変人侯爵と奴隷少女 (うぃっちべーす)
しおりを挟む

第一話「侯爵、新しい奴隷を購入する。」

変人侯爵と奴隷少女

 

第一話「侯爵、新しい奴隷を購入する。」

 

 

 

 

「うははははは!」

 

「あははははは!」

 

「駄目だ!腰に手を当てて!見下して!蔑んで!」

 

「でもみんな私より背が高いですよご主人さま。」

 

 

 鬱蒼とした森の一角で、幼女とおじさんが叫んでいた。幼女の髪は黒くて長く、おじさんの髪も黒くて長い。

 

しかしそれ以外は共通項が見当たらない。おっさんは煌びやかな装飾が設えられたジャケットに真っ白なシャツ

 

、光沢が浮かぶ肌理細やかな生地のズボン。対して少女は肌理の粗く袖が擦り切れた麻布のワンピースのみ。

 

 

「いいか、見下すというのは心意気なのだ!物理的な身長の上下ではない!」

 

「そういうもんですか?」

 

「そういうものだ!愚民を見下す覚悟が有るか無いかにかかっているのだ!」

 

 

 男の名はジョシュア・フォン・エグゼスブルグ。エグゼスブルグ侯爵家の若き当主であり(それでも30手前

 

だが)政争に負けて領地に引き籠っているものの国内でも有数の支配階級の一員である。対して少女はマリアと

 

いい、つい一週間ほど前までは店頭に並んでいた奴隷である。

 

 

「これって本当に奴隷に必要な教育なんですかご主人さま?」

 

「無教養の貴様にも困りものだな!よその奴隷も軒並みやってるぞ!」

 

「食事の時の控え位置とか、食べる時の順番じゃあなくて?」

 

「食事なんぞ机に就いて椅子に座って食べるだけだ!簡単だろうが!」

 

「あれー?オカシラ様は椅子に座るなって言ってましたよ?」

 

「じゃあ椅子なんぞ要らんではないか!俺は立って食うのは苦手だ!」

 

「いや、ご主人さまだけ座ればいいんだって思いますけど。」

 

 

 奴隷少女は困惑している。自分は売り飛ばされて奴隷になった。ただ、奴隷仲間の大半は同じ境遇であり不思

 

議とは思わなかった。一応奴隷の殺害でも殺人罪は適用されるため殺されることは少ないが、奴隷殺人は一般市

 

民に比べて罪状が軽いらしい。殺されても運がなかったと諦めるしかないらしかった。しかし、この貴族は殺す

 

気はないようだ。

 

 

「そういえば、夜伽ってどうするんですか?もう一週間なんですけど。」

 

「するぞ!だがな、貴族というのは体面を重んじる商売だ!俺がちゃんと宣言する!」

 

「オカシラ様から泣くなって言われてるんで、心の準備がしたいです。」

 

「なんという無知なヤツだ!貴族はな、挟める巨乳女子以外とは同衾はせんのだぞ!」

 

「ええー?でも私、おっぱい大きくなるかわかりませんよご主人さま?」

 

「安心しろ!貴様が巨乳になるまで食い物を与え続ける!貴族とは非情な生き物だ!」

 

 

 奴隷少女は困惑を深める。奴隷仲間から聞いた情報だと、餓死しないように気を付けろと言われていた。自分

 

たちは安価な労働者であり、食事は経費なのだ。少ない経費のほうが儲かるから食事は安く済ませようとするは

 

ずなのだ。なのに目の前の貴族は正反対のことを言う。

 

 

「一応ききますが、ご主人さまって変わってるって言われたことありませんか?」

 

「言われたことなぞ一回もないぞ!ローゼンベルゲン皇国ではごく普通の貴族だ!」

 

「そういえばお屋敷の奴隷は若い人ばかりですが、それもごく普通なんですか?」

 

「俺は非情な部類の貴族、年季を積んだ奴隷どもならばその辺ブラブラしておる!」

 

「も、もしかして、お屋敷の奴隷って国から追い出したりとかしてるんですか?」

 

「そんな面倒なことするか!俺は冷酷貴族だ、適当に市民権を与えて放逐したわ!」 

 

 

