B級パニック映画系主人公アトラさん (リースXP)
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深淵の主


 どうも今はリースXPと申します。プロットだけは死ぬほどある中で、とても具合の良さそうな奴を投稿してしまいました。不慣れではありますが、楽しんでいただければ幸いです。一応はまだ続く予定です。


 

 

 

(終わった……)

 

 その生き物はやや疲れた様子を見せつつ、やり遂げたことを誇るような表情で、自身が完成させた空に浮かぶ、あまりに巨大で精巧な蜘蛛の巣を眺めながらそう考えていた。

 

 その生物は全長が10m程で、蜘蛛のような見た目をした生き物であった。そして、全身が黒檀色の毛で覆われ、黒と真紅の眼をしており、丸い腹部が特徴的であり、造形としてはブラックウィドウとも呼ばれるクロゴケグモに酷似した見た目をしていた。

 

(お仕事終わり……)

 

 蜘蛛の巣は極めて広い地下空間内を埋め尽くさんばかりに張られ、糸についた露が鈍く煌めき、下から眺めると満天の星空のように見え、それそのものが凄まじく巨大なアート作品に見えるような出来栄えである。

 

 その生き物は改めて眺めて小さく溜め息を漏らしていると、その蜘蛛の巣を音もなく伝って何かが現れた。

 

 それは同じ見た目をした生き物であった。こちらとは異なり、実在する種だとタランチュラと呼ばれるオオツチグモ科の蜘蛛に姿形が似ているが、全長が3mほどであった。また、本来蜘蛛の頭が存在する部位が人間の上半身に置き換えられたような姿をしており、灰白色の髪をして、ツリ目をした妖艶な美女であることがわかるが、その瞳は昆虫らしく白目のない単色であり、妙に怪しくギラつく眼光が人間では決してないことを示している。

 

『お疲れ様ですアトラ様。素晴らしい"橋"ですね!』

 

『そうね、チィトカア。貴女、私に奉仕する存在なんだから少しは手伝ってくれてもよかったんじゃないの……?』

 

 2体は人間の言語では決してない音域の声で会話を始める。片方は気分が高揚したような様子だが、それに比べて、もう片方は落ち着きつつも、若干呆れを含んでいるように見えた。

 

『いえいえ! アトラ様の素晴らしい技巧に(わたくし)どもが出しゃばるなどできよう筈もありません!』

 

『調子いいこと言って……まあ、いいわ。いただくわね』

 

 そう言うとアトラと呼ばれた大蜘蛛は、突如自身がチィトカアと呼んだ蜘蛛の人間に近い頭部に食らい付き、容易く千切り取った。

 

 チィトカアの頭部は胴体から切り離され、頭蓋骨は破壊され、アトラはその中の脳を啜った。チィトカアの身体は一度ビクンと大きく跳ねると、そのまま地に身体を投げ出し、二度と動くことはなかった。

 

 脳を食べたアトラは、最早それに目を向けず、自分が作り出した橋と呼ばれたどこまでも続く広大な蜘蛛の巣を眺めつつ、味わうような様子もなくしばらく口の中にあるモノを咀嚼する。

 

『ふーん……そうなの』

 

 そして、飲み込んだ後、アトラは小さく呟きつつ思考を巡らせた。

 

(暗黒大陸……メビウス巨大湖……五大災厄と希望(リターン)……あとこれが共通言語……ふーん……"ニンゲン"ねぇ。いつの間に湖のど真ん中に高度な文明を築いた種が繁栄してたの。まあ、あの小さな湖の中にそんなものがあったからって誰も気にも止めないでしょうね)

 

 何らかの方法によって、チィトカアの記憶の一部を読み取ったアトラはここから遥か遠くに位置する場所に想いを馳せ、少しだけ面白そうな様子で、ポツリと言葉を溢す。

 

『しばらく暇だし、観光には悪くないかしら……?』

 

 思い立ったら吉日とばかりにアトラは巨体を翻し、そこへと向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒冷地帯であるオチマ連邦の遥か北に位置する海上。赤い船体の砕氷船が、一般船舶の航路の確保のために突き進んでいた。

 

 その船尾付近の甲板で、全身に防寒具を着込み、ゴーグルで目まで覆い、一切露出のない服装をした二人の男が気だるげに佇んでいた。

 

「退屈だなぁ……見張りなんて必要ないだろうに」

 

「仕方ないだろ。あれだけ監視体制が電子化されてても、上の奴らはこの船が問題を起こすのを嫌うんだからな」

 

 そう言いながら男は肩をすくめる。そして、理由もなく手すりに積もる雪を手で払い、甲板に落ちる雪を眺め、白い吐息を吐いた。

 

「そろそろ甲板の雪かき時だな。シャベル取ってくる」

 

「なぁ……?」

 

「なんだよ……? お前もやれ――」

 

 片方の男がそこまで言ったところで、相方を見ると表情はゴーグルで伺えないが、震えた手で何かを指差していることに気付き、それ以上の言葉を止める。

 

「あれはなんだ……?」

 

 そして、ゆっくりと相方が指している北の空を男は見ると――そこには上空で黒く蠢く何かが存在していた。

 

「鳥……?」

 

 それは渡り鳥が気流に乗って飛ぶような高高度を移動していたため、遠くかつ小さく見えた男は最初はそう考えた。しかし、相方は首を振ってそれを否定する。そう言えば、相方は自分より遥かに目がよかったことを思い出す。恐らく自身よりもハッキリ見えているのだろう。

 

「空を歩いてやがる……」

 

「空? 何を言って――」

 

 そう言いながら男は、ゴーグルをずらすと支給された最新の双眼鏡を取り出し、それで上空にいる黒い物体を眺める。

 

 すると、そこには蜘蛛の巣を移動するように、空を移動している黒檀色の巨大な蜘蛛の姿があった。

 

「なんだありゃ……!?」

 

 更によく見れば蜘蛛は、いったいどのような原理なのかは不明だが、空に糸を架けた傍からそこを移動しており、まるで"空に橋を架けている"ようにさえ思えた。

 

 そして、それは真っ直ぐにオチマ連邦の国土を目指していることもわかった。

 

 

 その刹那、蜘蛛は空に糸を架ける手を止めて立ち止まる。そして、頭を傾け――確かに目があった。

 

 蜘蛛らしからぬ、いくつもついた複眼だが、鮮血のような紅い瞳と黒真珠のように光沢のある闇色の二色の瞳は、魅入るほどの美しさと共に、そのまま見ていれば魂を引き抜かれるような感覚。さながら深淵を見つめ、見つめられ、底の見えない深い海を小舟から見つめるような仄暗い恐怖が身を包み――。

 

「――――――!?」

 

 既のところで男は双眼鏡を目から離した。後、ほんの少しでも、あの瞳を見てしまえば、何かとてつもないことになっていたと確信にも似た恐怖心を覚えていた。

 

 そうして、男が息を整えようやく落ち着き、上空の蜘蛛を見ないようにしながら上司にどう報告すべきかと悩んでいると――まだ蜘蛛を見つめ続けている相方に気がつく。

 

「おいっ!? 止めろ!」

 

「……あ…………ぁぁ……」

 

 しかし、相方は男が肩を揺すっても石像のように固まったまま蜘蛛を見つめており、譫言のように言葉にならない何かを呟くばかりだった。

 

「くそっ!?」

 

 一刻の猶予もないと考えた男は、相方を無理矢理蹴り倒して蜘蛛と目を合わせるのを止めさせた。倒された相方はそのまま大きく身体を反らすと、力が抜けて動かなくなる。慌てた男が確認すると、息はあるようだったため、ひとまず安堵した。

 

「チクショウ……」

 

 そして、男は相方に寄り添いつつ、今度は目を合わせないようにピントをぼかしつつ、上空を駆ける黒い何かにしか見えない蜘蛛を眺めた。見たところ、再び蠢いており、こちらへはただ視線を向けただけに過ぎなかったようだ。

 

 それゆえに彼は途方もない恐怖心を抱き、震える唇が言葉を紡ぐ。

 

「…………海の向こうにはいったい何がいるっていうんだ?」

 

 そんな男の疑問は空に蜘蛛の浮かぶ氷海へと静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいでませアトラ様!」

 

 アトラは既に人間の生息圏に来ていた。暗黒大陸の北の海岸線からオチマ連邦の北部の氷雪地域まで、空に糸の橋を架けてそこを移動してきたのである。

 

 そして、大地へ一歩目を踏み締めたと同時に、目の前にいるそれはそんな言葉をアトラへと投げ掛けてきた。

 

 その者の見た目は、神話のアラクネそのものであり、アトラが食べたチィトカアに酷似しているが、髪が薄めの橙色であり、強調した拳の絵が描かれた帽子と長袖を着ており、どこかの遊戯施設の制服に見えた。

 

『お迎えご苦労様、"チィトカア"。ここが人間の住む世界でいいのよね?』

 

「はい、ここが目的の場所ですよ!」

 

『ふーん……その言語は共通言語ね? ちゃんと聞き取れてよかったわ』

 

「その通り、共通言語です。この世界ならどこの国でも通じる言語ですね」

 

『そう。じゃあ、早速"知識"をいただくことにするわ』

 

 そう言うと、アトラは再びチィトカアを補食しようと、巨大な顎を開き――。

 

「待ってください。この(わたくし)は既婚者なので、できればお食べにならないでいただきたいのですが?」

 

『あら、そうなの? わかったわ』

 

 チィトカアが手で制したことで動きを止めた。見ればチィトカアの左手の薬指には小さな宝石が嵌め込まれたシルバーリングが静かに輝いており、アトラは目を丸くする。

 

「今、妊娠2ヶ月なんですよー! えへへー……」

 

 その言葉と照れた様子で頬を染める。アトラがよくよくチィトカアの人間に近い方の腹部を見てみれば、丸みを帯び始めていることがわかる。それと共に莫大な年月を生きながら未だに結婚経験のないアトラは、何かドス黒い感情が湧いてくることを自覚していたが、生物として上位者である威厳を崩さないように表情にもオーラにも出さなかった。

 

 しかし、気分はよろしくないため、話を変えつつ建設的なことを考えることにした。

 

『人型を模して造ったあなたが妊娠できるということは、ニンゲンっていう存在が元々、暗黒大陸側にいた人型の生物だっていうことね。いいところに越したものだわ』

 

「あれ? 他の私を食べたときにニンゲンの容姿の知識などはお取りになさらなかったのですか?」

 

『私の"食べた脳髄から記憶を引き出せる力"は、"私が欲しいと思った記憶"しか取れないもの。そのときは向こうの世界のこちら側の認識と、観光地になるかどうかってことを考えてたのよ。それに、どうせ現地にいるであろうあなた(ティトカア)を食べて済まそうと思っていたわ』

 

「私は現地の夫とラブラブなので他の(チィトカア)を当たってください」

 

『アンタらホントに、私のこと主人だと思ってるの? 喧嘩売りたいの? 買うわよ? こちとらかったるい仕事からようやく解放されてハイになってるんだから幾らでも買うわよ? あ゛あ゛ん?』

 

 本当に出迎えに来ただけの自身の奉仕種族として生み出された筈のチィトカアに、カチカチと顎を鳴らして威嚇を始めるアトラ。そんな様子に対してチィトカアはカラカラと笑うばかりだった。

 

「ところで、この後のご予定と滞在の期間は?」

 

『予定は特にないわ。文明と戯れるなり、自然に身を委ねるなり、勝手にするわよ。期間はそうね……こっちの世界の時間換算で、とりあえず2000年ぐらいはいることにするわ』

 

 そう言いながらアトラは少し空を見渡して適当に方角を決め、そこに向かって糸を飛ばして空に糸の橋を架ける。

 

「わかりました! 楽しんでくださいねー! 赤ちゃんが生まれたらお祝いください!」

 

『深淵に落ちろ』

 

 最早、上位者としての威厳を全く保たなくなったアトラは、人間で言うところの中指を立てるジェスチャーをチィトカアに送ってから空を移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……なんだあれ!?」

 

 とある少年は自身の住む島の遥か上空に浮かぶ生き物を見つけ、目を輝かせながら声を上げた。

 

 常人には黒い点にしか見えない高度を飛行船を超える速度で移動しているその生物は、少年の目には黒檀色をした蜘蛛に見えていたのである。

 

 すると少年は蜘蛛と目があった。

 

 光さえも呑み込む底のない深淵のような感覚を覚える複眼全てが地に立って見上げる少年を映し、少年の純粋な瞳もまた空にて見下ろす蜘蛛を映す。少年は決して目を離すことなくその瞳を見据え、深淵の底の底に温かな光を見つける。

 

「綺麗で優しそうな目だなぁ……」

 

 そして、少年はポツリとそんな言葉を呟き、その直後――。

 

 

 

 蜘蛛が空から降りた。

 

 

 

「――え!?」

 

 2万km近い高高度から姿勢を維持したまま、自由落下してくる蜘蛛。最初は蜘蛛の行動に驚いていた少年だったが、近づくに連れて、その蜘蛛が自分の知るものとは似ても似つかないほど大き過ぎることに気づく。

 

「うわぁ!?」

 

 そして、落下時間にして約1分後。少年から20mほど前方の地面に蜘蛛が衝突し、それにより風が起き、土埃が舞い上がる。しかし、落下に対して不自然なほど小さな被害であった。

 

 少年は顔を覆いつつ飛ばされそうになりながら耐え、降り立った蜘蛛の姿を見据え、それは全身が黒檀色の毛で覆われた全長10mほどの巨大な蜘蛛であることを認識した。

 

 そして、少年は大きく目を見開き、口を開いて叫んだ。

 

 

 

「すっげー! かっこいい!」

 

『――――――!?』

 

 

 

 そう言いながら少年は大蜘蛛の周囲を駆け回り、純粋な瞳を溢れんばかりに輝かせていた。逆に大蜘蛛の方が少年の行動に対して若干退いているように見え、何か言葉を発していたが、人間である少年の耳にはそれが言語としては認識できなかった。

 

 そして、しばらく眺めた後、少年は動かずにじっとしている蜘蛛の目の前に立ち、大蜘蛛に対して問い掛けた。

 

「俺は"ゴン"! ゴン=フリークス! 君、名前はある!?」

 

『………………』

 

 話が通じるかもわからない生き物に対して自己紹介をする少年――ゴンの顔を大蜘蛛はまじまじと見つめるが、彼は笑顔で大蜘蛛の反応を待っている。

 

 そして、大蜘蛛は根負けしたように溜め息を吐くように身体を少しだけ揺らした後、片方の前脚の先端を土に触れさせ、スラスラと文字を書いた。

 

《アトラク=ナクア》

 

「えっ!? 文字が書けるの!?」

 

《人型以外の生物が字を用いないと考えるのは視野が狭くなるわよ? ナクアって呼んでいいわ》

 

「わかったよナクア! 俺と友達になってよ!」

 

《――――》

 

 返す言葉に詰まったのか、蜘蛛――ナクアは棒線をただ横に引く。そして、しばらく止まった後、再び動き出した。

 

《アナタ、大物ねぇ》

 

「……? 友達になりたいって思うことは普通だよね?」

 

《そうね。その通りよ。いいわ、面白そうだからお友達になりましょう》

 

「やった! よろしくナクア!」

 

(うーん……ちょっと驚かしてやろうと思っただけなのに……ひょっとして、人間の子供って恐れを知らないのかしら? まあ、そっちの方が過ごしやすくていいけど――ああ、忘れてたわ)

 

 人間という種の認識を上方修正しながら、少年と会話しつつ、何かを思い出したナクアは一度小さく顎を鳴らし――自身の念能力を発動した。

 

 

("蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)")

 

 

 次の瞬間、ナクアが上空を確認すると、自身がこの島まで伝ってきた糸の橋が一斉にオーラへと戻り、湯気が宙に溶けるように霧散する一部始終が見えた。それを終えたナクアはどこか得意気な様子になる。

 

(観光なんだから、そこに住む者の問題になるようなものは残しちゃダメね。私ったらマナーがいいわ。うーん……でも何か忘れているような? まあ、忘れるようなことだから大したことじゃないわね)

 

 ナクアはそんなことを考えつつ、面白そうな存在を見つけたので、この島にしばらく(少年の生涯を見届けるぐらいの時間)滞在しようかと考え始めるのであった。

 

 ちなみにナクアが忘れている事とは、もう片方の糸――暗黒大陸の海岸からオチマ連邦まで張った糸を消し忘れていることであり、それを思い出すのはまだまだ先のお話である。

 

 

 






アトラク=ナクア その1
 暗黒大陸に棲息するアトラナートという種族のアトラク=ナクアという名の個体。アトラナート族は本来は全長3m程の蜘蛛のような見た目をしており、生まれつき、自身のオーラを糸に変換できる能力を習得しており、無意識に使用可能な種族でもある。アトラク=ナクアはアトラナート族の中でもとりわけ強力で異常な変異を遂げた個体である。また、アトラク=ナクアの系統は後天的な特質系であり、元は操作系の念能力者であり、戦闘はほぼ完全に操作系念能力を用いるため、暗黒大陸最上位クラスの操作系念能力者と言える。少なくとも数千万年生きていると自称しているが、億以上の単位でサバを読んでいると思われる。また、人間換算だとまだまだピチピチらしい。
 暗黒大陸でも最上位の危険性と実力を兼ね備えた超生物なのだが、本人が基本的に温厚な性格をしていると共に、基本的に自身が直接的に関わらないことに関しては放任主義なため、もっぱら他種族に悪行を重ねるのは配下であり、自身の念能力で生み出されたチィトカアたちである。
 無論、生まれつき念が使え、強大な力を持つ関係で、己を高める修行などしたこともない。



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橋を架ける蜘蛛

 

 

 

 オチマ連邦の北部の氷雪地域の一角。人里から離れ、草木もあまりないその場所には、空の果てまで通じているのではないかと思わせるほど長く、何らかの糸で作られた縄梯子のようなものが、地面から二本伸びていた。

 

 そして、現在はハンター協会のロゴが描かれた金属壁である程度囲われて立ち入りが禁止されており、この一帯も封鎖されている。

 

 その囲いの中に多数の機械機材と数人の人間がおり、そのひとりの白髪の老人男性――ハンター協会の会長、アイザック=ネテロが、長い自身の髭を触りながら興味深そうに、天に聳える糸を眺めていた。

 

 その糸はここ数日で、突如出現した謎の糸であり、人智を超えた強度と弾力と温度耐性を持っており、サンプルの採取が不可能だったため、その場で成分分析をしたところ、"蜘蛛糸"に近いが、ほとんどがオーラを含む未知の物質で構成された何かであった。更に糸の表面に見ているだけで、心が言いようもないざわつきを覚える暗く奇妙なオーラが薄くまとわされており、大多数の念能力者から見ても人間業ではないことを感じさせる。

 

(この世界の未知の物質か……その上、でけぇ放物線を描いて暗黒大陸の方向に張られてやがる。とすると、問題は"来た"か"帰ったか"のどちらかだな)

 

 しばらく糸を眺めていた会長は小さく溜め息を吐く。そして、自身の付き人を務めている者の名を呼んだ。

 

「"チィトカア"」

 

「はぁい! 会長!」

 

 チィトカアと呼ばれ、ネテロ会長の後ろに控えており元気のいい返事をしたのは、タランチュラに姿形が似た全長3mほどの神話のアラクネのような半人半蜘蛛の美女であり、淡い緑色の髪をしていた。

 

 彼女は女性用のスーツを着用しており、掛けられた眼鏡がどことなく知的な雰囲気を醸し出している。そんな彼女に対して――ネテロ会長は当たり前のような様子で、声を掛けた。

 

「何か情報はあるかのう?」

 

「えーと……オチマ連邦の砕氷船のスタッフ二人が暗黒大陸の方向から、オチマ連邦へ向けて移動していた空を駆ける蜘蛛を見たとの情報がありました。見ただけだそうですが、一応二人ともハンター協会の病院に搬送しました。命に別状はないそうですが、片方は軽いPTSDを発症していたそうで、現在は精神科に転院して、休養と薬剤調整のため入院中です」

 

「暗黒大陸から来た蜘蛛か……その上、見ただけでPTSDとは思わしくないのう」

 

「ちなみに話が聞けた方からの事情聴取から、糸と比べて考えられる大きさは全長約10m。情報を元に作成した絵は――このように」

 

 彼女がネテロ会長に渡した絵にはクロゴケグモに酷似した黒檀色で、複眼が紅色と黒色の二色に別れた色をしている蜘蛛が描かれていた。

 

「私が描きました。上手いでしょう?」

 

「はいはい、そうじゃな。他は?」

 

「ああん、冷たい。そうですね。興味深い事としては、蜘蛛と双眼鏡越しに目があったとき、深淵に引きずり込まれるような感覚を覚えたそうです。心的外傷を負った方もそれに近い言葉を言おうとしていましたね」

 

「深淵に引きずり込まれる……?」

 

 並みの表現ではなく、そう形容する感覚を実際に覚えたのだろう。だとすると、目を合わせることがトリガーの念能力を持っている暗黒大陸の生き物か。仮にそうならば、既に被害を出していてもおかしくはないが、現状の被害は軽いPTSDのみで、その後の足取りは不明。

 

 最悪の場合を想定すると、目を合わせることで、対象に何かを植え付け、時間経過によって発動する念能力を持っていることだろうか。

 

「二人の処遇は?」

 

「ええ、何かが起これば、いつでも処分可能です。とはいえ、貴重なサンプルですから、細心の注意を払っています。また、既に暗黒大陸を知るハンターには、蜘蛛の情報を流布しております。探知・捜索能力を持つ念能力者に細かな概要は伝えずに依頼もしていますが……暗黒大陸の生物のせいか、蜘蛛にそれをはね除ける念能力があるのか、結果は芳しくありません」

 

「そうか。ならばよい」

 

 ひとまずは今打てるだけの手は全て打っているということだろう。ネテロ会長が現地に来たのは今日だと言うのに、とんでもない根回しの早さと言えるだろう。後は情報規制ぐらいのものだが、この分では言う必要もないとネテロ会長は判断した。

 

「そういやお前さん――」

 

 一旦、暗黒大陸の蜘蛛のことは置き、チィトカアと呼んだ半人半蜘蛛の頭から臀部の先までゆっくりと見つめ、ポツリと呟いた。

 

「ビーンズくんとは仲良くしているかの?」

 

「も……もう、何言ってるんですか会長!」

 

 チィトカアとは記録が正しければ、500年代に暗黒大陸からこの世界にやって来た"亜人種"である。また、暗黒大陸に人間が行くに当たり、"案内人"も務めており、ハンター協会や世界各国とは切っても切り離せない関係にある。

 

 種族としての最大の特性は、全てのチィトカア個体は精神及び記憶を共有し、特殊な共同意識を持つ生命体であることだ。すなわち、チィトカアという種族全体でひとつの個体となっており、世界中に散らばることで巨大な生体ネットワークを構築している機械的な生物なのである。よって、チィトカアは少なくとも人間と交わってからの約1500年分の記憶全てを保有しており、生きるデータバンクと言っても遜色ない。

 

 しかし、個性がないというわけでなく、微妙に性格が異なるため、趣味・趣向や異性の好みなどが個々で違い、好きな職に就いたり、現地の人型の生物と結婚をして家庭を築くこともある。

 

 ある意味、過酷極まる暗黒大陸の環境で、個を捨てつつも最低限の個を保ちながら、種族として生きるための究極体と言っても過言ではない進化を遂げた生物だろう。尤も何よりも恐ろしいのはチィトカア"本来の繁殖方法"なのだが。

 

 一般には人間に極めて近い魔獣と流布されており、チィトカアもそれに従って行動している。しかし、懸念点としてはふたつあり、ひとつはチィトカアが数千年どころか数十万年、下手をすると億年単位の記憶を有していることが考えられ、人間側に全ての情報は明らかに開示していないこと。ふたつは実質上秘匿の匙加減が全て、チィトカア任せになっているため、とんでもないリスクを孕んでいることだろう。しかし、ハンター協会が影も形もない、約1500年前から共存している生き物のため、信用せざるをえない状況だと言うこともある。

 

 しかし、既に人間の世界へ蔓延したチィトカアと事を構えるよりも、利用し、利用されつつ共存することがより大きなリターンに繋がると現在まで判断されているのだ。それにそもそもチィトカアにとって人間とは、所詮メビウス巨大湖の中央で外界からの関わりを受けずに過ごすだけの種であり、全く重要視していないことも、逆に信用に足る理由として挙げられる。

 

 彼女にとっては、人類など長過ぎる記憶のページの端に書かれた落書きのようなものだとしても、ハンター協会のいちハンターとして、それを理解した上でネテロ会長は憂う。

 

