機動戦士ガンダム 俺の野望 (ダルマ)
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第一話 ここから始まる俺の野望

ギャン、ギャン、ギャン、ギャギャギャギャ、ギャン!
演奏はサイバー・ギアでした。
さて、今回のソフトは"機動戦士ガンダム 俺の野望"。ガンダムの世界を体験できる夢のVRゲーム。
ガンダム・ザク・ジム・ドム、エトセトラエトセトラ……。モビルスーツがよく分からない人はお父さんか叔父さんに聞いてね。


 機動戦士ガンダム、日本が生み出したロボットアニメの金字塔。

 派生作品はアニメのみならず、漫画や小説等、数多の媒体に上る怪物的人気を誇る作品。

 

 その魅力といえば、なんといっても主役というべきロボット、モビルスーツ。

 作品ごとに様々な形状や性能を有したモビルスーツ、そんなモビルスーツに搭乗して戦う、個性豊かなパイロット達や周囲のキャラクターもまた、魅力の一つである。

 そして、そんなモビルスーツやキャラクターを引き立てる、綿密に練られた世界観(意味深)の相乗効果も相まって。

 

 ガンダムシリーズは、大人から子供まで、老若男女様々な人々に愛され、知らぬ者はいない、そんな作品群となった。

 

 

 そんな、ガンダムシリーズの世界観の一つと言えるのが、宇宙世紀である。

 機動戦士ガンダムを始め、続編アニメ作品等の舞台としても登場し、ガンダムと言えば宇宙世紀と呼ばれる程、ガンダムシリーズにとっては代名詞とも呼べる世界である。

 そんな宇宙世紀、ひいてはガンダムという作品群の世界を、もしも実体験できるとしたら、どう感じるだろうか。

 

 無論、そのような試みのもと制作されたアトラクションも過去には存在していたが、それらは、既に作られたストーリーを追体験するものでしかなかった。 

 また、アトラクションという性質上、大規模な設備の整備が必要不可欠で、誰でも気軽に体験できるものでもなかった。

 だが、今回、新たに登場したのは、そのような事前に決められたレールの上を走るだけのアトラクションとは一線を画す品物。

 大規模な設備も不要で、誰でも必要なものを揃えれば、簡単に体験できる品物。

 自身の選択、自身の行動が世界に反映され、まだ見ぬ未来を作っていく。まさに、現実となんら変わらぬ実体験を体験できる品物。

 

 科学の進歩によって生み出された、新たなるガンダムの世界。

 その名を、『機動戦士ガンダム 俺の野望』、通称"俺の野望"と言う。

 

 仮想現実、所謂VRをご家庭で楽しめる家庭用VR機器、サイバー・ギア。

 同ゲーム機を使用して仮想現実世界に作られた宇宙世紀の世界を、プレイヤーがその世界の一員として体験できる、それが俺の野望という次世代のガンダムゲームだ。

 オンライン環境で行われる同ゲームは、ガンダムを題材としているので、プレイヤーは各々の陣営に分かれ、用意された様々なモビルスーツのパイロットとして、相手陣営のプレイヤーやNPC達とモビルスーツ戦を繰り広げる事が出来る。

 

 勿論、既存のモビルスーツのみならず、ゲーム内ではプレイヤーの手によって改造・強化する事が可能で。

 それは即ち、プレイヤーだけのオリジナルモビルスーツを作り上げる醍醐味も味わえるのだ。

 

 

 そんな次世代のガンダムゲーム、俺の野望。

 その正規サービス開始が、もう間もなくに迫っている頃。

 ガンダムを生み出した国、日本のとある都市のアパートの一室に、そんな俺の野望正規サービス開始を、今か今かと待ちわびている一人の青年がいた。

 

 彼の名前は、安館 優(あだち ゆう)

 オタクを自称してはいないが、周囲の者に言わせればオタクな、ガンダム好きの青年である。

 彼の住んでいるアパートの一室、そのメインとなる洋室には、置かれた棚にガンダムのプラモデル、所謂ガンプラが幾つか飾られている。

 それ以外にも、一人暮らしの青年らしく、洋服等が置かれているが。一番いい場所に、ガンプラは飾られていた。

 

「三、二、一……。きた!」

 

 そんな優は、壁に架けられた時計の針が、正規サービス開始時刻を過ぎたのを確認すると、机の上に置かれていたとあるカードを手にし、サイバー・ギアの本体に挿入した。

 挿入したのは、プレイヤーの個人情報などが記憶されている、所謂IDカードだ。

 サイバー・ギアは、仮想空間にフルダイブして遊ぶという、従来のゲーム機とは一線を画すゲーム機の為、プレイヤーのプレイ環境にも、従来とは異なる仕様が設けられている。

 

 それがIDカードの存在である。

 このIDカードによって、プレイヤーの性別や年齢の偽造を防ぎ、また、サブアカウントと呼ばれる不正の温床になり得るアカウントの取得を防ぐ目的がある。

 これら厳重なセキュリティは、十年ほど前のフルダイブ式VR機器が一般に発売された当初、世界中で起こった様々な事件等からの教訓で取り入れられたものだ。

 

 因みに、サイバー・ギアが従来のゲーム機とは一線を画す証拠の一つに、同ゲーム機を購入する場合、病院で診断書を発行し最寄りの役所の担当窓口に提出する必要がある。

 なお、これにより、IDカードを発行してもらえるのだ。

 そして、当然ながら、IDカードを偽造すると、お巡りさんのご厄介となる。

 

「準備完了」

 

 当然、偽造などしている筈もなく、正規の手順で手に入れたIDカードを挿入し、更にサイバー・ギアの本体に俺の野望のゲームディスクをセットすると、全ての準備が整う。

 あとは、ヘルメット型ヘッドマウントディスプレイを頭に装着するだけだ。

 

「いざ行かん、魅惑の宇宙世紀」

 

 意気込みを零し、優はヘルメット型ヘッドマウントディスプレイを頭に装着すると、ベッドに寝ころび、そして、仮想現実へとダイブすべく、リンクスタートのボタンを押した。

 

 

 

 優の意識が現実世界から仮想現実へと無事にダイブし、閉じていた瞳を開いて、彼が最初に目にしたのは、真っ白な空間であった。

 本当に何もない真っ白な空間であったが、程なくして、そんな空間に一つの緑の丸い物体が、優の目の前に現れる。

 それは、ガンダムシリーズのマスコット的存在、"ハロ"であった。

 

「機動戦士ガンダム 俺の野望にヨウコソ! ヨウコソ! ここはプレイヤーの外見、所属勢力の選択、並びにパイロット或いはコマンダーどちらかのプレイスタイルを選択する場所です」

 

 ハロの説明が終わると、次いで、優の周囲に幾つもの姿見が現れる。

 性別や年齢は変えられないが、ゲーム内でのトラブルを現実世界へと持ち込まない予防策として、また、脳へのダメージや日常生活への影響を及ぼさない範囲で、ある程度、プレイヤーは自身の体を編集できるようになっている。

 ゲームのジャンルによっては、人間という種を超えた体へと変貌も出来るが、俺の野望はそんなファンタジー色の強いゲームではない為、編集できる内容は限定的だ。

 それでも、何千種類という瞳や髪色等、凝ってしまうと、それだけで軽く数時間は経過するだろう。

 

「ベータテストの参加者ですね。以前のデータをロードしますか?」

 

「はい」

 

 だが、優にはそんな心配はなかった。

 何故なら、彼は俺の野望のベータテストと呼ばれる正規サービス開始前のテスト期間の参加者であり、その時に作成したデータを残していたからだ。

 

 優の返事の後、彼の体が一瞬光に包まれると、次の瞬間、彼の外見は、現実世界のそれとは異なるものへと変化していた。

 

 現実の黒髪とは異なる白銀の短髪、透き通るような青い瞳をした青年。

 プレイヤーネーム、ユーリアン・ルクの姿へと。

 

「続いて、所属する勢力を選択してもらいます。所属は、一度選択すると再度の変更はできません、慎重にご検討ください。……ジオン公国、地球連邦、どちらの勢力に所属しますか?」

 

 機動戦士ガンダムに登場する二つの勢力、ジオン公国、通称ジオンと。地球連邦、通称連邦。

 俺の野望では、どちらかの勢力に所属する事によって、所属した勢力が作品内などで開発・運用したモビルスーツを手に入れる事ができる。

 

 例えば、連邦側ならば、ガンダムの代名詞というべきモビルスーツ、ガンダムやその派生型を手に入れる事も出来るし。

 その量産型であるジムやその派生型を手に入れられる。

 一方ジオン側では、ジオンの代名たるザクシリーズや、グフ、ドム等といった機種を手にする事が出来る。

 

 因みに、俺の野望の初期装備として選択可能な両陣営での初期モビルスーツは以下の通りだ。

 ジオンは、宇宙世紀において初の制式量産型モビルスーツ『ザクI』に、その後継機種である『ザクIIC型』所謂初期量産型ザクII。

 

 対して連邦は、作品の設定に忠実であれば、ゲーム開始時点の時系列、ジオンの地球侵攻作戦時には、連邦はモビルスーツという兵器を有していなかった。

 しかし、それではゲーム的に選択肢がジオン一択になる為、連邦のモビルスーツノウハウ蓄積用モビルスーツ『ザニー』の他。

 アニメをベースとし独自のアレンジを加えた機動戦士ガンダム THE ORIGINに登場する『ガンキャノン最初期型』と『ガンタンク初期型』も選択可能となっている。

 

「ジオン公国で!」

 

 一度選択すると再度の変更は不可能、普通ならば熟考してしまいそうな場面ではあるが。

 優ことユーリアンは、迷うことなくジオンを選択した。

 その理由は、彼がジオンが好きだからであった。

 それを裏付けるように、現実世界の彼の洋室の棚に飾られていたのは、ジオン系のガンプラであった。

 

 因みに、所属勢力を選択した刹那、ユーリアンの体に、いつの間にかジオン公国軍の軍服が身に着けられていた。

 

「承知しました。それでは次に、初期スタート地点を選択して下さい」

 

「ソロモンでお願いします!」

 

 所属する勢力の初期スタート地点は幾つもある。

 ジオンの場合、現時点では地球上にジオンの領土がない為、宇宙要塞ア・バオア・クー、宇宙要塞ソロモン。そして、月面都市のグラナダの三か所から選択でき。

 連邦の場合は、宇宙要塞ルナツー、そして地球のジャブロー、トリントン、キャリフォルニア、オデッサの五か所から選択が可能となっている。

 

 そして、今後の各勢力の展開により、初期スタート地点は数を上下し、変更も行われていく。

 

「承知いたしました。それでは最後に、パイロット及びコマンダー、どちらのプレイスタイルでゲームをプレイなさいますか?」

 

 ハロの口から飛び出した最後の質問、それは、このゲームの仕様を変化させることを意味する。

 

 パイロットは、文字通りモビルスーツのパイロットとして戦場を駆ける事が出来る。

 また小隊システムと呼ばれるシステムにより、所謂クランと呼ばれるチームプレイも可能となっている。

 

 その一方、パイロットでのプレイスタイルは、ゲーム全体の自由度という点においてはコマンダーでのプレイスタイルに劣り。

 組めるチームの人数も、他のプレイヤー及びNPC、更には原作に登場したキャラクター、所謂ネームド、合わせて三人に制限され。

 保有できるモビルスーツの数も、プレイヤー個人が保有できる上限の三機に制限されている。

 また、所属勢力から一定期間ごとに支給されるゲーム内通貨、ゴールドの支給額も、コマンダーでのプレイスタイルよりも少ない。

 パイロットでのプレイスタイルは、アクション性を高めた仕様と言えた。

 

 一方、コマンダーでのプレイスタイルはと言えば。

 パイロットとしても戦場に出撃できるが、基本的には、その名の通り指揮官として、隷下のプレイヤー、或いはNPCやネームドで編成した部隊を指揮して戦う。

 その性質上、軍団システムと呼ばれるシステムにより、パイロットよりも多くの人数でチームプレイが可能となっている。こちらは、所謂ギルドと呼ばれている。

 保有できるモビルスーツの数も、プレイヤー個人の枠の他に、指揮官枠として多く保有する事が出来る。

 

 また、コマンダーのみの特典として、独自の開発レベルが存在し。

 レベルの上げ方によっては、所属勢力が開発完了し、各プレイヤーが購入可能となる前に、一足先んじて開発・購入が可能となるのだ。

 なお、この恩恵は、コマンダープレイヤーの隷下となっているパイロットプレイヤーにも受けられ。

 開発レベルの高いコマンダープレイヤーの隷下にいれば、他のパイロットプレイヤーよりも、一足早く強力なモビルスーツに搭乗できる可能性があるのだ。

 

 このように、パイロットに比べ自由度が高いコマンダーでのプレイスタイルではあるが、負担もある。

 支給されるゴールドがパイロットよりも多いとは言え、その分、消費も激しく。

 部隊編成の為の人件費や、補給品等の購入費用、更には開発レベルの向上にも費用は掛かる。

 その為、計画的に運用していかなければ、あっという間にゴールドは底をついてしまう。

 まさにコマンダーでのプレイスタイルは、シミュレーション性を高めた仕様と言えた。

 

 なお、パイロットとコマンダーのプレイスタイルは、各々に偏りが発生しない様に、人数に上限が設けられている。

 上限はそれぞれ、パイロット七割、コマンダー三割となっている。

 その為、上限に達した場合、それ以降は上限に達したプレイスタイルの選択は不可能となる。

 ただ、正規サービスの開始直後である現在は、そのような上限にはまだ達していない。

 

 因みに、これもゲーム故、ゲーム内通貨であるゴールドは、何もゲーム内のみで増やせるものではなく。

 魔法のカード(ご利用は計画的に)を使用すれば、ゴールドを増やす事が出来る。

 また、仲間に採用出来るネームドに関しては、所属している勢力に原作で属している者で、しかも、ネームドがプレイヤーよりも階級、俺の野望におけるレベルの概念、が低い場合のみ可能となる。

 つまり、シャア・アズナブルというネームドを小隊に、或いは軍団に加えたい場合、プレイヤーはシャアの階級たる少佐よりも高い階級になる必要がある。

 因みに、設定された能力値が高いネームド程、採用の為のゴールドが高く設定されている。

 

 なお、一部のネームドはゲームの進行状況により、階級が変化し。

 また、採用可能ネームドは毎回ランダムとなっている他。撃破されると一定の確率で死亡状態となり、以降、採用可能ネームドとして出現する事はない。

 

「パイロットでお願いします!」

 

「承知しました。これで、全ての選択は終了となります。……ユーリアン・ルク"軍曹"、俺の野望を、どうぞ心行くまでお楽しみください」

 

 新規にゲームを開始した場合のプレイヤーの階級は、勢力に関係なく、パイロットなら"二等兵"から始まる。

 しかし、ベータテストの参加者であるユーリアンは、軍曹の階級から始める事が出来るのだ。

 因みに、コマンダーの場合は、新規やテスターに関係なく"少佐"の階級から始まる。

 

 なお、一般的なレベルの概念同様、俺の野望でも、レベルアップこと昇進には必要な経験値数が存在するが。

 階級が高くなればなるほど、その必要数値も高くなり、簡単には昇進できないようになっている。

 

「それでは、ゲーム、開始します」

 

 ハロの台詞と共に、ユーリアンの体が光りとなって空間から消えた。

 初期スタート地点である、宇宙要塞ソロモンへと移動したのだ。




この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
今後とも、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第二話 ソロモンよ、俺達は帰ってきた!

 ユーリアンが移動した宇宙要塞ソロモン。

 そこで最初に降り立ったのは、原作を再現しつつも、オンラインゲームとしての機能も取り込んだ、待合場所とも言うべき巨大なロビーであった。

 近未来的な内装が随所にみられる中、壁に設けられた巨大なモニターには、現在の戦況が表示されていた。

 

 ベータテストで行われた、ルウム戦役と呼ばれる、宇宙でのジオンと連邦との総力戦が終わり。

 南極条約と呼ばれる、今後の戦争のルール作りがなされた後。

 現在、ジオン公国は、連邦の庭である地球への侵攻作戦に向けた準備がなされている。

 

「さてと、先ずは機体の確認だな」

 

 プレイヤーやNPCで賑わいを見せるロビーを一通り見渡すと、ユーリアンは、移動を開始した。

 移動した先は、一つのドアの前。その脇には、オープン格納庫と書かれた看板が設けられている。

 

 自動ドアであるドアをユーリアンが潜ったその先に広がっていた光景は、文字通り、巨大な格納庫の光景であった。

 格納庫内には、様々なザクがハンガーに固定され佇んでいる。全高一七メートルを誇る巨人が整然と並ぶその様は、まさに圧巻と言える。

 そして、各機体の周囲には、作業着を着て作業に当たるNPCの整備士たちの姿も見える。

 まさに、アニメなどの作品で見られたシーンそのままの姿が、そこには広がっていた。

 

 この場所は、先ほどの看板に書かれていた通り、オープン格納庫と呼ばれる、モビルスーツ格納庫である。

 オープンの名が付く通り、この格納庫は、宇宙要塞ソロモンを拠点として活動しているプレイヤーのモビルスーツが収納されている。

 ただし、プレイヤーが保有している三機のモビルスーツではなく、搭乗登録している一機のみだ。

 残りの二機に関しては、プレイヤー個人が自由に使える個人格納庫に収納されている。

 

 さて、このオープン格納庫の利用目的であるが。

 自身の保有するモビルスーツを他のプレイヤーにも見てもらいたい、或いは、改造した機体を自慢したい。

 または、チームを組んでいる他のプレイヤー等と、モビルスーツ談議に花を咲かせたい等々。

 プレイヤー同士の交流の場として設けられている。

 

「えっと、俺の機体は……」

 

 運営の目論見通り、プレイヤー達が自分や他人の機体を前にして談笑している中。

 ユーリアンは彼らを他所に、自身の機体を探し始める。

 

「あった……」

 

 程なくして、彼はハンガーに固定されている、一機のモビルスーツの前で立ち止まった。

 ハンガーに固定されているのは、形式番号MS-06C、名称をザクIIC型と呼ぶモビルスーツであった。

 

 同機種は、原作において後に一年戦争と呼ばれるジオンと連邦との戦争、その戦争開戦時のジオンの主力モビルスーツである。

 C型の後継型にして、ザクの代名詞というべきF型に比べ、核攻撃との併用を前提とした設計の為、対核装備を備えたC型の全備重量は七二トンを超える程重く。

 対核装備を外し軽量強化されたF型と比較すると、機動性は高いとは言えない。

 

 そんな同機種の武装は、他のザクシリーズにも共通の一二〇ミリ口径のモビルスーツ用マシンガン、通称ザクマシンガンこと形式番号M-120A1。

 二八〇ミリ口径のモビルスーツ用バズーカ、通称ザク・バズーカこと、形式番号H&L-SB25K。

 そして、近接戦闘用のヒートホーク。

 その他にも運用可能な武装はあるものの、基本的な三種以外は、ゴールドを用いて購入する事で運用できる。

 

 なお、ゴールドを支払う事によりプレイヤー独自の塗装も施せるが、ハンガーに固定されているザクIIC型は、原作などに登場する一般的な緑色の塗装であった。

 

 因みに、ユーリアンはベータテストの参加時に、同機種の後継型であるF型に搭乗していたが。

 そのデータは、新規参加者との差を付け過ぎない措置の為か、引き継がれていないようだ。

 

「武装は、初期標準だな……。弾薬は、今はまだこのままでいいか」

 

 自身のザクIIC型の足元で、ユーリアンはタブレット端末を取り出し操作すると、画面に映った情報を目にしながら独り言ちる。

 プレイヤー個々人が所有するタブレット端末には、保有するモビルスーツの情報が確認できるようになっている。

 そして、ユーリアンが確認しているのは、装備に装填されている弾薬の種類についてであった。

 

 現実世界の銃器にも、様々な特徴を持った弾薬があるように。

 モビルスーツが使用する火器にも、様々な特徴を持った弾薬が用意されている。

 しかし、標準的な性能の弾薬以外は、概ねゴールドを消費して買わなければ使用できない。

 

 故に、まだゴールドをあまり浪費したくないユーリアンは、機体の情報を確認しただけで、特に手を加える事はなかった。

 

「よ! 未来のエースパイロット、新しい相棒の確認は終わったか?」

 

「あぁ、今終わった」

 

 機体の情報を確認し終えた矢先、ユーリアンの背後から、何者かが彼に声をかける。

 しかし、ユーリアンは声をかけた主が誰なのかを知っていいるらしく、特に驚くこともなく、振り返ると、親しい口調で話し始める。

 

「ランドニー、そっちの確認は?」

 

「おう、俺の方も確認済みだ」

 

 ランドニーと呼ばれた青年は、燃えるような赤い髪をオールバックに、青と黒のオッドアイが特徴的な端正な顔つきで。

 ユーリアン着ている軍服と異なり、マントが取り付けられ、同じく取り付けられた階級章は、彼が"少佐"である事を現していた。

 

 彼ことランドニー・ハートは、現実世界でユーリアンと交友関係のある人物、所謂リア友であり、ユーリアンと同じくベータテストの参加者でもある。

 そして、コマンダープレイヤーでもある。

 その証拠に、彼のプレイヤー名が示されている末尾には、丸括弧で囲まれたアルファベットのCの文字がある。

 これは、そのプレイヤーがコマンダープレイヤーである事を示し。パイロットプレイヤーであるユーリアンには、丸括弧で囲まれたアルファベットのPの文字がある。

 

「それじゃ早速、経験値稼ぎに行くか?」

 

「あぁ、イベントまでにF型位にはしておきたい」

 

「っと、その前にフレンド登録と軍団登録を済ませとかないとな」

 

「そうだった」

 

 互いに手にしたタブレット端末を操作し、フレンド登録と軍団登録を行う。

 程なくして、ユーリアンは、ランドニーとフレンド状態となり、また彼がリーダーを務める『第046独立部隊』の一員として、無事に登録完了となる。

 

 因みに、プレイヤーが設立した小隊及び軍団は、設立者のプレイヤーが自由に命名でき。

 ランドニーが命名した自身の軍団、第046独立部隊の由来は、楽しむの当て字である046と、ホワイトベース隊の正式名称たる第13独立部隊となっている。

 

「それじゃ、改めて経験値稼ぎに行きますか」

 

「その前に、俺達の母艦は?」

 

「ガガウル級駆逐艦をレンタルしておいた」

 

「流石、手際がいいな」

 

 母艦とは、母艦システムと呼ばれるシステムにおいて用いられる艦艇等の事で。

 活動拠点となっている場所に隣接しているエリア等に移動する際に利用、または、戦場などでも搭載する武装で、火力支援も可能となっている。

 

 エリア移動は、モビルスーツ等に搭乗すれば単独でも可能ではあるが。

 その際、戦闘などでも消費する推進剤が消費される為。移動先のエリアで戦闘をする場合、母艦で移動した機体よりも、活動時間が短くなるデメリットとなる。

 つまり、母艦を利用しエリア移動すれば、戦闘での活動時間は最大限まで確保でき。

 更には、火力支援や種類によっては補給なども受けられるのだ。

 

 ただし、そんなメリットが多い分、母艦となる艦艇等は、モビルスーツよりも購入金額が割高に設定されている。

 しかし、そんな割高な艦艇等でも、プレイヤーに手を出しやすいよう、レンタルという一時的な入手方法が存在している。

 使用期限が設定されてはいるが、ゴールドの少ないプレイヤーにとっても、また、ゴールドを貯めたいプレイヤーにとっても、ありがたい存在と言える。

 

 なお、各艦艇等は、原作の設定を基にして、モビルスーツなどの搭載可能機数が設定されており。

 今回の場合、ランドニーがレンタルしたジオン公国の簡易モビルスーツ運用宇宙駆逐艦、ガガウル級駆逐艦は、搭載可能機数が二機と設定されており、三機以上のモビルスーツは搭載できない。

 

 しかし、現在搭載できるモビルスーツはユーリアンのザクIIC型のみの為、定数は全く問題なかった。

 

「それじゃ、いざ、出撃!」

 

「おう!」

 

 オープン格納庫を後にした二人は、ロビーを素通りし、とある巨大なドアの前までやって来た。

 ドアの脇には、フィールドエリア移動、の文字が書かれた看板が掲げられている。

 

 巨大なドアの前に現れた最終確認というべき選択を、二人は"はい"をタッチして選択すると。

 刹那、巨大なドアが開き、ドアの向こうから光が溢れ出ると、二人の体が光に包まれた。

 

 そして、光が収まる頃には、二人は、軍服から宇宙服に着替え、先ほどまでとは別の場所にいた。

 それは、ランドニーがレンタルしたガガウル級駆逐艦の艦橋内であった。

 

「管制室より、出港の許可確認」

 

「よーし! 直ちに出港だ!」

 

「了解、出港します」

 

 艦橋乗組員を務めるNPCに、艦長席に座るランドニーが出港指示を出すと、船体が、ゆっくりと前進を開始する。

 スペースランチや宇宙服を着た作業員達の間を器用に進みながら、バースの出入り口たる第五スペースゲートを潜り、二人を乗せたガガウル級駆逐艦は、宇宙空間へと飛び出した。

 

「おぉ、懐かしの宇宙(そら)! そして、宇宙要塞ソロモン! ……ソロモンよ! 俺達は(俺の野望に)帰ってきたぁぁぁっ!!」

 

「それ、ちょっと違わないか?」

 

「いいんだよ。こういうのは雰囲気とかノリが大事だからさ」

 

 艦長席でハイテンションなランドニーに、隣に佇むユーリアンがツッコミをいれる。

 その一方、艦橋乗組員であるNPC達は、ランドニーのハイテンションに反応を示す事もなく、淡々と各々の作業に勤しむのであった。

 

 

 

「あーあ、早い所、経験値の養分さんに出てきてほしいものだな」

 

 宇宙要塞ソロモンを出港してから数十分。

 二人を乗せたガガウル級駆逐艦は、獲物を探す為、隣接する宙域に進出していた。

 しかし、獲物は簡単には見つからず。現実世界とは時間の流れが違うとはいえ、獲物を探して宇宙空間をさまようのは、退屈であった。

 

「マゼラン級とか、サラミス級とか」

 

「おいおい、いくら何でもマゼラン級はヤバいって」

 

「いやいや、第046独立部隊が誇るエースパイロットのユーリアン軍曹の腕前を持ってすれば、マゼラン級の一隻や二隻、楽勝だろう」

 

 茶化すような笑顔と共に口にしたランドニーの言葉に、ユーリアンはため息をついた。

 原作等では、モビルスーツに対していい的でしかない様な描写で描かれる事も多い、連邦の宇宙艦艇であるが。

 俺の野望では、簡単に撃沈できる的ではなく、その強力な火力を生かした難敵として、ジオン側プレイヤー達の前に立ちはだかっている。

 

 勿論、機体を改造・強化、或いは開発した強力なモビルスーツならば、簡単に撃沈する事も可能であるし。

 腕に自信があれば、性能の低い機体であろうとも、撃沈する事は不可能ではない。

 

 だが、今のユーリアンは、複数で連携するならばまだしも。

 単機でマゼラン級を撃沈できるほどの腕前を持っていると自負できるとは、自身では思えなかった。

 

「ま、なんにしてもだ。いい加減敵さん出てきてほしいよな」

 

「そんなこと言ってると、本当に出てくるぞ」

 

「フラグってか? 幾らなんでもそんな都合よく……」

 

「長距離レーダーに感! IFF(敵味方識別装置)反応ありません!」

 

「マジ?」

 

 レーダー手を務める艦橋乗組員からの突然の報告に、ランドニーは一瞬呆気に取られる。

 しかし、直ぐに頭を振るい気持ちを引き締め直すと、反応した物体の解析を急ぐよう命令を下す。

 

「解析完了。連邦軍のレパント級ミサイルフリゲートと確認、また敵艦周囲に複数の戦闘機を確認!」

 

「レパント級一隻にセイバーフィッシュが数機……。小規模な偵察部隊だな。ザニーは確認できないから、おそらくNPCの部隊だろう」

 

「なら、経験値の養分に最適だな。欲を言えば、もう少し数は欲しかったが」

 

 拠点となる特別エリア以外のフィールドエリアには、同エリアに進出してきた相手勢力のプレイヤー以外にも、様々なNPCの部隊が出現する。

 NPCの部隊はフィールドモンスターというべき存在で、両勢力のプレイヤーにとっては、経験値やゴールドを稼ぐのに丁度いい敵なのだ。

 因みに、出現するNPCの部隊編成はランダムで、今回のような小規模な事もあれば、パトロール艦隊等の小規模艦隊という編成もあり。

 当然ながら、質と量が高くなればなるほど、手に入る経験値やゴールドも増えていく。

 

「ま、最初だからあれ位でいいんじゃないか? 囲まれて撃墜されちゃ、元も子もないし」

 

 ただし、ランドニーの言った通り。

 NPCだからと油断して撃墜されれば、機体の買い直し等、結果的にマイナスになる可能性もある。

 

 遭遇しても全滅させなければならない事はないので、引き際を見極める事も、プレイヤーには要求される。

 

「じゃ、出撃準備に入る」

 

「オーケー、そんじゃ、ミノフスキー粒子を散布し終えたら出撃してくれ」

 

 出撃準備の為、艦橋を後にしたユーリアンは、通路を移動しながらヘルメットを装着すると、艦の両弦に設けられているドッキング・ベイにつながる扉を潜った。

 原作の設定では、ドッキング・ベイに露天繋止しているモビルスーツへの乗降には、チューブを用いたが。

 俺の野望では、そこまで再現はされておらず、扉を潜ればすぐにモビルスーツのコクピットに乗降できる。

 

「ランドニー、こっちはいつでも出撃できるぞ」

 

 シートベルトを締めながら、起動に必要なスイッチを入れていくと。

 ザクのメインカメラたるモノアイが赤い光を発し、機体が稼働状態となる。

 

「了解だ。たった今、ミノフスキー粒子を散布し終えた。ミノフスキー粒子を散布したから、敵も急激な濃度上昇で俺達がいる事には気づいただろうが、まだ正確な位置まではつかめてない筈だ」

 

「分かった」

 

「よし、それじゃ、第046独立部隊の正規サービスでの初陣といきますか」

 

「ユーリアン、出ます!!」

 

 ユーリアンの掛け声と共に、ザクIIC型を固定していたアンカーが外れ、機体が大宇宙へと放出される。

 ユーリアンはフットペダルや操縦桿を巧みに操り、バーニアやスラスターを駆使して機体の姿勢を整えると、レーダー画面を頼りに、敵艦目掛けて機体を進ませた。

 

「援護が必要ならいつでも言ってくれ、直ぐに援護射撃する」

 

「了解」

 

 ランドニーからの通信に応対しつつ、ユーリアンはバーニアの出力を上昇させ、機体速度を上げつつ敵艦を目指し続ける。

 

「っ!? 撃ってきた!」

 

 やがて、コクピット内に警報音が鳴るや、直後、漆黒の大宇宙を光の線が走った。

 警報音に反応しスラスターやAMBACを駆使し、光の線、レパント級ミサイルフリゲートの主砲である単装メガ粒子砲を避けると、臆する事無く敵艦を目指して進み続ける。

 

「お出迎えか……」

 

 レパント級ミサイルフリゲートの主砲が唸りを上げ、更にはミノフスキー粒子によって誘導性が低下したものの、搭載されたミサイル類がユーリアンのザクIIC型目掛けて放たれ続ける中。

 新たな敵が、ユーリアンのザクIIC型目掛けて襲い掛かる。

 

 それは、レパント級ミサイルフリゲートの周囲に展開してたセイバーフィッシュであった。

 

「っ、この!」

 

 メインモニターに映し出される、編隊を組んで襲い来るセイバーフィッシュ。

 刹那、機首に装備された四基の二五ミリ機関砲が火を噴き、ユーリアンのザクIIC型の表面装甲を叩く。

 だが、二五ミリ機関砲如きでは、ザクの装甲は貫けない。

 

「お返しだ!」

 

 何発か二五ミリ機関砲を被弾しながらも、そんな事は意に介す事無く、手にしたザクマシンガンが火を噴き始めた。

 モビルスーツと異なり、ただの戦闘機であるセイバーフィッシュにとっては、一二〇ミリ弾は一発被弾しただけでも致命傷である。

 回避を試みたものの、ザクマシンガンから放たれた一二〇ミリ弾は、無情にもセイバーフィッシュを貫き、二機が爆発と共に宇宙の塵と化す。

 

「これで!」

 

 相変わらず放たれるレパント級ミサイルフリゲートからの攻撃を回避しつつ、ユーリアンは、残ったセイバーフィッシュへの攻撃を続ける。

 旋回途中の一機を撃墜し、残るは、二機のみとなった。

 

「終わりだ!」

 

 互いに正面から対峙する両者、互いの火器が火を噴き、片や致命傷を与えられず、片や一機が撃墜される。

 最後に残ったセイバーフィッシュが、死なばもろともと直撃コースでユーリアンのザクIIC型に迫るも。

 

 ユーリアンは巧みな操縦で機体を翻し、セイバーフィッシュの体当たりを躱すと、がら空きとなった背後から一二〇ミリ弾を叩きつけ、最後の一機を撃墜する。

 

「残るはフリゲートだけ……」

 

 最後に残った、先ほどから鬱陶しく攻撃を続けるレパント級ミサイルフリゲートを仕留めるべく、ユーリアンはバーニアを噴かして機体を進めた。

 

 迫りくるユーリアンのザクIIC型を墜とそうと、レパント級ミサイルフリゲートは二連装対空機銃も加え、猛攻を続ける。

 しかし、ユーリアンは巧みな操縦による機動で猛追を避けながら、自身に狙いを定めている武装に一二〇ミリ弾を叩きつけていく。

 船体の各部に設けられた武装から火が上がる中、それでもレパント級ミサイルフリゲートは、使用可能な武装を唸らせ続ける。

 

「いい加減墜ちろ!」

 

 だが、そんな健闘も空しく、レパント級ミサイルフリゲートに最後の時が訪れる。

 レパント級ミサイルフリゲートの艦橋上部を位置取ったユーリアンのザクIIC型は、手にしたザクマシンガンの一二〇ミリ弾を、艦橋目掛けて叩きつけた。

 

 一二〇ミリ弾が艦橋上部に直撃したレパント級ミサイルフリゲートは、一部の一二〇ミリ弾が艦橋部を貫き、船体内部の弾薬等に着火させたのか。

 程なくして、内部から放たれた爆破エネルギーによって、船体を真っ二つにするように、爆破撃沈した。

 

「ふぅ……」

 

 レパント級ミサイルフリゲートの爆沈を見届けたユーリアンは、無事に敵を倒せたことに安堵すると。

 母艦からの帰還信号を頼りに、機体を翻し、帰還の途に就くのであった。

 

 

 母艦であるガガウル級駆逐艦に、機体と共に無事に帰還したユーリアンは。

 コクピットから、再びガガウル級駆逐艦の艦橋に舞い戻った。

 

「よぉ、ヒーロー、おつかれさん。無事の生還だな」

 

「あぁ、おかげさまで」

 

 脱いだヘルメットを小脇に抱えながら、ユーリアンはランドニーとの会話で、戦闘での緊張を和らげる。

 

「いやー、それにしても。ベータテストの時に比べ、我らがエースパイロット殿の操縦技術は、メキメキと上達してますなぁ」

 

「お、おい……」

 

「覚えてるか、ベータテストのブリティッシュ作戦の時の事。お前、推進剤の残量も考えずに動きまくって、最後に仕留めようとしたサラミス級の爆発から逃れる分の推進剤がなくて、危うく爆発に巻き込まれそうになってたよな」

 

「その話は、もういいだろ」

 

「あの時、親切な他のプレイヤーが助けてくれなきゃ、どうなってたか。……ま、締まらないのはどっちでも変わらないけどな」

 

 誰だって最初はおぼつかないものだ、しかし、失敗や挫折を繰り返し、人は成長していく。

 ユーリアンもまた、そんな失敗や挫折を経験して成長している一人であった。

 

「それじゃ、一旦ソロモンに戻って機体の整備と補給を行うか。こいつ(ガガウル級駆逐艦)じゃ、できないしな」

 

 母艦によっては、補給と整備を行えない艦種も存在する。

 モビルスーツを運用できるとは言え、ガガウル級駆逐艦はあくまでも簡易的な露天繋止方式の為、補給と整備を行うには、一旦宇宙要塞ソロモンに戻る必要がある。

 

「ま、一旦戻って補給と整備を行っても、まだ時間に余裕はあるだろ?」

 

「まだ少しはな」

 

 艦橋モニターの右端に表示されている二つの現在時刻。

 一つは俺の世界の現在時刻で、もう一つは、現実世界の現在時刻である。

 

 現実での生活との兼ね合いもある為、長時間プレイできない二人。

 しかし、ギリギリまでプレイを続けるようだ。

 

「じゃ、さっさと戻って、補給を整備を済ませて、また経験値とゴールド稼ぎに出かけるか」

 

「おう!」

 

 こうして、二人を乗せたガガウル級駆逐艦は、宇宙要塞ソロモンへと帰還するのであった。

 その後、補給と整備を終え、再び出港するも。

 結局、その日のプレイ時間ギリギリまで、敵と会敵する事は叶わなかった。

 

 

 こうして、俺の野望正規サービス初日を終えたユーリアンこと優は。

 新しい生活への活力に大満足しつつ、明日に備えて就寝準備を進めるのであった。




この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
今後とも、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第三話 重力戦線

 俺の野望が正規サービスを開始して、早いもので数日が経過した。

 優は、新たな生活サイクルの一部に組み込まれたこのゲームを楽しんでおり、まさに充実した日々を過ごしている。

 

 そして、この日。

 優にとって、いや、俺の野望のプレイヤー達にとって、待ちに待った瞬間が訪れた。

 それが、イベント。宇宙世紀の正史に沿う形で名付けられた、その名を『地球侵攻作戦』。

 即ち、ジオン公国による地球への侵攻の幕開け、重力戦線の開始である。

 

「いよいよ来たな、重力戦線」

 

「あぁ」

 

 宇宙要塞ソロモンのロビーで、ユーリアンとランドニーは、椅子に腰を下ろしながら、イベント開始の時を待ちわびていた。

 すると程なくして、壁に設けられた巨大なモニターの映像が切り替わり、とある人物の演説が映し出される。

 それは、ジオン公国総帥、ギレン・ザビの地球侵攻作戦開始を告げる雄弁な演説であった。

 やがてギレンによる演説が終わると、続いて、アナウンスが流れ始める。

 

「これより、第一次降下作戦、コーカサス地方のバイコヌール制圧作戦を開始いたします。作戦開始は三十分後、作戦に参加希望のプレイヤー様は、ロビーの受付カウンターにて参加登録を行ってください」

 

 ロビーアナウンスが流れ終えると、宇宙要塞ソロモンを拠点に活動しているプレイヤー達が、次々とロビーの受付カウンターに殺到する。

 そんな人の流れの中に、ユーリアンとランドニーは飛び込み、順番が訪れると、受付カウンターに設置されている端末を操作し、参加登録を完了させる。

 

 すると、二人の体がロビーから別の場所へと移動させられる。

 どうやらそこは、別のロビーのようだが、通路や扉のような何処にも見当たらない。おそらく、作戦参加者の待機所なのだろう。

 

「両勢力合わせて、どれ位のプレイヤーが参加すると思う?」

 

「うーん、最初のイベントだから、結構な人が参加するんじゃないかな」

 

 待機所に設けられた椅子に腰を下ろし、今回のイベントに関する話を交わすユーリアンとランドニーの二人。

 ユーリアンの言葉を裏付けるかのように、周囲を見渡すと、開始時刻が迫るにつれ、待機所に現れる人の数が増えていく。

 

「しかし、これだけ参加すると、経験値稼ぎの競争率もバカ高くなりそうだな」

 

「そうだな……」

 

 通常は、経験値やゴールドは、敵NPC或いはプレイヤーを倒す事により得る事が出来る。

 しかしこの手のイベントの場合は、参加しただけでも、一定の経験値とゴールドが参加者全員に支給される。

 

 だが、それ以上を得ようと思えば、敵を倒す他ない。

 故に、我先に敵を倒そうと、プレイヤーの中には意気込んでいる者もいるだろう。

 

「ま、先走って撃墜されちゃ、元も子もねぇけどな」

 

「だな」

 

 しかしそれも、無事に生還できればの事だ。

 

「お待たせいたしました。作戦開始時刻となりましたので、皆様、前方の扉へとお進みください」

 

 アナウンスが流れ終えると共に、それまで周囲は壁でしかなかったものが、突如として、幾つもの扉が姿を現す。

 プレイヤー達が案内に従い、それぞれ近い場所に現れた扉に入っていく。

 ユーリアンとランドニーの二人も、近くに現れた扉へと足を進めると、躊躇う事無く扉を潜る。

 

 ユーリアンが扉を潜るや、彼の服装がパイロットスーツへと変わり、全身を浮遊感が包み込み。

 やがて、真っ暗だった周囲が、明るさを伴って鮮明になっていく。

 

 鮮明になった周囲の光景は、格納庫を思わせる場所であった。

 だが、格納庫にしては、少々手狭で窮屈に感じる。

 それもそうだろう、今、ユーリアンがいる場所は、とある母艦の貨物室なのだ。

 

 卵のような形に近い円錐形の見た目を有した母艦。

 Heavy-lift Launch Vehicle、頭文字を略して『HLV』と呼ばれる垂直離着陸式の軍事用SSTOである。

 大気圏突入能力を有するこのHLVを用いて、ジオンは、地球の連邦勢力圏に侵攻を行うのである。

 因みに、大気圏離脱時は専用のブースターを取り付けて大気圏離脱を行う。

 

「間もなく、降下ポイントに到着いたします。パイロットの皆様は、機体に搭乗をお願いします」

 

 アナウンスが流れ、同乗者である他のプレイヤー達が、各々の愛機へと乗り込んでいく。

 ユーリアンも、無重力を生かした動きで自身の新しい愛機、ザクIIF型のコクピットに近づくと、慣れた手つきでコクピット内に乗り込む。

 

 同機種は、ユーリアンが今回のイベントを見越して、機体経験値を貯めて以前のC型から"機種転換"した機体である。

 プレイヤーの保有できるモビルスーツには、"機種転換"と"改造"と呼ばれる強化を施す事が可能であり。

 

 機種転換とは、例えばザクIからザクIIC型という例のように、より高性能な機種に強化する事が出来るのだ。

 しかし、機種転換を行うには、施す機体の経験値が必要数に達していなければならず。

 また、ザクからゲルググやギャン等の、系統の異なる機種への強化は出来ない等、注意が必要である。

 別系統の機種に乗り換えたければ、所属勢力が開発完了、もしくはコマンダープレイヤーが開発完了した機種を生産・購入するしかない。

 

 一方改造とは、文字通り、機体に購入したパーツなどを取り付け、機体を強化する事であり。

 これには機体の経験値は必要ではないので、保有したての機体でも直ぐに施せる。

 だが、改造を施した機体は機種転換を行えなくなるので、こちらも注意が必要である。

 

 機体性能を根本から向上させるか、それとも引き延ばすのか。

 それは、プレイヤーのこだわりや遊び方等、プレイヤー自身の選択次第である。

 

 因みに、経験値稼ぎの成果は機体のみならず、階級にも表れている。

 ユーリアンの現在の階級は、一段昇進して"曹長"となっている。

 

「イベントだから、降下時も安心だな……」

 

 シートベルトを締めながら、ユーリアンは独り言ちる。

 彼が先ほど口にした言葉の意味は、地球への降下作戦時に、相手勢力から降下阻止の為の攻撃が行われない事を意味していた。

 

 イベント時以外の降下作戦では、相手勢力から降下阻止の為の攻撃が可能となっている。

 しかし、今回のようなイベントの際には、それは行われない。

 故に、攻撃を受けてHLVから緊急脱出する等、身構える必要はなく、降下するまでは気が楽となる。

 

「あー、マイクテスト、マイクテスト……。え? もう繋がってんの!? それ早く言ってよ!!」

 

 降下の瞬間をコクピット内で待っていたユーリアンに、通信受信を知らせるサインが点滅する。

 そして、スイッチを入れると、メインモニターの右端のウィンドウに、一人の男性プレイヤーの姿が現れる。

 

「あー、こほんっ! 今回の作戦指揮官を務めさせていただくマーコックだ。今回は、正規サービスの開始という事もあり、新規プレイヤーの方々も大勢──、え、長い? もっと手短に? わかった、分かった!」

 

 マーコックと名乗ったダンディな男性プレイヤーは、今回の作戦の指揮官を務める者のようだ。

 

 作戦指揮官とは、侵攻或いは防衛作戦時に、文字通り指揮を振るうプレイヤーの事で。

 作戦に参加しているプレイヤー戦力の他に、ゴールドを支払いNPC戦力を投入、砲撃や爆撃などの戦術支援、作戦中の補給物資の手配・投入等々。作戦に関する様々な権限を有している。

 なお、作戦指揮官となれるのはコマンダープレイヤーのみで、万が一作戦にコマンダープレイヤーが参加していない場合は、NPCが行う事となっている。

 また、複数のコマンダープレイヤーが参加している場合は、その中で階級が高いものが選任されるが、同じ階級の者が複数の場合は、当人達で話し合い選任される。

 

「兎に角、勝ち負けにこだわらず楽しんでもらいたい、以上!」

 

 そんな作戦指揮官の作戦前の激励の言葉が終わると、新たなアナウンスが流れ始める。

 

「降下ポイントに到着しました。これより、HLVの降下を開始します」

 

 蒼き水の星、地球。

 そんな地球の影から、真っ赤に燃える太陽が姿を現し、地球の影を追い払っていく。

 しかし、太陽の光を一身に受けるのは、地球だけではなかった。

 

 地球の衛星軌道上にその姿を曝け出すジオン公国の宇宙艦隊。

 ジオン公国宇宙艦隊の主力たる宇宙軽巡洋艦、ムサイ級や、ガガウル級駆逐艦。

 それら戦闘艦に曳航、或いはムサイ級独特の船体配置に挟み込むように、多数のHLVがその姿を見せる。

 

 やがて、運搬していた艦から切り離されたHLVは、艦隊を護衛するモビルスーツや宇宙戦闘機に見送られながら、次々に地上を目指して大気圏を突入していく。

 そして、そんなHLVに続くかのように、一部のムサイ級の艦首下部から、コムサイと呼ばれる大気圏突入カプセルが切り離され、同じく大気圏へと突入していく。

 

 ここに、重力戦線、その火蓋が切って落とされたのである。



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第四話 エントリィィィィィィッ!

 衛星軌道から地上、バイコヌールへと側面にジオン公国のマークが描かれたHLVが大気を突き破り降下していく。

 だが、そんなHLVを地上へ着地させまいと、地上からは激しい対空砲火が火を噴き続けている。

 地上目掛けて、重力に逆らう事無く降下し続けるHLVの周囲を、対空砲火の黒煙が彩り続けている。

 

 やがて、不幸にも対空砲火の直撃を受けた一台のHLVが火を噴き、周囲の他のHLVにぶつかるなど不安定な軌道を描くと、程なく空中で爆発し、内部のモビルスーツ共々空に散った。

 

「この命中率、プレイヤー操作か」

 

 乗機のコクピットから、搭乗HLVの外部カメラの映像を眺めていたユーリアンは、感想を漏らす。

 NPCの命中率は、レベルに応じた差はあれど、基本的には高い訳ではない。

 にもかかわらず、今回迎撃として火を噴き続けている対空砲火の命中率は、NPCが操作するよりも高く感じる。

 プレイヤーは、モビルスーツや母艦のみならず、拠点に設けられている各種兵器も操作が可能となっている。

 故に、今回のような侵攻進路が限定されている場面では、拠点の兵器を操作し戦うのも、プレイヤーにとっては立派な戦術の一つであった。

 

「こんな所でいつまでも待ってられるかぁ!! 俺はもう降りるぞ!」

 

 激しい対空砲火の轟音が響き、振動が内部を揺らす中。

 同乗者であるプレイヤーの一人が、痺れを切らしたかのように、HLVのハッチを操作し、機体を開いたハッチの縁へと移動させていく。

 

「やっはぁーっ!!」

 

 そして、一機のザクIは、ハッチから飛び降り地上目掛けて降下していく。

 

「っ!! うそだ──」

 

 だが、地上から放たれた一発の対空ミサイルが、防御する間もなくザクIに命中すると。

 対空ミサイルが命中したザクIは、黒煙をあげ、錐揉みしながら地上へとその姿を消した。

 

「まだ焦る時間じゃないだろう」

 

 事の顛末を見届けたユーリアンは、小さく独り言ちる。

 しかし、そんなユーリアンの考えとは裏腹に、周囲のHLVからは、まるで端を切ったかのように、次々とモビルスーツが飛び降りていく。

 HLV共々撃墜されるかもしれない、そんな恐怖が勝っているのだろう。

 

「ヒャッーーーホォォォォォォォォォッッウ!! エントリィィィーーーーーーーッ!!」

 

 中には、恐怖をかき消すかのように、機体の外部スピーカーがハウリングする程の大声で叫びながら飛び降りるプレイヤーの姿もあった。

 

「HLVの耐久は……、まだ大丈夫か」

 

 自身以外の同乗者たちは、既に全員飛び降りてしまっている。

 それでもユーリアンは、メインモニターの端に表示された、HLVの耐久値と現在の高度を目にしながら、飛び降りるタイミングを見定めていた。

 

 内から湧き上がる衝動を抑えながらも、タイミングを見定めていたユーリアン。

 やがて、HLVの耐久値が危険水域に近づくや、遂に、ユーリアンは動き始める。

 

 HLVのハッチの縁へと、乗機のザクIIF型へと移動させると、対空砲火の隙を見て、機体をHLVから飛び降ろすだけとなった。

 

「そこのF型さん。飛び降りるなら、援護しようか?」

 

「ん?」

 

 ふと、音声通信が入り、男性プレイヤーの声がコクピット内に響く。

 レーダー画面で音声通信の発信者を探すと、メインカメラのモノアイが、近くを降下中のHLVのハッチに立つ、一機のザクIの姿を捉えた。

 特段、機体本体に目立った改造も塗装も施されていないザクIではあったが、その両手には、目を引く長大なライフルが抱えられていた。

 

「MS用対艦ライフル ASR-78……」

 

 MS用対艦ライフルこと形式番号ASR-78は、THE ORIGINにてザクの武装の一つとして新たに設定された武装である。

 原作では、全長二二・三メートル以外、口径等は記載されていなかったが。俺の野望では、口径一三五ミリと設定がなされている。

 

「お、見えてるか? こいつで援護してやるから、安心して飛び降りな!」

 

「ありがとうございます! でも、そちらは?」

 

「なーに、こっちは見ての通り後衛型なんでな。一人でも多く前衛に出てもらって、安全を確保してほしいのさ。だから、遠慮せずに飛び降りてくれて構わないぞ」

 

「分かりました」

 

 リアルに近づけていても、これは本物の戦争ではなくゲーム、遊びである。

 故に、チームならば兎も角、全くの赤の他人同士、突然協力するのは躊躇いも生まれる。

 

 だが、その協力が互いにとって利益になると判れば、躊躇いも消えるだろう。

 

「俺がカウントダウンしたら飛び降りろ、いいか、F型さん?」

 

「了解です」

 

「じゃ、カウントいくぞ。スリー、ツー、ワン──、ゴーゴー!!」

 

 地上目掛けて銃口を向けたMS用対艦ライフルが火を噴き、それと同時に、ユーリアンのザクIIF型は地上目掛けて降下していく。

 

「縁があったら、また会おうぜ、F型さん」

 

 既に通信が切れたコクピット内で、ザクIのパイロットは、再会を楽しむかのように独り言ちるのであった。

 

 

 

 搭乗していたHLVから地上目掛けて飛び降りたユーリアンのザクIIF型は、着地点付近をメインカメラに捉えていた。

 

「っち」

 

 メインモニターに映し出された着地点付近の映像に、ユーリアンは軽く舌打ちする。

 その原因は、着地点付近にその姿を晒している、一機のモビルスーツの存在であった。

 

 ジムを思わせる頭部、ザクを思わせる胴体部に足回りの動力パイプ、実戦での運用を考慮していない、前面以外駆動部が丸見えな肩や腰。

 一見して未完成な見た目をしたモビルスーツ、形式番号RRf-06、ザニーの名称を持つ、連邦のモビルスーツだ。

 

 ザニーは、降下してくるユーリアンのザクIIF型に気が付くと、携帯している一二〇ミリ低反動キャノン砲を構えると、その銃口をユーリアンのザクIIF型に定める。

 そして、次の瞬間、一二〇ミリ低反動キャノン砲が火を噴き、放たれた一二〇ミリの砲弾がユーリアンのザクIIF型目掛けて飛来した。

 

「っ! の!」

 

 自身が狙われていると判断した瞬間、ユーリアンは一二〇ミリ低反動キャノン砲が火を噴くよりもコンマ数秒早く、乗機を左へ避けるべくスラスターを噴かせる。

 刹那、飛来した一二〇ミリの砲弾はザクIIF型の脇をかすめると、何処かへと飛んでいった。

 

「ぐっ!」

 

 一二〇ミリの砲弾を回避するためにスラスターを噴かせた結果、着地の姿勢が崩れ、振動がコクピットを襲う。

 しかし、ユーリアンは奥歯を食いしばりそれに耐えると、すかさず操縦桿を操作し、乗機の手にしたザクマシンガンの銃口を、ザニーに向ける。

 

 あの攻撃がかわされるとは思ってもいなかったのか、ザニーのパイロットは、逆に狙われる事となった事態への反応が遅れていた。

 気が付き、回避を試みようとした時には、既にザクマシンガンから放たれた一二〇ミリ弾が襲い掛かっていた。

 刹那、一二〇ミリ弾が命中し、残弾に引火し爆発する一二〇ミリ低反動キャノン砲と共に、ザニーの上半身も、爆炎と黒煙の中へと消えていた。

 

「……ふぅ」

 

 レーダー画面にも、カメラの映像にも、周囲に敵の存在が確認されない事を確認すると。

 ユーリアンは、徐にヘルメットを脱ぎ、パイロットスーツも上半身を脱ぐとアンダーウェアのみの状態となる。

 それはまるで、息苦しさや熱さから解放されたように見えた。

 

 自律神経の乱れから汗をかく、幾ら仮想現実とはいえ、そこまでの再現はなされない筈だが。

 ユーリアンは、解放された自身の額の汗を拭うかのような仕草をすると、深い息を吐いた。

 そして、ふと、モニターに映し出された周囲の光景を目にする。

 

 そこに映し出されていたのは、まさに、地平線の彼方まで広がる荒野であった。

 現実世界でも、同地域は広大な荒野が広がっており、その再現度の高さが伺える。

 

 しかし、ユーリアンは観光を楽しむためにこのゲームを楽しんでいるのではない。

 ジオン公国のパイロットプレイヤーの一人として、プレイヤーならば誰しもは考えている、自勢力の勝利を目指す為に、ここにいるのだ。

 それを思い出したかのように操縦桿を握り直すと、乗機であるザクIIF型を移動させ始める。

 

 

 降下するHLVが、次々にパラシュートを開きながら地上へと着地を決めていく。

 そして、開かれたハッチから、次々にモビルスーツが荒野に降り立ち、バイコヌール地方の要、バイコヌール宇宙基地を目指し進撃を開始する。

 

 そんな様子を、ユーリアンは、少し離れた場所で確認していた。

 何故彼がそんな場所にいるのかと言えば、それは、HLVの着地の安全確保の為であった。

 降下集団の先頭後半部分のHLVに搭乗していたユーリアンは、後続のHLVの安全な着地の為、周囲の対空ミサイルや火砲、更にはレーダー施設を破壊して回っていたのだ。

 因みに、その最中、ユーリアンの破壊活動を止めようと、連邦の主力戦車である数輌の61式戦車が姿を現したが、綿密な連携も取れない動きでは、ザクIIF型の前に鉄塊と成り果てるだけであった。

 

 なお、本陣のバイコヌール宇宙基地を守護するように、周囲の各所に設けられた防衛用の陣地だが。

 やはり、本陣であるバイコヌール宇宙基地が一番火力が充実しており。

 ユーリアンの破壊活動後も、後続のHLV群目掛けて放たれる対空砲火の勢いは、あまり衰えていないように感じられた。

 

 それでも、ユーリアンは自身の行動で一台でも多くのHLVが着地出来たと信じ、進撃を開始した集団を追いかけるのであった。

 

 

 

 ユーリアンが後続の集団と共にバイコヌール宇宙基地へと進撃を開始した頃。

 ランドニーは一体何処にいるのかと言えば。

 彼は、とある室内の一角にいた。

 

「後続集団、バイコヌール宇宙基地の外縁に到達」

 

「先頭集団の開けた突破口から、後続集団が基地内に侵入します」

 

「支援車輛、現在展開率は四割です。歩兵隊はまだ三割前後」

 

「そうか……。補給コンテナの投下状況は?」

 

「補給コンテナ、予定地点に無事投下完了しています」

 

「これで継戦能力も問題ないな……」

 

 室内はある程度の広さを有していたが、設けられた多数のモニター、更には機材やテーブルなどで、元の広さを感じさせぬ程、手狭な空間へと生まれ変わっていた。

 そこは、まさに作戦司令部。

 現在の戦況を事細かく表示したモニターに、機材を操作するNPCのオペレーター達。

 そして、オペレーター達の報告を聞き、中央の座席から指示を飛ばすのは、今回の作戦指揮官であるマーコックであった。

 

 そんなマーコックの後ろに用意されたテーブルで、作戦の推移を見守っているのは、今回の作戦に参加している他のコマンダープレイヤー達。

 その中に、ランドニーの姿もあった。

 

 因みに、そんな作戦司令部となっているこの場所は、HLVと共に降下したコムサイの内の一台、その貨物室内に設けられている。

 このコムサイは、現在戦場であるバイコヌール宇宙基地から離れた安全地帯に着陸し、護衛と共に後方に陣を張っている。

 

「現在の我が方の被害状況は?」

 

「現在、我が軍の被害は一割を超えました。その殆どは、降下中によるものです」

 

「むぅ、ある程度は覚悟していたが、やはり降下中は無防備になりがちだな」

 

 オペレーターからの報告を聞き、マーコックは渋い顔になる。

 後ろで聞いてたいランドニーもまた、マーコックの心情に同情を禁じ得なかった。

 

 戦闘能力を持った大気圏突入可能な母艦がない現状では、どうしても、地上への降下中は無防備にならざるを得ない。

 別の地域からの支援があれば、また違ったのだろうが。

 生憎と、現在ジオンは地球上に領土を有していない為、それも叶わぬ事だ。

 

「だが、この犠牲を無駄にせぬ為にも、この作戦、必ずや成功させるぞ! バイコヌール宇宙基地の侵攻状況は?」

 

「シカクコシアス隊、闇夜のオオカミ隊。両隊の突破力が功を奏し、順調に侵攻中」

 

「む、しかしあまり突出するのも敵中孤立の恐れがあるな。両隊に侵攻速度を落として、後続に合わせる様に連絡を」

 

「了解しました」

 

 一部プレイヤー達の活躍のお陰で順調にバイコヌール宇宙基地を制圧できている事に、満足そうな笑みを浮かべるマーコック。

 一方ランドニーは、自身の目の前にある機材を操作し、ユーリアンの生存を確認すると、他の、有力なプレイヤー達の情報を閲覧し始める。

 

(やっぱ戦績上位者はベータテストでも聞いたことのあるプレイヤー名ばかりだな)

 

 特に目を引いたのは、戦績の最上位に名を連ねているプレイヤー。

 『沙亜 阿頭那武婁』の名を持つ、一見して難読漢字の羅列のような名前のプレイヤー。

 機動戦士ガンダムの二大巨頭、主人公アムロ・レイのライバルであるシャア・アズナブルを漢字の当て字として使用している。

 

 そんな名前の付け方から、誰が付けたか、ついたあだ名が『難読彗星の沙亜』である。

 

 ベータテスト時に、その特徴的なプレイヤー名から、ランドニーはそのプレイヤーについて覚えていた。

 

(確かこの人、ソロプレイスタイルだったよな……。こんな人が自分の軍団の一員だったら、そりゃ心強いだろうな)

 

 一通り現在の戦績上位者の情報を閲覧し終えると、ランドニーは再びユーリアンの情報を表示する。

 モビルスーツの撃破数こそ少ないものの、それ以外の車輛や施設など、総合的にはかなりの戦績を残している。

 

(期待してるぜ、"レイヴン"さん)

 

 口元に笑みを浮かべながら、ランドニーは、ユーリアンのベータテスト時に名付けられた異名を心の中で呼ぶ。

 スラスター等を巧みに操り、まるで某3Dロボットアクションゲームの機体を彷彿とさせるその動きから、誰が付けたか、レイヴンという異名。

 イベント時など、自主的に裏方などに回る事からも、本来のワタリガラスを意味するものではなく、"傭兵"を意味するレイヴンが最適とばかりに名付けられた。



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第五話 有名プレイヤーとの繋がりを強くする好機です。

 ランドニーに知らぬ間に期待を寄せられているユーリアン、彼が今、何処にいるのかと言えば。

 そこは、バイコヌール宇宙基地の外縁部。

 先頭集団により見事に崩された防壁の傍、投下された多数の補給コンテナが立ち並ぶその場所は、ジオンの簡易的な補給拠点として整備されつつあった。

 

 現在侵入し制圧を試みている部隊の継戦能力を大きく左右する同拠点に対して、連邦側は、数人のプレイヤーが、同拠点を破壊しようと奇襲を試みていた。

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 その内の一機であるザニーのパイロットが、叫び声と共に背面から大きな衝撃を受ける。

 理由は、乗機が荒野に意図せず倒されたからだ。

 そして、ザニーが倒れた原因を作った張本人。強烈なタックルをお見舞いした一機のザクIIF型は、倒れたザニーを死神の如く見つめていた。

 

 刹那、起き上がる間も与えず、ザクIIF型は手にしたザクマシンガンの銃口を、倒れたザニーに向け。そして、引き金を引いた。

 コクピット周囲に一二〇ミリ弾が被弾したザニーは、倒れたまま、再び起き上がる事はなかった。

 

「……ふぅ」

 

 今し方ザニーを撃破したザクIIF型のコクピット内、パイロットシートに腰を下ろしているのは、誰であろうユーリアンであった。

 進撃を開始した集団の後方に位置取りしたユーリアンは、そのままバイコヌール宇宙基地内に侵入する事無く、簡易補給拠点である同拠点の防衛に回っていた。

 

 それは、基地内で撃破の取り合いになるであろう撃破競争に参加するよりも、確実に敵モビルスーツを撃破できるチャンスが多いと踏んだからである。

 その証拠に、それぞれ単機ながらも、同拠点を襲撃したザニーを二機、ユーリアンは既に撃破していた。

 

「そろそろ残弾が心許ないな」

 

 モニター端に表示されたザクマシンガンの残弾数を確認したユーリアンは、残弾の残り少ないドラムマガジンをザクマシンガン本体から外すと、乗機を近くの補給コンテナへと近づけた。

 補給コンテナ内には、未使用のザクマシンガンのドラムマガジンが入っており。

 慣れた操作でその内の一つを手に取ると、ザクマシンガン本体に取り付け、初弾を装填する。

 

「制圧も、時間の問題かな……」

 

 ユーリアンには戦場の全体像は見えていなかったが、半ば確信的な予感があった。

 連邦側の初期選択モビルスーツは、そのどれもがジオン側とは異なり近接武器を標準搭載していない。

 基地外の荒野など、開けた場所ならば連邦側の射撃武器は有効ではあるが、遮蔽物の多い基地内では、ヒートホーク等の近接武器が猛威を振るう。

 

 勿論、改造を施せば近接武器も搭載できるし、機種転換で強化した機種等には、近接武器が標準搭載されている機種もある。

 だが、まだ正規サービスが始まってそれ程日数も経っていない。

 故に、多くのプレイヤーはまだ改造や機種転換などを行えていない筈。

 一部、突き抜けたプレイヤーがいるかもしれないが、それでも、数が揃っていなければ、劣勢を覆せる程ではないだろう。

 

 なので、ユーリアンは、ジオンの勝利は時間の問題と考えていた。

 

「ん?」

 

 そんな考えを浮かべながら、補給拠点を哨戒していると、不意に、ランドニーから通信が入る。

 スイッチを入れ通信をオンにすると、メインモニターの端にランドニーの顔が表示される。

 

「よぉ、相棒。まだ生きてるか?」

 

「なんとかな」

 

 ランドニーの挨拶に簡単に返すと、ユーリアンは通信を入れてきた目的を尋ねる。

 

「実はな、こいつを見てくれ」

 

 ランドニーが何やら機材を操作すると、メインモニターに新たなウィンドウが現れる。

 そこには、現在の戦況の簡単な図が表示されていた。

 

「見ての通り。俺達ジオンはバイコヌール宇宙基地内へ侵入後、作戦司令部の命令で集団を三つのグループに分散し、三方から基地内を制圧中だ」

 

「あぁ」

 

「中央と右翼は、見てわかる通り、シカクコシアス隊や闇夜のオオカミ隊と言った連中のお陰で、順調に制圧中だ」

 

「ん、左翼は?」

 

「そう、それなんだよ。実は問題なのが左翼の状況で、そこには難読彗星の沙亜がいたんだが……」

 

「難読彗星の沙亜、それって沙亜 阿頭那武婁の事だよな。そんな凄いプレイヤーがいたのにどうして?」

 

「ま、簡単に言えば凄すぎたんだよ。難読彗星の沙亜の侵攻速度に他の連中が付いていけず、結果、難読彗星の沙亜が突出し過ぎて敵陣の中で孤立してる状況だ」

 

「左翼の他のプレイヤー達は!?」

 

「一応頑張ってはいるみたいだが、少し厄介なのに絡まれてるのか、速度は遅いな」

 

「それで、俺に難読彗星の沙亜の救助に行けと?」

 

 ランドニーのここまでの説明に、ユーリアンは察したように彼に質問を投げかける。

 

「そ、そういう事だ。単機なら、敵の間を縫って難読彗星の沙亜のもとまで行けるだろうと思ってな」

 

「簡単に言ってくれるな……」

 

「お前の腕前なら問題ないだろ? 相棒」

 

「はぁ、分かったよ。けど、どうして難読彗星の沙亜の救助を行おうなんて思ったんだ?」

 

「いやー、あれさ。助けたお礼に、俺達の軍団に加入してくれないかなって思ってさ」

 

 下心を包み隠さないランドニーの答えに、ユーリアンは再びため息を漏らすのであった。

 

「助けられたお礼に、軍団に加わってくれるようなプレイヤーじゃないと思うけどな」

 

「ま、軍団に加わってくれなくても、ジオン側でも一二を争う腕前を持つプレイヤーだ。助けて貸しを作っておいても、損はないだろう?」

 

「まぁ、そう言われれば、そうだが」

 

「じゃ、頼んだぞ。難読彗星の沙亜の大体の位置情報はそっちに送っておいたから、よろしくな」

 

 こうして、ランドニーからの通信が切れると、代わりに、彼から送信された位置情報がメインモニター端に表示される。

 

「仕方ない、やるか」

 

 短いため息を漏らした後、ユーリアンは乗機を近くの補給コンテナへと移動させると。

 補給コンテナ内に入っていた、未使用のザク・バズーカを装備する。

 

「さぁ、行くか」

 

 右手にザクマシンガン、左手にザク・バズーカを装備したユーリアンのザクIIF型は。

 難読彗星の沙亜の救助に向かうべく、バイコヌール宇宙基地内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 宇宙と異なり、地上ではバーニアを噴かせても早くなる訳ではない。

 故に、人間同様、文字通り全力疾走で目的地を目指すユーリアンのザクIIF型。

 基地内には、激戦を思わせる、穴だらけとなった建築物や、ジオン・連邦、双方のモビルスーツの残骸。更には、車輛などの残骸や、両勢力のNPCの歩兵の姿なども随所に見られる。

 

 そんな基地内を移動していると、前方、移動ルート上にて、基地の建築物を盾にして戦闘を行っている友軍の姿を捉えた。

 

「お、応援か?」

 

 どうやら、戦闘中の友軍もユーリアンのザクIIF型に気付いたらしく。

 一機の角付きザクIのパイロットからの音声通信が入る。

 

「助かった。前進しようにも、あのガンタンク共が邪魔で進めないんだ」

 

 身振り手振りを交え、角付きザクIのパイロットが示した方向には、同じく基地の建築物を盾にしている、三台のガンタンク初期型の姿があった。

 三台ともチームを組んだプレイヤーが操作しているのか、よく連携も取れており、攻撃後の隙を互いにカバーするかのような動きを見せている。

 

 一方友軍は、プレイヤー操作の機体とNPC操作の機体が混在し、プレイヤーの腕前も不揃いで、互いに意思疎通もあまり出来ておらず。

 数では連邦側に勝っていても、連携が取れずに、あの三機を攻めあぐねていた。

 

「あの、いいですか?」

 

「ん? 何だ?」

 

「三台のガンタンク初期型、俺が倒してみますんで、その為に手伝ってもらいたいんです」

 

「え? あんた一人で!?」

 

 角付きザクIのパイロットは驚きを隠せなかった。

 両手にザクマシンガンとザク・バズーカを装備し、単機でここにやって来た事から、角付きザクIのパイロットはユーリアンをある程度の実力者だと考えていた。

 

 しかし、幾ら実力のある者と言えど、三台のガンタンク初期型を相手にするには、分が悪い。

 

「幾ら何でも無茶だ」

 

「だから、倒せるように、手伝ってもらいたいんです。皆さんに」

 

「手伝うって、一体どうしろって言うんだ?」

 

「難しい事はありません。ただ、一度だけ、タイミングを合わせて一斉射をしてください。相手の動きを少しの間だけ止めておいてもらえればいいんです」

 

「成程、確かにそれは簡単だが……」

 

「お願いします。倒すには、協力が必要不可欠なんです」

 

 暫し沈黙が続き、突然現れた自身のお願いは、やはり聞き入れてもらえないかとユーリアンが思い始めた矢先。

 

「分かった。他の奴らにも呼び掛けてやってみよう! だが、そこまで言ったんだ、ちゃんと倒してくれよ!」

 

「はい!」

 

 角付きザクIのパイロットからの返答に力強く答えると、ユーリアンは操縦桿を握り直し、準備が整うのを待つ。

 その間、角付きザクIのパイロットは、他のプレイヤーに声をかけ、協力を取り付けてもらえるように頼み込む。

 中には、突然現れたユーリアンの提案に、疑念を抱く者もいたが。結局、他にいい打開策も思いつかない為、渋々ユーリアンの提案に乗るのであった。

 

「さ、こっちはいつでも準備オッケーだ」

 

「では、次の攻撃の切れ間に一斉射をお願いします」

 

「了解した」

 

 攻撃のタイミングを伝えられると、誰もが、その時が訪れるのを緊張した面持ちで待つ。

 やがて、ガンタンク初期型の両腕に装備された四連装機関砲の発砲音が途絶えると、遂に、その時は訪れた。

 

「今だ! 一斉射!!」

 

 角付きザクIのパイロットの声と共に、プレイヤー達が建築物の影から機体を突き出し、手にした武装を一斉に発砲する。

 その瞬間的な火力は、三台のガンタンク初期型を、文字通り建築物の影に貼り付けにした。

 

(今だ!)

