鉄血(偽)と黒キ厄災 (テロリズムなマゾヒズム)
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偽リアス・オズボーン

俺は絶対にハッピーエンドを書いてやるからなこの野郎!末永く幸せになって老衰で死ねギリアス・オズボォォォォォォォォン!


俺が生を受けたのは、モンスターも入ってこれない雪山の奥地にある寒村だった。雪山の奥地にひっそりとあるその村は、決して豊かというわけではなかったが、それでも温かい村だった。気候云々の話で言えばもちろん暖かいどころか極寒と言っていいレベルではあるのだが、そうではなく、互いに助け合う人々の心が温かかった。

 

 

俺の家は両親と俺の三人家族だった。両親、特に父親は人間的な魅力が備わっており、向こう見ずで無鉄砲なところもあるかと思えば思慮深いなど、まるで物語の主人公のような存在であったらしく、若いころは大層モテていたらしい。今となっては母親ただ一人を愛する愛妻家だが、母と結婚するまで本が辞典のような厚さで2、3冊書けるくらいの恋愛ドラマがあったと父親に遠い目をして語られた事がある。あの時の父親の「お前は私のようになるんじゃないぞ・・・いや無理か・・・だって私の子供だしな・・・」などという意味深な言葉は、脳味噌にこびりついて今も離れない。

 

 

 

そしてそんな俺には生まれ付いて奇妙な知識が付いて回った。それは前世の記憶―――否、記録などという至極スピリチュアルなものであった。

 

 

記録であって、記憶でない。つまりは俺はその断片的に脳から湧きあがる映像をまるで心底つまらない作者の自分語りがふんだんに詰め込まれた絵本を読むかのような実感のない心持で眺め、その知識だけを吸い取っていった。

 

 

かつての自分が揺れ動かしたであろう感情の波など俺には一切伝わってこなかったし、よしんば伝わったとしてもどうでもいいことと切り捨てていたはずだ。なぜなら、刺激がなくつまらない本を読むよりも少年心に刺激的で生活に役立つ知識を貪る方が俺にとっては重要だったからだ。

 

 

前世の知識にあった冷蔵庫などという便利な保存庫は確かに欲しいとは思ったがこの世界の技術で出来るのか謎であったし、なにより俺が知っているのはその用途だけだ。詳しい構造など皆目見当もつかないし、そういうものがあってそういう事が出来る、ということくらいしか俺は知らないのだから作り方も当然不明。飛行機などもってのほかだ。未だ気球で空を飛ぶ人類にこれはあまりに先鋭的すぎる。

 

 

そしてなにより目を引いたのは、あらゆる世界の知識。ここではないどこか、有り得ざる可能性―――()()()()()()()の存在。それらすべてはがっちりと俺の知識欲をリオレイアの強靭な足のように掴んで離さなかった。

 

 

ある世界では狩人と呼ばれる者がモンスターを相手に智慧と武威を以て闘っていた。

 

 

またある世界では勇者と呼ばれる者が世界のどこかに居る魔王を打倒すべく旅に出た。

 

 

そしてまたある世界では―――黒き呪いに侵された国にあって、それでも絆を紡ぎ、手を取り合い、共に戦い、その果てに闇を払い一閃する軌跡を残した少年たちがいた。

 

 

どれもこれもが素晴らしい、まさに人の可能性を魅せてくれた。この知識の世界に浸る時だけは、まるでお伽噺の英雄に憧れる無垢な子供になれたようでさえあった。常の俺は自分から見ても、小賢しく小憎たらしい少年であったから猶更だ。

 

 

そしてそんな世界に浸っている中で、ほんの少し気になる名前があった。それは―――

 

 

 

「―――()()()()()()()()()()。獅子の心を持つ皇帝、か・・・。」

 

 

 

とある世界、闇に覆われた国にあって二度の生を送り、それでもなお国の礎足らんとして戦い続けた、稀代の英雄。波乱と悲劇に満ちた人生を送りながら、それでも折れず砕けず愛を秘めて闘い続けた獅子の心を持つ気高き皇帝。

 

 

彼の道のりは決して平坦ではなかった。切り立つ断崖すらも生温いほど苦難の連続だった。一度目の生では自分をかばって愛する人を死なせ、二度目の生では黒の声が聞こえなくなって気が緩み、楽観的になっていたが故に愛する人をまた失い、息子までも一度は死なせた。そしてその息子を蘇らせる代わりに、おぞましき黒と契約する事を選び、外道に堕ちた。