「旦那様を愛するのは当然じゃないですか! もう、三児の母ですよ私! ニヘヘ……」

 

 チィトカアはふとした軽口に頬を赤く染め、幸せそうな反応を見せる。しかし、己が言わずとも既にほとんどのことを終わらせ、清濁関わらず仕事をこなせるほどまで有能でありながら、まるで腹のうちを見せない。

 

 チィトカアの内に秘める感情や奥にある思考を想像するだけで、吐き気を催しそうだと。質の悪さだけならば、五大災厄など足元にも及ばないだろう。

 

 ネテロ会長に言わせれば、彼女は"生きる蜘蛛の巣"そのものだ。あらゆる場所や文明に対して勝手に拡がっていき、自らの糸を張り、生き易い環境を構築し続ける。

 

 ならば問題は誰にとって生き易い環境を作り上げたかということだろう。例えば、蜘蛛の巣の上を歩く蜘蛛――チィトカアの主がいるのではないかと考えることも自然というものだ。

 

「……そうじゃな。ふむ……大したことではないんじゃ。忘れてくれ」

 

「うふふ……変な会長ですねぇ!」

 

 手を口元に当て、可愛らしく笑うチィトカア。仮にチィトカアに主たる蜘蛛が、今回こちら側に来た蜘蛛ならば、1500年も前からチィトカアはこの日を計画し、待ちわびていたことになる。それならば、元より決して人間と相容れるような精神構造ではないだろう。そして、世界中に広がり、今の今まで人間に対して友好的だったチィトカアが、人類に対して、一斉に牙を剥く理由にもなり得る。

 

「あっ! そうです会長!」

 

 パチンと手を叩いて鳴らしたチィトカアは、それまでの笑顔をより強め、少しだけ薄目を開きながらネテロ会長だけに聞こえるような小さな囁きでポツリと呟いた。

 

()()()()は私の知り合いなどでは決してありませんよ……知り合いでは、ね……」

 

「誰も聞いとらんわい」

 

 ネテロ会長はいつものように素っ気なくチィトカアに返事を返す。そのたった一言と、これまでに見せたことのない色を宿した瞳をしていることで、答えなど決まったようなものだが、彼はそれ以上の言及は一切せず、特に誰かに指示を出すこともなかった。

 

(それなりに捜索はしつつ、発見しても向こうから目に余る被害を出さぬ限りは観察に留める……こやつの様子を見るに、その辺りの対応が妥当じゃな)

 

 ハンター協会の創立以来、なぜか実権を握るような高職には決して就かず、雑務担当や高職の秘書として、何代も代替わりをしながら勤めてきたこの暗黒大陸の怪物には"ある程度好きにやらせておく"ことこそが、最善策なのである。ある意味、最も人類を脅かしている存在でありながら、如何なる災厄よりも対応が簡単ということは一体なんの皮肉であろうか。

 

 そして、結果として、人類圏にいるチィトカアの総数は"十万体"前後で数百年間安定しており、全ての個体の居場所はハンター協会とV5が把握している。また、人類に対して、ほとんどはメリットしか生み出していない。

 

 尤も彼がどれほど考えようと、そもそもの発端は彼が生まれるずっと前に人類が、チィトカアを拒まなかったことから全てが始まっている。端から彼が個人でどうこうできる問題の範疇を超えていた。

 

(だが――)

 

 己の役職を切り離し、彼はただひとりの念能力者として純粋に考える。

 

 かつて彼は私的に暗黒大陸に行ったとき、その入り口から見えた過激過ぎる弱肉強食の景色を見たのみで、武術家として失望し、敷居を跨ぐことさえなかった。しかし、それは半分は間違いだったと言えるだろう。もし、その環境を意に介さず、一個体で頂点に君臨するような知的生命体が存在し――。

 

 そして、仮に念能力でもなんでもなく、高高度からのただの視線のみで対象の心を折れるだけの超越した念能力者ならば――。

 

(つえーんだろうなぁ……そのアトラって奴はよぉ……)

 

 彼は外の世界からの新たな来訪者に、久しく忘れていた血が騒ぐ感覚を思い出していた。

 

 

 

 

 

 その後、蜘蛛の捜索は多数のハンターを動員して行われ、いくつかの目撃証言からルートが予測された。その結果、"くじら島"と呼ばれる島に滞在していることが判明し、ハンター協会が関わったハンター全てに箝口令を敷いた上で、観察対象となる。

 

 だが、そのまま一年の歳月が過ぎようとも、くじら島にいる人間に対しては明確な攻撃行動など一切確認されておらず、逆に幻獣ハンターから見ても"行儀がよい"と呼べるだけの利口な行動を取るだけであった。また、現状の段階で唯一蜘蛛と直接目を合わせた二人に変調もない。

 

 しかし、揺れぬ水面のようなあまりにも生物らしからぬ静寂さと、非常に知的な行儀のよさが、かえって警戒を強め、底の見えない何かを人間は恐れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち、ちくしょう……なんだってこんな!?」

 

「いいから走れ!」

 

 くじら島の尾に当たる場所の深い森。まだ辺りは朝靄に覆われ、視界のよくない時間帯にも関わらず、猟銃を装備した数人の男達が海岸へと向かって駆けていた。

 

 男達は一様に酷く怯えた表情をしており、何かから逃げていることがわかる。

 

 彼らは陸上の大型動物を主に狙う密猟者であり、くじら島に棲息しているこの国の固有種であるキツネグマを密猟しに来たのであった。

 

 そして、彼らを湿った目で見つめるだけで動かない"化け物"と、化け物の脚を抱き枕代わりにして眠っているキツネグマを見つけ――彼らはより稀少で利益になり得る化け物を一斉に銃撃したのである。

 

 結果として、彼らは既に来た当初の半数まで人数を減らし、撤退を余儀なくされていた。

 

「ヒィ!? 助け――」

 

 そんな中、朝靄に浮かぶひとりのシルエットが、引き込まれるように不自然に森へ跳ぶ。残りの男達は目もくれずに走り続けると、後方でぐしゃりと何か柔らかいものが噛まれ、咀嚼される音が響き渡る。

 

 その上、どれだけ走ろうとも決して音源は離れず、喰われながら死んでいない者の絶叫が絶えず聞こえる。そして、それが無くなると次の男が拐われるということが繰り返されているのだ。

 

 既に男達の頭の中には、密猟者としての下世話な優越感はどこにもなく、ただ得体の知れない恐怖に塗り潰されていた。

 

「やった……! 海岸だ!」

 

 ようやく男達は海岸に辿り着く。その頃には彼らの人数は5人まで減っていた。そして、僅かな安堵を覚えながら――。

 

 

 

 自分達が乗ってきた大型クルーザーが、陸地に張られた巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かって宙に浮いている光景が広がっていることを認識した。

 

 

 

 男達はあまりに異様で、現実味のない光景に言葉を失って放心する。そして、そんな彼らの背後の森から化け物――全長10mほどの巨大な蜘蛛のような生物が姿を現した。

 

 10mといえば、クロコダイル科のワニの平均全長約4mであり、単純に比較すればジャポンの平均的な電信柱の高さが約10mから12.5mと言われているため、虫としては規格外の大きさであることが窺える。更に蜘蛛は上から見るとほぼ円形のため、想像以上の質量からくる威圧感を放っていた。

 

 大蜘蛛は丸太のように太い脚をゆっくりと動かしながら、徐々に男達へと迫る。

 

「う……ぅぁ…………わぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 そして、高まり過ぎ、遂に振り切れた恐怖はひとりを狂わせ、抱えていた猟銃を大蜘蛛の顔に目掛けて撃つ。それを皮切りに他の男達も最後の抵抗とばかりに銃撃した。的確に銃弾のほとんどは大蜘蛛の頭部へと命中する。

 

『――――――』

 

 しかし、大蜘蛛は猟銃の弾丸を顔面どころか、眼に着弾しているにも関わらず、金属に当たるような異音と共に、逆に銃弾が砕け散り、まるで効いている様子はない。その様は男達にとっての化け物以外の何物でもなかった。

 

 大蜘蛛は銃弾の衝撃すらあるような様子もなく銃弾を受ける最中、上顎が開き、口内で白い光のような何かが収束して射出される。

 

 それはさながら白い光線であった。男達へと横一線に放たれた白い糸は異様な切れ味と破壊力を持ち、容易く男達の体を引き裂く。その上で勢いを全く失わない糸は背後の砂浜に着弾し、高い砂柱を巻き起こした。

 

「ひ……ひぃ……ば、化け物……」

 

 砂柱が晴れると、そこには頭部や胴体を糸が通り過ぎて死んだ四人の死体と、奇跡的に糸を避けた男が怯えきった様子で、それでも這いながら大蜘蛛から逃げようとしていた。見れば彼は足に糸を受けたようで片足の膝から先、もう一方の片足の足首から先が無くなっていた。

 

「た、頼む……ゆるしてくれ……も、もうこんなことはしない……だから――」

 

 それに対する蜘蛛の答えは、実に自然界の上位者らしいもの――捕食であった。

 

 背中に大蜘蛛の鎌状の鋏角(きょうかく)に突き刺された男の小さな悲鳴は、すぐに声にならない悲鳴になった後、ただの肉と骨と皮の塊へと変わり、しばらく咀嚼した後に飲み込まれる。

 

 生きていた最後のひとりを食べた大蜘蛛は、溜め息を漏らすように頭部を小さく上下させた。

 

 

 

(やっぱり薄い味ねぇ……全然見掛けないし、ひょっとして、この世界の生き物って"生命力"をろくに扱えないのかしら?)

 

 

 

 大蜘蛛――アトラは味気ない食事にそんな感想を抱いた。しかし、殺したものは食べることをポリシーにしているため、辺りに散乱する死体を全て平らげる。

 

(ごちそうさまでした……ん――)

 

 アトラは自身が糸で吊るした彼らの大型クルーザーを眺め、少し考えた後、ふと思い立ち、大型クルーザーの真下に移動した。

 

 すると煙のように糸が消滅し、重力に従って大型クルーザーはアトラの背中へと落下する。そして、当たり前のように彼女は大型クルーザーを頭胸部と腹部で受け止めた。さながらイソギンチャクを背負うモクズショイのような光景である。

 

(これお金になるかしらね? ミトのとこに持って行きましょう)

 

 思い立ったが吉日とばかりにアトラは丸っこい背で器用にバランスを取りながら、知り合いになった人間の元へと向かうことにするのだった。

 

 

 

 






Q:アトラさんってどんな奴なの?
A:性格アシダカ軍曹、見た目クロゴケグモ、毛深さタランチュラ(矛盾塊)。友好を結ぶとなつく。

Q:チィトカアさんたちってアトラさん以外に何か隠してるの?
A:仕事に私情を挟まず、プライベートと仕事は切って考えているだけです。チィトカアにとっての仕事とは無論、アトラク=ナクアに使えることです。

Q:SCPのクラスで例えるとアトラさんとチィトカアってどのぐらい?
A:チィトカア→keter(Explained) アトラク=ナクア→Euclid(Thaumiel)


アトラク=ナクア その2
・念能力
蜘蛛糸・大化生(ねんし・だいけしょう)
 操作系念能力。自身が生成する糸を操作し、投げれば荒縄、振るえば剣、飛ばせば弾丸、編み込めば盾となり、空間に対して直接貼り付けることも可能。更に対象に糸を突き刺すことで自由に操作もできる。応用として、自身に糸を突き刺してまとわせることで、肉体そのものを操作し、他の生物に擬態することも可能だが、窮屈なのであまりしたがらない。衣服も自前の糸で作成できる。尚、擬態している場合、全身が糸に包み込まれていることになるため、あらゆる箇所から全く制限なく攻撃や防御が可能となる


チィトカア その1
 アトラク=ナクアの念能力によって生み出される神話のアラクネのような姿をした奉仕種族。全てのチィトカア個体は精神及び記憶を共有し、特殊な共同意識を持つ生命体であり、チィトカア全体でひとつの個体となっており、世界中に散らばることで巨大な生体ネットワークを構築している機械的な生物。しかし、個性がないというわけでなく、趣味・趣向や異性の好みなどが個々で違い、好きな職に就いたり、現地の人型の生物と結婚をして家庭を築いたりしている。誓約なのか、奉仕種族として造られた割には主に対する態度が慇懃無礼(いんぎんぶれい)



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そうだ観光ビザをとろう


 あそぼ。リースXPです。感想や評価などを頂けるととても励みになります。また、頂いた感想はポリシーとして全て返信いたします。


 

 

 

(素晴らしいわ……)

 

 くじら島に居ついてから約一年。アトラは20mほどの数本の木の上に脚を絡めるようにして器用に乗り、頭に勝手に止まってきた小鳥を数羽乗せたまま、島の景色を一望してそんな感想を抱いていた。

 

 彼女の住む暗黒大陸と言えば、どこへ行こうとも弱肉強食を本能としたり、廃絶行動を生業とするような殺伐とし過ぎる生物同士のテーマパークといった過酷過ぎる環境のため、のどかや平和といった空気が流れているだけで、比べることすら烏滸がましいほど恵まれた環境であることを噛み締めているのである。

 

(これまで私が見てきた文明に、こんなに可愛らしい方向性に特化した文明があったかしら……?)

 

 アトラが思い出すのは、魔術なるものが全盛を誇った都市であったり、超高度な機械文明が発展した都市だったり、青い大きな空に浮く石を中心に空に浮かぶ都市であったりと様々なものがあったが、全体的に殺伐としていたため、やはり真に観光地と言えるところは人類の生活圏(ここ)ぐらいではないかと考える。

 

(…………住みか移そうかしら? あんな暗黒大陸(殺戮動物園)なんかに帰りたくないわ……というか、暗黒大陸っていうネーミングが言い得て妙過ぎるでしょう)

 

 アトラはどこか遠い目で海の向こうを見つめ、呆れるように小さく頭を上下させた。

 

(まあ、密猟者から人間の生活や常識はある程度貰ったから、そろそろ"人間らしい生活"とやらに手を出してみても面白いか――)

 

「アトラー!」

 

『――――!?』

 

 突如、ボスッと音を立て、ナクアの丸い腹部にゴンが飛び乗る。元より驚かすためか、"絶"状態で飛び乗られたことで、全く意識をしていなかった彼女の体はビクリと大きく跳ねた。それによって頭に乗せていた小鳥達が慌てて飛び立つ。

 

「どうかした?」

 

《なんでもないわ……》

 

 地面がないため、アトラは自身の操作系念能力である"蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)"を使用して、自身の頭上に文字を書いてゴンに見せた。ちなみに三点リーダーまでしっかりと書いてある。

 

 ちなみにこの念能力は、自身が生成する糸を操作し、投げれば荒縄、振るえば剣、飛ばせば弾丸、編み込めば盾となり、空間に対して直接貼り付けることも可能な範囲の広い念能力である。そして、このように文字を空間に書くことも可能なのだ。

 

《なに? また鬼ごっこかしら?》

 

「ううん、ミトさんが呼んでる」

 

《あら、そうなの。わかったわ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捨ててきなさい」

 

 時はゴンとアトラが出会った日に遡る。

 

 家にアトラを連れてきたゴンに対して、母親代わりであるミトが、腰に手を当てつつ眉間に皺を寄せながら言い放った第一声がそれであった。

 

「ち、違うよミトさん! アトラは友達で別に家で飼ったりしないよ!?」

 

《この家に私を入れたら屋根が外れるわね。私はただの友達よ》

 

「あらそうなの?」

 

 見やすいように地面ではなく、ミトの目の前の空間に文字を書くアトラ。そんな様子を特に気にした様子もなくミトは対応していた。

 

「ふーん……」

 

 ミトは不思議そうな顔をしてアトラの目の前に立つ。そして、しばらく見つめた後、アトラの上顎に生える二本の触肢の片方をおもむろに両手で掴み――。

 

「よっと」

 

『………………』

 

「ミトさん!?」

 

 鉄棒か何かのようにぶら下がってみていた。

 

 アトラはどうしたらいいかわからず、行動が止まり、ゴンは困惑している。ちなみにアトラの触肢に生えている毛は掴んだときに獲物に突き刺さって抜けなくなる役割をする程度には鋭いため、素手で掴むと大変危ない。また、全身に生えている毛は刺激毛であり、アトラ並みの蜘蛛となれば全身に刃の鎧をまとっているに等しい。しかし、アトラの卓越したオーラ操作技術により、ミトの手に傷がつかないようにしているため、特に怪我もない。

 

 するとすぐに腕の力が限界を迎えたのか、ミトは手を離す。そして、感心した様子で一言呟いた。

 

「ハリボテじゃないのね」

 

《……逞しいわね彼女》

 

「うん、ミトさんは俺の母親だから」

 

 果たして、初対面の相手にゴンの言葉から何が感じ取れるのかは不明だが、とりあえず大物だということは十分に感じ取ったアトラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は現在に戻り、ゴンの自宅の隣に脚を畳んでアトラは座っていた。目の前には椅子に座ったミトがいる。

 

《ふーん、ゴンがハンターになる条件をあの池のヌシを釣り上げられたらいいことにしたの》

 

「ええ、そうね」

 

 そして、互いの手元には様々な破れやほつれのある衣類が積み上げられており、二人で修繕しているようだった。また、ミトが裁縫セットで行っているのに対して、アトラは自前の糸で修繕を行っており、巨人が糸通しを行っているような光景にも関わらず、ミトの10倍近い速度で終わらせ、その上で非常に高い完成度に見えた。

 

《ゴンなら近い内に釣りあげるでしょう。それにハンターになりたい熱意は私も何度も本人から聞かされてるし、別に拒むような理由もなさそうなものだけど?》

 

「それはそうだけど……色々あるのよ」

 

《母親としての心配か、未だ割り切れないジンへの当て付けか。まあ、どちらにしても可愛らしい悩みねぇ》

 

「うるさいわね……」

 

《けれど子供とは夢を見て、自由であり、親に似るもの。例えミトにとっては嫌なことでも、それを後押しするのもまた親の役割よ。それは時には叱ることも必要でしょうけど、今ゴンに必要なことは何かしら?》

 

「……わかってるのよ、私だって」

 

 二人の関係は姿形がまるで異なっていようとも、友人のように見える。

 

 というのも同年代の子供がこのくじら島におらず、ゴンに友人がいない事と同じように、くじら島からあまり出たことのないミトにも元々、友人と呼べるような存在は非常に少なかった。

 

 そんなときに現れたこのアトラという大蜘蛛。雌の個体であり、例えるならば、行き遅れて既に色々と諦め始め、辛うじてアラサー手前からアラフォー目前の女子ぐらいの精神年齢に思えるため、同年代に近く感じられることから自然に話しやすい相手なのである。ミトにとっては、怪物ではなく、ただの新しい友人であった。

 

《それにしてもハンターねぇ。私もなってみようかしら? ハンターライセンスって無茶苦茶高く売れるらしいし、観光をするにしても持っていれば色々と便利そうだもの。それに私がついていけばミトも少しは安心できるでしょう?》

 

「蜘蛛でもなれるの?」

 

《言葉を扱う生き物の魔獣にだってなれそうなものなのだからなれるでしょう……たぶん。それに要項を見たけど、人間かどうかは指定になかったわ》

 

「それはそうでしょうけ――」

 

「アトラもハンターになるの!?」

 

 嬉しそうな声色で声を上げるゴンの声の方向へと目を向けたミトとアトラは、下腹にムカデのような脚の生えたゴンの倍以上の大きさの魚を担いだゴンを発見した。

 

「あら……?」

 

《噂をすればなんとやらね》

 

 意図も容易くミトの課題を終わらせたゴンにミトは口に手を当てて驚き、アトラは第一脚を人が肩を竦めるように動かしてみせていた。

 

「それでアトラもハンター試験受けるの!?」

 

 ゴンは池のヌシをそっと地面に置くと、アトラへと詰め寄る。アトラは感情の映さない八つの瞳で、輝くような目を向けてくるゴンを少し眺めてから呟くように空に文字を書いた。

 

《ゴンは私が一緒に行ったら嬉しい?》

 

「うん、嬉しいよ!」

 

《そう、それならちょっとめかし込まなきゃね》

 

 アトラは自身の丸い腹部を上に上げると、その先の紡績突起であり、糸を作り出す糸疣(しゅう)から上方へスプリンクラーのように己へと降る糸を放つ。自身にまとわりついた糸は縛り付くように縮まりながら、アトラの10mの体躯が急速に失われていく。

 

 そして、遂にシルエットは180cmほどの包帯の代わりに糸が巻き付いた人型のミイラへと変わり、次に糸そのものが、肌、爪、髪、目、鼻、耳など人間の外見を形成するパーツへと変わる。

 

 全てが終わった後には人間のような何かがそこにはいた。

 

 

《人型の生物ならこんな感じでいいわよね?》

 

 

 黒い真珠のように艶があり、足元につくのではないかという長さの黒檀色の長髪。人間の肌色からは明らかに掛け離れた新雪のような真っ白い肌。神話のエルフのように長く尖った耳と、どこか虫の触角を思わせる長めでハッキリとした睫毛。そして、白目が黒く黒目が赤い、明らかに人間のそれではない瞳。

 

 また、さながら闇のように深い黒をしたウェディングドレスのような服装をしており、最も特徴的なのはバニエ部分が古い貴族の服装のように膨らんでいる上に、丈が地面につくほど長く、脚どころか靴の有無すら一切見えないことだろう。

 

 総合的に見ると、およそヒトと言える姿をした女性がそこにいたのだった。

 

《ふふん、これなら魔獣で通るんじゃないかしら?》

 

 腰に手を当てて、空に糸で文字を書きながら自信ありげな表情を浮かべるアトラに対し、ゴンとミトは少し間を開けた後、悲鳴のような驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長会長会長会長! 会長ー!」

 

 ハンター協会本部の上層階にあたる場所の廊下。そこをチィトカアが、役職名を呼びながら一目もくれず走り抜けていた。多脚で移動しているため、人間の足の数倍の速度があり、道行く人々は驚きつつ道を開けていた。

 

 見れば緑髪ではなく、灰色に近い銀髪をしており、役一年前に蜘蛛の来訪に関わった者とは別の個体であることがわかる。

 

「かいちょー!」

 

「廊下から聞こえとるわい」

 

 そして、チィトカアは突き当たりの会長室とネームプレートが付けられた部屋の扉を吹き飛びそうな勢いで開け放つ。そして、そこにいる呆れた表情をしながら茶を飲んでいるアイザック=ネテロの目の前に飛び込むように移動し、持っていた287期ハンター試験のエントリーシートを一枚提示した。

 

 ネテロがエントリーシートに視線だけ移すと、別段変わったところはない。しかし、記入されている名前――"アトラク=ナクア"という文字を目にした瞬間、ネテロの目とオーラが少しだけ鋭く研ぎ澄まされる。

 

 そんな様子を全く意に介さず、チィトカアはバシバシと机を叩きながら心底嬉しそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「見てください会長! アトラ様がエントリーシートを出しましたよ!?」

 

「オメェ……隠してぇのか見せびらかしてぇのかどっちなんだ?」

 

「そんなの両方に決まってるじゃないですか!? 乙女心は複雑怪奇なんですよー!」

 

(殴りてぇ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《船に乗るなんていつ以来かしらね?》

 

 くじら島で購入した手持ちのホワイトボートにボード用マーカーで文字を書いたアトラはそんなことをゴンに聞いた。

 

 現在はハンター試験会場へ向かう船の上。倍率数十万を超えると言われる予選の真っ只中であるが、ゴンもアトラも緊張や不安な様子は特になく、ゴンは未だ見ぬ試験に想いを馳せ、アトラは旅行気分といった様子で目を細めて笑みを浮かべている。

 

「アトラは船に乗ったことあんまりないの?」

 

《あるにはあるわよ。けれどそもそも文明圏に触れたことも数える程度だし、最近は仕事で忙しかったから旅行も久しぶりだからね》

 

「そうなんだ。なんの仕事?」

 

《建設業。深淵に橋を造る仕事》

 

「へー、橋を造ってたんだ。いつか見てみたいなアトラの橋」

 

《ふふ、もの凄く遠い場所だから期待はしない方がいいわ》

 

 甲板で他愛もない会話をしているゴンとアトラ。その途中にゴンは興味深そうにアトラの頭からスカートの先までを見つめてから口を開いた。

 

「それにしても本当にヒトみたいだね。エルフとか妖精とか、物語の中の存在みたいだ。うーん……でも俺の知ってるアトラはふかふかの蜘蛛だったし、なんかスッゴく不思議な気分」

 