 

 そんな一斉射が開始された刹那、ユーリアンはフットペダルを踏みバーニアを噴かせると、跳躍し、一気に友軍が盾として使用していた建築物の屋上へと飛び乗る。

 C型よりも軽量化されたとは言え、本体重量だけでも五六トンもあるザクIIF型、盾として使用され、柱がボロボロなこの建築物に、そんな重量を長時間支えていられるだけの耐久力は、殆どなかった。

 

 しかし、ユーリアンにすれば、眺めの良いその場所に、長く止まるつもりはなかった。

 三台のガンタンク初期型の位置関係さえ把握できれば、十分だったのだ。

 

(これで!)

 

 刹那、ユーリアンのザクIIF型は屋上を蹴ると、再びバーニアを噴かせ、そして、三機のガンタンク初期型目掛けて跳躍した。

 

「バカの一つ覚えみたいに撃ったところで──、っ!!?」

 

 程なくしてジオン側の一斉射が終わりを告げ、お返しとばかりに建築物の影から出てきた一台のガンタンク初期型が反撃の為に姿を現す。

 だが、ガンタンク初期型のパイロットは、コクピット内に響く警報音に気付くと、次の瞬間、目にする。

 自身の乗るガンタンク初期型目掛け、跳躍しつつ、ザク・バズーカの発射口を向けるザクIIF型の姿を。

 

「な!」

 

「先ず、一つ」

 

 刹那、不安定な姿勢ながらも、ザク・バズーカの発射口から放たれた二八〇ミリのロケット弾は。

 まるで吸い寄せられるかのように、意表を突く攻撃方法に唖然とし回避行動を取り忘れていた、ガンタンク初期型のコクピット付近に着弾。上半身共々、爆炎と共に吹き飛ばした。

 

「馬鹿な!? あの姿勢から!?」

 

「なんだよ、こいつ!?」

 

 仲間がやられ、残り二台のガンタンク初期型のパイロット達が色めき立つ。

 一方、ユーリアンのザクIIF型は、上半身が吹き飛んだガンタンク初期型の残骸前方に豪快に着地すると、間を置く事無く次の行動に移る。

 

 単発式の為、お役御免となったザク・バズーカを上方へと投げつける。

 と、一歩間を開け、再びバーニアとスラスターを噴かせると、残骸の影から飛び出した。

 

 刹那、投げられたザク・バズーカを、四連装機関砲の嵐が襲った。

 

「な!? 囮!?」

 

「しまった!?」

 

「目がいいのも、時に仇となる」

 

 ザク・バズーカをユーリアンのザクIIF型と誤認し攻撃を行った二台のガンタンク初期型は、死角となっていた残骸から飛び出したユーリアンのザクIIF型に対し、無防備な曝け出していた。

 刹那、ザクマシンガンが火を噴き、二台のガンタンク初期型目掛けて一二〇ミリ弾の嵐が襲い掛かる。

 

 程なくして、二つの爆発音と共に、新たに二か所から黒煙が上がり始めた。

 その発生点は、残骸と化した、二台のガンタンク初期型であった。

 

「ふぅ……」

 

 有言実行。

 三台のガンタンク初期型を倒したユーリアンは、深い息を吐き、安堵の表情を浮かべる。

 

「けど、ちょっと無茶しちゃったかな……」

 

 モニターに表示された機体状況を目にし、ユーリアンは小さく反省の言葉を漏らす。

 被弾はしていないものの、相手の意を突く攻撃方法実行の為、特に脚部には負荷がかかり、黄色信号が点灯している個所もあった。

 

(俊敏力のないガンタンク初期型だったからよかったものの、他の機種だったら、危なかったかもな)

 

 ユーリアンは今回の勝利に慢心する事無く、気を引き締めるべく戒めのような言葉を心の中で漏らす。

 

「よぉ、あんた! 本当に凄いな! 本当に、たった一機で三台のガンタンクを倒してしまうなんて」

 

 と、そんなユーリアンの乗るザクIIF型に、先ほど協力を仰いだ角付きザクIが近づいてくる。

 しかも、音声通信ではなく、メインモニターの端には、角付きザクIのパイロットであろう、パイロットスーツに身を包んだ、恰幅の良い初老の男性の顔が映し出されていた。

 

「そんな。皆さんの協力があればこそですよ」

 

「はははっ! 若いのに謙遜を忘れんとは、ますます凄いよ、君は」

 

 角付きザクIのパイロットは豪快にユーリアンを称え終えると、今後の行動予定をユーリアンに伝える。

 

「我々は一旦休憩してから侵攻を再開するが、君はどうするんだ?」

 

「俺は、このまま進みます。この先に、助けを待ってるかもしれないプレイヤーがいますから」

 

「この先? ……それってもしかすると、赤い改造ザクに乗ったプレイヤーの事か?」

 

「難読彗星の沙亜の事をご存じなんですか?」

 

「難読? シャア? 乗ってるプレイヤーの名前はよく分からんが、兎に角、君の操縦技術に負けず劣らずの、凄い動きをしてたよ、あの赤い改造ザクは。我々なんか、付いていく事すら出来なかったからな」

 

 難読彗星の沙亜は、名前のモデルとなった人物の代名詞とも言うべき指揮官用ザクII、S型と呼ばれるザクIIを愛機としている。

 また、機体性能向上の為の改造を施し、機体の塗装も、シャア・アズナブル専用機を彷彿とさせる赤を基調とした塗装が施されている。

 

「しかし、あんな動きが出来るなら、助けなんて必要なさそうだがな」

 

「そうかも知れませんが、俺は行きます」

 

「そうか、なら、頑張れよ。……あぁ、そうだ、自己紹介がまだだったな。儂の名前はガ・デーム、今の階級は"上等兵"だ」

 

「ユーリアン・ルクと言います、階級は曹長です。よろしくお願いします」

 

「おぉ、曹長か、そりゃ凄い。では、ルク君……。いや、ルク曹長。縁があったら、またお会いしましょう!」

 

「はい、デームさん」

 

 互いに敬礼を交え通信を終えると、ユーリアンは乗機を動かし、近くに落ちていたザクマシンガンを手に取ると、拾ったザクマシンガンの残弾を確認する。

 そして、両手にザクマシンガンを装備した乗機のザクIIF型を、再び走らせ始めた。

 

 なお、再び目的地を目指して走り出した最中。

 ガ・デームと名乗ったプレイヤーの顔が、名前のモデルとなったキャラクターのトレードマークたる立派な髭を消すとそっくりだな。

 と、ユーリアンが考えていたのはここだけの話だ。



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第六話 そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?

 ユーリアンのザクIIF型が再び基地内を全力疾走し暫くした頃。

 ユーリアンのザクIIF型は、目的地付近に差し掛かっていた。

 しかし、周辺はミノフスキー粒子の散布濃度が濃く、救助目標である難読彗星の沙亜の機体を発見する為には、目視で見つけ出すしかなかった。

 

 警戒しつつ、モノアイを左右に動かし、捜索に努めていると。

 不意に、モビルスーツ用の火器と思しき発砲音を、機体の外部マイクが拾う。

 

「あっちか」

 

 発砲音のする方へと乗機を走らせ、穴だらけとなった建築物の角を曲がると。

 その先には、ユーリアンが目を見張る光景が広がっていた。

 

 格納庫を盾にしつつ、手にしたザクマシンガンを発砲しているのは、救助目標である難読彗星の沙亜が操縦する赤い改造ザク。

 その外見は、ガンダムシリーズのアニメ作品において、ガンプラを題材とした作品、ガンダムビルドファイターズに登場したモビルスーツ、ザクアメイジングを彷彿とさせた。

 両肩と脚部に追加された増加装甲に、背部に追加された二基の五連装ロケットランチャー、両腰部には武装用の予備弾を収納できるコンテナが取り付けられている。

 

 その鈍重な外見に反して、その動きは、ベースとなったS型と何ら遜色のない動きをしている。

 機体の改造のレベルの高さ故なのか、それとも難読彗星の沙亜の操縦技術の高さの賜物か。

 何れにせよ、その動きは、対峙している連邦のモビルスーツ達とは別次元である事だけは確かであった。

 

 そして、そんな別次元な動きの赤い改造ザクと対峙しているのは、三機のザニー。

 コンテナ等を盾とし、手にした九〇ミリ口径のモビルスーツ用マシンガン、形式番号HWF GMG・MG79-90mm、通称ジムマシンガンとも呼ばれる、バレルの短いブルパップ型マシンガンを発砲している。

 だが、放たれた九〇ミリ弾は、赤い改造ザクの装甲を叩く事無く、空虚に飛来していくのみ。

 

 しかし、そんな戦闘風景よりもユーリアンの目に留まったのは、戦闘している足元であった。

 そこには、モビルスーツの残骸が転がっており。しかも、その残骸の全てが、連邦のモビルスーツの物であった。

 つまり、赤い改造ザクは、既に相当数の連邦モビルスーツを撃破しているという事だ。

 

「……これって、助け、いらないんじゃ」

 

 ユーリアンが小さく呟いた刹那、一機のザニーが赤い改造ザクの凶弾に倒れ、残るは二機となる。

 ユーリアンの呟きが現実のものへと一歩近づき、ユーリアンが出ていくタイミングを見失いかけていた、その時であった。

 

 ふと、近くの建築物の影に、動くものを捉えたのは。

 

「あれは……」

 

 それは、一機のガンキャノン最初期型の姿であった。

 ゆっくりとした動きで、まるで赤い改造ザクに自身の存在を気付かれないように動くガンキャノン最初期型は、やがて、装備している低反動キャノン砲の砲口を、赤い改造ザクへと向けた。

 

「危ないっ!!」

 

 ザニーに意識が向けられ、自身を狙っているガンキャノン最初期型の存在に、赤い改造ザクが気付いていないと察するや。

 ユーリアンは、両手に装備したザクマシンガンを発砲しながら、ガンキャノン最初期型目掛け、乗機を突撃させた。

 

「ぬぁぁぁっ!?」

 

 まさか、ユーリアンという伏兵がいたとは知らなかったガンキャノン最初期型のパイロットは。

 断末魔と共に、乗機共々爆炎の中へと消えていった。

 

「くそっ! 失敗かよ!」

 

「あと少しだったのに!」

 

 刹那、二機のザニーのパイロットは、ガンキャノン最初期型による奇襲が失敗した事を知るや、バーニアを噴かし、その場から離脱していく。

 一方、追撃する事無くその場に残った赤い改造ザクは、そのモノアイを、ユーリアンのザクIIF型へと向ける。

 

「誰だ? お前は?」

 

「あ、えっと。俺は、ユーリアン・ルクと言います。沙亜 阿頭那武婁さん、ですよね。敵陣の中で孤立していると聞いたので、救助に来ました」

 

 ユーリアンの返答を聞いた筈だが、難読彗星の沙亜は音声通信を切ってしまう。

 この行動に、ユーリアンは一瞬唖然としたが、どうやら、癪に障って切った訳ではなかった様だ。

 その証拠に、次の瞬間、メインモニターの端に、赤い改造ザクのコクピット内の映像が映し出された。

 

「私の事を存じているのなら、自己紹介は不要だな。しかし、こんな奥深くまで助けに来るとは、相当なお節介ものだな、お前は。……だが、助けてもらった事には、感謝する」

 

 映像に映し出されたのは、パイロットスーツに身を包みコクピットシートに座る、一人の女性プレイヤーの姿であった。

 ヘルメットは脱いでおり、曝け出されたその顔は、名前のモデルとなったキャラクターの如く、仮面によってそのご尊顔を拝む事は叶わなかった。

 しかし、仮面で隠されぬ部分は、透き通るような肌に流れるような金色ロングヘアー。そして、凛として透き通るような声。

 それだけでも、彼女が素晴らしい女性であることが伺えた。

 

 因みに、映像が映し出された際、ユーリアンの視線が一瞬、彼女の胸部に集中された事は、ここだけの話だ。

 

「それで、阿頭那武婁さん。まだここは敵陣の中ですし、一旦友軍のいる安全圏まで後退したいんですけど……」

 

「あぁ、構わない。丁度、残弾も心許なくなってきた頃だからな。……それと、私の事は沙亜と呼んでもらって構わん」

 

「わ、分かりました。沙亜さん」

 

「さんはいらん」

 

 離脱したザニーを追撃するかとも思っていたユーリアンではあったが、それは、杞憂であった。

 また、ソロでの活動を好むプレイヤーである為、とっつきにくい人であるかもと勝手に想像していたユーリアンであったが。

 話してみると、どうやら、それも勝手な思い込みであったようだ。

 

「では、後退するとしようか、ユーリアン」

 

「はい!」

 

 こうして、安全圏まで後退を始めようとした、その時であった。

 

 

 

 大口径と思しき発砲音が周囲に響き、ユーリアンと沙亜は各々身構える。

 だが、二人の乗機には、被弾を知らせ得るような異常も、衝撃もなく、互いに不思議に周囲を見渡していると。

 次の瞬間、二人の乗機の背後にある格納庫の影から、一機のザニーが崩れる様に倒れこみ、その姿を曝け出す。

 倒れたザニーの手には、ジムマシンガンが握られていた。

 

「安心するのは、安全圏まで脱出してからじゃないですかね、お二人さん」

 

「あ!?」

 

「む?」

 

 倒れたザニーを確認している二人のもとへ、音声通信が入る。

 そして、音声通信を入れた張本人が操る機体が、二人のもとへと近づいてきた。

 

 その機体に、ユーリアンは見覚えがあった。

 そう、近づいてきたのは、HLVの降下時に援護を買って出た、MS用対艦ライフル持ちのザクIであったからだ。

 

「有名プレイヤーを助けられて浮かれるのはいいが、ここはまだ戦場の真っただ中だぜ。ここでの気の緩みは、即、死につながる、だぜ、F型さん」

 

「HLVから降下した時の、あの時の方、ですよね」

 

「縁があったな、F型さん」

 

「ん? 二人は知り合いなのか?」

 

「いやー、知り合いって程でもないんですが、ま、ちょっとしたご縁ってやつで。……っと、縁あって再会したって言うのに、何時までも声だけってのは、味気ないよな」

 

 MS用対艦ライフル持ちのザクIのパイロットは、音声通信からモニター通信へと切り替える。

 

「顔合わせて話すのは初めてだよな。俺の名前はシモン・ヘイチェフ。見ての通りのスナイパーさ」

 

 ヘルメットを脱ぎ露わになったその素顔は、栗色のボサボサ頭をした、ユーリアンと同年代と思しき青年であった。

 

「スナイパー、と言う割には、随分と口が軽く、とても寡黙で職人気質とは思えないが?」

 

「あ! それ偏見! いくら難読彗星の沙亜のあだ名を持つ貴女とは言え、あえて言わせてもらいますけどね! スナイパーが寡黙で職人気質って固定概念は、サーティーンの呪いですよ! 口が軽くてお調子者のスナイパーだって世の中にはいるんですよ!」

 

「そ、そうなのか。それはすまん」

 

 シモンは沙亜が漏らした意見に、臆する事無く異議を唱えると、改めて、自らの自己紹介を始める。

 

「それで、俺はベータテストの参加者で、今の階級は曹長。と言う訳で、改めてよろしく、お二人さん」

 

「俺と同じベータテストの参加者だったんだ。……それにしても、ザクIを使ってるって事は、ザクIにこだわりが?」

 

「ん? あぁ、違う違う。こいつを手に入れるのにゴールドがかかって、機体に使える分のゴールドが少ないだけさ。生憎、俺は課金戦士になれる程、リアルマネーも余裕がないんでね」

 

 シモンがMS用対艦ライフルを示しながら、自身の愛機の事情について説明すると、ユーリアンは納得した。

 

 武装は、性能が高くなればなるほど、比例して販売価格も高くなっていく。

 故に、ゲームを始めて間もない頃に強力な武装を手に入れようと思えば、時間をかけるか、課金をするか、の何れかしかない。

 そしてシモンは、前者を選択したようだ。

 ゲーム内で時間をかけてゴールドを稼ぎ、他を後回しにして、念願の武装を手に入れたのだ。

 

「しかしまぁ、今後出てくる連邦のモビルスーツの事を考えると、スナイパーとはいえ、機体の乗り換えは、早いうちに行っておきたいんだよなぁ」

 

「何故そんな自身の事情を、他人である我々に話すのだ?」

 

「お! やっぱ気づいちゃいました。それじゃ、単刀直入にお二人さんに言いますけど。どうでしょ、俺と小隊組みません?」

 

 シモンの口から飛び出した提案に、ユーリアンと沙亜は、モニター越しに互いの顔を見合わせる。

 

「今回のイベントに参加してみて分かったんですよ。やっぱイベントの時に稼ぐには、チーム組んでた方がいいって。ま、イベント時以外でも、今後NPC部隊が強化されていく事を考えても、何時までもソロプレイじゃ厳しいかもって思ったのもありますけどね」

 

「小隊を組みたいなら、プレイヤーでなくとも、NPCを雇えばいいだろう?」

 

「あの、さっきの俺の話、聞いてました? 俺、MS用対艦ライフルを買うのに苦労して、手持ちのゴールドがかつかつなんですよ。それに、NPCを戦力とするには、NPCを雇うだけじゃなく、NPCが搭乗する機体の調達までしなきゃならないから。俺みたいな金欠野郎に、その選択肢は不可能ってもんです!」

 

「成程、それで資金面での負担が少ないプレイヤーの勧誘をしているのだな」

 

「そういう事です!」

 

 NPCは、人付き合いの煩わしさもなく、現実で生活を考慮したプレイの時間帯のズレもないので、一見メリットが多いようにも感じられる。

 だが、雇う為の人件費、搭乗させる機体の購入費、その他諸経費等。何かと、ゴールドが必要となるデメリットがある。

 それに対して、プレイヤーを勧誘してチームを組めば、費用面での負担はNPCよりも断然軽くなる。

 

 費用面で苦しんでいるシモンにとっては、この差は、かなり重要であった。

 

「だが生憎と、私は誰かとチームを組むことを考えてはいないんでね。他を当たってくれ。では、先に失礼する」

 

 だが残念ながら、沙亜はチームを組むことを考えていないようで、沙亜の赤い改造ザクはバーニアを噴かせ、安全圏へと後退していった。

 

「ま、確率低いと思ってたけど、仕方ないか」

 

 誘いを断られたシモンではあったが、そこまで落胆している様子はなかった。

 むしろ、本命は別にいる感じである。

 

「さてと、それじゃ、本命のF型さん。そっちの返事を聞かせてもらいましょうか」

 

「え? 俺が本命!?」

 

「そ。見た所チーム組んでるように見えないし、HLVから降下した時の動きを見て、ある程度の腕前を持ってるなって確信してたからさ。同じソロプレイヤー同士、チームを組むには最適だろ!」

 

「……悪いけど、俺、今友達の軍団に加入してるんだ」

 

「な!? マジか!」

 

 ユーリアンがソロプレイヤーだと思っていたら、既に別のチームの一員だったと知り、驚きを隠せないシモン。

 だがシモンは、諦める様子もなく、何かを考え始めた。

 そして、考えがまとまったのか、再び口を開き始める。

 

「それじゃぁさ! 俺を、F型さんの入ってる軍団に入れてくれよ!」

 

「え? ヘイチェフさんを?」

 

「そうそう、俺とチーム組むのも、F型さんの入ってる軍団に俺が加わるのも、結局どちらも同じことだしさ。だから、お願いします!」

 

 モニター越しに頭を下げられ困惑するユーリアン。

 シモンを第046独立部隊の一員として迎えるかどうかは、ランドニーに決定権があるので、自身では判断しかねる。

 

「決めるのは、俺じゃなくてリーダーのランドニーだから……」

 

「じゃ、このイベントが終わったら、そのリーダーのランドニーって人に、俺を紹介してくれ!」

 

「それならいいけど」

 

「それじゃ、その為のフレンド登録、よろしく」

 

「分かった」

 

 ユーリアンはコクピットの機材に接続しているタブレット端末を操作し、シモンとフレンド登録を交わす。

 すると、フレンド登録した事により、ユーリアンの現在までの簡単な戦績などを確認したのだろう。

 シモンが驚きの声を上げた。

 

「F型さん、じゃなかった。ユーリアン・ルクって、あの"レイヴン"の異名を持つ、あの!?」

 

「まぁ、そう呼ばれてる本人です」

 

「ほぇー、成程。それなら、あの動きも納得だ」

 

 どうやらシモンは、ユーリアンがレイヴンの異名で呼ばれている事を知っていた様だ。

 そして、HLV降下時の動きを思い出し、一人納得したように頷くのであった。

 

「っと、納得してる場合じゃなかった! 先ずは、安全圏まで脱出しないと。行きましょう、ルクさん!」

 

「ユーリアンでいいよ。見た感じ、歳だってあまり離れてなさそうだし。その代わり、俺もシモンって呼び捨てでいいかな?」

 

「おう、いいぞ、いいぞ。それじゃユーリアン、さっさと安全圏に脱出するか」

 

「了解だ、シモン」

 

 こうして互いに打ち解けた二人は、安全圏まで後退すべく移動を開始したが。

 その矢先、モニターに、"バイコヌール制圧作戦完了"の文字が流れる。

 どうやら、他のプレイヤー達の活躍もあり、無事に作戦成功の要であるバイコヌール宇宙基地を制圧できたようだ。

 

 こうして、ジオンの地球侵攻の為の足掛かりを得る重力戦線の初戦は、ジオンの勝利で幕を下ろした。



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第七話 戦い終わって……

 イベントを終えたプレイヤー達は、皆、個人格納庫に隣接している個人に宛がわれた自室と呼べる場所へと強制移動させられる。

 この措置は、イベントによる気分の高揚によって生じるであろうトラブル回避の為に取られている。

 イベントの高揚感、更にそこに勝敗と言う結果が加わる事により、プレイヤー間で勃発するトラブル。それを放置すれば、俺の野望と言うゲームの評判や運営に影響を及ぼす。それを見越しての事だ。

 

 パイロットスーツから軍服へと着替え、自身の自室に移動したユーリアンは、窓から眺められる個人格納庫の様子。

 ハンガーに固定された乗機のザクIIF型が、NPCの整備士たちの手により、戦闘の疲れを癒している姿を眺めつつ、手にしたタブレット端末の画面に視線を落とす。

 そこに表示されていたのは、イベント参加により支給された経験値とゴールド。更には、戦績に伴い支給された経験値とゴールド。

 そして最後に、必要数値達成に伴う昇進通知。自身の階級が"准尉"へと昇進した旨を知らせるものであった。

 

「よし……」

 

 昇進通知に控えめに小さくガッツポーズをすると、ユーリアンはタブレット端末を操作し、ランドニーと会う約束を取り付ける。

 続いて、フレンド登録したシモンにも、これから会う約束を取り付ける。

 その目的は、シモンをランドニーに紹介する為だ。

 

 約束を取り付け終えると、ユーリアンは自室を後に、バイコヌール宇宙基地のロビーへと向かった。

 

「おうー、こっちだ」

 

 基本設計は同じか、ソロモンと似た作りのロビーの一角で、ユーリアンはランドニーと合流する。

 

「いやー、流石は第046独立部隊が誇るエース。一杯撃破してくれたお陰で、俺もウハウハだ」

 

 合流後、早速ランドニーから先のイベントの戦績を肩を叩きながら褒められ、苦笑いするユーリアン。

 当人としては、あまり撃破数など、戦績にはこだわりも、自慢する気もない様だ。

 

「で、そんなエース様が紹介したい奴がいるって話だけど? 何処にいるんだ?」

 

「そろそろ来ると思うけど……。あ、来た」

 

「どーも、おまたせしました」

 

 と、タイミングを見計らったかのように、二人のもとに、シモンが姿を現す。

 

「貴方がランドニーさんでしょうか!?」

 

「おう、そうだが」

 

「シモン・ヘイチェフ曹長であります! スナイパーをしてます! どうか、俺を、ランドニーさんの軍団の一員に加えていただけませんか!?」

 

 敬礼を行いながらランドニーに第046独立部隊への加入を願い出るシモン。

 対してランドニーは、顎に手を当て、彼を加入させるか否かを考え始める。

 

「後方からの援護には自信があります! ですから──」

 

「いいよ」

 

「おねがとうございます!!」

 

 アピールしつつ、再度加入を願い出ようとしたシモンであったが。

 被るようにランドニーからの了解が出たため、おかしな感謝の言葉を口にするシモンであった。

 

「スナイパーか、一人位軍団に欲しかった所だ。これからよろしくな、シモン」

 

「はい、ランドニーさん!」

 

「あ、呼び捨てでいいから。この第046独立部隊のモットーは、明るく楽しく全力で楽しむ、だからな」

 

「はい!」

 

 握手を交わし、シモンの加入を歓迎するランドニー。

 その後、フレンド登録と軍団登録を終え、無事にシモンが第046独立部隊の一員となると、三人は、今後の第046独立部隊の活動方針などを話うべく、ロビーから別の場所へと移動した。

 

 移動した先は、軍団用のロビーであった。

 この場所は、軍団に所属しているプレイヤーのみが使えるプライベートルームで、この他、小隊用のロビーも存在している。

 なお、軍団及び小隊用ロビーは、設立者のプレイヤーがゴールドを消費する事により自由に装飾を変更できる。

 

 しかし、第046独立部隊用のロビーは、ガンプラが飾られている棚を追加している事以外、あまり装飾の変更はなされていなかった。

 

「それじゃ、今後の第046独立部隊の活動方針だが。……その前に、シモン。シモンって学生? それとも、社会人?」

 

「え?」

 

「いや、イベントの時とかは時間も調整がし易いけどさ。それ以外の時となると、加入しているプレイヤーの現実世界の生活様式をある程度把握できておかないと、プレイする時間帯合わせるのが大変だと思って。あ、因みに、俺とユーリアンはリア友だから、時間帯合わせるの楽なんだよな」

 

 突然学生か社会人かと問われ混乱するシモンであったが、ランドニーの説明を聞いて納得した。

 俺の野望をプレイするプレイヤーの生活様式は人それぞれ、ソロプレイヤーならば、己の生活様式を考慮し自由にプレイできる。

 しかし、チームでプレイするとなると、生活様式の異なるプレイヤー達が集まれば、当然、チーム全員が同じ時間帯にプレイできるとは限らない。

 折角チームを組んでも、全員のプレイする時間帯が異なれば、それはチームを組んだ意味がない。

 

 故に、加入しているプレイヤーの生活様式を、ある程度把握するのは、チームとしての効果を高める為に必要不可欠な事であった。

 

「俺は……。ある時は飲食店! またある時はスーパーの総菜コーナー! またある時は工事現場! しかしてその正体は──」

 

「フリーターだな」

 

「あ、はい」

 

 冗談を交えて面白おかしく言おうとしたが、その前にランドニーに正体を見破られ、素直に肯定するシモン。

 

「それじゃ、時間の都合はつけやすいよな」

 

「あの、質問、いいっすか?」

 

「ん? 何だ?」

 

「二人は学生ですか、それとも社会人?」

 

「あぁ、俺達か、俺達は学生さ。有名でもないごく平均的な大学に通う平凡な学生さ」

 

「憧れのキャンパスライフ……、羨ましい」

 

 ランドニーの口から告げられた、ランドニーとユーリアンの正体を聞いたシモンは、羨ましさを零すのであった。

 

「一応言っておくと、一般に想像される大学生活とは違って、大変な部分も結構あるよ」

 

「え? そうなの?」

 

「ま、人によるだろうけどな。あ、因みに、俺は大学に入る前は大学の部活ってサークルと大差ないかと思ったが、実際は全然違って、高校の部活以上に厳しいもんだって知ったよ。……ま、そういう俺は部活にもサークルにも入ってないんだけどな」

 

 しかし、ランドニーとユーリアンの口から語られる実情に、シモンは、想像していた大学生活像を、少しだけ修正するのであった。

 

「さて、お互いの正体を知った所で、本題に戻るが。先ずは、第046独立部隊は今後、地球をメインに活動を行っていく。それで、直近のイベント、第一次降下作戦第二部・オデッサ制圧作戦に参加しようと思うが、どうだ?」

 

「うん、いいと思う」

 

「俺は別に反対じゃないぞ」

 

「よし、それじゃ、オデッサ制圧作戦参加は決定として。次に、プレイする時間帯だが、俺とユーリアンは平日はこの時間帯で、土日はこの時間帯だが。シモン、お前は……」

 

「俺はいつもこの時間帯で……」

 

 こうして三人は、第046独立部隊の活動方針を話し合い。

 

「そんじゃ最後に、締めの言葉で終わるとするか。──明るく楽しく全力で、楽しむぞーっ!」

 

「「おぉーっ!」」

 

 数十分後、話し合いを終えた三人は、締めの言葉で締めくくると。

 各々の現実世界での生活に備え、ログアウトするのであった。



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外伝 ジャブローに巣くう悪魔

 俺の野望正規サービス開始後初のイベント。

 バイコヌール・オデッサ・アラビアの三部構成で行われた第一次降下作戦は、好評の内に終わりを告げた。

 因みに、イベントでの戦闘の結果、上記の地域は正史同様、全てジオンの領土となった。

 

 このイベントを通じて、俺の野望の面白さを再確認した者、さらに成長した者、苦汁をなめ、更に高みを目指すと誓う者。

 様々なプレイヤーが、俺の野望の虜となっていった。

 

 そして、運営側も、そんなプレイヤー達の期待に応えるべく。

 既に、イベントの第二弾、キャリフォルニア・ニューヤークの二部構成で行われる、北米地域への第二次降下作戦の開催が発表されている。

 

 

 

 そんな、ますますの賑わいを見せる俺の野望の世界。

 その一角、地球の南アメリカ大陸はギアナ高地のロライマ山。その地下深くに、誰もその全容を把握できぬ程、巨大な空間が存在していた。

 そこには、整備されたライフラインや居住区画、更には軍需施設等、文字通り地球連邦軍の中枢が存在している。

 地表にカモフラージュされた無数の防衛火器、自然が育んだ鉄壁の防壁、まさしく難攻不落を体現した要塞。

 

 この場所こそ、地球連邦軍の総司令部、"ジャブロー"であった。

 

 未だ地球上ではジオンとの前線から遠いこのジャブローだが、同地を拠点として活動している連邦側のプレイヤーも少なくはない。

 その内の一人である、連邦軍の軍服を着たとある男性プレイヤーは、ジャブローのロビーの一角で、カウンター席に腰を下ろして自らのタブレット端末を操作し、画面を眺めていた。

 

「ちーっす、セトさん。何見てるんっすか?」

 

 とそこに、チームメイトであろう、気心の知れた者同士でなければトラブルにもなりかねない気軽さで、別の男性プレイヤーが彼ことセトに声をかけてきた。

 声をかけてきたのは、セトよりも年下と思しき二十代前半の金髪短髪の、その口調通りチャラそうな雰囲気を醸し出す男性プレイヤーであった。

 

「あぁ、これだよ」

 

 そんな男性プレイヤーに応えるように、手にしていたタブレット端末の画面を見せるのは、セトと言う名の男性プレイヤー。

 整えられた髭、黒髪に、渋みのある顔つきを有した三十代の男性プレイヤーだ。

 

「これって、最近発表された両勢力のプレイヤーランキングじゃないっすか」

 

 セトが見ていたのは、最近運営から発表されたランキングであった。

 それは、ジオン・連邦、両勢力に所属するプレイヤーの中で、現在の戦績の上位百人が載せられたランキングである。

 プレイヤーネームと戦績が記載されたそのランキングを目にした若い男性プレイヤーは、ジオン側のランキングの上位に記載されているプレイヤー陣を見て感想を漏らす。

 

「やっぱりランキングのトップテンに乗ってるプレイヤーは、俺達でも知ってる連中ばかりですね」

 

「そうだな」

 

 ジオン側のランキング、一位から十位までに記載されているプレイヤーは、連邦側のプレイヤーでもその名を知っている有名人が多い。

 特に、若い男性プレイヤーは、一位に記載されているプレイヤーを名指しして、感想を漏らし始めた。

 

「特にこの、"シンクの稲妻"、そのふざけた異名に反して、同じ人間かよって思う程、馬鹿げた動きしているんっすよね」

 

 シンクの稲妻、その異名を持つプレイヤーの名は、ジャック・雷電。

 因みにシンクの意味であるが、思考を意味するthinkではなく、流し台を指すシンクであり。

 異名の由来については、本人がピカピカに輝くシンクが好きと公言している事に加え、使用するモビルスーツの塗装が、ガンダムシリーズに登場するキャラクター、ジョニー・ライデンの愛機のように真紅に塗装されている事から、二つが組み合わさり、この異名が名付けられた。

 

 なお、シンクの稲妻の異名は、本人も気に入っているのか。

 機体に施せるパーソナルマークは、流し台を綺麗に洗うユニコーンが描かれている。

 

 そんなシンクの稲妻本人と直接対峙した事があるのか、若い男性プレイヤーは対峙した当時の記憶を思い起こしながら、更に語り続ける。

 

「ってか、シンクの稲妻もそうですけど、ジオン側の連中、そろいもそろってバケモンだらけなんじゃないかって思いますよ。あれっすね、連邦のモビルスーツは性能がバケモノっすけど、ジオンはパイロットの腕前がバケモノっすね」

 

「それは確かに、言い得て妙だな」

 

 若い男性プレイヤーの例えに、セトは納得するかの如く言葉を漏らした。

 

 所属勢力選択の公平さを期すために、両勢力のプレイヤー分布の数値は非公開となっている。

 それは、一方にプレイヤーが偏っていると判ると、その分、偏っている勢力が戦争による勝利に近づく確率が高くなり、勝ち馬に乗ろうと更に偏りが発生する。そんな現象を防ぐ為の措置だ。

 しかし、非公式の攻略サイト等が独自に集計した情報によると、連邦がジオンよりも一割ほど多く所属しているという情報も存在する。

 

 この要因としては、やはり機種転換や開発等で得られる機体の存在があるのかもしれない。

 連邦においては、初期の機種群ではジオン側に対して多少の不利に感じるが、その後の機種転換・開発などで得られる機種は連邦側が多少の有利となっている。

 特に形式番号RGM-79、ジムの愛称で知られる、ガンダムの戦時量産型モビルスーツ、及び同機種を母体とする派生型は、ビームライフル等の光学兵器を標準的な武装として運用している。

 その為、改造などの特殊な場合を除いては、ジオン側において光学兵器を標準装備している水陸両用機種やビームライフル標準装備のゲルググ等といった機種よりも、連邦側はプレイ次第で早く手に入れる事が出来るのだ。

 

 その他にも、やはりタイトルにも銘打っているモビルスーツ、ガンダム、及び同様の名を持つ機種を手に入れられる事や。

 正史の通りになるかは分からないが、一年戦争における勝者が連邦である、その事も、多少は関係しているものと思われる。

 

「ってか、ジオン側のランキング上位者のパーソナルカラー赤率、異常っすよ」

 

 そんな機体の性能面、無論、ゲームの為、調整などで原作通りの性能を有しているかどうかは不明だが、それでも仮に設定通りならば劣勢となるであろうジオン側。

 負け戦となる可能性が高いにも関わらず、そんなジオンに所属を決めたプレイヤー達は、これがゲームではなくあたかも本物の戦争、自身の生死を、人生をかけた戦いかの如く真剣に取り組んでいるものが多く。

 真摯に向き合う姿勢や熱量など、質、という部分では、連邦よりも高い様だ。

 それが乗機の塗装にも反映されているのかどうかは分からないが、どうやら原作等でもエースを意味する赤系色をパーソナルカラーとしているプレイヤーが、ジオン側には多い。

 

 ランキング十位以内の中で見ても。

 一位のジャック・雷電。

 三位のマンフレート・エリオット・レムヘア。

 その男爵を彷彿とさせる立ち振る舞いに、立派な髭、そして何より、ヘルメットの上からシルクハットを被るという奇抜なスタイルから、乗機の赤い機体も相まって、"レッドバロン"の異名を持つ。

 

 六位のデトレフ・オグス。

 寡黙で不愛想な人物像ながら、正確無比な射撃を得意とするスナイパーで、乗機の塗装は上記の二人と比べても比率は少ないものの、パーソナルマークに描かれた赤い燕から、"ロト"の異名を持つ。

 

 そして、九位の難読彗星の沙亜こと、沙亜 阿頭那武婁。

 ランキング十位以内のプレイヤーの内、四人がパーソナルカラーを赤としていた。

 

「ま、パーソナルカラーを何色にするかは当人たちの自由なんだから、仕方ないさ」

 

「そりゃそうっすけど。……あ、そういえば、このランキング九位の沙亜 阿頭那武婁、この間のイベントで、単機でヘビィ・フォーク級墜としてましたよ」

 

「ほぉ、そいつは凄いな」

 

「当時現場にいた知り合いが言ってましたよ、ありゃ本当に赤い彗星みたいだったって」

 

「確か、彼女の使う機体は、改造したザクだったな」

 

「えぇ、ザクIIS型の改造機で、名前は確か……、"ザク・アライヴ"だったっすかね」

 

「アライヴ……。成程、それが彼女が辿り着いた一つの"答え(Answer)"か」

 

 アライブ、或いはアライヴは、活動的や生きる、などの意味を持つ。

 しかし、同じ発音で別の意味を持つ英単語が存在する。そちらは、着くや到達する、などの意味を持つ。

 

 ザク・アライヴが、どちらの意味を持つ英単語を基にして名付けられたかは本人以外知る由もないが。

 セトは、不敵な笑みを浮かべると、まるで見透かしているのかの如く、小さく呟くのであった。

 

「え? セトさん、今なんて言ったんっすか?」

 

「なに、九と言う数字は、やはり魔性だと思っただけだ」

 

「え? 魔性? へ?」

 

「ふふ、いや、気にしないでくれ」

 

 セトの言葉の意味が理解できず、疑問符を浮かべる若い男性プレイヤー。

 それに対し、セトは、気にする必要はないと言うのであった。

 

「所でセトさん」

 

「ん? 何だ?」

 

「このランキングの中で、セトさんが一度戦ってみたい相手っているんっすか?」

 

「ふむ、そうだな……」

 

 話題を切り替えようと若い男性プレイヤーが投げかけた質問に、セトは、顎に手を当て考え始める。

 やがて、考えがまとまったのか、ゆっくりと質問の返答を答え始める。

 

「私は、一度このプレイヤーと戦ってみたいな」

 

「ん? どれっすか?」

 

 セトがタブレット端末の画面を指さしながら答えたその先にあったのは、ランキング九九位の欄であった。

 そして、そこに記載されていたプレイヤーネームは、ユーリアン・ルクと書かれていた。

 

「え……、セトさん、こんな圏外ギリギリの奴と戦いたいんですか?」

 

「駄目かい?」

 

「あ、いや、なんつうか、もっとランキング上位の奴と戦いたいかと思ってたんで、以外っつうか……」

 

「ふふ、所詮ランキングなど、そのプレイヤーの一部を切り取ったものでしかないよ、ランキングだけでプレイヤーの本質は分からん」

 

「え? それじゃ、セトさんはどうしてこんな奴と戦いたいんっすか? あ、まさか、九が二つもついてるからっすか!?」

 

「それもあるかもしれんが。──アイツが相棒に選んだ青年、だからかも知れんな」

 

「え? セトさん、最後の方、何て言ったんっすか!?」

 

「いや、気にしないでくれ。それよりも、そろそろ出撃するとしようか。他のメンバーのレベルアップを兼ねてな」

 

「了解っす。……あ、けどセトさん、出来れば今回は少し抑えてくれると助かるんっすけどね。なんせ、前回はセトさんのテンポに合わせたおかげで、他の皆へとへとだったっすから」

 

「そうか、では、そうしよう」

 

「助かりますっす。流石に、連邦のランカー"一位"のセトさんに合わせるとキツイっすからね」

 

 カウンター席から立ち上がり、出撃の為に移動するセト。

 そんな彼と肩を並べて歩きながら、若い男性プレイヤーは、セトの事をランカー一位と呼んだ。

 

 そう実は、セトこそ、先ほど二人が見ていたランキングの連邦側一位にその名が記載された張本人。

 "連邦の黒い悪魔"の異名を持つプレイヤー、その人であった。



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第八話 オデッサの地

 黒海周辺、及びアラビア半島での雌雄が決し、同地の主権が連邦からジオンへと移り変わって間もない頃。

 既に、北米の大地では、ジオンと連邦の、同地の主権をかけた新たな戦いの火蓋が切って落とされていた。

 そう、第二次降下作戦の幕開けである。

 

 そんな北米大陸での戦いの火蓋が切って落とされたと同じ頃。

 激戦地のキャリフォルニアから、約九九〇〇キロメートル離れたオデッサの地に、第046独立部隊の面々はいた。

 

「オーライ、オーライ!!」

 

 その地で彼らが何をしているのかと言えば。

 占領したオデッサの再整備、その為のモビルスーツ用の塹壕や道路の補修等、文字通り建築工兵としての任務(ミッション)に励んでいた。

 

「よーし、コンクリートの投入はその辺でいいだろう」

 

「了解」

 

 黒海沿岸、旧ウクライナ南部に位置するこの地は、ジオンにとって、まさに地球上でしか産出できぬ鉱物資源の重要な供給地であった。

 その為、発掘場や製錬施設が数多く存在する鉱山エリアを守護すべく、鉱山エリア周辺には、占領後の再整備によって設けられた塹壕やトーチカが、数多くその姿を見せている。

 

 そんな鉱山エリア周辺の一角で、第046独立部隊の面々は作業に勤しんでいた。

 

「だぁぁっ! 第二次降下作戦が始まってるって言うのに! 俺達なんで、こんな所(オデッサ)で土遊びなんてしてるんだよ!!」

 

 そんな中、作業に飽き飽きして耐えられなくなったのか、シモンがコクピット内で叫ぶ。

 すると、通信のスイッチが入ったままだったのか、現場監督を務めるNPCから注意が飛ぶ。

 

「そこのお前! ベラベラと口を動かしている暇があったら、もっと手を動かせ! 手を!!」

 

「は、はい!!」

 

 無精髭を生やし、ニット帽を被ったいぶし銀の雰囲気を醸し出す壮年の男性NPC。

 実は彼は、一年戦争を題材とした漫画作品、機動戦士ガンダム MS BOYS -ボクたちのジオン独立戦争-、の作中に登場するキャラクターの一人、名前をオレグ・オルロフと言うのだが。

 原作である漫画を知らないシモンにとっては、口うるさい親父NPC程度の認識でしかなかった。

 

「くそ、大体階級だって同じじゃねぇか……、なんでNPCに口酸っぱく言われ──」

 

「何か言ったか!?」

 

「あぁいえ! なんでもありません親方!! ……やべ、通信切るの忘れてた」

 

 通信を切ってオープン回線をオフにすると、シモンは、操縦桿を握り直し、言われた通り再び作業に集中し始めるのであった。

 

「はぁ……、なんで俺達、こんな非戦闘系ミッションやってるんだろうな」

 

 愚痴を零しつつも、シモンが操縦する作業用のザクタンクは、前面に取り付けられたブレード(排土板)を使い、塹壕を掘って出た土砂を押し出していく。

 

 現在、第046独立部隊は、ミッションと呼ばれる、所謂RPGゲームにおけるクエストとも呼ばれるものを受けていた。

 ミッションは、戦闘系と非戦闘系の大きく分けて二種類に部類され、俺の野望の世界観に沿った数々のミッションが存在する中で、現在第046独立部隊が受けているのは非戦闘系のミッションの一つであった。

 そして、ミッションを受けるにあたり、シモンとユーリアンの二人には、作業に必要な作業用モビルスーツが一時的に貸し出されていた。

 

 そのモビルスーツとは、形式番号MS-06V、ザクタンクと呼ばれるモビルスーツである。

 ザクタンクは、戦闘等で損傷したモビルスーツの上半身と、マゼラアタックと呼ばれる大型戦車の車体部、マゼラベースを組み合わせて開発された、所謂リサイクル兵器だ。

 リサイクル兵器だけあり、上半身のベースとなるモビルスーツは、ザクIやザクIIなど、個体によって様々となっており。

 今回、シモンとユーリアンの二人が使用しているのは、ザクIの上半身を上半身として使用し、車体部前面にブレード(排土板)を取り付け、背部にケーブル等のリールを装備した、作業仕様のザクタンクである。

 

「親方! 終わりました!」

 

「おう、早いな!」

 

 シモンの操る作業仕様のザクタンクが、手際よく作業をこなしていく中。

 ランドニーは、作業風景を見渡せる場所に止めてある指揮車内で、椅子に腰を下ろして、設置されているモニター越しに作業風景を眺めていた。

 

「何だかんだ文句言いつつ、シモンの奴、結局ちゃんと作業するんだな」

 

 シモンの働きっぷりに感心しつつ、ランドニーはふと、手前の機材を操作する。

 すると、近くのNPC達の通信を傍受し、装着したヘッドセットから会話の内容が聞こえてくる。

 

「おい、聞いたか?」

 

「何が?」

 

「例の部隊がこのオデッサにやって来るらしいぜ」

 

「何処の部隊だ?」

 

「特別義勇兵部隊さ、"MS特務遊撃隊"なんて御大層な名前の付いてるな」

 

「あぁ、"外人部隊"の連中か。しかし、よくこのオデッサにやって来れるな。ここには地球方面軍の司令部もあるし、何より、方面軍司令のマ・クベ中将は、キシリア閣下の懐刀と言われてるお方だろう?」

 

「そんなの俺に言われても知るかよ。でもま、上は、使えるもんはどんなものであれ、使えるうちは使い潰すつもりなんじゃねぇか?」

 

「ははは、そりゃそうか。ま、万が一の時は、弾避けぐらいにはなるかもな」

 

(MS特務遊撃隊……、外人部隊……。あぁ、彼らの事か)

 

 ヘッドセットから聞こえる会話の内容に耳を傾けつつ、ランドニーは、彼らの会話の中に出てきたとある部隊の正体を、自身の記憶の中から探り出していた。

 機動戦士ガンダムの世界観を再現し、プレイヤーはモビルスーツの小隊長として数々のミッションをこなす、3Dアクションゲーム。

 機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles。原作のゲームを基に、漫画や小説など、メディアミックスを展開した同作品内において、ジオン側のプレイヤーが属する部隊。

 それが、ジオン公国軍内部で"外人部隊"の通称で知られた、MS特務遊撃隊であった。

 

 原作の設定では、親ダイクン派でザビ家の覚えめでたくない、同隊の司令官であるダグラス・ローデン大佐が組織した部隊で。

 同隊の隊員達は、ザビ家の国家方針等に賛同せぬ人間で固められ。にもかかわらず、ザビ家の思惑も相まって生かされ、ザビ家が指揮するジオン公国の為に戦っている為。

 ジオン公国軍内部でも、その通称からも分かる通り、浮いた存在として認識されていた。

 

(まさかガンダム戦記 Lost War Chroniclesのネームドご一行がオデッサにやって来るとは……。は! これは、ユウキちゃんやメイちゃんやジェーンさんを生で見られるチャンスではないか!!)

 

 車内に自身以外の人がいない事を、ランドニーは感謝すべきだろう。

 何故なら、原作キャラをこの目で見られると想像しているランドニーの表情は、折角の端正な顔つきが台無しになるほど、欲望に正直な残念な顔になっていたからだ。

 

「おーい、ランドニー! 我らが軍団長、聞こえてるか!?」

 

「……ん? おー、聞こえてる聞こえてる、どうした?」

 

 と、シモンから突然の通信が入り、ランドニーの顔がいつもの端正な顔つきへと戻っていく。

 

「あのさ、今更こんな事言うのも何だけど、何で第二次降下作戦に参加しなかったんだよ」

 

「前にも説明したと思うけどさ。今、我らが第046独立部隊の財政状況は非常に厳しい。故に、実入りも良いが、その分、多数のプレイヤーが参加する為撃破の危険も高く、そうなった場合出費もバカにならない第二次降下作戦への参加は見送った訳だ」

 

「そりゃ聞いたけどさ。だったら、何も非戦闘系のミッション受けなくても、イベント程じゃないが非戦闘系よりは稼げる戦闘系ミッションでもよかったんじゃ?」

 

「戦闘系ミッションでも出費は出るんだよ。だから、出費がほぼない非戦闘系の方が、今の俺達には合ってるんだよ」

 

 戦闘系ミッションは、その名の通り戦闘を行わざるを得ないミッションである。

 ミッション故に、相手はNPCながらも、そのレベルは、フィールドに出現するNPC部隊よりも高く設定されている。

 フィールドでの遭遇戦と異なり、強制的に戦う為、勝てないと判断し逃げる事は、ミッションの失敗を意味する。

 しかしその分、ミッションを成功させた場合の成功報酬は、フィールドで遭遇するNPC部隊を撃破するよりも高い。

 

 一方、非戦闘系ミッションは、所謂兵站業務を行うミッションである。

 その内容上、前線ではなく安全な後方で作業する為、戦闘は苦手だが宇宙世紀の世界観を体験したい、そんなプレイヤーの為に用意されたものだ。

 また、非戦闘系ミッションは、今回の第046独立部隊のように、必要な機材などをプレイヤーに貸し出してくれる為。

 戦闘系ミッションに比べプレイヤー側への負担が少なく、資金に余裕のないプレイヤーに対しての、救済策という一面もある。

 

 しかしながら、負担が少ない分、その成功報酬も、戦闘系ミッションに比べると劣ってしまう。

 

「ならさ、出費する以上に第二次降下作戦に参加して稼げばいいんじゃねぇのか? それじゃダメなのか?」

 

「あのな。第二次降下作戦が行われるのは北米大陸だ、現在のジオンの地球上の領土からは陸続きじゃないし、空路も繋がってない。必然、侵攻ルートはHLVによるものになる。そうなると、折角買ったギャロップが無駄になるだろ? HLVにはギャロップは搭載できないんだぜ。……それに、北米はジャブローからも近いし、アイツが出てくるかも知れないからな」

 

「え? アイツって誰だよ? ──ハッ! まさか! 彼女か!? 実は連邦側でプレイしているとかそんな所なのか!!? 現実世界じゃ、いつもベッドの上でガンダムファイトを繰り広げているのに、こっち(俺の野望)じゃ愛する彼女と戦いたくないってか! 畜生! リア充が! 贅沢な事言ってんじゃねぇぞこの野郎!!」

 

「おい、勝手に変な妄想するなよ……」

 

 今にも血涙を流さんと言わんばかりの表情を浮かべるシモンに、ランドニーは変な誤解をするなと諭すと、シモンが落ち着くのを待って再び話を再開する。

 

「そもそも、第046独立部隊の財政状況が芳しくなくなったのは、シモン! お前にだって原因の一端はあるんだぞ!」

 

「えぇ! なんだよ急に!?」

 

「お前の使うMS用対艦ライフル ASR-78の弾薬費は割高なんだ。それに加え、お前が自身の腕前を更に発揮できるようにと直訴して、スポッター用に買い揃えたルッグンとその乗員のNPCの購入費用、これも財政状況の悪化に影響しない訳がなくだな──」

 

「そんじゃ言わせてもらうけどさ。その言い草で言えば、一番財政状況にダメージ与えたの、ランドニーじゃないのか? 買えるからってノリノリで母艦のギャロップに、火力支援用のマゼラアタック一個小隊まで買い揃えてさ」

 

 シモンの反論に、ランドニーは即座に反論する事無く。

 静かに椅子から立ち上がると。何処か遠くの方を見つめながら、呟き始めた。

 

「認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ち(散財)というものを……」

 

「いやいや、何カッコよく締めてんだよ」

 

「……ま、まぁ、誰にだって過ち(散財)の一つぐらい犯してしまうものさ。という訳で、この件はもう忘れよう! 偉い人も言っていただろ、若さとは何か? それは、振り向かない事さ、と」

 

 そして、ランドニーは無理やり財政状況の話題を締めくくるのであった。

 

「と、所で、俺と話してて大丈夫なのか? 無駄話していると、またオルロフ曹長に注意されるぞ」

 

「あぁ、大丈夫だって。ほら」

 

 モニターに映し出されていたのは、話しながらも、与えられた作業をこなす、シモンの操る作業仕様のザクタンクの姿であった。

 

「ふふふ、俺を誰だと思ってるんだ? 一〇〇の現場を渡り歩いた男、シモン様だぜ」

 

「うわぁ……、なんか、凄いのか凄くないのか分かんねぇな、おい」

 

 現実世界で渡り歩いた現場での経験を存分に生かし、自慢するシモン。

 一方のランドニーは、そんなシモンの自慢に、微妙な反応を示すのであった。

 

 そしてその頃、ユーリアンはと言えば、黙々と作業に勤しんでいた。

 

 

 

 今回受けたミッションを無事に終え、第046独立部隊用のロビーに集まった面々は、ミッション成功を労いながら次の予定について話し合っていた。

 

「やっぱり次は戦闘系のミッションをやりたい!」

 

「ユーリアンはどうだ?」

 

「俺も、裏方は裏方の楽しさがあるけれど、やっぱり、モビルスーツは戦う為に作られたものだから、本来の用途で使って楽しみたい」

 

「つまり戦闘したいって事か……」

 

「勿論、軍団の財政状況も理解しているつもりだから、無理にとは言わないけど」

 

「流石は第046独立部隊が誇るエース様、フォローの言葉も忘れないとは。うぅ、何処かの狙撃野郎に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」

 

「おい! それ俺の事だろ!」

 

「あ、分かった?」

 

「分かるわ!!」

 

 と、ちょっとしたおふざけを交えつつ。

 とりあえずは、戦闘系ミッションを受ける方向は決まった。

 

「で、どんな戦闘系ミッションを受けたいんだ?」

 

「え? どんなって? そりゃ、戦えれば、なんでも」

 

「おいおい、漠然としてんなぁ。仕方ない」

 

 具体例を示せないシモンに、ランドニーは短いため息を吐きつつ、椅子から立ち上がると。

 近くのテーブルの上に置かれていた、一枚の紙を手に取り、二人に提示する。

 

「それは?」

 

「ふふふ、これぞ! 俺が他のプレイヤー達との競争に勝ち、苦労して手に入れたミッション、その名も、『新型機運用テスト』のミッションに必要な書類なのだぁぁぁっ!!」

 

「「おぉー」」

 

 胸を張り説明するランドニーに、感動する二人。

 

 運用テストのミッションとは、プレイヤー側が条件を満たした場合のみ受けられる、特殊なミッションの一種である。

 内容により必要とされる条件はさまざまで、プレイヤーの階級が一定の階級以上であったり、戦績が一定数を必要としたり。またミッションを受理できる拠点も限定されていたり。

 また、受理できる人数や期間にも限りがあるなど、通常のミッションとは異なる事がよく分かる。

 

 しかし、その特殊性故に、成功した場合などの報酬は通常のミッションよりも高く。

 特に、運用テストのミッションは、成功報酬としてテストした機体を手に入れる事が出来る為、同様のミッションは競争率も高く。

 ランドニーの言う通り、セールやバーゲンの奪い合いの現場の如くプレイヤー達の熾烈な争奪戦が繰り広げられるのだ。

 

「……本当は大気圏内用大型航空機(ガウ)の運用テストが欲しかったんだが、母艦はモビルスーツよりも競争率が激しくて、流石の俺でも無理だったよ」

 

「おいおい、本音漏れてるぞ」

 

「っと、それでは。早速、この新型機の受領書にサインをいただきに行くとするか」

 

「え? 何だよそれ?」

 

「ふふふ、このミッションは特殊故、雰囲気を大事にすべく、こうしたお役所的な部分も兼ね備えているのだ!」

 

 そんな手続きまでリアルに作りこまなくてもと呆れるシモンを他所に。

 ランドニーは、責任者のサインをもらうべく、第046独立部隊用のロビーを後にする。

 

 そして、ユーリアンに促され、シモンもランドニーの後を追うのであった。



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第九話 いいものと外人部隊

 オデッサの一角、鉱山エリアとは別のエリア、港湾施設などが存在する港湾エリアに隣接する軍事基地の一角。

 ジオン公国の地球方面軍の司令部として利用されている施設の中を、第046独立部隊の三人が進んでいた。

 

「なぁ、ランドニー。本当にサイン貰う人がいるの、こっちで合ってるのか?」

 

「あぁ、間違いないが。どうしたシモン?」

 

「いやー、なんかこう、この場所、重苦しいと言うか、ピリピリしてると言うか……」

 

 通路を進む中で、シモンは漂う雰囲気が重苦しいのを感じ取った様だ。

 すれ違うNPCのジオン軍人たち目つきも、鋭く見定めるかの如くと表現している。

 

「ま、場所が場所だし、仕方ないさ。あ、そうだ、特にシモン。これからサイン貰いに会う人はとても高貴なお方だから、粗相のないようにな、軍服とか、きっちりしとけよ」

 

「おい、俺名指しかよ!」

 

 名指しされた事に不満を漏らすシモンではあったが、ランドニーの忠告を受けて、自身の着ている軍服に汚れやヨレ、着崩し箇所がないか等を確かめるのであった。

 こうして、身嗜みに問題がない事を確認しながら、三人は、目的の人物がいる部屋の前に差し掛かろうとしていた。

 

「──では、失礼いたします閣下」

 

 すると、目的の部屋から、二人の軍人が出てくる。

 一方は整えられた顎髭が素敵な中年と思しき恰幅の良い体格の男性で、マントが付けられ、同じく取り付けられた階級章は、男性が大佐の階級を有する者であると示していた。

 そしてもう一方は、濃い青色を基調とした、女性用の軍服とは異なる、所謂女性秘書官用の制服を身に纏った、知的な女性。階級章には、女性が大尉である事を示していた。

 

 そんな二人の軍人とすれ違った三人は、敬礼を行いながら見送ったが。

 二人の軍人が角を曲がり、その姿が見えなくなるや、先ほどの二人についてランドニーが声を上げた。

 

「ユーリアン見たか!? ローデン大佐とコンティ大尉だったぞ! いやー、感動! 本物をこの目で見れて!」

 

「そうだな、やっぱり生で見るのは違うな」

 

「え? あの二人、有名なのか?」

 

 興奮気味のランドニーに、あまり表に出てはいないものの、同じく興奮しているであろうユーリアン。

 そんな二人に対して、先ほどの二人がとあるガンダム作品に登場するキャラクターとは知らない様子のシモンは、何故二人がここまで興奮しているのか、疑問符を浮かべるのであった。

 

 それから暫くして、二人の興奮も、特にランドニーが大分落ち着きを取り戻してきた頃。

 三人は、本来の目的であった、受領書へのサインを貰うべく、目的の部屋の前に足を運んだ。

 

「どうぞ……」

 

「失礼します!」

 

 部屋の主からの入室許可を得て、部屋に足を踏み入れる三人。

 そこで三人が目にしたのは、高価な執務家具や調度品、それに、価値の高そうな磁器等が飾られた、執務室内の様子であった。

 その様子に、三人は自然と背筋が伸びる。

 

「確か君達は、第046独立部隊の面々だったね。それで、今回はどの様な用件で私の執務室を訪れたのかね?」

 

 そんな執務室に設けられた執務机で、執務机の上に置かれた書類をさばいている、少々血色の悪そうな頬がこけた男性こそ。

 この執務室の主にして、ジオンの地球方面軍の司令官を務める人物、マ・クベ中将その人であった。

 

 因みに、その傍らには、彼の副官を務める身長一九〇センチを誇る恵まれた体格の男性。

 ウラガン中尉が、仏頂面のまま直立不動で立っている。

 

「は! 本日、マ・クベ中将閣下のもとを伺いましたのは、こちらの新型機運用テストに関する受領書に、閣下のサインをいただきたく、伺った次第であります!」

 

「ほぉ……」

 

 マ・クベ中将が手をかざすと、ウラガン中尉が静かに動き始める。

 ランドニーが差し出した受領書を受け取ると、それをマ・クベ中将に手渡す。

 そして、自身の役割を終えたウラガン中尉は、再び元の位置へと戻るのであった。

 

「あぁ、この新型機の事か」

 

 受領書の内容を確認し、関係する記憶を思い出したかのようにぽつりと零すマ・クベ中将。

 刹那、執務机に置かれた万年筆立てから万年筆を手に取ると、受領書に、自らのサインを記入していく。

 

「これで問題はない筈だ」

 

 再び動いたウラガン中尉を介して、受領書を受け取ったランドニーは、敬礼しつつ感謝の言葉を述べるのであった。

 

「では、失礼いたします!」

 

「あぁ、君達、待ちたまえ」

 

 こうして用件を済ませ、退室しようとした三人を、不意に、マ・クベ中将が制止を促す。

 

「諸君も知っての通り、我がジオン公国は連邦に対して国力で劣る。故に、今や戦局を左右する存在となったモビルスーツ、その新型の開発と配備は、急務である」

 

 そこで一旦息を整えると、マ・クベ中将は再び語り始める。

 

「故に、新型機の配備を一日でも早く行われんと身を粉にする君達に期待するところ、大である」

 

「は! ジオン公国勝利の為、第046独立部隊一同、粉骨砕身する所存であります!!」

 

「ふふ、では、期待しているぞ。……、あぁ、最後に一言。あれは、いいものだ」

 

 直立不動の敬礼の後、マ・クベ中将の執務室から退室した三人は。

 暫く移動した後、まるで緊張の糸が切れたかの如く、通路の壁に手をつき、ため息を零し始めた。

 

「はー、緊張した」

 

「本当だね」

 

「あ、あれ、本当にNPCか? 威圧感というか、纏った雰囲気が本当の軍人みたいというか……」

 

 各々がマ・クベ中将と対面した感想を漏らす中。

 ランドニーが、思い出したかのように話し始めた。

 

「そう言えば噂で聞いたことがある。ジオンと連邦、双方の一部将官はNPCではなく、運営の中の人が務めてるって」

 

「でも、それは……」

 

「ま、あくまで噂だよ」

 

「どっちにしても、あの刺さる様な鋭い視線は生きた心地がしねぇよ」

 

 マ・クベ中将と対面で多大な精神的疲労を被った三人。

 しかし、そんな苦難を乗り越えた先には、明るい未来が待っている。

 

「ま、兎に角。受領書にサインは貰えたんだ。さ、我らが第046独立部隊の新しい戦力となる新型機を受け取りに行こうや」

 

「あ、所で、その新型機のパイロットは、俺とシモン、どっちが?」

 

「そりゃ、我らが第046独立部隊の頼れるエース、ユーリアン、お前に決まってるだろ。……ま、元々このミッション、プレイヤーの階級が"少尉"以上でないと受けられない条件だったし、その点で言えば、ユーリアンの階級は既に"少尉"だから問題ないだろ?」

 

 第一次降下作戦のイベントを通じて、ユーリアンの階級は既に少尉にまで昇進していた。

 因みにシモンは、スナイパーと言う性格上、多数の敵を撃破する事は難しく、階級は曹長のままである。

 

「ま、仮に俺が条件満たしてても、俺の戦い方じゃ、持て余すだけだろうし。妥当な判断だな」

 

「お、分かってるじゃないかシモン。それじゃ、そんな身の程を弁えてるシモンには、ユーリアンのお古を差し上げよう! いいよな、ユーリアン?」

 

「あぁ、いいよ」

 

「そりゃ助かる。……あ、それじゃ、俺のお古になるザクIはどうするんだ?」

 

「ま、とりあえずは保有しておいてだな。ゴールドに困ったら売ってもいいし、万が一の場合は現役復帰させるか、だな」

 

 俺の野望では、プレイヤー同士で保有しているモビルスーツを交換や譲渡する事が出来る。

 ただし、当然ながらそれらを行えるのは同じ勢力に属しているプレイヤー同士であり、交換や譲渡を行うにあたっては、互いに同意している事が望ましい。

 

「所でランドニー」

 

「ん? 何だ?」

 

「俺が乗る事になる新型機って、どんなモビルスーツなんだ?」

 

「ふふふ、それは見てからのお楽しみってやつだ」

 

 意味深な笑みを浮かべるランドニーは、早く新型機を受け取りに行こうと、再び歩み始める。

 そんな彼を、残りの二人は後を追うのであった。

 

 

 

 オデッサの軍事基地内の一角。

 燃料や消耗品等を積載した車輛が脇に止まり、整備士達が額に汗をかきながら忙しそうに右往左往しているその場所は、格納庫群であった。

 

