはこのわたくし。クラス代表はこのセシリア・オルコットが務めさせて頂きますわ。そう、わたくし自身の誇りにかけて!」

「なんで巧のあの戦いでそっちに心境が変化したかは知らないけど、やってやるぜ!」

 あ、もう一夏対セシリア始まっちまった。ピット移動しよう。

 

「あ、おい待て、どこに行く!?」

「Bピット。次は一夏との試合なんでね」

ーーーーー

 Bピット到着。…おや?

「正直さ、坂上君って[聞き取り不能]」

「いやいやいや、あの時は[聞き取り不能]」

「[聞き取り不能]のは[聞き取り不能]だし」

「え、[聞き取り不能]は[聞き取り不能]の肩もつの?」

 うん、これは……なんだ?かろうじて聞き取れる範囲から推察するとアレか、俺とセシリアの試合について話してるのか?おーい、もう一夏とセシリアの試合、始まってますけど?

 

「あれ、たっくーじゃん。なんでこっちに来たの?」

 なにやら果てしなくのんびりとした話し方をする女子生徒が俺に声をかけた瞬間、一気に場が静かになり、旧約聖書のモーセの海割りの如く女子生徒の海が割れた。いやモーセの海割り見たことないけど、イメージだイメージ。

 

「えーっと、布仏(のほとけ)さん、だっけ?」

「もー、のほほんさんって呼んでよー。というかせっしーの応援に来たわけではありません。たっくーの様子を見に来たのです」

「こんなフツメン見て何が面白いのやら。見るなら一夏にしなさいよ。試合中だし」

 さて、そんなことより試合だ試合。ハイパーセンサーを部分展開して観察したところ、内容は一夏が劣勢だ。まあ仕方ない、さっき乗ったばかりの機体だから機体特性もろくに把握出来ていないだろう。唯一の救いは完全な専用機だから一夏に完全に合わせて作られていること、つまり、実質的には既に一次移行(ファーストシフト)を済ませた状態であるということ(のはず)だ。と言うかそうでなけりゃ近接特化機で、しかも初めからビットを使っているセシリアにここまで食い下がれないだろう。というかそうであってくれ。でないと俺と灰影の立つ瀬がない。

 ちなみに、俺の灰影は山田先生との特訓で一次移行したが、徹底的に俺専用に調整されていたからか特に仕様変更は無かった。少しくらい性能が上がってくれてもバチは当たらないんだけどなぁ。

 

「ぜああああーーーっ!!!」

 一夏が動く。恐ろしい勢いで加速する白式が、その手に握る刀でライフルの銃身を跳ね除け、斬りかかる。

 

「無茶苦茶しますわね、けれども!」

 セシリアが防ぐ。左腕に急遽展開したインターセプターで刀身を弾いてずらし、白式そのものを受け流す。

 

「今です!」

 セシリアが放つ。インターセプターを軍配のように振り、白式を指し示す。その動きと全く同時に、待機していたビット3機が白式を半包囲し、レーザーを放つ。

 

「…やっばりだ」

 一夏が、その包囲の網の隙間をくぐり抜ける。そのままの勢いでビットを攻撃する素振りを見せた瞬間、セシリアが、僅かにビットをずらす。

 それが、命運を分けた。

 

「きゃあああ!?!?」

 ビットには目もくれず、一夏が掟破りの鋭角機動で本体であるブルー・ティアーズに迫り、セシリアのライフルを両断する。

 刹那、青い稲妻がライフルの表面を駆け巡り、爆ぜた。

 

「あの武器はお前の指示通りに動く…いや、()()()()()()()()()()()。さらにその間、お前自身の動きが止まる。きっと、あれの制御にはそれだけの集中が必要なんだろうな!」

 マジか…俺そんなこと気づく余裕なかったぞ…いや、外から余裕をもって観察出来ればわかったかもしれないが…それに気づいたところでビット4基の包囲網を避けられる腕前は…やっぱり一夏やべえよ。ほら、一夏の台詞の『さらに』から『止まる』までの間でビット1つ落としてるし。何あいつ。後ろに目でもついてるの?後で理屈を聞いておこう。

……槍教えてもらうのは案外正解かも知れないな。

 

 反応が一番遠いはずの死角に配置されたビットがまた1つ落とされ、残り2基。

 

「獲った!」

 ブルー・ティアーズに、一夏の白式が迫る。満身創痍、左脚など装甲が完全に剥離して中のISスーツ(IS装着・搭乗時に着るパイロットスーツのようなものだ)が露出している白式だが、その気迫は凄まじい。

 対するセシリアのブルー・ティアーズはというと、装甲の損傷こそあまりないものの、盾に出来るライフルは無く、もはや兵装はインターセプターとビット2基のみ。セシリアは絶体絶命……

 

「…かかりましたわ」

……かに見えたが。

 

 ハイパーセンサーでのみ捉えられるほど小さな声。

 ブルー・ティアーズのスカート背部の突起が分離、スラスターが開き、白式を挟み込むように移動、5()()6()()()()()()()から何かが3つずつ放たれる。

 一夏も咄嗟に回避するが、ミサイルだったらしく避けきれない。白式が爆炎に包まれる。

 

 しかし、試合終了の宣言は下されない。ブザーも鳴らないことから審判ミスではいことがわかる。ではアレか、まだシールドエネルギーが残ってるのか。一夏やべえな。

 

 セシリアも油断なくビットを片方ずつ呼び寄せ機体にドッキングさせ、ミサイルを補給する。

 その作業が終わるか終わらないかのうちに、滞留していた煙が内側から切り裂かれる。

 そこから現れたのは、

 

「え、もう二次移行(セカンドシフト)相当?」

 機体各部の量産品然としたブロック装甲が滑らかな3次元曲面に変化、腰部メインスラスターは廃され、代わりに肩部非固定部位のスラスターがかなり大型化し、より自由度の高い鳥翼状スラスター(いわゆるウイングスラスターというやつである)に変化。

 そして何より、先程まで振るっていたブレードの代わりに、刀身の側面…鎬と呼ばれる部分か?…に刃と平行なスリットが見て取れる新たなブレードを……資料映像で見た、織斑千冬の用いたブレード『雪片』に酷似したブレードを、その右手に持っていた。

 これだけの変化をしたんだ、実質的には二次移行と考えても良いのだろう。多分。もし、仮に、万が一これでさっきまでのが個人に合わせられていない初期設定で今のが一次移行を済ませた姿なのだとしたら、本格的に俺と灰影とついでに大森重工の立つ瀬がない。

 だからセシリアさん、『ま、まさか…一次移行(ファーストシフト)!?あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦ってたっていうの!?』だなんて不吉なこと言わないでくださいよ……

 

 ともあれ、セシリアがミサイルビットとレーザービットを駆使して包囲網を形成し、

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 一夏のブレードが必要最低限の穴を穿って切り抜ける。

 後ろからミサイルとレーザーだけが追いすがるが、

 

「俺も、俺の家族を守る」

 ブレードのスリットが開いてビームサーベルのようなものが展開、非固定部位の向きはそのままに、機体本体のみが一回転、ミサイルとレーザーは一掃される。

 セシリアは一夏の進行方向と垂直方向へ逃れようとするが、

 

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

 白式のウイングスラスターが瞬間的に角度を変え、減速ゼロで追いつく。

 

「うおおおおっ!」

 ブレードから展開されるビームサーベルらしきものが伸長し、ブルー・ティアーズの装甲を切り裂く!

 

『試合終了。勝者…織斑一夏』

 

 時間にして10分足らず。たったそれだけで、この織斑一夏という名のバケモノは、軽装甲近接格闘機というバカみたいなコンセプトの機体で、イギリスの代表候補生かつ入試主席の駆る、それも高機動射撃機を、撃墜せしめたわけだ。

 はは、これはもうあれだな、切り札使える舞台整えられなきゃ負けるな。

 

「一夏って…ヤバいな」

「おりむーすごいねぇ〜」

 ところでこの布仏さんって…何者?



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第4話「その専用弾で、撃ち抜いて」

前回が短かったので、今回はオマケ付きです。


side巧

 とりあえずレポートは書いた。剣道の基本的な構え(5つもあるのか)をとりあえず調べた。整備室とガレージに寄って最終調整と修理、壊した銃器をガレージのストックと入れ替えて、偶然?居合わせた友人にアドバイスを貰って今後必要になるであろう装備を1つでっち上げて来た。これで勝てないなら勝てない相手だったというわけだ。

 今回俺が出るのはBピット側のハッチ。セシリアの気持ちになるですよと言うわけではないが、やっぱり勝てなかったら悔しいよなぁとも思ってみたり。まあ、別にクラス代表になりたいわけでもない。気楽に行こう。

 

 さぁ、出撃だ。

 

ーーーーー

 ピットから出ると、既に一夏が待機していた。

 

「一夏、やっぱり強いなお前」

「俺としては、危険人物に褒められても複雑だってのが正直な感想なんだが……」

「うっ、俺も一応気にしてるんだぞそれ……はぁ、それはともかく、始めるか」

「ああ……行くぞ!」

 相対距離27mを一瞬でゼロにしようと加速する白式から勢いを奪うため、両手に1丁ずつシークレットサービスを取り出し、弾幕を張る。

 威力こそ無いが秒間15発の高レートによるブレが都合よく『危険地帯』を作るため、こういうときは重宝する。

 案の定当たらないが、突撃をキャンセルしての回避行動を強要出来たので全く問題無い。その隙に両手を15式機銃に持ち替えダメージを与える為の射撃に移る。弾はまだ大量にある、少しずつ距離を離し、FCSを動きを制限するように先回り先回りで撃つモードに変更、当たる弾は少ないが突撃されて一瞬で落とされるよりは遥かに良い、必要経費と割り切る。

 マガジンを半分撃ちきったところで片方を量子格納、突撃してくる前に3丁目の15式を展開、こちらにはフル装填のマガジンが接続されているので、仮に片方が弾切れしても反対側はまだ半分残る状態になる。まあ、そうなる前に先程格納した15式を展開すれば弾がマガジンに満杯まで詰め込まれた状態で取り出せる。このまま削り切ってしまえ。適性距離まで離れたので離れるのはやめにしてこのまましばらく削り続ける。とはいえ、白式の動きによっては片方だけを撃ち続けることになるかも知れないので残弾把握は必要だ。それでやられたら目も当てられない。

 

 無策に突撃してくれば無防備な顔面に当てて絶対防御を発動させて大きくシールドエネルギーを削れるし、腕で顔を覆って突撃しても避けるのが容易くまたガラ空きで的が大きい割に装甲の薄い腹が狙える。それでいて装甲分割の都合上両方に対策して突撃なんかしたらもはや攻撃どころではない。銃ごとマガジン交換。動きを封じる射撃でちまちま削られ、業を煮やして単調な動きで突撃してきたところに集中砲火、装甲の薄い白式には有効だ。もちろん白式が突然火器を持ち出しても対応出来るよう警戒はするが、もしそんなのがあれば普通はセシリア戦で使うに決まっている。銃ごとマガジン交換。例のセカンドシフト相当のファーストシフトで射撃装備が発生している可能性も無いわけではないので、もちろん警戒は怠らないが。さっき油断して俺負けたしな。銃ごとマガジン交換。

 

 理想は何もさせずに削り切ること。

 冷静に、丁寧に、何より基本に忠実に。

 格下たる俺が格上に勝つなら、相手の苦手な戦場で、自分の得意な戦法を一方的に押し付けること。これに尽きる。

 

 おそらく、ブルー・ティアーズは白式に対して案外相性が良くなかったのだろう。精度と火力は高くとも連射が利かず取り回しの悪い狙撃用光弾ライフルに、多方向からの同時攻撃が可能で火力も必要十分だが一夏の言葉を信じるなら使用中は本体が無防備になる無線射撃端末、そして刃渡りの短い(おそらく)ただの軍用ナイフ。どれ1つとして白式の突撃をイマイチ抑止出来ない。

 無論、常識的な格闘ISなら以上の武器は何も問題無い……が、相手は馬鹿げたトップスピードと加速度を併せ持つ白式に初心者ながらも異常なセンスを見せる一夏。しかも、武器は分かっているだけでブレードが展開して見るからに威力が高そうなビームサーベルを発振するバケモノ(それも、発振しているのはエネルギー系の攻撃をゼロに落とすワンオフアビリティ『零落白夜』の可能性がある)を、少なくとも1つ保有している。これを想定しろという方が無理がある。それともIS界隈では常識なのか?

 

「今だっ!!!」

「なっ、弾切れ!?」

 腹立たしい。ついつい思考が横道にそれる。その結果が残弾把握しきれずの両手同時弾切れ、まさに目も当てられない状況だ、ああ忌々しい!

 

 などと言ってはいられない。迫りくる驚異(白式)はどうしようもなく本物だ。量子格納する時間などないので仕方なく2丁の15式を放棄、試作型突撃銃槍を展開して柄を右脇で挟み、右腕ハードポイントに固定して身体ごと白式に向ける。突撃銃槍推進器、機体右側全スラスター点火スタンバイ。顔面に向けて槍内部に格納したシークレットサービス4丁で集中砲火するが、覚悟を決めたのか白式は被弾を無視してこちらに迫る。

 

「うぉおおおおおっ!!!」

「はぁあああああっ!!!」

「零落白夜!!!」

「突撃銃槍、点火!!!」

 剣と、槍。

 てごわいシミュレーションなゲームなら、槍が勝つ。だが、これは現実。それも、双方に大きな実力の差がある。

 だから槍を失う前提で考える。白式が構えを変えた。この構えは試合前に調べた奴でいうところの上段の構えという、腹がガラ空きで最も攻撃的(加筆修正可能なネット大百科事典曰く、振り下ろすので威力が高く、出が早く、リーチが長いのだとか)なやつだ。

 2枚おろしにされてはかなわない、このまま白式の顔面に突き刺すように構えて、白式のブレードが届く距離になる少し前に少し左に突き出し始め、そのまま薙ぎ払うように右に振りつつ左前に跳ぶ、そうすればなんとか致命傷は避けられるはずだ。

 

「せいっ!!!」

「△□※✕○っ!!!」

 

 自分が何を叫んだのかすらもわからないままに槍を振るい、ビームサーベルを跳ね除け避ける。それでも槍は大きく抉られたように切り分けられ、剣でいうところのに刀身部分の白式側にあった半分が落下する。流石は近接格闘機、振りの速度が尋常じゃない。

 

 追撃が怖いので大きく距離を取る。しかしそれも虚しく反転してこちらに向かう白式。左腕にシークレットサービスを展開し、槍の刀身(本当は何ていうのやら)内部に展開した4丁のうち生き残った2丁と合わせて弾幕を張り、わずかばかりの距離を稼ぐ。

 

「もう一発!!」

 それをも意に介さず突撃する白式。右手に突撃銃槍を握りしめて白式に向け、後ろにあったため無事だった槍の推進器をスタンバイ。今度の白式は顔の横にまで柄を引き、切っ先をこちらに向けている。おそらく突き刺すのが目的の構えなのだろう…が、そんなの調べた剣道五行にはなかったぞ?

 

 白式の打突が届く直前、槍の推進器に点火すると同時に最短モーションで槍を投げ、PICで右脚で空間を『蹴る』ようにして投げた勢いを殺しつつ主翼を格納して抵抗と機体への負担を減らし、左脚を『軸足』のように機能させて背中側にターン。とはいえ、大破したあの槍では0.5秒遅らせるのが関の山、ビームサーベルは灰影の胴体に楽々届くだろう。なので、身体を捻って白式から少しでも遠ざかりながら試合前に用意しておいた即興の装備を展開、左手で持ち手を握る。

 

 ()()の表面で、槍を貫き突き出されるビームサーベルの、その基部になっている物理ブレードを滑らせるように弾き、勢いに逆らわずそれを手放しながら身体ごと回転しつつ一夏の背面に回り込み、さらに一夏の進行方向と逆にバックステップ。

 

「なっ!?」

 整備室に転がってた廃材を有り難く拝借して溶接した即興の大型盾が、回避に必要なもう0.5秒を稼いでくれた。

 これは模擬戦、シールドエネルギーさえ無くならなければ負けはしない。ならば、触れるだけでダメージを受けるであろうビームサーベルだろうがなんだろうが、そもそもシールドバリアに触れさせなければいい。

 

 ここで、『切り札』……試作型30mm機対機特装砲を展開。その銃身は白式に触れてしまうのではないかと錯覚するほどに長く、そして狂気の域に達する高腔圧に耐えるため非常識なまでに太く重い。まあ、あくまで30mm砲としてはの話だが。

 

 遠ざかる白式を正面に捉え、引き金を引く。

 

「っ!!」

 恐るべき超反応。俺が横を通り過ぎた瞬間には一夏はもう振り返り始めていたらしい。避けるのは間に合わないと判断したのかブレードを振り始める。

 発砲から1.5ミリ秒、もはやゼロ瞬とでも表現すべき僅かな時間の後、大森の誇る特別装薬30mm徹甲弾は、白式のブレード実体部で捉えられ……

 

 

 両断されるより先にそのままブレードを押し戻し、少しも変わらない威力で白式の胸部に直撃、シールドバリアを貫通し、絶対防御に突き刺さり、止まる。

 

 

 あくまで計算上の話だが、この試作型30mm機対機特装砲は装甲重視タイプのISである打鉄さえ、直撃すれば安定してシールドエネルギーを6割以上、バイタルパートなら絶対防御込みで8割前後持っていくという、ある種の戦術兵器なのだ。ブレードに当てて減速させたところでドライバー(操縦者)の心臓という特級の急所がある部位でありながら(何故かピンポイントにそこだけ)装甲のない白式胸部に直撃すれば、防御に必要なシールドエネルギー量は推して知るべしだろう。

 一発撃ったが最後、放熱や銃身の修復にたっぷり1時間はかかるという割とシャレにならない欠陥も、今回ばかりは問題にならない。

 

『試合終了。勝者…坂上巧』

 武器は多く失ったが、装甲にさほどの損害は無し。多分二度と通用しない方法だろうと思うが、まあ上々の結果では無いだろうか。

 

ーーーーー

 電気鼠の惨殺死体(高圧電流厳禁)黄色いヘルメットを被ったヒゲオヤジ(26歳)(頭 上 注 意)などのユーモラスな注意喚起ステッカーが貼られ、寮監の織斑先生が早朝と判断する午前四時から授業開始前まで、終わりのホームルーム終了から寮の消灯時間まで、決して様々な工具の音が耐えない整備室だが、試合終了後すぐの今はどういう訳か少しばかり音が控えめにも思える。

 

 とりあえず、きっといるであろう友人(とりあえずこちらは友人だと思っている)を探す。ああ、見つけた。この特徴的な髪色は間違いない。

 

 ごとり、と隣のIS用ハンガーに灰影を置き、1人で作業をしている彼女の隣に寄った…のは良いものの、なんと声をかければ良いものか。少しばかり逡巡しているうちにあちらの横顔が怪訝そうなものになる。とりあえず、何か言わなければ。

「……アドバイス、ありがとう。助かった」

 ありきたりで無難な言葉、これしか言えんのか俺は。

 

「…別に良い。織斑一夏には勝てた?」

 彼女はこちらをちらりと見てまた前方の仮想ウィンドウに視線を戻し、そのままキーボードを叩き続ける。この眼鏡っ娘にとっては俺自身なんかよりも誰でもいいから織斑一夏に土をつけることの方が重要らしい。別にいいけど。とはいえ、無意識阿頼耶識でどう思っているかは分からんが、表層意識の上では女尊男卑主義者で無いのは一夏を倒すのが男の俺であっても構わない辺りから見て取れる。謎だ。ミステリーだ。

 

「なんとかね。奴は機械的で反りのあるブレードを使ってたんが、それが展開して青白いビームサーベルを発振する謎の武器だった。というかそれしか使わなかったな。機体が届いてすぐだった1戦目はともかく俺と戦うのは2戦目なんだし、インターバルで他になにか武装持ってくれば良かったのに。練習機のマシンガンとか、物理シールドとか」

 まあ、そんなもん持ってこられてたら詰んでいた可能性は大きいが。特に突撃時に被弾を厭わずに済むようになる物理シールド辺りは危険だ。

 

「映像を見たけど、多分それは『零落白夜(れいらくびゃくや)』。知ってる?」

 れいらくびゃくや……ああ、零落白夜か。

 

「織斑千冬が暮桜(くれざくら)で発現させて世界獲ったっていう、あれか。ってことはやっぱりセカンドシフト相当かあのファーストシフトは。つくづく奴の才能が恐ろしい」

 零落白夜。自身のシールドエネルギーを消費して、すべてのエネルギーを無に零落させる『単一仕様(ワンオフ・アビリティ)』とかなんとか、大森の資料室にあったっけか。現役引退した人間の単一仕様だったから少ししか勉強して無かったが、それは考えを改めるべきということか。

 ふと、彼女の手が止まる。

 

「……その恐ろしい才能の持ち主に、どうやって勝ったの?」

 顔だけこちらに向けて、無表情で俺に問う。

 しまった。負かせた相手を恐ろしいだのなんだのと持ち上げれば、当然自慢したいのだと思われる。さぞかしイヤミな奴に見えた事だろう。

 

「あー、まあ、機体の…武装の相性が良かっただけだよ。出来る限りの手を打って近寄らせないようにして、削りに削って、相手の突撃を避けて、ブレードを盾で受け流して、背中に切り札を撃ち込んだ。もう一回やっても通じないかもだけど。それに盾が無きゃ、零落白夜をモロに食らってた。だからありがとな」

 だめだ、これでも完全にイヤミな奴だ。大体からして俺に『普通の会話』をやれと言うのが無理な話なんだよ。

 

「別に良いと言ったはず。その盾を使って勝ちを掴んだのはあなただから」

 どうすれば良いかと悩んでいた俺とは裏腹に、睨むでもなく呆れるでもなく無表情でもなく、柔らかな表情で言われても…その、反応に困る。

 

「…そりゃ、どうも。……あ〜、なにか、力になれる事があったら言ってくれ。俺に出来る範囲でなら力を貸すから」

「……そう」

 それっきり、彼女はこちらに向けていた顔を前に向け直し、作業を再開した。

 これは、コミュニケーションとしてどの部類に入るんだろうね?