《所詮擬態よ。姿形を人型にしただけだから無茶苦茶窮屈だし、喋れるわけでも、重量が変わるわけでもないわ》

 

「あ、だからミトさんがこれから家で寝ないかって聞いたとき、危ないから止めるって言ったんだ」

 

《ベッドごと床が抜けるわよ》

 

 やれやれと言った様子で肩を竦めるアトラ。そう言えば蜘蛛の時もたまに肩を竦めるような動作をしていたことを思い出し、とても様になっているとゴンは思っていた。

 

 ちょうどそのとき、海鳥の言葉を耳にし、ゴンは顔色を変える。

 

「嵐が来る……」

 

《そうなの? この船沈まなきゃいいけど》

 

「俺、船長さんたちに伝えてくるね!」

 

《ノシ》

 

 アトラの了解を得る前に走っていたゴンに対し、アトラは二文字で見送りを表現した文字を書いたホワイトボートを掲げる。そして、その後はひとりで嵐までの一時に潮風を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトラ! ――アトラ!」

 

『んみゅ……?』

 

 翌日。渡航者の船室内は嘔吐する者が非常に多く、流石に吐き掛けられるのは嫌だったアトラは船室の外の廊下で寝ていた。糸をハンモックにして寝ようとも考えたが、アトラの重量を吊るしたのなら、間違いなく船室の壁が耐えられないので苦肉の策である。

 

 アトラは一度だけ人間には聞こえない声を発した後、起こしに来たゴンを寝惚け眼で見つつ、そんな昨日寝る前にあったことを思い返しながら、持ってきたリュックからホワイトボートとマジックを取り出して文字を書いた。

 

《もう着いたの?》

 

「ううん、まだだよ。けれど朝だし、船長が呼んでるから行こう」

 

《あい》

 

 どちらかと言えば夜行性のため、朝が弱くまだ寝惚けているアトラの手を引いてゴンは船室へと戻った。そこにはゴンとアトラを待っていた船長と、青い民族衣装をまとった金髪の青年と、スーツ姿で黒髪の男性だけが残っていた。

 

 人間のそれではない魔性と呼べる美貌を持つアトラを見た船長を含む三人の内二人は、その美貌に少しだけ目を大きくした後、表情を戻し、残る一人はしばらく破顔したままであった。

 

「揃ったか。お前らなぜハンターになりたいんだ?」

 

(うん……ふわぁ……)

 

 ゴンと手を繋いだまま、アトラは立ったまま寝ないように耐える。しかし、その決意とは裏腹に船長とゴン以外とのやり取りはアトラの耳に入らず、徐々に睡魔が襲い始めた。

 

「まだわからねーのか? 既にハンター資格試験は始まってるんだよ」

 

(Zzz……)

 

 そして、1分もすればアトラは立ったまま寝始める。その内に金髪の青年――クラピカと、黒髪の男性――レオリオがそれぞれの志望動機を船長に話した。そして、次はアトラの番になる前に啀み合いになった二人は、船長の静止を振り切って甲板へと向かっていった。

 

「アトラ――!」

 

『はっ! 寝てない……寝てないわ!』

 

「言いたいことは何となくわかるけど、何か手伝いに甲板に出ようアトラ? スゴい嵐なんだ」

 

《 (^_^ゞ 》

 

 顔文字をホワイトボートに書いて従う意思を表明したアトラはゴンと船長とともに甲板へと向かった。

 

 甲板に出てアトラが見回すと対峙した二人がおり、それ以外の船員は忙しなく動いている。そして、海を見ればこの船が玩具の帆船に見えてしまいそうな程の荒れ狂う高波が見え、豪雨が降り注いでいた。

 

 そして、総合的に考えた上でアトラは答えを出す。その際、豪雨のためか、ホワイトボートではなく、小指を形成している糸をほどいて、ゴンと船長に見えるように空に文字を書く。

 

《あの二人、作業の邪魔そうだから喰っていいかしら?》

 

「ダメだよアトラ。二人とも譲れないものがあるみたいだから、今は放っておこう?」

 

「……なりから思っていたが、やっぱりお前さん魔獣か――」

 

 そんなやり取りがあった直後、マストの一部がへし折れて、その破片がひとりの船員に当たり、昏倒したまま船外へと弾き出されて行った。

 

(あら、さようなら)

 

 別段知り合いでもなく、暗黒大陸の掟(弱肉強食)が身に染み過ぎているため、特に助ける気のないアトラは、そのまま海へと向かう船員を見送り――その船員を助けるために飛び出して行ったゴンに目を見開き、即座に人差し指を糸に戻してゴンの胴体へと飛ばす。

 

 ゴンが船員の両足を掴み、同時にゴンの両足を対峙していたクラピカとレオリオが掴み、ゴンの腰にアトラの糸が巻き付いたのは全てほぼ同時だった。

 

 すぐに船員ごと回収されたゴン。船員を他の船員に届けると、ゴンは真っ先にクラピカとレオリオの二人から叱られる。その頃には既に二人が争う様子はなく、叱る様から優しさが垣間見える。

 

 その後、ゴンはアトラの元へと来る。アトラは死ななければ問題ないと考えており、特に言うことはなかったが、口を開いたのはゴンの方であった。

 

「なんで今助けようとしなかったの?」

 

 それは怒りや叱るような様子ではなく、瞳に浮かぶのは純粋な疑問に見えた。真剣な眼差しにアトラは少し考えた上で文字を書く。

 

《理由がなかったからかしら? 特に助ける理由がないんですもの。私はゴンが無事ならなんでもいいわ》

 

「そっか。じゃあ、助けない理由もないよね?」

 

《まあ、そうなるわね》

 

「なら、次は一番に助けてあげて」

 

『――――――』

 

 アトラはゴンの言葉に酷く驚いたように目を見開きながら考える。

 

 暗黒大陸では優しさとは最も無駄で命取りになりうる感情のひとつであり、唾棄すべき世迷い言の類いある。信じるものは常に自身だけ、他者を蹴落とし、喰らい、踏み潰し、嘲笑い続けた果てに頂点のひとつとして君臨した存在の一体がアトラク=ナクアという個体に他ならない。

 

 そして、そのような頂点としての存在は、暗黒大陸で神と崇められ、アトラもまたかつて神と呼ばれた。そのような者の根本原理とも呼べる理念に干渉するなど、暗黒大陸ならば死をも恐れぬ蛮行に等しい行為であろう。

 

 しかし、アトラは見開いた目を細め、どこか嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべながら文字を浮かび上がらせる。

 

《ええ、いいわ。なにせ"友人"の頼みですものね》

 

「うん、ありがとうアトラ!」

 

 長き時を生きるアトラにとって友人とは、暗黒大陸において神と呼ばれたか、今も神と呼ばれているような数える程の人ならざる念能力者のみであり、それらと言葉を最後に交わしたのも何れ程前のことであったか、覚えていない程昔の話であり、関係もほとんどは殺伐としたもの。

 

 そんな彼女にとって、この世界で出来た最初の友人であり、真っ直ぐで温かなものは久しく忘れていた特別な感覚であろう。

 

 信奉せず、敵意も殺意も向けず、畏れることもなく、気が狂った様子もない。純粋な優しさと想いを向ける存在――それが彼女はただ嬉しかったのだ。

 

 例え、1000年にも満たない付き合いになろうとも。

 

 

 

 

 





アトラク=ナクア その2
・アトラク=ナクア(※括弧内はチィトカアのもの)
【人間への凶暴性】Cー2(B)
【数】E(A)
【繁殖力】E(Bー2)
【破壊力】Aー1(Aー2)
【総合】A(B+)
備考:アトラク=ナクアの総合はチィトカアを内包しているため非常に高い。しかし、アトラク=ナクアとチィトカア共に対策あるいは殲滅しようとした場合の総合ランクであり、放っておくことも出来るため、その場合の総合はE~D程度まで落ちる。



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大蜘蛛の一次試験

 あそぼ。リースXPと申します。ハンター試験の二次試験までは、テンポを考慮して巻きで行かせていただくのでご了承ください。


 

 

 

「えーと……ツバン町の2ー4ー10は……」

 

 快晴の空の下、ナビゲーターのキリコの案内の元、ザパン市にあるハンター試験会場へと三人と一体は来ていた。

 

 船長からザパン市に向かうには一本杉を目指すとよいことを教えられて全員で赴くと、ドキドキ2択クイズや、ナビゲーターのキリコによる課題などが出されたが、全員無事に通過することが出来た。

 

 ちなみにアトラは、クイズでは人間の認識として答えるべきか、虫の認識として答えるべきか考えている内に5秒経ったため、問題の主旨とは全く外れたことを思っていた。そして勢いよくキリコが家から飛び出す一部始終を目にしたが、そもそも見た瞬間から、擬態のプロフェッショナルでもあるアトラの視点では、家族が家族を拐っているという家庭内暴力でもあったかのような光景に見えていたため、見抜く以前の問題であった。

 

 総じて、アトラにとって雇われ試験官の課題は課題として機能していなかったと言えよう。人間向けの試験で、あまり凝ったものを要求されると、価値観の違いが前面に出てくるのである。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そこにあったのはただの定食屋。一見すると――いや、じっくり見ようとも完全に定食屋であった。

 

 ここまで、ほとんどゴンに付き添う形で、特に何をするわけでもなく、ハンター試験を予選から本試験まで進んだ彼女だったが、ここに来てハンター協会の品性を少し疑い始める。

 

「ステーキ定食」

 

「焼き加減は?」

 

「弱火でじっくり」

 

「あいよ」

 

(偽装も兼ねているだろうから多くは言わないけど、せめてもう少しマシな外観は無かったのかしら? お洒落なバーとか)

 

 ナビゲーターが本試験への合言葉を店主に告げる中、アトラはどこかズレたことを考えていた。

 

 するとステーキ定食が置かれた机と椅子のあるエレベーター室に案内され、三人が先に入り、アトラが部屋に足を踏み入れた――瞬間、ガタンと音を立てて数cm部屋自体が沈み込むと共に、けたたましいサイレン音が鳴り響き渡る。

 

「なんだなんだ!?」

 

 突然のことに声を上げるレオリオと、目を丸くするゴンとクラピカ。なんとなく察したアトラが、部屋から出ると、警報は止まる。

 

 アトラは肩を竦めてからホワイトボードに文字を書いて店主に見せる。

 

《重量オーバーね。エレベーターでしょうこれ?》

 

「へ、へい……そうです……」

 

《階段はある? 乗れそうにないからそっちで行くわ》

 

「そこです……」

 

 異様な事態に汗を流した店主が指を指すと、そこはトイレの脇にある用具入れだった。扉を開けてみると、中に掃除用具はなく、代わりにコンクリート作りの階段がある。

 

(まあ、これなら最悪、壁と天井に糸を張りながら降りるか、階段に生命力を通せば壊れないでしょう)

 

《三人はエレベーターで先に行ってて、流石に遅れると思うけどすぐに追い付くわ》

 

 ホワイトボードにそう書いて三人に見せると、アトラはすぐに階段を使って地下を目指す。

 

 ちなみに当然だが、キリコが飛んでゴンらを送った時、アトラは自分で空に糸を掛けて、どこかの蜘蛛男のような動きで飛行しており、かなり浮いていたりするが、当の本人はあまり気にした様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(思ったより時間が掛かったわね……)

 

 約10分後、アトラは階段を降り切って無数の人間がいる地下トンネルの空間にいた。何故か、少しだけ髪がほつれて見え、心労があったように思える。

 

 精々、長くとも10階層程度降りるぐらいだろうと考えていたアトラは、階層にして100階分の階段を下るとは考えていなかったのである。

 

(ひ、人型での階段降りはちょっとハードだったわ……)

 

 それは疲れたといった理由ではなく、あまり慣れない形態での階段昇降は転び掛けるという意味でハードだったのだ。何度もよろめいたり、脚を踏み外したりしながら到着したのである。

 

(ゴンはどこかし――)

 

『おいでませ、アトラ様!』

 

(ら……)

 

 そうして、辺りを見回した瞬間、アトラは緑色の髪をしたアラクネことチィトカアと目があった。スーツを着込んでおり、片手には白に黒で数字が書かれたナンバープレートの入ったバスケットを持っている。

 

『あなた何をしているの……?』

 

『ハンター協会のお仕事ですよ! この私は敏腕会長秘書官ですから!』

 

 人間には聴こえない言語で話すアトラとチィトカア。そのまま、笑顔でチィトカアはアトラに詰め寄ると、バスケットからナンバープレートを渡した。刻まれた番号は"406"番である。

 

『ではまた後ほど! 試験頑張ってください!』

 

 それだけ言うとチィトカアは多脚をシャカシャカと動かして人混みの中へと消えていった。まさか、こんなところでも見掛けると思っていなかったため、何とも言えない表情で見送ってからアトラは別のことに意識を向ける。

 

(さて……と)

 

 そして、チィトカアとの会話を終えたアトラはホワイトボードに文字を書き――10mほど離れた場所で、笑みを浮かべながら明確な殺意と、粘つくような黒紫色のオーラを飛ばし続けている奇術師風の男に対して、見えるようにホワイトボードを掲げた。

 

《何かしら? 待ち人を探しているから手短に頼むわね?》

 

 それを見せたアトラは特に変わりなく、奇術師への嫌悪もまるでなければ、興味も全く抱いていないような様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒソカ=モロウが彼女を初めて目にした時に抱いたのは、如何に見上げようとも決して頂上が見通せないほど巨大な巨木の根本に立ち、雄大さを見ているような感覚であった。

 

 その上、ただの巨木ではなく、根本には洞があり、覗き込めば底がなく、一寸先も見通せない深淵が広がっているような情景がありありと浮かぶ。どちらにしても、それは到底、一個体の生き物に対して覚えていい感覚では決してない。

 

 そして、人間と比べれば、山が丸々動いているような途方もないオーラ量。その上、一本の樹木が静かに聳えるような人間には到底至れない程、無機質で異様に動きのないそのオーラは、最早生物の範疇に収まるような次元のものではなかった。

 

(素晴らしい……♦ なんて素敵なんだ……♡)

 

 それに対してヒソカは恋にも似たような激しい情愛と、隠すことのない殺意を覚える。それによって粘つくような濃い桃色と黒が織り混ざった黒紫色のオーラが溢れ出し、深過ぎる殺意と、狂おしいオーラに当てられた周りの受験者が顔を真っ青にしながらヒソカから引いたため、彼の周りに空間が出来上がった。

 

 ひとまず、会場の雑務をしているチィトカアから無言でナンバープレートの受け渡しが行われる様子を眺め、チィトカアが去ると、すぐに彼女は何故かホワイトボードとボード用マーカーを取り出し、そこに書き込んだ上でヒソカに見せてきた。

 

《何かしら? 待ち人を探しているから手短に頼むわね?》

 

「これは失礼……♣ でも少し僕に付き合ってくれるかい?」

 

《……ちょっとだけなら》

 

 彼女は何故か三点リーダーまでしっかりと書いて答える。そして、話すために彼女が壁際まで移動したため、ヒソカは彼女の目の前まで移動し、後ろの壁に片手を突いたまま口を開いた。

 

「君イイね……とっても魅力的だ♣ この後、僕と一戦どうだい? ああ、でも今すぐにでも殺りたいなぁ…… ♠」

 

 ヒソカがそう言うと、彼女はしばらく固まった後、目を丸くしながら、少し顔を赤らめる。そして、ホワイトボードで顔を隠しつつ、文字を書いて、そのままボードを見せてきた。

 

《これってアレ? ナンパって奴でいいのかしら? やだそんな経験ほとんどないからそれだけで嬉しいわ》

 

「…………うん?」

 

 ヒソカは目の前で何故か片手を頬に当てつつ嬉しげに破顔している彼女に疑問符を浮かべた。彼としては、オーラと殺意を込めて、実質上の宣戦布告を行っていたため、その反応にハテナを浮かべる。

 

 そんな彼に対して、彼女はエルフのような長耳を赤く染めつつ、再びホワイトボードを見せてきた。

 

《まずはお友達からでお願いしますm(_ _)m》

 

 ヒソカは何か違った結果になったと思いつつも、何かしらの関係性が持てたことには変わりないため、ひとまず向こうに覚えて貰えたのではないかと結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えへへ……』

 

「なあ……お前の連れ、ずっとニコニコしたまま紙を眺めてるんだが大丈夫なのか?」

 

「うん、アトラはたまによく分からないことをするだけだから大丈夫。こういうときはそっとしておくといいんだ」

 

「いや、大丈夫なのかよそれ……?」

 

 時は少し進んで、試験官に付いて行くという一次試験の後半。トンネルを抜けて、詐欺師の塒と呼ばれるヌメーレ湿原をゴンと途中で知り合った銀髪の少年のキルア、そして合流したアトラが走っていた。

 

 ちなみに途中でアトラの苦手な階段があったが、階段ではなく、側面の丸く湾曲した壁を走り続けることで解決していた。

 

 そして、これまでの数時間の間、何故かずっと手元の紙を眺めており、ニマニマと笑みを浮かべたままであり、正直キルアとしては不気味に思える程であった。

 

『あら……?』

 

 すると突然、アトラはキョロキョロと辺りを見回し、ゴンと目が合う。それにゴンは待っていたとばかりに"お帰り!"と声を掛け、少し間を開けた後、アトラはホワイトボードをゴンらへと見せる。

 

《あれ? トンネルだったわよね? ここはどこ? 隣の子は誰かしら?》

 

「何も覚えてねーのかよ!? 随分前に自己紹介しただろうが!?」

 

「アトラはひとつのことに集中すると中々戻って来ないんだ」

 

 目を点にしてハテナを浮かべているアトラにツッコミを入れるキルア。そして、キルアにとっては二度目の自己紹介をアトラと交わした後、彼女になぜ紙を見ていたのか質問すると、彼女は聞いて欲しかったと言わんばかりに笑みを強めて、ホワイトボードとマーカーを取り出した。

 

《私、生まれて初――》

 

 そこまで書いた瞬間、アトラは"初"という文字を素早く消して、そのまま文字を書き足したが、ボードを見せられている二人は特にツッコミを入れることはなかった。

 

《――本当に久し振りにナンパされたのよ。だからなんだか嬉しくなっちゃった》

 

「へー、そうなんだ。受けたの?」

 

《いいえ、私は尻軽じゃないわよ。まずはお友達からね》

 

 そう言ってチラリと二人に見せてきた、これまでずっと見ていた紙には、ホームコードとメールアドレスが記載されていた。

 

《試験が終わったら携帯買わなきゃ》

 

(それはナンパを受けたって言うんじゃねーか……?)

 

(アトラに新しい友達ができたならよかったなぁ)

 

 その後、しばらく三人で他愛もない会話をした後、混乱に乗じてヒソカが無差別に殺すという事と、レオリオの野太い悲鳴を聞き取ったことで、ゴンが一目散にそちらへと向かい、それに付き添う形でアトラも行ったため、キルアだけがその場に残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒソカは試験官ごっこを始め、その場にいた受験者を粗方殺したところで、彼自身の言う"青い果実"であった三名の受験者は合格にした後、ポツリと呟いた。

 

「待たせたかい?」

 

《別に。ゴンとそのお友達に手を出すようなら私も手を出していたわ》

 

 アトラはホワイトボードではなく、宙に糸で文字を浮かべる。

 

 ゴンとクラピカと気絶したレオリオの目の前に、ヒソカと同様に突如として現れたように、二人には見えた。それだけで二人の目にはアトラは同格以上に映ったことだろう。

 

 アトラは気絶したレオリオに目をやると、少しだけ微笑ましいものを見るような顔を向けた後、自身の念能力を発動した。

 

("灰色の織工(グレイ・ウィーバーズ)")

 

 念じながら自身の口に手を添えて、吐息を吐き掛けるように口から糸を吐き出すと、それは即座に編み込まれて形を取り、灰色の糸で出来た2mほどの羊毛フェルトの作品のような蜘蛛が現れた。

 

 1秒ほどで作られ、妙に凝った造形のそれは、ヒソカに殴られて気絶し、地面に伏せているレオリオを背中に乗せると、そのまま走って行き、途中で止まると手芸らしいつぶらな瞳で、ゴンとクラピカを眺めた。

 

《二人ともアレに付いて行って先に二次試験会場に向かって。私は少しヒソカに話があるわ》

 

 二人は少しだけ躊躇する素振りを見せたが、アトラのあまりにも自然体で堂々とした佇まいから、その場を彼女に任せて去っていった。

 

(あの蜘蛛は念獣ではなさそうだ……♦ とすると糸を媒介にした操作系の念能力か♧)

 

 ヒソカは発生速度、大きさ、込められたオーラなど極めて高水準だと考え、更に製作の簡易さから相当数を同時に出現させられるのではないかと考える。また、発生機序に編み込みも行っていたこと、レオリオが丁度乗るサイズを形成していたところから、サイズの大小選択も自由に出来るのではないかと予測を立てた。

 

《もったいないわね》

 

 するとヒソカが殺した受験者たちを眺めながら、アトラはそんな文字を浮かべつつ一体の死体を持ち――。

 

 

 明らかに異常に口と喉を膨張させながら頭から丸呑みにした。

 

 

 その瞬間、アトラの体内で死体は途方もない圧力で押し潰され、肉と骨が粉砕される異音が響き、結果として自身と同等の大きさの生物を食しながら全く外見上の変化はない。数秒で人間ひとりを食べきったアトラは、目を点にしながら唇に片手の人差し指を当てつつ、空に文字を書いた。

 

《全部食べていい?》

 

「……ご自由に♤」

 

 見た目からオーラまで人間ではないことは明白だったが、それでも人から外れ過ぎた食事行動と価値観に少し驚きつつも、興味深そうにヒソカはアトラの食事風景を眺めていた。

 

《ごちそうさま》

 

 全ての死体をペロリと平らげたアトラの食事は一分足らずで終了し、どこで覚えたのか手を合わせていた。妙に行儀がよく微妙に外れたマナーの守り方をしている様子が伺える。

 

 そして、彼女は少しだけ地面に残った血濡れのトランプを眺めてから、ようやくヒソカに向き合うと、小さく肩を竦めてから空に文字を書いた。

 

《あなた、私と戦いたかったのかしら?》

 

「――! ああ、その通りだよ♣ 受けてくれるかい?」

 

 それに対してアトラは、これまでとは打って変わり、見飽きたビデオを見るようなつまらなそうな表情へと変わる。そして、溜め息を吐くように肩を上下させた後、文字を浮かべる。

 

《それは私と一対一で命のやり取り、純粋な勝負をして欲しいということ?》

 

「そうだね♥ 是非とも♦」

 

《ふーん……あなたは死を望んでいるの?》

 

 それに対するアトラの回答は酷くぶっきらぼうで簡素なものだった。

 

「強いて言えば、僕は自分が最強だと証明したいんだ♠」

 

《それなら、尚更私は今のあなたと戦いたくはないわね》

 

 アトラは更に文字を浮かべる。

 

《あなたが欲しいものはただ勝つことでしょう? 残念だけど、それなら今のあなたが私から単純な勝利を得ることは決してないわ。だから、せめて私に勝てるようになってから前に立ちなさいな。それまで私はずっと待つわ》

 

「ククッ……そこまで言われると流石に傷つくなぁ♣」

 

 つまりアトラはこう言いたいのだ。"お前では絶対に私に勝つことは不可能だから出直せ"と。ヒソカは戦いを拒否されることは数多あったが、真っ正面から弱い者とは戦いたくないと言われることは初めての経験であった。しかし、確かに彼女にはそれを言えてしまえるだけのオーラ量を持つため、一切嫌みなどではないことも窺える。

 

 それと同時にアトラの態度にも合点が行く。そもそも彼女は自身が強大過ぎるため、ヒソカを含めたおよそ人間全てを前提として敵になるという可能すら一切考慮していないのだ。

 

《弱肉強食の掟ならば喰い殺しましょう。遊びなら付き合いましょう。しかし、勝負となれば話は別だわ》

 

 そして、何よりヒソカが驚いたことは、想像よりも遥かにアトラク=ナクアという怪物は武人であり、聡明であったということだろう。

 

《私は常に勝ち、誰にも負けず、尚且つ私の前に誰も負ける者はなく、全てが勝利する。それこそが常勝、本当の勝利。そうしてきたから今の私がいるのよ》

 

 勝負においては自分が勝った上で、相手は負け、しかし相手にとっては得るものがある戦いしかしない。そのため、一方的な勝利は勝利とはいえない。暗黒大陸の覇者たるアトラにとって、勝負とはそのように優しくも、神聖ですらあるものなのだろう。

 

《あなたのような力の求め方では、決して本当の勝利を得ることはできないわ》

 