 おかしい。確かこの国では奴隷階級の上が市民階級だったはずだ。市民権とは高価でやり取りされるほどの価

 

値があるはず。もちろんこのエグゼスブルグの街は目の前の当主の持ち物だし、市民権の認可は全て彼によるも

 

のだ。価値観が狂っているとしか思えない。変わり者だとしか思えない。

 

 

「ちなみに放逐された奴隷って、今は何しているか分かるんですか?」

 

「そりゃあ俺は領主だからな!だいたいが食堂か商店の店員だ!作法は知ってるしな!」

 

「元々奴隷階級なんですよね?放逐なんですよね?それで店員さん?」

 

「くっくっく、やはり頭がいいな貴様!冷酷貴族の非情な深謀遠慮に気が付くとはな!」

 

 

 一応説明はすべて聞いた。この街には人頭税というものがあり、市民権を持っているものは年に一度、税金を

 

支払う義務がある。収入の1割が持っていかれるが、奴隷に関しては除外される。奴隷には持ち主がいて、持ち

 

主の人頭税が支払われるからである。なら市民にした方が都合がいいそうだ。

 

 

「人頭税は1割だが更に課税対象には手数料も請求される!なんと5分だ!」

 

「ああ、市民の数が多い方が、税金がたくさん入るってことですか。」

 

「徴税請負人の給料もあるので満額ではないがな、確実に俺は儲かるのだ!」

 

「だったら奴隷なんか全部市民にしちゃえば、もっと儲かるのでは?」

 

「くっくっく、冴えてるとは言えどまだまだ子供だな!それは浅はかだぞ!」

 

 

 どうもこの侯爵様は説明がお好きだ。手に職を持たない市民が増えると、単純労働職の供給が過多になり労働

 

力対価が安くなる。そうすると生活できなくなる市民が増え、無収入なので当然税金も減り、働けない人間が悪

 

事に手を染める割合が高くなり、税金が減って取り締まりも難しくなる。つまり市民は色々な職場で働けないと

 

困るのだそうだ。

 

 

「つまり貴族様は頭の悪い奴隷を保護して、働けるようにして、市民にする?」

 

「税金にも限りがあるからすぐに全員とはいかんが、まぁそういうことだな!」

 

「そりゃあ税金って1割ですもんね。やっぱりご主人さまって変わり者です。」

 

「貴様のような愚かな奴隷にはそう見えるかもしれんが、それが冷酷貴族だ!」

 

 

 オカシラ様が言っていたっけ。ここの領主は変わり者だから気をつけろと。納品した奴隷の大半が笑っている

 

、きっと屋敷ではとんでもないことをさせられるぞ、と。そりゃあ笑うだろう。笑うしかないだろう。貴族の屋

 

敷で働いてたら、なぜか市民権がもらえるんだから。

 

 

「ちなみに、今までの奴隷も見下しを練習したりしてるんですか?」

 

「いや、単に食事の世話とか洗濯掃除などだな!俺は貴族だからやらんのだ!」

 

「そりゃあ侯爵家の当主が炊事洗濯を自分でしてたら変ですよね。」

 

「俺は黒髪の高飛車巨乳処女で、童貞を捨てるのが人生目標だというだけだ!」

 

「そういう奴隷を見つけてお捨てになるってことも出来ますよね?」

 

「それがそうもいかんのだ!悲しい現実だが、巨乳はだいたい処女ではない!」

 

 

 この国に限らないが、乳が大きい女は人気があるそうだ。ちょっと大きくなったくらいでも引く手数多なのだ

 

そうだ。しかも味見と称して奴隷商人が手を付けるらしいのだ。確かに売れるまでは商人の持ち物なので法律上

 

も問題がないし、それを制限すると国の奴隷法に抵触するんだとか。

 

 

「つまり貴様は、この俺の性欲処理装置として買い上げた!俺は冷酷貴族だからな!」

 

「でも、私まだ12歳ですし、かなり先になると思いますけど。」

 

「くっくっく、貴様は貴族というものを知らんのだな!働かぬ5年なぞすぐ過ぎる!」

 

「働かないって言う割には夜まで起きてますよね。難しい顔で。」

 