「だからぁっ! そのコンテナはBブロックの格納庫だって、何度言えば分かるんだよ!!」

 

「バーニア用の部品はどうした!? あ? 間違ってBブロックの格納庫の方に持っていっただぁ!? おい誰だよ、担当者は!!?」

 

「そっとだ、そっと! ……馬鹿野郎! 余計にフレームを歪ませる気か!! 女の下着を脱がすように優しくやれってんだよ!!」

 

 整備の為の機械音に整備士達の怒号が飛び交うこの場所を、三人は歩いていた。

 

「えーっと確か、A-9って書かれた格納庫の筈だが……。っと、あった、ここだ」

 

 そして、とある格納庫の前で、三人はその歩みを止めた。

 三人の目の前にある格納庫には、A-9という番号がでかでかと書かれている。

 

「すいませーん! ここの責任者の方、いらっしゃしますかーっ!」

 

 格納庫内に足を踏み入れると、そこでは、ハンガーに固定されたザクIIの整備が行われていた。

 整備の音に負けぬよう、声を張ったランドニーに応えるかのように、汚れてくたびれた作業着を着た、褐色肌の男性が一人、三人のもとへと近づいてくる。

 

「ここの責任者のブラハルトです。少佐、本日はどの様なご用件で?」

 

「この度、我が第046独立部隊で新型機の運用テストを行うことになった。それで、その新型機の受領の為にやって来た訳だ」

 

 ブラハルトと名乗った整備士に、ランドニーは受領書を手渡しながら赴いた理由を説明する。

 すると、受領書の内容と、マ・クベ中将のサインを確認したブラハルトは、声を張り上げ部下を呼んだ。

 

「ドメニー!! 例の新型機を持ってこい! 受取人がやって来たぞ!」

 

「了解です! 班長!」

 

 ドメニーと呼ばれた整備士が格納庫の奥へと消え、それから幾分すると。

 格納庫の奥から、通常サイズのトレーラーを凌ぐ、巨大なトレーラーが姿を現した。

 その荷台には、シートが掛けられた巨大な何かが横たわっている。

 

「ブラハルト班長、すまないが、シートを外してくれるか?」

 

「了解しました」

 

 ブラハルトの指示で、整備士達が荷台に掛けられたシートを外し、荷台に横たわっている物の正体が露わとなる。

 

「これって……」

 

「そう、これが、今回お前に搭乗してテストしてもらう新型機」

 

 真上から見下ろせない為、その全体像を見る事は叶わなかったが。

 それでも、トレーラーの周囲を回り、荷台に横たわるその新型機の外見を目にしたユーリアンは、カラーリングや形状などから、新型機の正体を把握していた。

 

「形式番号MS-07B-3、陸戦用モビルスーツ、グフの改良型。その名を、グフカスタムだ」

 

 故に、ランドニーが新型機の正体を明かしても、ユーリアンの視線は荷台に横たわるグフカスタムに釘付けなままであった。

 

「わーっ! 見て見てケン! 新型の陸戦用モビルスーツだよ!」

 

「ん?」

 

 と、グフカスタムに視線を釘付けにしていた為、後ろから近づいて来ていた者達に気付かなかった三人。

 突然の女性、それも幼さの残る若い女性の声に、揃ったように三人が振り返ると。

 そこには、数人の軍人の姿があった。

 しかも、その内の一人、白い軍服を着た女性は、明らかに成人しているとは思えぬ程幼さの残る容姿の女性であった。

 

「あ、あぁ、あ……」

 

「いいなぁー、新型だよ、新型!」

 

「これが、グフ、と言う陸戦用モビルスーツなのか……」

 

「違うよケン! あれはグフの改良型で、グフカスタムって名前の最新型だよ!」

 

「ま、何でもいいが、どうせ俺達には縁のない機体さ」

 

「つまんねぇ事言うなよ、ガースキー曹長。もしかしたら、俺達の隊にも回ってくるかも知れねぇぜ?」

 

「あのモビルスーツって、やっぱりザクよりも強いんでしょうか?」

 

「強いなんてものじゃないよ! 運動性や機動性は、ジオン製モビルスーツの中でもトップクラスなんだから!」

 

 グフカスタムを目にして盛り上がる軍人達。

 そんな軍人達の姿を目にしたランドニーは、軍人達の正体を知っているのか。

 驚きの表情になったかと思いきや、次の瞬間には目を輝かせだすなど、明らかに平常心を失っている。

 

「え、MS特務遊撃隊、レッドチームの皆さんですよね!!」

 

 そして遂に、ランドニーは気持ちを抑えきれなくなったのか、軍人達に声をかけた。

 

「あぁ、そうだが?」

 

「おいおい、誰だよあの野郎、なんか俺達の事を見て興奮してねぇか?」

 

「レッド・スリー、仮にも少佐殿に対してあの野郎はいただけねぇな」

 

「でもよぉ、ガースキー曹長」

 

「もしかして、私達のファンでしょうか?」

 

「ユウキって、時々凄い発想するよね」

 

「え?」

 

 突然声をかけられた軍人達は戸惑いを隠せない一方、ランドニーは構わず彼らに握手を求めるのであった。

 

「MS特務遊撃隊の皆さんにこうして直接お目にかかれて、いやー、本当に感激だなぁ!」

 

 一人一人と握手をしていくランドニー。

 そんなランドニーの、何故か自分達よりも階級が高い筈なのに、へりくだった様子に、困惑の色を隠せないMS特務遊撃隊の面々。

 一方のランドニーは、今までモニター越しにしか見れなかった人物達が、仮想現実とはいえ、生で対面できた事に感動し、自然と腰が低くなっていたのである。

 

「あ、あの、少佐殿」

 

「はい? 何でしょう!? ケン・ビーダーシュタット少尉?」

 

「少佐殿は、我々の事をご存知のようだが、何故、我々の事を?」

 

「それはもう、小説やゲー……」

 

「小説やゲー?」

 

「いやーいやいや! あ、あれだ! 数々の輝かしい戦歴を残したダグラス・ローデン大佐が結成した部隊ですから! 知らない者なんていませんよ!」

 

 危なくメタ発言をしそうになったランドニーは、寸での所で誤魔化すと、この話題をこれ以上を深掘りさせない意味も込めて、思い出したかのように自らの自己紹介を始めた。

 

「自分は、第046独立部隊の司令官を務めるランドニー・ハート少佐であります! そして彼が、我が部隊のエース、ユーリアン・ルク少尉に、我が部隊の頼れるスナイパー、シモン・ヘイチェフ曹長」

 

「よろしくお願いします」

 

「どーも、よろしく」

 

 自身の自己紹介のみならず、ユーリアンとシモンの紹介も終えると、MS特務遊撃隊の面々が自己紹介を始める。

 と言っても、既にランドニーとユーリアンは彼らの事を知っている為、主に耳を傾けているのはシモンであった。

 

「はいはーい! お互いに自己紹介も終わった所で質問していい?」

 

 こうして互いに自己紹介を終えると、白い軍服を着た少女、メイ・カーウィンが元気よく質問を投げかける。

 

「あのグフカスタムって、ルク少尉とヘイチェフ曹長のどっちが乗るの?」

 

「俺が乗ります」

 

 メイの質問に、ユーリアンは小さく手をあげながら自分だと答える。

 

「ねぇ、少尉、少尉さえもしよければ、あとで後でグフカスタムを操縦した感想とか聞かせて!」

 

「お、おいメイ、感想を聞かせてって。新型機のテストは、俺達とはあまり関係ないだろ?」

 

 メイのお願い事に、小隊長であるケンが待ったを掛けた。

 

「そんな事ないよケン! もし今後、同型機が部隊に配備されたら、その時には今回聞いた感想が大いに役立つんだから! 実際の戦場で、現役のパイロットが使った感想って言うのは、私達エンジニアにとって、すっごく貴重な情報なんだから!」

 

「そ、そうか」

 

 力説するメイの気迫に、ケンは押され、反論する事は叶わなかった。

 

「あの、俺の感想なんかでよければ、幾らでも話しますよ」

 

「本当! それじゃ、これ、私の連絡先ね!」

 

「あの少尉殿も大変だな、メイの質問はそら事細かいってのによ」

 

「それはお前の感想が大雑把すぎるだけじゃないのか、ジェイク?」

 

「な!? 俺だって、一応細かくは伝えてるつもりですよ、ガースキー曹長!」

 

「でもガンス軍曹の報告って、大雑把なのが多いですよね」

 

「ユウキ!? おめぇまで!」

 

「いやー、分かりますよ、その苦労。うちの司令官もお金に関しちゃ丼勘定だから」

 

「待て待て! どうしてその流れから俺の金遣いの話になるんだ!」

 

「そうなのか、なら、その点で言えばローデン大佐の方が、管理はしっかりしてるな」

 

「いやいや、分かりませんよ隊長。もしかしたら、コンティ大尉の補佐なしじゃ、少佐殿とどっこいだったりして」

 

「それじゃ、ハート少佐も、コンティ大尉のような秘書官を付けてみてはどうでしょうか?」

 

「え? 俺、もう金の管理が出来ないって事にされてんの?」

 

 ユーリアンがメイと連絡先を交換している最中、MS特務遊撃隊の他の面々とランドニーとシモンの二人は、お金の管理に関する話で盛り上がるのであった。

 

 

 

 こうして妙な成り行きながら親交を深めた面々は。

 互いの本来の用事を済ませるべく、別れるのであった。

 

「いやー、まさかMS特務遊撃隊の皆さんと親交を持てるとは。これは、何れ彼らを我が第046独立部隊に加えよとの神のお告げか!?」

 

「でも、ローデン大佐もとなると、階級も上げなきゃならないし。何より、全員採用する為のゴールドを貯めないとね」

 

「そうそう、金があったら、つい欲しい物買っちゃうからな、ランドニーは。頑張って貯めないとな」

 

「い、言ったな! 見てろよ! もう同じ過ち(散財)は犯さんからな!」

 

 運用テストの為のグフカスタムと、新たにシモンの乗機となったザクIIF型、二機を搭載した第046独立部隊の母艦たるギャロップは。

 ルッグンとマゼラアタック一個小隊を引き連れ、オデッサを後に、一路、ミッションである運用テストの為のエリアへと向かっていた。

 

 その道中、ギャロップの艦橋では、ランドニーが新たな誓いを立てるのであった。



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第十話 運用テスト

 オデッサの中心地から北部に約二七〇キロメートル、旧ウクライナの中心部に位置する州の一つチェルカースィ州。

 同州の都市の一つであるウーマニ。

 日本語ではウマニともウマンとも呼ばれる事のある同都市の郊外付近に、第046独立部隊一行の姿があった。

 

「偵察中のルッグンから連絡。市内に敵モビルスーツ隊の存在を確認」

 

「詳細データの転送を確認、モニターに表示します」

 

 艦橋乗組員の報告に合わせ、艦橋内のモニターに、ルッグンから送られてきたウーマニ市内の偵察データが表示される。

 上空から撮影したウーマニ市内の地図に、赤い光点が表示されていく。

 

 現在、ヨーロッパ地域におけるジオンと連邦の最前線は、旧ポーランド・スロバキア・ハンガリー等を分断する形に形成されている。

 しかし、それ以東の、ウーマニのような地域であっても、そこが完全にジオン側の勢力圏内になっている訳ではなく。

 帰属の不明瞭な空白地帯が点在し、前線から離れた後方であっても、完全に安全と言う訳ではない。

 故に、少数の敵部隊などが侵入していも、不自然ではないのだ。

 

「敵モビルスーツ隊の使用機種は?」

 

「解析完了、別モニターに表示します」

 

 別のモニターに表示されるのは、敵となる連邦モビルスーツ部隊の詳細な使用機種。

 そこに表示されたのは、ザニーのような見慣れた機種の他、連邦側プレイヤー以外では、NPCが使用する機種としては初となる機種も存在していた。

 

 赤を基調とした塗装に、両肩に装備された二門の二四〇ミリ低反動キャノン砲。

 ガンキャノン最初期型の色違いの二門キャノン仕様にも見えるそのモビルスーツの名は、形式番号RX-77-2、ガンキャノンである。

 本来ならば、固定武装のキャノン砲の他、標準武装としてビームライフルを装備している筈だが。

 今回装備しているのは、ジムマシンガンであった。

 

「ガンキャノン二体にザニー四体、それに61式戦車が複数か……」

 

 モニターに表示された敵の詳細な情報に、ランドニーは顎に手を当て、この敵をどの様に撃破するか、その為の作戦を練り始める。

 やがて、ある程度作戦の骨格が組みあがった所で、ランドニーは、それぞれの乗機のコクピットで出撃の時を待っている二人を呼び出す。

 

「それじゃ、これから作戦を伝えるが、その前に一言。さっきも説明した通り、今回のミッションの成功条件は、敵部隊の撃破と、グフカスタムの生還だ。つまり、敵を倒してもグフカスタムが撃破されればミッションは失敗だ。だから、もしもの時はシモン、お前が身を挺してグフカスタムを守るんだぞ」

 

「遭遇戦や通常のミッションなら怒る所なんだろうが、ま、成功条件なら仕方ないよな。りょーかい、万が一の場合は、文字通り死んでもユーリアンのグフカスタムを守ってやるよ」

 

 モニターに映し出されたシモンは、仕方ないと言わんばかりの表情と共に、ランドニーの意見に同意する。

 

「じゃ、改めて作戦を説明する。まず敵部隊の位置と詳細は、送ったデータ通りだが、一番脅威となりそうなのは何といっても二体のガンキャノンだ」

 

 ランドニーの説明に、モニターに映し出された二人が頷く。

 

「そこで、優先的にこの二体のガンキャノンを撃破する事を前提とする作戦だが。先ず、ミノフスキー粒子を散布した後、シモンが狙撃でガンキャノン一体を撃破、その後、マゼラアタック小隊の支援砲撃で敵の注意を散漫にさせ、その直後、グフカスタムの機動性とユーリアンの腕前を持って残ったガンキャノンを撃破、そして、最後に残敵を掃討して、ミッションコンプリート。という流れの作戦だ」

 

「大まかな流れは分かったけど、最初の狙撃で残りの敵が警戒して固まる可能性は?」

 

 作戦を聞いたユーリアンが、ふとした疑問をランドニーにぶつける。

 すると、ランドニーは赤い光点が示された市内の地図を表示させながら、疑問に答えていく。

 

「見て分かる通り、敵はそれぞれのガンキャノンを隊長機として二個小隊を形成している。便宜上A小隊とB小隊と称する両小隊だが、その配置は、こちらとしては幸いなことに分散している。両小隊の間には湖が存在し、両小隊が合流する為には、どちらかが湖の縁を移動しなきゃならない。つまり、容易に合流は出来ない訳だ」

 

「なーるほどな。……所で、この作戦って、何気に初弾の俺の一発が重要なんだよな?」

 

「ご名答。でも、我らが頼れるスナイパー、シモンなら、一撃でガンキャノン位倒せるだろ?」

 

「気軽に言ってくれるよ……。ま、でも、そう言われちゃ、やってやらない訳にもいかないしな」

 

「流石は未来の名スナイパー! ま、もし万が一狙撃に失敗しても、ユーリアンが何とかカバーしてくれるだろうから、安心しろ」

 

「おい! そこは他人頼みかよ!?」

 

 こうして最後に、おそらく冗談と思しきものを交え、作戦の説明が終わると、いよいよ、出撃の時が訪れる。

 ギャロップの船体前方に設けられたハッチが開き、格納庫内に眩いばかりの光りが差し込む。

 そんな差し込んだ光のカーテンに、モノアイを赤く点滅させた二体の巨人が歩みを進める。ユーリアンのグフカスタムと、シモンのザクIIF型だ。

 

「ユーリアン、出ます!!」

 

「シモン、いっくぜーっ!」

 

 掛け声と共に、二体の巨人がギャロップより出撃する。

 それに続くように、指示を受けたマゼラアタック小隊も、砲撃地点へと展開すべく、砂煙を立て前進していく。

 

 一方、ギャロップの艦橋で推移を見守るランドニーは、新たな指示を飛ばす。

 

「ミノフスキー粒子の散布を開始」

 

「了解、ミノフスキー粒子、散布開始します」

 

「シモン、出来ればミノフスキー粒子の散布が完了するまでに、狙撃ポイントに到着してくれよ」

 

「わーってるよ」

 

 愛用のMS用対艦ライフル ASR-78を肩に担いだシモンのザクIIF型は、ランドニーの急くようなお願いに、走る速度を速めるのであった。

 

 

 

 それから数分後、味方を示す青い光点が所定の位置へと展開した事をモニター上で確認したランドニーは、各々に最終確認を尋ねる。

 

「ユーリアン、準備は?」

 

「こっちはいつでも」

 

「シモン、何時でもいけるか?」

 

「あぁ」

 

「カフェオレパパよりビター・リーダー、そちらも準備はいいか?」

 

「こちらビター・リーダー、砲撃準備完了。ご命令あればいつでも砲撃可能です」

 

 ユーリアンにシモン、それにビターチームのコールサインを持つマゼラアタック小隊も準備が完了した事を確認し。

 ランドニーは、戦闘開始を告げる命令を下す。

 

「ミッション開始! 上手くやれよ!」

 

 戦闘開始を告げる命令が下され、一番に動いたのは、シモンであった。

 ウーマニ市の郊外、大型スーパーの屋上で片膝をつきMS用対艦ライフル ASR-78を構えたシモンのザクIIF型は、その銃口を目標に向けていた。

 

「さぁ、おっぱじめようぜ」

 

 コクピットのメインモニターに表示されたレティクルを、目標であるガンキャノンのコクピットに合わせたのを確認すると。

 シモンは、小さく呟き、そして、操縦桿のトリガーを引いた。

 

 刹那、轟音や機体を震わせる振動と共に、一発の一三五ミリ弾が放たれ、ウーマニ市内を突き抜ける。

 

 コンマ数秒、ウーマニ市内を突き抜ける弾道を描いて飛来した一三五ミリ弾は、まるで吸い寄せられるかのように目標のガンキャノンのコクピットに着弾する。

 もはや即死だろう。弾丸の勢いに引き寄せられ倒れこんだガンキャノンは、再び起き上がる事はなかった。

 

「カフェオレパパよりビター・リーダー、砲撃開始!」

 

「ビター・リーダー了解! ビター・リーダーからビターチーム各員へ、砲撃開始!」

 

「ビター・ツー、了解!」

 

「ビター・スリー、了解」

 

 隊長が凶弾に倒れ混乱する敵A小隊、一方のB小隊も、攻撃地点も分からぬ突然の攻撃に、困惑の色を隠せない様子だ。

 そんな彼らに、更に追い打ちをかけるかの如く、ビターチームによる砲撃が降り注ぎ始める。

 

 マゼラアタックの主砲である一七五ミリ無反動砲から放たれる榴弾が、A・B両小隊に降り注ぎ、周囲の建物を瓦礫へと変貌させていく。

 

「こ、こちらアルファ・スリー! アルファ・ツーもやられた! くそっ! 下手人はどこだよっ!?」

 

 そんな中、シモンの狙撃も続いていた。

 

「弾幕! 弾幕を張りつつ後退!! ベータ・リーダーよりアルファ・スリー、弾幕を張りつつ後退しろ!」

 

 何処からとも分からぬ狙撃と砲撃に、B小隊の小隊長を務めるベータ・リーダーは、兎に角我武者羅に発砲して弾幕を形成させつつゆっくりと後退していく。

 適当に撃って相手が怯んで手を止めてくれれば儲けもの、という計算だろう。

 

 後退しつつ火を噴く二四〇ミリ低反動キャノン砲にジムマシンガン、市内の建物を次々と瓦礫に変えていく中、ふと、砲撃が止んでいる事に気が付く。

 

 ラッキーヒットがあったのか、と思って一旦後退を止めたが、実はそれは誤りであった。

 本当は、B小隊に接近した味方を砲撃に巻き込まぬよう、中止しただけだったのだ。

 

「な!? 敵の反応!? いつの間にこんな近……」

 

 近くのビルの影から突如現れたユーリアンのグフカスタムに、ガンキャノンを操るベータ・リーダーは応戦しようとするも。

 手にしていたジムマシンガンの銃口を向けるよりも早く、ユーリアンのグフカスタムはその俊敏性を生かして一気にガンキャノンの懐に飛び込むと、右手に持っていたヒート・サーベルを、ガンキャノンのコクピット目掛けて突き刺した。

 刹那、まるでパイロットの生命力を現すかの如く、ガンキャノン頭部のメインカメラの光が消えた。

 

「た、隊長!?」

 

「くそがっ!」

 

 一瞬の内に隊長が倒され、その下手人であるユーリアンのグフカスタムに対して怒りを向けるベータ・ツーとベーター・スリー。

 各々が乗るザニーが手にしたジムマシンガンを向けたのだが、そこで、二人は操縦桿のトリガーを引く事を躊躇ってしまう。

 

 それは、二人の乗るザニーの位置からユーリアンのグフカスタムを攻撃しようとすると、丁度ガンキャノンが盾として機能してしまうからだ。

 

 そして、ユーリアンは、そんな二人の一瞬の隙を見逃さなかった。

 ガンキャノンを盾として利用しつつ、グフカスタムの左腕に装備している攻守一体型の武装、ガトリング・シールドの七五ミリガトリング砲を起動させると。

 モーター音の鳴り響く中、その銃口を、ベーター・スリーの乗るザニーへと向けた。

 

「うわぁぁっ!?」

 

 刹那、銃身の高速回転と共に次々と銃口から放たれる七五ミリ弾の雨は、ベーター・スリーの乗るザニーを、文字通りハチの巣へと変貌させていく。

 排出される空薬莢の数々、金属音を立て地面に落ちていくその数から、直撃を受けたベーター・スリーの命運が如何に悲惨かを容易に想像させる。

 そんな味方の悲惨な最後を目の当たりにしたベータ・ツーは、怒りと恐怖が入り混じった声を上げながら、ユーリアンのグフカスタム目掛けてジムマシンガンを発砲する。

 

 が、予想通り、ガンキャノンが盾となり、致命弾を浴びせる事は出来ない。

 

「こちらベータ・ツー! おい戦車隊聞こえるかぁ! 何やってるんだ!! すぐに来て援護しろよ!」

 

「こちら戦車隊、そちらに向かおうにも、建物の瓦礫が道を塞いで直ぐには向かえない」

 

 戦車隊からの応答に、ベータ・ツーの頬を嫌な汗が流れ始める。

 まさか、自分達が張った弾幕が原因なのか。

 自分達の行いが、結果として味方戦車部隊の足を止め、数的優位であった筈の自分達の破滅を呼び込む結果になろうとは。

 

「じょ、冗談じゃ……」

 

 最後にベータ・ツーが目にした光景は、自らのザニーに向けられる、高速回転し硝煙を吹き消す七五ミリガトリング砲の銃口であった。



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第十一話 もう一回戦えるドン

「こちらランドニー、ユーリアン、そっちの状況はどうだ?」

 

「こちらユーリアン、最後の一輌を撃破した所だ」

 

 目の前の道路で黒煙を上げるのは、七五ミリ弾により鉄塊と化した一輌の61式戦車。

 ユーリアンの活躍により敵B小隊を、シモンの狙撃により敵A小隊を見事に撃破した第046独立部隊は、残敵である61式戦車の掃討戦に移行していた。

 ビターチームの砲撃と、ユーリアンのグフカスタムの性能を持って、掃討戦は速やかに終息を見せた。

 

「よーし、損害らしい損害もなく、まさにパーフェクト・コンプリート! ってやつか」

 

 ユーリアンからの報告に、ランドニーはガッツポーズし喜びを表現する。

 これでミッションは成功し、報酬としてグフカスタムを手に入れられることが確実となり、第046独立部隊の戦力は飛躍的に向上する事になる。

 

「それじゃ、ユーリアンとシモンはギャロップに戻って……」

 

「司令! 上空待機中のルッグンから緊急連絡! 地上から攻撃を受けたとの事です!」

 

「はぁ!?」

 

 艦橋乗組員からの緊急報告に、ランドニーは思わず妙な声色で反応してしまう。

 

「地上から攻撃を受けたって……、ルッグンの状況は!?」

 

「乗員は無事に脱出した模様。ですがルッグン本体の方は右主翼をビーム兵器と思われるもので撃ち抜かれ、墜落しています」

 

「え? ビーム兵器!?」

 

 乗員の無事に安堵したのも束の間、ルッグンの撃墜原因に、ランドニーの顔から血の気が引いていく。

 

「ど、何処から撃ってきた! 攻撃ポイントの特定は!? 攻撃してきた奴の詳細は!?」

 

「お待ちください。……ルッグンが攻撃される寸前に送られたデータがあります」

 

 艦橋内のモニターに表示されたのは、ルッグンが攻撃される寸前に撮ったと思われる写真。

 上空から望遠で撮られたと思しきその写真は、緊急時の為か、ピントがずれて被写体がぼやけてしまっていた。

 しかし、ぼやけていても被写体の輪郭や色合いなどから、ランドニーはその被写体、ルッグンを撃墜した下手人の正体を、見破っていた。

 

「おいおい、マジかよ。……"陸ガン"かよ」

 

 白を基調とする四肢に、青を基調とする胴体。そして、頭部のツインアイにV字アンテナ。

 RX-78 ガンダムの規格型落ち部品を基に、地球連邦の陸軍が主導して開発された、ガンダムの陸戦用再設計モビルスーツ。

 RX-79[G] 陸戦型ガンダム、通称陸ガンとも呼ばれる、連邦製の高性能陸戦用モビルスーツだ。

 

 写真に写っていたのは小隊と思しき三機編成の陸戦型ガンダム。

 内二機は、形式番号YHI YF-MG100、小型で取り回しの良い一〇〇ミリマシンガンに、打撃武器としても使用可能な小型のシールドを装備しているが。

 最後の一機は、細長いライフル状の武装を装備していた。

 

「しかもロングレンジビームライフル持ちがいるのかよ、厄介だな……」

 

 ライフル状の武装の正体、型式番号BLASH XBR-X-79YK、ロングレンジビームライフル。

 その名称の通り、狙撃可能な長射程を誇るビームライフルは、まさに脅威そのもの。

 そしておそらく、ルッグンを撃墜したのも、ロングレンジビームライフルを装備した陸戦型ガンダムであろう。

 

(NPCが陸ガン使ってるなんて情報はまだなかった、なら連中は多分プレイヤー。NPCを雇ってるかどうかは分からないが、最低でも一人はプレイヤーがいる。しかも、もしプレイヤー一人なら、僚機分も含めて買い揃えてる筈だ。だとすると、相応にやり込んでるか課金戦士のどっちかだが……)

 

 顎に手を当て、突然の乱入者たちの正体を推測するランドニー。

 他のプレイヤー達や、ジオンや連邦、両勢力などの動向は、現実世界の攻略サイトやSNS等に、断片的ながら記載され、それらを目にする事もある。

 それらの断片的な情報源によると、既に両勢力の一部プレイヤーは、改造などではなく、ノーマル状態で現時点で入手可能な最高性能のモビルスーツを手に入れているとも言われており。

 両勢力の一部"廃人"とも呼べるやり込みプレイヤーは、既に最高の高みへと登り詰めていた。

 

 そして、陸戦型ガンダムの小隊が、そんな廃人プレイヤーかどうか、それを確かめる術は現時点ではない。

 しかし、こだわっているのでなければ、陸戦型ガンダムよりも高性能な連邦製モビルスーツは数多く存在している。

 となると、あの小隊にいるプレイヤーが、廃人と呼ばれるやり込みプレイヤーである可能性はそれ程高くはない。

 

 であれば、次に考えられるのは、ランドニー達と同じ上の下、或いは中堅辺りのプレイヤーである。

 同レベルのプレイヤー達は、既にザクやザニーのような機種から、原作等で対モビルスーツ戦を想定して開発された機種に乗り換えており。

 その事実は、攻略サイトやSNS等の情報源から、既に多くの者が知る所であった。

 

(相手の実力が俺達と同等かどうかはさておき、どっちにしてもロングレンジビームライフル持ちは厄介だな。逃げるにしても、背中から狙われちゃ、折角手に入れたグフカスタムが失われる可能性だってあるしな……)

 

 とりあえず相手の実力を推し量るのは棚上げし、ランドニーは、ロングレンジビームライフルへの対処に考えを巡らせる。

 

 折角ミッションが成功し、グフカスタムを手に入れても、ロングレンジビームライフルにより撃破されてしまえば、今までの苦労は水の泡だ。

 ジオンの開発レベルはまだグフカスタムを開発していない為購入できないし、ランドニー自身の開発レベルも、まだグフカスタムを開発するまでには至っていない。

 故に、ここでグフカスタムを失えば、再び手に入れるまで時間を要する事になる。

 

 それだけは、避けたかった。

 

「よし……、大至急ユーリアンとシモンに連絡を!」

 

「了解!」

 

 簡単な対策の組み立てを終えたランドニーは、直ちにユーリアンとシモンの二人に連絡を入れる。

 刹那、応答したユーリアンとシモンの二人は、各々に今起こっている事への説明をランドニーに求める。

 

「おいおい、何が起こってんだ!? さっき上空に向かっていく、ビームの光線みたいなものが見えたぞ!?」

 

「ランドニー、一体何が起こってるんだ?」

 

「ちょっと不味い事になった。ウーマニ市の北西方向から、陸ガン三機で構成された一個小隊が侵入、しかも内一機は、ロングレンジビームライフルを装備してる。そいつのお陰で、大事なルッグンが墜とされちまった」

 

 ランドニーの説明に耳を傾けながら、ユーリアンとシモンの二人は、各々の機に送られた敵小隊の現状判明しているデータを確認している。

 

「なお、現状敵陸ガン小隊に俺達の位置や戦力がバレた可能性は低いと思われるが、相手は機種からも分かる通り、俺達と同じプレイヤーだ。そう簡単に、俺達をオデッサに帰してはくれないだろう」

 

「そうだろうな、特にロングレンジビームライフル持ちは厄介だ。市内なら遮蔽物も多いが、市外は見晴らしのいい草原、当然、スナイパーにとっちゃ最高の狩場だ」

 

「モビルスーツなら兎も角、ギャロップじゃ、いい的になるしね」

 

「そう。そこで、後顧の憂いを断つ為にも、ここで奴らを撃破する!」

 

 ランドニーの決断に、ユーリアンとシモンの二人は頷き答える。

 

「それで、具体的にはどんな作戦であいつ等を倒すんだ?」

 

「先ずは、奴らが狙撃に適した場所まで来るのを待つ。幸い、連中にはまだこっちの詳細な戦力を把握された形跡はないからな、こっちにも最高のスナイパーがいる事を知らない筈だ」

 

 不意に褒められて照れるシモンを他所に、ランドニーは作戦内容の説明を続ける。

 

「そして、奴らが絶好のポイントまでやって来た所で、シモン、お前の出番だ」

 

「俺がロングレンジビームライフルを狙撃すればいいって訳だな」

 

「そうだ。必ず初撃でロングレンジビームライフルの方を破壊してくれよ、持ってる機体の方を破壊しても、他の奴がロングレンジビームライフルを引き継ぐと厄介だからな」

 

「すんげぇプレッシャー……」

 

「だが、お前ならやれるだろ?」

 

 刹那、シモンの口角が不敵に上がる。

 

「当ったり前だ!」

 

「期待してるぞ。……で、ライフルを使用不可能にした後だが、ビターチームによる砲撃で更に奴らの気を引き、足を止める。で、その後はユーリアン、お前に任せた」

 

「了解」

 

「だが、あんまり無茶はするなよ。一応、グフカスタムは撃破されたら、今までの苦労が水の泡になるんだからな」

 

「分かってる。もし無理そうなら、適当に足止めして退くよ」

 

「よし、それじゃ。追加の緊急ミッション開始といきますか!」

 

 こうして、戦いの第二幕、その幕が上がり始める。

 

 

 

 

 

 

「ルッグンがいないと、やっぱ情報の精度や量が制限されて不便だな……」

 

 敵陸戦型ガンダムの小隊の動向を艦橋内のモニターで眺めていたランドニーは、ルッグンのありがたみを感じていた。

 当たり前な時は何も感じていなかったが、ふとした瞬間にそれがなくなると、突然、そのありがたみを実感する。

 

「軍団長、各機、所定の位置についたとの事です」

 

「敵小隊の動向は?」

 

「概ねモニターに表示されている通りと」

 

 モニターに表示された敵陸戦型ガンダムの小隊を示す光点は、ウーマニ市の中心部へとゆっくり移動している。

 どうやら、市内に潜伏しているユーリアン達の事を警戒しながら進んでいるのだろう。

 

「よし、もうすぐだ……」

 

 そして、敵小隊は、やがて巨大な交差点へと差し掛かる。

 刹那、ランドニーが作戦開始の合図を告げた。

 

「ミッション開始だ! シモン!」

 

「おーけい! バッチリロックオン! ……ファイヤ!」

 

 一列に列をなし進む敵陸戦型ガンダムの小隊、その最後尾を歩くロングレンジビームライフル装備の陸戦型ガンダム。

 装備した本体ではなく装備そのものを狙われるとは露も思っていなかったパイロットは、突然の警報音と、間を置かず爆破するロングレンジビームライフルに、一瞬理解が追い付かなかった。

 

「……え?」

 

「敵襲!!」

 

「くそ、やっぱり潜んでやがった!!」

 

 突然自身の相棒を破壊され、唖然とするパイロットを他所に、僚機の二人は付近の建物の影に機体を隠す。

 

「おいまっつん! 何してんだ! はやく隠れろ、狙われんぞ!」

 

「……あ! お、おう!」

 

 仲間の声で我に返ったまっつんと呼ばれたパイロットは、慌てて仲間の二人の様に、乗機を建物の影に隠す。

 こうして、建物の影から様子を伺っていると、甲高い音と共に、付近に土煙が発生する。

 

「ちくしょう、砲撃か!?」

 

「これじゃ迂闊に動けないよ、どんちゃん!」

 

「くそ!」

 

 どんちゃんと呼ばれた、小隊のリーダーを務めるパイロットは舌打ちした。

 撃墜したルッグンの存在を確認した時に、ある程度の装備や規模を持った敵だと判断しておけばよかったと、そんな後悔が滲み出る。

 

 しかし、今更悔いた所で、もう遅かった。

 

「兎に角、一旦砲撃が止むまで待つぞ。相手は空からの目を失ってんだ、今は闇雲に撃ってるに違いない。砲撃が止んだら、敵スナイパーに注意しつつ後退して体勢を立て直す」

 

 そして、その判断が間違いである事を、彼は程なく嫌でも理解する事になる。

 

 程なくして、砲撃が止むと、彼らは後退を開始しようとした。

 だが、それは突如やって来た。

 

「反応!?」

 

 付近に未だ立ち上る煙を突き破り、何かがどんちゃん搭乗の陸戦型ガンダム目掛けて飛来する。

 それは、まるで細長いワイヤーの如き形状の物体。

 飛来したそれは、どんちゃん搭乗の陸戦型ガンダムが装備していた一〇〇ミリマシンガンの弾倉部分に付着すると。

 

 刹那、まるで電気が流され暴発したかのように、一〇〇ミリマシンガンの弾倉部から爆破が生じ、一〇〇ミリマシンガンが破壊される。

 

「これは!? ヒート・ロ……」

 

 どんちゃんはそれがなんであるのかを察すると、飛来した物体の発射元を確かめるべく、乗機のメインカメラを煙へと向けた。

 次の瞬間。

 

 煙を突き破り、それは姿を現した。

 姿勢を低くしながら突進する、ユーリアンのグフカスタムだ。

 

「な!?」

 

 ほぼ右真横から突進するグフカスタムを、左腕に装備した小型のシールドで対応することは出来ず。

 

「うぐ!」

 

 どんちゃん搭乗の陸戦型ガンダムは、安々と懐に飛び込まれグフカスタムのタックルを受けると、バランスを崩しそのまま近くの建物に倒れ込む。

 

「どんちゃ……」

 

「馬鹿! 行くな!」

 

 そんな味方の姿を目にしたまっつんは、彼を助けようと、近接戦闘用のビームサーベルを手にした乗機で駆け出すが。

 刹那、鋭い轟音と共に、何かの衝撃で機体は後ろにのけぞり倒れてしまう。

 

「くそ! 早まりやがって」

 

 倒れたまま動かなくなったまっつん搭乗の陸戦型ガンダム。

 その姿を目にした残りの味方は、コクピット内で毒づいた。

 

 まっつん搭乗の陸戦型ガンダム、そのコクピット部分には、一発の弾痕が刻み込まれていた。

 

「あぁ、くそ!!」

 

 刹那、彼は気が付いた。

 もう一人の味方の末路に。

 

 頭部が旋回し、頭頂部のメインカメラが捉えたのは。

 建物に倒れ込んだどんちゃん搭乗の陸戦型ガンダムに対し、手にしたヒート・サーベルを突き刺しているグフカスタムの姿であった。

 

 突き刺されたヒート・サーベルは、機体の胸部を一突きにし、傷口からはまるで鮮血の如くオイルが漏れ出していた。

 

「くそ! くそっ!!」

 

 一瞬の内に味方を二人も倒された彼は、その鮮やかな手際に恐怖すると共に、味方を倒され逆上する。

 相反する感情が入り混じる中、そんな感情を吹き飛ばすかの如く、乗機の装備した一〇〇ミリマシンガンを発砲する。

 

 バーニアを噴かせ回避すると共に、一旦距離を取ろうとしたグフカスタムであったが。

 飛来した一〇〇ミリ弾の内の数発が、ガトリング・シールドの七五ミリガトリング砲の砲身に命中し、同砲を使用不可能にしてしまう。

 

 再び地面に足を付けたグフカスタムは、使い物にならなくなった七五ミリガトリング砲をパージすると、右手のヒート・サーベルを構え直す。

 それを目にした彼も、何かを悟ったのか、乗機の一〇〇ミリマシンガンの弾倉を交換すると、空いていた左手に、近接戦闘用のビーム・サーベルを装備する。

 

 暫し、互いの出方を伺う様に、見つめ合う両機。

 

「! 来た!」

 

 そして、グフカスタムのモノアイが怪しく光ったと思われた刹那。

 グフカスタムがシールドを構えつつ突撃してきた。

 

「このぉぉっ!」

 

 再び火を噴き始める一〇〇ミリマシンガン。

 だが、放たれる一〇〇ミリ弾の多くは、グフカスタムの機動の前に装甲を叩く事無く、空しく彼方へと飛び去って行く。

 捉えた命中弾も、多くは本体ではなくシールドを叩き、致命弾を叩き込むことはない。

 

 それでも、一〇〇ミリマシンガンは火を噴くことを止めない。

 まるで、銃身が焼けつくまで撃ち続けるかの如く。

 

 やがて、互いの距離が近づく中、彼は、その間合いが訪れるのを待っていた。

 乗機の左手に装備したビーム・サーベル、その一振りがグフカスタムを捉える間合いを。

 

 そして、弾幕の中を突撃してきたグフカスタムが間もなくビーム・サーベルの間合いに入ろうかと思われた矢先。

 不意に、グフカスタムが右腕に装備しているヒート・ロッドを明後日の方角に射出した。

 

「何だ?」

 

 一瞬相手が何をしているのか、何かの罠かと考えたが。

 もはや、悠長に考えている程、彼に時間は残されていなかった。

 

 次の瞬間には、既にグフカスタムはビーム・サーベルの間合いに足を踏み入れていたからだ。

 

「こんのぉぉっ!!」

 

 間合いに入った。

 それを確認した彼は、光の刃を展開させたビーム・サーベルを振るった。

 これで、光の刃はグフカスタムを切り裂く。

 

 筈であった。

 

「……な!?」

 

 だが、現実は非情にも異なっていた。

 何と、グフカスタムは寸前に射出したヒート・ロッドを利用したのだ。

 

 付近の建物に付着させたヒート・ロッドを勢いよく巻き取り、その力を利用して急速回避を成功させた。

 

 それは、彼の側からしてみれば、目の前のグフカスタムが一瞬にして消えたように見えた。

 

「ど、何処に!?」

 

 刹那、コクピット内に警告音が鳴り響き、同時に彼は、この仮想現実では感じる筈のない、寒気を感じた。

 その寒気に導かれる様にメインカメラを動かすと、そこには、三連装三五ミリガトリング砲の砲口を乗機へと向ける、グフカスタムの姿があった。

 

「これが……、これがモビルスーツの動きだと!?」

 

 射程や口径共に七五ミリガトリング砲より劣るものの、瞬間火力では秀でている三連装三五ミリガトリング砲が火を噴き、彼の陸戦型ガンダムを襲う。

 左側面から攻撃の為、左腕に装備していた小型のシールドが、偶然にも胴体部への致命弾を防ぐのに役立ったが、それ以外の個所には、容赦なく三五ミリ弾の雨が降り注いだ。

 

 途端、メインモニターが外部映像を映し出さなくなる。

 どうやら、メインカメラが破壊されたらしい。

 

「うわ! 何だ!? どうなってるんだ!!?」

 

 程なくして、今度は衝撃が襲い掛かる。

 更に数度の衝撃、そして機体状況が、四肢に対して赤信号を点滅させる。

 だが、メインカメラを破壊され、外部の様子が分からないので、一体何が起こっているのか、彼は把握できないでいた。

 

「おい、冗談だろ!? 何かの間違いだろ!!? ここまで来たのに、殺られるって言うのか!? 俺が!」

 

 しかし、最後の瞬間、何かを感じ取った彼は、コクピットで叫んだ。

 

 刹那、鋭利な剣先が、音を立ててコクピットを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

「こちらユーリアン、目標を撃破」

 

「了解だ。よくやった!」

 

 メインモニターに映し出された、建物に倒れかけた敵機の残骸。

 四肢を切断され、頭部を破壊され、そして胸部にヒート・サーベルの切り傷を持つ。

 

 そんな残骸を目の前にして、ユーリアンは報告を終えた。

 

 

 こうして、不測の事態はあったものの、第046独立部隊のミッションは無事に終わりを告げた。



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第十二話 運命の出会い

 新型機運用テストを無事に終え、再びオデッサの地へと戻ってきた第046独立部隊。

 グフカスタムを無事に手に入れ、戦力を充実させた第046独立部隊は、その後も数々のミッションをこなした。

 

 失ったルッグンを再び買い戻す為、更なる戦力強化の為の資金を蓄える為。

 第046独立部隊の面々は、戦闘系から非戦闘系まで、様々なミッションをこなす。

 

 無論、ミッションばかりをこなすだけではない。

 その間にも行われるイベント、アフリカ地域制圧の為の第四次降下作戦にも参加し、経験値と資金稼ぎに努める。

 なお、この第四次降下作戦をもって、イベント『地球侵攻作戦』は終わりを迎える。

 正史ではこの後、ジオンが攻撃限界点を迎えた為、暫く小康状態が続くことになるが。

 この俺の野望では、正史とは異なり、プレイヤー主導による侵攻作戦等は行われる為、まだまだ地球各地での戦火はとどまるところを知らない。

 

 

 因みに、新型機運用テストの終了後。

 オデッサへと戻ったユーリアンは、出発前にメイと交わした約束を守るべく、メイに感想と共に戦闘時の映像データも添付して送ったのだが。

 『何これ……、ふざけてるの?』

 と、その特殊過ぎて参考にならない戦闘機動に、冗談かと疑う返事が返ってきたそうな。

 最も、それでもメイにとっては貴重なデータなので、続けて感謝の言葉も送られた。

 閑話休題。

 

 

 

 

 そんな第046独立部隊の俺の野望での活動が続く中。

 同部隊は、最近、とある計画を立てていた。

 

 それが、同部隊への更なるプレイヤーの加入である。

 

 事の始まりは、ミッションをこなす中で、ランドニーがマンパワー不足を感じた事であった。

 

「二人も知っての通り。最近は、母艦を運用するプレイヤーも増えて、NPCが使用するモビルスーツの性能も高くなりつつある」

 

 俺の野望が正規サービスを開始して、既に相当の日数が経過していた。

 最近始めたばかりのプレイヤーや、こだわりのあるプレイヤーを除き、プレイヤー達の使うモビルスーツも初期装備の機種は少なくなり。

 また、それはNPCの部隊等についても同様であった。

 

「敵の機種が型落ち程度なら、数が多くても技術や戦術でカバーして問題ないが。今後さらに機種が更新されていく事を考えると、戦闘系ミッションは辛くなる」

 

 戦闘系ミッションの成功条件は、主に指定された敵戦力の殲滅となる。

 その為、必然的に戦闘は避けられず。

 使用する機種の性能差が縮まれば縮まる程、操縦技術と数が重要となってくる。

 

 しかも、ミッションに出現するNPC部隊の戦力は、基本的にプレイヤー側よりも多く出現する為。

 数の暴力に押されない為には、やはりその差が小さいほうが望ましい。

 勿論、世の中には数の暴力にも打ち勝てるほどの技術を持った変人というものがいるが、生憎と、第046独立部隊はそんな部類には属していなかった。

 

 よって、現在の少数精鋭のような編成では将来に不安が残る。

 新たなプレイヤーの加入は、そんな将来への不安を払拭する為でもあった。

 

「それに、今後は他のプレイヤー軍団とも遭遇する確率も増えてくるだろうし。ここらで、我ら第046独立部隊も新メンバーの加入すべく、勧誘活動に力を入れていくべきだと思う!」

 

「で、具体的にはどういうの考えてるんだ?」

 

「先ずは、オーソドックスにギルドメンバー募集用の掲示板を使って加入者を募集しようと思う。で、これがその募集要項の原文なんだけど……」

 

 その為に活用する募集用掲示板に記載する募集要項の原文を、タブレット端末を使ってユーリアンとシモンの二人に確認してもらう。

 すると、早速シモンが感想を漏らした。

 

「いやあのさ、この"皆が笑顔で楽しめる、アットホームな部隊です"って、これ逆に敬遠されないか?」

 

「え? そうか? ん~、いいキャッチコピーだと思ったんだけどな?」

 

 どうやら、ランドニーが考えたキャッチコピーは、あまり受けがよろしくないようだ。

 

「あ、それじゃさ、シモン。お前が新しいキャッチコピー、考えてくれよ」

 

「えぇ!? 俺が!?」

 

 まさか自分に任せられるとは思ってもいなかったシモンは、突然の任命に驚きを隠せない。

 

「だって一〇〇の現場を渡り歩いた男だろ? なら、色々見てきたから、傾向とか分かるだろ?」

 

「まぁ、そりゃ……」

 

「なら頼む! この通り!」

 

「……分かったよ。考えてやるよ」

 

「サンキュー!!」

 

「ん~そうだな。それじゃ例えば、"明日のプレイは、もっと楽しくなる"とか、"その意思が、すべてを変える"とか、こんなのはどうだ?」

 

「お、いいな」

 

 思いついたキャッチコピーの候補を挙げていくシモン。

 その完成度の高さに、ランドニーはやはりシモンに任せて正解だったと思わずにはいられなかった。

 

 そして、それから幾つかの候補を聞き、それらをタブレット端末にメモしたランドニーは、早速候補の中から一番良さそうなものを選ぶと、募集要項の原文に書き込むのであった。

 

「よし、それじゃ後でギルドメンバー募集用の掲示板に書き込んどくとして。勧誘活動はこれだけじゃないぞ」

 

「何だ? まだあるのか?」

 

「掲示板を見て、加入したいってプレイヤーが直ぐにくるとも限らない。そこで、やはり確実性と即効性を兼ね備えた方法。そう! 現実世界(リアル)で知り合いや友達を誘う方法を実践しようと思う!!」

 

「まぁ、それが一番無難だよね」

 

「という訳で、シモン。今度の連休までに、ノルマ、一〇人な」

 

「いやいやちょっと待て! そりゃ無理だろ!!」

 

「えーまたまた、ご謙遜を。一〇〇の現場を渡り歩いた男なら、友達の一〇〇や二〇〇位いるでしょ」

 

「そんなにいねぇよ! 仮にいたとしたら、そいつらに声かけてソロプレイなんてしてなかったって」

 

「あぁ、そうだよな」

 

 俺の野望を一緒にプレイする意思表示のある友達がいれば、ベータテストの参加時から参加しているだろうし。

 仮にベータテストに落ちても、正規サービス開始と同時に参加していた筈だ。

 

 それが、影も形もないという事は、知り合いや友達に俺の野望を一緒にプレイしたいと思う者がいなかったのだろう。

 

「分かった。それじゃ、ノルマの事は忘れて、一人でもいいから声かけてみてくれ。もしかしたら、正規サービスが開始した盛り上がりで、興味持った奴がいるかもしれないからな」

 

「オーケー。ま、とりあえず声かけまくってみるわ」

 

「頼んだぞ。俺達も俺達で、知り合いや友達に声かけてみるからさ」

 

 こうして、リアル勧誘作戦を決行する事が決まった矢先。

 不意に、ユーリアンがランドニーに質問を投げかける。

 

「所でランドニー。新しく加入するプレイヤーは、最終的にはどれ位を目指してるの?」

 

「あーそうだな。とりあえずプレイヤーだけで二個小隊編成できるぐらい。つまりあと四人ぐらいは欲しいな」

 

 ユーリアンの質問に答えを返すと、今度はシモンが質問を投げかける。

 

「そういや、誘うの、初心者でもいいのか?」

 

「できれば経験者がいいが。ま、二兎を追う者は一兎をも得ずって訳で、初心者でもいいぞ。そもそも、誰だって初めは初心者だしな」

 

 こうして、勧誘活動の活動方針が決定すると。

 翌日から、三人は現実世界で勧誘活動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす」

 

 準備を整え、返事の返ってこない自宅のアパートを出ると、戸締りを確認した後。

 彼、安館 優はいつものように駅を目指して歩き始める。

 

 もはや見慣れた道を歩き、最寄りの駅から電車で、通っている大学の最寄り駅へと向かう。

 

 そして、駅から大学へと到着すると、一時限目の必修科目を受けるべく、講義室へと足を踏み入れた。

 

「よー、優。おはよう」

 

「おはよう、来飛」

 

 同じく授業を受ける他の生徒の何人かが既に席取りしている中、優が席取った隣の席にいたのは。

 赤ではなく黒髪をオールバックに、オッドアイではない黒い瞳を持つ端正な顔の青年。

 ランドニー・ハートこと、愛川 来飛(あいかわ らいと)であった。

 

「で、どうだ? 声かけてきたか?」

 

「ごめん、まだなんだ」

 

「そっか。一応、俺はもう何人かには声かけたけど、あまりいい返事はなかったな」

 

 授業が始まるまでの間、時間つぶしの会話に、早速昨日話した勧誘活動の話題が始まる二人。

 

「声かけた奴の中には俺の野望に興味持ってる奴もいたんだが。やっぱ、一番ネックになるのは、サイバー・ギアだな」

 

「やっぱりそこなんだ」

 

 家庭用VR機器、サイバー・ギア。

 購入の為の手順が少々面倒なのもさることながら。

 家庭用とはいえVR機器の為、従来のゲーム機の本体と比べると、その販売価格は気軽に手を出せる値段ではなかった。

 

 勿論、現在の販売価格も、初期販売時に比べれば幾分値下げしたのだが。

 それでも、やはり大台を軽く超えるその販売価格に、二の足を踏む者は多い。

 特に、金銭的余裕の少ない学生ともなれば、尚更である。

 

「興味ある奴は金がねぇし。興味ない奴はサイバー・ギア持ってるけど、ガンダムに興味ないから俺の野望やらねぇし……。どっかにうちの軍団に二つ返事で加入してくれる奴いねぇかな……。あぁ、上手くいかないな、人生」

 

「あはは、そんな中年の愚痴みたいに」

 

 実年齢よりも大分年寄り臭い台詞を吐く来飛に、優は苦笑いするのであった。

 

 一方、二人がそんな会話を繰り広げている内に。

 講義室内は同じ授業を受ける他の生徒たちで埋まり、他の生徒たちの雑談等が講義室内に響く。

 

「ん?」

 

「どうした? 優?」

 

「誰かに見られてるような気がして……」

 

 と、そんな中、不意に視線を感じた優は、視線の主を探すべく周囲を見渡すが。

 人が多く、一体誰が犯人なのかは、結局特定できなかった。

 

「気のせいだったんじゃないのか?」

 

「そうかな?」

 

 確実に視線を感じた為気のせいとは思えない優ではあったが、刹那、犯人探しに意識を集中するのを止めた。

 何故なら、講義室に教授が現れ、授業を開始したからだ。

 

 

 

 それから九〇分後。

 無事に一時限目の授業を終えた二人は、二時限目の各々の選択科目の授業を受けるべく、講義室を後にしようとした。

 

「ねぇ、ちょっと」

 

 だが、不意に声を掛けられ、足を止める二人。

 振り返ると、二人の女子生徒の姿があった。

 

「少し話がしたいんだけどさ、ちょっといい」

 

「あぁ、いいけど?」

 

 知り合いでもない女子生徒にをかけられ、二人は頭に疑問符を浮かべながらも。

 それでも、女子生徒の用件を聞くべく、近くの席へと腰を下ろした。

 

「まず自己紹介ね。あたし、草原 芽一(くさはら めい)。それでこっちが……」

 

 緑のロングヘアーを靡かせた、笑顔が素敵で明朗快活な女子生徒は、自己紹介を終えると。

 隣で俯き加減の、綺麗な金髪ロングヘアーの女子生徒に自己紹介を促す。

 

「さ……、ら、……ら、です」

 

「え? 何だって?」

 

「あ、御免ね! ちょっと沙愛! 時間ないんだから、もっとハッキリ自己紹介しなさいよ!」

 

「あ、うん」

 

 どうやら、沙愛と呼ばれた女子生徒は引っ込み思案なのか、自己紹介の声が小さい。

 芽一に注意され、改めて自己紹介を行う。

 

「さ、佐久良 沙愛(さくら さら)です。よろしく、お願いします」

 

 そして、最後はかき消されそうなか細い声になりながらも、自己紹介を終えるのであった。

 

「あ、じゃ俺達も。俺は愛川 来飛」

 

「俺は安館 優です。よろしく、草原さん、佐久良さん」

 

「よろしくね。……っと、それで、休憩時間も少ないからさっさと本題に入るけど。二人って、一時限目の授業が始まる前にさ、"俺の野望"の事について話してたでしょ?」

 

 芽一の口から、まさか俺の野望という単語が飛び出すなど思ってもいなかった二人は、一瞬目を丸くする。

 

「あ、あぁ、確かに話してたけど? あ、まさか! 二人とも、俺の野望プレイしてるの!?」

 

 俺の野望という単語が出てくるという事は、それは即ちプレイヤーなのでは。

 そんな予想を立てた来飛は、早速真相を確かめるべく、質問を投げかけた。

 

「それが実はまだなんだけど、今度の連休から始めるの」

 

「本当に!? あ、それじゃ佐久良さんの方も?」

 

「あ、それがね。沙愛の方はもうプレイしてるんだよね。確か、ベータテスト? だっけ? の頃から」

 

「まじか……」

 

 だが、予想に反して、方や初心者で、方やベータテストからの古参。

 この結果に、来飛の口から心の声が漏れだすのであった。

 

「で、沙愛のプレイしている感想とか聞いてたら、あたしも実際にプレイしたくなっちゃってさ。……で、ここからが重要なんだけど」

 

「お、おう」

 

 そして、話の流れから芽一が言わんとすることを予想できた来飛は、目を輝かせ始める。

 

「俺の野望って、チームでも遊べるんでしょ。だから、あたし達を二人のチームに入れてほしいんだけど?」

 

「キターッ!!」

 

 刹那、予想が確信に変わった瞬間、来飛は喜びの声をあげた。

 だが、ふと来飛は、大事な事に気が付く。

 二人が連邦とジオン、どちらの勢力に所属しているのか。

 もし連邦ならば、当然新加入などできない。

 

「所で、二人は連邦とジオン、どっちの所属で?」

 

「えっと、確か沙愛はジオンって所だったから、あたしも同じよ」

 

 刹那、来飛はとびきりの笑顔となった。

 

「ようこそ! ウェルカム!! 初心者歓迎! 女の子大歓迎!! うちの軍団はアットホームな……じゃなかった。明日のプレイが、もっと楽しくなる軍団です」

 

「はは! 何その、バイト募集のキャッチコピーみたいなの! 面白い!!」

 

 来飛の熱烈歓迎ぶりに、芽一は引くどころかノリよく乗っかる。

 

「あの、よろしく、……お願いします」

 

「こちらこそよろしく、佐久良さん」

 

「……はい」

 

 そんな二人を他所に、優と沙愛は静かに握手を交わすのであった。

 

 

 

 

 その後、休憩時間の終了が迫り、昼休憩に俺の野望内で合流する予定等を決めるべく、食堂で再び落ち合う事を約束すると。

 各々の選択科目の授業を受けるべく、急いで移動を始める四人。

 

  

 そんな中、優は、二時限目の選択科目の授業が沙愛も同じである事を知るのであった。

 

「佐久良さんもこの授業だったんだね」

 

「は、はい」

 

 授業が始まり、講義室内に教授の声とチョークの音が響く中。

 隣同士の席に座った二人は、小声で会話を交わす。

 

 最も、傍から見ると優が一方的に喋っているように見える。

 

「佐久良さんも、ガンダム好きなんだね」

 

「う、うん。……特に、ジオンが好きなの」

 

「俺も。ジオンって悪役で引き立て役なんだけど、でも嫌いになれない、むしろ好きになる様な魅力に溢れている所がいいよね」

 

「……何だか、嬉しい、な。ジオン好きな人と、出会えて」

 

 自身と同じジオン好きと出会えた喜びから、沙愛は頬を赤らめる。

 

「うん、俺も嬉しい」

 

 と、優が爽やかな笑みを浮かべると。

 沙愛はますます頬を赤らめる。

 

「……?」

 

 とこそで、優は何かに気が付くと。

 次の瞬間、不意に、沙愛の横顔、その目元を自身の手で隠す。

 

「あ……」

 

 そして、優は気が付いた。

 

 沙愛の声を聞いた時から、以前何処かで聞いた事のある声だと優は思っていた。

 加えて、沙愛は俺の野望をジオン側でプレイしている、それもベータテストから。

 様々な類似点はあるものの、思い当たる声の主と沙愛、二人の性格は真逆だ。

 だから、勘違いかとも思った。

 

 しかし、優は、目元を隠した沙愛の顔を見て、確信した。

 

「あの、佐久良さん」

 

「? 何?」

 

「おかしなこと聞くけど。……佐久良さんって、もしかして"沙亜 阿頭那武婁"なの?」

 

 なので、優は本人に直接訪ねて確かめる事にした。

 

「なな!! なに言ってるの!」

 

 すると、沙愛は明らかに動揺した様子を見せた。

 

「ん? そこ、どうしたのかね?」

 

「あ、すいません。何でもありません!」

 

 突然声をあげた沙愛に、教授や他の生徒たちが反応するも。

 優が何とか収めると、講義室内が再び授業に集中するのを見計らって、再び先ほどの話題を切り出した。

 

「やっぱり、沙亜さん、なんだね」

 

「……さんは、いらないって、言ったよね」

 

「あ、そうだったね」

 

 すると、沙愛は頷き肯定すると、いつか注意した時の様に、呼び方を注意するのであった。



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第十三話 宇宙世紀は仮面と筋肉でできているんだ!