 

ーーーーー

『本日の模擬戦の報告書』

 

 本日の模擬戦での損害は

・試作型突撃銃槍:大破

・15式機銃:1丁大破、1丁中破、2丁傷がついた(高度50m前後から手放した)

・シークレットサービス:1丁蒸発、2丁大破、3丁中破

・試作型30mm機対機特装砲:砲身破損(検査したところ、砲身内部にヒビが入っていた)、ISの自己修復機能に任せられる程度の軽微な損傷のみなので、特別の処置は必要無し。

・機体:セシリア戦で用いた装甲等は概ね大破。投棄した装甲等は回収したものの部品単位でのみ再生可能、それも50%を下回る。姿勢制御翼は大破、主翼はビットの攻撃で大破。どちらも研究班から提出要請あり。

一夏戦での装甲等はISの自己修復機能に任せられる程度の軽微な損傷のみなので、特別の処置は必要無し。

 

 戦訓としては、第一に火力不足…厳密には、『近距離での火力不足』『使い勝手の良い火器の不足』の2つが挙げられる。

 まず前者だが、白式戦において私は数回白式に接近を許すという失態を犯した。これの原因は、私の不手際もあったが近接火器の火力不足によるものが大きいと考えられる。

 後者はより切実で、灰影の火器は最大火力たる試作型30mm機対機特装砲と主力武器たる15式機銃の間では、火力・射程距離・取り回しに無視し得ない大きな差がある上、15式機銃は他ISの主力装備に比して取り回しで勝るものの火力で劣り、一定以上の装甲を持つもの、または相応の損害を前提とした作戦の場合、意に介さず攻撃される可能性が高い。

 

 第二に、盾の有用性は高いということを挙げる。

 ISはその構造上、装甲に覆われない部分が多い。その多くは運動性や可動範囲の確保に必要なものだが、同時に弱点であることもまた間違いない。また、白式戦で白式が用いた、口語的にビームサーベルと表現されるもののように接触自体が危険かつ近接武器としては遠くの間合いまで届きかねない武器は現在の時点で既にいくつか実用化されている。これらに対応する時も、シールドエネルギーの消費無しで防御可能な盾は有用である。

 

 第三に、火線の本数による戦力格差を挙げる。

 第一、第四にも関わる話だが、火線の数はそのまま戦力に繋がる。ブルー・ティアーズビットは、複数あることにより多方向への同時攻撃能力を持つ。それ故に、現在地に放たれた光弾を回避しようにもどの回避先でも後詰めの光弾に被弾せざるを得ないといった状況が頻発し、全ては回避出来ずに被弾が増えていった。白式戦においては逆に、こちらの火線が二本のみであるため白式の機動力を削ぐので精一杯となり、その場に釘付けにしていながら有効打を与えられなかった。このため、灰影には何らかの方法で第三第四の火線を生む手段が必要である。

 

 第四に、多方向からの攻撃可能な攻撃端末の有用性を挙げる。

 戦闘して分かったことだが、ブルー・ティアーズのビットは非常に有用である。ブルー・ティアーズ戦では、ビット1つ1つが15式より強力であったために全てに気を配る必要があった。このためにブルー・ティアーズ本体への注意が散漫となり、口語的に狙撃ライフルと表現される火器の直撃を貰ったことも多々ある。この事のみならず、敵に自機以外の目標への攻撃を強制すること、及びそれによる攻撃チャンスの増加は、特に特装砲という取り回しが悪いものの著しく高火力な火器をもつ灰影にとって、非常に高い戦術的価値がある。

 

 

 

 以上のことから、以下の提案を行う。

・シークレットサービスの火力増強。

 具体的には、発射レートの増加と使用弾薬のハイパワー化。これは機関部の改造により達成可能とおもわれる。

・突撃銃槍の火器一体化。

 具体的には、シークレットサービスの格納ではなく、当該火器の機関部・銃身の設計を流用し槍部に一体化させること。これによりシークレットサービスの格納が不要となり、破損時の火力低減を抑えることが可能である。

・火力ギャップを埋める何らかの火器の支給。

 具体的な指定はしない。15式と同等以上の射程を持ち、15式より有意に高火力で、取り立てて大きな欠点の無い火器であれば何でも良い。

・物理盾の支給。

 いわゆる『エネルギー兵器』に対応するため耐熱のものが望ましいが、最低限灰影に主に用いられている装甲材と同等かそれ以上の耐久性、灰影が片手で運用可能な質量であれば良い。大きさ・形状は特に指定しないが、機体全面に構えて胴体非装甲部位が8割以上覆える大きさ、運用に特殊な技術を必要としない盾として常識的な形状であること。消耗品なので複数枚用意出来ればなお良い。

・独立して駆動する攻撃端末の開発。

 本体から離れて攻撃出来ることが可能なものであれば射撃型であるかは問わない。ただし、囮として運用するため多少の耐久性を備え、こちらの指揮に従いつつも独立して動作するAI兵器(こちらの命令を実行するために大まかに自己判断して動作するもので、具体的な操作が可能だが必ずしもそれを必要としないもの)であれば望ましい。



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第5話「霧の女は煙に巻け」

眼鏡の日の週なので、眼鏡っ娘登場!


sideセシリア

 信じられない/ひどく腑に落ちる。

(今日の試合……ルール上では1勝1敗ですが、ほぼ2敗のようなもの、ですわね)

 

 織斑一夏。世界初の男性IS搭乗者。あのブリュンヒルデこと『織斑千冬』の弟。

 坂上巧。第2の男性IS搭乗者。日本の財閥系企業、大森重工の専属搭乗者。

 二人の第一印象は最悪の一言でした。自己紹介はやる気無し、一夏さんは会話から知性を感じられず、今の段階で既に授業を全く理解出来ない。巧さんはわたくしが一夏さんに話しかけているというのに一夏さんの意識を逸らす、会話を中断させる、おまけに減らず口を叩いてわたくしを苛立たせる……と、あの時のわたくしは、二人の事情や気持ちも理解しようとせずに一方的に悪感情を抱いていたのです。

 

 だから、というわけではないのですが、冷静に考えれば明らかに無礼な物言いをしてしまったわたくしに対し、彼らは決闘を申し入れたのです。その時は、私を侮っているのだと考えました。

 もっとも、実際のところ侮っていたのはわたくしの方だったのですが。

 

 巧さんの最後の殴打、あの異常なまでの容赦の無さと、普段のともすれば軽い、という印象すら受ける態度。この2つの差が恐怖にも似た興味を呼ぶのです。

 一夏さんのあの強い意志の宿った視線、他に媚びること一切を拒絶するあの瞳に射竦められたあの感覚。それが切ないような熱をもって疼くのです。

 

 名家に婿入りし、母の顔色を常に伺っていた父。

 両親が事故で他界したのを良いことに、私に残された遺産を掠め取ろうとする金の亡者。

 ISに乗れない事を理由に、常に何かを諦めたような顔をしている世の男性。

 

 二人は、その何れとも違う。この二人同士ですら、全く違う。

 

 考えるほどに分からなく、怖く、興味を惹かれる、坂上巧。

 思い出すと途端に胸がいっぱいになる、理想の強い瞳の織斑一夏。

 

……出会ってしまった。こんなにも、知りたいと思ってしまうひとに。

 

ーーーーー

side巧

 試合翌日。まあ当然の事が発表された。

 

「昨日の模擬戦の結果、一年一組の代表は織斑一夏くんに決定です!あ、(いち)繋がりでいい感じですね!」

 嬉々として話す山田先生。同様に喜ぶほぼ全てのクラスメイト。同様に喜んではいないのはセシリアと一夏の二人だけ、しかもセシリアも『まあそうなりますわね』とでも言いたげなようなそれでいて少し喜んでいるような表情をしているので、納得していないのは当の一夏本人のみ、というわけだ。

 

「先生、質問です!」

 挙手して声を上げる一夏。うん、挙手するのはいいことだ。次からは音量気をつけてくれ。耳がキーンってなるからな。

 

「はい、織斑くん」

「昨日の模擬戦、俺たち全員が1勝1敗だったんですが、何で俺がクラス代表なんてすか?」

「それは…」

「それはわたくしが辞退したからですわ、"一夏さん"!」

 がたんと音を立てて立ち上がり(前回から思ってたのだが、それは貴族として行儀の悪い振る舞いなのでは?)、腰に手を当てるお馴染みのポーズ。指を差していないので今回は威嚇ポーズではないようだ。なんだか上機嫌な顔をしているし。あとしれっと一夏を名前で読んだな。あれか、昨日の試合で思うところでもあったか。

 

「……と言いたいところですが、それだとクラス代表は巧さん、貴方がクラス代表になるはずですわね。貴方も辞退しましたの?」

 あー、そこでこっちに話を振るか。いやまあ別に良いんだけど、授業しようぜ?

 

「別に、ただ山田先生に一夏を代表にするメリットと俺を代表にするデメリットをメールで送っただけだよ」

 例えば単位飛行時間辺りの戦闘能力の差、零落白夜の有用性、ブリュンヒルデの弟たる一夏のブランド力と俺のセシリア戦での印象の悪さによるクラスの評判の変化、その辺を強調したメールをクラス代表とかめんどくせーとか思いながら3分ででっち上げて送った。一番効いたのはこんなふざけたメール送るやつをクラス代表に出来るかって部分かもしれないが、そこはまあ良い。というかセシリアさん俺も名前呼びですか。最後の残虐ファイトは水に流してくれるのかな?

 

「大体、お前はほぼ完全な素人の癖にイギリス代表候補生に勝った期待の新星なんだぞ?お前が行かなくてどうする」

「お前はその『期待の新星』とやらに勝っただろ」

「飛行時間50時間前後の奴がほぼ完全な素人に勝ってもなんにも誇れないっての」

 五十歩百歩?その通り。だがそこには五十歩の差がちゃんとある!なんてことを表情に出してみるテスト。

 

「ぬぅ……」

「それに、やはりIS操縦には模擬戦が何よりの糧、クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

「そういうわけだ、俺達の代わりに面倒な仕事とか頼むわ」

「なっ、まさかお前それが理由か!?」

「ばーか、それ以外にあるかよ」

 やっと俺の魂胆に気づいたか。だがもう遅い、お前にはこの一年一組のクラス代表になってもらう!

 やいのやいのと一気に騒がしくなる教室。

 

「そ、それでですわね…」

 コホン、と咳払いするセシリア。そのポーズの意味は何なんだ?

 

「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ……」

 などと上機嫌で語っているセシリアの発言を遮って響く、机を叩く大きな音。ざっと75dBくらいかな?

 

「あいにくだが、一夏の教官は決まっている。私が直接頼まれたからな」

 おお、怖い怖い。箒さんからなにやら嫌な雰囲気が漂っている。まあ正直俺にはあまり関係ない事だ。まあ、友人として常識的な範囲で一夏を助けようとは思うけどね。疲れてたら10秒メシ奢ったり。

 

「そこ、関係ないような顔をしても無駄だぞ。一応言っておくが、貴様を叩き直して更生させる約束、忘れていないからな」

…おお、怖い怖い……マジで怖い。というかなんか寒くないですかねこの教室。

 

「いいえ、一夏さんにISを教えるべきは専用機が無くIS適性ランクCのあなたではなく、当然専用機を持ちIS適性ランクAのこのわたくし。巧さんにISを教えるべきなのも、近接格闘型の戦闘スタイルで特に彼と関わりのないあなたではなく、当然同じ射撃型の戦闘スタイルでライバルのこのわたくしですわ!」

 おお、ライバルと来たか。いや、これは正直なかなか光栄というかなんと言うか。つーか喉パンチはイギリス的にありなのか?

 

「ということで箒さん、悪いが俺は射撃型の戦闘スタイルだし、」

「そうはいかん。ちふ、…織斑先生と約束したのでな。それとも適性ランクCの指導は受けられないとでも言うつもりか!」

「そんなこと俺は一言も…」

 

「座れ、馬鹿共」

 

 とまあ、そんなこんなで全てをリセットするリセットさん(織斑先生)がやって来て、今回はお開きとなった。箒さんの約束、すっぽかしたら怒られるんだろうなぁ…

 

 ちなみに、俺のIS適性ランクはなんとD、マイナス方向に規格外であると言うことをここに付しておく。っていうかS~Cに+-合わせた12通りしかないところになんでDなんて評価されてるんですかね俺は。まぁ、だから別に箒さんのランクに不満があるわけじゃないんですよ?

 

ーーーーー

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……死ぬかと思った」

 放課後…正確には授業終了後から2時間と少し経ってからのこと。

 俺は篠ノ之箒にボッコボコにされた。いや、一応槍の鍛錬ではあった……のだと思う。思いたい。

 

「腕立て伏せ10回なんて初めてやった…腹筋20回なんか無理だ…つーか背筋ってなんだよ………」

 汗を流しにシャワー室へ行こうにもISスーツを脱ぐのが面倒だし、汗を吸ってすぐ乾く性質のおかげで全然気持ち悪くならないし。、とりあえず全身に消臭スプレーをかけて髪についた汗を拭って終わり。

 

 そうしてフラフラと覚束ない足取りで整備室に向かい、懐から取り出した十徳ナイフ…待機状態の灰影を整備ハンガーに放り投げて、展開する。レポートを読んだ上での返信とともに送られてきた17式40mm機関砲の装備位置(これだけ大きく重いと、持たずにハードポイントに接続することも視野に入ってくる)と運用データを元に開発班が作成してくれた主翼の設計変更用設計図を確認する。おや、いくつかお土産と称した人対人用の護身装備もあるのか。これ渡されても俺には使えないと思うのだが…練習しろってか?

 

「……遅かったね…!?…………だ、大丈夫!?」

 いつもの眼鏡っ娘が、俺を見るなりフリーズ、再起動した。

「最悪だ、殺されるかと思った。一番やばいのは足滑らせた方だがな……まあ、大事には至ってないらしい。なんて若干血が滲んだ包帯を頭に巻いた人間に言われても信じられんだろうが、保健室の先生の言うことだから多分間違いない。これは擦り傷なんだってさ」

 とはいえ、腕やら脚やら頭やらに包帯巻いて、一部から血が滲んでるって絵面のインパクトはなかなかヒドいものがあるよね。うん。

 

「そんなに酷いことになるなんて……やっぱり、一組のクラス代表って大変なんだね。織斑先生の要求レベル高いらしいし」

 そう言って整備している打鉄に向き直った。というかかなり高度な修理?してますねあなた。外装全部外してフレームだけじゃないですかもう。

 

「いや、俺クラス代表では無いんですよそれが」

「……え?」

 作業を一瞬でやめてこっち見る眼鏡っ娘。そんなに驚くことかよ。俺はセシリアに負けたし。

 

「じゃあ、代表はセシリアさん?」

「いや、奴さん辞退したよ。こんな風にな……じゃなくて、高飛車な態度とかを反省したみたいなことは言ってた。あとは一夏の才能に可能性でも感じたのかね?そんな訳でクラス代表は一夏だよ」

「……」

 何もそんな地獄を見るような顔で驚かなくとも。そんなに不思議な事でも無いだろうに。

 

「よく考えてみろよ、織斑一夏は顔が良い、スタイルが良い、筋肉がある、機体が純白で映える、戦い方が高速接近切り捨て御免一撃離脱でとても絵になる。対して俺は顔は普通、筋肉無い、機体は灰色でセシリア曰く醜い、戦い方は急接近してのルール無用喉潰しか遠くからの牽制射撃で何もさせずに削るだけの冷え冷え試合。っとまぁ、これが一夏が選ばれた理由かは知らんがな。つかどうでも良いし」

「どうでも…良い…?」

「別にクラス代表なりたかった訳でもないし。ただでさえ『お前は性根が腐ってるので叩き直す』なんて言われて扱かれてるのにクラス代表なんかやったらもうね、IS弄る時間なくなるっての」

「確かに、その傷で模擬戦はちょっとね……て言うかそれ、凄い事になってるけど何があった、っていうか何されたの?」

 あー、それを聞いちゃいますか……

 

「聞かないほうが良いかもしれないぞ?」

「……聞く」

「よし、では教えよう。ある生徒が俺に稽古つけてやるって言い出してな、しかも先生のお墨付きだから逃げられねーでやんの。まず、いきなりグラウンド2周、そしてヘロヘロになった身体でラジオ体操。この時点で非人道的だ。そして棒切れ持たされて3分間ずっと『中段の構え』ってのを維持しろって言うんだがそんなのできるわけなくて、落としたら『良くわかった。構え以前の問題だ!腕立て伏せ!』って言われて腕立て伏せやったんだが恐ろしい事に潰れたら最初からだ。5分かけてなんとか10回まで出来たんだけど、遅すぎるって怒鳴られて。んで腹筋やれって言われて20回なんて無理だけど無理やりやらされて。んでなんとか生き延びてフラフラになって医務室行くために階段登ってる途中に足滑らせて踊り場まで落ちて、もっかい登って滑らせてこのザマですよ」

 俺が頑丈なのか、運がいいのか、それとも先生が適当ぶっこいてて本当はやべー状態なのか。一応、このIS学園の医務室の先生が適当だとは考えにくいので、多分最後のは無い…と信じたい。うん。あー痛ぇ……

 

「……うん、その人の言い方には問題があるね。けど、それはそれとして何故あなたがそんなにボロボロなのか。何故遅すぎるって言われたのか。何故今筋肉が痛むのか。…その答えはただ1つ。あなたが流石に運動不足過ぎだから」

「俺が……運動不足……?嘘だ……俺を騙そうとしている…」

「ふふ、あなたならそう言ってくれると思った。……でも、運動不足は本当。……っていうか、本当に大丈夫?」

「医務室の先生も『なんでこれで済んでるのかわからないけど、とりあえず打撲と擦り傷の処置しときますね』って消毒して包帯巻いて終わり」

「なんていうか、色々凄いね」

「全くだ、実は踊り場が柔らかいのかね?」

「あー、なるほど。そういえばその鍛錬とあんまり関係ないところで階段から2回落ちてるんだね」

「実はそうなんですよ。これには俺もびっくりだ」

 信じられないほど会話が長続きした。というか、そもそも声をかける前に向こうがこちらを見たというのが驚きだ。

 

 まあ、とりあえず『特に必要でも無いがそこに無いと落ち着かない置物』程度の重要度はあるのかな?

 

ーーーーー

 で、作業を終えて部屋の前まで戻ったのだが。

 ()()()()()()()。合鍵は作っていない。部屋に仕舞ってある鍵(当然これは盗めない)を除けば俺が携帯しているのが唯一の鍵だ。大森の社員はおろか両親すら持っていない。まあ、織斑先生は持っているだろうが……

 

「チッ、しまった。アレ忘れた」

 と、忘れ物を取りに行くふりをしてその場を離れる。中の人間?が足音を察知したり出来る場合、俺が異変に気づいたことを気づかれないようにしておく必要がある。

 

「もしもし、母さん。ちょっとオレンジ送ってくれる(侵入者の可能性有り)

 事前に相談したマニュアル通りに、母さんに電話するふりをして、専門のセキュリティチームに電話、危険の可能性有りと伝える。

 

「全く、あいつは素人なんだぞ?教えてやれと言ったのは私だが、もう少し抑えてやれ」

「で、ですが先生、あいつは腕立て伏せを10回連続でこなすまで5分かかっているんですよ?」

「5分?……まあ、まずは基礎体力をつけてやれ」

 ふむ、織斑先生は寮の別の場所で篠ノ之さんと話しているのを見つけた。というか先生は一応まだ分別ある方なのかな?

 

「まだあの場所にあって良かった…」

 さて、中にいるのが抜き打ち検査している織斑先生ではないことがわかったので戻ってきた。

 もちろん、忘れ物を取りに行って戻ってきた風に独り言をする。設定遵守は大切です。

 ともあれ、とりあえず、シールドバリアと頭部装甲(ハイパーセンサーも1つ搭載している)を顔面を覆う形で限定展開して催涙ガスやフラッシュバン、スモークに備え、いつでも灰影の残り部位を展開出来るように身構えながら、扉を開ける。

 

「おかえりなさい♪ わたしにします?わたしにします?それともわ・た・し?」 

 冷静に、冷静に……冷静に、部屋の明かりを消し、17式40mm機関砲…のオマケで付いてきた対人スモークグレネード(パソコン他電子機器にも人体にも特に悪影響出ないやつ。視界を奪うだけ、と書いてある)を展開。しっかり握って、そのピンを抜いた。あとは投げて安全レバーが外れれば良し。…だったのだが、

 

「ちょ、ちょっと待って待って!!」

 ものすごい勢いで接近してきた妖怪裸エプロン女(暫定)がグレネードを持つ俺の右手を握って手放せないようにし、そのまま抵抗どころか灰影を展開する間もなくバランスを崩されて左腕を極められ、思わず左手を開く。めっちゃ痛い。

 

「ふう、これでよし…って、なんだスモークグレネードか……」

 瞬き1つをする間もなく俺の左手からピンをもぎ取った妖怪裸エプロン女もとい妖怪水着エプロン女(ちらっと紐が見えた。素材的に水着で間違いあるまい)がグレネードにピンを差し込み安全レバーを固定し直してしまった。

 困った俺は灰影を上半身だけ展開(もちろん嵩張る主翼は出してない)して無理やり引き剥がし距離を取る。

 

「で、お前の目的はなんだ。殺害か、誘拐か、社会的殺害か、或いはハニトラやDNAサンプル採取って線もあるな。ま、どれにせよあときっかり1時間で突入部隊が来る。残念だったな」

 ちなみに本当の残り時間は後30分弱だ。本来の時間制限が30分のところを1時間あると勘違いしていれば、大抵の場合時間配分を誤るだろう。

 

「そこまでガチな対応されるとちょっと引くわね……安心しなさい、私はこのIS学園の生徒会長、更識楯無よ。あなたに危害を加える気はないわ」

「ほう、IS学園の生徒会長の職務には半裸で生徒の自室を奇襲するってのがあるのか。そんなアホな嘘で騙されるかよ、適当抜かすようなら現在ハイパーセンサーで録画中のこの映像を副担の先生に送りつけて対処してもらうぞ」

 ますます怪しい。残念ながら灰影には対人火器が存在しないので、とりあえずは徒手空拳を覚悟するべきか。

 

「あーもう!そんなに言うなら証拠を見せてあげるわよ!ほらこれ、学生証!」

「ふむ…良くできた偽物だな。というか仮にアンタが本物だったとして、そんな初手信頼度ゼロの服装(水着エプロン)信頼度マイナスの行為(無断侵入)するような人間に友好的に接せるほど俺は自分の強さを過信してない」

「あー……あなたやりにくいわね……なまじ言ってることが全部正論だから始末に負えない……」

 少なくとも無断侵入者の台詞ではない。何様だこいつ。

 

「そういえば、なんで副担の先生に送るの?担当の先生じゃなくて」

「それはそうと、」

「…無視はひどくないかしら」

 まあ、時間稼ぎは済んだしね。目の前の驚異に警戒しつつ喋りつつメール打つのって、結構大変なんだな。当たり前と言われればその通りだが。

 

「無事か、坂上!」

 いつの間にか閉まっていた扉(灰影なら突き破れるから一応は問題ないと考えて開放せず放置していた)が、勢いよく開き、我らが担任、織斑先生がバカでかい刀(灰影の記録がヒットした。打鉄の使ってる刀……大森(ウチ)の製品だ)を持ってやって来た。

 

「と言うわけでさっきの質問への答えだがな、担任の先生にはメールを打ったからな。録画はブラフだ、ハイパーセンサーの映像なんかメールで送れるかっつーの。容量大きすぎて送れないに決まってるだろこの妖怪水着エプロン女」

「変なところで律儀ねあなた……あー、織斑先生…お疲れ様でーす……」

「……説明しろ。3行で!」

 まあ、『しんにゅうしゃありすぐきて』(原文ママ)だけのメールを俺から送られて、いざ来たら俺の部屋の大体真ん中に妖怪裸エプロン女(暫定)がいて、俺は灰影を展開してそいつを警戒している、と。うん、ちょっと脳が理解を拒むよね。

 

「一人暮らしの男子生徒がいると聞いてちょっかい出しに来ました。

ここ7日間全部空振りでした。

やっと遭遇できたと思ったらめっちゃマジの警戒されてます」

「整備室から帰ってきたら自室に妖怪裸エプロン女(当時の判断)がいました。

これは危険だと判断して援軍を要請しました。

ちなみにあと25分で突入部隊が来ます」

 

ーーーーー

 いやー、マジで怒られてやんのこの妖怪水着エプロン女改め更識楯無生徒会長。まあ、如何に生徒会長と言えど勝手に生徒のプライバシー侵害したらだめだよね。当たり前過ぎるわ。

 あ、突入部隊の要請はキャンセルしたよ。流石に本物生徒会長だってわかった上に織斑先生が絞っておいてくれるなら、突入部隊を要請する必要も無い。というかそもそもこの生徒会長さんはロシアの国家代表(そう、候補生止まりではない正真正銘の代表サマだ。入学前講習で習った。顔はどうにでもなるから偽物だとと思って警戒し続けたけど)だから下手に荒立てると大問題になる。如何にIS学園が法的に隔離されていると言えど、大国が適当なお題目で企業に制裁するのを止めてくれる訳でも無いしな。

 

 というか生徒会長がこんなことしてるって、生徒会って意外と暇なのかね?それとも部下が優秀なのか?或いは本当にこれも仕事のうちってのもあり得るな。

 

 いや、これは本当にありうる話だ。いくつかパターンが考えられるが、有力なのは学園側がハニトラを仕掛けてきた、この状況への対応力を見極めようとしている、あるいは生徒会長ではなくロシア国家代表としての仕事の1つ、といったところか。まあ、いずれにせよご苦労さんとしか言いようがない。今のところ、俺は彼女とか完全に諦めてるからな。

 

 

 それにしても水着エプロンで正座して先生に怒られる生徒会長の図。めちゃめちゃ面白いな。後で常識的な容量のjpegに変換して開発班にでも送っておこう。デスマーチ中のちょっとした癒やしにはなるだろう……まあ、この画像を欲しがるのは渉外部門かもしれないし、開発班は大体がセルフデスマーチする変態だからいらないかもしれないけど。

 

「それはそれとしてだ、坂上」

 ん?どうかしたんですかね。なんか俺マズいことしましたか?

 

「突入部隊の要請だがな、二度とするな」

「えーっと、侵入者対策ででもですか?」

「もちろんだ。このIS学園は現在…というか設立当初から常に、危うい政治的バランスの中にある。どんな事情であれ、外部からの介入を許すわけにはいかない。良いな?」

「なるほど、わかりました。でしたら自衛の為に何らかの凶器を携帯することを許可していただけますか?」

「断る。必要ならシールドバリアだけ展開しろ。護身だけならそれで十分だ」

「…わかりました」

 って言っても、いわゆるスタングレネードなんかは視聴覚への攻撃だからシールドバリアでは破れないから、結局上半身全展開しか選択肢ない……というのは黙っておこう。

 

「なんだその顔は。不服か」

「いえ、ちっとも」

「そうか、ならいい」

「おやすみなさい、織斑先生。さて、私は荷物取ってくるから待っててね巧くん♡」

「お前は話がある。来い、更識」

「えっ、ちょっと待ってせめて着替えを!」

 会長ばいばーい。二度とするな。

 さて、会長と先生は帰ったことだし、鍵閉めて着替えて寝よう。

 

「あ、夕食食ってねえ……10秒メシで良いか」

 なんか着替えるのも面倒くせえ。いや流石に着替えるけど。俺は母さんとは違ってきれい好きなんだ。服は毎日着替える。シャワーは毎日浴びる。これ日常生活の鉄則。

 

ーーーーー

side更識楯無

「で、お前はあいつをどう見る?」

 先生に連れられて来たのは寮監室。まあ流石に途中のトイレで着替えはさせてもらえたけど、ちょっと恥ずかしかったわね…

 

「どう見る、と言われましても。ちょっと枯れてるくらいで普通の男の子に見えましたけど?」

「……私は腹芸も茶番も嫌いだ」

「はいはい、せっかちなんですから……そうですね、はっきり言って少々異常ですね。入ってきた時には既にバイザーで目を保護していた、って辺りはまだあらかじめマニュアルを用意していたのだとすれば自然ですが、私の格好に動揺するどころか初手でスモークグレネードを用いての逃走を選択してますからね。一応あの格好には自信あったのに…」

 大人や専用機持ちの女子ならまだしも、一夏君より準備期間が少ないはずの彼が、私のあの格好に対して少しの動揺もせずに淡々と本気の対応をしてみせた辺り、なんというか15歳の男子として少し異常なものを感じたわね。

 そもそも、部屋に入ってきた時点でバイザーを展開していたけれど、中にいるのが織斑先生だったらどうするつもりだったのかしらね。

 

「それだけじゃない、突入部隊の到着予定時刻が早すぎる。部屋に入る前から要請をしていたのだろう」

 あー、そういえば鍵締め忘れてたわね……それで気づいたのねきっと。忘れ物も嘘かしら。

 

「それにしたって、私が聞いたときはあと1時間って答えてたんですよ?」

「そうか。……一応、より詳細に背後を洗わせておくか」

「私も、『更識』の人間としてちょっと動いておきます」

 今回の件以外でも、ちょっと気になることがあるしね。



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第6話「クラス代表はマッハダイバー」

side巧

 クラス代表決定戦から少し経った4月下旬、今日からISの実機講習が始まる。

 

「では、今日からISの実機講習を始める…と言っても、今回は専用機持ちの動きを実際に見て、参考にする程度だ。織斑、オルコット、坂上。まずはISを展開してみせろ」 

「わかりました……変身」

 ポケットの中の十徳ナイフ…待機状態の灰影を意識しながら軽くファイティングポーズを取りつつ呟いて小さくジャンプ。灰影の展開が完了した。もっとも、これはあくまでやりたいからやっているだけであって展開するだけなら無言で1秒で…それこそアリーナのピットから飛び降りて着地する前にやってみせるが。

 

 ほう、一夏のは白いガントレットか。普通ISの待機状態はアクセサリーらしいのだが、やっぱり男性のISの待機状態はアクセサリーじゃないのかな?実例が少なすぎてよくわからん。

 

「よし、全力で加速して、高度1000まで飛べ」

 全力か。見るとセシリアのブルー・ティアーズが上を向きながら垂直に急上昇している。嘘やん…

 

 とりあえず俺もやや仰向けに浮かびながら両主翼のジェットエンジンに空気を送り込みつつ斥力力場を形成、加速する。白式が追い抜いて行くが無視だ。

 

「おい、何をやっている?」

 うるさいなぁ、周囲の安全確認。空気吸入速度安定。ジェットエンジン、点火!

