ファイアーエムブレム風花雪月 双紋の魔拳 (気力♪)
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第一部 白雲の章
プロローグ ジョニーとリシテア


 また、1人死んだ。

 

 ここに連れてこられた人は数え切れないくらいいたけれど、今ではもう指折り数えられるほどになってしまっている。

 

 この世の地獄のような牢獄で、私リシテア=フォン=コーデリアはただひたすらに自分の番が来ることがない事を祈っていた。

 

「畜生! コーデリアのクソ野郎が! 領民をなんだと思ってんだ!」

 

 叫ぶ男は、比較的軽度の症状で済んでいるようだ。でなければ痛みで叫ぶことなどできるわけはないのだから。

 

 

 今の、自分のように。

 

 

 だが、1人だけ。たった1人だけこの地獄の中で奇妙な少年がいた。歳の頃は、おそらく自分と同じくらい。

 

「また、生き延びる、ことが、できたぜ」

 

 そんな少年は、痛々しいという言葉が最も相応しい。

 

 この地獄の事を真っ先に理解し、皆を守るために最初の被験体となった少年。

 体調が悪いだの様々な言い訳を使って、幼い子たちへの実験を肩代わりするような少年。

 

 名を、ジョニー。家名もない、ただのジョニー。

 

 そんな少年は、黒曜石のようだった髪の色を白く落とし、夜空のような瞳を赤く染めて

 

 それでも尚、笑っていた。

 

「残った皆で、生きましょう!」

 

 そんな、誰も信じられないような夢を口に出しながら。

 

 少年は、笑っていた。

 

 それが、その地獄ではひどく眩しくて。

 それが、その地獄では甘すぎて。

 

 その心は、皆にちょっとずつ伝わっていっていた。

 

「次だ、13番」

「マカロンさん、頑張って!」

「ああ、お前が生き残ったんだ。大人の俺が根性見せなくてどうすんだってなぁ!」

 

 そうして、握手をする2人。少年が始めた、次の人に勇気を与える決まり。実験で生き残った人は、次の人ににぎり繋いで願いを託すのだ。皆で、生きようと。

 

 だが、それはただの甘い夢。

 

 その日、マカロンという青年が牢に戻ってくる事はなかった。

 

 そして、順番は巡ってくる。無情に、無残に

 

 だが、それでも少年は言い放った。手を握り、伝えてくれた。暖かく、響く言葉で。

 

「頑張れリシテア。君が笑顔で帰ってくれる事を、俺は祈ってる」

 

 それが、今日もまた生きる気力を振り絞らせる。

 

 その日の実験では、体が引き裂かれるような強烈な痛みがあったが、それでも命を繋ぐ事はできた。

 

 そうして地獄から帰ってきた時の、ジョニーの泣きそうな笑顔が忘れられない。

 

 苦しいのは、辛いのはジョニーも同じなのに、それでも前を向いて笑顔でいようと頑張っている。

 

 だから、ぎゅっと手を握りしめた。

 

「あなたの、番、なのでしょう? 頑張って、下さい。あなたの、笑顔を、待ってます」

 

 感じた胸の暖かさを、素直に言葉にする。それは昔の私にはひどく難しい事だったけれど、きっと今なら、彼になら言える。

 

 それは、この地獄で私が見つけた、たった一つの光だった。

 


 

 怨嗟の声が、聞こえる。

 

 お前が笑顔で送り出した者たちは、お前のせいで無駄な希望を抱いて死んだのだと。

 お前が、殺したのだと。

 

 だから、いつも帰ってきてくれた時には涙が堪え切れなくて。

 だから、帰ってこれなかった時には死ぬほど胸が痛くて。

 

 けれど、それでも笑顔を絶やさないと心に決めたのだ。

 

 誰の笑顔も、誰の祈りもない死は、寂しいものだとわかっているから。

 

 俺には力はないけれど、だからこそ心だけは折れてはいけない。

 

 それが、ただのジョニーにできる事だから。

 

 それでも、誰かが帰ってきてくれた時には嬉し涙を流しても良いだろう。それくらいは自分を甘やかさないとやっていられない。

 

 だけど、マカロンさんが死んで、ミザリーさんも死んで、今日はケイトが死んだ。

 

 もう、残りは俺とリシテアだけだ。

 

「なぁ、リシテア」

「なんですか? ジョニー」

 

「遺言とか、残しておくか?」

「……皆で生きて帰ろうとは、言わないのね」

「……最悪だな、俺。あー、弱気になってた」

「じゃあ、約束をしましょう」

「約束?」

「本で読みました。昔は、血を混ぜ合わせることできょうだいの契りを交わしたそうです」

「そうか……なら、誓おう。生まれる時は違っても、死ぬときは同じ……ってのもやだな。リシテアには俺より長生きして欲しいし」

「なら、こういうのはどうですか?」

 

「この地獄での日々も、死んでしまった人たちの事も、2人で決して忘れない。みんなを背負って前を向く。だから、一緒に生きましょう」

「ああ、それは良いな」

 

 どちらともなく、実験でできた傷を合わせる。

 

 ほんのちょっとの血が交わって

 

 その日、俺とリシテアはきょうだいになった。

 


 

「グォオオオオオオ!」

 

 こちらに向かって叫ぶ熊。縄張りに入ってきた俺に対して威圧してくる。だが、それに負けるつもりはない。

 

「よう、熊さん。あんたがこの辺りまで出張ってくるようになって、困ってるお百姓さんがいるんだ。まぁ、人の味を覚えたお前が引くとは思えないから山に帰れとは言わねぇよ」

 

「かかってこい! 熊鍋にしてやる!」

 

 熊の高速の突進、そして体重の全てが込められているのではないかとすら感じるほどの重い右手の引っ掻き。

 

 それに対して取るのは回避行動……ではない。

 

 踏み込み、しっかりと腰を回しての回し蹴り。そしてインパクトの瞬間にチャージしていたウィンドを爆発させる。

 

 熊の右手はウィンドの衝撃でズタズタに切り裂かれ、こちらに対して警戒して一歩後ろに引いた。

 

 生存本能からの、逃げの行為だろう。

 

 だが、そうやって逃したらより厄介になって領民たちに襲いかかってくるのは間違いない。なんかそんな感じの話を昔聞いたような気がしたし。

 

 なので、しっかりとトドメを刺しておく。

 

「行くぞ!」

 

 ウィンドの魔力を両足の裏に集中、踏み込む瞬間にそれを爆発させる事で風の力を借りた高速移動を実現する。

 

 この技術を、(フェイ)と名付けているのはまぁ秘密だ。異国どころか異世界の言葉なのだ。それが原因で異端審問にでもかけられたらたまらない。

 

 そんなどうでも良いことを考えながら空に上がり、熊に向かって飛び蹴りを放つ。

 今度は、サンダーの魔力を込める事で威力を倍増させるこの必殺技。というか浪漫技。

 

 転生して魔法ができるようになって練習した、ライダーキックである。雷を纏っているので気分的にはライトニングブラストだ。ブレイドはいいぞ! 

 

 まぁ、浪漫技といえどグロスタールの紋章により高まっている魔力での技だ。実際当たればかなりの威力になる。

 

 具体的にはこう、背骨を砕かれた目の前の熊さんのように。

 

「……内臓破れてたりしないか? コレ」

 

 ちょっと心配になるくらいに気持ちよく砕けてしまったので、かなり心配である。熊の内臓は薬になるから高値で取引されるのだ。

 

「まいっか、血抜きしてはよ持って帰ろ。姉さんを待たせるのもアレだし」

「……誰を待たせるって言うんですか?」

 

 背後から響く聞き慣れた声。ギギギと油の切れたロボットのように振り返ると、そこには闇のオーラを纏っているリシテア姉さんがいた。

 

「いや、ほら。領民が困ってたなら助けるのは貴族の務め! ……的なので納得してくれない?」

「ダメ。私だって戦えるんだから、危ない事するならちゃんと声かけてっていつも言ってるよね、ジョニー」

「いや、だって姉さんには万が一の事があったらマズイだろ。コーデリア家のご令嬢なんだから」

「あんただってコーデリアの息子でしょうが」

「いや、俺はほら……」

「養子だからとかふざけた事言い出したらぶっ飛ばしますよ?」

「……すんません、ちょっと丁度いい相手に必殺技を試したかったんです。出来心なんです」

「……まあ、無事なら良いですけど。でも、それをどうして私に見せなかったんですか?」

「だって失敗したらクソカッコ悪いし」

「子供ですか」

「同じ15の子供だよ」

 

 そんな会話の後に、熊さんの体を放置している事を思い出す。流石に貴重な熊肉を駄目にするのはもったいない。

 

 そうして、嫌がるリシテア姉さんの手伝いの元、熊にブリザーをかけて細菌の繁殖を防ぎつつ血抜きをしっかりと終わらせる。

 

 そうして、熊を俺が。解体道具を姉さんが持って街へと帰る。

 

 道中は盗賊などはなく、巡回をしている自警団の皆に「熊取ったでー!」「さすがジョニー! 肉分けてくれるよな?」「ウチで消費しきれるとでも思ってんのか。当然分けてやるよぉ!」「ヒャッハー!」なんてやりとりをしてからコーデリアの家に帰る。

 

 この家の唯一の使用人をしてくれているポルコは、背負った熊を見て溜息を吐きながら肉を捌く用意をしてくれた。慣れだろう。うん。

 

 とある事情から財政難なコーデリア家を支えるために、山菜に始まり鹿や熊などの狩を行うようになったのは、俺が12の時だっただろうか。その過程で街に害を為しているなんか強い害獣を駆除したり、近所にいた盗賊団の頭と素手でやり合って和解し、自警団として村に溶け込ませたりと色々あったが、それはそれだ。

 

「にしても、ジョニーって顔が広いですよね」

「まぁな。もともとこの街のスラムの連中には顔は知られてたし、雇ってくれた娼館でもそこそこ客とやりとりしたしな。ヘイ! 一発芸見せな! と振られて本当に一発芸を見せてウケを取る下働きは珍しいらしくてな」

「なんていうか、ジョニーって本当にジョニーだったんですね」

「そりゃ、人間生き方はそう簡単には変えられねぇって」

 

 熊の毛皮を剥いで、肉をウィンドで薄切りにしてブリザーで凍らせる。これで自警団の分と畑を荒らされたマカロンさんの妹さんの家にお裾分けする肉は揃った。

 

「リシテア、俺はこれから肉を配ってくるけど、お前はどうする?」

「そうですね……なら、魔道書を読みかけだったので勉強に戻らせていただきます」

「おー、頑張れよ理論派魔導師さん」

「ジョニーは感覚派過ぎます。あれでは絶対どこかで躓きますからね」

「その時は、姉さんに教えて貰うよ」

 

 そんないつもの会話をして、家を出る。

 

 さて、もう孤月の節も中頃。士官学校のあるガルグマク大修道院までの移動を考えるとそろそろ出ないといけないだろう。名残惜しいが、たった一年だ。濃密な強化合宿と考えれば悪くないだろう。

 

 ハンネマンという紋章学者の先生のお陰で俺の分の入学金その他諸々は工面して貰えたし、コーデリア家が貧乏とは言ってもリシテア1人の入学金を払えない程ではない。

 

 ふたり仲良く、一年この領地を留守にするわけだ。

 

 その間、義父さんと義母さんの事をしっかりと守ってくれるように自警団の連中に念を押しておかねば。

 

 


 

 ジョニー=フォン=コーデリア。コーデリア家の異端児といえば同盟での通りは悪くない。

 それは、彼が平民から貴族の養子になったという事だけではない。それは彼の為した偉業を故とする事が大きい。

 

 同盟領を脅かしていたデルスデルカ盗賊団を無力化した事、そして、たった12歳で魔獣を討伐したという信じられない実績。

 

 当時、帝国の内政干渉の傷跡の深いコーデリア家は、騎士団もズタボロで魔獣に太刀打ちできる戦力などなかった。

 

 そんな時に現れたのがこの英雄だった。

 

 彼は身に宿した紋章の力を使い、魔獣を天の雷と見まごうような雷撃で魔獣を打ち倒したのだ。

 

 そんな話が始まりとなり、少年ジョニーは激動の時代の中心へと足を向けることになった。

 

 まるで、運命に導かれるように……

 


 

「そういやジョニー、お前さん魔獣を倒した時使ったのは雷の魔法なんだろ? なんでそいつを磨かないんだ?」

「あー、あの変な害獣? あれ倒したのは自然の雷だよ。鋼の槍にサンダー当てて磁性を強めて、それをあいつの背中に突き刺してからひたすら逃げ回ってただけだし。というか、俺の得意魔法はどっちかというと風だし」

「天の怒りを呼び込んだってのかい⁉︎」

「いや、雷は自然現象だぞ。地面と積乱雲の電荷だかの差が空気の導電率を超えたら起きるっていう感じの」

 


 

 尚、本人には全くその気はなかった模様。

 

 本人は英雄というよりもやはり年相応の悪ガキであり、後世の歴史家たちはだからこそこれから先の時代において重大な役割を負うことになったのだと述べている。

 

 世界を変えるのは英雄ではない、夢を見る者達なのだから。




ツイッターもやってたりするので、質問疑問提案などがおありでしたらそちらからでもオーケーです。ドシドシご意見をくれるとありがたいです。

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プロローグ2 入学前の生徒たち

「引っ越し終わり! イェーイ!」

「……なんでそんな元気なんですか」

 

 孤月の節の終わり頃、前年度の生徒たちが寮を去り、代わりに今年度の新入生たちが入寮した。

 

 まぁ、当然といえば当然なのか、平民の寮部屋にはいくつかのいたずらがしてあったりする。机の裏に貼り付けられた春画とか。

 

 見つけて爆笑したところをリシテア姉さんに見つかり、あえなく闇に飲まれたのは悲しいことだが、些細なことだ。

 

 なにせ前世は現代日本人。この時代の春画ではなかなか抜けないのだ。エロスも萌えも足りないのだから。

 

「さて、せっかくだし礼拝堂見てみようぜ。あんたけデカイんだから、面白いものの一つ二つはあるだろうよ」

「そうですね、それなら礼拝堂だけじゃなくこの大修道院を散策しましょう。これから一年過ごすこのガルグマク大修道院を見て回るのは損にはならないでしょうし」

 

 そんなわけで、大修道院を見て回ることになった。

 

 とりあえず目立つ所から見て回る理論により、礼拝堂に入る。

 立っている警備の人たちはかなりの練度だ。さすが音に聞こえるセイロス騎士団だろう。だが、こちらが生徒だとわかると気さくに話しかけてくれたりしたので、人格的には信頼できそうだ。

 

 尚、道中に何故か妙に綺麗な白いフクロウの羽を拾ったりしたので顔を売るついでにちょっとしたマジックを見せたりしてみた。

 

 結果は好評。単純にフクロウの羽を手の甲と袖で隠すというパームという技術だったが、凄腕と思われる弓使いのシャミアさん以外には見破られはしなかった。やはり弓兵は目がいいのだろう。

 

 とか思っていたが、後々聞くところによると、カードでのイカサマでこういう手口をしてくる輩がいるから目が鍛えられていたのだそうだ。まだまだ未熟だなー。

 

 そうして色々巡りつつ、やってきたのは大修道院。その巨大さには圧倒されたが、中の装飾も煌びやかだ。かといって成金のような趣味の悪さはなく、綺麗に調和している。

 

 そして何より目を引くのが、巨大な女神像だ。あれは作るのに相当な労力がかかったろうに。よくもまぁやったものだ。

 

 そして、そこに祈りを捧げているのが2人。温和そうな子と活発そうな子の二人組だ。どちらも私服だから、おそらくは今年の入学者だろう。

 

「……一応私たちも祈っておきましょうか、形式的に」

「そういうこと口に出すなって。異端審問とか怖いぜー? いや、そんな事例はよっぽどじゃないとないんだけどさ」

 

 そうして、2人の横に並んで軽くお祈りをする。こんなファンタジーな世界なら、神様だっているのかもしれない。なんか加護とかくれないかなーなんて下心を持ちつつも祈りの作法に則って祈りを捧げる。

 

 そうして、終わったところで隣にいた2人組に挨拶をする。こちらは軽くしか祈っていなかったので、ちょうど同じくらいのタイミングで祈りは終わったようだ。

 

「初めまして、俺はジョニー。こっちは姉のリシテア。同盟から来ました。お二人は今年の入学生ですか?」

「はい、私はアネット、こっちはメーチェ……じゃなくてメルセデス。私たちは王国から来ました」

「お、ということは入学したらライバルですね」

「そうねー。でも、仲良くできたら嬉しいわー」

「そうですね、共に競い合って高めていけたら良いと思ってます。よろしく、メルセデス、アネット」

「うん、よろしくね! ジョニー君、リシテアちゃん!」

 

 社交性の高そうなアネットと、ちょっとおっとりしているマイペースなメルセデスは、どうやら王国時代からの友人らしい。王国の魔導学院出身ということで姉さんとアネットは早速魔導談義で盛り上がっていた。

 

「というわけで、出会いの記念に手品を一つ。こちらにあるは美しきフクロウの羽。これに、魔力を加えるとー……ハイ!」

「嘘、無くなった⁉︎」

「……見たことない魔法、かしら?」

「で、これに炎の魔法で暖かくするとー…… ハイ!」

「「おー!」」

 

 手元には手の甲に隠していた羽を手の甲から取り出して、再び羽を手にする。左手の炎でのちょっとしたミスディレクションだ。

 

 決してシャミアさんに見破られたからちょっと手を加えるようにした訳ではない。ちょっとした気分転換だ。

 

「というわけで、この羽をあなたに! ……と言いたいんですが、ちょっと手持ちのモノがこれしかないので許して下さいな。今日話す人全員にやってどれだけ見破られるかのチャレンジをしてるので」

「へー、今のところどれくらいなんですか?」

「なんと、今のところ1人にしか見破られてなかったり!」

「というかさっき見破られて手を変えた所ですね。ウチの弟、結構見栄っ張りなんですよ」

「姉さんや、そこは言わない約束でしょうに」

「仲良いんですね!」

「ねー」

「いやー、それほどでも……ありますね」

「認めちゃうんだー」

 

「お、両手に華だと一本余ってるな。色男」

「ほぅ、よくわかってますね美丈夫さん」

 

 やってきたのは赤い髪が映える色男。フラフラとしてそうで、その実芯はしっかりとしてそうな雰囲気がする。

 

 まぁ雰囲気だけなので後半は思い違いかもしれないが。

 

「俺はジョニー、こっちが姉のリシテア。俺たちは同盟から来たんだ」

「私はアネット! こっちはメルセデス、私たちは王国から来たの」

「お、同郷みたいだな。俺はシルヴァン。シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエだ。王国で貴族なんかをやってるよ」

「おー、ガチの貴族様だわな」

「ジョニー、私たちも貴族です。忘れないでください」

「え⁉︎そうなの⁉︎」

「はい、同盟領のコーデリア家の姉弟です。弟の方がやらかしているので同盟ではそこそこ有名なんですよ」

「コーデリア……ジョニー=フォン=コーデリアか! 魔獣殺しの! 王国でも与太話として伝わってきてるぜ。んで、本当にやったのか?」

「12のガキがんな大層なことできるかっての。やったのは普通の雷だって」

「ほんとあの時は肝を冷やしましたよ。大雨なのにジョニーは家にいないし、魔獣の襲撃で騎士団はてんやわんやですし。と思ったら大きな雷が落ちてきたりで。とか思ってたら平気で帰ってくるし」

「いやー、あの日はやばかったよ。なんかビビっと来た感覚頼りに歩いたらなんかヤベーのがいるしなー。あの日に積乱雲がなかったら死んでたよマジで」

「……積乱雲?」

「あー、要は大雨とか嵐とかの時の雲な。あれって雷の力が詰まってんだよ。だから、それが魔獣に当たるように誘導すればって理屈よ」

「……そんな事、魔導学院じゃ習わなかった……すごい、すごいよジョニー君!」

「いや、これについては褒められたもんじゃないから。ふつうに実験すれば確かめられるからな? 凧と銅線と瓶と適当な金属とかで」

「ジョニーって本当にどっからそういう知識を手に入れてるんですかね、そんなに本は読まないのに」

「ほら、実験大好きっ子だから俺」

「ま、むさ苦しい男の話はこの辺で。お嬢さん方、俺も一緒にこの修道院を見て回ってもよろしいでしょうか?」

「俺からも頼むよ、正直野郎1人だと息苦しかったんだ」

「うん、私は良いよ! メーチェは?」

「私も構わないわー」

「決まりだな! じゃあ次はどこに行こうか」

「シルヴァンはどこ回った?」

「ここが最初だな。フェリクス……俺と一緒に来た奴は訓練所に行くって言ってたよ」

「訓練所かー……ちょっと惹かれるものがあるな」

「ジョニー、初日から問題を起こさないでくださいね?」

「いやなんで問題を起こす前提なんだよリシテア姉さん」

「だってジョニーですし」

「なら、書庫に行ってみたいかな! ガルグマクの書庫は凄いって士官学校出た先生が言ってたから」

「それは楽しみですね。行きましょうジョニー」

「へーい」

 

 そうして他愛のない話をしながら二階の書庫へと足を向ける。

 

 すると道中、愉快な話し声が聞こえてきた。綺麗な声をしている、そんな印象だ。

 

「あー、書庫の場所聞いてみないとなー」

「そうだなー」

 

 無言で示し合せる俺とシルヴァン。実際に口説くかどうかはともかくとして、美女がいるなら見てみたいと思うのは男のサガなのだ。

 

「なんだか、ジョニーに悪い友人ができてしまったような気がします」

「良いんじゃない? シルヴァンは悪い人じゃないだろうし」

「んー、ちょっと軽いけどねー」

 

 そうして、開け放たれているドアから中を覗いてみると、そこには絶世の美女が2人いた。どちらも、佇まいが美しい。

 俺を最初に拾ってくれた娼館の姉御達に通じるものがある。なにか魅せる仕事や訓練をしていたのだろうか? 

 

「あら、怪我でもしたの?」

「いえ、美しい声が聞こえたのでここには天女がいるのかと」

「……シルヴァン、おまえいつ飲んだ?」

「いや、口説き文句だからな? シラフだっての」

「いきなりダメっぷりが出てますね、シルヴァン」

「あら、私服ってことは新入生? 私もなの。私はドロテア、帝国から来たわ」

「そして私はマヌエラ。今年も先生をやる事になってるわ。ここの医務室の主もしてるから、怪我をした時は頼ってね?」

「お、出歯亀根性も良い方に転がるようですね。医務室には沢山お世話になると思うので、よろしくお願いします、マヌエラ先生」

「それで、あなた達は?」

「すいません、俺はジョニー。こっちは姉のリシテア。俺たちは同盟から来ました。こっちの2人がアネットとメルセデス。このナンパ野郎がシルヴァン。この3人は王国から来たそうです」

「よろしくお願いします! マヌエラ先生!」

「ええ、よろしくね皆。ドロテア、せっかくだからこの子達と一緒に行ったら?」

「でもマヌエラ先輩とようやくまた会えたのに……」

「これからいつでも会えるわよ。だから、今のうちに同級生と仲良くなっていなさい。そっちの方が学園生活楽しいわよ?」

「……そうですね。じゃあ、よろしくね皆!」

「ああ、美人が増えるのは大歓迎だ」

「俺もだ。よろしく、ドロテアさん……ってリシテア姉さん、脇腹つつくのやめて。くすぐったいから」

「……ジョニーはちょっと女の人に色目を使いすぎです」

「あら、仲のいい姉弟なのね」

「まぁ、自慢の姉ですから」

 

 そうして、ドロテアを加えての大所帯で書庫へと向かう。

 ドロテアさんの事を考えると、帝国の生徒を見つけたいものだ。

 

「ここが、書庫か……スゲー蔵書量」

「王都の学校でもここまでじゃなかったよ! 凄いねガルグマク大修道院!」

 

 そう話していると、若干棘のある目で睨まれる。そうして俺とアネットは、図書館ではお静かにという暗黙の了解を破っていた事に気付き司書さんに頭を下げた後、クスリと笑ってしまった。

 

「じゃあ、見て回るか。静かにな」

「そうだね」

「しっかしこの量だと、目当ての本を探すだけで一日が終わりそうだな」

 

 そうしていると、歴史書、宗教書、各国の貴族についての本などのスペースの先にポカリとスペースが空いているのがわかった。

 

「これは、魔導学か紋章学あたりの本か? まだ入学前だってのに随分と勉強熱心な奴がいるんだな」

「ジョニー、あの人じゃないですか?」

「ん? ……あー、あれは新入生かね?」

 

 なんだか眠そうな空気を出しながら、それでもしっかりと手を動かしている奴がいた。写本作業だろうか?」

 

「んー、真面目な奴みたいだし話しかけるのはやめとくか?」

「いえ、読んでいる本以外を持ち出すのはマナー違反です。なので読みたいですね、セネリア=オーヴァンの魔導論。というか読みます、力尽くでも」

「あ、本当だ。積まれてる本の中にある! 私も読みたい!」

「すまんアネット、リシテア。俺は魔導にはそんなに詳しくはないんだが、そんなに有名な本なのか?」

「ええ、現代魔導学の基礎を作り出した偉大な先人の傑作です。それまで紋章持ちにしか使えないとされていた魔法を皆に使えるように体系化したんですよ」

「最近じゃそれをさらにわかりやすく噛み砕いた本しか出回ってないから、内容が抜けてたりするの。だから、とっても貴重なの!」

「へー」

 

「そこ、聞こえてるよー。この紋章と魔法が結構手強いから、積んでるの勝手に持ってっていいから」

「あ、そうなんですか。なら借りさせてもらいますね」

「狡いリシテア! 私も読む!」

「でも、まだ入学してないから貸し出しはできないってさ。読むならここでね。……はぁ、部屋の方が集中できるんだけどなぁ……」

「そうですか……では、今日の所はやめておきます。流し読みした程度で理解できるものではないでしょうし。入学してから本腰を入れて読みたいと思います」

「うーん、それもそっか……じゃあ、じゃんけんしよう! 勝った方が先ね」

「ええ、恨みっこなしです」

 

 そうしてじゃんけんを始めるアネットとリシテア。

 特にイカサマとかをしないアネットと、俺が手段を選ばなさすぎて目が鍛えられているリシテア姉さん、勝敗は明白だった。

 

 雷の魔法は苦手だというのに、よくやるものだと毎回思う。

 

「勉強の邪魔して悪かったな。俺はジョニー。同盟から来た。お前は?」

「僕はリンハルト、帝国から来たよ。どうせ入学したら自己紹介とかするわけだし、皆の事はその時に覚えるよ」

 

 なんともマイペースな男だ。

 だが、不思議と嫌いにはなれない。おそらく面倒臭がりなだけで、悪い奴ではないのだろう。そうでなければ本を貸しても良いなんて事は言わないだろうし。

 

 そうして一通り見て回ったのでちょっと休憩入れようという話になり、お茶会をしようという事になった。

 

 なんでも、修道院の入り口近くにある市場で茶葉や茶菓子が売られているらしい。

 

「それなら、ちょっとフェリクスの奴連れてくるわ。茶会の場所って食堂の南のガーデンスペースだよな?」

「ええ、とても居心地が良いらしいの。マヌエラ先輩から聞いただけだけど」

「じゃあ、役割分担な。俺と姉さんとドロテアで買い出し、シルヴァンは訓練所で友人と他にも人がいたら連れてきてくれ。アネットとメルセデスは茶器とか食器の用意を頼む……あーでもそういうのは拘る奴とかいるかね?」

「さぁ? でも、今日士官学校に着いた連中ってそんな事は気にしないと思うぜ? 今日の乗り合い馬車が一番安かったから来たんだろうし」

「あー、王国でもそうなのか」

「帝国でもそうよ。入学式に合わせて人の流れが増えるから、その時期の馬車は高くなるの」

「やっぱそうなのか」

 

 そんな訳で分担開始。

 

 アネットとメルセデスから欲しい茶菓子は聞いたので、それと姉さん好みの甘いのを量買っておけばいいだろう。人が増える事はないかもしれないが、その時は俺とシルヴァンの野郎組で食べれば良いのだし。

 

 そうして、ガルグマク大修道院の門の前に着いたところで、なんだか悩んでいるような人を見つけた。馬車の荷下ろし中のようだが……

 

「すまん、ちょっと行ってくる」

「あ、ジョニー!」

 

「すいません、なにがあったんですか?」

「あ、ああ。帝国のヴァーリ伯から荷物の配達を依頼されたんだが……この袋の触り心地が妙でな。よく見るとちょっと動いてたりするんだよ」

「……同盟貴族、ジョニー=フォン=コーデリアとして、この中身を改めさせて貰います。もしも人であるなら、人攫いに加担させられてしまった可能性もありますから」

「そりゃねぇぜ! 貴族さん!」

「あなたには責任は……ないとは言いませんが、なるべく罪が軽くなるように尽力します。まぁ、これが人じゃなくて動物か何かの類なら俺がヴァーリ伯に怒られるだけで終わりますから、安心してください」

「そ、そうか。頼むよ」

「ええ。では、失礼して……」

 

 そうして、麻の袋を開けてみると。

 

 寝巻き姿の少女が、口と両手足を縛られた状態で現れた。

 

「大丈夫か!」

 

 咄嗟に口枷を外す。すると、きょろきょろと周囲を見回した後に叫び出した。

 

「ど、どこですかここはぁあああ! ベルの聖域はぁあああ⁉︎」

「落ち着け! ここに君を害する者はいない! まず、ゆっくり深呼吸してくれ」

「落ち着けませんよぉ! 部屋に、部屋に帰してくださいぃいいいい!」

 

 そうしてひとしきり叫んだのち、彼女は顔が青白くなり、やがて嘔吐を始めた。パニックが終わって冷静になった事で逆に不安になってしまったのだろう。

 

「大丈夫、大丈夫な。ゆっくり吐きだし切ったら、まずは水でも飲んで落ち着こう。

 

 背中をさすりつつ先ほどの人が持ってきてくれたコップにブリザーとファイアーで水を作る。それをゆっくり飲ませて、少しだけ落ち着かせた。

 さて、この吐瀉物をどうしたものか。ファイアーで焼き払っていいのだろうか? 

 

 ちなみに、この騒ぎを聞きつけてセイロス騎士団がやってくるのに、20分ほどかかった。



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プロローグ3 新入生お茶会

ついさっき帝国ルートクリアしましたー。あとは教団ルートだけです。

いや、周回要素ありありなのに終章なかなかに難しかったです。主に強すぎるペガサスナイトが!
逆に言えばペガサスナイトの処理さえちゃんとすればどうにでもなるマップでしたねー。光の槍の必殺はクソでしたが。

まぁ、天刻使いまくりましたけどね!いや、レア様にたどり着くまでがしんどすぎるねん。レア様はヌルゲーでしたけど。


 やってきたガルグマク大修道院のお偉いさんであるセテスさんに事情聴取を受ける俺と少女、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。寝巻きのままというのはアレなので外套を着せてあげたが、一緒に送られてきた荷物の中に彼女の服が入っていたそうなので今は別室で着替えている。

 

 それに対しても怯える子鹿のように俺の背中から離れなかったが、流石に裸を晒すのは抵抗があったのか俺が扉の前で警護するという約束の元でようやく着替えをしてくれている。

 

 ちなみに、姉さんとドロテアは戻らせた。女子2人にお菓子などを運ばせるのは少し心苦しかったが、事情が事情なので仕方がないだろう。

 

「……あの! 居ますか? ジョニー君!」

「居ますよー。ゆっくりで大丈夫ですから」

 

 そうして、貴族の令嬢が着るような綺麗な仕立ての服の上に俺の外套を着た少女が現れた。

 

「いや、なんで俺の外套着てるんだし」

「ひぃい! ごめんなさいぃ!」

「……では、話を聞かせてもらおうか」

 

 そうして、始まる事情聴取。といっても、話しているのはやはり俺とセテスさんだけだった。ベルナデッタはひたすらに怯えていた。

 

「うん、大丈夫。ここには君を害する人はいないから」

「その通りだ。……信じ難い事だが、君の事情はわかった。ヴァーリ伯のご息女が入学するという話はあったからな」

「うう、ベルを無理矢理こんな所まで!」

「落ち着けってベルナデッタ。なんにせよ早いとこお前の引越しを終わらせないとだろ? いつまで俺の後ろに隠れてんだ、早いとこ自分の部屋を作って、そこで落ち着いて色々考えればいい」

「そ、そうですね……」

 

 そんなわけでセテスさんの尋問はそのあたりで終わり、ベルナデッタの荷物を一緒に部屋に運び入れる事になった。

 

「少しいいかね?」

「はい、大丈夫セテスさん」

「彼女を拉致同然に連れてきた事から、彼女の境遇は察せられる。彼女の心の傷は相当に深いものだ」

「ええ。でも特別扱いはするつもりはありません」

 

「普通に、手助けします。ベルナデッタと友達になれたら、きっと面白そうですから」

「そうか……ジョニー=フォン=コーデリア。君のことは覚えておこう」

「いやー、これからたくさん迷惑かけると思うので、その辺のお目こぼしをしてくれるとありがたいですねー」

「自分が問題児という自覚があるなら直したまえ。拾ってくれたコーデリア家に泥を塗るつもりか?」

「……すいません、直そうと努力はしてるんですが、どうにも頭より体が先に動くタチでして」

「……まぁ、いいだろう。引き止めてすまなかったな、行くといい。彼女が産まれたての子鹿のようになっているぞ」

「ですね」

 

 そうして、捜査のために詰問部屋に運び入れられていた荷物を俺が持ってベルナデッタの部屋に行く。

 

「お、このガーデンスペース通れそうだな」

「ひぃ! こんな人が多い所を歩くんですかぁ⁉︎」

「そりゃ、近道だし」

 

 そうして歩いていると、なんだか愉快な声が聞こえてきた。

 

「待たせたな! 私が茶器を持ってきたぞ! 貴族なら貴族らしい上等な茶器で飲まなくてはな!」

「あ、もう始めちゃってますフェルディナントさん」

「まぁ、茶器の良し悪しとかわかんねぇしな! 俺は!」

「それは威張るところではありませんよカスパル……というかウチの弟は何をしているのだか」

 

 聞いたことのある声と、聞いたことのない声がちらほらと。

 

「悪い、もうちょっと遅くなる! ちょっと引越しの手伝いする事になってさ」

「ジョニー君! 大丈夫だったの⁉︎」

「ああ、なんとあの子、新入生らしい。誘拐とかではなかったみたいだ。ベルナデッタ、挨拶できるか?」

「む、無理ですぅ! ベルに、こんな大人数相手に何かできるわけないじゃないですかぁ!」

「そっか、じゃあ俺から。彼女はベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。帝国の貴族だけど、筋金入りの引きこもりだ。多分かなりの問題児っぽいけど、色々頼むなドロテア」

「えー、私?」

「帝国貴族ならば、黒鷲の学級だろう! ならばこのフェルディナント=フォン=エーギルに任せたまえ!」

「いや、同性の方が色々良いだろ。野郎はこういうのには向かねぇから。…….じゃ、そんな感じで」

「ジョニー、早くしないとお茶菓子がなくなってしまいますよ」

「そこはこっそりキープしてくれたりとかは?」

「しません。お茶会は戦争なので」

「じゃあ、なるはやで戻ってくるよ」

「なるはやって?」

「なるべく、早く。どう? ちょっとお茶目な気がしない?」

「む、ジョニー君。正しい言葉を使い民の模範となるのも貴族の務めだ。気をつけた方がいいぞ。たしかに軽快な響きであったが」

「……面白い奴連れてきたな、シルヴァン」

「俺もそう思う」

 

「じゃあまた後でなー」と声をかけてベルナデッタを体で隠しながら先を急ぐ。

 

 話しながら横目でベルナデッタを確認してみたが、顔色は悪くなる一方だった。

 

 セテスさんの言う通り、これはかなり根が深い問題かもしれない。

 どうして俺は大丈夫なのかは少し疑問だが、それはそれだろう。

 

「大丈夫か、ベルナデッタ」

「ダメです、早く引きこもりたいです」

「そっか……なら急いで部屋を作らないとな」

「……ジョニーくん、どうして駄目って言わないんですか? 私、今すごい迷惑をかけてます。初対面の人に、どうしてそこまで優しくなれるんですか? わかりませんよ」

「んー、その場のノリ? まぁ、俺もよくわからないんだけどさ」

 

 実際、なんとなくほっとけないだけなのだ。なんだか苦しんでいる気配が伝わってきて、それを見て見ぬ振りはできない。それだけなのだし。

 

「裏があるのは分かってます! ……でも、その裏がわからないんです! じゃなきゃ、ベルに、ベルに優しくしてくれるわけ!」

「じゃあ、一つお願いを聞いてくれるか?」

「なんですかぁ!」

「いつか、心の底からの笑顔を見せてくれ。俺にとっては、それが一番の報酬なんだ」

「……え?」

「そういうわけで、部屋行くぞー」

 

 そうして、部屋の扉を開けて中に荷物を丁寧においていく。

 とは言ってもベルナデッタの荷物は本当に最小限であったため、時間は全くかからなかった。

 

 これも、実家で冷遇されていたことが原因なのだろう。

 

 溜まってくる怒りを押し込めて、笑顔の仮面を被っておく。

 

 この部屋の前の持ち主が残してくれた、ちょっとしたいたずらを手に。

 

「じゃあ、ベルナデッタ。部屋の片づけも終わったことだし、一つプレゼントをば」

「プレゼント?」

「俺からじゃなくて、この部屋の前の人が残してくれたものだけどな。寂しくないようにっていう願いが込められた、プリティーな一品だよ」

「……見えませんが?」

「そりゃ、隠したからな。だが、こうしてテーブルに布を被せて、魔力を与えると……ハイ!」

 

 そうして、熊の人形が一瞬にして出現するというマジックを披露してみせた。

 まぁ、仕込みをする時間はあまりなかったので、布で目線を切っているうちに蹴り上げた熊をテーブルの中心に置くという単純にして無理矢理なものだったが

 

 ベルナデッタのポカンとした表情からして、手品は最高のようだ。

 

「コイツに同封されてた手紙はコレ。前にこの部屋を使ってた人も、ホームシックで苦しんでたんだってさ。でも、友達ができて、世界がちょっとずつ広がって、なんとかなってきたらしい。ベルナデッタにそうなれって言ってる訳じゃない。けど、そうなってくれたら、俺は嬉しい」

「広がる、世界……」

「ま、まずはドロテアあたりと仲良くするのを勧めるぜ。1人じゃなくなれば、ちょっとずつ世界は広がっていくだろ」

「あの、ジョニーくんは?」

「俺? 当然手助けはするさ。でも、本当の意味でお前を救えるのはお前だけだ。だから、な」

 

 その言葉になにかを感じ取ってくれたのか、ベルナデッタは何かを考え込んでいた。部屋も片付いたのだし、長居は無用だろう。

 

「じゃ、お茶会に行ってくるわ。持ち帰り出来そうな菓子があったらくすねてくるから、期待しないで待ってろよー」

「あ、あの!」

「ん?」

「ありがとうございます!」

 

 その、必死の声に応える言葉は一つだろう。

 

「どういたしまして!」

 


 

 お茶会には、今日の午後の馬車で来た同盟のラファエル、イグナーツ、レオニーの三人に訓練所で汗水を流していた王国のフェリクスと帝国のカスパルが追加で参加した。なにやらイグナーツは居心地が悪そうだし、フェリクスは終始不機嫌だったが、フェルディナントが持ってきた一級の茶器と茶葉、追加で買いに行った茶菓子などによりとても楽しい時間を過ごすことができた。

 

「同盟の三人とは、これからも仲良くなれたら良いな」

「そうですね。……まぁ、レオニーとラファエルは私たちを子供扱いしてくるので、そこを実力で黙らせることから始めないといけませんけれど」

「実際年下じゃねぇかよ」

「年下扱いが気にくわないのです。同じ年に士官学校に入ったのなら、それはもう同期で括れる筈なのに」

「ま、おいおいな」

「ジョニーは嫌じゃないんですか?」

「んー? 別にどうも。最初侮ってくれてた方が楽なこともあるし」

「そう、ポジティブにはなれません。私達には、時間がないのに」

「時間はあるよ」

「ジョニー?」

 

「ハンネマンって人は、紋章学の権威だ。だから、その人のとこにいれば俺たちの紋章を安定させたり、捨てたりする方法を見つけられる。そうじゃなきゃ、わざわざこんなとこまで義父上たちを放っておいて来るかっての」

「そんな、夢のような可能性を信じてるんですか?」

「信じるさ。だって、可能性にゼロはないんだから」

 

 強がり混じりの笑顔とサムズアップで、姉さんに勇気を見せる。

 

 正直に言えば恐ろしい。二つの紋章に魅入られて外道の実験に与することになってしまうかもしれない。だが、姉さんがこれから先の未来を生き残る可能性を掴むには、これしかなかったのだ。

 

 だから、やるしかない。やるべきだ。やりたいのだ。

 

「じゃあ、また明日」

「ええ、おやすみなさい、ジョニー」

 

 そう言って、姉さんの部屋を出る。

 

 さて、今日は月が綺麗だ。どこか散歩にでも行きたい気分になる。

 

 そうしていると、貴族の馬車がガルグマクに入ってくるのが遠目に見えた。

 あれは、確かエドマンドの家の家紋だ。

 

 とすると、同級生だろうか? 野次馬根性でちょっと行ってみよう。

 

 そうしていたのは、荷物だけを残して去っていく馬車と全てを諦めているような雰囲気の美少女だった。

 

「これから、どうしましょうか」

「とりあえず、ガルグマクにやってきた事を知らせるのが最初かな? 寮長さんがまだ起きてるかは微妙だけどさ」

「……あなたは?」

「ジョニー、ジョニー=フォン=コーデリア。同盟出身だから、同級生になるのかな?」

「私は……マリアンヌと申します」

「じゃあ、案内するよ。実はちょっと散歩したい気分でな。そのついでに荷物運びくらいはするよ」

「いえ、そんな事をして頂く必要は……」

「その結構な量の荷物、運び切れる?」

「……すいません、お願いします」

「任された!」

 

 そうしてマリアンヌさんの荷物を手分けして持ち、寮長さんの所に行く。

 

「うん、やっぱ良い月だ」

「月?」

「上、見てみ」

「……本当ですね。なんだか、吸い込まれてしまいそう」

「その時は俺も連れてってくれ。星の世界って凄く興味があるんだ」

「ふふっ」

 

 そうして、寮長さん(物凄く不機嫌だった。寝ようとしていたらしい。ガチにすいません)に話を通して鍵をもらい、貴族部屋のある二階へと足を向ける。

 

「さ、着いたよ。ベットは備え付けのがあるから、とりあえず寝ちまうのが良いよ」

「……そうですね」

「じゃあ、マリアンヌ」

 

「また、明日!」

「は、はい」

 

 そうして、ガルグマクにやって来る生徒たちの第一陣は終わった。

 なんだかこれから先の生活がちょっと楽しそうに思えてきて、なんとなく月に向けて手を伸ばしてみた。

 

 そうしていると、今日の恥ずかしいやらかしが自然と思い出される。あかん、考えないようにしなければ。

 

 と、考えていると余計に思い出してしまう。その場は良くても、後から振り返るとものすっごく恥ずかしいのだ。

 


 

「あー、ちょっと皆に言いたい事があるんだが、良いか?」

「なんだ? コーデリアの雷落としさん」

「あー、それも訂正したいけどそれは後な。さっき連れてた彼女、ベルナデッタについてなんだが……」

「ふむ、たしか顔色が悪かったな。それが理由か?」

「ああ。彼女、多分人間関係にものすごいトラウマを抱えてる。俺は多分恩人って事で感覚は麻痺してるみたいだけど、それもいつまで保つかはわからない」

「つまり、それの治療に手を貸して欲しいって事か?」

「いや、ちょっと違う。ベルナデッタが自分で扉を開けて誰かと繋がろうとした時に、それがどんなに不恰好でも受け入れてやって欲しいんだ」

「ふん、弱いな」

「優しいんだよ、多分な。だから、皆は積極的にどうこうするとかじゃなくて、ゆっくり彼女を見てやって欲しい。この通りだ」

 

 そう言って、皆に頭を下げる。あげられるものなどないのだから、誠意は姿勢で示すしかない。

 

「……一つ聞く、お前には何も関係ないそいつの為に、どうしてお前が頭を下げる?」

「だって、関わっちまったから。ちょっとでも繋がったから。だから、ベルナデッタの笑顔を守りたい」

「オーケーだ。お前さん、思ったよりも良い男だねぇ。フェリクス、こいつは一本筋がちゃんと通ってるお人好しだ。こいつに免じて、彼女にはゆっくり接してこうぜ? ……まぁ、訓練バカのお前には縁はないかもしれないけどな!」

「黙れシルヴァン」

 

 そんな、道化を演じてくれたシルヴァンのお陰で自分の声は少しくらいは届いたようだ。

 

 俺の手は二本しかない。その手で誰を守るかはもう決めている。そこは絶対に曲げるつもりはない。

 

 けど、俺は知っているのだ。二本しかない人の手を、どこまでも届かせる方法を。

 

 それをかつては表面的にしかわかっていなかった。繋いだ先が崩れて落ちる苦しみを味わったのは今世になってからだ。

 

 だが、それでも繋ぐことは諦めない。

 

 それが、リシテアが格好いいと言ってくれたジョニーという奴の姿なのだから。

 

「じゃあ、場を白けさせるだけなのもなんなので、一発芸やります!」

「このテンションからそれは自爆芸しかねぇだろ⁉︎」

 

 そうして、本日大活躍のフクロウの羽を使ったマジック。パームで消したように見せたフクロウの羽を、微弱な風魔法を使って空に飛ばしてドロテアの帽子の羽飾りにするマジックだ。

 

 結果は、本人でさえ帽子を取らないと気付かなかったという大成功っぷりを見せた。

 

 もっとも、魔力を使って何かするという事を見抜かれていた姉さんには、少し滑稽に見られていたかもしれないが、それはいいだろう。

 

 そんな訳で、ベルナデッタについての賄賂を渡すついでに一芸の役に立って貰ったのだった。

 

 すると、ドロテアはこのショーマンシップに対抗して、帝国のミッテルフランク歌劇団の歌姫をやっていた美声でのアカペラ演奏でこの場を盛り上げてみせた。

 

 うん、俺の手品が前座になった気がしなくはないが、歌声が綺麗だったので問題はない。

 

 今日やってきた連中だけでこれなのだから、噂に聞く皇女王子に次期盟主、その他様々な経験を経てこのガルグマクにやってきた者達が来たらどうなるだろうか。

 

 学業には正直期待していなかったが、楽しくなってくれると嬉しい。

 

 そんな未来を、このお茶会に見ていた。

 


 

 そして、そんな風に格好つけた自分を、今の自分はぶん殴りたいと思うのだった。



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第1話 運命の出会い

 それは、大樹の節の事。

 

 これからの課題出撃の演習として、3クラス合同での遠征訓練に出た時だった。

 

 突如として、演習場に大勢の盗賊団が現れたのだ。

 同行してくれているセイロス騎士団は精強だが、ここには守るべき生徒たちが大勢いる。

 

 包囲されてしまっているこの状況では、成すすべはないだろう。

 

 だから、動けるのは俺たち生徒の中だけだ。

 

「行くんですか、ジョニー」

「……ああ、悪いな姉さん。ちょっと暴れてくる」

「……ジョニーが行く必要があるのですか? ここには多くの人が居ます。誰かに任せてもいいじゃないですか」

「いや、単純にスピードの問題だ。この陣営で一番速いのは俺だ。包囲を抜けて暴れつつ、ついでに逃げるのなら俺が一番なんだよ」

「……なら、私は信じて待ってます。あなたが助け出してくれる事を」

「オーライ! 姉さんは皆を任せたよ!」

 

 そうして、包囲の薄い方面から抜けようと周囲を探っていくとぱったりと出会ってしまった。

 

 次期レスター諸侯同盟盟主、リーガン公の嫡子クロード。

 ファーガス神聖王国次期国王、ディミトリ。

 そして、アドラステア帝国次期皇帝、エーデルガルト。

 

 3人は、目を見開いた後に、同じ事を考えていたのか自然と武器を取る。

 

 何故なら、クロードの矢がもう放たれた後なのだから。

 

「何だ⁉︎」

 

 アイコンタクトで意思疎通を図る。俺が最前線で暴れて敵陣に楔を入れ、ディミトリとエーデルガルトがその力で崩し、クロードがそれを止めようとする指揮官を殺す。

 

「さぁさぁ遠からんものは音に聞け! 我が名はジョニー! ジョニー=フォン=コーデリア! この包囲を破り、お前達の企みを挫く者だ!」

 

 (フェイ)で接近して矢が射られた男を蹴り飛ばし、持っていた鉄の斧を頭と思わしき奴に投げつける。

 当然躱されるが、十二分に目を引いた。

 

「ガキが一丁前に何言ってやがる! 野郎ども、殺せぇ!」

「うぉおおおお!」

「かかって来い! エンチャント・サンダー! からの、バックブロー!」

「コイツ、魔法を使いながら殴りかかってきやがる⁉︎」

「見ろ! 一撃でドラクスの奴がぶっ倒れたぞ!」

「つーかテカテカ眩しいんだよ! 死ね!」

 

 多種多様に、統率の取れていない一団だ。これは、間違いなく敵軍の中でもさして実力の高い連中ではないだろう。

 

 つまりそれは、訓練を積んできた次期権力者達にとってみても容易い敵だと言うことで。

 

 背後から強襲してきた3人の連携攻撃により、敵の包囲網は完全に崩壊した。

 

「突っ込みすぎよ! 死にたいの!」

「生きる自信と約束がありますんで大丈夫! さぁ、逃げましょうか皇女殿下!」

「……エーデルガルトで構わないわ、ジョニー」

「じゃあエガさんで」

「気安過ぎない⁉︎」

「いいじゃないのエガ殿下、これから命を預け合うんだからさ」

「……クロード、俺たちがそれをやると外交問題になりかねん」

「いいから行くわよ。ここから南に抜けるルミール村に腕利きの傭兵団がいるらしいの、私たちなら空手形でも雇えるはず。走るわよ」

 

 そうして、3人の級長とおまけ1人はルミール村に向けて走り出すのだった。

 

「どうする? 俺だけなら早く行けるが」

「あなたの力、それは魔法と体術を合わせたものでしょう? いくら紋章持ちとはいえ、魔法力を使い切った所を盗賊に襲われたら事よ。4人いれば多少の包囲網でも食い破れる。ここは私たちの安全を取りましょう」

「そうだぜ? それにお前だけ先に行かせて死んだ、なんて事になったら後味が悪い」

「そうだな。いくら魔獣殺しとはいえ、進んで単身になる必要はないだろう」

「了解、年少者は年長者の言うことに従いますよー」

「なんだ、不貞腐れてんのか15歳」

「そうですよ、1人でも囮をやろうとしてた17歳児さん」

「……お前ら、どうしてそうも気楽にいられるんだ。同盟の気風なのか?」

「「いや、絶対違う」」

「そこ被さるのね」

 

 そうして、盗賊の馬持ちなどの追撃を時にやり過ごし、時に撃破することでなんとかルミール村へと辿り着く事が出来た。

 

 人を殺す感覚は、正直慣れない。だが、願いを信じて拳を握りしめたのだから、覚悟だけは決まっている。

 

 だから、殺した者たちの事を考えて泣いたり吐いたりするのは状況が落ち着いてからにしよう。感情とは別に、思考はそう言っている。

 

「見えたわ!」

「じゃあ、3人は傭兵団に交渉に行って下さい。俺は今のうちに周囲の民家に盗賊が来たことを知らせて回ります」

「それなら俺も」

「いえ、ディミトリ殿下も行って下さい。傭兵団がどんな気風の連中かわかりません。だから、どこの国にも恩を売れる状況で断らせないのは大切だと思います」

「……わかった。では、任せたぞジョニー。それと、俺もディミトリでいい」

「了解、ディミトリ」

「じゃあ、俺はクロードで良いぜ?」

「いや、クロードはなんとなくかっこよすぎてヤダ。クロさんとクロっちのどっちが良い?」

「どんな理由だよ、というか後者は完全にダメな奴じゃねぇか」

「じゃあクロさんで」

「……2人とも、急ぐわよ」

「じゃあディミトリ、クロさん、エガさんによろしく」

「あいよ」

「任せろ」

 

 そうして、俺は(フェイ)を使って一件一件盗賊の来訪を伝える。そうしていると、この街の人たちが傭兵団を本当に信頼している事がわかる。ジェラルト傭兵団、とても良い人たちなのだろう。

 

 これは、助けを求めるのは誰か1人で良かったかもしれない。

 

「盗賊だ! お前さんの言った通りに来やがった!」

「足止めします! 皆さんは住民の防衛と迎撃の準備を!」

「おい、ガキが無茶すんな!」

 

 静止する優しい声に、サムズアップで返して追ってきた盗賊の部隊を見る。

 

 現在はもう日が落ちている。月の光だけではそう遠くまでは見えない。それも、空の色に溶け込む士官学校の黒い制服なら。

 

 空に跳び、十分に高さを稼いだ所で、腕に仕込んでいた木筒の中に仕込んだコイルにサンダーを流し込む。

 

 そうすることで電磁力が発生し、くず鉄を加工しただけのライフル弾もどきが放たれる。もどきなのはまだ良い感じの形の型が出来ていなかったからだったりする。空気抵抗が良い感じのをまだ作れていないので、とりあえず真っ直ぐ飛ぶくらいのものなのだ。

 

 とあるレールガンを再現したいと色々試した結果できたコイルガンだが、威力と静音性はかなりの物だ。

 

 弓を引きしぼる音すらないのだから、この奇襲は防げまい。

 

 そうして木々を飛び回りながら手持ちの弾を使い切って盗賊団の足を止める。

 

 そうしてルミール村まであと2キロ程度の辺りで、弾が尽きた。

 まぁ、足止めには十分だろう。そうタカをくくっていると、ルミール村から3人の級長達と歴戦の傭兵を思わせるパラディン。そして、どこか不思議な感覚がある女性がいた。

 

 無感動なようで、何故か感情豊かな気がする。こんな感覚は初めてだ。二重人格か何かなのだろうか? 

 

 そうして、いつでも奇襲を狙えるように位置を調整しながら、鮮やかに3人に指揮を出すその女性を観察する。

 

 とりあえず、無表情でばっさばっさと盗賊を切り捨てていく様は少し恐ろしいものがあるが、それ以上に丁寧な指揮だった。

 

 戦場というものを、物凄くよくわかっている。これが、歴戦の傭兵ということなのだろう。

 

 そう、気を抜いたのが間違いだった。

 

「エガさん!」

 

 エガさんの使っていた鉄の斧の柄に盗賊の手斧が当たり、無理をしていた斧の柄が壊れたのだ。

 

 短剣を構えてどうにか防ごうとするも、その動きは完全に固まっている。命を預けた武器が壊れてしまったことに気が動転していたのだろう。

 

 そこに、駆けてくる盗賊の首領。自分は当然最速の(フェイ)でその動きを止めようとするが、エガさんの踏み込んだところが深く、届かなかった。

 

 届いたのは、身を呈して彼女を庇う女性の身体だった。

 

 そうして、当然のように訪れる鮮血の結末。

 

 それが、なぜか起こらなかった。

 

()()()()()()()()()

 

 どうなってる⁉︎と叫ぶ声すら響かない。快活な少女の声と、落ち着いた不思議な魅力のある女性のやりとりが響く。

 

 座して死を待とうとか言っているあたり、この珍妙極まりない状況に適応しているのがちょっと信じられない。面白いなこの人⁉︎

 

 そうして、断片的に聞こえた言葉から彼女達のやろうとしていた事が聞き取れた。

 

 時を、巻き戻すつもりのようだった。

 

 それが、どれだけの奇跡なのかはわからない。だが、何故だか助けたいと思ったのだ。

 

 今日初対面であろうエガさんを身を呈して守ったあの傭兵さんと、快活で愉快な少女の事を。

 

 覚悟が決まる。巻き戻った世界で俺がこの事を覚えていられるように、ひたすらに想いを反芻し続ける。

 

 助けるのだ。助けてみせよう。助けたいのだ。

 

 そうして、時間が巻き戻る。飛んでいた自分の体は元の潜んでいた木に戻り、エガさんの短剣は懐に仕舞われ、盗賊の手斧がエガさんの斧にぶつかった。

 

 その瞬間に、時間が動き出した。

 

 瞬間、自分の全魔力を使って(フェイ)を使い、エガさんに襲いかかろうとする盗賊に対して照準を定める。

 

 傭兵さんが、完全にわかっていたように無理矢理の突撃をかまして盗賊の斧を弾き飛ばし、続いての拳による攻撃を俺の風魔法が防ぐ。

 

 そうして、2人でエガさんの前に立つ。

 

「ジョニーです、あなたは?」

「……ベレス」

「ベレスさん、俺が前に出るのでベレスさんは後ろからお願いします」

『こやつ、時を戻す前と異なる行動をとりおった⁉︎気をつけよお主よ、こやつ何者かわからぬぞ!』

 

 それに、小さく頷かれる。どうにも信用はないものだ。だが、今は。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

「うるせぇ! ガキが邪魔してんじゃねぇよ! 俺は、俺はぁ!」

「コスタスの兄貴! ここは逃げ時ですぜ! 包囲の連中がこっちに逃げてきてやがる! こいつらを追うのに人を回しすぎたんだ! セイロス騎士団が来やす!」

「アホか! ここで稼がねえと俺たちは!」

「あっしが殿を務めやす! だから兄貴は!」

「だが!」

「生きてねぇと! どうにもならねぇでやんすよぉ!」

 

 その叫びと共に、盗賊の頭コスタスの腹は決まったようだ。

 

「……ディアンス、すまねぇ!」

「あっしは、構わんでやんすよ!」

 

 走り去るコスタス。そして、殿として構えるディアンス。

 

 死ぬ覚悟を決めた男は、情けない顔の癖に目は一流の戦士のものをしていた。

 

「さぁ、来ませい!」

「ああ、手加減はしない。エンチャント、ウインド」

 

 風の力を全身に纏わせる。

 俺の後ろで、ベレスさんが上段に剣を構えるのを感じた。剣術の戦技、剛撃の構えだろう。

 

 つまり、俺の役目は隙を作ること。命を懸けて、1人でも多くの道連れを作り追撃の足を止める事を目的としているこの男から。

 

 呼吸を止める。今ある酸素を魔力と共に全身に張り巡らせて、ディアンスの懐に潜り込む。

 

「ぉおおおおおおお!」

 

 対するディアンスは、斧の戦技スマッシュの構え。より急所に当てやすくした斧の振り方だ。

 

 その影響で、より一撃が当たりやすくなっている。

 

 だから、避けない。

 

 こちらを狙ってくる斧に、風を纏った俺の蹴りを横から叩きつける。

 そして体勢の崩れた所にウインドで回転の力を作った飛び後ろ回し蹴りでディアンスの頭を揺らす。

 

 そして俺が地面に転がった所で、ベレスさんが躊躇いなく剛撃を振り下ろした。斧はなく、体勢は崩れている。

 そんな中でもディアンスは生きようと、生き延びさせようと最後まで足掻いていた。

 

 それが、ディアンスの放ったファイアーにも満たない魔法のなり損ない。それは、ベレスさんの目を焼こうとして

 

 残心を忘れなかったベレスさんが一歩下がる事で虚空に消えた。

 

「ああ、ランディア……」

 

 そんな言葉を最後に、ディアンスは事切れた。

 


 

 その後、すぐにセイロス騎士団がやってきて逃げた盗賊達の追撃に入った。そして、独断で動いた俺たちは騎士団の現団長であるアロイスさんにこっぴどく叱られた。

 

 その時に、なんとジェラルト傭兵団の団長がかつてセイロス騎士団の最強の団長であった“壊刃”ジェラルトであったことがわかったのだ。マジかこの世界。年齢的に逆算すると19かそこらで団長になったということになるんだが。しかもそれを辞めて傭兵をやってるとかどれだけファンキーな人生だよこの人。

 

『知っておったか? お主よ』

 

 首を横に振るベレス先生。

 

 周りを見回すが、声の主と思わしき少女の姿は見えない。

 先程時間が止まった時にも聞こえたが、どこから声が聞こえているのだろうか。

 

 ……もしかして、幽霊的な? 

 

「え、ちょっとタンマタンママジで待って、ユーレイ? ユーレイとかないわー、ないわー!」

「何突然狂ってんだよジョニー」

「いや、クロさん聞こえなかったの⁉︎ほら、エガさんが死にそうになった時のアレとかさ!」

「……私、あなた達に助けられたのだけど……」

「やっぱ心霊現象⁉︎やめてやめて、マジで怖いんだけど⁉︎」

『お主よ! あやつを黙らせろ! 人の事を幽霊だの何だのと失礼極まりない! ……何、似たようなものではないかと? 妾をどう見ておるのだお主は!』

 

 とりあえず、俺は早急にこの美少女幽霊ボイスの正体を掴まねばならない! 

 

 




ベレス先生はクール系なのに愉快な人をイメージして描いていきたいと思います。座して死を待とうとかこの人地味に面白いので。

さて、ジョニー君はオリジナル紋章の効果の副産物でソティスさんの声が聞こえます。紋章持ちに対しての接し方も実はそれが原因だったりとか。


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第2話 新任教師ベレス先生

帰ってくるだけで妙に文字数が膨らむマン。これはいつ完結するかわからんやつですね。


 盗賊の撃退も終わり、演習場にいた皆とは別ルートでガルグマクへと帰る俺たち。

 アロイスさんの話によると、生徒、騎士団員それぞれに死傷者はいないようだ。負傷も治癒魔法で治る範囲なのだとか。

 

 自分たちの勝手な行動で無駄な犠牲者が出なくて一安心といった所だ。

 

「それじゃあ、ベレスさんはガルグマクは初めてなんですか」

 

 こくりと頷くベレスさん。無表情だが無感動ではない感じだ。これは、ガルグマクに興味があるのだろう。

 

「ガルグマク大修道院の事は、ちょっと複雑すぎて話しきれないでしょうから、歴史! 施設! 七不思議! の三つから選んで下さいな」

「おいおい、七不思議とかあんのかよ。やっぱ歴史のある建物だと違うな」

「だが、そういった与太話をして良いものか? 彼女はガルグマクを見た事がないのだぞ。信頼できる情報なのか?」

「ああ、事情通の門番さんから聞いた話だから間違いはない」

「……それ、面白がってデマを吹き込まれたのではないかしら? 私は聞いた事がないのだけど」

 

「なら七不思議を」

「積極的に偏見を持ちに来た⁉︎」

 

 驚く3人。だが、なんとなくこの人ならそう選ぶと思った。この人、表情に出ないだけでかなり愉快な人という見立ては間違っていなかったようだ。

 

「ではでは、ガルグマク大修道院が建てられたのは、遠く遠く昔のこと。なので、その建築には様々な失われた技術が使われているのです」

「……案外まともな切り口ね」

「確かに、ガルグマク大修道院を研究してる歴史学者もいるくらいだからな」

「でも、だからこそ囁かれる噂話があります。それは、秘密の部屋の話」

『ほう、なかなかに面白そうな話よな』

 

 ビクっとする俺とベレスさん。だからこの美少女ボイスは誰なのだ! 

 

 だが、周りの様子から見るにこの声は俺とベレスさんにしか聞こえていないようだ。初めて聞いた時は戸惑ったが、この世の全てを呪うような声でないため、見えない子がいる……くらいに……

 

 うん、やっぱホラーだよ。

 だが、ここはポーカーフェイス。娼館の下働きで鍛えられた根性で耐えるのだ! 

 

「秘密の部屋ってのは文字通り。ガルグマク大修道院の何処かにある入り口の無い部屋。そこには、かつて存在していた女神の眷属たちの遺体が安置されているらしいんだ。ただし、その部屋に入るためには必要なものがある。それは……」

「「「それは……?」」」

「……伝説の、女神の血です。だから、女神がこの世から消えて長いこの世界では、その扉は永遠に開かないのでした。まぁ、中にあるのが遺体なら、その方が良いんでしょうけどねー」

「なるほどな……だが、そんな長いこと閉じられている部屋なら、掃除してやりたくなるな」

「おいクロード、お前は秘密の部屋に入りたいだけだろうが」

「おっとばれたか」

 

「……眷属の遺体」

 

 そんな話をしたら、エガさんが何やら考え込んでいた。これまで楽しんでいた感情が、苦しみのイメージに変わったような感じだ。

 何か引っかかる事があるのだろう。それを追求するのは野暮というものだ。

 

「では、次の七不思議を……と言いたいんですが、実はまだこれしか知らないんですよねー」

「残念だ」

「……ま、仕方ないか。入学して一月経ってないもんな」

「だが、一つ目がそれならば残りの6つも期待できるな」

 

「では、不詳この私めが一曲披露させて貰いましょう。ここはあえて七不思議にちなまないで、“ルーグの勇気”をば」

「ちなまないのかよ。てか、一曲っ歌でも歌うのか?」

「ディミトリは歌っても構わないですよ? 俺は、コイツを使いますけどね!」

 

 そうして、先程からこっそりと手元に出していた魔獣の爪で作った笛を取り出す。皆からは俺の右手に突然現れたように見えるだろう。

 

 実際、クロード以外は驚いていた。おのれ自称猜疑心の塊、ネタを見抜いてやがったか。

 

 そうして、笛で曲を奏でる。ルーグの勇気は、フォドラ中で、とりわけ王国では知らぬ人もいない曲である。時の帝国の支配から、獅子王ルーグは勇気を持って立ち上がる。それは民にも伝染していき、やがてファーガス神聖王国の建国に至ったのだ。

 

 ミッテルフランク歌劇団でも歌った事があるというドロテアから楽譜を見せて貰った一曲だ。

 

「へぇ、上手いもんだな」

「……ああ、昔を思い出す。昔、この曲で踊りの練習をしていたな」

「……ええ、そうね」

 

 柔らかい笑顔を浮かべるディミトリとエガさん。今のやりとりはなんだろうか? まさか、スキャンダル的な? 

 

『ほう、あの2人は恋仲なのかの? 次期国王と皇帝が恋に落ちるなどあってはならぬ! という心の葛藤がありそうじゃの』

 

 首を斜めに傾げるベレスさん。そして幽霊少女ボイスよ、わかる。そういう禁断の愛! 的なのはかなり好きなのだ。ハッピーエンドに限るが。

 

 そうして、クロードの「せっかく男女が2組いるんだから、踊るかい?」というからかいを聞いてはっとして表情を作る2人。

 だが、顔はどちらも赤かった。

 

 そんな愉快な会話を経て一曲吹き終わった俺。だが、一つ俺は忘れていた事があった。

 

「いやー、なんど転びかけたかわかりませんね!」

 

 この時代、街道とはいえそこまでちゃんと整備されているわけではないのだ。結構木の根とかがあってものすっごく歩きにくかった! 

 

「歩きながら吹いていればそうなる。だが、いい演奏だった」

「お、ジョニー。卒業後は王国で楽師をやれるかもな」

「いやー、やる事あるんでそれが終わったらですね」

「へぇ、やる事ねぇ」

「ま、言いふらすようなことじゃないんでそこは秘密って事で」

 

 そうして、森を抜ける。そうすると広い緑の丘の上にガルグマク大修道院が見える。相変わらず壮観だ。

 

「あれが、ガルグマク大修道院。結構いろんな土産物とか売ってるから、友達とかに渡すと良いと思いますよー。おススメはセイロスの紋章が刺繍されているタオルですね。あれ値段の割に良い布使ってるんですよ」

「いや、勧める所そこかよ」

『肌触りは大事じゃからな。ゴワゴワの布で身体を拭くのはなにかと痒いのじゃ。お主よ、わかっておるな?』

「ありがとう、買うことにする」

「いえいえー、所詮教団の寄進集めの一環でしょうから、庶民はおこぼれ預かっとけば良いんですって」

「罰当たりな会話が止まらないッ⁉︎」

「……本当にあなたって型破りなのね、ジョニー」

「俺も割と型にはまってない自信はあったけど、コイツには負けるわ。俺コイツのクラスの級長なのかよ……引き受けなきゃ良かった」

「流石に同情するぞ、クロード」

「ご心配なく! 苦労はかけるでしょうが、それ以上に楽しませてみせるので!」

 

 サムズアップと笑顔でクロさんに意思を伝える。クロさんは、やれやれ、みたいな風な苦笑を向けてきた。

 


 

 そうして、ベレスさんと先に行っていたジェラルトさんは二階に連れていかれた。報酬の話か何かだろうか。

 

 そう思っていると、慣れ親しんだ感覚が戻ってくる。

 どうやら、不安にさせてしまっていたようだ。これは、何か賄賂でも送って機嫌をとる必要があるかもしれない。

 

 だが、今は。走る時だ。

 

「クロっち、ディミトリ、エガさん。囲まれてた連中が戻ってきたみたいだから、ちょっと迎えに行ってくる!」

「おいおい、俺たちは待機って話だろう?」

「大丈夫! 一曲吹いたらすぐ戻るから!」

「良いんじゃないかしら。大丈夫と聞いてはいても、ジョニーはお姉さんが心配なのでしょうし。それに、怒られるとしてもジョニーとクロードだけだもの」

「確かにそうだな」

「わかってんなら止めろやお前ら」

 

 そうして、ガルグマクの城壁に駆け上がり遠方から登ってくる皆を確認する。

 

 そうして、音が遠くに響くように思いっきり笛に息を吹き込む。

 

 曲は、オリジナルという訳ではない。この世界に転生してから、たまに心に響く音。

 

 この曲に名前はない。だが、聞く人皆が笑顔で仲良くなれるように願われた事だけはわかっている。

 

 だから、今がその時だろう。

 


 

「ジョニー……」

「ジョニーは大丈夫って話だろ? 心配しすぎじゃないか? リシテア」

「いんや、レオニーさん。兄貴ってのは妹が大丈夫ってわかってても心配はするもんだ。姉ってのもそう変わらんと思うで」

「……僕はその気持ちはわかりません、弟ですから。けど、ジョニーくんなら大丈夫だと思います。これは、友達として」

「おぉ! イグナーツ! 良いこと言うなぁ!」

「あはは……」

「……ええ、ジョニーくんなら大丈夫です。ほら、城壁の上を見てください」

「マリアンヌ? ……あ」

 

 そうしてリシテアは、奏でられている一つの音楽に気付く。

 そうして顔を上げると城壁の上で笛を吹く1人の少年の姿が見えた。

 

 士官学校の制服をほどよく着崩したあの姿、魔獣討伐の際の余り素材から作り上げたという笛。そして、何度も練習して吹けるようになったあの笑顔を作る曲。

 

「……バカ」

 

 そう呟いて、流れかけていた涙をぐっと堪えた。

 


 

『この曲、なにやら踊りたくなるぞ! お主よ!』

 

 踊りはしないが、確かに気分が高揚する。

 

「この……曲は⁉︎」

「レア? どうした?」

「セテス、今すぐにこの笛を奏でている者を探しなさい」

「ああ、わかった。ではジェラルト殿、詳しくは今夜アロイス達と話し合ってください。……全く、級長達を待たせているというのに」

 


 

 そうして、皆が帰ってきて無事を喜び合ってから最短ルートで待機させられていた部屋に入り込む。

 

 具体的には窓からホールインワン。靴を脱がない文化であることがここに生きるとは思わなんだ。

 

「ただまー」

「おかえりなさい。……それにしても、クロードが窓を開けた方がいいって言ったのは当たっていたわね」

「見事に窓から戻ってきたな。ジョニーの操縦はクロードに任せれば良さそうだ」

「……なんだかなぁ……」

 

 そんな時にちょうどセテスさんが戻って来て、今日は帰って良いという事と、ベレスさんがなんと先生になるという事を伝えられた。マジかー。

 

「時に、ジョニー=フォン=コーデリア。城壁から窓に飛び込んでくる技量は素直に褒めよう。しかし、窓は学舎に入るための入り口ではない」

「……という事は、つまり?」

「明朝までに反省文を持って来い。わかったな?」

 

 それを見て苦笑する3人の級長たち。人ごとだと思って! 

 

「ああ、それと。ここからなにやら愉快な曲を吹いていた奏者は見えたか? レアが探しているんだ」

「あ、俺です。姉さんが帰って来たのがわかったので、元気つけたかったんです」

「……わかった?」

「あー、その辺の事はハンネマン先生を通してもらって良いですか? 紋章学の歴史を覆す新発見! って事らしいのでとりあえず箝口令しかれてるんです」

「そうか……まぁ良いだろう。反省文、忘れるなよ」

「了解です」

 

 そう言って去っていくセテスさん。

 

「紋章学の新発見?」

「なんかあんのか?」

「興味があるわね、話してくれたりは?」

「しません。だから俺の学費はハンネマン先生持ちなんです。まぁデータ取ったら公表するんで、そん時にでも話しますよ」

 

 そうしてその場は解散となった。

 その後食堂や浴場で皆と生きられた事を喜び合い、笑い合えた。

 これが自分の行動の結果なのだと思うと、少し誇らしい。

 

 そして、反省文は即座に書き上げたのをその日のうちにセテスさんに叩きつけた。舐めるなよ、前世を含めれば反省文を書いた数など星の数よ! 

 


 

 そうして翌日。いつも通り朝のロードワークを終えてから教室に行くと、なにやら辺りが騒がしかった。

 

「あ、ジョニーくん!」

「ヒルダの姉さん、どもっす」

「なんで級長の俺にはクロっちでヒルダにはそんなかしこまってんだよお前」

「そりゃ姉さんの人柄ですよ」

「だってさー、クロードくん」

「ニヤニヤすんな馬鹿」

「それよりさ! 昨日ジョニーくんたちを助けてくれた傭兵さんってあの緑がかった髪の美人さん? ガルグマクに残るのかなー?」

「ドウデショウネー」

「お前わざと棒読みしてるな?」

「あ、やっぱ知ってるんだ! なになにー、どうなるのー?」

「いずれ分かる事ですけど、今は言えないんですよ。賄賂とかさせない為ですかねー」

 

 そうして、ベレスさんがイングリットさんと話しているのが見えた。イングリットさんは貧乏貴族仲間として意気投合した仲だったりするのだが、果たしてガールズトークに口を挟んで良いものだろうか? 

 

『お主よ。あの演奏の小僧がおるぞ』

 

 そうしてベレスさんがこちらを見る。なので手を振ってみるついでにロードワーク帰りに温室に寄って分けてもらって来たアネモネの切り花をパッと手に出してみる。

 

『なんと⁉︎花が無から現れよった⁉︎創造したというのか⁉︎』

「ただの手品ですよー! そしてこれはただの技術! ぷれぜんとふぉーゆー!」

 

 アネモネに風を纏わせて放物線を描くようにベレスさんに届ける。そうすると風の魔法が上手いこと霧散して茎を下にしてくるくる回って落ちてくるのだ。

 

 そうして手に取った切り花をもってベレスさんは手を振ってくれた。やはり、無表情なだけでかなり愉快な人だ。

 

『見事な芸事じゃの……ってちょっと待てお主よ! あやつ、妾の声に反応しおったぞ! ひっ捕らえて話を聞くのじゃ! ……え、昼食前にはレアとやらの元に戻っておきたいじゃと? 構うものか! あやつなどいつまでも待たせておけばよかろうが! ……ほぅ? それは名案じゃな。確かにそれならばあやつを捕らえるために急く必要はないの。そうと決まれば、レアの元に戻るぞ! お主よ!』

 

 おしゃべりなユーレイだなー、とちょっと慣れて来た自分が怖い。

 

 そうしてすぐに、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の皆は集められ。

 

 昼食会と共に、新しくベレスさんが担任の先生になるという事が正式に発表された。

 

「これからよろしくお願いしますね! ベレスさん……あと、えっと……謎の美少女Xさん?」

『美少女とはわかっておるではないか! 妾はソティス! ……って、妾の言葉が通じておる事を隠しもせぬぞ此奴は⁉︎……元から隠していなかった? ええい! 妾の独り相撲だったではないか!』

「愉快な人ですね、ソテっさんって」

 

 こくりと頷くベレスさん。『ソテっさんとはなんじゃ! 敬え! 妾をもっと敬わぬか!』と喚くソテっさん。

 

 いや、いくらなんでもその名前を名乗るとかこのソテっさん肝が太いというレベルではないぞ。

 

 なにせ、ソティスとはこのセイロス教の唯一の女神の名前なのだから。

 


 

「あの曲は、兄様の……ジョニー=フォン=コーデリア、コーデリア家の取った養子。……兄様の意思は、繋がっていたのですか……?」

 

 愉快に芸を披露する白髪の少年をテラスから見ながら、大司教レアはそう呟いた。

 

 遠い昔に死んでしまった兄の事を、思い出しながら。




笛のイメージは、翠星のガルガンティアというアニメで主人公のレドが作っていた牙笛をイメージしています。
が、特に再行動の力が宿っていたりとかはありません。ゼルダ的に言えば妖精のオカリナポジのアイテムなので。


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第3話 鷲と獅子と鹿の戦い

 ベレス先生が担任に就任してから割とすぐに行われる3つのクラスでの合同戦闘訓練。これは、元々のスケジュールに決まっていたことなので変更や延期は聞かないのだとかいう話をヒルダの姉さんから聞いた。たしかに、演習場の使用予約とかあるものなー。コーデリア領ではまったくもって使われなかった制度なので、自警団(元盗賊)の訓練に無償で使わせて貰っていたが。

 

 管理していた家臣が帝国とのゴタゴタで死んでしまったために、こういう無茶がまかり通っていたのがコーデリア領である。真面目に俺があと10年早く生まれてたらガキどもを連れてリーガン領に移り住んでいたと思う。

 

 まぁ、そうはならなかったから自分は姉さんに出会えたのだから、人生万事塞翁が馬なのだが。

 

 さて、とりあえず現在俺とクロさんと先生でうんうん唸っているのは、選出メンバーの話。

 

 今回の模擬戦はまだ士官学校に来て日が浅いという事で、本格的に“戦う”という事の訓練をしていないものが多い。だから、訓練時に怪我がないようにそういうメンバーを外すことが伝統となっており、今回の戦いでは先生含めて5人となっている。

 

 だからこそ、先生は担任を請け負う前にそういう戦える生徒や戦いに向いている生徒を選出するのが通例なのだが、ベレス先生はついこの間士官学校にやってきたばかりの新人教師。そんなものわかるわけないのである。

 

 なので、クラスで顔が広い俺と級長であるクロさんに相談を持ちかけてきたのだ。

 

「さて、俺が選ぶならジョニー、ローレンツ、ヒルダ、俺の4人だな。単純に貴族ってことで戦える下地があるのは大きいと思うぜ」

「あー、それなら俺はローレンツさん外してマリアンヌ入れたいですね。彼女、かなりの腕の白魔法使いなんですよ。前衛に先生とヒルダの姉さん、中衛に俺、後衛にクロードとマリアンヌさんってのが5人って少ない人数で戦うには良いと思います」

「ヒルダを外さない理由は?」

「「だってヒルダ(の姉さん)強い(です)し」」

 

 クロさんと意見が一致する。ヒルダの姉さんは、口では戦えないとか面倒くさいとか言っているが、滅茶苦茶世話焼きでいざって時に前に出れる覚悟を持っているのだ。そういう人でないならば、ああも慕われはしない。その観点はクロさんも同じだったようだ。

 

「しかし、前衛2人か……マヌエラ先生とハンネマン先生はどっちも魔導師だから後衛だとして、問題は青獅子のディミトリとドゥドゥーの剛力コンビだな。正直、あの2人を受けるには人数差が必要だと思う。かといってジョニーを抜いてラファエルを出したら今度は黒鷲のヒューベルトが止まらない。さて、どうする?」

「支援があれば、自分が止められる」

「いや、先生ならできるでしょうけど、これ授業なんですよ。だから先生に頼り切って勝利するってのは今後の俺たちの成長にとってマイナスかなーと」

「……難しい」

『色々考えておるのじゃなー、この2人。見た目は悪ガキだと言うのに』

 

 うっさいわソテっさんめ。

 

「まぁ、今回の演習は捨てて未来に投資するってのもアリですね。イグナーツの観察眼は人数以上に戦いを左右する斥候としての素質アリですし、レオニーさんは戦いの基本が身についてますから戦場での経験で一気に強くなれます」

「ラファエルは1番の力持ちでリシテアは魔導の天才。そしてローレンツは教育を受けてるちゃんとした貴族。これは悩むな。いやマジで」

 

 そうして教室でうんうんと悩んでいると、先生が盤上に置いてある訓練所の地図を見て、一つ言った。

 

「自分たちの陣営だけ、砦がない」

「「それな」」

 

 ちなみに後で調べた限りでは、これはある種の通例らしい。じゃんけんで負けた先生がこの不利な配置を強いられるのだとか。おのれ逃げた人! (名前知らない)

 

 そうして紆余曲折あった後、俺の案が採用されることになった。2人の見る目を信じて、ヒルダを頑張らせまくる事にしたのだとか。

 

 すまんヒルダの姉さん。全力で援護するので許してくれ! 

 


 

 そうして当日。ローレンツが少々文句を言ってきたりしたが、それはクロさんの“秘密兵器”宣言により一瞬で収まった。鷲獅子戦が本番なのだから、最強の札であるローレンツ=ヘルマン=グロスタールはまだ温存しておくという戦略だと。

 

 どこの桜木花道だとツッコミたくなったが、スラムダンクを知っているのがこの世界に俺だけなので伝わらない悲しみから泣く泣くツッコミを収めた。

 

「じゃあ、正々堂々行きますか!」

「奇策を練るだけの時間ありませんでしたもんねー。演習場に事前に罠を仕掛けておくのはアウトだったですし」

「ていうか、私の配置おかしくない? なんで最前線なの?」

「ヒルダは頼りになると聞いた」

「そこ2人か!」

「本当の事を言っただけだぜ?」

「そーですよヒルダの姉さん。頑張って下さいね!」

「……あの、どうして私が選ばれたんでしょうか?」

「マリアンヌちゃんは白魔法が上手じゃない、正当な評価だよ! この2人の無理な推しとは違って」

「あの、私やっぱり辞退……」

「マリアンヌさん、自信持って下さい! 大丈夫ですよ! 最悪俺が全員なぎ倒しますので! それに、あなたが頑張れる事を、ちゃんと皆は知ってますから!」

「お、強気だねー男の子! ……だから私と配置変わってくれない?」

「いや、それは無理です」

「……ケチ」

 

 そうしていると時間が来たので、渋々と配置に着くヒルダの姉さん。

 

「んで、実際一人で全員薙ぎ倒せるのか?」

「……斬首戦術ならワンチャンありますかねー?」

「まぁ、お前の機動力ならやれるか?」

「……まぁ、ディミトリもエガさんも正面からの一撃では倒れてくれないでしょうから、訓練じゃ無理ですねー。あの人たちタフネスが貴族のそれじゃありませんから」

「だよなー、どんな教育方針だっての」

 

 愚痴りつつも、ジェラルトさんの開始の宣言が響く。

 

 さて、頑張るか! 

 


 

「この、フェルディナント=フォン=エーギルに任せたまえ!」

「ちょっと貴方! ……ドロテア、援護をお願い!」

 

 早速の進軍(それ以外に選択肢がない)をしたところ、なんとカモが釣れた。フェルディナント、お前エガさんへの対抗心をそんなとこで浪費してどうするのだ。

 

「クロード」

「はいよ!」

 

 そうして、放たれる一つの矢。それを難なく躱すフェルディナントに、ベレス先生の剣が襲いかかる。

 

「舐めないで欲しいな!」

「フェル君! そっちじゃない!」

「ヒルダちゃんに、おっ任せー!」

 

 後方から大振りで斧を振りかぶってきたヒルダがフェルディナントを襲う。その思い切りの良さはさすがのヒルダの姉さんだ。

 

 そして、その斧を防ごうとした槍は、ベレス先生の剣により弾かれた。

 

「させない!」

「それをさせない!」

 

 ドロテアが飛ばしてきたサンダーを、同じくサンダーで誘導する。

 

 サンダーは魔力という謎現象が関与してはいるが、基本は雷の性質を持つ。絶縁破壊して電気の通りやすい道を作ってやれば、そちらに電気は流れるのだ。

 

「嘘⁉︎」

「小ネタに関しては他の追随を許さないのだぜ! というわけで、もう1人貰い!」

「金鹿だけに良いところは渡しません!」

 

 ドロテアに蹴りを放とうとした瞬間、俺とドロテアを狙う形で矢が放たれる。良いところにいるなアッシュ! 

 

「アッシュ! 料理が美味しいからって手加減はしないぞ!」

「それ関係なくない⁉︎あとジョニーも料理美味しかったじゃん⁉︎」

「ありがとよ!」

「……ジョニー君、隙あり!」

 

 ふざけていたからではなく、単純にアッシュの弓のインターセプトが上手かったからドロテアに近寄れなかったため、二発目のサンダーを放たせてしまった。絶縁破壊での誘導をする時間はない、なんせアレは割と集中力を使う一発芸なのだから。

 

「……躱せないなら、突っ切るまでよ!」

 

 すると、背後から風切り音が聞こえてきた。クロさんの弓を腕を信じて前に出る。

 

 左手にサンダーを纏わせて電撃を誘導、そのまま右腕に仕込んでいたコイルガンを使ってアッシュに迎撃をする。

 

「弓が砕けた⁉︎」

「外した! 弓に当たるとかどんなピンポイントガードだアッシュ!」

「僕もびっくりだよ!」

 

 そうして、武器のなくなったアッシュに対して無事な右手で風の魔法拳を放とうと(フェイ)を使う。

 

「私のこと、忘れないでよね!」

「忘れてないですよ。まぁ一つ言うなら……頭上注意ですかね?」

「え? ……ッ⁉︎」

 

 クロードの放った曲射がドロテアの肩にあたり、そこにヒルダの姉さんが前に詰めて一撃で昏倒させた。

 

 フェルディナントも倒れたことだし、これは序盤のアドバンテージを完全に握れただろう。

 

「つーわけで、取らせて貰うぞ!」

「クッ……殿下、すいません」

 

 右拳から放たれた暴風により、敵陣深くに吹っ飛んだアッシュ。これで、青獅子からの介入はない。

 

「左に大きく回って黒鷲を狙う。マリアンヌ、ジョニーの回復を」

「はい! 女神様、お力を……ライブ」

「ありがとうマリアンヌ。やせ我慢してたけど結構痛かったのよ。じゃあ、もう一回暴れてきますか!」

 

 そうして、防護柵を挟んで睨み合っているクロさんとエガさんとヒューベルトを見る。あの程度の柵なら空から攻め入られるが、それをしたらヒューベルトの良い的だろう。

 

 さて、先生はどう動かす? 

