ちょっと大人なインフィニット・ストラトス (熱烈オルッコ党員)
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入学

初投稿なので初投稿です


 ここIS学園は読んで字の如くISについて学ぶ場である。

 ISとは正式名称をインフィニット・ストラトスと言い、篠ノ之束が開発した──なんていう説明はこのハーメルン内だけでも結構な回数されてきたのだからここでわざわざ書かなくて良いだろう。

 そして、皆様自明の通りISを使えるのは女性だけのはずなのだが、今現在教室で頭を抱えている少年がISを動かしてしまったお蔭でその前提が崩れようとしていた。

 

 

 さて、件の少年の名前を織斑一夏(みんな知ってる)と言い、彼の姉はブリュンヒルデと名高い織斑千冬(ISを使ったことは見たことない)だ。

 織斑姓なんて珍しい名前だ、彼が千冬の弟であることはすぐにクラスメートに知れ渡った。

 しかも、千冬はなんとここIS学園で教師をしているという。

 一夏は彼女がどこでどういう職についているか知らなかったため、驚いたのは言うまでもない。

 そして、姉弟で教師と生徒の関係となるのもなんともやりにくいと感じていた。どうしたって千冬と比べられるのだから。

 が、一夏はこれまでISの事に触れた事は殆どない。故に、周りからの好奇の目にはほとほと辟易していた。

 というか、期待されても困るのだ。期待されて、その期待を裏切って、そして勝手に失望される。

 彼にとっては自分は何と思われてもよかったが、それで千冬の顔に泥を塗るのは我慢ならなかった。

 入学式初日、それもSHR前の時点でこれである。正直、このままで学園生活を上手にやっていけるのか、不安しかない。

 

 

「じゃあ自己紹介をしましょう。名簿順で──」

 

 

 壇上に立つ教師、山田真耶の言葉で自己紹介が始まる。

 それぞれが思い思いの自己紹介をするのを聞きながら、一夏は自分の番が近づくにつれ、期待感が大きく膨らんでいくのを感じ取っていた。

 自己紹介をするクラスメートは整備士になるだの、IS工学を学び、災害用の装備を作り上げるのだの、どんな志を持ってIS学園に来たのかを発表していく。

 普通の高校生ではありえない志だが、この場においてそれは当然で、IS学園に入るには厳しい倍率を乗り越えて入学する生徒ばかりで、何も考えずにこの場にいる生徒は殆ど(・・)いなかった。

 

(勘弁してくれよ……)

 

 

 ただISを動かせるだけでこの場に押し込められた一夏に、そのような志などあるはずもない。

 けれど、周りはそんな事知るはずもない。知っていることと言えば、彼が男子生徒でブリュンヒルデ

(世界最強)の弟ということだけ。

 傑物の弟なのだから弟もさぞかし立派な人物なのだろうと無責任な期待を一夏にかけていた。

 

 

「じゃあ次は織斑くん。お願いしますね」

 

 

 織斑姓なのだから、自己紹介の番も割と早いうちに回ってきてしまう。

 自分の性に恨み言を心の中で吐きながら、一夏は覚悟を決めて立ち上がる。

 不運な事に彼の席は最前列で、しかも真ん中である。

 先程まで背中で受けていた視線が、正面から襲ってくる。おもわずたじろぎそうになった己を鼓舞する。

 

 

「織斑一夏です。見ての通り男で、ISについて詳しいことはわからないので、色々と教えてくれると助かります」

 

 

 無難な、本当に無難で面白みもなにもない自己紹介だ。

 一夏自身がそう思うのだから、クラスメートはよりそう思うだろう。

 現に『これで終わりじゃないよね?』という視線が一夏を貫いていた。

 

 

「……えーと、趣味はコーヒーのブレンドを試すことです」

 

 

 ISの事で話せることは何もないのだから、他に出来る話といえば趣味の話程度しかない。

 とはいえ、いきなり趣味はコーヒーのブレンドと切り出されても、返す方からしたらどう返せば良いかわかないのだが。

 一夏としても初対面の相手に「趣味はカ○メの野菜生活を買ってブレンドの違いを楽しんでます」と言われたらどうやって返そうか悩むところではある。……少し話せば意気投合しそうな気もするが。

 

 

「……以上、です」

 

 

 空気に居たたまれなくなった一夏が頭を下げると、まばらな拍手が巻き起こる。

 どうやら、ファーストコンタクトは失敗したようだ。

 

「もう少し、マシな自己紹介は出来なかったか」

「あ、織斑先生」

「山田先生。SHRを押し付けて悪かったな」

 

 

 ため息交じりに呟やかれた一言。教室の入口に立つ千冬から発せられていたようだ。

 

 

「自己紹介を遮って悪いが、私がこのクラスの担任 織斑千冬だ。よろしく頼む」

 

 

 と、そこで千冬は一夏をみると一つ頷く。

 

 

「趣味と言えるものは特にないが、愚弟の淹れたコーヒーを飲むのは結構好きだったりする」

 

 

 この人は何を言っているのだろうか。

 もしかして、滑ってしまった自分をフォローしてくれているのだろうか。

 もしそうだとしたら結構滑っているぞと一夏は声を大にして言いたかった。無論、言える雰囲気ではなかったが。

 凍りついた教室の空気に千冬は気まずげに咳払いをする。

 

 

「……自己紹介の続きだ。山田先生次は?」

「あ、はい。次はオルコットさん、お願いします」

「はい」

 

 

 凛とした声に思わず一夏が振り返ると、まばゆい金髪が目を惹く少女が立っている。

 ただ立っているだけなのに、思わず息を飲む程の雰囲気を彼女は纏っていた。

 

 

「セシリア・オルコットです。みなさん、よろしくお願いしますわ」

 

 

 スカート──同年代の女子と比べるとものすごく長い──の裾をつまみながら礼をする。

 所作一つ一つが洗練されている。これで顔が不細工なら笑いものなのだが、顔立ちもモデル顔負けで整っているのだ。文句のつけようがなかった。

 

 

「わたくしは本国……イギリスで代表候補生をしております。ISについてわからない事があれば、気軽に相談に来て下さいまし」

 

 

 柔和な笑み。それを向けられたのは女子生徒だけで、なぜか一夏の方には向けられなかった。

 だが、今度は少しだけイタズラっぽい笑顔を浮かべ、一夏の方を向いて一言。

 

 

「趣味は、紅茶のブレンドを楽しむ事、ですわ」

「おお……」

 

 

 一夏の口から歓喜の声が漏れた。

 紅茶とコーヒー。種類に違いがあれど、同じ趣味を持つものだ。もしかしたら話が合うかもしれない。

 

 

「まあ、紅茶派とコーヒー派は戦う運命にあるかもしれませんが」

「いや、そんな事はないだろう。俺は紅茶も好きだ」

 

 

 思わず、と言った風に一夏が口を挟む。

 

 

「あら、それは良かったですわ。でしたら今度ご一緒にお茶でもいかが?」

「是非。その時は俺も自慢のブレンドを用意しよう」

 

 

 一夏が胸を張って誓うと、セシリアはニコリと笑い「楽しみにしています」と続けた。

 

「織斑。オルコットの自己紹介はまだ終わっていないぞ。クラスメートと交流を図ろうとするのは結構だが、休み時間にしろ」

「あ、ごめ──じゃない。すみません」

 

 

 呆れたような感じで口を挟んできた千冬に一夏は我に返った。

 確かに、今はセシリアの自己紹介の時間だ。お茶の話はまた後でいくらでも出来るだろう。

 いつものように「ごめん千冬姉」と言おうとしたところで、千冬に睨まれ、教師と生徒の関係を思い出した一夏は素直に頭を下げた。

 

「悪かったな。自己紹介を続けてくれ」

「まあ、あらかた言ってしまいましたし、他に言うこともないのですが……」

 

 

 気まずげに笑うセシリアを見て、クラス内に柔らかい空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべえ……」

 

 

 その後、クラスメートの自己紹介を終え、そのまま一時間目の授業へと雪崩込んだ。なんでも、実践的に教育を謳うIS学園にはオリエンテーションの時間などないようだ。

 さて一時間目の授業を終えたクラスメートの中で、一夏だけがすでに一日分の授業を終えたかのようにグロッキーだった。

 

 

「織斑くん大丈夫ー?」

「大丈夫じゃねえよ……」

 

 

 セシリアとのやり取りで、自己紹介の失敗を取り返した一夏は、普通に女子生徒と話せるくらいにはクラスに馴染んでいた。

 まあ、好奇の視線を向けられ続けているのは変わりないのだが。

 

 

「もっと参考書を読んどけば良かったわ」

「私達は中学の頃から勉強してるけど織斑くんはそうじゃないもんね」

 

 

 入学が決定されてから渡された参考書。

 一応、読んではいたのだが一ヶ月程度で覚えられる内容ではなかった。

 なんとなく、内容はわかる。だが、なんとなくで進められるほどISは甘くは無かった。

 

 

(まあ、スポーツとかなんとか言ってるけど実態は兵器だもんなあ。なんとなくで触ったら不味いわな)

 

 

 とはいえである。

 今の段階では何から手をつけて良いか、一夏は途方に暮れていた。

 

 

「──すこし、よろしくて?」

「んあ?」

 

 

 顔を上げると、そこにはセシリアが立っていた。

 髪を手で流し腰に手を当てたポーズがなんとも様になっている。自分がやれば、おそらく中学の悪友に大笑いされるんだろうなと一夏は見当違いの事を思った。

 

 

「授業の様子を後ろから拝見させて頂いておりましたが、苦戦しているようですわね」

「ああ見ての通りな。……言い訳になっちまうけど、勉強はしてきたんだぜ? だけどよお、コイツを一ヶ月で覚えろって冗談きついって」

「しかし、やらない訳にはいかないでしょう?」

「だからまあ、休み時間を使って予習しているわけなんだが……」

 

 

 はあ、とため息を吐く。

 とりあえず、参考書を眺めているが、眺めているだけで自分の中に入ってきている気は全くしない。

 

「でしたら、こちらをお使い下さい」

 

 

 にこやかに差し出した手には、教科書が握られていた。

 

 

「コイツはお前の教科書だろ」

「ええ。次の時間の授業範囲に解説を入れておきましたので。参考程度にはなるかと」

 

 

 見ると、蛍光ペンなどでわかりやすい解説が入っている。驚いたことに日本語でだ。

 しかし、だ。この教科書だって今日支給された物だ。いつの間に書いたのだろうか。

 感謝よりも先に湧き上がった疑問を、一夏はそのままセシリアにぶつける事にした。

 

 

「お前、いつ書いたんだよ。めっちゃ書き込んでくれてるけど」

「一時間目の間に、ですわ。当面の範囲はすでに習っている内容ですので」

「ほお、流石代表候補生だな。……俺とは大違いだ」

 

 

 一夏が自らを卑下するようなセリフを口にすると、セシリアがほんの一瞬表情を歪めた。

 

(あれ、今)

 

 

 すぐさま、感じの良い笑みに切り替えたから周りは気づかなかったかもしれないが、一夏の目はハッキリと捉えていた。

 微かに、けれどしっかりと不快感を浮かべていたのだ。

 とは言え、ほじくって空気が乱れても嫌だ。そう判断した一夏は何事もなかったかのように切り出す。

 

 

「つーか、わざわざ俺の為にそんな事してくれてたのか」

「ええ、まあ」

 

 

 一夏の疑問にセシリアは取り繕う様子も見せずに、頷く。

 普通は謙遜したり誤魔化そうとするところだろ、と思いつつも一夏はセシリアにしても、あまり恐縮するのも嫌だろうと思い軽口を放つ。

 

「そいつはありがたいな。もしかして俺に惚れたな?」

 

 

 一夏の軽口を聞いたセシリアはキョトンとすると、少しして楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「確かに、織斑さんは見た目はよろしいですが、生憎とそれだけで惚れるほどわたくしは尻軽ではありませんので」

「……なーんか、褒めてるようで貶されている気がするんだが」

「ではまた。三時間目の解説は織斑さんの教科書に書き込みますのでお貸し下さいな」

 

 

 流れるような動作で一夏の教科書を手に取ると、セシリアは自分の席に戻っていく。

 が、途中でなにか言い忘れた事があったのか立ち止まると、振り返って一言。

 

 

「これはわたくしが勝手にやっていることですので、お礼だとかそういった事はお気になさらず」

 

 

 では、と微笑みを残して、今度こそ自分の席に戻った。

 一夏は顔をしかめて、先程まで自分を気にかけてくた女子生徒を見やる。

 

 

「──おい見たか、あのキザな態度。代表候補生だからってちょっと生意気じゃないか? 少しばかり辺境の地で人生の厳しさを学んだ方が良いと思うんだが」

「一応、オルコットさんからしたら日本は十分辺境の地だと思うよ」

 

 

 女子生徒の言うことは尤もであるため、一夏は次の言葉を紡げなかった。

 そんな一夏をクラスメートは楽しそうに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間目の開始、この時間は一時間目に担当した真耶ではなく、千冬が壇上に立っていた。

 姉の授業を受けるということになんとも不思議な感覚を覚えながら、無様な姿は見せられないとセシリアに貰った教科書を開く。

 けれど、千冬の口から発せられた言葉は、授業に関するものではなかった。

 

 

「授業を始める前に一つだけ決めておくことがある。再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者は対抗戦だけでなく、クラス間の会議に出席したりと色々な仕事をしてもらう。まあ、言ってみればクラス長だな。それを決めようと思う。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」

 

 

 その声を聞いた女子生徒が早速とばかりに手を挙げる。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

 

 その声に引きずられるかの様に「さんせー」「私もそれで良いと思います!」といったような声がたちまち上がった。

 

 

 他薦を問わないと言われた時点で、こうなることを半分予想していた一夏は「うげえ」と声を漏らす。

 

 

「今の所、候補は織斑だけか。他にいないか? 我こそは、という奴はいないか?」

 

 

 これは非常に困った。

 一夏としては、今はクラス代表をやっている暇はなく、ISの事を学ばないとと考えているからである。

 対抗戦に出るのは良い。むしろ、ISに慣れるにはメリットがあるように思えるが、問題は会議等に出ろというところだ。

 今は、好奇心で一夏を推す人間は多いが、一年中その空気が続くとは限らない。

 そうなった時に、明らかに力不足な自分がクラス代表として自分達の上に立っている事を気にいらないと考える輩が出てきそうなのが一夏としては問題だった。

 そういう意味で、冷静な判断を下し、セシリアを推す人間もそれなりにいると思っていたのだが、一夏の読みは外れてしまった。

 いっそ、セシリアを候補に推薦しようかとも思ったが、現在候補にされている身で推薦が出来るのかがわからない。

 さて、どうしたもんかと一夏が考えたところで──

 

 

「織斑先生。少しよろしいですか?」

「オルコットか。どうした」

 

 

 セシリアが声を上げた。

 

 

「クラス代表に立候補しようかと」

 

 

 その言葉は、一夏が待ち望んだ一言だった。

 立ち上がったセシリアは立候補を表明するだけではなく、更に言葉を重ねた。

 

 

「わたくしは代表候補生です。専用機持ちという観点で言っても、実力で言えば学年トップクラスという自負もありますし、みなさまの上に立って引っ張っていく覚悟もあるつもりです。……とまあ、わたくしの表明演説をしたいわけではなくて、織斑さんの意思も聞いておきたいところでもありまして」

「織斑の意思、だと?」

「ええ、織斑さんは正直に言って、IS関連の知識は疎いです。推薦されたからやれ、では個人の意思が尊重されないと思いますので」

「ふむ、そういうことなら織斑。何かあるか?」

 

 

 思いがけず、発言の機会が回ってきた。

 キッカケを作ってくれたセシリアに小さく頭を下げると、一夏は立ち上がり後ろを向く。

 

「あーっと。みんなが俺を推薦してくれたのは嬉しい。だから、やれるだけの事はしたいと思う」

 

 心にも思ってないことを、口にする。

 けれど、周りには気付かれてはいないだろう。なんとなくだが、そんな確信があった。

 

 

「候補は織斑とオルコット。他には? よろしい、では二人の決選投票で──」

「ちょっと待って下さい」

 

 

 千冬の言葉を遮る声。

 セシリアも何かを言おうとしていたようだが、それよりも早く一夏は口を挟んだ。

 

「話を遮ってすみません。代表の決め方ですが、自分の方から提案しても良いですか?」

「……良いだろう。言ってみろ」

 

 

 さて、ここが勝負どころだろう。

 千冬を翻意させられなければ、投票でクラス代表が決まる。今のクラス内の空気からして、確実に自分が選ばれる。それだけはなんとしても阻止せねば。

 乾いた唇を濡らすように舌で舐めると、一夏は口を開いた。

 

 

「代表決めの方法ですが、俺とオルコットで模擬戦をさせてもらえないでしょうか。クラス対抗戦って事はISバトルになる訳ですよね? となると、ある程度の力量が必要と考えます」

 

 

 ふむ、と千冬は腕を組む。

 クラス対抗戦の目的は、各クラスの実力推移を測り、更にはクラス間の競争を。という側面もある。一夏は知らないだろうが、既に四組のクラス代表は日本の代表候補生に決定している。

 他のクラスに代表候補生がいない以上、このままでは四組だけ実力が突出し本来の目的にそぐわない。

 となると、模擬戦で決めるというのは悪くないアイデアだった。

 

「……ふむ。織斑の言うことにも一理ある。 山田先生、来週アリーナの使用状況は? 」

「あ、えっと……はい。第三アリーナは来週の金曜日、放課後なら空いてます」

「よろしい。では来週の金曜日に織斑とオルコットの模擬戦を実施する」

 

 

 それから、と千冬は一夏の方を向く。

 

 

「織斑、お前には専用機が用意される。来週の模擬戦はこれを使用してもらうからそのつもりでいろ」

「専用機、ですか?」

「ああ。早ければ明日にでも届く。呼び出しがかかった際はいつでも動けるように」

 

 

 一夏が曖昧に頷くと、千冬は空気を切り替えるように手を叩く。

 それだけで、空気が引き締まる。

 

 

「それでは授業を開始する。この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 

 一時間目より、難解な内容ではあったが、セシリアのノートのお蔭で一時間目よりは精神的疲労度は少ない。

 セシリアに感謝しないといけない。一夏は素直にそう思った。



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変わった事と変わらない事

 クラス代表決めで一騒動はあったが、その後は何事もなく授業は消化され、今は昼食の時間だ。

 お昼休みになった瞬間、彼を昼食へと誘おうとする女子に囲まれていたがなんとか脱出して今は幼馴染の篠ノ之箒と食事をともにしていた。

 なぜ箒が一夏と二人きりで食事をしているかと問われたら、彼が女子の囲いを突破する際にダシに使われたからである。

 久しぶりに再会した幼馴染と旧交を温めたいと言われれば、クラスメートも素直に引かざるを得ない。

 もっとも、ダシに使われた箒も箒で満更ではない。初恋――それも現在進行形――の相手に誘われて、悪い気になるはずもなかった。

 

 

「改めて、久しぶりだな。箒」

「そうだな。息災のようで何よりだ」

「お前も、変わらずだな」

 

 

 日本中の女子高生の中でも、息災なんて使う言葉を使う女子高生は箒くらいだろう。

 もっとも、それが箒らしいっちゃらしい。あえて、声には出さないが。

 一夏は目の前に座る少女をチラリと見る。勝ち気そうな表情と、ポニーテール。小学生の頃の箒がそのまま大きくなったような感じを受ける。――もっとも一部では大幅な成長を遂げた箇所もあるが。

 そんな、昔と殆ど変わっていない幼馴染を懐かしく思う。

 

「箒は相変わらず続けてるみたいだな、剣道。優勝したの、新聞で見たぜ」

「まあ、な。私には剣道しかないからな。……それよりも、『箒は』という事はお前は止めてしまったのか」

「ああ。俺としちゃ続けたかったんだがな」

 

 

 その言葉に嘘はない。

 可能なら一夏も剣道は続けたいという思いはあった。

 だが、環境がそれを許してくれなかった。

 

 

「部活にしろ、剣道場に通うにしろ、結構な金がかかるからな。わがままは言えなかったよ」

「そうか……」

 

 

 一夏には親がいない。肉親と言えるのも千冬だけだ。

 その事は箒も知っている。故に、どうして続けていなかったと怒る事など出来るはずもない。

 

 

「なんでも、お前の親父さん。気を使って月謝はタダにしてくれてたんだわ。それに道具一式も」

「そうなのか?」

「俺も、お前が引っ越してから千冬姉に聞いてびっくりしたよ」

 

 

 そう言ってカップを持ち上げる。

 中身は定食のサービスで付いてきたコーヒーだ。

 ミルクや砂糖を足さずにブラックのままですする。

 

 

「飯は美味いのに、コーヒーは不味いんだな」

 

 

 一口飲んだ一夏は、顔を歪ませた。

 食事のレベルが思ったより高かったが故に、期待しすぎたと言わんばかりに吐き捨てる。

 

 

「豆は良いのを使ってるってのが余計に腹が立つ」

「そういうのもわかるのか」

「お前も飲んでみるか?」

 

 質問の形式をとりつつも、返答は期待していないようだ。

 箒が返事を返すよりも早く、箒のトレイにコップが置かれる。

 一夏の口をつけたコップを使うというのは中々恥ずかしいが、合法的に飲めるのであればこんな機会を逃すわけにはいかない。

 コーヒーなど一切飲まない箒だったが、今回は自らの欲求に素直に従い、飲むことにした。

 

(わ、私の顔、赤くなってないよな……?)

 

 

 無論、真っ赤に染まっている。が、一夏は気にした風もなく、箒が飲むのをじっと待っていた。

 恐る恐る口をつけると苦味が箒の口の中に広がった。そして、どことなく酸っぱいような感じを受ける。

 

 

「……苦い。それに酸い感じがする」

「まあ、苦いのは置いとくとして……。酸味が強すぎるんだよ。使ってる豆は良い物だろうがな。設備だって国立なんだから最高。ただし、豆の管理、これが最悪だ」

 

 

 箒の言葉を聞き、我が意を得たりとばかりに語りだす。

 

 

「多分、生の豆を仕入れてるってわけじゃないだろうな。焙煎済みの豆を仕入れてるな。そんでそれを長いこと放置って感じか」

 

 

 一夏は力説しているが、箒にはなんのことかさっぱりという様子で、口直しに緑茶の入った湯呑を傾ける。

 やはり自分にはこっちの方が合っている。そんな風に思った。

 

 

「というか一夏。お前はどこでそんな知識を身に着けたんだ」

「バイト先だなあ。喫茶店で働いてたんだけど、そこの店長に教えてもらった。暇さえあれば入り浸ってたしなあ……。しっかり仕込んでもらったわ」

「中学生でアルバイトに勤しむのは、いかがなものかと思うがな」

 

 

 その言葉を聞いた一夏が、気まずげに頬を掻く仕草をみて、箒は己の失言に気付いた。

 最初に一夏自身が言っていた事だ。金がかかるから剣道は続けられない、と。

 つまり、一夏は少しでも家計の足しにするために働いていたと考えるのが自然だ。

 

 

「いや、すまなかった。責めるつもりで言ったつもりじゃないんだ。……千冬さんの助けになろうとしてやったことだろう?」

「いいんだよ。……結局、千冬姉には受け取って貰えなかったし」

「ちょっと待て。だとしたら、そこまで働く道理はないだろう」

 

 

 うっと一夏が言葉をつまらせた。

 失言をしていたのは一夏の方らしい。視線をコーヒーに落とすと、言い訳がましく声を絞り出した。

 

 

「…………コーヒー豆って結構高いんだよな」

「お前って奴は……」

 

 

 呆れ気味に箒がため息を吐くと、一夏はおどけて「すまん」と手を合わせる。

 こういう些細なやり取りが懐かしい。おもわず緩んだ頬に箒は、自分が久しぶりに笑えている事に気付いた。

と、一夏が「そういえばさあ」と声をあげる。

 

 

「お前ISの事詳しい?」

「お前よりは、な」

「お、さすが天才の妹だけの事はあるな」

「茶化すな。……参考書の内容すらままならないお前よりはマシなだけだ。私が特別優れている訳じゃない」

「言うじゃねえの……」

 

 

 やっぱもっと読み込んでおくべきだったかと、一夏は頭を抱える。

 もっとも、一夏が参考書を手渡されたのは三月になってからだ。そこから一ヶ月程度で覚えろというのは正直無理があった。

 と、そこ一人の女子生徒がやって来て、二人――というよりは、一夏――に声をかけた。

 

 

「あなた、噂のコでしょ?」

 

 

 一声のする方に視線をずらす。

 胸元を見ると、三年生を示す赤色のリボンだ。

 

 

「来週、代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

「女子の間で、噂が回んのはやっぱ早いんだなあ……」

「その反応を見ると、嘘じゃないみたいね」

 

 

 言いつつ、件の三年生が一夏の隣に座る。

 組んだ腕を机に乗せ、顔を傾ける。……制服と制服が擦れそうな距離感に、箒は眉間にシワがよっている事を自覚した。

 

 

「でも、君って素人でしょ? ISの稼働時間はどれくらい?」

「はあ。まあ、一時間も動かしてはないと思うんですが」

「じゃあ、無理よ。相手は代表候補生なんだから、少なくても三〇〇時間は動かしてるわよ?」

 

 

 だから、と彼女はさらに一夏との距離を詰める。

 もはや腕と腕が密着していた。箒の顔が凄まじいことになってきていた。

 

 

「私が教えてあげよっか、ISについて」

 

 

 にこっと人の良い笑みを浮かべた彼女を見ながら、一夏はすうっと自分の感情が冷めていくのを感じた。

 結局の所、ISの指導にかこつけて自分に近づきたいだけなのだろう、と。

 

 

「……あなたに教わらなくても、こちらでなんとかしますんで」

「ふうん。結構な自信家なのね。でも、私が教えた方が上手く行くとおもうけどなあ」

 

 

 彼女の言葉を聞いた一夏は「へえ」と笑みを浮かべた。

 それは箒が知らない。初めて見せる表情だ。なんというか、見ていると苛つくそんな顔だ。

 

「……何が面白いのかしら?」

 

 

 彼女の顔に露骨に不快感が浮かんだ。

 一夏は肩をすくめると、口を開いた。――先程よりも、からかうような声音を含めて。

 

 

「自信家って……そっくりそのままあなたにお返ししますよ」

「はあ……!?」

「素人の俺が一週間かそこらの訓練で、代表候補生に勝てるって本気で思ってるのですか? いやはや……そちらの方がとんだ自信家では? それが本当なら、今すぐコーチとして各国に売り込んだらどうでしょうか。 『たった一週間で素人を代表候補生にします!』……結構な触れ込みだと思いますが」

 

 

 わなわなと肩を震わせた彼女だったが、それでも一夏に言い返せなかったのか、そのまま席を離れた。

 それを見届けた箒は、大きくため息を吐く。

 満足気に彼女を見送った一夏が不思議そうな顔で箒を見る。

 

 

「……どうした?」

「どうした、はこちらのセリフだ」

「まあ、そうだよな。……悪い、びっくりさせて」

「まったくだ。どうしたのだ、急に」

「ああいう手合は嫌いなんだよ。あんなミエミエの誘いとか舐めんなって話だ」

「だが、ISの事を教えてもらえるんなら──」

「本気でISの事を教えてもらえると思ったのか?」

 

 

 一夏に鋭い視線を向けられて箒はうっと言葉に詰まった。

 さっきと同じだ。雰囲気が完全に変わっている。

 

 

「教えてくれるつったって真面目にやるとは思えんね。……IS学園って一応、エリートの集まりのはずなんだが」

 

 

 やれやれと頭を振る。

 気分を切り替えようとしてコーヒーを飲もうとしたところで、コーヒーの不味さを思い出し口元カップを下ろす。

 

 

「話を戻すとして。箒、ISの事を教えてくれないか? 幼馴染のよしみで一つ頼む」

「私が、か?」

「箒が、だ」

 

 

 本来なら、一夏の提案は嬉しいものだ。

 だが、他ならぬ一夏自身の放った言葉が返事をするのを躊躇わせていた。

 自身がISの生みの親である篠ノ之束の妹だから自分もISに詳しいと思いこんでいるかもしれない。

 だとすれば、自分に一夏の希望に沿うことは出来ないだろう。とてもじゃないが、セシリアに勝たせるように育てる、なんて事は言えるはずも無い。

 

 

「悪いが、私が教えればオルコットに勝てるなんて大見栄は張れんぞ。お前は私が姉さんがISを作ったから私も――」

「そういう理由でお前に頼んだつもりはねえよ」

 

 

 箒の言葉を遮るように、一夏が口をはさむ。

 心なし、不機嫌そうな感じで言葉を重ねる。

 

 

「むしろオルコットに勝てるって言った時点で、そんな無責任な事を言う奴には頼まねえよ。あいつは代表候補生なんだろ? たった一週間の特訓で勝てる筈がないだろうよ」

 

 

 それに、と続ける。

 

 

「別にお前が束さんの妹だから頼んだ訳じゃねえよ。見ず知らずの連中に頼むより、幼馴染で気軽に話せるお前の方が良いと思っただけだし」

「お前がそう言うなら、私としては問題はないが」

「本当か!? じゃあ、是非頼む!」

 

 

 ガタンと椅子を倒して、箒の手をとった。

 突然、想い人に手を握られ箒の身体が強ばる。

 

 

(突然手を握る奴があるか! もっとこう、心の準備をさせてだな……!)

 

 

 と、舞い上がりつつも、箒も一つだけ言っておこうと、口を開いた。

 

 

「座学の面では教えられる事もあるが、実技は無理だからな」

「は?」

「は? ではない。私だって稼働時間は一時間もないんだからな」

「マジかよ……」

「うむ。……というか代表候補生でもない限り、ISを動かしたことのある生徒なんて殆どいないと思うぞ。精々、試験の時に動かした程度だな」

 

 

 そもそも、ISのコア自体が世界で467機しかないのだ。

 それこそ代表候補生でもなければ、ISに触れることなどおいそれとは叶わない。もっと言ってしまえば、ただの(・・・)代表候補生でも日常的に扱うことは出来ない。日常的に使いたいのならば、その上、専用機持ちにならなければならない。

 そういった意味で言えば、セシリアはまさしくエリート以外の何物でもないだろう。

 

「まあ、幸いお前にも専用機は用意される。ぶっつけ本番でオルコットと戦う事はないだろう」

「なんの気休めにもなってないよな、それ。……どうすっかなあ、これ」

 

 

 ははは、と座りながら力なく笑う一夏。

 それを見て、箒は無性に苛立つ気持ちを抱いた。昔、小学校の頃の一夏はこんな性格だっただろうか、と。

 織斑一夏と言えば、負けず嫌いで何事にも精一杯取り組む、悪く言えば無鉄砲の嫌いがあった。

 だが、今の一夏からはそんな雰囲気は感じられない。大人になったと言えばそれまでだが、ここまで達観されると箒としてはイライラする気持ちが湧き上がる。

 

 

「いっそ、オルコットに教えてもらうか。ISの動かし方」

 

 

 一夏からすれば、冗談で言ったつもりのその言葉、今の箒には冗談として流せる余裕は無かった。

 力強くテーブルを叩き、立ち上がる。

 驚き、目を丸くする一夏に箒はビシッと人差し指を突きつけた。

 

 

「ふざけるな! 曲がりなりにも、来週戦う相手に教えを請うとはどういう了見だ!」

「何怒ってるんだよ。他に頼れる相手がいないんだから他にどうしようもないだろ? つーか冗談にマジギレすんなって」

「だったら先生方に……千冬さんに頼れば良いだけだろう!?」

「あのなあ、千冬姉が俺個人の頼みを聞いてくれる訳がないだろ? ちょっとは冷静になれって」

 

 

 まるで聞き分けのない子供に聞かせるように一夏が口を開く。

 

 

「大体、そんなにこの勝負が大事か? 勝つことが大事か?」

「どういう意味だ?」

 

 

 勝つこと以外に、他に大事な事があると言わんばかりな一夏に箒は苛立つ。

 まるで、勝利に執着する自分が間違っている、そう否定されたように感じた。

 

 

「そりゃ、誰かを守るためだとか、自分の命がかかってるとかだったら俺も気張るさ。でもな、この勝負はなーんにもかかってない。どっちがクラス代表に相応しいか決める勝負だろ? 珍しさと話題性だけでISの事も禄に知らずに推薦されてやる気の欠片もない俺と、代表候補生で専用機持ちで自薦してまでクラス代表をやろうとする気概を持ったオルコット。どっちがクラス代表に相応しいかなんて自明の理だろうよ」

 

 

 あのまま、投票をしていたらおそらく自分がクラス代表に決まっていただろう。

 自薦他薦は問わないと千冬が言ってしまった時点で、一夏の推薦を取り消すわけにはいかない。

 自分が確実に代表にならず、そして自分自身の学園生活に波風が立つことのないようにクラスメートが納得するようにISによる対決で雌雄を決しよう――と、一夏は考えて模擬戦による結果で決めようと提案したのだ。

 逆に、セシリアが格下の一夏に模擬戦を申し込むとなると大人げないだとかそういった話になってくるのだが、一夏がセシリアに挑戦するという構図をとれば何の問題もない。

 

「つーわけで、端っからこの勝負のオチは見えてるんだわ。俺自身、ISの事をこれから勉強せにゃならんのにクラス代表とかやってる場合じゃねえし」

「それは、まあ、そうなんだが……。お前、やるからには頑張ると言っていたではないか」

「んなもん、あの場を取り繕うための方便だって。やる気なんてこれっぽっちもありませんって言ったら顰蹙を買うだろ? だったら口先だけでもやる気があるってところを見せとかんとな。──それに、オルコットの方がクラス代表に相応しいっていうのは本音だしな」

 

 

 確かに、一夏の言っている事は正しい。

 彼我の力量差を踏まえ、そしてこれからの学園生活を円満にしていくためには完璧な回答だろう。

 けれど、箒が釈然としない気持ちを抱いたままなのは事実。

 

 

「お前、大分変わったな。昔はそんな性格じゃなかったと思うが」

「そうかい」

「ああ、無鉄砲で向こう見ずで命知らずだったような」

「お前、俺に対してそんな事思ってたのか!?」

 

 

 一夏の心は結構、傷付いた。たしかに小学生時分は無茶をしていたとは思うが、まさか幼馴染にそこまで思われてたとは。

 

 

「お前は三人の男子に囲まれている女子を助けようとする男だから、な」

「あったなあ、そんな事も。我ながら、無茶やってたなあ」

 

 

 立ったついでにトレイを手にとった箒は、返却口へと歩き出す。

 一夏も同じように立ち上がり箒の横に立つ。

 

 

「それでも、その少女が救われたのは事実だ」

「……お前もだいぶ変わったよな。前はそんな事言うような奴じゃなかった」

 

 

 照れたようにそっぽを向いた一夏を妙におかしく感じる。

 まあ、五年ぶりの再会と考えれば変わったところも多いだろう。それでも、変わってないところもある。

 昔から、一夏は褒められたりして照れるとそっぽを向く。どうやらこういったところは変わってないと感じ箒の表情が少し緩んだ。

 

 

「さて、昼休みも残り少ない。折角だ、予習の時間とするか」

「おう。頼むわ」

 

 

 そんなこんなで一夏にとっては、IS学園に入学してからようやく初の心穏やかな休み時間を過ごすことが出来た。

 

 




予習の時のモッピーとワンサマー
「箒。このアクティブなんちゃらってのはなんだ」
「ズガガガーンってやつだ」
「……じゃあこの広域うんたらってのは」
「びしゅーんってやつだ」
「…………(´・ω・`)」
「どうしてそんな顔をするんだ!?」


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セシリア・オルコットという少女

 放課後、セシリアが帰り支度をしていると、真耶が慌てた様子で教室に駆け込んできた。

 

「織斑くん、まだ教室にいたんですね。良かったです」

 

 どうやら、目的は一夏のようだ。

 周りを見ると、なぜ真耶が戻ってきたのか気になっているのは自分だけではないようで、クラスメートの殆どが残っていた。

 

「えっとですね 寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを一夏に渡す。

 

(決まりました? まるで、寮に部屋が用意されていなかったような言い草ですわね)

 

 疑問に思ったのはセシリアだけではないようで、一夏が口を開いた。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 一週間は自宅から通学するって話でしたけど」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです」

 

 なるほど。

 織斑一夏は唯一(今のところは)の男性操縦者だ。万が一ということもある。そうそう自宅に帰す訳にはいかないだろう。

 まあ、その当人たる一夏はなんとも悲しげな表情を浮かべているが。

 真耶も真耶で、普段は温厚そうで気弱な感じのくせに、今現在は有無を言わせない雰囲気が醸し出している。

 いずれににせよ、一夏に拒否権はないようだ。

 

「……部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

 と、一夏がせめてもの抵抗をしようとしたところで、教室に千冬の声が響いた。

 

「荷物なら私が手配しておいた。……まあ着替えと携帯の充電器があればいいだろう?」

「ちょっとまって下さい。荷物は持ってきたって――」

「安心しろ。コーヒーメーカーは持ってきてやった。全部という訳にはいかんが豆も持ってきておいた」

 

 たしなめるように一夏に言うと、千冬はメモを手渡す。

 メモを受け取った彼はざっと目を通し、顔をしかめた。

 

「……お言葉ですが織斑先生。こちらのリストですが持ってきた豆に偏りが見受けられるのですが」

「気のせいだ」

「いやでも――」

「気のせいだ」

 

 有無を言わせぬ迫力で一夏の言葉を遮る千冬。

 セシリアには良くわからないが、一夏はどうにか納得したらしい。……ものすごい形相で千冬を睨んでいるが。

 一夏のある種恨みがましい視線を受け流し、簡単に学校のシステムなどを伝えて千冬たちは教室を去っていく。

 千冬はすでに居ないのに未練がましく彼女の去っていった方を睨んでいる一夏に、セシリアが声をかけた。

 

「コーヒーのブレンドが趣味だというのは嘘ではなかったようですわね」

「まあ、別に嘘を付くことでもないしな」

 

 ようやく視線を外した一夏は気を取り直すように鞄から水筒を取り出し中身をコップに注ぐ。

 それをセシリアに差し出し一言。

 

「教科書のお礼だ。一杯どうだ?」

「あら、準備が良いようで。ありがたく頂きますわ」

「言っておくが、俺はブラック専門だからな。ホワイトなんてないぞ。今回のコイツにホワイトは合わんし」

 

 ホワイトってどういう事? と首をひねるクラスメートをよそにセシリアはコップに口をつける。

 すると、口の中に芳醇な香りが広がった。ブラック故に苦味があるかと思いきや、そうでもない。

 むしろ甘みすら感じるのだ。そして、不思議なことにどこかで飲んだことのあるような、懐かしさも感じるようなコーヒーである。

 

「……おいしい」

「そいつは良かった」

 

 途端、一夏の表情が綻ぶ。

 そういえば、彼がここまで純粋な、心から笑っているような表情を見せたのは初めてだったなと、ぼんやりセシリアは思った。仮に自分が一夏の立場でも余裕のある振る舞いが出来るか、正直自信はない。

 

「それで、感想はそれだけか?」

 

 自作のブレンドを『おいしい』と言ってもらえて嬉しいのだろう。

 そしてそれだけで満足せず、もっと感想を聞かせて欲しい、と。

 どことなくそわそわしている彼の様子を見て、セシリアの頬が思わず緩む。

 

「苦味が少ないですわね。ブラックなのに、むしろ甘みすら感じるような」

「そこを意識したからな。俺が飲む分には苦くても良いが、女子だと苦いのは嫌いって人もいるだろうし」

 

 どうやら、最初から誰かに飲ませるつもりで作ってきたようだ。

 誰に飲ませようかと、彼がタイミングを見計らってたかと思うとなんだかおかしな感じがした。

 そう考えると、彼は意外と余裕があるのだろうか。

 

「俺の淹れるコーヒーは殆ど水出しだ。なんでかって言うとこうすれば苦味──というよりはいがっぽい感じだな、これは出にくい」

「なるほど。たしかに飲みやすいですわね。それから、一つ気になったのはこちらのコーヒーどこかで飲んだことのあるような気がして……。いえ、まったく同じではなく、どこか似ている程度ですが……」

 

 セシリアの言葉を聞いた一夏は「ほう」と驚いた様子を見せた。

 

「お前、お嬢様なのは見かけだけじゃなかったんだな」

「どういう意味ですの、それ」

「悪い悪い。──飲んだことがある気がするのは、使った豆の効果だな。キリマンジャロAAって言えばわかるか?」

「キリマンジャロAA……確かイギリス王室御用達だった豆ですわね」

「そう、それだ。まさかイギリスから来たやつに飲んでもらえるとは思わなかったがな」

 

 なるほど、どこかで飲んだことがあると感じたのは気のせいではなかったようだ。

 自分がイギリス代表候補生だということは自己紹介で言っている。故に、一夏はイギリスから来たセシリアにこそ飲んでもらいたいと思って渡してきたと考えるのは深読みのしすぎだろうか。

 

「しかし、使った豆はこれだけではないですわね。キリマンジャロだけでは、この甘さは出ませんし、もっと酸味があるはずですから」

「ご明察。水出しコーヒーで酸味を増やしすぎるのはご法度。このブレンドにはキリマンジャロ以外に二種類の豆を使った。コロンビア・カトレアとサントスNo.2だ」

 

 セシリアはコーヒーは飲むが、紅茶ほどのこだわりは無い。種類と言われてもほとんど知らない。

 とは言え、これだけの味を生み出す豆なのだ。適当な豆を使ったわけではないだろう。

 そして、良い豆を使ったからと言っても必ずしも美味しいコーヒーが出来るわけではない事もセシリアは知っている。

 

「どういう豆かは興味があったら調べておいてくれ。説明すると長くなるしな」

 

 言いつつ、一夏はセシリアからコップを返してもらい、コーヒーを注ぐ。

 箒に「お前もどうだ?」と差し出す。

 一夏に差し出されたコップを受け取り一口飲んだ箒が「うっ」と声を漏らした。

 

「むぅ、箒にはまだわからんか、大人の味は」

 

 飲みかけのコップを箒から返してもらった一夏は実に美味そうに黒い液体をすする。

 

「そ、そんな事無いぞ! もう一度渡してみろ! 今度は飲み干してみせる」

「無理すんなって。今度は豆を変えてミルクに合うように作ってやるから。というかなんだ、飲み干してみせるって。人の自慢のコーヒーを毒物みたいに扱いやがって」

 

 ムキになった箒をたしなめている一夏に、セシリアが声をかけた。

 

「これだけのコーヒーをタダで頂くのは申し訳ないですわね」

「いや、教科書の解説のお礼のつもりなんだが」

「アレはわたくしが勝手にやっているだけだとお伝えしたはずでは?」

「……お前、結構頑固だな」

「簡単に引くようでは、貴族の名折れですので」

 

 先程の一夏に言われた事にかけて言ってみると、一夏は返す言葉が見つからなかったのか、口をつぐんだ。

 そしてセシリアは一夏が口を閉ざしたのを良いことに、自分の胸に手をやり一言。

 

「お礼は、わたくし自身でいかがでしょうか?」

「…………おいお前、それはどういう意味で」

「ふふっ。言葉が足りませんでしたね。わたくしがISの事を教えて差し上げる、そういう意味ですわ」

「だったら最初からそういう意味で言えよ……。なんでわざわざ勘違いさせるような言い方をしたんだお前」

「一体、どういう意味で受け取ったのかお聞かせ願いたいですわね」

「そりゃあ、お前──」

 

 と、なにやら続けようとしたした一夏だったが、周りをみて言いかけた言葉は飲み込む。

 ここで言っていい内容ではないと察したようだ。

 気を取り直すように一夏が咳払いを一つした。

 

「で、ISの事を教えてくれるって事だが、もう十分に教わってるしなあ」

座学(・・)の面では、そうですわね。そちらの篠ノ之さんにも教わっているようですし」

 

 座学というところを強調して言うと、一夏も気付いたようで目を見開く。

 

「となると実技の方か。おい、箒。なんか向こうから言い出してくれたぞ」

「まったく、お前という奴は……。──オルコット、私から良いか?」

「ええ、何なりと」

 

 なぜ一夏ではなく、箒が質問するのか気になったが、敢えて指摘することでもないだろう。

 セシリアとしては、一夏のセリフの方が気になるが。

 

「どうして一夏に肩入れをする? 教科書だけならわかるが、実技ともなると異常だ。仮にもお前は来週一夏と戦うのだ。わざわざ敵を鍛える意味は何だ?」

 

 箒がセシリアを見る目は鋭い。

 気概だけで言えば、一夏よりよほど戦い甲斐があるだろうとセシリアに思わせた。……もっとも、気概だけで勝てたら苦労はしないのだが。

 

「ではお答えしましょう。ISというものはとても危険な兵器(・・)です。乗り手が良く理解しないまま乗ると重大な事故を起こす危険性がある。それを防ぐためにも経験者のサポートが必要だと判断しました」

 

 ISは現行兵器を遥かに凌駕する性能を持つ。

 それだけに、初心者がおいそれと扱って良いものではない。

 

「だが、一夏を鍛えるとお前はそれだけ不利になるんだが、それで良いのか?」

「おい箒──」

 

 一夏が箒の言葉を訂正するより早く、セシリアが口を開いた。

 腰に手をやり、呆れ気味に一言。

 

「たかだか数日素人に教えただけで、このわたくしが負けるとでも? 苦戦するとでも?」

「それ、は……」

「わたくしの態度は傲慢に見えますか? ……むしろ、たかだか数日でわたくしに追いつける気でいる方が傲慢かと」

 

 うっと言葉をつまらせた箒を見て、一夏は言わんこっちゃないと頭を押さえた。

 どうやら、彼は彼我の実力差を見る目はしっかりとあるようだ。

 

「オルコット。お前の言いたいことはわかったからもう箒を責めてやるな。悪気があって言ったわけじゃないんだ、すまん」

「いえ、わたくしも強く言い過ぎてしました。その点に関しては謝罪を」

 

 素直に頭を下げると、一夏の方に改めて向き合う。

 箒がなにかセシリアに言おうとしていたが、彼女は敢えて無視をすることにした。これ以上なにか言われても話が脱線する一方のようだ。

 

「それで、織斑さん。どうでしょうか、指導の件」

「俺からしたら、願ったりだ。正直、お前に頼もうとしていたくらいだしな」

 

(なるほど、先程『向こうから言い出してくれた』とおっしゃってましたが、彼もそれを望んでいたということですか)

 

 やはり彼は馬鹿ではない。

 クラス代表決めでの立ち回りといい、頭の回転は良いようだ。

 

「それでは、専用機が用意される明日から放課後に訓練を行いましょう」

「OK問題ない」

「報酬は、織斑さんのご自慢のブレンドで如何でしょう?」

「うんまあ、お前の好みに合うかわからんが善処しよう」

「随分、歯切れの悪いお返事ですわね。朝は『俺も自慢のブレンドを用意しよう』と自信がお有りでしたのに」

「まあ、そうなんだが……」

 

 苦笑交じりに一夏はセシリアにメモを渡す。

 先程、千冬に渡されていたメモのようだ。

 

「……これは豆の種類でしょうか?」

「ああ。千冬姉が俺が寮生活になるからって家から持ってきてくれた豆のリストだ。──思いっきり千冬姉好みの豆ばっかだ。ブルーマウンテンとかその辺の甘い系の豆は全然持ってきてくれてねえ」

 

 なるほど、それで千冬にメモを受け取った時彼はなんとも言えない顔をしていたのだろう。

 というか千冬は一夏にコーヒーを淹れてもらうつもりなのだろうか。

 あの厳格な千冬がそんな事を考えて運び出す豆を選んでいる光景を想像して、セシリアはなんともおかしな気分になった。

 

「それでは、わたくしはこれで失礼します」

「ああ、また明日」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室からでたセシリアは、そのまま寮に帰るという事はせず、アリーナの更衣室に足を向けていた。

 新しく用意された男性用の更衣室に入り、そのままピットに足を伸ばす。

 周りに人が居ないことを確認し満足気に頷くと、懐から携帯電話を取り出した。

 電話帳に表示された名前がイギリス本国のIS整備部門担当者であることを確認し、通話のボタンを押す。

 程なくして、通話がつながる。

 

「セシリア・オルコットです。定期報告を」

『よろしい。──周囲に誰もいませんね?』

「ええ、ここは男性用の更衣室ですので」

 

 唯一入ってくる可能性があるのは一夏だが、今日は来ないだろう。

 彼にはまだ専用機は用意されておらず、訓練機の申請をした様子も無かった。

 女性がわざわざ男性の更衣室に入ったりはしないだろう。──セシリアは自分の事を棚に上げそんな事を思った。

 

『それでは本日の報告……とはいえ、初日ですから特にないとは思いますが』

「そうですわね。本日は実技訓練もありませんでした。しばらくは座学中心のカリキュラムが組まれているとの事です」

『わかりました。けれど、ブルー・ティアーズの稼働は可能な限り行うように。セシリア・オルコット、あなたがIS学園に派遣された理由は今更説明しなくても良いですね?』

「わかってますわ。この報告後にもブルー・ティアーズは動かしますわ」

 

 セシリアは自分自身の実力が高いものであると疑っていない。だが、盲目的に信仰しているわけでもない。

 事実、このIS学園にもイギリス代表候補生の先輩はおり、実力もそちらの方が僅かに上回っている事は自覚している。

 それでも、イギリスの開発した最新鋭の専用機は彼女ではなくセシリアに渡された。その意味がわからないセシリアではない。

 ISに関する情報はいかなる情報でも開示しなければならない。これはアラスカ条約で決められている事だ。

 だが、国のすべてを結集して開発した技術を公表なんてしたくない。

 だが、ここでIS学園が出てくる。あらゆる干渉を跳ね除けられるIS学園なら新規開発の技術を公表することなく、そしてテストを実施することも出来るというわけだ。

 つまり最新鋭の機体を渡すなら、二年生三年生より新入生に、という事になる。まあ、セシリアにイギリスの第三世代機が渡された理由はそれだけではないのだが。

 

『それと、織斑一夏の件ですが、接触は出来ましたか?』

「ええ。座学の面は幼馴染の篠ノ之さんに席を奪われましたが、実技の方は明日の放課後から指導をする名目で共に過ごす時間を得ました」

『おお。それは素晴らしい』

「それと来週の金曜日、クラス代表決めで彼と模擬戦をする事にもなりましたので」

『なるほど。彼にとって初の実戦が我が国の最新鋭のブルー・ティアーズとですか。我が国にとってもよいお披露目になりますね』

 

 セシリアが専用機を渡されてから、ブルー・ティアーズを使っての実戦はまだない。

 そういう意味では、相手が世界初の男性操縦者というのも悪くない。

 だが、そんなセシリアの気分に水を差すような言葉が携帯から聞こえた。

 

『話は変わりますが、織斑一夏は寮部屋になったと思うのですがご存知ですか?』

「……まさか、織斑さんが寮生活に切り替わったのは」

『ご明察のとおりです。我が国だけではなく、各国からそういった要請がされたそうです。貴重な男性操縦者はIS学園で軟禁──もとい厳重に警護するべきだと』

 

 まったく、この手の話題は憂鬱になる。セシリアは髪を乱暴にかきあげた。

 それは教室では決して見せなかった仕草だった。

 

「それで? わたくしにどうしろと?」

『私の口から言わせますか? ミス・オルコット』

「…………わかってますわ。わかってますとも」

『具体的には?』

「織斑一夏をイギリス本国につれてこい、でしょう?」

『まあ、連れてくるのは赤ちゃんの素だけでも良いですけどね』

 

 本当に、本当にこの手の話題は苦手だ。

 苦虫を噛み潰したような表情をセシリアは浮かべる。

 

『エージェントの調べでは、織斑一夏はこれまで交際した女性は居ないとのことですが、それは彼が枯れているのか、それとも女性に興味がないのか。教室で様子を見ていてどうでした?』

「そうですわね……。話の流れで『お礼はわたくし自身』と申し上げましたら、それなりに反応してらっしゃいましたので女性に興味がない訳ではないかと」

『……一体どういう話の流れでそういった言葉が出てくるのか疑問ですがそれはまあ、良いでしょう。折をみて、織斑一夏の部屋にお邪魔するように。ぼやぼやしていると他国に出し抜かれますよ』

 

 担当の言葉を聞いたセシリアは、はぁとため息を吐く。

 それは電話越しにも伝わったようで、担当者からすかさずフォローが入った。

 

『一番は、織斑一夏があなたに惚れることではなく、あなたが織斑一夏に惚れることですね。私だって、十五の少年にハニートラップをかけろだなんて言いたくはないですから。どうです? 顔はイケメンでしょう?』

「まあ、見てくれは良いですし、粗野な男性と違って思慮深そうではあります。それでいて、自分の趣味の世界に没頭してしまう視野の狭さもある意味では魅力的な部分かもしれませんね」

『おや、中々の高評価。良いじゃないですか。押し倒しちゃいましょうよ』

 

 少しずつ、言葉が崩れてきた担当にセシリアは苦笑いを浮かべる。

 まあ電話の相手も、二十代前半。こういった話は興味があるってことだろう。そして、あまりダークな話はしたくない、と。

 

「それでも、その程度で惚れるなんて事はないですわね。わたくしはそこまで軽い女ではないと自負してますので」

『とか言って、簡単に恋に落ちるのが女って生き物なのよ』

 

 どうやら、担当者様は完全に恋バナモードになったようだ。

 これ以上の通話は意味がないと判断したセシリアは「アリーナの使用時間が迫ってきてますので」と伝え通話を終わらせる。

 チラリとアリーナを見たセシリアはほんの一瞬ではISを展開した。

 本来はISスーツに着替えた方がエネルギー効率が良いのだが、今回は少しだけズルをしてしまった。

 

(自分で決めたこととは言え、気分が良いものではありませんわね)

 

 自分はまだ十五歳。まだまだ子供の年齢だ。それで、あんなドロドロした話に首を突っ込んでいるのだ。

 良い気分なはずもない。これで、相手がどうでも良い男ならまだ割り切れる。

 今日、何度も一夏と言葉を交わしてわかってしまった。彼は、セシリアにとってどうでも良い男のカテゴリーから外れてしまった事を。

 少なからず、彼と会話することを楽しんでいる自分がいた。それがまた、セシリアの気分を憂鬱にさせる。

 

 いっそ、嫌いになれれば良かった。ハニートラップに引っかかり、裏切られたと絶望する顔を想像してセシリアも少なからず気分は良くなる。

 

 いっそ、惚れてしまえば良かった。命令されずとも積極的に一夏に迫ることが出来た。

 

 あくまでも今は、彼を良き友人として見ているのだ。

 それでも、国にイギリスに尽くさねばならないのだ。それしか自分には選択肢がないのだ。

 そう自分に言い聞かせたセシリアは、今日は訓練メニューを無視して自由に飛ぼうとアリーナにISを向けた。



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織斑一夏という少年

 さて、時刻は夜。

 食堂で夕食を済ませた一夏は、あてがわれた寮部屋で教科書を開いていた。

 ちなみに、荷物関連はご丁寧に一夏が部屋に入ると既に運び込まれていた後だった。念の為確認したが、コーヒー豆はやっぱり千冬好みのばかり、一夏はその事実にちょっと絶望した。

 とはいえ、豆を運んでくれただけでも感謝せねばならない。残りの豆は週末にでも家に取りに行けばいいだろう。

 と、教科書を眺めていると、ドアをノックする音が響いた。

 

(誰だ? こんな時間に)

 

 疑問に思いつつも、ドアを開けてみるとそこには自身の姉、千冬が立っていた。

 

「織斑先生。どうしたんですか?」

「ああ。夜にすまないな。お前が女子を連れ込んでいないか、確認しに来た。これも寮長としての仕事だ」

「初日に女連れ込むって俺はどんなワイルドスケベですか。しませんよ、そんな事」

「私もそんな事をしていないと信じたいんだが、やはり寮長としてはこの目で確認しないとな。──良いから部屋に入れろ」

 

(あ、駄目だこの人。どうやっても部屋に入るつもりだ)

 

 なんとなく、女どうこうは建前で、本音のところが見え隠れしている事に気がついた一夏はおとなしく千冬を部屋に入れることにした。

 部屋に入った千冬はベッドの辺りまでツカツカと歩いていき、女子が居ないことを確認するとつまらなさそうな表情を浮かべた。

 

「なんだ、誰も居ないのか。女の一人くらい連れ込んでいれば面白いものを」

 

 そんな姉の一言に苦笑いを浮かべながら後手に一夏は扉を閉める。

 

「教師がそんな事を言って良いのか?」

「良い訳あるか。だが、年頃の弟を思う姉としての言葉ならアリ、だろう?」

「いや、ねえだろ。もし致してる最中だったらどうするつもりだったんだよ」

「そこは教師として厳罰を与えよう」

「理不尽すぎる」

 

 完全に、教師としての仮面を外した千冬は、一夏の使っていない方のベッドに座った。

 普段はジャージやスウェットだが、今はスーツ姿だ。

 キッチリとした格好でだらけるというのはなんともチグハグな印象を与える。

 

「これでも、一応仕事で来てるんだぞ?」

「そうなのか?」

「ああ。お前は女子校に入学させられた男子生徒だからな。精神面で参ってないか確認にな」

「なるほど。それはお優しいことで。──で、本命は」

「お前の淹れたコーヒーを飲みに」

「やっぱそっちが目的じゃねえか」

 

 まあ良いけど、と一夏は屈託のない笑みを浮かべる。

 そういえば、千冬とこうやって話をするのも久しぶりだった。

 一夏はサイフォンをいじりカップにコーヒーを注ぐ。

 なんともタイミングが良いことに、ちょうど新しいブレンドを試すところだったのだ。

 

「ほい。新作」

「ありがとう。──今回は水出しじゃないんだな」

「ああ。千冬姉の持ってきた豆だとどうにも、な」

 

 恨み節を吐いてみたものの、千冬は気にした様子もなくすする。

 千冬が満足そうに目尻を下げるのをみて、一夏もカップに口をつける。

 我ながら、悪くないブレンドだと思う。いがっぽいのはもうどうしようもないので気にするのはやめた。

 

「どう? 千冬姉」

「悪くない。やはり、お前に淹れてもらったコーヒーが一番旨い」

 

 飾り気のない言葉だが、千冬は嘘を言う性格ではない事は一夏も知っている。

 そしてアレコレ言葉を散りばめるような性格ではない事も。

 だからこそ、『旨い』という簡潔な一言が無性に嬉しいのだ。

 

「ところで一夏。今日一日過ごしてみて、IS学園はどうだった?」

「うーーん……まあ、トイレが遠いとかそういう生活面での問題はチラホラあったな」

 

 事実、トイレと言えば事務員が使っているトイレしか男性用のトイレはない。

 休み時間の範囲でギリギリ往復出来るかどうかと言ったところだ。

 もっとも、千冬が聞きたいのはそういった話ではない。

 

「私が言いたいのはそういう話ではないな。不自然に女子に迫られたりしなかったか?」

「あーー……」

 

 そっちかと一夏は頭をガシガシと掻く。

 一夏とて、呑気なお子様ではない。千冬の質問の意図がわからない訳ではない。

 

「昼飯の時に三年の先輩が来たよ。指導してくれるってな」

「ふむ。誘いにはのってないな?」

「当たり前だろ。……まあでもアレはハニトラっぽい感じは無かったけどな。単純に俺とお近づきになりたいだけって感じだった」

「そうか。だが、用心だけはしておけよ。お前だって、ハニトラに引っ掛かって人体実験をされるだけの人生はごめんだろう?」

「わかってるって」

 

 なんでまた、こんな話になってしまったのだろうか。

 自分はほんの少し前までは至って普通の、十五の少年のはずなのだが。まあ、夜の校舎の窓ガラスは割って歩いてはいないけども。

 

「それじゃあ伝えることも伝えたし私は帰るかな」

「あ、千冬姉これ」

 

 ベッドから立った千冬に、一夏は保温ポットを渡す。

 中身は今さっき淹れたコーヒーだ。

 

「お前も、今日はほどほどで寝ておけよ。初日で疲れも溜まってるだろう?」

「ああ。色々気を使ってもらってありがと、千冬姉」

「なにか、困った事があれば頼ってくれ。私はここの教師であると同時にお前の姉なのだからな」

「わかってるから。俺は大丈夫だから。俺の心配はしなくて良いから」

 

 千冬が言おうとしている事が一夏にも伝わったのか、何処か焦った様子で強引に千冬の背中を押す。

 一夏に押し出され、千冬は部屋の外に出た。

 振り返った千冬が何かを言うよりも早く、一夏が口を開く。

 

「俺は大丈夫。もう千冬姉に迷惑はかけないから。千冬姉の弟として、織斑の名前に恥じないようにISの勉強もするから」

 

 一夏の、どこか悲壮なまでの覚悟に、千冬は己の拳を強く握りしめる。

 何か、何か言わねばならない。それなのに、千冬には一夏にかける言葉など何も出てこなかった。

 その事実がどうしようもなく悔しく、そしてそれ以上に情けなかった。

 

「じゃあ千冬姉、おやすみ。千冬姉も早く寝ないと健康に良くないぞ」

「……ああ、おやすみ」

 

 千冬はこの一言を絞り出すだけで精一杯だった。

 寮長の部屋に戻りながらも、頭の中は一夏の言葉だけが飛び交う。

 

──俺の心配はしなくて良いから。

 

 心配しない訳がない。一夏、お前はたった一人の家族なんだ。

 

──千冬姉には迷惑をかけないから。

 

 たった二人の姉弟なんだ。迷惑でもなんでもかけてくれて良いんだ。

 

──織斑の名前に恥じないようにISの勉強もするから。

 

 別に、織斑の名前なんてどうでも良いんだ。一夏は一夏なりに頑張ってくれればそれで。

 

 浮かび上がってくる言葉をそのまま言えれば良かったのにと千冬は思う。

 だが、言ったところで一夏には届かないことも同時にわかっている。

 あの日から、一夏は事あるごとに『織斑千冬の弟だから』という言葉を頻繁に使うようになった。

 千冬自身は、名誉だろうがなんだろうがどうでも良い事だった。

 ブリュンヒルデ(世界最強)の称号すらも、千冬にとってはどうでも良い。だが、一夏はそうでは無かったという事だ。

 と、考え事をして歩いていると、目の前から歩いてくる人影が目についた。

 

(あれは……オルコットか? どうしたんだこんな時間に)

 

 入浴の時間はとっくに過ぎている。

 門限前ではあるが、女子が一人歩くには遅い時間だ。

 

「何をしている。こんな時間に」

 

 ちょうどすれ違う瞬間に千冬が声をかけると、セシリアは驚いた風もなく、柔らかい笑みを浮かべ答えた。

 

「織斑さんに、こちらの資料を届けようと思いまして」

 

 彼女が手に持つのはISの操縦方法がまとめられた資料だ。

 

「ほう。織斑の為にわざわざ、か」

「ええ、織斑さんの為に、ですわ」

 

 千冬の鋭い視線を受けても、セシリアは笑みを携えたまま動揺した素振りは見せない。

 そんなセシリアの様子にさすがだな、と千冬は素直に認める。並の生徒なら、目を逸らすなり、うろたえるなり、なにかしらアクションを起こすのだが、代表候補生となるとそういった事はない。

 

「……まあ、あいつは明日専用機を受け取る。同じ専用機持ちとして、教えてやれ」

「わかりました。では、わたくしはこれで」

 

 軽く会釈をして、セシリアが背を向ける。

 その背中に、千冬は声をかけた。

 

「一夏の部屋に行くのは、お前の意思か? それともイギリスの指示か?」

 

 千冬の言葉に、セシリアは足を止める。

 振り返った彼女の顔には、変わらず笑みが浮かんでいる。だが、千冬にはなんだかその笑顔がなんとも悲しげに見えた。

 

「……どちらも、ですわ」

 

 どうにか絞り出した声はやはりやるせない思いが込められているように千冬は感じた。

 セシリアにどんな命令がくだされているか、千冬もなんとなく察している。一般の生徒ではなく、彼女は国家(・・)代表候補生なのだから。

 もっとも、彼女も完全に納得して飲み込めている訳ではないのだろう。でなければ、あんな表情をするはずもない。

 

「正直に答えたお前に免じて、見逃してやろう」

「よろしいのですか……?」

「そこは、最大の障害を除去出来て喜ぶところだろう? あるいは、お前が本気で一夏を押し倒すつもりなら、止めたがな」

 

 千冬がそう指摘してやると、セシリアは気まずげに視線を下げる。

 

「そんな気概もないなら、行っても無駄だろうな」

 

 ではな、とセシリアに背を向けて千冬は廊下を歩く。

 セシリアはその背中が見えなくなるまで一歩も動けなかった。



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夜の勉強会

「さて、やるか」

 

 千冬を見送った一夏は、机に向き直る。

 セシリアに解説を書いてもらうために交互に行き来していた為、一夏の手元にある教科書には解説が書かれたページとそうでないページがあった。

 とりあえず、解説が書いてないページを読んだところで理解できるはずもないので、解説が書かれたページを読み進める。

 

(さすが代表候補生。よくまとめてあるな)

 

 素直に感心する。

 人に教えるという事は、その内容を深く理解しないと上手に出来ない。

 セシリアにとっては、この内容は初歩の初歩。これくらい当然という事だろう。

 後は、実技の面でしっかりと教えてもらわねばと一夏は気を引き締める。

 少なくとも、来週末の模擬戦までにはある程度まで戦えるようにしなければならない。

 

(なんてたって俺は、千冬姉の弟だからな)

 

 世界最強の弟が、無様な機体操作をしてしまえば良い笑いものだ。

 それで自分が笑われるだけならまだ良い。自分が我慢すれば良い、それだけだ。

 だが、その矛先が千冬に向くのだけはなんとしても阻止せねば、と一夏は強く誓っている。

 もう二度と、千冬の名誉は傷付けない。一夏は強く拳を握りしめた。

 と、一夏が気を取り直したところで、再びドアをノックする音。

 

「あいてるぞー」

 

 千冬姉が忘れ物か、あるいは何か伝達事項を伝え忘れたのだろうかと思い、わざわざ出迎えるということをせずその場で声を張り上げる。

 すると、ほんの少しだけ間が空いた後、ドアが開く音。

 ハナから千冬姉が来たと疑わない一夏は教科書から目を離さず、ドアの方に見向きもしない。

 精々、返事がなかったことに疑問に思った程度だが、それもそこまで気にする必要がないと判断した。

 

「忘れ物か? 意外と抜けてるもんな、千冬姉は──」

 

 ガチャリ、と鍵をかける音がして初めて彼は違和感に気付いた。

 顔を向けると、そこにはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットが立っていた。

 お風呂に入った後なのか、シャンプーの匂いに格好も制服ではなくパジャマだ。

 普段のお嬢様然とした格好ではなく、一見無防備なその姿に一夏は心臓の鼓動が早くなっているのを自覚した。

 

「ど、どうしたんだオルコット。夜に男の部屋に来るのは非常識じゃないか?」

「その言い草は失礼ではなくて? 招き入れたのは織斑さんでしょう?」

 

 千冬姉と勘違いしてたんだと言っても、今更だろう。

 とりあえず今はセシリアをその目に映さない事だけを意識する。

 薄暗い部屋の中で、こんな格好の少女が佇んでいる。ハッキリ言って目の毒である。

 開き直ってしまえばそれまでなのだが、彼はそんな余裕を持てるほど女性経験豊富ではなかった。

 

──こんなことなら、電気つけて勉強していれば良かった。

 

 そんな的はずれな事を考えるほどに、一夏は動揺していた。

 そんな一夏の様子を見て、セシリアは内に秘めた思いなどおくびにも出さず笑みを浮かべる。

 

「ちょ、ちょうど良かった。今ISの勉強をしてたんだが、教えてくれないか?」

 

 自分でも、下手な話の逸し方なんだと思いつつも、これしか浮かばいのだからしょうがない。

 他にないかと見渡したところで、コーヒーしかないのだが。

 

「それに、さっき飲んでもらったブレンドとは違うのも用意したんだ。味見してくれないか?」

「コーヒーを頂くと、お礼をする約束のはずでは? もう渡せるお礼はわたくし自身だけになりますが」

 