 

「ヒャッホホホ!!」

 歓声を上げて白式を追い抜く。IS技術を応用し新しい燃料を投入してやれば、ジェットエンジンはまだまだ現役だ。燃料を燃やして推進力を得ているので機体エネルギーを節約できるし、比較的安くて換えが効く。まあ、燃料ラインを確保する都合上その辺の設計を整える必要があるのが難点だがな。とはいえこの辺は宇宙に出て化学ロケットを使うときも同じ問題が出るので、燃料供給ラインを使い回せるこっちの方がやはり良いだろう。

 

「おっとっと。空中静止は難しいな」

 フラップを展開し、同時にジェット流をシールドバリアで偏向して前方に噴射して静止、出力を絞る。

 シールドバリア搭載航空機…現状ISだけだが…なら静止中にジェットを対流させて封じ込め、一気に解放する運用ができる。これなら瞬発力もIS主流の流動波干渉や斥力推進より上だ。チャージブーストみたいでロマンもあるしな。

 

「ふう、やっと追いついた。二人とも速いな」

『何をやっている。スペック上の出力では白式が一番上だぞ』

 何もオープン回線で言わなくとも良いのに。

 

「って言われてもな、急上昇急降下のやり方は昨日習ったばっかりでまだよくわからないんだよな…」

「あー、目の前に三角錐を作るってアレか。感覚に頼らずにシールドバリアの形をエディタ使って変えれば楽なんだが、それだと後々咄嗟に出来なくなるしな…」

「まあ、イメージは所詮イメージ。教科書のやり方に囚われるよりも自分なりのやりやすい方法を見つける方が建設的でしてよ」

 一夏が小さく愚痴るが、電話帳は所詮一般的なやり方を記した書物、人によってはやりにくいかもというのは事実だし、何かいい方法はないものか…まあ、それは後でで良いか。

 

「そうなのか……そういえば先生、多少は動き回ってみた方が良いんじゃないですかね?」

『それもそうか。3人とも、ゆっくり8の字で動いてみろ。ゆっくりだぞ?』

「それじゃ、俺はあっちで回るわ」

「おう、じゃあ俺はこっちでセシリアと飛んでるわ。そう言われてもなセシリア、大体空を飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだよ…なんで浮いてるんだ?白式の背中には翼みたいなのが2つついてるけど、どう考えても飛行機とは違う理屈だよな。前後左右上下斜め、翼の向きと関係なく動けてるし」

 一夏がすげー初歩的な疑問を抱いている。というかオープン回線だぞそれ?別に良いけど織斑先生聞いてるぞ?

 

 そうそう、白式で思い出したんだが、結局白式は元々別に一夏専用に調整されていた訳じゃなかった…つまり、あの第一次移行はマジで普通の第一次移行だった訳だ。一夏恐ろしいな。というか俺達全員立つ瀬が無い。酷いや。

 

「ええ、旧来の航空機と同じ仕組みで飛行するISは存在しませんわね。ISの飛行する仕組みを説明するのは構いませんけれども、反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの。長…【ジェットエンジンの音で判別不能】」

「イーヤッホー!!」

「……訂正いたしますわ。1機、わたくしの知る限りでは1機だけ、既存の固定翼機と同様の仕組みも利用している機体も、あるにはあるのですけれどね」

 聞いててなんとなくムカついたので、ジェットエンジンを全力でかき鳴らして翼の揚力も使って独特の機動をしてやった。

 

『坂上!!私は先程、「ゆっくり」と言った筈だが?』

「すみません本当にすみません」

 調子に乗って変なことするからだ。全く、俺のアホ……

 

『まったく……まあ良い、織斑、オルコット、坂上。急降下と完全停止をやってみせろ。目標は地表から10cmだ』

「了解です。ではお二人とも、お先に」

 レディファースト、ってやつか…なーんて言ったらまた怒り出しそうな気もする。レディファーストが元々は地雷原を先に歩かせる時の言い訳だったってのはデマらしいが、発想としてはそれに近いものだったとかなんとか。まあ地雷が作られるよりも前にあった言葉だし、とりあえず地雷原説がデマなのは当たり前か。

 そんなことをつらつらと考えているうちにセシリアがその機動を終えて浮遊している。流石は代表候補生、やっぱり凄いな。

 

「じゃ、次は俺か?」

「悪いけど頼むわ巧」

「おっけい。行くぜえ!」

 

 一瞬上昇してアイドリングしながらチャージしていたジェット気流を解放し、エンジンの出力を上げ、ついでにISらしい推進器も動かして、一気に急降下!!

 

「うおっとっと…っと」

 とはいえ、止まる分の余剰ジェット気流を使い果たしてしまったので止まるのが大変。フラップと逆噴射とオマケのPICを全力で使っても無理なので、最終的に前後を入れ替えて無理矢理止まった。

 土埃とか大量に撒き散らしたし、燃料を2割も使ったし、なにより無理な機動で主翼がイカれたし。散々だよ。トホホ……

 

 

 

 ドゴオォォォン!!!!

 

 

 

「うわっ、何だあれ……」

 絶対防御で守られたその身体よりも、クラスメイトの沈黙がさぞかし痛かろう、一夏。

 いや実際問題、クラスメイトの目の前で地面に激突することより辛いものはそうは無いだろう。

 

ーーーーー

side一夏

「というわけで、織斑くんクラス代表就任、おめでと〜!」

「おめでと〜!」

 ぱん、ぱ〜ん!とクラッカーが乱射される。俺の頭に乗ってきた紙吹雪は、その本来の重さよりもなお重く、俺の心にのしかかってきた。

 

「っていうか巧、こっちの『本日の主役』は良いとして、この『マッハダイバー』ってタスキはどう言う意味なんだ?」

「あららこいつすっかり忘れてやがる。今日の実機講習で地面に激突しただろ?計測データによると、あれ丁度340m/s=マッハ1だったらしくてな」

「悪口じゃねーか!」

 

「えーでもマッハダイバーってかっこいいじゃん」

「でもなんか足りないよね。白銀の、ってつけたら良さそう」

「あ、それいいね!」

「そうしよそうしよ!」

 周りで聞いていた女子が好き勝手言いながらタスキに書き足していく。なんかもう止めるのも億劫だ。

 壁の垂れ幕には『織斑一夏クラス代表就任パーティー〜就任おめでとう〜』って書いてある。何もめでたくねえよ……

 

「人気者だな、一夏」

「…本気でそう思ってる?」

「ふん」

 謎にパーティーは始まるし、箒は鼻鳴らしてお茶飲むし、白銀のマッハダイバーなんてカッコ悪い二つ名つけられるし……俺何か悪いことでもした?

 

「はいはーい、新聞部副部長、2年生でーす。まずは話題の男子ふたりにインタビュー、行ってみよー!……ってあれ?もう一人は?」

「あれ?そう言えば巧はどこだ?」

 あいつ時々いなくなるよな。あのクラス代表決定戦の後もそうだし毎日の鍛錬の後もそうだし。

「まあいいわ、あの子結構な頻度で整備室で4組の子と話してるからその時を狙えば良いし」

 ほほう、整備室。などと考えているうちにあっさり逃げ場が無くなる。なんでさ…

 

「ではずばり一夏くん、クラス代表になった感想は?」

 そんなキラキラした目でボイスレコーダーを向けられても……

 

ーーーーー

side巧

 ふう、ここまで来ればしばらくは安全だろう。

 

「お、たっくーじゃん。なになに、パーティーが面倒で逃げてきたの?」

「当たり。そういう布仏さん……じゃなくて、のほほんさんも?」

「んーんー?わたしはねー、友達に差し入れを持ってきたのです。ほら」

 うわ、かなり本格的なお弁当。これはきっと……

 

「かなり高級な冷凍食品とか使ってますな。美味しそうだ」

「ざんねーん、これ、実はぜーんぶ、わたしの手作りなんだよー」

「マジかー。女子って凄いんだな」

 いや本当に凄い。しかしまあ、そういう意味では凄く新鮮な体験だ。全部手作りの弁当をこんなにまじまじと見つめたのは初めてなのでは?俺の両親は料理とか全然出来ない人だったから普段の食事からして冷凍食品とか缶詰とかで、たまに出前取ることもあったな。3週間に1回くらい。

 

「うーん、やっぱりここには居ないみたいだ。わたしは違う場所探してみるけど、見つけたら連絡してねー」

 そう言ってふわふわした足取りののほほんさんは整備室から出ていった。

 うん、それはいいのだが。

 

「俺のほほんさんの連絡先知らねえし。つーかそもそもその探してる友達の名前も特徴も知らねえし……というかあの弁当ここでは食えないから差し入れにはあまり適さないのでは?」

 とまあ1人虚しく虚空にツッコミを入れるなどしつつ、作業の準備を始めて数分後。

 

「ふぅ……疲れた」

 聞き覚えのある声がしたかと思えば、隣に来たのはいつもの眼鏡っ娘。なにやら疲れている模様。

 

「どうした?10秒メシ飲むか?」

 灰影に常備してあるゼリー飲料を取り出しながら問う。

 

「ありがと。……ぷはー、生き返る」

「まだ死ぬな。んで?どうしたんだ?」

 この眼鏡っ娘は見かけによらずタフだ、少なくとも腕立て伏せが20回は出来る程度には。そんなタフなこの眼鏡っ娘が疲れたとなると、これは相当面倒な案件なのでは?

 

「食堂に忘れ物をして、取りに戻ったらあのお祭り騒ぎ」

「あー…織斑一夏クラス代表就任パーティーか。一夏のこと苦手だもんねそういえば」

「それに危うく新聞部に捕まるところだった」

「報道機関に醜聞は付き物だからな……いや、もはや憑依(ひょうい)の憑で憑き物(つきもの)か?そういえば俺の両親もネグレクトだ、って週刊誌に叩かれてたっけ。いやここの本屋の投げ売りコーナーに置いてあった奴しか見たことないけど」

「ネグレクト…だったの?」

「ないない、それこそまさかだ。そりゃまあ、普段から冷凍食品や多めに炊いて冷凍した飯、レトルト、缶詰ばっかりでいわゆる『手料理』なんてのはほとんど食べたこと無いけどさ。それでも仕事でクソほど忙しいのに最低でも毎日朝晩家で一緒に食べてたし、公園で遊んだ思い出は無いけど仕事場によく連れてってもらってたしそこで特撮とか工学とか色々話してたし楽しかった。アレ今考えたら死ぬほど迷惑だった気もするな……よく追い出されなかったな俺……」

「虐待されてないみたいで良かった。私の両親は…うん、とても厳しい人達だったけど、それでも良かった、かな」

 何故過去形なのか…は、聞かないでおこう。別段、聞くべき内容でもない。他者の知られたくないプライバシーに侵入するのは良くない。

 

「あ、さっきまでの話と全く関係ないんだけどさ、」

「なに?」

「多分そこの計算間違えてるわ。その倍率だと多分右膝の皿の装甲だけめちゃくちゃでかい変な機体になるぞ」

「……あ」

 ま、湿っぽい話をしても特にいいことは起きないし、建設的な話をするのが大切だ…って、これは母さんからの受け売りだけどね。

 

「っていうか、それってもしかして打鉄の改造案?フレームの構造がまるっきり打鉄だし、装甲分割も打鉄っぽいし…あ、でもそんなに防御は意識しないでデフォルトで火器を積んでその上で機動重視なのか。打鉄っていうよりむしろ撃鉄(うちがね)って印象だな。まぁ、超長距離射撃パッケージの方とは関係ないけどさ」

「わかるの?……でもごめん、この機体については秘密」

「あー、ごめんね。打鉄は俺も乗ったことのある機体だからさ、ついつい興奮しちゃってね」

 3年かけてブラッシュアップして、卒業と同時に持ち込みで即戦力アピール…ってところか?だとすると一人でやらないといけないし、結構大変だな。

 というか、打鉄なんて近接機を作った倉持技研が果たしてこれを受け入れるのかって疑問はあるにせよ、あっちに持っていかれるのも笏だな……早いうちに大森に興味持ってもらうようになんかパンフレットでも渡すか?

 

ーーーーー

side???

「ふうん、ここがIS学園…ね。総合受付ってどこかしら」

 まったく、もし空港でトラブルが無かったら、もう少し早いうちに着いたのに…

 っていうか、出迎えが無いのはまぁ良いとしても、なんで案内スタッフの一人も用意してくれないのよ政府の連中も。15歳をこんな遠くに放り込むのに、何も思うところは無いわけ?

「はぁ、まあ良いけど。にしても面倒ね……空飛んで探そうかしら」

 まあ、しないけど。あの電話帳並みの厚さの『学園内重要規約書』とやらに『無許可のIS展開は基本的に処罰の対象となる』って書いてあったし。こういうルールは案外融通が効くのがデフォルトだけど、それでもまだ転入手続きをやってない私がそれを破るのは流石に大問題になりそうな気がするし。っていうか、『大問題になるからやめてくれ』ってお偉いさんに頭下げられたし。

 にしても、普段偉そうにしてる連中がみんなあんなに私にペコペコしてたのはちょっとスッキリしたわね。まあ、これ話したら性格悪い奴って思われそうだし、自重するけど。

 

「にしても無理矢理IS学園転入の前倒しを認めさせて正解ね。()()()()()()()()()()も味わえたし」

 懐かしい字体の漢字、懐かしいひらがな、懐かしいカタカナ……!

 

「この緑茶も、向こうのは味が違うのよね」

 さて、気を取り直して、総合受付を探さなきゃね!




いつも御愛読ありがとうございます。これで第1章は終わりです。次回からは第2章「転入生注意報発令中」が始まります。
では、また来週!


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転入生注意報発令中!
第2章人物設定


本日の更新は3話分あります。これは3話中1話目です…が、設定書き程度のものなので、スルーも可能です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号9)←今ここ
・IS機体解説(通し番号10)
・第7話(通し番号11)
の3本です。ご注意ください。


登場人物

 

坂上(さかがみ)(たくみ)

年齢:15歳

性別:男性

国籍:日本

IS適性:D(本来は存在しないランク。機械による適性検査で『搭乗不可能』と判定されたが事実として搭乗出来ているため、便宜的にこのランクを付与)

所属:大森重工IS開発部門1班(IS運用班)/IS学園1年1組

役職:大森重工テストパイロット

使用機体:灰影(第2世代型)

 

織斑(おりむら)一夏(いちか)

年齢:15歳

性別:男性

国籍:日本

IS適性:B

所属:IS学園1年1組

役職:無し

使用機体:白式

 

セシリア・オルコット

年齢:15歳

性別:女性

国籍:イギリス

IS適性:A

BT適性:A

所属:IS学園1年1組

役職:イギリス代表候補生

使用機体:ブルー・ティアーズ

 

篠ノ之(しののの)(ほうき)

年齢:15歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:C

所属:IS学園1年1組

役職:無し

使用機体:なし

 

(ファン)鈴音(リンイン)

年齢:15歳

性別:女性

国籍:中国

IS適性:B

所属:IS学園1年生

役職:中国代表候補生

使用機体:甲龍(シェンロン)

 

布仏(のほとけ)本音(ほんね)

愛称:のほほんさん

年齢:15歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園1年1組/IS学園生徒会

役職:IS学園生徒会書記

使用機体:なし

 

更識楯無

年齢:17歳?

性別:女性

国籍:ロシア(自由国籍権によるもの)

IS適性:不明(A?)

所属:IS学園2年(クラス不明)/IS学園生徒会長

役職:ロシア国家代表(代表候補生"ではない")

使用機体:霧纏の淑女(ミストリアス・レイディ)(なぜロシアなのに英語なのかは不明)

 

(まゆずみ)薫子(かおるこ)

年齢:16歳?

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園2年(クラス不明)/IS学園新聞部

役職:IS学園新聞部副部長

使用機体:IS学園所有練習機

 

織斑千冬(ちふゆ)

年齢:24歳

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明(恐らくA+)

所属:IS学園

役職:IS学園1年1組担任

使用機体:なんらかの教員専用機(かつては専用機『暮桜』を使用)

 

山田真耶(まや)

年齢:不明

性別:女性

国籍:日本

IS適性:不明

所属:IS学園

役職:IS学園1年1組副担任

使用機体:教員専用ラファール・リヴァイヴ(フランス製の量産機)

 

葛城隼人

年齢:20代

性別:男性

国籍:日本

IS適性:無し

所属:大森重工IS開発部門第1班

役職:大森重工IS開発部門第1班カウンセラー

 

坂上父

年齢:四十代後半

性別:男性

国籍:日本

IS適性:無し

所属:大森重工IS開発部門第3班(機体開発・研究班)

役職:大森重工IS開発部門副チーフ

 

坂上母

年齢:四十代後半

性別:女性

国籍:日本

IS適性:B

所属:大森重工IS開発部門第2班(装備開発・研究班)

役職:大森重工IS開発部門第2班班長

 

 

 

眼鏡っ娘(本名不明)

年齢:15歳(リボンから1年生と判断)

性別:女性

国籍:不明(顔立ちからアジア系と判断)

IS適性:不明

所属:IS学園1年(クラスは不明)

役職:不明

使用機体:不明(なし?)



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第2章登場IS解説

本日の更新は3話分あります。これは3話中2話目です…が、設定書き程度のものなので、スルーも可能です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号9)
・IS機体解説(通し番号10)←今ここ
・第7話(通し番号11)
の3本です。ご注意ください。


ISの『機能』について。

 

 ISには、それまでの常識では測れないいくつかの機能がある。今回はそれらのうち、特に頻出するものについて紹介する。

 

・パッシブイナーシャルキャンセラー

 いわゆる『最強兵器』としてのISの、その高い小回りを実現している機能。略してPICとも呼ばれる。名称を意訳すると『受動的慣性中和装置』だろうか、その名の通り対象に働く慣性を中和する機能がある。この働きにより、大抵2t以上の質量をもつISが地球からの重力を無視して宙に浮くという異常な現象を現実のものとしている。

 受動的とされる所以は、搭載した機体そのもののみ(基本的に、これにはドライバーを含む)に作用し、またその中和の基準はPIC本体による、という2点。だから例えば、振り抜いたブレードの慣性を消してそのまま切り返す…といったことは残念ながらできない。

 また、機械である以上どうしても機能限界が存在し、例えば設計時の想定を超える異常な加速や、外部からの強い衝撃などは完全には殺せない場合がある。

 

・シールドバリア

 いわゆる『最強兵器』としてのISの、その高い防御力を実現している機能。エネルギーシールドの一種であり、第一種永久機関であるISコアに直結しているため非常に強度・耐久性が高く、また物理干渉が可能なので飛行時の空気抵抗低減にも役立っている。

 競技としてのISバトルでは、シールドエネルギーの回復が制限されるほかエネルギー残量の初期値も規定の値に揃えられるため弱く見えることもあるが、それはあくまで競技用リミッターを課せられているからにすぎない。とはいえ、強度そのものはリミッター解除後もさほど変わらず、一部の特殊兵装ならば貫通してドライバーに直接ダメージを与えることも可能である。

 余談だが、これや後述の絶対防御により、近接武器…特にブレード系のものは『振り抜く』こと(≒両断する事)ことが困難となっている。このためISのブレード系装備は、『切先で装甲を切り裂く』ものと『比較的軽く打撃面の接触面積が小さい(≒一点へ威力が集中する)鈍器』と呼べるものの2つが多い。

 

・絶対防御

 上記シールドバリアの発展系で、ドライバー保護の為にエネルギーをより多く消費して発動する最終防衛ライン。これが発動するのは、本来はその攻撃がシールドバリアを貫通してドライバーに致命傷(状況にもよるが、基本的には大きな肉体欠損は致命傷としてカウントされる)を与えうるとISコアによって判断されたときのみである。

 単純な威力自体はさほどでもない(少なくとも、特装砲よりは低い)暮桜や白式の零落白夜がIS殺し足りうるのは、そのエネルギー消却効果によりシールドバリアを消滅させることでこの判断機能を誤認(一撃でシールドバリアを無効化→致命的高威力という判断)させて絶対防御を発動させ、シールドエネルギーの枯渇を強制できるからである。

 

ーーーーーーー

登場機体解説(既に紹介した機体は簡単な説明と前章からの変更点のみ記す)

 

灰影(かいえい)

■種別:第2世代IS/射撃型/試作機/装備運用試験機(大森重工)/専用機

 

■搭乗者:坂上巧(大森重工専属テストパイロット/テストシューター/男性ISドライバー)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.8(ジェットエンジン不使用時:マッハ1.0)

・運動性能:マッハ1.8で旋回半径10m、バックステップなど一部挙動に制限あり。鋭角機動はほぼ不可能

 

■装備

・9mmマシンピストル「シークレットサービス」×8

・12.7mmマシンガン「15式機銃」×3

・突撃銃槍最終試作型2号→突撃銃槍×1( New!! )

 突撃銃槍の正式版。4門の火砲のうち1門が15式機銃に変更され、槍部の形状が貫通より衝撃波対策を優先したものになるなどのアップデートが施された。巧の元に届いた時点ではまだ最終試作型2号としての扱いで、テスト後に名称が変更された。

・試作型30mm機対機特装砲×1

・17式40mm機関砲×1

 

■解説

 大森重工初の完全独自開発IS。第2世代機で、坂上巧の専用機にして今後の試験装備のテストベッドである。

 大きな主翼とジェットエンジン、比較的多い装甲が特徴。

 

 

白式(びゃくしき)

■種別:第2世代特殊型(暫定分類)/格闘型/試験機/専用機

 

■搭乗者:織斑一夏(男性ISドライバー)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ2.1

・運動性能:マッハ2.1で鋭角機動が可能(最高速度の8割以上の速度で鋭角機動ができるのは現状この機体のみ)

 

■装備

・対ISブレード『雪片弐型(ゆきひらにのかた)』×1

 

単一仕様(ワンオフ・アビリティ)

・『零落白夜』

 

■解説

 倉持技研が、『世界初の男性IS適合者:織斑一夏』のために開発した新型機で、彼の専用機。

 必要最低限をさらに下回る装甲と引き換えに既存IS最高レベルの速度性能・機動性を獲得した高速格闘特化機。

 

 

ブルー・ティアーズ

■種別:第3世代/射撃型/フラッグシップモデル/装備試験機/専用機

 

■搭乗者:セシリア・オルコット(イギリス代表候補生)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.7

・運動性能:マッハ1.7で旋回半径8m

 

■装備

・スターライトmkⅢ×1

・BTビット×6(内4基がBTレーザー発振型、2基がミサイルランチャー型)

 

■特殊機能

・『BTシステム』

 脳内の特殊な神経束『BTクラスタ』により形成される特殊な脳波を感知してイメージ・インターフェイスに反映するシステム。BTビットはこのシステムにより遠隔操作されている。

 

■解説

 イギリスの代表候補生『セシリア・オルコット』の専用機。第3世代型で機動性と速度性能に重点を置いた射撃機である。

 特徴は独立機動射撃端末『BTビット』で、専属ドライバーのセシリア・オルコットはこれを囮・牽制・死角に動かしてからの包囲攻撃…といった様に多彩な方法で運用している。

 

甲龍(シェンロン)( New!! )

■種別:第3世代IS/格闘型/装備試験機/専用機

 

■搭乗者:(ファン)鈴音(リンイン)(中国代表候補生)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.5

・基本重量:2.3t

・運動性能:マッハ1.5で旋回半径8m

・単独大気圏離脱・再突入:どちらも非現実的

 

■装備

双天牙月(そうてんがげつ)

 長い柄の両端に翼状の青龍刀の刀身を備えた格闘装備。これといって特別な機能は持たないが、扱い慣れた凰が使うことでかなりの脅威となる。

龍咆(りゅうほう)

 本来推進システムに使われる斥力波を、その波動的振る舞いを利用して任意の空間そのものを特定の方向へ歪め、解放することで指向性をもった衝撃を発生させる兵器。

 その原理の関係で燃費が良く、砲身たる空間の歪みと砲弾たる衝撃の視認性が極めて低く(IS1機分のハイパーセンサーの過半をそれに費やす必要があるため事実上戦闘中には見極められない)、さらに理論上は射角に制限が無い。

 ただし、衝撃そのものはどうしても拡散するのでIS戦闘における中・近距離でしか有効に機能しない(あくまでISや戦車のような硬目標相手の話であり、歩兵や兵員輸送車といった軟目標には遠距離……400mほど離れても有効打足りうる)。その上、自由度が高いからこそその操作は非常に難しい。この欠点を解消するため、本機は以下の機能を搭載している。

 

■特殊機能

・『龍吼の操作システム』

 龍吼そのものはただの近接射撃装備だが、その高い操作難度のせいでこれまでのISには搭載されてこなかった。これを解決するため、甲龍はマインドインターフェイスを拡張、転用している。

 

■解説

 中国の代表候補生『(ファン)鈴音(リンイン)』の専用機。アクチュエータ出力の高いパワータイプ機を原型として開発された第3世代機で、格闘重視の素体にフリーハンドで扱える火器を備えた隙のない安定した機体である。

 特徴は肩部非固定部位の装甲の裏に配置された近接射撃装備『龍咆』で、機構的限度に縛られず全天周囲へ放つ事が可能……なのだが、専属ドライバーの凰鈴音はこれを格闘装備として考えている節があり、もっぱら前方への攻撃にのみ用いている。

 本機は第3世代機のなかでも安定性・エネルギー効率を高めたモデルであり、搭載した特殊装備のせいで運用難度が跳ね上がった他機とは異なり、多様なパッケージや試験装備を受け入れるベースとしての発展性に富む。もっとも、それは同時に『第2世代機との差異に乏しい』ということをも意味するのだが……

 

打鉄(うちがね)

■種別:第2世代IS/格闘型(初期設定)/量産機

 

■搭乗者:各国ISドライバー/IS学園生徒(練習機)/IS学園教師(教師専用機)

 

■基本性能

・最高速度:マッハ1.3

・運動性能:マッハ1.3で旋回半径5m/機動に特別の制限なし

 

■装備

・対IS用ブレード(日本刀型)×1

・15式機銃×1

その他カスタマイズ次第で各種マシンガンやミサイル、ブレード、シールドなど様々な装備を搭載、運用可能。

 

・解説

 日本のIS研究所『倉持技研』が中心となり、設計から生産まで全て日本籍の団体(省庁から企業まで様々な団体が協力した)が行った第2世代IS(量産モデル)。初代『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の使用した第1世代機『暮桜』を参考に開発した機体で、随所にその影響が見られる。

 

Unknown

■種別:???