 二時限目が無事に終了し、約束通り昼休憩に食堂で合流を果たした四人。

 驚愕の事実が判明したとは露も思っていなかった来飛は、優の口から沙愛の正体が、あの難読彗星の沙亜であると告げられ。

 漫画のキャラクター張りのオーバーアクションで驚くのであった。

 

「ままま、マジで!? え、あの、難読彗星の沙亜ぁ!?」

 

「来飛、声が大きい」

 

「あ、悪い。……いやでもよぉ、優、あの難読彗星の沙亜だぞ! それがまさか、同じ大学に通ってるなんて……」

 

 まさか身近に有名プレイヤーがいたなんて想像もしていなかった来飛。

 

「これが本当の、灯台下暗し、ってやつか」

 

 やがて驚きつかれたのか、それとも驚き過ぎて逆に冷静さを取り戻したのか。

 状況にぴったりのことわざを呟くと、缶コーヒーを一口、口に含む。

 

「へぇ、沙愛ってゲームの中じゃそんなに有名だったんだ」

 

 一方、俺の野望を実際にプレイした事のない芽一は、事の凄さを理解できず、暢気な感想を漏らす。

 

「いやいやいや、有名なんてレベルじゃないよ! "超"が付くほどの有名人! 公式のランキングでトップテン以内に名を連ねてる位なんだから!」

 

「へぇ~」

 

 テーブルをはさんで対面に座る来飛の説明に、芽一はドリンクバーのメロンソーダを飲みながら相槌を打つ。

 

「あ! そうだ所で、佐久良さん。どうして今回俺達、俺達の軍団に入ってくれる気になったんだ? 確か前回は、誰かとチームを組むなんて考えていないって、言ってたと思うけど?」

 

「……」

 

 そんな芽一の横で、俯き加減に、まるで小動物の様に手にしたサンドイッチを食べる沙愛に対し、来飛はどのような心境の変化があったのかを尋ねる。

 第一次降下作戦の際、確かに沙亜はチームプレイを考えていない節の発言を行っていた。

 

「やっぱり草原さんが俺の野望始めるから? あ、でも、一人位なら小隊システムでもいいような……。やっぱり別の……」

 

「来飛。あまり佐久良さんに根掘り葉掘り聞こうとするのはよくないと思うぞ」

 

 理由を知りたい来飛であったが、優に注意され、それ以上追及するのを止めた。

 

「ま、何にせよ、心強いプレイヤーがチームメイトになってくれて、心づよ……。あ! 所で佐久良さん。佐久良さんの今の階級は如何程?」

 

「今は、し……、少佐、です」

 

「……あ、あぶねぇ。昇進して"中佐"になっててよかった」

 

 階級が同列でも隷下に収められるが、やはり上下の明確な区別があった方が余計なトラブルも少なくて済む。

 故に、来飛は安堵するのであった。

 

「さてと、それじゃ。ま、何れにせよだ。新しい仲間の加入を歓迎して、乾杯するか!」

 

「お、いいねぇ! やろやろ!」

 

 来飛の提案に賛同する芽一。

 そして二人は乾杯に必要なドリンクを用意すべく、ドリンクバーへと向かう。

 

 一方、残された優と沙愛は、ジオン談議に花を咲かせて、二人が戻ってくるまでの間の暇をつぶすのであった。

 

「それじゃ、草原さんと佐久良さんの加入を祝って、乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯」

 

「かんぱい」

 

 程なくして、ドリンクバーから人数分のドリンクを持ってきた二人が戻ってくると。

 四人は、乾杯を行うのであった。

 

 その後、今度の週末に、現在第046独立部隊の活動拠点であるオデッサのロビーで待ち合わせる事や、連絡先の交換等を経て。

 四人は、楽しい昼休憩を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 それから、あっという間に時間は流れ、約束の週末。

 現実世界から俺の野望の宇宙世紀へとやって来たユーリアンとランドニーの二人は、オデッサのロビーで、芽一と沙愛の二人の到着を待った。

 

 そして、待ち合わせの時刻。

 俄かに、ロビー内にいた他のプレイヤー達がざわつき始めた。

 

「やっほー、お待たせ」

 

「待たせたな、二人とも」

 

 その理由は、ユーリアンとランドニーの前に現れた二人の女性、否、その片割れにあった。

 

 一人は、特に外見をいじらず、ジオン公国の軍服を着ている以外、現実世界同様の外見を有する芽一ことメノ・ポートマン。

 

 そしてもう一人は、モデルとなったキャラクターが着用しているのと同様の赤い軍服にマントを取り付けた服装に、顔には目元を隠す仮面と白いヘルメットを被っている。

 それこそ誰であろう、現実世界の沙愛と同一人物とは思えぬ、難読彗星の沙亜こと沙亜 阿頭那武婁その人である。

 

「それじゃ、早速フレンド登録と軍団登録を」

 

「うむ、よかろう」

 

「オッケー」

 

 引っ込み思案な様子は微塵も感じられない、凛とした様子で必要な登録を行う沙亜。

 一方、メノは現実世界と変わらずであった。

 

「それじゃ、プライベートルームに行きますか」

 

 こうして必要な登録を済ませた四人は、第046独立部隊用のロビーへと移動する。

 

 一方、四人が第046独立部隊用のロビーへと移動した後。

 オデッサのロビーでは、一部始終を見ていた他のプレイヤー達が、先ほどの出来事の話題で盛り上がっていた。

 

「おいおい、今のって確か、難読彗星の沙亜だよな!?」

 

「彼女、ソロプレイヤーじゃなかったのか!?」

 

「てか隣の緑の髪の子、チョー可愛い」

 

「つか、加入したのって何処のギルドだよ!?」

 

 沙亜 阿頭那武婁の電撃的な第046独立部隊への加入は、それから暫く、俺の野望のプレイヤー達の話題の中心の一つとなるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 一方、その時はまだ他のプレイヤー達が電撃加入の話題で盛り上がっているとは知らない四人は。

 無事に第046独立部隊用のロビーへと到着すると、先に到着して待っていたシモンに、メノと沙亜を紹介する。

 

 因みに、シモンは事前に新しく加入するのが二人の女性とまでは知らされていたが、詳細は、直接会って教える事となっていた為。

 

「えぇー!! マジっすか!!!」

 

 当然、その内の一人が沙亜である事に驚かない訳はなかった。

 

「以前バイコヌールで出会ったな。改めて、沙亜 阿頭那武婁だ。宜しく」

 

「あたしはメノ・ポートマン、よろしくね」

 

「あ、どうも、よろしく」

 

 まだ半分頭が混乱しつつも、シモンは二人と握手を交わすと、早速フレンド登録を行うのであった。

 

 こうして、部隊のメンバー全員が顔見知りになった所で。

 ソファーに腰を下ろすと、親睦を深めるべく会話を始める。

 

「にしてもまさか、ランドニーとユーリアンの二人と同じ大学に通ってたなんてな。……いやぁ、世間は狭いなんて嘘じゃねぇかと思ってたけど、案外本当だな」

 

「いや全くだよ。俺もまさか、難読彗星の沙亜が同じ大学の生徒なんて思ってなかった」

 

「出会いとは、時として必然を伴うもののようだな」

 

「いやー、相変わらずクールでカッコイイっすね、沙亜さん」

 

「シモンと言ったな、さんは付けなくていい」

 

 こうして楽しく会話を続けていると、不意に、メノが沙亜に質問を投げかけた。

 

「ねぇ、沙亜。あんたなんでさっきから、人が変わったように喋ってるの!?」

 

「何を言う、私はいつも通りだが?」

 

「いやいや、全然違うよ! ……あ、もしかして、その変な仮面被ってるから? もしかして、なりきってるってやつ? ねぇ、ちょっとその仮面、私に貸してよ」

 

「あ、おい、これは私の大事な仮面で……」

 

 今まで本人からのプレイの感想等の話だけで、本人の性格の変貌についてまでは話されなかったので知り得なかったメノ。

 故に、実際に俺の野望内で初めて沙亜と出会い、その性格の変貌ぶりに内心困惑していた。

 

 そしてメノは、その原因が仮面にあるのではないかと考え、試しに仮面を取ろうとする。

 当然、沙亜は仮面を取られまいと拒む。

 

「いいじゃん、ちょっとだけー」

 

「や、やめろ」

 

 そんな二人の様子を、男性陣三人は福眼な様子で眺めていた。

 

 というのも、メノと沙亜は、軍服を着ていても隠しきれない程、胸部にやわらかな大質量を持ち。

 取り合いの最中、その胸囲の脅威が合わさったり、擦れたり、潰れたり、そして揺れたりしている。

 健全な男の子である男性陣にとって、それは福眼以外の何物でもなかった。

 

「とりゃ!」

 

「あ……」

 

 しかし、程なくして、そんな男性陣の至福の一時は終わりを告げる。

 激戦を制し、メノが沙亜の仮面を奪い取ったからだ。

 

「ひ、酷いよ、芽一ちゃん」

 

 刹那、仮面を取られた沙亜の様子が変わった。

 まるで怯える小動物のような雰囲気のそれは、まさに現実世界の引っ込み思案な性格そのものであった。

 

「それがないと私、あんまり上手に……。全く、何をするんだ、失礼な奴だな。いいか、これは私にとって大事な仮面なのだ、あまり気安く外していいものではない」

 

 なので、メノは再び沙亜に仮面を付けてみると。

 途端に、自信に満ち溢れた凛とした雰囲気の性格へと舞い戻る。

 

「幾ら親友である君とは言え、親しき仲にも礼儀ありということわざがあるよ……。うぅ、またぁ」

 

 再び取ると、引っ込み思案な性格に切り替わり。

 

「芽一ちゃん、あまり仮面で……。遊んでほしくはないものだな」

 

 再び付けると、難読彗星の沙亜へと舞い戻るのであった。

 

「あー成程。よくハンドル握ると性格変わるって言うけど、沙亜の場合はその仮面が切り替えのスイッチになってるんだな」

 

 一連の様子を見て、ランドニーは性格が切り替わる仕組みを解明するのであった。

 

「全く、今後はあまり仮面で遊ばぬ様に留意して欲しいものだ」

 

「えへへ、ごめんね」

 

 こうして沙亜の性格の秘密が明らかになった所で、ランドニーがシモンに声をかけた。

 

「所で、シモン。お前も一人、新しく加入したいって奴を紹介するって言ってたけど、そいつとはいつ待ち合わせてるんだ?」

 

「っと、そういえばそろそろだな。オデッサのロビーで待ち合わせだから、ランドニー、付いて来てくれるか?」

 

「了解だ」

 

 どうやらシモンも、現実世界での勧誘活動の成果として、一人確保したようだ。

 二人が一旦第046独立部隊用のロビーを後にして、暫くすると一人の男性プレイヤーを引き連れて、二人が戻ってきた。

 

「こいつが、俺のバイト先で声かけて入りたいって言ってきた、知り合いのロッシュだ」

 

「ロッシュです、よろしく」

 

 シモンがロッシュと紹介したのは、褐色の肌に、軍服を着ていても容易に判別できるほど、鍛え上げられた筋骨隆々の肉体、そして、きれいなスキンヘッドの青年であった。

 

「あたしメノ・ポートマン、よろしくね」

 

「沙亜 阿頭那武婁だ、気軽に沙亜と呼んでくれ、よろしく」

 

「俺はユーリアン・ルク、今後ともよろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

 どうやらロッシュは口数が少なく、感情が表情に現れにくいのか。

 メンバーと握手を交わす最中も、その表情は無表情であった。

 

「ま、見ての通り不愛想な奴だけど、根はいい奴だから、今後ともよろしく頼むな」

 

 そんなロッシュに代わり、シモンから付き合いのほどよろしく頼むとの旨が告げられるのであった。

 

「所でロッシュ君ってさ、凄い筋肉だね。もしかして、鍛えてるの?」

 

「あ、メノ! ロッシュの前で筋肉の話は……」

 

「よくぞ聞いてくれました!!!! はいまずここ!! 見てください! この三角筋から上腕二頭筋、更にはこの裏の上腕三頭筋に前腕屈折群にかけてのこのライン!! どうです!! 芸術的でしょう!!!」

 

 ふと、メノが何気なく発した刹那。

 ロッシュは目を輝かせ、急に軍服を脱いで上半身裸になると、先ほどの口数の少なさは何処へやら、鍛え上げた自らの肉体を饒舌に自慢し始めた。

 

「次にここ! 大胸筋!! そして皆様ご存知、シックスパック!! この美しい胸と腹筋を手に入れる為に、僕は毎日一時間、トレーニングを欠かしていません! あ、ですがご存知の通り、筋肉は部位にごとに回復期間が異なる為、大胸筋や三角筋等は四八時間の回復期間を設けなければなりません。そこで、僕は日ごとに鍛える部位を変えています! 因みに今日は、この広背筋を鍛えていまして……」

 

 突然始まったバックダブルバイセップからの、ロッシュの一人ボディビル大会と、止まらない筋肉談議に、主に女性陣二人が引いている中。

 シモンはこのような事態となった理由を説明する。

 

「あー、こいつ(ロッシュ)、筋肉の事となると無茶苦茶饒舌になるんだよ。こうなったら、しばらくは止まらないから」

 

 ロッシュが、好きな事となると饒舌になるタイプの人間と分かった所で。

 

「どうです!? 今日はちょっと上腕二頭筋の元気がないんですけど、でも、それを補う様に他の筋肉の調子は上がってますよ!!」

 

 サイドチェストを決めるロッシュの一人ボディビル大会は、まだまだ終わる気配がなかった。

 

 

 

 

 それから暫くして、満足したロッシュの筋肉談義と一人ボディビル大会が閉会した所で。

 全員でプレイの時間帯を合わせる話し合いを行い、続けて今後の第046独立部隊の活動方針を話し合う。

 

「えーでは最後に、締めの言葉で終わりたいんだが。……その前に、皆に重大発表があります!」

 

「お、何だ? は! まさか! 遂に別れたか!! 連邦側でプレイしてた彼女と遂に破局か!! な、そうだろ! な!!」

 

「え、嘘!? そうなの!? その話、もっと詳しく聞かせて!!」

 

「だから! 勝手な想像するなよ!!」

 

 勝手な想像で盛り上がるシモンとメノを落ち着かせると、ランドニーは咳払いで仕切り直す。

 

「では、発表します。……我らが第046独立部隊の増員に伴い、この程、更に母艦のギャロップを一艇、購入しちゃいました!!」

 

「思い切ったね、ランドニー」

 

「それは随分と気前がいい」

 

「それって凄いの?」

 

「……」

 

「で、その結果また財政状況が悪化したなんて言うんじゃないだろうな?」

 

 ランドニーの発表に、各々がそれぞれの反応を示す中。

 ランドニー自身は、シモンの言葉から耳を背けるかのように、明後日の方を見つめると独り言を呟き始める。

 

「認めたくないものだな、自分自身の、"筋肉"のなさ故の過ち(散財)というものを……」

 

「おいそれ、でじゃ」

 

「筋肉 is Moneeeeeeeeeey!!!!」

 

「だぁぁっ! ランドニーてめぇ狙ったな!」

 

 再び騒がしくなる第046独立部隊用のロビー。

 

「……ふ、全く、楽しい所だな」

 

 そんな中、沙亜はぽつりと呟く。

 

「明るく楽しく全力で楽しむ。それがモットーだからね」

 

「ふふ、それはますます楽しみだな」

 

 そんな沙亜の言葉を耳にしたユーリアンの返答に、沙亜は口元を緩ませるのであった。



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第十四話 会議は踊り、ドンは二度死ぬ

 三人の新たなメンバーを加えた第046独立部隊は、早速三人のポジション決めを兼ねて簡単な戦闘系ミッションへと出撃した。

 そのミッションの中で、ランドニーはそれぞれの適正を見極め。

 ミッション終了後、第046独立部隊用のロビーへと戻ると、そこで各々の適正を考慮した部隊の編成を発表した。

 

「という訳で、前衛と後衛の二個小隊に振り分ける。前衛はユーリアンと沙亜、それにロッシュ。で、後衛はシモンとメノ」

 

 ランドニーの編成に、五人は特に異論もなく、首を縦に振り受け入れる。

 

「勿論、今後更に新しいプレイヤーが加入すれば、その都度随時編成は変えていくが。ま、暫くはこの編成でいこうと思う」

 

 その後、更にこの編成がうまく機能するかを確かめるべく戦闘系ミッションに続けて出撃し。

 初心者であるメノとロッシュの動きは仕方がなかったが、それ以外は特に問題もないので、ランドニーはこの編成で最終決定を下した。

 

 

 

 

「さて、今日はお疲れさん。今日のプレイはこれで終了しようと思うんだが……」

 

 ミッションを終え、再び第046独立部隊用のロビーへと戻った面々に労いの言葉をかけるランドニー。

 そして、締めの言葉で解散するのかと思いきや、締める事無く、話を続けた。

 

「その前に、今後の活動について参考となる話をしたいと思う」

 

「参考になる話って? 何々?」

 

「ランドニー、勿体ぶるのはよくないぞ」

 

 メノとシモンが早く言えと催促する中、ランドニーは手で二人の声を制止すると、ゆっくりと話し始める。

 

「参考になる話っていうのは、昨日行われた『戦略会議』での話だ」

 

 戦略会議。

 それはジオン・連邦、両勢力に属するコマンダープレイヤーのみが参加可能な会議の事で。

 両勢力のコマンダープレイヤー達が、所属勢力の今後の戦略に対する各々の意見の提示・交換や大枠の決定、そして情報を共有する為に設けられた場である。

 なお、この戦略会議への参加は義務ではない為、参加せずとも構わないが。

 やはり、ゲームとは言え軍隊という名の"組織"の一員である以上、可能な限りの参加は望ましい。

 

 

 

 それは昨日の事。

 ランドニーは、とある巨大な会議室の一角にいた。

 同じ会議室内には、既に多くの他のコマンダープレイヤー達の姿も見られる。

 数百人は余裕で収容可能なその会議室は、将官用の円卓形式のテーブルを中心に、各佐官用のテーブルが階段式に設けられている。

 

 その一角、中佐の階級を有するコマンダープレイヤーに宛がわれたテーブルの一つに、ランドニーの姿があった。

 

「では只今より! 戦略会議を開始する!」

 

 司会進行役の開会宣言と共に、戦略会議は開始された。

 

「先ず宇宙での戦局についてですが……」

 

 司会進行役の進行と共に、中心に地球及び各コロニー等の位置を示した地球圏の立体映像が浮かび上がり、各テーブルに設けられたモニターにも、同様の映像が表示される。

 

「ご存知の通り、地球侵攻作戦を確実に成功させるべく、連邦側の戦力分散を狙ったルナツーへの期間中への断続的な陽動作戦は見事に成功し、地球侵攻作戦は滞りなく成功を収めました」

 

 映像内に表示された光点が、宇宙要塞ソロモンや月面都市のグラナダから発進し、連邦の宇宙拠点である宇宙要塞ルナツーへ、幾度も到達する。

 これは、地球で防衛戦力として活動する連邦側のプレイヤーを、宇宙要塞ルナツーへの攻撃を意識させる事により、地球から宇宙へ戦力を引き抜く為の陽動作戦であった。

 

 無論、簡単に陽動作戦とバレないように、場合によって宇宙要塞ルナツーを占領可能な戦力を投入している。

 連邦にとって唯一の宇宙要塞を喪失する事は、宇宙での反攻を行う際に確実に支障をきたす。

 さらに言えば、地球上で連邦が安全に頭を高く出来る場所がなくなる事も意味する。

 ある程度の戦略眼を持っている連邦側のプレイヤーにしてみれば、地上の一部を奪われるのと宇宙を抑えられる、どちらがより深刻か、容易に判断でき、そしてそれを阻止すべく行動する。

 

 その思惑は見事に的中し、地球で活動していた一部連邦のプレイヤー達は、宇宙要塞ルナツーへと移動していた。

 

「しかしながら、この陽動作戦によって、我々ジオン側が被った被害も少なくはなく。暫くは、宇宙での大規模な攻勢を控えざるを得ない状況であります」

 

 だが、当然自軍側の被害も皆無な筈もなく、この隙に連邦側の反撃を警戒する者もいたが。

 

「ですが、連邦側も、特に大規模な攻勢を仕掛ける気配などはなく。暫くは、宇宙においては小規模な戦闘こそあれど、基本的には膠着状態が続くものと考えられます」

 

 どうやら、それは杞憂に終わりそうである。

 

「一方。地球、重力戦線に関しましては、今後も激戦が予想され、各占領地の帰属が頻繁に変更する事が予想されます」

 

 映像が地球圏から、現実世界などでもよく見られる地球地図へと切り替わると、地球上における現在の戦況がエリアごとに色分けされ表示される。

 

「ご存知の通り、地球侵攻作戦の成功により、我がジオンは、北半球の大部分を占領する事に成功いたしました」

 

 赤で色付けされたジオン公国の勢力圏エリアは、中央アメリカや一部メキシコ南部を除く北米地域にハワイ近郊。

 ユーラシア大陸においては、日本列島付近及びインド亜大陸に一部東南アジア、それにブリテン諸島や旧フランス、イベリア半島などの地域を除いた大部分を、その手中に収めている。

 

 一方、南半球においては。

 オーストラリア大陸及びオセアニアの一部地域に、アフリカ大陸の北部及びキリマンジャロを含む一部東アフリカ地域のみとなっている。

 

 なお、これ程の地域を手中に収めたジオン公国ではあるが、実は、正史とは少々占領した地域が異なっていた。

 これは、原作とは同じ轍を踏むまいと、プレイヤー達が意図的に動いた結果であった。

 

「これに対して、連邦側は、防備を固めるべく、戦線の縮小を行っております」

 

「それはつまり、連邦は戦線を縮小する事により防衛線の強度を高め、時間稼ぎを行おうとしている、という事かね?」

 

 司会進行役の説明に反応を示したのは、円卓形式のテーブルにいた一人の将官。

 中将の階級章を取り付けた、眼鏡が知将と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出す、五十路の男性プレイヤーであった。

 

「だからつまり、原作のようなV作戦の本格始動と、ホワイトベース隊のようなネームドの登場を待って、再び攻勢に出ようって魂胆なんだろ。なら、そんな魂胆に大人しく付き合ってやる義理はねぇ! 更に攻勢をかけて、一気にジャブロー以外を占領しちまえばいい!」

 

 そんな男性プレイヤーに続くように声をあげたのは、同じく中将の階級章を取り付けた五十路の男性プレイヤー。

 ただし、こちらは先ほどの男性プレイヤーと異なり、猛将と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出している。

 

「原作と違って、俺達は何度でも戦えるんだ! だったら、ガンガン攻めて、一気に切り崩せばいいんじゃねぇか!?」

 

「ガードルフ、そうやってのこのことやって来た我が軍を、連邦は待ち構えて罠に嵌めるかもしれんのだぞ。それに、理論上は確かに波状攻撃は可能だが、実際にはそうではない。加えて、攻勢の足並みが揃うとも限らん。仕掛けるなら、こちらも相応の準備を整えてからだな……」

 

「グデーツ! 勝負ってのは時に勢いに身を任せる事も必要なんだよ! 今がまさにその時だ!」

 

「ならば、勝手に隷下の軍団をもって攻勢に出るといい、私は、今はまだ準備と防備に徹させてもらう」

 

「俺の軍団だけじゃ攻め切れねぇから、皆で攻めようって言ってんだよ!」

 

 円卓形式のテーブルで言い争う二人のコマンダープレイヤー。

 二人は、互いにジオン側のコマンダープレイヤーにおいて、現在最高位の階級を有すると同時に。

 隷下に、多数のプレイヤー及びNPCを従えた、文字通り一個の軍と呼ぶにふさわしい最大規模の軍団の長でもあった。

 

 即ち、俺の野望のジオン側最大派閥の両頭である。

 

 そんな二人の言い争いに、口を挟もうとする他のプレイヤーはいなかった。

 否、出来なかった。

 

「まぁまぁ、両閣下、落ち着いてください」

 

 だが、そんな二人の言い争いに口を挟む者がいた。

 同じく円卓形式のテーブルにて今回の会議に参加していた、少将の階級を有するヒスパニック系の男性将官である。

 

「両閣下のご心配、まさにその通りです。ですが、ご安心ください! そんなご心配など、このジャブロー攻撃軍司令官のガルシア・ロメオが、間もなく杞憂に……」

 

「誰も貴様など当てにしてねぇよ!!(誰も貴方には期待していません!!)」

 

 今回の戦略会議にネームドの一人として参加してたガルシア・ロメオ少将は、息の合った二人の気迫に圧倒され、反論する事無く、直ぐに身を縮めるのであった。

 

 

 その後、話し合いの末。

 戦線縮小中の連邦軍に攻撃を仕掛け、戦線の再編成を遅滞させるという妥協点で落ち着き。

 それから幾つかの開発・生産の案などが話し合われ、その日の戦略会議は閉会したのであった。

 

 

 

 

「……という訳で、結局俺達からしてみれば、戦っていきましょうって事には変わりないんだけど。とりあえず、あまり身勝手に突出せず、深追い禁物って事で」

 

 こうして戦略会議の話を終えたランドニーは、最後に締めの言葉で締めくくり。

 第046独立部隊の面々はログアウトするのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 第046独立部隊一行の姿は、旧ドイツと旧フランスの一部国境線となっているライン川。

 その近郊の旧ドイツ側田園地帯にいた。

 

 そこは、ヨーロッパ地域におけるジオンと連邦の最前線の一つでもあった。

 

「司令、ルッグンよりデータの転送を確認、モニターに表示します」

 

 艦橋内のモニターに、ルッグンから送られてきた最前線の様子の一部始終のデータが表示される。

 ライン川を挟んで、旧フランスの市街地側から連邦の部隊が、対岸の旧ドイツ側からジオンの部隊が、互いに撃ち合っている。

 

「全員聞こえるか? ブリーフィングの通り、今回の俺達のミッションは友軍部隊の掩護だ。ただし、昨日も言ったが、あまり深追いはするなよ」

 

「了解だ。所で、敵モビルスーツ部隊は、このデータ通りで間違いないんだな」

 

「あぁ、今の所、この小隊以外見当たらない」

 

 モニター上に表示された双方の戦力は、その殆どが戦車や装甲車などの通常兵器であった。

 そんな中で、連邦側にはモビルスーツで構成された一個小隊の存在が確認されていた。

 

 使用機種は陸戦型ガンダムで、内一機はロングレンジビームライフルを装備し、既にジオンの戦闘ヘリを数機撃墜していた。

 

「了解した」

 

 そんな敵モビルスーツ小隊の存在を再度確認した沙亜は、小さく笑みを見せた。

 

「よし、それじゃ、ミッション開始だ」

 

 そして、ランドニーの合図と共に、ギャロップより出撃していた鋼鉄の巨人達が、一斉に駆け出した。

 

「戦闘中の友軍部隊に連絡、こちら第046独立部隊、これより援護に入る、とな」

 

「了解!」

 

「さてと、とりあえず挨拶代わりに、ギャロップの主砲で援護といきますか」

 

 そんな鋼鉄の巨人達を他所に、ランドニーの搭乗するギャロップと僚艦のもう一艇は、後部に設けた大型連装砲の砲身を天高く向けた。

 刹那、ブリッジに響く爆音と小刻みな衝撃と共に、巨大な火焔が姿を現した。

 

「弾ちゃーーく、いまっ!!」

 

 ブリッジに響く艦橋乗組員の声と共に、ルッグンを介して送られてくる最前線の映像の一角で、突如、巨大な爆発が発生した。

 

「よーし、これで連邦も俺達の事に気が付いただろう」

 

「司令、戦闘中の友軍部隊から連絡です」

 

「よし、繋いでくれ」

 

「こちらヨーロッパ方面軍第一二装甲旅団、第一二三戦車大隊第二戦車中隊、第三戦車小隊小隊長のバリー軍曹であります! 援護、感謝します!!」

 

 友軍部隊から告げられる長い所属先の羅列に、一瞬頭が痛くなるランドニーではあったが。

 官姓名を聞くや、そんな苦痛も何処かへと吹き飛んだ。

 何故なら声の主が、ガンダムシリーズのOVA作品、機動戦士ガンダム 第08MS小隊に登場するジオン軍の下士官、バリー軍曹その人であったからだ。

 

 偶然のこの出会いに、ランドニーは平静を装っていたが、内心はやはり興奮を抑えられずにいた。

 

「司令、第一小隊が攻撃を開始します」

 

「え、あぁ、おう!?」

 

 と、艦橋乗組員の声に、今はミッションの方に集中しなければと気持ちを切り替えると。

 モニターに映る映像に、視線を合わせるのであった。

 

 

 

「ったく、ようやく援軍の到着か、仕掛けが遅いな、ジオンも」

 

 突如、砲撃により市街地に展開していた友軍の一部が文字通り吹き飛んだ事に焦ったどんちゃんであったが。

 まだ数的に、そして質に関しても自らの側に分があると信じていた彼は、そんな台詞を吐くのであった。

 

「どんちゃん! 敵モビルスーツ、は、早い!!」

 

「まっつん、撃て! 懐に飛び込まれる前に狙撃しろ!」

 

「り、了解!」

 

 まっつんが操る陸戦型ガンダムは、装備したロングレンジビームライフルを構えると。

 一拍置き、トリガーを引いた。

 

 地平線の彼方を目指し伸びる一筋の光線。

 どんちゃんはこれで一機片付けたと、そう思った。

 

「ど、どんちゃん! よ、避けられたぁ!!」

 

「何だとおぉ!?」

 

「って、おい、もう来てるぞ!」

 

 だが、まっつんの報告に素っ頓狂な声をあげると。

 次いで、彼はもう一人の仲間の声に、メインモニターに目をやった。

 

 するとそこには、バーニアを噴かせ、対岸からライン川を一気に飛び越えようとする赤い改造ザク。

 ザク・アライヴの姿があった。

 

「た、たった一機で突っ込んでくる気か!? んにゃろう!」

 

 と、どんちゃんが自機の装備する一〇〇ミリマシンガンの銃口をザク・アライヴに向けた、その時であった。

 

「な!?」

 

 ザク・アライヴの背部に装備した二基の五連装ロケットランチャーが火を噴いたのだ。

 

「なめるな! そんなロケットごときでやられる俺達じゃねぇ」

 

 しかし、どんちゃんは迫るロケット弾を一〇〇ミリマシンガンとバルカン砲等で撃ち落とす。

 そして、空に幾つかの爆煙が広がる中、それを突き破るかのように、ザク・アライヴが突撃してきた。

 

「な、なにぃ!?」

 

 バーニアを噴かせ爆煙の中から姿を現したザク・アライヴに、一〇〇ミリマシンガンが再び火を噴く。

 だが、巧みな操縦とスラスターの噴射で、飛来する一〇〇ミリ弾を避けながら、一気にどんちゃんの陸戦型ガンダムに迫るザク・アライヴ。

 

「これが、これがザクの動きだと──」

 

 刹那、懐に飛び込んだザク・アライヴの左手に装備したヒートホークが一閃されると。

 どんちゃんの陸戦型ガンダムは、左肩から右腰にかけて、見事に斬り裂かれた。

 

「あ、あれ、まさ──」

 

 その鮮やか過ぎる動きに、仲間の一人が難読彗星の沙亜であると気づくも。

 唖然と気を取られていた隙に、シモンの凶弾に倒されるのであった。

 

「え、ちょっと!? ま、まま!!」

 

 そして残ったまっつんも、抵抗空しく、ザク・アライヴの装備したザクマシンガンの凶弾に倒れるのであった。

 

 

 

「やっぱり、相変わらず凄いや」

 

「煽てても、何もないぞ」

 

「見返りなんて求めてないよ、ただ、純粋にその操縦技術を褒めてるだけだから」

 

 住宅の片隅や道端で、炎と黒煙を上げながら、七五ミリ弾により鉄塊と化した大口径バルカン砲重装甲車や61式戦車を他所に。

 ランドニーは、沙亜へ称賛の言葉を贈るのであった。

 

「こちらランドニー、連邦の部隊は粗方片付けたから、あとは友軍の部隊に任せて、俺達は引き上げるぞ」

 

「了解」

 

「了解だ」

 

 こうして無事に任務を終えた二人は、母艦に戻るべくそれぞれの乗機を母艦に向ける。

 

「そうだ、ユーリアン。私からも礼を言おう」

 

「え?」

 

「私が川を飛び越えている時、私を狙っていたバルカン砲をユーリアンが片付けてくれたのだろう?」

 

「あ、見てたんだ」

 

「当たり前だ。……アシスト、感謝する」

 

 そんな会話を繰り広げながら。



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第十五話 宇宙(そら)へ

 砂漠。地平線の彼方まで止め処なく広がる砂の大地。

 ここは、北アフリカ、旧リビア東部。

 

 書類上はジオンの勢力圏内である同地で、第046独立部隊一行は今日も戦いに明け暮れていた。

 

「撃つよー! それ!!」

 

 一見するとザクIIがキャノン砲を装備しただけのようにも見えるその機体は。

 その特徴でもあるキャノン砲を運用するにあたり、頭部の改修が施され、モノアイが全周囲型に改良された他、ザクの特徴でもある動力パイプが廃止されている。

 改修点はそれだけではなく、専用のランドセル、胸部のダクト増設に、グフのノウハウを生かした補助バーニアを装備した脚部等々。

 新たな形式番号MS-06Kが与えられている事からも、同機は単なる現地改修機ではない事が容易にうかがえる。

 

 その名はザクキャノン。

 第046独立部隊ではメノの乗機となり。同機は、その最大の特徴でもあり主武装でもある一八〇ミリキャノン砲を使用した支援機として運用されていた。

 

 そして、たった今も、その自慢の一八〇ミリキャノン砲が火を噴いた所であった。

 

「こちら沙亜、いい攻撃だ」

 

「でしょ、でしょ」

 

 そんな一八〇ミリキャノン砲から放たれた一八〇ミリ榴弾は、見事な放物線を描き、事前のルッグンによる観測により把握された敵の戦車隊に飛来し、損害を与えるのであった。

 

「くそ! こっちの火力支援はどうした!?」

 

「はぁ!? こっちの母艦が墜ちただと!? いつの間に!!」

 

「ど、どうすんだよおい!」

 

 第046独立部隊から攻撃を受けていた連邦のプレイヤー軍団は、この時点で既に、引き連れていた戦車隊の損害が酷く。

 また、後方で待機していた、母艦であり火力支援の要でもあった前後左右に六門の単装砲を装備した、ジオン側コードネーム『ミニ・トレー』は、ザク・アライヴの電光石火の攻撃を前に沈黙していた。

 この状況に、連邦のプレイヤー軍団は、母艦と共に指揮官も失った事も相まって、混乱の只中にあった。

 

 だが、第046独立部隊側からしてみれば、それは好機でもあった。

 

「えぇぃ、くそ! だから母艦を買う前に新型モビルスーツを買った方がいいって言ったのにぃ!!」

 

 まだ始めたばかりの自分達の台所事情を暴露した断末魔と、装備したジムマシンガンの発砲音を響かせながら、一機のザニーが砂漠の大地に上半身と下半身を分断され没した。

 その下手人は、黒く塗装されたグフカスタム。

 パイロットは、誰であろうユーリアンである。

 

「僕も、負けてられない」

 

 そんなユーリアンに感化されてか。

 ロッシュもまた、変化の乏しい表情のまま、乗機である陸戦型ザクIIを操縦し、残りのザニーに襲い掛かった。

 

 ザニーが装備したジムマシンガンから放たれる九〇ミリ弾を被弾しつつも、ターゲットのザニーに見事なタックルをお見舞いする陸戦型ザクII。

 そして、タックルを受けて砂漠に倒れ込んだザニーにトドメを刺すべく、間髪入れずに手にしたヒートホークを振り下ろした。

 

「こちらランドニー、敵プレイヤー軍団の全滅を確認。全員、よくやった、ご苦労さん」

 

「いえーい! 大勝利!」

 

「あの戦力では、当然の結果だな」

 

「……まだ、僕は上手く戦えませんね」

 

「誰でも最初はそんなものだよ」

 

 戦闘終了を告げるランドニーの声に、各々が反応を示す中。

 シモンは、小高い砂丘の影に身を隠した乗機のザクIIF型のコクピット内で、一人静かにごちた。

 

「あれ? 今回俺、一発も撃ってねぇ……」

 

 母艦のギャロップやビターチームも砲撃を行っていたのに、自身は今回、MS用対艦ライフルを一発も撃たなかった事に思い返して気付くのであった。

 

 

 

 

 出撃先から無事に帰還した一行は、各々の結果を確認し終えると、第046独立部隊用のロビーへと集結する。

 

「そんじゃ今回もお疲れさん、と、締めの言葉の前に」

 

 ランドニーから労いの言葉がかけられた刹那、本人から何やら発表があるようだ。

 

「今度の木曜なんだが、悪い。俺、リアルで抜けられない用事が出来ちゃってさ。って事で、今度の木曜は俺抜きでプレイしてくれるか?」

 

 どうやら、現実世界での都合で、今度の木曜日に予定していたプレイをできなくなった様だ。

 

「あ、ランドニー君もなんだ!」

 

「え? もしかしてメノも?」

 

「ちょっと、急にシフト代わってって言われちゃってさ」

 

「あー実は俺も」

 

「おいおい、シモンもかよ」

 

「あの! 実は僕も! 今度の木曜日は新発売の"プロテイン"の発売日で、僕の筋肉たちに合っているかどうかを確かめたいので失礼ながら不参加を表明したく!!」

 

 と、ランドニーが不参加を表明した途端。

 次々に他の面々も不参加を表明し。

 

 結局、不参加を表明しなかったのは、ユーリアンと沙亜の二人だけであった。

 

「って訳で、悪いユーリアン」

 

「あ、あぁ、分かった。……それじゃ、どうしようか沙亜?」

 

「愚問だな。勿論、私は平常通りログインするつもりだ」

 

 そちらの都合が悪ければ、俺もログインを見送るけど。

 なんて雰囲気を醸し出していたユーリアンに対して、沙亜はきっぱりと平常通りにログインしてプレイする事を宣言した。

 

「それじゃ、今度の木曜日は、俺と沙亜の二人でプレイしとくよ」

 

「そっか、んじゃ、楽しんでくれよ」

 

 こうして、締めの言葉の後にログアウトしていくメンバー達。

 そんな中、まだログアウトせずに残っていた者がいた。

 ランドニーとシモンの二人である。

 

「で、どう思うよ?」

 

「何がだ?」

 

「若い男女、二人っきりのゲームプレイ、狭いコクピット……。何も起きない筈はない!!」

 

「いや、そういうゲームじゃねぇからこれ(俺の野望)!!」

 

 と、お約束のような漫才を披露した所で、二人は改めてログアウトするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、迎えた木曜日。

 いつものようにログインしたユーリアンは、第046独立部隊用のロビーへと足を運ぶ。

 すると、既にログインしていた沙亜が、ソファーに座り、手にしたタブレット端末を操作して何かを見ていた。

 

 軽く挨拶を済ませると、ユーリアンも、近くの椅子に腰を下ろす。

 

「それで、今日はどうしよっか?」

 

「ふむ、それなんだが……」

 

 二人だけでどのように遊ぶかを尋ねると、沙亜は、手にしたタブレット端末の画面をユーリアンに向けた。

 

「ここに面白そうなことが書かれていたので、これに参加するというのはどうだ?」

 

 タブレット端末の画面に表示されていたのは、ゲーム内の掲示板であった。

 参加プレイヤーなら誰でも書き込めるQ&A等の共有掲示板と異なり、画面に表示されていたのは、ジオン公国所属のプレイヤーのみが使用可能な専用掲示板であった。

 

 そして、幾つかあるタイトルの内、沙亜が指で指示したのは、『降下作戦時の護衛急募!』というタイトルだった。

 その内容は、間もなく行われるアフリカ大陸の旧モザンビーク北部一帯を制圧する為の制圧作戦、その要となる降下部隊の地球降下時の護衛要員募集であった。

 書き込み主はこの作戦の作戦指揮官を務めるコマンダープレイヤーらしく、どうやら、思った以上に集まりが悪いらしい。

 

「ま、参加の対価として提示されているゴールドがこの程度では、集まりが悪いのも頷けるがな」

 

 沙亜の漏らした言葉の意味とは、護衛要員として参加したプレイヤー達に支払われる謝礼のゴールドの額の事であった。

 謝礼のゴールドを設定するかしないかは、各プレイヤーの判断に委ねられている。

 中には、ジオン勝利の為の志を共にする者同士、謝礼など不要。と謳っているプレイヤーもいるだろうが。

 そうした崇高な意志を持った者はやはり多くなく。

 

 大半は、見返りを求める者であった。

 

 そして、その見返りの設定であるが。

 状況により上下されるが、攻略サイトやSNS等では、指標となる相場というものが出回っていた。

 

 それに今回の設定額を照らし合わせると、今回の設定は、相場よりも安かった。

 

「それでも参加するんだ」

 

「あぁ、無論だ。確かに同地は重要拠点ではなく、多くの者にとってはアフリカの一地方に過ぎないかも知れない。だが、同地に埋蔵されている資源は、ジオンにとって今後大きな役割を果たす筈だ。私は、例えゲームであったとしても、ジオンに勝利を齎したい、それにつながる可能性があるならば、行動は惜しまない、そう考えている。だからこそ、この作戦に参加する!」

 

 沙亜の熱のこもった説明を聞き、ユーリアンは黙って頷くと、自身も参加する事に異論はない旨を伝える。

 

「よし、では行こうか!」

 

 こうして二人は、作戦に参加すべく、一路宇宙(そら)を目指した。

 

 地上から宇宙(そら)へと向かうには、地上の各地に設定されている宇宙港からHLV等を使用するか、大気圏離脱能力を有する母艦を使用するかの二択となる。

 幸い、第046独立部隊の活動拠点であるオデッサは、宇宙港の一つに設定されていた為、HLV等を手配すれば、宇宙(そら)に上がる事は容易である。

 

 二人は、レンタルしたHLVに乗り込み、オデッサの宇宙港から宇宙(そら)を目指して早速出発した。

 

 

 

 宇宙港から専用のブースターを使用し打ち上げられたHLVは、程なくして大気圏を離脱し、専用のブースターを切り離すと、慣性飛行へと移行する。

 その艦内では、パイロットスーツに身を包んだユーリアンと沙亜が、ベルトサインが消えた為、ベルトを外し、久しぶりの浮遊感を堪能していた。

 

「っとと」

 

「大丈夫か?」

 

「あはは……」

 

 久しぶりの無重力に、ユーリアンは天井に頭をぶつけてしまいそうになったが。

 沙亜の差し出した手を掴み、何とか事なきを得た。

 

「感覚が戻りきらない内は、手すりに掴まっていた方がいい」

 

「そうするよ」

 

 沙亜の助言に素直に従い、手すりを使って窓際へと移動したユーリアン。

 そこから見える、母なる星地球の姿は、仮想現実の生み出したものと言えど、何度見ても美しいものであった。

 

「所で沙亜、回収って、どれくらい待つのかな?」

 

「そう長く待つものではない筈だ」

 

 二人の乗ったHLVには、自力航行の能力がない。

 故に、移動の際は、自力航行可能なムサイ級等の艦艇に運搬或いは曳航してもらう必要がある。

 

 その為、作戦の行われる宙域に向かうには、回収してもらう必要があるのだ。

 

 そして、それから数分後。

 二人の乗ったHLVに、一隻のムサイ級宇宙軽巡洋艦が接近してきた。

 

「こちら狩人部隊旗艦"メガソニック"、応答せよ」

 

 すると、近くの通信機器から接近してきたムサイ級からの通信が入る。

 ユーリアンが駆け寄り応答すると、再び先方から通信が入る。

 

「そちらは第046独立部隊で間違いないか?」

 

「はい、こちら第046独立部隊で間違いありません」

 

「了解した。これより運搬準備にかかる。暫し待たれよ」

 

「了解」

 

 どうやら、回収の為の部隊のようだ。

 艦首にウサギを咥える狼をかたどった部隊エンブレムが書かれたムサイ級、個艦名メガソニックは、慣れた動きで所定の位置へと移動すると、船外作業のクルー達がHLVの最終接続を確認していく。

 

 こうして準備が整うと、再び通信が入った。

 

「接続完了、これより作戦宙域へと移動します」

 

「了解です」

 

「それと、移動の間のお時間に、隊長が直接お会いしたいと仰っていますので、ご足労おかけしますが、メガソニックの方に移乗をお願いできないでしょうか?」

 

 先方からのお願いに、二人は一瞬顔を見合わせるが、沙亜は軽く頷き、それを見たユーリアンも何かを感じ取ったかのように頷き返すと、再び通信を入れた。

 

「分かりました、直ぐに向かわせていただきます」

 

 こうして、HLVを抱えたメガソニックは作戦宙域を目指して移動を開始した。

 その最中、二人はHLVからメガソニックへと移乗すると、隊長が待つ艦橋へと足を運んだ。

 

「オレの我儘に応えてくれて感謝する。狩人部隊隊長、ウォルフガングだ」

 

 そして、艦橋で二人を出迎えたのは、黒髪に端正な顔立ちをした青年士官、ウォルフガング少佐であった。

 

「"黒衣の狩人"の異名を持つ少佐と共闘できるとは、とても光栄だ」

 

「いやこちらこそ、難読彗星の沙亜と呼ばれた沙亜 阿頭那武婁少佐と共闘できて光栄だ。沙亜少佐の地上での活躍は、宇宙(そら)でも多く耳にする」

 

 互いに握手を交わす沙亜とウォルフガング。

 その絵になる様子を、ユーリアンは後ろで眺めていた。

 

「それに、同じく黒に塗装された機体を操る君と共闘できる事も、オレは嬉しく思う、レイヴン。いや、ユーリアン・ルク中尉」

 

 すると、ウォルフガングはユーリアンに視線を向け、ユーリアンに対して新たに握手の手を差し出した。

 

「あ! こ、こちらこそ、光栄です! ウォルフガング少佐!」

 

 まさか自分にも声を掛けられるとは思っていなかったユーリアンは、不意の事に反応が遅れたが。

 慌ててウォルフガングと握手を交わすと、頭を下げるのであった。

 

「そうかしこまるな。これから共に戦場を駆ける者同士、肩の力を抜いて話そうじゃないか」

 

「は、はい」

 

 本人に気楽にと言われ、少し肩の力が抜けたユーリアン。

 その後、三人は作戦宙域に到着するまでの間、親睦を深めるべく他愛ない話を交わすのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方、別の宙域では。

 ジオンの降下部隊の降下を阻止すべく、部隊が展開している宙域へと急行する連邦艦隊の姿がった。

 

 その内の一隻、連邦宇宙軍の主力であるサラミス級宇宙巡洋艦。

 同艦種の上甲板の主砲を撤去し、モビルスーツ用の拘束用土台を設置し、露天繋止を可能とした改修型。

 

 そんな、戦時急造品の改修サラミス級の艦内の通路を、一人の連邦軍パイロットが歩いていた。

 

「おい、中尉! 聞いているのか! 中尉!!」

 

 暢気に通路を歩くパイロットの後ろから、壮年の男性の呼ぶ声が響く。

 その声色には、若干怒りが滲んでいた。

 

「返事をしないか! ヤザン・ゲーブル中尉!!」

 

「ん? 何だぁ? 大佐殿?」

 

 金髪リーゼントに頬がこけ、野獣の如く鋭い目つきをしたパイロット。

 ヤザン・ゲーブルは、自らのフルネームを呼ばれ、ようやく足を止め声の主の方へと振り向いた。

 

「いいか、今回の最優先目標はあくまでも敵降下部隊だ! 護衛との戦闘は可能な限り避けて、敵降下部隊の撃破を最優先とするんだ、いいな!」

 

「は、大佐ぁ。そこに色とりどりの美味そうな餌があるっていうのに、我慢しろって言うのか、あんたは」

 

「だから! 今回の目的はあくまでも敵降下部隊の"阻止"だ! 敵を"全滅"させろとは言っていない!」

 

「だがよぉ、無抵抗のHLVを撃破したって、面白くもなんともねぇだろう!? 俺は戦闘がしたくて軍に入ったんだ、射撃の訓練をする為に入った訳じゃねぇ」

 

「だ、だからぁ!」

 

「分かってるよぉ。ちゃんと敵降下部隊もきっちり仕留めてやる、それで文句ねぇだろ? じゃ、これで失礼しますよ、大佐、殿」

 

 こうして勝手に話を切り上げると、ヤザンは大佐に背を向け、再び通路を歩いていった。

 一方、残された大佐は、腹立たしさを隠すことなく滲み出すと、ヤザンに対する不満をぶちまけ始めた。

 

「だぁ! くそ! バトルジャンキーの野獣め! ふざけやがって!」

 

 そして、一通り不満をぶちまけ終えると、冷静さを取り戻したのか、ぽつりと、呟く。

 

「……あぁ、ジャマイカン少佐の気苦労が嫌でも解る」

 

 呟き終えると、彼は、哀愁漂う背中と共に、艦橋に向かうのであった。

 



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第十六話 無課金戦士

 衛星軌道上の一角、その宙域に、周囲のデブリとは異なる、生きている証たる光を持った一団がいた。

 その正体は、降下部隊を擁するジオンの大部隊であった。

 

 降下部隊を内包した多数のHLVを中心に、宙域一帯には、ムサイ級やガガウル級等の戦闘艦の他。

 CAP(戦闘空中哨戒)を行う、ジオンの宇宙戦闘爆撃機、ガトルの機影も確認できる。

 

 そんな一団の中に、メガソニックの姿があった。

 

「艦首回頭、一八〇度。相対速度合わせ」

 

「ヨーソロー!」

 

 メガソニック艦長オーランド大尉の的確な指示と、それを実行する乗組員達の働きもあり、メガソニックは無事に一団の仲間入りを果たす。

 そんなメガソニックの隣を航行していたのは、今回の作戦の作戦指揮官であるコマンダープレイヤーが座乗するムサイ級、個艦名『エムデン』である。

 

 そのエムデンの艦橋に設けられた司令席に、コマンダープレイヤーである男性は腰を下ろして、メガソニックを捉えた外部映像を映し出す艦橋の巨大スクリーンを眺めていた。

 

「ふふふ、今回の私は運がいい。友軍ガチャで黒衣の狩人を引いたばかりか、あの難読彗星の沙亜まで参戦してくれるとは。……もうこの作戦は勝った! 完!!」

 

「先輩、それ、フラグですよ」

 

「う!? 五月蠅い!」

 

 司令席に座るのは、軍服を着ていても恰幅の良さが隠せない四十路前後の、大佐の階級章を付けた男性コマンダープレイヤー。

 一方、その横で直立不動で立っているのは、きっちりとした七三分けで眼鏡をかけた三十代半ばの、少佐の階級章を付けた、こちらも男性コマンダープレイヤー。

 

 二人は、現実世界で先輩と後輩の関係性にあるのか、俺の野望内でも同じ関係性を保っていた。

 

「まぁ兎に角。これで集まりの悪かった護衛戦力は何とかなっただろう! な?」

 

「まぁ、相手の戦力次第ですが……」

 

 少佐のコマンダープレイヤーは、手にしたタブレット端末を操作し、今回集まった戦力の確認を行う。

 

「各プレイヤーのレベルの開きは、一部を除いて許容範囲内ですので、連携が取れない事はないでしょう。それに各プレイヤーの乗機も、一部を除いてその性能は似たり寄ったりです」

 

「その一部っていうのは、難読彗星の沙亜か?」

 

「はい」

 

「ま、ありゃランキング九位だからな。彼女には、自由に戦ってもらうさ」

 

「では、お連れのプレイヤーも一緒にですか?」

 

「あ? 連れ?」

 

「忘れたんですが、先輩? 彼女、第046独立部隊って軍団に加入したって、少し前に話題になったじゃないですか。今回は、同じ軍団の方も一緒ですよ。因みに、その方もランキング入賞者ですよ」

 

「なにぃ!? 第046独立部隊って所は、二人もランキング入賞者を擁しているのか!?」

 

 淡々とした口調で説明する少佐に、大佐は少々オーバーリアクションで反応する。

 

「で、どうしますか?」

 

「そ、そりゃぁ。同じ軍団同士なんだし、二人一組で行動してもらうのがいいだろう」

 

「では、そう指示しておきます」

 

「あーそうだ、所でルーター」

 

 と、大佐はタブレット端末を操作している少佐こと、ルーターの名を呼ぶと。

 

「折角だし。戦闘が始まる前に、難読彗星の沙亜とウォルフガング少佐に一目お会いしたいなぁ」

 

 大佐は沙亜とウォルフガングの両名との面会を希望している旨を伝えた。

 

「分かりました。会ってもらえるように掛け合ってはみます」

 

「頼むよー」

 

 程なくして、ルーターがタブレット端末の操作を終えると。

 不意に、沙亜との面会の結果を楽しみに待っている大佐に声をかけた。

 

「所で、カルクル先輩」

 

「ん? 何だぁ?」

 

 すると、カルクルと呼ばれた大佐は、暢気な様子でルーターの方に顔を向ける。

 

「今回はたまたま、友軍ガチャで黒衣の狩人を引き当て、難読彗星の沙亜も参戦してくれましたが、次回もそうとは限りません! そこで、もう少し自前の戦力の強化を考えませんか?」

 

「あー、またその話か」

 

 ルーターの言葉を聞くや、カルクルの顔色がみるみる不機嫌なものへと変わる。

 

「確かに、我々の軍団は規模こそ大きいものの、その質についてはNPC部隊に毛が生えた程度です。ですので、ここは一人でもパイロットプレイヤーを軍団に加入させる事を検討しては……」

 

「私は、私自身の戦術眼で何処まで戦えるかを試したいんだ! だから、パイロットプレイヤーは加入させない!」

 

「では、装備している兵器の更新や、せめてネームドの採用等をもっと……」

 

「課金なんてもっと嫌だ! 私は、無課金と私自身の戦術眼で何処まで戦えるかを試してみたんだ!!」

 

「はぁ……、もう十分だと思いますが? 正直、これ以上は、現状のままでは頭打ちだと思います」

 

「いいや、まだだ、まだ戦える、上は目指せる!」

 

 カルクルは、どうやら自らのこだわりを持ってプレイしているプレイヤーのようだ。

 

 その証拠に、先ほどルーターが説明した通り。

 カルクルが軍団長を務めるこの軍団には、ルーター以外のプレイヤーやネームドは在籍していない。

 その為、隷下の戦力もNPCのみで、質に関しても、モビルスーツよりも通常兵器の割合が高い。

 

 それでも、大佐の階級にまで昇進した事実は確かである為、その手腕は悪くはないのだろう。

 

 加えて、彼の運の良さも、多少は影響しているのかもしれない。

 友軍ガチャ、一般にそう呼ばれている、友軍支援要請システム。

 小隊長、及び軍団長が作戦前に、設定されたゴールドを支払う事によって、その作戦の間のみ、NPC部隊の友軍と共闘できるというもの。

 

 因みに、これが友軍ガチャと呼ばれる所以についてだが。

 設定されたゴールドの支払額に応じて、共闘できるNPC部隊の規模が異なる、これは確定事項なのだが。

 NPC部隊の兵器の質やパイロットの練度に関しては、毎回ランダムに設定されている。

 その為、少ない支払いで、今回のカルクルの様にネームド擁する部隊を引き当てる事もあれば。

 最大額を支払ったのに、引き当てたのは名無しの権兵衛と通常兵器ばかり、と言う散々な結果の時もあり。

 

 その為、何時しか友軍支援要請システムは、友軍ガチャと呼ばれるようになったのだ。

 

「先輩、いい加減、その守銭奴な性格、何とかしたらどうですか?」

 

「もういいだろ、別に」

 

「はぁ……。先輩、そんなだから、奥さんにも愛想尽かされて、出て行かれちゃうんですよ」

 

「ちょ! 今それ関係ないだろ!」

 

 仲がいいからか、ルーターは辛辣な意見をオブラートに包むことなくズバズバと投げつける。

 そのような耳の痛い意見を聞いたカルクルは、慌てた様子でもう止めてと頼むのであった。

 

 そんなやり取りを行う二人のもとに、艦橋乗組員が近づく。

 

「司令! 格納庫より連絡。メガソニックより、司令との面会希望者を乗せたスペース・ランチが到着したとの事です!」

 

「おぉ、そうか! よし、早速艦橋に案内しろ!」

 

「は!」

 

 お待ちかねの二人が到着したとの知らせに、カルクルの表情は一転、ぱっと明るくなる。

 

「ルーター。軍団の今後の方針については、作戦が終わってから話すとしよう。もうこれ以上、水を差されて気分を害したくない」

 

「分かりました」

 

 しかし、一瞬ルーターに向けて厳しい表情になったかと思えば。

 再び、お待ちかねの二人を出迎えるべく、満面の笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

「いや~、ようこそ、今回の作戦指揮官を務めるカルクル大佐だ」

 

「狩人部隊隊長、ウォルフガング少佐であります!」

 

「第046独立部隊の沙亜 阿頭那武婁少佐です」

 

「同じく、ユーリアン・ルク中尉です」

 

 艦橋でカルクルが出迎えると、艦橋に案内された三人は、直ぐに直立不動でカルクルに対して敬礼を行う。

 すると、カルクルも答礼をもって応える。

 

「本当によく来てくれた、うんうん」

 

 こうして一通り挨拶を済ませると、カルクルはにこやかな笑顔で個別に握手を交わしていく。

 

「狩人部隊の活躍は私も聞き及んでいるよ、今回の作戦でも、是非とも素晴らしい活躍を期待しているよ」

 

「は! ありがとうございます」

 

「それと、難読彗星の沙亜の二つ名を持つ君にもだよ、沙亜 阿頭那武婁少佐」

 

「は! ありがとうございます」

 

「いやー、それにしても、直接会ってみると、君は実に魅力的だ」

 

 と、カルクルは握手を終えると沙亜の手を撫でまわし、彼女の体を舐め回すような目つきで確かめる。

 そんな様子を沙亜の横で見ていたユーリアンの目つきが、みるみる鋭くなっていく。

 

「時に、阿頭那武婁少佐。その~、仮面を外して、その美しいであろうご尊顔を拝見する事はできないだろうか?」

 

「……」

 

「頼むよ」

 

「……すいませんが、私の素顔はそう簡単には明かせません。この仮面は、それだけ特別なのです。大佐も、ジオンでプレイしておられるのなら、この意味、お判りですよね」

 

 カルクルの要望に対して、沙亜は凛とした声で遠回しに断る。

 すると、カルクルの眉間に一瞬しわが寄るも。

 

「そ、そうか、そうだったな。いや~、すまなかった。確かに、その仮面は特別だ、こんな所で外していいものではないな」

 

 瞬時に元に戻すと、沙亜の素顔を拝見することを断念するのであった。

 

「では、もう戻ってもいいぞ。ご足労かけたね」

 

 こうして、沙亜とウォルフガングの両名と面会し、満足したカルクルは、三人を返す。

 そして、司令席に再び腰を下ろすと、面会中は黙っていたルーターが口火を切った。

 

「先輩、ここはキャバクラじゃないんですよ。トラブルになるような事は、慎んでください。垢バンされたいんですか?」

 

「し、仕方ないだろ! 私だって男なんだから!」

 

「ま、向こうも事を荒立てようと思っている雰囲気ではありませんでしたので良かったですが。今後は注意してくださいよ、先輩」

 

「う、うむ」

 

 ルーターの言葉に、反省した様子で頷くカルクル。

 

(それにしても、同じ軍団のあの子、かなり殺気立っていたが……。はぁ、困ったものだよ、全く)

 

 それを他所に、ルーターは内心、カルクルのフォローに頭を悩ませるのであった。

 

 

 一方、艦橋を後に、スペース・ランチでメガソニックへの帰路に就いた三人はと言えば。

 

「沙亜、大丈夫?」

 

「……」

 

「……え?」

 

「少しだけ、メガソニックに着くまでの間でいいから、握っていて、欲しい」

 

 先ほどのカルクルの行為を心配するユーリアンの手を、沙亜は自身の手に誘導すると、儚げな声で握ってほしいと頼む。

 彼女の頼みに、ユーリアンは握る事で応えると、二人はメガソニックに到着するまで、手を握るのであった。

 

 そんな二人の様子を、スペース・ランチを操縦するウォルフガングは、バックミラー越しに静かに見守っていた。

 

(この作戦が終わったら久しぶりに、サキエの所に顔を出すか)

 

 自身の婚約者の事を思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

CIC(戦闘指揮所)より緊急! 本宙域に接近する複数の反応を確認! 解析の結果、連邦の艦隊と思われます!」

 

「到達予測時間、約十五分!」

 

「総員、第一戦闘配置!! 繰り返す、総員、第一戦闘配置!! 全クルーは至急各持ち場へ!」

 

「ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布急げ!!」

 

「モビルスーツ隊、モビルポッド隊、戦闘爆撃機隊、直ちに発進!」

 

「直掩隊、展開急げよ!!」

 

 それは突然訪れた。

 降下部隊の降下を阻止すべく接近してきた連邦艦隊の存在を捉えたジオン側は、慌ただしさを増していく。

 

 エムデンの艦橋も、慌ただしさの只中にあった。

 そんな中で、カルクルは護衛部隊の展開を指示すると、次いで、マイクを手に、士気を鼓舞すべく通信を飛ばした。

 

「この作戦は一地方の争奪戦だが、小さな勝利の積み重ねが、ジオンに大きな勝利を齎す! 公国の興廃この一戦にあり! その気持ちで挑んで欲しい、以上!!」

 

 こうして通信を終えると、カルクルは引き締まった表情で巨大スクリーンを見つめた。

 

「さぁ、いよいよだ」

 

 そして、静かに呟くのであった。

 

 

 一方、メガソニックの艦内も、戦闘配置の為に至る所で怒号が飛び交っていた。

 

「少佐、HLVの切り離し作業完了完了です」

 

「了解だ。オーランド、艦の事は任せたぞ」

 

「分かりました、少佐。少佐もどうかご武運を!」

 

「あぁ。……ウォルフガング、出るぞ!」

 

 そんなメガソニックから、黒色に塗装された一機の指揮官用ザクII、ザクIIS型が発進する。

 右肩のシールドにウサギを咥える狼のエンブレムが描かれたその機は、ウォルフガング専用機であった。

 

 同じ頃。

 戦闘の際に支障をきたす為、メガソニックから切り離されたHLVは、流れに身を任せメガソニックから距離を取ると、程なくして、ハッチを開く。

 そして、中から姿を現したのは、ザク・アライヴと、もう一機。

 

 一見するとザクIIF型と見間違えてしまうが。

 よく見れば、背部のランドセルは新設計の別物で、脚部も増速用のスラスターを備えた新設計の物になっている等。

 ザクIIF型とは別物である事は、疑うまでもなかった。

 

 形式番号MS-06R-1A、機体名は、高機動型ザクII。

 今回の作戦参加に際して、宇宙で使用できないグフカスタムに代わり、ユーリアンが乗機として用意した機体である。

 

 同機種はザクIIF型ベースではなく、全面的に再設計された機種であり。

 宇宙戦という使用用途を特化した機体ながらも、それ故に極めて高い性能を誇り。

 原作等で同機種を使用したパイロットが、軒並みエース・パイロットである事や、連邦軍の戦艦を沈めるよりも同機種を手に入れる方が難しい、とまで言われるあたり、その評価の高さがうかがえる。

 

 なお、この高機動型ザクIIR-1A型。

 ランドニーが、こんな事もあろうかと。と、以前密かに開発レベルを上げて開発した事を報告していたのだが。

 その際シモンから、地上をメインに活動しているのに宇宙専用機を開発したのはゴールドの無駄遣いじゃないのか。と突っ込まれ。

 ランドニーがいつもの如く、遠くを見つめていつもの台詞を呟いたのは言うまでもない。

 

 

 因みに、今回、ユーリアンの乗機であるにもかかわらず、彼が高機動型ザクIIR-1A型をパーソナルカラーの黒に塗装しなかった理由は。

 同機種の代表的なパイロットである黒い三連星専用機と、色が被っている事の他。

 単に急に用意したため、塗装を変更している時間がなかった為である。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援、本当にありがとうございます。
この場をお借りして、感謝の気持ちを述べさせていただきました。

最後に、今後とも、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第十七話 軌道上に鴉は羽ばたく 前編

 ジオン側が連邦艦隊を捕捉したと同時に、連邦艦隊側もジオンの大部隊を捕捉していた。

 互いが艦砲の有効射程内にまで接近する間に、互いに部隊の展開を完了させると、後は、開戦を告げる一発が放たれる合図を待つばかりであった。

 

「司令、降下部隊の降下完了までのカウントダウン、開始します」

 

「よし! 何としてでも、カウント完了まで降下部隊の乗るHLVを死守するんだ!」

 

 降下部隊の乗るHLVを守る様に、ジオンの護衛部隊は展開。

 カルクルは、防衛網の最後尾にメガソニックと共に位置どったエムデンの艦橋で、合図を出すその時が訪れるのを待った。

 

「敵艦隊、射程圏内に入ります!」

 

「全艦、全砲門開け! 撃てぇ!!!」

 

 そして、カルクルの合図と共に、ムサイ級やガガウル級等の戦闘艦のメガ粒子砲が火を噴いた。

 幾つもの黄緑色に光り輝く光線が、連邦艦隊を目指して宇宙をかける。

 

 刹那、お返しとばかりに、連邦艦隊からジオン護衛部隊目掛けて、赤白く輝く光線が飛来する。

 

 衛星軌道上に煌びやかな光りの交錯が展開される。

 だがそれは、同時に命の輝きを示していた。

 

「こちらの損害は!?」

 

「まだ落伍した艦はありません、しかし、それは相手も同じようです」

 

「ならSSM(一四五型大型ミサイル)発射! てぇっ!!」

 

 ムサイ級の大型ミサイル発射口から、SSM(一四五型大型ミサイル)が放たれ、連邦艦隊の方へと飛来する。

 程なくして、連邦艦隊付近に、幾つかの大きな光の輝きが生まれた。

 

「敵レパント級四番艦、反応消失!」

 

「よーし、このまま敵艦の数を……」

 

「高速飛翔体接近! 敵の大型ミサイルです!」

 

「迎撃開始! 弾幕絶やすな!!」

 

 喜びも束の間、連邦艦隊からのお返しのミサイル攻撃により、ジオン側もガガウル級一隻を中破させられてしまう。

 こうして、双方の戦闘艦の撃ち合いが行われる中、艦砲の射線外では双方の機動兵器による激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

 

「やらせるかよ!」

 

「くそ、振り切れない!!」

 

 ガトルとセイバーフィッシュが激しいドッグファイトを繰り広げ。

 

「このぉ!? このぉ!!」

 

「放せよ!! このやろう!!」

 

 双方で棺桶と揶揄されるボールとオッゴが壮絶な泥仕合を展開し。

 後に艦砲射撃に巻き込まれ勝者なき結果を生み出す。

 

「す、すげぇ、あれが難読彗星の沙亜の動きかよ」

 

「あの追従する高機動型も、かなりの動きだぞ」

 

 そんな中を、戦場の主役たるモビルスーツが駆け抜けていた。

 

「な!? 何処!? うわ──」

 

 ジムマシンガンの弾幕を安々と掻い潜り、乗機である初期型ジムに迫って来ていた機影が、メインモニターから消えたと思った刹那。

 回避行動を取る間もなく、上方からの一二〇ミリ弾の雨に晒された初期型ジムは、程なくして新たなデブリの一部と化した。

 

「ふん、狙ってばかりで回避行動も取らないとは、戦場ではいい的だ」

 

 先ほど初期型ジムをデブリへと変えた下手人の沙亜は、ザク・アライヴのコクピット内でそう呟いた。

 と、その直後に新たな獲物を捕らええると、装備したザクマシンガンの銃口を向け、間髪入れずに一二〇ミリ弾を叩き込む。

 しかし、放たれた一二〇ミリ弾は、狙われた初期型ジムが装備していたシールドによって防がれる。

 

 だが、沙亜にしてみれば、防がれること自体想定の範囲内であった。

 

「え? わぁぁっ!!」

 

 ザク・アライヴは、沙亜の巧みな操縦とスラスター噴射により、相手の初期型ジムの下方から無防備な背後に回り込むと、反応し切れずがら空きの背部に一二〇ミリ弾を叩き込んだ。

 前方から攻撃を受けていた筈が、いつの間にか背後から攻撃を受けている事に気付いた頃には、既にパイロットは乗機共々宇宙の塵と化していた。

 

 こうして、瞬く間に初期型ジム二機を撃破したザク・アライヴ。

 その脇を、ユーリアンの高機動型ザクIIR-1A型が追従している。

 

 地上と異なり、宇宙では上下左右何処からでも攻撃がやってくる。

 故に、沙亜とユーリアンは互いの死角を補うかのように、ツーマンセルで行動していた。

 

 と、ユーリアンは下部からザク・アライヴを狙うボールに気付くや、素早くザクマシンガンで処理する。

 

「流石はエースだな」

 

 そんな二人の乗機の前に、一隻のガガウル級が姿を見せる。

 どうやらその艦は部隊の外縁部に展開していた艦の一隻で、戦闘艦の撃ち合いによる損傷は見られなかったが、敵戦闘機等につけられた損傷らしきものが各所に見られた。

 

「こちら、駆逐艦ヘルマン・キュンネ。先ほどまでの戦闘、見せてもらったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「二人はかなりの腕前をお持ちのようだ。そこで、少々厚かましいお願いをしてもいいかな」

 

「お願い、ですか?」

 

「あぁ、実は、直掩の機とはぐれてしまってね。そこで、暫くの間、直掩について欲しいんだ。要請した代わりの直掩機がやってくるまでの間でいい」

 

 ヘルマン・キュンネと艦名を名乗ったガガウル級は、二人にそんな通信を送る。

 ザク・アライヴと高機動型ザクIIR-1A型のモノアイが互いに見合わせる。

 

 そして、一拍置いた後、代表してユーリアンが答えを返す。

 

「分かりました、では代わりが来るまでの間、務めさせていただきます」

 

「ありがとう!」

 

 こうして、二人が臨時の直掩としてヘルマン・キュンネと行動を共にして暫くした時の事。

 ヘルマン・キュンネから、緊急の通信が入る。

 

「レーダーに感! 直上です!!」

 

 その直後、ヘルマン・キュンネの上部で爆発が起きる。

 

「ひ、被害報告!」

 

「上部ミサイル・ランチャー破損! 艦内各部に火災発生!」

 

「ダメコン、急げ!!」

 

 ヘルマン・キュンネの艦橋が怒号飛び交う修羅場と化した一方。

 ユーリアンは、フットペダルを踏みバーニアを噴かせると、乗機の高機動型ザクIIR-1A型を上方に加速させる。

 

 その先にいたのは、デブリの影から姿を現した、一機のガンキャノンであった。

 どうやら、先ほどのヘルマン・キュンネの爆発の正体は、デブリに隠れていたこのガンキャノンの二四〇ミリ低反動キャノン砲によるもののようだ。

 そんな下手人の発砲炎を見つけていたユーリアンは、即座に行動に移ったのである。

 

「は、早い!?」

 

 ガンキャノンは装備したジムマシンガンで弾幕を張りつつ、後退しようとしたが。

 高機動型ザクIIR-1A型の機動性は、ガンキャノン程度の機動性で簡単に引き離せる程度の物ではなかった。

 九〇ミリ弾の雨を掻い潜り、起死回生に放った二四〇ミリ低反動キャノン砲も軽々と避け。

 あっと言う間にガンキャノンを有効射程内に捉えると、ザクマシンガンに替えて装備したザク・バズーカを放つ。

 

 放たれた二八〇ミリのロケット弾は、吸い寄せられるようにガンキャノンのコクピット付近に着弾すると、ガンキャノンを光球の中へと隠すのであった。

 

「こちらユーリアン、下手人のガンキャノンは片付けました」

 

「助かった、ありがとう」

 

 ガンキャノンの撃破を確認し、再びヘルマン・キュンネの近くへと戻る高機動型ザクIIR-1A型。

 すると、高機動型ザクIIR-1A型のモノアイが、宇宙服を着て懸命にダメコン作業を行うヘルマン・キュンネの乗組員の姿を捉える。

 

「! 上!?」

 

「え?」

 

 と、その時。

 突然沙亜が妙な事を口にしたかと思った、次の瞬間。

 

 突如、ヘルマン・キュンネに三つの光線が突き刺さったかと思えば。

 次の瞬間には、ヘルマン・キュンネの船体は、内部からのエネルギーに耐え切れず、引き裂かれる様にして巨大な爆発の中に消えた。

 

 ユーリアンは、その突然の事に一瞬呆気にとられるも。

 直ぐに我に返り、ヘルマン・キュンネを沈めた光線の発射された方向に高機動型ザクIIR-1A型のモノアイを向ける。

 すると、そこにはヘルマン・キュンネを沈めた下手人と思しき三つの機影が、ユーリアンと沙亜の方へと装備したビーム兵器を発砲しながら突撃してくる様子を捉えた。

 

「ははは! なんだ、しけた戦場かと思ったら、楽しめそうなのがいるじゃねぇか!!」

 

 同一の機種と思しき三つの機影、その内、先頭に立っているリーダーと思しき機影のパイロットは、コクピット内で自分達の攻撃を避ける二機のザクの姿に、喜びを感じていた。

 

「コーネスト、リックス! 奴らエースだ、気を引き締めてかかれよ!!」

 

「は! 了解であります!」

 

「了解です、ヤザン隊長!」

 

「それじゃ、楽しいショーの始まりだぁ!!」

 

 刹那、小隊長のヤザンは、フットペダルを踏み込みさらに乗機を加速させる。

 ヘルメットに隠れたその表情は、とても満ち足りたものであった。

 

 

 

 

 一方同じ頃。

 ヤザン小隊からの攻撃を回避しつつ、沙亜とユーリアンの二人も、乗機が装備したザクマシンガンで反撃を行う。

 が、三機の挙動におかしな点は見られない。

 

「どうやら、相手は手練れのようだな」

 

「みたいだね」

 

 そして二人も、相手がエースであると判断する。

 刹那、三機が加速し、遂に互いの装備や機種など、詳細な外見情報を得られるまでの距離となる。

 

「ジム三機か」

 

「ほぉ、面白そうなザクじゃないか」

 

 互いに撃ち合いながら、それぞれの情報を手に入れた両チーム。

 すれ違いざまに、モノアイとカメラ・アイが見つめ合った気がしつつも、ヤザン小隊は再び攻撃を加えるべく隊形を整えながら旋回を行う。

 

 ヤザン小隊が使用していたのは、ガンダムの戦時量産型にして、原作においてザクと共にやられ役として双璧を成すモビルスーツ。

 形式番号RGM-79、その名をジム。

 先に撃破した初期型ジムや、陸戦型ジム等の経験を経て、本格的に大量生産されるに至った、連邦が誇る傑作機である。

 

 なお、初期型ジムとジムの違いは。

 外見の差異もさる事ながら、初期型ジムにはノーマル状態ではビーム兵器を装備していない事が挙げられる。

 ジムは基本的な武装として、ビームサーベルとビームスプレーガンと言うビーム兵器を運用できるが。

 初期型ジムは、全て実弾武装のみとなっている。

 

 因みに、今回ヤザン小隊が装備しているのは、標準装備のビームスプレーガンではなく。

 一般にガンダム用とされるビームライフル、型式番号BLASH XBR-M79-07Gを装備していた。

 ただし、ジムのジェネレーター出力が、同ビームライフルの推奨出力に達していない為、その威力は、推奨出力時よりも幾分減少していた。

 

「コーネスト、リックス! 俺はあの赤いのをやる、お前ら二人は、もう一機の方を張り付けておけ。俺のお楽しみを邪魔しないようにな」

 

「了解であります」

 

「了解」

 

 しかし、ヤザン以下小隊全員、特にその事を気にする様子はなかった。

 

「さぁ、どれだけ俺を楽しませて……ん?」

 

 旋回を終え、再び沙亜とユーリアンの二人と対峙しようとしたヤザン。

 しかしその矢先、横槍を入れるかのように、一機のザクIIF型がヤザン小隊目掛けてザクマシンガンを発砲しながら接近する。

 

 どうやら、ヘルマン・キュンネの爆発で事態に気が付き、沙亜とユーリアンの二人の加勢に入った様だ。

 

「っち! 雑魚が! 邪魔するんじゃねぇ!!」

 