 墓穴を掘った一夏は頭を抱えた。

 完全にセシリアにペースを握られてしまっている。

 どうしようかと頭を悩ませていると、セシリアがふっと笑った。

 いたずらが成功したような、そんな笑みだ。

 

「冗談ですわ。明日実技をすると言いましたが、考えてみれば織斑さんはISの動かし方すら知りませんから、予習でもしようかと」

「あー……。そうならそうと早く言え。たちの悪い冗談はよしてくれよ……お前、俺だから良かったけど他の奴なら押し倒されても文句は言えんぞ?」

「──それでも良いんですけどね……」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんでも」

 

 動揺から立ち直った一夏は、用意したコップにコーヒーを注ぐ。

 その横で、セシリアは持ってきた教科書を開いた。

 

「実技と言っても、いきなりISに乗ったところで上手く扱えません。最終的な操作は感覚に頼ることにはなりますが、操作のイメージなどある程度知っておくと参考になるかと」

「なるほど。ブレンドをする時、最後に頼るのは自分の感覚だが、その前にどんな味に仕上がるか理屈立てて考えるもんな」

「……ええ、ああ、はい。そう思って頂いて結構ですわ」

「お前ぜっったい共感してねえよな畜生」

 

 ブレンドが趣味と言ってたじゃねえかこの野郎、と一夏は思った。

 我ながら、なんともしっくり来る例えだと思ったのだが、こうも手応えがないのは切ないというかなんというか。

 

「それにしても、勉強熱心ですわね」

 

 チラリとセシリアは先程まで一夏が見ていた教科書を見る。

 自分が部屋に入った時点で彼はこの教科書を開いていた。それはつまり、ずっと勉強していた事実他ならない。

 ここまで、勤勉な人物も珍しいだろう。意識の高さだけなら、間違いなく学年トップだ。

 故に、少しだけ気になった。彼はどうしてここまで真剣に取り組むのか、と。

 

「織斑さんはどうしてここまで勉強を?」

「どうしてって……お前らが真剣に教えてくれるからだろうが。教える側が本気な以上、こっちだってそれ相応のやる気で返さないとな」

 

 違う。聞きたいのはそういった話ではない。

 もっと本質のところを聞きたいのだ。

 

「そうではなくて、どうしてISの事を学ぼうとしているのか。それが聞きたいのですわ」

「……まあ、今後の俺の人生にはISがついて回るからな。やっておいて困るもんでもないし」

「だからといっても、これは詰め込みすぎですわ。予習にとお邪魔しておいて言うのはなんですが、休息も必要かと」

 

 それは、セシリアの偽らざる本音だ。

 今の一夏は明らかに無理をしている。このままでは、いずれ潰れてしまうだろう。

 

「わかってるが、少なくとも来週末までは休めねえ。なんとか、勝負になるレベルまでには持ってかねえと」

 

 一夏は覚悟のこもった目でセシリアを見定める。

 初めて見せる彼の表情に、ほんの少し胸が跳ねた。

 

「そういうわけで、マジで明日から頼むぞ。お前しか頼れる奴は居ないんだから」

 

 対戦相手にこんな事を頼むのはなんとも滑稽だろう。

 だが、一夏にはそんな事を気にする事もしないのだが。

 

「まあ、降りかかった船ですし、わたくしもやれるだけのサポートはしますわ」

「…………」

「なんですの、そのなんとも言えない顔は」

「多分、お前が言いたいのは乗りかかった船じゃ……。降りられちゃ困るんだけど……」

 

 おそらく、自分の顔は真っ赤になっているだろうとセシリアは妙に客観的に自覚した。

 そんなセシリアの様子に一夏はこれみよがしに声を上げ腹を抱えて笑う。

 

「あ、あなたねえ! 笑いすぎですわ! 少し間違えただけじゃないですの!」

「だからって、降りかかったはねえだろ。ほんと笑える」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、一夏はヒイヒイと息も絶え絶えといった様子だ。

 一夏は久しぶりに声を上げて笑ったと思い、セシリアもそういえば久しぶりに声を張り上げたなと思った。

 少しだけ、憂鬱な気分が吹き飛んだ気がする。

 

「さて、じゃあしっかり笑ったし、勉強するか」

「ええ、そうですわね。最初はここからが良いでしょう──」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「うげ、もうこんな時間か」

 

 勉強を始めてしばらくして、一夏は固まった身体をほぐすように大きく伸びたついでに時計を見る。

 随分熱中していたようで、もはや完全に深夜と言っていい時間帯だ。

 

「おいオルコット。そろそろ帰れ。これ以上は申し訳ねえ」

「そうですわね。今日はここまでにしましょうか」

 

 とりあえず、最低限のところまでは進められたとセシリアは手応えを感じた。

 少なくとも、明日の放課後に専用機を受け取ってそのまま運用にこぎつけられるだろうと思うくらいには。

 

「ほんと、感謝してもしたりねえ。マジで助かる」

「わたくしは帰りますけど、織斑さんも勉強などせずしっかり寝て下さいね」

「ああ、本当に助かった」

 

 こちらが恐縮するくらいに、一夏はお礼の言葉を重ねる。

 なんとも律儀なことだとセシリアも呆れる。

 

「では織斑さん。また明日」

「ああ。また明日──って日付変わってるからもう今日じゃねえか」

「確かに」

「じゃあ、気をつけて帰れよ。送ってかなくて悪いな」

「お気になさらず。それではおやすみなさい」

 

 一夏の「おやすみ」という言葉を聞いて、セシリアはドアを閉める。

 廊下に出てしばらく歩いたセシリアは、ふと立ち止まるとため息をついた。

 何も起きなかった。起こせなかった。

 千冬の読んだ通り、セシリアには一夏を押し倒す覚悟も、押し倒される覚悟も出来ていなかった。

 仮に一夏が押し倒しに来たら、おそらくISを展開してでも抵抗しただろう。

 まったく、中途半端なものだと自嘲気味に笑う。

 それでも、一夏と同じ時間を共にしたのは良かったと思う。

 楽しかったのだ。セシリアは同い年の友人など、居なかったのを思い出す。

 そういう意味では、一夏はセシリアにとって初めての友人と言っても良かった。

 

(まあ、その友人をハメようとしてるんですけど)

 

 自嘲気味に笑いつつ、セシリアは自分の部屋に戻った。



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はじめまして(久しぶり)

 一夏が入学して二日目。

 今日も今日とて、ISを中心とした授業割だったが、セシリアの解説付き教科書のお蔭で、なんとか乗り切る事が出来た。

 とはいえ、今日は殆ど上の空で授業に臨んでしまっていたが。

 というのも、朝のHRで千冬より正式に伝えられたのだ。今日の放課後、専用機を渡す、と。

 一夏とて、思春期真っ只中の男だ。自分にどんなISが用意されるのか、不安もあったが、同時に楽しみにしている気持ちも存在した。

 本来は、自由解放し、申請さえあれば使用できるアリーナも、今日は一夏専用の貸し切りとなっている。

 広いアリーナと言っても、閉鎖空間であることは変わりない。未熟な彼が接触事故を起こさないようにという配慮から、今は閑散としている。

 ピットにいるのも、セシリアと当人の一夏だけだ。

 すでに一夏の専用機は運び込まれており、後は一夏の調整を待つだけた。

 と、ピットに放送が響いた。管制室にいる千冬の声だ。

 

『織斑、まずは初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)をしてもらう。やり方は分かっているな?』

「やり方もなにも、勝手にやってくれるんでしょう?」

 

 言いつつ、一夏はISに身を預ける。

 小気味よい音が響き、一夏の身体にISが装着された。

 

「装着完了、と。はじめましてだな。えーと、名前は……『白式』か。見た目は白ってか灰色だけどな。これからよろしく頼むぜ」

 

 とはいえ、一時移行(ファーストシフト)はまだ行われていないから、本来の姿ではない。

 一夏の視界の端では、初期化(フォーマット)にかかる時間が表示されている。

 それが終了し、と最適化処理(フィッティング)が終わった時、本来の姿になるのだろう。

 

『装着は問題ないようだな。一夏、ハイパーセンサーの接続は出来ているな? 気分はどうだ?』

 

 ハイパーセンサーが接続されると、人が本来は見えない背後や頭上の光景も視る事が出来る。

 極稀に、普段とは見え方が異なる視点や、情報の多さに酔ってしまう操縦者もいる。それを心配しての千冬の言葉だった。

 学校にいる時は、織斑呼びなのだが、今は心配が勝っているのだろう、本人も無意識の内に名前呼びになっていた。また、一夏もハイパーセンサーによって、僅かな声の震えも感知出来ていた。

 

「大丈夫です。今ならオルコットの制服のシワまで見えそうです」

『そうか。オルコットには身だしなみは気をつけろと言っておけ』

「なぜわたくしで判断するのか大変不本意なのですが。というかジロジロ見ないで下さい」

 

 セシリアが、身を守るように自分の体を抱く。

 別にそんなエロい目で見てたわけじゃないんだよなあ、と一夏は思った。というか、そんな風に思われてたとしたら結構ショックだ。

 

『よし。アリーナに出て飛んでみろ。今日は制限はない。自由にやっていいぞ』

「了解」

 

 と言っても、発進の仕方とか良くわからないのだが。

 助けてくれ、と一夏がセシリアに目配せすると、一夏の意図を汲んだのかセシリアが頷く。

 

「織斑先生。わたくしも、織斑さんのサポートで出てもよろしいですか?」

『良いだろう。代表候補生として、お手本を見せてやれ』

 

 どうやら、教師陣もそのつもりだったらしい。

 セシリアの提案に間髪入れず千冬が返す。

 

「では織斑さん。お先に」

 

 一瞬でISを身に纏ったセシリアは、カタパルトに自身のISをセットする。

 別に、カタパルトを使用せずとも発進させる事は可能なのだが、これも経験だ。

 後は、こちらの方が一夏は好きそうだと思ったりしたのだが──

 

「カタパルトで発進できるのか! すげえなIS!」

 

 どうやら、セシリアの予想通りのようだ。

 やはり彼も男の子と言ったところか。

 

「カタパルトを使用しての発進を希望します。よろしいですか?」

 

 とはいえ、勝手に発進することは出来ない。

 管制室には千冬が居るからやってくれるだろうとセシリアが通信をつなぐ。

 

『オルコットさん。準備は良いですか?』

「いつでも行けますわ」

 

 どうやら千冬ではなく、真耶が行うのだろう。

 普段の立ち振舞を考えると、なんだか心配になってきた。

 

『了解しました。では発進シークエンスに入ります。APUオンライン。カタパルト接続を確認──』

 

 普段とはまるで違う真耶のハキハキとした声に少なからずセシリアは少し驚く。

 一夏は、「すげえ」とテンションが上ってあまり聞いていないようだが。

 視線を路線上に戻すと、カタパルトの頭上に示されるランプが赤から緑に変わった。

 

『──進路クリア。ブルー・ティアーズ、発進どうぞ』

「セシリア・オルコット。ブルー・ティアーズ、出ますわ」

 

 瞬間、カタパルトがセシリアを勢いよく打ち出す。あまりの速さに一夏は言葉を失う。

 次は自分の番だ。

 高揚感とも緊張感とも似つかぬ感情が一夏を包む。

 乾いた唇を軽く舐めると、カタパルトに向かって歩き出す。

 もっとも、彼女と違ってその動きはなんとも不格好なものだったが。

 

『織斑くん。行けますか?』

 

 声だけで、真耶の不安な気持ちが伝わってくる。

 せめてそれを悟らせない努力をしてほしかった。

 

(それとも、ハイパーセンサーが拾ってるのか?)

 

 だとしたら、無駄な高性能な機能に少しだけ恨む。

 と、真耶に変わって今度は千冬の声が聞こえた。

 

『一夏。ISにはシールドエネルギーがある。墜落しても、何しても基本は守ってくれる。心配するな』

 

 それは知っている。知っているのだが、衝撃は殺してくれない事も知っている。

 とはいえ、尻込みしてやらないわけにもいかない。ぶっちゃけ、どうしても嫌だったらカタパルトを使わなくても良いのだが、この時の一夏は完全に失念していた。

 

『カタパルト、接続。進路クリア。白式、発進どうぞ』

 

 真耶のコールが聞こえた。

 瞬間、間髪入れず一夏が応えた。もはや、ヤケクソの境地だった。

 

「織斑一夏。白式、行きます!」

 

 その瞬間、千冬の忠告が最後に聞こえた。

 

『飛び出したら、PICを使用するのを忘れるなよ。忘れたら、地面に真っ逆様だからな』

 

 カタパルトが機体を勢いよく押し出す。

 千冬に言われていたにもかかわらず、急速に近づいてくる地面に一夏は一瞬戸惑う。

 

「……うっ……!」

 

 千冬に、PICを使えと言われた事を墜落直前で思い出した一夏はなんとか機体の制動をかけようとする。

 それでも、そもそもPICのかけ方など知らない一夏は着地に失敗し、アリーナに大きな穴をあけた。

 

(あー……格好悪ぃ……)

 

 これが、週末ぶっつけ本番じゃなくてよかったと心底思った。

 なんとか起き上がって上空を見上げると、セシリアが楽しそうにこちらを見下ろしていた。

 

「織斑さん。大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるか? 既に心が折れそうなんだが」

「その様子なら大丈夫ですわね。とりあえず、こちらまで上がってきたら如何でしょうか」

「ああ、そうするよ」

 

 確か、飛ぶ時は『前方に角錐を展開させるイメージ』だったなと一夏はイメージする。

 しかし、早速つまずいた。角錐を前方に展開させるなんて考えたことも無かったからだ。

 

(つーか角錐をイメージしたことある奴なんて絶対いないだろ)

 

 そんな一夏を見かねたのか、セシリアから通信が再び届く。

 

「昨夜も申し上げましたが、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索するほうが建設的でしてよ」

「そうなんだが……。まず空を飛ぶってイメージが沸かないんだが」

 

 偽らざる本音を一夏が言ってやると、セシリアはやれやれと肩をすくめると、一夏に向かって急降下してきた。

 一夏が激突すると思った直後、制動をかけ、地表ギリギリで停止する。

 自分と比べると──当たり前だが──遥かに上手な急停止に思わず感嘆の息が漏れる。

 と、一夏がセシリアの動きに感心していると、その手をセシリアが掴んだ。

 

「お、おい。どうした」

「アレコレ頭で考えるよりも、空を飛ぶ感覚を培ったほうが良いかと思いまして。既に理屈は頭に入っているのですから、後は身体が覚えれば良いだけの話ですので」

 

 言うやいなや、一夏の返事をまたずに急上昇する。

 しばらく上昇すると、セシリアは動きを止めた。

 

「一夏さん。PICの説明は今更必要ないですわね? どうやってISが浮くかの説明になりますが」

「ああ、パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。慣性を中和して、無重力状態を作ったりしてるんだろ? 場合によっては、空気抵抗を減らしたり」

「正解。よく覚えてらっしゃいますわね。昨夜教えた内容の筈ですのに」

「おう。徹夜で勉強したからな。昨日教えてもらった内容は完璧だ」

 

 自慢気に言ってやると、なぜかセシリアにジト目を向けられている事に気づく。

 

「へえ、徹夜で勉強、ですか……。わたくしは昨夜、『勉強などせずしっかり寝て下さいね』と言ったはずですが」

「あ……。その、不安で寝れなくてつい……。その、あれだ、すまん……」

「まあ、もうそれは良いです。今日はしっかり寝て下さいね。睡眠不足では集中できず、結果効率が悪くなりますから」

「わかった。わかったから。PICの続きをしてくれ」

 

 最後に、もう一度をジト目を送ってから、セシリアは咳払いを一つする。

 

「要は、無重力空間で自分が浮いている姿をイメージすればよいのです。そうすれば飛ぶことは難しくとも、その場に留まる事は容易いはずですわ」

「いや、宇宙に行ったこともないんだし、無重力なんてイメージ出来ない──」

 

 と、そこまで言いかけて一夏はひらめく。

 なにも本物の無重力じゃなくても良いことに。

 無重力に似た感じであれば良いのだ。だとしたら、一夏の身近にも似たような物がある。

 

「──水中だ。プールとか、海とか。何だったら風呂でも良い。あれだって身体は浮いている感じはする」

「ご明察。言ったでしょう? イメージは所詮、イメージだと。動かせるのであれば、どんなイメージをしても問題ありませんわ」

「それなら、やれる。俺にもイメージできる」

 

 目をつぶってイメージする。

 海で、力を抜いて浮かぶイメージ。

 すると、不思議なもので、あれほど地面に引き寄せられていたISがふわりと浮いた。

 

「浮いた……!」

 

 目を開き、ガッツポーズする。

 なんとか、初歩の初歩もいいところだが、スタートラインに立った気がする。

 と、その瞬間だった。

 ウインドウが立ち上がり、初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)が終了した旨が現れ、『確認ボタンを押して下さい』と指示が浮かんだ。

 促されるがままに、確認ボタンを押すと、変化は劇的だった。

 光に包まれると、どこか灰色だった装甲は純白になる。スラスターや、どこか不格好だった各部の装甲が一新された。

 何より、先程までのどこかぎこちない感じ。見えない糸に縛られていたように動かしにくかった機体はまるで身体の一部かのように馴染む感覚。

 

「これが白式。……ふふっ。名前通りの白いISになりましたわね」

「ああ、そうだな。もしかして、俺が灰色とか言った影響かもな」

「ところで織斑さん。武装の確認はされましたか? 敵に手の内を明かすのは気が進まないかもしれませんが、どういった武装があるかによって、今後の指導が変わりますので教えていただけると助かります」

「ん、ああ。別に問題ない。隠して自己練するより、お前に教えてもらった方がいいしな」

 

 一夏が頭で『装備を見せてくれ』と問うと、白式がすぐさまに応えた。

 眼前に、装備一覧が現れた。……近接ブレード一本を一覧というのは語弊がある気もするが。

 なんだこれだけかと、装備の名前を見た瞬間、息が詰まるような感覚が一夏を襲った。

 

「これだけ、ですか? 武装名は……雪片弐型。雪片ってたしか──」

 

 織斑先生の使っていた装備では、とセシリアが問おうと一夏の方を向いた瞬間、セシリアの動きが止まった。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 そこには、明らかに異常をきたしている一夏の姿があった。

 息が上がり、汗も尋常じゃなくかいている。

 

「織斑さん!? どうしました!? 大丈夫ですか!?」

「だい、じょうぶだ。だいじょうぶ、おれはだいじょうぶだから」

 

 そんな訳がない。

 どう見たって大丈夫には見えない。

 

『オルコット! 一夏を連れてピットに戻れ!』

 

 事態に気付いたのか、千冬からの通信が入る。

 よくわからないが、異常事態なのはセシリアにもわかる。

 なぜこうなったかも気になるが、今は一夏をピットに連れて帰る事が重要だ。

 

「織斑さん、お気を確かに。一旦ピットに戻りますわよ」

「だいじょうぶだから。おれはだいじょうぶだからつづきを」

 

 うわ言のように大丈夫と繰り返す一夏。

 もはや、目の焦点もあってない。

 

(ハイパーセンサーに酔った? いや、だとしたらもっと早く異変を訴えるはず)

 

 だが、一夏はここまでなんの異変も示していなかった。

 ならば、どこでおかしくなった。

 

(おかしくなったのは、武装を見てから。雪片という名前に気付いてから……?)

 

 きっかけといえば、これくらいしか浮かばない。

 だが、なぜここまで狼狽えるのかはわからない。

 とにかく、後で聞くしかない。今は一刻も早く一夏をピットに戻す事に集中すべきだ。

 セシリアは思考を打ち切ると、一夏を抱いてピットに機体を進めた。




発信シークエンスってかっこいいですよね。
自分はSEEDの一連の流れが一番好きです。


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どうでもいいことと、どうでもよくないこと

「一夏! 大丈夫か!?」

「ちふゆ、ねえ」

 

 セシリアが一夏を引っ張り、ピットに戻ると千冬が取り乱した様子で出迎える。

 今この場に、自分と真耶しか居なくて良かったとセシリアは心底感じた。

 彼女に心酔している学園の生徒がこの光景を見たら、卒倒する人も出てくるだろう。それぐらい、千冬は神格化されている。

 そんな彼女でも、唯一の肉親にはこんな顔をするのか、とセシリアは場違いな事を考えていた。

 

「ISの解除は出来るか?」

「あ、ああ。できる」

 

 時間がかかったものの、一夏は白式を解除する。

 最適化処理(フィッティング)は終了している為、白式はガントレットの形に収束した。普通、待機状態はアクセサリーの形をとることが多いのだが、一夏のは完全に防具と化していた。

 ISを解除した一夏は、そこで力を失ったかのように、グラリと身体が崩れるる。

 

「……と」

 

 倒れ込みそうになった一夏を千冬が優しく受け止める。

 そのまま、背負うようにして一夏を更衣室に連れて行く。

 セシリアもその後ろをついていこうとして、振り返った千冬に止められた。

 

「悪いが、お前はここまでだ。一夏の事が心配かもしれんが、私にまかせてくれ」

 

 どうして一夏がこうなってしまったかは気になるが、千冬にこう言われてしまえばセシリアとしては頷くほか無い。

 千冬に背負われている一夏は、これまで彼が見せることのない、どこか弱りきった顔をしていた。

 その表情を見てしまったセシリアは、気付かれないように二人の背中を追った。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 更衣室に足を踏み入れた千冬は、近くにあったベンチに一夏を座らせる。

 一夏は足と足との間に手を組み、頭を垂れる。

 

「ごめん千冬姉。もう大丈夫だから、戻って続きを──」

「駄目に決まってるだろう。馬鹿者が」

 

 後頭部に軽いチョップをお見舞いしつつ、千冬は一夏の隣に座った。

 どうやら、互いに先程よりは落ち着きを取り戻しているようだ。

 

「白式に、何があった。──いや、装備になにがあった?」

「雪片弐型。弐型ってなってるけど、間違いなく雪片だ。昔、千冬姉の使ってた刀だ」

「そうか」

 

 沈黙。

 静まり返った更衣室の中で、一夏は強く拳を握った。

 

「雪片の名前を見ただけで、どうしようもなく怖くなった。俺がコイツを使うと考えただけで、身がすくんだ」

「そうか」

 

 強く握った拳から血が流れる。

 それでも、一夏は握った拳を開かない。

 

「これは千冬姉の物だ。千冬姉だけが使っていい物だ。俺なんかが使っちゃ駄目なんだ……!」

 

 ──千冬姉の名誉を傷付けた俺が、どの面下げて使えばいいんだ……!

 

 そう絞り出した一夏の頭に、千冬が手を乗せた。

 彼の頭を撫でながら、優しい声音で彼女はささやく。

 

「別に、気にしなくていいと言っただろう? 私にとっては、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号よりも、お前の事の方がよほど大事なんだ」

「でも、俺を……俺なんかのせいで千冬姉は優勝を逃したんだ……!」

 

 ISの世界大会、モンド・グロッソ。

 その第二回大会の決勝戦で起きた事件。織斑一夏の誘拐と、一夏の救出を優先したがゆえの千冬の不戦敗。

 もっとも、一般人にはこの事件は知らされていない。

 だから、一夏に対して千冬の二連覇を邪魔したとは非難を浴びることは無かった。

 幸い、千冬は伝説的なIS乗りとして崇拝の域まで達している。表立って非難を浴びせる人は居なかった。

 だが、一夏は今でも覚えている。コンビニに立ち寄って、表紙に千冬の名前が書いてあったからどんな記事なのか気になって手にとった週刊誌に踊っていた文字を。

 

『織斑千冬は日本の期待を背負っていながら決勝を棄権』

『棄権理由は公表せず、逃げるように現役引退。そしてドイツへ国外逃亡』

 

 ──思わず、週刊誌を破きそうになった。

 ──大声で叫んでやりたかった。千冬姉は逃げたわけじゃないと。

 

 だが、出来なかった。

 やろうと思えばやれた。だが、やれなかった。

 怖かったのだ。事実を知った千冬の信奉者達は、自分に非難を浴びせることだろう。

 だから、一夏は黙ったままだった。事実を知っていながら、千冬の名誉を取り返す手段を持ってながら、自己保身に走ったのだ。

 

「だから、二度ともう千冬姉の名誉は汚させやしないと。……どうしたってみんなは俺のことを千冬姉の弟って目で見てくる。だから千冬姉の弟なのにって言われないようにISの事もしっかり勉強しようって決めた」

 

 それが、一夏がISを懸命に取り組む理由だった。

 クラスメートのように、志を持って学ぶわけでもない。

 セシリアのように、誇りを胸に使うわけでもない。

 

「だけど、やっぱこの刀は使えねえよ。俺には使う資格なんてねえよ……」

 

 一夏の言っていることは、ハッキリ言って支離滅裂で滅茶苦茶だ。

 週刊誌で書かれている内容など、ほとんどの人間が気にしてなどいない。

 なにより、千冬自身が気にもとめてないのだ。もっとも、言っても伝わらないから千冬も苦悩しているのだが。

 

「お前がそう思うならそうすればいい。武器だって載せ替えればいいだけだしな」

「ごめん、千冬姉の武器をいらないなんて言って」

「良いんだ。お前が使いたくないのなら別に。お前は、お前だ。そして、私は私だ」

 

 優しく抱きしめると、千冬は立ち上がる。

 

「今日はもう帰って休め。オルコットとの話を聞いたが、徹夜明けなんだろう?」

「あ、ああ。わかったよ」

「後で専用機の規則について資料を持っていく。部屋にはいろよ? ……ああ、それと白式を貸してくれ。色々調べることがある」

 

 一夏が頷くのを確認した千冬は、白式を受け取り更衣室を出る。

 更衣室の扉が閉まるのを確認してから千冬は扉の横に佇んでいたセシリアに声をかけた。

 

「盗聴とは、さすがイギリス生まれだな。もっとも、撤退のタイミングを逸しているようでは落第も良いところだが」

「はい、すみません……」

「まあ良い。お前も今日は上がれ」

「はい……」

「それと、盗み聞きの罰だ。夕食後、私の部屋に来い」

 

 ──まったく、手のかかる生徒が多いことだ。

 

 声には出さず、呟くと千冬はピットを去る。

 残された一夏とセシリアは、しばらく虚空を見続けていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「お、ちゃんと来たな。感心感心」

「ご命令ですから」

「それもそうか。──まあ、座れ」

 

 夕食後、セシリアは千冬との約束通り千冬の部屋に来ていた。

 千冬は普段のスーツ姿ではなく、ジャージ姿とラフな格好だ。

 ……千冬の対面に座ると、机の上には缶ビールが置いてあったりした。

 セシリアの視線に気付いたのか、千冬はニヤリと笑ってみせると、缶を持って一言。

 

「どうだ? お前もやるか?」

 

 実は、イギリスではお酒に関する法律は緩かったりする。

 18歳以上なら問答無用で飲め、保護者同伴であれば16歳からレストランで飲め、家であれば5歳から飲める。

 まあ親族がいないセシリアにとっては関係のない話ではある。

 まあ、苦しい言い訳だが、寮を自宅と想定しオルコット家当主として独立した個人とすれば飲めるんじゃないかとも思うが。

 とはいえ、アルコール類に興味はない。千冬の提案に首を横に振る。

 

「結構ですわ」

「む、つまらん奴め。だとしたら、他に出せるのは一夏の淹れたコーヒーとお茶くらいか」

「では織斑さんのコーヒーで」

「即答か」

 

 くっくと笑いながら、千冬はカップにコーヒーを注ぎセシリアに差し出す。

 カップを受け取った彼女は、一口すする。……苦い。おそらく、水出しコーヒーではない。

 

「私専用ブレンドだ。苦いだろう?」

 

 どこか自慢げな表情の千冬を見て、この人も姉なんだと思わされた。

 と、一息で残ったビールを飲み干すと、冷蔵庫から新しい缶を取り出す。

 

「さて、本題と行くか。……オルコット、お前いつから聞いていた?」

「えっと……その……すみません。最初から……」

「だろうな……」

 

 ふう、と千冬が一つ息を吐く。

 

「昨日から、気にはなっていました。織斑先生の弟にもかかわらず、ISに関することは不思議なほど知らない。──なんてことはない。彼自身がこれまでISに触れないようにしてたのですね」

「ああ。私は最初、誘拐されたトラウマだと思っていたんだがな。……まさか、私へのバッシングがトラウマになっていたとは、夢にも思わなかったよ」

 

 意味がわからない、と言い切るのは簡単だ。

 だが、トラウマとは得てしてそういう物だ。どんなに他人にとってどうでも良いことでも、本人にとっては何よりも大切な事だという事もある。

 一夏にとっては、自分が誘拐されたことよりも、姉の名誉を傷付けた方が辛かったのだろう。

 

「織斑さんは、織斑先生の事が大好きなんですね。そして尊敬してらっしゃる」

「さあ、な」

 

 千冬の頬が赤く染まっているのは、アルコールの影響か、照れているのか。

 おそらく彼女は前者と言い張るのだろう。

 

「まあでも、なにも無理に雪片を使わなくていいではありませんか。基本装備が刀一振りだけなら拡張領域(バススロット)はまだ余裕があるでしょうし」

 

 基本的に、ISは復数の装備を後付で載せる事が出来る。

 事実、セシリアの使っているブルー・ティアーズは基本兵装の他に、レーザーライフルとショートブレードが後付で搭載されていた。

 そういうわけで、一夏の白式にもまだ空きがあると思ったのだが──そこで、千冬が苦い顔をしているのに気付く。

 

「そうだったら良かったんだがな。あいつのISには拡張領域(バススロット)の空きがもうない」

「……は?」

 

 思わず、呆けた声を出してしまったが、無理もない。

 たった一振り。たった一振りの刀だけで拡張領域(バススロット)が一杯になるはずがない。

 

「こちらとしても前代未聞の事で驚いているんだがな……。信じられるか? あいつのISは既に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が発現している」

「まさか……単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)二次移行(セカンドシフト)からでしか発現しないはずでは? いや、それすら発現しない方が多い筈ですのに。一次移行(ファーストシフト)で、もうですか?」

「嘘だと思いたいが、事実だ。それもよりにもよって発現したのは零落白夜だ」

 

 まさか、ここまで似るとは。

 零落白夜、それも千冬がかつて使っていた力だ。

 

「雪片でさえ、あの状態だ。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)も私と同じだと知れば……」

 

 その先は、千冬が言わなくてもセシリアにもわかってしまった。

 しかし、どうすれば良いのかはわからない。

 専用機を使わないという選択肢もない。最悪の場合は素手で戦う可能性もあった。

 

「このまま使えないという事になれば……」

「その場合は、打鉄の近接ブレードを使わせる。使用許諾(アンロック)して手持ちで戦ってもらう」

 

 こともなげに言っているが、それは大きなハンデだった。

 通常の武器なら、手から離れても量子化して、再び展開すれば良い。だが、使用許諾(アンロック)されただけの武器ではなにかの拍子に手から離れてしまえばその瞬間、一夏は戦う力を喪う。

 しかし、それしか手がないのも事実だった。

 

「厳しい戦いになりますわね……」

「だが、あいつが雪片を使えない以上それしかあるまい」

 

 飲み干した二本目の缶を千冬がグシャリと握りつぶす。

 ゴミ箱に放り投げ、流れる動作で三本目の缶を取り出しフタをを空けた。

 

「で、お前昨日はどうだったんだ?」

「あー……」

「その様子だと何事も無かったようだな」

 

 ニヤリと笑ったかと思うと、千冬は急に真面目な表情を見せた。

 

「……お前の事はある程度調べがついている。その年で大分……いや、かなり苦労しているじゃないか」

 

 千冬の声音には、同情心だけではない。まるで、自分も似たような経験をしていたかのような、そんな感情が込められてるような気がした。

 まあ、特に隠しているわけではないから、すぐにわかることだろうとセシリアとしても想定していたが。

 織斑姉弟は捨て子だ。そのくらいのことはイギリス政府の調べがついている。おそらく千冬はそうした姿を自分と照らし合わせたのだろう。

 

「ご心配、痛み入りますわ」

「まあ、私が護るべき存在は一夏だけだったからな。護るものが多かったお前の方が大変だったとは思うがな」

 

 千冬は何が言いたいのだろうか。

 まさか、ただ同情しているわけではあるまい。

 考えられることとすれば、一夏に近づくなということくらいしかない。

 

「なにが、おっしゃりたいのですか? 織斑さんにはもう近づくな、そう言いたいのですか?」

「お前が、完璧な国の犬だったとしたら、そう言ったかもしれないな。だが、お前はそこまで国に忠誠を誓っていないだろう?」

「それは……」

 

 見抜かれていた。

 確かに、セシリアはイギリスという国にそこまでの愛着はない。

 それでも、周りには愛国者だという印象を持たれていると思っていた。そういう印象を持たれるように振る舞ってきていた。

 あくまでも、親が残してくれた資産を護るための手段としてしか見ていなかった。

 そういった思いを千冬は見抜いたというのか。さすが、引退したとはいえ世界最強(ブリュンヒルデ)としての観察力は錆びていないということか。

 

「なら、お前に一夏を任せても問題はないさ。器量良しの常識人家事は……お嬢様だから期待はできないが。なに、心配するな。それは一夏が上手いことやるだろうさ」

「織斑先生酔ってますね。絶対酔ってますわね」

 

 そういえば、本国の整備担当にも同じことを言われたような気がする。

 というか、本来ハニトラを阻止するべきこの人が、とめるどころかむしろ推奨している。この状況にセシリアは割とテンパっていた。

 

「一夏の何が不満なんだ。見た目も良いし、家事も出来て料理も美味い。食後のコーヒーは言わずもがな、風呂上がりにはマッサージもついてくる。こんな良い物件中々ないぞ?」

「わかりましたから。わかりましたから、今日はもうお開きにしましょう」

 

 なんというか。これ以上は千冬を見る目が変わってしまう。

 これが、世界のIS乗りが尊敬しているIS操縦者なのか。

 これが、自分がこれまで尊敬していたIS操縦者なのか。

 もう手遅れのような気がするが、セシリアは逃げるように千冬の部屋を飛び出て後手で扉を閉めた。

 

「──何してんだお前。そこは千冬姉の部屋だろ」

 

 と、不思議そうな顔で一夏がこちらを見ていたのに気付いた。

 あなたの過去を聞かされていました。──なんて言えないセシリアは話題を逸らした。

 

「そういう織斑さんこそ。こんな時間にどうされたんですか?」

「千冬姉が後から部屋になんか届けに来るとか言ってたから待ってんのに、いつまでたっても来ないからな。だったらこっちから出向いてやろうと」

 

 そういえば、盗み聞きしていた時、千冬がそんな事を言っていたな、とセシリアは思い出す。

 まさか忘れてたのかと、セシリアの千冬評価がグングンと下がっていくのを感じた。

 とにかく、今の千冬に会わせるのはなんとなく嫌な予感がした。なんか、一夏にも「オルコットはいい女だぞ」とか言い出しかねない。

 

「今日専用機の取り扱いルールを渡すと徹夜すると思ったのでしょう。ここはお姉さまのご厚意に甘えるべきでは?」

 

 そんなセシリアにセリフに、一夏は眉をひそめた。

 そして、彼女も気付いた。自分が結構な失言をしたことに。

 

「なんでお前が持ってくる中身を知ってるんだ?」

 

 一夏の疑問は当然だ。

 更衣室の会話を知るものじゃないと、答えなんてわからないのだから。

 

「お前、さては話を聞いてたな?」

「……はい。申し訳ありません」

 

 素直にセシリアが頭を下げると、一夏はしばらく彼女をみて、息を一つ吐いた。

 

「……まあ、いいか。俺がお前の立場でも気になっただろうし」

 

 セシリアに背を向け、一夏が歩き出す。

 顔だけ傾けつつ、彼は続けた。

 

「盗み聞きした罰だ。ちょっと付き合え」

 

 偶然にも、一夏がセシリアにかけた言葉は千冬と同じだった。



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夜語り

もの凄くお久しぶりです。
仕事が忙しすぎまして、すっかり間が空いてしまいました。
具体的に言えば海外に飛んでいました。


「まあ、適当に座れや」

「はあ、どうも」

「そんな緊張すんなよ。別に取って食おうってわけじゃねえし」

 

 なんて笑いながら一夏はセシリアに座るように促す。

 とりあえず、使って無さそうな方のベッドを選んでセシリアが腰を下ろすと、一夏がカップを差し出す。

 差し出されたカップの中には当然と言わんばかりに黒色の液体が入っている。

 

「……これ、織斑先生専用ブレンドでは?」

「そんな顔すんなよ。ミルクは用意してあるからさ」

 

 セシリアの妙に警戒した表情と言葉に一夏は苦笑いを浮かべながら、冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 千冬が持って来た豆ではブレンドも制限されるのか、一夏は諦めにも似た表情を浮かべている。

 廊下でも思ったが、大分落ち着いているなとセシリアはぼんやりと感じた。

 

「ミルク多めでいいか?」

 

 セシリアが頷いたのを見て、一夏がミルクを注ぐ。

 宣言していたとおり、ミルクの量は多い。ざっとミルク1に対してコーヒー2くらいの割合か。

 出されたコーヒーを口にすると、千冬の部屋で飲んだ時よりは飲みやすかった。……もはや、コーヒーの風味はあまりわからないほどにミルクが強調されているが。

 

「今日の分のお礼な。まあ、俺のせいで中止になったわけだが」

 

 なんでも無いような感じでサラリと言ったのが、セシリアとしては意外だった。

 まさか、一夏の方からその話題に触れてくるとは思っていなかったのだ。

 もっとも、既に話を聞かれているからが故に開き直っている可能性もあるが。

 

「せっかくお前にも色々教えてもらったのに悪かったな」

「いえ、そんな」

「つーかどうしような。武装」

 

 こうやって気丈に振る舞う一夏を見て、セシリアの胸が苦しくなる。

 一番辛いのは彼だろうに、そんな素振りは見せない。

 

「そうですわね。雪片を使うのは無理なのでしょう?」

「無理というか、嫌だな。俺には使う資格はない」

 

 無理(・・)ではなく、()ときたか。

 そんな事はない、と言ったところで、彼を翻意させるのは不可能なのはセシリアもわかっている。

 となると、やはり千冬の言っていた方法しかないだろう。

 そう思いセシリアが口を開こうとすると、それよりも早く一夏が妙に得意げに語りだした。

 

「調べたけど、ISには後付で武器を載せられるみたいだしな。他に使えそうなものでどうにかやるさ。──ってなになんとも言えない顔してやがる」

「……たった今、織斑先生とその話をして来ましてね。どうやら織斑さんの機体では、そのご要望には沿えないようでして」

「要望……機体だけに期待がかかってるわけだな」

「は?」

「そんな怖い顔しなくてもいいじゃん……」

 

 真面目な話をしているかと思えば、急になんの話をしているのかとセシリアがジト目を向ける。

 気まずげな表情の一夏をよそに、セシリアは気を取り直し口を開く。

 

「白式には拡張領域(バススロット)がもう空いていないそうでして。他の武器を使うなら、使用許諾(アンロック)された武器を手で持ち込むしか無いですわね」

 

 そう言うと、一夏はマジかよ、と頬を引きつらせる。

 無理もない、とセシリアも思うが。

 兎にも角にも、一夏の白式は想定外も良いところなのだ。武器は刀一本だけ。本来は発現するはずのない単一仕様能力(ワンオフアビリティ)が既にあったり、逆に単一仕様能力(ワンオフアビリティ)のせいで拡張領域(バススロット)が埋まっていたり。

 ハッキリ言って、初心者に使わせる機体ではない。もっとも、ベテランでもこの機体に乗るのには抵抗があるだろう。

 おそらく、千冬くらいしか真価を発揮させる事は出来ないんじゃないかとも思う。

 

「となると、適当なブレードを持ってくしか無いか。銃とかもやろうと思えば持ってけるか?」

「持っていこうと思えばやれますけど、弾薬も手持ちになりますのでやめたほうが賢明ですわね」

 

 織斑先生も同じ考えでしたわ、とセシリアは付け加える。

 銃火器の類も持ち込めるは持ち込めるが、マガジン類も手持ちだ。まあ、白式にマガジンをくくりつけても良いのだが、そこまでして銃にこだわるメリットはない。

 これは一夏とセシリアは知らないことだが、火器管制系のシステムが白式にない以上、銃の取り扱いは一夏の射撃センス次第だ。

 けれど、ISバトルは止まっている状態で止まっている的を撃つのではない。

 自身も高速で動きながら、同じく高速で動く的に当てねばならないのだ。

 これまで一般人だった一夏に高機動戦闘中に射撃なぞ出来るはずもない。

 しばし、二人の間には沈黙が落ちた。が、一夏が口を開く。

 

「……って俺はこんな話をするためにお前を呼んだわけじゃねえ」

 

 コーヒーを一口すすると、一夏は居住まいを正してセシリアに向き直る。

 普段の軽快な彼とは違い、どこか口にするのを躊躇うような、悩ましい表情だ。

 

「ちょびっとだけお前の事を調べてみたんだが、なかなか波乱万丈な人生を過ごしているようじゃないか」

 

 姉弟揃って同じことを言うものだ。

 ちょうど今さっき、千冬に同じことを言われたのを思い出し、セシリアは苦笑いを浮かべた。

 と、そんなセシリアの笑みを勘違いしたのか、一夏の表情が歪んだ。

 

「……悪い。いきなりするような話じゃなかったな」

「あ、いえ、気分を害したとかそういうわけではなくてですね。先程、織斑先生も同じことをおっしゃってましたので、姉弟揃って同じことを言うのだと思っただけですわ」

「千冬姉が?」

「はい」

 

 セシリアが頷くのを見て、一夏はさっきはその話をしてたのかと呟き髪の毛をガシガシと掻きむしる。

 

「なんだか知らねえけど、千冬姉はお前の事を気に入っているみたいだな」

「そうでしょうか」

「間違いねえよ。じゃなかったら自分から他人にそういう話はしねえ」

 

 ここで、千冬に『一夏の嫁にどうだ?』と言われた事を伝えたらどういう反応をするだろうか。

 なんて事をセシリアが考えていると一夏が言いにくそうに口を開く。

 

「なあ、俺の勘違いだったらいいんだが、お前俺に対して過剰に関わってきてないか?」

 

 む、とセシリアが小さく唸る。

 一夏は割合、鋭い部類の人間に配分されることはセシリアもこの二日間を見てなんとなく察していた。

 とはいえ、ここまで早く感付かれるのは想定外だったが。

 

「ここまで面倒見てくれてるんだ、俺に惚れてるか、国からの命令かのどっちか以外に考えられねえよ」

「む……」

 

 やはり、そういった結論に行き着くか。

 たしかに、答えはその二つのどちらかにしかならないだろう。

 

「ええ、そのとおりですわ。織斑さんの考えで合っています。まあ、両方ではなく、片方だけですが」

「片方って言うとやっぱ俺に惚れたのか……」

「わざと言ってますわよね、それ」

「言っておくが、俺って結構モテるんだぞ。中学の頃は『付き合って下さい』なんてお誘いがもう頻繁に舞い込んでだな」

「買い物とかにって事では……?」

「…………」

 

 セシリアの言葉が図星だったのか、一夏は黙り込んでしまった。

 一夏のその態度にセシリアはやれやれと首を振る。

 そんなセシリアの対応に思うところがあったのか、一夏が食ってかかる。

 

「だったらお前はどうなんだよ。彼氏の一人でもいた事あるのかよ」

「わたくしですか?」

 

 思わずと言った感じにセシリアの口から素っ頓狂な声が漏れる。

 

「うーん。まあ、言い寄ってくる男性の方はいらっしゃいましたが……」

「いましたが……?」

「別にそういった事に興味ありませんし、やんわりと断ってましたわ」

 

 イギリスでの日々を思い出しながら、セシリアは一夏の質問に答える。

 そもそも、純粋な好意だけを持って近づいてくれた男性はいない。

 誰も彼もセシリア個人というよりは、オルコット家の財産を狙っていたように思う。

 

「……つーかそういう事に興味ないって、お前実は女が好きだったり……?」

「は?」

「その顔マジでやめて。すげー怖いから」

 

 冷や汗を流さんばかりの一夏の様子に、そんなに怖い顔をしていたかしらとセシリアは首をかしげた。

 

「自覚がないっぽいから言っておくけど、ぶっちゃけ千冬姉が怒った時と大差ないと思う……」

「そんなに……?」

 

 そこまで怖くないと思いたいのだが。

 とはいえ、ずっと姉を見続けてきた一夏が言うのなら、そうなのかもしれない。

 

「まーた話が逸れた。お前と話すとなんでこうも脱線を繰り返すんだ」

「わたくしのせいとでも言いたげですわね」

 

 どちらかと言えば、原因は一夏の方な気もするが。

 そんなセシリアの非難がましい視線を一夏はわざとらしく避ける。

 

「ってお前さりげにお国の命令ってバラしてるけどいいのかよ」

「あ……」

「俺が言うのもなんだけど、俺に惚れといた事にしといた方が良かったんじゃ……」

「ああ……」

 

 どこの世界に「私は政府に命令されてあなたに過剰に関わっています」と対象に言う者がいるのだ。

 ついうっかり口を滑らせたが、まさに馬鹿だろう。

 我ながら、気が緩んでいたのかしらとセシリアは頭を振った。

 

「……まあ、遅かれ早かれでしょうし」

 

 そうセシリアが小さく呟くと、一夏が小さくため息を吐いた。

 

「やっぱそうだったんだな。いや、まあ、お前は代表候補生だしそれも当然っちゃ当然か」

「すみません……」

 

 セシリアが大人しく頭を下げると、一夏が苦虫を潰したような表情を浮かべた。

 ハニートラップを仕掛けようとしてましたと告白したのだから、この反応も無理はない。

 セシリアは自分を避難する言葉が出てくるだろうと思ったが、一夏の口から出た言葉はそうではなかった。

 

「急にしおらしくなるんじゃあないっ。どうせだったらもっとふてぶてしくしてろって」

「ふてぶてしくって……」

「こっちは怒りたいのにそうやってしおらしくされてみろ。怒るに怒れないだろうがっ。俺はしょげてる女を怒る趣味はないんだよっ」

「……それって逆に言えばしょげてなければ怒るという事では?」

 

 恐る恐るセシリアは思ったことを口にした。

 

「当たり前だろ! こっちはなあ、お前が意外と話しやすいし、色々面倒見てくれるしでなあ……結構信頼してたんだぞ。そんな相手にこんな事を言われたらそりゃ怒りたくもなるだろうが」

 

 一夏が怒りを持つのは無理もないとセシリアも思う。

 それよりも、信頼していたという言葉を嬉しく思う自分自身に驚いた。

 まさか、男嫌いの自分がこんな気持になるとは。

 セシリアが自虐的な笑みを浮かべると、一夏が訝しげな表情を浮かべた。

 

「何笑ってやがる。まさか俺に怒られなくて良かったとか思ってるのか」

「いえ、そんなつもりでは。……というか今も結構怒っておられるのでは?」

「ほーう。よくもそんな口を叩けたな」

 

 にやっと笑う一夏に、セシリアは一夏は優しい人だとぼんやりと思った。

 明らかに、ハニトラの話を逸らそうとしてる。罪悪感を抱かせないようにと気を使ってくれているのだ。

 

「先程の言葉は訂正した方がよろしいかもしれませんわね」

「あん? なんだよ急に」

「いえ、そちらではなく、モテないと否定したことですわね。……あなたは年齢を問わず女性を惹きつける才能がおありのようですわね」

「……自分で言っといてアレなんだけど、俺はそこまで上等な男じゃないんだが」

「ふふっ。ではそういう事にしておきましょうか」

 

 妙に否定してコーヒーを啜る一夏が微笑ましい。やはり、彼の自己評価はすこぶる低いようだ。

 もっとも、ハニトラをかけようとしていた自分が褒めても、素直に信じるほうがおかしいかもしれないが。

 

「……っともうこんな時間か。呼びつけて悪かったな」

「ああ、いえ。お気になさらず」

 

 時計をみると、話し込んでいたのか結構な時間が経っていた。

 そういえば昨日も夜遅くまでこの部屋にいたなとセシリアはぼんやりと思った。

 下手したら自分の部屋にいる時間よりも長い時間をここで過ごしている気すらもする。そして、その予想はあながち間違ってもないだろう。

 

「どうせだったら泊まってくか?」

 

 ふと、真剣な表情を浮かべながら、一夏がこんな事を言ってきた。

 何故か、一夏のまっすぐな視線に射抜かれセシリアの胸は一瞬ドキッと高鳴った。

 が、すぐさま不敵な笑みを浮かべた一夏がニヤリと笑った。

 

「──なんてな。俺も今日は疲れたからさっさと寝るし。ほら、さっさと帰った帰った」

 

 手でしっしという風にする一夏を見て、セシリアにも少しだけ意地悪をしたいような気持ちになった。

 枕を抱き寄せて、一夏を上目遣いで見る。

 

「今夜は帰りたくない気分ですわ……」

 

 かすれるような声で漏らすと、一夏の眉がピクッと動いた。

 

「お前な、そんな言葉と仕草どこで覚えてきたんだよ。……アレか。そういうのも仕込まれてきたのか?」

「仕込まれてませんっ!」

「急にでかい声出すなよっ。つーか枕投げんじゃねえ」

 

 思わずセシリアが枕を投げつけると、一夏が慌てた様にキャッチする。

 その後も「コーヒーが溢れるところだった」などの文句をひとしきり言うと、頬を指で書きながら声のトーンをお落とし、口を開く。

 

「……そうやって挑発するのはやめてくれ。お前みたいな奴に本気で迫られたら我慢できる気がしねえ」

「……は?」

 

 一夏の言っていることが理解できなかったセシリアが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。

 いや、言っていることはわかるのだが、彼の口からそういう言葉が出てきたのに事実に驚いたのだ。

 

「だ・か・ら。お前みたいな美人にそんな事言われて我慢できるほど俺は人間が出来ちゃいねえの」

「はあ……」

「本当にわかってるのかお前? そういえば昨日もそうだったな。あんな格好で男の部屋に来るんじゃない。マジで焦ったんだからな」

 

 つまり、一夏の言葉を要約すると「あんまり俺を煽ると襲っちまうぞ」と言ったところか。

 途端、そこまで思い至ったセシリアの顔が真っ赤に染まった。

 一夏の方を見ても、あちらも同じ様に紅く染めている。

 

「恥ずかしいのなら言わなければよろしいのに……」

「……それはお互い様だろ」

 

 そう言うと一夏は枕をセシリアに投げ返す。

 

「ほら、そろそろ帰れ。毎日帰りが遅いとルームメイトも心配するぞ」

「心配というよりは、誤解されそうではありますわね」

「たしかに」

 

 互いに苦笑を交わすと、一夏が立ち上がってドアを開けた。

 ふと、昨日の言葉を思い出したセシリアが一夏を見上げる。

 

「今日は送って下さいます?」

「……本当に、これが仕込まれてないんなら恐ろしいもんだ」

「何かを投げつけられるのがご希望なら、指定していただけると助かりますわ」

「そいつは勘弁」

 

 肩をすくめた一夏はそのままセシリアを部屋から追いやると、自分も部屋から出てドアを閉めた。

 昨日は部屋の外までお見送りには来なかったことを考えると、まさか本当に送ってくれるつもりなのだろうか。

 一応確認はしておこうと、セシリアが恐る恐る声に出した。

 

「……もしかして、本当に送って下さるのでしょうか?」

「お前が送れって言ったんだろうが」

 

 ぶっきらぼうに言ってずんずん歩いていく一夏の背中を、セシリアは慌てて追いかけた。



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朝食

 翌朝、朝食の時間だ。

 一夏はトレイを片手に食堂で席を探す。

 適当な席に座っても良いのだが、なぜか生徒がこちらを探るような目つきで見てくるのだ。

 何を話しているのか聞こえないが、なにやらヒソヒソと話しているようだ。

 

「おはよう箒。ここいいか?」

「…………」

 

 とりあえず、気楽に話せそうな幼馴染の姿を見つけて声をかけたのだが、箒からは返事が返ってこなかった。

 

「おい、聞こえてんのか? つーか怒ってる? なんでまた急に怒ってやがんだ」

「別に怒ってなどいない。席なら他にもあるだろう? そちらに行ったら良いだろう」

「そりゃ他にもあるけどさあ……」

 

 周りを見渡しても、さっとこちらを見て視線を反らされてしまう。

 無理やり押しかけたところで歓迎されないだろう。

 

「じゃあ好きにさせてもらうわ」

「ああ、そうしろ」

 

 言うや否や、箒の横にトレイを置く。

 途端、迷惑そうな箒の視線が一夏を襲う。

 

「……なんで私の横に座るんだ」

「好きにするって言ったじゃん。文句はないだろ?」

「む……」

 

 半ば強引だが、箒相手には多少強引にでも接した方が良いと一夏は知っていた。

 本当に嫌なら自分の方から席を移動するだろう、と。

 

「で、なんで怒ってんだ?」

「だから、怒ってなどいない」

「ああ、そう」

 

 どうにもこうにもいかない箒の態度に何を言っても無駄だと思った一夏は気を取り直してパンを齧りだした。

 ふと、不機嫌そうな理由に思い至った一夏が口を開く。

 

「あ、もしかして女の子の日だった?」

 

 瞬間、一夏が使おうと持ってきたフォークを掴み、目にも留まらぬ速さで一夏の喉元に突きつけた。

 

「──次は刺す」

「す、すまん」

 

 ゴクリとパンを飲み込む。

 今の箒の動きは一切の無駄がなく、一夏にしてみれば突然フォークが喉元に現れた様に感じた。

 剣道優勝の腕は知っていたが、彼女の学ぶ篠ノ之流は作法的な武術ではなく実践を意識した剣術。むしろ、こういった場面の方が真価を発揮するのは当然だった。

 

「……あの、箒さん。フォークを返して欲しくてですね。それは人を刺すものではなくて、食べ物に刺すものなので」

「…………」

 

 無言でフォークを引き、ウインナーに突き刺す箒。

 まるで、次にふざけた発言をするとこうなるのはお前だぞと言わんばかりである。

 なんとなく、一夏はそのウインナーを食べる気は無くなってしまった。

 

「織斑さん。おはようございます」

「ん、おはよう」

 

 と、雰囲気の悪さを物ともせずにセシリアが一夏の横に座る。

 もはや「ここ、いいですか?」などのやり取りも無く、一夏の隣に座るのは当然と言わんばかりの態度である。

 一夏も一夏で、隣に座られることを疑問に思わない。

 まだ学園に通い始めて二日という短い期間だが、セシリアと過ごした時間は濃密な物だ。

 それにセシリアは一夏に近づくように国から命令を受けているので、多少不自然にでも一夏に近づきたいので、朝はチャンスなのだ。ちなみに、昨日は箒が隣に座っていたが、その隣にもクラスメートが座っていたので断念していた。

 とはいえ、それはセシリアの事情で一夏には関係が無いことだ。

 本来はハニトラをかけようとしていたと認めた時点で遠ざけるのが正しい対処法なのだが、今の所は一夏はそうしてはいない。

 代表候補生という立場が故の事情も理解出来るし、なによりも彼女が無理矢理にでも襲おうという気配も無いのだ。

 もっとも、これ以上迫ってくるようなら自分が何かをしなくても千冬がどうにかするだろうと思っていた。

 

「ご馳走さまでした」

 

 セシリアが座って食事を始めたタイミングで箒が食事を切り上げて席を立つ。

 トレイにはまだご飯や魚が残っているのだが、もう食べないのだろうか。

 

「おい箒、残すなんてらしくないじゃないか。やっぱ具合悪いのか?」

「大きなお世話だ。私の心配などせず、お前はオルコットとよろしくやっていれば良いだろう」

 

 先程よりも更に不機嫌になった箒は、一夏の呼び止める声に反応する事もなくそのままトレイを返却し、食堂を出て行ってしまった。

 

「なんだ、あいつ」

「篠ノ之さんは先程からああ(・・)なのですか?」

「そうだよ。昨日は平気だったのに、なんでまた突然」

 

 怒らせるような事したかなあ、と頭を捻る一夏に「もしかして」とセシリアが語りかける。

 

「昨晩、織斑さんに送って頂いたことが噂になってますので、そのせいかもしれませんわね。その前の晩にも部屋から出てくるのを何人かには見られていた様ですから」

「まあ、まだ学校が始まって二日しか経っていないとはいえ毎晩だからな。部屋に呼びつけた上で、初日はあの格好だろ? 勘違いされてもしょうがないと言えばしょうがないかね」

「なる程。外堀ってのはこの様に埋めていくものなのですね」

「お前が言うと冗談に聞こえないからやめろ」

 

 苦笑いしながら、一夏はコーヒーを啜る。

 昨日の教訓で、ここのコーヒーは利用していない。部屋で淹れたコーヒーを水筒に入れて持ってきていたのだ。

 

「んでも、それで箒が不機嫌になるのはなんでだよ。俺に彼女が出来たって別に怒る事はないだろ」

「さあ? わたくしは篠ノ之さんではありませんので。本人に聞いたらいかがでしょう?」

「馬鹿正直に『俺に彼女が出来たと思ったから怒ったのか』って? そんな事言ったら次は俺がこうなるよ」

 

 そう言ってフォークを掲げた。

 先端には、ウインナーが刺さっている。

 先ず間違いなく、こうなってしまうだろう。

 

「……つーかお前がその噂を知ってるって事は、お前のところに真相を聞きに来たんだろ? 否定しなかったのか?」

 

 そう一夏が問うと、セシリアがふふっと楽しそうに微笑みを浮かべた。

 

「ご心配なく、『この方たちは何をおっしゃってるのでしょうか』と思いながら、肯定をすることなく微笑んでましたわ」

「そう思ったんなら声に出せよ。明確に否定しろよ。声に出せよ。肯定をすることなくって否定もしてねえじゃねえかよ。つーか無言で微笑むとか半ば認めてるようなもんじゃねえかお前」

「まあ、言われてみれば確かにそうですわ。わたくし、まったく気付きませんでしたわ」

 

 わざとらしく目を見開き、口のあたりに手を持っていき驚いた様子を見せる。

 そんなセシリアの様子に一夏は脱力したのか、がっくりと肩を落とす。

 

「ぜっっったいワザとだろ。噂を助長させて何の得があんだよ……」

「本国により良い報告が出来て、わたくしの立場がより良くなりますわね」

「うわあ、ついに開き直りやがった。なんて奴だ」

「知られてしまったからには隠す意味はありませんわ」

「こいつどうしようもねえ……」

 

 なんて話している二人の頭に拳骨が降りかかった。

 二人して声にならない声で悶絶すると、追い打ちをかける様にどこか呆れを含んだ声が降ってきた。

 

「──朝からなんて馬鹿な話をしているんだ」

 

 声の正体は千冬だった。

 言葉だけではなく、顔にも「この馬鹿どもが」としっかり書いてあった。

 

「お前らがどういう仲になろうと私は一向に構わん。が、お前らの身分が学生だという事を忘れるな」

 

 それだけ言うと一夏のコーヒーを飲み干し、立ち去った。

 嵐のように過ぎ去った千冬に「信じられねえ……」と一夏が呟く。

 

「コーヒーの感想が無かっただと……?」

「驚くところはそこですか?」

 

 他にもっとあるだろうとセシリアは一夏を見る。

 半ばハニトラを認めるような事を千冬は言ったのだ。

 似たような事を昨晩聞かされたが、アレはアルコールが入っていての戯言だと思っていたのだが……。

 

「まあ、織斑先生のお許しは出たと見て良いのですかね?」

「さり気なく怖いこと言わないでくれる?」



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照れる幼馴染コンビ

 千冬が立ち去った後、二人は食事を再開したのだが、ふと、思い出したかの様に一夏がポツリと呟いた。

 

「今日の放課後の特訓、ちょっと遅くなってもいいか?」

「別に構いませんが。なにか用事でも?」

「まあな。昨日お前を送った後部屋で色々考えたんだけどさ、白式にはこれ以上武器は載せられないから近接ブレードでやるって話だっただろ?」

 

 セシリアが頷くのを見て一夏は続ける。

 

「これでも昔は剣道をやってたから俺にもやりようはあると思ってな。だけど、昔とった杵柄とは言うが今のままじゃ錆びつきまくって何も斬れそうにねえのも事実だ」

「確か、剣道をお辞めになったのは篠ノ之さんが転校された頃でしたか?」

「流石によく調べてあるな……。ま、そうだな。そっから剣なんて握ってねえ」

 

 一夏は自分の事をどれだけ知られているのか、少し怖くなった。

 下手したら自分が忘れてしまっているような幼少期の出来事もセシリアは知っているかもしれないと。

 そんな考えをおくびにも出さず、一夏は続けた。

 

「つーわけで生身のところからやり直そうと思ってる」

「それで、放課後に特訓ですか」

「ああ。箒なら剣道部に入るだろうし、あいつに教えてもらおうかと」

 

 箒が中学チャンピオンだという事は知っている。……まあ、教えてもらいたという理由はそれだけではないが。

 よく知らない誰かより、箒に教わったほうが気が楽という事もある。

 とはいえ、問題もあるわけで、昨日までだったら簡単に頼めそうだったのが、今の雰囲気を察するに難しそうだなと一夏はぼんやりと思っていた。

 

「教えてくれそうな雰囲気では無さそうですが」

 

 それはセシリアも同じだったようで、一夏が考えていたのと同じことを言ってきた。

 一夏は他人事の様な雰囲気のセシリアを半ば睨むような形で見る。

 

「それが一番の問題なんだよな。まったく、どっかのお嬢様のせいで」

「わたくしのせいだと言いたげですわね」

「お前のせいだとハッキリ言ってんだよ」

 

 ストレートにぶつけてみたものの、セシリアはお淑やかに笑うだけで何の感情も読み取らせない。

 一夏がもう一度だけ睨んでおいたが、堪えた様子はなかった。

 

「とりあえず、誤解を解いて誠心誠意お願いするしかねえな」

「篠ノ之さんの怒りの理由を知らずに、ですか?」

 

 それでは逆効果だと言わんばかりだ。

 セシリアの言うことも最もだが、一夏は見当はついているとばかりに自慢げだ。

 

「初日の昼に『ISの事をしっかり勉強しないと』的な事を箒に言ったからな。そんな事を言っておきながら色恋に手を出したと思って怒ってるんだろ。あいつは真面目な奴だからな」

「怒りの理由がそれだといいですわね」

「他人事みたいに言ってるけどお前も一緒に行くんだよ。二人揃って否定すれば信じてくれるだろ」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「──で、私のところに来たわけか」

 

 箒に専用機の経緯を話し、剣道を教えてほしい旨を伝えると、妙に難しい顔をした。

 

「そういう事情なら良いだろう。だが、オルコットはいいのか?」

「わたくしは剣の方は専門外ですし、篠ノ之さんにお願いした方が合理的でしてよ」

「……私が言いたいのはそういう意味ではなくてだな。お前たちは……そ、その、アレだ。つ、付き合っているのだろう? オルコットは不安じゃないのか?」

 

「んなもん噂だっての。昨日も一昨日も部屋に来てもらったのは確かだが、アレだってISの操縦のコツなんかを教えてもらってただけだし」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。それともアレか。お前は俺が一日二日程度で女に手を出す軽薄野郎だと思ってたのか?」

「いや、そういう訳では無いのだが……」

「大体こいつはだな──」

 

 ハニトラをかけようと近づいてきた奴だと言いかけたところで、やめた。

 いちいち箒に言う話題でもないと思ったのだが、突然口を閉ざしたのを訝しむように箒が続けた。

 

「こいつは?」

「あーっと……あ、そう。俺のタイプじゃないんだ。俺のタイプはお淑やかな大和撫子みたいな娘なんだ」

「そう、なの……ですか。だったら私が一夏、さんに剣道を教えてやろう……じゃなくて教えて差し上げましょう」

「なんでオルコットを少しおかしくした感じの話し方をし始めたんだお前」

「……お前がお淑やかな方が良いと言ったからだろう……」

「あん? なんか言ったか」

 

 そんな二人のやり取りを黙って見ていたセシリアがポツリと呟く。

 

「やはり、あなたは女性を惹き付ける様ですわね。いやはや、難儀な性格だこと」

「だから、俺はそんな大層な男じゃねえ」

「でも、篠ノ之さんの様子をご覧になれば否定は出来ませんわね」

「んなことはない。こいつはな、たまーにこうやって突発的におかしくなるんだよ。つっても昔の話だから今は治ってるもんだと思っていたが、どうやらまだ治ってなかったようだな」

 

 いやはや難儀な事だ、と一夏は一人でうんうんと納得していたが、箒とセシリアに白い目で見られている事に気付く。

 

「……なんだよその可哀想な物を見るような目は」

「いえ、これは同情というよりは、侮蔑を込めてのですので誤解なきよう」

「いちいち訂正してくんじゃねえよ畜生」

 

 だんだんとセシリアの自身に対する扱いがひどくなっていることを感じながら、一夏は切り替えるように大きく息を吐いた。

 

「話を戻すぞ。で、箒の方はどうだ? 俺に剣道を教えるって話」

「私の方は問題ない。今日の放課後からか? ……そもそも体力的には大丈夫なのか? 防具の重さも小学校の頃よりだいぶ重くなってるが」

「そのつもりでいる。体力の方もまあ、大丈夫だろ。こっちに来てからはやれていないが朝晩のランニングは日課だったし」

「なら良い。防具一式はこちらで揃えておこう」

 

 満足そうに一つ頷く。

 次いで一夏から「部外者の俺が剣道場は使えるのか?」と聞かれたので「私の方で部長に通しておく」と答える。

 それでもまだ何か良いたいようで、端切れの悪そうに口を開く。

 

「──で、一夏、その……」

「どうしたんだ口ごもって。らしくないぞ」

 

 ほらさっさと言えと促すと、ようやく箒は絞り出す。

 

「わ、悪かった。変な誤解をしてしまって……」

 

 我ながら、朝の態度はひどいものだったと思っていた。

 一夏は何食わぬ顔をしているが、それでも謝らねば箒の気が収まらない。

 

「んなもん別に俺は気にしてねえよ。客観的に見れば誤解されてもしょうがないし。こいつもこいつで助長させるような事したんだからな」

「あら、ひどいおっしゃり様で」

「でも事実だろうに」

 

「ま、だとしても朝のあの態度はやめてくれよ? 俺は怒られるのは構わんが、その理由もハッキリぶつけてくれた方が助かる。……不本意だが、中学の奴らにも『お前は鈍感すぎる』と言われてるくらいだしな」

「む……。善処しよう……」

「そこらへん、素直じゃねえのは昔から変わんねえよなあ、お前も」

「よ、余計なお世話だ!」

「そうやって大声でムキになるのも変わっちゃいねえなあ」

「ええいうるさい! わ、私は部長のところに話をしてくる!」

 

 顔を真赤にして教室を飛び出した箒を、一夏とセシリアが見送る。

 ややあって、セシリアが箒の出ていった入り口を見つつ口を開く。

 

「……良かったのですか? 黙って行かせてしまって」

「朝と違ってありゃ照れ隠しだ。……昔からああなんだよな、あいつ」

 

 昔の事を思い出しながらなのか、しみじみと言う一夏を羨ましそうに見ながらセシリアがポツリと呟く。

 

「いいですわね、そういうの」

「いいわけあるか。アレのせいでガキの頃は大変だったんだぞ。こっちは普通の会話してたと思ったのに急に怒り出したと思ったんだからな。……まあ、それがあいつなりの照れ隠しだってわかってからは焦ることも無くなったが」

「そこではありませんわ。昔からの知り合いがここに居てくれることが羨ましいのです」

「……あんな奴、扱いが面倒くさいだけだっての」

 

 照れたようにそっぽを向いて頬をかく一夏を、セシリアはなんとも穏やかな目で見つめていた、




ISバトルはいつ始まりますか?(現場猫風)


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放課後特訓の成果

 放課後、一夏は箒と剣道場にいた。

 既に一本立ち会いをしたのだろう。

 面だけを外した箒の額には薄っすらと汗が浮かんでおり、なぜか難しい顔をしていた。

 

「やはりというか案の定というか……」

「言葉を濁すくらいならハッキリと言ってくれ」

「弱いな。手を抜いてるんじゃないかって思ったくらいには」

「だろうな……」

 