 

■搭乗者:[No Data]

 

■基本性能

・最高速度:???

・基本重量:???

・運動性能:???

・単独大気圏離脱・再突入:???

 

■装備

???

 

■解説

[No Data]



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第7話「転入生、来たる……のは置いておいて、クラス対抗戦に備えましょ」

はい、今回から第2章『転入生注意報発令中』 始まります!!
早速セカンドさんが出てきますよ〜
ーーーーー
本日の更新は3話分あります。これは3話中3話目で、本編の話、つまりいわゆる第7話です。
本日の更新は、
・人物設定(通し番号9)
・IS機体解説(通し番号10)
・第7話(通し番号11)←今ここ
の3本です。ご注意ください。


side巧

「おはよっ!巧くん!」

「ねえねえ、聞いた?」

…何をだよ。まだ初対面から2週間と少しが経った辺りなんだから会話には目的語くらいは入れておいてくれると有り難いんだがな。

 

「なんと、隣のクラスに転入生が来るんだって!」

「その転入生ってのがまたすごくて、なんと中国の代表候補生なんだって!」

「しかも専用機持ち!」

……なるほど。それにしてもなんで今?なるべく早い時期にというのは理解出来るが、ならなんで入学式のタイミングで入れなかった?本人が未熟だったから入学式時点では見合わせていた……無いな。あの人口お化けの中国だ、候補生が間に合わないなら別の候補生を使う。それが出来ないということは、だ。逆にあとから転入させても運用データでお釣りが来るぐらい優秀な人間が生えてきたって事だろう。その上で、本来は次の学期の初めに転入させるつもりが何らかの事情でこんな時期に来た、といったところか。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの入学かしら?」

「そうか、それがあったな。今のところ俺たち男性ISドライバーと繋がりがあるのは、イギリスの代表候補生だけだものな」

 だとすると、このクラスに来なかったのは織斑千冬大明神の加護ということになるのだろうか。お賽銭は5円で良いのかな?

 

「何を騒いでいるかと思えば、隣のクラスの話か。このクラスに転入してくる訳でもなし、騒ぐほどのことでもあるまい」

 非常に割り切った考えなのは篠ノ之箒さん。なんというか、もう少し警戒するとかないんですかあなたは。別に良いけどさ。

 

「まあでも実際、箒さんの言うことにも一理あるよ。クラス対抗戦は来月の上旬だろ?隣のクラスの転入生より、まずは一夏の強化スケジュールを組もう。もうあんまり時間無いだろ?」

「え、今の練習メニューじゃ駄目か?」

「代表が一夏に決まってからもう1週間経っただろ?そろそろ一夏は集中特訓をしてもいいんじゃないかと思ってさ」

 正直なところ、もう遅すぎるくらいではある。まあ、そもそも俺と一夏が揃いも揃って基礎の基礎しか出来ていなかったからなのだからそこに文句はないのだが。

「一夏は、って言ったがお前はどうするつもりだ?」

 と割り込んできたのは箒さん。そうだ、そこが問題だ。

 

「俺としても、出来れば飛行時間ダントツのセシリアに教えてもらいたいところだが……そっちはどうだ?」

「うーん…正直なところ、一夏さんに付きっきりになりそうな気がするのですが……」

「あと2週間ないからな……わかった、俺は仮想エネミータイプの特訓やってるわ」

 正直なところIS機動の基礎しかわかってないところに1人で特訓やるのはどうなんだ?という気もしないではないが、とりあえずそれは置いておく。

 

「その後剣道の鍛錬をするのは確定で良いとして、どれだけやる?」

「剣道…?ISを使わない訓練…ですの?そんなことに時間を使うくらいでしたら、もっと機動を磨くべきではなくて?」

 セシリアがなにやら不思議そうな顔をしている。まあ、普通はそう思うだろう。特に射撃型はISでの立ち回りと生身での立ち回りが結構違うからな。

 

「むっ、剣の道はすなわち(けん)だ。見は全ての基本であり、それ無くして勝ちはあり得ない。そもそも、一夏が射撃型の機動を練習して何になるというのか」

「あら、わたくしだって格闘機動を教えるくらいは出来ましてよ?そもそも全ての基本というのなら、零落白夜の仕様上相手の攻撃を避ける為の機動を身につけることが先決ではなくて?」

 うーん、一夏の並外れた観察力を活かすべきというのは間違いないが、かと言って見えても避けられないようではシールドエネルギーを消費する零落白夜を振るえる回数が減ってしまう。どちらにも一理あるのが悩ましい。とはいえ、一夏にはどちらも必要だ、どちらもやるしかない。

 

「まぁまぁ二人とも、そんなに睨み合わないの。実際問題、一夏は俺とセシリアの模擬戦だけでビットと本体が同時には動けないと見抜いたし、白式は近接格闘機だ。俺はともかく、一夏には剣道は効果がある」

「だから言っただろう一夏、剣道を重点にするべきだと。巧すらそう言っているぞ」

「とはいえ、最終的にそれを実行するのはISに乗ってだ。だからISと生身との違いを感覚として把握して違和感なく動けるようになる為に、セシリアとの訓練も必要だろう」

「ええ、ええ、もっと言うべきですわ巧さん。一夏さんには剣道よりもわたくしの指導の方が必要だとはっきりと」

 なんだこの二人……あれか、やる気と才能のある弟子を見つけて喜ぶ師匠かなんかか?

 

「まあ、そういうわけで放課後2時間セシリアが一夏とISの稽古をつけて、その後は箒さんが1時間くらい一夏に1対1で剣道の稽古をつける。その後夕食であとは自由時間。これでどうだ一夏」

「なんでお前が仕切ってるんだ、って疑問はあるけどそれ以外は特に異論無し」

「なんでと言われても、素人とはいえ客観的に判断出来る唯一の共通の友達だろ俺」

「まぁ、それもそうか」

 などと誤魔化しては見たけど、そもそも本来はお前が仕切るべきだろうが、というのは言っていいのだろうか?

 

 なーんて考えていたところ、

「まて坂上、お前の鍛錬はどうした」

…忘れてくれていれば良かったのに。

「残念、まだ基礎体力を鍛えてます」

「……まあ、良いだろう。だが忘れるな、私は必ずお前の性根を叩き直す」

 余計なお世話だこのやろう。

「納得してくれて何より。まあ実際、一夏の有り余る近接格闘のセンスと白式の高速戦闘能力があれば、あとは技量を磨くのと零落白夜を適切に運用出来れば、大抵の相手には勝ちが見えてくる。そういうわけだから、頑張れよ一夏。……主に俺たちのスイーツ半年フリーパスの為にな!」

 とまあ、真面目なのはここまでにしておこう。どうせあと少しで授業だし、ふざけるのも悪くない。

 

「って、結局それかよ!」

「それ以外に何がある。何かあると思う人手上げて〜」

「「なーい!」」

 ほらクラスメイトも無いって言ってる。おや、セシリアと箒さんがなんか呆れたような顔をしてるな。なんだろうか。

 なんてね。突然ふざけたので呆れてるんだろうが、まあ諦めろ。俺は興味ないことにそこまで真剣さを保ってられない質なのでな。

 

「しかし、中国の専用機か……なんだっけ、確か『斥力波の波動的振る舞いとそれによる空間の歪みに着目した機体』と聞いたことがあるが…」

「まあ、なんにせよクラス代表は既に決定しているのです。一夏さんの対戦相手は量産機を使うはずです。代表候補生たるもの、まさか既に決定したクラス代表の座を奪うだなんて、そんな野蛮なことはしないでしょうし」

 まあ確かに、ソレが野蛮かどうかはさておき、普通は教師の側がそんな横紙破りを許さないだろう。

 そう、それこそ……

 

「だ〜れが野蛮ですって……?」

 教室の外から聞こえてくるこの声みたいにやる気と殺る気の入り混じった熱意を持った生徒でもなければ…ね。

 

「その言葉、私への個人的な宣戦布告ととって良いのかしら?」

「あら、わたくしは『万が一にも』そのような行為をする方はいらっしゃらないでしょう、という前提で話していましてよ?代表候補生の凰鈴音(ファン・リンイン)さん?」

 目を閉じ腕を組んで教室の壁にもたれかかっているのは、長い髪をツインテールに結んだモンゴロイド系と思われる女子。会話の内容から察するに、話題の中国代表候補生で間違いは無いだろう。名前は鈴音というのか

 

「知ってるのかセシリア」

「あら、他国の代表とその候補生について知っておくことは、代表候補生の基礎の基の字の第一画目の横棒みたいなものでしてよ」

 なんだか妙に日本語慣れしてるようだが、まあ日本で暮らすならその方がいいに決まっている。

 

 なーんて俺は考えていたのだが、どうやら一夏は違ったようで。

「えっと、鈴……だよな?どうしたんだ?そんなに格好つけて。っていうか似合ってないし」

「んなっ!?な、なんてこと言うのよ、アンタは!」

 ほー、お知り合いでしたか。と言うことは箒さんとも知り合いで?

……ああうん、絶対違うわ。少なくとも友好的な関係では無かったのは間違いない。じゃなきゃそんな鬼みたいな顔しないだろうし。

……ん?あー、知らねーぞ俺は。

 

「おい、」

「なによ、今私は話しちゅ……ひぃっ!?」

 やっちまったな鈴音さんとやら。見えてなかったとはいえ、その人にそんな口の利き方するべきではない。

 

ペシン!!

「あうっ!?」

 平らな面で叩く出席簿スラップでまだ良かったな、次は気をつけろ。さもなきゃその人……織斑先生からありがた〜い出席簿チョップを食らうことになる。

 一夏の知り合いというところから織斑先生とも知り合いだろうと思っていたが、直接尋ねる手間が省けたな。鈴音さんとやらめっちゃビビってる。

 

 さて、授業だ授業。

 

ーーーーー

 と、授業も終わって俺が来たのはIS学園の特訓用ブース。

 ここはアリーナに比べれば小さな(と言ってもISが動き回るだけのスペースはある)施設で、概ね立方体の空間の中に遮蔽物と様々なタイプのセントリーガン(無人で作動する火器で、自動で目標を狙うものだ)が設置されている。普通は地面に設置するものだが、そこはIS学園、むしろ壁面や天井に数多く設置されており、きちんと対ISを想定したメニューとなっている。

 ちなみに、これは機動練習なのでこちらからはミサイルの迎撃など一部を除いて反撃は禁止。ただし撃たずに構えるのはタイミングを計る意味でも推奨されているので存分にやらせてもらう。

 

「じゃ、始めますか!」

『回避機動訓練・初級_開始します』

 アナウンスと同時に視界の端に表示されたパネルが赤、橙、黄、そして青と点灯。訓練スタートだ。

 

 まずPICだけで前進しつつ空気を取り込みジェットエンジン始動、右に曲がりつつ横転降下して機銃を回避。

 避けた先で15式を構えて狙い、撃たない。左主翼フラップを展開しシールドバリアで経路を作って左ジェット流を前に回して左半身を減速、かつ右エンジンの出力を上げて無理矢理前後を入れ替えて軌道を大きく変更、本来の未来位置に放たれたレーザーを避ける。

 そのままフラップと気流偏向に使ったシールドバリアを元に戻しながら脚を振り上げ

やや仰向けの体勢になり、エンジン出力を左右同様に高くして急上昇、逆上がりの要領で宙返りして後ろから迫るミサイルを避け、背面飛行(ISなので逆立ち飛行と言ったほうがいいか?)からロールで正位置に戻るまでの間にシークレットサービスで破壊。

 今度は進行方向直上にミサイルランチャーの起動を確認。エンジンへの燃料供給をカット、両翼ごと格納して上方投影面積を減らしつつ後方への空気抵抗を減らして慣性飛行。十分に引きつけたら、ISらしくバックステップで回避。

「っと、バックステップだとタイミングが読めないな……」

 うっかり被弾してしまった。幸い、今回の弾頭は模擬用の空洞入りプラスチックなので、間違いが無ければ怪我はしないのだが。

 

 とまあこんな具合で、一夏がセシリアと練習している間、俺は戦闘機とISの教科書を参考に色々と回避機動を練習していた。

 設計図を見て確信したのだが、やはり灰影はISとしては異質であり、その航空力学的特性はむしろ固定翼機のように右折左折上昇下降に関わらず、常に前進し続けることを前提としたもののようだ。

 このせいで、例えば前進せずに行う横滑りは実質的に不可能だし、バックステップも主翼を格納しなければ主翼の根本に異常な負荷がかかり最悪周りのフレームを巻き込んで空中分解する。

 

 このようにISの既存戦術の一部が使えない辺り灰影はある種難儀な機体なのだが、むしろそこを模索するのが楽しくもあり、なかなかどうして充実した時間だった。

 さて、今日の機動データを纏めて整備室で反省会だ!

 

ーーーーー

「……なかなか来ないわね、彼」

「す、すみません!で、で、でも私たちの調査では普段ならこの時間には整備室のあの辺りで楽しそうな顔でお喋りをしながら機体を点検しているはずなんです……」

「大丈夫、落ち着いて。別に貴女を疑ってはいないし、なんなら私の調査でもそうなっていたから」

 

 最悪だ。いつぞやの妖怪生徒会長と新聞部の副部長(一夏の代表就任パーティーで見かけた)が整備室の反対側…これまで俺たちがよく練習で使っていた第3アリーナから入ってくる為の入口の近くでなにやら喋っているのを見つけて、念の為ハイパーセンサーで会話の内容を拾ってみたらこの有様だ。というかよく見たらいつもの眼鏡っ娘も居ないし。

 いや、これは相当なことだ。なにせあいつがやっているのは打鉄の大規模改善案の作成、その難度は並大抵ではなく、故にいつもこの部屋に入り浸っているのだろう。その彼女がここに居ないというのは、いくつかのパターンが考えられる。

 

1:順調なので一旦休憩

 これであれば何も問題は無い。というか知る限り入学式当日からずっと整備室で1人で作業していたのだ。どうかこれであってくれ。

2:シミュレータ上で組み上げて実験中

 これも問題無い。しばらくすれば戻ってくるだろうし、そうでなくてもとりあえず無事であることに違いはない。せっかくの友人なのだ、手伝いなり何なり、何か出来ることがあればいいのだが。

3:会長と新聞部のどちらか、またはその両方が苦手

 うーん、一応挙げては見たがこれは無いな。次。

4:体調が悪い

 あり得る中で一番悪いのがこれだ。そもそもこれ程長期間根を詰めては体に悪い。それで無くとも整備室はISの部品や重機、工作機械など危険物が沢山あるのだ、怪我か病気かはともかく、体は大切にしなければならない。…とりあえず、10秒メシでも届けておくか。それとも青汁が良いか?

 

 などと考えていて気づいたのだが、俺は彼女のクラスも名前も部屋も知らない。これでは見舞いの品を届けるどころではない。

 いや、そもそも本当に見舞いが必要かどうかもわからないのだが、それにしたって友人の名前もクラスも知らないのは問題だ。次あったら聞いておこう。……俺がそのことを覚えていたら、だが。

 

……さて、長い現実逃避で冷静になれたことだし、どう切り抜けるか。

 会長と新聞部は未だ(と言っても時間にして15秒前後のことなのだが)動かず、さりとて諦める様子はないようだ。

 

「…最悪だ」

 再び呟く。後ろは各種練習用ブースが並ぶ練習エリアへの通路、整備室の校舎側出入り口の前には会長と新聞部副部長(最低最悪の2年生コンビ)、直接外に出られる出入り口は2つあるが、そのうち1つは大型物資搬入口なので開閉時にブザーが鳴るので今回は無視していい。

 最後の1つ、寮方向に出られる出入り口は、あの二人が見張っている。というか二人がそちらを見張っているおかげで練習エリアからの通路の扉の開閉をしても気づかれなかったという面もある。

 とりあえず今は男子としては長い髪をペーパークリップで無理矢理留め、度の小さい眼鏡(度無しだとフェイクだとバレやすい)をかけ、マスクをかけて、いざというときの為に(両親が勝手に)用意していた女子制服に着替えた。専用機持ちの特権、量子格納・展開による瞬間着替えが役に立った。ほんの少しとはいえエネルギーを使うから戦闘直前はしない方がいいんだけど、今はそういう訳でもないし別にいい。

 

 問題は、整備室で無駄にウロウロしていたら怪しまれる、という点だ。

 変装しているから見張られている扉から出ても良い、と考えるのは甘い。新聞部はともかく、この生徒会長はとかく黒い噂が絶えない存在だし、入学前ブリーフィングでは名家の出身だとあったのにその名家の人間がロシアの代表をやっている辺りはかなりきな臭いものがある。そもそも先日鍵を開けて勝手に入室出来た時点で只者ではない。となれば注視された場合歩き方や骨格が女性のそれでは無いと看破されかねず、先日の私室奇襲事件の動機も把握できてない以上、特に男性ドライバーの俺が決して隙を見せてはいけない存在のはずだ。

 

 しかし、一方で素直に素知らぬ顔で整備を始めるのも難しい。

 まず灰影は論外だ。正体をバラすようなものだ。

 ならばと他の機体の整備に参加するのも難しい。迂闊に声を出せば男だとバレるし、そうでなくとも初対面の無口な人間を信用して整備に参加させられる人間は居ない。とりあえず俺は無理だ。

 

「うーん……困った…… 」

 が、今回に限って言えば俺は運がいい。

「……どうしました?ええと、布仏さん」

 無理のない程度に高めの声でぼそぼそと話しかけ、終わったあたりで少しばかり咳をする。

「うみゅ…?……なぁに?」

 何やら困っている様子ののほほんさんを、あの2年生二人の視界の端側で見つけた。のほほんさんはスローペースというか自由というか、まあ言ってしまえば少しばかり鈍臭いところが見受けられる。確かにIS関連の工学や物理等でこそ非凡な受け答えをするものの、それ以外ではあまりにのんびりのほほんとした様子が目立つので、少なくとも俺の正体について考えようとはしないだろう。

 

「…いえ、何やら悩んでいた様子でしたので」

「えっとねー、友達のIS用の武器を考えてたんだけどね?なんか行き詰まっちゃって……」

「……そうなんだ。あのさ、一緒に考えない?」

「いいの?…ありがとね。えっと、まずこのミサイルの誘導方法なんだけど…」

 

 と、このようにあーでもないこーでもないとミサイルについてゆっくりとした議論を続けること1時間、あの2年生二人組が整備室から出ていった。恐らく、今日のところは諦めたのだろう。

 

「うん、とりあえずはこれで行けそう。今日はありがとね、()()()()

「………………いえいえ、こちらこそこのように楽しい時間を過ごせて幸せでした…………いつからです?」

 声色を変えずに、できる限り震えを抑えた声で問う。

 

「んふー、最初から…だよ。でも女装趣味のこと、かんちゃんとたっちゃんさんにはナイショにしてあげるね。だってたっくーは仲良しさんだからねー」

 誰と、とは聞けなかった。あまりにも普段通りののほほんさんが、あまりにも恐ろしく感じられる。

 

「よしよし、怖くないよたっくー。たっちゃんさんもたっくーには気づいてなかったし、新聞屋さんも気づけないよ多分。…さて、そろそろ二人とも十分に離れたから、イッテイーヨだよー」

 いきなりブチこまれたネタに困惑して転びそうになるが、それは別に脚の震えから来るものではない。来るものではない!

 

 なんとか両脚に言うことを聞かせてゆっくりと整備室の外に歩み出て、壁を伝いながら進む。周りに誰もいないことを確認して男子更衣室に入り、瞬間着替えで元の恰好に戻り、更衣室を出て、私室に戻った。

 ドアを開けたとき、自分が警戒を怠っていた事に気づいたが、幸い室内には妖怪裸エプロン女も居なかったし、織斑先生も居なかった。監視カメラにもなにも写っていない。

 良かった。流石にそこまではなかったか。

 

「……まずったなぁ………のほほんさんに弱み握られた…寝よ」

……と、そうして一度眠りについたのが20:25頃のこと。

 

ーーーーー

「……すまん。もう一度頭から、俺みたいな男女その他の機微を理解できない人間が寝起きの頭でも理解出来るように、説明しろ」

「だから、昔鈴…凰鈴音のことな、その鈴が『私の料理が上手くなったら酢豚を毎日奢ってあげる』って約束してくれたんだが、鈴が今日俺の部屋、っていうか俺と箒の部屋にいきなり来て箒に部屋を代われって言ってきて、んでさっきの約束のことを覚えてるかって言われたから約束の内容を言ったら頬をビンタされて箒も馬に蹴られろだの言ってきて、相談できる相手がお前しか思いつかなかった」

……うん、わからん。というか眠い

 

 時刻は21時を少し回ったところ。

 今日はまったく散々な日だ。セシリアの指導は受けられないわ、整備室で2年生コンビに見つかりかけるわ、挙げ句ちょっと鈍そうだな等と甘く見ていたのほほんさんに弱み握られるわ……その俺にまだ寝るなと言わんばかりの一夏来襲(迂闊にも鍵を開けっ放しだったらしい。クソが)…

「一夏、大した内容じゃなかったら殴るぞ……眠い」

 

 その後も眠いながらになんとか聞き取りを続けてわかったところを纏めると、つまりはこういうことらしい。

 

 曰く、今日の練習に箒さんが乱入、練習後凰さんがピットに入ってきて、箒さんと一夏が未だに同室(どうでもいいが、俺の部屋に引っ越してくる話はどうなった?)な事を知り『幼なじみなら良いのね!』と言って引っ込んだ。

 その後凰さんが一夏の部屋に来て箒さんに部屋を代わるよう要求し、箒さんが竹刀で凰さんをぶっ叩こうとしたらISの部分展開で防がれた。そのタイミングで(何故そのタイミングなのだ)小学校時代に交わした『凰さんの料理が上達したら毎日一夏に酢豚をおごる』という約束を思い出したが『半端にしか覚えてないじゃない!』と半泣きで怒られ、ビンタされた。

 

…うん。わからん。

「まあ、なんだか大変なことになってるってのは分かった。理解出来なかった以上解決策の提示は出来ないが、気晴らしの手段の提供なら出来る……そういうわけだ、ゲームに付き合え」

「……ゲーム?なんか変なことやらせる気か?」

……相当過酷な状況だったのか、かなりの疑心暗鬼になってるな。

 

「ただのゲームだ。テレビゲームかビデオゲームと言えば分かるか?」

「ああ、ゲームか。何がある?」

「横1列に揃えて消すパズルと同色4つを隣接させて消すパズル。どっちがいい?」

「パズルゲーかよ……じゃあ横1列で」

 と、パズルゲームを始めた時、消灯時間24時まではあと2時間と40分。

 

「お前ら。今何時だと思っている」

「「ヒイッ!すぐ寝ますすみませんでした!」」

 寮監の先生、織斑先生がやってきたのは4時間後の01:20。

 

「……あ、寝坊した」

 俺が起きたのが、朝8:15頃。そこからISスーツと制服を着て、教室に滑り込んだのが8:25丁度。

 つまり何が言いたいかというと、俺はこの時点ではまったく知らなかったのである。

 

 5月上旬に行われるクラス対抗戦、その一戦目が1組対2組であることも、4組の代表がなんという名前かも、ましてやそれが誰のことを示しているのかなんて。

 

 まったくもって知る由もなかったのである。



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第8話「インタビュー・フロム・ゼム」

side巧

 滑り込みセーフ、なんとか間に合った。

 時刻は08:25、朝のホームルームまであと5分。自分の席に置かれた手紙の束2つ(ファンレターとアンチレター)についてはとりあえず机の中にブチ込むとして、まずは今日の予習をする。

 

 

……

 

………

 

「だめだ、集中できん…!」

 思わず机を叩く。

 それもこれも、全て昨日ののほほんさんのせいだ。てっきり鈍感な方だと思っていたのだが、うっかり頼った結果があのザマだ。ハニートラップや賄賂の類いを送りつけられたのとは訳が違う、今回の件では言い訳できない汚点がありそれを握られ…

 

「ほう、では集中出来るようにしてやろう」

 背筋の凍るような声。

 机に被さる黒い影。

 赤く光っていると錯覚する程に鋭い眼光。

 しかし俺の頭蓋を叩いた程度ではこの思考は止まってくれないだろう。

 いや、そんな! あの出席簿はなんだ! 真上に! 真上に!