 だが、それがヤザンの逆鱗に触れたのか。

 ヤザンは接近するザクIIF型に、ジムの頭部に装備した六〇ミリバルカン砲を放ち牽制すると。

 ザクIIF型が動きを鈍らせた瞬間、瞬時に間合いを詰めると、装備したシールドを、ザクIIF型目掛けて叩きつけた。

 

 所謂シールドバッシュを受けたザクIIF型は、体勢を崩して無防備な姿を曝け出す。

 

 刹那、ヤザンのジムは、装備したビームライフルを発砲。

 ビームライフルより放たれた光線に胴体を貫かれたザクIIF型は、程なく爆散した。

 

「さぁ、仕切り直しだ!」

 

 邪魔者を排除し、ヤザンは操縦桿を握り直すと、再び沙亜とユーリアンの二人と対峙し始める。

 

「楽しませてくれよ!!」

 

 再び三機のジムから放たれるビームライフルの光線。

 ザク・アライヴと高機動型ザクIIR-1A型も、回避しつつ再びザクマシンガンで反撃に出る。

 

 と、コーネストとリックスが操るジムが、手筈通り、ザク・アライヴと高機動型ザクIIR-1A型を分断すべく早速行動に出る。

 

 二人のジムは、高機動型ザクIIR-1A型へと攻撃を集中させ、徐々にザク・アライヴとの距離を離していく。

 自身と沙亜を引き離すという相手の魂胆を察知したユーリアンは、何とか距離を戻そうとするも。

 

「おっと、そう簡単には戻させないぞ!」

 

「さぁ、俺達ともう少し遊ぼうぜ!」

 

「くっ!」

 

 ザク・アライヴとの進路を塞ぐように、コーネストとリックスが操るジムが速度を上げて間に割って入ると、そのままどんどん引き離されていく。

 

(ここは、素早くあの二機を撃破して戻るしかない)

 

 ユーリアンは素早く障害を排除する方向に頭を切り替え得ると、二機を撃破する算段を立て始める。

 その間も、高機動型ザクIIR-1A型はどんどん元いた宙域から離れ。

 

 気づけば、デブリが散乱する宙域まで誘導させられていた。

 

(……ここなら、いけるか)

 

 周辺の状況を確認したユーリアンは、算段を実行すべく、高機動型ザクIIR-1A型を一気に後退させた。

 まるで後ろに目でもついているかの如く、減速する事無く後退方向上を漂うデブリを避けつつ後退するその様子に、コーネストとリックスの二人は呆気にとられ、追撃に移る反応が遅れてしまう。

 

「くそ、追うぞ!」

 

「了解!」

 

 そして、出遅れた分を取り戻すべく直ぐに追撃に移った二人であったが。

 高機動型ザクIIR-1A型が後退したと思しき方向には、既にその姿はなかった。

 

「くそ! どこ行きやがった!?」

 

「レーダーはどうだ?」

 

「……駄目だ。ミノフスキー粒子の濃度が濃いのに加え、このデブリだ。ほとんど役に立たん」

 

「なら、センサーが頼りか」

 

 二人のジムは速度を落とし、センサーの反応に神経を集中させる。

 お互いがお互いの死角を補う様に、デブリの中を進む二人のジム。

 

 すると、不意に右下方のデブリの影から光りが発せられる。

 

「そこか!」

 

 それは発砲炎らしく、放たれた弾丸が二人のジムに襲い掛かるも、二人は容易に避けてみせた。

 そして、お返しにと、コーネストが発砲炎目掛けてビームライフルを放つ。

 

 だが、何時まで立っても機体が爆発した様子は現れない。

 

「っ! 何だと!?」

 

 不自然に思い、先ほどビームライフルを放ったデブリの方へとメインカメラを拡大させると。

 メインモニターに映し出されたのは、ザクマシンガンを握ったザクの腕の残骸であった。

 

「罠か!?」

 

「な! 今度はこっちかよ!」

 

 それがトラップであると理解した刹那。

 今度は左上方から発砲炎が現れる。

 

 発砲炎目掛けて、今度はリックスがビームライフルを放つも、どうやらまたトラップだったのか、同じような残骸が漂っているだけであった。

 

「くそ! またか!」

 

「どれが本物なんだ!?」

 

 更に次から次へと、様々な方角から発砲炎が現れるが、そのどれもが残骸を利用したトラップであった。

 やがて、最後と思しきトラップを片付けた二人。

 

 その顔色には、疲労の色が濃くにじみ出ていた。

 

「はぁ、はぁ……。くそ、あのザクはどこ行きやがった!?」

 

「……おい、まさか!? あのザクを張り付けておくつもりが、逆に俺達が張り付けにされたんじゃ!?」

 

「っ!!?」

 

 二人の表情に、新たに焦りの色が見え始める。

 そして、すぐさまヤザン隊長のもとへと戻るべく、二人のジムが回頭した瞬間。

 

 背後から、デブリの間を一筋の光が駆けていく。

 

「っ!? 何だと!?」

 

「しまった!?」

 

 センサーが感知した、後方から急速に迫るそれが、お待ちかねの高機動型ザクIIR-1A型であると気づいて再び乗機を回頭させるも。

 既に、高機動型ザクIIR-1A型は目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「こいつ、このデブリの中を!?」

 

 せめてもの牽制にと、咄嗟に六〇ミリバルカン砲を放つコーネスト。

 そんなコーネストのジム目掛け、シールドタックルをお見舞いする。

 

 シールドで防ぐ間もなく、まともにシールドタックを受けたコーネストのジムは、体勢を崩しながら吹き飛ぶ。

 

 そんな僚機の様子を間近で見ていたリックスは。

 シールドタックル直後に出来た隙を狙い、ビームライフルを撃ち込もうとした。

 

「え?」

 

 だが、絶好のチャンスであるにも拘らず、その銃口から、粒子の束が撃ち出される事はなかった。

 即ち、エネルギー切れである。

 

「あのトラップは、ライフルのエネルギー切れを狙って──」

 

 先ほどまで、自身がビームライフルで処理していたトラップが、エネルギー切れを誘発させる為のものだったと気づいた時。

 リックスの意識は、既に振るわれたヒートホークの高熱と共に融解していた。

 

「り、リックス──」

 

 コクピットを斬りつけられ、巨大な鉄くずと化して漂う僚機。

 その脇で、自身に向けてザクマシンガンの銃口を向ける高機動型ザクIIR-1A型。

 

 それが、シールドタックルの衝撃から立ち直った、コーネストが見た最後の光景であった。




一部表記を変更いたしました。
『光学兵器』を『ビーム兵器』に。
2019年12月28日。


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第十八話 軌道上に鴉は羽ばたく 後編

 デブリが散乱する宙域でヤザン小隊のジム二機を撃破したユーリアンは、急いで沙亜の援護に駆け付けるべく、乗機を走らせた。

 高機動型ザクIIR-1A型の高機動性のお陰で、程なく沙亜とヤザンが戦っているであろう宙域へと駆け付けたユーリアンが目にしたのは。

 

 文字通り、満身創痍なザク・アライヴとジムの二機の姿であった。

 

「沙亜!?」

 

「……っち! コーネストとリックスの奴らは駄目か」

 

 損傷により、機器から配線が垂れ下がり、火花が飛ぶ中。

 ヒビの入ったメインモニターが、接近する高機動型ザクIIR-1A型を捉えた事を確認したヤザンは、部下二人のジムが見られない事に、悔しそうな声を漏らす。

 

「流石にこのままもう一機を相手にするのは、分が悪いか」

 

 そして、自身の不利を悟ると。

 ヤザンは、連邦艦隊の方へと乗機のジムを回頭させると、そのままバーニアを噴かせ、宙域を離脱していった。

 

「沙亜。大丈夫!?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

 そんなヤザンのジムを他所に、高機動型ザクIIR-1A型は傷ついたザク・アライヴのもとへと近づくと、接触回線で呼びかけ、状態を確認する。

 

 余程激しい戦闘だったのか。

 右脚が切断され、背部の五連装ロケットランチャーは二基ともパージされている。

 また、左肩の増加装甲も、ビームライフルが直撃したのか、一部が融解していた。

 

「私自身は大丈夫だ」

 

 しかし、機体の状況に対して、コクピット内の沙亜は特に負傷もなく無事なようだ。

 

「ジムと思って油断していた様だ。少し、苦戦した」

 

「でも、沙亜に怪我がなくてよかった」

 

「……そ、そうか、そんなに心配してくれたのか」

 

「当たり前じゃないか!」

 

「……」

 

「沙亜?」

 

「……あ、あぁ、すまない。少し、ぼーっとしていた」

 

「兎に角、安全な後方に退避しよう。そろそろ降下完了のカウントダウンも終わる頃だと思うから、俺達がいなくても、後は大丈夫だと思うしね」

 

 ザク・アライヴに肩を貸し、高機動型ザクIIR-1A型が後方へと退避を始めようかと思った矢先。

 突如、メガソニックより緊急の通信が舞い込んでくる。

 

「こちら、艦長のオーランド大尉です! 阿頭那武婁少佐、ルク中尉。至急、降下部隊のHLVに向かってください! 敵モビルスーツが我が方の防衛網を突破し、HLVに向かっています! 少佐も、ウォルフガング少佐も負傷し、頼れるのはお二人しかいません!」

 

 音声通信であったが、その声だけでも、オーランドの焦った顔が容易に想像できるほど、彼は落ち着きを失っていた。

 

「こちらルク中尉! オーランド艦長、敵の数は!?」

 

「数は一機、しかし、単機ながら高い機動性と、高威力の光学兵器を装備しています! 報告から、ジムタイプの改造機と思われます!」

 

 オーランドからの報告に、ユーリアンは顔を強張らせる。

 まさか、戦闘も終盤に差し掛かった所で、連邦は更にエースの投入。

 しかも、戦闘での疲労の蓄積で防衛網に綻びが出来たとはいえ、そこを単機で突破してくる相手。

 

 余程腕に自信のあるパイロットなのだろう。

 

「ユーリアン、何をしている。早く向かえ」

 

「え? 沙亜?」

 

「私は大丈夫だと言っただろう。さぁ、早く行け! 私達の今回の任務は、降下部隊の護衛だ! 護衛対象が危険に晒されているのなら、それに対処するのが私達の役割だろう!」

 

「……」

 

「それに私なら大丈夫だ。だから、早く行け」

 

 沙亜の声に、ユーリアンは小さく了解すると、オーランドから送られたデータをもとに、降下部隊の護衛に急行する。

 遠く一筋の光となる高機動型ザクIIR-1A型の後ろ姿を、満身創痍なザク・アライヴのモノアイが、優しく見送っているかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで時系列を少し遡る。

 それは、ヤザン小隊が、沙亜とユーリアンの二人と各々の戦闘を開始した直後の事。

 

 ジオンの展開した防衛網を突破できず、連邦艦隊の司令官である大佐は、座乗する改修サラミス級の艦橋で、怒りを露わにしていた。

 

「何をしている!! 攻撃隊は、まだ敵降下部隊に辿り着けんのか!!?」

 

「攻撃隊各隊、敵護衛部隊に阻まれ、未だ敵降下部隊のもとまで到達できず」

 

「ヤザンはどうした!?」

 

「それが、トレースした所、敵護衛部隊と交戦が確認されており。……呼びかけてはいるのですが、応答する気配がありません」

 

「くそ!! くそ!! あのバトルジャンキーめ!! あれ程念押ししたって言うのに!!!」

 

 自身が座る司令席の肘掛けを力強く叩く大佐。

 と、どうやら力強く叩き過ぎたのか、自身の手にも相応の衝撃がかかり、手を痛めたようだ。

 叩いた手を、もう片方の手で庇う様にさすっている。

 

「くそ! もうあまり時間が残されていないって言うのに……。くそ! こんな事なら、友軍ガチャでヤザンを引き当てたから、楽に降下部隊を叩いて、地上のお前らを楽させてやるよ、なんて大口叩くんじゃなかった……」

 

 そして、過去の自らの行いを小さく悔いるのであった。

 

「司令! 通信です!」

 

「あ? 通信? こんな時に、誰からだ!?」

 

「それが……。先方はコータと名乗っていますが」

 

「コータだと!?」

 

 相手の名前を聞き、大佐は目を丸くした。

 刹那、直ぐに通信をつなぐように指示すると、艦橋の一角にあるモニターに、コクピット内の映像が映し出された。

 

「どーも、カルンガムさん。お久しぶりっす」

 

 コクピットシートに座るのは、ヘルメットでその顔は確認できないが、声からして若い男性。

 それも、かなりチャラそうな雰囲気を見せる者であった。

 

「そうだな、久しぶりだ。……所で、君がいるという事は、まさかセトも?」

 

「あ、今回は俺一人っすよ」

 

「そうか。……それで、今回通信を入れたのは何用だ?」

 

「いやー、カルンガムさん、手こずってるようなんで、手を貸そうかと思って」

 

「く……」

 

 カルンガムと呼ばれたコマンダープレイヤーは、コータの痛いところを突く発言に、言葉が詰まる。

 

「そうっすね。……とりあえず、成功報酬二千でどうっすか?」

 

「な!? 二千だと!?」

 

 そして、コータから提示された報酬の額を聞いて、今度は口を大きく開けるのであった。

 

「い、幾ら何でも高すぎる! 千だ、千!!」

 

「えー、それじゃ割に合わないっすよ。あんなに大口叩いてたんっすから、失敗して恥かく事考えたら、素直に払った方がいいと思うっすよ。じゃ千八百」

 

「ぐ……、なら千三百!!」

 

「もう一声、千五百」

 

「……わ、分かった! なら千五百、千五百だ! だが、当然報酬は成功した場合のみ支払うからな!!」

 

「了解、それじゃ、報告、楽しみに待っててくださいっすね」

 

 と通信が切れ、艦橋内からコータのチャラい声が消える。

 刹那、艦橋のスクリーンが、セイバーフィッシュをベースとした改造機。

 セイバー・ブースターが、搭載した鮮やかなオレンジ色のモビルスーツと共に、ジオンの防衛網へと向かっていく様子を捉えた。

 

 

 

 

 ヤザン小隊と、沙亜とユーリアンの二人が戦っていた右翼側とは反対の、左翼側の宙域に、ウォルフガング専用ザクIIS型の姿はあった。

 初期型ジムやボール等、いくつかの敵を宇宙の塵にしたウォルフガングは、コクピット内で一息ついていた。

 

「ん? どうした?」

 

 すると、母艦であるメガソニックから通信が入る。

 

「少佐、少佐の方へ急速接近する反応を捉えました」

 

「数は? それと、詳細は分かるか?」

 

「数は一つ。観測したデータの解析から、大型戦闘機と思われますが……」

 

「了解した。直ちに迎撃に向かう」

 

 通信を切ると、ウォルフガングは操縦桿を握り直し、乗機を謎の大型戦闘機が接近中の方向へと向かわせた。

 

 程なくして、相手が大型戦闘機という事もあり。

 乗機のレーダー画面に、報告のあった謎の大型戦闘機を捉える。

 

「さぁ、こい」

 

 ザクマシンガンを構え、メインモニターに表示されるレティクルの中心に謎の大型戦闘機が現れるのを待つ。

 それから一分も経たぬ内に、レティクルの中心に小さな機影が現れる。

 

 初めは小さなその機影も、一拍置くごとに大きなり。

 やがて、はっきりとした外見を現す。

 

「何!?」

 

 姿を現したのは、謎の大型戦闘機ことセイバー・ブースターと、そのセイバー・ブースターに搭載された鮮やかなオレンジ色の、ジム系統のモビルスーツの姿であった。

 その姿は、宛らジオンが地球で運用しているド・ダイYSを彷彿とさせた。

 

(成程、宛ら宇宙用ド・ダイYSか……)

 

 ウォルフガングは、新たな概念の創造には膨大な時間を有するのに。

 一度それが登場すれば、それを応用した物の登場には、さほどの時間もかからないものか。

 と、そのスピードに感服するのであった。

 

「だがオレは、生憎狩人なんでな、壊させてもらう!」

 

 刹那、ウォルフガングが操縦桿のトリガーを引くと、構えたザクマシンガンから幾つもの一二〇ミリ弾が放たれる。

 放たれた一二〇ミリ弾の弾道は、セイバー・ブースターに搭載されたモビルスーツへと弾着する、かと思われた。

 

「っ!?」

 

 だが、鮮やかなオレンジ色のモビルスーツは、一二〇ミリ弾が弾着する寸前にセイバー・ブースターから離脱する。

 その際の動きは、ただのジムとはとても思えぬ程身軽であった。

 

 だが、一瞬見とれかけたウォルフガングは、すぐさま操縦桿を操作すると、回避行動に移る。

 自身を狙う光線が、鮮やかなオレンジ色のモビルスーツの持つビームライフルから放たれたからである。

 

「へぇ~、なかなかやるっすね」

 

 三発ほどビームライフルによる攻撃を回避した所で、ウォルフガングの耳に、相手のパイロットと思しき若い男性の通信が飛び込んでくる。

 

「って、たはぁー! どうりで腕利きな訳だ。……パーソナルカラーの黒に、そのエンブレム。黒衣の狩人っすね」

 

「オレの事を知っているのか?」

 

「えぇ、貴方はジオンのエースパイロットの一人ですから」

 

「それは光栄だな」

 

「あぁ、そうだ。一方的に自己紹介されるのもあれっすよね。って事で、自己紹介します。俺の名はコータ、この俺用にカスタマイズしたジム・ライトアーマー共々、覚えといてくださいね」

 

 と、コータは自らの名と乗機の素性を明かすと、一息置き。

 

「でも、ま、ここからは俺の独壇場(ステージ)なんで、嫌でも記憶に残ると思いますけどね!!」

 

 自信満々な台詞を放つと、再び戦闘を再開する。

 

「っち! 随分と自信たっぷりだな!」

 

 放たれた光線を回避し、再びザクマシンガンの発砲を再開するウォルフガング。

 傍から見ると、ザクマシンガンの弾幕でコータのジム・ライトアーマーを圧倒している様に見えるだろう。

 

 だが実際は、放たれる一二〇ミリ弾は、ジム・ライトアーマーの装甲をかすめる事無く空しく空を切り。

 ウォルフガングは、全く当たらぬ自身の攻撃に、焦りの色を滲ませ始めた。

 

「さぁて、そろそろ準備運動で体も温まってきたんで、本番、いきますか」

 

「っ!?」

 

 と、コータからの通信に、ウォルフガングは静かに奥歯を食いしばる。

 刹那、ジム・ライトアーマーはさらに加速を上げると、不規則な機動で一二〇ミリ弾の雨を掻い潜りながら、ウォルフガング専用ザクIIS型の懐へと飛び込む。

 

 だが、ウォルフガングも、懐に入られた場合の対策として、新たに乗機の左手にヒートホークを装備し備えた。

 

 そして、オレンジの巨人が懐に飛び込んできた刹那。

 ウォルフガング専用ザクIIS型は、左手に装備したヒートホークを薙ぎ払った。

 

 だが、その高温の刃が、鮮やかなオレンジの装甲を捉える事はなかった。

 

「ざーんねーん!」

 

「なに!?」

 

 それは、まるで人を前方宙返りひねりで飛び越えるかのように。

 有機的な動きで、ウォルフガング専用ザクIIS型の頭上を位置取ったジム・ライトアーマー。

 

 次の瞬間、一瞬の狙いをつけ、装備したビームライフルのトリガーを引いた。

 

 放たれる殺気を感じ取ったのか、脳で考えるよりも体が反応し、ウォルフガングは咄嗟に回避行動に出る。

 だが、至近距離で放たれた光線を躱しきることは出来ず。

 放たれた光線は、右腕から右脚にかけて貫くと、右腕と右脚を誘爆させた。

 

「ぐ!!」

 

 誘爆の衝撃で細かな破片が飛び散り揺れるコクピット内で、微かな痛みを感じつつも、メインモニターを見つめるウォルフガングの目は、まだ闘志を失ってはいなかった。

 片腕と片脚を失っても、もう片方が残っているのなら、戦う気でいた。

 

 だが、乗機を回頭させた彼が目にしたのは、メインモニターの中で小さな光となっていくジム・ライトアーマーの姿であった。

 

「くそ!」

 

 遠距離攻撃の手段を失い、更に追撃するにも片腕と片脚を失って本来の機動力を出せない乗機の現状。

 初めから相手がそれを狙っていた。降下部隊を攻撃する際に邪魔されない様に負傷させるのが目的で、自身はまんまと相手の思惑にはまってしまった。

 

 そう理解した時、ウォルフガングは手元の機器を叩いた。

 

「オレとした事が、熱くなり過ぎていたか……」

 

 そして、自身でも気付かぬ内に冷静さを欠いていた事を反省すると。

 ジム・ライトアーマーを仕留め損ねた事をメガソニックへと報告すると共に、破片でできた切り傷の応急措置を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、時系列は再びユーリアンが降下部隊の護衛に急行する場面へと戻る。

 ユーリアンの高機動型ザクIIR-1A型は防衛網の最後尾まで到達し、そこで、目にする事となる。

 

 一機のジム・ライトアーマーが、装備したビームライフルで、エムデンを撃沈した所を。

 

「これ以上は!」

 

 刹那、ユーリアンはフットペダルを踏み込み、乗機をジム・ライトアーマー目掛けて突撃させる。

 すると、ジム・ライトアーマー側も高機動型ザクIIR-1A型の存在に気が付いたのか、不意に振り返ると、そのまま回頭し、高機動型ザクIIR-1A型目掛けてバーニアを噴かせた。

 

「あんまり時間ないから、さっさと墜ちちゃってよ!」

 

 コータは装備したビームライフルの銃口を高機動型ザクIIR-1A型へと向けると、発砲する。

 だが、放たれた光線は、高機動型ザクIIR-1A型の回避行動により、空しく宇宙(そら)の彼方へと消えていった。

 

 更に続く二発目も、高機動型ザクIIR-1A型の装甲を捉える事はなかった。

 

「へぇ、少しはやるじゃん」

 

 と、今度はお返しとばかりに、ジム・ライトアーマー目掛けて、一二〇ミリ弾が飛来する。

 だが、ジム・ライトアーマーは軽々とそれを躱してみせると、三発目を発砲する。

 

 しかし、またも光線は空しく宇宙(そら)の彼方へと消えた。

 

 やがて、二機の戦闘は、徐々にその速さを加速させ。

 宙域に、激しく交差し絡み合う、光の軌跡を描き始めた。

 

 

 

「か、艦長、どうしましょう」

 

「むやみに撃てば、味方に当たる可能性もある。ここは、推移を見守るしかない」

 

 一方、そんな二機の戦闘を観測していたメガソニック。

 その艦橋では、艦長のオーランド大尉が、観測員からの質問に答えていた。

 

「本艦は、防衛網最後の要だ! 観測員、観測を怠るな! もし敵モビルスーツが突破しようものなら、刺し違えてでも、後ろの降下部隊は守り通すぞ!」

 

 オーランド大尉の指示に、艦橋内から力強い返事が返ってくる中。

 不意に、通信員から急を告げる声が飛ぶ。

 

「艦長! エムデンのコムサイを確認! どうやら、カルクル大佐以下、主だった司令部の面々を乗せている様です」

 

「そうか……」

 

 運のいい人だ。

 と、オーランド大尉はカルクルの強運を内心称えると。

 直ちにエムデンのコムサイを回収すべく指示を飛ばす。自らの戦いを、最後まで貫くために。

 

 

 

 

「いいねぇ、いいっすね! こんなに楽しめてんの、久しぶりっすよ!!」

 

「っ! く!」

 

 そして、ユーリアンとコータの戦いもまた、続いていた。

 お互いに目まぐるしく宙域を飛び回り、装備した武装を相手に当てようと撃ち続ける。

 

 一見、お互い拮抗しているようにも見えるが。

 実は、ユーリアンの方が少々苦しい立場にあった。

 

(もうあまり推進剤の残量がない。あまり時間はかけてられないな……)

 

 作戦開始時から戦っているユーリアンに対し、コータは作戦終盤に参戦した。

 故に、両者の乗機のコンディションは、圧倒的にコータの方が有利であった。

 

 加えて。

 

「確かにR-1Aはいい機体っすけど、所詮ノーマルじゃ、俺用にカスタマイズしたジム・ライトアーマーに対しちゃ、力不足っすよ!!」

 

 外見的には、塗装以外改造が施されているとは思えないジム・ライトアーマーだが。

 その内部は、ノーマル状態の機体とは異なる程、改造が施されている。

 

 一方の高機動型ザクIIR-1A型は、無改造の状態。

 

 その為、余裕をもって攻撃を躱すジム・ライトアーマーに対して。

 高機動型ザクIIR-1A型は、ギリギリでの回避が多かった。

 

 そして、今回も。

 警報音に反応しスラスターやAMBACを駆使し、ビームライフルの光線を躱す。

 かと思われた。

 

「っ!!」

 

 だが、放たれた光線は、高機動型ザクIIR-1A型のシールドに命中し、シールドを弾き飛ばす。

 

 と、シールドを弾き飛ばされた事に気を取られていたのか。

 高機動型ザクIIR-1A型は、進行方向上のデブリと衝突寸前の距離にあった。

 

「しまった!」

 

 デブリの存在に気付いたユーリアンは、咄嗟に高機動型ザクIIR-1A型の推進力をもって衝突を回避する。

 何とか無事に回避を成功したユーリアンが安心したのも束の間、再びコクピット内に警報音が響き渡る。

 

「よそ見してちゃ駄目っすよ!!」

 

 咄嗟に回避行動を取るも。

 デブリとの衝突を回避するために体勢を崩したため、避けきれず。

 

 高機動型ザクIIR-1A型は、左腕をビームライフルの光線に撃ち抜かれてしまう。

 

 しかし、ユーリアンは咄嗟に、被害を最小限に抑えるべく左腕を緊急パージし、更なる誘爆は防がれた。

 

「さぁーて、本当に時間もないし、そろそろ、トドメ、刺させてもらいましょうかね」

 

 遊びはここまでだと、コータは操縦桿を握り直す。

 一方ユーリアンは、左腕を失い、推進剤の残量も僅かな乗機の状態から、どの様にして形勢逆転を測るかの算段を立てていた。

 

(あれは……)

 

 と、算段を立てる為に動かしていたモノアイが、少し離れた宙域を漂う何かを捉える。

 それを確認したユーリアンは、一か八かの賭けに出た。

 

「あん?」

 

 先に動いた高機動型ザクIIR-1A型に反応するように、ジム・ライトアーマーも攻撃を再開する。

 だが、片腕がなくなった分身軽になったのか、再び攻撃が躱される。

 

 そんな高機動型ザクIIR-1A型が向かったのは、先ほど、ジム・ライトアーマーが撃沈させたエムデンの残骸であった。

 

「障害物があれば、何とかなると思ってんの!?」

 

 エムデンの残骸に姿を隠した高機動型ザクIIR-1A型目掛け、追いかけたジム・ライトアーマーはビームライフルを発砲していく。

 その高い威力に、残骸は盾としての機能を果たすことなく、簡単に穴を開けていく。

 

 と、残骸に隠れながら、高機動型ザクIIR-1A型が攻撃を再開した。

 

「無駄無駄ぁ! 諦めて楽になっちまいなよ」

 

 残骸の脇から発せられる発砲炎目掛け、コータはビームライフルを撃ち込み続ける。

 すると、程なくして、残骸の一部が、ジム・ライトアーマー目掛けて不自然に飛んでくる。

 軽々と残骸を避けると、不自然に飛んできた正体を確かめる。

 

「もう、破れかぶれかよ」

 

 よく見れば、高機動型ザクIIR-1A型が、攻撃の合間に、適当な大きさの残骸を、ジム・ライトアーマー目掛けて蹴り飛ばしていた。

 そんな相手の様子を、コータは何処か憐れむかのような様子で見つめていた。

 

 それから、一二〇ミリ弾と残骸のコンボ攻撃を躱しながら、ビームライフルを撃ち続けていると。

 今度は、今までのよりも一回り大きな残骸が飛んできた。

 

「だから、いい加減諦めろって……」

 

 しかし、大きくなった所で結果は変わらず。

 安々と躱したジム・ライトアーマー。

 

 そして、続けて一二〇ミリ弾が飛来したのだが。

 

「え?」

 

 一二〇ミリ弾が飛来したのは、何故かジム・ライトアーマーではなく、先ほど躱した大きな残骸。

 その弾道に不自然さを覚えたコータは、ふと弾道の先を確かめてみると、そこにあったのは、残骸の影に隠れていた、SSM(一四五型大型ミサイル)発射装置(ランチャー)

 しかも、発射装置(ランチャー)には未使用のSSM(一四五型大型ミサイル)が装填されていた。

 

「しま──」

 

 それが意味する所を瞬時に理解したコータは、直ちに距離を取るべくバーニアを噴かせた。

 だが、直後。

 

 閃光と共に、周囲一帯を包み込まんとする巨大な爆発が起こる。

 

 

 程なくして、巨大な光球が収まった近くに、先ほどまでの鮮やかな塗装を失ったジム・ライトアーマーの姿があった。

 爆発の影響か、機体各所には焦げや小さな穴が開いており。また、逃げきれずに巻き込まれたのか、左腕と左脚を失っていた。

 

「くそ、左腕左脚破損、推力四割ダウン、機体各部コンディション・レッド……」

 

 その名の通り、機動性を重視した為、装甲の軽量化が図られた事が今回は仇となり。

 先ほどの爆発の影響で、機体状況は一気に危険水域にまで達した。

 

 と、そんなジム・ライトアーマーに、高機動型ザクIIR-1A型が近づく。

 

「ははは、参ったね。まさか、破れかぶれになったかと思えば、全部計算づくだったとは」

 

 未だ生きている通信機を使い、ユーリアンに称賛の言葉を投げかけるコータ。

 

「ここまでやられたの、久々っすよ。ねぇ、R-1Aのパイロットさん。もしよければ、名前、教えてくれないっすか?」

 

「ユーリアン、ユーリアン・ルクと言います」

 

「ユーリアン・ルク?」

 

 ユーリアンの名を聞いて、コータは以前何処かでその名を見た事があると、記憶を遡っていた。

 そして、彼は思い出した。

 以前、自身が尊敬するプレイヤーが、一度戦ってみたいと呟いていた名前だと。

 

「っ、はははは!! こんな事ってあるんっすね!!」

 

「?」

 

「成程、セトさんが言ってた意味、やっと分かったっすよ」

 

 自己完結するコータに、ユーリアンは何が何だか分からない様子であった。

 

「ま、これも時の運ってやつっすかね。今回のステージは君に譲るっすよ。けど、次会った時は、そのステージ、俺がいただくっす!」

 

 しかし、ふと我に返り、ユーリアンはもはや回避する素振りも見せないジム・ライトアーマーに、ザクマシンガンの銃口を向けた。

 そして、トリガーを引こうとした、その時。

 

「!?」

 

 コクピット内に警報音が鳴り響き、ユーリアンは咄嗟に乗機を後退させる。

 すると、先ほどまで高機動型ザクIIR-1A型が立っていた位置に上方からミサイルが飛来した。

 

「強敵に一度倒されても、再び強くなって舞い戻ってくる! ヒーローものの王道パターンっすからね! じゃ、また何処かでー!!」

 

 ミサイルに気を取られている隙に。

 気が付けば、ジム・ライトアーマーはセイバー・ブースターに乗り、急速に離脱していった。

 

 

 ユーリアンは、セイバー・ブースターが飛び去って行った方角を見つめながら、再びコータと再戦する時が訪れる。

 そんな予感を感じていた。

 

 

 その後、旧モザンビーク北部一帯を制圧する作戦は、見事、ジオン側の勝利で幕を閉じた。

 護衛戦力に相応の被害は出たものの、要となる降下部隊は護衛戦力の奮闘により無事であった為、その後の制圧作戦は連邦側の防衛戦力の少なさも相まって滞りなく進んだ。

 どうやら、連邦側は衛星軌道上での迎撃戦で相当の制圧戦力を削れるものと思っていた様だ。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第十九話 お散歩と回収屋

 旧モザンビーク北部一帯を巡るジオンと連邦との一戦から一週間後。

 宇宙(そら)から地上へと戻ったユーリアンと沙亜の二人は、いつものように第046独立部隊の一員として、今日も塹壕掘りに精を出していた。

 

「だからぁ! なんでまた土遊びなんだよぉ!」

 

「だから、収入と支出のバランスがだなぁ……」

 

「こらぁ! お前、また口を動かして、もっと手を動かせ! 手を!!」

 

 作業仕様のザクタンクのコクピットに、懐かしのオレグ曹長の怒号が響く。

 そして、シモンは内心呟いた、今じゃ俺の方が階級が上なのに、と。

 

「あのぉ、親方、大きさってこれ位でいいんですか?」

 

「あぁ、いいよいいよ、適当で、後でちゃんと修正しとくからな」

 

 そして、メノと自身との対応の違いに、不満を募らせるのであった。

 

「ちくしょう! 差別だ、差別!!」

 

「ごらぁ! それ以上無駄口叩くなら、更に掘る数追加させるぞ!」

 

「す、すいません!!」

 

 こうして、シモンがオレグ曹長に怒鳴られながら作業を行う一方。

 

「偶には、こういうミッションも悪くはないな」

 

「そうだね」

 

 ユーリアンと沙亜の二人は、淡々と作業に勤しみ。

 

「あぁ! きてますきてます!!! 筋肉たちが、喜びを感じています!!」

 

 ロッシュは、何故か生身で、生き生きと作業に勤しむのであった。

 

 

 

 

 こうして楽しい建築工兵としてのミッションを終えた一行は。

 第046独立部隊用のロビーへと集結し、ミッションの労をねぎらう。

 

「では、今回もお疲れという事で、……かんぱーい!」

 

 グラスを手にしたランドニーの乾杯の音頭と共に、ロビー内に乾杯の声と、グラスの接触音が鳴り響く。

 そして、各々が手にしたグラスを口につけるのだが。

 

 当然ながら、飲み物を飲んでいる様に見えるだけで、実際はパントマイム等のパフォーマンスと同じである。

 

 これは、数日前に行われた大型アップデートにて実装された機能の一つであり。

 雰囲気を更に深める為に、飲食をしているかのような仕草が可能となったのだ。

 これにより、ミッションや作戦終わりに、打ち上げの雰囲気を楽しむ事などが可能となった。

 

 勿論、アップデートの内容はそれだけではない。

 既に、一部最高の高みへと登り詰めたプレイヤーにとっては、待ちに待った更なる高みの出現。

 即ち、新たな機種の解禁である。

 

 更には他にも細かな追加や修正等があるが。

 やはり、今回の大型アップデートにおいて、一番の目玉と言えるのは『亡命』機能の実装だろう。

 

 この機能は、アップデート以前までは変更不可能であった所属勢力の変更を可能にするものである。

 ただし、亡命するにあたり、何らデメリットがない訳ではない。

 

 先ず、亡命すると、亡命したプレイヤーの階級は、亡命前の階級よりも四階級降格となる。

 ただし、四階級降格以内にパイロットの最低階級である二等兵や、コマンダーの最低階級である少佐の階級に達した場合は、それ以下にはならない。

 また、亡命前に保有していたモビルスーツや母艦、通常兵器等も、亡命先に持ち込むことは出来ない。

 更にコマンダープレイヤーの場合、亡命すると、それまで上げていた独自の開発レベルもリセットされる事となる。

 そして当然ながら、採用していたネームド等も採用を解除され、亡命先の勢力に持ち込むことはできない。

 

 また、短時間に再亡命が起きないように、一度亡命すると、一定期間が経過するまで再亡命できない仕様となっている。

 

 上記の様に、亡命には相応のデメリットが存在するものの。

 俺の野望の世界を、更に奥深いものにさせる要素と言えよう。

 

「えー、それじゃ、次の予定について、希望の意見をどうぞ」

 

 そんなアップデートを経て、更に奥深さと面白さを増した俺の世界を堪能する第046独立部隊一行は。

 次の予定について話し合っていた。

 

「やっぱり戦闘だろ──」

 

「あたしは、偶には自由にこの世界の事見て回りたいな」

 

「よし、そうしよう」

 

「ってこら!! 差別だぁぁ!!」

 

 自身の意見がスルーされ、メノの意見が即決された事に対して、シモンはランドニーに食って掛かる。

 と、ランドニーのシモンのお約束的ないつも通りのやり取りが終わった所で、改めて、ランドニーは各々の意見を聞いていく。

 

「戦闘!」

 

「お散歩!」

 

「私は何でも構わない」

 

「俺も同じく」

 

「僕も、皆さんにお任せします」

 

 と、各々の意見を聞いた所で、ランドニーは意見を参考に、次の予定を考える。

 そして、暫し考えた後、予定を発表した。

 

「えーでは、次の予定を発表します。お散歩ついでに戦闘も起きるかもしれない、という訳で、フィールドエリア移動します」

 

「具体的にはどんなルートで移動するんだ?」

 

「ん~、そうだな。西に行けば古き良きヨーロッパの街並み、南に行けばロマン溢れる砂漠の大地、東に行けば太古の記憶感じるシルクロード。そして、北に行けば素敵な雪化粧。どの方角がいい?」

 

「北!」

 

「西!」

 

「私は東だ」

 

「南もいいかな」

 

「僕は、皆さんにお任せします……」

 

「おおぅ、見事に方角がバラバラだな」

 

 各々の意見を聞き、ランドニーは再び熟考を始めると。

 そして、程なくして、ルートを発表する。

 

「よし、それじゃ! 最初は北に向かい、途中で西に進路を取って、更に途中で南に向かい、更に更に東へ転進して、最後にオデッサに戻ってこよう! ……平たく言って、黒海一周だ!!」

 

 どうやら、各々の意見を考慮した結果、黒海を一周するルートに決めたようだ。

 という事で、第046独立部隊用のロビーを後にした一行は、母艦のギャロップ二艇に乗り込み、ルッグンとマゼラアタック一個小隊を引き連れ、自由な大地に飛び出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてオデッサを出発した第046独立部隊一行。

 ランドニーの言葉通り、先ずは北上し、ある程度北上すると、そこで進路を西へと向ける。

 地平線の向こうまで続く、森林に田園風景、まさに緑の大地。

 やがて、一行は旧ウクライナを抜け、旧ルーマニア領内へと入ると、旧ルーマニアの最南東部に在る都市、黒海に面した美しい古き良き街並みの広がるコンスタンツァへと到着する。

 

 到着した一行は、暫しの散策を行う。

 

「うわー、綺麗な海! に素敵なビーチ!! いいなぁ、泳ぎたいなぁ……」

 

 黒海に面した、美しい白い砂浜広がるビーチを眼前にして、メノが羨ましそうな声を漏らす。

 と言うのも、残念ながら、俺の野望では水着を着て泳ぐという事は出来ないからだ。

 

「いや全く、残念だ! 運営には、是非とも次のアップデートで女性プレイヤーに対するせくちー(きわどい)な水着の実装と共に、それをスクショできる機能の実装を要望したいな!!」

 

「いやランドニー、これそういうゲー、……と言いたい所だが。その意見には賛成だな!」

 

戦友(とも)よ!!」

 

 そんなメノの後ろで、何やらランドニーとシモンの二人が、固い握手を交わしている。

 そんな二人の姿を、残りの三人が見ていた。

 

「全く、男というものは……」

 

「あはは……」

 

「……」

 

 仮面の奥で少々軽蔑したような目を浮かべる沙亜に、苦笑いを浮かべるユーリアン、そして無言のロッシュ。

 こうしてコンスタンツァでの散策を終えた一行は、再びフィールドエリアへと出発する。

 

 

 コンスタンツァを後にした一行は、そのまま旧ブルガリア、旧トルコへと進み。

 黒海周辺を半周程した所で、それは突然やって来た。

 

「司令! ルッグンが友軍の救助要請を受信しました!」

 

「え? 救助要請? 場所は?」

 

「旧トルコ南東部、ディヤルバクル近郊からです」

 

「内容は?」

 

「サムソン・トレーラーの荷台のタイヤが破損して走行不能となり、立ち往生している様です」

 

「成程ねぇ……」

 

 艦橋乗組員からの報告に、ランドニーは顎に手を当て考え始める。

 それは、この救助要請が敵の偽装工作の可能性もあるからだ。

 とはいえ、救援要請の発せられた場所は完全にジオン側の勢力圏内であるし、救助の内容も、おびき寄せるにしては、随分と緩い。

 敵に追われているという類ではなく、パンクしたから助けてだ。

 

 やがて、ランドニーは救助要請に応えるか否かの判断を下した。

 

「よし、ルッグンに救助要請に応じる旨の連絡を! それと、修理に必要なタイヤの確認も急げよ!」

 

「は! 了解しました!!」

 

「あーそれから、皆を呼び出してくれ」

 

 程なくして、艦橋のモニターに五人の顔が映し出される。

 

「という訳で、今から友軍の救助に向かおうと思う」

 

「罠、と言う可能性は?」

 

「パンクして助けてくださいって、それ罠にしては威力弱すぎるだろう」

 

 沙亜の疑問に、ランドニーはその可能性は低いと答えと。

 

「ま、仮に罠だったとしても、返り討ちにすればいいだけだろ」

 

「そういう事だ」

 

 続いて、シモンの言葉に同意し。

 

「罠でも何でも、困ってるんでしょ、なら、助けに行くのが当然だよ」

 

「そうそう、その通り」

 

 メノの言葉にも同意するのであった。

 

「でも、万が一を考えて、警戒はしておけ。って事だね」

 

「そういう事だ」

 

「……了解」

 

 程なくして、二梃のギャロップとルッグン、マゼラアタック一個小隊は進路を変更。

 一路、救助要請の発信元を目指して進み始めた。

 

 

 

 

 救助要請の発信元を目指して進路を変更してから数十分後。

 先行するルッグンが捉えた、救助要請の内容にあったサムソン・トレーラーと思しきトレーラーが、ディヤルバクル近郊の同都市へと繋がる幹線道路脇で立ち往生している映像が送られる。

 

「んー、輸送している物が気になるが、特に罠のような感じは感じられないな……」

 

 荷台にかかったシートが気にかかったが、送られてきた映像を見て、ランドニーは更に罠の可能性が低い事を確信する。

 

「脇に佇んでるのも、どう見ても作業用だしな」

 

 映像には、サムソン・トレーラーの他、直ぐ近くに重機を彷彿とさせる黄色に塗装されたモビルスーツが一機。

 形状から判別できる通り、機種はザクIだが、単に色違いという訳ではなかった。

 コクピット付近は、その色合い通りの重機の操縦席を彷彿とさせる改造が施され、腕部には作業用ウインチやモビルスーツ規格に合わせた大型スコップを装備している。

 その他にも、通常のザクIとは異なる改造が施されたそれは。

 

 型式番号MS-06W、作業用ザクと呼ばれるモビルスーツである。

 

 その名の通り、作業用重機としての運用を前提として改造された機種だが。

 同機種は、建築工兵としてのミッションで使用した作業仕様のザクタンク同様、リサイクル兵器であり。

 個体ごとにベースとなる機種もザクIやザクIIなど様々な為、形式番号も便宜的なものでしかない。

 

 そして、当然ながら、戦闘行為には不向きである。

 

「ルッグンに、対象の上空で旋回待機するように。それと、シモン、聞こえるか?」

 

「ん? 何だ?」

 

「そっちでも映像は確認していると思うが、万が一の為に、ギャロップの上で待機しておいてくれ。救助対象が本物だったとしても、救助要請を受信して敵が駆け付けないとも限らないからな。幸い、救助対象のいる付近一帯は見通しのいい平地だ、狙撃には絶好のロケーションだろ?」

 

「それ、逆に狙われる場合も言えるんだけどな。……ま、兎に角、了解した」

 

「他の皆も、とりあえず周辺で警戒よろしく」

 

 ランドニーが説明を終えるのと同時に、二梃のギャロップとマゼラアタック一個小隊は、救助対象のサムソン・トレーラー付近に停止した。

 そして、各々がランドニーの指示通り展開し。

 それが完了すると、ランドニーは救助対象へと直接通信を入れる。

 

「こちら第046独立部隊。そちらの救助要請に応じて駆け付けた。そちらの状況を報告してほしい、どうぞ」

 

「要請に応じてくれてありがとう、助かったわ。こちら、第179独立回収隊、軍団長のフローラよ」

 

 どうやら救助要請を行っていたのは、プレイヤーが設立した軍団のようだ。

 モニターに映し出された、二十代半ばと思しき、美しい青い髪を柔らかいカールボブにした、フローラと名乗った少佐の女性コマンダープレイヤーは、お礼を述べると、にこやかに微笑んだ。

 

 その笑みに、ランドニーは内心ガッツポーズし喜ぶのであった。

 

「では、今から作業班を向かわせます! よーし皆の者、フローラさんの為にも、テキパキと作業を済ませようじゃないか!!」

 

 そして、明らかに張り切って指示を飛ばすランドニーの姿をモニター越しに目にし。

 

「本当、男って分かり易いんだから」

 

 メノは、乗機のコクピット内で呟くのであった。

 

 

 

 

 ギャロップから、真新しい大型タイヤと整備班から抽出した整備士達が降り立つと、サムソン・トレーラーの荷台の後輪片側部の修理に向かう。

 そして、修理が行われている間、第046独立部隊一行は周囲の警戒を行いつつ、第179独立回収隊の面々と交流を行う。

 

「でも驚いたわ。まさか、"あの"第046独立部隊に助けてもらえるなんて」

 

「え!? 俺達って、そんなに有名ですか!?」

 

「えぇ、勿論よ」

 

「いや~、俺達も随分と有名になったなぁ!!」

 

「いやそれ、絶対沙亜のお陰だろう」

 

 自分達の軍団が有名と聞いて喜ぶランドニーだったが、即座にシモンに、その功績の大部分は沙亜のお陰であると、思い込みを訂正するツッコミが入る。

 

「あのー、所でフローラさん」

 

「あら、何かしら?」

 

「フローラさん達は、戦わないんですか?」

 

 そんな二人を他所に、メノがフローラに疑問を投げかける。

 

「えぇ、私達は、戦闘を目的として活動している訳じゃないからね」

 

「え? でもこのゲームって、戦う事がメインですよね?」

 

「確かにそうね。でも、俺の野望は戦うだけが楽しみ方じゃないわ」

 

 そう言うと、フローラはサムソン・トレーラーの荷台に掛けてあったシートをめくり、積み荷を披露する。

 それは、コクピット部に見事な大穴が開けられているが、それ以外は奇跡的に損傷の少ない陸戦型ザクIIであった。

 積み荷を披露したフローラは、自分達の活動内容を含めて、自分達の俺の野望の楽しみ方を説明していく。

 

「ミッションに戦闘と非戦闘とがある様に、経験値やゴールドを貯める方法も、戦闘だけじゃない。私達は、フィールドエリアに一定時間放置されているこうした残骸などを回収して、経験値やゴールドを得ているの」

 

 フィールドでの戦闘等によって現れる母艦やモビルスーツなどの兵器群の残骸は、そのフィールドエリア内に一定時間放置された後、消滅する。

 フローラ達第179独立回収隊は、そんな残骸などを消滅前に回収し、買取窓口のある拠点に持っていく事により経験値とゴールドを得ていた。

 回収した残骸の状態により経験値とゴールドの数値は変動するが、その値は、フィールドでの遭遇戦やミッション等。戦闘で得られる経験値やゴールドに比べれば低い。

 

 ただし、経験値やゴールドを得る為に必ず戦闘しなければならない訳ではないので、戦闘が苦手なプレイヤーにとっては貴重な経験値やゴールドを得る手段であった。

 

「因みに、私達のような残骸回収をメインに活動しているプレイヤー達を、『回収屋』って呼ぶわ」

 

 この他、情報を収集し経験値やゴールドを得ている活動を行うプレイヤー達を『情報屋』

 拠点から目的地へ、物資や他のプレイヤー等、運搬をメインに行うプレイヤー達を『運び屋』等。

 戦闘以外で俺の野望を楽しんでいるプレイヤー達の存在も明かされた。

 

「戦うだけが遊びじゃない。戦闘は苦手だけど、ガンダムの世界を、俺の野望の雰囲気を楽しみたい。そんな、私達のような楽しみ方をするプレイヤーもいるのよ」

 

「へぇー、そうだったんだ」

 

 楽しみ方は人それぞれと理解した、そんな時であった。

 

「司令! ルッグンがこちらに接近する機影を捉えました!」

 

「何!?」

 

 艦橋乗組員の報告に、現場に緊張が走る。

 

「数は!?」

 

「そ、それが……。IFF(敵味方識別装置)は、味方と識別していまして」

 

「何?」

 

「あ、映像きました、モニターに表示します」

 

 モニターに表示されたのは、荒地を進む陸戦型ザクIIの小隊の姿であった。

 しかし、一見するとフローラ達の救助要請を受信して駆け付けた友軍と思えるが、ランドニーは、違和感を覚えていた。

 

「近くに連中の母艦やトレーラーらしきものは確認できるか?」

 

「いえ、確認はできないとの事です」

 

「そうか。……シモン、聞こえるか?」

 

「あぁ」

 

「連中の姿は捉えたか?」

 

「あぁ、バッチリ」

 

「不自然な所はあるか?」

 

「いや……、どう見ても陸戦型ザクIIだな。清々しいほどに」

 

「了解だ。──総員! 第二戦闘配置! ユーリアン、沙亜、二人は前に出ろ! ロッシュはサムソン・トレーラーの護衛! メノとシモンはその位置から援護だ!」

 

 そして、シモンの報告を聞くや、ランドニーは第二戦闘配置を発令した。

 

「え? あれって味方じゃないの!?」

 

「いや、"機体"は紛れもなく友軍機だ。だが、多分パイロットは連邦の奴らだろうな……」

 

「成程、セモベンデ隊か」

 

「ま、ただの勘だがな。……長距離の移動手段もなしに、こんな場所に内陸の荒地に陸戦型ザクIIが三機だけって、怪しさ満点だからな」

 

 メノが混乱しているのを他所に、沙亜は、とある部隊名を口にすると、ランドニーの行動に理解を示す。

 

「そういえば聞いた事があるわ。インド亜大陸方面のジオン軍の前線に対する後方撹乱の為に、連邦がアラビア半島にコマンド部隊を投入したって」

 

 ランドニーの行動の補足をするかのように、フローラは思い当たる情報を口にするのであった。

 

 

 

 

 一方その頃。

 一行のもとに近づこうとしていた陸戦型ザクIIの小隊の隊長は、第二戦闘配置へと移行した一行の様子を、モノアイの望遠機能を使用し確認していた。

 

「っち、連中、勘付きやがったか」

 

「隊長、どうしますか? このままじゃ、ジャクソンの機体が……」

 

「後方の61式戦車を呼んで、一気に畳みかけますか?」

 

「……いや、ここは素直に退くぞ。向うは陸戦艇二梃にスナイパーまでいやがる、こっちとは火力が違い過ぎる」

 

「ですが隊長!」

 

「馬鹿野郎! 状況をよく見ろ! 今の俺達じゃ、連中相手には分が悪すぎる! ここは大人しく引き下がるぞ」

 

 左目に眼帯をかけ、顔に傷を負った隊長は、部下に一喝入れると、乗機の角付き陸戦型ザクIIを回頭させ、その場から離れていく。

 部下も、そんな隊長の命令に従い、渋々反転し後を続く。

 しかし、ふと隊長機が立ち止まり意味ありげに振り向き、一行の方を見ると。暫くして、再び歩き出し、地平線の向こうへと姿を消した。

 

 

 

 

 結局、謎の陸戦型ザクIIの小隊が退いた事により、その後第二戦闘配置は解除され。

 程なくして、サムソン・トレーラーの修理も完了し、フローラ達と別れる事となった第046独立部隊。

 

「ありがとう。もし、機体を回収して欲しい事があったら、いつでも呼んでね。格安で請け負ってあげるわ」

 

 第179独立回収隊のサムソン・トレーラーと作業用ザクを見送ると、ランドニーが声をあげた。

 

「じゃ、俺達も帰るか」

 

 こうして、新たな出会いを経た第046独立部隊は。

 オデッサへと帰還するのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援は、執筆の大いなる励みになりました。
更には、誤字報告や気になった箇所へのご指摘等、こちらも本当にありがとうございます。

今回の投稿をもって、本年の投稿を終了させていただきます。
来年も引き続き、機動戦士ガンダム 俺の野望、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。

最後に、皆様にとって新しい年が最良なものになりますように願っております。


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外伝 ガンダム大地に立──、アレ?

 V作戦。

 連邦がジオンに対抗すべく、モビルスーツの開発、及びモビルスーツ運用の為の母艦を開発・配備する為の軍事計画。

 この計画により、ガンダムの代名詞というべきRX-78シリーズの二号機、ガンダムが生まれた他。

 ガンダムの僚機として知られる、ガンタンクにガンキャノン。そして、母艦のホワイトベースが生まれる事となる。

 

 原作アニメ版では、この計画により連邦が初めて独自のモビルスーツを手に入れる事となるのだが。

 俺の野望では、既に連邦は独自のモビルスーツを運用している為、原作とは計画内容に差異がある。

 既存のモビルスーツを上回る火力と性能を持った新型機と、その量産機の開発・配備。

 この内容は、THE ORIGIN版に近いものである。

 

 そんなV作戦。

 正史では宇宙世紀0079年9月18日に、極秘テスト場として使用されていたサイド7において、シャア・アズナブル少佐指揮下の偵察隊により発見され。

 モビルスーツによる襲撃を受け、主人公アムロ・レイが偶然にもガンダムに乗り込み、襲撃してきたザクIIを撃破するという、各種媒体で数多く描かれた流れとなり。

 その後は、周知の通りホワイトベース隊等のコンバット・プルーフを経て、ジム等の量産機の開発・配備に成功。

 連邦を勝利へと導いた。

 

 

 

 宇宙世紀にとって、切っても切れない存在であるV作戦。

 当然ながら、同計画は、宇宙世紀をモデルとしている俺の野望においても、それは避けては通れぬ計画であった。

 

 即ち、主人公アムロ・レイ等、ホワイトベース隊のネームド出現を含めたイベント。

 その名も『V作戦』、その開始時期が、いよいよ間近に迫っていた。

 

 当然、連邦側は同イベントの開始を心待ちにしていた。

 一方、ジオン側は、このイベントの開始を警戒していた。

 それは、アムロ・レイ等強力なネームドの出現もさることながら、このイベント開始を契機に、連邦側がそれまでの防戦姿勢から、反転攻勢に出るのではと予想されていたからだ。

 文字通り、正史の再現を狙って。

 

 その為、ジオン側は正史の再現を回避すべく、イベントの開始前に、可能な限りの手を打つことにした。

 所属勢力の開発レベルの向上に伴う、NPC部隊の使用機種の更新に、各戦線の防衛陣地の更なる整備。

 そして、ジオン側でプレイするプレイヤーに対しての、各々の戦力増強を要望した。

 最も、プレイヤー毎に事情が異なる為、戦力増強の要望がどの程度行われるかは不透明であった。

 

 それでも、ジオン側は事前に手を打っていた。

 そして、運命の日は、訪れたのである。

 

 

 

 

 

 

 それはまるで、広大な宇宙(そら)を漂うデブリの一欠けらの様に、太くがっちりとした体型を有するモビルスーツ達が、目的地目掛けて静かに進んでいた。

 最低限の軌道修正の際のスラスター噴射以外、まさにデブリとなりきりながら宇宙遊泳を堪能する事数十分。

 モビルスーツ達の眼前に、目的地であるシリンダー型の巨大な人工物、スペースコロニーがその姿を現した。

 

「ようやく、この不自由な状態ともおさらばだ」

 

 モビルスーツに搭乗するパイロットの内の一人、若い男性パイロットは、自らの存在を相手に感知されぬ様、必要最低限の機能でここまで宇宙遊泳させられた事に対して不満を漏らすも。

 直後、間もなくその不自由な時間も終わりを迎える事への確信と共に。

 自らの野望、自らの名を歴史に刻み込める瞬間の到来を待ちきれず、不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

 程なくして、モビルスーツ達は自らの魂を再び蘇らせるかのように、モノアイを点滅させると。

 先導機の指示に従い、コロニーの外壁に降り立つ。

 

 そして、物資運搬等に使用される内部進入用の出入り口からコロニー内部へと侵入していく。

 

「そ、曹長!? さ、サイレンが!」

 

「落ち着けジーン。隔壁の向こう側だ、我々の侵入に気付いたのではない。……ドッキングベイに(ふね)が入港したものだろう」

 

「すると、例の新造艦でありますか?」

 

「たぶん、な。……兎に角我々は任務を続行する」

 

 やがて、長い通路を抜けた先に、光りの射す出口が姿を現す。

 

「スレンダー、お前はここに残り、退路の確保だ」

 

「は! 曹長」

 

「よし、行くぞジーン」

 

「了解」

 

 進入用通路に一機残し。

 二機の機影は、まさに地上さながらの風景たるコロニー内部へと侵入していった。

 

 

 

 コロニーの住人達の目を避け、内部へと侵入した二機のモビルスーツは、程なく、コロニー奥に存在する工業区画手前の適度な物陰にその姿を隠した。

 そして、乗機のコクピットハッチから、パイロットスーツを着込んだ二人のパイロットが姿を現す。

 

「一体、二体……。間違いない、あそこが連邦軍の新型モビルスーツの開発・試験場だ」

 

「でも曹長、どれも旧型ばかりだ、情報にあった新型機の姿は見えませんよ!」

 

 装備したランドムーバーを使用し、手ごろな丘の上から工業地区の様子を窺う二人は、口々にその感想を零す。

 工業地区の一角には、連邦軍の兵士等の姿が見られ、トレーラー等には、既にジオン側でもその存在が確認されている、ガンキャノンやガンタンク等の既存のモビルスーツの姿が見られる。

 

「新型機は更に奥か、或いは倉庫などの中か……」

 

「姿が見えないなら、こっちから攻撃して燻り出してやる!」

 

「っ! おいジーン! 何をする!!」

 

 刹那、ジーンと呼ばれた若い男性パイロットは、ランドムーバーを使用し自らの乗機のもとへと戻ると、乗機を起動させ始めた。

 

「デニム曹長! 今から連邦基地を叩いて、例の新型機とやらを焙り出します。なぁに、連中、俺達に全く気付いてない、完全に油断している今ならやれますよ!!」

 

「何を血迷った事を言い出すんだジーン! 独断専行は許さん! 我々の任務は偵察だ! 破壊活動ではない!!」

 

「新型機だろうが何だろうが、このリック・ドムの性能があれば──。へへ、その時は俺だって二階級特進だ……」

 

 名を上げる千載一遇のチャンスを目の前にして、興奮冷めやらぬジーンは、既にデニム曹長の言葉に聞く耳を持たなかった。

 デニム曹長は功を焦るなと、何とかジーンの暴走を止めようと言葉をかけ続けるも、ジーンの乗るリック・ドムは、バーニアを噴かしてデニム曹長の頭上を飛び越えると、工業地区へと攻撃を開始した。

 

 独断専行するジーンの身勝手さと、そんな彼を止められなかった自身の不甲斐なさに辟易しつつも。

 デニム曹長は、自らも乗機に戻ると、ジーンのリック・ドムの後を追う様にバーニアを噴かせ始めた。

 

 

 

 先ほどまでいつも通りの風景が広がっている筈であった工業区画は、今や、阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。

 鳴り止まぬ一二〇ミリ弾の発砲音、爆発に爆炎、黒煙がそこかしこで立ち上り、悲鳴があちらこちらで響き渡る。

 

「手柄だ、手柄を立てちまえば、立身出世は思いのままだ」

 

 奇襲に初動対応が遅れながらも、ようやく防衛用に配備していた有線ミサイルカーや自走対空砲等が反撃に出るも。

 基となった重陸戦用モビルスーツ・ドム同様の、その重厚な外観から容易に想像できる重装甲を前にしては、自走対空砲の砲弾など豆鉄砲も同然で。

 リジーナの名で知られる、対MS重誘導弾をエレカ等の車輛に搭載し自走式とした有線ミサイルカーも、その威力を最大限発揮させるには関節部や装甲の薄い部分に命中させる事が鉄則だが。

 奇襲による混乱や、圧倒的威圧感で差し迫るリック・ドムの姿を前に、そうした狙いを定めず発射する車両が続出し。

 結果、牽制にもならず、次々にリック・ドムの手にしたザクマシンガンの餌食と化す。

 

「さぁ、出てこい、出てきやがれ!」

 

「ジーン、あまり破壊し過ぎるな! 例の新型機とやらも誘爆で木っ端みじんになっては不味い」

 

 そんな破壊活動を続けるジーン機の直ぐ近くで、追い付いたデニム曹長のリック・ドムは、ジーン機を援護しつつ、破壊された施設の残骸に、それらしい機体の残骸等がないかを確認していくのであった。

 

「フラウ! しっかりするんだ、フラウ・ボゥ!」

 

「でもアムロ、かあさんが……、おじさんが……」

 

「しっかりしろ! 君は強い女の子じゃないか!! ……いいかい、港まで走るんだ! 君なら走れる、フラウ・ボゥ」

 

「アムロ……」

 

「行くんだ! 走れフラウ・ボゥ!!」

 

 その戦闘の流れ弾による爆発で、愛する母と祖母を失った幼馴染のフラウ・ボゥの姿を見送った少年こそ。

 栗色の縮毛をした内向的な雰囲気を醸し出すその少年こそ、ガンダムシリーズを知らぬ者でも一度はその名を聞いた事のある程有名な、機動戦士ガンダムの主人公、アムロ・レイその人であった。

 

「ジオンめ、よくも……」

 

 アムロは、小脇に抱えた、表紙にV作戦のロゴマークが描かれたマニュアルを握ると、未だ破壊活動を続けるリック・ドムを睨みつけると。

 やがて、彼は破壊を免れた工業区画の一角へと走り出した。

 

 アムロが走った先には、倉庫から運搬途中のトレーラーが一台、止まっていた。

 トレーラーの積み荷にはシートがかけられていたが、爆風などで捲れたのか、積み荷の姿が露わとなっていた。

 人間に近い形状に白と青を基調としたカラーリング、額のV字型ブレードアンテナ、そして人間の目を模したデュアルカメラ。

 それはまさに、"ガンダム"の名を持つモビルスーツであった。

 

「これが、全天周囲モニター・リニアシートか……。──凄い、従来のモビルスーツの比じゃないエネルギーゲインだ!」

 

 従来のモビルスーツのコクピットとは一線を画す、完全な全方位ではないものの、従来のコクピットよりも死角の少ない全天周囲モニター。

 更にはジェネレーター機能の高さに感銘しつつ。

 コクピットに乗り込んだアムロは、起動準備に取り掛かった。

 

 そして、全天周囲モニターが外部の様子を映し出した、その時であった。

 

「あわわ!」

 

 不意に、リック・ドムのモノアイと目が合い、その威圧感に慌てるのであった。

 

 

 

 

「そ、曹長! デニム曹長! いました! 例の、例の新型機です!!」

 

「よし、ジーン、もし可能なら破壊せず捕獲して……」

 

 目的の新型機を発見したジーンは、これまでの破壊行為で多少満足し、冷静さを取り戻しつつあった。

 その為、デニム曹長の言葉に従い、捕獲を試みようとした。

 ──だが。

 

「で、デニム曹長! この新型、う、動きます!!?」

 

「何だと!? いかん、ジーン、一旦退くんだ! 相手の性能が判らんうちは迂闊に手を出すな!」

 

 デニム曹長の言葉通り、一旦下がる素振りを見せたジーンのリック・ドムであったが。

 ふと、その動きが止まった。

 

「いや、待ってくださいデニム曹長! こいつはまだ上手く動けないようです! やります、やってやりますよ!!」

 

 トレーラーからたどたどしい動きで起き上がろうとするガンダムの姿を見て、再びチャンスだと判断したジーンは、装備したザクマシンガンの銃口をガンダムへと向けた。

 そして、間髪入れずにトリガーを引く。

 

「うわぁぁ!」

 

 一二〇ミリ弾が被弾し、コクピット内に走る衝撃に声を漏らすアムロ。

 

「な、何て奴だ!? ザクマシンガンが通用しない!?」

 

 一方、直撃した筈が、攻撃が全く効いていない事実に驚愕せずにはいられないジーン。

 それは、デニム曹長の再三の退避勧告の声も耳に入らぬ程の衝撃であった。

 

「くそ! 立てよ、早く立ってくれ!!」

 

 その隙に、アムロの操るガンダムは立ち上がると、その巨体を大地に立たせた。

 

「えっと、武器、武器は……、これか! 六〇ミリバルカン砲に、九〇ミリガトリング砲。あの分厚そうな装甲には、こいつだ」

 

 刹那、アムロの操作に従い、ガンダムは右腕を突き出した。

 この謎の行動に唖然とするジーンとデニム曹長だったが、次の瞬間、二人はその意味を知る。

 

 右腕の前腕装甲カバーが展開すると、中からガトリング砲の砲身が展開し、砲身は音を立てて高速回転を始めた。

 次の瞬間、甲高い音と共に、九〇ミリの雨がジーンのリック・ドムを襲った。

 

「ぬわ!!?」

 

 その弾丸の雨に、ジーンは咄嗟に自身の手で顔を庇うも、程なくして、その行為が杞憂であった事を知る。

 ドム譲りの重装甲に助けられた事もさることながら、アムロが九〇ミリガトリング砲の反動を制御し、上手く当て続けられなかった事。

 更には装填弾数の少なさ等も、ジーンが助かった一因だった。

 

「へ、へへへ! 何だそのへたっぴな射撃は! ──まさか、こいつ怯えてやがるのか」

 

 ガンダムの様子を見て、自らに恐怖していると勘違いしたジーンは。

 一転して、攻勢に出る。

 

「怯えてるんなら、やれる、やれるぞ!」

 

「待て、ジーン! 迂闊に近づくと……」

 

 デニム曹長の警告もどこ吹く風。

 ジーンはリック・ドムの機動性を生かして一気にガンダムとの間合いを詰めると、至近距離からザクマシンガンを撃とうとした。

 

 だが、不意にガンダムの左腕が振り上げられると、次の瞬間。

 振り下ろされた左腕は、ジーンのリック・ドムのザクマシンガンを叩き落とした。

 

 そして、間髪入れずに、右腕の強烈な拳が、ジーンのリック・ドムの頭部目掛けて打たれた。

 

「な、何てモビルスーツだ。我が軍のリック・ドムをいとも簡単に」

 

 一部始終を目撃していたデニム曹長は、ガンダムの性能に驚嘆しつつも、殴り飛ばされたジーンのリック・ドムのもとへと乗機を寄り添わせる。

 

「そ、曹長! でで、デニム曹長!!」

 

 一方、乗機の頭部が殴られた影響で、映像にヒビが入り、またカメラも正常に作動しなくなった為、映像が付いたり消えたりするコクピットの中。

 ジーンは、先ほどの威勢が嘘のように、泣きじゃくる様子でデニム曹長に助けを求めていた。

 

「つかまれ、ジーン!」

 

「は、はい」

 

「援護してやる、スレンダーのいる所まで飛べるな!?」

 

「ほ、補助カメラを使えば何とか」

 

 そして、デニム曹長のリック・ドムの手を借り立ち上がったジーンのリック・ドムは。

 ガンダムに背を向けたまま、バーニアを噴かせると、一気に退路まで後退しようとした。

 

 だが、アムロはそれを阻止すべく、ガンダムを駆った。

 

「いかん!!」

 

 デニム曹長のリック・ドムから放たれる一二〇ミリ弾を物ともせず。

 ガンダムは、バーニアを噴かせデニム曹長のリック・ドムを飛び越えると、そのままジーンのリック・ドムへと肉薄し。

 

「う、うわぁぁぁ!!!!」

 

 装備したビームサーベルを振るった。

 刹那、上半身と下半身を真っ二つにされたジーンのリック・ドムは、程なく巨大な爆発を起こし、周囲に強烈な光と衝撃波を齎す。

 その威力は、コロニー壁を、外壁まで突き破る程であった。

 

「くそ、コロニー内でモビルスーツを爆発させれば、コロニーに影響が出る。……どうする、アムロ」

 

 その爆発の威力に、爆発を起こさせた張本人であるアムロは、再び同じ過ちを犯さぬよう、自身を戒めるかのような台詞を呟く。

 

「! 来た!」

 

「よくもジーンを!!」

 

 と、ジーンを殺され逆上し、先ほどまでの冷静さを失ったデニム曹長が、ザクマシンガンを捨て、ヒート・サーベルを装備した乗機を、ガンダム目掛けて突撃させた。

 

「コクピットだけを、狙えるか……」

 

 ビームサーベルを構え直したガンダムは、迫るデニム曹長のリック・ドムと対峙する。

 それは、一瞬の出来事であった。

 

 飛び掛かり、ヒート・サーベルを振り下ろそうとしたデニム曹長のリック・ドムの懐に潜り込んだガンダムは、装備したビームサーベルをリック・ドムのコクピット目掛けて突いた。

 

「はぁ、はぁ……。や、やった」

 

 自らの魂であるパイロットを失ったリック・ドムは、程なくモノアイの光を消すと、力なく、ガンダムの前に倒れ込み。

 そして、二度と動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 その後、アムロはガンダムと共に、今回襲撃を仕掛けたデニム曹長とジーンを擁する部隊の指揮官。

 ジオンのエースパイロット、シャア・アズナブル少佐と、通称RS型と呼ばれる改装機種を彼専用に仕上げたモビルスーツ、シャア専用リック・ドムとサイド7近郊の宙域で対峙する事となる。

 

 その際、シャアは自身の間の悪さを嘆くのであった。

 何故ならRS型の特徴とも言えるビーム・バズーカは、本来の任務であった連邦宇宙軍のゲリラ部隊討伐において、戦闘中に喪失していたからだ。

 これが喪失していない、或いは任務の帰路でなければ、結果は変わっていたのかもしれない。

 

 しかし、嘆いた所で、現実は変わらなかった。

 

 やがて、部下の一人であり、コロニー内から唯一部隊の母艦であるファルメルに生還したスレンダーのリック・ドムが、本人もコロニー内で確認していなかったビームライフルから放たれた一筋の光に貫かれ、宇宙の塵と化すと。

 シャアは、機体の性能に振り回されているパイロットをしても、驚異的な戦力たるガンダムの性能に驚嘆すると、現状では勝機がないと判断し、退却するのであった。

 

 

 

 こうして、俺の野望の世界での、アムロ・レイとその相棒。

 形式番号RX-78NT-1、ガンダムNT-1、"アレックス"の愛称を持つガンダムとの物語は幕を開けた。

 それは同時に、アムロとアレックス、そして主要な面々を擁するホワイトベース隊の物語の幕開けでもあった。

 果たして、彼らの航路は、この俺の野望の世界に、いかなる物語を紡ぎ出すのであろうか。

 それはまだ、誰にも分らない。

 

 

 

 なお、上記を含む、イベントの一部始終を収めた映像を見た両勢力のプレイヤー達は、まるで示し合わせたかのように、同じ感想を抱いた。

 あれ、これ()の知ってるガンダム第一話と違う! と。




皆様、新年、あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。


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外伝 戦場はこ──、アレ?

