私が凪であること (キルメド)
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キャラ紹介

作中にコードネームが存在したりオリジナルキャラなどもいるため、紹介していきます。


宗近 飛粋(不動)

九州の高千穂でヨモギからスカウトされ凪の部隊に入る。その後とあるミッションで大八州師団の乱獅子ゆらと知り合い、結果的に彼女が凪の部隊に入るきっかけとなった。ゆらとは互いに「初めての友達」と言える特別な仲である。

性格は純粋で楽しいことや素敵な事を素直に感情に表す。また人懐っこく、時折距離感を間違える事はあるものの凪の部隊や学校での人間関係は良好である。山中で培われた身体能力で駆け回り、鉄線を用いて中距離での戦い及び拘束を得意とする。

 

乱獅子 ゆら(愛染)

かつては大八洲師団にいたが、今は訳あって凪の部隊に所属している。飛粋とは「初めての友達」の仲で互いに唯一無二の存在である。

何事も深く考えすぎず即行動に移る主義で、戦闘にもその傾向が出ている。そのため調子に乗りすぎてしぶきに折檻される事もしばしば。

特異体質で傷の治りが速く、歩くこともできない怪我を負っても翌日には何事もなく復帰している。その治癒力を活かした相手の攻撃に怯えることなく突貫するのが彼女の戦闘スタイルである。

 

薩摩 しぶき(軍荼利)

凪の部隊の隊長にしてヨモギ、葉栖美と凪の部隊立ち上げに関わっている初期メンバーである。熱い正義の心を持っており、凪の部隊はスパイであると共に世直しを行う存在とも思っている。

性格は厳格で趣味趣向が少々年相応の女子とは離れている。過去に家族を斬殺されており、その過去故に悪を絶対に許さない。また家族同然の間柄として凪の部隊の事を大切に思っている。

メンバー1の小柄であるが思慮深く年長者に恥じない威厳がある。最大の武器は己の肉体、戦闘はもっぱら徒手空拳で行う。腕力だけでなく脚力や握力も凄まじく、機械人形も破壊できる。

 

轟 葉栖美(孔雀)

しぶきと同じく凪の部隊初期メンバーの一人。世話好きで部隊に料理を振舞ったり、しぶきの機嫌を直したりなど凪の部隊の母にして縁の下の力持ち。また気が効く性格はサポートの面でも高い力を発揮する。演技派でノリの良さもあるがスパイとしての厳しさも持ち合わせている。

メンバーのブレーキ役でもあり言う事を聞かせるために彼女達の弱みを突くこともある。

能力はその世話焼きっぷりから発展したもので動物との意思疎通が可能。潜入先の動物を用いた偵察や支援が力強く、また銃の扱いも得意としている。

 

津守 ヨモギ

凪の部隊トップにして隊員達の素質を見抜き引き入れた存在。スパイとしての技能は一流でまた人の素養を見る目にも長けている。

凪の部隊への司令は彼女を通して伝えられる。完全に非情な人間ではないが、同時に完全に情に流される人間でもない。

 

予里 水可(よさと みずよし) オリジナルキャラ

大手化粧品メーカー会社『DNMIC』の社長。3ヶ月前に30歳の若さで社長に就任し会社の勢力を一気に拡大させた。新開発の香水を大々的に売り出しその市場を全国に広げようとしている。またセラピー事業も始めており、地域復興及び発展のために工業や農業関係に資金的な協力している。

経歴は入社以前は一切不明であり、異常な出世や急な方針転換を行なっている。しかし人心掌握術に長けているようで、社内での新社長である彼への信頼はとても高い。

 

フジタ オリジナルキャラ

赤髪が特徴的な警視庁上層部で動き回る諜報員。決められた所属はなく、諜報活動の種類も手広く選り好みしない。そのスタイルから警視庁上層部では嫌われ者であり、多くの情報を握っている存在でもある。

ヨモギとは面識があり数少ない自分の過去を知る者。フジタのスパイとしての腕は確かなのだが、理由あってヨモギは凪の部隊に入れないつもりでいる。

 

山風部隊

正式名称、特別機動部隊『山風』

機動隊から選出され結成された小部隊。隊長の金眼を筆頭に戦闘時に指示系統から工作員までの多くの役割ができるように訓練されている。

今回の事例においては凪の部隊と共同戦線を組み、彼女達への情報提供を中心としたサポートとバックアップを行う。

 

金眼

警視庁の特別機動部隊「山風」の隊長。今回の任務で協力関係になったスパイ達には懐疑的な眼で見ていた。一部隊を任されるだけの状況判断能力と指揮能力を併せ持つ。彼自身も身体能力を始めとした力は高く、警視庁内では一目置かれた存在である。

フジタの実力に関しては認めているようで、彼女の事情を理解して積極的に情報収集に飛ばしている。また部下達にも実力や人物像を信頼されている。

 

呉田

警視庁の特別機動部隊「山風」に所属する隊員の1人。実質的なナンバー2。隊長の金眼からは参謀役として気に入られている。状況判断や分析に優れ、唯一単独行動も許されている。他の部隊に対する警戒心が強く、特にスパイである凪の部隊やフジタに対しても良い反応を見せない。

 

氷村

警視庁の特別機動部隊「山風」に所属する隊員の1人。部隊の中で1番の体格を持っており、それを生かした力任せな戦法を得意とする。ライオットシールドを持って文字通り盾になり最前線に出ることも多い。

職務には真面目な性格だが、その裏で非常に女好き。ナンパする対象は年齢に拘らず自分が美しいと思ったら口説きにかかる。

 

仁木

警視庁の特別機動部隊「山風」に所属する隊員の1人。戦闘技術も高いが工作員としての器用さが売り。他にも世渡り上手で交渉術にも長けている。

機動隊時代から氷村の先輩として良好な関係を築いている。部隊の中ではムードメーカー的な役割になっており、戦闘中もよく軽口を吐く。

 

照見

警視庁の特別機動部隊「山風」に所属する隊員の1人。背が高く黒髪を短くまとめた麗しい女性だが、男顔負けの勇ましさと銃の腕を買われて山風に選出された。氷村の制裁役でもある。

同じ隊に所属する詩宮のことをよく相手にしているが、私生活がズボラな彼女の身の回りの世話をするまでに至っている。

 

時宮

警視庁の特別機動部隊「山風」に所属する隊員の1人。メンバー最年少の20歳で体格も152cmと最小の女性。しかし白兵戦は高い成績を収めている上に指令役としても優秀である。周りからの推薦を受けて山風部隊に選出された。

性格は無邪気に近く、自分にだらしない。山風部隊のメンバーによく懐いる他、自分よりも若い女性達で構成された凪の部隊に強い興味を持っている。



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序章:闇交渉突入作戦

降雨後の四国山地。情報に示された山小屋を包囲する。周りを警護する人形兵器、内部の人の気配。そこで交渉が行われてることは間違いない。
凪の部隊は作戦を開始した。


連日雨という天気予報を聞くことが増えてきた。今日も予報通りに雨が降っていたが、日が沈むと共に止み綺麗な星空を見せてくれる。

「おお、流石に山に入るとよく見えるなぁ!」

「都会より綺麗だよね。新月だから月がないのが惜しいかな」

日本の各島には中心部にまるで背骨のように山脈が形成されている。四国山地は最大で2000m近くの山もあり、その途中からでも見上げる夜空は都会では中々拝めることのないものだ。

『仲良く空見るのも良いけどさぁ〜、2人とも準備できてる?』

耳に付けられた極小の無線機から孔雀の声が聞こえる。愛染と不動が呑気な事を呟いていたからだろう。

「大丈夫だって。アタシ様はいつでも突撃準備OKだぜ!」

『なら構わん。こちら軍荼利、愛染に合わせて突入可能じゃ』

「こちら不動、特攻組のサポート準備は完了してます。ターゲットの動きはどうですか?」

中腹地点にある1階建ての山小屋の周りを機械人形が数機で囲み外を見張る。情報の通りなら今頃は小屋の中では違法な輸入物の商談が行われている。

すでに山小屋は愛染と不動、軍荼利が二面での監視、更にはその奥から孔雀による無線傍受と彼女の動物達による監視の下にある。

「今のところ動きはなし。中の戦力は20程度、外に警護している人形が6つ。二面からの突入で何とかなるだろ」

『動物達によると、山の中に入ってきた人はいないってさ。まぁ雨降ってたし夜の山に好き好んで入る人はいないでしょ』

『傍受した通信でも増援の気配なし、か。このまま突入じゃな』

肉眼での確認を終えた。これ以上時間をかけるよりも一気に片付ける方が良いだろうという軍荼利の判断に全員が賛成する。

『じゃあ作戦開始。愛染、軍荼利、後から不動が行くからとりあえず突っ込んで〜』

「っしゃあ!愛染!進発するぜ!」

孔雀の合図で愛染飛び出した。泥濘んだ地面に敢えてバシャバシャと足音を立てて高速で接近する。その音に気付き人形のライトが照らされるとそこにはスーツを着て日本刀を二振り構えた女の姿があった。

「おるるぁ!」

まずはライトを向けた人形の両腕を切断、ついで搭乗者を確保。しかしその隠密とは言い難い様子を察知した他の人形兵が駆けつける。

『西方面から敵襲!至急迎撃と退避の準備を』

「十分に引き付けたな。軍荼利、進発じゃ!」

傍受した無線を聞いて軍荼利も飛び出す。愛染の方に向かおうとした人形兵の不意を突き、機体の側面を叩く。

「ぐおお!」

厚い鉄板の音と共にうめき声を上げて人形は機能を停止した。そしてすぐに近くにいたもう一つの人形にも攻撃する。

「こっちにも敵が」

「チェストぉ!」

2m半はある人形がそれよりも1mも小さい少女による正拳で容易く粉砕される。引きずり出された搭乗者の2人はすぐに気絶させられた。二方面からの襲撃、1分も経たぬ内に6体あった人形が既に半分潰された。

「では、邪魔するぞ!」

そして山小屋の壁になっている木材に拳を打ちつける。するといとも簡単に壁だった物は瓦礫に変わり吹き飛ぶ。そのまま軍荼利は内部に侵入した。

「撃て撃て!敵は1人だ!」

愛染に引き付けられた人形3体は、横並びになってライトで照らしながら捉えた人影を相手に搭載された機関銃を乱射する。

「へっへっへ、弾幕薄いぜ!」

その銃弾の中を歪な軌跡を描いて愛染は突撃する。確かに被弾しているのだが、それを意に介さず前進する。

「その銃はもう使えないよ」

そんな異様な光景に気を取られていた事もあり、すぐ近くまで伸びていた不動の鉄線に気付かなかった。理解させる間を与えず端の一体の腕が機関銃ごとバラバラになり攻撃能力を失い、その隙を的確に愛染が狙う。

「何!?もう1人」

「ハッハー!2つぅ!」

一体の損壊に狼狽えている間にもう片端の人形を破壊する。そして残った真ん中の人形は挟まれる身動きが取れなくなっていた。

「何だこれは!?なんなんだこいつら!?」

「最後ぉ!」

最後の人形も破壊される。搭乗者全員を拘束するとほぼ同時に外の騒ぎを聞きつけた兵士が山小屋から飛び出してくる。

「おっしゃ!こっちは正面突破だ!!」

「了解!」

10数人以上を相手にして愛染は尚も前進する。もちろん敵も武器を持っている。刀や電撃棒を持った敵が前に出て接近戦を狙うと同時に銃を持った敵は距離を開けての射撃を狙う。

「狙わせないよ!ゴー!」

そこに孔雀が現場から駆けつけて合図をする。

「何だこいつら!いきなり」

しかし後ろで構えていた銃兵の元に何かが飛んできた。後から駆けつけた孔雀の指示で飛びかかったのは、先程まで屋根の上にいたフクロウ達だ。夜行性なためこの時間はかなり機敏に動き、猛禽類の鋭い爪が敵を襲う。

「配置完了!そおぉれ!!」

フクロウが注意を逸らしている間に鉄線で周辺を囲み一気に引っ張る。するとあっという間に銃兵は拘束された。

「ナイス一本釣り!」

接近戦を仕掛けていた敵はあえなく愛染に倒された。愛染も顔や体にいくつか攻撃を受けているが、本人はケロっとしている。

これで外で監視していた人形と出てきた者は全員確保。残ったのは内部で護衛をしている者と交渉をしている者達だが

『こちら軍荼利、内部制圧完了』

既に内部に突入していた軍荼利によって確保された。

「早!さっすが隊長!」

『お前達の方が大仕事じゃろう。こちらは5人の巨漢護衛と交渉していた2人、あと壁を壊したくらいじゃ』

「しぶきち〜、そういうの事後処理大変なんだけど。まぁとりあえず警察に連絡しとくね」

彼女達の争った痕跡は極力残したくないのだが、隊長である軍荼利は時折力任せに物事を解決することもある。今回の場合はそれが良かったのだが。

「まぁいいんじゃねえの?熊が壊したとか言っとけばさ。しぶきちなんて熊みたいなもんだろ」

『誰が熊じゃ!』

軍荼利が開けた穴の大きさから考えれば痕跡を消すことは不可能。一度山小屋を建て直すか、あるいは修繕してそう言った嘘の釈明をするしかない。

「ゆらちゃん!そんなこと言ったら失礼だよ」

「熊にだろ?」

「隊長にだよ!」

『ふふーん……流石は飛粋じゃ。乙女心が分かっておるのぉ』

「熊程度じゃあんな壊し方できないし、隊長の怪力は熊よりももっと凄いんだもん!」

「飛粋ちゃん、多分それアウトよ」

不動は九州の山中で育ったこともあり野生の熊もその目で見ている。それだけに説得力は強く、意図せず軍荼利の心を逆なでした。

「貴様らぁ!」

怒りに任せて小屋から軍荼利が飛び出す。熊よりも遥かに速く力強く2人に襲いかかったのだった。

 

その後、葉栖美が呼んだ警察が来る頃にはゆらと飛粋が頭に大きなたんこぶを付けていた。現地警察と身柄の引き渡しを行った後はさっさと退却する。

「いったたた。しぶきちの奴、手加減したのは分かるけどめっちゃ痛いぞ」

そして任務を終えた飛粋とゆらは帰りのヘリコプターの中で傷の手当てをしていた。もっとも飛粋の怪我はしぶきの拳骨を食らった時のもので、その殆どはゆらに費やされていた。

「銃撃の傷だけじゃなくて切り傷や痣もあるんだけど」

「ああ、流石にあんだけ囲まれるといくつか貰っちまうぜ。大した傷にはなんねえけどな!」

そう言って傷薬を塗られるとそこに絆創膏を貼られる。傷に対して明らかにミスマッチな代物だが、超人的な回復力を持つゆらにはこれで十分なのだ。

「それにほらアレだ。敵の攻撃を受けきってからカウンターで倒すんだよ!後の先ってやつ!」

「あはは、全部受けきってから倒してるならプロレスじゃん」

ゆらが言ってる理論は後の先とは全く異なる。敢えて言うなら先も後も過ぎた後に攻撃をしているようなものだ。

「でも痛いんだよね?ゆらちゃん大丈夫?」

「痛いな、まぁこんなのは慣れだいでででで!」

飛粋の心配する言葉をクールぶっていたが、腕の切り傷に消毒用の綿で触れられて悲鳴をあげる。

「でもまぁこれがアタシ様のやり方だからな!飛粋は真似すんなよ」

「これはゆらにしかできん方法じゃ。ゆらが1番に突っ込むからそれを陽動に使える。今回のように二面作戦に置いて、そのまま突っ込ませて突破することも、敵を誘い出して殲滅するのも可能。自由自在じゃ」

本部との報告を終えたしぶきがゆらの様子を伺う。彼女が言うようにゆらが1番に突っ込むことによって多角的な作戦を展開できる。

「ゆらちゃんもそのやり方の方が乗ってるしね」

「アタシ様がこんな事で死なないってのはやり合ったみんなが1番知ってるだろ?」

「それは信頼してるけど、痛いの我慢しすぎないでね」

分かってはいるのだが、それでも心配で仕方がない。ゆらはそれだけ飛粋にとって大切な人なのだ。

「飛粋は優しい子じゃな、よしよし」

「いたた、隊長そこは」

「あ、すまぬ」

しぶきが年上としてまだ垢抜けない飛粋の頭を撫でるが、そこにはちょうど今撫でているしぶきの手によって作られたたんこぶがあった。

「はっはっは!いや本当に面白いな!ここは」

その光景を見て痛みも一緒に飛ばすようにゆらは高らかに笑っていた。

 

「やはりシラサギと交渉していたのはリグですか。末端では出どころを漁るのは難しいかと」

そんな豪快な笑い声が届かぬ所、通信により任務を受けるスパイがいた。

「ええ。ただシラサギの揺れは大きいのは間違いないです。僅かに空いた隙間から入り込むことも……では作戦に当たらせていただきます。目標はシラサギ内の情報、今回の交渉の裏、黒幕、クライアント、甘い蜜の出どころを」

凪の部隊とは別に警視庁上層部で一つの影が動き出していた。




リリフレの凪の部隊は少数精鋭というわけで戦闘はこんな感じになるんじゃないかなと模索しながら書いてます。基本的には飛粋が主役って感じで動いていく方針です
時系列はツキカゲとの接触前の初夏になります。次回からはオリジナルキャラが出ます。


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第一話:赤髪が報せた結果

四国での捕縛作戦から2日が立った。凪の部隊の4人は逆さ塔に呼び出される。捕縛作戦から発展した次の潜入任務の会議だ。
時間通りに集結するが会議は始まらない。それはまだ始めるに条件が足りていないのだろう。
ヨモギは彼女達以外のもう1人のスパイを待っていた。


任務から2日後。凪の部隊の拠点、逆さ塔では次の作戦会議が開かれた。表向きは黒百合学園の生徒として生活している4人は放課後に召集される。そして警視庁上層部の情報は津守ヨモギを通して与えられる。

「あれ?どうかしましたか?」

いつまでも会議が始まらないことに全員が違和感を覚え始めた。

「全員揃ったら会議を始めるぞ」

「全員?」

ヨモギの言葉に首を傾げた飛粋が辺りを見回すが今この場にはしぶき、葉栖美、ゆら、そして飛粋の4人がいる。他に誰かが来るというのか、思考を巡らせる。

「なぁばあさん。これで全員じゃないのか?」

「まぁ待て。一昨日お前達が捕縛した奴らの元を調べてる奴がいてな。そいつが仕入れた情報まとめて今こっちに向かってんだ」

一昨日の山小屋での捕縛作戦。あくまで二つの組織による密売交渉と思われたがその情報が明かされて事態は思わぬ方向に展開したという。

「なるほど。でも直接情報持ってくる必要はなくない?この逆さ塔って一応国の秘密なんでしょ?」

「少なからずただの情報屋じゃねえさ」

ヨモギは腕を組み不敵に笑う。その仕草がこれからやってくる人物への期待を膨らませる。そして期待がオーバーヒートしてゆらを立ち上がらせる。

「ふっふっふ!読めたぜばあさん!そいつはズバリ凪の新メンバーだな!いやぁ、アタシ様もようやくペーペー卒業か」

「え?本当に?やったー!素敵なお友達がまた増え」

「んなわけねぇだろ!」

「あらぁ!?」

釣られて立ち上がった飛粋ごと転けさせた。しかし凪の部隊に入隊することはないが国家機密そのものである凪の部隊と関わるのだ、並の存在ではない。

「ここに招き入れるということは警視庁の影で動く者の中にもヨモギさんが目をかけていた者がいるのじゃな」

「まぁそんなところだ。俺の指揮下に入ってない上にどこの部隊にも正式に属してないらしいがな。一昨日あそこで取引が行われるという情報を提供したのもそいつだ」

胡座をかいたしぶきが冷静に推理する。凪の部隊はあくまでヨモギの指揮下にあるスパイで警視庁内には別で本来の諜報部隊も存在する。決まった所属をしていないが、その情報は確かで信頼に値するとのこと。

「なるほど。そろそろ入ってくるかと思ったのじゃがな!」

「え?いるんですか?」

しぶきが腕を組みながら声を張り上げる。自然と飛粋達も入り口の方を向いた。ガチャリと音を立ててドアが開かれ件の人物が入ってきた。

「失礼します」

赤髪のショートヘアーが特徴的で身長は葉栖美やゆらより高く飛粋よりは低い。他に外見的な特徴といえば度が入った眼鏡と少々季節外れな黒い革のコート。年齢は20代前半ほどの若さだ。

「しぶきちは何分前から気付いてた?」

「大体5分前じゃ」

「へー、アタシ様は15分前」

しぶきに対抗してゆらは維持を張った。

「わたくしが来たのは8分と40秒前なのですが……」

「まぁスパイは嘘をつくもんだからな!」

「開き直っちゃった!」

彼女の言葉にも柔軟に対応する。その様子を見て新たに作られた凪の部隊がどういった物なのかを把握しようとした。

「これが調べたデータです。時間がかかり申し訳ありません」

「なぁに、昼も夕方もそんなに変わんねえよ。それより自己紹介でもしていけよ。今回の任務に一枚噛んでるんだろ?」

「そうですねぇ。ただのバックアップですが、これも何かの縁か」

コートの女はこちらに向き直る。手渡された茶封筒に入っていたデジタルチップの中身に目を通しながらヨモギはメンバーの方を指差した。4人全員の視線が赤毛の彼女に集中している。

「わたくしは『フジタ』と申します。所属はまぁ『警視庁』ということになりますかね」

「警視庁所属か。止まる木がないのか?」

「いえ、これがわたくしのやり方です。一応今は『山風』という部隊に協力してます。あえてどこにも所属せず、情報が入ればその場に合わせて出場できるように」

「なるほど、便利屋みたいな感じだね」

フジタは警視庁内の色々な課を行き来しつつ情報の収集と共有そして掲示をしている。そのため特定の所属という意味では「警視庁」というのが1番しっくりするだろう。

「随分と軽い腰なんだなお前」

「否定はしません。身軽な方がやりやすいので」

任務や指示には忠実ではあるが、定まった範囲でしか動かないことを彼女は嫌った。選り好みはしないがその点だけは拘った。軽く流されたゆらはニヤリと笑う。

「それでは始めさせていただきます。2日前凪の部隊が捕らえた人物達、そして今回の大元を調べました」

4人の持った電子パッドにデータが送られる。そしてスクリーンに映されたのは昨日の任務のターゲット達だった。特に交渉していた2人は大きく映されている。

「この2人が取引をしていたのはその殆どが武器や兵器に関するものでした。片方は国内にその武器の取引を持ちかける所謂仲介役の『シラサギ』と呼ばれるグループで、もう一つはそこに密輸した武器を売る『リグ』と裏業界で呼ばれるグループです」