 

「ホームルーム中だ馬鹿者」

「ふぁんとむっ!?」

 出席簿チョップで脳天を揺らされた俺の断末魔は、しかし意味を持つ言葉を結ぶ前に虚空へと漏れ出た。

 

ーーーーー

「酷い話だ……」

 で、昼食。今日は金曜日なのでカツカレーを食べる。

 それにしても、まさかこんなに早く弱みを握られるとはな…かくなる上は俺の情報アクセス権を返上、流すべきダミー情報のみを下ろすように提案するべきか……ん?ちょっと待てよ…

 

「……前提条件から考え直すとどうなる…?」

「やっほーたっくー」

 失態について思い詰めた思考が別方向に向き始めた丁度そのとき、隣の席にやって来たのはのほほんさん。

 

「なんだよ人が思考の海に沈んでいたときに。何を要求する気だ?二千円のスイーツくらいなら奢ってやるぞ」

 何か思いつきそうだったところを邪魔されたせいで不機嫌だ、とアピールしながらも自分の弱みを握る相手の機嫌を取り、ついでに思考をIS関連ではなく嗜好品へ誘導する。IS関連技術に比べれば安いものだ。

 

「もー、そんなに怖がらないでよたっくー。別にゆすったりねだったりしないよ?あ、でも今度本土側のモノレール駅前のパフェおごって〜」

「ちゃっかりしてやがる。あそこ高いんだよな…」

 まあ、俺は大森の唯一のISドライバーで世界でたった二人しかいないISに乗れる男性だ。元々引き抜き防止で高い基本給にテストパイロット・テストシューター手当や各種身体検査(骨髄その他のサンプル提供も含む)と引き換えの永久ボーナスが付くのでなかなか多い給料を貰っているし、通るかは別として後で交際費として申請してもいい。別にパフェを奢るくらいなら全く構わないのだが、それはそれとして奢ることを渋る様子を見せて少しでも嗜好品に思考を向けさせるべきだろう。

 

「ん〜…ん?あれ、もしかしてホントにおごってくれるの?」

 驚いたような顔をするな。お前が言い出したことだろうに……

 

「ごちそうさまでした。さて、さっさと教室戻って盾の構造考えなきゃ」

「え、あちょっとまって〜!」

 なんだかだんだんムカついてきた。冷静に考えれば、何故俺が奢ったりしなきゃならんのだ。というか俺の女装が漏れて何か問題あるのか。罰ゲームとかなんとか適当抜かして切り抜ければいい。そうだ、妖怪シスターズXX(会長と新聞部)にも『話を聞きたきゃアポを取れ』の一点張りで済ませちまえ。

 そういう事なら善は急げ、授業開始までは時間がある。さっさと教室戻ってとりあえず状況だけでも伝えておこう。

 

 

「あら、アンタが噂の残虐ファイター?」

 最高最善の解決策(上にブン投げる)を思いつき足早に立ち去ろうとした瞬間の出かかりを引き止められる。ちょっと転けそうになった。

 

「うおっとと…と。中国の国家代表候補生の(ファン)さんか、こっちから挨拶に行く手間が省けたな。はじめまして、俺は坂上巧。坂の上に『スキルフル』『エクイジット』という意味の巧で坂上巧。以後、お見知り置きを」

 とりあえず、入学式当日のクラスでやった自己紹介口上をやってみる。実は割とお気に入りだ。それはともかく会話だ。俺は残虐ファイターじゃない、むしろ多少親しみやすくなくっちゃな。誤解を解かなければ最悪の場合会社イメージにも関わってくるからな……

 

「流石に名前と顔くらいは知ってるわよ。世界で二人目の男性IS搭乗者だからね。所属とか乗ってる機体とかは興味なかったから知らないけど」

「名前を知っていてくれて何より、どうせなら所属先、大森重工の名前くらいは覚えて欲しいけどね。ともかく、言っておくけど俺は別に残虐ファイターじゃないぞ。彼我の練度の差を考えたら、単純にあれ以上の戦術が無かっただけだ」

 聞いてるかのほほんさん、これはお前にも言ってるんだからな?って居ないし……いつの間に消えた。そもそもあいつは何者だ?

 

「ふーん。ま、私は別にアンタが残虐ファイターだろうがそうでなかろうがどっちでもいいけどね。搦手を使おうがどうしようが、真正面から『衝撃砲』でぶっ飛ばしてあげる」

「だから残虐ファイターじゃないってのに。模擬戦の時は、少々お手柔らかにと願いたいね……模擬戦と言えば、凰さんクラス代表になったんだっけか。意気込みは?」

「当然、そっちのクラスの代表なんかぶっ飛ばしてあげるわ。一夏には『覚悟しろ』って伝えといて」

 一夏か。そういえば一夏との関係も聞いておくべきか?……いや、藪を突いて蛇を出すのは望ましくない。一夏側からだけでも十分な情報は集まるだろう。

 

「わかった、伝えとく。じゃあまた」

「ん」

 さて、ちょっと時間が押している事だし、全部は書けないから事情説明の文面書けるだけ書いて下書きに保存しておこう。

 

ーーーーー

「うん、文面はこれで良さそうだな」

 授業も終わって放課後、推敲して参考資料(写真や録音データなど)を添付してメッセージを送信。

 

『生徒会長と新聞部が俺を嗅ぎまわっている。尋問されても「アポを取れ」とそちらに丸投げする。また、生徒会長と新聞部副部長から逃げるために女装したことが布仏本音に露呈。ただしこれは開き直って踏み倒す予定。何かあれば連絡されたし』

 本当はそれぞれの出来事毎に時刻や場所なども書いてあるのだが、まあ要約するとこんなところだ。

 

「……こんな状況でも、仕事は増えるのな。まあ別にいいけど」

 連絡用のメールアドレスに届いたのは試作装備の運用試験依頼。割とよくあるタイプの依頼で、一件ごとに報酬が設定されている割のいいバイトだ。もっとも、それを運用する為に必要な知識や技能、報告書作成の為の作文能力があるのなら、であるが。

 

「今回のお仕事は突撃銃槍(銃付きロケット槍)最終試作型2号の運用試験か。これで問題が無ければ晴れて正式版になる予定…ってことは、これはこのままこっちに支給扱いになるのかね」

 仕様を見る限り、火力は純粋に強化されているようだし、それなりに楽しみだ。

 

「輸送ヘリが来るのが30分後。ヘリポートで元々持ってた暫定試作型と交換して、練習エリアで試験開始…と、了解」

 まずはトイレで女装するところからだ。歩き方も気をつけよう。

 

ーーーーー

「録音機能良し、録画機能良し、演習ブースの初級射撃訓練モード起動よし、データ採取用システム起動確認…良し。これより、突撃銃槍最終試作型2号の運用試験を始める」

 幸い、厄介な2年生コンビも居らず、道中で怪しまれることもなく、スムーズに到着、試験開始出来た。

 

「まずは、射撃だな」

 トリガーを一瞬だけ引き、放す。放たれた4発の弾は、狙った1つの標的へと突き進み、うち1つが中央に命中。残り3発もまあ悪くない位置に当たったようだ。

 

「用途上の判断で単・連の切り替えが無いのは面倒だけど、まあ悪くない。連射行くか」

 今回試験するタイプは、どうやら俺の提案がある程度反映されているようだ。

 まず、内蔵火器がアップデートされている。4門あったシークレットサービス(9mm口径のマシンピストル)は、内1門が15式機銃(12.7mm口径のマシンガン)に変更され、残り3門も高レート化・強装弾対応タイプに変更された上で4門とも一部パーツが槍の刀身(柄の先に接続する攻撃用部品全体。正しい名前は知らん)と一体化することで、部品点数が減ってより頑丈になっている。

 

「用意されてるFCSも特に問題無し、シークレットサービス側の集弾性も思ってたよりは高いな…ランスに固定されてるからか、挙動としては『銃身が重くてしっかり保持されてる』状態に近いな。15式部分は全く文句無し。ただなぁ、ランス刀身が付いてるから結構重い……近寄られたときぶつけて逃げられるのは強みだけども取り回しが悪いなこれ」

 まあとはいえ、シークレットサービス側含む適性距離での火力はなかなか馬鹿に出来ない。

 

「次は、推進器での突撃か」

 クラス代表決定戦で使った試作型からの大きな変更点としては、刀身の形状が挙げられる。元々はy=1/2x-0.25(0.5≦x≦2)をy軸で360°回転させたような古典的なランス状だった刀身をマッハ2.5でのショックコーンを想定した形状に変更したことで、ブースト時のエネルギーロスが大幅に削減された。突きでの貫通力こそ下がったが、どうせシールドバリア相手に貫通とか望むべくもなく、また速度上昇により破砕力が上がったから問題無い。

 

「後ろのロケットエンジンが強化されただけじゃなくて干渉しない位置にジェットエンジンが付いたのは、なんというか設計した人の本気度が垣間見えるね。突進大好き人間かよ」

 言いながら各エンジンの設定を見直す。うん?これは…突撃用のアプリケーション?なるほど、全身の推進器やシールドバリアの随時編集でもっと効果的に加速できるのか。突進大好き人間かよ。

 

ーーーーー

 とまあそんなわけで『これは、良いものだ』と太鼓判を押してレポートを書き終えて送信、その後もまた練習を続けて数十分。練習エリアから出て整備室に出た俺を迎えたのは例の2年生コンビ。だがもう怖くない、何も怖くない。

 

「やっと捕まえたわ、『空飛ぶアンティーク』さん」

「そうよ、今日こそは私の取材を受けてもらうから!」

 こいつらの正体がなんだろうと関係無い。俺はただこう言えばいい。『上にアポを取れ』と。

 

「すみませんが、上にアポを…」

 ひと呼吸置いて覚悟を決めて言ったその瞬間、ポケットから工場の環境音とサイレンを組み合わせたような曲が流れる。お気に入りの着信音、葛城さんからだ。

 

「……ちょっと待って下さいね、電話です。…はいもしもし?」

『もしもし、葛城です』

「ああ、葛城さん。こちら坂上です、どうしました?」

『さっきメールで見た件だけどね、()()()()()()()()()()()()

「……はい?」

 ちょっと電波かなにかが悪いのか、変な言葉が聞こえた気がする。

 

『だから、その2年生2人の取材、受けて。あと女装で弱み握られてるんだったね。それもある程度言いなりになっておいて。こっちに話通してくれれば都合良い方に回しておくから』

「……あのちょっと電波か何かがおかしなことになってるようなんですが、大丈夫です?……それとも本当に、取材受けて、そのそっちの件も…そうしろと?」

 にわかには信じがたい。何を考えているのだ葛城さんは。

『いや、メール見てちょっと会議開いてね、そこで決まったんだよ。その二人はそれなりに素性が割れてる、なら適度に「坂上巧、与しやすし」と思わせておいた方が後々怪しまれずに暗躍できるでしょ?』

 暗躍前提かよ。

『それに、女装の件での脅迫だけど、むしろされたらボーナスポイントだ。なにせ古今東西最強のカード、被害者属性が手に入るからね』

 脅迫された、という事実で逆に脅迫するのか……なんだか複雑な話だ。まあいい、理由はわかったし、そういうことなら文句はない。

 

「あー、まあわかりましたよ。答えられるものは答えておきます。それでいいですね?」

『うん、それでお願い。じゃ、またね』

「ええ、ではまた。………さて、先輩方。取材受けますよ」

 通話を切り、新聞部副部長へと向き直る。

 

「なんだか知らないけど答えてくれる気になった訳ね、じゃあまず質問!今回クラス代表になった織斑君って、坂上君から見てどんな人物?」

 これはまあ、『答えてもいい質問』だろう。一夏がどんな奴か…か。

 

「そうですね、クラスメイトとしては『予習が足りない以外は良い学友』で、友人としては『気の置けない仲』…のつもりですね」

「あー、いいですねいいですね!具体的にはどんな人物です?」

……これ、さては答えてほしかったのは『どんな人間関係か』ではなく『どんな人物像に見えるか』の方か。

 

「具体的に……俺から見ると『努力家で理想家で才能もあり、それでいてそれを鼻にかける様子もない。ただ時々人の話を聞かないし意地っ張り』…なように見えますね、今のところ」

「ほうほう、べた褒めって訳でもないけど結構評価は高いのね」

「まあでも実際凄いやつですよ、一夏は。周りはほぼ全員が女性でアウェー環境、姉は元世界チャンピオンなので周囲からの期待がプレッシャー、更に自分の専用機は玄人向けを通り越してクソ仕様……っと、ここはカットでお願いします」

「はいはーい、汚い言葉は聞かなかった事にする、と。おっけー」

 まあ、所属してる大森は倉持に喧嘩売ってるのでこの位は気にしなくても良いと言えば良いのだが、このくらいの『可愛げ』は演出しておいた方が良いのかな、なんて思ったりもするのだ。

 

「ともかく、そんな状況でよくもまああれだけの結果が出せますよ。流石一夏、クラス代表も納得です」

「なるほど。『なんだかんだ言ったけど、一夏の強さは俺が保証するぜ』と」

「キャラ変え過ぎじゃないですかね」

「はい次の質問!クラス代表になった織斑君に、クラスメイトとして何か一言!」

 いや無視かよ……クラスメイトとして一言。これも別に良いだろう。

 

「クラスメイトとして。そうですね…よし、決めました」

「おおっ、ではどうぞ!」

「一夏!折角クラス代表になったんだ。優勝してスイーツ無料権(半年分)きっちり取ってこい!お前ならできる……以上です」

「あっはは、スイーツ好きなの?」

 別にこれは答えてもいいだろう。まさかスイーツ好きだってのが会社や俺自身のピンチになるとは思えないし。

 

「ええ、大抵は1日一品は食べてますね」

「なるほど〜」

 深く頷きながらなにやら考えてる様子の副部長。なんだなんだ何事だ?

 

「私からも質問、いいかしら?」

 おっと、要警戒対象更識生徒会長からの質問だ。

 

「まあ、構いませんが?」

「どうも。さて坂上君、あなたは世界でたった二人しかいない『ISを動かせる男性』な訳だけど、このことについて何か感想はあるかしら?」

 この質問が来るか………まぁ、良いだろう。答えは決まっているし、この答えが何か問題を生むとは考えにくい。というかこれ以外の答えとかあるのか?

 

「最高、ですね。『息を吸える』『水が飲める』『ご飯が食べられる』これらと同じくらい、『空を飛べる』というのは素晴らしい事ですね。」

「な、なるほど…ISが動かせることじゃなくて『空を飛べること』の感想と来たか……」

「……?どちらも同じことでしょう?」

 よくわからない先輩だ。ISを動かせる(自由に飛べる)ことの感想を聞かれているから答えただけなのだが。

 

「さて、そろそろいいですか?整備室で関係ない長話は迷惑でしょうし、俺もやりたいことがあるので。次回からは待ち伏せじゃなくて事前に連絡してもらえるとありがたいんですがね。あ、連絡する時はこっちのメールアドレスに、質問の内容も合わせてどうぞ」

 会長も新聞部もこういう質問は基本的に要警戒だからな、時間をとって対策してから臨みたいものだ。と言う訳で今日はここまで。

 

「あ、じゃあ私から最後に1つ!何か一言、かっこいい奴お願い!一夏君の『俺に触るとヤケドするぜ』とか!」

……まあ、この位は良いだろう。というかあいつそんな古い感性なのか、ちょっと意外だな。

 

「かっこいい奴って………ああ、じゃあアレですね、自己紹介でもしましょうか」

 言われてやるのは意外と恥ずかしいのだが、まあお気に入りの台詞だしやってやろうじゃないか。

 

「俺の名前は坂上巧。坂の上に『スキルフル』『エクイジット』という意味の巧で坂上巧。以降、お見知り置きを」

…うん、意外と恥ずかしいな。

 

「ほー、ふーん、なるほど…」

「へぇ…」

 なんですかいなその反応は。何か問題でも?

 

「ま、まあ別に問題は無いけど……」

「ちょっと意外だったわね」

「そうですか?まぁ、ともかくまた今度。さようなら〜…………はっはっは、こっちは要求されたから応えたんだっつーの。知るかこの野郎」

 2年生2人を見送り、十分に離れたところで愚痴を呟く。

 

「……さて、と。突撃銃槍のFCS微調整、シールドバリアの飛行用形状調整の自動化、そして手持ち用大型シールドのデザイン…仕上げなきゃならないことは山ほどある。全く、これだからISドライバーはやめられない!」

 伸びをして、空いている作業ブースへと向かう。今日はどこまで出来るかな?どこまででも良いぞ。できる所までやってしまえ!

 

ーーーーー

 ・突撃銃槍最終試作型2号運用試験報告書

 

射撃:4門のうち1門を15式機銃に変更し残る3門もハイパワー化したため近距離での火力は大きく上昇、接近阻害効果もより高まっている。ただ、推進器の追加など前号より重量が増えたため多少取り回しが悪化し、照準速度が低下した。まあ、それでも槍部が一般的なブレードより遥かにリーチが長いのでそこまで気にする必要も無いだろう。

 

格闘:重量が増したため殴りつける時の威力は増加、より硬く太く丈夫になった槍部はそのままガードにも使える。ただし引き換えに取り回しが悪化したのでこちらからの迂闊な接近が危険であることには変わりない。引き続き自衛用として使うのが吉か。

 

突撃:突撃用プログラムがFCS流用ではなく専用のものに差し変わったため突撃精度が大いに上昇。個人的には距離の優位を捨ててわざわざ接近するこの機能に疑問を覚えないでもないが、威力自体は確かなものであり、また最高速度を超えて機動できる点は素晴らしい。

 

総評:射撃、格闘、突撃の全てにおいて要求性能を満たしており、自衛用に限ればバランスの良い装備だと考えられる。文句なしに良い装備だろう。



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第9話「招かれざる客」

side巧

 そんなこんなで1週間前後の時が流れ、今日はクラス対抗戦。1戦目の会場はいつもの第3アリーナ。対戦カードは、一夏と凰さん(2組の代表で、中国の代表候補生、ついでに専用機「甲龍」を支給されているツワモノだ)。

 片や世界で二人しかいない男性ドライバーの片割れ…しかもあの織斑千冬の弟にして入試成績主席のセシリア・オルコットに『真っ向勝負で勝った』期待の超大型新人。

 片や中国という(人口的に)アメリカすら超える超大国から選抜された生え抜きの代表候補生、その中でも第3世代の専用機を支給されるという好待遇、負けず劣らずの有望株。

 

 当然、この二人の試合ともなれば国内外からのIS関連の重鎮なんかもやってきてアリーナの観客席を埋め尽くし立ち見客すら現れる程の大盛況間違い無し………だったのだが。

 

「侵入者よ!」

「逃げるわよ!」

「落ち着いて!避難経路はこっち!」

「キャー!!」

「足が!誰か助けて!」

「違う!そっちは違う!」

 

 ご覧の通り、阿鼻叫喚である。どうしてこうなったのか?

 そうだな、どうせなら試合開始時点から見てもらった方がわかりやすいから、そこの回想から見てもらおうか。では、スタート。

 

ーーーーー

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

 挑発するのは凰鈴音、纏うISは甲龍。頭の近くになにやら黒い球体に装甲を取り付けたような物体が2つ浮遊し、右手には長めの棒の両端に、更に大きな刃が一つずつついている異形の近接装備を持つ、安定性と燃費に優れ初心者から玄人まで長く使えるハイエンド傑作機、しかも第3世代機。

「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねぇよ、全力で来い」

 応えるのは織斑一夏、纏うISは白式。お馴染みの高速格闘特化(というかもはやそれしか出来ない)の軽装甲、さらにワンオフアビリティとしてシールドエネルギーを消費してシールド無視攻撃を放つという、ハイエンド欠陥機、しかも初期装備のブレード以外に装備の無い、実質的には第1世代に毛が生えた程度。

 

 しかし、だとしても一夏は負ける気などサラサラなく、結果は売り言葉に買い言葉、覆水盆に帰らず、吐いた言葉は飲み込めない……当てはまる言葉はいくらでもあるが、一番適切なのは……

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 戦闘開始、だろう。

 

「ハッ!」

 開始と同時にイグニッションブースト。一瞬でトップスピードまで持っていき、対処される前に零落白夜を一太刀浴びせるのが狙いなのだろう。事実、入ればそれだけで勝てるわけだが、

 

「甘いのよ!」

「なっ!?」

……が、そこは代表候補生の駆る第3世代機、たかが直線突撃程度、それも()()()()()()()()()()()()()突撃であればむしろ、的のようなものなのだろう。

 

 そんなことより、触れることなく白式を吹き飛ばしたあの装備はちょっと気になるな。どれ、ちょっと調べてみるか。

「ハイパーセンサー、空間湾曲検知システム、その他観測器具、邪魔にならない程度に展開」

 周りの邪魔にならない範囲で展開出来る全ての観測器具を展開し、アリーナ内部を観測する。このデータが大森の利益になるかも知れないし、ならずとも機動の参考にして俺個人のレベルアップに利用できるかも知れない。

 

「……なるほど、観測機器のデータからすると『本来推進システムに使われる斥力波を、その波動的振る舞いを利用して空間そのものを歪め、それが元に戻るときに発生する衝撃で攻撃する』…と。歪んだ空間が砲身、元に戻るときの衝撃が砲弾、ということか」

「そう、だから燃費が良くて視認性が著しく低い代わりに中・近距離でしか効果は見込めない。アレの相手は遠距離型の方がしやすい」

「んん?」

 独り言のつもりが返事が帰ってきた。誰かと思えばいつも整備室で会う眼鏡っ娘じゃないですか。ここに居るってことはこの子2組なのかな?今度教室で探してみよう。

 

「隣、いい?」

「どうぞ」

 どうも、と言いながらちょこんと座る眼鏡っ娘。やっぱり小柄だよなこいつ。なのに俺よりずっとタフなのは何か釈然としないものがある。

 まあそんなことより試合を見よう。

 

 一夏の駆る白式が、視認不可能な砲身故に予測出来ないはずの衝撃砲を避ける。

 凰さんの駆る甲龍が、ならばとコースに先回りして謎の近接装備を振るい回避を誘い、その先の空間へ衝撃砲を放って回避不能の一撃を叩き込む。

 吹き飛ばされた一夏が甲龍に接近、またも見えないはずの衝撃砲を避ける、避ける、避ける、互いのブレードが届きそうな距離になって初めて躱しきれずに一撃を貰っている。

 

 このところずっとこれの繰り返しだ。形勢は辛うじて甲龍有利、だろうか。

 とはいえ一夏はなぜ初撃は回避できている?見えない砲身に見えない砲弾、観測結果から衝撃砲一発の加害範囲が決して狭くないことはわかっている。

 にも関わらず一夏は避けて、避けて、避け続け、反撃の機会を伺い続ける。

 

 そうして遂に、白式のブレードが甲龍の装甲を削り、凰さんが防御を選択する……いや、してしまう。

 

「お、攻め口を掴んだか。やっぱり一旦攻勢に入ったら爆発力あるな白式」

 もはや甲龍は反撃の機会を失ったとでも言わんばかりに白式が攻め立てる。防御だけでは勝てないとわかっているからか甲龍が衝撃砲を放つも、防御に精一杯で回避ルートを奪えないため衝撃は装甲を掠りもしない(少なくとも灰影の観測器具はそのような結果を示している)。

 

「イグニッションブーストからのグリッドターン、絶対速度を保持したままのトップアタック……マッハダイバーの面目躍如、ってところ?」

「んぐっ!…マッハダイバーってウチのクラス以外でも広まってるのか」

「ん。割と有名。チキンレースでオーバーランするタイプなんだっけ」

「なにやら情報が歪んでるな…340m/sで地面に激突しただけだ」

「そう……」

 なんか興味なさそうな返答だ。まあそれはともかく、猪の様に突撃するのではなく、ちゃんと隙を伺い回り込み、身体への負担の大きいイグニッションブースト+グリッドターンを絶対速度落とさずにこなすのは、結構レベル高いのでは?とも思う。

 

 しかし相手も代表候補生、謎の近接装備をバトントワリングのように振り回し、全方位から息つく間もなく迫りくる零落白夜を全段弾き続け、白式が速すぎて当たってこそいないものの、衝撃砲による反撃を試みる余裕はある。

 

 一夏が零落白夜によりシールドエネルギーを切らすのが先か凰さんが弾きそこねて一太刀浴びるのが先か……そんな攻防も長くは続かず、直撃コースを捉えたのだろう衝撃砲を、白式がやや大きく避けたその瞬間、()()は来た。

 

 

 

 轟音を響かせアリーナのシールドバリア(観客保護用)をブチ抜きついでとばかりに地面に大きなクレーターを形成してようやく止まった『それ』の姿は、土煙に隠れて俺の他は多分試合中だった二人にしかはっきりとは見えないだろう。

 

 土煙の中に佇む黒い塊……しかし、俺はその正体に心当たりがある。

 

「ゴー……レム……」

 全身装甲(フルスキン)タイプの黒い装甲、異様に長い腕、そしてなにより武装に使われている部品が確認出来る部分全てが記録上の物と一致している。機体塗料や装甲の分割部分など細部は違うが、計測データから言ってほぼ間違いないだろう。

 アレは、『始まりの一機』と大森重工で称される、おそらくは篠ノ之束製だろう純正品(オリジナル)たる無人機、或いはその有人型。

 

「だとすれば呆けている時間は無い。避難誘導!!」

 イマイチ状況を理解していない周囲を他所に、大声を張り上げ叫ぶ。

 

「俺はあっちで避難誘導する、えっと…」

 はた、と気づく。眼鏡っ娘に指示を出そうとして口が止まる。あれ、こいつの名前なんだっけ?……というかそもそも聞いたこと無いのか。

 

「…ど、どうしたの?」

「な、何でもない。とにかく、そっちも避難誘導して、冷静な人に手伝って貰って」

 いけないいけない、眼鏡っ娘が不安がってしまう。出来るだけ平静を装い指示を出し、避難誘導をしながらアリーナの近い方のピットへと向かう。もちろん観測器具はヘルメット一体型のハイパーセンサー以外は全て格納する。

 

「あの、さっきあの機体のことゴーレムって…」

「ん?いや、その…気のせいじゃないか?」

 くそ、聞かれてたか……いいか、とりあえず知らないってことで押し通す!