 イベント発生後、両勢力、特にジオン側のプレイヤー達は、アムロの乗機等を含めたホワイトベース隊の、原作との差異、その理由について議論を交わした。

 

 イベント映像の他、独自に収集した情報などを整理すると、どうやらホワイトベース隊の変更点はアムロの乗機だけではなかった。

 まず一つは、上級士官は少ないものの、下士官等、ホワイトベースには襲撃を生き残った相当数の正規クルーが乗艦しており、人的な余力を持っている事。

 また上記により、原作通りの民間志願パイロットの他、複数の正規パイロットを擁している関係から、運用する戦力も大幅に増加。

 内訳は、ガンダムNT-1一機にガンキャノン三機、ガンタンク三輌にコア・ファイター数機、そしてガンペリーの名を持つ戦術輸送機一機を搭載している。

 

 なお、未確認の噂程度ではあるが、予備戦力としてRX-78系統の機体を搭載しているとの情報も流れている。

 

 

 この様に、原作よりもパワーアップしているホワイトベース隊。

 この様な原作からの変更について、プレイヤー達が議論し、そして導き出された仮説は、差別化を図る為、というものであった。

 

 イベント発生時、両勢力の廃人プレイヤーは言わずもがなだが。

 上級プレイヤーや一部中堅プレイヤーも、既に原作の設定でRX-78-2 ガンダムに匹敵するとされる、一年戦争末期に登場する高性能モビルスーツを保有しており。

 この為、原作主人公及び物語の中心となるホワイトベース隊の差別化が図りにくくなる。

 その結果、変更が行われたのではないか、との仮説を立てたのであった。

 

 なお、変更としてアムロの乗機がガンダムNT-1に選定されたのも、本機の設定で、最終的にアムロ専用に調整された。というものがあったり。

 また、別のゲーム作品において、同機がファンサービスの一環としてアムロの搭乗機として扱われた事もある等。

 上記を加味した結果の選定ではないか、との仮説も立てられている。

 

 

 しかしながら、変更の理由がどうあれ、ジオン側のプレイヤー達にとっては、ホワイトベース隊の存在は無視できぬ頭痛の種に違いはなかった。

 その為、急遽、戦略会議が開かれ、ホワイトベース隊に対する今後の対応について、話し合いがなされた。

 

 当然ながら会議は紛糾したが、意見としては大まかに二つの意見に分かれた。

 一つは、不安の芽は小さいうちに摘んでおく。即ち、まだ経験が浅く、原作の本編後半で描かれた様な能力を開花させていない現状で叩き潰す、という意見と。

 もう一つは、あえて積極的に手を出さず、こちらからは最低限の監視のみを行う。

 即ち、ホワイトベース隊が伝説的な部隊となったのも、ジオンが次々に同部隊に対してエースをぶつけ経験値を献上した為であり、不必要に経験値を積ませなければ、化け物じみた成長はなく、並の練度に収まるだろう。という意見だ。

 なお、この意見には、正史になぞってジオン側のネームドを不必要に戦死させる必要はない、との側面もある。

 勿論、主人公補正云々という無粋な意見は、この際脇に置いておく。

 

 当然、どちらの意見にも一長一短はある。

 早々にホワイトベース隊を撃破できたとして、アムロ達ネームドが必ず死亡するとも限らず。

 また、必要以上に手を出さなかったとしても、ホワイトベース隊の練度が原作と同様にならないとの確証もない。

 

「もう既に、連邦側には黒い方の悪魔がいるのに、この上白い方の悪魔まで呼び出す事はない」

 

「長期的な視野で考えれば、ネームドと言う人材資源をいたずらに浪費すべきではない」

 

「でもやっぱり、名場面を見たいよね? ね?」

 

「ラル大尉には是非、アムロ相手に、グフとは違うのだよとか、ドムとは違うのだよ、とか言ってもらいたい!」

 

 ──等々。

 どちらの意見を踏まえて対応を行うか、会議は更に紛糾し。

 そして、激しい意見の対立の末、遂に、決定が下った。

 

 それは、ジオンの勝利に必要である貴重なネームドの保護を行う観点からも、最低限の監視のみで積極的に手を出さないという意見を採用し。

 同意見を基本方針とし、今後はホワイトベース隊に対する具体的な対応を行う。

 という最終決定を下し、ジオン側のプレイヤーに通達するのであった。

 ただし、事態の推移によっては臨機応変に対応する。という注釈も添えて。

 

 

 

 

 

 こうして、ホワイトベース隊に対する基本方針が決定し、ジオン側がそれに従い動き出した頃。

 正史とは異なるジオンの動きに影響を受ける事となる人物にも、新たな動きが生じ始めていた。

 

 その者は、ジオン側の上記の行動の為、本来の奪還・破壊命令も命ぜられることなく、補給を受ける事もなく。

 サイド7から、最寄りにして唯一の拠点である宇宙要塞ルナツーまでの航路上での襲撃を警戒した連邦プレイヤー達が、過剰なまでに戦力を投入して守りを固める中。

 イベント要員の為、難なく宇宙要塞ソロモンへと、母艦のファルメル共々帰還を果たした。

 

「むぅ……。しかしだな、シャア。今回の件について、誰もお前を罷免せよと声を挙げている訳ではないのだから」

 

「いえ、これは私なりのけじめなのです」

 

 宇宙要塞ソロモンの一角。

 同要塞の主が執務を行う為に設けられた執務室にて。

 部屋の主にして宇宙要塞ソロモンの主、更には同要塞を根拠地とする宇宙攻撃軍の司令官でもある。

 身長二メートルを超える巨漢に、顔の各所に縫合跡や傷痕が幾つも残る強面。そして、ジオン公国の中枢を担う一族の一員である四十代手前の男性。

 

 ドズル・ザビ中将は、自らの執務机を挟んで対峙するシャアの頑固な様に、困り果てた表情を浮かべていた。

 

「確かに、部下三名を失った事実は変わりないが。だがそれは、何もお前の責任ばかりでは……」

 

「いえ、貴重なモビルスーツパイロットを三名も失ったのは、私の不徳の致すところ。その責任は、取らせていただきたい」

 

「むぅ、しかしだな……」

 

 上官であるドズル中将は、サイド7での一件に関するシャアへの処分を擁護したい考えであったが。

 当人のシャア自身は、処分を甘んじて受け入れる姿勢を崩さず、ドズル中将の説得に応じる気配はない。

 

 こうして、同じようなやり取りを何度か繰り返した後。

 

「分かった。……それで、貴様の気が済むのなら、俺としては不本意だが、仕方ない」

 

 ドズル中将は渋々、執務机の上に置かれた一枚の書類に自身のサインを行うと、その書類をシャアに手渡した。

 

「だが忘れるな、宇宙攻撃軍のお前の席は、いつでも空けているとな」

 

「承知しました」

 

 敬礼し、ドズル中将の執務室から退室したシャアは。

 一度、手にした書類を何気なく見つめると、不意に、誰もいない廊下で不敵な笑みを浮かべる。

 

 シャアが手にした書類には、自身の人事異動に関する記述が書かれていた。

 その内容は、中佐への昇進の上、地球方面軍に編入、同軍隷下の潜水艦部隊の司令官に任命するものであった。

 

 一見すると処分どころか栄転にも思える内容だが。

 実は、ジオン公国軍において、潜水艦部隊は閑職なのである。

 元々、ジオン国国軍はその活動範囲が宇宙のみの為、当然ながら潜水艦のような軍艦を運用する必要はなかった。

 所が、地球侵攻作戦に伴い活動範囲が地球上にまで及ぶと、地表の七割を占める海洋での活動に際して、専用の艦艇の必要に迫られた。

 

 そこで、地球侵攻作戦に伴い、制圧した際に鹵獲した連邦海軍の艦艇を自軍戦力として改装したうえで運用を始めた。

 こうして地球方面軍隷下に、海洋戦力部隊が新設された訳だが。

 当然ながら、艦艇などを動かすには人員が必要となる。そこで、軍上層部は、宇宙艦隊の人員から、必要な人員を捻出する事とした。

 その際、海洋戦力部隊の人員として選定される基準となったのが、素行不良や軍上層部に覚えめでたくない者等、所謂厄介者であった。

 この半ば懲罰人事によって運用される事となった海洋戦力部隊は、一部では、懲罰部隊と揶揄されている。

 

 この様な経緯で運用されている海洋戦力部隊。

 その一部である潜水艦部隊も、当然ながら懲罰部隊の一部の為、エリートコースをひた走っていたシャアにとっては左遷も同然であった。

 

 しかしながら、本人にすれば、この左遷人事は、落胆するものではないようだ。

 

 

 

 

 

 こうして、シャアにも新たな動きが現れ始めた頃。

 ホワイトベース隊にも、新たな動きがあった。

 

 ホワイトベース隊は、原作の通り、地球連邦軍の総司令部ジャブローを目指し、宇宙要塞ルナツーを出航する。

 護衛に護られながら、ホワイトベース隊は順調に衛星軌道上に到着すると、ジャブローに降下すべく大気圏への突入を開始しようとした。

 原作等であれば、このタイミングでシャアによる追撃を受け、降下地点が南米から北米にずれるというアクシデントに見舞われるのだが。

 俺の野望では、シャアによる追撃もなく、当初の予定通りジャブローに降下すると思われていた。

 

 所が、事態は、ジオンどころか連邦側ですら予期していなかった方向へと進んでいく事となる。

 

 

 その一報は、両勢力にほぼ同時に伝わった。

 内容は、ホワイトベース隊が大気圏突入を行うタイミングで、ジオンの部隊が奇襲を仕掛けたというものであった。

 しかも、どうやらその部隊はNPCではなく、プレイヤー部隊であり。

 一旗上げたいが為に、通達は認識していたものの、大気圏突入を行うタイミングでホワイトベース隊に対して奇襲を仕掛けたとの事。

 

 だが、奇襲を仕掛けたプレイヤー部隊の練度はそれ程高くない事が幸いし。

 ホワイトベース隊はこの奇襲を退ける事に成功した。

 

 が、両勢力のプレイヤー達を驚愕させたのは、この後の出来事であった。

 

 何と、奇襲を仕掛けたプレイヤー部隊を迎撃する為出撃したアムロの操るガンダムNT-1を収容する為、ホワイトベースが突入角度を変更した事で、本来の降下地点であるジャブローから大きく外れ。

 ホワイトベース隊は、ジオンの勢力圏内である『アフリカ大陸北部』の旧エジプトの西方砂漠と呼ばれる砂漠地帯に降下してしまったのだ。

 

 この一報を聞いた連邦側プレイヤーの一人は。

 

「ここコズミック・イラじゃねぇよ!!?」

 

 と、予想もしていなった展開に、声を荒らげるのであった。

 正史では、ホワイトベース隊は大気圏突入の際の奇襲で、北アメリカに降下する。

 所が今回は、ホワイトベース隊にとって原作内でも縁もゆかりもないアフリカ大陸の北部に降下してしまった。

 

 因みに、プレイヤーが口にしたコズミック・イラとは。

 ガンダムシリーズの一つであり、新世紀のファーストガンダムを標榜して制作された、機動戦士ガンダムSEEDの世界観の紀元である。

 同作品には、その標榜通り、機動戦士ガンダムのオマージュが多く見られ。

 その中の一つに、同作品でホワイトベース的立ち位置の母艦アークエンジェルが、敵であるザフトとの戦闘により、当初の降下地点であるアラスカから、アフリカ大陸北部に降下してしまうというエピソードがあり。

 プレイヤーは、まさかの逆輸入的な今回の展開を言い表すように、先の台詞を口にしたのだろう。

 

 この原作の輪から外れた未知の展開に、連邦側は、頭を悩ませる事となる。

 

 

 が、それ以上に頭を悩ませているのが、誰であろうジオン側であった。

 何故なら、万が一にもホワイトベース隊が北米に降下してしまう可能性は考慮していたが、アフリカ大陸北部は、全くもって想定の範囲外であったからだ。

 

 戦場が荒野ではなく砂漠となったこの展開に、降下地点周辺で活動するプレイヤー等を含め。

 ジオン側は、混乱の嵐に見舞われるのであった。

 

 

 そして、今回の展開を受けて、両勢力のプレイヤー達は改めて認識させられる事となる。

 ホワイトベース隊が両勢力を引っ掻き回す存在である事は、俺の野望でも変わりないのだと。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第二十話 全てを焼き尽くす業火

 時系列は、ホワイトベース隊が宇宙要塞ルナツーを出航する以前まで遡る。

 イベントの発生と共に、ホワイトベース隊の面々が新たなネームドとして出現した事は、地上の第046独立部隊にも直ぐに知る所となり。

 そして、戦略会議での全体としての方針を踏まえた上で、第046独立部隊として、今後の活動方針等を話し合っていた。

 

「という訳で、あの有名なホワイトベース隊がこの俺の野望にも出現した訳だが……」

 

「私個人としては一度手合わせしたい、と思ってはいるが。ジオンの勝利を考えれば、自制し、接触は可能な限り避けるのが賢明なのだろう」

 

「俺達プレイヤーは何度でも戦えるからね。原作と違い、ネームドと戦わなくても、実力のあるプレイヤーと戦って経験値を積まれれば、結局、原作通りの伝説部隊の出来上がりだし」

 

「ま、当分は触らぬ神に祟りなしって事で、万が一会敵しても、逃げられるのなら逃げるとしますか。……最も、ホワイトベース隊が地球に降りるのなら、先ずは北米だと思うから、こっち(オデッサ)には大分後で来るはずだし、心配するのはまだ先になると思うけどな!」

 

 それから暫くして、まさかホワイトベース隊の航路が大幅に変更する事になろうとは。

 この時はまだ、ランドニーはおろか、第046独立部隊の面々の誰もが想像もできず、暢気に構えていたのであった。

 

「ねぇねぇ、そのホワイトベース隊って、そんなに強いの?」

 

「いや、原作時系列的には、この頃はまだ素人集団も同然だな。だが、何れは連邦で最も恐れられる部隊にまで成長する。メノも、アムロ・レイと言う名前ぐらいは聞いた事があるだろう?」

 

「アムロ? ……あぁ、もしかしてあの天パの子? アムロ、いきまーす! て叫んでる」

 

「あぁ、そのアムロ擁する部隊が、ホワイトベース隊だ。つまり、主人公部隊だな」

 

「えぇ!? それってチョー強いじゃん!」

 

 特にガンダム作品について詳しくはないメノは、沙亜の解説に漸くホワイトベース隊の凄さを理解し、真剣な表情で対応を考えていたランドニー、ユーリアン、そして沙亜の三人の行動に納得するのであった。

 

「で、ホワイトベース隊への対応は決まったとして、俺達の今後の活動はどんな方針でいくんだ?」

 

 と、ホワイトベース隊の話に区切りがついた所で、シモンが部隊の活動方針について尋ねる。

 因みに、ロッシュは黙って話に耳を傾けている。

 

「そうだなぁ。ホワイトベース隊も出現して、連邦側も攻勢に転じる兆しが見られ始めた、なんて話も耳に入ってきてるし。戦いは、ますます厳しさを増していくだろう。……という訳で、ここらで、更なる戦力強化を図るか!」

 

「具体的には? またプレイヤーを増やすのか?」

 

「いや、今回は量より質。つまり、各々が搭乗するモビルスーツの強化を図りたいと思う!」

 

 ランドニーの口から語られた戦力強化の内容に、残りの面々の目が輝き始める。

 自身の操るモビルスーツが強化され強くなるのは、作品に精通しているしていないに関わらず、素直に喜ばしい事だからだ。

 

「それで、具体的な強化プランだが。……実はもう、改造の基本的な設計図は完成しているんだ」

 

「おいおい、いつの間にそんな設計図考えてたんだ?」

 

「ふふふ、全員の操縦の癖や得意不得意を分析して、毎日コツコツと考えてたのさ。なんせ、俺はコマンダーであると同時に名アーキテクトだからな」

 

 アーキテクトとは、俺の野望内において既存のモビルスーツの改造、及び完全新造のオリジナル機などを設計するプレイヤーの総称である。

 因みに、第046独立部隊内では、自身の乗機であるザク・アライヴを創り出した沙亜もアーキテクトに該当する。

 

「この名アーキテクトである俺が考えた設計図をもとに、各々のモビルスーツを強化してやる!! ……と、言いたい所だが」

 

「だが?」

 

「実は、色々と考えて詰め込んでたら、いつの間にか必要な費用の方も予想以上に膨れてしまって……」

 

「おいおい、予算と性能の兼ね合いを高水準に保ってこそ、名アーキテクトじゃないのか?」

 

 このシモンの指摘に、ランドニーは言い返す言葉もなかった。

 

「という訳で、今回は全員分の強化はできないので、誰か一人となります」

 

 誰か一人。

 その幸運な権利を手に入れるラッキーボーイ(ガール)は果たして誰になるのか。

 各々が各々の顔を見合わせる中、ランドニーの口から、その者の名が発表される。

 

「えー、今回、栄えある改造の権利を手に入れますのは──。"ユーリアン"となります!!」

 

「ふむ、妥当な判断だな」

 

「おめでとー!」

 

「おめでとう、ございます」

 

「ま、ユーリアンはこの部隊の最古参だし、納得だな」

 

「それじゃ、ラッキーボーイだぜぃ、なユーリアン、前へどうぞ」

 

「え? あ、はい……」

 

 何故か表彰式の様に、全員の前に立たされると、ランドニーのエアマイクを向けられ、当選の喜びを言い表して欲しいとお願いされる。

 

「え、えっと、今回、乗機を改造していただける事になり、とても光栄に思います」

 

 少々困惑しつつも、ユーリアンは喜びの感想を述べると。

 他の面々から、溢れんばかりの拍手が送られるのであった。

 

「えー、今回選ばれなかった皆も気を落とす事はないように。ゴールドが貯まれば、順次、改造や機種転換を行っていくつもりなので、よろしく」

 

 こうしてその後、更なる戦力強化の為にも頑張りましょうとの活動方針を確認すると、ランドニー、ユーリアン、そして沙亜の三人以外は自由行動となり。

 残りの三人は、早速ユーリアンのグフカスタムを改造すべく、オープン格納庫へと足を運んだ。

 

 なお、沙亜が同行したのは、ランドニーが同じアーキテクトとして、今回の改造プランに対する助言等を沙亜から貰う為であった。

 

 

 

 

 

 そして、翌日。

 皆のよりも一足先にログインしたユーリアンは、自身の個人格納庫へと足を運んだ。

 ハンガーに固定された、宇宙(そら)での戦いで使用した高機動型ザクIIR-1A型と肩を並べている、黒いグフカスタム。

 しかし、その外見は、昨日まで見慣れた外見とは異なるものへと変化を遂げていた。

 

 その、新たな力を付与された黒いグフカスタムの姿を眺めながら、ユーリアンは、昨日のランドニーの改造に際しての説明を思い返していた。

 

「いいか、今回の改造コンセプトは、ズバリ、お前の得意な戦闘スタイルである高速機動戦闘に対応すべく、俊敏性等を中心に、サポート等もこなす為に、あらゆる状況に対応できる汎用性も同時に高めている事だ」

 

「具体的には?」

 

「先ず改造に伴う重量増加による機動性の低下を防ぐとともに、瞬発力等を強化し、全体としての機動性を高める為に、脚部に高機動型ザクIIよろしくスラスターを追加。更にバックパックも純正の物から大型の物に換装してるから、推力、そして推進剤の容量も今までよりパワーアップしている」

 

「成程」

 

「で、内部的にはこれらの追加分を支障なく稼働させる為にジェネレーターも出力の高いものに換装。更には、お前の反応速度に機体がついていけるよう、可動速度を高める為に駆動部なんかも手を加えてる。それから、骨となる装甲等にもな。速さが足りてても、骨が負荷に耐え切れずポッキリいっちまったら、意味ないからな」

 

「随分と大がかりだね」

 

「いや~、実を言うと、本当はマグネットコーティングとかムーバブルフレームとかも導入したかったんだが。……ムーバブルフレームはまだ完成してないし、マグネットコーティングを導入したら費用の方が──。それに、それらを導入した場合の修理費を算出してみたら、まだ普及前の割高なのでとんでもない額になったので……。という訳で、両技術の導入は泣く泣く諦めました」

 

 当初の計画通りに各種技術が導入され、改造が施されていたのなら、それはもうグフカスタムの皮を被った別物になっていただろう。

 ランドニーの欲張りな本音を聞いて、ユーリアンはそう思わずにはいられなかった。

 

「それで、お待ちかねの武装面だが。まずメイン火器のガトリング・シールドに装備している七五ミリガトリング砲を二連装にして攻撃力強化、当然砲身の追加と同時に弾倉も追加するから安心しろ。それで、シールドに収納しているヒート・サーベルの他に、換装したバックパックに更に二本、ヒート・サーベルを装備するので合計三本。更に更に、脚部に三連装ミサイルポッドを追加し、ヒート・ロッドの強度と射程もマシマシにしておいたぞ。あ、因みに右腕はノーマル同様ハンズフリーだから、お好きな携帯火器を携帯可能だ! ……あ、因みに七五ミリガトリング砲を二連装するせいで機体バランスが崩れて少々扱いずらいとは思うが、お前の腕なら大丈夫だと信じてるぞ!」

 

「す、凄いね……」

 

「確かに、ここまで本格的な改造を施すとなると、魔法のカード(ご利用は計画的に)でもなければ全員分を一気に施す事はできないな」

 

 目を輝かせ要点を説明するランドニーを他所に、残りの二人は、ランドニーの熱の入りように苦笑いを浮かべるのであった。

 

「さて、最後に、これが一番重要な事だが」

 

「?」

 

「折角ここまで改造を施すのに、グフカスタムのままって言うのも面白みがないだろうって事で! 新しい名前を考えてきたぞ!」

 

「その名も、"グフ・インフェルノ"」

 

 新たなる愛機、グフ・インフェルノの名を聞いた所で昨日の事を思い返す事を止めると。

 ユーリアンは、再びグフ・インフェルノを見上げ。

 

「これからも、よろしくな」

 

 グフ・インフェルノに語り掛けるのであった。

 

 

 

 その後、ユーリアンがいつものように第046独立部隊用のロビーへと足を運ぶと。

 既に他の面々が集まっていた。

 

「さて、今回は昨日改造したユーリアンのグフ・インフェルノの性能確認も兼ねて、適当な戦闘系ミッションから……」

 

「あの、その前にいいかな」

 

「ん? どうしたユーリアン?」

 

 そして、今日の予定を発表していた時であった。

 不意に、ユーリアンが手を上げ、発言を求める。

 

「実は、昨日の改造の事をメイに伝えたら、是非実際に見てみたいって連絡が来て」

 

「なにぃ!? メイちゃんからだと!」

 

「今丁度オデッサにいるみたいなんだけど……」

 

「よし、予定変更! 早速会いに行こう!!」

 

 食い気味にランドニーが予定の変更を告げると、一同はMS特務遊撃隊と会うべく、オデッサ基地内に繰り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 オデッサ基地内に繰り出した一行は、ユーリアンの案内のもと、待ち合わせ場所でMS特務遊撃隊と合流すると。

 その足で、グフ・インフェルノのお披露目をすべく、格納庫群へと向かった。

 

 そしてその後、一行の姿は、オデッサ基地内の一角に設けられた演習場にあった。

 

「いや~、歴戦のダグラス司令が指揮を務める、MS特務遊撃隊・レッドチームの皆さんと、まさかこうして模擬戦をさせていただく事になろうとは。……激戦地を転戦し、輝かしい戦果を挙げてきたレッドチームのお手並み、しかと拝見させていただきますよ」

 

「ははは、こちらこそ。軍内部でも有名な難読彗星の沙亜擁する第046独立部隊の活躍は、私の耳にも入ってきておるよ。沙亜少佐のみならず、他のパイロット達も凄腕揃いと評判なその実力、しかと拝見させてもらおう」

 

 演習場の様子を観覧する為の観覧室で、観覧用の巨大モニターを前に、お互いの腹の探り合いのような称賛合戦を繰り広げるランドニーとダグラス・ローデン大佐。

 そんな二人の様子を、他の面々は後ろから距離を置いて静観していた。

 

 さて、ではここで、何故第046独立部隊とMS特務遊撃隊とが演習場で模擬戦を行うに至ったのか。

 その経緯を、簡単に説明しよう。

 

 事の始まりは、MS特務遊撃隊にグフ・インフェルノをお披露目した時であった。

 エンジニアであるメイが真っ先に目を輝かせ、ハンガーに固定しているグフ・インフェルノを隅々まで観察した後、設計者であるランドニーを質問攻めにした。

 そんな様子を眺めていたダグラス大佐が、不意に零した一言が切っ掛けとなった。

 

「この改造グフは、最近受領した陸戦高機動型ザクとどちらが優れているのだろうな?」

 

 この一言を耳にしたメイが、なら実際に戦って見極めればいい、序にグフ・インフェルノが戦っている姿を生で見てみたい、との話の流れになり。

 ランドニーもそんなメイの話に乗って、その後話はとんとん拍子に進み、現在に至るのであった。

 

「ルク中尉! 頑張ってね!」

 

「ありがとう」

 

「おいメイ。お前、どっちの味方なんだよ?」

 

「あ、ついでにジェイクも頑張ってね」

 

「俺はついでかよ!」

 

 市街地を想定した演習場、その所定の位置に佇むグフ・インフェルノとレッドチームの三機のモビルスーツ。

 隊長のケンが操る陸戦高機動型ザクに、ガースキーとジェイクの操る陸戦型ザクIIである。

 今回の模擬戦、グフ・インフェルノの性能確認も兼ねている為、一対三という数的には第046独立部隊に不利な内容となっていた。

 

 そんな模擬戦の開始の時をコクピット内で待つパイロット達に、観覧室にいる残りの面々から励ましの通信が入る。

 

 通信機のマイクを手に通信を送るメイの姿を、沙亜が離れた場所からじっと見つめていた。

 

「ねぇ、沙亜」

 

「ん? 何だ?」

 

「あのレッドチームって人達も、ホワイトベース隊みたいな主人公なの? ランドニー君があんなにかしこまってるけど?」

 

「まぁ、主人公と言えばそうだが。所謂外伝作品の主人公だからな。強さは、ホワイトベース隊程ではない……」

 

「ふーん。──所でさ、沙亜」

 

「何だ? まだ何か質問があるのか?」

 

「さっきからあの子の事見てるけど、もしかして沙亜、あの子にやきもち妬いてる?」

 

 そんな沙亜の様子を見たメノは、質問がてら、真意を問いただすのであった。

 

「何を言っている、あの子はネームドとはいえNPCだ、ゲームのキャラクターに私が嫉妬など……」

 

「でもさ、さっきから口をきゅっと結んでるよね」

 

「!!」

 

「ふふ、やきもち妬くと口をきゅっと結ぶ癖は変わらないんだ、可愛いなぁ沙愛は」

 

「わ、私は……、別に」

 

 頬を赤らめた沙亜は、メノに対してそっぽを向き。

 一方のメノは、沙愛の背中を軽く指で突くのであった。



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第二十一話 外人部隊と模擬戦

「ケン、分かってると思うけど、手抜いちゃだめだからね!」

 

「あぁ、分かっている」

 

「隊長、三対一なんだから、少しくらい手抜いておちょくってやりましょうよ」

 

「ジェイク、あまり油断していると、足元をすくわれるぞ」

 

「レッド・ツー、レッド・スリー。兎に角、先ずは慎重にいくぞ。基はグフとはいえ、データの無い改造機だ」

 

 そして、開始の合図と共に模擬戦が始まった。

 

 ケンの指示通り、まとまって行動するレッドチームの三機に対して、グフ・インフェルノは早々にバーニアを噴かせ、近くの建造物に飛び乗ると、そのまま屋上伝いにレッドチームの方を目指す。

 

「にしても、レッド・ゼロのサポートなしじゃ、相手がどの方向から近づいてるのか分からなくて不便で仕方がないぜ」

 

「ジェイク、レッド・ゼロのサポートまで付けたら、模擬戦の意味がなくなっちまうぞ。ただでさえ、数的にはこっちが有利なんだぞ」

 

「でもねぇ、ガースキー曹長」

 

 因みに、今回の模擬戦には、この他ミサイルやバズーカの類の仕様も厳禁とされている。

 理由は、万が一が起こってはならない為である。

 

「二人とも、お喋りはそこまでだ。お相手のご到着だぞ」

 

 私語を慎まない二人であったが、ケンの言葉に、二人の表情に緊張が走り、言葉数が途端に少なくなる。

 各々が装備したザクマシンガンの銃口を、予測方向へと向けると、レティクル内にグフ・インフェルノが現れるのを待った。

 

 そして、程なくして、彼らのレティクル内に、建造物の屋上を伝って接近するグフ・インフェルノの姿が現れた。

 

「遮蔽物の無い屋上から接近する、その度胸は認めてやる! だが!」

 

 刹那、ケンの陸戦高機動型ザクが装備した、銃身ガードとバレルジャケットを装備した、ザクマシンガン中期生産型が火を噴き。

 それに続くように、ガースキーとジェイクの陸戦型ザクIIが装備するザクマシンガンが火を噴いた。

 

 演習用に、着弾すると外装が割れ、塗料が付着する。

 そんな仕組みの演習弾がグフ・インフェルノに襲い掛かるも、シールドで防ぎつつ、グフ・インフェルノは歩みを止めない。

 塗料により、シールドをカラフルに染めながら、やがてグフ・インフェルノは、再びバーニアを噴かせると、屋上を蹴り、空高く跳躍した。

 

「く! 全機、建物の影に隠れろ!」

 

 ケンの指示で各々が身近な建造物の影に身を隠すと、刹那、空高く位置取ったグフ・インフェルノから、自らの銃撃に比べればまるで嵐のような七五ミリ演習弾が降り注ぐ。

 その勢いや凄まじく、一瞬にして着弾点一帯を鮮やかに染め上げる。

 

「凄まじい弾幕だな。各機! 建物を盾にしつつ、攻撃を続けるぞ」

 

「レッド・ツー、了解」

 

「レッド・スリー、了解だ」

 

 建造物を盾にしつつ、攻撃を再開するレッドチーム。

 

「それにしても、機体の性能か? それともパイロット自身の腕か? 空中であれ程姿勢制御をやってのけるとは……」

 

 自分達の頭上を飛び回るグフ・インフェルノ。

 そのアンバランスな見た目に反して、空中ではまるで無重力で戦っているかの如く姿勢を崩さない。

 

(いや、例え機体の性能が高くとも、それを最大限まで引き出せるか否かは、パイロットの腕次第だったな)

 

 ふと、ケンは機体を生かすも殺すもパイロット次第である事を思い出すと、ユーリアンの操縦技術に内心舌を巻いた。

 

「隊長! このまま攻めあぐねてちゃ、何時まで経っても状況は好転しませんよ! 数じゃこっちが有利なんだ、一気に畳みかけましょう!」

 

「まて、ジェイク! 今はまだ我慢を……」

 

 と、いい加減頭を抑えられ続ける事に対して我慢の限界に達したのか、ジェイクの陸戦型ザクIIが建造物の影から飛び出した。

 その時、不意にジェイクの陸戦型ザクIIの右脚に、何かが飛来し付着した。

 

「ぬわぁぁぁ!?」

 

「ジェイク!?」

 

「あ、馬鹿、くそ!」

 

 空から飛来した細長いそれは、グフ・インフェルノの放ったヒートロッドであった。

 ヒートロッドが右脚に付着したとジェイクが認識したのも束の間、勢いよく引っ張られ、開始前にガースキーが言っていた通り、足元をすくわれ転倒するジェイクの陸戦型ザクII。

 しかも、それだけにとどまらず、近くのガースキー機目掛けて引きずられる。

 

 ぶつかるまいと建物の影から飛び出すガースキーの陸戦型ザクIIだが。

 次の瞬間、演習弾の嵐によって、機体が鮮やかに彩られてしまった。

 

「悪い、隊長。やられっちまった」

 

「お、同じく……」

 

 撃破判定を受けたガースキーとジェイク。

 

「いや、よくやった二人とも。後は任せておけ」

 

 そんな二人に労いの言葉をかけるケンであったが。

 内心、彼は焦っていた。

 数的優位が崩れ、機体性能でも相手が上回る現状、不利な立場に追いやられたからだ。

 

 だが、それでもケンは諦めてはいなかった。

 何とかこの不利な立場を逆転する手立てはないか、思考を巡らせる。

 

「一対一の真剣勝負という訳か……」

 

 と、不意に演習弾の雨が止み、モノアイを動かすと。

 そこには、まるでケンの陸戦高機動型ザクが建造物の影から出てくるのを待つかのように、大通りの真ん中で佇むグフ・インフェルノの姿があった。

 

 それに応えるように、程なくケンの陸戦高機動型ザクが建造物の影から大通りへと姿を現すと、暫し対峙する両機。

 

「ゆくぞ!!」

 

 刹那、ケンの陸戦高機動型ザクが先に仕掛ける。

 再びザクマシンガン中期生産型の銃口をグフ・インフェルノに向けると、間髪入れずにトリガーを引く。

 

 放たれた一二〇ミリ演習弾は、地面や建造物、そしてグフ・インフェルノのシールドに着弾する。

 

 攻撃を受け流しながら接近するグフ・インフェルノ。

 対してケンは、後退しながら撃つことを止めない。

 シールドを使用していれば、二連装七五ミリガトリング砲は使用できないからだ。

 

 加えて、この大通りの両脇には、背の高い建造物が立ち並び、脇道などはない。

 故に、横に避ける事も叶わず、何れ焦って隙を作ると、ケンはそう踏んでいた。

 

「なに!?」

 

 だが、そんなケンの見当に対して、グフ・インフェルノは予想外の行動に出た。

 何と、不意に足る速度を上げたかと思えば、脇に立ち並ぶ建造物の外壁を、重力に逆らって走り始めたのだ。

 

 勿論、それは勢いのある一瞬の出来事だったが。

 その予想外の行動に、唖然としてケンが攻撃の手を休めてしまった、その隙を作り出す事には成功していた。

 

「っ!!?」

 

 我に返り、攻撃を再開しようとした頃には。

 既に、ケンの陸戦高機動型ザクの上半身は見事に再塗装が施され。

 

 コクピットのメインモニターには、間近に迫った二連装七五ミリガトリング砲の銃口が映し出されていた。

 

 

 

 

 グフ・インフェルノとレッドチームとの模擬戦は、グフ・インフェルノの勝利で幕を下ろした。

 そして、所定の位置へと戻り、乗機から降りたパイロット達は、お互いの健闘を称える握手を交わすと、他の皆が待つ観覧室へと足を運ぶと、そこで目にしたのは。

 

「あら、流石に難読彗星の沙亜と呼ばれるだけの事はありますね」

 

「ふ、そちらも、ただの秘書官にしては大層やる。……能ある鷹は爪を隠す、という事か」

 

「お褒めに預かり光栄だわ!」

 

 十字路の真ん中で、予備機のザクIIS型とザク・アライヴが、互いに装備したヒートホークで鍔迫り合いを行う。

 巨大モニターが、そのような光景を映し出している情景であった。

 

「た、大佐……。もしかしてあのS型に乗ってるのって」

 

「それ以上は言うな、レッド・リーダー」

 

 スピーカーから聞こえるザクIIS型のコクピット内の音声に、とても聞き覚えのあるケンは、堪らずダグラス大佐に確認しようとした。

 だが、結局ダグラス大佐に制止され、それ以上確認はできなかった。

 

 しかし、観覧室内に声の主と目星をつけた人物の姿は見当たらず。

 これはもはや十中八九、ダグラス大佐から裏付けが取れずとも、ケンの予想した通りで間違いない事を証明していた。

 

「彼女が味方でよかったよ」

 

「女って、怖えぇ……」

 

 そして、ガースキーとジェイクの両名も、声の主の正体を察し、各々の感想を零すのであった。

 

「にしても、大佐。何故彼女が?」

 

「まぁ、君達の模擬戦を目にして、昔の血が騒いだそうだ」

 

 MS特務遊撃隊には様々な過去を持つ者がいる。

 彼女もまた、他人が容易に足を踏み入れていいものではない過去を持っているのだろう。

 

 ケンはそう考えると共に、彼女に対して頭がますます上がらなくなるな、と感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、見事なものでしたな」

 

「いえいえ、レッドチームの皆さんもなかなかでしたよ」

 

 模擬戦終了後。

 第046独立部隊とMS特務遊撃隊の面々は、今回の模擬戦の労と、お互いの日頃の労を労う為に、慰労会を開いていた。

 因みに開催場所は、格納庫群の一角、MS特務遊撃隊が間借りしている場所で行われている。

 

「凄くカッコよかったです! 隊長も凄いパイロットだと思っていましたけど、やっぱり上には上がいるんですね!」

 

「ねぇねぇ! 今後も定期的に感想聞かせて! いいでしょ!?」

 

「いや~、モテる男は辛いでありますな、ルク中尉殿」

 

「あ、あはは……」

 

 ユウキにメイの、MS特務遊撃隊の女性陣二人から羨望の眼差しを向けられるユーリアン。

 そんな彼に、ガースキーが薄笑いを浮かべからかう。

 

 そして、困ったように苦笑いを浮かべるユーリアンの姿を、沙亜は見つめていた。

 

「ねぇ沙愛、また口をきゅって結んでるぞ」

 

「! ……な、わざわざ指摘しなくても、分かっている!」

 

「もう、可愛いんだから」

 

 そんな沙亜を、メノが再びからかっていると。

 不意に、そんな二人のもとにグラスを手にしたジェーンが近づいてきた。

 

「あら、随分楽しそうね」

 

「あ、あぁ。……おい、メノ」

 

「ごめんごめん」

 

 ジェーンに対応すべく、沙亜は顔を切り替えると、メノに自制を促す。

 

「今回は、私の我儘に付き合ってもらって、ありがとう」

 

「いや、こちらこそ、よい模擬戦であった」

 

「ふふ、噂通り、凛として素敵な人ね。……でも」

 

「でも?」

 

「親しみやすい一面を見られてよかったわ。恋する女の一面をね」

 

「な!?」

 

 まさかジェーンにまで見られていたとは思わず、沙亜は顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を挙げるのであった。

 一方その頃。

 

「お前、ロッシュって言ったっけ?」

 

「はい……」

 

「お前って無口だよな。でも、その割にすげぇ"筋肉"してる──」

 

「ジェイク軍曹!? もしかしてジェイク軍曹も筋肉に興味がおありですか!? ならば、先ずは自室などでできる簡単な筋トレをお教えしましょう!!」

 

「え……、おま、キャラ変わりすぎだろ!?」

 

 ジェイクはロッシュの豹変ぶりに困惑し。

 

「これ、あの子が改造したんですか?」

 

「あぁ、メイは十歳の頃からモビルスーツに携わってきたからな、これ位は朝飯前だそうだ」

 

 シモンは、今回の慰労会で提供されている焼肉をケンと共に焼いていたが。

 肉を焼くために、まさかヒートホークを使用するとは思いもしなかったと、そんな感想を漏らしていた。

 

 ケン曰く、メイが機材の少ない野営等の際に使い勝手が良くなるように、ヒートホークの発熱出力を改造して、最低出力でお肉をいい加減で焼ける様に改造したのだとか。

 

「これこそまさに、無駄に洗練された無駄のない無駄な改造、だな」

 

「それは、つまり無駄という事か?」

 

「ま、そうですね」

 

 天才の考える事は分からない。

 シモンは、肉を焼きながらそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 こうして、各々が慰労会を楽しんでいる中。

 それぞれの部隊の長は、一通り互いを褒め称えた後、それぞれの近況について話を始めていた。

 

「え? 北米へ、ですか?」

 

「うむ。最近北米の連邦軍の動きが活発になりつつあるとして、我々にも北米への移動命令が下ったよ」

 

 近々に、MS特務遊撃隊が北米へ移動する旨を聞いたランドニーは、俺の野望内の暦月が、九月も半ばを過ぎた事を思い出す。

 

「だが、北米に発つ前に、君達と模擬戦を行えたことはとてもいい経験となったよ」

 

「いえ、こちらこそ、MS特務遊撃隊の方々との今回の模擬戦は、とても有意義なものでした」

 

「ははは、それはよかった。……では、ハート中佐、貴隊の今後の健闘を祈っているよ」

 

「こちらこそ、ダグラス大佐以下、MS特務遊撃隊の皆様の御武運をお祈りしています」

 

 第046独立部隊とMS特務遊撃隊の面々が、慰労会を通じて交友を深めた翌日。

 MS特務遊撃隊が北米に向けてオデッサを発ったと時を同じくして、第046独立部隊は、ホワイトベース隊がアフリカ大陸北部に降下した事を知るのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第二十二話 ア──は伊達じゃない!

 ホワイトベース隊がアフリカ大陸北部に降下した事を知った第046独立部隊。

 特にランドニー、ユーリアン、そして沙亜の三人はこの想定外の事態に困惑せずにはいられなかった。

 

 旧エジプトの西方砂漠からオデッサまでは、直線距離にして約二四〇〇キロメートル。

 勿論、降下地点とオデッサの間には、地中海や黒海、更にはジオンの防衛網等が存在している為、オデッサが危機に晒されている訳ではない。

 それでも、自分達の活動拠点であるオデッサからそう離れていない場所にホワイトベース隊が降下してきた事実は、三人の頭を悩ませるに十分な威力を持っていた。

 

 とはいえ、ホワイトベース隊が今後、どの様な進路に出るのか。

 ジオンの勢力圏内である北部から、未だ連邦勢力圏内であるアフリカ大陸南部へ抜け、そして南大西洋を渡ってジャブローを目指すのか。

 はたまた、東へ進み、紅海やアデン湾、更にはアラビア海を抜け、連邦勢力圏のインド亜大陸最大の連邦軍基地、マドラスを目指すのか。

 

 もしくは、無謀とも思えるが、意表を突く北上ルートを進むのか。

 

 いかなる進路を選択するのかは、ホワイトベース隊の今後の出方次第であり。

 対応を考えようにも、先ずは続報を待つ他なかった。

 

 ただ、この予想外の展開は、悪い側面ばかりではなかった。

 それは、この変化に伴い、原作で描かれていた北米ジオン軍の悲劇や、MS特務遊撃隊がホワイトベース隊と遭遇する等が発生する可能性などが極端に低下したからだ。

 その点は、喜ばしい変化と言えた。

 

 

 そして、その翌日。

 ホワイトベース隊の進路に関する続報が飛び込んできた。

 

 ホワイトベース隊は、降下地点から東へ進み、紅海へと出たとの事だ。

 この続報に、とりあえずランドニー、ユーリアン、そして沙亜の三人は安堵した。

 もっとも、この先マドラスを目指さずに、途中で転進する可能性は残されており、完全に安心できるわけではないが。

 原作同様、艦内に多数の民間人を抱えている状況では、彼らの安全と下船先を確保する意味でも、一刻も早く連邦軍の勢力圏内に逃げ込みたい筈だ。

 

「とはいえ。これでオデッサが安全になったって訳じゃない」

 

「そうだね。特に、マドラスに到着した後の行動が気になる所だし」

 

「そのまま更に西を目指すか、はたまた、北上して原作の再現を行うか……」

 

「ま、いずれにせよ。連邦側はまだ大規模な行動を起こしていないって事は、少なくともホワイトベース隊がマドラスに到着するまでは動かない可能性が高いって事だ。そうすると、少しの間、備える準備期間が出来た事は喜ばしいな」

 

 ランドニーの言う通り、連邦側は未だ本格的な反転攻勢に出てはいなかった。

 この為、連邦の本格的な攻勢開始まで準備の為の猶予が残されている可能性が高く、それは、第046独立部隊にとっては喜ばしい事であった。

 

「兎に角、ホワイトベース隊の続報を確認しつつ、俺達は俺達で準備を進めるとするか」

 

 こうして、ホワイトベース隊、更には連邦軍の動きを警戒しつつ、第046独立部隊は、来るべき時の準備に備え、活動を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 第046独立部隊が反転攻勢に備え、活動を行っている頃。

 ホワイトベース隊はと言えば。

 

「ぶったね! それも二度も!! 親父にもぶたれた事ないのに!!!」

 

「甘ったれるな!」

 

 成り行きとはいえ、慣れない軍隊生活に、慣れない地上での戦闘などで心身ともに疲弊したアムロは、遂に命令拒否して自室に閉じこもってしまう。

 一方、こちらも成り行きとはいえ、書類上未だ民間人を含めた乗組員達の頂点、新造艦の艦長を任せられ、アムロを気遣う余裕のないブライト・ノア中尉は、このアムロの行動に対して気遣うどころか売り言葉に買い言葉となり。

 遂には手を出してしまった。

 

 もはや両者の対立は決定的かと思われた矢先。

 退室する寸前に、ブライトが零したアムロに対する期待。

 その言葉を聞いたアムロは、ふと我に返り、更に、同じくホワイトベースに乗艦していたフラウが、アムロ自身が出撃しないのなら自分が出撃する、との涙ながらの発言を聞き。

 ここに至り、アムロは今のままでは自身が半人前と悟り、一人前の男になるべく自身を奮起させると、再び出撃すべく、格納庫に向かうのであった。

 

 そして、出撃したアムロ操るガンダムNT-1は、砂漠の大地を蹴り、空を翔んだ。

 

 こうして対峙したジオン軍部隊を退けたホワイトベース隊のもとに、一機のミデアの名を持つ戦略輸送機が補給の為に、危険なジオン勢力圏内を突破しやって来るのであった。

 自分達はまだ見捨てられていない。

 安堵するホワイトベース隊一行は、補給を終えると、再び西を、インド亜大陸の地を目指して紅海沿岸を進んだ。

 

 その道中。

 

「アムロ、行きまーす!」

 

 遭遇した、ジオン部隊との戦闘を繰り返し。

 

「たかがギャロップのカーゴの一つぐらい、アレックスで押し返してやる!!」

 

 降りかかる火の粉を払いのけ。

 

「アレックスは伊達じゃない!!」

 

 ホワイトベース隊はアラビア海沿岸を西へと進んだ。

 安息のインド亜大陸を目指して。

 

 

 

 

 

 一方同じ頃、第046独立部隊はと言えば。

 

「不味いな。これは……」

 

 オデッサ基地の基地司令部の一角で、眼前のモニターに表示された映像を目にしたランドニーは、映像から見て取れる悪い有様に、そう呟いた。

 

「って言ってもなぁ、今の俺達じゃどうする事も出来ないし」

 

「大丈夫だよ、二人とも強いから、ね?」

 

「……でも、状況はかなり不利です」

 

 そんなランドニーと肩を並べモニターを見つめる、シモン、メノ、ロッシュの三人。

 

 何故、四人が基地司令部の一角で肩を並べてモニターを見つめているのか。

 その理由は、モニターに映された二機のモビルスーツが関係していた。

 

 モニターの中に映し出されていたのはダークブラウンの塗装が目を引く、頭部が大きく手足が短い幼児体型のモビルスーツ。

 モビルスーツと言う兵器ながら、何処か愛くるしさを感じるその外見から、同モビルスーツはモビルスーツながら萌えキャラとしての地位を確保している。

 

 胴体部の基本フレーム等をザクIIから流用し、さらに伸縮式の腕部などを他の水陸両用機から流用した機体。

 ジオンの、水陸両用機種において、ハイローミックスのローを担うその機体の名は『アッガイ』

 形式番号MSM-04、ご存知、ガンダムシリーズにおいて、モビルスーツがカッコよいだけではない、愛嬌と言う真逆のイメージを確立させた立役者である。

 

 そのアッガイ二機が、沿岸部の市街地で、建造物を盾に銃撃戦を繰り広げている。

 モニターに映し出されていたのは、そんな戦闘の様子であった。

 

「くそ、これが運用テストのミッションじゃなきゃな……」

 

 そんな戦闘の様子を見て、ランドニーは、自身が何もできない悔しさを呟く。

 

 ランドニーの零した言葉に、今回ランドニーを含めた四人がモニターを眺めているしかない理由がある。

 今回第046独立部隊は、あまり資金をかけずに戦力強化を行える方法、即ち、新型機運用テストのミッションを受理していた。

 その新型機と言うのが、言わずもがなアッガイである。

 因みに、今回のミッションに関しては、プレイヤーの階級が"少尉"以上である必要がある為。

 第046独立部隊内で少尉以上の階級を有するユーリアンと沙亜の二人が搭乗している。

 

 そして、もう一つ。

 本ミッションには付帯事項が存在している。

 それが、本ミッションは、テスト機以外のモビルスーツの参加禁止、である。

 

 この為、シモンやメノ、それにロッシュの三人はモビルスーツを使用してミッションに参加できない。

 ただし、通常兵器の参加には制限がない為、通常兵器に搭乗して参加する事は可能であった。

 

 しかし、通常兵器をあまり持たない事もあり、ランドニーは今回のミッションにユーリアンと沙亜の二人のみで出撃させた。

 

 テストエリアは、オデッサから黒海を隔てた旧トルコの沿岸部の都市。

 そこに出現した、敵モビルスーツ隊であった。

 

 水陸両用機の特徴でもある水中行動可能な性能を生かし、水中から奇襲を仕掛け、二人の腕前も相まって、難なく敵モビルスーツ隊を撃破した。

 所まではよかったのだが。

 

 何と、増援とばかりに、フライ・マンタと呼ばれる戦闘爆撃機と共に、都市郊外からガンタンクによる砲撃が始まったのだ。

 

 フライ・マンタにより頭を抑えられ、そこにガンタンクによる長距離砲撃。

 これが、いつもの二人の改造機なら、なんてことはないのだが。

 生憎と、ノーマル状態のアッガイは同系統の高級機であるズゴックのように高い運動性を持たず、またゴッグのような分厚い装甲も有していない。

 その為、多少の被弾を顧みず、砲撃を避けながらガンタンクを撃破するという芸当は、向いていない。

 

 そもそも、水陸両用機による陸上での戦闘は、水中からの奇襲戦法が基本であり、陸上戦闘用モビルスーツと同様に陸地で戦う事は推奨されていない。

 加えて、今回は新型機運用テストのミッションだ。

 成功条件であるアッガイそのものを危険に晒すのでは、本末転倒である。

 

 しかし、今戦える戦力は、ユーリアンと沙亜の二人のアッガイ以外に他なく。

 その為ランドニーは、こんな事ならば航空戦力を揃えておけばよかったと悔やむのであった。

 

(アッガイは二機揃っている必要はない、一機でも生還すればそれでミッションは成功だ。だから、最悪片方を囮にすれば勝機は見えるが……。いや、駄目だ、出来れば二機とも生還するのが望ましいが)

 

 頭上を飛び交うフライ・マンタ目掛け、アッガイの頭部に備えられた一〇五ミリバルカン砲四門が火を噴く。

 それを受けて、一機のフライ・マンタが右主翼を撃ち抜かれ、錐揉みしながら郊外に墜落する。

 

 だが、それでも頭上を飛び交うフライ・マンタの数は、減っている気配がない。

 

(このままじゃジリ貧だ……、どうすれば)

 

 と、モニターを見ていたランドニーは、モニターの端に映り込んだとある物を目にし。

 

(!! こ、これだ!!)

 

 それを見た瞬間、起死回生の戦法を思いつく。

 

「ユーリアン、沙亜! 聞こえるか!?」

 

「え? ど、どうしたの?」

 

「ん? 何だ急に?」

 

「現状を打破する一発逆転の方法を思いついたぞ!!」

 

 通信機のマイクを手にすると、ランドニーはユーリアンと沙亜の二人に、先ほど思いついた戦法を伝える。

 それを横で聞いていたシモンは、本当にその戦法で大丈夫かと不安そうな表情を見せていた。

 

「分かった、兎に角やってみる」

 

「では、私がトス役を、ユーリアン、バッター役を頼むぞ」

 

 程なくして、ランドニーから聞いた戦法を試すべく、二人の乗るアッガイが動き始める。

 ユーリアンのアッガイが、隙を見て海岸沿いにあるヤシの木を一本、手早く引っこ抜くと、急いで沙亜のアッガイのもとへと駆け寄る。

 そして、腕部のアイアン・ネイルを器用に使い、ヤシの木をバットを持つかの如く構えると。

 

 次の瞬間。

 沙亜のアッガイから投げられたコンクリートの塊を、豪快なスイングで飛ばし始めた。

 

「な! 何だ!?」

 

 警報音もなく、地上から飛来するコンクリートの塊に、慌てふためくフライ・マンタのパイロット達。

 まさか戦闘で破壊された建物のコンクリート片等を、ヤシの木のバッティングで飛ばして攻撃するなど、想像もつかず。

 遂に、自分達を襲う謎の攻撃の正体も理解できぬまま、フライ・マンタは全機地に墜とされた。

 

「航空隊が……、一体何が起こっている?」

 

 そして、その状況は当然ガンタンクのパイロットも把握してはいたが。

 やはり、バッティング攻撃については考えが及んでいなかった。

 

「!?」

 

 と、乗機のガンタンクの近くに、何かが落下してきた。

 それは、コンクリートの巨大な塊であった。

 

「な、なんだ?」

 

 何故こんな所にコンクリートの巨大な塊が。

 そんな疑問がパイロットの脳内を駆け巡った、次の瞬間。

 

「!? うわ──」

 

 気づいた時には、その巨大な影は自身が乗るコクピット部の目と鼻の先にまで迫っていた。

 そして、次の瞬間、パイロットの断末魔をかき消すかのように、巨大なコンクリートの塊は、その質量を持ってガンタンクのコクピット部を押しつぶし、ガンタンクの戦闘能力を喪失させた。

 

「ははは! やった、上手くいったぞ! どうだ、俺の考えた、名付けて『バッティング練習やろうぜ! お前、的な!』戦法!」

 

「いやネーミングセンス云々より、これでいいのか?」

 

「勝ったから、いいの、かな?」

 

「結果オーライ……?」

 

「ははは、いいんだよ、ゲームだからね!」

 

 釈然としないシモンやメノ、それにロッシュの三人を他所に。

 ランドニーは、最大パワーでウルトラジャンプを決めたかの如く笑顔と共に、無事アッガイ二機を生還できたので、終わり良ければ全て良し、とばかりに締めくくるのであった。

 

 

 

 

 

「えーという訳で、無事にアッガイ二機を手に入れた訳だが。暫くは活躍する機会もないと思うので、格納庫で休んでてもらう事になるな」

 

「おいおい、だったら何でアッガイの運用テストのミッション受けたんだよ」

 

「いや、本当はもっと高性能な機体の運用テストを受けたかったんだが、最近競争率も更に激しくなって、……で、結局手に入れられたのがアッガイだった訳で」

 

「まぁでも、考えようによっちゃ、売って新しいモビルスーツを手に入れる資金に……」

 

「駄目!」

 

 アッガイ運用テストを無事に終え、第046独立部隊用のロビーへと戻った一行。

 ふと、シモンがアッガイの処遇について提案を持ちかけようとしたその時、メノから待ったがかかった。

 

「え? いやでも、アッガイ売ってズゴックとか、もっと高性能な……」

 

「だってあのモビルスーツ可愛いじゃない! それを売っちゃうなんて、シモン君には愛がないの!」

 

「そーだ、そーだ!!」

 

「おいランドニー……」

 

 どうやらメノはアッガイの可愛さに魅了され、手放すのは反対のようだ。

 それに乗っかり、ランドニーも抗議の手を振り上げる。

 

「あ、じゃぁ、二機ある事だし、一機をう──」

 

「私も反対だ」

 

「え!?」

 

 と、今度は沙亜も反対の意見を表明し始める。

 

「時には、実用性云々を脇に置いておいてもいいんじゃないかな?」

 

「……」

 

 その意見に対して、ユーリアンも、そしてロッシュも黙って頷き同意を示す。

 

「アッガイの可愛さは伊達じゃない、ってか……」

 

 こうして、女性陣二人の意見を尊重し、二機のアッガイは格納庫で休んでいてもらう事となった。

 時に、ホワイトベース隊が、アラビア海を横断し、インド亜大陸へと上陸を果たした頃の事であった。




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第二十三話 戦場でフレンドシップ

 我々は、多くの英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否!! 始まりなのだ!!

 地球連邦に比べ、我がジオンの国力は三十分の一以下である。

 ……にも拘らず、今日まで戦い抜いてこられたのは何故か!?

 諸君! 我がジオン公国の戦争目的が、正義だからである。

 

 この正義の為の戦い、ジオン公国が掲げる自由の為の戦いを、神が見捨てる筈はない!!

 

 しかし!

 その戦いの中で、諸君らの愛した、家族、恋人、友人たちは死んだ! 何故だ!!

 

 

 ──国民よ、立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民よ!!

 その怒りを連邦軍にぶつけ、我らジオン公国国民は、自由を勝ち得るのである。

 

 ジーク・ジオン!