フジタが並べる情報を見る限りただの武器の密輸交渉現場でしかない。そこから先ほど言っていた大元という言葉を考えると、更に黒幕がいる事が考えられる。

リグに関しては捕らえた者が末端の交渉人でしかなくそこから更に情報を探るのは難しい。一方シラサギの方は幹部格がわざわざ乗り出して交渉をしていたらしい。

「この事から考えてシラサギは既に別の交渉相手のことを見据えていたと思われます。この取引を確実に成功させればその次で多大な利益が得られるという確証があった。今画面にあるのはこの半年でシラサギが接触したとされる組織の情報です」

画面が進み企業名の一覧が映された。その数は20はあり、どれも規模も動く金額も大きな交渉ばかりだった。

「ちと待てい!お主がなぜこの情報を得ている?シラサギがここまでの情報漏洩をするとは思えん」

しぶきが指摘するようにシラサギは日本国内で武器を転売する仲介グループ。交渉した相手の情報こそが1番の信用であり守らなければならないものであるはずだ。それがこうもあっさりと目の前に並んでいる。

「取ってきました。貴女がた凪の部隊が拘束作戦を終えた少し後で。捕らえられた者がシラサギの幹部だと発覚してすぐに必要になると思いまして」

「ってことは、フジタさんもしかしてとんでもないスパイ!?」

「はい。警視庁にいる前から」

飛粋の今更すぎる指摘にもフジタは微笑んで対応した。

「じゃあこの二つの組織が取引するって情報はどうやったんですか?」

「以前に別の任務でシラサギの事を追いかけたことがありましたね。その時から多少張り込むポイントを押さえていまして、それがやっと実を結んだ形ですね。これまで取引の情報が漏れる事はなかったんですが、今回は組織内で大きく急速に動いていたのである程度の動向を掴めたのが幸いです」

強い興味を持った飛粋に対して丁寧に説明する。普段情報を漏らさない組織がそこまで動くこと、この件の重要性の現れである。そして彼女が自らの手で入手し厳選した情報に改めて目を通す。

「特に大きな金額が動いているのは5つか。億単位のもいくつかあるけど、この中で単純に1番怪しいのはっと」

ちょうど4ヶ月前、3ヶ月前、2ヶ月前、1ヶ月前、半年前とここ数ヶ月間はコンスタントに大きな交渉を抱えていたシラサギの記録から今回の交渉品の買い手を探す。

「時期が近いのは半月前の『GETOO』とか1ヶ月前の『ディープ』ってグループ怪しくないですか?」

「いえ、シラサギが交渉をまとめて武器を提供するのにかかる期間はおよそ一月ほどと言われています。武器の物取りを2日以内に終わらせることを考えればその線は薄いかと」

「なんだ?随分と遅いなぁ。大八洲なら遅くても一週間だぞ」

「それはお主らのところがおかしいんじゃ!この戦闘民族が!」

大八洲の名前を聞いてもそれにツッコミを入れるしぶきの言葉にもフジタは動じていない。どうやら彼女の手元には凪の部隊の細かな情報すらあるようだ。

「でも優先度ってのもあるんじゃない?GETOOとの交渉金額は暫定で6億。同時期の他の取引よりも極めて大きな金額が動いているし」

「それにさっきシラサギが大きく急速に動いてこの取引を行ったと言っていた。金のこと考えてこの辺りが妥当なはずじゃ」

「いえ今回は別件で急速に武器を仕入れる必要があったようです。時間は急速に、金額はその面上よりも高く」

そう言った意味でもこの交渉は相当のイレギュラーだった事が後から判明したとフジタは付け足した。

「1つ臭いのがあるぜ。つい一週間前にな」

一週間前、リストの1番下に記載された名前に目を通す。そこに書かれた『DNMIC』という横文字を見て騒然とする。

「DNMICって確か化粧品の会社だよね?偶然同じ名前とか?それとも偽装?」

「細かく調べたところ間違いなくあのDNMICでした。名前を変えていないのはシラサギへの信頼と契約を互いに優位にしないためでしょう。そしてこの会社が今回の取引の大元です」

スクリーンとパッドにDNMICの会社情報が映し出された。商品やサービス事業はもちろんのこと、社内の雰囲気や噂と10年間の社歴が載っていた。

「ここ10年間で躍進した新手の化粧品メーカーとして有名。昨年の収益は国内企業二位。最近は新たな化粧品や香水を売り出しただけでなく、自社製品を用いたセラピーサービスも始める。地域の活性化のために自社周りの産業に投資をしている。そしてその方向に大々的に転身するようになったのは3ヶ月前、と」

「3ヶ月前にちょうど現社長が就任しておる。転身はこの新社長の思惑じゃろうな」

社歴の3ヶ月前のところに代表取締役の変更が起きている。前社長は病状の悪化により一線を引きその代わりに予里水可という男が就任している。

「よさとみずよし〜?」

「中々ない読み方と苗字だよね」

名前を読んでゆらは首を捻った。飛粋もその名前が目につく。

「予里は30歳の若さで社長まで上り詰めたのですが、調べたところ表立った経歴が入社した1年前までしかないんです。それ以前は完全に闇の中で学歴もフェイク。普通ではありえない出世をしています。起業者や前社長との血縁関係もありません」

予里の異例の出世。同時にもう一つの違和感を覚えさせる資料も付いていた。

「社内での社長に対する不満がほとんどないってのはおかしな話だね。これだけの方向転換はこんな短い期間で不満がなくなるとは思えないんだけど」

とあるネット記事の取材での情報だ。ちょうど予里の就任から1ヶ月経った時のものだが、社内で方針転換に不満を訴える社員ものはほとんどいなかったという。会社としては大きく事業を拡大展開させたのだから方針としては間違ってなかったのだろう。

「経歴が不明瞭な若い社長を相手にという条件を加えると更にですね。ネット記事だからそういう風に風当たり良く書いたとか?」

「いえ、その記事を書いた記者に証言を取りましたが『ただリアリテイを出すために不満な意見を持っている人間がさもいるかのように書いた』だそうです。心音も正常でしたし、賄賂をチラつかせて喋らせたので嘘ではないかと」

予想とは逆の答え。会社に媚を売るために無理やり不平不満を訴える声を減らしたのではなくむしろ増やしていたのだ。

やはりこの会社は怪しかった。新社長と方向転換、それに対する不満がひと月で消滅させた。そしてシラサギに接触した記録も残っている。ほぼ黒で間違いない。

「そしてこの社長を調べるのに難儀したんですよ。なにせ警視庁にある情報を片っ端からひっくり返しましたから」

「ああ、そういうことか。アタシ様分かっちゃったわ」

ゆらの何かを思いついた様に手を叩く。それは予里が彼女の記憶の中に引っかかるある人物とリンクしたからだ。

「こいつ大八洲にいた時見たわ。若い衆の中でもそれなりにいい腕してた。たしか『ヨリ』とか言われてたな」

予里という苗字はそこから発想を得た偽名だろう。この会社には大八洲の関与があることが浮上する。

「一体何をして何の目的でこの地位を得たのかは不明ですが、少なくともこのDNMICが危険なのは間違いないでしょう」

「名の売れた大八洲関係の者となればシラサギが急ぎ対応する可能性も大いにある、というわけじゃな」

この取引の裏にあったDNMICが大八洲の足がかりとなることもあり得る。何よりこれ程までに拡大している会社のトップが予里の様な人間に変わり、それと同時に方針も変わった。見過ごすわけにはいかない。

「なるほどな。上からの指令も納得だ。まずは山風部隊がDNMICの細かな調査を行う。近いうちに凪が潜入しセキュリティの無力化、最後は山風が突入して完全に制圧する」

山風部隊とは警視庁が持つ機動隊の中にある部隊の一つ「山風」のことである。ターゲットの規模が大きいこともあり凪の部隊での単独ではなく共同ミッションを出された。

しかしあくまで分野を分けており互いに協力するわけではなく役割分担に近い。

「とはいえ凪の部隊にも調査には参加していただきたい、というのが山風の意見です。例えばDNMIC社が製作している化粧品の購入とかなら年頃の女の子ですしバレにくいでしょう」

「なるほど!私達は現役高校生だもんね!なんかこういう協力関係って良いですよね!」

「いや、そうはいかねぇ!」

普段刀を振るい物を斬るように、飛粋の言葉をゆらは真っ二つにした。しぶきと葉栖美も同意見だと頷く。

「な、なんで!?なんでみんな乗り気じゃないんですか?フジタさんは同じ警視庁の人でヨモギさんも信用してるんですよ!」

完全に意見が孤立してしまった飛粋はしきりに喚いていた。フジタが自分を見て憮然とした表情をしているとも知らずに。

「あのねぇ飛粋ちゃん。あの人はあくまで共同戦線と言ったんだよ〜。そこまでの協力はする必要ないの」

「それに貴様らの要求を全て呑み協力するということは、我々が貴様らの思惑通りに動かされることに他ならん。ヨモギさんがかつて言ったであろう、凪の部隊は警視庁の下で動く独立した存在じゃと」

警視庁の中に存在するが、その立場は上下という概念がない。他部隊の協力をあっさりと受け入れてしまってはそれが破綻してしまう。

「まぁそういうことだ。俺達をただ従わせることは不可能、やるんなら直接てめえが来やがれ!そう山風のメンツに伝えてくるんだな」

トドメを刺すようなヨモギの言葉。最初は憮然とした表情だったフジタだったが徐々に口角が上がる。凪の部隊は立場としても自分とは似て非なる存在、それを確信した。

「かしこまりました。では調査は我々が行い、調査結果は逐一報告させていただきます。次にわたくしがここに来るのは潜入任務をいつ実行するかが決まった際に、ですかね。一週間以内には必ず」

フジタは余裕の態度を崩さなかった。彼女達の意思の強さの現れである鋭い視線をむしろ快く受け止める。

「なぁお前。本当にどこにも所属しないのか?アタシ様はお前みたいな奴が凪に入ってもいいと思うんだけど」

「それは俺の方から無理だと言っておく。腕は確かなんだがな」

ゆらのヘッドハンティングにも近い言葉をヨモギが跳ね返した。フジタの過去が凪の部隊に入れない理由だという。それがどういった事情なのか詳しくは明かさなかった。

「もし潜入の際に必要な情報があるならわたくしに言ってくだされば集めておきます」

報告を終えた後にメガネをクイっと上げて見せる笑顔は営業マンのようだった。まるで自分の能力を買わせようとするかの様な。

「では。本日は失礼しました」

「おう、気ぃつけてな〜」

そのまま退室する。表面上は笑顔だったがその奥に何があるのかを読み取らせない辺りは流石スパイと言ったところ。

「警視庁ってあんなのもいるんだなぁ」

「あれは稀なケースだ。こんな規律を重んじる組織の中で独立で動く存在なんてどこからも嫌われるものだからな」

事実、人として腹の底を読みにくく疑念の目を向けてしまう。スパイとしてはそれが良いのだろうが、その場合動きにくくもなる。

「やりやすいとか言ってたけど、どこにでも近づいて情報吸われちゃうんだからそりゃあんまりいい感じしないよね」

「奴の信念がどこにあるか次第じゃな。しぶきの様な正義を貫く者であれば良いのじゃが」

最初こそ飛粋は誰とでも仲良くなれるとそのスタンスに好感を持っていたが、その中身は誰に近寄っても誰にも根底にある意思を見せないことだと気付き戦慄する。

「じゃあ私達も仲良くなれないのかな?年も近いと思ったんだけど」

仲良くなる、ある意味でスパイとは無縁の言葉だろう。ギリギリまで近付き危険を回避することがスパイに最も求められるスキルなのだ。仲良くなるというのは、場合によっては危険に触れかねない。

「まぁそこは分かんねえよ。『仲良くなれるか』じゃなくて『互いに仲良くなろうとするか』だとアタシ様は思うけど」

「じゃあ仲良くなろうとすればいいんだね!」

「まぁそういう事でいっか」

ゆらと葉栖美が話を合わせ適当な落とし所にして話題を切る。今考えるべきことはDNMICがどれほどの組織と繋がりどれだけの悪行を働いているかだ。

「何はともあれ悪は許さん。我々凪の部隊がやる事は正義の執行のみ、そうじゃろう?ヨモギさん」

「ああ。だが今回ばかりは気を引き締めて行かねえと、やべえ事になるぞ」

フジタから渡された情報を見つめながらヨモギが顔のシワを濃くするとしぶきもまた緊張感を強めた。




フジタはオリジナルキャラクターです。警視庁の中で単独で動き回る存在として書きました。
ちなみに凪の部隊では「捕縛作戦」とされていますが、山風部隊では「拘束作戦」とされています。これは部隊が違うことによる名称の差です。大した意味はありませんが識別信号のようなものです。

フジタの持ってきた情報から新たにターゲットを定める凪の部隊。果たしてどのような巨悪が彼女達を待っているのか


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第二話:彼女のやり方

凪の部隊に対DNMIC調査協力要請を断られたフジタだったが、彼女からすればそれは想定内のことだった。山風部隊にそれを伝えたら彼女の仕事が始まる。単独でDNMICの偵察及び調査に赴いた。
一方……凪の部隊に所属する飛粋は協力を拒否したことに納得が出来ず、こちらも単独で動こうとしていた。


「では行ってきます」

山風部隊の部署を出た彼女の姿が見えなくなってからやっと緊張が解けた。誰かが長く息を吐くと誰かの肩の力が一気に抜ける。

「スパイってのがここまでとは。入ってくる情報量もそうだが、観察眼やそんな懐まで入り込める潜入力には恐れ入る」

「もしかしたら何か弱み握られてたりしないかな?」

部屋の中はフジタの話題で持ちきりだった。警視庁上層部全体で動き回る女スパイ、その目が何を見ているのか分かるはずもない。

「そういえばお前この間二股かけてたよな」

「この間ってつい最近みたいなこと言うな!4ヶ月も前だよ!それに二人とも別れたし!」

しかし山風にはその緊張感の中でもブレない人間はいる。仁木が氷村を揶揄うと途端に場の空気が和み出した。大柄な氷村が立ち上がると自然と冷や汗まみれの顔が部屋全体からよく見える。

「ほどほどにしておきなさいよ。何せ最初は部隊内恋愛だってさせようとしたんだから」

「いやアレはここに来たばっかりで……って照見さんはなにしれっと暴露してるんですか!」

「あらあら、いきなりナンパしてきたのはそっちでしょ?」

「えホントに?氷村さんって私にもナンパして来ましたよ」

「あぁ、それは!」

女性隊員の照見と詩宮が過去を暴露すると次々に他の隊員からも氷村の恥ずかしい暴露話が飛んでくる。その全ての真偽を知っているのは当事者の氷村のみだろう。

「おいお前ら。いい加減にしろ!スパイが出てったと思い込んでんじゃねえ!壁に耳あり障子に目ありだ!」

唐突に怒鳴り声が響く。参謀役の呉田はスパイであるフジタがいた時と全く変わらぬ緊張感を持った眼をこちらに向ける。思わず全員顔を逸らした。

「まぁそれだけスパイの力量が知らないってことだ。呉田、肩の力を入れすぎるなよ」

「……隊長も緩めすぎないように」

そんな呉田のことを宥めたのは山風部隊の隊長の金眼だった。呉田も彼には大して言い返すことなく一歩下がる。すると一気に部屋の中の緊張が解けていった。ようやく一息つける、と誰かが言った気がした。

「緩めきった覚えはないさ」

全体を見渡す金眼の余裕が広がっていたのかもしれない。

 

作戦会議の翌日、放課後に飛粋は繁華街に寄っていた。する必要はないと言われたがつい意識して歩みを向けてしまった。

「なぁ飛粋〜。なんでわざわざそんなことすんのさぁ。遊ぼうぜ〜」

「そうしたいけど気になるし。やっぱ女子高生として買ってみるってのもありじゃないかなって思って」

特に予定がなく付いてきたゆらはブーブー文句を垂れている。繁華街はまだ人足が少ない方ではあるが制服を着た若者達が大勢いる。

「とりあえず行ってみよう。やっぱりこういう時は行動してみなくちゃ」

「不動なのにか?」

「そこは違うの!行くよゆらちゃん!」

グイグイとゆらの手を引きながら繁華街を行く。すると街中でも一際洒落た化粧品店が現れた。濃いめの赤色が目を引き、ガラス張りの店内にはたくさんの香水や口紅などのメイク用品が並んでいる。

「ここならあるかな?入ってみよう」

自動ドアの前に立ち、開くと同時にカッターシャツの女性が向こうから出てきた。ハンチング帽を被り両手にはこの店のロゴマークが入った小さな袋が一つずつ。

それを避けようと横にズレた時、ゆらは違和感を覚えた。

「なぁ今の客。香水の匂いしなかったぜ。それにあの後ろ髪」

深く被ったハンチング帽からは僅かに赤い髪が見える。その鮮烈な色を忘れるわけがない。

「ちょっと行ってくる!飛粋は店入ってろ」

「ええ!ちょっとゆらちゃん!」

飛粋の手を振り解くとその女性を追跡しに向かう。開きっぱなしの自動ドアの向こうからはアロマや香水の心地よい香りが流れてくる。しかしゆらが追って行った方も気になる。

「んん、待ってよゆらちゃーん!」

結局飛粋は踵を返し、ゆらの後を追うのだった。

 

繁華街を出て広い公園に入った。ちょうど小学生達がドッジボールに夢中だ。ボールを当てられた子供が悔しそうに外野へ回ると内野にボールを回せと叫び、そうはさせないと背の高い子供がその前に立ちはだかる。

「ドッジボール、やったことありますか?乱獅子さん」

「やっぱ気付いてたのか」

「わたくしもスパイですから」

ハンチング帽を取ったフジタはウインクをする。裸眼の状態ということもあり、目が大きく見えて少し顔が幼く見える。

「やったことねえなぁ。大八洲の中で育てられたアタシ様にはああいう遊びとは無縁さ。なぁ、飛粋ならやったことあるか?」

「……やっぱりバレてた?」

「アタシ様もスパイだからな」

ゆらを追いかけるつもりが雰囲気でついいつもの癖で追跡をしてしまったが、2人にはあっさりバレてしまった。大人しく近づくと、ちょうど向こうではまた1人子供がボールを当てられて外野へと送られた。

「私もないんだ。ずっと山の中にいたから大人数と遊ぶことなくって。黒百合のみんなはお嬢様が多いからドッジボールはやらないし」

飛粋もゆらも育った環境が特異だったため一般的な球技にはあまり縁がない。そしてそれはフジタも同じであった。

「わたくしもやったことが無いんですよ。子供の頃から目が弱くて」

「へ〜、それであんな度の強い眼鏡を」

「あれ?じゃあ今は見えてるんですか?コンタクト?」

今のフジタは眼鏡をかけていない。しかしコンタクトレンズを付けているかという問いに首を振った。裸眼の状態でも彼女は何不自由なく立ち振る舞っている。

「心配いりません。日常生活をこなす分には問題ありませんから。それに貴女達の事はすれ違った時に見えましたし、後は雰囲気で大体なんとかなります」

「なんかマメな性格かと思ったら結構適当だな」

「情報は正確でないといけませんが、わたくしの事は別にどうでもいいんですよ。ただ己を包み隠す嘘にほんの少しの真実さえあれば他は必要ない。スパイとしての教えです」

少し童顔なフジタはミステリアスに微笑む。ゆらと飛粋はスパイの先輩とも言える彼女の言葉に感心する。

「その教えというのは誰から教わったんですか?」

「それは秘密です。津守さんなら少しは知っているので機嫌のいい時に聞くことをお勧めします」

「ばあさんって機嫌良くてもそういうの話してくれないんだよなぁ」

津守ヨモギとはそれだけの仲だと言う。警視庁上層部ではあまり好かれていないフジタだが、ヨモギの反応は悪いものではなかった。

「それじゃあ、なんでスパイなったのかとかは?」

流暢に返答してきたフジタだったが、その言葉には沈黙が返ってきた。小首を傾げる飛粋だったがゆらは納得するかの様にうんうんと頷く。

あくまで仲良くしようとしてフジタの事を知りたい飛粋だったが、相手はただ一回共同で任務を行うことになった相手でしかない。

「それは津守さんも知らないことですね」

「なら是非教えてください!私のことも話しますから!」

ここぞとばかりにズイズイと距離を詰める飛粋。しかし人付き合いが少なかった飛粋は人との距離感を物理的に間違える。鍛えられたスピードで一歩前まで詰める。顔の距離に至っては1cmもない。

「綺麗な顔をしてるんですね。やっとその顔をちゃんと見ることができたよ」

「あ、ありがとうございます!フジタさんもとっても素敵ですよ」

「おお、飛粋のこれをされても動じてねぇ!すげえ!」

フジタの目ではしっかりと物が見えるのはどうしてもこの距離になってしまう。むしろ初めて見えた飛粋の顔を見て喜んでいるくらいだ。

「わたくしの事が知りたいというのは分かりました。しかし、ここは互いに必要以上に近づかないのが上手な付き合い方かと」

飛粋はまだスパイに成り立てということもあり、まだスパイ同士の距離感というものもよく分かっていない。ましてや凪の部隊以外に対してはなおさらだ。

「そうだぜ飛粋。仲良くなるのはまずは凪の部隊からな」

「え〜」

飛粋の興味は断然他のスパイの事にあった。そのやり取りを見てフジタは笑う。そのスパイ然としない彼女に呆れるはずが何故か微笑ましかった。

「宗近さんの周りには色んな人がいます。その人達からいっぱい勉強してください。わたくしはこっちの方で忙しいので」

一歩後ろに下がると両手に持った化粧品店の袋を見せる。中にあるのはおそらくDNMICの化粧品だろう。

「あ、そうだった!私達も協力します!やっぱこういうのって多い方がいいですよね?」

「いいえ、これは"わたくしの"仕事ですから」

多くを語らないフジタだがゆらは大体のことを理解する。凪の部隊でスパイとして動く様になってまだ長い月日が経ったわけではないが、ゆらには大八洲にいた頃の経験がある。どの部隊にいてもどの様な職であっても変わらない裏社会で生きる条件の知識もある。

「そういうことか。飛粋、やっぱりやめとくのが正解だわ。ほらほら遊びに行くぞー!」

「ちょっとゆらちゃん引っ張らないで!まだフジタさんとお話ししたいし、それに調査だって!」

「バーカ!んなことして困るのはあいつの方だ!ここは大人しくしてるんだよ!」

今度はゆらが飛粋の腕を引っ張る。振りほどかれると更に首根っこを掴み無理やりにでもその場を離れる。飛粋が最後に見たのはその様子を見てまた笑っているフジタの姿だった。