 

「防護柵、壊せる?」

「あれ木製とはいえ対火素材っぽいです。まぁ、種火投げるくらいなら200Gくらいなので、投げましょう! 燃えろ、火炎瓶もどき!」

 

 もどきなのは、中のものがガソリンではなく蒸留したアルコールだからである。黒い水の発見とかないか割と探してるのだが、なかなかにままならない。いや、文明レベルを考えると石油使うより石炭のほうが色々基礎技術ができるから良いのだけれど。産業革命を引き起こせれば、土地がズタズタにされているコーデリア領でも何かしらはできる! とは思っているのだ。まぁ、環境汚染の問題とか知っているからそう簡単に広めることはしてはいけないとわかっている。

 

 などと、現実逃避をしたのは、投げた先に起きた現象を直視したくないからである。

 

「……森が燃えたな」

「エガさん! 生きてます⁉︎」

「生きてるわ! ジョニー、あなた私たちを蒸し焼きにして殺す気だったの⁉︎」

「そこまで燃え広がるとは思いませんでした!」

「自分の使う武器の性質くらい把握していなさい!」

 

 そんな会話の後、燃え落ちた森を挟んで残りの黒鷲の学級(アドラークラッセ)と俺たちは対峙する。

 

「この残り火の中を突っ切って金鹿と戦うのは合理的ではないわね……マヌエラ先生、ヒューベルト。青獅子を攻めるわ。そちらにしか道がなくなってしまったもの」

「お、好都合だな。先生、漁夫の利を取ろう」

「そうもいかないみたいです。青獅子、攻めてきましたよ。……アッシュが回復して弓まで持ち替えてる。メルセデスの弓をアッシュに渡したのか」

 

 そうして、平原の中央で残りの全員が衝突する。ディミトリとドゥドゥーのタフネスを考えると、一撃で終わらせることは難しい。

 

 青獅子がここで攻めてきたのは、メルセデスの回復を考えてゴリ押しで残りを終わらせられるとの判断だろう。あの炎を俺の魔力で行ったと考えたなら、青獅子視点からでは俺は機能停止した魔導師。攻めてくるにはうってつけだ。

 

「ヒルダはドゥドゥーを抑えて、マリアンヌはその支援。クロードとジョニーは、私と一緒に状況を見て動く」

「もー! ヒルダちゃんに頼りすぎじゃないですか? 先生!」

 

 などと言いながら、ドゥドゥーさんと互角に渡り合っている。ゴネリルの紋章の力もあるのだろうが、その華奢な腕から放たれるパワーはちょっとした見ものだ。

 

 だが、パワー勝負ではドゥドゥーに分がある。それはやはり体格や筋肉の差だろう。それを手数で誤魔化すという戦闘術を咄嗟に組み立てるあたりヒルダの姉さんは戦う者としての天賦の才があるのだろう。

 

 そして、向こうはドゥドゥーにメルセデスの援護を付けている。アッシュに使ったライブでの魔力を考えると、俺の治療に術を使ったマリアンヌと互角だろう。とすればこの戦いは、膠着状態に落ち着くだろう。

 

 つまり、この演習の成否を決めるのは中央での戦いの結果。

 

 ディミトリとアッシュとハンネマン先生、エガさんとヒューベルトとマヌエラ先生、そして俺とクロさんとベレス先生。

 

 奇しくも、前衛、中衛、後衛の3人が3つ。そうなると勝敗を決めるのは単純な要素。

 

(せんせい)⁉︎」

「何を⁉︎」

 

 コンビネーションの、強さだ。

 

 敵前で地面を舐めるように滑り込んだベレス先生。そうして、隠れていた射線が通り、俺の風で加速された二本の矢がそれぞれの武器を持つ腕を貫き、そして起き上がったベレス先生が2人を一太刀で薙ぎ払う。

 

「ここまでか、後を任せ……ッ⁉︎」

「……流石は、魔獣殺しね」

 

 そして、崩れた体勢を狙うアッシュとヒューベルトの攻撃を、風を纏った蹴りで纏めて払う。

 

 闇魔法であるドーラΔを受けた事で多少のダメージはあるが、それ以上にドーラを蹴り返せた事でヒューベルトの動揺が誘えた。

 

 そこを突かないクロさんではない。クロさんは、人の弱みに付け込む事に関しては他の追随を許さない人なのだから。

 

「クッ、ここまでですね」

「そうね、私がこれから粘ったとしても意味はないもの。ジェラルトさん! 黒鷲は降参するわ!」

「……あとは、ドゥドゥー次第か」

「それなら大丈夫ですよ。マリアンヌさんには習得中の必殺技がありますから」

 

 そうして、ドゥドゥーとヒルダの姉さんとの戦いは、遠距離から狙いを付けたマリアンヌさんの光魔法、リザイアがドゥドゥーさんに当たった事で隙ができ、そこをヒルダの姉さんはしっかりと腰を入れた一撃で追撃をして下がらせた。

 

 そうした先に、いるのは体勢を整えたベレス先生。背後からの一撃で、ドゥドゥーさんを倒して見せた。

 

 これで、残りはアッシュとハンネマン先生だけ。

 

「傭兵上がりと舐めていたつもりはなかったが、ここまでとはな……青獅子は降参する。アッシュくんと武器のないメルセデスくんだけでは万全の金鹿を倒す道はない。この雪辱は、鷲獅子戦で晴らさせて貰おう」

 

「以上! 今回の演習、勝者は金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)とする!」

 

 観戦席で湧き上がる歓声。ラファエルの声は良く通るなーなんて事を考えながら、近くで転がっているディミトリとエガさんに傷薬を渡す。

 

「勝負が終わればノーサイド! 後遺症残ってもアレですし、さっさと治して戻りましょう」

「……そうだな、感謝する」

「ええ、あの一矢は効いたわ。クロードの弓の腕前は相当ね。そして、あんな奇策を信じるあなた達3人の度胸も。良い(せんせい)を持ったわね、ジョニー」

「本当ですよ。アレ、即興なんですよ?」

「「即興⁉︎」」

「マジで肝が太いですよ、傭兵上がりって凄いですねー」

 

 そんな一幕の後、やってきた学級の皆にディミトリとエガさんを託して学校に戻る。

 

 尚、ヒルダの姉さんがものすっごく文句を言ってきたのは言うまでもない。大金星だったのになー。

 


 

「お疲れ様でした、ジョニー」

「リシテア姉さんもお疲れ。歩くだけって結構めんどくさかったろ」

「……まぁ、正直に言えばそうですね。ただ、ジョニーがいるのに真っ当に決着がついたのは少し意外でした」

「……どういう意味?」

「ジョニーの周りはトラブルだらけという事ですよ」

「納得いかねぇ。トラブルが俺に寄ってきてるんだよ」

「そうですか?」

「そうだよ」

「でも、森を燃やしたのはあのお酒を蒸留させて作った奴ですよね?」

「……いや、そうなんだけどさ」

 

 そんな事を言いながら、浴場へ行くための準備を整える。特に示し合わせたわけではないが、姉さんと一緒に浴場に行き時間を合わせて部屋に戻るというのをこのガルグマクに来てからずっとやっている。

 

 長いこと姉弟をやっていると、なんだかんだと癖になっている行いはあるのだ。

 

「しっかし、ちょっとホッとした」

「勝てた事ですか?」

「いや、マリアンヌとベルナデッタのこと。マリアンヌにはやっぱり誰かの為に立ち上がれる心の大事な強さがあった。推薦した甲斐はあったよ」

「ベルナデッタは……まぁ、なんだかんだとやれていましたね。リンハルトとペトラが上手いこと周囲の壁になってました。リンハルトは寝てましたけど」

「流石だなリンハルト」

「でも、ペトラがベルナデッタに配慮していたのはちょっと意外でした。何かしたんですか?」

「ああ、ドロテアと一緒にちょっとな。ペトラは優しい奴だからすぐにわかってくれたよ。心の傷、治す、時間いります……ってさ」

「似てませんね」

「えー」

「えー、じゃありません。私を芸の練習台にするのは良いですけど、最低限は形にして下さいよ」

 

 日は落ちて、星が輝く。夜の明かりのないこの世界では、俺の手に持っているコレは相当な異物だろう。

 

「光の線が、伸びてる?」

 

 そんな事を言ったのは、先程ちょっと心配していたベルナデッタだ。波長はもう覚えたので、これくらいの距離なら大体どこにいるのかわかる。これが紋章学の新発見だったとは、全くもって驚きだ。

 

 まぁ、俺のこの形になってない紋章が本当に未知の紋章なのだから当然らしいのだが、生まれつきコレなのでコレが特別だとは思えないのだ。

 

「ベルナデッタ、夜道には気をつけろよー」

 

 そう言って、ベルナデッタの顔に向けて()()()()()()()を向ける。

 

「眩しッ⁉︎」

 

 相変わらずリアクションが面白い奴だ。これだから守られるだけのプリンセスには思えないのだよなー。

 

 そんな一幕の後に、ゆっくりと浴場へと向かうのだった。

 

 その手を、大事な家族と繋ぎながら。

 



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第4話 学生たちと旨味成分

「やめろぉ! それ作るのに一年くらいかかるんだよぉ!」

「でもよぉ! この味がうめぇんだ!」

「そうですよ! こんなソース見たことありません!」

「ダスカーにも、この味はなかった。これなら殿下も……」

「……コレ、ブリギット持ち帰ります! 作る、秘伝、教えて下さい!」

 

 

 それは、ベレス先生が休日の釣りに目覚めた日のこと。

 

 せっかくなので魚醤を使った料理でも振舞ってみようと考えたのが運の尽き。

 

 人は、旨味成分には勝てないッ! 

 

 いや、原材料のアミッドゴビーはいいのだよ、簡単に取れるし。

 問題は塩だ。魚醤を作る際に結構な量の塩を使うので、いくらコーデリア領が海に面しているとはいえ金がかかるのだ。

 

 やることやったら何かのドラマで見た鉄板で海水を煮る方法でコーデリアを塩の産地に出来ないかと画策しているが、そもそもこれ以上人を雇う余裕がない。なにせ自警団の連中にさえ畑を与えて屯田兵としてコスト削減をしているのだから。その畑もそう良い所ではないのだがな! 

 

 そんな理由から、狩りやらで稼いだ金でようやく買えた塩で作ったのがこの魚醤であった。まだ製法も実験段階だが、とりあえず形にはなっている。量産は難しいだろうが。

 

「発酵を進める魔法でもあれば荒稼ぎできそうなんだがなぁ……」

 

 そんな事を考えて、そういえばここが学び舎であることに気付いた。書庫番のトマシュさんあたりに聞いてみようか? 

 でも、あの人なんか()()のだ。なにやら秘密がありそうで、仲良くなるになるには覚悟が必要だろう。

 

 まぁ、それを言うならこの修道院にいるのはどいつもこいつもアレなところがあるのだが、それで足踏みしていて良いことはそんなにないだろう。ちょっと話を聞いてみるのも良いかもしれない。

 

 そんな事を、匂いに釣られてやってきたグリットさんやカスパルにフレンちゃんを見てこれはまじめにやらないとあかんなと思ったのだった。

 

「お前ら! もう好きに使え! ただし魚醤作るから塩とアミッドゴビー集めてろよ!」

「秘伝、見たい、あります! 私、付いていきます!」

「じゃ、トマシュさんのとこ行くぞー。あの人ならなんか知ってるかも知れないし」

 

 そうして、ペトラを連れて書庫へと行く。クラスも生まれた国も違えど、なにかと縁のある彼女である。ほどほどに遠いので、話題が尽きる事もない。言葉も違うというのに、本当に良く頑張ってるなーと思う次第である。

 

「……ジョニー、何か、話しやすい、あります。何か、ありますか?」

「あー、俺も言葉覚えるの遅かったからなー。そういうフォドラの言葉のつっかかりってのがわかるのさ。だから、そういう言い回しを避けてるって感じよ」

「ジョニー、フォドラの人、違う、ありますか?」

「んー、実は俺の魂は日出ずる国よりやってきた男なのだ! とか言ったら信じる?」

「信じます。ジョニー、無駄な嘘、話す、人、違います」

「んー、ブリギットの信仰とかの問題かねー? 家族からは鼻で笑われたんだが。英雄病かって」

「英雄病、ですか?」

「英雄病ってのは、自分が特別な誰かだと思い込む心の病気よ。自分は解放王ネメシスの子孫だ! とか結構メジャーらしいぜ?」

「ネメシス、子孫いない、知ってます。それは、嘘、です?」

「思い込みな」

「……少し、わかりました」

 

「フェルディナントのような、人、ですね!」

「お前割と辛辣だよな!」

 

 フェルディナントはガチもんの貴族なのでそれは違うと伝えるのに割と苦労した。

 

 そんなちょっと馬鹿話をしていると、いつの間にやら書庫の前。

 

「ども、トマシュさん」

「おや、ジョニーくん。リシテアさんならあちらですよ」

「いや、ちょっと本とかないか探してまして。発酵を進める魔法とかって知ってます? トマシュさん」

「……ふむ、発酵ですか。闇魔法に土地を腐らせるものがありますが、発酵を促すとなるとどうなのでしょうね……」

「……なんか、行けそうな気がします。その本ってどこにあります?」

「7番の棚にある、“闇魔法と農業”ですね」

「了解っす」

 

 そうして、本を取ってパラパラと立ち読みをする。

 

 基本は、闇魔法の魔力そのものに土地を腐らせる能力があるということ。それの実験結果がつらつらと書かれているのが本文だったが、そこは今は関係ないので飛ばす。

 

 結果として作られた術式は、基本のバンシーθのものを意図的に崩して力を抜いたもの。これならば、割と簡単にできるだろう。これでも自分はグロスタールの紋章を持つ魔導の天才(姉さんには負ける)なのだから。

 

「トマシュさん、これ借りていきますねー」

「ええ、返却は一週間後までに。違反するとしばらく本を借りられないという決まりですから」

「まぁ、すぐ返すと思うんで大丈夫です」

「それはもったいない、本はきちんと読み込んでこそのものですよ」

「いやー、こういう技術書は必要な時に必要なところを読む派なんで」

 

 会話の中には違和感は特にない。だが、俺の中の何かが警告を鳴らしている。これも俺の紋章の力なのだろうか? それとも、ただの勘? 

 

 だが、トマシュさんの振る舞いは良き司書のものだ。秘密があろうとそれだけで人を決めつけるのは違うだろう。

 

 そう思って、ゆっくりとここから去る。

 

 だが、あいにくと背中にいた彼女には警戒の色は隠せてはいなかったようだ。

 

「ジョニー、トマシュさん、嫌う、ありますか?」

「……わからん。ただ、なんか違うんだよなぁ……」

「違う、ですか?」

「なんというか、黒のオーラ的な? ……すまん、自分でもわかってないんだ。だけど、揉め事を起こしたりする気はねぇよ。そんな直感だけで人の心が図れてたまるかっての」

「そうですか。仲良きこと、良い、です」

「だなー」

 

 まぁ、それを言うならばフレンちゃんにセテスさんの白のオーラや、レア様の違う感覚もそうなのだが。

 

 まぁ、こんなファンタジー世界の宗教なのだ。なんかあるのだろう、実は天使だった! とか。

 

 そうして、空の樽と落し蓋になりそうな木蓋を買って、自室から必要なものを持ってきてから食堂に戻る。

 

 するとそこには、バケツに大量の魚を取ってきた皆と、塩を大量に買ってきた金持ち組の姿があった。なんか話広がってないか? 

 

「ローレンツ、フェルディナント、お前らどんだけ使ったんだよ」

「なに、僕も君のソースを少し舐めさせて貰ってね。あれはアミッド大河に面している我がグロスタールの新たな産業になるのではないかと思ったのだよ。あれはとても良い。少々匂いが気になったがね」

「私もだ! 異国の文化に触れるためには多少の出費など惜しむものか! 何故なら私はフェルディナント=フォン=エーギル! 未来の帝国宰相なのだからな!」

「あー……まぁいいや。とにかくこれから作るぞー。外で作るから気になるやつは付いて来い」

 

 そうして、なんだかぞろぞろと大所帯になった者たちで、早速魚醤を作る。作り方は単純なのだ。

 

「まずは、魚をちゃんと洗います」

「名前から察していたが、あれは魚を使ったソースなのだな。

「下処理、大事です」

「そしたら魚を樽に入れて、それを塩に浸けます」

「魚の塩漬けですか?」

「結構な量の塩を使っているのだな」

「目分量だが、だいたい魚と塩で4:1くらいだな。作り方はこれだけ。あとは落し蓋をして一年くらい待ったのを濾せば完成よ」

「一年⁉︎そんなかかんのか⁉︎」

「そう言ったよなラファエルお前! 一番ガツガツ食いやがった癖に!」

「すまねぇジョニーくん、知らんかったんだ」

「ラファエルに悪気はありません。あの、独特のおいしさを前にしては誰だって魅了されてしまうのです!」

「イングリットさん、何故そんな自分の女子力を下げるような庇い方を……」

 

 まぁいいや、とにかくここからは魔法的アプローチ。

 塩が魚に染み込むのを促進させるには、魚の皮の表面にある目に見えない細孔に塩が入り混むからだ。と、前世のうろ覚え知識が告げている。

 なので、塩を魔力で触ってその穴に押し込めば、あっさりと(修行期間一年)塩を浸透できるのだ。

 

「凄い正確な魔力の操作だ……流石魔導の名門コーデリア家が認めた才能だな。使い方はアレだが」

「うっさいわ貴族マン。じゃあ、こっからは完全にはじめての試みだから、気をつけてなー」

「何をですか?」

「匂い」

 

 だから外に出たのかと納得する面々。うろ覚え知識だけでやった初回は散々だったのだ。

 

「じゃあ、バンシーθを基本にして、収束率がこうで魔力浸透をこう。あとはアドリブでやれるか」

「……アバウトすぎやしないか? それで失敗してしまえばみなの努力が無駄になってしまうのだぞ?」

「だって新しい術式だぞ? いきなり最適な条件が何かなんてわかったら預言者だわ」

「む、それもそうか」

「というわけで、闇魔法、フォーメントβ!」

 

 他人の金なので躊躇なく使える。失敗したらその時はその時だというのがわかるからだろう。

 

 だが、思いの外魔力の通りが良い。腐るというのは微生物が繁殖するということだから、中の微生物が俺の魔力を先ほどの塩を入れた時に覚えたのだろうか。だとしたら、闇魔法とは白魔法の反対というわけでもないのかもしれない。これは命を与える術なのだから。

 

「魚の匂いがしてきましたわ!」

「木で落し蓋してんだが、流石に全部は止められんか」

 

 そうして、5分ほど経つ。すると、周りの皆があんまりな臭さに離れているのが見えた。

 逆に近づいているのは、なんとリンハルト。お前いつからいたのだし。

 

「あ、続けてよ。魔法陣のスケッチは取ったから」

「まぁいいんだが、匂いに引くなよ?」

 

 そうして、落し蓋を取り払う。そうすると、グズグズに魚の肉が崩れているのが確認できた。

 

「じゃあ、こっから濾過作業なー。濾紙を適当に張った漏斗に、瓶をセットして、と。ラファエル、ちょっち手伝ってくれない?」

「お、おお! 任せろ!」

「樽を持ち上げてくれよ、床に置いてる瓶のちょい上くらいに。

「おお! 力仕事なら任せろ! 塩はローレンツくんとフェルディナントくんに全部買われちまったからな! ……でもよお、樽の中身をこの瓶に入れるんだろ? 持ち上げるだけでいいのか?」

「いいのだ。その辺はこの大口ホースがあれば事足りるからな!」

 

 ブリザーで氷を作りそれを樽の台座にする。生活魔法として多分最強の利便性を誇るのがブリザーである。このフォドラに冷蔵庫の存在があるのはこの術の存在が本当に大きいのだ。

 

 そして、大口ホースの片方を樽の中に入れ、ウインドでホースの半分くらいまで魚醤の元のグズグズの魚を吸い込み、そのホースの逆の口を瓶の漏斗に入れる。

 

「じゃ、後は待つだけなー」

「どうして……うぉ⁉︎汁が勝手にホースから出てくるぞ!」

「これ、ジョニーが魔力を流し続けてる……って訳じゃないよね。どうやって?」

「これ、奇術の類、違いますか?」

「物理現象だよ。ほら、水って高いところから低いところに流れるだろ? あれって一度道ができれば一回上通っても流れるんだよ」

「……僕は浅学を恥じている。素晴らしいぞジョニーくん! この技術を一刻も早く布教させねば!」

「私もだ! 魔法を使わなくてもこんなことができるならば、新たな仕事が生まれるだろう!」

「いや、この程度で驚かれるってどうなってんだオイ」

 

 そんなファンタジー世界の色々不思議な技術レベルに困惑しながら魚醤を濾過する。そうして出涸らしになったグズグズになった魚をもう一度煮てからその汁も入れる。これで、取り出せる分の魚醤は取り出せただろう。

 

 思ったよりも集めてくれた塩と魚が多かった為に、これなら皆にちょっとずつ分けても問題はなさそうだ。

 

「じゃあ、料理に使いたい奴は小瓶持ってきてくれ。食うだけのやつはそのうちまた振舞ってやるからその時になー」

「おお!」

「で、では今晩の料理当番は誰だったでしょうか? いえ、催促しているわけではなくてですね!」

「イングリットさん、今日は僕です! 新しい料理を思いついたので、早速やってみたいと思います。ジョニーくん、小瓶です」

「あいよー。ただ、結構塩っ気強いから、あんましかけすぎるなよ? 体に悪くなる」

「わかりました!」

 

 そうして、第一次魚醤作りは盛況のうちに終わった。

 ドゥドゥーやアッシュは料理できるマンだと気付いていたが、ほかの奴らも割と料理ができるというのは意外だった。特にフェルディナント。お前貴族なのによくやるわ。

 

 尚、この魚醤を使った料理はソテっさんにも好評だった。意外と舌が和に近いのな。アッシュが料理上手というのもあるだろうけれど。

 




風花雪月に和刀があるという事は、お米もどこかにあるはず!と思ってる作者です。パルミラのさらに東あたりですかねー?



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第5話 赤き谷ザナド

 今節の課題出撃は、先日俺たちを襲った盗賊の追討。初の実戦ということで緊張する皆を他所に、俺はあの日最後に殿を務めた男ディアンスの事を思い出していた。

 

 彼は、守る男の目をしていた。どんなに情けなくても、その覚悟は疑いようはないだろう。

 

「何を考えてるんですか? ジョニー」

「ただ、多分これから殺す盗賊達にも守るものがあったんだろうなって」

「けれど、それを理由に誰かを傷つけることを肯定して良い訳はありません。繋ぐその手に武器を握った時点で、戦うしかないんですよ」

「流石リシテア姉さん、強いなー」

「……ジョニーにそれを言われるのは少し癪です」

「なんでさ」

「さ、無駄口を叩いてないでさっさと行きますよ。行軍からすこし遅れ気味です」

「だな、減点されたら事だ」

 

 そうして、赤き谷ザナドへとたどり着く。

 

 そこには、騎士団に追い立てられた盗賊達が、死に物狂いで待ち構えているだろう。

 

 力は、わからない。だが、心でだけは負けてはならない。

 

 殺す事を、殺す痛みを受け止める覚悟をして、最前線へと布陣するためちょっとだけ走る。

 

 迷いはきっと生まれるだろうけれど、それでも握る拳に込める願いに変わりはない。

 

 せめて、救われてあれ。

 


 

「赤き谷っつーからよー、てっきり色も赤いもんだと思ってたぞ」

「ホント、なんで赤き谷なんて呼ばれてるんだろうね? ジョニーくん知ってる?」

「昔に虐殺でもあったんじゃないか? 血の色で赤く染まった谷だから赤き谷、なんてさ」

「うーん、歴史書にはそんな事書いていませんでしたけど、ありそうな話ですよね。後世に口伝だけで伝わった結果伝承の詳細が途絶えてしまったとか」

「ま、そんな事は歴史家が考えれば良い事さ。先生、配置に付いたぜ。騎士団が包囲に回ってくれてるから逃れる道はこの橋の正面突破だけ。……正直死兵を相手にはしたくないから包囲網はどっか開けておきたいんだけどな」

「逃がさないのが命令だ」

「すいません先生、捕らえた場合のことってのは聞かされてます? いや、積極的に狙うつもりはないですけれど」

「特には」

「じゃあ、頭を殺してから残りに投降を持ちかけるってのが楽そうですね」

 

 そんな血生臭い会話を終えて、橋の前で盗賊団と睨み合う。

 

 最前線を貼るのは、ヒルダの姉さんとラファエル。中衛にはレオニーさんと俺、後衛はクロードとイグナーツが務めることになっている。橋を完全に制圧してからは先生とローレンツがカバーに、魔導師コンビである姉さんとマリアンヌが治療に入るので多少の負傷も安心だ。

 

「出撃」

 

 そんな先生の声を皮切りに、皆は行動を開始する。

 

「うぉおおおお! 行くぞぉおおおお!」

「ちょっとラファエルくん! 前に出過ぎないで!」

 

「クソ、ガキにやられてなんかたまるかよぉ!」

「嫌だ、死にたくねえ! 死にたくねぇんだ!」

 

 

 ラファエルの斧と盗賊の剣が真っ向から衝突する。力を十全に乗せたラファエルの斧は、盗賊の剣を叩き落とした。そして、そこに間髪入れずに援護を入れるのはレオニー。狩で鍛えたショートボウの扱いは一級品であり、剣士の喉元を正確に貫いた。

 

 だが、死体は消えて無くなるわけじゃない。前に重心が流れていたラファエルは死体に倒れ込まれ、足を止められ、そこをもう一人の剣士に狙われる。

 

「させない!」

 

 そこを抑えるのがヒルダの姉さん。ラファエルのカバーに入りつつ、クロードとイグナーツが狙いを定められるように射線を作った。

 

 そして、放たれる矢。回避する事はできずに二本の矢に体を貫かれ、盗賊は絶命した。

 

 そして、その隙を狙っていたアーチャーは、俺の手によって生き絶えた。(フェイ)で高速接近した自分による拳によって。

 

 拳にかかる血の生暖かさは、本当に命を奪ったのだと理解するには十分だった。だが、迷ってなどいられない。

 

「橋上制圧! カバーお願いします!」

 

 即座に飛び込んでくるローレンツと先生。そして進軍するヒルダの姉さんとラファエル。

 さて、戦闘はここからだ。

 

 ザナドの地形は、今進軍した中央部から北と西に橋がかかっている。その奥には険しい山を背にして野営の陣が組まれていた。背水の陣ならぬ背山の陣というところだろう。

 

 だが、妙なものが見えた。

 彼らの陣の隙間から、小さい子達が見ているのだ。

 不安そうな目で、()()()()()を。

 

 瞬間、キレたのを自覚した。

 

「手前ら、良い加減にしやがれよ」

 

 ベレス先生の制止の声を振り切って、単独で前に出る。

 

 橋の下から狙いを定めていたアーチャーを腕に仕込んだコイルガンで弓を砕き、サンダーを当てることで昏倒させる。

 

 そうして北の橋を越えた先に待ち構えている剣士とアーチャーには、俺の行動をカバーしてくれるであろう皆を信じて間を抜ける。

 

 そして、陣の前で陣取っている盗賊団の長、コスタスに殴りかかる。

 

 最速で、一直線で。

 

「お前ら、なんで盗賊なんざやってる!」

「うるせぇ、手前みたいな恵まれた奴に言われる筋合いはねぇ!」

 

 鉄の斧によるスマッシュを、一歩下がる事で回避してウインドで手首を狙う。

 それを見抜かれたからか、斧を盾にして風の刃を防がれる。だが、ウインドを受けた斧には傷がついた。本人の魔力はそう高いものではないのだろう。だからこそこうして賊に落ちるしかなかったのだとも理解できる。

 

 それでも、言わなくてはならない。伝えなくてはならない。

 

 

 ディアンスというひとりの男の最期を看取った人間として、彼の願ったであろう事を。

 

「お前らは、誇れる姿でいられているのか!」

 

 斧を避けながらサンダーを纏わせたジャブで徐々に体力を奪っていく。

 

「賊に誇りなんざあるわきゃねぇだろうが!」

「賊じゃねぇ、人だ!」

 

 そうしてコスタスは一撃をモロに喰らい、その反撃として斧を全力で叩きつけてきた。

 

 だが、この程度で諦めてなどなるものか。

 

 人が全て分かり合えるなんてのは綺麗事だと分かってる。それでも目指すべき理想だから綺麗なのだと分かっているから強く拳を握ることができる。

 

「お前らのお陰で、命を繋いでるガキどもがいる! それはお前らが本当の本当に頑張った成果だ! けれど、お前たちはそれで良いのか! 誰かを傷つけて、奪って、殺して手に入れたものでガキどもを食わせるその在り方に、誇れる背中はあるのか!」

「何が言いてぇ!」

「お前らは、ガキどもに誇れる背中で居られてんのかって話だよ!」

 

 傷を押して、再び正面からぶつかる俺とコスタス。右手で斧を止め、斧を囮に放たれた拳を左手で止め、全力で頭突きをかます。

 

 その一撃でコスタスは倒れ、俺はどうにか立っている。

 

 勝ったのは、俺だ。

 

「ガキってのはさ、大人の背中を見て育つんだよ。俺は捨て子だったから本当の親を知らない。けど、俺を育ててくれた娼館の人たちはかっこよかったって覚えてる。汚い仕事だと蔑まれても、それがどうしたと笑い飛ばせる強くて綺麗な背中だった。ガキだった俺には、本当にそう見えた。だから、俺は真っ直ぐでいられたんだ」

「お前……?」

「セイロス騎士団には、子供達はお前たちに捕らえられてたって説明する。そうすれば、きっと大人になるまでは育ててくれるだろうよ。でも、その先を決めるのは子供の頃に見た背中の形だ。だから、お前は賊の頭として、子供達を育てた人間として、ちゃんと話してこい」

 

 そうして、痛む体を引きずって陣の中に入るコスタス。

 

 それを見て、大声で勝鬨を上げる。

 

「コスタスは倒れた! 生きている奴は武器を置け!」

 

「お前たちの大切なものをは、必ず未来に繋いでみせる! ジョニー=フォン=コーデリアの名において! これは、絶対の絶対だ! だから!」

 

「最後に見せる背中くらい、人らしくしてやがれ!」

 

 その声が響いたからか、盗賊たちは徐々に武器を落としていった。

 状況が分からず困惑する皆をベレス先生はしっかりと指揮して、盗賊団の捕獲という形で事を収めた。

 

 そうして包囲していたセイロス騎士団に盗賊団と、()()()()()()()()()()()()を引き渡して、一件は落着した。

 

「あー、ヤケになってんのが切れると痛みが酷くてやばかったわ。ありがとなー、姉さん、マリアンヌ」

「いえ、私なんて全然」

「いやいやいや、本当に助かったんだぜ?」

 

 そんな会話をしていると、リシテア姉さんがじっと俺の目を見て言ってきた。

 

「……ジョニーがああなると止まらないのは良く知ってます。ですが、もう少し周りを頼って下さい。使って下さい。少なくとも私はあなたの味方なんですから」

「……ごめん、じゃないな。ありがとう、姉さん」

「……来月のお菓子代あなたが払って下さいね、ジョニー」

「りょーかい」

 

 リシテア姉さんのそのため息混じりの苦笑に、やはり姉さんには敵わないという事を改めて認識する。姉弟ってこんなものなのよなー。

 


 

「……なぁ先生、ジョニーの奴のこと、どう思った?」

「……無謀な突撃だった」

『じゃがあやつの言葉は妙に響いたの。声の質というよりも声に込められた思いの強さじゃろうな。全く、人を殺した時の泣きそうな顔はどこにいったのかと』

 

 クロードとベレスはセイロス騎士団の事後処理を手伝いながらそんな話をする。実際問題ジョニーの突撃は本当に生徒に死人が出てしまいかねないものだった。それは後で厳重注意しなくてはならないだろう。

 

「あいつほど殺し合いに向いてない奴、俺は初めて見たよ。あいつの言葉は、本当に心の底からの叫びだった。殺した事も泣きそうになりながら受け止めて、でも折れないでいる。……なんか、ほっとけない感じの奴だったんだな」

「でも、頼れる」

「そう、あいつはちゃんと天秤を作れてるんだよ。殺さないと俺たちに危害が及ぶかもしれないから最初の弓兵は殺したが、自分の命しか狙われてない時は殺さずに留めてた」

 

「でもそれってさ、破綻者の天秤だよな」

「そうだろうか?」

「あー、先生もそんな感じなのか……まぁ、俺が言いたいのはジョニーの事ちゃんと見てやってくれって事。あいつは将来同盟を、いやフォドラを変えるようなデカイ事をやってのけるだろうからさ」

「確かに」

 

「魚醤は美味しかった」

『同意じゃの』

「メシで懐柔されてんなよ先生」

 

 


 

「よくぞ課題を達成しました、ベレス」

「生徒たちのお陰だ」

『主に暴走小僧の功績じゃがな』

 

「それで、盗賊団に捕らえられていた子供達ですが、街の孤児院にきちんと預けられる事が決まりました。帰って早々セテスに懇願してきた彼に伝えてあげて下さい」

「捕らえた盗賊たちはどうなる?」

「相応の罰を受けさせます。いかに事情があったとはいえ聖地であるザナドを犯した罪は消えませんから」

『ま、仕方がないの。罪人が裁かれねば秩序は保てぬ。だが、肝心なのは次の罪人を出さぬことよ。お主よ、一応言っておけ』

「彼らが盗賊に堕ちた理由は?」

「それは、これから調べます。あなたは生徒の教育に集中して下さい」

「わかった」

 

 そう言ってベレスは大司教の部屋を出て行く。すると、バツの悪そうな顔のジョニーと彼を引っ張るリシテアがいた。

 

「さぁジョニー」

「あー……先生、昨日は勝手な行動をして本当にすいませんでした。ついカッとなって、感情だけで動いてました」

 

 そうして頭を下げるジョニー。

 

 そんな彼に応える言葉はひとつだ。

 

「次は、声をかけてからやってくれ」

「やるなじゃないんですか⁉︎いやありがたいですけど⁉︎同じ状況になったら同じ事する自覚はありますけど⁉︎」

 

 とりあえず、問題児を問題児と認識できただけ良いものとしよう。新人教師として。




問題児というかキレるとブレーキが外れるマンのジョニーくん。


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第6話 課題協力要請

「ちわーす、ハンネマン先生来ましたよー」

「おお、ジョニーくん。待っていたよ。さぁ、血を出してくれ」

「……そこだけ切り取ると猟奇的過ぎません?」

「そうだろうか?」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいいわけで、パパッとウインドで指を切って血を瓶に足らす。この作業も慣れたものだ。

 

「しかし、いつ見てもその魔力の精密操作能力には眼を見張るものがあるな。それも紋章の力なのか?」

「あー、まともに使えるようになったのは改造されてグロスタールの紋章が出てからですね。それまでは本当にしょぼい魔法しか使えませんでしたから」

 

 まぁ、程よいブリザーにより夏場のクーラーマンとして重宝されたのだが。

 

「魔法はどこで学んだのだね?」

「チップを貯めて魔導の入門書買いました。4歳くらいのときでしたかねー」

「4歳⁉︎文字は読めたのかね⁉︎」

「ええ、できることを増やしたくて色々頑張ってましたから。……まぁ、教材が主に娼婦の方々へのラブレターだったので覚えた文字超偏りましたけどね」

「……ふむ、紋章の力とは一概に言いきれないな。君の努力の賜物か」

「いや、紋章の力ありきだと思います。魔導書にあった魔力の認識と操作、アレ俺は生まれつきできたんですよ」

「それは確かに凄いな。あそこで挫折するものは多いのだよ」

 

 そうして、傷を相変わらず上達しないライブで治す前にちょっと紋章装置に垂らしてみる。

 

 そこにはグロスタールの紋章と、それに重なって現れる円が現れた。

 

 この外枠みたいな円が、紋章学的にありえない新しい紋章なのだとか。

 

 もうちょい格好いい形はなかったのかと言いたいが、二つの紋章が重なり合って不恰好になるよりかはマシだろう。

 

「それよりハンネマン先生、紋章の力っぽいののレポート仕上げてきましたよー。とりあえず挙げられるだけ挙げたんで、そっからグロスタールのと努力の賜物を退かして下さいな」

「ありがとう……ふむ、読みやすいな。コーデリア領での教育は上質のようだ」

「いや、コーデリア領の魔導師達はズタボロだったんでその辺のレポートの書き方は独学です」

 

 帝国ってホントクソだわ。と口に出しそうになるのは止める。一面からだけで物事を判断するのはダメだぞ、俺。

 

「……しかし、こうしてみると本当に君の力は奇妙だな。他人の紋章を感知する力は、これまでの紋章学における“戦うための力”という私の仮説を離れている」

「他にも、若干感情がわかるってのも戦い向きじゃないですよね」

「うむ、思考が読めるというのであれば戦うための力とこじつけられるのだがな」

「こじつけたらダメでしょ、ハンネマン先生」

「まぁそうなのだがな。……しかし、そうなると君が捨て子だったというのは本当に残念だ。君の実の両親や親類縁者にも同じ紋章が現れていたら比較検討ができたものを」

「そればっかりは仕方ないですね。俺の子供にこの円が出たら、その時はハンネマン先生の後継者が調べて解き明かしてくれたりするんじゃないですか? 知りませんけど」

「未来の事だからね」

「じゃあ、良いですか? 今日はちょっとやりたい事があって」

「なんだね?」

「この前の課題出撃で捕らえた盗賊たちの、遺書の代筆です。多分死罪になっちゃうでしょうから、今のうちに子供達に残せるものは残しておきたいんですよ」

「なるほど、では今日はこれくらいにしておこう。実験サンプルも取れた上に、レポートも見事な出来だからね」

「あざっす」

「言葉を崩すのはあまりよろしくないぞ、ジョニーくん」

「はーい」

 

 そうして立ち去ろうとするその時、ちょっとだけ頭に引っかかる事があった。

 

「ハンネマン先生、一節だけ生徒をスカウトするってできるんですか?」

「唐突になんだね」

「いや、ウチの今節の課題って王国のロナート卿の反乱鎮圧の手伝いじゃないですか。それでちょっと青獅子から借りたい奴が居まして」

「……あぁ、アッシュくんか」

「ええ、あいつも完全に蚊帳の外のまま育ての親が殺されるってのは応えるでしょうから。後処理だけだろうけれど、それでも関わったって事実が要るんじゃないかなって」

「だが、それは生徒の君が決める事ではない。ベレスくんに提案するのは止めないし、アッシュくんを課題協力という形で連れて行くのは止めないがね」

「課題協力……なるほど、そんなシステムがあるんですか」

「ああ、生徒の適性が偏ってしまう年があるからね。それをなんとかするための仕組みだよ」

「ありがとうございます。とりあえずやる事やったらアッシュを探してみます」

 

 そうして、ちょっと早足で教会の地下にある牢屋へと赴く。

 

 だが、今日はまだ取り調べの途中だったようで生徒を通すわけにはいかないのだとか。まぁ、仕方がないか。

 

「ちょくちょく見に来れば良いか」

 

 刑が執行されるにしても多少の時間はあるだろう。そのうちに会いに来れればそれでいい。

 

 それよりも、アッシュに話をつけなければ。

 居場所は礼拝堂だろう。あいつ何気に信心深いので、どうしようもない時には祈るだろうから。

 

「よっ」

「……ジョニー、どうしたんですか?」

「いや、お前にちょっと話があってな。今節の金鹿の課題、知ってるだろ?」

「うん、ロナート様の討伐の補佐だよね」

「なんでも、課題協力って事で他学級の生徒を連れて行けるらしいのさ。だから、ガスパール領の土地に明るいお前の協力が欲しい……ってのは建前な」

「ジョニー?」

「……お前、このまま何も知らないままで死に別れるつもりか?」

「そんな事ッ! ……でも、戦場に出てどうするんですか! 子供でしかない僕たちには、どうする事も出来ないのに!」

「そりゃ、何ができるって訳じゃねぇとは思う。けどさ、何も知らないとこで育ててくれた人が死ぬのって結構堪えるんだぜ? だから、最後を看取る事くらいは、しても良いと思う。ていうか、しなきゃどうにも引っかかりが残るんだ」

「……僕は……」

「ま、今節の課題までに答えてくれれば良いさ。授業は青獅子のままで課題の時だけ力を借りるって感じだからな」

 

 そうして、ベンチに座る。暗い話だけというのもなんだし、何か話題がないものかと思っていると後ろから綺麗な歌声が聞こえてきた。どうやら、聖歌隊の練習のようだ。

 

「そういやアッシュ、お前聖歌隊とか興味ある?」

「んー、ないかな。歌うってあんまり得意じゃなくて」

「俺も。音感ない訳じゃないんだが、歌に関しては壊滅的でなー」

「そういえば笛とか吹いてたよね」

「そ、そのツテでドロテアから誘われはしたんだが……ガチに来るなって言われたのさ。“あんまりにもあんまりよ”ってさ。もっと語彙増やせや歌姫め。俺だって頑張ってるんだよ」

「どんな歌かちょっと気になってきたんだけど」

「そのうち披露してやるから覚悟しろよ?」

「耳栓あったかなー?」

「さらっと酷いなお前」

 

「じゃ、結構時間経ったし俺はまた面会に行ってくるわ」

「面会? 盗賊を捕らえたんだっけ?」

「そ。けどその盗賊たちは子供達を養うのにやらかしててな。だから死罪は免れないにしても、子供達に残す手紙くらいは作ってやりたいと思ったんだよ」

「……ジョニーって、昔からそうなの?」

「ああ、お節介だとかはよく言われる。そのつもりは特にないんだがなー」

「……うん、そうだね。残す言葉は、残される言葉は大切なんだ。生きている人を縛ってしまうくらいに」

 

 そう呟いたアッシュは少しの間目を閉じてから、しっかりと前を向いている顔で口を開いた。さっきまでの迷いだらけの顔が嘘みたいだ。

 

「決めたよジョニー、僕は課題協力をする。ロナート様を、ちゃんと義父さんとして見送りたいから」

「よし! ……と言いたいんだけどさ、実はベレス先生にまだ話通してないんだ。だからちょっと待っててくんね?」

「……締まらないなぁ。一緒に行くよ、先生はどこかな?」

「あの人かなり自由に修道院歩き回ってるからなー、捕まると良いんだが」

 

 そうしてその日はソテっさんの声頼りに温室で岩ゴボウをじっと見つめている先生を捕まえ、なんとか課題協力を取り付けることに成功した。やったぜ。

 

 その道中にディミトリと出会った。課題の際にアッシュを借りることを謝ったら、むしろ逆にお礼を言われた。

 

「俺では、アッシュを立ち直らせられなかった。ありがとうジョニー」とどストレートに。

 止めろや、そういうのに弱いんだよ俺は。

 

「じゃ、俺はそろそろ面会に行ってくる。夜になったら門閉じられるからな。……あれは焦った」

「やったことあるんだ……」

「いや、ちょっと材料の買い足ししてたら迷ってな。……硅砂を個人で買う奴は居ないらしくてなー。マジで町中探し回ったわ」

「硅砂? なんに使うの?」

「絶縁皮膜。要するに電気を通さない薄い膜よ」

「……ごめん、本当になんに使うのかわかんない」

「ここに、なんの変哲も無い鉛の弾があります。それを、右腕に仕込んでいるこの筒に入れてサンダーを流すと……ほい!」

 

 ぽしゅっと鉛玉が飛んでいく。本当はモーターのデモンストレーションでもしたいのだが、あいにくと手元にはない。

 

「あ、模擬戦の時の!」

「そうよ、これ作るのに使うのさ。他にも色々作れるはずなんだが……肝心の電池の作り方がなー」

 

 ボルタの電池って何が材料だったんだろうか。というか今のファンタジー世界で作れるものなのだろうか? 

 

 レモン電池は一発ネタにはなるが、実用化はできないのだ。

 

 理論だけ残して後は後世の人々に任せる! みたいなので良いかとも思ってたりする。俺にはエジソンのように夜を明るく照らすシステムを作れはしないのだ。財政的な理由で。あと宗教的な理由で。異端審問コワイ。

 

「じゃ、またなー」

「うん、また。門限には遅れないでね」

「うっさいわ」

 

 そう言ってガルグマクの街に繰り出す。日が落ちるまでもうそう長くはないだろう。今日のうちに看守長さんとの話くらいは付けておきたい。

 

 そう思って再び牢へと向かっていくと、どうにも様子がおかしい。

 兵士が戦闘のスイッチを入れている。

 

金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)のジョニーです。何かあったんですか?」

「お前は……あとで話を聞くが、今は周囲の警戒を手伝え。囚人が殺された」

「……まさか、コスタスさん⁉︎」

「ああ、そんな名前だったな」

「犯人の目星は?」

「奴を雇って士官学校のガキどもを襲わせた奴だろうよ。今年の連中を殺して得をする奴は多いだろうからな」

「……畜生が」

 

 あんな短い時間が最後の別れなど、納得できるものではないだろうに。

 

「ちょっとの時間くらい残してやれよ……」

 

 どうにもならないこんな今に、そんな事を思った。



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第7話 霧中の反乱

「なぁアッシュ、この辺りってこんな霧出るもんか?」

「……夏場ならそこそこ。けど、今の時期にここまで濃い霧が出るのはおかしいかな」

「……魔導の気配がしますね。霧を作り出す魔法でしょうか」

「ブリザーを弱めに広く流せば、意図的に霧を作れる。わかってるな向こうの魔術師」

 

 霧の原理は大気中の飽和水蒸気量が関係している。暖かい空気は水を沢山含めるが、それを冷やせば含まれていた水が空気中に現れるのだ。それが霧の原理。科学の根っこはこういう所で育っているのだろう。

 

「カトリーヌさん、先生、戦闘準備しときませんか? この霧が意図したものなら、音やらで向こうは位置を掴んでるはずです。騎士団が抜かれるとは思いたくないですけど、何もしないで奇襲を受けるよりかはマシかと」

「お、流石は

 魔獣殺し。目の付け所が良いね。先生、生徒の指揮を頼んだ。私らは松明でもつけとくか」

 

 騎士団から生徒の護衛についてきてくれたカトリーヌさんはそう指示を出す。

 松明を照らしたその瞬間、見えたのは森の中にいる人たち。

 

 鎧は付けていない、だが剣はしっかりと構えている。基本に忠実だが、固い。新兵か? 

 

「……パン屋の、コロネ?」

「ロナート様への恩を仇で返すつもりか、アッシュ!」

 

 瞬間、投げ込まれる松明。火災ではなくこちらの位置だけを知る一方的な展開を作り出すためのものだろう。

 

「知り合いか?」

「……うん、余ったパンを僕らにくれたこともある恩人なんだ」

「てことは、民兵か……速攻で大将落とすぞ。そうなりゃ烏合の衆だ、セイロス騎士団なら捕らえる事は楽だろうよ」

 

 投げ込まれた数は多く、全てを消すのには少し時間がかかる。

 

 しばらくの間、飛んでくる矢を風切り音頼りに回避する。次第にラファエルの持つ盾に守られたマリアンヌのブリザーにより松明は消されていった。それと同時に前に前進。二の矢の狙いを絞らせない戦術だ。

 

 即興でこうまで有効な戦術を組み立てるとは、流石の先生だ。

 

 その間、襲いかかってきた民兵たちの必死の形相が頭から離れない。この限られた視界の中、仲間を守るために殺すしかないのはわかっている。だが、やはり辛い。

 

 殺されるほどの罪過を積み上げた賊でなく、殺される事の覚悟を決めた兵士でもなく、ただの人なのだから。

 

 だが、今は拳で迷いを握る。ここで死ぬ訳にはいかないし、ここで殺させる訳にもいかないのだから。

 

「弓を警戒、魔導師を内側に。アッシュ、クロード、イグナーツ、見えてる奴を一人ずつ仕留めていく」

「……アタシは魔導師を殺しに行くよ。冷気の根元を辿れば良いんだろ?」

「十中八九罠ですよ?」

「アタシを舐めないで欲しいね。私はカトリーヌ、“雷霆”のカトリーヌさ!」

「いえ、無駄に危ないだけなんで前に出る必要がないだけです。この霧が人工的に作られたものなら、破り方も人の手でやれます。空気を冷やして作ってるなら……」

 

「焼いて暖めりゃ良いんですよ! 冷気の根元ごと!」

 

 ファイアーで点火し、冷気の流れの根元に向けて火炎瓶を投げ込む。

 

 戦場になりやすい場所が森林地帯だと事前情報にあったので、ちょっと準備していた。魔法があるので酒の蒸留はお手軽にできるのだ、流石のファンタジーだぜ。入手するために騎士団の人にちょっと賄賂として手品を披露したけれどそれはそれ。相変わらずシャミアさんには見破られたがな! 畜生、あの人をハメるには算術トリックしかないのだろうか。それはそれで負けた気がする。

 

 そして、そんなことを考えたのは相変わらずの現実逃避の超火力。冷気の根元は霧で見つからないように森の中に隠れていたようだ。

 

 つまり、またしても自然破壊である。

 

「ハハッ、デカイ松明だね!」

「デスネー」

 

 そうして、燃え移る火によって周囲の気温は上がり、空気が取り込める水蒸気の量も上がり、結果として霧はなくなる。

 

 そして、火災の規模にビビる兵士たち。まぁ、そうなるわな。

 

「カサンドラ、貴様ァ!」

「……ハッ、私はセイロス騎士団のカトリーヌさ!」

 

 火が回ると共に露わになる敵将の姿。

 

 老いてなお覇気を衰えさせない強き将。アレが、ロナート様なのだろう。

 

「先生! 指揮を!」

「二手に分かれて攻め込む。北回りはラファエルとレオニーを中心に、南回りはヒルダとローレンツを中心に。クロードとイグナーツは南側で視野を広く。突破させなければそれでいい。北側には残り全員で、突破する」

「了解!」

「へぇ、いい指揮だ。お前ら! 私達は大将首取りに行くよ! 連中の練度はそう高くはない!」

 

「……僕に、行かせてくれませんか!」

「アッシュ?」

「ロナート様がどうしてこんな事をしたのか、知りたいんです。知らなきゃいけないんです。僕は、ロナート様の息子だから!」

「吠えたなアッシュ! レオニーさん、ラファエル! ソシアルナイトを突破するぞ! 正規兵だろうが、この面子なら食い破れる! 行くぞ!」

「おうよ!」

「任せな! 伊達に師匠に鍛えられてないって事を見せてやる!」

 

 ラファエルが騎兵の突撃を真正面から吹き飛ばして転ばせる。凄いマッスルだ。そうして、その転んだ馬と人に引っかかってもう一人のソシアルナイトも転ぶ。そこをしっかりとトドメを刺すレオニーさん。槍も弓も使える万能っぷりは伊達ではない。

 

「前線交代! 行くぞアッシュ!」

「うん!」

 

 弓を背負い斧を抜いたアッシュと、拳に魔力を纏わせて俺が前に出る。その前線の交代する隙は、姉さんとマリアンヌがしっかりと魔法による援護をしてくれたので問題はない。

 

 そうして剣士と弓兵のコンビを、即席のコンビネーションで崩す。

 アッシュの持ってきたのは手斧。あくまで弓のサブだというのもあるが、投擲武器として使えるというのもおいしいのだ。

 

 それの軌道をウインドで調整して剣を弾き、コイルガンで弓を砕き、全力でアーチャーの頭を蹴り飛ばす。そして、剣士はアッシュの弓で首を貫かれていた。

 

 だが、突出した俺たち二人は格好の的であり、こちらの戦力を削るためには目敏く攻めてくるだろう。実際ロナート卿の直属部隊が俺たちの命を奪いに来た。

 

 それが、狙い通りだとは知らないままに。

 

「集団魔法・炎!」

 

 リシテア姉さんの指揮能力の高さを買われて配備された騎士団の皆さんが一斉に炎の魔法を放つ。

 その業火に焼かれて動揺した部隊は、後詰めに入っていたベレス先生とカトリーヌさんによりぶった切られた。

 

 残りは、ロナートに付き従う者たち。

 

 戦の恐怖もあるはずなのに、それでもと叫ぶ民兵たち。

 

 ……これは、きっと道を違えた貴族の成れの果て。

 だから、言葉はきっと届かないのだろう。それでも、問わずにはいられなかった。

 

「なぁロナート卿。あんたのなりたい姿って、ありたい騎士って、こんな風に自分を慕ってくれている人たちに死ねと告げて前に出すような奴なのか?」

「若造が、知ったような口を効く!」

「そうだ! ロナート様の苦しみもわからないガキが、口を出してんじゃねぇ!」

「あぁ、わからねぇよ。わからねぇよそんなもん! それは、息子さんの復讐ってのはあんたの道を変えてまですることか⁉︎違うだろ!」

 

「痛みも、苦しみも、全部明日に繋げるための過去からの贈り物なんだよ! その意味を取り違えて地獄を作るような姿が、息子さんの、息子さんたちに見せる最後の姿でいいのか!」

「もうクリストフは死んだ! 見るものなど!」

「ここに居るだろ! あんたが救った、あんたの息子が!」

 

「今のあんたは、アッシュに誇れる騎士なのか!」

「そんなもの()()()()()()! 悪逆の徒を殺せるのならば!」

 

 その声と共に、兵たちが動き始める。

 

「グダグタうっせえ!」と力任せに槍を突いてくる民兵、それを躱して殴り飛ばす俺と()()()()

 

 ロナート卿の説得は無理だったが、アッシュの心に火をつける事くらいは出来たようだ。

 

 全く、火を消すのが仕事だったというのに何をしているのだか。と、ちょっと自嘲する。いや、火炎瓶とか作ってる以上今更なのだけれど。

 

「アッシュ、どうする?」

「僕がやる。ロナート様の目を覚まさせられるのは、きっと僕だけだから。それが、僕がロナート様に救われた意味だと思うから!」

「バカ言うんじゃないよアッシュ! アンタに親が殺せるのか!」

「殺しません、ちゃんと話すために、ロナート様をぶん殴ります!」

「アッシュくんにジョニーくんがうつった⁉︎」

「人を病原菌みたく言わないでくれませんヒルダの姉さん!」

 

「皆、アッシュとジョニーを援護する。カトリーヌさんも」

『あの暴走小僧に乗るのか? お主よ……たしかに、その方が面白いの! 妾も、はっぴーえんどの方が好きじゃからな!』

 

 瞬間、世界の時間が停止する。何度か試したベレス先生とソテっさんの時を戻す力、天刻の拍動の発動準備だ。

 

『聴こえておるな暴走小僧、これより指示を伝えるぞ。今より30秒後に迂回していたクロードとイグナーツが援護可能距離に入る。故に北回りに道をこじ開けて民兵の背中を見せるのじゃ。そこを一斉射撃の計略で止める。そうして出来た道から此奴が攻め込む。二方面からの挟撃であ奴を捕らえる。……これで良いか? 全く、こまっしゃくれた指示出しなどせずともあの小僧なら殴り勝てるであろうに。では、指示は終わりじゃ。気張れよ、小僧』

 

 この天刻の鼓動は時を戻す前に時を止める。これを応用すれば、俺とベレス先生とソテっさんだけだがノータイムで秘密裏に指示出しができるのだ。発言できるのはソテっさんだけだが。

 

 時間が戻る、世界が色づく。そして、体は動き出す。

 

「道は俺が開く! アッシュは俺について来い! 最後に、親子喧嘩くらいはさせてやる!」

「ありがとう、ジョニー!」

 

 (フェイ)で北側に陣取る民兵団の中に飛び込み、風を纏わせた拳で先頭の男を吹き飛ばす。そうして崩れた陣形の中で、拳を放った勢いのまま逆立ちになり回転する。それと同時に脚部にも風を纏わせる事でリーチを延長。必殺技は少ないが、一発芸なら結構あるのだ。

 

「なんだこいつ、逆立ちのまま回っていやがッ⁉︎」

「グボァ⁉︎」

「……ジョニー、何やってんの?」

「これぞ秘伝、逆羅刹なり。どーよ?」

 

「目を惹くことに関しては、一家言あるのさ」

「ホント、予想外なことばっかりするよな、ジョニー」

「でも、ああいうのが良いと僕は思います」

 

 クロードとイグナーツの率いる弓兵隊から放たれる一斉射により民兵たちの動きが止まる。

 

「さぁ、道は開けたぞ!」

「……うん、行ってくる!」

 

 ロナート卿の陣取る砦に向けて真っ直ぐに走るアッシュ。

 そして、その背中を守る。

 

「アッシュ、そこを退け!」

「どきません! あなたから教えられた、誇りが胸にある限り!」

 

 交錯は、一瞬。

 

 アッシュが放った矢はロナート卿の馬を確実に射抜き、対してロナート卿は銀の槍を叩きつける。

 

 それを弓で受け止めたアッシュは一歩下がり、横合いから剛撃を叩き込んで槍をへし折ったベレス先生がその間に入り込んだ。

 

 そして、槍を失ったロナート卿の顔面に、アッシュの渾身の拳が叩き込まれた。

 

 雄々しい、叫び声ともに。

 


 

 それからの動きは迅速だった。カトリーヌさんが駄目押しにと示した英雄の遺産である“雷霆”の圧倒的な力に、民兵たちの心は折れゆっくりと降伏していった。

 

「しっかし、あんたらの護衛に来たのに美味しいところ全部取られちまったね」

「頑張ったのは生徒だ」

「だけど、まだ甘い。今度時間あるときにでも稽古つけてやるよ」

 

「カトリーヌさんの稽古とか超キツイ奴な匂いがするの俺だけ?」

「その分力はつくだろ。俺は行かないけど」

 

 そうしていると、ロナート卿と話をしていたアッシュが戻ってきた。もう話は良いのだろうか? 

 

「……カトリーヌさん、ロナート様が呼んでます。話があると」

「……どうせ恨み言だろうけどね」

「いえ、違います。クリストフ兄さんの真実を、あなたの口から聞きたいんだそうです」

「……わかった。ただしアッシュ、あんたも来な」

「はい」

 

 そうして数十分後、捕らえた兵士たちの勾留をガスパール領の牢に捕らえる手続きが終わった頃に二人は戻ってきた。

 

「アッシュ、どうだった?」

「うん……ジョニー、今日ここに呼んでくれて本当にありがとう。多分まだ全部は納得できてないけど、ここに来れなかったらそれすらなくて迷ったままだっただろうから」

「そっか。じゃあ、今回のお節介は成功って事で!」

 

 そして、なんだかカトリーヌさんから感じる感情も柔らかいものになったような気がした、カトリーヌさんにとっても、ロナート卿との会話は悪いものではなかったのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、大修道院への帰路につく。

 

 とりあえずは、今回もまた世話になった皆になにかサプライズをするとしよう。

 

 




アッシュとカトリーヌさんとロナート様の会話は、アッシュとカトリーヌさんの支援会話とだいたい同じです。
半分くらいわかってたロナート様と、手を下させてしまったカトリーヌさんと、その二人の思いを受け止めて前に進むアッシュ。

詳しい内容が知りたい人は、是非プレイしてみて下さい


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第8話 武術指導のイエリッツァ先生

 鋭い剣が、胴を狙って放たれる。

 それに対してさらに下に滑り込むことでその剣を回避し、そして顎に向けて蹴りを放つ。

 

 だが、すんでのところで回避し、さらに頭に向けて振り下ろしをしてくるフェリクス。だが、無理な回避をした事で体勢は崩れている。そんな振り下ろしよりかは、俺の次の蹴りの方が早い。

 

 蹴りの体勢からさらに身体を浮かせて、反撃に集中しているフェリクスの側頭部に二段目の蹴りをぶち当てる。完全に予想していなかった攻撃に対してフェリクスは一瞬動揺し、しかしそのダメージの軽さから冷静さを取り戻してしっかりと防御の構えをとった。

 追撃で決めたかったが、無理そうだ。

 

「やっぱやるな、フェリクス」

「お前は珍妙としか言いようがないな。……だが、魔法アリなら今の一撃で勝負がついていた。不覚にも決め事に助けられたな」

「ま、話すのは置いておいて、続けようや」

「だな。この試合、勝つのは俺だ」

 

 再び再開する試合。

 

 剣を持っているフェリクスはそのリーチの長さを利用してこちらに手を出させないコンパクトな剣理に切り替えてきた。本当に隙がない。いや、魔法なりを使えれば引き撃ちでどうにでもできるのだが、この武術訓練は魔法禁止のルールなのだ。限られた魔法力を温存する為に設けられたルールだ。

 多分魔法アリにすると一部の強者以外魔法無双になってしまうならだろうなーとなんとなく思っているが、真相は闇の中。

 

 そうしてフェリクスの攻撃を徐々に捌いていくと、もう下がれない所まで追い詰められてしまった。背後には柱、逃げ場はない。

 

 つまり、狙い通りだ。

 

「終わりだ!」

「そっちがな!」

 

 フェリクスの剛撃を後方にダッシュする事で回避し、そのまま柱を蹴ってスピードを威力に載せつつ高さを取る。

 

 そうして、柱を蹴った力で縦に回転し、そのままフェリクスの脳天に足を叩きつける。

 

 フェリクスはギリギリで反応して訓練用剣の柄を盾にしたが、回転のスピードと重力の乗った蹴りはその防御を砕いてそのままフェリクスを打ち据えた。

 

「そこまで! 勝者ジョニー!」

「よっしゃ勝った!」

「……まだ、やれるッ!」

「そこまでにしろフェリクス。指の怪我を癖にする奴は早死にするぞ」

「イエリッツァ先生……」

「そしてジョニー……貴様、何故剣を投げた?」

「……あー、言わなきゃダメです?」

「ダメだ」

「……自分、剣とか槍とか斧とかを使うのが絶望的に下手くそなんです。騎士長とか自警団の奴とかに色々教わったんですけど……」

「……見てみない事には何もならんな。剣を使って攻めてこい」

「……わかりました、どうなっても知りませんよ!」

 

 そうして、イエリッツァ先生に打ち込む。

 剣の握り方は教科書通り青眼に。左手に力を入れて、右手は添えるだけ。

 

 その構えで、真っ直ぐに打ち込むつもりで剣を振る。

 

 するとどういうわけか、俺の剣は治療を受けていたフェリクスの頭にぶつかった。

 

「ふざけているのか?」

「ふざけてこうなるんなら苦労はないんですよ! 俺は、あらゆる武器が手からすっぽ抜けていくんですよ!」

 

 ちなみに、それをどうにかしようとした結果が腕に仕込んだコイルガンだったりする。仕込みボウガンはアウトだが、コイルガンはセーフらしい。何その軽減税率みたいなジャッジ。

 

 ちなみに、これも紋章のせいらしい。いわゆる紋章反応という奴が武器を持った時に発生するのがハンネマン先生との実験で明らかになった。ここに来て紋章さんの裏切りである。

 

「……そんな体質があるのか。世界は広いな……などと言うと思ったか?」

「マジなんですよ! ハンネマン先生に聞いてみて下さい! そして改善の方法を考えて下さい! 俺だって剣とか槍とか弓とか貼りたいんですよ!」

「……とりあえず、素振り100だ。貴様の言葉が本当かはそれから確かめてやる」

「皆! 俺から出来るだけ離れてくれ! マジで意味のわからないすっぽ抜け方するから!」

 

 そうして、100振って100すっぽ抜けた事でどうにか俺の無実は証明された。

 

 リッツァ先生ならなんか上手い手を考えてくれると思ったんだけどなぁ。子供達に剣を教えるの物凄く丁寧で理論的だったそうだから。厳しいらしかったけど。

 

 そうしていると、戦闘訓練授業(選択制)の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 とりあえずフェリクスとの戦いは俺のなんちゃってを戦いに使えるようにブラッシュアップするのに役に立ってくれた。負けた当人は少し不機嫌だったが、原因がどっちなのか分からずちょっと困る。

 

「しゃあ終わり! メシ行こうぜ!」

「おぉ! いっぱい食うどぉ!」

「フェリクス、一緒に行こーぜー」

「行かん、何故群れなくてはならんのだ」

「そこはほら、青獅子の話を聞きたいからさ」

「……俺は噂話には疎いぞ」

「いいよ、見た感じを聞きたいだけだから」

 

 そうして、この選択授業を取ったカスパルとラファエルを連れて食堂に向かうのだった。

 


 

「ちーっす先生」

「……ちーっす」

「おい、この馬鹿に毒されるな」

 

 食堂でフェリクスと共に席を取っていると、戦術指揮の選択授業を受け持っていたベレス先生がやって来た。どうやら今日のメニューはミートパイのようだ。

 

 まぁ、この先生一日に最大7食をして見せたブラックホール胃袋なので実はオーダーで作って貰ったのかもしれないが、まぁ気にしないでいいだろう。うん。

 

「んでさ、フェリクス」

「アッシュの事だな」

「そう。あいつ、空回りとかしてない?」

「ああ、しっかり地に足をつけている。覚悟は以前と比べ物にはならないがな」

「なら安心だな。ロナート卿とはちゃんと話せたみたいだし」

「……残した言葉か、それがあればあの猪も……」

「フェリクス?」

「なんでもない、ただの妄言だ」

 

 猪か、ドゥドゥーの事ではないのなら、ディミトリの事だろうか? 

 たしかにパワーは猪並みだ。わりとしっくり来る。

 

「お、先生、俺も相席して良いですかい?」

「あれ、シルヴァン女連れじゃないのか? 珍しい」

「確かにな」

「いやいや、俺だってたまには女連れじゃない時もあるぜ? ……まぁ、今日はフラれたからなんだけど」

「ざまぁw」

「うわすっげぇムカつく。それで先生、相席して良いですか?」

「構わない」

 

 もっきゅもっきゅとミートパイを食べつつ返答する先生。あの擬音はなんなのだろうか? 

 

 そうしていると、ラファエルとカスパルが戻ってきた。

 

「ジョニーくんとフェリクスくんの分も貰って来たぞぉ!」

「感謝しろよな! 二人とも!」

「……頼んでなどいない」

「じゃあ俺が二倍の感謝を込めてのありがとうの一曲! ……は食べてからで良い? ちょっと腹減ってて」

「おぉ! ジョニーくんの笛か! 楽しみだなぁ!」

「なんか元気の出る奴を頼むぜ! それで俺は二倍のパワーだ!」

 

「お前ら、飯食った後の授業座学だぞ」

 

 ずーんと沈み込む二人。コイツら座学苦手だものなー。

 

「とりあえず飯だ飯! 早速食おうぜ! 頂きま……あー、ちょっとタンマ。もう一人連れてくるわ」

「ん? ……あー、お前もお節介だねぇ」

「だってほら。ほっとくと後味悪いし」

 

 そこには、頑張って外に出てきたであろうベルナデッタが、ピーク時の食堂の混雑に目を回しているのが見えた。

 

「よ、引きこもりガール」

「ひぃ⁉︎……ジョニーくん!」

「とりあえず、早いとこ列に並んじまえ。席は取っといてやるから」

「そ、そうですね……大丈夫、ベルは大丈夫!」

「だと良いんだけどなー。それで、お前がこの時間に外に出るとか珍しいな。どうしたんだ?」

「……ひどいんですよ! エーデルガルトさんが、美味しいお菓子を用意したなんて言うからちょっと外を覗いたら無理やり引きずり出されて! 無理やり授業に出されて!」

「あー、エガさんそんなことしたのか。ちなみに今月の欠席数は?」

「……数えていません」

「物凄くわかった、お前今月十日授業抜けてんだろ。卒業出来ねぇギリギリのラインでタップダンスするくらいなら楽に出れる授業だけ出てそれ以外で引きこもれよ」

「……あははー……」

「まぁ、とりあえず退学にさえならなきゃどうにでもなんだからゆっくりやれ。今月はもう全部出るしかないけどさ」

「そんな殺生な!」

「自分で招いた種だ。流石にそれは庇えねぇよ」

「そんなぁ……」

「まぁ、エガさんが皇帝になったらお前の親父さん速攻で飛ばされるだろうからそれまでの辛抱だと思っとけ。家族を愛せない奴が領民を愛せるかっての」

「だと良いんですけどねー」

 

「とか会話をしていたらいつのまにか最前列。お嬢様、ご注文をどうぞ」

「えっと! 今日のメニューをお願いします!」

「はい、どうぞ」

 

 そうして、ベルナデッタを連れて皆の待つ席に向かう。

 

「フェリクス、ちょっと場所変わったげてー」

「安心しろ、もう食い終わった」

「あら、早い事。じゃ、またなー」

「……ふん」

 

 そう一声残して、フェリクスは去っていった。

 

「なんかフェリクスの奴上機嫌だったけど、なんかあったのか?」

「あー、そうなのか。あいつわかりにくい喜び方してんなー」

 

 感情がなんとなくわかる紋章の力だが、その感情の出方には個人差があるのだ。自分が不機嫌だと思っていたフェリクスの感情は、案外悪いものではなかったようだ。

 

「とりあえず紹介するな、こちらは噂の新任教師ベレス先生。無口そうに見えてかなり面白い人だ」

「は、はじめまして。ベルナデッタです」

「彼女がサボり魔の?」

『学び舎に来て学ぶのを避けるとは、奇妙な奴よな』

「まぁ、色々重たい事情があるのでその辺は踏み込まないで下さいな。とりあえず食べよーぜー。つっても二人とも食い終わってるから俺とベルナデッタだけか」

「遅かったからな!」

「すまねぇジョニーくん。カスパルくんの食いっぷりを見てたら我慢できなくてよぉ」

「ま、良いさ。じゃあベルナデッタ、さっさと食うぞー」

「……は、はいぃ!」

「ん……オデの事怖いか?」

「あー、ベルナデッタは誰に対してもこんな感じなんだ。悪いな」

「んー、それじゃあオデは先に教室行ってるど。怖がらせちまうのは悪いからな」

「俺もそうするわ。けど、何度でも言うけど俺たちはお前の敵じゃねぇからな!」

 

 そう言って去っていく二人。

 

「級友には恵まれたな、ベルナデッタ」

「……はい、そう思います」

『ふむ、人の子も難儀よな。あのマリアンヌとやらとは別の方向で辛い思いをしたのだろうよ。教え子の傷を癒すのも教師の務め、気張るのじゃぞ』

 

 その言葉に、任せろ! と言う感じのガッツポーズをするベレス先生。おかしな行動だとは思うが、この人割といつもおかしな事をやっているのでそんなに注目されていなかったりする。

 

「そういや、リッツァ先生。じゃなったイエリッツァ先生って王国出身でしたっけ?」

「帝国出身と聞いている」

「んー、じゃあ紋章の関係かな? どっかメルセデスと似た感じがするんですよあの人。根っこにある優しさとか」

「ラミーヌの紋章?」

「はい。まぁ、メルセデスも結構波乱万丈な人生してるんで気軽に“きょうだいいる? ”なんて聞けないですけどね」

「……あの仮面の先生、そんな優しい人なんですか?」

「ああ。……つーかそうじゃなきゃ孤児たちがデカくなっても生きていけるように武術を仕込むなんて真似はしねぇって。……だからフェリクスは慕ってんだろうな。強くて優しい目標の人として」

 

 その言葉を聞くと、シルヴァンはいつもの軽薄な雰囲気でなく冷たく、しかし優しい空気で笑ってみせた。紋章の感じから言うと、こっちがシルヴァンの本性なのだろう。

 

「ジョニー、お前本当によく見てるな。フェリクスのこと」

「なにかと接点多いからな。それに、あいつの強くなった先にある目的はわかりやすいし、正直共感してるからな」

「……そりゃ、あいつもお前を気に入る訳だ」

「そうなのか?」

「ああ、そうだよ。んじゃ、あいつのことよろしくなー。……時に先生、食後のお茶でもどうですか?」

「遠慮しておく」

「そりゃ残念」

 

「そんじゃなー」とシルヴァンはいつもの軽薄な感じで去っていく。

 

「あー、そろそろペース上げて食わないと次の授業遅れるな」

「うぅ……引きこもりたい……」

「ちゃんと計画的にサボらないからだ」

『そもそもサボる事を勧める此奴は割とダメな奴ではないかと思うのじゃが、妾だけか?』

 

 首を傾げるベレス先生。やっぱこの人面白いわ。

 


 

「失礼する」

「おお、イエリッツァくんか。どうしたのだい?」

「ジョニー=フォン=コーデリアの体質について話を聞きたい」

「おお! イエリッツァくんも紋章学に目覚めたのかね!」

「紋章?」

「ああ、その通りだ。彼の持つ未知の紋章には、戦う事以外に活きる力があるのだよ……そのせいか、彼はその手で武器を振るえないないそうだがね。だが、投げたりすることはできるようだ。彼に戦いを教えるのなら、格闘術と魔導を合わせた彼自身のスタイルに手斧や手槍を使った技を教える方が良いだろう。……最も、私の私見でしかないがね」

「いえ、感謝する」

「では、彼の紋章が示した反紋章反応についての考察を……イエリッツァくん? ……帰ってしまったのか、これからが良いところだというのに」

 

 ハンネマンは、一つため息を吐いてから提出されたレポートをなんとなく目を通す。

 

 この戦うためでない紋章は、一体何のためにこの時代に目覚めたのか、そんな事を少し考えながら。

 



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第9話 死神騎士との戦い

「やっぱ仕事できますね、門番さん。ありがとうございます」

「いえ、私に協力できる事といえばこれくらいですから!」

 

 女神再誕の儀、というのがこの七月……青海の節の終わり頃にある。

 

 先のロナート卿の反乱の際に見つかった大司教レア様暗殺計画の密書の存在により、修道院は慌ただしくなっている。それもそのはず、なにせ密書がどう見ても餌なのだ。罠なのだ。あからさまなのだ。

 

 だが万が一の事を考えてレア様の護衛は外せない。ゆえに敵の狙いが何なのかの推理、及び遊撃が今節の金鹿の課題となっている。

 

 他の学級は女神再誕の儀の際に襲われると困る書庫や武器庫の護衛を課題にされているそうだ。要は猫の手も借りたい状況なのだろう。

 

 その状況で一つのクラスを遊撃に回すとは、レア様も思い切ったものだ。

 

 とりあえず、先生に頼まれていたお使いは終わったので教室に戻る。

 

「ジョニー、早かったですね」

「ああ、門番さんが情報をまとめててくれてな。先生から話を通されてからずっと調べてくれていたみたいなんだ」

 

 その情報とは、大修道院への参拝客の数。

 どうにも、女神再誕の儀の前の週に明らかに参拝客が多かったのだと。

 

 普通、ビックイベントが後に控えているのならその日に予定を合わせるはずだ。なのに前の週に人が多かったという事は、その中に作戦の下見に来た奴がいるという事。

 

 そして、ここで生きてくるのが敬虔なる信徒であるメルセデスの証言。

 

 どうにもその日は、女神像から左手側、つまり聖廟に足を向けた参拝客が多かったのだと。

 

「裏付け取れました。推理通り敵の狙いは聖廟ですね」

「ありがとう、ジョニー」

「だが、やっば聖廟か……聖セイロスの遺体を暴いてどうにかなるのか?」

「……あー、ちょっと心当たりあるわ」

「……ジョニー……」

 

 無自覚に出ていた姉さんの手を、ぎゅっと握っておく。

 

 だけれど、何も知らないままで邪悪に連なる者と皆を戦わせるわけにはいかない。それは、命に関わりかねない。

 

「敵は、セイロスの紋章を宿した血が狙いなんだと思う。……あんまデカイ声じゃ話せないけど、紋章ってのは血に宿るんだ。だから、後天的に血を入れる事でその力を取り入れる事はできなくないんだ」

「……ジョニー、お前」

「クロさんも皆も、察してても黙って下さいねー。あんま口外されたくない話なんで」

「……わかった。じゃあ別の疑問だ。千年前の古い聖人だとしても、その血って遺体に残ってるもんなのか?」

「遺体の保存方法によります。魔導で棺は開かないってんだから中身は開けてみないとわからない。魔導やら女神の加護やらで体は生かされているって可能性は十分にあります」

 

 というかセイロスが血の重要さに気づいているのなら、コールドスリープなり遺体からすぐに血を全部抜き出すことなりで未来に血を残すはずだ。この紋章至上主義の社会を作り上げた原因はセイロス教にあるのだから、セイロス教を利用する者は逆に最も紋章に縛られる者でもある。そうであるならばセイロスの血は必ず保管されているだろう。

 

「つまり敵には、そういうのを知れる知識を持ち、かつ使いこなせるヤバイ魔導使いがバックにいるって考えて良いでしょう」

「本人が来るとは考えないのか?」

「いや、この修道院にはカトリーヌさんがいます。英雄の遺産は伊達じゃあない。無駄なリスクは避けると思います」

 

「ま、これはあくまで推測。目的なんざ捕まえて吐かせりゃいいんだ。そんなに気負わないで行きましょう。見当違いだったら一発芸やるんで!」

「お前の場合それ罰ゲームになってないだろ、ジョニー」

 

 クロさんが笑いながらそんなことを言う。

 いつもの金鹿の空気に戻った。

 

「じゃあ、女神再誕の儀は明日! 頑張りましょう!」

 


 

 そうして翌日。聖人像のある部屋に隠れて、敵が聖廟に入っていくのを見る。

 

「かなり数居ますね」

「こりゃ、戦闘区域を聖廟にして正解だったな。背後を突かないと面倒だ」

「……セイロス様の遺体を傷つけないように気をつけないといけませんけどね」

「大丈夫だ、イグナーツ」

 

「女神の名前名乗っても天罰受けてない人だっているから、多少の傷くらいは許してくれるさ!」

『誰の事を言っておるのじゃ暴走小僧!』

 

 そんな会話の後に人が途切れた。

 

 聖廟に進軍する。

 ここの衛兵さんはあらかじめ話を通してわざと休憩に入って貰ったので、無駄に命が散るような事はない。

 

 そうして聖廟に入ったその時。

 

 死神に、目をつけられた。

 

 これは、不味い。

 

 否応がなく感じさせられる死を跳ね除けるため、皆に大丈夫を伝える為、口を軽くする。

 

「ヘイ、そこの騎士さん。その仮面どこで売ってるの? 何G?」

「ふっ、それが貴様の本気というわけか。珍妙な奴だ」

「質問に答えてくれやクソダサ仮面さん。あー、もしかして上司からの指示でイヤイヤ被ってる感じ? じゃあごめん、謝る。だからその闘気を抑えて欲しかったりするんだけど!」

「貴様とて、闘う気だろうが!」

 

 聖廟はかなり広い。馬に乗っている死神は直線での機動力の面では有利だ。が、小回りと瞬間速度では馬に劣らないのが(フェイ)だ。

 

 戦闘力は間違いなく俺の方が劣っているだろうが、この小回りと小細工で生き延びる。

 

 腹は括った。そして、同時に駆け出す俺と死神。死神の武器は業物と一目でわかる大鎌。扱いは難しいだろうが、鎌の先端は必殺の領域、かといって内側に入れば鎌を引かれて背中をやられる。

 

 そうでなくても、先端の重量が増している事で槍の基本、払いの威力はえらいことになっているだろう。

 

 故に、敵の攻撃は制空権の内側で受けてはならない。

 

 アウトレンジからの魔法戦、それが俺の勝ち筋! 

 

 そうして、(フェイ)で急速に方向を変え、鎌の範囲から逃れつつ大鎌に向けてサンダーを放つ。

 

 だが、大鎌にサンダーは引き寄せられなかった。ファンタジー物質だな畜生! 

 

 そうして悠々とサンダーを躱した死神は、馬首を俺に向けて真っ直ぐに駆けてくる。鎌の素材がアレならば、鎧の素材も絶縁、もしくは耐電素材である事は想像に難く無い。良い腕してんな鍛冶屋連中。

 

 さて、思考を回すリソースはそんなに無い。死神が俺でなく他の皆に狙いを定めたのなら、それを防げるのはベレス先生くらいだろう。ラファエルは必殺圏から逃れられる速度が無い、レオニーさんは一撃を止められる力がない。ヒルダの姉さんは、一撃は止められてもその次を防げる体力がない。

 

 だから、ここは俺が踏ん張るしかない。幸いにも敵の首領はこの死神ではない。こいつを首領の元に行かせずに足止めをし続ければ、勝機は繋がる! 

 

 瞬間、止まる世界。顔を動かせないので紋章によるなんとなくの感知でしかわからないが、特に誰かが重傷を負ったというわけではなさそうだ。

 

『聞こえるか、暴走小僧! 我らは左右に分かれて進軍しておる! 首魁は棺に夢中になっているが故に、奴を捕らえればその騎士もおとなしくなろう! じゃが、貴様以外にそ奴を相手にできるものはおらぬ! 無茶を承知で言わせて貰う! 任せるぞ!』

 

 息をつく事はできないが、死神騎士の次の行動を予測する事はできる。鎌の振り下ろしにしては少し力が足りてない。故にこれはフェイント。本命はなぎ払いだろう。鎌の腹だからといっても、奴の力を持ってすれば致命傷になるだろう。

 

 だが、これはちょっと良い。この瞬間に限っては完全に動きは見切っている。

 結構ムカついてきてるので、一発かましてやろう。

 

 動き出す時間の中で振り下ろしに対して(フェイ)でギリギリを躱して上を取り、逆足の(フェイ)で空気を蹴って加速した蹴りを死神の脳天に叩き込む。

 

 しかし、その蹴りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()、しかし肩に当たりそれなりのダメージは与えられた。

 

 背後を取っての脳天直撃コースを、ただ首を傾けるだけで致命傷を避けるとか、どんだけ戦闘経験を積んだらそうなるんだよこの騎士。

 

 だが、利き手と思わしき右肩にダメージを与えられた。ここからの反撃は……ってマジか⁉︎

 

 瞬間、腕をクロスさせて死神の()()()()()()()()()()()()()()()()()()を受ける。

 

 一度天井に叩きつけられて、その後に地面に落下する。ちょっとこれはマズイ。両腕は逝ったうえに背中の方のダメージがデカイ。仕込みで鎖帷子はつけていたが、その防御を悠々と超えていくダメージはしんどいことこの上ない。

 

 さて、ここから足技だけで足止めをするというのは現実的ではない。仕込んでいたコイルガンは今のでぶっ壊れた。

 ならば、ここは奥義を使う時だ。

 

「いやー、参った参った。両利きかよあんた」

「ふん、その薄ら笑いは変わらぬか」

「ああ、変わらないよ。鉄則だぜ?」

 

「こういう時に笑ってる奴にしか、ヒーローにはなれないんだぜ?」

「ヒー、ロー?」

「ああ。つーわけで、お約束通りぶっぱの時間だ。俺の全力、受けてみやがれ!」

 

 位置取りは不思議なことに完璧。故に、全力で魔力を解放する。グロスタールの紋章の力を使って更に力を増させる。

 

 そして、豪炎を右足に纏わせる。その魔力は俺の全開だ。周囲の魔力すら焼き消して、ウインドとファイヤーを混ぜた炎で右足に全力の力を込める。

 

 そして、一瞬伝わってくる喜びの感情。

 何故だか感情の感知ができていなかったが、どうやらこの死神も紋章持ちだったようだ。あの鎧か何かに紋章の力を外に出さないものがあったりするのだろう。

 

 奴は、戦いに生きている。だからこその強さなのだろう。

 

 笑わせる。人は戦いだけで生きているわけじゃない。訓練と、繋がりと、発見と、帰るべき日常が力をくれるのだ。

 

「戦技、旋風槍」

「戦技、マイティキック」

 

 折れた両腕の痛みを無視して、全力で駆け抜ける。そして、旋風槍の一撃目を前方宙返りで回避して右足に全体重、全スピードを込めた蹴りを放つ。

 それを止めるのは、旋風槍の二段目。これくらいは予想していたのだろう。

 

 上等だ。どうせもう止められないのだからこの技で燃やし尽くすまで。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 そうして、雄叫びを上げる。

 

 だが、二段目の旋風槍の威力に押し負けて、死神の鎌の頑丈さに押し負けて、俺のマイティキックは敗れた。

 

 そうして放たれる三段目の旋風槍が当たれば、俺の命は文字通り死神に持っていかれるだろう。

 

 だから……

 

「俺たちの、勝ちだ!」

「何ッ⁉︎」

「闇よ撃ち抜け! ダークスパイクΤ!」

 

 何のためにあんなド派手に魔力を流したのか、何のためにあれだけド派手に音を出したのか。

 

 そんなもの、俺の窮地を察して助けに来てくれた姉さんを隠す為に決まっている。

 

 その一撃は、確実に死神を捉え、その鎧を貫くほどの大ダメージを与えた。

 

 だが、奴の喜びはまだ止まらない。

 

「面白い、面白いぞ!」

「待て死神! 私を助けろ!」

「自分でなんとかしろ」

「貴様ぁあ!」

 

 そうして、ベレス先生が敵の首魁を追い詰める。

 

 そうしてセイロス様の遺体のある棺の中にあったのは、一振りの剣。それを敵の首魁は取り出したが、ベレス先生にあっさり弾き飛ばされた。

 

 そして、導かれるようにベレス先生の元にやってくるその剣。

 

 その剣をベレス先生が握った時、ソテっさんと似た感覚の力が周囲を満たした。

 

「おい死神、あんなのをお求めだったのか?」

「さてな。だが目的は果たした。俺は帰らせて貰おう」

「おう、帰れ帰れ。そしてどっかの街で良い感じの子と結ばれて50年後くらいに老衰で死にやがれ」

「……貴様は何を言っているのだ?」

「だってお前戦いの中で死ぬのは本望! って感じの馬鹿じゃん」

「……否定はしないがな」

 

 そんな言葉を残して、死神は消えていった。魔法反応から言って、おそらくレスキューの魔法だろう。死神にワープの魔法が使えるとは思えないし、魔力を集める感覚もなかった。

 

 そんなことをしていると、緊張の糸が切れた。

 

「あー、やばいわコレ。姉さん、治療頼む。背中な」

「全く、ジョニーは無茶をしすぎです。心配する姉の身にもなって下さい」

「感謝してますマジで」

「では、お菓子を要求します。しょっぱいのじゃなくて甘い奴を」

「……あー、商人にガラス細工売るしかないなコレは。凝ったやつ作らなきゃ」

「頑張ってください」

 

 そうしているうちに、見知った感覚がやってくる。この小気味好い感覚は、カトリーヌさんだ。聖廟の門番をしていた人が指示通りに騎士団の本隊を呼んできてくれたのだろう。

 

「さぁ、神妙にお縄につきな!」

 

 突破の過程で死なないままに放置されていた人たちが、次々と縛られていく。

 

 戦いは、どうにか終わったようだ。

 

「先生ー、皆はどうでした?」

「軽傷はあるが、皆無事だ」

「そうだぜ? お前があのバケモンを止めてくれたおかげだ。胸を張れよ、ジョニー」

「捕らえられてたら胸を張れたんですけど、そういうわけにもいかないんですよねー。あいつ紋章使ってませんでしたし」

「マジか⁉︎……手加減されてたのかよ、あの強さでか? 何のために? ……あークソ、何が何だかわからねぇ」

 

 そんな謎を残しながら、聖廟での戦いは終結した。

 

 二度と会いたくないが、あの死神とはまた会うことになる気がする。

 その時に備えて、もっとしっかり準備しなくては。具体的にいうならコイルガンのライフル弾の開発とか!



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第10話 コーデリア領のガラス職人

「良いデザイン画だな……うし! やるか!」

「でもジョニーくん、こんな精密なガラスの茶器なんて作れるの?」

「舐めんなよイグナーツ。ガラスの加工は空気でやるんだ。俺、風魔法の精密操作に関しては真面目にフォドラ一だぜ?」

 

 そうして、街のガラス屋(硅砂のやりとりとかもあって結構仲は良い)に試作品用の窯を借りて製作に移る。

 

 材料はちょっとリッチに酸化鉛の分量を多くする。高級茶器が売れるアテがあるというのは良い事だ。

 

 そうして、鉄のストローでガラスを取り、均等な速度で回転させながらウインドで膨らませて形を作る。

 

 そうしてコップの形を作ってから窯の中のガラスをウインドでちょっと取って、形成しながら持ち手の部分を作る。ここまではコーデリア領でよくやった流れ作業。

 

 そこに、窯の中から取り出した熱気をウインドで操って、二つの首を持つ鷲の姿をカップに刻み込む。あくまで目立たせず、しかし美しく見えるように。

 

 この辺りの事を考えてくれたイグナーツにはマジで感謝だ。あいつ騎士にならないで芸術の道で生きていた方が良い気がするのは俺だけだろうか? 

 

「相変わらず見事なもんだな! 坊主!」

「機材がよく手入れされてるからですよ、親方」

「全く、貴族じゃなきゃウチの入り婿にしてやろうってのによぉ」

「ジーナちゃんまだ3歳じゃないですか」

「ハッハッハ! だが、お前を身内にしたいってのは本気だぜ?」

「そりゃどーも! 除冷窯借りますねー」

「おうよ。……だが、お前さんの作ってる妙な銅線の使い道が未だにわかんねぇんだが、いい加減教えちゃくれんかい?」

「あー、そういや予備の銅線もう出来てましたか。タイムリーですね」

「おうよ。銅にあんなに薄くガラスをつける理由がわからなくてな!」

「じゃあ、見せましょう! 俺の仕込み武器の作成方法を!」

 

「ま、銅線クルクル巻くだけなんですけどねー」

 

 木で作った枠にひたすらにコイルをクルクル巻く。枠の形成はウインドでスパッと出来てしまうのは本当にありがたい。均等に、かつ密に巻くのが威力の出るコイルガンのコツだ。

 

 そうして作ったものを竹筒の中に入れてから弾を入れる穴をウインドのドリルで開け、銅線の末端を竹筒に開けていた穴から外に出す。

 

 それで、銅線の先端を鑢で削りガラスコーティングを無くせば完了だ。

 

「竹筒? 何のためにそんなもんを」

「ここにサンダーを流すと……ホイ!」

 

 ポケットの中に入れっぱなしだった十字に切れ目を入れた弾丸をコイルの中に通す。すると電磁力により弾丸が射出される。

 

「……こんなんなら、魔法で良いんじゃないか?」

「いや、安全に配慮した結果ですから。全力でサンダーを流したら相当な威力になるんですよ」

 

 そんなわけで、仕込み武器復活である。腕に竹筒を、手首に銅線をバンドで止めて制服の袖を緩めれば仕込みは完了だ。銅線の固定位置も問題なし。

 

「うし、あざっした!」

「しっかし良い手際だなぁ。本当に貴族様なのかい?」

「まぁ、色々自作しないとやってけない環境だったので」

 

 コーデリア領の貧乏度合いを舐めてはいけない。真面目に俺が居なかったら帝国からの借金の押し付けで首が回らなかっただろう。だから金策に色々頑張ったのだ。

 

 ちなみに、コーデリア領出身で金鹿の生徒である俺が黒鷲のマークを掘るのもそれが理由だったりする。

 コーデリア領の職人(俺)が黒鷲の、つまり帝国を讃える事をモチーフにしたものを作るのは、帝国人に睨まれず、かつ金を稼ぐためのものだったりするのだ。

 

 世知辛いなー畜生! 

