最強魔女と狼娘 (双碧)
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プロローグ
始まり


 私は暗い森の中をよろめきながら彷徨っていた。

 身体のいたるところが血で滲み、痣ができてしまっている。

 時折くる激痛で表情が歪む。

 

「どうしてこんな……っ」

 

 そう呟いたつもりだったが、口から零れるのはヒューという音と、血の塊だけ。

 倒れるように近くの木に寄りかかる。

 

 あの怪物からは逃げ切れたようだったけれど、これではもう……。

 意識も朦朧とし始め、気付くと私は地面に倒れ伏していた。

 

 動こうにも四肢は動いてくれず、ただただ自身の血の匂いが鼻につくばかり。

 視界がぼやけ、よく見えなくなってきたと同時に、足音と、話し声、そして何故か明るく感じ始める。

 

 その気配は私の頭辺りで止まり、何事かを呟いて私の身体に触れてくる。

 遠くなり始める感覚に、ああ、死に際の幻覚か、と認識したところで私の意識は途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 目を開けると見知らぬ部屋だった。

 最初に目に映ったのは木製の天井と、近くの窓。そして、そこから吹き込む風で揺れる白いカーテン。

 

 夢……?いやでも確か……。

 

 自身の記憶を紐解きながら、上半身を起こす。

 私にかかっていた布団が外れ、肌色が目に入る。

 

「え」

 

 意識が覚醒してきて、自分の状態にようやく気が付き始める。

 身に纏っていた衣服は一つも無い。

 慌てて自分の身体をまさぐってみると、服どころか痣や傷一つ見当たらない。

 

「えっと……」

 

 周囲を見渡すも椅子や、机、その上に飾られている花瓶ぐらいしかこの部屋には無いらしい。

 死後の世界だからなのか、それとも死にかけたのが夢だったのか、はたまた……?

 とりあえずこのまま行動するのは嫌なので、布団を身体に巻きつけて部屋を出る。

 

 なるべく静かに扉を開けて様子を見ると、変わった模様入りの純白のローブを身に着けた金髪の女性が隣の部屋の椅子に座って居た。

 こちらからだと背を向けているため何をしているのか分からないが、何かを呟きながら手元を弄っている。

 

 そして何より彼女は神秘的な雰囲気を醸し出している。

 目を擦って見直しても、後光が差しているが如く光り輝いて見える。

 とにもかくにも普通じゃない人が居る。

 知り合いではないし、声をかけるべきかと戸惑っていると、彼女は振り向くことなく。

 

「あ、起きたのね」

 

 少し間延びした、柔らかい調子の声でそう告げてきた。

 何がなんだか分からず硬直する私を無視して彼女は手を動かし続けている。

 

「ちょっと待っててね。もうすぐ終わるから」

 

 そう言った彼女は机に何かを置いて、指を鳴らした。

 それと同時に椅子から立ち上がり、こちらを振り向く。

 

「そのままじゃ寒いでしょ、狼娘さん」

 彼女は私が着ていた服を手に持ちながら、柔和な表情で近づいてくる。

 

 あ、凄く綺麗……。

 

 先ほどから放心しっぱなしだったが、その姿はそうなっても可笑しくないほど神秘的でこの世のものとは思えなかった。

 そんな私の手に彼女は服を乗せ。

 

「着替えてきてから、話をしましょう?」

 

 私の頭にある狼の耳辺りを撫でながら、優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

「お腹すいているでしょ、食べて」

 

 私が着替えて戻ってくると、食事が並んでいる机に案内された。

 服は凡そ前と同じ様だったが、ちょっとした刺繍が施されていた。

 状況もよく分からないので、とりあえず席に着くものの、困惑気味に彼女を見つめる。

 彼女は上品にスープを口に運んでいたが、私の視線に気付いたのか手を止める。

 

「どうしたの?食べないの?」

「いえ……あの……私は一体……」

 

 死んでいるのか、生きているのか。

 後光がずっと差しているこの女性は誰なのか。

 ここが一体何処なのか。

 聞きたいことはとても多い。

 

 彼女は少し悩んだような表情をしながら。

「そうね……大怪我していたから連れ帰ってきたのよ」

「いえ!ありがとうございます!」

 

 迷惑だったかしら?と言いたげな、少し寂しそうな様子でそんなことを言われたら、私のほうが動揺してしまう。

 

 というか、生きてたんだ、私。

 狼人といってもいろんなタイプが居る。

 私は頭に狼の耳があり人の耳が無い、それと尻尾があるだけの、比較的人間に近い姿だけれど、殆ど狼でただ二足歩行するという狼人も見たことはある。

 どちらにせよ狼人は基本的に自癒能力が高い。

 

 しかしあの状態からでは、生半可な薬を使っても治癒なんてしないと思っていたから殆ど諦めていたというのに。

 ひとまずの一番大きな疑問が解決して、大きく安堵の息を吐く。

 安心したからかお腹が減っていたことを今更ながら自覚し、少し会釈して食事にありつく。

 

 まともな食事は何日ぶりだろうか……。

 

 私ががっついて食べているのを見て嬉しそうにしている彼女。

「あ、そういえばもう一つの疑問だけど……」

「んむ……?」

 

 急に話し出した彼女に食べながら視線を向ける。

 

「魔女よ、私は」

 

 ……………。

 

 あまりにも普通にカミングアウトされた言葉に、思わず持っていたスプーンを手から落としてしまう。

 

 魔女……魔女ってことは……つまり……。

 実験体として、扱われる……?

 

 この世の中において魔女はそう多くない。むしろ遭遇することは稀だろう。しかしながら年に何回か獣人や人間の子供などが行方不明になる話を聞くことがある。

 魔女の住むといわれる付近の森や洞窟、その他、人が踏み入れにくい地域で。

 私が行った場所はそんな場所なんかじゃなかったはずだったけど。

 

 でも、こんなに神々しいオーラを持つ人が魔女……?

 

 頭ではまだ信じ切れていないけれど、本能的に危機を感じ始めてしまって、身体が竦み始める。

 

「あ、えっと、大丈夫よ?何もしないわ」

 

 私があまりにも突然に挙動不審になったからか、フォローをいれる彼女。

 

「ほ、本当ですか……?」

「ええ」

 

 未だに半信半疑だが、命を助けてもらっているのは確かなわけで。

 とりあえず保留という事にして、机に落としたスプーンを拾いなおす。

 

「ああ、言い忘れていた」

「こ、今度は何ですか……?」

 

 あまりに怯えている私に苦笑いを浮かべている彼女。

 

「まだ回復させて間もないから激しく動いたり、長時間起きてるとすぐ激痛が走ったり動かなくなったりするから、しばらく家で安静にしていてね」

「………はい」

 

 何処が、とかそういうのは多分全身なのだろう。

 今はとにかく目の前に居る女性を信じて休むしかない……みたいだ。

 本当に魔女なら逃げたところで捕まりそうだし。

 

「あ、そうそう」

 

 意外にお喋りな魔女は次々話題を振ってくる。

 ちょっと食事が進まなくてスープが冷め始めている。

 冷めても美味しいけれど。

 

「貴女の名前聞いてなかったわ」

 

 その質問は今まで何回されてきただろう。

 

「名前は、ありません」

「あら……?」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女。

 

「強いて言うなら私達はイコープラ(狼の流れ者)と呼ばれます」

 

 大抵の人は名前を持っている。たとえ獣人であっても。

 獣人は人に比べて能力は高いものの、数が少ないため迫害を受けやすい。

 私の両親は、私が物心付く前に死んでしまっている。

 

 何が原因か分からないけれど。

 

 そして、そのまま私は知らない人間に引き取られ、名を付けられることなく侮称で呼ばれ続けてきた。

 名の通り人伝に物のように受け渡されながら。

 力が強かったり、生命力が高いから、労働力、護衛がわりなど危険な目にも遭いやすい。

 死に掛けたことも多数あったし、まともな治療をしてくれる人間は少なかった。

 

「うーん……でもそれで呼ぶのは、なぁ……」

 

 魔女は何やらぼそぼそと呟きながら、ああでもないこうでもないと呟き始めた。

 

「えっと、私も伺っても……?」

「え、あ、うん。貴女の名前はおいおい考えるわ。それで私の名前ね?」

「はい」

「あー真名は教えられないけど、いい?」

「大丈夫です」

 

 魔法などを扱う者にとって真名がとても大事だという話はよく聞いた事がある。

 何でも魂に刻み付けられた名前だとか何とか。

 訓練を積む事でそれを読めるようになると、魔術の行使が初めて出来るとか。

 言っている意味はさっぱり分からないけど。

 

「うーん、じゃあ一番気に入っている通り名でいいかしら?」

「はい」

「アプリピシアって呼ばれたりするのよ。長いからシアでいいわ」

「あ、はい……え!?」

 

 のほほんとした顔でとんでもないことを言い出す人だ、この人は……。

 アプリピシアは無敵って意味で、その通り名を持つってことは、当然とんでもない能力の持ち主なわけで。

 目の前で上品に欠伸なんかしているけど。

 

「えっと、では、シア、さん?」

「シアでいいの。誰も私をそう呼んでくれないんだもの」

 ちょっと拗ねたように呟くシア。

 

 前言撤回。

 

 この人、変わってて、凄い人だけど、可愛らしい人なのかもしれない。

 

「シア、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 そうしてしばらくの間私はここでお世話になることにした訳だった。

 

 

 

 

 

 昼食後、シアとの会話をしばらく続けていると、シアが虚空に対して何事か呟き、立ち上がる。

 

「あ、そうだ。私はこれから散策に出かけるから。私の部屋以外だったら見てもいいよ」

 

 そういったシアはささっと何処かに行ってしまう。

 

「えっと……」

 

 どうしよう、こういうことは初めてだ。

 ずっと同じ場所に居ろと言われたことはあっても、自由にしていいとは今までにない。

 きょろきょろ辺りを見渡すと、本などは多くある。

 しかし残念だけど、私は字が読めない。

 習ってないから、何を書いてあるかさっぱり。

 聞く分には知識は多い方なのだが。

 

「うーん……」

 

 あ、そういや何処がシアの部屋か聞き忘れた。

 まあ、気付いたら閉めればいいか。

 そうして私は探索を始めた。

 当然、しばらくここでお世話になるのだから、場所の把握ぐらいはしておかなければならない。

 

 さっき昼食を食べた部屋が居間だとすると、私の場所は寝室……。

 

 とりあえず玄関に向かってみる。

 シアが歩いていった道は匂いで何となく分かる。

 次々と通り過ぎていくドアの数に、少し不安になってくる。

 

 ここ、どれだけ広いの……?

 

 既に数十の扉を脇に見て、それでもなお玄関の扉は見えない。

 扉同士の間隔もそう狭くない。

 廊下としては人が三人並んで歩けるか程度の狭さではあるものの、城などと大差ないぐらい広いのではと思わせる。

 匂いを辿って角を何回か曲がり、そこに掛かっていた絵や物を元に頭の中で地図を構築しているうちに玄関に辿り着いた。

 

「……思ったより質素だった」

 

 ただ木で出来た扉が一つ、行き止まりにあるだけ。

 そして模様の描いてある布が地面に敷いてあるだけ。

 あまりにも普通の民家の入り口というか、こんな広さの家ならば、こう、もう少し広くても、何て思ってしまう。

 とりあえずこれで帰ってきたシアを迎えることが出来る。

 元来た道を歩きながら、部屋を一つ一つ確認していく。

 

 物置のような部屋、作業台のような物がおいてある部屋、鍛冶場みたいな部屋、広い料理場……。

 全く統一感が無いというか、扉を開けると専門の人間が居そうな部屋が次々出てくるというか。

 

 正直何のためにこれだけあるのかさえ分からない。

 他に人など全く見当たらないし。

 そして地味に寝室とバスルームがどれにも付属しているという徹底振り。

 

 実は私に見えてないだけ……?と考えてしまってもおかしくないくらい、無音無人且つ広く充実している設備。

 まるで豪邸、あるいは要塞といった大きな建物の中から人だけがまるまる消えてしまったような。

 異常な雰囲気を感じたことは何回もあったけれど、これは異常を通り越して不気味としか言いようが無かった。

 

 私はその後も少しおっかなびっくり次々と部屋を覚えていく。

 と、ある行き止まりに札の掛かった部屋があった。

 

 私が扉を開けてその中を覗くとあまりの光景に絶句する。

 大量の生物、植物が置いてあるように傍目からも見える。

 そしていたるところに線が引いてあり何がなんやら……。

 

 見なかったことにしよう。

 そう思って扉を閉めて立ち去ろうし。

 

「あっ……!」

 

 急に右足の力が抜けて部屋の中にうつぶせに転がり込んでしまった。

 と同時に顔の脇に落ちていた紙が突然光り始める。

 

「な、なに?!」

 

 私は不穏な気配を感じ慌てて立ち上がろうとする。

 しかし不思議と身体の各所から力が抜けてしまい思うように動けない。

 そうこうもがいていると紙の光が消え、魔方陣らしき中心から得体の知れない何かが出てきている。

 

 見た感じは黒くて植物の蔦のような……などと冷静に分析している暇は無さそう!

 その良く分からないものは私の身体のほうに先を伸ばし始めている。

 

「や、やめて…こないで…っ!」

 

 思わず声を出すものの、聞いてくれそうも無く……。

 

 これから何をされるのか分からない恐怖から耐えようと私は目を瞑り歯を食いしばった。

 が、しばらくたっても何も起きず不思議に思って目を開けると。

 

 視界はシアの顔で覆われていた。

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 うそ、全く匂いも気配も音も察知できなかったけど!

 思わず大声で驚く私を他所にシアは困った様子で微笑みながら私を立たせて。

 

「一応精霊ちゃんに頼んで見ててもらったけど、正解だったみたいね。貴女文字読めなかったりする?」

「え……あ、はい、申し訳ありませんが……」

「やっぱり。読めたなら入り口の札で分かるもの。普通に話が出来ていたからうっかりしていたわ、ごめんね?」

「いえ、私こそ……」

 

 私は一応返答こそするが、シアが片手で紙に書かれた魔法陣ごとよく分からないものを、何事もなかったかのごとく握りつぶしている様子が気になって話が入ってこない。

 というか短い間に色々されたみたいで理解が追いつかない。

 何でさっきまで立とうとしても立てなかったのに、普通に起こされて大丈夫になっているのか、どうやって急にここに現れたのか、この部屋入っちゃだめだったのでは等々。

 

「ん……?ああ、これが気になってたのね」

 

 シアは私の視線に気付いたのか手で握りつぶしているものについて話し始める。

 

「貴女が見ちゃったのは拘束用の魔法陣の失敗作ね」

 

 シアは握りつぶしたものを片手でヒラヒラと広げながら言う。

 

「踏んだものの魔力を利用して起動する仕組みで、起動すると蔦がでてきて、そこに刻まれているありったけの呪文と合わせてがっちり相手を拘束するってものなのよ。元々の蔦の色は緑なんだけど黒くなっちゃったのよ」

「えっと、正直失敗作な気がしないんですが、私も引っかかってしまってましたし」

 

 私が困惑するように言うと。

「それは貴女が病み上がりで体内の魔力量も少なかったし、私が思ったより貴女が家の中見て周っていたみたいだったからそのせいよ。そうでなければ動けないで引っかかる、なんてならないもの、これ。起動まで極端に時間がかかるから元気なら逃げれたと思う」

「そうなんですか」

「ええ。それにこれ悪魔や天使用に作ったのに、拘束時間は全然持ってくれないし。魔法陣自体の強度もそこまでじゃないって感じで…確かに使い道は無いわけじゃないけど、目的と違うものが出来上がってる点では失敗なの」

 

 シアは説明しながら魔法陣を広げなおすと既に紙は光り始めていた。

 

「ここ、引っかいてみて」

「……え?」

「簡単に発動を阻止できるから、引っかいてみて」

 

 シアは私に魔法陣の端のほうを指差してそう言う。

 その間にも中央からさっきと同じ蔦が出始めていた。

 中心から伸びてこないか心配しながら私は恐る恐る言われたとおりに爪で引っかく。

 と、同時に空間に滲むように蔦が消え去った。

 

「ど、どういうこと……?」

 私は明らかに実体があるものが唐突に幻のように消えて困惑する。

「まあ、あの魔法陣は半召喚だから実体じゃない云々、と言っても、専門の話じゃわからないでしょ?」

「…………はい」

 

 私が頭を捻り始めているのを見て、そう確認するシア。

 

「とりあえず休むのが大事だから居間か寝室でゆっくりしてて。知りたいことならまた後で教えるから、ね?」

 片手間に魔法陣をしまいながらシアは部屋から出るように促す。

 私はそれにしたがって居間まで戻った。

 

 

 

 

 

「えっと、つまりはいっちゃいけないのは別に見ちゃ駄目、というわけではなく単純に危ないから、ですか?」

「そういうこと。正確には魔術用の部屋だから。むしろあの程度で済んでよかったと思ってるもの」

 

 シアが花柄のティーカップに入った紅茶を嗜みながらそう言う。

 私の前にも少々の茶菓子と紅茶が置かれている。

 私もシアを真似て少しずつクッキーなどを口に運びながら話を聞く。

 

 話された内容としてはさっき以上のやばいものがごろごろ置いてあるという事だった。

 具体的には、正しい手順の触れ方で無いと魂に呪いを刻み付けられてしまう短剣だったり、見ただけで死に掛ける、下手をすると死ぬ素材諸々、など。

 なんでそういうものを集められるのかは置いておいて、入っちゃいけないという理由は分かった。

 

 でも、一番個人的に気になるのは……

 

「どうやって気配も匂いも音も無く私の前に現れたのですか?」

 

 人一倍嗅覚や、空気の機敏には鋭いはずなのに。

 

「それは……口で言うより見せたほうが早い、かな?」

 

 シアはおもむろに椅子から立ち上がり……え?

 姿は見えているはずなのに私は急にシアの存在を視覚以外で認識できなくなった。

 

「こういうことなの」

「えっ……え!?」

 

 どういう事なのだろうか。

 何もしていないようなまま唐突にシアの気配が消えた為、理解が追いつかない。

 

「説明は難しいけど、端的にいうと気配遮断の上位互換に近くて、噛み砕いて言うなら肉体を消し去り影だけをこの世界に残したという状態、かな。正確には全然違う原理だけどね」

 

 私が俄然よくわからず首を捻っていると、シアは苦笑いして。

 

「まあ、認識できなくなれると思ってもらえればいいの。で、この状態だと物理干渉をほとんど受けない……えーと、わかりやすいのは壁すり抜けや摩擦無しの移動が出来る、って言うところ?」

「それなら何となく分かります」

 

 言っていることを何となく把握は出来たものの、あまりにも荒唐無稽で信じられない。

 といっても少なからずそれが本当のこととわかるだけのことはされているわけで。

 理解しがたいけど分かってしまっている状態というか、とても頭が痛い。

 

「まあ、この質問にはそれ以上答えられそうも無いかな。どうしても理屈が付きまとうから、学ばないことには説明できないし、そもそも0からしっかり教えるつもりなら最低でも丸一日はかかるし」

「あ、大丈夫です……」

 

 思わず相槌を打つ。

 興味が無いわけでは無いけれど、流石に一日もこういう話を聞いていたら頭がくらくらしてきそう。

 とりあえず今は次の疑問を解消すべく口を開く。

 

「じゃ、じゃあ次に精霊に見てもらってたって、あの精霊ですか?」

 

 私が知っている精霊と言うと、炎や氷、水、土など物を構成している大本を司っているもので、時折怪物として人に襲い掛かることがあるというイメージ。

 実際に精霊の化身とかいわれている怪物と相対したこともあったし。

 大抵は儀式をすれば去ってくれるという話だけれど、どうも今まで見てきたやつはそういう感じには見えなかったし。

 私がそういう風に説明すると、シアは。

 

「うーん、あっているのは最初だけかな。精霊は怪物にならないし、多分貴女が見てきたのは全部怪物そのもので間違いないわ」

「え、でも炎を吐いたり土を操ったり……」

「そういうのは怪物と呼ばれているものは大抵行うから。ちょっとこっち来てもらってもいい?」

 

 私の疑問にさらっと返して手招きするシア。

 なんだろうと思いながら近づくと唐突に首筋を触れられ。

 

「ひあっ?!」

 

 視界が白く点滅して、前が見えなくなるものだから思わず飛び上がる。

 

「な、何するんですか!?」

 

 私はさっとシアから身を引き首元を押さえる。

 視界が戻ってくると、シアの周りに大量に何かが浮いているのが見える。

 えっ、え!?

 その一つ一つが光っており、そこらかしこに漂っている。

 

「これが精霊ちゃんなの。で、何か起きそうだったら伝えて、と、この子達にお願いしたわけ」

 

 シアは精霊それぞれにコミュニケーションを取るような仕草をしながら、私を見てそう言う。

 私も近づいてよく見ると色が一つ一つ違うみたいで、ほのかに赤、青、緑、茶……様々な色に光っている。

 その光の中心には妖精っぽい女の子がいるように見える。

 

「これ…が…精霊……」

 

 私が視線を彷徨わせ、その後シアに向けると微笑んでいた。

 

「ねえ、貴女には精霊、どう見える?」

「えっと、光っている妖精みたいな女の子ですけど……」

 

 どうしてそんなことを聞くのか分からずに尻すぼみ気味に答えると。

 

「そっか」

「え!?」

 

 そう呟いたシアは私を抱きしめて頭を撫で始める。

 訳が分からず困惑するも、何故か落ち着く私がいた。

 しばらくして解放されるとシアが話し始める。

 

「精霊は実は人によって見え方が違うの。それで……いえ、名前、貴女にちょうどいいのが思いついたから。良かったら受け取ってくれる?」

 

 話の途中で急にシアは話題を変える。

 私は不思議に思いながらも、頷く。

 シアはそれを受けて、愛おしそうにそして優しく。

 

「アズリエナ。貴女の名前はこれからアズリエナ。どうかな?」

 

 私の、初めての、私だけの名前……。

 

 口の中で、頭の中で響かせ復唱し。

 何故だか分からないけど目から雫が零れる。

 

「……はい!シア、ありがとうございます!」

 

 私の返事に嬉しそうにシアは顔を綻ばせていた。

 

 



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療養

 朝の光を感じて私はベッドから上体を起こす。

 やはりまだベッドで寝るのはあまりなれない。

 

 シアと過ごすようになって一週間ほど経った。

 怪我はあの日から二週間程度で問題が無くなると言われている。

 

 その間にシアがどういう人物なのか掴もうとしたのだけれど、なかなかに分からなかった。

 思ったよりも起きるのが遅く、日がそこそこ昇ってきてから起きることや、料理がとても上手だとか、そういった習慣や趣味などは見せてくれたので分かった。

 しかし、殆ど自分のことを話したりしないので私はどうしたらいいのか、少し困惑してしまう。

 その上私に服を創ってくれたり、知らなかったことを教えてくれたりといたせりつくせりで、正直バツが悪い。

 

 本当に何故そこまでしてくれるのかというのが分からない。

 私が何かで返そうとしても、シアに笑って、気持ちだけで大丈夫、といわれてしまうと引き下がるしかない。

 

 私はシアの作ってくれた服――刺繍が胸元に入っている少しヒラヒラした感じの白いワイシャツ?と尻尾を収納できる膝まで丈があるストライプ柄の茶色いスカート、そして丈夫そうな、マントとも外套ともつかない茶のチェック柄の何か――を身に着けて居間へ向かう。

 すると珍しくシアが先に起きて椅子に座っていた。

 

「あ、アズ。おはよう」

「おはようございます」

 私はシアに挨拶を返しながら椅子に座る。

 シアの目の前には既に料理が並べられている。

 

「今日はどうしたのですか?」

「朝から湖の方に出かけようかと思って」

 シアは私の質問に答えてトーストを食べ始める。

 私も続いて食事を始める。

 ここのところまるで貴族が取るような贅沢な食事が続いていたので少し安心する。

 

 シンプルだけれど美味しい朝食を口に運んでいると、シアは再び口を開く。

「美味しい?」

「とても!」

 

 私が元気よく答えるとシアは満足そうな表情を浮かべる。

 

「一つ質問よろしいでしょうか?」

「ええ」

「魔女の生活においてこれほどまで来訪者が来ないのは普通なのでしょうか?」

 

 私は一週間共に過ごしてみて気になったことを尋ねてみた。

 シアは精霊とこそそこそこ話はしているようではあるのだけれど、それ以外の、いわゆる『人』などは一度も訪れていない。

 

 ここしばらくの間殆ど私に付きっ切りだったというのもあり、シアが出かけた様子も無かった。

 ただ一人でこの家に住んでいるみたいだったし、私がいるせいで他の人が来ないようにしているなら申し訳ない。

 

 お喋りが好きなようだし、この状況の方が普通じゃないんだろうな。

 私の内心と裏腹にシアは。

 

「えーと、普通っていうと個人差はあると思う。でも、私の場合、この状況は普通、ね。魔女としては異質だと思うわ。いろんな意味で」

「そう、なんですか」

「ええ」

 

 シアの返答で私は思わず返す言葉をなくす。

 私が何を話したらいいか困っているとシアは微笑み。

 

「さて、食事も終わったみたいだし、そろそろ行きましょうか?」

「あ、はい!」

 

 私は差し出された手を取り立ち上がった。

 

 

 

 シアの家――外から見るとただの小さな山小屋みたいだったが――から連れられ森を歩くこと十数分、私の見知った湖の対岸に出る。

 怪物が周辺に出没するということや、湖自体が広い上、周囲の地形の起伏が激しいため殆どこちら側に来る者はいない。

 移動が大変とはいえ私は街からそこそこ近いことが分かり一安心する。

 

 ここまで近い割にシアの家のことは街で話題にさえ上がらなかったところを見ると多分魔法か何かで見つからなくしているのだろう。

 変わりに女神の噂はあったけれど、恐らくシアのことで間違いない。

 私自身冗談半分で聞いていた話ではあったけれど。

 

「とりあえずここら辺でいいかな?」

 

 シアは周囲をきょろきょろと見回す私を置いて、近くの開けた平地に屈み込む。

 と、同時に何処からか幾つかの道具を取り出し広げ始めた。

 唯の散策、というわけでもなさそうなので私は近づきながら尋ねる。

 

「何をするのですか?」

「精霊たちに色々とあげるの。どうせだしアズもやってみる?」

 

 私が頷くとシアは何やら赤と黄土色と変わった光り方をする透明な瓶などを私の方に置く。

 私がしげしげと中に入っている粉末や液体を見ていると、シアが説明を始める。

 

「これらは私が精霊に話を聞かせてもらってる対価ね。世界各地から来てもらっているから結構な数来るの。あげ終わるのに半日は掛かったりする。だから来てもらうのはたまににしてるんだけどね」

 

 シアが言うとおり、遠くから微かに光る何かがこちらに向かってきているように見える。

 

「それで、私はどうすればいいのでしょうか?」

「今持っている瓶の中身を手の上に乗せて掲げるだけでいいの。欲しいものにあわせて精霊が勝手に寄ってくるから。無くなったら適当に乗せてくれればいいよ」

「分かりました」

「ああっと、忘れてた」

 

 私が瓶を開けようとしたところでシアが声をかけてきた。

 

「液体や粉末を吸い込まないこと。魔法をしっかり習得していない生物には少し刺激が強いから」

「そうなんですか」

「ええ。まあ仮に吸い込んだとしても何とかは出来るけど、辛いからね?」

 少しおどけたように注意してくるシア。

 

 その様子に少し口元を緩ませながら赤い粉末の入った瓶の中身を手の平に出して広げる。

 と同時に赤く光っている精霊が近づいてくる。

 私はそのまま天に向かって掲げるようにすると、手のひらの上をむず痒いような形容しがたい感覚が走ると共に、粉末を精霊が口に運んでいるのが見える。

 

「あ、食べるんだ……」

 

 私が穴が開くほど精霊の様子を観察しているとすぐに粉末がなくなっていく。

 新しい瓶を開けると違う色の精霊が寄ってくる。

 そうして繰り返しているうちに周囲の精霊の数も落ち着きを取り戻していった。

 

 その中で精霊の色が大体八種類ぐらいあったように思えた。

 特殊な光り方をする液体を乗せているときに一番精霊の反応が良かった気がした。

 

「お疲れ。どうだった?」

「腕を上げてるだけでしたが大変でした。でもそれ以上に面白かったです」

 

 一応休んでおいた方がいいという事でシアが荷物を片付けている傍ら地面に横になっている。

 

「それは良かった。精霊たちも結構アズを気に入ってくれてたみたいだし」

「そうなんですか?」

「ええ。精霊にも好みはあるわ。とても弱いけどね」

「なるほど……あ、精霊の色が色々ありましたけど、あれは……?」

「ああ、属性ね。今回来ていたのはは炎、水、氷、土、風、雷、光、闇、命の八種類ね。他にも幾つかあるけど、それぞれ属性に対応して色がちがうの。魔法を知ればよく分かるようになるから後々ね」

 

 シアはそれだけ言うと、周囲の精霊たちに話しかけ始める。

 といっても私自身は精霊の言葉自体聞こえないので一方的にシアが呟いているようにしか見えない。

 傍から聞いていると果物の話から突然ダンジョンの話になったり、かと思えば天気だったり災害だったりと脈絡が無さ過ぎる。

 

 私はゆっくりと上体を起こして帰り支度を済ませる。

 帰るときはここを通ることになるのかな。

 そう思いながらシアと家へと戻っていく。

 

 

 

 帰還後湯浴みし、居間に戻るとシアが刺繍を衣服に施していた。

 かなり手際がよく、一針ごとに一つの紋様が出来上がっていき、その様子は圧巻だ。

 手先をただ高速で動かしているだけらしいが、見ているほうとしてはもはや奇術や魔法の類にみえてしまう。

 私はその指捌きに見惚れながらシアの近くの椅子に座る。

 

「お湯どうだった?」

「とても気持ちよかったです」

 毎日水に入れるだけでも恵まれていた私にとってはあまりにも快適だった。

 

「それはよかったわ。そうね……どうせだしためしに何かしてみる?」

「いえ、私はお話を聞けるだけで十分すぎるので」

 

 シアが裁縫道具を置いて話しかけてきたので、丁寧に断る。

 私のために時間を割いてもらう必要は無い。

 

「そう……?遠慮しなくていいのに。私自身時間はいくらでもあるから。それに裁縫は趣味だし」

「そう、なんですか?」

 

 疑問を吐き出してから少し思い当たる。

 正直見た目が20歳前後にしかみえないから感覚が麻痺していたけれど、一応魔女だと思い出し、少しだけ納得する。

 趣味だというレベルではなかったけれど。

 

 シアは私が考えをまとめ終わるまで待っていてくれたのか、ちょうど私の頭の中が整理された頃に口を開く。

 

「ええ、アズが思う以上に長く生きているわ」

「えっと、どれくらいか窺っても……?」

 

 つい好奇心が勝り尋ねる。

 シアは人差し指を口元にそえ思い出すような仕草をしながら。

 

「そうね……数えるの止めてるから正確な数字は覚えてないんだけど……聖戦って知ってる?」

「聖戦って……聖書とか御伽噺に出てくる天使と悪魔の戦争のことですか?」

 

 聖戦は言伝で聞かされたりすることや神父が話していることがある内容だ。

 そういう場合大抵盛られているような描写が多いし、子供のしつけ用に使われているっていう話だ。

 一応年代として5000年以上前とは描写されるが、定かじゃないとか。

 人によっては聖戦なんて無かったなんていう人もいる。

 

「そう、それ。それよりかなり前から生きているから」

「え……」

 

 思わず思考停止する。

 いや、聖戦なんて言われたときから予想はしていたけれど。

 普段の様子からはまったくそんな年月の重みさえ感じられず、むしろ普通の人間と同じにさえ見えていた。

 

「まあ、そういうわけだから私の時間に関しては気にしなくていいよ」

 少女みたいににこやかに笑いながらシアは言う。

「そう、ですか?」

「ええ」

 

 正直考えても仕方が無いし、シアはシアで年齢なんて関係ないと考えてしまった方がいいのかもしれない。

 

「わかりました……とはいえ、漠然と聞かれても何ができるか私は知らないですし……」

 私が言いよどむとシアは頷き。

 

「私、かなり趣味多いから、大抵のことはできるよ。料理だってそうだし、錬金術、製薬、鍛冶、武芸、護身術、工芸、手芸その他もろもろ」

「えっと………では、手芸で……」

 

 かなり乗り気なシアに圧されてとりあえず身近なものを選ぶ。

 何かあった時に修繕できる腕をあげておくのは悪くない。

 

「わかった。それじゃあ――」

 シアは虚空から布を取り出し。

「どのくらいできるのか、まずは見せてもらってもいい?」

「わかりました」

 

 私はシアから布と裁縫道具を受け取り、そのまま固まる。

 えっと……何をどうすれば……

 私が困ったようにシアを見つめると。

 

「そうね……じゃあ…こうかな?」

 

 シアがそういうと私が持っていた布が突然穴だらけになった。

 

「この穴を全部塞いで見て。やり方は問わないわ。当て布するでもそのまま縫い合わせるでも」

 

 私は少し驚きながらも頷き、黙々と針と糸で穴を塞いでいく。

 シアも再び刺繍を服に施し始める。

 

「そういえば元々の私の服にも今着ている服にも胸元に同じ模様の刺繍がされていますが、この模様が好きなのですか?」

 私が縫いながら尋ねると。

 

「ああ、それは治癒力を高めて傷の治りを加速させる魔法陣ね。あまり意味は無いけど」

「意味無いんですか?」

 

 てっきり私の回復を早めるために入れたのかなと思ったけど、そうでは無いらしい。

 

「ええ、傷自体は最初に私が私が治したからもう塞がっているし。それにわざわざ魔法陣で刺繍する手間を考えるなら直接治した方が早いし、完全に保険……やっぱり趣味かな、うん。一応入れといたぐらいと思っておいて」

「あ、はい」

 

 そうこう話をしているうちに穴を全て縫い終えたので、シアに見せる。

 

「――うん、いいね。アズ、素養あるよ。練習すればもっと上手くなる」

「そうですか?」

「ええ、ちょっと縫い方が大雑把だけどそれ以外の処置は完璧。大雑把なのは縫いなれていないからだろうし」

 

 布の当て方や縫いあわせ方を確認しながらシアは。

 

「とりあえず今日は遅いし、練習とかは明日ね」

「はい」

 

 



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顛末

「ええ、もう身体も大丈夫ね」

 

 シアに触診をしてもらい確認する。

 助けてもらってから二週間と少し、シアから完治を告げられる。

 時間は掛かったものの言われた通り身体が軽い気がする。

 

「本当ですか?」

「ええ、本当よ」

「ありがとうございました」

「いいのよ、別に」

 

 頭を下げる私にいつものように微笑みなんてことはなさそうに言うシア。

 

「えっと……」

 

 街に帰る、と言い出したいのだけれど。

 恩が大きすぎてそう直接言いだしていいものか悩んでしまう。

 私がまごついていると、シアは少しだけ悲しそうな目をして笑い。

 

「好きなだけ居てくれていいよ」

「そういうわけにはいきませんから」

 

 ――私に言いやすいようにしてくれたのかな

 私が一礼して立ち去ろうとしたところ、シアが私を引き止める。

 

「……わかったわ。でもご飯ぐらい一緒に食べてからでいいかしら」

 

 そう言われ、自分のお腹が減っていることに気付く。

 私は少し顔が少し赤くなりながら答える。

 

「もちろんです」

 

 

 

 昼食後家の前で再び街へと帰ろうとしている。

 

「お世話になりました」

「ちょっと待ってね。アズはここから街までの道を知らないでしょ?私もついていくから」

「そんな、なんとかなりますから」

「いいのいいの、前にも言ったでしょ?私には時間がいくらでもあるんだから」

 

 シアはいつものように快活に笑い、私の隣に並ぶ。

 

「ありがとうございます」

 

 私の手を取り、上機嫌に進んでいくシア。

 その様子を見ているとまるで少女のように思えてしまう。

 実際は違うけど。

 

「そういえばこの小屋があるって話を街で一切聞いたことが無いのですが……」

「ああ、それは結界張ってるから。許可した人しか入れないようにね。狭いものだけど」

 

 シアは開いている片手で箱を描くと空中に黒い空間が出来るのを見せた。

 

「これは視認させない結界で、今は黒に設定したの。今は黒く見えているでしょ?」

「はい」

「で、私がアズを許可すると――」

「あ」

 

 シアの合図と共に元々も風景が見えるようになった。

 

「というわけ」

「なんとなくわかりました」

 

 私が頷くと、よしよしといった感じでシアが笑う。

 

「ここら辺って景色がいいの。雨が降ると本当に幻想的な風景になってね。で、晴れなら湖もいいけど、近くの高台も中々なの」

「もしかしてそれでここに小屋を建てたのですか?」

「うーん、それは違うかな。流石に何千年と同じ風景じゃないから」

「……あ、それはそうでした」

「とはいえ、景色が気に入っていた場所に建てたのは正しいけどね」

 

 気恥ずかしそうに照れた様子で頬をかきながら答えるシア。

 そうして森の中をシアと進んでいくと、私が瀕死にされてしまった怪物の痕跡を見つけた。

 

「これ……」

 

 近くに私の服の破片もかすかに残っているけれど、何より近くの木や地面に大きな爪あとが付けられている。

 見た感じ新しいところをみると、あの怪物はまだ討伐されていないようだった。

 シアも既に理解していたようで私の目配せに頷いて答える。

 

「ええ、これは合成獣ね。それもそこそこ強いもの同士の配合みたい。この類は勝手に強く成長していくから危険なのよ」

「あの、調べても……?」

 

 このまま放っておいて被害が出たら大変だし、何よりまた戦わなきゃいけなくなったら困る。

 私の提案にシアはこくりと頷き。

 

「大丈夫よ、なにかあっても私が守りきるから。それに私もそのつもりだったし」

 

 そういうシアは屈みこんで痕跡を調べ始める。

 

「あっちね」

 

 足跡があったらしく、合成獣が辿ったであろう道を進んでいく。

 通った道全てというわけでは無いが、そこそこ荒れた道が多く、獣人の私でさえ少し移動に手間取っている。

 

「大丈夫?」

「なんとか」

 

 どう考えても山道を歩く用の服装では無いのに軽がる歩くシアは流石魔女としか言いようがない。

 私を心配して斜面で振り返ってくれている。

 なんとか登りきると、洞窟の入り口にたどり着いた。

 

「あー……増えてるかもしれないわね……」

 

 シアが面倒そうな表情を浮かべる。

 

「増えている?」

「ええ、合成獣が洞窟の中に居るってことは繁殖のために篭っていることが大半ね。成獣が強いせいでわざわざ寝床を作らなくても生存できるから」

 

 シアはそういうと、なんていう事は無く洞窟内に立ち入っていく。

 私はその後ろを少しおどおどしてついていく。

 中は暗いぐらいだったが、獣人の私には普通に見える。

 

「うぅ……」

 

 そのせいで見たくないものまで見つけてしまう。

 そこら辺に散らばる骨や、まだ新しい死体などなど。

 臭いこそ無いのでまだましだけれど。

 

 シアは時折私のことを確認しながら一直線に進んでいく。

 

「やっぱり増えてたのね」

 

 深まった所までたどり着くとあの時と同じおぞましい姿をした獣たちが目の前に現れた。

 

「えい」

 

 すくむ私を脇に、シアのその一言で怪物らが崩れ落ちた。

 

「これでよし、と」

「え……え?」

 

 あまりに一瞬の出来事で何が起こったのかついていけない。

 見た感じだとただ怪物が突っ伏したようにしか見えないけれど、全く動いていないから多分倒した……?

 

「魔法で仕留めたの。だから近づいても大丈夫よ」

 

 シアが言うように近づいて確認すると既に怪物の息の根は完全に止まっているようだった。

 

「過去の産物だから見つけ次第倒してはいるんだけど、いかんせん多くて増えるし。一応今の人間でも退治できなくはないから、そういう感じなの」

「そ、そうなんですか?」

「ええ」

 

 過去の産物というのは少し分からないけど、正直退治なんて出来そうに無い。

 実際に戦った時なんて反射神経と力が振り切れてるんじゃないかと思うほど強かった。

 私が困惑している間にシアは説明に入る。

 

「対処法を教えておくわね。姿が違えど、元の核は同じなのよ。だから実は違うように見えて全部同じやり方で対応できるの」

 

 シアは合成獣に近づいて、そのお腹を返してみせる。

 

「丁度ここに核となる器官があるのよ。で、ここを一突きすれば、イチコロってところかな」

「あの、そもそもそんなお腹みせてくれないです」

 

 私の時は防戦一方でそもそも戦いにさえなっていなかった。

 私がそう呟くと、シアは少しふくれっ面になり。

 

「焦らないの。それについても説明するから。で、核となる器官があるせいで実はとてもある香りに弱いの」

 

 シアは何処からか小瓶を取り出す。

 その瓶の蓋を開け私に渡してくる。

 

「これは……ジャスミン……ですか?」

「近いけどハズレ。イランイランをベースとした合成香料よ。他にはカモミールやレモンパームなんかも入ってるわ。で、この類の香りを吸うと寝てしまうのよ。合成獣にとっての麻酔だと思ってもらえばいいわ。他の方法だと寝てはくれないから気をつけてね」

「分かりました」

 

 シアは説明を終えると合成獣を何処かにしまい、そのまま私達は洞窟をあとにした。

 

 

 

 シアと共に森を抜け街が見える高台まできた。

 

「ここまで送って頂きありがとうございました」

「いいのいいの。何かあったらまた家に来ていいからね」

「はい」

 

 少し寂しそうにシアは私を見送る。

 たまに振り返ると私に手を振る。

 少し名残惜しく感じながらも私は高台から街へと下りていく。

 

 近づくにつれてレンガ造りの街並がよりはっきり見えてくる。

 街の入り口にたどり着くと、少し何処かピリピリした空気を感じる。

 それに付け加えて、大きく破損している場所は無いものの、私が出たときより建物に傷がついている場所も見受けられる。

 

 嫌な予感を感じながらも少し早足で私の雇い主、もとい主人の家まで向かう。

 

「只今戻りました」

 

 街一番の大きさを誇る屋敷の扉を開け、挨拶を行う。

 いつも通りこの家の執事が迎えてくれるものだと思ったのだが、主人が偶然エントランスにおり、驚いた様子で私を迎え入れる。

 

「ん?……おお、無事だったか。よく戻ってきた」

「はい、命からがらでしたが」

「そうか。では時間が出来るまでしばらくそこで待機していなさい。怪物に関する対応で忙しいのでな」

 

 本当に忙しいようで、私を一瞥するとそのまま立ち去ろうとする。

 

「恐れ入りますが、お一つ報告をしても?」

「なんだね」

 

 怪物という事ならばお手伝いできると思い引き止める。

 私の返事に少し主人は不機嫌そうに返す。

 

「怪物の情報を得られたので、それについてです」

 

 私はその場でシアから教えてもらった内容を主人に対して話す。

 主人はその内容を聞いて少し考え込み。

 

「そうか。分かった」

「そうですか。なら――」

 

 分かってくれたと思い歓喜しかけてたところで主人から思わぬ言葉が飛び出す。

 

「つまり、お前が黒幕の一人だという事だな」

 

 ――え……

 

「滅相もありません!そういうことは一切……っ!」

「怪物にこっぴどくやられていたはずのお前がそれだけ綺麗な服で帰ってくるわけがない。それに思えば怪物が現れ始めたのもお前を雇い始めたころだったな」

「そんな!私はまったく関係ありません!」

「だまくらかすつもりでもそうはいかん。おい、こいつを縛り上げろ!」

 

 主人はまったく私の言葉を聞く耳をもたず、奥から衛兵が出てきて私を縛り上げていく。

 

「待ってください!少しでいいから話しを!」

 

 私の抵抗むなしく、そのまま牢へと運ばれてしまった。

 

 

 

 私はその日のうちに牢屋から無理やり鎖で引き摺られ詰問所に連れて行かれた。

 この詰問所には拷問部屋も一緒についている。

 正しく答えなければそういう事になることは明白だ。

 私は顔を青くしながら、正面の衛兵と向かい合う。

 

「さあ、知っていることを全て吐くんだ。吐かなければどうするかなど分かっているよな」

「ご主人様にお話した内容で全てです……神に誓って嘘偽りありません」

 

 私は正直に全て話したといったけれど、衛兵は鼻で笑い。

 

「はっ、獣人の神にかい?吐くにしてももっとマシな嘘をつくんだったな。来い!」

「うっ!」

 

 腕につながれた鎖を引っ張られ拷問部屋へと連れられる。

 放り投げられ地面に突っ伏している間に、鎖を壁に繋がれてしまったようだった。

 その間に別の衛兵が鞭打ち棒を持って近づいてくる。

 

「おらっ、これでもか!」

「ぐっ……!っ……!」

 

 歯を食いしばり鞭打ちの痛みに耐える。

 衛兵は少しにやつきながらも次々と私の体のいたるところを鞭で叩きつけていく。

 しばらく苦痛に身を捩らせていると衛兵が思わぬ声を上げる。

 

「おおっ!?こいつ傷の治りが早すぎるぞ!?どういうことだ!?」

「わからん。とりあえず上に報告だ」

 

 た、助かった……の?