 

結局繁華街の方まで戻ってくる羽目になった。先ほどと真逆の状態から解放されると開口一番ゆらに文句を言う。普段はゆらの方が文句を言う機会が多いが、今回はとことんなまで逆だ。

「な〜ん〜で〜!せっかくフジタさんと色々お話しできてしかもお手伝いもできるチャンスだったのに」

「だからそれをしたらあいつが困るんだって言ってるじゃないか!」

向き合ったゆらの表情はいつになく真剣だったが、飛粋にはそれよりもフジタの方が重要なのだ。

「だってだって!他のスパイの人の事何も知らないし!勉強するならあっちの方が先輩だし」

その反応にはゆらのため息が返答となった。スパイという物を完全に理解していない飛粋にはまだ到達しない見解なのだろう。

「お主ら何を街中で騒いでおるのだ」

そこに偶然にもしぶきと葉栖美が居合わせた。二人の両手には大きな袋があり中身もぎっしりと詰まっている。

「あ、先輩!それって」

一瞬飛粋は化粧品を期待したが、緑色のロゴマークがその期待に応えてくれない。

「んんん?これは今晩の材料だよ」

「あ、そうですか」

肩を落とす飛粋を見て大体の状況を察する。彼女の甘さと考え方違いは二人ともよくわかっている。

「飛粋ちゃあん、さては勝手に調査しようとしたでしょ〜」

図星だった飛粋はとりあえず笑みを見せて誤魔化す。ゆらが呆れながら腕を伸ばして飛粋の頭をチョップし自然と下に向いてしまう。

「あいたっ!なんでぇ〜」

「あのな飛粋、よくよく思い返してみろって。あのフジタって女が最後に言った言葉を」

それは飛粋がやる気に満ちた声で手伝うと言っていた時の事。対照的に落ち着いた声色のフジタはなんと言ったか。

「これは"わたくしの"仕事ですからって」

「なるほど。ヨモギさんが通達されたのは山風部隊が調査とバックアップ、凪の部隊は潜入と無力化」

「ああ、だったら尚更余計なことはできないなぁ」

その一言はフジタの現状を表す言葉なのだが、飛粋はそれを読み取るのに時間がかかった。

「わたくしの?あれ?わたくし達じゃなくて?」

「大方、山風部隊にそういった事に適した者がおらんのじゃろう。じゃから諜報は一人でやっている。あるいは一人でやらされているか。そもそもあの時すんなりと凪が調査を拒否した事を受け入れたのも怪しかったわけだがな」

今彼女がいる所がどういう部隊かは把握していないが、もともと諜報をする者は警視庁内でも多くない。単なる調査程度ならまだしもそれ以上のことをできる者は限られてしまう。

「だったら私たちも協力しましょうよ!」

「だからそれをしたら困るのはあいつだって言ってるじゃねえか!」

飛粋は単純にフジタを助けたい思いだった。確かにそうすれば情報収集のスピードも規模もアップする。しかしそれは結果的にフジタを苦しめることになる。

「ゆらが正しい。飛粋の行動はあの女の信用を損なうことになる」

フジタからすれば諜報活動は信用を売るチャンスでもある。ただ部隊や所属を転々としているだけではいずれいられなくなる。だからこそこの世界で生き続けるために信用を得なければならないのだ。

「フジタって人はやりやすいって言ってたんでしょ?きっとこのやり方で生きてきたんだよ、スパイとしてね。だから私達は余計なことせずに待ってりゃいいのよ。果報は寝て待てってね」

葉栖美がまるで子供にするように飛粋の頭をぽんぽんと叩く。そして不機嫌に頬を膨らませる彼女を見てゆらにサインを送る。

(なんか面白い話題ちょうだい!)

(なんでアタシ様が気を遣わなくたないけないんだよ!)

(飛粋と一番仲がいいのはお前じゃ!なんとかせい!)

言葉に出さずに交信をする3人。ゆらはなんとか話題を絞り出す。

「あ!そうだ!しぶきち!今回の任務終わったらドッジボールやろうぜ!打ち上げ代わりにこうスカーっとする感じの!」

先ほど見ていたため口から出た。もっともやってみたいと思ったのは事実ではあるのだが。

「4人だけでドッジボールか?」

「じゃあ任務に参加した人も入れてやりましょう!私ドッジボールやったことなかったんです!」

「うおお、急に元気になった」

飛粋が話に食いついてきたので目論見としては成功だろうか。

「まぁ体を動かすことに悪いことはないじゃろう。ヨモギさんもきっと了承してくれるか」

「やった!みんなとドッジボール!」

「任務が先じゃ!!」

喜ぶ飛粋をしぶきが抑える。まるで親子のようなその光景はきっと他のスパイ達では中々見られることがないだろう。

「それにしてもなんでドッジボールなんて思いついたの?」

「ああ、さっき公園でやってる所見たんだよ。実はアタシ様も飛粋もやったことないって話になってさ」

飛粋とゆらの育った環境を知っている2人は納得して頷く。ならばそれに付き合ってやるのも仲間として必要なことだろう。

「それにほら、アタシ様達が普段やってるのもドッジボールみたいなもんじゃん?当たったらダメってとことか」

「はっはっは!あんためちゃくちゃ当たってるけどね」

「アレはほら、当たっても痛いだけだしその分相手倒したり情報取ったりしてるし、外野から当てて復帰してるようなもんだ!」

「そうはならんじゃろ」

「なっとる!やろがい!」

3人のコントのような空気で場が和む。とりあえず飛粋の機嫌も上向きになり、なんとかなったように見える。

(そうだよね。当たっちゃダメなのが私達だもん。ゆらちゃんだって本当は当たっちゃダメなはず)

表向きはそうだった。飛粋も悟られまいと燻っていたその思いを隠したのだった。

 

「はい。これが今日の分です」

本部に帰還したフジタは襟元に付けられたボタン大の機械を外しデスクに置いた。それはスパイ活動においては珍しい物かもしれない。

「ブツの解析は明日には出るだろう。その時までしばらく休んでいろ」

「いえいえ、もう少し調べなければならない事があるので資料漁りに専念させていただきます。一応別のを付けておきましょうか?」

「同じ物を使っておけ。あと好きにしていいが勝手はするな」

山風部隊隊長の金眼がデスクに置かれたそれを渡す。それは発信機。襟の裏に隠れ、見られたとしても飾りとして誤魔化せるようなものだった。

「了解しました。何か必要なことがあればいつでも連絡をしてください。どんな場所へも行きますよ」

フジタは営業スマイルを見せびらかしながら発信機を取り付ける。彼女は山風にいる間、1日交換毎に或いは外出毎に発信機を付け替えている。発信機の機能テストと共に彼女が監視下にあるという証明でもあった。

「毎回それだな。どの部署にもどの部隊にもそう言ってるんだろう?どの部隊にもへーこらして得られる情報の蜜はさぞ甘いんだろうな」

突っかかってきたのは呉田だった。隊の参謀役でありスパイに対してキツい視線を向ける。たかが下働きのスパイが隊長に何事もなく近付き調達した情報を与えると同時に、こちらの情報を全て奪われているような気さえした。

「どの部隊にもへーこらしてますが、わたくしはそんな甘美なんて求めてません。ただ仕事をやらせていただけるなら、それでいいです」

彼女がこの警視庁上層部て生きるために必要なのは情報でもなければ権力でもない。実績と信用だった。

「わたくしがやっているのはドッジボールに例えるとよく分かると思いますよ」

「ドッジボール?当たれば負けって意味か。だがこの世界に外野なんてないぞ」

「いえいえ、わたくしが言っているのはオフェンスの方ですよ」

呉田がイメージしたのは、投げられたボールをキャッチするか避けるかしなければならないディフェンスだった。しかしフジタが例えにしたのはオフェンスの方だ。

「わたくしにどれだけ仕事という名のボールを集めてくれるか、それを如何に有効的に使うかですよ。本来なら部隊が請け負うことのない諜報をわたくしが行い、それがどれだけ部隊の役に立つかを証明する。そしてわたくしが信用されれば、貴方達の役に立つようにとボールを回していただける。あとは逃げに徹しつつ立ち回るだけ」

ドッジボールでのオフェンスにもいくつかやり方がある。ただ内野にボールをぶつけて減らすのではなく、外野にボールを送り外野を復活させることも可能。また外野にボールの投げ方もいくつかあり、状況によって使い分ける。それが上手いと分かれば、いずれまたフジタにボールは渡される。

ボールと例えられた諜報や内部工作の任務を成功させればそれだけ彼女の腕とスパイの有用性が証明される。そうなればスパイ四人組の凪の部隊の価値も変動する。

「ならここまで近づく必要もないだろう?スパイとしての実力を発揮するなら一時的に所属せず情報だけ上に渡してそこから流した方が、報酬やら良くなるだろうし」

「そこはほら、正体を明かした方が信頼されやすいかなって。我々は味方同士ですからね。それに顔を売っておけば別の任務で偶々潜入先に突入したら敵と勘違いされたなんて事は避けられますし」

正体不明の何者かよりもそこにいる者として認識された方が確かに信頼や信用を得るだろう。何より安心感が違う。

「味方か。なるほどそういう考え方か」

金眼は納得した。それでも懐疑的な物は残る。フジタもそれを分かった上で発信機を自ら付けている。

「ではわたくしはこれで。呉田さんもお疲れ様です」

通り過ぎる先にいた呉田に近付き、彼の方に近かった左手を上げる。すると呉田は距離をとった。強い警戒心の現れだ。

「ビビりすぎじゃないか?」

「……所詮は他所にいたスパイです」

「そうだな。凪の部隊にも言えることだ」

ヨモギも元は別の場所からやってきたスパイ。現在は警視庁に入り少数精鋭のスパイ部隊として凪の部隊を結成した。

「日本には警察と協力してスパイ活動をしている団体があり、それが警視庁の下にできた。一部の奴らはそれだけだと言いますが」

呉田はスパイに対して異様に警戒している。彼のその姿勢は警戒しすぎる事はないと肯定する人間もいる。

「まぁ役に立つなら信じるだけの話さ」

金眼は改めてフジタが仕入れてきた情報に目を通す。その彼女の実績が後々に山風部隊と凪の部隊を助けると信じて。




フジタが例えに出した言葉はチームプレイでの役割と信頼性を表しています。彼女からすれば命令されなければ全ての行動は越権行為とみなされます。そのためにも信用を得る必要があります。
上層部を飛び回る彼女のやり方、それはどこにも属さないという特異な状況でも仲間を作ることにかかっている。ある意味で志を同じとすれば所属は壁ですらなくなるという心理の元に動いている。

そんなフジタは更に多くの情報を集め続ける。彼女が見た真実とは……


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第三話:潜入前夜に動く影

フジタの報告から二日が経った。徐々に判明するDNMICの悪事に怒りを募らせるしぶき。必要な情報が集まり明日には潜入するという通知が届く。その裏には警視庁上層部に蔓延るスパイに対する認識などが影響していた。
そして、そんな上層部で動くフジタからある言葉が伝えられる。潜入前夜に彼女が伝えたもう一つの情報とは……


フジタの諜報活動により送られる情報は圧倒的な量と質を誇った。あっという間にDNMICとシラサギの明確な繋がりを資料以外に見つけ、またDNMICのビルの設計図や見取り図まで送られてきた。そして組織の動きに関しても明確にされる。

調査の結果、DNMICから販売されている化粧品のいくつかに僅かながら依存症を発生させる効能がある禁止薬物が混入していた。それはあくまで実験に過ぎず、ゆくゆくは濃度か混入させる化粧品の種類を増やすだろうと推測された。

『その薬物を化粧品に混入させる事により無意識の中で依存症を発生させて売り上げを伸ばす目論見かと』

「知らぬ間に薬物に犯されていた体はDNMIC化粧品の事を覚えており、またそれを買ってしまうというわけじゃな。なんという卑劣な」

しぶきが携帯を持っていない手を握りしめるとギリギリと音がなる。正義を重んじるしぶきの怒りの表れでもあった。

シラサギとの兵器取引はそれが発覚した際の、すなわち今この状況になった時に自衛するためだろう。

「明日の夜に作戦決行か」

『はい。どうやらシラサギはDNMICとの取引を組織全体で複数に分けて行っていたようで、以前凪の部隊が捕縛したのはそのうちの一つに過ぎないようです。シラサギの幹部を捕らえられたのは幸運でした』

「なるほど。そこまで大規模になれば情報も漏れるわけじゃな」

フジタから発信された通信を受けたしぶきが状況をまとめる。あの会議から2日で凪の部隊が潜入に当たり必要とする情報をすでに得ており、隊長であるしぶきと司令であるヨモギに通達される。しぶきはちょうど学園の昼休みだった。

「なぜそれが発覚しながら今夜ではない?時間が経てばそれだけ向こうの武装が進行する。迅速に対応するのがセオリーではないのか」

確かに他の取引が行われていたと分かったならすぐに潜入するべきというのは間違いないだろう。いずれは元大八州という肩書きを持つ予里の下に兵が集まる可能性もある。それを何故一日待たせるのか。

『それに関しては山風の都合です。バックアップ及びサポートとして並ぶためにはどうしてもこの一日が必要とのこと』

山風と共同戦線を組むことになったための弊害とも言うべきか。もちろん潜入する凪の部隊を負担を考えれば一日を早めるだけでもまだ違うのだろうが。

「それは任務を確実に遂行するために必要なことか?」

『どうでしょう。わたくしにはその情報がありません』

「ならお主の推測で構わん。伊達に警視庁上層部を転々としているわけではないのじゃろう」

返答する前に小さな笑い声が聞こえた。そして少し間を空ける。決してしぶきをバカにしているわけではない。むしろその声は山風に向けられていたのだろうか。

『上層部の人達にはまだスパイに対する警戒を払拭できていないと思われます。そのために必要以上に実力を見せる必要がある、と判断したと思われます』

「それもまた建前なのじゃろうが、成功させればそれだけの物となるか。ヨモギさんが了承するはずじゃ」

結局しぶきはその内容を受け入れた。任務の危険度は増すが山風が動かないならどうしようもない。下手な事をすると共同戦線を破ったと言われかねない。

『一応わたくしの方からも掛け合っておきます』

「うむ。それの報告を以ってお主の仕事は終わりか?」

『……恐らくは。わたくしは当日の作戦には参加できないでしょう。まぁ最初から諜報活動が主でしたから』

携帯のマイクの向こうから聞こえてくる声色は変わらない。しかしその中にある僅かな機微をしぶきは聞き逃さなかった。

「お主の情報は必ず有効な力となる。凪の部隊の隊長として礼を言おう……まぁ"ご苦労様"というやつじゃな」

思わぬしぶきの言葉に返ってくる言葉はない。僅かな吐息すら漏らさずにしぶきの労いを受け止めた。しぶきが隊長たる所以、その一つに触れる。

「この仕事が終わったら凪の部隊でドッジボールをするのじゃが、お主も来るか?」

『ドッジボールですか。やってみたいところですが、もう先約が入っておりまして』

「そうか、残念じゃ。また協力をすることがあればよろしく頼むぞ、フジタ」

『はい。何かあれば連絡してください。協力させていただきます』

相手の表情は分からない。しかし2人とも互いに笑い合っているのが分かった。2人の中には任務と電波以外の繋がりは何一つないが、それでも十分だった。

程なくしてフジタとの通話が切れた。通話時間は10分に満たないが決して効率的な報告ではなかっただろう。しかしこれもありだと2人は笑った。

 

「作戦の時期を一日早めることなど不可能だ!」

呉田の怒号が室内に響いた。周りにいた人間は呉田と目を合わせない様にデスクに顔を向けている。ただ1人進言をしたフジタだけは堂々と正面に立っている。

「凪の部隊が潜入する事を考えれば武装される前に作戦を遂行するべき、というのが向こうの言い分です」

断られるのは分かっていた。しぶきもフジタもその点においては全く期待していなかった。なのだが一応言葉を通す。

「それだけ凪の部隊の株を上げるチャンスだと言っている。それに大八洲の支部にも潜入したのだろう?だったら何の問題がある」

呉田の言い分は薄っぺらいものだが、それを言い返そうとするには立場と部が悪い。金眼ならなんとか言えるだろうが、下手に金眼に公然と近づきすぎるのはフジタの立場として良くない。

仮に凪の部隊が訓練されたスパイとはいえまだ子供だと進言すれば、余計に舐められることになるだろう。彼女達やヨモギの沽券に関わる。

「とにかく作戦時間早めることができない。隊長としてそれを変えることはできない」

結局金眼の言葉が全てを決定づけた。それ見たことかと得意げな呉田を横目にフジタは持っていたカバンからファイルを取り出した。

「潜入するのは首都郊外にあるDNMIC本社ビルではなく、静岡県東にある商業ビルです。ここがアジト、あるいは武装関係を蓄えている拠点だと判明。まだ本社ビルに武器を運んだ形跡はありません」

「この資料にあるのはなんだ?」

開かれたファイルの最初のページにあったのは潜入する商業ビルの設計図、そして次のページにあったのはシラサギの事を更に細かにまとめたデータだった。

「シラサギを取り押さえる際に重要と思われるポイントをマークしておきました。この任務が終わった後にもそれは使えるかと思いましてまとめておきました」

フジタが調達してきた情報はかなりの信頼度がある。となるとこのデータはシラサギを落とすキーとなるものだろう。

「よくやった。今日でお前との協力関係は終わりだ。明日の作戦には参加できない事を頭に入れておけ」

「やっぱりそうですか」

冷たい金眼の言葉をあっさりとフジタは受け入れた。明日の作戦で山風が行う事は凪の部隊のバックアップと彼女たちが潜入した後の拠点の制圧だ。フジタには出る幕がないという判断をされた。

「さっさと凪に作戦の時間は変えられないと報告してどこにでも行けよ。どうせまた次の仕事があるんだろ?」

呉田からは追い出すような言葉を投げかけられる。金眼も対して何も言わない。どうやらフジタのスパイとしての仕事は終わったようだ。

「そういうわけではありませんが、わたくしはこれ以上介入できないようですね」

いつものように笑いながらフジタは出入り口へと向かう。その場にいる隊員から向けられている目は嫌悪ではない事を確信して、あとは凪の部隊の成功を祈るばかりだ。

「フジタ。お前の情報は有効に利用させてもらう」

「分かりました。では凪の部隊に連絡してきます」

最後まで笑いながらフジタはドアの向こうへと消えた。呉田はその様子を見てフジタがこれ以上何も行動を起こさないと思った。

明日の作戦で何かしようものなら凪の部隊にも責任が及ぶ。それを彼女自身が望みはしないだろう。

「では我々も明日の準備を」

呉田が少し間を開けて出て行ったのは最後までフジタの事を警戒してのことだろう。金眼はそんな彼を尻目にフジタの情報に目を通していた。

(なるほど。意外と自分の考えは通すタイプか)

資料の中にあったある物を見つけて金眼は表情を変えずに笑った。

 

最後の資料を渡し自分が明日の任務に参加しないことを伝えると、フジタはあっさりと凪の部隊の本拠地である逆さ塔を去ろうとした。

「なぁんだ、結局あいつ前線に出ないのか。ただの偵察要員か」

「その偵察が重要なんでしょ。お陰であたし達の情報はほとんど向こうに回ってないと見ていいし、しっかりどうやって潜入するかってプランも立てられるしね」

報告内容は単純なもので時間はかからなかった。ただ報告して立ち去る姿は最初に現れた時とは異なる。

「また機会があれば会いましょう」

それだけ言い残して去っていった。ただ背中を見送る四人だったが、複雑な心境でもあった。特に飛粋はスパイの仲間としてまだ深くまで踏み込めていないことが残念でならなかった。

「やっぱり仲良くなれないのかな?」

「まぁそれはあいつの言う通り機会があったらな。とりあえず今は明日の話だ」

「……うん」

ゆらは意図して飛粋の思いを遮った。これ以上フジタの方を見て欲しくなかった。フジタに対する疑念もあるが、飛粋が他の人物を熱意を持って見ているのが何やら気に食わなかった。

「それじゃしぶきち。あたし達も」

「はっすー、その事じゃが野暮用が入っての。しぶきは少し抜けねばならぬ」

「野暮用……?うん、分かった。じゃあ若いの二人にでも混じっとくね」

具体的には説明しなかったが、それが逆に葉栖美に何かを感じとらせ理解させた。ヨモギもただその様子を見るだけで細かいことを聞きはしなかった。

しぶきが向かうのはもちろん、フジタのところだ。もっとも彼女が行く先は分からないが、ただ後を追いかける。ただスパイとして気付かれないようにではなく堂々と。

逆さ塔を出て東京タワーから離れて、気がつけば大きな公園に来ていた。砂場には子供達が作ったまま放置した砂の山がある。

フジタに特に変わった様子は見られない。ただ敢えて何かあるとすればこんなところを通って何をしたいのか分からないということか。

「まだ着かぬのか?」

痺れを切らしたしぶきが思わず口に出した。足を止め振り返るフジタはまたあの時のような笑顔の表情を貼り付けていた。

「もうすぐですよ。しかし本当に乗ってくれるとは思いませんでした」

「あぁも煽られてはな。何が『正義を貫く意志があるのなら』じゃ。普通の書き方で誘えば良いじゃろうに」

「そうもいかないんですよ。もうわたくしはどちらにも関与できない状態ですから、確実に来てもらわないと困ります」

フジタの顔つきが変わる。それはフジタの心変わりを意味していた。スパイとして与えられた仕事は終わった。ここからは別件、或いは私用と言ったところだろうか。

「なるほど呼び出してきた理由はそれか。まさか凪の隊長と一緒とはな」

フジタが向かっていた方角から体格の良いスーツを着た男が現れた。山風部隊隊長の金眼だ。

「いえいえ、彼女もわたくしが呼んだんですよ。お二人にどうしても伝えなければならないことがありましてね」

「結局、我々はこの女の良いように連れてこられたんじゃよ」

不敵に笑うフジタのことを2人は警戒する。しかしその中に敵対の2文字は見られない。ただ他の隊員に見せられない情報だとすればなんの意味があるのか。

「わたくしは越権行為を犯そうとしているだけですよ。山風部隊の裏切り者を捕縛するというね」

「なに!?」

驚きの声をあげたのは金眼ではなくしぶきの方だった。山風部隊は警視庁上層部の存在なのだ。そこに裏切り者がいるとすれば警察全体に対してあまりに大きな穴となる。

「俺の部隊に?まさか俺を裏切り者としてここで捕縛するのか?」

「いえいえ、金眼さんは白です。白で隊長だから呼んだんですよ。全体を見て指揮する存在だからこそ他の隊員に余計な手を出させないようにできると思いましてね」

普段のフジタが見せていた笑顔に比べて今のフジタの笑顔は明るい。軽いというべきか。

「ただ作戦中または作戦直後の山風部隊の内容を上に報告するとガタガタしちゃうでしょう?混乱を招かずに解決する様に互いに協力してもらおうにも規模が大きすぎます。そこで隊長のお二人にだけ話を通し実行してもらいたいんです」