「あんなもの俺の小遣い帳を眺めているだけだ!この街自体が俺の小遣い帳なのだ!」

 

 

 この貴族様はけっこうマメだ。昼の間はこうして自分に変な訓練をして、夜になると服の上から巻き尺をこの

 

私の胸に当てて、溜息を吐いてベッドに放り込む。でもやっぱり何もしない。トイレに行きたくて起きた時には

 

、机に向かって書き物をしていた。尋ねてみたら『俺の街の発展を眺めていた』と言っていた。

 

 

「そろそろ日も落ちます。私、先にお屋敷に戻ってお食事の用意を伝えてきます。」

 

「愚かなる貴様に何度伝えればいいのだ!食事は決まった刻限で用意される決まりだ!」

 

「思ったんですけど、ご主人さまの都合に合わせて用意してもらえば良いのでは。」

 

「貴族とは奴隷より必ず先に食す!奴隷はそうして料理を目の前に惨めさを知るのだ!」

 

「その割にはご主人さまって、決まった刻限に食事してますよね。いいんですか?」

 

「それは単に俺の腹が減っているだけだ!好きな時に喰らうのが貴族の特権なのだぞ!」

 

 

 よくわからない。この貴族はものすごい豪華な料理と酒を机いっぱいに並べる。そんでもってちょっとだけ食

 

べる。一口だけ酒を飲んで、真っ赤になって歌って、食堂を去る。奴隷なぞ残飯でも喰らっておけと大声で宣言

 

して。普通に頬張る炊事奴隷の女性に食べちゃっていいのかと聞いたら、量を減らすと怒るらしい。残すと更に

 

怒るらしい。

 

 

「お世話をしてる奴隷の女の人もけっこう巨乳ですよ?」

 

「いや、やつらは胸が大きいが金髪だ!この俺が選ぶわけなかろうが!」

 

「確かに髪は金髪ですけど、カツラでもかぶせるとか。」

 

「貴様は貴族の美学というものを理解できんのか!カツラなぞ論外だ!」

 

 

 理解できない。そもそも寝室なんて夜になれば真っ暗だ。ランプをつけても大して明るくない。夜伽の仕方を

 

習ったことがあるが、だいたいがお尻の方から入れるらしい。だとしたら髪の色とかあまり関係ないはずだ。そ

 

んな風に考えていたら炊事奴隷の先輩がやってきた。

 

 

「御屋形様、定刻通りにお食事の用意ができました。」

 

「ふん、もうそんな時間か。手を抜いていないだろうな?」

 

「もちろんでございます。相応しいお食事をご用意いたしました。」

 

「掃除の奴隷が風邪をこじらせたと聞いたが、その件は?」

 

「部屋で休んでおります。明日の復帰は厳しいかと。」

 

 

 始まった。この貴族は奴隷が病気になると機嫌が悪くなる。そして部屋に来てしまうのだ。奴隷としての覚悟

 

が足りないと枕もとで散々言い、汗をぬぐったり水を飲ませたりする。女性奴隷しかいない屋敷なのだが、薬湯

 

を飲ませながら布団をかけ、愚痴って出て行く。実際にはこんな感じの愚痴である。

 

 

「申し訳ありません御屋形様。」

 

「謝るなら風邪なぞひくな!奴隷なのだぞ貴様!この俺の家具調度と同等なのだぞ!」

 

「明日には、必ず復帰します!」

 

「貴様から流行り病がうつったらどうする気だ!もういい、貴様は客間に隔離する!」

 

「あ、明日は確かお客様が……」

 

「このローゼンベルゲンの黒曜石と謳われた俺を馬鹿にするのか!来客なぞ格下だ!」

 

 

 初日でこんな光景を見せられた。この貴族は奴隷の病気には非常に敏感なのだ。どうも昔に流行り病で前当主

 

が死んでしまい、その時のきっかけが奴隷だったらしい。結局翌日には高位な神官を呼び寄せて、安くない寄付

 

を与えて、治療魔法をさせた。有能奴隷が市民になる前に死んだら赤字になるからとのことだった。

 

 

「先輩、一応聞きますけど、ここのご主人さまって変ですよね?」

 

「そう?普通の奴隷と違うなってのは思うけど、ここ以外知らないし。」

 