「言ってくれるね……♢ なら遊んでもらうことにするよ♣」

 

 そう言ってヒソカは、彼女と会話中に胴体に貼り付けていたガムとゴムの性質を持つ『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を一気に縮めた。全くこちらを警戒していない彼女に貼り付けることは欠伸が出るほど簡単な話だったと言える。

 

 そして、アトラと自身の手首に繋がる『伸縮自在の愛』は急激に縮んで弦のように張った直後――。

 

 

「――――!?」

 

 

 一切、体を動かしておらず、練すらしていない自然体のままのアトラを1mmすら引くことが出来ず、逆にヒソカが自身の念能力によって彼女に向かう形となった。

 

 彼は預かり知らぬところであるが、アトラク=ナクアという巨大生物の重量は無論、"トン"単位であり、見た目が人型だからと言って、念能力で姿を擬態しただけのため、一切それに変化はない。初めから、彼の念能力が直接的に通じるような相手ではなかったのだ。

 

 また、少しでも彼女が戦闘体勢を取っていればヒソカもこのような事態を想定し、即座に『伸縮自在の愛』を切れただろう。しかし、結果的に切るタイミングが僅かに遅れ、それはあまりにも身体・精神共に致命的な隙を生む。

 

「な――」

 

 ヒソカは『伸縮自在の愛』が切れて尚、全く同じ勢いで己の首を中心に引き寄せられたのである。(ギョウ)をした状態でも現象の理由が全くわからない彼だったが、ある瞬間に光の反射が見えたことで理解できた。

 

 それは(イン)で隠された上に、(ギョウ)をして、目を凝らせば僅かに光が反射して見える程度の0.01mmにも満たない極細の糸であり、真っ直ぐにアトラの片手の人差し指に繋がっていたのである。

 

(冗談だろ……? ククッ……こんなのタイミング以前に人間に認識できるわけがないじゃないか……♢)

 

 せめてもの抵抗に手にオーラを纏わせた手刀で、極細の糸を断ち切ろうと腕を振り――。

 

 自身が糸を通り過ぎさせた場所から先の腕が、離れていくのが見えた。振るった自身の腕が、まるで糸の強度に勝てず、異常に鋭利な切り口で切断されたのである。

 

(その上、切れ味までとんでもないな……♣ ということは――)

 

 今、首に掛かっている糸も当然、同じ切れ味を持つ。つまりは本当に彼女は如何なるタイミングでも、即座にヒソカを殺すことが出来たのだ。

 

(彼女……それだけ馬鹿げたオーラで、技量を極めたタイプの念能力者なのか……♡)

 

 勝負になろう筈もないという意味を彼は痛感する。だから彼女は遊びなら付き合うと言ったのだ。元より、彼女が本気で殺そうとすれば、人間に対しての戦いなど始まる前の小細工だけで決着がついてしまうのだから。ジャブで殺せる者に遊び以外出来よう筈もないだろう。

 

(ああ……嘘だろ……こんな……こんなことになるなんて――)

 

 そして、ヒソカは抵抗も出来ずにアトラの目の前まで引き寄せられ、彼女の小さく引き絞られた拳が放たれる光景をスローモーションのように酷く遅く感じる。

 

 

『狂気も行き過ぎればギャグになるってことね。お分かり?』

 

(君に恋をしてしまいそうだ……♥)

 

 

 ヒソカがアトラの拳を顔面に喰らって意識を失う直前、最後の言葉は視覚ではなく、やや低めの女性の声が脳裏に直接響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、アトラお帰り!」

 

「げっ、やっぱり来て――ヒソカ!?」

 

「はぁ――!?」

 

「冗談だろ……ヒソカが赤子のように……」

 

《ただいま、みんな。あ、コレ私の新しいお友達ね》

 

 その後、アトラは気絶したヒソカを肩に担いで二次試験会場にしっかりと現れたのだが、その表情は真っ正面から拳を受けて酷い打撲傷になっていたにも関わらず、これ以上ないほどに恍惚とした顔に歪んでいたという。

 

 ちなみに切断された腕はその場でアトラが縫合したため、ヒソカの損傷は顔面の打撲のみであった。

 

 

 

 






※虫の求愛行動は雌に自分の強さをアピールすることが非常に多いです。加えて、別にこの小説ではヒソカルートではありません。後、アトラさんの勝負への姿勢は、私が子供の頃にやったゲームで影響を受けたとあるキャラを投影しております。そこそこ古いので多分、今の子はあまり知らないでしょうなぁ……。


Q:人間形態のアトラさんの見た目について(感想欄から)
A:好きに想像して大丈夫ですが、分かりやすく例えると。異世界食堂のクロを大きくした感じや、fateのセミラミスにもう少し身長を足した感じがベースに人外っぽさを加えたようなものだと思ってください。アトラク=ナクアの初音姉様をより人外っぽくした感じでもいいですね(懐かしい)。

Q:なんでアトラさんはナンパされた経験がないの?
A:暗黒大陸的に例えるとキメラアントの王を無能力者の女性がナンパするような難易度の相手。

Q:山みたいなオーラって念能力者から見るとヤバ過ぎない?
A:念能力者がオーラを見ると、ゴンくんがサイコガンダムと並んで歩いているみたいに見えます(ギャグの領域)

Q:アトラさん強過ぎない……?
A:暗黒大陸最上級、要するにHUNTER×HUNTERの星で上から数えた方が遥かに早い念能力者が、念すら一部しか使えない者たちの住みかに、とりあえず数千年ぐらい観光に来てるだけだからね。仕方ないね。

Q:どうしたらアトラさんを倒せるの?
A:ゴジラに木刀で挑んで勝てるなら誰も苦労しません。素直に化け物には化け物をぶつけましょう。


アトラク=ナクア その3
・念能力
灰色の織工(グレイ・ウィーバーズ)
 操作系念能力。自身の糸を手芸のように小さくまとめ、人間の手乗りサイズから、自身を遥かに超えるサイズまで大小様々な糸で出来た蜘蛛のぬいぐるみを作製する。また、ぬいぐるみから一定範囲の円を行うことも可能なため、一切防御を緩めずに円をしつつ戦うような芸当も出来る。同時出現数及び操作数は不明。それらは当然、自前の糸なので『蜘蛛糸・大化生(ねんし・だいけしょう)』が適用され、能力の応用範囲は極めて広い。
 基本的にアトラク=ナクアという怪物は、純粋な操作系念能力である『蜘蛛糸・大化生(ねんし・だいけしょう)』と『灰色の織工(グレイ・ウィーバーズ)』の応用力の高さで暗黒大陸をのしあがった人ならざる武人であり、ヒソカとほぼ同じような戦闘特化型の念能力者である。裁縫も巧い。



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大蜘蛛の二次試験


 あそぼ。リースXPです。ご好評なようで何よりです。暇潰しに少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 

 

 

 

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 

 

 現在は二次試験の後半。美食ハンターのメンチとブハラが二次試験の試験官を担当し、前半でブハラが、このビスカ森林公園にいる豚の丸焼きを要求し、約70頭のグレイトスタンプを食べ終えて、後半のメンチに交代したところである。

 

 しかも、ニギリズシしか認めないらしく、この世界に来て日が浅い上に諸事情でアトラにはちんぷんかんぷんな話であった。

 

《困ったわ……人間の食べ物なんてわからないわよ》

 

「アトラ、肉食動物だもんね」

 

 というのも人間は雑食性だが、アトラの種族であるアトラナート族は肉食性の生き物のため、食形態がまるで異なる。また、味覚に関しても鈍く、濃いや薄いといった簡素な味しかわからない。故に人間の食べ物な上、明らかに特殊そうなものをアトラが作れるどころか、知っている筈もないのだ。

 

(こんな事ならチィトカアから取っておくべきだったわね)

 

 ちなみにアトラは長い時を生きているうちに爆発的に体の燃費が向上し、今では数十年から数百年程なら食事をしなくとも生きられる存在と化しているため、そもそも食事自体ほとんど必要もない。そのため、彼女がこの世界に来てから頻繁にモノを口にしている理由は、単純に腐らせるのはもったいないからと考えているからだけだったりする。

 

(まあ、でも――)

 

 アトラがチラリと辺りを見回せば、受験者たちは皆ハテナを浮かべた様子であり、寿司が何か知っていそうな受験者は、課題を言われてから嬉々とした笑みを浮かべているスキンヘッドの受験者ぐらいのものなので条件は同じに見える。

 

 そんなことを考えていると、クラピカが魚を使った料理だということを呟き、それをレオリオが大声で拡散したため、受験者は一斉に動き出す。アトラはそれを遠目で眺め、まだ動かないでいた。

 

「アトラは行かないの?」

 

《魚料理ということがわかっただけで、ニギリズシとやらが作れたら全員合格するわよ》

 

 ホワイトボートに書いた文字をゴンに見せつつ、試験官のメンチが座るテーブルを眺めれば、二本の棒が置かれ、隣に小皿に黒い液体が注がれており、緑色の何かも添えられていた。

 

(食べ物を棒で摘まんで黒い奴に浸けて食べるのかしら? なら緑っぽいのは薬味? 何れにせよ小皿より大きな食べ物ということはなさそうね)

 

《ゴンとキルアちょっと集合》

 

「……? なにアトラ?」

 

「なんだよ……?」

 

 何かを思い付いたアトラは、二人を引き連れてメンチの前までやって来る。自然体のままの彼女であったが、試験官の反応は明らかに引いており、明らかな緊張が見られた。

 

「な、なによ……?」

 

 メンチはそれだけ言い返すのが精一杯であった。何せ自身が数百、数千人居ようとも決して届かないような途方もない顕在オーラを放っている生粋の化け物である。これで少しでも邪悪なオーラを放ち始めたり、明らかな殺意が向けられたのならば、試験官を放り出して一目散に逃げ出しても何も可笑しくないだろう。

 

 幸いと言うべきは、今のアトラのオーラの性質は樹木のように全くの無害であり、殺意の欠片もない様子なことだろう。

 

 しかし、考えてもみて欲しい。仮に深い海でダイビングをしているときに、突然自身のいる真下に広がる深淵のような黒い海底から、全長数百mはあろうかというクジラに似ているが見たこともない種類の哺乳類が現れ、数mという距離まで近づいてきた上で、大きな瞳でじっと見るという行動をされた場合、果たして、見られた側は恐怖せずにいられるのかという話だ。

 

 ほとんどの受験者は幸いだろう。何せ念を知らないため、彼女を目で見える姿のままの魔獣として認識出来るのだから。しかし、念能力者にとっては怪物以外の何物でもないのである。

 

 仮にこんな化け物に喜々として戦いを挑めるような者がいるなら、狂っているとしか言いようがないとメンチは冷や汗を流していた。

 

《ちょっと失礼》

 

 するとアトラはホワイトボートにそんな文字を書いてメンチに見せてから、黒い液体が入ったボトル――醤油差しと、それの脇に置いてあったチューブ――ワサビを手に取った。

 

 他の受験者ならばメンチは何か言っていたところだが、流石にこの怪物の行動を阻む勇気は湧かなかった。

 

《二人とも"あー"って言って貰えないかしら?》

 

 その頼み通り、二人が口を開けた瞬間――。

 

 

 アトラは目にも止まらないほどの速度で、ゴンの口に醤油差しから醤油を垂らし、キルアの口にチューブワサビを捻り出した。

 

 

 

「ぶぇっ!? しょっぱ!?」

 

「ッ――――――!?」

 

《感想よろしく》

 

「酷いよアトラ!?」

 

「お前ふざけんなよ!?」

 

《どうどう》

 

 アトラは自分でやっておいて、詰め寄る二人をなだめようとしていた。そして、すぐにホワイトボートに言い訳を書き出す。その表情はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべており、妖艶な表情にあどけなさが追加され、えも言われぬ美しさがあった。

 

 そのままの表情で、彼女は更に文字を書く。

 

《だって私、味は濃いか薄いしかわからないもん。草食すると体調悪くなるから得体の知れないものは食べれないもん》

 

「もんじゃねーよ! せめて言ってからやれよ!?」

 

《ごめんなさいね二人とも。アメちゃんあげるわ》

 

「いらねーよ!? つーかせめてもうちょい子供向けのアメを持ってろよ!?」

 

《ああん》

 

「アトラ、これ全然甘くないよ……」

 

 特に涙目で鼻を押さえているキルアが詰め寄っている。アトラは申し訳ないと思ってはいるのか、この世界に来てから持ち歩き始めた肝油ドロップを差し出したが、ゴンは受け取り、キルアは突っぱねた。ちなみに甘味が付いていない薬用タイプの肝油ドロップである。

 

《で? 味は?》

 

「スゴくしょっぱかったよ……」

 

「どうもこうもねーよ……鼻になんかスゲー来た。毒より毒みてーだったぞコレ……」

 

(ふむふむ……どちらにしても口や鼻をさっぱりさせるためかしら? それにこれだけ過剰に反応するとなると、よほどに臭みを消したいと見えるわね。多分、調理済みの食材にはここまではしないだろうし、魚は生でそのまま使うのかしら?)

 

《食事道具から大きさは一口大。浸けタレと薬味の味から使う魚はたぶん生魚。後は幾つか候補は考えられるけど、ニギリっていうのだけがよく分からないわね》

 

「え……ああ、そっか全然考えてなかった」

 

「な、なんだよ……ちゃんと試験やってんのか」

 

 二人の漠然とした感想を聞きつつ、アトラは今のところある情報から推測したものを二人に見せて、情報を共有させる。

 

《ありがとう》

 

 そして、一言お礼を書いて、醤油差しとチューブワサビをメンチに返すと、三人は魚を取りに試験会場の外へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……メンチ?」

 

「なによ……?」

 

「たぶん、あの406番が受験者の中で一番、注意深く考えてメンチの試験に取り組んでるよね……」

 

「………………そうね」

 

 アトラが再び現れたとき、少なくとも受験者の中で最もニギリズシに限りなく近い別の何かを提出してくることが考えられるため、その場合の対応を考え、メンチは頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーん……』

 

『ピー!』

 

 青空の下、いつの間にか頭にカワセミを乗せたアトラは、とりあえず手当たり次第に採ってきた川や沼の魚介類をザル一杯に乗せており、その隣には既に出来上がったとおぼしき、ニギリズシなるものの試作品が4個あった。

 

 まず前提として、匂いの少なく筋の少ない部位の生魚の切り身を全て使い、何故か調理場に沢山あった黒緑色で薄い海草を干した物の匂いがする何かも使っている。

 

 ひとつ目は生魚の切り身を中心に入れてお米で囲んで握り、黒緑色の何かで全面を覆ってみたもの――オニギリ。

 

 ふたつ目は黒緑色の何かにご飯を乗せてその更に上に生魚の切り身を乗せ、巻いて輪切りにしてみたもの――マキズシ。

 

 みっつ目は一口大のご飯の上に魚の切り身を乗せ、その周りを黒緑色の何かで囲ってみたもの――グンカン。

 

 

 そして、4つ目は――。

 

 

「アトラ、なにこれ……?」

 

「なんか泡立ってんだけど……?」

 

《私の故郷の郷土料理よ》

 

 それはペットボトルに並々と入った黒々として粘性がある液体であり、表面でキチン質の何かが浮き沈みしている石油タールのような物体。既に人肌まで冷えているにも関わらず、絶えずマグマのようにゴポゴポと泡立っている姿が特徴的な――形容しがたい何かであった。

 

「………………食べれるの? 気持ち悪いぐらい匂いがしないんだけど?」

 

「ぜってやべー奴だろ……」

 

《失敬しちゃうわ。ちゃんと料理よ、料理。後、さっき採った川の幸しか使ってないわ》

 

 明らかに食べ物に向ける反応ではないゴンとキルアにそう書きつつ、アトラはペットボトルを傾けて中身を飲む。排水溝を詰まらせそうなほどの粘性を持つ見た目をしていたにも関わらず、どういうわけか傾けた瞬間に水のようにサラサラと流れ、彼女の喉へと入っていった。

 

『ぷはっ!』

 

 そして、炭酸飲料をイッキ飲みした後のような仕草と反応をしたアトラは、すぐに糸で文字を書いた。

 

《うん、濃い!》

 

「あはは、濃そうだね……」

 

「俺は何されても飲まないからな?」

 

《あらそう? とりあえず先にダメ元で行ってくるわね》

 

 二人は食文化や食形態の違いを体験しつつ、4つのニギリズシなるものを全て持って試験官の元へ向かうアトラを見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《作ってみたわ》

 

 今のところ誰一人としてニギリズシの正しい形を提出してきた受験者がいない状態。

 

 ニギリズシの形になっていればというメンチの祈りは届かず、アトラが持ってきた物は、オニギリ、マキズシ、グンカン、謎の黒い飲料の四種類であった。

 

(惜しいッ! 惜し過ぎる……!)

 

 三種類は絶妙にニギリズシを掠めるように外しており、それが3つも合わされば最早、狙ってやっているようにさえ思えてしまう。ちなみにアトラとしては、単純に一口大のご飯に切り身を乗っけただけで料理と言えるのだろうかと考え、何故か調理場に沢山用意されていた黒緑色の何かこと海苔も使おうとしたため、あえて避けていたので、強ち間違ってもいない。

 

 そのまま言えば"あとすこしです。頑張りましょう"ぐらいの評価であり、もう一回並ばせるところである。しかし、明らかに他の受験者とは異なる洞察力及び観察眼と未知のモノへの挑戦する姿勢、そして目の前に立たれているだけで雪崩が眼前に迫るような危機感を抱く量のオーラにより、どうにか合格させなければとメンチは考える。

 

《ドキドキ……ドキドキ……》

 

『ピー!』

 

 尤も当の本人はホワイトボートにそんな文字を書きながら待つ程度には試験を楽しんでおり、川で魚を取るときに頭に乗ってきたカワセミをそのまま乗せ続けている。カワセミはよほどに居心地がいいらしく、我が物顔でアトラの頭で脚を畳んで座っており、メンチとはまるで対照的にリラックスした様子に見える。

 

 そんなカワセミに少々殺意を抱きつつ、少なくとも食べなければ始まらないため、グンカンの海苔を剥がし、無理矢理ニギリズシにすることにした。

 

(なにこれ……)

 

 直後、シャリとネタに目をやったメンチは驚愕に目を見開く。

 

 何故ならばシャリは工場で作った機械部品の如く、寸分の狂いもなく完全な楕円形をしつつ米の一粒一粒が全く潰れておらず、ネタは有り得ないほど細く精密に繊維方向に切られ、一切ネタを痛めていない。いっそのこと、気持ち悪いと言ってしまえそうな程、魔法のような完成度であった。

 

(あ、あそこにあった道具だけで、どうやってこんな……)

 

 ちなみにアトラは調理の全てを手という名の全身を覆う蜘蛛糸を操作して行っているため、このようなことが出来ている。シャリの作り方は糸を型にして作り、ネタの切り方は長年の経験と細胞を潰さないレベルまで細くした糸を剣のように扱って行っていた。

 

「あ、アナタ……料理はするの?」

 

《えーと、2万年ぶりぐらいかしら? 私、基本は生き餌だから料理しないし》

 

(冗談よね? うわ……シャリにも全く熱が移ってないし……)

 

 それは単純にアトラが変温動物なので、外気温度と大差ない体温だからである。

 

 恐る恐る彼女はグンカンだったニギリズシを口に運び、咀嚼した。

 

(……………………美味いというよりも、(うま)いわ……)

 

 それはハッキリ言ってメンチからすれば料理ではなかった。

 

 例えるなら人智を超えた技術で作られた寿司握りマシーンである。そこに職人の技などはなく、機械による超絶技巧でもって造られた電子部品そのもの。人間には決して不可能なレベルの技術を持ちながらも、どういうわけか、そこに料理人として大切なモノが致命的なまでに伴っていないため、酷く無機質に感じる。

 

(惜しい……惜し過ぎるわよこんなのッ!? これに料理人としての意志が加われば、すぐにだって世界最高の料理人になれるだけの素質があるわ!?)

 

『――――!?』

 

 そう考えた瞬間、メンチは気づけばアトラの手を取っていた。突然、手を握られたことで驚いた彼女の体が少し跳ね、頭に乗ったカワセミも驚いて飛び立つ。

 

 これよりメンチはアトラのオーラと、彼女の人格などを完全に切り離し、目の前にいる巨大な新芽を正しく育成出来た場合の利が勝り、明らかに態度が変容し、元の性格を取り戻す。

 

 無論、その原動力はアトラに料理を覚えさせ、誰も味わったこともないような未知の料理を作らせて、自分が食べたいためという彼女らしい理由に他ならない。それにより、彼女の探求心は死への忌避と無意識の恐怖を超越した。

 

「アンタ! 美食ハンターになりなさい! アンタなら絶対に最高の美食ハンターになれるわ! 私が保証するわよ!」

 

《 ( ゚д゚) 》

 

「なにそれ、どういう反応の絵よ? っていうかアンタ喋りなさいよ」

 

《 ( ゚д゚ ) 》

 

 ちなみにアトラが使う共通語は、チィトカアの記憶から吸出したため、妙な顔文字などはネットにも大変明るいチィトカアの知識であり、それの元ネタなどは一切知らないまま使っている。なので俗に言うところのにわかである。

 

《喋れないの。後、私人間よりずっと味覚が鈍いから人間の料理をマトモに作るなんて無理よ?》

 

「ああ、なるほど……それであの味になったのね。わかったわ、それなら私がみっちり教え込めば何も問題ないわね!」

 

《待って、問題しかないから待って》

 

 一度踏み込まれたメンチのアクセルは止まらず、根は優しく気を使って反抗してこないアトラの性格に、メンチの性分は、悪い意味であまりにも相性のいい噛み合い方をしたため、アトラはメンチの勢いに負けた。

 

《ねぇ、それよりも私は合格なのかしら?》

 

「合格も合格! 満点はあげれないけれど85点よ!」

 

《あら? そうなの》

 

 話題を変えるためと、抱いていた疑問を伝えたアトラは一先ず安堵する。

 

 そして、ゴンのことが気になったついでに他の受験者に目をやると、彼女が提出したニギリズシと似たような見た目のものを皿に乗せていた。どうやらメンチとやり取りをしていた時間が長く、明らかに様子がおかしかったため、他の受験者は真似ていたらしい。

 

《ところでもうひとつ質問なのだけれど、私以降の受験者はどうやって合格判定をするのかしら? 私が正解を提出したことで、当然の他の受験者は私と同じようなものを整えて持って来る……いえ、既に持ってきて並んでるみたいだけど?》

 

「あ゛あ゛ん? どいつもこいつも馬鹿のひとつ覚えみたいに……ずぶの素人とアンタじゃ天と地程の差があるっつーの! ならもう味ね! 見た目が同じならそうするしかないじゃない!」

 

《えっと……評価基準が途中から変わるのは試験的にマズいんじゃないかしら?》

 

「ハンター試験の合否なんて、試験官の匙加減のひとつで幾らでも変わるのよ」

 

《そうなの?》

 

「そうよ」

 

《そうなのね……》

 

 果たして美食を生業とする者に料理経験が無さそうな方々が作った料理を美味しいと言って貰えるのだろうか? 