 竹刀を握る手をまじまじと見る一夏。

 昔は自分の身体の一部の様に感じられたソレも、昔の感覚で振ってみるものの、違和感の塊であった。

 

「剣を置いて相当の期間が空いた。無理もないな」

「多少はやれると思ったが……甘かったか」

「得るに難く失うに易し、だ。とは言え、完全に失ったわけは無い。少しずつ取り返していこう」

「少しずつ、か。来週にはどうにかってのは重ね重ね甘かったかな」

「当たり前だ。少しの鍛錬でどうにかなると思ったら、それは剣道を甘く見過ぎだ」

 

 と、そこで言葉を切ると、箒がまた難しい顔をした。

 そう、どう計算しても間に合わないのだ。

 いくら飲み込みの早い一夏とて、一週間では限界がある。

 

「……一度引き受けておいてこう言うのはアレなのだが、今更剣道をやっても無駄だと思うのだが」

「無駄ってことは無いだろ」

 

 一夏の言葉に怒りが混じったように感じて、箒は慌てて手を振った。

 相変わらず、自分は誰かに想いを伝えるのが下手だ。

 誤解が解けるように、今度は言葉を選びながら慎重に口を開く。

 

「ああ、いや、すまない。言葉選びを間違えた。……無駄ではない。無駄ではないのだが、今から剣道をやるよりはISを動かした方がまだ有意義だと思ってだな」

 

 そういう理由か、と一夏は一つ頷いた。

 確かに、箒の言う通り剣道をやるよりもISを使って剣を振ったほうが、有意義ではあるだろう。

 幸い、一夏は専用機持ち、いつでも使うことは出来るのだ。

 とはいえ、動かそうとしても、今の一夏は一人でやれることは限られている。誰かに教えてもらう必要がある。となると、結局、頼るのはセシリアしかいない。

 

「あいつ、俺の面倒ばっか見て自分の練習できてないだろ? それは悪いと思ってさ」

「……ほう、お前はオルコットの方が大事か。私の方の鍛錬の時間は削っても問題ないと」

「いやいやいや、どうしてそうなる!? お前はいつも結論が急すぎるぞ!?」

 

 今度は箒の方に不穏な雰囲気が混ざったのを一夏が感じとり、焦って返す。

 だが、幸いにも箒は本気で怒っていた訳ではなく、ふっと頰を緩めた。

 

「冗談だ。私の方は問題ない。お前も知っての通り、私は迷惑だと思ったらハッキリと断るからな。だが、今はお前の力になれるなら、その方が嬉しい」

「……ビビらせんなよ。お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ」

 

 マジで焦ったぜと、胸をなでおろしながら、箒には言わなかった事も頭の中で反芻する。

 

(あいつとばっか一緒にいると噂は消えそうにないし)

 

 どうにもこうにも、周りからの目が痛かった。

 あの二人は付き合ってるのではないかという視線をひしひしと感じるのだ。

 それを受けて、セシリアが遠慮するのならまだしも、それに乗じてガンガン来るのだ。

 彼女の目的を知っているし、しなければならない事情もなんとなくわかるから無下に出来ないのが、困ったところなのだが。

 

「それに、アイツは射撃主体だからな。相手の懐に飛び込むコツなんかはここで鍛えたい」

「なるほど。そういう事であれば、任された」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 箒との訓練を終え、慌ててやってきた一夏とISの訓練を終え、時間ギリギリとなってしまった食堂にここでも慌ただしくセシリアと一夏は駆け込んでいた。

 なんとかありつけた食事を口に運びつつ、セシリアは今日の訓練を思い出し、呟く。

 

「正直、驚きました。まさか昨日の今日でここまで動かせる様になるとは」

 

 そう、昨日は飛行することもままならなかった一夏だったが、今日は見違えるように動けるようになっていたのだ。

 とはいえ、初心者なのは変わらないので直すべきところはあるのだが、それでもまるっきり動けないよりは教える側からしても助かったのだ。

 

「昨日、お前を送った後に千冬姉の映像を見返してな。『機体の前にどうこう』とかそういうイメージよりは千冬姉を思い浮かべた方がよっぽど参考になった。んで、動けるようになったから『機体の前にどうこう』って奴もすんなり入ってくるようになったわ」

「……普通は逆なんですけどね。理論通り動くことを徹底的に学んで、その上で無意識下で動けるように定着するというのに」

「昔からこうなんだ。剣道をやってた時も型稽古やるよりも実践で叩き込まれたほうが身についた。その後、型の大事さもわかるようになった」

 

 なるほど、と返事を返しつつ、セシリアは一夏は自身と同じ理論的思考を元に動くタイプだと思っていたが、実際は違うのかと思い始めていた。

 普段の生活ぶりから、感情に身を任せるタイプではないと思っていたが、こと、戦いにおいては感情に身を任せるタイプなのだろう。

 どうしてこうも真逆なのかとも思うが、おそらく誘拐された一件も多少は絡んでいるのは間違いないだろう。

 まあ、考えてもしょうがないと頭を振ったセシリアは、自慢気に胸を張っている彼に一応は言っておかねばと、ジト目を向けた。

 

「……昨夜も夜ふかしされたので?」

「そこに食いつかれるとは思わなかったな」

 

 苦笑交じりで一夏は頭をかく仕草をした。

 これ見よがしにため息を吐いてみても、どうせ彼には響かないとなんとなくセシリアもわかっている。とはいえ、言わねば今度は自分の気が収まらないのだ。

 

「わたくしが言っても聞かないだろうってのは薄々わかってきましたので良いですわ。どうせ、動画を見始めたら次から次へと動画が出てきたから止めるに止められなくなったとかそんな理由でしょうから」

「すごいな。俺への理解度がどんどん高まってるじゃないか」

「まったく……」

 

 もう一度ため息を吐いても、彼には堪えた様子はない。

 なんて頑固な人かしら、とセシリアは呆れを含んだ表情で睨んで見る。

 そんな視線を向けられた一夏は居心地が悪いのをごまかすためか、話を変えようとした。

 

「そろそろ食堂閉まるぞ。ほれほれ、食った食った」

「そんな急かさないでいただけますか」

「お前が余計な話をするから時間が無くなったんだろ。自業自得ださっさと食え」

 

 既に夕食を食べ終えている一夏が机をトントンと煽るように叩く。

 そんなに急かすくらいなら一人で先に帰ればとも思うが、彼はそんな事はしないだろうというのも、セシリアもわかっていた。

 不器用だが、優しいものだと微笑ましく思っていると一夏がギロリと睨んできた。

 

「何考えてるか知らんが、一人でニヤニヤしてるのはどうかと思うぞ。変な奴だと思われて敬遠されるぞ」

「あら、ここにはあなたしかいませんので。見られて困る事はありませんわ」

「俺に見られて困ると思えっての。お前、本気で俺を惚れさせる気あんのかよ」

「それは、まあ」

 

 口ごもるセシリアに、一夏はこれ見よがしにため息を吐いて見せ、テーブルに肘をつけたまま頭を預けた。

 

「そこはあるってハッキリ言っとけよ。俺に素直に白状した事といい、開き直りすぎなんだよお前は」

「わたくしも十五歳の幼気な少女なのですよ? せねばならないと思っても、そう割り切って飲み込めませんわ」

「それを対象の俺に言うなっつーの。言っちゃなんだが、俺もこの境遇だし」

「はあ」

 

 一夏の言葉の意味がわからず、思わず曖昧な返事になってしまった。

 どういうことだろうか。確かに、男一人の境遇で大変そうだが、特別困ったようなところは見たことが無いだけに。

 

「こっちは高校生にもなって恋愛禁止にされてるようなもんだ」

「その様におっしゃるって事は、恋愛願望がおありで?」

 

 それこそ、意外だった。

 あまり、恋愛ごとに興味が無さそうな彼だけに、興味すら無いと思っていた。

 けれど、考えてみれば昨夜の言葉を思い返してみると、それらしいことは言ってた気がする。

 

「そりゃまあ、俺も十五の健全な少年だからな。世間一般程度には恋愛願望はあるさ」

 

 でもな、と一夏は続ける。

 

「惚れた相手が国からハニトラをかけるようにって命令されてたら洒落になんねーだろ」

「なるほど、そういう事であれば気楽に恋愛などしてられませんわね。あ、わたくしはフリーですので、いつでもどうぞ」

「どうぞ、じゃねえっつーの。ハニトラ要員筆頭格が何言ってやがんだ」

 

 隙あらばアピールを欠かさない彼女の姿勢に、そろそろこちらが根負けしそうな気がしてきた。

 いや、負けたら実験動物コースなので負けるつもりは毛頭ないが。

 と、ふと気になる事があったので、一夏は質問する事にしてみた。

 

「もしさ、俺に好きな人出来たらお前はどうすんだ?」

「好きな人が出来た程度で引き下がるとお思いになって?」

「……じゃあ、俺がその娘と付き合ってたらどうする?」

「世の中には略奪愛という言葉がありましてよ」

「なんかお前こえーよ……」

 

 奪い取る気まんまんな彼女の思考に、一夏はちょっと引いた。

 

「それにしても、このやり取りだけ聞いたら求愛されてるような気がするから不思議だ」

「まったくですわね」

「お前、俺のことめっちゃ好きって思われんぞ」

「それは……困りますわね」

「困るってのは失礼だなあ、オイ。昨日も言ったが、惚れた事にしとけっての」

「そこが問題なのですわ」

 

 いつもの調子で、適当に返すと、意外にもセシリアが真面目な表情で返してきた。

 

「ハッキリと言いますが、わたくしは本気で付き合おうと思う程、あなたの事を好いては無いのです」

「ハッキリと言うんじゃねーよ。しまいにゃ女だろうが容赦なく張っ倒すぞコラ」

「かと言ってあなたを騙してしまえば良いと割り切れるほど、嫌いでもないのです」

「…………ああ、そう」

「そこ、本気で照れられても……」

 

 顔を若干赤くした一夏を見て、セシリアも思わず赤くしてしまうのだった。




難産でした。こういう風に書きたいって思っても、なかなか文章にならない。

そろそろバトルを書きたい病に侵されてきたので次回はバトルです。
10話使ってやっときたよ・・・


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クラス代表決定戦

バトルってめっちゃテンション上がって筆が進むぜ
ただ、結構なミスを仕上げた後に気づいたという
今更編集もできないんでそのままあげちゃえと


「準備はよろしいでしょうか?」

「ああ、問題ない」

 

 月日が流れるのは早いもので、瞬く間に決定戦の日がやってきた。

 放課後、第三アリーナには二人の対決を観戦しようと、多くの人が詰めかけている。

 それこそ、一組のクラスメートだけではなく、他のクラスや他学年の生徒も多く集まっていた。

 既に試合開始のコールは鳴っている。

 後は、二人が始めるだけだ。

 

「では始めましょう!」

「お手柔らかにな!」

 

 セシリアの持つライフル──スターライトmkⅢ──から蒼い光が放たれる。

 一夏はそれをセシリアに教えてもらった回避のコツを思い出し避ける。

 確かな手応えを感じつつ、体勢を立て直しセシリアに向き直る。

 

「優秀な生徒でわたくしも鼻が高いですわね」

「そいつはどうも!」

 

 しかし、喜んだのも束の間、続いての射撃は回避先をセシリアに読まれ、あっけなく被弾してしまう。

 回避の時は後方に20度。そう教わったのを愚直に守って動いているのを見抜かれたのだろう。

 

「大人気ねえぞコラ!」

 

 なんてことを言っている間もセシリアの射撃は収まらない。

 最初は射撃を避けた一夏にある種期待するような空気。「流石はブリュンヒルデの弟」というような雰囲気はあったが、次第に白けたような空気が侵食してくるのをアリーナのシールド越しにも一夏は感じるようになった。

 無理もない、と一夏も思う。

 善戦している様に見えてその実、一撃もセシリアに加えることが出来ていない。

 というより、接近することすらままならないでいた。

 

(となると、やっぱアレしかねえか)

 

 余裕の態度を一泡吹かせてやる。一夏はニヤリと口角を上げた。

 一夏の雰囲気が変わったのに気付いたのか、セシリアが訝しげに眉を顰めた。

 

「何がおかしいのですか?」

「いや、お前の掌の上で遊ばれるのも悪かねえが、やっぱ俺としてはやられっぱなしはどうにもな」

「男の子ですもの、仕方がありませんわ。ではどうします?」

「こうすんだ──よッ」

 

 言うや否や、一夏は手に持った刀をセシリアに向かって投げた。

 

「──は?」

 

 それまで余裕をみせつつも、油断なく一夏を見定めていたセシリアの表情が呆けたものになった。

 その間隙を縫うように、一夏は白式を加速させた。

 とは言え、セシリアも並のIS乗りではない。直様意識を切り替え、まずは一夏の投げた刀を撃ち落とす。次いで一夏に照準を合わせた。

 一連の動きをほぼ無意識下で実行しつつも、頭の中は疑問で一杯だった。

 

(なぜ武器を? ……まさか、勝負を諦めたとでも?)

 

 普通のIS乗りなら、武器を投げても問題ない。だが、一夏は違う。

 武器を失ったらそれで戦う術を失うのだ。

 故に彼は勝負を捨てたと判断するのが妥当だろう。

 確かに、終わり方としては悪くはないだろう。

 このまま嬲られる様に負けるよりは、最後の大勝負に打って出たもの、惜しくもセシリアには一歩届かなかった。──そう見られた方が格好はつく。

 だが──

 

(──だとすれば少々、いえかなり残念ですわ。織斑さん、あなたはそんな人ではないと思っていましたのに)

 

 一夏はたしかに賢い人間だ。

 決定戦も負ける事を前提に、ではどう負けるかと考えてもおかしくはない。

 けれど、本気でそう考えたのならもっとずる賢く、練習の段階から仕込み、もっと接戦を演じて華々しく散る選択もあったはずなのだ。

 だが、現実はそうはなっていないない。

 練習の時から一夏は本気だった。どう負けるかなんてセシリアに感じさせる動きではなかったのだ。

 基礎を学び、確実に一歩ずつIS乗りとしての階段を登っていた。

 そんな一夏の姿をセシリアは評価していたというのに。

 しかしこうなってしまったのならば、仕方がない。

 

「これで終わりにしましょう」

 

 口から出てきた声色は、ひどく冷たいものだとセシリアはどこか他人事の様に感じた。

 引き金を引こうと指に力を入れた瞬間、一夏の声が届く。

 

「──いや、まだだ」

 

 けして大声ではない。声を張り上げたわけでもない、それでも、胸を掴まれるような、思わず息を呑むような、鋭い声。

 ほんの少しセシリアの動きが止まる。だが、一夏にとってはその僅かな時間だけで十分だった。

 一夏の身体が爆発的に加速した。通常の加速ではこうはならない。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。後部スラスターからエネルギーを放出し、それを再度取り込み更に圧縮して加速を得るという、近接主体のIS乗りが好んで使う技なのだが、この技術は教えていない。

 ならば、どこで覚えたというのか。

 次から次へと繰り出させる予想を裏切る一夏の動きに、セシリアは今考えなくとも良いことを考えてしまった。

 

「さあ捕まえたぞ……!」

「武器も持たずに何ができるとおっしゃって!?」

「はっ! 武器ならあるんだよ!」

 

 セシリアの懐に入った一夏は勢いそのままに体当たり。

 バランスを崩したセシリアに追い打ちをかけるように回し蹴りを叩き込む。

 刀や、銃がなくとも、IS自体でもダメージを通すことは出来る。

 そんな当たり前の事を失念していた、己を不甲斐なく思うが、今はそれどころではない。

 

「ぐぅ……!」

「まだ終わっちゃいねえぞッ!」

 

 苦悶に顔を歪ますセシリア。

 反対に一夏はこれまで見せたことのない、猛禽類を思わせる鋭い目つき、そして好戦的な笑みを浮かべた。

 

「知ってるか、オルコット。地面にぶつかってもダメージは入るんだぜ」

「まさかあなた……ッ!」

「そういう訳だ。エスコートしますぜ、お嬢様ッ!」

 

 急降下。そしてその先にあるものを理解したセシリアの表情が驚愕に染められる。

 一番最初、一夏がISを動かした時も彼が勢い余って地面に衝突した。

 あの時も、シールドエネルギーは減少していたのだ。

 ならば、あの時よりも勢いをつければどうなるか。

 

「こ……の……ッ!」

「悪いな! 馬力はこっちの方があんだよ!」

 

 セシリアも衝突すまいとスラスターを吹かすが、機体性能でも負けている上に、さらにセシリアは瞬時加速(イグニッション・ブースト)は使えない。

 結果、減速するどころか、更に勢いを増してセシリアは墜落した。

 

「……ッ……つぅ……ッ!」

 

 墜落した箇所はまるで隕石が降ってきたかのようにクレーターが出来上がっていた。

 落下の衝撃は凄まじく、轟音とともに砂塵が舞い上がっており客席からは何が起きているのかは見えない。

 だが、砂塵の向こう側からはセシリアのうめき声と、金属同士がぶつかり合う音が響いていた。

 その時点で、姿は見えずとも戦況は大きく変わったのだと誰もが理解した。

 

「空中だとどうしようもねえが地上だったら俺にだってやりようはあるんだよ!」

 

 墜落後、体勢を立て直す隙をセシリアに与えることなく、一夏は己の身体を武器にセシリアに肉薄していた。

 本来のISバトルではあまりお目にかかれない、原始的な戦いが繰り広げられていた。

 

「こんな……出鱈目な……ッ!」

「お嬢様のお前じゃあ、殴り合いの喧嘩なんかしたことなんか無ェだろ!?」

 

 空中での戦いとは裏腹に、地上での戦いは一夏の方が優位に立っていた。

 中遠距離戦では無類の強さを誇るセシリア。

 だが、逆説、近距離での戦いを強いられた彼女は弱く、脆い。

 現に今も、一夏の打撃を装甲のある箇所でなんとか受け、ギリギリのところで絶対防御が発動しないように立ち回っていた。

 

(これでは……! これではまるで──)

 

 セシリアの頭に浮かんだ言葉を見透かすように、一夏が続きを紡いだ。

 

「──さっきと真逆だなオルコットォッ!」

「──ッ!」

 

 悔しいが、まさにその通りだった。

 一夏が武器を捨て、セシリアの意表をついてからここまで、主導権は完全に一夏の手にあった。

 どうにかこの状況を打破するためにはと頭をフル回転させるが、答えは出ない。

 

──近接ブレードを展開する?

 

 馬鹿な。立ち止まって、意識を腕に集中し、武装名を叫び、それでようやく展開できるのだ。

 そんな時間を与えたら、たちどころに勝負は決まってしまうだろう。

 

──なら、距離をとって戦いのステージを戻す?

 

 加速力に劣る機体でどう距離をとれと言うのだ。

 それに、距離が取れたとしてライフルを展開するためには、腕を真横に突き出すルーティンが必要になる。

 一夏は正面にいるのだ。銃身を横に展開してどうやって正面にいる彼を撃てるのだ。

 

(それもこれも、わたくしの不甲斐なさ……ッ!)

 

 代表候補生が聞いて呆れる。

 自身にそういった弱点があるのはわかっていた。だが、距離を詰めさせなければどうということは無いと考え、長所をひたすら伸ばしていた。

 それがどうだ。

 たかが一週間動かしただけの初心者に距離を詰められ、苦戦を強いられているではないか。

 いや、苦戦どころではない。このままでは──

 

(──負ける……? わたくしが……?)

 

 そんな事は許されない。

 確かに、一夏は類稀な成長を果たした。

 皆はここまで戦える一夏の姿に驚いているかもしれないが、彼の努力を知っているセシリアからすれば、驚かない。

 今の戦況になったのも運や偶然によるものではない。

 これまで学んだこと、得たこと、体験した事、その全てをつぎ込み、一夏自身の手によってこの状況を完成させたのだ。

 ならば、それこそが一夏の実力によるもの。このまま彼が勝利したとしても不思議ではない。それはまぐれでもなんでもない、少しずつ勝ち筋を手繰り寄せ、そして掴んだ必然の勝利だ。

 とはいえ、だ。

 一夏の頑張りを知らない人は、結果だけしか見ない人々はそんな風には捉えてはくれない。

 

──初心者だと油断したセシリアが無様にも敗れる。

 

 そう判断されてもおかしくない。否、そう判断する方が当然だろう。

 一夏が初陣を飾ったように、セシリアのブルー・ティアーズも、今日が初陣。

 祖国、イギリスが持てる技術を、あらゆる人材を結集して作られた機体なのだ。

 さらに、この機体は欧州連合の統合防衛計画、第三次イグニッション・プランの主力機としてトライアルに参加している。

 他に参加しているのは、ドイツのレーゲン型、そしてイタリアのテンペスタⅡ型のみ。

 その中で、イギリスのティアーズ型は実用化という点で、リードしていた。

 後は、その有効性を示せば良く、そのため、BT適正の高いセシリアに専用機として渡し、彼女はこのIS学園に派遣されていた。

 そんな機体を駆る彼女が、初心者に敗北するのはあってはならない事なのだ。

 一夏の急成長には、目を見張る部分はある。いずれ、負ける日が訪れるのはしょうがない。

 だが、しかし。

 それは今日ではないのだ。今日であってはならないのだ。

 

「わたくしは敗北は許されない! わたくしは負けるわけにはいかない!」

「お前の生い立ちを知ってればその気持も理解できるがな! だからといって俺もおいそれとは引き下がってはやらねえぞ!」

 

 一夏の動きが加速する。

 いよいよセシリアは受けきれず、絶対防御が発動するシーンも増えてきた。

 ブルー・ティアーズのエネルギーが減るたび、会場の熱は更にヒートアップする。

 ジャイアントキリング。下剋上。誰もがその景色が現実に近づいてくるのを感じているのだ。

 だが、セシリアだけはおいそれと、認める訳にはいかない。

 

──自身は、どれほどの人の人生を背負っている?

 

 わかっているのならば、背負ったのならば、負けるわけにはいかないのだ。

 

「誰もあなたに引き下がれとは言ってませんわ!」

 

 叫び、がむしゃらに腕を振り回す。

 美しく勝とうと、綺麗に立ち回ろうとするな。なりふりなど、構う余裕はないぞ。

 全てを出し尽くさねば、待っているのは敗北だ。

 

「──ッ!」

「引いていただかなくても結構! ならば、わたくし自身の手で退かすだけですわ!」

 

 セシリアの振るわれた腕を一夏はバックステップで躱す。

 僅かに間合いが開いたが、問題はない。まだ、自分の距離だ。

 そう思って踏み込もうとした一夏の目に、セシリアの表情が映った。

 

 試合当初の、余裕を感じる笑みではない。

 先程までの、追い込まれた表情でもない。

 

 覚悟を決めた、どこまでも凄惨な笑みだ。

 

「まさかお前──ッ」

「流石、わたくしのISをしっかりと調べてらっしゃる様ですわね。もう一度、戦況をひっくり返させていただきます!」

 

 瞬間、ブルー・ティアーズの腰のアーマーが跳ね上がる。

 一夏の目に見えたのは、ミサイルだ。

 小型とは言え、至近距離で放たれればどうなるか。

 背中に冷たいものが流れた。

 

「正気か!? この距離で撃てばお前にもダメージは入るぞ!?」

「仕方がありません。このままでは押し切られてしまいますので! ──行きなさい!」

 

 発射されたミサイル。

 距離が空いているのなら避けられたかもしれないミサイルも、この距離ではどうする事も出来なかった。

 爆発の衝撃と暴風に、白式が吹き飛ぶ。

 だが、それはセシリアも同じことで、地面に叩きつけられる。

 

「クソッ」

 

 痛みを堪え、体勢を整え、再び距離を詰めようと瞬時加速(イグニッション・ブースト)をかけた一夏だったが、加速の直後左肩に衝撃が走る。

 距離を得たことでライフルを構えることができ、落ち着いて狙いを定めることが出来るようになったセシリアの狙撃を受けたのだ。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で爆発的な加速を得るとはいうものの、結局は直線軌道しか取れない! そうでしょう!?」

「チィッ!」

 

 セシリアの言う通りだ。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)は確かに強力だ。しかし、使えば簡単に距離を詰める事が出来る、そんな必殺技でもなんでも無い。

 先程セシリアに通用したのは、一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使えることを知らなかったから。

 だが、知っていさえすれば。

 セシリア程の技術を持つ狙撃手には通じるはずもない。

 

「これで、流れはわたくしの方に戻りましたわね!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)は諦め、通常機動で近づこうにも、セシリアの狙撃がそれを許さない。

 そもそも、通常機動で近づけるのならば瞬時加速(イグニッション・ブースト)を切り札として策を練っていない。

 

(どうする……? どうすればいい……!? ああ、畜生、わかんねえ! どうすればいいかわかんねえ……けど! とにかく動きを止めるな! 足を止めれば負けるぞ!)

 

 アドレナリンが出ているのだろう。

 体力こそ尽きかけている、白式の装甲も無傷の箇所を見つける方が難しい。だが、動き自体は試合当初より格段に良くなっているのは自分でもハッキリと分かった。

 セシリアのアドバイス通りの動きでなくとも、回避は出来ているのだ。

 距離さえ詰めれれば、まだ勝負はわからない。

 一夏はそう、己を鼓舞する。

 

『ちょこまかと! というか、その様な動きが出来るのなら最初から動けば良いのに!』

『何にキレてんだお前! つーかわざわざ個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を繋ぐんじゃねえ! こっちは集中して避けてんだよ!』

『もう良いでしょう!? あなたは充分戦いました。ですが! 今のあなたでは勝ち筋は残っていませんわ!』

『それがどうした!? 悪いが、俺は勝てないから戦わないとか、そんなお利口さんじゃねえんだよ』

『あなたそんな熱血キャラでした!? これは同情でもなんでも無い! これ以上戦うとダメージレベルが──』

『うっせえ、知ったことか! いいか、よく聞け!』

 

 そこで通信を切り、一夏は息を大きく吸った。

 

「俺は! 世界最強のIS操縦者! 織斑千冬の弟、織斑一夏だ! 身体が、コイツが、動く限り諦めねえ!」

 

 箒との会話で、負けても良いと言っていた男の言葉とは思えない。

 だが、それでこそ織斑一夏なのだ。

 本来の彼の性格は負けるを良しとしない、負けず嫌いの男だ。

 上辺だけ取り繕っても、彼の本質は何も変わってはいなかった。

 

(そうだ。一夏。お前はそんな諦めの良い男じゃないだろう?)

 

 一夏の宣言に、観客席で思わず拳を握る箒の姿があった。

 剣道を始めた頃は箒の方が強く何度も打ち負かした。しかし何度も一夏は立ち向かってきた。

 自身より強くなってからもそうだ。師匠でもある箒の父に打ち負かされても、決して一夏の方から立ち会いはやめる事はなかった。

 

(そんなお前の姿に、私は心揺さぶられ、惹かれたんだ)

 

 いじめから助けてくれた事もあったが、箒が一夏に惹かれたのはそこだけではない。

 彼の心に魅せられたのだ。

 

(だから、戦え、力の限り、頑張れ、一夏。)

 

 箒の視線の先で、一夏が再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動するのが見えた。

 

「その手はもう通じませんわ!」

 

 だが、加速した途端、セシリアに狙撃され動きが鈍った。

 次いで降ってくる射撃を避けるため、一夏は再び距離をとっての回避に専念させられる。

 

(瞬時加速(イグニッション・ブースト)はもう通じねえ! けど、俺の距離に持ち込むには使わねえと無理だろ!? だったら、どう使えばいいかを考えろ!)

 

 白式のエネルギー残量は残り少しだ。

 だが、武装にエネルギーを割かなくても良い分、機動と防御に思いっきり使える。

 こちらもギリギリだが、開幕からバカスカ撃ち、接近戦でエネルギーを削ったからブルー・ティアーズのエネルギーもあと少し。

 もう一度主導権を奪い返せば、勝てるのだ。

 

(千冬姉の試合を思い出せ! 千冬姉だって刀一本で世界を獲ったんだぞ!? 懐に飛ぶこむ術はきっとある!)

 

 他の試合はまったく見ていなかったし何故か見せてもらえなかった、千冬の試合だけは隠れて何度も見た。

 リアルタイムの試合だけでなく、この一週間、ネットにアップされている試合の映像だって何度も見返した。

 世界最強の千冬と一夏では技量はまるで違う。だが、今の自分にも出来る動きはあるはずだ。

 小さい頃はわからなかったが、今ならわかる。

 魔法のようにしか思えなかった千冬の軌道も、あらゆる基礎の上に成り立っているのだ。

 

(千冬姉だって瞬時加速(イグニッション・ブースト)は使ってる。だけど……単発じゃない! 何度も使って軌道を変えながら迫った! 直線軌道しか描けないなら、何度も動きを変えれば良い!)

 

 これなら届く。

 そう思った一夏は、再び加速の動きに移る。

 

「いい加減に諦めなさい!」

 

 一夏が爆発的な加速をした直後、撃ち落とすべく引き金を引いた。

 青色の閃光が一夏を、先程までと同じ様に射抜こうとしたところで──

 

「──はァ!? 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中にどうして!?」

 

 確かに捉えたと思った一撃が避けられた事に動揺が走る。否、避けられた事は確かに驚いたが、その避け方に動揺したのだ。

 一夏は機体の加速中に無理やり機体をズラし、軌道を変えた。

 信じられない。そう口を動かしたが、言葉にはならなかった。

 

「あなた正気ですの!? 瞬時加速(イグニッション・ブースト)の最中に機体を動かせばどうなるか──」

「お前に正気を説かれるとは思わなかったぜ! このままだと押し切られそうだからな! 一か八かだったがやれるもんだな!」

「話を聞きなさいッ!」

 

 会話をしつつも、セシリアは射撃をやめない。

 その度、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)をし、その最中に機体を動かし、多角的に動きセシリアに迫る。

 

「本っっっ当にッ! その動きはおやめさいッ!」

「敵にやめてって言われてやめる馬鹿はいねえだろ!」

 

 セシリアは焦る。

 てっきり瞬時加速(イグニッション・ブースト)が出来るのだから、その動きの間にやってはならない事があると知っているものだったと思った。

 だが、一夏の動きと言葉を聞く限り、本気で知らないようだ。

 

「──ぁあ?」

 

 再び軌道を変えたところで、白式の左腕装甲が弾けた。

 なんで? と呆けた顔を見せた後、次いで襲ってきた激痛に一夏が顔を歪める。

 

「んだよコレッ!?」

「だから言ったでしょう!? その動きはおやめくださいと!」

「だからなんで!」

 

 やはり、一夏は知らなかったのだ。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に機体をむりやり動かし、軌道を変えてはならない事を。

 

「なぜソレが使えるのにその事を知らないのですかッ!? 瞬時加速(イグニッション・ブースト)の加速中に軌道を無理に変えると空気抵抗や圧力の関係で機体に負荷がかかる! 教本にも書いてありましてよ!?」

 

 痛みに顔を歪めつつも、一夏の瞳から闘志は消えてはいない。

 凄まじい闘争心だと思いながら、早く楽にさせてあげよう。そう思ってセシリアはトドメを刺すべく、ライフルを向ける。

 けれど、一夏はまたしても加速の体勢をとった。

 

「──っ! 危険性を理解した上で尚、使いますかソレを!」

「現状、俺の手札はこれしか無いからなァ!」

 

 まだ、一夏はこの軌道の危険性を理解していない。

 最悪の場合、壊れるのは機体ではないのだ。

 その、最悪の光景を頭に浮かべたセシリアは、幾許の逡巡の後、ライフルを静かに下ろした。

 セシリアが撃たなければ、一夏が避ける必要がなければ、彼は回避の為に無理に動かさなくて済む。

 接近を許すことになり自分は負けてしまうが、それでも良かった。

 

「な……んで?」

 

 自身に向ける銃口を下げるセシリアを見て、一夏の口から気が抜けたような声が漏れた。

 と、同時にグラリと一夏の身体が揺らいだ。

 

「え……あ……あ……とちょっとなのに……動け……よ……ッ!」

 

 必死に機体を動こそうにも、動く気配はない。

 彼に異変か?とも思ったが、セシリアはすぐに検討がついた。

 

「救命領域対応でしょうね。無茶な動きを繰り返すからですわ」

 

 崩れ落ちそうになりながらもなんとか踏ん張る一夏に近づきながら、セシリアは呆れ混じりに囁く。

 機能の事は一夏も知っていた様で、小さく「マジで……?」と呟いた。

 突然戦いをやめた両者に、観客はざわめくが、二人には関係なかった。

 

「マジもマジで大マジですわ。わたくしは体験した事は無いのでわかりませんが、これで眠らされるときって結構辛いらしいですわね」

「……だろうな。どうも強制的に眠らせにかかってる感じだ」

 

 試合前のコーヒーが足りなかったか、と続けた一夏にセシリアは白い目を向ける。

 カフェインを増やせば耐えれるとかいう話ではないのだが。

 

「抵抗するだけ無駄だと思いますわ。というか、今もこうして耐えれていることの方が驚きですし。──何れにせよ、楽になるためにも身を任せてした方がよろしくてよ?」

「そういうこと……なら……俺は少し……休むから……ちょっと頼……む……わ……」

 

 言下にISが解除され、一夏の目が閉じられる。

 一夏の身体が空中に浮き、落下がはじまったところで、優しく抱きとめる。

 意識を失う前の一夏の言葉を思い返し、セシリアは知らずのうちに首を振っていた。

 

「なにが『少し休む』ですか。どうみてもこれは休憩ではなく気絶ですのに」

 

 なんて強情な男なのだ。

 知らず、セシリアは苦笑していた。

 とりあえず、これだけ喋れるのならそれほど大怪我ではないだろう。

 

「──一夏! 大丈夫か!?」

 

 と、血相を変えた千冬がアリーナに駆け込んできた。

 普段の名字読みではなく、下の名前で呼んでいる辺り焦っているのがわかる。

 というか、つい一週間前も似たような事があったな、とセシリアはぼんやりと思った。

 

「救命領域対応、その中の操縦者保護機能が働いたようです。気を失うまでは会話出来ていましたし、大きな怪我は無いとみて問題ないでしょう」

 

 安心させるように千冬に語りかけると、彼女はほっとしたように小さく息を吐いた。

 

「そう……か。──この馬鹿め。無茶な動きをするからこうなるんだ」

「同じ様なことを気絶する前に言っておきましたわ」

「……ありがとう、オルコット」

 

 小さく、ほんの小さく頭を下げた。

 アリーナから見ている者からはわからないだろうがが、セシリアは千冬が頭を下げた事に、目を丸くした。

 

「そんな。お礼を言われることではありませんわ。わたくしも言っておかねば、気がすまなかっただけですし」

「それだけじゃない。最後、お前は一夏を撃たずにいてくれた。その直後に救命領域対応が働いたということは、限界ギリギリだったのだろう。もう一度無茶な軌道をしたら、大怪我を負うところだったかもしれない」

 

 もう一度「ありがとう」と言った千冬は、救護班に一夏を預けるように伝え、セシリアに背を向けた。

 

「ふう……」

 

 ようやく、緊張から開放されたセシリアが一つ大きく息を吐く。

 イギリスにいた頃には模擬戦も多くこなしていたが、何百とこなした模擬戦よりも今の戦いの方が遥かに疲労がたまっていた。

 そんなセシリアに、背を向けたままで千冬が「ああ、それと」と声をかけた。

 

「操縦者保護機能が働かなければ、お前は一夏に負けていた。それは自覚しているか?」

「……はい」

 

 否定のしようがない、純然たる事実だ。故に、躊躇いながらもセシリアは千冬の質問に肯定の言葉を返す。

 本当の勝者は、我が弟なのだ、そう千冬は言いたいのだろうか。

 厳格な千冬ならそれは無いと思うが、どこかブラコン気質のある彼女なら言いかねないともセシリアは思った。

 だが、彼女の口から出てきた言葉は、その様な言葉ではなかった。

 

「そうか。今日は、イギリスの最新鋭機のお披露目で、なんとしても勝たねばならない一戦。いや、勝たねばと、言うよりは、負けは許されないと言ったほうがこの場合は適切か」

「ええ……それが?」

「お前に手加減はなかった。万が一にでも、動かしたての初心者に負けるという事の重大性を、お前はわかっている。お前の事情を考えれば尚更な」

「あの、織斑先生……?」

 

 彼女の意図が読めず、セシリアの言葉にも困惑の色が混ざった。

 

「なるほど、無自覚の内に、か。──お前は、負けるという意味を理解した上で、一夏を優先したんだ。祖国ではなく、一夏をな」

「……っ!?」

 

 頭を何かで殴られたかのような、衝撃が奔った。

 そうだ。今日だけは負けてはならないと覚悟を決め、臨んだというのに、最後の最後でセシリアは敗北を受け入れた。

 イギリスの為に動き、自分の地位を確固たる物にする。その為に一夏を利用するはずだった。

 しかし、間違いなく、自分は、真逆の行動をとった。

 一夏の為に、敗北を受け入れたのだ。それも、無意識に。

 

「それが、お前にとって良い変化なのか、それは私にもわからん。……だだまあ、アイツの姉から言わせてもらうと、嬉しい変化と思うがな」

 

 千冬は今、笑っているのだろう。なんとなく、セシリアはそう思った。




ミスというのはまあ、読者の皆様に見逃されることを委ねます
個人的にはこれでいいのかなっと


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目が覚めると 前編

「う…………」

 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 だが、薬品の匂いが鼻につき、ここが保健室だとすぐに悟った。

 一夏が身体を動かそうとすると、途端に全身に痛みが走る。

 

(セシリアと戦って……保護機能が働いて気絶して……それで──)

 

 視線だけを横に向けると、腕を組んだ千冬が不機嫌そうに座っていた。

 

「千冬、姉……」

「……お前は自分が何をしたのかわかっているのか?」

「──っ!?」

 

 千冬の質問に答えようと身体を起こそうした瞬間、またしても激痛が走る。

 痛みに顔を歪め、ベットに力なく横たわった。

 先程から、左腕を動かそうにもうまく動かない。

 

「無理な負荷がかかったせいで、全身の筋肉にダメージがあるようだ。特に、左腕は筋断裂一歩手前という状況だ」

「マジか……」

「一夏」

 

 学校での呼び方ではなく、家での呼び方をされた。

 だが、発せられた声に込められた怒気を感じ取り、一夏の背中に冷たい物が流れた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)中の方向転換。これがどれだけ危険か知らなかったのか?」

「……やり方は知ってたけど、それは知らなかった」

 

 正直に言っても、千冬はまだ目尻を吊り上げたままだった。

 

「オルコットから聞かされた後もやろうとしていた様だが?」

「………………ごめん」

 

 今度こそ、言い訳も出来ず素直に謝るほかなかった。

 バツの悪そうな表情の一夏を見て、ややあって千冬が口を開く。

 

「ただ、まあ、アレは瞬時加速(イグニッション・ブースト)でやったから無茶なのであって、やろうとした事自体は間違ってはない。そのための技法もあるから、調べて次からはそれを使え」

「……わかった」

 

 千冬の言葉に一夏は苦笑を漏らす。

 なんとも不器用なことだが、千冬はこれで励ましているつもりらしい。

 と、千冬の手が伸びてきて、一夏の頭を撫でた。

 

「……試合中、お前の言葉を聞いて、正直申し訳ないと思った。私の肩書が、お前を苦しめてるのだろうと」

 

 千冬の表情から、先程のような不機嫌な雰囲気は消えていた。

 一夏は直視できず、窓の外に視線をやる。

 既に日は沈み、夜の暗い影が広がっていた。

 試合が終わったのは夕方だったが、目覚めるまでずっとここにいてくれたのだろうか。

 

「それは、どうあがいても変わらない事実だからな。俺がどんなに『俺は俺、千冬姉は千冬姉』って言ったところで、千冬姉の弟って見られるわけだからな」

「一夏……」

 

 千冬の声が震えた。

 なんとなく、今の千冬の表情は見たくなかった一夏は、窓の外を見たまま、続けた。

 

「でも、それもひっくるめて、織斑一夏なんだよ」

「だが、そのせいでお前に無茶させたと思うと私は……。ブリュンヒルデの弟と言われるのがお前の重荷だと思うと──」

「──千冬姉が、俺の重荷な訳あるか」

 

 千冬の言葉を遮る。

 確かに、一夏がIS学園で必死に学んでいるのは千冬の存在がたったからだ。

 だが、それを重荷と思われるのは他ならぬ一夏が許せなかった。

 そもそもだ、千冬の存在がなかったならば、セシリアとここまで渡り合えなったと一夏は強く思っている。

 千冬の存在が、自分の背中を押したのだ。

 

「俺が、オルコットと渡り合えたのは千冬姉の存在があったからだ。千冬姉がいたから戦えたんだ。だから、そんな事は言わないでくれよ」

 

 普段なら、恥かしくて言えない様な事だろうに、今は不思議と舌が回る。

 先程の戦いの余韻で、昂ぶったままどこか浮ついているのだろうか。一夏はぼんやりと思った。

 

「あの日、千冬姉が守ってくれた俺は、守る価値のあるものだったんだってみんなに証明するんだ」

 

 熱に浮かされた一夏は、このセリフを聞いた千冬がどんな表情をしていたか、気付くことが出来なかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「お目覚めですか?」

 

 千冬が保健室を出た後、痛み止めの薬を飲んだ副作用か、襲ってきた睡魔に身を任せて眠りについた一夏だったが、人の気配を感じ取り目を開けると、視界いっぱいにセシリアの顔が映っていた。

 それはまあ、いい。おそらく看病に来てくれたのだから、ここに居ても不思議ではない。

 ただ、距離がすこぶる近い。

 一夏が少しでも身を起こせば、あるいはセシリアがもう少しでもかがめば触れ合う程の近さだ。

 

「近いな」

「今なら、キスをする千載一遇のチャンスだと思いまして」

 

 正直なものだと一夏が苦笑いを浮かべると、セシリアが顔を離す。

 

「なんだ、やらないのか。俺は激痛で動けないから本当にチャンスだぞ」

「遠慮しておきますわ。キスした程度で何か得るわけでもありませんし」

「俺のファーストキスにメリットが無いみたいに言わないでくれるか?」

 

 不機嫌そうな表情を浮かべる一夏に、セシリアは面白そうに笑みを浮かべる。

 それと同時に、無茶な機動の後遺症は無さそうだとセシリアは安堵した。

 

「…………………」

「…………………」

 

 それっきり、二人の間には沈黙が生まれた。

 もともとの社交性は二人とも高いのもあり、日常ではお互いに軽口を叩いたり、勉強の真面目な時もコミュニケーションを欠かさなかった事を考えると、この沈黙は珍しかった。

 一夏はぼーっと外を見ているだけだったし、セシリアの方は、何かを探すかのように、宙に視線を漂わせていた。

 

「──織斑先生に聞かれましたわ。最後、あなたを撃たなかった事について」

 

 沈黙を破ったのは、セシリアの方だった。

 一夏は視線を窓から外し、彼女の方に顔を向けた。

 

「俺もそれは気にはなったよ。それまでなりふり構ってなかったくせに、あそこで急に銃を下ろしたことが」

 

 勝ちを譲ったとも取れる動きだが、だとすればもっと早くそうしていたはずなのだ。

 至近距離でミサイルを放った事を考えると、尚更だ。

 

「織斑さんのISは限界でした。それまでに攻撃を受け、脆くなっていたとはいえ、突然装甲が剥がれたのを見ればわかりますわ」

「そうだな。そこで俺も身体の痛みも自覚した。ISは痛覚を遮断するって聞いてたからおかしいなとは思った」

「それでも織斑さんは、戦おうとした。身体に異常が出ているにも関わらず」

「正直、あの時はアドレナリンが大量に出てたんだろうな。冷静な判断が出来ていなかった。どうなるか知った今、もう一回やれって言われても恐ろしくて出来ねえよ」

 

 もっとも、命の危機が差し迫ったり、緊急時には躊躇なく使用するつもりではあるが。

 

「ですが、あの時のあなたは使おうとした。わたくしは、あなたに苦しんで欲しくなくて、またわたくし自身もあなたの苦しむ姿を見たくなくて、引き金を引くことが出来ませんでした」

「……本当に、こうやって聞くと求愛されてるような気がするから不思議だ」

 

 いつもの様に、一夏が苦笑交じりに呟くと、セシリアが自嘲気味に呟いた。

 

「──あながち、その言葉は間違ってないのかもしれませんわね」

 

 言いつつ、セシリアが一夏の右手にそっと手を重ねた。

 深夜の保健室に、怪我で動けない男の看病に来た美少女。ラブコメを始めるにはお誂え向きだ。

 とはいえ、だ。

 一夏とセシリアはその例からは漏れていたはずだ。

 今回もいつもと同じ様に「あなたのことは好きでもありませんので」という事を言われるのだろうと一夏は身構えていただけに、セシリアの口から出てきた言葉は意外だった。

 これでは、紛うことなきラブコメだ。セシリアがいつものような余裕そうな笑みではなく、どこか弱気混じりな、思わず抱きしめたくなるような雰囲気を醸し出しているのも、拍車をかける。

 間違いなく、身体が万全なら起き上がり抱き寄せていたな、と一夏はぼんやりと思った。

 

「あなたもおっしゃったではないですか。わたくしの負けられない事情もわかる、と。……ならばおわかりでしょう? わたくしは、祖国とあなたを秤にかけ、あなたをとった」

「そりゃ、目の前で怪我なんかされたら目覚めが悪いしな。俺でもそうするぞ」

「あなたとわたくしでは、背負っている物の大きさが違いましてよ?」

「……まあ、それはそうだが」

 

 確かに、セシリアと自分では立場が違う。

 これはどうしたもんかと一夏が頭を捻っていると、セシリアが「言っておきますが」と口を開いた。

 

「対戦相手があなたでなければ、あの場面でもわたくしは容赦なく撃ってましたね」

「いきなり怖いこと言わないでくれるか?」

「女子生徒ならまだしも、男性が相手なら尚更ですわ」

「……すまん。マジでその言葉の意味がわからん。なんで男相手なら容赦なく撃てるんだ?」

 

 一夏は本気で、彼女が何を言っているのか理解出来ないでいた。

 それをそのままセシリアに伝えると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした表情になった。

 なんとも、今日は様々な表情が見られるものだ。

 

「え……? だって、いや、あなたはわたくしの事は調べたのでは? てっきりわたくしの男性嫌いの事も知っているのかと」

「お前の個人的な嗜好なんか知るもんか。調べたっても……まあ、なんだ。両親の事とその後の事くらいだし」

 

 そう伝えると、セシリアが大きなため息を吐くと、脱力した様にベットに突っ伏した。

 正直、お腹の辺りに乗られると重みで痛く、思わず情けない声を上げそうになったが、格好つかないのでなんとか堪えた。

 セシリアはそんな一夏の様子に気付かず身を起こし、気の抜けた様でもあり、そしてがっくりした様な表情そのままに続けた。

 

「……たしかにその程度のことならネットでも調べられますわね」

「イギリスがバックアップして色々調べられるお前と違って、俺にはそんな後ろ盾はないんだよ」

 

 俺を何だと思ってたんだお前と一夏はセシリアに非難する視線を向けた。

 すると、セシリアはバツの悪そうな顔をして顔を背ける。どうやら、勢い余って言わなくても良いことを言ってしまったようだ。

 

「……ってお前男嫌いの癖に俺としょっちゅう一緒にいたのか」

 

 だが、そうなると彼女は嫌々自分と接していたことになる。

 

「それはちょっと、悲しいな。俺はお前といる時間は嫌いじゃなかったけど、そう思ってたのは俺だけだったって事か」

「そんな事はありませんわ!」

 

 らしくない、セシリアの大声が保健室に響いた。

 一夏に向けられたセシリアの視線は、真剣そのものだ。

 

「初めはそれが命令でしたから、自分を押し殺した部分があったことは否定しません。でも、そんな思いはすぐに消えましたわ。あなたはわたくしが嫌うような男性ではなかったから。だから、あなたと過ごした時間は苦痛でもなんでもなかった。……むしろ、わたくしもあなたと一緒に過ごした時間は楽しく、ふと、自分が男性嫌いだった事を忘れる瞬間もありました」

「おいなんか告白めいてないか? 大丈夫なのかコレ」

「茶化さないでいただけますか。今、割と真面目に話してますので」

 

 そんな事を言いつつ、セシリアの方も恥ずかしくなってきたのだろう。

 先程と同じ様に一夏のお腹の辺りに、顔をうずめた。

 

「だからお前、最初に話した時にちょっと俺を嫌ったというか、不快そうな顔をした理由は」

「え……?」

「初日の、教科書を貰った辺だったかな。お前と比べて卑下した時、お前は一瞬表情を歪めてたんだよ。アレは嫌ってたから無意識に出たって事か……その後は感じさせなかったけどな」

「よく見てますわね……。というか、それだけ人の気持の機微に鋭いのになぜ恋愛ごとになると鈍くなるのでしょうか?」

 

 箒の顔を思い浮かべ、セシリアは本心から気の毒だと同情した。

 

「俺に聞くな。つーか事あるごとに『もしかしたらコイツ、俺に惚れてるな?』とか思ってる奴は自意識過剰にも程があるっての。それに万が一外れていたら恥ずかしいなんてモンじゃないぞ」

「それはまあ、そうなんですが……」

 

 一夏の言葉にも一理あるのだが、何事にも限度というものもあると思うのだ。

 もっとも、箒はもう少し積極的になっても良いとも思うが。

 と、一夏の手がセシリアの頭の方に伸びてきて、暗闇の中でも映えるセシリアの金髪を弄りだす。

 小さく「あ……」と声を漏らすが、それだけだった。

 他の男なら迷わず振り払っているだろう。だが、彼が相手と考えるとやはり嫌悪感は湧いてこない。

 むしろ、もっと触って欲しいとすら思った自分に驚いたくらいだ。

 

「こんな俺でも、真剣に告白されたのならしっかりと向き合うさ」

 

 ポツリと呟かれた言葉は、なぜか実感が込められているように感じた。

 意外に、そういった経験があるのだろうかとセシリアが思っていると、一夏がじろりと睨んできた。

 

「で、なんでまたこんな話をしにきたんだよ。時間だって遅いだろ」

 

 一夏が時計を指差すと確かに、既に日付が変わっている時間だ。

 IS学園は土曜日も授業があるため、本来は金曜日の夜ふかしはあまりよろしくない。

 そんな事を思っていると、今度はセシリアが一夏にジト目を向ける。

 

「そのセリフ、夜ふかし常習犯に言われても説得力はありませんわね」

「あいにく、俺はこんな有様だから明日は休みなんだよ。だから今日は徹夜し放題だな」

 

 まあ、徹夜したところでやれる事はなにもないけどな、と続けた一夏にセシリアは苦笑を漏らす。

 だったら、なにも夜ふかしなどしなくても良いではないかとも思うが。

 

「お前は普通に学校あるからさっさと寝とけって。徹夜は美容にも良くないと言うしな。せっかくの美人が台無しだぞ」

「なら、せめてわたくしの話をもう少しだけを聞いて頂いてからでもよろしいですか?」

 

 いつものように、気軽に返そうとした一夏だったが、セシリアの真剣な雰囲気を感じ取って、セシリアの頰を優しく撫でるだけだった。




長くなってきたので前後編で分けます
というか、5400文字くらい書いたのに、千冬姉パートは1800文字。セシリアパートは3600文字…しかも後編もある。

なんで身内よりセシリアの方が長いんですかねえ…!


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目が覚めると 後編

「わたくしが、本国からあなたに対してのどんな命令をされているか、興味はありませんか?」

 

 頭を一夏のお腹に預けたまま、セシリアはポツリと呟いた。

 

「そりゃ、興味はあるが……。それ、本人に言うことか?」

「確かに、本人を前に言う方は少なそうですね」

 

 互いに苦笑いを交わす。

 やはり、この関係は奇妙なものだと改めて理解したのだ。

 

「少ないなんてものじゃないっての。それで、なんでまた言う気になった?」

「あなたに対して、誠実でありたいと思いまして」

 

 その一言に込められた意味は、何なのだろうか。

 ただ、良き友人に対して言う言葉だろうか。

 

「あなたを本国に連れて帰るか、難しい場合は、えっと、その……織斑さんの遺伝子を持って帰る事ですわ」

「なんでそこで言い淀むんだよ。要は俺の精──」

「女性の前でハッキリと言わないで下さい」

 

 不機嫌そうに顔を歪めたセシリアが一夏の言葉を遮る。

 まあ、女性に言うのはあまりよろしい単語では無いのは確かだろう。

 

「まあ、予想通りっちゃ予想通りだな。俺自身を連れて帰らなくても、アレさえあれば研究は出来るか」

「ええ、その通りですわ」

 

 遺伝子情報を調べるのなら、十分すぎるサンプルだろう。

 もちろん、本人が居た方が良いだろうが。

 

「んじゃ、さっきも言ったが今はチャンスだな。俺は見ての通り動けないし、ヤるなら今だぞ」

「ムードも何もあったものじゃないですわね。というか、誘い文句としては最悪もいいとこですわ」

 

 不機嫌そうに口を尖らせるセシリア。

 というか、誘い文句によっては応じる可能性がありそうなセリフに、一夏は少し驚いた。

 普通は、聞かなかった事にして流すのが正しい対応なのだろうが、あいにく、この男はそういったタイプではなかった。

 

「そいつは悪かった。じゃあ、ロマンチックな空気を作って誘えばOKという事だな?」

「……その聞き方はズルいですわ」

 

 頰を膨らませるセシリア。

 こんな表情も出来る奴だったのかと、一夏は少なからず驚く。普段の貴族然とした隙のない振る舞いも悪くはないが、こういう年相応の表情をするのも良かった。

 

「……やっぱお前、可愛いわ」

「と、突然なんですの!?」

 

 思わず吐いて出た言葉に、セシリアが動揺したように目を白黒させる。

 大分、自分はこの少女に毒されているかも知れないなと、妙に客観的に思った。

 

(もっと付き合いの長かったアイツと、何が違うんだろうな)

 

 ふと思い返したのは、中学生の頃に事あるごとに自分と一緒に行動を共にしていた少女の姿だ。

 彼女もセシリアに負けず劣らずの美人だったし、性格的な相性も良かった様に思う。

 

(ま、過ぎた事だ。考えても詮無いことだな)

 

 それよりも、目を向けるべきは今、そしてこれからの未来の事だ。

 

「……お前のその命令。期限とかは決められてるのか?」

「いえ、特には。……他国に先を越されるなとは言われてますけど」

「なら、急がなくてもいいかもしれんな。……お互いに」

 

 互いに、という言葉に込められた意味は、セシリアにもなんとなくわかった。

 今の自分の気持は本物か、一時の熱に浮かされた朧げなモノではないのか。それを確かめるには、もっと時間が必要だろう。

 そしてそれは、一夏にも同じことが言えそうだ。

 

「わたくし達が今の立場でなければ、恋仲になっていたと思います?」

「そんなモンは知らん。お前が代表候補生じゃなかったら、俺がISを動かせる男じゃなかったら、そのどっちかが欠けてたら俺らは出会ってすらいない。だから、その仮定は無意味だな」

「冷たいですわね。もっと優しい言葉をかけて頂いてもよろしいではありませんか。あなたはもっと女性に配慮できるような物言いをしたらどうでしょうか?」

 

 なんだそりゃとも思ったが、まあいいだろう。ここは彼女の提案に乗ってやる事としよう。

 一夏は穏やかな笑みを浮かべ、恭しく口を開いた。

 

「僕と君は運命の赤い糸で繋がっている。たとえ今と立場が違っていたとしても、君の全てを照らす魂の輝きをこの僕が見つけられないはずはない。どこかで必ず僕は君に惹かれ、こうして語り合っていただろう」

 

 ご所望の通り、一夏は普段は絶対に言わないだろう甘い言葉をかけてみた。

 もっとも、言葉をかけられたセシリアの方はぽかんとして見返し、一拍の間を置き、吹き出した。

 

「な、なんですのそのキザな言葉は。そんな言い回しをされたところで、人には向き不向きがございますわよ?」

「そんな事を言わないでくれよ僕の光よ。僕は君の為にしてあげられることは全てやりたいのさ」

 

 それでも、懲りずに一夏は続ける。

 セシリアに至ってはもはやお嬢様らしからぬ振る舞いを見せている。

 声を上げて笑い、目尻には涙が浮かんでいたりする程だ。

 

「い、意外にそういう言葉遊びも似合いそうですが、やはり、わたくしは普段のあなたの態度の方が好きですわね」

「だったら、優しい言葉をかけろとか配慮しろとか言うんじゃねえ。せっかくやってやったのにこれだけ笑われるんなら、頼まれたって二度とやるもんか」

 

 あからさまに拗ねた様子の一夏。

 そんな彼の様子を微笑ましいとセシリアは思う。

 と、ずっと横になっていたせいか、髪の毛に寝癖がついてしまっているのに気付く。

 放っては置けないセシリアが一夏の頭に手を伸ばしを軽くとかす。

 男の癖に、なめらかな触り心地だ。普段の彼の様子から別段、手入れはしてなさそうなだけに羨ましいものだとセシリアは感じた。

 

「……お前が男嫌いでよかったと心底思ってるよ」

「あら、それはどういう意味で?」

「お前は天然の男殺しみたいだからな。誰彼かまわずそういう事をやっていたら、今頃大変な事になってるぞ」

 

 少女漫画もびっくりのハーレム集団が誕生していたかも知れない。

 利権を狙ってセシリアに近づいた男達が、逆にセシリアに手懐けられる光景を思い浮かべ、思わず一夏の口元に笑みが漏れる。

 

「あなただけには言われたくないですわね。無意識に異性を惹き付けるという意味では、あなた以上の人はいないはずですから」

 

 そんな事はない、と否定してやりたかったが、言葉になることはなかった。

 

「さて、そろそろ帰った帰った。マジで寝坊しても知らんぞ。……なにより同居人も心配していると思うしな」

「ああ、それなら大丈夫ですわ」

 

 一夏が訝しげな視線を向ける。

 言葉の真意が、本気でわからなかった。

 

「織斑さんのお見舞いに行くと言ったら、快く送り出していただけましたし」

「……マジか」

「本来は明日にしようと思っていたんですけどね。その事を伝えたら『彼氏のお見舞いを後回しにするのはどうかと思う』とも言われまして」

 

 完全に外堀が埋められてるじゃねえかと一夏は思った。

 

「やっぱ彼氏って思われてるのな……」

「一応、今回は否定しておきましたけど」

 

 前回、明確に否定しなかった事の影響がありありと出ているのは間違いようのない事実だった。

 

「今になって否定するのは遅いんじゃねえのとは思うけど、まあいいや」

 

 今更愚痴っても、詮無いことなのだ。

 もしかしたら、嘘から出た真という言葉があるように本当になる可能性も秘めていることだし。

 

「あ、それと。クラス代表の事ですが」

 

 そういえば、今日の戦いはクラス代表を決める戦いだったと今更ながらに思い出した。

 

「ああ。それはお前が勝ったんだから、お前がやるのが当然だろ」

 

 もともと、やる気のなかった役職を、どうにかセシリアに押し付けられないかと思っていた所である。

 彼女に譲るのにはなんら抵抗はない。むしろ、やってくれと懇願する立場だ。

 だが、セシリアは釈然としない表情を浮かべているが。

 

「それに、クラス代表みたいな優等生がやるような役職は俺には合わん。お前の方がよっぽとお似合いだろうさ」

 

 優等生なのは見てくれだけだが、と付け加える。

 確かに、こうして、一夏と夜中に逢っている時点で優等生でもなんでもないので、セシリアも苦笑いするだけだった。

 

「では、クラス代表は拝命しましょう」

 

 セシリアは最初から立候補の立場にあった。

 そういう意味では、クラス代表の立場に就くのは異論はなかった。

 と、一夏が眠そうに目を瞬かせる。

 

「俺は寝るから、適当に帰っていいからな」

 

 言うや否や、一夏が目を閉じる。

 セシリアが来る前までに結構寝ていたはずなのだが、やはり疲労が溜まっているのだろう。ほどなくして寝息が聞こえた。

 一夏を起こさないようにと、ゆっくりと立ち上がり、改めて彼の顔を覗き込む。

 あどけなさが残る中にも、どこか男らしさを秘めていた。

 黙っていれば文句なしのイケメンである。

 

「おやすみなさい。──一夏さん」

 

 初めて、名前で呼んだ。

 たったそれだけの事なのに、胸が絞まるような感覚に襲われた。顔が真っ赤に火照ってるのが、触れなくともわかる。

 これは、しばらく練習をしなければ、気安く名前を呼ぶ事など出来なさそうだ。

 少しだけ、気安く呼べる箒の事を羨ましく思った。



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転校生は──

まあ、タイトルで察してしまうでしょうが鈴ちゃんが転校してきます。
で、ですね。実は転校時期とか色々調べる内に、原作で重大なミスに気付きまして。
最初千冬姉は入学時の初日に「再来週に対抗戦をやる」と言ってたんですが、その後鈴と一夏が戦うのって5月なんですね。
……ええ、リアルに変な声が出ました。千冬姉、あなたに取って二週間は一ヶ月分ということなのですか……?というか1巻からなんてミスしてんのやと思いつつ、今作はこの週でクラス対抗戦します。

ランキングでISの小説探すの日課になってるので、日間ランキング入ってるのみてまたリアルに変な声出たゾ。
マジでありがとうございます。オルコッ党の勢力拡大の為にこれからも頑張りたいと思います。


「織斑くんおはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 月曜日、身体のダメージも回復した一夏が教室に入ると席が隣の相川にそう声をかけられた。

 一応、先週末には倒れて気絶した身なのだが、心配よりも転校生の話が先かと苦笑を漏らす。

 まあ、たしかに転校生もビッグニュースではあるが。

 

「ふーん、この時期にか?」

 

 机に鞄を放り投げつつ、一夏が疑問を示す。今は四月で、まだ入学から二週間しか経っていない。

 そこに転入ということは、簡単には出来ない。それこそ、セシリアの様に国などの大きな後ろ盾がないと難しいのだ。

 そういった面で考えると、どこかの代表候補生というのが妥当な線だろう。

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

 一夏の考えを読んだわけではないだろうが、彼の思っていた通りの言葉が返ってきた。

 と、一夏が教室に入ってきたときは自分の席に座っていたセシリアが、立ち上がって一夏達の方へやってきた。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

 例によって、腰に手を当ててのポーズをとっている。

 気取ったポーズだが、彼女がやると様になって見える。今度どこかのタイミングでやってみようと思いながら一夏が否定の言葉を口にした。

 

「いや、俺に接触したくての転入だろ」

 

 IS学園では外部からの接触は守ってくれるが、学園内の生徒になりさえすればいくらでも接触できるのだ。

 それこそ、セシリアがやっているように。

 彼女の祖国イギリスからは、今の一夏とセシリアの関係は好都合に思われているに違いないだろう。

 もしかしたら、イギリスに先を越されたという意味ではセシリアの存在を危ぶんでの転入というのはあながち間違ってはいないのかもしれないが。

 

「このクラスに転入してくるわけでは無いのだろう? だったら騒ぐほどの事は無い」

 

 一夏の言った、接触という言葉を受けて箒がそう言った。

 ライバルが増えるというのも問題ではあるのたが、どちらかというと一夏を物扱いしていることに、気が立っての事だ。

 

「にしても転校生か……どんな奴なんだろうな」

 

 ふと、一夏が呟く。

 

「……気になるのか?」

「ああ、少しは」

「ふん……」

 

 今度こそ、同情を不機嫌が超えた。

 見れば、セシリアも若干だが、顔を歪ませているのが箒の目に映った。

 だが、肝心の一夏は二人の方を気にせず、「中国……中国か」などとつぶつぶつと呟いていたが。

 

「あ、ゴメン。一夏ってこのクラスだったよね? もう来てる?」

 

 ふと、教室の前方の入り口周辺から声が聞こえた。

 聞き馴染んだ声だったがゆえに、一夏は知り合いが来たのだろうと席を立とうとしたところで、違和感。

 クラスメートは見知らぬ存在に、少なからず動揺している。だが、一夏はこの声を知っていた。

 

「うそ……だろ」

 

 かすれるような声が一夏の口から漏れた。

 この声を、聞き間違えるはずがなかった。なぜなら、つい一年前まで嫌というほど聞かされた声なのだから。

 一夏が思考をまとめて、名前を呼ぶより早く、一向に動かない一夏に業を煮やしたのか、件の少女が人垣を掻き分けて、やってきた。

 

「鈴……?」

「そ、久し振りね一夏。元気してた?」

 

 気安い様子で、手を振ってくる。

 

──なんでお前がここに。

──まさか転校生って。

──つーか来るなら連絡しろよ馬鹿。

 

 などなど、一夏の脳裏を言葉が駆け巡る。

 だが、そのどれもが声にはならなかった。

 

「え……は……? いや、えぇ……?」

 

 出てくるのは要領を得ない言葉のみ。

 セシリア達は怪訝そうな視線を送っていたが、件の少女も同じ様に胡散臭そうな視線を一夏に送る。

 

「アンタ、久し振りにあった幼馴染に対する態度がソレ? 驚かせたくて連絡しなかったけど、失敗だったかなこりゃ」

「おいコラ、連絡なしは確信犯か」

 

 と、一夏がようやく再起動したタイミングで、セシリアがようやく彼女の正体に気付いた。

 

「中国代表候補生……凰鈴音……」

 

 先程まで、話題の中心にあった、転校生の事だった。

 だが、セシリアの説明を受けて尚、いや、受けたが故に一夏はますます混乱した。

 

「え、お前代表候補生になってたのか? いつの間に? というかIS操縦者に」

「まとめて聞かないでよ。あたしだって色々聞きたい事はあるんだし」

 

 それもそうかと思った一夏は、逸る気持ちを抑える。

 お互いの事情を話すのは、後でも出来る。今は、再会を喜ぶべきだろう。

 

「お前と会うのも久しぶりだな。──中二の終わりに転校したから会うのは一年と少し振りか?」

「そうね。どう? 久しぶりに再会した幼馴染に何か言うことは?」

 

 胸を張って立つ少女──ではなく鈴。

 そんな彼女の胸の辺りを見て、一夏はひとつ頷く。

 

「うん、あまり変わってないな。そりゃ一年じゃ変わらんか」

「ぶっ飛ばすわよ。アンタ」

「俺は病気怪我がなく息災で良かったという意味で、変わってないなって言ったんだぞ? それに対して怒られるとは心外だな」

「だったら胸をみて言うんじゃないわよッ」

 

 ナチュラルな一夏のセクハラに、クラスメートが少しざわついた。

 あまり、この様な物言いをする性格だとは思っていなかったからだ。

 だが、そんなクラスの雰囲気を他所に、一夏と鈴は楽しげに笑い合う。セクハラを受けた鈴も口調こそ怒っている様子だが、表情を見れば本心からではなく、じゃれているような印象を受ける。

 

(なんなのだコレは)

(なんですのコレは)

 

 奇しくも、箒とセシリアの思った感想は同じだった。

 面白くない。ものすごく面白くない。非常に面白くない。

 箒は二人の、長年の付き合いがなければ出来ないであろうそのやり取りに、自身の唯一と言っても良い『昔からの仲』というアドバンテージが消えつつあるの事を理解し、セシリアは一夏が見せる普段のどこか斜に構えた振る舞いではなくある意味、年相応のどこか浮ついた様子の一夏を見て心がざわつく。

 というか、幼馴染で代表候補生で専用機持ちとかスペックだけ見れば箒とセシリアの合わせ技である。

 

「おい、そろそろSHRだ。クラスに戻れ」

 

 箒とセシリアが鈴の存在に恐れおののいていると、鈴の後ろに現れた千冬が声をかける。

 

「あ、千冬さん。お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな。相変わらず、元気な様で何よりだ」

「ソレだけが取り柄みたいなモンですから」

「そう謙遜するな。──ああそれと、ここでは織斑先生と呼ぶように」

 

 千冬とも、普通に話している。それに、珍しく千冬の方も口元にうっすら笑みを浮かべて対応するくらいなのだから、驚くべきことだ。

 

「んじゃ一夏、あたしはそろそろ戻るから」

「あ、今日昼飯どうだ?」

「いいわよ。じゃ、終わったら迎え来るわね」

 

 さり気なく昼食の約束をして、鈴は教室から出ていった。

 

「……織斑さん。彼女とは親しいので?」

「そ、そうだぞ。彼女とはどういう関係で」

 

 途端、セシリアと箒が一夏に質門を投げる。

 それに一夏が答えるよりも早く、千冬が口を開いた。

 

「後にしろ、SHRが先だ。……昼食の時間にでも聞けばいいさ」

 

 そう言うと、パンと手を叩き意識を切り替えさせる。

 無論、それだけ意識が切り替わるはずもなく、箒とセシリアは午前中の授業でそれなりの注意を受けた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「いーちーか。ご飯行きましょ」

「おう。んじゃ、行くか」

 

 さて、昼食の時間である。

 約束通り、鈴が迎えに来ると一夏が教室を出たところで、口を開く。

 

「悪いが、二人ばかしついて来るがいいか?」

 

 そう言って親指を立てて後ろからついて来た箒とセシリアを指す。

 それを見た鈴は、じっと目を細める。

 

「あー……なるほどなるほど。いいわよ。どうせならみんなで食べた方が賑やかでいいからね」

 

 何やら、納得した様子で頷くと、身を翻して先頭となって歩きだす。

 

「自慢気に歩きだしてるが、場所知ってるのか?」

「知るわけ無いでしょ。でもこの時間だったらみんなが向かってる方に行けば間違いないでしょ」

 

 それもその通りなので、一夏達は黙ってついてくことにした。

 箒とセシリアは参加したい旨を伝えた時、鈴は気にした様子もなく二つ返事で了承してくれたのが、二人にとっては意外だった。

 もし、一夏に惚れていたら二人きりになれなかったが故に、不機嫌な様子を見せてもおかしくないだけに。

 

「……どうしたもんか」

 

 箒がなぜついてきたかはさっぱりわからないが、セシリアがついて来たがった理由はなんとなく察した一夏は、この後の展開で訪れるであろう質問にどう答えようかと、少しだけ悩む。

 正直に言ってもいいか、悩むところなのだ。なにせ、自分だけの事ではないのだから。

 

 そうこう考えてる間に、食堂に到着。

 各々食事を受け取ると運良く空いていたテーブルに腰を下ろす。

 

「びっくりしたわよ。アンタがISを動かすってニュースで見て」

「それはこっちのセリフだっての。いつの間にIS操縦者になってやがるんだよ。それに代表候補生って」

 

 最初の話題は鈴と一夏がISに携わった経緯についてだ。

 お互い、それまではまったくと言っていい程ISに関わってないだけに疑問は尽きない。

 

「まあ、色々ありまして。で、アンタの方はなんでISを動かしたのよ」

 

 だが、鈴としては細かい事は言うつもりはないのか、はぐらかす様な答えになった。

 なら、自分も細かい事は省いても良いと思ったのか、一夏も意味深げに答えることにした。

 

「こっちの方でもまあ、色々ありまして」

「真似すんじゃなわよ。……まあ、勿体ぶってるけど報道の通りでしょうけどね。藍越学園とIS学園を間違えたって聞いた時はンな訳ないでしょって思ったけど、アンタならやりかねないと思ったし」

「なんだその絶妙に失礼な評価は」

「でも事実でしょ?」

「まあ……はい……そうです……」

「やっぱりねえ。アンタってしっかりしてそうに見えてその実、抜けてるトコあるから」

 

 アンタの事なんてお見通しなのよと言わんばかりの鈴の言葉に、一夏はぐぬぬと小さく唸った。

 と、いよいよ我慢の限界に達したのか、二人の会話にセシリアと箒が割り込んだ。

 

「一夏さん。そろそろこちらの彼女との関係を教えてもらいたいのですが」

「そうだぞ。も、もしかして、つ、つ、付き合ってたりするのか!?」

 

 やはり、この質問か。

 なんで箒も気になってるんだと思いつつ、なんて答えようか迷っていると、鈴がなんでも無いことの様に言い放った。

 

「そうだと良かったんだけどね。残念ながら振られてるのよねあたしは」

「お、おい鈴、それは──」

 

 まさか、正直に答えるとは思わなかった一夏が、慌てた様に鈴を咎める。

 

「なーんで振った側のアンタが焦ってるのよ」

「いや、だってなあ……」

「別に引きずってる訳でもないし、アンタが気にしてもしょうがないでしょ」

「それはそうなんだが……」

 

 やはり、人に聞かせるような話ではないだけに、鈴が気にした様子が無いのが一夏としては意外だった。

 すると、今度は咳払いが聞こえた。またしても置いていかれたセシリアが存在をアピールする。……まあ、セシリアと箒もあまりの衝撃に言葉を失っていたのもあるが。

 

「あの、わたくし達を置いて盛り上がらないで下さいな。……いやでも、結構驚きましたが」

「ああ、すまん。でも質問にはちゃんと答えただろ?」

 

 個人的には、こういう風に伝えるつもりはなかったが、と付け加える。

 

「にしても……驚きましたわ。まさかそんな事があったとは」

「まあ、わざわざ言う話でもないしな」

 

 中学時代、小学校の時代、色々と調べられている様だが、流石にこういった込み入った話は知られていない様で、一夏はひとまず安心した。

 さて、この話は終わりだと気を取り直そうとするが、そう思ったのは一夏だけで、セシリアはまだ、この件を掘り下げたい様だ。

 

「でも、なんでお断りしたんですの? 可愛い方ですし、お付き合いされても良かったのでは?」

「鈴のいるところで振った理由を聞くんじゃねえ。……いや、鈴が居ないトコでも、お前に言うつもりはないが」

「それは失礼。わたくしも気になる話でしたので、気が立ってまして」

「ああそう」

 

 鈴には申し訳ないが、セシリアは本心から安堵のため息を吐いた。

 と、そのタイミングで水を切らした鈴がコップを片手に席を立つ。

 

「ちょっと水取ってくるわ。……えーと、そこのポニテの人、場所教えてもらってもいい?」

「な、なんで私が」

「いーからいーから」

 

 半ば強引に箒を連れて席を離れる。

 程なくして、もう一夏に声を聞かれないと判断したのか、コップに水を注ぎながら箒に問う。

 

「……で、アンタは一夏の事が好きなの?」

「べ、別に私は──」

 

 途端、顔を真赤にした箒の言葉をみなまで聞かず、早々に察した鈴はこれ見よがしに肩を大きく落とす。

 

「あーはいはい。わかったからもういいわよ。──ほんと、あの馬鹿はどれだけの人を惚れさせれば気が済むのよ……」

「は、話を聞け! 違うと言っているだろう!」

 

 この様子を見て、誰が信じられるというのだろうか。いや、一夏なら気付かないだろうが。

 

「そんなわかりやすく動揺しておいて否定するのは無理があるわよ。……まあ、行動を起こした側から一個アドバイスしてあげるけどさ。一夏の告白を待とうなんて思わずに自分から告った方が良いわよ。あいつ、自分から告白するなんて事は絶対しないでしょうから」

「よ、余計なお世話だ。それに、普通は男から告白するものだろう!」

「そんなんばっか言って普段から待ちの姿勢ばっかだから、あの金髪さんに先を越されるんでしょーが」

 

 箒がうっと言葉を詰まらせた。

 その様子に、鈴の言葉は間違いがないのだという事を雄弁に語っていた。

 

「な、なんで今日転校してきたばかりのお前が知ってるんだ」

「見てりゃわかるわよ。今だって一夏取られちゃってんじゃないの」

「お前が飲み物を取りについて来いと言うからだろう!?」

「あらそう? アタシが見る限りアンタはあの中に割り込めないとは思うけどねー。アタシと一夏が話し込んだ時も話に割り込むきっかけは金髪さんが作ってたし。アンタはそれに乗っかってただけじゃん」

「うっ」

 

 駄目だ。何を言っても返される事実に箒は言葉を失った。

 そもそも、箒自身が自覚もしていることでもあるのだから。

 コミュニケーションが苦手な箒と違って、セシリアはガンガン一夏にアタックをかけている。

 そんなセシリアに箒は羨ましいと思うのと同時に、自身の情けなさにも歯噛みしていた。

 

「ま、今はあの子はまだ本気っぽくないからいいだろうけど、本気になりだしたら大変だと思うわよ? ……付け加えるなら、一夏の方も満更じゃなさそうだしね」

「……そういうお前はどうなんだ? 一夏の事はもう吹っ切れたのか?」

「本気で好きだった自負はあるからまあ、未練が無いと言ったら嘘になるかもしれないわね。一夏の方から告白してくれたら諸手を挙げてOKするだろうし」

 

 だけど、と続ける。

 

「告白はもうしないかな。一回振った相手からもう一度告白されたらあいつも迷惑だろうし」

 

 そこで区切ると、鈴は一夏の方をチラリと伺う。

 セシリアと楽しげに話している彼の様子を見ても、中学の頃の様に心がざわつくことはなかった。

 

「今の一夏に必要なのは恋人よりも、気の置けない友達っぽいしね。そういう意味ではアタシ以上の適任はいないでしょ?」

 

 そう言って笑う鈴の表情が眩しくて、箒は何も言えなかった。




はい、という訳で鈴ちゃんは今作では友達枠になります。
……せっかくランキング入ったのに、ヒロインを削るのはどうかと思ったんですが、既に鈴ちゃん友達ルートでプロット組んでしまってるのでこのまま行くことにしました。
というか、一夏との距離感考えたら、ヒロインズからみたら意外と一番の敵になりそうな予感もあります


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名前で呼ぶだけの簡単なミッション

ずっと名字で名前を呼んでたけど、やっぱり名前で呼びたい
でも恥ずかしくて呼べない!