ただ純粋な笑みが消えた先にあるのは何度も見た不敵な笑みだ。フジタはスパイとしてそこにいることに変わりはない。

「それで尻尾を掴んだ奴はどうする?」

「当然逮捕です。山風部隊に潜入していた者として元の調べはある程度付いているので後は吐いてもらうだけ」

「随分と周到な用意じゃな。まるでその者が最初から潜入していると分かっていたかのような」

「別にそうでも。ただまぁ、山風の皆さんは当たりがキツかったので嫌だなぁとは思いましたけど」

冗談なのか本音なのか分かりにくいがフジタは笑っていた。

「では詳しい話を始めましょうか」

フジタは今回の捜査で判明したスパイの名前を挙げた。そしてその人物を捕らえるための作戦を説明する。これはしぶきの金眼にしか明かさず、だからこそ機能する作戦でもあった。

「だが、お前の作戦はともかくその情報は確かなものなのか?」

「一応それを証明するためにも今まで頑張って来たんですが」

「情報鑑定なら我々も行おう。元々持ち帰ったらやろうと思っていたところじゃ」

「あはは、わたくし全然信用されてませんね」

否、信用されているからこそ疑う。その力の矛先が自分に向いていないということを証明するために。

「では情報鑑定は凪の部隊に任せよう。これでやっと協力関係か?」

「まぁそういうことじゃな」

金眼が差し出した右手にしぶきは応える。互いに力を入れ過ぎずに握手をした。隊員達は誰も見ていない協力の儀式だ。

「ではわたくしはこれで。明日作戦に参加できませんので」

「遠巻きにか。お主も難儀な立ち位置じゃな」

誰にも信用されず……しかしその信用を売るために確かな情報を得るために、身を危険に晒す。同情されてもフジタは笑顔を崩さなかった。スパイとはそういうものだからと。

そのまま2人を置いて去っていった。明日、いや今から彼女が何もしないわけではない。そんなスパイが消えてから2人は一度息を吐いた。

「まったく面倒な奴が上層部にはいたもんだ」

「全くその通りじゃ」

ヘラヘラと笑いその内面を隠す若い女性を相手に2人は少し疲れていた。しかしその女から渡された情報が2人の緊張感を高めさせる。

「では情報鑑定を頼む。凪の部隊隊長、薩摩しぶき殿」

「任せてくれ。山風部隊隊長、金眼新殿」

2人は再び握手を交わした。やることは完全に分別されているがその握手が互いの無事を祈ることも成功を願うことも意味していたのだ。




一応山風部隊は大体の人がまともな人達で構成されています。金眼隊長含めて悪人ではありません。だからこそ先遣部隊として凪の部隊を選んだというのもあります。
一応山風部隊のメリットとしては、情報収集と潜入による直前調査を他にやらせる事で自分達へのリスクが減ります。その功績がスパイ達の信頼にも繋がるという事にはなっています。


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第四話:DNMIC、潜入開始

凪の部隊への報告から一夜明き、武装を溜め込んだビルへの潜入が始まる。今回は遠巻きに山風部隊のバックアップがあるがやることは変わらない。
四人の戦いが始まった


いよいよ潜入作戦が開始される。僅かに満ち始めていた月が見下ろす夜、スーツ姿の凪の部隊の4人がアジトに潜入する。そして山風部隊が遠巻きにスタンバイする。

「間も無く作戦開始じゃ」

「はい質問であります!しぶきち隊長!」

「潜入はしておらんが作戦前じゃ、軍荼利と呼べ……で質問とは?」

ゆらが改まって移動中の車内で手を上げて声を出した。ゆららしい緊張感のない行動だ。

「具体的な作戦はどうすんだ?なんか大まかに設計図見せられたけど、もしかしてアタシ様が居眠りしてる間に作戦会議終わってた?」

「それは内部に入ってから説明する。それと居眠りなら起こしたはずじゃが」

「マジ?記憶にねえぞ!」

「それは単純に隊長に殴られたショックかもね」

しかしゆらが疑問に思うのも当然だ。今までは潜入作戦を行う前には必ず具体的な作戦を教えられ、それを実行に移すという流れだった。今回は少々異なる。

「とにかく我々は我々の、山風は山風の作戦で動く。今はそれさえ頭にあればいいんじゃ」

しぶきは頑なに説明を拒んだ。或いは遠ざけたと表現するべきか。

「山風の人とはもう挨拶済ませたし、いよいよ潜入だよね」

「まぁごちゃごちゃ考えるのもめんどくせえし、バーっと暴れてやるか!」

「暴れちゃダメだよゆらちゃん!見つからないようにしなきゃ」

ゆらが疑問を捨てると空気はいつもの任務前の状態に戻った。慣れ親しんだ緩さと緊張のせめぎ合い、4人は少しずつ切り替えていった。

「こちら凪の部隊、軍荼利。これより任務を開始する」

『こちら山風部隊、金眼。了解した。幸運を祈る』

この通信を機に完全にスイッチが入った。今そこにいるのは薩摩しぶき、轟葉栖美、乱獅子ゆら、宗近飛粋という4人の女子高生ではない。軍荼利、孔雀、愛染、不動のコードネームを持った4人のスパイなのだ。

「ビルの二階の西の大部屋、比較的警備が手薄なそこから入るぞ」

「っしゃあ!アタシ様一番乗りな」

言うが早いか愛染がワイヤーフックガンを撃ち窓の上にあるひさしに引っ掛けた。慣れた手つきで登り窓を解錠する。

「索敵完了。誰もいねえぜ。カメラも言われた通りの場所だ」

「了解。全員迅速にじゃ」

3人がワイヤーを手に取りよじ登り、上からはゆらが引っ張る。ほんの数分で4人は建物の中に侵入した。そして内部で動き設置された監視カメラを無力化する。

「ほおお〜?すごい。あんなに速く入ってった。私よりも若い子なのに」

双眼鏡でその様子を見ていた詩宮が声をあげる。同じ女として感心している。

「私もあんな風にできるかな〜?」

「詩宮ちゃんには無理だよ。だからうちにいるんだって」

山風部隊もまた凪の部隊と同じく警視庁下の他のチームから集められた精鋭でもある。しかし彼女達とは動く分野が違う。おそらくは不可能だろう。

『無駄口叩くな。いつでも出れるようにしておくんだ』

通信機越しに金眼が突っ込みを入れるが実戦にしては少々空気が緩かった。

「はーい。あれ?」

『どうした?』

先ほど中に入っていった4人の反応が消失した。同時に通信を行おうとしたが入ってくるのはノイズばかり。

「ジャミングですよこれ」

『おそらく中でそういうセキュリティ機能があるんだ。向こうが解除するまで待つか』

「外から見える異変があれば即報告、ですね。了解」

双眼鏡から目を離すことなく詩宮は見張りを再開した。少しでも中で発生する異変を見逃さないように。

 

「こちら凪の部隊……やられたか」

「んあ?おい隊長、どした?」

潜入し状況報告を行おうとした軍荼利だったが、一手遅かった。通信が遮断されている。

「ジャミングされた?通信が届かなくなったみたいだけど」

「私達の間では通信は繋がってますよ」

実際通信機そのものが壊れたわけではなく、建物の外との通信が取れなくなったようだ。そんな状況でも軍荼利は狼狽えることなく指示を出す。

「構わん。潜入しセキュリティが解除されれば通信も繋がるじゃろう。まずは作戦の説明に移る」

4人の前にこのビルの見取り図を取り出した。小さくまとまったそれを見ると事細かに内部が描かれている。

「セキュリティは基本的にビル全体に及ぶはずじゃが、見ての通り最上階の5階だけ完全に独立しておる。そこでこの2階から降りる者とこの2階から上へと潜入する者、そしてこの通風孔を使い最上階に潜入する者の3つに分けたい。降りた者は1階での捜索を終えた後は上の階の者と合流、最上階の者は上から降りてくるか、通信が取れるなら見張りながら待機もありじゃな」

フジタから回された設計図では最上階のみ別設計となっている。セキュリティ施設がその階だけ異なる。

「1階はこの軍荼利に任せろ。問題は最上階に誰が行くかじゃが」

「アタシ様が行くわ。敵の懐なら相手の心理が分かるアタシ様の方がいいだろ。見つかったって時も戦えるし、やばかったら離脱できるしな。最悪ドンパチやりゃいいだろ」

「上の階で何か起きたら山風部隊が気付くだろうしね」

山風部隊は遠巻きに監視の目を光らせている。もしも最上階で何かが光ったり爆発したとすれば、すぐに突入するだろう。

作戦の分担がトントン拍子に進む。それに悪いことはない。こういった時間が短くなればそれだけ実行に移せる時間に余裕が生まれる。

「私は反対です」

愛染が率先して志願していたが、それを不動が遮った。その場の空気を切り裂くような発言に全員が彼女の方を見る。

「愛染だったら見つかっても逃げられるから大丈夫って理論はちょっと違うかなと。私なら鉄線である程度遠距離は対処できるし、最上階に仕掛けを作っておいて後からみんなと合流して突入ってこともできるし」

不動の鉄線は簡単なメカニズムで罠にも拘束具にもできる。その上周りにある物も利用でき手段は豊富だ。

ただそれを愛染が簡単に譲るわけもなくすかさず反論する。

「別に見つかって無くてもアタシ様ならすぐに寝首をかけるぜ!だいたい、仕掛けとかそんなのしなくても敵の殲滅とかセキュリティの解除くらいできるだろ!いざ周り囲まれてっての考えたらアタシ様の方が上だろ」

「そんなことないよ!私だって凪の一員なんだもん!そもそも無事に逃げられるって言ったってどうせ自爆でしょ!無駄に大怪我する必要なんてないよ!」

不動もそれに反論した。珍しい2人の衝突にどちらの意見を取ればいいのかを迫られる。

「まぁまぁ2人とも言い合っても仕方ないよ。それで、隊長さんはどっちを選ぶ?」

「…………愛染、お主は孔雀と共に2〜4階のセキュリティ解除と調査をしろ。そして最上階は不動に任せた。後から順に合流じゃ」

隊長として軍荼利は決断を下した。一瞬不服そうな顔を見せた愛染だったが、隊長の命令であれば仕方ないと飲み込む。不動は少し笑みを見せて頷いた。

「へいへい、了解」

「では……凪の部隊、作戦開始」

三方に分かれる凪の部隊の作戦が始まった。

最新の注意を払い孔雀と愛染が部屋を出る。不動は通風孔を開けて中に入り上の階へと向かい、軍荼利は一度窓から下の階へとロープを伸ばす。2階でそうしたように窓の鍵を開けて中に入った。

 

2階から上を捜索する孔雀と愛染。しかし真っ暗な建物の中には外から見ても人の気配がなかった。それと同じで中に入っても人の気配は感じられない。セキュリティも監視カメラや赤外線などのセンサーこそあれど、見張りは一人としていなかった。

「妙だな。本当にここが軍事拠点なのか?監視が手薄すぎだぜ」

「こっそり隠れててくれると逆にありがたいよね。とりあえずセキュリティは少しずつ無力化して室内の調査だよ」

凪の部隊の目的は索敵と無力化、セキュリティシステムもそうだが山風の突入を考えれば武装や敵の頭数を減らしておくのも必要な行為だ。

「この中、どうだろう?」

セキュリティロックのかかった分厚い自動ドアを見つけた。即座に孔雀が解除にかかり愛染がその背後に立つ。ロックが解除されて開くまでほんの数秒。日々の鍛錬の成果である。

「アタシ様が中に入って様子見るわ」

「オッケー、深入りしないでね」

ドアが開くと共に愛染がスピードを上げて突入する。しかし部屋の中には人の気配がなかった。外から物音を聞いていた孔雀はまたしても外れかと思った。

『みんな、この部屋当たりだ。人形がめちゃくちゃ置いてある』

耳に届いた愛染の言葉に思わず全員が反応した。孔雀が中を覗くと、照明を点けていてない暗闇の向こうに僅かながらに見慣れた機械を確認する。

「ホントだ。これシラサギとリグの交渉現場で護衛してたのとおんなじ人形だわ」

「妙だぜこの部屋、つーか建物。罠らしい罠は殆どないし見張りも見当たらねえ」

『だが兵器はそこにある……確かに妙じゃな。一階もあるのは監視カメラと部屋のセキュリティロック程度じゃ』

軍荼利は一階での調査をあらかた終えたらしい。時期に二階に上がってくるだろう。問題は不動が行なっている最上階への潜入。

『こちら不動。間も無く最上階に……これよ……す』

突然不動からの通信にノイズが入る。そして完全に通信が途絶した。それはこのビルに入った時と同じ現象だ。

「あちゃー、最上階でもジャミングか。あたしなら返事無いと引き返すけど、戻ってくるかな?」

「いや、戻らねえよ。今日のあいつなんかおかしいし。アタシ様も最上階行っていいか?」

『ならん!不動はあくまで単独での潜入じゃ。今回自ら潜入すると手を挙げたのだから、まずは一人でやらせることじゃ』

あえて一人にさせることが彼女にとっての信頼になる。そもそも最上階にはより隠密な潜入を求められるのだから人数を増やすわけにはいかない。愛染達はあくまで下からの調査を進めることになった。

(なんか変だ。何もかも変だ。この建物の見取り図もなんか違和感あるし飛粋も妙にアタシ様に突っかかってくるし)

思考が靄で覆われたような感覚だった。振り払うように頭を振る。そんな揺れる視界に映るのは人気のない部屋ばかり。三階に上がってからも度々兵器の類が貯蔵されている部屋は見つかるが人っ子ひとりいない。

「なぁ、隊長上がってくるの遅くね?」

「そうかも。あたしらがサクサク進んでるから?」

ほんの一瞬脳裏をよぎった不安から、軍荼利に通信を図る。しかし応答がない。

「ったく隊長!おい隊長!軍荼利隊長様よぉ!応答しろ!」

『……うるさい。今ちょうど別の通信をしておったところじゃ。どうやら階層ごとにも僅かながら電波に対策がしてあるのかもしれんな。いま上の階に向かっている。状況の説明を頼む』

「お、おう」

軍荼利の返事に圧倒された愛染はそのままこの潜入で見てきたことを通信越しに伝える。そしてその時に覚えた違和感も二人に伝えた。

『たしかに警備の者や貯蔵された兵器を動かす者が一人もいないのは違和感じゃな』

「でも罠ってことはないでしょ。貯蔵されてる軍事品は間違いなく本物。このビル完全に武器庫だよ」

『とにかく細心の注意を払え。不動の事も気になるじゃろうが、今は目の前のことに当たれ』

軍荼利の冷静な指示に従う。それ以外に選択肢がないように感じた。

 

一方、最上階への潜入を試みる不動は通風口から入り確実に上へと向かっていた。見取り図によるとセキュリティシステムや内装は全て最上階だけ別物、このエアダクトとエレベーターのみが最上階に繋がるものだ。

(もう少しで出れるポイントに着くはず。周りの様子を見ながらセキュリティを解除しないと)

別行動をしている仲間とは通信が途絶えた。この最上階はジャミングされている可能性が高い。ならばセキュリティシステムを落とせば通信が繋がることも考えられる。

(ここから出られる。たしかここがセキュリティ室)

出口となる鉄柵の向こうからは僅かな光が見えた。少しだけ様子を見て気配を感じなかったこともあり一気に飛び出す。音もなく着地し周囲の様子を伺う。

「よし!誰もいない!」

影も形もないとはまさにこの事。人らしきものが見えもせず潜んでいる気配はなかった。

「いいや、いるとも」

「!?」

セキュリティ室の奥から声が響いた。見取り図にあった出入り口は一つしかなく、それは今背後にある。そして声は前方左手側から聞こえた。

(気配はなかった。隠れる場所なんてどこにも……いや、あそこにドアがある)

声の主は余裕の笑みを見せながらゆっくり近づき、その奥の壁には僅かながら色合いに違和感がある。おそらく隠し扉だろう。

「あなたが、予里水可ですか」

「ああそうだよ、綺麗な女スパイさん。思っていたよりも顔つきが幼いなぁ」

不動が戦闘態勢を取ったのに対して予里は何もないかのように近づいた。




飛粋達の今回の目標はセキュリティ解除とターゲットの拘束にあります。敵兵力の無力化は最悪山風部隊の突入によってある程度はなんとかなるといった構図です。

最上階に現れた男は間違いなく予里水可。もぬけの殻となっているビル内、そして余裕を含む笑顔。不穏な空気が充満している中でターゲットは何をするのか……


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第五話:急変する壇上

ビルの中、三方に分かれた凪の部隊。下の階層にいる隊員は各階でシラサギから輸入された武装が大量に発見される。しかしビル内はもぬけの殻、自分達しかいない空間に不穏な違和感を覚えていた。
一方、五階に上がった不動は無事セキュリティルームに到達。しかしそこで待ち構えていたのは今回の任務のターゲット『予里水可』だった。


スーツの若い男はゆっくりと近づく。不動が戦闘態勢に入っているにもかかわらず、不動のことを見つめながら。

「そのスーツが凪の潜入服ってわけか。警視庁ってのもやるもんだなぁ」

(私が凪の部隊だと分かってる。まさか相手のトップが気付いてるなんて)

不動に近づくこの男こそ、DNMICの新社長「予里水可」だ。今回のターゲットとも言える。

(見つかったからには私の手で捕縛するしかない)

すでに鉄線を伸ばす準備はできていた。あとは近づく予里の隙を突くだけ。

「まぁこの階のセキュリティダウンくらいならしてあげよう」

しかし予里はあっさりと目線を別の場所に移した。体ごと向きを変えて部屋の壁際にある装置へと向かう。液晶画面にはこの建物の見取り図の様なものが映されていた。

「それに触るな!」

「いいじゃないか。セキュリティを解除するだけだ」

不動の言葉はまるっきり無視された。背中越しに見える画面には最上階のセキュリティロックを解除するという文字がある。

(違う!これは本当にセキュリティを解除してるわけじゃない!余裕ぶってるけど、全部ブラフのはず)

予里の言葉とその文を鵜呑みにするわけにはいかない。スパイとして疑う姿勢を貫いた。予里が背中を向けた瞬間に力を込めた。

「ハァ!!」

不動が右腕を振ると同時に鉄線が伸びる。それはシステムを動かしていた予里の右腕を搦め捕った。

「どわっと!」

「触るなって言ったでしょ!」

そのまま引っ張り体を反らせると、一気に近づき背中に潜り込んだ。そして背負う様な形で持ち上げ地面に叩きつける。

「ぐおぉ……!」

「大人しくしてなさい」

うつ伏せに倒れた予里の両腕と足を鉄線で拘束した。こうなれば簡単には抜けられない。

予里から目を離しても触覚と聴覚を意識しつつ、不動はセキュリティボードに向かった。

「いったたた。流石警視庁のスパイ、若くても実力は折り紙付きか」

背後でブツブツと呻く予里に気をやりながらセキュリティロックの解除を進めようとした。

すると

(さっきの画面だ。予里は本当にセキュリティを解除してた)

何故かは分からないが、予里の先ほどの言動も行動は真実だった。不動が振り返ると予里はまだ痛みに苦しんでいるという表情をしていた。

(セキュリティは解除した……予里も確保した。後は他のメンバーと連絡を取って、山風に連絡して制圧するだけ)

思いのほか計画は順調に進んだ。間違いなく想定外なものも含めて。その想定外が思考の隅で存在感を放つ。

「いやぁ凄いもんだね。君達が自分の下にいればと思うよ」

「私達は正義を執行するだけ」

「ならこっちにいてもいいじゃないか」

予里は笑いながら即言葉を返した。不動はその笑みに不気味さを覚える。それが思考をさらに加速させた。

「君達は警察なんかに良いように使われるよりももっと自由に安全にいるべきなんだ。単独での潜入なんかではなく確実なバックアップを、スパイの力を認められた所にいないと」

「私達は認められてます!」

思わず声を荒らげてしまった。脳裏に自分をスカウトし鍛えてくれたヨモギの姿がちらつく。その人を馬鹿にされているような気がした。

「誰に?警視総監にかい?どうせ自分の直属の上司くらいだろ?警察ってのはそういうもんさ」

予里の言葉を聞きながらなんとか思考を落ち着かせようとする。しかし冷静になると今度は予里の言葉が間違っていないように感じた。

「部隊として置かれたのは扱いやすくするためと君達の上司を抑えやすくするため……それとその気になればいつでも解体処分出来るようにするためかな。奴らからしたらスパイなんて情報を貪る虫みたいな扱いさ」

その言葉には覚えがある。凪の部隊ではなく単独で活動しているフジタの扱いはまさにそれだ。山風部隊を始めとした警視庁トップとは決して良い印象を持たれていないということも聞いた。

「最後には、君らはまとめて処分される。不幸な事故になるか、或いは無理難題を突きつけられ若い体を酷使し続けるか。きっと凪の部隊はこれから他の都合で振り回され危険な潜入をやらされるだろうね」

「うるさい!!」

「いっづ!!あだだ!」

耳から入ってくる言葉で嫌な物を想像してしまった。思わずその言葉を続けさせないように鉄線を強く引く。すると両腕両足を締め上げられた予里からまた痛みの声が上がる。

(いけない!確保しなくちゃいけないんだった!)

ハッとなって鉄線を緩める。下手に力を入れると手足を切断してしまう。怒りに任せてそこまでやってしまうと人として戻れなくなる。

「ヒィ、ヒィ」

予里が必死に呼吸を整え体を揺らすと彼の手から何かが転げ落ちた。小さなそれは光り輝き、地面に接触する度にキンキンと高い音を立てた。

(何か握ってた!?回収しないと!)

