スカートの中身に興味津々のリンクに執着されてドキドキしちゃう天才魔法少女アイリンちゃん!! (ほいれんで・くー)
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ある日のハイラル上空

 いつも通りだ。間違いなく、いつも通り。

 

 アイリンのその日のパンツは、いつも通りの、白くて滑らかな、ごくごく普通のパンツだった。

 

 丈の長い黒のローブ、その奥底に眠る、初雪のような白さ。まるで「こことは違う世界」のあの峻険な山に降り積もる、善も悪も覆い隠すような純白。その清らかさに彼女は守られていた。

 

 なんの変哲もない。その布地はシルク(ハイラルの一般常識からすれば、それは「ちょっと贅沢」と呼ばれるものだろう。おばあちゃんがある日何の前触れもなく買ってくれたものだ)で、ジャストウエストの、ごくノーマルなパンツだった。

 

 その「いつも通り」という事実が、ある側面では、どうしようもなくアイリンを苦しめた。

 

 空の青にも染まずただよう、少女とほうきと少年。

 

「ヘンタイっ!!」

 

 細い、なよやかな足を動かす。踏みつけるように、だが、それは決定的な打撃ではない。アイリンは足を動かしつつ、ほうきにぶら下がる「緑一色に包まれた」人影に、強い口調で言葉を投げかける。

 

「……この、このっ……! ……もう、いい加減やめなさいよ! なんで覗き込もうとするの!?」

 

 しかし、アイリンの必死の抵抗にもかかわらず、視線が発する強い圧力は決して弱まらない。

 

 むしろそれは、打撃を受けるたびに強まるようだった。

 

「リンク、見ないで! こら、見るなってば!」

 

 何度放ったか分からない蹴り。ゴリっという、曰く形容しがたい鈍い音がした。空中にパッと散る、赤い薔薇のような血煙。

 

 今度こそはアイリンの爪先が、緑の人物、勇者リンクの鼻にめり込んでいた。それは優美な鼻梁を直撃し、鮮血を噴出させた。

 

 思わず、アイリンは悲痛な叫び声をあげていた。決して、そこまでやるつもりだったわけではない。

 

「あっ……リンク!!」

 

 次の瞬間、リンクは手を放していた。

 

 ここは雲の高さである。小鳥たちを狩る、猛禽類たちの棲まう世界。教会の高い尖塔も、ここからでは待ち針の先ほどにしか見えない。そんな高さからリンクは下界へと、急速に飲み込まれていった。

 

「待って、リンク!!」

 

 待てるはずがない。そんなことは分かっている。それでもそう言わずにはいられない。

 

 ほうきを翻し、あたかもハイタカが獲物を狙う時のような、見事な反転急降下をアイリンは打った。

 

 降下角度30度、40度、50度……びゅうびゅうという大気の唸り声が耳朶を打ち、ほうきは空気を切り裂いて下方へ驀進する。それでも視線の先のリンクはなかなか大きくならない。

 

「リンク!!」

 

 降下角度70度。右手でほうきを握り締め、届かないと分かっていても、もう片方の小さな左手を彼女は伸ばす。体感的にはもはや背面飛行に近い。これまでのハイラルの天地の歴史を振り返っても、これほどまでの過激な飛行をしたのはアイリンが初めてだろう。

 

 だがそれほどの自殺的機動を以てしても、結局彼女は追いつくことができなかった。

 

 リンクは場違いなほどに鈍い音を立てて、地面に激突した。濛々と巻き起こる、濃い灰色の土煙。

 

「リンクーーっ!!」

 

 ほうきを握る両手に力を込めて、大地の吸引力に強引に逆らって引き起こしをかけるアイリン。半秒も経たずして、ほうきは急激に上向きへ角度を上げた。

 

 グラフ上に表される無機質な二次関数の如き曲線を描いて、アイリンは急上昇した。なんとか、リンクに倣って大地へと突入することだけは避けられた。

 

 しかし、アイリンが気にかけていたのはそのことではない。重力によってクラクラとする頭で彼女が思案していたのは、はたしてリンクはどうなったのかということだけだった。

 