──っていう葛藤が大好物なのでそれを書きたかっただけの話です。




「一組のクラス代表ってアンタなんだってね」

 

 箒と水を取りに行った鈴は、帰ってくるなりセシリアに向かってこう口にした。

 言葉を向けられたセシリアは、胸に手を当て、礼儀正しく答える。

 

「ええ。自己紹介が遅くなりました。わたくし、イギリス代表候補のセシリア・オルコットと申します」

「よろしく。あたしの事は凰じゃなくて鈴でいいからね」

「では鈴さん、これからもよろしくお願いしますね」

 

 お互い、笑顔で挨拶を交わす。

 

「あと、今週のクラス対抗戦もあたしが出場することになったから、それも含めてよろしく」

 

 と、なんでもないように付け加えた一言に一夏が反応を返す。

 

「ん? 二組の代表って別にいなかったか?」

 

 クラス代表を決めるのに手こずったのは一組だけだ。

 他のクラスは既に決定しているのに、転校して来たばかりの鈴がなぜ代表になったか、単純に疑問だったのだ。

 

「あたしも別に乗り気はなかったんだけどね。代表候補生で専用機持ちってバレた瞬間に担がれちゃって」

「へえ、お前も専用機持ちなのか」

「そ。それも第三世代機だって大盛りあがりでね。これなら一組にも勝てるって盛り上がってたわね」

 

 そう肩をすくめる鈴。仕草だけでなく、口調からもやれやれという雰囲気が込められている。

 同時に専用機持ち、第三世代機と言った瞬間、セシリアの目がすっと細くなった。

 やはり、彼女もイギリス代表候補生として気になるのだろう。

 中国は、欧州連合には所属していないが故に第三次イグニッション・プランには関係はないとしても、それでも気にせずはいられない。

 だが、一夏と鈴はそんな事は気にした素振りはなく話を続ける。

 

「そりゃ期待もされるだろうな。確か、景品が豪華なんだっけか?」

「そうなの? あたし、その辺は全然知らないんだけど」

「食堂デザートのフリーパス券ですわね。わたくしもしっかりとプレッシャーをかけられましたわ」

 

 今度は、セシリアが肩をすくめる番だった。

 ちらりと周りを見渡すと、何人かが食堂のデザートに舌鼓を打ってるのが見える。

 一人で食べているわけではなく、シェアしている辺り美味しいが値は張る。それが食べ放題となれば、目の色も変わるというものだろう。……仮に食べ放題としても、その後に訪れる地獄の日々を想像しない辺り、今を生きる学生らしいと言えば学生らしいが。

 

「んで、こいつが箒な。小学校の頃の幼馴染」

「……自己紹介くらい自分でやる。──篠ノ之箒だ。名字で呼ばれるのは好きではないから、私のことも箒でいい」

「じゃあ、よろしくね、箒」

 

 と、セシリアが物思いに耽っている間に箒も自己紹介を済ませたようだ。

 箒とはあまり話したことはないが、今後は名字で呼ぶのは控えようとセシリアは思った。

 

「にしても、お前がIS操縦者とはな。それも代表候補生ってすげえな」

「ふふん。あたしは優秀なのよん」

「お前、馬鹿そうに見えて実は頭いいもんな」

「なによそれ」

 

 実際、快活そうなイメージが強い故に忘れがちだが、鈴は中国から日本にやってきた時、まったくと言っていいほど日本語は話せなかったが、すぐに習得する事が出来た。それこそが、優秀な証になり得るだろう。……まあ、異国の言語を覚えるにはその国の人を好きになればいいとはよく言ったもので、一夏と会話したい為に必死に覚えた側面はあるのだが。

 

「じゃあ優秀なあたしが、ISの操縦も教えてあげようか?」

「結構です」

 

 セシリアが、一夏が返事をするよりも早く言葉を放つ。

 

「座学は私が」

 

 そして、箒が続き、

 

「実技はわたくしが教えておりますので」

 

 再度セシリアが釘を刺すと、鈴が楽しげに声を上げて笑った。

 思い通りにコトが運んだ様で、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「あーごめんね。一夏とのお楽しみタイムを取られちゃ嫌よね」

「んなっ!?」

「でも、一夏にばっかかまけてて良いのかな?」

 

 すうっと鈴の目が細められた。

 

「……どういう意味ですの、ソレ」

「んー試合の後になって、『一夏の練習ばかり見てたから、自分の練習は出来てなかった』って言われても嫌だなって」

 

 小首をかしげた鈴が、顎に人差し指を当てながら言い返すと二人の間の空気が、途端に変わった。

 

「…………それは、わたくしではあなたに勝てないと?」

 

 無意識の内に、セシリアは耳に付けられているイヤーカフスに手が伸ばしていた。

 

「こらこらこら。なに剣呑な雰囲気をだしてる。今は楽しくお昼を食べながら親睦を深めようのアレじゃないのか」

 

 セシリアの口調に、不穏な雰囲気が混じったところで慌てて一夏が割り込む。

 だが、鈴の方の肩を持ったと思ったセシリアが不満げに口を開く。

 

「だって織斑さん、この方が──」

「なに? アンタまだ一夏の事名字で呼んでるの?」

 

 だが、セシリアのセシリアはみなまで言う事なく、鈴に遮られる。

 鈴としては、結構親密な関係だと睨んでいたので、セシリアが未だに一夏を名字読みしていたのが引っ掛かったのだ。

 

「そういやそうだな。俺もオルコット呼びのままか」

 

 今の今まで気にしていなかったのか、一夏も気付かなかったと大きく頷いていた。

 セシリアとしては、先週の保健室で一夏が眠っている間に密かに呼びかけて、自分にはまだ早いと思っているのだが、一夏はそうでもないようだ。

 

「いや、あの……下の名前呼ぶのにはまだ抵抗が……」

「シャイか!」

 

 正直に打ち明けると、鈴がすかさずツッコミを入れた。

 声に出さずとも、一夏も、そして箒も同じ感想を抱いたのか、苦笑いを浮かべつつ、生暖かい目をセシリアに向ける。

 

「逆に、みなさんよく普通に呼べますわね」

 

 半ば、八つ当たり気味に返すと、鈴と箒が名前呼びをする経緯を簡潔に話す。

 

「あたしは小学校からの仲だし……家に遊び行くと千冬さんいたから織斑呼びだとややこしいし」

「私も同じだな。小さい頃からの仲だし、千冬さんもウチの道場に通ってたからな」

「やはり幼馴染ってズルいですわ……」

 

 そう愚痴を言ってみても、突然幼馴染になれるわけでもない。

 では、どうするべきかとセシリアは考えを巡らす。

 そして、二人の名前呼びになった幼馴染という事以外の共通点に気付いた。

 

「織斑先生と仲良くなれれば、必然的に名前で呼べるようになるのでは……?」

「ちょっと待って、どうしてそうなったの」

「コイツ恋愛ごとに関しては相当、ポンコツな気がするぞ」

「というか、一夏の名前を呼ぶ為に、なんでもっと高難易度の事に挑もうとするんだ……?」

 

 ある目標を達成するために、より高度な目標を設定するのは、人が往々にしてやってしまうミスではある。

 

「別に普通に呼べばいいじゃねえか」

「そうそう。織斑より一夏の方が文字数少なくて呼びやすいわよ?」

「おい。お前はそんな理由で俺の名前呼びしてるのか?」

 

 もっとこう、思い入れがあってもいいのではないだろうかと一夏は思った。

 まあ、これはセシリアが名前呼びをしやすくする為に言ってるだけだと思うが。

 

「あたしはアンタの事はセシリアって呼ぶつもりよ?」

「それは文字数的な意味でか?」

「もちろん」

「いや、ちっちゃい『つ』を呼ぶの面倒くさがるなよ」

 

 口に出すと、オルコットもセシリアも文字数的には大差無いのは事実である。いや、織斑も一夏も同じ事だと思うが。

 だが、鈴に気を使って貰ったのも事実だ。

 ならば、一回だけでも言うのが義理ではないだろうか。

 小さく、「よし」と呟くとセシリアは上目遣いに一夏を見やる。

 

「えっと……じゃあ……い、一夏……さん?」

「お。やれば出来るじゃねえかセシリア」

 

 途端、一夏に名前で呼ばれたセシリアが顔を真っ赤に染めた。

 

「なんなのコイツ! 高校生にもなってめっちゃピュアじゃん!」

「言ってやるな。お嬢様はこういう経験がないんだよ」

「私よりヤバい奴がいるなんて……」

 

 鈴が囃し立て、一夏が便乗し、箒が少しだけマウントをとる。

 セシリアは怒ってるような、恥ずかしいような、そんな顔をしながら一夏をキッと睨む。

 

「ず、ズルいですわ! わたくしだけこんな恥ずかしい思いをさせるなんて!」

「いや、コレに関しては完全に自爆じゃねーか」

 

 名前を呼ぶだけで、恥ずかしがるのは恋愛ポンコツと言われても仕方がない面はあった。




唐突になんの葛藤もなく突然名前で呼ぶのはどうしても許せないんです


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クラス代表就任パーティー

「クラス代表就任パーティ?」

 

 昼食を済ませ、食堂から返ってきた一夏が不思議そうな声をあげた。

 セシリアも箒も知らないのか、共に不思議そうに顔を見合わせる。

 そんな一夏達にクラスメイトの女子が口々に言葉を発する。

 

「そうそう、私達も盛り上がりたいのもあるんだけどさ」

「二人が戦うってなってさ、なかなか親睦会も出来なかったし。対抗戦の前に景気づけにもなるかなって」

 

 成る程、別に一夏とセシリアは戦うとなっていたが、険悪な関係ではなく開こうと思えば、開けただろうが、練習に励む一夏を見て誘いにくかったのだろう。が、今であれば就任パーティを口実に開くことが出来る。

 異論がある訳ではなかったセシリアも問題ない意思を示す。

 全員参加が基本らしいが、断るつもりは無いので一夏も同じ様に頷きを返す。箒に関しては断りそうな気配もあったが、そこは一夏が代わりに参加の意思を半ば無理やり伝えたりしたが。

 

「パーティは明日の放課後だっけか? 軽食類の準備はしなくていいのか?」

 

 そう言って発案者のクラスメイト──相川──に疑問を投げる。

 質門を受けた相川は「別に何もいらないよー」と返す。どうやら食堂で全て揃えられる様だ。

 けれど、一夏の質門の意図が気になったようで、続けて言葉を紡ぐ。

 

「なんか準備してって言って準備できる物でもあるの?」

「これでも、喫茶店でのバイト実績はあるからな。軽食類なら一通り作れると思うが」

「へえ! 織斑くんってコーヒー以外も料理できるんだ!」

 

 無理言って働かせてもらった喫茶店で、料理も教えてもらってたりする。まあ、客に提供したことはないが。

 それでも、両親が不在な家庭環境であって、織斑家の料理担当だった一夏の腕はそれなりのものである。後、コーヒーは料理ではない。

 そんな一夏の一面が知れたところで、どうせだったら作ってもらおうかという機運が少なからず昇る。

 

「なんなら、適当に作ろうか?」

 

 そう一夏が聞いてやると、クラスメートが沸き立つ。

 その内の何人かはガッツポーズをするくらいである。

 言ってみたものの、そこまで期待されるとは思ってはなかったのか、一夏は苦笑いを口元に浮かべた。

 

「わ、私もなにか手伝うか?」

「わたくしも、お手伝いいたしますわ」

 

 流石に、気の毒に思えたのか、箒とセシリアが提案する。

 それを、一夏は妙に胡散臭げにみやる。

 箒が料理をしたところは、一夏が知る範囲ではあまり記憶がない。偶に、箒の母が料理を作る時に、自分と一緒に軽く手伝うのと、家庭科の調理実習くらいだ。そこでの記憶は、それは包丁を剣道の竹刀よろしく握っていた姿である。

 まあ、その後は成長の余地が合ったかも知れないが、彼女は転校してからずっと政府の監督下で保護されて生活していたとの事。果たして、自分で料理する機会はあったのだろうか。

 セシリアも同様だ。見るからにお嬢様育ちの彼女が、料理をする光景は正直ピンと来ない。

 まあ、趣味で料理をしていた可能性もあるが。

 

「ちなみに、二人の得意料理は?」

「チャーハンだ」

「サンドイッチですわ」

 

 一夏の考えは、二人に得意料理を聞き、そこからなんとなくの腕前を把握しようと思ったのだ。二人から返ってきた言葉にふむ、と顎に手をやる。

 箒に関しては、イメージとかけ離れているのだが。完全にもう一人の幼馴染とキャラが被っていることを彼女は自覚しているのだろうか。

 ただまあ、鈴曰く、チャーハンは基本にして一番奥深いらしい。そんなチャーハンを得意料理とする位なのだから、まあ料理の腕は安心して良いのかもしれない。

 セシリアの方は安心だ。パンを切って、具材を挟むだけのサンドイッチを不味くするのは、ほぼ不可能だ。

 そして、この二つの料理を作るのに共通する材料がある。それは、卵だ。

 卵料理は簡単に作れるので楽だが、殻を割るのが面倒ではある。そこを二人に担ってもらうだけで、負担はぐっと減る。

 

「じゃあ、頼むわ。卵を大量に割るだけの仕事で退屈かもしれんが」

「いえいえ、料理をするのは楽しいですから。他になにかお手伝いすることがあれば遠慮なく」

「そうか……うむ。それならでき──いや、その位なら私に任せてもらおう」

 

 一夏は、自慢気に答えるセシリアの影に隠れて、不安げな言葉を発した箒に気付くことは出来なかった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「出来ないんなら、素直にそう言えよ……」

 

 翌日の放課後、軽食を作ろうと食堂の調理場で、一夏は項垂れていた。

 彼の目の前に差し出された二つのボウルの中には、卵が入っている。そして、殻も入っている。

 一つに殻、一つに中身ではない。混在だ。

 割合で言えば、箒の担当したボウルの方がマシか。なんとか殻を取り出そうとした形跡もある。そういう意味では情状酌量の余地はありそうだ。

 だが、もう一方は駄目だ。まるで駄目だ。

 

「めっちゃテンポ良いなって思ってたけど、そりゃ握り潰してたんだからはやいわな」

 

 お嬢様は、やはり料理が出来なかったらしい。よく自信満々に言えたな。

 だが、箒のように謙虚さを持つわけでなく、片手割に挑戦するのはどうなのだろうか。そして、失敗をそのまま放置して突き進むのも。

 

「だって、前にテレビで拝見した時、シェフがこの様にやってましたので、やれるのだろうと」

「それで出来ると思ったお前はどんだけ自意識過剰なんだよ」

 

 その理屈で言えば、千冬の動画を見れば誰でも世界最強になれる事になる。

 まあ、追求は後にして、この殻入の卵をどうにかせねばならない。

 

「とりあえず、箒の方は良いからかき混ぜてくれ。セシリアは大きめの殻だけ取ってからな」

 

 それだけ言い残すと、一夏は棚を開き、てなにやら探し出す。

 目的のものはそれほど時間をかけずに見つかった。

 ちょうど、二人分あったので、取り出した道具を持ち出す。

 

「かき混ぜたら、空いてるボウルにコイツでこしながら入れてくれ。たぶん全部取れるだろうからな」

 

 一夏が持ってきたのは、こし器。

 確かに、これなら殻だけ取り除く事は可能だろう。

 

「その……すまない。面倒をかけて」

「気にすんなって。どうせ溶いてもらった後にこすつもりだったし」

 

 まあ、でもと続ける。

 

「卵くらいは綺麗に割れるようにならんとな。後はもっと早く報告してくれ」

 

 どうにも、素直になれないのが箒の欠点ではある。

 もちろん、それがいじらしく魅力的に映るときもあるが。

 

「セシリアの方はアレだ。横着すぎる考えを改めろ。話はそれからだ」

「むぅ……」

 

 拗ねた様にふくれっ面をするが、一夏は言葉を撤回するつもりはない。

 その後は、特に問題もなく、卵の準備は出来た。

 一夏は「後は俺がやっとくから」と伝え、二人を追い出す。

 こんなことなら、ゆで卵の殻剥きにしとくべきだったと己の迂闊さを呪った。

 いや、でもゆで卵では、駄目なのだ。今日は、どうしても作りたい一品があった。

 

「……だし巻き卵、上手く作れるといいんだが」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 さて、そろそろ開催時間だと一夏が最後に作り終えた料理を手に調理場を出ると、既に準備万端だと飲み物の入ったコップを手にした生徒が目に飛び込んできた。

 ……色々と、ツッコミどころがあるのだが。

 

「どうみても、一組じゃない奴らもいないか、コレ」

 

 先ず、人数からしておかしい。既に二十数名はここに集まっている。

 人影の向こうでは特徴的なツインテールも見えており、美味しそうにフライドチキンを食べていた。

 

「おい鈴! お前がなんでここにいるかは置いといて、なんで先に食ってんだよ」

 

 一夏がそう声をかけるも、鈴は舌をちらっと出すだけである。

 まるで反省の色が見られなかった。

 

「だって遅いんだもん。みんな待ちくたびれたみたいよ」

「俺が悪いのか? そもそも、部外者のお前がなんでいるんだよ」

 

 一夏は憮然とした表情を浮かべつつも、ソファー状の椅子に座る。よく見れば、乾杯は終えているのか、既に飲み始めているようである。

 と、一夏が座るやいなや、右側に箒が座り、左隣にセシリアが座った。素晴らしい連携である。

 一夏としては、鈴が隣に来るだろうと思っていたが、彼女は隣のテーブルに座っていた。どうやら、空気を読んだらしい。

 

「つーか親睦会なのに俺ハブられてないか?」

 

 料理を作ってる間に乾杯が終わっているとか、これ以上ない疎外感を感じる。

 一夏がそうぼやいていると、隣に座るセシリアがジュースの入った瓶を持ち「まあまあ」と宥めた。

 それと同時に瓶をこちらに向ける。

 

「お注ぎしますわ」

「いや、俺は自分でやるから構わんぞ? というか主役がなにやってんだよ」

「そうはいきませんわ。先に始めてしまったお詫びですし、美味しい料理のお礼ですわ」

 

 そこまで言われてはしょうがない。観念した一夏はコップを手に、セシリアの方を向く。

 ぎこちない手付きで注がれたジュースを一口飲む。

 

「うん、やっぱり美人に注いでもらうのが一番だな」

「あら、お世辞でも嬉しいですわね」

「本音だって」

 

 肩をすくめながら一夏がそう言うと、遠くの方から間延びした声が聞こえた。

 

「わたしのこと呼んだあー?」

 

 ダボダボの制服を着込んだ少女が間延びするような声と共にこちらを見てきた。

 たしか名前は……と、一夏は記憶を探り、自己紹介の時を思い返す。少しして、なぜこんな反応を返されたのか思い至った。

 ──彼女の名前は本音だったな、と。

 知らず知らずのうちに、名前を呼んでいた事に苦笑して一夏は「なんでもないさ」と軽く手を振る。

 

「一夏、私のも飲め」

「いや、まだセシリアについでもらった分が残っているんだが……」

「なんだ。私のジュースが飲めないと言うのか?」

 

 どこのパワハラ上司だよと思いながらも、一夏は今ある分を飲み干して、コップに注いでもらい、一口飲む。

 

「どうだ?」

「いや、どうだって言われても……。普通のジュースだ、としか言い様がないぞ」

 

 他に言いようもないだろと言ってやると、箒はふてくされたような表情を浮かべた。

 そんな箒をからかうようにセシリアが楽しそうに笑う。

 

「一夏さん。箒さんは拗ねているんですわ。自分には美人って言ってくれないのか、と」

 

 セシリアの説明を聞いて、なんだそんな事かと一夏は目をしばたかせる。

 

「別にわざわざ言わなくても良いだろ。お前は昔から美人なわけだし」

 

 気安くそう言ってやると、箒は顔を真赤にした。

 なぜ、箒が顔を染めたのか露ほど理解できない一夏は、周りを見渡しながら、おもむろに口を開く。

 

「それにしてもアレだな。こうやって飲み物を注いでもらうっていうのはなんかキャバクラみたいだな」

 

 ソファーの周りに美女二人。こうしてジュースを注がれるのも、中身が酒になればキャバクラそのものだ。

 感じたまま、正直に一夏が言うと、彼に両隣に座るセシリアと箒。そして周りを囲む女子が怪訝そうな視線を向けた。

 どういう意味で見られているのか悟った一夏は、手をヒラヒラと振ってみせる。

 

「俺だって行ったことはないっての。でもホラ、イメージはこんな感じだろ?」

 

 サラッと言ってやると全員が全員、安心したように溜息を吐く。一夏からみても、びっくりするぐらいタイミングが合っており、それこそ一分の乱れも無かった。本当に行ったことがあると思われたとしたら、心外なのだが。

 

「む……」

 

 と、そこで箒の唸る声。

 どうしたのかと見れば、箸の先には一口食べられただし巻き卵がある。

 

「美味しい……。ああ、本当に……」

 

 残りも口に入れ、何かを確かめるように、目を閉じ、感嘆の声が漏らす箒。

 そんなに美味しいのかとクラスメートもだし巻き卵に手を伸ばす。

 

「ホントだ。すんごい美味しい!」

「他の料理も美味しいけど、これも美味しいねえ」

 

 口々に、称賛の声が上がる。

 だが、一夏はそちらの方には何を返すわけもなく、じっと箒の方を見ていた。

 

「……また、このだし巻き卵が食べられるなんて」

 

 箒の言葉の意味がわからないのか、セシリアを始め殆どの生徒が首をかしげる。

 だが、一夏だけは安堵のため息を吐いた。

 

「良かった。箒にそう言ってもらえて」

「……これは、母がよく作ってくれただし巻き卵だ。……本当に、懐かしい」

「おばさんのだし巻き卵美味しかったもんな。俺もあの味が忘れられなくて、何回も試行錯誤したんだ」

 

 そう言って一夏もだし巻き卵を口にした。

 記憶の通り、再現出来たことに改めてホッとする。

 

「転校して、家族とも離れ離れになったって言ってたからさ。箒が喜んでくれるといいなって」

 

 余計なお世話だと言われるだろうか。

 何れにせよ、正直ではない箒の事だ。素直にお礼を言うような事はないだろう。

 そう一夏は思っていただけに、箒の口からでた言葉は意外なものだった。

 

「本当にありがとう一夏。もう二度と食べられないと思っていた。まさか、もう一度食べられるなんて……」

 

 一夏をまっすぐ見ながら、儚げな笑みと共にお礼を口にした。

 まさか、ここまで直球で来られると思わなかった一夏は、照れた様に頰を掻く。

 そして、セシリアは「やはり、幼馴染はズルいですわ……」と呟く。流石に、この空気の中には突っ込めむのは無理だった。




セシリアの次くらいに箒とラウラが好きです。
あんまこの小説は箒の深堀がなかったので、ここらで入れてみようと

あと、毎度おなじみバトルを書きたい衝動に駆られて来たので、次回はセシリアVS鈴ちゃんです。

クラス代表が一夏じゃなくてセシリアの二次小説ってあんなないなあって今更ながらに思った


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クラス対抗戦

鈴VSセシリアってそういや原作でも全然なかったなって思いました。


 試合当日の日がやってきた。

 第一試合。組み合わせはセシリアと鈴である。

 噂の新入生同士の戦い、それも代表候補生でもあり、なおかつ専用機同士。その上、共に最新鋭の第三世代機同士の戦いとなったのでアリーナは満員である。

 一夏と箒はというと、ピットのリアルタイムモニターでふたりの戦いを観戦することにした。

 一組の生徒は二人の席を確保してくれていたようだが、一夏としては二人を応援しようと思っていたので辞退したのだ。

 箒も箒で、鈴になにか恩を感じているのか、平等に見たいとついて来ていた。

 

「そういや、鈴のISも第三世代機だったんだよな」

「うむ。ただし、セシリアの様に試験的に作られたわけではなく、『実用性と効率化』を主眼に開発された機体らしい」

「ふーん。となると、第三世代機の特徴を持ちつつ、第二世代機の特徴も持ってるって事か」

 

 画面の両端には、二人の専用機のスペックが映されてる。

 セシリアの方は既にわかっているので、鈴の方のスペックも注目がいく。やはり、気になるのはは第三世代兵器特有のイメージインターフェイスを使用した武装だろう。

 

「あの衝撃砲ってのが厄介そうだな。砲身も砲弾も見えないとなると対処が難しい。ハイパーセンサーで空間の歪みを探らせて対処する……ってのが俺の考えだが、それだと遅いか?」

「歪みを探るということは、既に撃たれた後に対応する事になるから難しいな。──あえて、距離を詰めるというはどうだ?。完全に封じることは出来ないだろうが、手を制限させることは出来る」

「俺ならそうする。……というか、そうするしかないのが正しいけど、セシリアにやれっていうのは無茶だな」

 

 セシリアの近接戦闘のレベルは、一夏にすら劣る。

 その程度の腕前では、ただの自殺志願と相違ないだろう。

 それは、鈴のIS『甲龍』の装備を見れば一目瞭然だ。

 

「青竜刀……というよりは、刃に持ち手がついている大剣か。二振りあるということは二刀流の剣士か」

「普通なら、あんな大剣は一振りでも持て余すだろうけどな。ISにはパワーアシストがあるから、問題なく振るえるわな」

「だが、剣は二振り持ったらその分二倍の手数になるわけではない。使いこなせないのなら、むしろ手数は一刀流にも劣る。それでも、二振りとも持ち出したという事は彼女は十全に振るえるという事だ」

 

 箒の剣士としての、指摘に一夏は頷きを返す。だが、分析をすればするほど厄介な存在だと思わせる。

 大剣を嫌がり距離を取っても、不可視の弾丸を浴びせられる。ならばと接近すれば、今度は大質量の大剣が襲いかかる。

 単純だが、強力な戦術だ。

 そして、単純な分、打ち破るのは難しい。

 

「とはいえ、セシリアも凡庸な狙撃手ではない。衝撃砲の不可視の弾丸さえ対応できれば、中距離戦は彼女の方に分はあるだろう」

「それに、今回はBT兵器も使えるって言ってたもんな」

 

 前回の一夏との対戦では、BT兵器と呼ばれるビット兵器は準備が間に合わず使用していなかった。

 だが、今回は完璧に調整をすませ、万全の状態で臨めるとの事だ。

 

「中近距離を得意とする鈴と、中遠距離を得意とするセシリア。単純に考えて、中距離での主導権を握った方が有利になる」

 

 箒の言葉を引き継ぐように、一夏が続けた。

 

「けど、それだけだと決定打に欠ける。勝負が分かれるとすれば、中距離からの展開だな。自分の得意な距離に持ち込めるか、それとも苦手な距離での戦いを強いられるのか。それがこの勝負の分かれ目か」

 

 そうこう言ってる間に、戦端は開かれた。

 距離を詰めようとする鈴とは対象的に、バックブーストをかけ後退するセシリア。

 やはり、お互いにイニシアチブを握れるポジション取りを狙っている。

 

「そこ!」

 

 言葉と共にセシリアの放ったレーザーは鈴に命中。シールドエネルギーを減らす。が、鈴は構わず尚もセシリアに突貫する。

 常識外れとも言っていい行動。が、それをすることで相手の意表をつき、奇襲という事になる。

 

「──ふっ!」

「ちぃ!」

 

 が、無謀ともとれる常識外れの動きは、既に一夏との試合で嫌という程経験した。セシリアは跳び箱を飛ぶような要領で斜め上めがけて飛ぶと、そのまま前転する様な形で回転しながら鈴の突撃を回避し背後をとる。と、同時に地上に頭を向けたままの体勢でライフルによる狙撃。これも命中し再び甲龍のシールドエネルギーを削る。

 

「ああもう!」

 

 背後から狙撃を受けた鈴は意識を両肩のアンロックユニットに向ける。

 不可視の銃口を形成し、セシリアに向けると狙いもそこそこに砲弾を撃つ。

 命中させることよりも牽制を目的に放った砲弾だったが、やはり視えないというのが、問題なのだろう。

 空間の揺らぎを察知したセシリアは慌てて狙撃を止め、距離を取った。

 回避したセシリアと鈴の間に再び間が出来る。

 最初の攻防はセシリアの方に軍配が上がった。中遠距離が得意なセシリアだが流石は代表候補性。ショートレンジでの戦いでも近接武器を出すこと無く凌ぎ、その上反撃をしてみせた。

 

「──行きなさい!」

 

 距離は開いたが、セシリアにとっては好都合。

 自身の愛機ブルー・ティアーズのメイン兵装。ビットを使うには丁度いいからだ。

 セシリアの言葉と共にフィン状のビットが解き放ち、鈴を中心に上下左右に配置する。

 

「では踊りましょう! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲( ワルツ)で!」

「女二人で踊る円舞曲(ワルツ)とか願い下げだっつーの!」

 

 瞬間、ビットからレーザーが放たれる。

 ハイパーセンサーを頼りに回避をする鈴だが、ビットから発射されてから命中するまでの予測時間は〇・四秒。

 撃たれてから避けては遅い上に、砲門は四つ。それも鈴の反応しにくい箇所から放たれる。

 

「くっ……!」

 

 四発中、二発命中。ビットのレーザーはセシリアの手に持つライフルよりも威力は弱い。が、鈴の体勢を崩すには十分。

 すうっと鈴は冷や汗を流す。この状態ではセシリアが放つであろうライフルの射撃は避けられない。故に衝撃を覚悟した鈴だったが、意外にもセシリアはライフルではなく引き続きビットによる射撃という選択肢を取る。

 その後のビットによる射撃は受けたものの、ライフルよりは低いダメージのため立て直しは効く。

 体勢を立て直した鈴は尚も行われるビットの射撃を避けながら思考する。

 

(今、明らかな隙があったのにアイツは見逃した)

 

──隙を見逃した?

──ライフルは必要ないと舐められた?

 

 様々な推測が浮かんでくるが打ち消す。

 セシリアの態度からしてそれはありえない。

 隙を見逃すような力量ではない事は最初に刃を交えた時点でわかっているし、相手を舐めるような性格ではない事は普段の立ち振舞から考えても容易に想像つく。

 

(ブラフのってパターンもある……確かめてみる価値はあるわね……)

 

 意図はわからないが敢えて見逃した可能性もある。

 なればこそ、鈴は真意を探るため敢えて体勢を崩す。勿論、ビットのレーザーが命中すると同時にである。

 これなら先ほどと同じ様に射撃によって体勢を崩した様に見えるだろう。だが、またしてもセシリアはその隙を突かずにビットの射撃を優先させる。

 この時点でブラフの可能性は消えた。となると残されたパターンは二つ。

 一つは鈴の思惑を見抜いた上での行為。それを確かめるべく鈴はもう一度、衝撃砲をセシリアに向けて放つ。

 

「この程度の射撃で!」

 

 が、それは難なくセシリアに躱される。が、鈴の狙いは別にある。

 果たして、狙い通りの結果になったのだろう。鈴は得心がいった、そんな表情を浮かべた。

 

(やっぱりね……ビットを動かしている最中は自分が、自分が動いている間はビットを動かせない)

 

 鈴の言葉通り、セシリアが回避行動に移った瞬間、それまで縦横無尽に動き回っていたビットが動きを止めたのだ。

 思い返せばビットを動かしている最中セシリアはその場に佇んだまま一歩も動いていなかった。

 ここまでくれば答えは一つだ。セシリアは鈴の隙が出来た時、敢えてライフルを撃たなかったのではなく、撃てなかった(・・・・・・)のだ。

 

(さてと、読み切ったわよ)

 

 ここまで読めば戦況は一変する。

 回避が難しくなればセシリアに攻撃を仕掛ける素振りを見せれば、それだけでビットによる攻撃は防げる。

 

「今度はこっちの番よ!」

 

 ビットの射撃を始めた瞬間、鈴がセシリアに向かって加速させる。距離を詰められまいと後退するセシリアに合わせ、縦横無尽に動いていたビットは、例によって動きを止めた。

 

「吹っ飛べ!」

 

 両肩の発射口から、不可視の弾丸が放たれる。

 その弾丸を、セシリアは避けきることが出来ずに、吹き飛ばされる。

 

「やはり、厄介ですわね……!」

「それがウリだからね!」

 

 今度は、連射性を高め、放つ。

 上へ、下へ、空間を全て利用する彼女の機動に、なかなか弾丸は命中しない。

 だが、今はこれでいい。

 もとより、試験的に作られたセシリアの機体と、燃費を第一に作られた鈴の機体では、持久戦になった時有利なのは鈴の方だ。

 それに、砲弾がその身を捉えるのも時間の問題だろう。先程よりもセシリアの回避に余裕はなく、危うい場面も増えてきた。

 このまま押し切る。そう思って、砲撃をなお一層苛烈にした瞬間だった。鈴の身体を、蒼い閃光が撃ち抜いた。

 

「は……?」

 

 崩れた体勢を立て直すも、動揺は何も収まっていない。

 なぜ、撃たれた。なぜ、アレほどギリギリで反撃出来ている。

 疑問が湧き上がるが、答えは出てこない。

 

「先ずは一発。厄介ですが、もう通じませんわ」

「……なんなのアンタ!? さっきまでギリギリで避けてたのに!?」

 

 追い込んだと思っていたが、まさか追い込まれたとでも言うのか。

 そんな鈴の叫びに、セシリアはあっけらかんと答えた。

 

「ああ、それならわざとですわ。──砲弾のスピードをも調整できるか確かめるために。ギリギリで避け始めたのを見せれば、弾速を上げて命中させようとするだろうと思いましたので」

「ンなっ……!?」

「ソレができれば、あるいはわたくしとも撃ち合えたかも知れませんが、そこまで優秀な武装ではないようですわね。もしくは、調整機能はあるが、鈴さんには扱えないのかもしれませんが」

 

 衝撃砲は360度自在に砲身を形成し、発射を可能とする。そして、砲弾の威力や連射性を変えるのも自由自在だ。

 これだけでも、厄介な能力ではある。

 だが、しかし。

 砲弾の速度自体は、変えることは出来ないのだ。

 そして、セシリアが警戒していたのは、この一点だけだった。

 

「確かに、あなたは高いレベルで近接と射撃を両立するオールラウンダーですわね。近接戦闘など、わたくしが挑めばものの数分で決着がつくでしょう」

 

 それは、比べるまでもない事実だ。

 だが、射撃の腕はどうだろうか。

 

「残念ながら、わたくしと射撃戦をするには少しばかり鈴さんの技量が足りないようです」

 

 セシリアが近接戦では鈴と技量の差があるように、射撃戦では鈴はセシリアとの技量の差は相当な物がある。

 精度はもちろん、駆け引きも含め、鈴はセシリアに勝てる部分はない。

 だが、それでもここまで射撃戦が成り立ったのは、衝撃砲の特性をセシリアが探っていたから他ならない。

 その、探っていたのは弾速の調整機能だ。

 調整機能があるならば、様々な駆引きに利用できる。

 視えない砲弾という特殊性を活かし、低速の砲弾をあるポイントに向けて撃っておき、その砲弾に命中させるように追い込む。

 逆に、これ以上弾速は上げられないと思わせ、砲弾の速度に合わせて回避を始めたところで、弾速を上げて撃ち落とすという事も可能だ。

 

「弾速を調整すれば、確実にわたくしを落とせた場面でも、あなたはソレをしなかった。ブラフだったとしても、ここまで隠す意味はない」

「でも……そんなのはありえない。いくら弾速が同じだって、龍砲の砲弾は視えないのに!」

 

 声を荒げる鈴に、セシリアはどこまでも冷静に告げる。

 

「弾速は先程申し上げたように一定。射線は自在に展開できるとは言え、砲弾は直線にしか飛ばないのですから通常の射撃武器と変わらない。発射の瞬間は、僅かですが空間に揺らぎが出ますわね」

「だから、それだけでなんで避けられるのよ! アンタは!」

「弾速、射線、発射口、そして撃つタイミング。これだけわかっていながら、このわたくしが避けられないとでも?」

 

 まるで、当然のように。

 何を聞いていると言わんばかりに。

 冷静に、そして冷酷に、セシリアが告げた。

 

「発射されてから着弾までの時間は変わらない。なら、発射された事を察知してからでも回避が出来る距離を維持し続ければ、被弾することはなく、ギリギリで回避する事も可能ですわ」

 

 そして、とセシリアが続ける前に鈴が距離を詰める為に動き出そうとして──

 鈴のISをセシリアがライフルから放たれたレーザーが命中。更に、空中へと躍り出たビット兵器が追い打ちをかけるように鈴を包囲して、四方から射撃を放つ。

 

「距離を維持するというのは、近づけさせない事とも同義。わたくしはこの距離を縮めさせるつもりはありませんわ」

 

 正直、一夏といい勝負をしたからと舐めていた。

 鈴は事ここに至って己の迂闊さを後悔した。

 だが、おいそれと負けを認めるほど、鈴の性格は大人しくもなかった。

 

「やっぱチマチマと削るのはアタシの性に合わないみたいだから、こっからは接近戦に切り替えようかしらね」

 

 眼下に、機体を加速。射撃が駄目なら、大剣。大剣が駄目なら、射撃。柔軟な戦術切り替えこそが鈴のスタイル。

 セシリアも近づけさせまいとビットからレーザーが放たれるが、まるでどこから撃たれるのか読んでいるかの如く回避。

 

(ビットはすべてアタシの死角から撃たれる──なら、死角を作ればそこからしか撃たれない)

 

 鈴は、あえて死角を作る。

 根拠はないが、感覚に頼って形成した死角は、結果として回避をするのに苦にはならないポイントとなる。

 考えることなく、直感で最適解を選ぶことが出来るセンス。だからこそ、鈴は一年足らずで代表候補なり得た。

 

「──貰いましてよ!」

 

 だが、セシリアとて回避されるのは織り込み済み。

 もとよりビットは決定打に欠ける。故のライフルであり、ミサイルビットだ。

 直様ライフルの引き金を引き、ミサイルビットを発射。

 このまま、鈴がライフルのレーザーを避けようとすれば、誘導できるミサイルの餌食に。

 どちらも命中するなら、最大の戦果。避けられたとしても、少なくともミサイルの直撃は受ける。

 それぞれの特性を踏まえた、武装展開。

 だが──

 

「甘いってのッ!」

 

 ミサイルを撃ち落とそうと衝撃砲の砲身を向けようとしたが、発射の直前に直感が告げる。

 

──ダメだ。アレは、この距離では撃ち落とせない。

 

 ならばと、鈴は迫りくるレーザーに照準をあわせる。

 龍袍の砲弾は、PIC技術を利用した兵器。理屈はよくわからないが空間に圧力をかける事で砲弾を形成している事を鈴は知っている。そして、ソレだけ知っていれば十分だ。

 

──ライフルの方は一度受けてるから威力はわかる。

 

 龍袍の砲弾の威力を調整。

 狙いを定め発射された砲弾は、鈴の予想通りぶつかりあった瞬間、相殺される。

 

「はァ!?」

 

 セシリアの口から、驚愕の声が漏れる。

 一瞬、何をされたのかわからなかったが、聡明な彼女の頭脳は答えを導く。

 

(わたくしのレーザーと衝撃砲の威力を全く同じにして、打ち消しあった!?)

 

 信じられないが、信じるほかない。

 現に、お互いの射撃は相殺されたのだから。

 でも、まだ、と思考を切り替える。ミサイルの方は残っている。

 

「ミサイルの威力は知らないけど──!」

 

 両肩に設置されている龍袍の発射口。

 一射目の設定を広範囲へ細かな弾丸を撒き散らす散弾に設定。

 

──命中の直前なら、撃ち落とせる。

 

 鈴の直感通り、後数メートルというところで、ミサイルが網のように広がった衝撃砲の砲弾が命中。

 だが、この距離の爆発は、爆風をまともに浴び、直撃ではなくともダメージを受けてしまう。ならば──

 

──爆発の衝撃を、龍袍で押し返せ。

 

 二射目は、最大威力だ。

 空間が、爆風を押し返す。一瞬、爆風の進行するスピードが緩む。

 その一瞬さえあれば、爆風の効果範囲内から離脱も可能だ。

 

「なんという……なんというセンス……!」

 

 必中を期した策を、半ばその場で考えたような、場当たり的な方法で回避されたことに、セシリアは畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 自身が、三年でたどり着いた場所に、たった一年で上り詰めたというのも、その考えに拍車をかける。

 先程までは、手を抜いていたという事か。

 

「さあ、本気で行くわよ──!」

 

 口元には笑みを浮かべているものの、その目は得物を狙う猛禽類の様にギラついていた。

 だが、セシリアもおいそれと接近を許すつもりはない。

 ライフルを鈴に向け、引き金を絞ろうとしたところで──

 

 アリーナのシールドを破り、何かが降ってきた。




次の更新は早ければ1/29です
その日になければ1/29日夜より1/31まで出張なので2/1になる予定です。


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乱入者

「なん、だ……アレ……」

 

 観戦していた一夏が思わず掠れた声を漏らす。

 鈴が、あるいはセシリアが攻撃をしたのかと見当違いな事を思ったくらいだ。

 だが、けたたましく鳴り響くアラートがそれを否定する。

 なにより、自身の目で見ていたではないか。シールドを突き破った桃色の放流を。そして、その後隕石の墜落よろしく降ってきた黒色の巨体を。

 

「非常事態宣言の発令。政府に連絡を入れろ。アリーナ内の生徒の避難を最優先。あわせて救援部隊の編成を進めろ」

「了解しました」

「突っ込んできた奴の情報は出るか?」

「熱源反応から、断定。──反応はISですが、所属は不明です」

 

 だが、管制室の二人は一夏の様に呆けてなどいない。

 いつもより冷たく聞こえる千冬と、普段よりも何倍も頼りがいのある真耶の声だ。

 

「また、搭乗者の反応はありません。無人機です」

「は……? いや、無人機のISとかあるんですか? それに、所属不明って」

 

 思わず、口を挟む一夏。それだけ意外……というかありえない現象だったのだ。

 所属不明ということは、新たに作られたコアだと言うこと。

 そして、真耶の口から出た無人機ということ。

 どれ一つとして、実用化していない技術だ。というか、新たにコアが作られたとなれば、世界が大きく揺れる。

 

「あるから目の前にいる。それが全てだ。余計な事は考えるな。……もっとも、事態終了後には箝口令が敷かれる。喋ってくれるなよ」

 

 それだけ言うと、千冬は真耶に向けて続けた。

 

「オルコットと凰に通信を繋げろ」

「はい」

 

 眼下に、二人の顔がモニターに映し出された。

 二人共、普段はあまり見せない緊張感を携えていたが、それでも冷静な印象を受ける。

 この辺りは、一般人とは違い、専用機持ちとしての指導を受けているからだろう。

 

「不明機の状況はどうだ? こちらからは状況が読めん」

『不明機ですが、地面に落ちてからは反応ありません』

「わかった。引き続き──」

『不明機に熱源反応! 撃ってきますわ!』

 

 千冬の声を遮って、セシリアが叫ぶ。

 パッと散開する二人の間を、桃色の光線が駆ける。

 

『わたくしのレーザー以上の威力……ビーム兵器ですか、これは』

『当たったら即ゲームオーバーね、コレ。ま、避けられないって訳じゃないし救援を待ちましょ』

 

 消極的ともとれる言葉だが、この場面では間違ってはない。

 セシリアは理性で、鈴は直感で感じ取ったのだ。

 

 ──この敵を破るには一手足りない、と。

 

 故に、二人は救援部隊を待つという選択肢を取った。

 一方で、管制室の千冬と真耶も救援の準備を進めている。

 

「山田先生。救援部隊は」

「教員部隊の編成は完了しています」

「更識は出られないか?」

「専用機を調整中とのことで、出撃は不可です」

「わかった。教員部隊は突入の準備。二年以上の専用機持ちには学園外の警備をさせろ。襲撃がコレだけとは限らん」

 

 既に、救援部隊の編成は完了していた。

 だが、送り込むには、一つだけ障壁が残っていた。

 

「シールドの解除はまだか」

 

 それは、文字通りアリーナとピットを阻むエネルギーシールドの事だった。

 本来はこちらからシールドの解除はできるのだが、千冬の言葉から不可能になっていることがわかる。

 おそらく、あの不明機が干渉してきているのだろう。

 手に持ったタブレット端末を苛立たしげに叩く。

 

「シールドのロックが今この瞬間も増強されています。教員と三年の精鋭でクラッキングをしていますが……。解除するスピードより明らかに速いです」

「となると、シールドを打ち破って突入する他ないか……」

 

 だが、どこにそんな武器があると言うのだ。

 教員の武装は、あくまでも学園の訓練機ベースだ。

 唯一の頼みの綱である、学園最強の専用機なら可能かもしれないが、彼女はここには居ない。

 と、そこで一夏の姿が千冬の視界に入った。

 

 ──零落白夜なら。

 

 そんな思考を頭を振ってかき消す。

 前に見た、一夏の錯乱状態を知っている身からすれば、任せることなど出来ない。

 そもそも、先週の戦いで白式は大きなダメージを負った。出撃をさせられるはずもない。

 だが、その一夏は覚悟を決めた表情を浮かべていたが、千冬は一夏から視線をそらす。

 

「千冬姉」

 

 一度目は、聞こえなかったフリをした。

 

「千冬姉」

 

 二度目も、黙殺した。

 

「俺が、シールドをどうにかする。俺と白式なら出来る」

 

 三度目は、もはや問いかけではなかった。

 

「ダメだ。お前の機体は、ダメージレベルをCを超えている。ISは、戦闘経験から独自の進化を果たす。不完全な状態で動かしたとなれば通常時の操縦に影響が出る。それくらいはお前も知っているはずだ」

 

 あえて、零落白夜のことには触れず、一夏を諌める。

 だが、一夏は静かに首を横に振った。

 

「ありがとう、千冬姉。俺に逃げ道を作ってくれて」

 

 だけど、と一夏は続ける。

 

「大丈夫だ。俺は大丈夫だから。鈴を助けるため、セシリアを助けるためなんだ。そのためなら、俺は使える」

 

 その瞳に、揺らぎはない。

 もしこの場で止められたとしても、強引にでも行くという意思を感じる。

 そして、千冬はその想いに折れた。

 

「いいか、零落白夜でシールドを破れると言っても一瞬だ。直ぐに、シールドが再構築される。故に、破ると同時にアリーナに飛び込め」

 

 ここまで言って、千冬の表情が歪む。

 強く握った拳からは、血がしたたり落ちていた。

 

「……本来は、お前らに任せるのは、教員としてあってはならないことだ。だが、今はお前らに頼るしかない。頼んだぞ」

 

 千冬の言葉に一夏は手を上げて応えると、そのまま管制室から出ていった。

 

「お、織斑先生! 本当に一夏を向かわせるんですか!?」

「それに織斑先生。先生も言っていたように織斑くんのISは──」

「……すまないが、少し黙っていてもらえるか」

「──っ!」

 

 心配の声は、千冬の迫力の前にかき消された。

 見れば、持っていたタブレットにはヒビが入り、もはや使い物にはなっていない。

 

「弟どうこう以前に、守るべき生徒に矢面に立ってもらっているんだ。己の不甲斐なさに腹が立つ」

 

 何が、世界最強だ。

 結局、自分は何も出来ずにここで見ていることしか出来ていない。

 だが、しかし──

 

(──このままでは、済まさん)

 

 バキッと、タブレットが砕ける音が響いた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

(──ああ、嫌だ) 

 

 本音を言えば、まだ使いたくない。

 千冬の使っていた武器だからこそ、無様に振るうことは許されない。

 一度、名前に傷を付けたのに、またしても傷をつける羽目になる。

 そうなれば、一夏は耐えることは出来ない。

 だけど──。

 

(──だけど、セシリアを、鈴を失うのはもっと嫌なんだ)

 

 あの時とは、違う。

 今は、自身の手に力がある。

 二人を救うための力がここにある

 

(俺は、守るために、この力を使うんだ)

 

 かつて、千冬姉が自分を守ってくれた様に。

 今度は、自分がみんなを守ってみせるのだ。

 

「来い! 白式!」

 

 ガントレットを掴み、愛機の名前を叫ぶ。

 数瞬の間の後、独特な浮遊感が身を包む。

 

「雪片……」

 

 名前を呼ぶと、ずしりと重いものを感じた。

 質量以上の重み。千冬の愛刀として名を馳せたのだから当然だ。

 それを、刀を置くきっかけとなった自分が使うとはなんと因縁めいてることか。

 そして、零落白夜。

 これもまた、千冬の代名詞の力。

 全てのエネルギーを消滅させる、ISバトルに置いては文字通り必殺の刃となる能力。

 

「この状況には、まさにうってつけって訳か……」

 

 二人を助けるためには、アリーナのシールドを解除しなければならない。

 だが、ソフト面の解除は不明機の妨害によって出来ないときた。

 となると破る方法は力技となるのだが、それを出来るのは白式の零落白夜だけ。

 

「俺を、舞台に引っ張り出そうとしたと考えるのは……考えすぎか?」

 

 と、そんな事を口にした一夏は馬鹿らしいと首を振る。

 今考えるのは、二人と共に戦うことだけだ。

 

「往くか……! 白式……!」

 

 一夏の叫びに呼応するようにして、雪片から白いエネルギーの放流が始まる。

 全てのエネルギーを消失させる暴力的な力のはずのそれも、こうしてみると美しさも感じた。

 シールドを切り裂き、アリーナに飛び込むと、それまでセシリアと鈴に注意を向けていた不明機が、こちらに向いた気がした。

 気の所為と言われればそれまでかもしれないが、一夏は確かにその奥の視線を感じたのだ。

 

「一夏!? アンタなんで来たの!?」

「というか、その武装は……」

「おいコラ。折角助けに来たのにその言い草はないだろ」

 

 セシリアの方は、心配するような声音たが、鈴に関しては明らかに馬鹿にした風だ。

 

「仕方ねえだろ。アリーナ内に入れるのは俺だけだったんだから」

「それはそうかもだけど……」

「んなこと言ってねえで、今はアレをどうこうする方法を考えようぜ」

 

 一夏が指差す先には、なぜか攻撃をやめ、こちらを伺う不明機の姿。

 ますます、気味が悪いなと一夏が思っていると、鈴がおもむろに口を開く。

 

「まあ体感だけど、アレに接近して倒せる確率は一桁台がいいとこじゃない?」

「なら大丈夫だ。某野球ゲームの確率一桁は結構当たるって俺の友達が言ってたから」

「弾か数馬でしょそれ」

「他にもこんな事言ってたぞ。某ロボット大戦だと命中率90パー越えでも当たらねえって」

「分身使われたら100パーでも当たらないのよ! ほんと腹立つ!」

「なんで俺が怒られてるんだコレ」

「二人共。ふざけるのはその辺にしておきましょう。──で、どう倒します?」

 

 セシリアが空気を引き締め直すと、一夏と鈴も緊張感をまとわせる。

 二人共、抜くところは抜き、引き締めるところは引き締める事が出来る人間だ。

 そして、下手に緊張しすぎて動けないよりも、コレくらいの方が丁度よくもある。

 

「まあ、ここは俺が先陣を務めるわ。射撃武器なんて上等なモンは無いから後ろでやれることはないしな」

「んじゃあたしが二番手ね。適当に合わせるわよ」

「ではわたくしは後衛を。前衛で戦えるとは思ってませんし」

 

 カン、とそれぞれの得物をぶつけ合うと、一夏が勢いよく飛び出した。

 

「合わせろ! 短期決戦で決める!」

 

 眼下に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって爆発的加速を得た彼は、不明機に肉薄する。

 だが、敵も呆けて見ているわけではない。

 両腕を持ち上げると、一夏に向けて砲撃を始める。一夏の行ったのは、単純な直線の加速。普通なら無様に撃ち落とされるだけ。

 

 ──そう、普通(・・)なら。

 

「ッラアァッ!」

 

 だが、あいにくと、この男は普通ではない。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中における、方向転換。普通のIS乗りなら異常な行動だが、彼にとっては一度やった事をもう一度やるだけ。

 緊急時以外にはやらないと言ったが、逆に言えば緊急時ならやるという事。

 そして、今はまさに緊急時だ。

 こんな無茶で無謀な事をするIS乗りは他に居ない。

 故に、理解を超えた一夏の軌道に、セシリアがそうであったように、敵ISの動きにも迷いが生じた。

 

「セシ──」

「わかってますわ!」

 

 一夏が呼びかけるよりも速く、セシリアが動く。

 素早くライフルを三連射。全ての光条が敵ISを撃ち抜く。

 

「──!」

 

 巨体が、傾ぐ。

 その懐に、一夏が飛び込んだ。

 手に持った長剣、実体剣として形成されていた刃が、展開した。

 岩の隙間から水が湧き出て来るように、白きエネルギーの放流が新たな刃となる。

 日本刀の様に、鋭く伸びた刀身を一夏は真横に振るう。

 

「ふっ!」

 

 抵抗は、まるで感じなかった。

 溶けたバターにナイフを入れるように、ほとんど手応えを感じず、不明機に刃が入る。

 横一文字に、不明機の胴に当たる部分を引き裂いたタイミングで、一夏が叫ぶ。

 

「鈴! 入ってこい!」

「でぇええええええやあああああああああッ!」

 

 裂帛の気合と共に、一夏の背中に感じる気配。

 ぶつかろうとしたタイミングで、一夏は不明機の背後に回り込み、零落白夜を発動。これでまだ、不明機はシールドを張れない。

 不明機の眼前に躍り出た鈴は、その身をコマの様に回転させながら、左手に持った大剣を叩きつける様に振り下ろし、遅れてやって来た右手の大剣で突きを放つ。

 不明機もその連撃を守ろうと腕を持ち上げたが、無駄な抵抗だった。

 左手の大剣が、ガードしようとした不明機の腕を勢いそのままに切り落とし、右手の大剣が、一夏の付けた亀裂に差し込まれた。

 

「下がれ鈴!」「下がって鈴さん!」

 

 一夏とセシリアによる、まったく同じタイミングの指示。すでに一夏は退避していた。

 鈴は差し込んだ大剣を手放し飛び退ると、ほんの僅かの間も空けずにブルー・ティアーズのミサイルビットが突き刺さり、轟音とともに爆炎を撒き散らす。

 

「鈴! ダメ押しだ!」

「わかってるわよ!」

 

 この程度で、不明機がダウンするとは誰も思っていない。

 だからこそ鈴も、飛び退くと同時に次の行動に移っている。

 

「潰れなさい!」

 

 バカッと肩のアーマーが開く。

 発射口がパッと光ると同時に、爆炎を突き破るようにして、不可視の砲弾が放たれる。

 先程の、ミサイルビット以上の轟音が撒き散らされ、戦場に少しの静寂が訪れた。

 

「終わったか……?」

「流石に、コレで機能停止しなかったら、出鱈目ですわね」

 

 三人がほとんど同じタイミングでセンサーを動かすが、反応は返ってこなかった。

 完全沈黙と判断し、一夏とセシリアが小さく息を漏らす。

 そんな二人に遅れて、鈴も同じ様に息を漏らした、──内面は、全く違う想いを抱いていたが。

 

(あーあ……。やっぱあたしじゃダメなのね)

 

 先程の、一連の流れを思い出す。

 誰よりも、一夏に合わせられるのは自分だと思っていた。

 一夏に名前を呼ばれたタイミングで、意図を察する事は出来た。

 だが、セシリアは名前を呼ばれる前に、一夏の考えを察して動いていたのだ。

 

(なーんか。もう一回振られたみたいで、複雑ね)

 

 と、感傷に浸っていたその時だった。

 

 ──敵ISの再起動を確認! 高エネルギー反応アリ!

 

 唐突に鳴り響くアラート。

 違和感を感じた鈴がもうもうと立ち上がる爆炎を晴らすために衝撃砲を放つ。

 すると、残った右腕を上げ、射撃態勢に入っている不明機の姿が現れた。

 

「まだ動くの!?」

「しゃーねえ! 砲撃をやり過ごしたらもう一回だ!」

 

 だが、セシリアだけは返事を返さない。

 じっとその場に漂ったまま、不明機を強く睨んでいた。

 

(あの馬鹿! なんで避けねえんだ!?)

 

 思ったところで、一夏も気付く。

 セシリアの背後にある物。先程まで、一夏がいた管制室だ。

 そこには、箒、真耶、そして千冬がいる。普段なら、シールドに守られていて安全な管制室だが、今だけは違う。

 この不明機はシールドを破って、アリーナに侵入したのだ。シールドに守られているからと言って、安心は出来ない。

 

(せめて、ここの最強戦力は潰すって考えか……!)

 

 そして、同時に理解する。

 セシリアは、自らを射線上に入れることによって、少しでも威力を低減させようとしているのだと。

 だが、それは己の身を犠牲にするのと同義だ。

 

「鈴、アイツを撃て!」

「もう結構なエネルギーが溜まってる! 下手に手を出したらどこに撃たれるかわからない!」

 

 既に、発射口からは桃色のエネルギーが漏れ出ている様に見える。

 砲撃をし、完全沈黙すれば何の問題はない。だが、そうでなかったら。

 溜め込んだエネルギーが暴発し、避難の進んでいない客席に撃たれたら。

 不明機を完全に壊すにしても、発射されたビームをどうにかしてからの話だ。

 だったら──

 

「鈴! 構わねえから撃ってくれ!」

「だ・か・ら! さっきも言ったでしょ!? アイツを撃ったら──」

「違う! アイツじゃねえ──」

 

 言うなり、一夏は鈴の前に機体を動かす。

 

「──俺だ!」

 

 何を言っているんだと、言葉にするよりも速く、鈴の直感が一夏の考えを読む。

 

「ああもう! 怪我してもあたしのせいにしないでよ!」

「しっかり背中押してくれよ幼馴染ッ!」

「ホントにどうなっても知らないからね馬鹿一夏!」

 

 半ばヤケクソ気味に叫び、彼女は一夏のお望み通り、衝撃砲を放つ。

 それも、最大威力でだ。彼の思惑なら、受ける威力は大きければ大きいほど良いはずだと踏んでの選択。

 

「──ッ……ォ……!」

 

 背中に衝撃を感じた瞬間、一夏は機体に加速を命じる。

 衝撃砲は、その性質上エネルギーの塊だ。

 そして、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の仕組みは、一度外部にエネルギーを放出し、再度それを取り込むことにより、加速力を得るという物。そして、加速力はエネルギー量に比例する。

 結果、これまでにない加速力を得ることが出来た一夏は、まさにあっという間に射線上に躍り込むことが出来た。

 だが、勢いを付けすぎて、勢い余って通過してしまうところで彼はここで機体を反転させた。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に機体をズラすだけでも命知らずな行動なのに、今回は180度動きを変えたのだ。

 身体中から、ミシミシと嫌な音が聞こえたが、痛みは感じない。

 解除した後の痛みを想像すると恐ろしいが、今はそれどころではない。

 

「一夏さん!?」

 

 セシリアの驚く声が聞こえたが、応える余裕はなかった。

 零落白夜のエネルギーが、刀身から溢れ出る。

 今回は、先程の日本刀の様に鋭くはない。

 膨大なエネルギーの放流を消滅させるには、こちらもそれなりの大きさが必要だからだ。

 刃を形成させると同時に、不明機がついに熱線を放った。

 一夏も、対抗するように、襲ってきた熱戦に白き刃をぶつけた。

 

「こ……の……ッ!」

 

 熱戦は、ISをまとった一夏とほぼ同じ大きさを誇っていた。

 零落白夜によって、確実にエネルギーは削がれてはいる。だが、その圧力に負け、一夏の身体はジワリジワリと後退を余儀なくされる。

 

(無理に動かしたせいでスラスター系がイカれてやがる……!)