 

 そんな事を思いながら、同じ要領でティーカップをあと3つ、ポットを1つ作った所で、ちょっと悪巧みを思いついた。

 

 幸い銅線がなくなったお陰で除冷窯のスペースには余裕がある。

 

 どうせなら、頑張るとしようか。

 


 

「なーなー、フェルディナントー」

「どうしたのだ? ジョニー」

「お前、ウチの領の職人の作ったガラスの茶器に興味ある?」

「ッ⁉︎コーデリアのガラス細工かそれは⁉︎精巧な腕を誇る謎の職人は帝国では有名なのだよ! そんな彼が茶器を作っただと! 詳しく話してくれ!」

「流通路はわかんないけど、そのコーデリアの職人の作品がこの街のガラス屋に流れてるんだよ。職人のネットワークかね?」

「ガラス屋か! すぐに行こう!」

「まぁ待て。この手の茶器に目がない奴はもう一人居るんだよ。値札はかけられてないから、競売形式になる。そいつも一緒に連れて行った方が直接値段の交渉ができて早いだろ?」

「フッ、良いだろう。真なる貴族は戦ってでも求めるものを勝ち取るものさ!」

 

 そうして、金鹿の誇る貴族マンであるローレンツを連れてガラス屋へと向かう。

 

 道中、2人は物凄く意気投合していた。まぁ貴族マン同士わかり合うのだろう。2人とも本当に“正しい貴族”を目指しているのだから当然といえば当然なのかもしれない。

 

「ほぅ! これが!」

「……見事なものだね。透明なガラスの中に、双頭の鷲が目立つ事なく、しかし美しく存在している。これが我が同盟の職人の手から作られたというのは、誇らしいな」

「では、お2人で競売を始めてくださいな。コーデリアの職人による黒鷲のクリスタルティーセット。1000Gからスタートで!」

「フッ、負けないぞローレンツ!」

「……いや、僕は遠慮しておこう」

「……え、何て?」

「わからんのかねジョニーくん。この競売を降りると言ったんだ」

「どうしてだローレンツ! 君の審美眼も茶器への情熱も本物の筈だ! それがどうして!」

「そんなものは単純だ。この茶器は帝国の良き貴族である君が持つに相応しいと思ったのだよ! 醜悪な地位だけに拘る者に対してなら譲るつもりはなかったが、君になら相応しいと言えるのだよ。なにせ、それは帝国を象る黒鷲のものだからね」

「ローレンツ! 君という奴は!」

「あぁ、だがひとつだけ条件を付けさせて貰おう。その茶器で、僕に茶を淹れてくれ」

「任せたまえ! では店主よ、私が1000Gで落札しよう!」

 

「ちょっとタイムタイム! 良い感じの会話してるとこ悪いんだけど、ぶっちゃけ1000だと利益率クソなんだよ今回の奴! ガルグマクに鉛ってあんま入ってこないから原価高くなった上にデザイン料もあるから!」

「……ジョニー君、なんでそんな事を知っているのだね?」

「まさか、コーデリア領の職人というのは!」

「……黙っててな。ガラス細工売り始めたのガチにガキの頃だったから、謎の職人Xにしとかないと付加価値つけられなかったんだよ。コーデリア領の謎の職人! みたいにさ」

「……君も苦労していたのだね、ジョニー君」

「……帝国貴族の身としては、あまり口出せない話だな」

「まぁ、ぶっちゃけた身としてはアレなんだが、利益率の関係で1500は欲しいのさ。窯のレンタル代に、鉛の代金。あとはイグナーツへのデザイン代とか諸々払うと300Gの売り上げにしかならないけどさ」

「ならば、2000出そう! それほどの価値がこの茶器にはある!」

「……で、そうなると何故僕を呼んだのだね?」

「あー……フェルディナントと争わせたらヒートアップして3000くらいに釣り上げてくれるかなーって」

「「下衆か君は」」

「ハモるな金持ち貴族メン! そんなんじゃもう一品の方は渡せないぞ」

「もう一品?」

「いや、だってどっちも茶器好きなんだから、利用するならどっちにも得してほしいなーって思ったんだよ、うん。そんなわけで、コーデリア領の職人Xではなく、ジョニー=フォン=コーデリアの作品。金鹿のクリスタルティーセットです。2000な」

「ッ! これもまた見事な!」

「……フッ、フェルディナント君。いくら君にでもこの茶器は渡せないな」

「安心しろローレンツ。この茶器に相応しい者が居るというのに出しゃばりはしないさ!」

「感謝しよう、フェルディナント君!」

 

 ガシっと手を握り合う二人。

 デカく得はできなかったが、これならばイグナーツの画材代の足しにもできるだろう。それに、仕送りと姉さんへの菓子代も考慮しても、電池探しの実験に使う金を残せる。

 

 が、やっぱ二人にはヒートアップして欲しかったなーと思う今日この頃だった。

 


 

 丁寧に箱詰めした茶器をローレンツとフェルディナントが談笑しながら持って帰るのを見送って、親方と店主に挨拶をしてから街を見て回る。

 ガルグマクの麓の街は、やはり豊かだ。

 

 こうしてふらりと歩き回るだけでも、その活気が伝わってくる。

 

「あ、ジョニー!」

「あらあら、走っちゃダメよアン」

「アネットにメルセデス! 二人で買い物か?」

「うん、今日貸本屋で古くなった本の投げ売りをやるんだって! あの表通りの大きい所の!」

「マジか。俺も行きたい! 良いか?」

「うん、勿論だよ!」

 

「でも、ジョニーって本を読むイメージあんまないよね」

「失礼だな、これでも技術書は結構読む方だぞ」

「へー、何読んだの?」

「最近だと、信仰に寄らない白魔法実現の可能性だな。神に祈るってプロセスを分解して、どの工程がどの魔法の成功に繋がっているのかって実験だったな」

「……禁書にならないの? それ」

「あいにくと、“わからない”が結論だったんだよその本。横着しないで信仰を磨きなさいって事だとさ。信仰とか意味わからなくてやめて欲しいんだけどなー」

「……ジョニーは、神に祈る事はないの?」

「作法は覚えたけど、祈る前も後も女神に助けられた事はないからな。なら、祈りは時間あるときにするくらいで良いかなーって」

「そんなんじゃ、貴族としてダメじゃない?」

「いや、クロさんも似た感じだからいけるいける。盟主がそうなるんなら、信仰は緩くなるさ」

 

「……そう、ジョニーもクロードも強いのね」

「まぁ、鍛えてますから」

 

 おどけながら力こぶを作って見せる。アハハと笑うアネットと、いつものおっとり顔に戻るメルセデス。

 

 話題も悪いし、ちょっと話を変えるとしよう。

 

「そういや二人は、この辺で甘くて美味しいお菓子売ってる所知ってるか? 菓子は作る派だけど、流石に贈り物でケチるのはなーって思ってるのさ」

「え! もしかして恋の予感⁉︎」

「残念、姉さん相手です」

「でも、リシテアとジョニーって血は繋がってないでしょう?」

「……え⁉︎そうなの⁉︎」

「よく気づいたなメルセデス。見た目は似た者姉弟なのに」

「なんとなくね」

 

 身長と性別以外似た所だらけなのだ俺と姉さんは。それが邪悪の実験によるものなのはムカつくことこの上ないが、コーデリアの内情を知る者以外から見抜かれた事はこれまでに一度しかない。

 

 なんでわかったのだろうか、ソテっさんもメルセデスも。隠す事じゃないから良いんだけど。

 

「すげーなメルセデス。……とは言っても、恋愛の情を抱けるほど遠い距離じゃねぇよ。ちょっとの血と強い心で繋がった姉弟だから、俺たち」

「そんなものなんだ」

「俺にとってはそんなものなんです」

 

 そうしていると、貸本屋に着く。

 

「さーて、何があるかなー?」

「ワクワクだね!」

「そうねー」

 

 そこでは貴族平民問わずさまざまな人たちが集まって本を漁っていた。あ、グリットさんいる。大盛況の物語ブースだ。

 

「何狙い? 俺は技術書」

「私は魔導書かなー」

「私はそうね……お菓子のレシピ本があると良いかしら」

「じゃ、混ざってるの見つけたら報告って感じで」

「「おー」」

 

 本を漁っていた結構ガタイの良い人に一礼して、本を探し始める。

 

 お、倭刀についての本がある。倭刀がどっから流れてきたのかかなり気になるのよなー。その先に米がありそうで。

 

 ウインドで細かくした小麦を使った米擬きは、やっぱりちょっと違うのだ。是非とも調べたい。

 

 そうして手を伸ばすと、ガタイの良いオッサンと手が触れ合った。そういうラブコメイベントは異性とやりたかったなー。

 

「ども、鍛冶屋さんですか?」

「そういうお前は士官学校の生徒か。なんでこんな本に手を伸ばしたよ」

「倭刀を作る人たちの文化が気になりまして。倭刀って凄く良く切れますけど、ちゃんと使わなきゃすぐ壊れるじゃないですか。だから、フォドラに伝わってない倭刀の使い方についてもヒントくらいは乗ってるかなーと」

「ほう……良い目の付け所してるじゃねぇか坊主」

「ジョニーです。なんでちょっと先に中身確認しても良いですか?」

「構わねぇよ。俺も興味本位だ」

「じゃ、失敬して……」

 

 パラパラっと本のページをめくる。どうやら翻訳版ではなくフォドラの人なりに研究した本のようだ。

 来歴は、調べられていない。

 

「どうにも、鍛冶屋のオッサン向きの本みたいですね。倭刀の強化方法とか書かれてますけど、使い方は特に書かれてないですね」

「おいおい、そんなぱらっと見ただけでわかるもんなのか?」

「速読は俺の技の一つですから」

 

 まぁ、大雑把に内容を確認できる程度のものなのだが。具体的には紙の質のせいで一度に2ページめくれたりするせいで。おのれファンタジー。製紙技術もファンタジーしろや。

 

「……って、なんでこんなとこにあるし“ダグザのお菓子”。メルセデスに持ってくか」

「目当てのもんは見つかったか?」

「いや、一緒に来た奴の欲しそうなもの見つけたから見せに行くんで、また戻ってきますよ」

 

 そうしてメルセデスに見せた“ダグザのお菓子”は、割と好印象だったようで購入を決めたようだった。

 対してこちらの収穫はゼロ。魔法水晶の特性を数式化した本とかなんでないのだし。数学や統計の種はできてるんだから、それを発展させる奴はいても良いだろうに。

 

 自力で研究するには、設備も予算もねぇんだよ畜生。

 

 そんな事を考えつつも表には出さず、メルセデスオススメのお菓子屋でお菓子を買って大修道院に戻るのだった。

 

 姉さんは、喜んでくれるだろうか……

 うん、割と甘ければなんでもアリな舌だし、大丈夫だろう。




ジョニーは割とマジで多彩マンで多才マンです。技術を身につけたらそれを何だかんだとしっかり身につけたままにしておける技能の記憶力が良いイメージ。

ちなみに、前世では発明を技の一つにしようとした結果頑張って色々知識はついたけども、ガチの最先端科学を見てこれは無理だと諦めた結果微妙に知識が足りない今に至るという感じだったりします。


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第11話 ゴーティエ家督争乱

昨日 10/7日に二本投稿したので、10話読み損ねた!って方はそちらからどうぞ。

金策とガラス細工の話です。


「……おい、なんだよジョニー。こんなとこに呼び出して」

「まぁ、ちょっと話があってな。ほれ、釣竿」

「一緒に釣りしようって誘いか?」

「いや、面と向かって話すのも、酒飲みながら話すのもなんか違う気がしてさ」

「……兄貴のことか」

「……ああ」

 

 釣竿を受け取ったシルヴァンは、俺の隣で釣り糸を垂らす。

 

「俺もアッシュみたく、課題に協力しろって誘いか?」

「んー、微妙」

「いや微妙ってなんだよ」

「正直さ、アッシュの時は直接殺しあうことになるとは思ってなかったんだよ。あくまで騎士団の手伝いだったから、最期にちょっとアッシュが親父さんと話せたらいいなー、くらいの気持ちだったんだ。けど、今回は違う。明確にマイクランを殺せって指示だ。……実の兄弟で殺しあえなんて言えないし、言いたくない。土地感に関してもギルベルトさんが一緒に来てくれるから問題はない、だから、本当にお前に話を通す理由なんてないんだよ」

「じゃあ、どうして俺に声かけたんだ?」

「お前がどうしたいかを、友達として知りたいんだ」

「……友達として、か」

「ああ」

「お前、意外と損する奴なのか?」

「得しようと努力はしてるんだけど、どうにもな」

「もっと楽に生きりゃあ良いのによ、お前さんも」

「楽な道って、だいたい後味悪いだろ。だから、多少辛くても生き方を変えるつもりは今の所はねぇよ」

「そうかい……楽な道は、後味悪い、か……」

 

 

「……ああ、それはわかるわ。俺も」

「……そうか」

「兄貴を殺すのを誰かに任せて、そいつを心のどっかで逆恨みしちまうのは、やっぱ嫌だ。良い思い出なんざねぇけど、兄弟なんだよ」

 

「ジョニー、頼む。俺を連れて行ってくれ」

「りょーかい。任せとけ! ……って引いてる⁉︎餌つけてないのに⁉︎シルヴァン、網持ってきて! 結構でかい!」

「おー、ホントだ。この光の照り返り、もしかしてシルバーフィッシュか?」

「マジか……食ったことねぇな」

「結構美味いんだぜ? しかも鱗が売れると来た」

「ならば尚更にやる気を出してやるまでよ!」

 

 そうして釣り上げたシルバーフィッシュは、太陽に鱗が照らされてとても美しかった。

 

「うん、なんか行ける気がするわ」

「……どこにだ?」

「運命を超えた、ハッピーエンドって奴にさ!」

 

 そんな会話があって、シルヴァンは今節の課題協力に応じることとなった。

 

 “破裂の槍”、ゴーティエ家に代々伝わるフォドラの北を守り続けてきた英雄の遺産を盗み出して挙兵したシルヴァンの兄、マイクランの討伐という課題に対して。

 


 

 王国領コナン塔へと向かう道中、最寄りの村に少し補給のために滞在した際、マイクラン達盗賊団の話を聞いた。

 傍若無人、力で蓄えを奪っていくその姿は盗賊そのものだったと。

 

 マイクランの凄みは、逆らえば殺されてしまうのだと自分たちに思い知らせるには十分なものだったと。

 

「……結構、堪えるな」

「まぁ、盗賊団なんてそんなもんですよ。他所から奪うしか自分たちが食う事が出来ないんですから。……けど、略奪跡にちょっと違和感があったんですよね」

「違和感?」

「ウチに賊あがりの連中がいるんで連中の手口はわかるんですけど、どうにも取らなさすぎなんですよ。物資を。特に食料」

「……そうなのか?」

「基本的に賊は、騎士団が飛んでくる可能性を考えて略奪した後は迎え撃つだけの準備をするんです。マイクランの団は100人を超える大所帯な上にコナン塔っていう拠点も持っているんだから、もっとどっしり構えても良いと思うんです。破裂の槍ってわかりやすい武力もありますから特に」

「……兄貴は、どっかに落ち延びる算段をつけてるってことか?」

「そうかと思ったんですけど、それなら俺はコナン塔には陣取りませんよ。この辺りはこの時期嵐がひどいそうなんで、下手したらコナン塔の中から出られなくなります。そうなりゃ最悪餓死ですよ? だったら略奪の後強行軍でどっか破裂の槍の武力を欲しがりそうな所に転がり込むのが良かったんです。北のスレン半島とか」

「……そしたら兄貴は何が目的なんだ?」

「……それがわかんねぇんですよねぇ。八月って時期に事を起こしたのも不自然といえば不自然ですし。だいたい盗賊に落ちるのって農家さんですから、麦を収穫してウハウハ! って時じゃないですか。今年は特にファーガスで飢饉だの病気だのはありませんでしたからちゃんと税の分は払えるでしょうに……」

「……もしかして、西か?」

「西?」

「ああ、今ファーガスを仕切ってる宰相は、まぁアレな奴なんだよ。その影響力が強いのが西側。つまり帝国よりの領土だ。当然帝国と仲は良い。だから、農民たちは帝国には逃げられない。そうして東に流れてきても、ファーガスの北は貧しい土地だから、仕事も畑もない。だから、盗賊に落ちるしかなかった家族が大勢いた」

「……そうか、逃げてきた家族の持ってきた食料が大量にあるから、食料の略奪を最小限にしたって事か。だとしたらマイクランが反旗を翻した理由ってのはもしかして……」

「……いや、それはねぇよ。兄貴は、控えめに言ってクズ野郎だから」

「そうか……じゃあたまたま人が流れて来たのを機と見て挙兵したって感じに見とくか。……けどさ、シルヴァン」

「なんだ?」

「間違ったやり方だとしても、手を差し伸べてくれた誰かに対して人は結構デカイ忠誠を抱くんだ。そうなると当然士気は高まる。やりにくくなったな」

「まぁ、そうだな」

 

 そうして、クロードと先生にそんな事を一応伝えていると、雨が降って来た。

 

 雨宿りついでに、道を誤ってしまった者をぶっ飛ばすとしよう。

 

「出撃」

 

 先生のその一声とともに、賊の根城であるコナン塔に俺たちは攻撃を開始した。

 


 

「賊の気配が強くなって来ました。ここが根城のようですね」

「捕らえられていた女子供を早く安心させたい……けど、背後には気をつけて」

『うむ、暴走小僧の言う通りじゃと、あやつらはこの盗賊団の家族じゃからな。何かあると見ておいて間違いはないじゃろ』

 

 重装備のギルベルトさんを殿に、ラファエルとレオニーを先頭に渦巻き状に作られているこのコナン塔に進軍する。

 

 賊の抵抗は散発的であり、お世辞にも練度は高いとは言えなかったが、士気は高かった。

 

 それが、ムカついてならない。どうして死ぬために前に出るのか、どうして盗賊などに落ちてしまったのか、どうして命を大切にしないのか。

 

 そんなものはわかっている。守りたいものがあるからだ。普通の人は、そうじゃなきゃ戦えない。

 

「先生、隠し部屋あります。内部の制圧は俺が、姉さんは壁の破壊お願い」

「背後を突かれるのは危険ですからね。対処しておきましょう。ドーラΔ!」

 

 そうして闇魔法により破壊されたその壁の中に侵入し、4人のそれなりの腕利きの剣士に対してサンダーを放って昏倒させる。腕利き相手でも奇襲すれば、この程度はできるのだ。

 

「制圧完了、次行きます」

 

 命を奪わなかったのは、甘えだ。

 今の進軍速度なら、起き上がって背後からの奇襲の前にマイクランを制圧できるからという計算は、ヒューベルトあたりが見れば愚かと断じてしまうだろう。

 

 けれどどうしても、皆殺しにしてそれで終わりにはしたくなかったのだ。たとえもう何人も賊になってしまった人たちを殺しているのだとしても、それでも。

 

「シルヴァンッ!」

「……よぉ兄貴、酷え面だな」

「お前は、俺からこの槍すら奪うってのか!」

「ああ。せめて苦しまないように終わらせてやる」

 

 そうして、槍を合わせるシルヴァンとマイクラン。槍の腕は互角、しかし武器の差でシルヴァンは押される……筈なのだが、マイクランは槍を一振りするたびに苦しみの表情を浮かべて来た。

 

「マイクラン様を守れ!」

「俺のデカイ身体は、守る為にあるんだよ!」

「……それなら、オデの身体もだ! 皆! コイツはオデがやる!」

 

 マイクランを守ろうとするアーマーナイトをラファエルが押し留める。そしてマイクランを援護しようと放たれたアーチャーの矢は俺の風魔法で逸らされて、レオニーさん、ヒルダの姉さん、ローレンツ、先生がそれぞれ対処してみせた。

 

「クソ、クソが! 俺は、勝たなきゃいけないんだよ!」

「賊に落ちてもか!」

「紋章をもって生まれた恵まれたお前に何がわかる! どんなに血反吐を吐いて努力しても、どんなに夜を本と共に過ごしても! 紋章がないってだけで俺はお前のスペア以下になったんだよ! お嬢様が!」

 

「だから俺が槍を使いこなして! 俺がゴーティエの領主になるんだよ!」

 

 不思議と、マイクランから感情が伝わって来た。シルヴァンのそれによく似ている。

 怒りの奥に感じるその光は、使命を見つけた男の光。

 

 なんとなく、このマイクランという男がわかってしまった。紋章を持たない彼の心を感じれた理由はわからないが、それはきっと邪悪な心だけじゃない。

 

 考えてみれば、そうなのだ。シルヴァンはマイクランに様々な虐待を受けたが、どうしてか命を奪われることはなかった。

 

 なのに、今回は挙兵した。槍を使いこなしてどうこうするという目的は、きっと表面だけのもの。

 

 マイクランが一歩踏み出せた理由は、きっと救けを求めた誰かの為。そして、救けを求められた誰かがいたから、今もこうして戦いの場に居る。それはきっと、俺のように()()()()()()()()()()()()

 

 表の顔と裏の顔で心が違いすぎるのは、何だかんだとこの二人が兄弟だからなのだろう。

 

 だが、それを知ったところでもうどうすることもできない。英雄の遺産の力を使いこなせなかったマイクランは、シルヴァンに敗れる。それは、覆らない。

 

 だからせめて、祈ることだけはやめないでいよう。

 

 それが、エゴだとしても。

 

「……畜生、俺は、俺は!」

「……分不相応な武器を使ったあんたの負けだ」

 

 シルヴァンの戦技、旋風槍が、破裂の槍を交わしてマイクランのアーマーを打ち付ける。

 

 衝撃は完全に入り、マイクランの纏っていたアーマーは砕けて散った。

 

 これで終わり……ッ⁉︎

 

 瞬間、流れてくる邪悪な思念。その出どころはマイクランの持つ破裂の槍。

 

 痛みと苦しみを訴える悲痛な叫びが紋章石から流れ出し、それがマイクランを包み出した。

 

「シルヴァン! 下がれ!」

「お頭ぁ!」

「なんだかわからねぇが、今は離れてくれ! ヤバそうだ!」

「クッ、マイクラン!」

 

 そうして、かつてマイクランだったものは邪悪な思念を撒き散らす魔獣へと姿を変えた。

 

『時を止めるぞ、お主よ!』

 

 瞬間、ソテっさんの力により世界の時が止まる。

 

『お主、暴走小僧! 聞こえておるな! 此奴は今、獣と化した! 奴を倒すには獣の持つ障壁を破らねばならぬ! 障壁は大人数での一斉攻撃かお主の天帝の剣の攻撃のような強力な力以外では破れぬし、破っても獣に力が溜まればまた張り直される! 故に、障壁を破壊したら障壁の核を破壊するのじゃ! その先でようやくあやつに傷をつけられる! ……何、どうして知っておるかじゃと? わしも知りたいわ!』

 

 止まった時が動き出す。

 

 再びマイクランだった魔獣が動き出すが、その時にどうにも敵の次の動きが伝わってくる。思念の向きだろう。

 

 その矛先は、かつて仲間だった賊の一人に向けられていた。

 

 その時、俺の中の何かがキレた。

 

 考える前に動き出す身体。(フェイ)を使っての高速機動で、魔獣の矛先から賊を逃す。そしてその勢いのままに狙いを定めてコイルガンを放つ。

 

 全開の魔力で放ったそれは、障壁にヒビを入れた。

 

「先生、無茶します! 姉さん!」

「分かってます、魔よ退け! エンジェル!」

 

 白魔法の一つ、破邪の力をもつエンジェルがヒビの入った障壁に穴を開けた。

 

 そして、賊を放り投げて身軽になった俺は(フェイ)でその穴の中に侵入して、心のままに拳を構える。

 不思議と、紋章の使い方は理解できた。無意識的にずっと使っていたそれを、意識的に使うようにしただけなのだから当たり前なのだろうが。それでも、今の自分にとっては好都合だ。

 

「マイクラン、お前は、自分の欲望からの行動でも! 誰かを救けた事で光を見つけたんだろうが! だったら、たかが魔獣になった程度でその光を見失ってんじゃねぇ! お前は、もう救け合える奴になれたんだろうが!」

 

「だから、その程度で心を諦めてんじゃねぇ!」

 

 瞬間、輝く右手の甲の紋章。円のようだったそれは、小さな翼を持った竜が手で輪を作っているように俺には見えた。

 

 そうして紋章の力のこもった拳は障壁の核に当たり、俺の意識は()()()()

 


 

「お頭! ありがとうございます!」

「マイクラン! お前って凄えな!」

「マイクラン様、ありがとうございます!」

「まいくらんさまー!」

 

 西から逃げてきた、何も知らない雑魚どもが無邪気に俺を讃える。

 重税から逃れてきた者たちは、税として収める筈だった食料を持っていた。だから、兵団に加えた。

 

 それだけの、筈だった。

 

 それなのに、何故こんなにも暖かい。

 

 家督を俺に継がせなかったクソどもへの反逆が始まりだった。頭のどこかではこの戦いに勝てるわけがないと理解もしていた。

 

 それなのに、こんなにも暖かい。

 

 親父への憎しみや、弟への妬みが消える事は無い。それでも、それでも、この暖かさを守る為には。

 

 破裂の槍(届かないとわかっている力)に縋るしかなかった。

 

 その代償が魔獣に落ちる事だとは、笑える罰を女神は下したものだ。

 

 せめて、少しでも皆に救いがあってほしい。

 それだけを祈って、この黒い波に飲まれて「んじゃねぇよクソ野郎!」

 

 誰かに、心を殴られた。

 

「誰だ、お前は?」

「ジョニー=フォン=コーデリア。お前の弟の友達で、お前を救けにやってきた者だ」

「……シルヴァンの?」

「ああ、あんたは、裁かれるだけの罪を犯した。それはちゃんと罰せられろ。けど、それは魔獣になって死ぬなんて事じゃ無い。人の世界で、あんたが救おうとした者を一人でも目に焼き付けながら死にやがれ! だから!」

 

「今を生きる、光を見失うな!」

 

 その言葉は不思議と心に響いて。暖かくて。

 思わず手を取ってしまう、不思議な言葉だった。

 


 

「ジョニー!」

「マイクラン、救出完了! やってみるもんだな畜生!」

「またノリで動きましたねこのバカ!」

「それとシルヴァン! コレを使えるのはお前だけだ!」

 

 そうして、マイクランと共に取れた破裂の槍をシルヴァンに投げ渡す。

 

 魔獣は、未だ健在だ。マイクランという核を失った事で、逆に膨張を始めているような気さえする。

 

 奴はここで仕留めるべき災厄だ。その正体が負の感情の塊だとしても、だからこそそれを背負って立つシルヴァンの手で倒されるべきものだ。

 

「ここにいる全員! 賊も生徒も騎士団も関係ない! この魔獣を足止めするぞ! トドメは、英雄の遺産がやってくれる!」

 

「まったく、人をノせるのが上手い事で! 意味のわからないこの状況を、皆で魔獣を倒すって流れに乗せやがった!」

「クロードくん! それ言わなくても良いやつだよ!」

「そうだな! じゃあ、言われた通りに足を止めるぞ! イグナーツ、俺たちは左後ろ足だ! レオニーとローレンツ左前脚、リシテアとマリアンヌは右後ろ足、右前脚は「オデ達だな!」「おうよ!」「承知しました」……なんで賊のアーマーナイトと意気投合したんだラファエルの奴」

 

 そうして、皆の攻撃が魔獣を傷つけ、その足を破壊する。

 魔獣は反撃に瓦礫を放ってきたりしたが、それらは全て俺が空中で破壊する。

 

 そうして、全ての足が潰れたその時、シルヴァンとベレス先生は英雄の遺産へと力を溜め終わった。

 

『今じゃ! やってしまえ、お主よ!』

「戦技、破天」

「戦技、烈空!」

「ついでに持ってけ、紋章パンチ!」

 

 二つの英雄の遺産と、一つの紋章の拳が重なり合い、その力は倍増されて叩きつけられた。たまに響いてくる不思議な音楽のイメージを強く俺に刻み込みながら。

 

 そうして、かつてマイクランであり、今は破裂の槍の負の感情の塊だった何かはコナン塔の天井ごと吹き飛んで消えていった。

 

「消滅確認! お疲れ様でした!」

 

 刺々と感じていた負の感情が消えた事を感知した俺は、皆にそう伝える。なんかぐだぐだになったが、とりあえずこの戦闘は終了したと言えるだろう。

 

 なにせ、誰も戦う気なんて起こしていないのだから。

 

「これがジョニー=フォン=コーデリア。コーデリア領の異端児ですか……先生、難儀な生徒を請け負いましたな」

「だけど、良い生徒だ」

「難儀ってとこ否定しないんですね……いや分かってます、すいません」

 

 その後、首領であるマイクランの投降により、それ以上に血が流れる事なくコナン塔から俺たちは帰っていった。

 


 

「なぁ、ジョニー。良いか?」

「どうした? シルヴァン」

「……お前、何した?」

「分からん。正直ノリで動いた」

「マジか……この()()()()()()()()についてはなんも知らないのなお前。……あー、俺が管理するって言えばいけるか?」

「その辺はレア様次第だよなー。未だにあの人読みきれないんだよ。優しいようでどっか変な感覚だから」

「……お前ってもしかして心が読めたりするのか?」

「あー、紋章持ってる人の心の動きがなんとなくわかるって感じ。あんまりアテにならないけどな。……あれ?」

「どうした?」

「なんで今もマイクランの感情がわかるんだ?」

 

 コナン塔では破裂の槍が原因だろうと当たりは付けている。だが、どうして今もマイクランの感情がわかるのだ? 

 

 ……ハンネマン先生に相談だ、うん(丸投げ)




紋章のイメージ元は遊戯王5D’sのシグナーの痣なんですよねー。円を描いているのが頭と尾ではなく竜の両手になった感じです。


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第12話 潜入

「……よくぞ、賊を捕らえて来ました。ベレス。では、破裂の槍を……」

「あのー! それなんですが! ……賠償金って、どれくらいになります?」

「……はい?」

「槍をジョニーがおかしくした」

「待ってください先生! 初っ端から見捨てないで! ガチに首括らされるから!」

「……すみません、話が見えないのですが」

「あー、レア様。見たほうが早いです、多分」

 

 そうしてシルヴァンは紋章石の部分を隠した布(苦肉の策)を外して、青くなった紋章石を見せる。

 

「……これは⁉︎」

「ぶん殴ったら青くなりました! すいません!」

「……その槍を、触らせてはいただけませんか? ベレス」

「害は多分前より無いんで、安心してくださいな」

 

 そうしてレア様は破滅の槍の紋章石に触り、安らかな感情とともに「ゴーティエ……」と小声で呟いた。

 

「……英雄の遺産がこのようになったのは、女神様のお導きでしょう。この青くなった紋章石からは、安らぎを感じます」

『わしと同じ名のソティスとやらは、なにもせんかったがの』

 

 ソテっさん、今いいから。

 

「あー、それで俺たちへの対処は?」

「もちろん、不問とします。しかし青い紋章石については我々も調べなくてはなりません。よって、この槍はシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ。貴方が管理する事としなさい」

「……いいんですか?」

「ええ、これは紋章石の中の邪心がなくなった証拠だと、私は思います。ならば、その邪心を解き放った者に任せるのが道理というものでしょう」

「……ならば、ゴーティエの血に誓ってこの槍を正しく使う事をここに約束します」

「はい。では……」

 

 そんな話をしていると、部屋に駆け込んでくる音が聞こえた。

 

「レア! フレンを見なかったか!」

「どうしたのです? セテス。一体なにが……」

「どこにも居ないのだ! 私に何の言伝もなく姿を消すような子ではない! 誰かに拐かされたのでは!」

「……フレンには紋章はあるか?」

「……何を⁉︎」

「人探しには適任がいる」

「フレンちゃんにはセスリーンの大紋章があったはずです。つまり、行けますよ! けど、大体の位置しかわかりませんのでそっから先は人海戦術で!」

「フレンの位置がわかるのか!」

「俺の紋章の謎パワー舐めないで下さい! シルヴァン、お前は青獅子の連中を集めてくれ! 先生は金鹿の! セテスさんは黒鷲の連中を頼みます! それから、門番の人達に話を聞いて修道院の外に不審な持ち出し品がないかを確認しておいてください! 俺は、大修道院を走り回って大体の位置を探します! 。つーわけでレア様、テラスから失礼します!」

 

 普段は侵入を禁止されているレア様の自室の前にあるテラス。そこからガルグマクを跳び回る。そうして少し引っかかった。……優しい紋章の感じ、安らかに思えるこの感情は、眠っているからだろうか? 

 

「……直線距離だと、墓地の辺りか?」

 

 そうして、空中でウインドを放ち減速しながら墓地に降りる。

 感覚は近くなったが、それでもまだ下だ。

 

「……ガルグマクの地図もってこい畜生! 秘密の部屋とか冗談じゃねぇよ!」

 

 墓地の地下を削り抜いてみるかとも思ったが、感覚が示すのはどちらかといえば建物の側。間違いなく壁にぶつかるだろう。その壁を砕いた先に崩落が待っていないとは限らない。この建物かなり古いし。

 

 そうならば、隠し部屋の入り口を見つける方が賢明だ。

 

「話聞いたよー! ジョニーくん!」

「フレンがどうこうって目撃情報はなかったぜ、お前はどうだ?」

「感じてるのは、この場所から真っ直ぐな所で眠ってるって事。フレンちゃんは修道院の中だ。けど、秘密の部屋に居る。場所は、宝物館の下三階分あたり。とりあえず、墓からの侵入は難しそうだ」

「……感じてるってのは?」

「俺の謎の紋章な。詳しいことはハンネマン先生に聞いてくれ! ぶっちゃけ守秘義務とかあるからできる限り見て見ぬ振りして欲しいけど!」

「とりあえずヒルダ、お前はまだ事情を知らない連中に声かけてくれ。俺はジョニーと隠し部屋を探してみる」

「まずは宝物庫からですね。というか、宝物館の地下をぶち抜きたいです」

「話聞いてからな」

 

 そうして、事情を説明して宝物庫の門番さんに話を聞けた。宝物館には誰も入っていないと。

 たしかに、中に入った者がいないならここが入り口という線はないだろう。

 もっとも、入り口が見つからなかったりフレンちゃんが危険の感情の動きになったら即ぶち抜くつもりだが。

 

「ジョニー! 話を聞いたぞ!」

「俺たちは、何をすればいい?」

「宝物庫の下三階分くらいの場所につながる隠し通路を探してる! 心当たりはないか⁉︎」

「隠し通路か……そういったものは大体、非常用の避難通路が役割なんだが」

「フレンちゃんの居場所に変化はない。ガルグマクの外に連れ去ろうってんなら動きはあるはずなんだ。だから、連れ去られた秘密の部屋が、攫った奴にとってのゴール。そこで何してるかは知らないけどな」

「敵はガルグマクに根を張っているという事か」

「……それなら、ちょっと調べたい所がある」

「クロさん?」

「とりあえず下手人として生徒は除外する。一年しかいられないこの学院に何か秘密の工事をするってのは現実的じゃない。騎士団は、不定期に多忙だから秘密の工事をするってんのは難しいだろう。だから下手人は教員に絞れる。そして、そんな下手人が最も隠しやすくて使いやすい場所ってのはどこだ?」

「……教員寮か!」

「だが、誰が下手人かはわからない」

「それは、俺に考えがあります。皆、武器を持ってきてくれ。それも出来るだけ人を集めて」

「……わかった。皆に武器を持って教員寮に向かう事を伝えよう」

「ある程度の数が揃ったら踏み込みま……ッ⁉︎悲鳴ッ!」

「行くぞ!」

 

 そうして悲鳴の元に踏み込む俺とクロさんとディミトリとドゥドゥー。

 

 そこには、血を流し倒れたマヌエラ先生がいた。

 

「マヌエラ先生、無事ですか!」

「……気絶してるが、生きてるな」

 

 そんな時、どこか憐れみのような感情を感じた。これは多分イエリッツァ先生のものだ。

 方向は、フレンちゃんと同じ。その感情に引かれて振り返ってみると、そこには本棚で隠された穴の跡があった。

 

「……クロさん、ディミトリ、ドゥドゥー、俺に合わせろ」

「どうした、そんな小声で」

「俺の背中側、本棚の裏に隠し穴がある。だけど、俺たちはそれに気づいていない体で振る舞うんだ」

「お前、何する気だ?」

「とっておきたいとっておきだ。インビンシブル」

 

 ウインドの応用で、俺自身に膜を作る。

 圧縮した空気の膜は、俺の姿を透過させた。

 

 もっとも、目の周りの穴や酸素を取り込む穴などが必要な為完全な透明化というわけではないが、暗そうな地下通路を探るには十分だろう。

 

「とにかく! 医務室まで運ぼう! ……担架になりそうなものはないな、ディミトリとクロさんは上半身を、ドゥドゥーと俺で下半身を! 極力揺らさないで、ゆっくりだ! 何があったかは治ったマヌエラ先生に聞けばいい!」

「ディミトリ、お前どさくさに紛れて胸とか触るなよ?」

「……この緊急時に何を言うか! とにかく行くぞ! ドゥドゥー、ジョニー! 行こう!」

 

 そうして部屋を出て行く3人。そのあえて強くしてくれた動作音に紛れて、本棚をずらす。

 

 結構な大穴が、その姿を見せた。

 

 クロさんと目を合わせて、頷きあう。クロさんたちは装備を整えてここに戻ってきてくれる。それまでに情報を集めるのが俺の役目だ。

 

 そうして、音を立てずに闇の中へと入っていった。

 


 

 穴を歩いて10分ほど。かなり深い所まで潜らされた。そして、背後からベレス先生とクロさんとディミトリが戻ってきているのを感じる。これは、俺の役割はフレンちゃんの救出だけで済みそうだ。

 

 歩いて行くと、広い通路に達した。その先には、この前に見たあの死神騎士の姿があった。……素直に考えるなら、マヌエラ先生を襲った下手人=死神騎士=部屋の主人=イエリッツァ先生が成り立つ。ちょっと衝撃の真実なんだが、とりあえず今は置いておこう。

 

 そうしてリッツァ先生に付いていきいくつかの扉を抜けていくと、手術台が見えた。

 それが、酷く見覚えがあるものだった。

 

 横たわっているのは知らない赤髪の女生徒とフレンちゃん、刺さっているのは採血の道具だろう。チューブの先に前世で見たような輸血パックが見える。

 

 材質は、前世で見た輸血パックとそう変わらないだろう。外気を通さず、透明で、頑丈なものだ。あいにくと化学はそう詳しくないので見た目では素材はわからない。

 

 ファンタジー世界にいるはずなのに、どうしてケミカルな医学を見てるのだ。

 

「700ml、今日の分は終了だ。代用血液の輸血に移る」

 

 ……輸血をするって事は、今殺してしまうつもりではない。長期スパンで紋章の血を採るつもりのようだ。

 

 多分、セテスさんやレア様同様に“違う”という事が奴らの理由だろう。

 

 組織の名前でも吐いてくれれば、調べやすいものを。ヒドラを見習えお前ら。

 

「……そこに誰かいるか?」

 

 鎧でくぐもったリッツァ先生の声。もしかしたらボイスチェンジャーのようなものでも仕込んでいるのかもしれないが、それは今気にすることではない。

 

 気配を隠し、魔力を留め、意を殺す。

 奇襲の基本。前世では完璧に出来なかったしする機会もなかったが、今やらないと俺は死ぬ。殺される。

 

 それをフラットに捉えて、それを打開するために動くのだ。

 

「……気のせいか」

 

 今の言葉は、探りだ。

 本当に気のせいだと思っているのなら、もっと無味乾燥な感じになるはずだ。

 

 どうしてそう、楽しみを見つけたような声で言うのだろうか。そんなのは決まってる。

 

 半々くらいで俺の存在を確信しているのだろう。恐らく姿隠しの技術は連中にもあるのだ。

 

 仕掛けるか? と頭をよぎる選択肢。

 リッツァ先生相手にそれは無理だと、冷静にそれを却下する。

 

 そもそも、フレンちゃんを人質に取られている今動いてはいけない。フレンちゃんの体重を40キロと仮定すると、結構ヤバめな量の血を抜かれている。血の抜き方がどうかはわからないが、とりあえず輸血が終わるまでは迂闊に動かすわけにはいかないだろう。

 

「……この手術室はそう遠くないうちに見つかる。用意しておけ」

「死神、ヘマをしたのか? 珍しい」

「勘の良い女がいた、それだけのことだ」

「ふむ……必要最低限の血液は取れた。このまま輸血して注射跡を治せば獣どもにはわからんだろう。今は我らが表に出る時期ではない、撤収するとするか。転送装置を停止させろ、その後各自ワープにてC地点に集合だ」

 

 その後、背後にて感じていた魔力のあった床の色が変わる。電源を落とされたように。

 

 今、手術室には魔導師と死神騎士しかいない。にもかかわらずあの魔導師の指示は配下の者たちに伝わったッ⁉︎

 

 通信、技術ッ! 

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 

 この情報は絶対に持ち帰らないといけない。敵にそこまでのテクノロジーがあるのなら、どこかの国に与すれば必ずフォドラは支配される! 

 そして、その筆頭は間違いなくアドラステア帝国ッ! 

 エガさんが関わっているかはわからない。けれど、帝国には確実に毒は回ってる! 

 

 しかもその焦りは、最悪なことに平静さを保っていた俺の魔力や気配を少し揺らがせてしまった。

 

 一つ、ため息を吐く。

 

「であれば、目撃者を始末しておくとしよう」

「やっぱバレてんのねこの野郎!」

 

 ふらりと振られる鎌を、すんでの所で回避する。

 

「侵入者だと⁉︎」

「やはり貴様か、魔獣殺し」

「一応これだけは言っときます。リッツァ先生、仮面の趣味悪いっすよ」

「……主の指示だ」

「まさかのパワハラ⁉︎」

 

 リッツァ先生と呼んでも、あっさりと答えて来た。それは、逃すつもりはないと言う意思表示だろう。

 

 一応、こっちには援軍のアテはあるが、これまでにあった扉を全てこじ開けるとなると相応に時間はかかるだろう。

 それなのに、ベレス先生達の位置はまだ入り口付近。やってられるか畜生! 

 

「安心しろ、死合いを邪魔させはせん」

「そこは心配してねぇですよ先生。ま、とりあえず」

 

「この前のリベンジと行かせて貰いますか!」

「フッ!」

 

 今回は、リッツァ先生は馬に乗っていない。つまり、この前のバトルスタイルは当てにならない。

 かといって、イエリッツァ先生のスタイルが反映されているかといえば微妙だ。何せ獲物が鎌だ。キワモノにもほどがある。

 

 だが、この前よりもこちらに優位な点は少しある。天井は低く、壁までの距離も短い。壁や天井を使った立体機動なら、恐らく隙を作れるだろう。

 

 まぁ、そんな事はあの鎌の絶殺空間を作り出しているリッツァ先生にはお見通しなのだろうけど。

 

 ……どうしたものか。

 

 その時、感じたのは姉さんの感覚。ベレス先生達に遅れて到着したのだろう。

 

 その位置は、とても良い。姉さんである事も、とても良い。

 

「初っ端全力で行くぜ! 焼き切れてくれるなよ!」

「ッ⁉︎」

 

 コイルガンに仕込んでいる弾丸を、全力でぶっ放す。流石にこれには面食らったのか射線から大きく躱してくれたために、弾丸は壁を貫いた。

 

「……その威力、なかなかだな」

「一発で決まって下さいよ。ホラ、パワハラ上司から解放してあげますから」

「パワハラが何を意味するのかは分からんが、侮辱されて何の報いも受けさせないのは騎士ではないな」

「騎士道精神とか持ってましたっけ? リッツァ先生って」

「さてな!」

 

 振り下ろされる大上段。そこからくるりと鎌の先端が変わっての横薙ぎ、さらにその威力を殺さないでの旋風槍。

 

 それをステップ、ジャンプ、天井蹴りで全て回避しつつ位置を調整し、弾丸を装填。射出。

 

 正中線を偶然にも捉えたその射撃は、しかし軽やかなステップにより回避され、弾丸は背後の壁に穴を開けた。

 

「その武器、隙が大きいな!」

「所詮仕込み武器なんてそんなもんですよ!」

 

 そうして、再び振るわれる鎌。息もつかせぬ切り上げと振り下ろしの連撃、そして鎌の刃を囮にした薙ぎ払い、極め付けは鎌の重心を利用して勢いをつけた蹴り。

 

 全て回避する事にだけ集中していたからどうにかなっていたものの、色気を出して、自分の力だけで勝とうだなんて考えていたら間違いなく俺は死んでいただろう。

 

 そうして、死神騎士とは全く別方向、これまでにコイルガンにより穴を開けられていた壁に向けて最後の一発を放つ。

 

 これで、仕込みは終わった。

 

「死合いの最中に何をした?」

「あなたを倒す、必殺技さ!」

 

 あとは、絆を信じるのみ。リッツァ先生の鎌の薙ぎ払いを最速で一直線に、身体で受けながらタックルをするそしてそのまま(フェイ)にてリッツァ先生の位置を先程まで作っていた穴に押し込む。

 だがリッツァ先生も慣れたもの、タックルの勢いを殺せないとわかるや、鎌を器用に操って俺の首を撥ねようとしてきた。

 

 良かった。もし、リッツァ先生がこちらの意図に気付いて鎌を使った減速を選択していたら、間違いなく俺の命はなかっただろう。

 

 スピードを落とさなかったから、穴をドーラΔでこじ開けて手だけを伸ばしてきたその姉さんの攻撃を、リッツァ先生は避けられない。

 

「ブチ抜けぇ!」

「月よ、輝け! ルナΛ!」

 

 そうして、月の輝きにより大ダメージを受けたリッツァ先生は鎌を落としかけた。しかし、悪寒が動かした反射行動によってギリギリ俺の命は繋がった。

 

 リッツァ先生は、落としかけた鎌を恐らく指だけで回転させて、鎌の腹で俺の顎を狙ったのだ。それをギリギリで理解できた俺は、受けるポイントをずらす事でどうにか一撃での戦闘不能は免れた。

 

 だが、受けたダメージは大きい。視界は定まらないし受けた所からの出血で視界は半分潰れた。

 

 だが、どうにか生きている。これで、まだ戦える。

 

「……認めよう、貴様は我が逸楽だ。この程度で終わってくれるな!」

「まだだ、ここで勝たなきゃ帰れない! 約束があるんだ。守りたいんだ! それは、絶対の絶対なんだ!」

 

「引け、死神」

「……命を拾ったな、お互いに」

「すまん、あんたは何者だ? 死神さんの上司?」

「我が名は炎帝。このフォドラを焼き尽くし新たな秩序を敷く者。死神よ、目的は果たした。お前の命をこんな所で終わらせるな」

「……」

「そして、ジョニー=フォン=コーデリア。貴様とはいずれまた会う事になるだろう。その時を楽しみにしておけ」

 

「逃すものか!」

「フン」

 

 瞬間、ドアを蹴り破って現れたのはディミトリ。愛用のスレンドスピアを全力で投げたが、炎帝の斧によりそれは弾き落とされた。

 

「では、また会おう」

 

 そうして、レスキューにより消えるリッツァ先生と炎帝。

 

 その一瞬後を抜ける矢と天帝の剣の剣先。

 

 クロさんとベレス先生が時間差で攻撃をしていたようだ。

 背後には、メルセデスにレオニーとフェルディナント。激戦をくぐり抜けたようで、皆傷の跡がある。

 

「……ふぃー、助かった」

「助かったじゃありませんよジョニー。アンタ私が間に合わなかったらどうしてました?」

「さぁ? とりあえずディミトリ、クロさん肩貸してくれ。正直めっちゃしんどい」

「全く、自信満々で先駆けした奴が何やってんだよ」

「完全にしくじりました。ヤバイもの見ちまったもんで」

 

 床に横たわるのは、フレンちゃんと赤髪の少女。フレンちゃんから血を抜いたり入れたりした機材は持っていかれたのか無くなっている。

 

 さて、どこまでが話していい事なのだろうか。これは、頑張って考えないといけなさそうだ。

 

 なので、何かに思いを馳せているメルセデスさん、ちょっと俺にライブを下さいお願いします。



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第13話 新しい級友(クラスメイト)、 新しい実験体(モルモット)

「ごめんねー、ちょっと気になることがあってー」

「いやいや、助けてくれただけで感謝ですよメルセデスさん」

 

 気になることとは、リッツァ先生のことだろう。案外リッツァ先生はメルセデスの生き別れの兄だった! なんてことがあるのかもしれない。

 

 まぁ、俺には関係ないが。

 

 その後は、フレンちゃんと赤髪の子を救出して離れることにした。

 

 道中は、死体だらけだ。自らの不利を悟った者たちは、すぐさま毒を飲んで死んだらしい。カリスマ性のなせる技だろう。

 

 だが、一体フレンちゃんの血を使ってなにをしたかったのだろうか? セスリーンの大紋章は珍しいらしいが、それで彼女をピンポイントで狙う必要があるかといえば疑問だ。

 

 やはり、フレンちゃん、セテスさん、レア様が何か“違う”という事が原因なのだろう。セテスさんはアレでかなりのやり手だし、レア様は警備が硬い上に本人も隠れ強い。フレンちゃんを狙ったのは消去法だろうか? 

 

 そんな死闘があってから数日後。朗報が二つやってきた。

 

「これから金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)でお世話になります。フレンと申します。改めて、よろしくお願い申し上げますわ」

「そんな知らない仲じゃないんだし、緩くて良いと思うけどな」

「ジョニー、親しき仲にも礼儀あり、です」

「それはそうか」

「ま、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)は来る者拒まず、ってな」

「そうだどフレンさん! さぁ、歓迎会だ!」

「まぁ! ありがとうございますわ!」

「……クロさん、俺に隠れて歓迎会の準備とかしてた?」

「……すまん、俺も初耳だ」

「……ん?」

「「お前適当言ってんじゃねぇよラファエル!」」

 

 そんなやりとりの後、フレンちゃんが好きだという魚料理を作るために食料調達班が釣りをし、俺とイグナーツと姉さんはエンタメ班としてちょっとマジックを仕込むことになった。超特急での準備である。まさかの本人を巻き込んでの。

 

 姉さんと俺で細々とした仕込みを完成させつつ、イグナーツはラストマジックに使うカードを描いて貰っている。肩越しに覗いてみたが、良い仕事だ。

 

 これならば、マジックの締めには丁度いいだろう。

 


 

 ラファエルが思いつきで言ってしまうものだから、場所は町の良い店ではなくいつもの食堂。まぁ、フレンちゃん本人が納得しているのだから構わないのたが。どうせならもっと良いとのでサプライズやりたかったじゃんラファエル! 

 

「レディースアンドジェントルメン! これからお見せする奇術には、種も仕掛けも魔法もございません。では、このトランプを使ってフレンさんをめくるめく奇術の世界にご招待致しましょう!」

「まぁ!」

 

「しかし、ただの奇術というのも面白くありません。三度自分が失敗してしまったら私の負け。

 

「では、手始めに。こちらのカードの中から、一枚選んで下さい……おっと、こちらには見せないで。声にも出さないで皆に見せて下さいな」

 

「みなさーん、これですわー。言っちゃダメですわよー」と小声で言って皆に見せるフレンちゃん。皆の最後尾にいるイグナーツの仕込みには気付かなかったようだ。

 

「では! まずは一発目! あなたが選んだカードは……コレ! スペードの10!」

「まぁ! 正解ですわ!」

「……そりゃな。フレン、イグナーツ見てみ」

「はい? ……あー、酷いですわ!」

 

 フレンちゃんが酷いと言った理由、それは単純にイグナーツが手鏡を構えているからである。姉さんに指摘させるつもりだったが、自然に流れが作れた。クロさん、ナイスである。

 

「おっと、イグナーツの献身的な協力がバレてしまいましたか。では、今度はそんな事が起きないように完全にカードを隠して当ててみましょう」

 

 そうして再びカードを見せ、今度は俺にわからないように伏せたまま取らせる。フレンちゃんも今回は警戒しているのか、鏡を警戒して周囲を見渡しながらこっそり見せていた。

 

「それでは! こちらのカードをそのままカードの山に入れます。そしてシャッフル。……ここにも不審なとこがあるかもしれません。せっかくなのでさっきトリックを見ぬいたクロさん、チェックをお願いします」

「あいよ」

 

 そう言ってトランプに傷があるかどうかや、何か魔法がかけられていないかなどを見たクロさんは、俺にトランプを返してくれた。

 

 これで、前に見せたトランプ浮き上がりマジックに見えるだろう。

 

「それでは! フレンちゃんが引いたカードを当ててみせましょう! あなたの引いたカードは……コレ!」

 

 そう言って指パッチンと共に一番上のカードをめくる。

 スペードのエースだ。

 

「違いますわ! やりましたわ皆さん、一勝目です!」

「……うーん、おかしいですねー。それではもう一度、ハイ!」

 

 そう言ってもう一度指を鳴らして一番上をめくる。

 クローバーのエースだ。

 

「……また違います! ……ですがジョニーさん、もしかして調子が悪いのですか?」

「……かもしれませんね。こういう時はゆっくりカードをみつめてみましょう……おや?」

 

 そう言ってカードを広げる。

 

 その中には、ハートのエースが裏返って現れていた。

 

「おやおや、上に上げるつもりがその場でひっくり返ってしまったようですね。フレンちゃん。あなたの選んだカードは、この、ハートのエースです」

「まぁ!」

「……んー! 今度こそ見破ってやろうと思ったのに!」

「……僕の目を盗むとは、やはり流石だね」

 

「では、このカードをプレゼント。……ついでです、裏を見てくださいな」

「……まぁ! 綺麗な鹿さんの絵ですわ!」

「イグナーツからのプレゼントだ。金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)にちなんで、鹿の絵な。……本当は金鹿の絵にしたかったんだが時間なくてな」

「いえ、こんなに美しい鹿さんなら、それはもう金の鹿のようなものですわ!」

 

 フレンちゃんの感性が時々わからない。が、それは良いだろう、おいおい知っていけば良い。

 

「だがよぉ、さっきのカードの裏にはこんな絵なんかなかったぞ?」

「ご心配なく。今一番上にあったカードをひっくり返すと……」

 

 そうして、仕込んでおいたハートのエースが一番上に出てくる。

 

「というわけで、勝負は俺の勝ち。何があるわけでもないけどな!」

「お見事……あー、今回は種を見抜けなかったぜ。どうやったんだ?」

「それは秘密。まだこの手品を見せたい相手が居るからな!」

「シャミアさんだよねー」

「ええ、私も時々見ていましたわ。シャミアさんの前ではどんな手品も見抜かれてしまうのですよね!」

「今度こそ一泡吹かせてやりますよ!」

 

「……いや、もう見させて貰った。カードが上に来るトリックは分かったが、絵付きのハートのエースを引かせたやり方がわからん。初めて負けたよ」

「……シャミアさん、見てたんですか」

「というわけだ。10Gな」

「トータルの負けからは微々たるものだけど、勝ったぞ! イェーイ!」

「おめでとうございますわ!」

「てか、金かけてたのかよ」

「どうせなら真剣勝負にしたくってな」

「ちなみに、これで今は丁度200Gの負けですね。自分で稼いだお金ですし構わないんですけれど、弟が賭博の道に落ちるというのは姉として止めるべきなのでしょうか……」

「良いんじゃないか? コイツは身の程を超えた賭けはしない。どんなに不利な賭けだろうと工夫で5分まで持っていくタイプの男だ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「まぁ、なにかと縁があるからな」

 

 それじゃあな、と去っていくシャミアさん。

 

 ……うん、どこまでが敵の手かわからないが、シャミアさんなら信用できる。それに、シャミアさんならほかの騎士団の連中や生徒をそれとなく調べる事もできるだろう。

 

 折を見て、話をするとしよう。

 荒唐無稽な敵の事を伝える為には、こちらも現物が必要なのだし。

 

 電球を出力にしたモールス信号機くらいならすぐに作れるのだが、それでどこまで伝わるかはちょっと疑問だ。

 いや、シャミアさんなら分かってくれる気がするけれども、それはちょっと高望みだろう。

 

 そうして、フレンちゃんの歓迎会は盛況のままに終わった。フレンちゃんが金鹿の女子ネットワークに馴染めて良かったと思う。まぁ、ヒルダの姉さんがいるから大丈夫だとは思っていたがそれはそれ。心配なものは心配なのだ。

 

 そうして、その日は過ぎていった。

 

 だが、一つ言わせてくれよ先生。

 

 フレンちゃんの歓迎会で黙々と食いまくるなや! せめて歓迎の言葉でもかけろ! いや、一番魚を釣ってきたのは先生だけども! 

 

 そんな本人はそ知らぬとばかりにもっきゅもっきゅと食べていた。人生楽しんでんなーおい。

 


 

「ちーっす、マイクラさん」

「マイクランだクソガキ」

「良いじゃんか、ほら、これまでの自分を超える! みたいな感じで」

「馬鹿じゃねえのかお前?」

 

 街にある牢から修道院の厳重な牢に移されたマイクラさんに、ちょっとおどけつつ話をする。この場所を突き止めるのは実はそんなに苦ではなかった。

 

 なにせ、今のマイクラさんは()()()()()()()()()()()()()()()()。後天的な紋章発現、あの連中を除けばフォドラ初のとんでもないレア物だ。

 それをハンネマン先生に告げ口し、実際に血を使って検査をし、結果として即死刑が無期懲役になったのがマイクラさんの今である。

 

 実の所を言うと、シルヴァンの実家からの嘆願書が届いたというのも少しはある。英雄の遺産を冒涜する行為を厳罰に処すのは当然であるが、それは我がゴーティエ家の不徳の致すところだと。

 故に、青くなった破裂の槍の研究を無条件に許可することと引き換えに、マイクラさんの命だけは助けてほしいと願ったのだ。

 

 それに、配下の者達や囚われていた(ということにしている)人たちが、マイクラさんを慕っていたというのも大きい。

 

 潜在的な不穏分子である彼らを、教会に従順な労働力として確保できるのは悪くない。そんな計算が働いたのかもしれない。

 

 そんなこんなが重なって、マイクラさんは実験体(モルモット)として第二の人生を満喫させることになったのだ。

 

「頼まれてた本、持ってきましたよ。けどどうしたんですかマイクラさん。今更スレン民族について調べたいだなんて」

「……連中はただ敵であるってだけの簡単な事じゃねぇ、ってことに今の今まで気付いてなかった。それだけだ」

「そうですか……それじゃあ、追加で紙とペンです。頭の中だけで“もしかしたら役に立つかもしれない事”を眠らせて置かないで、なんか残してやって下さい」

「……そうか、感謝する」

「……マイクラさんが素直にお礼を言った⁉︎」

「やっぱさっきのはナシだクソガキ!」

「冗談ですよ、マイクラさんがどんな人かは繋がったんで大体分かってます。根っこの優しいクソ野郎ですもんね!」

「……チッ、否定できねぇじゃねぇかクソが」

 

「じゃあ、今日の分の採血しますねー。ファイアー&ウインド、熱消毒旋風」

「なぁ、これに意味あるのか?」

「まだこの世界には統計で人を救う白衣の天使はいませんから証明はできてませんけど、こうやって消毒して空気中の菌を殺しておくことで傷から色々入るのを予防できるんですよ。滅菌室って訳じゃありませんから気休めの域を出ませんけどねー。

 

 そう言って、マイクラさんの腕に針を刺し、そこに容器を当ててウインドで気圧を操作して血を吸い取る。

 

 そうして血を採れた後に扱った空気を抜き、しっかりと蓋をする。

 

「……相変わらず意味わかんねぇ魔力操作技術だな」

「なにせ自分、神童ですから」

「そういうのは、二十歳過ぎればっていうがな」

「……そーですね」

 

 その言葉に、ちょっと答え辛い事を思い出す。

 

 マイクランの一件以来、俺の紋章の力は強くなった。今まで扱えていなかったことのコツがわかってきたかのように、力を引き出せるようになったのだ。

 

 だが、それは決して良い事だけを示さない。

 

 俺の体には、人の体が耐えられない二つの紋章が宿っている。後天的に植え付けられた紋章が。

 

 連中の魔導師の言うことには、このまま力のバランスが崩れていけばどうなるかは大体想像通りなのだとか。マジでくたばれ帝国。

 

 なので、俺のタイムリミットはわからない。今のところ大丈夫だが、もしこのまま二つの紋章が成長すれば、ヒトの体で耐えられなくなるかもしれない。

 

 なので、このマイクラさんの出現は本当に福音になるかもしれないのだ。人に紋章を付与できる術理が見つかれば、人から紋章を取り除く術が見つかるかもしれない。

 

 そんな下心を抱えつつ、けどそんなこと考えなくても普通に面白い人っぽいので仲良くなりたいなーとか思っていたりする。

 

「じゃ、マイクラさん。他に何かいるものあります?」

「……今のところはねぇな」

「じゃ、ちょくちょく来ますねー」

「……おー」

 

 そんな軽い会話の後に、牢を去る。

 シルヴァンにした仕打ちを考えると会わせることは正しいとは思えないが、まぁそれも時間が解決するだろう。

 

 いつかマイクラさんが処刑される時、シルヴァンに残せるものがきっとある。そう信じて、お節介を焼き続けよう。

 



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第14話 釣り大会と魔法水晶

 珍しく何もなかった先月の課題出撃を終えての飛竜の節。

 

 事の始まりは、フレンちゃんの何気ない一言がセテスさんに聞かれたことだ。

 

「私、お母様の釣ったあのお魚が食べたいですわ……」

 

 瞬間動き出したのがセテスさん。動こうとした俺より先に祭り事をやるとか、この人本当にやり手だ! さすがレア様の側近だ。

 

 そんなわけで始まった釣り大会。胴元はシャミアさんになった。そして、この釣り大会では、釣った魚の大きさで決闘(デュエル)ができる。お互いに同じレートの物をベットし、大きい方が総取りするというものだ。

 

 それを聞いてしまったがために、いざという時のためのガラス細工貯金を引っ張り出してきた。前世で見たような芸術(笑)なものだが、それなりの値段になる。コーデリアの希少ブランド(鉛の関係であんまり数を作れない苦肉の策)の見せ所だ。

 

 このルールの良いところは、物々交換であること。

 つまり、課題出撃や演習などでちょくちょく拾っているかもしれないあの素材を搔き集めるチャンスであるということ! 

 

「そのために! この釣り大会絶対に勝つ!」

「その意気です! ジョニーさん! 私も負けませんからね! 美味しい魚を食べる為に!」

「おお!」

 

 さて、この数が一斉に釣りをするのでは大物を釣り上げるのは難しい。なので網を使っての漁を真っ先に考えたが、それはシャミアさんに禁止された。隠していたのに、良くも見破ってくれたものだ。流石シャミアさん。敵に回すと面倒くさい。

 

 というわけで、網は使わないでやろう。だが、それ以外はなんでもありだ! 

 

「……ちょっと待てジョニー、お前それありか⁉︎」

「やったもん勝ちですよ! ルールには、禁止されていない!」

 

 適当な木を使って作ったマジカル水蜘蛛(ウインドを使った半人力)を使って池を漂いながら餌を撒き、箱の下にガラスをつけただけの簡単な箱メガネで水の中を見て獲物を探す。……しまった、案外辛いぞこの姿勢。

 

 そうして見つけた大物に向けて、コイルワイヤーガンver.0.5(試作品、コイルガンの応用でロープを飛ばすアイテム。尚、ロープの強度と巻き取り機構作れない問題でバットマンごっこはできなかった)を放つ。

 

 ……ヒット、先端には返しをつけているので問題なく引き上げられる。

 

 そして、(フェイ)を使って真上に飛ぶことで一気に釣り上げる。巻き取りは人力なのだ。

 

「……あちゃー、思ったほどじゃなかったな」

 

 勿論嘘である。これから決闘(デュエル)を利用してあの素材を集めるのだから、これくらいのブラフは必要なのだ。

 

「……工夫はしたようですが、その様子ならば戦えそうですね」

「ま、釣りは運が絡むからな! さぁグリットさん! 俺はこのガラス細工を賭けるぜ!」

「クッ⁉︎いきなりかなり高い物を!」

「いや、欲しいのが魔法水晶でさ。レート的にこれしかないのさ。貧乏貴族やし」

「あ、それなら持ってます。実は、先日の課題出撃で魔獣と遭遇しまして……」

「そいつはご愁傷様。だが俺には好都合! さぁ!」

「いざ尋常に!」

 

 そうして見せ合った結果、俺の方が僅かに大きかった。差は3センチほど。結構な接戦だ。

 

「……くっ、負けましたか」

「……なかなかにやる! けど、これにて魔法水晶は貰った!」

「ええ、役に立てて下さい。あなたがそういう物を欲しがる時は、あなたではなく誰かの笑顔のためだと理解していますから」

「……ちょっと恥ずかしいのでやめてくださいグリットさん」

「私は楽しいのでやめません」

「……おのれ!」

 

 それから、魔法水晶を持ってないだろうなーと思うラファエルを避けて勝負を挑み、アッシュとカスパルに勝利した後に調子に乗ってカトリーヌさんに挑んで哀れに敗北した。カトリーヌさんその大きさを釣り上げるとかどんな強運やねん。

 

 そして、そのカトリーヌさんをビビらせる大物を釣り上げるベレス先生は一体何者なんだ。ソテっさんも引いてたぞ。

 

 そして、釣り大会の本来の目的、フレンちゃんの食べたかった謎の魚の正体はトータテスニシンという魚だった。トータテス湖に主に生息している大きなニシンなのだとか。

 

 釣り大会の終わりを聞きつけてきた料理組が、このニシンをフレンちゃんのおふくろの味に近づけるにはどうしたらいいかを本人を交えて色々やっていた。すまんドゥドゥーよ、今回は知恵を出せぬ。

 

 今回は、ちょっと真面目に工作をしないとまずいのだ。それも秘密裏に。特に黒鷲の連中には知られないように。

 

「……さて、原理とかわかんねぇけどこれで合ってるよな? 焼いた海藻とワイン樽にこびりついてるこのピンクの粒。……あー、小学生の頃の自由研究とかがなんで来世で必要になるんだよ馬鹿じゃねぇの?」

 

 これら。一緒にお湯に溶かすと、電気を音に、音を電気に変える面白結晶、ロッシェル塩が出来上がるのだ。

 

 魔法水晶がこんなに早く手に入るとは思わなかったのでまだ結晶化には時間がかかるが、それでも明後日くらいにはロッシェル塩は完成するだろう。これがあれば、仮説の方がポシャってもシャミアさんに危険性を伝えることはできる。

 

 あとは、くず鉄を使って作ったこのアンテナを使って、()()()()()()()()()を作り上げるだけだ。

 

 このアンテナは、質の高い鉄、鋼で出来ている。そして鋼は魔法水晶と組み合わせると様々な魔法武器に形を変える。それにより、魔法を使えない者でも魔法攻撃ができるのだ。その本人の魔力を使って。

 

 そのことから、魔法水晶には魔力を受け取る力と放出する力があると言えるのだ。これは魔法武器についての研究書によって解明されている。

 

 つまり、この鋼のアンテナで魔力を受け取れれば、魔法水晶を揺らすことができるのではないかというのが、俺の仮説だ。

 

「つーか、魔力を通す導線が知りたい。それがあれば工作は捗るってのに……」

 

 鋼なら魔力を通すというのも仮説なのだ。なので、最悪は自前のコントロールで魔力の回路を作ることになる。しんどいからやめろやマジで。

 

 そんなわけで、魔法水晶を繋いだアンテナに鋼糸で回路を作り微弱な魔力を当ててみる。

 

 ……変化はない。うん、一朝一夕でどうにかなるもんじゃないよね。知ってる。

 

「さーて、こっからは自由な発想で。回路にしないとどうなるんだ?」

 

 魔力照射、変化無し。

 

「次、回路で電波を流してみる。ちぇりお!」

 

 サンダーを使ったパルス電波を、アンテナに当ててみる。

 あ、魔法水晶がサンダーを貯めた。

 

 サンダーに含まれた魔力を魔法水晶が受け取ったのだろう。純粋魔力ではなく、術による魔力変換が必要なのか? 

 

「……これが基本原理っぽいんだよなー。後は魔法水晶のエネルギーを取り出して音を作り出す感じの何かがあれば良いんだが……」

 

 とりあえず魔法水晶の魔力を取り出して空にする。魔力を溜め込みすぎると破裂するのだこの水晶(一敗)。

 

「じゃあ、ファイアーで」

 

 そうして試していくが、魔力を受け取れたのはサンダーが最も大きかった。アンテナの関係だろうか。

 

「……とすると、やっぱ基本はサンダーか未知の魔法か。……しゃーなし、サンダーでやるか。試作品ができれば良いんだ。本物を作るには連中のを奪ってリバースエンジニアリングすりゃいいんだし」

 

 というわけで、手詰まりである。

 

 そうして、ふといま結晶を作っているロッシェル塩を見ていると、妙な事になっていた。

 

「……あれー? なんでこんな色ついてんだ?」

 

 ロッシェル塩が、なんか黄色い。

 うん、前世の知識はファンタジーでは当てにならないという事だなーと判断して、次のロッシェル塩を作るべく海藻を取りに行こうとするが、ふと思った。

 

 コレ、ファンタジー的な性質を持っているんじゃないか? と。

 

「まーどうせ失敗作だ。ロッシェル塩もどきに魔法水晶を繋いで、紙のスピーカーを作ってーと」

 

 そうして、サンダーをパルス放電すると、ぴっと音がした。

 

 ……マジか⁉︎

 

「え、嘘? 最悪真空管作るまでやらないといけないかなーとか思ってたのに全部解決⁉︎どーなってんのファンタジー⁉︎こえーよファンタジー⁉︎」

 

 その後魔法水晶に入ってる魔力を確認したところ、問題はなし。微量に溜まってるが、誤差レベルだ。いや、安全のために抜くけど。

 

「さて、後は電波のパターンで言葉を伝えられればだな。……魔法水晶とロッシェル塩もどきがもう一個あればやれるが、流石に今から魔法水晶探しは無理があるよなー。……地道に行くか。

 

 そうしてなんとかスとメの声(ボカロみたいな機械音)を作り出すサンダーのパターンは割り出せた。この辺りは根気だけなので、しんどい以外に問題はなかった。

 

 そうして時間はもう夕暮れ。シャミアさんを味方につけるのなら今日がベストだ。シャミアさんは基本騎士団の仕事で多忙なのだから。

 

「なんだ、ジョニーか。また手品か?」

「まぁそんな所です。ちょっと大掛かりな仕掛けを作れたので、今回はいつもの2倍の20Gで」

「それは面白そうだ。受けて立とう」

「じゃあ、メシが終わったら俺の部屋に来て下さいな」

「……まるで逢引の誘いだな」

「それならもっと色気を出して言いましょうか? シルヴァンみたいに」

「やめろ、キミにそれは似合わん」

「へーい」

 

 そんなわけで約束は取り付けられた。

 

 目の前でジト目で見てくる姉さんという新たな問題を生みながら。

 

「ジョニー、未婚の女性を夜に部屋に呼ぶとか何を考えてるんですか?」

「……フォドラの未来、とか?」

「真面目に答えてください」

「いや、結構真面目な話。せっかくだから姉さんも見に来てよ。今回のは凄いぜ? フォドラの歴史を変えるくらいに」

「大袈裟ですよ」

「それがそうでもないんだよなー。マジに」

「……わかりました、せっかくですからジョニーの手品がシャミアさんに見抜かれる様を見に行きたいと思います」

「ひっでぇ姉だね」

「下の子が遊び呆けていると、上の子はしっかり者になるらしいですよ?」

「よく聞くけど、誰の話?」

「ヒルダから聞きました」

「……あー、確かに。ヒルダの姉さんいざって時はやるけど、いざってない時だとやらないもんなー」

 

 ぐだぐだ会話しながら夕食を終え、一緒に部屋に向かう。

 

 そうして姉さんととりとめのない話をしていると、割とすぐにシャミアさんがやってきた。

 

「来たぞジョニー。話とはなんだ?」

「あ、気付いてたんですか」

「これでも君を見ているからな。キミの部屋には手品のタネがいくつもあるはずだ。そこに私を招くと言うことはそれなりの事があるのだろう?」

「話が早くて助かります。じゃあすいませんが、その紙でできたそれを耳に当ててくれませんか?」

「ああ」

「……随分と信頼しあってるんですね」

「まぁ、コイツは面白いからな」

「シャミアさんは位置としても人としても好きな類ですからね」

 

 そうしてシャミアさんが紙スピーカーを耳に当てた事を確認したところで、サンダーのパルスを流す。

 

 送る音は“ススメ”。シンプルだが、間違いなく軍の指揮に使える単語だ。これならば、意図は伝わるだろう。

 

「姉さんも聞いてみてよ」

「ええ、音を出すからくりだというのはわかりました」

 

 そうして姉さんも音を聞く。

 そうして、考え込んでいるシャミアさんとぽかんとしている姉さんに対して、己の唇に指を当てる“静かに”のジェスチャーをする。

 

「これは、以前のフレンちゃん誘拐事件の際、敵方の魔術師が使ってたと思われる“遠くの者と会話をする魔道具”を俺なりに作ってみた試作品です。これがどれだけヤバイものかはわかりますよね」

「……ああ、これがあれば戦術も戦略も劇的に変化する。そしてなによりも厄介なのが」

「はい、間諜です。おそらく敵方の内通者は、もっと小型の通信魔道具を使っていると思います。なんで、通信魔道具から見つけるのはほぼ不可能。そして、そもそも通信できる事を知らないから見られても気付かれない可能性が高い」

「そして、これまで“不自然に外部の者と会って居なかった”という理由で除外されて居た者達に対してもシロだと断言できなくなる。……だが、わからない事が一つある。ジョニー、どうして私を信じた? 私はダグザの出で、金で雇われている傭兵だ。最初に打ち明けるには妙だと思うのだが」

「シャミアさんの事、見てますから。何だかんだ付き合い長いですからね」

「そうか、随分と慕われたものだ」

「……ですが、ジョニーのようにサンダーを使って音を出すというのなら、敵は魔導師に絞れるのでは?」

「いや、受け取り側ってじつは魔法水晶に微弱な魔力を貯めてるんだ。だから、送信側は魔法水晶内部の魔力を使えば魔法を使わなくても通信はできる。音を電波にするのと、電波を音にするのってただ向きが逆なだけだから」

「ほう、随分と詳しいな」

「その辺りは、前世の記憶って事で」

「……ジョニー、流石にそれはないですよ」

「いや、信じよう。その辺りはさして重要ではないようだからな」

「シャミアさん、良いんですか? この馬鹿の妄言を信じても」

「ああ、なにせ違った所で実害は特にない」

「シャミアさんのそういうドライな所結構好きです」

 

 なんか脱線し始めたので話を戻す。今回は、大変ヤバイこの状況をどうにかする為に力を借りたくてシャミアさんを呼んだのだ。

 

「さて、話を戻します。友人を疑うのはアレなんですけど、王国、帝国と敵の影響があります。そうなら、同盟にも手が及んでないってのはまぁ楽観視しすぎでしょう。だから、生徒、教師、騎士団員、色んな人を疑っていかなきゃならない」

「それで私か」

「はい。調査能力に長けていて、この技術に理解を示す頭脳があって、かつ信頼できる人。それを考えると、まずシャミアさんから切り崩していくのが一番だと思いました。そして、シャミアさんに頼みたいのは」

「セテスさんだろう?」

「……はい、セテスさんにこの技術を伝えない事には防諜体制の見直しもできませんから。でも、その為には魔法水晶が足りません。なんで……シャミアさん、魔法水晶持ってません?」

「持っている。今持ってこよう」

「頼みます。お代は現物で」

 

 そう言って手元に残しておいた最後のガラス細工をシャミアさんに渡す。今節は鷲獅子戦の準備もあるので、これが最後の売り物だろう。

 

 まぁ、鉛も硅砂もツケが効くようになったから最悪はそれで稼ぐけれど。

 

「……コーデリア領のガラス細工か?」

「最近出し過ぎなんで、売り捌くならちょっと寝かせた方が良いですよ」

「だな、幸いにもこの鷺はそう嫌いなものじゃない。売るまでは飾り物にでもしておこう」

 

 そうしてガラス細工と交換で持ってきてくれた魔法水晶と、なんか黄色いロッシェル塩を使ってもう1組アンテナと紙スピーカーを用意する。ロッシェル塩が一つで成功するとは思ってなかったので念のため二つ用意しておいて良かった。材料も実質タダだったし。

 

 そうして魔法水晶にサンダーの魔力をアンテナで受け止めさせて、簡単な通信テストをする。

 

「聞こえてますかー」

「ああ、聞こえている。……随分と簡単な構造だったな」

「謎の黄色いロッシェル塩のお陰ですよ。なんかマジカルな物質が混ざってるんですかねー?」

「まぁ使えるならばなんでも良い。だがコイツはどう運ぶ?」

「俺の手品道具って事で適当に布を被せて運ぶつもりです。多分かなり原始的な作りなんで、わかる奴が見たらわかっちゃいますから」

「そうか、それならばリシテアはこの部屋に居てくれ。私たちの連絡があったら適当に音を出すだけで良い」

「こっちからの連絡も適当な音だけにするから。なにせ、技術では圧倒的にこっちが負けてるんだ。こっちの話を聞き取るなんてことは簡単にやって来るだろうしな」

「……わかりました。けど、シャミアさんがすぐに順応している事にびっくりしているんですけれど」

「そういうものだとわかれば、そうするさ」

 

 そうして、シャミアさんと俺は布を被せた通信機を持ってセテスさんの所へと向かう。

 

「今更ですが、こんな夜に大丈夫ですかね?」

「大丈夫だろう。むしろ私は夜の方が不自然ではないセテスさんへの報告は大体夜になっているからな。お前は奇行に取られるから問題はないだろう」

「ひでぇけど、自覚はありますねー」

「釣り大会で空を飛んだのはお前だけだからな」

「確かに」

 

 そうして、まだ明かりのついている執務室へと向かう俺とシャミアさん。

 護衛をしているのがカトリーヌさんという事は、レア様もいるのだろうか? 

 

 レア様を信用しても良いのだろうか? 

 

 ……いや、優しい人だというのはわかっているのだけれど、何か頼り過ぎてはならない気もするのだ。どこか危ういような。

 

 危うさしかないのになんか頼れるソテっさんとは逆だ。が、何か似ているような気もする。不思議な縁だ。

 

「おいシャミア、そいつの荷物はなんだ?」

「……まぁ、お前なら良いか」

「え、カトリーヌさんに話すんですか⁉︎」

「安心しろ、コイツは意外と腹芸が上手い」

「おいおい、なんの話だよ」

「秘密の話だ。が、今は先にセテスさんに話したい。通せ」

「その中身を見せたらな」

「構わないが、少し立ち位置を変える。ジョニー、壁になれ」

「了解っす」

「何を見せるんだ……って本当になんだこれ」

「コイツの奇術の道具という事にしておいてくれ。詳しくは後で話す」

「まぁ、武器じゃないならいいさ。あんたのことは信用してるからな」

 

 そうして、執務室に入る。

 

「シャミアに、ジョニー? どうしたこんな時間に」

「コイツの証言を聞けば事態の深刻さがわかる」

「では、私も聞いてよろしいですか……ッ⁉︎」

 

 これは驚きの感情? 

 何に驚いた? アンテナ? 

 

 レア様は、通信機の存在を知っている? 

 

 ……どうにもこのフォドラは、結構色々あるようだ。




マジカル海藻によるマジカルロッシェル塩。マジカルって素敵!

尚、ロッシェル塩の作り方は色々調べたのですが、結晶化までにかかる時間は分からなかったのでマジカルに逃げました。


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第15話 聖者の兄

「シャミア、ジョニー、それをどこで手に入れたのですか?」

「……自分が作りました」

「発端は、こいつが見たという敵の魔道具だ。それで敵の“遠くの者に話す”というのをこいつなりに作り出したのがコレだな。ジョニー、合図を出せ」

「はい。ただ、敵の技術の方が上回っていると予想できるので通話はしません。適当な音に対して寮の部屋にいる姉さんが適当な音を返してくれる手筈になってます」

 

 そうしてアンテナの向きを寮の部屋の方に向けて、ボイスパーカッションをやってみる。うん、ちょくちょく練習しているが前世ほどのものは出来なかった。残念。

 

 それに対して姉さんは、部屋にあった金属を叩いてカンカンとリズム良く返してくれた。とりあえず通信は成功。限界距離とかも調べたいが、それは敵の目のない所でやる事だろう。

 

「……お前、その音を口から出すとかそっちのが奇術じゃないか?」

「ボイスパーカッションです。才能ある奴ならちょっとやれば基本くらいは出来ますよ」

「……なるほど、遠くの者に声や音を伝えているのか。これを敵が使っているとなると、恐ろしいな。距離次第では伝令なしに大規模な戦略を取れてしまう」

「俺の見た敵の使っていた魔道具は小型でした。密偵がそれを常に身につけていてもおかしくはありません。そして、この試作品はある人に対してだけ声を届けるなんて便利な機能はついてません」

「敵が会話を聞いて、こちらに技術の試作品がある事を知られては不利になるばかりという事か。感謝する、ジョニー。だが、どうして今まで報告しなかった?」

「説得力の無さです。セテスさんもコレを見るまで遠くの人と話す魔道具、なんて想像も出来なかったでしょう?」

「……なるほどな。千の言葉より一つの現物というわけか。……承知した。これから教団内部を洗い出す際の判断材料とさせてもらう」

「なら、怪しい人の部屋洗い出す時にサンダーを使える魔導師を同行させて下さい。コレ、サンダーの発する電気の力に反応して音を鳴らすんです。こっちが一端しか掴んでないとはいえ、掴んだ一端から見えるものはあると思うので」

「……では、念のため確認させて貰う。ジョニー=フォン=コーデリア、お前はどうしてシャミアと共に来た? 言ってはなんだが、シャミアはフォドラの外の人間だ。疑うのが自然だろう」

「そうですか?」

「まぁ、コイツは相当な変わり者なんだよ。それで納得しておくのが一番楽だぞ、セテスさん」

「……それもそうだな。では戻って良いぞジョニー。貴重な情報、感謝する」

「……あー、ちょっと待って貰っていいですか?」

「……まだ何か?」

「レア様、あなたアンテナを見た時に驚愕の反応を示したのに、どうして実際に音が帰ってきた時に驚かなかったんですか?」

「……それは、いま聞くべきことですか?」

「クロードから聞きました。セテスさんはガルグマクにそぐわない書籍の検閲をやってるって。それは、おそらくかつて解放王ネメシス達がやってのけた悪行を再びこの世に起こさないため。その悪行とは……」

 

 ゴクリと息を飲むセテスさんとレア様。悪行をなした事は否定されなかった。つまり、その時に敵のルーツはあるのだろう。

 

「わかりません!」

「……そこに確証はないのか」

「いや、だって検閲されてますし。わかったら預言者ですよ」

 

「けど、今の反応で少しわかりました。ガルグマクも英雄の遺産もそうですけど、女神が作ったんじゃなくて、かつて、1000年くらい前の技術者達が知恵を出し合って作り上げたもの。けど、その後の戦争で技術の伝承が行われなかったために中途半端な記録がレア様が持っている記録にはある。……ってのが仮説です。あ、答えなくて良いですよ、反応で大体あたりってのは分かりましたから」

「……きみの紋章の共感能力か」

「それで、結局何が言いたいのですか?」

「敵についての情報があるなら、どうして黙っているかについて聞きたいんです。……あいにくと、こっちには時間がないんですよ」

 

 その言葉に、ハンネマン先生から事情を聞いているだろう二人はゴクリと息を飲んだ。

 

「連中から、必ず紋章に関する技術を盗まなくっちゃあならない。姉さんの命がかかってるんだ」

「……申し訳ありませんジョニー。彼ら、闇に蠢くもの達について私が知ることは多くありません。古来よりフォドラを脅かしてきた者たちとしか……」

「……すいません。的外れに深入りしました。レア様もしんどいってのに」

「……いえ、構いません。ですが、あなたはどうやってこの魔道具を作ったのですか? まさか、あなたも何か伝承を受けた者なのでしょうか?」

「いやいやいや、俺は生まれ不明の娼館育ちですよ? 実の親も知りません」

「……君の経歴に不審な点があったと思ったが、そういう事か。親も居ない中で、よく頑張って生きたな」

「いやー、ガキの頃は犯罪以外なんでもしましたからねー。そうしたら他の孤児の連中も集まってきて……教会の神父様も頑張ってはくれてたけど、全員の面倒見るのは無理だったんで、働ける所皆で探し回って、どうにか食いつないでた日々でしたよ」

「……その子達は今?」

「……殺されました。連中、闇に蠢く者達の人体実験で。皆」

 

「すいません、昔のことだって割り切ってるつもりなんですけど、どうにもね」

「ジョニー、お前は復讐を望んでいるのか?」

「最優先ではないですよ。姉さんの紋章を取り除けるってなら、多分尻尾振ると思います。その後に潰しますけど」

「お前……それは言う必要はないだろうに」

「連中にそんな技術があればですよ。んで、あんだけ紋章付与実験で無駄に人を死なせてた連中にそんな技術があるとは思えない。つまり、ありえない仮定って奴です」

「……そんなところも似ているのですね」

「レア?」

「ジョニー、あなたは聖者セイロスの兄によく似ているのです。見た目ではなく、そのあり方が。彼は、何かを作る事と何かと繋がる事を為していた人であり、最初に人に知恵を与え、歌や踊りを与えられた者なのです」

「……不勉強ですいません、そんな人が居るとは知りませんでした」

「当然です。これは今の人を導くためのセイロス教の教義と、それに基づいた歴史とは離れた事ですから」

「……レア、それをシャミアとジョニーに教える必要はあるのか?」

「いえ、ありません。ですが黙っている理由もありませんよ。もう遠い昔のことでしかありません。それにこの二人なら、この程度の事知っても問題はないでしょう」

「過分な信頼、ありがとうございます」

「私の場合はダグザの出と言う事もあるだろうが、それでもありがたいな、レアさん」

 

「じゃあ、この通信魔道具二号はどうしますか?」

「それなら、私の部屋で管理しよう。使い方は、ここを押せば良いのだな?」

「はい。ただ、コレどうして動いてるかはまだわかってないんです」

「……どういう事だ?」

「魔法水晶がどうやって動いているのか、このロッシェル塩はどんな性質を持っているのか、そういう基礎研究をすっ飛ばしてるんです。なんかそれっぽく作ったらできてしまったって感じなんで」

「……急にコレが信用できなくなってきたな」

「発明とはそういうものですよ、セテス。ではジョニー、下がって構いません。シャミアとセテスはこれから防諜の見直しをします」

「はい、失礼しました」

 

 そうして、レア様達との会話は終わった。

 そうして、門番をしていたカトリーヌさんとかち合う。

 

「お疲れさん、ジョニー。んで、結局何だったんだ? アレは」

「……んー、周囲に人居ます?」

「……極秘の話ってか。それならやめておけ。修道士が3人残ってる。部屋でいたりとまちまちだがな」

「あざっす。じゃあ詳しい事は中に居る人達に聞いてくださいな」

 

 そうして、夜のガルグマクをてちてちと歩く。そうしていると、ばったりとベルナデッタと出会った。

 

「……お前、偽物か⁉︎」

「いきなり酷いですぅ⁉︎」

「……まぁ、風呂からの帰りだってのは荷物見れば分かるんだけどさ」

「わかってるなら変なこと言わないで下さいよ……」

 

 なんとなく歩調を合わせてベルナデッタと共に行く。どうせ目的地は一緒なのだし、ぐだぐだするとしよう。正直偉い人と会うのは前世からずっと苦手なのだ。なんかこう、こっちの全てを見透かしてるぞ! って感じが。そういう緊張している時に口が軽くなってしまうのが悪いくせだとはわかっているのだが、馬鹿と同じく死んでも治らないものだ。なので気楽に話せるベルナデッタの存在はちょっとありがたかったりした。

 

「んで、最近どーよ? ドロテアから多少はマシになったって聞いたけど」

「……はい、不思議なことになんとかやっていけてます。……エーデルガルトさんはまだ苦手ですけど」

「エガさん割と面白い人だぞ? 意外な所がダメな所とか」

「あのエーデルガルトさんに、弱点が⁉︎」

「ああ。ただ、詳しい事を口外したらヒューさんに殺されかねないから、秘密な」

「……エーデルガルトさんは完璧な人間だと思ってました」

「完璧な人間なんているかよ。だいたいみんなどっか変で駄目なんだって」

「へー」

 

「って、ヒューさんってヒューベルトさんのことですか?」

「ああ、ちょっと仲良くなった。発明のテストがてらドッキリやろうとしたら1組目がヒューさんとエガさんでなー。帝国に専門の部署を作るので、引き抜かれてはくれないか! みたいな話になったのよ。ヒューさん超ローテンションだったけど」

「今度は何を作ったんですか?」

「んー、なんて説明したら伝わるかなー……ゼンマイ式小型走行マシン?」

「全然さっぱりわかりません」

「鋼の元の形に戻る力を利用して、回転の力を前進する車輪の回転に変えるもの……実物見せた方が早いか?」

「いえ、大丈夫です……けど、そんなものをどうして作ったんですか?」

「ん? 賄賂」

「賄賂ぉ⁉︎」

「まぁ色々あって各国とのパイプが必要でさ、そうなるとやっぱ次期国家元首と近づけるこの士官学校は生かすに越した事はないかなって。でも、俺の売れるものってったら発想しかなくてな。だから食いつきそうな発明は手当たり次第作ってんだよ。……ヒューさんが思った以上に食いついてきてびっくりしたけどさ」

「……凄いですね、ジョニーくんは」

「そうか?」

「はい。まだ15なのにそんなに先を見てて。そんなの、ベルには無理ですよ」

「あー、それちょっと違うわ。俺がこんなに色々やってんのは、結局ほとんど姉さんのためになる訳だし」

「リシテアさんの?」

「姉さん家継ぐ気ゼロだからな。俺がしっかりコーデリア領をなんとかしないといけないんだよ。こう、貴族の義務的なのじゃなくて、そこに暮らす姉さんを含めた人達の笑顔を守りたいからさ。……だめだ、この言い方だとフェルディナントとかに知られた時がめんどくさい。ちょっと言い方変えるから待ってな」

「ベルは良いと思います。なんだか、義務とかじゃなくて、そうしたいからするって方がジョニーくんらしいですから」

「そう? ありがとう。というわけでお堅い連中に今のは内緒な」

「……ベルとジョニーくんの秘密ですね」

「……んー、もうちょい色気のあるお姉さんなら今のでときめいたのになー」

「失礼ですね! どうせベルには色気とかはないですよ!」

「磨けば光るだろうに、本人に磨く気がさらさらないとか笑えるわ」

「……本当にそう思ってます?」

「そりゃな。娼館で働いてた頃化粧で化けに化けた実例を見てるし」

「しれっと爆弾発言⁉︎」

「隠してないからセーフセーフ。ウチの領民なら皆知ってるし」

「……え、それで領地の人達からの尊敬とか勝ち取れてるんですか?」

「さぁ? けど、今のところ石を投げられた事はないな。むしろ『私も元娼婦だったんだよ!』みたいな豪快な人が絡みに来たりしてるし、多分マイナス評価ではないんじゃないかなー? って思ってる」

 

 そんなぐだぐだな会話をしながら寮への道を歩く。

 

 ベルナデッタは情報過多でオーバーヒートしてる感はあるが、その顔は綻んでいる。この様子なら、多分大丈夫だろう。

 

「じゃ、またなー」

「はい、また」

 

 そうしてベルナデッタと別れて自分の部屋に入ると、俺のベットで本を片手に眠っている姉さんがいた。

 

「……疲れてたんかね?」

 

 それなら、少し悪い事をしてしまったなーと思う。

 だが、風呂に入らないで寝るというのは体に悪い。ここは心を鬼にして起こすとしよう。

 

 その後の不機嫌な姉さんをどうなだめるかを、頭の隅で考えながら。




今回ちらっと登場したゼンマイ式ミニカー。小型で動き回るその形と、両方の車輪の大きさが完全な円でないことで生まれる不規則な動きがネズミっぽかったそうです。


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第16話 鷲獅子の野

「しゃあ! 鷲獅子戦だぁ!」

「元気だねージョニーくん。なにか良い事でもあったの?」

「優勝したクラスには景品出るの知ってますよね。俺、それの内容聞いたんですよ。なんだかよくわからないが魔獣の障壁を紙のように貫く槍だとか!」

「へー。でもジョニーくん槍使えなくない? 槍に限らないけど」

「加工して弾丸にできたらなーって思ってます」

「……なんか罰当たりな気がするなー」

「いやいや、技術を神聖だーとかでそのまま思考停止してしまうのは作った人に失礼じゃないですか?」

「うーん、そんな事考えたことなかったかも」

「ま、優勝したらの話なんですけどね」

「こればっかりは私達はねー」

 

 俺とヒルダの姉さんに共通する点、それは戦術指揮が不得手だということだ。

 

 この鷲獅子戦は、布陣エリアはあらかじめ(じゃんけんで)決められている。金鹿は北から、青獅子は東から、黒鷲は西からの布陣だ。

 

 戦略に関しては前世の知識で基本はできているのでそう苦手ではない、というか得意な方なのだが、戦術に関してはマジで前世の記憶が足を引っ張っている。

 

 銃も無線も支援砲撃も制空権もない戦場は、俺にとって未だに慣れないものなのに、そこに魔法の存在まで加わってくるファンタジーなのだから。いや、防衛大での成績は並みだったからなのだろうけれど。

 

 同期で首席で、当然のように出世して一等陸尉になってたあんちくしょうなら戦術もすぐに順応してきたのかも知れないが、それはないものねだりだ。所詮俺はドロップアウトして消防官になったマン(元)なのだから。

 

「ジョニー、ヒルダ、方針が決まりました。サボっていないで話に戻ってきて下さい」

「「はーい」」

 

 そうして話された戦術は、ベレス先生の実践経験とクロードの強かさが混ざった、“面白い”と思えるものだった。

 

 これなら、中央の高台を焼き払うことはしなくて良さそうだ。

 


 

 作戦通りに、開始の合図とともに一気に魔力を解放する。北側には守りに適した森も砦もないが、川がある。今回の金鹿の作戦は、そこに含まれている水分が肝なのだ。

 

「起きろ紋章! 魔法発動! 霧隠れジツ!」

「なんでその名前だけは譲らないんだよお前!」

 

 クロさんの声を無視してしっかりと術を起こす。マリアンヌさんとフレンちゃんと姉さんの魔力を束ねて術式にするのは少し手間だったが、お陰で一人頭の魔力の消費は最小限で術式は構築できた。それにより北側から風に乗って現れる巨大な霧。それはグロンダーズの北を覆い隠した。やったぜ。

 

「やってくれるな、ジョニー!」

「けど、それは守りの策でしかない!」

 

「「先に高台を制した組が、勝つ!」」

 

 そうして南側で衝突する青獅子と黒鷲。その初手の衝突は、魔導師を多く有する事で瞬間火力に勝る黒鷲が制した。それからの制圧は見事と言う他なく、しかし高台を取れなかった青獅子の見切りの良さと撤退の速さは神速だった。それにより両軍大きな被害が出ることはなく高台から逃げ出せた。

 

 それから始まるのが、まさかのベルナデッタ無双。ペガサスに乗っているグリットさんを的確に弓砲台で牽制しつつ青獅子クラスの騎士団員達を的確に削っていった。なんだあの正確さ。あいつ多分ネオ引きこもりだわ。

 

 だが、青獅子もただでは終わらない。堅守を誇るアーマーナイトの騎士団を率いているドゥドゥーが弓砲台の南から、馬に乗ることで速度を手にしているシルヴァンが東からそれぞれ騎士団を率いてベルナデッタを襲う。

 

 それを止めようと動くカスパルとペトラの率いる隊。どちらもニ隊に比較すれば軽装だが、順応性に関してはこちらが勝る。エーデルガルトの優れた指揮の腕を遺憾なく発揮できる部隊編成だった。

 

 そうして、高台の南と東で同時に発生する大規模衝突。

 

 しかしどちらのクラスも金鹿への警戒は解いておらず、黒鷲はフェルディナント率いる騎馬隊が、青獅子はアッシュ率いる弓兵隊がその動きを封じていた。

 

 ……ここまでクロさんと先生の予想通りとか、ちょっとどころではなく恐ろしいが、まぁ得なので気にしない。

 

 馬とペガサスに乗ったマリアンヌとフレンちゃんと別れ、俺たちは俺たちの仕事をする。

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 

 その掛け声と共に二手に分かれて飛び立つ俺たち。

 

 馬に乗っているレオニーとローレンツとマリアンヌ。ペガサスに乗ってるフレンちゃん。そして、ドラゴンに乗っているヒルダの姉さんとクロさんが平原地帯である西から。俺と姉さん、ラファエルにイグナーツ、そして先生が森林地帯である東から一気に進軍をする。

 

 どちらも黒鷲の保有する弓砲台の射程外であり、戦端を開いてしまった高台での戦いの後背を突く形であり。

 

 青獅子と黒鷲を、まとめて挟み撃ちにする戦略であった。

 


 

 自分から戦術を練り上げる事には戦力外を通告したヒルダとジョニーを置いておいて、天幕の中で地図を囲んで軍議をする自分たち。情報が漏れる可能性を考慮して、作戦の草案を知っているのはクロードと自分だけだ。他の皆はまだ作戦については知らせていない。

 

 ジョニーが術を与え、それをクロードが運用するというのは金鹿のスタイルになっている。特に何かをした訳ではないのにこうも出来上がっているのは教師としては楽なのかも知れないが、それはそれで少し心配なのだ。鷲獅子戦が終わって互いの手の内を隠さなくて良くなったら、ハンネマンやマヌエラと相談してみよう。

 

 などと思考を脱線させていると、『戯け、集中せぬかおぬしよ』とソティスに怒られた。頭の中にいる彼女にも、もう慣れたものだ。

 

「まず、俺たちは戦略的に圧倒的な不利の状況で開始することになる北側スタートだ。例年の記録を見てみたが、鷲獅子戦において北側に布陣した組が勝った例ってのはほとんどない。その敗因は、中央の弓砲台だ。グロンダーズ平原のほぼ全域をカバーできるあの高台を取るために無茶をしたからだ。少しでも戦術的有利を取ろうとしたんだろうな」

 

「だから、俺たちはあえて高台を取らせる。弓砲台の強さはあっても、これは三つ巴の戦いだ。だから、俺たちが取りに行かないなら黒鷲と青獅子は正面から衝突することになる」

「だが、それでは弓砲台を取ったどちらかに我々は倒されてしまうのではないかね?」

「いや、そうはならない。というか、弓砲台の射程内で戦うことはしない。俺たちは軍を二つに分けて、戦場を大きく回って背後から両軍の背後から挟み撃ちにする」

「ッ⁉︎そんなことが可能なのか⁉︎」

「俺たち金鹿は、機動力に関しては他のクラスを凌駕してる。やれるさ」

 

 その言葉に頷く皆。馬の扱いに長けたレオニー、ローレンツ、マリアンヌの3人、ペガサスの扱いを会得しているフレン。そして、ドラゴンを扱えるクロードとヒルダ。

 

 一気に距離を詰められる職種がこれだけ揃っている。だからこその戦略だ。

 

 そして、それを可能にする魔法を金鹿の問題児は習得している。というかいつのまにかしていた。自分の課した課題はしっかりとこなした上でだ。あの要領の良さはなんなのだろうか? 向上心があるのは結構だが、それで無理して体調を崩されては困る。ので気にかけているのだが、未だにジョニーの限界がわからない。やはり彼は新人教師である自分には少し過ぎた生徒なのだろう。人として、友人としてはソティス共々とても良い付き合いになるだろうけれども。

 

 


 

 走りながら対岸の皆を見る。彼らは速度重視の強行軍。だが、先生の割と無茶な指揮に慣れている皆はそこに隙を作ったりはしていなかった。

 

「フェルディナント! 止めて! ドロテア、ヒューベルト! 援護に!」

「任された! このフェルディナント=フォン=エーギルの力を見せてやろう!」

 

「ならばその力、ローレンツ=ヘルマン=グロスタールが打ち崩す!」

「任せた! 俺たちは本陣狙いだ!」

 

 そうしてローレンツを残して突っ込む皆。

 これは、博打じみた奇襲だ。戦力を半々にしているのだからどっしり構えて迎撃されたら止められてしまう。そうなれば終わりだ。

 が、そんなことにはならないしできないとクロさんは言ったし、それについては俺も理解できる。何故なら、黒鷲はもう青獅子と戦端を開いてしまっているのだから。

 

 この状況で金鹿に戦力を向けたら、正面の青獅子に食い破られる。

 

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「「そこ!」」

 

 だが、それはこちらに常に目を向けていた青獅子の斥候、アッシュを抜けたらの話。イグナーツのロングボウで打ち合っているが、アッシュは木々をうまく使って射線を通さないでいる。やはり強かだ。

 

「イグナーツ、ここ任せた!」

「分かってます! 止まったら僕たちに勝ち目はありません!」

「そう簡単には行かせない!」

 

 放たれる矢、それを躱して射返すイグナーツ。

 

 森林での弓対決は、多分見事なものになるのだろうなーとは思うが、見ていられる余裕はもうない。

 

 走り抜ける。青獅子の背後を突く為に。

 

 だが、ここで終わらないのが青獅子。

 

 ここで、この戦場において最強クラスの単体戦力を持つ男が、立ち塞がってきた。

 

 おそらく、戦いへの嗅覚から。

 

「皆、ここは俺に!」

「一人でやるとは、舐められたものだな」

「作戦上の問題だよ! 本当なら弓使い達の援護が欲しいわ畜生!」

 

 そうして、フェリクスと俺は戦闘を開始する。どうにもフェリクスは狼煙を上げていたようで、本陣のディミトリはこの襲撃には気付くだろう。この一匹狼(笑)め、チームプレイがしっかりできてやがる! 