 まさか、ひょっとして……? いや、そんなはずはない。この世界の危機を救った、あの勇者がまさかこの程度のことで終わるなどということは……

 

 目をやる。ちょうどそこは畑地で、スラリとしたスタイルの良いニンジンが濃緑色の葉を風に靡かせて、行儀よく整列していた。

 

 未だ晴れない土煙の切れ間から見えたのは、リンクが畑地の只中に、まるで「私は新人のニンジンです」と言わんばかりに、上半身を柔らかな黒土に埋めて両足をカタツムリの触覚のように空へ向けている光景だった。

 

「リンクっ!!」

 

 コットンのように、音もなくふわりと地面に降り立つアイリン。心臓は冬の火災の半鐘のように高鳴っている。ほうきを片手に、駆け足で傍らに寄る。

 

 リンクはピクリとも動かない。

 

 まさか、まさか……本当に死んでしまったのでは……?

 

「リンク!!」

 

 衝動のままに両足を掴む。リンクが履いている明るい茶色をしたブーツの、その柔らかな革の手触りが妙に生々しくアイリンには感じられた。

 

「……ふんっ……うう……このぉ……!」

 

 少女の膂力程度ではどうしようもない。それでも彼女は力の限り引っ張った。

 

 数秒か、それとも数分は経っていたのか。突然リンクは、それまで地中に根を張っていたのではないかと思われるほどに堅固だったのにかかわらず、ズボッと音を立てて引き抜かれた。

 

「わっ!!」

 

 アイリンはその勢いの良さに、思わず尻もちをついてしまった。

 

「いったぁ……」

 

 畑地のふんわりとした土とは言え、衝撃は大きい。アイリンは小さなお尻を無意識に擦った。

 

 それでも、次に脳裏に閃いたのは、やはり彼のことだった。ハッと息を呑むアイリン。

 

「リンク、大丈夫!?」

 

 黒曜石のように澄んだ黒い瞳、それを真正面に向ける。

 

「あっ、リンク……! ……リンク?」

 

 そこには、リンクがいた。何一つ欠けることなく、五体満足の体で彼はそこにいる。

 

 リンクは薄汚く土埃に塗れていた。一日中畑仕事をしてもこうはいかないだろう。それを取り繕うこともなく、また傾いた緑の帽子を直すこともなく、彼はぺたんと両足をハの字に曲げ、臀部を地面につけている。

 

 雲一つない夏空のような眼を凝らして、リンクはある一点を見つめている。

 

 大怪我でまったく動けないであろうリンクの姿を想像していたアイリンは、ある意味で毒気を抜かれた。彼女は尻もちをついたまま、彼を茫然と見つめ返した。

 

 しばしの沈黙が二人の間を包む。チチチと小鳥の鳴く声。放牧されている牛の長閑な鳴き声。遠くの厩舎から聞こえる鋭い嘶き。

 

 アイリンは、自身の鼓動を聞いた。興奮のままに全身へ急いで血液を送り続ける、冷めやらぬ動脈と心臓の駆動音。

 

 ざわめきのようなその拍動と共に、モグラの囁き、地虫の歌さえ聞こえそうだった。

 

 ややあって、アイリンは、卒然と悟った。

 

「あっ!?」

 

 リンクは見ている。見つめている。凝視している。

 

 私の下半身を、私のパンツを見ている!!

 

 どういう物理法則の結果なのか? アイリンの丈の長いローブの裾は知らぬ間に捲れ上がっていて、内奥に秘していた純白が外界に姿を晒していた。

 

 リンクはなおも見つめている。アイリンは彼の青い瞳に、自分の下着の色が鮮やかに映り込んでいるのをハッキリと見た。

 

 アイリンはそのことに気付いた時、熱病のように顔が火照るのを感じた。バッと音を立てて、急いで裾を抑える。

 

 声に怒りが滲み出た。

 

「……こ、このぉ……」

 

 いつの間にか、彼女は立ち上がっていた。そして無意識に、いつかリンクが話してくれた「オクタ球場」での作法そのままに、耳から顎のあたりの高さにほうきを構え、脇を締め、膝を少し曲げて、足を肩幅の広さに拡げた。