 唐突に鞭打ちが終わり部屋の鎖に繋がれて放置される。

 疲れからか瞼が落ちていつの間にか私は眠ってしまっていた。

 

 

 

「おい、起きろ。処刑の時間だ」

 

 その言葉と共に腹部に激痛が走る。

 と同時に口に血の塊が上ってきて思わず吐き出す。

 

「がほっ……」

 

 目を何とか開け、視線を落とすと剣がお腹に突き刺さっている。

 いつの間にか街の広場に場所を移されていた。

 しかし普段の様子とは違い、処刑台が設置されている。

 それも惨たらしく殺すための。

 私は思わず恐怖で身を竦ませる。

 

「この奴隷は魔女とつながりを持ちこの街を滅ぼそうとした。ゆえにその罪を裁く。この者に凄惨なる死を!」

 

 処刑人らしき人間が口上を述べると処刑台を囲んでいる街の人々が一斉に歓声をあげる。

 と同時に私に向かって石を投げる者も出始める。

 火が焚かれ始め、何に使われるのか察してしまう。

 

「この者に好きなだけ苦痛を与えることを許可する!手を下したいものは順次申し出ること!その後火あぶりの刑に処す!」

 

 ああ……。

 私の命はこう終わるのか……。

 身を包む激痛を遠く感じながら空を見上げた。

 

 

 

 アズを見送った後、魔女の家にてシアはそわそわしていた。

 

「………」

 

 ――深く干渉しないことが契約だったけれど……

 

 本来のあり方を捻じ曲げ、シアは行動をしようと立ち上がり、身支度を整える。

 

 

 

 魔女は街人に身を扮し人だかりの中を進んでいく。

 広場にたどり着くと変わり果てた狼娘の姿があった。

 魔女は理解はしながらもとても哀しい表情を浮かべ近づいていく。

 遠目から見るだけでも刺し傷、挫傷、骨折、火傷……明らかに致命傷だらけでもはや生きては居ないだろうことが分かる。

 

「………」

 

 もう死体になっているというのに未だに石を投げたり、傷つけるものまで居る。

 どうしてここまでするのか。

 それが分からないほどに魔女は長く生きていないわけではない。

 それでも人の浅ましさを前にしてこの純粋な娘にそれほどの仕打ちをしてしまうことに失望を隠せなかった。

 

 魔女は一言ポツリと呟くと魔女は何事もないかのように狼娘の亡骸を抱きかかえそのままその場から立ち去る。

 周囲の人間は突然狼娘の死体が消えてしまったことに驚き戸惑っている。

 

「……ごめんなさい。とても苦しめてしまったわね……」

 

 愛しそうに、そして哀しそうに狼娘の頬を撫でる魔女。

 その撫でた先から傷が消えていく。

 

 人の世に干渉しないというあり方、そのせいでここまで酷く傷つけてしまったことを悔いながら治療を行っているのかもしれない。

 そう自分を達観しながらも帰途を急ぐ。

 そして全ての傷を治し終えたころには既に魔女の家まで到着していた。

 

 魔女はベッドに狼娘を寝せ、布団で胸元まで覆う。

 

「後でちゃんと埋葬してあげる。そして貴女の髪の毛、少し貰うから」

 

 魔女は哀しそうに狼娘の髪の毛を抜く。

 そして金の髪をたなびかせながら部屋を後にした。

 

 

 

「蘇生はできない……それが理。どの世界でも。だから……これは」

 

 街を見下ろしながら魔女は呟く。

 ただ何を見るわけでもなく、無表情で、無機質に。

 

「ただの自己満足。そしてあの娘への礼儀」

 

 魔女は自身の目の前の空間に術式を描き始める。

 しなやかな指が通る先に煩雑な紋様が浮ぶ。

 

「このぐらいなら、契約違反ではない、かな」

 

 魔法の紋様であり魔法陣とも呼ばれる代物が出来上がる。

 その術式の特殊性からか形状は楔型だが、非常に巨大なものである。

 ゆっくりと両腕を目の前に差出し、魔女は狼娘の髪を目の前の紋様に捧げる。

 

「残りは詠唱で、呪いは完成する。その後生きていられるかは当人次第」

 

 ぽつり、ぽつりと世界に言の葉を刻み付けるように発する。

 この詠唱が終われば狼娘を嬲った者達は同等の苦痛に苛まれ続けることになるだろう。

 

「シア?」

 

 聞こえるはずの無い声、気配に思わず振り返る。 

 すると木の陰からそっと顔を出して恥ずかしそうにはにかむ狼娘が魔女を見つめて立っていた。

 

「ア……ズ…?」

 

 

 

 私が声をかけるとシアはとても驚いた顔をして私を見た。

 

「やっと驚いてくれた」

「どうして……?」

 

 はらりとシアの手から髪の毛が零れ落ちる。

 

「命の精霊が『いつもお世話になっているお礼』だって」

 

 生き返った瞬間にそう聞こえたきがした。

 それに私の周りにまだその命の精霊が漂っている。

 

「そう……そう……わかった」

 

 シアは精霊から話を聞いているようで、幾つかの言葉を発する。

 

「ねえ、一緒に帰ってもいい?」

 私が言い切るかどうかというところで包み込まれるように抱きしめられる。

 

「ええ、ええ……!」

 

 温かいぬくもりで自分が本当に生きていることを実感する。

 その傍ら、先ほどまで宙に描かれていた魔法陣も消えていた。

 

「おかえりなさい」

 

 少し目が潤んでいるシア。

 

「ただいま」

 

 私は喜んでその言葉を受けるのだった。

 




まだ続きます。むしろ続けます。


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第一章
魔女


 シアと一緒に暮らすようになり、季節が移ろい雪が降る頃になった。

 

 魔法について教えてもらったり、料理などの家事全般、他には文字などの知識も教えてもらった。

 魔法に関しては素質が無い……シアが言うには『使えないことは無いけど、一生を費やしてようやく小さな火を起こせるレベルだよ』らしいので諦めている。

 

 ともかく毎日新しいことを見つける日々で非常に楽しい。

 特にまだまだシアに関しては分からないことが多いので少しずつ知れたら、なんて思ってもいる。

 私が家事を覚えてからまた起きるのが一段と遅くなったりしているのだけど。

 ため息を吐きながらシアの部屋の前まで移動する。

 

「シア!もう朝だから起きてください!」

 

 私がノックしながら大声でシアを呼ぶと、寝ぼけたような声で。

 

「うーん、もうちょっと~」

 

 ……無敵の通り名とはなんなのか、疑問に思うレベルの反応です。

 これではただの寝ぼすけなお姉さんがいいところだ。

 

「駄目です!昨日お客さんがくるって言っていたではありませんか!」

「大丈夫大丈夫」

 

 謎の安定感を持った返答に少しカチンと来る。

 

「何をもってそう言えるんですか!」

 

 少し声を張り上げると、シアはふふと笑いながら。

 

「分かってるもん、私のこと」

「そういう問題では無いでしょう!?」

 

 今日はどうやって部屋から出てきてもらおうか、何て考えていると。

 

「フォスは相変わらず人間みたいな生活送っているのね」

「むむ、その懐かしい呼び名で呼ぶあなたはグレイね」

 

 白銀の髪が腰下まである魔女らしい服装の豊満な姿の女性が突然現れ、シアがようやく部屋から出てきた。

 

 フォスはどうやらシアの名前らしいけど……

 この人は一体誰なのだろう。

 

 突然現れたことはシアで経験済みだからそこまで驚かないけど。

 それでも私が反応に戸惑っている間にも、シアとグレイと呼ばれた女性が話を続けている。

 

「全く、寝なくても問題ないでしょうに。特にフォス、貴女は」

「いや、一応人間だったわけだし、そういうの大事でしょ?それに寝るのはやっぱり好きだし」

「それで約束何回すっぽかされたことか分かってるのかしら」

「一万と三千五百二十一回だよね。覚えてるし分かっているわ」

「なら改善して欲しいものだわ」

「無理かな。それとお久しぶり三十七年ぶりかな?」

「貴女が年数を覚えているなんて珍しいわね」

「いやいや」

 

 寝なくても大丈夫だったことや、その他色々と初耳な事実がてんこ盛りで目を丸くする。

 そんな私を女性は一瞥し。

 

「それより貴女も弟子をようやく取ったのね」

「弟子じゃないよ。同居人」

「対等な相手ってわけ?そうは見えないけど」

 

 少しぶしつけな意見を言われ、身が竦むがそのまま挨拶を交わす。

 

「は、初めまして。獣人のアズリエナと申します」

「どうも。フォスの同期。ハングレイシア・パスビムよ。ハンでも、フォスが言うようにグレイでも構わないわ。さあ、二人もいらっしゃい」

 

 青紫の髪を肩より少し伸ばしたぐらいの少女と、茶色の鬣のような髪をした獣人の少年―見た目こそ青年だが獣人では少年に値する―がグレイの背後から出てくる。

 

「「初めまして」」

「こっちの娘が弟子のヴァイオレット。こっちの子がイージス。最近拾ったの」

 

 グレイの説明を受けて一礼する少女と、そっぽを向く少年。

 即座に少女に頭を下げさせられる少年は少し見ていて微笑ましい。

 

「噂には聞いていたよ。この子たち、期待の新人だって」

「そんなところね。まあ、私が扱いているからっていうのもあるけど、本番はでてってからだからね」

「知ってる、そういう育て方だもんね」

「まあ、私にここまで立ち話させるあんたには敵わないけどさ」

「それもそうだね。じゃあ居間に行こうか」

 

 シアは私の腕を引っ張り一緒に連れて行かれる。

 確かに朝ご飯は作ってあるから一緒には行くのだけれど、どうしたのだろう。

 

「フォスって言うのは私の幼名でね。グレイとは腐れ縁なの」

「そうなんですね」

「グレイは鏡の魔女とか呼ばれている大魔女で厳しいから失礼は駄目だよ。まあ何しても私が何とかできるから大きく問題にはならないけども」

「大丈夫です」

 

 それだけ言うとシアは私を解放してにこりと笑い居間までスタスタと進んでいく。

 

「そういやあの悪魔の話はやっぱりまだ受け入れてないのかい?」

「興味ないもの」

「やっぱりかい?」

「ええ……あ、しばらく二人きりで話したいから好きにしてて」

「そういうこった。色々といい経験になるものも多いだろうから家の中見せてもらいな」

「では、案内を――」

「結構です。大体把握はしておりますし。それに貴女から魔法の力を感じませんし」

 

 唐突にヴァイオレットからなじられる風に突き放されてしまう。

 思ったよりも印象が悪かったみたいだ。

 困ったなぁ、なんて思い戸惑っていると。

 

「こら!一応フォスの友人だ!ご厚意を無碍にするな!」

 

 グレイが一喝したしなめると、即座にヴァイオレットは一礼をし。

 

「先ほどは大変失礼な発言を致しました。お許しください。出来れば案内を授かりたく存じます」

 

 ……やっぱり少し反抗してるよね、これ。

 少しその様子を感じながら二人を部屋に案内することになった。

 シアとグレイが見える範囲までは大人しく付いて来てくれていたのだけれど、角を曲がるや否や。

 

「……私は貴女を認めていないし。勝手に見させてもらうわ」

 

 二人とも好き勝手に部屋を見始める始末。

 うーん、まあ元奴隷だし、シアと対等、なんて思ったことは無いけれど。

 流石にこういうのはどうなんだろう。

 シアとしても私に見ていてもらいたかったのだろうか?

 思い出してそういうことは何一つ言われていなかった。

 

 ……とはいえ。

 

「その部屋は駄目です」

 

 危ないといわれた部屋だけは忠告しておく必要があるはず。

 

「……貴女がそれを決める権利はないはずよ」

「シアが決めています」

「シアって師匠の友人の大魔女様のこと?ふーん、そう呼ぶんだ」

「だから駄目だって」

「うるさい」

 

 その言葉と共に紫色の茨がヴァイオレットの手から伸びる。

 私はとっさにさっと身を翻してなんとかかわしきる。

 

「あら、思ったよりもやるじゃない」

 

 茨が消えたかと思うと彼女は扉に手をかけ中に入っていってしまった。

 ついでイージスもそれに続きかけ。

 

「きゃああああああ!?」

 

 中から悲鳴があがる。

 やっぱり!

 

 私がそう思い中を覗くとヴァイオレットが鎧に首をつかまれ剣を突きつけられていた。

 イージスは魔法を放っていたが、効果は薄そう。

 

 ――確かアレは……そう悪魔の鎧だったはず。

 

 近くの魔力に反応して動き出し、半自動的に対象を殺害する魔法具。

 魔法耐性が非常に高く、物理にたいしても大抵無効化するとか。

 

 でも、今の目的なら!

 

「はああああっ!」

 

 私は勢いよく駆け出すと悪魔の鎧に肩口からタックルをかます。

 ヴァイオレットは解放されたが、全く微動だにしていない鎧。

 私はその反動で肩が裂けて血がでるのを感じたが、無視して私が掛かったことのある魔法陣を鎧の足元に仕掛ける。

 そのままヴァイオレットを片手で抱えて部屋を出て扉を閉めた。

 

「ふぅ………」

 

 肩がずきずきといたむけれど、大事無くてよかった。

 私がヴァイオレットを下ろすと彼女は少し赤面しながら。

 

「あ、ありがとう、ございました。あんなこと言ったのに助けてくれるなんて思っていなかったから」

「それは確かにそう思うけど、目の前で助けられる人を助けないのは私としては許せないから」

 

 私は照れ笑いしながらそういう。

 

「変わってるわね、貴女。うん、さっきはごめん。イージス共々これからよろしくね」

「はい」

 

 最初とは打って変わって朗らかに挨拶され少し面食らう。

 魔女の中では実力というのはかなり大事な内容なのかな。

 

「ところで、あれはなんだったのかしら……初めて見るものだったのだけど」

「あれはシアの集めている魔道具の一つで――」

 

 シアに話された内容を思い出しながら説明をしていくと、顔を真っ青にしていくヴァイオレットとイージス。

 

「だから俺の破邪魔法も効かなかったってわけか」

 

 さっきまでずっと喋らなかったイージスがそう呟く。

 

「はい、そういうことに。あの部屋は見ただけで呪われて死ぬような代物もわんさかあるらしいので入ってはいけないんです」

「そ、それは本当に悪かったと思っているわ」

「となると師匠ぐらいか、許可無く入っていいのは」

「恐らく……」

 

 正直魔女の力の格付けなど分からないので適当に答える。

 強そうなのは分かっていたし。

 

「全く義姉さんは人の話きかないからな」

「なんですって?!貴方だって止めなかったでしょうに!この!」

 

 唐突に姉弟喧嘩を始められ戸惑っていると、グレイとシアが向こうからやってきた。

 

「またやってるのかい?」

「いえ、これはその……」

 

 呆れたようなグレイに、思わずといった様子で動きを止める二人。

 

「さっきはありがとうね、アズリエナちゃん。ウチの子らは自分が認めないと納得しないからね」

「いえ」

 

 どうやら一応ちゃんと監視下にはあったようだった。

 その言葉を聞いて二人は少し顔を青くしている。

 

「まあ、いい経験になっただろうし、こちらとしては願ったり叶ったりってところ」

「勝手にウチのアズを教育の道具にしないでよ」

「悪い悪い、寝坊の対価としてもらっておいたよ」

「ぶーー」

 

 いつにもまして子供のような仕草をとるシア。

 やっぱり私よりも同期のほうが気を使わずに済むのだろうか。

 

「とりあえず用事は終わったけど、どうしたい?」

「もう少しアズリエナとお話させてもらってもいいですか?」

「と、いうわけだけど、どうだい?」

「私はアズがいいならいいけど」

「大丈夫です」

「決まりだな。じゃあ私らは居間でお茶でもしてるから、適当に話し続けてなよ」

 

 ひらひらと手を振りながらグレイは戻ろうとして。

 

「えーー、私アズといたい」

「子供か、あんたは」

「子供じゃないことぐらい分かってるでしょ?」

「知ってるからこその言葉だって分かってるだろう?」

「ぶーー」

 

 こちらに後ろ髪惹かれるようにシアがグレイに続いて居間に戻っていった。

 

「最強の魔女って聞いてたからかしこまってたけど、なんだか愉快なのね」

「ええと、はい」

 

 私が悩みぬいた末そう答えると、二人は噴き出した。

 

「こりゃ大変なんだな」

「そうね」

「いやはや恐れ入ったよ。俺らなんかより苦労してそうだ」

「待って待って、弟子じゃないんだから、この子」

 

 何か盛大に思い違いをしているようなので、少し訂正するつもりで口を開く。

 

「楽しいですよ」

「そういや貴女も変わっていたのだったわね」

 

 涙を軽く拭きながら、口を手で押さえてようやくといった様子でこちらを見るヴァイオレット。

 とりあえず私は話を聞こうと切り出す。

 

「それで話って?」

「ええと、貴女はどうして生きてるのかなって」

「どうしてって……」

 

 私はさっきまでの流れとは打って変わった内容についていけず同じ言葉を繰り返す。

 

「突然聞く話じゃなかったわね、ええと、説明させてもらっても?」

「はい」

「まず、話さなきゃいけないことなんだが、俺達は師匠から最終課題がだされている」

「最終課題、ですか?」

「そう。それをクリアすれば一人前と認めてもらえるの」

「でも、その内容が厄介なんだ」

「そんなことはないわよ。しっかり考えればなんとかひねり出せるわ」

 

 強気そうに喋るヴァイオレットだったが、その瞳は少し不安げに揺れていた。

 それがわかっているのかそれ以上突っ込まないイージス。

 私としても簡単では無さそうというのは何となく察している。

 

「それでその最終課題というのは……」

「それがさっきの質問に戻るのよ」

「つまり……?」

「俺達自身の生き様を決めろ、ということになるのだろうな」

「正確には生きる意味を答えよ、ということね」

「はあ……」

 

 あまりにも突拍子も無いので、思わず生半可な返事をしてしまう。

 なんで最終課題がそれなのか、など、疑問は尽きないけれど他の人の方針だから仕方が無い。

 ともかく唖然としてしまった私に、少し落胆したように二人は口を開く。

 

「まあ、普通考えてないわよね。やっぱり」

「やっぱりというと?」

「大抵の魔女にきいても答えが返ってこないことが多かったのよ。残念ながら」

「そして返ってきたとしても、納得のいくようなものがあったわけじゃない」

「だからどう答えればいいのか困っているのよ」

「それは大変ですね」

 

 これ以上の返事を考えられず他人行儀な返答になるが、慣れているのかそのまま話を続けるヴァイオレット。

 

「当の本人は答えてくれないし……答えは一回のみ受け付けるというのも難しいところよね」

「だな」

「私は……その、まだ一回死んでしまって、それで助かっているので、生きているだけで感謝といいますか……その、まだそういうことは思えないというか……元々奴隷の身分だったりしたので」

 

 大きくため息をつく二人に何だか申し訳なく思い、今私が思っていることを告げた。

 

「それはごめんなさい。失礼なこときいちゃったわね」

「いえ、そんな」

「でも大変だったでしょ」

「まあ、辛くなかったといえば嘘になります」

 

 私の返答が思った以上に重く捉えられたのか、凄い哀しそうな目で見られている。

 確かに辛い出来事ではあったけど、お陰で今がある私としては良い事と捉えている。

 と、そんな私の内心など知る由も無いけれど。

 イージスが茶化すように口を開く。

 

「それに比べて義姉さんは呑気いてててて!?」

「余・計・な・一・言!」

「分かりました、分かりましたから!」

 

 茨をイージスに巻きつけるヴァイオレットに降参といった様子でもろ手

を挙げるイージス。

 

「ふふふ」

 

 楽しそうな二人を見ながら、聞かれた質問が私の頭に残るのだった。

 



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雪道

「近いうちに魔道具回収に行くんだけど、一緒来る?」

 

 グレイが訪問してから数日後、シアの部屋でシアからそんな提案がされた。

 

「大歓迎ですけど、私なんかが付いていって大丈夫なのですか?」

 

 私は魔法が使えないわけで、居たとしても足手まといでしかないと思うのだけど……

 そんな私を見て、伸びをしながらにこりとシアは笑い。

 

「大丈夫大丈夫。今回のはそんな危険なものじゃないし、何かあっても絶対に守りきるから」

「それならお願いします」

「とはいってもそうなると準備がいるからね。一応遠い場所になるから、着替えとか、食料とか、その他諸々の用意を済ませなきゃいけないし。野営の支度もしなきゃ」

「そうですよね、なんかすみません」

 

 シアは大したことではないといったように首を振り。

 

「いいのいいの。私が一緒に行きたかったんだから」

 

 そう言いながら物を漁り始めるシア。

 

「えっと、私は何か手伝った方がいいですか」

 

 そのまま突っ立っているのも悪いと思い訊ねてみる。

 

「うーん大丈夫。朝食を作ってくれていると嬉しいな」

「分かりました」

 

 シアの言うとおり私はシアの部屋から出て朝食の準備に入った。

 

 

 

 朝食を作り終え居間に持っていくと、既にシアが席についていた。

 私も朝食を並べて席に座る。

 

「それで行く場所ってどういう所なのですか?」

 

 私の質問にシアはトーストを片手に答える。

 

「最終目的地はダンジョン。地下ダンジョンね」

「ダンジョン、ですか」

「そうダンジョン。聞いたことぐらいはある?」

「かなり危険だと聞くのですが」

 

 一部の強者が宝を求めて入り込むことがある、とは聞いている。

 でもそこまでの者はあんまりいないので噂というよりは伝説として聞く程度だ。

 場所も何があるのかも、それこそ御伽噺のほうが近いと思う。

 私の知識と言うとその程度なのだけれど、あながち間違いでは無いようで、シアはこくりと頷く。

 

「まあ、そうね。普通はそうなの。古代に作られていろんな罠とかそのままだから」

「やっぱり」

「でもなんとかなるから」

「そうなんですか」

 

 具体的な説明が無いままダンジョンについての話が終わってしまう。

 しかし、その一言でなんとかなると納得させられてしまうのがシアの凄いところでもある。

 正直魔道具がおいてある部屋が危険すぎるからか、それ以上のものを想像できなくなっている。

 シアは私の返事を聞いて頷き。

 

「うん。で途中で街にも寄るよ。宿も取りたいし。でもまあ、あるかどうか精霊の話だけだと分からないから、無ければ野営になるけどね」

「精霊の話ってそういうものなんですか?」

 

 意外というか、あんなに毎日のように話しているのに内容は正確じゃないのかと思い質問する。

 

「うーん、近いところなら案外当たるんだけど、遠い場所になると何十年前とかの情報だったりすることもあるから、そうなると行ってみたときには全く風景が違うとかもざらなのよ」

 

 言いながら苦笑いするシア。

 どうやら結構な頻度でそういう事があるらしい。

 

「それは仕方ないですね」

「そ、だからこそ野営の準備は必須なの」

「やっぱりテントとかになるのでしょうか?」

 

 私が外で眠る時は木の上が安定だったけれど、そういうわけではないだろうし。

 

「ううん、ちゃんと家……分かりやすいのはコテージかしら?そういった感じのものを用意するわ。直接家に繋げる、何て真似もできるけど、雰囲気ぶち壊しだからしないの」

「そ、そうなんですか」

 

 想像の斜め上の理由と用意で少し面食らう。

 そんな私の反応を楽しむようにシアは。

 

「ええ。だから思いっきり楽しんでいきましょうね」

 

 満面の笑みを浮かべてそういうのであった。

 

 

 

 出発当日。

 

「シア、起きてください!朝日が昇ったら出発って言ったのはどっちですか!」

 

 相も変わらず寝坊をかますシアを起こすためにシアの部屋の前に来ている。

 鍵は掛かっていて入れないので声を張り上げるしかないのだけれど。

 私の声に反応して物凄い気の抜けそうな声が返ってくる。

 

「アズだよ~……」

「シアですよ!起きてるなら早く部屋から出てきてください!」

「え~……あと10年……」

「どれだけ私を放っておくつもりですか?!」

「冗談、冗談だから」

「全くシアは……ふふふ」

「あ、笑った!じゃああと10分!」

「元気に寝なおそうとしないでください!」

 

 こうしたやり取りをして、なんどもぐずるシアを相手すること数十分、ようやく出発にこぎつける。

 

「うーん、良い朝だね!」

「まあそうなんですけど、清々しくいわれても……」

 

 家の庭で晴れやかに伸びをするシアに呆れてしまう。

 シアの寝起きが悪いわけじゃないというのは確からしく、別に意識ははっきりしているし、なおかつこんな感じに切り替えて楽しんですらいる。

 そこまでいくと良く分からない感性だなとも思う。

 

「ほら、しょげかえってないで行くよ!まずは今日中に東の方角に200キロ!」

「別にしょげかえってないです。というかそれは私が無理です」

 

 方角に寄らずその距離なら山を越えなきゃいけなくなるだろうし、雪道だから移動速度もそんなに出せない。

 シアはこちらの顔を覗き込むようにして口を開く。

 

「冗談だから、ね?」

「冗談だか本気だかあんまり分からないんです」

「よく言われる」

「私に?」

「そう」

「もう……」

「まあまあ、それより一応東に向かうのは正しいから」

「そうなんですね」

 

 東を指差され、雪山が連なっているのが目に入る。

 向こうの方は雲がかかっていて、雪が降っていそうな雰囲気だ。

 

「まずはあの山を越えるの。多分一日か二日ってところかな」

「知らない道だともう二日ぐらい掛かりそうな気もしますが」

「あーまあ私がある程度道を切り開くから安心して」

「いや、そういう問題じゃ……」

「うだうだしていても仕方ないし、行きながら話すよ」

 

 そういいシアは私の手を引いて歩き出したため、私は引き摺られる形になる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 慌ててシアを制止させる。

 あまりのハードな行程に思わず時間を先延ばしにしたくなってしまった。

 

「どうしたの?」

 

 私の様子に首を傾げるシア。

 咄嗟に何か言い訳を思いつかなかったので、とりあえず何か引き伸ばせそうなことを口にする。

 

「荷物の確認だけでも……」

「無ければ私が取りに戻るから大丈夫」

「そういう問題じゃない気が……」 

「そういう問題だよ?だって私一人なら行って帰ってくるのに一日かからないもの。今回の依頼」

「へ」

 

 そんな事実を突きつけられ固まる私。

 いや、確かにシアならありそうとは考えてはいたけど。

 

「楽しみたいから一緒に行くの」

 

 本当に楽しむためだけに私を連れて行くということに驚き戸惑ってしまう。

 

「じゃあ、張り切って行こう!」

 

 テンションが振り切れているシアが手を突き上げて歩き出してしまった。

 

 

 

「よし、ここら辺で野営かな」

 

 あの後シアが道を歩きやすくしてくれたお陰か、日が暮れ始める頃にはもう既に山の中腹付近の川沿いまでたどり着いていた。

 正直ここまで早く歩いて来れるなんて思ってもいなかったので、戸惑いを隠しきれない。

 

「アズ、料理お願い。私はコテージの準備済ませとくから」

「あ、わかりました」

 

 川原に火を焚き、持ってきていた食料を加熱調理する。

 その傍らシアが部分部分に分かれた木のパーツを開けた場所に広げていく。

 シアがコテージを建てる様子が気になるので、火を挟んでみていると、まるでパズルのようにくみ上げていく。

 

「凄い……」

 

 的確に正確に迅速にその作業が行われていく様に、思わず口からそう漏れる。

 元からこういう事ができそうとは思っていたところはあっても、実際にみるのでは全然違う。

 力もそうなのだけれど、全く目印があるようにも見えないただの木材を釘も使わず一人で、なんて尋常じゃない。

 それこそ職人業と言うに相応しいのに、多分趣味だろうから恐ろしい。

 

 ……うん、なんか他の人とかから敬遠されるの何となく分かるかも

 どう考えても同じ土俵に立てないでしょ、これ。

 

「アズ、火!」

「え?あ……!」

 

 シアの作業に見惚れていたせいで、鍋が吹き零れているのに気付かなかった。

 私は慌てて火から鍋を下ろす。

 見たところ焦げてはいないようだったので胸を撫で下ろす。

 シアはもう組み立てを終えたらしく、さっきの鍋から皿にスープをよそっている。

 

「分けたらそのままコテージの中で食べようね」

「はい」

 

 受け渡された皿を手にコテージの中に入っていく。

 シンプルな木造の一軒家といった感じで、これをコテージとは言わないとは思う。

 地味に家具類一式揃っているところもその印象を強くしている。

 シアと机を挟んで座り、手を合わせる。

 

「いただきます」

「いただきます」

「そういえば魔道具回収ってどうして行ってるのですか?」

 

 スープの野菜を頬張りながらそもそものことを聞いてみようと思って口にする。

 シアは悩むような仕草をした後。

 

「うーん、理由は色々あるんだけど、今回に限って言えばグレイに頼まれたからかな」

「グレイさんが?」

「そう。なんでも『私でも出来ないことは無いけどあんたの仕事でしょ?』って、場所と回収するアイテムの性質と形状を教えられてって訳」

「仕事、ですか?」

「うーん、私としては仕事じゃなくて趣味だと言い張ってるんだけど全く聞いてくれないから」

「趣味、なんですか?」

「まあ、しなくてもそこまで問題は無いからね。別にそこまで蒐集が好きなわけではないんだけど」

 

 それであの量集まっているなら仕事と思われても仕方がないとは思う。

 

「あの部屋のは別にただ置いてる訳じゃないんだよ?処理が必要な奴とかそれぞれタスクで徐々に分解してるのに、次から次へと見つかったり、持ってこられたり、送り付けられたりで、結果的に溜まっちゃってるだけで」

「でも結構動いたり、危ないものも多いって……」

「そりゃあ処理してはいるけど、素人が踏み込んで安全な場所じゃないし。そもそも踏み入れるように作ってないしね」

「だからあんなに雑然としているのですね」

 

 たまに掃除を手伝うために入ったりするのだけれど、素人目から見るとあの部屋は本当に散らかっているようにしか見えない。

 

「そ。結局持ってこられるほうが多くて減らないから諦めてるの。大体どうあがいても解除に一年かかるものを数十個とか一度に持ち込まれたりすると奥のほうに置いとくしかないしね」

「そんなこともあったのですか……じゃあ手前のものが動くのは……」

「ああ、うん。奥のは無力化してるけど、手前のはそれほどでもないから放置してるの。何かあってもどうにでもできるから」

「え、じゃあ先日私が助けたのって……」

「最悪アズが助けなくても私が助けられたし、勝手に入ったお仕置き程度で様子見てただけだよ。でもありがとね」

 

 お礼は言われたものの何となく釈然としない感情が私の中で渦巻く。

 

「えっ……と、そうだったのですね。それにしても全く持ち込まれてる様子もないのにどうして増えるのですか?」

「……まあ、色々あって。私が見つける場合もあれば、グレイが持ち込む場合や、悪魔や天使たちが転送してくる場合もあるのよ」

「そうなんで……ちょっと待ってください、悪魔や天使、ですか?」

「まだシアはあったこと無かったね。たまに来るから、その時に紹介するよ」

 

 しれっと言うシアの言葉を呑みこみ切れないうちにシアが次の話題へと移してしまう。

 

「それより明日は二山越えるからね。そうすると宿のある街にたどり着けるはずだから」

「え」

 

 この雪崩が起きるかもしれない時期に二山も越えるの?

 シアに守ってもらえるとしても、ぞっとしない。

 この小屋?もかなり快適だし、そこまで急ぐ必要性を感じないのだけれど。

 

「観光で行く久しぶりの街だし、どうなっているかな~」

 

 ……どうやら、シアが待ちきれないからみたい。

 うきうきしている彼女に水を差すのも悪いので、急ぐことを心に決めるのだった。

 



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「いやあああああああ!?」

 

 勢いよく雪の斜面を滑るシアの背中にしがみつく。

 背後からは雪の塊が迫ってきてる。

 

「どう、気持ちいいでしょ?」

「そんなこと感じている余裕なんてありません!」

 

 とはいえ私が急ぐあまり躓きそうになり、その結果雪崩を引き起こしてしまったのは事実で。

 シアがそれを助けるのと、進むのを同時に行った結果斜面を滑るということに。

 

 シアの足元はまるで板があるかのように雪が弾かれている。

 

「喋れるようなら全然大丈夫ね。じゃあ少し速度上げるよ」

「え、ちょ」

 

 一言二言シアが呟くと周りの風の流れが変わり。

 

「行くよ、目は閉じておきなね!」

 

 その言葉で咄嗟に目を強く瞑る。

 途端にさっきまでとは比べ物にならない風が耳をかすめる。

 その割に身体に当たる風は全く強くなっていない。

 不思議に思って目を開けると。

 

「え、え?!」

 

 眼前に広がるのは白銀の世界……なのだが。

 

 どうしよう。

 明らかに空の上にいる。

 

「あ、もう目あけちゃったか」

 

 少し不満そうに頬を膨らませるシア。

 

「え!?空、空飛んでません?!」

「飛んでるよ。ちょっと驚かせようと思って」

 

 まるで斜面だけなくなって滑り続けているような体勢で。

 

「このまま街の近くまでいっちゃうからしっかりしがみついていてね」

「ちょ、ちょっと待ってください、流石に街の付近まで飛んだら……」

「ああ、認識阻害かけてるから傍からは私達見えないからね」

 

 そう言うと更に速度を上げて飛ばれてしまい、浮遊感に耐えるので精一杯だった。

 

 

 

「ごめん、大丈夫?」

「えふっ……なんとか……大丈夫です……」

 

 口元を押さえながらよろよろと立ち上がる。

 どうやら街の付近まで本当に飛んできたらしい。

 

「あの、シア……」

「うん」

「今度から飛ぶにしてももう少し速度抑えてでお願いします」

「うん、ちょっと舞い上がってて、ごめんね」

 

 私の反応にすまなそうに微笑みながら手を合わせるシア。

 まあ、面白い体験ではあったし、いいのだけれど。

 

「それより、街、着きましたね」

「ええ、精霊の話によれば美味しいものが多いらしいから。それじゃあちょっと待ってね」

 

 シアは何かを取り出して私に渡してくる。

 

「これは?」

「獣人は人として扱われ難いでしょ?だからその予防策。人に見えるように魔術仕込んだ服だから、それを着ていれば迫害にあったりしないよ」

「ありがとうございます!」

 

 と言っても何処で着替えればいいものか。

 流石にこんな場所で着替えたくないし。

 寒いし。

 

 私が服を持ったまま固まっていると。

 

「そして私も少し小細工をと……よし………あ、ごめん」

 

 シアが私に手を向け。

 

「着替えさせといたから」

 

 その言葉で自分の服を確認すると、いつの間にか服が変わっている。

 ふんわりとした帽子に冬仕様の白いケープ、もこもこのセーター、下はミニスカートだけれど、中に黒いタイツがあるから暖かい。

 

 そして何より……。

 

「私の耳と尻尾がどこにもない……?」

「うん。空間転移で格納してるから無くなったわけじゃないけどね。それと認識阻害と認識改変で仮に外に出ても分からなくはしてあるから。あとさっきまで着ていた服は私が預かってるからね」

 

 ぺたぺたと自分の身体をさわっていると、シアがそう言いながら手を差し伸べてくる。

 

「じゃあ行こうか」

「はい!」

 

 

 

 街の中に入ってみると、私が今まで過ごしてきた場所とは少し違う雰囲気を感じる。

 観光に特化しているのか色々な服装の人が通り過ぎていく。

 レンガ造りであることは変わりないのだけれど、路肩で果実やお肉、野菜などを売っていることや、道すがら店で買い食いしている人がそこそこいる。

 かなり治安がいいらしく全く揉め事の気配も無い。

 

「いい場所そうだね」

「そうですね」

「まずは宿を取りに行くよ」

 

「そういえばお金って大丈夫なんですか?」

「ええ、必要ならいくらでも用意できるし。今の硬貨は押さえてるから」

 

 そう言ってシアは近くの焼き串の店に行って二本串を買って戻ってくる。

 私達は近くのベンチまで行き、二人で腰掛ける。

 

「ね?はいこれ。羊の焼き串。甘だれだけど大丈夫?」

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

 

 シアから串を受け取り口に運ぶ。

 口に含んだ瞬間ほろほろと解けるように味が広がっていく。

 噛み応えがあるようで柔らかく、すぐになくなってしまう。

 ついつい一口、また一口と食べていると。

 

「美味しい?」

 

 もう既に食べ終えているシアにじっくり見つめられていて、思わず目を逸らしてしまう。

 

「とても美味しいです。……あの」

「何?」

「あんまりみられると食べ難いです」

 

 あと一口か二口分だけれども。

 シアは何が楽しいのかまじまじと私の顔を見ながら口元を綻ばさせている。

 

「……あの」

「ん?」

「そんなに私が食べるのを見て楽しいですか?」

「楽しいよ?」

「……そうですか。でも食べ難いので……その、少し見ないで頂けると」

 

 私がそういうとシアは少し不満そうにしながらも引き下がってくれた。

 その一瞬に、残りを口の中に放り込む。

 

「……そういえばシアはもう食べ終えたんですね?」

「ううん、食べてないよ?」

「え、どうしてですか?」

 

 折角二人分買っていたのに。

 だからこそ私は遠慮なく口にしたのだが。

 

「そうしないとシアは食べてくれなかっただろうし。私自身は事情があってあんまり人の世の食べ物を食べちゃいけないから。絶対ってわけじゃないんだけど」

 

 にこやかに言う内容では無いような気がするのだけれど。

 私がどう反応したら良いか困っているとシアは。

 

「一緒に食べたいというならまた帰ってから作ればいいし。味や材料、作り方は分かってるし」

「そういう問題では無い気もしますけど……」

 

 こういうのはその場所で買って食べるからいいのでは……?