 

 

 

 

 

 それは、実質的に隠居状態にあるジオン公国公王、デギン・ソド・ザビに代わり、実質的にジオン公国の最高指導者である総帥の肩書を有する男性。

 デギンの長男にして、IQ240の天才。

 ギレン・ザビ総帥による、全地球規模の大演説であった。

 

 正史では、この大演説はギレン総帥の弟であり、デギン公王を家長とするザビ家の末弟、ガルマ・ザビ大佐の国葬に際して行われたが。

 俺の野望では、ガルマ大佐の死因となったホワイトベース隊が、ガルマ大佐が管轄する北米地域に降下していない為、死亡せず今なお存命の為。

 この為、今回の大演説は、開戦から半年以上が経過し厭戦ムードが漂い始めたジオン公国内の士気を鼓舞する目的で行われた。

 

 しかし、この全地球規模という大規模演説を行ったのには、もう一つの理由があった。

 

 それは、この演説の数日前より、ヨーロッパやアフリカの地域において、連邦軍の活動が活発になりつつあり。

 これにより、同地域の幾つかの占領地が、連邦に奪還され、その事実を、国民の目から逸らす為に行われたのであった。

 

 ただ、それ以外の地域の連邦軍の動きについてはそれ程活発ではなく。

 これが大規模な攻勢の開始を告げる狼煙かどうかは、まだ断定できない状況であった。

 

「ジーク・ジオン!!」

 

「ジーク・ジオンッ!!」

 

 しかしながら、そんな裏事情など、今の第046独立部隊の面々には些細な事であった。

 何故なら、演説会場の最高潮に達した雰囲気を前にしては、如何なる問題も些細なものに成り果てるからだ。

 

 演説内容が変更されているなど、問題ではない。

 重要なのは、原作等でも多く描かれた演説シーン、その瞬間を、同じ会場内で立ち会えたという喜び。

 第046独立部隊の面々を含め、会場内の誰もが、ジーク・ジオンと声を張り上げ、会場を振動させていた。

 

 そう、今この瞬間だけは、そこにいる者全員が、ジオン公国の一員である事を誇るのであった。

 

「では続いて授与式を行いますので、授与される方々は壇上の方へお上がりください」

 

 こうして、鳥肌が立ち背筋を震わされた演説も終わると、続いて、司会進行役のアナウンスが会場内に響き渡る。

 

 実は、この授与式こそ、今回第046独立部隊一行が本来なら抽選の所を、確実に演説会場に入場できた理由であった。

 今回、演説の後に、戦績ランキング上位十名に対するジオン十字勲章の授与式が行われる事になっており。

 その為、ランキング九位である沙亜の関係者として、他の第046独立部隊の面々も会場入りを果たせたのである。

 

「彼ら偉大なる十名の戦士は、我がジオン公国軍の誇りであり、敬愛すべき──」

 

 壇上でスピーチを行うギレン総帥の一言一言に、会場内の誰もが耳を傾ける中。

 やがて、スピーチが終わると、ジオン十字勲章の授与が始まる。

 

 壇上に立ち並ぶ、真新しい軍服を着込んだ十名のプレイヤー一人一人にギレン総帥自ら声をかけると、短く言葉を交わした後、自らの手でジオン十字勲章を胸に取り付けていく。

 

「貴官の活躍も私の耳に届いている」

 

「光栄であります」

 

「これからも、我がジオン公国の為、一層の活躍を期待している」

 

「は!」

 

 そして、沙亜とも短く言葉を交わした後、彼女の胸に、ギレン総帥の手によってジオン十字勲章が取り付けられるのであった。

 

「それでは今一度、偉大なる十名の戦士に盛大な拍手を!」

 

 司会進行役の声と共に、会場内を割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 こうして、授与式もつつがなく終了すると、参加者たちが会場を後にしていく。

 その中に、第046独立部隊の面々の姿もあった。

 

「なぁ沙亜、本物のギレン総帥と対面した感想はどうだった!?」

 

「あ、あぁ、やはり、ジオン公国と言う国家を担うだけの人物だ。圧倒されっぱなしだったよ」

 

 未だ興奮冷めやらぬ様子のランドニーは、沙亜にギレン総帥と対面した感想を聞くべく、彼女を質問攻めにし。

 ユーリアンが止めに入るまで、質問は続いていた。

 一方他の面々も、会場の余韻に浸り。

 原作をあまり知らないメノも、現実のコンサート等のイベントに参加したのと同じような感覚を味わえた為、楽しんでいた様だ。

 

「よーし、何時か俺も、ジオン十字勲章を授与される様に頑張るぞ!」

 

 新たな目標を掲げたランドニーを先頭に、第046独立部隊一行が、今回会場となったジオン公国の首都、サイド3からオデッサに戻るべく会場を後にして程なくの事。

 

「君達、少しいいかな?」

 

 不意に、誰かに声をかけられたので立ち止まって声のする方へと振り返ると。

 

「……! が、が、ガルマ・ザビたいさぁぁぁっ!?」

 

「あぁ、すまない、驚かせてしまった様だ」

 

 そこにいたのは、紫の髪に端正な顔立ち、何処か優美な雰囲気を醸しだす一人の青年士官。

 地球方面軍の北米方面軍司令官という要職にありながら、その端正な顔立ちでジオン公国国民の人気も高い人物。

 誰であろう、ガルマ・ザビ大佐その人であった。

 

 まさかガルマ大佐に声をかけられたとは思いもしなかったランドニーは。

 ガルマ大佐の姿を確認した瞬間、驚嘆せずにはいられなかった。

 

 勿論、他の面々もガルマ大佐の素性は知っていた為、ランドニー程ではないにしろ内心驚いていたが。

 ただ一人、メイだけは、ガルマ大佐の素性を知らなかった為、首を傾げ、疑問符を浮かべていた。

 

「あの人はさっき演説していたギレン総帥の弟さんだよ」

 

「あぁ、成程」

 

 そんなメイの様子に気付いたユーリアンが、こっそりメイにガルマ大佐の素性を分かり易く説明すると。

 漸く、メイはランドニーが腰を低くして対応している人物が、物凄い人物であると理解するのであった。

 

「それで、ガルマ大佐。一体自分達に何用でお声を……」

 

「あぁ、個人的に沙亜 阿頭那武婁少佐に直接エールを送りたくてね。私の友人に、名前や雰囲気が似ているので、以前より一度直接会ってみたいと思っていたんだ」

 

 似ているのも当然、その人物をモデルに沙亜は自身をメイキングしたのだから。

 という無粋な事は誰も言わず。

 沙亜はガルマ大佐からエールを賜ると、最後に固い握手を交わすのであった。

 

「それと、もう一つ」

 

「と、言いますと?」

 

「君達第046独立部隊は、MS特務遊撃隊と親しいそうじゃないか」

 

「え、あ、は、はい」

 

 こうしてガルマ大佐の用件は終わったかと思った矢先。

 ガルマ大佐の口からMS特務遊撃隊の名が飛び出し、肩をびくと振るわせるランドニー。

 

「そう警戒しないでくれ。別に、咎める訳ではない」

 

「そ、そうですか」

 

「実は、彼らが北米方面に異動し、着任の挨拶に訪れた際、ダグラス大佐から君達の事を聞いてね。君達の事を嬉しそうに話すダグラス大佐の顔を見ていて、私も実際に一目会ってみたいと思っていたのだよ」

 

「それは、光栄です!」

 

「ダグラス大佐の話していた通り。君達は温かな雰囲気に包まれているな、羨ましいよ」

 

「そ、そんな。羨ましいだなんて! 恐れ多い!」

 

「ふふ。……そうだ。もし、君達の迷惑でなければ、私と友達になってはくれまいか?」

 

「……え?」

 

 ガルマ大佐の口から飛び出した申し出に、ランドニーは目を点にしてしまう。

 いや、この場合は当然の反応だろうか。

 ランドニーでなくとも、宇宙世紀で有名な一家の末弟に、突然友達になってくれと言われれば、誰だって目を点にするだろう。

 

「迷惑、だったか?」

 

「ランドニー、ランドニー。ガルマ大佐が返事を待ってるよ」

 

「……え? あ、い、いえ! 迷惑だなんて、むしろ、光栄です!!」

 

 余りの事で固まっていたランドニーだったが、ユーリアンの声に我に返ると、慌てて返事を返す。

 すると、若干俯き加減であったガルマ大佐の顔が、明るさを取り戻すのだった。

 

「ありがとう、ハート中佐。──いや、ここは友人らしくランドニーと呼ぶ方がいいか?」

 

「そ、それはもうガルマ大佐のお好きなように」

 

「ははは、そういう君こそ、他人行儀じゃないか。──よし、これからは、お互い呼び捨てで呼ぼうじゃないか。勿論、TPOは弁えてだがな。それでいいか、ランドニー?」

 

「は、はい! 喜んで、ガルマた──、ガルマ!」

 

「他の皆も、これからよろしく頼む」

 

 ガルマ大佐と一人一人握手を交わし、友情の証に、一人一人名を呼び合う。

 こうして、ガルマ大佐と友達となった第046独立部隊一行。

 

「さて、友達となった事で、少し、私の話を聞いてはくれないか?」

 

「話とは?」

 

「先ほど話したMS特務遊撃隊についての事だ。君達も知っての通り、彼らはその出生故、軍内部でも浮いた存在であり、故に、その扱いはとても優遇されているとは言い難い」

 

「ですね」

 

「だが、彼らも同じジオン公国軍の一員であり、共に戦う仲間だ。それを、出生で待遇に差をつけるべきではない」

 

 ガルマ大佐の話は、MS特務遊撃隊の待遇を憂うものであった。

 

「でもそれは……」

 

「分かっている、所詮、理想論だという事はな。それに、私はザビ家の一員だ。彼らにすれば、私が手を差し伸べるのは快く思わないかもしれん」

 

「でもさ、そんなに気にしているのなら、助け舟を出してもいいんじゃない?」

 

 自身の立場と理想の間でどうしたものかと悩むガルマ大佐に声をかけたのは、メイであった。

 

「お節介って相手に思われても、手を差し伸べられる時に手を差し伸べないと、後でできなくなって後悔するよりもいいんじゃないかな?」

 

「……そうか、そうかも知れんな」

 

「ま、ダグラス大佐も、待遇を改善していただけるのは、喜んで受け入れてくれると思いますよ。流石に、露骨に嫌とは言わないでしょう。それでも気になるなら、ザビ家の一員としての贖罪等ではなく、心からの誠意だと、言葉を添えみては?」

 

「そうだな。よし!」

 

 メイとランドニーのアドバイスを聞いて、ガルマ大佐は決心したかのように握りこぶしを作る。

 

「可能な限り、便宜を図ろうと思う。私の心からの誠意だと伝えてな」

 

 こうして決心を決めたガルマ大佐は、第046独立部隊一行にお礼を述べると、急ぎ北米に戻るべく足早に去っていった。

 一方、残った第046独立部隊一行も、オデッサに戻るべく遅れて移動を再開する。

 

「まさか、ガルマ大佐と友達になっただけじゃなく、相談までされるとは……」

 

「でもよかったね、悩みが解決したみたいで」

 

「友達なら、相談に乗って解決するのは当たり前よね!」

 

「あ、どうせなら相談に乗ったお礼に、新型モビルスーツの一機でも回してくれって頼めばよかったな!」

 

「それは図々しすぎるだろう」

 

「……」

 

 先ほどの出来事の感想を呟きながら、一行は程なく、ドッキングベイ行きのエレカ乗り場に到着するのであった。

 

 

 

 

 

 サイド3での予期せぬ出来事はあったものの、無事にオデッサへと戻ってきた第046独立部隊一行。

 再び活動に精を出そうとした矢先。

 それは突然告げられるのであった。

 

「共闘、でありますか」

 

「そうだ」

 

 オデッサ基地の一角、地球方面軍司令部内に設けられたマ・クベ中将の執務室に、ランドニーは呼び出されていた。

 以前、新型機の受領書にサインを貰いに来たとき同様、高級感漂う執務室内で、ランドニーは直立不動の姿勢を維持していた。

 

「中佐も知っての通り。中央アジア地域は、我がジオンの勢力圏内にある。だが、最近そこに行方知れずであった"木馬"が出没し、ゲリラ的活動を開始、東アジア方面とヨーロッパ方面とを結ぶ補給路を脅かしている」

 

 執務机を挟み対面するマ・クベ中将は、淡々とした口ぶりでランドニーに説明を始めた。

 

 第046独立部隊がサイド3にて式典に参加していた間。

 地球では、ホワイトベース隊がマドラスに到着し、暫しの休息の後マドラスを出航。

 その際、インド亜大陸に展開する連邦軍の攻勢に連動し、前線を潜り抜けたホワイトベース隊は、一路進路を北に取った。

 

 しかし、その後の足取りについては、監視の為の部隊が現地の天候等に阻まれ見失い。

 自国勢力圏内で見失うという失態に、一時地球方面軍司令部内は騒然としたものの。

 

 程なくして、中央アジア地域のジオン軍部隊から、ホワイトベース隊との遭遇報告が舞い込み、大まかな居場所の特定には成功するのであった。

 

「上は最低限の監視に努めよと言うが、事、補給路が脅かされているとあっては、此度の方針が裏目に出たとしか言えん」

 

「……」

 

「しかし、嘆いた所で状況が好転する訳でもない……。故に、こちらも相応の対応を取る事とした」

 

「それが、今回の輸送阻止、でありますか?」

 

「そうだ。ホワイトベース隊の戦力は現状でも十分な脅威であるが、更に戦力の強化を図られては、殊更面倒なことになる」

 

 そんなホワイトベース隊に対する、補給と戦力強化を兼ねた連邦のモビルスーツ輸送計画をキャッチしたジオン側は。

 これを阻止すべく、計画の更なる調査を開始。

 そして、ホワイトベース隊に向かうと思われる輸送部隊を三つまで絞り込むことに成功した。

 

「この三つの内の何れか一つが本命である可能性が高い。そこで、我が軍としては、作戦成功の確実性を高めるべく、各々の輸送部隊に一つずつ、部隊を差し向ける事とした」

 

「それが、マルコシアス隊、及び第17MS特務遊撃班、通称ウルフ・ガー隊との共闘ですか」

 

「その通りだ、中佐。貴官の指揮する第046独立部隊は、両隊と共闘し、輸送部隊を襲撃、ホワイトベース隊への戦力強化を阻止せよ」

 

 しかし、その内の何れが本命かまでは絞り込めず。

 そこで地球方面軍司令部は、この三つの輸送部隊にそれぞれ部隊を差し向け、三つとも撃破する作戦を立案。

 その内の一つを担当する部隊に、第046独立部隊を選出したのであった。

 

「ジオン十字勲章を授与された沙亜少佐擁する貴隊ならば、造作もない事であろう?」

 

 目の奥を怪しく光らせ不敵な笑みを浮かべるマ・クベ中将に対して、ランドニーは暫し受け取った命令書を凝視していた。

 ホワイトベース隊とのニアミスすらあり得る状況。

 そんな状況すら発生する可能性のある任務への参加命令書。現実の軍隊の様に、上からの命令だから拒否権がない訳ではない。受けたくなければ、拒否する事も可能だ。受けなければ、他のプレイヤーに参加権が移るだけ。

 しかし、今回の任務の成功報酬として提示されたゴールドの額を目にすると、火中の栗を拾いに行きたくもなった。

 

「どうだね?」

 

「……、は!! 第046独立部隊! 此度の任務、拝命いたしました!!」

 

「期待しているよ、中佐」

 

 こうして、第046独立部隊は、一路東を目指す事となった。




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第二十四話 熱砂の中の悪魔

 ゴビ砂漠、それは旧中国の内モンゴルから旧モンゴルにかけて広がる砂漠の事で。

 その面積は東西約一六〇〇キロ、南北約九七〇キロ、総面積約一三〇万平方キロメートルを誇る、世界で四番目に大きいとされる砂漠である。

 

 そんな広大な熱砂の大地を、第046独立部隊一行を乗せた二梃のギャロップが、砂煙をあげて突き進んでいた。

 直線距離にして五六〇〇キロにも及ぶ長距離移動の為か、ギャロップの艦尾には、物資を積載したドーム状の"カーゴ"と呼ばれるキャンピングトレーラーを牽引している。

 

「司令、間もなくマルコシアス隊の野営地に到着します」

 

「むふふ、もうすぐあのマルコシアス隊とご対面だ……」

 

 艦橋で司令席に腰を下ろしたランドニーは、マルコシアス隊との対面に、期待に胸を膨らませていた。

 

 

 

 一方、そんな期待されているマルコシアス隊の面々はと言えば。

 ゴビ砂漠の一角、巨大な岩石の影に設けた野営地で、唯一の楽しみと言える食事にありついていた。

 

「あ~、それにしても、一体いつまでこの砂漠の中で野宿しなきゃならないんだ」

 

「もうすぐ作戦開始だとは思うけど」

 

「先行して輸送隊の飛行ルート上で待ち伏せるのはいいけどさ、もう三日だぜ。あぁ~、何時になったら連邦の輸送隊が飛んでくるんだよぉ」

 

「ぼやくな、リベリオ」

 

「でもよぉ、セベロ。……はぁ、せめてこの飯がもう少し柔らかければなぁ。見て見ろよヴィンセント、このクッキーの固さ、これなら釘だって打てるぞ」

 

「そんなに固いのなら、水に浸して柔らかくすればいいだろう?」

 

「はぁ……、そんな無駄な事にじゃぶじゃぶ水を使いたいよ」

 

 今回の作戦の為、連邦軍の輸送部隊が飛行すると思われるルート上で待ち伏せを行うべく、三日前から現地入りしていたマルコシアス隊。

 しかし、砂漠と言うとコロニーでは絶対にお目にかかれない厳しい環境に、コロニー育ちの隊員達は、食事事情の悪さも相まって、不満を零していた。

 

「つか、風呂とまでは言わないけど、いい加減シャワー位浴びたいよな。昨日なんて濡れたタオルで体拭いただけだし」

 

「この作戦が終われば、基地に戻って浴びる程水を使えるさ」

 

「だといいけど……」

 

 と、突如、強い風が吹くと共に砂塵が舞い上がり、マルコシアス隊の隊員達が食事をとっていた簡易テントを襲った。

 砂塵が通り過ぎた簡易テントの中は、文字通り砂まみれであった。

 

「ぺっ! ぺっ! うぇ……」

 

「これが、砂の味、か」

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 トレーに乗った食事も、口の中も、一瞬にして砂混じりとなり、気が滅入る隊員達。

 そんな中、黒いパイロットスーツに身を包んだ一人の隊員が、堪らず手にしたフォークをへし折ると、大声で不満を叫び始めた。

 

「だぁぁぁっ!!! このゴビ砂漠ってのは、満足に飯も食わせてくれねぇのか!! 何が母なる我らの大地だよ!!? これじゃ意地悪な継母だろうが!!!」

 

 大声で不満を叫ぶ隊員に、不意に、一人の男性が近づくと、隊員の肩に手を置きながら、宥める様に話しかけた。

 

「そう腐るな、ギー」

 

「!? 総隊長」

 

 彼に話しかけたのは、顔に痛々しい傷跡を残す、マルコシアス隊の総隊長兼部隊の教導試験官。

 ダグ・シュナイド大尉その人であった。

 

「今回の作戦で活躍すれば、この野営でへこたれた気分も吹き飛ぶかもしれんぞ?」

 

「総隊長、それはどういう意味でありますか!?」

 

「キシリア閣下から連絡があった。『突撃機動軍特別編成大隊』、『キマイラ隊』と呼ばれる部隊の発足を決定されたそうだ。エースパイロットを中核とする、文字通りのエリート部隊。戦果次第で、我々も仲間入りを果たせるかもしれんぞ」

 

 シュナイド大尉の言葉を耳にした瞬間、ギーと呼ばれた隊員を始め、他の隊員達も目の輝きを増していく。

 

「我々は数多のモビルスーツパイロットから選別されたマルコシアス隊だ、これ位の試練、耐え抜き乗り越えられなければ、キマイラ隊の一員など、夢のまた夢だぞ」

 

 そして、ひとしきり語り終えたシュナイド大尉は、自身のテントへと向かっていった。

 

「噂は本当だったんだな、ヴィンセント! こんな僻地での作戦に従事させられて、見捨てられたかと思ってたけど、戦果如何でエース部隊の仲間入りだってよ!」

 

「そうだな」

 

 リベリオと呼ばれた隊員は、興奮冷めやらぬ様子で、ヴィンセントと呼ばれた仲のいい隊員に語り掛ける。

 

「ふん、残念だったな。仲間入りを果たすのは、俺達F小隊だ」

 

「……んだと?」

 

「総隊長と新型のお陰で生き残ってるお前らG小隊には、エースの仲間入りは無理だって言ってるんだよ」

 

「この野郎! もう一度言ってみろギー! ぶっ飛ばしてやる!!」

 

「望む所だ、返り討ちにしてやる!!」

 

「ふ、二人とも! 止めろよ!!」

 

 と、そんなリベリオに対してギーの放った一言が彼の怒りに触れ。

 気付けば二人は取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

 

 二人の喧嘩を止めようと、ヴィンセントを始め、他の隊員達が間に割って入る。

 

「放せ! 放せよヴィンセント!」

 

「リベリオ止めろよ、仲間割れはよせ!」

 

「ふん、仲間だと? 俺達マルコシアス隊は弱肉強食の部隊(特別競合部隊)、誰かを犠牲にしてでも戦果を上げなきゃならねぇ部隊なんだよ、仲間意識なんて、持つだけ無駄だ」

 

「分かってる。……でも、戦争って言うのは、一人じゃできない、そうだろ、ギー?」

 

「にししし、だとよ、ギー。ヴィンセントの方が、お前よりよっぽど小隊長らしいや」

 

「んだと!!?」

 

 と、リベリオの余計な一言で、沈静化した喧嘩が再び再燃しようとした矢先。

 不意に、隊員の一人が、地平線の彼方から自分達の方へ接近している二梃のギャロップの姿を見つけた。

 

「何だ? あれ?」

 

 そして、リベリオとギーの喧嘩は、ギャロップに気を取られ、いつの間にか自然と収まるのであった。

 

 

 

 

「いや~、どうもどうも! シュナイド総隊長。 自分は、今回の作戦でマルコシアス隊と共闘させていただきます、第046独立部隊の司令官を務めるランドニー・ハート中佐であります!!」

 

 その後、野営地に到着した二梃のギャロップから降りてきたのは、第046独立部隊一行であった。

 作戦開始前の顔合わせを目的に、マルコシアス隊の野営地を訪れた第046独立部隊一行は、早速挨拶を交わす。

 

「なぁ、ヴィンセント。何で自分の方が階級が上なのに、シュナイド総隊長にあんな腰低くしてるんだ、あの中佐?」

 

「さぁ、俺に言われても……」

 

 ゲームの登場人物と生で対面できた感動で自然と腰が低くなっている、等と理解できず。

 リベリオとヴィンセントは、シュナイド大尉に対してへりくだった様子のランドニーに疑問符を浮かべるのであった。

 

「ふん、分かってないな、二人とも」

 

「ん? 何だよギー、お前には分かるって言うのか?」

 

「第046独立部隊の司令官、ランドニー・ハート中佐と言えば、低姿勢でどんぶり勘定な人なのは有名だぞ」

 

「低姿勢なのにどんぶり勘定って……、それ大丈夫なのか?」

 

「確かに」

 

「それでも大丈夫なんだよ。なんせ、第046独立部隊には双璧とも言えるエースがいるからな」

 

 ランドニーの説明に心配せずにはいられないリベリオとヴィンセントの二人を他所に。

 ギーは説明を続ける。

 

「一人はあの、ジオン十字勲章を授与され、今や公国軍を代表するエースと言っても過言ではない難読彗星の沙亜の異名を持つ、沙亜 阿頭那武婁少佐。何といってもあの赤い彗星を彷彿とさせる操縦テクニックに、謎多き素顔。だが、隠しきれず漂う雰囲気は、まさにエースそのもの!!」

 

「おぉ……あれはたしかに、エースだ。なヴィンセント!」

 

「え、あ……、そうだな」

 

 シュナイド大尉と握手を交わしているパイロットスーツ姿の沙亜を目にしたリベリオは、確かに隠し切れず溢れんばかりに目立つエースの脅威に目を凝らすと、ヴィンセントにも同意を求める。

 それに対して、ヴィンセントは少々頬を赤らめ、小さく同意するのであった。

 

「そしてもう一人は、沙亜少佐の影に隠れがちだが、戦闘から支援まで、幅広くオールマイティーにこなすレイヴンことユーリアン・ルク中尉」

 

「ふーん、何か、ヴィンセント、お前と雰囲気似てるな、あの中尉」

 

「え? 俺と?」

 

「ふん、おこがましいぞ。ヴィンセントとルク中尉とでは、格が全く違う」

 

 こうして沙亜とユーリアンの説明を終えたギーは、一拍置くと、残りの面々の説明を始める。

 

「勿論、それだけではない。部隊随一のスナイパー、シモン・ヘイチェフ准尉に。部隊の頼れる支援役、メノ・ポートマン上等兵。寡黙な前衛、ロッシュ兵長。文字通り精鋭揃いのエース部隊だ!」

 

「流石はギー、詳しいんだな」

 

「ふん、何を言ってるんだヴィンセント。これ位、知っていて当然だ」

 

「うわぁ、流石はエースペディアのギー君」

 

 エース部隊の情報は知っていて当然とばかりに語るギーであったが、彼の常識は、リベリオとヴィンセントとは少々異なっていた。

 マルコシアス隊の中で自他ともに認めるエースマニア。それが、ギーであった。

 それを証明する様に、彼はエース部隊の一つである黒い三連星のレプリカモデルの黒いパイロットスーツを愛用し。

 自らの乗機であるザクIIFS型には、エースに人一倍強い憧れを抱く彼の気持ちを反映するかのように、頭部に小さなスパイクを四本、取り付けていた。

 

「そうだ、作戦前に部下達の士気を鼓舞したいのだが、もしよろしければ、エース部隊である第046独立部隊に協力して欲しいのだが、よろしいか?」

 

「勿論。それ位ならお安い御用ですよ! なんせエースですから、ええっす(エース)よ、ええっす(エース)!」

 

「……」

 

「ら、ランドニー! す、すいませんシュナイド大尉! それで、具体的にはどう協力すればよろしいですか!?」

 

「あ、あぁ、そうだ……」

 

 そんなギーの熱意が通じたのか、突然のギャグにきょとんとした様子のシュナイド大尉の計らいで、第046独立部隊の誇る双璧。

 沙亜とユーリアンの愛機、ザク・アライヴとグフ・インフェルノを、マルコシアス隊の隊員達にお披露目する運びとなった。

 

「見ろよヴィンセント! スゲー! ギンギンにカスタマイズされたザクとグフ、チョーかっけぇ!」

 

「まさしくエースが乗るに相応しい機体だな!」

 

 眼前に佇むザク・アライヴとグフ・インフェルノを前に、リベリオとギーは目を輝かせ。

 他のマルコシアス隊の隊員達も、その姿を目にし、いつか自分自身も同様の機体に乗れるようにと奮起していた。

 

「エース、か……」

 

 そんな中、ヴィンセントは、不意にランドニー達の方へと視線を向けた。

 すると、不意にユーリアンと目が合う。

 刹那、ユーリアンが優しく微笑んだので、ヴィンセントは軽くお辞儀して返すのであった。

 

 

 

 

 

 その後、第046独立部隊と別れたマルコシアス隊は。

 程なくして、作戦開始の為、野営地を後にした。

 

「にしても、カッコよかったよな、ヴィンセント!」

 

「あぁ、そうだな」

 

「あの部隊なら、今回の作戦で当たりを引かれても、あんまり悔しくはないな」

 

「少なくとも、囚人部隊よりはな」

 

 襲撃地点へと向けて移動するモビルスーツのコクピット内で、マルコシアス隊の隊員達は作戦前の談笑に弾んでいた。

 

「さぁ、お喋りはそこまでだ。間もなく襲撃ポイントに到着する、各員、気を引き締めろ!」

 

 刹那、シュナイド大尉の一喝に、隊員達の顔が途端に引き締まる。

 

(母さん、父さん……。俺は生き残ってみせるよ)

 

 自らのパーソナルカラーの青に塗装された陸戦高機動型ザクのコクピットで、ヴィンセントは、コクピット内に貼った一枚の写真を見つめながら内心呟くと。

 気合を入れ直し、操縦桿を握り直した。

 

 悪魔の名を持つ彼らの戦いの時は、間近に迫っていた。




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第二十五話 熱砂の中で輝いて

 今回の連邦軍輸送部隊襲撃に際して、第046独立部隊は、襲撃を担当する輸送部隊が飛行すると予想される飛行ルート上付近に到着すると。

 手ごろな巨大岩石の裏に陣を設け、モビルスーツを展開させていた。

 

「今回のターゲットは、輸送部隊の中核をなすミデア輸送機。極端に言えば、ミデア輸送機以外は撃破せずとも問題ないんだが。ま、そういう訳にもいかないんだなぁ、これが」

 

 艦橋内のモニターに表示されていたのは、飛行ルート上の安全を確保する様に、既に展開を終えていた連邦軍の部隊を示す赤い光点であった。

 

「ルッグンからの偵察によると、敵はガンタンクタイプや61式戦車等、砲撃能力に秀でた相手だ。市街地などと異なり遮蔽物も殆どない砂漠だからな、距離を詰めさせまいと遠距離からバンバン撃ってくると思われる」

 

「それで、今回の作戦は?」

 

「幸い、相手は砲撃型ばかりで、近接戦闘が行えるモビルスーツは確認されていない。だから、沙亜とユーリアンの二人は、持ち前の機動性を生かして懐に飛び込み敵を叩く。シモンとメノは二人の援護、ロッシュはシモンとメノの護衛をしつつ、突撃した二人の後詰をしてもらう」

 

 ランドニーの口から作戦が語られると、各々から了解した旨の返事が返ってくる。

 

「それじゃ、輸送部隊がやってくる前に、さっさと現場のお掃除、よろしく」

 

 ランドニーの声を他所に、熱砂を駆ける五機のモビルスーツは、そのスピードを更に加速させるのであった。

 

 

 

 

 青い空の下、地平線の彼方まで続く熱砂の大地。

 その片隅で、鳴り止まぬ銃声と砲撃音、そして巻き上がる砂塵と爆炎、更に黒煙が立ち上っていた。

 

「一発撃ったら、五発も返ってくるぅぅ!?」

 

「大丈夫だ、そうそう当たらないって!」

 

 隆起した砂山の影から砲撃を行うメノは、一発撃つ毎に、お返しとばかりに相手から倍以上もの砲撃が返され、それによって砂山の反対側に爆音と共に現れる砂塵の数にたじろぐ。

 隣のシモンが接触回線でメノの安心させるような言葉を投げかけると、砲撃が止んだタイミングで自身のザクIIF型の身を乗り出させると、装備したMS用対艦ライフルを発砲した。

 

 と、一拍置いて、発砲音の倍以上はある砲撃音と共に、砂山に爆音と共に幾つもの砂塵が巻き上がった。

 

「あー、でも確かにこりゃ、ビビっちまうのも分かるな」

 

 直ぐに砂山の影に身を隠したザクIIF型のコクピット内で、砲撃の脅威にさらされる心理的効果の威力を痛感するのであった。

 

「にしても、こんな砲撃の只中を蛮勇じゃなく、勇気をもって突っ込んでいくからこそ、エースなんだろうな……」

 

 そして、後方で援護する自分達と異なり。

 この砲撃の弾幕の中を突撃する沙亜とユーリアンの二人の凄さを、改めて思い知るのであった。

 

 その脇で、ロッシュが操縦する陸戦型ザクIIのモノアイが、砂山の影から、熱砂の中を駆け抜ける二機のモビルスーツを捉えていた。

 

「……、すごい」

 

 モノアイが捉えた二機の機動を目にしたロッシュは、コクピット内で小さく感想を呟いた。

 

 そして、ロッシュに凄いと言わしめた二機。

 ザク・アライヴとグフ・インフェルノは、嵐のような弾幕を掻い潜り、弾幕の発射元である連邦軍部隊目掛け、熱砂を蹴っていた。

 

「ロケットランチャーで分断する。私は左翼を」

 

「了解、それじゃ右翼は任せて」

 

 互いに担当する相手を決めると、刹那、ザク・アライヴの背部に装備した二基の五連装ロケットランチャーが火を噴いた。

 放たれたロケット弾は、部隊の中央部に着弾。

 そこに位置取っていたガンタンクと61式戦車二輌を巻き込み、黒煙と砂塵を巻き上げ、部隊を分断する。

 

「もらった!」

 

 着弾と同時に、速度を上げ、一気に左翼に飛び込んだザク・アライヴは、最初のターゲットとなったガンタンク初期型目掛け、右腕に装備したヒートホークを振るった。

 左肩の砲身ごと、ヒートホークにより上半身の左部分を斬り裂かれたガンタンク初期型は、程なく炎と黒煙の中に姿を消した。

 一方、下手人のザク・アライヴは、斬り裂くや間髪入れずに跳躍すると、落下地点の61式戦車を踏み潰し、左手に装備したザクマシンガンを残りの戦力に発砲していく。

 それはまさに、圧倒的な戦闘風景であった。

 

 一方、グフ・インフェルノの右翼はと言えば。

 

「こ、こいつ、うわぁぁっ!!」

 

「何だこいつ!? 目が幾つあるんだ──あぁぁっ!!」

 

 軽やかな動きで右翼部隊の中心に舞い降りたグフ・インフェルノは、左腕に装備した二連装七五ミリガトリング砲と、右腕に装備したMMP-80と呼ばれる九〇ミリ口径の、ザクマシンガンに比べれば威力と射程が劣るものの、連射性と命中率が向上したマシンガンを、個別のターゲットに向けて発砲する。

 左右に忙しなく動くグフ・インフェルノのモノアイ。

 放たれた七五ミリ弾の雨と九〇ミリ弾の雨は、それぞれのターゲットに降り注ぎ、蜂の巣にしていく。

 左右の武器で個別のターゲットを狙うという魔法の如き戦い方に、対する連邦パイロットは終始驚愕し、そして、まともな反撃の間もなく蹂躙されていくのであった。

 

「とりあえず、そいつで最後だ」

 

「了解だ」

 

 ザク・アライヴが、最後の一輌となった61式戦車目掛けザクマシンガンを発砲し、刹那、砂漠の中に新たな残骸を生み出す。

 周囲に立ち上る黒煙と、一部炎が燃え残る、少し前までガンタンク等の兵器であった残骸の数々。

 モノアイがそれらの中に生き残りがいない事を確認すると、沙亜は、一息ついた。

 

「まだ気は抜き過ぎるなよ。こいつらは前菜で、メインディッシュはこれからだからな」

 

 ランドニーの言う通り。

 今し方倒したのは飛行ルート上の安全を確保する為に展開していた部隊。

 目標である輸送部隊は、これからやって来る。

 

「ギャロップより全機へ、作戦エリアに接近する複数の機影を探知。解析の結果、目標のミデア輸送機の編隊であると思われます」

 

「よーし、皆聞いたな! いよいよメインディッシュのご到着だぞ、気合入れろ」

 

 程なくして、目的の輸送部隊の接近を告げる通信が流れ。

 沙亜を始め、コクピット内の全員が表情を引き締め直す。

 

 すると、彼らのモノアイが、熱砂と世界を二分する大空の彼方から接近する複数の機影を捉える。

 その見まごう事なき、迷彩効果など期待も出来ない黄色い塗装の施された、複数のエンジンに脱着式専用コンテナを胴体下部に抱え込んだ特徴的な外見は、紛れもなくミデア輸送機であった。

 

「待ってください! 先頭の機が高度を下げています!」

 

 ギャロップからの報告通り、編隊の先頭を飛んでいたミデア輸送機は、後続の機と異なり速度を上げて高度を下げると、刹那。

 

「あれ? 何か落ちたよ?」

 

 コンテナを開き、そこから何かを降下させると、再び機首を上げ上昇し始めた。

 

「おいおい、マジかよ」

 

「……ボスの登場?」

 

「ほぉ、ここにきて面白そうなものを相手にすることになったな」

 

「みたい、だね」

 

 降下され、熱砂の中に着地したもの。

 それは、白と黒の二機のモビルスーツであった。

 

「く、まさかここで、こんな大物の登場とはな」

 

 各々がそれぞれの反応を示す中、艦橋内のモニターからその姿を確認したランドニーは、渋い表情を浮かべた。

 それは、二機のモビルスーツの正体が関係していた。

 

 四肢を持つ人型の体型に、特徴的な額のV字型ブレードアンテナ、防塵・対閃光用のバイザーに覆われたツインアイ。

 その二機はまさに、"ガンダム"の名を持つモビルスーツ。

 その正体は、パラレルワールドであるTHE ORIGIN版のRX-78 ガンダムの余剰パーツを用いて、地球環境での耐久テストを行う為に開発された試験機。

 形式番号RX-78-01[N]、局地型ガンダムの名を持つモビルスーツである。

 

 なお、設定では、同機種は陸戦型ガンダムの原型となった存在とされている。

 

 当然ながら、その性能はガンダムと名が付いているだけはあり名折れなのではなく。

 どのように戦うか、ランドニーは策を巡らせていたが。

 

「きゃぁぁぁっ!?」

 

「っ! 不味い!」

 

 黒い局地型ガンダムが装備していたショルダー・キャノンの発砲音に次いで、メノの叫び声にふと我に返ったランドニーは、もはや綿密な作戦もへったくれもなく、慌てて指示を飛ばす。

 

「沙亜とユーリアンの二人であのガンダムを抑えてくれ!」

 

「了解した!」

 

「了解!」

 

「残りの三人は、ミデアの襲撃! メノ、大丈夫か!?」

 

「う、うん。近くで爆発して驚いただけ」

 

「よし。……シモン! 襲撃班の指揮は任せるぞ!」

 

「了解!」

 

 シモンのザクIIF型を先頭に、メノのザクキャノンとロッシュの陸戦型ザクIIが続く。

 そんな三人目掛け、黒い局地型ガンダムが再びショルダー・キャノンを発砲しようと、その砲口を向けるも。

 

「させるか!」

 

 ザク・アライヴの振り下ろしたヒートホークに妨げられ、発砲は叶わなかった。

 

「ほぉ、少しはやるようだな」

 

 振るわれたヒートホークの刀身を、バーニアを噴かせた後方への跳躍で回避すると。

 黒い局地型ガンダムは一旦距離を取り、手にした一〇〇ミリマシンガンを発砲し始める。

 放たれる一〇〇ミリ弾の雨を、ザク・アライヴは素早い動きで避けつつ、こちらもザクマシンガンで応戦し始める。

 

 一方、白い局地型ガンダムとグフ・インフェルノの戦闘も、中距離での撃ち合いとなっていた。

 

「流石はガンダム」

 

 お互いに装備した火器が火を噴き、互いの装甲をかすめ、熱砂に幾つもの小さな砂塵を巻き起こす。

 

「っ!」

 

 刹那、直撃かと思われた一〇〇ミリ弾をシールドで弾くと、咄嗟にMMP-80を発砲。

 九〇ミリ弾が白い局地型ガンダムへと飛来するも、白い局地型ガンダムも、装備した小型シールドで数発受け止めると、残りは不規則な動きで回避していく。

 

「これで!」

 

 刹那、白い局地型ガンダムの攻撃が緩んだ隙を見計らい、二連装七五ミリガトリング砲を再び発砲する。

 更に、オマケとばかりに、脚部の三連装ミサイルポッドからもミサイルを発射する。

 だが、飛来するミサイルを軽々避けると、濃厚な七五ミリ弾の弾幕を、機体性能故か、それとも乗り手の腕前か、白い局地型ガンダムは巧みな回避運動で被弾を最小限に躱していく。

 

 その光景に、ユーリアンは少々苦々しい表情を浮かべる。

 

「なら、これで!」

 

 刹那、グフ・インフェルノはMMP-80を投げ捨てると、代わりにバックパックに装備したヒート・サーベルを手に取り、白い局地型ガンダムとの距離を詰め始める。

 すると、白い局地型ガンダムも近接戦を仕掛けてくることに気が付いたのか、一〇〇ミリマシンガンと共に頭部の六〇ミリバルカン砲を発砲し弾幕を張る。

 

 降りかかる弾幕をシールドで受け流しながら、グフ・インフェルノはヒート・サーベルの刀身が白い局地型ガンダムを捉える距離まで接近した。

 

 次の瞬間。

 グフ・インフェルノのヒート・サーベルが白い局地型ガンダム目掛けて振るわれる。

 だが、ヒート・サーベルの刀身は小型シールドに止められ、白い局地型ガンダムの装甲を捉える事は叶わなかった。

 

「っ!」

 

 刹那、一瞬動きを止めたグフ・インフェルノ目掛け、白い局地型ガンダムの装備した一〇〇ミリマシンガンの銃口が向けられようとした。

 だが、ユーリアンは咄嗟に一〇〇ミリマシンガン目掛けて、二連装七五ミリガトリング砲の砲身を叩きつけた。

 

 まさか、砲身を叩きつけられるとは想定していなかったのか、白い局地型ガンダムの動きが、一瞬止まった。

 

「これで!」

 

 その隙をつき、ユーリアンは咄嗟に使い物にならなくなった二連装七五ミリガトリング砲をパージすると。

 新たに使用可能となった三連装三五ミリガトリング砲の砲口を、白い局地型ガンダムのコクピットへ向けた。

 

 小型シールドはヒート・サーベルを受け止めている為、使用できず。

 白い局地型ガンダムに、防ぐ手立ては残されてはいなかった。

 

 そして、至近距離から放たれる三五ミリ弾の雨は、コクピット内を挽肉よりも酷い状態に仕上げるのであった。

 

「こちらユーリアン! 沙亜、そちらの状況は!?」

 

「ユーリアンか、大丈夫だ。こちらも今し方片が付いた所だ」

 

 熱砂に倒れた白い局地型ガンダムを前に、ユーリアンは沙亜の状況確認を行う。

 すると、どうやら沙亜の方も、黒い局地型ガンダムを倒したようだ。

 

「おー二人とも、ご苦労さん」

 

「あれ? ランドニー?」

 

 と、沙亜の状況を把握した所で、メインモニターにギャロップの姿が現れる。

 

「後方にいなくても?」

 

「あぁ、もうこの辺りには敵の反応がないからな。……にしても、流石はガンダム、だな。グフ・インフェルノも無傷じゃいられなかったか」

 

 艦橋内のモニターに映し出されたグフ・インフェルノは、各所に幾つかの弾痕を残し、焦げ跡なども見られる。

 

「所で、ユーリアン。その局地型ガンダム、破損の程度はどの程度だ?」

 

「え? どうしたの急に?」

 

「いや~、何、今後も色々とお金がかかっていく訳だし、金になるのなら、程度の良い残骸を回収して売るのもアリと思ってな。特に、ガンダムは高く売れそうだし」

 

「なら、黒い局地型ガンダムの方も?」

 

「いや、あっちは……」

 

 と、ランドニーが既に知ってような口ぶりで説明を始めようとした刹那。

 ギャロップの影から、背部の五連装ロケットランチャーが片方パージされたザク・アライヴが姿を現した。

 

 その手に、黒い局地型ガンダムの頭部を手にして。

 

「……という訳だ」

 

 その姿を目にして、ユーリアンはランドニーが言わんとすることを察したのであった。

 

 その後、白い局地型ガンダムの破損状況を伝え、回収する判断が下されると。

 搭載容量に余裕のあるギャロップに、回収した白い局地型ガンダムを積み込むのだった。

 

「それじゃ、回収も済んだ所で、シモン達の所に向かうか」

 

「そういえばランドニー。先ほどロッシュが大活躍と言っていたが、どういう事だ?」

 

「え? なにそれ?」

 

 その道中、沙亜がランドニーに気になる質問を投げかける。

 

「あぁ、二人の働きに触発されたんだろうな。何と、ミデア輸送機を一機、無傷で捕獲したそうだ」

 

 ランドニーの口から漏れた質問の答えに、二人は、一瞬狐につままれたような顔をするのであった。

 

 

 

 

 

 程なくして、シモン達と、捕獲したミデア輸送機が着陸した場所に到着するランドニー達。

 先ほどランドニーが言った通り、捕獲されたと思しきミデア輸送機は、特に目立った損傷などは見られなかった。

 

「遅いぞ、ランドニー」

 

 と、シモンから早速文句が垂れる。

 シモンのザクIIF型の足元には、捕獲したミデア輸送機の乗員だろうか、縄で縛られた連邦軍兵士達の姿があった。

 

「悪い悪い。よーし、捜索班、直ちに捜索開始!」

 

 そんな彼らの近くに停止したギャロップから、整備班から抽出した捜索班が降り立つと。

 功労者であるロッシュの陸戦型ザクIIが見守る中、捕獲したミデア輸送機の機内へと進入していった。

 

 程なくして、捜索班からランドニーに報告が入る。

 

「こちら捜索班、コンテナ内には何も確認できず。繰り返します、コンテナ内は空です!」

 

 報告を聞いたランドニーは、口では悔しさを滲ませながらも、内心ではほっと安堵していた。

 と言うのも、当たりを引き当て、ホワイトベース隊が救援に駆け付けるという不安な出来事が実現する可能性が低くなったからだ。

 

「念のため、撃墜した残骸も調べてくれ」

 

 シモンをその場に残し、残りの四人に撃墜したミデア輸送機の残骸を調べさせるも。

 特に補給品やモビルスーツの残骸らしきものは報告されなかった。

 その報告を聞いて、ランドニーは安堵のため息を漏らす。

 

「よし、それじゃ、捕獲したミデ──」

 

「司令! 上空待機中のルッグンから緊急連絡! 攻撃を受けたとの事です!?」

 

「はぁ!?」

 

 だが、安堵したのも束の間。

 艦橋乗組員からの緊急報告に、ランドニーは目を見開く。

 

 と、艦橋内のモニターに、黒煙を引きながら熱砂の中へと墜ちてゆくルッグンの姿を映し出した。

 ただ、同時に、空には二つのパラシュートが開かれており、乗員は無事に脱出したようだ。

 

「救助班は直ちに乗員の救助を! それで、下手人は!?」

 

「捉えました、モニターに表示します」

 

 慌ただしさを増した艦橋内のモニターに、ルッグンを撃墜させた下手人の姿が映し出される。

 それは、大空を舞う、二機の小型戦闘機の姿であった。

 

 青・白・赤のトリコロールカラーに塗装された二機の小型戦闘機、その正体を、ランドニーは既に知っていた。

 

「コア・ファイターだと!?」

 

 それは、RXタイプのモビルスーツのコクピットカプセルとして開発され、後に、多目的戦闘機に転向した小型戦闘機。

 その大きさの制約から、搭載している武装は機首の二五ミリ機関砲が四門と、内装式の小型ミサイル。

 オプションとして翼下にミサイルを装備できるが、今回の二機にそれは確認されなかった。

 

「くそ! 対空攻撃開始!」

 

 ランドニーの命令に、二梃のギャロップの船体前部に装備している連装機関砲が火を噴き、二機のコア・ファイター目掛けて火線が伸びる。

 だが、火線は二機のコア・ファイターを捉えられない。

 

 そこに、更に他の面々から放たれる火線も加わる。

 が、二機のコア・ファイターは火線を掻い潜り大空を飛び続ける。

 

「くそ! あれを避けるか!?」

 

 シモンが、自身の偏差射撃を躱すコア・ファイターの姿に驚愕の声を漏らした刹那。

 不意に、一機のコア・ファイターが旋回し、シモンのザクIIF型目掛け機首を向けると。

 突撃しつつ機首に装備した二五ミリ機関砲四門が火を噴いた。

 

「くそ!?」

 

 ザクIIF型の装甲を貫くには威力不足でも、装備したMS用対艦ライフルを使用不能にするには十分すぎる威力である。

 MS用対艦ライフルを使用不能にしたコア・ファイターは、シモンのザクIIF型とすれ違い様に機首を上げると、再び大空へと舞い戻る。

 

「司令! ミデアが!?」

 

「何だと!?」

 

 こうして、第046独立部隊が二機のコア・ファイターに翻弄されている隙に、それは起こっていた。

 縄を解き、混乱に乗じてミデア輸送機を取り戻した乗員達は、早速離陸させ逃走を図る。

 

「く、捜索班は!?」

 

「既にミデアから脱出しています!」

 

「よし、なら撃ち落と──、ぬわ!?」

 

 逃走を図るミデア輸送機の撃墜を命令しようとした矢先。

 艦橋内に衝撃が走る。

 どうやら、コア・ファイターの攻撃で連装機関砲が破壊されたようだ。

 

「ったく、何て手際の良い奴らだよ! メノ、キャノン砲でミデアを撃て!」

 

「そ、それが、戦闘機からの攻撃でキャノン砲が使えなくなって」

 

「くそ! ロッシュ! マシンガン!」

 

「こちらも、同じく」

 

「くそ! ならユーリアン! 頼む!」

 

 沙亜は黒い局地型ガンダムとの戦闘でザクマシンガンを喪失し、シモン、メノ、ロッシュも遠距離攻撃の手段を失った。

 唯一、まだ火器を装備しているユーリアンのグフ・インフェルノが、ヒートロッドを放ちミデア輸送機のコンテナに付着させると。

 砂塵を蹴って跳躍するや、ヒートロッドをガイドに、バーニアを噴かせ、至近距離から三連装三五ミリガトリング砲を叩き込もうとする。

 

 だが、そうはさせまいと、一機のコア・ファイターが旋回し、グフ・インフェルノに機首を向けると、二五ミリ機関砲四門が火を噴いた。

 

「っ!?」

 

 刹那、ヒートロッドが撃ち抜かれ、ヒートロッドが切れた弾みでグフ・インフェルノが体勢を崩す。

 慌てて体勢を立て直し、何とか熱砂に着地すると、再び追撃をかけようとするも。

 そこに、再びコア・ファイターの攻撃が襲う。

 

「──ロ、──ムロ。もういいわ、帰還して」

 

 と、敵の通信を拾ったのか、コア・ファイターのパイロットに対する通信がコクピット内に流れる。

 刹那、二機のコア・ファイターは、十分に足止めの役目を果たし終えると、翼を翻し、大空の彼方に消えゆくミデア輸送機を追う様に、大空の彼方へと消えていった。

 

 

 

 

「はぁ……。まさか、最後の最後に大当たりを引くとはな」

 

 先ほどユーリアンの聞いた敵の通信を、ランドニーも傍受し聞いていた。

 ハッキリと名前こそ聞こえなかったものの、ニュアンス等から、ランドニーは二機のコア・ファイターの内の片方のパイロットの目星を付けていた。

 

 そしてそれは、ランドニーにとっては、出来れば遭遇したくない名前の上位でもあった。

 

(そういえば、乗機が変更されてるから、現場で合体なんてできないんだよな。……もしこれで合体した完全体で現れてたら、──それこそ悪夢だ)

 

 ランドニーは、先ほどの遭遇戦を精査すると、まだ恵まれた状況であったと結論を下す。

 

「ま、兎に角今は、救助班と捜索班の回収と、ウルフ・ガー、マルコシアス両隊からの連絡待ちだな」

 

 そして、頭を切り替えると、共闘する残りの二隊からの報告を待ちつつ。

 撤収の為の準備を進めるのであった。




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第二十六話 死にゆく者たちへの祈り(ララバイ)

 捜索班や、無事救助されたルッグンの乗員と救助班。

 そして、傷ついたモビルスーツ達を収容し、戦闘地域から離脱した第046独立部隊のギャロップ二梃は、程なくして、手ごろな巨大岩石の影に身を隠した。

 そこで、共闘する残りの二隊からの報告を受け取る為だ。

 

「司令、マルコシアス隊より報告。輸送部隊の襲撃に成功するも、残骸から物資等は発見できず」

 

「司令、ウルフ・ガー隊より報告。輸送部隊の襲撃に成功、なれど輸送品は確認できず」

 

「おいおい! どうなってんだよ!?」

 

「えぇー、それってもしかして、全部外れって事!?」

 

 ギャロップの艦橋内に響くのは、シモンとメノの嘆息混じりの声であった。

 ギャロップの格納庫内で戦闘の疲れを癒している愛機を降りて、パイロット達はこの艦橋に集結していた。

 

「やっぱりな」

 

「あれ? ランドニー。何だか事前に分かっていたような口ぶりだけど?」

 

「あぁ、実はな……」

 

 共闘した残りの二隊からの報告を聞き、沙亜とユーリアン、それにロッシュも、声には出さずとも今回の作戦が空振りに終わったことに気落ちしていたが。

 ランドニーだけは、特に気落ちした素振りなどなく、むしろ当然だと言わんばかりの口ぶり。

 その事を不思議に思ったユーリアンは、ランドニーにそのからくりを尋ねる。

 

 すると、ランドニーは何処からか紙の束を取り出して、ユーリアン達の前に提示した。

 

「報告を受け取る前にこいつに目を通していたから、今回の作戦は空振りだって分かってたんだよ」

 

「それは?」

 

「捜索班が捕獲したミデア輸送機内を捜索した時に押収していた、今回の輸送作戦の命令書さ」

 

 ランドニーの提示したその紙の束は、連邦軍によるホワイトベース隊への輸送作戦の命令書であった。

 ユーリアン達五人は、受け取った紙の束に目を通していく。

 そこには、以下のような内容が書かれていた。

 

 本輸送作戦は、ジオン軍の目を欺く為、複数の囮の部隊を用意し、複数のルートから偽の合流地点を目指す。

 囮の部隊につられジオン軍が部隊を襲撃し、本作戦を阻止したと誤認した所で、仮設基地にて待機中の本命部隊が、ホワイトベース隊との合流地点へ急行。

 必要な物資とモビルスーツをホワイトベース隊に受け渡す。

 

 この内容を見た五人は、自分達がまんまと連邦に一杯食わされたと悟るのであった。

 

「とすると、あのコア・ファイターが私達を襲ったのは?」

 

「多分、ミデア輸送機の乗員から囮部隊の存在が露見されるのを恐れてか、単にあの乗員達の救援要請を受け取って駆け付けたかのどちらかだろうな。最も、結局こうして露見しちまった訳だけどな」

 

「それよりも、これからどうするんだ? とりあえず今回の任務は終わった訳だし……」

 

「いや~、それがだな」

 

 沙亜の質問に答え、次いでシモンの質問に、歯切れが悪そうに答えるランドニー。

 

「何だよ? どうした?」

 

「いや~、それが。今回の任務、ターゲットは輸送部隊の中核をなすミデア輸送機の撃破。で、俺達、何機撃破した?」

 

「……、あ」

 

 そこでシモンは、気付いた。

 そう、あの二機のコア・ファイターに邪魔され、捕獲した最後の一機を破壊し損ねた事を。

 

「ってことは、まさか」

 

 シモンのみならず、他の面々も嫌な汗が滲み出始める。

 

「──あぁ、今回の任務、失敗だ」

 

「って事は当然、報酬も?」

 

「なしだ」

 

 そして、ランドニーの口から告げられた事実に、皆の表情が暗くなった。

 

 現実なら、一機逃がした所で、内部を捜索して得た情報を報告書に添付すれば、酌量してもらえるだろう。

 しかし、これはゲーム。

 幾ら酌量を求めた所で、システム的には成功条件を満たしていない為、有無を言わさず"失敗"である。

 当然、失敗したのだから、成功報酬など払われるはずもない。

 

「ま、偶にはそんな時もあるよ。次頑張ろう、次!」

 

 そんな落ち込まずにはいられない空気が艦橋内を支配する中、いち早く気持ちを立て直したメノは、他の面々を元気づける。

 

「そうだな。もう終わった事だ、今更悔いてもどうにもならん。気持ちを切り替え、次に挑もう」

 

「だね。気持ちを切り替えて、次を頑張ろう」

 

「ま、仕方ねぇ、次頑張りますか」

 

「……、失敗は、成功のもと」

 

 メノの声援に他の面々も気持ちを切り替え、次に向けて意気込みを口々に言う。

 

「そうだぞ! クヨクヨせず、前向きに! 次をがんばろー!」

 

 そういうランドニーが一番落ち込んでたけどな。

 とのシモンのツッコミに、艦橋内に笑い声が木霊し、先ほどまでの暗い空気は、何処かへと吹き飛ぶのであった。

 

「さて、気持ちも切り替えた所で、普通ならオデッサに戻る所だが」

 

「何だ? 戻らないのか?」

 

「いや~、流石にこのままじゃ、今回の任務、収支的にマイナスになっちまうからな。──そこで、マイナスをプラスにすべく、行動を開始したいと思う! 即ち、セルフ追加ミッションだ! 幸い、明日は皆休みで時間もあるだろ? という訳で、最後まで付き合ってもらう」

 

 どうやらランドニーとしては、任務で発生したルッグンの買い直しに修理の費用等、発生したマイナス分を帳消しにし、更に成功報酬分を少しでも回収しようと画策していたらしく。

 少々強引に、他の五人を巻き込むのであった。

 

「で、具体的には何をするんだ?」

 

「ふふふ、実はな。さっき移動中に、今回回収した局地型ガンダムを、買取窓口に出すよりも遥かに高値で売れるかもしれない方法がある事を思い出してな!!」

 

 不敵な笑みを浮かべたランドニーは、思い出したというその方法を話し始めた。

 

「この前のアップデートで実装された"オークション"機能。これを利用するのさ」

 

 オークション機能。

 それは、従来掲示板上などで自らが改造・開発、或いは回収したモビルスーツを宣伝し、希望するプレイヤーと交渉して取引を行っていたものを、オークション・ページと呼ばれる場所に一元化したもの。

 出品者は、初期価格や出品期間等の必要事項などを記入し、専用ページ上に商品を出品。

 一方入札者は、検索機能を利用し、自らが希望する商品を検索、購入希望額を指定して入札を開始する。

 その際、他の入札者により入札が行われ再入札を行うかどうか等、最新の入札状況は、各々のタブレット端末に通知される仕組みとなっている。なお、これは出品者側も、出品期間中の現在の入札状況などをタブレット端末等から確認できる。

 

 出品期間が終了すると、出品者と落札者の当事者間で最終的な取引が行われる。

 という仕組みの機能である。

 

 この機能の存在を思い出したランドニーは、早速、同機能に精通しているであろう人物に連絡を取って、ガンダムタイプの相場というものを確認した。

 その人物とは、第179独立回収隊のフローラである。

 

 そして、フローラから聞かされたガンダムタイプの相場を聞き、ランドニーは、笑顔を抑えきれなかった。

 一例として提示された陸戦型ガンダムの相場が、ランドニーの予想よりも高かったからだ。

 

 勿論、状態により変動はするが、やはりガンダムタイプは量産型でもジムやザクIIよりも、高値で取引される事が多い様だ。

 

 そこでランドニーは思った。

 今回回収した局地型ガンダムに加え、無傷のガンダムタイプを捕獲できれば、ハッピーになれると。

 

「──という訳で! 名付けて! 『ガンダム、売るよ!』大作戦!!」

 

「でもよ、無傷のガンダムタイプなんて……、当てはあるのか?」

 

「ふふふ、そこは抜かりはないよ、シモン君」

 

 ランドニーの口ぶりに、シモンは若干イラっとしながらも、ランドニーの当てとやらを伺う。

 

「この命令書、よく見ると本命の部隊が待機している仮想基地の場所が書かれている。本命の部隊の詳細や積み荷の内容などは書かれていない為分からないが、あのホワイトベース隊に届ける品物だ。絶対ガンダムタイプに違いない!! という訳で、今からこの仮想基地の場所に向かい、荷を強奪する!!」

 

 鼻息を荒くし当ての内容を語るランドニー。

 一方、それを聞いたシモンは、ふと湧いた疑問をぶつける。

 

「でもよ、もう俺達が命令書を手に入れた事は、連邦側も気付いてるんじゃないのか? だとしたら、今から向かってももう遅いんじゃ……」

 

「シモン。──行ってみなきゃ、分かんないだろが!!」

 

 シモンの両肩を掴み、熱弁するランドニー。

 彼の熱意に、シモンも圧倒され、肯定するのであった。

 

「さぁ、お宝探しにレッツゴー!!」

 

 ランドニーの号令を合図に、ギャロップ二梃は、連邦軍の仮設基地を目指して再び熱砂の中を進み始めた。

 

 

 

 

 

 ゴビ砂漠の中を、砂煙を巻き上げて進む二梃のギャロップ。

 移動中、天高く昇っていた太陽は地平線の彼方に沈みかけ、砂の大地を暁色に染め上げていた。

 

「司令、味方の反応を捕捉しました」

 

「ん? 味方?」

 

 そんな中、仮想基地まで間もなくの距離にまで近づいた時の事。

 不意に飛び込んだ艦橋乗組員の報告が気になり、ランドニーは補足した味方の方へとギャロップの進路を変更させた。

 

 程なくして、二梃のギャロップは、巨大岩石の影に複数のモビルスーツが待機している場所へと到着した。

 

「いや~、まさか第17MS特務遊撃班、ウルフ・ガー隊の皆さんだったとは。しかし、息災そうで何よりです」

 

「お互いに」

 

 巨大岩石の影に待機していたのは、ウルフ・ガー隊のモビルスーツ達であった。

 作戦終了後とはいえ、ギャロップから降りた第046独立部隊一行は、ウルフ・ガー隊と挨拶を交わす。

 

「所で、ヘンリー大尉。何故この様な場所に?」

 

「輸送部隊を襲撃し終えた直後に、救援に駆け付けた連邦の航空部隊に追撃され、合流予定だった味方部隊ともはぐれ、この灼熱の砂漠を彷徨っていた所だ」

 

「それは、災難でしたね」

 

「それで、そちらは何故こんな所に? まさか、我々を助けに来た……、という訳ではなさそうだが?」

 

「いや~、ちょっと作戦中に、"宝の地図"を見つけたものですから。お宝探しに」

 

「ほぉ」

 

 握手を交わし、互い状況を話し合うランドニーとウルフ・ガー隊隊長のヘンリー大尉。

 

「しかし、随分と執拗な追撃を受けたみたいですね。負傷者もいるようですし」

 

「あ、あぁ」

 

「あ! そうだ大尉。どうでしょう。なんでしたら、こちらから医薬品などの物資をご提供しましょうか。幸い、こちらはカーゴに十二分な物資を積載しますので、まだまだ余裕があるんですよ。あ、何でしたら、人員をお貸ししますよ?」

 

「それは、有難い申し出だ」

 

 待機しているモビルスーツの内、二機は損傷が激しく。

 その足元には、二機のパイロットと思しきウルフ・ガー隊の青年隊員、手当てを受けているレイ・ハミルトン伍長とレスタ・キャロット伍長の姿があった。

 だが、医薬品が不足しているのか、その応急処置は十二分なものとは言えない状態であった。

 

 それを目にしたランドニーからの申し出に、ヘンリー大尉は二つ返事で応じた。

 

「所で、ハート中佐。先ほど中佐は宝の地図を見つけたと仰っていたが? 因みにそれは、どの様な宝なのか、教えてはいただけないでしょうか?」

 

「ははは、ヘンリー大尉、ご冗談が上手ですね」

 

「冗談、ではないのだが?」

 

「またまた、分かってますよ。大尉の事ですから、もう見当は付いておられるのでしょう? そう、この砂海の中で光り輝く"妖精"の如く美しい宝の正体を」

 

 ランドニーの言葉に、ヘンリー大尉の眉がピクリと動く。

 同時に、飄々とした様子ながらも、まるで全てを見透かしているかのような、そんな不気味さをヘンリー大尉は感じ取っていた。

 

「所で大尉。等価交換と言う法則をご存知ですか?」

 

「それが何か?」

 

「物やサービスを受ければ、その代価を支払わなければならない。……つまり、医薬品と人材をご提供いたしましたので、我々のお宝探しに"ご協力"願えないでしょうか、ヘンリー大尉? あぁ、もしご協力いただけるのでしたら、大尉達が如何に頑張ってくださったかを、マ・クベ中将に取り持ち致しますが?」

 

 ただ、どうやらその不気味さは、ヘンリー大尉自身が考えていたものよりも、遥かに巨大であった様だ。

 

「ふ、どうやら、中佐は相当の食わせ者の様だ」

 

「いえいえ、お互いに、ですよ」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべ合うランドニーとヘンリー大尉。

 そんな二人を他所に、物資の運び出しや負傷者の手当てが淡々と行われていく。

 

「あ、所で大尉、最後にもう一つ、お聞きしたいのですが?」

 

「何だ?」

 

「大尉の乗機、アレの肩は赤く塗らないんですか?」

 

 ランドニーの質問に、これも駆け引きか何かかと思考を巡らせるヘンリー大尉であったが、いくら考えても質問の真意が測れず言葉に詰まるヘンリー大尉。

 すると、そんなヘンリー大尉の様子を見たランドニーは、特に深い意味はないと釈明するのであった。

 

 因みに、ランドニーとしては質問に深い意味などなく。

 ヘンリー大尉の乗機である陸上試作モビルスーツ、形式番号MS-08TX、イフリートの姿を見て、つい口が滑ってしまっただけなのであった。

 

 

 

 

 

「大尉、本当によろしかったんですか?」

 

「何、ここで恩を仇で返せば、それこそ、この砂漠どころか地球上、いや、軍内部にすら居場所がなくなっちまう。文字通りの"はぐれ"者だ」

 

「ま、いいじゃねぇか。生きて戦い続けてれば、何時かまた、いい獲物に出会えるさ!」

 

 砂の大地を夜の闇が覆い尽くし、空に散らばる見渡す限りの星々と月の光が、昼間の熱砂から一変、冷たい砂の大地を見守る中。

 指定された位置に待機したウルフ・ガー隊の三名は、作戦開始前の私的な会話を交わしていた。

 

 ウルフ・ガー隊の紅一点であるサキ・グラハム軍曹は、第046独立部隊の介入により、自分達の獲物を横取りされた様な気分で、不満を露わにしたが。

 ヘンリー大尉や、大尉の友人であり同じ隊員の仲間でもあるマーチン・ハガー曹長に諭され、渋々従うのであった。

 

「こちらランドニー、大尉、準備の方はいいかな?」

 

「あぁ、問題ない」

 

「では、作戦を開始する」

 

 程なくして、ランドニーからの通信で作戦開始が告げられると。

 刹那、砲撃音の後、夜の砂漠に巨大な砂煙が登場した。

 

「よし、予定通り、新型を誘い出すぞ!」

 

「了解!」

 

「よっしゃ! 派手にぶっ放してやろうぜ!!」

 

 砂山の影に待機していたイフリート、そして二機の陸戦型ザクIIは立ち上がると、眼下に広がる砂の大地の只中にぽつんと建てられた、連邦軍の仮設基地目掛けて歩み始める。

 各々が装備した火器を、派手に発砲しながら。

 

 

 ウルフ・ガー隊の行動は、ランドニーの作戦の一環であった。

 協力の一環として、基地の構造や把握した戦力等の情報をヘンリー大尉から聞き出した彼は。

 更に自前での偵察で得た情報などをもとに、仮設基地に対する襲撃作戦を立案した。

 

 作戦の初動として、二梃のギャロップ、そして修理の完了したメノのキャノン砲による砲撃で、事前に確認された地雷原を砲撃。

 次いで、ウルフ・ガー隊、及び第046独立部隊の沙亜とシモン、そしてロッシュの三名による攻撃で、例の新型であるガンダムタイプのモビルスーツを誘い出し。

 仕上げに、誘い出されたガンダムタイプを、捕獲の要であるグフ・インフェルノのヒートロッドで機能停止に追い込み、捕獲するという流れだ。

 

 

 

 

 

 当然ながら、そんな作戦に従って動いているとは思いもしない連邦軍側は、突然の砲撃によりパニックに陥っていた。

 

「くそ! 昼間の奴らだけじゃないのか!?」

 

「大尉、地雷原が!?」

 

「畜生、いつの間にあんな援軍を!?」

 

 仮設基地内に設けられた格納庫の前で、三機のモビルスーツのパイロット達は、コクピット内で苦々しい表情を浮かべる。

 既に今日一日だけで、同基地は何度も襲撃を受け、その度に、同基地に滞在していた輸送部隊の護衛である彼らモビルスーツ隊は駆り出され。

 度重なる出撃の疲れから、既に三人とも辟易していた。

 

 それでも、軍人としての責務を全うすべく、彼らは出撃した。

 

「愚痴っていても仕方がない! サナ、ダバ! 迎撃する! 行くぞ!!」

 

 そして、隊長機であるトリコロールカラーに塗装されたモビルスーツ。

 ガンダムタイプの特徴でもある額のV字型ブレードアンテナにツインアイ、開発方針である陸上での近接戦の為、デッドウェイトとなる宇宙空間用のスラスター等は取り除かれ、スッキリとした外見。

 左右両腰にマウントした、取り回しの良いビーム・ダガーに、こちらも取り回しを重視した小型の九〇ミリサブマシンガンをその手に持つ。

 

 形式番号RX-78XX、ガンダム・ピクシーの名を持つ、ガンダムタイプのモビルスーツ。

 

 そのパイロットを務める、モビルスーツ隊の隊長、ボルク・クライ大尉は、ガンキャノンに乗る部下のサナ・ニマ伍長とダバ・ソイ軍曹に出撃を指示した。

 だが、その直後、そんなボルク大尉のもとに、通信が入る。

 

「大尉。これ以上、勝手な行動は慎んでもらおうか!」

 

 通信を入れたのは、ボルク大尉のモビルスーツ隊の護衛対象である輸送部隊、アルバトロス輸送中隊の中隊長、ノクト・ガディッシュ少佐であった。

 

「何故です!?」

 

「遺憾ながら、この基地を放棄する事を決定した」

 

「基地を、放棄ですと!?」

 

「そうだ。もはやこれ以上この基地は敵の攻撃に耐えられん。故に、我々は間もなく脱出する」

 

「待ってください! このピクシーがあれば、奴等など!」

 

 ノクト少佐に考え直してもらう様に直訴するボルク大尉。

 すると、彼の直訴を聞いたノクト少佐は、搭乗するミデア輸送機のコクピット内で、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ほぉ、そうか。……ピクシーがあればいいのだな、よかろう。──ダバ! サナ! 貴様達は私の援護につけ!!」

 

 そして、次の瞬間、ノクト少佐の口から漏れた命令に、ダバ軍曹とサナ伍長は困惑する。

 

「大尉。貴様はピクシーがあればいいのだろう? ならば、貴様はミデアが発進するまで、そのピクシーで奴らをひきつけておけ!!」

 

「そんな無茶だ!」

 

 更に、ボルク大尉に対する無茶な内容の命令に、遂に我慢しきれずサナ伍長が声を挙げた。

 

「ダバ、サナ。命令だ……、少佐をお守りしろ」

 

 だが、その声は、他でもないボルク大尉によって遮られた。

 

「命令通り、奴等をひきつけておきます」

 

「よろしい。──それで、大尉? そのピクシーはいつ返してくれるのかなぁ?」

 

「奴等とけりを付けたら、直ちに追いかけます」

 

「時間もないと言うのに、クズである貴様を待つために、貴重な時間を浪費しろとぉ?」

 

「お願いします、少佐殿」

 

「……よかろう。ただし、手短に済ませるんだぞ」

 

 そして、ボルク大尉は険しい表情と共に、ガンダム・ピクシーをウルフ・ガー隊の方へと駆け出させた。

 

 

 だが、ウルフ・ガー隊へと向かう道中。

 ガンダム・ピクシーのレーダー画面が、後方から急速接近して来る機影を捉える。

 

「何!?」

 

 攻撃を仕掛けてきた部隊とは別方向から基地内に侵入したと思しき機影は、見る見るうちにノクト少佐の乗るミデア輸送機の方へと近づいてくる。

 

「くそ!?」

 

 ボルク大尉は舌打ちすると、機体を反転させ、フットペダルを踏み込むと、ダバ軍曹とサナ伍長の援護に向かうべくガンダム・ピクシーを跳躍させた。

 

「グフタイプ? くそ!」

 

 その高い機動性から繰り出された跳躍によって、天高く飛んだガンダム・ピクシーのメインカメラが捉えたのは。

 闇夜に溶けるような、黒い改造グフタイプ、グフ・インフェルノが、その高い機動力でミデア輸送機に迫る光景であった。

 

 接近するグフ・インフェルノを迎撃すべく、ダバ軍曹とサナ伍長のガンキャノンが装備した二四〇ミリ低反動キャノン砲やジムマシンガンを発砲するも、それを掻い潜りながら接近を続けるグフ・インフェルノ。

 

「うわ、く、来るな、くるなぁぁーーっ!!」

 

 そして、サナ伍長のガンキャノンの懐に飛び込んだグフ・インフェルノは、手にしたヒート・サーベルを、コクピット目掛けて突き刺した。

 

「サナ! くそ! まだ、まだ俺は死ねないんだぁぁ!!」

 

 味方の死に激高したか、将又、死の恐怖を振るう為か。

 ダバ軍曹は吠えながら、乗機のジムマシンガンをグフ・インフェルノに向け発砲するも、放たれた九〇ミリ弾は、盾として利用されたサナ伍長のガンキャノンに阻まれる。

 

「! うわぁぁぁ!!」

 

 刹那、排出される空薬莢の数々と同数の、七五ミリ弾の雨がダバ軍曹のガンキャノンを襲い。

 そして、ダバ軍曹のガンキャノンを炎と黒煙の中に消した。

 

「り、離陸だ! 早く離陸しろ!!」

 

 護衛の二機が倒され、急いでパイロットに離陸を指示するノクト少佐。

 だが、そんなノクト少佐の乗るミデア輸送機の前に、黒い鴉が姿を見せる。

 

「わ、私は、こんな所で──」

 

 グフ・インフェルノから放たれる七五ミリ弾とミサイルを受け、ノクト少佐の乗るミデア輸送機は、巨大な火の玉の中へと消え去った。

 

「ダバ、サナ……。くそ!!」

 

 ボルク大尉は上官や部下を殺した下手人のグフ・インフェルノ目掛け、九〇ミリサブマシンガンを発砲する。

 だが、グフ・インフェルノは軽々とその火線を躱してみせた。

 

「あのモビルスーツ……。それにパイロットも。……並の強さじゃない。だが!!」

 

 かつてミデア輸送機だった、巨大な炎の近くに着地したガンダム・ピクシーのコクピットで、ボルク大尉はグフ・インフェルノの強さに慄いていた。

 だが、それを振り払うように、彼は操縦桿を握り直すと、再び九〇ミリサブマシンガンを発砲し始める。

 

 しかし、放たれる九〇ミリ弾は、グフ・インフェルノの装甲をかすりもしない。

 

「こいつ、一体なんだ?」

 

 だが、不思議な事に。

 何故か先ほどまで使用していた筈の二連装七五ミリガトリング砲も、脚部の三連装ミサイルポッドも、使用する気配がない。

 

 回避運動に専念ばかりして、攻撃が疎かになる様な筈がないにもかかわらず。

 

「攻撃しないのなら、遠慮なくやらせてもらうぞ!!」

 

 理由が分からぬが、グフ・インフェルノが攻撃してこないと判断するや、ボルク大尉は左腰のビーム・ダガーを抜き、逆手に持つと。

 右手の九〇ミリサブマシンガンと組み合わせ、近接戦闘を仕掛ける。

 

 だが、グフ・インフェルノも安々と得意な距離での戦闘に持ち込ませまいと、一定の距離を保ち続ける。

 

「く、やろう!」

 

 それから暫し、ガンダム・ピクシーの一方的な攻撃が続いた後。

 遂に、グフ・インフェルノが動き出した。

 

 それは、九〇ミリサブマシンガンが弾切れを起こした直後の事。

 

「何!?」

 

 グフ・インフェルノが、不意に手にしていたヒート・サーベルを、ガンダム・ピクシー目掛けて投擲してきたのだ。

 その想定外の使用方法に、ボルク大尉は気が動転しつつも、ガンダム・ピクシーの瞬発力のお陰で、何とか躱す事には成功する。

 

 だが、気が動転した為、躱した直後に、次の行動に移るのが遅れてしまった。

 

 その隙をつき。

 グフ・インフェルノから放たれたヒートロッドが、ガンダム・ピクシーの胸部に付着した。

 

 そして、次の瞬間。

 ヒートロッドを通じて、ガンダム・ピクシーに高圧電流が流される。

 

「なっ!!?」

 

 刹那。

 ガンダム・ピクシーのコクピット内に火花や機器の破片が飛び散り、パイロットスーツを着用していなかったボルク大尉に襲い掛かる。

 

 そして、ガンダム・ピクシーは、膝をつき、そのツインアイの光りを消すと、その動きを止めた。

 

「っ!? 何だ、動け! おい、動けよ!!」

 

 飛び散った影響で負った傷の痛みを堪えながら、非常灯もつかず暗いコクピットの中、ボルク大尉は再びガンダム・ピクシーを動かそうとするも。

 ガンダム・ピクシーの正規のパイロットではないボルク大尉には、機能を停止したガンダム・ピクシーを、再起動させる事はできなかった。

 

 

 

 

 

「いやー、本当に、お世話になりました」

 

 こうして、無事にガンダム・ピクシーを捕獲できた第046独立部隊は、何とかスペースを確保したカーゴにガンダム・ピクシーを積み込み。

 大満足なランドニーは、満面の笑みでヘンリー大尉に協力を感謝するのであった。

 

「それで、本当に捕虜はこちらで見ても?」

 

「えぇ、どうぞ。序に、この基地も、ウルフ・ガー隊の皆さんにお任せします」

 

 制圧した仮設基地も、捕虜となり手当てを受けているボルク大尉の処遇も、全てウルフ・ガー隊に任せると言い切るランドニー。

 ほぼ丸投げではと思ったヘンリー大尉だが、これも等価交換だと、引き受けるのであった。

 

 こうして、お宝を手に入れた第046独立部隊は、オデッサに戻るべく、仮設基地を後にした。

 夜明けと共に地平線の彼方へと消えいていく第046独立部隊を見送るヘンリー大尉は、彼らの姿が見えなくなるまで、敬礼を行うのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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外伝 軌道上のボレロ

 とあるプレイヤーが、ある日、ギルドメンバー募集用の掲示板を眺めていた。

 ソロプレイで活躍していたが、ソロプレイでの限界を感じ、チームでのプレイに転身すべく、新規加入を求めているチームを探す為だ。

 雰囲気や活動の特徴等を伝えるキャッチコピーが並び、そのどれもが、心惹かれるものであった。

 

 と、その中に、文字のみならず映像での紹介を行っているギルドがいる事に気が付き、興味を惹かれ、その映像を再生してみた。

 

 

 

 

 我々は、一つの名機を失った。しかし、これは終焉を意味するのか? 否! 始まりなのだ!!