 

 ふっと息を呑み、それを吐く呼吸で、アイリンはほうきをフルスイングした。

 

「見るなーーー!!!」

 

 音すら置き去りにした。少なくとも彼女はそう感じた。

 

 リンクは、アイリンが立ち上がった時は至極残念そうな表情を浮かべていたが、次の瞬間には、その可愛らしくも端整な顔にほうきの穂先が滅茶苦茶にめり込んでいた。

 

「へぶらっ!!??」

 

 緑の勇者は情けない声を上げて、2メートル先の地面へとぶっ飛ばされた。

 

 

☆☆☆

 

 

 数分後、アイリンは片膝をついて、だらしなく地面に転がるリンクを抱え起こしていた。

 

「もう……しっかりしてよね!」

 

 彼女は懐から一本のビンを取り出した。中にはたっぷりと黄金色の液体が詰まっている。おばあちゃん謹製の魔法薬、「黄色い薬」だ。どんなに重傷を負っていても、これを飲むだけでたちどころにハートを全回復させるだけの効果がある。

 

 そう、おばあちゃんが作った薬だ。アイリンの胸がチクリと痛む。これだけの魔法薬は、まだ自分には作れない。こないだ試しに作ってみたが、結果は無惨な爆発だった。昼過ぎから日没にかけて挑戦し続けたが、結局大鍋を三つ、鉄クズの塊にするだけで終わってしまった。

 

「ほら、飲んで……」

 

 リンクのつややかな桜色の唇にビンをあてがう。右手はビンに、左手はリンクのお腹に。そっとビンを傾けると、リンクは静かに喉を鳴らし始めた。

 

 空色の瞳がじっと見つめてくる。アイリンは少しだけ、心臓の鼓動が高まった気がした。まるで赤ちゃんみたい。ビンは哺乳瓶で、私はお母さんで、リンクは赤ちゃん。とっても強くて、カッコよくて、物静かで、聞き分けが良くて、でも時々とんでもなくワガママになる赤ちゃん。

 

 ちょっと、可愛いかも……

 

 飲むスピードに合わせて、ビンの角度を変える。思惑はどうであれ、二人の息はピッタリと合っていた。まるで、想像を絶する過酷な環境を共に乗り越えてきたかのように。

 

「あっ……」

 

 アイリンは溜息にも似た声を漏らした。ビンの中身を飲み干したリンクが彼女の右手を抑えて、一呼吸の間に音もなく立ち上がったからだった。

 

 立ち上がったリンクは、ネコのように大きく伸びをした。コキコキと首を回し、グルグルと両腕を回し、帯革ごとズボンをずり上げ、帽子を直した。

 

 まるで魅入られたかのように、アイリンはそのどうということはないリンクの動作を見ていた。

 

 掛けるべき言葉ならいくらでもあるのだ。とりあえずは、「リンク、さっきはごめんね。怪我はない?」とか、「リンク、まだどこか痛むところはない?」とか、そんなところだ。

 

 それでもアイリンは、一言も発することができなかった。

 

 ちょうど太陽が雲に隠れた。分厚いヴェールに隠された日光が半分だけ活動を許されて、リンクの顔を印象的に照らし出した。

 

 惚れ惚れとするような、綺麗な顔。女の子のように可愛らしくて、それでいて男の子らしく元気一杯な顔。彼の顔は、今までに見たことがないほど美しく輝いているようにアイリンには思われた。

 

 さっと風が吹き抜ける、その二、三回の瞬きほどの時間を挟んで。

 

 リンクが言った。

 

「アイリン」

 

「……はっ!? な、なに、リンク?」

 

 突然聞こえてきた爽やかな声音に、見惚れていたアイリンは咄嗟に返事が出てこなかった。

 

 しどろもどろに答える自分への恥ずかしさに顔を背ける彼女に、リンクはなおも言葉を投げかける。

 

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 

「そ、それは……どういたしまして……」

 

 いつものことだ、とアイリンは思った。頬が赤らむのを感じる。いつもリンクは、何の恥ずかし気もなくお礼を言う。まるで気負うことなく、あたかも同じ食卓についている時にお塩をとってくれたことに対して礼を言うように。