 

 そんな当たり前の疑問を覚えつつ、ゴンにとてつもなく悪いことをしてしまったのではないかと思いながら、顛末を眺めることにしたアトラなのであった。

 

 

 

 

 

 







ー黒い液体のその後(全く読まなくていい部分)ー




「そういえば……」

 ふと、メンチはこれまで無意識的に避けてきた4つ目のニギリズシとして彼女が出したペットボトル入りで、キチン質の何かが浮き沈みし、常に泡立つ黒いタール状の液体が目に入る。

「これはなに?」

《私の故郷の郷土料理よ》

「ふーん……ユニークね」

 見た目は少々問題があるが、そのような見た目の物体が食べ物として存在することをメンチは記憶していなかった。すなわち、未知との遭遇である。

 故に美食ハンターとして手を出さない理由はどこにもなく、彼女は匂いだけ確認した後、ペットボトルに口を付け、傾けると中身を飲み込んだ。

「――――――――――」

《美味しい?》

 その瞬間、メンチはペットボトルを(あお)ったピタリと停止する。そして、ぶるぶると明らかに異様な震えをし始め、目の瞳孔の開閉をランダムに繰り返し続けた後、急速に目の光が消えていった。

「お、おいメンチ……大丈夫か?」

《在り合わせの材料で久しぶりに作ったから、口に合うといいのだけれど……》

 流石に黙って見ていられなくなったブハラがメンチの安否を確認するが、彼女からの反応はなく、それどころか瞳に夜空の星々ような異様な光が灯る。そのまま、誰に言うわけでもなく、星のない真昼の空をじっと見つめながら口を開いた。


「宇宙は空にあったのね……」


 意味のわからない奇っ怪な言葉を最後にメンチは地面に崩れ落ちる。そして、全てを悟ったような表情になった後、瞳の中の星々が消えると、憑き物が取れたかのような優しげな表情で眠るように瞳を閉じた。

「メンチー!?」

《あら……? ちょっと大人な味付けだったかしら?》

 その後、数十秒経って目覚めたメンチは何事もなかったかのように立ち上がり、試験を再開した。そのときの体験で感じたことを彼女は、終ぞ誰にも話すことはなかったという。








ーその他ー

キチン質の何かが浮かんだタール状の液体
 アトラの郷土料理、すなわちアトラナート族の料理。アトラ曰く『濃い味』。チィトカア曰く『いいえ。私は遠慮しておきます』。メンチ曰く『ガイアが私にもっと輝けと囁いてくる味』。味の向こう側に行けるらしい。しかし、無事に戻って来れるかは別のお話。

Q:アトラさんってなんか雰囲気によく流されてない?
A:根が優しくてチョロい。後、かりちゅま。





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大蜘蛛と飛行船

 あそぼ。リースXPです。内容を精査しつつ書き直してやっていたら1万字を超えたので少々時間が掛かりました。すみません。







 

 

 

 結局、メンチがアトラと同等かそれ以上の味を求めたため、合格者がアトラ1名のみで二次試験は終了。試験官に歯向かった受験者1名が吹き飛ばされた。

 

 その後、合格したアトラがどのような経緯でニギリズシを作ったかを例に上げ、未知へ挑む気概が全く足りないことを言い放つと会場は、明らかな不満の色を示しつつも、言い返すことはできない様子だった。

 

(んー……)

 

 そんな最中、一見そうは見えないが、受験者の中で誰よりもメンチに対して殺気を向け、次の瞬間には行動に移しても何ら不思議ではない様子のヒソカを見て、アトラはどうすべきか悩む。

 

(メンチは気にしてないみたいだけど……ヒソカ()、放っておくと手当たり次第に暴れかねないんじゃないかしら? 少なくともこの中では彼が一番強いのに誰が止めるの?)

 

 自身を例外に置きつつも、基本的には暗黒大陸らしい弱肉強食の思考がベースになっているアトラは、若干ズレつつ殺伐とした疑問を覚えていると、遠くの空に浮かんでいた飛行船がかなり近づいて来ている様子が目に入った。

 

 

『それにしても、その試験課題はちとキビシすぎやせんか?』

 

 

 それはハンター協会の審査委員会の飛行船であり、そこから拡張機で老人の声が響く。

 

 場が騒然となる中、飛行船から今の声の主である白髪の老人と、一次試験の前にナンバープレートを渡す係をしていた緑髪のアラクネ――チィトカアの二人組が飛び降りて着地した。

 

 優に数百mの距離を落ちたにも関わらず、損傷どころか衣服の乱れひとつない二者に驚愕する受験者だったが、最も驚いていた者はメンチであり、受験者の二人が誰かという疑問に対してポツリと呟いた。

 

「審査委員会総責任者のネテロ会長と、審査委員会の副責任者で"三ツ星(トリプル)ハンター"のチィトカアよ……」

 

 ハンター協会会長に、三ツ星ハンターという凄まじい組み合わせに受験者は絶句にも近い様子だった。

 

「はい、どーもどーも皆様! アイザック=ネテロと、その秘書官の"征服(コンキスタ)ハンター"のチィトカアでございます! 他のチィトカアを知っている方々はビーンズの嫁のチィトカアということで、チマメちゃんとでもお呼びください!」

 

 妙にテンションの高い蜘蛛の魔獣のチィトカアはそんなことを言いつつ、ネテロ会長を置いて、虫特有の多脚移動で地を駆け、すぐにメンチの前までやって来る。

 

 そして、これまでの態度を一変させ、酷く冷めた様子と視線に変わり、それに当てられたメンチは身を強張らせた。

 

「こんにちは。何故ここに私たちが来たのかおわかりになりますでしょうか?」

 

「それは……」

 

 見た目こそメンチとチィトカアは同じ年代に見えるが、メンチの縮こまった様子からそれが全く当てになっていないことは明白であった。

 

「実に困りますねぇ、メンチ様」

 

「はい……」

 

「この際、メンチ様が何を受験者に問いたかったのかは一先ず、置いておきましょう。確かにハンター試験は当然、試験官の匙加減で合否が決まって然るべきですが、最初に設定した合格基準を1名が合格した段階で放棄し、新たに高過ぎる基準を設けて試験を行なわれては、著しく公平性を欠きます。個人の能力により、差はあれど基準は絶対でなくてはなりません」

 

「はい……」

 

「美食ハンターを名乗っているのなら、メンチ様自身が美味しいと感じられるような料理を出せる料理人が、世界を探しても一握りしか存在しないことは自覚していることでしょう。難易度としてはDランク相当といったところでしょうか? しかし、そもそもそれがハンターになる前に必要だと本気で考えているんですか?」

 

「考えていません……」

 

「難しい試験課題を課すこと自体は構いません。しかし、不可能な課題を出されるのは困ります。しかもそれを行った原因が、最初に合格した方のものと比べて料理とも呼べなかったからや、受験者に殺気を向けられ続けたからといった私情。それで全体の難易度を上げられては、毎年命懸けで参加している受験者の方々に申し訳が立たない上、今後の試験官の質の低下にも繋がりかねません」

 

「返す言葉もありません……」

 

「ほら、突っ立ってないで会長もなんか言ってやってください」

 

「それ以上、年下のハンターをいじめるでない。大人げない奴じゃのう」

 

「ちょ!? どっちの味方なんですか会長!」

 

「だって、ワシの言いたいこと概ね言われたもん」

 

「酷い!? いい歳してもんじゃねーですよ!?」

 

「オメェにだけは言われたかねーよ」

 

 その後、メンチには新たな試験課題を出すようにネテロが促し、アトラは既に二次試験を合格扱いとするようにして話は進んでいった。

 

(なんてことなの……チィトカアが他人を叱ってるわ……いつもは私に叱られる側なのに……)

 

 そんな中、アトラは会話内容よりも酷く驚いた様子で、そんなことを考えていた。それから疑問に思ったため、彼女はチィトカアの元へ行き、ホワイトボードに文字を書く。

 

《ねぇチィトカア? 征服ハンターってなに?》

 

「文字通りの意味ですよ! 私は286年前に開催された第1回ハンター試験合格者で、私の"ペット"を使ってハンター協会に対するあらゆる敵対勢力の撃滅と、秘境や魔境と呼ばれる類いの未開拓地域に人間が住める土台とインフラ整備を行う環境事業のプロフェッショナルなんです! えっへん!」

 

《ふーん、人と自然の征服者ってわけね》

 

(このチィトカアのペットって言うと暗黒大陸の地中に棲息している"害虫"よねぇ)

 

 ちなみにチィトカアの寿命は延命しなければ約一万年である。このチィトカアはまだ若いチィトカアであり、1800年ほどしか生きていない個体だ。尤も、この世界にいるチィトカアのほとんどは、1500年前以降に"この世界で作られた"チィトカアのため、1500歳以上のチィトカアは稀であり、十分年長者と言える。

 

(まあ、あの暗黒大陸の害虫が、人類の発展に繋がったのならいいわね。私も鼻高々だわ)

 

 そう思ったことは決して伝えず、アトラは来た瞬間から静かに燃えるような殺意を僅かに向けているネテロへと向き、ホワイトボードを向けた。

 

《何か用かしら? ひょっとして魔獣は資格が貰えなかったり?》

 

「いや、そのようなことはない。おぬしを受けさせられぬのなら、ハンターとして70体ほど活動しておるチィトカアも全て弾かねばなるまい」

 

「あっ、ちなみに三ツ星ハンターのチィトカアが私を含めて二名。二ツ星ハンターのチィトカアが八名。一ツ星ハンターのチィトカアが二十八名。ハンター資格は持っていますが、星は持っていないチィトカアが三十一名いますよ!」

 

「おぬしらは弾きたいのう……」

 

「ちょっと会長!? 私たち、無茶苦茶貢献しているじゃないですか!?」

 

 少しだけ焦ったアトラであったが、ハンター協会の会長直々の言葉に安堵する。そして、飛行船に乗ってマフタツ山なるところに行くことになったため、アトラは受験者らの後に続いて飛行船へと乗船した。

 

 

 

 

 

「ところでアトラってスッゴく重いけど、どうやって飛行船に乗って――いたっ!?」

 

「え? なんだよお前そんなに重――いっだぁ!?」

 

《しゃらっぷ》

 

「今のはゴンたちが悪いな」

 

「デリカシーがないぜ?」

 

 乗船の直後にアトラに対してゴンとキルアが放った言葉に、アトラはデコピンを放ち、"ぷんすこ"と書いたボードを出した。

 

 ちなみにアトラは室内にいる場合、常人には見えない糸を空間に貼り付け続けて自分の重量を分散したり、床や階層や建物そのものを強化したりしており、水面に浮かぶ白鳥の脚のような涙ぐましい努力をしてたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《みんな合格してよかったわね》

 

『クエー!』

 

 マフタツ山でクモワシの卵を採る試験課題を終えて飛行船に戻った4人に、アトラは労いの言葉を投げ掛けた。ちなみにアトラの頭には巣立ちを終えたばかりのクモワシの若鳥が我が物顔で乗っている。

 

「ところで、なんでアトラの頭にはたまに鳥が乗ってんだ?」

 

「それはアトラが虫だからなんだって」

 

「虫ぃ?」

 

 受験者に割り当てられた大部屋に向かう最中、そんなやり取りを行うゴンとレオリオに向けてアトラはホワイトボードで補足説明を行う。

 

《私、虫の魔獣なんだけれど、虫の天敵って鳥じゃない? だから本能的にマウントを取ろうとしてくるんじゃないかしら?》

 

「アトラ、くじら島でもたまに小鳥とかハトとかカラスに乗られてたものね」

 

《こっちの鳥類はハングリーよ》

 

『クエ?』

 

 念を使える生き物しか基本的にはおらず、弱肉強食が本能の芯まで刻み込まれた暗黒大陸の生物ならばアトラに寄ってくる事すらほとんどなかっただろう。しかし、オーラを忘れて久しい上、危機管理に欠けるこの世界の生物は巨樹のようなアトラに安心感を抱き、度が過ぎれば舐められるのである。

 

《まあ、人魚は海鳥が餌を見る目で見てくるし、つつかれるから、そっちに比べればマシね。博多弁の人魚の友達が言ってたわ》

 

「ああ、前に二日酔いでくじら島に流れ着いた面白い人ね。すぐに帰ったけど」

 

「そうか、人魚も大変なん――人魚!? 人魚は実在するのか!?」

 

《チィトカアが実在するのに人魚で驚くのは不思議ねぇ》

 

「チィトカアはひとつの街にひとりぐらい見掛けるだろ? 俺の住んでた街にもいたぜ?」

 

「そう言えば、何人か家で執事もやってるな」

 

《何してるのかしらあの娘たち……》

 

 

 

 

 

 その後、ゴンとキルアは飛行船内の散策をし、それにアトラも付いていくことにしたため、クラピカとレオリオとは一旦別れることになった。

 

「その子、どうするの?」

 

《マフタツ山から離れてどこか遠くに行きたいらしいから、好きにさせておくわ。一応、蜘蛛の仲間だからなんとなくほっとけないのよね》

 

「お前、蜘蛛の魔獣なのか? なんか強そうな響きだな」

 

《がおー、たべちゃうぞー!》

 

「あー、こえー」

 

 全く怖がっている様子もない棒読みかつ、半眼でそんなことを呟くキルア。オーラさえ見えていればまた別の結果になったかも知れないが、アトラ自身も驚かそうとしているわけではないようである。

 

 その後、厨房で焼いた肉をゴンとキルアは貰って摘まみ出され、アトラはコックに気づかれることなく一羽分の七面鳥の生肉を盗んで丸呑みにしていた。

 

 それから眼下に広がる夜のネオンが輝く街並みを三人で眺めた後、アトラは折角だからクモワシに指導をしたいという謎の理由で、二人と別れて飛行船の展望デッキに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に朝日が登り始めた時間。ネテロはゴンとキルアと行っていたゲームが終わり、残った方のゴンが満足して眠りについた後、ひとりで飛行船内を歩いていた。

 

(末恐ろしい若者じゃな。ゴンも、そしてキルアもじゃ)

 

 あの二人が念能力者となり、20代までキチンと育ったならばと考え、そんなことを思うネテロ。かつて自分が世界最強の念能力者であったように、彼らもそれと同じかそれ以上のポテンシャルを秘めているのではないかと考え、彼らがハンター試験に挑んでいる事と、両者とも決して悪党ではないことに安堵した。

 

(いつか、彼らがハンター協会の高職について欲しいものじゃな……さて、少し"アイツ"に会うか)

 

 ネテロは新たな世代の風を感じつつ頭を切り替え、飛行船内にいればどこにいようと感じるほど莫大なオーラをした怪物が、数時間前から留まっている飛行船の展望デッキに向かい――。

 

 

 

『ネバーギブアップ!!!』

 

 

 

 頭の中に直接、何かを熱心に応援している若い女性の低めの声が響いた。それにネテロが目を丸くしていると畳み掛けるように更に言葉が響く。

 

『違うわ、そうじゃないわ! もっと体にまとめるようにイメージしなさい! 気流に乗ってるときの風のように薄い膜で全身を覆うの!』

 

「ク、クエー……」

 

『どうしてそこでやめるのよ!そこで! もう少し頑張ってみなさいよ! ダメダメダメダメ諦めたら!! マフタツ山から出て行くって決めたんでしょ! あともうちょっと頑張って!』

 

(え……なんだありゃあ……)

 

 そこにはデッキで、クモワシに念を発現させるという珍妙なことをしているアトラク=ナクアの姿が目に入った。そして、その言動に見られるのは、見てて悲しくなってくる程の根性理論である。

 

(師には向いてねーな……コイツ)

 

「何をしとるんじゃおぬしは……?」

 

『この子の旅立ちのために生命力を使えるようにしてるのよ?』

 

「…………そうか」

 

 正直、間違いであって欲しかったとネテロは思っていたが、現実は非情であった。それに加えて、アトラは目を点にしたまま、首を傾げて呟く。

 

『え? だって生命力なんて誰だって頑張ればポンと出せるでしょ?』

 

「……それができれば誰も苦労せんわい」

 

『そうなの……?』

 

「そうじゃ」

 

『そうなのね……』

 

 人と山のような対比のオーラ量を持ち、大樹のように生物離れした静寂過ぎるオーラの性質をしていながら、とても聞き分けがよく、本気で知らなかったことを真に受ける様子をしているアトラに、ネテロは心の中で顔をひきつらせた。

 

「ところで、報告によればおぬしは筆談で会話していたようじゃが、これの声はなんじゃ?」

 

『んー、アナタ達の言葉に直せば"念話"っていう技術よ。ある程度、生命力のある生物なら誰だって出来るわ』

 

(そりゃ、オメェらクラスの間では誰でもできるオーラ技術ってことか……?)

 

『でも……』

 

「でも?」

 

『生命力のない生き物や、低い生き物に使うとたまに発狂したり、酷いと頭がパァンと吹き飛んだりするのよねぇ……だからこの世界ではあんまり使えないと思うわ』

 

 "難儀な世界よねぇ"と続けて呟き、ネテロとのやり取りを一旦終えると、アトラは無理矢理精孔を開かれて疲労困憊な様子のクモワシを胸に抱えた。

 

『仕方ないから、私の生命力を"ちょっと"分けてあげる』

 

 その言葉と共にアトラの莫大なオーラがクモワシを包み、包まれた部分がクモワシの微弱なオーラと寸分の狂いもない性質に変化し、そのまま同化する。

 

(念能力でもなくオーラの性質そのものを相手のモノに変化させた上に同化させるだと……なんというオーラ操作技術……いや、技術などという生温い……ほとんど神の業の領域だ……)

 

 神の領域。それだけで純粋な命を創れてしまうような途方もない業。最早、アトラのオーラ技術はネテロどころか人類の理解の外にあることだろう。いや、そもそも世界の外からやって来た存在のため、それもまた必然とも言える。

 

 そして、その光景を見せつけられつつ、ネテロはほぼ確信を抱いた疑問を覚えた。

 

(というか――)

 

『クエー!』

 

 当然、アトラのオーラの一部を得たクモワシは水を得た魚のように元気になった。

 

 

(あいつワシより強くねー!?)

 

 

 アトラが言ったちょっとのオーラ――ネテロの倍程のオーラを譲渡されたクモワシは弾丸のような速度で元気に空の彼方へと飛んでいった。

 

『達者でねー』

 

 そして、当のアトラはクモワシが見えなくなるまで手を振って見送る。

 

 そんな様子を煤けたような気分になりながら、小煩いチィトカアが試験前に言っていた言葉を思い出す。

 

 

『アトラ様は観光で、この世界に来て、私たちもアトラ様のリゾート地の整備のためにこの世界に留まっているんですよー!』

 

 

(コイツ……マジで観光に来ただけなのか……?)

 

 いつもテンションが高く、雲を掴むように腹が見えないチィトカアの冗談としか思えない言葉を鵜呑みにできるわけもないため、ネテロを責められる者はいないだろう。

 

『さて……』

 

 しかし、これまでの緩んだ雰囲気からほんの少しだけ引き締まった様子に変わる。

 

『アナタも私と勝負したいそうね?』

 

「………………」

 

 それに対してネテロは何も答えず、警戒を強めた。

 

『ああ、別にそう思うこと自体はいいのよ? 向上心を持つことはいいことだもの……ただ、今のアナタが私と戦ってもそんなに得るものはないと思うわよ?』

 

「なに……?」

 

 それは優しげな態度とは裏腹に、あまりにも傲慢な言葉であった。その上、更に続ける。

 

『私はアナタに勝ち、アナタは私に負ける。そして、アナタに得るものもない。これって無駄よね? 何も意味はないわ。だから相手が負けて得るものがないと勝負とは言えない。ただ、勝つだけじゃ、面白くもなんともないわ』

 

「――――――」

 

 その言葉にネテロは言葉を失う。酷く傲慢ではあったが、暗黒大陸から来た真性の怪物は、かつて自身が暗黒大陸に求めたまだ見ぬ武人そのものであったからだ。

 

「お前は常勝だってか……?」

 

『私は常に勝ち、誰にも負けず、尚且つ私の前に誰も負ける者はなく、全てが勝利する。それこそが常勝、本当の勝利。そうしてきたから今の私がいるのよ』

 

 一切、臆することも偽る様子もなく言い切られたその根本原理は、紛れもなく他に敵のいない絶対強者の思考であり、ネテロ自身も共感できることが多々あった。

 

『まあ、もっと単純に言えば。私に倒され、何かを得た相手はそれを糧に更に成長する。そして、再び私に立ち塞がる。また私に負けて成長し、私の前に現れる。それが何度も何度も続く。ほら? 相手も私も楽しく戦い続けることができるわ。逆に勝負で一方的に倒す、まして殺すだなんて言語道断よ。その場だけで関係が終わってしまうなんて、互いにもったいないもの』

 

 そう告げるとアトラは手を広げて、自身を見せつけるようにしながら言葉を続ける。

 

『なんなら私の能力を全部教えたって構わないわ。誰に教えたところで、私にはまるでデメリットにならないのですから』

 

 その言葉で、アトラが条件付きの一撃必殺のような念能力が主体の者ではないことが半ば確定する。

 

 ここまでの会話から推測されるのはふたつ。第一に莫大なオーラ量と圧倒的な力で押し潰すタイプの念能力者。そして、もうひとつのタイプである確率は前者ほどは高くはないか、こちらだった場合を考え、ある種の確信を抱きながら、ネテロは自身の鼓動の高まりを感じていた。

 

 そんな彼の心情を知ってかは不明だが、アトラは妖艶な笑みを浮かべながら小さく手招きをする。それと同時に、飛行船の展望デッキ全体の床や壁を沿うように彼女のオーラで満たされ、その場所そのものが強化された。

 

『おいで、勝負してあげるわ。もちろん、飛行船に一切被害を出さないことも約束する』

 

(舐めやがって……だが、胸を借りるか……)

 

 夢にまで見た自身の遥か格上の相手。その上、武人の中でも賢人と呼べる大樹のような精神を持つ。あらゆる意味での怪物。その上、何のしがらみもない個人的な決闘。

 

 ただの武人として、何も考えずに挑める絶好の機会をふいにできるほどネテロは枯れてはいなかった。

 

(『百式観音』――『壱乃掌』)

 

 次の瞬間、ネテロの背後に多数の腕が生えた黄金の観音像が現れ、祈るような動作をした刹那、まずは小手調べとばかりに観音像はアトラへと手刀を振り下ろす。

 

 その速度は音を置き去りにするほどであり、アトラはまだ手招きをした姿勢で止まっており、まるで反応していない。

 

 だが、手が当たる直前、無防備な自然体の状態から突如、"自身を操作している"としか思えないほど不自然かつネテロよりもやや速い速度と超反応で繰り出されたアトラの拳が『壱乃掌』とぶつかり、突き抜けた衝撃は繰り出した『百式観音』の腕の一本を肘まで粉々に破砕した。

 

 自身の『百式観音』よりも速い。そのあり得ない光景にネテロは一瞬驚愕し――口の端をつり上げて笑みを強めた。

 

(これだ……俺はこれが欲しかった……『参乃掌』!)

 

 いつからだろうか。敗北の苦汁を忘れ、才能の無さを嘆き血の滲むような努力を積むことを忘れ、強者を前にして血と心が滾る感覚を忘れ、敗者から差し出された手を無意識に取れてしまえるようになったのは。

 

 ネテロの『百式観音』は強かった。むしろ、強過ぎてしまったのだ。人間は駆け引きどころか、認識すらされずに終わってしまう。故に彼自身が真の意味での挑戦者となるのは、これが最初と言えるかも知れない。

 

 続け様に『参乃掌』が放たれ、二つの手を打ち合わせて、アトラを挟み潰そうと迫る。

 

 しかし、アトラの両腕が針のような形状へと変化し、『百式観音』の二本の腕を突き穿ち破壊したことで、技を潰された。

 

(俺の『百式観音』はこんなもんじゃねぇ!)

 

 文字通り手数にも勝るネテロの『百式観音』はその程度では止まらず、祈りと共に次々と掌を繰り出す。無論、アトラは全ての掌を人形が踊るように繰り出される動きで迎撃し、破砕するが壊れた側から瞬時に『百式観音』の腕は再生している。

 

 『百式観音』の腕の再生力。これまでの人間ならば一度足りとも拝むことのなかったネテロの能力であり、崩れた腕が次々と生え代わる観音像の光景は、おぞましさすら覚えたことだろう。

 

 そのまま、ネテロはアトラに無限にも思える掌を叩き付け続け、アトラは人形が踊るような武道の欠片もない動きと、針から鞭のようにしなり始めた腕で掌を同時に幾つもまとめて打ち払い、叩き壊す。

 

 開始からたった一秒ほど続いた攻防は、五分に見えた。

 

 しかし、ある瞬間にアトラの髪が数十本に束ねられ、神話のメデューサのように蠢き、それぞれの先端から樹木の枝のように空に広がりながら枝分かれしたことで、均衡が崩れる。

 

(――!? 『百式観音』の腕より多い!?)

 

 ネテロの掌と変わらない速度で行われたそれは、ひとつの髪が、数十の蛇となり、数千の糸になるという異様かつあり得ない操作精度を要求する技であり、横殴りの豪雨のような糸は『百式観音』へと直接襲い掛かった。

 

 人間の念能力者ならばまとめて『百式観音』の掌で打ち払っただろう。しかし、一本一本が必殺の一撃のような威力にさえ思える今のアトラに向かってそれをすれば、千か二千ほど打ち落としたところで、確実に更なる糸に呑まれる。

 

 『百式観音』は莫大過ぎる手数で負けたのだ。

 

九十九(つくも)――いや……ここしかねぇ! 『零乃掌』!)