 

「まあ、それは一理あるんだけどね。でも自分で食べるために今すぐ作るのも風情がないし」

「それはまあ」

「というわけで。食べたいものや買いたいものが私のことは気にせずじゃんじゃん言ってね」

 

 むしろ、とても言い難くなった気もする。

 私の内心が伝わっているのか、シアは苦笑いしつつ。

 

「ま、それはさておき。まずは宿をとらなくちゃね」

 

 そう言って立ち上がり周囲を見渡し始める。

 私もそれに習って周りの様子を探る。

 パッと見、飲食店や露店が目に付くが、よく見てみるとそこそこ別な建物も併設されている。

 宿、かどうかはわからないけれど。

 

 どうするのか分からずシアの顔を見ると。

 

「ん?ああ、あの宿にしようかなって」

 シアが指差す先にはお洒落だけれど少し隠れ家のような雰囲気がある建物がある。

「あれ、宿なのですか?」

「うん、多分ね」

 

 確認も含めて近づいていくと、看板に『宿・シファーヴン』と書かれてあり、思わずシアを二度見する。

 

「ね?」

 

 シアは私に確認するようにそう言い、私の手を握り中に入っていく。

 中に入っていくと、質素且つ簡素な外とは裏腹に随所に花が飾られてあり、華やかな雰囲気がある。

 宿の受付まで進むと、赤毛の女性がなにやら忙しそうにしている。

 

「すみません」

 

 シアが声をかけるとその女性は作業を止めてこちらを向く。

 

「あ、いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

「はい。二名で一泊いいですか?」

「二名様ですね。かしこまりました。お部屋にご案内いたしますので少々お待ちください」

 

 しばらくした後、慌てた様子で二階の部屋の中まで案内され。

 

「こちらのお部屋になります。お食事の時間が近づきましたらお声掛けさせていただきますのでごゆるりと御寛ぎください」

 

 彼女は急ぎ足で去っていく。

 

「忙しそうでしたね」

「何かあったのかもしれないね。まあそれはともかくとして良い部屋だよ」

 

 シアはあっさりとどうでもよさそうに宿のことを流して話し出す。

 確かにカーテンから壁紙まで統一されていて、花園を彷彿とさせる雰囲気で非常に魅力的なお部屋だけれども。

 

「あの、お手伝いとかできないでしょうか」

「アズは良い子だね。うん、できるとおもうよ。多分困っている内容は大体分かってるし」

「そうなんですか?」

「ええ。忙しそうにしてたのは何か探していたからだろうし、テーブルの上には台帳が無かったことからそれだろうと分かるしね。それに加えて人の入りが少ない時期とはいえ、ぱっとみ食料の在庫も少ないように見えたし、そっちの面でもトラブルがありそうだね」

 

 つらつらと状況を述べ始めたシアについついぽかんとしてしまう。

 

「あの、そこまで分かっていてどうして……」

「そうね。第一に助けを求められてないし、生死に関わるような切羽詰っている様子でもなかった。第二に契約関連であまり手出ししないほうが良いってこと。第三であの人魔女だから時間は掛かったとしても自分で何とかできるはずだし、何よりそこまでしてあげる義理もないからね。私がしちゃうとむしろお節介というか、本人のためにならないというか」

 

 そこまで一息でいうと、こちらの目を見て。

 

「でも、アズが助けたいというなら話は別かな。一緒に手伝ってもいいよ」

「えと、ありがとうございます。その、行く前に幾つか質問しても?」

 

 あまり一度に新しい情報が出たので、確認しておきたい。

 私の言葉にシアは微笑みながら頷く。

 

「えと、本当にあの人は魔女、なんですか?」

「本当だよ。でも本人は隠したがるだろうからあんまり触れないであげてね」

「どうして分かるのですか?」

「色々分かる要因はあるんだけど……一番分かりやすいのは精霊の動きかな。今私は精霊に離れてもらってるから他の人には光って見えないはずだし」

 

 そう言われてシアの周りの精霊がとても少ないことに今更ながら気付く。

 そういえば最初あった時なんかは後光が差してるように見えるレベルだったし。

 

「で、多少なりとも魔法を行使するものは、その行使する精霊に好かれ易くなるから周囲の精霊の割合が偏ったりするの。で、ここの宿は明らかに水の精霊が多いからね。注意してみると外と中で居る数が違うのが分かるはず」

 

 シアにそう言われて窓の外と部屋の中の色の数を比較する。

 あ、本当だ……。

 見えるようになってからあんまり注意が向かなくなったけれど、本当に割合が違う。

 

「まあ、当然こういう事を隠匿する魔法もなくはないけどね」

 

 補足程度に付け加えるシアに相槌を打ち、次の質問を聞く。

 

「分かりました。次に契約ってどういう事ですか?」

「そのままの意味だよ。曖昧なグレーゾーンの多い契約だけど、あんまり人の世に手出ししちゃ駄目だよ~レベルの。私が事象に絡むと本当に簡単に色々な場面をひっくり返せちゃうからね」

「それはまあ、納得ですけど……」

 

 シアが人を瀕死から蘇生させたり、高度な建築を披露したり、魔法を使ったら、普通の人間には立つ瀬なんてないだろうし。

 

「というわけで私じゃなくてアズが助けたいと言って、それを手伝うぐらいなら問題はないってことで、次聞きたいことの答えになるのかな」

 

 私の思考を先読みしてシアは答え、部屋の扉に手をかける。

 私もそれに続き部屋から出て行く。

 下の階に下りるとまだ女性は忙しそうにしている。

 

「あの、もし困っているならお手伝いしますが……」

 

 おずおずとそう声をかけると、女性は目をまん丸にした後。

 

「そんな、お客様のお手を煩わせるなんてとんでもないです」

「でも貴女以外に仕事していらっしゃる方が見受けられないですし、本当に困っていらっしゃるのでしたらお力添えさせて頂きますよ?私達は時間も余裕もあるのでお気になさらなくても大丈夫ですし」

 

 シアのその言葉に少し迷う素振りを見せる女性。

 シアはそのまま言葉を続ける。

 

「手が足りていないのならば尚更数が必要でしょう?」

 

 それが決め手になったのか渋っていた様子の女性はふっと口元を緩め。

 

「分かりました。お願いしてもいいですか。えっと―」

「シアとこちらがアズです」

「よろしくお願いします。私は宿を切り盛りしているフィーです」

 

 フィーは私達をカウンターの奥の部屋へと手招きする。

 私達が奥に入っていくとそこは物が散らかりすぎていて足の踏み場も無さそうだった。

 

「えっと、恥ずかしながら台帳を無くしてしまいまして、先程ようやく見つけたはいいのですが、このままだと業務に差し支えてしまうので……」

 

 あまりの惨状に思わず私はフィーと部屋を二度見してしまう。

 

「あの、違うんですよ?いつもこうなわけじゃなくて……その、今日は他の従業員の方がトラブルの処理に当たっていて私しか残れなくて急ぐあまりこうなってしまっただけで、いつもは綺麗なんですよ、とても」

 

 ぱたぱたと腕を振りながら求めても居ない説明を始めるフィー。

 その腕のせいで余計物が乱雑になっているのだけれども。

 

「と、とにかく片付ければいいのですね?」

 

 私がそう提案をするとフィーはこくりと頷き、私はフィーの指示に従って物を片付け始める。

 それから時間が経つこと3時間後、ようやく綺麗な部屋に戻せたのだった。

 



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宿屋にて

「ありがとうございました。お陰でそろそろ仕事に戻れそうです」

 

 フィーはパタパタとスカートをはたいて汚れを落としながら一礼する。

 そわそわしながらもその視線はドアの方に向いているようだった。

 

「あの、他の方ってまだ戻ってこないのですか?」

「えっと、どうなんでしょう……一応連絡をくれるとは言っていたのですけど……」

 

 フィーが想定していたよりも時間が掛かっているようなのか、少し落ち着きが無い。

 ともあれ、何か追加でトラブルがあったと見て間違いはなさそう。

 シアに目配せをすると彼女はにこやかに微笑み頷く。

 

「もしよければ私が様子を見に行ってもいいですよ」

「いえ、流石にそこまでしていただくのは……!」

「このままでは通常の営業にも支障が出てしまうかもしれないですし、それはこちらとしても困りますので」

 

 シアの言葉におろおろと右往左往するフィー。

 

「あの……」

「は、はい…!」

「交換条件ということなら駄目ですか?」

「交換条件……ですか?」

 

 うろたえていたフィーは私の提案に首を傾げて止まる。

 

「お手伝いする代わりに少しここで私が仕事をさせてもらう、というのは変でしょうか?」

 

 私の言葉にフィーは考えこみ始める。

 ……自分で言っていても少し変な交換条件だとは思う。

 でも、私自身なるべく見聞を広げておきたいというのはある。

 なによりこういう機会でもないと人同士の世界を知る機会なんてないだろうから。

 

「……分かりました。それじゃあお願いします。でも、ある程度人が揃ってきたらまた別にお礼をさせてくださいね」

 

 フィーは私にそう告げるとシアの方を向く。

 

「えっと、場所なんですが、東の街道沿いにしばらく歩いていくと森があるんですね。その近くに複数名いると思います。ただ、魔獣がでるって噂なので、危なそうでしたら戻ってきてくださいね」

「ええ、分かりました。それじゃあアズ、頑張りなね」

 

 シアはそれだけ言うとそのまま宿の外へと出て行く。

 

「それでは、アズさん……えっと確認ですけどおいくつですか?」

「14です」

「14?!その見た目で?!え、今の子ってそんなに成長早いの?!」

「ど、どうでしょう……私が特段早いだけかもしれないです」

「……こほん、すみません。うーん、着替えはとりあえずいいとして、何してもらおうかな……部屋のメイキングは終わっているし、掃除はまあ大丈夫……お客様はそんなにいないし、夕飯の時間はまだ遠いから……うん」

「えっと……?」

「とりあえず一緒に受付に居ましょうか」

「はい」

 

 受付の椅子に二人で腰掛ける。

 

 ………。

 

 最近は常にシアと話していたからか、沈黙が少し気まずい。

 仕事……というほどのするべきこともないからか余計に時間が経つのが遅く感じる。

 

「えっと……」

 

 フィーもそう感じていたのか手探りするように声をかけてくる。

 

「仕事中とはいえ、人も少ないですし話をしても大丈夫なので、その…少しお話でもいかがです?」

 

 私がこくりと頷くと、フィーは続けて口を開く。

 

「えっと、差し支えなければでいいのですが、アズさんとシアさんってどういった関係なのでしょうか?親子……のようには見えませんし、かといってシアさんもアズさんと同い年というわけでもなさそうですから」

 

 どう返答したらいいものだろう。

 私は少し考えを纏めていると、フィーは手を目の前でフルフルと振り。

 

「あ、本当に問題があるなら答えなくても大丈夫なので!」

「大丈夫です。一応私がシアの家に居候しているといいますか、同居人という形になるのでしょうか」

「そうだったんですね。いきなり失礼な質問でごめんなさい」

「いえ、普通そう思いますし気にしてないので頭を上げてください」

 

 頭を下げるフィーに対して、私もつい委縮してしまう。

 

「それにしても今日泊まるとしても観光しなくて良かったんですか?手伝っていただけるのは本当に嬉しいですけれど」

「ちょっと気になっちゃったので」

「そう言って手伝ってくれる人は中々いないのでびっくりしました」

「そうなんですね。あ、私から幾つか聞いてもいいですか?」

「いくらでもいいですよ」

「えっと、普段、どういう事しているかとか……」

「ああ、今特に何もしてないから……そうですね」

 

 納得したようにフィーは頷き、後ろの戸棚から薄い冊子を持ってくる。

 

「一応これがマニュアルです。でも例外も多いというか……基本臨機応変だからあてにはならないんです」

 

 ざっと見て確かに結構大雑把に絵と文字で仕事内容が書かれている。

 ……例外が多いならマニュアルを見直すべきな気もするけど。

 

「人が多い時はお客様がこちらによくおいでになられるので、忙しくなるんですけど、まあ、今はそういう時期じゃないですから」

 

 それにうちは小さいですから、と自虐気味に呟くフィー。

 

「まあそういうわけでお仕事としては厨房がメインになるんです。とはいえ今は食材がないのでそれもできませんし」

「食材がないんですか?」

「はい……。運搬にトラブルがあったみたいで、その連絡しか届かなかったので従業員総出で確認してもらってたんです」

「それで宿主のフィーさんが残ったんですね」

「それもあるけど、足手まといになるから、が他の方々の本音だと思います。魔獣云々には全く対応できませんから」

「従業員さんたちは結構強いんですね」

 

 普通魔獣なんて呼ばれる相手は訓練された兵士でも手に余るのに。

 私の言葉にハッとしたのか、フィーは慌てて顔の前で両手を振りながら。

 

「いえ、あの、その!私がどんくさくて仮に遭遇したら逃げられないからって意味で!そんなまともにやりあうだなんて――」

 

 フィーが釈明しようと言葉を紡いでいる最中に入り口の扉が開く。

 そしてひょっこり顔をだすシア。

 

「ただいまー」

「えっ、早くないですか!?」

「そう、かもしれませんね。少し急いで確認してきましたから。皆無事でしたし、荷物も差し支えありませんよ。一刻後には届くでしょうから」

 

 シアの言葉に胸を撫で下ろし、握り締めていた左手を緩めるフィー。

 余程心配していたのか、フィーはそれと同時にどさりと椅子にもたれかかるように座り込む。

 

「あ、すみません……少し緊張が解けてしまって……えっと、後は大丈夫なのでゆっくり寛いでください」

「分かりました、何かあったらまたお手伝いしますから、声をかけてくださいね」

「ありがとうございます」

 

 フィーに一礼して私達は部屋に戻った。

 

 

 

 その夜。

 私とシアが部屋で他愛も無いお喋りをしていると、ドアがノックされた。

 

「フィーです……失礼してもよろしいですか」

「どうぞ」

 

 シアの声に応じてフィーが部屋に入ってくる。

 その表情は何ともいえない様子で躊躇っているようにも見える。

 

「あの……ぶしつけな質問になるのですけれど……」

 

 フィーは言葉尻を濁らせながらもシアを見て尋ねる。

 

「シアさん、貴女は……その、魔女、だったりします……?」

 

「そうです、と答えたらどうします?」

「いえ、納得するだけなので……でもその様子だと違うんですね?」

「いえ、魔女ですよ?」

 

 あっさりとばらすシア。

 私も驚いているけれど、フィーも目を丸くしている。

 

「あ、そうなんですか?」

「ええ」

「じゃあアズさんも?」

「いえ、私は違います。ただの同居人で……ところでどうしてそう思ったんですか?」

 

 私の質問にフィーはこくりと頷き喋り始める。

「えっと、そんなに大したことは無いんですけど、従業員の皆さんが『ヤバイ人にであった』『何匹もの魔獣が一人に突っ込んでいったきり帰ってこなかった』とかいっていたのでもしやと思っただけで」

「あー……」

 

 まあ、そういうことなら仕方が無いというか……シアならやりかねないから納得する。

「えっと、従業員の皆を助けて頂きありがとうございました。シアさん。えっとどうでもいいかもしれないのですが――」

「魔女なんでしょ?大丈夫、分かっているから」

 にっこり微笑むシアにほっと胸を撫で下ろすフィー。

 というか、シアは魔女と名乗った後から敬語をやめている。

 

 魔女として話しているからだろうか、なんて私が考えていると。

「あの、それで少し稽古をつけて欲しいのですが」

 フィーは本題がそれだったかのように切り出す。

 

「うーん、ごめん。それはできないかな」

 

「そうですか……すみません、お邪魔しました」

 シアに断られフィーはしょんぼりした様子で部屋を出て行く。

 

「なんで駄目だったんですか?」

 シアに率直に尋ねると、シアは頬をぽりぽりと掻きながら。

「端的に答えるなら、教えられることが何も無いから、になるんだけど……具体的に説明する?」

「はい」

 

「まず、魔法って言うのは人から人、もしくは本に記されているのを学ぶことぐらいでしか身につかないの。例外はあるけど。そしてそれはその人に素質が無ければ使えない。ってことで彼女にはその素質がないというか、既に使える魔法を全て覚えきっているからね」

「えっと稽古と言ってもそれ以外の可能性は……」

「魔女同士の会話でのあの切り出し方は魔法の伝授を求めてなの」

「そうなんですか」

 

 魔女の文化の片鱗に触れ、私はつい前のめりになる。

 そんな様子の私を見てくすりとシアは笑い、説明を続ける。

 

「……というのはまあ一般的な話ね。そもそも私はそこまで教えるのは上手くないし。何より――」

「面白そうでもないし、面倒だから、ですか?」

 

 シアは私の言葉に少し目を丸くして、少し噴き出し。

 

「ふふっ、それもあるけどやっぱりあまり干渉しちゃいけないからかな。相手が魔女でも。とりわけ一般人に紛れて生活しているのなら尚更」

 シアは少し伸びをして、ベッドに移る。

 

「……と、まあそういうわけだから断ったの」

「やっぱりそういう感じなんですね」

 

 何処までが許容なのかは相変わらず分からないけど、シアは別に意地悪で応じないわけじゃなかったことに少し安堵する。

 

「今行けば彼女と少し込み入った話が出来ると思うよ」

 

 どうやらいつも通り私の内心もお見通しで、アドバイスしてくれるシア。

 私はこくりと頷いて部屋から出てフィーに会いに行った。

 

 

 

「あ、アズさん、まだお休みになられていらっしゃらなかったのですね」

 

 下の階に下りていき階段のところからフロントを覗くと、フィーがすぐに気付いて声をかけてきた。

 私が少し駆け足気味に階段を下がると、フィーはカウンター裏に一言声をかけてロビーに出てきた。

 

「はい、少しお話がしたくて」

「………さっきのことですか?」

 

 フィーが少しバツが悪そうにしていて非常に言い出し難いけれど。

 

「……はい」

「あ、あんまり気にしないでください。無理なお願いをしたのはこちらですから」

 人気の無いテーブルのあたりまで誘導されて座るように促される。

 

「……あの、どうして稽古をつけてほしい、と―」

「前に、お世話になった方がいて。その人を見つけてお礼が言いたい、あわよくば力になりたいんです。今の私はどれも出来ませんから」

 そうぼやかして言うフィーの瞳には強い意志を感じる反面、凄く哀しそうで。

 

 本当は踏み込むべきでは無いのかもしれないけど……

「あの、どんな人だったんですか?」

 偶然見かけた場合に知らせてあげるぐらいならできるのではと思い、そう訊ねる。

 

 少し躊躇った後フィーは口を開く。

「…すごく意志の強く、優しい獣人の方でした。危ないところを身を挺して守ってくださり、この宿もその方の提案で始めたんです。怪我したまま、そして名前を聞く前にこの街から出ていかれてしまわれて、それっきり話を聞くこともなくて」

 

 そこそこ過去のことなのか、時系列が多少前後しながら説明していくフィー。

 どうやら話を聞く分には私が生まれた頃ぐらいの出来事らしい。

 それだけ経っているとさすがに見つけるのは至難の業になりそう。

 それと―

 

「とても素晴らしい方だったんですね」

 

 そうありたいと思うほど話に上がる獣人は人として出来ていた。

 迫害にも窮せず、かといって人に憎悪を抱かず分け隔てなく接する。

 

「ええ、そうなんです。あ……私ばかり話してすみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

 私がそう告げるとフィーは口元を緩ませ。

「なかなか真摯に聞いてくださる方はいらっしゃらなかったので、少し嬉しいです。どうしても獣人と聞くだけで嫌な顔をしたり、つまらなそうにする人の方が多いですから」

「まあ、そうですよね」

 

 私は苦笑いしながらフィーの言葉を肯定する。

 私自身が獣人だから、否が応でもそういった事情は分かる。

 話題としてあがる場所は大抵貴族などの金持ちたちか、獣人を主に取り扱う商人のどちらかが主で、一般人はなるべく見ないよう、気にしないようにしている節がある。

 だからその手の話題が魔女同様タブーとされやすいことは分かる。

 

――この様子だと案外魔女の中でも獣人はあまりいい感じの印象は受けてないってことなんだろうけど。

 

「ああ、忘れかけていました。こちらをどうぞ」

「これは……?」

 

 フィーから渡されたのは文字が綴ってある手のひらサイズの紙片だった。

――方言、なのかな?うーん、ちょっと読めない……

 ちょくちょく文字を学んだので簡単なものなら分かるようにはなったけれど、まだまだ読むのには程遠い。

 私は仕方なく首を傾げてフィーに説明を求める。

 

「えっと本当はお金、としたいのですけどあんまり経営が芳しくないので……代わりと言ってはなんですが、ちょっとした許可証です。近郊に遺跡があるのでもしよければと思って」

「いいんですか?」

「はい。使える期間も限られていますし、行ったこともあるので。なかなか綺麗な場所で、おすすめですよ」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。さて、そろそろ仕事をしないと怒られちゃうので戻りますね」

 

 フィーはそう言ってカウンターの奥に戻っていった。

 私も戻ってシアに話をしなきゃ。

 そう思って立ち上がろうとすると。

 

「ひゃっ!?」

 

 誰かに唐突に後ろから両肩を叩かれ思わず跳び上がる。

 恐る恐る振り返るとシアがいい笑顔でこちらを見つめていた。

 

「もう、脅かさないでください」

「ごめんごめん、で、いい感じの話をできたでしょ?」

「出来ましたけど……いつからそこにいたんですか?」

「ん?ついさっきだよ?」

 

 急に現れたあたり、てっきり最初から聞いているものだと思ったけどそうでもないらしい。

 二階の部屋に戻りながら話した内容をシアにざっくりと説明する。

 

「で、このチケットを貰ったんです」

 シアにチケットを渡すとシアはひらひらと振りながらその紙片を見つめる。

「アズは行きたい?」

「えっと、まあ……はい」

「それじゃあ、明日はそこに行ってからダンジョンまで行こうね」

「はい……はい?」

 

 あまりにもさらっと言われたため認識が少し遅れる。

 

「えっと、ダンジョンってこの街から近いんですか?」

「んー……北の川を越えたあたりだから……まあ直で向かって普通の人なら半日から一日かな。橋とかあそこはかかってないし、周囲もそこそこ危険だからね」

「ダンジョンもそのまま……?」

「その予定だけど」

「流石にきついと思うのですけど……」

 

 主に私がついていけるかどうか……。

 いくらシアが守ってくれるとはいえ、目まぐるしく変わるだろう状況を受け入れられるかはまた別だし。

 私が渋った様子を見せたからかシアは少し考える様子を示し。

 

「それじゃあ川前とダンジョン前それぞれで野営って形が楽かな?」

「それならなんとか……」

「じゃあ明日は遺跡を見て川まで行く、で決まりね」

 

 シアが布団に入り込むのを見て、私もそれに続いて入る。

 近くに置いてある地図を仄かな明かりで見ると、遺跡とは正反対の方向だが割と街と川は近いように感じる。

 これはこれで初日の強行が何だったのか違和感を感じるけれど――。

 シアの提案を不思議に思いながらも私は眠りについた。

 



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遺跡にて

 翌日の昼頃。

 

「思っていたよりも近くで見ると凄い圧倒されますね……」

 

 私とシアはフィーに別れを済ませたのち遺跡へと赴いていた。

 遠くからもその様相は窺えたが、いざ近くに着いてみると身の丈の十倍以上の高さがあり上を見ようとすると少し首が痛くなるほどだ。

 

 全体的に白色の寂びれた石で建築されているように見えるが、それだけ年代が古いということだろう。ところどころ壁や床が崩落しているのもぱっと目に入る。

 そういった外見とは裏腹に古代文字らしき文様が肉眼で難なく分かるレベルでで建物の至る所に記されており、かなり丁寧に管理されているのが分かる。

 

 観光スポットとして栄えているのか、この寒い中でも人足は途絶えていないようで、入り口では誰かしらが入場の手続きを行っている。

 

「さ、アズ。そんなところでボケっとしてないで中に入らない?」

「あ、はい!」

 

 くいくいと手を引っ張られて我に返り、シアに合わせて入り口まで歩く。

 

 

「で、これくらいの身長で髪を後ろに纏めた感じの銀髪の少女は来なかったって聞いてるの。あの子が絶対先に来てるはずだし!え?知らない?そんなわけないじゃない!というか聞いてた話と違うんだけど、なんで入っちゃダメなの?許可とか必要って聞いてない……え、お金?お金とるの?危ないんじゃないの?どういうこと?」

 

 

 遺跡の入り口のところで揉めている声が聞こえてきた。

 

 ――割と面倒な雰囲気……

 

 少し背伸びして見ると短い茶髪の女性が職員の服纏った二人と押し問答をしていた。

 話している内容は全くと言ってかみ合ってないように感じる。

 その影響か、入場できない人や興味本位で見守る人で人だかりができ始めてしまっている。

 

 あまりのことにしびれを切らしたのか片方の職員が事務所らしき場所に戻っていった。

 職員自身武器を携帯しているものの、その女性も帯刀しており場に少し緊張した空気が走っているのも確か。

 

「え、えっと……止めたほうがよさそう、ですけど……」

 

 口で言う反面、そもそも彼女を説得できる気もせず、かといって私では暴力沙汰になったときに対応できるとも思えない。

 女性の立ち振る舞いが武人のそれで、かつ服の装飾が華美なように見えて表面のみで済ませてあり実用性重視なのが見て取れ、少なくとも戦闘には慣れていることが窺える。

 

 私はシアの方を向くと、シアは。

「ま、仕方ないねこれは。絶対にアズには手に余るし。ここで待ってて」

 

 シアはそれだけ言うとすたすたと入り口付近まで足を進める。

 周囲の人が止めようかどうか迷っている様子だったが、そうこうしているうちにシアは女性と職員との間に入る。

 

「知人が迷惑をお掛けしてすみません、入場料ですね。こちらで大丈夫ですか?」

「えっと、そういうことならば……」

 

 どうやらあまり納得していない様子だが職員としてはそれ以上関わり合いになりたくないらしく、疲れた表情でシアからお金を受け取っている。

 しれっと嘘を吐くシアに女性が困惑して口を開きかけたが、シアが振り向き様に一言二言発したみたいで、女性もおとなしくしていた。

 

 と、問題が解決したからかさっきまでの人だかりも散っていく。

 

「アズ、という感じでいいの?」

 

 シアがこちらに歩いてきて確認するようにそう言う。

 

「えっと、まあ、はい、ありがとうございます」

 

 正直、収束方法が分からなかったので、という感じもしなくはないのだけれど。

 私が曖昧に答えながら頷くとシアは少し口角を緩め。

 

「じゃあ、アズ、中に入る?」

 

 え。

 

 恐らく付いて来させたであろう女性を無視してシアは私にそう提案する。

 私も思わず固まるが、その女性はもっと困惑した表情をしていた。

 

「ちょっ、ちょっとまって!?さっきから状況が掴めないんだけど!?相棒は見つからないし、怪物の存在も皆目だし、なんか行動制限されたし、挙句の果てには知らない人から知ってる認定されて無視って何!?あなた少し説明をしてくれる!?」

 

 シアに掴みかかろうとした女性だったが、ひらりと、その手は宙を切る。

 

「え、嘘」

 

 私からは純粋にシアは私の手を掴むように動いただけに見えたが――。

 その女性にとっては違うのか、あまりにも衝撃的だったようで。

 

「貴女、何者……?」

 

 シアをその淡い金の瞳で貫くように見つめる女性。

 えっと、よく分からないけど……。

 

「あの、とりあえず名前を聞いても大丈夫ですか?」

 

 その女性や私の言葉を脇にシアは涼しい顔で遠くを見ているようだった。

 

 

 

 あの後遺跡から近い丘の平原の上まで移動した後。

 

「――というわけなのよ」

 

 その女性――イズクは語気を強めて私たちに話をする。

 余計な言葉やどうでもよさそうな話もちょくちょく混ざっていたような気はするけれど、大まかにまとめると。

 

 モンスターの討伐を依頼されたけど、仲間と合流できず、しかも指定された場所は入れない(勘違い)、でどういうことか確認しようにも話は噛み合わなくて、といったところだろうか。

 なんか誇張とか曲解とか勘違いが多いせいでどこまで本当かも結局よく分からなかったけど。

 

 私が返す言葉に困り苦笑いを浮かべていると、イズクは真剣な瞳でシアを見る。

 

「で、実は貴女が怪物、が変身しているとかではないわよね?」

「単独で出るモンスターならそんなまどろっこしいことしないでしょ?統率が取れている軍隊でもあるまいし」

 

 シアは至極どうでもよさそうに淡々と答えてイズクに質問を投げ返す。

 

「さっきあたしの侵入を拒んでいたのやこの子と合わせて軍隊のようなら――」

「ならなんで私とあなたが今ここでこうやって話しているの?」

「それはあたしを騙して後で不意を打つつもり、とか?」

「そこまでする理由あるかしら?そもそもどうして私をモンスターだと思ったのか聞いてもいい?」

 

「理由はともかく、貴女なんかとんでもないやつでしょ。あたしの第六感がそう言ってるもの。只者ではないって」

「じゃああなたの勘は只者ではない以外に私についてどう言っているかしら?それと受付やアズも同じように感じているかしら?」

「えーと……違うし、勝つのは無理……?ううん、不可能では……?いや、うーん……。受付やこの子はともかく、貴女だけは油断してはいけない気がするのよ!それ以上でもそれ以下でもないから!」

 

 そう、と微笑むシアを見て、一瞬イズクは毒気を抜かれたような表情をする。

 その後気を取り直したように私たちのお弁当の中から彼女はサンドイッチを取り口に運ぶ。

 

「あ、これ、とても美味しい。何処で売ってるのかしら」

「手作りですよ」

「手作りか~うん、後で何個かいただいても?」

「挟んでいるものがあまり日持ちしないのでやめたほうがいいと思います」

「うーん、そっか。残念」

 

 たはは、とイズクは笑いながらも次々とサンドイッチを手に取り頬張っていく。

 

「そんなに急いで食べると喉に詰まらせますよ」

「大丈夫、こういうのは慣れて育ってきてるから」

 

 言われてみると、運ばれていく量に対して口の中はそこまで一杯になってないように見える。

 

「あ、味わってないわけじゃないから、そこは心配しないでね。癖みたいなものだから」

 

 あらかた食べ終わりパタパタと弁当箱を閉じる。

 シアは私が閉じた箱を受け取り自分のローブの袖口に閉まっていく。

 

「イズクさん、話を聞く限り多分、違う場所だと思うのですが……」

「うーん、やっぱりあたしはあの遺跡を一通り見てから考えようかな。何回かそう思ってほかの場所に当たった時に最終的に最初の場所だったってことも多いから」

 

 イズクは伸びをしながらそう返答し、少し鋭い視線でシアを見る。

 やっぱりまだシアに対する印象はそこまで変化してみたいだけど。

 

「一緒に見て回りますか?私たちも中を見学する予定だったので」

「いや……そうね。そうしようかしら」

 

 私の提案に少し嫌そうな表情を仕掛けたイズクだったが、途中で何か思いついたのか不敵に笑みを浮かべながらそう言う。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 シアはそんなイズクのことなど何処吹く風といった様子で先に歩き始めていた。 

 

 

 

 どうやら入場口は建物の裏口だったようで、遺跡の中に入ってみると思うより広いのか人はまばらといった様子で、内装が見やすい。

 お城や砦、とも少し様相が違う変わった建築で、石の壁の至る所に絵なのか文字なのか区別がつかない紋様が散りばめられている。

 紋様が壁そのものに刻み付けられているように見えたが、触ろうとしても触れられない。

 よく見ると溝を透明な何かで埋められているようで、光の加減次第で光沢があるのがわかる。

 

「こういう場所にありがちな魔術的な何かで固定されてるのよ、それ」

 

 イズクが私の不思議そうに壁を触っていた事に反応してか不機嫌に答える。

 振り向くとイズクは周囲を見回しながらカタカタと腰に下げた武器の柄を弄りまわしている。

 さっきからこの調子なのは多分。

 

「ただでさえ予定狂ってるのに何で本当に何の兆候もないし、平和そうなの?!いいことだけど!」

 

 イズクはあまりの呑気さにやられてしまっているようだった。

 まず人の手が入っているところなんだし、そういった怪物などがいるほうが問題だと思うんだけど……。

 

「あの……やっぱりここじゃないんじゃないですか?」

 おずおずと私がイズクに意見すると、イズクは少し考えた風にし。

 

「……いいえ、もしかしたらこことか……そう、ここら辺とかに入れる道があるとか」

 少し力加減を間違えば壊しそうな勢いで入念に壁やわき道を調べ始める。

 

「お客様、流石にそういったことは……」

 

 すかさず近くにいた職員が、またか、といった表情で止めに入る。

 それに対しなんでそう言われたのか分からないのか不服そうなイズク。

 

「貴女、壁を崩して生き埋めになりたいの?」

 

 今まで黙って私とイズクの後ろを歩いて様子を見ていたシアの発言に、イズクも手を止め、職員がほっとしたように息を吐きだす。

 

「何かしないように止めておきますので、気にしないで大丈夫ですよ」

「ちょっと、あたしは別に貴女に止められる筋合いないんじゃないの?」

「そう?たぶん貴方だけならここには入れなかったんじゃないかしら?ここは観光施設みたいなものだしね」

 

 イズクがシアの言葉を聞いてきょとんとする。

 その間にもさきほどの職員はシアに一礼した後そそくさと仕事に戻っていった。

 

「ちょ、ちょっとまって。観光施設?観光施設って言ったの貴女?」

「何回も言っていたはずだけど、職員の方も、私もアズも。それに看板とかそういったものにも書かれていたよ」

「え、初耳なんだけど。え、あ……」

 

 イズクは近くにあるパンフレットに今更気づいたのか、視線を彷徨わせた後その場で唐突にしゃがみ込む。

 

「……嘘、また全部あたしの勘違い……」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 私が傍に近づくと、イズクは切なそうな表情をしてこちらを見てきた。

 

「……アズリエナはいい子だね……ありがとう……」

「ど、どういたしまして……?」

 

 ふらふらと立ち上がるイズクにどうしたらいいのかわからずおろおろしながら返答すると。

 

「ちょっと外の空気吸ってくる。好きに見てて大丈夫だから」

「は、はあ……」

 

 イズクは肩を落としてとぼとぼと外につながっている扉を通っていった。

 本当に大丈夫か心配になるほど落ち込んでいるように見えたけど、いうてそこまで親しいわけでもないから、これ以上はお節介になりそう。

 それにしばらくして問題なければ戻ってくるだろうし……。

 

「あの、説明お願いしてもいいですか?」

 

 それまでしばらくこの遺跡の説明を聞こうと思ってシアに話しかける。

 説明の看板などあるのだが、知らない単語が多くほとんど読めない。

 シアから学んだ語学はほとんどが日常用語だったから、仕方ない。

 

 シアは微笑み私の隣に来て。

「『この遺跡の壁面は特殊な材質により守られている。この特殊な材質というのは刺激を受けると硬化するという性質を持っており、この材質を物理的に撤去することは難しい。壁面に使われているため壁の補強かと一時期考えられていたが、壁自体は容易に崩落することから単純に壁面の文字の保護をしているものと思われる。』……まあ、確かに大方そういったところかしら」

 

 私はほえー……と右から左に流れかけている言葉を必死になって理解しようとして、ふと興味が沸いてシアに尋ねる。

 

「えっと、この材質自体は何なんですか?」

「これはまあ、今の時代だと殆ど手に入らない……正確には作れる人は殆どいないから名称も無くなっているけど、ギフト、なんて呼ばれてたこともあった物ね」

 

 シアが声のトーンを私にしか聞こえなさそうなぐらいまで落として話し始める。

 

「ギフトって、そのままの意味ですか?」

「ええ。精霊と対話して、結果的に良好な関係を結んだ場合に偶発的に発生するもの、としての認識が強かったから。実際の話、精霊とまともに会話ができるのは魔法を使える中でもごく一握りだけだったしね。今は……正確には何人いるか分からないけど、迫害やその他儀式的な問題で数を減らしてたりするからこれを意図的に作るのは無理でしょうし」

 

 えっと……。

 なんかもやもやとした疑問が頭の中に渦巻くのだけれど、言語化できない。

 それをシアは察してくれたのか話題を次に進めてくれる。

 

「ま、そういう歴史とか製作の問題点は置いておいて。これの作られる原理は精霊が集まりその素材をその場所に固定化すると出来上がるっていうものなの。素材はアズも何回か見てると思うけど」

「あ、あの時配ってて精霊が食べた……?」

「そ。いや、食べてるように見えても食べてはいないんだけどね。まあ、あれは厳密には違うんだけど、やり方という点では同じだから。後は精霊が偏向性を持って一か所に集まってそして意図的にその素材を変換して使うとできるの。だから殆どは特定の精霊が淀みやすい場所での疑似的な天然物としてしか作られないの。ここもそうだけど」

 

 シアが指さす先には確かに複数種類だけれど精霊が偏って集まっている場所がちらほら見かけられる。

 

「ま、素材がないから今はすでに生成されなくなってるし、これを作るための素材も貴重だし、そもそも素材だけあげてもどうこうなるものじゃないから。それに壁や床が抜けてるせいで精霊の流れも変わってしまっているみたいだし」

 

「……え、っと素材をあげるのと同じ、とか色々前に言っていたことと矛盾してたりしないですか?」

 

「ああ、そこなの。一番難しいところは。精霊たちも行動に傾向があって人から見ると自然現象に近いんだけど、彼らも意思があって動いているからそう思い通りに引き起こせないの。そこに関してはアズも何となく気づいてたとは思うけど」

 

「確かに、シアが精霊たちとおしゃべりしていたりしたのでそういうことなんだろうなとは思っていましたが……」

 

 それはそれとしてやっぱり少し理解しがたい気分になる。

 理屈はなんとなく分かるのだけど。

 

「何よりいくら精霊といえども素材を変換するっていうのがとても大変なの。だからよほど説得されない限り自らそんなものは作らないわ。で、さっきも言った通り会話できるだけでも人数が少ないんだから交渉できるだけの能力を持った人はほぼいないと思ってもいいくらい」

「つまり凄い能力の人が昔ここでこの作業をして壁の文字を保護してもらってたってこと、ですか?」

 

 私がざっくりとした所感を述べると、シアは壁を見ながら呆れたように笑い。

 

「まあ、色んな意味で凄い人だったってことかしら」

「??」

 

 私はシアの言葉の意図が分からず思わず首を傾げる。

 

「えっと、そんなに凄い大変な手間や条件があって保護されてる文字ってなんて書いてあるんですか?読めない、とかそういうことが看板には書かれていますけど、やっぱり歴史的に重要なこととかですか?」

「やっぱり、それ、聞いちゃうよね。うん」

「???」

 

 シアは大きく一息吐き出すと、本当に私だけに聞こえるような小さな声で。

 

「これ、全部創作の物語よ。正門のあたりが物語の始まりで、私たちが入ってきた辺りが終わりの」

「そうなんですか……え?」

 

 ちょっと言われたことを理解できず素っ頓狂な声を出してしまう。

 そんな私を片目にシアはそのまま説明を続けていく。

 

「単純な古代語、ならば多分解読できたでしょうけど、まさか軽く文字もアレンジ、単語もアレンジ果てや文法もところどころアレンジされ、そしてどういう順番に読めばいいのかも分かりにくい構図になってるから致し方ないと思うわ。よほどのこだわりがあったのでしょうけど」

「え、ちょっ、ちょっ……創作ですか?これが?全部?」

 

 あまりのことに半信半疑で聞き返してしまう。

 こんな明らかに防衛にたけてそうな建物の内壁で。

 明らかに魔術的な陣のような書かれ方をされていたりして。

 その上この城の至る所隅々まで書かれていて、そしてシアの言っていた素材で覆われ。

 

 それがただの創作の物語だなんて。

 まだ聖戦時代の遺物で天使や悪魔と闘争を繰り広げられた結果といわれたほうが納得がいく。

 

「そ。アズの想像している通りだったら良かったんだろうけど。時代的にはまあそれぐらいではあるんだけど……まあ、極端に魔法を使える人にこういうタイプは少なからず一定層居たから不思議じゃないの」

「そ、そうなんです、か?」

 

 明らかに魔法を極端に使える側にいるだろうシアがいうのだからそうなのだろうけど……

 さすがに納得がいかないというか、私が理解できないから謀っているとも思えてしまう。

 

「まあ、信じる信じないは好きにしていいレベルだから。もういくつかかけちゃってるから読めなくなってるところも多いし」

 

 シアはあっけらかんにそう言うと、近くの庭園まで出ていき背を伸ばす。

 私もついていこうとして。

 

「よ、ようやく見つけた~……」

 

 息が上がったようなイズクの声が後ろから聞こえてきた。

 

 



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英雄イズク

「広いから迷っちゃって、もしかしたら置いてかれたかもと思ってね。こんな場所にいるとは思わなかったけど」

 

 いまだに肩で息をしているイズクは庭園のベンチに腰を掛けてそう言う。

 

「そんなことしないですよ。とにかくお疲れ様です。飲み物いりますか?」

「ん、ありがと」

 

 私が水筒を手渡すと、イズクはものすごい勢いで喉に水を流し込んでいく。

 

「はぁ~生き返る……冬なのにこんな所で汗かくことになるとは思わなかったよ。で、アズリエナは置いていかないかもしれないけど、シア、だったっけ?貴女は普通にあたしのこと置いていくでしょ。あたしに全く興味ないし」

「状況次第かしら」

「ほら、そういう感じだしさ」

 

 シアが近くの手すりから遠くを眺めたまま、イズクに返答し、イズクは少し拗ねたように私に振ってくる。

 

「んで、思ったんだけど、シアって英雄の一人だったりする?だったら色々と納得なんだけど」

「んーーー…………」

 

 私はどう答えていいか悩んでしまう。

 英雄というと強力な戦闘能力を持つ人間だったり、優れた采配能力をもつ人間を指すことが多いから、そういう意味では確かに英雄には振り分けられそうなんだけど。

 

 そもそも魔女だし……

 

 かといってここで英雄ではないと言うとそれはそれで追及されそうだし。

 逆に英雄と言うのもそれは後々問題になりそう。

 困ってシアの方を見ると、イズクはあっけらかんに笑い。

 

「ま、自分で英雄だ、なんて言う英雄はいないよね。全員が全員称号持ちでもないし」

 

 そういいながら服の袂から一枚の紙を取り出す。

 

「すっかり忘れてたんだけど、目的地までの地図貰ってたんだ。でもあたし実は地図読めないから意味ないんだけど……どっちか読める?」

 

 イズクの広げる地図を脇からのぞき込むと街を含めた周辺の詳しい地形まで書いてあるのが窺える。

 と、ふと目に入るのは大きく赤いバツ印が街の北側についていること。

 

「いやー、バツ印が到達地点なのは分かるんだけど、今どこかさえ分からないからね」

 

 そう呟くイズクを見ながらシアの服の袖を引っ張る。

 それに応じてシアは軽くこっちを向き。

 

「あの、あの場所って」

「うん、私たちの目的の場所と同じだね」

 

 地図をちらりとも見ずにシアはそう答える。

 

「えっと、もしかしてこうなるって分かってたり、しました?」

「うん」

「その、面倒だから避けようとした、とか……?」

「一番の理由は違うけど、ま、それもあるよね。彼女、トラブルメーカーだもの。それに精霊に嫌われてるなんてよっぽどよ」

「そこまで、なんですか?」

 

 確かに勘違いしやすくて、おっちょこちょいっぽくって自分の考えを疑わないし、人の話をしっかり聞いてなかったりするけど……って、あれ?結構問題が多いかも?

 それに確かに精霊がイズクの周りを避けてるような動きをしていなくもないような……。

 当のイズクは見られているのに気づいて首を傾げているけど。

 

「ま、この後どうするかはアズが決めるといいよ。どちらでもどんな形でも対応できるから」

 

 例によってそう言うシアに少し苦笑いして。

 

「あの、もしよければですけど案内しましょうか?」

「え、いやいや、その提案は助かるけど、危険だよ?あ、もしかしてあなた達もそういう口なの?なら最初からそう言ってくれればよかったのに」

 

 何をどう勘違いしたのかわからないけれど、イズクはそう言うとパッとベンチから立ち上がって。

 

「それじゃあ改めて。あたしはイズク。『迷い手』『自在の二刀』のイズク。イルジオネ国公認の英雄なのさ」

 

 イルジオネ国とは今私たちがいる土地や、住んでいる森も範囲としたそこそこ大きな国で、そこの公認の英雄となればかなりの成果を出していないとなれないもの、と聞いたことはある。

 普通だったらこれで委縮したり、驚いたりするんだろうけど。

 

 なんだろう。

 

 空になった水筒を片手にポーズを決められても、しまらない。

 そんな微妙な気分になっていることを知ってか知らずか。

 

「と、それじゃあよろしくお願いね。あとこれありがとう」

 

 そのまま水筒を私に手渡してくるイズクだった。

 

 

 

「それでどうするの?遺跡出たのはいいけど」

「街の北の川を越えなきゃいけないからそっちに向かうのよ」

 

 遺跡から街道を歩きながら話をしている。

 出るときにイズクに対してもう来ないでほしそうな視線が向いているのを感じたのは気のせいじゃないだろうけど、それはさておき。

 

「もう日が傾き始めていますけど……」

 

 ざっと傾き親指四つ分というところだろうか、あと三時間もすれば辺りは暗くなってるだろう。

 心配する私にシアは、問題なさそうに答える。

 

「川までならそんなに時間かからないはずよ。宿泊施設も確かあの辺りにはあったはずだしね」

「そうなんだ???」

 

 イズクは地形が頭に入っていないからか、大量の疑問符を浮かべているようだった。

 

「とはいえ、着くころには確かに真っ暗かもね。灯り、持ってたりするかしら」

「そりゃあ長期の移動だもの、持ってないわけないじゃない」

 

 シアの言葉に突っかかるようにイズクはバッグからカンテラを取り出す。

 シアは軽くうなずき。

 

「それじゃあそのまま街には寄らずに一気に進みましょうか。特に必要なものもないしね」

「……えっと、そういう割にそんな服装とか持ち物で大丈夫なの?」

 

 イズクの言わんとしていることはよく分かる。

 足取り軽くステップを踏むように歩くシアはどう見てもこれから危険な場所に繰り出す人の様子ではない。

 大体ロングスカートで袖が手の中ほどまであるくらいの白のワンピースにところどころ装飾がついていて、傍目から見れば中流階級以上のお嬢さん、とかそういった類に見えるだろうし。

 それを言ったら私も似たような格好ではあるけれど……

 

「大丈夫、こう見えてもそういう必要なものはちゃんと持ち歩いてるから。ね?」

「え、あ、そうです、ね」

 

 急にシアから同意を求められ、内容の把握に時間がかかって困惑しながら返事をしてしまう。

 物が必要ならいつでも取り出せるシアだからこその技ともいえるけど。

 イズクが不思議そうに、ふーん、という。

 

「ま、どういう武器とか防具とかって人それぞれだもんね。それにシアに関しては心配なさそうだし、うん。あ、あとで軽く手合わせしてみない?やっぱり少し気になるというか、第六感が当たってるかどうかっていうの」

「あんまりやりたくはないんだけど」

「だって、力が分からず連れてって大けが、とかなったらあたしの責任になるじゃない。一応英雄だから、無謀な一般人を止めるのも役割として担ってるし」

「……わかったわ」

 

 強い語気で話すイズクに折れる形でシアが頷く。

 

「……いいんですか?」

「ええ」

 

 私は少し心配になりシアの顔色を窺う。

 まったく気にした様子がなさそうで、安心したが。

 

「あ、アズリエナも当然実力確認するからね~」

「えっ」

「頑張ってね」

 

 宿に着くまで終始にこやかにするシアに反し私としては内心冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

「それじゃ、準備はいい?」

 

 宿付近の河川敷まで私たちは出て、準備をしていた。

 イズクがしょっちゅう迷子になりかけること以外は特に何も起きず到着できたことは純粋に驚いている。

 

 とはいえ時間はかかってしまい月もそこそこ上っている。

 それ故に周囲は暗く、普通の人間だったら自分の身長と同じくらい離れたらよく見えなくなるだろう。

 私は夜目が利くから、全く問題なく見えるけど、イズクは大丈夫なんだろうか。

 自分の両手剣をシアから受け取り軽く素振りをしながらそんなことを考える。

 

「あたしは空気で動き読めるから大丈夫だけど、アズリエナは大丈夫?なんなら朝でもいいんだよ?」

 

 どうやら心配は無用だったみたい。

 となると。

 私の心の問題の方が大きいかな。

 素振りでごまかしているものの、少し緊張してしまい足が震えている。

 

「だ、大丈夫です。それに暗い中で戦えなければダメな場合もありますよね?」

「ま、そうだね」

 

 イズクは二本のうち一本だけ細身の剣――確か刀とか言ったか――を抜いて構える。

 

「アズ、何ならウォーミングアップとして私が後衛でサポートしようか?」

「あ、それがいいね。震えてるみたいだしまずは慣らしが必要かな」

 

 シアの私への提案に乗っかるイズク。

 それと同時にシアが私の後方に移動していく。

 

「じゃあ私は投げナイフだけ使って援護するから。好きに戦っていいよ」

 

 シアは私にだけ聞こえる声でそう言うと、袖からナイフを数本手に持つ。

 

「ほうっ………」

 

 私は緊張をほぐすために大きく一息吐き出し、剣の柄を握りなおす。

 

「お願いします!」

「よしっ!」

 

 私の一声と同時にイズクが瞬時に距離を詰めてくる。

 開始直後すぐに突っ込んでくるとは思わず、一瞬硬直する私。

 間髪入れず視界の端からナイフが数本通り過ぎる。

 

「うわっと」

 

 イズクは慌てて足を止め刀の柄、刃の側面で流すようにそれぞれのナイフを弾き飛ばす。

 

「アズ、しっかり!」

 

 シアの声を受けて我に返り、足を止めているイズクにそのまま下段から切りかかる。

 それを受けてイズクは大きく一歩下がり。

 

「いいね!その姿勢!」

 

 イズクは背に回り込むように足を捌き。

 私はさせまいと一歩下がりながら振り切った大剣を構えなおそうとし。

 再び炸裂する金属音。

 

「って、あぶな!」

 

 再びイズクがナイフを受け止めて足を止める。

 今度は刺すように肉薄するとイズクは半身になりすれすれで回避し、刀を私に振ろうとした。

 

「ちょっ、単なる投げナイフなのになんで一本一本こんなに重いの!?後ろ側にはじくだけで精一杯なんだけど!」

 

 ようにみえたが、飛んできていたナイフを捌くために大きく後ろに飛びながら刀でナイフを流す。

 イズクは発言のわりに余裕そうに笑って刀を構えなおす。

 

「それぐらいにしないと貴女止まらないでしょ?」

「そうだけど、息合いすぎでしょ!アズリエナの攻撃だってしっかり訓練されてるみたいだし!当たったら割とシャレにならないでしょ、両方とも!」

 

 シアの微笑みに対して、楽しそうにキレるイズク。

 

「っ?!」

 

 と、刹那殺気を感じて後ろに下がりながら大きく剣を正面横に振りぬくと。

 ガキンッ

 強く大剣が弾かれる音が聞こえた後、強い衝撃が剣の柄から伝わり手が痺れる。

 次いでイズクがこちらに肉薄してくるのが目に入る。

 と同時にナイフが脇から通り過ぎイズクの動きを一瞬緩める。

 そのまま後ろに下がることで衝撃を殺して次の一撃に備えるように構えなおそうとし。

 

「瞬発力もよし……と」

 

 イズクの目線が私から急に逸れる。

 ついでイズクが私の右手側に一歩踏み出しかけているのが目に入る。

 

 シアに行くつもり……?!