 

「で、でもさっき…」

「あー、こういう言い方はあれだが、今緊急事態でしょ?後でってことで良い?」

「あ………うん……」

…ちょっと心が痛むが、無視して次次!

 

「侵入者よ!」

「逃げるわよ!」

「落ち着いて!避難経路はこっち!」

「キャー!!」

「足が!誰か助けて!」

「違う!そっちは違う!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことか……いや、そうでもないか。流石はIS学園生徒、冷静な人がほとんどでありがたい限りだ。

 

「こっち!出たあとは出来るだけアリーナから離れて!!……よし、もう良いか」

 全体の6割強がアリーナから出たのを確認して、アリーナのピットへと急ぐ。

 

『お前はどうするんだよ!』

!?!?い、いきなりどうした一夏……

 ピットにもう少しで辿り着くというところで、ISのオープンチャンネルに通信が入った。

 

『あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!』

『逃げるって…女をおいてそんなこと出来るか!』

 

……こんの非常事態に何やってんだこいつらは…とりあえず、頭の中に響かれると困るのでオープンチャンネルの信号を骨伝導イヤホンに割り振り、ピットへ向かう。

 

 あの機体が襲撃してきたということは、今回の件は間違いなく篠ノ之束が絡んでいると見ていいだろう。仮に違ったとして、無人ISを運用するような技術力とそいつにIS学園を襲撃させるような行動力を持ち、それでいて遵法意識に欠けるという特級の危険な存在が動いているということに違いはない。そんなやつなら、IS学園の打つ手が『IS担当の教員複数で、競技用リミッターを解除したISを用いて介入する』であることくらいは想像出来るだろうし、何らかの対策も打つだろう。

 

 ならばせめて、俺と灰影という小石を噛ませ、そいつの計画をバグらせるしかない。

 そう決めてピットへの扉を開こうとしたその瞬間、

 

「ちょっと、よろしくて?」

……噛ませる小石は、多いほうが良いだろう。

 

ーーーーー

 話しかけてきたセシリアを伴ってピットに入ると、やはり避難は終わっているのか先生二人がいるだけだった。

 

「もしもし!?織斑くん聞いてますか!?凰さんも!聞いてます!?」

 一夏と凰さんに必死に呼びかける涙目の山田先生と、

「山田先生、本人たちがやると言っているのだから、やらせてみても良いだろう」

 何故かコーヒーに『塩』と書かれたポットから掬った白い粉末を入れながら呑気な事を言う織斑先生。

 

…山田先生はわかるが、織斑先生は何をしているのか。

 

「お、お織斑先生!何を呑気な言っているんですか!?」

 理解が及ばずフリーズした俺達二人を他所に(流石に気づいてないということは無いだろう)山田先生が至極真っ当な疑問を呈するも、織斑先生は

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

 いや、糖分足りないのはあなたでは?頭回ってます?塩そんなにドバドバ入れてそのコーヒーホントに飲めます?

 

「……あの、先生それ塩ですけど……」

「と、といいますかそもそも先生方、一夏さんたちの援護をするべきではなくて!?わたくしはすぐに出られます、許可を!」

 見かねた山田先生が指摘したあたりで我に返ったセシリアが提案する。

 

「同感です。もちろん、先生方が出るべきだと言うのはわかります。ですが相手はアリーナのシールドバリア、ISのそれと同等のものを破りうるのです、先生方が出るまでの時間を稼ぐにしても戦力は多いほうが良いでしょう!我々にIS使用許可を!」

「断る。というか、無駄だ」

 俺の提案も、すげなく断られる。というか、無駄、というのはどういうことか。

 

「私としても許可はしてやりたい。ところが…これを見ろ」

 どれどれ、アリーナ保護用のシールドバリアが最高強度で稼働、さらに全ての遮蔽扉がロックされている、と。

 

「あのISにしてやられた。コレでは救援に向かうなど不可能、今も3年生の精鋭が逆システムクラック中、政府にも緊急事態として助勢を要請したいところだが通信設備が全てダウン、クラッキングの元凶のアイツをどうにか出来なければどうにもならんという、金庫の中の鍵状態だ……」

 今気づいたのだが、先程から先生の手がプルプル震えている。塩コーヒーは怒りを紛らわす奇行だったのかも知れない。冷静なようでやっぱりお怒りのようだ。

 

「結局、見ていることしか出来ないのですね…」

 セシリアがうなだれるが、俺はそうは思わない。

 

「……先生。遮蔽扉、()()()()()()()()()()

 電力供給を断たない限りシールドバリアを破壊するのは非現実的だ。だが、遮蔽扉ならば?ISの通行の関係で遮蔽扉はシールドバリアで覆えない構造になっている。それにこいつは実体があるので耐久度回復なんてふざけた真似は出来ない。なら、壊せばいい。

 

「……………馬鹿者。良い悪い以前に不可能だ。なんの為の遮蔽扉だと思っている?これはISの攻撃では壊されないように作った物だ、どれほど努力したところで、中の勝負に決着がつく前にISどころか人一人通るほどの穴すら開くものか。ああ、一応言っておくが、ロック部を壊したところで開くことは出来ないぞ?この扉は閉める時に左右から押す構造になっているんだが、システムクラックの影響で今は左右から押され続けているからな」

 怪訝な顔の織斑先生の話す内容に、思わず俺も怪訝な顔をする。

 

「先生、そんな大穴開けたらこっちまで攻撃されちゃうじゃないですか。要は攻撃が通れば良いんでしょう?ここには狙撃手(セシリア)も居ることですし」

「……理解出来ない。つまり、何が言いたい?」

「簡単です。扉に穴を開けて、そこからライフルだけ突き出して撃てば良いんですよ。銃座作るんです」

 やっと得心が行ったという表情だが、それでも半信半疑な様子だ。

 

「で、穴は開くのか?」

「この扉に使ってる装甲板、同じものを大森でも扱ってるんですが、試射ではちゃんと貫通したそうですよ」

「……やってみろ」

 ようやくゴーサインが出た。

 

 というわけで灰影を展開。両足を床につけて、PICを全て反動を抑え込むことに使用。こうすることで反動を抑え込んで狙いを安定出来、さらにエネルギーロスが少なくなるので多少だが威力が上がる。

 

「狙い良し。射線確認…友軍機無し。皆さん離れて、セシリアはIS展開!先生方は遮蔽物の後ろでお好きな対ショック姿勢を!」

 対一夏戦での決め手となった、試作型30mm機対機特装砲を取り出し安全装置を解除、前回のように咄嗟の適当な構えではなく、正式な構え方で、扉に垂直になるように狙う。

 発砲時はかなりの衝撃が発生するのだが、幸いここに居る人は全員素直に従ってくれた。

 

「撃ちます!修理費用は学園持ちでお願いします!!」

 両目は開けたまま。銃がブレないようトリガーをゆっくりと、撃鉄がトリガーから離れる直前まで引く。

 深く息を吸い、吐いて、最後の1ミリを、引いた。

ーーーーー

side一夏

「せりゃああああ!!」

「そこっ!!」

 俺が真正面から突撃、斬りかかる。

 黒い謎のISがそれを腕装甲で防いだところに、鈴が衝撃砲をぶちかます……

 

「っ!……ああもう!アンタなんなのよ!」

 が、放つ直前で飛んできた熱線に邪魔されて、届かない。

 戦闘開始から数分が経って、俺達は未だに苦戦していた。

 

「零落白夜も使えないしな…」

「全くもう、来るならせめて試合前に来なさいよ!」

 

 目の前の謎の黒いIS。熱線砲を2つずつ備えた太く長い腕、全身を覆う装甲とそこに配置されたたくさんのスラスター……見たことも聞いたこともない、謎のIS。

 その最大の特徴は、回避能力だ。

 

 俺の零落白夜はISのエネルギーシールドを無視して攻撃出来るし鈴の衝撃砲は白式相手なら一発でシールドエネルギーを76持っていけるぐらいの火力があるけど、それでも()()()()()()()()()()()()

 その回避能力は、はっきり言っておかしい。なんとか近づいて斬りかかっても機械みたいな反応速度と人間じゃあり得ない角度の海老反りで避けてそのまま熱線で反撃してくる。

 間違い無い、こいつ、()()()()()()()()()()

 

 それだけならただ当てにくいISってだけなんだが、問題は熱線砲だ。

 こいつは左右の肩に1つずつ、手甲部分に1つずつ装備されてるんだが、センサーによるとその全てがセシリアのライフルより高火力だ。射程範囲はISの武器としては狭いが、そうは言っても20mはありここにあるISの中では最長、そのせいで手出しが出来ない。

 

「鈴、あとシールドはどのくらい残ってる?」

 なんとか敵と距離を取り、鈴と合流する。なんでかは知らんが丁度向こうも動きが止まっている。もちろん警戒は続けるが。

 

「180、ってところね。そっちは?」

「60弱」

「衝撃砲で一発じゃない……しかも零落白夜はシールドも使っちゃうんでしょ?……ねぇ、言いたく無いんだけどさ、今の私たちだけでアイツのシールドを突破して機能停止(ダウン)させられる確率って、いいとこ1桁%ってところじゃ……」

 

 

剛ッッッッ!!!!

 

 

 ()()()()()、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

 思わず振り向くと、千冬姉達の居た方のピットの遮蔽扉に、小さな穴(センサーによると直径5cmだとか)が空いていた。

 

「……」

「……」

…………え?

 

 ちょっと意味がわからない事が唐突に起きて、俺も鈴も、それどころかあの黒いISさえもが、動きを止めていた。

 

ーーーーー

side巧

「まぁ、直径50mmじゃ駄目だよな。みんなまだ近づかないで、特に後ろは厳禁だ!」

 何故かみんな呆けているがとりあえず無視無視、銃身を通せるようにさっさと穴を広げよう。特装砲をピット内の汎用武器ラックに立て掛け突撃銃槍を展開、突撃用プログラム起動、先程の穴をロックオン。

 

「柄を脇で挟んでから腕部ハードポイントと接続…よし、尾部化学ロケット点火よし、横ジェットエンジン始動よし、機体主翼ジェットエンジン始動よし、背部推進器起動よし」

 全身の推進器の出力を上げながら足で踏ん張り、PICも使って出力が目標の値に達するまで耐える。

 

「よし、目標値到達……貫け!」

 瞬く間に距離が縮まり、槍が穴を捉え、ひび割れた装甲を砕きながら進み、止まる。

 ISの握り拳2つ分程度は通る穴を開けることに成功…これで今回俺の出番は終わりだな。

 

「セシリア、選手交代だ。後は頼む」

 槍を無理矢理引き抜き、灰影ごと格納する。

 

「…ハッ!?いやまてまて、さっきのライフルを使えば良いだろう」

 放心状態から復帰したようでなによりですが、それはちょっと無理な相談ですな織斑先生。

 

「残念ながら、特装砲は弾切れです。一発あたりの値段が相当高いので一発しか持たせてもらって無いんですよ。それで無くともクールタイムに1時間必要ですし」

「…なんと言うか、癖の強い銃ですのね……」

「零落白夜よりはまだマシだよ。しっかり構えれば弾道も素直だし」

 そもそも熟練者の織斑先生はまだしも初心者の一夏に零落白夜があっても…という気はする。するのだが、それをそれなり程度には使いこなせている辺り一夏の才能のトンデモさも垣間見える。

 

「とにかく、早いとこあの黒いISを撃墜しなきゃだ。セシリア、あの穴ならビットも通れるだろ?遮蔽扉の後ろに隠れてるから機体の制御以前に敵の攻撃が届かないし、例のBTレーザーライフル…スターライトmkⅢだったか?その穴からそいつだけ突き出して撃ってれば安全間違いナシだ」

「安全って……」

「すまん、安全は言い過ぎたな。でも盾として上等なのは保証する。実際凄いぞこの遮蔽扉」

 特装砲だけで十分な穴開くと思ってたんだけどな、思ってたよりずっと頑丈だったわ。

 それにしても流石セシリア、油断大敵って事をよく知ってらっしゃる。代表候補生は伊達じゃないってことか。

 

「そうでは無くて……まあ良いですわ。セシリア・オルコット、狙い撃たせて貰いますわ!」

 おうおう、そうしてくれ。

 

 後はもう、観測に専念させてもらおうか。

 敵IS…というかゴーレムは穴から出てきたビットや穴の向こうのブルー・ティアーズを警戒して明らかに動きが鈍くなっていた…が、それこそ失策だ。

 気を取られたところに凰さんの衝撃砲が放たれ、ゴーレムが避けた先に4筋のBTレーザーがBTビットから伸び、その網の目をくぐり抜けたところへ本命、ライフルからのBTレーザーが突き刺さり、ゴーレムの動きを止める。

 硬直したゴーレムに迫るのは一夏の白式、その十八番のブースト特攻からの零落白夜で真っ向唐竹割り。

 哀れゴーレムは2枚おろしで墜落。

 おや、みんなびっくりしているようだがどしたの一体?……ってそうだよな、それが普通の反応だよな。ゴーレムが無人機だって知らなかったら、真っ二つになったらショック受けるよな……いや一夏はそうでもないのか。さてはあいつ、剣を交えている内に無人機だって気づいたのか。本当になんなんだアイツ。

 

 さて、アリーナでの直接戦闘に参加出来なかったり、破片やら部品やらを回収出来なかったりとちょっと未練はあるものの、まあ外から挙動を見るだけでも得られるデータは膨大だし別に良い。これにて一件落着……

 

『バーストモード起動。熱線照射』

「は?」

 2枚おろしゴーレムのうち頭のついている方が再起動、熱線砲を備えた腕が痙攣でもしたかのように勢いよく持ち上がり、こちらを向く。

 

「っ!?させるか!」

「ちょっ待てお前シールド無い残り無い避けろ馬鹿!!」

 気づいた俺の制止を無視して一夏が飛び込み、俺は一夏へはどうすることもできずせめてピットへの被害を減らす為に灰影を展開シールドバリアに出力を回す。

 

「ちょっ、待って一夏!」

「があああ!!!」

 凰さんのタックルも一夏の白式のトップスピードの前には空を切り、一夏のブレードがゴーレムの腕を切り落としたその勢いで頭を潰し、放たれた熱線を全て受け止め、墜落した。

 

「嘘だろ…おい」

 コアネットワークから白式経由で一夏のバイタル情報にアクセスしようとして失敗、白式がエネルギー切れで展開を維持できなかったらしい。だが、少なくとも目を閉じて倒れたまま起き上がらない様子を見る限り、無事じゃない事は確かだ。

 理解が及ばず、手も届かず。思わず膝から崩れ落ちる。何もかにもに手が届かない。油断大敵がどうこう言っておきながらこのザマか俺は。

 

「っ、呆けている暇はありませんわ!先生、シールドの解除を!」

「っ!そうか、奴が撃破された以上、もうシールドシステムのクラックはなされていない。制御もこっちに戻っているはず!」

 そうか、システムクラックはあのゴーレムが起点となって行われていた。だからそのゴーレムが撃破されたから…ってそんなわけあるかよ。それより扉を壊したほうが確実…

 

「シールドは解除した!」

 いやそうはならんだろ。普通クラックしたなら解除機能そのものを削除しておくだろうに。

 

「いや、今そこを考えても仕方ない。今救援に、」

『シールド解除ありがと!このまま救護室に運ぶわ!』

「…うん、任せた」

 俺の言葉を聞いていた人が、いたかどうか。

 シールドが解除され、進路上になんの障害もなくなった凰さんの甲龍が、気を失った様子の一夏を救護室へ運んで行く。

 山田先生が救護室に連絡、一夏の受け入れ体制を整えた。

 織斑先生がやっと回復した通信機能で政府に連絡する。

 

 何も、出来なかった。

 

 いや、もちろん俺が開けた穴が早期解決に繋がったことは理解している。だとしても、友人が気を失ったというのが、それがこちらを狙った攻撃を受け止めてのことだというのが、どうしようもなく俺を動揺させ、激しい無力感を感じさせる。

 

 自然、無力感は怒りに変わっていく。

 

「……次はないからな」

 なんとか立ち上がり、拳を握りながら、薄情なほど冷静さを取り戻した頭が、次に発注するべき兵器の構想を始めていた。

 

「……楽しい、だなんて、不謹慎なのはわかってるつもりなのにな」

 今はただ、それを楽しいと感じてしまう自分が腹立たしかった。




さて、原作1巻編が終了しましたが、2巻編が始まるまで、作中時間であと2週間以上あります(クラス対抗戦が5月上旬、2巻冒頭が6月頭)。

では、その間彼は何をやっていたのでしょうか。無人機による学園襲撃という、最大級の厄ネタを目の当たりにした、彼は。


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第10話「台風一過の後始末」

side巧

「は、ははは、はははははははははははははははははは!!…………」

 私室に戻ったことで枷が外れ、ついに溢れた感情は、()()()

 あってはならないことに、俺はあの戦いを見て、何よりも創作意欲に駆られた。

 早く作りたい。早く造りたい。早く創りたい……あのゴーレムを倒せる装備を。

 ああ、苦しくて(楽しくて)たまらない。胸が締め付けられるほどにつらい(興奮する)。頭が後悔で割れそうになる(アイディアで破裂しそうになる)

 

 

 

「ノックノック、失礼しまーす……一夏、起きてるか?」

 一夏が運ばれ、我に返った後すぐ、震える足を叱咤し笑う膝を叩いて壁を伝い手摺に寄りかかり、なんとか一夏の寝ているベッドの前にたどり着いた時には、既に12時半すら超えていた。

 

「…………」

 絶句、とはまさに今の俺を言うのだろう。腕や脚、あちこちに包帯を巻いて血の気の薄い頬に絆創膏を貼った、痛々しい今の一夏の姿にかける言葉など、これまで15年と少し生きてきた程度の若造な俺の、薄っぺらい辞書にはあるはずもなかった。

 

「おい、一夏。起きろよ。なんで寝てるんだよ。なんでお前が、あんなに事件解決に尽力したお前が!ここで、こんな風にベッドに横たわらなきゃいけないんだよ……そこに寝るべきなのは俺じゃないのかよ。事件解決にあまり寄与出来なかった俺じゃないのかよ。なんで働かなかった奴が無事で、功労者がこんなに傷つかなきゃいけないんだよ……」

 ようやく絞り出した言葉に、応えるものは誰もなく、届いた者すら、いるのかどうか。

 

「こんな時でも、腹は減るのか……」

 本来なら昼休み開始に相当するであろうタイミングのチャイムが、事件により急遽休みとなった学園に響く。食欲の無い頭とは裏腹に、腹の虫が餌を要求するのを聞いた俺は、思わず呟いて、保健室を出る。

 誰もいない廊下、常に携帯している10秒メシを体内に放り込み、抑えていた感情が溢れる兆候を感じた俺は急いで私室へ戻る。

 

 

 

 頭の中のメモ帳には、精緻な設計図と精巧なアルゴリズム表。空想上のペンを取る俺は、恐ろしいほどに笑顔だった。

 

 悲しい(楽しい)苦しい(楽しい)腹立たしい(楽しい)……誰か、この苦しみを無くしてくれ(この楽しみを共有しよう)

 

 学園がゴーレムに襲われて、機材に幾らかの被害が出た。生徒も数名が避難のときに怪我をした。一夏に至っては全身打撲や多少痕の残る火傷に一度意識不明になるなど大きなダメージを負った。

 

「それなのに…それ、なのに!」

 声が震える理由は、怒りからか、楽しいからか。

 ああ、最悪(最高)だ、最悪(最高)だ、最悪(最高)だ。

 

 今もあの戦いが脳内でリフレインし続けている。あの時何があればもっと速く倒せたか。何があれば一夏に庇わせるまでもなく倒せたか。何があればもっと役に立てたか。

 

 考える事は同じなのに、湧き上がる感情が狂っている(狂っている)

 こんなにも被害が出た(興味深い)のに、こんなにも悲しい事件(楽しい思索)なのに、どうして俺は、こんなにも笑っていられる(悲しんでいる)のか。

 

 捻れた感情を他所に、冷静な理性は思索を続ける。

・ISはおろか、あの穴は人間の身体すら通れない。

・だが、穴の先に腕を伸ばせば、そこを基点に武装を展開することはできる。

・だからどうした?銃を展開するなら銃身だけ突き入れればいい。

・……BTビット?

・それ以前に、あの程度の穴しか開かなかったのは何故か。

・火力が足りないからだな

・火力…か……

・零落白夜はどうだ?遮蔽シールドごと壊せば良い。

・ミサイルだ、ミサイルはいいぞ。

 

 何をこんなに…なんで理性は冷静でいられるのか。そんな薄情さでお前()は一夏の友人を自称できるのか?

 

 

「俺は…人でなしだ…」

 せめてこの涙の理由くらいは、どうか悲しみでありますように。

 

ーーーーー

side一夏

「う………!?痛っ、痛たたた……」

 全身の痛みで目が覚める…目が覚める?いやちょっと待て、ここはどこだ?何があった?

「……思い…出した」

 確か、鈴と試合をして、黒いISが乱入してきて、それで……

 

「気がついたか」

 シャッ!カーテンが引かれる。確認する前に行動、間違いなく千冬姉だ。

 

「放課後まで寝こけるとは、相当な寝坊助だな……全身に軽い打撲と多少の火傷だ。多少痕は残るだろうが、大きな怪我は無い、安心しろ」

 まだ頭がボーっとする。放課後なのは窓から差し込む夕日でわかるけど……全身打撲ってどういうことだ?

 

「ISの絶対防御すらカットして零落白夜に回した挙げ句、白式の全エネルギーを使い果たして展開すら維持出来なくなってそのまま奴の残骸に激突だ。もう少しエネルギー残量に気をつけろ、馬鹿者」

 そうか、絶対防御が切れたなら全身打撲もあり得るか……いやちょっと待った、絶対防御って、確か解除出来ないようになってるって、この間習った気がするんだけど……

 

「まあ何にせよ……無事で良かった」

 そう言って微笑む千冬姉の顔は、いつもよりずっと柔らかくて……

 

「千冬姉、心配かけてごめん」

 そう口に出して謝らないと気がすまないほど、胸が罪悪感で押しつぶされそうだった。

 

「…し、心配などしてはいないさ。この私の弟だ、あの程度で死にはしないと分かっているからな」

 変な信頼のされ方、だけどそれも千冬姉なりの照れ隠しだと思えば嫌な気はしない。むしろ罪悪感の方が大きくなるくらいだ。

 

「…私は片付けが残っているのでな、そろそろ出る。お前も、動けるようになったら部屋に戻っても良いからな。そうだ、言い忘れていたがあの試合は無効試合だ、次はいつになるかまだ決まってないが、そのつもりで練習に励め。いいな?」

 何分そのまま沈黙していただろうか、耐えられなくなったように立ち上がった千冬姉が、ぶっきらぼうな口調で言い残して出ていった。

 戻っても良い、と言われてもな……まだちょっと痛むし、悪いけどもう少し休ませてもらおう。

 

ジャッ!千冬姉の開き方の方ががまだ優しかったと思えるくらい乱暴にカーテンが開かれる。というか千冬姉は別に閉めてなかったのだし、あれ以上開ける必要も無かったのに。

 

「よう、鈴」

「…元気そうね、一夏」

 やって来たのはセカンド幼馴染の鈴だった。こいつこそ元気そうで何よりだ。

 

「そう言えば試合、無効なんだってな」

「まぁ、そうでしょうね…」

「その、試合の決着ってどうする?次の試合も決まってないけど」

 正直もう、何が何でも決着をつけるという気は無い。無いが、それはあくまで俺の事情、鈴の意見を優先するべきだ。と、思ったのだが。

 

「そのことは…もう、別にいいわよ」

「…え?」

「わ、あたしがいいって言ってるんだからいいのよ!」

「そ、そうか……」

 いいと言うならそれで構わないが、それはそれとして。

 

「鈴」

「なによ」

「その…ごめん、色々と」

 これは俺のケジメだ。悪いと思ったら素直に謝る。悪かったと自覚があるのなら、謝らずに済ますわけにはいかない。

 

「……もう、いいって言ってるんだから別にいいのに……ムキになってたあたしがバカみたいじゃない」

「…え?」

「…なんでも、ないわよ」

 そういってそっぽ向く鈴。参ったな、また何かやっちゃったんだろうか、俺。

 

「あ、思い出した」

「…あによ」

 そう言えば、あの時もこんな風に、鈴は言い終わったあとそっぽを向いていたっけか。

 

「前に言ってた約束、正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?』だったなぁって。で、どう?自分で満足行くぐらい上達した?」

「え、あ…う……」

 心なしか赤い顔でしどろもどろになる鈴。その様子に、ふと昔考えたありえない想像がよみがえり、俺も顔が熱くなる。

 

「な、なぁ、その約束って、まさかとは思うけど、『毎日味噌汁を〜』とかの話……じゃあ、ないよな?」

「なっ!?ばっ………ばっ………ばっ………ばっかじゃないの!?!?!?!?」

「だ、だよな……流石に俺の深読みしすぎだよな……は、ははは…」

「そ、そそそうよ!そんなわけ、なななないじゃない。あ、あは、あはははは、はは……」

 恥ずかしい。なんで俺はこんな事を口走ったのか、自分で自分が理解出来ない。あれ、なんか顔が熱くなって、なんだかぼーっとしてきた……

 

「え、あちょっと一夏大丈夫!?一夏!?……え、えっと…一応脈はあるけど…めっちゃ速い……え、これホントに大丈夫?先生、先生!?」

 鈴の声がだんだん遠く、不明瞭になるのを感じながら、俺はゆっくりと、眠りに落ちていった。

 

ーーーーー

side葛城さん

 誰かの家や何らかの施設を訪問するとき、そこには守るべき多様なマナーが存在する。例えば、あまり服装が華美にならないように気をつけること、きちんと先方にアポイントを取ること、到着しても勝手にドアを開けず、インターホンを押して待つこと…そうそう、遅刻をしないことは当然なのだが、先方の準備の手間も考えて約束の時間に1分だけ遅れる、というマナーも地方や世代、職種によってはあるのだとか(まあ、個人的には眉唾ものなのだが)。