 

 迎撃が間に合わず、したところで『百式観音』が串刺しにされると踏んだネテロは、前面に攻撃が集中している今が絶好のタイミングと踏んで、自身の最大の攻撃を行う。

 

 『百式観音 零乃掌』は敵の背後に『百式観音』を顕現させ、掌で相手を包み込み、口からオーラの光弾を打ち放つ攻撃。渾身の全オーラを消費するネテロの最大最後の切り札である。

 

 『百式観音』が消えたことにより、数千本の髪の毛は空を切り、背後に現れた『百式観音』が掌でアトラを包み込もうと腕を振り下ろし――。

 

 

 アトラの首だけが180度回り、開かれた口から光線状の白い糸が下から上へと掬い上げるように放たれ、『百式観音』は頭から真っ二つに裂けた。

 

 

「な……」

 

 時間にすれば3秒にも満たない時間の攻防。それが終わり、崩れ落ちてオーラへと消えていく『百式観音』を茫然と見ながらネテロは立ち尽くす。『零乃掌』を『百式観音』ごと途中で破壊されたため、彼はオーラを撃ち尽くさなかったことがせめてもの救いだろうか。

 

 見れば展開した髪は前面だけでなく、背後にも微かに光が反射して見えることもある程度の細さの糸が等間隔で張り巡らせてあり、転移した瞬間に『百式観音』がそれに触れたことでアトラに位置が認識されたのであろう。平常時ならば兎も角、あれだけ緊迫した戦闘中にそれを発見することは人間にはほぼ不可能と言っても差し支えない。

 

『ちなみに今使っていた私の能力は『蜘蛛糸(ねんし)大化生(だいけしょう)』。こんな感じに自由に糸を操作できるの。今、全身を糸で覆って擬態しているからどこからだって攻撃できるし、体を操作して速く動かすこともできちゃう』

 

 攻撃方法こそ、人間のそれからは掛け離れていたが、アトラク=ナクアは紛れもなく、戦闘においての技量を極限まで極めたタイプの念能力者であり、一切の妥協も抜け目もない勝負を確かに行っていたのである。

 

 その上、あまりに操作系に忠実で単純過ぎる念能力。力押し、リーチ、搦め手、警戒、トラップ等々ある種万能型で、器用貧乏にも成り得る能力だが、それを余りあるオーラと確かなオーラ技術で補っていた。

 

『うーん……それにしてもちょっと"遅い"し、"数が足りない"わね』

 

 髪と腕を元に戻し、首を人間として正しい位置に戻し、緩んだ雰囲気に戻りながらアトラは難しそうな顔でそう呟く。

 

『全然、見えないほどじゃないし、工夫すれば対応も楽。見たところあらかじめ、決められた型の通りの攻撃を打ち出す能力みたいだし、その同時発射数も見た目を超えることはないから、相手の想像を超えることもない。アナタの弱点は自分より速くて、手数のある相手は苦手ってところかしら? まあ、当面の問題は速さよねぇ』

 

「………………」

 

 まるでネテロより速い攻撃を出せる存在がこの世界にいることを前提で話しているような口振りだが、アトラに一切の悪気はないのだろう。彼女は暗黒大陸の基準でモノを話しており、今言っていることもただのアドバイスである。

 

『いるわよ暗黒大陸には。アナタよりトップスピードは速く動けるほどの速度と、一撃の殺傷能力に特化している反面、小鳥につつかれても倒れる紙のような防御力を持った白いゴキブリとか普通にいるし。つまり見方を変えれば、暗黒大陸は強い者が更に強くなるにはこれ以上はない環境よ。まあ、どこでもそんな調子だから嫌気が差すんだけど……』

 

 うんざりしたような表情で、やや遠くを見るアトラ。それが本当か嘘かは彼女のみぞ知るところだが、彼女が嘘を吐く理由がないのもまた真実であろう。

 

『とりあえず、次は私よりも速くなってから来るといいわ。私、どっちかって言うとパワーファイターだから、アナタならすぐにできると思うわよ? ああ、でも……全盛期はもっと速かったのかしら? 一万年。アナタに寿命があったなら、もっと私と渡り合えたかも知れない素晴らしい能力なだけに残念だわ』

 

 その瞳に浮かんでいたのは、憐れみと悲しみ。そして、既に燻り終わった火のような生温かい優しさだった。

 

 それだけ言い残し、アトラク=ナクアはネテロの脇を通り過ぎ、客室へと向かう。そして、展望デッキから出る寸前に、思い出したかのように振り向き、笑顔で言葉を投げた。

 

『ああ、私に糸の光弾を吐かせたことはよかったわ。本当は使う気なかったのよ。ふふふ……大人げないわね。私も』

 

 ネテロはただ立ち尽くし、個人的に暗黒大陸へ行き、敷居さえ跨ぐことなく帰った過去のことを思い返していた。

 

 そのとき、彼自身も武人として何も得るものがないと落胆し帰ったと、今の今まで考えていた。

 

「違う……」

 

 だが、それは間違いだった。宇宙に他に人間に近い生き物が住む惑星があることを夢想するように暗黒大陸に同じ武人がいても何もおかしくはない。むしろ、古代文明の遺跡などが既に発見されているため、宇宙で人間を探すよりも遥かに高い確率であった。現にチィトカアは存在し、アトラク=ナクアが現れた。

 

「ちげぇ……!」

 

 結局のところ。彼は進むことよりも己可愛さに自身の意思で立ち止まったのだ。人類には最早、自身の敵がいないと知りながら。そして、数十年間、嘆くこともなく燻り続け、いつの間にか諦めたふりをしていた。

 

「そんなんじゃねェだろ! 俺の求めていたもんはよぉ!」

 

 そして、今日。彼にとってこの小さな世界に留まり続ける理由はどこにもなくなった。

 

(感謝するぜ……お前に出会えたこれまでの全てに)

 

 "一万年鍛えて届くのならそうしてやろう"と、ネテロは新たに高過ぎる目標を定めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 







※今の情報だけでチマメちゃんのペットを当てれたらスゴいと思います。



Q:白いゴキブリ……?

A:フェローチェはモクローのつつくですら確一取られるぐらい貧弱なんだゾ(台無し)




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大蜘蛛の三次試験 前

 あそぼ。リースXPです。三次試験は前後編になります。暇潰しになれば幸いです。


 

 

 

《柱みたいな建物ね》

 

 三次試験会場として受験者が飛行船から下ろされた場所は、チョークを机に立てたような奇妙な形をした円柱状の建造物――トリックタワーであった。

 

 試験課題は下まで降りてくることであり、ゴン、キルア、レオリオ、クラピカはその方法を模索している。そんな中、アトラは縁に座りつつ、風を楽しんでいる様子だった。

 

(ジャンプして降りればいいのに……それもできないなんて本当に可愛い生き物ねぇ)

 

 自信に溢れた様子で、壁を伝って降りていくクライマーの受験者を見つつ、ふとそんなことを考えるアトラ。目を細めてスイスイと降りていく光景を眺めていると、4~5羽の牙の生えた赤子に羽を付けたような奇妙な造形の生き物がクライマーに向かって飛んで来ていた。

 

(可愛くないデザインねぇ……)

 

 そんなことを考えていると、怪鳥の集団はクライマーの周囲を飛びながら鳴き、クライマーは悲鳴を上げる。

 

(あんな大きさの生き物に寄って集って腹の足しになるのかし――)

 

 特に思うところもなく、弱肉強食の摂理として、クライマーが喰われる様を見送ろうとしていたアトラであったが、ゴンとの"約束"を思い出し、人差し指を糸に変えてクライマーへと伸ばした。

 

 喰われる寸でのところでクライマーは腰に巻き付いた糸に引き上げられ、怪鳥の顎は空を切る。そのまま、クライマーは無造作にアトラの背後に放り投げられた。

 

「おじさん大丈夫?」

 

「す、すまん……助かった……」

 

「助けてくれたんだね! ありがとうアトラ!」

 

《b》

 

 ハンドサインで行えばいいことを何故かホワイトボードに書くアトラ。そんな微笑ましい光景をクラピカとレオリオは笑みを浮かべて見守り、キルアは釈然としないような複雑な表情を浮かべていた。

 

 その直後、餌を奪われたことに激昂した怪鳥たちが受験者たちのいるこの場所まで上がって来る。怪鳥らはアトラとその後ろにいるクライマーやゴンたちさえも餌食にしようと迫り――。

 

『無粋ね……』

 

 アトラはポツリと呟き、少しの殺意と嫌悪を孕んだ視線を向け、彼女の前で全ての怪鳥は行動を停止させる。その後、2~3秒ほどその場でホバリングした後、鳴き声すら失った様子で一目散に逃げていく。

 

 その光景を目を三角にしつつ頬を膨らませて見送り、見えなくなったため、ゴンらに目を向けるとゴン以外の三人が、やや離れたところに移動して冷や汗を流していた。また、受験者の数人が泡を吹いて気絶しているのも目に入り、アトラは目を丸くする。

 

「お、おい……お、お前に近付いて大丈夫なのか……?」

 

「今のは……あれが殺気だと……そんな馬鹿な……」

 

「――――――!?」

 

「え? 今のはただの警告だよねアトラ?」

 

《まあね。殺す相手にイチイチ警告なんてしないわ》

 

(ホント、可愛い生き物ねぇ……)

 

 アトラは人間そのものを微笑ましく思い、幼子を見守る母親のような柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《多数決の道:君達5人は ここからゴールまでの道のりを 多数決で乗り越えなければならない》

 

 壁に貼ってあった説明文にはそんな指示が書いてあり、その下にある円柱状の台には、マルとバツのボタンがついたタイマーが五つ置いてあった。

 

 トリックタワーは上部に回転式の床板があり、一人だけ通れる仕掛けだったので五つの床板が密集しているところで全員で踏んだところ誰も別れることなく、このような場所に辿り着いたのである。

 

 短い別れだったと思うと共に五人がタイマーをはめると、壁の一部がせり上がり、開けるか開けないかという二つの選択肢が出題される。

 

「こんなの開けるに決まってるじゃねーか」

 

《チュートリアルって奴じゃないかしら?》

 

「……ああ、そういう」

 

 割と冷静な様子のアトラに突っ込まれ、理解したレオリオはタイマーのボタンを押し、続くように全員が押した。

 

 結果はマルが五人。滞りなく鉄扉は開き、三次試験が幕を開ける。

 

「うっしゃー! 行くぜー!」

 

《おー!》

 

 レオリオを先頭に五人はトリックタワーを降って行った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 現在いる吹き抜けのリングのような場所に出るまでに特筆すべきことはあまりなかった。

 

 強いて言えば、左右を選ぶときに人は無意識に左を選びやすいので、それを見越して罠を張る可能性が高いため、右に行った方が安全という理論をクラピカから聞いたぐらいであろう。

 

(知らなかったわ……)

 

 ちなみにアトラが押した方はなんとなく左である。とは言え、アトラナート族にもそれが当てはまるのかは謎であろう。

 

 石造りの冷たいリングを挟んで向こう側には、フードつきのローブを纏って手枷をはめられた人間が五人いることがわかった。そのうちの一人の手枷が解除され、ローブからスキンヘッドの体格のいい傷だらけの男が出てくる。

 

 フードつきのローブ姿の者らは超長刑期の囚人であり、彼らとひとりずつ何かしらのルールで戦い、3勝すれば通ることが出来る。逆に囚人らは一時間毎に一年刑期を短縮する恩赦があるので、全力で足止めをしようとしてくるとのこと。ちなみにルールの方は囚人が提案する。

 

 最初の相手は説明をしたスキンヘッドの男であり、こちらが誰が出るか決めることになった。

 

(うーん、生命力はこちら側と同じで扱え無さそうだけど、最初に白星を上げた方が、後の子たちもやり易いわよねぇ。それに見たところ、体を動かすモノを提案して来そう――)

 

「よっしゃ! 俺が行くぜ!」

 

 アトラがまず名乗り出ようとホワイトボートにマーカーの先を付けた瞬間にレオリオが名乗りを上げ、そのままリングへと行ってしまった。

 

(………………ヤバくないかしら?)

 

 純粋にスキンヘッドの囚人とレオリオの身体能力を顧みた結果、アトラは負けると判断し、ルールと恩赦の性質上、何らかの方法で時間一杯までゲームを引き伸ばされる可能性が高いと結論を付ける。

 

 案の定、スキンヘッドの囚人からデスマッチが提案され、レオリオはそれを受ける。そして、覚悟を褒めた後、囚人はレオリオに飛び掛かり、囚人がレオリオの喉に手を掛けようとし、レオリオが相手の速さに驚愕したような目を見せた瞬間、アトラは指を弾いた。

 

『フィッシュ!』

 

「うぉぉぉおぉぉ!?」

 

 その直後、糸の巻き付いた胴を中心にレオリオが引っ張られて、アトラの腕の中に収まる。当然、他の者が手を出したという事で、レオリオは反則負けとなった。

 

「アトラ、お前!? 何すんだよ!?」

 

《ごめんね》

 

「……いや、今のアトラの判断は正しい」

 

「どうしてだよクラピカ!?」

 

「だってアイツ、明らかに元軍人か傭兵だぜ。喉を潰されて、まいったと言えなくされた後、時間一杯まで拷問でもされてただろうな」

 

「………………マジ?」

 

 最初アトラの行動に怒りを浮かべていた様子だったが、クラピカとキルアの弁明によって、強制回収されなかった場合を提示されたレオリオは目を点にしながら顔を青くする。

 

《仕方ないわ、医者志望のアナタには縁も所縁もないことよ》

 

「すまねぇな……」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 次の対戦相手は、話し合いの結果クラピカになり、対戦相手は青い肌にゾンビのような顔をした男の囚人である。

 

(整形に失敗でもしたのかしら……?)

 

 アトラはあんまりなことを考えつつ、前の囚人の三分の一の能力すら無さそうな囚人だったため、クラピカの圧勝になると結論付けた。

 

「なあ、お前さ……どうして試験中に誰も殺さないんだ?」

 

 すると試合に釘付けな様子のレオリオとゴンを尻目に、キルアがアトラにだけ聞こえる声量でそんなことを聞いてきたため、意識をそちらに向けた。

 

 あまり他者に聞かれたくない雰囲気を感じ取ったアトラは、ホワイトボートにいつもより小さく書き、キルアとだけ会話する。

 

《それはどういう意味かしら?》

 

「俺、殺しの家業をしてるから、お前みたいな奴のことはよく分かるんだよ。殺すことに何の躊躇も覚えないし、後悔もせず、数秒後には忘れているようなタイプだろ?」

 

(…………へぇ)

 

 それは常人に言えば失礼極まりない事柄であったが、アトラにとっては概ね間違っていない評価のため、生命力も見えないにも関わらず、比較的穏和に振る舞っていた自身の様子からその答えを導き出したことに大きな関心を抱いていた。

 

《それはそうだけど、私は快楽で殺しはしないわね。理由がなければ特に殺そうとも思わないわ》

 

 そう書いた後、マーカーの先が止まり、すぐに更なる文字を書く。

 

《…………いえ、そういう時期がなかったとは言わないけど、遠い昔の話よ。あの頃は若くて、血に餓えていて、自分以外の全てを撃滅しなければ気が済まなかったのよ》

 

「お前、この試験で一番ヤバい奴だもんな。というか、お前よりヤバそうな奴は見たことないぜ」

 

《否定はしないわ。私が一番ぶいぶい言わせていた頃だし、本質は今でも大差ないもの》

 

 そう言うアトラの目は酷く懐かしく、途方もないほど遠くを見るような何とも言えない目をしていた。

 

《けどね。そういう事って永遠には続かないものなの。と言うよりも私が飽きてしまったわ》

 

 異常なまでの弱肉強食の連鎖。何処まで行っても喰らい合い、騙し合い、殺し合いしかない凍てついた暗い世界。それは"深淵"と呼ぶに相応しいものであり、"深淵の主"と呼ばれた彼女はそれ相応に長い年月をそこで過ごし、ひとつの頂点まで登り詰めた生粋の怪物である。

 

《滴り落ちた血と溢れた臓物に先はなく、死と怨嗟に果てはなく、何処まで行っても変わらない闇だけ。明るさ、楽しさ、温かさ、そういう綺麗なモノはそこでは決して得られないものなのよ》

 

「………………」

 

《アナタはゴンや私を含めた他の子たちと会えたことを後悔してるかしら?》

 

「してないし……すごく心地いいよ。どうでもいいようなことなのに……楽しくてさ」

 

《ならアナタの欲しい答えは決まっているんじゃないかしら?》

 

 その答えにキルアは目を見開く。しかし、アトラは少しだけ冷たい目になり、続けて文字を書いた。

 

《でも、守れるのは精々、自分ともう一人が関の山。強いから誰も彼も守れるだなんて、それこそ身の程知らずの戯れ言よ。一人で闇にいた方が楽なことこの上ないわね。だから、闇に身を置かなくなった時点で、確実に弱くなるわ。強さを取るか、光を取るか。それを選ぶのはアナタ次第ね。私も、過激な頃に比べれば弱くなったもの》

 

「結局、どっちか答えになってねぇじゃねーか……」

 

《当たり前よ。イチイチ、発言に責任なんて取れないもの。大人はいつだってズルいのよ。悩めるうちに自分のことぐらい自分で悩み、答えを出しなさいな、ひよっ子ちゃん》

 

「……うっさい」

 

 そんな会話をしていると、丁度クラピカが囚人の顎を掴み、床に殴り付けたところだった。

 

《終わったわね》

 

「見る価値もねーよ」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 その後、三人目の対戦に入る前、三人目の囚人が出て来て、二人目の囚人はデスマッチを提案したが、死んでおらず気絶しているだけとして、試合はまだ続行中と言った。それに対し、クラピカは既に戦意のない相手を攻撃してしまったため、これ以上敗者に鞭を打つような真似はできないとして、目が覚めるまで待つことを表明した。

 

《失礼》

 

「……な!?」

 

 その会話の後、三人目の囚人が控えの場所に戻った瞬間、アトラは糸を飛ばして、二人目の囚人の顔の前に置かれていたメモだけを拾い上げる。そして、それをレオリオに渡した。

 

「ああん……"気絶したフリを続けろ、このメモは口の中に隠せ"だぁ!? ふざけてんじゃねーぞテメェ!」

 

「チッ……勘がいいわね」

 

《どうどう、メモを落とすのがOKなら勝手に回収するのもOKでしょ。まあ、これであの囚人は起きたら反応するわよ》

 

 それからしばらくして二人目の囚人は起き、デスマッチを再開するという話をクラピカからすると、更に真っ青な顔をして"まいった"と言って戻って行った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

《よろしく、私はアトラク=ナクア。アトラって呼んで。アナタのお名前は?》

 

「あら、よろしく。私はレルートよ」

 

 勝負の内容はこちらの時間を50時間、レルートの刑期を50時間をチップとして10時間単位で賭け、交互に賭け事や問題を出し、どちらかの時間がゼロになるまで続けるというルールである。

 

 ニコニコしながらホワイトボートを持つグラマラスな体型のアトラと、線の細い小柄な体型をして吊り目をしたレルートはある意味対照的と言えよう。

 

《先に聞いておくけど、全く同じ問題はダメ?》

 

「ええ、全く同じモノはダメ。互いに別の問題にしましょう。まずは私からね。10時間賭けるわ」

 

 そうして、アトラ VS レルートのクイズ対決が幕を開けた。

 

「朝は4本、昼は2本、夜は3本足の生き物ってなーんだ?」

 

「なんだ、ただの子供のなぞなぞじゃねーか。アイツ、阿呆なのか?」

 

「いや、待て! 相手は人間ではなく魔獣のアトラだ。これは……」

 

「外野は黙ってなさい。さあ、答えて」

 

(いくつか考えはあるけど、まず人間の言葉遊びに馴染みはあるかしら?)

 

 レルートは小手調べとして、少しずつアトラの苦手とする問題傾向を把握し、答えにくい問題で固めて少しずつ追い詰めて行こうと考えていた。

 

 アトラはしばらく真面目な顔で考えながら、頭に手を当てて悩む仕草をし、時間一杯まで悩み抜いた末に確信を抱いた表情で文字を書いた。

 

《ショゴス》

 

「ぶー、正解は人間でした!」

 

《どーゆーこと……?》

 

「言葉遊びよ。赤ちゃんがハイハイするから4本足、次第に立って歩くようになるから2本足、最後は老人になって杖を突いて歩くから3本足よ」

 

《ああ、そういう謎掛けね》

 

(ビンゴ! この路線でいいわね。シュゴスってなにかしら……?)

 

 カウンターがアトラが40時間、レルート60時間を指し示し、問題の回答権が入れ替わる。

 

《うふふ。じゃあ、私も10時間ね》

 

(どうも他の受験者に比べれば遊び半分で参加しているように見えるし、この分なら問題もそこまでは――)

 

《965482×791534は?》

 

「は……?」

 

 レルートは唐突かつ難解極まりない問題内容にピシリと固まる。

 

《5》

《4》

《3》

《2》

《1》

 

 ホワイトボードの字を書いては消してを繰り返して、アトラはカウンダウンを行ってゆく。

 

《どうぞ》

 

「わ、わかるわけないわよ! というか答えのわからない問題を出すのは――」

 

《正解は764211829388よ》

 

「え……え……?」

 

《965482×791534は764211829388ね》

 

(え、なんなのコイツ……だったらさっきのなぞなぞの回答はなに……?)