 

 咄嗟に右手側に両手剣を盾のように構えて体当たりする。

 

「えっ!?」

 

 イズクはその動作が予想外だったのか驚いた声をあげながら私に弾き飛ばされる。

 が、刀で衝撃を流し、後ろ跳びすることで何事もなく直立している。

 

「いやー無茶するねー。うん、あたし相手にそこまでできるなら合格でしょ」

 

 イズクは刀を鞘に戻しニコニコとこちらに近づいてくる。

 

「そう、ですか?」

 

 濃密な駆け引きで少し疲れ、両手剣を地面に刺して思わず屈みこむ。

 

「ウォーミングアップ程度と思ってたけど想像より熱くなっちゃったよ。強いね。傭兵の構えだと思ってたけど、防御特化型だとは思わなかった。あの一瞬でシアを狙うのを見極めて体当たりは普通出来ないって」

「あれは反射的にしちゃっただけで、そんな見極めなんてしてないですよ」

「だとしても二人でいい勝負なら問題ないでしょ。それと……シア」

「なにかしら」

 

 呆れた表情でシアに話しかけるイズク。

 シアもこちらに進んで歩いてきて、何食わぬ顔で返事をする。

 

「貴女……私が突っ込んできたらそのままそのナイフで受け流すつもりだったみたいよね?」

「どうかしら?その時次第だからなんとも言えないかな」

「ふふ……」

 

 私はイズクの笑い方に少しぞくっとしてしまう。

 なんと表現したらいいのか……恐怖とも不安とも似ても似つかぬ何か、そういった怯えの感情がイズクのその表情を見ると渦巻く。

 そんな私を二人は気にした様子なく。

 

「さて、じゃあ手加減無しでやるから、気をつけてね」

 

 さらりとそう言うイズクは刀を二本とも抜き構える。

 一方めんどくさそうにシアはシアと同じくらいの長さの杖を手に持ち、所定の位置に移動する。

 

「じゃあ、始める?」

「いいよ!」

 

 シアの問いかけと同時にイズクが真っすぐ駆け出した。

 

 

 

 戦いの幕が明けてからはせわしなく状況が変わり、目で見るのが追い付かなくなっていた。

 より正確に言えば、イズクの動きを目に留めることが。

 

 ガキィン!

 

 けたたましく杖と刀がぶつかる音と共に、イズクが盛大に弾き飛ばされた。

 そしてそのまま空中で地面に向かって刀を振った、その次の瞬間にはシアに打ち付けた背後から切りかかっている。

 

 一方シアは殆ど動くことなく、躱し、捌き、時には見ることなく杖でイズクと打ち合っている。

 ただ、なんとなくだが、さほど攻撃をしていないように見えなくもないけれど……。

 

「あはははは!シア、面白い戦い方するね!こんなに自由に戦えるのは久しぶりよ!」

 

 そんな私の第一印象とは裏腹に、イズクは笑いながらも矢継ぎ早に刀で切り付けていく。

 ……ちょっと狂気がかってて少し怖い。

 私と打ち合う前にこんな形で始められていたら、恐らく辞退していたと思う。

 

 昼間と印象が全く違う。

 あの抜けてたイズクはなんなんだろうと思うほど。

 そんな風に思っているうちにもイズクは切り筋を変えたようで。

 

「じゃあこれにはどう対応するのかな!?」

 

 両手で持った杖が上段に構えられて、防ぎにくいだろう足元を切るように突っ込んでくるイズク。

 

 普通だったら一歩引くか、左右に避けるか、手前に杖を立ててはじくか……。

 

 イズクの経験から想定できる行動はそういった類のものだったのだろう。

 だから。

 

「ぐあっ!?」

 

 まさか腕をそのまま直下に落として左手の刀を叩き落とし。

 そのまま左手だけで杖を持って外側に薙ぎ払うことで右手の刀を弾き飛ばし。

 そして肩を外回転させることで杖を正面に突きつけなおすなんて、思いもしなかったのだろう。

 

 加速していた無防備な身体を思い切り杖にぶつけてしまい、イズクは鈍い悲鳴をあげる。

 その隙に杖で地面に落ちている刀を払いのけ、イズクの手の届かない位置まで転がし、そのまま喉元に杖を突き付けなおし。

 イズクは片膝をついた体勢で両手を挙げている。

 

「これでおしまいね」

 

 シアがさっと杖を戻すと、イズクはへにゃんとその場に座り。

 

「あれは分からないでしょ~……何あの動き……絶対変だよ……」

 

 直前に受けた攻撃について泣き言を呟き始める。

 その傍ら、シアはイズクの持っていた刀を手に取り。

 

「アズ、おいで」

 

 さっきまでの様子を遠くで見ていた私を手招きする。

 私がふらふらと近づいていくと。

 

「この刀ね、面白い性質してるの。ちょっと持って地面を軽く叩いてみ」

 

 シアが私に刀を押し付けてくる。

 言われたまま軽く刀で地面を叩くと、私の身体がふわっと軽く浮かび上がる。

 

「!?!?」

 

 ちょっとした浮遊感を得て、硬直する私を見て満足げにするシア。

 地面はえぐれてもいないようで、余計不思議な感じが増す。

 

「あーあ、ネタもバレちゃった……そう、その刀は切りつけるとその力をどれくらいか計ってないからわからないけど、増幅して持ち主を吹き飛ばすのよ」

「だから瞬間移動しているみたいにあちこちに突然現れたように見えたんですね」

「そういうこと……ま、それはいいんだけど、シア、貴女やっぱりどうかしてるわ」

 

 私にネタ晴らしするイズクは恐ろしいものを見るような目でシアにそう言う。

 シアはというと弾き飛ばしたもう片方の刀を拾いに行って、戻ってきているところだった。

 

「そう?」

「だって普通上段に構えててそのまま腕下げるだけで刀を手から弾き飛ばすって無理でしょ?当てるだけならまだしも。それに関節どうなってるのよ、一連の流れで力が入りそうな動きなんて一つもなかったのに」

 

 イズクは理不尽だと言わんばかりに言葉を放ちながら、シアから刀を受け取り鞘にしまい、立ち上がる。

 私もシアに続きイズクに刀を手渡す。

 

「ん、ありがと。それにあたしの速度にほぼ動かずついて来れているのも余程よ。今までこのあたしの剣技を受けきれた相手は数えるほどなのに」

 

 イズクの意見ももっともな気もする。

 太刀筋も読みにくく鋭いし、反射神経も獣人以上にいい。

 そしてあの速度で一撃一撃も決して軽くなく見えたので、あれを受けきれるのは確かに余程の手合いだろう。

 なにより、シアの服装は昼間と何ら変わらない動きにくそうなワンピースでなのだから、それをより際立たせている。

 

「ま、久しぶりに本気を出して刀を振るえたのは良かったけどさ」

「それならよかった」

「まったくあたしの手だけ聞いて、分かってそっちの開示はないの?まあ勝ったほうはする義理ないけどさぁ」

 

 イズクは納得いかなそうながらも楽しそうに笑う。

 ああ、傭兵の中でたまに見かけたことのある戦闘狂タイプだ……。

 私がイズクの評価を再設定しなおしている間に。

 

「じゃ、うん。合格も合格だね。明日もよろしくね!あ、よければ一緒に討伐までする?」

 

 イズクがそんなことを言うのに対し、シアが呆れたような表情を浮かべ。

 

「貴女、確か待ち人いたんじゃないの?」

 

 一瞬イズクはポカンとし。

 

「……あああああ!すっかり忘れてた!?明日絶対ディアムに怒られるじゃん!いや、怒るって言っても何も言わないから、絶対無視される!どうしよう!」

「ちょっ、ちょっとイズクさん、落ち着いて!」

 

 おろおろと私の肩を掴んでゆすられ、あまりの激しさに思わず口元に手を持っていく。

 

「あ、わ、ごめん!つい!」

 

 イズクが我に返り肩を離してくれたが、ふらふらとよろめき倒れそうになる。

 そっとシアが後ろから支えてくれたおかげでそうはならなかったけど。

 

「い、いえ、それより時間的にどうしようもないのですし、明日早く出たほうがいいんじゃないですか?」

 

 こみ上げる吐き気を抑えつつそう提案すると、イズクは大きく頷き即座に河川敷を後にしようとする。

 全くの正反対の方向に。

 

「イズクさん!そっちじゃないですよ!」

 

 結局逸るイズクを止めながらとなり、宿屋に戻るまで二時間ほどかかってしまったのであった。



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川船にて

 翌朝、宿から街道を更に進み大きな川が見える場所まで辿り着く。

 こちらと川の対岸に桟橋が架かっていて、そこそこの船の数があるのが目に付く。

 向こう岸も一応見えなくはないが流石に遠く、泳いでいくのはもってのほかだろう。

 大半の船は下流に行くようだったので、次の船が何時なのかは正直わからないのだけど。

 

 乗船場所付近にある広めの小屋の中で私とイズクはシアが戻ってくるのを待っている。

 小屋の中は冬季だからかあまり人がおらず、寂れているようにも見えなくはない。

 

 地図が読めなかったイズクは椅子から立ち上がって感心したように。

「割と大きい川を渡るのね」

 暗い表情でそんなことを呟いている。

 

 朝からディアムという人のことを――正確にはその人に怒られて無視されることを――心配しているようだった。

 それとは別により顔色が優れないので私は興味本位で聞いてみる。

 

「川を渡るのとか、船とか苦手なんですか?」

「少し、ね。何より時間がかかるじゃない。いい思い出もないし」

 

 過去のことを思い出しているのか身震いをするイズク。

 これ以上聞くのは失礼かなと思い、そうなんですか、と濁すと。

 

「そう、間違って床板踏み抜いちゃって船が沈まないように水をかき出し続けなきゃいけなくなったり、身を乗り出して落ちたり……散々な目にしか遭ってないのよ」

 

 勝手にイズクが体験談を披露し私は思わず苦笑いしてしまう。

 と、船のチケットを買いに行っていたシアが戻ってくる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま、アズ。船は半刻後に出るらしいから、もし何かあるなら今のうちにやるなり言うなりしてね」

 

 シアは手に持ったチケットを手渡しながらそう告げてくる。

 

「あと、雪は降ってないけど、水自体はだいぶ冷えてるから飲むこと含めて気をつけてね。水飛沫を浴びるだけでもかなり身体冷えるからね。船から落ちたりしたら目も当てられないわ」

 

 シアがちらりとイズクを見ながら近くの椅子に座る。

 

「き、気をつけるわ」

 

 昨日の戦闘後辺りから割とイズクがシアに対して従順になっているように見える。

 まあ気のせいかもしれないけど。

 声の調子と裏腹に元気な足取りで桟橋から川を覗き始めているし。

 

「あ、アズ。もしかしたら必要になるかもしれないから」

「え」

 

 座っているシアから投げ渡されたのは私の両手剣。

 当然鞘にはしまってある状態ではあるけど、どうしてこのタイミングに?

 あまりにも不可解で首を傾げていると。

 

「まあ、あれ。川ってそこまで安全じゃないというか、ほら」

 

 シアが指さす先には小さなチラシが張り付けられている。

 あまりにもささやかに掲示されているものだから気づかなかったけれど。

 

「えっと『冬季、対岸に向かう船についての警告』ですか?」

 

 シアが頷くのを見て私はゆっくりそのチラシを読み上げる。

 

「『冬季に限り上流から凶暴な魚類が獲物を求めて降りてくることがあります。それに従い川上に属するエリアでは凶暴な鳥類も確認され、甲板に双方が乗り込んでくることがあります。安全確保を徹底しますが、お客様個々人でも身を守るご協力をお願いいたします。なお、鳥類や魚類によりいかなる問題が発生いたしましても、当方は一切保証しませんのでご了承ください』って、ええ……」

 

 割と無責任のような……そうでないような……

 これ、船が沈没したら保証するけど、そうじゃなくて死んだり川に落とされたりしたら何もしませんってこと?

 複雑な表情でシアを見ると。

 

「ね?」

 

 シアは首を軽く傾けながらにこやかに笑う。

 何が、ね、なのかはさっぱり分からないんだけど……。

 

「と、とにかく危ないから武器持っておいたほうがいいよってことでいいんですか?」

「そそ」

 

 優雅に伸びをしながらシアは私の質問に答える。

 

「そこそこ気を張っておきなね。割と想像以上のやつが来るから」

「え」

 

 しれっととんでもないことをシアが呟いた気がして、聞き返そうとし。

 

「あ、そろそろ時間だから先に船に乗ってて。イズク呼んでくるから」

 

 シアが流れるように出て行ってしまったため、少しモヤモヤが残る。

 とにかく警戒だけはしとけってことかな……。

 私は大きくため息を吐きながら、予定されていた船に乗り込んだ。

 

 

 

 桟橋前の小屋とは違い船自体はしっかりとした金属製で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない。

 さらに広さも割とあり、甲板自体も人が10人程度なら余裕で動き回れるぐらい。

 そんな感じも相まってか、船に乗り込んでから元気そうなイズクに連れられ甲板に出る。

 

「うーん、やっぱり風が気持ちいい!寒いけど!」

 

 さっきまで青い顔押していたのは何なのか、イズクは両手を広げて甲板の真ん中に突っ立っている。

 

「いい思い出なかったんじゃないんですか?」

「それはそれ!関係なく風は心地いいし!本当は太陽まで出ててくれれば申し分ないんだけどね」

 

 そのままイズクはこちらを振り返ると。

 

「それに確か二時間かそこら、向こうに着くまでかかるんでしょ?だったら少しくらい出ないと!」

「そう、ですね?」

 

 強い語気に押されて同意するけれど、私としては別にそこまで室内で待っているのは苦痛でも何でもない。

 どうやらイズクはそうじゃないらしいので、付き合うことにする。

 

「それにしても人いないわね」

「それはそうですよ。だってこっちのほうに行くのはコーデ国に向かう人ぐらいって言われてたじゃないですか」

「そうだっけ?」

 

 コーデ国は船から降りてもまだ一週間ほどかかる距離歩かなければ到達できないだけ距離はある。

 だからこんな気温が低く、なおかつ天気も安定しない時期は閑散としても仕方がない。

 それに道中も森や崖が多く、安全というわけでもないので、もっぱら訳ありの人間と余程の物好きくらいしか利用しないという噂だ。

 と、まあイズクにはそんなことこれっぽっちも頭に入っていなかったようだった。

 

「あ、鳥だね。何の鳥だろ」

 

 イズクが指さす先には鳥の群れが上空に広がっている。

 ちらりと目に入るのはタカのようなワシのような鳥と、カモメともカラスとも似つかぬ鳥。

 私がそう認識するとほぼ同タイミングで。

 

『川上に大量の魚影を確認!乗員は戦闘準備し襲撃に警戒!』

 

 拡声された命令が甲板上を響き渡る。

 その数秒後、上空に見えていた鳥の群れも急速にこちらに近づいてくる。

 

「ちょっ、空、スローラとガレファリじゃん!?あの数は面倒だって!」

 

 聞き覚えがほとんど無い名前に思わず首を傾げると、イズクはあー、と頭に手を当てて。

 

「えっと、そうなんて説明したらいいかな!スノーラはめっちゃ強い!薄い金属なら切り裂く鳥で、ガレファリは集団リンチしてくる鳥!」

「どっちが危険なんですか!」

 

 イズクが抜刀したのに続いて、私も背負っていた両手剣を鞘から抜き構える。

 

「そりゃあどっちもだよ!飛んでる奴ほど刀とかで切り付けにくいからね!」

 

 やけくそ気味に叫びながらイズクは鳥の集団に突っ込んでいく。

 私は少し後ろで様子を見てから動こうとし。

 

「あ」

 

 横からイズクの胴に向かって吹っ飛んでくる魚を視認する。

 

「ぎゅぴ!?」

 

 直後イズクが大砲で射出されたと錯覚するぐらいの速度で甲板の壁付近まで吹っ飛んでいく。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「っは!ていててててて!?ガレファリうっとおし!っててててああもう!」

 

 心配は杞憂だったようで、腹部に刺さっていた魚をそのまま掴んで放り投げるイズク。

 その瞬間に鳥に集団で襲い掛かられ、煙たそうに刀を振り回している。

 

「大丈夫かねーちゃん!」

 

 近くにいた全身を金属の鎧で固めた船員が軽く槍を振り回しイズクに纏わりついていたカモメっぽいようなカラスっぽいような鳥――ガレファリを追い払う。

 

「助かったよ、ありがと!」

 

 礼を言いながら立ち上がるイズクは後ろを見て。

 

「うわっ!割と落ちそうだったじゃん!ピラサこわっ!」

「俺らとしてはケガしてねえのが不思議なんだがな……」

 

 あまり緊張感のないイズクに助けた船員が呆れたようにつぶやくのが聞こえる。

 

「あ、アズ!魚も多分アズの装備だとそこそこの傷になるからあたしみたいに当たらないようにね!」

 

 言われなくとも私は先ほどから注視してなるべく避けることに専念している。

 ピラサと言われた魚たちは甲板上でぴちぴちと跳ねたかと思うと、ヒレを大砲の足のようにし。

 

「っ!?」

 

 イズクにぶつかった時と同じぐらいの速度で飛んでくる。

 特に何かを狙ってる様子まではないのでなんとか回避できているが、金属の壁にめり込んでいたりして戦慄する。

 さっきの船員が困惑していたのも頷ける、などと考えてる余裕もなく。

 川から魚がどんどん飛んでくるし、鳥は上から襲ってくるし、その上甲板上からもあちこちはちゃめちゃに飛び回るピラサ……。

 

 どうあがいても地獄絵図です。

 どっから飛んでくるかも分からない攻撃を避けるために全神経を使っていて、もう喋る隙も無い。

 船内に戻ろう、とも思えないほど船の窓も割れていて、むしろ逃げ場や武器の長さを考えると外に出ていて良かったと安堵するぐらい。

 

「今日は割と少ねえぞ!もしかしたら何かあるかもしれん!警戒を続けろ!」

 

 船長らしき人が手に持った大盾でピラサをはじき返しながら、声を張り上げてそう叫ぶ。

 

「え、これで少ないんですか!?」

「おうよ、お嬢ちゃん。酷い時にゃあ甲板と舵しか残らないこともあったからね!」

 

 私が思わず言葉を発し、それに応えるように近くに船員の一人が私の近くに立つ。

 頭から足先まで鎧で隠れていて彼か彼女か分からないが、その船員はイズクを見ながら。

 

「はは、そこの嬢ちゃんも大概だけど、アンタもそんな薄い装備でよくやるねぇ!どうだい、ひとしきりそっちの問題が片付いたらいっそここで就職するってのは!」

「謹んでお断りさせていただきます!」

 

 私は突っ込んできたスローラのかぎ爪に合わせるように両手剣を構え、薙ぐように横に流し飛んできたピラサの壁除けにしながら、どこか余裕そうな船員に返す。

 自分で思ったよりもだいぶひっ迫した声を上げていて少し慌てる。

 

「ありゃあ、結構筋がよかったのに残念だよ!」

 

 と視界の端でこちらに飛び掛かってきそうなガレファリを隣の船員は叩き落とす

 

「ま、そりゃあそうさな!パヴァラ、お前のように好き好んでこの仕事に就く奴は殆どいないしょ!まして年くった男のお前と違ってうら若き女の子だぞ!こんな場所で潰してしまうにはもったいなさすぎるでしょ!」

「違いねえ!」

 

 がはははと笑いながらもパヴァラは近くのピラサをはじくように手に持った槍で薙ぎ払っていく。

 

「だーれが、歳食って婚期逃した男みたいな奴だって!?」

 

 強い衝撃と共に甲板に大型の戦斧を叩きつけるように上空から鎧を全身に纏った人が降り立つ。

 

「サピス船長!誰もそんなこと言ってないので矛を収めてください!一応そんなことしている余裕はないですから!」

「マルノ!今はパヴァラに免じて許すが、後で事務所来い!」

 

 怒号一閃、サピスは斧を自身の周りを一蹴させるように振るい、襲い掛かる鳥や魚を一瞬で甲板の端まで吹き飛ばす。

 

「ひゅーぅ!やるぅ!ほいじゃあたしも!」

 

 その様子を見て、イズクも興が乗ったのか、もう片方の刀も抜刀し、縦横無尽に駆け回る。

 その動きの変化に船員たちは感嘆の声を漏らす。

 

「噂には聞いてたけど、まさか本人でお目にかかれるとは……」

 

 パヴァラはイズクを畏怖か尊敬のまなざしで見ているような気がした。

 鉄仮面で隠れて見えないけど、声からはそういった感情が汲み取れる。

 

「何ぼさっとしてる!いつも通りキビキビ動け!」

 

 サピスが怒気混じりに命令を下すと、慌てたように皆武器を振るい始める。

 と、私もようやく周囲の状況をしっかりと見れるようになり様子を把握し始める。

 

 どうやら追い払うことを主として戦っているらしく、鳥に対しては軽く手傷を負わせて、動きを鈍らせている。

 魚は……もうどうしようもないらしく受け流して川へと戻し、それが戻ってくる、というのを繰り返している。

 未然に外に押し返している部分も増えたので、甲板上には最初ほど数はいない。

 

 私は真正面から突っ込んでくるピラサを両手剣の面で上に弾きあげながら。

「それでも魚多いですよ!これ、最終的にどうすれば終わるのか見えないんですが!」

「そうさな!もうこればかりは耐久するしかないってことよ、お嬢ちゃん!鳥は減ることあっても魚だけはなかなか減らないんだよ!」

 

 パヴァラは私の背側に立ち、スローラの突撃を盾で叩き落としながら。

 

「とはいえもう少しの辛抱ってところだろうな!船長!」

「分かっている!おおよそこれぐらいの数ならあと五分耐えれば一番の波は抜けるだろう!お客人!最低限自分の身は守れるだけの体力は残せ!守る側として立ち振る舞うにも限度はあるからな!」

「五分……!」

 

 身体はまだまだ動かないこともないが流石にそろそろ集中力が限界に近い。

 かすり傷は直ぐに治ってくれているから出血はほぼない。

 恐らくこの服にもシアが刻んでくれた魔法陣があるのだろう。

 

 と、ここでいつも居るはずの姿がないことに気づく。

 

「あれ、シアは……!?」

 

 甲板に出ているのは船員たちと、私とイズクと、あと二、三人の武装した旅人だけ。

 万が一も無いとは思うけれど、何処かに行ってしまった訳でもないだろうし、ましてや死んだりするとも考えにくいけれど。

 少し背筋に悪寒が走る。

 大丈夫、多分船内にいるだけ……。

 

「シアって言うとあの金髪の美女かい?そういや見かけてないな!せいっ!」

 

 サピスが斧をその場で回転させ飛んでくるピラサを外側に弾き飛ばしながら答える。

 

「えっともしかして……!」

「ああ、船内にもこちらにもいない感じだ!落ちたと報告もないんだが――」

 

 サピスの言葉に急激な寒気を感じ。

 そしてその言葉が最後まで紡がれる前に。

 盛大な金属の凹む音と。

 

「ああああああああ!ごめんなさい!積み荷が!!」

 

 イズクの大声が響き渡る。

 遅れて水柱と、水に落ちた音が喧噪の中でもよく聞こえた。

 

「これぐらいのことは私にも割とあるから、気にしなくて大丈夫ですよ!それよりも……っ!?」

 

 マルノがイズクに対してフォローを入れ、サピスが静かにマルノに近づきかけたところで、マルノの声が止まる。

 不審に思い、その先を見ると。

 この船のサイズはあろうかというほどの男の上半身が突如として現れていた。

 

 

 

「なんだ、ありゃ」

 

 私の隣でパヴァラが呆気にとらてた声を上げる。

 他の船員たちも、私も含め、動きこそ止めないもののその異様さに、戸惑いを隠せない。

 見た目こそ街の中にでも居そうな無精髭を生やしてやつれた中年男性が半裸でいる、くらいなのだが。

 

 全てがあまりにも大きい。

 その瞳はこちらの全てを覗き込んでくるような錯覚に陥る程、光を反射しない。

 そして、なにより。

 

「なんでアイツは位置が変わらないんだ!?こちとら出力全開で進んでいるっていうのに!」

 

 サピスが言う通り、全く位置が変わらないまま、大した動きもないままその巨体は船の近くにあり続ける。

 

「あーもう滅茶苦茶だよ!鳥は逃げてくれたけどさ!ピラサが増えてちゃ意味ないでしょ!」

 

 マルノがそう叫んだとたん、その巨漢は水中に入っていた腕を持ち上げる。

 当然船と同等、もしくはそれ以上のサイズなのだから。

 

「全員何かにしがみつけ!揺れるぞ!」

 

 サピスがすぐに察し、指示を飛ばす。

 私は幸い壁の近くにいたため、割れた窓を掴む。

 追って直に船体が転覆するんじゃないかと思うほどの揺れに襲われる。

 視界に波が見え、私は咄嗟に息を止める。

 

 寒い……!

 全身とはいかないが、腰下ぐらいまで水に浸かってしまう。

 ピラサが押し流されていったのは救いではあるけど……

 ざっと周囲を見渡すと皆、それぞれ何かしらに捕まって耐えしのげたみたいだった。

 

 一人、イズクを除いて。

 

「こんなやばそうなやつは先手必勝でしょ!!」

 

 イズクは宙に飛び上がっていた。

 そのままその巨漢の目元まで一瞬で間合いを詰め、イズクはそのまま切り捨てようとし。

 男が笑った……?

 

「イズクさん!避けて!」

 

 私の叫びも虚しく、イズクは突如水中から現れた巨大な柱のような何かに水面下まで叩きつけられ、見えなくなる。

 早く助けなきゃ……!でも、水中はピラサの独壇場、それに……

 柱と見間違うほどの大きさの、魚の尻尾をゆらゆらさせているこの巨漢の男をどうにかしなければ、無駄に死ぬだけだろう。

 

 でも、どうやって?

 ここにいる人たちは、イズクのように飛べない。

 船一つ分の距離があるとなると、物理攻撃はほぼ届かない。

 それに大きさに差がありすぎて、当てられたとしても傷を負わせられるか……

 打てそうな手は、多分無い。

 

 シア、なら。

 でも、それは。

 

 サピスは船長の矜持かまだ諦めていない様子だったが、私と同じように他の船員たちは戦意を喪失してしまっているようだった。

 英雄のイズクでさえ一瞬で無力化されてしまう相手だ。

 いくら凶暴な動物相手に慣れていて、かつ鍛えているとはいえ普通の人であることには変わりない。

 

『で』

 

 重く圧し掛かるような音が頭に直接響くような感覚に襲われる。

 同時に心まで読まれている錯覚に陥る。

 

『我を喚び出すとはどういう了見だ、ヒト風情が』

「喚んだつもりなんて――」

『黙れ。口答えする必要など無い』

 

 サピスが声に返答しようとすると、その場で頭を抱え屈みこむ。

 どうやらこの目の前にいるこの巨漢が、私たち全員に同じ内容を話しかけているようだった。

 音は聞いたことがない……いや、シアが軽く口に出した古代語に近いようだが。

 何故か意味が分かる。

 不幸にも分かってしまう。

 単語も流れも発音の仕方さえ分からないのに。

 

『我に襲い掛かる不届き者は始末した……ぬ、まだ息はあるか。だが直に溺れ死ぬだろう』

 

 その言葉は真実だろう。

 

『ほう……ヒトに我が言語を知るものが居るというのか。長きに渡ったが、そこまで捨て置くほどのモノでもないのか?』

 

 巨漢の男はそう呟くと、その瞳で私を見つめてくる。

 それだけで、身体が硬直し、末端でさえ少しも動かせなくなる。

 

「ウェパル……」

 

 船員の誰かがそう呟く。

 水を司る悪魔、もしくは神とされ、人魚の姿をしていると伝承や民話ではされている。

 仮にそうなら、もう、この船は沈むだろう。

 誰もがそう思わずにはいられない。

 そんな中透き通る声が船内から響く。

 

「違うわ。貴方はメノレマ、貴方の真名はラスポメノレマサーチ」

 



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悪魔という存在

「違うわ。貴方はメノレマ、貴方の真名はラスポメノレマサーチ」

 

 片手に本を持ちながら、シアが船の中から現れる。

 その声と同時に身体の自由が利くようになる。

 

「長いからこの際メノレマと呼ぶけど」

 

 シアは何時になく冷たい目線でメノレマと呼んだ相手を見る。

 

「これはどういう了見かしら?」

 

 シアの手の平から白い粉らしきものが零れ落ちる。

 途端にメノレマの表情が歪み、怒りに満ちたようにシアを睨みつける。

 

『――――――――――、――――――!』

「そう、それが貴方の悪魔としての答えね」

 

 全くメノレマの怒りを解した様子もなく、ただ淡々と語るシア。

 と、そこで古代語が理解できなくなっていることに気づく。

 

「遅くなってごめんね、アズ。怖かったよね、もう大丈夫」

 

 窓に捕まったまま固まっていた私にシアは微笑みながら連れ添うように近づく。

 

『――――――!――――!―――――――!』

「……!シア!」

 

 メノレマが何事か叫んだ後、濁った複数の水の塊と、持ち上げてあった太い腕がシアに迫る。

 水の塊はそれぞれ甲板はあろうかというほどの大きさでかなりの速度で迫ってくる。

 私の叫びでか否か、シアは私から視線を一瞬だけそらし。

 

「ああ、もう煩い!アズと話してるの!静かにしててくれる!?」

 

 もう片方の手で杖を持ち、水の塊が軽く杖先に当たったところで軽く杖の方向を変え水の塊を次々と船の外に弾き飛ばしていく。

 次いで迫る拳にそのまま杖を突きさすシア。

 サイズ比では針よりも細いものが指に刺さる程度だろうに、メノレマの表情は苦痛に歪んでいるようだった。

 メノレマは即座に手を引っ込めようとしたようだが、シアの掴んだままの杖が彼の手から抜けることはなかった。

 

「イズク、あとは任せたから」

「はーい!さっきはよくもやってくれたね!」

 

 シアの言葉に船内からイズクが勢いよく飛び出し、メノレマの腕を駆け上り眼前まで迫る。

 

「必殺、大、切断!」

 

 さらにイズクはそこから加速し、目のラインでメノレマの頭を一刀両断する。

 

「うへぇ、やっぱりデカブツの中通過するの気持ち悪っ!」

 

 後頭部の上空に飛び出たイズクは直ぐに船まで戻ってくる。

 

『おおおおぉおぉぉおおぉぉお!?―――!?―――――――!』

「さてね?」

『―――――――――!』

 

 重厚な断末魔と共にメノレマは精霊に包まれて、光り輝き。

 光が収まったときには既にその姿の片鱗さえ残っていなかった。

 

 

 

「助かったのか……?」

 

 サピスが棒立ちのままぽつりと呟く。

 サピスにしがみついていたマルノはへなへなと武器を手から零れ落としながらへたり込む。

 

「もう、生きた心地しませんでしたよ~……ね、サピス船長」

 

 そのマルノの鉄仮面をむんずとサピスが剥がし、小手をしたまま拳骨を食らわす。

 

「いったぁ!!!??何するんですか!?」

「何するかもあるか、この馬鹿たれが!そうそうに諦めやがって!ウェパルだなんだとほざいて士気を下げるなんて言語道断だ!毎日何のために身を守る術を教えたと思っている!」

「でも、思ったものは仕方ないじゃないですか!あんな奴に勝てるなんて思いませんもん!」

「逃げれればいいんだから、まだ如何様にも考えられるだろう!後でもう一度特別に訓練する!」

「えええぇそんなぁ……!」

 

 そんな会話をし始める二人を見て、周りの船員たちも甲板で崩れ落ちながら乾いた笑いを上げる。

 私も気が抜けたのか、マルノさんって女性だったんだ、なんて考えながら、足から力が抜けてしまう。

 

「くしゅん!」

 

 そういや、濡れてて寒いことを今の今まで忘れていた。

 多少は寒さに強くても、やっぱり冬の水はダメみたい。

 

「大丈夫?」

「あ、はい……」

 

 シアに厚手の布をかけられ、それに包まる。

 

「うえぇぇ、寒い!シア、シア、あたしにもそれ頂戴!」

 

 イズクは髪までびしょ濡れでシアに近づき、シアは無言でイズクに布を渡す。

 

「ところで、イズクさん、なんで船の中から?、川に落ちたんじゃ?それに動けなくさせられたのでは?」

 

 イズクは私の質問にはきはきと。

 

「いやーうん、確かに落ちちゃったんだよね!油断しすぎてた!ま、でもシアからもらったダミーのお陰で、誤魔化して反対側まで泳いで、船内から隙を窺おうと思って。ああいう手合いは割と遭ったことあるから。そしたらシアに会って、注意逸らすから全力で一撃お願いってね。ホントに危なかったよ!」

 

 布でガシガシと頭を拭きながらそんなことを言うイズク。

 

「それはいいんだけどさ、何だったんだいあれは?ラス……なんだっけ、そんな悪魔だとか言っていたけど。シアだったかな?お客人にこういうのは失礼だと承知しているが、今の今まで何処に居たんだ?正直アンタを疑わざるを得ない」

 

 サピスが厳しい表情でシアを見る。

 私も幾つか疑問があり、シアの方を同じように見つめる。

 

「その疑問も御尤も。あの悪魔、ラスポメノレマサーチ。略してメノレマ。まずあれが何だったのか、それに関しては悪魔ということに尽きるわ」

「悪魔ってあの神話とか伝承とかに出てくる想像上の生物かい?」

 

 サピスは訝しげに聞き返すのに対して、シアはこくりと頷き。

 

「おおむねその認識で正しいわ」

「じゃあなんだ、アンタが召喚したってことでいいのかい?」

「それなんだけど、私ではないの」

 

 は、とサピスは鼻で笑い、大げさに手を振る。

 

「なら一体どうして出てきたのさ?あんな奴」

「偶然、に近いのかもしれないけど、厳密にはイズク、になるのかしら」

「はひっ!?え!?あたし!?」

 

 うんうんと頷きながら聞いていたイズクが素っ頓狂な声を上げて跳び上がる。

 と同時に皆の視線を集めてしまい、おろおろとしだすイズク。

 

「いや、今回ばかりは特に何もしてない……はず……なんだけど、あたし……」

「もしかして積み荷ですか~……?」

 

 明らかに項垂れていくイズクに、甲板に突っ伏したままマルノが指摘する。

 

「ええ、偶然にも、その素材や儀式用具が全部揃っていたみたいで、水に落ちた瞬間に発動、それで現れてしまったみたいなの」

 

 シアが手に持っていた本を広げ皆に見せる。

 さっきは気づかなかったが、かなり水に濡れている。

 そして開いたページには確かにあの悪魔らしき名前が書かれていて、それらしき魔法陣が記されている。

 

「もしかしてこれが媒体……それで濡れてるのはやっぱり……」

「あ、うん。泳いでた時にあたしの懐に入り込んだ奴……って、これやっぱりあたしが悪いの!?」

「いや……今回の件は水に流してもいいだろう。誰も欠けていないようだしな」

 

 サピスが大きくため息を吐き出し、気にしていないという感じでそう結論付ける。

 

「大方シアを見かけなかったのも船内で戦っていたかそんなところだろう?割と広いからな、この船は」

「ええ、そんなところね」

「と言うわけだ。各自、休憩を取りつつ持ち場へ戻れ!危険な水域はもう抜けているが万が一に備えろ!」

 

 サピスの号令に従い船員が全員返事をし散っていく。

 

「この船に乗るものは基本追及をしないことが鉄則だ。だから詳しく聞きはしない。だが……」

 

 サピスは船内に戻りかけたところで頭だけを少しこちらに向け鉄仮面をとり。

 

「助かった、英雄たち」

 

 それだけ言うとそのまま奥へと戻っていった。

 

「うーん、こういうのは久しぶりかも。あ、先戻ってるから」

 

 イズクは少し照れたようにそういいながら、部屋へと戻っていく。

 私とシアがその場に残る。

 

「シア、いくつか聞いてもいいですか?」

「いいわ」

 

 直接向き合い、他の人には聞かれないような声で呟くように話す。

 

「本当は、どうだったんですか」

「シアは結構鋭いよね。教えるから付いてきて」

 

 シアは私を手招きして船の後方へと誘うのだった。

 

 

 

 シアに付いていくと、先にシアが船の縁に腰かけた。

 

「アズはそこの木箱をここら辺に持ってきて座るといいよ」

 

 シアの指さす先に木箱があったので、言われた通りに運び腰掛ける。

 周囲を見渡すと、確かにどの船員からも見れる位置ではなさそうな、死角になっている。

 

「ま、長々は話せないけど、かいつまんで話していくよ」

「はい」

 

 神妙な面持ちで頷く私に、シアは微笑み言葉を続ける。

 

「まず、私が居なくなっていた理由ね。これは簡単。ピラサを、正確には力を与えられたピラサを狩っていたからね。ついでにスノーラとかガレファリとかの鳥も飛んできてたからキャッチアンドリリースしてたけど、主にそれが理由」

「力を与えられた、ですか?」

「そ。あの悪魔が強化というか、干渉して生態系を狂わせてた原因でね。まあ、ピラサ自体は元々は居なかったはずの種なんだけど。それは置いておいて、全てのピラサを更に凶悪に仕立て上げようとしていたの。それこそこの船の壁くらいなら余裕でくりぬけるほどに」

「え、あれ以上……!?」

 

 シアの言葉にぞっとする。

 何せシアの言うことが本当ならこの船を沈めることが容易にできる。

 

「捕まえたのも一応一匹とらえてるし。見る?」

 

 私が恐る恐る頷くと、シアは袖口から瓶を取り出す。

 そのサイズは大体私が座っている木箱と同じくらい。

 そして。

 

「ゴツい……」

 

 さっきまで見ていたピラサが可愛く見えるぐらい顎が強靭そうで、体長も三周りほど大きく見える。

 ピラサは私が視界に入ると同時に突っ込んでこようとし、瓶の壁に頭をぶつける。

 その勢いは凄まじいようで瓶の中の水が大きく揺れ動く。

 

「そ、ざっと数千体。もしかしたら万居たのかもしれないけど、どうしようもないやつ以外元に戻してリリースしてきたの」

 

 真偽は見ていないから分からないけど、そうなんだろう。

 そうと思えるほど、ピラサはピラサの原型を留めたまま変化していた。

 私が納得したのを見てシアは先に話を進める。

 

「次に。あの悪魔を捕らえる為に私が居るとバレない必要があったから、召喚された時点で船にいてはいけなかったの。まあ、他の人に見られるわけにはいかないから、が主な理由になるんだけど」

「確か、あまり人に干渉しちゃいけない、でしたっけ?」

「そそ。そして悪魔を捕らえるのは現行犯じゃないと問題があってね。ここら辺の説明は長くなるから、いつか機会があれば話すし、もしかしたら他の人から聞くかもしれないけど。まあそういったものがあって、捕まえるためには姿を現してもらう必要があるの。そして、悪魔は召喚されたときに限り、例外はあるけど、周囲の状況を全て把握できるの」

 

 メノレマが全員に語り掛け、なおかつこちらの思考を読んできたことを鑑みるに、その能力があってもおかしくはない。

 そして捕まえ……え?

 どう見ても両断され切られていたのに、あれで捕まえていたの?