「他の町から来たんですけど、そこだと奴隷の子は半分死ぬって。」

 

「じゃあ残りの半分なのよ私たち。まぁ、死んでも悔しくないけどね。」

 

 

 この先輩も美人だ。というか、お屋敷の奴隷の先輩は全員美人だ。おっぱいもおおきい。普通に考えれば性奴

 

隷でも十分に通用する。だけど金髪はダメなんだそうで、先輩方も苦笑している。凱旋歌を大声で歌いながら先

 

を歩くご主人さまについていきながら、そんな雑談をしてても怒られない。

 

 

「貴様、先輩から奴隷心得を聞くとは殊勝だな!上昇志向は我が家では必須だからな!」

 

「御屋形様、本日の料理奴隷から献立一覧を預かりましたが。」

 

「見せてもらうとするか。覚えておけよ貴様、料理とは献立からすでに戦いなのだぞ!」

 

 

 この貴族は奴隷の名前を絶対に言わない。料理奴隷、洗濯奴隷、掃除奴隷、執事奴隷とだけ言う。実際には名

 

前はある。料理奴隷はアリシアさんだし、洗濯奴隷はジュリさんだし、掃除奴隷はミランダさんだし、執事奴隷

 

はエマさんだ。奴隷の名前を覚えるのは貴族には不要なのだそうだ。

 

 

「ふふん、わかってきたな。これが料理奴隷としての最低限の能力だぞ。」

 

「ええと、ふんわりたまごのダマスカスソース仕立て~天使の羽ばたき~ですか。」

 

「字面だけで夢が膨らむだろう!しかも料理は字面を超える仕上がりだ!」

 

「その割にあんまり食べませんよねご主人さま。てっきり食事がお嫌いなのかと。」

 

「貴族とはな、無駄を尊ぶのだ!贅沢とは貴族最大の義務だともいえる!」

 

 

 お屋敷に到着すると、先輩奴隷の皆さんが入り口で出迎えをする。お辞儀の角度もタイミングもぴったりだ。

 

大儀である!と大声で叫んだ後にさっさと食堂に入るご主人さま。そしていつものようにエマさんがすうっと部

 

屋に入って、ご主人さまの椅子を引く。そんでもって豪快にご主人さまは座る。

 

 

「料理奴隷!肉が少々小ぶりだが、言い訳が有れば申してみよ!」

 

「そちらは市場でも数年ぶりに競りに上がった、南の国の珍鳥でございます。」

 

「珍鳥か!名もなき珍鳥に踊らされたのでなければ名を申せい!」

 

「ロック鳥の雛でございます。親鳥は一流の冒険者でも倒せぬ怪物だそうで。」 

 

「く、冒険者か。その忌々しい名を告げぬ配慮ならば悪かった。」

 

 

 この国では人間が多い。亜人種は特別区に隔離されている。ただ、それ以上に怪物が多い。しかし怪物を軍隊

 

で駆逐するには費用が掛かりすぎるために、皇国は怪物退治に報酬を出している。その報酬を生活の糧にする人

 

間たちを、世間では『冒険者』と呼んでいる。だが、基本的にはゴロツキが就く商売という認識だ。

 

 

「覚えておけよ貴様、冒険者なぞはわが国には本来不要なのだ!なのに宰相ときたら!」

 

「御屋形様、お料理が冷めます。多少は冷めても食せますけれど。」

 

「おお、そうだな!美食家の誉れ高いエグゼスブルグの名を貶めるところであったわ!」

 

 

 エマさんがホッとしているのがわかる。冒険者問題はこの屋敷では出さないお約束なのだ。実はご主人さまは

 

その件で宰相と喧嘩したのだ。ゴロツキをのさばらせると治安が悪くなる、専門の公務員を育成するべきだと。

 

ただ、皇国の始祖は冒険者であり勇者、不敬千万だと言われたらしい。

 

 

「さすが我が家の料理奴隷、天晴である!素材よりも貴様が誇らしいぞ!」

 

「恐れ入ります。しかし、残念ながら今日の料理は素材に助けられました。」

 

「謙遜は不要と申しておろう!冒険者の素材なぞより貴様が優れていたのだ!」

 