 

 言われるこちらの気持ちも知らないで。

 

 遠くで牛が鳴いた。それを待っていたかのように、リンクの言葉が紡がれる。

 

「ところで、お願いがあるんだけど……」

 

 そういえば、同じ食卓についたことってなかったな、今度招待しようかな、森のキノコと、ハイリア川で獲れたお魚を一緒に焼いて……ぼんやりと、とりとめのないことを考えていたアイリンは、返答が一瞬遅れた。

 

「……えっ!? ……ええ、なにかしら、リンク」

 

 リンクは、アイリンの両肩を掴んだ。その力はどこまでも優しく、生卵を扱うように柔らかい。しかし、彼の言外の強い意志は、彼女の骨格と感覚神経にしっかりと伝わってきた。

 

 ドキっと、またもやアイリンの心臓が高鳴る。

 

「……リンク?」

 

 彼は何も言わない。その目はとても真剣だ。ダンジョンの奥で、身に数倍する敵と対峙した時、きっと彼はこんな目の色をしていたのだろう。夏空の遠い向こうで、雷が空中を走るかのような閃光をどこかに隠した、そんな目。

 

 しばらく見つめ合う二人。

 

 先に口を開いたのは、リンクだった。

 

「アイリン、君だから頼むんだけど……」

 

 相槌を打つこともなく、息を凝らして、アイリンは次の言葉を待った。

 

 リンクは、少し躊躇った後、意を決したように目を見開いて言った。

 

「君のスカートの中を、見せてくれない?」

 

「……み」

 

「み?」

 

「……み、見せるわけないでしょ!! このヘンタイーーっ!!」

 

 アイリンは、ほうきを思いっきりフルスイングした。




(私に)需要があったので書きました。生ビール大ジョッキ3杯とブランデーオンザロック3杯を飲んだ後に書きました。

神トラ2のアイリンちゃんの二次創作が読みたい……でもない……苦しい……

なら自分で書くんだよ。

気が向いたら更新します。


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考えるアイリン

 大気は循環する。

 

 その日のハイラルの空は、北のヘブラ山から南のハイリア湖に至るまで、黒雲に覆われていた。

 

 黒く分厚い雲は沛然たる雨を注いで大地を潤し、伸び盛りの草木に必要不可欠な水分を惜しみなく分け与えている。

 

 植物にとっては恵みの雨。だが、人や動物が外で活動するにはこの雨は些か激しすぎた。魔物たちも出歩くのをやめて、木陰や洞窟に息をひそめてひっそりとしている。

 

 激しい雨音を天然の音楽としながら、アイリンは部屋で静かに、しかし熱心に、本を読んでいた。

 

 彼女の服装は、赤い裏地の丈の長い黒のローブに、同じく赤い裏地の黒いとんがり帽子。室内であろうとどこであろうと、アイリンの服装は変わらない。それどころか、いつだって同じ格好をしている。朝、窓から差し込む優しい陽射しに目を細める時も黒のローブに黒の帽子だし、夜、煌々と輝く月と星々を眺める時も黒のローブに黒の帽子だ。

 

 今日の空が黒雲を纏っているように、魔法使いたちも黒一色を身に纏う。空はいつも黒いわけではないが、魔法使いはいつも黒い。この世の中はそういうふうになっているのだ。

 

 髑髏の燭台が投げかける淡い光に、アイリンの小作りな顔が照らされている。青い髪に黒い瞳。あまり柔和とは言えない目つきは、読書に集中しているためかいつもよりさらに鋭くなっている。あるいは、文字を読むには光線量が足りていないのかもしれない。小さな口元はしっかりと結ばれていて、そこから普段のあの可愛らしい声音が出てくるとはとても思われない。

 

 水滴のような青い耳飾りが下がっているその両耳は、一般的なハイラルの民と同じく、長く尖っている。神の声をよりはっきりと聞くための耳とは言われるが、今のところ彼女の耳が聞いているのは、バラバラという屋根を打つ雨音と、ジリジリというロウソクの燈心が焦げる音でしかない。

 