 困惑する私にシアは頷き。

 

「ん、あれ、杖とイズクの刀に術式を仕込んでおいたから。最後精霊が集まって光ったでしょ?その術式が発動したから実際には転移されたの。あと悪魔は頭切られたぐらいじゃ死なないし」

「ええ……じゃああそこまでしたのは……?」

「隠匿の為、になるのかな?だからアズには謝っときたくて。無理すれば本当は全く危険に遭わせることなく済ませられなくもなかったから」

 

 シアはそこまで言うと頭を下げようとする。

 

「別に私は気にしていません、むしろ色々と新しいことを知れたので良かったです」

 

 シアを止めながら私は本当に心からそう思う。

 仮にシアが知らないうちにこういうことを片付けていたのなら確かに安全だったのだろう。

 でもそうした場合、何も起こらず、今日会った人と関係を良好に築けていたかは分からない。

 それに自分の実力も、この世界には、そういった類のものが居るということも知れた。

 命の危険はあったけれど、誰も死んではいない。

 ならば、私としては良い経験だったと思う。

 

「あ、でもそうですね」

 

 あんなことがあったし、少し意地悪をしたくなる。

 

「次から朝、私が呼んだ段階で起きてくれたら許してあげます」

 

 シアは少し口元を緩め頷くのだった。

 



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雪道を辿りて

 その後は何事もなく向こう岸の桟橋まで辿り着いた。

 いや、正確にはイズクに何してたのか追及されはしたけど、シアが後方から何か来ないか警戒していたと説得した。

 

 ともかく安心から気が抜けて重い足を引きずって桟橋を渡る。

 シアとイズクは先に小屋で手続きをしているようだった。

 なんだかんだ言ってこれでまだ二時間しか経っていないんだから、遺跡まで辿り着けるか心配。

 

「お嬢ちゃん、今回は本当にありがとね!」

「ひゃっ!?」

 

 先を懸念している私の肩口に強く衝撃が走り、つんのめる。

 振り返ると鎧を脱いだマルノがそこに立っていた。

 鎧で分からなかったが割と華奢な彼女は笑いながら。

 

「いや、ごめんごめん、力加減間違えて!ついつい同僚にやるレベルでやっちゃったよ」

「俺と同じように扱ったらだめだろう?というかマルノ、俺にうら若い女の子とか言ってたよな、それどうした?」

「いいじゃん別に細かいことだし」

「細かくはないんだが……それはそうと、俺からも一つ礼だ。受け取ってくれ」

「え、え?私ですか?」

 

 何故礼を言われているか見当も付かず、困惑する私にパヴァラは。

 

「おうよ」

 

 鷹揚に頷き、私の手に金属の小手と、何かのカードを渡そうとしてくる。

 

「えっと、特に私、お礼を言われることなんて何一つしてないと思うんですが……?」

 

 実際事を片付けたのはシアだし、ピラサなどを減らしていたのはイズクだったし。

 私のその言葉に二人は目を見合わせ。

 

「まあ、嬢ちゃんとしてはそう感じるのかもしれないな。だが、俺やマルノ、船長も含め、割と嬢ちゃんのお陰で楽になった部分も多かったんだよ」

「そうなん、ですか?私、ただ必死に攻撃を避けてただけですけど……」

「それが出来るだけで助かってたのに、お嬢ちゃん、私や他の船員の死角からくるやつを防いでくれてたでしょ?」

「必死だったので、あんまり覚えていないです」

 

「ま、嬢ちゃんが意識したかどうかは問題じゃないのさ。それで助かったと思った人がいる。それだけで礼の理由は十分だろう?」

 

 少しだけ考え、パヴァラの言葉に頷くと、パヴァラはニッと笑い私の手に小手とカードを渡してくる。

 

「というわけで、俺と船長からだ。小手が俺ので、船長はそのカードだな」

 

 重々しそうな見た目に反して軽い金属の小手と、このカードは……

 私が珍しげに二つを観察していると。

 

「マルノはまあ今回の件で報酬減だから出せないとさ」

「そんなこと今言う必要ある!?」

 

 食いかかるようなマルノを抑えながらパヴァラは口を開く。

 

「はは、それでその小手は趣味の旅の途中で見かけたものだ。あまりに綺麗だったから買ったんだが、如何せんサイズが合わなくてな。嬢ちゃんの手だったら合いそうだからどうせだからプレゼントだ。使いつぶしてくれて構わない」

 

 軽い感じで言うパヴァラだが、この小手は割と上物な気がする。

 小さい様々な鉱石が散りばめられてるのと、この金属の厚さに対する軽さと丈夫さ、街で売っているような代物ではないのは私でも気づいてしまう。

 確認するように二人を見ると、マルノがにやっと笑い。

 

「パヴァラ、これ物凄い業物って自慢してたやつじゃん!格好つけちゃって!何年分の給料で買ったとか言ってたしさ!」

「おい、マルノ!何で勝手に言うんだ!」

「さっきの仕返しだよ!乙女をからかうから!」

 

 けたけたと笑いながら口をふさごうとするパヴァラの手を逃れるマルノ。

 私はその内容におろおろし、小手を返そうかとも悩み二人を交互に見る。

 

「全く……嬢ちゃん、気にしなくていいからな、使えないのは本当だし、有望な子に渡すのは俺としても本望だからさ。返品するぐらいならそのまま使ってくれ」

 

 肩を落としながらパヴァラがそういうので大人しく頷く。

 マルノが続いて私の手の中のカードを指さし。

 

「そんでこの金属のカードがサピス船長からだね。冷たい様でいて人情に厚いの。凄い良いよね!あ、私良く知らないから説明よろしく!」

「はいはい……そのカードだが、ま、使わないことに越したことないが、と船長は言っていたが、いわゆる裏の世界に関わるときに身分証になるやつだ。あと船長へ会うためのパスにもなる。嬢ちゃんの情報が暗号で刻まれてるから、誰かに勝手に利用されたりすることはない。ま、必要を感じないならそこら辺に捨てても問題はないぞ。意図的に所有権を捨てればその情報は消えてくれる。古い遺物による物らしいこと以外、仕組みはよく分からんが」

 

 ……たまに街の裏路地で見かけた金属板はこれのことだったのか。

 少し手に持つカードに力がこもる。

 見た目に凹凸はあるようだが、触った感じはただの板だ。

 そこに何か情報を消去する仕組みがあるのだろう。

 私はほうっと息を吐き出し肩から力を抜き、カードをポーチにしまい微笑む。

 

「何から何までありがとうございます」

「こちらこそ。俺は冬以外旅してるから何処かで会うかもな。その時はよろしく頼むかもしれん」

「あ、いや、パヴァラ、確か帰りの船乗る予約してたよ」

「マジか、滅茶苦茶恥ずかしいんだが」

「そういう感じで、帰りもよろしくね!私達ぐらいしかここのルートと船員しないから!」

 

 私は一礼し、二人の掛け合いを背に橋から地へ足をつけるのだった。

 

 

 

 少し歩いた先の森の入り口でシアとイズクは待っていた。

 

「もういいの?」

「はい!」

 

 シアの優しい声に、元気よく答える。

 さっきまでは疲れていたが、精神的な疲れが大きかったようで、あの二人のお陰で気力が戻っていた。

 

「そう、よかった。じゃあ行こうか」

 

 シアが私から森に視線を移す。

 冬だから日の当たらないところには雪が積もっている。

 街道らしき跡もこの入り口のところまでしか続いていない。

 それだけ使われない道だということだろう。

 

「そういや、どっちの方角に行けばいいの?道無いし、もうほっとかれたら辿り着ける気しないんだけど」

「ここから北西みたいです」

 

 道が分からないのに何故か先陣を切ろうとするイズクを止めつつ、地図で確認し指さす。

 

「そっちね、分かった」

 

 雪を被った木々が鬱蒼と生い茂るの中を進んでいく。

 そのせいか、人の足跡をたまに見かける。

 大抵は雪で覆いかぶさられて途絶えることが多く、私たちも迂回せざるおえないような雪の山に出会うこともあった。

 日差しがなくだいぶ暗く、かつ寒さが段違いではある。

 

 とはいえ、船での戦闘とは比較にならないくらい気が楽に進める。

 危険がないわけではないけれど、雪の中では動くものの痕跡が残りやすい。

 それに私は元々寒さに強いのもあって、割と元気だ。

 さらにパヴァラから貰った小手が、体温を底上げしてくれてるようで、金属で出来ているはずなのに指先が冷えるどころか、むしろポカポカしてくる。

 そんな私と対照的にイズクは少し寒そうに身震いしている。

 

「ね、ねえ、二人とも割と薄着に見えるんだけど寒くないの?」

 

 震えながら聞いてくるイズクに私とシアは顔を見合わせる。

 

「私は別に」

「えっと私はこの小手とか含めて暖かくしてくれるみたいで」

「何それずるい!」

「わぷ!?」

 

 イズクは唐突に私を抱きしめてきて、私は思わず目を白黒させる

 

「あー……暖まる……確かに、その小手とかなんかそういうのが効果あるみたいだね」

 

 ひんやりしたイズクの手が私の頬に触れ少し身震いする。

 

「それはそうと、そろそろご飯が食べたい。なんだかんだ言って雪の森を休まず三時間程度歩くってそうとうよ?急いでるから都合は良いけど、あんな戦闘した後にエネルギーなしにこれは辛いわ」

 

 私を捕まえたままシアに向かってそうぼやくイズク。

 それで思い出し、私はイズクに謝る。

 

「あ……すみません、私たちはその船で軽く食べてて」

「え!?聞いてないんだけど!」 

「私たちが部屋に戻った後、貴女寝たでしょ?その後船員からその提案があってね。アズが起こそうとしたけど起きなくて仕方なく置いていったのよ」

「なんで無理やりにでも起こしてくれなかったの!」

「起きなかったんです」

 

 本当に軽く口に含んだ程度のものではあったけれども、非常食らしいので栄養的には足りている。

 それはそれとしてお腹が空き始めているのは確か。 

 

「ま、そうね。じゃああそこの木の下で一休みしましょうか」

 

 シアは近くに生えていたひときわ大きい木を指さし先に歩いていき、私とイズクもそれに続いた。

 

 

 

 シアたちが見える範囲で私は乾燥した枝を拾いに行っていた、

 集めている間にシアが火をおこしてくれたのが遠目でも分かった。

 

 ……よし、これぐらいあれば足りるかな。

 

 私は大体抱えられるギリギリぐらいの枝を持ってかえる。

 イズクが手を真っ赤にしながら必死に今も雪で風よけを作ってくれてる。

 

「あーもう、これなら私が薪探しに行ったほうがよかった!」

「貴女迷うでしょ?」

「そうだよ!でも小手してて暖まってるアズリエナの方が向いてるでしょ、雪で壁作るの」

「それに、乾燥した枝、区別できないんじゃない?こう雪の中だと」

 

 イズクは文句を言いながらも手は動かし続けるあたり流石だと思う。

 

「集めてきました」

「あ、ありがと。そこに混ぜて。それじゃあ食事出すからイズク、貴女もそれぐらいで大丈夫」

 

 私は言われた通りに少し小さな焚火から燃え移るように枝を重ねる。

 イズクがすぐに焚火に手をかざして暖を取り始めた。

 

「あー……うん。冬の焚火は中々いいね……暖まる……」

 

 そうしている間にシアがちょっとした台に食事を並べていく。

 昨日の昼も食べた野菜をふんだんに使ったサンドイッチに、鳥の揚げ物、それとほんのりと温かいココア。

 私はまず、ココアに手を伸ばし、口に含む。

 口の中に広がる柔らかな甘みの中に苦みがあり少し癖になる。

 

「ふぅ……」

 

 喉を伝って身体が温まっていくのを感じて思わず息を漏らす。

 イズクは直ぐにサンドイッチを口に運び、手に持っているパンの部分が消えていく。

 癖だと言っていたからゆっくり食べて、と言っても多分このペースなのだろう。

 

「んぐ!?」

 

 と、食べ急ぐイズクを観察しながら私も少しずつ食べ進めていたら、突如イズクが咽せ始める。

 慌ててココアを飲んだかと思えば、コップを置き今度は口を手に当てて胸元を押さえる。

 

「だ、大丈夫ですか?えっと……どうすれば……」

 

 あまりの慌てように声をかけるも、どうしていいか分からずおろおろとしてしまう。

 目尻に大粒の涙を浮かべながら、イズクは手を突き出し首を振る。

 

「何もしなくていい、ってことですか?」

 

 私の質問に強く頷くイズクに、私は大人しく座りなおす。

 少しして。

 

「はぁ……死ぬかと思った」

 

 笑いながらサンドイッチ片手にそう言うイズク。

 

「早く食べ過ぎてるんではないですか?」

 

 私が心配そうにそう言うとイズクはけろっとした様子で。

 

「ま、たまにこういうこともあるよ。気にしてないし」

 

 再び同じぐらいの速度で食べ始める。

 私が軽くため息を吐くと、イズクが顔を上げて。

 

「ふと思ったんだけど、この森なんかおかしくない?」

 

 そんなことを言い出す。

 

「どうしてそう思ったのですか?」

 

 私は特にそういった風な何かを感じなかったので純粋に聞き返す。

 

「うーん、何と言ったらいいのか分からないんだけど、こう、拒まれてる感じ?それともなんか違う……具体的にどう、とは言えない感覚で……別に何かおかしなものがあったわけではないんだけど……」

 

 しどろもどろに身振り手振りで答えるイズクを見て、私は今まで歩いてきた道の様子を思い出す。

 今回はシアではなく私が地図を見て先導をしていたから、何か見落としがあってもおかしくはない。

 まだシアが口を出してこないってことは、私でも解決できる、もしくは対処できる段階なのだろう。

 それかイズクのただの勘違いか。

 

 ちらりとシアの顔色を窺うが、優雅にココアをすすっているだけで、何も読み取れない。

 聞いてはいるはずだから、シア的には気にしなくてもいい範囲なのかもしれない。

 とにかく……。

 

「何時ぐらいからそんな感覚になってました?」

「うーん、正確には分からないんだけど、気づいたらこうなってる感じ。森の途中で、ってことになるのかな」

 

 だとすると、何か、変化があったことを思い出してみる。

 イズクがあっちこっち行きそうになるのは常だったにしても。

 確かに少し変、かも。

 気配こそある気がするのに、動物の姿や足跡は見えていなかった。

 人の足跡はいくつか残っていたりするのに。

 そうなり始めたのは……

 

「足跡が雪で途切れていたところから……?」

 

 でもなんで?

 精霊の動きが変だったわけでもなく、特に何かあったわけではない。

 襲われることもなく、むしろ安全になってる?

 それとも何か迷わされてる?

 

 ……決定的な何かがないからこの方向でこれ以上考えるのは不毛、かな。

 前者なら気にしなくていい。

 後者だとするなら……目印をつけて確認しながら進まなきゃいけない。

 

 ……いや、今休んでいる場所は初めて見たから、迷っているわけではなさそう。

 とすると……?

 

「理由が分からない、ですね」

 

 私がぽつりとつぶやくと、イズクがきょとんとし、シアが物を片付け始める。

 

「さて、それじゃあサクサクっと先に進もう」

 

 シアはちらりとこちらに目線を配り、そのまま立ち上がってしまう。

 私は頭の片隅に今の結論を留めて、地図を確認するのだった。

 

 

 

「イズクさん、まだ違和感感じますか?」

「いや、そういうのはもうないかな」

 

 結局、あれが何だったのか分からないまま森を抜けてしまった。

 正確には少し開けた平原に出た、が正しい。

 雪が夕日を反射して黄金色に輝いている。

 ところどころに木はあるものの、視界を遮るものはほとんど何もない。

 地図ではこの平原に出たあとしばらく歩いてまた森が見えるくらいのところにある。

 と、ここで一組の足跡が伸びているのも確認できた。

 

「足跡の大きさも大体ディアムと同じくらい……やっぱり怒ってそうだよなぁ……こんな寒い中一日放置したことになるんだし……」

 

 イズクは背中に哀愁を漂わせながらトボトボと足跡を辿っていく。

 その後をゆっくり私とシアがついていく。

 

「シア、その」

「答え合わせはきっとこれからできるから、もう少し待ってね」

 

 さっきのことを聞こうとした私は、シアにそう言われてしまい口を紡ぐ。

 答えを言わないってことはそれにも意味があるんだろう。

 それにこうなったシアは余程のことがない限り答えてくれないし。

 私は仕方なく聞くことを諦め、歩みをイズクに合わせる。

 

 流石にもう距離は殆どないが、暗くなってしまうと待ち人であるディアムを見つけるのも困難だろうし。

 私が隣に並んだのにイズクが気づき。

 

「心配させちゃった?大丈夫、いつものことだから……いや、いつものことながらそこそこ心にくるんだよ、あの子の無視は……」

 

 暗くなる景色と同じように言葉尻に行くにつれイズクの表情も曇っていく。

 と、そこで遠目に一瞬だけ人影が映った気がした。

 

「あの、容姿の説明してもらってもいいですか?」

「あれ、してなかったっけ……?まあ、いいや。身長がアズリエナの肩ぐらいの女の子で、黒髪長髪、なんだけど後ろをシニョンにしてるから殆どそうはみえないかも。あと前髪をヘアバンドで止めてることが多くて、おでこ出してる。あとは、わりともこもこした服着てたり、あと必ず複数のポーチを腰回りに着けてる、っていったところかな。んでどうしたの?」

 

 身振り手振りを交えながらイズクが説明し、私は辺りを見回す。

 説明している間に大体見かけた場所についてしまったのだけれど。

 足跡は確かにここにあって、でも姿が見えない……。

 

「いえ、さっきここで人影を見かけた気がしたんですけど……」

 

 目的地らしき建造物――地面に穴が開いたような出っ張りのような建物――は見えるが目的地の入り口はここからでは目視できない。

 そして近くに野営の後もない。

 見間違えだったのかと地図を確認しようと腰のポーチに手をかけると。

 

「え、ぅう!?」

 

 ずぼっ、と大きな音がした後、イズクが頭以外雪の中に埋まってしまっていた。

 

「ちょ、っこれ、もしかしてディアム!?あ、動けるけど動けない!ちょっと助けて!というかこんな紛らわしい自然のトラップ作るのディアムでしょ!?近くにいるのは分かってるんだから!さっさと出てきて!」

 

 そんな頭だけ出ている体勢でもぞもぞと動くイズク。

 正確には頭だけがじたばたしているように動いているのだけれど。

 騒いでいるとシアがようやく追いついてきて。

 

「何してるの、貴女」

 

 シアは呆れた表情でイズクを見る。

 

「多分ディアムの罠にかかったの!というかディアムじゃなくても見てないで助けて――」

 

 イズクは途中で言葉を止め、必死に何かに耐えるような表情をする。

 そして小声で何かつぶやき始める。

 私なら聞こえてしまうくらいの声だったけれど。

 

「ディ、ディアム、怒ってるのは、わかるけど、くすぐるの、やめてくれない!?ちょっ、やめ!あっぅ、くふ、謝る、謝るから!」

 

 ………どうやら、雪の下にそのディアムという子がいて、今絶賛お仕置きというか怒っている最中らしい。

 しばらくイズクはくすぐられ続け、声を上げられないほどぐったりとした頃に近くの雪の中から聞いた特徴の少女が表れた。

 

 私たちはというと、日が暮れ始めていたのでいっそのことここで野営をしてしまおうということで、イズクを放って火を熾したり風よけを作ったりしていた。

 出てきた少女は腰のポーチから鉤爪のような道具を取り出すと、雪に突き刺し、ぐいっと引っ張る動作をする。

 すると、イズクのその周りの雪が陥没し、イズクが地面に倒れる。

 そして少女はイズクを引っ張り私たちの近くまで来て一礼する。

 慌てて私も礼をして口を開く。

 

「あの、貴女がディアムさん、でいいんですか?」

 

 私の問いにこくりと頷き、ため息を吐くような仕草をした後、起き上がりかけたイズクの頭を押さえつけてディアムももう一度頭を下げる。

 えっと……

 

「ちょっ……あたしが……なんで……謝れって……どういうこと……」

 

 いまだにゼーハー肩で息をしているイズクが説明をしてくれ、大体わかる。

 

「大丈夫です、自分の意思でついてきたので」

 

 私がそう言うとディアムは不思議そうな顔をして首を傾げる。

 そこでディアムの瞳孔が近くの炎を何故か反射しておらず、暗闇のようになっていることに気づく。

 そんな瞳に直視されて私は一瞬動揺する。

 それを不思議に思ったのかディアムは更に反対側に首を傾げる。

 

 もちろんイズクの頭は押さえつけたまま。

 

「あ……えっと、そうです?あの失礼ですけど、喋れないんですか?」

 

 表情から質問を読み取らざるおえないから、疑問に疑問で返すような形になってしまう。

 すると、ディアムは首を振りながら押さえつけていたイズクの頭を開放した。

 

「あたたた……今回はあたしが全面的に悪かったけどさぁ……あ、そうそうこの子がディアムね。代わりに答えるけど喋れないんじゃないっぽいんだけど、喋ったところを見たことがないの。ま、表情が豊かだから大体何考えているかは痛い痛い!?その棒でぐりぐりは止めて!なに?それは違うって?言おうとしているか、ぐらいなの?あ、そう。うん言おうとしているかぐらいは分かるから、そこまで問題には……なるときもあるけど」

 

 ディアムがイズクに発言を修正させながら満足げな表情で頷く。

 さっきポーチから出してイズクに当てていた棒が気になってしまい少し話が入らなかったけど。

 と、そこで。

 

「ま、話は夕食でも食べてからにしない?」

 

 あんまり状況関係なしに料理を続けていたシアが、皿に盛りつけたスープを手にやってくるのだった。

 

 

 

「ぷはぁ!生き返る!おかわり!」

 

 毎度のことながら食べる速度が速いイズクはシアに皿を突き出して分けてもらおうとしている。

 私はまだ半分くらいスープを飲んでる途中で、ディアムに至ってはまだ食べ始めたくらいの量が残っている。

 シアは皿をイズクから受け取り、鍋から移して受け渡す。

 

 野菜の出汁がよく染み出ていて、それぞれ柔らかく食べやすいのも食べるのが速い理由かな……?

 

 口にスープを含むとやさしい甘みと丁度よい塩味、そして仄かに香草の香りが広がる。

 夜になり冷え込んできたから、こういった温まるスープをパンに合わせられるのは純粋に心地よい。

 私がスープに心奪われていると。

 

「スープ美味しい!あ、それとは別に、ささっと討伐済ませたいんだけど、食べたら行っちゃわない?壁ぶち抜いていけば怪物とはすぐ出会えるだろうし」

 

 イズクが暴論を提案してくる。

 流石に問題が多いと思うのだけど……。

 私が呆れながらイズクを見ていると、ディアムがイズクを見、複雑そうな表情を浮かべる。

 

「……え、止めておいたほうがいい?何か変?ちょっと詳しく教えて」

 

 なんでイズクが表情からそれだけ読み取れるのか分からないが、ディアムが頷き地面に図を描き始める。

 見た感じここの周辺の地図……と内部入り口付近の地図を描いている。

 そして周辺の森から目的地である建物に矢印が伸びている。

 その一方で内部からも入り口に向かって同じように矢印が。

 何かの勢力図だろうか?

 矢印の大きさは内部からの物が強いようだが、外に出ているというわけではない。

 次に描かれたのは……。

 

「まって、これ、白狼?他にも何かあるってこと?」

 

 イズクは描かれた絵に対し、不思議そうにそう言う。

 白狼はこの付近に生息している狼の一種、だったはず。

 獰猛ではないものの、弱っていれば捕食される。

 また縄張り意識が強いため、下手に刺激するのも下策。

 そういうこともあってか、ディアムは遠くから観察していただけらしく、それ以上のことは分からない、といった様子。

 

「あー……でも確かにここの森を通過して、一体も白狼に遭遇していないのはおかしい、のかな?でも、それはそれとして、確か討伐対象ってのも巨大化した白狼だったはずだよね?」

 

 イズクが確認するようにディアムを見るとこくりと頷く。

 だが、その後に疑問を浮かべるように指を合わせ、そして首を傾げる。

 

「討伐命令自体、少しおかしいかもしれない?……んー……どういうこと?」

 

 イズクの指摘にディアムが建物の入り口を指さす。

 ついで大きな白狼を描き、バツ印を示す。

 そして遺跡自体を示し、首をひねる。

 

「確かに私たちは建物内部に発生した巨大化した獰猛な白狼を退治するよう命ぜられたけど、もしかして白狼自体通常個体でも一匹通れるか否かくらいのサイズしか入り口無いの?」

 

 イズクの答えに頷いたディアム。

 

「だとすると、中から部下に指示……?でもじゃあ外から来ているとの辻褄が……」

「待ってください、そもそも巨大化した白狼って獰猛になるんですか?」

 

 考え始めたイズクに、思わず私は聞き返す。

 獣人の中では結構有名な話なのだが、野生動物が巨大化すると大抵は温厚になるというのが一般認識だ。

 襲われにくくなる、身体に栄養を蓄えやすくなる、多少の傷も問題なくなるなど様々な要因があると言われているが。

 そう尋ねたのに対し、イズクはどうしたのといった顔で。

 

「え、よく話に上がるじゃない。巨大化した狼が群れを率いて人を襲うことや、今回もそういった類というか、と思ったんだけど。最近は各地で巨大化した動物が人を襲うのも急増しているから……依頼自体もすぐに影響がでるとは考えていないが、内陸部に勢力を拡大しつつ、かつ旅人を襲うことが頻繁にあるから、根城と親玉を制圧して一旦その脅威を散らすのが目的、らしいんだけど」

 

 自分で言っていて少し疑問を抱き始めたのか、言葉が少し途切れ途切れになる。

 

「でもそれとここは確かに何か違うかもというのは……ディアムもそう思ってるみたいだけど、旅人の亡骸どころか襲われた形跡もないから、そういう意見も分からなくはないの」

 

 ディアムも頷きながら、イズクの言葉を待っているようだった。

 

「ただ、人通りが少ないから、とも考えられるから――」

「どちらにしても見に行かないことには分からないですね」

 

 私たちもそもそも建物の中に入らないと魔道具を回収できないし、それに襲われたらこう考えていても戦わざるをえない。

 

「だとすると、明日日が昇ってからが――」

「……皿、というか食事下げてもいい?」

 

 イズクがそう提案しようとしたタイミングでシアがばっさり話の腰を折りに来て、緊張した空気が一気に緩和する。

 

「……今言う?」

「外だから皿の汚れ落とすの手間かかるの。あんまり長く放置されると落としにくくなるから止めてほしいんだけど」

「だから、今なの?もう緊張した空気どっかいっちゃったじゃない!こういう状態じゃないと中々あたしの意見って聞いてもらえないのに!皿片付けるのはいいけど!」

 

 文句を言い出すイズクを適当にあしらいつつ片づけを進める。

 と、もうディアムも話を聞く必要を感じなくなったのか、シアが話をしている間着々と組み立てていた簡易寝床の方に移動していく。

 

「ああ、ほら!もう決まったみたいになっちゃってる!」

 

 私は苦笑いしながらイズクの愚痴をきいて、そこそこの時間で床についたのだった。



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白狼

「あれがダンジョン……」

 

 私がぽつりとつぶやく。

 視線の先には思ったよりも簡素な造りの入り口があり、外から下に続いている階段も目に入る。

 

 雪で入り口が閉じたりしてなくてよかった。

 そう思いつつ私たちは入り口付近に万が一の拠点を作り始める。

 

 イズクが白狼が来たら意味なくならない?と言ったが、シアが、白狼が縄張りに深々と入った相手を追うのは割と容易いんじゃない?だとすると何処に作ったところで狙われたら意味なくなるんじゃない?と返し、ディアムがそれに頷く形で、簡易的に作ることになった。

 

 ディアムとイズクもダンジョンと似たようなものを経験しているらしく、そこそこ慎重ではあるらしい。

 

 私はシアとディアムの指示通りにてきぱきと雪で建物を構築していく。

 ディアムは昨日の夜は観察のために地面の雪の中に拠点を作り、自作の道具で一晩過ごし、イズクを見かけたのでああいう仕打ちをした、とイズクが説明して、ディアムが頷いていた。

 そういうこともあってか、ただの雪でも一時的になら建築に使えるらしい。

 

 ペタペタと雪を固めながら周囲に耳を傾ける。

 

「あー……また手が冷たくなる……」

 

 頭をぺしぺしと棒でディアムに叩かれながら反対側の壁を作っているイズク。

 高頻度で火に当たりに行こうとするからディアムが監視しているようだ。

 

 そういうディアムは道具を利用して天井を作り始めてる。

 見た目は自在に動くヒモのような先から雪を出しているみたい。

 原理は説明はされてないので仕組みはよく分からない。

 

 正確には、聞いたら表情をコロコロと変えてその道具を弄っていたので、多分説明はされていたのだろう。

 全然分からなかったけど。

 

 シアは……うん、壁を補強してる気がする。

 気がする、なのは割とシアが本当に何をもってどういう行動をとっているか分からないからなんだけど。

 

 見ていることに気づいたシアが、軽く微笑んできて、私も笑い返す。

 なんだかんだ言ってこういう旅というのは初めてで、楽しいと感じている自分もいる。

 

「そっちどう?」

「そろそろ完成しそうです!」

「よし、じゃああとは天井だけだから、ディアムに任せて私は焚火に当たるったら当たる!」

 

 イズクが作った部屋から出ていこうとすると、ディアムがそれを掴んで止める。

 

「ちょっと、やることやったでしょ?」

 

 つんのめるイズクはディアムの顔を見てその様子が変わる。

 

「えっと……ほんとに?本気で?私が天井の手伝い?迷惑かけたんだから?うそぉ……」

 

 萎れた草花のような元気で部屋に逆戻りするイズク。

 ディアムは私を見て、出てていいというようなそぶりを見せる。

 それに甘えて私は外にでて、遺跡付近を散策する。

 

「あんまり入り口付近に近づかないようにね」

「分かりました」

 

 シアが遠目でそう忠告してきたので、それに従って前に見た距離で観察する。

 少し近くなったからか、建物の様子がよく見える。

 表面は不思議と蔦植物のような緑色の何かが生えているようで、この雪原の風景には似つかわしくはない。

 それでも建物がどこか風景と一体化しているようで、とても複雑な気持ちになる。

 

 入り口も階段になっていて、中は少しぼんやりと明るいような……

 もう少しだけ……

 

「わっ!?」

 

 私が注意深く踏み出そうとした瞬間、後ろにぐいっと引っ張られて尻もちをついてしまう。

 頭だけ振り返ると、ディアムが鬼気迫る表情で戻るようジェスチャーしている。

 

「な、なにかあったんですか?!」

 

 慌てて拠点まで戻ると、遠くの木のあたりに白狼がいるのが目に入る。

 

 そこまではいい。

 

 でも、思わず私は絶句する。

 

「えっ……」

 

 ただ、その大きさは今先ほど建てた建物より少し小さいか、その程度であった。

 

 

 

 その白狼はこちらを見据えたままゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 それに合わせてイズクが両の刀の柄に手をかけ、ディアムも腰のポーチに手を忍ばせている。

 向こうも警戒しているのか、近づくにつれて歩く速度が遅くなる。

 

 そしておおよそイズクが大股で歩いて百歩と言ったところだろうか、そこで白狼は動きを止める。

 大きさが大きさだけあってこの距離でも十分に威圧されるぐらい。

 雪になじむ白い毛と筋肉質な両足、そして研ぎ澄まされた爪と牙。

 直進して突っ込んでくるにしても、避けるにしても、いくらイズクの加速が速く臨機応変とはいえこの距離では対応されてしまうだろう。

 

 イズクもそれを承知しているのか構えたままじりじりと少しずつだが足を滑らせることで間合いを詰めようとしている。

 対して白狼は構えることなく、吠え……?

 

『此度は何用で参られた、『異端の魔女』(エレスティーノ)。我が同胞の血を引きし者はまだ良い。だが、人まして我が種族の存続を潰えさせかけた直属の血の者を連れてくるとはどういう魂胆であるか?』

 

 何故かそういった言葉のような、そうでないような何かが聞こえた。

 イズクとディアムには聞こえていない様子で、二人は警戒したまま今か今かと白狼を睨んでいる。

 私の隣にシアが並び、口を少しだけ開き。

 

『いつもの通り魔道具回収よ。で、この遺跡の中潜りたいんだけど、そっちは面倒なことになってるみたいね』

 

 私が驚いてシアを見ると、シアは横目で私を見て、少し待ってというような仕草をする。

 

『然り。その上で其方が人を連れ訪れるのだから気が動転したわ。……ところで隣のそやつ、我の声が聞こえてはいまいか?』

 

 そんな声のような何かと共に白狼の鋭い視線が私を射抜く。

 一瞬身体が震え上がるが、シアが手を握ってくれ落ち着きを取り戻す。

 そしてとても慎重に頷く。

 その直後イズクが私と白狼の間に割り込むように入り込んできた。

 

『やはりな。珍しい者ではある。これほどとは。其方が連れているのはそういった理由か?』

『違うわ。まあそれはさて置き、この会話にこの子を参加させてもいいかしら?』

『我としては異存はない。が。聞くのはともかくとして、話せるのか?』

『そこは手助けするもの』

『其方がそこまでするとはなぁ……』

 

 聞いている傍から何故か私が話すような雰囲気になりとても困惑する。

 確かに疑問がいくつかあるけれど、それ以前にこの会話、というのが何なのか。

 

 というか、なんで私が聞こえて前に出ている二人は聞こえないのか。

 この状態で普通に話し始めたらそれはそれで問題だと思うが。

 

『出来るかどうか以前に、一応仕組みね。これは単に犬笛と似たような仕組みだから、聞ける才能があるなら話すこともそこまで難しくないわ』

 

 ようやく解説してくれるシア。

 理屈はそれなら何となく理解した、けど……。

 やっぱりそれはそれで発音が難しいのではないだろうか。

 

 私が渋った様子を示すと白狼が乗っかるように音を発する。

 

『いや、流石にそれほど容易な原理ではないのだが』

『分かりやすく大事な部分だけ説明しているから、今は口挟まないで』

 

 強い口調で言うシアに白狼はうんざりしたように。

 

『其方、こうなることを分かっていて教えていなかったであろう?』

 

 私も何となくそうなんじゃないかなとは思っていたけど。

 

『可能性は絞れなかったから。最悪出会わないで終わることもあっただろうし』

 

 シアは何食わぬ顔でそう言い切る。

 

『ま、他にも理由はあるけど、ここで言えるのはここまでかな』

『其方も不自由よのう』

『そう?結構自由にやってるよ』

『それもそうであるな。眼前の人共が一触即発なので手早く頼みたいところだがな』

 

 口を挟まないでと言いながらも会話に応じているところはシアらしいなと、思いつつ、シアの視線がこっちを向いたので用意をする。

 

『じゃ、まず口を薄く開けて、喉は使わずに空気を出す感覚で息を吐いて』

 

 空気を出すと聞いて私は息を吸い込もうとし。

 

『あ。普段話すときと同じような呼吸でやってね?勢いよくやるとしばらく会話できなくなったりするから』

 

 そうシアに言われて一旦普通に大きく息を吐き出し、もう一度、今度は軽く吸って吐き出す。

 

『そそ、そんな感じ。あとは音を喉で出さず、口の中で出す感覚で喋る。この時口はなるべく動かさないこと。舌で調節する感じ。ま、そこまでしっかりできていれば後は自分の耳で何となく意味をとれるようになるから、それで確認しながら喋ればいいよ。ただ、喉から音が出ると失敗だから気をつけて』

 

 そんな無茶苦茶なと思いながら、言われた通りにやってみようとするものの。

 

「………………」

 

 そりゃあ、口を動かさずに口の中で喋るってどういう状態だか分からないし。

 まして一発で喋れるとも思っていなかったが。

 何回か試してみるものの、どうもコツを掴めず何も分からない。

 そして目の前ではイズクに合わせて少しずつ下がる白狼が。

 

『流石にそこまで悠長にされてしまうと、我としても忍耐が持たぬよ』

『あー……うん分かった。アズごめん、ちょっと痛いかもだけど、耐えて、あと少しだけ息を吐いてね』

 

 白狼に急かされシアは私の頬に手を添えたかと思うと。

 

『っ!?!?!?!?』

 

 頬に電気が走ったように痺れ、痛みで軽く息が漏れる。

 と同時に自分の口からシアたちが話していたような音が漏れていると分かる。

 

『荒い手法だからしたくはなかったんだけど、頬の筋肉を一瞬固めさせてもらったの。今ので発音の仕方は掴めたとは思うから、もう一度練習してみて』

 

 私は涙目になりながらも、頬を確認する。

 確かに今はもうちゃんと動く。

 

 とにかく、あれだけ痛かったのだから、できるようになっているといいのだけど。

 私はため息を吐き。

 

『解等無もな佐で―……が、日後あミュて……?』

 

 自分の意図したものとは違うが言葉の意味が取れる程度の何かにはなっていた。

 単語さえ壊滅的ではあるけど、何がどういうことだろう……?

 

『ふむ、それだとまともに喋れるようになるのは一週間寝ずにやってようやくと言ったところだろうな』

『ま、言いたい意味は取れるでしょ?』

『……最初の言葉が其方への文句というのだが、いいのか?』

『ビエリ、貴方が急かすからでしょ。一応時間的には問題なかったんだから』

『我をこのような状態で待たせておいてよく言う。ま、我としては其方はそうでなくては逆に心配ではある』

『え……と』

 

 流石にこの程度では誤変換はされないらしい。

 だとすると、音だけを考えれば言いたいことは言えなくはない、のかも。

 おずおずと言葉を挟むと、白狼は気を使ってくれているのか次の言葉を待っているようだ。

 

『あ……な……た……が――』

『アズ、だったな。さっきの二言でそこまで理解したのは素晴らしいが、気にせず話すがよい。其方としてはとても聞くに堪えない言葉に聞こえるかもしれんが、正確でなくとも伝わる。何せ精霊に依存するこの会話方法は本来正確に伝えるのには向かん。むしろこのエレスティーノがついていても、この数分でここまで出来たら上出来な部類だ。それよりも我としては時間が惜しい。まとめて聞きたいことを申せ』

 

 白狼に促されて、言いたいことを頭の中で纏めて口にする。

 

『―――――――――』

 

 自分でも驚くほど聞き取れない、よく分からない幾重にも重複した言葉が発せられ耳がギンギンとうなる。

 自分でも少しふらついてしまい、シアに支えられて何とか立っていられる。

 白狼も面食らったのか、少したじろいたように見える。

 

『いや、まさかこれほどとは。類はなんとやら。全てには答えられぬが許せ』

 

 だが、白狼にはしっかり聞き取れたようで、私は白狼の言葉に頷く。

 

『まずは森の中での違和感だな。あれは我の仕業で間違いない。エレスティーノが来たのだ。それぐらいのことは我とてする。視線を感じていたとするならそれも我だ。目の前で刀を構えるこ奴もなかなか鋭い感覚の持ち主であるな』

 

 一つ目の回答で、まずはここまでくる間の疑問が解消する。

 私は頷き、白狼の次の言葉を待つ

 

『次は、この言葉か。これは精霊言語。我々――ここでは全ての生物が自己と異なる異種と対話を望む際に使用されることが多い。が、難点としていくつかある。まず発音が難しい。何せ精霊を媒介とするものだからな。声帯での音は意味をなさない。次いで精霊に好まれている必要がある。人の姿の者ではほぼ類を見ないだろう。聞くだけでもそれほど多くはいまい。そして高い思考能力を求められる。これは正確に言えば世界の把握能力に値するのだが、詳しくはエレスティーノに後で聞くと良い。ここでの説明はこんなところで問題はないか?』

 

 幾つか疑問が追加で浮かんだものの、後でシアに聞くことにして頷く。

 

『そこで私に投げるの?まあいいけど。そういうわけで、後で聞いてね』

『そしてそこのダンジョンについてと、凶暴化、巨大化した原因、他にいくつか、か……。すまんが時間的に説明できるのは残り一つと言ったところだろう』

 

 白狼はイズクに押されてそこそこ離れた位置に移動してしまっている。

 音自体は問題なく伝わっているのだが、少し焦っているようにも見える。

 

『そのダンジョンはティマという名称があるダンジョンだ。別名を常闇ともいう。其方には薄暗く光っているように見えたかもしれぬが、あれは夜目が利くものしか見えぬ。そして、今は魔道具によって平穏を保たざるおえなくなっている。できれば問題を解決してからと、思ったが……。ああ……説明は一旦終えさせてもらう。機会があればまた話すこともあろう』

 

 白狼が最後にそれだけ言うと、この平原中に轟くような遠吠えを上げる。

 

 あまりの一瞬の出来事に、耳の感覚がマヒしてしまい思わず手で押さえる。

 イズクやディアムも不意を突かれたらしく、怯んでいるようだった。

 

 そして白狼は飛び掛かる姿勢をとり、次の瞬間には私のすぐ隣を風が薙ぐ。

 

「アズリエナ!?シア!?大丈夫!?ごめん、通しちゃった!」

 

 目の前の獲物がいなくなったことにイズクが遅れて気づいたのか、声をかけてくる。

 

 私は気にせずに後ろを振り向くと、話していた白狼――確かシアがビエリと言っていたような――が、遺跡から出てくる普通の狼サイズの白狼を喰い、切り裂き屠っている。

 

「え」

 

 その様子に戸惑いを隠せないようで、駆けてきたイズクとディアムは茫然とその様子を眺めている。

 ビエリはあらかた始末し終えた後。

 

『エレスティーノ、後は任せても構わないか?』

『ええ、貴方は引いて他の白狼を守ったほうがいいわ』

 

 それだけビエリはシアと言葉を交わすとひとっ飛びで森の中に姿を消していった。

 



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常闇の迷宮

「なんだったの……」

 

 先程までの緊張した空気に対して、ただ自分には関係ない様な、しかし理解を超えている出来事が起きただけともいえる状況に、イズクは抜いた刀をしまうこともせずに立ち尽くしていた。

 

 それはディアムも同じ様だったが、すぐにディアムは私たちにアイコンタクトを取ってくる。

 私はそれとなく意味を取って、聞き返す。

 

「中と外では種が違うんじゃないか?そして縄張り争いをしているのでは?ってところですか?」

 

 ディアムが頷くのを見て、シアに確認をとる。

 私としては詳しく分からなかったけど、恐らくそういうものではない。

 

「どうだかは白狼の死体を確認しないと分からないんじゃない?あそこまでなってるならどっちもしばらくは警戒して近づかないだろうし」

 

 シアの言葉を受けてディアムはすたすたと入り口まで歩いていく。

 私もそれに続きざっと様子を見る。

 

 どの白狼も急所を一撃で貫かれてやられている。

 恐らく即死。

 ビエリが狙ってやったことだろう。

 

 ディアムが白狼の首筋や、腹、瞳などを確認していく。

 

「どう?」

 

 イズクの声に首を振って応じるディアム。

 

「ってことは同士討ち?ますます解せないなぁ……」

 

 首を傾げるイズクはそれぞれ白狼の死体を触って確かめるように頷く。

 

「でも確かに聞いていた個体と同じ……ああ、もう、めんどくさい!さっさと中を制圧してしまえばいいんじゃないの、これ!それでよくない!?どうせ同種からもやられるってことだし迷惑なんでしょきっと!もうそれでいいよね!?」

 

 途中で考えるのが面倒になったのか、そんなことを言い出す。

 ディアムがイズクをとても冷たい目で見ているのだが、いいのだろうか。

 多分またしばらく無視されたりするのでは……。

 私が場違いにもそう心配していると。

 

「ま、入ってしまうというのは賛成。でも制圧は難しいと思うよ。白狼相手だもの、割と狡猾で丈夫よ?大人しく殲滅されてくれるとは考えないほうがいいんじゃない?ダンジョンの広さも分かってないんだし、襲われたら撃退ぐらいで済ませるほうが妥当でしょ。そもそも拠点を作った理由もそれだしね」

「う、え、とそうだ、そうです。頭に血が上ってすみませんでした」

 

 シアの言葉で冷静になり、ディアムの顔を見たのだろう。

 狼狽えながら頭を下げるイズクにディアムがため息を吐く。

 ディアムはシアと私を見て、ついで入り口を見つめる。

 

「あ、たぶん暗いけど大丈夫かって聞いてる。そこらへんは昨日計ったから大丈夫」

 

 イズクの言葉に頷くディアム。

 そして地面に数字と名前を綴っていく。

 

 一番目がディアム、二番目がシアで、私が三番、そして最後がイズク。

 恐らく中に入る順番のことだろう。

 

「ま、いいんじゃない?ディアムだったら罠も見えるし解除もできるからね。船頭はそれで。で私が後ろなら仮に離されても一気に距離は詰められる。シアはディアムを補佐してもらえばより安全でしょ」

 

 イズクのその発言を皮切りに皆それぞれ武器を構えてダンジョンへと足を踏み出した。

 

 

 

 中は外の見た目と違いしっかりとした構造をしている。

 多分私の両手剣をぶつけたところで傷一つ入らないだろう。

 色こそ同じだが、昨日の遺跡とはまた違う表面をした石で、軽く触れてみると何か不思議な感覚がする。

 

「そういや入ったときなんか変な感じしたんだけど……」

 

 イズクが思い出したように身震いして後ろをついてくる。

 ディアムが振り返りふるふると首を振る。

 

「そうね。今の所は問題ないんじゃないかしら」

「なら大丈夫か~」

 

 イズクがシアの言葉にあっさり流される。

 

「今の所はって怖いのですが」

「言葉の綾ね。正確には私達には影響はないけど、そのせいで何か起こるかもしれない、と捉えて貰えばいいかな。あれに対して特に今できることもないし」

「そうなんですか?」

 

 私がシアに尋ねると、代わりにディアムがこくりと頷き、立ち止まり壁を軽く叩いたのち不思議そうな表情を浮かべる。

 

「なんか結界っぽいのが遺跡の壁全体に張り巡らされていて、たぶんそれじゃないかって?」

 