大きさからして爆弾ではない。その光沢は磨かれた石、或いは宝石の様なものだった。まるで吸い寄せられる様に手に取った。

「すごく……綺麗」

目が離せなくなった。背中越しに届くモニターの光を内部で乱反射させてその紫の輝きを増している。

光が脳を侵食する。これに限っては比喩表現でもなんでもない。全身から力が抜けた気がした。

「あれ?いま一瞬」

「あぁ、気にしないでくれ。それよりさっきの話の続きと行こう。君たちはこのまま良い様に使われるだけの存在で良いのか」

「!? どうやって鉄線を!」

予里は目の前で立っている。先ほどまで鉄線で拘束されていたが、飛粋が光に目を奪われて力を抜いて拘束を解いていた。

「どうやっても何も、交渉中に這い蹲っているのは失礼だろう?だから外してもらったんじゃないか」

「……確かにそうかも。私たちは本当にいつかは捨てられるの?」

何の違和感も覚えずに飛粋は交渉を始めた。彼女の中では交渉に戻ったという認識になっている。

「警視庁は私達を利用してるだけなの?あの人達が掲げてた……隊長達が信じてた正義って嘘なの?」

「真実を受け入れられないかもしれないが、まずは落ち着くことだ」

慌てる飛粋を諭す予里。彼女の中に真実と称した虚実を刷り込む。

「凪の部隊の話を聞いた時に疑問に思ったんだ。君達の様な少女が何故警視庁でスパイをやっているのか、と。君達は自分の意思でスパイになったのだろうか、とね。そしてスパイという立場でこんな危険な任務を与えられている事を望んでいたと」

「それは……この国のためになるからと。こんな私が日本のため力になれるとある人が教えてくれたから。私はその教えに従ってるだけ」

「では、その危険に飛び込み死ぬことは自分の意思となるな。人によってはこの建物内の武装で君達を潰しにかかったかもしれない。さっきだって君を撃つことは簡単にできた。君達は既に命を失ったも同然だ」

「そんな」

確かにセキュリティルームの奥に部屋がある事を不動は知らなかった。危うく殺されるところを彼がそうしなかったという事実を誘導されながら作り上げる。もはや完全に敵対するという意思はなかった。

「こちらに付けば君達を守れる。もっと安全に、より有効に、傷つくこともなく」

「それは……素敵な提案」

予里の提案に飛粋は歓喜していた。それが偽りの言葉とも偽りの感情とも気付かずに。

 

「なるほど。この建物、そこら中武装塗れか」

4階までの探索を終えたところでゆら達の元に軍荼利が合流した。

「ねぇ軍荼利。ほんとに一階に誰もいなかったの?」

「あぁ。妙なことにこの建物にあるのは兵器のみ。もぬけの殻じゃ」

本来ならその武装を扱うための兵士がいるはずなのだが、このビルには誰もいなかった。仮に警備システムで発見されたとしてもそれに対応する者がいないということになる。

「不動からの通信はねえし。やっぱ突入した方がいいんじゃねえか?」

「それも手じゃな。あと5分待ってセキュリティ解除の気配と通信がなければ上がる」

軍荼利は冷静に対策を練った。不動のことを重んじると同時に最悪の展開だけは回避しなければならない。

「もう一度こっちから発信するわ。おい不動!聞こえるか!」

「許可を待たんか!」

「はい。聞こえるよ、愛染」

「うおお!通じてるってことはセキュリティ落としたか」

通信機からは期待していなかった不動の返事が聞こえた。愛染も声が少し大きくなるが、それは彼女の心配の表れでもある。

「うん。セキュリティを停止させたけど、セキュリティルームの奥に部屋があって突入したいんだ。隊長達も含めて4人全員で突入しましょう。5階には通風孔以外だと非常用エレベーターでしか繋がってないみたいで」

「待て不動、それは我々ではなく山風が」

「今しかないんです。突入されるとそのまま逃げられるかもしれないので、私達で捕縛するしか」

言葉を被せられた。確かに山風が突入して5階に登っている間に逃げられる可能性がある。ビルの上から突入しようにも隠し部屋があったのだから隠し経路がある可能性も否めない。

「待っています。向こうに動きがあるかもしれないので、私は見張りを続けます」

不動の方から一方的に通信を切られた。それは暗に3人に早急な選択を迫っていることになる。

「不動の言う通りかもなぁ。どうする隊長?」

軍荼利にはセキュリティルームの奥にある部屋が何か分かる。だが不用意に飛び込むわけにはいかない。

「この機を逃す手はない……というわけか。どちらにせよ一旦不動と合流せねばならんしなぁ」

「ま、その辺のこともあるし行くしかないでしょ隊長」

不動の案に乗ることにした。全員が頷き見取り図を開き、最新の注意を払って非常用エレベーターに乗り込む。

(エレベーター内にカメラはないか)

それだけを確認すると孔雀は縦に並ぶボタンの前に立った。すぐに5Fのボタンを押そうとする愛染の手を遮る。ドアが閉まってからしばらくエレベーターは停止したままだった。

「なんだよ!早く行かなきゃだろ」

「まずは落ち着け」

「ゴフッ!」

返答は横に立つ軍荼利から帰ってきた。同時に腰に重い衝撃が走る。

「さっきの不動の通信、どう思った?」

「いつつぅ、別に大したことはなかったんじゃね?ちょっと焦ってる気もしたけど」

「フジタの資料を思い出せ!」

フジタが事前に持ってきた資料の中には奇妙な社内アンケートがあった。所詮はネットニュースの記事の社内アンケートに過ぎないが、彼女が話した記者の発言が本当だとするならばどうやって急転換する社内を黙らせたのか。

「マインドコントロール……洗脳か」

「大八洲にいたお前ならその可能性を見出せると思ったが、どうだ?」

「どうだって……でも考えられる。集団心理の洗脳と個別での催眠洗脳は違うが飛粋の単純さならもしかしたら」

その正体が浮かび上がるまでは行かなかったが、確証を得るよりも不確実でも向かうしかない。

「言う通りに行ってなんかあったらどうするかって話よ。そもそもセキュリティルームの奥に部屋なんて見取り図にないしね」

確かに不自然な部分はある。この見取り図はフジタが持ってきた物でその信頼性は確か、だが不動の話と食い違う。何よりこの誰もいないビルが不安を煽った。

「行くしかない。もし不動に何かあったら尚更行かないわけにはな。いざという時には山風部隊もおる」

軍荼利の言葉で2人も意を決する。不動の言葉が罠だったとしても彼女を救えるのは同じ凪の部隊である自分達だけなのだ。

「行くぞ!」

5階のボタンを押すと衝撃と共にエレベーターが上昇する。胸の内にある不安よりも不動に再開する期待を高まらせた。その期待が上がりきる前にエレベーターは停止する。5階に到着した。

「敵はいねえな。手榴弾くらい投げ込まれるのは覚悟してたんだが」

「冗談でもそういうの言わない」

「出るぞ」

エレベーターの周りに罠らしき物はなく、長く伸びる廊下に人影はない。通信を開くと今まで耳をついていたノイズがだいぶ消えていた。

「不動、応答しろ」

しかし不動からの返事はない。無人の廊下しかこの場に情報はなかった。全員廊下に出て辺りを警戒する。

『こちら不動。エレベーターから右手の方にいます』

「返事が遅い」

ようやく不動からの言葉が返ってきた。全員が言われた方向に進んだ。先にあるのはセキュリティルームのみ、おそらくはそこに不動がいると思い3人とも足を急がせた。

『そこでストップ!』

唐突に耳に入った不動の声で全員の足が止まる。鍛え上げられた瞬発力が発揮される。そして次の瞬間に視界の端から光が走った。

「伏せて!」

「いや伏せるな!上からも来る!」

天井からも光が走り糸が伸びる。そして横から伸びた糸は顔に触れることなく壁に突き刺さる。知らぬ間に後ろにも糸が伸びていた。一つ一つが鉄製で触れれば皮膚に食い込み血を流させる。

「これは、まさかとは思ったけど」

「そのまさか…じゃな」

天井から余裕綽々と言った顔で不動が降りてくる。これほど見事に罠を張り巡らせられるのはやはり彼女しかいない。思えば前方後方以外塞がっているここは、ある意味彼女の独壇場かもしれない。

「おい!何のつもり」

「動かないで!動いたら切れるよ!」

不動が指一本動かすだけで糸の間隔が狭まる。下手に勢いを乗せれば切断さえ容易いだろう。流石の愛染も前に出ようとする体を制した。

「不動、何があったかは聞かん。じゃが何が目的か答えよ。これは隊長命令じゃ」

「はい。私は私が思う正義のためにみんなを拘束します。そしてみんなで警視庁を裏切りましょう!」

普段の彼女から決して出るはずもない言葉に全員が息を飲んだ。




催眠の最も簡単な方法は心理の隙につけ込むこととされています。ある感覚を一つのことに集中させることで他の感覚で暗示をかけるなどが一例として挙げられます。
また他にも一つの感覚に強い衝撃を与えて精神の抵抗力を一時的に失わせるという方法もあります。無抵抗になると跳ね除ける前に受け入れてしまう。フィルターを取り払われた状態といった感じでしょう


予里の手により寝返ってしまった不動こと宗近飛粋。絶体絶命の状態に追いやられた三人はどう切り抜けるのか!


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第六話:飛粋はやっぱり

飛粋に誘われるままに五階に進んだ凪の部隊。しかしセキュリティルームの前で飛粋が罠を張って待ち構えていた。鉄線を張り巡らされ動きを封じられた三人を前に、飛粋は予里の下に着くことを提案する。


飛粋のテンションの高さや普段なら絶対似合わない言葉から、全員が彼女の洗脳を疑った。

「不動。少しだけ大人しくしていてね」

「ダメですよ。抵抗は許しません。何もせずに捕まってください」

普段から見せる笑顔で不動が指を動かすと鉄線の間隔が更に狭まる。身動きをする事すら許されない。

「大人しくするのはみんなの方です。もう傷つかなくなるために、危険じゃなくなるために」

不動の表情が険しくなる。どうやら彼女はその上書きされた信念のためだけに行動しているようだ。

「私はみんなを守りたいんです!みんなとずっと一緒にいたいんです!だから私は、こっちに裏切ることにしました」

「不動……お主は騙されておる。目を覚ませ!」

「目を覚ますのは隊長の方です!このまま私たちが、凪の部隊がどうなってしまうかを考えてください!そうしたらこっちの方が良いに決まってるんです!」

正気を失っているわけではない。しかし飛粋の言葉は正義とは決して一致しない。それだけに彼女に対して説得を試みる。

「そんなことしたら、あの人に怒られるわよ!あの人が何のためにあなたをスカウトしたと思ってるの!」

「知らない!そんなこと知らない!私にとってヨモギさんの言ってることは正義なんかじゃなかった!」

段々と聞く耳を持たなくなる。まるでアクセルをかけ続けてどんどん加速しているように、飛粋の感情は暴走を続ける。

「こんなことしていてもボロボロにされて捨てられるだけ!誰も私達を助けてくれないで誰もいない場所に追いやって消す!」

肌に触れるギリギリのところで飛粋の声を受けて揺れる鉄線。強引に抜け出そうとすれば傷はおろか四肢が切断されるだろう。

「だから、これはみんなのためなんです。みんなで一緒に警視庁なんて抜けてこっちに」

「いい加減にしろ!」

軍荼利が拳をギリギリと握り込むと、膨れ上がった筋肉がまた鉄線に触れてスーツの袖と皮膚が切れてわずかに流血する。

「動かないでください!」

しぶきの動きを感知した飛粋の緊張感が更に増す。首元にある鉄線が近づき身動きを取れなくなる。

しかしその反応が弱点を晒すことになった。

「へへ。おかしくなっても、飛粋は飛粋だな」

愛染はその様子を見て笑った。ただそれは相手を見てニヤリと笑うのではなく、彼女を見ていつもの様に満面の笑みを見せる。

その笑顔は凪の部隊のスパイ『愛染』としての物ではなく、一人の女『乱獅子ゆら』としての物だった。

「何を言ってるの?」

「こういう事だよ!!」

ゆらは腰の刀を抜こうと動く。当然可動域には鉄線が網の様に何本も重ねてあり、その一本一本が抵抗しようとする体を切り裂く。

「動かないでって言ってるでしょ!」

「いっづづづづ!」

無理に刀に伸ばそうとした腕を、僅かに開いた足を、捻った体を傷つけてゆく。その跡である赤い線の下からは血が流れ出す。おまけに飛粋はそんな反応をするゆらに更に鉄線を飛ばし、あっという間にゆらの両腕に絡みついた。

「どう!痛いでしょ!ゆらちゃんはもう痛いの我慢しなくてよくなるんだよ!だから今は大人しくして!」

「ぎぃぃ!!我慢しなくてよくなるかぁ……じゃあまだまだ我慢しないとなぁ!」

拘束された腕を無理やり動かすと何かが裂ける様な音と痛烈な刺激が身体中を駆け巡る。そしてゆらは動くことをやめなかった。着ているスーツの一部一部が赤黒い血で滲んでいた。

「なんでよ!そんなことしなくていいの!もう痛いことしなくていいんだよ!」

「あぁ?しなくちゃいけないに決まってんだろ!アタシ様が痛い思いしなくちゃいけないに決まってんだろうが!!」

「やめろ!それ以上すると本当に体が千切れるぞ!」

隊長の命令を無視してゆらは暴れ続ける。撒き散らされた血の量は尋常ではなく、腕はまるでひしゃげた様に不自然に曲がり始めている。自力で立ってはいるのだが、足の状態もまともではない。

「やめて!やめて!!やめて!!!もうこんな事しないで!」

「……ほらな、やっぱり飛粋は飛粋だ」

気がつけば痛みを与えている側の飛粋の顔は苦しみのあまり歪みだし、痛みを受けている側のゆらは余裕を持って笑っていた。

「嫌……お願いゆらちゃん!やめて!ゆらちゃんの体が」

「だったらこれを解除するしかないよ!早くしないと本当に!」

孔雀の言葉は煽りではない、忠告以上のものだ。飛粋は苦悶の表情こそ見せてはいるが一向に鉄線を緩めない。むしろゆらの抵抗を抑えつけようと力を強めている様にさえ見える。

(いくら飛粋ちゃんを脅すためでもやりすぎだよ。回復が早いって言っても腕ちぎれたら治らないでしょ!)

麻酔弾が装填された拳銃は用意しているが、身動き一つ取れないのでは照準を定めることができない。だがその動けない状態で動き続けているゆらは少しずつ前進する。

「こ、こないで!もとにもどって!!うああああああああああ!」

「元に戻るのはお前だ。本当は苦しいんだろ?今までいたところも今いるところも苦しかったんだろ?」

着実に飛粋に近づきながら説得を試みる。一歩進むたびに体の節々が音を立てて裂けて血飛沫が鉄線と床にかかる。

「アタシ様が痛くても、痛くなくても、飛粋は痛くなったんだよな。アタシ様が苦しくても、苦しくなくても、飛粋は苦しさを耐えてたんだよな。アタシ様は大丈夫だって、ずっと言ってたけど、飛粋も大丈夫だって言ってたもんな」

飛粋はゆらが傷つくと必ず心配そうな目を向けた。それは飛粋にとってゆらは大切な人だからだ。それはゆらにとっても同じだった。

「ダメ!ダメ!!ダメ!!!ダメ!!!!ゆらちゃんもうやめて!死んじゃう!ゆらちゃん死んじゃうよ!」

「大丈夫だって言ってるだろ?アタシ様は強いんだ!お前が諦めるまでアタシ、様は」

ゆらを傷つけまいとする飛粋の意図とは別に体が動いた。ある意味でゆらを元に戻そうとする意図とは一致しているのかもしれないが。更に鉄線が伸びて、直接彼女の顔面を狙った。

「にげて!!ゆらちゃん」

叫んだ頃にはすでに遅かった。鉄線が壁に反射されるように動き、ゆらの目を切り裂いた。おびただしい量の血が噴き出す。

「ぐあぁっ!ずっぅぅ!」

それでもゆらは歩みを止めない。体勢を立て直して自分が前だと信じる方向に進み続ける。痛みに耐えることこそあれど、その口元は常に笑っていた。

「飛粋!飛粋!!どこにいるんだ!ちょっと見えなくなったがすぐ行ってやるからな!」

目が見えない状態、しかも体中を鉄線に切り裂かれている状態でも必死に一つの目標めがけて進む。

「やばいよ!いくら愛染でもあれじゃ」

「いや、効果はあった」

二人を囲む鉄線に僅かながら間隔が空いているように見えた。そしてその向こうに見える飛粋の言葉では表現し難い表情も。

「ああぁ、そんな、ウソ!ウソ!!」

ゆらの姿を見てしまうと力が抜ける。それを理解した本能が目を閉じさせた。彼女の全身を滴る血の音と飛び散る鮮やかなレッド、そしてまだ傷つき続ける体が予里に塗り固められた心の奥にある飛粋の本当の心を苦しめる。

「今だ!」

視覚こそ真っ暗だが触覚で鉄線が僅かに緩んだのを感じ取った。さっきまではゆっくりで歩幅も小さかったが、突然走り出した。無理やりに腕の拘束を外して力なくぶら下げながら進んだ。

「飛粋いいいいいいいい!!」

まだいくつも残っている鉄線も体を捻って避けながら飛び出す。そして今度は殆ど傷つかずに前へと出れた。目を開けた飛粋はもはや射程距離はおろか自分の二歩前にまで迫っているゆらの姿に戦慄した。

「うっそ!なんで?」

「緩んだ鉄線が血で滑ったのじゃろう。狙ったかどうかは分からんがな。今ならこちらも自由に動ける!」

至近距離でゆらを見たショックから完全に力が抜けた飛粋。今まで張り巡らされていた鉄線がハラリと落ちる。やっと鉄線から解放された二人はすぐに駆け寄る。

「しまった!」

「これで詰みじゃな」

三人を相手に勝てるはずもない。銃口を向けられているわけではないが敗北を悟った。そして自分が犯した罪の重さがやっと体を支配したかのように飛粋はへたり込む。

「飛粋……」

音で判断したのか、ゆらも同じようにしゃがみ込んだ。自然と視線の高さが同じになり飛粋は塞ぎ込んでしまった。目の前にあったゆらの顔は飛粋の攻撃により血塗れだった。

「ごめん……なさい。わたしのせいで、わたしの、せいで」

「はっはっは、かもな。でもアタシ様のせいでもある。だからこれは自業自得だ!飛粋が気にすることじゃねえよ」

そう高らかに笑い飛ばしても飛粋の表情が晴れないことをゆらは知っている。傷だらけの体は再生の途中だが全身にはまだ強い痛みが残っている。

「って言っても飛粋は気にするんだよな。どうしたもんか」

「ずっと気にしてたもんね。ゆらちゃんが傷つくところを見てさ」

「まぁアタシ様も逆だったらそうしてたけどさ」

見えないなりに飛粋の表情を探る。そして目元の血を拭ってもらい、やっと光が差し込み出した。

「うおっ、だいぶ治ってきたかな。ほら飛粋、こっち見ろ。アタシ様はお前の顔が見たいぜ」

「ダメだよ、あわせるかおなんて」

「見ろ、飛粋。見てやれ」

隊長の言葉を受けて恐る恐る顔を上げる。そこにあったのは満面の笑みのゆらだった。目はしっかりと開いていて、彼女の瞳に映る自分の顔まで鮮明に見えた。

「な?大丈夫だろ?とっさに目閉じて顎上げたから目自体は切れてないし、腕も……まぁすぐに動かせるって」

ダラリと両腕が地面について大きな血溜まりを作っているが、それどもゆらは笑っていた。安堵と共に大粒の涙が溢れ何もかもが見えなくなる。

「……ああ、よかった……よかったよ」

抱き締めようにも体がボロボロなゆらには手が伸びない。まだへたり込んで涙を流し続けた。

「ゆらちゃん……わたし、どうしたら」

「とりあえず任務じゃね?なぁ隊長」

「うむ。愛染の傷が4〜5割でも治ったら動く。そのために準備をするんじゃ」

「はいはい。服はどうしようもないけど、今は傷開かないように絆創膏貼るよ」

孔雀は応急手当て用の絆創膏を取り出し切り傷に片っ端から貼り付ける。そして軍荼利はしゃがみ込み飛粋と向かい合った。

「た、隊長……!」

軍荼利が視界に入ってくると大きく後ろに下がった。しかし背中と頭はすぐ壁にぶつかる。更に軍荼利は迫ってきた。

「逃げるということは、精神的に何かされたとはいえ自分が何をしたか分かっているということじゃな」

固く拳を握りなおすとまたグローブがギリギリと音を鳴らす。飛粋の脳内を恐怖が支配した。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

また俯いて謝罪の言葉を繰り返す飛粋。一歩間違えばゆらを殺してしまうところだった。仮にゆらが動かなかったら更に悪い結果を招いただろう。

「反省できるとはいい子じゃ。ゆらの奴めは全く反省しないがな」

軍荼利は信じられないほど優しかった。その拳は開かれていた。飛粋が感じたのはたまにもらうゲンコツなどではなく、頭を撫でられている感覚だった。数日前も撫でられては出来立てのタンコブが痛んだのを覚えている。

「たいちょう……たいちょー!!わあああん!」

思わず泣きついていた。自分が今の今まで攻撃していたというのに何も言わずに許してくれる軍荼利の器の大きさに涙を流す。その様子はまるで親子のようだった。

「よしよし。しぶきも辛い思いをさせたな……」

抱き締められた頭をそっと撫でる。強い抱擁をしながら泣きじゃくる飛粋の全てをただ受け止めた。

「さぁ、早めに切り替えるぞ。時間も迫っている」

「はい」

やっと正気を取り戻したといった目を見せる。いつもなら驚いて一歩退く距離感ではあるが、今日だけは退くことはなかった。

「お?もう大丈夫か?」

「それはお主に対してじゃ。もう動けるのか?」

「んー、まぁ動かす分には支障はねえな」

肩をグルグル回しながら愛染は答えた。完全に任務の表情に戻っている。一方で飛粋はもう少し時間がかかりそうだ。涙が心の澱みを洗い流す、などという単純な話ではない。

「よし。では飛粋、歯を食いしばれ」

「え?」

しかしそんな余裕は凪の部隊に残されていなかった。飛粋の額の前で軍荼利はグローブを外した左手である形を作った。人差し指、薬指、小指を伸ばし、一緒に伸ばさんとする中指を親指が抑えている。

それを見た瞬間、言われた通り歯を食いしばる。殆ど反射的にそうした。

「いっだああぁ!!ぐほぉ!」

親指の止めが外れると同時に中指に貯められていた力が解放され飛粋の額に激突する。俗に言うデコピンである。剛力な軍荼利のデコピンなだけあってその威力はとんでもない。強烈な衝撃で頭が持っていかれ、仰け反ると同時に背中の壁に後頭部をぶつける。