 雨は降り止まず、アイリンの読書も止まらない。疲れも見せず、もう数時間も彼女は机に向かっていた。机の両脇にはまるでヘブラの塔のように本が積まれていて、その合間合間から茶色のメモが飛び出している。

 

 二つの本の塔は、最近になって出来たものだ。天才魔法少女を自称するアイリンは以前からそれに見合うだけの努力を欠かしたことはなかったが、最近になって彼女はより熱心に机に向かうようになっていた。

 

 彼が飲む薬は、自分の手で作ってあげたいから。

 

 読んでいる章の纏めをメモし終えた時、アイリンは何かを聞いたような気がした。

 

「あら……?」

 

 彼女は振り返って、部屋の片隅に目をやった。そこには愛用のほうきが立てかけられていて、長い柄の先端には銀色の小さなベルがつけられている。

 

 そのベルが、鳴ったような気がしたのだ。

 

 アイリンは、しばらくベルを見つめた。数秒経ち、数十秒経ち、一分が経ったが、結局何も音はしない。

 

 彼女は椅子から立ち上がり、ほうきを手に取った。念を入れるように、穂先から柄の先端のベルまで、黒い瞳でじっくりと見つめる。

 

 細い指先でつつくと、小さなベルはチリチリと小さく音を立てた。

 

 この小さなベルには、対となる大きなベルがある。大きなベルがどんなに遠く離れた場所で鳴らされても、必ずそれに反応して小さなベルが鳴るように魔法がかけられている。

 

 だが、これが本当に鳴る時の音は、決してこんなささやかなものではない。

 

 はぁ、と溜息をつく。やはり、気のせいだったようだ。

 

「そりゃ、鳴るわけないか。こんな天気だし」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、アイリンはほうきを元のように立てかけると、机に戻った。

 

 こんな悪天候の日には、ベルは鳴らない。激しい風雨や天地を揺るがす雷のような、飛行するには危険すぎる空模様の時は、特に。とっくに分かっていたことだ。

 

 そう、彼は、こんな天気の日には絶対に大きなベルを鳴らさない。それに……

 

「……あんなことしちゃったし。リンクだって、私に会いたくないんじゃないかな……」

 

 またもや深く溜息をついて、アイリンは読書に戻った。だが、先ほどまでは我を忘れるほどに集中できていたのに、今はまったく文章が頭に入ってこなかった。

 

 代わりに頭の中を満たすのは、リンクのことだった。

 

 アイリンがリンクをほうきから蹴落とし、ニンジン畑に墜落させたのは二日前のことだ。爪先が彼の鼻にめり込んだ時の生々しい感触を、彼女はいまも鮮明に思い出せる。

 

 それだけではない。真剣な顔つきで妙なことを言うリンクをほうきで思いっきりフルスイングした時の手応えもよく覚えている。ぶっ飛ばされたリンクは、頭から星を出して気絶してしまった。小柄な彼女では担いで運ぶわけにもいかず、彼が目を覚ますまで呼びかけ続けるしかなかった。

 

 しばらくしてから意識を取り戻したリンクは、もう変なことを言わなかった。一言「ごめん」とだけ言って、その後の飛行の際もスカートの中を覗き込もうとするようなことはしなかった。

 

 私も、謝れれば良かったのに。

 

 パタンと音を立ててアイリンは本を閉じた。それにしても、と頬杖をついて物思いに耽る。

 

「なんでリンクはパ……じゃなくて、スカートの中に執着したのかな……」

 

 以前にはまったくそんな素振りは見せなかったのに、唐突にリンクはアイリンのスカートの中身に興味を持ち始めた。

 

 あの日、アイリンは颯爽と(というよりも、どちらかと言えば可愛らしく)ほうきに跨って、彼のもとへと飛び立った。

 

 小さなベルが鳴った時、ちょうど彼女はおばあちゃんと一緒に魔法薬を煮ていたところだった。

 

 おばあちゃんはすぐに彼のもとに行くように言ってくれた。

 

「あの子が呼んでるんだったら、すぐに行ってあげないとネェ」

 