 イズクの言葉にディアムが頷き、今の所一本道の先を指さす。

 

「進むのを優先、っていうのは分かるんだけど、なんだってこんな分かりにくい結界が張られているんだろう」

 

 イズクはそっと抜刀し壁に切りかかると、反動で反対側の壁に叩きつけられるように飛ばされる。

 そのまま足を向かい壁につき、屈伸して衝撃を殺し、床に降り立つ。

 

「うん、壁を壊してショートカットも無理か!」

「さらっと何してるんですかイズクさん……」

「いや、この手のダンジョンだったら壁をぶち抜いて最奥まで行くのが一番楽かなと思って」

 

 イズクの悪びれもない態度にディアムが大きくため息をついて先を歩き始める。

 

「ちょっ、少しぐらい何か言ってもいいんじゃない!?いや、普段から口では何も言わないけど!ちょっとした冗談――……」

 

 そんなイズクをディアムはちらりとふりかえり絶対零度の視線で射貫く。

 その眼圧に押されてかイズクは頬を引きつらせる。

 イズクの目線は丁度ディアムのポーチに向いている。

 

「そ、それはやめてもらえると嬉しいかなー……一応ダンジョンだし……ね?」

 

 イズクの言葉を聞かず、ディアムはポーチから水晶のようなものを取り出す。

 同時にイズクは慌てたように二本抜刀し頭の上に構える。

 瞬間イズクの頭上から雷が落ち、衝撃と雷が刀に伝わる。

 その力は凄まじいのかイズクの腕はとても震えている。

 

 そしてディアムの水晶から透明な紐のようなものが出てきて、イズクの首に巻きつく。

 すると、同時に雷が消え、イズクはぎこちなく刀を鞘にしまいなおす。

 

「……あの、ディアム、さん?えっと、この紐を解いてくれると嬉しいのですが……」

 

 イズクの言葉を聞かずディアムはそのまま先に歩きだす。

 イズクもそれに合わせて進む。

 

 のだが、どうやらどこか動き方が不自然。

 

「えっと……?」

「あっと、動き、操られてるの。余程のことが無いと使わないし、一応振りほどけなくはないけど……そんなことしたら滅茶苦茶機嫌悪くなるから……」

 

 イズクは笑いながらそう言っていたが、目尻に涙が溜まっていた。

 今までの行動を踏まえると、致し方ない気もする。 

 私が呆れながら笑い返すと、あははと力なくイズクは笑い、ため息を吐き出した。

 

 そうして進んでいくこと数分で三又の分岐路に辿り着く。

 ここまで一本道だったこともあって罠もなく、白狼に出会うこともなかった。

 ディアムはほうぅと大きく息を吐き出し、イズクの拘束を解く。

 そしてちらりとイズクを見て促すように前に進ませる。

 

「え、何?どの道行きたいか選べばいいの?」

 

 イズクの言葉にこくりと頷くディアム。

 

 一本はこのまままっすぐ進む道。

 もう一本は下に下がる階段。

 最後のもう一本は来た道側に返すようになっている道。

 

 それぞれなんとなく進むのを躊躇いたくなる雰囲気を醸し出している。

 

「そうね……あたしだったらまっすぐ進む道か、返す道を進むかな」

 

 イズクがそう言い放つと同時にディアムは階段を指さし進み始める。

 

「ちょっと!?あたしは罠探知機じゃないから!ほら!」

「えっ!?」

 

 イズクが私の手を引いてまっすぐ進む道に踏み出して、私はつんのめるように進んでしまう。

 

 ガコン。

 

 壁の中で何かが動くような音がしたかと思うと。

 冷たい目でイズクを見るディアムと、流石に苦笑いしているシアが視界の端から突然消え。

 だだっ広いいくつもの道がある大広間に飛ばされていた。

 

 

 

「………」

 

 私は隣でポカンとしているイズクを見て、嘆息する。

 

「別れちゃいましたね」

 

 何となくこうなる気はしていたけど。

 イズクは私の言葉に反応することなくただ突っ立っている。

 

 その間にざっと広間の様子を窺う。

 私たちがいる場所は広間の中央。

 

 広間自体は特に何かあるわけではなく、ただ広いだけ。

 天井まで人五人分ぐらいの高さがあり、ここから壁まではざっと三十人分の身長の合計ぐらい距離がある。

 壁の模様からは何となく神殿を彷彿とさせられる。

 

 そして通路がそれぞれの壁に三個ずつ。

 正面だけ上に二つ道があるようだが。そこを上るための階段が崩落している。

 頑張れば登れなくもないだろう。

 

 ただ、問題としては一体ここが何処なのか。

 そもそも同じダンジョン内なのかも怪しい。

 今まで見ていた壁とも違う様子だし。

 

 同じダンジョンだとしても地上からどれだけ離れているかが分からないことには進退を決めるのも難しい。

 こうだだっ広いと待つ場所としてもあまりふさわしくないし……。

 

 どうしたものかと思案していると、イズクがようやく我に返る。

 

「あ」

「あ?」

「あああああああああああ!?またやっちゃった!?どうしよ!?アズリエナ、ごめんね!ダンジョンを崩落させてでも何とかするから!」

「お、落ち着いてください。崩落させるくらいなら普通に道を辿りましょう?」

 

 唐突に叫びだしたイズクに肩を揺すられ、私は目を白黒させながらなだめる。

 気配はないものの、あんまり騒ぐと呼び寄せちゃうかもしれないし。

 耳を澄ませて探ってみるものの、今の所どこからも音がしない。

 

 それはそれで不思議ではあるんだけど。

 入り口にいた数もそこそこだったので、それ以上いても不思議ではないはず。

 なのに今のところ零。

 それどころか音すら感じさせないとはどういうことだろう。

 

 全くここの場所が違うのか、それとも――

 

「じゃ、じゃあとにかく移動しよう!ディアム達と合流したいし!どの道行こうか?えーと、ひーふーみー……十四?流石に総当たりはきついかもしれないね。えーと、あたしがパパっと高速で見てきてもいいけど」

「……申し訳ないのですが、少し一人だと心細いので一緒に行きませんか?」

 

 多分今の私が白狼複数体と遭遇したら手に余る。

 なにより何か面倒なことを起こしてきそうだし、戻ってこれなさそう。

 

「そか。じゃあどこ行くか決めよう。私は今向いているほうの下の三つのうちどれかがおススメ」

 

 自信満々に言うイズクだが。

 流石に明らかに目の前に罠がある通路を進もうと進言してくるとは思わなかった。

 罠を越えた先に正しい道がある、というのも一定数あるのだろうけど、今は合流を目指しているのだから――

 

「順当にいくとこの上にある通路、を進むのが妥当なんだろうけど……」

 

 必ずしもその通路が地上に近付くように作られているとは限らない。

 

 ……。

 

 一旦全ての通路の前で音を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 そうすればどれぐらい深いのか、道が長いのかざっくりでも分かる。

 

「イズクさん、音でどれぐらいの距離あるか計りたいので、それぞれの入り口で音を鳴らすのお願いしてもいいですか?」

「分かった!」

 

 

 

「これで最後!」

 

 ガツンと刀が壁と激突する音が反響して通路に響いていく。

 正面を北と仮定して西の北側通路で音を聞く。

 数十秒後弱くなった音が東の南側通路から聞こえてきた。

 

「えー、と、どう?」

 

 イズクの示した正面三つは全て反響がその通路から返ってきている。

 それ以外の東、西、南は違う通路と同じ通路両方から音が返ってきていた。

 そして正面上に関しては音が戻ってこない。

 

 これをどう捉えるか。

 

 上に関しては深いか、行き止まりがないということ。

 東、西、南は分かりやすく、行き止まりがあり、かつ他の通路と通じている。

 正面三つはそこそこ浅いところに行き止まりがある、か。

 

 この要素なら探索するのは順当にいくと正面三つ何だろうけど……もしかしたら最奥になるのかもしれない。

 合流を優先するならそれ以外がベター。

 

 追加して問題はこの響いた音をダンジョン内にいるだろう何かが聞きつけてこの広間にやってくること。

 数によってはどうしようもなくなるだろうから、なるべくなら終わらない可能性が高い道を選ぶのが得策。

 

 とすると……。

 

「上の道に行きます。確か右側が罠もなかったはずですし」

「わかった。掴まって」

 

 私はイズクに捕まり、イズクは抜刀し反動で上の道のところまで跳ね上がる。

 さっきも確認したが、確かに見て取れる罠が左側にはある。

 解除方法も分からないので、避けて進むしかない。

 

「やっぱり右に行くしかないみたいです」

 

 ここまで短い時間で行ったが、やはりというか他の通路の奥から生き物が蠢くような音を拾う。

 イズクもその気配を察したのか。

 

「そうだね。とにかくここは一旦離れたほうが賢明かもしれない」

 

 躊躇なく私が示した道を進んでいく。

 周囲の様子を窺いながら、私はイズクの後ろに続く。

 観察してみると壁の雰囲気がやはり違う。

 

 まず色が白い。

 暗くても分かるぐらいに白い壁で、触れてみると不快な感じで、少しぞわぞわする。

 なんで不快なのかは全く見当もつかないけれど、ダンジョン自体が違うような気がする。

 

 しばらくそのまま進んでいくと、左右への分かれ道に差し掛かる。

 

「……アズリエナ、どの道行く?」

「えっと……罠がなさそうな道を通るしかない気もしますが……」

 

 現段階で音を鳴らすのは後ろから追われる形になるだろう。

 耳を澄ませると、右側からは何かの駆動音、左側からは何かの呼吸音がかすかに聞こえる。

 

 右が罠で、左がダンジョンの中の生物、かな……?

 それをイズクに伝えると。

 

「じゃ、左で出会ったやつは切り捨てて進むしかないのかな」

「えっと隠密に行くっていうのは……?」

「この通り道だし、せいぜい五人並んだら通れなくなるくらいの道幅じゃあ隠れては無理でしょ?だったら先制できるうちに処してしまった方が身の安全を守れるよ?」

「でも、もしかしたら襲ってこないかもしれないじゃないですか」

 

 無条件に襲う、ということに躊躇う私に、イズクは苦笑いして。

 

「アズリエナは甘いね。ま、でなきゃあたしみたいな英雄が出張って守る、なんてこともないんだけどね。分かった。なるべく戦わないで切り抜けよう」

 

 イズクは二振り抜刀し、警戒した様子で左の道を歩み始める。

 

「ま、無理そうならさっさと殺っちゃうから、そこは悪しからず」

「分かりました」

 

 私も念のため両手剣を構え、イズクに続く。

 ある程度真っすぐ進んだところで、だいぶ呼吸音が強く感じられるようになってきた。

 

 フッ、フッ、フッ、という小刻みに息をしているようで、多分これは――

 

「次の右に曲がる角、その先に多分白狼がいる。あとは……よく分からない何かの気配がある……ん……?遠ざかる……?ナニコレ?」

 

 私がそう感じたものの他に、イズクが私の耳で感知できない何かを捉えたみたいだったが、とても複雑な表情を浮かべている。

 

「どうしたんですか?」

 

 小声で聞き返すと、イズクは私を手で制し、気配と音を殺し一瞬で角まで移動する。

 イズクはそのまま私を手招きして。

 

「おかしい、いや気のせい……?まあいいや。この通路にはなんか負傷した白狼が一匹いるだけだし、ささっと通り抜けちゃわない?」

 

 私も角から頭を出して確認すると、イズクの言う通り少し離れたところに怪我をしているのか蹲るようにして向こうを見ている白狼が居た。

 周囲に争った形跡はない。

 確かにイズクの言う通り通り過ぎるほうが賢明だろう。

 

 でも私は――。

 

「ちょっ、アズリエナ?!どういうつもり?!」

 

 蹲る白狼にゆっくりと近づいていった。

 当然だが白狼も気づかないわけなんてなく、威嚇するように低いうなり声をあげる。

 だが、それ以外には動くこともなく触れられるほど近づいても鋭い眼光で睨みつけてくるだけだ。

 狼狽するイズクをよそに私は何となくだが、精霊言語を試してみる。

 

『貴方部ェ放セてこう鉈はの?』

 

 貴方はどうしてこうなったのと聞きたかったけど、意味が取れない相変わらず酷い音が聞こえる。

 とはいえさっきよりは少しマシ、ぐらいにはなったかな?

 

 白狼に私の言葉が伝わったのか、白狼はぷいっと通路の向こうに顔を逸らす。

 向こうに原因があるのか、それともただ単に答えるつもりがないだけなのか。

 その意図を私は読み取れない。

 

 それはそれとして注意が私から離れてくれたので、私の二倍くらいの体長の白狼の身体をよく観察する。

 毛で隠れていても、いくつかの場所から出血しているのが見て取れる。

 脇腹、背、後ろ脚、そして一番ひどいのは左前足……。

 

 傷ができたのも割と最近のよう。

 放っておいたら遅かれ早かれ死んでしまうだろう。

 治療するにも、そんなものは持ち合わせて……あ。

 

 ふと私は思いつきポケットから調理用のナイフを取り出す。

 それに警戒してか白狼がグルルと唸るが。

 

『待ってて』

 

 それだけ言葉で発すると、私は自身のケープの一部分――シアの描いた治癒の魔法陣の模様の部分――を切り取り止血用の布に縫い付けて手当を始める。

 魔法陣は一つしかないから、これは一番酷い左前足の傷に当てる。

 治癒の力は全身に及ぶからあんまり場所は関係ないけど、近い場所が効果が一番強そうな気がした。

 

 ケープそのものを被せるというのも一つの手ではあったのだけれど、この魔法陣は着用が発動に必須らしいので白狼が嫌がれば元も子もない。

 それにいくら治癒力を高めてくれるとは言え血は戻らないので止血は必須。

 白狼の左前足を早速手当てする。

 

 外見からではよく見えなかったが、抉れ方が歪だった。

 刺し傷とも切り傷とも違う、当然噛まれたりといった感じではない。

 

 そう、なんというか。

 杭や楔を打ち付けられたような。

 

 出血量も本来身体の末端だからそんなに多くなるはずはないのに、腹部を貫かれたがごとく溢れ出ている。

 私は白狼の足の根本を少し強く縛るようにして止血と傷口を覆うように布を巻き付けていく。

 布は巻き付けたとたんに深紅に染まるが、気にせずそのまま留めてしまう。

 

 それがきっかけとなり魔法陣の効果が白狼に現れ始める。

 次に脇腹、背と手際よく応急処置を施す。

 

 どうやら他の部分は他の白狼にやられたような噛み傷や爪のもののようだった。

 治療している間も次々傷が塞がっていく。

 

 一か所を除いて。

 

「どうして……?」

 

 最初に塞いだはずの場所が未だに出血が止まらないらしく、布の赤地が広がっていく。

 広がり方はゆっくりにはなってきているものの、何か通常とは違うことが起きているよう。

 いくら一番深い傷とはいえ、流石にそこだけが治りが遅いとは考えにくい。

 

「傷の形状と何か関係が……?」

 

 私が心配してもう一度左前足を見ようと屈もうとすると、白狼がもう十分だと言わんばかりにむくりと起き上がる。

 

『まだ』

 

 短い単語で白狼に語り掛けるものの、白狼は向こうの通路と私を交互にみるだけだ。

 

「アズリエナ、ちょっといい?」

 

 先程まで狼狽してあたふたしていたイズクが、角からこっちに向かってくる

 と同時に白狼が威嚇するように頭を低くする。

 いつでも飛び掛かれるぞ、という様子。

 

「うわ」

 

 イズクは嫌そうな顔をして刀を抜こうとし。

 

「待ってください」

『味方』

 

 私はイズクと白狼に語り掛ける。

 白狼は私を訝し気な目で見たが、信じてくれたのか姿勢を元に戻す。

 それを見てイズクも手を柄から離す。

 

「……で、どういうことなの?」

「えっと、この子は危害を為す白狼じゃないってことです」

 

 傷を見る限り、他の白狼や、何かその他のモノと戦っていたのだろう。

 私の説明にイズクは納得した様子はない、が。

 

「ま、アズリエナが治療したんだし、しばらくは様子見てもいいけど」

 

 どうするのと言わんばかりの視線を向けてくるイズク。

 本来ならここで曲がらずまっすぐ進むつもりだったけど、白狼がさっきからこの道の奥を気にしている。

 

 ……今更なのだが白狼としていると区別がつかなくなりそう。

 

『名、付けて、いい?』

 

 白狼の目を見ながら聞いてみることにした。

 当然うんともすんとも言わないが……。

 じーっと私の目を見つめ返される。

 否定では、無いのかな。

 

 自分で言っておいてあれだが、何か案があるわけではないので少し考える。

 えっと……

 

『ローヴ、で、どう?』

 

 私がそう言うと、白狼は襟首をグイっと口でくわえる。

 

「「え」」

 

 思わぬ出来事に私とイズクが同じように声を上げる。

 そのまま私の身体は放り上げられローヴの上に乗せられる。

 そしてローヴは通路の奥へと駆け出した。

 



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遭遇

「ちょっ、え、とまっ……!」

 

 ローヴに乗せられた、と言えば聞こえはいいが、実際のところお腹でローヴの背に着地してしまっているので、まるで荷物として運ばれているよう。

 それに固定されているわけではないので、しっかりとしがみ付いてないと振り落とされそうなほど。

 

 それぐらいローヴは速く駆け抜けている。

 

 ちらほらと罠が見えたりするが、何事もなく潜り抜けて通り過ぎていく。

 

 私の体勢を整えさせるほど時間がないってこと……?

 

 とはいえこのままではいずれ毛を掴んでいる手が疲れて滑り落ちてしまうだろう。

 どうしようと考えている私の後ろから。

 

「アズリエナを下ろせぇぇぇぇ!というか止まれェえええ!」

 

 その後ろギリギリを付かず離れずの距離で追いかけるイズク。

 単純な速さならばイズクの方が上なのだが、罠に掛かったりそれを避けたりでギリギリ追いつけないようだ。

 

 壁を刀で切り付け、その反動で吹っ飛びを繰り返しこちらに迫ってくる。

 

 このままローヴを叩き切りそうな勢いなのが少し怖い。

 何とか力を振り絞りようやく背に跨る。

 

 状況が状況でいくつ角を曲がり、階段を上り下りし、広間を通り過ぎたか覚えていない、が。

 

「っ!?」

 

 今入り込んだ広間に入った瞬間ぞわぞわとした感覚が全身に走る。

 

 ただ複数の入り口があるだけの最初の広間と何ら見た目は変わらない。

 ローヴもそれを感じたのか大きく身震いをし、警戒したように右に三回ほど跳ねて移動し周囲を見渡す。

 

「ようやく止まったね!さてアズリエナを……!?」

 

 続いてイズクが広間に入るすんでの所で一歩後ろに飛びのく。

 危機感を感じて咄嗟というところだったのだろうか、警戒した様子で広間に入ってくるイズク。

 

「アズリエナ、大丈夫!?ちょっとここやばいかも!」

「はい、大丈夫です」

 

 唸り声をあげるローヴを傍らに私は背から降りてイズクに駆け寄る。

 

「よし、それじゃあすぐにここから離れよう。あたしの勘がここにいちゃいけないって叫んでるんだ」

 

 そういって足を返そうとしたところでイズクは目を見張る。

 

「………ええ……」

 

 さっき通り過ぎたはずの通路の入り口がよく分からない黄色く輝く透明な何かに塞がれていた。

 そして光るとは別に軽い光沢があるよう。

 生き物なのか時折脈動しているように震えるのが分かる。

 

「あれは……?」

「あたしも知らない……でもあんなの……ええ……?」

 

 ぱっと他の通路を見渡すも、どれも同じような何かに覆われてしまっていた。

 

「閉じ込められました……?」

「あたしが踏んだ罠、ってわけでもなさそうだね……これは」

 

 そう呟くイズクは二本抜刀し。

 いつもの通り加速して切りつけようとしたのだろう。

 

 だが――

 

「っ!?」

 

 イズクは突っ込む途中で軌道を変え私の手前まで吹っ飛び、戻ってきた。

 

 その頬からはうっすらと血が滲んでいる。

 柔らかそうに見えたアレが、鋭い槍のようにイズクを狙ったのだった。

 間一髪刀で受け止めたものの弾き飛ばされた、というところか。

 

「これは、やっかいかも」

 

 イズクは走り出して近づこうとするものの、ある一定距離になるとアレが同じように貫こうとしてくる。

 

「イズクさん!」

 

 私も参戦しようと両手剣を構えて。

 ドゴッ!

 それと私の背後から上がる轟音はほぼ同時だった。

 

 あまりの音に振り返ると、そこには壁に叩きつけられたローヴと。

 

「あはは……これはまた……濃厚な遭遇が続くね……」

 

 その相手に絶句するイズク。

 かくいう私も言葉を失う。

 

『――――』

 

 そこにいるのは伝え聞く神話や伝承と寸分違わぬ天使そのものだった。

 

 

 

 何の前触れもなく現れたその天使。

 姿は中性的、身体に薄い布を巻き付けただけのような格好で一対の翼は白く輝いている。

 そして腰元に剣らしきものを携えている。

 

 その姿に平常時ならば平伏したのだろう。

 こんな場所で、それもローヴを壁に叩きつけていなければ。

 

 どうやったかは見ていなかったので分からないが、空気の流れ的にローヴが飛び掛かったのだろう。

 それを迎撃した、のでいいのだろうか。

 

『―――――――――、―』

 

 何事かを呟いていたようだが、言語自体が違うようで聞き取れない。

 古代語ともまた違う、何か。

 

 状況を把握しようと頭を酷使していると。

 天使のその金の瞳に射抜かれる。

 とたん全身が硬直して動けなくなる。

 

 恐怖?緊張?畏怖?

 そういった感情によるものとはどれも違う。

 

 恐らくあの悪魔の時と同じ現象。

 なら――!

 

「アズリエナ、少し待ってて!今それを切る!」

 

 私の後ろからイズクが天使に向かって飛ぶ。

 それを天使は少し驚いたようにしながらも悠々と上に飛び回避する。

 目が離れたとたん身体の硬直が解ける。

 

 予想していた通り、あの時と同じようにあの目が起因で発動して身体が動けなくなるようだった。

 

「飛んだぐらいで避けられると思わないことだよ!」

 

 そのままイズクは宙で軌道を変えて天使に切りかかる。

 だが読まれていたのか紙一重で躱され。

 天使の後ろにいつの間にか存在していた光の杭のようなものがイズクに迫る。

 それにすぐ気づいてイズクは自分の軌道を変えるよう刀を振るうが。

 

「ぐ…っ!うっ……まだまだ!」

 

 回避しきる、など空中で出来るはずもなく、左ふくらはぎに光の杭が刺さる。

 そのまま私の近くに着地し、イズクは片膝をつく。

 

「大丈夫ですか!?」

「なんだこれ、血が……」

 

 ローヴの負傷に酷似した傷をイズクもまた負っていた。

 光の杭こそ消えてないが、出血量が腹部をやられたものとそう大差ない。

 流石のイズクと言えども徐々に顔色が悪くなっていく。

 

「この傷だけでも持ってあと数分、ぐらいかな。っと、アズリエナ。あたしの心配をしている場合でもなさそうだよ」

 

 イズクはそう言い刀を構え、ふらつく身体を何とか立たせて天使を睨む。

 その天使の周りには先ほどの光の杭が無数に展開されている。

 打ち出されたらこの広間にいるものは殆ど漏れなく貫かれるだろう。

 

 私もイズクに続き両手剣を構え。

 

「なんというか、絶体絶命かな。あれ刀で弾けないみたいだから回避するしかないみたいなんだよね」

「それじゃあこれは……」

「ほぼ詰みってやつ?いや諦めはしないけどさ」

 

 苦笑いをしながらもイズクの天使を見つめた真剣そのもの。

 恐らくどう避けたら当たらないか、を必死に探しているのだろう。

 私にその芸当が今できる、そこまでうぬぼれてなどいない。

 むしろ庇われてイズクの足手まといになるくらいだろう。

 

 なら私は別な方法を探す。

 どういう思惑かまだ打ち出し始めてはいない。

 用意してから打ち出すまでに時間を要するのかもしれない。

 

 と、思考を巡らせている時だった。

 ドンッ、と大きな音が広間に響いたのは。

 

 音のした方を見ると壁が崩落して通路に通じている。

 そしてその先には二、三の白狼と。

 

 認識したタイミングでグイっと身体が持ち上がる感覚に襲われる。

 次いでローヴの姿が視認できる。

 イズクが天使の気を引いているうちに何とか逃げ道を確保してくれたみたい。

 

 壁にぶつかった場所に近いところだったので恐らくその時に。

 

「イズクさん、あそこから!」

 

 イズクは私と一瞬視線を交わし。

 

「分かった。先に行ってて!流石にこいつがそのまま追ってきたらどうにもならないし。足止めできるとは思わないけど、最低限ね!」

 

 ローヴに咥えられてた私が、そこに辿り着く際ちらりと見えたのはじりじりと後ろに下がるイズクだった。

 

 

 

 そのまま脇目も降らずダンジョン内を駆け抜けること数分、ダンジョンの中でも少し異質な場所に辿り着いていた。

 そこは通路の外壁が削れ、地面が露出している場所を掘り進めたような場所。

 

 ローヴに追従していた白狼達の他にも数体そこに白狼が居た。

 あの時は落ち着いて見れなかったが、どの白狼も何処かしらに傷を負っているみたいだった。

 

 どれも切り裂き傷や噛み傷に近しい者で、天使の攻撃を受けた、といった感じではない。

 むしろ白狼同士が争ったような傷ではある。

 でも単純な仲間割れ……ってわけでもなさそう。さっきのことも考えると。

 

 あの天使、なんで襲ってきたのだろう……?

 ローヴに咥えられたまま考えていると、ここが到着地点だったようで降ろされた。

 

『ありがとう』

 

 私は精霊言語でローヴに礼を言う。

 あのままでは間違いなく死んでいた。

 

 イズクのことは心配だけど、少なからず今私にできることはあの場から離れること以外になかった。

 

 ……これからどうするか、に関しては手詰まり感が強いけど。

 私の礼にローヴが低く唸る。

 

 他の白狼もそれにつられ身体を起こし、私に近づいてくる。

 

 ……うん、襲われる心配はなさそうなんだけど、流石に私よりも大きい白狼に囲まれていると落ち着かない。

 

 ローヴより大きな白狼はいないものの、どの白狼もいるだけで威圧感があり少し冷や汗をかいてしまう。

 そうした私の内心を知ってか知らずか、白狼達は私の周りに大人しく座りなおす。

 まるで指示を待っているかのようにその視線は全て私に注がれている。

 

『えっと……天使、から、身、守る?私、必要?』

 

 最低限の文字で区切り、落ち着いて尋ねる。

 半分くらいは自分が落ち着くためではあるが。

 

 私の言葉にローヴは低く唸る。

 

 ……わかんないけど、多分肯定、で合ってるのかな?

 

『あの、天使、何?』

 

 この問いにはローヴ含めたどの白狼も反応しない。

 多分彼らも分かっていないのだろう。

 

 じゃあ――

 

『ここ、ティマ、ダンジョン?』

 

 仮に外にいたビエリと繋がりがあるなら、この言葉に反応するはず。

 反応しないなら、知らない、もしくは繋がりがない。あるいは――

 一番考えたくない可能性だけど、違うダンジョンに飛ばされたということ。

 

 私の心配とは裏腹に。

 ローヴがすぐに唸り声をあげる。

 最初の質問が肯定なら、恐らく肯定。

 

 だとするなら……

 

『魔道具、分かる?』

 

 次はこっちで確認。

 予想どおりというか白狼達は目を互いに向け、その後私を見直す。

 分からない、あるいは否定がこうなのだろう。

 

 とすると……?

 

『人、他、いた?』

 

 否定。

 流石にダンジョン内でシアたちと合流が都合よくできはしないみたい。

 やっぱり深い場所にいるというのはあながち間違いじゃない様。

 

 そうして複数の質問を繰り返して白狼達と情報共有をすること数分。

 

 分かったことはここの白狼以外はほぼ敵。

 ここの白狼が傷を負った原因は殆どがそれ。

 そして敵となる白狼はこのダンジョン内を徘徊して、見つかり次第襲ってくる。

 結界については不明。

 出口までの道は知っているが、行くのは困難。

 魔道具は知らないけれど、私が伝えた特徴の物は場所が分かる。

 

『………分かった。私、連れてく、その、これ、ある場所』

 

 地面に簡易的に描いた絵を指して私は白狼達に告げる。

 一応シアに今回回収する予定の魔道具について聞いていて正解だった。

 でなければ本当にここで途方に暮れていたかもしれない。

 

 私の言葉に白狼達は起き上がり、ローヴは頭を下げ、私に背に乗るように促してくる。

 それに従いローヴの背に乗りしっかりとしがみ付く。

 

 ――私が戻るまで無事でいて、イズクさん!

 

 私が決心すると同時にローヴが再び地を蹴り走り出す。

 



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魔道具

 シアから聞いた話では、このダンジョンにある魔道具は結界を張る魔道具らしい。

 香炉のような形をしており、火を炊き思念を描いた範囲まで結界を張るという代物。

 広ければ広いほどその力は弱まる。

 そして効果というのが確か、悪意のあるものの結界の出入りを阻害し、悪意が強くなるほどその制限が強くなるらしい。

 阻止ではないところが肝らしく、動線を絞ることに重点を置かれているらしいが、どういう理屈かはさっぱり分からなかった。

 発動している効果だけだと、それだけらしいのだが、他にも機能があるかも、と言っていた。

 

 あの天使に悪意があるかどうかは分からないが、万が一、億が一にも助かる、助けられるなら縋るべきだろう。

 ローヴに跨りながらも見つけた後のことを考える。

 

 罠をものともせず、疾風のごとくダンジョンを駆け抜けていくローヴと白狼たち。

 ある程度場所の目星はついているのかもしれない。

 

 直線の道に入ったところで、速度が落ちる。

 後ろにいた白狼達がローヴの前へと移動してくる。

 

 その直後辺りから私の耳でも音を拾えるようになる。

 

 呼吸音と駆ける足音が一、二、三……

 ざっと三十は数えるほどの音の圧。

 動くには支障ないにしても、こちらは十にも満たない上全員が何処かしら負傷している。

 

『他の道は?』

 

 私の問いかけに答えることなく、白狼達は臨戦態勢に入る。

 唯一ローヴがこちらにちらりと目を向ける。

 

 その視線は私――

 ではなく背中の両手剣に注がれているよう。

 

 私はその意図を何となく察し、こくりと頷き両手剣を右手で構え、左手はローヴの背を掴んだままにしておく。

 片手で持つには多少重いけど、こうでもしないとローヴが動いたときに振り落とされてしまいそう。

 

 私の様子を見てローヴが正面を向き、駆け抜ける体勢をとる。

 そう構えて数秒、目視で向こうから白狼の群れがこちらに迫ってくるのが目に入る。

 

 と同時に後ろからも足音を感じる。

 時間差はあれど挟み撃ち、ということだろう。

 

 白狼の狩りの方法としては基本となる形。

 

 それを分かっていてここで迎え撃つつもりなのだろう。

 私が右手に力を入れなおす。

 

 それがきっかけになったようにこちらも勢いよく前進する。

 目で捉えられる限界の速度で前方から白狼が次々飛び掛かってくる。

 

 最初の一体は右手前に構えていた白狼が迎え撃つ形で壁に叩きつけ。

 次は飛び掛かりかけている足を狙い食らいつく。

 三体目はローヴの頭突きで弾き飛ばし、上から跳んできたやつを私が剣で流れを変える。

 向こうはその一瞬で、後ろに控えていた白狼一匹に対し四匹程度で応じるように隊の動きを変化させる。

 

 その隙にローヴは白狼の群れを駆け抜ける。

 

 ――ごめん、すぐに戻るから!何とか持って!

 

 私の内心を分かっているのかいないのか、ローヴは更にその移動速度を速める。

 時折通路脇から白狼が飛び掛かってくるのを両手剣で何とかいなしながら進む。

 

 体感時間ではもう十分ほどたったように感じるけれど、おそらく一分弱の出来事だろう。

 

 幾重にも道を曲がった先に目に見えるような薄い膜が張られた領域を見つけた。

 

 

 

 それは結界と言っても差し支えないような文様を放ち、その膜の前には複数の白狼が地面に転がっている。

 

 呼吸音はないので恐らく死んでいる。

 

「これ、は」

 

 見たところ全ての白狼の首の骨が頭から何かに激突したように折れている。

 

 考えたくはないが、この結界に突っ込んだ反動で……。

 

 その図を想像し少し吐き気を催したが、こらえて私はローヴから降りる。

 

『ここで、待ってて』

 

 私の言葉にローヴはその場に座り込む。

 聞き耳を立てているので恐らく警戒はしてくれているのだろう。

 

 私はそのまま膜に手を触れようとし。

 触る感触もなくすり抜ける。

 

 あまりにもあっさり通り過ぎれてしまったことには拍子抜けだが、そんなことを気にしている暇はない。

 この膜は緩やかに曲線を描いてたってことは、魔道具を中心として円形に張られている可能性が高い。

 

 なるべく大急ぎで道を進んでいく。

 幸いというか、僥倖というか罠は既に作動しきっていたようで、わざわざ回避したりする手間が省けている。

 

 そして二つ曲がり角を過ぎたところで。

 

「あ」

 

 倒れている人を発見する。

 そしてその手には魔道具が握られていた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 速度を落とさず声をかけながら近づく。

 

 だが、彼の人から反応はない。

 

 そして近づいたことでよく分かった。

 

 この人も、死んでる……。

 

 恐らく数日前の段階でこと切れていたのだろう。

 

 床には血の跡があるが、もう乾ききっている。

 

 顔や体も性別が分からないくらいに崩れ始めている。

 

 そして魔道具を持っている手の甲には大きな穴が開いていた。

 天使と戦う羽目になったのか、白狼に追い詰められたのか定かではないが、最後の最後でこの魔道具に縋ったのだろう。

 

 あるいは……

 

「誰かを逃がすために囮になったのかも」

 

 単なる想像でしかないし真実など私には分かるはずがない。

 ただこの人がこのダンジョン全域に結界を張ったのは確か。

 少し祈りを捧げてから私は魔道具に手を伸ばす。

 

「失礼します。大事にしていることは分かるのですが、今少し私にそれを貸してください」

 

 自己満足ではあるが、それだけ呟き私は元来た道に踵を返した。

 

 

 

 どうやら発動地点から魔道具が移動しても結界の位置は変化しないらしい。

 膜は相変わらず元の場所に存在していた。

 

 問題はこの魔道具を持ったままこの膜からは出れないということ。

 

 さっき思いっきりぶつかって跳ね飛ばされたから少し鼻の頭が痛い。

 

 そんな私の様子を心配そうに見つめるローヴ。

 

 出てきたら直に駆け出せるように体勢を変えてくれている。

 私は少し悩んだのち、魔道具を弄り始める。

 

 シアの話では魔道具は魔法が使えない人でも使えるものが多々あるらしい。

 さっきの人は明らかに魔法を使えるような格好をしていなかった。

 

 ということは何かしらの仕掛けで動いているに違いない。

 と、そこでカチリという音がする。

 

 同時に目の前の膜が消滅する。

 

「………」

 

 目的と違うことが起きて少し嫌な予感がする。

 

 ただここの膜だけを通り抜ける方法くらいあるんじゃないかと思っていたのだが。 

 

 膜が消えたということはダンジョン中に張り巡らされていた結界まで消えてしまった可能性がある。

 

 詳しいことは分からないけれど、それは。

 

 とても状況がひっ迫してしまうということだろう。

 

『ローヴ、急いで!』

 

 私は駆けてローヴの背に乗り、ポーチから火種を探す。

 私の言葉に頷くようにローヴは勢いよく通路を駆け巡る。

 

 先程までとは段違いの速度を出すローヴに少し驚きながらも、納得する。

 力を抑える効果もあった、ということなのかもしれない。

 

 嫌な予感と共に目の前の通路から埋め尽くすような数の白狼がこちらに向かってくる。

 他の白狼よりいくらか大きいのローヴと言えども、これだけの数が相手となると速度もつい落としてしまうよう。

 

 味方だったら良かったのに。

 

 私は内心そう思いながら、敵意剥き出しの白狼達に向かって火をつけた魔道具を突き出す。

 

『ローヴ、そのまま、駆け抜けて!』

 

 私はローヴにそう言い放つとともに、目を凝らし、膜のイメージを明確にする。

 

 思念云々で出るというなら、もうどういう風に使うとか説明で何とかなる次元じゃない。

 もしこれで使えないならこのまま私とローヴ、そしてイズクや置いていった白狼たちは助からない。

 

 しかし魔道具が発動する様子はない。

 あと一秒かそこらで衝突してしまう。

 

「お願い、出て!」

 

 懇願するような目を閉じて発した私の言葉をきっかけに、白狼達のギャンという鳴き声が通路に響き渡る。

 恐る恐る目を開けると、ローヴを中心としたように結界が張られている。

 

 それにぶつかってくる白狼達はそのまま結界に弾き飛ばされ壁や床に叩きつけられている。

 少し力が抜けてしまった私をローヴが横目でにやりと笑ったような気がした。

 

 それはいいとして……。

 

 今魔道具で結界は張ったものの、どうして結界が付いてきているのかを考えたほうがいいだろう。

 魔道具に結界が付随するものではないと先ほど分かっていた。

 

 じゃあ、何故。

 

 数秒思考を巡らせること思い当たる。

 言葉と共に思ったことはローヴを守ってほしいという意思。

 

「それだけでこうなったりするものなの?」

 

 ……自分で考えて首を振ってしまう。

 シアの説明だと範囲を決めて張るものらしいし。

 

 手の中の魔道具をもう一度見つめる。

 火がたかれて少し良い匂いがするもののそれだけ。

 

 ……まだ何か決定的とは言い難いから保留するしかないか。

 そう結論付けたタイミングで白狼の群れを抜け、さらにローヴが加速する。

 

「え、まだ早くなれるの!?」

 

 一瞬下から浮き上がる感覚に襲われ、しっかりとしがみ付きなおす。

 流れる様に様変わりする壁面と強い風に当てられ閉口しているとすぐに味方の白狼達が視界に入る。

 

 かなりボロボロになっているものの、今絡まれてはおらず、一応動けるレベルではあるよう。

 それでも生きているギリギリだろう。

 

『大丈夫!?』

 

 咄嗟にでた言葉に白狼達は弱く吠える。

 ローヴが私を下ろし、自分の左足を差し出す。

 

 これで仲間を治してほしいということだろう。

 

 一瞬イズクのことが頭によぎるが、頬を叩いてローヴに結んだ布を取り外す。

 傷は完全にはまだ治っていないもののほぼ止血も済んでいたことにほっとする。

 

 確実に出来ることから。

 それにイズクさんはそう簡単に命を落とすような人じゃない。

 

 自分に言い聞かせるように私は白狼達の傷の手当てを始めた。

 



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奮闘

「さて、と。どうしたものかな」

 

 イズクは二刀を構えなおし、上にいる天使を睨む。

 アズリエナの様子から目を見ると動きを制限されてしまうのだろう。

 

 それだけではない。

 

 現状厄介になっているのはあの天井近くに大量に生成されている光の杭。

 どうやら切ったりできないどころか、物を無視して進めるようだ。

 

 まだ数が増えていっているのか、もう分からないが、何故か打ち出さない。

 

「そもそもあたしを見ていない、か」

 

 逃がすつもりなんてないだろうけど、少なからずアズリエナを追う様子はなくて安心する。

 

 この天使に勝てる気はしない。

 

 何よりさっき受けた傷からは滾々と血が流れ続けていて、もって十分もないだろう。

 

 それ以上は意識を失う。

 

 先程開いた壁もいつの間にかあの黄色に輝く何かに覆われてしまっているし、退路など無い。

 イズクは大きくため息を吐き出し、刀の一本の柄を取り外す。

 

「本当はあんまりやりたくないんだけどね……」

 

 抜き身の刃をイズクはしっかりとその手で握りしめる。

 当然ながらその手からは出血するが、イズクは気にした様子はない。

 

 天使は気にした様子もなく、だが杭を打ち出すような構えをとる。

 

 イズクは部屋の隅から隅まで目を走らせ、空間を読む。

 イズクが把握しきるか否かのタイミングで杭が打ち出され始める。

 その光の杭の雨は地面に向かって隙間なく打ち出されている。

 避けることなどできるはずもない。

 

 本来なら。

 

 イズクは次々とその身を隙間に潜らせ重力などお構いなしに宙さえ駆ける。

 傍から見れたのならばイズクがそこらかしこに点在しているように見えただろう。

 

 反射の刀。

 

 柄は反射の力を制御しやすくし、扱う者を傷つけないように調整された、ディアムによって製作されたものだ。

 すなわちその本領は抜き身で持った時に発動する。

 その力は使いこなせれば宙を自在に駆け抜け、移動できる。

 

 イズクはわずかにずれている光の杭の合間を泳ぐように飛ぶように刀を振るい難なく通り抜けていく。

 それがどんな僅かな隙間だろうと、穴があれば移動ができてしまう。

 反動として衝撃波を巻き起こすため、味方がいる場面ではまず使えない。

 

 そもそも、この刀は魔道具であり、尋常の人では一分と持たず身体が崩れてしまうだろう。

 

「やっぱりくるなぁ、これ」

 

 イズクは少し顔をゆがめる程度で難なく扱って見せる。

 まだ天使までの距離を詰めれるほどの道は出来上がっていない。

 

「天使、か」

 

 一度だけ似たようなやつと出会ったことがある。

 今よりもイズクが弱かったといえどもその時でさえ、複数名の英雄が束になり犠牲があってようやく打ち取れるレベル。

 一人だけなら生き残るだけでも至難の業だろう。

 

 だが、生憎向こうは何を思ったか探るようにずっと杭を地面に打ち続けている。

 こちらを見ていないというなら、いくらでもやりようはある。

 

 あれを止められたらその時点で私の負け。

 意識を向けられても負け。

 そして時間が経って意識を失っても負け。

 

「勝ちの目はほぼなし、ね」

 

 また部屋を縦横無尽駆け回り隙を探す。

 たまに失血で目の前がぼんやりするけど、気張って意識を保つ。

 流石に自在と言えども掠らないわけではなく、表皮が少し裂ける。

 

 掠り傷で済む分には撃ち抜かれた時のように血が止まらない、ということはないらしい。

 

「!」

 

 一瞬見えた道筋をイズクは見逃さなかった。

 刀を揺らすように振り、正確にその道を辿る。

 そして天使の背後まで一気に加速する。

 

 振るうのは普通の刀。

 業物と呼ばれはするがただの刀。

 それでとどめを刺せるような相手ではないだろう。

 

 思いっきり叩き切ろうとし、天使が一瞬こちらを見る。

 察知していたがごとく手を、その先には紋様が描かれ。

 

 イズクはその真反対側から天使の目と翼を一つ切り落とした。

 

「勝てないからって、傷がつけられないって話じゃないからね!」

 

 通り過ぎるように地上に降り立ち再び天使に目を向ける。

 

「これは想像以上だったかな……」

 

 イズクの頬を冷や汗が伝う。

 上空で天使は切られた翼や目など気にもせず興味深そうにイズクを見つめている。

 

 ――最低限落ちてくれれば、まだ幾らでもどうしようもあったんだけどな。

 

 イズクは舌打ちをして、再び両の手に力を込める。

 天使は値踏みをするような目でイズクの一挙一動を見ている。

 

 つまりさっきの一撃でさえ脅威として見られていなかった、ということになる。

 とはいえ、光の杭の絨毯爆撃は止まってくれていて、動きやすくはなっている。

 

 次は注意をイズクに向けてくるということだろう。

 これは死んだだろうな。

 

 イズクは内心そう思いながらも再び加速し上空へと跳び上がる。

 何もしなければ、恐らく容赦なく止めを刺されるだけ。

 

 あちこちを高速移動し天使の死角を探しながら通り過ぎ様に軽く刀を振るう。

 当然、読まれていたがごとくその太刀筋は見切られ避けられる。

 出血の関係で少し意識が飛びかけるのを再び堪える。

 

 ――間が悪い、な本当に!