 

 レルートがより困惑する中、自身の携帯電話に目を落としていたクラピカが口を開く。

 

「試しに携帯の計算機で計算してみたが、正しいようだな」

 

「アイツ、普段はあんなにすっとぼけてんのに頭いいのかよ……」

 

「アトラは俺の勉強の先生だもんね。一回、読んだ教科書の内容とか全部暗記してるんだ」

 

「替え玉受験してくれねぇかな……?」

 

(やっべ……コイツガチだ……)

 

 アトラは小細工や心理戦が全く通じないタイプだということを痛感し、レルートは頭が真っ白になった。

 

 全く同じ問題を出してはならないかをレルートに聞いたのはこれをするためだったのであろう。屁理屈だが、一桁でも数字を変えれば別の問題であり、何度でも使うことが可能であり、アトラに問題を回せば必ずやってくることであろう。その上、頭の回転速度が常人の比ではないことも明白であり、生半可な問題では簡単に答えられ、なぞなぞにも限度がある。

 

 ちなみにアトラとしては、レルートが全く答えられなかった様子なので、算数の問題を出すのは止めようと考えているが、レルートの知るところではない。

 

 時間はアトラ50時間、レルート50時間に戻る。

 

(長期戦は敗北確定……勝算のある運ゲーに持ち込むしかないじゃない……ご、50年刑期増えちゃう……)

 

 無論、レルートはわかっていれば最初からこのようなゲームの提案はしなかった。それどころか、捕まる前から絶対に相手にはしなかったような人種である。

 

 しかし、メモは回収したが、二人目の囚人のマジタニが気絶中、のほほんとした顔で、少年らと手の大きさを比べたり、他の四人にあやとりを教えたりしながら時間を潰していた変な奴が、ここまでの者だとは誰も思わないであろう。

 

 そして、考えた末、レルートは腹を決め、ここで最後の勝負に出た。

 

「次はジャンケンにしましょう。50時間全部賭けるわ」

 

《ジャンケン》

 

(ん……? なんだか様子が……)

 

 それを聞いたアトラはこれまでしていた朗らかな表情が能面のような面持ちに変わる。そして、そこからにこりとレルートに笑い掛ける。子供っぽさと大人びた妖艶さと人外の魔性を含んだ笑みに同性のレルートも思わず、胸が高鳴るほどであった。

 

 そして、再び表情を真顔に戻し、大袈裟に肩を竦めてから四人のいる背後に振り返る。

 

《ねぇ、みんな……》

 

 アトラは真顔のまま、色を失ったかのような表情で、全員に伝わるように自身の真上の空へ、糸で文字を浮かべた。

 

 

 

《ジャンケンってなに……?》

 

『「「「…………えっ?」」」』

 

「………………え?」

 

 

 

 ここに来てアトラはハンター試験中、初めて顔をひきつらせ、焦りの表情を浮かべつつ青い顔をしていた。無論、レルートが千載一遇のチャンスを見逃して、問題を変えて貰える訳もない。

 

 それどころか、早口で最初はグーから行われ、とりあえずグーの形を真似たアトラとレルートのジャンケン結果は――。

 

 

 

「私の勝ちー! オーホホホ♪」

 

《 (´・ω・`) 》

 

 

 

 ジャンケンのルールを知らず、チョキとパーを知らない暗黒大陸の生物に、その課題はあまりに酷な内容であったと言えよう。こうして、彼らは囚人との対決に勝ってもアトラの敗北が原因で、50時間の足止めをされるのであった。

 

 

 

 





 アトラク=ナクアこの世界で初敗北。原作から特に何もしていない男性囚人共とは違い、実質的にハンター試験編全体を通して、ヒソカの次ぐらいに個人でゴンとその仲間を苦しめたと言っても過言じゃないレルートさんは流石だぜ……。後、アニメだと結構可愛い(小声)



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大蜘蛛の三次試験 後


 あそぼ。リースXPです。前後編となっていますが、前編ほどの山場はないのでやや短めです。


 

 

 

《みんなごめんね……》

 

 トリックタワーの石壁から切り出し、自身で製作した"私はポンコツ上位者です"と書かれている石板を首から掛け、部屋の隅で正座の体勢のままショボくれているアトラ。

 

 現在、辛くも囚人たちとの戦いに勝利し、50時間の待機時間に入り、待機部屋で待つことになったゴンたちは大変居たたまれない気分になりながら、しょんぼりしているアトラにどう声を掛けたものかと決めかねていた。

 

「アトラ、誰にだってわからないことはあるよ。アトラ、こっちに来て一年ちょっとぐらいだし」

 

「なーに、ハンター試験中にちょっと休憩時間ができたぐらいに思えばむしろありがたいぜ」

 

「そうだな。試験では動き詰めだった。飛行船でも快眠とは言い難かったため、今の状況をプラスに考えよう」

 

《みんな……》

 

「だっせ」

 

《――――――》

 

『「「キルア!?」」』

 

 試験中に自己紹介などを聞かれなかったことや、ワサビのことの憂さ晴らしを今さらするキルア。それなりに根に持つタイプなのであった。

 

「そうだアトラ。君のことについて聞かせてくれないか? 魔獣の文化や生態にはあまり馴染みがないから、是非参考にしたい」

 

《私のこと?》

 

「おっ、そうだな! 何でもいいから聞かせてくれよ!」

 

《んー……なら私の種族はアトラナートって言ってね。普通は夜行性で肉食性、こんな感じに糸を使える種族よ》

 

 いつものように宙へ糸で文字を書くアトラ。どうやらクラピカが話題を変えることにしたのは功を奏したようだ。

 

《まあ、でもこの世界には、私一人しかいないわね。それは保証するわ》

 

「それは……」

 

 普段と変わらない様子で、当たり前のように書かれた文字にクラピカを始めとした面々は沈黙する。特に自身と同様に一族を皆殺しにされるようなことがあったのではないかと考えたクラピカは、隠し切れない強い同情の目を向けていた。

 

 一方、この世界"には"アトラナート族がアトラク=ナクアしかいないことを、当然の事として受け取っているゴンは他の仲間たちの様子にハテナを浮かべて首を傾げている。

 

「すまない……辛いことを語らせるつもりではなかったんだ」

 

《……? 別に一人には慣れてるから大丈夫よ》

 

「ところで、お前って何歳なんだ? 見た目だと若そうだけど、明らかに俺のお袋より上そうな雰囲気だし、虫の魔獣の寿命なんて知らねーしさ」

 

 すると純粋に疑問に思ったのか、アトラに対してキルアがそんな質問を投げ掛ける。女性に対して失礼な内容ではあったが、やや重苦しくなった雰囲気よりはマシな質問であった。

 

 無表情になり、たっぷりと30秒ほど長考した後で、アトラは文字を書く。

 

《何千万年ってところよ。詳しい歳月は長生きし過ぎて忘れたわ》

 

『え? でもアトラ恐竜が普通にいた時代には人魚と友達だったって、前に――ひひゃいひょはほら(痛いよアトラ)?』

 

《しゃらっぷ》

 

(億超えてんだな……)

 

(億年超えの年齢か……)

 

(化石じゃん)

 

 言ってはいけないことを言ったと判断したため、アトラはゴンの頬を横に軽く引っ張って発言を止める。しかし、その行動こそ、最大の肯定であろう。

 

 ただならぬ存在だとは思っていた三人であったが、そこまでの年齢が提示されるとは思わず、流石に半信半疑な様子であったが、否定する理由もなく、何とも言えない時間が流れた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

《ゴン、一緒に寝ましょう?》

 

「いいよ、アトラ」

 

『「待て待て待て!」』

 

 その日の夜。ひとまず首から石板を掛けるのは止めたアトラが、さも当たり前のように問い掛け、ゴンも当然と言った様子で返答したことで、クラピカとレオリオが止めに入った。

 

 既に床に敷いた布団の上に半分寝転がるアトラの腕に抱かれる状態になっていた二人は、首を傾げて頭にハテナを浮かべている様子である。

 

《普通に寝るだけよ? くじら島では、よく抱き着かれて寝ていたもの》

 

「アトラふわふわして寝心地がいいんだ。キルアもどう?」

 

「ば、バッカじゃねーの!?」

 

 そうは言うが顔を赤くしており、アトラからすれば非常に可愛らしい様子である。

 

 ちなみに、ゴンがたまに背に乗って寝ている元の姿のアトラは、オーラ操作で刺激毛を柔らかくしなやかにしているためとても寝やすい。ゴンがまだ共に寝たことのない今のアトラは、全身の糸をクッションのような性質に変えるためとても寝やすい。ビジュアルはどちらも違った意味で問題だが、ふわふわの布団か、ふかふかの抱き枕なのである。

 

「男女七歳にして席を同じゅうせずというだろう? どちらにせよ人前では控えるべきだ」

 

「そうだぞ! 羨ま――とにかく止めろ!」

 

《ちぇー》

 

「えー!」

 

 問題があった事と言えばその程度で、寝ている以外の時間は、待機室にあったDVDなどの娯楽品を全員で見つつ、特に喧嘩や雰囲気を悪くするようなこともなく、お泊まり会のような時間を過ごすのであった。

 

 強いて問題だったことをあげるとすれば――。

 

 

 

 

『あっはははー! どうしてそんな死に方するのよ! おっかしー!』

 

「スゴい笑顔だよアトラ……」

 

「これ笑えるか……?」

 

「私にはわからん……」

 

「フィクションだってわかりきり過ぎてつまんねーよ」

 

 ファイナル・デスティネーションシリーズを偉く気に入っていたことぐらいであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、50時間の待機を過ごし、再びトリックタワーを降り始めた一行。そこには苦難に次ぐ苦難が待っていた――。

 

 

『危ない岩ね。みんな潰れちゃうじゃない』

 

『「「「――――!?」」」』

 

 

 まず、どこかの考古学者が踏み込んだ遺跡のトラップのように転がる岩はアトラがデコピンで粉砕する。

 

 

「アトラ。次どっち?」

 

《うーん……下かしら?》

 

「よし、バツだな!」

 

 

 マルバツで進む立体迷路はアトラの勘で一度も行き止まりにならずクリア。

 

 

『あははー! これ楽しいわ! どかーんっ! どかーんっ!』

 

「まるで紛争跡地の地雷処理機だな……」

 

「ってか、好きな数字のサイコロの目出してねーか……?」

 

 

 地雷つきの双六はアトラが楽しげに地雷をイチイチ踏みながらやっていた。

 

 

 このように様々な課題を若干一名を盾にしつつ、無事に五人は最後の分かれ道に到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 長く困難な道と短く簡単な道を提示され、アトラを除く四人は押し黙る。長く困難な道は五人で行けるが、どんなに短くとも45時間掛かる道。短く簡単な道は3分ほどで行けるが、二人を置いていかなければならない道である。

 

 そして、部屋の中を見れば古今東西のあらゆる武具が並べられており、争えということを暗示されていた。

 

『銃はないのかしら……?』

 

 武具を興味深そうに眺めるアトラは少し残念そうな表情をしている。そんなアトラを尻目にゴンは全員で行ける方法を最初から模索し、三人はアトラだけは天地がひっくり返ろうと倒せそうにないため、この中の二人が脱落することを予期し、誰も何も言わずに黙り混んでいた。

 

 そんな空気を破ったのは他でもないアトラであった。

 

《じゃあ、私がまず一人ね》

 

 その文字に四人が驚きや困惑を見せる中、アトラは当たり前のように自身の手首に手枷を繋いでしまった。そして、四人の表情を見てアトラは首を傾げる。

 

《50時間待機しなきゃならなくなったのは私のせいなんだから私が繋がれるのは当然じゃないかしら?》

 

「だ、だからと言ってそんなに簡単にハンター資格を諦められるものなのか!?」

 

《……? まあ、これぐらいなら別に。それに例え今回ダメになっても毎年やってるじゃない》

 

 クラピカの叫びにさも当たり前のように全く後悔もなく言い切ったアトラに四人は閉口する。彼女の覚悟はそれほどだと伝わったのだろう。

 

《私が二人分になれればそれでよかったんだけどね……》

 

 そう書きながら、アトラはバツのボタンを押し、その様子を見て他の面々もボタンを押した。結果はマルが1で、バツが4のため、短く簡単な道が選択される。

 

「みんな!?」

 

「よせよゴン。これ以上はみっともねーよ」

 

 ゴンの叫びを聞いたレオリオは笑顔を作り、ゴンの頭を乱雑に撫でる。

 

「うしっ!」

 

 そして、すぐにレオリオはアトラの隣に並び手首に手枷をはめた。それによって短く簡単な道を塞いでいた鉄扉が開いていく。

 

「レオリオ!?」

 

「おいおい……それ以上言うなよ。医者になるためにハンターになるなら別に来年でもいいからな」

 

「レオリオ……お前……」

 

「さっさと行け、俺の気が変わらねぇうちにな! 絶対ェハンターになれよ?」

 

 その言葉により、ゴンをクラピカとキルアが止めると、短く簡単な道の方へと引き摺るように連れて行った。

 

 そして、悲壮な面持ちのゴンとそれを慰めるキルア、より一層ハンターになる決意を強めたクラピカの三者は滑り台になっていた短く簡単な道を降り、目の前の自動扉が開き――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《おつかれさま。三人とも》

 

 真っ先にホワイトボードで労うアトラが目の前に立ち、その足元に座り込んで酷く疲れた表情をしているレオリオが目に入り、三人は目を点にした。

 

 

 事の発端は約3分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さて、動きましょうか。3分以内に到着して驚かさなきゃね》

 

「は……?」

 

 そんな文字を糸で書きながらアトラは、自身とレオリオの手枷を柔らかい針金でも曲げるようにへし曲げて脱出した。二人が抜け出したことで、バツの扉が閉まる様子を確認し、彼女は予想した通りといった様子で大きく頷く。

 

《うんうん、この時点で失格にならないならやっぱり大丈夫ね。ひとまず安心だわ》

 

「お、おい……何を――」

 

 次の瞬間、レオリオの呟きよりも先にアトラはある方向に向くと、一本だけピンと立てられた人差し指を向ける。

 

 目には見えないが、絶望的なほどの威圧感の高まりのようは何かが充填されている感覚を彼は覚え、彼が閉口した直後、指先から何かが撃ち出された。

 

「おぉぉぉぉ!?」

 

 放たれた何かは石壁に直径5m以上の穴を開け続け、その衝撃波をレオリオは感じた。それが収まって、アトラが開けた穴を見てみれば、先に日の光が見えるため、トリックタワーの外壁まで貫通していることがわかる。

 

「お、おい……いいのかよ? こんなことして!?」

 

《…………?》

 

 トリックタワーを少し破壊したアトラにレオリオは詰め寄るが、彼女は彼のことを不思議そうな様子で首を傾げると、文字を浮かべた。

 

《だって別に、二人が繋がれた時点で扉が開いて、終了まで動けないと言われただけで、即失格とも動くなとも言われてないわよ? それにそもそもこの試験は、下に降りる方法まで最初から決められていないもの。ああ、舌噛まないようにね?》

 

「へ……?」

 

 その文字と共にレオリオは首根っこを掴まれたと思えば、次の瞬間に浮遊感と眩しい光を感じた。見ればさっきまでの部屋には既におらず、開けた穴の先にある外の空間にいることに気づいた。

 

 

 要するにアトラがレオリオをトリックタワーの外へ放り投げたのである。

 

 

「う……うぉぉぉおぉぉぉぉ!!!?」

 

 当然、飛べるわけでもない人間であるレオリオは、そのまま自由落下を開始する。未だトリックタワーの中腹にも満たない場所だったため、かなりの高さから真っ逆さまにレオリオは落ちた。

 

(あ、死ぬ)

 

 そして、地面から数mほどに差し掛かり、走馬灯が見え始めようというとき――。

 

「ぶぇっ!?」

 

 突如、何重にも貼られた妙に弾力のあり、柔らかな感触の蜘蛛の巣にぶつかり、九死に一生を得る。ひとつの蜘蛛の巣でもなく、幾つも一定間隔で折り重なった蜘蛛の巣にダイブしたことで、蜘蛛の巣は沈み込み、レオリオは地面から50cmほどの距離で丁度止まった。

 

《おかえり》

 

 そして、蜘蛛の巣が徐々に消えていき、ゆっくりと下ろされ、地面に体を付けたレオリオは笑顔でホワイトボードを掲げるアトラが立っている姿を目にした。

 

「し……」

 

《し?》

 

「死ぬわぁぁぁあぁぁ!? 殺す気かお前ェ!?」

 

《どうどう》

 

 そんな文字を浮かべるアトラの表情は悪戯に成功した子供のような表情を浮かべており、無駄に妖艶で可愛らしくもあるが、モノには限度というものがあった。

 

「だいたい、そんなんなら最初からバツの扉を蹴破ればよかったじゃねーか!?」

 

《………………その発想はなかったわ》

 

「うっそだろお前!?」

 

 心底感心したような様子でレオリオを見るアトラ。こうして、アトラとレオリオは残りの三人よりも先に三次試験を通過したのであった。

 

 

 






これが横抜きですか(勘違い)


Q:アトラさんって天然なの?

A:幻影旅団のシズクと同じぐらいには天然だよ!(いまさら)




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大蜘蛛の四次試験 前


あそぼ。リースXPです。前後編の前編になります。


 

 

 

 

『やっぱりこっちの世界の自然は素晴らしいわねぇ……』

 

 アトラは三次試験会場である無人島のゼビル島の自然を眺め、感銘の溜め息を溢していた。周りには難しい表情をしたゴンだけがおり、他の仲間たちは見当たらない。

 

 それというのも今回の四次試験の試験課題は、自身のナンバープレートを3点、最初に引いたターゲットを3点、それ以外のプレートを1点で計算し、期日までに合計6点を集めるサバイバルであるため、個人行動となっているのである。

 

 尤もアトラは二次試験開始時点には全ての受験者のナンバーと顔を一致させており、また彼女としては、自身のプレートを奪えるほどの者がいるのなら出てきて欲しいと考えているため、胸に406番のプレートを付けたままであり、邪魔にならない程度にゴンと行動している。

 

 そして、行動するに当たってゴンとの四次試験中の約束が出来た。それはゴンのターゲット――44番のヒソカからプレートを奪うことに一切手を貸さないこと。

 

 それはアトラの提案ではなく、ゴン自身の意思によるものであり、彼女は快くそれを承諾したのである。

 

(それにしても……色黒の384番の方。ずっと着いてきているけど、脅かして追い払おうかしら?)

 

 アトラはそう考えたが、384番――ゲレタの視線から考えると、彼はゴンを狙っているように思えた。別に彼との約束では、ヒソカからプレートを奪うことに手を貸さないだけのため、彼にまとわりつく羽虫を追い払おうと、叩き潰そうと彼女の自由といえる。

 

(そこそこ気配を消せるみたいだし、ゴンはまるで気づいてない。このままでは例え、ヒソカのプレートを奪えても、すぐ384番に持っていかれるのは目に見えているわ。でもゴンのためにはならないわよねぇ……)

 

「ねぇアトラ?」

 

《なにかしら?》

 

 まあ、奪われたら私が取り返せばいいとアトラが結論づけていると、ヒソカからプレートを奪う方法を模索していたゴンが問い掛ける。

 

「アトラはターゲットを探さなくていいの?」

 

《ああ、コレね?》

 

 アトラは胸元から折り畳んだままの自身のターゲットが書かれた紙を出す。そして、ひらひらと事も無げに横に動かしてから、紙をしまってホワイトボードに文字を書いた。

 

《別にいいのよ。その気になれば無人島ひとつ分ぐらい余裕で、生命力を広げて気配を探れるもの。そうすれば今すぐにでも、終了一時間前でも見つけられるわ。2分もあれば奪えるわね》

 

「気を満たすって奴? アトラは本物の仙人みたいだね」

 

《本物の仙人よ、仙人。まあ、人じゃないから仙虫だけどね。それで、ヒソカからプレートを奪う方法は決まった?》

 

「うーん……普通にやったらどうやっても取れるイメージがわかないや」

 

《まあ、その釣竿を普通に投げて掛かってくれるような相手ではないわよね》

 

「だから獲物を狩るときに取ろうと思うんだ」

 

《へぇ……どうして?》

 

 それを聞いたアトラの目付きが少しだけ真剣なものになり、感心した様子に見えた。

 

「うん、教えてもらった訳じゃないけど、アトラがくじら島に来てからもっと動物を観察するようになったんだ。そうしたら、襲う瞬間と食べる瞬間だけはどんな動物でも無防備になるってことがわかった。アトラはどっちのときでも全然気が緩まないけど、それでもほんの少しだけ緩んでる気がする」

 

《私の故郷では、狩りや食事で完全に無防備になったら絶好のカモだからね。けれどそれは正解。その2つの瞬間だけはどんな生き物でも警戒を解く、解かざるをえないのよ》

 

 自身の身の丈に近い獲物を仕留めた場合、安全な場所で食べることは自然界の常識であるが、アトラの口振りはそれの比ではない様子を表しているように思えた。

 

「アトラのいた場所はそんなに厳しい環境だったの?」

 

《まず生まれた生物が覚えることは、全てを疑うこと。草木、土、水、それどころか空気さえもよ。自分以外のなにもかも全てが、あらゆる状況、形状、時間、空間において殺しに来ることを、他が殺される姿を見て覚える。そうして、賢く、狡く、残虐で、冷たい生き物になるの》

 

「なんだか……悲しい場所だね」

 

《ええ、そう。優しい、弱い、馬鹿な奴から死んでいく。当然の摂理ね。もちろん、強くはなれるわ。けれど、それだけ。それ以外は何もないのよ》

 

 そこまで話したところで、悲しげな表情をしているゴンの頭に、アトラはポンポンと軽く手を置いてから更に文字を書いた。

 

《でも不思議なものでね。たったそれだけのことに気がつくのに、何千万、何億、あるいはそれ以上の時間が掛かるものなの。だって、初めから本当の優しさなんて知らないんだから。長い長い時間の中で、奇跡のような出会いがあるまでは、全ての生き物は狂った獣のまま。そんな不吉で、冒涜的な場所よ》

 

『ピー!』

 

 そこまでアトラが話したところで、一羽の青いカワセミがアトラ目掛けて飛んでくる。そして、少し上空でホバリングした後、カワセミはアトラの頭の上に着地した。その場に脚を折り畳んで座るカワセミはどこか、自慢げに見える。

 

 アトラは口に手を当てて小さく笑い、柔和な笑みを浮かべていた。

 

《ホント、面白い世界よ。ここは》

 

「ねえ、アトラ」

 

《なあに?》

 

「アトラはそこに戻らない方がいいよ。だってこんなに優しいのに……」

 

『………………可愛いわねぇ』

 

 アトラはゴンには聞こえない声で呟き、慈しむように頬を緩める。

 

《そうね……ここはさながら桃源郷。夢のような場所よ。後、100億年この世界が続くのなら、それを考えてもいいかもね。まあ、少なくともアナタが死ぬまではここにいるわ》

 

(この星に安息の地なんて何処にもないのよ)

 

 仮にこの世界に来た者が、アトラではなく別の悪意ある実力者だったのならこの世界は既に終わっていた。これは彼女にとって、そんな明日滅びるとも知れぬ束の間の一時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばアトラって魔術が使えるって前に言ってたよね?」

 

 川の近くで小鳥や動くアトラに釣竿を投げ、ヒソカからプレートを奪う練習をしている最中、ゴンは休憩のついでにそんなことを呟いた。

 

《言ったわね。あっちじゃポピュラーだから色々、使えるわよ。まあ、この世界の神字の延長線上のものと生命力を使ったものだがら、厳密にはアナタが考えるような魔術とは違うかも知れないけど》

 

「すっげー! よくわかんないけど何か見てみたいな!」

 

《うーん、それなら――》

 

 アトラは指で何かを描くような動作をした後、その指を川の水面に浸けた。すると餌を水面に投げ入れた時の数倍の勢いで魚が集まり、彼女の指がドクターフィッシュに啄まれるように囲まれる。

 

《これが"魚をひきつける"呪文よ!》

 

「………………うん」

 

(なんかもっとスゴいのがよかったな……)

 

 しかし、それは齢十代前半の純粋無垢な少年に見せるにしては些か地味であった。

 

《海水にも淡水にも使えるから、これさえあれば漁師は一生食いっぱぐれないわ!》

 

「それはすごいや」

 

 しかし、子供らしい好奇心にとっては微妙過ぎる効果であることは変わらないため、ゴンは愛想笑いを浮かべたままである。

 

 その後、反応からもっと見せてあげようと考えたアトラは思い付いた魔術をゴンに提案した。

 

 

 

《それなら"深淵の息"はどう?》

 

「効果は?」

 

《対象の肺を海水で満たして溺れさせるのよ!》

 

「すごく陰湿だね……やめてあげてよ」

 

 

 

《"アトラック=ナチャの子供の召喚"》

 

「えっと……ようするに?」

 

《任意のチィトカアがこの場に現れるわ!》

 

「くじら島にもチィトカアさんいるしなぁ……」

 

 

 

《"黄金の蜂蜜酒の製法"はどうかしら?》

 

「魔術なのそれ……? それに俺未成年だよ?」

 

《お酒は二十歳になってからね》

 

 

 

 しかし、どれもこれもパッとしたものがないため、ゴンは次第に何とも言えない気分になり、聞いた自分が悪かったと思いつつ、次に出された提案には従おうと決意する。

 

 

 

《"ティンダロスの猟犬との接触"なんかわかりやすいわよ!》

 

「もう、それでいいよ」

 

 

 

 少年の何気ない好奇心が、ある男の悲劇の引き金となるとは誰も予想だにしていなかったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地中で寝ていた男は全身の毛が逆立つ感覚と魚と人の臓物が腐敗する悪臭を受け、目を覚ました。

 

(なんだ……?)

 

 更に地中にいるにも関わらず、濃厚な視線と獣のような息遣いを感じたためである。当然、辺りを見渡そうとも暗く、なんの変化も見られない。しかし、感じる悪臭は強まるばかりだった。

 

 そして、警戒を強め、穴から出ようとした次の瞬間――。

 

「――――――!?」

 

 "真下"から衝撃を受け、地上へと打ち上げられた。

 

 地上に出された緑の服に黒髪で猫目の男――301番ギタラクルこと、イルミ=ゾルディックはすぐに空中で受け身を取ると、自身が入っていた穴から距離を取つつ、襲撃者がいる穴に対して、柄の丸い画鋲のような針を放った。

 

(……手応えがない? 逃げた? いや、移動系の念能力か?)

 

 既に視線や殺気も消えていたため、イルミは警戒をしつつ、受けたダメージを確認する。

 

(あばら……何本かやられてるな。それよりも、なんだこの傷は……?)