 

 衝撃砲をまともに受けた白式の後部スラスターは見るも無残な形にひしゃげていた。これでは、押し返すなど叶うはずもない。

 このまま、シールドとの間に挟み込まれてしまえば、エネルギーを打ち消すことなど出来ない。

 一夏が、焦りに唇を噛んだその時、背後から力が加わるのを感じた。

 

「あなたって人は、本っっっっっっっ当に無茶がお好きですわね!」

 

 後方に居たはずのセシリアが、いつの間にか一夏の背後にピタリとついていた。

 

「何やってんだお前……!」

「それはこちらのセリフですわ!」

 

 非難のセリフは、ピシャリと封じられた。

 そんな事より、とセシリアは強く続ける。

 

「わたくしの事は良いですから! あなたは前だけを見て下さい! あなたが押し負ければ皆が死にますわよ!?」

 

 そこまで言われては、一夏はもう何も言えなかった。

 機体の後退は、セシリアによって留められている。

 

(気合を入れろ! ここで全てを出し尽くせ!)

 

 柄を握る両腕に力を込める。

 強く握りすぎた弊害か、左腕の装甲が弾け飛ぶ。

 だが、一夏は防ぎきった。桃色の放流を零落白夜の白き刃で見事打ち消したのだ。

 

「なんとか……これで……」

 

 そう呟いた瞬間、一夏の身体を倦怠感が包んだ。

 グラリと傾いだ身体を、セシリアはもはや慣れたもんだとばかりに支える。

 

「あなたは、戦いの度に気を失わねばならない趣味でもおありで?」

「そんなつもりはないんだが……また、世話になるな……」

 

 目を閉じると同時に、一夏のISが解除された。

 受け止めた後、視線をやると、鈴が不明機を切り裂くのが目に映る。

 機能が完全に停止するまで、未練がましそうにこちらを見定めているのが、不気味に思えた。




いやはやお久しぶりです
今月は結構頻繁に出張続きなので更新頻度はしっちゃかめっちゃかだと思います

あとリアルの知り合いにこの小説の存在がバレてめっちゃ恥ずかしかったです(こなみかん)


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目が覚めると2

1週間ぶり2度目の気絶の一夏くん

そしてお久しぶりです皆さん



 目が覚めたら知らない天井……という事はなかった。

 つい一週間前にも、こんな感じで横になっていたのを一夏は思い返していた。

 そして、予想通り身体を動かそうとすると痛みが走る。

 

「目が覚めたか。前回よりは、早いお目覚めだな」

「千冬姉……」

「もう説明は面倒だから端折るぞ。例によって無茶な動きの代償だな」

「いくらなんでも端折りすぎじゃねーかそれは」

 

 苦笑いを浮かべながら、周りを見渡すと千冬以外にも、箒と鈴、そしてセシリアもいた。

 

「当事者を除けば、怪我人は無し。よくやったな織斑」

「…………あ、ありがと。それと、ごめん……」

「お前のお陰で、お前以外の人的被害はなかったんだ。誇りこそすれ、謝ることはない」

 

 お礼を言いつつも、一夏は冷や汗をダラダラと流していた。

 同席しているセシリアは、千冬は褒めているのになぜ一夏は何を焦っているのかという感じだが、付き合いの長い鈴と箒は正確に感じ取っていた。

 どうやら、千冬はひどくお怒りの様だ、と。

 だが、千冬がいつものように怒れないのは、自身が一夏を戦場に送り出したという負い目があるから他ならない。

 

「……本当に、お前たちには迷惑をかけた」

 

 顔を見ずともわかる。

 目をぐっとつぶり、血がにじむ程に唇を噛む千冬の表情が。

 だが、なんと返せば良いか、その答えを一夏は持ち合わせてなかった。

 というか、誰にも答えられないだろう、こんな事を言われても。

 そんな事はないと言っても気休めにもならないし、そうだなと言えばまだ千冬の気分は良くなるが、今度は一夏たちが気を病んでしまう。

 いつもの、冷静な千冬ならわかることも、今はわからないでいた。

 

「私は帰るが、お前たちはどうする?」

 

 これでは駄目だと頭を振った千冬は、三人に声をかけた。

 

「わたくし達はもう少し」

「そうか。お前らも程々にしてゆっくり休むようにな」

 

 では、と言い残し千冬が保健室を出るのを見てから、セシリアは箒に向けて一言放った。

 

「箒さんも、部活の方に顔を出さなくてよろしいので?」

 

 この場面では、あんまりにあんまりなセリフである。

 セシリアとて箒が一夏に抱いている気持ちは知っている。それなのに、追い出すというのは如何なものか。

 

「問題ない。私もまだいる」

 

 故に、箒はつっけんどんな態度で返してしまうのは仕方がないとも言える。

 ただ、鈴と一夏はセシリアが箒を追い出したがっているのを敏感に察して、加勢することにした。

 

「問題ない訳ないだろ。ここんとこ俺に付き合ってサボってばっかだったろ」

「うっ……」

 

 入学してから二週間、一夏の剣道の勘を取り戻すのに助力していたのは事実だし、その後のISの教習もピットから覗いていたのも事実である。

 

「セシリアがなんかするかもって心配してるんなら、あたしが止めるから大丈夫よ?」

 

 そして、鈴が言った事を気にしていたのも事実ではある。

 というか、専用機を持たぬ箒が放課後のIS指導をわざわざ見に行っていたのはこちらの理由の方が大きかったりする。

 

「そ、そんな事はない!」

「そう? だったら、心配せずに部活に行ってらっしゃいな」

 

 ムキになった箒は、素直に引き返すということは出来ない。

 たった一週間だが、しっかりと箒という少女の正確を読み切った鈴によって箒はついに保健室から追い出される事になった。

 

「で? 箒を追い出してまでしたいって話は何だよ。……アレか、陰口大会でも開くのか?」

「うわっ。いつからそんな陰湿な性格になったのよアンタは」

 

 そんな風にふざけだした一夏と鈴を横目に、いつになく真剣な空気をまとったセシリアが口を開く。

 

「お二人はどう思われますか?」

 

 主語が抜けた、何を言いたいのかわからない曖昧な問いかけだが、一夏と鈴は何を聞きたいのか察することが出来た。

 それはつまり、今回の襲撃についてだ。

 当事者三人にしかわからないこと。そして、なぜ箒を追い出したがっていたのかもなんとなく気付く。

 

「どうって……まあ、今回の襲撃はなんとかなったが今後はどうなるかわからんし、何より事後処理が一番面倒だろうな」

「所属不明のコアに、無人機でしょ? これ公表すると思う?」

 

 無人機だったこと、無所属の新しいコアが載せられていた事。

 どちらも特級の情報だ。

 

「公表するなら、片方だけってことはないだろうな。所属不明のコアって事を出したら、操縦者にどこで入手したのか聞かせろって騒がれて結局無人機だったってのもバレる」

「逆に無人機だった事だけを公表しても、今度はコアの出処を探られて、新しいコアってバレるわね」

「とはいえ、両方という事もない、と」

 

 一夏と鈴の考えに、セシリアも己の考えを付け足す。

 

「俺らに箝口令を敷いたのもその為かね。学園はこの襲撃があった事自体、隠す可能性もあるわけだ。……まあ、全部を全部隠すってことはないだろうがな」

 

 だが、それは現実的ではないだろう。

 各国の生徒が集まるこの学園で、隠し事をするのは実質不可能だった。

 セシリアも鈴も、祖国に報告する気満々である。

 

「で、そんな話をしたいが為に箒を追い出したのか?」

 

 なんとなく、話の方向性はわかってきているが、せめてもの抵抗でこんな事を口にしてみたが、それに何の意味もないことは一夏自身が強く感じていた。

 

「しらばっくれちゃって。ほんとはわかってるくせに」

「少なくとも、誰が(・・)というのはおわかりになっているでしょう?」

 

 二人の言う通りだった。

 この件に関しては、なぜ(・・)どうやって(・・・・・)というのはわからずとも、首謀者だけは明確にわかってしまうのだ。

 

「新しいコアを作れる人は、この世に一人しかいない。違いまして?」

 

 更に追い打ちをかけてくるセシリア。

 というかここまで言えば、ほぼほぼ個人名を言ってるようなものなのだが。

 

「……どっかの国が開発に成功したとかはないか?」

 

 せめてもの抵抗で一夏はこう言ったものの、この言葉に実感は込められていなかった。

 

「折角開発したのをこうやって使い潰すの?」

「それに、学園を襲うなんて事をせずに開発に成功したと公表すれば良いだけでしょう? わざわざ各国の生徒が集まる学園を襲って逆風に立つなんて事をするとは思えませんね」

 

 やはり、簡単に反論される。

 一夏は目をつぶり、小さくため息を吐いた──降参の証だ。

 推理小説なら、動機や手口を暴かなくてはならないが、これはそんな難しい話ではない。

 千冬がアレほど怒っていたのも首謀者がわかっているからこそだ。

 そもそも、あの怒りはここのいる誰かに向けられたのではない。そして、わかったとこでどうこうすることが出来ない己への不甲斐なさが噴出したものだ。

 

「お前らの思ってるように、今回の首謀者は束さんだろうな。あの人ならコアを使い潰すことに抵抗はないだろうし、人と関わり合いを持ちたがらないあの人が無人機を開発するのも当然ちゃ当然、か」

 

 だが、だとすると尚更疑問なのだ。

 

「他人と関わり合いを持ちたがらなかったあの人が、気を許してた数少ない人が、俺と千冬姉と箒なんだ」

 

 両親とも話していたが、アレは業務的な会話だ。

 束がしっかりと存在を認識していたのは、一夏が挙げた三人だ。

 

「千冬姉と箒があそこに居たのは、あの人だってわかってたはずだ。なのに、アレは最後にそこに向けて撃ちやがった」

 

 多くの人間を巻き込むのなら、観客席を狙う。

 だが、無人機は千冬と箒と真耶という三人しかいない場所を狙った。

 ならば、そこには明確な意思が合ったのだ。千冬、もしくは箒を狙うという。

 

「俺は、あの人にどうしてそんな事をしたのかがどうしても知りたい」

 

 そう締めくくった一夏だが、同時に直ぐにどうこうできる問題でもないともわかっていた。

 とはいえ、いずれは問いただすつもりではあるが。

 しばらくの沈黙の後、その空気を破る明るい声。

 

「ま、これ以上考えていて埒が明かないわね。──じゃ、あたしはそろそろ帰ろうかな」

 

 箒と約束したセシリアの監視はどうするんだろうかこの少女は。セシリアはまだまだ残る気なのだが。

 と、保健室の扉を開いた鈴は「そういえば」と振り返る。

 彼女の顔には、それはもう悪戯っぽい笑みが広がっていた。

 

「ずっと気になってたんだけどさ。もしかしてセシリアって一夏に告った?」

「っ!? な、な、な、なんで」

 

 言語機能がぶっ壊れたセシリアに構うこと無く鈴が言葉を紡ぐ。

 

「や、初日にご飯食べた時に名前呼び云々の話したじゃん? その時に一夏が『恋愛ごとに関しては~』って言ったのがどうにも引っかかってねえ」

 

 言われてみれば、そんな事を言ったような気がすると一夏は苦い顔をした。

 確かに、普段の自分なら絶対に言わない事なのだから。

 

「超絶鈍感朴念仁なコイツがこんな事言うなんて、おかしいなあって思ってね」

 

 

 

「まあ、その反応を見れば返事はまだしてないっぽいけど」

「む……」

「まあ、一夏にも考えがあるんでしょうからアレコレ言うつもりはないけど、早いとこ返事を返してくれないと告った側からすると辛いのよねえ」

 

 言うだけ言って、鈴は一夏の返事を待たず保健室を出る。

 何も言えずに見送った二人は、ほぼ同じタイミングでため息を吐いた。

 

「……おい、あいつなんなんだよ。達観しすぎだろアレ」

「一夏さんは、わたくしの事について何か鈴さんに話されました?」

「ハニトラで近づいてきた奴が実は本気で惚れそうになってるって? 言うわけ無いだろそんなもん」

 

 そして、ただ単純に告白されたわけでもないのだ。

 まあ、その辺りもなんとなく察したからこそせっつかなかったのかも知れないが。

 何にせよ、一夏としては振った相手にこんな事を言われるのは、いい気分にはならないのは間違いない。

 

「雪片……零落白夜。使えましたわね」

 

 と、そんな空気を変えるためか、セシリアがこんな事を言った。

 もしくは、彼女は純粋に気になっているのかも知れないが。

 

「まあでも、今後も使う機会は少ないだろうさ」

「それはまたどうして?」

「使ってみてわかったけど、コイツは危険すぎる。競技用のリミッターがかかってる状態であの威力だ。人間相手に使うのはヤバいと思う」

 

 それを表向きの理由にする事に一夏はした。

 本音のところは、もう少し違ったりはするが。

 これは、誰かを守るための力と思っている。それを、ISが護ってくれるとは言え誰かを傷つける為に振るうつもりはなかった。

 

「そうですか」

 

 釈然としない感情を抱きながらも、理屈としては一夏の言葉は通るのだから、セシリアとしてはこう言う他なかった。

 付き合いが深まってきたからこそ、彼がその言葉の裏に何か隠したのだろうというのはわかる。

 だが、何を隠したかを教えてくれるほどの信頼は寄せられていないのも同時にわかってしまうのが寂しくもある。

 もっとも、一夏としては正直に言うのは気恥ずかしく、それらしいことを言っているだけなのだが。

 

「ああ、にしても……今日は疲れたなあ……」

 

 一夏らしくない、心の声がそのまま漏れ出たような感じだ。

 

「ええ、本当に。お疲れ様でした」

 

 こちらも、素直な言葉が漏れ出た風だ。

 セシリアが優しい手付きで一夏の頭を撫でると、彼は恥ずかしそうに身を捩る。

 

「お前は俺の母さんか」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように言ったが、二人ともクスリとも笑わず沈黙が降りる。

 軽い気持ちで言ってしまった一夏だが、その胸中にあるのは後悔だ。

 セシリアは、母に深い尊敬の念と親愛の念を持っているフシがある。そして、失った哀しみたるや相当なものだろう。

 そんな相手に、母を思い返してしまうような事を軽々しく言ってしまった己の迂闊さ。

 そして、セシリアもセシリアで一夏に同情とも言うべき感情を抱いて、二の句を繋げられなかった。

 親に捨てられた一夏は、親からの愛情を受ける機会はなかったと考えるのは当然だ。

 最初から、親の愛情を受けられなかったのと、受けていた愛情を途中で失うのは──果たしてどちらが辛いのだろうか。

 一夏としては、なまじ最初はあっただけに失った時の虚無感を考えると後者の方が辛いと思っているし、セシリアからすればたとえ失ったとしても、それを支えに生きていける。そもそも愛を教えてもらえなかった時の寂しさを考えると、前者の方が辛いと思っている。

 他者を想いやれる性格の二人だからこそ、絶妙にすれ違いが発生していた。

 

「すまん……」

「いえ、わたくしの方こそ……」

 

 ここに、鈴がいれば事情はあまり知らなくとも「何やってんのよこの二人は」と笑い飛ばしてくれるのだろうが、いかんせんこの二人は少し真面目すぎた。

 普段は斜に構え軽口を叩く一夏も、本質は真面目な好青年を地で行く男だし、セシリアも誂うような言動も出来るとはいえ、こちらも本質は真面目な性格だ。

 普段の軽い雰囲気ならともかく、重くなった空気を笑い飛ばす事など出来はしなかった。

 ハニトラ告白の時にしゅんと項垂れたセシリアを一夏が笑い飛ばせたのは、一夏には何の非はなかったからで、自分の方に思うところがあると途端にこうなってしまうのだった。

 

「……わたくしが、母ですか」

「多分、お前は良い母さんになれると思うよ」

「一夏さんの方こそ、良き父になれると思いますが」

「どうだろうな……。俺は親の気持ちなんて知らないし、愛情のかけ方もよくわからん」

 

 というか、子を捨てる気持ちなど知りたくもないが一夏の正直なところだ。

 同時に、親に愛情をかけられた事がないのだから、同じく愛情をどうかけてもいいのかもわからないとも。

 

「……親に愛情をかけてもらえなかった子供は、大人になった時に同じことをするというしな」

「それ、は……」

 

 もしかして、彼が恋愛に関して鈍いのはそういった事情もあるのかも知れないと、セシリアはぼんやりと思った。

 親から純粋な好意を向けられた事がないのだから、それはしょうがないとも思えた。

 もしかしたらある種、打算的な──セシリアの様なハニトラ云々の思惑が絡んだ上で、接した方が気付きやすいのかも知れない。

 

「ま、高校生の今からそんなモン考えててもしょうがねえな。……つーか子供以前に俺はまともな恋愛ができる可能性を模索しよう」

「ですから、わたくしはフリーだと何度申し上げれば」

「いい感じに話がまとまろうとしてたのになんでぶっ壊すかなあ?」

 

 そう言って、二人はいつものように笑みを浮かべる。

 こうして話せるのも、どこか不思議だ。

 もしあの時、少しでも判断が遅れていたら。そもそも、何か一つでも欠けていればこうして笑い合ってなどいられなかっただろう。

 

(それすらも仕組んだことと考えるのは……流石に考えすぎか?)

 

 だが、あの人がそれをする意味はないと思い直し一夏はその考えを打ち消した。

 

「また、何か考えてますわね。今日はゆっくりお休みになって下さい」

「……最初にその話を持ってきたのはお前ら二人だったと思うけどな」

 

 紛うことなき正論である。

 いらぬ気苦労をかけさせてしまったとセシリアは苦笑交じりに謝る他なかった。




なんか久しぶりすぎて文の感じがしっくりこないな
なんでだろ


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ある日の休日の一コマ

お久しぶりです



「さて、やりますか」

 

 日曜日、IS学園に用意されている調理場で、割烹着を着たセシリアは気合の入った表情を浮かべていた。

 いや、気合というよりはどこか緊張感のある表情と言ったほうが正しいか。まるで、戦場に赴く兵士の様な面持ちである。

 やろうとしていることはただ料理をつくるだけなのだが……セシリアが生物兵器よろしく毒物を作るのを考えると、あながち間違いではない気もする。

 さて、そんなセシリアがこうして料理をしようとしているのは他でもない。

 

「卵料理くらい出来ねば、オルコット家の恥というもの……!」

 

 本人的には、親睦パーティの一件が大分堪えている様である。

 せめて簡単な料理程度なら作れないと、と思っているのだ。

 彼女の立場を考えると別に料理が出来なくても何ら問題は無いとも思うのだが、それを許せないのはやはりプライドの問題か。

 

「ん? セシリアじゃねえか。何してんだお前」

 

 セシリアが卵を割ろうとしたタイミングで、一夏が調理場に入ってきた。

 彼が袋を持っている所を見ると、彼も何か作るつもりなのだろう。まあ、ここに来る時点で料理をする以外の選択肢は無いのだが。

 

「見ての通り料理をと思いまして」

「……大丈夫なのか?」

 

 伺うような一夏の視線。パーティ準備の際のセシリアの醜態を覚えているのか、その瞳はどこか不安げに揺れている。

 事実、彼女は卵を割ることすらおぼつかないのだから、その不安も当然とも言えるが。

 

「大丈夫ではないですわね」

「何堂々と言ってやがるんだお前は。つーかだったら一人でやろうとすんなっての。鈴とかに頼ってみろ、実家が料理屋だっただけにアイツも料理の腕は中々だしな」

 

 言いつつ、一夏は袋から食材を取り出す。

 中身はコーヒー豆のようだ。

 

「今日はご自宅に戻られると言ってましたが……目的はそれですか」

「ああ、箒に飲ました時は微妙な顔をされたからな。……このまま引き下がるなんて事は出来ねえ」

 

 入学式初日の箒の反応がよほど堪えていたと見える。

 自慢のコーヒーをあんな顔で飲まれたのが気に入らないというのはわかるのだが……。

 一夏も一夏で、どこか覚悟を決めた兵士の顔をしていた。

 

「別に、ブレンドを試すのならここでやらなくても良いのでは?」

 

 それこそ、自宅でやってくればよいのだ。

 どうしてここでやるのかとセシリアが問うと、一夏は肩をすくめて答えた。

 

「別に今日はブレンドを試すつもりじゃない」

 

 では、どういうつもりなのだろうか。

 そんなセシリアの疑問を感じ取ったわけでは無いだろうが、一夏は続けて答えた。

 

「コーヒーを使ったスイーツでも作ろうと思ってな」

「はあ……」

「なんだその反応は」

「いえ、そういった物も作れるのかと思いまして」

「喫茶店でバイトしてたって言ってただろ? 軽食だけじゃなくてスイーツ類の作り方とかも教えてもらったしな」

 

 むしろ、デザートやスイーツ系の方がメインだったなと一夏は思い返す。

 ランチに力をいれるというよりは午後の優雅な時間を提供する場というのが一夏の働いていた喫茶店の特徴だった。……喫茶店に似つかわしくない定食屋のメニューもあったがそれは従業員の気まぐれによるところが大きいか。

 

「コーヒーを使ったスイーツですか……」

「まあ簡単なのはコーヒーゼリーだな。……つっても、苦いって言われたコーヒーをただゼリーにしましたってんじゃ芸がない」

「そうですわね。ミルクを用意して口当たりをよくしようにも、箒さんは見栄を張って使わなさそうですし」

「確かに、絶対そうするぞアイツ」

 

 初日、無理をしてでも飲もうとした意地っ張りな幼馴染の姿を思い返し、噛みしめるように笑う。

 

「となると、何を作りますの?」

「そうだなあ……」

 

 顎に手をやりながら、一夏は何かを探るように宙に視線を浮かばせる。

 と、目についたのはセシリアが大量に用意した卵だ。

 

「お前、卵使うつもりだったのか」

「あ、はい。とりあえず卵程度は割れるようにはなりたいなと」

「ふーん。てことは、割った後の処理はまだ考えてないよな?」

「ええ、まあ」

「んじゃ、そいつ俺にくれ」

 

 セシリアとしてはその後の処理方法は何も考えていなかったので、一夏の言葉に異論はない。

 一夏とすると割るだけ割って後はどうするつもりだったのかが疑問なのだが、深く追求するのはやめておいた。

 

「つーかお前は未だに片手割をやろうとしてんのか」

「だって……」

「だってもクソもあるか」

 

 にべもなく言い放つと、軽くセシリアの頭を小突く。

 ISに置き換えると、最初からマニュアルモードで乗り回すような話だからだ。

 

「俺だって最初は両手で割ってたし最初から無理すんな。つーか今回は白身と黄身を分けるから両手の方がやりやすいしな」

「ところで一夏さんが作ろうとしているものってなんですの?」

「シフォンケーキだな。苦味は抑えられるし、生クリームを用意しとけば食べやすくなるだろ。……アイツが使うかどうかは別として」

 

 そういう意味では、セシリアがまだ卵を割る前だったというのは一夏にとっても運が良かった。

 指導無しではセシリアは黄身と白身を器用に分けるのが難しいというのは火を見るより明らかだったからだ。

 学園がある程度食材は備蓄しているとは言え、このお嬢様は冷蔵庫にある卵を全て使うつもりだろうから。

 

「こうやってな。黄身と白身を分けてくれ」

 

 横に並んだセシリアに見せるようにカツンとボウルに卵を当てて殻を割り、それぞれの手に持った殻にお手玉の様に何回か黄身を動かすと白身がボウルに落ちていく。

 黄身だけになったところで別のボウルに落とす。

 

「こんな感じにやるから片手割はしなくていい。両手でしっかりやれよ」

「わかりましたわ」

 

 調理の邪魔になるからだろうか、普段は下ろしている髪の毛を後ろに回して束ねる。

 

「──っ」

 

 思わずといった風に一夏が息を呑んだを見て、セシリアは不思議そうに首をかしげる。

 

「……? どうかなさいまして?」

「……別に、なんでもない」

 

 あからさまに視線をそらす。

 そんな普段の一夏を思うと珍しい挙動に、セシリアの口角が釣り上がる。

 

「さては、わたくしのこの髪型に興奮してらっしゃいますの?」

「だから、なんでもないっての」

「はいはい。──でも、箒さんもこの髪型ではないですか」

「あいつは昔からあの髪型だから慣れてんだよ。お前がその髪型にするのははじめてだからな。そういう意味でびっくりしただけだぞ」

 

 焦ったようにまくしたてる一夏。

 それはもう見事な焦り様で、普段の余裕のある立ち振舞からは考えられない姿であった。

 

「では、そういう事にしておきましょうか」

 

 反対にセシリアは余裕のある態度でふふっと笑みを浮かべる。

 

「ある意味では新鮮ですわね。あなたのこの様な姿は」

「……ほんとにうるさいっての」

 

 ふてくされた様に呟いた一夏は、わざとらしくセシリアから目をそらす。

 ……まあ、それでもチラチラと彼女の方に視線を飛ばしてはいるのだが。

 もちろん、それに気づかない筈が無いセシリアだが、あえて指摘はしなかったが。別に、見られること自体は不快ではないのだから。

 

「そういや、お前紅茶好きなんだろ? だったら用意してくれると嬉しいな」

「ええ、その程度なら喜んで。……思えば、これまで振る舞う機会がありませんでしたね」

 

 というか、一夏が無事に週末に出歩けているのがまれだったりする。

 どうにも金曜日に気絶をして保健室にお世話になる率が高すぎるのだ。

 

「それでは、わたくしは紅茶の準備をしますのでこれで」

「あ、おいコラ」

 

 調理室を出ようとするセシリアに投げた一夏の声は、彼女に届くことはなかった。

 終わってみれば、セシリアは卵を割るところまでしかしていない。

 

「お前、料理がしたかったんじゃねえのか……」

 

 だだっ広い厨房に残された一夏のつぶやきを拾ってくれる人もまた、ここには居なかった。




実はまだ作中は4月です


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ゴールデンウイーク突入

少しでも早く時間を進めるために強制的にゴールデンウイークに突入させました


 季節は巡り、五月の頭。

 いわゆるゴールデンウィークである。

 土曜日まで授業があるというIS学園の特性上、まとまった休みが入るのはこれが初めてという事になる。

 そうなると海外から入学する生徒はこの機会に故郷に戻ろうという者もいるし、日本出身の生徒もせっかくだからと自宅に帰る人が多くいた。

 まあ、全員が全員というわけもなく、学園に残る者もいるのだが。

 

「やっぱ人は少ないわねえ。箒はなんで帰らなかったの?」

「私は帰ったところで一人だしな。──そういう鈴はどうして帰らないかったのだ?」

「……私も帰るのはちょっと、ね?」

 

 アリーナ内で言葉を交わす二人。箒も鈴も、IS学園に残る者達だ。

 箒は、そもそも帰る家がないというのが正しいところだが。……もっとも、親戚の家に身を寄せる事も出来るだろうが「ゴールデンウィーク中お邪魔させて下さい」だなんて連絡をこのコミュ障が出来るはずもなかった。

 鈴の方もある事情で、中国に戻るのは気が進まなかったりする。

 普段は明るく振る舞う鈴の表情がどこか陰ったのをみて、なにか事情があるのかと察した箒はこれ以上の会話はやめた。

 

「まあ、悪いことばかりじゃないしね。殆どの生徒がいないからアリーナも使い放題だし」

「そうだな。私としてもこうして訓練機が簡単に借りられるのはありがたい」

 

 鈴の言葉通り、普段はそれなりの人数が集まるアリーナも今は閑散としている。

 そしてアリーナを使う人が少ないという事は、必然的に訓練機を使う人も少なくなるので、箒の様な一年生でも簡単に訓練機を借りることが出来た。

 

「んじゃ、やりましょうか」

「お手柔らかに頼む」

 

 というわけで、箒は久しぶりにISを動かそうとしているわけである。

 で、どうせなら実戦形式でやろうととんとん拍子で話が進み、こうして二人が退治しているのだ。

 箒は、お手本の様な正眼の構え。

 反対に、鈴は両手にもった大剣をだらりと下げて持つ。

 

「でええええええええやあああああああ!」

「──ふっ!」

 

 喚声をあげ、突進してきた鈴に対し、箒は動じること無く対応した。

 左右に持った大剣が時間差で振るわれたたがそれを弾き、返す刀で鈴に斬りつける。

 

「踏み込みが甘い!」

「別にアタシは(コレ)が本分って訳じゃないしね!」

 

 必中を期した箒の斬撃は、鈴に僅かに届きはしなかった。

 

(衝撃砲を私の腕に当て、軌道を変えたのか……!)

 

 衝撃砲は空間を武器とする。故に、一瞬であれば相手の動きを鈍らせ、動きを変えさせることも可能である。

 もっとも、口にするのは簡単だが、実際にやるのは難しいところなのだが。

 

「さあどんどん行くわよ!」

「ぐっ」

 

 鈴は宙に舞い上がると、その身をコマのように回転させ、両手に持った大剣を雨の様に箒に降らせる。

 それを箒は物理シールドや近接ブレードで弾くのだが、鈴は着地と同時に今度は下段から逆袈裟に両手の大剣を切り上げる。それもなんとか受けきった箒だが、反撃の一手が打てないでいた。

 そもそも、これはISを纏っての勝負なのだ。

 箒がこれまで経験した剣道や学んできた剣術はあくまでも平面での戦い。鈴の様に三次元的な戦いの経験はなかった。

 

「こ……の……!」

 

 半ば無理やり気味にブレードを振り下ろすと、鈴はそれを右手に持った受け止める。

 そこから力押しで押し込もうとするが、びくとも動かない。

 それでも、押し込もうと力を入れる。

 

「そうやって力を入れちゃうと──」

 

 鍔迫り合いの格好で箒が押し込んでいると、鈴がニヤリと笑いその手から大剣を消す。

 次の瞬間、支えを失ったように箒が体勢を崩した。

 

「──こうなっちゃうわよ」

 

 そして、大きくバランスを崩した隙を鈴は見逃さない。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、箒の横を駆け抜けるほんの少し前に、もう一度大剣を呼び出す。

 それをすれ違いざまに振るう事により、箒に少なくないダメージが加算される。

 

「なめる……な……っ……!」

 

 それでも箒は体勢を立て直し、振り返る。

 鈴は未だ背を向けており、今が好機だと判断した。

 

「はい、どーん」

 

 まあ、実際は好機でも何でも無いのだが。

 衝撃砲の砲身は360度どこにでも展開できる。そして、人間の目に映る範囲では死角になるはずの後方も、ハイパーセンサーによって死角にはならない。

 熟練のIS乗りなら騙せないが、箒の様な乗りたてのIS乗りに見破るのは難しいところで、そしてまんまと引っ掛かってしまったのだ。

 ちなみに一夏が箒の立場だった場合は「アイツが無防備に背中を向けるなんて罠以外にない」と判断して深追いはしない為、この罠に関しては避けられるが。

 その後も、鈴はあの手この手で箒を貶めて、子供の様に扱ったのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「うーん。基本的な戦い方は問題ないけど、搦手に弱いわねアンタ」

「そんな事言われてもマトモに戦うのは今日がはじめてなんだが!?」

 

 ひとしきり身体を動かした二人は、そろそろお昼時という事もあって反省会をしつつ食堂に足を勧めていた。

 

「一夏がはじめてISで戦った時、そうやって諦めてた?」

「……う」

 

 鈴の言葉に箒は、言葉を詰まらせてしまった。

 思い返せばセシリア戦。

 一夏はそれまでは散々「勝てっこない」「やる気はない」と言っていた一夏だったが、いざ始まれば最後の最後まで諦める事はなかった。

 それに対して今の自分はどうだろうか。

 初日、一夏にあれだけ威勢の良いことを言っておきながら、今の自分は「しょうがない」と言い訳を口にした。

 箒が自己嫌悪でうめいていると、鈴がふと思いついた様に歩みを止めた。

 

「一夏と言えばアイツも今は家に帰ってるんだっけ?」

「うむ。家の掃除と豆の整理をしたいと。後は中学時代に働いていた喫茶店に顔を出すとも言っていたな」

 

 それを聞いて、ふーんと指を立て顎につける鈴。

 それがどうしたのだと箒が声に出すより早く、鈴がよしと声を上げた。

 

「お昼ご飯はそこにしましょ。あたしも久し振りに行ってみたいし」

「まあ、私は構わないが……」

 

 なんでわざわざ、と続ける箒。

 それに対して鈴は、

 

「まあそれは行ってみてのお楽しみお楽しみ」

 

 こう言って笑うだけだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「一夏ぁ、コーヒーおかわり」

 

 そう言って、カップを差し出す赤毛の少年。

 名前を五反田弾といい、一夏の友人の一人である。

 

「へいへい。俺が言うのもアレだけどコーヒーってそう何杯も飲むようなモンじゃないんだからな。程々にしとけよ」

 

 注文を受けた一夏は、カップをコーヒーを注ぐ。

 格好も制服ではなく、執事を思わされるような格好をしていた。

 お昼時とあって、店は混雑していたがそこは長年働き、既に要領は掴んでいる。

 手際よく注文を捌きながら弾と会話をしていた。

 と、そこへ初老の男性が近づく。

 

「──それにしても悪いねえ。せっかくの休みに手伝ってもらっちゃって」

「いえ、どうせ暇でしたし。というか、俺の方こそ急に働けなくなってすみません」

「あんな事があったのだからしょうがないさ」

 

 彼はこの喫茶店を経営している。

 一夏からはマスターと呼ばれている。彼の落ち着いた雰囲気と喫茶店の雰囲気はマッチしており、そこに溶け込むのに苦労したものだと一夏は懐かしい思い出として胸にしまってある。

 本来は4月からも働く予定だったのだが、ISの適性が発覚してからそれどころでは無くなっていた。

 

「そういや一夏や。女子校生活どうよ?」

「雑に聞きすぎだっつーの。なんて答えれば良いんだ俺は」

「じゃあ彼女出来た?」

「そういう質問ってもう少し順序挟んで聞くモンじゃねえの?」

「文句が多いなお前は。で、いいから教えろよ」

 

 と、促してみたものの弾は答えが返ってくるとは思っていなかった。

 どうせいつもの様に「興味は無い」か「よくわからない」とかそういうつまらない答えだろうと。

 弾とて本気で期待しているわけではなく、いつも通りのやり取りをしたかっただけなのだ。

 

「まあ、ちょっと良いかなって思う奴はいるけど……」

 

 だが、弾のその考えはものの見事に裏切られた。

 照れくさそうに頬を掻きながら言う一夏は、とても嘘を言っているようには見えない。

 思わず二度見してしまったが、自分の見間違いではなさそうだった。

 

「ウッソだろマジで!? 誰だよ!? 俺の知ってる奴か!?」

「聞いといてその反応は失礼だろ。──ってIS学園でお前の知ってる奴って鈴しかいねえだろ」

「じゃあ鈴か!?」

「なんでそうなるんだよ。鈴じゃねえよ」

 

 言いつつ、一夏はさっと入り口に視線を飛ばす。

 ドアを開けようという人影を見つけたからだ。

 ちょっと行ってくると弾に告げた一夏は、お客様を出迎えようと足を向ける。

 

「いらっしゃいませ……って鈴と箒か。どうしたんだ」

「箒がここに顔を出すって言ってたからね。アンタのことだから顔を出すだけじゃなくて手伝うと思ってね」

「流石、お見通しだな」

 

 軽く会話を交わすと、鈴は一夏の案内を待たずに歩き始めた。向かう先は弾が座ってるカウンターだ。

 

「久しぶりね、弾」

「んあ?──ってオイ鈴じゃねえか」

 

 驚きに目を丸くした弾だったが、しかしそこは旧知の仲。

 直ぐに昔話に花を咲かせているのか、笑顔を浮かべる弾の姿があった。

 

「箒も来たのか」

「……私が来たら悪いのか?」

「何怒ってんだお前は。お客様を歓迎しない店員がどこにいるんだ」

 

 一夏の格好にドギマギしている箒は、いつも以上に無愛想な対応をしてしまうが一夏は特に気にした風もなく対応する。

 そのまま箒を引き連れ、一夏は窓際の二人がけの席に案内する。

 鈴は弾のいる席に行っているが、直に戻ってくるだろう。

 箒もカウンターに案内しようかとも思ったが、人見知り気味の箒を初対面の男がいるあの場に放り込むのは可哀想だと判断したのだ。

 

「昼飯に来たんだろ? この店は定食屋っぽいメニューもあるからな。好きなのを頼んでみろ」

 

 言われ、箒がメニューに視線を落とすとたしかに喫茶店に似つかわしくない名前があった。

 

「業火野菜炒め定食……?」

 

 箒がその名を呟くと一夏の方もやっぱそれに目が行くかと肩をすくめた。

 

「うちの調理担当の得意料理の1つなんだよ」

 

 因みにメニューの後ろの方に小さく『絶賛練習中』と書いてあったりする。

 練習中なので金額もだいぶ安くなっている。実質材料費などの原価程度の値段である。

 

「どうせだったらそれにするか?」

「う、うむ」

 

 困惑気味に箒が頷くのを見て、一夏は伝票にさっと文字を走らせる。

 

「お前、結構鈴とつるんでるよな。仲良くなったか?」

「どうだろうか。よく、ISの稽古をつけてはくれるが」

「まじかよ。俺が頼むとアイツ断るくせに」

 

 そうぼやく一夏に、それはお前がセシリアとよろしくやっているからだろう、と思わず言いかけたが、なんとか堪えた。

 実際、一夏とセシリアの間に入るのは難しいのだ。既に出来上がっている空気に入っていけないのだ。最初の頃は座学の範囲であれば教えていたが既に一夏がその域を脱しているのもあり、最近は二人だけの時間は減っていた。

 

「まあ何にせよ、お前にも友達が出来て良かったわ」

 

 そう言ってにこやかに会話をしている一夏と箒を遠くから見つめる視線。

 弾と鈴だ。

 

「あの美人さんの事か……?」

「ん? 箒がどうかしたの?」

 

 もしや、一夏の気になってる人というのはあの女性では無いかと弾が思っていると、鈴がそこに食いつく。

 かつて一夏に想いを寄せていた鈴に言うべきか悩んだものの、結局は言うことにした。

 

「いや、一夏の奴が学校で気になってる奴がいるって言ってたからな。あの娘の事かと思ってな」

 

 弾の言葉を聞いた鈴は「あー」と曖昧に頷く。

 

「違う違う。多分箒のことじゃないわよ」

「そうやって否定するって事は、お前にも心当たりあるってことか?」

「そ。というか、一夏の奴その娘にもう告られてるっぽいしね」

「そいつもまあ、たった一ヶ月でよく思い切ったもんだ」

 

 言いつつ弾がコーヒーを啜ると、伝票を持った一夏がこちらに向かって歩いてきた。

 

「おい弾。業火野菜炒めの注文入ったぞ」

「あいよ」

「何? 弾が作るの?」

 

 鈴の疑問の声に「まあな」と短く応えた弾は手早くエプロンを腰に巻く。

 そしてそのまま厨房に入って行った。

 

「……大丈夫なの?」

「曲がりなりにも定食屋の息子だぞ。料理の腕に関しちゃ俺より上だ」

 

 弾の実家は、この辺では有名な【五反田食堂】だ。

 その店主とこの喫茶店のマスターは古くからの付き合いらしく、一夏がここで働き出したのもその縁があってのことだ。

 そんな弾がどうして料理をしているのかというと、ある日まかないとして振る舞ったところ、それを見ていた常連がぜひ食べたいとなり、そこから口コミで広まり裏メニュー的存在となったのだ。

 

「鈴も同じのにするか?」

「そうね。不味かったら承知しないわよ」

「そいつは弾に言ってくれ」

 

 そうしてゴールデンウイークの一日は終わっていった。

 




プチバトルを書けて楽しかったです。
……セシリア出てないけど次回は出します。

あと、鈴ちゃんが原作は5月だけど矛盾解消のため今作は4月に転校してもらってます。
というわけでその後のキャラたちも前倒しします。……順番は前後しますのでご承知おきを。


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転校生は銀髪少女

ゴールデンウイーク明けてラウラちゃんが転校してきます
金はまだ準備が出来てないと思うので銀が先です


 カーテンから、淡い光が差し込む。

 

「……ぅ……むぅ……」

 

 温かく優しいその光が、少年の顔を撫でると、少年は少しだけくぐもった声を漏らす。

 

「朝……か」

 

 少しだけ名残惜しそうに布団にくるまった後、「むん」と勢いをつけて起き上がる。

 その後洗顔と歯磨きを済ませた彼は、コーヒーメーカーから黒い液体をカップに注ぐ。

 

「……うん。いい感じ」

 

 満足気に頷くと、ホットメーカーに食パンと食材をセットしてコンロにセットする。

 一夏は最近は食堂に行かず、もっぱら自室で済ませる事が増えていた。

 一ヶ月たち、好奇の視線を集めるということは少なくなってきたと言うものの、それでも注目されることに変わりはなく、出来るだけその視線から逃がれるべくこういった生活スタイルに落ち着いていた。

 出来上がったホットサンドを食べつつ、一夏は今日の時間割を眺める。

 ゴールウイークは今日で明け、学園はいつもどおりの日常を取り戻す事になる。

 

「今月までは座学が中心、か」

 

 入学当初は他の生徒よりも遅れをとっていた一夏も、今では先取りをしているくらいである。

 他の生徒は、6月からISを乗り出す為、授業もそれに合わせているが既に専用機持ちの一夏はそれではまずいということで、予習を重ねていたからだ。

 とはいえ、既に学んでいるから内職をしようと思っても、千冬がそれを許すはずも無いのだが。

 

「一夏さん。起きてらっしゃいます?」

 

 ノックと同時に、投げかけられる声。

 時計を見ると、そろそろ登校する時間には丁度いい時間を指していた。

 扉の向こうに、「今行く」と告げると一夏は制服の上着を羽織り、かばんを手にする。

 

「おはようセシリア」

「はい。おはようございます、一夏さん」

 

 セシリアは同学年の者と比べても遥かに長いスカートをつまみ挨拶をする。

 何度見ても、その貴族らしい挨拶には慣れない。……らしいというか、彼女は紛うことなき本物の貴族なのだが。

 

「別に、毎日起こしに来なくたって俺は寝坊なんかしねえぞ」

 

 セシリアを連れ立って歩きながらぶっきらぼうに一夏は告げる。

 クラス対抗戦のその後くらいから一夏は今の生活スタイルに落ち着いたのだが、セシリアは毎朝こうして迎えに来るようにいなったのだ。

 

「はい。知ってますわ」

「だったらわざわざ来なくてもいいだろうに」

「あら。わたくしは一夏さんと一緒に登校をしたいから来ているのに、そんな言い方をされるのですか?」

 

 目を伏せ、心底傷つきましたと言わんばかりのその様子に、一夏は慌てる……なんてことは無く苦笑を浮かべた。

 

「はっきり言いすぎだっつーの。日本人は察しと思いやりを心情にしているんだ。そうやってガツガツ来られると引いちゃうんだぞ」

「それは、相手の好意を察せられる人だけが言える言葉ですわね」

「……うるせえ」

 

 と、寮と校舎を繋ぐ道を歩ききり校舎に入ると、職員室の手前で立っている女子生徒の姿が目に写った。

 この学園の生徒にしては珍しく、スカートタイプの制服ではなくズボンを履いている。

 銀髪が陽の光を浴びてキラキラと煌めく様は、まるで人形の様な雰囲気を放ちそうなものだが、実際に彼女が纏う空気はどこか冷たくどこか近寄り難く感じた。

 

「あんな奴うちの学校にいたっけ?」

「いえ、いませんわね。……というかあの方は──」

 

 心当たりが無い一夏とは対象的に、セシリアは何かを知っているのか言葉を紡ごうとする。

 しかしそれよりも早く件の少女がこちらに気付き、近づいてきた。

 

「織斑一夏だな」

「そうだけど……俺に何か用か?」

 

 向こうが、自身の名前を知っているのは不思議ではない。

 うぬぼれてるわけではないが、ISに関わっている人で自分の名前を知らない人はいないだろう。

 それよりも気になるのは、彼女のことだ。

 初対面のはずだが、どこか聞き覚えのある声に記憶を探る。

 

「いや何、改めて自己紹介をと思ってな。私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。こうやって面と向かって話すのは初めてだからな」

「そりゃどういう事……ってもしかしてお前」

 

 そこで何かを思い出したのか、ハッとした表情になる。

 

「ようやく気付いたか」

 

 呆れ気味な少女。

 確かに、この声に聞き覚えが有るはずだ。そして、向こうから見れば呆れられてもしょうがないだろう。

 

「いや、あの時は軍人と話しているとは思っていたから同い年だとは思ってなかったんだよ」

「だからお前はずっと敬語だったのか……」

 

 言い訳がましく告げる一夏だが、まさか一夏の方も軍人が十代。それも同い年だったとは思わなかった。

 それ故、気付くのが遅れたのだ。

 と、そこにセシリアが割り込んできた。

 

「一夏さんはボーデヴィッヒさんとお知り合いなのですか? なぜドイツの方と繋がりが?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 その名はセシリアも聞き及んでいた。

 ドイツ代表候補生という少女の名は。

 なので、疑問だったのだ。一夏がどうして彼女と親交が有るのかと。

 

「ああ。千冬姉が一年くらいドイツで教官をやってた話は知ってるな?」

「ええ、それは」

 

 一夏が誘拐された際、その時に千冬に一夏の居場所を伝え、協力したのはドイツ軍だというのは。

 そしてその見返りとしてドイツ軍に協力していたというのは、以前聞いていた。

 

「私はその時に、教官……織斑先生にご指導頂いていたのだ」

「なるほど。ですがそれは織斑先生との繋がりであって、一夏さんとの接点のある説明にはなりませんが」

 

 セシリアがそう言うと、一夏とラウラはどこか気まずそうな顔でお互いを見合う。

 その二人の様子に、セシリアはムカムカしたものが心のなかで首を擡げたのを自覚した。

 

「あの、何か言い辛い事でも?」

「いやまあ、言い辛いというかなんというか……」

「……そのまあ、アレだ。教官の名誉にも関わることだからな」

「それはどういう───」

 

 二人の態度が気になったセシリアが追求しようとした瞬間、職員室のドアを引く音とともに別の声が割り込んだ。

 

「──オルコット。それは私の方から説明しよう」

 

 我らが一年一組の担任、織斑千冬だった。

 千冬は、二人に説明させるのをどこか嫌がるように早口でまくし立てる。

 

「私がドイツにいた時、特に親しくしていたのがボーデヴィッヒなんだ。休日は部屋に招いたりしていたんだが、その時に織斑と電話でのやり取りはしてな。だから声だけの繋がりはある訳だ」

 

 千冬の説明を聞き、成程とセシリアが頷く。

 

「招いてたって千冬姉……」

「まあ私が教官の部屋に招かれていたというのは事実だからな……」

 

 部屋に招いたと言ったあたりで一夏とラウラが眉をひそめてはいるが、説明としては通っている。

 小声で何やら呟いている二人の様子がやはり気になるが、あまり突っつくのはやめておけとセシリアの本能が警鐘を鳴らした。

 

「丁度いい。織斑、今日は一日ボーデヴィッヒに付き合って学園の案内をしてやれ」

「あ、はい。わかりました」

「ボーデヴィッヒもそれで良いな?」

「はい。異論ありません」

 

 伝えることは伝えたと千冬は三人に「ホームルームには遅れるなよ」と最後に告げ職員室に戻った。

 千冬の姿が見えなくなった瞬間、一夏が頭をガシガシと掻きながらほやいた。

 

「案内っつってもな。食堂と……後は寮くらいか?」

「どちらも既に案内マップを見て把握している。案内の必要は無い」

 

 きっぱりと言い切ったラウラに、一夏もだろうなと曖昧に頷く。

 

「ああ。だが、アリーナの申請方法。これはわからないから教えてくれると助かる」

「了解了解。訓練機の申請方法も必要か?」

「そちらは問題ない。私も専用機持ちだからな」

 

 専用機持ちという事は彼女も代表候補生なのだろうかと一夏はぼんやりと感じた。

 そこに鋭い視線を向けたのはセシリアだ。

 

「専用機……ということは、現在開発が進んでいるレーゲン型ですか?」

「そうだ。イギリスと同様に、我が国でもデータ取りをする為にこうして私が派遣された」

 

 二人の間で、見えない火花が散ったような気がしたが、一夏はなんのことかよく分からなかった。

 まあイギリスとドイツだから仲が悪いのかなと思う程度だ。

 

「話は変わるが、一夏は放課後は暇か?」

「今日の放課後は、セシリアとISの練習が入ってるが……」

「ならば丁度良い。一つ手合わせ願おう」

 

 願おうと言ってはいるが、断れるような雰囲気は感じられない。

 これは決定事項だと言わんばかりだ。

 

「模擬戦か。──セシリアはどう思う?」

「よろしいのではなくて? わたくしや鈴さんといった手の内を知っている相手とやるよりも、手の内を知らない相手と戦うのは瞬時の対応が求められますし、なによりも初顔合わせの相手と戦う事自体が刺激にもなりますし」

「ふむ。事前に機体データを渡そうと思っていたが、そういう意図があるのならやめておいた方がよさそうだな」

 

 随分、大盤振る舞いをするつもりだったものだとセシリアは感じた。

 ISに関する情報は直ぐに開示せねばならないとは言え、自発的にやる事は少ない。

 それをわざわざ自分の方から提案するのだから、どうにも不自然だと。

 有無を言わせぬ雰囲気で模擬戦を提案したりする辺り、何かラウラに考えはあるのはわかるのだが……。

 

「そう勘ぐるな。深い意味はない」

 

 考えている事が読まれたのか、ラウラに声をかけられる。

 

「一夏が、現時点でどれだけやれるのかを測るだけだ」

「……一夏さんの実力を知ってどうされるつもりで?」

「ふむ……。どうするつもり、か」

 

 腕を組み、ラウラはポツリと呟く。

 今度はラウラが考え込み始めた。もっとも、こちらは答えを探っていたセシリアと違い、既にある答えの伝え方を考えてる風だが。

 

「ある程度の実力があれば何も問題はない。だが、弱ければ鍛える。それだけだ」

 

 答えている様で答えになっていない。

 それは、あくまでも実力を知ってその後の対応を話しているのであって、なぜ一夏の実力を知りたいのかには繋がっていない。

 セシリアがそこを指摘しようと口を開くよりも早く、一夏が手を叩いた。

 

「成程、俺のコーチ志望って訳だな。その為に、現時点の実力を知って教え方を考えると」

 

 まとめた風に言っているが、その実、ラウラの言った内容を言い換えているだけだ。

 セシリアがどうにも、釈然としない思いを抱きながらもトントン拍子で一夏とラウラの模擬戦が決まった。



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白と黒の激突

バトルってのは筆が乗るんですよ
でも剣一本で展開を考えるのはなかなか難しい


 放課後、アリーナでは黒と白が相対していた。

 白の方は、白式を纏った一夏。

 反対の黒の方は、ドイツ第三世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラだ。

 目を引くのは、右肩にマウントされた長大な砲。目に見えて強大な威力を誇るであろうその砲撃は、それだけで相手を威圧する迫力があった。

 

「さあ、好きな様にかかってこい」

 

 片手を持ち上げ、クイクイと手前に寄せるラウラ。

 先手を譲るという事か

 

「んじゃ遠慮なく……!」

 

 促された一夏が加速する。

 今回はお得意の瞬時加速(イグニッション・ブースト)は使っていない、通常の加速だ。

 それでも一ヶ月前より、遥かに動きは良くなっている。

 そう思ったのはラウラも同じだったのか、小さく「ほう」と息を漏らした。

 

 不思議な事に、ラウラは右肩のレールカノンで迎撃は行わなず、両手にプラズマ手刀を展開しそちらで迎撃を刷るつもりのようだ。

 自らの得物の間合いに飛び込んだ一夏は、勢いそのままに突きを放つ。

 切り上げや振り下ろし、横薙ぎの一撃は面で対応できるため比較的受け止めやすいが、点で対応せねばならない突きは回避が難しい。そこに付け込んだ一撃だ。

 

「甘いな」

 

 だが、ラウラは冷静だった。

 突き出された近接ブレードの側面にプラズマ手刀を差し出し、剣同士が触れた瞬間にスナップを利かし受け流す。

 放った突きを受け流された一夏はバランスを崩し、前のめりに体勢が崩れる。

 そこに、手ぶらだった片手のプラズマ手刀が煌めく。

 ここからでは、後退して避けることも、左右に避けることも、あるいは近接ブレードで受け止めることも不可能だ。

 それらを瞬時に判断した一夏は、前のめりに倒れかけている身体を立て直すような事はせず。そのまま地面にダイブする様にしてその一撃を躱す。

 

「ふっ!」

 

 地面に激突しそうになった一夏は、地面に手をつきそこを起点に、前転をしつつ踵落としの要領でラウラに蹴りを放つ。

 一夏の蹴りは苦もなく避けられるが、それでも距離は開き、結果的にはラウラの追撃を拒む形になった。

 

「成程、成程。今のを反応するか」

 

 距離をとったラウラは攻勢をかけるでもなく、ぶつぶつと呟く。

 その様子を怪訝に思った一夏だったが、こちらも今度は仕掛けるようなことはなく、正眼の構えをとり油断なくラウラを見定めていた。

 

「良いだろう。今度はこちらからだ」

 

 一夏の機体に射撃装備が無いのは知っていたのだろう。

 ラウラは瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用し、瞬く間に距離を詰める。

 

「ちいっ!」

 

 振り下ろされたプラズマ手刀を弾くと、直様もう片方の手刀が襲ってくる。

 それらを弾きながら一夏は舌打ちを漏らす。

 双剣使いというところは、一見すると鈴と似た感じだが、その性質はまるで違う。

 勢い、という面では鈴の方が上だ。

 だが、鋭さという面ではラウラの方が上だった。

 鈴の場合は大剣を武器にしている為、速度はラウラと比べると遅いが、その代わり一撃の威力に優れる。反対にラウラは鈴の大剣に比べると威力は劣るが、ほぼほぼ手刀の延長という事もあって振るわれる速さはこちらの方が上だ。

 さらに得物が短いという事は、ラウラの間合いまで接近を許すとその速さと相まって捌くのに難儀する理由になっていた。

 

「懐に飛び込まれ、近接ブレードを満足に振るうスペースは無い。さて、この状況をどう打破する?」

 

 口調は穏やかだが、乱舞は穏やかではなかった。

 ブレード一本で対応するのは無理と判断した一夏は、右手のみで持つと、空いた左手でもプラズマ手刀の対応をする事にした。

 手刀本体を叩くと、ダメージを受けるるため、触れるのは腕本体だ。

 

「良いぞ。その対応は正しい」

 

 だが、とラウラは更に間合いを詰め、頭突きを放つ。

 

「うおっ!?」

 

 うめき声を上げながらもとっさに頭を仰け反らせた一夏だったが、ラウラの方が僅かに早かった。

 控えめに言っても美人と称されるだろうラウラの顔が、文字通り接触するほど近づく。

 それだけ聞くと、役得な感じがするが、実際は得どころか損だらけである。

 

「いってえなコラ!」

 

 箒の様な、剣道に凝り固まった戦い方ではない。

 セシリアの様に、有る種騎士道精神的な、戦い方でもない。

 鈴に近いとも思ったが、違うのは本能に身を任せる事はなく、冷静に状況を見極めて戦っている点だ。

 箒や、セシリアだったらやりようはあった。

 鈴であれば、こちらも本能に身を任せればよかった。

 だが、ラウラ相手に一夏はどう戦えば良いか、見当がつかないでいた。

 

「戦いとは、痛みを伴うものだ」

「そりゃそうだけどさ!」

 

 頭突きを受けた勢いを利用して距離を取ろうとしたが、みすみすと見逃してくれることはなかった。

 あるいは、今までの戦いぶりを見るに見逃してくれる可能性もあるだろうとそちらに賭けていたのだが、一夏の目論見は外れた。

 結局、一夏は距離を取ることは叶わず、ラウラは追撃の一撃を横薙ぎに放つ。

 一夏は、それを近接ブレードを立ててなんとか防ぐ。

 が、それによって一夏のバランスが崩れたのを見逃さず、ラウラは身体を回転させ、一夏の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「──っ!」

 

 ラウラの放つ一撃は、生身であればすべて致命傷となり得る一撃だ。

 無論、生身であればISの攻撃は致命傷になるのだが、それにしてもラウラの放つ一撃は確実に命を狙った攻撃だ。

 側頭部にモロに蹴りを受けた一夏が吹き飛ぶ。そして、それを悠長に眺めているラウラではない。

 ラウラが追撃の姿勢に移ったの把握した一夏は、未だ宙を飛んでいるこの状態では制動をかけ、体勢を立て直して対応するのでは間に合わないと判断し、近接ブレードを地面に突き刺し、それを支点に吹き飛ばされる勢いを利用してくるりと回り、ラウラにお返しとばかりに蹴りを放った。

 

「むっ」

 

 この動きは、ラウラの意表を突いたのか、小さくラウラが呻いた。

 だが、対処不可能という事はなかったのか、動揺はそれほど感じられない。

 これまでのような大きな動きで対応するのではなく、ラウラはすっと右手を差し出す。

 

(何をしてやがる?)

 

 そのラウラの行動に疑問が湧き上がるが、これまで無駄をとことんまで省いた彼女の動きを思い出し、何かがあると本能が警鐘を鳴らしたが、今更動きを止めることは出来なかった。

 

 だが、しかし、結果として一夏の動きは止まった。

 

「なん……だ……これ!」

 

 だが、それは本人の意図するところで無いのは、本人の反応を見れば一目瞭然だ。

 

「AIC。停止結界と思って貰えれば十分だ」

「AIC……?」

「本来はコレを使わず終わらせるつもりだったが、お前は引き出した。そこは誇って良い」

 

 本人がどう思うかは別として、これはラウラの偽らざる本心だった。

 AICに頼らずとも勝てると思っていたのは事実だった。

 動けない一夏だが、どうにかしようとしているが、そもそもこの停止結界に囚われてはどうすることも出来ない。

 ラウラは、右肩にマウントしたレールカノンを展開、一夏に狙いを定め、放った。

 

「ぐぅ」

 

 轟音と共に、一夏が吹き飛ぶ。

 またしても、顔を狙った一撃。装甲に守られていない為、絶対防御が発動。大幅にシールドエネルギーが削られる。

 地面に身体が叩きつけられるが、それでも一夏は立ち上がる。

 しかし、顔を上げた時には既にラウラが眼前に迫っていた。

 再び右手を差し出すラウラ。

 

「またさっきの動きを止めるやつか!」

「違う。フェイクだ」

「──ッ! ふっざけんな!」

 

 AICは使わず、空いている左手にプラズマ手刀を展開。右手の動きにばかり注視していた一夏は反応することは出来ず、その身にプラズマ手刀が叩き込まれシールドやエネルギーが更に減少する。

 思わず後退した一夏の目の前に、三度(みたび)右手を差し出すラウラ。

 

「っ!」

 

 今回はAICを使うのか、それとも今度もまたフェイクか。

 

「──迷ったな」

 

 一瞬の躊躇が、勝敗を左右した。

 まだ近接ブレードの間合いだったが故に、やけくそでも振っていればまだ、戦い様はあった。

 だが、一瞬の躊躇がラウラの間合いにする事を許したのだ。

 もはや、一夏がここから形勢を逆転させる術はなかった。



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反省会

お久しぶりです


 結局、一夏は状況を打開できず、そのままラウラに敗れた。

 一夏はそのまま、セシリアがいたピットではなく、反対側のピットに戻ってきていた。

 なんとなく、セシリアのいるピットに戻る気にはなれなかったのだ。

 

「くそっ!!」

 

 ISを解除するやいなや、一夏はピットの壁を殴りつける。

 何度も繰り返す内に、皮が破け血が滲んでくるが、そんな事もお構いなしに壁を殴り続ける。

 負けた事は悔しい。そもそも、代表候補生が相手なのだ。勝てる見込みは少ないのはわかっていた。それでも、もう少し上手く立ち回れると思っていたのだ。

 セシリアとの試合は、いい勝負まで持っていった。

 不明機との戦いでも、主導権を握れた。

 しかし、それは自分の実力だけではなかったのだ。

 セシリアとはビットを使わない条件で、その上こちらは瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に動きを変えるという禁じて紛いの手を打ってようやく、いい勝負に持っていっただけだし、不明機との戦いは、一夏の動きに鈴とセシリアが合わせてくれたから戦えただけだ。

 それらの条件が揃わなけれな、結局はこの程度の実力しか無いと証明された事が情けなかった。

 

「その辺でおやめなさいな」

「……お前、なんで」

 

 ここにいるはずのない人に声をかけられ、思わず一夏は睨むような、剣呑な視線を向けてしまう。

 腰に手を当てる例のポーズを取りながら、呆れたような眼差しを向けるセシリアが、ピットの入り口に立っていた。

 一夏が違うピットに戻るのを見てから移動していては、これほど早く来ることはできない筈だ。

 ということはセシリアは、一夏がピットに戻リ始めるよりも早くここに来ていたという事になる。

 

「……ったく、お見通しって事かよ」

「一応、わたくしはあなたと触れる時間が多かったですからね。今のあなたは、わたくしに会いたくなかったのではと思いまして」

「そう思ったんなら放って置いてくれてよかったんだけどな」

 

 いけない。これではただの八つ当たりだ。

 そう思っても、吐いてしまった言葉は戻らない。

 

「あーその、アレだ。……完敗だな」

 

 絞り出した言葉は、謝罪ではなかった。「悪い」という一言すら言えない自分が、これまたどうしようもなく情けなかった。

 

「そうでしょうか。よく食い下がった方だとは思いますが」

「世辞はいらねえ」

 

 また、こういう言い方になってしまった。

 ネガティブな考え方をし始めてしまうと、どうにも自分を抑えられない。妙に客観的に自分を見れてはいるが、自分の意思とは裏腹に口は勝手に動き言葉を紡いでいく。

 

「結局、俺はアイツに一撃も与えてねえどう攻めても対応される気配があった。どう守っても崩される予感があった。駆け引きも向こうの方が遥かに上手(うわて)だった」

「──それがわかっていれば十分だ」

「ラウラ……」

 

 一夏とは違うピットに戻ったラウラもこちらに来たのだろう。

 悔しさ、不甲斐なさを感じ顔を歪めている一夏とは対照的に、ラウラはどこか充実感をにじませていた。

 

「お前がどう思っているかは知らないが、オルコットが言った通り善戦した方だ。私はお前の実力をもう少し下に見積もっていたからな」

 

 それは、ラウラの嘘偽りない思いだった。

 セシリアとのクラス代表決定戦の試合映像を見て、そこから一ヶ月という期間で一夏の現時点の実力を大凡で見積もっていた。

 ラウラが一夏の顔を重点的に狙ったのも偶然ではない。ISに守られているとはいえ、顔を狙われるというのは正直ゾッとしない。それこそ、一ヶ月程度のIS乗りでは、頭でわかっていても、無意識にかばう動きを見せるし動揺もするのだ。

 だが、一夏にはソレがなかった。

 それこそ、既に命の危機に瀕した様な、死線を乗り越えたことがあるような雰囲気すら感じる。

 

「剣術と我流が折り混ざった風だが、ある意味ではそれが功を奏する場面もあった。近接戦に大きな問題はなさそうだ。……自分でわかっているとは思うが駆け引きの面ではまだまだ学ぶところは多いがな」

「そうですわね。近接戦という面では、一年の中では上位の方でしょうし」

「その近接戦で俺はコテンパンにやられたんだが?」

 

 ここまで来て、おや? とセシリアは疑問を覚える。

 妙に一夏が自分を卑下しすぎている風に思ったのだ。

 と言っても、普段の彼が自信に溢れる不遜な態度をとっている訳ではない。それでも何か一夏の言葉に引っ掛かったのだ。

 

「私は仮にも代表候補生だぞ? たった一ヶ月しか乗っていない奴に負けるわけにはいかないだろう」

「というより、AICを引き出させた時点で金星の様なものですわ……勝ってませんし負けてますけど」

 

 セシリアがポツリと付け加えると、余計な事を言うなと言わんばかりにラウラが睨む。

 そんな彼女の視線をセシリアは肩をすくめて流す。

 らしくない一夏の姿だが、ラウラはこうなった時の対応はわかっている風だった。逆に、いつもの様な冗談をぶつけ合う事はできなさそうだと察したセシリアはこの後はおとなしくしていようと思った。

 

「試合中にも言ったが、AICは使うつもりはなかった。正確に言えば、使わなくても倒せると思っていた」

 

 ピクリと一夏の肩が震えた。

 

「使わなくても、結局は私が勝っていただろうがな、その場合はもう少し手こずったと思う」

「少し、ね……」

 

 俯いた一夏の表情は、二人にはわからない。

 それでも、彼がどんな表情をしているのか、二人はなんとなく分かった。

 暫くの後、顔を上げた一夏の表情に、悔しさは滲んでるが、暗いものは感じない。

 

「編入したばっかで疲れているかもしれんけど、もう一手頼めるか?」

 

 それは、純粋に強者との戦いに期待するような表情だった。

 そして、これまでセシリアが感じていた、高みを目指す力強い眼差し。

 

「ああ、勿論だ」

 

 そして、横柄な感じで頷きを返したラウラも、どこか満足した表情を浮かべていた。

 さて、意気揚々と再びアリーナに出ていった二人とは対象的に、セシリアはどこか物憂げな表情を浮かべていた。

 

(違和感は感じませんわね……)

 

 彼女はラウラの真意を未だ測りかねているのだ。

 模擬戦の中では、おかしなところはなかった。攻撃を加えた箇所は危ない部分ではあるが、セシリアとて狙撃の際は顔面は狙う。

 模擬戦の後の反省会もおかしなところはない。

 自らを卑下する様な発言を繰り返していた一夏に対し、あえて挑発する物言いをしたのも一夏の性格をよく知っているが故だろう。

 ただ一つ気になることがあるとすれば──

 

「──どうしてあの方は一夏さんに構うのでしょうか?」

 

 一夏に対し、悪意というものは無いのはわかった。

 千冬にお世話になったというラウラの言葉から考えれば、間違いないだろう。

 それがどうして一夏の面倒を見ることに繋がるのかは理解できないが、まあ害するつもりが無いのならば良いかとセシリアは置いておく事にした。

 

「わたくしも頑張らないといけませんわね」

 

 一夏や、ラウラの事ばかりにかずらっている余裕は、セシリアにはあまりなかった。

 イギリス政府からは一夏に対する命令が出ているから関わっても良いのだが、それとは別にセシリアのIS乗りとしてのプライドの問題があった。

 やはり、胸に残り続けるのは乱入があって流れてしまった鈴との試合。

 あのまま続けていれば、勝敗はどうなっていただろうかと今でも頭を過るのだ。

 

(おそらく、わたくしは──)

 

 その先に行き着く前に、頭を大きく振って考えを打ち消す。

 それは、あり得たかもしれない未来だが、しかし、確定された未来ではないのだ。

 

「わたくしも頑張らないとですわね」

 

 少なくとも、近接戦は代表候補生を比べる事は愚か、一般生徒とそうは変わらないレベルなのだから。




なんかとんでもないセシリア作品が投稿されてて草


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ちょっとだけ甘えてみようと思ったのです

「こんな時間まで精が出ますわね、一夏さん」

「悪いなこんな時間に呼び出して」

 

 時刻は夜。セシリアは一夏の部屋に足を運んでいた。

 理由は一夏に食後に部屋に来て欲しいと頼まれたからだ。

 夜に自室に呼ぶ。その事に少しだけ期待した自分もいたが、他に理由があるのだろうと、なんとなく察していた。

 部屋に入ると、一夏は例によって用意していたのであろうコーヒーを口にしながら、なにやら真剣な目でタブレットを眺めていた。

 そのまま流れる動作で一夏の隣に座り、セシリアは一夏が眺めていたディスプレイを覗き込む。

 ……わざわざ、一夏の顔の前まで頭を持っていきながら。

 