 

 

想像するしかない()()()()()()()()の他人の、それも創作された架空の人物の人生。けれどもそこに込められた悲哀や絶望を、俺は鮮明に感じる事が出来た。それは薄い膜を通して物を見ているように、はっきりとした映像ではなかったが、そこに籠った凄まじい感情の昂りをまざまざと見せつけられているようでもあった。

 

 

けれどやはりというべきか、結局はそこまでだった。精々小賢しい程度の子供だった俺は、その事を心のどこかで所詮創作の世界の虚構であると断じ、胸に残る<黒>の所業の胸糞の悪さと共に、傑作を読んだ後に残るような憂欝な感動を飲み干し、そのあとはさっさと他の知識へと目移りしていった。

 

 

 

―――あるいは、そこが分岐点だったのかも知れなかった。

 

 

 

俺がもう少し、彼の人生を読み解いていれば。

 

 

俺がもう少し、彼の人生を真剣に受け止めていれば。

 

 

俺が、この俺が―――この、()()()()という俺の名前が彼と同じであるという事に、意味を見出していれば。価値を見出していれば。

 

 

 

あの雪崩で、両親を、村の皆を失わずに済んだのかも知れなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

===

 

 

 

 

 

「―――ギリアス、起きなさい」

 

 

軽やかな鈴を転がるような声に従って目を開けば、視界いっぱいに広がる端正な美貌。余りに近いものだから、ギリアスの眠気はどこかへ吹っ飛んでいき、上半身を起こした姿勢のまま、起こしに来たのであろう女性から距離を取った。それはきっと、女性からすれば妙な動作だったのだろう、途端に女性の表情が訝しむ感情で塗り替えられた。

 

 

 

「まったく、なんですかその反応は。せっかく起こしに来たというのに。」

 

 

「アー・・・いや、ごめんなさいカレンおばさん。ただ、近すぎたんで驚いただけなんだ。」

 

 

「はぁ、そうですか―――まあいいでしょう。朝食はすでに出来ていますから、早く来るように。」

 

 

「オーケー、分かったよ。」

 

 

カレンが扉の向こうに消えていくのを、ギリアスはじっと見ていた。そうしてカレンの長く白い髪の毛が消えて扉が閉まったあと、掛け布団をシーツの上に放り投げ、寝汗でぐっしょりと濡れ、ポッケ村特有の朝の寒々しい空気にキンキンに冷やされた濡れシャツを脱いだ。

 

 

 

「ふぅっ・・・」

 

 

寝癖であっちこっちに跳ねた髪を撫でつけて押え、ぶるりと身震いしながら独り言ちる。とはいえそれも最初だけで、生まれたころから厳しい寒さの元育ってきたギリアスにとって、寒さに身を震わせるのはあくまでも身体の条件反射のようなものでしかない。時間がたてば、慣れる程度のものだ。

 

 

そのまま替えのインナーシャツに着替えながらぼんやりと思考を走らせる。それは今日の朝食の事であったり、ギリアス自身の事であったり、頭の中に巣食う知識の事であったりと、どうでもいいことや重要な事が絡まった糸のように脳味噌の中で入り乱れていた。

 

 

けれど今はカレンおばさんに呼ばれた以上、部屋で長く考えに耽るわけにもいかないと思い至ったギリアスは、もやがかった頭から霧を振り払うように首を二、三度振ると、写真立てを一瞥してから部屋を出て行った。







・ギリアス(ショタ)


主人公。


前世の記録(本人に実感がないため自分のかつての記憶ではなく、何故か頭にある記録と思っている。ついでにいえば、『なんの面白みもない、山も谷もないつまらない自分語りを延々と見せられているようで気分が悪くなる』とギリアスは酷評していた)と前世のごった煮知識を持って生まれたギリアス・オズボーンのガワを被った誰か。名字は今のところ無いが、貴族に婿入りでもしたら付くかもしれない。


・ギリアスの生まれ故郷


雪崩でギリアス以外死亡。今は雪の下。



・カレンおばさん


ポッケ村に住む美女。ギリアスを引き取って育てている。ギリアスと血のつながりは無いが、両親と仲が良かったためギリアスを赤ん坊の頃から知っている模様。


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