具現した死の神王 (4グリム)
しおりを挟む

プロローグ

 ヒューヒューと全力疾走をし続けた後のように息をするのが辛い。肺に穴が空いているのだから当たり前ではあるのだが。やった相手は狂った笑みを浮かべている事から、薬でもやっているのだろう。気持ちは分からないでもないが、殺人は流石にやっちゃいけないだろ。例え、会社を首になったとしてもだ。

 巨大企業に支配した世界。愚民化政策によって学ぶ場を奪われ、小学校の入学金すら大金が必要で、ほとんどの人が学校に通えずに働きに出る時代。そんな時代である今、一度首になってしまったら、もう働けずそこで人生終了だ。今俺を殺そうとしているのは先日まで同僚だった男で、仕事で大きな失敗をしてしまい会社を首になった。社宅で隣室だった事もあって仲良くしていたので、最後の挨拶だからと不用意に出てしまったのが運の尽き。いきなり胸を刺されて肺に穴が空いてしまった。右胸を刺されたので死ぬことはないが、すぐに殺されるだろう。

「お前が死ねば俺はまた働けるぅぅぅ!」

 どうやら、俺が居なくなれば俺の席が空いて、そこに自分が座れると思っているようだ。もう無理だというのに……。誰が好き好んで大失敗した奴を雇うというのか。例え雇われても、死ぬ前提の酷い仕事くらいだろう。

 そんなことを思いながら、俺は元同僚が持つ包丁を眺め、頭に向かって振り下ろされるのを見ていた。

「んん?」

 そして気づけば見渡す限りの草原に突っ立っていた。周りを見回し、遠くに森があるのを確認してから首を傾げる。妙に現実感がある夢、もしくは殺風景なあの世だなと。刺された傷が痛まないのは嬉しいが、血はどうなっているだろうか。

 刺された胸と頭に触れ、血がついているか手を見て俺は固まった。懐かしい黒い手甲。釣られて体を見れば、覚えのある黒い全身鎧に腰に差した剣。覚えがありすぎる装備の数々。間違いない。

「……モルス」

 かつてやっていたVRMMO-RPG「ユグドラシル」で使用していたキャラクターだ。謎なのは、俺は既にユグドラシルを引退していたし、引退してから一度もログインはしていない。死後の夢という可能性もなくはないが、その可能性を否定出来る判断材料がある。

 草や土の匂いがあるのだ。

 環境など汚染され尽くし、触れたら重大な病気になって死んでしまう世界で、富裕層でもない俺が草や土の匂いを知っているはずがない。ユグドラシルでも匂いの実装は犯罪だからされていないはずだ。夢というのは経験を反芻するためのものなので、経験していないことは夢で見ることが出来ない。故に、これは夢ではなく現実である。

 次に、何故ゲームのアバターの姿で居るか。これには理解は出来ないが、信じがたいことに異世界転生とかいうものだろう。そういうのが好きなギルドのメンバーが居て、そのメンバーから聞いた限りでは、元の世界で死んで神様にチート能力を貰って異世界に転生する場合とゲームのキャラクターに憑依して転生するという場合があるらしい。他にもあるかもしれないが、覚えているのはこの二つだけだ。今の俺は後者の状況であると思われる。

 まぁ、一番思い出がある姿であの世にいる可能性もあるが、考えても仕方ないという奴だろう。異世界転生ならまずはこの世界のレベルを探らないとな。その前にスキルや魔法やアイテムが使えるかどうか確認をしないと。ユグドラシルと同じことが出来るだけで全然違うからな。後は金。やはり先立つものは必要だ。

 やるべきことを決めると、早速それに取り掛かる。その結果、アイテムは使用出来る。魔法は戦士職なので使えないが、アイテムを使えば使える。スキルも問題ないようだ。

「さてと、これの出番だな」

 拠点制作用アイテムの中に入り、あるアイテムを取り出す。それは巨大な姿見で、名前は遠隔視(ミラー・オブ・)の鏡(リモート・ビューイング)という指定したポイントを映し出すマジックアイテムだ。低位の情報系魔法で防がれるので微妙系アイテムになるが、現状では重宝する。防がれればそれなりのレベル。防がれなければ与し易いと判断出来る。

「確かこうして……よし」

 前にペロロンチーノというギルメンと馬鹿をやった時に覚えた操作と変わっていなかったようで、すぐに操作することが出来た。そのまま操作していくと、ちょうど四人ほどの男たちが人食い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)たちと戦っているので、とりあえずそれを見ることにした。

 金髪の男が前に出て、軽そうな男が弓で牽制してからショートソードで前に出る。茶髪の少年が魔法を放って支援し、野蛮人もドルイドらしく支援をしている。バランスのいいチームだ。動きから察するに恐らくレベルは一桁後半から10台前半だ。このチームだけが弱いのかも確認しないといけないので、別のチームを探す。今度は特に特徴もない男たち四人だ。こっちは先ほどのチームよりは強く、レベル20台全半辺り。森で雑魚相手に戦闘しているようだ。それからも何チームか戦闘を見て、ため息をついた。

「え、なにこれ。弱すぎじゃね?」

 見た中で一番強いのがレベル20台前半辺りの森で戦闘していた男たち。それ以外はレベル一桁や10台前半などが大半。そして全員が漏れなく人間だった。モロスの種族はアンデッドの戦士職で最上位である具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の課金上位種である死の(グリムリーパー・)神王(タナトスロード)だ。姿は真っ赤に光る眼が付いた真っ黒な人型の影だと思ってくれればいい。パッシブスキルで常時アストラル体なので、そのスキルを切れば……いや、そもそもパッシブなのに切れるかどうかが問題だった。

「スキルを切る……こうか?」

 切ると思えば切れるのかと予想すれば、正しかったようで普通の鏡になっていた遠隔視の鏡に映っていた目の光が消えた。遠隔視の鏡で見ていた限りではこの世界の装備は弱いようなので、そのまま着替えをする為に鎧を脱ぎ去る。鎧なんて着たことないから、四苦八苦したが。

 鎧の下から出てきたのは、腰まで伸びる毒々しい紫の髪をした紅い瞳の美少女。そう、俺はネカマをしていた。本当は酔っ払って設定を間違えたのだが、性別でステータスに変化はないのでそのままにしておいて……うん、ペロロンチーノにバレてキャラメイクを担当していたギルメンに外装データを貰ってこれになったんだったな。うん、今では良い思い出だ。ただしペロロンチーノ、テメェは許さん。

 等級として上から三つ目の伝説級(レジェンド)だが、手持ちの装備の中では一番上等なので、これを換装アイテムに登録して、通常時は手持ちの中で一番低級の遺産級(レガシー)装備を身につける。金属糸で編まれた上下に全身を覆い尽くす黒いローブ。腰にはちょっと上等な聖遺物級(レリック)の剣。

「よし、じゃあ行くか」

 準備を終えたモロスは、遠隔視の鏡で見た大きな壁に囲まれた都市に向かって歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む