「これを仕置とする。早く立つのじゃ飛粋」

「は、はい」

頭の前と後ろから時間差で強烈な一撃をお見舞いされながら、飛粋はフラフラと立ち上がる。それを孔雀と愛染はげんなりとした顔で覗き込んでいた。

「げえぇ、マジで人間かよ。デコピンだけでどんだけ威力あるんだ」

「食らってみるか?」

「え?いやいやアタシ様は遠慮を」

「するな。食らえ」

余計なことを言った愛染に拒否権はなかった。僅かに前傾姿勢から戻りきっていない額に指が届く。

「ぎえあああぁ!!」

「お主は無茶をしすぎじゃ。体を大事にしろ」

愛染も飛粋と同じようにデコピンをもらい悲鳴をあげた。しかも両の手を床について悶えている。

「おっがあ!なんだこれ、三半規管が死ぬって!」

「不動、愛染、早く来い。この奥に予里がいるはずじゃ」

そんな彼女を無視して軍荼利は前へと進んだ。孔雀が心配になって後ろを伺うと、フラフラになりながらも二人はなんとか付いてくる。

「はぁ、覚えてろよ隊長!絶対に飛粋と仕返ししてやるからな」

「私もなんだ」

「勝手にしろ!それより行くぞ!」

「はい!」

「おう!」

「凪の部隊、再進発じゃ!!」

二人が大事ない様子を見て軍荼利は先陣を切る。その小さな後ろ姿を3人は追いかけた。セキュリティシステムのドアを開く頃には、全員本来の任務にあたる顔に戻っていた。




飛粋にとって凪の部隊は自分の全てを受け入れてくれる存在とも言える人々でもあります。今回も話せば自分の意見を認めてくれると思っていた節があり、精神干渉もあってそう言った一面が前に出て否定を認めなくなっていた。
そんな心を理解して真っ正面からぶつかってくれる唯一の存在がゆらであり、彼女の甘さを受け入れてくれるのが凪の部隊である。だからこそ決して彼女の事を離しはしないでしょう。

次回、凪の部隊と予里の対面。捕縛することはできるのか


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第七話:凪の力

愛染がボロボロになりながらも、不動を予里の洗脳から救い出した凪の部隊。予里が待ち受けるセキュリティルームへと4人で向かった。
しかし予里は更なる罠を準備しているのだった。


セキュリティルームのドアを開ける。細心の注意を払って中に入るが、不動が一度入った時と同じく人の気配はない。

「セキュリティはすでにオフになってる。さっき不動が言った通りだね」

「ならばこの奥が奴の部屋。愛染、行けるか?」

コードネームを呼ばれると見せつけるように伸びをした。破れた服の下からはまだ大きな傷とそれを止めた絆創膏を覗かせるが、特に問題はなさそうだ。

「まぁ動くのに問題はねえさ。それでいいだろ」

「うん。私はゆ、愛染やみんなを信じるよ!」

まだ洗脳の余韻が残っているのか、不動の反応はおぼつかなかった。それでも臨戦態勢に入ったことが目で分かる。

「っしゃあ!行くぜ」

奥に繋がるドアを愛染が蹴破る。ロックも何もかかっていないのだから簡単に道が開き、その向こうの部屋は白いタイルを敷き詰めれた床と奥から横浜の夜景が広がっていた。社長室などでよく見るデスクと高級そうな椅子には一人の男が腰掛けている。

「見つけたぜ予里!」

彼の顔がが目に入ってから愛染は急加速、抜かれた二本の刀で彼を切り刻もうと射程距離まで迫る。

「うるさいですよ」

しかし予里は動揺していない。そして愛染の動きが止まった。見えない何かに走っている姿勢で前に来た頭に何かがぶつかった様だ。

「ぐぅ!」

ぶつかったと思われる箇所から流血する。そして血飛沫が空間に不自然に残っていた。張り付き流れる血のりが何があるのかを教えてくれる。

「透明な強化ガラスか……皆出るぞ!」

「もう遅い」

愛染の勢いに乗って部屋の中に全員入ったのはまずかった。軍荼利が呼び戻す前に勢いよくドアが閉められる。そして鉄格子が現れた。

「こんなもの!っつうう!」

グローブ越しでも触れると同時に手が弾けた。高熱を帯びた鉄格子に道を阻まれた。体の防衛本能が触れることを拒否する。触れられないのであれば軍荼利の怪力もほとんど意味をなさない。

「完全に閉じ込めさせてもらったよ。君たちにはこれから眠ってもらう」

そう言ってテーブルに置いてあったリモコンのスイッチを押すと、不自然に天井に穴が開いた。そこには管らしきものが複数本見える。この部屋すら予里が用意した罠でしかなかった事を思い知らされる。

「まさか、毒ガスか」

「いいや、そこから出るのは神経を麻痺させるガスだ。君達の身柄は預からせてもらうよ。こちら側で有益に使うためにね。どうせ君達の居場所なんてなくなるんだから」

「居場所がなくなる?」

予里の言葉は普通とは違う。その一つ一つがこちらの思惑を誘導させようと動く。

「そこの飛粋って奴は一度こちらに服従している。そしてその様子も君達が争っていた短時間の様子もしっかりと監視カメラで記録されていたんだ。あとはこれを君達の上に垂れ込めばいい」

「うるせえ!飛粋は自分の意思で裏切ったわけじゃねえ!てめえが洗脳したんだろうが!」

「落ち着いて愛染。あいつの言葉に乗ったら思う壺よ」

また飛び出して壁にぶつかりそうな愛染を孔雀が抑える。それを見て予里は笑った。

「そもそも上に垂れ込むってどうやって」

「言葉通りさ。警視庁ってのはそういうところなんだよ。君達が何を信頼しているのかは知らないが、こちら側にも信頼できる仲間ってのがいるのさ」

「そんな……じゃあ私達が捨てられるっていうのは」

まだ精神的に傷を残している不動の心が抉られる。予里の言葉を実現させるために自分が動かされていたことに気付いたのだ。

「さて、最後のチャンスだ。大人しくこっちに来い。そうすれば君達の安全も正当な評価も報酬も保証しよう」

選択を迫るというよりは命令に近い。どちらにせよ凪の部隊には他の選択肢を与えられてすらない。どう答えようとも予里がスイッチを押せばガスが吹き出し眠らされる。そして眠らされた後には飛粋と同じように洗脳させられる未来が待っているだろう。

「さあ!どっちを」

「くだらん!!貴様の言葉など信じるものか!!」

軍荼利が一蹴した。腕を組み仁王立ちするその姿は小柄ながらもその威風を全身から放っている。

「高らかに勝利宣言しておるが、貴様が何を仕掛けたのかなど興味はない。我々が貴様の軍門に下ると相当な自信なようじゃが、我々は我々の正義を胸にここにいる!たとえその先に己の身に保証も評価もないとしても、我々が任務を遂行するのは悪を滅するという目的のためのみじゃ!たとえ民間人の中に隠れていようとも、警視庁に潜んでいようとも、目の前でガラス一枚隔てた状態だろうとも、何も変わることはない!!」

堂々と啖呵を切ってみせた。その言葉が彼女達の背中を押し、折れかけていた心を真っ直ぐにする。

「あっそう。まぁそんなの関係ないけどさ。まぁ勝手に喚いてろよ」

淡々と吐き捨てるがその表情からは「不服」の二文字が見える。リモコンを持つ手もわずかに震えているだろうか。しかし、指は一切の滞りなくスイッチを押した。

「そんな言葉も思い出せなくなるさ!」

天井の管からガスが噴出される。その音を聞いて予里は勝利を確信して高らかに笑った……。

 

 

 

 

笑ったがそれ以上は何もなかった。その笑みさえもすぐに消失する。

「馬鹿な!」

彼の目の前で凪の部隊がこちらを睨みつけている。本来ならガラスの向こうは視界すら消えるほどの高濃度の神経ガスがあるはずなのに。

「あーあ、残念。ネズミでも入って配線噛みちぎられたんじゃない?」

孔雀が指摘すると2cmにも満たないネズミが天井から何匹も這いずり落ちてきた。そしてそしてガスは全くと言っていいほど出ていない。

「はい。ご苦労様」

全員でキャッチして孔雀の元に戻る。彼女がそのネズミ達を操っていたとしか考えられない。

「馬鹿な!いつのまにネズミを」

「エレベーターに少しだけ隙間を開けて潜り込ませた……カメラが付いていなかったのは我々に不動を警戒させ内部で作戦を立てるように仕向けたのじゃろうが、仇となったな」

五階到着時に愛染がエレベーターの一部分を切り開き、予め孔雀がビルの近辺にスタンバイさせて懐に隠れていたネズミ達に指示し潜入させた。あとは不動と争っている間に仕掛けの配線を噛みちぎれば天井裏にある仕掛けは機能しなくなる。

事前に部屋内に仕掛けてあった出口を塞ぐ鉄格子と電流の仕掛けは解除できなかったが、天井裏のガスの噴出に関しては完全に無力化。溜め込まれたままのガスは法的に危険物として処理されるだろう。

「この階だけは独立したセキュリティシステムになってるんだ、罠を警戒するのは当然だろ。それにこういうのは大八洲の常套手段じゃねえか」

大八洲棟梁の娘である愛染が笑う。予里もその顔を覚えてはいたが、こちらの作戦を読んでくるとは考えてもいなかった。

「敵を目の前でもがき苦しませる……趣味悪いとこ変わってねえな。自分がトップに立ってあの馬鹿姉達の真似か、ヨリ」

「その名で呼ぶな!大八洲から逃げ出した出来損ないが!」

そして思うようにいかなかった故に冷静さを欠いた予里。その焦りが地雷を踏み抜いてしまった。

「カッチーン……言ってくれるじゃねえか。アタシ様にやらせろよ隊長!」

「分かっておる。不動と好きにやれ」

「アイアイ!不動、あのフォーメーションでやるぞ!」

「分かった!」

凪の部隊は各員急速に動き出す。それに対して予里は次の手段を踏むためデスクに設置されていたボタンを押す。特に何か仕掛けが動くわけではないが再び余裕があるように笑みを見せる。

「大方、応援要請ってところかな。こちら凪の孔雀、山風部隊に連絡……敵方に応援要請あり、現在予里を捕縛に向かってます」

通信を試みる。5階のセキュリティは完全にダウンしているためあっさりと通じた。

『了解した……これより戦闘準備に入る。凪の部隊は引き続き予里水可捕縛に専念してくれ』

「はいはーい。よし、あんた達も頑張りなよ!」

すぐにその仕掛けを察知し待機していた山風部隊に連絡する。対応した金眼の冷静な返答から迅速な動きを予感させた。通信を終えたあとは気合を入れるためか不動と愛染の背中を強く叩いた。二人の中にある冷静な怒りと次の行動を察しての行為だろう。

「残念じゃったな。我々のバックには十分な力がある。お主のあと備えとは訳が違う」

「黙れ!どちらにしろお前達はこの部屋に閉じ込められたままだ!このまま応援が来ればすぐに抑えつけて洗脳して」

「貴様……凪を舐めすぎじゃ!」

軍荼利がその笑みを破壊せんと拳を振るう。もちろんそこには硬いガラスの壁がある。予里の笑みは消えることはない。

「何をやっても無……」

しかしガラスで阻まれたその怒りの拳はズン!という衝撃音と小さな亀裂音を僅かに響かせる。小さな少女を見下げていた予里の余裕はその瞬間に消失した。

「っしゃあ!!行くぜ!!」

軍荼利の向こうにはこちらを鬼のような形相で睨む不動が見え、更に奥に見えたのは不動の鉄線を腰に巻いた愛染だった。そして愛染が壁に張り付くように後ろに飛ぶと、不動は前方へとダッシュする。二人の真逆な行動はすぐに力の作用が現れる。

「まさか」

逃げようとした時点で既に手遅れだった。

「うおおおおおおおお!!」

「おおおおおるああぁ!!」

愛染が壁を蹴り、不動は背負い投げの感覚で鉄線を前へとしならせる。鉄線に引っ張られ加速した愛染は一直線にガラスの壁、いや既にそれを通過してその向こうにいる予里へと突っ込んだ。

「馬鹿な、ぐぼあああ!」

厚さがどれだけあるかも関係なくガラスの壁が破られる音を聴く頃には、予里の体はくの字に曲がっている。ガッシリと体を捕まえられて向こうの窓ガラスにぶつかる。

「よっしゃあ!作戦」

ここまでは良かった。激突した窓ガラスの耐久力さえ高ければ。

「せいこおおおおおお!?」

勢い余って、というのはこの事を指すのだろう。予里と愛染の体は部屋の窓ガラスさえも突き破ってしまった。一面がガラス張りになっていた事もあり、降り注ぐガラスの欠片と一緒に地面に真っ逆さまに落ちる。

「うそ!うわあああああああ!!」

落ちるのは二人だけではない。鉄線で繋がった不動も引っ張られる。僅かに踏ん張ろうとしたが、軍荼利に抑えられる前に飛んでいってしまった。

「てめええええ!そっちは防弾ガラスじゃねええのかよおおおお!!」

「どうしよう!どうしよう!どうしよおおお!」

落下しながら二人揃ってパニック状態だ。五階からの落下はただでは済まない。おまけに両手が塞がった絶体絶命の状況だ。

『不動、落ち着いて』

不動の耳に孔雀の声が入る。その柔らかな声はまるで自分を生かす天啓にさえ聞こえた。

『今すぐ通信機に向かって、開けパラ、って言ってごらん』

「え?ひ、開けパラ?うわっうわあああああ!!」

その音声コマンドを認識すると不動のベルトからパラシュートが飛び出した。おそらく二人の作戦を察した孔雀が取り付けたものだろう。

「うごおぉ!」

吊られる形で愛染と予里もパラシュートの恩恵を受ける。なんとかこれでターゲットの捕縛は完了しそうだ。

『先輩、ありがとうございます。予里は今の落下で気絶しました。山風部隊の人達がこちらに来てるのも見えます』

ビルからもその動きは捉えられている。だが気になるのは予里が出した応援要請らしき物。次にどのような行動を取るべきかを迫られていた。

「了解。じゃあ私達も一旦降りる?」

「合流が望ましいじゃろうな。増援がどこから来るか分からん以上」

軍荼利の表情は曇ったままだった。まだ全てが終わっていない、そのサインを孔雀は確かにキャッチした。

「じゃあ頑張ってね。あたしはこの子達と下に降りるから」

何も言わずとも心の内が分かる。そんな二人だからこそ、それ以上のことは言わなかった。懐にネズミを戻した孔雀がワイヤーガンを使い外から降りると、軍荼利は逆に部屋を出てエレベーターを使って降りた。

 

一方下に降りたゆらと飛粋は互いの安否を確認していた。気絶した予里はともかく、ガラスの壁に突っ込みパラシュート開放時に衝撃を受けたゆらの様子がおかしい。倒れ込んだまま動かない。

「大丈夫?特に傷とかはないけど」

「ああ、傷はねぇ。ちょっと腰が」

愛染に外傷はなかった。腰回りの鉄線も二振りの刀が挟まるおかげで軽減できた。しかし自由落下からパラシュート開放の急ブレーキを一点で受けてしまい、ゆらの腰は強い衝撃がかかっていた。いま彼女の腰は殆ど外れた状態になっている。

「すまねえ飛粋。ここら辺思いっきり押してくんね」

「分かった。よいっしょ」

「あっだだだだだ!!」

飛粋に背中の下の方を押してもらい外れた腰を無理やり治す。ゴリッという感触でなんとか位置が戻ったか。少しでも近づけば驚異的な回復力で勝手に治癒される。

「うぐっおお!入ったああぁ……へえぇ、ぎっくり腰とかにはなりたくねえなぁ」

今にも死にそうな声を出しながらなんとか息を止めて腰を固定した。そしてフラフラと立ち上がると体操の様に体を伸ばしながら肩を回す。

「オッケーイ!アタシ様完全復活!!お?山風の奴らも来たみたいだな」

小さめのトレーラーがビルの前に到着する。そこからは機動隊の制服をアレンジした小柄な女性が現れた。その目はキラキラと輝いている。

「おおお!君達さっき落ちてた人たちでしょ?すっごーい!服はボロボロだけどしっかり確保してるー!」

「お?おう!なんてったってアタシ様だからな!凪の部隊の愛染をよろしくだぜ!」

「かっこいい!そっちの子は?名前なんて言うの?」

「凪の部隊の不動って言います!」

「こっちも名前かっこいいアダー!」

そこに二人の男が合流する。ガタイの良い方が後ろからチョップ。縮こまった女性と同じように揃って頭を下げた。

「すみません、まだ任務中だというのに」

「あ、いえいえ。気にしてませんので」

一応互いにある程度情報自体は入っている。ただそれを迂闊に口にするわけにはいかない暗黙の了解もある。それをさも当然のように聞き様当然のように返答した3人はおそらく異常なのかもしれない。

「まぁ氷村が先についてたとしても同じようなもんだったと思うけどな」

「ちょっと仁木さん!?いくらかわいくても別部隊の子には声かけないって!誤解を招くようなこと言うな」

仁木と呼ばれた男にからかわれる氷村と呼ばれた男。そしてそれをじっとりと下から見つめる女性、名前は詩宮、身長は凪の隊長しぶきより少し高い程度。

「かわいいと思ってるじゃないか。下半身抑えろ!」

「へぐおぉう!」

そんな氷村の腰を背後から容赦なく蹴り上げる照見という女性。こちらはゆらと並ぶくらいの身長だ。全員黒髪で見栄えとしては統率感がある。

「へぇ〜山風部隊って意外と楽しそうな奴らなんだな」

「いやいや〜、凪の部隊もでしょ。だって全員女の子なんでしょ?しかも私より若い子達で」

「はいはいそういうのは良いから。これから増援が来るんだろ?」

照見が流れを寸断すると悶えていた氷村も含めて他の隊員の顔つきも変わる。精鋭部隊という噂は間違いないようだ。金眼もトレーラーから出てきてビルを見上げた。

「敵の増援がどこから来るかわからない以上、今は体を休めるべきだ。それと予里も拘束しておけ」

山風部隊が手錠を取り出し予里にかけると、孔雀もビルから降りてきた。その表情には緊張も緩さもない、まだ全てが終わっていないと気を引き締めた。

「よいしょ!そういうわけ。あたし達は隊長の指示が出るまで待機。予里の方はどうしよっか」

「そいつはこっちで預かる。念のためにそこの青ネクタイの鉄線で拘束してくれ」

指示されると飛粋が手錠の上から予里を拘束してトレーラーに乗せる。その裏は簡易的な司令室になっており、山風部隊に付けられた小型カメラの映像と周辺マップに発信器の位置がモニターに映っている。

「基本的に指令役がここにいてアナライズする。今回は俺ってことになってるが」

「へえ〜、すごい。でも指令役って固定じゃないんですね」

「自分で志願したり、誰もいなかったらくじ引きで決めたり色々だ」

「へ?くじ引き?」

「うちは少数精鋭な上に制圧担当だが、他小隊の指揮を任されることもある。誰でも的確な指示をできないといけないからな」

山風部隊も機動隊から選出された小部隊、彼らには彼らなりのやり方があるという事を知る。

「でもこんな重要そうなところに予里を置いていいんですか?」

手足を鉄線で拘束されているとはいえ予里は話術を含めて頭が回る。そんな者を司令室に置くのはあまり有効な手とは言えないが、隊員達は文句一つ言わなかった。

「まぁそれだけ俺は信頼されてるのさ。それに俺は凪の部隊の実力を信頼している。あんな隊長がいるんだからな」

ニヤリと笑う金眼。覗き込む他の隊員達もそのやり取りを聞いて胸を撫で下ろす。飛粋も安心して気絶している予里を置く。

そんな安心感を消すように通信機からの緊急音声が耳を劈く。

『凪の部隊と山風部隊に連絡。作戦領域上空に不審な航空機二機を確認』

「山風部隊隊長金眼、了解。上空に対し警戒態勢」

『凪の部隊隊長軍荼利、了解。これより山風部隊のサポートに回る』

通信を聞いた隊員達は全員戦闘態勢に入る。金眼は腰を落とし、飛粋もトレーラーから飛び出した。

「山風部隊、全員に連絡!敵は上から来る!二人一組で片方はビルの上に待機!!上空はレーダーでキャッチできないが郊外とはいえ無関係な人間がいる中で大きな破壊活動は起こさないだろう。重要なのは侵入を許さないことだ!報告によればビルの中は兵器で満たされている!決してビルに入れるな!」

『了解!!』

金眼の檄と共に山風部隊のメンバーが2組に分かれた。武装自体は特に機動隊に用いられるものと同じで一つはビルの内部から上へと移動し、もう一つは地上で待機している。

『凪の部隊全員に連絡!我々は山風部隊のバックアップだ!各々小部隊としてくつわを並べ戦線を共にせよ!軍荼利はビルの内部にいる』

「くつ、くつわ?なんだそれ」

「一緒に戦えってこと!じゃああたしは下に残るから愛染は上ね」

「分かった!」

「じゃあ私も屋上に」

凪の部隊も各員がそれぞれ持ち場を見つけ散らばる。軍荼利はビルの中でバックアップを行う。愛染はビルの屋上部隊と、孔雀は地上部隊と合流する。その中で不動は出遅れていた。

『不動、お主は司令部の護衛じゃ!そこを離れるな!』

「え?」

軍荼利の命令を聞くと体が震えて動かなくなった。今この場で振り返らずに走り出せたらどれほど良かっただろう。そんな事ができずにトレーラーに戻る自分が憎らしかった。

「……了解しました」

いくつもの映像が展開される画面を見ている金眼。その背後に立ち、湧き上がる感情を抑えながら周囲を警戒した。

「お前、そんな事で堪えてるのか。やっぱりまだまだ若いな」

何も見ていないが何かを察している金眼の言葉。予里の洗脳の影響が残っているのかダイレクトに精神に届いた気がした。

「私は……もうダメなんですか?」

「さあな。何があったのかは窓ガラスぶち割ってからしか知らない俺に聞いてどうする。ただ今は前線に向かうよりもここにいるべきだと判断されただけだろう」

冷静な言葉をなんとか受け止める。受け止め切らなければいけなかった。悔しさをなんとか飲み込んで全神経を防衛と戦闘に集中する。

「ところで、お前フジタの事はどう思う?」

「え?フジタさん?」

「フジタさんじゃなくてフジタだ」

コードネームに敬称をつける事は基本的にありえない。不動はスパイになってからの時間が短い。もちろんヨモギ達の下で鍛えられ実戦で叩き上げられただけに戦闘能力及び機械の扱いはある程度保証できる。ただ精神面はそう簡単にはいかない。今回の件で不動もそれを自覚した。

「あの人は凄く不思議な人でした。初めて会ってからまだ一週間も経ってないけど先輩としてスパイってこんな事もできるんだって事を色々教えてくれた人でした。細かな動作や色んな情報を抜き出して、それが今回役に立って、本当のスパイって言うのはこの人の事を言うんだろうなぁって思いました」