「おいコラ。画面の前に割り込むなって。お前の後頭部しか見えんぞ」

「こうでもしないと、一夏さんは気付いてくれないような気がしてまして」

「ちゃんと出迎えの言葉は言っただろ」

「そういう事ではありませんわ」

 

 傾けていた身を元の位置に戻しつつ、セシリアはいたずらっぽく笑う。

 どういう事だ、と言いかけて一夏はどこか違和感を感じたのか鼻をひくつかせる。

 少しして違和感に気付いた彼は、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 

「香水を変えたんだな。……俺はさっきまでしてた方が好きだが」

「あら、そうでしたか。でしたら明日は違う物を試すことにしましょう」

「前使ってたのに戻せば良いだけだろ」

「そういう訳にはいきませんわ。もっと良い物が見つかるかもしれませんし」

「面倒だねえ。女ってのは」

 

 ぶっきら棒に一夏が言うと、セシリアは呆れたように一夏の飲むコーヒーを指差してみせた。

 

「毎度毎度、飽きずにコーヒーのブレンドを試している貴方の言葉とは思えませんわね」

「ブレンドは試すたびに違う出来になる。最初から匂いがわかってる香水とは違う」

「本当に、あなたはああ言えばこう言うを地で行く人ですわね」

「そういう性分なんだ。諦めろ」

 

 そう言って一夏は再び、ディスプレイに視線を戻す。

 先程までのどこか軽い飄々とした雰囲気はそこにはない。

 正直、シャワーを浴びてまで香水を変えた反応がこれだけというのはセシリアとしては面白くはない。

 では、そんな自分を放っておいて一夏は一体何を真剣に見ているのか、セシリアは改めてディスプレイに視線を落とす。

 一夏が見ていたのはIS同士による戦闘。それも、つい先程発生したラウラとの一戦の映像だった。

 

「ラウラさん対策、ですか」

 

 セシリアの表情からも先程までの不満げな色は消え、鋭い目つきを携えていた。

 

「ああ。試合を重ねるごとに差が見えてくるからな」

「わたくしの目には善戦している様に思えましたが」

 

 もっとも、それは一夏がラウラに対応しだしたからか、あるいはラウラが一夏の実力を見切って合わせたのかどちらかは定かではないが。

 

「あのAICさえなければまだいい。つーか意味がわからねーよ、動きを止めるってのッt!?」

 

 段々と声を荒げ、やってらんないと言わんばかりに頭を振る一夏。

 こういう苛立ちを隠そうとしない彼の姿は珍しいだけに、よほど今日の手合わせ結果に不満を抱いているらしい。

 尚もブツクサと文句を言っていた一夏だが片手に持ったグラスを口に運び、そこで「んっ!?」と表情を変えた。

 

「どうかなさいました?」

 

 よもや、なにか気になる事でも見付けたのかと見守るセシリアの前で、一夏は満足そうに顔をほころばせた。

 

「いや、今回は昨日のブレンドをベースにローストを深めてみたんだが、こいつはいいぞ!」

 

 どうやら、飲んでいるコーヒーの感想らしい。セシリアはがっくりと拍子抜けする。

 いくらコーヒーが好きでもそこまで凝ることはないでしょうに──と、自身の紅茶へのこだわりを棚に上げながらセシリアは内心呆れた。

 

「豆を変えたのも良かったかもしれんが……」

 

 先程の不機嫌はどこにやら、一夏自身は美味しそうにグラスを傾けて様子は、まるでサンタさんからプレゼントを貰った子供の様だ。

 

「入学式に淹れたコーヒーがあっただろ? そのブレンドを応用してみたんだ」

「はあ」

「キリマンジャロに代えてパカマラを使ってみたんだ。自分が言うのもアレだが、こいつは良いブレンドだぞ!」

「はあ」

 

 適当に相槌を打つセシリアを気にした様子もなく上機嫌な一夏。

 ラウラ対策はどうしたんだと言いたいが、先程の不機嫌さを全面に押し出すのよりはマシだろう。

 

「セシリアならさ、どうやってラウラと戦う?」

「わたくしなら、ですか?」

 

 突然矛先を向けられたセシリアだったが、特に困った様子もなくそうですわねと顎に手をやる。

 

「ラウラさんも遠距離用の武装はありますし……何よりも厄介なのはこのワイヤーブレードですわね」

 

 ディスプレイを操作し、一夏がワイヤーブレードによって右腕を取られアリーナの壁にぶん投げられた場面を映し出す。

 射出されているワイヤーブレードはセシリアが確認できただけで六本。

 有線式とはいえ、セシリアの扱うビットと同じ様に意のままに動かせる兵器は厄介だと思ったのだ。

 

「AICじゃなくてか?」

「ええ」

 

 どうにも一夏はAICの事が気になるらしい。

 無理もないとは思うが、少々囚われ過ぎに思えた。

 セシリアとしてはその辺りから指摘しても良いのだが、あえて黙っておくことにした。

 今までの経緯から、一夏が自分で考える頭を持っている事は十分わかっている。

 そして、人に言われるよりも自分で考えて試すことは良い事だとも思っている。

 故に一夏はAIC対策だけに気を取られているが、それで得られる事もあるのだろうとセシリアは判断したのだ。

 

「わたくしもまだ、直接戦った訳ではありませんからハッキリとは申し上げられません。けれど、AICの有効射程はそこまで長くないと見てます」

 

 AICはPICの応用で相手の動きを止めたり、攻撃を防ぐ事を可能とする第三世代兵器だ。

 そして、PICを応用しているというのは鈴の駆る『甲龍』の第三世代の衝撃砲と同じ括りになる。

 違う点は、あちらは『質量を持った塊を撃ち出す』事が目的だが、AICの目的は『その場に縫い付ける』事だ。性能的には可能かもしれないが、技術的には遠距離の相手に使うのは難しいだろう。

 一夏との試合でも、距離が離れている間はAICは使っていなかった事を考えれば、この予想はそうは外れていないだろう。

 

「遠距離でも動きを止められるのであれば、使わない道理はありませんもの」

 

 もっとも、ラウラが一夏に合わせて遠距離で使わなかった可能性も捨てきれないのだが。

 

「要するにアレか、近距離で使われたとしても端っから近距離を捨てているお前には関係ないって事か」

「事実ですけど、そのおっしゃり様は酷くないですこと?」

「おっと、悪い悪い」

「むう……」

 

 悪いと言いつつも全くもって悪びれた様子はない。それどころか軽くセシリアの頭を撫でる始末である。

 そして、それを嫌と跳ね除けないセシリアもセシリアなのだが。

 

「それと、仮にわたくしの動きをAICで止めたところで影響はそこまでありませんわ」

 

 頭から離れていく一夏の手を名残惜しく思いながら、セシリアはAICを気にしない理由を続ける。

 セシリアの言葉を聞いた一夏は、一瞬どういう事だと眉を潜めたが、直ぐに得心が行ったと言わんばかりに手をポンと鳴らす。

 

「なるほどな。別にビットがあるんだからそっちを動かせばいいだけだし」

「その通りですわ」

 

 セシリアの動きを止められたらビットを動かす。

 ビットの動きを止められたらセシリア本人が動く。

 複数箇所からの攻撃手段があるからこそ取れる策でもある

 逆に言えば、複数箇所からの攻撃手段を持たない一夏からすればセシリアの対策は使えないいという事になる。

 

「参考になりましたか?」

「んーまあ、参考にはなったけど、俺が同じことを出来る訳でもないしなあ……」

 

 苦笑まじりに呟くと、頭をガシガシと掻き回す。

 調べても調べても、AIC攻略の糸口が見つからないことに苛立ちが募るのを一夏は自覚した。

 

「悪かったな、こんな時間に呼び出して。聞きたいことは聞けたしもう帰ってもいいぞ」

 

 このままだと、またセシリアに八つ当たりしそうだと一夏は考えたのだが、それを受けたセシリアは不満げそうに頬を膨らませる。

 

「こんな時間に呼びつけておいて、自分の用事が終わったら帰れってのはあんまりにあんまりですわ」

「お前そんな風に駄々こねるタイプじゃねえだろ」

「だって今日は二人っきりの時間が少なくて寂しかったんですもの……」

「まあ確かに、今日はラウラも殆ど一緒にいたけどさ」

 

 もしこの会話を箒が聞いていたら羨ましいという言葉では収まらないほどの感情を抱くだろう。

 なにせ、一夏と二人で過ごす時間は殆ど無いのだから。

 だったら自分からもう少しアクションを起こすべきなのだが、生憎と彼女にはそこまでの行動力は無かった。

 

「って納得しかけたけど俺ら付き合ってないよな!? なに当然のように彼女面してんだお前!?」

「周りからどう思われているかは一夏さんも知っているでしょう?」

「お前が入学当初から散々付きまとってきたせいでな!」

 

 ふふ、と楽しそうに笑うセシリアと他愛も無い会話を重ねていると、不思議と心が落ち着くのを感じる。

 ラウラ対策は結局思いつかなかったが、それでもセシリアを呼んでよかったと一夏はぼんやりと思った。

 

「あなたは何かあると直ぐに根を詰めますからね。程々にしていただきたいですわ」

 

 今度は、心底心配してるのだと一夏の体調を憂う様に気遣わし気な表情を浮かべたセシリアが一夏の手に重ねるようにして自身の手を這わす。

 

「そうは言ってもさ、ラウラとは明日も戦うってのに何の対策も持ってきませんでしたってのは悪いだろ」

 

 重ねられたセシリアの腕を振りほどく様にしてグラスに手をのばす。

 手を払われたセシリアから「あ」と切なげな声が漏れる。

 しかし、直ぐに取り繕うと今度は一夏にジト目を送る。

 

「教えを請う立場として、その考えは立派ですが徹夜をしてまでするのはどうかと思いますわ」

「まだ徹夜するとは言ってないんだが」

「あなたなら絶対します」

 

 ピシャリと言い放つセシリアに一夏はそんな事は無いと返したかったが、前科を考えると言いにくかった。何より、自分自身も今日は徹夜になりそうだと薄々感じていたくらいだからだ。

 

「いっそ、一夏さんが寝るまでわたくしが子守唄でも歌いましょうか? もしご希望なら添い寝なんかもサービスしますわ」

「ムグッ!?」 

 

 丁度グラスに口をつけたタイミングでのセシリアの発言に、一夏は思わず噎せ返る。

 逆流してきたコーヒーが鼻の奥の方にまで昇ってくる。

 ツーンという痛みも辛いし、こんな方法で自慢のコーヒーの香りを味わいたくなかった。

 

「お前なあ!? 何馬鹿な事言ってんだ!? ああくそ、滅茶苦茶痛えんだけどコレ!」

「あら、そんなに喜んで頂けるなら本当にしましょうか?」

「絶対にやめろ!」

 

 寝かしつけるための手段としては明らかに不正解だ。

 子守唄はともかく、添い寝なんかをされたら絶対に寝られる気がしない。

 そうなったら、セシリアの本来の目的としては本末転倒ではないだろうか。

 

「本当にお前はさあ……」

「膝枕をして欲しくないのなら、大人しく寝ることですわね」

「なんか増えてるけどもうツッコまねえぞ」

 

 口ではそう言いつつも、やってもらうのも良いかもなと思ったのは絶対に口にしないようにと一夏は固く心に誓った。




この話のブレンドはキリマンジャロが尽きたものの買い出しに行けず半ばやけくそでパカマラに変えて生まれました
計算して淹れるよりもこうやって適当に淹れた方が美味しかったりするとなんだか複雑な気分になります。
あと、本当に久しぶりにコンビニでコーヒーを買ったんです。
クラフトB○SSのブラックなんですが、結構美味しくてびっくりしました。水出し特有のすっきりとした香りも良かったんですが、何よりもエグみというかいがっぽい感じが無かったのが良かったです


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ラウラの真意

 ラウラが転校してきてから二週間。最初こそラウラの軍人然とした固い空気に気圧されていたクラスメートだったが、話してみると意外に気さくだったり、教え上手な一面があったりと概ね好意的に受け入れられていた。

 そして、その教え上手という一面は、一夏にも少なからず影響を与えていた。

 今まではセシリアがメインで一夏を教えるという事をしていたのだが、そこにラウラが頻繁に顔を出すようになったのだ。

 セシリアも教えるのは下手ではない、むしろ上手い方ではあるのだが、いかんせん近接戦に難がある。

 しかし、ラウラは遠近共に戦うことが出来る万能手(オールラウンダー)だ。

 今までセシリアが教えてこられなかった近接戦を教えてもらえるという意味で、一夏もラウラの指導を有り難く受けれていた。

 ただ、ときおり一夏とラウラが険悪と言うか、言い合いになる場面がチラホラ出てきていた。

 そうなる時は決まって──零落白夜についての話になった時だ。

 

「だから、お前はなぜ零落白夜を使わない!?」

 

 既に一戦、手合わせをしたのだろう。

 ISこそ展開していないが、ISスーツを纏ったラウラの額にはうっすらと汗が滲み、顔も赤らんでいた。もっとも、声に込められた怒気から察するに頭に血が上って上気している可能性の方が高いか。

 まあ、頭に血が上っているのはラウラだけでは無いのだが。

 

「毎度毎度うるさいなあオイ! 俺は使わないって言ってるだろうが! お前はその質問を何回すれば満足するんだ!?」

「私が納得するまでに決まっている! もしくはお前がおとなしく使うようになるまでだ!」

「お前が納得するかどうかなんて俺には関係ないんだよバーカ!」

 

 段々とヒートアップしていく言い合い、もとい怒鳴り合いに水を刺すように、セシリアは手をパンと鳴らす。

 乾いた音が、ピットに響き、一夏とラウラは口を閉ざしセシリアの方を向く。

 見ると、セシリアは呆れ混じりの様で、どこか疲れた様な表情を浮かべている。

 近くを通りすぎる生徒が「いつものアレか」と苦笑いを浮かべながら通り過ぎていった。

 

「落ち着いて下さい。なんか日に日に精神年齢が下がってませんか?」

 

 初日はセシリアの目から見ても良い関係だと思った。

 だが、二週間程たった今では、たまにこうなってしまうのだ。

 まあ、お互いに相手を嫌ってというよりは、どこか兄妹喧嘩の風ではあるのだが。

 

「感情に身を任せての言い合いをしていては解決するものも解決しませんわ。ラウラさんから、もう一度 使った方が良いと思う理由をどうぞ」

 

 ラウラは気分を落ち着けるためか、目を閉じ大きく息を吐く。

 再び開いた目には、興奮の色は見えない。

 

「何度も言っているが、相手のエネルギーをゼロにすれば勝ちになるというIS戦において、文字通り『一撃必殺』となる零落白夜は大きなアドバンテージとなる。勿論、使いにくい単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)だと言うことを踏まえれば半端な素人に無理に使えとは言わん。だがな、一夏はある程度の腕を持ったIS操縦者だ。だからこそ、使うべきだと言っているのだ」

 

 ラウラの並べる言葉は理路整然という言葉がしっくりくる。

 感情ではなく、一人のIS操縦者として説いているの彼女の言葉はセシリアとしても納得出来るものだし、同意したいところではある。

 だが、それはあくまでも武器の性能だけを見て言っているのであって、振るう者の気持ちまでを考えている言葉ではない。

 

「ラウラさんの言い分はわかりましたわ。では、それを踏まえた上で一夏さんの言い分をどうぞ」

 

 だからセシリアは、一夏にも反論の機会を与える。

 彼がそもそも使いたがらなかった理由。それを知っている身からすれば、心情的には使うのは反対なのだ。

 

「……零落白夜の威力の調整を間違えると相手の操縦者を傷つけるかもしれない。だから使ってないんだ」

 

 一夏が選んだのは、理知によって説くことだった。

 だが、それでは……とセシリアは思わず歯噛みする。

 自分の口で説明してやりたいところなのだが、それは一夏の心情的な問題だ。他人が言うべき事ではない。

 

「調整を間違えなければ良いだけだろう」

「そんな簡単に言ってくれるんじゃねえよ。自慢じゃないが俺は風呂のお湯加減ですら安定しない男だぞ。いや、まあ、コーヒーの場合なら間違えんがな!」

「私は、出来ない者にやれと言うほど理不尽な性格では無いと思っている。その上でお前を『ある程度の腕を持った』と評したつもりだが?」

 

 後半の冗談をまるっと無視された一夏だったが、それ以上に自身の腕前を褒められたという事に、一夏はどこかこそばゆい感情を抱く。

 

「一つ聞く。お前は、零落白夜を使えないのか使わないのかどっちだ?」

 

 質問の形が変わった。

 そういえば前にも似たような問答をセシリアとしたなと一夏はぼんやりと思い出した。

 あの時と今を比べると、非常時だったとはいえ、使えたというのは幾分か折り合いがつけれる様になったからだろうか。

 とはいえ、のべつ幕なしに使いまくろう、という気持ちはサラサラ無いが。

 

「誰かを傷付けるために使いたくないんだよ、この力は」

 

 だから、ラウラにも包み隠さず言おうと思った。ラウラも、自分の事を想って使えと言ってくれているのだから。

 そんな一夏の答えに正直な奴だとラウラは思わず苦笑を漏らす。

 嘘でもいいから、使えないと言っておけばいいものを。

 使えないと使いたくないでは、まるっきり別物なのだ。

 軍人でも、いや、軍人の方が多いかもしれないが、心理的な問題で銃を取れない者もいる。

 そうした者たちは、使いたくないのではなく使えないのだ。

 

(使おうと思えば使えるのであれば、無理矢理にでも使わせるが……)

 

 おそらく、自分が何を言っても一夏を翻意させる事はできない。

 ただ単にわがままで使いたくないと言っているのなら話は別だが、一夏がそこに確固たる信念を持っているのはなんとなくわかった。

 

(教官が自分を守る為に使った力で誰かを傷付けたくない、か)

 

 言い訳、と言えばそれまでだろう。

 千冬とて、試合においては零落白夜を使い、雪片を振るった。そう一夏に言ったとしても彼に届く事は無いだろう響くことは無いだろう。

 

「……お前の言いたい事はわかった。だが、だからといって弱いままで良いという訳ではないぞ」

「わかってるっつーの。ほら、エネルギー回復させてもう一回やんぞ」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「ぬう、どうにも勝てん」

 

 何回目かの手合わせの後、再びピット戻ってきて頭を抱えて呻く一夏の姿があった。

 

「お前はAICに気を取られ過ぎだ。AICは強力だが、なにも万能の武器って事はない」

 

 同じくピットに戻ってきていたラウラがそう言いながら一夏に近づく。

 ほら、とタオルを投げ渡しながらラウラは先程の言葉に重ね、零落白夜がそうであるようにな、と続けた。

 

「零落白夜も攻撃力こそズバ抜けているが、自身のシールドエネルギーを転化させている。相手に刃を届かせられなければ、自分のシールドエネルギーを失っただけ、という事もある」

「それと同じ様にAICにも弱点があると?」

「勿論だ」

 

 言いつつ、ラウラは一夏の持ちタブレットを操作する。

 映し出されたのは、明らかにAICを意識しすぎて動きがぎこちなくなっている一夏の姿だった。

 

「一夏に限った話ではないがな、一度でもAICの網に掛かった敵はこれを打ち破らねばならないと動く。その結果、普段の姿とはかけ離れた動きをしてしまう」

「そりゃそうだろ。動きを止められたらどうしようも無いんだからな」

 

 一夏がお前は何を言っているんだと言わんばかりの呆れ混じりの視線を向けるが、それをラウラは「ふん」と鼻を鳴らせて受け流す。

 

「そう思った時点で、私の術中に嵌っているんだ」

「はあ? それがお前の切り札なんだからどうにかするしかないだろ」

「別に切り札という訳では無いが……では、具体的にどう対処する?」

「それがわからないから苦労してるんだろうが」

 

 この二週間ずっとそれを考えていたが、コレだという答えは出なかった。

 そして、AICばかりに囚われた影響か、最近の戦績は散々なものだった。元々勝ててはいなかったが、更に苦戦するようになったのだ。

 

「別に、難しく考える必要はない。私がAICを発動するより早く攻撃をする、認識外のところから攻撃を与える、同じ場所に留まらない。……とまあ、今のお前に出来るのはこのくらいか」

「いやでもそれって──」

「そう、お前がいつもやっている事だ」

 

 本来の一夏であれば、ラウラに手を差し出されたとしても立ち止まるという事はない。

 思い切り引くか、いっそ距離を詰めて打ち込むか。その二つのどちらかを選ぶはずなのだ。

 一番最初に手合わせした時、体勢を崩した一夏に二度、追い打ちをかけた。

 そのどちらもラウラの攻撃を防ぐのではなく、あえて攻撃に転じるという方法で難を逃れた。

 

「AIC対策と言いつつもなんて事はない。言ってしまえばいつも通りの事をすればいいだけなのだ。だが、それを理解していない者だとそうはいかん」

 

 お前みたいにな。と言われているような気がした。

 まさしくその通りなのだが。

 

「AICを使われたらどうしようと受け身の考え方をしている時点で後手に回ってしまっている。使われたらどうしよう、ではない。使わせない為にどうするかを考えろ」

 

 何もAICに限った話じゃないぞ、とラウラが続ける。

 

「代表候補生と比べ、技術で劣るお前が勝つためには絶対に後手に回っては駄目だ。常に先手を取ることを意識しろ」

「いやでも、今までだって俺は先手を取ろうと思ってやってきたつもりだぜ?」

「それは違う。大事なのは、どう先手を取るか意識する事だ。漠然と先手を取ろうと思っていては駄目だな」

「夢は語ってるだけじゃ叶わないって事と一緒か……」

 

 夢はいつか叶うというが、ただただ言っているだけでは叶わない。

 夢を叶えるために何をするか考え、行動を起こす必要がある。そういう意味では同じだろう。

 

「近接戦だけだからこそ、考えるよりも早く身体が動くようになれ。だが、闇雲に動けという訳ではないぞ? 私が言いたいのはだな──」

「──考えなくとも常に最適解の動きを出来るようになる事、か」

 

 ラウラの言葉を遮り一夏が言葉を紡ぐ。

 遮られたラウラは気を悪くした風もなく肯定の意思を示すように頷く。

 

「言葉にすると簡単だが、実際にやるのは難しい。特に極めようとすればするほどな」

 

 なぜなら、その戦法を極め抜いたのが千冬という操縦者なのだから。

 世界大会に出場する相手ですら、零落白夜の一振りで決着がついた試合も多かった。

 

「……教え過ぎでは無いですこと?」

 

 と、二人の会話が終わったタイミングでセシリアが口を挟んだ。

 その表情は苦々しいモノだった。

 

「そうか? 到達点を教えておくのもいいと思うが」

「ですから、教え過ぎだと申し上げたんですわ。実際に戦うのは一夏さんです。彼が実際に気付き、自分で目指すべき場所を決めなければならいとわたくしは考えます」

 

 セシリアの言葉を噛みしめるようにして聞き終えると、ラウラは口角を吊り上げた。

 その表情に、一夏は悪戯を企んでいる時の千冬の姿が何となく重なった様に感じた。

 

「なるほど、な。どうやらお前を師に仰いだ一夏は正しかったようだ」

「なんか茶化してませんか?」

「そんな事はないさ。一夏と手合わせをしてな、不思議に思っていたんだ。基礎はしっかりしている癖に、どういう戦い方をしたいのかが見えてこなかったからな」

 

 ある程度成熟したIS乗りであれば、方向性もある程度定まってくるものだ。

 セシリアが、精密な狙撃によって遠距離での戦いを優位に進める為に戦術を練るように。

 鈴が、近中距離どちらも十全に対応出来るが故に、その為の武装をするように。

 だが、一夏にはそれが見えない。だからこその伸び悩みなのだろう。

 

「わたくしに出来ることは手段を増やして差し上げる事ですから。戦い方はご自身で決められるべきですわ」

「そして自分らしい戦い方がが見つかった時、その道にたどり着き易くする為に取れる手段を増やしておく、か。中々どうして、献身的じゃないか」

「やっぱ茶化してますわねあなた!?」

 

 お硬そうに見えて、こういう冗談も言えるのか。

 そんな風に一夏は他人事の様に思った。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「どうしてそこまで一夏さんに関わろうとしますの?」

 

 今日の訓練を終え、このままでは夕食を摂り損ねると言うことで、一旦は終わった。

 セシリアのこの発言は、ラウラと二人で更衣室で着替えている最中に出た。

 

「それはお前も同じことだろう」

 

 タオルで汗を拭いながら、短くラウラが答える。

 どことなく、拒絶されている様な感じはするが、これが彼女の平常運転だという事はセシリアもこの二週間でなんとなく分かってきたので特に怯むことは無かった。

 

「私はな、落ちこぼれだったんだ」

 

 いきなり何を言い出すのだろうか。一夏に構う説明と上手く繋がらなかったのだ。

 というより、ラウラが落ちこぼれだったと言われても、素直に頷けないところがあるのが正直な思いだった。

 

「私が眼帯をしている理由を知っているか?」

「いえ」

 

 正直に首を横に振ってみせると、ラウラがおもむろに眼帯を外した。

 落ちこぼれだったという言葉から、怪我でもして潰れているのかと思ったが、そうではなかった。

 眼帯の下に隠されていた瞳は、眩いばかりの金色を放っていた。ラウラの髪が銀色に生えるのと対象的なのも、どこか神秘的に感じる。

 

「きれい、ですわね」

「ありがとう。……まさかそんな反応をされるとは思っていなかったな」

 

 どこか照れたように、苦笑交じりに呟くラウラ。

 

「特に、異常はなさそうな……。今も視線は合ってますし、見えていない様ではなさそうですが」

「その通り、この瞳は見えないという事はない。だが、見えすぎてしまうのさ」

 

 そう言って、ラウラは再び眼帯を装着した。

 ふぅ、と小さく息を吐いた姿は一夏との戦闘を終えた時よりも憔悴している風に感じた。

 

境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。ISの適合性向上の為、他にも動体視力の向上や、数キロ先の目標を捉える為に、我が軍では操縦者に手術をしていてな」

 

 元々は、ISの適合性向上の目的ではなかったのだが、結果として向上する事が分かった。

 そうなれば、操縦者全員に手術をするのは自然な流れだった。

 

「勿論、私も例外ではない。私はその手術を受けて──失敗したんだ」

「失敗……ですか? このような言い方が適切かわかりませんが、動いているように見えましたわ」

「そう。動くことは動くんだ。言っただろう? 見えすぎると」

 

 動体視力の向上はたしかに実感できるし、ISを纏っていなくとも2キロ程度先の目標すら目視で見つけることが出来る。

 だが、肝心の機能が働かなかったのだ。

 

「制御できないんだこの瞳は。本来は任意で発動出来るはずなんだが、私のは何故か出来なくでな。常に発動しっぱなしさ」

「それは……」

 

 遠くのものが視える。それは一見、有利に働きそうだが、その限りではない。

 ISを纏えばまだしも、生身の肉体では持て余すだろう。それこそ、無い方がマシなくらいには。

 そういう事情なら、落ちこぼれだったという言葉がしっくりと来た。

 

「そんな中だった。織斑先生が、ドイツ軍に教官としてやってきたんだ」

 

 当時を思い出してるのか、懐かしそうに目を細めるラウラ。

 事情を知らなければ、なぜ千冬がドイツに、とも思うがセシリアはすでにその事情を知っていたので不思議には思わなかった。

 

「一夏さんがおっしゃってましたわ。自分のせいで織斑先生が現役を引退して、ドイツに行かせてしまったと」

 

 セシリアがそう呟くと、ラウラが「ほう」と唸った。

 一夏と仲が良いとは思っていたが、そこまで話している仲だとは思っていなかったのだ。

 まあ、実態としては聞かされた訳ではなく盗み聞きしただけなのだが。

 

「教官に指導を受けた私はみるみる成績を伸ばしてな。教官が任期を終える頃には再び部隊長の地位に返り咲いていた」

 

 その中で、一夏とも電話でだが出会い、まあ色々とあったなと思い出し苦笑を浮かべた。

 ラウラとしては、若干の黒歴史の様なものだからだ。

 

「? どうされました?」

「ああ、すまない。ちょっと昔を思い出していてな」

 

 部隊長に返り咲いたという話をしていながら、苦い表情をしたから不思議に思ったのだろう。セシリアはラウラに伺うような視線を投げていた。

 

「私としてはなその恩返しをしたかったのだが、私が教官に返せるものは殆ど無くてな。あるとすれば──」

「一夏さんですか」

 

 そうだと言わんばかりにラウラは大きく頷いた。

 

「教官にとって一夏はすべてを投げうってでも守りたい存在なのだ。ならば私は、教官の為に一夏を守る盾になろう。とはいえ、守られてばかりというのも問題だからな。アイツも相応に強くなって貰わねばな」

 

 ようやく、腑に落ちたようにな感じがした。

 セシリアがずっと気になっていた「どうして一夏に構うのか」という疑問もこれで解消できた。

 もっと複雑な事情もあるのかと思ったが、実態はもっと単純だったという事だ。

 

「さて、私の方は答えたぞ。お前も答えて貰おうか?」

「えー……やはりそうなります?」

「私だけってのはフェアじゃ無いだろう?」

 

 口調こそ砕けた風だが、セシリアに向けられた視線は厳しいものだ。

 とぼけてみようか──そう考えて、やめた。

 

「本国から、そう命令されていますので」

 

 ラウラは、自身の過去を隠すことなく話してくれたのだ。それなのにこちらは誤魔化す、なんて事はセシリアには出来なかった。

 

「お前は……もう少し取り繕うとか思わないのか」

 

 心底呆れたと言わんばかりのラウラに、セシリアとしては苦笑するしか無い。だが、正直に言った理由は他にもあるのだ。

 

「それ、似たような事を一夏さんにも言われましたわ」

 

 なぜなら、既に一夏にその事を伝えてしまっているのだから。

 まあ、だからといって誰彼構わず言うつもりは無いが、ラウラになら良いと思ったのだ。

 

「一夏も一夏だな。そんな目的の者が近くにいると知りながらのままというのは」

 

 そう呟くラウラだったが、口調とは裏腹にどこか楽しそうだった。

 とりあえずは、近づくなとは言われなさそうでセシリアとしては一安心である。

 と、そういえばセシリアとしては気になっていたことは他にもあったのを思い出し、口を開く。

 

「ドイツからは一夏さんについての指示は何も無いのですか?」

 

 そう、セシリアにイギリスから指示が出ているように、ラウラにも指示が出ているのではないかと思ったのだ。

 

「確かに、本国からは一夏を、そして教官をもう一度本国に連れ来るようにと要請はある」

「やはりそうなのですわね」

「私としては二人がドイツに来てくれるのが理想ではあるがな。だが、本人の意思を無視してまでとは思わん」

「なるほど……」

 

 そう呟きながら、セシリアは先程あった一夏とラウラの言い争いを思い返していた。

 

(零落白夜の問題も、最終的には一夏さんの意思を尊重してましたわね)

 

 そもそも、使わせようとしたのは一夏の為を想ってというのもある。

 セシリアとしては指導のペースは気になるが、的はずれな事をしている訳ではないのだ。

 などとセシリアが納得していると、何かに気付いたかのようにラウラがポンと手を叩いた。

 

「本人の意思を無視して連れて行く気は無いと言ったが、恋人同士になれば関係ないのか」

「んん!?」

「そうすると教官もついてきて頂けるかもしれん」

「にゃにを」

「うん?」

「何を言っておりますのあなた!?」

「半分冗談だ、安心しろ」

「半分本気って事ですわよねそれ!」

 

 セシリアが唾を飛ばしそうな勢いでラウラに詰めるが、それを受けたラウラは怯むことなく、それどころかどこか挑戦的に口角を吊り上げて口を開いた。

 

「ああその通りだとも。お前の言う通り私は本気だ。本気で教官に恩返しをしたいと思っている。本気で一夏を守ってやろうと思っている。その為なら祖国を敵に回す覚悟は出来ているさ」

 

 すう、とラウラの目が細くなる。

 

「──イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。お前はどうなんだ?」

 

 その問いかけに、セシリアは返す事が出来なかった。




バトルが書きたい今日この頃


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月イチ転校生

転校生きます


 6月。クラスの中は何処か、緊張感に包まれていた。

 ラウラが転校生としてやってきてからもうそうだったが、ラウラを警戒するような空気こそあれど、今とは少し違う。

 無理もない、そう一夏は思った。

 なにせ、今日から初の実習。訓練機とは言え、ISに乗る授業が始まるからだ。

 後は今月末に控えている全員参加のトーナメント戦があるのも一因だろう。

 

「緊張してんなあ」

「あなたも最初はそうでしたわ」

 

 セシリアにそう言われては、何も言い返せなかった。

 実際、緊張して碌に操縦できなかった。地面に激突したことなど良い思い出だ。

 その後の醜態を考えると、中々最悪なデビューだった。

 

「まあその点、こいつらはラッキーだろ。俺以上に出来ねえ奴はいねえよ」

「そうですわね。皆さん入試の時に動かしてますし」

 

 付け加えると、とラウラも一夏の机にやってきた。

 

「入試の時とは違い、皆はこの二ヶ月間座学をしっかりと学んでいる。実技と言えど、装着と歩行程度なら問題ないだろう」

 

 操縦に慣れている専用機持ちが集まって会話するとやはり目立つ。

 もっとも、ラウラは敢えて目立つことで全員に聞かせているのだが。

 やはり、軍属で部下を持っているラウラは、こうしてさり気なく緊張を解す術を持っていた。

 

(流石だよなあ)

 

 ラウラの言葉を聞いたクラスメートも、不安の表情を完全に消し去るという事は出来なくとも、自信も少なからず見せている。

 ラウラの言った言葉が、嘘の励ましならこうはならなかったかもしれないが、彼女は嘘は言っていない。

 これまでの皆のやってきたことを言っただけなのだから。

 と、一夏がラウラの行動に感動していると、息せき切って教室に飛び込んでくる影があった。

 

「大ニュース大ニュース! このクラスに転校生が来るって!」

「そうか、転校生か」

「驚きが足りなーい!」

 

 相川は、セシリアとラウラをかき分ける様にして、一夏の机を両手で叩く。

 だが、一夏はやれやれと肩をすくめてみせた。

 

「考えても見ろよ。4月に鈴が転校してきて5月にはラウラだろ? そう考えたら6月に誰かが転校してきても俺は驚かんね」

 

 毎月毎月転校生に来られたら、こういう反応もやむなしだ。

 事実、盛り上がっている人もいるにはいるが、大多数は「ああ、そう」とそっけなかった。

 

「ノリが悪いなあ……もしかして織斑くんの知り合いだったりして?」

「いやあ、流石にISに乗ってそうな知り合いはねえよ」

 

 鈴のように知らず知らずのうちにという事はあるだろうが、考えにくかった。

 それよりも、この時期の転校生で考えるとしたら、別の方向で気にはなる。

 

「代表候補生ってのは間違い無いだろうな」

 

 一夏が言うと、それに同意するようにセシリアとラウラも頷く。

 何の後ろ盾もない普通の生徒がおいそれと編入できる程、IS学園の敷居は低くない。となれば、国という強固な後ろ盾がある代表候補生と自然と行き着く。

 実際、これまで転校してきた鈴とラウラも代表候補生という肩書を持っている。

 

「面倒くせえなあ……」

 

 一夏が小さく呟いた言葉に、セシリアが少し反応を示す。

 伺うような感じで目だけを動かし一夏を捉える。

 

「何かしら、面倒事に絡まれるんだろうなあ」

 

 代表候補生は四組にいるという女子を除けば、全員と絡んでいる。

 鈴とラウラはまだマシだ。昔からの知り合いという事で、おかしな事は起きない。

 だが、これから来る代表候補生にセシリアと同様の命令が出ていると考えたら、憂鬱としか言いようがなかった。

 

「いっそ男とか来ねえかな?」

「流石にそれは無いってー」

 

 だよなあ、と笑い合う一夏と相川。

 そんな二人はSHRの時、表情を凍らせる事になるとは、この時は考えてもいなかった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 真耶の言葉など、一夏の耳に一切入っていなかった。

 いや、一夏だけではない。殆どの生徒が聞こえていない。

 

「マジか……」

 

 思わずそう呟いた一夏の言葉も、誰の耳にも届いている様子はない。

 

「──シャルル・デュノアです。フランスの代表候補生をしています。皆さん、よろしくおねがいします」

 

 転校生、シャルルと名乗った少年(・・)は貴公子然とした印象を与える笑みを浮かべて礼をする。

 

「お、男……?」

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を、と」

 

 誰かが呟いた一言にこれまたにこやかにシャルルは返した。

 中性的な顔立ち、髪は濃い金髪で長い髪を背中で丁寧に束ねている。

 

「マジでマジかよ……」

「ホントに来ちゃったね……」

 

 先程まで一夏と話をしていた相川までも苦笑いを浮かべていた。

 もちろん、一夏も同じ気持ちである。だが、少しだけ相川とは感じ方は違う。

 男性が来た事に対する驚き──ではない。

 中性的、そう言われればその通りだろう。だが、一夏は僅かな引っ掛かりを覚えていた。

 

「お前ら。今日から実習だと言うのに何を呆けている」

 

 ぱんぱんと手を叩いて、千冬は意識を切り替えようとした。

 クラスの者は、それを聞いて表情雨だけはなんとか取り繕う。

 それでも、視線だけは今日の授業内容を伝える真耶ではなく、シャルルに向けられていた。

 

「おい織斑。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう?」

 

 SHRを終え、実習の為に着替えようと更衣室に向かったところで、千冬に呼び止められた。

 少しだけ、千冬の真意を読もうと視線をぶつけ、逸らす。

 

「あー……。はい、わかりました」

 

 ここで言っても、答えてくれるはずもない。後で聞けばいいかと一夏は頭を切り替えてシャルルの方に向き直った。

 

「男子は空いているアリーナ更衣室で着替えだ。これから実習の度にこの移動だから早めに慣れてくれ」

「う、うん……」

 

 教室を出て、更衣室を目指して歩く。

 隣ではなく、後ろを歩こうとしたシャルルに歩くスピードを合わせる。

 シャルルが少しだけ、躊躇うような素振りを見せたが、一夏はそれを気にせず、口を開いた。

 

「知っているとは思うけど、織斑一夏だ。よろしく」

 

 自己紹介を始めてしまえば、後ろに下がるという事は出来ない。

 観念したのか、シャルルも歩調を合わせながら口を開く。

 

「うん。よろしくね、織斑くん」

「それと、同じ男同士だし、名字読みはやめようぜ。俺もシャルルって呼ぶから」

「わかったよ一夏くん」

「その、くん付けもいらねえ。なんかムズかゆくてしょうがねえ」

 

 続けて、同じ男同士だしなと締める。

 そうだね、と答えるシャルルはやはりどもっている。

 

「織斑くんおはよー。今日から実習──って男!?」

「ええええええ!? まさか転校生って男の子だったの!?」

「え、なんで!? やばいんですけど!?」

 

 そうなるよなー、と一夏は思わず脱力する。

 机があれば、突っ伏していたところだ。

 けど、シャルルは驚いた様子はない。いや、どこかキョトンとしている。状況が読めていないのだ。

 

「何!? なんでみんな驚いているの!?」

「いや、それはお前、男の操縦者なんて今まで俺しかいなかったからな。そこに来て、新しく追加されたんじゃ驚くだろ」

 

 一夏は呆れた様子で、シャルルを見る。

 少しだけ、その視線は冷たくなっていたが、群がる女子生徒に気を取られているシャルルは気付かない。

 

「それともアレか。お前の住んでたところは男性操縦者がウジャウジャいたのか?」

「あ、いや! そんな事無いよ。僕だけだったから大騒ぎだったよ……?」

 

 シャルルの弁明に、一夏は「だろうな」と吐き捨てる様に呟き、群がる生徒の方を向く。

 一夏の呟いた声音は、普段を知る者なら違和感を覚えるだろうが、シャルルは気が付かない。

 

「悪い。コイツに色々質問したいだろうけど、俺等はこれから織斑先生の授業なんだ。遅刻はしたくないしさ」

「あ、そうだよね。ごめんね!」

「また後で色々話聞かせてね-!」

 

 道を開けてくれた生徒に手を振りながら、一夏とシャルルはその間を通り抜ける。

 

「ちょっと急ぐか。遅刻したらマジで洒落にならん」

「あ、うん。わかった」

 

 少しだけ、歩く速度を上げる。

 速歩きになったシャルルの足を運びを見る一夏の視線は、やはり冷たかった。

 程なくして、更衣室にたどり着いた一夏は、念の為更衣室をぐるりと見渡す。

 それを不思議そうにシャルルは見ていたが、なんでという言葉を口にするよりも早く、一夏が口を開く。

 

「着替える前に一つだけいいか?」

「う、うん。なにかな?」

 

 じっと、シャルルを見ていた一夏は「うん」と、腕を組んで頷いた。

 

「──男と女が同じ更衣室で着替えるのは危ないと思わんか?」

 

 シャルルの表情が凍りついた。

 一夏はの方は、相変わらず冷たい視線をシャルルに向けている。

 先程までは、周りに人がいたからか、表情を取り繕っていたが、今は目元だけではなく、表情を見ただけで冷たい印象を受ける。

 

「な、何のことかな? 僕は男だよ」

「そうか。じゃあ早く着替えろよ」

 

 そう言って一夏は腕を組んだまま、ロッカーに身を預ける。

 だが、シャルルは動かない。スーツを入れた袋をぎゅっと握りしめているだけだ。

 

「どうした? 着替えないと遅れるぞ?」

「あ、あんまり見られていると緊張しちゃうって。一夏だって同性の前で裸になるのは嫌でしょ?」

「そりゃ俺だって同性だからって裸になったりしねえよ。けど、上半身くらいなら大丈夫だろう? 龍の彫りモンがあるって訳じゃないだろうし」

 

 最後は冗談交じりだが、笑える様な雰囲気ではない。

 しばらくシャルルを睨みつけていた一夏だが、そこでふと視線を逸らし、小さくと息を吐いた。

 

「素直に認めるんなら、先生に突き出すのは考えてやる。認めないのなら、お前に襲われたと千冬姉を呼ぶ。言っておくがウチの姉さんおっかねえぞ」

 

 そう言ってやると、シャルルはいよいよ俯いてしまった。握りしめた袋が震えていた。

 もうこの時点で認めている様なものなのだった。

 現に、次に顔を上げた時、シャルルの表情からは笑みが消え失せ、どこか諦めたような達観した表情だった。

 

「その前に僕からひとつ聞いて良いかな?」

「いいぞ?」

「なんで僕が女だってわかったの? これでも男装は完璧なつもりだったし、話し方とかも矯正されたんだけど……」

 

 矯正された。その言葉を聞いて一夏は表情を歪めたものの、すぐに冷たい表情に戻す。やはり、向いていない。そう思った。

 色々と踏み入って聞きたいところだが、生憎と今は時間がない。とりあえず、どうやってシャルルの男装を見抜いたのかを説明することにした。

 

「まずはひとつ目、重心の違いだな」

 

 そう言って一夏は「これは一般論だが」と続ける。

 

「歩く時に男は踵よりに重心がかかるのに対して、女性は爪先よりにかかる。特に、海外生まれでヒールを履き慣れているヤツはそれが顕著だな。勿論、男でも爪先よりに重心がかかるヤツもいるが……お前は混ざっていた。教室に入る時やは意識してたんだろうな。踵よりに重心をかけてたが、教室を出てここに移動する時に速歩きにさせただろ? 余裕がなくなったのか、爪先の方に重心が傾いている感じがした。普通のヤツはそういう風に混ざらない。それこそシャルル、お前が自分で言ったように矯正されていなければこういう風にはならない」

 

 昔の自分なら気付かなかっただろうが、最近はラウラの指導で細かいところまで見るようになっているのだ。その御蔭で違和感に気付けた。女の集団に男が入れば目立つだろうが、シャルルは目立たなさすぎた。

 一拍おき、一夏は制服を脱ぎ捨てる。いい加減、時間が危うくなってきたからだ。

 シャルルが小さく悲鳴をあげたが、それに構うこともなく、シャルルに背中を向け着替えを続けながら話を続けた。

 

「俺の適性が発覚してから急ごしらえで準備したんだろうな。こういう些細なところで女を感じるぞ」

 

 苦笑いを浮かべ、指摘してやる。

 或いは、もう見抜かれていると思って、隠さなくなっただけかもしれないが。

 他にも、気付くキッカケになった事はあるが、いちいち言うのはやめておいた。本人が認めたがらないのなら一つずつ並べるが、認めた今となってはその必要もない。

 

「なんで男装なんてさせられたのかってのは後々聞かせてくれ。──まあ、それもおおよそ見当はつくが」

「あの、僕はどうすれば」

「知らねえよ」

 

 すがるようなシャルルに、一夏は冷たく突き放す。

 背後で、シャルルが俯くのを感じた。

 どこか、被害者のような様子を見て、思わずロッカーを叩きつけるように閉めると、シャルルの肩が震えた。

 横目でシャルルの様子を伺う。

 前髪でよく見えないが、頬を伝う何かが見えた気がした。

 少しずつ、この少女に同情しそうになってしまう自分を自覚する。

 本当は、この時点で千冬を呼ぶべきなのだが、一夏にはそれが出来なかった。

 

「男のフリを続ければ良いんじゃねえの。どうせ同じ部屋になるだろうから事情はその時に聞く。千冬姉に突き出すかはそれから考える」

 

 暗に、それまでは言うつもりは無いとアピールする。

 それをどう受け取ったかわからないが、シャルルは消え入りそうな声で小さく「うん」と言葉を返した。

 

「顔も洗ってこい。洗面所のところなら着替えても俺からも死角になるしな」

 

 ぶっきら棒に言うと、シャルルが背を向けて駆け足気味に一夏から離れた。

 程なくして、着替えを終えたシャルルがやってきた。どういう理屈かはわからないが、胸はコルセットかなにかで押さえているのか、目立っていない。

 表情も、先程よりはマシだ。自己紹介したときのような、柔和な笑みを浮かべている。

 

「よくそれで騙せると思ったな」

 

 今はもう、女にしか見えない。

 どちらかと言えば中性的、といった風で、声も明らかに女のソレだ。

 

「ごめん」

 

 責めるつもりはなかったが、シャルルにはそうは受け取らなかった様で、また俯いてしまった。

 一夏は訂正するつもりもなかったのか、シャルルの謝罪を聞き流し背を向け、グラウンドへ向かう為に足を踏みだす。

 慌ててシャルルが追いかけてきたが、先程の様にシャルルと隣で歩くような事をせず、一夏は先を歩き続ける。

 やはり、面倒事に巻き込まれた。一夏は声に出さずに呟いた。



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初めての実習

 グラウンドへ足を踏み入れると、途端に視線が突き刺さる。

 一夏というよりは、シャルルへが大半だが。

 着替えた時は、時間ギリギリかと思ったが、早足で来たからか、まだ授業が始まるまでは余裕があった。

 

「お前に興味津々って感じだな。まあ、新しい男子生徒だし無理もないか」

「ごめん……」

 

 思わず、当てつけるように言ってしまった。

 やはり、今の自分は余裕がない。

 妙に客観的にそう思えた。

 

「まだ授業まで時間あるし、色々聞いてみたらどうだ?」

 

 特に、転校生が来ると喜び勇んでいた相川を意識して言う。

 本来は、シャルルと一緒にいるべきなのだろうが、つい邪険に扱ってしまいそうなのだ。

 そうすると、周りに違和感を与えてしまいかねない。

 一夏の呼びかけを聞いて、相川を筆頭にシャルルに人が群がる。

 シャルルの姿が見えなくなってようやく、一夏は大きく息を吐いた。

 

「──何かありましたの」

「おわっ!?」

 

 声をかけられると思っていなかった一夏が、情けない声を上げる。

 ここまで驚かれると思っていなかったのだろう、声をかけたセシリアも驚いた様子だ。

 が、直ぐに取り繕ったセシリアは少しだけシャルルの方に視線をやって、ポツリと呟いた。

 

「同じ男性が来て嬉しいのかもしれませんが、気を抜かぬよう。操作を誤ってもわたくし達は絶対防御が守ってくれますが、生身の方には被害が及びますので」

「わかってるよ。悪いな、心配かけて」

 

 普段、一夏はここまで素直に礼を言わない。

 その事に違和感を覚えたがセシリアだったが、結局セシリアは何も言う事はなかった。

 そんな様子のセシリアを見て、一夏はもしかしたらコイツもシャルルの事に気付いているかもなと思った。

 だから、浮かれるなと忠告してくれたのだろう。

 

「なんだかなあ……上手くいかねえもんだな」

 

 ガシガシと頭を掻きむしる。

 少なからず、嬉しかったのだ。同じ男が来ると知って。

 だから、男装していたとわかった時、その反動でシャルルに強く当たってしまったのだ。

 これではいけない、と一夏は自分自身に言い聞かせた。

 と、ざわついている空気が一変した。

 千冬が来たんだろうなと一夏は思った。

 

「整列!」

 

 空気を切り裂くような、掛け声。千冬だ。

 たったこれだけで、一組と二組の生徒は無駄口を叩くことなく整列をする。

 千冬だけでなく、ラウラも満足だろう。一夏はぼんやりと思った。

 

「実習に移る前に、使用するISの説明を行う。デュノア、前に出ろ」

「はい!」

 

 指名を受けたシャルルが前に出た。

 一夏から見た限りでは、動揺はなさそうだ。

 

「お前は、ラファール・リヴァイヴの説明をしろ」

「はい。ラファール・リヴァイヴですが、デュノア社製のISになります。世代としては第二世代型ですが、開運用開始が第二世代開発最後期という事もあり、そのスペックは高く評価されています。その証拠に、最後発でありながら世界第三位のシェアを誇ります。特筆すべきは操縦の簡易性で、操縦者のタイプを選ばない本機は豊富な後付装備が可能ということもあり、格闘・射撃・防御といったように全距離、そしてあらゆる戦闘に対応が可能となっています」

「よし、そこまででいい。流石に実家のISの説明は慣れているな」

「ど、どうも……」

 

 千冬に褒められた時に、ぎこちなく笑ったのを一夏は見逃さない。

 

(実家が大企業、ね……)

 

 その後、打鉄の事も説明されていたが、一夏は別の事を考えるあまり、聞いていなかった。

 

「では実習に移る。専用機持ちがリーダーとなり、十一人グループに分かれて行うように」

 

 いつの間にか、説明を終えたのか、千冬がそう号令を出した。

 次の瞬間、予想通り一夏とシャルルの周囲に女子が群がった。

 

「織斑くん私に色々教えて!」

「デュノアくんよろしくね!」

 

 などなど、口々に投げかけられる。

 さてどうしようかと一夏が悩んでいると、群がる女子生徒の背後からどこか殺気の様な気配。

 

「やる気があって結構な事だ。織斑先生の指示では十一人という事だが、やる気があるというのなら私は何人でも構わないぞ」

 

 千冬が出席簿を振り下ろすよりも早く、ラウラが切り出した。

 何故か、普段は見せない満面の笑みを浮かべていたりする。とはいえ、ラウラから放たれる空気は優しいものは微塵も感じられないのだが。

 

「どれ、それだけやる気があるのなら飛行までやってみようか? いや、戦闘をしても良いかもしれないな」

「すみません! 真面目にやります!」

 

 誰かが言うのを皮切りに、口々に謝罪の言葉を上げる。

 やはり、こういう時はラウラが適任だなあと一夏はぼんやりと思った。

 これからも面倒事があったら積極的に頼ろうと固く誓った。

 

「ふん。最初からそうしていれば良いんだ」

 

 鼻を鳴らしたラウラは、それまで纏っていた気配を消し、振り分けを始めた。

 振り分けられる人を見ながら、一夏がある事に気付く。

 

「あいつどんだけハイスペックなんだよ……」

 

 ラウラは、何も考え無しで振り分けているのではない。

 例えば、自分の所に来ている人に目を向けると、運動神経が良さそうなメンバーや、座学の成績が優秀な者だ。

 おそらく、指導する側の面子で、一番頼りない自分の所に、教え易そうな人を置いているのだ。

 他のグループに目を向けても、ラウラはある程度の基準を持って振り分けている。

 セシリアのグループは、運動神経は良くないものの、座学の成績が良い生徒。これは、理論派のセシリアの説明を聞ける者という基準。

 鈴はセシリアとは反対に、座学の成績はそれほど良くはないが、運動神経は良い生徒。感覚で教えられても問題がない生徒だ。

 もし、これが逆の組み合わせなら、教える方も教えられる方もお互いに大変だろう。

 そして、ラウラが自分の手元に残しているのは、座学も運動神経も良くない、言い方は悪いが落ちこぼれと評される側の者達だ。一夏の目から見ても、一番教え馴れていそうなラウラに付けたという事か。

 最後にシャルル。こちらは習熟度と言うより、他の要素で選んでいるのだろう。

 先程、一夏とシャルルのグループに入ろうと押しかけて来た面子はいない。押しの弱そうなシャルルを思って、あまり前に出すぎない、引っ込み思案な生徒を選んでいるのだ。

 

「凄いよねえボーデヴィッヒさん」

「ああ。……つーかアイツなんで二組の生徒の成績とか知ってるんだ?」

 

 自分のクラスの成績を把握しているだけでも凄いのに、ラウラは他のクラスの情報まで仕入れていた事になる。

 やはり、ラウラはこのクラス、いや学年で見ても頭一つ抜けているだろう。

 

「すみません織斑先生。十一人ずつの配分という事でしたが、少し差が出てしまいました。このままでもよろしいでしょうか」

「ああ、良いだろう」

 

 基準があっての振り分けなのだから、千冬としても問題は無いようだ。

 そして、かつての教え子の成長に何処か誇らしそうに薄っすらと笑みを浮かべたのが一夏にはわかった。

 

「じゃあ皆さん! これから訓練機を一機ずつ取りに来て下さい! 数は『打鉄』が三機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めてくださいね!」

 

 真耶の声が響き渡る。

 一夏は既に何を持ってくるか決めていたが、どちらを選ぶのか話し合うのも勉強の一環と思い直し、班員の意見を聞くことにした。

 

「どうする? どっちを持ってくる?」 

「うーんさっきのデュノアくんの説明だとリヴァイヴの方が良いと思うけど、私は打鉄かな」

「ふむ、どうしてそう思う?」

「だって操縦の簡易性が特徴って言ってたでしょ? でもそれって、ある程度操縦できる人が言える言葉でしょ?」

 

 同じグループになった鷹月の説明を聞いて一夏は「ああ」と曖昧に頷く。

 やはり、このグループの生徒は優秀だなと思った。

 適当に考えている訳ではないのだ。

 だが、一夏の考えは逆だ

 

「俺はリヴァイヴが良いと思うぞ。お前が言っていることはその通りだが、俺達が乗りやすい奴を持って来ても良いのか?」

 

 生徒に目をやると、なんだかわかったような、わからないような。そんな表情を浮かべていた。

 

「お前らは優秀だから、乗りやすい奴は他のグループに譲ってやれ。それに操縦が難しいからこそ、上達するってもんだ」

 

 それを聞いて、ようやく得心がいったかの様に皆が頷いた。

 と、ここで話を終えれば良い説明だったで終わるのだが、自嘲気味に笑いながら一夏は付け加えた。

 

「まあ、教える側の能力はここのグループが一番低いがな。頼むから手をかけさせないでくれよ」

 

 苦笑いを返されながら、一夏達は仲良くリヴァイヴを取りにい行った。

 

「さてと、じゃあ始めるか。トップバッターはお前だ」

「は、はい!」

 

 そう言って一夏が相川を指名すると、裏返った返事が返ってきた。

 表情を見ても、固さが伺える。

 一夏は相川に近づくと、苦笑交じりに口を開く。

 

「ISに乗るのが初めてってわけでもないだろう? 別に失敗したって死ぬわけじゃないんだ。肩肘張らず気楽にやれ」

 

 それに、と一夏は続ける。

 

「俺が乗った時なんか、カタパルトで飛び出して地面に激突したんだ。それに比べたらその可能性は無いからな」

 

 気安く背中をバンバンと叩いてやると、相川のどこか気負ったような表情は消えていた。

 相川はリヴァイヴを纏うと、ぎこちない足取りで一歩、また一歩と足を踏み出す。

 必死な表情で歩みを進める相川を一夏は一度止めた。

 

「ちょっとお前。今何を考えてる? 具体的に言うとどこを意識してる?」

「えーっと……どこって言われても足だけど……」

「意識の向け方を変えよう。お前は日常で歩く時にわざわざ足を意識してるのか? なんとなく歩こうと思えば歩けるんだ」

「そんな無茶苦茶な……」

「いいから」

 

 一夏の言葉に半信半疑の相川だったが、いざやってみるとスムーズに歩けたようで驚いた表情を浮かべていた。

 

「空を飛ぶ──そういう人が本来しない動きってのはコツがいるがな。日常でやっている動きはISでもほとんど同じだ。あれこれ考えずに自然にやってみるのも手だな」

 

 続いて、二人目はこれまた同じクラスの鷹月。

 こちらも同じように歩行に挑んだのだが、こちらもぎこちない動きをしていた。

 本人もどういうわけかわからず首をひねっている。

 

「あー。相川は割と感覚でやれるやつだからな。IS自体を自分の体の一部だと認識出来るんだろうよ。けど、お前は割と理屈っぽいところがある。つまり、どこかでISを自分とは別物だって思っているんだ。その場合は無意識に『歩こう』って思っても無駄だ。どっかで少なからず意識しちまってるしな。だからお前の場合は理屈で覚えろ。歩くって動作を言語化すればいい。生身のときだって、身体の部位を色々使って歩くわけだろ?」

「右足を踏み出す時は左手を前に出す……とか?」

 

 鷹月が不安そうに呟いた一言を頷いて肯定してやる。

 ただし、と一夏は付け加える。

 

「もっと細かく出来る。踏み出す足はどこにつくのか。重心の移動のタイミングはどうするのか。その重心を移動させるためにはISのどこを動かせば良いのか。そもそも、重心は今どこにあるのか。──一概に歩くと言ってもこれだけ意識することがある。だが、コレさえできればあとは応用だ。とりあえずはそういうのを意識してみろ」

「難しいね……」

「ただまあ、考えないようになるの一番だな。理屈っぽいセシリアだって細かい動きはともかく、基本的な動きは意識していない筈だ。歩く、止まる、飛ぶ。この三つは考えずにやれるようにならないとな」

 

 ちなみに、コレはセシリアの受け売りである。

 その後、授業は続き大きな波乱もなく順調に過ぎていった。 

 ちなみに、ラウラのグループは全員がわずかとは言え地面から浮かべるようにまでなっていた。




基本大人が集まっていますが、シャルだけはそこまで(というかまったく)変わっていません
環境的に、変わる要素がなかったとも言えます


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二人の違い

ちょっと大人要素入ります


「じゃ、聞かせてもらおうか」

「うん……」

 

 夜、シャルルの引っ越しを終えた一夏とシャルルは向き合っていた。

 動きやすいようにとシャルルはジャージに着替えていたが、コルセットは外しているのだろう。胸の膨らみが隠されることなく、強調されている。

 男装をやめたシャルルを見て、ふと臨海学校はどうするつもりだったんだろうなと一夏は思った。

 確か、自由時間は海に入れるはずだが、と。

 

(まあ、んな事は今はいいか)

 

 関係ない方に思考が逃げるたのを、一夏は頭を振ってかき消す。

 聞かせてもらおうと言ったものの、どう話を持っていこうかと一夏が思っていると、シャルルが頭を下げた。

 

「今更だけど、本当にごめん。迷惑かけちゃって」

「最初に謝ってくるなよ。もう少し俺に責めさせろ」

 

 冗談っぽく言ったが、空気が軽くなることは無かった。

 やりにくい。率直にそう思った。

 そもそも、一夏は重苦しい空気は嫌いなのだ。

 腰を上げると、一夏はコーヒーをカップに注ぐ。

 少しでも明るい雰囲気にしたかった。

 

「ミルクか砂糖はいるか? オススメはブラックだが」

「えーと……どれでも」

「ああ、そう」

 

 どれでも、というのが一番困るのだが。

 シャルルからは自分がこうしたいという意思を感じない。

 これまで、一度でも自分の意志を示したことがあったか、束の間思い返したが、心当たりはない。

 

「ほらよ」

「ごめ──っ」

「っと」

 

 カップを渡す時に、持ち手の部分で一夏とシャルルの指先が触れ合った。

 それに驚いたのか、シャルルが慌てて引っ込めようとしたところで、カップが揺れ、中身が少し掛かってしまった。

 いつもは水出しコーヒーが主だが、タイミングが悪く、今日はホットコーヒーだった。

 そのせいで、黒い液体が掛かった箇所は、少し赤くなってしまっていた。

 一夏は直ぐに水で冷やしたが、シャルルはベッドに腰を下ろしたままだ。

 

「冷やせよ。火傷になるぞ」

「ごめん」

 

 何を謝ることがあるのか。

 手を冷やした後、カップに一口付けたシャルルから味の感想はなく、少しだけ一夏は寂しく感じた。

 自分も、黒い液体を啜るが、いつもの様に美味しくは感じなかった。

 雰囲気はまるで変わってないが、そろそろ良いだろうと一夏が切り出した。

 

「取り敢えず、俺がわかっている事を聞くけどさ。お前はフランスの大手ISメーカの御曹司って扱いなんだよな?」

 

 現実は、御曹司ではなく、御令嬢なのだが。

 お嬢様、という意味ではセシリアと同じはずなのだろうが、醸す雰囲気はまるで別人だ。

 どこか躊躇うようにシャルルが頷くのを見て、一夏は続けた。

 

「そんな奴がなんでこんな事してんだよ。鈴やラウラみたいに普通に転校してくればよかったじゃねえか」

「それは……」

 

 しかし、シャルルにその質問をぶつけても意味はなかった。

 結局の所、シャルルも男装して学園に行けと命令されただけだろうと一夏は思っていたからだ。

 だから、一夏は聞き方を変える事にした。

 

「で、男装してまで俺に近づきたかった理由はなんなんだ?」

「えっと、その……デュノア社は今、経営危機に陥ってんるだけど……知ってる?」

「ああ。俺の先生はヨーロッパの二人だからな。そこら辺の情報は入ってる」

 

 大手と言えるデュノア社だが、第三世代機の開発が遅れているのだと。

 セシリアのイギリス、ラウラのドイツはすでに第三世代機をほぼ完成させ、IS学園でテストしている。

 だが、フランスはまだそこまで至っていない。その責任が、デュノア社に向かっている、と。

 それを踏まえて、一夏はシャルルに男装を命じたデュノア社の意図はわかっていたつもりだ。

 

「お前が男装している理由は、フランス政府に対する札の一つと言ったところか? 貴重な男性操縦者を抱えている会社に国は圧力をかけられないだろうしな」

「うん。その通りだよ。それとね──」

 

 だが、国は確認しなかったのか。

 一夏はそこが気になったがその疑問は後に回した。

 他にも男装している理由を、シャルルが話し始めたからだ。

 

「──同じ男子なら、接近もしやすいだろうって。白式のデータは勿論、一夏と……その……同じ部屋ならそういう事をする機会も作りやすいだろうって……」

 

 伏し目がちに告げるシャルルだったが、一夏はそれほど驚くことは無かった。

 シャルルに聞いたのは確認の意味で、前者はともかく、後者の目的で近づいてきたのだろうと一夏は悟っていたからだ。

 だが──

 

「──お前には向いてねえよ」

 

 言って一夏は、シャルルの肩に両手を置く。

 顔を近づけると、シャルルの瞳が恐怖で揺れる。

 

「男装を見た時から思ったけど全然仕込まれちゃいねえな、お前」

 

 そのまま、一夏は体重をかけてシャルルをベッドに押し倒す。

 片手で、シャルルの髪に振れるとピクッとシャルルが震えた。

 そのまま、頬に手をやると、ますます身が強ばる。

 

「いち……か……?」

 

 今度は、ハッキリと嫌悪感がシャルルの顔に現れたが、頬に触れられた手を振りほどこうとはしない。

 わずかに、一夏の胸のあたりに手をやり、力なく押し返そうとするだけだ。

 一夏はしばらくシャルルを至近距離で見つめていると、シャルルがぎゅっと目を瞑った。

 

「もしくは、こうやって同情を誘って、抱いてもらおうとでも思ってたのか?」

「ちが! 僕は──」

「そういう命令が出てるんだろ? なら、今はチャンスじゃねえか?」

 

 しばらく、そのままでいたが、シャルルの手が一夏の身体から離れた。

 諦めた様に、シャルルは一夏を見上げる。

 

「良かったな。正体はバレたけど、命令は果たせそうだぞ」

 

 一夏も、ベッドに頭を預け、シャルルの耳元で囁く。

 シャルルが、身を縮こまらせたのを感じた。

 

「…………」

「無視、か」

 

 前にも、どこかでこんなやり取りをしたなと一夏は思い出す。

 そうだ。セシリアとも、こういう会話をした。

 その時は、アイツにならと一夏は思ったが、不思議とシャルルにはそういう気持ちを持たない。

 と、一夏はシャルルから身体を離し、隣のベッドテーブルに置いたカップに手を伸ばす。

 

「え……?」

 

 ホッとしたような、そんな間抜けな声がシャルルから漏れた。

 

「お前を抱くつもりはねえよ。ちょっと確かめさせてもらっただけだ」

「何、を……?」

 

 シャルルは、横になったまま呆然とした表情を一夏に向けていた。

 先程まで、恐怖で揺れていた瞳に、今度は困惑の色が混ざっている。

 

「いや、本当にお前が嫌々させられているのか、気になってな」

 

 一夏が迫った時、シャルルの瞳には確かに拒絶する意思が現れた。

 それも演技、と言われたらそれまでだろうが、信じてみようと一夏は思ったのだ。

 

「俺にこうやって迫ってくる奴は、何もお前が初めてって訳でもない。──セシリアもな。国から命令されているんだよ。俺に抱かれろってな」

 

 小さく、シャルルが息を呑む気配を感じた。

 それを知っていながら、何事もないように一緒にいるのが不思議に思ったのだろうか。

 しかし一夏は、シャルルのそんな様子に構うことなく、言葉を続けた。

 

「まあ、セシリアも迷ってんだろうよ。自分の家のために、国の命令を守るか。それとも、自分の気持ちを優先するかをな」

 

 まだ、その答えは出ていないようだが、セシリアならその内、見つけるだろうと一夏は思っていた。

 その時は俺も真剣に考えなければならないとも、思っているが。

 

「お前とは立場は似ているけど、あいつはお前みたいに安易に諦めたりしねえ。どうにか出来ないかって答えを探そうとしてるんだよ」

 

 ここまで言って、一夏は気付いた。

 なぜ、シャルルにこれほどまで辛く当たっていたのかを。

 知らない間に、シャルルにセシリアという存在を重ね合わせていたのだ。

 

「自分の意思もなく、流されるがままの奴を俺は抱いてやらねえよ。もし仮に、それでお前が救われるんだとしてもな」

 

 吐き捨てる様に呟くと同時に、シャルルが鼻をすする音も聞こえたが、一夏は聞かなかったことにした。

 しばらくの間、シャルルは音を立てていたが、今は静かだ。

 まるで事後だな、と一夏はぼんやりと思った。

 ベッドで丸くなっているシャルルと、その傍らでコーヒーを啜る一夏。

 誰かに部屋に入ってこられたら、誤解されても仕方がないと思えた。

 

「一夏さん。今よろしいでしょうか?」

 

 ドアの向こうからセシリアの声。

 ベッドで丸くなっていたシャルルがガバっと身を起こす。

 どうしよう、シャルルからそんな視線を向けられた様な気がした。

 

「どうしようもねえ。諦めろ」

 

 にべもなく言い放つと、シャルルはしゅんと肩を落とす。けれど、一夏にもどうする事も出来ないのだからしょうがない。

 取り敢えず、セシリアを放って置く事も出来ないから、今いくよと、一夏はドアの向こうに声を投げて腰を上げた。

 

「どうした?」

 