 

 さて、そんなマナーの中には『手土産を持っていく』なんてものもある。適当に済ませようとしてチンケな物を買うなんてのは厳禁だが、準備出来ずに先方の近場で買ったり、あるいは先方に気を使わせてしまう程高価な物を選ぶのもまた、同様にマナー違反だ。

 

 昨日、IS学園に"招かれざる"客の訪問があった。この客は、華美では無くとも物騒な服装で、アポイントも取らず、挙げ句インターホンを押すどころか天井を破壊して突入してくるという、もはやマナー以前の問題だった。

 ところがこの客は、手土産だけは律儀に持ってきた。それも、こちらが恐縮どころか疑念すら抱くほどに高価な代物……無人ISそのものだった。

 

「ただまぁ、それだけでその悪行が帳消しになるかって言うと……『ならねーよバーカ』としか言いようがないんだよね」

 1人、恨み節を呟いてみた所で、送られてきたデータが消えるはずもなく(もちろん消えてもらっても困るわけだが)…それでもこう言いたくはなる。

 "うちの子に変なことを吹き込むな"と。

 

「全く、巧君が笑い泣きで電話してきたときは何事かと思ったよ」

「そうだな…でも、かえって安心した」

「おわっ!?……坂上副チーフ、どうかしました?息子さんは元気みたいですよ。まあ、自分の倫理感の無さに絶望してるみたいですけど」

 ここで巧君の父親が登場、巧君に似て(まあ順番的には逆なのだが)そこそこ整った顔に、そこそこ恵まれた低めの声、そしてそれらを台無しにする伸び放題の髪と無精髭。普段通りのIS開発部門副チーフだ。などと考えた所でようやく、自分がだいぶ外界の常識に毒されたことに気づいて苦笑する。もっとも、これも広告塔の整備役(巧君のカウンセラー)として自分に要求される性能の1つなのだし、直すつもりは毛頭ないが。

 

「倫理感ね。そうやって悩めるなら十分すぎるぐらい十分だ、安心した」

「安心した、って……」

「人体実験の強要でもしなけれりゃ、十分に倫理的だろ」

 これだよ。うちの開発チームはどうにも開発以外を軽視する人が多い…いや、そういう人たちだからこそ、うちの開発チームに来たとも言えるのだけれども。

 

「まぁ無事ならいいんだ。一応無事だけど『神社生まれのTさん』のゴーレムに襲われたって聞いて心配になって仕事に手が付けられなくなってたからね」

「ええ、流石に『Tさん』関連は危険ですからね…」

「まあ、ここより学園の方が安全だし、現地で俺にできる事は何もないから、仕事するしかないんだけどさ」

 とはいえこれでちゃんと親としての愛情があるのだからよくわからない。いや、仕事一筋が過ぎて家庭をまったく顧みないとかそういう性の悪さはないから、別にいいのだけども。

 

「ところで副チーフ」

「なんだい?」

「襲撃があったの、昨日ですよ?」

「……は?」

「さてはチーフ、教えたら副チーフが仕事出来なくなるからって情報止めてましたね」

「あんにゃろ、今度の飲み会であいつの炙りエイヒレ全部食ってやる」

 などと笑っていられるのも、無事にゴーレムを撃墜出来たからこそで。そういう意味では、こちらも織斑一夏には感謝していたりする。

 

「じゃあ、デュノアからのいちゃもん対策会議が終わったら電話しよう。……それにしても、技術盗んだわけでもなし、デザインが似てるだけだろうに…なんでこんなに怒るんだ?あのおフランスの会社は」

「デュノアですね。どうもあそこ、転入生送り込んでくるらしいですよ」

「げ、勘弁してくれよ……待てよ、いっそ拉致して人質に…」

「したら国家問題ですからね?」

「ったく、分かってるよそのくらいは!……はぁ、どうしたもんかな」

 目がマジですから。副チーフ、やめてくださいよ?そういうの、本当にシャレじゃ済まされないんで。

 ともあれ、転入生注意報は、この先も解除されないってわけですかいな。どこぞの本名不明主人公じゃないけど、このくらいは言わせてもらおうか。

 

「まったく……やれやれ、ですね」

「はぁ?」

「副チーフに言ったわけじゃないですよ」

「そうかよ…」

 しかしまぁ、我々大人でさえ面倒になるのに。未成年には荷が重すぎる、なんでIS学園を未成年限定の学校にしたのやら。



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第11話「坂上巧は止まらない(前編)」

side巧

「…であるから、ここでこの値を移項すると…」

 熱線をシールドで受け止めながら全力前進して左腕の17式40mm機関砲を当て続けて…

 

「…と、このようにこれだけの操作で両辺の形がとても単純になります。このテクニックは覚えておくように」

 シールドが壊れる直前で右に旋回、同時に弾切れの特装砲を向けてブラフ牽制、しながら横転降下。

 

「他にはこう…このような方法もあるにはあります。ただ、詳しくは後期でやるので、今無理に覚える必要はありません」

 横転降下で位置エネルギーを捨てて得た、最高速度以上の速度に突撃銃槍の加速を上乗せ…

 

「……ねぇ、坂上君、聞こえてます?坂上君?」

 駄目だ。やられる。距離20mまで近づいた瞬間、唯一装甲で覆われていない顔面である口元に直接飛び込んできた熱線が灰影の絶対防御を削り切る……また勝てない。仕方ない。次だ。来るならさっさと来やがれゴーレム。次こそはぶち殺してやる……!

 

「坂上君、問題です。あなた、昨日何時間寝ました?」

「え、あ……ええと…?」

 瞬間、一気に意識が引き戻される。

 そうだった。ここはIS学園の1年1組の教室だ。しかも今日はクラス対抗戦から既に数日経っている。一夏ももう全快して、打撲の内出血も全く残っていない(確認済)。

 

 このところいつもこうだ。最初は寝ている間、次は一人で歩いているとき、やがて食事中、遂には授業中にまで、あの糞ゴーレムは侵略を仕掛けてくる。その度に俺は仮想の灰影で迎撃して、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、撃墜される。

…なんて考えている暇はない。今は数学の授業中、担当はフランシィ先生。まさか聞いていなかったとは言えない、黒板と横目で見た一夏のノートから質問の内容を考えると……

 

「ええと、この場合は逆に両辺を先に割ってから移項して整理するとこうなるので……」

 黒板の前に出て、解説したのだが、どうも教室の空気が異様だ。なんというか、信じられないようなものを見る目で俺を見る。それも全員……一夏もセシリアものほほんさんも、それどころかフランシィ先生すら含めて、全員だ。

 

「あの、また俺何か間違えました…?」

 おかしい、検算の結果はあっている。やり方も、教科書に乗っていた範囲で出来るものだ。何が駄目だった…?

 

「間違えた箇所が知りたいですか?」

「ええ、そりゃあもちろん」

「はぁ……正解は次の授業で教えてあげます。まずは寝てください。今日はもう部屋に戻って、しっかり休むこと。織斑先生から事情は伺っていますし、特別に出席停止扱いにしますから欠席にはならないので安心してください」

「え、え?」

 話の流れがわからない。出席停止?どういうことだ?伝染性の病気にかかってるのか?俺が。ないない、熱もないし喉も痛くない。腹は多少痛いし目が痛いがそれは昨日今日と食事を10秒メシで済ませたのと目の使いすぎだから関係ないし……本当になんでだ?

 

「本当にわからないという顔ですね。今日、鏡を見ましたか?ひどい顔をしてますよ?」

「ひどい顔…ですか?」

「ええ、まるで2日以上一睡もしていないみたいです。なので、寝てください」

 2日寝てない程度で寝ろと言われても……まぁ、仕方ない。とりあえず、放課後まで部屋に引っ込むか。

 

ーーーーー

side一夏

 思えば、数日前からその兆候はあった。例えば、歩いている途中、突然何もないところでふらついたり、話しかけても反応せず、肩を掴んで揺するまでこちらを無視し続けたり。

 

「ねぇ、ちょっとやばくない?」

「やばいのは前からだったでしょ。セシリアさんに抱きついて殴りかかったり」

「そうじゃなくてさ、それは『良い』やばさだけど最近の巧君はなんていうか…こう、地獄にいるような雰囲気で…」

「地獄って…」

 授業中にも関わらず、教室がヒソヒソ声で騒がしくなる。

 まあ、気持ちはとてもわかる。だけれども……

 

「はいはい、気になるのはわかりますが、今は授業に集中してください」

 だけれども、今は数学の授業中、わからないなりにでもちゃんと聞いて追いつかないと後々自分が困る。IS学園は座学の中間テストはないけれど、その分期末で全範囲をやるのだから。

……それにしても心配だ、放課後あいつの部屋に行こう。何か体調不良向けの料理を作って持っていこう。

 

ーーーーー

「でもまさか、あそこまで引きずってたとはな…」

 昼休み、日替わりランチを頬張りながら呟く。普段はキャイキャイと騒ぐ周りの女子たちも、今日はなにやら声を抑えて話している様子。

 聞こえてくる話題は、やはり大体が巧についてのものらしい。

 

「ああ、やはり一夏さんは聞いていないのですね?巧さん、あのあと酷く自分を責めていましたのよ。『何も出来なかった、指を咥えて見ていることしか出来なかった』ですって。穴を開けたのが誰なのか忘れたみたいに青い顔をしていましたわ」

「ああ、『なんで役立たずの俺が無傷で、功労者の一夏が意識不明にならなきゃいけなかったんだ』などと言いながらランニングマシンで走っていた。奴も曲がりなりに日本男児だということか。てっきり気に留めず機械弄りを続けるものだと思っていたのだがな…」

「民間出身で急拵えのISドライバーだから、目の前で起きた実戦が軽くトラウマになったのかもね。仕方ないことだけど、勝手に自分の戦果を低く見積もって勝手に落ち込むのは、見ててちょっとムカついたわ」

 俺と同じテーブルで食べているセシリア、箒、鈴が順々に説明?してくれた。

 

 そうか……俺はあいつのことを友達だと思っているけれど、それでも肝心なところで何もわかっちゃいなかったってことか…

 油断したのは俺だし、痣や痕の残らない程度の打撲だけで済んだし、なによりあいつが穴を開けたからあんなに早くセシリアが援護射撃出来たんだし。むしろ自慢しても良いくらいなのに。

 

「……馬鹿馬鹿しい。うぬぼれも大概にしろ、坂上…」

 まあ、放課後になるまで俺に出来ることはと言えば、せいぜいが箒に同意しつつ何を作って持っていくか考えるくらいなわけだが。

 

ーーーーー

side巧

「15式は悪くないが、弾が切れやすいのが難点か。意外と100発ドラムマガジンでもキツいんだよな…」

 通算500回目の被撃墜を節目に闘争より逃走を選んだ瞬間、意識が現実に戻ってきた。

 場所は寮の自室、書き散らかした設計概要図が詰まったパソコンの前に座ったまま呼吸レートがbpm20台前半にまで上がっていた。

 

 そんなことはどうだっていい、重要なのは新装備策定だ。候補は4つまで絞った。

 

一つ目、多連装の対空ミサイルポッド…可能なら撃ちっぱなしとマニュアル誘導が飛翔中に選択可能なもの。

……『BTビットのような多方向からの攻撃』と『直接射線を通さない壁越し射撃』を行うため。敵味方入り乱れる戦場で、或いは安全な物陰から、確実に支援射撃を行えるように。

 

二つ目、無反動砲或いはそれに相当する大型携行砲。特に試合としてのルールでは禁止されているナパーム系などを含む各種特殊弾が扱えるもの。

……単純な火力増強のため。あの無人機の後ろには必ず篠ノ之束がいる。実戦を想定するなら取れる択は多いほうが良い。

 

三つ目、リモコン起爆式粘着グレネード…可能なら投げたあとの着脱を選択可能な高弾性のカバーで覆われたもの。

……『閉所での非正規戦への対応』のため。篠ノ之束が敵なんだ、いつ何時襲われるかわかったもんじゃない。

 

四つ目、サブアームにより保持される耐熱シールド。

……前回作った手持ちタイプのシールドを使いながら攻撃するには、文字通り手が足りない。ブルー・ティアーズのレーザーも無人機の熱線も、被弾したときの計測データや一夏たちへの聞き取りからするに衝撃そのものはあまり強くない。なら、サブアームの強度はそこまで高くなくて良い。予算と期間はシールド側に重点を置くべきだろう。

 

 高熱重金属粒子ビームやレーザービーム…いわゆるエネルギー兵器はまだまだ研究途上、対人レーザー程度なら可能だが対ハードスキンでは火力が明らかに足りない。

 PIC搭載ビット…はエネルギーパックに難あり。かと言って大型にすると的になる。国連の下部組織が開発している疑似ISも、そこでかなり詰まっているらしいな。

 零落白夜?構造がわからんので模倣も何もあったもんじゃない。

 

 この辺まで書いて、一度メールを送信した。時刻は15:40、ちょうど放課後になった辺りだ。

 

「さて、整備室行くか」

 ガレージにある予備の腕と耐熱塗料、あと整備室に転がってる装甲板で4番目だけでもでっち上げておこう。

 

ーーーーー

side一夏

 さて、そんなこんなで放課後になったので、俺たちは荷物を引っ掴んで自室に戻り材料を取って調理室に駆け込んだ。

 

「昼休みに使用予約しておいて良かった」

 呟きつつも手際よく、鍋とおたま、米と片栗粉、みりんと作りおきのだし汁…などなど、必要なものを使いやすい場所に配置していく。

 

 今回料理を作るのは俺、箒、鈴の3人。このうち鈴は俺達よりも先に着いて、さっさと作り始めてしまっていたので邪魔するわけにもいかず、俺は箒と二人で少し離れた台所を使っている。

 

「なんでこうなるのよ!」

 鈴が何やら叫んでいる。あいつが料理で失敗するとは珍しいな。

 

 ちなみに、本当はセシリアも料理をしたがったのだが……まぁなんというか、その、分厚いオブラートに包んで言うと、セシリアは『料理がヘタ』なので……どうにかこうにか、滋養に良い紅茶を選んで淹れてもらうことにした。不思議と紅茶だけは絶品なんだよなぁ…

 

「それでだ、一夏。何を作るつもりだ?」

「とりあえず餡掛けのお粥と具無し味噌汁。あいつ最近食堂で見かけなかっただろ?新聞部の人に聞いたら、ここ最近チューブ入りの栄養ゼリーしか食べてないって教えてくれてさ。本当は肉料理でも持っていこうかと思ったんだけど計画変更だ」

 さて、始めるか。

 

 まずは、昼休みの内に水に漬けておいた米1/3合をざる上げ、400mlの水と一緒に火にかける。強火で沸くまで加熱したら、蓋をずらして弱火にする。

 

「これはどのくらい放って置くんだ?」

「先に水でふやかしたからな、20分でいい。この間に味噌汁と餡を作る」

 小鍋に汁椀2杯分の水を入れ、火にかけながら味噌を溶く。このとき鍋に直接ブチ込むのではなく、おたまで中の水を掬い、そこに味噌を溶いてから全体に混ぜるのがポイントだ。

 後は沸騰しない程度に弱火で温めて、味付けに多少柚子胡椒を振れば完成。

 

「味噌汁はもう完成なのか?」

「ああ、後は餡を作るだけ。というわけで箒は片栗粉小さじ2杯強を大さじ1杯で溶いてくれ」

 作業させないのも悪いので、とりあえず片栗粉を溶いてもらう。

 小さい鍋にだし汁醤油みりん塩を入れ、よく混ざったら沸騰させる。

 

「溶いたぞ」

「よし、じゃあこれを、おたまで混ぜながら回し入れる……これで餡も完成だ」

ピピピピ!ピピピピ!セットしておいたタイマーが鳴る。

 

「お、ちょうど炊き終わったか。じゃあ持っていくか」

「ま、待て。確かに私はほとんど作業出来なかったが、せめて持っていくくらいは」

「そりゃもちろん。片付けは俺やっとくからお盆であいつの部屋まで届けてくれる?昼確認したら鍵開いてたから多分中入れるだろうし、もし開いてなかったら俺の部屋に置いておいて」

 そうして箒を見送ってから、使ったものを片付けていく、んだけれども。

 

「あっという間に終わってしまった…」

 そう、使った鍋やおたまごと持っていったので、今洗って片付けられる物が極めて少ないのだ。

 どうせだし鈴の方を手伝おうと思ったちょうどその時、

 

「あ、あの一夏さん!」

 セシリアが(珍しく息を切らせて)駆け込んできた。

 

「何、なに、どうしたの」

「その、巧さんが…」

 なるほど、先生は巧に寝てろと言ったのだが、寝たのは巧ではなく神様の方だったらしい。

 

ーーーーー

side巧

「この大馬鹿もの!!!」

 閑さや 岩にしみ入る フルボイス

〜坂上巧 心の川柳〜

 冗談はさておき、かなりこっぴどく絞られた。いや絞られてる。現在進行形で絞られてる。

 場所はIS学園の保健室のベッド、俺のいるベッドを取り囲む様に1年の専用機持ち全員(もちろん俺は除く)と眼鏡っ娘と養護の先生(名前は忘れた)が立っている。

 

「全くお前は、周りの気持ちも考えずに訳のわからない無茶をして…」

 ちらりと一夏の方を見る。どうか篠ノ之さんを止めてはもらえないだろうか。

 

…そうですか。『お前が全面的に悪い』ですか。

 助けてください、眼鏡っ娘…じゃなくて更識簪さん…ダメだ目線が冷たい。具体的には-273℃くらい。うん、絶対零度直前ですな。0.15℃暖かいのは最後の温情か何かだろうか?

 

 さて、10秒メシは取り上げられてしまったので、この餡掛け粥と卵野菜入り麺(凰さん曰く、湯麺という中国の病人食だとか)を食べつつ説教を聞き流しつつ、何が悪かったのか思い返してみようか。

 

 お、この紅茶ラベンダー入りなのか。いい匂いだな。……このスコーン、苦味が強いのだけは難点だな。

 

ーーーーー

「さて、と。設計そのものは終わってるし、まずは手首の取り外しからやるか」

 ガレージから素材を持ち出し、作業台に置く。

 強度を担保する為に複数の方法で補強されている手首を外すのはなかなか骨が折れたが、構造は何も見ず書けるくらいには頭に入っているので特にパーツを傷つけることもなく取り外しに成功する。

 

「何、してるの?」

 お、眼鏡っ娘登場。こいつになら話しても良いだろう。もちろん篠ノ之束対策だってことまでは伏せるが。

 

「新装備開発。この間の無人機襲撃事件の戦訓を活かしたものを開発中だ」

「そうなんだ。確かに、ゴーレムは強かったもんね」

「ああ、あの熱線砲はなかなか強力だったからな」

 普通に受け答えてから、しまったと気づく。ゴーレムって名前を知っているのは、普通はアレの関係者くらいなもので、そこからは普通に考えるとテロ首謀者と同じ陣営だという結論を導き出せる。 

 あの時ゴーレムって名前を漏らした俺のミスだな……

 

「……ねぇ、あの時のこと、だけど」

「……ああ、襲撃と避難誘導、大変だったよな」

「そうじゃなくて」

「あのあと一夏を見舞いに行ったんだが、俺が行ったときにはまだ寝コケててな、」

「はぐらかさないで!……ねぇ、巧。何か、あの機体と、関係が、あるの?」

 一歩ずつ、一言ずつ、こちらに詰め寄る眼鏡っ娘の、その眼鏡の奥の双眸には、その背丈とは裏腹に何やら抗い難い威圧感が備わっていた。

……だが、

 

「無いとは…まぁ、無いとは言わない。でも、あの機体に関わるのは止めておいた方が良い。もしも!…もしも、五体満足でトラウマを負うことも無く、普通に長生きがしたいなら…な」

 こればかりは譲れない。大森の人間として?後ろ暗い経緯で入手したISのドライバーとして?違う、純粋にこいつの友人として、ここは譲れないに決まってる。

 

「俺だって、あの機体について知ってることはかなり少ない。だけど、それでもわかる事がある。俺たち一般人は、本来決して、あの機体と関わっちゃいけない…言えるのはここまでだ。これはアンタの事を思って言ってるんだからな」

 ああそうだ。コア入り無人機なんてやばいブツを使う勢力について調べようなんざ、バカのやる事だ。

 

「……」

「…………はぁ、とりあえず、今は聞かないでおく」

「…賢明な判断を支持するよ、それが身のためだ」

「でも一つだけ」

「…内容による」

「今回のテロを起こした存在と、あなた達は利益関係にあるの?」

…まったくこの眼鏡っ娘は。そんなに危ない橋渡るのが好きなのか?もう少し安全な橋を探しなさいな…

 

「誓って言うが、無い。というか、どちらかというと向こうは俺達のこと嫌いだと思う」

「そう?……なら、そういうことにしておく」

 その言葉を境に、気温が2度ほど暖かくなったような、そんな感覚を覚えた。

……いや違うな、逆だ。知らぬ間に吹き出していた冷や汗を拭いながら俺はようやく理解する。

 この眼鏡っ娘のプレッシャーは、そういった気配に鈍感な…つまり素人の俺にすら体感温度が2度ほど下がったように思わせるほど鋭いものだった、ということだ。

 

「とりあえず、今はあなたを信じる」

「そうかい、それはなによりだ。他に質問は?」

「……無いよ」

「じゃあ、シールドのデザインについてアドバイスをして欲しい。こう、バックパックから伸ばすサブアームに…」

 暗転、急に向きを変える重力、ドサリ、と落下音(何か落としただろうか?)、黒い視界に白い光が瞬間破裂して、消える。

 

 ええと、これはあれか。久々の仮想ゴーレム大量発生のお時間か。

……夢の中くらい、出てこなくても良いのにな。

 

ーーーーー

……とまあ、そんなこんなでよくわからない空間でゴーレム10機相手に足掻いては奮戦虚しくぶち転がされて、足掻いてはぶち転がされて……

 どうにか連続30分生き延びた辺りで、知らない…けれども明らかに学校内であろう天井が目に映る。

 

 背中から伝わるベッド用スプリングの感触…ベッドに寝かされているのか。

 清潔な、見覚えのある天井…多分校内。それもおそらくは『IS関連施設』としての区画ではなく、『高等学校』としての区画だろう。

 鼻を微かに突く薬品の臭い……化学室に置いてある物というより、消毒用アルコールや湿布薬といった医薬品だろう。

 

 そこまで考えて、ようやく『何らかの理由でブッ倒れたので保健室に搬送された』という結論に辿り着いた。

 

「さて……紙とペンは……あれ?無い!」

 せっかくゴーレム10機相手にデスマッチをしたのだ、特に最後の30分の戦訓を反映したバージョンを書き上げてしまいたかったのだが……

 

「これが欲しいか」

 おん?居たのか篠ノ之さん。何やら笑顔でどうしました?

 

「篠ノ之さんが持ってたんですねもちろん欲しいです是非下さい」

「そうか、欲しいか……」

 俺が食い気味で正直に答えると、上がった口角をピクピクと震わせながら

……あれ?怒ってらっしゃる?何故にWhy?

 

 なんて考えていたら、雷が落ちた。

 

「この大馬鹿者!!!」

 

……と。落ち度1つも見つけられずに時系列が今に戻ってきてしまった。どこに落ち度があった?

 

 相変わらず眼鏡っ娘と一夏の目線は冷たいし、保健室の先生は呆れ顔だし、ホントもうなんなんだよ!

 

「ごちそうさま。後で何使ったか教えてくれ」

 食事を終えてなお話が終わらなさそうなので、身体を起こしてベッドから降りようとして、先生に止められる。

 

「駄目です、寝不足なんだからしっかり休みなさい」

 もちろん、俺の返答は決まっている。

 

「おかげ様でしっかり休めました。もう大丈夫です」

 ああ、本当に大丈夫だ。頭もスッキリしている。

 

 そうやって、立ち上がろうとして、

 

「だめ」

 眼鏡っ娘に、止められる。

 

「なんでだよ、俺はもう大丈夫だぞ?」

「違う。緊急事態だから辛さを感じていないだけ。それに、今ここで消耗しても良いの?」

「へ?……消耗って何だよそれ。ちょっと夜ふかししすぎただけだろ?大袈裟だよ」

 急に妙なワードが出てきて思わず素の反応を返してしまうが、軽い調子を作って大したことないように装う。

 

「はぁ…みんなは、もう戻って良い。後は私が説得する。先生も、ちょっと出ていてもらえます?」

「え、えっと…?なんでか、聞いてもいい?」

「すみませんが、プライベートな問題なので」

「そ、そう……?」

 おっと-10℃の目線を先生に向け始めたぞこの人。

 

「で、でも…」

「これは()()()()()()()()()()()ので、お願い出来ますか?」

「え、ええ……」

 何故そこで家庭の問題って強調する眼鏡っ娘。そして何故にそこで引くのだ先生。

 

「……さて、今ここには私達以外いない。あの扉は防音仕様だから、外の彼らに会話を聞かれることもない。だから、この会話の内容を知ることができるのは私達だけ。いい?」

 そんなこんなで全員退出、他のベッドにも人はいないので、正真正銘密室に二人きりだ。それに何故か眼鏡っ娘は俺のベッドの周りのカーテンを閉め切り、2重密室にしたのだが。

 

「それは、まあそうだろうけど。で、どうするって?」

 事情が事情だ、例え血反吐吐いてもこのマラソン大会はやめられない。やめたくも無いが。

 

「例の無人機、『ゴーレム』だっけ。アレの首謀者って」

「おい、その先は!」

「…わかってる。でもここまで言ったら同じことじゃない?」

「それは、確かにそうかもしれないが。それでも自動盗聴システムが特定ワードに反応して通報する仕組みかも知れない。迂闊な発言は」

「大丈夫、盗聴器は無いよ」

………は?