 

 そうして脇を抜けていく先生たち。

 その間フェリクスと俺は間合いを計りながら睨み合っていた。

 

 魔法には近く、剣には遠く、拳にはより遠いこの間合い。下手に詰めればフェリクスの剣に倒れるだろう。しかし、だからといって引くというのはなにかいけないという直感じみたものがある。

 

 故に、取るべきは奇襲。こちらの戦力の関係で、本体から俺が抜けるのはかなりまずい。ラファエルと先生がいるとはいえ、姉さん一人で皆の援護をやり遂げる事は不可能だからだ。

 

「じゃ、行くぜ」

「フン、来いジョニー!」

 

 構えの腕を少しずらしてコイルガンをフェリクスに向けて放つ。

 だが、フェリクスはそれを読んでいたようで俺がサンダーを込める瞬間に半歩体を逸らして射線から体を逃した。そしてすかさずの接近。剣の間合いまで近寄られたがそれは読めている。

 

 だから、準備していた(フェイ)にて剣の距離の内側に滑り込んでカウンターを放つ。低空飛行の足狙いだ。

 が、フェリクスはそれをジャンプして回避する。

 

 そして、空中と地上で魔法の距離になったその時、同じタイミングで俺とフェリクスに魔力が溢れ出た。

 

 フェリクスの野郎、これが隠し玉か! 

 

「「サンダー!」」

 

 フェリクスの剣を持っていない左手から放たれた電撃と、俺の右手から放たれたサンダーが相殺し、そのままフェリクスは重力の力を乗せた大上段を叩きつけてくる。

 それを、地面を転がる事でどうにか回避するが、まだ魔力の反応がある。俺が拳と魔法を合わせたように、フェリクスも剣と魔法を合わせたスタイルを作り上げたのだろう。

 

 あいつ魔法苦手だった癖に、よく頑張ったなマジに! 

 

「「サンダー!」」

 

 準備されていたサンダーと、抜き打ち気味に放ったサンダー。グロスタールの紋章の力が乗りきらなかったので、紋章持ちの高い魔力により威力は同じくらい。今回も相殺されてしまった。

 

 これは、無理にでも距離を詰めないと不味いだろう。

 フェリクス一人に、この作戦が潰されてしまう。だから、その前に俺がコイツを倒さなくてはならない。

 

 ……一対一では先日手、なら不利になってでも乱戦にする。

 それができる位置に、今俺はいる。

 

「……しゃーなし、プランBだ!」

「ほう、何をする気だ?」

「お前となんかまともに戦ってられるか! 俺は高台に登るぞ!」

「……コイツを自由にはできんか!」

 

 そうして始まる魔法を撃ち合いながらの鬼ごっこ。フェリクスはサンダーを会得したとはいえそのコントロールを十全にできている訳ではないようだ。離れてしっかり見ていればサンダーの出る魔力のラインが感じられる。

 

 だが、フェリクスは俺の魔法を時に躱し、時に斬りはらいながら進んでくる。やっぱ強いわコイツ。

 

「チッ、シルヴァン! 背後からジョニーだ!」

「マジかよ! こっちは目の前のことに手一杯だってのに!」

「ジョニー、奇襲、感謝です! 一時共闘、願います!」

「話が早いなペトラ! つーわけで、くたばれ色男!」

「野郎に言われても嬉しくねぇんだよ!」

 

 高台に登っているが故に馬首を返すことのできないシルヴァン達騎馬隊を魔法の乱射により弱らせる。そこをすかさず倒してくるペトラ。……わかっていたが、速い。

 

「ですが、私がいる事をお忘れなく!」

 

 だが、俺の背後から襲ってくるのはペガサスを駆るグリットさん。これだけ魔法を放っていれば俺の事は気付くだろう。

 

 そして、馬を捨て俺の方に槍を向けたシルヴァンと、追いついてきたフェリクスの3人に囲まれる。

 

 この3人の連携に隙はないだろうが、それでもフェリクス一人を相手にするよりかはマシだ。

 

「ッ⁉︎」

「やっと当たったですぅ!」

 

 弓砲台に陣取っている黒鷲は、青獅子の敵なのだから。

 

 矢の当たったペガサスからなんとか飛び降りるグリットさん。重症にはならなかったようで一安心。だが、相変わらずしんどい事には変わらない。

 

 そうして二本の槍と一本の剣に晒される俺は、全神経を使って紋章に意識を集中させる。

 

 この場にいる3人は、紋章持ち。下手に目で追うよりも、紋章による感知の方が動きの起こりが読みやすい。

 

 そして、俺の対処に追われていれば、黒鷲の連中が残りの騎士団を食い破ってくれる。その後はかなりしんどい逃避行になるだろうが、逃げに徹すればどうにでもなるだろう。

 

「しゃあ! かかって来いや! ちなみに俺は一度刺されただけで死ぬぞ!」

「この状況でまだそれか、全く貴様は!」

「……フェリクス、ノリで動くなよ? 訓練通りだ」

「シルヴァンはそんなに真面目に授業を受けてないでしょうに」

「そこは言わないでくれよ」

 

 黒鷲が攻めてくる事への焦りは見えない。極めて自然体だ。

 

 だから、かえってこちらも落ち着いてくる。

 

 初めに放たれるのは、グリットさんの刺突。軽やかに、しかし鋭い。

 それを最小限の動きで回避し、続けて放たれる二の突きを払いおとす。

 

 そこに割り込むように入ってくるシルヴァン。戦技、旋風槍を的確に放ってきたが、それを(フェイ)を応用した無拍子跳びにより回避する。

 

 だが、そこからだ。フェリクスは淡々と、しかし鋭い牙を持って俺の動きを捉えている。そう感じる。

 

「終わりだ、ジョニー!」

「まだ終わらない!」

 

「戦技、剛撃!」

「戦技、サイクロンソバット!」

 

 跳んだ俺に対して自らも跳ぶことで合わせてきたフェリクスに、風魔法の力で作り出した回転の蹴りで剣の腹を叩く。

 

 だが、剛撃に込められた力は強く、俺は吹き飛ばされてしまった。

 

 丁度いいことに青獅子陣営の本陣の方に。

 

「これを躱すか!」

「躱すさ! じゃないと痛いのはわかったんだからさ!」

 

「「サンダー!」」

 

 合わせたサンダー。今回はしっかりとグロスタールの紋章の力を込められた為に、威力はフェリクスのサンダーを上回り、若干の手傷を与えることができた。

 

 そして、これだけ時間を稼げれば、状況は変わる。

 

「後ろ、取りました!」

「ベルだって、やるときはやるんですぅ!」

 

 シルヴァンの率いていた騎士団を壊滅させた黒鷲の二人、ペトラとベルナデッタが奇襲をかけたのだ。

 

 一斉射撃の計略により足を止められる3人、そこに神速の動きでペトラが突っ込んでくる。

 

 これなら、俺が抜けても大丈夫だろう。

 

 空中で体勢を整えて、着地と同時に敵本陣に斬り込む。

 

 そこにはベレス先生とラファエル、そして姉さんの率いる軍が既に本陣を守るディミトリとメルセデスの率いる軍と衝突していた。

 

 つまり、まさかの高台方面からやってくる自分は、完全にフリーだということ。

 

「その首貰った!」

「ッ⁉︎ジョニーか!」

「やらせないわー。リザイア」

「その程度なら突っ切るまで!」

 

 メルセデスの光の力を、二つの紋章の出力のみで払い除けてディミトリに肉薄する。

 

 そして、ディミトリの投げてきたスレンドスピアをウインドで受け流し、その風の力のままに拳を振るう。

 

 しかしディミトリはしっかりとその拳を受け止め、蹴りで反撃をしてくる。やっぱ荒っぽいなコイツ。

 

 だから、そのまま拳にこもった風の力を爆発させる。自分も傷つくが、そんな事はどうでもいい。

 

 吹き飛ばした先が、とっても良い位置なのだ。

 

「闇よ爆ぜよ! ダークスパイクΤ!」

「姉弟のコンビネーション攻撃、かッ」

「ディミトリ!」

「回復はさせない」

「……わかったわ、降参よ」

 

 先生によりメルセデスに突き付けられる訓練用の剣。これにて、青獅子本陣は壊滅した。前線にいるドゥドゥーとフェリクス達3人はまだ戦闘中だが、これでほとんど青獅子は無力化できたと言って良いだろう。

 

 あとは、黒鷲だ。

 

 今の勢いのまま攻め込みたいところだが、少し黒鷲の被害が少ない。弓砲台を取っている状況は依然変わらないのだ。それの攻略にディミトリは手こずったのだろう。

 

 さて、では今日の為に練習してきた奇策を使わせて貰おう。倒れているディミトリに煽りの意味を込めてちょっと手を振る。

 ダメージの抜けきらない体で、なんかジト目で見られたがそれはそれ。気にしない方向で。

 

「ジョニー、本当にできるのですか?」

「大丈夫大丈夫。シルヴァンのお墨付きだから」

 

 喉の調子を整えて、戦場に大きく響かせる。

 

「迎撃は完了した! 全軍黒鷲に集中しろ!」

 

 ディミトリの、声真似で。

 

『こやつ、やりおったぞ! 妾とてこの目で見ていなくてはあの金髪の声だと聞き違うてしまいそうじゃ!』

「凄えなジョニーくん! びっくりだぞ!」

「ラファエル、声小さめになー。バレたら危ないから」

 

 そうして森の中で軍を再編して、高台の南、ドゥドゥーがカスパルを打倒したあたりで先生が進軍の合図を出す。

 

 高台ではベルナデッタ達とフェリクス達が戦いを続けている為に弓砲台の危険性は今は小さい。そして、黒鷲の北側はクロさん達がきっちりと制圧してくれている。

 

 北側ではフェルディナントとローレンツの率いる騎士団が戦いを続けているが、それが大勢に関与する事はないだろう。

 

「覚悟」

「あなたがね、我が主には指一本触れさせませんとも」

 

 そうして争い始めるヒューさんとドゥドゥーの軍。それに合わせて上空に青い煙を上げる。

 

金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)、突撃!」

 

 俺の号令に合わせて、全軍が突撃を始める。

 

 姉さんの率いる魔導部隊が、集団魔法の計略でドゥドゥーの軍をなぎ払い、先生が突っ込んで傭兵団の皆さんの一斉突撃によりヒューさんの軍を無力化する。

 

 そして、姉さんの魔法がドゥドゥーを、ラファエルの斧がヒューさんに襲いかかり、その二人をしっかりと戦闘不能にした。

 

「ヒューベルト! ……やってくれるわねクロード!」

「おいおい、それは俺よりもウチのジョニーに言えよ。やるとは聞いてたが、あそこまで似せてくるとは思わなかったんだから。……危うく兵を引きかけたぜ」

 

「でも、まだ終わりじゃない! リンハルト、後詰めをお願い。私が、(せんせい)とジョニーを倒して大勢をひっくり返す!」

「……あいつが目立つことは否定しねぇよ。けどさ」

 

「俺にも一応、級長のプライドってのがあるんだよエーデルガルト」

「クロード?」

「つまり何が言いたいかってのは……頭上注意って事で」

 

 瞬間、エーデルガルトの肩に当たる矢。狼煙が上がった瞬間に空高く放たれたその矢は、完全に意識の外からエーデルガルトを襲ったのだ。

 

「エーデルガルトさん、今治癒する……ッ⁉︎」

「サイレスです。私の魔法は魔法を封じる」

「そんでもって、私が行く! 倒させて貰うよ、エーデルガルト!」

「頑張ってねレオニーちゃん! 私は援護するから!」

「お前も前に出ろヒルダ! 流石に今は遊ばれたら終わるぞ!」

「わかってるって!」

 

 正確な騎射と、ドラゴンからの斧撃が黒鷲の学級を襲う。

 それは、肩にダメージを負っていたエーデルガルトには十分な威力の攻撃であった。

 

「十全の力を出したお前相手なら二人がかりでも無理だったろうよ。けど、お前は油断した。流石に、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)舐めすぎだぜ」

「……そのようね。けれど、最後まで足掻かせてもらう! 綺麗な敗北よりも、前に進もうとする敗北の方が価値があると信じているから! たとえ泥臭くても!」

 

「なら、相手をする」

 

 訓練用の剣を構えた先生が、エガさんの前にやってくる。

 先生は、何かを教えるための教師の顔をしていた。

 

「はぁあああああ!」

「ッ!」

 

 決着は一合。残りの力全てを込めて振るわれたその斧は、しかし肩の傷が原因で十全の力を発揮できずに先生の剣により弾き飛ばされた。

 

 だが、それでも諦めずに格闘に移行しようとするエガさんは、しかしその全てを読み切っている先生に捌ききられて首に剣を突きつけられた。

 

「泥臭くても最後まで戦うことが、大事なことはある。けれど」

 

「負けを認めて命を拾うことだって、同じくらい大切だ」

「……」

「私はそうしたから、ここまで強くなれた」

 

 その真っ直ぐな目を見て、エガさんは力が抜けたようだ。

 

「……完敗よ、(せんせい)。降伏するわ」

「そうか」

 

「それまで! 今回のグロンダーズ鷲獅子戦の勝者は、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)!」

 

 湧き上がる歓声。高らかに突き上げられた拳。

 

「っしゃあ!」

「うぉおおおお! 勝ったどぉ!」

「嬉しがったり悔しがったりするより、皆の治療が先かなー。マリアンヌさん、フレンさん、手伝ってくれる?」

「はい! お任せ下さい!」

 

「じゃあ、俺は青獅子連中の治療に回りますねー。昨日覚えた俺の回復魔法が火を吹くぜ!」

「あんたのあの魔法危なっかしいんですからでしゃばらないで。怪我が悪化したらどうするんですか」

「ひどくね、姉さん」

 

 そんなわけで学級の皆や騎士団の皆さんを治療して回る。

 幸いメルセデスが魔力に余力を残していたことと、白魔法に特化した騎士団を率いていた事でどうにか治療の手は足りた。

 

 というか、高台中央が悲惨すぎる。指揮官はベルナデッタとペトラだけだったのに、よくこれほどの人数を相手にできたものだ。

 

 しかもペトラの話によると、指揮を取っていたのはベルナデッタだとか。……篭城の鬼だ。間違いない。

 

 そうして治療をして、事がおさまる頃にはクロさんが皆で祝勝会を開く事にすると決めていた。

 

「そういうのは企画段階とか噛ませてくださいよ! クロさん!」

「そりゃ悪かった。なんせお前なら鷲獅子戦ほっぽり出して余興に全力をかけそうだったからな」

「……流石にそこまではしませんよ?」

「疑問形なのかよ」

 

 とりあえずは祝勝会だ。せっかくなので灰の灰汁を使ったアレを作るとしよう。なんかふわっと思い出すよなー、こういうネタ知識って。



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第17話 赤き谷に響く音色

スケジュールを気にしたら大変な事になるだろう外伝ラッシュ始まりです。まずはソティス外伝から。




『ザナド、そうザナドじゃ!』

「ソテっさん、どしたん?」

「今は補修中だ」

 

 戦術指揮テストの補修(ヒルダの姉さんは合格点を取った。流石のちゃっかりである)をしている先生と俺。そんな中で、唐突にソテっさんが叫び出した。今日はやけに静かだと思ったが、それは嵐の前の静けさという奴だったようだ。

 

『それどころではないわ戯け共! わしの記憶に引っかかっておったのがわかったのじゃ!』

「あー、ソテっさんが昔にザナドで生きてた人の生まれ変わりって事?」

「なるほど、そうなのか」

『早合点するなおぬしよ! というか小僧は勝手に話を作るな!』

「いや、ソテっさんが考えてるほどソテっさんの過去とか興味ないし。ソテっさんはそこにいるし」

「確かに、今では居ないと不自然だ」

『むぅ、それはありがたいことじゃが、じゃが! わしは知りたいのじゃ! 知らねばならぬ気がするのじゃ! でなければおぬしの運命に陰りが現れるかもしれぬ! わしはそれが心配でならぬのじゃ!』

「じゃあ、過去の実戦の反省含めての学習って感じでザナドに行きます? 幸いそんな遠くではないですし」

「なるほど、名案だ」

 

「ジョニーのやらかした土地なら、戦術指揮の大切さがわかるかもしれない」

「大事さは知ってますよ。ただ頭から抜けるだけです」

『それダメな奴ではないかの』

 

 そんなわけで、補修を切り上げてザナドへと向かうことになった。

 


 

「ソテっさん、なんか思い出しました?」

『わからぬ、しかし懐かしさはあるのじゃ。それに……苦しみのような感情も』

「……なら、鎮魂の一曲でも吹きましょうか」

「鎮魂の曲?」

『そのようなものがあるのか?』

「いや、フォドラにはまだないですけどね。実は俺前世の記憶って奴を持ってまして、そこであったのが鎮魂歌、レクイエムって奴です。世界は違うかもしれませんけど、まあノリは一緒でしょうよ」

『……小僧、空言は大概にせよ。これまでの突飛な行動のせいで信じてしまいそうになるではないか』

「流石に信じられない」

 

「けど、そういうのもあるのだろう」

「流石先生。ちなみに実家で言ったら英雄病疑われました」

『実家でも言ったのかこやつ……』

「ジョニーは前世では何を?」

『空言なに乗るなおぬしよ! 話題の暴走が止まらなくなるじゃろ!』

「火消しやってました。火災が起きたらすぐ出勤! 炎の中から人命救助! って感じで」

「ジョニーらしい」

『……では、何故にそのような仕事をしたのじゃ?』

「いや、前世では自衛隊……まぁ軍みたいな所に居たんですけど、そこで知り合った同期の奴に、“一緒にこの国を変えよう! ”みたいな事を言われてたんですよ」

「軍人だったのか?」

「自衛隊、守るためだけに鍛えて立ち上がる集団です。軍みたいに装備を持ってますけど、先制攻撃の権利を持たないんです。そして、それを誇りにしているトコですね」

「甘いね」

『戦を開かねば国を守れぬ時もあるだろうにの、やはり絵空事じゃな』

「その通りですね。同じことあの馬鹿も言ってました。軍主導の国家にするのではなく、ただ軍であることを国が認めるだけで守れる命があるんだって。……でも、そいつを断ったんです」

『何故じゃ?』

 

「戦争を肯定する事はやっぱできなかったんですよ。なんつーか、性に合わなくて」

 

「まぁ、そんなこんなの後で色々ありまして、結果自衛隊に居られなくなって消防に拾ってもらったんですよ」

『……ざっくりとしすぎではないか小僧』

「いや、あの日々の詳細をを話すのはアレかなーと。面白い話では……いや、他人の不幸は蜜の味って言いますし案外ウケるのでは?」

「話したくないなら構わない」

『もともと与太話として聞いておったからの』

「そうですか、それならこの話はこの辺で……っとと」

 

 そんなことを話していると、何かに躓く。なんでこんな所にちょうど足が入りそうな窪みがあるのだし。しかもなんか見えにくい感じで! 

 

「……ん? もしかして隠し通路的なサムシング?」

「かもしれない、開けられるか?」

「どうですかねー、ここに人が住んでたのって多分1000年以上前ですし。……まぁ、ソナーくらいはかけてみますけど」

 

 そう言ってなんか取手のあたりにグロスタールの紋章の力を波として流す。そうすると俺の紋章が帰ってきた力を感じ取れるので、壁の向こうの事がちょっとわかったりするのだ。

 

 ちなみに、最近覚えた技である。ハンネマン先生と色々やってる成果は出ているのだぜ。

 

「あ、奥に空間ありますね。地下探索行ってみます?」

「どうやって開ける?」

『仕掛けのようなものは見当たらぬしの』

「いえ、見つけました。取手の内側に10個のボタンがありますね。触った感じだと、古代語で数字が書かれてるっぽいです」

「それで正しい数字を入れればいいのか?」

「でしょうね。というわけでソテっさん、なんか心当たりありません? 誕生日とか」

「……青海の節の26日だ」

「ソテっさん先生と誕生日同じなんすね。言ってくれればなんか祝いの品でも送りましたのに」

『戯け、そのような気遣いは無用じゃよ』

 

 そうして、0726と入力するとガコンと音がした。どうやら、当たりのようだ。

 

「うし! じゃあ扉をこじ開けます……マジか」

「どうした?」

「先生、魔獣です。この機動からいって飛行タイプ、それが群れてます。これは逃げられそうにないですね」

『おぬしよ、どうする?』

「戦うには不利だ。弓がない。ここは隠れてやり過ごそう」

「了解です。魔獣もこの中までは入ってこれないでしょうしね」

 

 そう言って扉を開けて中に入る。

 中には結構なスペースがあった。どうにもここはシェルターのような役割の場所だったようだ。

 

 もうここにいる者はみな死んでいるのだが。

 

「……白骨死体だらけ。何年前のものなんですかね、コレ」

「埋葬してあげたい」

『同感じゃな。この者らが少しでも穏やかに眠れるようにしたいしの』

「とはいっても、この辺りの土って硬いですからね。埋めるとなるとどうしたらいいものか……」

「なにか閃かないか?」

「……ここをそのまま崩してでっかい墓にするとか?」

『それはいくらなんでも大味すぎるじゃろ。寝ていた者どもも驚いて飛び起きるわ』

「ですよねー」

 

 とはいってもこのザナドの土地は殆どが岩みたいなものだ。どうにかできるものでもないだろう。

 

「じゃあ、焼きます? 火葬はあんまりフォドラじゃ主流じゃないですけど」

『そんなことをすれば、亡骸を探し亡者が彷徨ってしまうのではないか?』

「その辺は宗教観の違いですよね」

 

 そうこうしながら進んでいくと、何やら宝物庫のような場所に辿り着いた。

 正直、お宝よりもトラップの方が怖いのでスルーしたいが、なんか惹かれるのだ。

 

 この先にある物に。

 

「あれは、笛?」

『小僧の牙笛じゃったか? あれに似ておるな』

「ご丁寧に飾られて、しかもなんか石像がある。先生、罠なんで帰りましょう!」

 

 だが、無情にも後ろの扉には鉄格子が降りていた。ゼルダの伝説かこの野郎! 

 

『気を付けるのじゃ! あやつらは動くぞ!』

「お約束通りか! 先生、右は俺が!」

「左は任された」

 

 石像はボロボロの体を動かして、魔法らしき光の槍を構えた。どうやらこの二体は、魔法攻撃タイプのロボットのようだ。ロストテクノロジーだなオイ! 

 

「だけど、狙いは甘い! そして機械ならコレが弱点の筈! サンダー!」

 

 投槍を回避してサンダーを叩き込む。しかし、雷の力は障壁を全く傷つけることなく、弾かれた。

 

 魔法が効かない障壁のようだ。いやありなのかそんなもん。と叫びたい所だが、そんな物を付けていると言うことは魔法に弱いことの裏返し。

 

「ゼロ距離から叩き込む! 戦技、ライトニングブラスト!」

 

 加速したスピードを乗せた飛び蹴りにサンダーの力を集中させる。

 

 蹴りの運動エネルギーで障壁を貫き、そのままコアにサンダーの力を弾けさせる。

 

 どうやらこのロボットは大分ガタが来ていたようで、今の一撃で機能停止したようだ。

 

「先生、ソテっさん! 片方終わりました! 障壁を超えたら魔法で簡単に崩せます!」

『どうやら小僧の方が相性が良いようじゃな』

「なら障壁を崩す。戦技、魔物斬り」

 

 先生の天帝の剣により切り裂かれた障壁の隙間から、コアに向けてグロスタールの力を乗せたサンダーを叩き込む。それにより障壁は停止し、そこを先生の剛撃により破壊された。

 

 まぁ、1000年前のセキュリティなどガタガタなのが当然だろう。整備をしている技術者もいないのだし。

 

「お疲れ様でーす。じゃあ、お宝を貰いましょうか。そうじゃなきゃこのトラップ解除できないみたいですし」

「笛を吹くのは任せる」

『……小僧なら吹くに相応しいじゃろ。しかしこの笛、青い紋章石がついておるのじゃな』

「英雄の遺産なのだろうか?」

「英雄の遺産は基本赤い紋章石ですし、違うんじゃないですか?」

『まぁ、吹けばわかるじゃろ』

 

 そんな会話の後に、ちょっとトラップにビビりながら笛を手に取る。

 

 すると、不思議と何を込めて吹くべきかがわかってきた。

 

 込めるべき感情は、赦し。

 もう、怒りのままに暴れなくて良いのだというただ一つの願い。

 

『あとは君の音を響かせてくれ。私のような亡霊はここで消えるのが丁度いいさ』

『あんたは、聖者の兄なのか?』

 

 その言葉に返す言葉はなく、しかし笑顔を見せてその幻影は消えていった。

 

「ジョニー?」

「……では、一曲いきましょう! 上の魔獣達にも響くように、強く優しく美しく!」

 

 そうして、名前のないあの曲を全力で響かせる。安らかに眠れるように、怒りはもう終わりでいいのだと伝えられるように

 

 そうして、一曲終わる頃にはなんだか感じられる空気が変わっていた。

 

「……先生、鉄格子開きました?」

「いや、開いてない」

『小僧、しくじったのではないかの?』

「いやいや、そんなわけ……石?」

 

 ふと、天井を見る。すると、そこには今にも崩れそうな予感がひしひしとする不安なヒビがあった。

 

「先生! 鉄格子破壊しましょう! ヤベー奴ですこれ!」

「あ、空いた」

「なんで時間差⁉︎、けどナイスです! 逃げましょう逃げましょう!」

 

 そうして扉を蹴り破りダッシュで地下シェルターから脱出する。インディジョーンズ的なトラップがないか不安すぎるが、それはそれだ。

 

「出れたぁ!」

「……図らずも、埋葬する事になった」

『大味じゃったがな』

 

 背後を振り返ると、そこには崩れ落ちた岩盤地帯があった。これでは、あのロボットの素材から色々するのは無理そうだ。おのれ先人のトラップめ。

 

『む? おぬしよ、あちらを見ろ。なにやら魔獣共が集まっておるぞ』

「だが、危険を感じない」

「ですね。なんか魔獣特有のビリビリって来るプレッシャーがありません。なんでしょう?」

 

 そう話しながら魔獣達の占拠している橋を通ろうとしたら、狼の魔獣に俺の手に入れた笛を見られた。

 

 そして、静かに頭を下げられた。

 

「なんか、妙な感じですね」

「害がないならそれで良い」

『じゃが、此奴らの姿を見ていると心にあった重りが取れるようじゃ。今回も礼を言うぞ、ジョニーよ』

「……この笛には魔獣に意志を伝える力があるんですかね?」

『意志ではなく、心じゃろうな。おぬしの込めた心が、この魔獣となった者どもの心を解き放ったのじゃろう。……このような奇跡、初めて見たわ』

「奇跡ですか……流石にそれで思考停止はしたくないですね、俺は」

 

「この笛を分析して、同じような効果の物を作り出して、この奇跡を日常に変えてやる。人間舐めんな」

『小僧……』

「まぁ、それをするにはまず俺の寿命をどうにかしないといけないわけなんですけれど」

「台無し?」

『じゃの』

「いーんですよ、格好つけると格好がつかないのは自覚してるので!」

 

「じゃあ、ザナド巡り、続けましょうか」

「魔獣の対処は任せる。ソティスの気の向くままに歩いてみよう」

『じゃの、わしの記憶の手がかり、掴んで見せようぞ!』

 

 尚、その日は結局大した成果は得られなかった。せいぜいザナドの地図を作ったくらいだが、ここに人が住むとは思えないので無用の長物というものだろう。なにせ山頂に毒ガス流れているのだし。

 

 アレを身を挺して教えてくれた鳥型魔獣さんよ、君のことは忘れない! 

 

『何をしておるのじゃ小僧』

「いや、鳥さんに敬礼を」

「返事をしてる」

「達者でなー!」

 

 尚、鳥型魔獣は常備していた毒消しで命は助かったので、多分3日くらいで記憶から抜けるだろう。うん。

 

 そんな、先生と俺とソテっさん、3人でのちょっとした冒険の事があった。

 

 ちなみに、帰ってからザナドの地図を見たセテスさんから先生共々怒られたのは言うまでもない。聖地だものなーあそこ。



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第18話 弱き物の戦い

「なぁフェリクス、シルヴァン、俺来て良い奴だったんコレ?」

「いやぁ、放置していると殿下とドゥドゥーの二人で突っ込みそうだったからさ」

「それに、貴様はドゥドゥーの飯を食っただろう。ならついでに恩を返しておけ」

「へーい」

 

 俺は今、ファーガス神聖王国のダスカー地方にいる。なにかとデリケートな問題の為他国の奴を連れて行くのはどうかと思うのだが、シルヴァンの奴がごり押してオレを引き込んだのだ。

 

 問題自体はシンプル。ダスカー地方にて反乱があり、それの討伐協力に教団が応えたという事。

 

 けれど、問題はそこじゃあない。問題は、反乱軍に対して王国軍が()()()()という事だ。

 

 ……虐殺が、起こりかねないほどに。

 

 だからこそディミトリは王子としてこの討伐戦に参戦し、虐殺の起きる前に事を抑えるつもりなのだ。最小限の犠牲で。

 

 普通に考えれば不可能だ。しかし、やらないよりはやる方が良いだろう。

 

「にしても、多いな」

「何がだ?」

「紋章持ち。全員小紋章だと思うけど、相当な数が西側にいる」

「……冗談だろ? なんで()()()()()()紋章持ってるんだよ」

「わかんねぇ。けど、どいつもこいつも紋章の色が薄い」

「……ヤバそうか?」

「多分な。今までの反乱軍討伐の際に()()魔獣がやってきてご破算になったってのに関係があるだろうよ」

 

 そして、俺たちに人体実験をしたクソ野郎どもの匂いもする。

 義理立てのつもりで参戦した訳だが、案外縁とは転がっているものだ。

 この好機、逃さない。

 

 そう話していると、王国兵との最後の軍議を終えたディミトリが戻ってきた。出陣の時間のようだ。

 

「シルヴァン、フェリクス、イングリット、ジョニー、今回は俺についてきてくれて本当に感謝する。正直ここにいる事自体が無茶だとわかっているが、それでも止められなかった」

「黙れ猪、俺たちは俺たちの勝手で付いてきている」

「だなー。ドゥドゥーに恩を売るって、ディミトリに恩を売るより使い勝手が良いし。コーデリアとしてはだけど」

「お前、その建前必要か?」

「当たり前だ。裏があった方が色々安心するだろ」

「ジョニーは意外とひねくれ者ですものね」

「うっせーですよグリットさん」

 

 そんな様子を見たドゥドゥーは、ただ一言

 

「皆、感謝する」

 

 とだけ口に出した。

 

「安心しろ、猪の面倒を見る奴が減るのが嫌なだけだ」

「……なぁフェリクス、自覚はあるが些か言い過ぎとは思わないか?」

「思わん」

 

 そんな会話があった後、俺たちは教団兵と足並みを揃えて進軍を開始した。

 


 

 そうして、北側に王国軍、東側に教団兵という布陣の中、ディミトリは流石に陣の深い所で待機させられていた。まぁ仕方がないだろう。アレでもファーガスの王子なのだし。

 

 だから、これからの超速作戦に参加できるのは実際のところ俺とグリットさんだけなのだ。

 

「戦闘が始まりました。行きますよジョニーくん!」

「了解です! やってやりますよ!」

 

 そうして王国軍が北からやってきたその時に、グリットさんと俺は谷を飛び越えて敵陣へと奇襲を仕掛けた。俺は(フェイ)で、グリットさんは見えないように隠していたペガサスで。

 

「は⁉︎」

「バカ野郎! 敵襲だ!」

「あいにくと黙らせる!」

 

 俺を察知した二人の兵士にコイルガンでの連射で足を止め、ペガサスから降りたグリットさんが早業で昏倒させる。これで2人。橋頭堡確保! 

 

「グリットさん、10秒!」

「はい!」

 

 そして地面に刺したワイヤータイプコイルガンを発射し、それを中心にしてブリザーにて氷の道を作る。

 

 即席だが、一人ずつ渡る程度の強度はある。戦場の地図を貰ってすぐに実験はしたのだ。

 

 そしてその氷の道を駆け抜けてグリットさんの援護をするのは流石のフェリクス。上位魔法トロンによりフェリクスは強力な遠距離攻撃手段を手に入れたのだ。う、羨ましい! 

 

 それに続くのはシルヴァンとドゥドゥー。流石に馬や重鎧は重量が怖かったので無理だが、その分軽装で動きやすい速戦用の装備へとなっている。

 

「進軍開始! 最短最速で大将首取るぞ!」

「舐めるな小僧共! ダスカーの怒りを侮るな!」

「……あいにくと、侮ってない。だからこの馬鹿を連れてきたんだよこっちは。巻き込むのはどうかと思ったんだがな」

「照れるぜ」

「照れるな馬鹿が」

 

 なんて言いつつも敵方の兵士たちの半数はもうすでに制圧した。ノッたフェリクスが暴れていると本当に止まらないのだ。そうして教団兵の殆どが通り抜けると、北側での惨状が目に見える。

 

 装備の差、ただそれだけでダスカーの皆の攻撃は一矢報いる事もなくはじき返され、殺されている。

 

 おそらく、俺の想像以上に早く済ませないと、連中は遊び始めるだろう。かつてコーデリアで好き勝手やっていたあの帝国のように。

 

「教団兵で敵方の将軍への道は封鎖できた。あとは、こちらの説得に応じてくれるかどうかだ。ありがとうジョニー」

「まだ早いぞディミトリ。なんか、嫌な予感がする」

 

 そう思って南側、敵本陣を見る。そうすると、何か覚悟を決めたようなダスカー兵たちが()()()()()()こちらに向かってきた。

 

 何か、根本的なものを捨て去りながら。

 

「「「「WOOOOOOOOO!!!!」」」」

 

 瞬間、ダスカー兵たちは中の紋章の力を暴走させ、その姿を竜と人をぐちゃぐちゃに混ぜたようなものへと変えた。

 

「殿下! 退避を!」

「……ここは下がるしかないのかッ!」

 

 そんなパニックじみた状況の中、思い出すのはマイクラさんの時の事。

 

 アレが紋章の力を由来のものならば、俺の紋章で相殺出来るはず! 

 

「シルヴァン! フェリクス! 俺に道を!」

「……お前まさか、アレか⁉︎」

「フン、何をするかは知らんがしくじるなよ」

「あたぼうよ!」

 

 そうして竜人たちが巻き起こす暴虐の嵐、教団兵やその装備、そして地面の石などを吹き飛ばしてくる4人のダスカー兵のうち一人を紋章の力を全開にしてぶん殴る。

 

 すると、心が繋がる感覚がやってくる。どうやら不可能ではないようだ。

 

 が、その時俺を待っていたのはマイクラさんの時のような闇ではなく、友を、仲間を、家族を思うが故の覚悟の黒さ。

 

 それが、荒々しい怒りを一つの意志へと変じさせている。

 

「何者だ、貴様」

「ジョニー、ジョニー=フォン=コーデリア。あんたと話をしに来た」

「……なるほど、貴様は良き者なのだろうよ。甘く、しかし他に根差している。伝わってくるぞ貴様の心が」

「なら、要件はわかるだろ? こんな馬鹿な暴走はやめて、引いてくれ」

「俺一人ならば、その問いには肯いただろう。だが、あいにくと俺はこのダスカーを取り戻すべく動く将軍だ。だから、これからの負け戦の中で一人でも多くの仲間を救うため、ここで命を捨てるさ」

「……なんで、そんな簡単に命を捨てられる?」

「俺にはもう、何もないからだ。……この空間では、思えば見せられるのだろう。見ろ、これが今のダスカーの現状だ」

 

 そうして見せられた場所は、最悪だった。

 地獄とは、こういうものをいうのだろう。人々は、みな崩れ落ちている。

 

()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……強い意志を持たぬ子が、まず成った。体を保てない老人が、次に成った。そしてそれを見てきた女たちが、最後に成った。残っているのは、コレを怒りで押さえ込んだ俺のような狂人だけよ」

「……助けられなかった理由はなんだ?」

「ダスカーの知識には、こんな奇病はない。これは、間違いなく奴ら王国の仕業だ!」

 

「こうなったの者達は、殺して眠らせてやることすら出来ない! 怒りと痛みと狂気の間で、地獄を苦しみ続ける事を見ている事しかできなかった俺たちの怒りが、嘆きがわかるか! もう土地を取り返すなどという些事が目的ではない! 戦い続け、殺し続け、王国にこの痛みを味合わせてやる! それが、ダスカーの最後の反乱だッ!」

「それでも、俺なら!」

「俺は! もう救われる事など望んではいない!」

 

 その強い意志で、俺の心は弾き返された。

 

「ざっけんなクソオナニー野郎! 俺は死ぬけど仲間は助けてくれってか! そんなん認められるか! 俺は! もうお前も救うと心に決めたぞ! 諦めはしない! その心、蹴り飛ばして真っ直ぐに戻してやる!」

 

「覚悟しろ! ダスカーの優しい頑固将軍!」

 

 その捨て台詞を最後に、俺の心は完全に浮上した。そして、当然のように放たれる拳に対して左の拳を合わせて放つ。抜き打ちサンダー付きのクロスカウンターだ。

 

 だが、全く効いてやしない。本当に頑固な奴だ! 

 

「マイクラの時と同じじゃダメだ! どうにかしてこいつの心を叩き直す必要がある! 誰か、何かないか!」

「あるわきゃねぇだろ! んなもん!」

 

 叫ぶシルヴァン、黙るフェリクス。そして、項垂れるディミトリ。

 

「……心を尽くす。それしかない! だが、それを伝える事は今の俺には出来ないッ!」

「殿下の心は、私が保証します。私が信ずるべき、光なのですから」

「だが、彼らの光には成れていない!」

 

 ふわりと風が吹く。その風は、俺の制服の内ポケットに入れていたあの笛を()()()と言っているようだった。

 

 そして笛を取り出した瞬間に、これをどう使うのか魂で理解できた。

 

「そうか、この笛は伝える力に特化した神器なんだ。だから俺の繋ぐ紋章が有れば……ッ!」

 

 そう思い立ったが最後、俺は竜人部隊へと適当に魔法を撃ちまくって距離を取りつつディミトリとドゥドゥーの元へと走り出す。

 

「ディミトリ、ドゥドゥー、心を俺に任せてくれ! お前達の光を、俺が伝えてみせる!」

「できるのかッ⁉︎」

「“やる”んだよ! 俺はあのオナニー野郎の思い通りなんざなりたくない! そんな程度の男が、リシテア姉さんの弟だと胸を張れるものか!」

 

 自然と、指が動く。まるで長年練習し続けていた曲のように、その音は鳴り響いた。

 

 いつもの曲とは違う、ディミトリとドゥドゥーの曲だ。

 

 それが、今戦場に響き渡っている。

 

「……なんだ、コレは?」

「……戦場で笛を吹くなど、王子の部下には妙な奴がいる者です」

 

「こんなにも心に響く音など、戦場には不要だろうに」

 

 そして、その音色にドゥドゥーとディミトリの心を共鳴させる。

 

『俺にできるのはここまでだ。ディミトリ、ドゥドゥー、お前らの言葉で、お前らの心で、アイツらを止めてくれ』

『……全く、意味がわからなさすぎて笑えてきたぞジョニー』

『だが、感謝する。友よ』

『おー、飯には期待してるぜ』

 

 そうして、いつしか暴虐の嵐は止まっていた。

 そうして、いつしか両軍は自然と引いていた。

 そうして、王国兵の中に復讐心で曇ったものではなく一人の人間を見る目でダスカー人の敵を見る心が生まれた。

 

 これが、ディミトリとドゥドゥーが示した心の光だ。

 

 なんともまぁ、やってくれたものである。やはり俺の言葉は足りなかったようだ。

 まぁそれも仕方がない。俺は所詮同盟の人間。王国の人の事を本気で思っていたとしても、その根本にある知識が足りていないのだから。

 

 そうして、竜人の姿から元の人の姿へと戻ったオナニー将軍は、兵を纏めて撤退を始めた。

 

 それを必要以上に追う兵は、どこにも居なかった。

 

 これは間違いなく一時のものだろうが、それでもこの光景が生まれたのだ。ディミトリなら、きっとコレを俺の助けなく作り出す事ができる名君になるだろう。

 

「ありがとう、ジョニー。……何度目だコレは?」

「数えてる? ドゥドゥー」

「あいにくと、そこまではな」

「そっか」

「ああ、そうだ」

 

「ジョニー、さらに重荷を押し付ける事になるのだとわかっているが」

「勿論。馬を一頭借りるよ。大修道院にはちょっと遅くなるって言っといてくれよ。……実はまだ補修残ってるんだ」

「ジョニー、よければ戦術論について俺からも教えようか?」

「あ、クラス関係ないテスト勉強会とか楽しそうな感じ。ディミトリからクロさんとエガさんに伝えといてー」

「ああ、わかった」

 

 そんな言葉を交わして、馬を自軍とは逆方向に走らせる。コレを咎められたらまぁどうしようもないが、そんな事を気にして大切なことを間違えてどうするというのだ。

 

「将軍さん、竜人病(仮)治すマンがやってきたぞー」

「ジョニー=フォン=コーデリアか」

「将軍、どうして彼が?」

「心で教えて貰ったんだよこの道を。つーわけで、ちょっとの間同行お願いしますね、ダスカーの方々!」

 

「そういえば貴様、俺のことオナニー将軍とか言っていたな」

「言ったさ、間違ってたか?」

「さぁな。それはあの王子が上に立つ時にわかるだろうよ」

「ま、それもそうか」

 

 そうして、俺は少しの間ダスカーの隠れ里を回って竜人病(仮)の治療を終わらせたのだった。

 

 やった事はちょっと不思議パワー付きのコンサートだったのだけれども。

 


 

「ジョニー、好き勝手によくもやってくれたな。形だけだが“教会は楽士を戦場に連れていくのか”などと揶揄されたぞ」

「いやいやセテスさん、収穫ありましたしちょっとはお目溢しを下さいな」

「収穫?」

 

「ルミール村の病気、そのプロトタイプを見つけたかも知れません」

 

 そうして俺が取り出したのは傷薬の瓶。

 

 その中にはダスカーの集落で救えなかった人の血を採血させて貰ったもの。

 

 そこには、ごく小さな石が混在していた。

 

 それには英雄の遺産についているもののように魂は宿っていない。しかし、英雄の遺産と同じ性質を少しだけ帯びており、それが人を人の形をした英雄の遺産へと変えたのだと推測できる。

 

「小さな人工紋章石。厄介なもん作ってきてますよ敵さんは」

「それも、人の中で成長するものか。……腸が煮えくり帰りそうだ」

「俺はちょっと違いますね」

 

「もう煮汁も出ねーですよ。この件については」

 

 明らかな人工的バイオハザード。そんなものは、ジョニー=フォン=コーデリアとしても、元消防官の人間としても認められない。

 

 絶対に犯人には報いを受けさせる。その覚悟はもう出来ていた。



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第19話 金鹿の守る地

 セテスさんにこってり絞られた後にベレス先生の部屋に行く。一応今回は青獅子への課題協力という形での出兵だったので報告は必要なのだ。それに、ソテっさんの知恵も借りたいし。

 

「ダスカーの件について理解した。けど、大丈夫?」

「はい。体は無事ですよ。なんなら逆立ちでもしましょうか?」

「そうじゃない」

 

「心の話」

 

 相変わらずこういうところが鋭すぎる人だ、ベレス先生は。

 

「……時間かけて飲み込んで行くんで、あんま急かさないで下さいな」

「なら、少し経ったら話を聞く。私は君の先生だから」

「マジでありがとうございます。けど、俺はまだ格好つけたいお年頃なんで」

「前世を含めれば私より年上では?」

「男はいつでも少年なんですー!」

 

 そんな話でちょっと話題がズレたが、本来の話に戻る。

 

「つーかソテっさん、いつもは無駄にやかましいのにどうしてさっきからそうなんです?」

『……わからぬ。わしは竜人というものを知らぬ。作られた紋章石が人に害なす毒になっていることも知らぬ。そう思うと、なんだか胸が苦しいのじゃ』

 

 どうやら、ソテっさんは知らない事を悔いているようだ。

 

「つまり、俺たちはソテっさんが知らないという事を知る事ができました。一歩前進ですね」

「ああ、そうだな」

『何を言っておるか! わしには何もできなかったのじゃぞ! 何も、助けになれなかったのじゃぞ!』

「「そんな事は、どうでもいい」ですよ」

『は?』

 

 少し惚けるソテっさん。だが、実際古代の村人Aにそんな責任感を持たれても困るし、意味はないのだ。

 

「だって、女神様ですら万能じゃないんですぜ? ただ不思議な力が使えるだけのソテっさんが何を背負い込みすぎる必要がどこにあるんですか。あなたは今はベレス先生の相棒で、俺の友人でしかないんです。だから、ベレス先生の手が少し届かない時にやれやれと力を貸すくらいで良いんですよ」

「そう。ソティスはソティスのままでそばにいて欲しい」

 

「その方が、嬉しい」

 

『……わかったわかったわこの馬鹿者共め! 先程までのわしの事は忘れよ! 仕切り直しじゃ! お主よ、時を戻すぞ!』

「面倒だ」

『何を言うかお主は! 仕切り直すのじゃ! あのように情けない所を見せてそのままにしておけるか!』

「……わかった」

「わかっちゃうんですね先生」

 

 そうして、時は止まる。

 

『今から、わしは独り言を言う。勝手に聞くも聞かぬも自由じゃ』

 

『ぬしらには、感謝しても仕切れぬ。わしはわしがわからぬ。だからわしはお主と小僧を助けるものだと己を定めておった。おそらくは昔、前世のわしのように。故に、わしは先ほどのように一人でいれば間違いを犯すのであろうよ。これまでも、そしてこれからも。

 

 だから、おぬしらがわしを、わしの心を見てくれる事を本当に嬉しく思う。感謝するぞ、ベレス 、ジョニー。わしと出会ってくれた事に』

 

 そうして、時間は少し戻った。そうしてアイコンタクトを一つ。彼女の本気の心を茶化すのは、面白そうだが今はやめておく事にした。

 

『では、話し合おうぞ! わしが何かを思い出せばそれが村の病を広めぬ事に繋がるかもしれぬしの!』

 

 そうして、話し合い(と言う名の夜のちょっとしたお茶会)は始まったのだった。

 

 ……尚、その事で姉さんに勘ぐられたりしたのは一生の不覚である。

 


 

 さて、そんな事があった次の日、我ら金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)はグロスタール家の要請という形でグロスタール領へと向かっている。それはどうしてかというと、まぁ同盟名物の小競り合いが起きたからだ。

 

 事を起こしたのは同盟領主アケロン。同盟らしく適当な理由を叩きつけて一方的に仕掛けてきたのだとか。まぁちゃんと宣戦布告してたからマシなんだけれども。

 

 これに俺たちが介入している理由は2つ。まず、うちのスーパー貴族であるローレンツが先生に出兵の協力を依頼したからというもの。まぁローレンツ曰くそれはダメ元だったのだそうだが。

 

 そしてもう一つの理由は、治安維持の為だ。

 現在教団ではルミール村の治療支援の為の準備が進んでいる。が、それは少ない教団のマンパワーを使うという事なので、その分治安にかけられる力が減るの。だからもし、グロスタールが抜かれてアケロンが立った場合はそれまでの秩序が狂うために相当に面倒な事になるのだ。嫌なタイミングでの挙兵です事で。

 

 もっともアケロンがグロスタールを抜けるとは教団もグロスタール家も俺たちも思っていないので、万が一がないようにするだけなんだけれども。

 

「しかし、アケロンがあっさりと崩れてくれたら、ウチの領へ顔を出せるかもしれませんね」

「あー、確かに。でもウチの経営ってグレーゾーンを最高速で突っ走ってるからなー。ローレンツに見られるのは少し不味い気がするぞ」

「グレーゾーンへと爆走させた本人が何を言ってるんですか」

「それもそうか」

 

 ちなみに、コーデリア領では出来ることは少ない。それはかつての一件により働ける男手どころか女手すらほとんど死に絶えたからだ。今はかつてあった近隣の村のほとんどを廃棄し、コーデリアの膝下でちょっとずつ力を蓄えている。

 

 ……盗賊やら山賊やら闇商人やら追放された魔導師やらを抱え込んで。

 

 いや、最初に力になってくれた自警団長の人徳(悪い方)のお陰でそういうダーティな連中がいっぱいやってくるのだ。しかし人足の関係で捕らえて何処かに引き渡すとか処刑するとかは不可能。なんで本当に救えないクズ野郎以外は俺やら団長やらの説得(たまに物理)で移民ということにして領民に抱え込んでいる。

 

 もちろん、持ち主のいない土地は冗談抜きで腐るほどあるので働かせまくっているけれども、どうしてか連中からは不満が出てこない。不思議な事があるものだ。

 

「それでジョニー、父様には何か連絡を入れましたか?」

「近況報告以外ではなんにも。まぁあの連中がちゃんと動いてるなら大丈夫だろ」

 

 そんな一抹の不安を他所に、皆はローレンツの率いる事になる領軍の指揮所に入る。こういう高い貴族用天幕を見たことのないフレンちゃんやラファエルは田舎者としてキョロキョロと目を輝かせている。苦笑されてるぞお前ら。

 

「話はついたよ皆。我々は北側の砦で敵を迎え撃つ事になる。幸いにも戦力は互角だが装備は上だ。気楽に行こう」

「はいローレンツ!」

「なんだねジョニーくん」

「いや、優勢の戦いとかロクに経験ないんだけど、何に気をつければいいんだ?」

「……まぁ、コーデリアだものな君は」

 

 そんなこんなでローレンツのちょっとした戦術講座が開かれ、先生が「よく学んでいる」と褒めたくらいの時に斥候が戻ってきた。

 

 現状は、川を挟んでの睨み合いだそうだ。

 

「ローレンツ、どうする?」

「ふむ……焦る必要はないな。大局で勝っている以上無理に戦う必要はない。防衛を密にしつつゆっくり迎撃していこう。しかし、私が指揮を取るので本当に構わないのですか? 先生」

「頼まれたのはローレンツだ」

「……その信用に、しっかりと答えて見せようとも! イグナーツくんとクロードは両翼に分かれてペガサスナイトの警戒! ジョニーとレオニーは中央で両陣への援護を。東は先生が、西はラファエルくんが中心に防衛線を構築! さぁ、私たちの勝利をこの地に刻もうか!」

 

 そうして、戦いが始まる。グロスタールの兵士たちはとても精強であり、ローレンツの堅実な用兵と相まって危なげなく捌けている。

 

 そんな中、陣営から盗賊らしき者が抜け出してきた。何故わかったのかは、自分の経験としか言いようがない。

 

「ローレンツ! 賊が抜けた! 狙いは多分兵糧! 向こうの狙いも持久戦、ここの兵糧を焼き払って一時的にここを弱所にするつもりだ!」

「何ッ⁉︎」

「どうする? ローレンツ」

「……ジョニーくん、行ってくれ! 君の速度なら盗賊に追いつける筈だ!」

「了解! 姉さん! ここは任せた!」

「ええ、いってらっしゃいジョニー。けど、無理はしないでね」

 

 そうして砦を飛び越えてショートカットして陣幕に入り込む寸前の盗賊たちにサンダーをぶち当てる。やっぱ便利。けど最近戦う連中の強さを考えると、そろそろ雷の上位魔法であるトロンの習得を考えるべきだろうか? でもなー、戦うだけの魔法ってそんなにピンと来ないのだよなー。いや、魔法陣についての知識が足りてない言い訳なのだけれども。感覚で使わせてくれやファンタジーめ。

 

 そして、着地の瞬間にもう一度(フェイ)を発動。側頭部へのハイキックで確実に意識を刈り取る。

 

 そうして中に警告しようとすると。

 

 そこで、槍を突きつけられている盗賊がなにかの薬を口にする瞬間を目にした。

 

「ガッ、グッ! ……GRRRRRRR!」

 

 そして、その瞬間にその人は竜人へと変身した。

 ダスカーのものとは違う、完全にコントロールされている竜人へと。

 

「いや、これは怪人の方が正しいかもな!」

 

 再び(フェイ)にて怪人へと近づき、サンダーを込めた魔拳にて頭に一撃を入れる。しかしダメージは見られず、紋章の共鳴も起きない。

 

 なんだコイツは? 

 

「殴った感触が人のものじゃない! これは人の形をした魔獣だ!」

「そんなの、どうすればッ⁉︎」

「どうにかするさ! 本陣に伝令頼む! 遺産持ちの先生がウチに居るからその人に!」

「なら、俺たちは足止めか⁉︎」

「不要だよ。俺は魔獣殺しのジョニー! 人の形をしてようが殺し方は心得ているさ!」

 

 そうして怪人と俺は相対する。不敵な顔で手招きしつつ風魔法でいくつか実験をする。

 

 案の定釣られてくれて怪人は俺を追って陣営の外に出てきた。思考能力の低下、力への過信、俺を本当に危険視した、さてどれだろうか? 

 

 今回の怪人はダスカーの竜人とは違い、狼の性質を持っている。巨狼というタイプの魔獣に近いのだろう。

 

 なので、とっても速い。爪は鋭く鉄を容易に切り裂くだろう。

 

()()()()()()()()

 

 大振りの右ひっかきに対して身体を滑り込ませて腕を掴み、足を払って全力で地面へと投げ落とす。

 

 背負い投げが綺麗に決まった。

 

 そして、戸惑っている怪人の口を塞ぎつつ寝技の全力で決める。そうすると、怪人との共鳴が始まった。

 紋章の力と魔法の力は感覚マンの俺には同じものなので、いまいち使い分けができないのだ。だが、今はそれで良いと思う。

 

『殺す、殺す、殺スゥウウウウウ!』

 

 それだけの叫びが、ただひたすらに流れている。自分の意思な訳はない、ただ植え付けられた衝動に任せた邪法の結末。

 

『……心が、完全に壊れてる』

 

 これは、助からない。助けられない。助かる気がそもそもない。

 

 おそらくあの飲んだものに精神に及ぼす毒の効果があったのだろう。だから、遠からずこの人は怪人から魔獣へと落ちて殺される。その未来がわかる。

 

 だから、せめて祈りを込めよう。この殺しの先に、この人が救われるような儚い祈りを。

 

「ウインド。お前の体内から酸素を全て吸い出させてもらう。苦しまずに殺せなくて、ごめんな」

 

 そうして怪人は抑え込まれたまま、窒息死にてその命を終わらせた。

 

 最後に感じたのは、殺意の発露ではなく救いを求める声だった。それは、やはり辛い。

 

 だが、辛いだけだ。まだ立てる。まだ戦える。まだ俺はジョニーで居られる。

 

 辛くても、今は格好を付けろ。それが俺のやり方なんだから。

 

「無事か?」

「はい、どうにか怪人は殺せました。けど……救えませんよ、コレは」

「……なら、今は良い。ローレンツの用兵で殆ど趨勢は決まった。戻ろう」

「はい」

 

『小僧、仮面が外れかけておるぞ。もっとしゃきっとせい。格好を付ける男の子なのじゃろう?』

「サンキュ、ソテっさん」

 

 そうして本陣に戻りローレンツに事の端末を伝え、無事に勝鬨を上げる。なんだかんだとあったがとりあえず皆が無事に終わって良かった。

 

「にしても、本格的に動いてきたなクソ共。薬による怪人化とかショッカーか。財団Bでも裏にいるのか畜生め。助けて仮面ライダー」

「仮面ライダーとは?」

「あ、先生。……仮面ライダーってのはまぁ俺の前世での……ヒーローですね。悪の組織に改造された身だけれども、人類の愛と自由を守る為に戦う仮面の騎兵のことをそう言ってるんです」

『そちの英雄か。興味があるの』

「確かに」

「ま、その辺はおいおいって事で。どうにも俺と姉さんをグロスタール伯が呼んでるみたいなんですよ。グレーゾーンがバレましたかねー?」

「骨は拾ってやる」

「おのれ……」

『凄んでも悪意が見えぬので全く怖くないの』

「それはそうだ」

 

「ジョニーは、優しさから怒る子だから」

「そういうのは言わんで下さいな先生。ガチに恥ずかしいですから」

「ジョニーは、優しさから怒る子だから」

「恥ずかしいって言ったよなオイ! この人は本当に!」

 

 そんな馬鹿な会話をしている所を姉さんに見つかり、「あなた、先生に気を許しすぎてはいませんか?」などと小言を言われつつもグロスタール領へと赴くのだった。

 


 

「君たちの育ちは聞いた。ジョニーくん、リシテアくん、君たちをグロスタール家へと迎え入れたいと私は考えている」

 

 グロスタール伯の私室にて、俺と姉さんはお茶を出されている。ローレンツの父親らしい、良い雰囲気の茶器だ。

 だが、そんな馬鹿みたいな提案を受け入れる必要はどこにもない。なので答えは決まってる。

 

「お断りします。あいにく骨を埋める所はもう決めてるんで」

「私もです。というか、体の問題で子供は産めませんし、私達の価値ってそんなにありませんよ」

「あ、でも俺らが死んだ後にコーデリアをグロスタール家に譲渡するみたいな契約書なら書けます。それで良いですか?」

「……意思は固いのだな」

「「はい」」

 

「好きに育てなかった身ですけれど」

「死ぬ時は好きにしますよ。それを望んでくれる人がいますから」

 

 そんな言葉がすらすらと出た事に、姉さんと共に苦笑する。昔よりは、きょうだいをやれている気がする瞬間であった。

 

「ならば、良いか」

「あ、この場での話がどこかに漏れてどうこうってのはしませんのでご安心下さいな。多分ですけどお互いに探られたくない腹はあるでしょうから」

「……」

「これは独り言ですけど、ウチで起きた紋章付与実験、それに使うグロスタールの血ってのはどこからやってきたんでしょうね?」

「……分かっていて、何も言わぬのか?」

「だって、ローレンツが良いやつでしたから。多分グロスタール伯は騙されたんだなーって」

「……それで良いのか?」

「私は思う所がない訳じゃありませんよ、この愚弟じゃありませんから。なので、私たちをこうした奴らを潰した後であなたへどう報復するかは考えるか迷う程度です。……まぁ、それくらいにどうでも良いって事ですよ」

「そうか……感謝する、コーデリアの二人の天才よ」

「じゃあ、そう言う事で。お茶貰いますね」

「ジョニー、はしたないですよ」

「構わぬさ。子供は元気な方がいい」

「……なら、私も頂きます」

 

 実の親ではない血の繋がった彼と、俺たちきょうだいの縁が結ばれた一時であった。

 


 

 そうしてローレンツに先立ってガルグマクへと帰って、グリットさんのクソ婚約者問題を闇商人ネットワークと芸人ネットワークにて潰した翌日、ローレンツは戻ってきた。

 

 なんだか妙な顔をしたままで。

 

「ジョニーくん、リシテアくん。君らに話がある」

「グロスタール伯関係の話ですか?」

「いや、英雄の遺産関係だ。グロスタールに伝わるテュルソスの杖、その使用権利が私と()()()()()()()()()()。……父上に何を言ったのだ?」

「いや、お茶を飲んだだけですよ」

「……まぁ正直魔法がさほど得意ではない私には持て余すモノだったので構わないが……分解などしないよな? ジョニーくん」

「いや、流石にまるっとわからんもんに手を出したりはしねぇて」

 

 それに、流石になんか罰当たりな気がするのだ。今までに見た英雄の遺産の生々しさとかを考えると。……まさか神獣の素材で作ったモンハン的武器だったりしないよな? とちょっと悩みつつ、遺産の修復素材であるダークメタルをどう集めようかと3人で悩む事になった次第である。

 

 テュルソスの杖という遺産があっても問題にはならず、なんだかんだと俺たちグロスタール紋章三人衆は仲良くしていた。



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第20話 チキチキ!遺産取り扱い(という名のダークメタル買い占め禁止条約)会議

 ルミール村への出立を間近に控えたある日のこと。

 

 流れの商人がダークメタルを持ち込んできた事により今回の話し合いは始まった。

 

 まず、ダークメタルを必要とするもの。遺産使い達がこぞって集まってきたらしい。

 

「ダークメタルです!」

「お、やっときたか。いくらだい?」

「お、珍しいのの入ってるじゃねぇの」

「フン、この僕に相応しい素材がやってきたようだね!」

 

「「「「あん⁉︎」」」」

 

 当然戦いが始まりかねないくらいに険悪になる以外は。

 

 だが、そんな睨み合いは唐突に終わる。

 

 

 

「これ下さい」

「はいよ先生」

 

「「「「はい⁉︎」」」」

 

 我が道を行くスーパーティーチャーベレス先生の気まぐれによって。

 

 そして、その気まぐれは一度では済まなかった。情報が追いつかなかった事、殴り合いの隙に買われていたこと、そもそも予約されていたことなどが原因で、ダークメタルはベレス先生によって買い占められたのである。

 

 それから、この時集まったカトリーヌさん、ローレンツ、グリットさん、シルヴァンの4人は腹を括ったそうだ。このままじゃ英雄の遺産のメンテナンスが不可能になる! と。まぁダークメタルなんて安定供給できないんだから気にすることはないと思うのだけれども。

 

 それで集まった4人は頭を回し、同じく遺産(っぽいもの)を使い、ベレス先生のノリに理解があり、そして普通の時には普通に優秀な俺に話を持ちかけてきたのである。

 

 ベレス先生のダークメタル独占を禁止する為に協力してくれと。

 


 

「いや、それでどうして訓練所で茶を飲む事になるのさ」

「そりゃまぁ、遺産について調べてるからですよ」

「……まぁ、その事自体には文句はねぇよ。交換条件だからな。けど、俺は良いんだが他の連中の遺産にお前触って良いのか? 紋章石が青くなるぞ」

「それも含めて調べるんですって。てな訳で一番! この中で一番血を吸ってるであろうカトリーヌさんの雷霆です!」

 

 ノって拍手をしてくれるベレス先生とソテっさん。それを見て渋々と雷霆を渡すカトリーヌさんだった。

 

「あー、やっぱこの感じなんだ」

「あんた、雷霆を壊す気じゃないだろうね」

「……微妙です。今がある意味壊れてるとも言えなくないですし」

「へぇ?」

 

 紋章の共感で感じたのは、破裂の槍の時と同じようなひたすらの負の感情のごちゃ混ぜ。いまの暴走していない状態でこれを解き放てというのは無理だろう。あれは紋章の負の力が表に出ていたから解き放つことができたのだなーと今更ながらに理解した。

 

 では、本命を試してみよう。

 

「お返ししますカトリーヌさん。ついでにちょっと雷霆を使ってくれませんか。俺はそのそばで一曲吹くんで」

「……あんたの遺産の研究ってわけかい。わかった、やってみな」

 

 そうして剣を振るうカトリーヌさんは、その現象に本気で驚いていた。

 

「ジョニー、あんたコレは!」

「ちょっとは抑えられましたか。バックファイア」

「ああ! 雷霆がこんなに大人しくなったのは初めてさ! ……けどまぁ、アタシには要らないね。じゃじゃ馬じゃない雷霆なんざ気持ちが悪くて仕方ない」

「ま、そうですね。雷霆もカトリーヌさんに振られてる時は満更でもない感じでしたし」

「そうなのかい? コイツにも案外可愛いところはあるもんだね!」

 

 そう言って雷霆を肩に担いで笑うカトリーヌさん。なんというか、剛毅な人だ。

 

「じゃあ次! グリットさん、どうぞ!」

「はい。……とはいってもわたしが遺産を受け取ったのってつい先日の事なんですけどね」

「良いんですよ、ある意味まっさらに遺産に触れるですから」

 

 そうしてグリットさんの婚約騒動が終わった際に彼女に管理が任された英雄の遺産の槍、ルーンに触る。

 

 やはり遺産の負の感情の塊が伝わってくる。それに、雷霆よりもかなり重い感じだ。これは多分、発散してるかどうかだろうか? あるいは性格の違い? 

 

 ちょっと深く潜ってみようとするが、紋章石の防衛行動のせいで手を焼かれたのでここで中止しておく。

 

「ジョニー君⁉︎」

「いやー、怒らせちゃいました。嫌われちゃいましたかね?」

「傷薬は必要か?」

「俺、自慢じゃないですけど自分に回復魔法かけるのだけは得意なんです」

「他人にかけるとあまり成功しないとちゃんと言っても良いんだよ、ジョニーくん」

「それなんですよねー。というわけでグリットさんどうぞ! あ、カトリーヌさん訓練用の剣で軽く相手して下さいな。カトリーヌさんなら英雄の遺産が相手でも打ち合えるでしょうし」

「ほうほう。それで、アタシの時にそれをしなかった理由は?」

「カトリーヌさんの雷霆を止められる人とか先生の天帝の剣だけですよ? んなもん大惨事しかないじゃないですか」

「そりゃそうだ! ま、いつかやり合いたいもんだけどね」

 

 そうしてグリットさんとカトリーヌさんが向かい合う。俺の笛が曲を奏でると共にグリットさんが攻めかかった。

 それを、あっさりと回避して崩すカトリーヌさん。やっぱ強いわ。

 

「さぁ、踊るなら全力で来な!」

「分かっています、カトリーヌさん! はぁ!」

 

 ん? ルーンの感覚が変わった。ルーンとグリットさんが馴染んだのか? 

 

「お、良くなったじゃないか」

「涼しい顔で、言われても!」

 

 グリットさんの放つ数多の槍撃を、躱して逸らして時に踏み込んで反撃する。完全にカトリーヌさんのペースだった。

 

 そして、グリットさんとルーンがさらに馴染んだ所で曲を止める。流石にこれ以上はグリットさんがもたないからだ。

 

 カトリーヌさんは出力だけの武器に負けるような腕はしていない。グリットさんの今の腕では、引き出した力に振り回されて手痛いカウンターを貰って終わりだからだ。

 

「傷一つ、負わせられないとはッ!」

「年季の差だよ。気にすんな」

 

「しっかし強いですねカトリーヌさん」

「頼りになる」

『絶対に敵に回したくはないの』

 

「じゃあ、あとは流れで。破裂の槍はもう十分見てるし、テュルソスの杖は姉さんの使う所見てるからね」

「そいつは良かった。流石にカトリーヌさんとやり合うのは我慢だよ。……反射的に槍の力を暴発させかねない」

「僕も、慣れない魔法で彼女とはやり合いたくはないね」

 

 てな訳で本題です。

 

「まず、先生はダークメタルを独占するつもりは全くなかったそうです」

「いや、あれだけ先回りしておいてなに言ってんのさ」

「たまたま買っただけ」

「あそこまでのたまたまは無いと思うのですが」

「……門番の彼と仲が良い」

「んで、彼が最近生徒の遺産云々の話が多いからダークメタルが必要なんじゃないかって先生達に気を回してくれたんだよ。なんで、買ってたのはベレス先生、ハンネマン先生、マヌエラ先生の連名でなのさ」

「あー、そういう事かい。けどそれじゃあアタシ割食ってないか?」

「すまない、考えが及ばなかった」

「ま、生徒を優先するのは先生って事で納得するさ。ただ、アタシの雷霆のメンテナンスの時に集めたダークメタルを使わせてくれよ。金はアタシも払うからさ」

「構わない」

「おっし、交渉成立だ! じゃあ、約束を果たして貰うぜ先生」

「構わない。行ってくれジョニー」

 

 その言葉に、固まる俺。なにも聞いていないのですけれど。というかカトリーヌさん超やる気なんですけれど! 

 

「この訓練所の占有でちょっと無茶したからね。これくらいの役得はあっても良いだろ?」

「……謀ったな、先生ッ!」

「頑張れ」

『命のかからぬ戦いじゃ。せいぜい学んでくるが良いて。貴様はただでさえ突っ込む奴なのじゃからな』

 

 ソテっさんのその思いに嘘はない。半笑いである事を除けばムカつく所もない! そして、多分これ逃げ場所ないのでやるしかない! 

 

「……畜生! やってやる! 来いよカトリーヌさん、雷霆なんか置いてかかって来い!」

「いや、流石に雷霆は使わねぇよ」

「安心しましたガチに。それじゃあ、行きます!」

 


 

 まずは踏み込み。(フェイ)による接近は速いが、それだけに荒い。カトリーヌさん相手にはただでは通じないだろう。

 

 なので、攻撃は魔法から入る。ここまでは魔拳士を名乗りたい身として作った定石だ。だが、そこから先の攻め手が見えない。軽さを利用してアウトレンジでの引き撃ち程度、カトリーヌさんなら普通に対応してくるだろう。

 

 なので、やるのはやはり接近戦。手持ちの道具はなし。小細工に使えるモノも周りにはない。せいぜいが柱くらいだろうが、追い詰めるか追い詰められるかしなければあれに基本的に意味はない。そして今回は追い詰められる手順が本当に浮かばない。

 

 つまり、カトリーヌさんをどうにかするには小細工ではなく一撃が必要なのだろう。

 

 そして、それにはちょっと心当たりがある。

 

 テュルソスの杖の魔法発動プロセスにあったあの工程。射出までに作られるある種の魔法の砲身(バレル)。あれを応用すれば、カトリーヌさんを正面から抜く一撃は出来上がるだろう。

 

「どうした、来ないのかい?」

「いえ、これから行きます。一撃必殺、受けてくださいな!」

 

 両足に感覚で作った魔法の砲身を作り上げ、残りの気合を頭に込める。さぁ。まともじゃない正面突破と洒落込もうか! 

 

「戦技、アクセルモード」

「へぇ、新技かい。生兵法で怪我するんじゃないよ!」

 

 砲身により集中したウインドのベクトル。それにより発生する強靭な力の全てを推進力に変える。そして、その力のコントロールと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思い立った発想は当然のライダーイメージだが、もともとなんとなくやっていたことを意識して行うこと。そしてそれを十全に扱えるスピードを得ること。その二つを両立することは今までしなかったし、する必要もなかった。けれど今、この力を試したとしても平気で吹っ飛ばしてくれそうな巨大な壁が目の前にある。

 

 ならば、やってみるのが少年というモノだろう。

 

 右で踏み込み一つ。当然反応して剣を振られたが、左での跳躍により空中に退避。さらに空中で風を解き放ち飛び蹴りに移行するも、それに反応してさらに鋭い剣が返ってくる。

 

 だから、さらに解き放つ。砲身(バレル)の放出ベクトルを逸らして空中で回転し、剣を回避して着地、そして完全に拳の射程に入った瞬間に

 

 カトリーヌさんの膝が、俺の頭を揺らした。

 

「あ、やべ」という声が何となく響いて、鋭くなった感覚により増幅した痛みもあって、俺の意識は落ちた。

 


 

「よ、起きたかい」

「カトリーヌさん? ここは?」

「医務室さ。ああ、あいにく他の連中はもう帰ったよ。圧倒されてたぜ? お前の無茶に」

「ああ、やっぱカトリーヌさん使()()()()()()()()

「なにせカロン男爵家(ウチ)の秘術だぜ? 雷獄纏って家では呼ばれてた。だが、まさか学生が自力で至るとはねぇ。面白い奴だよ、本当に」

「あー、それでもスピードで誤魔化せると思ったんですけどねー」

「いや実際危なかったさ。ただ、直線的過ぎたんで見切るのは簡単だったのは赤点だな。アレは拳のレンジに入るまでの一回だけに抑えた方が良いよ。無駄にバンバン飛んでも目が慣れるだけさ」

「アドバイスありがたいっす。ありがとうございます」

「なに、構わないよ。意外と楽しめたからね。ただ、次は1発勝負じゃなくてもっと長くやろうや」

「……はい」

「うし、じゃあ今日はココで寝てろ。んで明日も休んで明後日出立だ。今回はジェラルトさんが行くからアタシは部外者だが、あれだけ動けるなら大体は大丈夫だろ。頑張りな」

「ありがとうございます。カトリーヌ先輩」

「お前まだ騎士団入ってないだろが」

 

 そんな言葉とともに頭を叩かれてカトリーヌさんは去っていった。窓を見るとかなり月は高くある。かなり寝込んでいたようだ。

 

 激しさと優しさ、二つが争うことなく両立している強い剣士。それが雷霆のカトリーヌなのだなと体をもって理解した日のことであった。




アクセルフォーム(脳内だけ)解禁です。
笛を吹いて現れて、それでも戦いをやめない奴を神速で倒して去っていく。ジョニーくんの初期案はそんな感じの流れ者でした。
今ではもうイベントメイカーとしての面が強くてそんなのはないですが、これからの激戦を武器なしで戦い抜くために必要な力だなーと思ったのでネタ話ついでに初期案の使っていた技を練習させてみました。


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第21話 ルミール狂乱戦

色々オリジナルを混ぜていた原因を見せていくスタイル。大筋はブレないと思うのですが、おかしな点があったら修正するので指摘して頂けるとありがたいです。


 なんだかんだの準備も終わり、本格的にルミール村への救援に赴こうとした時のことだった。

 

「しっかし手慣れてんなお前さん。コーデリアのことは話に聞いてたが、そんなに慣れなきゃいけない感じだったのか?」

「まぁ、消去法ですよ。義父さん義母さんは事情があってあんま動けなくて、姉さんも体は弱い。ついでに家臣は皆死んでる。そんな時に疫病いっぱい来たもんですから頭に立てるの俺しかいなかったんですよ」

「ま、そっからの立て直しは本当に見事なもんだと思うがな。……どこからか来た難民の出どころは置いておくと」

「次期盟主様、そのへんはご容赦くださいな。連中表面上は更生してるんで」

「潜在的な敵かよ」

「俺か団長居なくなったら修羅の国でしょうねー」

「まったく、大変だな貴族ってのは」

「その分良い暮らししてますからね」

 

 そうして荷を積み終え、準備が終わったところで先生が駆けつけてきた。

 

「緊急事態。今すぐ向かう」

「「了解、先生」」

 

 そうして先生は集めた皆、ジェラルトさん率いる騎士団と共に出立の号令を挙げる。

 

 今回はきちんとした救助物資があるが、あいにくと本当に緊急らしいのでそれは騎士団の後詰めの方々に運んでいただく事になった。採血による検査も終わり、俺の笛が効くとの仮説が立ったからだ。

 

 誰が作ったなんて名前の笛かは知らないが、有効に使わせてもらおう。

 

「出陣」

 

 そうして、手持ちの道具ばかりの本当に最小限の支援物資と共に、俺たちは馬達を走らせた。

 


 

 そうして急いでやってきたルミール村は、かつてあった平和な村の面影を残していなかった。燃え上がる炎、焼け落ちる家屋、狂い暴れる民。

 

 その中でわずかなまともな人間が隠れ、狂ったフリをしているナニカがそれを追い立てている。

 

「ジョニー!」

「分かってます! 全力で、全開でぇ!」

 

 込める心は安らぎの祈り。ただ生きることを願ってのその音は、人の心に一つのブレーキを作る事に成功したようだ。

 

「クロード、イグナーツ、レオニー、リシテア。狙い撃って」

「手前ら! 騒動の中心を潰すぞ! 坊主の音のおかげで先導してるやつ以外はまともに動いてねぇ! 最速で行く!」

 

 ドラゴンに乗ったクロさん。狙撃地点を確保したイグナーツ、馬で走り回るレオニーさん。そして、テュルソスの杖を構えた姉さんがそれぞれ騎士団の手の届かない者達に対して攻撃を放ち、その隙に騎士団の後方部隊の方々が市民を救出する。

 

 ルミール村の状況は最悪だったが、こちら側の初動はその中で最良のものだった。

 

「東側、弓倒し終わりました!」

「了解、ヒルダ、()()()()()()、カバーしながら前に出て。ジョニーももう大丈夫。大体の人は確保できた。あとは南側だけ」

 

「「「了解!」」」

 

 そうして、スピード勝負ならなかなか強い俺は課題協力に来てくれたグリットさんと共に東に行こうとして

 

 天から落ちてきた闇の魔法を回避するために全力で西側へと飛んだ。

 

「ジョニー君⁉︎」

「ヒルダの姉さん! グリットさんと一緒に人命救助優先で! この魔法使いの狙いは!」

 

 そして、もう一度放たれる闇の魔法。感知エリアが伸びていなければあっさりと死んでいただろう。

 

 これでもう、疑いはない。

 

「狙いは俺だ! この騒動を収められる俺を殺そうとしてる!」

「なら、ジョニー君を」

「待ってグリットちゃん。私たちは前で人助けする。ジョニー君は今、救助部隊の私たちと近くにいたら危ないの。どっちの意味でも」

 

「だから、さっさと終わらせて魔法使った奴をやっつける! 分かった?」

「……はい。未熟を晒して申し訳ありませんでした。友を信じずして何が騎士かと!」

「よし! いっくよー!」

 

 相変わらず頼りになる姉さんだ。というかもう姐さんだ。

 

「クロさん! 離れて援護お願い! ローレンツはカバー頼む!」

「リシテア、位置を西側に移動。それから、イグナーツ、ラファエル、マリアンヌ、フレンは前進。魔導師に圧力をかける。マリアンヌはサイレスの射程を間違えないで。レオニーはヒルダ達の援護に」

 

 そうして、空からの闇の雨を躱しながら、誘い込まれたその舞台へと俺は足を踏み入れる。

 

 そこには、もう友人と言っていいんじゃないかなと思うほどにカチあっている死神騎士が居た。最悪な事に部隊を連れて。

 

「おいおい戦闘狂、数でリンチは卑怯じゃない?」

「俺も好かん。故に生き延びろ」

「無茶振りだなぁ本当に!」

 

 そうして、騎馬の突撃によりやってくる死神部隊。どいつもこいつも大鎌を使うとか相当な訓練をしやがったのな! 

 

 だが、俺は一人じゃない。俺を狙う闇の雨の間から、騎馬鎧の隙間を正確に射抜くイグナーツの狙撃、騎馬の槍の届かない高度から手数を潰す遊撃のクロさん。後衛への突撃を華麗な技で流して足止めするローレンツ。

 

 そして、テュルソスの杖を使う事で魔導砲台と化したリシテア姉さんのダークスパイクΤによる一撃必殺。どれもがこの戦いを一対一にはしない。

 

 その中で俺しか見ていない死神騎士と、紋章で援護を理解できる俺とでは最前線の質が違った。

 

 まぁそれは、死神騎士との力の差を埋めるに足るものではなかったのだけれども。

 

「フッ!」

「強いな畜生! 知ってたけど!」

 

 騎馬による高速移動対俺の(フェイ)の小回り。それが戦いの主軸になるのはやはり当然だった。だが、正直ここから先どうすればいいのかさっぱりわからない。クロさんなんか助けてーとサインを送りたいが、一瞬でも目を離せば死ぬのは俺だろう。

 

 いまの多少ごちゃごちゃしている状況でなければ、死神騎士は俺を十全のスピードで殺しに来れる。部隊が足枷になっているのだ。個人として強すぎるが故に。

 

 まぁ、この高速タイマンに割って入れるような奴とか死神騎士レベルの化け物か以心伝心の仲の相手くらいなので、リッツァ先生時代もちょいコミュに難のあった死神騎士ではなかなか難しいという事なのだろう。

 

 

 だが、死神部隊には未だに死人が出ていない。怪我をした馬にはすぐにライブをかけ、クロさんの遊撃は弾き落とし、そして姉さんの魔砲には身体に矢や槍を受けてでも無理やりに回避する。とても生き汚く、強い騎士達だ。

 

「やっぱ、先生としての腕は確かなんだな」

「奴らが勝手に強くなっているだけだ」

「そうとは思えないけど、な!」

 

 鎌を躱しての空中2段回転蹴り。それを鎧でしっかりと受け流してダメージを避けていく。そして俺の攻撃が終わったらすかさずに鎌が俺の首を狙いにくる。それを空中機動で回避してまた睨み合い。降ってくる闇の雨を回避しながら立ち位置を変えるが、死神騎士の手綱捌きはそんな甘い隙を作らない。

 

 敗色濃厚の詰将棋の駒になった気分だ。まぁ盤面をひっくり返す策はあるのだけれども。

 

 それは、奴がこっちを完全に見切った瞬間にしか活きない諸刃の作戦。そんなのしか思いつかない自分の頭の悪さに霹靂として、すこし長く呼吸をとる。

 

「……やはり邪魔だな」

「この雨止めたいんですけど、傘持ってません? 魔法が打ち手に反射する感じのものがいいんですけど。

「そんなものがあるならとっくに落としているさ。誤ってな」

「ありゃ、やっぱ乗り気じゃないのね」

「ここは横槍が多すぎる。貴様の命は、この鎌で刈り取らなければ俺の強さの証にはならぬというのにな」

「証が必要か? あんたには」

「要らぬよ。だが、趣味とはそういうものだろう?」

「否定できないな畜生」

 

 そう、すこし話をしていると先生の向かった先で急激な魔力と紋章の力……いや、負の紋章の力の収束が始まった。これは流石に受けられないだろう。

 

 敵の魔導師は完全に穴熊を決め込んでいたので無視していたが、先生、天帝の剣の到着とジェラルトさんの奮闘。そして姐さんとグリットさんの奇襲がうまくいきそうなのだろう。

 

 それは何故か、死の予感を感じさせた。

 

「すまんが予定変更だ。いまからお前をぶちのめす。とっておきを見せてやるよ」

「やはり手を隠していたか。だが、今それを切った所で奴らを救えるか?」

「それしかないならやるしかない。それだけだよ」

 

 覚悟を決める。この作戦のキーマンは()()だ。しかし、彼女が俺に気付いてくれるかは賭けでしかない。

 

 だが、それ以外にこいつを倒し得る策はないのだ。

 

「戦技、アクセルモード」

「戦技、旋風槍」

 

 自然と口に出るその言葉。お互いにこれで決めるという覚悟だ。

 

 瞬間、スローになる視界。砲身を作った(フェイ)により、神速で死神の懐に潜り込むが、死神は当然のように対処してくる。鎌による薙ぎ払いだ。だが、それに対して()()()()()()()。致命でない所で受けての直接攻撃だ。だが、死神騎士はそれを本能的に理解したのか鎌を手放し、拳に力と()()を込めた。

 

「「エンチャント!」」

「ウィンド!」

「デスΓ!」

 

「らぁ!」

「ハッ!」

 

 そうして重なった拳は魔法の爆発を生み出した。

 

 そして、そこに刺す雷が一筋。

 

「トロン!」

 

 マリアンヌの、援護である。

 

 彼女は、常にどちらの戦場にもサポートできるような位置にいた。それは、治療のみではなく攻撃にとってもだ。

 

 今まで死神騎士への致命打を撃ち続けていた姉さんではダメだった。これまで戦場に見えていた皆でも警戒は抜けなかった。

 

 いままで治療役として表に出ない立ち回りをしていたからこそ、彼女は死神を倒すための雷の一矢を放てたのだ。

 

 だが、足りない。

 

「「まだだぁ!」」

 

 トロンを受けた程度では崩れなかった死神騎士の根性。薙ぎ払いによるダメージに対しての根性。

 

 どちらが上かの、根比べだった。

 

 そうしていると、本当に不思議なことに戦いの中にある邪悪な感情の波から解き放たれたような気になってくる。この瞬間は、この拳は、混じり気のない闘志によってのみ作られている。

 

 ある意味これも、相互理解なのだろうなと思った所で先生たちのいた所の闇が弾け飛びかけ

 

 時が、止まった。

 

『小僧! こやつの力は邪な紋章の力じゃ! 小僧の響きがなければ止められぬ! 逃げ場はない! こやつ、この村ごと全て吹き飛ばすつもりじゃ!』

 

『今から時を戻す! そなたはそなたのやり方でお主を、ベレスを救って欲しい! 口惜しいが、策はない! じゃが!』

 

『そなたならやれると信じておる!』

 

 そうして時は巻き戻り、先程のアクセルモードを発動する3手前程度の話し合いの終わり頃に戻ってきた。

 

「……すまん、ちょっと野暮用ができた」

「一応、行かせるわけには行かぬぞ」

「知ってる。だから」

 

「ちょっと吹き飛ばされちまうだけだ」

「……クッ愉快な事を言う。そんな事をしてなんの得がある?」

「だって、あいつお前とお前の部下ごとまとめて吹き飛ばすつもりだぜ? 試算だが、この村は草一つ残らなくなる」

 

「流石にそれは、ムカつくだろ」

「ああ、良い。全力で吹き飛ばしてやる。だが、死んでくれても構わぬぞ」

「そいつはどうも。だけどあいにく、負けられない理由は(ココ)にある。俺はジョニー=フォン=コーデリア。リシテア姉さんの世界最高の、弟だ!」

「吠えたな! しからば!」

「やってやるさ! 格好をつけた分だけな! アクセルモード!」

 

 真っ直ぐに、(フェイ)を使って死神騎士へと走って行く。それを迎え撃つのは旋風槍の戦技。

 

 そうして放たれたその鎌の腹に着地して展開したバレルへと全力で魔力を込める。

 

 そうして、死神と俺の力で飛ぶ世界は、永遠のような一瞬だった。

 

 そして、今なら使える。体全てに残っている魔力と紋章の力をを右足に込めての飛び蹴り(ライダーキック)

 

「戦技! ライトニングソニック!」

 

 そうして一つの矢になった俺は、魔導師の展開していた闇を抉り抜き、その内側の紋章の力を蹴り飛ばし、中の老人を闇の中から蹴り飛ばす。

 

「坊主⁉︎」

「……信じてた。戦技、破天」

 

 そしてその飛んだ老人を確実に倒すべく、天帝の剣の力が放たれる。

 

 それが、このルミール村での狂騒の決着だった。

 


 

「……どうしてこの村を襲った?」

 

 息も絶え絶えだがまだ生きている敵の魔導師に、ジェラルトさんが声をかける。

 

「新たな知識を得たのだ。試したくはなるだろう? ジョニー=フォン=コーデリア。我らの新風よ」

「……初めて聞きましたよそんな話。()()()()()()

 

 その言葉に驚く皆。こんなの見ればわかるだろうに、不思議な事だ。

 

「だが、その名は偽り。我が名はソロン。探求者ソロンだ」

「んで、誰でもいいから実験台が欲しかったあんたは、こんな馬鹿な真似をしたと」

「当然であろう。お主のお陰で我らは新たな知見を得る事ができたのだ。その失われた竜操(りゅうそう)の紋章によって。太古の血と失われた筈の紋章。それが合わさったときの現象は実に素晴らしかったとも」

 

 その狂気的な知識欲は、俺を含めた皆を圧倒していた。そして、どこかから感じる“お前のせいだ”という視線。そんなのは、()()()()()()()()()()()()。おれは研究に協力したんだ。それがどんな地獄に繋がるのかを心のどこかで理解しながら。

 

 なんて事を考えていたら、ソロンのそばの地面が消し飛んだ。

 

 高密度の闇魔法による現象だ。

 

「人の弟をかってに元凶にしないでくれませんか? この馬鹿はあんたと違って人を想える馬鹿なんだから」

 

「……美しき、姉弟愛だな」

「当然。私はジョニーの、世界最高の弟の姉ですから」

 

 そうしてテュルソスの杖を構える姉さん。しかし、一瞬の地鳴りと共にその構えは解かれた。

 

 ソロンにかけられていた拘束とともに。

 

「では、此度はさらばだ凶星と新風よ。十分な成果と共に、帰らせて貰おう」

 

 そして、ソロンは転移系魔法により消え去った。完全に逃げられた、そういうことのようだった。

 

「あー、クソが。手がかり消えやがった」

「よく頑張った」

「大丈夫ですよ。ソロンを見つけて捕らえればいいんです。明確な目標ができただけ進展ですよ」

「あー、なんだ。よくわからんが気張れ」

 

 この場にいた皆の心配そうな目が、“格好をつけろ”と言っているようだった。なら、落ち込むのはここまでだ! 