 ドアを開け、一夏はセシリアに対面する。

 さり気なく、中が見えないように立ったが、違和感はないだろうか。

 セシリアが少しだけ訝しげな表情を浮かべたが、先ずは用件を先に話すことにした。

 

「いえ、食事に来られませんでしたので。どうされたのかなと」

「ああ。引っ越しやら、同室のルール決めやら色々あってな」

「そうですか」

 

 後手でドアを閉めながら、一夏は食堂に足を向けた。

 

「デュノアさんはよろしいので?」

「ああ。引っ越しの疲れが出たのか分からんが、体調が悪いみたいでな、飯はいらないみたいだ」

 

 だからお前が来てくれて丁度良かったと、続ける。

 やはり、疑われているのか、セシリアが一夏に向ける視線はいつもより鋭い。

 

「その、デュノアさんの事でお話があります。皆さんがいるところでする話でもありませんし、わたくしの部屋にきませんか? お食事は用意してますし」

「ルームメイトがいるだろ? 大丈夫か?」

「一夏さんを呼ぶと言ったら、気を利かせて出ていってくれましたわ。今日は帰ってこないそうですわ」

「相変わらずだなあ、お前のルームメイトも」

 

 別に、そういう事をするつもりはないのだが。少なくとも、今は。

 

「んじゃ、そういう事ならお前の部屋に行こうかな」

「ええ。色々聞かせてくださいね──彼女の事も」

 

 やはり、セシリアにも気付かれていたのな、と一夏は思った。



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普通のありがたみ

箒ちゃん
誕生日おめでとう!(なお、出番)


 ここは一人部屋なのかと、一夏は束の間思ってしまった。

 なぜならベッドが一台、堂々と置いてあったからだ。

 

「お前、同室の奴に刺されても知らんぞ」

「許可は取ってありますので」

 

 本当かよ。

 一夏からの視線を敏感に感じ取ったセシリアが悪びれることなく、続けた。

 

「如月さんは登山部ですから、寝袋で寝るので大丈夫との事です。今日は温かいですし、外で寝るみたいですわ」

「なら良いけどよ……。俺が同室だったら耐えられねえなコレ」

「その際は、一緒に寝れば良いでしょう?」

「……まあ、それもそうか」

 

 なんて返すのが正解かわからず、結局は同意するように返してしまった。

 いつもと違うなと、セシリアも感じ取ってしまった。

 それだけ、シャルルのことで追い込まれているのだろうか。

 

「……サンドイッチか」

 

 一夏は逃げるように、机の上に置いてある食べ物に目を向けた。

 

「はい。お口に合うかわかりませんが……」

 

 その言い方は、自分で作ったような言い方ではないか。

 一夏は、信じられない物を見るような目で机の上のサンドイッチを見やった。

 確かに、食堂で出てくるサンドイッチより見てくれは悪い。本当にセシリアが作ったのか。

 

「大丈夫だよなコレ」

「そんな事を仰るなら食べなくとも結構ですわ」

 

 ぷい、と顔を背けたセシリアに「悪い」と告げ、一夏はサンドイッチを手に取った。

 挟んでいる具は、ゆで卵を潰しただけのシンプルな物だ。

 

「いただきます」

 

 恐る恐る、齧る。

 咀嚼した際、卵の殻の感触が来るかと思っていたが、そんな事はない。

 マヨネーズをちょっと入れすぎたのではないかとも思うが、普通に食べられる。

 

「……驚いたな。普通に美味い」

 

 失礼な表現かもしれないが、一夏の偽らざる本心である。

 味は、そこまで驚くことはないが、セシリアがまともなサンドイッチを作ったことに驚いたのだ。

 

「お口に合った様で、良かったですわ」

「いや、もう少しマヨネーズを控えめにしてくれた方が俺の好みではあるが」

「えぇ……」

 

 なんて細かいことを言うのかと、セシリアは一夏を信じられないと言わんばかりに見やる。

 普通は、褒めて終わる場面ではないのか。

 セシリアの視線に気付いた一夏は、気にした風もなく、肩をすくめてみせた。

 

「こういうのはな、正直に言った方が良いんだよ」

 

 改善点を言わなければ、変わることはない。

 ある意味、ISの特訓と同じだと思っていた。いや、ISに限った話でもないが。

 

「紅茶もどうぞ」

「ありがとう──アールグレイか?」

「その通りですわ。よくわかりましたわね」

「産地まではわからねえがな」

 

 せいぜい、アールグレイとダージリンの違いが分かる程度だ。

 そして、一夏は紅茶を飲んだ後にある事に気付いた。

 サンドイッチを食べた後に紅茶を流し込むと、マヨネーズの多さは気にならなくなったのだ。

 

「紅茶に合わせるなら、マヨネーズの濃さはこれで良いかもな。多分、減らしたら負ける」

「なら、わたくしの作り方は正解という事ですわね」

 

 胸を張るセシリアに、一夏から苦笑いが漏れた。

 セシリアが狙ってやったのか、偶然かはわからないが、一本取られたのは事実だからだ。

 程なくして、皿の上のサンドイッチを平らげると、一夏は居住まいを正してセシリアに向き直った。

 招かれた目的は、食事を振る舞ってくれることではない、シャルルの事だ。

 

「……匂い」

 

 が、セシリアは鼻をひくつかせると、ポツリと呟いた。

 そう言えば、まだシャワーを浴びてなかったなと思ったが、今日はそれほど動いていない。汗臭い、という事はないだろう。

 

「まだシャワーを浴びてないんだ。臭ったか?」

 

 言いながら、そんなに臭うならと一夏はセシリアと距離を取ろうと動いたが、それよりも早くセシリアが距離を詰めてきた。

 

「一夏さんの匂いではない、他の方の匂いがしますわ」

「なんで分かるんだよお前……」

 

 アレほど、シャルルに近づけば匂いも移るだろう。

 だが、ほんの僅かな筈だ。

 しかし、一夏も逆の立場なら分かったかもしれないと思い、言葉ほど驚いた感じはしない。

 

「多分、さっきシャルルと密着したから……かな?」

「なんでそんな事をしますの!? どんな体勢でしたの!?」

「ああ、もう言葉で言うのは面倒なんだよ!」

 

 言いながら、一夏はセシリアをベッドに押し倒す。

 先程、シャルルにやったような体勢になる。シャルルにやった時はなんとも思わなかったのに、今は自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえた。

 

「こういう体勢だったんだよ。これで満足か?」

「い、いや、満足ですが、不満と言いますか……その……」

 

 あわあわとセシリアが目を白くさせているのが、直接見なくとも分かるような気がした。

 少し、このままでいたいなと一夏は思ったが、許してくれなさそうだ。

 

「──って、どうしてこんな体勢になるんですの!?」

 

 がばっと押しのけるように、一夏を剥がす。

 一夏は、少しだけ残念だなと思いながら、どうしてこんな事をしたのか、大人しく理由を話すことにした。

 色々と、口を挟みたい所も合っただろうが、セシリアは最後まで黙って聞いていてくれた。

 一夏が、全てを話し終わると、おもむろに口を開く。

 

「──なる程。そういう事なら理解は出来ますわね」

 

 その後小さく「納得はできませんけど」と呟いたのを一夏は聞き漏らさなかった。

 これに関しては弁明のしようがないため、一夏は藪をつつく事はしなかったが。

 

「まあ、あいつも嫌々やらされてるって分かったから取り敢えずは安心したけどな」

「乗り気だったら、どうするつもりでしたの?」

 

 じろり、とセシリアが一夏を睨む。

 

「どうもしねえよ」

 

 が、一夏はさらりと受け流す。

 だが、セシリアはそれで満足しなかったようで、尚も頬を膨らませて文句を重ねた。

 

「デュノアさんに無理やりという事もありましたわ」

「その場合はISを使うさ。室内で使えば異常に気付いた千冬姉あたりが来そうだしな」

 

 むしろ、その方がなんの後悔もなくシャルルを突き出せた。

 そうじゃないから、今も悩んでいるのだが。

 

「そういや、お前もシャルルの正体に気付いてたんだよな?」

 

 話を逸らすわけではないが、気になったので一夏はセシリアに聞く事にした。

 セシリアは、シャルルと殆ど関わっていない。なのに、シャルルが女だと見抜いた。

 純粋に、何処で気付いたのか知りたかったのだ。

 

「肩書で違和感を覚えまして」

「男の代表候補生が、か?」

「はい。一夏さんが発覚してから調査して、デュノアさんの適正が発覚したと仮定した場合、長く見積もっても四ヶ月程度しかISに触れる時間はありません。その間に代表候補生になるのは不可能ですわ。鈴さんの様に乗り出して一年で代表候補生になるのも異例ですのに、それより早く上達したという事になりますので。つまり、デュノアさんは男性ではなく、女性でかなり早い内からISに携わっていたという事になります。……まあ、一夏さんより早く男性操縦者として発見され、隠していたという可能性はありますが」

 

 言いながらも、それはないともセシリアは思っていたが。

 男であるのを隠していたのだとすれば、このタイミングで公表する意味はない。

 発表するのなら、一夏の存在が公になった直後だけだ。

 公表しなかった時点で、そのまま存在を隠し続けるしかない。

 逆に、このタイミングで公表する理由はない。だから、違和感があるのだ。

 つまり、このタイミングだからこそ、公表した理由があるとセシリアは踏んでいた。

 

「これで、実力が一夏さんとほぼ同じなら本国で練習していたという理由で納得出来ましたが、そうではありませんから」

 

 一夏は、シャルルの行動を見て見抜いたが、セシリアは情報だけで見抜いたという事になる。

 となれば、他の生徒も気付きかねないという事になる。

 今はまだ、男が転校してきたという事で浮ついているだけで、落ち着きを取り戻せば、時間の問題だろう。

 

「で、一夏さんは男装の目的は聞きましたの?」

「ん? ああ、白式のデータと、俺自身って事だな」

「やはり、そうですか」

 

 まあ、驚くことはない。

 このタイミングで公表したということは、多少無理してでも一夏に近づきたかったという事だ。

 そこまで、デュノア社は追い込まれているのかと、セシリアは少しだけ驚いた。

 しかし、そうなるとセシリアとしては他の事が気になってしまう。

 

「どうして、学園側は受け入れたのでしょうか」

 

 そう、シャルルやデュノア社ではなく、学園側の問題だ。

 

「そうなんだよ。俺も、そこが引っかかった」

 

 シャルルの男装のレベルが低いとか、そういう事ではない。

 そもそもチェックをしたのか、という所からだ。

 

「俺、検査の時に裸になったんだぜ?」

「いや、別にそこまでは聞いてませんが……」

 

 そう言いながらも、セシリアは一夏が何を言わんとしているかは分かった。

 裸になったということは、男性器も見られた、という事だ。

 その工程があるというのなら、シャルルがそれをパスすることは不可能だ。

 

「あいつの時は、ソレが無かったとか? ……まあ、アレは無いんだろうけど」

「まさか、そんな事はありえませんわ。……あとそれ、セクハラですので」

 

 むしろ、二番目だからこそ徹底して調べる筈。

 一夏の方も、そんな事は無いと思いながらの発言だ。

 

「じゃあ、フランスかデュノア社か知らんけど『シャルル・デュノアという男性操縦者が現れました!』と学園に申請して、それを受けた学園側が検査も何もせずに『ああ、わかりました。じゃあ編入させますね』ってなったんだな」

「そんな馬鹿な話が通る訳ありませんわ」

「だが、現実問題シャルルは転校してきた。馬鹿な話が通っちまったんだよ」

 

 学園側がそんな杜撰な事をしたとは思いたくないが、そうだとしか思えない材料が揃ってしまったのだ。

 だが、セシリアは他の可能性気付いた。

 そう──

 

「──学園側は、彼女が男ではないという事を承知で受け入れたのでは?」

 

 セシリアの言葉に、一夏は思わず唸った。

 ない、とは言い切れない。

 

「シャルル本人が知らないところで、学園側とデュノア社の間で何らかの話があったという事か」

「フランス政府もまず間違いなく絡んでますわ。代表候補生という肩書が何よりの証拠ですから」

 

 となると、話はますますわからなくなる。

 

「学園側……いや、織斑先生はこの事を知らないと思いますか?」

「いや、それはない。知らされてなかったとしても、俺が気付くレベルの男装なら、千冬姉が見抜けない訳がない」

 

 一夏が大きく首を横に振る。

 予め伝えられていたのであれば、千冬がその事を黙認するのは理解できる。

 逆に伝えていなかった場合でも、直ぐに見抜き学園上層部に問いただすはずだ。

 

「一夏さんの身に危害が及ぶ可能性があるのに、織斑先生が放って置く事はありませんし……」

「だが、シャルルは俺の身体が目当ての命令を受けているとも言っている以上、話が合わない」

 

 本人に知らされていない意図が、必ずあるはずなのだ。

 それが分かれば、シャルルの扱いは困らなくてすむ。

 しばらく、二人は顔を突き合わせ唸っていたが、これ以上進めなかった。

 そもそも、この考え自体も仮説だ。判断するには、情報が足りない。

 

「……千冬姉に直接聞いてみるか」

 

 なら、情報を持っていそうな人に聞けばいい。

 そして、聞くには都合がいいのは千冬だと一夏は思った。

 

「教えてくれるでしょうか」

「分からねえ。だけど、俺も正体に気付いたと言えば、何か教えてくれるかもしれん」

 

 先程まで、セシリアとした考察も合わせて伝えれば、教えてくれるような気がするのだ。

 そして、同時に一夏はセシリアに一つ頼み事をした。

 

「お前はデュノア社の事を調べられねえか?」

「他国の企業事情ですから、どこまで調べられるか分かりませんが、やれるだけやってみますわ」

 

 助かる、と一夏が笑顔を浮かべた。

 そこでふと、セシリアはラウラの事が脳裏に浮かんだ。

 彼女は、一夏を守ると言っていた。それは、あらゆる脅威から、という事だろう。

 ラウラもシャルルが女性である事を見抜いているはずだ。

 そしてそれを一夏に対する脅威だと彼女が判断し、排除しようと動く可能性があった。

 その事を、一夏に言おうか迷い──やめた。

 明日、ラウラ本人に聞けば良いと思い、セシリアはその事を胸の中に仕舞う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お前が、一人になるのを待っていた」

「ボーデヴィッヒさん……」

 

 一夏とセシリアが、話をしていた頃、シャルルはラウラと相対していた。




やめて!ラウラが軍隊経験を活かして尋問なんかしたら、既に一夏に追い込まれているシャルルの心が折れちゃう!
お願い、死なないでシャルル!あんたがここで倒れたら、本国のお父さんとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、白式のデータは盗めるんだから!

次回、「シャルル死す」。デュエルスタンバイ!


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尋問

一夏とセシリア不在回です


「──お前が、一人になるのを待っていた」

「ボーデヴィッヒさん……」

 

 一夏が出て行って、すぐだ。

 ラウラがこうして部屋に入ってきたのは。

 昼間、生徒に向けた時も威圧感を感じたが、今はそれ以上だ。

 

(ころ、される……)

 

 ラウラから放たれている気配は、紛れもない殺気だ。

 逃げないと。そう思ったが後手で鍵を閉められ、部屋からはは出られない。

 なら、窓から。

 そう思ってシャルルが視線を飛ばした瞬間──

 

「──っ!?」

「余計な事をするな。次に変な動きをした瞬間、お前を殺す」

 

 ごくり、とシャルルの喉が鳴った。

 わずかにシャルルが視線を切った瞬間に、踏み込まれたのだ。

 馬乗りにされ、喉に付けつけられたナイフを見て、シャルルの背中に冷たい物が流れた。

 

「脅しだと思わない事だ。性別を偽って一夏に近づいている事は分かっている。万が一殺してしまっても大義はこちらにある」

「……はい」

 

 最悪、殺す覚悟は出来ていた。

 それに、名分もこちらにあるとも。

 性別が違う事に気付き捕らえて学園に引き渡そうとしたが、シャルルが逃走しようとしたため、止めようとしたところ、已む無く──そういう事にすればなんとかなると思っていた。

 勿論、無罪という事にはならないだろうし、ドイツとフランスの間で何らかの問題が起きるだろうが、ラウラにとってそれが躊躇う理由にはならなかった。

 

「ISをこちらに渡せ。展開して逃げようとしても無駄だ。それよりも早くお前の喉を掻き切る。それに、もし防げてたとしてもお前がISを纏ったのは確実に学園に伝わり、先生方が駆けつける」

 

 身体を起こしつつ、待機状態の状態のISを受け取り、ラウラは突きつけていたナイフをどかす。

 ようやく、シャルルが息を吐く。

 正直、生きた心地がしなかった。

 

「シャルル・デュノア。……本名はシャルロット・デュノア。フランスの最大手デュノア社の社長、アルベール・デュノア氏の娘だが……正妻との間の娘ではなく、愛人との間に産まれた子だ。その後、父と顔を合わせることは無かったが二年前母親の死後に引き取られ、ISの操縦を叩き込まれた。──ここまでで違いはあるか?」

「ない、です……」

 

 一体、いつの間に調べ上げたのか。

 ドイツ軍の特殊部隊の部隊長という事は知っていたが、まさかコレほどとは思っていなかった。

 何より、一夏の為にここまでするのかという驚きもある。

 

「ここからは私の予想だが、一夏の存在の発覚と第三世代機の開発の遅れがキッカケで、お前は送り込まれた。愛人の子だという事が公表されていることは不思議だが……」

「ちょっとラウラ! そんな言い方無いでしょ!」

 

 すっとラウラがシャルルから離れた。

 いや、性格には鈴がラウラの腕を掴んで強引に引き剥がした格好だ。

 

「凰、さん?」

 

 いつの間にいたのか、シャルルは鈴の存在に気付いていたなかった。

 それだけ、ラウラの方に意識が言っていたという事だ。

 

「鈴でいいわ。あたしもシャルルって呼ぶから、ね?」

 

 鈴は気安い感じで言うと、袋を持ち上げる。

 今度は何が出てくるのかと身構えたシャルルに、鈴は安心させるような笑みを浮かべた。

 

「喉渇かない? 今日は暑いし、飲み物買ってきたのよ」

「そうだな。冷たい物が丁度飲みたかったところだ」

 

 言って鈴は、ホットの缶コーヒーを一本。そして、オレンジジュースが入った缶を二本取り出した。

 

「好きな方をどうぞ。私達は残った方でいいわ」

「ありが、とう」

 

 シャルルが選んだのは、缶コーヒーの方だ。

 ラウラがちらりと視線をずらすと、傍らには一夏の淹れたであろうコーヒーがカップに入っている。

 

(なるほど、こういうタイプか)

 

 細かい気遣いが出来る。

 それだけ見れば、スパイ向きの性格だ。

 しかし、この気弱さ。

 本心か、それとも、狙ってか。

 狙ってだとしたら、一夏の事をよく調べてあるという事だ。

 

「この様子だと、一夏にも、気付かれちゃってるわね?」

「あ、うん」

 

 おそらく、実習の前の移動時間で、一夏も見破っただろう。

 一夏とシャルルの間に僅かだがぎこちなさを感じた。

 それに、今こうして女の格好をしている。知られていなければ、女の格好など出来ないだろう。

 まあ、シャルルが一夏を襲おうとしていなければ、の話だが。

 

「涙の跡が見えるわね。それに、布団にくるまっていた所を考えると……一夏になにかされた? アイツは、少し熱くなる所があってね。酷い事をされたのならアタシから文句言おうか?」

 

 鈴は言いつつ、シャルルの座るベッドの対面に腰を下ろした。

 

「いや! 一夏は何もしてないから! ……悪いのは僕なんだ」

「そうなの?」

 

 鈴は出来るだけ、気遣うような、憂うような表情を意識して、ベッドに座るシャルルを見上げるように下から覗きこむ。

 だが、それに答えたのはシャルルではなかった。鈴の右側に座ったラウラが、不機嫌そうに口を挟んだ。

 

「そうに決まっているだろう。コイツはスパイで、一夏の身を害そうとした。酌量の余地は無い」

 

 ひっと、シャルルが小さく悲鳴を上げた。

 身を縮こまらせたシャルルの頭を、鈴が優しく撫でる。

 

「きっと理由が合ったのよね? その怯えた様子を見ればわかるわ。アンタには悪いことなんて出来るはずがないわ」

 

 まっすぐと、鈴がシャルルの瞳を覗き込む。

 僅かな安堵と、それ以上に罪悪感の色を感じた。

 シャルルはスパイに、乗り気じゃない。鈴はこの時点で確信を持った。

 後はラウラがどう思うか、だ。

 

「鈴、理由なんてどうでもいい。コイツが性別を偽って入学してきたのは事実だ。織斑先生に突き出すべきだ」

 

 ラウラの声音は、厳しい物だった。

 

「おっと」

 

 と、ラウラが手に持ったペットボトルを落としてしまう。

 床に、オレンジジュースがぶちまけられた。

 

「すまない。手が滑ってな」

「まったく……しょうがないわね」

 

 ため息を吐きながら、手慣れた様子でジュースを拭き取る。

 急いで吸い取ったから、跡にはならないだろう。

 

「ラウラの飲み物がなくなっちゃったわね」

「あ、なら僕のを」

「……自分で落としたんだ、自分で買ってくるさ」

 

 言いながら、ラウラは部屋から出ていく。

 あからさまに、シャルルがほっとしたような顔をした。

 

「怖かったよね? ラウラも悪い奴じゃ無いんだけど、一夏の事となると余裕がなくなるみたいでね」

 

 言いながら、座る場所を移動し、シャルルの隣に腰を下ろす。

 こちらの方が、親身に付き添っている風に見えるはずだ。

 

「ラウラが戻ってくる前に、訳を話してくれない? ラウラに話す時はあたしも助けて上げられるし、ね?」

 

 しばらく、シャルルは考えている様だったが、程なくして小さく頷いた。

 それを見て、鈴は内心で息を吐いた。

 取り敢えずは、上手く行ったようだ。

 

「えっとね……僕のお父さんはデュノア社の社長でね──」

 

 それから、シャルルはつっかえながらも、鈴に理由を話す。

 それを、鈴は黙って聞き続けた。

 

「──大変だったわね。お母さんが亡くなってから、アンタは本当に頑張ったわ」

「でも、僕は一夏を騙そうとして、でも、僕はお父さんの命令を聞くしか……」

 

 分かってるわ、と鈴はシャルルの背中を優しく擦る。

 

(あたしはまだ幸せな方なのかな)

 

 自分の周りの人は、殆どが本人の望む望まざるを関わらずISに乗せられる人が多い。

 一夏、箒、セシリア、ラウラ。そして、シャルル。

 自分の意思でISに乗れているだけ、鈴はマシなのだ。

 

「ラウラにはあたしから説明しておくわね」

 

 安堵するように、シャルルが微かに頷いた気がした。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「──終わったか」

「ええ。シャルル本人は被害者寄りね。だからと言って、完全に白とは言えない感じかな」

 

 部屋を出た後、しばらく鈴は廊下を歩いていると、すっとラウラが近寄ってきた。

 ジュースを買いに行くと言って出たラウラは、結局戻ってくることはなかった。

 それは打ち合わせ通りなのだが。

 もともと、ラウラが脅し役。そして、鈴が慰める役と別れていたのだ。

 ラウラ曰く、初歩的な尋問のやり方だそうなのだ。

 初犯、それに後ろめたいと思っている者に有効だとラウラが提案し、実行したのだ。

 これで、言わないようなら自白剤でもなんでも使うと言っていたラウラの目は本気だった。

 

「シャルルは男装して、一夏と白式のデータを入手しろと言われただけ。期間は三年間……要は在学中にやれって事ぐらい」

「……期間がやけに長いな。長く在籍すれば、その分露見するリスクが増えるだけだ。こういう任務の場合、普通は短期決戦を仕掛けるはずなのだが」

「それに、報告の義務も無いみたい。むしろ、連絡をしてくるなって言われたらしいわ」

 

 ラウラが顎に手をやって、考え始めた。

 

「本来は、もう少し準備をしてから送り込む。男装も、こんなお粗末なはずもない。連絡は最低限という事は分かるが連絡をしてくるなときたか……」

「素直にゲロったのは演技かと思ったけど……そういう風には見えないのよね」

 

 ラウラに対する怯え方。

 そして、心に迫る独白。

 あれが演技とはとても思えなかった。

 

「ああ。男のフリも下手という事も考えると、そもそも仕込まれてないのだろう」

「準備不足なのに、送らざるを得なかった事情が合ったのね。……デュノア社ってそんなにヤバいの?」

「そも第三世代機の開発が遅れている責任を押し付けられそうだってのは小耳に挟んではいるが」

 

 とはいえ、ラウラもそこまで他国の事情を知っている訳ではない。

 シャルルの事を調べたのも、自分の部隊を使ってだ。

 一日で本名や出自までたどり着いたのは流石だが、それ以上は調べられなかった。

 

「そう」

「どうした。何か気になる事でもあったか?」

 

 興味なさげに鈴が呟いたのをラウラが目ざとく気付いた。

 シャルルの事で何か気になる事でもあるのかとラウラは思ったが、鈴はもうそんな事はどうでも良かった。

 

「アンタってさ、どうしてISに乗ってんの?」

「どうした、いきなり」

 

 ラウラの表情には、困惑の色。

 突然、こんな事を言われたらこの反応も当然だろう。

 

「どうして、と言われてもな……私の場合は、生まれながらの兵士だ。その為の存在だから、としか答えるしかないな」

「だよね」

「だからとて、同情はいらん。一夏を筆頭に、そういう者は意外といるな……っと本当に、どうしたんだ」

「や、あたしはまだ幸せだなって。自分の意思でIS操縦者になるって決められたんだから」

 

 鈴らしくない。

 ラウラは率直にそう思った。

 シャルルとの話はそれだけ精神に来てしまったか。

 

「私と役割を交代するべきだったかな?」

「あはは。何その冗談」

 

 ラウラとしては、真面目に言ったつもりだったが、流されてしまった。

 適材適所の配役だと思った。しかし、精神的負担が大きいのは鈴の方だ。

 やはり、軍人の自分が全てやるべきだったとラウラは少しだけ後悔の念を覚えてしまった。




一応、キャラごとにイメージはまとめてあります
ちょっと大人枠:一夏、セシリア
格好いい姉御枠:鈴、ラウラ
不憫枠:箒、シャルル


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すり合わせ

フランスをイタリアと間違えました
3人くらいに指摘され、悶えました


「別に、送ってもらわなくても良かったんだけどな」

「わたくしが送りたいと思っただけですから、お気になさらず」

 

 話を終えた一夏は部屋に戻ろうとしていたのだが、セシリアが送ると言って聞かなかった。

 男が女を送るという話はよく聞くが、逆は中々無いなと一夏はぼんやりと思った。

 と、一夏は前から歩く二人組に気付いた。

 

「珍しい組み合わせだな」

「そちらは、いつも通りだな」

 

 違いない、と一夏が笑みを浮かべた。

 にしても、本当に珍しい組み合わせだとセシリアは改めて二人に目を向ける。

 鈴とラウラが二人でいた所を、セシリアは今まで見たことはあまり記憶に無い。

 

「一夏さんに御用でもありましたか?」

「さて、な」

 

 肩をすくめて見せるラウラ。

 はぐらかすような態度に、一夏は引っかかりを覚えた。

 

「そう隠すなって。シャルルの事だろ? まあ、気になる存在だよな」

「気付いてたの?」

 

 思わず、という風に口を挟んだ鈴の言葉に、一夏はやはりなと自分の考えが当たったと確信した。

 おそらく、二人もシャルルの事を知って話を聞きに行ったのだ。

 自分がいないタイミングだったのも、偶然ではなく狙ってだろう。

 が、しかし、だ。

 

「あんまり素直に認めるのはどうかと思うがな。俺の口が軽かったら喋りまわっている所だぞ?」

「それは、ごめん……」

 

 ふと、一夏は鈴の顔に何処か影があるのに気付いた。

 そもそも、軽くカマをかけただけで引っかかるのも鈴らしくなかったのだ。

 

「おい、鈴。お前大丈夫か?」

「や、別に大丈夫だから。気にしないで」

「大丈夫じゃねえだろ。シャルルとの話でなにかあったか?」

 

 いつもは、快活な鈴だが、今はその気配はない。

 重い空気のところで空気を読まずはしゃぐという事はしないが、それでも沈みすぎない丁度良い塩梅で場をもり立てる事が出来る。だから今の鈴に一夏は違和感を抱いたのだ。

 

「……なんでそういう事は分かるのよ」

「それが一夏さんですから」

 

 ぶすっとした様子の鈴にセシリアが苦笑い混じりに答える。

 一夏が鈍いのは、恋愛方面だけなのだ。

 それ以外は、むしろ気遣いの塊だ。

 

「ホントに大丈夫だから。今はシャルルの話でしょ?」

「……なら俺はもう何も言わねえけど、無理はするなよ」

 

 それだけ言うと、一夏はラウラの方を向く。

 

「で、お前らは俺が部屋を出てすぐに乗り込んだって事か」

「ああデュノアの思惑がわからない以上、お前の側に置いておきたくはないからな、軽い尋問はさせてもらった。その結果、問題はなさそうだから放っておいた」

「可愛い顔してエッグい事してたんだなお前……つーか軍人って尋問なんかも出来るのか?」

「受ける側だが、尋問の訓練があるからな。その知識を参考に尋問を行っただけにすぎん。プロが必要なら用意するが?」

「そんな事しなくていいから」

 

 一夏からすれば、まさかこれほど早く動くのかと驚いていた。

 しかし、ラウラの想いを知っているセシリアからすれば、意外でも何でもない。

 先にラウラに声をかけるべきだったと思ったが、セシリアが思っていた以上にラウラは冷静だった。

 話の聞き役を鈴にさせた所をみてもそうだろう。

 なら、考えるべきはこれからのシャルルの扱いか、とセシリアは思考を切り替える。

 

「一夏さんは、デュノアさんを追い出すつもりはないのですわね?」

「ああ。俺はどっちでもいいけど、お前と話した様に学園側が認知している可能性もあるからな」

 

 ただ単に、情にほだされた訳ではなさそうでセシリアとしては安心した。

 そして、その言葉で、鈴とラウラも大凡の事を察する事ができた。

 

「……なるほどね。学園側ってより千冬さんが見逃すハズがないわ」

「いや、学園としては跳ね除けたかったが、フランスとデュノア社に対して断りきれなかったという可能性もある。決めつけるのは危険だ」

 

 意見が傾かない様にとの配慮で、ラウラは敢えて苦言を呈す。

 一夏はどうかわからないが、鈴に関しては少しだがシャルルに同情している節を感じたからだ。

 

「それに関しては、明日にでも千冬姉に聞いてみようと思う」

 

 一夏の言葉に、それが良いとラウラは頷く。

 当事者だし、姉弟というのも大きい。

 理由を教えてもらうところまで辿り着けるかは微妙だが、行動の指針くらいは教えて貰えるだろう。

 

「現時点で行動を起こしているのは私達だけだ。だが、あまり時間はかけられんぞ」

 

 生徒たちも、正体に気付くのは時間の問題だ。

 そして、気付いてしまえば追い出そうという動きも出かねないのだ。

 IS学園の生徒は優秀な者が多く集まっている。それに、ここにいる者達以外にも代表候補生は存在する。

 確実に気付かれるだろう。手を打つにしても、速いに越した事はない。

 それに、懸念事項は他にもある。

 

「内容が話しづらかったのもあるが、お互いに連絡を取り合ってなかったのは不味かったな。必要以上にデュノアを追い詰めてしまったかもしれん」

 

 一夏に詰められ、その後はラウラに脅された。

 今現在のシャルルの精神状態は、最悪な物だろうというのは容易に推測できる。

 

「悪い。俺は昼間もやっちまってる」

 

 一夏はバツの悪そうな表情を浮かべ、唇を噛んでいた。

 思い返せば、更衣室で問い詰める必要はなかったのだ。

 胸の奥にしまっておき、放課後に部屋で話せば良かったが、それを出来なかった事は、素直に失策だと思えた。

 

「いや、二人の間に何かがあったのは察していた。そのままにしておいた私にも問題はある」

 

 ラウラも申し訳な下げにしているが、今はそういう話をする場ではない。

 今話すべきは、これからのシャルルの扱いの話だ。責任の押し付け合いではないのだ。

 場の空気を変えるべく、セシリアは一度大きく手を鳴らした。

 

「話を戻します。デュノアさんの扱いはこれまで通りでよろしいですわね?」

「ああ。……向こうは、俺に対してこれまで通りって訳にはいかないかもしれんが」

「私もだな。必要以上に怖がらせてしまったのは否めん」

 

 ラウラはまだいいが、一夏の方は問題だろうとセシリアは思った。

 せめて、表向きは仲良くしてもらわねばならない。

 二人しかいない男の操縦者同士が、ギクシャクしているのは不味いのだ。

 

「おそらく、鈴さんにはある程度心を開いていますわ。それにわたくしも、彼女に何もしてませんし、嫌われてはいないと思います。一夏さんとデュノアさんが話す際は出来るだけ一緒にいてフォローしましょう」

「わかったわ。──シャルル泣かすと承知しないわよ一夏」

「なんで俺に矛先が!?」

 

 しかし、一夏はシャルルを既に二回泣かせている実績がある。

 大手を振って文句を言える資格はなかった。

 

「昼間はそれでいいとしても、問題は夜だよなあ……」

 

 一夏が、ポツリと漏らした言葉に、妙に弛緩した空気が流れた。

 いや、一夏はふざけている訳でもないのだが、どうしても仕方がない。

 

「女と一緒に寝るってだけでも苦痛なのに、苛めた相手だぜ? お互いの精神が保たんぞコレ」

「泣き言言わない。男の子でしょ?」

「男だから困ってんだよ! いや、アイツは女だけどな!?」

 

 だったら、とセシリアが口を開く。

 

「わたくしは何時でもウエルカムですわ」

 

 言外に、部屋に来ても良いと伝えたが、一夏は呆れた様子で肩をすくめて見せた。

 

「同室の奴はどうするつもりだ」

「外で寝てもらいます」

「マジでそのうち刺されるぞお前!?」

 

 外で寝るのが苦痛ではないとしても、限度はある。

 これからは梅雨の季節だし、と思ったところで一夏は大きく頭を振る。

 なぜ泊まる前提で話しているのだ、と。

 

「大体だ、お前と同じ部屋で寝たってのがみんなに知られたりしたら、それはもう取り返せないレベルで噂が固まっちまうぞ!?」

「わたくしは構いませんが」

「俺が構うんだよ!」

 

 セシリアの開き直りに、一夏はとっては不思議でしょうがなかった。

 下手な男より男前である。

 だが、男顔負けな女性が、ここには他にもいるのだ。

 

「なら、私の部屋に泊めてやろうか?」

「まあ、お前ならまだマシか……」

 

 苦笑い混じりにラウラが助け舟を出す。

 転校生組とあって、ラウラは現在一人部屋である。

 同室の心配はしなくていいのだ。そう考えると、現実的に思えた。

 

「その反応は少し傷付くな。私も一応、女だぞ?」

「あ、いや、すまん」

 

 少し頬を膨らめたラウラと、しどろもどろになりながら謝る一夏のやり取りに、セシリアは胸がざわつくのを覚えた。

 そして、以前放課後に話した内容がフラッシュバックする。

 恋人になれば、色々が都合が良いと言っていた事を、だ。

 

「……おい。なんか怖え顔してるぞお前」

 

 一夏の声ではっとする。

 ラウラと鈴の方を見ると、なんとも言えない顔をしていた。

 

「大方、ラウラとの間になんかあると思ってんだろうが、何もねえよ」

「いえ、別にわたくしはそんな事は」

「下手な嘘を付くんじゃねえ」

 

 言い訳がましく言ったセシリアのセリフは、バッサリと切り捨てられた。

 そして、一夏はどこか別の方を見ながら頬を掻く。

 

「まだ、確かめてる最中なんだよ。もう少し待っててくれ」

 

 あ、とセシリアが言葉を漏らす。

 いつかの保健室で交わした言葉を思い出したのだ。

 

「すみません。わたくし……」

「いや、不安にさせた俺が悪かったんだ。悪い」

 

 お互いに視線を合わせる事なく、所在なさげに視線をウロウロと飛ばす。

 どこか、甘酸っぱい空気が流れていた。

 

「……ねえ、あたしらは何を見せられてるの?」

「……知らん」

 

 それを、鈴とラウラは蚊帳の外で見せらてたのだから、たまった物ではないだろう。




そろそろバトルシーンを書きたいです
このままいくとシャルル君がISを展開して大脱走するとかいうハチャメチャな展開を書きそうです


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ちょっと大人な一夏くん

独自解釈多めです


「千冬姉。話がある」

 

 代表候補生組と話し合った翌日の夜、一夏はこうして千冬の部屋を訪ねていた。

 

「学校では織斑先生と呼べと言いたいところだが……まあ、今日は許そう」

 

 一夏の表情を見た千冬は、何を聞きに来たか悟った様で、素直に部屋に上げる。

 

「……意外に、綺麗にしてるんだな」

 

 部屋に入った一夏は一瞥すると、そう呟いた。

 綺麗に、と評価しているが服は脱ぎっぱなしだったり、ビールの空き缶がゴミ箱から溢れていたりと、お世辞にも褒められる部屋ではない。

 だが、自宅の惨状を知っている一夏からすれば、これでも片付いている方なのだ。

 

「で、話ってなんだ? オルコットと付き合う事にでもなったか?」

「待ってくれ千冬姉。俺、結構シリアスな感じで来たよな? どうしてそんな話になったんだ?」

「何を言う。唯一の男性操縦者が、イギリスの代表候補生と付き合う事になったんだ。大変なのはこれからだろう? その相談に来たとなれば、深刻な顔になるのも当然だ」

 

 うんうんと一人頷く千冬に、一夏はどこからツッコムか悩んでしまった。

 というか、その場合は間違いなくセシリアも連れてくるつもりである。

 

「聞きたいのはシャルルの事だよ」

 

 何時もなら、冗談の応酬に付き合っただろうが、今はその余裕はない。

 持ってきたコーヒーを注ぎながら、一夏は言葉を続けた。

 

「アイツ、女だろ」

「ほう」

 

 一夏から見て、千冬の表情に変化はない。

 いや、少しだけ口角を上げている。

 

「話をする前に、一つだけいか?」

「ああ」

「お前はどうしてデュノアの面倒に首を突っ込もうとする? 放って置いても文句は言われないから、放っておけ」

「どうしてって言われてもな……」

 

 建前は色々と考えつく。

 だが、姉の前でそれで良いのかと一夏は思い直した。

 

「今の世の中だと時代錯誤って思われるだろうけど、泣いてる女の子を放って置くのは俺には出来ないんだよ。男はやっぱ女の子を守るべきだと思う……ってのは男尊女卑かな?」

 

 まあ、泣かしたのは一夏自身なのだが。

 いや、原因はデュノア社で俺は悪くないと自身に言い聞かせる。

 

「確かに時代錯誤もいいところだな。それに、その理屈で言えば私も守ってもらわないとな」

「そいつは難しいな」

 

 あっはっはと、誤魔化す様に一夏は笑う。

 世界最強の千冬を守るとはどんな冗談だろうか。

 むしろ、こちらは守ってもらってばかりだ。

 

「セシリアと話してな。俺等は学園側も了承した上で、シャルルを受け入れたという結論に達した。だから、理由を聞かせて欲しくてここに来た」

「ふむ……」

「それに、鈴とラウラも気付いている。感の良い奴らもそのうち気付くと思う。学園側がどういう意図で受け入れているのか。それを知れば俺達の動きも合わせられる」

 

 言いながら、千冬は一夏の淹れたコーヒーに口を付ける。

 しかし、セシリアと一緒に考えたとは言え、良くこの結論にたどり着いたものだと素直に思った。

 一夏は、下手に動く不味さも弁えこうして相談に来たのだろう。

 これなら話しても問題ないと千冬は思った。

 

「デュノア、だとややこしいか、シャルルの転校……いや、保護はデュノア社からの依頼でな」

 

 やはり、と一夏が呟いた。

 予想していた事だからか、動揺した気配はない。

 保護、という言葉に眉を寄せた程度だ。

 

「保護が目的だったら、別に男である必要はねえだろ」

 

 一夏の言う通りだ。

 むしろ、女のまま入学してくれた方が学園側の調整もなく安易に入る事は出来る。

 しかし、シャルルの肩書がそれを否定している。

 

「代表候補生って事は国も絡んでる筈だ。どうしてフランスがこの話に乗る?」

 

 良く視えている。

 千冬は、一夏にこうなって欲しく無かったから、ISから遠ざけていた。

 だが、現実問題、一夏は知らなくて良いことまで知ろうとしている。

 そして、今の一夏を誤魔化すことは出来そうに無いことも悟ってしまった。

 

「デュノア社の問題は二つだ。シャルルと、第三世代機の開発だ」

 

 そこで、千冬は一度息を吐く。

 言い難い事だろうかと、一夏が身構える

 

「シャルルは正妻との間に産まれた子ではない。愛人との間に産まれた子だ」

 

 これまで、ほとんど表情を変えなかった一夏の顔が険しい物になった。

 ラウラから聞かされていたとはいえ、ハッキリと明言されるとやはり受け止め方は変わってくる。

 

「デュノア社は世襲制だ。しかし、現社長と妻の間には子供がいなくてな。永らく、後継者の事が問題になっていた。……が、そこにシャルルという存在が浮上した」

「アイツを跡継ぎにするつもりか。愛人の子供って事はそれまではマトモに扱ってこなかっただろうに、途端にそれか」

 

 一夏が吐き捨てるように言う。

 それを千冬は咎めるように首を振る。

 

「誤解するな。現社長に後を継がせるつもりはない。だが、周りはどう思う? 会社を狙うものがシャルルを旗印に担いだらどうする? それに、シャルルさえいなければという者も現れるだろうな」

 

 落ち目とは言え、世界を代表するISメーカだ。

 内部にも、外部にも社長の椅子を狙う者は多い。

 そういった者達にとってシャルルは疎ましく思う存在であり、喉から手が出る程欲しい人材であったりもする。

 

「それを守るために、デュノア社……というよりは社長だな。彼は何処よりも保護するのに向いているIS学園に送り込もうと画策した」

「特記事項、か」

 

 一夏が記憶を探り呟く。

 特記事項は学園内にいる限り、いかなる組織も介入する事は出来ない事を記している。……無論、抜け道が無いとは限らないが。

 しかし、これら全てデュノア社の問題だ。

 フランスは何一つとっても関係ない。フランスを巻き込んだ理由がある。

 

「フランスとしても、第三世代機の開発は急務。それに……お前の存在はどこの口も喉から手が出る程欲しい存在だということは分かっているな?」

 

 

 

「だから、シャルルに命令した。俺に接近しろ、白式のデータを盗め、と。──実際、送り込む理由になれば何でも良かった訳だ」

 

 杜撰な男装も、そういう理由があってだろう。

 目的がデータを盗む程まで親密にさせる事なら、もっと手の込んだ男装をさせる。

 だが、目的がそもそも違うのだ。

 学園に入ることだけが目的なら、そこまで男装に力を入れなくてもすむ。

 

「男性操縦者、それも国家代表候補生となれば疎ましく思う者も安易に暗殺という手は取れない。フランス政府に対しては、白式のデータを盗ませて第三世代機の開発を加速させる為に、という風な事でも言ったのか」

 

 言いながらも一夏は、デュノア社の動きに舌を巻いていた。

 言葉にすればこれだけだが、よほどの手腕がなければ実現させることは不可能だった筈だ。

 

「デュノア社はシャルルの在学中に全ての片を付けるつもりらしい。反体制派の粛清と第三世代機の開発をな」

「反体制派を粛清すれば、シャルルの命は守られる。第三世代機の開発をすれば、フランス政府にも文句は言われない」

 

 在学中と言っても、三年もないだろう。

 長く見て一年。もしかしたら年内には形にしなければ厳しいだろう。

 だが、それだけの覚悟は決めているのだと一夏にも容易に想像できた。

 

「その事を知っているのは?」

「学園長と私。あとは僅かな教員だけだ。フランス側も、最小限の人数だけだと聞いている。反対派が性別すら把握していなかったからこの計画を強行したらしい」

 

 それでも、何時まで粘れるかわからない。

 が、その時は特記事項を盾にするつもりか。

 しかし、一夏は他に気になる事もある。

 

「でも……だったらそれをシャルルに伝えてやれば良いじゃねえか」

 

 シャルルは明らかに追い込まれている。

 追い込んだのは一夏達だが、それでも本人が事情を知らされていれば、精神的に余裕が生まれたはずなのだ。

 

「確かに、本人に話した上で予定通り計画が達成するのがベストだ。だが、第三世代機の開発に失敗したら? フランス政府は責任逃れの為、デュノア社を徹底的に追求するだろう。その時、シャルルが全てを知って動いたのであれば共犯者になってしまう。だが、知らなかったとすれば話は別だ。命令され、強要されていたと逃げられる。言い換えれば、シャルルの罪を軽くする事が出来る」

 

 学園にシャルルの話をしに来たアルベールの姿を、千冬は思い出していた。

 それは、我が子を思う父の姿そのものだった。

 本来は、千冬としては頷ける話ではなかった。

 だが、一夏を危険から遠ざけるため、ISに触れさせない様にしていた事や、誘拐された時に、一夏を救うために国を捨て、無茶をした事。

 それがあったからか、共感してしまったのだ。

 

「──わかった。なら、俺は何もしない」

 

 しばらく、黙っていた一夏がポツリと呟いた。

 それを聞いて、千冬は内心でホッと胸を撫で下ろす。

 この場合、何もしないというのが、一番ありがたいのだ。

 

「シャルルに本当の事を言いたいけど、アイツの為にならねえ。それどころか、迷惑をかける事になるんだろ」

「ああ、そうだ」

 

 誰よりも優しい一夏が、そうすることが一番良いと頭では分かっていたとしても、何もしないという選択を採るしかない現実は、相当な苦痛なはずなのだ。

 しかし、自分がどう思うかではない。シャルルの為に一夏は何もしない事を決めた。

 それが、千冬にとっては嬉しかった。

 

(……本当に、大人になった)

 

 立場が変わったからか。知らなくてもいい世界を知ってしまったからか。

 或いは、その両方か。

 一夏の成長した姿に、千冬は思わず目頭が熱くなるのを感じた。

 もしかすれば、これが子供の成長を見守る親の気持ちという事か。

 

(いかんな、コレは)

 

 これ以上はみっともない姿を晒しそうだ。

 千冬は誤魔化す様に一夏の頭を乱暴に撫でる。

 照れたような笑みを浮かべた一夏をみて、千冬はまたなんとも言えない気持ちを抱く。

 

「一夏。話は終わりだ。──明日も早いぞ、織斑。寝坊はするなよ」

「千冬姉、話してくれてありがとう。──分かりました、織斑先生」

 

 そう言って、頭を下げ再び顔を上げた一夏の表情は、生徒のソレに戻っている。

 少し、寂しいなと千冬は思った。



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シャルル・デュノアの憂鬱

「はあ……」

 

 食堂で夕飯を食べていたシャルルが、ため息を吐いた。

 一緒に食事をしていた一夏や鈴、それにセシリアがちらりと視線を向けたが、それだけだ。

 何を言うでもなく、三人は食事を再開したが、シャルルは動かない。

 

(お腹、あんま空いてないや)

 

 今度は、声に出さず呟く。

 食欲などなく、シャルルは手に持っていたフォークをそっと下ろした。

 最近、どうにも食事が喉を通らないのだ。

 

「はあ……」

 

 また、ため息が漏れる。最近、ため息を吐く回数が増えているなと、妙に客観的に思った。

 シャルルがIS学園に入学して一週間が経とうとしていた。

 彼女の表情は少しずつだが陰り、心なしかやつれて来てもいる様にも見える。

 シャルルとて、楽しい学園生活が待っているとは思っていなかった。むしろ、デュノア社からの命令と、男装しなければならない事から乗り気ではなかった。

 そこにきて、初日に一夏に正体を見抜かれ、その後ラウラと鈴にも立て続けに正体を見抜かれてしまったのだ。

 特に、一夏とラウラに対してはっきりと苦手意識を持ってしまい、その上男装している関係上常に付き合わなければならないというのが、よりシャルルの負担になっていた。

 

「──ご馳走さま。俺は部屋に戻るわ」

 

 居心地の悪さからか、残ったご飯をさっさと口にかきこむと、一夏が席を立つ。

 今度は、ホッとした様なため息がシャルルから漏れた。

 

(大分、嫌われてんなコレ)

 

 背を向けた一夏は、シャルルのため息を感じとり、そんな感想を抱いた。

 無理もないとも思っているので、一夏が気を悪くすることはないが、今のままで良いかと言ったら、そうではないのだ

 

(どうにかしねえと不味いよな……)

 

 食器を戻しつつ、さり気なく周りを見渡すと、サッと顔を背けた生徒が何人もいる。

 やはり、男が二人いると目立つ。

 それだけなら良いが、注目を集めているのは、別の理由もあった。

 

「……あの二人なんかあったのかな?」

「……デュノアくんの感じ見るに織斑くんがなんかしたんじゃないの?」

 

 本人達は隠して話しているつもりだろうが、一夏の耳にはしっかりと届いていた。

 内容は一夏が危惧した通りの内容だ。

 一夏とシャルルの気不味けな雰囲気をしっかりと感じとっている。

 本人達は意図した訳ではないが、ある意味では事実を口にしているのも厄怪な所だ。

 

(本当、面倒な事になったな)

 

 それも、事態をより混乱させた原因なのが自分だと分かっているので、その事が一夏をげんなりとさせた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「アンタねえ、ビビリすぎよ」

「だって……」

 

 一夏が食堂を出て行くのを見届けた鈴が、シャルルに向けてジト目と共に言葉を投げる。

 しかし、シャルルからすればどうしても抵抗はあるのだ。

 着替えの際に問い詰められた時の一夏の目の冷たさ。

 そして、夜に感じた男を感じさせる恐怖。

 アレは確かめるためにわざとそう振る舞った。そう言われても感情が先立って納得するのは難しいのだ。

 

「その分だと、早々に皆さんにもバレそうですわね。折角一夏さんが黙っていて下さるのに」

「セシリアもそういう言い方しない」

 

 そして、生活が長引くにつれてセシリアの方も余裕は無くなっている様だ。

 想い人が、女性と同じ部屋で生活しているというのは、辛いのだろう。

 もし、鈴がまだ一夏を好きだったら同じ感情を抱いていたに違いない。

 

(ヤバい。本当に面倒よコレ)

 

 シャルルだけでも面倒なのに、セシリアもとなるとキャパオーバーだ。

 ラウラが居れば、とも思うがそうすると今度はシャルルが大変な事になりそうだ。

 取り敢えず、鈴はセシリアの方は置いておき、目下の課題に目を向ける事にした。

 

「まあ、セシリアの言い方はどうかと思うけど、シャルルは振る舞い方をもう少し意識しないとね」

 

 男装を知られている人がいるとわかったからなのか、精神的に余裕が無くなってきたからかはわからないが、ただでさえ杜撰だったシャルルの男装が、より酷くなってきている。

 今もテーブルの影に隠れているが、座っている足は内股に座っている始末だ。

 

「もう少しどうにかなんないの?」

「どうにかって言われても……」

 

 初日は貴公子ぶりが板についていたとセシリアが証言している。

 なにせ、一緒に昼食を食べて欲しいと大挙してきた生徒に向けて『僕のような者の為に咲き誇る花の一時をを奪うことはできません』等と言ったのだから。

 一夏のエセキザっぷりとは格が違ったらしい。

 鈴としては一夏のキザったらしい言い回しがどんなのだったかも気になるが、シャルルはやろうと思えばそういう振る舞いも出来るのだから、最低限のレベルを保ってもらわねばこちらもサポートしきれないのだ。

 

「取り敢えず、そのオドオドした態度はやめなさい。一夏みたいに堂々としてろとは言わないけど」

「う、うん。やってみるね」

「その返事からして、もう心配だわ」

 

 大げさに頭を抱えてみせると、シャルルはあははと乾いた笑い声を上げる。

 まあ、空元気でも笑えるならまだ大丈夫だろう。

 と、シャルルが「ずっと気になってたんだけど」と切り出す。

 

「どうしたの?」

 

 シャルルが自分から話題を振るのは珍しい事だ。

 セシリアも何を言うのか気になるのか、食事の手を止めた。

 

「オルコットさんって一夏の事が好きなの?」

「ええ、まあ」

 

 それがなにか? と言わんばかりのセシリアに、シャルルが呆けたような顔をした。

 聞いといてその反応はとも思うが、ここまで堂々とされたらシャルルの反応もやむなしだろう。

 

「……どこが良いの?」

「デュノアさんはよほど一夏さんの事が嫌いですのね」

 

 普通は、こういう会話になった時は「どこが好きか」と聞く。

 シャルルの言い方は、まるでダメ男に惚れた人に対する言葉のソレだ。

 これでもまだ、オブラートに包んである方だろう。

 シャルルがもう少し前に出れる性格なら「あんな男なんか碌でもないよ!」とか言いそうな勢いだ。

 

「どこが良いかと言われたら……どこでしょう?」

「一夏が泣くわよ、ソレ」

 

 思わず、鈴が口を挟む。

 一夏の良いところなど、簡単に見つけられるのだから。

 

「まず、見てくれが良いわね。料理も出来るし……普段は大人っぽい癖に時たま見せる子供みたいな所もグッとくるわね」

「よくそれだけスラスラと出て来ますわね」

「出てこないアンタが異常なのよ」

「でも、どうせならありきたりな言葉ではなくて、わたくしだけが知っているような事を言いたいですわ」

 

 セシリアはそれっぽい事をそれっぽく言ってはいるものの、結局思いつていない。

 だったらまだ、一夏のここが好きだとはっきり言う鈴の方がマシだろう。

 

「えっと……鈴も一夏の事が好きなの?」

「まあね。正しくは──好きだった、だけど」

 

 とか言いつつも、一夏に告白されたらOKする程度には未練はあるが。

 しかし、一夏から告白される事は無いだろうなとも思っている。

 

「なんで一夏の事が好きだったの?」

 

 やはり、シャルルはそれが気になるようでしつこい程に聞いてくる。

 見方を変えれば、歩み寄ろうとしているのかと思い、鈴は好きだった頃の話をしようと思った。

 

「シャルルは意外かもしれないけどさ。基本一夏って困ってる人を放っておけないのよ」

「そうなの?」

 

 シャルルの顔は信じられないと言わんばかりの表情だ。

 無理もない、と鈴は素直に思った。アレだけ、冷たくされたのだから。

 だが、一夏の本質はそうではないのだ。

 

「あたしが一夏に会ったのは小4の時かな。あたしが中国からの転校生って事もあって、結構イジメられてたんだけど、一夏がそれを助けてくれたのよ。──主犯格と殴り合いの喧嘩。それはもう、大変な勢いのね」

 

 教室の中は滅茶苦茶。

 そう言えば、相手側は椅子などを投げつけていたが、一夏はそういう事はしなかったなと鈴は思い返した。

 変わってしまった今でも、一夏はそういう事はしなさそうだ。

 

「それこそ、意外ですわね。一夏さんって手を出すよりも先に弁舌でどうにかしそうなタイプですし」

「私や箒からすると今の姿の方が意外なんだって。変わったのはそうね……千冬さんがドイツに行くことになった頃かな」

 

 それまでの一夏は、良くも悪くも無鉄砲な所があった。

 無茶ばかりするものだから、それが原因で千冬に頭を下げさせる事もあった程だ。

 それこそ、鈴を助けた際も、教師に見つかり、千冬は教師に呼び出され謝っていた。

 当時は、自分を助ける為に立ち向かったのに、なぜ一夏が怒られているのだとも思ったが、今なら分かる。

 イジメていた側の恨みが、鈴にいかない様にしていたのだ。下手に鈴の名前を出したらどうなるか、そう考えて一夏は黙って受け止めていたのだ。

 

「これ以上、千冬さんの手を何時までも煩わせられないって言ってたのを覚えてるなあ……実際、それから大人びて見えるようになったし」

 

 その前に、誘拐されたとかでそれまでの明るさがまるっきり消え失せたのもあるが……鈴はその事を言うつもりはなかった。

 シャルルに話せば、同情心を煽られるだろうが、一夏の望む所では無いだろうと思ったのだ。

 誘拐されたショックで大人しくなったとも思ったが、もしかしたら一夏の言葉そのままで、千冬という姉から自立するために大人になろうと思ったのかも知れない。

 

「ま、あたしもその後直ぐに転校しちゃったからよく知らないけどね」

 

 再会した時、鈴は一瞬だが自分の目を疑った。

 それだけ、一夏はさらに大人になっていたのだ。

 纏う雰囲気は中学の頃より落ち着きを増していた。

 

「ごめん。なんか私が一夏を好きになった話から結構逸れちゃったけど満足?」

 

 苦笑しながら鈴は話を終えた。

 殆どが一夏の変化についての話になってしまったが、セシリアは一夏の過去を少しだが知れて満足そうだ。

 それに、シャルルも気にした様子はなく首を横に振る。

 

「そんな事ないよ。一夏の事少しは分かった気がするし」

「そう。なら一夏の事好きになれそう?」

「……それはまあ、ノーコメントで」

 

 困ったように笑うシャルルに、と鈴は内心でため息を吐く。

 コレばっかりは一夏のやり過ぎなので、仕方がないだろう。

 

(根深いなあ……)

 

 表面上は付き合い易そうな(タチ)に見えるが、意外と、根に持つタイプかも知れない。

 

(昔の一夏なら、もっと寄り添ってあげてたのかな)

 

 今の一夏が、シャルルに対して冷たいとは思わない。

 シャルルに対して、同情していない訳ではないのだ。

 むしろ、どうにか出来ないかと動き回ってすらいる。それこそ、デュノア社や学園の思惑まで考え、千冬から本当の狙いを聞き出すことにも成功している。対応としては、満点に近い。

 昔の一夏、それこそ鈴をイジメを救ってくれた頃の一夏なら、ここまで器用に立ち回れていたかと聞かれると、まず間違いなく不可能だと言える。

 だが、その頃の一夏ならシャルルをここまで不安にさせる事もなかった、とも鈴は思うのだ。

 デュノア社や学園など、広い視点で物事を見ることはなく、あくまでもシャルルだけ(・・)に気を回す筈だ。

 シャルルを慰め、デュノア社に怒り、具体策は無いだろうが『俺がどうにかする』とシャルルに寄り添っていただろう。

 そしてそれは、シャルルにとって何よりも嬉しい存在だろう。頼もしく感じる事だろう。

 

(ままならないわね……)

 

 一夏がシャルルを切り捨てているのなら、まだいい。一夏も気にすること無く、事務的に接するだろう。

 だが、一夏はシャルルに対して気を病んでいる。だからこそ、二人のすれ違いが鈴にとっても辛かった。




ちょっと前にあとがきでキャラのイメージを書いたんですが、もうちょっと補足したいなと思ってキャラ設定を書かせて貰います。
皆、性格変わってますが、原作からまったくかけ離れた成長ではなく、あくまで原作ベースにこの境遇ならこういう路線もあり得たな、と判断したのです。

ちょっと大人枠:一夏、セシリア
共に両親不在ですが、頼れる存在が近くにいた事が大きいですね。
一夏なら千冬
セシリアならチェルシー
後は、理由付けがしやすかったのも大きいです。
一夏は元々千冬に迷惑をかけたくないと思ってました。なので誘拐されたことで、千冬の名声にを傷付けた事を気に病んでしまいました。
セシリアは家を守らないと、という義務感に駆られてましたので、そこら辺の想いを強化しました。
まあ、こういう理由でちょっと大人な視点を持とうとしている訳ですね。

格好いい姉御枠:鈴、ラウラ
鈴の両親は離婚したとは言え、どちらも健在ですので、ISヒロインズの中では一番環境が良いですね。それに本人の性格的にも、姐さんキャラになれるなと判断しました。
ラウラは一見、不憫枠に入りそうですが、こちらは千冬という存在に救われています。
原作も、千冬に対する感謝と恩義は相当な物を書かれてますので、この辺を強化しました。
基本ラウラってヒロインじゃない場合は妹枠になる事が多い中、どちらとも違うルートを歩んだラウラは稀有な存在かもしれません。

不憫枠:箒、シャルル
いやもう、本当にファース党とシャルロッ党の皆様ごめんなさいとしか。
全員が全員大人になってちゃ物語にならねえよというメタ的な理由はありますが、彼女らは上四人と違い、原作と変われる要素がなかったのです。
箒だけは暴力要素を抜いている(暴力ヒロインが嫌い)ってのもあって僅かだが大人になってますが、シャルはどうしようもない。
愛人の娘、デュノア社のアレコレ。そういった事情にテコ入れは難しいと判断した結果、原作よりも不憫な扱いに……。
基本二次創作だと一夏はシャルに同情して惚れさせるムーブが多い中、今作の一夏は彼女に辛く当たるというこれまた稀有な例を見せつけてくれました。


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幕間 クラスメートと戯れるラウラちゃん

お久しぶりです。
本編の続きを期待しておられた方は申し訳ないですが、今回は本編から離れたゆるーい感じの日常です。
ここんところシリアス続きで書いているこっちも重くなったのもあるので、箸休め的に書いてみました。


 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍人である。

 故に、IS学園に通ってはいるものの、授業などの必要はあまりない。

 ISの基礎的な物はとっくに叩き込まれているし、戦い方や銃火器の扱い方など言わずもがなである。

 それでも、授業をサボるつもりがないのは、さすがドイツ人の気風と言うべきところか、あるいは本人の気質が大きいのか。

 

「ボーデヴィッヒさん! 今いいかな?」

「ん、ああ。どうした?」

 

 ノートで顔を隠すようにして聞いてきたクラスメートに、ラウラは顔を向ける。

 要件を促された生徒──相川はおずおずといった感じで口を開く。

 

「さっきの授業でわからない事があって……」

「なるほどな。ここで躓くということは、その前段階からわかっていないのではないか?」

「……実はそうでして……」

 

 しょんぼりした風の相川に、ラウラは安心させる様に肩を叩く。

 

「安心しろ。この私が教えるんだ。嫌でもわかるようになるさ」

「あ、ありがとう!」

 

 途端にぱあと表情を明るくさせた相川が、ノートと教科書を広げ、「ここがね」と話をしていく。

 それをラウラが丁寧に教えていくのだが、その雰囲気は同級生が教えると言うよりは、教師が生徒に教えるような雰囲気に近かった。

 教えてもらっている立場ながら、誰かに似てるなーと相川がふと感じたところで──

 

「──なんか千冬姉が教えてるみたいだな」

 

 どこか楽しそうな一夏の声が聞こえた。

 

「茶化す程の余裕があるのなら、お前が代わりに教えるか?」

「そいつは勘弁。相川だってラウラに教えて貰いたそうだしな」

 

 そう振られた相川は曖昧に頷くだけだった。

 それに、と一夏続ける。

 

「俺はアリーナでISを動かす予定だからな」

 

 それだけ言って、一夏はさっさと教室から出ていってしまった。

 

「織斑くんって凄いよねえ」

 

 見姿が見えなくなったところ相川がそう呟いた。この言葉の凄い、というのは単純な力量の話でそう思った訳ではない。

 一夏は、専用機持ちの中では力量は一番低い。

 だが、相川が凄いと言ったのは別の意味合いだ。

 

「私達はさ、自分でISの事を勉強しようと思ってここに来たじゃん? でも、織斑くんは無理やり連れてこられた訳でしょ?」

 

 基本、IS学園に入りたいと思う者の意識は高い。

 更に、倍率の高いIS学園に入るために中学時代から相当の勉強を重ねている。

 それと比べると、一夏はそうではないのだ。

 IS学園に入ることを望んでいた訳でもないし、ISの事を勉強をしていた訳でもない。

 事実、入学したばかりの頃の一夏は、ISの事など何も知らず、授業についてくるのもやっとという感じだった。

 

「だけど、織斑くんは腐るわけでもなく、毎日一生懸命勉強したり、ISを動かしてる」

 

 今の一夏は、座学も勿論、実技ですらクラス上位の成績を叩き出している。

 夜遅くまで勉強しているのは、一夏の目の下のくまを見れば一目瞭然だった。

 もし自分が一夏の立場だったらどうか。

 突然、男子校に入学して、今までまったく触れてこなかった分野の勉強をしろと言われたら。

 これほどまでにひたむきになれただろうか。

 

「だからまあ、そんな織斑くんを見てると私も頑張らないとなあって思うわけでして……」

 

 そう言いながら、何を話してるんだろうと照れた様子の相川に、ラウラがふっと笑みを浮かべた。

 

「お前達一組の者の意識は高いと思っているよ。私は、もっと酷いと思ってここに来たからな」

 

 無論、高いと言っても軍と比べるまでもないのだが。

 が、そもそも比べるのが間違いなのだ。

 学生基準で見れば、授業だけでなく放課後にも勉強をするというのは、意識として高い方だろう。

 事実、クラスを見渡せば教科書を開いて勉強している生徒は多い。

 ここにいない生徒も、おそらくは訓練機を借りているか、整備室で整備の勉強をしているか、あるいはアリーナでISを動かす者の動きを見ている……少なくとも、1組の生徒はそうしているだろうと、ラウラが思うだけの意識の高さはあった。

 

(昔の私なら、それでも程度が低いと吐き捨てていたかもしれんがな)

 

 いつだったか、クラスの女子が集まってISスーツをどうしようかと話しているのを聞いた事があった。

 ラウラからすれば、機能性だけで十分だと思っているが、やはり年頃の娘。やはりデザインもこだわりたいと聞いたとき、複雑な感情を抱いた。

 ISを動かすために着用するスーツにデザインを重視するのが、理解出来なかった。ISをファッションか何かと勘違いしているのではないかと。

 しかし、そもそもが前提条件が違うのだ。

 自分は、軍人として、兵器を扱う様にIS触れてきたが、彼女たちはISを兵器として扱ってきていないのだ。

 

「まあ、毎日勉強するというのは大事だとは思うがな。何もISだけが人生じゃないぞ? 少しは息抜きをしてもと良いとは思うが」

 

 自分や一夏は、ISからは逃れられない。

 だが、他の者はそうではないのだ。

 ISだけが全てではない。

 他の生き方もあるのだ。

 

「様々な事に挑戦するのも、学生の仕事だと私は思うがな」

「なんか、本当に先生みたいだね」

「まあ、本国に戻れば指導する側の立場だからな」

 

 相川の言葉に肩をすくめて答えるラウラ。

 実際、本国に戻れば、部隊の長として部下を指導する立場にあるのだから。

 

「じゃあさ、ボーデヴィッヒさんは学生の今だからこそやりたい事ってある?」

 

 もはや勉強の手が完璧に止まってしまった相川が身を乗り出すようにして聞いてきた。

 よくよく見れば、周りの生徒も相川と同じような風で、ラウラがなんと答えるか興味津々といった感じだ。

 息抜きをしろと言ってしまった手前、勉強に戻れとも言い辛くなってしまったラウラは、ここは大人しく相川の質問に答えようと腕を組んで視線を宙にさまよわせる。

 

(……何も出てこない)

 

 学生の今だからこそやりたい事と聞かれて、学生の今なら留学生と言ってすぐに敵国に潜入できるし、幼い外見を生かして油断したターゲットに近づける……なんて事しか思い浮かべれない自分は本当に根っから軍人なのだなとラウラは自嘲気味に笑った。

 

「……逆に、お前たちはどういう事がしたいんだ?」

 

 自分だけで考えては埒が明かないと判断したラウラは、他の者の意見を聞こうとした。

 すると、相川が待ってましたと言わんばかりに口を開く。

 

「やっぱ学生の間にって言ったらアレでしょ。制服デートよ制服デート」

 

 相川の言葉に同意するようにいつの間にか集まってきた生徒がしきりに頷く。

 

「別に、ソレが特別な事には思えないのだが」

 

 そもそも、デートという概念もよくわかってないラウラだが、服装が違う程度でそれほどまでに盛り上がるのかと本気で疑問に思っていた。

 そんなラウラに対し、相川はちっちっちと指を振って見せる。

 

「ボーデヴィッヒさんはわかってないなあ」

「む」

 

 どこか小馬鹿にされたラウラが唸ったタイミングで、教室に聞き馴染んだ声が響いた。

 