「お優しい御屋形様のお言葉に感無量です。より一層の精進を約束します。」

 

「勘違いするな!このエグゼスブルグ侯爵に優しさなぞ羽毛ほどもない!」

 

 

 ここでワインが出る。そして一口啜る。そしてお決まりの歌唱時間。現皇帝ローゼンベルゲン3世の善政を讃

 

えて、満面の笑みを浮かべて一人で部屋を去る。そこにはエマさんも同行しない。奴隷の残飯処理の時間は2時

 

間と決められており、主人の食事時間のちょうど倍だ。

 

 

「そういえば皆さんはご主人さまのこと『御屋形様』って呼びますよね。」

 

「そうよ。だって決まりだし。マリアちゃんも『ご主人さま』以外ダメでしょ?」

 

「なんで私だけ違うんですかね?皆さんにも優しいし特別扱いでもなさそうですよね。」

 

「貴族ってそういうものらしいわよ?よく知らないけど。エマは知ってるかな?」

 

「……ノーコメント。執事奴隷だし理由は知ってるけど、言えないわね。」

 

 

 エマは心中で苦笑する。ここの当主は変なのだ。だいたい、執事は本来なら奴隷にはやらせないはずなのだ。

 

他の貴族はメイド長と執事はおかかえで、本来なら市民か下級貴族の人間がやるのだ。ただ、ここの侯爵は変わ

 

り者なのだ。しかもそれを指摘した他の貴族に論戦までするのだ。

 

 

「それにしても貴族ってすごいんですね。ここの食事だけですごい量ですよ。」

 

「マリアちゃんの認識は間違ってるわ。この食事のすごいのは量じゃなくて質なのよ。」

 

「そうそう、このテーブルの上だけでもね、金貨が何枚も舞ってたりするわ。」

 

 

 そんな食事を自分たちはパクついている。今日はたった4人だ。洗濯奴隷のジュリさんには病人食が別に用意

 

されている。こちらもこちらで、薬膳という特殊な薬草入りの食事だったりする。アリシアさんはわざわざ薬師

 

から調理法も習わされたそうだ。確かに贅沢だと言われればこれ以上ないほどだ。

 

 

「そういえばご主人さまって、私たちの食事中に何してるんですか?」

 

「あー、えっと、うーん、ちょっと内緒かな?」

 

「だって、お世話を誰もしてませんよね?お客様も来てないですし。」

 

「気にしないのがルールなの。わかるかしら?」

 

「わかりません!ちょっと私、ご主人さまのところに行ってきます!」

 

 

 エマは手を伸ばしたが、マリアはすり抜けて部屋を出た。追いかけようかと迷ったエマであったが、やめた。

 

自分もお屋敷に来た当初に同じことをした。初の執事奴隷に抜擢されたばかりで、使命感に駆られたのだ。しか

 

し、現実は予想を超えていた。そして御屋形様の貴族の意地を見たのだ。

 

 

「ご主人さま、入ります!何かお世話は……」

 

「ば、馬鹿者!」

 

「あ、あれ?何してるんですかご主人さま?」

 

 

 エグゼスブルグ侯爵は硬直した。そうだ、この奴隷には教えていなかった。今では最年長のエマの時に犯した

 

過ちを鑑みて、後任の奴隷たちには徹底していたのにだ。この時間は侯爵である自分の秘密の休息であり、誰も

 

部屋に入ってはいけないという暗黙の規則を決めたのだ。

 

 

「それ、エマさんとアリシアさんの下着ですよね?」

 

「そうだ!」

 

 

 侯爵は歯噛みする。しまった、エマとアリシアの名前が出たのに肯定してしまった。貴族は奴隷の名を覚えて

 

はいけないと家訓で決まっている。もちろん数名しかいない奴隷の名前なぞ忘れるはずがない。しかも自分が各

 

地の奴隷商を巡って選び抜いた優秀な奴隷たちだ。貴族の矜持として知らぬふりをしているが、忘れようもない

 

のだ。悟られてはならぬ。一流貴族として。

 

 

「握り締めて匂いをかぐのに、どういう意味があるんです?」

 

「け、健康管理だ!」

 