 

 ちょうど視界が暗転しかけたところで、天使が腰の剣を素早く抜き、振るう。

 間一髪で刀で受け止めるが。

 

 バキッという不快な金属音と共にイズクは壁まで吹き飛ばされる。

 反射的に刀を振るい軌道修正し壁に激突は免れるが、普通の刀の方は柄の近くで折れてしまっていた。

 

 それを認識すると同時に自分の隣に折れた刃が刺さる。

 

「……っ!」

 

 急ぎ左に横跳びし追撃してきた光の杭を避ける。

 

 ――止まっていたら死ぬ!

 

 イズクは急加速し、再び宙へ舞い上がる。

 

『――』

 

 天使は軽く何か呟いたようだが、イズクにそれが何か理解する術はない。

 

「何言ってるんだが分からないから!」

 

 虚勢を張り上げ天使に肉薄し、イズクはハッと迂闊だったと気づく。

 眼前には魔法陣が広がり、その中心からは光の剣が出始めている。

 

 今のイズクにそれを避けるだけの時間も技術もない。

 そのまま胸から突き刺さってしまうだろう。

 

 ああ…あたしのバカ…技が一つだけなわけがないって今更……

 後悔が頭を駆け巡るが、一つ瞬きをし。

 

 なら、もう一太刀!

 

 折れているとはいえ刃は残っている。

 大したダメージにはならないだろうが、気休め程度にはなるだろう。

 

「イズクさん!?」

 

 背後から驚いたようなアズリエナの声が聞こえる。

 

 ――なんで戻ってきちゃったのかな……あの子らしいっちゃらしいけど。

 

 口元をふっと緩め、天使を睨みつけそのまま突っ込む。

 

 ――あの子がいるのならば刺し違えてでも!

 

 イズクの覚悟とは裏腹に光の剣は刺さることなく、刀が天使の持つ剣と拮抗する。

 すぐさま天使は更に上空に上がったため、イズクは勢いを殺しきれず地面へと落下する。

 

 それを下に構えていた白狼がジャンプし受け止める。

 

 ローヴとは違う個体のよう。

 ものすごい嫌そうな目をされてるけども、それは仕方ない。

 

 イズクはそこまで来て何故か安堵してしまい、急速に意識が遠のいていくのを感じる。

 

 ――ああ、まだ駄目なのに、どうして……。

 

 イズクの気持ちとは真逆に頬は緩んでしまっていた。

 

 

 

 遠くからとても強い何かがぶつかり合うような音が響いてくる。

 

『ローヴ、急いで!』

 

 私の言葉に更にローヴが加速する。

 その後ろには傷を治した白狼達が続く。

 この音の発している場所は恐らくイズクの居た広間。

 

 あの傷でこれだけの音を響かせるのだから、そろそろ本格的に命が危険……!

 

 ローヴを中心に結界を再び張りなおして少し範囲を広げて進んでいる。

 視界の脇にあの広間で見た黄色に光る何かを見つける。

 

『ローヴ、あっち!』

 

 広間に入る入口に向かって直進する。

 それと同時に棘のように鋭く黄色の何かが突き刺そうと飛び出してきて。

 

 バリッ!!

 

 雷が走ったかのような音と共に結界に棘が弾かれる。

 黄色の何かはそのまま棘の数を増やして貫こうとするものの、全て悉く弾き、折り、そのまま広間にローヴと共に飛び出す。

 

 目に入るのは魔法陣から出ている光の剣にそのまま突っ込んでいこうとするイズクと、それを見る天使。

 

「イズクさん!?」

 

 ああ、だめ!避けて!

 

 その様子をただ見ることしかできず、私は無意識にに手にしていた魔道具を強く握りしめる。

 すると。

 

「!?熱っ!?」

 

 魔道具がこれでもかというほどに熱くなり思わず手を離し、私は魔道具に視線を移す。

 香炉のような中には先ほどまで見ていた光の剣のミニチュアらしきものが映し出されている。

 

 そんなことより!

 

 私はそのまま天使とイズクに視線を戻すと、イズクが落ちていくのが見えた。

 

『イズクを助けて!』

 

 白狼に助けを求めながら、香炉を拾いつつ私もイズクに駆け寄っていく。

 地面に激突する前に白狼が落下地点に構えジャンプしてイズクを受け止める。

 そのまま私の元まで駆け寄ってきたので、ざっと傷の具合を見る。

 

 ――ああ、良かった、傷はそんなに増えてない。

 

 表面こそ切れているような痕はあるが、それだけだ。

 天使相手に上手に立ち回ったのだろう。

 白狼達に使った布をイズクの傷口に手早く巻いて、魔道具を片手に両手剣を構える。

 

『安全な場所に、お願い』

 

 白狼は頷き、そのままイズクを咥えて下がっていく。

 私一人、いやローヴ達と組んでもまともにやりあえないだろうけど、時間を稼いで引くぐらいは。

 ようやくまともに見れた天使の姿は片眼が切られ、片翼になっている。

 

 天使だから血が出ないのか、それとも。

 人だったら致命傷なはずのなのに動じた様子はない。

 それどころか少しずつ見た目が元に戻っていっているようにも見える。

 

 目は合わせちゃ駄目。

 気をつけながら動きを見ていると、突然違う方向を向き。

 

『――――――――――――』

 

 何事か呟いたのち、姿が霧散していた。

 辺りを見回すと黄色い光る何かも跡形もなく消えている。

 

「た、助かったの……?」

 

 イズクを咥えた個体を含めた全ての白狼が私の周りに集まってくる。

 白狼達も危険がないと判断したようだった。

 

『ありがとう、皆』

 

 私はお礼を言いつつ、降ろされたイズクの手当てに入る。

 些細な傷はもう塞がってはいるものの、時間がたったせいか、顔が土気色になり始めている。

 

「血が……」

 

 強く止血してみるもののやはり流れ出ている血が少なくなるということはない。

 

 どうしたら……!

 

「アズ、大丈夫!?」

「シア……!」

 

 おろおろと何かないかと探していたら、そんなシアの声が響いてきて思わず涙が溢れてくる。

 声のした方を向くと駆け寄ってくるシアと、何処にそんな力があったのかと思うほどの速度で近づいてくるディアムが視界に入る。

 白狼達は警戒して一歩下がるが、気にせず私は口を開く。

 

「私は大丈夫です!でもイズクさんが……!」



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収束

 イズクは白狼の一匹を枕にしたまま、目を閉じてピクリとも動かない。

 顔も土気色で呼吸もほとんどしていないように見える。

 シアがイズクの身体にできた傷を、指で触れるか触れないかの位置で確認していく。

 

「手当もしっかりされているし、疲れて眠ってるだけよ」

 

 私とディアムにそう告げるシア。

 ディアムはそれだけ聞くと怒った表情でシアと入れ替わりディアムの元に向かう。

 私は少しほっとして表情を緩める。

 

「最低限の血の確保と傷は塞いだから安心して」

 

 私に聞こえるギリギリの声でシアは呟く。

 

 ああ、やっぱりそれほどの……。

 

 ぎゅっと手を握り締める私にシアはただ微笑む。

 それはそうと、先ほどからディアムがイズクの頬をぺちぺちと叩いている。

 

 当然それで何か変わるわけではない。

 

「あ、眠ってるのは本当。体力使い果たしちゃったみたい。血が足りないからとかじゃなくてね」

 

 つまり落下した直後そのまま眠りに落ちたってこと、になるのだろうか。

 半信半疑でイズクの様子を見ていると、ディアムがイズクの耳元に口を近づけ、口を開いて何か語り掛けたように見えた。

 音が小さすぎるのか元々話していないのか獣人の私でも全く聞き取れなかった。

 それでもイズクは聞き取れたのだろう。

 

「………!?今なばばっばばばばば!?」

 

 目を見開き飛び起き、ディアムが構えていた棒に触れて感電する。

 イズクはそのままくたっと再び白狼のお腹に倒れこみ、白狼に凄い嫌そうな顔をされる。

 

「……あのさ、意識を失ってた怪我人にいきなり電流って酷くない?何?その程度であたしは死なない?それはそうだけども……」

 

 イズクのその言葉の後ディアムがとてもいい笑顔を浮かべる。

 当然目は笑っていない。

 イズクは自分が置かれた状況を理解したのか、表情を引きつらせる。

 

「いや!確かに今回は完全に私が悪かったって!言うこと聞かずに罠踏み抜いて、そんでこの有様だもの!許して!うぇ?私の作った刀を壊して、アズリエナまで巻き込んどいてそれだけで済ませる気って?えそれはその、えっとちょっ、まって体力がやばいのは本当だからポーチから道具取り出そうとしないで!」

 

 私はその様子を見て足から崩れ落ちる。

 どうやら緊迫感がなくなったせいで今更怖くなってきたみたい。

 

「ね?」

 

 小首を傾げながらシアがそっと手を差し出してくる。

 

「……ふ、ふふふ、シアには敵いません」

 

 私はシアの好意に甘えてその手を握り、イズクとディアムのじゃれあいを見ながらしばらくへたり込んでいるのだった。

 

 

 

「あー…………ひどい目に遭った…………」

 

 イズクがげっそりとした顔で呟くと、ディアムがちらりと視線をイズクに向ける。

 また何か変なことをしないか警戒しているのだろう。

 私たちはダンジョンから脱出するように足を進めていた。

 

 白狼達が私たちを先導して道を進ませてくれている。

 天使の話をシアにすると、こっそり私に今回の白狼の異変はその天使によるものと教えてくれた。

 ダンジョンというのだから他にお宝などもあるという話だったが、それを狙っているわけではなかったので今に至る、ということだった。

 

「それにしても、あ、今更なんだけど、結界無くなってるのね」

「ああ、それは多分これを私が使ったからかと思います」

 

 すっかり忘れていたが、ポーチから魔道具を取り出す。

 中にはあの時の光の剣のミニチュアが入っているが、それ以外はどう見ても香炉。

 

「……なにこれ」

 

 歩きながらではあるが、ディアムとイズクが覗き込むように近くに来る。

 

「魔道具、らしいです。結界張ったり、引っ込めたりできるみたいで」

「ああ、ディアムの道具の上位互換ね。なるほどじゃあ納得」

 

 思ったよりも早く身を引いたのに驚くと、イズクは明るく笑いながら。

 

「あたしのこの刀も魔道具らしいんだけど、結局使えるか使えないかだし正直理屈なんて分からないしね。どうでもいいし。どういうものかさえ分かればそれであたしは充分……なんだけど」

 

 イズクは頬をポリポリと掻きながら、ディアムに視線を向ける。

 私もそれに合わせてディアムを見ると、とても輝くような目で私の持っている魔道具をいろんな角度から見つめている。

 

「ディアムはこういうものに目がなくてね……何せ似た道具を自分で作っちゃうぐらいだし。悪いけど貸してあげてくれると嬉しいかな」

「あ、その前に。シア、これで合ってますか?」

「ええ。……あら?………ふふふ、なるほどね。ありがとう」

 

 シアは私の手の中の魔道具を受け取ると、少し驚いた後、そのまますぐに私に返してくれた。

 何となく含みがあったような、そうじゃないような……

 

 ……後でどういうことか聞いてみよう。

 私がディアムにそのまま渡すと、カチカチと針のようなもので表面を叩きながら歩きだす。

 

 危なくないのかな……?

 私の心配は無用だったようで。

 

「ああ、そうなったディアムは道具を全力で駆使して安全を確保するから、むしろ近づかないほうがいいよ。痛い目見るから」

「そうなんですか?」

「そうそう、ってそんなことをするのはあたしに対してだけ?!え、酷くない!?」

 

 ディアムが一瞬だけイラっとしたような表情と目線をイズクに向け、狼狽するイズク。

 それがきっかけとなり、イズクが罠を踏み抜きかけ。

 ディアムのポーチから金属の龍みたいなものが飛び出しイズクを壁に叩きつける。

 

「ぎゃふ!?」

 

 罠こそ踏まなかったが、そこそこ当たり所が悪かったのかお腹を押さえて蹲るイズク。

 

「あの、罠を踏みそうだからってそれは手荒すぎるんじゃ……?」

 

 私の言葉にディアムは不思議そうにこちらを窺うように見てくる。

 そんな不思議、みたいな顔されても……。

 

「大丈夫だよ、アズリエナ。むしろだいぶ加減されてたし。普段だったら壁にめり込むぐらいの勢いだもの」

 

 ふらふらと立ち上がるイズクにポンと頭を撫でられ、咄嗟に身を引いてしまう。

 

「え、あ。ごめん。嫌だった?」

「いや、そのそういうわけではないんですけど……」

 

 どぎまぎしていると、ぐいとシアに腕をとられる。

 

「今後アズに対してのアプローチは私を通してね。危ないから」

「そこまで!?え、私は歩く危険物かなにかなの!?」

「少しは自覚あるみたいね。ディアムもそう思うって感じだし」

「ちょっ、え、ディアムまで!?」

 

 ローヴが呆れた表情を浮かべて前方からこちらを見ていた気がした。

 

「あの、それよりローヴや他の白狼達が困ってるので、先に進んでしまいませんか?」

「そうだね」

「ちょっと、あたしの弁明は!?」

「後ででいいでしょ?」

 

 そうして難なく入り口に辿り着くころにはディアムが解析を終えたらしく、ほくほく顔で私に魔道具を返してきた。

 

 

 

 入り口から出るともう既に外は暗くなり始めていた。

 

「っ!」

 

 イズクがざっと、私たちの前に躍り出る。

 

 目の前には朝見かけた白狼――ビエリが座って待ち構えていた。

 

 案内してくれていた白狼達が向こうに移動していくのを見て、イズクは警戒を緩めていく。

 

「私たちが様子見てるから二人は拠点に荷物纏めてくれる?」

「え、いいの?というか二人で大丈夫?」

「アズに白狼が懐いてたでしょ?だから問題ない筈」

「うーん、ま、それもそっか。分かった。でも何かあったら呼んで。飛んでくから」

 

 そう言ってイズクとディアムは拠点へと移動していく。

 ビエリはそれを脇目で見ながら落ち着いた様子で事も無げに話始める。

 

『どうやら事は滞り無く済んだ様だな』

『ま、仕上げこそ残っているけど、そうなるかな』

『それでこちらとしては十分すぎる。また借りを作ってしまったな』

『いいの、別に。今回は私は特に何もしてないしね。殆どアズがやってくれたから』

 

 シアの言葉に合わせてローヴが小さく吠える。

 

『そうか。いや、妙に懐いておると思ったが。此度は我が子孫たちが迷惑をかけたであろう。そなたの献身には頭が上がらぬ』

『いえ、そんなことは!むしろ助けて貰ってばかりで』

 

 ビエリは私の言葉にすっと目を細めて。

 

『謙遜はいい。そなたが居なければこやつら……長に名を付けてくれたのだな。ローヴ、か。中々に良き名だ。ローヴを筆頭とした群れは全滅してたであろう。好き好んでエレスティーノの下にいるだけはある』

『そんな私の下にいるのが罰みたいないい方しなくてもいいんじゃないの?』

『事実であろう?其方の本質はそも尋常な者が耐えられるほどのモノではないのだからな。我とて共に暮らすとなれば発狂しかねん』

『え、シアってそんなにやばかったんですか!?』

 

 会話の流れに思わず飛びついて聞いてしまう。

 私個人としてはビエリと一緒に暮らすと考えるほうが気が気じゃないのだけれど。

 シアは不貞腐れたような表情で、しかし反論も説明もしなかった。

 

『……まあ、今のエレスティーノしか見てないのならば、それもさもありなんと言うところ。それよりも、我としてはこんな短期間で精霊言語を使いこなす其方の素質に驚きを隠せぬ。いくら精霊に好かれており、ここまで慕われていたとしてもそうはならぬであろう』

『えっと、必死だったからとしか……』

『必死にやればどうにかなるというものではないのだ。特に魔法、精霊、そういった自己の肉体のみに頼らぬモノに関してはな。……エレスティーノ。失礼だが何か目を盗み改造などしておらぬよな?』

『私が態々そんなことすると思う?』

『であろうなぁ……魔法が使えるものならまだしも、使えずにこれとは、いやはや長く生きると不思議なモノばかり見る錯覚に陥るわ』

 

 ビエリはあからさまにやれやれといった様子で首を振る。

 

 ……なんだろう、凄い複雑な気分。

 

 珍妙なものを見る目で見られているからだろうか。

 それを察したのかシアが話題を変えるように。

 

『で、ビエリ。貴方たちはどうするの?』

『何、いつもと変わらぬよ。……生憎このような事態にすぐに何か渡せるほどのモノは無い。知識とてエレスティーノで十分であろう。……希望があるなら聞きたいぐらいだ』

『私は別に何もいらないけど……そうね。アズ、貴女はどう?』

『ええ、とじゃあ、一つだけ。ビエリ、さん?貴方のことを知りたいです』

 

 私の言葉に目を丸くするビエリ。

 

 ……まあ大きな白狼なのでそう見えたような気がした程度だけれど。

 

 数秒の沈黙の後。

 ビエリは大きく白い息を吐き出す。

 呆れられたと私が勘違いしかけたところで。

 

『大変気に入った。我のことだな?よい。だがいかんせん話せることが多くてな。時間をかけざるを得ない。故にこの場では自己紹介程度で留めておこう。あとは、……ローヴ』

 

 ビエリの言葉と同時に私の目の前まで歩み出るローヴ。

 そしてそのまま座り私と同じ目線になる。

 

『其方がよいのであれば、こ奴を其方との橋渡しとしよう。エレスティーノ程とは言わぬが、ここまでの往復路を快適に行き来してくれるだろう』

『とても有難いのですが、いいんですか?』

『良い。そもローヴの申し出であり、其方がよければそれでよしな話だ。気を遣うことはあるまい』

『…………分かりました。ローヴ、よろしくお願いします』

 

 私の言葉に低く唸りローヴがビエリの元まで戻っていく。

 

『さて、自己紹介としよう。我が名はビエリ。白狼の中では生ける伝説として名が知れ渡っておる。この名はエレスティーノが我に付けた名だ。聖戦も経験しておる。我のような者は世界各地にぽつりぽつりと残っておるな。向こうが会おうとしない限り其方では遭遇もままならぬだろう。それはさておき、だ。ふむ……』

 

 ビエリはそこで一旦区切り、私を見つめた後に再び口を開く。

 

『我のことを、とも思ったが、其方、白狼のこともさほど詳しくはなかろう。今日はそちらを優先しよう。白狼は狼の一種、というのは知っておろうが、別に寒い地域限定の生物ではない。ただ周囲の環境が適しているのがこのような寒い地方というだけである。肉食である故、群れを作り狩をするのが基本だな。狩の対象は人とて例外ではないが、それは仕方あるまい。ただの自然の闘争であるからな。そこは分かってくれるな?』

『……まあ、はい。それはそうですね』

『とはいえ、白狼とて恩人を食べるほど礼儀知らずではない。そこまで警戒せずともよい。何よりエレスティーノの怒りは買いとうないしな。で、だ。少し変わっているところは夜行性のモノとそうでないモノがおるということであろうな。正確には昼間の狩りを得意とするものと、夜間の狩りを得意とするものというだけではあるが、そこはよい。今回問題となったのは洞窟に住む夜間の狩りを得意とするものである。恐らくローヴの群れを除いた殆どが全滅してしまったのあろう?』

 

 ビエリの言葉に低く唸り返して少し不満げに高く吠えるローヴ。

 

『ふむ……手傷こそ負わせたものの、倒れたものは割と少ない故、個体数は大きく減少とまでは至っていない、か。我や天使が食い潰してしまった個体数を考えれば痛手ではあるがこれならばなんとかなる、かのう……。いや、独り言だすまぬ。要は同じ仲間とて一様ではない。それが顕著というだけだな』

 

 私が黙って真剣に聞いていると、シアが脇から口を挟んでくる。

 

『ま、どの生物でもいえることだけどね。そういうのは』

『然り。……ところでエレスティーノよ。こういうことはあまり慣れていなくてな。何を説明したらよいか少し困るのだが』

『貴方たちにとって当たり前のことだものね……それに意識することもこの辺じゃ殆どないだろうし。ビエリ自身の過去を語るのはそんなに難しくないだろうけど、うーん、ねえアズ、何か特にこれはって感じで聞きたいことある?』

『えっと、巨大化とかそういう話は……』

 

 巨大化した動物が大人しいことが多い傾向ぐらいは知っているけど、どうして起きるかまでは全く聞いたことがなかった。

 この国の中でそういうのが増えているっていうのも少し気になる点。

 

『ああ、それならば容易だ。幾つかそうなる要因があるが、我に関しては至極簡単な話、寿命を超えての生存、それに尽きる。才能と運、そして偶然が重なればなるというやつよ』

 

 思ったより説明が単純で拍子抜けする。

 そんな私の様子を見てビエリは言葉を続ける。

 

『とはいえ、だ。理由は簡単でもこのタイプは実際に起きることはそうそうあるまい。寿命を超えての生存なぞそう易々と出来るものではないからな。更に巨大化するかどうかもまた個体差がある。一例を挙げれば人はそうならぬようだ。……要因自体を網羅してほしそうな目で見られても我も全部は知らぬ。エレスティーノに聞いてくれ』

『ビエリは相変わらずね。知ろうとしなかったのかしら』

『我は其方ほど自由には動けぬのでな』

『あら、さっきは不自由と私を称していたのは誰かしら』

『動くだけならいくらでもできるであろう、其方は』

『まあね。じゃ代わりに。巨大化は基本、外的要因に依るものよ。逆に言えばビエリのような内的要因によって引き起こされるものの方が稀ってこと』

『え……ということは――』

 

 今の話が本当なら誰かが巨大化を引き起こしているということ。

 イズクの話からすればそれが人を襲わせてることに関係していることになるのだけれど。

 私の表情から察したのか、シアは私の言葉を遮り話し始める。

 

『うーん、そこまでいくと話が飛躍しすぎかな。外的要因は天候や精霊も含んだものだから。例えばそう。精霊に好かれて、精霊から提供された魔力を多量に取り込み肉体の再構築を行えば巨大化するのもありうるしね。割と巨大化自体は珍しいものじゃないし。一番簡単なのはただ本当に成長しすぎただけってやつだしね』

『そうなんですね。じゃあ深刻ってわけじゃないんですね』

『ま、その部分だけ切り取ればね。船で見せたピラサみたいな例もあるから気をつけるに越したことはないけどね』

『そういう意味でも各地の巨大化したモノが人を襲っているというのは我も気にはなるところでな。基本争いを好まなくなるのだが……やはり何かあるな』

『ええ。まあでもとりあえずは様子見するのが得策ね。絡んで貴方までああなってしまうのは心苦しいから』

『あまり心がこもっておらぬではないか其方は……まあよい。日も暮れてきておろう、我もここらで引かせてもらう。よいか?』

『はい、ありがとうございました』

 

 私とシアが軽く頭を下げると、ビエリとローヴ達はさっと起き上がり森へと駆けて行った。



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英雄の所感

 あたしとディアムはシアとアズリエナに白狼の相手を任せて、雪の小屋に入り荷物を整理していた。

 

「それでディアムはあれをどう思う?」

 

 あたしの言葉に首を傾げるディアム。

 長いこと付き合っているからそれなりに言いたいことが分かる。

 多分どのこと、といったところだろう。

 

「今回のダンジョンのことだけどさ。白狼しか見かけてないっておかしくない?」

 

 普通ダンジョンというのは生態系のように絶妙な個体数のバランスが成り立っていることが多い。

 当然怪物などと呼ばれるような強い個体もいるが、本来は弱い野生動物なども潜り込むことが多々ある。

 故に通常であれば一個体のみしか存在しないダンジョンなど構造的にあり得ないはずだった。

 ディアムもそのことに気づいていたのか、やけに真剣な表情で身振り手振りし始める。

 

「やっぱり今回の討伐命令は何かおかしい、ってところ?うーん、そうなのかな……?あたしにはそういうのさっぱりわからないけど、ディアムがそう言うならそうなのかもしれないね。天使なんて言う訳分からないやつまでいたわけだし」

 

 あたしが深く考えたところであんまりよく分からないけど、白狼討伐、というのは今回の段階からは少し変なように感じた。

 それも確か依頼は『死』のみ。

 余程の相手だからかと思ったが、あの大きな白狼からは敵意こそあれど全くと言って私達に対して殺気を放ってはいなかった。

 

 そもそも人に害をなしているようにも見えなかったのもそれに拍車をかけている。

 そういう点ではあの二人も不思議な雰囲気だった。

 

「ま、それはさておきシアとアズリエナは大丈夫だと思う?」

 

 私の言葉にディアムは強く頷く。

 あたしはディアムの瞳をよく見て意図を読み取る。

 

「えっと、シアは気にしなくていいほど強いから大丈夫だろう、って?まあ、だよねぇ……あの人に勝てるイメージ湧かないし。あと、あたしの勘だけどアズリエナって多分獣人だよね?」

 

 ちょくちょく何か違和感を感じて不思議に思っていたけれど、今回のダンジョン内での動きを見てそう感じた。

 なにより白狼がまるでアズリエナに従っているみたいに動くものだから、多分そう。

 人の中には獣使いもいるけれど、そういった感じではなかったし。

 

 ……だとしても普通の獣人は動物と会話なんてできないけど。

 

 獣人だとしてもあたしたちが何か対応が変わったりというのはするつもりさえない。

 というか、あんなにいい子を手にかけるとか命令であっても御免被る。

 ディアムが少し驚いたようにあたしを見つめなおす。

 

「え?ああ、全部あたしの勘だから。全くと言って根拠なんてないけど。そ、れ、よ、り」

 

 あたしがずいっとディアムに顔を近づけると嫌そうに頭を押さえつけられ、ディアムはそのままため息を吐いてそっぽを向く。

 

「あたしが倒れてた時のディアムの声もう一度――」

 

 あたしはディアムの手元をみて口を噤む。

 

「ちょっ、分かった、分かったからポーチから何か出そうとしないで!?」

 

 ちょっと頬に朱が入ったディアムを止めるのに必死になっていると入り口の方から足音が聞こえてきた。

 

「シアにアズリエナ。大丈夫だった?」

 

 あたしの言葉に流れる水のような輝きを持った金髪の女性が答える。

 

「大丈夫だから戻ってきてるんでしょ?」

「そりゃそうだけど」

 

 少し、いやそこそこ不機嫌そうに返されため息を思わず吐く。

 どうもシアと話していると気分がおかしくなる。

 力の底が見えてるはずなのに見えていないような。

 立ち振る舞いや戦い方を見てもさして私と大差ない様に見えてしまっている、

 

 どう考えても苦戦はするけど勝てないほどの相手ではないと、そう思うのに絶対に勝てるイメージが湧かない。

 それがとても不気味であたしとしてはついそれが不快感として表に出てしまう。

 

 あたしがシアの顔を直視できずに目をそらすと、その後ろから女性、というには少し幼さが各所に残った少女があたし達を見ていた。

 

「えっと、ありがとうございます」

「別に当然のことでしょ?無事じゃなかったらあたしたちが何とかしなきゃいけなくなるんだから」

「それでもです」

 

 頭を下げながらそう言うアズリエナにあたしは破顔する。

 しっかりと礼を言える子を今まで見てこなかったかと言えばそう言う訳でもないのだが、アズリエナに関しては何か違う安心感というかそういったものを感じる。

 

 多分第六感に近いんだろうけど。

 ただのいい子、に収めるには少し違う何かを持ってる。

 

「で、日は暮れてるし今日の所はここで一晩過ごす?せっかく建てたはいいけど一日も使わないっていうのはそれはそれで勿体ないし」

 

 あたしの視線を知ってか知らずか、シアが口を挟んでくる。

 ディアムが頷いているし、あたし自身異議はない。

 

 無いのだが……。

 

「それなら荷物纏めるの後でも良かっいてっ!?何するのディアム?!」

 

 急に後頭部を叩かれつんのめる。

 ディアムの目からは怒りの感情と……

 

「えっと……すぐに動けるように荷物をまとめておくのは野営の基本?いや、それはそうだけど……でも明日でよくない?それこそあたしとか気配に敏感だし……」

 

 と自分で言ってふと思い出す。

 そういえば天使なんかが居たと。

 

「……うん、ごめん、ディアム。確かにうっかりしてた」

 

 あたしがあがいても勝てないような相手がいたんだから警戒するに越したことはない。

 あたしの言葉を聞いてディアムは息を吐き微笑む。

 

 ――この顔が溜まらないんだよね。

 

 滅多なことではあたしに対して笑ってくれないけど、これを見ると頑張れる気がするから不思議だ。

 なんて内心思っていると。

 

「それはそうとして、この後どうしますか?」

 

 アズリエナがおずおずといった様子で訪ねてくる。

 今から、ではなくて明日の話だろう。

 

「あたしたちは……うん、分かってる。王都に戻るわ。まあ川は渡らなきゃいけないから船から降りるまで、になると思う、かな?」

 

 ちらちらとディアムの表情を窺いながら慎重に答える。

 正直今日ほど道具を使われたことは数えるほどだし、もうこれ以上は貰いたくない。

 まあ全面的にあたしが覚えていないのが悪いんだけど。

 

 そう思ったところで大きくディアムからため息を吐き出されて戸惑ってしまう。

 アズリエナも少し苦笑い気味になり。

 

「分かりました。シア、えっと」

「夕飯でしょ?」

「あ」

 

 シアの言葉であたし自身空腹だということに気が付く。

 なんだかんだ朝からずっと何も口にする暇がなかったから当然と言えば当然だった。

 

 あたしが口をポカンと開けている間にシアがスタスタと移動し火をおこして料理を始める。

 今回は角度がいいからか何しているのか手元が見えた。

 あまりの手際の良さにあたしの目が追い付かない。

 

 料理できるわけじゃないけど。

 

 というか袖口からパンやら野菜やら取り出しているけど、どうなってるの、あれ?

 袂があるというわけでもないのに……。

 ディアムと同じように魔道具でしまっている感じ?

 いや、それにしては普通の服みたいだし……。

 

 ……うん、考えるだけ無駄かな。

 

「あ、そうだ、アズリエナ。ありがとうね」

「え、なんでですか?」

 

 きょとんとした表情で首を傾げるアズリエナ。

 

「何って、ダンジョンで。お礼言ってなかったでしょ?あそこでアズリエナが助けに入ってなければあたしは多分今頃死んでただろうから」

「そんな、私だってイズクさんが残ってくれなければここにいませんから」

 

 そんな風に言うアズリエナにあたしは首を振って答える。

 

「あんな格上のから逃げれた後に自分では敵わないのに戻ってくる、って判断は普通は出来ないから。そうやって生き延びている人は多いし。というか冒険者や傭兵は大抵そう行動するからね。英雄と呼ばれててもそこまでできるのはいくらいるのやらって感じだからね」

 

 あたしがちらりとディアムを見るとディアムは軽く微笑み、アズリエナの頭を撫で始める。

 それに少しアズリエナは驚いたようだったが、すぐに顔をほころばせる。

 

「ま、そういうわけだから礼の一つくらいは受け取ってくれないかな」

「そういうことなら、わかりました」

 

 照れくさそうにアズリエナが笑うのを見て、あたしは満足する。

 と同時になんとなく抱きしめて頭を撫でたくなって――

 

「はい、夕飯できたから」

 

 アズリエナに伸ばした手をぴしゃりとシアに叩かれて、思わず引っ込める。

 あたしがシアを半眼で睨むも飄々とした態度でシアは受け流しながら料理をテーブルに置いていく。

 

 ――いつの間にテーブルが出来ていたかは覚えてない。椅子は行く前に作ったけども。

 

「アズリエナに触れるときは?」

「ひっ……!わかってる、わかってるから!!」

 

 物凄い良い笑顔、多分遠くから見たら女神とか言われるレベルの表情なのに強烈な殺気を放っていて思わず悲鳴を上げそうになる。

 笑顔なのにあたしを怖がらせるほどの殺気ってどれほどよ!?

 

 隣でディアムがやれやれといった感じで首を振ってるけど、そういう問題じゃないよね!?

 ディアムがあたしの視線に応えることがないってことは――

 

 そういう問題……なのかぁ……

 

 あたしはしょんぼりとしたまま口にスープと鳥のステーキを運ぶ。

 

 あ、美味しい。



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動き出す者

 夜。

 しんしんと雪が降り積もり始め、寝静まった頃。

 常闇のダンジョンの前に女神のような風貌の女性が立っていた。

 

「また、面倒くさいことしてる、か」

 

 事も無げ、どうでもいいような、それでいてとても面倒そうに顔を歪める彼女は、軽く手を振るい、パンパンと手を叩く。

 そしてつまらなさそうにため息を吐き出して袖口から香炉を取り出す。

 彼女が軽く言葉を紡ぐと香炉から光る糸のようなものが吐き出され空へ向かって伸びていく。

 

「うん、まあ今回はこんなところかな。……しかし全く何してくれてるんだか」

 

 光の糸が吐き出されきった後、彼女は軽く周囲を見渡すように首を傾げる。

 

「そう。まあそれだけかな。後でグレイに文句言わなきゃ。うちの子に何してくれてるんだって。いい加減こっち頼らずにやってほしいけど。それはそれとして。アズには何かご褒美でもいいかな。ここまで上手くしてくれるとは思わなかったし」

 

 ころころと表情を変えながら彼女は音もなく雪の建物に戻っていった。

 

 

 

「首尾は」

「想定外が一つありましたが抜かりなく」

 

 光の差さない部屋の中、部屋に座する老獪そうな男に青年は跪き答える。

 

「……奴か」

「左様でございます」

 

 苦々しく呟く男に青年は頷くものの、その額には冷や汗が浮かんでいる。

 

「奴ならば慎重にならざるおえぬ、か。仕方あるまい。……ふむ」

 

 男は少し考える様子を見せ。

 

「ならば幾つか追加で手を打っておくべきだろうな。下がっていい。追って次の指示を出す」

「はっ」

 

 男のその言葉にさっと青年は退室する。

 

「……他の者にも周知せねばならぬか」

 

 その言葉にはありありと苦々しさが浮かんでいる。

 

「『審判者(ディエティティス)』が舞い降りた、と」

 

 

 

 イルジオネ国王城。 

 そこは豪華絢爛、とまではいかないものの多くの財がつぎ込まれ、見るものを引き付けてやまない程度には華美を極めていた。

 その一室にて王冠を被り幾つかの宝石を散りばめた高級そうな毛皮の服に包まれた初老の男、イルジオネ国王が尋ねる。

 

「其方の判断が間違いである、とは言わぬがあ奴らに任せて良かったのだろうか。そもそも今やるべき事であっただろうか」

「陛下。何も心配なさることはございません。と申し上げましてもお気になさるでしょうから、僭越ながらご説明させていただきたく」

 

 国王が相対するとしてはあまりにもみすぼらしい様相の男が恭しく口を開き、国王の顔色を窺うように見る。

 口元以外を覆われた仮面のせいでその視線の温度は分からない。

 鷹揚に国王が頷くと大げさに男は一礼し。

 

「では、まずあの二人の英雄に依頼命令した件に付きましては陛下が気になさることは何も。実力は折り紙付きでありましょう?それにあの者達は所以流浪の民。根無し草ですから仮に命を落としましても盛大に葬儀を執り行えば対外、内政ともに差しさわりなく。むしろ沸き立つものも居ましょうや。それにあの者達をよく思わぬ者も幾つか直に思いつくのでは?」

「それは、ふうむ……」

「その上、大変恵まれたことですが我が国においては他に触りの良い英雄が複数名おります故、大きく力が削がれることもまずありません」

「なるほど……そう言われれば確かにそうかもしれん。あの二人は少々横暴が過ぎるところがあるからのう」

「民草にとっては好ましくも国としては使いにくい、そういう者ですから。重用するには品も問われます。クチナシと横暴者では矢面に立たせられませんし、そもそも実力も英雄内では下位ですから」

 

 男の言葉に国王は口元を歪める。

 

「そういうことならばそうであるか。続けよ」

「では次いで今やるべきであったか、ですね。大型の獣、場合によっては魔獣、などと呼ばれるモノが各地に出ているという報告が入っています。その一角を担うものを見つけたため手を打った、ということになります」

「だとしてもあの辺境まで向かわせるとなるとコーデ国に睨まれかねなかっただろう?現段階では何も問題は発生してはいないが」

「だからこそです。この時期であればそしてあの人数ならば仮に偵察の者に見つかったところでせいぜい物好きな旅人か亡命者と思うでしょう。なればこそ依頼として弱みを見せることなく討伐を命令できる、といった次第であります。そして必要性は奴を討伐することで獣達の統率を乱し容易に他を仕留めるためです」

「……獣が獣を統率していた、だと?」

「はい。僭越ながら私が独自の研究機関に依頼して手に入れた信用できる情報です。そこにいる白狼の巨大種が背後について命令系統を築きあげ、人を襲うように指示している、と」

「何故早いうちに知らせなかった。それならば――」

「騎士団を動かすとなると隣国がうるさくなってしまいます故。それに辺境に主戦力を置くわけにもいきますまい。また示唆されていたものの研究機関が正確にこの情報を手に入れたのは先日。確証となるものお伝えすることもできず、かといって早いうちに手を打たねば大事になる、と」

「……そなたには何度も有事を助けられておる。この程度の事で目くじらは立てぬよ。今後もよろしく頼む。褒美は前に言っていたものでいいな?」

「はっ、有難き幸せ」

 

 仰々しく跪く男。

 見るものは居なかったがその様子は忠義を疑わせぬほどの姿、態度だったであろう。

 しかしその瞳は国王になど向いては居なかった。

 

 

 

「やれやれ、ようやくか?」

 

 グレイは室内から空を見上げながら呟く。

 部屋に入ってきたヴァイオレットがグレイの呟きに反応する。

 

「師匠?」

「ああ、ヴァイオレットか?課題は進めているかい?」

「いえ、その」

「まあ気長に頑張りな」

「そ、それよりも頼まれていた薬です」

 

 気まずそうに俯きながらヴァイオレットは懐から薬瓶を取り出す。

 

「確かに超回復薬と破邪薬だね。取っておき」

 

 グレイはヴァイオレットに深海のように青い硬貨――魔女、魔法使いのみで使える通貨であり通常の金貨相当――を五枚と、それに付け加え鈍色に輝く宝玉を手渡す。

 

「これは……?」

「必要になるときがくるだろうからねぇ……その時までにちゃんと覚えておきな。それよりもそろそろフォスとアズリエナが来るだろうからイージスと共にもてなす準備をしておきな」

 

 宝玉に目をとられていたヴァイオレットだったが、グレイのその言葉に頷き一礼して部屋を去る。

 

「ようやく動き出してくれるのかねぇ……全く……色々と制限があるってことは知ってるけども」

 

 やれやれと首を振りながらもグレイは窓の外でちらつく雪を眺めていた。



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帰還?