 

「さぁ先生! 指示をお願いします! 見落としはないでしょうけど、それでも探さないともしもいる助けられる人を助けられません! 頑張りましょう!」

 

 そうしてのサムズアップ。だが、先生はこう言った。

 

「ジョニー、休み」

 

 無情な女ベレス先生である。

 


 

 そうして粗方の後処理が終わり、先生と、先生のそばで休んでる(監視されている)俺と、報告に戻ってきたジェラルトさんの3人でいるときにその二人はやってきた。

 

 死神騎士と、炎帝だ。

 

「やっほー死神騎士リッツァ先生。さっきは助かりました」

「……言い方を統一しろ」

「旧交を温めるのはそれくらいにしておけ、時間はあまりない」

 

 天帝の剣を構える先生、銀の槍を構えるジェラルトさん。

 

 そして、完全にやる気のない俺と死神騎士。そしてそれをジト目(多分)で見る炎帝。この妙な残念さ、誰かに似てる気がする。そういう目で見てみると、炎帝って女性なのでは? と頭に浮かぶ。無理に体を隠してラインを見せないようにしてると想えるのだ。

 

 そして、見た目取り繕っている残念さから、もしかしてと頭に浮かぶ。いや、よそう。仮にも女性をそんなみょうちくりんな理由でコスプレ大好きっ娘にしてはいけない。きっと親戚か何か……っていねぇよ! あの人の地雷ワードだよその辺! 

 

「それで、お前さんは村を無茶苦茶にしたのを悔いて出頭しに来たってか?」

「……勘違いするな! あのような男が! ……ソロンは確かに我が協力者だが、同じ目的で動いているわけではない。このような行い、事前に知っていれば我が必ず止めた。それは断言できる」

「……それを何に誓えますか? 炎帝さん」

「我が、望む平和の夢に誓って」

 

「ジェラルトさん、先生、とりあえずこの人は信用できます。この人の今の言葉に邪なものは全くありませんでした。連中の組織、“闇に蠢くものたち”は一枚岩じゃないのは分かってましたからね。そういう事もあるでしょう」

「んなもん信用できるのか?」

「俺は死神騎士の協力でソロンを蹴り飛ばしました。理由はそれで十分かと」

「なら信じよう」

「お前⁉︎」

「感謝する」

 

「それでは提案だ。ジェラルト殿、ベレス、ジョニー、我と協力して欲しい。“闇に蠢く者達”の邪悪を一掃するために、我は力を欲している」

「その言葉に、嘘はないのはわかる」

 

「けれどそれは、人の屍の上にしか立たない道だ」

 

「私は、お前が何も関係のない人を傷つける事を決して許せない。それがお前の夢のためだとしても」

 

 それは、フレンちゃんやモニカ。それにこれまで死神たちに殺されてきた人々のこと。ベレス先生は、それを決して忘れていないのだ。

 

「私は、生徒たちや二人の友人に恥じない先生でありたいと思ってる。だから、お前とは組めない」

 

 その目は、どこまでもまっすぐに、強いものに思えた。やっぱり格好いいな、先生は。

 

「やはり、か……」

「あ、俺は後ほど話をしてくれれば考えない事もないですよ」

「ジョニー、捕まりたい?」

「まだ勘弁です。脱獄のやり方は流石に調べてないんで」

「お前ら、緊張感をどこにやった……」

「貴様、敵前だぞ」

「死神ッツァ先生に言われたくないですー」

「混ぜるな」

 

 そんな時、ヒルダの姐さんがこちらにやってくるのが見えた。そうすると二人の足元に魔法陣が浮かんだ。以前と同じ、転移での逃走だろう。

 

「ではな、貴様の天帝の剣が我が望みとぶつかり合わない事を祈る事にする。帰るぞ死神」

「はっ」

 

「ああ、最後に一つだけ」

 

「教会を、信用するな」

 

 そんな言葉を残して、炎帝と死神は転移系の魔法。レスキューで去っていった。

 

 多分今から総出で探せば見つかるのだろうけど、それをする気は誰にもなかった。

 

「あれー? さっきまで誰かいませんでした?」

「死神騎士とその上司が小粋な営業トークをしてた所って言ったら信じる?」

「流石に無理がない? それ」

「だよなー」

 

 そんなこんなが終わって、大修道院へと帰る。

 


 

 そうして、紋章の反応を頼りに彼女の元へと向かった。

 

 なんか夜空を見て黄昏ている、残念系皇女サマのところへと。




ジョニーくんは人のことをよく見えてしまうから、気付いてしまったのです。ヒュー君に暗殺されるかどうかチャレンジは次回から!お楽しみに!

あ、多分本編で説明しないので補足しておきますと、ジョニー君のリュウソウの紋章の血がフレンちゃんの特別な血の中にある成分を増殖させた結果が原作とは違う紋章を使った疫病もどきとなってます。ルミール村がマイルド版で、ダスカーの所がハード版。そんなの見かけたらたのしくなっちゃうよね!


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第22話 敵の敵の炎の目覚め

ヒュー君暗殺回避チキンレーススタートです。


「良い夜ですね、エガさん」

「……ええ、星空が綺麗で、本当に嫌になる」

「気持ちはわかります。俺の知ってる言葉に、とある2人の囚人を表した言葉があるんですよ」

 

「2人の囚人が鉄格子から外を見た。1人は泥を見て、1人は星を見た」

 

「エガさんの気持ちは、俺と同じみたいですね」

「……あなたは、星を見る人だと思うのだけど」

「いえ、届かない星を綺麗に思うことはもうとっくの昔に辞めてるんですよ。連中がコーデリア領に、俺たちにやったあの実験を超えてから」

「……」

 

 顔は見ない。けれど心は伝わってくる。

 

 ずっと不思議に思っていた。エガさんの心は俺と姉さんに対してはある一定の波を生み出し続けていた。その内容は今までわからなかったけれど、今ならわかる。

 

 これは、罪悪感だ。

 

 それを感じる事ができる人なのだから、今まで見てきたエーデルガルトという人は全部嘘というわけではないのだろう。

 

 ならば、この話を持ちかけるに足る人物であると言えるだろう。

 

「話を、聞きに来ました」

「……やはり、気付いていたのね」

「はい。エガさんは……炎帝です」

「これは、花丸をあげるべきなのかしら」

「何が貰えるんです?」

「士官の席なんてどうかしら」

「残念ながら同盟貴族の端くれなんで貰えないですね。残念」

「帝国に来てくれても良いのよ?」

「嫌ですよ。それしたらコーデリアは同盟からぶっ殺されますよ」

「そう、残念」

 

 どこか愉快気に、エガさんは笑った。

 

「それであなたは、本当に私の味方になってくれるのかしら?」

「違います。俺がなるのは敵の敵ですよ。俺には俺の、エガさんにはエガさんの戦う理由があります。けど多分、根っこの根っこは譲り合えないんですよ、俺たちは」

「……あなたの理由は、明白ね」

「はい。俺の目的は姉さんと俺とエガさんの延命です」

「そう、当然……ん? 何か一人増えていないかしら」

「学校に来てから増えました。難易度爆上がりです」

「私、あなたに何かしたの?」

「してませんよ。だから助けたいと思ったんです」

 

「あなたは、俺たちに同情はしても哀れとは思わなかった。俺たちの生き方を尊重していた。その上で、普通に接してくれた。それ、かなり嬉しかったんですよ」

「……」

「だから、俺たちのついでに紋章の副作用を消したいと思ったんですよ。……それに、実験の被害者には死んで欲しくはないんです、もう」

 

 そうして、隣にいるエガさんを見た。

 

 彼女は泣きそうなのを隠して、飲み込んで、不敵な笑みを浮かべた。

 

「なら、あなたをしばらく使ってあげる」

「さしあたっての同盟は、あのソロンをぶちのめすまでですね。多分教団なりに捕まったら口封じに殺されると思うんで」

「……どこから?」

「教団は連中の情報を共有はしません。そんだけ長く殺し合ってる相手ですから。それが“皆には迷惑をかけない! ”か“ただの人間は信用しきれない! ”かはわかりませんけどね」

 

「そして、連中ならばもっと簡単です。体を弄られてるんですからそういった仕込みなんざ幾らでもできる」

 

「つまり、あなたの目的は」

 

「ええ、連中内部での権力争いでエガさんが頭になって欲しい。そうなりゃ、俺は安全に取引ができる」

「それはまた、厄介な話ね」

「けど、エガさんに得がないわけじゃないんですよ?」

「それは?」

「俺の持つ、異世界の技術は連中の技術に酷似しています。奪った技術を使えるようにできる駒は、俺くらいだと思いますよ」

「……大きく出たわね」

「ええ、なんせ一世一代の大博打ですんで」

 

 

「けど、信じられないわ。あなたの話は甘すぎるもの」

「ま、そうですよね。殴り合わない交渉事は向いてないんですよ」

「だから、私は私の秘密を守る為に……あなたを殺すわ」

「ご自由にどうぞ。見ての通り無手できましたんで」

「何をふざけているの、魔拳使い!」

「いつも通りがコレなもんで!」

 

 そうして、エガさんの短剣と俺の拳による静かな戦いが始まる。

 

 その戦いは一瞬で終わった。

 エガさんが突き出した短剣は俺の脇腹を貫き、俺はエガさんを()()()()()

 

 どうせ口では説得できないと分かっていたのだから、真っ直ぐに伝えるだけだ。

 

 心を、全力で。

 

「あなた⁉︎何を⁉︎」

「さぁ、なんでしょうね?」

 

 紋章の力を全開にして、エガさんと俺の心を繋ぐ。

 

 ずっとずっと気を張って頑張っていた彼女に、心からの笑顔になって欲しい。それだって俺の理由の一つなのだから。

 


 

 闇が、そこにあった。

 

 次々に狂って、あるいは死んでいくきょうだいたち。苦しいと言っても、助けてと叫んでも、奴らは苦しみしか与えに来なかった。

 

 ここには、助けに来てくれる英雄はいなかった。支え合える仲間も居なかった。

 

 一人で、暗闇と痛みで怯えるだけの日々だった。

 

 そうして実験で全てを捨てて、生き返った私を占めていたのは復讐の思いだけだった。“闇に蠢くもの達”、紋章を重視する貴族社会、そして、その紋章を讃えるセイロス教。全てを憎んでいるフリをしなければ、私は立てなかった。

 

 それが、空回りしていると心のどこかでは理解していた。それでも止まれなかった。

 

 全てを焼き尽くす炎のように、自分は死ぬのだと思っていた。

 

 それが変わったのは、今年の初め。師と、おかしな少年との出会い。

 

 師は、私を私とわからなくても導こうとしてくれるほど、“せんせい”だった。

 

 少年は、ずっと誰かを助けようとするヒーロー(強き者)の仮面を被っている、意地っ張りの少年だった。だからこそ私はいつのまにか心を許していた。

 

 彼らとの繋がりが私の心を開いた。

 彼らとの繋がりが、新たな繋がりを生んだ。

 

 闇の中でしかなかった私の心に、光が入ってきていた。

 

 けれど、私の目的のために全てを捨てなければならない。そんなことはわかっている。

 

 だから、その光を力としてしか見ないことにした。けれど、一つの光はより輝いて私の元へとやってきた。

 

 この光を受け入れてしまったら、私はもう闇を生きていけない。だから、私はその光を捨てようと「させねぇよ、エガさんのアホ垂れ」

 

「……ジョニー」

「遅くなりました。ここでなら嘘はつけません。話をしましょう。エガさん!」

 

 そうして伝わってくるどこまでも暖かい想い。暖かく、優しいからこその怒り。暖かく、想うからこその響き。

 

 このどこまでも馬鹿みたいにお人好しの夢見る少年が、ジョニー=ファン=コーデリアなのだ。

 

「ねぇジョニー、あなた、何がしたいの?」

「エガさんの心の、味方になりたい。きっとそれは、同じ痛みを背負った俺と姉さんにしかできないことだから。どんなに離れても、殺し合ったとしても、エガさんがエガさんとして在れるようにしたい」

「なら、私もよ。あなた達が幸せで在れるように祈りたい。貴方達の歩いて行く未来に」

 

「「だから、今だけは同じ敵をみましょうか」」

 

 心を通じてわかった事がある。それは、エガさんが決定的に俺とは違うということ。世界を変える為に、戦争を起こすことを厭わない過激さがあること。

 

 そしてその火は、いままでの仮初のものではなく彼女自身の炎として燃え上がり始めたという事。それはとても美しく、気高く、暖かかった。

 

「ジョニー、私が世界を手にした時、もし心変わりをしていたなら貴方を私の弟にしてあげる」

「なぜそこで姉になろうと⁉︎」

「さて、何故かしらね?」

「あ、接続が切れかかってるからもう心がわかんない! 意味深な台詞はやめて下さいお願いします!」

 

 そうして、意識が戻ってきた。

 


 

 意識が戻ると、感覚も戻ってくる。

 あ、脇腹嫌なとこ切れてる超痛い。

 

「だけど大丈夫、俺にはライブがあるから!」

 

 そう言って傷を治す為に力を集中させる。それにより傷は治っていく。しかしそれをみてエガさんは呆れたような目をし始めた。

 

「それ、格闘の達人がつかう戦技の瞑想よ」

「なん……だと⁉︎」

「どうやったらライブと瞑想をごっちゃにできるのよあなたは」

 

「本当に、馬鹿な人ね」

「そりゃどうも。馬鹿は俺には褒め言葉です」

「ならいつも言ったほうが良いかしら?」

「やめて下さいな、それはダメージデカいんで」

 

 そんな話をしたエガさんは、いままでと比べ物にならない程の綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

 これが未来の敵になるなら、すごくやり辛そうだ。

 

「じゃあ、とりあえずこの辺で。詳しいことはヒューさんと詰めますよ」

「ええ、お願い。じゃあ寮に戻りましょうか」

「はい。エスコートしますよお姉様」

「あら、良いの?」

「姉さんは文句言うでしょうけど、たまには良いんじゃないです? 同じような実験を受けたきょうだいな訳ですし」

「そうね、ならこれまでより親しみを込めてジョニーと呼ばせて貰うとするわ」

「……俺の事わかってるでしょうに」

「ええ、けど英雄色を好むとも言うじゃない?」

「怖いですね、本当」

 

 そんな会話をしながら女子寮へと戻る。

 

 途中からベタつく視線を感じたが、エガさんはいつもの事のようで気にしておらず。自分も今のエガさんを見たらそりゃ嫉妬の一つでもするわなぁと納得する。

 

 だから、エガさんのそのセリフが飛んできた時には正直逃げたい気持ちでいっぱいだった。

 

「ねぇジョニー、今夜は部屋に来てくれない?」

「行かねぇよ! 男だよ俺は! 鉄の理性でも耐えられない事はあるわ!」

「ふふっ、残念ね」

「つーわけで早く帰ってあったかくして眠ると良いですよ。……悪夢がきたら、俺が飛んでいきますから」

「……あなた、私をこれ以上どうしたいの?」

「どうしたくもねぇですっての!」

 

 そう言ってエガさんは貴族用の二階の部屋へと歩いて行く。

 

 それを見送った俺は、視線の正体である彼へと顔を合わせた。

 

「ヒューさん、風呂でも行く?」

「……ご一緒しましょう」

 

 そんなことになった。

 


 

 流石に湯に浸かるのは傷が開きかねないので今日は体を洗うだけだが、ヒューさんも前に一緒になった時は長風呂するタイプでもなかったし平気だろう。うん。

 

「それで、あなたはエーデルガルト様をどう籠絡したのですか?」

「りゅうそうの紋章とやらで、心の全部を伝えた。そしたらああなった。俺も不思議だよ」

「……あなたのような暖かい者の心をぶつけられたのですか。それは酔っても仕方がありませんね」

「だよなー。勘違いだよなー絶対。ヒューさんも注意してくれると」

「それ以上言うなら殺しますよジョニー」

「怖いわ! なんで俺間男ポジションの詰め寄られ方されてんの⁉︎エガさん婚約者とかいたっけ⁉︎」

「いませんが、エーデルガルト様は大切なお体です。何かあったのなら」

「しねぇっての! ヒューさん俺をどこまで下衆に見てるの⁉︎流石に姉的な人を抱いたりはしねぇですよ」

「……」

「ジト目やめて下さいな。ヒューさんの目力でやられるとガチに呪われる気分になるんですよ」

「気持ち的には、呪っています」

「本当にやめーや」

 

 などとふざけつつ体を洗い終えた。そうしていると俺の脇腹の傷を見かねたヒューさんがライブをかけてくれたため傷は塞がり、ゆっくりと風呂に入る事ができるようになった。ありがとうヒューさん! 

 

 カポーン。という鹿威しの音は聞こえない。ローマな感じの風呂だもの。

 

「お互い、勲章の多い身体ですこと」

「改めて見ると、痛々しいですね」

「なんせたくさん刻まれましたから」

 

 そして、ゆっくりと湯に浸かる。夜も遅いこの時間は、結構なゆったり風呂の穴場なのだが今日は一段とだ。俺とヒューさん以外誰もいない。

 

 何かしたのだろうか? と思って否定できないあたりがヒューさんのヒューさんたる所以だと思うわけである。良い意味でも悪い意味でも。

 

「それで、あなたはどうしてエーデルガルト様を信じたのですか? あなたがこの学園に来たのはエーデルガルト様に近づいて紋章の情報を抜き取る為だと思っていましたが」

「直感と逆算」

「ほぅ」

 

 興味深そうに話を聞くヒューさんに自分の考えを話す。

 

「まず、大前提として俺は一連の実験をテスト、本番、再現性確認の順番だと考えた。コーデリア、帝国、ダスカーの順な。だから、エガさんが紋章実験の親玉だとは考えられない。あっても利用されてるくらいだろうなって思った。この辺での取捨選択は直感な。エガさん、優しい人だから」

「なるほど、素晴らしい頭の回転です」

「頭の回転はそんなでもないよ俺は。知ってる前提が違うだけだ」

「前提?」

「エガさんには話だけど、異世界の知識のこと。魔法のない世界で、だからこそこの世界よりも発展した世界の事を俺は知ってる。……一般人よりちょっと詳しい程度だけど」

「あなたの前世の記憶という与太話ですか」

「……なんで知ってるん? ソレ」

「さて何故でしょう」

「怖いわーヒューさんマジで怖いわー」

 

「でも、そういう人だからエガ姉を信頼して託せる。一人じゃないって気付けたから、いままでよりももうちょいアタックの成功率は上がるかも知れないぜ?」

「私には下がったようにしか思えませんでしたが」

「酔いが覚めた後のことだよ」

「それは、いつになることやら」

「冷や水でも被せてやれば良いんじゃないか? ……って冗談だから冗談、その闇魔法を止めろエガコンめ」

「エガコン……なにやらよくわかりませんが良い響きの言葉ですね。推察するに、エーデルガルト様を崇拝している者でしょうか」

「若干違うけどまぁ良いや。どうせ意味は伝わらないし」

 

 ふと、横を見る。そこには意地の悪い笑みを浮かべたヒューさんがいた。遊んでたのな、俺で。

 

「はぁ、どうすんべ? これから。俺を殺すか?」

「あなたはエーデルガルト様の恩人だ。そして私の恩人でもある。少し妬ましいですがね」

 

「私は、エーデルガルト様を救うのは私でありたいと思っていた。だからあなたが妬ましい。それだけです」

「そっか」

 

 大好きな誰かのヒーローになりたい。その気持ちは痛いほどよくわかる。きっとどこか似た者同士なのだろう、俺とヒューさんは。だから、似たようなやり方で好きな人を救おうとしている。

 

 違いは、俺に紋章と前世の知識があるかどうかくらいだ。

 

 本当に、天の神様は不公平なものだ。本当に望む者に、それを与えないのだから。ソテっさんのぐだぐだ聖母っぷりを見習えっての。

 

「じゃあ、“帝国への技術協力要請”を受けるとするよ。多分本来の目的とは違う使い方だけど、構わないか?」

「ええ、あなたがソロンの敵であるうちは、私たちは敵の敵です」

 

「あ、あくまで怪しまれないようにだからちゃんとお金払ってね!」

「帝国に士官するなら幾らでも出しますのに」

「それするとコーデリアが潰れるから駄目な。あそこが保ってるの俺の虚名と団長の実力が8割だから」

「弱小領の次期党首は大変ですね」

「笑えよ未来の帝国宰相。俺の現実なんてこんなもんだよ」

 

 そうして、クスクスと失笑しながら俺たちは風呂を出た。

 

 なんというか、濃い夜だった。今更にしてそう思う。

 

 しかし、そんな夜はまだ終わらないようだ。エガさんの紋章が負の感情の高ぶりを教えてくれた。

 

 言ってしまった以上、どうにかしなくてはならないだろう。一応約束なのだから。

 

 そう思って、悪魔に苦しんでいるお姉様に届くように笛を吹く。

 

 安らかに眠れるような、夜の一曲を。




というわけで、エガちゃんはお姉様、もしくはエガ姉にランクアップ。そして原作のどこか強いられている覇道ではなく、本当の己の意思による覇道にクラスチェンジしました。迷いがなくなりましたので戦争編での帝国の強さが跳ね上がります。

そんなエガちゃんを見てヒュー君はにっこり。敵の敵であるうちはまだ殺さないで良いかなーとか思うくらいにはご機嫌です。


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第23話 皇女殿下暴走曲/獄中の友人

「おはよう、ジョニー」

「おはようございます、お姉様。所で扉には鍵がかかっていたようなんですけれど」

「少し強く回したら空いたわよ?」

 

このお姉様ゴリラの類ではないだろうか?と思う次第である。

 

「さぁ、一緒に鍛錬に行きましょう。授業の前に走り込むのでしょう?」

「まぁ、そうなんですけど」

 

そんなんで運動着に着替えて走り始める俺とエガさん。

 

ここ3日ほど、だいたいこんな目覚めである。

 


 

エガ姉は、おそらく酔いによって俺に恋心を抱いてしまっている。実質もう振ってるのに付き纏うとか馬鹿じゃねぇの?とは思うが、その本気を受け流す事は俺にはできない。

 

それに、本人の本気をこれがまたギリギリのラインを攻め続けているのである。あからさまに敵なのだ!というオーラである負の紋章オーラを放っているモニカさんは、エガ姉の監視的な人なのだろう。どうにか事故を起こしたいんだけどどうしよう。そして決して色恋のような話を他人がいる中では話さないし(ヒューさんを除く。マジごめん)、俺が他の女子と二人きりになるのを避けさせる程度だし。強く言えない状況なのだ。

 

という話を、最近見つけたとある場所在住の新たな友人に話した所「もっぺん振るしかないだろ、拗れるぞ」と言ってくれた。無駄にイケメンなコイツの人生経験なら信用できるかもしれない。うん。

 

「それで、盗賊の出どころは分かったか?」

「セイロス騎士団の情報網だと雇われとしか分かってなかった。ツテで調べてみたけど、最近の騎士団……ってか学生のせいで表に出れなくなってた盗賊連中がこの話に乗ってるみたいだな。けどそこまで、雇い主の匂いからいって俺の追ってる奴らとは違うってくらいだな」

「へぇ、どんなのだ?」

「フォドラを牛耳る悪の組織」

「ならそいつは違うな。連中は結局雑魚だし、緩い」

 

ちなみにツテとはうちの自警団長(元盗賊)の古い友人とのこと。ダメ元で聞いてみたら情報をくれたわけである。本当に良かったわ味方になってくれて。

 

「……強いのか、今年のクラスは」

「あたぼうよ。金鹿には俺がいる!……ってのは冗談として、ファドラの未来を担う連中が集まってるからな。次期の権力者とのコネ目当てだったりで。そりゃ例年より質は高いってもんだよ」

「だけど、そういう連中ってプライド高くないか?」

「そうでもないぞ?男子連中は基本仲良いし、女子連中は一部の引きこもりを除いて普通に接してるし」

「……そうだった。お前がいるもんな」

「俺がいることと連中がいい奴だってことになんの関係があるんだよ」

「類は共を呼ぶって奴だよ」

「あー、ありそう」

「あるのかよ」

「だって俺守りたい人の為にその人の弟になった男だし」

「お前もストーカーみたいなもんじゃねぇか」

「うっせぇよ()()()()

 

そんな会話の後、不定期コンサートと約1名の感動のため息によるアンコールを終わらせてそこを去っていった。

 

ガルグマクの地下に隠されているアビスというこの場所から。

 


 

「あらジョニー、どこから出てきたのかしら不思議ね」

「俺はエガ姉の行動が不思議だよ」

 

いつも通りコソコソと隠れながら進んで行ったのにどうして近くにいるのだろうか?

 

「愛よ」

「愛なら仕方ないか」

 

ファンタジー世界だし、そういう事もあるのだろう、うん。

 

「んで、エガ姉さん。ちゃんと言葉にしないと伝わってないんじゃないかと思ってもっぺん言うんだけどさ」

「貴方がリシテアを女として愛してるという事?分かってるわよそんなの」

「だから、貴方の想いには答えられない」

「だから私は奪うのよ、ジョニー。貴方を貴方から」

「……ノータイムですか」

「ええ、心に決めるとはそういう事なのでしょう?」

「まぁ、そうなんだろうけど」

 

「まぁ、時間はまだあるのだしゆっくり追い立てていくとするわ。帰りましょうジョニー」

「あ、すまんハンネマン先生の所に行かないと行けないから別な」

「なら一緒に行きましょう、ジョニー」

「……ハンネマン先生にあんま研究されたくないだろ?」

「いえ、あの人は信用できるわ。貴方とああいう風に接していたのだしね。それに、今の私の紋章について少し調べたいもの」

「へーい」

「緩いわね、貴方」

「そりゃな」

 

最近色々あってハンネマン先生との個人授業(仮)はなかなか時間が取れなかったが、その分大量のデータは纏めてある。

 

より良い知見を得られると願いたいものだ。

 

「やぁジョニー君、エーデルガルト君。エーデルガルト君は何か用かな?」

「ええ、少しジョニーに関係してる事で」

「……ジョニー君、彼女は」

「エガさん個人は大丈夫です。全体は不明ですけど」

 

「なら、いつも通りにレポートを頼むよジョニー君」

「はい」

 

そうしてバッグに入れていたレポートを渡す。いつも思うが、クリアファイル欲しいなーと思う次第である。今はないのでそこそこ頑丈な薄い木(くれたラファエルも名前は知らなかった)で挟んで持ってきているが。

 

「ふむ……ふむ⁉︎……ジョニー君、君の笛を見せてくれるか?」

「はい。どうぞ」

 

そうして、伝える笛(仮)を渡す。ハンネマン先生は興味深くみた上で、紋章石を入念にスケッチし始めた。

 

「なんか変わり事でも?」

「……フォドラにはこの紋章についての記述はない。だが、古い友人からの手記にこの紋章を描かれた笛と共に旅をする楽士が居たと聞いたのだ」

「一度フォドラから離れた血が戻ってきたって事ですか?」

「ああ。しかし完全に同一なものかはわからない。今度友人に話をしてみるつもりだ」

「あざっす」

 

「おっと、順番を間違えてしまった。エーデルガルト君、君の用件を済ませよう」

「少し自分の紋章について調べたくて。機材を借りたいと」

「紋章を?……その白い髪、まさか⁉︎」

「そういう事です。ですが、ジョニーの感じた限りだと私は完成品だと」

「比較的寿命はあるってだけだよ。身体に邪魔なもんは邪魔だ」

「そうか、君はセイロスの小紋章の他に別の紋章を持っているのだね」

「ですが、その紋章の疼きがあるときより治ったのです。その確認をしたくて」

「それならば構わない。だが……」

「ハンネマン先生は、口が固い方だと信じています」

 

渋々といった様で肯くハンネマン先生。そうしてエガ姉は機材に血を垂らした。

 

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何ぞコレ⁉︎」

「これは、どういう事だ⁉︎」

「ジョニー……」

 

「あなたは私の心に、傷をつけてくれたのね」

「言い方ァ!」

 

「……エーデルガルト君、君はどういう状況でこの現象が起きたと思っているのだい?」

「私の心にジョニーが真っ直ぐに踏み入ってくれたことがきっかけかと」

「君の、紋章共感か」

「はい。まぁ色々あってエガさんに使うことになったんです」

「それでコレか。……訳がわからないな」

「憶測ですが、ジョニーと私が本気でぶつかった結果だと」

「なるほど、ではやってみようか」

「この前もやって失敗したじゃないですか」

「何かが変わっている可能性もあるじゃないか」

「まぁ、やりますけどね!紋章、タッチ!」

 

当然、なにも起こらない。

 

「殴ってみるかね?」

「マヌエラ先生に言い訳ができるならどうぞ。俺は弁明しませんよ?」

「なら、これで仮説は立てられた」

 

その言葉に、俺とエガさんは興味深く耳を傾ける。

 

「君の紋章共感は、相手が激しい感情を表に出しているときにのみ使えるのだろう。今は心が表に出ているからと解釈しておく。そして逆に、きみの笛はさほど大きな感情でないなら共感させることができる。個人に対して有効な紋章に対して、大勢に対して有効な笛という事だろうな。紋章の力の手の届かないところに力を届けようと工夫した結果だろう。……しかし、とすると……君はこの笛を害意や殺意を込めて使ったことはあるかねる?」

「ないですけど」

「……なら、これはそういう遺産なのだろうな。忘れてくれ。君は君のあり方でその遺産と付き合っていくといい。どうせ君以外にはただの笛だ。……だが、君にとっては笑顔を作る素晴らしい相棒になる。扱いを誤らないようにね」

「はい、先生」

 

「では二人とも、今日はこれまでだ。エーデルガルト君には必要ないかもしれないが、ここでの話は3人の秘密で頼むよ」

「「はい」」

 

……隣のエガ姉の顔を見るのが怖い。なんかすごく艶やかな空気を感じるッ⁉︎

 

助けてヒューさん!ってヒューさんはモニカの相手でいっぱいいっぱいだよ!女神様の馬鹿野郎!ソテっさんと混同されて駄目属性つけられてしまえ!

 

『なんだか謂れのない侮辱を受けた気がするのぅ』

 

あ、先生!ソテっさん!ヘルプミー!

 

「こんにちは、先生」

「先生、どうもです」

「珍しい?」

『確かに、あの陰気者がおらぬのぉ』

「ヒューさんならモニカさんと色々やってますよ。寝てた事で色々鈍ってたらしいんで」

「そういえば、モニカの事をよく知らない」

「先生だって聖人じゃないんですから、仲良くない人なんて……やべぇ、ほとんど居ないぞこの人。コミュニケーションモンスターだ」

「照れる」

『こやつの言葉にも慣れたものじゃの』

 

「仲がよろしいのですね、(せんせい)

「なんか他人の気持ちがしないんですよねー。ソテっさんが

「そういえば、ソティスが同じ事を言っていた」

「へー、ふーん、そうなの。あなた、近くに想い人がいるのにそんなに手が広いんだ」

「誤解にも程があるというか、そもそも俺にも選ぶ権利があると思うんだが」

『なんじゃと小僧が!表に出ぬか!お主よ奴をしばいてやれ!』

「だが、たのしそうにしている」

『ん、お主よどうした?……大丈夫には思えぬぞ!本当にどうしたのだお主⁉︎」

 

「ジョニー、補修を前倒しにしたいのだけど、今日は大丈夫?」

「あー、すいません。今日はマイクラんとこ行かないと行けないんで」

「そう……」

『お主、まさか⁉︎。わかった言わぬ!言わぬからこれ以上頭の中でそれをやめよ!わしを狂い殺す気か!』

 

真面目になんぞや。先生は俺の事を弟的に思ってるだけだろうに。アレか、だからこそ弟に先に恋の話が来て面倒になったのか?

 

流石に家族的愛情を男女のソレと同一視する原因なんてないだろうに。なんでだろ?と思ったけど割と天然の先生の話だし、あり得なくないぞ。どうにかして誤解を解かねば。

 

「じゃあ先生、エガさん、この辺で。まだ明るいとはいえ気をつけて下さいね」

「そういうところよ、ジョニー」

『そういう所じゃぞ、お主よ』

「気をつける。ジョニーも気をつけて」

「はーい」

 

「それで師、話があるのだけど」

「私も。聞きたいことがある」

『小僧、ここにおらぬ事を恨むぞ……』

 

ごめん聞こえてるからやめて、ごめん俺には無理ですはい!

 

「あ、ジョニー。ハンネマン先生の所からの帰りですか?」

「姉さん。まぁそんな感じ。んでこれからはマイクラのとこに持って行く本を借りに来たのさ」

「休日でも忙しい奴ですね。働いてないと死ぬんですか?」

「いやいやいや、マグロじゃないんだから」

「マグロとやらを私は見た事ないですけどね」

「そーだよなー。米と一緒に早く見つけたい。多分東にあるんだ!」

「あんたの東に対してのその執念は相変わらずすぎてなにも言えないけどね」

「魂の故郷だからさ。いつか姉さんと一緒に見つけたいとか思ってるのさ」

「はいはいどーも。それじゃあ手分けしましょうよ。私はマイクランの事を特にどうとも思ってないけど、ジョニーは気にかけてるんでしょう?早く行ってあげなさい」

「はーい」

「伸ばさない」

「へい」

「……何度目ですかこのやりとり」

「わかんない?俺もわかんない」

「暗に自分は馬鹿だと言ってないですかあなた」

「暗にじゃないけどな」

「普通に頭は悪くないと思うんですけどね、ジョニーは」

 

そうして手分けしてスレン民族についての本と、北方への旅行記のようなものを見つけて借りる事にした。アッシュ曰く、スレン民族の国まで行った騎士の話が載っているとの事だ。

 

脚色はあるだろうが、まぁなにかのイメージにはなるだろう。

 

「じゃあね、姉さん」

「ええ、せいぜい捕まることがないように」

「ま、またすぐ戻ってくるけどな」

 


 

とりあえず面会にやってきた俺。あいにくと今日は馬鹿話をするにはテンションが足りてない。なので自虐話を初めにするとしよう。

 

ていうか!問題が問題だからマイクラさんとユーリスくらいしか相談できる人居ねぇんだよ!話す人が居ないのと、信用相応にに口が固い奴なのだから理由は違うけどさ!

 

というわけで、薬にもならない愚痴である。

 

「ってな事があってなー」

「自慢か手前」

「自虐だよ。本当に惚れた女以外に思われても辛いだけだぞ?本気で言われるんだから本気で返さないとダメじゃねぇか。でもそれで悲しい顔見るのも辛いじゃねぇかよ」

「どんな理屈だよ。向こうが勝手に思ってるだけなんだから普通に振れや」

「さっき振ったんだけど、さらに勢い付いて来た」

「……いや、今までは馬鹿にしながらも笑える話だったが、今回は笑えねぇよお前。どうすんだ?」

「どうすっかなー本当」

 

なんて話をしていると、マイクランのレポートと本と、マイクラさんへの本の検閲が終わったらしい。まぁ凶器や犯罪計画がない事を確認してるだけなんだけれども。

 

「差し入れは受け取った。本とレポートは受け取れたか?」

「20枚で合ってる?」

「ああ、問題ない。……アレがどれだけ役に立つかなど考える必要もないがな。お嬢様はさして重要視せんだろうに」

「いい加減名前で呼んでやれよお前」

「煩い、嫌いなものは嫌いと言ってなにが悪い。どうせ俺は死ぬまでここなんだから、こんな事聞く奴も居ないしな」

「そりゃだよなー。うん、お前が牢から出ないような事を祈るよ」

「何じゃそりゃ」

「何だろな」

 

一頻り笑ってから別れを告げて面会室を後にする。

 

エガさんの事を考えると、卒業してすぐ、あるいは在学中にでも準備が整ったらやってくるだろう。それが具体的にどんな計画になるのかはこれから軌道修正するだろうけど、苛烈なものであるのは間違い無いだろう。

 

ならば、それまでに色々準備しておきたいものだ。

 

 

 

と、ふと俺のやっている事を客観視してみる。

 

俺は教会に技術協力をする事で連中の動きを掴むという役目、帝国と組んで連中をぶちのめす手駒になるという役目、コーデリアに帰って両親と姉さんを幸せにするという役目を持っている。

 

なんだろう、キャパオーバーで空回りするか、“お前は知りすぎた”で殺される未来が見えるぞう。某鋼の漫画の中佐的に。

 

「なに百面相してんだよジョニー」

「あ、たまたまだなシルヴァン。たまたまだな!シルヴァン!」

「わかってんだからたまたまを連呼すんな馬鹿野郎!」

 

ちなみに俺が面会に行くときに牢屋近くにシルヴァンがナンパという名目で現れるのは毎度の事である。最近はその事を知ったグリットさんがわざと“休日はあの辺りに行きますかねー”とか言っておくくらいに。本人は実際には行かないけども。

 

「んで、ナンパの成果はどんなもんだ?」

「空振りじゃなきゃ俺はここにいねぇよ」

「そうだな、仕方ない。そういえばゴーティエ伯に届けてほしい書類があるんだけどお前暇なら近況報告と一緒に送ってやっちゃくれないか?差出人は不明でいいって話なんだけど」

「ああ、構わねぇよ」

「そりゃよかった。ちゃんと届けてくれよ」

「あいよ。まったく今日は女運が無い日だぜ」

 

「いい加減素直になんない?」

「なれるなら、苦労はねぇんだよ。お前自分を殺そうとした奴とすぐに仲良くはなれねぇだろ?」

「いや、そうでもないけど」

「お前を引き合いに出した俺が馬鹿だった。普通は勇気が必要なんだよ」

「へー」

 

「シルヴァンは普通には見えないけどな」

「ったくお前は……」

 

今日は頑張れよーと声をかけて、マイクラさんが呼んだ本を見る。

本当にしっかりと読み込んだ後が見える。若干まだ荒っぽいマイクラさんっぽい跡だ。

 

図書館に写本のアルバイトがあるならちょっも手伝いに行こう。そんなことをちょっと考えていた。




煤闇の章プロローグでした。尚煤闇にはEP3からの参加になります。場所が場所ですからね!途中参加はアリだと思いました。

尚、ニンテンドードリーム5月号のインタビューによると、煤闇の障害は本来マイクラン戦の前くらいにある出来事だったそうです。しかも本編には関わらず、本編では別の解決をした結果のパラレルワールドだとやんわり言われてました。

なのでこの小説でもパラレルワールドという事で、気にしないでいただけるととってもありがたいです。


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第24話 空から参上

DLC 灰狼の学級 煤闇の章編開始です。

とはいえ、出会い方は違うので1-2章は飛ばし、合流する3章からの話となります。当然ネタバレ上等なのでDLC買ってない!という方は買って下さい。(ダイレクトマーケティング)


「シャミアさん、今夜はマジでありがとうございました」

「なに、賭けの結果だ。詐術じみたやり方とはいえ私はお前に負けた。なら多少の無茶は聞くさ。私は掛け金を踏み倒す奴にはなりたくなくてな」

 

 ちなみにシャミアさんにやったトリックは数字トリックだ。

 2から9までの数字を選ばせ、それを9倍にする。その数字の一の位と十の位を加算したものは何になるのか当てる簡単なもの。

 

 一桁の数字に9をかけるという事は、n×(10-1)という事である。すると(n-1)が10のケタ、(10-n)が1のケタになる。これを足し合わせるとnが消えて答えは必ず9になる。というのがトリックの妙だ。

 

 この時、2桁の数字を足し合わせた例として合計が9にならない61や35などそれっぽい大きい数字を例に出すのがコツだったりする。意識させてはならないのだ。

 

 フォドラの数学事情からそんなに難しいのは使えないので頭を悩ませた(シャミアさんなら普通に対応してくれそうな気はしていたが)事だが、どうにかトランプマジックと合わせて見せて見事騙し切る事に成功した。流石に今回のはひどいのでネタバラシも兼ねた上で。

 

 そのネタを笑ったシャミアさんは、今度カトリーヌさんにこれで賭けをするつもりだと意地の悪い笑みで言っていた。ご愁傷様ですカトリーヌさん。

 

「さて、偵察は終わった。実行にはいつ移す?」

「連中は人質なわけでして、黒幕が行動を起こして目が離れた瞬間に動く事にしないと裏切りが露見してしまいます。その時に動けるように騎士団をある程度自由にしてくれるとありがたいですね」

「そうか、お前の友人はなかなかに難儀で、幸せ者だな」

「さて、どうでしょうね」

 

 ここは、ガルグマク郊外の一角。とある元盗賊団が人質として囚われている施設の近くである。

 

 俺はシャミアさんに賭けを持ちかけ、その代価として「デートして下さい!」と恥も外聞もかき捨てて食堂でわざと大勢に聞こえるように言った。これなら外に違和感はないだろう。

 

 その時点でのっぴきならない状況を理解したシャミアさんはしれっと受けてくれたのだ、この救出作戦の下調べを。

 

「間取りや配置は把握できた。数も、20人いない程度だな。奇襲をかければ鎧なしの同数でやれる。弓兵の私は楽ができていいな」

「じゃあ、決行日は追って伝えます。こればっかりは前日、あるいは当日になってしまうんですが……」

「構わんさ。友の友の事とて本気で助けようとするお前は、お前らしい」

「あざっす」

 

「ああ、それと」

 

「こんなのはデートとは言わないな。今度ちゃんとテフでも奢ってくれ。……まぁ、最近の皇女サマの動向を見るにすこし面倒そうだがな」

「なにがあったかとかは言いませんよ。シャミアさんなら金を積めば広めてしまいそうですし。面白いネタだとかで」

「心外だな」

 

「面白いネタなら、金を貰わなくても話すさ」

「そういうとこですよ、本当」

 

 そうしていると、ガルグマクへと戻ってきた。予定通りシャミアさんは何も持たず、俺は多くの荷物(中身は偵察用の諸々とカモフラージュの空箱)を持ってだ。

 

 そうして見る人々は、俺が遊ばれたのだなぁと理解したような目で見てくれた。おのれ貴様ら。狙い通りとはいえムカつくのはムカつくぞ! 

 

 そうして、どうせだしこの望遠鏡で色々見てみるかと高い所から何かを見ようと思ったのでぶらついてみる事にする。

 

 だって折角作ったのだ。割と頑張ったのだ。努力の分の遊びくらいは良いだろうさ。

 

 そうして、そういや橋の下ってなんかあったかなー? なんでことを思って教会の方に向かう。

 

 そうしていると、なんか大聖堂から戻ってきていた姉さんとかち合った。

 

「あ、お帰りなさいジョニー。噂になってましたよ」

「まぁそれが狙いだから良いんだけどさ」

「……ジョニーは、シャミアさんのことを好きなんですか?」

「人としては尊敬するよ」

「……そうですか」

「そうなのよ」

 

 そんな時、かなり下から()()()()()()()()()()ユーリスの紋章反応を感じられた。位置で言えば、それは真下だろう。

 

「姉さん、ちょっち橋の下覗かない?」

「なんですか突然に」

「まぁノリ。案外なんか見れるかなーって。こんなのもあるし」

 

 そうして下を望遠鏡で見てみる。

 

 するとそこには、“お宝”と戦うユーリス達と先生達の姿があった。何その組み合わせ⁉︎

 

 というかソレは、回収しないとあかん奴! 素材の、塊だ! 

 

「……姉さん! コレ持ってて! 俺ちょっと行ってくる!」

「ジョニー⁉︎何を見たんですか⁉︎」

「お宝! 財宝! 技術遺産! パラダイムシフトの種!」

「テンションおかしくないですかあんた⁉︎」

 

 そうして、笛を吹きながら空へと身を投げる。当然、バレルを使ったウィンドで減速しながらだ。

 

 実は自分、飛べるようになったのだ。いえーい。バランス感覚狂うと乱回転からの即死だけど。

 

 ちなみに笛を吹いているのは、アレが竜の技術を使った魔導マシンっぽいからである。見た目が。そうじゃなくても下の皆に俺の存在とついでに地味強化(多分能力値が全部1上がるくらい)の応援をする為だ。この笛なにかと便利。

 

 それはそれとしてバルタザールはぶちのめすけど。

 

「なんか空からジョニーが来た⁉︎」

「アイツ何やってんの⁉︎本当に何やってんの⁉︎」

「流石俺の後輩だな!」

 

 うるせぇバルタザール。お前はぶちのめす。

 

「あぁ、力が湧いてきますわ。相変わらず素敵な人です。……私とは違って」

「あー、はいはい。旦那様のことはいまはいいから、ハピ達は目の前のことやるよー」

「……ジョニーはハピの旦那様?」

「うん。ここを出れたらコーデリアに来いってねー。情熱的だったよー」

「ジョニーは一体どこに向かってるのかしら。想い人がいるというのに」

「……ああ、恋愛感情とかはないよ。互いの利益が一致してるってだけ。ジョニーの側なら安心だからね。……多分安全じゃないけど」

「それはわかるな。ジョニーの暴走は止まらないだろうから」

『同意じゃの』

 

 コイツらは! 

 

「あ、ジョニー怒ってる」

「だけどそれが不快にならない程度というあたりが、アイツらしいよな」

 

 そうして、地下の連中こと灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の4人。イケメン苦労人級長ユーリス、二面性元お嬢様コンスタンチェ、ウチに内定してるゆる系女子ハピ、そしてぶっ飛ばしたいバルタザール

 

 それに、何故かいる先生、クロさん、ディミトリ、エガさん、ヒルダの姐さん、アッシュ、リンハルトの7人。

 

 どういう取り合わせだよコイツら。

 

 なんてのは今はどうでもいいこと。紋章系統の技術なら多少の動きの不全が見られるはずの魔導マシン達は年季を感じさせない動きでするすると動いていた。

 

 マジでお宝じゃねぇか! ヒャッハァ! 

 

 と、この辺りで笛をしまう。結構頑丈とはいえ、壊れたらダークメタル(修理費は時価)だ。大切に扱おう。

 

 空からの俺に気付いたロボ達は、俺に向けて光の槍を投げてくる。旋回飛行にてそれを回避し、ついでに背中に着地する。紋章ソナーで内部構造を確認。見た目はザナドであった機械と同型機であり、劣化はそんなでもない。

 

「お前ら! 特にバルタザール! このお宝達を無計画にぶっ壊したらわかってんだろうなぁ!」

「落ち着けジョニー」

「古代文明の生きてる技術遺産だぞ! ぶっちゃけ英雄の遺産よりよっぽど価値は高いんだよコレ!」

「だが、敵だ」

「警備システムでしょうコレ、ささっと無力化してくんで後はお好きにどうぞ!」

 

 そうして、紋章の反響をりゅうそうの紋章で受け取り内部構造の詳細を把握。障壁をりゅうそうの紋章ですり抜け、内部のCPU的結晶とその他の接続をウィンドで切り離す。

 

 要領は掴んだ。いくぞ! 

 

「ってあからさまにヒトじゃない何か! なんだこれどういう原理⁉︎」

「ジョニー、気持ちはわかるけど研究は一つに絞った方がいいよー。多分それ死霊術の類だし調べてわかるレベルだから」

「サンキューリンハルト!」

 

 そうして、適当に幻影兵をぶちのめしながらマシンを無力化していく。しかしなんで俺こんな動けるの今日? 不思議! 

 

「いえーい! 終わり!」

「すげえ、あの数を一人で終わらせやがった」

『まぁ度々援護はもらっておったがな』

「さすが後輩だぜ! 所で一勝負やらねぇか?」

「……ヤッベどうしよう」

「どうした? ジョニー。獅子奮迅の活躍をしたお前とは思えない落ち込みようだな」

 

 

「どうやって持って帰るか考えてなかった」

「あ、やっぱ馬鹿(ジョニー)馬鹿(ジョニー)だわ」

「流石にひでぇぞクロさん」

 

 まぁ、晴れだし1日くらい置いていても大丈夫だろう。うん。

 

「ジョニー、技術協力料が必要かしら?」

「……あ、それも当然か」

「怒るわよ」

「冗談ですってエガさん」

 

 スポンサーが居る事をすっかり忘れていただけだ。そうだよなー。コレ金取れるもんだよな! 

 

「おいジョニー、帝国のエーデルガルトにお前がどうして金を貰うんだ? 帝国への裏切りか?」

「いやいやいや。コーデリアの位置考えて下さいな。内心はどうあれ上は帝国と割とズブズブにでも仲良くなってないと踏み潰されるんですよ」

「わかってるよそれくらい。けど、ローレンツが聞いたら怒るんじゃないか?」

「……ローレンツはなぁ……趣味が入った研究の費用出してくれなくてなー」

「あ、決裂した後なのな」

「何かしらに役に立つかもしれないものをとりあえず作りまくるスタイルはローレンツと相性悪いんだよ。だから基礎の基礎研究費は帝国から友好の証明としてちょっと貰ってるって話なのさ」

「もっとも、その研究で得た知識は絶対に3国に共有するって聞かなくて説得は苦労したけどね」

「3国……王国もか⁉︎」

「そりゃ、閉じた研究に発展はないですからね。知識なんて広めて皆で粗探しして最適化するのでナンボなんですよ。……なんですけど、帝国には試作品の提供、同盟には完成品作成までのいろいろ、それが終わってから後追いで王国に技術供与って感じに丸め込まれました。すまんディミトリ」

「謝らなくていい。むしろその提案は嬉しいものだ。王国はまだ君になんの恩も返していないのだから」

「そういう固いのはいいってんでしょうが。ドゥドゥーに言いますよ?」

「それはやめてくれ……」

 

 そんなこんなの後で、1匹目のロボについてた謎の鍵的サムシングを使いなんかの封印を解いた。

 

 そうしてそこにあったのは、一つの杯だった。

 

 美しく、しかし神々しい力を感じるソレは、一つの神器だった。

 

()()()()()、ユーリス、コンスタンチェ、ハピ、あとバルタザールの紋章に反応してその封印は解かれたのだ。

 

 始原の宝杯という、神器が。

 

『なんだコレは⁉︎わしはこんなものは知らぬ! じゃが、この力の残り香は紛れもなくわしのもの! お主! 小僧! この杯は本物じゃ! 由来を必ず突き止めよ! でなければ悪しき企てに利用されかねん!』

 

 言われなくてもそのつもりだ、と先生に目を向ける。

 

「よし、コレを持って帰れば良いんだな!」

「待てやバルタザール。安全確保が先だ。リンハルト! 追跡系の術式でわかるところ全部潰してからやるぞ」

「もう、めんどくさいなぁ」

 

「これができるあたり、あのリンハルトって奴相当にすごいんだな」

「当然よ。彼はああ見えても受けたテストに関しては常に黒鷲トップタイの天才だもの」

 

 ちなみに、寝ていてまともにテストをしないということが多々あるので全てでトップを張っている訳ではなかったりする。

 

「あー、ここがこうなってるんだ。メモしよ」

「なるほどなー、座標計算はここ起点じゃなくて杯を起点にしてるのか。じゃあどこまで逃げても追いかけられるって訳か。めんどくせぇなオイ。座標いじらなきゃ。リンハルト、ここスケッチ頼む」

「自分でやりなよジョニー」

「紙もペンもないんだよ悪かったな」

「まぁ興味深い術式だから良いんだけどさ」

 

 そうしてトラップをあらかた解体してからこの杯を取って、反応を確認して問題がなかったため少し離れる。反応はない。解体完了だ。

 

「お疲れ様ー」

「お疲れー」

「お前ら、早いな」

「だってユーリスがここに居るってことはアビスの防衛今薄いんだろ? そりゃ急ぐさね」

「あ、そういうことなんだ。僕の速度に合わせてくれたんじゃないんだね」

「お前はちょっと天才すぎるんだよリンハルト」

「ありがとう、お前ら」

「いーのいーの、友人の困りごとには基本的に首を突っ込んで貸しを作るタイプだから俺」

「そいつは取り立てが怖いな」

 

 そんな風に俺とユーリスは笑いあい、拳を合わせる。

 

 そしてその一瞬で紋章共感を行い現状を報告する。そいつは顔は取り繕っていたが、仲間の事を知れてあからさまにホッとしていた。

 

 そして、アビスへと戻った俺たちを待っていたのは、ここの統治を任されている枢機卿、アルファルド氏の誘拐の報だった。

 




というわけで、金に目の眩んだジョニーくんとちょっとやる気なリンハルトとのコンビで3-4章同時クリア。テンションの高いジョニー君はクソ強いのです。

一応存在していた4章最後の盗賊さん達はみなさん赤と青のゴリラになぎ倒されました。描写はカットです。雑魚狩りにしかならないからね!(ゲームで雑魚とは言ってない)

-追記-

雑アンケートをしました。評価を釣るための露骨な誘導でした。

そうして漫画(なんと!3/7まで無料の!ハヤテのごとく!懐かしいですよねー本当に)を1巻ほど読んで見直してみるとそこにはMAXになった評価バーが!

感謝してもしたりません。投票してくださった方々、本当にありがとうございました。

というわけで、現在3/7までハヤテとケンイチと結界師が無料のサンデーうぇぶりをよろしくお願いします(違


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第25話 裏切りの刻 

 とりあえず、現状を確認するために先生たちがどうしてアビス(俺の人材の宝庫)にいるのかについて尋ねてみた所。

 

 見つけた! 入った! 仲良くなった! で賊連中がやってくる原因を探る為に協力してアビスに潜っていたそうだ。

 

「いや説明雑すぎんだろ」

「細かい事は後で良い。アルファルドさんが拐われたってんなら事はヤバい段階に進んでる訳だしな。気になるならお前かハピに聞くさ」

「……あいよ。じゃあ生徒のくせにアビスに入り浸ってるこの馬鹿も含めて作戦会議だ。まず俺は、レア様に報告をしたいと思う。事が大きくなりすぎて、日陰者の俺たちと生徒のお前らじゃ幕は下ろせないからな」

「同感だ」

「ああ、それが良いな」

 

 それから頭脳派で話をして、どうにか方針を決めたようだ。今回は俺も参加できる。なにせ俺はこと戦略に関しては姉さんと同格の最高評価争いをしている身なのだから! 

 

「じゃあ、二手に分かれるか。俺中心に浮いてる面子はアビスに残った痕跡を探すって事で」

「だな。リンハルト、ヒルダ、アッシュ。任せた。俺たち灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)は先生と級長たちとレア様に報告だ」

「任せてよユーリスくん! ジョニーくんはこう言う意味のわからないところで凄いから!」

「ヒルダの姐さん、意味のわからねぇってこたぁ言わんで下さいな」

「……なぁ、何でお前ヒルダにはそんななんだ?」

「尊敬できる人だからだよ。借金狂いのバルタザールと違ってな」

「照れちゃいますねーまったくもー!」

 

「ああそれと、宝杯をよく見せてくれるか? 見た目を似せたガワだけ豪華なもんなら作れるかも知れない」

「バレたときヤバイだろそれ」

「バレねぇレベルに作れるかって調べたいんだよ」

 

 そうして、りゅうそうの紋章の共感能力を使って始原の宝杯を触る。

 

 中身が空っぽの肉体製造機、それがコレのようだ。しかし、コレではまともなモノはできないだろうなとは思う。まぁ、女神ソティスを生き返らせる為に頑張った遺物だが、完成しなかったとかそう言うオチなのだろう。

 

「コレに間違って魔力やら紋章の力を込めるなよ運ぶやつ。今は空っぽだが、満タンの時にそういう力を入れたら飲み込まれる。そういう遺物だ」

「どうなるんだ?」

「さぁな、だけど女神様にならない事は確かだよ」

「おっかない事で。で、なんでわかった?」

「コレ、霊的なモノをため込む性質を持ってんだよ。探知代わりに込めた紋章の力が帰ってこないで、溜まった。幸い揮発までは長くないけど、その前に使えば不完全なモノが飛び出てくる訳だな」

「……その不完全なモノが女神である可能性は?」

「ねぇよ。肝心な紋章石がない」

「どうして女神様に紋章石が必要だって?」

「遺産を使った奴ならわかるんだが、アレまだ死んでないんだよ。多分、魂とかその辺のがこびりついてるんだと思う。そういう力が、紋章石にはある」

 

「だから、逆説的に紋章石がないならこんな無茶苦茶で魂は定着しない。こっちだけじゃあ何にもならないだろうな」

 

「お前ら、話し込んでんじゃねぇぞ。とっとと動け!」

「興味深い話しだったが、ここまでか。ジョニー、後で話そうぜ」

「はいよ。レア様との謁見頑張ってくださいな、クロさん」

 

 そうして、探索部隊として俺たちは分かれる。

 

「じゃあ、現場見せて貰えます?」

「はい、ジョニーさん!」

 

「……ねぇジョニー、なんで君そんな尊敬されてんの?」

「アクシデントを音楽でどうにかしたら超尊敬された。音楽はやっぱ世界共通言語だわなー」

「ジョニー君らしいね! ……でも、バル兄となんであんなに仲悪いの?」

「あいつ、ウチのお抱えから借金したまんまなんだよ。結構な額を」

「あー」

「それに人間的にツケとか借金を払わない奴は嫌いなんだよ。……まぁ、バルタザールがアビスに居たい理由はわかってんだけどさ」

「へ? 借金が理由じゃないの?」

「フリーの遺産使いだぞ? ちょっと売り込めばどの国でも破格の待遇で迎え入れるだろ。それをしないのは……あのクソ野郎が男で兄貴だからなんだろうな」

「……なんだ、嫌ってはないんだ! 良かったー!」

「いや、個人的にはめちゃくちゃ敵視してますよ。だって俺はアイツのせいで“魔拳士”を名乗れないんですから!」

「へ?」

「アイツが“魔拳士”バルタザールって通ってるせいで調子に乗って名乗った瞬間から色々きてるんですよ! 本当馬鹿じゃねぇのかよアイツ!」

「なんだろう、ものすごくしょうもないや」

 

 自覚はしてますよヒルダの姐さん! けど二つ名とか憧れる年頃だもの! 永遠の病気なんだよコレは! 

 

「着きました!」

「ありがとう」

 

 さて、現場検証だ。周囲に魔法の痕はない。1撃にて意識を刈り取ったのかと推測できるが、帰り道を襲われたことに間違いはなさそうだ。

 

 ……本物の盗賊ならの話だが。

 

「……リンハルト、なんかわかるか?」

「お手上げ? じゃあ僕も無理だと思うよ。僕も魔法的痕跡はまったくなかったし」

「じゃあ、追跡と行こうか。これだけの人数がこの管理不届きのアビスを動いてるんだ。大雑把にでもわかるモノはある」

「ジョニー、何人かわかるの?」

「10人以上。それ以上は数えてない」

「……どこ? そんな痕跡わかんなかったよ」

「一つの方向から行って帰ってる靴跡があります。泥はないですけど、外の砂が靴から落ちたんでしょうね」

「うわ、なんでこんなの見つけられるの?」

「慣れですよ。ガキの頃娼館から逃げた金無しを追い詰めるのは俺の仕事だったんで」

「アレって相当信用ないとやらせて貰えない仕事じゃなかった?」

「信用の塊やぞ、俺は」

「ま、ジョニー君が嘘つく時って大抵もっと大事な事の為だからね。お仕事の事なら問題なく任せられるよねー」

「流石ジョニーさん。人気者ですね」

「どーですか。地下だけのスターじゃないんですよ俺は。ってのは置いといて、追跡に移ります。結構出遅れてるんで意味はないかもしれませんが、警戒してゆっくり行きます。この戦力で大勢とはやりあいたくないですからね」

 

 そうして進んでいくと、迷わずに真っ直ぐ出口に向かうのがわかった。確認してみると、遠くにある出口への最短ルートだそうだ。

 

 そして、惑わしの為に色々やった罠はにはまったく手がつけられていない。まぁ、それはそうなんだけれども。

 

「じゃあ、出口付近の連中に書き込みして戻ります。あなたはここに」

「はい! 御武運を!」

 

 

「所で、なんであの人の名前呼ばないの? ジョニーくん」

「いや、あの人も名前がジョニーなんだよ。しかも間違いなく俺と同じ理由で」

「ジョニーの名付けられた理由?」

「あー」

「ヒルダの姐さんは……一発平手良いですよ」

「えー、しないよー」

 

「じゃあ理由おば。股間のモノの異名が理由です」

 

「最悪じゃないか! え、名前の由来それで良いの?」

「流石にそれはちょっとだねー。なんでグレてないの?」

「そりゃ、由来がどうであれ俺を育ててくれた恩人がくれた名前ですから。嫌いにはなれませんて」

 

 

 

 それが、唯一の親の遺産なのだから。

 

「ま、ジョニーはジョニーだしなんでも良いけどさ、探すアテはあるの?」

「まぁ一応。この辺りには最近来たばっかだからな。顔馴染みになった人に軽く聞いてみるわ。お前らは表側で話聞いてみてくれ。案外誰かが見てるかも知れん」

 

 そうして、情報屋へと話を聞きに行く。ダメ元だったが、やはりこちら側には逃げていなかったようだ。

 

 良かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。宝杯を欲するとしたらそれは闇に蠢く者達関係だ。それは俺の想定を遥かに超えるものになることは明らかなのだ。場合によっては炎帝勢力の幻のシックスマン、黄色仮面(仮)にならなければならないのだから。

 

「どうだったジョニーくん。こっちは空振り」

「こっちもです。ひとまずアビスの街に戻りましょう。逃げ切られました」

「うーん、これなら無理しても急いだほうが良かったんじゃないかな、なんて思っちゃうね」

「いや、それを言うならユーリスが俺に声をかけずに宝探しに行ったのがそもそもの理由なんだから良いんだよ。無駄な気を使いやがって」

 

 そうして集められるだけの情報を集めて、街へと帰還した。

 


 

「それで、レア様との話し合いは?」

「ま、なんて事ねぇよ。先生の力を借りて宝杯で敵を釣る。そして一網打尽だ」

「シンプルでいいね。ハピ、使えるのか?」

「大丈夫。けど最近はため息があんま出ないから難しいかも」

「ありゃりゃ、幸せも考えもんだな。嬉しい変化だと思うけどさ」

「所でジョニー、あなたはユーリスの事情を知っていらしたの? 初対面の時何やら納得していたようでしたけど」

「ま、蛇の道は蛇ってな。ウチの領民に王国の辺りにいた盗賊に詳しい奴がいたんだよ。その話の流れでコイツのやった事を知ったわけだ」

「それで対応が全く変わらねぇどころか踏み込んでくるあたり、本当意味わかんねぇよな、コイツ」

 

 そう言って笑うユーリス。釣られて俺も笑う。

 

 

 ユーリスは、昔の仲間達を守る為に教団に抗議し、追手をかけられ、その数人を殺してしまった。それがコイツのアビスにいる来歴である。

 

 そんな仲間思いの奴の事を、助けたくならないような奴は男ではないんだよ。

 

「ま、それじゃあこの辺で俺は別行動だな。元からユーリスに頼まれてた仕事、まだ終わってねぇし」

「そういやお前、なんで空から降ってきたんだよ」

「宝を見つけたからだよ」

「お前マジであのカラクリ目当てで橋から落ちてきたのか⁉︎馬鹿じゃねぇのか⁉︎」

「悪いか? 馬鹿さ俺は!」

「けど、それはアルファルドさんより大事な事か?」

「まぁな。その盗賊がそもそもどこから出てきたのかを調べる事。対処は先生とお前たちに全部任せるさ。それができる自信があるから、宝杯をレア様から分捕ってきたんだろ?」

 

「じゃあ、アルファルドさんの事頼むぜ。ま、俺は会ったことないんだけどさ!」

 

 そうして、俺は騎士の詰所へと行ってシャミアさんに選抜メンバーにユーリスの仲間を助け出すための作戦準備をさせたのだった。

 

 

 

 そうして、ハピや先生の大活躍によりアルファルドさんは無事助けられたが

 

 ユーリスは3人の仲間を裏切って、宝杯と共にアルファルドさんと3人と共に消えた。

 

 アルファルドさんの手勢と共に。

 

 そして同時に、街への同時多発テロが始まる。アルファルドの手引きだ。これでアルファルドにはもう殆どの騎士団は手を出せない。それが、この戦いの結果だった。

 


 

 そうして意気消沈している先生たちに、ユーリスからの言伝を伝える。

 

「天帝の剣のあった聖廟に、夜半過ぎの鐘が鳴ったとき。それが踏み込みの合図です」

「どうしてそこまでわかっているのに止めなかった?」

 

 睨み付けてくるディミトリをはじめとした皆。それに対して、真っ直ぐに見据えて言う。

 

「ユーリスのダチが人質に取られてました。それに、アビスの人達も実質人質です。だから、最後の一撃に対してのカウンターで盤面をひっくり返すしかユーリスにはなかったんですよ。確実に捕らえなければ、害が及ぶのは大事な仲間たちなんですから」

「それが信用できるのか?」

「信じられる。だってアイツは」

 

「仮面の裏で、ずっと助けを求めてた」

 

「だから、友人として力になるし、助け出す。それが約束だ」

 

 どうせこの手の説得に小細工など無用だ。

 

 そうしていると、先生が一言言った。

 

灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の皆は、もう仲間だ。信じよう」

 

 それは、ユーリスに斬られるフリをした先生の言葉。最も迷っているはずなのに、真っ直ぐ俺を見て信じてくれた。

 

「私もジョニーを信じるわ。あなたが、助けを求める声を間違えるような愚か者ではないことは私が一番知っているもの」

 

 エガさんは、ユーリスのことは程々に、しかし俺のことを全面的に信じてそう言葉をあげてくれた。

 

「ま、状況的に一番納得がいくのがジョニーの話だ。これは間違いじゃないと思うぜ」

 

 クロさんは、純粋な思考の結果俺を信じてくれた。

 

「……全く、これでは俺が悪者ではないか。俺とてジョニーを信じている。お前の心の暖かさは俺も知っているからな。それにユーリスが影響されない訳はないさ」

 

 ディミトリは、可能性を言っただけでそもそも疑ってなかった。

 

 それから皆がそれぞれに言葉を放ち、全会一致で霊廟へと奇襲が決定した。

 

 それを聞いた俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()V()e()r()1().()3()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、行きますか!」

 

 そうして、俺たち8人は新たな友を救う為に、霊廟へと向かった。

 


 

「シャミア急ぎ出立の準備を……これは?」

「なに、賭けに負けた女と、休日を返上して面白い年下の友人の友人を救う為に準備していた騎士達が居ただけですよレアさん。ユーリスという奴の仲間を助けに行きます。そのついでに街の騒ぎも収めてきますが、構いませんね」

「……ジョニー、あなたという子は……」

 

 大司教レアは知らず身震いした。この奇妙な感覚は、彼の兄が初めて歌というものを披露した時と同じものに思えた。

 

 そう、歓迎すべき未知というモノに。

 

「では、よろしくお願いします」

「任されました、行くぞ」

 

 そうしてシャミア達非番騎士は馬を駆る。

 この盤面を描いた二人のトリックスターの導きのままに。




ちょくちょく裏でバージョンアップしていくジョニーくんの発明。発信器はまだノイズを遠くまで発生させる程度のものですが、それで十分に伝わるメッセージ。付き合いの濃さは伊達ではなかったり。

今更ながらのジョニーくんのゲーム的得意不得意

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジョニー=フォン=コーデリア

男 15歳?
身長 158cm

紋章 グロスタールの紋章 りゅうそうの紋章?(魔獣への特攻、武器を使った攻撃の命中率低下大)

所属:レスター諸侯同盟

肩書き:コーデリアの異端児 魔獣殺し

趣味:発明、手品

好きなもの:姉、笑顔

嫌いなもの:借金


固有スキル 魔拳格闘:武器を所持していない時、魔力と力の数値の平均で、敵の防御と魔防の平均に対してダメージ計算を行う魔拳格闘(威力(力+魔力/15 端数切り捨て)、命中90、重さ1 回数60)を行える。また、武器扱いとして戦技も用いる事ができる。

得意 格闘、理学
苦手 剣術、槍術、斧術、信仰、指揮
才能開花 飛行


得意ステータス 力 魔力 速さ
苦手ステータス HP 幸運

初期値の魅力と技が高い

全体的に伸びは悪くないが、乱数の神様次第で姉に勝てる弟などいるものか!と言われるレベルになるキャラ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どの学級を選んでも、素材との物々交換でアイテムを貰える。森を延焼状態にする火炎瓶や、好感度上昇アイテムのガラス細工など。

スカウト難易度はほぼ無理ゲー。ただしリシテアを勧誘した後なら無条件になる。



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第26話 灰狼の詩

「こんな事をして! アナタ、今の姿を彼に誇れますの!」

 

 眼下のコンスタンツェが、そんな事を言う。

 

 バルタザールはどこか納得しておらず、俺のことを睨みつけていた。

 

 ハピは、大体把握しているのかため息を吐かないように注意していたのがわかる。コイツ本当に凄えな。

 

「そんな事、言うまでもないだろ?」

 

 本心を、目に込めてその言葉を返す。

 

 それが伝わっている事を祈りながら、コンスタンツェの言葉を脳内で反芻する。誇れるのか? そんな事は言うまでもない。

 

 俺は、あいつに誇れる自分である為にここにいる。

 

 ジョニー=フォン=コーデリア

 

 上っ面だけだと思っていた俺の心を気付かせてくれた、俺の友人だ。

 


 

「え、何この東京アンダーグラウンド。マジでなにがあるのガルグマク?」

 

 その少年がやってきたのは、間違いなく偶然だった。

 

 いつものようにアビスにやってきた盗賊達、それを俺たちでなんとかしようと行動し始めた時、「助太刀するんで道を教えてください!」と叫びながら現れたのが始まりなのだから。

 

 曰く、なんか空を見たくなくなったとか。

 

 最近じゃドアの鍵の壊れた部屋で寝ることに貞操の危機を感じているから来るそうなのだが、それは笑い話だろう。だが、とにかくそいつはアビスにきた。偶然に、運命的に

 

 そして、俺たちは共闘し、出口までの道を対価に教えてその出会いは終わりだと思っていた。

 

 バルタザールが、「ひと勝負しようや」なんて言い出すまでは。

 

 そうして互いに名乗り合い、ジョニーがある商人の名前を告げるとバルタザールの顔は青くなり。

 

 勝負は借金取りとの鬼ごっこに変わりやがった。

 

 そこでやばかったのが、バルタザールがいた場所が街に近かったこと。

 俺が止める間もなく。二人は街へと入ってしまった。

 

 そしてジョニーは、一瞬で顔を変えて。

 

 笛を、吹き始めた。

 

 それは、不思議と勇気の出る曲だった。

 

 たとえそこが地獄だとしても、仲間がいるなら楽園に変えられる。そんな未来への願いがその曲には込められていた。

 

 虐げられていたアビスの皆は、その曲に感動し、少しだけ泣きながら笑顔を浮かべていた。

 

 俺も、そうだった。

 

 

 アビスの裏切り者でしかない俺にも、その曲の暖かさは分かったのだ。本当に虐げられて、逃げ延びてきた皆にはこれは響く。

 

 そうして、一曲が終わり、ジョニーの周りに人の輪ができてから彼はこう言った。

 

「俺はジョニー! バルタザールへの借金取り兼、このアビスに笑顔で満たす為に来た男! 歌に笛に奇術に嗜好品の密輸! なんでもやります! だから! 笑顔を諦めるのを諦めてくださいな!」

 

 その言葉に込められたバカみたいな暖かさに、コイツはもうコレで良いのだと、コイツのまま俺たちの味方をしてくれるのだと無条件で信じられていた。

 

 

 だからこそ、おれはコイツを疑った。必ず裏があると。最悪殺す必要もあると考えるほどに。

 

 するりするりと皆の名前を覚え、娼館出身のジョニーという共通点があって爆笑し、コンスタンツェの夢を決して笑わず意見を交わし、ハピの体質を聞いて哀れみもせずに「ココにいられなくなったらウチ領に来い」と曰い、バルタザールから金を回収しつつ組手をして技を高めあい、いつのまにかコイツは皆の仲間になっていた。

 

 俺が望んでいる、その場所に。

 

 私情はあったと思う。これまでジョニーが使っていた道が盗賊に見つかったので他の道を教えるというお題目もあった。

 

 そしてその帰り道。俺はコイツを殺そうとし、コイツはそれを受けて本気で俺に相対した。

 

「俺たちみたいな日陰者に、希望を持たせんじゃねぇよ!」

「お前の絶望なんざ知るか! お前の怒りなんざ知るか! だけど! お前の嘆きは、ちゃんと聞こえてた!」

 

 そうして俺の剣はジョニーの拳に弾かれ。

 その拳を開いて、ジョニーは俺に手を差し伸べていた。

 

「俺は、笑顔になって欲しかったんだよ。笑顔の仮面の下で苦しみ続けて助けを求め続けてる、ユーリスって男に」

「綺麗事、だな」

「知らないのか? 目指すべき事だから綺麗事なんだよ」

 

 そうして一歩踏み込んで俺の手を握ろうとし、俺が隠して溜めていたリザイアを受け、それでも止まらずにコイツは俺の手を掴んだ。

 

 そうして、アレが起こった。紋章共感と名付けられるその現象は、互いの心を丸裸にして心で殴り合うようなものだった。

 

 そして、ジョニーの心を理解して、コイツの行動にある裏に気付かされた。そして、俺自身の心にある、仮面の裏の想いに気付かされた。

 

 なんともまぁ、笑える話である。コイツの行動には、裏があった。そこに間違いはなかった。だが、その裏が表より凄まじい善意でできているなど誰が思うだろうか。そしてそれが、俺の願いの追い風になるなどと誰が思うだろうか。

 

 これはもう、認めるしかないだろう。

 

「……完敗だ。ジョニー」

「るせぇよユーリス。お前の事も知っちまったからそれも手伝うからな。だからこっちの目的には付き合って貰うぞ」

「あぁ、約束だ」

「あぁ、約束な」

 

「あと、治療してくれるとありがたかったり」

「分かった分かった」

 

 そうしてその日、俺とジョニーは友人となった。

 

 互いに互いを尊敬し合い、互いに互いを助け合い、年相応にふざけ合う。そんな普通の友人に。

 


 

「ユーリス、儀式の準備はできました。配置に付いてください」

 

 そうして、肝心な事はただ目で語るだけで終わらせた。

 

 この儀式は、宝杯の儀。俺たち四使徒の紋章を持つものの命の血で発動する命を呼び戻す儀式。

 

 そしてそれは、絶対に成功しない。

 

 そうして、時間外れの鐘が鳴る。

 

 それと同時に、バルタザールは縄を破り周りの背教者を殴り飛ばす。

 ハピはため息を吐いて魔獣を出しながら魔法で縄を解き。コンスタンツェは魔法で背教者を縄ごと吹き飛ばし。

 

 

 そして、入り口から飛んできた俺の友人が、アルファルドの顔面を蹴り抜いた。

 

 自分でも不思議な事だとは理解しているが、その友人が来る事を全く俺は疑ったいなかった。

 

「無事だな!」

「ああ!」

 

 そうして、彼に遅れて奇縁から仲間になってくれた先生達が、分かれて俺たちを助けにきてくれる。

 

「おいおいお前ら、水臭えぞコラ」

「ですわ! 私達でなければ気付けませんでしたわよ!」

「まーまー、旦那様も居るわけだし。後はアルファルドさんをぶっ飛ばせば良いだけなんだからゆっくりやろうよ」

 

 そうして、灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の全員でアルファルドさんの事を見つめる。真っ直ぐに、強く。

 


 

「まだ、だ!」

「ッ⁉︎」

 

 瞬間、周囲に広がる四本のライン。これが術式の核のようだ。それは宝杯に繋がって、アルファルドさんに力を与えている。

 

 絶対量と感情の量が強すぎて、りゅうそうでどうにかするというのは難しいだろう。儀式を止めなくては。……というか

 

「おいユーリス! なんで儀式止まってねぇんだよ!」

「んなもん、俺が知るわけねぇだろ! 想定外だよマジに!」

「最後に博打打つからそうなんだよ馬鹿野郎!」

「乗ったのはお前もだろ馬鹿か!」

「馬鹿馬鹿うるさいですわよお二人! 今はコレをどうにかしないといけません! 血が抜かれるせいでロクに戦えませんわ、よ!」

「んー、私たちだとコレに触れないから、誰か変わりにぶっ壊してねー」

「任せて」

「頼りになるな先生! 、おらジョニー! お前はしっかりやれ! 俺らマジで荷物になってるから!」

「自慢気に言ってんじゃねぇよユーリスお前!」

 

 そんな事を言いながらも、宝杯の力で魔力を増したアルファルドの攻撃を(フェイ)で回避して、接近。りゅうそうの力を込めて殴るも、純粋なエネルギーの差で力が通らない。硬いぞコイツ! 

 

「これならば!」

「スタイルを変えるだけさね! 起きろ、グロスタール! 火炎瓶&ウィンドストーム! 炎の牢獄だ!」

 

 などと格好をつけて言っているがらようは目眩しである。

 

 酸欠で倒れてくれたら万々歳だが、まぁあの力ならそれは意味を為さないだろう。実際驚いたのは一瞬だけで、気合入れただけで弾かれた。

 

 が、狙いはその奥の棺。アルファルドさんの想い人の遺体だ。なら、頭蓋の一つでも取っておけば攻撃の手は弱まるだろう。

 

 そうして天井に着地した俺が見たのは

 

 先生によく似た、緑の髪の女性だった。間違いなく、“肉体を保ったままに”そこにいた。その姿を見て思うことはただ一つッ! 

 

「先生の、お袋さんッ!」

『小僧!』

 

 瞬間、ソテっさんの力により時間が止まる。どうやら俺は死にかけていたようだ。

 

 ありがたい。俺はアレを盾にすることはできない。単純にデカすぎるし、俺の心は違う方に向いていた。

 

 よし、どうせなのだし思いっきりアルファルドさんに文句を言いまくるとしよう。精神攻撃だ。

 

 そうして俺が飛び上がる前まで時間が戻る。

 

 なので俺は、真っ直ぐに行って。

 

 炎の渦越しにアルファルドさんをぶん殴った。

 

 一発で紋章が響かないのなら。連打すれば良い。100%を超えてやれば! 