 おばあちゃんは、リンクをかなり気に入っているようだった。大事な孫娘であり後継者でもあるアイリンを魔の手から救出してくれたから、ということだけが理由ではなさそうだった。

 

 リンクを孫みたいに思っているのかな? アイリンは、おばあちゃんが時折リンクに向ける眼差しの優しさに気付いて、以前そのように推測したことがある。

 

「ありがとう、おばあちゃん! 私、リンクのところに行ってくるね!」

「気を付けて行くんだネェ」

 

 その時までに大鍋を一つ爆発で台無しにしていて気持ちが滅入っていたアイリンは、これ幸いにと言わんばかりに飛んで行った。魔法のほうきは自動的に彼女をリンクのもとへ連れて行ってくれる。落ち込んでいた気分はみるみるうちに高揚し、それに比例するかのようにほうきの飛行スピードも増した。

 

 リンクに会えるだけで、明るい気持ちになれる。どんなに嫌なことでも忘れられる。

 

 そんなわけだから、あの視線に気付くまで彼女は確かに幸せな気分だったのだ。

 

 ハイリア湖北岸で彼を拾い、カカリコ村へ飛ぶことになった。いつものようにおしゃべりをするアイリンだったが、ほうきにぶら下がるリンクはどこか上の空だった。

 

「……赤い薬はもう失敗しなくなったんだけど、やっぱり黄色い薬は難しいのよ。アンタがいつも魔物の角をどっさり持ってきてくれるから材料不足で困ることはないんだけど、連続で失敗するとやっぱり落ち込むわ」

「ああ、うん」

「……いつも調合の時はノートをとって記録をつけて、失敗を次に活かそうとしてるんだけど、なぜかうまくいかないのよ。まあでも私は天才魔法少女だから、いつか必ず黄色い薬を作れるようになると思うんだけど……もちろん、おばあちゃんに手伝ってもらわなくてもよ! ねぇ、アンタもそう思うでしょ?」

「ああ、うん」

「ねぇ、話聞いてる……?」

「ああ、うん」

「……昨日の晩、何食べた?」

「ああ、うん」

 

 どんなに話を振っても生返事しか返ってこないのを不審に思ったアイリンが振り返ると、リンクが真剣な面持ちで何かに視線を集中しているのが見えた。

 

 スカートの中へ、目を凝らしている。

 

 ほぼ直感的に、彼女は気付いた。だが、あからさまに問いただすことはできなかった。まさか、リンクに限ってそんなことは……これまで一度だって彼はそんなヘンタイみたいなことをしたことはなかった……

 

 アイリンはおずおずと言葉を発した。

 

「あのリンク……? もしかして、私のパンツ見てる……?」

 

 問いかけに、リンクはハッとしたようだった。あからさまに彼は視線を逸らした。

 

「ううん、見てないよ」

「そ、そう……? それなら良いんだけど……」

 

 その十分後に、リンクの鼻先にアイリンの憤激の蹴りが突き刺さったのだった。その半時間後には、ほうきのフルスイングである。

 

「やり過ぎちゃったな……」

 

 はぁ、と本日三回目の溜息をつくアイリン。いつもは何とも思わぬ帽子が、今はいやに重く感じられる。リンクが「ごめん」と言ったあの時、やはり自分も謝っておくべきだった。しかし、悔やんだところでもう遅い。

 

「嫌われちゃったかも……あーあ……」

 

 暴力的だと思われてしまったかもしれない。自分は決してそうではないと信じているだけに、その考えはアイリンの心をひどく揺さぶった。

 

 それでも、ひとしきり後悔と罪悪感という感情のうねりに揉まれた後、彼女の心に去来したのは前と同じく、あの疑問だった。

 

「なんでリンクは、私のパ……じゃなかった、スカートの中を見たがったのかな……」

 

 腕を組んで考えるアイリン。リンクの性格からして、単なる思いつきであんなことを言うとは思えない。たまに軽口を叩くこともあるが、年の割に彼の言動は控えめで真面目なものだ。鍛冶屋の親方の教育が厳しいからだろうか。

 

 冗談だったとも考えられない。あの面持ちは真剣そのものだったし、それにリンクが女性や女の子に「スカートの中を見せてくれ」などという類の言葉を発したのをこれまで見たことがない。そんな彼があの時に限って、自分にそんな冗談を言うだろうか?