「だったら直接かげばいいのでは?皆さん奴隷なんですし。」

 

 

 確かに理屈だ。だが俺のほうの身がもたんのだ。正直、皆は元々たいして美人でも巨乳でもなかった。そして

 

俺は奴隷の目利きは世界一だ。特異な才能がある奴隷女を見つけては、買っていっただけなのだ。なのにこいつ

 

らは、勝手に美人になって、勝手に巨乳になって、勝手に俺の情欲を刺激する。ぶっちゃけ下着くらい盗まない

 

と身がもたんのだ。

 

 

「それが貴族だからだ!貴様にはわからんだろうがな!」

 

「確かになんだかよくわかりません。」

 

「ではすぐ食堂に戻れ!奴隷同士で仲良くするのだぞ!」

 

「そっか、先輩に教わればいいのか。」

 

 

 まずい。この年端も行かぬ少女なら勢いで騙せても、あいつらは気付いてしまう。香水も無いのに香る女ども

 

独特の甘ったるい体臭をかぎながら、俺が変態的な嗜好で情欲を鎮めていたのが露呈してしまう。考えろ、考え

 

るのだ。仕官学校で座学の天才と謳われた俺なら、起死回生の一手が閃くはずだ。

 

 

「貴様の向上心を見込んでいたのだがな、とんだ期待はずれだったようだな!」

 

「向上心、ですか?」

 

「先達に教えを乞うは確かに容易い!しかし!依存は咄嗟の決断を鈍らせる!」

 

「具体的に、何を?」

 

「この場の俺の真意を自分だけで考えてみよ!それは必ずや貴様の糧となる!」

 

「確かにそうかも。」

 

 

 やった!論破した!助かった!たかだか12歳の奴隷女、しかも処女だ!男の生理現象なぞは碌に知るはずも

 

無い!そしてこいつには甘い菓子でも与えて、体を使う訓練でもさせておこう!そうすれば明日にでも忘れる!

幸い俺は剣技や乗馬も得意だ!年端も行かぬ子供が好きそうな遊びだって知っている!

 

 

「食事を済ませて寝るのだ!寝ることも仕事の一部だと知れ!」

 

「わかりました。じゃあ食事を済ませてきます。」

 

「良い返事だぞ貴様!さすがは俺が見込んだ最高の奴隷女だ!」

 

 

 ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!めっちゃヤバかった!もう駄目かと思った!……おっと、皇国貴族と

 

もあろう者が取り乱してしまったな。くっくっく、計算どおりよ。この神すら欺けるほどの深謀遠慮にかかれば

 

、子供の奴隷なぞ造作も無い。さて、紳士の嗜みを続け……あれ、エマのパンツが無い。他のも無い。おかしい

 

な、どこにいったのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってわけでですね、ご主人さまの部屋からパンツを奪還してまいりました!」

 

「あちゃあ、持ってきちゃったんだーマリアちゃん。」

 

「あれ、反応が薄いですね皆さん。もしかして、皆さんはご存知だったんですか?」

 

「そりゃそうよ、部屋の前にわざと置いたんだもの。」

 

 

 侯爵様はそんなに年寄りではないし、何かと自分たちの身体をチラチラ見るのだ。しかし何もしない。奴隷な

 

んだし夜伽は大丈夫だと言っても、美学がどうこう言い出す。薬師に避妊堕胎の秘薬をもらってると言っても怒

 

られる。男盛りの身には辛かろうと皆で話し合って、ミランダさんがパンツ作戦を提案したのだ。

 

 

「たまたま侯爵の部屋の前に全員分のパンツが落ちてた作戦は大成功だったのに。」

 

「ええ?そんな偶然あるわけないですよね?ご主人様バカなんですか?」

 

「御屋形様はね、腹芸とか政争はてんで駄目だけど皇国一の天才貴族らしいわよ。」

 

「ただね、それ以上に変人なのよねえ。だから友達もいないらしいわ。」

 

「例の黒髪処女との初体験の夢は応援したいのよ私たち、若干キモくはあるけど。」

 

 

 

 このご主人さまのお屋敷は、なんだかとっても大変そうだなと思いました。

 

 

 

 

つづく。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。