 

 イルミの上着と体についていた打撲痕は、拳でつけたにしては小さく、指でつけるには太過ぎる形状をしており、それが十数ヶ所に渡ってつけられていた。

 

 連続で棒状の武器で突けばこのようにならなくもないが、襲撃者はたった一度の殴打でこのような傷を与えている。まるで、巨大なイソギンチャクが触手を拳に見立てて殴りかかって来たような奇妙な打撲痕にイルミは首を傾げる。

 

 彼がそんなことを考えていると、再びあの臭いを感じたと共に、足元の"尖った石"の角から青黒い煙のようなものが噴出する。

 

「――――ッ!?」

 

 そして、イルミが退く前に煙の一部がオーラで覆われた触手を形成し、鞭のように襲い掛かる。寸でのところで、腕を構えて防御した彼であったが、触手には関節が存在しないため、防いだ場所より先の部分が直角に曲がり、彼の胴に先端が突き立つ。

 

 見た目からは想像できない重さと、鈍器で殴られたような衝撃を受けたイルミは吹き飛ばされ、受け身を取った。そして、自身が元いた場所を見た。

 

 そこでは一本の触手から伸びる青黒い煙が立ち込めており、青黒い煙はすぐに圧縮され、生き物の形を取ると、その姿を表す。

 

 

 

 それは全長4mほどの四足歩行の犬のような何かだった。

 

 

 

 前足と後ろ足、胴体、頭、尻尾と犬を構成するパーツは確かに存在する。しかし、それ以外は既存の生物からは明らかに掛け離れている。

 

 前足と後ろ足には節、関節部が存在せず、細い蛞蝓が伸びているように見える。胴体は剥き出しの肉食獣の骨格がそのまま生きているように肉が無く、がらんどうの胴体の腹部には触手が蠢いており、背中には椎骨の突起に触手が一本ずつ毛のように伸びている。尻尾は最も長く太い幅広の触手のような尻尾が生えるのみで、冷たく硬く思える質感は、生きた針のように見えた。

 

 そして、原形質に似ているが酵素を持たない、青みがかった脳漿のようなものを全身から垂らしており、その姿も骨格は青黒く、それ以外は青白い出で立ちに見える。

 

 最後に頭部は開き始めのユリの花のような形状をしており、外側に捲れ上がる顎の中には、太く曲がりくねって鋭く伸びた注射器のような舌が伸びていた。

 

(コイツは……)

 

 その上、犬のような何かは少なくとも自身の10倍以上の顕在オーラを纏っており、まるで衰える様子がない。さらにどこまでも暗く、陰湿で、ねばつき、猟奇的なオーラは明らかに快楽的、道楽的に他者を犯し殺すような類いのものであり、生物としてはあまりに異常であった。

 

『――――――』

 

 犬のような何かは、見下すように暗く輝く目を三日月に歪めると、舌なめずりする。その様は知り合いのヒソカが、獲物を愉しく値踏みする様子に酷く重なる。

 

(殺そうと思えば……初撃で殺されていた……)

 

 それを目にし、相手の凡その思考を読み取り、その考えに至ったイルミは、自身の胸の中で自然に湧き上がり、拡がっていく感覚を覚えると共に、針を構える己の手が小刻みに震え、いくら抑えようとしても止まらないことに気づく。

 

 

 

(………………"こわい")

 

 

 

 闇人形として、生きるイルミ=ゾルディックが久方振りに感じた生物としての本能による激情は、与えられた"恐怖と絶望"であった。

 

 それを目にした犬のような何かの姿は、小さく声を上げると、即座に全身が霧のように霧散した。そして、視線と殺意だけが残り、ゆっくりと絞め殺すように嬲り始める。

 

 久方振りの追い甲斐のある獲物。犬のような何か――"ティンダロスの猟犬"はそう易々とイルミを殺す気など何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 

《はい、解毒はしといたわ。ヒソカからプレートは奪えたけど、借りが出来て災難だったわね》

 

「ありがとう……必ず……必ず借りは返す!」

 

 

 アトラは自身のターゲット――301番に対して、お使い程度の認識で放った猟犬のことをすっかり忘れ、(ゼツ)でオーラを消して気配を隠しつつ、ゴンの成長を温かく見守るのだった。

 

 

 

 

 





ティンダロスの猟犬
 異常な角度を持つ場所に棲む暗黒大陸の生物。絶えず飢え、そして自身が生命の危機に陥らない限りは非常に執念深い。四つ足で、獲物の匂いを知覚すると、その獲物を捕らえるまで、次元を超えると比喩されるほど高い種族固有の追跡能力で半永久的に追い続ける。暗黒大陸では獲物を追う様子から"猟犬"と呼ばれているが、人類が定義する犬とは全く異なる存在である。
 尚、暗黒大陸で生き延びるため、自身の種族の台頭ではなく、より強い生物に従う生態を持つタイプの生物であり、アトラク=ナクア級の念能力者には頭を垂れ、非常に賢いため躾も簡単なので、ペットとして大人気(上位者目線)。
 蛇足だが、アトラによれば今回一体だけ召喚した個体は雌で、他の猟犬と比べると、かなりグラマラスな美人さんとのこと。



Q:ティンダロスの猟犬の一個体って平均的にどれぐらい強いの?

A:王直属護衛軍(がんばれば人類でも倒せる)ぐらい。


Q:くじら島のティトカアはなにしてるの?

A:パン屋




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大蜘蛛の四次試験 中


 あそぼ。リースXPと申します。別名は姉を名乗る不審者で匿名投稿もしております。

 前後編といいましたね。あれは嘘です(懺悔)。






 

 

 

 

 

「アトラ……俺を鍛えてくれないかな?」

 

 四次試験四日目の早朝。獲ってきた雌鹿に歯を立てようとしていたアトラはゴンにそう言われ、食事の手を止めると共に目を丸くする。

 

 しかし、ゴンの目は真剣そのものであり、真っ直ぐな瞳と目線を合わせていると、本気で言っていることがアトラに伝わった。

 

《えっと、それは修行とかそういう意味かしら?》

 

「ああ! お願いアトラ!」

 

(弱ったわねぇ……)

 

 そんなことを考えつつ、真顔のまま頬を掻くアトラ。内心で大きな溜め息を吐く。

 

(正直、私。修行とか生きてこの方、全くしたことないのよ……生命力は感覚で使えるし、戦闘技能なんて、暗黒大陸で他者を陥れながら生きていれば嫌でも身に付くんだもの。それに虫の鍛練方法は未だしも、猿に近い哺乳類の鍛練方法なんてわかるわけないし、興味があるわけもないし……)

 

 それも当然の話。野生動物に人間が修行を付けて欲しいと頼み込むのもおかしな話であろう。そもそも自然界に明確な師弟関係など、あるわけもなく、アトラは師や弟子についての認識もほとんどない。

 

 そのため、いつもであれば、クモワシの時のようにオーラだけ開花させて、それで終わりにするところであったが、今回はそうはいかなかった。

 

(それにどうもこの世界って不思議なのよねぇ。動植物は全て生命力を使えないのかと思えば、人間は時々、使えている者も見掛けるし……ひょっとして生命力を使うのにも資格とかいる感じなのかしら? それだったら尚更教えられないじゃない……)

 

 ちなみにアトラは、興味がないことにはとことん無頓着なタイプである。そのため、食べた脳髄から知識を引き出せる能力を十全に使っているとは言い難いが、ある意味能力とのバランスが取れているのかもしれない。

 

(けれど……求められたモノを、信奉者どころか、友人に与えられるのに与えなかったとなれば、神と呼ばれた者として、関係性を持った者として名折れだわ)

 

《いいけど……私がアナタに教えられることは多くはないことは理解してね?》

 

「ありがとうアトラ! うん、アトラが俺よりもずっとずっと強い者だってことは、なんとなくわかってるから少しでも嬉しいよ!」

 

(………………なんか、いい具合に勘違いしてくれたわね。本当に教えられることそんなにないのに)

 

 無論、高い実力に加え、見栄や面子も重んじるアトラはその勘違いを訂正しなかった。

 

 誰が言ったか、系統別性格特性の操作系は理屈屋・マイペース。どちらともアトラに当てはまる気がしないでもないが、あくまでも目安である。

 

《とりあえず――》

 

(ふふふ、けれど"修行"っていうものについては、なんとなく密猟者の知識から仕入れていたから何とかなるわね)

 

 そんなことを思いつつ、アトラは糸を出し。みるみるうちに知識にあった物を作り始め、はや回し映像を見ているように出来上がっていく。

 

 ちなみにアトラの知識を引き出せる能力は一見、かなり便利に思えるのだが、十の知識から十を引き出せる能力とは言い難い。というのも――。

 

「アトラ、なに編んでるの?」

 

《まずは修行には"道着"が必要らしいわ!》

 

 知識の解釈は自身の頭で行うため、このように妙な受け取り方や変換がされてしまうことが多々あったりする。

 

 結局のところ、頭の善し悪しとは関係無く、元々アトラはどこか抜けているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ッ!」

 

 受験者番号301番ギタラクルこと、イルミ=ゾルディックは一切速度を緩めることなく、逃げるように森の中を移動し続けていた。

 

 というよりも昨日の昼間からイルミは襲撃者――ティンダロスの猟犬から逃げ続けている。

 

 猟犬は如何なる念能力を用いてか、今この瞬間も視線を向け続けていた。殺意はあるが、それ以上に好奇と明らかな嬉々とした感情を孕んだその視線は、殺し屋でも、戦争屋でもなく、ヒソカのような死を美徳とする異常者のそれである。

 

「くっ……」

 

 全く休むことなく動き続けていたため、木の上の辛うじて人ひとりが立てる枝の細さの場所に止まり、イルミはほんの少しだけ呼吸を整えた。

 

 するとイルミの乗る木の枝の幹と、枝の間の僅かな場所から立ち上る青黒い煙と、その中で妖しげに輝く瞳を目にし、次の瞬間には再び森の中を駆けずり回るように移動を始める。

 

「クッソ……! どうしてこんなッ!?」

 

 シャチという動物がいる。それは生き物でも珍しく快楽的に他の生物を殺害する生き物である。遊びでアザラシを尻尾で吹き飛ばし、海中から空中へ打ち上げるなど最たる例だろう。シャチに追われて、野生のアザラシが人間の船に上がることがたまにあるが、それはそれほどまでにアザラシが切迫しているということに他ならない。

 

 そして、シャチの残虐性が最も現れるのは、シャチの群れがクジラの親子を見つけたときと言える。シャチの群れはクジラの子を殺すために何をするか?

 

 正解は子が泳げなくなるまで、数日から数週もの間、ひたすら親子を追い続け、子を衰弱死させるのである。そして、死んだ子を食らうのかと思えば、少し齧る程度で居なくなる。当然、端から親のクジラを狙っていないため、子を殺すとすぐにその場から去るのだ。

 

 食糧目的以外で他者を殺すのは決して人間の特権ではない。イルミを追う猟犬はある意味、シャチのような生き物に極めて近い生まれながらの残忍さを持っているのかもしれない。そのため、猟犬に数日、数週どころではないほど追われかねないことは、イルミ自身痛いほど理解していた。

 

 だからといって、あの犬のような何かと直接殺り合う? オーラ量はどんなに低く見積もろうとも自身の数倍。見ての通りの異常極まりない追跡かつ探索能力を持ち、性格はシリアルキラーのそれでしかない。直接戦ったところで、イルミでは勝ち目が薄く、向こうをより喜ばせる結果にしかならないだろう。希代の暗殺一家の暗殺者の経験に加えて、ヒソカとの関係や対応が、こんな役に立ち方をするとは飛んだ皮肉である。

 

 また、イルミは心こそ折れてはいないが、初見時に覚えた恐怖感も未だ継続しており、どう見ても猟犬はそれを愉しんでいる様子に見える。

 

「ふざけんな……こんなの割に合わな過ぎるッ!?」

 

 そして、イルミは現在進行形で、ハンター試験に参加したことを全力で後悔していた。

 

 

 

 

 

 ちなみに全く同じ頃。ティンダロスの猟犬の主であるアトラが何をしているかと言えば、ゴンに着せる道着の帯の色について悩んでいたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉぉぉ!」

 

(面白いわねぇ……)

 

『ピ?』

 

 ゴンに黒檀色の帯の道着を着せて、形はなんとなく整った頃。とりあえず、何をしてもいいので、自身の頭に乗っているカワセミに触れてみろという指示を出し、それに従って彼はアトラに飛び掛かり続けている。

 

 しかし、アトラは不自然なまでに、頭のカワセミに振動を与えずに動きつつ、片手のみでゴンをいなし、防ぎ、弾き、投げる。そして、明らかな隙を見つけては眉間にデコピンを放っていた。

 

「いったー!?」

 

《隙だらけよ》

 

『ピピー!』

 

 既に50発以上、眉間にデコピンを当てられたゴンの眉間は、アトラの感覚的には羽毛で撫でるよりも加減しているとはいえ、赤くなり、少し皮が剥け始めていた。

 

《もう、いいんじゃないかしら? 額が真っ赤よ?》

 

「ううん、全然! まだまだ行くよアトラ!」

 

《そ、そう……》

 

 それとなく静止を促したアトラだったが、真剣でありつつもどこか楽しそうに続けたがる様子のゴンに押され、取り組みが再開する。

 

 

◇◇◇

 

 

『カー!』

 

 その後、更に4時間ほど攻防が続き、陽が傾く時間になったが、相変わらず、アトラには指一本マトモに触れることはなく、いつの間にか、カワセミからカラスに頭にいる鳥が変わっている。

 

 ついに疲労で動けなくなったのか、ゴンは緑の地面に大の字になり、少し悔しそうでいて、晴れやかにも見える表情をしていた。額から若干血を流していなければ、年相応の微笑ましい光景にも見えただろう。

 

「くぅぅぅ……! 全ッッ然触れないなぁ!」

 

《触らせないようにしているもの。当たり前よ》

 

(………………いいわね。疲れつつも嬉しげで、微塵も私の気が変わるか、加減を間違えて殺すことを考えてすらいないその顔。愚かだけれど、本当に楽しそう。ふふふ、弱くとも、何も知らずとも、私も少しだけここに生まれたかったわ…………なんてね)

 

 優しげな色を浮かべ、望郷を抱くようにどこか遠くを見つめるアトラは、一瞬だけ考えた下らない世迷い言を切って捨て、あらかじめゴンの夕食用として、森中に張っていた蜘蛛の巣に獲物が掛かっていることに意識を向ける。

 

(………………そう言えば何か忘れているような気がするわね。なんだったかしら?)

 

 しかし、忘れるようなことなので、大したことではないだろうと結論付け。仕掛けた蜘蛛の巣を確認したところ、アトラはまず人間が掛かっているところへ向かう。そこは動物が身を隠すにはうってつけの場所だった。

 

「うぅ……ぐっ……あ、アンタは!?」

 

《既に色々試しただろうけど、アナタではどうやっても私の糸は切れないし、焼けないわ。持ってるプレートを全部くれれば助けてあげるわよ? また、来年頑張りなさいな》

 

 念能力者ですら立ち止まってよほど(ギョウ)を凝らさなければ視認することも叶わないほど細く、透明にさえ思える蜘蛛の巣のひとつに引っ掛かっていたのは、受験番号53番――ポックルという頭にターバンを巻いて、弓を持った男である。

 

(とりあえず、もう3枚ゲットね。チョロいもんだわ)

 

 蜘蛛の糸から円を広げ、他の蜘蛛の巣にプレートを持つ受験者がもうひとり。そして、鹿が2頭、猪が1頭、26体の小動物と無数の虫が引っ掛かっていることを確認し、もう試験が終わってしまったことの張り合いのなさに落胆するアトラなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……くそッ……!?」

 

 四次試験六日の昼時。三日三晩、不眠不休で行動し続けることを強いられているイルミにも限界が来ていた。念能力者としてはトップクラスの身体能力を持つばかりに、下手な拷問よりも凄惨な目に遭っている様は皮肉でしかない。

 

 疲労とそれによる精神的な鈍麻で判断力が鈍り、いっそ無謀でも交戦してしまおうかとも考え始めているが、それもまた猟犬の狙いであることも明白である。

 

 しかし、その時間は唐突に終わりを告げた。

 

 

『――――――!』

 

 

 突如として、猟犬は異空間からの追跡を止め、イルミの進行方向で実体化する。そして、およそ生物のものとは思えない咆哮を上げたことでイルミは足を止め、遂に獲りに来たことを感じ、冷や汗を流す。

 

 それもまた当然と言えただろう。イルミがこの猟犬に襲われた理由も大方想像はつく。

 

 四次試験中のタイミングであり、猟犬自体の凡そ人間の念能力者と比べた馬鹿げたオーラから、十中八九あの406番――アトラという猟犬すら霞むオーラを持つ魔獣が、放ったものであろう。

 

 正直、イルミとしては弟のキルアを彼女から即刻引き剥がしたかったが、絶望などというレベルではないオーラの差により、手が出せなかった。下手に刺激して、自身やキルアだけでなく、ゾルディック家をパドキア共和国ごと潰されても何もおかしくはない異次元の怪物のためである。

 

 しかし、それでも弟への偏愛から、たまに殺気を漏らすぐらいはやってしまっていたので、その報復という線が最も濃厚ではないかと考えていた。あの怪物クラスが、自身がターゲットならば、それこそ、いつでもプレートを奪うことなど容易であり、仮に寄越せと言われたならイルミは、コンマ数秒で自身のプレートを投げ渡す想定もしていた。

 

 要は猟犬のクライアントが飽きたか、後1日で四次試験が終了するために仕留めて来いという指示が下ったか、日数を逆算して自主的に行ったのではないかとイルミは判断する。どれにしても腹が立つほど、理性的な獣だということは間違いない。

 

「………………」

 

 猟犬が本気で殺しに来るのならば既に避けようがないことを嫌というほど味わっていたイルミは、無言で針を構え、顕在オーラを跳ね上げる。

 

 イルミとしても闇雲に逃げていた訳ではない。少しでも勝率を上げるため、相手の出方や癖、念能力などを観察していた。

 

 しかし、得られたのは、"鋭い角度が付いた物体ならばほとんど制限なく出現可能"なのではないかという、ある意味でナニカに匹敵しかねないふざけた念能力を持っているという仮説だった。身に付けている物や、生物自体の角度から出てこないのは、単に猟犬の傲りか、念能力に制約があるのかは不明であるが、最早イルミにとってはどちらでも大差はない。

 

『――――』

 

 そして、遂に後脚で地面を蹴った猟犬は正面からイルミに飛び掛かる。その動作は世界最高クラスの暗殺者であるイルミからしても、不自然な程に無音であり、自然界の中で自然を超越した暗殺技能が見て取れた。

 

 それに合わせるようにイルミは回避行動を取りつつ、片手で投げられるだけの針を放つ。イルミの能力は操作系らしく、刺されば実質必殺であるため、当たれば御の字、空間に逃げられればそれもまたよしという考えだった。

 

 しかし、猟犬はどちらの行動も取らず、突撃を止めて、途中で急停止すると共に、背中の触手を鞭の雨のように薙ぎ、飛んできた全ての針を折り砕いた。バラバラになった針は針としての機能は最早有してはいないだろう。

 

(…………コイツ、念能力者の戦闘を理解してやがる)

 

 投擲された針に何らかの念が掛かっているかもしれない。あるいは周囲に拡げることで発動する能力ということもあり得る。なにより、避けるだけでは拾われて再利用される可能性があるため、壊せるならば全て壊しておく。凡そ念能力者同士の戦い方としては、一般的なことであるが、それを猟犬のような何かが行っていることが少なからず衝撃であった。

 

「ぐっ……!?」

 

『――――――』

 

 針は刺すもの。ならば刺すことで何らかの能力が起動することは道理。そのためか、猟犬は攻めつつも非常に保守的である。

 

 触手とその駆体で同時に攻撃することはせず、触手数本で攻撃するか、足の爪で攻撃するか、百合のような口から伸ばす舌で攻撃するか、尻尾で打ち払うかの四パターンを状況に合わせて使う。

 

 かと言えば、たまに少し欲張った攻撃も行い、イルミがカウンターとして攻撃を加えるが、当たる寸前で転移能力を使って避けられる。当たりそうで届かない状況が、少なからずイルミを焦らせる要因になっていた。

 

 それが15分程続き、攻防と言えるような様相を呈す。

 

 しかし、それが断じて攻防などではないことは、イルミ自身が最も理解していた。

 

(後、何本だ……?)

 

 イルミを殺すことではなく、明らかに猟犬が針を狙っているため、面白いような勢いで彼の針が消費されていくのである。

 

 既にイルミの針は残り20本を下回っており、それもまた彼に焦燥を募らせる。この期に及んで猟犬は、針をすれすれで躱すスリルを味わいつつ、相手の心を削ることで遊んでいるのだ。

 

(……? 尻尾はどこだ……?)

 

 そして、焦り、疲労、未だある恐怖などが重なり、イルミに決定的な見落としを生んだ。

 

 いつの間にか、猟犬の攻撃パターンから尾撃が消え、それどころか尻尾そのものが、付け根から見当たらなかったのである。

 

(まさか――!)

 

 それに思い当たったときには既に遅く、猟犬のぎらつきつつも暗く光を呑むような目が輝き、歓喜に歪んだような気がした。

 

「がッ……!?」

 

 その直後、イルミの真下から尻尾だけか出現し、腹を打った。猟犬の目を見た瞬間から身構えてはいたため、辛うじて(ケン)による防御が間に合いはしたが、尻尾には平常時のイルミを容易く殺せる程度にはオーラが込められていたため、彼の体は激しく吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

(コイツ……! 体のパーツだけ転移させることもできたのか!?)

 

 あくまでも猟犬は全身を消してからの奇襲しかして来ず、今の今までその技を使ってくることがなかったため、イルミは自然と、そのような攻撃は不可能なものだと考えていた。

 

 それもまたどこまでも凄惨で理性的な猟犬の計画の内なのだろう。まさか、明らかに人間ではない生物が、人間の念能力者のように技術的な手の内を隠して戦闘に挑んでいると考えられる者はほとんどこの世界には居ないであろう。

 

「はー……はー……!」

 

『………………――』

 

 イルミが転移させた尾撃を最小限の被害に留めたためか、猟犬は行動を止めて、驚いたように文字通り、舌を巻いて見せている。この期に及んで、まだ遊び半分と言える様子であるが、それがまた猟犬の底の知れなさを感じさせた。

 

(マズいな……分離攻撃ができるということは――)

 

 猟犬を見据えながら息を整えていたイルミだったが、それ以上の思考は、起こった現象によって塗り潰される。

 

 何故なら猟犬の背骨を沿うように生えている多数の触手が一斉に消失し、イルミのいる四方八方の地面から触手が生えて襲い掛かってきたのである。

 

(――応用が利き過ぎる!?)

 

 全距離(オールレンジ)攻撃。文字通り、近距離から遠距離まで全ての攻撃をこなすことが可能な上、不得意レンジの存在しない、対戦者からすれば悪魔でしかない念能力であった。

 

 咄嗟に針と体捌きで避けたイルミであったが、それでも避けきれなかった触手のうちの一本だけが脇腹を貫通する。

 

 攻撃が終わり、煙のように消えた全ての触手は、猟犬の背中が煙に包まれた次の瞬間には、牙が並び立つように並び直していた。

 

『――――――!』

 

 そして、舌舐めずりをするように百合の蕾のような口から舌を伸ばして自身の口の周りを舐めると、猟犬は尻尾と背中の触手全てを消す。更にその状態で、舌を伸ばしながら地を踏みしめてイルミに突撃した。

 

(死ぬ――)

 

 イルミは周囲の地面から生える触手の先端と、尻尾を含めずに3mほどの体躯を持つ猟犬を正面から見据え、酷く時の流れが遅く感じる。

 

 これはどうやってももう避けようがないと、自身の人生の呆気なさと、あまりにも唐突な終止符に内心で溜め息を漏らしながら、眼前に迫る猟犬の大顎を見ていた。

 

 そして、猟犬の舌がイルミに届く瞬間――。

 

 

 

 

 突如、猟犬は急停止し、その場で横に激しく回転すると自身の首筋を目掛けて"飛来してきた数枚のトランプ"のうち半分を避け、もう半分を爪で引き裂くことで迎撃した。

 

 そして、イルミを攻撃する筈だった触手と、猟犬自身を消し、イルミと襲撃者から距離を取った位置に出現すると、猟犬はトランプが飛んできた方向を見据える。

 

 

 

「タイミングは完璧だったのに今のを避けるとは……大したものだ♧ 僕だったら当たってるよ♢ それとイルミ♠ 僕も混ぜてくれないかい?」

 

 

 

 猟犬の視線の先の森から出て来たのは、奇術師の装いをした男――ヒソカ=モロウであり、何故かイルミが知る3倍以上の顕在オーラを(まと)っていた。

 

 

 

 

 






これをあらゆる方法を用いてでもマーシャルキックで倒したりする探索者ってなんなんですか(唖然)




ーティンダロスの猟犬を呼び出したときー


『………………』

 猟犬は狛犬のような姿勢で、行儀よくアトラの隣で座っていた。

「わぁ……すっげー……図鑑でも見たことない動物だ!」

《つるっとしてて可愛いでしょう? 尻尾触ると嫌がるから注意ね》

「何かできるの!?」

《もちろん! 一通り、芸は仕込んでるもの》

 そう書くと、アトラは両手を使うため、ホワイトボードを置いて、少し屈むと掌を猟犬の前に差し出した。

《お手》

『――!』

 すると猟犬は声を上げて前足を乗せる。

《おかわり》

『――――!』

 犬のように逆の前足を乗せる。

《角》

『――――!!』

 猟犬は一瞬で消え、指で示した木の根本から生えるように姿を現した。

《スゴいでしょ? えっへん》

「おー?」

(なんか本当に犬みたいだなぁ……)





~QAコーナー~

Q:なんでヒソカのオーラ量が激増してるの?

A:手術糸には自然に溶けて体に吸収されるようなモノもあるそうですね。






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