フジタが持ってきた資料と情報、そこから想像できる潜入の過酷さと有益な情報に対する敏感さ。人に取り入る所作と常に自分のペースを崩さない姿勢。その全てが不動は羨ましかった。

「それはつまり、凪の部隊のメンバーが偽物スパイだと?」

「違います!偽物なのは……私だけです。不動って名前を貰ったのに敵の精神攻撃に動揺してあっさりと洗脳されて仲間を殺しかけて、今だって前線でみんなと一緒に戦わせてもらえない。そんな私がスパイとして生きていくなんて」

「それは勝手に思っていればいい」

予里の洗脳の傷跡がまだ残っている。少し刺激するだけでドロドロと口から吐き続けられる自分に対する怒りと不甲斐なさと劣情。その全てを金眼は無理やり断ち切った。

「今は任務がある。任務の後のことは盤石になったときに頭の片隅に考える。それが実戦だ」

「……はい」

金眼が期待した答えは聞かなかった。その代わりモニターを見て状況を伺う。隊員達が見上げた空には僅かながら航空機の影がある。

ビルの屋上では戦闘が始まり、地上部隊も警戒態勢を強めた。




今回の作戦は予里の精神操作や誘導が上手いが故の仇となった一面もあります。また凪の部隊を手中に納めようとすることに拘りすぎた一面もあります。何故その作戦を選んだのかは彼の目的によるものがあります。

予里捕縛を成功させた凪の部隊。ビルを制圧することにも成功し、今度はこちらが敵を待ち受ける形になった。その表面の攻防の裏でもう一つの作戦が進められていた。


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第八話:DNMICビル防衛戦

予里を捕縛した凪の部隊と山風部隊。一息着く間もなく敵襲の通知が届いた。予里が呼んだ応援部隊が上空から降りてくる。狙いはビル内にある武装だろう。
山風部隊と凪の部隊は文字通り共同戦線を組み、ビルを防衛する。


上空にある航空機がどれほどの物かは分からないがすでに何人かが降下しているのが見える。

「こちら屋上部隊の照見。敵影確認、パラシュートを開いた様子が見える」

『こちら地上部隊の氷村。周囲に敵らしき影無し』

山風と凪は通信を共有しているわけではないが各場所に一人ずつ付いているため状況把握は苦は無かった。

「なぁ、妙じゃねえか?わざわざパラシュートで上から降りてくるなんて」

「確かに向こうがこちらの索敵を警戒してないのかってのは気になるけど、あの量で押し切ろうって気じゃないか?」

双眼鏡を覗く仁木が指摘する様に空を舞うパラシュートの数は10を超えている。こちらの様子を伺っているのか、降下のスピードは極めて遅い。

『だが、狙いがこのビルにあることは間違いない。地上部隊も上に注意しろ。お前達の横ならレーダーで索敵ができる』

『了解!』

司令部となっているトレーラーには隊長の金眼がいる。その安心感から全員が上空に意識を移した。もう予里は捕縛されている、だというのに降りてくるとすれば目的は一つしかない。

『奴らの狙いはこのビルにある武器、ついでに予里の身柄だろう。中には絶対に入れるな!』

金眼の司令の通りに次々と隊員達は動き続ける。特別な武器は用意れておらず、持っているものは打撃用の警棒と背中に背負ったライオットシールド、そして麻酔弾入りの拳銃のみ。大凡その装備は機動隊と同じものだった。

「そういえば呉田さんはどうしました?先に動くとか行ってビルの近くでスタンバイしてたはずですけど」

この任務の間、凪の部隊は呉田の姿を見ていない。作戦前に伝えられたため情報は通っている。司令部にも前線にもその姿は見えなかった。

『あいつは先んじてビルの内部に入ってる。呉田のことだ、気にする事はない』

(ビルに?でもモニターには)

同じトレーラーにいる不動からはビルの内部にいる発信器の反応がモニターは確認できなかった。不審に思った不動はビル内部にある軍荼利に通信を試みるが、ノイズばかりで聞き取れない。

(あれ?なんでまたノイズが?)

ジャミングはまだ作動している様だ。モニターにビル内の映像が映ってないのもそのせいだろう。

予里がセキュリティを切ったのは確かに五階だけだった。だがこちらからは通らずに内部の軍荼利からは通信ができる。それが妙だった。

(それに、さっきだって通信で指示してたはずなのに……だとしたら上から?でもみんなは通信できてるし)

『どうした不動?こちらはビルの内部を駆け回っていて忙しい』

唐突に軍荼利の声が聞こえた。

「隊長、さっきのノイズは一体?」

『おそらく通信機の調子が悪いのじゃろう。こちらの方は心配せず、今は持ち場の死守を優先しろ』

「分かりました」

結局ノイズの正体は掴めなかった。本当にただ通信機の調子が悪いのだとしたら呉田の位置情報が映っていないのは変だ。意を決して金眼に聞いた。

「あの……なんで呉田さんだけ隊から離れてるんですか?」

「呉田は普段から好きにしていいってことになってる。あいつの状況判断能力はピカイチだからな。機動隊の時から上の命令よりも自分の判断を優先する自信家だった」

これが信頼というものなのだろうか。そのワードを思い出すと、ふとフジタも一緒に思い出す。彼女の信頼は山風にとってはどこまでのものなのか、不動の頭には新たな疑問が浮かんでいた。

「ただ今回は発信器を付けるのを拒否した。おそらくはフジタと同じ扱いにされるのを嫌がってのことだろう。一度痛い目に合わないと懲りないと見える」

ここで初めてフジタが任務中に発信器を付けていたことを知った。より彼女が信頼を必要とする理由も分かる。発信器は山風部隊の任務中の様子を把握しての手段なのだろう。山風と同じ管理下に置かれることによって信頼を得ようとしていたのだ。

 

一方屋上では降下した敵との戦闘が始まっていた。敵が使ったパラシュートが邪魔にならないように立ち回る。ビルの屋上という限られた足場の中で3人が別れる。状況は防衛側が不利になるはずだった。

「おるぁ!着地前が隙だらけ!着地しても隙だらけだぜ!」

愛染が飛び回りながらパラシュートを切断して体勢を崩したところを抑える。状況に見合った最適な手段と言えよう。

「おっと、女の子じゃなくて残念でした。ふんっ!」

「命までは取らない。お前ら全員捕縛するだけだ」

山風部隊も負けてはいない。装備自体は機動隊と変わらないが軽い身のこなしで動き回り、警棒で的確に喉や脇腹などの的確な弱点を突き膝から倒れれば即座に手錠をかける。最初の6人はなんということなく倒された。

「基本的にビルの屋上狙いってところだな。こいつら銃器すら持ってないのが気になるが……隠してる?」

「馬鹿なことを言うな。上から掃射されてない以上その線はない」

「本当にな。銃火器くらい持ってくるだろ普通……それともフレンドリーファイアでも気にしてんのか?頭わっる」

上空にはまだ何十人もの影が舞っている。これからは持久戦になってくるだろう。3人で守り切れるかという点に僅かながら不安は残る。

『そっちの様子はどうじゃ?』

「おい隊長!てめえビルの内部じゃなくて屋上来いよ!!」

『うるさい!屋上以外のところからでも入ることができるじゃろう!その場合は内部にいる人間が当たるのが最適、だからこそ最低でも2人はいなければならん!』

「ちぃ!めんどくせえな!」

また敵が降りてきた。即座に戦闘体勢に入るが屋上には10人ほどの敵が次々と降下し続ける。拠点防衛において、やはり数の不利は如実に現れる。地上では氷村と詩宮が警戒体勢状態のまま待機している。

『他勢に無勢か。氷村!お前上行け!』

「はい!?地上の方は」

『詩宮とこっちにいる青ネクタイに守らせる。そこの緑ネクタイ連れて上行け!』

「分かりました!」

状況を把握すると孔雀も愛染に連絡を取る。事は急を要していた。

『じゃあ最短ルートな!』

「オウケーイ!」

戦闘中の愛染がワイヤーガンを取り出し屋上から撃つ。当然行き場のないワイヤーフックはそのままビルの壁に沿って重力に逆らわずに下に垂れ下がる。

「狙いは、ここ!」

その垂れてきたワイヤーフックを狙い孔雀がワイヤーガンを発射した。ビルの真ん中辺りで小さな金属音と共に互いのフックが引っかかる。

「氷村さん、ちゃんと捕まってて」

「は、はい」

『せーの!』

両肩を横から氷村に掴ませて、2人は同時にワイヤーフックを引き戻すように操作した。

「うわっと!引っ張られ」

「あ、壁は走ったほうがいいですよ〜」

孔雀の体が持ち上がり、しっかりとそれを掴んだ氷村の巨体ごと上へと引っ張る。そして氷村は孔雀を前に抱えたまま引っ張られてビルの壁を駆け上がる。

「うおおおお!!とうちゃーっく!どりゃあ!」

実にほんの10秒程で五階建てビルの屋上まで2人が到達した。当然そのまま戦闘に参加する。シールドを前に掲げたまま突っ込み、氷村の巨体で吹っ飛ばしながら防衛ラインを気付く。

「来たか氷村!んで、あの女の子の肌触りはどうだった?」

「壁走りながらそんなの堪能してる余裕ないっての!」

仁木が軽口を叩くと真面目に返す。もっともその内容は真面目という言葉からは程遠いものかもしれないが。

「おい孔雀、あいつセクハラだぜ?斬るか?」

「あははは、ああするしかなかったからね……愛染後ろ!」

「おっサンキュー」

こちらも戦闘中ではあるがやや緊張感に欠ける会話をしていた。孔雀が的確に敵の装備の間を差し込む様に麻酔弾を当てる。たちまち眠った敵兵は拘束される。

「弾切れか……麻酔弾をいくつかこっちにも貰えないか?」

「いいですよ。ただし、装填にはちょっと工夫が」

「ご安心を、扱いには慣れてる」

孔雀が放り投げたホルダーをキャッチすると言った通りに慣れた手つきで拳銃に装填してすぐにぶっ放す。見事に首に命中してまた1人倒れる。

「さっすがプロ。すごいね山風部隊って」

「アタシ様達も負けてらんねえな!!」

完璧な防衛ラインを築いていた。山風と凪の連合5人はただひたすらにビルに敵を入れることなく立ち回る。気絶し拘束された兵達が屋上のあちこちに転がっていた。

(すごい……山風の人達も葉栖美さんもゆらちゃんも、土壇場で連携とってる。全く隙がない)

戦闘が始まってから既に10分ほど。互いの射程距離を完全に把握していることもあって穴ができない。盤石と言えるだろう。

『すいませーん。全然来なくて退屈なんですけど』

地上にいる詩宮が呑気なことを言っている。内心では不動も退屈や焦燥感を抱いていた。自分がそこにいないということが痛烈に突き刺さる。

「お前は待機だ。いざって時のリーサルウェポンだからな」

『はいはーい、でも私がテルミちゃんのとこ行きたかったな〜』

地上からは屈伸などの準備体操をする詩宮の冗長な声、屋上からは仁木の軽口が聞こえる。しかし前線では緊迫した戦闘が続けられている。

「さて……そろそろ動くか」

唐突に金眼がポケットからデバイスを取り出した。その液晶画面にはモニターと同じく近辺の地図が映っている。違いがあるとすれば発信器のポインターが付いていないこと、そして僅かながら立体的に映るビルの内装が異なる。モニターのマップよりも少し広く見えた。

(あの空洞ってなんだろう?それに五階にセキュリティルームの奥の部屋がちゃんとある。私達のにはなかったのに)

鍛えられた視力と脳内での分析は不動にとってあまり良い予想をもたらしてはくれなかった。

「何を、するんですか」

「するというか、もうしている。あのビルの内部でな」

デバイスには一つだけ赤い反応がビル内にある。金眼はニヤリと笑い、不動は不穏な空気を感じていた。戦闘準備と言わんばかりに鉄線を伸ばす用意だけをしていた。

『屋上は大丈夫か?』

「あぁ、上から入られることはないだろう。降りてくれ」

トレーラーの中に軍荼利の声が響いた。不動は警戒を解く。そしてデバイス内の動きに集中した。

 

この潜入作戦の裏ではもう一つの作戦が動いていた。

(屋上の方は順調なようじゃな)

通信内容で大体の動きを察して計画通りに進んでいる事を確信する。ビルの内部にいる軍荼利はあるポイントへと向かっていた。内部と言ってもいる場所は一階だ。地上部隊が突入すればすぐに見つかってしまうだろうが、金眼の指揮を計算しての作戦なのだからその辺りは懸念材料にはならない。

『戦力が上に集中した。作戦を開始する』

(来た!)

もう片方の耳に取り付けている通信機が別の通信をキャッチした。本来ならそれは傍受した通信を拾うためのものでこの状況ではほとんど機能しない。あったとしても山風部隊のものを拾うくらいだろう。

潜入した際に一階のある場所にセンサーを取り付け、そこより低い位置から発せられる僅かな電波を変換して自分の通信機に通していた。

『武器は二階以上にある。好きな物を使って少しでも多く奪え。この際足がついても構わない』

『了解しました』

軍荼利はその声に聞き覚えがある。呉田がこのビル内で通信を行っている。狙いはこのビルに大量に保管された武装だろう。DNMIC社長予里が要請した応援部隊か、或いはそれ以外の何者か。詮索するよりも先に体が動いていた。

(あとは一人で食い止めるだけか……ふふふ、柄にもなく燃えてきた)

軍荼利の体が武者震いする。前の単独潜入とは訳が違う防衛の単独任務なのだ。これから先自分の前に立つ全ての敵を己が拳で倒さねばならない。そう心と体に告げる。

一階の端にある部屋。ID入力式でのロックがかかっている。通常暗証番号が各部屋で一つ決められているため、その分析をすれば簡単にドアが開く。

(じゃが、このIDを入力すると)

軍荼利は分析した物とは違うIDを入力した。通常ならばエラーと弾き出されてしまうはずだ。しかしこの場合は異なる。

「よし」

隣の壁がドアとなりエレベーターが現れた。普通ならドアを開けるためのIDが解析されるため、もう一つのロックに気付かずに素通りしてしまうだろう。そして軍荼利はこのエレベーターにセンサーを仕掛けていた。このID入力は二度目、開くと分かっている以上疑念のあった一回目よりもスムーズに入力した。

「こちら軍荼利、エレベーターを発見。これより内部に突入する」

通信相手は山風部隊隊長の金眼。もちろんその音声はトレーラー内にいる不動にも届いた。

『敵勢力はその先の一本道を通るはずだ。なんとしても防衛しろ』

「了解した」

エレベーターが地下へと降りると、そこには一本道の通路がありその奥には五階以外のセキュリティを統合するセキュリティルームがある。またいざという時のための非常用出入口もそこにはある。

「これも全てフジタが言った通りか……」

拳を握りしめる力がより強くなる。これより軍荼利はこの先にいるもう一つの悪を征伐するのである。

 

昨日の夜、金眼としぶきにのみ伝えられた作戦内容。それに伴うDNMIC潜入作戦の裏にあるもう一つの狙い。

「山風部隊の裏切り者を捕縛する」

機動隊から選出された山風部隊の中に裏切り者など出るはずがない。それが一番の言葉だった。

「これをお渡しします」

フジタの手からは新たにデータを2人に渡した。その内容は明日潜入するDNMIC社の見取り図、ここで渡すということは事前に渡された物とは異なるのだろう。

「稚拙ですが本来の物に書き足しておきました。データにはない隠し部屋が5階に、そして1階から地下に繋がるエレベーターと地下のセキュリティルーム」

「地下にセキュリティルーム、そして非常用の出入口……兵を忍ばせるには絶好の場じゃな」

「まさかこんな所が隠されているとは」

「まぁ今は隠されてますが、DNMICが手放した後は普通に公開されるでしょうね」

静岡東という立地と予里の動向からフジタは推測する。ビルそのものはDNMICとの関係性が消去され不動産市場へと出回ることになる。

「それでどうする?そもそもしぶき達は何をすればいい?」

「何も。凪の部隊はそのまま作戦を遂行してもらっていただきたい。動いてもらうのはその後なので」

フジタの反応はあまりにも淡白だ。人が良さそうにヘラヘラと笑っていた時とはまるで異なる。

「もし我々の任務が無事に進み予里が確保されれば、その武装は全て警察側が抑えることになる。それを良く思わない人がここから入ってくるわけですよ。その裏切り者がね」

フジタは隠されていた二つの部屋を見つけながらしぶきと金眼以外には明かさなかった。山風に潜入した敵の油断を誘い侵入経路を一つのポイントに絞らせるように誘導した。

「この任務は山風と凪にしか知らされていない。そんな奴が出るなら二つの部隊からしかない。後は探すだけか」

「もっとも、それらしい情報は何一つ出ませんでした。何せわたくしのターゲットも警視庁に潜り込んだスパイですから」

フジタの情報収集の手腕は既に手元にある物が十分な証拠となる。それでも一筋縄ではいかなかった。

「なので一旦は別の物を追いました。予里がなぜ大八洲を出て奴らから放置されているのか。短くても入社してからの一年間、ということになりますし」

大八洲は裏切りを許さない。それはゆらが凪に入る際の事件を知っているしぶきも、常日頃から起きている大八洲の事件に僅かながら関与する機動隊出身の金眼も知らされている。つまり予里は意図して大八洲から出され成果と共に大八洲に戻るというルートを通るはずなのだ。

「企業の乗っ取り、資金稼ぎ、裏から回ってきた違法な薬物を合法的に捌く。考えられる物はいくつかありました。それなら今更シラサギを動かして武装を蓄える意味がない。おまけに元大八洲とはいえ予里のみで構成員を集めるのには無理がある」

いくら武器があったとしてもそれを使う人間がいない様では無用の長物だ。それを含め考えた末にある目的が見つかった。

「予里以外にも裏組織が関与しているわけか。まさか大八洲傘下か」

「いいえ、大八洲はあくまで予里を受け入れる事しかしない。何より予里の方からよこせと言えば大八洲に戻った時の待遇が変わってくるでしょう。傘下相手でもそれは変わらないはずです」

だとすれば予里自身の手でどこかとつながる必要がある。フジタはビル付近の裏組織を徹底的に調べ上げた。

「予里にはあの統計を生み出せるだけの能力がある。おまけに下に着けば大八洲傘下の保証と蓄えた武装を手にできる。十分な甘い蜜になるわけですよ」

今にして思えばフジタの推測は当たっていた。予里が凪の部隊に対してかけた言葉は地位の面での身の保障。おそらく他の組織相手にも同じ様な言葉で協力を持ちかけていたのだろう。そして不運なことに傷つき続けるゆらを思う飛粋の心と噛み合ってしまった。

「そこで怪しい動きがないものかと思いこのビル周辺を探してみたところ、上手く捕らえることが出来ました」

それが出来たのは拠点が判明してすぐの事だという。餌である予里の身元はともかく武装が本当にその場所にあるのかを疑ったのか、或いはその甘美な誘惑に耐えられなくなったのか、ビル周辺に怪しい人間を目撃しDNMIC社員を偽り接触した。

予里は完全に事実を隠蔽しDNMICを運営しているが、他所から見れば一人くらいは知っているだろうという思いがある。会社の大きさに対する先入観がそういった精神的綻びを生み出した。

「DNMICの社員としてある程度仄めかされば『大体のことを知っているだろう』とベラベラ喋ってくれました。その後も捕縛して色々と吐いてもらいました。最後には記憶も消したので今頃は何事もなく向こうに戻ってますよ」

淡々と語ってはいるが、その中には人に取り入りつつ情報を絞り出し無害な状態にした上で元に戻す。スパイとして痕跡を残すことなく仕事をやり終えている。さっぱりとした語り口ではあるが、敵としているならば恐ろしいことになるだろう。

「予里と組んでいる組織は『キリ』と呼ばれる三十数人からなる組織。中部地方東を中心に動いて関東にも進出した過去もある犯罪組織です。同盟を組んで実質的に従えている組織も多数あります。そしてそのメンバー表がこちら」

さも当然のようにキリのメンバー表を取り出した。あくまで捕縛した男の物を転写したらしく、全員の顔と名前が一致するとは限らない。しかしそのメンバーの中に一人、確かに金眼に見覚えのある顔があった。

「宍戸凌馬……呉田はこいつだったわけか」

山風部隊の実質的ナンバー2である呉田と同じ顔をした構成員がそこにはあった。己の目を疑うよりも早く飲み込もうと思考が回転した。

「今回の作戦中、呉田さんが動きます。直接手を出すというよりはジャミングなどの方法でこちらの連携を断つ程度のことかと思いますが」

キリとしては大八洲の傘下に入る都合上、どうしてもギリギリまで予里に任せる必要がある。あるとしても追い詰められた予里に兵を寄越すくらいだろう。

「呉田さんは山風の中でも単独行動を許されてるんですよね?」

「あいつは状況判断の能力が優れているし作戦立案の力もある。いざこちらと連絡が途絶えても大体の事はこなせる。そういう奴だ」

金眼の言葉には確かな信頼がある。それだけにこの現実は酷な物だった。

「予里が捕縛された場合、呉田さんが考えるべき最高の作戦は武装の奪取。おそらく屋上と地下の両方から攻める二面作戦でしょう。屋上からは同盟してる組織も向かわせて時間をかけながらも確実に物量で押し通し、それだけの数で通せない程の戦力が屋上に集中したら地下からの襲撃。大八洲の傘下は無理でもある程度の武装を奪える算段です」

渡された地図を見ると地下のセキュリティルームには外部と繋がる非常用の出入口が存在している。本来の資料にないのだから奇襲にはうってつけのルートだろう。

やはりフジタの説明は淡々としていた。まるで未来予知でもしているかのように、今現在それが当たっていたとしてもその語り口は妙だった。

「戦力を集中させてその裏を突くというのなら対策はどうする?」

「しぶきさんに止めてもらいます。やれますか?」

「正義を執行するまでの話じゃ」

セキュリティルームから1階へ繋がるエレベーターにしぶきを配置。奇襲部隊を全滅させるとのこと。

「なるほど……そうなると凪は屋上に二人、司令部の防衛に一人、そして地下にしぶきが入るわけじゃな」

「山風は呉田が使えない以上、二人一組で動かしたいんだが」

着実に作戦は練られてゆく。フジタのデータが偽りではないという事は彼女のスパイとしての実力、そして実際に潜入作戦で確実なものとなった。だからこそ二人は彼女の言うように部隊を展開した。

今現在、屋上から突破されそうにはない。呉田が動いたのもフジタの予想通り。自分達を含めて全てが彼女の掌の上にある気さえした。

(そうだとしても結果は変わらん。悪は必ず総て滅する!しぶきは心にそう決めた)