 

「ちょっとくらいは響くだろうよ!」

 

 そうして、アルファルドさんは予想外の拳に吹き飛んで、聖廟の棺の前に押し込めた。

 

 そこからは、引かずの乱打戦だ。

 

 アルファルドさんの放つ魔法は強力だ。まるで人間のスペックを超えているかのように、暴力的だ。

 

 それを全て、双紋の力を全力で引き出した魔拳格闘で相殺していく。拳に込めている魔法は、自分でもよくわからない。多分アローとかの系統だろう、うん。

 だが、強いのだから関係はない。

 

「何故、引かないッ⁉︎」

「それがわからねぇ男だから、見向きもされなかったんだろうさ!」

 

 そうして、一発をようやく()()()。動揺で、火力が落ちている。

 

 後は、角度と根性だ。

 

「あんたの願いはよくわかる! 好きって気持ちは止められなくて! その人の事を考えてるだけで幸せになれて! その人の笑顔を見るために全力以上になれて! それでも、その人の隣には居られないって気持ちは!」

 

 だから、さらに揺さぶる。紛れもない本心全部で、この人の恋心に俺のかつての恋心を叩きつける。

 

 この世界で初めて愛した女性(ヒト)の事を。

 

「お前に、何がわかる!」

「俺の初恋の人は!」

 

「俺を守ろうとして、俺の前で殺された」

 

 瞬間、アルファルドさんに理性の目が戻る。

 

「当時の俺は、戦う事よりも大事なことがあるって信じてた。だから喧嘩程度の力と、皆を笑わせる芸事を練習して、それで良いと思ってた。いつかその笑顔をつくる仕事で、彼女を幸せにしたいと願ってた」

 

「あんたも、似たようなもんだろ? あんたの魔法の冴えは、治癒魔法のエキスパートのそれだ。体の弱かったその人を助けて、笑顔にしたいと願ってた。その先に愛があると信じてた。そうだろ」

「それが、それの何が駄目なんだ! ああ、私は彼女を愛している! 初めて見たときから、ずっとずっと! だが、彼女を本当に幸せにできるのは私じゃない! だから私は命を捨てられる!」

「ざけんな。さっきからずっと図星だって音が聞こえてるぜ、アルファルドさん。あんたは、蘇らせたことへの報酬として彼女の愛を求めてる」

「ジョニー=フォン=コーデリアぁ!」

 

 そうして、アルファルドさんは強い憎しみを俺に向けてくれた。

 

 その魔法には、彼の思いのかけらが宿っている。そうして少しずつ、彼の思いを理解していく。

 

 彼は、本当に悪人に向いていない人だった。計画の過程にある様々な所で、彼は優しさを溢している。愛を溢している。

 

 彼は、アビスの皆の事を救いたいと願っているし、コンスタンツェの家督問題もいつかなんとかできると信じてその協力のための書物の収集に余念はないし、ハピの体質を封じ込められる魔道具の開発に私費を投じているし、自分の仕掛けたユーリスの仲間たちの件でさえ、ユーリスの仲間たちの命が繋がって良かったと思っている。

 

 それが、当たり前にある彼の愛なのだ。目的という仮面の裏側で、それでも愛を溢していた。

 

 だから、彼に足りなかったのはただ一つ。

 

「愛は、求めるだけじゃ駄目なんだよ! 傷つくのが怖くても! これまでの関係が壊れてしまうかもしれなくても! たとえ、報われる可能性がなくても!」

 

「言葉にしなきゃ、スタートラインには立てないんだよ」

 

 告白をするという、勇気だった。

 

 そうして問答をしているうちに、儀式が解ける。先生とエガ姉、灰狼の4人が俺の援護ができる位置にいた。

 

「儀式が……ッ! こうなったら誰の血でもいい。儀式を!」

「もういい」

 

「伝えたい、言葉がある」

 

 それは、愛した人の娘である先生が伝える言葉。

 それは、愛した人を奪った男のこぼした言葉。

 

「あいつの初恋は、いつも誰かの助けをしてるお人好しの幼馴染みだったらしい。って」

「なん、ですか。それは」

 

 その言葉とともに、アルファルドさんは膝をついた。

 

 求めていたものは、気付いていないだけでずっとそこにあったのだと。自分とジェラルトさんの差は、告白したかそうじゃないかの差でしかないのだと。

 

 彼は、そう気が付いた。

 

 そうして宝杯の儀は中断された。

 

「一件落着、か?」

「まぁ、アルフさん殺さないで済んでよかったよ」

「全て納得したわけじゃありませんが、今までのご恩に免じて私は許して差し上げますわ!」

「思うところは多々あるけどな。アルファルドさん。俺たち灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)の答えは一つだ」

 

「「「「許すけど、それとは別に一発殴らせろ!」」」」

 

 その言葉に涙を流すアルファルドさん。

 

 だが、運命の女神とやらがいるなら残酷なもので、宝杯の儀が中断された事で中にあったエネルギーは先生のお袋さんの中へと流れ込もうとして、それを庇おうとしたアルファルドさんごと、一つの獣と化した。

 

 紅い、翼を持った獣へと。

 

「キシャアアアアアア!」

 

 だが、その獣へと転じた彼は、抗っていた。自分の愛の形故に。

 

「まさか、こんなことが!」

 

 やってきたレア様は、今の

 

「レア様」

「宝杯の儀では、命は取り戻せないというのに……」

「大丈夫」

「ベレス?」

「ええ、大司教様。今、この場には彼を獣から他人と繋がれるヒトへと叩き落とさんとするものたちが居るようですから」

 

「灰狼の皆、おれの側に」

「あー、でもアレ魔獣なの?」

「似たようなもんだ。だから、似たように助けられる」

 

「……頼むジョニー、俺たちにアルファルドさんを助けさせてくれ」

 

「任された!」

 

 そうして、4人の心を繋いだただ一人のための曲を吹く。

 遺産の力で繋がった彼らの想いは、一つの意思になって荒ぶる竜の意思に立ち向かう。

 

 そうして、竜は押さえ込まれ、杯の中に押し返された。

 

 その杯に、対してソテっさんの力も込めた斬撃を放つ先生。

 

 その日、始源の宝杯は、天帝の剣により両断され、この世界から消え去った。

 


 

「ここは?」

「さてどこだろうな?」

「ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピ……ということは、牢獄か。仕方がない。私はそれだけのことを……」

 

「あ、アルファルド様起きてる!」

「マジか! 皆に知らせなきゃ!」

「あぁ、アルファルド様。よくご無事で!」

「かぁ! これで美味い酒が飲めるってもんだぜ!」

 

 そんな言葉を切るのは。担ぎ込まれたアルファルドを心配してやってきたアビスに生きる者たち。

 

「何故ですか? ユーリス。私は!」

「知らないのかアルファルドさん」

「ここはアビス。ガルグマクの闇で」

「表に生きられない人が住む、優しい枢機卿の作った街なのですわ」

「つーわけだ。あんたは罪人としてここで生きてろ。それが、罰なんだとさ」

 

「どうして、こんな事に?」

「さぁな? ただ、知りたいなら大司教を引っ叩いた奴に聞いてみたら良いと思うぜ、個人的にはさ」

 

 そう言って、彼らは去っていった。

 

 “失恋枢機卿へ”と書かれた手紙をテーブルの上に置いて。

 

 痛む体を引きずり、それの中を見ると

 

 細かい事は明日の彼女シトリーの葬儀の時にジェラルトさんと話すこと。

 けれどそこでどんな話を聞いても、それから先は、生きて償えバーカ。

 

 そんな事が、微妙に汚い文字で書かれていた。

 

「私が若い時に彼に会っていれば、変わったのでしょうかね、シトリー」

 

 アルファルドは空のないこのアビスで、澄んだ気持ちで天を見上げた。

 

 その顔には、今までにない強いものがあった。

 まるで、仮面を外したかのように。あるいは、4人の生徒に砕かれたかのように。




以上、煤闇本編終了です。あとはエピローグ兼日常話としてもう1話やってから白鷺杯に行きたいと考えてます。

ちなみになんか書くところなかったのでユーリルの件をちょっとだけ。
彼は事が終わった後、バルトに顔を殴られ、コニーに平手を打たれ、ハピに膝蹴りをボディに当てられました。どっかのが伝染した結果です。


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第27話 灰狼達/発明と金儲けと舞踏会

前半が煤闇のプロローグです。後半は、お宝を使った新たな発明シリーズ+白鷺杯となっています。


 アルファルドさんとの戦いは終わり、始原の宝杯は破壊された。

 これで、彼の足を踏み間違えた野望は終わったのだ。

 

「ジョニー、流石」

「ええ、あなたの奇跡じみた気合い。実際に見るとすごいものね」

「ダスカーの時といい、本当に無茶をするな。それが心地いいのだが」

「おいおい、他人事だからって気楽にいいやがって。俺は一応盟主としてコイツのことを多少は舵取りしないといけないんだぜ?」

「それが重荷なら、私が背負ってあげましょうか?」

「いや、それには及ばないさ。重荷のない人生ってのは軽すぎて駄目だ。空から戻ってこられなくなっちまう」

「いい事言いますねクロさん」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、リンハルト達に介抱されているユーリス達を見る。

 

 全員気力が足りなくて立てずにいるが、その顔は満足気だ。

 

 そりゃ、あれだけ心を解き放てば満足もするだろう。

 

「それじゃあレア様、聞かせてもらえますね? そこにある、彼女の遺体の事について。先生には、聞く権利があると思います」

「そう、ですね。それではベレス。私の部屋に来てくれませんか?」

「質問がある」

「……何でしょうか?」

「ジョニーを連れて行って構わない?」

「それは何故ですか?」

「ジョニーなら、私たちの考えつかない落とし所を見つけ出してくれると思うから」

 

「先生、それは評価しすぎですよ」

「適切な評価だ」

『業腹じゃがの』

 

 なんかそんな感じで、皆のことをやってきた騎士団の方々に任せてレア様の部屋に行く事になった。

 

 アルファルドさんの想いを受け止めた今。やらねばならないことがある。だが、流石に人目につく所では後々が面倒なのだ。

 

 だから、これは渡りに船である。

 

 

「着きましたよ、2人とも」

「「失礼します」」

『邪魔するぞ』

「お二人とも、かしこまる必要はありませんよ」

 

 見えないもう1人が割と傍若無人だから相対的に頑張ってまともに振る舞わなきゃという心ができるのだ。そんなことを考えていたのが同じだったのか、先生と自然と目があって苦笑した。

 

「それでは、話しましょう。私の弱さが導いた今日の事を」

 

 そうしてレア様は語り出した。

 

 先生のお袋さんの体は弱かったということ。

 自分の娘の命を救うために、心臓を捧げた誇り高き母親がいた事。

 己の弱さが故に、彼女の死を受け入れられなかった事を。

 

 だから、その体を保存したのだと。

 

「私には、耐えられなかったのです。我が娘同然のシトリーが、暗き土の中に閉じ込めておくことなど私には出来なかったのです。だから埋葬したと偽りその体をアビスに隠したのです」

 

『この、戯けが! 命で人形遊びをしているつもりかこ奴は!』

 

 叫ぶソテっさん。ああ、今回に限っては完全に同意だ。だから、泥は俺が被るよ。

 

 その思いを、先生の飛び出しそうな体を止めるために掴んだ腕から伝える。そうして帰ってくるのは、“それ許さないような狭量な方だったのなら、私がもう一発やる”との事だった。

 

 それは、とても笑える話だ。だから、行くとしよう。

 

「レア様、先に申しておきます」

「……なんでしょうか、ジョニー」

「これからの失礼を、先にお詫びします。なので、歯を食いしばれ」

 

 そうして俺は、この世界の最大権力者、セイロス聖教会大司教レア様に

 

 一発、想いを込めた平手打ちを叩きつけた。

 

「ジ、ジョニー?」

「ふざけてんなよあんた。あんたは、何もしていない。命をかけて戦ったシトリーさんに対して、侮辱以外の何もしていない!」

「……私は!」

「長生きしてるからとかそれがどうした! あんたは今いるアンタで、今を生きてるアンタだ! 大切な人を失った痛みから逃げ出して過去に留まる事は、自分を傷つける以外の何の意味もないんだよ!」

 

「誰かが! 大切な誰かが死んで心が痛いのは! それがその痛みと同じくらいに、それ以上に大切な人だったからだ! だから! 残された俺たちはその事をただの過去にしちゃいけないんだよ! 語り継いで、思い出して! 同じ人を想う人と一緒に泣き合って! それを乗り越えて! 自分の心の大切な古傷にしないといけないんだ! それが、今を生きる俺たちが死んだ人たちを尊ぶ事だから! 死んだ人たちの誇りを尊ぶことだからだ! そして何より、俺たち生きてる奴が彼らに報いることができる唯一のことだからだ!」

 

「だから、生きてる俺らは死んだ皆の事を忘れないで、奴らは天国で笑ってるさと信じて、笑って生きなきゃならないんだよ。あるかわからないあの世でも、生まれ変わった次の世でも、いつか会えるその大切な人に“俺はお前のお陰でお前より幸せだったぞ! ”って伝える為に」

 

「……」

 

 黙り込むレア様。

 

「だから、アルファルドさんの古傷になったそれをただの自己満足未満のために開いたあなたを俺は許さない。絶対の絶対に」

 

 言いたい事は言い終えた。さて、この部屋からの逃走経路を考えつつ、選手交代といこう。

 

「私があなたを許せないのは、きちんと母を埋葬してくれなかったことだけ」

「ベレス?」

「それからの事は間違いだらけだったけど、これだけは言いたい」

 

「私を救いたいという母の祈りを想って、母たちの心臓を私にくれてありがとう。お陰で私はまだ生きているし、夢もできた。だから、ありがとう」

 

 その言葉が堰を切ったようにレア様に響き、彼女はまるで子供のように涙を流し始めた。

 

『……泣く子には勝てぬか。仕方あるまい。歌でも歌ってやれお主よ。なに? 聖歌すら実はうろ覚えじゃと? 仕方あるまい。小僧、妾と繋がれ。一曲吹くぞ』

 

 そうして、ソテっさんの願いを受けて俺の笛を吹く。先生はレア様の背を撫でて、俺とソテっさんが奏でる。

 

 大切な、子守唄を。

 

 

 そうしてレア様は落ち着き、少し眠り、そうして目覚めた時には「シトリーの埋葬をしましょう。本当に彼女を想っている方々の為に。そして私の誤ちを告げる為に」と言った。

 

 そして静かに行われた葬式の夜。レア様とジェラルトさんとアルファルドさんは夜遅くまで酒を嗜んだらしい。と、しれっとお茶で居座っていた先生から聞いた。

 

 全く、()()()()調理当番でつまみを作る身の事を考えて欲しいものだ。他人の味に似せるのって結構難しいんだぞコイツらめ。

 


 

「じゃあ、灰狼の学級(ヴォルフクラッセ)はなくなっちゃうんだ」

「本当にびっくりだよ。ハピはもうちょっとかかると思ってたんだけどねー」

「まぁ、流石に想定外の事は多いがな。あいつの持ってきた話に乗るにはまだ金が足りねぇから、アビスから離れられねぇし」

「それに、浮いたアビスの事を心良く思わない方も多いでしょうから……まぁ、その全てを解決するジョニーは本当に意味がわかりませんけれど」

 

「ジョニーくん、なにかしたのー?」

「それは僕も気になります」

「何て事はねぇよ」

 

「ただ、今いるアビスの連中やユーリスの仲間達、大体をコーデリアで雇おうって話だ。技術の売買で金は作れるようになったからな。つぎに欲しいのは使える人手なんだよ」

 

 もっとも、アルファルドさんのような恩赦の無い罪人は連れて行く事はできないのだが。それは良いだろう。アルファルドさんはこれからのアビスを運営していかなければならないのだから。

 

「ちなみに、名目上は私が管理するということになっているので、皆しばらく宜しく」

「はーい」

「あ、それならペトラをアビスに連れて行きたいかも。ブリジットの方の鈍りの人がいたからねー」

「あら珍しい。リンハルトがそんな事を言うなんて」

「だって、僕とジョニーはしばらくアビスに篭るからね。適当な事を言って善意で手伝ってくれる人を多くしたいんだよ」

「そりゃどうして……ってアレか! よし、ラファエルは飯で釣るとして……俺も噛ませろよジョニー!」

「せっかくだ。力仕事しかできないが俺達も皆を誘ってみよう」

「ですね!」

 

 そんなこんなで皆を巻き込んだお宝回収大会は行われた。ちなみに優勝(特に商品賞金はまだ無い)はバルタザール。あの野郎借金以外ふつうに有能なんだよなー。

 

 そうしてそれを分解して、内部に使われている技術のわかるところを逆算してみると、面白いものを作り上げることができた。魔法水晶を使ったレンズによって受け取れる特定魔力の光を熱に変える技術と、熱によって簡単に形が変わる性質のこの弱ミスリル合金を使えばできるものがある。

 

 今回の作成には真面目にリンハルトがいてくれて良かった。まさかリザイア未満のあの魔法の特性を昔調べたことがあるとかおまえ最高かよマジで。

 

 

 そしてその発明のお披露目はもうすぐあるのは白鷺杯というダンスコンテスト。そしてその先のダンスパーティー

 

 

 金儲けの時間だぜ! 

 

 


 

 そうして白鷺杯の当日。俺は優勝間違いなしと目されているドロテアとある密約を交わしていた。500Gで、発明の最初に1人のなる事を。

 

「白鷺杯、優勝は黒鷲の学級(アドラークラッセ)!」

 

 当然のように優勝するドロテア。まぁ彼女に舞台の上で勝てる生徒は多分エガ姉くらいだから当然なんだけども。ね。

 

「さて、ドロテアさん。あなたの姿を記録に残す新発明があるのですが、よろしいですか?」

「ええ、もちろんよ」

 

 そうしてドレス姿で華麗にポーズを決めるドロテア。

 

 それに魔力を使った光を当てて、手に持った黒塗りの箱で受け止める。

 

 そうするとレンズは帰ってきた光により形通りに拡散した熱を作り、その熱が弱ミスリル板を変形させる。

 

 そして、その板を素早く取り出してインクを均等につけ、トンと紙に置く。

 

 そうして出来上がるのは、ドロテアが華麗なポーズを決めて佇んでいる絵だった。

 

 つまり、これがこのフォドラで作った一枚目の写真である。

 

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 白鷺杯の女王、ドロテアの真の姿を写した絵、写真を一枚20Gで配るぜ! 気になる奴は手に取りな! 本物とは違って絵の中の彼女は逃げないからな!」

「ジョニーくん、もう!」

 

「さらにさらに! 2000Gでこの写真に描かれる権利をやろう! 自分の姿を誇りたい貴族さん! 先着5名だやってきな!」

「「私が買おう!」」

「オーライフェルディナント、ローレンツ! 決定だ! 残りは3枚! 誰が買い取る?」

 

「私が買い取る。金鹿の皆でやってみたい」

「なら儂もそうしよう。青獅子の皆の今の姿を残せるのは悪くない」

「あらあら、考えることは一緒なのね。黒鷲も当然買うわ! 思う存分描くと良いわ!」

 

 そうして集まったのは1万ゴールド超大金である。しかも、材料費を考えたらホクホクの大儲けである。まぁ、色々手動のなんちゃってカメラなので騙して金を取っているといえば言い訳はできないのだが、そこは技術料として受け取っておこう。うん。

 

 

 そうして楽しんで写真を取り、5種類の写真(スタンプだけれども!)が出来上がった。金鹿の時は第二カメラマンであるユーリルの技術のせいか子供が混じってたけどそれはそれ。きっと彼女も写りたかったのだろう。お祭り好きなやつだし。

 

 しかし見た目がイメージ通りすぎて笑うわ、ちんちくりんなのなー。

 

『お主よ! 奴に侮辱された気がするぞ! 一発蹴りを入れてくるのじゃ!』

 

 そして、決めていた最後の一枚。それは、クロさんとエガ姉とディミトリの3人が並んでいる絵。

 

 エガ姉のことを考えると、これから先の数年で誰かが命を落としてしまってもおかしくないこの3人は、しかし今、同じ方向を向いて笑顔を浮かべていた。

 


 

 そしてフィルム代わりの弱ミスリル合金が尽きたことで俺の役目は終わった。せっかくだし音楽に合わせてタップダンスでもやろうかと思った所で、エガ姉がリシテア姉さんと一緒に外に出ていくのが見えた。そういえば先生もいない。せっかくだし一曲踊ろうかと思ったのに残念だ。

 

 流石に義理の姉弟で踊って邪推されるのはダメだから、姉さんは誘えないんだよなぁ……まったく悲しい限りだ事で。

 

 そんないない3人になんだろなーと思うも、女子のこう言ったことをデバガメして良いことは何もない。なので。

 

 どうしておまえパーティーに出てきたと言いたい奴と絡むとしよう。

 

「何やってんのおまえ」

「ジョニーぐぅううん!」

「え、何⁉︎ていうか何だベルナデッタお前⁉︎縋り付くな鼻水をつけるな!」

「わ、わた、私!」

 

「最近会えなくて、嫌われたかと思ってましたぁ!」

 

 その言葉に、ちょっと思う。よく考えろベルナデッタお前。

 

「いや、お前を嫌いになるなら最初からつるんでねぇよ。単に最近忙しかっただけだ。ほら、さっきの写真機作ってたからさ」

「そ、そうなんですか?」

「というか、おまえ嫌われる理由の心当たりとかあるのか?」

「はい。ジョニーくんと話そうとするといつも誰かに邪魔されてて! これはもしかしてジョニーくんの遠回しな“近寄るな”宣言ではないかと!」

「被害妄想な。声かけてくれりゃ行くから俺は」

「そ、そうなんですか?」

「そうなの。こっちは初対面からお前のダメっぷりを知って、それでも普通に友人やってんだからさ、気にすんな」

「ジョニーぐぅううん!」

 

 なんだか久しぶりな気分だ。まぁ、これからは反省してちょくちょく様子を見に行くとしよう。うん。

 

 じゃなきゃ、着れる制服がなくなる。

 

「それじゃあ景気付けに一曲踊ってくれませんか? 引きこもりのお姫様」

「え、嫌です」

「即答かよ」

「だってだって! 踊るのなんて練習した事もないですから!」

「んなもん気にしなくても良いだろうにさぁ!」

 

 なんて話をしながら、写真を捌いてる部下共を見つつ壁の花としてちょでと賑やかな会話をしていた。

 




女神の塔にジョニーくんは行けませんでした。なんせお祭り大好き男。離れるわけがありません。存在しない後夜祭すら作り出します。そしてセテスさんに怒られます。

ダンスの最中に色々やってないのは、楽団の方々の曲に文句を付けさせないため。普通に良い曲だなーとか思いながら写真を売り捌いてました。

ちなみに写真はフィルム表面のミスリル鉄が熱でいい感じに荒くなって、明るいならほぼインクが付かず、暗いならたっぷりインクがつくようになってます。要はスクリーントーンみたいになってる白黒のスタンプです。


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第28話 不穏な死の連鎖


前の話は読み返してやっぱSEKKYOUはやなーと思った時でした。言葉一つ一つをちゃんとすれば説教という名前の心のぶつかり合いにできると思うのですか、そううまくは行かないものです。

そんなこんながありつつも、プロット上へと帰還します。今回はラファエルイグナーツ外伝。何気にジョニーくんの天敵タイプの初登場でもあります。


「なぁ、提案があるんだが」

「何よクロード、改まって」

「そうだな、かえって不気味だぞ」

「ひっでぇ。ま、俺も同じ事思うけどさ」

 

「5年後、ガルグマクの千年祭の日に、俺たち全員で集まらないか?クラスの分け隔てなく、ただの同期として1日を過ごすって事をさ」

「……素敵な話だけど、そういう事に真っ先に飛んで来る彼の姿が見えないのだけど」

「だな。ジョニーの発案じゃあないのか?」

 

その言葉に、クロードは一瞬目を伏せ、ヘラヘラとした仮面を外して真っ直ぐに2人を見つめる。大切な、仲間の為に。

 

「これは、俺の案だ。あいつに未来の約束を、大切な約束をしてやりたい。皇女殿下は知ってるだろうけど、あいつら、コーデリアの姉弟には残された時間があんまりねぇ。だから、ジョニーはリシテアを、リシテアはジョニーを救うためになんでもするだろうさ」

 

「だから、そこに待ったをかけてやりたい。あの2人を救いたい奴は、お互いだけじゃないって事を教え込んでやりたい。あいつみたいな繋ぐ力はないから、こんな真似になっちまうが……頼む、この通りだ」

 

そうして、クロードは2人に頭を下げる。その姿にディミトリは快諾し、エーデルガルトは内心を見せないでそれを頷いた。

 

そしてそれは、白鷺杯の後夜祭の後片付けをしていた面子から広がり、ガルグマク大同窓会として改めて企画される事となった。

 

その中に件のお祭り野郎の存在があったことは言うまでもないだろう。

 


 

「あら、ジョニー。奇遇ですね」

「アハハハハ、どうも奇遇ですねレア様。ですが用があるのでこれにて……」

「用とはなんでしょうか?力にはなれませんか?」

「いやいやいや!大丈夫ですから!ちょっとアレがアレしてアレなのでさようなら!あとこの前は本当にすみませんでした!」

 

「……謝ることはありませんのに」

 

 

 

「てな事が頻発していてだな」

「は?お前なにやったんだよ真面目に」

「打ち首に、される覚悟で、頬を打つ」

「なんか良いリズムだな。馬鹿な内容な事を除けばよ」

「なぁユーリス、これはアレかな?帝国のマフィア流の、“死ぬ前に、美味いもん食わせてやるよ……”的な奴かな⁉︎」

「切実に知らねぇよ!つーかこっちはアビスのこれからの営業計画の基本を練るのに忙しいんだ!愚痴ならクラスの奴に言え!」

「……あいよー」

「まぁ、いざって時は一緒に逃げてやるからそんな落ち込むな。な?」

「優しさが傷にしみるぜ畜生!」

「傷なんてねぇだろが馬鹿野郎」

 

そんな会話を友人とした。

 

現在は12月、星辰の節の中頃。

今節の課題である旧礼拝堂の調査のついでにアビスに寄り、結構金に大雑把なアルファルドさんのために、あるいはこれからのアビスの財政を担う者のために教本を作るやユーリスにちょっと絡んでみた。

いや、切実な理由はあったのだけれどね!マジでレア様に合わせる顔がないのである。

 

何せ!俺は!

妙齢の!女性を!

引っ叩いて!怒鳴って!泣かせたのである!

 

しかもその女性にはこの世界最高の権力者という肩書がついている。なんともアレな話だ。

 

やっぱ、今からでも土下座しに行くか?だけどカトリーヌさんに知られたら俺殺されるよな!

 

という堂々巡りがまた始まった頃、戦いの匂いを感じた。嗅ぎ慣れたくない、嫌いな匂いだ。

 

そうしていると、先生とイグナーツとラファエルが皆を集めている場面に出くわした。

 

「先生、どうかしたんですか?」

「ジョニー、今出れる?」

「はい、戦闘は可能です。笛も魔力も小道具もありますんで」

「ならお願いします!今度は助けられるかもしれないんです!」

「イグナーツ、焦ったらなんにもならねぇぞ。皆を集めるにはジョニーくんを頼った方が楽だ。ゆっくり、けど急いで話そうな」

 

そうして語られたのは嫌な事実。

 

グロスタールからリーガンへ向かう商人に限ってのみ魔物の被害が出ているという事をイグナーツの兄が教えてくれたということ。それはつまり

 

俺の紋章や笛のように、意図的に魔獣をコントロールできている奴がいるかもしれないという事だ。

 

そんなのは、当然のように連中絡みだ。戦いに行かない理由はない。

しかし、そうなるとエガ姉の周りを引き抜くのは難しい。声をかければ黒鷲の連中も青獅子の連中もついてきてくれるだろうが、それでは足が遅くなるし、スパイ達に友人以上の繋がりを見られてしまうだろう。

 

最速での証拠の確保を目的とするならば、金鹿だけでの行動が最適だ。

 

そんなわけで金鹿フルメンバーで噂の街道に赴く。道中なんか姉さんにジト目で見られていた気がするが、心当たりはない。いや、まさかコレもレア様の策略か……?

 

……さて、それじゃあどうやって学校から逃げ出そうか考えようか。

 


 

そうして商人たちを追いかけて見つけたのは。商人たちを襲い、追い詰めている盗賊たちと

 

追い詰めた商人たちを()()()遊んでいる魔獣の姿だった。

 

そいつと、ふと目が合う。

 

それだけで、俺たちは共感した。

 

 

 

その男は、さして特別だったわけではない。普通に同盟で暮らし、普通に騙され魔術師崩れにより改造されて魔獣になった。

 

だが、そいつがおかしくなったのはここからだ。

 

追手の兵士を殺した時、こいつの心は喜びを覚えた。

道行く戦士を殺した時、こいつは力に味をせしめた。

そして、魔獣の力で一方的に弱者を嬲る時、こいつは命を玩具として見るようになった。

 

強くなった自分の退屈を貸してくれる、とても楽しい玩具だと。

 

「んな事許せるわけがあるか。だからお前をぶちのめす」

 

「許す?何言ってんだお前。俺もお前を好き勝手にやってるだけだろう?()()()。お前だけ正義の面して誰かにアレコレ言うのは筋違いじゃないのか?だってお前は所詮固まりきった優先順位でしか命を見れないクソ野郎なんだしな!」

 

そう、彼の心は言っている。

 

その言葉に、反論する言葉は俺にはない。ずっと頑張ってきたけれど、どうしてもそこだけは変えられないのだから。前世でまともに立てなくなった時、俺に生き方を教えてくれたあの人のノート。そこが俺の原点(オリジン)なのは変わらない。けれどやはりそれは借り物でしかないのだ。

 

俺の仮面の下は、所詮その程度の人間なのだろう。

 

だから俺はそいつの心を黙って受け入れ「何人の弟を馬鹿にしてんですか。あんた」

 

そうして、深入りしすぎた俺の心を姉さんが守ってくれていた。

 

「は?そいつはお前と違って化け物だぜ?なのになんでお前みたいな人間が味方をするんだ?」

「知りませんよそんな事。化け物だろうが異世界人だろうが転生者だろうがジョニーは私の家族です。なら、家族が妙な空気に化かされて騙されるのは普通止めるでしょう」

「……え、化かされる?」

「ジョニー、あんたこいつの心に引っ張られすぎてましたよ。自分を見失なうくらいに。あんたは私の弟なんだから、もっとしゃんとしなさい。もっとカッコよくありなさい。あなたの仮面は素敵なものだけど、その内側の方がもっと素敵なのはジョニーと出会った全部の人が知ってるんですから」

 

そんな言葉が、俺を俺に戻してくれる。

かつて仮面だったそれが、何故俺の生き方の指針になれたのか、その理由を思い出させてくれる。

 

単純な話、俺はヒーローごっこが好きな中二病野郎なのだ。だからその根っこを揺さぶれば、俺はさっきのように崩れる。

 

「……あー!あー!あー!そういう事かお前!どうやったら俺の心を嬲れるかって事を実際にやりやがったのか!根っこの記憶の価値を削るとか最悪すぎて笑えねぇぞこのクソ野郎!お前なんかラファエルにぶちのめされちまえ!さっき見たお前の楽しんだ記憶の中にラファエルっぽい商人さんが居たぞクソが!」

「ジョニー、戻りますよ。これまでのあんたみたく心のぶつかり合いでどうにかできる奴じゃあありません。きっちりと殺してやりましょう。私たち、金鹿の学級で(ヒルシュクラッセ)で」

 

そうして姉さんの手を繋ぎ、おれはこいつとの共感を切る。

 

アレほどの力を垂れ流しているのは恐怖を煽る為で、俺はそれに当てられてしまった。まだ理性の残っているヒトだったから、そんなことが出来たのだろう。

 

右手の先にある姉さんの手を少しだけ強く握った後、手を離す。

 

名残惜しいのは、仕方がないだろう。男の子なんだから。

 

「先生!あいつを笛で退かすのは無理です!周囲の盗賊もろとも、ぶっ飛ばしてやりましょう!」

「わかった。行こう皆!」

「おうよ!」

 

真っ先に駆け出すラファエル。その力は盗賊4人を一撃で吹き飛ばした。次に動くのはイグナーツ。ラファエルを狙ったアーチャーをさらに遠方からの狙撃で殺して回っている。

 

そして、続くのが俺たち兄弟だ。俺の紋章の力をレーダーにして、テュルソスの杖を狙撃銃にして、姉さんがその力を撃ちまくる。

 

「「合体魔術、ガトリングスナイプ・ドーラΔ!」」

 

それは、英雄の遺産にふさわしい力の振るい方だった。

 

一騎当千、万夫不当。そんな言葉しか浮かばなかった。

 

「改めて見ると、凄まじいな」

「私はあんたの姉ですよ?これくらい当然です」

「何故に上がるのは姉のハードルなの⁉︎」

「なんででしょうねー」

 

そうして壊滅した盗賊たち。残った魔獣に対して皆が総攻撃を仕掛ける。

 

だが、やはり奴は強い。先生の天帝の剣の事を俺から知ってしまったのだから、警戒するのは当然だった。

 

「じゃあ、ミスはサクセスで返せって事で!援護よろしく姉さん!」

「私の分もぶっ飛ばして下さいね、ジョニー」

 

「戦技、アクセルモード」

 

そうして、ギアを上げる。

 

バレルにより強化された(フェイ)にて、一瞬で距離を詰め、そのままジャンプしてコアに向かって飛び蹴りを放つ。

 

雷を纏った、神速の蹴りを。

 

「戦技、ライトニングソニック!」

 

障壁を紋章で抜き、コアを一撃で破壊する。

 

そして、その時に真っ先に飛び出たのは最初と同じくラファエル。

 

その鋼の籠手に力を込めて、魔物の頭蓋へと拳を叩き込む。

 

「うぉおおおおお!」

 

戦技、魔物崩し。それが、ラファエルの放った一撃であり。

 

知らずに両親の仇討ちを果たした、男の拳であった。

 

 


 

「ラファエルくん、僕は……」

「ならローレンツくんが偉くなってくれれば、こいつは解決だな!」

「ッ!ああ!約束しよう!このような蛮行は二度と起こさせはしないと!このローレンツ=ヘルマン=グロスタールの名にかけて!」

 

残ってた盗賊たちへの尋問(インタビュー)などから、これが伯爵、グロスタール伯爵の手によるものだという話が出てきた時の、ラファエルの反応である。

 

先程イグナーツには告げたのだが、あの魔獣が両親の仇だと知っても恐らく笑うだけだろう。

 

器が本当に大きい、ラファエルはそんな偉大(グレート)な男だった。

 

「じゃあ、撤収しよう。商人の皆さん、気をつけて」

「はい!ありがとうございました!治療魔法の件も含めて、必ずガルグマクへと贈り物を届けたいと思います!ありがとう!士官学校の皆!」

「おお!だけど、無茶すんなよー!」

 

そんな言葉を最後に、今回の戦いは終わった。

 

最近の激闘の数々に比べればなんてことはない、ただの戦いであった。

 

「で、ジョニー。覚悟は決まったんですか?」

「ああ。しっかり腹割って謝ってくる。どんな理由であれ間違いは間違いだからな。ケジメは付けないと」

「ま、大丈夫だと思いますけどね」

「あいよ」

 

「ジョニー?」

「ああなんでもないですよ、先生。怖がる前にちゃんと謝らなきゃなって話をしてただけです」

「私も行こうか?」

「いえ!ご心配なく!」

『あの権力にヘタレてた小僧がよくも持ち直したものじゃわな』

「ヘタレちゃうわ」

「?誰に言ってるんですか?」

「友人だ」

「友人にだな」

 

「ちょ、ちょっと!ここには私たち三人しか居ないじゃないですか!何を変な事を!」

 

そんな会話と共に、俺たちはガルグマクへと帰っていった。

 


 

そして、レア様の私室で俺はジャパニーズスタイルの極地、土下座にてレア様の頬を叩いた事を謝り倒す。

 

そうだ、これまでうまくいきすぎていたから忘れていたが!俺は基本的にやらかしては本気で謝るの繰り返しで生きていたのだ!

 

「あ、頭を上げてくださいジョニー!」

「ですが、レア様に至りましては」

「……では、罰を与えましょう」

「なんなりと仰って下さい」

 

駄目そうなら逃げるので!

 

「私と、お茶でもしませんか?」

「構いませんが、それが罰になるとは」

「私は、あなたのあの行動を怒っていませんの。だってアレは、私を思っての事なのでしょう?頬に痛みはありませんでした」

 

「だから、なぜそうしたか、そういったことを話し合うために、お茶を飲みませんか?」

「恐ろしい罰になりそうですね」

 

嫉妬の炎とかでさ!

 

「さて、どうなるのでしょうね?」

 

そんな会話の後レア様への釈明と、学園での取り止めのない、アビスでの面白い話、外でのさまざまな冒険の話をした。

 

その全てを、レア様は親戚のおばさんくらいの感じで見守ってくれていた。

 

なんというか、肩書きの目を眩ませていたのは俺だけだったようだ。面子とかその手のことは気にせず、レア様はちゃんとレア様をやれている。それに前からあった影はどこか薄れているような気がしていた。

 

そんな天の上の人とそこそこ仲良くなった話が、始原の宝杯を巡る戦いの、俺の終わり方だった。




ラファエルは強くて格好いい男!速ささえ補強できれば最強クラスの男!個人的に作者が大好きな男!

ですが、あまり見せ場は与えられませんでした。鈍足パワータイプの表現って難しいのです。


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第29話 涙のわけ


批判は覚悟の上です。どうぞ。


「団長、団長を見なかったか⁉︎」

「緊急事態ですか⁉︎」

「そうだ! ジョニー殿は金鹿だったな! 皆に戦闘準備を伝えてくれ!」

 

 アロイスさんとの突然の遭遇、それと少し前に感じた悪意の波。

 

 どうやら、今節の敵は動き出したようだ。

 

 今節、星辰の節での金鹿の課題は旧礼拝堂付近に侵入した痕跡の調査だった。そこにジェラルトさんも万が一の為に同行することになっていた為に、今までは間接的な調査だけに止まっていた。

 

 だが、何かあった時の為にすぐに動けるようにはしていた。

 

「了解です! 金鹿連中に戦闘準備させてきます! 騎士団の方は?」

「問題はない!」

 

 そうしてすぐに皆を集め、先生と共にやってきたジェラルトさんと共に旧礼拝堂へと向かう。

 

 

 間違いなく戦いになることを確信しながら。

 

 


 

 

「嫌だぁ! 助けてくれぇ!」

「了解! だからちょっと頭下げて!」

 

 魔獣に襲われていた生徒を助ける為に、弾丸のように飛び、コアを抜いて障壁を砕く。

 

 そしてその背後から飛んでくるイグナーツとレオニーの矢。それは違わずに魔獣の急所に突き刺さりその命を奪った。

 

 そして、後には人が残った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 わかっていたが、笛を使っての沈静は不可能だった。おそらく、俺達が手をこまねいている間にそういう調教を施したのだろう。

 

 えげつない。そうとしか思えない。

 

 この事をやってのけた怒りはもう俺の中にある。だから、もう躊躇いはしない。今の自分の最速でこの魔獣達を片付ける。

 

 今の自分では、助けられないと理解してしまっているから、殺すしかないと分かっているから。

 

 優先順位を間違えない。襲われている皆を助ける。その為に、殺す。

 

「レオニー! この人頼むぞ!」

「誰に物を言ってるのさ! 後あんたは無茶して死なないようにね!」

「分かってる! ありがとう!」

「素直です、ね!」

 

 近づいてくるもう一匹の魔獣に矢を放ちレオニーのペガサスによる救出を援護するイグナーツ。流石にここで二人で攻める理由はないので、魔獣を機動力でいなしながら弓兵隊の方々が一斉射撃を構えている地点まで引き込む。

 

 こういう時、共感の応用で挑発ができるのは便利だ。考える力が衰えているから、よく引っかかってくれる。

 

「今です!」

 

 イグナーツの声と共に放たれる矢の雨の圏内から離れて、戦技の構えを取る。なんだか最近こればっかりな気がする必殺技! 

 

「ライトニングソニック!」

 

 その蹴りは、一斉射撃により砕かれた障壁の場所に確実に当たり、減衰されることのないサンダーの力と共に魔獣を貫き、その命を奪った。

 

 

 

 その時の、『やっぱり、たすけてはくれないじゃないか』という声が、頭の中に響く。

 

 

 

 けれど、それは後だ。今、俺の前には要救助者がいて、今の俺には助けられる体がある。

 

 だから、後で悩むけど今は悩まない。格好をつけろ俺! 

 

 

 そうして二匹の魔獣を抜けた俺とイグナーツは西にある弓砲台までたどり着いた。

 

 今、西側には要救助者が集められている。本格的な救助の前の応急処置と、下手に逃すと逆に危ないという俺とジェラルトさんの判断からだ。

 

 だから、ここからの援護があると良い。

 

「頼むぜ、金鹿のスナイパー」

「ダメ元で受けたら資格取れちゃっただけなんだけどなぁ……」

 

 なんて事を言う実技試験の命中率100%の男。歴代でもそれをやったのはシャミアさんくらいだとかの偉業である。

 

 

 

 残りの魔獣は4体。遺産を持つ先生と姉さん、そして元からクソ強いジェラルトさんがそれぞれ一匹抑えているが、一匹はフリーで動いている。姉さんの援護にはラファエルとローレンツ。先生の援護にはクロさんとヒルダの姐さんが。フレンちゃんとマリアンヌはそれぞれに遠隔回復魔法を当てられるように位置取りをしている。

 

 ジェラルトさんが一人で一匹受け持っているのが何故か不安だが、あの人ならなんとかなるだろう。純粋に強いのだし。

 

 というか、魔獣相手に唯一押してるのがジェラルトさんだし。すげーや。

 

「おいジョニー! ボサッとしてんな!」

「大丈夫! 仕込みはしてるから!」

「仕込み?」

 

 そんな声に応えたのか、単に目についたのか、最後の魔獣が俺と戻ってきたレオニーの元にやってくる。

 

 その、俺が仕込んだ場所に足を踏み入れて。

 

「引っかかってくれてありがとう。フォーメントβ応用、スワンプμ!」

 

 そうして、作られた泥の沼に足を取られてすっ転ぶ魔獣。それは大した時間ではなかったが、騎士団の二度目一斉射撃を喰らうだけの隙を魔獣に与えた。

 これで、障壁はまた少し壊れた。

 

 そして、そこに放たれる俺のコイルガン、レオニーの鋼の弓矢。そしてイグナーツの弓砲台による砲撃。

 

 それは違わずにコアに命中し、完全に破壊した。

 

「このまま撃ちまくれ!」

「奴が沼に落ちている隙に!」

「ちゃちゃっと終わらせるよ!」

 

 その声に応える騎士団の皆さん。

 

 そして、俺たちが撃ちまくっている頃、丁度他の皆も終わりそうになっていた。

 

「戦技、破天」

「テュルソス、収束! エンジェル!」

「終わりだ!」

 

 そうして、全ての魔獣は討ち倒された。

 

 迷い込んだという生徒は全員無事。完璧な勝利だった。

 

「ありがとうございます!」

 

 そうして、巧妙に隠れていた彼女、闇に蠢くもの達の一人であるモニカの存在を、俺は見逃していた事に気が付いた。

 

 その刃は、背後からジェラルトさんの体を貫いた。

 

 明らかに心臓を一突き、即死の剣の軌道だった。

 

 瞬間、世界の時が止まる。

 それは、ソテっさんの天刻の拍動。時を戻す力だ。

 

『聞こえておるな、小僧! 時間稼げ! 少しで構わぬ! それでこやつは必ず間に合わせる!』

 

 声にもならないその空間で、任されたという思いを放っていく。

 

 そして、時が戻る。それはソテっさんの全力だった。この長さで戻した時には再使用には時間がかかる。

 

 だから、本来あり得ない命を救うチャンスはこの一回きり。

 

「いつも通りだ、覚悟を決めろ、格好をつけろジョニー!」

 

 そうして、魔獣へのトドメの一撃を放つ前に矢の雨の中を飛翔する、一度軌道を見たので、気をつけていればそうそう当たることはない。

 

「イグナーツ! いろいろ任せる!」

「いろいろって何⁉︎」

 

 そうして、至近距離から火炎瓶を打ち出してファイアーで火をつける。そしてその爆発に乗って更に加速。

 

 ジェラルトさんが魔獣にトドメを刺した瞬間に、俺の射程距離に彼女は、モニカは届いた。

 

「あー、手が滑った!」

 

 そうして、収束させたウィンドの矢を意図的にモニカに向かって放つ。

 

 しかしモニカは、隠し持っていた剣でその風の矢を破壊した。

 

 

 稼いだぞ、時間! 

 

「何するんですかぁ? あなた」

「言わなかったか? 手が滑ったんだよ。黒幕」

「言いがかりも良いところですね。……殺すわよ」

「おいおい坊主、なんでこの嬢ちゃんが黒幕だって?」

「トマシュさんと同じです。変装してる奴ですよコイツ」

「……アハッ! バレちゃってたかぁ!」

 

 瞬間、神速で振るわれる剣が俺を襲う。それをギリギリで発動できたアクセルモードで認識して回避するも、二の太刀に体はついてこなかった。速すぎる。これが連中の力! 

 

「ま、今ので分かった。お前、敵だな」

 

 しかし、その剣はジェラルトさんの銀の槍により弾かれた。

 

 特別な強化はされていない普通の槍で、あの魔剣を弾き飛ばしたのだ。

 

「……本当に、ムカつくよおっさん。あんたがいなければあたしの計画は全部通ったのに!」

「おいおい、やったのはジョニーだろ? コイツはいいのか?」

「馬鹿ね、新風を害する必要なんてないのよ私たちには。存在するだけで世界を良い方に導くのが新風なんだから」

 

 そんな、誹謗中傷も甚だしい言葉を受けて、どこか心の中でしっくりくるものがあった。

 

 現代人がこのフォドラに来た時、その知識を活かして世界を動かすだろう。当然それには、教会と敵対する未来がある。

 

 アビスの書庫で、そういう進みすぎた技術の伝承の意図的な喪失があるとアルファルドさんに聞かされた俺には、それがよくわかる。

 

 教会は、文明の進みをコントロールしようとしてる。時に強硬手段すら使って。

 だから、俺はコーデリアで実験を受けなかったらきっと教会の敵になっていただろう。それが、“闇に蠢くもの達”の新風。

 

 

 

「まぁ、クソどうでも良いな」

「確かに」

『こやつはこやつじゃからの』

 

 その声と共に、伸びて来る蛇腹剣。それは確実にモニカの身体を貫こうとして。

 

 

 圧倒的な一人により、その剣は受け止められた。

 

「タ、タレス様⁉︎」

「新風を見に来てみれば、な」

 

 その威圧感は、レア様のものを解放したとしても尚上回るだろうと理解できる程に凄まじかった。

 まるで、龍と相対しているかの様な気分だ。

 

「貴様の役目を忘れるな、今は引け」

「……わかりました、タレス様」

「ソロン」

「かしこまりました」

 

 そうして、共にいたトマシュさんことソロンがモニカを連れて転移する。

 

 そして、タレスは力を解き放ち。

 

 俺の近くに居ることで相殺できた皆以外を一撃で吹き飛ばした。

 

 ソロンのやろうとしていたあの術式を、ノータイムでやってのけたのだ。

 

「貴様!」

 

 怒りを露わにするジェラルトさん。今の一撃で、致命傷を負った者は多くいた。もしかしたら姉さんもそうかもしれない。そう思うと心が震えそうになり。

 

 

「今からお前をぶちのめす。お前がなんであるかなんて知ったことか。お前の強さなんて知ったことかよ」

「フッ、これが新風か。誠に面白い。震えているぞ? 貴様」

「そりゃ、怖いしな。けど……」

 

「ここでやらなきゃ、格好がつかねぇんだよ」

「言ったな!」

 

 その言葉とともに放たれる闇魔法。恐らく文献にのみ存在を示唆されている最強のそれ、ハデスΩ。

 

 それを小手先で放つ強さに震え、しかし拳を強くにぎしめてその闇に紋章の力を叩きつけた。

 

 龍の力を打ち払う。りゅうそうの紋章の力を。

 

 しかし、その相殺だけで俺の右腕はズタズタになり、これ以上の使用は不可能だろう。

 

「流石に、やる」

「冗談も大概にしろ! ……起きろ、グロスタール!」

 

 そうして残った左腕で最強の魔法を放つ。左腕全体をバレルにして放つアローのような魔法。

 

「アグネアの矢か。なかなかやる」

 

 その一撃は、当然のように受け止められて弾かれた。

 

 カケラのダメージも存在しない。

 

 それが、今の俺とタレスの距離だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はぶちのめすと言ったが。

 

 俺がぶちのめすだなんて言ってはいないのだから! 

 

「ラァ!」

 

 俺とタレスの攻防の間に、ジェラルトさんはもう距離を詰めていた。

 

 中距離には、いつでも破天を放てるように構えながら最も強い者の戦いを邪魔しないように構えている先生がいた。

 

 そして、両腕は逝ったがまだ両足が残っている俺がいる。

 

 まだ、戦える。

 

 この時は、そう思っていた。

 


 

 そして、ジェラルトさんは放たれる闇魔法を避け、放たれる力を槍で逸らし、次々にタレスにダメージを与えていた。

 

 その強さは、異次元。これまで見てきたジェラルトさんが手を抜いていたわけではないのだろうが、今のジェラルトさんは格が違った。

 

 どんなに敵が強くても、どんなに絶望的な状況でも、勝ち続けていた男がそこにいた。

 

 アレが、壊刃(かいじん)ジェラルト。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その強さを、俺たちはまじまじと見せつけられていた。

 

 

 しかし、それでもタレスは違う。格がではなく、次元が。

 

 どれほどのダメージを受けても、どれほどの致命傷になり得る一撃を喰らっても、その命の輝きは消えなかった。

 

 そして、その強さのプレッシャーに全くの陰りはなかった。

 

「ここまで私に抗うとは。新風の近くに居るだけならば良き追い風になっただろうに残念だ」

 

 そうしてソロンは、ずっと腰にあった剣を抜いた。

 

 ただそれだけで、全てが終わった。

 

 ジェラルトさんは一撃で死にかけ、先生の放った破天は吹き飛ばされ、俺は何もできずに死にかけた。

 

「「まだだ!」」

 

 そして、ソテっさんの気力を振り絞って使われた天刻の拍動の力が世界を覆い、タレスが剣を抜く瞬間まで時が戻った。

 

 そこから、俺と先生は自らすらも捨てる覚悟で前に出る。

 

 言葉はいらない。アレを抜かれたら俺たちは死ぬしかない。

 

 だから、隙を作るのだ。それしか勝機はないのだから。

 

 そして俺は、ズタボロの両腕を構えてアローらしき魔法、アグネアの矢に二つの紋章の力を込めて放つ。その一撃は当たればたとえタレスといえど命はないだろうが、当然にそれを回避する。

 

 そしてその先には、先生の放った全力の破天が置かれている。

 

 賭けだった。回避せずに防がれていたら意味はなかったし、回避した先がそうでなかったら何の意味もなかった。

 

 しかし、その一撃は確かにタレスを捉えた。

 

 ダメージと引き換えに天帝の剣を掴み奪われるという結末だったが。

 

「使い手がこれでは女神も浮かばれんな」

「さて、どうだろうな!」

 

 そして、ジェラルトさんが戦いに赴く。その槍に込められた戦技は、絶殺の技。

 

 伝え聞いた話では、その一撃を放てば必ず武器が壊れるといわれるほどの一撃。

 

 戦技、壊刃。それがタレスへと直撃した。

 

「……ッ⁉︎」

 

 そうして、初めて動揺するタレス。その事にあの不死身の理屈が理解できた。

 

 奴は、障壁を自らに纏っているのだ。魔獣と同様に。

 

 だからこそ、それを超えるダメージならば致命傷を負う。それだけの事だった。

 

「ヒトがここまで練り上げるとは、凄まじいな。だが、私の勝ちだ」

 

 そうしてタレスは腰の剣を抜こうとして、その手を、()()()()()()()()()()()()()()()によって弾かれた。

 

 そして、ジェラルトさんは天帝の剣を奪い、その体に一撃を入れた。

 

「まだ、だ!」

 

 だが、タレスはまだ生きていた。剣を抜こうとしていた手からの抜き打ちのドーラΔを放ち、ジェラルトさんの半身を吹き飛ばしていた。

 

 それは、贔屓目に見て相打ちだった。

 

 それもそうだ。ジェラルトさんはどんなに強くても人間でしかない。だから、一撃を貰えば死ぬのだ。

 

 それが、龍と人の差だった。

 

「先生!」

『……これが、最後じゃ』

 

 そして、ソテっさんの最後の力で時を数瞬巻き戻して。

 

 武器も魔法もない自分たちにはもう何もできず、なにも変えられない事に気がついて、ただその一撃を黙って見ているしかなかった。

 


 

「ここでこのまま戦うのは危険か。ならば良いだろう。凶星よ、新風よ。貴様らは、生き延びた。誇るが良い」

 

 その言葉とともに、タレスは転移魔法で消えていく。

 

 残ったのは、激しすぎる戦いの跡と、最後に何か言葉を残そうとしているジェラルトさんだけだった。

 

 その姿に、初めての涙を流す先生。

 そこに、苦笑をするジェラルトさん。

 

 ならきっと、俺がここにいる意味はそうなのだろう。

 

 言葉は伝わらないかもしれない。それでも、その心だけは繋げよう。きっと、それができるはずだから。

 

 

 そうして、先生とジェラルトさんの心を、残った力でたった一瞬だけ繋いで、俺は倒れた。

 

「ありがとう、ジョニー」

 

 そんな涙ながらの言葉を、耳にしながら。

 



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第30話 愛されている事

迷いに迷った結果としてプレイした本編!その時に気づいたあの人の存在!全ては、繋がった!

という訳で、FEであるからこその超力技で解決した問題とその他諸々。心を助けるあったかいものは絶対にコレにしたかったのです!という妙な拘りが投稿をここまで遅らせました。申し訳ありません。

原作よりちょっとだけ心が成長して、言葉を受け取っている先生です。どうぞ。


 12月29日、星辰の節の終わりの頃。

 

 廃協会からジェラルトさんの亡骸を皆で持ち帰り、レア様と俺で身なりを整えていた。

 

 ジェラルトさんの残った身体は呆れるほどに古傷だらけで、しかしそのどれにも強さが、引けなかったときの覚悟が、さまざまな勇気が感じられた。

 

 “壊刃”ジェラルトここにあり。もし、消し飛んだ体の半身があればそんな事を言って起き上がるなんて事を想像してしまうだろう。

 

「でも、レア様。どうして俺をこの秘術の助手に?」

「あなたなら、理解できると思ったからです。使い方も、この術が生み出された意味も」

 

 そう言って、粘土細工のように整えたジェラルトさんの半身の代用品に、仮初の形を与えていく。

 

 おそらく、先生のお袋さんであるシトリーさんの遺体もこのようにして傷ついた臓器などを補完し、時を止めたのだろう。

 

 仮初の命を与えるこの術は、確かに呆れるほどの魔力の精密操作と大量の魔力付与があればそれを実現できる。

 

 本来は延命措置のために作られただろうその術は、前世でのコールドスリープによく似ていた。

 

 ……起こす手段がまだないということも含めて。

 

 だから、死体を補完し保存する術式に変わっていったのだろう。レア様が、あるいはレア様にこの術を教えた誰かが悲しみを受け止める時間を作るために。

 

「……終わりました」

「ええ、死後の世界がどんなのかは知りませんけど、これなら手と足に困ることはないでしょうよ」

 

 そうして、仮初の半身を作ったジェラルドさんにブリザーをかけて防腐処理をしてから布をかぶせる。

 

「じゃあ、俺はこれで。……先生と話してきます」

「ありがとう、ジョニー。あなたがいてくれたから、私は少しだけ無理をできました」

「……一番上の人が、勝手に倒れたりしないでくださいね」

「分かっています、それくらいは」

 

 そうして、霊安室を去っていく。

 すれ違ったアロイスさんは、泣きそうな目をしながら、感謝の言葉を述べてくれた。ジェラルトさんの死出の旅のために、心を砕いてくれた事に、深く深く。

 

「救えなかった奴に、それは一番しんどいんだよ」

 

 そう、小さく呟いて目的のモノがある食堂へと向かう。

 

 小器用に不器用な自分だ。先生と話すにしてもやはり真正面から行くしかないだろう。

 

 自分の心にある、大切なあの味で。

 


 

『のぅ、お主よ。いつまでそうしておるつもりじゃ?』

 

 そんな事を、ソティスから言われる。

 しかし、わからないのだ。自分の心が。

 

 時を戻す力で、ジョニーと二人で、絶対に助けようと戦ったその結果、傷つき倒れ、余計に父が傷ついただけ。それを決して許すつもりはない。

 

 そう、それだけなら自分は復讐の為に戦えただろう。心の内に鬼を飼うディミトリのように、あるいは鬼を心で支配するジョニーのように。

 

 だが、最後のあの時、ジョニーの力で父と最後の会話をした事で、父がそれを望んでいないという事がわかってしまった。

 

 父の最後の思いは、言葉にすればたったの一言。それが、自分の立ち上がり方を迷わせていた。

 

 憎しみで立つのでは、父に顔向けができない。

 他の何かで立つ事を、私はまだ知らない。

 

 だから、こうして父の手記を手に取ってじっとその内容を読み返していた。

 

 自分がどれだけ愛されていたのかが、伝わってくるそれをじっくりと。

 

「私は、父に愛されていた」

『そうじゃの』

「けど、私はどうだったの? ちゃんと父を愛せていた?」

『……そんな事も分からんのか。おそらく儂のせいじゃが、それでも心の成長が遅すぎる。情を知り、恋を知り、愛を知ってようやく人の子らしくなったというのにな』

 

 そんな言葉を投げかけるソティス。その姿は他の誰にも見えないが、ふんわりとした暖かさが自身の背中を撫でてくれている事を伝えてくる。

 

 その愛にも、自身は答えられているのかわからない。

 

 そんなことが、自分のちぐはぐさを表しているようで嫌になった。

 

 こんな自分の中に、立ち上がるための何かはあるのだろうか? 

 

 ……そうしていると、ふと優しい匂いが感じられてきた。

 

 不思議な匂いだった。誰かが食べ物でも持ってきたのだろうか。

 

 そういえば、しばらく何も食べていないことに気がついた。心の痛みでそれすらも感じられていなかった事に苦笑する。

 

 誰だか知らない……わけはない。こんなことをする人間などガルグマクでは一人しか知らない。

 

 何故なら、明らかに風の魔法で匂いが部屋の中に入るように整えられているからだ。

 

『食べるかの?』

「食べよう」

 

 そんな言葉と共に、ベレスは一晩ぶりに部屋の扉を開けた。

 

 そうして見えたのは、多くの生徒の心配する顔。金鹿の学級だけでなく、青獅子も黒鷲も揃っていた。

 

「先生!」

 

 そんな声が聞こえてくる。本当に皆に心配されているのがわかり、そのことが申し訳なく思える。

 

 自分にそんな価値は……

 

 などと思っていても、腹の虫は鳴る。この美味しそうな匂いが悪いのだと内心で言い訳をしながら、ベレスはその鍋をファイアーで温めながら風で匂いを送っていた張本人に声をかける。

 

「ジョニー?」

「はい。お腹空いてると思ったんであったかいのを持ってきました」

 

「美味しい匂いだけど、見た目が泥水?」

「言われてるぜジョニー。だからまともな料理にしろって言ったろ」

「うっさいですよクロさん。この料理は魔法のスープなんですからこれで良いんですよ」

「信用できねぇなぁ、アレの事も含めて」

「信用して下さいよ、アレの事も含めて」

 

 などと言われながらも、器にスープがよそわれた。

 

 茶色のスープに、白い塊。海藻などがあるそのスープは、とても暖かかった。

 

 温度ではなく、心がぽかぽかする。不思議なモノだった。

 

「先生、どうぞ」

「……ありがとう」

 

 その言葉と共に匙を受け取り、スープを救って飲む。

 

 それは海藻の味がよくなじんだものに泥のような色のものが混ざり合い、かつて魚醤の料理を味わったときのような旨みが感じられた。そして白い塊をすくって食べると、ふわふわの食感によくスープの味が染みていた。

 

 そして何より、スープ全体が不思議な暖かさに包まれていた。

 

「ジョニー、これは魔法?」

「俺が昔受けた、笑顔の魔法です。あったかいものを飲むと、心もあったかくなるんですよ」

 

 そう言ったジョニーは本当に優しい顔をしていて、紋章で繋がっていなくても何を考えているのかが理解できた。

 

 本当に、心の底から、自分の心に熱をくれている。

 

 かつて灰色の悪魔などと言われていた自分の心が変わったのはいつだったかわからない。

 

 けれどきっと、きっかけなどないのだろう。

 

 ジョニーが私と共にいれた事。そこから広く生徒たちと、教師たちと、騎士達と、そして父たちと繋がれたのだ。

 

 だからきっと、今があればそれでいい。過去は切り離せないけれど、自分の事は少し嫌いになってしまったけれど。

 

 この“好き”に関しては、誇れるのだと私は思えるようになれたのだ。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

 そう言って器を返す時に、私の手がジョニーの手と触れ合った。

 

 そこで紋章の繋がりは生まれなかったが、きっとそんな事はどうでもいいのだ。

 

 だって、あれだけ閉じていた私の心が前を向いて開いている。

 

 父のことは、決して忘れない。けれど、その最後の言葉を遂げる為に何をすれば良いのかを、本当の意味で理解できたからだ。

 

 この、暖かいスープのお陰で。

 


 

「幸せにな、ベレス 」

 


 

 その為に、今日を生きよう。ようやく私はそう思えた。

 

『まったく、気づくのが遅いぞお主よ。お主は見えてないものが見えるようになってしまったから困惑しただけで、芯も根も変わってはおらぬじゃろうが』

 

 そんなソティスの言葉に、「そうだったのか」と納得してジョニーの方を見る。

 

 ジョニーは、集まった皆に大鍋のスープをよそっていた。そうして広がる「うめぇ!」「美味しいですコレ!」という声。

 

 特にフェルディナントなど本当に愉快に顔を変えていた。それだけ暖かく美味しいスープだったのだコレは。

 

「ジョニー、これはなんて料理?」

「味噌汁……じゃフォドラに通りは悪そうですね。ミソスープってことで」

 

 そう言ってジョニーはしてやったりという笑顔を見せた。そんな顔を見て呆れたように笑うリシテア。

 

 この二人の絆がどうなっているのかはわからない。けれど、きっと失恋だって構わないのだ。

 

 そんな事を、母の事を大切に思っていたが故に今地下に居るアルファルドを思い出して思った。

 

 負けるつもりは、ないのだけれど。

 

『お主、意外と負けず嫌いというか、肉食じゃの』

 

 そんなソティスの言葉に、内心で頷いた。

 


 

 先生に、そしてついてきた皆に振る舞ったのは、我が魂の故郷日本の魂の料理、味噌汁である。

 

 俺が麹を作り出させたというわけではない。アンナという謎の行商人が倭刀のついでに持ってきた食料のなかにあったのだ。

 

 味噌を作るために必要な必須なモノ。種麹である。

 

 種麹とは、要するに味噌やら醤油やら日本酒やらを作るために必要なカビの元である。

 

 それを培養し、帝国への技術提供(という名目のただの協力関係)により生まれた資金の余裕で大豆(ヒヨコマメ)と塩を買い、魚醤の時に作ったフォーメントβにより発酵を促進させて作ったのがこの味噌である。

 

 麹からの味噌作りはやった事があるのでどうにか味噌と言えるだけの味に整えることができた。それは本当に良かったとしか言いようがない。そこまで大量に塩やらを買い込む財力はまだないのだから。

 

 ……これから種麹とフォーメントβの魔導理論によって儲けるつもりであるのだけれども。

 

 そうして作り出したのが、今回先生に振る舞った味噌汁だった。勢い余ってにがりを使っての豆腐まで作ってしまったがそれに後悔はない。

 

 だって、先生は()()()()()()のだから。

 

 かつて、子供の頃に涙しか流せなかった自分を変えてくれたあのときのように。

 

「やっぱ魔法のスープだよ。味噌汁は」

「はいはい、調子に乗らないの。あんた、これから先生にアレを使ったって言わないといけないんですよ? 私はぶん殴られる方に賭けます」

「いいじゃねぇかよ、美味しいんだから」

 

 とはいえ、やはり問題は大きい。

 味噌は、このフォドラではあまり受け入れられるような見た目ではないのだ。

 

 その先入観をぶっ壊すきっかけに同期の皆がなってくれると良いなとおもった今日なのであった。

 


 

「ジョニー、あなたあんなモノを作ってたの?」

「仕方ないじゃないですか。食べたかったんですから」

「まぁ、美味である事は否定しませんよ。目を瞑れば」

「ヒューさんは言葉のナイフをしまって下さい。それと味噌を受け入れさせるための知恵もついでに下さい」

「お断りします」

「ケチー」

「前世を含めると私たちより年上なのに何を子供見たく言ってるのよ」

「精神は体に引っ張られるんですよ」

「断言しますエーデルガルト様。これは詭弁です」

 

 などとぐだぐだな会話をしながら、闇に蠢く者たちについての情報を暗号でやり取りする。今は、帝国への技術提供という建前の時間だ。

 

 暗号のやり方は目の前の魔力式豆電球にライトがつくかどうかでの、モールス信号だ。モールスさんはこのフォドラにはいないからジョニー信号、あるいはコーデリア信号となるのかもしれないけれど。

 

 利便性などかけらも考えずに適当に作った符号テーブルなので、闇に蠢く者たちにモールス信号を知る者がいても内容までは通じないだろう。暗記しているのは俺とヒューさんだけであり、紙は燃やして捨てた。どうせ短い間しかお互い使わないのだからこれで良いだろう。

 

『タレスは何者?』

『連中の頭、正体の確信はなし』

 

「所でジョニー、あなたって(せんせい)にも気があるの?」

「エガ姉はなんでそんな乙女回路を走らせるようになったのかなぁ……」

 

『帝国の者?』

『なので、我々が殺します』

 

「昔、あんな風に元気付けて貰ったことがあったんですよ俺。だから、大切な人の死に苦しんでる人には昔からああしてるんです。励ますのも、ほっとくのも違いますから」

「それはちょっと気になるわね」

「はい。あなたの人格形成は意味不明ですから」

「意味不明って酷くないですヒューさん」

 

『モニカの役割とは?』

『不明ですが、先生への対抗策かと』

 

「子供の頃、火事で死にかけたんです。んで、命を助けられたんですよ。その人(ヒーロー)の自分の身を顧みないのような行動で」

「……」

「まぁ、その時に相当落ち込みまして。けど、その人の親だって人が作ってくれたんですよ、あの味噌汁を。息子に救われた命なんだから、格好をつけなって言葉と一緒に」

 

 そう、罵るべきヒーローの親が、自分の心を救う為に心を砕いてくれた。そして、格好をつけろと言ってくれた。

 

 それが今に至るまでの、俺の原点。ヒーローに憧れて、ヒーローの親に導かれて俺はヒーローごっこを始めたのだ。

 

「ま、そんな程度の事ですよ。あ、ちなみに生き残った奴だから云々ってのは聞き飽きたんでどうでも良いです。今は、俺の心でそう動いてますから」

「……知ってるわよ、誰よりも私が」

「ですね、あなたのソレが仮面だというのなら、人は皆顔がないような者ですから」

「まぁ、年相応に格好はつけてますけどね! やっぱ憧れはいっぱいあるんで」

「憧れとは?」

「仮面ライダーですね。やっぱり」

「意味のわからない単語を唐突に言わないでほしいのだけれど」

「意味は秘密で。その方が名乗りやすいので」

「名乗るつもりなのですか貴方は」

 

『現在話せる事は以上です』

『了解』

 

「もちろん。仮面もスーツも手作りしてる所だったりしますし」

「本当に多芸ね貴方」

 

 そんな事を、呆れながら、しかし楽しげに笑いながら話すエガさん。

 

 そんな会話を最後に、予定の時間になったので技術提供(情報共有)は終了した。

 

「ねぇジョニー。本当に、(せんせい)には何もないの?」

「美人さんだとは思いますけれど、それだけですよ」

 

「俺が守ると決めた一番は、姉さんなんです。それは、死んでも変えません」

 

 

「なら、やっぱりリシテアを勧誘する方が先かしらね」

「ヒューさんお願いします止めて下さい」

「いいえ、彼女は優秀ですから。元からこちら側に欲しい人材ではあったのですよ」

「……姉さんに釘刺しておかなきゃ」

 

 そんな会話が、寮へと帰る道の中で交わされたというのが、その日の暮れの事だった。

 


 

 そして、その日の夜も笛を吹く。

 

 先生に、エガ姉に、そして心が荒ぶっている他の皆に安らぎを与える為に。

 



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第31話 救われている事

 ジェラルトさんの葬式は終わった。

 先生は涙を一瞬見せたあと、レア様と俺により作られた手の方を握って何かを願っていた。そして、その別れが終わってからは先生は先生に戻っていた。

 

 いつも通りに冷静で、所々すっとぼけていて、しかし優しく熱いベレス先生に。

 

「ありがとう」

 

 その言葉を、誰に向けた者なのかはわからない。けれど、きっと誰に向けたモノでもないのだろう。

 

 そうやって、その日は過ぎていった。

 


 

 その日の夜。いつも通りに夜の笛を吹こうとしていると、何かを追いかけているようなディミトリを見た。

 

 とても激しい感情を撒き散らしながら。

 

 何かの大事なら問題だと、少し首を突っ込んでみる。誰かを尾行するディミトリの尾行だ。

 

 そうしていると、炎帝姿のエガさんとモニカ、そしてタレスが何かを話していた。

 

 現状の手札を確認する。コイルガンの弾はない。今暗殺するのは不可能だろう。

 また、奴は高度な術を手足のように使う魔導師でもある。魔法を使っての諜報はさせてはくれないだろう。

 

 息を潜めて、考える。今何をするべきなのかを。

 

 とりあえずディミトリの位置ならば、話を聞けるだろう。出来る限りの隠形を行いながら歩いていく。

 

「……タレス様が助けてくれるなんて、もーめっちゃ感激! 私今まで以上に頑張っちゃうからねー!」

「お主の死体が出れば、我らが新風ならば理を解き明かす。それを防いだまでよ。貴奴が完全に我らの仲間になるまではな」

「……あの子、そんなに凄いの?」

「間諜からの話では、遠距離通信の雛形を作り出していたそうだ。我らのものと違う方式のな」

「……冗談でしょ?」

「それができるからこその新風よ」

 

 俺作のなんちゃって通信機にモニカが驚いている所で、ディミトリの肩を叩く。

 

 反射的に腰の剣を抜いて斬りかかりそうなディミトリを、自分の口に人差し指を当てて見せる事で味方であることをアピールして止める。

 

 互いに声は出さず、前に集中する。

 

 奴らは敵だと、しっかりと認識を共有して。

 

「ではクロニエ、貴様はソロンと共に為すべきを為せ。……そして、炎帝よ。貴様の手勢が妙な動きをしているようだが?」

「好きにやれ、という話だったが?」

「だが、貴様には我らの技術の全てが詰まっている。汚れた獣の血を薪にし、神をも燃やし尽くす炎なのだからな。今こそフォドラを洗い流す時。それこそが我らの救いだ」

 

「ダスカーで、アンヴァルで、コーデリアで、惨たらしい行いを繰り返してきた貴様らに果たして救いなど来るかな?」

 

「すべては、お主が力を得るためにやったことではないか」

 

 その言葉に息を飲むディミトリ。

 しかし、紋章が感じるエガ姉の感情は怒りでも悲しみでもなく、炎だった。

 

「私は、炎だ」

「……何?」

「次に斯様な戯言を言うのなら貴様から焼き殺す。私は私の選んだ道での罪は背負う。だが、貴様らに背負わされた罪などは要らぬさ。焼き尽くして灰にするとも」

「……余計な想いを取り戻したか」

「私とて、ヒトだからな」

 

 そう言って、モニカとタレスの2人は転移の魔法にて逃がれる。そして、エガ姉も転移をしようとしときに

 

 ディミトリが、先走った。

 

「見つけたぞ、元凶!」

 

 走る剣戟。それを短剣で弾くエガさん。

 

 しかしディミトリの力で振られた剣は、その短剣を弾き飛ばした。

 

 が、そこからエガ姉は炎を纏った蹴りにてディミトリを蹴り飛ばす。

 

 それが、怒りに我を忘れたディミトリと心に炎を灯したエガ姉の差だった。

 

「ガハッ!」

「……貴様の復讐心は正しいだろう。だが、私はそれを受けるつもりはない。為さねばならぬ事がある」

 

 その言葉を残して、おそらくレスキューの魔法によってエガ姉は去っていった。

 

「ディミトリ、無事か?」

「……何故、何故飛び出さなかったジョニー! お前の、リシテアの感じた苦しみを忘れたか! お前達の受けた痛みはその程度か!」

「……聞けよ、ディミトリ」

 

 そう言いながら傷薬をディミトリの火傷痕に塗る。火の届きから言って、あとすこし力を込めていたら命はなかっただろう。

 

「なぁ、ディミトリ。お前は頭の一人を殺してそれで満足か?」

「……何?」

「俺は違う。タレス、モニカ、ソロン。闇に蠢くもの達の全てを倒してそれで初めて復讐は成立すると考えている。ダスカーの悲劇も、アンヴァルの実験も、コーデリアの地獄も全て奴らの仕業だ。だから、必ず止める。どんな手を使っても」

 

 それは、俺の復讐の想い。今でも耳に残っている彼らの叫びをに報いなくてはならないという心の根。

 

「ならば奴を殺すべきだろう! 奴こそが元凶なんだぞ! 奴が、奴がいなければグレンも、母上も、父上も!」

 

 その言葉に、普段見えないディミトリの顔を見る。

 

 怒りを表しているのではない。強すぎる優しさが産んだ悲しみから、()()()()()()()()少年の姿がそこにはあった。

 

 この悲しみを止めるのは、俺の役目ではないだろう。だから、一つ頭を小突く。

 

 紋章の力を込めて、ディミトリの紋章と繋がりながら。

 

「なぁ、ディミトリ」

「なんだ、ジョニー」

「……復讐って、疲れるよな」

「だとしても、やらないわけにはいかない。皆の嘆きを、過去にしてはいけない」

 

「だからジョニー、お前の復讐が奴らを止める事であるならば、お前は俺の敵だ」

「言ってろ馬鹿王子。お前が俺の敵になっても、俺はお前の心の味方をしてやる。お前の復讐を一人きりのものになんてさせてやるものかよ」

 

 そんな会話を心でして、ディミトリは鬼のように、しかしどこか安らかに俺を睨みつけていた。

 

「覚悟しやがれよディミトリ。10年後にお前が浮かべる顔は笑顔で、お前が想うのは幸せだ!」

「どうしてそう在れる!」

「格好をつけてないと、あの世でお袋に笑われねぇからだよ!」

 

 そう言って、心が離れる。

 

 ディミトリの心は、やはり怒り狂っていた。

 一雫の困惑を心に残して。

 

「……じゃあ、俺は寮に戻るな」

「ああ」

 

 そんな言葉を最後に、ディミトリと分かれ去って行った。

 


 

 そうして戻る深夜のガルグマクにて、なんだかオドオドとしたいつも通りの姿の彼女を見かけた。

 

 その手には、花を持っている。ならばどこに向かうかは一目瞭然だ。

 

 ……その歩みにあからさまな迷いがなければの話だけれども。

 

「ベルナデッタ、何してるん?」

「ヒィッ⁉︎ってジョニーくん!」

「救いの神を見つけたような顔で俺を見るな! 抱きつこうとするな鼻をかもうとするな!」

「夜の学校って、怖いんですよぉ!」

「知ってるわ! 不意打ちしてきそうな人とか割といっぱい居るしな!」

 

 と、ある意味いつものテンションに戻ったところでベルナデッタにとある事情を話す。

 

 その言葉を聞いたベルナデッタは、絶望したような顔をした。いつものことだが、引きこもりの割に表情豊かな奴である。

 

「まさか、就寝時間以降は墓地が閉まってるだなんて! これはベルに対する宣戦布告か何かですか!」

「え、されたらやるの戦争」

「勿論逃げます!」

「そりゃそうだわ。じゃ、寮に戻ろうぜ」

「……ですね! ジョニーくんと一緒なら夜道も怖くありませんよ! あの光る奴があるんですから!」

「はいはい」

 

 そう言って懐から懐中電灯もどきを取り出して点灯する。全手動の魔力式なので面倒だが、自身の魔力量から考えてそうそう枯渇したりはしない。ソロンのいう“アグネアの矢”を使ったりしなければの話だが。

 

「しっかし、いい加減電池探さないとなー」

「電池ですか?」

「電気を溜め込むものだよ。今度お遊び実験見せてやるべ」

 

 頭に浮かんでいるのは、レモン電池の実験。アレは果物とかなら割となんでも良いので、見た目の華やかなモノになるだろう。

 

「そういえばジョニーくんは何してたんですか?」

「気ままに散歩……って事で納得してくれない?」

「流石にそれはないです。ベルにもわかるほどジョニーくん辛そうな顔してましたから。なんか話してて戻りしたけど」

「マジか。ベルナデッタセラピー?」

「ベルをそこらの犬猫と勘違いしてません?」

「いや、犬猫のほうが役に立つだろ。狩の友にもネズミ撮りにも」

「……ひどいです」

「だったら外に出ようや。明日、ジェラルトさんのトコ行くならついて行くからさ」

「……はい、お願いします」

 


 

 そして、翌日の授業を受けて、苦手な白魔法に四苦八苦しながらからかいに来てたユーリス達に笑われて、なんでもない日常だった。

 

 そうして、ベルナデッタとの墓参りがいつの間にやら大事になった帰り道。先生と姉さんが共に笑っていた。

 

 だからこそ、その質問は鋭く刺さった。

 

「ジョニー、今幸せ?」

 

 それはかつて、いままであった幸せが崩れ落ちて、しかしその両足で立ち上がった強い姉の言葉だった。

 

「……まだ、100%幸せとは言えねぇよ。姉さんが治ってないと」

「やっぱりあんた私の事だけを気にしてるんだ。馬鹿正直に」

「いやいや姉さんよ。そりゃ気にするって。姉さんが居ないと俺立ててないぜ」

 

 若干茶化しながらも本心を言う。だが、それが伝わっていないのも感じる。

 

「私は……私はあんたに笑って欲しい。幸せになって欲しい。私に救いをくれたあの時みたいに」

「なんだって今更そんな事を」

「だってあんた、凄く嫌なものを抱え込んでる。伝わってくるのよ私に。ジョニーの心が」

 

「ねぇ、やっぱり私は邪魔だったんじゃないの?」

「それは違う」

 

「姉さんが居るから、俺は救われたんだ。それだけは姉さんにだって否定させない」

 

 そうして、少しだけ姉さんと話す

 

 昔のことを。

 


 

 

 コーデリアでの地獄が終わる前、俺は姉さんと約束をした。死んでも互いを、仲間を、家族を、きょうだいを忘れない。それだけの約束を。

 

 それは、俺の心を折るには十分なものだった。絶対に生きて帰れない。けれど自分のコンディションなら被験体には選ばれない。

 

 苛烈さを増している実験の最中だ。この実験が終わる頃にはリシテアは死んでいるだろう。そう、心で感じていた。

 

 けれど、それは彼女の発した強い意志によって覆された。奇跡が、起きたのだ。

 

 その代償にリシテアの髪の毛の色は白く落ちてしまったけれど、それでも生きて帰ってきた。

 

「ジョニー、私まだ、生きてるみたいです」

「リシテア、リシテア、リシテア!」

「泣かないで下さいよ。私はあんたに助けられたからここにいるんですから」

 

 そうして、リシテアは笑顔で、俺は涙を流し続けていた。

 

 そうして次の実験が来ないことに気付き、牢にやってきた、世話役を命じられていた娘がどうにか扉を開けてくれて。

 

 俺とリシテアは地下実験施設の外に出た。

 

 眩しくて、暖かい日の光だった。

 

「なぁリシテア」

「なんですかジョニー」

「リシテアが姉さんって事でいいか? きょうだい関係」

「ジョニーの方が大人っぽいと思うんですけど」

「その俺がリシテアを姉さんと呼びたいって言ってんのさ。……いいかな?」

「好きに呼んだらいいじゃないですか。私もあんたを好きに呼びますからね、弟」

「ありがとう、姉さん」

 

 それが、俺が姉さんを姉さんと呼ぶ理由。

 

 助け合ったのではない。やった事など声を掛け合ったくらいなのだから。

 

 救けられたのは、俺の心。だから、姉さんには頭が上がらないのだ。俺は。

 


 

「何回目です? この話」

「割と事あるごとに聞いたり話したりしてる気がする」

「というかあんた視点だと無敵な私って感じに話しますけど、私だっていっぱいいっぱいな所をあんたに救けられてるんですからね」

「いや、姉さんは俺と会わなくても普通に強かに生きてそうな気がする」

「冗談、そんな人生は選びませんよ。あんたのいない私はリシテア=フォン=コーデリアじゃありません」

 

 そんな風に話していて、思う。

 

 姉さんは、姉さんだけが俺が助けられたと思えた人だったのだ。もし、姉さんが死んで俺が生き残っていたのなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その事に気がついて、俺は苦笑した。

 

 ディミトリと俺の違いは、残ったものに目が向いたかそうでないのかという違いだけなのだろう。

 

 たからこそ、ディミトリを止められるのは俺じゃない。ディミトリの、彼の行いが生んだ繋がりを持つ彼だけだろう。

 

 そう、話しながら考えた。

 

「全くあんたは。何度目ですか救けられた合戦。私が救けられたって事で去年は納得しましたよね?」

「姉さん、去年も納得してなかったからノーカンだし」

「子供みたいな理屈を言わないで下さい」

「じゃあ、そう言う事で」

「どう言う事ですか」

 

 そんな、ただ昔の話をしただけで、俺の心のうちは晴れてしまう。俺は、ディミトリとは根本的に在り方が違うのだろう。俺はディミトリほど優しくはない。愛情深くもない。

 

 だけど、だからこそ立ち上がることができた。今を生きる(姉さん)と手を取り合うことができた。

 

 それを、弱さとは言わせたくない。

 

 なので、いつかディミトリの事はぶん殴ろう。そんなことを心に決めた。

 

「一曲吹くけど、特等席で聞いて行く?」

「ええ、下手なのを聴かせたら承知しませんよ?」

「よっしゃきた」

 

 そうして、いつとは少し違う曲調で、安らぎの中に優しさを忘れていいんだという願いを込めて吹く。

 

 寮の部屋にいる、ディミトリの心を安らかにする為に。

 

 そして彼の友人達に、気遣う以外のことをしてもいいと示す為に。

 

「どうだった? 姉さん」

「80点ですね。途中高まったテンションをノリ流そうとしましたよね。多分ドロテアならもっと酷い点にすると思います」

「ひっで」

 

 そんな会話を最後に、姉さんとは別れ自室へと戻った。

 

 そして、鍵のかかっていない(かけられない)部屋を覗いてみると、なんだかむくれた顔の皇女様が、ベッドの上で枕を抱いて陣取っていた。

 

「ジョニー、あれは私への曲じゃなかったわね」

「そりゃ気分が乗ったんで」

「へぇ……」

 

 だが、こんなところにいて良いのだろうか? 

 

 エガ姉は炎帝であるからして、色々とやるべきな気がしているのだけれども。

 

「いいのよ、私は」

「いいんですか。けど俺は良くないので退いてください」

 

 そんな言葉を無視してジッと俺を見つめるエガ姉どうにも座りが悪い。

 

「あなた、ディミトリの味方をするの?」

「ディミトリの心の味方をします。あいつの心は、復讐よりももっと気高いものを望んでる。それが何かは俺にはわからないけど、ドゥドゥーかシルヴァンあたりになんとかしてもらいますよ。その辺の味方をするくらいです」

「そう……そういえば、あなたは良く心の味方をするって言うわよね? それはどうして?」

「理由はそんなにないですよ。ただ、理屈とか命とかよりも心を優先したいってだけです。生きながら心が死ぬのって面倒ですから」

 

 そんな会話をしながら、この人なかなか帰らないなと判断し、俺は客用のブランケットを羽織って椅子で寝る事にする。

 

「ジョニー、身体を壊すからちゃんとベッドで寝なさい」

「じゃあ退いてくださいよ」

「……わかったわよ。けど、ちょっと嫉妬したの」

「ディミトリに?」

「あなたに心を砕かれる他の誰かによ。嫉妬深いから、私」

「そりゃ……意外と多くの人がエガ姉の毒牙に倒れそうなことで」

 

 そんな会話を最後に、エガ姉は去っていった。

 

 しかし、それはそれとして。

 

「ベットに女の匂いがするとかいつぶりだ?」

 

 ガチ清楚な皇女様となんちゃって清楚系娼婦とでは絶対に違うが、どこか懐かしいような匂いがベッドからした。

 

 それは今世での、義母を思い出す匂いだった。

 




忘れがちだが娼館育ちのジョニーくんです。なので女性の扱いにいちいちうろたえはしません。
しませんけど、戸惑いはします。“何やってんだこの人?”的な。




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第32話 女神の行方 前編

大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
それでは、どうぞ。



 騎士団がモニカやソロン、タレスといった闇に蠢く者たちの探索をしている間、指示はなかったが生徒たちは自主的に捜索に協力していた。あるいは、好き勝手に捜索の手を広げていた。

 

 今の自分は、案の定後者である。

 

「ありがとう、報酬は現金って言いたいけど、これで勘弁してくれ」

「構いませんよジョニーの旦那、こっちに来るついでに昔の知り合いに話を聞いてるだけですから」

 

 そういって、コーデリア領からの買い付けをしている商人(元盗賊)にアクセサリーを渡す。自前の知識と魔法による力技にて作り出した銀のブローチだ。相変わらず政治的な理由で二つの頭を持つ鷲がモチーフだが、”コーデリア領のガラス職人”のブランドがあればそれなりの値にはなるだろう。

 

 ガラス細工は運ぶときに割とよく壊れるので、報酬に払うのには向かないのだ。

 

「で、ごろつき連中に動きはあったか?」

「……一応、あるにはありました。罠ですけど」

「罠って、話聞くだけで分かるもんなのか?」

「そりゃ、今まで音沙汰のない連中が突然封じられた森あたりに陣を敷いたなんて話が湧いてくるのはどう考えても罠でしょうよ」

「ま、どっちにしても行かなきゃ何も始まらない。ありがとな」

「気を付けてくだせぇよ? 旦那。俺たちはお貴族様じゃなくてあんただから腰を据えたんだ」

「肝に銘じておく。まぁ、それで無理とか無茶とかしないでいられたら苦労はしないんだけどさ」

「旦那ですからねぇ」

 

 そんな会話を最後に町はずれの酒場から出ていく。

 

 早朝から酒場にいるウチの交易商は大丈夫かと考えながら。

 

 ■□■

 

 そうして急ぎでガルグマクに帰ってくると、先生とクロさんが真剣な面持ちで会話をしていた。聞き耳を立てる限りだと、クロさんも連中の情報を掴んだようだ。

 

「先生、クロさん」

「……ジョニー」

「あちゃー、お前が来たか」

「なんですかクロさん」

「クロードが奴らの居場所を掴んだ」

「だけど、このままじゃ俺たちは、というか先生は関われない。それについて説得をしてるとこだ」

「罠だから、ですか?」

「その可能性が高い。少し前なら無策で突っ込んでいたと思う」

『お主も多少は成長したという事じゃな』

 

「なら、簡単な策を練っていきますか? 禁じられた森への道と森の簡単な地図なら持ってきましたけど」

「マジかお前!?」

「さすがジョニー」

「顔が広いので」

 

 そうして、3人で地図を見て進撃準備に何が必要かを考える。

 

 罠ならば、どう来るのか。

 想定できるものに、どんなものがあるのか。

 3人で頭を回し、”最小限の装備での速戦で時間を稼ぎ、騎士団による包囲殲滅をする”というものが結論として出た。

 現在、セイロス騎士団は方々に散って連中を探している。早馬を飛ばしても、封じられた森にたどり着くころには連中は逃げているだろう。だからこそ、少数精鋭での遊撃を繰り返すという作戦だ。

 

 俺の理由、先生の復讐、クロさんの探求心の皮を被ったナニカ。

 

 歩む道は、今しっかりと重なった。

 

「ジョニー、クロード、皆を集めて。進撃準備」

「はい!」

「了解」

 

 そうして、紋章感知を使って最速で皆を集める。

 集まった金鹿の皆は、ジェラルトさんを、先生を、そして俺と姉さんを思って迷いなく来てくれた。

 

「人には、本当に恵まれたな」

「それは、ジョニーがジョニーだからですよ」

「……ありがと、姉さん」

 

 そんな会話をしながらガルグマクの門の前に集合する。

 しかしそこでは、レア様と先生が対峙していた。

 

「ベレス、行ってはなりません。敵の狙いは間違いなくあなたなのです!」

「それでも、行く」

「レア様、聞いてくださいよ。実際問題先生の天帝の剣以外に、連中と戦える力はありません。それに、戦闘準備も策もちゃんと練ってある。もう騎士団には話しましたけど、俺たちの狙いは足止めです」

「敵戦力もわかっていないのに?」

「俺の軍略、ジョニーの情報、先生の指揮と力、揃えばやれないことはないですよ」

「……ジョニー、ベレス、あなた方は復讐の思いを甘く見てはいませんか? 仇を前にしたとき、人はたやすく冷静さを失ってしまいます」

「「大丈夫です」」

 

 そんな意図して重ねた言葉ではないのに、不思議と重なったその言葉にどちらともなく笑みを浮かべ、今度は意図的に合わせて言う。大事な、自分たちの理由を。

 

「「一人じゃないから」」

 

 その言葉に、レア様は自分たちの顔を見て、手を握ってきた。

 そこにある複雑な思いのすべては、紋章を使っても理解することはできない。だが、レア様が本当に想ってくれているのは伝わった。

 

「ちゃんと帰ってきますので、心配しないでください」

「行ってきます」

「……ええ、行ってらっしゃい」

 

 そんな言葉をかけてレア様は先生の進む道を開けた。

 そしてそれを、ソテっさんが温かい目で見ているのが何故か感じられた。

 

「ソテっさん?」

『いやなに、良き為人であったなと思ってな。さぞ良い親に恵まれたのだろうよ』

「いや親関係あるのか? それ」

『さてな』

 

 そんな言葉を、面白そうに笑ってソテっさんは話した。

 

 ■□■

 

 封じられた森の中、現状最も近い騎士団はカトリーヌさんの率いる部隊だ。その接近は俺の紋章感知で把握できる。

 

 だが、自分はその接近を先生たちに伝えるような役割にはない。

 

 自分の強みは機動力。それが最も活かせるのは、ヒット&アウェイだ。それも一撃必殺の。

 

「始めますよ、ジョニー」

「じゃあ、いろいろアドリブでよろしく!」

「本当に適当ですね我が弟ながら!」

 

 そうして姉さんの放ったテュルソスの杖の収束砲撃が封じられた森を闇で打ち貫く。そして姉さんを抱えて俺がすぐに離脱する。

 

 狙撃というよりはもはや爆撃だが、魔法力の流れに干渉できる俺の紋章がサポートにつくことでそれを隠し、発射の寸前までそれを悟らせないでいる。この奇襲がいつまでも通じるとは思えないが、本隊が奇襲をするまでの時間は稼げるだろう。

 

 そして、闇に蠢く者たちの戦術は妙に拙く、実際に時間を稼ぎ距離を詰められてしまった。

 

「姉さん、警戒を」

「わかってますよ。あの兵士の装備の質から考えて、この程度の奇襲が躱せないはずがない。先生を引きこむ罠でしょうね」

 

 妙に装備の整った謎の兵たちは、数を減らしながら徐々に引いていった。そうして、引いていったその先で一斉に力が跳ね上がるのを感じた。

 

 紋章の力、魔獣の力、憎しみの力、どういえば正解なのか未だわからないこの力であるが、残りの兵士全員の

 それが高まり、一斉に爆ぜた。

 

 そこに現れたのは数多の魔獣たち。

 

 いつか見た、紋章石を使った魔獣化だろう。

 

「姉さん! 皆と合流お願い!」

「無茶はしても死なないでくださいね! ジョニー!」

 

 その言葉にサムズアップで返しながら魔獣の群れの中にに突っ込む。

 

 魔獣の最大の脅威は、障壁だ。多くの騎士たちはそれが理由で魔獣に何もできずに殺されている。

 そしてそれは魔獣の障壁に対して有効な魔物切りの戦技やエンジェルの魔法を使えたとしても変わらない。

 

 だが、俺は紋章で障壁を()()()()()ことができる。それによりコアを破壊できれば、普通の生き物として戦い、殺すことができる。

 

 それがガルグマクに来てから学んだ対魔獣の定石だ。

 

「戦技、ライトニングソニック!」

 

 そしてその定石のままに、まず巨狼のコアを蹴り砕く、そしてその反動のままに空に飛び、ウィンドを爆発的に放出して次の蹴りを放つ。

 

 その間、自身の体内の電流を加速させることによりどのように蹴れば空の魔獣のコアを砕けるかを計算し、魔法の出力としてセットする。また、それと並行してグロスタールの紋章の力を引き出した気流の魔法で空中に魔獣を拘束する。

 

 普通はこのように決めた魔法の形をセットして使うらしい。その事を最近ハンネマン先生から教えてもらった時は驚いたものだ。というか驚かれた。

 

 なお姉さんは即興魔法と普通の魔法を切り替えて使っていたらしい。完全に無意識に。我が姉ながら凄まじい才覚である。

 

 そうしていると、アクセルモードが切れて通常の時間の流れに戻り、その間にセットした魔法で自身を連続で射出する。

 

 この技のイメージはただ一つ。ロマン的に赤くできなかったのは残念であるが、それはおいおい改良していくとしよう。

 

「戦技! アクセルクリムゾンスマッシュ!」

 

 

 その蹴りは空の魔獣全てのコアを蹴り砕いた。

 

 そして、皆の一斉射撃の計略により、落ちた魔獣たちは一気に殲滅させられた。

 

 だが、それではまだ終わらない。落下している俺に対して放たれる大岩たち。さすがに一気に魔力を吐き出しすぎたせいで回避しきることは不可能だろう。

 

 自分だけでは。

 

「もー! 無茶しすぎだよジョニー君!」

「ありがとうございます! ヒルダの姐さん!」

「調子いいんだか、ら!」

 

 そんな中で自分を下から拾い上げてついでに大岩の一つを打ち返して見せたのは金鹿の頼れる女子No.1(実際にアンケートを取った結果)の姐さんであった。

 

 そうして、そのまま目を合わせて地上にいる魔獣たちに対して急降下、俺が先に降りて位置エネルギーを活かした拳でコアを破壊し、ヒルダの姐さんがその障壁のなくなった魔獣の首を一撃で砕き割る。

 

 そのあたりで、周りにエンジェルの魔法が連射され、砕けた障壁の隙間に正確な射撃が撃ち込まれる。

 

 そして、残った数匹は先生の天帝の剣の力、破天により一気に吹き飛ばされた。

 

 これで、正面の魔獣勢力は全滅だ。

 

「キャハハハハ! こんなにすぐ殺されるとかこいつ等役に立たなさすぎじゃない? そう思わない? 新風くん?」

「思わねぇよ、ただの相性だ」

「そうだよ、わかってんじゃん。クソみたいな獣の血から生まれたとは思えない聡明さだね! 私好きよそういうの」

 

 そんな戯言に対して放たれたのは天帝の剣による蛇のように伸びる横薙ぎと、真正面から放たれる最速の闇魔法バンシーΘであった。

 

「人の弟に変なこと言わないでください、殺しますよ?」

「……あームカつく。なんで新風くんの側にいるのがお前たちみたいなのかな? その血の尊さもわからないケモノどもがこの方の側にいるんじゃ、汚れちゃうのも無理ないよね?」

「おいおい、手下の魔獣が全滅したってのに随分余裕だな?」

「当たり前じゃん。だって」

 

 その言葉と共にモニカは消え、一瞬でクロさんの胴に深い傷が刻み込まれていた。

 銀の弓が折れていることから見ると、どうにか一瞬防ごうとすることはできたようだ。

 

 それごと力で押し切られたが。

 

「ラファエル!」「マリアンヌ! フレン!」

 

 俺と先生の指示が同時に飛ぶ。ラファエルは手斧をモニカに投げつつ、格闘戦に持ち込む

 その間にマリアンヌたちが応急処置をしてくれたが、クロさんの復帰は難しそうだ。

 

「うぉおおおおおおおお!」

「んー、はい!」

 

 そして、ラファエルの、金鹿一の力の拳はモニカの指一本で受け流され、膝蹴りを喰らって天に打ち上げられた。

 

「どう? わかったでしょ? 私、さっきまでの雑魚全部よりも強いの」

 

 だがしかし、金鹿の、ラファエルを知る者は誰一人としてそこから怯えなどを起こすことはなかった。

 

 それはそうだ。あの程度の、迷いや葛藤など何もない軽い拳で崩れるような男ではないのだ。ラファエルという男は。

 

「うらぁ!」

「ッ!?」

 

 その殺気と声とフラフラの拳に対して反射的に飛びのくモニカ。その速度は尋常ではなかったが、()()()()()。使っていなかったのだろう。

 

 ならばこそ、モニカの使っている技は一つ。カトリーヌさんの雷獄纏や俺のアクセルモードと同系統のもの! 