 

 あるいは、リンクは隠していただけで、元からヘンタイだったのだろうか? いや、そんなことは考えられない。退魔の剣を抜く資格を持つ者が、ヘンタイであるはずがない。そう信じたい。

 

「うーん……」

 

 たぶんリンクはよく考えた上で、本心からああ言ったのだろう。それにしても、その理由が分からない。

 

 アイリンの思考は循環する。

 

 元はと言えばおばあちゃんと二人っきりで暮らしていたアイリンである。同年代の男の子どころか、女の子の友達すらいない。だから、いくらリンクとは親しい仲とは言っても、男の子の物の考え方や感じ方など分かるわけがない。

 

 発想を変えてみようかな。アイリンはそう思った。行き詰まった時に着眼点を変えるというのは、魔法薬の調合でも重要だ。ひとまずは思考の外堀を埋めるという意味でも、リンクが執着したパンツについて考えてみれば良いのではないだろうか?

 

 リンクを一時的にヘンタイにするような、そんな一種の「魔力」がパンツにあるのでは?

 

「でも……」

 

 スカートを捲り上げて、パンツを見るアイリン。真っ黒なローブとは対照的な白が、いやに目についた。今日のパンツもあの日と同じ種類の、白いシルクのもの。違う点は、リボンが白ではなくピンクなだけ。

 

「こんなの、カカリコ村のおしゃれお姉さんのところで買ってもらった、ただのパンツじゃない……」

 

 何の変哲もない。魔法もかかっていない。おまじないが込められているわけでもない。だからこそ疑問が膨らむ。

 

 ややあって、アイリンがあっと声を上げた。

 

「そうよ! 専門家に訊けばいいじゃない! おしゃれお姉さんに訊きに行けばいいんだわ!」

 

 ポンっと手を叩く。おそらくハイラル中のどこを探しても、あのお姉さん以上に女性用の下着について詳しい人はいないだろう。お姉さんは服飾デザイナーだ。お城の女官たちにも大人気らしいし、噂によるとあのゼルダ姫もお姉さんの作った下着をお召しになっているとか。

 

 だからきっと、私では思いもよらないパンツの魔力について知っているに違いない。リンクみたいな強い男の子でも我を忘れて執着させるような、そんなパンツの(魔法ではない)魔力を、お姉さんが知らないはずがない。そうでなければ服飾デザイナーになれないはずだ。魔法を知らない魔法使いがいないのと同じように。

 

 思い立ったらすぐに行動する。そういう活発さをアイリンは持っている。帽子を被り直し、ほうきを手に取る。

 

「そうと決まればすぐに……って、今日は雨か。この天気で空は飛びたくないなぁ」

 

 窓の外を見て肩を落とす。雲の上に出れば降られないが、それまでにびしょびしょに濡れてしまうだろう。

 

「全身ぐしょ濡れで押しかけて行っていきなりお姉さんに「パンツにはどんな魔力があるんですか?」なんて訊くのは、流石にどうかと思うし……」

 

 アイリンはほうきを元に戻した。チリチリと小さな鈴が鳴る。

 

「今日はやめて、明日にでも訊きに行こうっと」

 

 そう言うと彼女は、また椅子に座って本を開いた。今日中にできるだけこの本は読み進めておきたい。

 

 やるべきことが決まって落ち着いた気持ちになったアイリンは、その日の夕食の時間になるまで、集中して本を読むことができた。

 

 しかし翌日から次々と色々な用事が舞い込んできてしまい、結局彼女がおしゃれお姉さんのところへ行けたのは、その二週間後になってからだった。




書けば書くだけ疑問が湧いて出るのは「神トラ2」でも同じですね。

なおこの作品は「神トラ2」の輝かしきツンデレキャラ魔法少女アイリンちゃんの魅力を布教することを半ば意図しています。残りの半分はリンクさんの魅力の布教です。できるかどうかは分かりませんが。

おしゃれお姉さんにはついては作者の妄想です。いちおう念のため。


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