 

「無いよ、盗聴器。レーザー盗聴もこうしてカーテンで閉め切ってるからかなり難しいし、聞かれる心配は少ないよ。だから、」

 そう区切って、眼鏡っ娘は言った。

 

「まずは質問。あなた、このまま燃え尽きるなんて贅沢する余裕あるの?」




彼は止まりません。ですが、必ずしも独りだけで走り抜く必要もありません。


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第12話『坂上巧は止まらない(後編)』

side巧

「わかりにくかった?なら言い方を変える。篠ノ之束相手に、こんな無茶で対抗出来るの?」

 そう言って、俺の顔を指差す。

 

「目の下の隈、ボサボサの髪。あなたが立場上身なりに気を使うべきことすら理解していないとは思えない。なら、その惨状は身なりに気を使うことが出来ていない、()()()()()()()()ということ。それで良い仕事が出来る筈もない」

 いつもの口調、いつもの声色、しかし気配が違う。なんだ、何が違う?

 場違いな困惑をする俺に突きつけられたのは、俺のメモ帳。

 

「先に謝っておく。勝手に中身を見てごめんなさい。その上で聞くけど、これは何?」

 何って……

 

「こう、後ろからサブアームを伸ばしてシールドを構えさせて…」

「違う」

 困惑しながら説明を始めた途端、遮られる。

 

「そのくらいはわかる。そうじゃなくて、ここ。これは、何?」

「ここ、って……」

 指し示す場所を見、ようやく気づく。

 

「……なるほど。確かにおかしい…が、それはただの計算ミスだ。たまにあるだろ?」

「そう。ならこれは?」

「これ……は書き間違いだな。珍しくはあるが、まあ概論図だしな、そういうこともある」

「そう?なら、これは?これは?これと、これと、これもおかしい。あなたらしくもない、些細なミスの多発」

「修整前提の図面にそう言われても…」

 たじろぐ俺に、眼鏡っ娘は更に畳み掛ける。

 

「おかしい、さっきは設計図と言っていたはず」

 そう言えばそうだったか。多少曖昧になっていたらしい。

 

「あなた、戦場でも、同じことをするつもり?」

……確かに、そう言われると返答に詰まる。

 

「だけど」

「だけど、じゃない。効率を優先するにしても、周りを守りたいのだとしても、いや、それならより一層、きちんと休息をとって」

 こうまで言われてしまえば、もはや俺に言い返す余地は無い。

 

「……わかった。必要な休息は取ることにする」

 俺に出来る事はと言えば、そう言って起こしていた上体をベッドに横たえ、布団に潜り込むことだけだった。

 

 目を閉じ、布団の温もりに包まれる。眠気は来ないが、どうせ眠ってもゴーレムの群れに襲われるだろうことを考えれば、それもまた幸せと言えた。

 

「……」

「……」

 言いようのない、安心感に包まれた沈黙が場を支配する。

 先程まで身を焼いていた焦燥も、効率よく働くなら尚の事休息が必要だ、ということで今は鳴りを潜めている。

 

「それで…」

「…なに?」

 高校の医務室にしてはフカフカのベッドを堪能すること十数分、眼鏡っ娘がまた話しかけてきた。

 

「今後の対策だけど、私にも参加させて」

 恐竜の時代を終わらせたユカタン半島沖の隕石に匹敵するほどの衝撃が俺の頭を打つ。

 

 何のために。何故。どうやって。何が狙いだ。自分の言ったことを忘れたのか。危険だぞ。…そういった言葉が次々と脳裏に浮かんで、

 

「……」

 声を成す前に、俺の頭の冷静な部分によって止められる。

 いいか、よく考えろ。これはチャンスだ。こいつの有能さを思い出せ、大森で囲いこめば機動兵器としてではない、パワードスーツとしてのISについての理解で大きな進展が見込める。それは、確実に対篠ノ之束に於いて役に立つ。

 だから、否定するのではなく、動機を聞き出す。

 

「それは…ありがたいけど…どうして?」

「それは…それは、さっき言った私の家庭の話」

 そこで一度区切り、深呼吸した眼鏡っ娘は、何かを覚悟したような顔で言った。

 

「私の名前は、更識(さらしき)(かんざし)。ここの生徒会長の更識楯無は私の姉」

 気の合う友人の姉は、第2種警戒対象だった。篠ノ之姉妹といい、織斑姉弟といい、俺の周りこんなのばっかりかよ!

 ああ、もちろん織斑先生…織斑千冬も警戒対象だ。篠ノ之箒と織斑一夏が幼馴染、篠ノ之束は箒の姉、織斑千冬は一夏の姉、そして箒は一夏の、束は千冬の同級生…当然警戒するべき対象だ。が、この話は今はおいておく。まずは目の前の問題に取り掛かるべきだ。

 

「……続けてくれ」

「……そっか、そこまでは知らないんだね。私達…お姉ちゃん達更識家は、昔から日本の暗部…特に防諜関連を担当してきた家なの。言うなれば、『対暗部用暗部』かな」

「つまり…あれか。『篠ノ之束と思しき勢力がIS学園(日本の庭)を荒らしたから対応しなきゃならない』ってことか」

 頭の中の何かが急速に冷えていくのを感じながら、応える。

 

「……私は、更識として最低限のことしか学んでないし、お姉ちゃん程優秀でもない。更に言えば、それほど国防に熱心なわけでもない。だけど、力があるのに黙って見過ごすのは…やっぱり嫌」

…んん?話が妙なことになってきたな?

 

「ええと、つまり…義憤…?」

「義憤って言うか、なんて言えば良いのかな…端くれでも更識で、しかも日本の代表候補生の私が動けば、問題が悪化するのを少しでも防げるかも知れないって、そう思ったら、何もしないなんてそんなことは…出来ないから」

 サラッと代表候補生だってトンデモ情報が出てきたのだが…というか眼鏡っ娘…じゃなくて簪さん、意外と激情家?

 いや、だがしかし、言ってることはそこまで間違ってもいない。更識というのは置いておいても、ロシアの国家代表の妹にして日本の国家代表候補生、これは確かにそこそこ大きなカードだ。

 

ここで、大きな疑問が生まれる。

 

「ちょっと待て、日本の代表候補生って…」

 代表候補生というのは、普通大々的に発表するものだ。それが例え、専用機を持たないのだとしても。

 俺はIS学園への入学にあたって、在学している/する可能性のある年齢の代表候補生を全て暗記してきた。その中に、更識簪の名前は無かったはずだ。

……いや、1つだけ、可能性がある。

 

「そう。私は、私の乗る()()()()()機体は、」

 こいつは、少しばかり一夏を目の敵に…とまでは行かずとも、少なからず悪感情を抱いているようだった。

 

「『打鉄弐式(うちがねにしき)』、打鉄の後継機になる()()()()()機体。それが、私が代表候補生であることが公表されていない理由。それが、私が織斑一夏に良い印象を抱いていない理由」

 

ーーーーー

 1つ、思い出した話がある。

 

 俺がISに乗れることが発覚する2、3週間程前、IS開発部門…当時はまだIS『関連装備』開発部門だった…に遊びに行った時のことだ。

 

「はぁ…」

「どうしたんです?そんなつまらな気な顔して」

 顔馴染みの兵器開発者が少しいじけた顔をして10秒メシを啜っていたので声をかけてみた。

 

「いや、ね?倉持が急に依頼をキャンセルしやがってさ。そのせいでプロジェクトが潰れたのさ…ちくしょー、俺の数カ月がパーだ。せっかく多目標同時ロックオン用モードの基礎まで書き終わったのに…」

「何を開発してたんです?多連装砲かなにかで?」

「惜しい、多連装ミサイルだ。打鉄の後継機に積む予定って話でな、利益が見込めるからって予算注ぎ込んでもらえてたんだけど、その話が何故か急にキャンセルになったからね…」

「…大体がIS相手にミサイルは不利ですしね……小回り効かないし、スペース取られるし、初速小さいし、威力当たりの単価も高いですし…」

「ズルいよISは…俺みたいなミサイル一本の奴はおまんま食い上げしちまう。大森(ウチ)は上が()る気あるから良いけど、大抵は冷遇されてる。ウチに1班まるごと元アメリカ人のチームあるでしょ?アレ、部署まるごと首切られたのをそのまま召抱えた奴なの。まあつまり、そういうことがあるくらい、ミサイルの未来は暗いって話」

 

ーーーーー

 っと、途中から関係ない話まで回想が進んでしまったな。

 まあ何が言いたいかというと、この話、簪さんの話、そして一夏のことを考えると…

 

・簪さんが日本代表候補生として決定、専用機の支給が確定していたので完成を待って発表することになった。

・何らかの理由で、倉持が白式開発に専念することが決定(実は一夏のIS適性がより早くに見つかった、零落白夜の手がかりを掴んだ、篠ノ之束とコンタクトをとった……どれが正解かはわからない、今はおいておく)、打鉄弐式が計画中断

・専用機が完成しないので代表候補生として発表出来ない(公表すると専用機関連のグダグダっぷりまで明らかになりかねない)。

・一夏が発見され、白式の優先度が『専念』→『総力を挙げる』に変更される。打鉄弐式は完全に計画凍結。

 

…とまあ、多分こういった経緯なんじゃないか、と。俺はそう考えたわけだ。

 

「白式の優先度が『専念』になった段階では『機密』の一点張りで倉持の内情はわからなかったけど、大体それで正解」

 おお、俺の憶測も案外捨てたものじゃ無かったらしい。

 

「ってことは、打鉄ベースで設計してたあの機体は…」

「そう、打鉄弐式。あっちが計画を放棄したのだから、私が拾って完成させても、何も問題は無い」

 権利的にはそうだろうけど…まぁ、そこはツッコムべき所ではないだろう。

 

「まぁ、何であれ優秀な簪さんが協力してくれるなら助かる。それなら、1つ頼まれてくれるかな?」

 必要なのは戦力増強、ちょうどそのためのプランを用意したところだし、その実現に協力してもらおう。

 

ーーーーー

side巧

 とまぁ、そんなことがあった週の土曜日のこと。

 

 IS学園からヘリで向かった近場の演習場、さらにそこから輸送機の定期便に乗って向かった山間部。そこにあるのはOGHの開発拠点、前身になった大森財閥が旧軍の兵器を開発していた時代から使い続けている場所であり、俺にとっては小さい頃からよく連れられて来た馴染みの遊び場でもある。

 

『新型特装砲、試験ナンバー3-8、試射1分前』

 俺は今、その"遊び場"の地下深くに存在する『高火力射撃装備用地下試験場(オトナの火遊び場)』で灰影に乗り、30mm機対機特装砲の増加試作型を手に持って、実験を見ている全ての人にスピーカーを介して警告をしていた。

 

『退避完了!』

 灰影のシールドバリアで守ることのできない、俺以外の人間が全員、中規模核融合炉丸ごと1つ分の電力を食う高出力エネルギーシールド(まあ高出力といってもISの通常時のシールドバリアの8割程度でしかないが)で守られた観測室に退避した事を確認して、手元の試作品の安全装置、その最後の1つを外す。

 

『発射用意…構え!』

 この実験の責任者をしているIS開発部門第2班班長が、先の観測室から指示を出す。

 俺はその声に従って構え、先程の物と同一出力のエネルギーシールドを纏った3km先の高硬度標的に狙いを定めて、灰影の腕部関節を新たに設定した反動制御モードでロックする。やらずに試射した結果反動を制御しきれず跳ね上がった銃身が頭部装甲の顔面を直撃した試験ナンバー1-5の教訓から学んだのだ。

 幸いその時は、灰影が本気の絶対防御を働かせてくれたこともあってかシールドエネルギーが6割5分ほど消えるだけで済んだのだが、毎回毎回そんな幸運に頼り切るわけにも行かない。

 

『発射5秒前!』

4、深く息を吸い。

3、2、ゆっくりと吐き。

1、少し残して止めて。

0……引き金を、引く。

 

ーーーーー

 実験の全行程を終え、灰影を降りて伸びをしながらエレベーターで地上に戻り、IS開発部門第2班…つまり、ISの装備…特に火器や盾、その他戦闘に用いるものの研究・開発を行う班、その長の部屋である班長室に向かう。

 ノック、名前を言って入室許可を求める。いつものことだが、立場上やらないわけには行かない儀式のようなものか。

 

「失礼します」

 許可を得たので、中に入る。

「試射お疲れ様。バイト代はいつもの口座に振り込んどくから。はい、これ明細ね」

 テストシューターとしての単発バイトの給与明細を班長から受け取る。一、十、百、千、万…これ以上は秘密。

 

「酷い目に遭った…特装砲の8番弾薬はお蔵入りにしたほうが良くないです?班長」

 明細に書かれた金額に頬が緩むのは抑えきれないし、私生活ではお互い肩肘張るわけがない関係なのだが、それでも今ここでの立場は上司と部下…厳密に言うと班が違うのだがそこはともかく…言葉遣いだけでも体裁は整えなくてはね。

 

「そうね…流石にあのじゃじゃ馬は…でもあの威力は捨てがたいし…」

「じゃじゃ馬どころじゃ無かったですよねアレ。3号試作銃と組み合わせた3-8のとき、機関部からバックファイア噴いてたんですが。破損は無かったのでもう構造的限界では?そもそもガス漏れしたらせっかくのAS薬も意味ないのでは?」

「うーん、でも…」

 まだも愚図る誰2班班長。頭掻きむしるのは別に良いですけど2週間風呂入ってないその髪触ったら手が脂でベトベトになりますよー?

 

「…一人のドライバーとしては、試験ナンバー2-6辺りが丁度良いと考えます」

「うーん…とりあえず参考にする………巧〜〜」

 うわっと、今日はもう仕事終わりのつもりらしい。

 

「ちょっとちょっと、まだ終わってない仕事とかあるんじゃないの?()()()

 抱きついてきた班長…じゃなくて母さんを抱き止め、頭を撫でる。こうすると落ち着くらしい。うわっ、髪の毛ベトベトだ。

 

 あ、こちら大森重工IS開発部門第2班班長こと、俺の母さんです。ちなみに父さんはフレームや推進システムその他機体そのものに関わる分野での開発・研究をする3班の班員と部門全体の副チーフを兼任してたりする。

 それはそうと、抱きつくのも頭撫でてもらうのも俺じゃなく父さんにやってもらえ!と思ったのも2度や3度ではないのだが、母さん曰く別腹なんだとか。なんじゃそりゃ?

 

「大丈夫、上司だっていっつもいっつも休め休め煩いからちょっとくらい目を瞑ってくれるよ」

 うん、杞憂だったわ。そう言えばむしろ普段から休めって言われてる側だったわこの2、3班全員。俺とは大違いだ。

 まあ、このワーカホリック狂人集団の話は置いておいて夕食だ夕食。

 

「それより母さん、今日は夕食何が良い?」

「10秒チャ…」

「駄目です。今日はちゃんと文化的で健康的な、きちんとした食事を取ってもらいます」

 

ーーーーー

「社員食堂、意外と使う人もいるんだね」

「そりゃまあ、PMC向けの装備開発班とか自衛隊向けの装備開発班とか、IS研究開発部門でも第6以降の連中は世間一般で言う『常識』のある奴らだからな」

 俺は今社員食堂に来ていて、軽食と称してハンバーガーをパクついている。同じテーブルには両親がいて、なにやら楽しそうにこちらを見ている。そんなに見てもハンバーガーはあげないぞ。二人は10秒メシを食べ終わってしまったが、一応は数週間ぶりの家族揃っての食事だった。

 

「というわけで、今晩の夕食は出前のお寿司です」

 スマホを取り出し、予め注文しておいたデリバリー専門の寿司屋のHPを見せる。

 

「お寿司かぁ……」

「高かったでしょ?もうちょっと手軽につまめるもので良かったのに」

 親二人がブー垂れるが知らん。このくらいはさせてもらう。

 それにしてももっと手軽につまめるものって……お寿司は充分につまみやすい食べ物だと思うけど?二人とも乾燥ブロック食品(例:某カロリーの友)や10秒メシで感覚壊れてません?

……なんてのは軽くブーメランな気がしないでもないのでおいておく。

 

「別にそれほど高くもないよ。松竹梅の竹だし、寮にクーポン届いてたし、なにより大卒新社会人の平均を上回る基本給とかもらっても寮生活してる高校生だからほとんど貯金するしか無いし」

「いやいや、あれは適正な金額だよ。……基本給はね」

「常にテストパイロット手当が支給されてるだけで、基本給は適正金額だよ。……食費とか光熱費とかが経費で落ちたりしてるけどね」

……まあ良いか。どうせ他勢力に脱走しないように繋ぎ止めるための好待遇だ。せっかくだし存分に甘い汁吸わせてもらいますか。

 

「だいたい『初任給で両親にプレゼント』ってのは夢だったのに二人とも受け取ってくれなかったし、このくらいはさせてよ」

「それなら前にも言っただろう?別にこっちが生活苦なわけでもないんだ、高校1年生はまだ自分のためにお金使いなさい。使わないなら貯めなさいって」

「まったく…お父さんったら相変わらずね。巧は…まあ絶対評価で言えばアホだけど、少なくとも働き始めた頃のあなたよりはアホじゃないわ。っていうか強制されたわけでもないのに初任給全部を親孝行に使ったせいでその後1ヶ月ジリ貧生活になるなんて、日本広しと言ってもあなた位なものじゃない?」

 マジか、父さんそんなことやってたのか…ってかアホって言うな!……まあアホなのは事実なんだよな…じゃなきゃIS学園にも来る必要はなかったし……

 

「いや、これで良いのか」

「ん?どうした巧、自分のアホを肯定すると治らなくなるぞ」

「なんでもないよ、ただちょっと、あの時ISコアに触って良かったなって思っただけ」

 それを聞いて目を丸くする二人。なんだよ、これでも自在に空を飛べて嬉しいんですよ?

 あとまぁ、メカニック志望のコースも2年以降はあるらしいし、そっちのコースに行ければ万々歳…ってところか

 

「…そう言えば」

「どうしたの?」

 母さんがふと、不思議そうな顔で首を傾げる。

 

「最近第3班が妙に忙しいけど、何やってるの?」

 ああ、母さんは"アレ"について、まだ知らなかったのか。

 

「ちょっと、第3班ならではの装備開発を…ね」

「なになに、脚部ブースターパックか何かでも作ってるの?」

「ブースターパック…まぁ、ブースターパックとしても使えないわけではないけど…」

「それが本質ってわけじゃない。な、巧」

 仕事中ならともかく、家族の会話で出た話題だ、すぐにバラすのは面白くない。

…っと、そろそろ帰らないと

 

「さて、そろそろ行こうか。アレの話なら帰ってからでも出来るからさ。それよりも、寿司が届く前に家に着きたいし、ある程度飲み物も買っていこう」

 帰ろう、我が家に。寿司を食べるために。

 

ーーーーー

 なーんてことがあったのが一昨日の事、今日は月曜日、時刻は午前5時。正直めっちゃ眠い。

 目が覚めて最初に考えたことは、『寮に戻らず実家から登校するべきだった…』だ。

 いや、寝苦しかったとか悪夢を見たとかゴーレム軍団に睡眠妨害されたとかそういうわけではない。問題は、今俺の隣にいる人物だ。

 

「昨晩は…お楽しみでしたね♪」

「何故ここにいる」

 ベッドの上から蹴り落とそうとしたが、当たる前に飛び降りて回避される。

 

 寝ぼけ眼だったからいまいち確信が持てていなかったが、この動き、この声、間違いない。

 

「俺に何か用ですか。納得のいく理由が無ければ先生に突き出しますよ、更識生徒会長」

 幸い、と言っていいのかわからんが今回は寝間着姿でご登場の更式楯無さん、どうやって入りやがった。

 

「あらあら、そんなに邪険にしなくても。取って食べたりしないわよ?」

「邪険にされたくなければ、制服姿…とまでは指定しませんがTPOに合った格好で、不法侵入せずに会って下さい」

 とりあえず、不法侵入への抗議として投げるため、先程から待機状態の灰影を操作して格納領域内のスタングレネードのピンと安全レバーを外そうとしている。…のだが、これがなかなか難しい。終わるまで会話で時間稼ぎだ。

 

「で、何しに来たんですか?」

「もう、快復祝いに決まってるでしょ?」

 そう言いつつ広げた扇子は、何故かすごい達筆で『祝福の時来たれり』と書かれていた。俺は最高最善最大最強の魔王じゃないぞ。

 

「そうですか。ならまともな格好で和菓子でも持ってきて下さいよ会長。連絡してくれれば急須でお茶でも淹れておきますから」

 接待用の『実弾』(お茶っ葉)はまだ切らしてないから大丈夫…なはず。

 

「あらあら、お茶会のお誘い?そうねぇ、羊羹ならすぐに作れるかしら」

 お茶に合う和菓子を用意するという段で自作という、発想が出てくる辺り、流石は女子校の生徒会長……なのか?よくわからん。ともかく、会長は斜め上に顔を向けつつ目を瞑っている。

 よし、視線が外れた。スタングレネード投擲!

 

「タイミング良し、発想も悪くない。でも後ろ手で十徳ナイフ(待機形態のIS)を弄りながら話をするのはやめなさい」

 刹那、虚空から現れた水球にグレネードが飲み込まれる。

 やられた。『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の液体の水を操作する能力か。両手は空だったから油断していたが…

 

「失点その2。一ノ太刀が駄目ならニノ太刀、三ノ太刀と続けなさい。でなきゃこうなるわ」

 瞬き1つ分の間があったかどうか。気づけば首元にIS用のランス…確か蒼流旋だとかいうやつだ…を突きつけられていた。

 などと考えていると、ここまでずっと柔らかな笑みを崩さなかった会長が、その笑みを深くしつつ槍を格納する。

 

「まぁ精進しなさい。貴方も一応は『こっち側』に足を踏み入れたワケだし、鍛えてあげるから不意打ちくらいは出来るようになっときなさいな」

 ほんと、敵う日が来るのかすら怪しいや。かと言って、諦めることも出来ないけどさ。

 

「じゃ、また…ね?」

 にっこりと笑って俺の部屋から出ていくのを見送り、1秒、2秒、3秒……そっと息を吐く。

 

「……二度と来るな。緊張させやがって」

 心臓がbpm95の高レートで拍動し、背中を流れる冷や汗が体感38.0℃の体温を冷やす。そのくせ肝臓の辺りはまるで血が止まったかのように冷たく、率直に言って吐き気を催す。

 なんだよそれ。追い出すつもりで投げたのに、何故か稽古をつけてもらう展開になるって。訳がわからん。

 

「緊張のしすぎで吐くって、ありえるんだな」

 いや、今回は吐いてないけど。

 

ーーーーー

side:会長

「じゃ、また…ね?」

 にっこり笑って彼の部屋から出て、そのまま生徒会長としての笑顔を貼り付けたまま私室に戻る。

 

「やっぱり、怪しいわね」

 出自と生徒会長権限で確保した一人部屋なのをいいことに、生徒会長としての笑顔を寝間着ごと脱ぎ捨て、独り言を呟きながら思考をまとめる。

 

「あの機体が無人機だと知っても驚かなかった、とか。もうそう言う段階じゃないのよね…」

 あのあと回収した無人機に使われていたハードポイントの規格、強度を追求した肘・肩関節や上腕フレームの構造、そのどれもがこれまでのISには使われていなかった……坂上巧の灰影を除いては。

 

「大体からして、コアが怪しいのよねぇ」

 米国の軍需企業(かつては軍用航空機をメインに作っていた)が試作機開発に使っていたコアを裏ルートで購入、半年程前にそれが国際IS委員会にバレたけど『第二の男性IS搭乗者』騒ぎを利用して日本政府が有耶無耶にした。

 割と後ろ暗い経緯だけれども、今どき意外とそういったルートで本来の持ち主の手元を離れたコアは少なくない。というか曲がりなりにも身元のしっかりした企業同士でのやり取りな分まだマシだ。少なくとも、『亡国機業(ファントム・タスク)』を名乗る国際テロリストの手に渡るよりはよっぽど良い。

 欧州の書類上のコア配備数と実際の所有数がどのくらい離れているか。一件がバレたら管理能力ナシとして残りを全部他所に山分けされるから、盗まれても公表出来ない、しない。最悪なことに、コアのステルス機能のせいでどのコアがどこにあるのか、完全には把握できないのも問題だ。立ち入り調査をしようにも、国ぐるみで、しかも脛に同じ傷を持つもの同士が協力して隠蔽するから、所詮は国連の下部組織でしかないIS委員会には何もできない。

 

 

……というのが、表向きの筋書き。だけど多分、本当は違う。

 坂上巧のIS適性が発覚したのは、織斑一夏の後、ということになっている。けれどそれでは、本物には劣るとしても国家代表候補生やそれと同格の企業所属パイロットに迫る…少なくとも、一般的な同年代男子を上回るあの反応は身につかない。

 

「状況証拠からみても、物的証拠からみても、彼らがあのゴーレムの製造元…おそらくは篠ノ之束から製造を委託されて、その報酬にコアをレンドリースされている……だけど」

 断定するには足りない。直接ないし間接的なやり取りを示す証拠。これが無い以上、問い詰めたところではぐらかされるのが関の山。

 

「…まぁ、まずはあの警戒を解かないとね」

 正直、初対面であそこまで警戒されたのは痛かった…

 

「さて、この件だけに関わっていられないのも、辛いところよね…」

 今日やって来る二人の転入生。一人はドイツの軍人。眼に後天的強化措置を施されたとはいえ、ハイパーセンサーがあればその差は縮まる。パワードスーツであるISの特性上、多少の身体能力差はあまり意味をなさない。つまり、一兵士としてはともかくISのパイロットとしては、そう特別なわけでもない。

 

 問題はもう一人の方。デュノア社の専属パイロット、シャルル・デュノア。まだその名前も存在も業界の一部にしか知られていないけれど、その存在自体が特級の爆弾。なにせ、『()()()()()I()S()()()()』なのだから。




1巻編(というか1巻と2巻の間編)、これにて終了です。
…なのですが、このあとしばらく更新停止します。11、12話があまりに難産過ぎて、2019/11/16現在まだ2巻分を書き始められていません。
2巻分が完結し次第、投稿を再開します。


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