強く拳を握りしめる。狭い通路で軍荼利は一人、戦闘態勢に入った。




スパイの鉄則としてあるものは痕跡を残さないこと。そして殺さず死なないこと。フジタがわざわざ構成員の記憶を消して解放したのはキリの緊張状態を見切った上でもあります。もっとも逮捕を優先する警察官に押し通されると難しいのも現実です。

屋上での防衛戦が展開される裏で急襲部隊を相手にする軍荼利。そんな彼女を待ち受ける相手とは


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第九話:赤髪の影

DNMICビル屋上では苛烈な防衛戦が続いている。ビル内の武装を狙うキリの同盟軍団と、中に入れまいとする凪・山風連合による防衛戦。数は圧倒的に不利なはずだが、五人の完璧な連携もあって未だ誰一人としてビルに入っていない状況だ。
一方、呉田の正体をフジタに知らされた金眼と軍荼利は呉田捕縛作戦を開始する。隠された地下セキュリティルームに通じるエレベーターを降りて、軍荼利一人による防衛戦が始まった。


片耳にはノイズばかりが流れる。地下ということもあり地上との通信はほぼ不可能だ。更にビル付近に仕掛けられたジャミングが穴を埋める様に完璧に通信を遮断する。

『間もなく奥のエレベーターに搭乗します』

『了解した。セキュリティルームで待つ』

代わりにもう片方の傍受した通信はよく聞こえる。既にセキュリティルームに呉田は到着していると思われる。

『では作戦を開始する』

エレベーターが到着し足並みが揃うと、全員が駆け出した。狭い通路に反響する足音で分かる。

(数は10程度。気付かれないことを狙うならこれが限度か)

「こちら軍荼利。進発じゃ」

司令部に向かって通信を飛ばす。地下から向こうに聞こえていなくても構わない。それだけで彼女のスイッチが入った。

「なんだあのガキ」

腕を組み仁王立ちする身長150cmにも満たない彼女を見て困惑する。外見とこの場に誰かがいること、そして彼女の鋭い目つき……その全てが全く一致しなかった。だが前に進まないわけにはいかない。

「やるぞ!」

一人が前に出るとほぼ全員が後に続いた。装備は防弾各種にヘルメットとマスク。武器は刀と拳銃。既にこの手の敵とは戦い慣れている。

(得物はともかく、まずは銃を封じるか)

まずは突っ込んできた一人を確実に倒す。近づく相手に更にこちらからワンステップで距離を詰める。そして思いっきり腹に打撃を叩き込んだ。

「つぁっ!」

「うぼぉ!」

強烈なボディブローを貰った敵は体をくの字に曲げて硬直する。それを拳を振るう勢いでそのまま押し出す。吹っ飛んだ敵は後方にいた敵と接触。軍荼利は敵を飛び道具として利用したのだ。

「一気に三人も!?」

「お主で四人じゃ」

それだけではない。吹っ飛んだ敵を追尾するように走る。小柄な軍荼利が更に姿勢を低くすることになり、飛び道具に気を取られた敵の視界の外から近寄った。

「フンっ!そしてこれで五人!」

飛び上がって延髄に蹴りを入れる。そして敵が気絶したと見ると倒れる前にその腕を掴んで振り回す。通路が狭いだけに振り回せば前に出たもう一人の敵には簡単にぶつかる。今度は倒した敵を打撃武器に使う。

「ぐおお!!」

「あと半分!」

徒手空拳で戦う軍荼利だが、その戦法はただ力任せに戦うわけではない。少ない実戦の中で吸収してきた状況判断能力こそが彼女の真なる武器と言えるだろう。悪を許さない鉄の意志がそれを盤石にする。

「くそっ!なんなんだこいつ!」

「警視庁、凪の部隊!覚えておくんじゃな!」

次々と倒されてゆく急襲部隊。銃で狙おうにも前に出た者が邪魔になる上に軍荼利の動きが速く照準が定まらない。

「チェスト!!」

「嘘だろ!ごはぁ!」

刀を振るうもあっさりと躱される上にその際に横から刀身を叩かれるだけで折れてしまう。それを目の当たりにしたショックさえ軍荼利は利用する。

「そんな……馬鹿な」

装備されているマスクの奥には絶望の表情をしているだろう。最後の一人はそのマスクの上から掴み壁に叩きつけた。ヘルメットがあるとはいえ、壁にぶつかり気絶する。脳震盪は確実だろう。

僅か数分。12人いた急襲部隊は殲滅された。しかしその中に呉田の姿はない。思考を巡らせながら軍荼利は奥へと進む。

(いるとするならセキュリティルームか)

この急襲部隊で全てとは限らない。ここに招き入れた呉田は必ずどこかにいるはずなのだ。第二の部隊を読んでいるか、セキュリティそのものに細工して凪と山風を入れなくする方法も考えられる。

(扉が開かれている。あそこか)

通路は一本道でセキュリティルームに繋がっている。そこには巨大なモニターに複数の監視カメラ映像、多くのコンピュータが並んでいた。当然部屋も5階の物よりも遥かに広い。そしてモニターの前には先ほどの兵士より少し軽装な者が立っていた。

「動くな!」

威嚇として銃を構える。こちらを見ても特に驚いた様子はない。一階のカメラ映像には先ほどの部隊は映っていないからだろう。

(呉田ではないな。体格が合わない)

顔はヘルメットとマスクで確認できないが見る限り身長は160cm半ば、呉田の身長は176cm。呉田がここにいないとすれば既に脱出している可能性がある。見回す限り地下セキュリティルームに隠れられる場所はない。

(となるとここにいるのは捨て奸か)

追いつかれないように呉田を逃すための足止め要員。上手く引き込めば逃げ先を聞くことができるだろうか。

「お主のリーダーはどうした?お主を捨て駒にして逃げ出したか?」

マスクをしているため目元以外の表情はよく見えない。ただその目もとも遠目からでは確認できない。ゆっくりと耳元に手を当てようとすると軍荼利は距離を詰めた。

「動くなと言っている!通信機を作動する前に撃つ!」

一瞬停止こそしたが、その言葉を無視して手を伸ばした。予備動作を見てから軍荼利は引き金を引いた。

「…………」

麻酔弾のヒットと通信機の作動はほぼ同時だった。その証拠は軍荼利にある。僅かに傍受したノイズが聞き取れた。

(僅かに遅かった。スイッチを切って回収するか)

倒れた兵はまだ何も言葉を発していない。麻酔弾で眠らせてるとはいえ言葉が漏れる前に奪うのが適切だろう。ゆっくりと軍荼利は近づいた。

「…………」

「……タヌキが!」

呼吸の違和感に気付いた軍荼利が再び銃を向けるが、その下から肘が伸びた。握力の強さで跳ね飛ばされることはないが銃口を向けることができない。

「ちっ……」

敵は僅かに舌打ちをした後に床を蹴って飛び上がった。無理やりに腕をかち上げた上に距離を取られる。何か細工をしているのか麻酔弾が効いているようには見えない。

「あくまで交戦する構えか」

金属製の棒を取り出した敵を見て対照的に拳銃を仕舞う。己の拳を以て沈めるしかないという判断だ。すると初めて敵が声を上げた。小声だが傍受した通信で軍荼利に聞こえる。

『この声が誰か、わかるか?』

聞こえたのは今まで傍受していた物と同じ声、つまり呉田の声だった。呉田がいると思わせ誘い出すのが目的だったのだ。

「ボイスチェンジャーか。よく調整したものじゃ」

通信のスイッチが切られると同時に襲いかかる。今まで釣られていたに過ぎないという事実で集中を乱すつもりなのだろう。

「ふんっ!」

しかしこの程度では軍荼利は揺らがない。軌道を読み取り手の甲で鉄棒を挟み抑えた。防御されても敵はすぐにスイッチを押す。

「…………」

目を細めた。本来ならこの攻撃で身を翻すはずだが、その予想は外れることになる。軍荼利は電流をものともしない。

「残念じゃったな。このグローブは電気を通さん。少し熱いだけじゃ!」

余裕の表情と共に左手で棒を押し、空いたスペースから右手を抜いて電撃棒を掴み、へし折ってみせた。電流が全く効かないと見るとすぐに手を離して蹴りの体勢に入る。

「中々速い判断じゃ」

両腕を交差して蹴りをブロックする。軍荼利の踏ん張りを利用して蹴った衝撃で距離を取った。それを見るや軍荼利も地を蹴り開いた距離を詰める。放り投げた電撃棒が音を立てて地面に転がった。

「だぁ!」

「ふっ……」

体ごと突っ込んできたパンチを敵は躱した。先ほどの一連の動きでその細い体では軍荼利の力を受けきれないことを十分に理解したようだ。180度回転して軍荼利はまた地を蹴る。

「そう何度も躱せると思うな!!」

当然回避される。だが今度は地に足をつけたままの攻撃。すぐに回避の動きを追いかけるようにステップを踏む。超至近距離で戦い慣れている軍荼利にとってはこの程度のことは造作もない。

体の中心を捉えようと下から襲いかかる拳になんとか左腕を上から合わせる。インパクトの瞬間に呻き声が漏れた。

「ぐっ……!」

小さな悲鳴と共にガードした左腕ごと弾き飛ばす。また距離は開いたがその左腕は痺れて満足に動かせていないことが見てわかる。しかし軍荼利は追撃に動かなかった。

「その声、その目……貴様、まさか」

僅かな悲鳴、二度に渡る至近距離でのやり取り、それらから判断して軍荼利は一瞬だけ攻め手を止めた。そして拳を更に硬く握り込んだ。

「そこまでだ!!」

力を溜めた重い一歩を踏み出す前に声が響いた。聞き覚えがあるその声がした方を向くとこちらに銃を向ける山風部隊員の姿が見えた。

「ふぅー、薩摩さん相手に腕一本なら安いかな」

「呉田……貴様らはグルだったか」

最初に近づいたときに正体に気付いていればこうはならなかったか。或いは更に騙されていたか。問いを繰り返しても答えは出てこない。

ただ目の前に現実だけがあった。ヘルメットとマスクを取れば見覚えのある鮮やかな赤い短髪と顔が現れる。首を回し軽く笑うその顔を軍荼利は知っている。

「どうも、お久しぶりです」

フジタがそこにいた。外見的特徴も一致していたが接近するまで気が付かなかった。自分の不甲斐なさを噛み締める。

「おとなしくしてもらおう」

ゆっくりと近づく呉田。その表情には余裕の笑みも焦りもない。予里とはあまりにも対照的だ。

「屋上の降下部隊も地下の急襲部隊も全て囮、この場に誘い出すのが目的か。一体なにが」

そこまで言って足元に銃弾が飛ぶ。呉田の銃から放たれたものだ。

「おとなしくしろと言ったはずだ」

間違いなく実弾。黙ってしまった軍荼利をフジタが興味深気に見つめている。

「拘束しろ」

「はいはい」

指示されるとフジタは懐から手錠を取り出す。そして動けない軍荼利の腕を両手に回して拘束した。抗おうものなら呉田に撃ち抜かれているだろう。

「これからどうなる」

「さぁどうなるんでしょうね。わたくしはその辺は知らされていませんので」

「ならばお前の予想を言え」

軍荼利を見下ろしてヘラヘラと笑うフジタ。まるで嘲笑っているように見えるそれに拳がギリギリとなる。

「使用法が多すぎて。まぁ、なんとも言えませんね」

フジタらしい答えは返ってこない。ただ彼女のそれは両手を上に向けて惚けたようなポーズを取っている。

「ただそのままでいてもらうと、わたくしも困りますね」

付け足すように言ってのける。その声を聞いた呉田の表情は変わらない。二人を見る目は冷たい。呉田の正体を知っているのは軍荼利と金眼のみ。

そのうちの片方が捕らえられたとすれば、金眼が取れる行動は限られる。おまけに凪の隊長である軍荼利が捕まったとなれば凪の部隊の立場が危うくなる。不動の件も一緒に明るみになれば更にだろう。

(隙を見て手錠を外すのも難しいか)

呉田とフジタの目を奪うことは難しい。下手に動くだけでも銃弾が飛んでくる。そもそも軍荼利の力を知っていて拘束をするなら普通の手錠とは思えない。

「自分の利益のためにこういうことになったわけです」

微笑むフジタの表情には飛粋のような違和感は見つからなかった。

 

フジタが呉田に接触したのは潜入前日の朝だった。もちろん呉田の正体も全て分かった上での接触となる。

早朝に呼び出しの連絡をして普段人が入ることのない地下の書庫へと案内する。もちろん彼女の行いに対して呉田は疑いの念がないわけではない。いつでも捕らえる準備はできていた。

「何の用だ?この対面は本来ならあり得るはずがないんだが」

「いえいえ。怪しむなら盗聴をしても、なんなら今すぐ本部と通信繋いで垂れ流しにしても良いくらいですよ」

本部、そんな言葉が出てくるはずがない。呉田の猜疑の意思は確信を持って消去された。盗聴用のレコーダーと通信機をオフにする。やっとかとフジタは一息ついて資料を取り出した。

「どこでそれを?」

「つい昨日、向こうのビルの周りをウロウロしてるお方から。予里のやり方が仇になりましたね」

転写したメンバー表を見せると呉田の不機嫌そうな眉が更に険しくなった。そこには確かに自分の顔が写っている。

「こんなところで脅迫か。それとも逮捕宣言か。或いは」

「同盟……というよりも協力関係の約束ですかね。わたくしの方から持ちかけたい」

首や肩を鳴らす彼女の姿はスパイとして事後報告している姿からはとても想像できない。呉田が疑っていた裏の顔とも言えるだろう。

「お前の任務にか?情報を寄越せば不問とすると言うつもりなんだろうがそうは行かない。お前も不用意に人を処分できない立場なはずだ」

「ええその通り。正直立場はあなたの方が圧倒的に良いはずです。周りの環境も含めて」

今この場で証拠を提出して呉田を弾劾したとしても、呉田が嘘だと言えばいい。そうすれば彼を信頼するどこかに必ず遺恨が生まれる。スパイとしてその遺恨はいずれ致命傷に変わる危険性を秘めていた。

「人間誰しもが情報よりも情を優先するようにプログラミングされているんですよ。もちろんわたくしも」

そのため実質的に警視庁内部に情報をばら撒くことはリスクが高すぎた。小隊員一人のために自分の手を汚す、そんなことをするのは正義を盲信する馬鹿だけだとあっさりと言ってのけた。

「いい加減警視庁はくだらなくなったんですよ。どこへ行っても邪魔者扱い、業績を認められても存在そのものを誰も認めてくれない、意見もろくに通らない……わたくしにはもっと別の可能性があるとしか思えないんですよねぇ」

そう言って壁にもたれかかりながらヘラヘラと笑った。決してスパイとはそういうものではない。だが小規模な組織ならともかく大規模な警視庁内では見えるスパイがいれば非難される。あえて姿を見せているフジタにとってはそれが耐えられなかった。

「おまけに凪の部隊まで現れて、というわけか。目障りなのはどっちも同じと見える。目的はなんだ?」

「それは提案を飲むということで?」

「その後次第だ。お前が警視庁を出て行くなら飲んでやらない事はないが、この場に残るなら次の邪魔者はお前だ」

「一度やったら誤魔化せませんよ。それに凪を潰したって津守ヨモギがいる。凪が処分されても必ず生き延びて動く。そのまま警視庁にいたら、あの人が老いさらばえるよりも頭撃ち抜かれる方が早そうで怖くて眠れませんね」

それだけ凪の部隊はヨモギも含めて互いに厄介な存在でもあった。目的は凪の部隊を潰すこと、その結果フジタは今後こちらに関与しなくなり呉田及び『キリ』には確実な利益が生まれる。交渉は成立した。

「なるほど……それで話をしたら予里が凪を欲しがったわけですか。なんならわたくしが行きたいくらいなんですが」

「いや、あいつは大八洲への手土産としか考えてない。組織が傘下に入るならともかくお前みたいな個人や凪のような少数部隊なら、きっと使い潰されるだけだ」

報酬よりも先に次の任務があるだけ。それはある意味で機械に対する扱いとなんら変わらなかった。

「奴らのネットワークは広く太い。以前から独自の薬物研究を行っているモウリョウとも繋がりがあると聞いた。疲労も情緒も吹き飛ばす薬品なんかがあるかもな」

モウリョウ。昨今は動きを潜めてはいるがその名を知らぬ者はいない。もちろんフジタもその名前に反応した。

「おまけにリザード社や倶楽部トリムヘイムとも仲が良さそうで……そりゃ下に付きたがるわけだ」

それだけの物が個別で動いていながら同盟を結んでしまうのは非常にまずい。ただ仲が良かった者に被害が出たからというだけで小さな闇組織は簡単に破壊される。そうなることを誰もが恐れていた。

「敵になる前に味方になる作戦ですか。その作戦、もし予里が失敗した場合はどうするつもりですか?」

「……なるほど。お前の目からは失敗すると見えるのか」

「100%という数字が嫌いなだけですよ。大八洲に近づける上に武力的な同盟を予里と結んでいるのなら『もしも』は考えているでしょう?」

フジタの声色は平坦なものだった。やはりフジタの本質は見えてこなかった。ただその敵意がこちらに向けられていない事だけを重視した。

「予里がやられたら、少しでもこちらが武装を奪う。すぐにキリの同盟からも兵を出してビルに押し込む。警察が入ってくる前にな」

「数に押されるのは少数精鋭の弱点ですね。ただビルの中ということは数の利点を活かせますか?入り込もうにも予里を捕らえられるとすればビルは制圧済みでしょうし」

「そうだな。だが中に入れた奴が独自に手に入れた武器さえ手にできればいいわけだからな。逃げるポイントはある」

呉田は見取り図を取り出した。そして地下セキュリティルームを指差す。

「ここには地上に繋がる非常用エレベーターがある。地下に到達すれば脱出は確実だ」

「この地下に出入口があると……これは使えますよ」

ニヤリと笑うフジタ。その細めた目にはどのような未来が見えているのか。

「上空の部隊を囮にして少数の急襲部隊を地下から入れて武装を奪う算段か。屋上に戦力を集中させたところを狙うと」

「その地下からの潜入すら陽動に使いましょう。上手くいけば兵器だけでなく大八洲への交渉材料も手にできる」

凪の部隊には乱獅子ゆらがいる。それを利用すれば大八洲が乗ってこないはずがない。

「なるほど……アレは本当にあの乱獅子の血統なのか。そいつを捕らえるか」

「無理ですね。だいぶ可愛がられてますし、チーム内の結束は硬い。何より乱獅子さん一人だけ誘い出すのは難しい」

しかしその結束を逆利用できること、4人の中で単独で動かせる存在に目星をつけていることを説明した。

「凪の部隊なら誰でも捕えれば一緒と思った方がいいです。そこでターゲットになるのは薩摩さんです」

提案されたのはあえて金眼としぶきに情報を流して、しぶきを単独で地下に誘い出す作戦だった。フジタの立場だからこそできる上に呉田の作戦に嘘がないことが大きい。情報漏れも隊長である金眼としぶきにのみ極秘任務として伝えるため問題ないだろう。

「囮として潜入部隊を10人ほど出し、それを倒させた上でセキュリティルームまで誘い出す。あとはそこで抑えればいいわけです」

呉田がキリの構成員であることが分かれば間違いなく捕縛するためにしぶきは侵入経路を辿る。一本道を通って来るため他に行く場所はない。

「それでセキュリティルームで俺が待ち構えていればいいと?」

「いいえ、そこにはわたくしが行きます。呉田さんは1階に隠れていれば見つかることはないでしょう。わたくしが薩摩さんを誘い出したら合図をします。後は降りてくるまで頑張って耐えますね」

「それで捕らえることができれば凪の地位を落とすことも可能な上に、大八洲にもいい手土産ができるわけか」

凪の部隊の人間が捕らえられればゆらが黙ってはいない。それを理解している大八洲もこちらの交渉に乗るはずだ。上手くいけば予里の下に着くよりも待遇が良くなるかもしれない。

「お前あれと戦闘なんてできるのか。バレるだろ」

「どうせ警視庁を離れるんですから、むしろ好都合ですよ」

自分なら確実にしぶき相手に時間を稼げることを主張した。正体がバレた場合はしぶきの動揺を誘える。スパイとしてミスすらもプラスになる状況だった。

「まぁ彼女らが潜入してる間は好きにやっててください。大方、予里の方から妨害を命令されているんでしょう」

作戦は決まった。ともすればこれ以上顔を合わせる必要もない。

「お前どこまで知ってる……それを吐けば協力する」

「あなたの名前が宍戸凌馬であること、予里が元大八洲であること、山風であなたはある程度の自由を得ていること、ぐらいですかね」

「上等だ」

握手は愚か見つめ合うことさえせずにその場を去る。互いが互いの利益のために何をするかを決めた。これ以上の言葉は不要だった。

 

その後フジタは山風と凪に情報を提供、更に金眼としぶきに独自で殲滅作戦を提案した。任務当日にフジタはこの地下に潜伏していた。凪の部隊の潜入、二つの部隊の防衛戦の経過を見て調整されたボイスチェンジャーを使い兵を侵入させ軍荼利には奥に呉田がいると思わせる。

そして部隊を蹴散らした軍荼利との戦闘を経て今に至る。凪の部隊隊長を拘束することに成功した。

「全てお主の思う通りに事が運んでいるというわけか」

「ええ。信頼してもらってありがとうございます」

鋭い剣幕で睨みつけるが、銃を向けられては効果はない。その場から一歩も動けないしぶきをフジタは笑う。

「じゃあわたくしはこれで。そろそろ上の方も片付くんじゃないですか?早急な撤退がオススメですよ」

後は軍荼利を持ち帰れば作戦は終了。武装よりも遥かに良いものを手中に収めることになる。

フジタは首を鳴らしながら背を向けた。彼女もあとは屋上の戦闘が終了する前にビルから出ればいいだけの話だった。

「そうだな。これで任務は終了だ……完全に」

 

 

 

 

 

銃声が響いた瞬間、呉田の銃撃はフジタの胸を貫いた。前のめりに倒れるフジタが軍荼利の視界には鮮明に写っていた。




大八洲師団の棟梁は乱獅子しおん。乱獅子ゆらの姉にあたり、大八洲を抜けた彼女にはかなり執着している様子が見られる。そのためしおんを相手にする際に凪の部隊に関するものは交渉材料としての価値が高くなる。ましてや妹ゆらの仲間となれば尚更でしょう。活発化する大八洲に取り込まれるための裏技に近いものと見ていいかもしれません。

フジタが撃たれた。呉田には彼女が必要なかったようだ。そして軍荼利の運命は……次回、最終局面へ!


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