 

「皆! モニカは思考を加速させて動いてる! けど、あれは他の感覚も過敏になるんだ! 一撃当てれば終わる! 諦めるな!」

「……ネタがばれたところで、私に追いつけるとでも!」

 

 その言葉の前に放たれていたイグナーツとレオニーの矢を弾き飛ばすようにモニカの体から闇があふれ、その肌は青白く、その髪はオレンジ色に染まった。そしてモニカの体を纏うのは、レオタードのような闇の衣。その姿からは、殺戮のためとしかいい表せない印象が伝わってきた。

 

「特撮の女怪人かっての、モニカさんよ」

「あ、名乗ってなかったわね。私はクロニエ、よろしくね!」

「そうかよ!」

 

 その言葉と共に自身もアクセルモードを起動させる。

 負担は大きいが、使わなければ全力のクロニエを捉えることはできないだろう。

 

 そうして、クロニエと俺は超高速での読みあいをする。

 

 ほんのわずかな初動をお互いに見切ることができ、モニカも何らかの方法でこの時間加速に対応したスピードを出す方法を持っている。

 

 なら、勝負は技量の差を仲間たちの援護でどれほど埋められるかだろう。

 

 そして、モニカが動き出す。それに合わせて俺も動こうとすると、するりと真逆の方向に急加速し俺を抜き去った。その矛先にいるのは回復役のマリアンヌとフレン。咄嗟にサンダーを放つも、わかっていたように回避されてマリアンヌの首が切り落とされる寸前で、時が止まった。

 

『使うぞ!』

 

 そうして一瞬前に戻り、フェイントに対応して魔法を放ったが、クロニエはその魔法を剣ではじき返してイグナーツの頭へと放った。それを回避しようとしたイグナーツは、しかし対応しきれずにサンダーをもろに受けて気絶した。幸い死んではいないようだ。

 

 抜き打ちの魔法では利用されるだけ、それでもこの速度での戦闘では魔法に頼るしかない。

 

 そう考えていると、ローレンツが魔法の詠唱に入るのがゆっくりとした音で聞こえる。これは上級魔法ライナロックのものだ。魔力の流れからグロスタールの紋章を使って俺ごとクロニエを戦闘不能にするように放たれるものだろう。

 

「あは? 見捨てられちゃった?」

「信じられてんだよ!」

 

 そうして全力でクロニエの移動を妨害し続けているが、剣で魔法を跳ね返す絶技はライナロックに対しても有効だった。しかし、その反射は完璧ではなく若干ズレ、そのおかげでローレンツは大ダメージを負う程度で済んでいる。

 

 その瞬間、ほんの一瞬だけ時が止まり、ソテっさん経由で指示が下される。それは間違いなく俺の命を捨てる可能性のある作戦だったが、躊躇いはなかった。

 

 そしてアクセルモードを解除して両手を地面に付き、魔力を流し込む。

 その行為に何かを感じたクロニエは蹴りにて俺を吹き飛ばそうとするが、その蹴りは圧縮された闇の弾丸がクロニエをかすめることで放たれることなく終わった。

 放ったのは、姉さん。そして、その()()()()()()から再び超速の弾丸が放たれる。

 流石にまずいと感じたのかはわからないが、クロニエは空に逃げようと飛び上がろうとした。しかしクロニエは知覚を加速していたがために理解してしまった。

 

 現在テュルソスの杖を持っているのはマリアンヌとフレンの二人であること、そしてその二人がテュルソスの杖の能力の一部を使って天からリザイアを落とそうとしていることに。

 

「ばっかじゃない? 当たるわけないじゃん!」

 

 そう言ったクロニエは真後ろに飛び、そしてその瞬間に俺の魔法が発動した。

 

「生まれろ、沼よ! スワンプμ!」

 

 そして、クロニエの足は生まれた沼にはまり、その速度は死んだ。

 

「……上等!」

 

 そこに放たれるレオニーと先生による同時攻撃。レオニーの連射と先生の戦技”破天”。

 

 その完全に決まるかに思えたその攻撃は、しかしクロニエの信じられない回避方法にて当たることはなかった。

 

 クロニエは、左手で天帝の剣を掴んで、その勢いで離脱したのだ。

 持ちろん左手はただでは済まない。余波によりズタボロになっている。

 おそらく思考加速もしたのだから脳内も痛みでぐちゃぐちゃだろう。

 

 だが、クロニエは確かに生き残り、なりふり構わず逃げ出した。

 

「さすが、新風。おのれ、凶星! 次は必ず!」

 

 しかし、それは全速のクロニエに比べれば牛歩と言ってもいい速度であり、石畳に天帝の剣を突き刺してその戻る力で加速した先生と、バレルを作っての(フェイ)で追いついた俺がクロニエを挟み撃ちにした。

 

「「次は、ない」」

 

 その言葉と共にクロニエに近づこうとした瞬間、石畳のあるこの封じられた森の一角が何かの力により封鎖された。

 

「え? なんで?」

 

 そして、クロニエの腹にはいつの間にか大穴が開いていた。

 ナニカに貫かれたような、あるいは何かを抜き取られたような穴だ。

 

 その下手人は、後ろに突如現れたソロンの幻影だろう。

 

「ねぇ、なんでよ、ソロン」

「お前は、凶星を狩るための餌でしかなかったのだよ」

 

 そういって、幻影のソロンはクロニエの背中から消えていった。

 

 そして、クロニエの体から吹き出てきた闇に、俺と先生は飲まれていく。

 

「先生! ジョニー!」

 

 姉さんの声が、遠くに聞こえた。

 その声に伸ばした手は空を切り、俺の意識は闇に堕ちていった。

 

 とても懐かしい、あの闇に。



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第33話 女神の行方 後編

「何、今の!」

「先生たちは!?」

「二人をどうしたぁ!」

 

 困惑するヒルダとマリアンヌ。痛みをこらえながら友と恩師のために叫ぶラファエル。

 

 その叫びに応じて、立ち上がれないだろうと思われていた金鹿の男子勢が起き上がっていく。皆、怒りを抑えきれない状態で。

 

「ザラスの禁呪だ。ただの命では超えることのできぬものよ。これを乗り越えられるのは我らが新風のみ」

「新風新風、って、お前はお前らはジョニーに何を見てるんだよ?」

「かの者は、変革をもたらす者だ。その異界の知識にて、かつて我らは科学というものを学んだ。それが今の我らの礎よ」

「かがく?」

「……ジョニーがたまに言ってたな、魔法を使わない技術の総称だって」

 

 クロードがそういったことに対して、ソロンは笑みを浮かべた。

 

「ならば新風は戻ってくるであろうよ。もっとも、凶星は死に、貴様らもこれから我が手により死ぬだろうがな」

 

 その言葉と共に、ソロンは魔法を放ってくる。

 

 それを回避しながら金鹿の皆は立ち上がる。

 魔獣やモニカとの戦いで疲弊したままではあるが、それでも強い意志の元ソロンへと向かっていく。

 

 ■□■

 

 慣れ親しんだ闇、これは記憶にある。

 

 これは、死の闇だ。

 

 痛みや、苦しみはない。ただ終わるだけの場所。ここで溶けて消えるのが正しいのだと心で理解してしまうその中で。

 

「らぁっ!」

 

 その闇の中で、“自分“を確立した。

 

 一度死に、この闇に溶けないで生まれ変わった時の要領だった。

 

「……なんかできちゃったよ」

 

 もっとも、気合を入れるくらいの勢いでしかなかったので、俺は割と驚いているんだけれど。

 

 そんな事を頭の隅に置きつつ、周囲を見回す。

 

 先生の姿は見えない。だが、命は感じ取れる。

 

 それが、二つ。先生とソテっさんのものだろう。

 

「先生、ソテっさん、無事ですか?」

 

 歩けているのかもわからない闇の中で、その命の方向に足を進める。

 

 そこには、先生に“なりかけているもの”があった。

 

 その傍には、緑の髪の小さな少女。

 ソテっさんは、こんな姿をしていたのかと、普通に納得をした。

 

「ソテっさん、先生はどうです?」

「小僧……お主は本当に意味がわからんの」

「そうですか?」

「当たり前じゃ。……ここは、恐ろしい所なんじゃぞ。痛みも苦しみもなく妾の全てが削られていく感覚は、な」

「あー、アレしんどかったですよねー」

「そのように軽く言えるものか?」

 

 などと言いながら、複雑に、しかし丁寧にソテっさんが命を先生に分け与えているのを感じた。

 

 これに、手を貸すことはできない。

 

「しかし、こうして其方と顔を合わせるのは初めてじゃの」

「確かに、声しか聞こえてませんでしたからね、今まで」

「……わしは、それを喜ぶことができぬよ。それができるという事は、それだけわしとこやつのつながりが弱まっているという事なのだからな」

「けど、そうやって命を削ったらどうなるかわかりませんよ? ソテっさん」

「死ぬのか消えるのかわからぬが、どちらでもよい。わしは、わしが思っている以上にお主やこやつを大切に思っておったのじゃ。記憶を取り戻してもなお、変わらずに愛おしいと思えるほどにの」

 

 そうして、改めてソテっさんの顔を見る。すると、一瞬だけ彼女の顔に神聖さを感じた。

 彼女こそが”はじまりのもの”なのだと魂が言っているのを不思議と感じ取れた。

 

 だが、頭を垂れる気にはならなかった。それは敬意を持てないからではなく、自分にとってやはり彼女は友人としての表情豊かな面白童女と思えるからなのだろう。

 

「じゃあソテっさん。せっかくですし一曲聴いていきますか? 先生の目覚ましになるかもしれませんし」

「……そうじゃな、なら、お主が名付けられなかったあの一曲を頼もうかの」

「了解です」

 

 そうして、懐から笛を取り出して、思いを込めて笛をふく。

 吹く時の感情は、不思議と迷いはなかった。

 ソテっさんとの最後の別れになるのに、その思いに悲しみはなく。ただひたすらに感謝しか浮かばなかった。

 

 今まで共に話し、助け合い、バカをやって、笑いあったソテっさん。

 かつて人を助け、導き、そしていつかの俺の祖先を育ててくれた女神、あるいは神祖ソティス。

 

 その二つへの感謝が混ざり合い、一つになって音色が奏でられていく。

 

 それを聞き終えるころにはソテっさんは先生を助けるための命の受け渡しを終え、俺に拍手をくれていた。

 

「ありがとうございます、ソテっさん」

「わしが何者かを知ってもその態度、お主阿呆じゃのやはり」

「嫌でしたか?」

「嫌なら殴り飛ばしておるわ」

「そりゃどうも」

 

 そうしてからりと笑った後、ソテっさんはこんな言葉をつぶやいた。

 

竜奏の唄(りゅうそうのうた)。今の曲をわしはそう名付けたい」

「竜を、奏でる?」

「そうじゃ、操るのではなく、共に敬いあい、共に踊り、共に歌う。それがそなたの魂だと感じたのじゃよ」

 

 その、竜を奏でるという言葉に、自分の今まで感じていた違和感がすっと消えていくのを感じた。

 自分の紋章に名前を付けられなかった理由。それはもともと名付けられていたからなのだろう。大切な名前が。

 

竜奏(りゅうそう)、竜奏の紋章……」

「そう。じゃがそれはかつての馬鹿息子の力が故に名付けたのではない。其方の、ジョニー=フォン=コーデリアの紋章だからこそ竜を奏でるモノであると思ったのじゃよ。どうじゃ? 少しは見直したか?」

「そもそも見損なってはいませんよ最初から。友人としても女神としても、あなたは信じられる方でした」

「なら呼び名を直さぬかたわけ」

「嫌ですよ。女神じゃなくて友人のソテっさんしか俺は知らないので」

 

 そんな会話を最後に、握手をする。

 

 そうしていると先生が起き上がった。ようやくこの闇に慣れたのだろう。

 

「先生、おはようございます」

「全くしてやられたの」

「……ここは、あの世?」

「みたいなもんですね」

「否定せんか小僧。まだわしらは死んでおらぬ」

「じゃあ、死ぬ前の闇的な場所です」

「適当か!」

「納得した」

「納得するなお主も!」

 

 そんないつもの3人に戻ったところで、改めて周囲を見渡す。

 ソテっさんの力の影響か、どこか神聖さを感じる神殿のようなイメージが自分たちの周りを覆っていた。

 

「さて、お主らよ。ここから抜け出すには……策がないわけではない」

「策?」

「お主の天帝の剣。その力を十全に扱えるようにする」

「……具体的には?」

「わしの力の源を、お主に注ぎ込むのじゃ。そうすればお主はわしの力を十全に扱える。力ずくじゃが、ここから抜け出すのは不可能ではない」

 

 その言葉に即座に先生は反応を返す。

 

「そうすると、ソティスはどうなる?」

「なに、力を失うだけよ。気にする必要はない……といって、気にしないようなお主ではあるまいしの。どう言うべきか……」

「ソティスは、友人だ。見捨てるつもりはない」

 

 その言葉に涙をこらえながら、笑顔でソテっさんは笑った。

 

「わしは大丈夫じゃ。小僧の演奏を聞き続けていればそのうち力も戻るじゃろうて。だから、気楽にの。この闇に生者が長くいるものではない。疾く出るのじゃ」

「ジョニー、本当?」

「微妙に嘘です」

「小僧! そこはわしの話に乗らぬか!」

 

 表情豊かに怒るソテっさん。しかしその様子はこのいつも通りの会話を楽しんでいるようだった。

 

 ソテっさんの心は、もう決まっているのだろう。

 自分に今、彼女を止めたい理由はあるけど、彼女を止める方法はない。

 だから、彼女の心を優先しようと、俺は決めた。

 

 だからこそ、その嘘は認められない。真実は、受け止めさせるべきだろう。

 

「微妙にって言ったじゃないですか」

「なら、ソティスの嘘を教えて」

「……ソテっさんは、もう先生に命を渡しています。この世界で先生が、存在を確立できるように。だから、これ以上先生に力の源を渡したら、ソテっさんは死んでしまいます」

「私に、命を?」

「……ああそうじゃよ! お主をこの闇に囚わせたくはなかったのじゃ! この闇は本当は暗くて、ひたすらに続く恐ろしいものなのじゃよ! わしはここで記憶の全てを削り落とされ、体もこのようになり! 心すら消えていった! そんな中にお主を置いていけるものか! お主にはお主を信ずる生徒も、お主の見つけた恋心もあるのじゃから!」

 

 そんな叫びの中には、ソテっさんが先生を想う感情が、言葉以上にこもっていた。

 けど、だからこそ先生は言うのだろう、自分だけでは考えつかない、”奇跡のような可能性”を見つけられる者として。

 

「それは、違う。その中にソティスが居ないのは、絶対に違う。私とソティスは、二人で一人、だったら、最後まで二人でいたい。……だから」

 

 その言葉と共に、先生の中の紋章が燃え上がるように力を発した。

 これまでの、先生の中でソテっさんが力を使っている感覚ではなく、先生の優しく強く温かい炎の紋章が輝き、先生の体を光で覆った。

 

 そうして現れた先生の姿は、美しい緑の髪をなびかせ、()()輝く天帝の剣を携えたベレス先生がいた。

 

 その天帝の剣の空洞の紋章石の部分には、竜奏の紋章が輝いている。紋章石など存在しないのに、コレはもう”(先生)と共にあることを決めた”のだと言葉もなく告げていた。

 

「……これじゃあ、まだ足りない。ジョニー、ソティス、力を貸して。3人なら、行ける!」

「……なんじゃなんじゃ! わしの覚悟は無駄か! とういかそのようなことができるのであれば捕まる前にやらぬか!」

「何となくやったらできた」

「この感覚派め!」

「良いじゃないですか! 早速ぶっ放しましょう! この闇の(そら)を破る! 俺たちの合体技を!」

 

 そうして、先生の背に俺とソテっさんの手が置かれ、そこに力が流れ込んでいく。その力を受け止めた先生は、青く輝く天帝の剣を構え、その力のすべてを解き放った。

 

「合体戦技、竜奏破天!」

 

 そうして闇の空間は消し飛び、俺と先生は再び現世への道を進む。

 

 その中でソテっさんがこんなことを話した。

 

「お主らよ。済まぬがわしは少し眠る。わしの力は今ので打ち止めじゃ。だから、こやつを頼むぞ、竜奏のジョニー」

「……任されました!」

「ジョニーに任されるのは、少し心外」

「親心じゃよ、許せ」

「……わかった」

 

 その少しがどれくらいになるのかはわからない。しかし、その時まで共にいようと俺と先生は誓い合った。

 

 そして、砕けた空間から舞い降りる。

 

 そこでは、金鹿の皆が必死で戦っていた。闇に蠢くものの魔導士ソロンを相手にしながら、必死の形相で、俺たちを助けるのだと吠えながら。

 

「先生を返してもらう!」

「我が友ジョニー君もだ!」

 

 そう叫んでいるのはクロさんとローレンツ。

 

 二人はボロボロになりながらも手に持った剣と槍でソロンに挑みかかる。

 

 それをサポートできる生徒はもういない。空から見たところ皆はもう倒れていた。

 しかし、誰一人として諦めの目はしていない。倒れ伏しながらも皆魔法を構えていたり弓を引こうとしていたりと、攻撃の手を止めようとはしていなかった。

 

 だからこそ、ソロンは俺と先生に気づくのが遅れたのだろう。

 

「それだけあれば十二分! 先生! 飛ばします! 最後の援護です!」

「わかった。後は任せて」

 

 その声と共に、俺のウィンドにより先生は射出される。そして、先生は、天帝の剣を構えて上空からい一撃を叩き込む。

 

 その剣はソロンの魔導障壁をたやすく叩き切り、ソロンの腕を一本切り落として見せた。

 

 そして続いての一閃。勢いを殺さずに、鮮やかに振るわれるその剣にソロンはたまらず短距離転移魔法にて退避する。そしてその瞬間に時が止まり、数秒の後に世界が戻ると、先生は転移先に天帝の剣の切っ先を伸ばしていた。

 

「ぬぅ!?」

 

 しかしその剣はソロンの咄嗟の泥くさい回避により躱された。地面に倒れこんで回避するという方法だった。

 

 しかし、おそらくそこまでは予測していたのだろう。先生の天帝の剣の青い輝きが何をしようとしているのかがよくわかる。

 

「……仕留めた」

 

 その言葉と共に、天帝の剣の切っ先がひとりでに蛇のように動き、ソロンの背中を刺し貫く。

 

 それが、先生の力だった。

 

「まだよ! 新風に殺されるならよい! だが凶星に殺されてはなるものか!」

 

 その言葉と共に倒れこんでいるソロンは胸に手を当て、そして懐からおそらくクロニエから取り出したと思われる石に最後の力を与え、暴走を始めた。それが紋章から伝わってくる。二つの闇の者の、邪悪で、しかし真摯な思いがただ破壊だけに変わっていくのを感じられた。

 

 そうして現れたそれは、まるで先ほどの世界の闇が凝縮されて形になったようなモノであった。

 

「先生!?」

「あんなのが相手じゃ……ッ!?」

 

 その時、皆は感じたのだろう。先生から放たれる紋章の神気を。女神に認められた先生の、”はじまりのもの”と共に生きると決めた先生の慈悲の剣気を。

 

「戦技、神祖破天」

 

 その一撃は森を割り、大地を抉り、そして闇を砕いて光に変えた。

 

 その一撃の中で立つ先生は神秘的で、しかし少しとぼけた先生のままだった。

 

「皆、ただいま」

「あ、すいません先生、キャッチお願いします」

「着地のこと考えてないんですかあの馬鹿弟は!?」

 

 そうしてあれやこれや起きた結果木に引っかかり無事だった俺は、くたくたな皆と共にカトリーヌさんの騎士団に回収され、治療されるのだった。

 

 それが、封じられた森での戦いの結末だった。

 



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第34話 海の見える場所

 禁じられた森での、クロニエとトマシュとの激闘が終わってから、ガルグマクは平穏を取り戻していた。

 

 戦闘直後は、俺と先生が仲良くぶっ倒れててんやわんやになったらしいが、それについてはクロさんが面白おかしく語るものだから笑い話になっている。

 

 というか、クロさんは意図的にそういう笑い話にすることで他の皆が深入りしようとすることを避けさせていた。この点は本当に感謝しかない。

 

 もちろん、それでもごまかし切れないことはある。先生の髪の色がそうだ。その色は、レア様と同じ色になったのだから。主の力である天帝の剣を使いこなす先生なのだから、と納得するものもいれば、女神に力を貰ったからという話を推測から切り出すものもいた。

 

 ガルグマクの最高権力のレア様が皆に言ったのだ。聖墓で主の啓示を受け儀式を執り行うと。

 

 それは神祖ソティスの墓での、儀式だそうだ。詳しいことは調べてもわからなかったが、それが今力を使い果たして眠っているソテっさんに悪い影響を与えるものではないだろう、という思いから先生も自分もそれに協力するつもりでいた。

 

 聖セイロスはそこで女神ソティスの言葉を受けたのだから。そこにはソテっさんの力を強くする何かがあるだろうというのが先生と俺の考えた結論である。それならば、そこに通っておけば皆の卒業のころには目を覚ますかもしれない。

 

 ソテっさんは間違いなくこの士官学校でできた親しい友人なので、卒業の晴れ姿は見てもらいたいのだ。そんなことを俺が言うと、先生は「他の生徒たち皆のことも、ソティスは見送りたいと思う」と言った。故にこそ、聖墓での儀式はちゃんと成功させたいものである。

 

 そして儀式の準備が、自分たち金鹿の近節の課題である。

 

 

 

「とは言ったものの、生徒にやることないんですよ。なんでちょっとアビスの様子を見に来ました」

「それはありがたいですね、ジョニー君」

「お前はアビス(ココ)を実験場みたく使ってるだけだけどな」

「役に立ってんだからいいだろ、ユーリス」

 

 そんな話を、アビスの顔役になっているアルファルドさんとユーリスとしている。

 

 ちなみに今回作った持ってきた発明品は、炭を使った脱臭剤である。炭で空気中の匂いを吸着させ、それを重曹で中和するというものだ。

 

 アビスは地下にある。魔法などで換気にも気を使っているがそれでも匂いは溜まるのだ。

 それをなんとかできるかもしれない発明として、今日はこれを持ってきたのである。

 トイレでの匂いはあまり変わらなかったものの、それ以外の場所での効果は”何となくいつもより薄い気がする”と好評を得ていた。

 

「んで、今日来たのはそれだけじゃねえだろ? コイツまで呼んだんだから」

「呼んだというか、そこにいたから話しかけたってだけですけどね」

「……自由ですね、相変わらず」

「いや、ジョニーのコレは無軌道なだけじゃないか?」

「それほどでもあるけどさ」

「いや、否定しろや」

 

 そんな会話の後に、アルファルドさんに話を聞いてみる。

 

 しかし、枢機卿でも聖墓の事は知らされておらず、儀式についても何も知らないという状態らしい。

 先生のお袋さんに関しての事件を引き起こしたのだからそう言った裏にも詳しいかと思ったが、別にそんなことはなかったようだ。やはり思い付きで聞いてみてもなにかわかるわけではないのだろう。

 

「ま、そんなわけで今節は割と暇だから、いろいろ手伝うぜ。アビスに居残る連中は結構いるんだろ?」

「ああ、爺さん婆さんたちはどうしてもな。長旅に耐えられないってのもあるが、こんな地下でもセイロス教の教えに従って祈っていたいんだとさ」

「となると、修道院から人手が必要かもな。ちょっと偉い人探して提案してみるわ」

「……誰に話を通す気だよ」

「レア様」

「ぶん殴った相手によくそんな話持ち掛けられるな」

「死ぬ気で謝ったら許してくれたんだって」

 

 そんなユーリスとのいつも通りの会話を楽しんでから、アビスの上に出る。

 

 すると、フレンちゃんから突然に声をかけられた。

 

「ジョニーさん! お兄様を見かけませんでしたか?」

「セテスさん? 見かけてはないけど……ちょっと待って、今探す」

 

 そうして竜奏の紋章の感知能力を引き上げてみると、特徴のある力をしているセテスさんはすぐに見つかった。方向だけだが。

 

「今あっちの方向だから、騎士団詰め所かな?」

「ありがとうございます!」

 

 そんな言葉と共に頭を下げるフレンちゃん。

 なにやら急ぎの用事に思えたので、もう少しお節介をしていくことにする。

 

「案内するけど、邪魔だったりする?」

「邪魔などではありません! よろしくお願いします!」

「よっしゃ、早歩きで行こうか。走ったらセテスさんにまた怒られる」

「あ! ……そうですわね。とっても早く歩きましょう!」

 

 そうして進んでいくと、セテスさんは割とすぐに見つかった。玄関ホールの手前で捕まえられたようだ。

 

「フレン、ジョニー、どうかしたのか?」

「どうかしたのかではありません! ロディ海岸が大変なのでしょう!? わたくしも参ります!」

「……墓参りに行くのではないのだ。大人しくしていてくれ」

「賊でも出たんですか?」

「いや、反乱だ」

「……穏やかじゃないですね」

「激しい戦いになるのは予測できている以上、騎士団の精鋭で事に当たるつもりだ」

「それでも! お母さまの大切な場所が荒らされるのをわたくしは黙ってはいられませんわ!」

 

 そのフレンちゃんの瞳は強く、気高いものに見えた。

 

 それを見て、セテスさんに耳打ちをする。

 

「……セテスさん、コレ付いてくるなって言うの無駄だと思うんですけど」

「……だが、戦場だ」

「フレンちゃん、強くなりましたよ」

「それはわかっている。だが! ……フレンはまだ未熟だ」

「それ、感情論入ってません?」

「……それだけフレンが大切なのだ。君ならわかるだろう」

「……守るだけが大切にすることじゃない、と俺は思います」

 

 その言葉に、少しだけ考えるそぶりを見せたセテスさんは、フレンちゃんにこう言った。

 

「……出立は一時間後だ。それまでに十分な兵力を集められたのならば、同行を許可する」

「お兄様……はい! すぐに、皆さんにお声をかけてきますわ!」

 

 その言葉と共にフレンちゃんは走り去っていく。

 

 ……俺を置いて。

 

「ここで声かけられないとか、俺フレンちゃんに嫌われてたりするのか?」

 

 そんな声に,誰も答えることはなかった。

 

 ■□■

 

 それからきっちり一時間後。集まったのは金鹿の面子と先生だけだった。

 他クラスにも応援を頼んだらしいのだが、それぞれが課題やらで忙しいようで引き受けたりはしなかったそうだ。

 

「というか先生、儀式の準備とか手伝わなくていいんですか?」

「許可は取った。大丈夫」

 

 こんな時に説明の補足をしてくれるソテッさんが寝ているのは少し寂しいと思う。先生の言葉足らずをフォローしてくれていたのは彼女だったのだから。

 

「それはともかく、時間操作の感覚は掴めたんでいいんですよね」

「2回くらいなら連続でいけると思う」

「……先生も何気に凄いですよね。女神の力なのにすぐに扱えるようになってて」

「それほどでもある」

「あるんですか」

 

 などと先生と会話していると視線を感じたので見てみると。そこにはあきれた様子のクロさんがいた。

 

「先生、ジョニー、女神の力の話とかこんなところで話すもんじゃないだろ」

「そう?」

「女神ってより、共通の友人の話題のつもりでした」

「……どんなんだったんだよ女神様ってのは。いや、おかしいのはこの二人か?」

 

 尚、クロさんは先生がソテッさんと共にいたことは知っている。俺と先生はクロさんからの”さすがに話を聞かせろ”というプレッシャーから逃れられなかったのだ。

 もっとも、クロさんはソテッさんがかなり愉快な人であることは信じなかったようだが。それは仕方がないだろう。あんなのでも一応女神だとか神祖だとか敬われている存在なのだから。

 

「まぁそこはいいか。それより今回の西方教会の話なんだが、俺はちょっと妙な噂を小耳に挟んでてな」

「妙な噂?」

「あのあたりの住人が“帝国領に”避難したって噂だよ。西方教会の反乱が起きるのを予測していたみたいにしっかり身支度整えて逃げたらしい。海賊の手引きでな」

「……なんで、北に行かないんだ?」

「ロディ海岸は王国領のはず」

「そこが妙なところなんだよ。反乱が起きるから逃げるってのは分かる。西方教会の誰かが情報を流したとかだろうしな。だが、いくらなんでも手際が良すぎるだろ」

 

 そんなことができるとするならば、それはもともと帝国領に逃げ込む算段を付けていたという事だろうか? と少しだけ考える。

 

 確かに今の王国はあまりよろしくない。税は重く、政治は民のことを考えていないと見えることも多々ある。

 

 

 だが、ディミトリという希望もまたそこには存在しているはずなのだ。正当なる王という希望が。

 

 

「……考えても分かることじゃないですね。現地でそれとなく探ってみましょうか」

「探るって言っても住人はもういないぞ」

「いや、海賊の方に」

「ジョニー、伝手はあるの?」

「現地で作ります」

「お前ならできそうで怖いわ」

 

 

 などという会話をしながら、騎士団と金鹿の学級はロディ海岸に向かっていくのだった。

 

 

 ■□■

 

 前評判とは違い、あっさりと追い詰められていく西方教会の手勢。

 それはセテスさんの手腕が素晴らしいという事もあるが、どうにも敵軍の士気の低さが決め手になっているようだ。

 

 自分たちは後詰でしかないが、それでも戦場から逃げていく教会兵の姿がちらほら見える。

 

「なんだか、拍子抜けですわね」

「油断は禁物だけど、これは俺たちが来る必要はなかったかもな」

 

 そう、救護部隊を指揮しているフレンちゃんと話をする。

 

 今回の自分の役割はフレンちゃんの護衛だ。海岸の砂に足を取られることなく近接戦闘が可能であることから、先生に支援の要であるこの部隊の護衛に指名されたのである。

 無茶をする場面ではないのだし、いい采配だと素直に思うばかりである。

 

 そうして戦場を見守りつつも、時折逃げるように遭遇する兵を殴り倒していく。すると捕虜にして拘束した敵兵の一人が、奇妙なことをしだしたという話が聞こえてきた。

 

「ああ、うめぇ……」と、泣きながら水を飲んでいたのだとか。

 

「……フレンちゃん、ちょっと気になることができたから捕虜の様子を見てくる。いいか?」

「いえ、おそらく解毒(レスト)の魔法が必要になりましてよ。わたくしも参りますわ」

「水に毒が入れられたって見るか」

「はい。この辺りの飲み水は少し離れた貯水湖に依存していますの」

「土の塩気のせいか?」

「そうですわ」

 

 捕虜の数名にそのことを確認してみると、結果は大正解。

 

 そして、それを行ったのは逃げ出した住人を率いた先導者だったようだ。

 

 そんな事実に少しの恐怖を覚えながら、俺とフレンちゃんは方々に伝令を飛ばしこのことを伝えた。

 

 

 

 そこからは、一方的だった。十分な水を提供するとセテスさんが言っただけで雑兵たちは一気に寝返り、戦わずして敵戦力の大半を無力化できたのだ。

 

 そして捕虜の面倒を騎士団たちに任せて、手薄になった西方教会本部に後詰の俺たちで攻め込む。捕虜の数が多すぎたことでこういった割り振りになったわけである。

 

 つまり、ここから先はいつもの金鹿の面子(俺とフレンちゃんを除く)とセテスさんといった面子で戦うことになり、そしてあっさりと西方教会は降伏した。

 

 それが、この西方教会の反乱の結末だった。

 

 

 

 

「……なんてことで、終わらせないよな?」

「はい、こっそり”杖”は取り返してきたので、行けますわ」

 

 そんな言葉を交わして、俺とフレンちゃんは軍勢を抜け出す。

 

 

 今、俺とフレンちゃんが向かっているのは貯水湖だ。近づくと空気に毒気があるのが伝わってくる。これはかなり強力な毒がある。

 

 そして、その毒を生み出している魔獣の気配が竜奏の紋章から伝わってくる。なかなかの大物だった。

 

「……ジョニーさんは付いてきてくださらなくても良かったのですよ?」

 

 そんなことをいうフレンちゃん。しかし「今更そんなことを言うか」という言葉はぎりぎりで飲み込み、ちょっとだけ格好をつけることにする。

 

「フレンちゃんの護衛が俺の今日の仕事だよ。それに、この近くにはまだ残っている住人がいる──そんな人たちにこれ以上戦いの傷を負わせてたまるか」

「心強いですわ、竜奏の戦士様」

「ごめん、ソレかなり恥ずかしいわ」

「格好いいとわたくしはおもいますけどね」

 

 そんな会話を最後に、貯水湖に到達する。

 

 そこでこちらを待ち構えていたのは紫色の巨大な魚だ。周囲に毒を放ちつつ、鋭い敵意を俺たちに向けてくる。

 その毒をウインドで払い、正面から相対する。

 

 互いの距離は遠く、敵の遠距離攻撃も俺の魔法も届かない。

 

 だが、ここには今四聖人の一人であるセスリーンの杖を完全に使いこなしている仲間がいる。

 

「水よ清らかに、解毒魔法(レスト)!」

 

 その魔法は、光の柱だった。優しく美しく、そして強い。

 

 その浄化の光に触れた水は一瞬で清められ、その毒に適応していた魔獣は悲鳴を上げていた。

 

 

 それだけの隙があれば、俺はその魚を殺すのに十分な技を持っている。

 

 足に魔力砲身(バレル)を展開して風で自身を射出する。そして魔法をサンダーに切り替えて、その速度そのままに魔獣のコアに向けて雷の蹴りを放つ。

 

「戦技、ライトニングソニック!」

 

 それにより、ただ人への憎しみだけを持っていた魔獣は絶命した。

 

「これにて」

「一件落着ですわ!」

 

 なお、そのすぐ後に俺とフレンちゃんは巻き上げられた貯水湖の水により水浸しになり、とても格好の付く状態ではなくなったのは俺とフレンちゃんのちょっとした秘密である。

 

 

 

 

 ■□■

 

 セテスさんは俺とフレンちゃんの独断専行を当然許しはしなかった。先生も「なぜ私もつれていかなかった?」と割と根に持っていた。

 

 正直それに関しては返す言葉はない。もともと怒られるつもりでいたからそこは甘んじて受け入れる。だが、それは仕方がないだろう。

 

「わたくしは、わたくしの手でお母さまが眠るこの地を救いたかったんです。お兄様たちに心配をかけてしまったことは心から謝ります。けれど、百度同じことがあっても私は同じことをしますわ」

 

 こんな強い目をした女性を誰が止められるというのだろうか。少なくとも俺には無理だった。

 

 その様子に根負けしたのはセテスさんも同じだったようで、じとりと俺を恨みがましく見た後で「墓参りに行く。お前はどうする?」とフレンちゃんに言った。

 

「はい!」

 

 そう返したフレンちゃんの笑顔は、とても素敵なモノだった。

 

 

 

 そうして、せっかくだからと誘われて俺と先生は一緒に墓参りに赴くのだった。

 

 聖キッホルの記念碑でもある、その石碑に。

 

 

 

 ■□■

 

 

「旦那、あんたが水の浄化をしたってのは本当かい?」

 

 その日の夜。街に繰り出して演奏や手品でアウトローな方々と仲良くなっているとそんな言葉が不意にかけられた。

 

「正確には俺ともう一人ですけど、合ってますよ」

 

 そうして顔を向けると、そこにいたのは風格のある白髪の老人だった。その真剣な表情に、背筋を正してしっかりと向き合う。

 

「なら教えてくれ。キール……あの毒魚はどうなった?」

「……すいません。心が殺意に飲み込まれていたので、殺すしかありませんでした」

「……魔獣を退治してとやかく言う奴はいねえよ。だが、どうして謝った?」

「大切な人だったんですよね、あなたの」

「……ああ、息子だった」

 

「紋章石なんてもので魔獣になっちまったが、それでも息子だったんだよ」

 

 そうしてその老人はぽつぽつと語り始める。今回の西方教会反乱の裏側を。

 



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第35話 君の見る世界

エタったと思われたであろう小説ですが、続きを少し。
当然ながら不定期更新となります。

本日2話投稿予定です。


 その男が西方教会にやってきたのは数年前のこと。昔というほどでも、最近というほどでもないそんな時期だ。

 

「こんにちは。何か手伝える事はありますか?」

 

 そんな言葉を毎日皆に言うものだから、初めのうちは信用せずに遠巻きにしたり、或いは面倒な仕事を押し付けるように使ったりと酷いものだったらしい。

 

 しかし、彼は笑顔を崩さなかった。

 彼の誠実さは人々の心を溶かし、人々は彼を信用し、信頼するようになっていった。

 

 ……たった数年で、西方教会の長よりも。

 

 そんな最中、彼が服を大いに汚しながらこんなことを伝えてきた。

 

「西方教会は中央に反乱を起こそうとしている。このままでは、巻き込まれて皆死んでしまう!」と。

 

 その言葉を疑うものは居なかった。

 

 それから彼は、人々に密かに逃げの支度をさせていった。少しずつ金を、道具を、食料を貯めさせた。

 

 その過程で、滋養に効く薬として、()()を渡された。疑いもなく、それを人々は飲んだ。

 

 それは、人の心を薄め、人の体を強くし──人の体に、竜の力を馴染ませるようにする下準備。

 

 

 自ら望んで、自ら進んで、人々は彼の走狗と化していた。

 

 それに気づけたのは、今話している男性が漁に出てしばらく戻れず長らくアレを飲まなかったからだろう。

 

 そうして、アレの効かなかった僅かな人々以外は彼の言葉のままに、船に乗り帝国へと落ち延びた。

 

 或いは、囚われた。

 

 それから先の未来は想像に難くない。かつて己の受けたような地獄のような実験の被験体となり、ゴミのように捨てられる。

 

 

 それが、この村に起きた出来事。

 予期せぬ反乱によって暴かたのか、収穫の期限が来た為に臭い消しをしないで実験体をかっぱらったのか実際の所はわからない。

 

 

 けれど、確かにそこにはあった。

 

 薬の効果が不十分だったモノを切り捨てるために投与された質の悪い紋章石と、それによってひたすら街を成すだけの獣と化した人々が。

 

 明確な、“人への悪意”によるモノだ。

 

 ■□■

 

 そんな事を聞いた自分は、ふと何かを感じ取れてしまった。思うに、この土地の水にも何か仕込まれていたのだろう。

 

 この土地に残された、とても小さな声。

 

 その断片はとても小さく、重なって大きな波になった瞬間に聞き取れたその思いは一つ。

 

『滅べ』

 

 ただ、それだけの混じり気のないもの。

 

 重さはない。強さはない。鋭さはない。心に響かない。

 

 ただ、無性に吐きたくなった。

 

 それだけだった。

 

 

 ■□■

 

 西方教会の反乱鎮圧を終えて、ガルグマクへの帰路に着く私たちは、一つの異変に頭を抱えていた。

 

 私の弟(ジョニー)が、おかしい。

 

 基本的に陽気に振る舞う彼は、とてもよく喋る。時には笛を吹き、時には(無駄な)魔法で景色を彩る。

 

 そんな彼が、明らかに警戒を解いていない。

 

 どこに対して警戒しているのかと問えば、「わからない」と答える。

 

 何に対して警戒しているのかと問えば、「わからない」と答える。

 

 完全に、お手上げ状態だった。

 

 こうなっている彼を見たのは随分と昔に一度だけ。私と共にコーデリアに引き取られた時だ。

 その時、コーデリアには敵は居なかった。もう絞り尽くされた後だったから。しかし、彼は絶対に“守る”という意志を衰えさせず、その身を削っていた。

 

 そんな彼に私は何をしただろうか? と思い出そうとするも、特別何かをした覚えはない。

 

 ふとした拍子の気の緩みが、だんだんと日常になっていただけだった。

 

「ジョニー、とりあえず一旦顔でも洗ったらどうですか? そんなに悩んでても何にもなりませんよ」

「……でも、感じるんだ」

「警戒は私がしておきますから、その感じるものを私たちに伝えられるようにして下さい。今のあなた結構鬱陶しいんですよ」

「酷くない? 姉さん」

「酷いのはアンタの顔でしょう」

 

 その言葉を受けたジョニーは、素直に言う事を聞き顔を洗って、ついでに水を飲んで一息つこうとした。

 

 しかし、その水を地面へとぶちまけた。

 

「虫でも居たんですか?」

「ここからも、感じる……ッ⁉︎」

 

 そんな事を言ったジョニーは、条件反射のように私の方にやってきて、彼にしか分からない何かに警戒していた。

 

 というか、怯えていた。

 

「ていっ」

 

 そんな馬鹿は叩いて直すに限る。

 

「何すんのさ姉さん⁉︎」

「あんたこそ何してんですか? 何に怯えてるのかくらいは言って下さいよ。笑い飛ばすか馬鹿にするかはそれから考えるので」

「……いや、真面目に取り合ってよそこは」

「寝言は寝て言って下さい」

「……まぁ、突拍子もない上に意味わからないしな」

 

 そうして、ポツリポツリと彼は言う。

 

 言葉にも音にもならない何かを、聞いてしまった。

 それから、その何かが常に聞こえているようで、けれど実際には聞こえていなくて。現像がどうなのか分からない。

 

 そんな話だった。

 

「つまり、幻聴が聞こえているか分からないって事ですね」

「……そうなるのか?」

「だったらその幻聴に合わせて笛でも吹いたらどうです? 明るい感じになるように」

「……ごめん、真面目に意味わからない」

「考えて喋ってませんから」

「姉さんって意外とそういう所あるよな」

「……で、やるんです?」

「やるけどさ」

 

 

 そんな、いつも通りに引き戻すような一言。それは私たちには普通の事だった。

 

 

 そうして、かの笛から音楽が奏でられる。

 

 その悲しくも未来を願うような不思議な曲調は、昔を思い出させた。

 

 かつて、地獄で希望()を見つけたその時を。

 

 一曲が終わると、彼は不思議そうな顔をしていた。

 自分が何をどうやって演奏したのか全く覚えていないと彼は言った。

 

 けれど、その声は半分くらい“いつも通り”の弟が帰ってきている事を示していた。

 

 

「もう一度吹けます?」

「多分無理。意味もなく神懸かってた」

「劇場とかでやりなさいよそういうのは」

「劇場で吹く事は無いと思うぞ。余興では吹きまくるだろうけども」

「今のをパーティで吹いたら参加者は感動に呑まれてそのまま家に帰りますよ。多分」

「しっとりしてた感じ?」

夜想曲(ノクターン)とかその辺じゃないかと」

「あー」

「それくらいは覚えてなさいよ」

 

 

 そんな言葉を交わしながら、ジョニーは周りを見る。彼の笛に、彼の声に、自然と人が集まっていた。

 

「ジョニー君! 今の凄かったよ! なんて曲なの⁉︎」

「あれは私の、私たちの心を打ったとも! 同盟に刻むべきその一曲の名を教えてくれないかね!」

「……とても、良かったです」

 

 ヒルダが、ローレンツが、マリアンヌが声をかける。

 

 フレンは感動で泣いており、セテスさんも涙ぐんでいた。

 

 先生は、よくわからないが感動しているように思える。

 

「ジョニー、今の曲の名前は?」

 

 彼に、そんな言葉をかける。間違いなく決まっていない上に曲自体ももう一度吹けるかわからないらしいが、それでも名を付ける事は大切だろう。

 

 名無しの孤児が、『ジョニー』になり、『ジョニー=フォン=コーデリア』になったように。

 

「……“滅びた者から”?」

「自信どんだけ無いんですか」

「しっくり来ないんだよ!」

 

 そんな若干の逆ギレもあり、ジョニーがどう吹いたか覚えていないのもあり、その曲に名前は付けられることはなかった。

 

 尚、皆から多くの意見が出てきたが何一つ取り入れはしなかった。こういう時にキレているジョニーは変に頑固だった。

 

 そんな一幕の後に、私たちはガルグマクへと帰還するのだった。

 

 

 

 ……その曲を聞いた時の『死への渇望』を、気のせいだと切り捨てて。

 

 

 ■□■

 

「こんばんは、随分と良い曲を作ったらしいわね、ジョニー」

「冷やかしはごめんだよ、エガ姉。フィーリングでできちゃった曲は譜面にするのが難しいんだから」

「そんなものなのかしら」

「知らん。俺は雰囲気で音楽をやってる趣味人なんだから」

 

 そんな言葉を述べながら、エガ姉はワインを見せてくる。帝国の、なかなか良い感じのワインだった。

 

「それで、何の用?」

「お誘いに来たのよ。帝国へ」

「一応俺は同盟貴族なんだけど」

「今回は士官じゃなくてパーティへの誘いね」

「……フォーマルな服装そんなに持ってないから、やめて欲しいんだけど」

「学生を連日連夜の乱痴気騒ぎに引き込んだりはしないから安心して」

「へぇ、そうなんだ」

「えぇ、そうなの」

 

 そんな言葉を紡ぎながら、どうやって断ろうか頭を悩ませているとどうにも引っかかる。

 

 こんな時期に、パーティなどあるのだろうか? と。

 

「なんか、俺が知ったらいけない類の事だと思うんだけど」

「勘づいたわね」

「なし崩しに引き込む系の策略かよ……」

 

「けど、それだけじゃ無いの。私の決意を、貴方に見て欲しかったの」

「なら、やめとくよ」

「どうして?」

 

「これから荒れるんだろ? だから、備えないと」

「帝国側に着く事は、悪い選択肢じゃないと思うのだけど」

「分かってる。だから、まだ日和見するよ。どう動くかは、ある程度流れが決まってからでも遅く無い。天下を獲りたい訳じゃ無いからさ」

「……良いの?」

「……もう、どうにもならない。うん、これがきっと言葉にするとしっくり来る」

 

「いま、このフォドラには大きな流れが出来上がってる。教会の支配力の弱まり、王国の腐敗、帝国の暗躍、同盟の傍観。そして、残り続けてる遺志」

 

「多分、どこ勝っても変わらないんだよ。どこが勝っても総取りできるように流れが作られてる。だから、今更雑な後手を打つくらいなら、ある程度構えていたい」

 

 これが、今の俺の結論。

 

 コーデリアの件で、同盟の今は知っている。

 ダスカーの件で、王国の今は理解できた。

 そしてロディ海岸の件で、帝国の仕込みは少し 見えた。

 

 もう、致命的に遅い。

 

「……その話を教会にはしたの?」

「した方が良いのは分かってるんだけど、どうにもさ」

「煮え切らないわね」

「どうしたらいいのか、分からない」

 

「これからの戦争も、これからの時代も絶対にロクなモノじゃないのは分かってる。けど、だから止めるってするには今は“腐り過ぎてる”。それが犠牲を認めていい理由には絶対にならない。だから何かしなきゃいけないけど、何をするべきなのかが致命的に分からない」

「……貴方らしくないわね」

「一応、行動を起こす前は結構考えるなんだぞ俺」

 

 ……実際にはその場の勢いで考えた事の8割は放り投げるのが自分なのだけれども。

 

「……ねぇジョニー、聞いて良いかしら」

「改まって何さ」

「貴方は、私と居て楽しかった?」

「あぁ。これからどんな関係になるにしたって、エガ姉個人と仲良くいられたのはとても楽しかったよ」

 

 その言葉にエガ姉は「ありがとう」と小さな声で返した。今にも消えてしまいそうな『人』の声で。

 

 

 それが、俺と皇女エーデルガルトとの最後の会話だった。

 

 

 ■□■

 

 アドラステア帝国、帝都アンヴァル。

 

 宮殿にて行われるその小さな式典の為に私は歩いて行く。一歩その場所に近づく度に、大切な日々を思い浮かべながら。

 

 私は、あの日々に残りたかった。私の大切な日常に。大切な友人達、尊敬できる教師達、想いを寄せた人。そんな彼らと共に過ごす日々の先には、きっと人としての幸せがあったのだろう。

 

 一歩ずつ、進んでいく。

 

 けれど、それは違う。学園で見える世界は優しすぎた。彼が気付かせてくれたこの世界は鮮やかなものだった。多くの人が生き、多くの人の感情が渦巻き輝いている。善人にも悪人にも、輝いた心を持っている人がいた。

 

 その輝きは、もうすぐ踏み躙られる。私が居なくても、別の誰かを頭に立てて同じような事は起きるだろう。

 

 一歩ずつ、歩いて行く。

 

 それが、私が皇帝の座から逃げない。けれど、私が皇帝になると決めたのは怖かったからだ。弱い事が、何もできないでただ死を待つだけの暗闇が。

 

 一歩ずつ、歩いて行く。

 

 道に伯父様が控えている。その顔は愉しげだ。思い通りに踊る人形ができたと思って居るのだろう。

 

 その瞳の引力を、私は忘れてはいない。何もなかった、何もできなかったエーデルガルトという小娘に火を付けたのはこの人なのだから。

 

 

 けれど、その引力は私にとってなんの枷にもなっていなかった。

 

 叔父様の火は私を立たせてくれた。けれどその火はもう要らない。私の炎は私という一人の愚かな人間のモノだから。

 

 扉を開き、父の前に立つ。父は顔色の悪さを隠す事なくそこに居た。父は床に伏せる事はせず、私の前に立っている。余命いくばくもないその身で、誇りを胸に抱いて。

 

「……とても大きくなったな」

「はい。良き出会いがありました」

「……お前には辛い思いをさせた。その上これからより苦しい想いをするだろう椅子を譲ろうとしている」

 

 

「それは、もう違います」

「……エル?」

 

「辛く苦しい過去だとしても、それが無ければ今の私は居ません。今の私でなければ出会えなかった人たちがいて、今の私でなければ進もうと思わなかった道がある!」

 

 

「我が名はエーデルガルト=フォン=フレスベルグ!」

 

 

 

 私の火に気付かせてくれた彼と戦うしかなくなるという確信だけが、私の足を鈍らせる。けれど戦って奪い取るというのも、私らしくてきっと悪くない。

 

「アドラステア帝国の、新たなる皇帝である!」

 

 この世界は腐っている。教会が、貴族が、闇に蠢く者たちがその澱みの現れだ。

 

 だから、私の炎で燃やしてみせる。この世界を変えるために。

 

 



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第36話 深遠の玉座

2話連続投稿の2話目です。前話からどうぞ。

これまでの展開を忘れてるという方は死ぬほど暇だと思った時に読み返して頂けるとありがたいです。




 浮ついたようなピリついたような、そんな空気がある。

 

 今日は女神再誕の儀を行う当日。よくわからない遺跡の奥に先生とレア様を連れて行き、なんやかんやをするらしい。ソテっさんの為に。

 

「……正直、どう思います?」

 

姉さんがクラスの面子に問いかける。

 

「……ぶっちゃけさ、お偉いさんの考えてる変な事にしか思えないかな」

「本当に女神様が蘇るのならば素敵だとは思いますけどね」

 

レオニーとイグナーツは、現実感のあまりない様子で答えた。

 

ここにいる誰もが、『なんだかわからないけど別にいいか』くらいの気持ちでいるのが分かる。

 

 

だからこそ、恐ろしさが止まらない。

 

聖墓に近づくにつれて、世界から暖かさが消えていった。より純粋に全てを呪うような気配のものに変わっていく。

 

 

のほほんとしている皆と同じ世界にいるのかすら疑問に思えてしまうほどだ。

 

「ジョニーくん、まだ調子悪い感じ?」

「姐さん……」

「はいはい姐さんですよー……本当に無理なら言いなよ?クロードくんがなんとかするから」

「いや、そこで俺頼みかよ」

 

理由のない不安というどうしようもない理由である。勘違いである可能性の方がどう考えても高い。

 

「……よし、いざってなったらお酒の力に頼ります!」

「……え、持って来てんの?」

「ウォッカを少々」

「それは級長としては見逃せないな。毒が入っているかもしれないから責任を持って俺が調べよう」

「いやいやいや、コイツは信頼できる筋から手に入れた酒ですぜ?いくらクロさんでもこいつにケチをつけるのは黙ってられませんね。ちょっと高かったのもありますし」

「そう言うなよ。半額出すから」

「200です」

「OKだ。じゃあヒルダ、俺たちはちょっと花を摘みに行ってくるぜ」

「全部聞いてるからね?クロードくんもジョニーくんも悪ノリしすぎ。そして何よりも私を混ぜなかったからダメでーす」

 

そんな暖かい言葉が俺の心を解きほぐしてくれた。勿論警戒は怠らないが、力の入れすぎもまた良くはない。

 

「皆、そろそろ」

 

先頭をいく先生の声がする。

レア様、セテスさん、フレンちゃん、そして先生。神々しさを感じさせる先生たちは、しかしいつも通りに気負わずそこにいた。

 

 

ゆっくりと降りていく。すると、どこかで見覚えのある作りの台座が見えた。

 

「皆さま、こちらにお立ち下さい」

「……前来た時、ここには何もなかったんだがね」

「秘密の扉があるのではないかね?」

「分かった!転送の魔法だで!」

「あいにくと違う……少々揺れることになる。気をつけろ」

 

すると、ガコンという音の後に俺たちの乗っている台座が動き出した。そこそこの速さで、下に。

 

「……エレベーター?」

「どうしました?ジョニー」

「コレの仕組みについて考えてた。吊っているワイヤーの類も見当たらなくてさ」

 

そう答えると、クロさんが口を挟んできた。

 

「下から魔法で浮かせてる……訳ではねぇよな」

「クロード、あなた前にここにしたんですよね」

「調べても何にも見つかんなかったっての。鍵でもあったかね?」

「レア様は特に何か取り出していませんでしたから……紋章が鍵になっている?」

「英雄の遺産みたいなもんか?」

 

そう頭を回していると、台座の速度が落ちて来た。

 

どうやら、着いたようだ。

 

「上から下まで2分くらい……相当深いな」

 

レア様の先導の元、聖墓の扉が開かれた。

 

 

そこは、やはりSFじみた不思議な技術で満たされている。フォドラの大昔、ソテっさんの時代は相当技術は進んでいたのだろう。

 

「……アレって、全部お墓なのかな」

「棺桶に見えなくもない……か?」

「奇妙なものに惹かれる気持ちは理解できる。しかしここは先人たちの墓所であるのは間違いないのだ、同盟貴族として恥を見せるなよ?クロード」

「お前もな、ローレンツ」

 

先生たちは進んでいく。聖墓の奥にある玉座へと。

 

それはあの日にソテっさんが座っていたモノに酷似していた。

 

「さぁ、ベレス。玉座に座るのです。そして女神よりの啓示を!」

 

気負うことなく先生は椅子に座った。携えた天帝の剣や髪色が変わった頃からの神気も相まって、あるべき玉座にあるべき王が座ったように思えてならない。

 

「……ソティス?」

「ソテっさん?」

 

しかし、数分経っても何も起こらない。先生も俺も痺れを切らして話しかけてみるほどだ。

 

「そんな、何故なのですか……?」

 

そう、レア様が口にした時だった。

 

ガコン、と音が聞こえた。

 

「先生、レア様、招かれざるお客さんみたいだ。儀式は切り上げよう」

「……レア」

「分かっています。皆さま、戦闘のご準備を」

 

「この聖墓を荒らそうとする者は、決して生かして返しません。この大司教レアがいる限り」

 

 

SFタイプのエレベーターが降りてくる。

 

そこには帝国製の最新型鎧を身につけた兵士たちがいた。

 

先頭に立っているのは、炎帝。

 

エーデルガルト=フォン=フレスベルグがその素顔のままに現れたのだった。

 

「……オイオイ、何やってんだ皇女サマ」

「果たすべきことを、果たしにきたの」

 

一歩一歩踏み締めるようにエガ姉は歩き出す。その全身からは隠しきれない熱があった。

 

「大司教レア、貴方に問わねばならない事があります」

「……聖墓を犯す悪逆の徒に言葉を尽くせと?」

「はい。何故ならば……」

 

「このフォドラの地において、真の悪逆とは貴女のことなのだから」

 

エガ姉の熱が伝わってくる。ただそこで言葉を紡いでいるだけで、魂が焼けてしまいそうな熱が。

 

「……痴れ者が」

「貴女のような毒婦がフォドラを支配しているからこそ多くの犠牲が生まれました」

「過ちを犯したのはあなた方ではありませんか!多くの血を流し!多くの命を奪い!今ここで聖墓の踏み荒らしている!」

 

その言葉を、エーデルガルトは鼻で笑った。

 

「聞こえないのか?ひたすらに命を呪い続ける骸達の声が!ここに埋葬された者たちは皆!復讐を望んでいる魔物でしかないのだ!」

「そんな、事は⁉︎」

 

お互いに言いたい事をぶちまけているだけの口論は、エガ姉の優勢で一息ついた。

 

とはいえ、聞かなければならない事はある。

 

「……そういう思想はともかくとして、貴女はどうしてこの聖墓に来たんですか?」

「理由は3つ。大司教レアがここにいる事、ここの骸たちの救いを求める声が聞こえた事。そして……」

 

「世界を変えるための、武器を手に入れること」

 

エガ姉は、告げた。

 

「……巫山戯るな!我らの命を奪い、我らの骸を砕き!今再び我らの魂を汚すのか!」

「汚すとも!そうしなければその者たちの魂は呪いしか産み出さない!その者達を殺した者たちはまた多くの地獄を作り出す!」

 

「太古のザナドのように!かつてのコーデリアのように!」

 

コーデリアの名が飛び出て来た。それは、それを言ってしまうのか?エガ姉が!

 

「……貴女は、何をしようというのですか?」

「このフォドラを人の手に取り戻す。セイロス教会だろうと、帝国の民であろうと、この世を牛耳る人ならざる者を焼き滅ぼす」

 

「アドラステア帝国皇帝、エーデルガルト=フォン=フレスベルグの名の下に」

 

 

熱が、広がっていく。

 

それは、正義を確信している熱だ。

それは、悪を確信している熱だ。

それは、勝利を確信している熱だ。

それは、敗北では止まらない熱だ。

 

それは、敵味方全てを焼き払う獄炎の火種だった。

 

 

息を呑んでいた皆を尻目に、一歩前に出る。

 

この行動が導く未来で、何をすれば良いのかなんて予想もつかない。

この一言が導く未来で、どれだけの苦難が待ち受けているのかはわからない。

 

フォドラの大地が、そこに眠るすべての生き物が死を願っているのは伝わっている。エガ姉の言葉の先が、正義の道であるとも確信できる。

 

「故に私は要求します。セイロス教会の解体と、この聖墓に眠る者たちの正しき報復の機会を。大司教レア、貴女に」

 

それでも、理由もわからず俺は言ってしまった。

 

「止める」と。

 

■□■

 

エーデルガルトの言葉を聞いて、私はエーデルガルトと戦う事を放棄していた。それは私がずっと思っていた事だから。

 

大切な人達がいて、その人たちを殺した奴らを許せない。その邪悪への復讐だけで走り出したい、と。

 

アドラステアの皇帝(地獄を作った人間)がそれを認め、敵への戦争を仕掛けると。だから、エーデルガルトの勝手に燃え尽きる命を使って全ての敵を殺してやりたいと。

 

他の皆にも、気付いている人はいる。ジョニーに明日まともに動ける保証なんてない事を。

 

武器を扱えないのは、武器に込める力が引き出し続けられないから。

魔法や紋章を自在に扱えるのは、そうやって自由自在でなければそもそも歩く事すらできないから。

普段笑顔を絶やさないのは、死ぬ時は笑って死にたいと願っているから。

 

 

きっと今までは無自覚で、先日唐突に感づきかけたジョニーという馬鹿の心。

 

私はジョニー(家族)を守りたい。だから、エーデルガルトの元に行こうと声を上げようとしたその時。

 

 

「止める」

 

凛とした、声が聞こえた。

 

どんな地獄の底からも響いてきた、大好きな声だった。

 

「それは、何故?」

 

エーデルガルトが問いかける。エーデルガルトの正義は正しいものだ。私たちみたいな被害者をきちんと見つめて、悪を倒そうとしている。そんな正しい未来へ進む道なのだ。エーデルガルトとの道は。

 

「その道を行くエガ姉を、見たくないんだ」

 

 

しかしウチの弟は、直感からの感情論で正義をぶん投げた馬鹿だった。

 

「……私を思ってくれているのはわかる。けれど、今は退いて」

「……退く気はない」

 

そうジョニーが言い放った時だった。

 

「皇帝陛下、時間がありません。押し通りましょう」

「……総員!竜骸の奪取を最優先に!」

「……あなたの言葉が正しいのだとしても、聖墓を踏み荒らす事は許す事はできません!総員、迎撃を!」

 

状況が動き出した。

最初に動き出したのは先んじて攻めようとした帝国軍ではなく、迎撃を命じられた私達でもなく。

 

いつのまにか転がっていた紋章石より現れた、ひび割れた魔獣だった。

 

 

魔獣の咆哮が響く。今まで戦った魔獣とは明らかに違う、『世界を呪う声』

 

躊躇わず飛び出したのはジョニーとエーデルガルトの二人だけ。

 

「目標の確保を!」

「皆は墓を守れ!」

 

「「コイツは、俺/私 がやる!」」

 

 

ジョニーが魔獣を殴り飛ばし、エーデルガルトの斧が魔獣の顔面をガチ割った。

 

しかし倒れる事はなく、闇魔法に似た波動が放たれる

 

「……ッ⁉︎」

 

紋章が、熱い……ッ⁉︎

 

「ラファエル!イグナーツ!ジョニーの援護に付け!他は周囲の警戒!混乱に乗じて動く奴を見逃すな!」

「……皆はクロードの指示通りに。セテス、フレンはレア様の護衛に」

「……ッ⁉︎違います!」

 

「皆さん!離れて下さい!」

 

 

 

熱に浮かされたような思考の中で、フレンの声が響く。

 

 

レア様の周囲に闇が集う。

 

それは墓の中からのモノであり、地上から降りてくるものであり。

 

“ジョニー”から現れたものだった。

 

 

「レア!正気に戻れ!」

 

そう叫ぶセテスさんはレア様が振るった腕に当たって吹き飛んだ。レア様の腕に白い鱗のようなものが見えた気がする。

 

「やはり大司教は化け物だ!殺せぇ!」

 

帝国兵が口にする。

無謀に思える突撃を行い、そこをローレンツの魔法で焼き払われた。

 

「貴様らのような蛮族風情が!」

 

そこには、普段彼が見せない嘲りの念が見て取れる。

 

「黙れ!拝金主義の同盟貴族が!」

 

ローレンツを仕留めようとショートアクスが投げられる。普段ならば問題なく回避できるそれはローレンツに当たり傷を負う。

 

「ローレンツさんッ!……許さない!」

 

マリアンヌが()()()()()()()()()()()()反撃を行う。リザイアの直撃を受けたその兵士は息絶えた。

 

「……おいおい、不味いぞコレは!」

 

クロードの声から余裕が消えている。彼もまた、この戦の空気に異常なものを感じているようだった。

 

「ジョニー!一旦引いて下さい!先生、指示を!」

 

魔獣との戦闘を続けているジョニーはこちらを一瞥すらしない。

 

その顔に笑顔はない。冷たく、()()()()()()()()()()()

 

「ジョニーまでおかしくなってんのか⁉︎……違うな、俺たちの方が不自然なんだ」

「クロード、心当たりは?」

「いつも以上にやる気がない、くらいだな」

「……私もです」

「ひとまず膠着状態を作るぞ。何をするにも頭数が足りねぇ。リシテア、あのあたりにぶっ放せ」

「了解」

 

クロードの指示の元、ローレンツ達が戦っている最前線に闇魔法の砲撃を放つ。テュルソスの杖にはいつも以上に力が入った。

 

「爆ぜて、ドーラΔ」

 

爆風が最前線を分断する。魔法での射撃戦距離であったため直撃はいない。

 

そしてクロードはロングボウで隙を狙ったアーチャーを牽制していた。全員無事に引き込めた。

 

「何をするリシテア!クロード!」

「乱戦で少数の俺たちが勝てる訳ねぇだろうが!落ち着け馬鹿!」

「それは……確かにそうだ。どうやら頭に血が昇っていたようだ」

 

クロードの言葉で落ち着くローレンツ、マリアンヌもひとまず治療の方に意識が向いたようだった。

 

クロードの射撃で足止めされている帝国兵を尻目に背後を見る。レア様は今……ッ⁉︎

 

「避け……いや、防ぐ!」

 

背後から飛んできた炎を、テュルソスの杖の守りの力で防ぐ。グロスタールの紋章により引き出される力、大楯だ。

 

「冗談も大概にしやがれ!なんでレア様が魔獣になってんだよ⁉︎」

「まさか……レア様は戦の空気に当てられ、魔獣になったのか⁉︎」

「こちらに来ます!」

 

マリアンヌの指示で退避する。レア様だった(と思われる)白い竜はジョニー達が戦っている黒い竜へと飛びかかった。

 

正面衝突。巨大な2体の魔獣の激突が生み出す力が聖墓を揺らした。

 

「ジョニー!」

 

ジョニーは生きてはいた。傷だらけであっても、止まる事なく。

 

「状況は混沌極まってるが、間は出来た!皆、陣形を整えるぞ!」

「マリアンヌ君、ジョニー君の治療を!僕は先生を呼んでこよう!」

 

「安心して、もう来てる」

 

先生は、焦りの見える表情でここに来た。金鹿の面々は集まっている。聖墓を暴こうとしていた帝国兵の先鋒は皆原型を留めていなかった。

 

「先生、方針は?」

「……脱出しよう。2体の竜が全力で暴れたら、聖墓(ここ)は保たない」

「よし、セテスさん。聖墓に入るあの昇降機の鍵は?」

「ここにある。しかしレアを鎮めなければ、聖墓だけでなくガルグマクが滅ぶだろう」

「だとしても」

 

「早くしないと、本当に何も残らない」

 

先生のその声は、悲観に満ちた確信があった。

 

 

 


 

 

最初にその魔獣を目にした瞬間に、俺の頭の中にダイレクトに怨念が伝わって来た。

 

世界を呪う声。ずっと感じていたソレだ。

 

 

「……ッ!」

 

必ず助けると口にしたい。けどソレは駄目だ。この魔獣は、この竜は本当に終わっている。始まりの理由すら消え去って、呪うために呪い続けている骸だ。

 

「ジョニー、何もできないなら下がっていて。私はこの呪い(怨念)を飲み欲して力にして見せる!」

 

エガ姉はそう言って斧を振るう。他の帝国兵たちは墓を開けて紋章石を始めとした骸を掘り起こそうとした。

 

どうにかしようと魔法を放とうとしたその時

 

『待っていたぞ、我らの風よ』

 

彼方から聞こえたその意識が、魔力操り力を振るった。

 

明らかに邪念に満ちたそれは、兵士たちの命を一撃で奪い取った。闇魔法ドーラΔだった。

 

洗脳系の魔法?薬?と頭の中をぐるぐると思考が回っていく。俺の精神は不調だが自意識は正しく持っている。俺の魔力を俺以外の人間が操った?

 

なら、竜奏の力も……ッ⁉︎

 

思考を他所に回していたせいで、反応が遅れた。しかし竜の放った風は間一髪で防御できた為命は繋がっている。

 

「ハァ!」

 

エガ姉の一撃が竜を砕く。ダメージは通っているようだ。

 

そうして傷ついた魔獣の体から新たに翼が生える。その翼はほとんど骨だけのものだが、その鋭さは遺物そのものだ。

 

「甘い!」

 

エガ姉は魔竜の攻撃を正面から叩き落としている。その一撃一撃に迷いはなく、しくじれば死ぬような一撃なのに帝国兵の中に不安を抱いている者は誰もいない。

 

その姿は絶対の信頼の現れで、エガ姉が独りになりつつある過程だった。ムカついた。

 

「ラァッ!」

 

戦技『瞑想』。身体に力を込めて回復を促し、その集中力のままに魔獣に狙いを定める。

 

奴はどうやら障壁を持っていない。普通の魔獣と違いコアそのものが命なのだろう。

 

ウィンドを用いて、コアへの風の円錐を作り出す。全速力で跳躍し、操作された竜巻の加速で回転と速度をさらに増加させ

 

「“戦技”、クリムゾンスマッシュ!」

 

そのコアを、確実に蹴り砕いた。

 

 

……筈だった。

 

「……嘘だろッ⁉︎」

 

砕いたコアは即座に再生した。俺の身体すら部品として取り込んでより大きな竜へとなるために。

 

魔法を暴発させて足を抜く。

 

その時、懐から笛が落ちた。

 

竜奏の笛は、黒竜に取り込まれた。

 

そして、その黒竜の目は輝きを放ち始めた。

 

 

黒竜が吠える。嵐が生まれた。俺は空に逃げ、エガ姉は踏ん張って耐えた。

 

それからの反撃を、黒竜は無視した。蚊に刺された程の痛みすら感じていなかったのかもしれない。

 

竜尾を刃のように振るうと、背後にいた皆が切り刻まれた。

 

金鹿の面々が、皆。

 

「皆!」

 

その一撃を耐えたのは一人。白竜になりかけているレア様。

 

彼女は怒りに身を任せて竜になり、そして……

 

あっさりと、喰い千切られた。

 

 

黒竜が立ち上がる。全てを焼き滅ぼすような邪悪さを身に抱きながら。

 

今生き残った人間たちの反応は二つ。喜んで身を捧げようとしている狂信者と、絶対的な格の違いを見せつけられて絶望している者たちだ。

 

「ネメシス」

 

狂信者の誰かが呟いた。

 

恐ろしくしっくりくる名前。刃竜ネメシス、もしくは()()ネメシス。

 

これを、存在させてはならない。そんな確信を抱いたその時。

 

 

刻が、止まった。

 

 

巻き戻る刻。先生の天刻の拍動は、俺たちの時間を戦闘開始のタイミングまで巻き戻した。

 

 

 

視界を向けると、もう既にネメシスの紋章石は転がっている。アレを存在させてはならない!

 

 

一瞬感じただけで理解できた。解放王ネメシスがどうして紋章石になっているのかは分からない。だが、あの邪心はもう絶対に止まらない。

 

止めなくてはならない。エガ姉の蜂起に便乗して動いている闇に蠢く者を。

 

 

だから、言の葉に覚悟は篭った。

 

「止める」と。

 

 




ずっとしっくり来てなかった第一部最終章への繋ぎを思いつかなかったので、前から繋げてクライマックスを続けることにしました。

更新再開への文句などはこちらへどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=279238&uid=10000454


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第37話 破邪の聖拳

 まず、コンディションを把握する。

 

 毒、あるいは汚染によるものは意識すれば無視できる。竜奏の紋章での精神感応は無理だろうが。

 

 眼前には帝国兵複数。エガ姉は堂々と布陣しているように見えて、闇に紛れるように工作員先行している。これは無視していい。

 

 今、この瞬間に目覚めようとしているあの紋章石の魔獣。あれば不完全だ。周囲の竜骸を纏って形を作るだろう。

 

 考えるべきは優先順位だ。

 

 位置関係的にレア様の暴走に俺は対処できない。よって先生に全て任せる。

 

 エガ姉は現状対処不可能。彼女の戦争を止めたいのは変わらないが、兵力が違いすぎる。

 

 その上、帝国兵に闇に蠢く者たちが紛れている可能性は否定できない。

 

 つまり、俺のとるべき行動は! 

 

「先手必殺!」

 

 最高速度で紋章石に近づき! 

 骸を纏う前に無力化する! 

 

「どこを見ている!」

 

 エガ姉がショートアクスを投げてくる。ちょうどいいので紋章石に当たるように『サンダー』で道を作る。

 

 斧が当たって跳ねる紋章石。黒い魔力が肉体をカタチ作り始めている。

 

 だが、まだ小さい。

 

「ちょっとだけそっちで引き取ってくれ!」

 

 なので、帝国兵の中の『なんとなく怪しそうな雰囲気がする』奴へとその紋章石を蹴り飛ばす。

 

 アレを相手にするのならば、手段は選べない。

 

「ガァァアアアア!!!!」

 

 黒竜が、不完全な形で生まれ魔獣となる。

 

 即座に距離を取り、魔獣狩りの陣形を取っている帝国兵は流石の精鋭なのだろう。ただの魔獣なら5分と保たない筈だ。

 

「好きに勝手に!」

 

 エガ姉が銀の斧を振り下ろす。躱したが、こちらの陣から距離は離された。

 

「エガ姉! アレはそっちの用意した魔獣か⁉︎」

「そうよ! 戦争のために用意した屑石!」

「なんてもんを屑石に込めてんだよアイツらは⁉︎」

 

 エガ姉の連撃を無理やり躱し続ける。ただし、突っ込み過ぎたせいで敵陣側にしか躱す場所はなく、包囲網の中に自分から突っ込んでいる形だった。

 

 だが、その陣形は崩れかけている。それは先程蹴っ飛ばした魔獣が原因だ。

 

 そりゃそうだ。なにせあの魔獣は解放王ネメシス由来の何かなのだから。

 

 連中の暗躍に担がれた結果だとしても、『解放王ネメシスが果てしなく強かった』という事実だけは変わらない。そしてそいつに全員殺されたのは間違いないのだ。もう来ない未来の事だが。

 

 まぁ、利用できる所までは利用しよう。こいつも、帝国兵も。

 

 エガ姉の横一線。それをウィンドで受け止めて、力を推進力として利用させてもらう。

 

 言い換えると吹っ飛ばされているだけだが、行き先は狙い通り魔獣の所。

 

「オラァ!」

 

 体勢を整えて魔獣に蹴りをかます。魔獣特有の障壁は存在しないが故にコアに狙いを定める理由はない。

 

 運動エネルギーを全て打撃力に変換したのだった。

 

「風よ!」

 

 そして、離脱のために魔法を使用する。再生力に巻き込まれて肉体を取り込まれないように離脱を最優先に。

 

 くるんと魔獣から離れて、着地。敵陣ど真ん中に。

 

 帝国兵の視線は『何かおかしい奴を見る目』だ。よくわかる。俺も正直何が何だかあんまり考えていないのだから! 

 

 兵士は、魔獣から目を逸らさない者、俺を注視する者と少しずつ個性が出ている。

 そうして俺を見る目が増えれば、『邪悪な感情』を向けてくる奴も分かった。

 

 わかったからと、俺がなにができる訳ではないのだが! 

 

 飛んできた矢を掴み、飛んできた魔法に投げて相殺し、まだまだ元気な魔獣へと近づく。

 

 魔獣には恨みなどが当然にある。さっき蹴っ飛ばした俺がまた近づいているのなら、こっちを潰したいと当然に思うだろう。

 

 その攻撃射線上にさっきの怪しい奴を入れる。

 もしコイツがこの紋章石を用意したのなら、制御のための方法を持っている筈だ。

 

「シッ!」

 

 気付かれずに近づいてきた剣士の一撃を喰らってしまう。左腕に深く切り傷が付けられた。塀の中にしれっと達人が混ざっているあたりが帝国兵だ。

 

 サンダーで牽制して魔獣の方を向く。

 

 闇を噴き散らしながら力を溜め、今にも大技をぶっ放してきそうな様子だった。

 

 その意志はまだまだ形になっていない。しかし、その邪悪さの片鱗はもう見えている。

 

 俺を狙いつつ、指揮官にも余波が当たるように火力を高めているようだ。

 

「殺せれば誰でも良いんだな、お前は」

 

 思わず愚痴をこぼしてしまう。その言葉に魔獣は、明確に『ニヤリ』と笑った。

 

 闇のブレスが放たれる。ウィンドを暴発させる勢いで放ち、自分を射線から吹き飛ばす。

 

 そのブレスは指揮官を守ろうと動いたアーマーナイト達の鎧を焼き、ついでに邪念を持っていた奴も灰にしてしまった。

 

「我が軍の魔獣兵器が……」

「狼狽えるな! 敵方の大司教も魔獣と化しておる! この聖墓の性質であろうよ!」

「それよりあのガキだ! 奴を自由にするな!」

 

 帝国兵の会話が聞こえてくる。向こうもレア様が竜になったようだ。

 

 今はまだ、黒竜(予定)に餌は与えていない。奴が育てばあっというまに全滅する。

 

「紋章石の回収を完了しました!」

 

 そんな帝国兵の声がする。皆の方を振り向けば先生が()()()()を指差した。

 

「逃ス、モノカァアアアア!!!!」

 

 白竜のなりかけのようなレア様が突っ込んでくる。

 

 黒竜は、流れを読んでそちらの方に進んでいく。

 

 狙いはどちらも紋章石。

 

 そういう事なのだな、と理解する。

 

 この聖墓がレア様と魔獣の凶悪化の原因ならば! 

 

「貰った!」

「無軌道に暴れ回って!」

 

 紋章石を掠め取り、逃走を開始する。目的地は、ここに来た時の昇降機! 

 

 ドラゴン2体と一緒の檻でも、逃げ切ってみせる! 

 

「上へ参ります!」

 

 

 昇降機は起動し、俺とレア様とネメシスもどきは地上へと向かうのだった。

 


 

 紋章石を抱えている為、激しい動きは難しい。

 かなり広い台座とはいえ、ドラゴン2体と一緒では狭すぎる。

 そして、レア様は理性を失い、ネメシスは根付いた邪悪さで暴れるのをやめていない。

 

 今もまた、レア様の爪とネメシスの尾が激突した。

 

 巻き起こる嵐で体がズタズタになりそうなのを、常に戦技『瞑想』で回復し続けることで耐え抜く。

 

 そして、昇降機が止まった。

 

「何だってんだよ! コイツは!」

「ジョニー、説明しろ」

 

 そこに切り込むのはカトリーヌさん。雷霆片手に魔獣を切り刻む。

 シャミアさんは的確にレア様の手足に矢を当てて、勢いを削いでいた。

 

「地下でレア様がこうなりました! 地下だとどうにもならないんで、とりあえず地上に!」

「魔獣の方は殺せたろう」

「アイツ再生するんですよ」

「本当だね、こいつは切りがいがある!」

 

 と、カトリーヌさんがネメシスもどきをバラバラのバラバラに切り刻んでいるがまだ死んでいない。

 

 あの人ちょっと強すぎる気がするのだが。

 

「で、レアさんはどうする? 笛で治らなかったのか?」

「……ちょっと調子が悪かったんで」

「なら寝かせるか。爪だの羽だのが生えていても人の形だ。頭を揺らせば良い」

 

 シャミアさんはそう言いながらレア様を封殺していく。訓練用の矢で傷を少なく、衝撃を通して怯ませるやり方で。

 

「行け」

「了解!」

 

 そうしてシャミアさんの作った隙を突き、レア様に拳を叩き込んだ。

 

 竜奏の力は使わなかった。というか使えなかった。

 紋章の不調は続いているらしい。地下が原因ではないようだ。

 

 とはいえ、意識を失う前のレア様の目には光が戻っていたように思える。多分大丈夫だろう。

 

 その時、ゾワリと背筋が震えた。

 

 紋章石が崩れているような状態の黒竜がレア様に狙いを定めていた。

 

 カトリーヌさんに刻まれた肉片の一つがこちらに飛んできて、その身を小さな竜へと変えたのだ。

 

 反射的に蹴り飛ばそうとする。俺の右足はそのまま奴の肉体になっていた。

 

 

 不思議に思った俺は、右足を見る。

 

 食いちぎられた残りしか、そこにはなかった。

 

「…………ッ⁉︎」

 

 歯を食いしばって痛みを耐える。

 

 蹴りのおかげでアイツの軌道は逸れ、レア様を喰えなかった。

 

 だが、人の形を取り始めた。

 

 腕から天帝の剣のようなものを生やしたヒト型の獣。

 

 なんだってそんなに自由に体の形を変えやがるんだコイツは! 

 

「退きなさい、ジョニー」

 

 背後から声がする。

 

 レア様の声だ。

 その声には果てしない殺意が篭っている。目の前のアレを絶対に許さないと。

 

 ガコンと昇降機が起動する音がした。帝国兵か皆のどっちかが戻ってくるだろう。

 

 ネメシスが腕を振るう。腕から生えた刃が蛇腹剣のように伸びレア様を襲う。

 

 レア様はその剣を掴み、引っ張る事でネメシスの体勢を崩した。

 

 そして、その顔面に聖なる力の篭った拳が炸裂する。

 

 その一撃を受けたネメシスは再生することなく、灰になり始めた。

 

 命というモノを冒涜した、怪物の最期だったように思えた。

 

 

 

 その時の俺は、その拳から目を逸らしてはならないと思った。

 

 命なきモノを殺し切る、その魔拳から。

 


 

 昇降機の音がした。

 

 話し声からするに金鹿の皆のようだった。

 

「ジョニー!」

 

 姉さんの泣きそうな声が聞こえた。あぁ……そういえば右足がなくなっていたんだったか。そんな事を考えながら、俺は意識を手放した。

 



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第38話 開かれた戦端

 目を覚ます。

 

 目に入るのは天井()()()モノ。

 

 崩れた箇所から雨が降りそうな空が見え、溜息を吐いた。

 

 体を起こして辺りを見る。杖になりそうなモノは見当たらない。仕方がないのでしばらく壁伝いに動くことにする。

 

「……どうにか、なるかね?」

 

 休みはしたが、体調が好転する気配はない。

 

 右足を失ったことで、『身体を巡らせる魔力の流れ』が歪んだ。

 

 その結果、俺の体は急速に崩壊を始めた。つい先日まで元気に飛び回っていたというのに。

 

「……ジョニー君! 何やってるんですか!」

 

 ベルナデッタの声がした。

 引きこもりである彼女がこんな廃墟に来るとはおかしなモノだ。成長なのだろうか? 

 

「寝てて下さい! きっと誰かが何とかしてくれますから!」

 

 懇願する声に明るさなどはない。いつも以上に悲観に満ちていた。

 

 それもそうだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あれから起こった事を、少し思い返す。

 

 エガ姉の撤退のあと、まず帝国軍がガルグ=マクを神速で包囲した。これは近隣の村村に知られずに兵士を集めていたとかの軍略によるものだ。

 

 これによりガルグ=マクは完全に孤立し、教会のセイロス騎士団と学生達以外の戦力は消えた。

 

 逃げようとした人達、外に知らせようとした人達は居たが、全て拘束されて止められている。

 だから、同盟や王国が異変に気付き軍を整え助けが来るまでには最速で半月はかかるだろう。

 

 それだけあれば、エガ姉はここを落とせる。地下に巡らされている隠し道、主要な防衛設備、城壁の弱点、そういった点を知っていない訳はないし、そもそも()()()()()()()()()()()()()。ガル=グマクはつい先日まで帝国にも開かれていたのだから。

 

 よって籠城戦は下策。セイロス騎士団は攻めに出るしかなかった。

 

 

 ……そして、ごく簡単に蹴散らされた。

 

 理由は単純、()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 レア様を、セイロス教を汚した逆賊。

 彼らを殺したいという憎しみが兵の足を進ませ過ぎた。

 

 セテスさんを始めとした優秀な指揮官でも、末端の兵士の心までは制御できない。

 カトリーヌさんのような一騎当千の武者だとしても、一度に倒せるのは剣の届く敵だけ。

 

 そんな理由で騎士団の決死隊はエガ姉の顔すら見ることもなく敗走。無駄に命を散らすだけになった。

 

 

 ここで誰かが言った。『魔獣を使おう』と。

 

 セイロス教団のお偉方の中には、そう言った技術を知っている奴らがいた。

 

 聖墓での戦いで、紋章石は手元に存在していた。

 

 そして彼らは、負ければ間違いなく殺される立場だった。

 

 

 教団の為なら命を捨てて良いと思っている人が居て、彼らは帝国軍の深くに切り込み紋章石を使うという暴挙をやってしまった。

 

 

 そして、聖墓の竜達がどれだけ『人間』を憎んでいたかを知らしめた。

 

 その結果が、今の崩壊しかけたガルグ=マクである。

 

 今もどこかで竜が『人間』を殺している。

 

 

 

 誰かの書いた絵の通り、『邪悪な魔獣を討つ新たなる皇帝』があった。

 

 それを俺は、見ている事すらできていなかった。

 

「……ベルナデッタ、姉さんは?」

「ちゃんと生きてます。生きて、戦ってます」

 

 なら、行かないと。そう立ちあがろうとして、()()()

 

「ジョニーくん⁉︎」

 

 ベルナデッタに抱き抱えられる。足を踏み外したようだ。

 

「無茶です! 死んじゃいますよ!」

「放っておいたら、何も残らない」

「……知ってますよそんな事!」

 

 彼女は叫ぶ、当たり前のことを自分に言い聞かせるように。

 

「だけど! 何かをしても残るものなんてありません! 逃げる事も隠れる事も! だから!」

 

「ここに、居てくださいよ……」

 

 ベルナデッタはそう言った。

 彼女の拠り所である自分だけの部屋は崩れて消えた。相当心に来ているのだろう。

 

「……悪い」

「謝らないで下さい。ベルが間違ってるのは分かってます」

 

 そう言ったベルの肩を借りて、進む。

 

 行き先はレア様の部屋。あの位置からが、一番遠くまで響く。

 

 道中、俺たちを見る目は厳しいモノだった。

 仕方がないと分かっている。今までは許されていた俺の『異常さ』を許せる心の余裕が消えつつあるのだろうから。

 

 カトリーヌさんが俺たちを見る。戦場にいないときはずっとレア様の守りを続けている彼女は、傷だらけだ。

 

「……流れ矢で死ぬなよ、お前ら」

「はい」

 

 レア様の部屋の中に入る。

 レア様は目を覚さない。竜になる事は体の負担が大きいらしい。

 

「……早く、何とかしてくださいよ」

 

 ベルナデッタが呟く。レア様の反応はない。

 

「何とか、する」

 

 俺がそう言うと、ベルナデッタは泣きそうな顔になった。

 

 

 そうして、俺は笛を吹く。

 

 戦場全てに響くように強く、魔獣達の心が安らぐように優しく、憎しみが収まる事を願って。

 

 命を使って、笛を吹いた。

 

 


 

「今だ!」

 

 笛の音が聞こえたその時、教団側も帝国側も迷いなく動き出す。

 

 竜の動きが鈍る事を理解しているからだ。

 

 

 それからの彼らの動きは互いに同じ。

 

『敵兵への攻撃』である。どちらの軍も竜を倒そうとはしない。

 

 帝国からすれば『敵陣で暴れる魔獣』。

 教団からすれば『人の心を捨てても敵を倒そうとする殉教者』。

 

 竜が居なければガルグ=マクはとうに落ちている。だから教会には竜を倒す理由がない。

 竜が居れば教会側は勝手に疲弊する。だから帝国には竜を倒す理由がない。むし教会の精兵を弱らせるために竜の援護すらしている。

 

 

 竜を倒そうとするのは、この戦いを終わらせようとする者。

 

 私たちは、どちらから見ても味方ではなかった。

 

「“戦技”、破天」

 

 天帝の剣が竜の首を落とす。

 

 これでようやく2匹目を始末できた。被害も多少は少なくなるだろう、そんな考えが浮かんでは、それどころではないと戦場の彼らは切り替えた。

 

 開戦から一週間。建物の被害は甚大だが、実の所兵士以外の()()()()()()()()()()()()

 

「先生! 引くぞ!」

 

 両軍の激化する前にガルグマクの地下へと滑り込む。

 

 私たちの向かう先は地下にあるアビス。そこには多くの人々がいる。

 

 アビスで暮らしていた人々と、地上から避難してきた人々だ。

 

「負傷者の治療を優先! 遺産持ちは鍛冶場に! 他は武器を交換しとけ!」

「水と飯持ってきたぞ! 腹に入れろ!」

 

 アビスは今前線基地になっている。焼き払われる筈の民衆を抱えながら。少ない物資を生き残るためにやりくりしている。

 

 

 そんな喧騒を抜けて鍛冶場へと進む。

 英雄の遺産を持っている者たちが揃って武器の調子を確かめている。

 

「ルーンはまだ保ちます」

「破滅の槍はちょっと補修が欲しいかもしれん。無理をさせすぎた」

「天帝の剣は大丈夫」

 

 残り少ないダークメタルを用いて戦力低下を抑えていく。

 私の手にあるテュルソスの杖の修復は難しいだろう。守りの力で消耗したこの杖を直すには残りのダークメタルでは足りない。

 

 シルヴァンの槍の修理にも、足りないかもしれない。それほどに限界だった。

 

 

「……偵察終わりました」

 

 自主的に偵察に向かっていたアッシュが戻ってくる。淡々と、どうしようもない現実を告げ始めた。

 

「……確認できた竜型は、3体。西の二体と南の一体です」

「……アッシュ、数え間違ってねぇか? 4匹いた奴らの二体を俺たちは倒したんだぜ?」

 

 シルヴァンのその言葉に対し、アッシュは首を横に振る。

 

「蘇った?」

「……南の一体の見た目は、一昨日倒した竜と同じでした。可能性はあります」

「クソッ!」

 

 シルヴァンは拳を壁に叩きつける。現実を認めたくないが故に。

 

「けど、東の戦況は教会側が優勢になっています。戦力を集中すれば同盟側に行けるかも知れません……犠牲はどうしても出ると思いますが」

「東側って事は……殿下は?」

「無事です。フェリクスもドゥドゥーも」

 

 東側の戦況が変わったのは、おそらくディミトリの獅子奮迅の活躍があっての事だろう。

 

「ただ……帝国兵にもセイロス騎士団にも、味方から殺された人達がかなり居ます。殿下も狙われていました」

「……そうか」

 

「だから、教会は落とされていないのか」

 

 エーデルガルトならば、多少のイレギュラーはあっても最短で勝つ用兵にするだろう。教会が彼女の敵だとしても、ガルグ=マクは彼女の敵ではないのだから。

 ……必要なら虐殺だってやる人間であることも、事実なのだけれど。

 

「とはいえ、悪い話だけじゃあないぜ」

 

 そんな話の最中にクロードがやって来た。

 

 泥だらけな姿のままで、ニヤリと笑っていた。外への連絡を付けたようだ。おそらく常人では通らないような道を抜けて。

 

「いけそう?」

「ああ。もうじき同盟、王国へ知らせは届く。包囲を食い破るのは自力でやらなきゃあならないだろうが、そこから先は頼れるぜ」

「急いで逃げる人を纏めよう。馬は使えないだろうから荷物は最小限に」

 

 即断即決。クロードの連絡が届いてもその先にいるのは敵かもしれない。

 

 だが、ここですり潰されるよりはマシだ。

 

「良かった。これでルーンを家に戻せます」

「イングリット、取って返して戦場に出ようってつもりじゃあねぇだろうな」

「シルヴァンもそうでしょう?」

「それは……まぁ、殿下の命が優先だしな」

 

 ひとまず、方針は決まったようだ。

 

 なら、もう良いだろう。

 

「クロード、これを」

「……テュルソスの杖? どうしてコレを俺に」

「ローレンツに返しておいて下さい。私はジョニーのところに行くので」

 

 頼まれた事は終えた。なら、最期はジョニーの側に。

 

『皆の為に、時間を稼いでほしい』

 

 ジョニーはそんなことを押し付けてきた。一生の願いなどと言って。

 

「……なんだ、ジョニーの事は頼んだ」

「私はジョニーの姉ですから、任されるまでもないですよ」

 

 口にしたのはクロードだけだ。だが、ここにいる皆は同じ思いだったのだろう。

 

 日に日に弱く、しかし激しくなっていく笛の音がジョニーの命を燃やしているように聞こえていたのだから。

 


 

「ジョニーくん、ご飯持って来ましたよ」

 

 横になっている俺の元へベルナデッタがやってくる。持っているのは乾パンと具なしスープ。暖かいものがあるのは少しばかり贅沢なのかもしれない、と少し思った。

 

「ありがと……あ、美味しい」

「ひもじいですけどね」

「そこは言いっこなしよ」

 

 とても暖かい味だった。

 誰が作ったのだろうか? と尋ねようとする寸前で、ベルナデッタの表情の不安を見る。

 

 帝国と戦うことも、帝国側で戦うこともしなかった彼女の立場はやはり悪い。黒鷲の連中全員に言える事だったが、目に着く所にいる分向けられる悪意は多いのだろう。

 

「お疲れさん」

「は、はい……次はもっと頑張ります。料理」

「そうそう料理を……ってこれ作ったのベルナデッタだったのか。ご馳走様、本当に美味しかった。ありがとう」

 

 若干のディスコミュニケーションがあった気がするが。美味しかったから何でも良いや、と思考をぶん投げる。

 

 

 遠くで爆発音がした。魔法だろうか、魔獣だろうか。もう慣れてしまった。身構えていないからもうすぐ死神が来るだろう。大変だ。

 

 すると、扉越しにドタドタと足音が聞こえて来た。具足であるが、一人。兵士の誰かだろうか? 