「なんだ。まだ解散してなかったのか」

 

 それは、先程教室を出ていった一夏だ。

 

「あ、織斑くん。ISを動かすんじゃないの?」

「セシリアとかはまだやってるけどな。俺は集中力が切れたからやめた」

「じゃあ部屋に戻って休んでればいいのに」

「教科書を取りに来たんだ。身体は動かせなくても勉強は出来るからな」

 

 言って、一夏は教科書を鞄にしまう。

 と、そんな彼に相川は先程の話を聞いてみようと好奇心が疼いた。

 

「織斑くんさ。学生の内にやっておきたい事ってある?」

「学生の間にやりたい事? なんでまたそんな話になってんだ?」

「ボーデヴィッヒさんとさっきそういう話になってね」

 

 ふーんと言いながら一夏は顎に手を当てる。

 軽い気持ちで聞いた相川だったが、思いの外真剣に考える一夏の様子に、固唾を飲んで見守る事になった。

 ややあって一夏が、おもむろに口を開く。

 

「やっぱり個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)はやれるようになりたいな。その前に二連加速(ダブル・イグニッション)を出来るようにならないと話にならんけど──ってなんか変な事言ってるか俺」

「……ごめん織斑くん。IS以外でって言えば良かったね」

「あー……」

 

 なんとも微妙な空気になってしまったが、まさか一夏までもがISにまみれた考え方になってしまっている事にラウラからしても意外だった。

 学生の内にやりたい事と言われ直様ISの事を言う程考えているからこその、入学してからの目覚ましい成長の証拠なのかも知れないが。

 

「わたしはてっきり、コーヒーのブレンドを極めるとか言うと思ったがな」

「いや、それは端から考えてなかったな」

「ほう」

 

 あれほど執着してたコーヒーなのに何か心変わりがあったのかとラウラは思ったが、それを否定するような言葉が一夏の口から飛び出した。

 

「コーヒーのブレンドの完成形が学生の3年間の間に出来る訳ないしなあ。いや、そもそも一生かかっても出来ないだろうな」

 

 うんうんと頷いている一夏を、相川たちはなんとも言えない目で見ることしか出来なかった。

 まあ、ラウラからすれば、それでこそ一夏だと思うが。

 

「で、お前らは何かあるのか? 学生の内にやっときたい事」

 

 そう一夏が相川たちに質問を投げ返すと、代表して相川が口を開いた。

 

「制服デート!」

 

 力強く言い放った言葉に、一夏は少し驚いた様子を見せたが、すぐに得心がいったと頷く。

 

「確かにそりゃ、学生の内にしか出来ないわな」

「でしょ? 織斑くんも制服デートしてみたい! って思わない?」

「まあそりゃ多少は思うがな。俺の場合は制服デートって難易度すげえ高いからなあ」

「あー……」

 

 今度は相川が唸る番だった。

 一夏がIS学園の制服を着て外に出れば大騒ぎになる事間違いなしだろう。

 幸い、顔は公表されていない(ネットでは出回ってはいる)が、IS学園の制服を着てしまえば正体を公表してる様なものだろう。

 

「ああでも、学ランなら雰囲気は出るか?」

「織斑くんの中学って学ランだったの?」

「ああ。男子は学ラン。女子はセーラー服だ」

 

 私服のレパートリーが多くない一夏にとって、制服が用意されているのは楽で助かったのはある。

 

「じゃあ織斑くんが学ラン着てくれれば制服デートは出来るわけね!」

「いやでもコレって同じ学校の制服を着て成り立つモンじゃないのか?」

「いや、だったら他校に通う彼氏とのデートって設定で盛り上がれるから!」

「そ、そうか」

 

 相川の熱意というか、気迫に思わず後退りする一夏。

 というか一夏だけではなく、他の生徒も相川から歩幅1歩分くらい離れているのだが。

 

「つーかアレだな。事情を知らんヤツが見たらお前が俺をデートに誘ってるようにしか見えんぞ」

「あ、いや、その、コレはそんなつもりじゃなくてですね! もし織斑くんとデートするならって話でほんとにするつもりはないかわ!」

「わかってるから安心しろ……つーか何をそんな慌ててんだよお前は」

 

 そんなに俺と一緒が嫌なのかと思ったりしてる一夏はやっぱりアレだった。

 デートに誘われてるという風に認識できただけマシなのかも知れないが。

 

「まあでも、制服で出かけるってのも良いんじゃないか」

「さっきは出来ないと言ってただろう」

「そりゃあ俺はな。でもラウラ達なら出来るだろ?」

「私か?」

 

 ラウラも目立つかも知れないが、まあ一夏程ではない。

 けれどラウラからすれば、別に出かける必要性はないのだが。

 

「学校帰りの買い食いとかってのも学生の内にしかやれないだろ?」

「あ、そっか。下校途中の買い食いとかも滅多に出来ないもんね」

「特にコイツなんかは軍隊暮らしだからな。下手したら街に出たことすらねえぞ」

「失礼な。市街地戦を想定して街に出たことはある」

 

 ラウラが胸を張って答えると、一夏を筆頭にここにいる全員から憐れむような視線を向けられる羽目になった。

 そんな視線を向けられたラウラは気にした様子もないが。

 そんなラウラを見た相川が「よし」と気合を入れた。

 

「ボーデヴィッヒさん。これから街に出よう! みんなも来るよね!?」

「い、今からか?」

「レゾナンスの中に新しいパンケーキ屋さん出来てたよね? 私そこに行きたい!」

「ちょっと待て! 私は行くなんて言ってないぞ!?」

 

 慌てた様子のラウラだったが、もはや誰も聞いてくれてない。

 外出のためには許可がいるのだが、すでに許可を取りに教室を飛び出している。

 もはやラウラに逃げる道は残されていなかった。

 

「相川はお前に勉強を教えてもらったお礼がしたいんだろ? だったら大人しく受け取ったらどうだ?」

「そうそう! それにボーデヴィッヒさんだって息抜きは大事だって言ってたしついてきてくれるよね?」

「……わかった。なら大人しく連れていかれるとしようか」

 

 ようやく観念した様にラウラがため息をつくと相川が小さくガッツポーズを見せた。

 

「まあ、お前だって学生なんだ。学生らしさってのを学ばせてもらえよ」

「ああ。ここは大人しく従った方が良さそうだ」

 

 やれやれと呟くラウラだったが、その表情はどこか楽しそうだった。




次回予告。
学園側の決定により、学年別トーナメントの仕様が変更となりタッグマッチ形式になったのだが、『一般の生徒がシャルルとペアを組むと彼女の正体がバレるのでは』という懸念の声があり、シャルルは一夏くんとペアを組もうという話になった。しかしシャルルちゃんはなんだか一夏くんのことがキライみたいで、一夏くんとペアを組みたくなくて、一夏くんの心イタイイタイなのだった。


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仕様変更に伴う問題点

ようやく本編再開
長々とお待たせしました


「──面倒な事になったな」

 

 ふう、とため息を吐いたラウラの手には、一枚の紙が握られていた。

 紙のタイトルは『学年別トーナメントの仕様変更に関するお知らせ』だ。

 学年別トーナメント、それは毎年この時期に開催される、文字通り学年別のトーナメント戦だ。

 各学年、原則として全員参加でトーナメント戦となるこの大会は、IS学園内で重要な試合として位置付けられている。

 クラス対抗生は以前、行ったが、あちらはレクリエーション的な、クラス内の団結力を向上させる意図もあったが、こちらはまるで違うのだ。

 三年生は、集大成とも言える場。代表候補生は勿論、それ以外の生徒にしても、各企業等が集まるこの場でのアピールは非常に重要になってくる。

 一口で言ってしまえば、就活の様な場所だ。

 二年生も、この一年の成果を発表する場になる。卒業はまだ先とは言え、ここで優秀な成績を収めることになれば進路の選択肢もより広がる事になる。

 そして、一年生とて無関係ではない。

 本当に将来有望な者なら、この時点でその片鱗は現れる。

 更に今年は、織斑一夏というイレギュラーに加え、各国の第三世代機が集結している状況だ。

 一学年で専用機持ちは現時点で六名。もっとも、一名の専用機は未だ完成していない為実質としては五機なのだが、それでもIS学園史上でもっとも多く専用機を保持している学年だろう。

 

 それはそれとして──

 

 ラウラが……というより、ここに集まっている面子。一夏、セシリア、鈴、シャルルは揃って渋面を浮かべていた。

 その理由が、トーナメント戦の仕様変更についてだ。

 

「タッグマッチ形式に切り替わるとはな……」

「ほんとよ。てゆーか元の趣旨を考えると、ペアにする意味がわからないわよ!」

「変更の理由としてより実践的な模擬戦闘を行うため、とありますが……」

「んな事言ってもそのモンド・グロッソ(実践の場)にはタッグマッチ部門とかないよな」

 

 となると、とラウラが腕を組む。

 

「四月の襲撃事件がきっかけか……。一夏、鈴、セシリアの三人で対応したそうだが?」

「なんでアンタが知ってんのよ。つーか守秘義務で言えないっての」

「我が部隊を舐めない事だな。まあ、箝口令が敷かれるのは当然、か」

 

 襲撃事件の情報は、殆どと言っていいほど公開されていない。

 開示された情報は反政府組織、要はテロリストが襲撃してきたという事くらいだ。

 襲撃してきた機体が無人機だったと知られたら、大事なると学園側が判断したのだ。

 幸い、各国はテロリストという言葉から疑ってくれているのか、お互いに他国が攻めてきたのではと腹の探り合いをしている。

 

「しかし、実践の為というのはこの事だろうな。今度は襲撃が起きないとも限らない。そうなった場合、アリーナ内にISが四機いて連携の訓練も積んでいるとなれば、対処はしやすい」

 

 ラウラが納得がいった様に頷きながら話をしていたが、一夏が「そんなことより」と遮った。

 

「なんで変わったかよりも、変わった事によって出てきた問題点をどうするってのを考えようぜ」

 

 そして、問題点などわざわざ一夏が言葉にしなくとも全員がわかっている。

 シャルルのペアをどうするか、だ。

 今は一夏達の部屋に集まって話しているからあまり感じないが、一夏とシャルル、どちらかとペアを組みたい生徒が学園を探し回っている事は容易に分かった。

 まあ、一夏はともかく、シャルルとペアを組む事は出来ないのだが。

 

「理想は俺と組む事だけど」

「う……」

「この有様じゃあ、無理だな」

 

 言いながら一夏がシャルルを見ると、彼女は首を縮こませる。

 どうにも、シャルルは一夏に対する苦手意識が拭えないらしい。

  それを見たラウラが面白そうに笑みを浮かべた。

 

「一夏が誰かに嫌われているというのは新鮮だな」

 

 ラウラのその言葉に、一夏は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「お前がそれを言うかあ? 俺と初めて話した日の事を忘れたとは言わせねえぞ?」

「過去は振り返らない主義でな。今が良ければそれでいい」

「その過去に執着してたのは何処のどいつだよ」

「ドイツの私だな」

「うわ、つまんねえ洒落」

 

 一夏とラウラが何やら話し込んだのを見て、セシリアが咳払いを一つする。

 そちらの話も気になるが、今はシャルルの方だ。

 

「お二人の話はまた後日聞くとして、今はデュノアさんのペアの話に戻しましょう」

 

 後回しにしつつ、ちゃっかりこの話は聞こうとするのかと一夏は思った。

 

「つっても我慢して俺と組んで貰うしかないんじゃないか?」

「むー……」

 

 シャルルの性別を知る者しかペアの相手にはなれない。

 その上、男同士なら自然だろうという一夏の考えなのだろうが、セシリアとしては面白くない。

 

「何を膨れてやがる。まさかお前『俺と組みたかったのにー』とかなんとか言うんじゃないだろうな?」

「そうですわ」

「即答するんじゃねえ。今はそういう事言ってる場合じゃねえだろ」

 

 ただでさえ、一夏が女であるシャルルと同じ部屋で暮らしているのがセシリアとしては不満なのだ。

 だが、一夏とシャルルが組む方が良いとはセシリアも頭ではわかっている。

 これは、感情面の話なのだ。

 

「──私がデュノアを受け持とう」

 

 そんな二人のやり取りを見ていたラウラが、こう切り出した。

 それは意外そうな目で一夏が見やる。いや、一夏だけではなく、ここにいる全員だ。

 

「デュノアに与えられた命令は白式のデータを盗むことだ。ペアを組むとデータの入手は今よりはたやすくなるからな」

「おいラウラそれは──」

「コイツは強く命令されると拒めない性格だ。本人が望まなくてもフランス政府から強く命じられれば、やりかねん」

 

 一夏としては黙るしか無かった。

 デュノア社の真意は知っているとは言え、フランス政府がどう出るかはわからないのだ。

 そして、黙ってしまったのは、そう言われたシャルルが身を縮こませたのを見て、という事もあるだろう。

 ここでシャルルが言い返せるだけの気概があれば別だが、無いのならフランス政府に命じられるまま動く可能性があると思われても仕方がない。

 そもそも、この場でも自分からどうしたいという事を言わない。自分の意思を主張出来ないのだ。

 

「だから、一夏は好きな奴とペアを組むと良い」

 

 ラウラは最後はセシリアの方を向きながら締めた。

 もしかして、ラウラは気を使ってくれたのだろうか、セシリアはふとそう思った。

 

「どうでしょう一夏さん。わたくしは今フリーでしてよ」

 

 彼女の真意はわからないが、有り難く乗せてもらう事にしたセシリアが一夏に迫る。

 その一夏は、しばらくシャルルとセシリアを交互に見ていたが、やがて観念するようにため息を吐いた。

 

「……わかったよ。よろしくな、セシリア」

 

 一夏としては、本意では無いのかもしれないが、ペアを組めるという事がセシリアとしては素直に嬉しかった。

 

「ペア成立おめでとー」

 

 パチパチとやる気のない拍手と、何処までも棒読みな気の抜けた鈴の声が響いた。

 それに、一夏はとびきりのしかめっ面で返す。

 

「おい鈴、カップル成立ゲームじゃねえんだぞ」

「違うの?」

「違えよ!」

 

 叫ぶ一夏の顔は赤かった。

 それに対し、鈴はどこか楽しそうだ。

 

「だってセシリアがペアを組んでって言って、一夏がそれを受け入れたんだからそうでしょ?」

「そうだけどそうじゃねえんだよ! つーかお前はこの状況で何を楽しんでるんだ!?」

 

 声を荒げる一夏の顔は、やはり赤かった。

 そして、一夏をイジる鈴はケラケラと笑い声を上げている。

 重ねてきた年月の違いを見せつけられている様な気がして、セシリアは少し羨ましく思った。

 

「あたしは別にシャルルと組んでも良いんだけど……」

「駄目だな。お前も第三世代機の持ち主だし、なによりデュノアに甘いからな」

 

 鈴がちらりとラウラを見ながら聞くも、にべもなく切り捨てられる。

 

(嫌われるのは私だけで十分だしな)

 

 何もしないと決めたとは言え、それでも最低限の備えは必要だ。

 となれば、嫌われ役は一人で十分とラウラは考えた。

 それに、鈴はいざという時の為のフォロー役として必要と考えたのもある。

 

「安心しろ。下手な動きをしなけれれば殺しはしない」

「それ、何のフォローにもなってないよな」

 

 思わず一夏がツッコんだが、無理もない。

 ラウラの言っている事は、裏を返せば下手な動きをすると殺されるという事を暗に言っているのだから。

 彼女としては冗談のつもりだが、それを言われたシャルルは文字通り生きた心地がしなかった。




バトルを書きたいけどどれくらいでたどり着けるんだコレ?


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箒ちゃん不憫

ひっさびさに箒の事を書いた気がしますね…


(なんてことだ……)

 

 朝、HRが始まる前の教室で、篠ノ之箒は頭を抱えていた。

 学年別トーナメントの大会形式が、単独での出場からタッグマッチ形式に変わった連絡が入ったのが、昨日の夕方の話。

 殆どの生徒が、一夏かシャルル、どちらかとペアを組もうと画策して、一夏を探すために走り回っていたのだが……。

 

「俺はセシリアと組むことにしたけど」

「僕はボーデヴィッヒさんと……」

 

 ついぞ見つからなかった二人が、ペアになってくれと迫った生徒に言ったセリフだ。

 それを自分の席で盗み聞きしていた箒が、冒頭の様に頭を抱えていたのだ。

 

「というか二人共専用機持ち同士のペアじゃん! ズルい!」

「ズルいって言われてもな……」

 

 相川の言葉に苦笑いを浮かべる一夏。

 しかし、大会規定には『専用機持ち同士はペアを組んではならない』という事は書いていないのだから、ルール違反ではないのだ。

 なんだったら一夏は、学園側としては専用機持ち同士のペアを期待しているのでは無いかと思っていたりもする。

 襲撃事件対策でタッグマッチ形式に切り替えたとすれば、専用機が固まっている方が敵に狙われるリスクは跳ね上がるかもしれないが、撃退する事も可能だと考えているのではないか、と。

 もっとも、こんな事を言うわけにもいかないので一夏がどう答えたもんかと頭を捻っていると、ラウラが口を挟んだ。

 

「言ってはアレだが、私達専用機持ちと組んで連携は取れるのか?」

「うっ……」

「事情は異なれど、専用機を持っている者はそれ相応の戦績を残さなければならない。そうなると相方に求める技量も高くなるが、私の動きに ついてこれるか?」

 

 ラウラの言葉は厳しく聞こえるが、それは事実を伝えている。

 一夏は例外だが、他の専用機持ち国家代表候補生としてIS学園に来ている。故に、間違っても1回戦で負ける事などあってはならないのだ。

 もっと言ってしまえば、ラウラとセシリアの専用機はそれぞれ、欧州連合の統合防衛計画『第三次イグニッション・プラン』の次期主力候補としてトライアルに出されているのだ。

 つまり、どちらの機体の方が勝ち進んだのか、あるいは直接対決でどちらが勝ったのか、そういった要素も選定の判断基準になり得る可能性はあるのだ。

 

「私は、相方に足を引っ張られて負けるのはごめんだからな」

「辛辣すぎる!」

「まあでも、本当の事ですわ」

 

 にこりと微笑んだセシリアに、一夏は背筋が寒くなった。

 

(これ、なんかヘマしたら後ろから撃たれそう……)

 

 そんな事はないと言い切れないのが、なんとも怖いところである。

 ペアの解消を申し入れようと一瞬本気で考えたが、そんな事を言ったらそれこそ後が怖そうなのでぐっと堪える事にした。

 

「箒おはよー」

「ん? ああ、鈴か」

 

 話題の中心の男子二人の周辺の会話を盗み聞きしていた箒を呼ぶ声。

 呼ばれた方を見ると、相も変わらずツインテールのをしている少女が立っていた。

 

「一夏にペアのお誘いか? あいにく一夏のペアは決まってしまったようだが」

 

 一夏とペアを組もうと来たのだろうと察した箒が言いながら、一夏達の方を指をさす。

 それを見た鈴が「あー……」と苦笑いを浮かべた。

 本当は鈴は一夏とセシリアがペアを組んでいる事を知っているのだが、なんとも白々しいモノである。

 

「それは残念。相変わらず一夏はモテモテね」

「ふん」

 

 鈴が軽口を叩くと、箒が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 あからさまな態度に、またも鈴は苦笑いを浮かべそうになった。

 

(箒ももう少し素直になればいいのになー)

 

 一夏には真っ向から「好き」と言わなきゃ伝わらないのだ。

 いや「好き」と言ったところで「好物の話か?」とか言われそうだが。

 なんにせよ、察してくれと思っていても一夏が気付いてくれる可能性は限りなく0に等しいのだから、鈴としては箒にもう少し勇気を持って欲しいところである。

 そういう意味では、セシリアがリードしている状況は、当然といえば当然だった。

 

「箒はペアの相手決まってる?」

「いや、今の所アテは無いが……」

「だったらあたしと組まない?」

「いや……私でいいのか?」

 

 先程の、ラウラが言っていた事を考えると、代表候補生で専用機持ちの鈴が自分を誘って良いのか、気になったのだ。

 

「あたしが誘ってるんだから良いに決まってるじゃない」

「それは……そうなんだが……」

「ゴールデンウィークに戦った時に思ったけど、アンタは自分が思ってる程弱くないわよ。それに、打鉄を使うんなら相性も悪くないでしょうし」

 

 それに、と鈴がなおも続ける。

 

「あたしの性分からして、強い相手を倒すほうが性にあってるしねえ。──専用機同士のペアを倒すなんて展開、燃えるでしょ?」

 

 ニヤッと笑った鈴の顔は、本来は可愛らしいと評すべきなのだが、それよりも箒は己の闘争本能を刺激させた。

 

「そういう事なら、是非よろしく頼む」

「ええ。一夏幼馴染(おさななじみ)ーズ結成ね」

「ちょっと待て、なんだその意味不明なコンビ名は」

 

 箒はまずは、自分の耳を疑って、聞き間違いではないと悟って、鈴のネーミングセンスを疑った。

 

「別にコンビ名などいらないと思うが……?」

「そお? コンビ名とかあった方が盛り上がるじゃん」

 

 むしろ箒のテンションは盛り上がるどころか、下がっているのだが。

 誰でも考えそうで、誰もがダサいと思えるネーミングでなぜ鈴は胸を張れるのだろうか。

 

「一応、他のペアのも考えてるのよね。──えーと、一夏とセシリアがコーヒー紅茶連合軍でしょ? で、ラウラとシャルルが仏独同盟」

「仏独同盟だけ普通だな……」

 

 金銀同盟とか言うと思ったのだ。金銀銅みたいな感じで並びもいいし。

 というか、それなら自分たちも日中同盟で良いじゃないかと箒は思ってしまった。

 いや、日中同盟というコンビ名にしたい訳ではないのだが。

 

「お、鈴は箒とペアか」

 

 あちらの会話は一段落したのだろう。

 一夏とセシリアがこちらの方にやってくるのが箒の目に写った。

 

「そうよ。人呼んで幼馴染ーズ」

「……良いんじゃないか」

 

 半ば呆れ気味な一夏。

 鈴のネーミングセンスに触れるという事はなかった。

 だが、コンビ名を考えているのは気になったようで、自分とセシリアのコンビ名はなんだと聞いていた。

 

「一夏とセシリアはコーヒー紅茶連合軍よ」

「その通りだけど、素直に認めたくないなそのコンビ名は」

「全くですわ。なぜ紅茶が先ではないのでしょう?」

「いや、そこかよ」

 

 もっとツッコミどころはあるだろうに、と笑う一夏とセシリアは楽しそうで、箒としては面白くなかった。

 そんな箒の空気を敏感に察したのか「そういえば」と鈴が声を上げた。

 

「今回は優勝賞品ってないのよね?」

「確かにないな。クラス対抗戦の時はあったけど無くなったのか」

 

 あちらは、全員参加のイベントではないが、クラスの結束力を高める為、報酬が用意されていた。

 故に、タッグマッチトーナメントにはそういった類の物は用意されていない。

 

「なら、なんか賭けるか?」

「お、いいわね。じゃあ、こういうのはどうかしら?」

 

 そう言って、箒とセシリアを順番に見てニヤリと笑った鈴が続けた。

 

「優勝したら、一夏に何でも言うことを聞いてもらおうかな」

「いや、それ俺が優勝したらなんの意味もないだろ」

「だったら賭けに参加した人の誰かに言うことを聞いてもらうってのは?」

「まあそれならいいか……」

 

 一夏が納得したところで、話を聞きつけたラウラがやってきた。

 詳細までは聞こえていなかったようで、一夏に詳しいことを聞いているようだ。

 それを見て、一夏の意識がラウラに行ったのを見計らって、セシリアは鈴の袖を引っ張って教室の隅の方へ連れて行く。

 

「……なんであんな事言ったんですの?」

「あんな事って?」

「白々しいですわ。──優勝したら一夏さんに何でも好きな事を聞いてもらえるだなんて」

 

 あの場で鈴が宣言したことで、他のペアにもなし崩し的にその権利が発生した。

 当人の一夏が明確に否定してくれれば、大事にならなかったのだが、「別にいいぜ」の一言で、一夏公認の話になってしまったのだ。

 

「一夏さんはどうせ簡単なお願いだと思ってます。そういう風に考えるのがわかった上で、提案したのでしょう?」

「そうね。でもそれが何か問題?」

 

 薄っすらと笑みを浮かべながら飄々と躱す鈴に、セシリアが苛立ちを隠せなくなる。

 

「鈴さんはわたくしの気持ちを知った上で──」

 

 鈴は、一夏に対する自分の気持ちを知っているはずだ。

 それなのにどうしてこういう事をするのだと追求しようとしたところで──

 

「──だったらハッキリしなさいよ」

 

 鈴にバッサリと切り捨てられた。

 彼女の表情からは笑みは消え失せ、瞳の奥には怒りの炎が見えた。

 

「国と一夏、どっちを選ぶか決めきれていないあんたの気持ちなんて知らないわよ」

「っ!

 

 以前、ラウラにも言われた事だ。

 結局、その答えは未だ出ていない。

 

「一夏と付き合えるようになって、イギリスに一夏の身柄を渡せと言われたあんた、抵抗出来るの?」

「それ、は……」

「イギリスで一夏の安全は保証できる? 日本からイギリスに一夏を大人しく連れていける? ああそれとも、あんたが日本に来る?」

 

 挑発する様に鈴が睨むが、セシリアは答えない。

 否、答えられない。

 

「まあぶっちゃけ、普通の学生同士の恋愛でそこまで考える方がおかしいんだけど、あたしらはほら、普通の学生じゃないから」

 

 言って視線を伏せる鈴。

 自分でも、セシリアに酷な事を言ってる自覚はあるのだ。

 

「一夏と付き合おうって考えるなら、そこまで考えておいて欲しいなって話」

 

 じゃね、と教室を出ていこうとする鈴に、セシリアは何も言葉をかける事が出来なかった。

 

(……ん? でもそれって優勝の景品の話と何も関係ありませんわよね!?)

 

 気付いてももう遅い。

 すでに鈴は教室を出てしまっている。

 

「鈴さん! きっちり説明して貰いますわよ!」

「急に叫ぶなよ! びっくりしただろうが!」

 

 シリアスな顔をしてると思ったら、急に叫び出したセシリアに、一夏は戸惑いを隠せなかった。



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ダッグマッチトーナメント開催

お久しぶりです



 月日は流れ、学年別トーナメントの開催日がやって来た。

 クラス対抗戦とは違い、来賓の数も多くなるこの行事はまさに学園を挙げてのイベントである。

 特に今年は一夏というイレギュラーな存在がいるせいで、昨年よりも多くの来賓が来ていた。

 来賓の誘導なども生徒による仕事に割り振られているため、この後出場する生徒たちも、慌ただしく対応に追われていた。

 もっとも、誘導に一夏なんか使ったら大変な事になるので、当然彼はその任からは外されている。

 

「暇だな」

「うむ」

 

 という訳で、仕事がない一夏は、食堂で駄弁っていたのだが、そこには箒の姿もあった。

 彼女の方も、ISの開発者である篠ノ之束の妹という事を配慮され、来賓の誘導の仕事を免除されている。

 とはいえ、手隙の生徒は結構いるが、ここには代表候補生であるセシリア達の姿はない。

 

「セシリア達は自分のとこのお偉方に挨拶か」

「代表候補生だからな、仕方がないだろう。……にしても、皆が働いているのにこうして休んでいるのは気が引けるな」

 

 とはいえ、一夏達もずっと休んでいるわけでは無い。一応は、雑用などの仕事は行い、やることがなくなったのだ。

 そして、箒は想い焦がれる一夏と二人きりというシチュエーションだが、そこに浮いた気配はない。

 

「一夏、トーナメント表はみたか?」

 

 おもむろにそう切り出すと、一夏もニヤリと笑みを浮かべた。

 今朝方、トーナメント表が提示された。

 一夏達は事前にどういう組み合わせになるか予想していたが、おおよそ、その通りのトーナメント表だった。

 

「勝ち進めば、箒達のペアはとは準決勝。そしてラウラ達とは決勝だな」

「専用機持ちのペアは皆シードだから、都合五回勝てば優勝という事だな」

「ああ。なんにせよ、初戦でラウラ達じゃなくてよかったよ」

 

 そうなってしまえば、どちらかは初戦敗退という事になってしまう。

 しかしこの組み合わせなら、よほどの事がない限りは問題はないとばかりに一夏は断言する。

 言外に、それは普通のペアには負けないという事を表しており、ともすればそれは傲慢とも思える言葉だ。

 だが、一夏は対戦相手を舐めているわけではない。自身だけではなく、自分とセシリアの実力を踏まえて言っているのが箒にはわかった。

 ならば、それに比べて自分はどうか。

 

「私は、鈴の足を引っ張らないか、不安だ」

 

 これは、箒の偽らざる気持ちだ。

 

「鈴を、初戦で負けさせるわけにもいかない。だがな……」

 

 鈴の立場がわかっているからこそ。

 

「私は、弱いからな」

 

 自身の実力がわかっているからこそ。

 本当に自身が鈴のペアで良かったのかと、ペアが決まってからというものずっと胸の中に燻っていた。

 

「いつになく弱気だな。入学したばっかの時、試合に勝とうとしてなかった俺に喝を入れてなかったかお前?」

「あの時……と言っても数ヶ月前の話だがな。あの時の私知らなかったんだ」

 

 そう、何も知らなかったのだ。

 代表候補生になる者は、どれほどの時間を、そして人生を賭けているか知らなかった。

 だが、知ってしまった今はあの時と同じ気持ちになれという方が無理がある。いや、同じ気持ちを持ってしまうのは彼女たちに失礼だ。

 

「……まあ、そうなんだろうけどさ。そんなん言われたら俺、誰にも勝てねえぞ」

 

 けれど、一夏は箒の言葉を素直には頷くことは出来なかった。

 確かに、自身はその土俵には立ててはいない。

 ISにかけた時間は言わずもがな。

 そして、幼少期から磨いていた剣も置いてしまった。

 けれど、箒は違うのだ。彼女は自分が剣の道から離れてしまってからも、それまでと同じ様に剣の道を歩んでいたのを一夏は知っている。

 新聞で伝えられる、剣道の大会の結果で時折見た、篠ノ之箒という名前。

 彼女はずっと、剣の腕を磨いていたのだ。

 

「みんながISにかけてきた時間と熱量。それと同じだけのモノをお前は別のモノにかけてきたんだろ?」

 

 ──だったら、そこを誇れよ。

 

 そう破顔した一夏の顔を、箒は直視出来なかった。

 

(違う。私は、私は──)

 

 ぐっと握りしめた拳。

 箒にとって己を戒めるような、あるいは律するようなそれも、一夏には届かない。

 彼女が握った拳を一夏は、箒が戦う活力を得たのだと思ってしまった。

 

「月並みな言葉だけどさ。俺と()るまで負けんなよ?」

「……ああ、そうだな」

 

 だが、心の何処かでは一夏と戦いたいという気持ちもあるのは事実だった。

 それは、小学生の頃に毎日の様に手合わせをしていた、懐かしい日々を思い出すからだ。

 互いに、近接主体の装備しか持ち合わせていない。だからこそ、あの時の様な剣の打ち合いが出来るのだ。

 

「んじゃま、俺は準備するかね」

「ああ。また、本戦でな」

 

 さっと立ち上がった一夏に箒がそう言葉を投げかけると、一夏はひらひらと手を振って応えた。

 

(私も、やれるだけの事はしておこう)

 

 暗い気持ちはまだ心に残っている。

 だが、今だけは一夏との戦いを願って、勝ち進もうと箒は誓った。

 

「さて、俺は部屋に戻るが……箒はどうする?」

「私はここで鈴と待ち合わせをしているからな」

「そっか。じゃあまた後でな」

 

 そう声をかけ食堂を出た一夏が廊下を暫く歩くと、目の前から千冬が歩いて来るのが一夏の目に写った。

 千冬も一夏の姿に気付いたのか、少しだけ歩調が早くなる。

 

「探したぞ織斑。部屋に居ないと思ったが、食堂にいたのか」

「あ、はい。仕事もなくて暇だったんで。何か仕事ですか?」

 

 来賓の誘導意外にも仕事はある。

 男の自分を探していたという事は力仕事だろうかと一夏は頭を働かせる。

 

「いや、そういう訳じゃない。少し話せないかと思ってな」

「わかりました。特に指定がなければ俺の部屋でも良いですか? コーヒーの一杯くらいなら出しますよ」

「ほう。教師を部屋に連れ込むとはいい度胸だ」

「……これ、ツッコんだほうがいい感じのヤツですか?」

 

 生徒が教師を部屋に連れ込むという字面は、それだけを見るとアウト案件にも思えるが、実際のところ姉弟なのだからその心配はない。

 もっとも、これで手を出し様なものなら生徒と教師の関係だけでなく、姉弟である事を含めてアウト2つのダブルプレーだ。

 

「まあ、実際のところ、廊下や食堂で話せる様な内容じゃないからな。私の部屋でとも思ったが、お前の部屋にするか」

 

 千冬の『廊下や食堂で話せる内容じゃない』と聞いて、一夏は心のなかでため息を吐いた。

 それはつまり、他人の耳が存在する場所では話せない内容ということなのだから。

 すでにシャルルの件でお腹いっぱいの一夏からすれば、他の面倒事は勘弁して欲しいところだった。

 

「というか抜け出して大丈夫なのか?」

「大体の事は山田先生がやってくれるさ」

 

 部屋に入った一夏は、他の生徒の目も無い為、いつも通りの口調で話すことにした。

 千冬もそれを咎める事はなかった。

 

「……甘いな」

「そりゃ、千冬姉基準で考えればな」

 

 今日のコーヒーは千冬好みでは無かった様だ。

 だがそれは一夏もわかっているので、肩をすくめるだけだった。

 

「で、話って何?」

「ああ、そうだな。なに、そう身構えなくても良い」

 

 コーヒーの入ったコップを手に、千冬は椅子にどかりと座り込む。

 その表情からも深刻そうな様子は伺い知れなかった。

 

「タッグマッチトーナメントに向けてどうだ? 勝てそうか?」

「まあ、一般生徒には負けないとは思うよ。鈴とかラウラに当たるのは準決勝と決勝からだし」

 

 一夏の言葉に、千冬は「そうか」とだけ呟いて、コーヒーを啜る。

 それから、ややあってもう一度口を開いた。

 

「とはいえ、怪我だけが心配だな。無理をするなよ?」

「大丈夫だって。ISには絶対防御があるって千冬姉なら知ってるだろ?」

「すでに二回怪我をしている時点で説得力はないぞ」

「……まあ、今回は大丈夫だろ」

 

 視線を泳がせながら答える一夏。

 大丈夫といったものの、確かに怪我を二回しているのは事実だったからだ。

 そんな一夏の様子に、千冬は大きくため息を吐いた。

 

「何にせよ、頑張れよ。もちろん、怪我をしない範囲でな」

「おう。……でもさ、一教師が特定の誰かを応援して良いのか?」

「だから、こうして二人きりになってるんだろう?」

 

 それで千冬は『廊下や食堂で話せる内容じゃない』と言っていたのかと一夏はようやく納得がいった。

 確かに、いくら家族とはいえ他人の目がある中で一夏を応援する言葉を口にする訳にはいかなかっただろう。

 

「千冬姉にとっては運動会参観みたいなモンだな」

「ああ。だが、思い返せば小中の頃にそういう父兄イベントに参加した事は無かったな」

「十代の女子が小学生の授業参観きたら浮きそうだけどな」

 

 一夏は千冬が授業参観に来る光景を頭に思い浮かべ、思わず吹き出してしまった。

 浮いているとか言うレベルではない。

 そして千冬も一夏と同じ様にその光景を想像したのか、こちらは苦笑いを浮かべていた。

 

「そういえば一夏、お前──」

 

 と、千冬が何かを言いかけたタイミングでドアがノックされる音が響いた。

 その後に穏やかな声が響く。

 

「一夏さん。少しよろしいでしょうか?」

 

 どうやらセシリアがやってきたようだ。

 ちらりと千冬に目配せしたが、千冬も問題ないと言わんばかりに頷いて見せたので一夏はドアを開ける事にした。

 

「あら、織斑先生もいらっしゃいましたの」

「ああ。すまんな二人きりにさせてやれなくて」

「いえ。二人きりにはいつでもなれますので」

「それもそうだが、お前にはデュノアの事で余計な心配をかけてるからな。悪いが、辛抱してくれ」

 

 などとにこやかに会話をする千冬とセシリアの様子に一夏は頭が痛くなる気がしてきた。

 

「……俺はどこから突っ込めば良いんだ?」

 

 そう言ったところで、セシリアは楽しそうに微笑みを浮かべ、千冬はニヤリと頬を吊り上げて見せるだけだ。

 というか、さり気なく一夏の使っているベッドに腰を下ろす始末だ。わざわざ一夏のベッドを選んで座る辺り、タチが悪いと言える。

 セシリアは時折こういった言動をとるが、そこに千冬まで乗ってきてしまうと一夏にはどうしようもなかった。

 もし、セシリアと結婚したら、千冬と手を組んで自分の事をからかうだろうなと想像したが、すぐに頭を振ってその考えを打ち消す。

 

「で、セシリアは何の用事で来たんだ?」

 

 気を取り直す様に一夏がいうと、セシリアもさっと雰囲気を変えた。

 微笑みを浮かべたままというのは先程と同じだが、どこか真面目な印象を受ける。

 

「打ち合わせというか、確認ですわね」

「確認? 今日の試合のか?」

「ええ。後は一夏さんの体調であったりですわね。どこか違和感を覚えたりしてますか?」

「いや、その辺りは問題ない。絶好調……って訳じゃねえがいつも通りって感じ」

「昨日は寝れましたか? というか徹夜してませんわよね?」

 

 それは質問というより、念の為の確認と言った感じだった。

 

「ちゃんと日付が変わる前には寝たよ。……嘘じゃないぞ? 本当だからな?」

「……わかりました。取り敢えずは信じておきますわ」

 

 信じておくと言っておきながら、セシリアの瞳には疑惑の色が隠しきれていない。

 一夏としては心外だと声を大にして言いたかったが、前科が多すぎるだけに何も言えなかった。

 

「では、試合の段取りを。とは言っても、わたくし達のやれることは限られてますが」

「ああ。俺が前衛(まえ)でお前が後衛(うしろ)。射撃武器を持ってない俺が後ろに行っても仕方ねえし、セシリアに前に来られてもな」

 

 何れにせよ、一夏の武器はただの一振りの刀だけだ。

 やろうと思えば手持ちで銃火器を持ち込む事もできるが、そこまでして射撃武器に固執する必要は無い。

 こちらには射撃の腕前だけなら学年トップの技術を持つセシリアがいる。ならば一夏が射撃武器を持ったところで何の手助けにもならない。

 

「それがわかっていれば結構ですわ。とにかく、一夏さんは運動量で勝負して下さい。代表候補生以外で一夏さんを上回る技量の方はいませんし。下手したら開幕瞬時加速(イグニッション・ブースト)で決着──なんて事も有りえますわ」

「だが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に方向転換はするなよ」

「突然入ってきたな千冬姉。大丈夫だって、言っちゃアレだけどさ、たかがで学校行事でそんな無茶はしないって」

 

 今度は千冬に注意された一夏は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな事はしないと言いつつも、こちらも前科があるだけに、信じてくれるか微妙なところだ。

 

「ならいい。──さて、邪魔したな一夏」

 

 そう言って千冬は、残ったコーヒーを流し込みさっと立ち上がる。

 そのままドアを開けようとドアノブに手をかけたところで、思い出したかのように振り返る。

 どこか躊躇う様子を見せた後、ややあって口を開いた。

 

「あー……なんだ。セシリアも、一夏の事を頼む」

「あ、はい。わかりましたわ」

 

 セシリアもまさかそんな事を言われるとは予想していなかったのか、目を丸くしていた。

 それは一夏も同様で、こちらは目に見えて狼狽えている。

 そんな二人を驚かせた千冬だが、その当の本人はセシリアの返事に満足気に頷くとそのままドアを開けて出ていってしまった。

 

「……いや、まじでビビった。千冬姉があんな事言うなんて」

「……というか、わたくしの事を名前で呼びましたわね」

 

 そういえばそうだったなと一夏が思い返していると、続けてセシリアが口を開いた。

 

「それに、一夏さんの事を頼むと言われましたし、これは本格的に姉の公認を頂けたという事でよろしいのでは?」

 

 そう言って笑うセシリアに、一夏は何も言い返す事が出来なかった。



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初戦

 タッグマッチトーナメントが始まった。

 お互いに初戦という事もあって、両陣営ともに緊張に顔がこわばり、動きは固くなっている。

 そんな彼女らの様子を一夏とセシリアはモニター越しに観戦していた。

 

「緊張してんなあ」

「当然でしょう。彼女たちにとっては初の試合なのですから」

 

 彼らが自室で見ているのは、会場で見るというのを控えたからだ。

 というのも、別段禁止されている訳ではないが、外部の人間も来ている以上、会場周辺でうろつかない方が良いという判断だった。

 ただ、それは一夏の事情であり、セシリアは会場に行ってもよかったのだが、本人たっての希望でこの部屋で見ることにしたのだ。

 

「勝った方が俺らの相手か」

「はい。スカウティングを、とも思いましたが……」

「これじゃあ参考にならねえな」

 

 如何せん、動きが悪すぎるのだ。

 片方のペアは少し前に二組との合同授業で動きを見たが、その時の方が動けていた様に一夏の目には映っていた。

 つまり、本来の実力を発揮しているとは言えない。

 

(やりにくいな)

 

 一夏は率直にそう思った。

 この戦いで勝ったペアは初戦の固さが取れ、さらには専用機持ちペアに挑む形になるので負けて元々、当たって砕けろと言わんばかりに気負いも何もなく戦いに臨む事だろう。

 それに比べて、一夏・セシリアペアはどうだろうか。

 セシリアは問題ない。

 問題は一夏の方だ。

 

「勝って当然って見られるのは勘弁してほしいぜ」

「専用機持ちはある程度の操縦実績を持ってますので技量も相応の物を携えてますが……一夏さんはそうではありませんしね」

「ハッキリ言うんじゃねえよ」

「でも、事実でしょう?」

 

 セシリアがそういうと、一夏も「まあな」とポツリと呟いた。

 

「とはいえ、一夏さんもわたくし達に及ばないにしてもISを扱っている時間は一般の生徒とは比べるまでもありません。普通に戦えば、遅れをとる事はありませんわ」

「普通に戦えれば、な」

 

 箒は一夏と話した時、緊張している様子は感じなかったが、実際は一夏は緊張していた。

 いや、負けたらどうしよう。そういった考えではなく、負ける訳にはいかないと考えているから緊張しているというよりは気負っていると表現した方が正しいか。

 無理もないという気持ちと同時に、それを不思議に思う気持ちもセシリアは抱いた。

 クラス代表決定戦の時はそういった感情を持っていた様には見えなかったからだ。

 

「わたくしと対戦した時は堂々としたものでしたが」

 

 言外に、代表候補生である自分に対しては自然体で戦えたのに、一般生徒には気負うのかと伝える。

 

「あの時とは事情が違うさ」

 

 だが、一夏はにべもなく否定する。

 

「事情、ですか」

「個人の感情は別にして、負けても良かった戦いと、絶対に負けられない戦いを一緒の気持ちで挑むわけにはいかねえよ」

 

 あの時彼は、千冬の名の為に戦っていた事は相対したセシリアもわかっている。

 負けても良かったとは言わない。彼の負けず嫌いな性格は理解しているから。

 けれど、絶対に負ける訳にはいかない戦いでもなかった。

 負けたとしても、あれほどの戦いぶりをみせれば『千冬の弟の癖に不甲斐ない』などと言う者は現れなかっただろう。

 だが、この大会は結果がすべてなのだ。

 彼が気負っている原因は『自分』が負ける事ではなく、『セシリア』を負けさせる訳にはいかないという事から来ているのだとセシリアは理解した。

 だが──

 

「──わたくしを勝たせよう。そのような事は思っていただかなくて結構ですわ」

 

 自然と言葉が溢れた。

 一夏の抱いていた気持ちは十分に伝わった。気負っていた理由もわかった。

 

(わたくしの事を考えて、背負おうとしてくれた事は本来は喜ぶべき事なんでしょうね)

 

 だが、それを素直に受け入れることは出来なかった。

 

「わたくしはあなたに勝たせてもらうほど、弱くはありませんわ」

 

 それは、IS乗りとしての矜持(プライド)

 好きな男に守ってもらえる。とても甘美な響きだ。

 甘えても良いじゃないかとも思う。

 だが、それに素直に受け入れる訳にはいかないのだ。

 

「そう、だよな……」

 

 絞りだした一夏の言葉は、どこか呆れた色を含んでいた。

 それは、セシリアの物言いに対して向けられた訳ではない。

 セシリアを勝たせようと考えた己に対してだ。

 

「そもそもがお前の方が強いしな」

「ええ」

 

 当然だと言わんばかりにセシリアが頷く。

 事実、代表候補生が相手でなければ二人同時に相手取っても余裕に捌ける実力をセシリアは持っている。

 もっとも、それは一夏も同じなのだが、ここでは敢えて言わなくても良いだろう。

 

「そもそも、お前は大人しく守られてるような奴でもないしな」

「あら、それは失礼なおっしゃり様ではなくて?」

「お前が言い出したんだろうが……」

 

 どうやら、一夏の固さはほぐれたようだ。

 それに、いざとなればセシリアだけで勝てるのも事実。

 それでも、一夏が万全といかないでも、動けなくなる事はなさそうだなとセシリアは笑みを浮かべながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

  

 さて、一夏たちにとっての初戦。

 そして勝ち上がった二人にとっては二回戦が始まろうとしていた。

 

「まあ、よろしく頼むわ」

「お手柔らかにお願いしますわね」

 

 ニヤリと頬を釣り上げた一夏と、穏やかな笑みを浮かべながらセシリアが言った。

 

「お手柔らかにって……」

「それって私らのセリフだし……」

 

 相対するは二組の生徒によるペアだ。

 確か、木田と佐々木だったかと共に打鉄をまとう二人の名前を一夏は思い出す。

 

『まもなく試合開始です』

 

 場内にアナウンスが響きわたると同時に、操縦者の眼前にカウントダウンを告げるウインドウが立ち上がった。

 カウントダウンは十秒前。数字が減るごとに場内の熱気が上がっていく。

 

 ブ、と三秒前を告げるコールが鳴る。一夏は雪片を、セシリアはスターライトMkⅡを構える。対する二人は両手に近接ブレードを呼び出した。

 ブ、ともう一度コール。ざわめく場内の音は既に一夏の耳には入ってこない。

 ブーッ。そして、三度目の試合開始を告げるブザー。その瞬間、一夏が動いた。

 それに一泊遅れ、木田と佐々木も一夏に向って機体を動かす。

 

(二人で俺狙いか!)

 

 一夏とセシリアの想定していたパターンは三つ。

 単純に一夏とセシリアそれぞれにぶつかるパターン。

 二人同時に引き、射撃戦に持ち込むパターン。

 そして、今二人がやっている一夏に対して二人がかりで挑むパターンだ。

 

(1対1じゃオルコットさんは絶対に無理だし、織斑くんにも勝てない!)

(かといって二人揃って下がっちゃうのも悪手よね!)

 

 二人で下がっては一夏に間合いに入れさせない為にどちらかは足止めの射撃を行わなければならない。

 そうなると結局、セシリアと1対1で戦わなければならない事を意味する。

 だからこそ、二人は一夏に接近戦を挑むことにした。

 

「なるほどな。俺と組み合えばセシリアも誤射を恐れて射撃が出来ないと踏んだ訳だな」

 

 二人の時間差の連撃を弾きながら一夏が二人に語り掛けた。

 

「卑怯だと思う?」

「いや。考え方は悪くないと思うぞ──ただ、それはセシリアを舐めすぎだな」

「……それって私たちが二人がかりで戦ってもオルコットさんに勝てないってこと?」

 

 確かに、彼女たちが二人で挑んでもセシリアに勝てないのは一夏の正直な感想だ。

 だが、一夏が言ったのはそういう意味ではない。

 

「この程度の乱戦で、誤射をしてしまうと思っているのが舐めてるって事だ」

 

 その言葉の瞬間、一夏の顔の数十センチのところを二本の蒼い閃光が駆け抜けた。

 

「なっ…!」

 

 驚愕の声はどちらの声か。

 ただ、セシリアに撃たれたのだと理解出来たのだと気付いた時には、一夏との距離が開けていた。

 急いで距離を詰めねば、と作戦を思い出すが、身体は動かない。

 そもそもが、まともにISを動かせてないのだから、直ぐに動かないというのも当然だ。

 だが、それ以上に二人は動かすという意思を失いつつあった。

 

 ──距離を詰めたところで意味はありませんわ

 

 そう、一夏の真上に移動したセシリアが無言の圧を放っているのだ。

 そもそもが、乱戦では誤射を恐れて撃てないという想定で作戦を立てていた。

 その前提条件が崩れてしまえば、もはや手はないのだ。

 

「ああ、それから」

 

 おもむろにセシリアが口を開く。

 手にした愛銃を消し、両腕を広げる。その様子は、さながら審判を告げる神の様にも見えた。

 何の真似だ、と木田と佐々木──否、会場中の視線が集まる。

 

「二人がかりなら一夏さんを倒せると見立ててるのでしょうけど──」

 

 そこでハッと二人は視線を一夏に戻す。

 が、先ほどまでたっていた場所に、一夏に姿はない。

 

「──それは一夏さんを舐めすぎですわ」

 

 その言葉と同時に、眼前に一夏が出現した。

 

「「ッ!?」」

 

 混乱した二人は一夏が突然目の前に現れたと感じたかもしれない。

 が、瞬間移動なんてマネはいくらISを纏っていたとしても不可能だ。

 だが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)使い、さらにタイミングも完璧だった。

 爆発的な加速を得るとは言え、結局は単純な直線移動だ。

 ISのハイパーセンサーを持ってすれば捉えられない事もないし、加速中の一夏に攻撃を与える事だって可能だし、例によって加速中の被弾はダメージが大きく、体勢を崩す事にもなる。

 

「さり気にハードルを上げられてる様な気もするけど……まあ、そういう事だ」

 

 だが、彼女たちは視線を、そして意識もセシリアに向けてしまった。

 ハイパーセンサーからは本来、人の目には映らない後方からの映像も伝えられる。

 とはいえ、いまだISに乗り慣れていない二人にとって、自分の目から伝わる情報と、ハイパーセンサーを介して伝えられる情報では、どうしたって差は生まれる。

 

 「ふっ!」

 

 一夏は二人の間を駆け抜け、すれ違いざまに斬撃を叩き込んだ。

 正確には、雪片を横に置いていただけだったが、それでも木田の機体には少なくないダメージが加算される。

 加速を終えた一夏はそのまま二人の後ろに回り込む。

 一夏とセシリアに挟まれる形になった木田と佐々木だが、もはやどうすれば良いかわかっていなかった。

 作戦通り一夏に二人で当たるのか。──背後からのセシリアの狙撃に怯えながら戦えるものか。

 作戦を変え、セシリアに二人で挑むか。──背後から一夏に切り捨てられる未来が容易に浮かんだ。

 ならば、それぞれが一夏とセシリアに挑むか。──それが出来たら最初からそうしている。

 

「じゃあ、続きと行こうか」

「お、お手柔らかに……」

 

 狩人を思わせる一夏の笑みに、二人はそう返すのがやっとだった。

 決着はあっけないもので、混乱した二人が体勢を整える前に一夏が切り込み、セシリアが上空から狙撃を行い、木田と佐々木の打鉄のシールドエネルギーを削り取っただけの戦いだ。

 

「流石だな、セシリア」

「一夏さんこそ」

 

 嫌味かよ、一夏はそう言い返した。

 実際、一夏は真っすぐ突っ込んで斬り付けて、折り返して斬っただけだからだ。

 ただ、それはセシリアにとっても同じである。

 セシリアも一夏を援護するために狙撃をしただけで、殆ど動いていない。

 機体の象徴たるブルーティアーズも使っていないのだ。

 

「勝ったな、一夏」

 

 ビットに戻った一夏とセシリアを出迎えたのはラウラだ。

 わたくしは無視ですかと呟いたセシリアを横目に、一夏はISを解除する。

 

「セシリアのお陰さ」

 

 ラウラから投げてもらった冷えたタオルを顔に当てながら言う。

 ISを纏っていれば汗などはかかないが、それでも昂った気持ちを冷ますには丁度良かった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)のタイミングも良かった。アレが相手の心を折ったといっても良い。タイミングは一夏が読んだのか?」

「それは──」

 

 言いかけて一夏は言葉を切った。

 順当に勝ち進めば決勝の相手になるラウラにそれを言う意味はないと思い出したからだ。

 

「ラウラさんから見て、どう思われましたか?」

「どちらでも良いさ。セシリアならタイミングを読める目を鍛える為に訓練を追加するだけさ」

「俺が決めてたんなら?」

「一夏の成長に喜び訓練を追加するな」

「訓練が追加されるだけじゃねえか」

 

 苦笑いを浮かべた一夏が吐き捨てる様に言った。

 まあ、ラウラなりの冗談だろう……多分。

 

「……邪魔なんだけど」

 

 投げられた声音には、明らかに敵意の込められていた。

 

「ああ、悪い」

 

 とはいえ、ピットは広く、そこまで占拠している訳ではないのだが、一夏は謝っておくことにした。

 この手の手合いにそういう事を言っても逆効果だからだ。

 

「……用がないなら出て行って」

「おいおい。俺らって初対面だよな? 俺って何かしたか?」

「……別に」

「なら、なんでそんなに邪険に扱われるか気になるんだがな」

「……私には、あなたに怒りをぶつける権利がある……。けど、疲れるから……やらない」

「いや、マジで意味が分からないんだが」

「もういいから、出て行って……」

 

 どうにも嫌われたもんだと思いながら、一夏は素直にピットを出る事にした。

 その後ろから、不思議そうな顔をしてセシリアとラウラがついてきた。

 

「なんか俺、嫌われ率高いなって思う時がある」

 

 しばらく歩いた後、一夏がため息と共に吐き出した。

 

「デュノアの件は自覚があるだろう。あの娘はどうなんだ?」

「どうもこうもない。初対面だよ、多分な。ピットに居たって事は次の試合に出るんだよな」

 

 そう言いながら、トーナメント表を見やる。

 とはいえ、出場者は四名いる為特定は出来ないかと一夏は思った。

 が、セシリアとラウラはそうではなかったらしい。

 横から指を伸ばしてラウラが口を開く。

 

「こいつだな」

「ええ、四組の更識さんですわね。彼女もクラス代表ですし、面識がありますわ」

 

 それに追従する様にセシリアが頷く。

 四組のクラス代表と言えば、と一夏が何やら思い出す。

 

「四組だったよな、クラス代表が代表候補生なのって」

「ええ」

「それこそ、日本の代表候補だな」

「ふーん……」

 

 とはいえ、なぜ嫌われているのだろうか。

 パッと見では、誰かに敵意を向けるのを向いているタイプではなさそうなだけに気になるところだった。

 

「俺らの後に戦うって事は、次の対戦相手になるのか」

「まあ、順当にいけばそうですわね」

「使うISはやっぱ専用機か?」

「いえ、それが」

 

 そうセシリアが言い淀んだところで一夏は思い出す。

 かつて、クラス対抗戦の時に一組以外には専用機持ちがいないとクラスメイトが言っていた事を。

 となると、彼女は代表候補生ながら専用機を持っていない事になる。

 もっとも、代表候補生が全員が全員専用機を持てる訳ではないので、珍しい事でもないのだが。

 どちらかと言えば、今の一年の専用機持ちの人数が異常なのだ。

 

「なんでも彼女の専用機は製造が遅れているらしいな」

「ええ、ロールアウト前に別の機体が入ったみたいで」

「……ちょっと待て、もしかしなくてもそれは」

「ああ。お前の白式を作った会社が、更識の専用機を作っていた会社だ」

「噂では、制作を送らされた事に不満を覚えて、自分が作ると言って引き揚げたようですが」

 

 なんとなく、話が見えてきて一夏は苦虫をかみしめた様に顔をしかめた。

 思った以上にしょうもない理由だったからだ。

 

「じゃあアレか。あいつは白式が先に作られたのが気に入られなくて俺にキレた訳か」

「ええ、まあ」

「ふざけんな」

 

 あくまでも、これは想像だ。

 だが、そこまで外れてはいないだろうと一夏は思った。

 でなければ彼女との接点は無いからだ。

 

「まあ、元々の仕事を差し置いて他の案件が来たら気に入らないって気持ちは理解は出来る」

 

 先約優先。

 これは基本的な事だ。

 だからこそ、製作元が自身の機体よりも後に依頼された機体を優先したとなれば面白くないと思うのは当然。

 

「だけど、その怒りをぶつけるのは俺じゃねえだろ。俺は一言も専用機をよこせとは言ってねえ」

 

 それに、だとしても既に白式は出来上がって一夏の手にあるのだ。

 

「倉持技研だってもう手は空いてんだろ。だったら作ってもらえば良いじゃねえか。自分が作るって引きとった時点で倉持技研とはもう関係ねえ。今、専用機が無いのは俺のせいでも倉持技研のせいでもねえ。アイツ自身が作れなかったからだ」

 

 ──気に食わねえ。

 そう、最後に吐き捨てて一夏は歩き出す。

 

「……さ、どうするんだ相棒?」

「相棒……いい響きですわね」

「ふざけれてる場合か?」

「ふざけたくもなりますわ」

 

 はあ、とセシリアが大きなため息を吐く。

 一夏の気持ちはわからないでもない。どちらかと言えば、一夏の言葉に賛成だ

 問題なのは、明らかに冷静さを失ったまま、次の試合に臨もうとしている点に尽きる。

 

「私としては、お前らが決勝に上がってくるのを願っているからな。コケてくれるなよ?」

「でしたら、一夏さんを落ち着かせて頂きたいのですが」

 

 ほとんど本心からセシリアが言うと、ラウラはどこか誇らしげに口を開いた。

 

「あいにく、私は煽り専門でな。油を注ぐことしか出来んがそれでもいいか?」

「……結構ですわ」

 

 こうなったら、一夏と戦う前に更識には負けてもらえないかなとセシリアはぼんやりと思った。




かんちゃん前倒し登場!
会長の出番はまだまだ先の予定です。
あと、この作品はISには珍しくがっつりトーナメントを描いてきますのでよろしくお願いします


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予習

 過密日程のスケジュールの中で試合が行われている都合上、昼食の時間はまちまちだ。

 時間も勿論、軽食を摘まむだけの人もいれば、豪快に食べる人もいた。

 既に敗退が決まったペアなどは自分へのご褒美か、それともこれまでの慰労かでパフェを食べてる人もいたりする。

 雰囲気としたら、学園祭の様な感じだろうか。

 それも各国の料理が集まるIS学園の食堂はより一層華やかな雰囲気を感じる。

 軽食類を買って、アリーナで観る事も出来るので、形としてはスポーツ観戦の形に近い。

 また、会場の様子は食堂内のモニターでも中継されているので、ここで食事をしながら観戦する事も出来たりする。

 

「強かったな」

「まあ、代表候補生ですから」

 

 一夏とセシリアも昼食を食べながら、次に対戦するであろう更識の試合を観戦していた。

 彼女が纏っている機体は打鉄。対戦相手も同じISを纏っているが、本当に同じ性能なのか疑ってしまうレベルだ。

 轟音と共に砂塵が舞い上がる。

 濛々と立ち上った煙が晴れたそこには、シールドエネルギーを失い、装甲もボロボロになった打鉄があった。

 

「おとなしそうな見た目してえげつない。つーか同じ打鉄とはいえ装備でここまで変わるか」

「とはいえ、機体性能の差はありませんわ。それでこの結果では相手の方も辛いでしょうね」

 

 専用機持ちに負けたのなら、まだマシだ。

 機体性能が違うから負けたのだと、自分を慰められる。

 だが、同じ機体を使ったのなら、それも出来ない。

 

「ただ、一夏さんのおっしゃるように武装は特徴的ですわね」

「ああ。近距離は薙刀で、遠距離はミサイルか」

「日本は『マルチ・ロックオン・システム』を搭載したミサイルシステムを第三世代兵器として開発していましたから、その辺りですわね」

 

 けれど、その装備は完成されていないはずだとセシリアは本国から聞かされていた。

 試合を観た限りでは、通常の単一ロックオン・システムを使っている様に思える。

 

「で、俺はアイツの相方にびっくりしたわ。布仏と組んでるんだな」

「更識さんとは幼い頃からの知り合いの様ですし、わたくしはそこまで驚きませんでしたが」

「へえ。あんまり馬が合うような組み合わせには見えないけどな」

 

 その辺りは、更識の家と布仏の家との間の関係によるところなのだが、一夏は知るよしもない。

 セシリアとて、イギリス本国から聞かされていたから知っているだけだし、敢えてその事を一夏に伝えようとは思わなかった。

 

「授業の時にも思ったけど、布仏ってISの扱いに慣れてそうだよな。更識の隙を守る動きだけを見たら非の付け所がない」

「ええ。一回戦、二回戦と見た限りではダメージ源は更識さんのミサイルが主ですわ。ただ、現状では単体でのロックオンしか出来ない都合上、どちらかはフリーにしてしまうという事になりますが」

「それを布仏が上手い事抑え込めてる」

 

 強敵だな。

 真剣な表情で一夏が呟く。

 その様子を見て、セシリアはとりあえずは胸をなでおろす。

 どうなる事かと思ったが、怒りで冷静さを失ったまま、試合に臨むことは無さそうだ。

 もっとも、試合が始まってどうなるかはわからないが。

 

「では、相手の持ち札を整理しましょう」

「布仏は打鉄の頑丈さを活かした防御戦術がメイン。ここ二試合の動画を見た限り、銃火器を使ってる様子はない」

 

 肩部に取り付けられている物理シールドに加え、左手にも物理シールドを持ち、右手には通常の近接ブレードよりはやや小振りの太刀を持ち、場合によっては太刀ではなく両手シールドで防御を固めるのが本音の戦い方だ。

 完全に守りに比重を置いているのがわかる。

 銃火器は使っていないが、ここまで使っていないからと言って、次も使わないとは限らない。

 問題は、使えないのか、あるいは使わないのか。

 

「更識の方はまずは近接戦を挑んでから、ある程度ダメージを削ってミサイルで仕上げるって感じだな」

「序盤は様子を見ながらといった感じでしょう。更識さんは代表候補生ですので過去のデータはありますが、今大会に限らず、今までも威力の高い兵装は後半まで伏せておく戦い方を好んでいる様ですし」

 

 一夏なんかは開幕ミサイルで主導権を握っても良いじゃないかと思うが、この辺りは性格だろう。

 セシリアもどちらかと言えば更識の様に、火力の高い兵装は伏せておくタイプだ。

 必殺の一撃たり得るからこそ、必中を期して使い時を見計らう。

 一番は使わせる前に倒す事だが、相手は代表候補生に、乗りたての操縦者ではない。

 初心者二人を相手取った初戦の様には上手くはいかないだろう。

 戦術を立てているのは更識だというのが二人の共通理解だ。

 最大火力と言えるミサイルを温存する立ち回りを見るに、更識は後半に勝負手を打つ事が多い。

 それは格下ともいえる相手であっても変わらない。

 

「……難しいな」

「ええ。更識さんはまだ手を残しているのか。あるいは、布仏さんに持たせているのか」

「実は全て出し尽くして、手を残しているように思わせてるのか」

 

 うんうんと唸る二人だが、答えはない。

 そもそも、じゃんけんで相手が次に何を出してくるのか考えるようなものなのだ。答えがあるはずもない。

 となると、現在わかっている情報に対して、考える方が有意義だ。

 

「いずれにせよ、更識さんのミサイル戦術を破らない事には意味がありませんわ」

 

 最大火力を活かすという点において、二人の連携は完成されている。

 あるかもわからない他の手を考えるよりも、まずはこの対策をしなければならない。

 

「戦術といっても、ミサイルで削りきれるまで近接戦闘でシールドエネルギーを減らし、ミサイルで仕留めるという単純なモノです。布仏さんもその間、邪魔をされない様に守っているだけですし」

「近接戦闘で邪魔を使用とする相手には同じく近接戦闘で、射撃を選択された場合はシールドで守るって感じだな」

 

 おそらく、彼女は更識を守るためだけに訓練を積んできたのだろう。

 ただ、だからこそこの戦術の穴もわかりやすくもある。

 

「この戦術を崩すのに一番簡単なのはどちらかを倒す事ですわね」

 

 一対二なら複数人を相手に戦うのは不利なのは当たり前の事だ。

 ただ、この二組の場合は一人になった瞬間、一気に不利になる。

 単一のロックオンしか出来ない更識にとって、その隙を守ってくれる布仏がいなければ無防備な姿をさらす事になるからだ。

 また、更識が脱落した場合は有効打になる武器がない布仏にとっても同じ事。

 もっとも、だからこそ布仏は脱落しない様に防御偏重の守備で戦い、他に手があるのではないかと疑っているのだが。

 

「布仏の防御は厚いが、抜けない程ではない」

「今までは、それが通用するのは同じ力量の相手までですわ」

 

 セシリアなら、防御の隙間を撃ち抜く狙撃の腕は持っているし、一夏からしてもセシリア程簡単には片付けられないが勝てない相手ではない。

 なら、どちらが布仏に当たるべきか。

 

「一夏さんが更識さんを抑え込み、その間にわたくしが布仏さんを倒す。その後に二人で更識さんに当たるのが理想ですわね」

「俺の得物は剣で、あいつは薙刀だ。剣術三倍段って言葉があるんだが、薙刀とか長物を持った相手を剣で倒すには三倍の力量が必要って意味なんだ。倒す必要はないから、三倍とはならないだろうが、ISの操縦技術を含めて更識の方が上って事を考えると難しい」

 

 箒ならば、ISによる空中戦を捨てて剣術と薙刀術の勝負に持ち込めただろうが、一夏は自分には難しいと判断した。

 剣と薙刀の単純な勝負なら、時間稼ぎ程度は出来る自信はある。

 ただ、これはISを使っての勝負だ。技量の向上した一夏とはいえ、代表候補生の更識と比べるまでもない。

 なら、逆はどうだろうか。

 セシリアが更識を抑え、一夏が布仏を倒す。

 その事をセシリアに伝えると、セシリアが眉間に皺を寄せた。

 

「ミサイル兵装を使わない事、そして他の武器を使わない事が前提になりますが、彼女は近接兵装しか持ちません。一夏さんがそうであるように、近距離戦を得意とする方は必然、距離の詰め方にも優れるという事になりますから」

「お前の射撃をもってしてもか」

 

 専用機が無くとも、代表候補生だ。

 弱いわけはないが、セシリアがそこまで評価するのは正直意外だった。

 そうなると、どちらのリスクを取るかだ。

 

「俺が更識を抑えられる僅かな時間に、セシリアが布仏を倒すか」

「わたくしが更識さんを抑えている間に、一夏さんが布仏さんを倒すか」

 

 前者の問題点は、一夏がどれだけ粘れるかだ。

 そして、一夏が脱落する訳にもいかない。

 後者の問題点は、一夏がどれだけ早く布仏を倒すかだ。

 布仏を倒す事が出来たとしても、時間をかけすぎてはセシリアの損耗が激しければ意味はない。

 万が一、布仏に敗れる事があれば、残されたセシリア一人では辛いものがある。

 

「一夏さんが更識さんを受け持って頂けるとしても、それほど時間はかけませんわ」

「……俺が負けるかもしれねえぞ?」

 

 念のため、一夏が言うとセシリアがどこか勝気そうな顔で口を開く。

 

「あなたが負けてしまう前に倒してみせますわ。わたくし、こう見えてエリート中のエリートですから」

「エリートのお前なら一人でも勝てるんじゃねえの?」

 

 一夏が皮肉げに口元をゆがませると、セシリアが頬を緩め、拳を前に突き出す。

 

「二人で、勝ちましょう」

「……ああ」

 

 それに応える様に一夏は拳をぶつけた。




タッグマッチトーナメントはバトルが沢山書けそうで嬉しいです
原作では1試合で中止になっていた?
決勝にラウラを持って来ればヨシ!


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