 夜が明けてからの帰り道はとても早かった。

 何事もなく森を抜け、川でまた船員さんたちにお世話になり。

 イズクさんが色々面倒ごとを起こしそうなところをディアムさんが止め。

 それを微笑ましそうにシアが眺め、サボるマルノを筆頭とした船員をサピスが怒り飛ばし。

 私は私で船員さんたちに引っ張りだこにされ目を白黒させて……。

 そんなこんなで行きとは違いピラサなどが襲ってくることもなく対岸の船着き場まで辿り着くことができた。

 

「それじゃあアタシたちとはここでお別れかな?」

「そうなります。……で、いいんですよね?シア?」

「ええ、私たちは一旦街まで戻るから」

 

 ディアムはそれを聞いて一礼をしてイズクを引っ張る。

 

「あっ、ちょっ、予定が遅れたからって引っ張ることないじゃない!?え!?これ以上ここに留まると余計なことをしかねないって?!どういう意味!?あああああ、分かったから!ポーチに手を伸ばすのは止めて!?」

 

 もう何度見たか分からない風景に私たちは苦笑いする。

 

「ちょっと!笑ってないでディアムをひっ!?分かったから、分かったから、ディアム、大人しくついていくから止めて!?」

 

 そうやって引きずられるようにディアムとイズクが去っていく。

 

「なんか嵐みたいな人でした……」

「まあ、そうね。裏表はないでしょうね、彼女たちは」

「シア?」

「ううん、ひとり言。気にしなくてもまた会えるわ」

 

 さらっと私が思っていることを読んでいくシア。

 私は苦笑いしながら街へと向けて歩き出し。

 

「あとはこのまま帰るんですよね?」

「ううん、どうせだしこのままグレイの所に寄ろうかなと思って。あ、街には行くから安心して」

 

 聞いて思わず足を止めて振り返る。

 

「二度手間って訳でもないし、別に近いとかそういった訳でもないけどね。まあ今回ばかりはこちらから早めに出向こうと思って」

「それってやっぱり今回の件ですか?」

「まあ、そういったところ?アズはまだ頭の片隅にでも置いておくだけでいいからね」

「そういうものですか?」

「ええ、アズじゃあ仮に首を突っ込もうモノなら肉片も残らないからね?そういう相手だから」

 

 私は天使と悪魔を思い出して全身の毛が逆立つのを感じる。

 

「そ。今回のやつらでさえ身体が恐れているでしょ?あまり脅すのもあれだけど、あれ最弱よ?下っ端も下っ端。だから今は考えなくていいから、ね?」

 

 シアは無邪気そうに笑いながら私の手を取り歩き出す。

 つられて軽くたたらを踏むが、私は足並みを揃えるように一歩踏み出す。

 ちらりと覗いたシアの横顔はとても楽しそうで嬉しそうだった。

 

 

 

「……へ?え、それって……え?大魔女様に謁見するということですか?」

 

 フィーは私の提案した言葉を理解できなかったようでぽかんとしたまま呟く。

 街までの道すがらシアにフィーのことを話して、どうせだから連れて行ってもいいのではと提案したのだった。

 シアは当人が良ければね、と頷いてくれて宿の一室で話を付けるために呼んで今に至る。

 

「えっと……そもそも大魔女様って本当にいらっしゃるのでしょうか……?ハングレイシア・パスビム様といえばもうかれこれ名前が出てから四千年以上経っているはずですし、魔女の中では伝説の存在ですよ?仮にいたとしてもそもそもこんな私みたいなちょっとだけ水魔法が使えるだけの木っ端魔女なんて相手にしてくれませんよ?」

 

 うん、まあそういう反応になるよね。

 年数も然り、内容も然り、現実とは思えないもの。

 

「大丈夫よ。今回は魔道具を見せに行くのを兼ねているから。『集会』も近々開かれるだろうしね。早めに行っておくに越したこともないでしょ」

「え……?」

「フィーさん、信じられないかもしれないですが、大魔女様は実在してて、実はお会いしたことがあるんです」

「へ………?」

「ま、色々面倒だし時間の関係上説明省くけど、アズがフィーに言いたいことは信じるかどうかは置いておいて付いてくる気はあるの、ってこと。どう?」

「あの、え!?いや、付いていけるなら付いていきたいですけど!でもそれは――」

「じゃあ決まりね。従業員の方々に挨拶してきた方がいいんじゃないかしら。明日の朝一には出るから」

「え、あ、はい!」

 

 何が何だかよく分かっていない様子だったが、フィーはシアの言葉を受けて跳び上がるように部屋から出ていく。

 

「………シア、面白がっていませんでした?」

「あ、分かった?どうせだし楽しい方がいいでしょ?」

 

 思わずため息を吐くと、階段を転げ落ちるような音と、多くの足音、そして騒がしい声が聞こえてきた。



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第一章終了時登場人物+その他

・主な登場人物

 

 アズリエナ(主人公) 年齢14

 傭兵として害獣討伐でキメラに遭遇、貴族を守るため殿を務めることとなり瀕死の重傷を負い森の中で意識を失う。

 傭兵と言っても実質は奴隷のようなもので、まともな食事などは与えられていなかった。

 両親は物心ついたときには居ないうえ、名前を持っていなかったためイコープラと呼ばれていた。

 獣人の中でも極めて人に近い容姿をしており違いと言えば狼の耳に尻尾があるくらい。

 体力や自己治癒力も高く、傭兵用に配布された両手剣を使用して己が身を守ってきた。

 狼の獣人であるため音や匂いには非常に敏感。

 性格は奴隷であったことを疑うぐらい明るく、そして落ち着きや慎重さも兼ね備えている。後者に関してはそうでなければ生き残れなかったという面が強いが。

 文字は読めなかったが、シアから教えてもらい、知識は同族に接した時にスポンジの如く吸収しているため、今では簡単なモノであれば読めなくはないし知識だけ見れば博識と言ってもいい。

 少々あどけなさが節々に残るが身体はしっかりと大人に近い。赤茶色の短髪で釣り目がちな目つきで、その瞳は紫がかった黒である。

 魔法を行使せず、そして魔力もあまりないけれど精霊に好かれている。

 

 装備

 小手:パヴァラから貰った小手。アズリエナは鉱石が散りばめられていると認識したが、実際は魔石や宝石であり、小手自体の金属含めて伝説級の代物。どう考えても店売りされているようなものではない。問題はサイズが小さく、また魔力を多大に内包しているため、魔力を所持している人間では反発、暴走してしまうためとてもではないが装備できない。それ故に呪いの小手などとも呼ばれていたがパヴァラは気づいていなかった。もはや魔道具の域。小手で寒さを感じなくなるのは効果の一つ。他にもさまざまな効果がある。

 シアお手製の服:ともに暮らすようになってからシアがアズリエナの為に創り上げた服。大体の服にはほぼ自己治癒能力を向上させる魔法陣が描かれている。細部は全て異なる魔法陣となっている。装着する部位によって追加で隠匿、隠蔽、収納など様々な魔法陣が刻まれている。素材も上質なもので多少の打撃や斬撃ならば通すことがない。伝説級とまではいかないものの、かなりの業物となっている。当人たちに自覚はない。

 両手剣:アズリエナ愛用の両手剣。傭兵として配布されたものを丁寧に使い続けていて刃こぼれもない。

 

『アプリピシア』 通称:シア 年齢:少なからず4000以上

 アズが害獣討伐で訪れた森の近くに特殊な空間を作り出しこっそりと住んでいる魔女。

 その正体は最強の通り名を持つ魔女であり、他にも複数の通り名を持っている模様。

 幼少期はフォスでありグレイとは同期に近い。

 アズリエナ見たシアはとてもマイペースでどこか抜けているような可愛らしい女性であるが、イズクからは美しくも底が見えない化け物認定されている。

 腰上まである金の髪と比較的スレンダーでバランスが整ったモデル体型、そして柔和な表情と相まって、森にて遠目で見かけた者は女神と勘違いするほど。基本白い布地に様々な色の糸で刺繍したローブやワンピースを着ているのも要因の一つだろう。

 精霊が常に集まっており後光が差しているように見えるのもそれに拍車をかけている。なお魔法でその後光は消せる模様。

 知識量も多く色々なことを手掛けているようで、アズリエナが聞いたことに対して寄り添うように教える。とはいえ教えるのはそこまで上手くないとシアは言うが、結果としてモノを習得していくのでその限りではない模様。

 性格は複雑怪奇で相手に合わせて変えているような節がある、が基本無邪気かつおっとりしているように見える。が、よく分からない真剣な表情を時折浮かべることがあるため不明。

 魔道具を作っていたりため込んでいたり天使や悪魔などとの繋がりがあるらしい。

 下級とはいえ悪魔を簡単にあしらえるほどの実力を持っている。

 

 ハングレイシア・パスビム 通称:グレイ 年齢:少なからず4000以上

 聖戦の頃からシアと付き合いがある魔女。大魔女様と呼ばれていて、ヴァイオレットとイージスの師匠でもある。

 シアと違い魔女らしい恰好をしており、腰下まで白銀の髪を伸ばしたグラマラスな容姿は確かに大魔女とふさわしい威厳を醸し出している。

 

 ヴァイオレット 年齢:16

 グレイの弟子の一人。プライドが高く出来ることに関しては自負が凄い。

 反面知らないことに関してはとことん吸収しようとする貪欲さを持つ。

 容姿は青紫の髪を肩下まで伸ばし、濃紫の瞳を持つ。全体的に成長途中の体格。

 

 イージス 年齢:13

 グレイの弟子の一人。ひねくれているけれど、その上で卑屈。

 イージスの名は伊達ではなく、破邪魔法を完全にコントロールしきっている。

 獅子の獣人であるが故に少々本能に従うところがある。

 その為ヴァイオレットに叱られることもしばしば。

 容姿は顔つきを除けば髪は長く茶色で、体格も比較的すらっとしていて女性にも見えなくは無い。少し成長の余地はあるが、もう成人男性並みの身長ではある。

 獣人の特徴としては耳と尾、そして腕と足の一部。

 

 フィー 年齢:25

 街で宿シファーヴンを営む若女将。従業員はいることには居るのだけれど、彼らも実は魔法使いや魔女。

 アズリエナたちが訪れたときこそトラブルまみれで人が足りていなかったけれど、実際はそこそこな人数居る。

 フィーは水の魔女で宿の花全て自身の魔法で水を供給している。

 外側が質素なのはその維持を行うためにはどうしても人目に付かない必要があるとから。

 そのせいで人の入りは常に赤字と黒字の際であり、少々怪しいところがある。

 魔女としての資質はあまり無い方だけれど、優しく、他人を労わるところから人々に好かれている。

 容姿は赤毛の少しうねりがかった長髪で、青の瞳。基本スレンダーなのだが出るべきところはしっかりと出ている。

 

 イズク 年齢:22

 切ったときに自分を吹き飛ばす刀と鋭い刀の二刀流の女性。英雄の一人でディアムと組んでいる。

 武術こそ一線を画すが非常にポンコツ。罠は踏み抜くわ、道に迷うわ、早とちりするわ、たまに人の話は聞き逃すわetc,etc……。ディアムと組んでようやく普通の人のように振舞える。というのもそういったへまを嫌々ながら全てカバーしてくれるから。

 特段頭が悪いわけではないのだけれども面倒くさくなるとすぐに思考を放棄する。

 容姿は茶の短髪で淡い金色の瞳。痩身ながらも筋はしっかりしているため見た目以上の力をふるう。全身に浅い切り傷みたいな跡があるが、一つも戦闘による傷ではない。

 服装は動きやすいようなるべく身体にフィットするものを選ぶが、装飾はそこそこあるので、割と身体のラインは分からない。

 

 装備

 反射の刀:魔道具の一つ、物を切ることは出来ないが、物を切りつけることによってその反動で持っている人物が吹っ飛ぶ。刃が本体で、ディアムお手製の柄が付いている分には誰でも扱えるが、抜き身では効果が強すぎる為持ち手を大いに傷つける。常人ならば一分も持たないで肉体が崩壊する。ほぼイズク専用装備。

 

 ディアム 年齢:15

 トレジャーハンターでイズクと組んでいる。というか放っておけなくて付き添っている少女。フォロー能力が凄まじいが、イズクのあまりのポンコツさに、とんとんと言ったところ。

 表情は豊かだが一切言葉を使って話をしない。なお、イズクのフォローはとても嫌そうな顔をする。

 自作の道具を多数使う戦闘方法なため、複数のポーチを腰回りに身に着けている。身長もアズの肩ぐらいの小柄な少女。黒髪長髪を後ろでシニョンにしている。前髪はうっとおしいのかヘアバンドで止めておでこを出している。釣り目でもたれ目でもないが、瞳の淡い黒に対して瞳孔がとても黒く、そこは光を反射しないほど。その瞳孔のお陰で罠を察知しやすい。厳密には魔力が見えているのだが、魔法使いでないため自覚はない。当然人も分かるし、魔力量で見極めることもできる。

 なお魔法使いに関しては無関心、ないし容認よりである。獣人に対しても特に何とも思わない。話ができたり、ちゃんとディアムと付き合えば気にしない。

 英雄の一人ではあるらしい。

 

 装備

 ポーチ:ディアム作成の道具保管ポーチ。異次元収納の魔道具を元に創り上げられた特性の鞄。ディアム作成の様々な道具を保管してあり、ディアムであれば瞬時に欲しいものを取り出せる。作成素材が非常に貴重なので自分用のみ。なお効果は異次元収納には劣るため積載量に上限がある。重さは感じない。

 

 

 パヴァラ 年齢:35

 シフアーヴンが経営されている街の北の川で船員をやっている一般人、のはず。

 危険なことが割と好きな中年男性。割と旅行も好きで、各地を回っていたりする。

 当然魔物や怪物相手だと手に余るが、凶暴な野生動物ぐらいならなんとかできるので、相当の訓練を積んでいるに違いない。たぶん。どうやら冬場だけ船員として仕事をしている模様。

 

 サピス 年齢:37

 パヴァラの上司で船長を務める。情に厚く、また的確な判断ができる人徳者だが、

 自分の年齢や、若さなどをネタに話始めるとブチ切れる。特殊な場所で船長やってるだけあって、割と変わり者。

 見た目が男に近いことも少し気にしている。が、実は船員の皆からは同僚としてもかなり好かれていて中には異性として見ている者もいるらしいが、当人は気づいている様子はない。なお同性からそこそこもてる。

 裏社会に通じているためそこそこの汚れ仕事を請け負うことも。

 

 マルノ 年齢:27

 パヴァラの同僚の女性。サピスのことがそこそこ好きだがサピスにそういう気がなさそうなので何か言うことは無く見守る。ただし無駄口は叩きまくる故よくサピスに怒られている。

 割とそれがご褒美になっていたりする。無骨なしゃべり方をするが、想像に反して繊細な行動をする。口以外は。割と華奢。

 

 ビエリ 年齢:少なくとも4000以上

 ティマのダンジョン周辺を住家としている巨大な白狼。

 体長はおおよそ一軒家と同じくらい、もしくはそれより一回り小さいかぐらいの高さ。横幅だけでゆうに10メートルは在る。

 精霊言語を使える能力を持ち、状況が整えばそこいらの強い英雄とも渡り合えるぐらいの力は示せる。

 シアとは聖戦のころから知り合いであり、たまにシアが一人で近くを通りかかると、会話するくらいには仲がいい。とはいえシアの立場を理解しているため、人と共に討伐しに来ることも想定している。その場合勝てないことを承知の上で徹底抗戦するつもりらしい。

 寿命もあるが、まだしばらく先である。

 他の白狼に指示をだして色々したりしている。結構苦労人。人じゃないから苦労狼。

 シアのことをエレスティーノと呼ぶ。

 

 ローヴ

 アズリエナが助けた白狼。ビエリを除いたときに白狼の中で長を務めている模様。

 仲間思いで頭が回る賢い白狼。なおイズクのことはあまり好きではない様子。

 

・凶暴な野生動物、モンスターなど

 

 スノーラ

 鷲と鷹が混じったような見た目の肉食鳥。地上または川の中に住む動物を狙い捕食する。

 急降下して切り裂いてくるその爪や嘴は薄い金属ぐらいならば容易に切り裂いてしまう。

 生息地は山付近であればより出やすい。寒さに強いため冬でも気が付くと出てくることも。ほかの鳥に比べて強い。

 

 ガレファリ

 カモメとカラスが混じったような肉食鳥。主に川の中に住む動物を狙い捕食するが、船の上の動物も見境なく狙う。集団で一体の動物に群がり肉をついばむ方法をとるため、決して一人で何とかしようとしないことがもっとも襲われた際に生存率を上げる。

 水辺にすむため、その付近では年中警戒が必要となるため、害鳥として認定されることが多い。個々の強さはそれほどでもない。

 

 ピラサ

 鮭とピラニアが混じったような性質の肉食魚。陸地でも短時間なら呼吸可能で、ヒレを上手く使い砲台のごとく飛んでくる。

 当然それと同時にかみつきも行ってきて、多少の金属板ぐらい凹ませ削るのは容易。

冬場は群れて川の上を通るものを見境なく襲う。

 スノーラやガレファリと争うこともしばしば。大抵痛み分けで終わる。

 冬場は寒い地域の川上に生息し、それ以外の季節は割とどこにでもいる。

 冬場においては川上に近づかないことが安全への第一歩。



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第二章
魔女宅訪問


「ここが大魔女様の………?」

 

 ここまで辿り着くのに数日は経っている。

 シアがフィーに配慮した形なのか、シアの都合なのかは分からないが。

 そのフィーが信じられないような物を見たという表情で建物を見上げている。

 

 その気持ちはすごく分かる。

 シアの家は質素すぎて違和感がありすぎるけれど、今目の前にある建物、もとい宮殿のような何かは流石に予想外だろう。

 当然のように結界で隠匿されていたのは驚かないし、近くに来るまで建物の存在感も感じなかったのも今更だからいい。

 

 ただ一つ言えることとするならば――

 

「魔女とかそういう次元の建物……?これ……」

 

 透き通るような水晶の見た目をして、しかし内部は一切見えないという建材が分からない代物、そして柱一つとっても芸術品かのごとく綺麗にカッティングされている。

 そんな想像を絶するものを目の前にして茫然としている私とフィーをシアが苦笑いして見ていると、入り口らしき門が開き、中からヴァイオレットとイージスが出てきて一礼する。

 

「ようこそおいで下さいました。大魔女様とアズリエナ……と……そちらは?」

「魔女フィーよ。街であったからついでに連れてきたの。どうせ『集会』そろそろ開くんでしょ?だったら今連れてきていても問題ないでしょ?」

「大魔女様がおっしゃるのであれば私が異論も何もありませんが……師匠に聞いてもよろしいでしょうか?」

「ええ」

「イージス、頼んだからね」

「……義姉さんは人使いが荒い」

「何か言ったかしら?」

「いや……何も」

 

 ヴァイオレットがぎろりと睨みを利かすとイージスは肩を竦めて宮殿の中に小走りで戻っていく。

 相変わらずであり、微笑ましくもあり。

 つい笑みがこぼれると、ヴァイオレットはため息を吐く。

 

「全く……失礼しました」

「いいのよ、別にそこまで畏まらなくても。私はただ辺境で自由気ままに過ごしているだけだもの」

「そう言われましても師匠のご友人ですし……」

「気持ちは分からなくもないけどね。グレイは割と厳しいし。でもまあ私は敬語使われるより自然に振舞ってくれる方が気が休まるかな。別に立場的に特段偉いって訳でもないしね」

「は、はあ……そうですか」

「そそ。まあそれが辛いって言うならそのままでもいいけどね」

 

 シアはヴァイオレットにウィンクすると私の腕をつかんで前に引っ張り出す。

 

「ま、そういうわけで私はささっとグレイに会ってくるから。あとよろしくね?」

 

 シアはそれだけ言うとすたすたと宮殿の中へと歩いていく。

 相変わらず自由だな、なんて思いながらその背をぼーっと眺めていると。

 

「本当に自由な人たちなのね……はぁ……アズリエナ、あらためてようこそ。私の管理下というわけじゃないけど建物の中を案内するわ。フィーさん、でしたっけ。一応貴女自身からもどういう関係か教えて貰ってもいいかしら?」

 

 ヴァイオレットの刺すような視線にフィーは息をのみ、少したじろいで一歩下がる。

 しゃべろうとしているのか口をパクパクとさせているもののヒューヒューという音しか出ていない。

 なんかヴァイオレットがフィーをいじめているみたいに見える。

 フィーの方が背が高いし、大人なはずなんだけど。

 

「ふぅん……まあ、いいわ。悪意はなさそうだし……で、アズリエナ、この人は何?魔力はそこそこだし、形跡から魔女ではあるんだろうけど」

「えっと、知り合い……?」

「何故疑問形なのよ……まあ、アズリエナの知り合いって言うなら確かにそうなのかもね。なんとなく雰囲気は似ているもの」

「そう……なのかな?」

「まあ、雰囲気だけね。というか大丈夫なの?なんか呼吸できなくなってきてるみたいだけど」

 

 振り返るとちょうどフィーが身体を震わせて、足から崩れ落ちるところだった。

 

「あ!」

「きゅぅ………」

 

 さっとフィーの後ろに回り込み背を支えるとフィーはぐったりと寄りかかって……うん、気絶してる。

 どうしたものかとヴァイオレットに視線を送ると。

 

「………………応接間まで案内するから、背負うなら抱えるなりして連れてきて」

 

 手で顔を抑えながらヴァイオレットはそう告げた。

 

 

 

 ヴァイオレットに先導されながら宮殿の中を進んでいく。

 内部も想像と違わず水晶のような素材で作られており、正直どこぞの城なんかよりも余程煌びやかだ。

 神秘的ともとれるほど細部まで拘られているようで現実味がない。

 流石に床には水晶を使わなかったようで大理石と黒曜石が模様を織りなしている。

 そして歩く道には動物らしき模様が描かれている絨毯が敷かれている。

 

 私はフィーを背負って歩いているけれど、シアの家の時とは違う意味で冷や汗が凄い。

 そんな困惑を感じ取ってくれたのか。

 

「まあ、最初はそうよね。でも気にしなくていいから。ちょっとやそっとじゃ傷もつかないから。あ、次の所右に曲がってすぐ左手の部屋ね。着いたらソファーがあるから寝かせてあげて。多分しばらくイージスは戻ってこれないだろうししばらく私とおしゃべりでもしない?」

「分かりました」

 

 ささっと部屋に入ってしまいフィーをソファーにそっと寝かせる。

 そして促されるままに水晶でできたテーブルを挟んで一人用のふかふかの椅子に腰かける。

 

「色々思うところあるだろうけど、とりあえずお疲れ様。ここまでそこそこ距離あったでしょ」

「まあ、はい。でもシアとなのでそこまで大変ではなかったですが」

「そう。……まあ、この場所が気になるのは分かるけど、ちょっとよそ見し過ぎじゃない?」

 

 私が周囲の家具や装飾に目を奪われているとヴァイオレットが拗ねたように口にする。

 

「あ、すみません……」

「いや、謝らないでよ。私だって最初は驚いたし、もっと取り乱したんだから」

「そうなんですか?」

「そうよ。というか師匠が話したと思うけど一応私捨て子だったのよ?……まああの人の最近って十年単位だから私達の感覚とはずれているけどね」

 

 そういえばそういう話があったような……あまりにもさらっと流されてしまっていて忘れていた。

 私が気まずそうにしているとヴァイオレットは呆れたような表情で。

 

「貴女ねぇ……私は別にまったく気にしてもいないし、何ならここに来たのは良かったと思うぐらいだから気にすることないわ。というか気にしないで」

「分かりました。……ここ、凄いですね。遠くから見えなかったのは結界っぽいことは分かってますけど、流石にこの規模で水晶のお城とは思いませんでした。シアの家とはまた別に驚きました」

「ああ、それね。……うん、部外者は寝てるしアズリエナなら大丈夫でしょうし。そもそも見えないのも結界じゃない……ううん、結界といっても間違いじゃないけど正確でもないし、何よりここも貴女が想像しているような形で造られた建物じゃないらしいから」

 

 ヴァイオレットの言葉に思わず首をひねる。

 確かシアは結界とか言っていた気がしたけど。

 まあこの建物が普通に切り出して削ったりして造られたという方が不思議だよね、そこは納得。

 

「層構造というのかしら。私も上手く説明できないんだけど、許可した相手ならばここに入れて、入った瞬間からこの宮殿が見えるようになるのよ。で、それ以外、もしくは入ろうとしないでここに訪れると違う風景……多分ただの森と山が見えていたはずだけど、そのままそこに入る形になるはず。って話なんだけど……だから正確には結界じゃなくて境界魔法?らしいの。詳しくは知らないからそれについて聞かれても困るけど」

「う、ん………?結界と違うっていうのは……?」

「ああ、そっか。そこからか。結界っていうのは空間隔離……つまりその場所その物に物理的……この場合魔法的かしら?まあそういう風に壁のようなものを作り出して侵入を防いだり見えなくしたりといった形なの。当然結界が破れれば中は見えるようになるからね。だから力ないものが無理に入ろうとすると弾かれるか、同じ場所に出てしまうの。で、この境界魔法はそもそも壁なんかじゃないのよ。私は使えないから何がどうなっているのやらといった感じではあるんだけど、転移に近いのかしら?でも違うのよね……でもここには動物はいないし……」

 

 説明の途中からあーでもないこーでもないと考え始めるヴァイオレットに思わず苦笑いしてしまう。

 

 シアといるときの私の反応と同じ気がする。

 シアは聞いたことに関する説明はとても上手いのだけど、必要がなければわざわざ他のものと繋げてまでは教えてくれない。

 多分自分で気づいてってことなんだろうけども。

 

 そもそもヴァイオレットにも正確に理解できてない話なのだから、基礎知識が無い私では多分今の話は半分も分かってない。

 あとで詳しく聞いてみようと心に留め、一人で唸りだしたヴァイオレットに声をかける。

 

「えっと、結界うんぬんは分からないけど、言いたいことはなんとなくわかった気がするから大丈夫」

「あ、そう?……あとで説明できるようにしなきゃ……それはさておき、あとはこの宮殿ね。これ、全部師匠が造り上げたの。なんでも師匠にとって最も有利な空間として構築したらしいんだけど、正直効果は分からないわ」

「凄い……」

「そう、凄いのよ。大魔女様も大概だけどね?むしろ大魔女様のほうがよく分からないわ。見た感じ有利不利考えて作ってないものあれ。本当にただ自分が住みやすいように適当に部屋を作った感じだったし」

「そうなの……?私としてはただ適当に部屋が並んでいるだけに見えるんだけど……」

 

 住みやすいというには少し困る配置な気もしていると思う。

 配置などはとりわけ実用的とは言い難い。

 

「……まあ、気づく訳もないわね。あれ、必要に応じて部屋とか途中に付け足ししているわ、多分。というか師匠がそういってたから私もようやくわかったレベルだし」

「それは……うん、私じゃあ気づく訳もないかも」

 

 そもそも広すぎて隅々まで把握しきっているわけでもないし。

 でも思い当たる節はなくはない。

 あれだけ広いくせに応接間だったりロビーだったり、そういった対外的な部屋は全く存在していない。

 確かに言われないと気づかない程度の、下手をすれば言われても分からないだろう。

 大体の所シアに来客がないから必要ないだけ、なんて思っていたところでもある。

 

「まあそれはそれとして。遠路遥々というか、まあまさか歩いてくるなんて思わなかったから。大変だったでしょ?」

「そうですね。流石に雪山で雪崩に巻き込まれかけたり、船で悪魔に、ダンジョンで天使に遭遇した時は死ぬかと思いました」

「……想像以上にハードだったわ……いえ、よく無事だったわね……ううん、大魔女様がいるんだから万一さえない、かな?でも……うん、大変だったというレベルではない体験ね……魔女の中でもこんな短期間にそこまでのことはしないわ」

「あはは……そうですよね。でも怪我は一切してないんですよ。シアがいるからなのか守ってくれてたからなのか分かりませんけど。一緒にいたわけではない場合もありましたし」

 

 まあ、それでも多分両方なんだろうな、なんて考えているとヴァイオレットはだらりと力を抜いて椅子にもたれかかる。

 

「なんで話聞くだけでこんなに疲れるのよ……もう……アズリエナ、絶対、絶対にそれが普通だと思っちゃだめだからね?!私達も最初のうちは師匠に色々やらされてそれが普通だなんて思ってた頃があったから言うけど、下手したら煽っているようにしか聞こえないからね!?いい!?」

「はあ……まあそうですね。それは思ってたことでもあるので……」

「それならいいのよ……これだから規格外の人たちと一緒にいると困るのよ……今度一緒に街にでも遊びに行きましょう?私が常識を教えてあげるから」

「そんな人が常識ないみたいに言わないで欲しいなぁ……」

 

 いつの間にか私たちの横にシアが座って物憂げな表情で頬杖をついていた。



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魔女たち

「だ……大魔女様……」

 

 突然のシアの登場にのけぞってしまうヴァイオレット。

 

「そう言うところですよ、シア。そんな急に隣に現れたら誰だって常識を疑います」

「ま、分かっててやってるから」

 

 さっきまでの物憂げな表情が一転、シアはにこにことそう言ってのける。

 状況をよく理解できてないのかヴァイオレットは困惑したように私を見つめてくる。

 

「えっと、別にシアは全く怒ってないし、からかって遊んでいるだけですよ」

「そういうもの……なの?」

「もーネタ晴らしは早いよ、アズ」

「可愛そうなので止めてあげてください」

「まあ、いいけどね」

 

 きょとんとしたヴァイオレットにシアは視線を向け。

 

「そうそう、さっき言ってたアズを街に連れていく話、よろしくね」

「……!はい、しかと承りました!」

「重い重い。気楽にやってね?別に依頼と言う訳でも試練と言う訳でもなく、アズの友人としての頼みだから」

 

 こくこくと何度も頷くヴァイオレット。

 ……うーん、シアは苦笑いしているから分かっているのかもしれないけど……多分ヴァイオレットからすれば平民が貴族に気軽に話しかけられているような気分なんだろうな……

 そういうのをシアは望んでいないのは分かるけど、私だって最初はかなり緊張していたし難しいと思う。

 ましてや魔女同士だと実力さえ如実に分かってしまうだろうし。

 

「だ、大魔女様、こちらにおられましたか……」

 

 息を切らせたイージスが部屋に駆け込んできた。

 

「イージス……大体想像つくけど説明して」

「ね、義姉さん……分かったよ……当然だけど師匠の許可はでた。何故か俺より先に大魔女様がいらっしゃったけど。で、案内しようとしたら大魔女様が先に移動し始めて、追いかけて今に至るという訳」

「シア?」

 

 なにしているの、という目でシアを見つめると微笑みを返される。

 いや、迷惑かけたんだから笑うとかじゃなくて。

 ……でもシアは分かっててやっているんだろうな、これも。

 

「あ、そうそう。グレイもそろそろここに来ると思うよ」

「え、師匠が!?」

「そりゃそうでしょ。友人とはいえ客人だからな。義姉さんはこういうところたまに抜けるからな……」

「イージス!?」

 

「んぅ……?」

 

 どたばたと騒がしくなったからか、ソファーで寝ていたフィーの瞼が開く。

 それに気づかずヴァイオレットとイージスがもみくちゃにじゃれ……これは喧嘩なのだろうか?そういった感じで互いの頬や髪を引っ張りあっている。

 にこにことシアは微笑んでその様子を見守っていて。

 

「どういう状態なんだい、これは」

「ひやぁああああ!?」

 

 グレイさんが部屋に入ってきて呆れた表情を浮かべると同時にフィーが素っ頓狂な声を上げてソファーに逆戻りした。

 

 

 

「……なるほどね。フィーという子かい。そりゃそうだろうよ。普通に暮らしている魔女にはここは目にも魔力にも毒だろうし、聞く話では私らに心底心酔しているらしいじゃないか。フォス、そこら辺分かっててやったね?」

 

 私が一連の流れをグレイさんに説明すると、グレイさんは呆れたような目でシアの方を向く。

 ヴァイオレットとイージスはグレイさんに叱責され、再び倒れてしまったフィーの看病を見ている。

 二人とも頬が腫れているのは互いに強く引っ張りすぎたからだろう。

 

 シアは悪びれた様子もなく。

 

「まあ、別にいいかなと思って。いい子だし、アズも気に入ってるしね。それに貴女に用があるらしいから」

「ふぅん……でも貴女でも対応できただろう?」

「そういうの制約に引っかかるって知ってるよねグレイは」

「アズリエナちゃんにそれだけやっておいて制約も何もない気がするけどね」

「アズは条件が整ってたから特例なんだけどね。そもそもアズのお願いだから動いてるに過ぎないし」

「そういうものかい……まあ聞くだけは聞くけどね。応えられるかどうかは別だよ」

 

 そこまでグレイさんとシアが二人で話すと、そのまま寝ているフィーへと視線が集まる。

 

「……まあ、起きてからになるだろうね。とりあえずはそれ以外の話をしようか……と言っても私がイージスとヴァイオレットに、って程度」

「「師匠……?」」

 

 グレイさんの仄暗い笑みにイージスとヴァイオレットは身震いしながらも聞き返す。

 

「課題だよ。まだしばらく最終課題も答えられないだろうしね。魔の森深部の攻略。提出するものは緑透輝石、それも両手に収まるほどの球を作れるほどのモノ、かつ魔力がしっかりこもったものだ。……二人だけでとは言わない。手助けを求めてもいい。が、購入などで手に入れたものは分かるからね」

 

 その言葉に青ざめる二人。

 

「魔の森って……?」

「……ああ、アズリエナは知らないだろうね。師匠のこの宮殿……この下、と言っていいのか分からないけど被っている空間がそう呼ばれている。遠目で森があっただろ?あれが魔の森。入り口付近なら大した生物はいないんだけど……」

「奥に行けば行くほど、強力な生物……いいえ、魔物、怪物、そう言っても過言ではないものが住み着いているのよ……」

 

 イージスとヴァイオレットは唇を震わせながらも私の疑問に答えてくれる。

 明らかに様子がおかしいながらも。

 どうしたのかグレイさんを見てもにこやかにかわされる。

 でも大体想像がつく。

 恐らくそれに出会ってしまったのだろう。

 あの強気な二人がここまで萎縮するのだから相当の相手だったに違いない。

 

「ま、急ぎでもないからじっくりやるといいさ。『集会』まで時間もあることだしこの子の話は私が聞いておくから自由にしているといいさ。それこそ街に出るでもね」

 

 グレイさんはそれだけ言うとシアの腕を取り、フィーを抱えて出ていこうとする。

 

「あ、なら私もアズと一緒にいるから――」

「貴女さあ……ちょっとは離れてやりなさいよ。アズリエナちゃんだって一人の時間が欲しかったりするでしょうし」

「大丈夫、ちゃんと考えてるから。というか今お昼!ここに放っておくぐらいなら、ご飯くらい準備してくれてもいいんじゃないの?」

「貴女は食べなくて平気でしょうに」

「そういう問題じゃなくてさ」

 

「あの……」

 

「なんだい?」

 

 掛け合いを始めた二人に私は思わず声をかける。

 グレイさんは優しい表情でこっちをみながらシアの頬を引っ張っている。

 シアはまったく気にした様子もないが。

 

「フィーの件、ありがとうございます」

 

 グレイさんは私の礼にぽかんとした後。

 

「何、気にすることはないさ。解決も何もまだ聞いてすらいないんだからね。それにこれでも一応魔女筆頭だからね」

 

 そう笑い飛ばした。

 

「それでも、です。……あと、非常に申し訳ないのですが――」

 

 私が言葉を紡ごうとしたと同時に。

 

 くぅうぅうぅう~

 

 私のお腹が大きくなってしまい、頬が熱くなる。

 

「はははっ、ごめんなさいね。昼食はここから出て左手に三つ行ったところの食堂に準備してあるから食べにおいで。……イージス、ヴァイオレット、いつまで震えているんだい、案内しておやり!私は少し用事があるからね。シア、分かってるね?」

「はいはい、それじゃあ二人ともアズをよろしくね」

 

 私と茫然とする二人を置いてグレイさんとシアは部屋から出ていった。

 

「……やっぱり師匠がからむと嵐みたいね……はぁ……まあいいわ、アズリエナ行きましょ?」

 

 そう言ってヴァイオレットは私の手引いて食堂へと歩き出した――固まったままのイージスを置いて。



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ブラシューマの街

 昼食後、私はヴァイオレットと近くの街に出てきていた。

 昼食の席にはシアたちもイージスも居たけれど、そこで改めて提案されたのだった。

 そして今はその街を囲う城壁の門の前に並んでいる。

 

「ここはブラシューマの街。ま、見ての通りというか魔の森が近いから防壁も、検問もしっかりしてるのよ。そして実力者も多いわ。魔の森関連ではいい素材が取れるからって一獲千金を狙って力自慢、能力自慢がよく来ているのよ」

 

 ヴァイオレットが向ける視線の先には確かに武装した無骨な男性たちがいるのが目に入る。

 私達女性は殆どいない、もしくは商隊に混じって居るぐらい。

 男性の表情は清々しい者もいるが、大抵は私が奴隷だった頃に向けられていた嫌な笑みが多く少し手が震えてしまう。

 それを見かねてかそっとヴァイオレットが私の手を握ってくれる。

 

「治安はそこそこってところだから一人で行動しないほうがいいわ。ま、アズリエナの実力ならあの程度のチンピラならどうにでもなるでしょうけど、あまりいい目では見られないからね」

「うん……」

 

 かくいう私はいつも通りの大剣を背負って人間の傭兵の装いをしている。

 というのも粗暴な人間がそこそこいる場所においては目に見えてやれる、という何かを見せておいた方がいいと言われたからでもある。

 

 とはいえ傭兵自体は画一の装備なんて無いのだが。

 また人前では丁寧口調は争いの元になりかねないから気をつけるようにしているのもあり元々口数が多い方ではない私がより口を噤みやすくなっている原因の一つでもある。

 

「思ったより重症ね……。まあ、聞いた話もあるし仕方ないだろうけども……。まあ特段心配はいらないわ。これでも私、実力者で通っていてね。私と一緒ならまず古株からは手は出されないはずよ。役所での依頼もほぼ達成だけだからね。一応顔の候補にされるぐらいだから」

「顔……ですか?」

「そ。ここの街特有だとは思うけどね。他の場所じゃ傭兵のグレード、なんて仕組み無いもの」

 

 奴隷時代、名目上傭兵、としても登録させられたが確かにグレードなど一度も誰からも聞いたことがなかった。

 傭兵が依頼を受けるのは役所、もしくは直接が基本でそう言った類は意味がない。

 稀にだが傭兵が街を守るために駆り出されることもあるが、基本は実力を測るのも契約するのも含めて双方の責任とされている。

 

 そもそもだが、街内部の問題ごとや街に危険性があるものは兵士が、街内部から近郊ぐらいまでのこまごまとした使いなどは何でも屋が携わるため、傭兵の仕事というのは実はそんなに多くない。

 緊急性の無いもの、危険な場所の探索ならびに採取、街を越えた移動を伴う護衛、あまり知りたくもないが裏稼業も仕事の一つとしてあげられる。

 お金で動く兵士、といえばまだ聞こえはいいが、実際の所戦闘以外に取り柄がない、もしくはそれ以外出来ないようなしたくないような人間が多いため基本人は関わらないようだ。

 それでも頼みたいという場合のいわゆる底辺職とも言えなくもない。

 当然中には高潔な人も居たりするけれど、ほぼ稀で、あまり傭兵だ、なんていいたくなるはずもないのだけれどもどうやらこの街では違うらしい。

 

「不思議に思うのも無理はないけどね。魔の森の影響よ。あそこから出る怪物や動物のせいで他の街にあるような何でも屋は機能しないし兵士も街の防衛で手一杯。でもここは交易のの要所でもあるからこの街は手放せないし、魔の森からは良質な素材が手に入る。ともすれば傭兵にもそういった何でも屋みたいな仕事も、兵士のやるような仕事も回ってくるし、傭兵としての仕事もまたしかりってわけ。で役所はそれを画一的に扱う訳にはいかなくなってしまったから審査をして分けて、さらにどれだけできるかも含めてグレードをつけたってことね」

「前提が他の街と大きく異なるんですね……」

「そ。……だからそうね、一昔前まであったといわれる冒険者、という形に近いのかしら」

 

 冒険者自体は私が生まれる百年ぐらい前まではあったらしい仕組み。

 ある程度開拓も進み、安全も確保されやすくなったため職業としては自然と廃れていったらしい。

 まだなお冒険者を名乗り辺境へ行くものやダンジョンに挑むものもいるけれども。

 

「ま、そういうわけで一つ傭兵と言ってもこの街では討伐専門、防衛専門、採取専門、護衛専門、探索専門と別れているのよ。で、私は全ての種類のグレードをAまで上げてあるの。ちなみに最上はSね」

 

 直後に小声で魔女と分かるような手は使ってないけどね、と他の人には聞こえない程度で私に聞かせてくれた。

 

 だとすると……と思ってヴァイオレットの服装を今一度一瞥する。

 宮殿にいた時のゆったりとしたローブ姿とは違い、今は金属の肩当てや膝当てを身に着け、身体のラインに沿うような長ズボンに長袖のシャツ、それでいて弓も携えていたならば森に入る狩人だとしても全く違和感はないはず。しかしパッと見たところそういった類の得物は見当たらない。

 不思議に思っていると、ヴァイオレットはふふと微笑み。

 

「私の戦い方なんかはおいおい教えるけど、今の話はある程度縛ったうえでも私自身相当の実力者だ、と分かってくれればいいってだけだから。……私としてはそういう話をしたかったわけじゃないんだけどね?そもそもアズリエナを傭兵として活動させようって訳でもないんだし」

 

 それもそうか、と頷くとヴァイオレットはすごい勢いでこちらに食いついてくる。

 

「というか!こう、貴女に欲求はないの!?今まで話聞いていればそもそも必要だから、なるかもしれないからでの行動だけで何々を食べたい、といったことさえ聞こえないんだけど!?話はしてなかったけどここ衣食共にかなり充実してるのよ。こう、何か食べたいとか、おしゃれしたいとか無いの?」

「ええっと……まあ……はい……特に思いつかないというか……」

「……呆れた。いえ……そうじゃないわね、そういえば。ええ、落ち着け私。ここまでだとは思わなかったけど、ええ」

 

 私が言い淀みながら頷くと、ヴァイオレットは小声で何かぶつぶつと呟いた後。

 

「決めた。今日はさっさと宿を取りましょう。そして明日明後日、アズリエナが気になる、少しでも興味を持った場所を片っ端から回るわよ」

「ええっ!?その……悪いです」

「悪くないからね!というかそもそも常識というかそういった感性を教えるのもあるから拒否権はないわ!」

「えぇ………」

 

 ぐいぐいと腕を引っ張られながら門を通過することになったが、門で控えていた兵士はヴァイオレットの姿を見るなり苦笑いして通してくれた。

 馴染んでいるんだなぁ……と感心しながら木造と石材が入り乱れた統一感がない、しかしどことなく秩序だったような街並みを進んでいくのだった。

 



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宿屋での一幕

「なんだかその……疲れました」

 

 宿の部屋の中に入ると同時に足の力が抜けてへたり込む。

 自分が思う以上に疲れてしまっているようで、身体を引きずるように椅子に座る。

 

 どうにも悪意というかそういうものに敏感になってしまったらしく宿までの割と短い距離でも周囲のその空気に当てられてしまったようだった。

 前の街は良くも悪くも平穏で住民の気質が穏やかだったからだろうか、ここまでになっているとは自分でも思いもしなかった。

 

「まあ……久しぶりだろうし仕方ないかもね」

 

 ヴァイオレットは苦笑いしながら近くの椅子に腰かけ、ここにたどり着くまでに買ったものをテーブルの上に広げる。

 と、いっても軽食で日持ちしそうなものだけなので大した数はない。

 木の実だったり干し肉だったり干物だったりとそういった類。

 

「ええと、この後は……?」

「女将さんにお願いしておいたから食事を部屋に運んできてくれるわ。そうそう、ここは結構いいとこだから安全だし、お風呂もついているわ。とりあえずは休んで」

 

 くたくたになった私を見かねてかヴァイオレットはベッドへと私を誘導する。

 ……というよりも抱えられて移動させられる。

 純粋な力というなら恐らく私よりも無いのだろうけど、それでも見るからに細腕のヴァイオレットに抱えられて運ばれるというのは少し驚く。

 

「……私は別にそこまで筋力はないわよ?身体強化に近い物を使っているだけで。ま、これが私が傭兵として動いても問題ない理由の一つなんだけどね」

 

 ベッドに転がされた私の視線を受けてヴァイオレットはベッドの縁に腰かけ、私の頭を撫でる。

 

「……これで年下なんだものね……ほんと見た目も心も私よりも出来上がってるんだもの」

「えと……」

「褒めてるのよ……ああ、年齢は大魔女様から。勝手に聞いてごめんね」

「それは別に構わないです」

「そ?でも不公平だから私の年齢も。16よ。やっぱり獣人は人間に比べて成長が早いのね」

「そうですね。正直年齢は見た目からじゃ分からないと思います。私でもたまに分からない方はいらっしゃいますから」

 

 私の腰ぐらいの身長で子供かなと思っていたら実は50代でしかもミミズクの獣人だと分かったときは本当に驚いた。

 そもそも見た目や匂いで獣人とさえ認識できなかったのだから私としては獣人とひとくくりにしていい物か悩むくらい。

 とはいえ発現する獣人の特徴は全く遺伝しないから獣人でくくるしかないというのは分かっているのだが。

 兎と犬の獣人の夫婦から亀の獣人の子供、とか生物の生まれ方としてもうよく分からない。

 

「でも大魔女様が用意してくれたそのアズリエナの服も大概よね。本当に人間にしか見えないんだもの」

「それは本当にそう思います。耳や尻尾も動かせるのに何にも当たらないってどういうことだろうと考えたりしますけど」

 

 それに音も普通に聞こえるし。

 

「……あの人たちのやること成すことを常識で考えたら分からないのかもしれないわ。私もついていけないもの。魔法を齧っていてなおかつそんじょそこらの魔法使い程度には負けないと自負している私でさえね」

 

 それは……うん。シアがやることは規格外のことが多いからもうそこら辺は考えない様にしているところもある。

 シアだからな、で考えを止めてしまった方が楽だから。

 

 ……別にどうなっているか考えるのをやめた訳ではないけれど、感情としてはそれで済ませるのが穏便。

 そもそもシアの行動原理ってよく分からないし。

 無邪気なのに思慮深くて、かといってパッと見ただけだと衝動的なのに実は綿密に計画されているとか、本当につかみどころがない。

 だからこそ一緒にいて面白い、面白い?

 自分の行き当たった感情に思わず硬直する。

 

「……アズリエナ?」

 

 思えばシアと暮らし始めてからは良くこういった感情を抱くようになってきた。

 単純に新しい物、経験そういった類によって引き起こされているものだと思ってきていたけれど、はたしてこれは……?

 

「ねえ」

 

 確かによく考えてみれば私が笑ったりしていたのもシアと何かしている時が格段に多いけれど、でもそれはそもそも一緒にいる時間が多いからとも考えられるし、だとしても他の人と共にいる時より緊張しないのは確かで、それは命を助けられたから?確実に味方だといえるからだろうか。でも今の私は――

 

「アズリエナ!」

「ひゃい!?」

「唐突にそんな難しい顔して黙らないでよ。というかそろそろ夕食が届くころだから座れそうならテーブルの椅子に移動してね」

 

 私に喝をいれたヴァイオレットは呆れ顔で椅子に腰かける。

 思考から急速に意識を現実に向けたからか疲労がある程度とれたからか、ようやく部屋の様相が頭に入ってくる。

 

「ひぅ……」

 

 よく見てみると宮殿もかくやといわんばかりの装飾で、下手をすれば王城の一室と言われても可笑しくない部屋だった。

 今寝転がっているベッドも天蓋付きの上質なベッドで私が普通に四五人は寝れるんじゃないかというほどに大きい。

 布団自体も柔らかさが通常のものと段違いで触れている指が柔らかく底なしのように沈む。

 光源はシャンデリアだし、姿鏡はあるし、観葉植物まで置かれている。

 一つ家具を取っても木材自体が上質な一品、なはず。

 そもそもアロマが入っていると思しき壺や、フルーツの盛り合わせなんかも部屋に備え付けられていた。

 

 なんで気づかなかったんだと思うほどで思わず震えてしまう。

 流石に今までの暮らしからこういう場所は心臓に悪すぎる。

 

「……やっぱり気づいてなかったみたいね。気にしないで、っていっても気にするだろうからさっさと椅子に座って」

「は、はい……」

 

 言われて渋々、恐る恐る、なるべく部屋に傷をつけないようにそっと動く。

 シアもそうだけどヴァイオレットも大概常識的とはいえないのではなんて考えが頭をよぎる。

 

「……じゃあ受け取ってくるから、そこで待っててね」

 

 

 

 ヴァイオレットは色々と説明や料理の批評もしていたけれど私は夕食の味なんて分からなかった。

 



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