 

「ジョニーさん、カトリーヌさんがお呼びです」

 

 門番の人が、喜びの表情を見せながらそう言った。なにやら吉報のようだ。

 

「ベルナデッタ、頼む」

「はい!」

 

 肩をかりて先に進む。レア様の扉を守っているのはシャミアさん。「中だ」と告げた彼女は程よく気を抜き壁に背を預けていた。

 

 扉を開けると、ベッドから身体を起こしているレア様が見えた。ベルナデッタがビビり始めた為、先に進めない。

 

「……苦労をかけました」

「話は何ですか?」

 

 単刀直入に話を切り出す。お互いに時間に余裕はない。

 

「聖墓にて、私は『奴』の悪意に触れました。殺した筈の、仇敵の」

「その仇敵は、あそこに埋葬されていたんですか?」

「それはあり得ません。奴は人間でしたから」

 

「聖墓の下に何かが作られていたようです。おそらくトマシュが学園に居た時に作られたものの一つ。そこで何が行われていたにせよ、奴が紋章の力の一端を持っていたのは、紋章についての研究結果だからなのではないか、と」

 

 

「あなたを救う事が出来るとするならば、そこに行くべきでしょう。奴らの技術の手掛かりで、手の届く所はそこにしかないのです」

 

 そんな言葉が響いてくる。

 レア様個人が告げた、俺個人へのメッセージ。

 

「私は戦いを続けるでしょう。エーデルガルトの怒りは間違っていないとしても、今焼かれながらも戦っているのはガルグ=マクの人々です。私が討たれねば、彼らは止まれない」

「レア様」

 

 カトリーヌさんは、雷霆の柄を強く握りしめている。討たれる前提の突撃なんぞ、大切な人にはさせたくないという気持ちはよくわかる。

 

 だが、もう誰も手段を選べない。

 

 エガ姉の冷徹な戦略に基づいた行動は竜の顕現で崩れ去り、レア様の信仰に基づいた統率は竜の暴走で狂乱に走った。

 

「私が伝えたい事はこれが全てです。行ってくださいジョニー、あなた自身の決めた道を」

 

 レア様にも語りたい思いは無数にあるのだろう。だが、それを聞かせたい相手は俺ではない。

 

 先生のレア様は、死の前に語り合う事が出来るだろうか? 

 

「失礼しました。……ご武運を」

 

 ベルナデッタはそんな言葉でハッとして「失礼しました!」と声を裏返しながら告げる。

 

 そのときに体勢を崩して俺ごと転んだ所で

 

 

 爆音が鳴り響き、視界は白く染まった。

 

 

 

 大司教レア様の部屋が吹き飛んだコレは、誰もにガルグ=マク攻防戦の最終章を告げたのだ。

 



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第一部 終章 地獄の幕開け

 痛みを抑えて、体を起こす。

 

 体は思ったよりも無事なようだ。痛みはあれど、意識はしっかり保てる。

 

 その理由を考えて、自分に覆いかぶさっている誰かに気付く。

 

 考えるまでもない、ベルナデッタだ。

 

「……無事か?」

「はい、なんとか」

 

 脂汗が滲んでおり、明らかに無理をしている。

 

 だが後だ。ベルナデッタは本質的にはとても強い人間なのだから。

 

「頭を下げたままで休んでろ。ちょっと見てくる」

 

 ベルナデッタを寝かせてから、辺りを確認する。姿勢を低く、すぐ動けるように魔力を流すようにしようとして

 

「……ッ⁉︎」

 

 自身の体の、無くなっているモノを思い出した。

 

 魔力が、思うように流れない。

 

 

「……よし、まだいける」

 

 だが、問題はない。根性入れて魔力を使えば、暴発みたいなことはできるのだから。

 

 

 まず、レア様のベッドを見る。カトリーヌさんが倒れているが、レア様は無事なようだ。

 

 窓があった場所を見る。そこには、一体の魔獣がいた。見た目は竜型だが、感じる力はネメシスのもの。

 

 潜んでいたのだろう。力をつけるために。

 

 レア様と俺を殺す為に。

 

「ジョニー。前言の撤回を許していただけますか?」

「一緒に死んでくれってんなら御免ですよ」

「分かっています。アレを始末する為の犠牲など価値はありません」

 

 

 ……これは、本当にただの直感でしかない。

 エガ姉が起こしたこの戦いを泥沼化させようとしたのは闇に蠢く者達だろう。

 

 だが、それを想定できていないエガ姉ではない筈。計算外の力があったのだ。

 

『ネメシス』という、計算外の要素が。

 

「参りましょう。たとえエーデルガルトに降る事になったとしても、アレにだけは屈してなるものか!」

 

 レア様が窓から飛び出していく。

 俺もそれに続いていく。

 

 竜の形をしたニンゲンと、人間の形をした竜の殺し合いに積極的に巻き込まれていく俺は、何なんだろうか? 

 

 そんな事が、頭をよぎった。

 

 


 

 一体の異常な竜が放った火炎弾は、大司教の部屋に直撃した。

 

 帝国側の大部分は、恐ろしい力に恐れその力が自分達に向けられることを恐れた。

 教会側の大部分は、大司教すらも殺し得るその恐ろしい魔獣を、恐れた。

 二つの陣営の中で暗躍する者たちは、自分達の誘導から完全に離れた魔獣を恐れた。

 

 

 その時、全ての陣営が同じ向きを見て、同じモノを敵にした。

 

「今だ!」

 

 その機を、逃さなかった者たちがいる。

 

 同盟の次期盟主、クロードは避難民を抱えての大脱出を開始した。

 

 王国の次代の王、ディミトリは竜を恐れて戸惑っている帝国兵の包囲を食い破った。

 

 そして帝国の新たなる皇帝、エーデルガルトは帝国兵の指揮系統を完全に掌握し、戦場を彼女の手に取り戻した。

 

 竜の火炎が放たれてから僅かな時で、戦場の風向きは完全に変わっていた。

 

 暗く澱んだ暗闘から、英雄達が力を振るう英雄譚へと。

 

 

 

「使える魔獣をあの竜へ! よそ見をしているうちに首を獲れ!」

 

 帝国の魔獣達が竜へと襲いかかる。竜の身体から生えた刃にて魔獣は切り刻まれたが、その動きは止まった。

 

 そして、魔道部隊や弓兵隊の計略が襲いかかる。対大司教用に温存されていた彼らは、人間の自負を持って竜を殺しにかかった。

 

 

 竜の身体中に傷が付く。多くの矢が刺さり、体の多くは焦げつき炭化して崩れていく。

 

 やったか! との声とともに竜の身体は崩れ落ち、()()()()()()が羽を広げる。

 

 その羽から伸びた刃は、魔道部隊の者達を切り刻んだ。

 天帝の剣のようだ、と見ていた生徒達は思った。

 

 そして小型の竜が2本の足で立ち上がる。尾も羽も、腕も全てが刃の竜は、ギラリと目を向けた。

 

 見られたのは3人。

 

 エーデルガルトは不敵に笑った。何するものぞ、と。

 ディミトリは殺意を滾らせた。次はあいつだ、と。

 クロードは淡々と思考を巡らせる。アイツの行動の理由は何か? と。

 

 そして、その竜は視線を戻して構えをとる。音もなく降り立った大司教を敵と見て。

 

 大司教レアは、教会の至宝セイロスの剣と盾をごく自然に構えた。

 だがその身体に力はなく、弱っているのが見てとれる。

 

 ネメシスは、それを見逃さない。休息を与えず、一息に殺す為に踏み込んで。

 

「落ちろ、『スワンプβ』」

 

 レアに隠れていた男の魔法、沼を作る自作魔法に踏み込んでしまった。

 

 レアはその一瞬に全てをかけ、竜へと身体を変じブレスを解き放った。

 

 ネメシスの身体は天帝の剣のように刃を伸ばすことはできるが、盾のように体を守ることはできない。

 

 

 避けられず、防げない。そんな状況で竜のブレスを受け

 

 

 

 なんの手傷も負わずに、鼻を鳴らした。

 

「雑魚が」

 

 声を発した訳ではない。そんな意志が伝わっただけだ。

 

 竜の身体を突き刺す刃。

 ネメシスの尾が、あっさりとレアの体を貫いていた。

 

 

 そして、レアは人へと戻り──────その尾を掴んで離さない。

 

 踏み込んだ足の力は緩まず、その尾は動かない。蛇腹剣のように自在に動く刃なれど、その性質故に停止した状態なら力はあまり入らない。

 

 

 そこに、ヒト型の弾丸が着弾する。

 風の魔法により吹き飛んだそれは空中で構えて、解き放つ。

 

 心に焼き付いた、竜すら屠る聖拳を。

 

 

 その渾身の一撃は必中だ。

 防御手段は間に合わず、回避も迎撃も手が足りない。

 

 ……だが、そんな程度の『当たり前』で負けるような者が王とまで呼ばれるだろうか? 

 

 断じて、否である。

 

 ネメシスがその聖拳に対して行った事はシンプル。

 

 耐える、それだけだ。

 

 

 当たった衝撃で吹き飛んでいくネメシス。

 胸には紋章が浮かんでいる。その力は竜の体を蝕んでいき、末端は崩壊していく。

 

 しかし、大元はまだ起爆していない。

 

 紋章が原因でもうすぐ死ぬとしても、それは今ではない。

 

 

『ならば、嫌がらせの一つや二つしたくなるのが人間というものだ』

 

 

 そんな思念(ことば)が、響いてきた。

 

 

 


 

 それを、見ていた。

 

 ごく当たり前のように放たれた魔法が、ジョニーの胸を貫く。

 

 本当にあっさりと、ジョニーは死んだ。

 

「させない!」

 

 何も躊躇う事なく、刻は巻き戻す。

 

『天刻の拍動』時を巻き戻すというソティスの力をなんとなくで起動させる。

 

 その力でジョニーを守る為に、守れる位置まで移動できるように刻を巻き戻し

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見た。

 

「……だろうな」

 

 ジョニーの呟きが聞こえる。不気味なほどに静かになった戦場でその平熱の声は不思議と響いた。

 

 

「ジョニー、今は下がりなさい」

「突ける不意はなさそうなんで、そうします」

 

 レアが構えを取り直す。弱っていることには変わりはないが、歴戦の気迫が見えるようになった。

 

「皆、アレをやる」

 

 近くにいた生徒たちにそれを告げ、陣を整える。

 

 ガルグマクの脱出の為に戦力の大半は割かなければならない。故に動ける戦力は自分を含めて2、3人が限界だ。後の合流を考えると、機動力の高い者が。

 

「……クロード、指揮をお願い。ユーリス、フェルディナント、一緒に来て」

「ジョニーを頼む、先生」

 

 クロードはそう言うとすぐに走り出した。

 

「……ったくあの馬鹿、寝てろっての」

「ジョニーくんの策をアイツが破ったと考えるべきだ。あの魔獣の正体は分からないが、只者ではない」

 

 フェルディナントは鋼の槍を持ち、ユーリスはサンダーソードを構えて走り出す。

 行くぞ、などの合図は要らない。

 

 

 ユーリスがサンダーソードの雷撃と、ウィンドの風での同時攻撃を放つ。

 

 直撃すれど効果は見えない。避けようとする素振りすらしなかった。魔法は効果がない? 

 

「こちらを見るが良い! このフェルディナント=フォン=エーギルを!」

 

 フェルディナントの放つ戦技『連撃』が敵を捉える。しかしその槍は羽を小さく動かすことで弾かれた。羽か刃かの違いはあれど、武器で槍使いを仕留める時の技だ。

 

 尾を剣のようにしてフェルディナントを攻撃してくる。天帝の覇剣にて迎撃するも武器の質は互角。切り落とせはしなかった。

 

 

 そんな攻防の最中ですらレアの方から視線を逸らさない。よほど警戒をしているようだ。レア……というよりもその影に隠れたジョニーを。

 

 思考を纏める。奴はかなりの戦闘巧者だ。喰らっても問題ない攻撃をあえて受けること。敵の攻撃を最小限の動きで躱すこと。それらをとても高いレベルで行なっている。

 

 動きに違和感を覚えるのは、体の動かし方に慣れていないからだろう。武術を使う人間には羽も尾も生えていないのだ。

 

 身体に慣れられる前に始末する。

 

 

 踏み込み、天帝の覇剣を振り下ろす。

 様子見ではなく、必殺の意思をもって。

 

 それに合わせてレアが踏み込む。

 レアは剣を叩きつけるが腕を盾にして防がれる。その反撃として放たれた手刀に盾を叩きつけた。

 

 盾に深い傷はついたが、壊れていない。

 対して竜の体は、盾とぶつかった時に()()()()()()

 

 

 そして、理解した。おそらく長らく使っていた私だからこその感覚を。

 

 

()()()()()()()()()と。

 

 剣が無理やりヒトの形を取っている。生き物ではないのだから首を落としたりしても死なないし、化け物じみた頑丈さを発揮できる。

 

 生きる為に使うパーツ(弱点)が存在しないのだから。

 

「──態勢を整える」

 

 天帝の剣で地面を叩き土煙を起こす。

 

 追撃してくるかは微妙だったがして来ない。煙の中で不意を突かれるのを嫌ったのだろう。

 

 

 ユーリスとフェルディナントが前めに立ち、レアは息を整えながら魔法の構えを取る。

 

 ジョニーの姿は見えないが、何処かで聞いているだろう。

 

「……アレを殺す策が見えたのか?」

 

 ユーリスの問いに肯定する。

 

「アイツを掴む。それだけで奴は無力化できる」

「……は?」

「理解できないが、そう断じれる根拠はあるのだな?」

 

 ユーリスは疑ったが、フェルディナントは迷わず信じた。私の策でなく、私の事を。頼もしい生徒だ。本当に。

 

 

 そして、攻撃を再開する。

 

 付け入る隙はいくつかある。まず、天帝の剣は物理的な干渉以外の力を持たないこと。

 

 だから遠距離からの攻撃には、自身の刀身を伸ばすしかなく、その刃はは速いが鞭のように軽くなる。

 

「舐めるな!」

 

 フェルディナントほどの技量と『受け止める鋼の槍の重さ』があれば、剣の動きは着弾後緩くなる。

 

「このチャンスは逃さねぇ! 『エクスカリバー』!」

 

 そして速度が緩くなれば軽さの影響が出てくる。風魔法の最上級『エクスカリバー』に煽られた剣先は一瞬奴の制御から完全に外れた。

 

 そこを、レアが掴み取った。

 

 

 

 第二に、刀身を伸ばす機構。刃を蛇の様に自在に伸ばせるが、それは魔法などで伸びるのではなない。

 

 剣の形を整えている噛み合わせを外し、糸に付いている刃の集まりとして振るっているだけでしかないのだ。

 当然遠くに伸ばせば()()の部分の比率が多くなる。

 

 そこは、(なまくら)だ。素手で握れるほどに。

 

「離すものか!」

 

 そして奴は天帝の剣そのものであるから()()()()()()()()()()。武器を手放して他の攻撃に移れない。

 

 そして竜の力を持つレアの手から離れることは不可能だ。

 

 すると奴は飛び込んでくる。刀身を巻き取る力に乗って、超スピードで。

 

「今」

 

 その瞬間が、狙いだった。

 

 刀身を巻き取っている間は、無防備だ。防御を放棄して近づいても反撃を行えないほどに。

 

 そして私は剣を掴み、天帝の剣を操る要領で力を込めた。剣の形に戻れと。

 

 その『持ち主の命令』によって剣の余分なパーツを放棄され、天帝の剣に瓜二つのものへと変わった。

 

「……誠に、剣だったのだな」

 

 フェルディナントの驚きはもっともだ。天帝の剣に魔獣の遺骨を継ぎ接ぎして辛うじて動いていたのが先程の竜だ、などとは相対した私たちでも納得はいかない。

 

 

「……これで、終わりです」

 

 そうレアは言い、セイロスの剣を紋章石に叩き込んだ。

 

 その赤い石の力によって天帝の剣は動いていたのだから、砕かれればただの剣でしかない。そう思って──────違和感に気付いた。

 

()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 違和感が確信に変わったのは、剣がレアの腹に刺さった時。

 

「は?」

「惚けるなユーリス!」

 

 その剣はそのままレアの身体を振り回して私たちにぶつけてきた。

 

 それを受け止めてしまったフェルディナントとユーリスは追撃を受けて重傷を受けた。

 

 即死でないのは、私を迷わせるためだろう。

 

 放棄された遺骨の中の青い石が輝きを放ち、体が出来上がっていく。今度はかなり人型だ。羽はなく、腕があり、天帝の剣を握れている。

 

 互いに一瞬も躊躇うことなく同じ戦技を繰り出した。『破天』天帝の剣を最大限に活かしたそれこ撃ち合いで力負けした私は

 

 吹き飛び、どこかへと転がり落ちていた。

 

 

 


 

 瓦礫の中に隠れて思考を整理する。

 

 紋章の名残だけで動いている化け物、それがネメシス。赤い紋章石は着ていた魔獣のモノで、そいつを支配することで弱点の位置を偽造していた。

 

 最初の1回目は隠された弱点ごと紋章の力を叩き込めたので殺せたが、今度は逃げられた。

 

 先生は天帝の剣を自在に扱える。それはソテっさん由来の炎の紋章の力が遺骨を自在に動かしているからだ。

 

 あの偽物の天帝の剣の素材はそこらの魔獣のモノであり、ソテっさんは関係がない。だから、炎の紋章では操れない。ネメシスは、それを使って騙し討ちを決めたのだ。

 

 

「つまり、アイツを殺すには……」

 

 紋章の活動を停止させるしかない。そのための手段は、懐にある竜奏の笛()()()()。これは誘導する力はあっても支配する力ではない。

 

 竜奏の紋章の力を、小細工なしで叩き込むのだ。最初にやった時と同様に。 

 

 当然果てしなく危険だがやるしかない。やらなければ未来はない。

 

 たとえもうすぐ死ぬ命だとしても、生きることを諦めるつもりはない。

 

 そうやって特攻の構えをとったその時に

 

「それをしたら、アンタは私の弟じゃなくなりますよ」

 

 そんな声が聞こえた。

 

 振り返ると、姉さんがいた。

 

 制服はボロボロで、顔は煤だらけ。

 目元にはクマがあるし、髪だってボサついてる。

 

 そんな、姉さんが。

 

「やらなきゃ、死ぬ。ユーリスもフェルディナントも、まだ生きてる。俺も姉さんも殺されるよ」

「やっても殺されますよ。戦っても無駄です」

「……なら、どうしろって言うのさ」

「わかりません」

 

 姉さんは、優しい言葉で同じことを言う。

 

「何をすると道が開けるとかはわかりませんよ。アンタほど頭柔らかくはないですし」

 

「けど、嫌なんですよ。アンタが死ぬのは。だから来ました」

 

 感情だけで、俺のところにきた。「死なないでくれ」という事を言いに。

 

 

「アンタ無茶しないでも生きられるように一緒に考えますから。休んでて下さいよ」

 

 その声の優しさは心地良かった。本当に俺のことを愛してくれているのだと確信できるほどに。

 

「だとしても」

 

 それでも、今できるやらない理由にはならない。やるべき事をそこに居る人間がやらないと失われるのは自分の命だけではない。

 

 いつだってどこだってそうなのだ。

 

「そうやってジョニーが無茶をして死んだら、私は後を追います。それでもですか?」

「そもそも死ぬつもりはない」

 

 

「俺は、俺のできる無茶をしたいんだ。今日のことを『馬鹿やったな』って思える話で終わらせたいから」

 

 そう言って、視線をネメシスに戻す。

 

 ネメシスは、悠々と構えているようで()()()()()()()()()()()()()()。もしかしたら本当に交渉したり逃走したりできるかもしれない。

 

 周囲の音を聞くと、先端は再び開いていた。教会側の自滅すらしかねない猛攻を受け流している帝国だが、一部の部隊は食い破られていた。

 

 紙一重で持ち堪えていた要因がなくなり、大勢は決した。帝国の勝利は明らかだが、食い破った部隊に便乗して逃げなくてはならない避難民は逃げられただろう。クロさんならやる。

 

 これで帝国はセイロス教会を破壊できた上にレア様は重傷。当たり前のようにあった『フォドラの歪み』を維持していたモノは崩れ去った。

 

 

 それが良い変化になるかどうかはこれからの戦争の結果次第だ。とはいえどうせ変わってしまうのなら良い方向になるようにしたいとは思う。

 

 

 だから──────お前は邪魔だ。

 

 

「父さんと母さんと、皆によろしく伝えておいて」

「待って!」

 

 

 その声を振り切って、飛び出していく。

 

 風の音で察したのか、ネメシスは動きを始め俺の方へと飛び込んでくる。

 

 その姿は今度こそ天帝の剣。青い紋章石はそこで輝いていた。

 

『ライナロック』

 

 そして、自身を魔法にて加速させる。その余波で地面がガラス化していた。

 

「やるだろうよ、その程度はささぁ!」

 

 俺は残った魔力で()()()()()()()

 

 奴の刃の直撃コースからは逃げない。俺が力を叩き込む方法はただ一つ。

 

 着弾する場所にこの拳を置く。

 

 軌道を変えられて困るのは俺も同じだ。だから加速した。

 

 そして、刀身に俺の拳が触れた時『紋章共感』が始まった。

 

 

 俺はネメシスを見た。

 大柄な男で欲に塗れたその瞳で

『人間』という夢を見ていた。

 

 そ紋章の力が完全に決まった時、俺の体の右腕は消し飛んでいた。俺の体から生命というものが消え去っており、十中八九まぁ死ぬだろう。

 

「……こんな、終わりかよ」

 

 相打ち。

 

 

 勝算はあったのだ。

 

 犠牲にするのを拳だけに留めて、生命を繋ぐ。そうすれば姉さんが延命処置をしてくれるだろうし、エガ姉なら実験ついでに治療を試みるだろうと。

 

 

 それができなかったのは、()()()()()()()()()。自身の飛ぶ軌道がズレた。そんなつまらない理由。

 

 

「ジョニー?」

 

 姉さんの声がする。

 悪い夢を見ているかのような声だった。

 

 

「ねえ……さん……」

 

 死ぬ時に後悔したくないと思っていた。だからいつだって全力を尽くしてきたつもりだし、いつだって楽しく過ごしてきた。

 

 だけど死ぬ時は死ぬと知っていたし、命を捨てなければ何もならない事は分かっていた。だから、多分口だけだった。死にたくないなんて言葉は。

 

 

 

 だけど今、姉さんの涙を見て。

 

『死にたくない』

 

 心から、そう思った。

 

 

 


 

 ガルグマク攻防戦、それはアドラステア帝国がセイロス教会を陥落させた電撃戦である。

 

『教会の歪みを正す』や『貴族による支配を破壊する』といった言葉は伝聞でその戦を語る者からは語られるが、その戦を経験した者たちからはその正義は語られない。

 

 

 帝国兵とセイロス騎士団、双方の犠牲を合わせれば二百を超える。そしてその大半は魔獣によって殺されたモノだ。

 

 竜型の魔獣は教会から現れたのか、帝国から現れたのか、その真実を知る者は誰もいない。

 

 今は誰もが、開いてしまった戦端に対して最良の結果を得るために動くしかないのだ。

 

 

 闇に蠢く者達でさえも、それは同様だった。

 

 

「……さて、これで8体目だが起動はするかな?」

 

 水の中で声が聞こえた。

 

 楽しそうなその声が癪に触ったのでなにかやり返そうと思って目を開く。

 

 目が見えなかった。

 

 右手と右足は動かず、心臓の鼓動が激しい。

 息が苦しくてたまらない。

 

 ひとまず脱出しようともがくが、左手が触れるのはガラスだけ。

 

「おぉ! 起動した! これが起動したのならもう少しミスリルを増やしてみるかな」

 

 死にたくない、助けてくれ。そんな思いは言葉にならず、意味もわからず俺は死んだ。

 

 

 

 それからすぐに、また目が覚めた。

 

「よし、起動成功。3番の仮説はとりあえず正しいと見て考えよう。この個体の運動性能はゴミクズだけどそれはこれから足していけばいいね」

 

 何を言っているのだ? との言葉は音に成らなかった。口になにか詰められている。チューブか何かだろうか? 

 

「あ、そういえば材料の追加はしばらくないんだった」

 

 再利用しよう。そんな言葉が俺が死ぬ前に聞いた言葉だった。

 

 

 死ぬ前に、思う。

 あぁ、姉さんは無事だろうか? と。

 

 




第一部完結しました。

同窓会が楽しみですね。


作者の活動報告に追加の言い訳を書きました。気が向いたらどうぞ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=280183&uid=10000454


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1.5部 夜凪の章
1話 墓守と穴熊


 土を、かけていく。

 

 戦いで死んだ多くの人がいた。その中には知人もいたし、友達もいた。

 

 士官学校に来てからも引きこもってばかりだったけど、それでも沢山の人達と関わって生きていたという事を、今更になって理解できてしまった。

 

 こんな事になるなら、もっとちゃんと引きこもれるように準備をしておくべきだったのだろう。ヴァーリ家に居た時のように。

 

「……これで、半分くらいですか」

 

 誰かに命令されたという訳ではない。けれど少しずつガルグマクに転がっている遺体の埋葬は進んでいた。

 

 持ち物から名前の分かるモノが有れば書き残し、そうでないなら似顔絵を描き

 

 ……それもできないのなら、せめて祈りだけでもと思って、一人ずつ、一人ずつ。

 

「……帰りたい」

 

 弱音が自然と出てきてしまう。止めようと思っているけれど、そもそも私の心はそんなに強くないのだから仕方がない。

 

 とはいえ日暮れ前には寝ぐらに戻らなくてはならない。私一人ならすぐに実家に帰っていただろうけど、『今それをできない』と蹴っ飛ばしたのは自分なのだから。

 

「……ベルナデッタさん、お疲れ様です」

「ど、どうも……」

「お湯を沸かしておきましたので、お使い下さい」

 

 門番をしていた人が、焚き火で沸かしたお湯をくれる。死体に長く触れていると病気になるので、身を清める事は大切なのだとか。

 

 門番さんが優しくしてくれているのは分かるけれど、他人と話すのはやはり辛い。帰りたい。引きこもって過ごしたい。

 

 

「……ただいまー」

 

 けどそれは、この娘を見捨てる理由にはならない。

 

 

 彼女は相変わらずどこも見ていない虚な目をしている。

 

 まだ、良くなっていない。

 現実を受け止め切れていない。

 

 私もまだまだ夢心地で、朝起きたら何事もなく学園生活が始まるような気がするくらいだ。

 

 だけど、そんな事は決してない。

 

 私の部屋は潰れたし、死んだ人はもう帰ってこない。

 

 ジョニーくんは、死んだのだ。

 

「リシテアさん……」

 

 けど、それを受け止められるのかというのは別の話。

 

 大切で大好きなきょうだいだったのだから。辛いのは当たり前だ。ゆっくりゆっくりしていれば良いと思う。

 

「それにしても、コーデリアの迎えの人は来ませんね」

 

 

 あの戦いが終わってから、3月。

 私は教会を占領した帝国軍に保護された。ヴァーリ家の人間であるという事を証明できていなければ……まぁ変わらなかっただろう。エーデルガルトさんの軍なのだから。

 

 ほかの学級の生徒のほとんどは東から逃れたのだとか。黒鷲の皆は魔獣の討伐のために教会に残り戦っていたけれど、家からの迎えが来て一人ずつ帰っていった。

 

 黒鷲以外で帝国軍に保護されたのはリシテアさんだけ。心を病んで、無気力な状態だった。

 

 

 ──なんとなく放って置けなくて、一緒にいた。

 

『リシテアさんの迎えが来るまで』との言い訳は実家に帰りたくない今の私には丁度良く、耳触りも良かった。コーデリアが親帝国派な事もあり、実家からの問題はなかった。

 

 

 問題なのは、コーデリアからの迎えが来ないこと。

 

 同盟に帰る人に、リシテアさんについての手紙を預けた。帰ってくる手紙はまだない。

 

 

「……どうしましょう」

 

 

 とは言っても、どうせ何も思いつかないのは分かっているけれども。

 

 

 そうして日が落ちる。休む間もない、戦いばかりだ。

 

「じゃあ、いってきますね」

 

 弓を背負い、矢を揃えて寝ぐらを出る。

 

 リシテアさんを一人にするのは怖いが、リシテアさんを守るためにも打って出る必要がある。

 

 守りの戦力は、少ないのだから。

 

 


 

 

 たいまつの火が目に入る。今日もそれなりの数がいるようだ。

 

 

 死体漁り(スカベンジャー)

 

 帝国側も教会側も沢山の兵士が死んだ。その武器はお金になる。

 

 ガルグマクの市街地は多くの市民が住んでいた。彼らは教会由来の品々を多く持っており、その金銭的価値は高い。

 

 そして残った人々。

 

 男たちは皆死に、ガルグマクに残ったのは弱く逃げられない者たちだけ。

 

『故郷に帰れない者』『動くことのできない者』

 

 食い散らかされるだけの、弱い者たちだ。

 

 

 帝国軍が残っている時は、奴らは来なかった。

 ガルグマクが壊されすぎて軍事的価値が無くなり、帝国軍は配置を変える事になった。壊れた全てを顧みることなく。

 

 

 だから、奴らは来た。

 

 

 心が凍てついていく。生徒であった時にどれだけの賊と相対した時よりも、鋭く。

 

 音を立てずに、矢を放つ。まず一人。

 

「……まだ残ってるのかよ『穴熊』ァア!!」

 

 声に覚えがある。一週間ほど前に10人程度で来た盗賊だ。まだ生き残りが居たらしい。

 

 残っている策、使える罠、それらを考慮して迎撃を行う。“今までのやり方”を知っているのだから警戒は深いはず。そこをついて消耗させ、撤退させる。

 

 

 まず、鏑矢を放つ。風を切って音色を作り出す空飛ぶ笛は狙い通りの場所に着弾した。まずは情報を与えて流れをコントロールする。

 

 ──その鏃は、とある部屋から拾ったものだ。

 

「松明を消せ盾を構えろ!」

「あっちからだ! 身体を出すなよ!」

 

 敵は全員盾を持っている。小さなものであるため力を入れた一撃なら貫けそうだが、複数人相手にその時間は使いたくない。

 

 そそくさと移動する。

 視線の通らないルートで、狙える位置に。

 

 そうして賊達が私の元へと詰めてくる。

 先鋒は3人。

 

「……うん、いける」

 

 “そこにあるもの”を警戒している彼らの動きは慎重だ。つまり……狙いやすい。

 

 矢を3本同時に番て放つ。囲いの矢という打ち方を練習しているうちに身についた技術で、それなりの命中率を誇る。

 

 そうして三本の矢は3人に命中した。首、腕、頭と一人仕損じた。

 

「この野郎!」

 

 後ろの奴らが前に出てくる。盾でしっかりと守った姿勢だが、向きを間違えている。

 

 暗闇の中で複数が同時に倒れると、斧や槍のような力のある武器で薙ぎ払われたとよく誤解される。

 

 だから、姿勢を整えて銀の弓を持たせた『ソレ』をベルだと誤解してしまうのだ。

 

「サンダー」

 

 そして、その位置には当然罠がある。油壺だ。

 

 サンダーは壺を壊し、火のついた油は敵に降り注いで痛みと共に目印を与えてくれる。

 

「じょ、冗談じゃ……ッ⁉︎」

 

 あとは普通にやるだけだ。今大将を射抜いたように。

 

 どれだけの数が冷静になって逃げるのかは不明だが、追って仕留める戦力も矢もない。

 

「……引きこもっていたいです」

 

 攻めて来なければ、引きこもり生活への準備をしながらのんびりやれたとというのに。

 

 そんな事を、考えていた。

 


 

 あの連中を始めとした『腕のある賊』は何故だかここに拘る。命は賭けない程度にだが。

 

 理由は、レア様の言っていた『ガルグ=マクのさらに地下』だろうか。闇に蠢く者たちの研究施設があるとレア様はジョニーくんに言っていた。それを狙ってごろつきをけしかけたのだろう。

 

 ……もっとも、けしかけられた連中だって粗暴だが馬鹿ではない。仲間の命はともかくとして自分の命は大切にしているのだから、『殺される』という確信を抱かせれば、引いていく。

 

 姿を晒す必要はない。気を張る必要もない。

 

 冷静に、冷徹に。最小の労力での撃退を繰り返す。リシテアさんの迎えの人が来るまでは。

 

「とはいえ、眠いです……」

 

 うっかり眠ってしまいそうな深夜にて、そんな事を呟いた。

 

 と、ここまではいつもの事。今日は少し空気が違った。

 

 引いていない敵がいる。

 

「死兵?」

 

 そこまでして攻める必要が生まれた? と一考するが何も分からない。

 

 ここで退く意志を見せないのなら、戦場にするべきはもう少し深い場所。

 

 逃げないつもりならもう少し踏み込んで貰おう。心変わりしても逃げられなくなるまでに。

 

 

「だけど、あの人と話すのはなぁ……」

「誰の事だぁ?」

「うひぃ⁉︎」

 

 そんな独り言を、聞かれた。

 目の前の粗暴な罪人に。

 

「や、やだなぁ……マイクランさんと話したくないなんて言ってないですよぉ……あはは」

「言ってんじゃねぇか」

 

 目の前のこの男は、賊を殺して回っている男だ。何者なのかは知らないが荒っぽく残虐で、顔が怖い。

 

『行くアテがないからガルグ=マクを根城にしている』と嘯いているあたり悪いだけの人じゃないのかもしれないが、正直ベルにとっては他人というだけで怖いのであまり関係はない。

 

「えっと……何人かですけど、逃げる気配がありませんでした」

「無理して踏み込むだけのモノなんざ残ってねぇのに馬鹿な奴らだ」

「お金になりそうなものって、大抵持ってかれちゃいましたからね」

 

 モノだけでなく奴隷として売れそうな人間もあまり残っていない。残ってる人達の大半は老人と負傷者でしかないのだから。

 

「……えっと、どうします?」

「殺すに決まってんだろ。敵だぞ」

「ですよねぇ……」

 

 中の様子を見せて『旨味がない』と伝えさせる? 無駄だし内部構造を見られる方がまずい。逃げ道がなくなってしまう。

 

 

 心から面倒だなぁと思う。

 

 

 そんなに命が軽いのなら、死んだ人にあげられたのなら良いのになぁ。

 

 

 深く踏み込んできた二人を月光が照らす。

 鎧は重装型。草臥れているが着慣れている。獲物は剣。盾は鋼か? 

 

「……心得てやがるな」

 

 狭い場所が多く思うように武器を振るえないような場所では剣が強い。焼き払われたガルグマクの瓦礫は、障害物になりがちなのだ。

 

「……マイクランさん、魔法は使えませんよね?」

「ぶっ殺すぞテメェ」

「ひぃッ⁉︎」

 

 使えないらしい。

 私は無理矢理単位を取った結果サンダーくらいなら使えるが、威力はみそっかすだ。

 

 重装をやるのは、とても面倒だった。

 

「じゃあねぇ、やるか」

 

 面倒なだけで不可能ではなく、ものの数分で手練れは死ぬ結果となったのだが。

 

 

 

 

 彼らは最近名の上がった者達であり、ガルグマクに攻め入る事は広く知られていた。それが全滅。

 

 

 誰かが言った。『ガルグマクには墓守が居る』と。

 

 名乗りを上げない何者か。

 

 その者達はいつしか『穴熊』、あるいは『墓守』と知られる事となったのだった。

 

 

 


 

 ガルグマクが落ちてから3ヶ月、まだ知らせはやってこない。

 生活の改善の見込みはなく、使える武器は減っていく。

 

 そんなベルナデッタの非日常は、あっさりと終わりを告げた。

 

「……転移魔法陣?」

 

 瓦礫の下に埋もれていたソレが白日の元に晒された事で、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリの運命は、また変わる。

 



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2話 種火

 ひとまず、目の前の転移魔法陣を観察する。

 

 とても複雑な陣となっており、中身はよく分からない。ただ、いつでも起動できるようになっており、上に乗れば何処かへと飛ぶことになるだろう。

 

「えぇ……?」

 

 その転移魔法陣があるのは、攻防戦によって薙ぎ払われた建物の下にある。どこかの地下にあったものが見えるようになったのだろうか? 

 

 つまり、とても怪しい。怪しいのできっちり調べるべきなのだがどこに出るのか分からない以上迂闊に踏み込むのは危険だろう。

 

「壊しておけば、賊の皆さん帰ってくれませんかねぇ?」

 

 入口はここだけではないだろうから無意味だろう。そしてここの転移を壊しても隠し部屋自体は無事である。そんな当たり前のことを愚痴を言ってから気付いた。

 

「……一応、リシテアさんに聞いてみますか」

 

 言葉が返ってくるかは分からないが、会話のきっかけになるかも知れない。

 

 会話のレパートリーはとうの昔に尽きている為、二人でいる時間が地味にとても辛いのだ。リシテアさんは話せる状態ではないとは分かっているけれども。

 

 

 という訳で、寝ぐらでの話としてそれを振ってみることにした。

 

「り、リシテアさん……あの、魔法陣とか……詳しかったりします?」

「……まぁ」

 

 返事が返ってきたことにとても驚く。会話になると思っていなかったので覚悟が足りてない。どうしよう⁉︎

 

 それからいつも通りに取り乱しながら言葉にする。するとリシテアさんは「行かないと」と口にして歩き出してしまった。

 

「いやいやいや! 危ないですから! 本当に!」

 

 なんとか追いかけて止めようとするも、止めていいものなのだろうか? リシテアさんは一応動けているのだし。

 

 そうやって迷っていると、リシテアさんを止める前に辿り着いてしまった。

 周囲に敵影は見えず、襲われる危険性は少ない。飛んだ先で待ち伏せされている事はあるけれども。

 

「……行きますね」

「ダメですからぁ⁉︎」

 

 そんな私の迷いなど関係なく、リシテアさんは中に入る。置いていかれまいとする私も陣のなかに入ってしまった。

 

 転移が始まる。一瞬の明滅のあとで景色が変わる。

 

 蝋燭よりも白く明るい、不思議な灯り。

 それが照らすのはツルツルとして綺麗な壁や床。

 

 そして、沢山の死体。

 

「これは……ッ⁉︎」

 

 それは、人間なのか疑問に思えるものだった。生きていた形跡が見えない。命の形跡がない。

 

 けれど、形は人間のものだった。

 

 

「……あぁ」

 

 そして、その顔は見覚えのあるものばかり。

 

 全てが、ジョニーくんの顔だった。

 

「やっぱり、偽物なんだ!」

 

 そう言って喜ぶリシテアさん。

 

 

 

 

 その言葉で、何かが切れた。

 

 手が、自然と出ていた。

 現実逃避を行う彼女を許せなくて。

 

「……他の誰でもなく、私たちだけはソレを間違えちゃいけないですよ!」

 

「ジョニーくんの最後の言葉も! 死に際の願いも! 消えていった温もりも!」

 

 私たちが、彼を埋葬したのだから。

 

 それを否定しては、いけない。

 

「じゃあコレは何ですか! なんでこんなに、ジョニーそっくりの……!」

「わかりませんよ!」

 

 怒りのままに弓を引く。その先にいる筈の誰かを狙って。

 

 放った矢はソイツの腕に当たり、悲鳴が鳴り響いた。

 

「彼らは一体なんなんですか⁉︎貴方なら知っているでしょう!」

「……愚か者がぁ!」

 

 白衣を着ているソイツは、狂気的な輝きの瞳を隠さずに私たちを睨む。

 

「ネメシスに次ぐサンプルなのだぞ! ただの死体と同じにするなぁ!」

「知りませんよそんな事! 彼が何なのか! 貴方が何をしているのか! 話せ!」

「決まっている! 呼び戻すのだ! その力を! その意思を!」

 

「竜葬の者を! 解放王ネメシスを! ジョニー=フォン=コーデリアを!」

「ジョニーが、生き返る……⁉︎」

「そうだ! 6号、その姿を見せるのだ!」

 

 男の背後から、ドロドロのモノが動き出す。それはジョニーくんと同じ特徴を持っている。それは、ジョニー君と同じ紋章を持っている。

 

 

 けれど命ではなかった。魂のない、人形でしかなかった。

 

「これは研究の過程! そう遠くないうちにその力は蘇るとも!」

 

 それで理解した。この人は、コイツらは『力』にしか興味がないんだ。

 

 ジョニーくんの本当の強さは、その優しさにあるのに。

 

「──あぁ、目が覚めました」

 

 凍っていた感情が動き出す。煮えたぎる熱が生まれた。エーデルガルトさんがあそこまで燃えていた理由がよくわかった。

 

『こいつらを殺すためなら、何でもしてやる』

 

 そんな殺意が、種火だったのだ。

 

「リシテアさん、こいつに聞きたい事はありますか?」

「──ない。私も、目が覚めました」

 

 リシテアさんの激る魔力は空間を歪ませる。無軌道に放たれたその闇は、目の前の男を跡形もなく消し飛ばした。

 

「とりあえず私の実家に。そこから、エーデルガルトさんの所に行きましょう。あの人の所が、一番敵に近いです」

「ベルナデッタ……ありがとう」

 

 そうして、私たちは教会に残って『今を見ない』のを止め、『敵を殺す』事に決めた。

 


 

「行くのか、お前ら」

 

 旅支度を整えた私たちに、マイクランさんが声をかけてくる。え、やだ、怖い。

 

「あんた、まだ居たんですか」

「うるせぇ。行くアテがねぇんだよ」

「なら、私たちと来ます?」

「寝言は寝て言え。なんで特にもならねぇ殺し合いをしなきゃいけねぇんだよ」

「今ここに残ってる事にも得はないでしょうに」

「……寝る場所にはなる」

「まぁ良いです。達者で」

「はいよ」

 

 そんな軽妙な会話をしていたリシテアさん。リシテアさんは彼が何者なのか知っているのだろうか? 

 

 まぁ、どうでも良いか。もう会う事はないのだから。

 

 それよりも馬の調達ができるところは何処になるのか、という事の方が大事だ。

 

 ヴァーリ領まではそこまで遠くはないが、徒歩で行くとなるととても辛い。

 

 できるだけ楽をしたい。先は長いのだから。

 

 


 

「行ったか……」

 

 ガルグマクに残っていた『危なっかしいの』が離れていくのを見る。

 

 正直に言えば、末恐ろしかった。

 

 どこまでも冷徹に罠を仕掛け、人の心も自分の命も考慮に入れずに最短最速で始末をつける。あれに手持ちの兵がいるならば、廃墟だって不落の城になるだろう。

 

「……あんなのとやり合うのは御免だぞ、シルヴァン」

 

 だが、それはまだ見ぬ未来のこと。

 

 俺が今出来る事の中で最も有効な手はガルグ=マクを使えるようにしておく事。

 

 ジョニー(あいつ)が死んだとしてもアイツの仕込んでいた『戦略』に乗る奴はいる。全貌は奴の骸の中だろうが、それでも十分に使えるだろう。

 

「旦那、色々仕入れましたぜ」

「おう、詳しく聞かせろ」

 

 

 

 そして、あのベルナデッタ(化け物)が居なくなった今だから始める事がある。

 

 ガルグ=マクの地下『アビス』の再整備。貴族どもの目が消えた事を最大限に利用し、コレからの戦いに備えるのだ。

 

 転がり込んだ幸運で生き延びた俺の命を、より効率的に活用するために。

 

 

 



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3話 疑心

風花無双もうすぐ発動ですね。
闇うごことアガルタの民の皆さんが深掘りされそうでちょっと楽しみです。


 ファーガス神聖王国。

 

 400年ほど前に独立した北の王国。その貴き血は腐りきっている。そんな事を思う者は多いだろう。

 

 現在王国を取り仕切っているのは摂政、ディミトリの伯父である『リュファス』。彼は紋章や血統、そういったものを重視し『新しいモノ』を否定する。そんな一般的なフォドラの空気に逆らわない形での統治を行っていた。

 

 だからこそ帝国の暴挙を強く批判し、これまで反帝国の方針を掲げていたのだ。

 

 ──帝国が戦端を開いてから1年ほど経つ、今この時までは。

 


 

 ガルグ=マク攻防戦が終わり、同盟領から王国のドミニク男爵家に戻った私は魔導師として働いていた。

 

 かつての父のようにきちんとした騎士という訳ではない。だけど皆を守る為に戦力として使われるような立場。

 伯父さんは私を大切にしてくれているけれど、家族の情だけを理由に子供扱いはしない。だから、きっと皆の為に死ぬ事はできるだろう。

 

 正直、あの戦いに参加した事で私の価値観は変わってしまったと思う。

 1秒先で自分達が生きている根拠などないのだから、一瞬先で死ぬ覚悟を持たなければ無駄死ににしかならないのだ。

 

 とはいえこれは異常なようで、同僚に触りを話しただけでドン引きされてしまった。だから伯父さんにも母さんにも言わないようにしている。

 

 そんな風に日々を過ごしていたら、ある文が届いた。殿下が伯父であるリュファス様を殺した罪で処刑されるのだと。

 

 

 そして、それに異を唱えた父が捕まったと。

 

「馬鹿者め!」

 

 伯父さんが珍しく声を荒げ、母さんは今にも泣き出しそうな顔で「大丈夫よ、アネット」と声をかけてくれた。

 

 そんな中、ショックは私の中にある筈なのに

 

「あ、いけそう」

 

 ごくごく自然に、『どうやって戦うのか』を考えていた。

 


 

 殿下の処刑が行われるのは明日の夕頃、それまでに王都に辿り着ける者は少ないだろう。私のようにたまたま王都近くの別邸に居る者などそうそういない。居て欲しくはあるけども。

 

 殿下に近いシルヴァン、フェリクス、イングリット辺りの人達は睨まれてる。それは手紙のやりとりだけでも伝わってきた。帝国と繋がって王国に反旗を翻す人達の動きが活発になったのだと。

 

 これは、殿下の処刑に合わせられている動きだ。ブレーダッドの血には敵は多いが味方も多い。それは士官学校で殿下を見てきた私は肌感覚で分かってる。

 

 ごくごく自然に殿下の為に戦える人がいる。だから、策で動きを封じている。

 

「──父さんも、そんな風に見られてたのかな?」

 

 そんな事を考えながら馬を走らせる私の前に戦いの音が届く。

 

 数は少ないようだが一撃が重い、ドゥドゥーみたいなタイプだろうか? 

 

「もう、急いでるのに!」

 

 見えるのは黒い肌、片側はダスカーの出なのだろうか? 

 

 武装した彼らが、『賊に見える奴ら』に襲われていた。帝国の動きに乗じた奴らだ。

 

「何者だ!」

「ドミニク家が魔導師、アネット! 貴方がたは何者か!」

「……友を助けに、王都に向かう者だ!」

「わかりました! 助太刀します!」

 

 不思議と、迷わなかった。言葉に嘘はないと思えたから。

 

「馬鹿な、ダスカーの屑に加勢だと⁉︎」

「屑というのは、賊のフリをして王国を惑わす貴方のような者達でしょう!」

「勝ち馬に乗ることの何が悪い!」

 

『……別に悪くはないですよね』との言葉をぐっと堪える。ドミニク男爵領は所詮男爵領なので、流れ次第では親帝国派に鞍替えする事もあるのだから。

 

 ただ、あえて言うならば──

 

「気分が! 悪いです!」

 

「何言ってやがる⁉︎」という困惑の声が出る。それはそれとして風魔法で吹き飛ばす。

 

 ダスカーの人達と戦う事を想定していた重装の彼らは、魔法を受けて一人二人と倒れていった。

 

「さて……どうしよ?」

 

 とはいえ無計画に動いた事には変わらない。道を変える必要があるかもしれないと地図を開くと、この部隊の長である彼が話しかけてきた。

 

「助太刀感謝する……が、何故俺たちを?」

「王都に向かう道を彼らが塞いでいたので。実は私も王都に向かってるんです」

「我々が彼らを襲っているとは思わなかったのか? いや、そうでなくても王都を襲撃するとは思わなかったのか?」

 

 そんな話を振られて、改めて考える。

 

「その時は……その時です!」

「考えていなかったのだな」

「アハハ……」

 

「では、私は急いでいるので先に! ご武運を!」

 

 そんな邂逅があった。

 

 しかし、改めて思うが私の価値観は変わった。

 

 ダスカーの人達が義で動く人達なのは見てとれたので、『彼らが王都を襲撃する事』で混乱が起きる事を前提に考えたのだから。殿下を助ける手段の一つとして。

 

「流石にそれ言ったら駄目だよね。名乗っちゃったし」

 

 王都に賊を向けた叛逆者にはなりたくない。少なくとも今はまだ。

 


 

 日暮れ前には王都に辿り着いた。

 門番さんににドミニクの家紋を見せると、すんなりと通され、フェルディアの牢へと案内された。

 

 数は少ないが、手練れの空気がする。

 彼らの目を盗んでどうこうするのは難しいだろう。

 

 牢屋に入れられた父さんが見えた。

 目に見えて憔悴している。

 

「父さん」

「アネット⁉︎何故ここに」

「父さんが捕まったって聞いたから、急いで来ちゃった」

「すぐに王都から離れろ! ここに居ては危険だ!」

 

 取り付く島もないとはこの事だろう。

 私だってそれなりに考えて、必要があってここに居るというのに。

 

「父さん、コルネリア様を殴ったって本当?」

「……いや、踏みとどまった。あそこで手を出せば無駄死ににしかならない」

「うん、そうだよね。だから父さんは『頭に血が昇ったから牢屋に叩き込まれた』って事になってる」

「……そうだ」

「だから、教えて欲しいんだ。父さんとコルネリア様が話していた所を()()()()()()のか」

「……コルネリアの手勢の他には、リュファス様に仕えた騎士が数名だ」

 

 父さんの話すその名前をしっかりとメモして懐に仕舞う。

 

「分かった。その人に話してみる。父さんが怒ると怖いのは知ってるけど、だからって牢屋に入れるのは酷いって」

「……アネット、何を?」

「大丈夫、話をするだけだよ」

 

 テキパキと切り上げて面会を終える。

 

 見張りの兵士さんに「ありがとうございました」と礼を言うと、複雑な顔で会釈してきた。

 

 

 

 牢から離れ、王城近くの宿に向かう。騎士団の偉い人は表通りの高級宿に泊まっている筈だ。

 

 彼らの前で罪をでっち上げられなかったのは、彼らを完全に掌握できていないという事だろう。

 殿下を助ける為の助けになるかも知れないのだ。頑張ろう。

 

 ただ一つ、心配事があるとすれば……

 

「……門前払いされませんように!」

 

 そんな風に、小さく祈りながら門を開いた。

 


 

 

 ふと、音楽が聞こえた。

 物悲しく、痛ましい。泣きたくなるようなそれはどこか懐かしい感じがして

 

 

 

────目の前の血溜まりを認識するのが、遅れた。

 

 



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4話 咆哮

 目の前の死体を見つけた混乱は大きかった。平和な筈の王都でここまでのコトが起きる訳はないと油断していたから。けれどそれはもう終わり。思考を戦場でのものに切り替える。

 

「……よし、頑張ろう」

 

 理由は分からないが、この宿の騎士たちは死んでいる。自殺のように見えるが、宿のフロントの椅子で首にナイフを突き刺すというのは脅されていなければやることではないと思う。私は嫌だ。

 

 もちろん。最優先は身の安全の確保だとは分かっている。コレをやった奴は許せないけれど、今王都で揉め事を起こすのは不味い。殿下を助けに行くことが出来なくなってしまうし、父さんと一緒に処刑されてしまうかも知れない。だから、ここに踏み込んではならない

 

 

 

 などと考えは巡るも心は決まっており、宿の中へと足を踏み入れていた。

 

 これを見過ごすようなら、私は私ではいられない。

 

「行くよ、私!」

 

 まず、カウンターを覗く。店主の姿は見えない。呼び鈴を鳴らしてみるが、誰かが居ることは無いと思う。

 

「誰か! 誰か居ませんか!」

 

 まずは、見えている一人の容態を確認する。

 手にあるのはナイフ。血はまだ赤く、さほど時間が経った訳ではなさそうだ。

 

 荷物は脇に置かれている。斧を使う戦士だったようだ。体格や筋肉のつき方からしてとても力が強そうで、味方なら頼りになりそうな人に思えた。

 

 そんな戦士の表情はどこか安堵しているように思える。麻薬の類をやっていたのだろうか? 

 

 けれど王都ではこんなに効果のある薬は手に入らない筈だ。魔導学校にいた時に押しつけられたものは不味い上に気分は良くならず、依存性すら微妙なモノだったらしい。

 

 話したのはなかなかに悪い噂のある先輩だっが、嘘を言う人ではなかった。信用できるはず。

 

「……やっぱり、違うよね」

 

 懐から溢れるように見えているモノはパイプみたいなもの。吸引機とか言われてたそれは、目の前の騎士さんが持つモノにしては品がない。

 

 殺してから自殺に偽装して、懐にコレを入れた……の、だろうか? 

 

「けどそれも、違う気がする」

 

 ひとまず、目の前で死んでいる騎士の検分は切り上げる。

 

 声を出して場所を知らせ、明らかな隙を晒した。

 だから、敵が襲ってくるかと思ったけれど……当てが外れてしまった。

 

 あるいは誘っていると気づかれたのかも。

 

「……お借りします」

 

 騎士の持っていた鋼の斧と鉄の盾を拝借する。室内での取り回しはやや悪いが、無手よりはマシな筈。そんな事を考えながらロビーを抜けて、食堂へと踏み込んだ。

 

 

 むせかえるような匂い。嗅ぎ慣れてしまったその血の匂いの中に、嗅ぎ慣れないモノが混ざる。

 

 3人の騎士が死んでいる。これまた自殺に見える形で。

 

 食堂の一角には、綺麗なティーセットなどに混ざって小汚い麻袋があった。中には見慣れないが知っている薬草が。麻薬だ。

 

 そして、これもまたしっくり来ない。この草は麻薬として扱うのならば燻して煙を吸うモノだ。なのに火鉢がない。

 

 

「……客室の方も見たほうが良いかな?」

 

 おそらく、どこも似た感じだろう。

 加えて言うなら下手人は既に居らず、覚悟を決めて踏み込んだ私は完全に無駄足になった

 。

 

 素直に警邏の人たちに話せば良かったと後悔をするも遅く。日はもうすぐ完全に沈んでしまう。

 

 そんな時だった。私の耳に音楽が聞こえたのは。

 

 足が音の方へ向く。食堂の奥にある厨房からだ。

 

 誘われているのだろうか? 不気味だが音楽は心地よく、鼻歌が出てしまいそうだ。

 

 ────耳触りの良い音楽なので、ほとぼりが冷めた頃に口ずさんでいる気がする。不謹慎不謹慎。

 

 盾の握りを確かめ、斧を構えつつ踏み込む。

 

 

 

 誰も、居ない。

 

 音楽が響いているのは、落ちているラッパみたいなものから。吹いている人は居ないのに、今も音が鳴り響いている。

 

 そういえばガルグ=マクで聞いたことがある。本物の『技』は人の心を支配できると。料理でも、音楽でも、踊りでも。

 白鷺祭でドロテアさんから聞いた与太話でしかないけれども、彼女の踊りやジョニーくんの笛を聞いていると誇張とは思えなくて

 

 

 この音楽の鳴る『人無しラッパ』がこの惨劇の凶器であると、腑に落ちた。

 

 

「これ、多分ココを動かして……うん、止まった」

 

『前に見たような記憶のある』カラクリを動かして音楽を止める。魔力でオルゴールを回しているようなモノなのだろう。音楽が鳴る理屈は分からないけれど、死んでしまいたくなる程の没入感があったのだ。

 

『ホンモノ』には、及ばないけれど。

 

 そんな時に玄関から悲鳴が響く。誰かがやってきたらしい。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

 

 人無しラッパを持ったまま悲鳴の方へと向かう。もしかしたら敵かも知れないが、あの悲鳴は放っておけない。

 

「あの! ひ……人が⁉︎」

「はい、分かってます。生き残ってる人は見つかりませんでした。ただ、コレをやった人も居なかったので、今は大丈夫です」

 

「大丈夫です。大丈夫ですから!」

 

 へたり込んだ男の人に目線を合わせて、柔らかく声を重ねる。

 

 彼は、『……あ、ありがとう』と言って落ち着いたようだった。

 

「すみません、一緒に騎士団までいらしてくれませんか? 正直私一人では信じてもらえる気がしなくて」

「構わない。……君は?」

「私はアネット。ドミニク家の魔導師です」

 

 そうして騎士団の詰め所へと進む。

 しかしながらそのはもぬけの殻で、騎士たちは皆出払っていた。

 

「……どういうこと?」

「私にも、分かりません」

 

 

 王都フェルディアは、大通りこそ煌びやかだが道を逸れれば真っ黒け。ガルグ=マクの街とは比べ物にならないドロドロしている街だった。

 

 けれど、街として成り立つ程には皆頑張っていたのだ。警邏に出ている騎士の人たちは力が及ばない場所があるからこそ、そこに行ってしまわないように沢山の注意をしていた。

 

 怪しい薬とかの危ないモノが手に入りやすいからこそ、それがどういうモノなのか皆が知っていた。そういうモノで無自覚に道を踏み外す前に止めてくれる人は多かった。

 

 王国は豊かではないけど、民の心も強い国だった。

 

 

 

 そんな王都の空気が消えているのを今更ながら感じてしまった。

 

「そこで何をしている……!」

 

 苛立ちを隠さない声がした。酒を片手にやってきた騎士服の男は、ドス黒い声で私たちに話しかける。

 

「あの、実は大通りのあの宿が……」

「知ってるに決まってんだろ! んなこたぁ!」

 

「俺はそこから逃げてきたんだから……」と微かな声が届いた。

 

 私が第一発見者ではなかったらしい。そういえば、私の進んだ道以外にも扉が開いていたりしていた気がする。

 

「あの……埋葬の、手配は?」

「死体を埋めようとする奴もいねぇよ。売った方が高えんだから」

「死体が()()()んですか?」

「そうだ。裏の連中が魔導研究所に流してる。王都の連中の公然の秘密って奴だよ」

 

「売るために殺してる奴も居るくらいだしな……」とこぼれたその声は、辛そうだった。

 

「そう言う訳だ。アンタら面倒に巻き込まれて災難だったが、帰ってくれ」

 

 そうやって話を切り上げられた。

 

 ……本当にどうしよう。

 今から殿下の救出を助けてくれ、なんて言って動いてくれないだろう。

 

 詰所へと進む騎士さんに「待ってくださいよ!」と縋りつこうとする男の人。

 

「落ち着きましょう。ね?」

 

 そうやって肩を掴んで止めようとすると手のひらに嫌な熱が届く。

 

()()だ。

 

 その瞬間、空気が変わった。縋りつこうとした動きから切り替え、私に放たれる魔法はサンダー。

 魔力を高めて受け止めるが、相殺しきれない。盾を構えた左腕に痛みと痺れが響くが、軽傷だ。

 

 

「なに、するんですか!」

 

 戦技『雷斧』にて反撃する。反撃される事を想定していなかったのか防具はなく、身のこなしで直撃は躱されたけれど掠ったし雷は届いた。

 

 痛み分け、もしくは少し有利だろう。

 

「流石は、あのギュスダヴの娘か」

「……何故、こんな事を?」

 

「あの時代錯誤どもはあそこで死ぬ筈だったのに! それを確認するだけだった筈なのに! どうして生き残りが居る! どうしてそこに向かう! 正義だ忠誠だ真実だなどと耳触りの良い言葉に酔ってるだけのゴミ屑が! 俺たちの暮らしを踏み荒らすな!」

 

 堰が切れたように噴き出てくる怨嗟の声。

 この人は、普通にフェルディアに暮らしているヒトだったんだろうな、と思った。普通に暮らしている人でさえ、こんなになるまでに追い詰められている。

 

「頼むから、死んでくれ!」

 

 懐からナイフを取り出したその人は、泣きそうだった。

 

「がぁ⁉︎」

 

 ────だけど、それは手心を加える理由にはならない。

 

 本気の『雷斧』を叩き込む。斧はナイフに防がれたが雷は直撃し、男を行動不能にした。

 

「──良かった、生きてる」

 

 なんとも悲しい話で、殺すつもりの一撃でなければこういう人(死兵)は止められない。下手に手加減すれば相打ちに持っていかれてしまうのだから。

 

「……アンタ、この男がヤツの手先だって分かってたのか?」

 

 騎士さんが聞いてくる。

 

「そうじゃなかったら良いな、と思ってました」

 

 あの悲鳴の演技には、嘘臭さの中に後悔と悲しみがあったと私には思えた。

 


 

 

 なぁなぁで騎士団の詰所へと入れられる。

 男の人、『ジョージ』さんは観念して自分の知るところを話し、騎士の『アルベルト』さんはちょっとだけ落ち着いていた。

 

「──テメェは、誰が黒幕かは知らねぇと?」

「……ああ。俺にやれって言ったのは裏町に幅を利かせてる奴らだが、そいつらの頭は分からねぇんだ」

「……で、アンタの家族は?」

「捕まっている……と、信じたい」

 

 信じられないのは、自分が捨て駒であるから。子供と妻は健康であるため、『売れる』のだ。

 

「……売られた方は魔導研究所に?」

「分からない」

「手は、出せねぇな。今は殿下の処刑だどうたらで警備が厚い。かといって真っ当に上に上げれば揉み消される上に間に合わねぇ」

 

 ギリリ、と歯軋りの音が聞こえた。

 

 

 なんとかしたい。そう思っていると荷物からぽろりと何かが落ちた。

 

「……それは?」

「あの宿にあった、人無しラッパです。ここをこうすれば……」

 

 と手元の絡繰をカチっと動かすと音楽が響いた。相変わらず心に響く。死を願わせるソレだと大変なので直ぐに切ろうとするも、曲が違う。

 

 込められている思いが、『違う』

 

「……なんだ、コレ?」

「暖かい、音?」

 

 

「ジョニーくん?」

 

 それは、ガルグ=マクで幾たびも聞いた、愉快な男の子の音楽だった。

 


 

「皆、覚悟は出来ているな」

 

 黒い肌の男は言う。彼はダスカーの民の将軍だった。

 

 彼の元に集ったのは10名程。決して多くはない。

 

 彼らは全てダスカーの地で反乱を起こした者だ。王国に対する憎しみは深く、王都を焼く事に躊躇いはない。

 

「聞こえている筈だ、あの音色が。我らの恩人は囚われている! ダスカーの民は! 恨みも恩も忘れない!」

 

 そして、ドゥドゥーとジョニー、そしてディミトリに命を救われた者たちだった。

 

 

 ドゥドゥーは言った。『身を隠せ』と。

 

 ダスカー人への排斥が強くなるといった彼の足は王都に向かった。ダスカーの民を()()()()()()()()()()()をするのだろう。

 

 処刑される、ディミトリを助ける為に。

 

 

 そして、『竜としての耳』が聞き取った。自然が奏でる音の中にある彼の音色を。

 

 王都にいる。囚われている。そんな確信が皆の中にあった。

 

 

 ダスカーの民は、恨みも受けた恩も忘れない。それは彼らが彼らの戦いを始める理由には十分だった。

 

 

「我らは『ダスカー竜装兵団』! 王都のゴミを食い破れ!」

 

 

 日が落ちきったその時。王都フェルディアに竜が来た。

 

 人身の竜。2本の足で立つ2メートルほどの彼らは、友のために地獄への道を駆け始めた。

 

 

 

 



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5話 魔奏

 その日のフェルディアは最高クラスの警備が敷かれていた。ディミトリの処刑を止めようと有力貴族が攻めてくる可能性がある為に。

 

 謀略によってその動きは妨害されているが、それを食い破られる事をコルネリアは知っている。

 

 ファーガスの貴族は血族主義で古臭く、頑固で愚昧であるが────強い。

 

 この北の地では弱者は死んでいく。民草は疫病や飢餓などから守られないが故に強い者しか生き残らない。

 

 どれだけ内政が悪化してもファーガスが他国に併合されていない根本の原因は、『兵士が強い』という事なのだ。

 

 

 それを理解しているコルネリアは襲撃される前に戦力を減らし続けた。諸侯の動きを操り最高のタイミングでの処刑を行えた筈だった。

 

 

 

 そんな計画は、『竜人兵団』に蹴り飛ばされた。

 

「……獣風情が」

 

 コルネリアは眼科を襲う龍人を見る。王都の防備を全てブチ抜いて王城前まで進軍しているそいつらは無傷ではない。

 

 騎士達は果敢に挑み手傷を与えたし、王都の罠は奴らに命中した。

 

 それでも、まだ一頭も討ち取られては居なかった。

 

 

 コルネリアは考える。これは陽動だと。

 でなければ王都を正面から落とせると判断したという事になる。百に満たない数でだ。

 

 流石にそれはあり得ない。

 

 ……あり得ないの、だが。

 

「に、逃げろぉ!!」

「勝てる訳ねぇ! こんな化け物共によぉ!」

「王城は何してやがる! こんな時の英雄の遺産だろうが!」

 

 逃げ惑う兵士たち。兵の練度が低すぎる。

 

「市街の防衛を優先する。数が少な過ぎる、伏兵を疑え」

「クソが! こんな時に上は何やってんだ! 偉い血だとかで散々に威張り散らしていたろうが!」

 

 練度が高い騎士達。奴らは各自の判断で動いている。命令が届いていないのか、誰も死兵となって足止めに出てこない。

 

「『クレオブルス』、あの醜い獣共は何だ!」

 

 地下で研究を行なっている魔導師が顔を赤らめてやって来た。アガルタの技を学びながら口先だけしか伸びぬ小物だ。死んでしまえ。

 

「アホ共が暴れているだけよ」

「……あんな真似をできる阿呆などいるものか! 紋章石をコントロールしているのだぞ⁉︎」

 

 しかも研究者を名乗っておきながらその程度の目しか持っていない。やはり害悪だ。

 

「外側に力を纏ってるだけ。ヒトの形も崩せてないから力は弱い上、負荷で勝手に死ぬわ」

 

 見れば分かるでしょう? と言外に言えば顔を赤らめて去っていく。プライドしかないゴミ屑だ。

 

 

 窓から離れ司令室へと向かう。場内を歩いて回っても暗殺者はやって来ない。

 ディミトリを救うための陽動ならば私を崩すのがまともな頭のある人間だろう。獣の血で考える事を忘れた犬畜生共が、死んでしまえ。

 

「コルネリア様⁉︎」

「場内警備の3番隊に銀の槍を持たせて砦に待機、7番魔導師隊、4番弓兵部隊は内壁に待機させな」

「……は、はい。ですがもうすぐ城門に辿り着きます。援兵を出さねば」

「正面からで止められるってんなら、あんたが行きな」

 

 王城に残っている参謀連中は程度が低いクズだ。今まで紋章だの血筋だけだので出世を重ねたコイツらは、権力者に媚びを売ることは知っていても戦う術を知らない。死んでしまえ。

 

「そうだ、ギュスタヴ! 奴が居るではないか! 鉄壁を誇る奴の用兵術ならば!」

 

 奴を獄に繋ぐ事に積極的に賛成した男が、奴の力に頼っている。塵屑が。

 

「奴に従うような弱兵はこの城にはいねぇよ」

「それは……」

「妄言は外でやりな、さっさと動け。じゃなきゃ今すぐ死ね」

「貴様⁉︎」

 

 激昂する男の後釜に据える奴はコイツの下働きをさせられていた奴で良いだろう。それなりに使える奴だった記憶がある。

 

 

 呆れるほどに遅くナイフを取り出し、すっとろい踏み込みで振るわれた一撃の届く前に蹴り飛ばす。手加減を怠って仕留めてしまった。

 

「さっさと動きな」

 

『その凶行をただ見ていた日和見共』を見下しながら指示を出す。本当にゴミばかり。

 

 

 私は技術面で国政に関わっていたが、直属以外への人事権はなかった。なんなら誘導すらしていなかった。

 

 

 それでコレ(ゴミ溜め以下)なのだから、本当にこの国は終わっている。今すぐにでも更地になれば良いとすら思っている。

 

 

 それでもこの国で仕事をしているのは何故だろうか? そんな事をこの肉体(コルネリアの殻)で考えるのだった。

 

 


 

 地上からくぐもった爆発音が響いてくる。何やら騒ぎがあったらしい。

 

 自分以外にも誰かが殿下のために動いているのだ。そう思う事にする。

 

『ドゥドゥー、お前は生きろ』

 

 そのような事を言いながら安堵の表情を見せたあの方を思い出す。

 

 

 

 殿下には、自由はなかった。幼き頃より軟禁され、全ての行動は伯父に管理される。

 二度あった出兵も、ともすれば殿下を害する為の策略だったかもしれない。

 

 それでも、殿下は懸命に生きていた。その血の誇りに正しく向き合い、その血の責任から逃げなかった。

 

 

 そんな殿下が報われずに終わるのは、嫌だ。

 

 

 リュファス様にも彼なりの考えがあったのだろうとは思う。他の者にもファーガスを憂う気持ちがあるのかもしれない。

 

 殿下を助けることが出来ない事を苦しく思っていた方は、殿下やリュファス様方が思っているよりも遥かに多い。

 

 

 槍玉になる『声を上げる一人目』になる覚悟がなかっただけなのだ。

 

 だから、俺がやる。殿下が助かるのならこの命は惜しくない。殿下の未来は、続く者が助けてくれる。憂いはあるが、迷いはない。

 

 

 

「邪魔だ……!」

 

 

 地下水路に居る毛色の違う兵士を殴り飛ばし、魔道士を水底に沈める。

 

 

 

 そして、己は辿り着いた。地下水路から進んだ先の牢獄へ。

 

 傷だらけの殿下が、繋がれていた。

 

「殿下!」

「……ドゥ、ドゥー?」

 

 意識は朦朧としているが、生きている。治療の必要はあるが時間はない。

 

「今、お助けします……!」

「やめ……ろ……来る、な!」

 

 地下牢に踏み込んだその時、カチリと音がした。

 音楽が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 気がつけば、殿下を殺すべきだと思っていた。

 

 

 

 目が慣れて地下牢の中が見えるようになる。殿下の牢の周りには多くの者がおり、その全てが絶命していた。

 

 互いに殺し合った結果として。

 

 

「……何かの術か」

 

 原理は分からない。しかしまだ俺は生きている。殿下への殺意も抑えられている。

 

 

 鉄格子を力尽くで外し、手枷の鎖を引きちぎる。

 

「脱出します。殿下」

「やめ……ろ……!」

 

 殿下を抱え来た道を戻ろうとする。

 振り返ると、眼前には一人の男がいた。

 

 黒いローブで姿を隠したそいつからは音楽が鳴り響いている。殺意を高める音楽だ。

 

 ある意味で都合が良い。殿下に害を向けるよりも、敵を殺すべく力を振るう方が心が軽くなるのだから! 

 

 

 そのように鈍った感覚で拳を振るい

 

 

 稲妻が、胸に直撃した。

 

 

「ガハッ⁉︎」

 

 男の姿に動きはない。魔法の発動の予兆を全く見せない絶技だった。

 

 

 

 そして追撃が来る。踏み込みからの肘打ち。痺れた体で受けた一撃により体勢は崩れ、首元を掴まれる。

 

 そして、天地が逆転した。

 

 

 理解できるのは背中の痛み。地下牢の石畳に叩きつけられたらしい。

 

 生存本能に従いその場から転がる。先程まで頭のあった場所に氷の槍が落ちた。

 

 追撃が来た。体を起こす前に敵の脚が体を捉える。首を守ったのを見られたらしく腹を蹴り抜かれた。

 

 そして魔力が高まり風が放たれる。『シェイバー』の魔法だろう。当たれば首が落ちる。そんな未来が見えた。

 

 

「──まだ、だ!」

 

 その風の刃を両腕で受け止める。そして精神を集中させ、戦技『瞑想』による自己回復によってダメージを減らす。

 

 距離は多少離れた。血が流れた事で頭は冷えた。

 

 この敵を倒さなくては、殿下は救えない。

 

 たとえ勝てる目は万に一つだとしても逃げることはできない。決して。

 

 

 


 

 そのようにドゥドゥーが戦っているという事を、私は後で知りました。

 

 勢いのまま動いていたら、王城の中に入れてしまいました。すこし冷静になった頭で考えると、式典の時でも外で見てるくらいだったので初めて入る気がしています。

 

「嬢ちゃん! そこを左だ!」

「はい!」

 

 同行しているのは二人、詰所でやさぐれでいた騎士のアルベルトさんと私たちを殺そうとしたジョージさんだ。

 

 

 ダスカーの人達が襲撃を仕掛けてきたこと。それは誰にも予想できなかった事だと思う。道中で出会った私でも、正面からやってくるなんて思いもしなかったから。

 

 けれどこの機を逃してはいけない。準備が足りていないとかそういうのは知らない。今動かなければ可能性はゼロのままなのだから。

 

「──殿下を助けに行かなきゃ」

 

 そう口に出したら、アルベルトさんは言ってくれた。

 

「……腐っても騎士団だからな、王城を守るために助っ人くらいは使って良いだろうよ。ドミニク家の魔導師と熟練の短剣使いなら、な」

 

 それがバレるとアルベルトさんは処刑される。『それで良いのか?』とは聞けなかった。自暴自棄になっているような雰囲気だけど、少しだけお父さんと似た感じがしたから。

 

「──私は、あなた達を「後にしてくれ、こんな自殺まがいの博打を打つには勢いが要るんだからよ」……はい」

 

 人無しラッパは優しい音を流していた。それが心にどう響いたのかは、知らない。

 

 

 そして防衛線に加わり、明らかに王城よりも市民を守る事を優先する皆を見た。

 

 歪んだ王国の中で、戦い続ける事を選んだ人達。私たちのことを勘付いて無視した人も居たし、他人に惑わされずに信念の為に戦う人もいた。

 

 

 今日は王都の悪い部分をよく見たけれど、やっぱり私はこの国が好きだ。この国の人達が好きだ。

 

 守りたい。殿下だけでなくこの国も。そう思うと心が温かくなった。ガルグ=マクでの戦いで冷たくなった心が、ようやく解れた気がした。

 

 

「城門、突破されましたぁ!」

 

 

 そして、城門が開く。

 

 竜人たちの力は強く鱗は頑丈で、彼らの心は曲がらない。それを受け止められる盾は今の王国にはなかったらしい。

 

 

 ふと、遠目に見えた竜人と目があった。芯のある強い目だった。『頑張って下さい』なんて口に出してしまうくらいには応援したくなる目だった。

 

 

 

 そして、混乱の真っ只中の王城の中に、私たちは入り込めてしまったのだった。

 

 

「ディミトリ殿下を捕らえている牢が何処なのかは分からねぇ。だからジョージの家族を探すのを優先する。良いな?」

「なら西側の地下に行きましょう。魔導研究所ってあっちの方ですから」

「秘密の道があっても大元の位置は変えられねぇから、か」

 

 即断即決。元々手がかりが足りないこともあって、走り出しは早かった。

 

 そして、荷物の中の人無しラッパが音楽を変えた。というか、別の音が混ざった。

 

 

「こっちです!」

 

 直感的に、その混ざる音がどこから鳴ってきたのかが分かった。扉には鍵はなく、蹴り開けるとごちゃごちゃとした中で大切な資料を纏めているような痕跡があった。

 

 音の鳴る方へ進んでいく。部屋から続く隠し道は、開き方が分からなかったので斧で破壊してしまったけれど、きっと多分大丈夫。

 

 足を止めずに走り出す。すると、ガラスの円柱が見えた。

 

 そのガラスの中に、不思議な色の液体に浸けられている人達が沢山いた。そしてそのどれもが『同じ人』だった。

 

「……人間を、作ってるのか?」

 

 ガラスのない方を見る。そこには沢山の死体があった。許せない。

 

「貴様ら、何者だ!」

 

 闇魔導師が姿を晒す。彼がここの主人なのだろう。

 

 私たちは自然と戦いに移っていた。アルベルトさんの槍が突き刺さり、ジョージさんの魔法が動きを止め、私の『雷斧』がトドメを指す。

 

 あっさりと胴と足が別れたそいつを尻目に奥に向かう。

 

 

 

 

 そこには、一本の槍があった。王国の誰もが知る、英雄の遺産『アラドヴァル』

 そして、その槍の前で歌っているモノがある。

 

 腕も足も腐れ落ちて、奇妙な容器の中で優しく歌うそれは。『人間だったモノ』としか言えない。

 

 そんな彼が、歌うのをやめた。

 

「誰か、来たのか?」

「うん……来たよ」

 

 そう答えるも返事はない。彼に耳はないのだから、聞こえていないのだ。

 

 そう思うと泣きたくなった。

 

「アラドヴァルは、血を求めてる。ここでの儀式でそれを目覚めさせられた」

 

 誰か聞いているのかもしれない。聞いていてほしい。そんな願いの篭った声だ。

 

「目覚めたこの槍は、この槍自身の心で『呪い』を選んだ。全てが死ねと歌い始めたんだ」

 

 

 それを彼は抑えていたのだろう。あの宿で聞こえたのはアラドヴァルの歌で、それに彼の歌を重ねている。

 

「馬鹿、め!」

「生きてやがったのか⁉︎」

 

 

 仕留めた筈の魔導師が手元の人無しラッパを起動させる。そのラッパからアラドヴァルが聞こえてきた。

 

 

 

 そしてその歌の理由が理解できてしまった。

 アラドヴァルは王国を見ていたのだ。ずっと。

 

 腐り切ったコレを滅ぼさなければならないと、槍の身で思うほどに。

 

 周りにある人形が動き出した。人無しラッパと同じような絡繰だ。アラドヴァルの歌に反応して動いている。

 

 

「貴様が何者だろうが! 獣の殺意で動くこの機兵には関係はない! ましてや最も多くの血を吸ったアラドヴァルの意志だ!」

「馬鹿な? アラドヴァルがファーガスを滅ぼすだと⁉︎」

「そうだ! 獣によって栄えた貴様らは! 獣によって根絶されるべきなのだ!」

 

 そんな狂気があって、アルベルトさんもジョージさんも理解が追いついていなくて、私も正直何も分かってなかった気がする。

 

 

 それでも、誰に声をかけるべきなのかは分かっていた。

 

 

 

 

「ねぇ、アラドヴァル」

 

 

「悪い人も沢山いるけど」

 

 

「良い人も、いっぱいいるよ?」

 

 

 告げる言葉に迷いはなかった。

 

 

 

 アラドヴァルを手に取る。

『英雄の遺産』は対応する紋章でなくてもある程度は使える。だから、この槍の力の一分くらいは私にも引き出せる(と思う)

 

 アラドヴァルは、どんなに凄まじい力を持っていても槍でしかなく。行きたいところに自分で飛ぶことはできない。

 

 だから、私は構える。槍は苦手だけれど、授業で『手槍』を扱える程度には練習したのだから。

 

「もう一度、あなたの心で感じてから決めて欲しいな」

 

 できれば殿下を助けながら。と付け加えて、投げ飛ばした。

 

 アラドヴァルが飛びたいと願った先は壁だった。穂先は貫いて進んでいく。

 アラドヴァルは阻む全てを貫いていった。

 

 そして、どこかに突き刺さったのを感じた。

 

 私は痺れた右手を見る。『打ち砕くもの』を使った時よりも数倍の痛みがあったけれど。

 

 

 世界が変わった、気がしていた。

 


 

 

 天上よりやってくるそれを俺の手は掴んでいた。子供の頃からずっと感じていたその槍は、父が振るっていた頃と比べ物にならない程に荒ぶっていた。

 

 

 

 全てを殺し、破壊し尽くさなければ収まらないだろうその心は鏡のようだ。他を滅ぼそうとする中で、『本当に殺したいモノ』を誰よりも理解している。

 

 

 今、目の前で俺を助けにきたドゥドゥーが殺されかけている。

 

 ドゥドゥーが来る前にも多くの者が来てくれた。ブレーダッドの青き血を、ファーガス王家の伝統を救わんとして。

 

 そしてその度に無慈悲に殺されていった。目の前の男に。

 

「アラドヴァル」

 

 黒衣の男はこちらを向いた。その目は機械仕掛けで、その体は魔導ゴーレムのよう。

 

 そしてその意志は、手元にあるこの槍のモノだった。

 

 

 魔槍を振るって檻を砕く。手にピッタリと吸い付くこの槍は何も応えない。

 

 眼前のアラドヴァルは俺を見る。

 

 

「お前を殺す」

 

 

 語るべき道理より、槍から伝わる悪意より、研ぎ澄まされた意志だけが、そこにあった。

 





正直描写がいつも以上にふわふわしてるので、気が向いた時に修正すると思います。


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6話 フォドラ最強の個

遅くなりました。


 この王国の誰しもが忘れていた。何故ファーガス神聖王国が成立したのかを。

 

 建国の王ルーグは、アドラステア帝国より独立し国を勝ち取った。北の大地は実りが悪く、戦い続けてまで奪い返す事へのリターンがなかったこともある。

 

 

()()が振るわれる戦場など、『やっていられるか』

 

 ディミトリがアラドヴァルを手にしてから半刻が過ぎ、王都フェルディアは半壊し、王城は崩壊した。

 

 ただ一つの、戦いの余波によって。

 


 

 戦技『無惨』。アラドヴァルによって振るわれるその一撃の余波によりフェルディアに嵐が生まれた。空が割れ、城壁は吹き飛び、家家はは千切れ飛ぶ。

 

「何事か⁉︎」

 

 騎士たちは吠える。市民の避難を優先していなければ崩れ落ちる城に潰されて死んでいた。今城に残っていた者達は生きていないだろう。コルネリアに媚を売るが本人にすら蔑まれているクズの集まりだったが、彼らなりにファーガスの為に動いている事も今王国に残っている彼らは知っている。

 

「ふざけんな、化け物共だけでも手一杯だってのによ!」

 

 騎士の中にも恐怖に震えて逃げ出す者が出る。その血に刻み込まれた恐怖から。勇気を出して立ち向かおうとする者が出る。この国を守る為に、命をかけて。

 

 

 

 そんな中、ある年老いた騎士が言った。『アラドヴァル』と。

 

 建国より王国と共にあり、王国の敵と()()()()()()()()()()()()()を切り裂いてきた魔槍。王国の土地が枯れているのはアラドヴァルによって焼き払われたからだ、などと伝える村も多くあるほどにファーガスの地を破壊した槍は、ブレーダッドの紋章の所持者がいなくなった事によって長らく封ぜられていた。

 

 

 今生きている所持者は、獄中のディミトリのみ。

 

 王国に縛られ、王国に利用され、王国に殺されるだけだった彼が、今『魔槍』を手にしている……! 

 

「逃げろ」と叫んだのは誰だろうか? などと考える事はない。ファーガスの血が全力で『狂王』から逃げ出せと叫んでいた。

 

 しかし眼前には竜人兵団。城から逃げる事は彼らに向かう事。やぶれかぶれに突っ込む奴は千切れて飛んでいく。こんな中にあるのに彼らの目には喜びすらあった。

 

「我らが、王よ」

 

 そして、ダスカー竜人兵団は竜の感覚でその想いを抱いた。あらゆる過去からの声を無視してでも彼の下に居なければならないという想いを。

 

『竜』は遥か昔から、力に忠を誓っていた。

 

 


 

 殺してやる

 

 目の前のガラクタはアラドヴァルを躱し距離を取る。槍の間合いは長いとはいえ魔法よりも短い。余波で殺せる類でなし、直撃を狙う。

 

「殿下!」

 

 ドゥドゥーの声がした。お前はもう自由だ。ファーガス神聖王国はフォドラの歴史から消えるのだから。

 

 視界の端に男の腕が見える。あれはカインズの腕だ。

 

 カインズは男爵家の次男坊で、騎士手としての実績を積んでいた。俺の監視をしている際、万が一にも対応できるようにしていた勤勉さを持っていた。直接の助けこそ今日までなかったが、ずっと気を揉んでくれたことを知っている。

 

 

 殺してやる

 

 崩れ落ちる瓦礫の隙間を抜け、足場にして地上に向かうガラクタを追って地上に出る。

 

 瓦礫の上から風魔法が叩きつけられる。アラドヴァルで瓦礫を全て吹き飛ばすが、狙われていた。雷魔法『トロン』だ。

 

 右目側の視界が潰れたが、まだ動ける。

 

 戦技『無惨』。反撃される事を想定していなかったのか、奴の右腕がちぎれ飛んだ。

 

 転がっていた死体から手槍を拾って投げる。ガラクタはそれを掴んで投げ返す。千切れた右腕には新しく腕が生えようとしていた。さほど早くはないので殺せば殺せる。

 

 

 手槍を薙ぎ払いつつ距離を詰める。向こうは槍の間合いに入らぬように逃げ回っているが、片腕が使えなくなり速度は落ちた。

 

 そこに、攻撃を置く。アラドヴァルの力は地面を伝い、空に爆ぜる。その衝撃を防げず、躱せず、あのガラクタは宙に囚われた。

 

 

「死ね」

 

 迷わずにアラドヴァルを投げ込んだ。

 

 アラドヴァルは奴の肉体を貫く。そしてその力を内部に流し込んで爆散させる。

 

 肉片が弾け飛び、ガラクタの中にある『魔』も弾け飛んだように思えた。

 

 

 

 

 だが恐らくは()()()()

 殺した手応えが感じられなかったのだ。

 

 次が、来る。

 

「殿下!」

 

 上空から雷が放たれる。城砦の魔導砲台からだ。

 

 前方に飛び込んで回避してアラドヴァルを拾う。遺体が穂先を離さない。

 

 その遺体はあのガラクタのモノでなく、ファーガスの兵士。城内で見た覚えがある。

 

 その重みが、鈍らせる。

 

 重さの分振り遅れ、二射目への迎撃が遅れた。そして雷と共に降りてくる敵。動きも気配もあのガラクタだ。腕はなく、両足はズタズタで今にも死ぬ。

 

 しかし、奴はズタボロの足を潰して加速する。俺の命を奪う為だけに。『その先』など一瞬すら考えずに。

 

 理屈ではなく心が命じた。『殺せ』と。

 

 穂先に感じた『重さ』が消え、身体は自然と動いていた。

 

 

 

 

 気付けば戦いは終わっていた。

 

 アラドヴァルはガラクタを切り裂いた。奴は息絶えており、その瞳は怨嗟の念に満ちている。

 

 握ったアラドヴァルからも己を含む全てを殺せとの叫び声が聞こえてくるほど、奴の憎しみは染み付いていた。

 

 しかし頭は冷えている。己の中で暴れていた邪心はそのままに、冷静に何をするべきかが見えていた。

 

「殿下!」

「ドゥドゥー……」

 

()()()

 

 今フェルディアを灰にする事は容易い。しかしそれでは()()

 

「……ハッ!」

 

 コルネリア含めファーガスを腐らせたゴミ共は根切りにする。その為に本当にするべきことが、見えはじめていた。

 


 

 

 崩れ落ちる城内から逃げ延びた私達は、混乱もあってか咎めは受けなかった。

 

 ダスカーの人達の奇襲から始まったこの戦いでフェルディア王城は崩れ去り、王都は陥落したかに思えた。けれど殿下は見当たらなくて混乱は増すばかり。

 

 

 時が経って冷静になったことで、殿下には王都を壊滅させる事はできても()()()()()()()()()()()()という当たり前の事が頭に浮かぶ。

 

 殿下に協力する臣民や兵士たちがどれだけいても、彼らをまとめる将や官が居ない。私の家とかフラルダリウス家とかに援助を求める事も不可能だ。

 

 ダスカーの人達と殿下。その20数名では、殿下の味方が来るまでの数日すらどうにもならないのだから。

 

 一応ではあるけれど、私や父さん、街の方にいてアラドヴァルに巻き込まれなかった騎士の人たちは色々頑張りはした。けれど翌朝にやってきた親帝国派の連合軍がやってきたので何もできなくなった。

 

 

 これは私の行動の結果だ。と己を責める気持ちはゼロじゃない。

 

 だけど、帝国派の人達も身を削って二次被害を防ぐ為に動いていた事や、ジョージさんの奥さんをはじめとした買われた人達を救出して治療してくれてた事。

 

 そういう事から見える勇気や正義、笑顔だとかを思うと、もつと頑張ろうという心にはなれた。

 

 

 今、ファーガスは嵐の中だ。

 

 各地で、『血狂い王子』ディミトリの話が聞こえる。

 殿下は色んな人たちを味方につけて戦っているらしい。ダスカー民族、スレンからの奴隷、その他魔獣などの化け物達を纏め、ファーガスを滅ぼす悪魔の軍勢を作っているのだとか。

 

 学園で見た殿下の姿からは考えられないけれど、王城で見た殿下の姿からは順当に思える戦いの日々。

 

 

 ドミニク家の次期党首(にさせられてしまった)の私は、他の家臣同様にファーガスを守る為に頑張らなくては。

 そう思い、気合を入れる為に頬を叩く私だった。

 


 

 闇に蠢く者達(アガルタの民)によりアラドヴァルは憎しみを解放させられたそんな魔槍を完全に扱えるようになったディミトリはフォドラにて己の為の戦いを始めた。

 

 アラドヴァルの憎しみの声はどこまでも響き渡り、紋章を通じてその位置は誰でも知ることができた。そんな彼を討つために彼の敵は手段を選ばずに攻撃を加えたが、その全てが灰燼に帰した。

 

 その理由はただ一つ。ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドはフォドラにて『最強の個』であり続けたからだった。

 

 




以下、完全なる雑記です。





スマホが壊れて萎えていた頃にガンヴォルトとゼノブレ3で完全にモチベーションか奪われてました。アイオニオン最強は倒してもスーパーユニークに心を惹かれ、ベリーハード、GVモードでの練習していたらもうすぐソウルハッカーズ2。

コンテンツの雪崩がヤバくてやばいです。執筆ペースが完全に崩れました。執筆のテンションがなかなか上がらないのもあって更新は相変わらず不定期かつ遅くなります。たすけて




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