 "EMS-04 ヅダ"はMS-05 ザクIに比べ性能では勝っていた、にもかかわらず、採用競争で敗れたのは何故か!?

 諸君! あの採用競争が、出来レースだったからだ!

 あの屈辱的な敗北から幾年、繁栄を謳歌するジオニック社の影に隠れ、ツィマッド社は後塵を拝し続けた!

 しかし! それでも諦めずに自らの強みを磨いたツィマッド社を、そしてEMS-04を神が見捨てる筈はない!!

 

 その証拠に、EMS-04は、"EMS-10"として、不死鳥の如く蘇った!!

 

 にも拘らず、諸君の愛してくれたヅダは、今一度歴史の闇に消えようとしている!?

 

 何故だ!!?

 

 

(……欠陥機だからさ)

 

 

 

 辛く苦しい立場に立場に置かれているのは理解している。

 なればこそ! 我らは襟を正し、この状況を打開しなければならない。

 

 ヅダ好きよ、同志達よ! ヅダに日の目を浴びせる為、立てよヅダ好きよ!!

 

 傑作機であるヅダこそ、ジオン公国を救い得るモビルスーツである。

 

 ジーク・ヅダ!

 

 ジーク・ヅダ!!

 

 ジーク・ヅダ!!!

 

 

 

 

 ギルドの長と思しきプレイヤーの演説映像を再生し終えたプレイヤーは、そっとそのギルドの募集ページから離れると。

 自身に合った、新たなギルドを探し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙要塞ア・バオア・クー。

 ジオン公国における重要拠点の一つで、一年戦争と言う原作ラストを彩った最終決戦の舞台でもある。

 

 二つの小惑星を結合した、キノコの様にも傘の様にも見える独特の形状をした宇宙要塞。

 その宇宙要塞ア・バオア・クーを拠点に活動しているギルドこそ、先ほどの勇ましい演説で新規加入者を募集していたギルドであった。

 

「はぁ……。何故だ、何故一向に集まらん!」

 

 ギルドの名は、第100技術試験隊。

 そして、同ギルドの専用ロビーで、一向に新規加入者が現れない事を嘆いている人物こそ。

 第100技術試験隊の軍団長、金髪オールバックの壮年男性プレイヤー、トウバンジャン・リック・スバル少佐、その人である。

 

 因みに、第100技術試験隊の専用ロビー内は、ツィマッド社の企業ロゴや、愛してやまないヅダのガンプラや写真などが所狭しと飾られていた。

 また、スバル少佐自身も、敬愛するキャラクターと同じ階級になりたいが為に、コマンダープレイヤーながらパイロットとして活動するなど。

 これらの事からも、彼が如何にヅダを愛してやまないかを物語っている。

 

「私の熱意のこもった演説を聞けば、多くの同志達が賛同し、集まるとばかり思っていたのに……」

 

「スバル少佐、やはりヅダでは魅力が乏しく……」

 

「ヒトデ軍曹! 君までヅダの魅力に疑念を持ってどうする!?」

 

「す、すいません!」

 

 そんなスバル少佐に注意されたのが、同隊所属のプレイヤーの一人、取り立てて特徴のない黒髪の青年プレイヤー、ヒトデ・ワッシャー軍曹である。

 

「しかしスバル少佐。既に新規加入者の募集を募ってから二週間ですが、映像の再生回数は二桁前半で、このままでは、待っていても望み薄と思われます」

 

 そしてもう一人。

 部隊の紅一点である、ポニーテールにした赤毛が目を引く女性プレイヤー、モナカ・キャロラック曹長が、新規加入者募集における危機的な状況を、スバル少佐に具体的な数字と共に説明する。

 

「む、むぅ……」

 

 流石に、具体的な数字を告げられると、ぐうの音も出なかった。

 

 因みに、参考までに、同時期に第100技術試験隊と同様の理念を掲げた、ザク好きが集まる第3939部隊は。

 演説ではないが、ザクの魅力をアピールした映像紹介付きで新規加入者を募集しており、既に、映像の再生回数は五桁を突破していた。

 

「そうだ! 少佐、これはきっとジオニック社の妨害工作に違いありません!! 俺達の素晴らしさに他の皆が気付けば、ザクが見向きもされないと危惧したジオニック社の──」

 

「ヒトデ軍曹。もういい。……残念ながら、ここはゲームなれど現実なのだ。幾ら理由を取り繕おうとも、我々に魅力がないのは、何人たりとも消せはしない事実なのだ」

 

 気落ちしているスバル少佐を励まそうと、ヒトデ軍曹が声をかけるも。

 スバル少佐はヒトデ軍曹の肩に手を置き、その気持ちだけで充分だと、それ以上の発言を制するのであった。

 

「あの、スバル少佐」

 

「何だね、モナカ曹長?」

 

「事実を受け入れているというのなら、一体、どうすると言うのですか?」

 

 モナカ曹長の質問に、スバル少佐は一旦間を置くと、静かに自らの考えを話し始める。

 

「魅力がないのであれば、作り出すまで」

 

「え?」

 

「あの、それって?」

 

「我らが更に戦果を上げ、ヅダの素晴らしさを証明してみせるまで!!」

 

 それは至極単純なものだ。

 自分達が使用しているヅダで更に戦果を上げ、他のプレイヤー達にヅダが如何に素晴らしいかをアピールする。

 そして、ヅダの魅力に気付いたプレイヤー達は、否が応でも第100技術試験隊に興味を持たずにはいられず、加入希望者が殺到する。

 

 スバル少佐は自らの算段を語った後、ヒトデ軍曹とモナカ曹長を交互に見据え。

 

「では諸君、勝利の栄光を掴むため、出撃する!」

 

「「は!」」

 

 出撃の号令を放つのであった。

 

 

 

 

 

 己の野望を叶える。

 その第一歩を踏み出す為、スバル少佐ら三人を乗せたヨーツンヘイム級試験支援艦、個艦名『ヘルヘイム』は宇宙要塞ア・バオア・クーを出航。

 一路、大宇宙(大空)を進む。

 

 元々民間貨客船であったヨーツンヘイム級は、開戦に先立ち軍に徴用。

 自衛用の火器など、必要な改修を施され、改修完了の一番艦の名を取ってヨーツンヘイム級としてジオン公国軍の一翼を担う存在となった。

 その最たるが、元は貨客船というだけはあり巨大なそのペイロードで、同様の性質を持つパプア級補給艦よりもその輸送能力は高く、ヤップ級大型輸送艦に迫る程だ。

 だが、やはり元商船の為、戦闘に関わる能力は最低限と言ってよい。

 

 そんなヨーツンヘイム級の同型艦、ヘルヘイムの艦橋で、スバル少佐ら三人は今後について話をしていた。

 

「所でスバル少佐。考えたのですが、戦果を上げると言っても、NPC部隊との戦闘で戦果を上げても、やはり宣伝効果としては、少々、弱いのでは?」

 

 モナカ曹長の疑問に、スバル少佐は確かにと、彼女の意見に賛同を示す。

 しかし、一拍置くと、スバル少佐はその様な考えを踏まえた上で、既に策を講じていると告げた。

 

「当然、狙うは上級プレイヤーの撃破だ。その為に、上級プレイヤーが出現するであろうシチュエーションは既に調べてある」

 

「具体的には?」

 

「我々が今向かっているのは、地上で採掘された資源を積載したHLV等を回収する為のポイントだ。地上から打ち上げられた貴重な資源を満載したHLV。当然、連邦側からすれば、宇宙でのこれ以上の戦力強化阻止すべく、これら地上からの資源輸送ルートを脅かしたいはずだ」

 

 とスバル少佐は一拍置くと、再び説明を始める。

 

「その為、これまでも、このポイントでは何度か連邦軍部隊の襲撃を受けている。当然、軍も座視している訳ではなく。打ち上げ時間の変更や警備戦力の強化などを行っているが。やはり、打ち上げ場所は移動できないので、正直、いたちごっこだ」

 

「あの~、それでそのポイントに、上級プレイヤーが現れるんですか?」

 

「あぁ、そうだ。我々にとってはここからが重要だが。私が調べた情報によれば、同ポイントを襲撃した連邦軍部隊内には、上級プレイヤーを含む軍団の出現が確認されている。それも、毎回ではないが、かなり高い頻度でだ」

 

「という事は、そのポイントにいれば!」

 

「上級プレイヤーと遭遇できる可能性はかなり高い」

 

 刹那、艦橋内が歓喜に沸いた。

 

「おっと、喜ぶのはまだ早いぞ。それは、実際に上級プレイヤーを撃破した時に取っておきたまえ」

 

 喜ぶモナカ曹長とヒトデ軍曹に念押しすると、スバル少佐は、艦橋の窓に広がる大宇宙(大空)に視線を向けた。

 

「我々の輝きは、まだあまねく星々の輝きにも満たぬ小さなものだ。……だが、焦らず、腐らず、諦めず。前に進み続ければ、やがて我々の輝きは星々の中の一つになるだろう」

 

 自身に、そしてモナカ曹長とヒトデ軍曹の二人に聞かせる様に語り終えたスバル少佐は。

 暫し大宇宙(大空)を見つめ続けると、やがて到着まで英気を養っておくように、二人に告げるのであった。

 

 しかし、その直後、艦橋に前方より接近する艦影を捉えたとの報告が舞い込む。

 

「司令、前方の味方艦より入電、貴艦の無事の航海を祈る、以上です」

 

「司令、返信はいかがするか?」

 

 ヘルヘイムの艦長が返信の内容を尋ねるのを他所に。

 スバル少佐は興奮した様子で、艦橋の窓から確認できる、前方より接近する味方艦の姿に、その視線をくぎ付けにしていた。

 

 と言うのも、その味方艦。

 ヘルヘイムの同型艦にして、ネームシップであるヨーツンヘイム級の一番艦、ヨーツンヘイムであった。

 同艦は、何を隠そう、スバル少佐が愛して止まないヅダを始めとしたジオンの試作兵器にスポットを当てたガンダムシリーズの、フル3DCGアニメ。

 機動戦士ガンダム MS IGLOO、において、主人公たち第603技術試験隊の母艦として登場している艦だ。

 

 当然、スバル少佐にとっては、特別な艦である。

 その姿を目に焼き付けようと、他人の声が耳に入らなくなるのも仕方がない。

 

「艦長。こちらも、貴艦の航海の無事を祈る、と返信してください」

 

 その為、返信内容については、モナカ曹長が代わりに伝えるのであった。

 なお、すれ違い、見えなくなるまでの間、スバル少佐はずっとヨーツンヘイムを目で追っていたのだった。

 

「ふ、ふふふ、むふふふ。これは、これはきっと吉祥だ。幸先がいいぞ」

 

 そして、怪しげに笑みを浮かべると、余韻に浸るのであった。

 

 

 

 

 

 ヨーツンヘイムとの邂逅などを経て、ヘルヘイムは、やがて目的であった衛星軌道上の一角に到着した。

 

「司令! 既に当該宙域では、警備部隊と連邦軍との間で戦闘が発生している模様です!!」

 

「了解だ。艦長! 艦の事は任せる!」

 

「アイ・サー!」

 

「ヒトデ軍曹、モナカ曹長! いよいよだ。偉大なる我らの第一歩を踏み出すぞ!」

 

「「了解!」」

 

「モビルスーツ隊、発艦用意! 繰り返す、発艦用意! モビルスーツ隊発艦後、本艦は左一二〇度反転、安全圏に退避する」

 

 大音量のアナウンスが流れる中、ヘルヘイムのコンテナ式格納庫内は、騒音に包まれていた。

 懸架アームに固定され所定の位置に移動するヅダ。

 やがて、ハッチが開かれると、美しい地球を背景に、幾つもの光りの輝きが生まれては消える、そんな情景を生み出す一角が現れる。

 

「トウバンジャン・リック・スバル! ヅダ、出るぞ!!」

 

 ハッチの脇に備えられたランプがグリーンに灯ると、青き幻影のモビルスーツが、大宇宙(大空)へと放たれた。

 

「いいか、先ずは上級プレイヤーを探し出せ!」

 

「了解」

 

「しかし、こうも激しい戦闘の中では、難しい」

 

 スバル少佐操る角付きのヅダを先頭に、三機のヅダは、戦場の只中へと飛び込んだ。

 護衛対象のHLV群の近くでは、ジオン軍の警備部隊の戦闘艦や機動兵器が、襲撃を仕掛けた連邦軍の部隊相手に、火線や光線を絶え間なく放ち続けている。

 連邦軍部隊も、負けじと応戦を続ける。

 そこはまさに、光の戦場。

 

「さぁ、受けろ!!」

 

 そんな中を駆け抜ける三機のヅダ。

 途中、行き掛けの駄賃とばかりに、スバル少佐操る角付きのヅダはシールド裏に装備しているシュツルム・ファウストを、隙を見せた初期型ジム目掛け放ち。

 綺麗な光の輝きを背に、三機のヅダは戦場を駆け抜け続ける。

 

「少佐! 敵はボールや初期型ジムなどで、特に上級者が使っていると思しき機体は見当たりません!」

 

「もっとよく探すんだ! 必ずどこかにいる筈だ!」

 

 モノアイが捉えた敵機を確認していくも、目当てらしき機影が見当たらず、ヒトデ軍曹が弱音を吐く。

 だが、スバル少佐はそんな彼を鼓舞すると、更に捜索を続けた。

 

「少佐! あれを!!」

 

 と、その時、モナカ曹長が何かを見つけたかのように叫んだ。

 そこには、右舷の熱核融合ロケットエンジンが火を噴き、船体を傾ける味方のムサイ級の姿があった。

 

「! あれは!!」

 

 刹那、そんなムサイ級を、一筋の光が貫き、程なく、ムサイ級は巨大な光の中へと消えた。

 ムサイ級を宇宙の藻屑へと変えた原因、一筋の光の発射点を探すと、そこには、一機のモビルスーツの機影があった。

 

「見つけたぞ! 間違いない、あれは上級プレイヤーだ!! ヒトデ軍曹、モナカ曹長! いくぞ!!」

 

「「了解!!」」

 

 下手人であるモビルスーツ目掛け、三機のヅダは土星エンジンを噴かせた。

 

 三機のヅダが突撃した先にいたモビルスーツ。

 それは、額のV字型ブレードアンテナにツインアイ、それに、関節部のシーリング処理やサブアームを有した大型バックパック。

 武装はバックパックに装備された大型メガ粒子砲や六連装ミサイルポッド、右腕部に二連ビームライフル、左腕部にはロケット・ランチャー。更には装甲内蔵式ミサイル等。

 更に両腕部とサブアーム、合わせて合計四枚ものシールドを装備する。

 

 まさに走攻守を高いレベルで兼ね備えたガンダムタイプ。

 形式番号FA-78-TB、フルアーマー・ガンダムTB。

 

 文字通り、現状では上級プレイヤーの多くが保有している、一年戦争末期に登場する高性能モビルスーツの一種だ。

 

「集中攻撃をかける!!」

 

 次なる獲物を探していたフルアーマー・ガンダムTBは、自らに迫る三機のヅダに気付いたのか。

 彼ら目掛け、右腕部の二連ビームライフルを放った。

 

「気を付けろ! 奴の火力は強力だぞ!!」

 

 放たれた二つの光線を避けつつ、三機のヅダは各々が装備する火器を放ち始める。

 だが、そう簡単に火線を当てられる程、簡単な相手ではない。

 

「ヒトデ軍曹! 背後に回り込んで攻撃を! モナカ曹長、相手の気をこちらに向けるぞ!」

 

「了解!」

 

 互いに回避行動を取りつつ、互いの火線が交錯する。

 と、ヒトデ軍曹のヅダが、フルアーマー・ガンダムTBの後背に回り込もうと、加速を強める。

 それを悟られまいと、残りの二機のヅダから、熾烈な攻撃が繰り出される。

 

「こいつで!!」

 

 と、目論見通りフルアーマー・ガンダムTBの後背に回り込んだヒトデ軍曹のヅダが、装備のザク・バズーカを放った。

 

「なに!?」

 

 だが、放たれた二八〇ミリのロケット弾は、後ろから撃たれる事を予期していたかのように、サブアームのシールドによって本体に届くことはなかった。

 

「あー、ウザイ、マジウザイ」

 

 そして、仕切り直しとばかりに、再び三機のヅダが連携しつつ攻撃を再開した矢先。

 不意に、彼らのコクピットに聞き覚えの無い声が聞こえてくる。

 

「さっきからチョロチョロと、マジ鬱陶しいってゆーかー!」

 

 どうやら、、声の主はフルアーマー・ガンダムTBのパイロットの様だ。

 女性であろう声の主は、苛立ちを隠すことなく露わにする。

 

「とっとと墜ちろよって感じーっ!」

 

 刹那、フルアーマー・ガンダムTBの最大火力である大型メガ粒子砲が吠えた。

 

「きゃっ!?」

 

 その光が狙ったのは、モナカ曹長のヅダ。

 何とか直撃は避けられたが、完全に避けきれず、左脚が吹き飛ばされる。

 

「ッチ」

 

 一撃で仕留めきれず、フルアーマー・ガンダムTBは舌を打つ。

 

「大丈夫か!? モナカ曹長!」

 

「はい、少佐。まだ戦えます」

 

「よし! ヒトデ軍曹、モナカ曹長! 三方向から攻撃を仕掛ける、フォーメーションアタックだ!」

 

「「了解!!」」

 

 一方、損傷したモナカ曹長のヅダを中心に一旦集結した三機のヅダは。

 刹那、散開すると、各々三方向からフルアーマー・ガンダムTB向けて攻撃を再開する。

 

「……ぜ、……ウゼェ、ウゼェ!! ウゼェェェェッ!!!」

 

 そんな三機のヅダによる攻撃を軽々と躱していたフルアーマー・ガンダムTBは、パイロットの雄たけびと共に、六連装ミサイルポッドから二発のミサイルを発射。

 二発のミサイルは通常の弾頭と異なり、親となる弾頭から複数の子となる小型ミサイルを射出する、所謂多弾頭ミサイル。

 外装が剥がれ四方に射出された小型ミサイル群は、周囲のデブリなどを巻き込みながら光りの壁を形成する。

 

「先ずはテメェだよ!!」

 

 その圧倒的なまでの火力に、動きを止めてしまった三機のヅダ。

 と、そんな光の壁を突き破り、一筋の光が、左右上下に高速で動きながら、モナカ曹長のヅダに迫った。

 

 その正体は、言わずもがなフルアーマー・ガンダムTBだ。

 

「きゃぁぁぁぁっ!!」

 

 あっと言う間に目の前に姿を現したフルアーマー・ガンダムTBは、モナカ曹長のヅダに見事な膝蹴りを喰らわせる。

 コクピット内を襲う激しい揺れと衝撃に、モナカ曹長は堪らず悲鳴を上げた。

 

「先ずは一つ!」

 

 膝蹴りで吹き飛んだモナカ曹長のヅダは、その衝撃の強さゆえか、起き上がるのに手間取る。

 そんなモナカ曹長のヅダに照準を合わせた、フルアーマー・ガンダムTBの大型メガ粒子砲が、再び吠えた。

 

 そして、モナカ曹長のヅダは、光と共に宇宙の塵と化す。

 

「く! よくも!!」

 

「次はテメェか!!?」

 

 敵討ちとスバル少佐操る角付きのヅダが、装備したザクマシンガンを発砲するも、放たれた一二〇ミリ弾の弾道の行方は、空しく宇宙(そら)の彼方。

 一方、フルアーマー・ガンダムTBからのお返しの二連ビームライフルは、回避行動をとるスバル少佐操る角付きのヅダの捉え、メイン火器のザクマシンガン共々、右腕を吹き飛ばした。

 

「し、少佐ぁ!?」

 

 圧倒的な力の差を見せつけられ、たじろぐヒトデ軍曹。

 そんな彼の操るヅダ目掛け、フルアーマー・ガンダムTBは複雑な軌道を描き近づく。

 

「くるなぁ、くるなぁぁぁっ!!」

 

 右手にザク・バズーカ、左手に予備のザクマシンガンを装備し、狙いも構わず撃ち続けるヒトデ軍曹のヅダ。

 だが、そんな弾幕をいともたやすく掻い潜ると、フルアーマー・ガンダムTBは、ヒトデ軍曹のヅダの眼前にその姿を現した。

 

「さっきはよくもウチの可愛いガンダムっちを傷物にしようとしてくれたなぁ!! お返しだゴラァァァァッ!!」

 

「ウワァァァッ!!!」

 

 そして、フルアーマー・ガンダムTB自慢の加速から繰り出される蹴りが、ヒトデ軍曹のヅダに直撃。

 その勢いで吹き飛ばされたヒトデ軍曹のヅダは、瞬く間に地球の重力に引きずり込まれていく。

 

「少佐ぁ! スバル少佐ーぁ!! 助けてください、エンジンがかかりません!! 少佐ぁ! 助けてぇぇぇっ!!」

 

 装甲外温度が安全値を上回り、コクピット内にけたたましい警報音が鳴り響く。

 シートに押しつぶされるような感覚を感じ、奥歯を噛みしめながら、赤く染まるコクピット内で、ヒトデ軍曹は力の限り叫んだ。

 

「(流石のヅダにも大気圏を突破する性能はない。……だが、ヒトデ軍曹)──君の死は無駄死にではないぞ!!」

 

 蹴られた衝撃でエンジンに不調をきたし、制御を失ったヒトデ軍曹のヅダは、摩擦熱により装甲を赤く染め上げる。

 

 最早助けられぬヒトデ軍曹、彼の犠牲を無駄にせぬよう、スバル少佐は、まだ無事な自身のヅダの左腕のシールドに装備されている打撃用ピックを展開させると。

 ヒトデ軍曹のヅダに気を取られているフルアーマー・ガンダムTB目掛け、後背の死角から、一気に突き刺すべく最大加速で突撃した。

 

「ヅダは! もはやゴーストファイターではない!! 貴様を討ち取り、厳然と存在していると証明してみせよう!!」

 

 フルアーマー・ガンダムTB目掛け打撃用ピックが迫る。

 だが、フルアーマー・ガンダムTBは避ける素振りを見せない。

 

 勝った。

 スバル少佐の脳裏に、勝利の栄光に輝くヅダの姿が駆け巡る。

 

 ──だが。

 

「!!?」

 

 打撃用ピックの先端が、間もなくフルアーマー・ガンダムTBを捉えると言った所で。

 不意にフルアーマー・ガンダムTBは、その巨体を翻すと、寸での所でスバル少佐の一撃を躱した。

 

欠陥機()欠陥機()らしく、歴史ん中に消えてなっ!!!」

 

 会心の一撃を躱され、無防備な姿を晒したスバル少佐操る角付きのヅダ目掛け、フルアーマー・ガンダムTBが手にしたビーム・サーベルを振るった。

 

 

 それは、一つの野望の終焉を告げる、儚い光であった。

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ! まだ終わらんよ!!」

 

「でもスバル少佐、結局あの戦闘で一番目立ってたの、あのフルアーマー・ガンダムTBでしたよ」

 

「戦闘後のSNSを確認しましたら、一応、私達の事を書いているのもありましたが。……見ないのが賢明ですね」

 

 戦闘終了後、専用ロビーに戻ってきた三人。

 その中で、スバル少佐は敗戦の傷を癒すかのように、更なる意欲を口にする。

 

「ヅダは滅びぬ!! 何度でも蘇るさ!!」

 

 果たして、彼らの野望が達成される日はいつになるのか。

 それは、神のみぞ知る。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援は、執筆の大いなる励みになりました。
更には、誤字報告や気になった箇所へのご指摘等、こちらも本当にありがとうございます。

皆様の応援のお陰で、一時的ではありますが、日間ランキングの十二位という目を疑う様なランキング入りを果たしておりました。
本当に、ありがとうございます。

この場をお借りして、感謝申し上げます。


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第二十七話 ワッパ一台あればいい

 ゴビ砂漠からオデッサへと戻ったランドニーは、提示された任務失敗の評価を気にする事もなく。

 ゴビ砂漠で回収した二機のガンダムタイプのオークション出品に取り掛かった。

 

「ふむ、むふふふふっ!!」

 

 自室で作業を行うランドニーは、自室が他のプレイヤーが踏み込めない完全なプライベート空間である事を感謝すべきだろう。

 何故なら、落札金額の妄想に浸るランドニーの表情は、とても残念だったからだ。

 

「よっしゃ、これでオッケー! さぁ、頼みますよ……」

 

 出品完了ボタンを押し、タブレット端末に祈る様に手を合わせたランドニーは、程なくログアウトする。

 

 

 

 それから数日後。

 いつものようにログインした第046独立部隊の面々が目にしたのは、福の神が乗り移ったかの如く終始笑顔なランドニーであった。

 

「おいおい、どうしたんだよ?」

 

「何か、いい事でも、あったんですか?」

 

「むふふ、そりゃもう!」

 

 シモンとロッシュの質問に、笑顔で答えるランドニー。

 

「あ、分かった! オークションに出品したのが売れたんだ!」

 

「その通り!」

 

 と、メノの言葉に、白い歯を見せて答えるランドニー。

 

「いや~、もうね、落札額見たら、笑いが止まりませんよ!!」

 

「という事は、これでこの間の任務の失敗は?」

 

「勿論! チャラどころかプラスよプラス!!」

 

「ほぉ、それはよかった」

 

「いやー、これもひとえに皆のお陰! 改めて、ありがとう!!」

 

 と、笑顔を見せていたランドニーだったのだが。

 その翌日。

 

「……あ、あのぉ」

 

 彼は、第046独立部隊用のロビーの真ん中で、正座していた。

 しかも、以前彼が実装を熱望していた、水着機能を使用した水着一丁の姿で。

 まさか彼自身も、この様な形で熱望していた水着を堪能する事になろうとは、思いもしていなかった。

 因みに水着のタイプは、ブリーフタイプである。

 

 そして、そんな彼の前には、青筋を立てているシモンが仁王立ちしている。

 

「あのよぉ、ランドニー」

 

「は、はい」

 

「ルッグンはいいさ、ルッグンは。任務で撃墜させられちっまったんだからな」

 

「はい」

 

「でもよぉ、何で"もう一機"増えてるんだよ!! しかも、戦闘ヘリとかサムソン・トレーラーとか、それらの整備人員とか!! おまけに何だよこれ! 歩兵って!!」

 

「い、いやぁ……。これから捕獲・制圧するには、やはり整備班から抽出するより、専門のスキルを持った人の方がいいし。回収した物を運ぶにも余裕はあった方がいいだろうし。それに軍団の航空戦力の強化を考えると、本当はドップがいいんだろうけど、ちょっと使いづらいから戦闘ヘリで手を打って……、で、数が増えれば、当然負担も増えるから、ルッグン二機体制にしちゃえって事で」

 

「……で、その結果、また財政状況が悪化してるんだが?」

 

「仕方ないね、てへ! ──うわらば!!」

 

 やはりこの技は可愛い女の子が行うからこそ効果を発揮する。

 その事を、身をもって再確認したランドニーであった。

 

「もう一度聞くぞ? 折角オークションで稼いだゴールド、また無駄遣い事、反省してるか? イエス・ヤー・ウイ・バレ・ダー・アーイ(はいorはいorはいorはいorはいorはい)の中で答えろ」

 

「シモン、それ全部"はい"じゃないですか……」

 

「あん?」

 

「本当に、申し訳ありません!!!!」

 

 シモンの鋭い眼光が飛び込んだ刹那、ランドニーは伝家の宝刀、土下座を繰り出し、自身の過ちを謝罪するのであった。

 

「シモン君。もういいんじゃないかな? ランドニー君も大分反省してるみたいだし」

 

「あぁ、女神じゃ。女神がおる!」

 

 そんな一連のやり取りの様子を眺めていた他の面々から、お灸をすえるのはその位でいいだろうとの意見が飛び出す。

 

「……ランドニー。反省してるか?」

 

「してます、してます! 猛省してます!!」

 

「分かったよ。なら、今後は金遣いは厳格に頼むぞ! いいな!」

 

「は、はい!!」

 

 最後に念押しして、こうしてランドニーは、シモンのお説教から解放されるのであった。

 

 

 因みに。

 出品したガンダム・ピクシーが、巡り巡って再び連邦のもとに戻っている事実は。

 出品者であるランドニーは疎か、他の面々も気付いていない事であった。

 

(そういえば、落札した奴の名前の綴り、どっかで見た事ある様な……、グラーヴ? グレイブ? ん? ──ま、いっか)

 

 気まぐれな砂漠の妖精は、今度はどんな主と共にこの大地を駆けるのか。

 それはまだ、誰にも分らない。

 

 

 

 

 

 

「しーえすえーあーる?」

 

「Combat Search And Rescue、戦闘捜索救難、略してCSAR。その支援が今回の任務だ」

 

「具体的には、どの様な任務なのだ?」

 

「ヨーロッパ方面の最前線で連邦勢力圏内に不時着したマゼラ・トップのパイロットを捜索救難する部隊の護衛、それが今回の任務の主な内容だ」

 

 いつものようにログインし、第046独立部隊用のロビーに集まった一行。

 今回より、事前のブリーフィングで役立つと用意したプロジェクタとスクリーン。

 

 スクリーンに映し出された資料画像などを交えながら、ランドニーは説明を続けていた。

 すると、不意にシモンの手が挙がる。

 

「一ついいか。CSARでは確かに、救出の際に敵との交戦が想定されている。その点、モビルスーツは救出に際して敵を排除、或いは足止めするには向いてるが。だが幾ら何でも、部隊規模を差し向ける程か? 過剰過ぎやしないか? ただの一パイロットだろ?」

 

「ま、そうだよな。たかがマゼラ・トップのパイロット一人の為に、複数のモビルスーツを含んだ規模の戦力を動員する。通常なら、ありえない事だ」

 

「って事は、今回はその通常じゃないって事か?」

 

「ご名答」

 

 シモンとのやり取りに一拍置くと、ランドニーはプロジェクタを操作し、スクリーンにとある軍人の顔写真が映し出された。

 

「これが、今回の要救助者。名前はフィリアン・バルヒェット。階級は少尉。所属はヨーロッパ方面軍第一二装甲旅団、第一二四戦車大隊第二戦車小隊だ。士官学校を卒業して最近地球に降りてきたばかりの新米少尉様だ」

 

 端正な顔立ちの青年軍人ことフィリアン少尉の簡単な紹介を済ませると、ランドニーは彼の素性を話し始めた。

 

「で、このエースでもないフィリアン少尉だが。何故ここまで一介のパイロットである彼が手厚く待遇されてるかと言えば、この少尉の父親が関係している。この少尉の父親は現職の高級官僚で、とある省庁のナンバーツー。しかも、年取ってから出来た子供なもんだから……、と、ここまで言えばわかっただろ?」

 

「つまり、エリートの親父が溺愛している息子の少尉様を傷物になる前に是が非でも見つけて助け出す。か」

 

「そういう事だ。……因みに、本人は元々モビルスーツのパイロットを目指していたようだが、適性がないって事で戦車乗りに。更に言えば、親の反対を押し切って地球に降りてこなきゃ、空調の利いた後方の室内で、悠々と、モニターと睨めっこしてるだけで過ごせてたそうだ」

 

「は! 何だそれ。……現実でも俺の野望内でも、金持ちの考える事は、俺達庶民には理解できない事ばかりだ!」

 

 不意に零れたシモンの自虐混じりの悪態を他所に。

 ランドニーは、ふと自身の私見を口にする。

 

「親兄弟が偉大であればある程、その息子や弟は、親兄弟の敷いたレールを外れ、自分の力だけでやれるって所を証明したくなるものさ……」

 

「? 随分とフィリアン少尉の肩を持つな?」

 

「重なって見えたのかもな……」

 

「???」

 

 不意に遠くを見つめたランドニーの瞳は、何処か寂しげなものであった。

 

「っと、悪い。話が脱線しかけたな。じゃ、説明を続けるぞ!」

 

 だが、暫くすると、いつものランドニーに戻り、再び説明を再開する。

 

「で、今回の任務に関してだが、捜索救難を担当する部隊とは別に、もう一部隊と共同で当たる事になってる」

 

「おいおい、ますます好待遇だな。流石はエリート官僚の息子」

 

 シモンの呆れるような声を他所に、ランドニーは咳払いで私語を注意すると、説明を続ける。

 

「今回の作戦エリアは、比較的大きな都市だから、俺達だけじゃカバーしきれないと判断したんだろう。因みに、都市部だから、モビルスーツのみでは細かい所に手が届かず何かと不便なので、今回共同する部隊との相互作用で遂行率を上げたいんだろう」

 

「その部隊ってのは?」

 

「"第823機動偵察隊"。俺達と同じプレイヤー軍団だが、この部隊の特徴は、何といってもモビルスーツを使用していない事だろうな」

 

「はぁ!? モビルスーツなしって、それどうやって戦うんだよ!?」

 

 共同する部隊の説明を聞いたシモンが驚愕する中。

 他の面々も、シモンの意見に同調するような視線をランドニーに向ける。

 

「あぁ……。とりあえず、これは説明するより見た方が手っ取り早いかな」

 

 そう言うと、ランドニーは再びプロジェクタを操作する。

 すると、スクリーンに映像が映し出された。

 どうやら、共同する第823機動偵察隊の新規加入者募集用の映像のようだ。

 

 

 

 

 どこかのステージ上と思しき場所の中心に、パイロットスーツ姿の男性プレイヤーが一人、佇んでいる。

 

「モビルスーツを上手く操縦できなくて不貞腐れてる皆ーっ!! この世は理不尽だと感じてないか!? そんな事はないよーっ!! 世界は、君が変われば幾らでも変わるんだ!! さぁ、その顔を上げて! 俺の野望を楽しむ方法は、モビルスーツを操縦する事だけじゃない! 楽しみ方は無限大!! それを今から証明するよ、だから、見ていて御覧! カモン!!」

 

 と、男性プレイヤーの呼び声と共に、同じ部隊のプレイヤーと思しきパイロットスーツ姿の者達がステージ上に現れる。

 そして、続々と各々の定位置と思しき場所に並ぶ。

 

「ミュージック、スターーット!!」

 

 刹那、聞こえてきたのは、軽快な音楽であった。

 

 

 ──P! O! ダブルS! I! BILITY!!

 ──P! O! ダブルS! I! BILITY!!

 

 ──It's so easy play one's hunch……。

 

 ──ワッパ! ワッパ! ワッパ! ワッパ! 股を潜った、トラップ仕掛けた!

 ──ワッパ一台あればいい! 楽しめるからラッキーだ!!

 

 ──ワッパ! ワッパ! ワッパ! ワッパ! レース出場、入賞確実!

 ──やんなる位楽しいんだー! さぁいっしょに、ワッパーーーッ!!!

 

 ──コクピット窮屈。でも! こいつ(ワッパ)は広々ーっ!!

 ──ビュンビュンビュンビュン、風を切るから、気持ちぃーーーーーーっ!!!!

 

 

 そして始まったのは、一糸乱れぬ、キレのある彼らのダンスであった。

 その背後には、彼らが連呼する、ジオン公国軍が運用する一人乗り小型ホバークラフトであるワッパが、回転する台座に飾られた上、更にライトに照らされ神々しく展示されている。

 よく見れば、彼らの被っているヘルメットの頭頂部には、ワッパの頭文字であるWのアルファベットが描かれている。

 

 

 ──ワッパ! ワッパ! ワッパ! ワッパ! 君は変われる! 何にでもなれる!!

 ──やんなる位の可能性(POSSIBILITY)だぁーーっ!! さぁいっしょに、ワッパーーーッ!!!

 

 ──P! O! ダブルS! I! BILITY!!

 ──P! O! ダブルS! I! BILITY!!

 

 

 ──因みにワッパは空飛ぶ、バイQ~!!

 

 

 

 最後に、ステージの中心に集まった彼らの締めのポーズと共に、映像は終わりを告げた。

 そして、そんな映像を見終わった第046独立部隊の面々は、皆呆気にとられ、暫く固まったままであった。

 

「な、なぁ、これが今回の味方、なのか……」

 

「味方です」

 

 やがて、何とか我に返るも、顔を引きつらせずにはいられないシモンの質問に、ランドニーは死んだ目をしながら答える。

 

「あぁ、因みに、この後出撃前の顔合わせする予定だから、よろしく」

 

 そして、ランドニーの放った一言に、再びロビー内の時が止まった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第二十八話 生きているからラッキーだ!

 第046独立部隊用のロビーを後に、第823機動偵察隊との顔合わせを行うべく、一行は軍事基地の格納庫群を歩いていた。

 若干いつもより足取りが重いような気がしなくもないが、待ち合わせ場所目指して歩く一行。

 

「えーっと、この辺りの筈なんだけどな?」

 

 先頭を務めるランドニーが周囲を見渡しながら、それらしい人の姿を探す。

 すると、明らかに周囲の者達とは異なる人影を見つけた。

 空を見上げながらポージングを決めているパイロットスーツ姿の男性。

 その明らかに不自然な様子に、その者の近くをと通り過ぎる人々は、その者の近くを通る時だけ歩く速度を速めていた。

 

「なぁ、ちょっと声かけて来いよ」

 

「えぇ!? 俺が!」

 

「リーダーだろ」

 

 そんな男性の姿を見つけた一行は、シモンの提案により、代表してまずはランドニーが声をかける事となった。

 

「えっと……、すいません」

 

 男性に近づくと、恐る恐る声をかけるランドニー。

 しかし、返事が返ってこない。

 聞こえていなかったのかと、もう一度呼び掛けてみようとしたその時。

 

「イェイ! 有名チームと共同の任務に出撃できるぞ!!」

 

 突然、芝居じみた仕草と共に、返事とは思えない独り言を話し始めた。

 

「イェイ! 足手まといにならないよう、全力で頑張るぞ!!」

 

 と、突然物陰から、同じくパイロットスーツを着込んだ男性が飛び出し、最初の男性の隣に並んだ。

 

「イェイ! バリバリ活躍して、可能性は無限大だって、皆に証明するぞ!」

 

 更に、次から次へと同じ格好の男性達が現れ。

 一人一言ずつ言葉を発していくと、最後に何故か、最初からいた男性を胴上げし、一連の儀式のような行為は終わりを告げた。

 

「あ、これは失礼。もしかして、第046独立部隊の方ですか?」

 

「え、えぇ、軍団長のランドニー・ハートです」

 

「そうでしたか! 僕は、第823機動偵察隊の軍団長を務めているタクミです、よろしく!」

 

 そして、漸くランドニーに対して軍団を代表して自己紹介を行った男性こそ。

 胴上げされていた第823機動偵察隊の軍団長、白い歯をのぞかせ素敵な笑顔を浮かべる三十歳前後の男性コマンダープレイヤー、タクミであった。

 

 対して、固い笑顔を浮かべるランドニー。

 そんな両者が握手を交わし終えると、今度は互いの軍団メンバーの紹介となったのだが。

 第823機動偵察隊の面々の眩しいまでの笑顔溢れる自己紹介に対して、第046独立部隊の面々は、終始その眩しさに圧倒され、表情がぎこちないままであった。

 

 こうして無事に顔合わせを済ませた両隊。

 用も済んだので早速出撃するかと思いきや、別れ間際、不意にメノが零した疑問が、第823機動偵察隊の足を止めた。

 

「でも、どうしてモビルスーツに乗らないんですか?」

 

「よくぞ聞いてくれました! そう、それは、聞くも涙、話すも涙の物語!」

 

 疑問に対して身の上話を語り始めたタクミに、第046独立部隊の面々は面倒くさい事になったと内心思っていたが。

 適当に誤魔化してその場を去れる様な雰囲気ではなかった為、仕方なくその涙の物語とやらを聞いていく事に。

 

「僕達はね、学生時代の友人グループでね。でも、恥ずかしい話なんだが、こう見えても当時はそりゃもう地元でも有名な悪でね。所謂ヤンキーさ。……通ってた学校も地元じゃ有名な不良校。そりゃもう、毎日毎日、飽きもせず喧嘩だ何だと、何度地元の警察に厄介になった事か」

 

 今ではとてもそうは見えない、とても爽やかな面々であるが。

 タクミ曰く、学生時代は漫画に出てきそうな典型的なヤンキーで、リーゼントや金髪を靡かせ、飲食店やコンビニの前でたむろし、煙草に喧嘩にと明け暮れ、警察の厄介になったのも両手では数えきれない程との事。

 

「今思えば。あの頃の僕達は、ただ漠然と生活していて、自分が何をすべきかの道も分からず、それが故にイライラを募らせて、それを暴力やタバコ等で発散させていただけだったのかもしれない」

 

 そんな不良少年だった彼らに、ある日、転機が訪れる。

 

「でも、そんな僕達の人生を変えてくれた出会いが、その日、起こったんだ」

 

 その日も、彼らはコンビニの前にたむろしていた。

 そして、いつもの如くタバコをふかしていた彼らの前に、人影が一つ、近づいてきた。

 

「それが、"師匠"との出会いだった。……あ、師匠って言うのは、僕達が尊敬の念を込めてそう呼んでいるんだ。師匠の名前は幸佐 修治(こうさ しゅうじ)、師匠との出会いがなければ、多分今の僕達はなかっただろう」

 

 不良少年であった当時のタクミ達に近づいた師匠と呼ばれる人物は、彼らに、こんな所でタバコなど吸わず、心を入れ替えて真面目に勉学に勤しめと、説教を垂れたそうだ。

 だが、癪に障った当時のタクミ達は、師匠を近くの人気のない所まで誘導し、そこで打ちのめしてやろうと画策した。

 

「でも、全員で束になっても、師匠にはかすり傷一つ負わせられなかった」

 

 強者のような雰囲気も外見も持たぬ師匠なら、容易く打ちのめせる。

 そんな当時のタクミ達の考えは、程なく木っ端みじんに打ちのめさせられる事となった。

 

「"貴様らの力はその程度のものか!"、って、目を見開いて一喝された時、当時の僕達は悟った。この人には、絶対に勝てないと」

 

 こうして敗北を認めた当時のタクミ達は、敗北の悔しさと共に、囲って打ちのめそうとした浅ましく卑しい自らの行いを悔いて、涙を流し始めた。

 すると、そんな彼らの様子を見ていた師匠は、そんな彼らに寄り添うと、優しく語り始めたのだった。

 

「"日本男児たるもの、一度の敗北で泣き出すでない!"、"自ら膝をつき、涙を流すなど、勝負を捨てた者のすることぞ! 立てい! 人生と言う勝負を諦めたくなくば、立ってみせぇぇっい!!"。そんな師匠の言葉に、俺達は心を打たれた。そして、師匠に尋ねた。どうすれば師匠のような強い者になれるのかと」

 

 すると、師匠は彼らを自らの自宅に案内した。

 そしてそこで、自らが大好きだという機動戦士ガンダムのDVDの上映会を行う流れとなった。

 その際、当時のタクミ達に見せたのが、機動戦士ガンダムの第十四話、『時間よ、とまれ』であった。

 

「当時の俺達でもガンダム位は知ってたけど、それも一般的なもので。作中に出てくるワッパなんて、名前すら知らなかった。そんな状態で『時間よ、とまれ』を視聴していると、ガンダムとワッパとの戦闘シーンになってね。その時、師匠が語り掛けたんだ。"この様に、創意工夫でどんな難局にでも立ち向かえる。だが、その際最も重要なのは、それを行う為の一歩を、恐れず踏み出す事だ。彼らを見ろ、ガンダムと言う圧倒的な存在に臆する事無く創意工夫で立ち向かっている!"」

 

 やがて、物語は終局へと向かう。

 

「知っての通り、クワラン曹長たちの作戦は失敗した。だけど、彼らは最後に笑顔で去っていった。その時、師匠が語ったんだ。"人は何度も挫折にぶつかる。だが、その際、不貞腐れず、挫けず、膝をつかずに胸を張り前に進み続ければ、その先には無限の可能性が広がっている"。それを聞いて、当時の僕達は気付かされた、今の僕達は、一歩を踏み出す怖さに負けて、膝をつき、立ち止まっていたのだと」

 

 そして、当時のタクミ達は、視聴を終えると師匠に誓った。

 心入れ替え、恐れず一歩を踏み出し、そして、師匠のような偉大な人に少しでも近づけるようになると。

 

「勿論、実際に一歩を踏み出してみると、更に次の一歩を踏み出す大変さを知る事にもなったけど、それでも僕達は、膝をつかず、進み続けた。そして、今の僕達があるのさ」

 

「そ、それは、凄い人生だったんですね。……あ、もしかして、ワッパを使ってるのも、人生を変えてくれた切っ掛け、だからですか?」

 

「その通りだよ」

 

 タクミの話を聞いて、何故彼らがワッパにこだわっているかを理解した第046独立部隊一行。

 

「ワッパは僕達の人生を変える切っ掛けであると同時に、僕達と師匠とをつなぐ大切な思い出の品だからね」

 

「え? あの、もしかしてタクミさん達の師匠さんって……」

 

 と、不意に悲しげな表情を浮かべたタクミ、それに他の第823機動偵察隊の面々。

 その口ぶりと雰囲気から、ランドニーは嫌な予感をせずにはいられなかった。

 

「あぁ、本当は、師匠と一緒に俺の野望をプレイしたかったんだ。でも、でも……」

 

 やはり、嫌な予感は当たっていたのか。

 そう思った矢先。

 

「でも、奥さんに愛想つかされたのが切っ掛けで暴飲暴食に走って、それが原因で、ドクターストップがかかったから、師匠とは一緒にプレイできないんだ!!」

 

 師匠ーっ! 師匠ーっ! と涙を流す第823機動偵察隊の面々を他所に。

 ランドニー達は、目を点にしていた。

 それまでの口ぶりから、てっきり師匠は亡くなったものとばかり思っていたからだ。

 

「えっと……、失礼な事をお聞きしますけど、その師匠さんは、今も存命で?」

 

「? 勿論。俺の野望はプレイできないけど、今でも元気だよ」

 

 不思議な質問をするねと言わんばかりの表情を浮かべるタクミを他所に、ランドニーは乾いた笑いを浮かべるのであった。

 

「だから、プレイできない師匠の分も、僕達が精一杯楽しんでいるんだ!!」

 

 こうして、タクミ達第823機動偵察隊がモビルスーツを使わずワッパを使っている理由も分かった所で。

 両隊は出撃の為、一旦別れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 オデッサから北西に約七四〇キロメートル。

 ドナウ川支流のヘルナッド川沿いに位置する旧スロバキアを代表する工業都市の一つにして、かつては第二の都市としてその名を知られた都市、コシツェ。

 

 最近のヨーロッパ地域での連邦軍の攻勢により、ジオンは戦線を後退させ。

 現在では、旧ポーランド・スロバキア・ハンガリー等の東部が、ヨーロッパ戦線における最前線として定着しつつあった。

 

 そんな最前線のライン上からほど近い位置にあるコシツェの南東方向から、第046独立部隊と第823機動偵察隊、それに捜索救難部隊は侵入していた。

 

「よーし。それじゃ、連邦軍にバレない内に、フィリアン少尉を見つけて回収し、とっとと撤収するぞ」

 

 コシツェからほど近い小さな村に陣を設けた一行は、素早く部隊を展開させると、コシツェ市内に向けて前進を指示する。

 

「フィリアン少尉からの救助信号は確認できたか?」

 

「いえ、まだ確認できていません」

 

「マゼラ・トップの墜落進路の推定からして市内にはいる筈なんだがな……」

 

「脱出の際に機材にトラブルが生じているのかもしれません」

 

「となると、俺達が近くまで来ていると知って、本人が何らかのアクションを起こすのを待つ他ないか……」

 

 村に停止させたギャロップの艦橋で、ランドニーは艦橋乗組員からの報告を聞き独り言ちた。

 事前の観測で、フィリアン少尉がコシツェ市内にいるであろう所までは把握できていたが、市内の何処にいるのかまでは把握できてはいなかった。

 その際に大いに役に立つ救助信号も、現時点ではトラブルなのか確認できない為、フィリアン少尉の居所を把握するには、本人が何らかのアクションを起こし、目印となるものを出してもらうしかない。

 

 そして、ランドニーが見つめた艦橋内のモニターには、今まさに、コシツェ市内中心部に足を踏み入れた味方を示す光点が映し出されていた。

 

 

 

 

「くらえ! ばぁぁっくれつ! マイン・クラッシャーーッッ!!」

 

 コシツェ市内の一角、自身の愛機であるワッパに乗ったタクミは、樹脂のフェンスを飛び越え、その先をノロノロと進んでいた鋼鉄の軍馬、61式戦車の頭上を飛び越える。

 その際、タクミは手にしていた多角形の物体を61式戦車の主砲基部に放り投げると、多角形の物体は磁石の如く主砲基部に密着した。

 

「ヒーーット、エンド!!」

 

 そして、程なくして、タクミの掛け声と共に、61式戦車の砲塔が炎と黒煙に包まれた。

 それは、先ほど主砲基部に密着した多角形の物体が原因であった。

 多角形の物体の正体、それは吸着地雷と呼ばれる、文字通り装甲に密着して爆発する地雷の一種で。タクミはタイマーをセットしたそれを用いて61式戦車を撃破したのだ。

 

超級! 覇王! て・き・だぁぁぁーんっ!(アールピージー!)

 

 一方、別の場所でも。

 巧みな操縦でワッパを操る第823機動偵察隊の一人が、掛け声と共に、構えたラングベル対戦車ロケットランチャーと呼ばれる個人携帯ロケット弾発射器のトリガーを引いた。

 刹那、照準器の中心点を合わせたターゲット目掛け、空気を切り裂く鋭い音と共に、一筋の白い尾を引き、放たれたロケット弾頭が一直線に突き進む。

 

「……爆発!(弾着!)

 

 そして、連邦の履帯式装甲兵員輸送車(APC)目掛けて飛来したロケット弾頭は、車体上面に命中し、内包したそのエネルギーを爆発させ、乗員達の墓標へと変貌させる。

 

「成程。ワッパを推しているだけはあって、扱い方も相当心得ているな」

 

 そんな第823機動偵察隊の戦いぶりを視界の端に捉えつつ、沙亜は、自身が操るザク・アライヴが装備したヒートホークを振るった。

 刹那、刀身が、眼前の巨人の頭部から胸元にかけて真っ二つに斬り裂いた。

 

 程なく、道路に無残なその姿を横たわらせたのは、一機のジム。

 

 そして、いくつかの通りを隔て、同系機であるジムが、今まさに装備した全ての火器を、迫りくる敵目掛けて発砲していた。

 放たれる六〇ミリと九〇ミリの火線は迫りくる敵、のシールドに命中し、本体には致命弾を与えられない。

 だが、それはそれで都合がよかった、何故なら、シールドを構えている間、敵は有効な反撃をできない、とジムのパイロットは考えていたからだ。

 

 が、それは浅はかな考えだと、直後にジムのパイロットは思い知らされる。

 シールドを構えた敵は、そのまま勢いよく突撃、所謂シールドチャージでジムを吹き飛ばす。

 その際の衝撃で全身が、特に脳が酷く揺さぶられ脳震盪を引き起こす寸前にまで陥るジムのパイロット。

 何とか寸前で持ちこたえ、機体を起こそうとしたが、機体は、起き上がる事はできなかった。

 

 何故なら、敵が手にしたパイロットの命を刈り取った巨大な剣が、ジムの腹部を貫いていたからだ。

 

「こちらユーリアン。ジム一機を撃破」

 

「了解だ。……いや~、それにしても、第823機動偵察隊の皆さんの事、正直なめてたわ」

 

「え? そうだったの?」

 

「いやだって、せめて一機位モビルスーツがいてもいいだろうに、モビルスーツ保有数ゼロって……。って思ってたけど、戦いぶり見てたら、上から物言えないなって理解したよ」

 

 ユーリアンがランドニーとの通信を行っているその最中も。

 第823機動偵察隊の面々は、自身のワッパを巧みに操縦し、瓦礫や放置自動車などを速度を落とさず避けていくと、大通りにいた連邦軍の歩兵隊を左右から挟撃。

 その際、ワッパ操縦席の上部に設けられた、フレームアンテナ前部のブーム式懸架装に取り付けられたマズラ社製の汎用機関銃MG74、のワッパ搭載型であるMG74/Sを使用し。

 7.62mm弾の嵐が、連邦歩兵達を次々となぎ倒していった。

 

 モビルスーツよりも小回りの利くワッパは、装甲や火力はない分、その小ささと身軽さで市街地など障害物の多い場所ではその性能を十二分に生かし。

 戦車や装甲車など、通常兵器相手には、そのサイズに比例して高い出力を誇る事により生まれる数メートル、短時間ならば数十メートル上昇、という特性を生かし、上面などからの攻撃で、低い火力を補い互角以上に戦った。

 

 だが、やはり兵器である以上、その性能を生かすも殺すも操縦者次第。

 その点で言えば、第823機動偵察隊の面々は、まさにワッパを自身の体の一部のように扱う程、その扱いには精通していた。

 

 

 そんな彼らの手により、コシツェ市内に展開していた連邦軍戦力。

 その最後と思しき軍用トラックが炎と黒煙の中に没すると、市内には、脅威となる連邦軍戦力は確認できなくなった。

 

「よーし、それじゃモビルスーツ隊は周辺警戒、歩兵隊と第823機動偵察隊の皆さんには、フィリアン少尉の捜索を。発見し次第、直ちに──」

 

 と、ランドニーが次の指示を出そうとしたその時。

 

「シモン! 飛べ!!」

 

「は? 何だよ急に──」

 

 不意に沙亜がシモンに対して怒鳴る様な指示を飛ばした刹那。

 シモンのザクIIF型目掛け、一筋の光りが市内を駆け抜けた。

 

 そして、一筋の光は、シモンのザクIIF型の両腕前腕と手にしていたMS用対艦ライフルを貫き、吹き飛ばした。

 

「っわぁぁっ!?」

 

 吹き飛んだ影響で、シモンのザクIIF型は背後の建物に倒れ込む。

 

「何だ!? 何が起こった!?」

 

 そんな一部始終を見ていたランドニーは、直ぐに先ほどの出来事の原因を究明すべく指示を飛ばす。

 すると、程なくして艦橋乗組員の口から原因と思しき報告が告げられる。

 

「新たに敵モビルスーツを三機確認!?」

 

「何だと!? 上空のルッグンは何をしてた!?」

 

「それが、どうやらヘルナッド川の中に潜んでいたようで」

 

「何ぃ!?」

 

「映像出します」

 

 上空のルッグンより送信された映像には、ヘルナッド川の中から今し方姿を現したと思しき三機の陸戦型ガンダムの姿が映っていた。

 そのうち一機は、ロングレンジビームライフルを装備しており。おそらくシモンのザクIIF型を狙撃した下手人はこいつだろう。

 三機の陸戦型ガンダムを目にしたランドニーは、何度か対峙した事のあるプレイヤー部隊の事を思い起こさずにはいられなった。

 

「やったよどんちゃん! スナイパーを潰したよ!」

 

「よぉーし! きてる、きてるぞ。流れは完全にこちらにきている! ふふふ、あの赤い改造ザク間違いない。……いつかの借り、今日こそ返させてもらうぞ!」

 

 最も、まさかその当人達だとは、気付いてはいなかったが。

 

「ランドニー、どうする? 相手はスナイパーを含めて陸戦型ガンダム三機。火力を集中して一気に叩くか?」

 

「いや駄目だ。下手に市内に流れ弾をまき散らしたら、フィリアン少尉を巻き込まないとも限らん!」

 

 沙亜からの提案を、ランドニーは否定した。

 フィリアン少尉の居場所を把握できていないこの時点で、市内の損害を考慮せずに戦えば、任務の要であるフィリアン少尉の安否が脅かされる可能性すらある。

 

 因みにこの為、今回火力支援要員のメノとマゼラアタック小隊は、護衛の戦闘ヘリと共に村の陣で待機していた。

 

「だが、せめてスナイパーだけでも何とかしないと、こちらの被害も──」

 

「横から失礼するよ」

 

 だが、フィリアン少尉を救助するには、救助の際に脅威となる陸戦型ガンダムを排除しなければならず。

 自ずと制限がかかる中で、どの様に脅威度の高い敵スナイパーを排除するかの方法に頭を悩ませていると、タクミからの通信が入る。

 

「そのスナイパーの排除。僕達に任せてくれないかな?」

 

「え? 第823機動偵察隊の皆さんに?」

 

「一機位なら、僕達でも何とかなるからね!」

 

 タクミからの提案に、ランドニーは顎に手を当て考えを巡らせる。

 やがて、結論を出したのか、顎から手を離すと、下した結論を話し始めた。

 

「分かりました。では、スナイパーの排除、お願いいたします」

 

「任せてくれたまえ!!」

 

「よし、作戦を伝える! ロッシュはシモンと共に後退、沙亜とユーリアンは第823機動偵察隊がスナイパーを排除し易いように、残りの二機を可能な限りスナイパーから引き離せ!」

 

「「了解!」」

 

 返事と共に、各々が行動を開始する。

 ザク・アライヴとグフ・インフェルノの誘いに乗り、二機の陸戦型ガンダムがまっつんの陸戦型ガンダムから離れていく。

 

 その一方、第823機動偵察隊は、一糸乱れぬ隊列で、気付かれぬ様に裏道などを使いまっつんの陸戦型ガンダムに接近していく。

 

 やがて、第823機動偵察隊は、まっつんの陸戦型ガンダムの付近にある建物の影までやってきた。

 

「よし、まだ相手は僕達に気付いていない。……必殺の"ワッパ同盟拳"でいくぞ!」

 

「「おう!!」」

 

 そして、第823機動偵察隊は、合図と共に行動を開始する。

 タクミは、シート脇のサイドケースから中折れ式の単発擲弾発射器を取り出すと、弾を装填し、まっつんの陸戦型ガンダム目掛けて発射した。

 山なりの軌道を描いて放たれた弾頭からは、もくもくと大量の煙が発せられる。

 そう、発射したのは発煙弾である。

 

「!!? な、なんだぁ!?」

 

 突然視界を遮る大量の煙に、まっつんはコクピット内で慌てふためく。

 すると、煙しか映し出さないメインモニターを、一瞬何かが横切る。

 

「えぇい、くそ、この!!」

 

 横切った何かの正体を突き止めるよりも、視界を遮る煙を一刻も早く何とかすべく。

 まっつんの陸戦型ガンダムは片手で煙を振り払い始めた。

 

「え!? な、なんだよこいつら!?」

 

 やがて、煙が晴れ、視界が戻ったまっつんが目にしたのは。

 乗機の周囲を飛び回る、第823機動偵察隊のワッパ達の姿であった。

 

「我らの魂が真っ赤に燃える!」

 

「勝利を掴めと轟叫ぶ!!」

 

「何だよこいつら!」

 

 何やら意味深な掛け声を放つ第823機動偵察隊の面々。

 一方、まっつんは乗機の周囲を飛び回る鬱陶しいワッパ達を振り払うべく、乗機の片手を振るい払い落とそうとする。

 だが、巨人の手を、ワッパは軽々と躱し。

 

「ばああぁぁぁぁっっくれつ!!」

 

 次の瞬間、一斉にまっつんの陸戦型ガンダムから離れたかと思えば。

 

「ワッパ! 同ぅ!! 盟ぃ!! けぇぇぇっん!!!」

 

 決め台詞と共に、まっつんの陸戦型ガンダムの各所に仕掛けた吸着式時限爆弾が爆発し、巨人は炎と黒煙の中に四散していった。

 

 

 一方、第823機動偵察隊がまっつんの陸戦型ガンダムを仕留めたのと同じ頃。

 残りの陸戦型ガンダム二機との戦闘にも、決着の時が訪れていた。

 

「やはり、強い……」

 

 十字路の真ん中に、四肢を斬り落とされ、不格好に擱座する陸戦型ガンダム。

 そして、それを見下ろすグフ・インフェルノ。

 

 そして、残るどんちゃんの陸戦型ガンダムはと言えば。

 

「貴様は水底に返っていろ!!」

 

「やっぱりかぁぁぁっ!!」

 

 ザク・アライヴの強烈な蹴りを喰らい、再びヘルナッド川に没するどんちゃんの陸戦型ガンダム。

 刹那、トドメとばかりに、ザク・アライヴの背部に装備した二基の五連装ロケットランチャーが火を噴いた。

 

 そして、どんちゃんの悲痛な叫びは、巨大な水柱の中へとかき消されるのであった。

 

 

 

 

 

 その後、無事に要救助者のフィリアン少尉を発見し、捜索救難部隊による救出を終えると。

 任務を完了した一行は、追手が来る前に急ぎオデッサへと帰還した。

 

「今回はありがとうございました」

 

「いや、僕達の方こそ、ありがとう。また共に戦える日が来ることを心待ちにしているよ!!」

 

 そして、オデッサに帰還すると、第823機動偵察隊一行は、爽やかな笑顔を残し。

 自らの道を歩む姿を広く知らしめるべく、オデッサの喧噪の中へと消えていった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第二十九話 ナイト・ブリッツ

 地球連邦軍は、俺の野望内の暦が十月を過ぎた辺りから、それまでの防戦姿勢から、一部反転攻勢に転じていた。

 特にその勢いが強かったのが、ヨーロッパ戦線だ。

 現在の所、地球連邦軍を統率する軍人、現実では統合参謀本部議長や統合幕僚長等の、所謂"制服組"のトップを務めるレビル将軍がドーバー海峡を横断したとの情報は入っていないが。

 

 ジオン側は、この連邦側の動きは、そう遠くない内に"イベント"として大々的に起こされるであろう。

 一年戦争における転換期として、一年戦争を扱ったガンダムシリーズの多くで描かれる連邦軍の一大反攻作戦。『オデッサ作戦』を成功させるための布石であろうと推定していた。

 その為、防衛線の強化や配置している戦力の強化等、こちらも、来るべきその日に備えて着々と準備を進めていた。

 

 

 そんな、ヨーロッパでの両者の動きが活発化する中。

 第046独立部隊もまた、来るべきオデッサ・デーに向けて、準備の為の任務等に勤しんでいた。

 

「司令、間もなく目的地の飛行場に到着します」

 

 暁に染まった流れる木々や草原を横目に、オデッサから幹線道路を北西に進み続ける第046独立部隊一行。

 順調な移動を続ける彼らの進行方向上に、やがて、目的の施設が姿を現す。

 

 かつては旧ウクライナの空軍基地として機能し、連邦政府樹立後は、地方の空港として主に利用され。

 そして、地球侵攻作戦によりジオンに接収されて以降は、ヨーロッパ方面軍の航空隊などが主に使用する軍用飛行場として利用されていた。

 その名を、オゼルネ飛行場。

 

 同飛行場の正面ゲートを潜った第046独立部隊一行は、誘導に従いギャロップ等を停止させると、到着の挨拶の為、飛行場内の一角に設けられた司令部へと赴いた。

 

「オデッサから遠路はるばるよくお出で下さいました! オゼルネ飛行場司令のアロインツです」

 

 司令部の一角に設けられた、司令官の執務室へと赴いた一行を出迎えたのは、腰の低い中佐の階級章を付けた初老の男性であった。

 アロインツと名乗った飛行場の司令官と軽く挨拶を交わし終えると、アロインツ司令は一行を前に語り始める。

 

「ご存知の通り、最近ヨーロッパ戦線では連邦が攻勢を強めています。上は、この事態を大規模な反攻の予兆と捉え、ヨーロッパ戦線の各地でその反攻に備えて準備が進められています」

 

 そこで一拍置くと、息を整え、再び語り始める。

 

「しかし、その為に必要な人手が不足し、後方の我が飛行場の警備を担当する部隊まで駆り出される始末で。それでいて、連邦に対する攻撃の手を緩めるなと言うのですから。それはもう、前線も後方も問わずヨーロッパ戦線は天手古舞ですよ」

 

 と、アロインツ司令からお上に対する愚痴をある程度出尽くした所で。

 先ほどの愚痴は流していただければよしなに、と、フォローも忘れず付け加え終えると、最後に。

 

「F小隊との共同ではありますが。第046独立部隊の皆さんには、夜間の警備、期待しておりますよ」

 

 期待しているとの言葉で締めくくると、一行は敬礼し、アロインツ司令の執務室を後にした。

 

「さてと、それじゃ、夜間警備の任務、頑張りますか」

 

「夜更かしはお肌に悪いんだけどなぁ……」

 

「メノ。俺の野望と現実とでは時間の流れに差がある事を忘れたのか?」

 

「忘れてないけどさ~。沙亜だって分かるでしょ、気持ちの問題でもあるんだよー」

 

「警備って、色々と暇そう、ですね」

 

「あのなぁ、いいか、警備ってのは、いかに他人から見てサボってない様に見せるかが肝心なんだぞ」

 

「流石は一〇〇の職場を渡り歩いているシモンだね、説得力が違うや」

 

 そして、再びギャロップへと戻る道中、一行は各々会話を交わしながらギャロップへと戻る。

 その最中、ふとランドニーは、アロインツ司令の会話の中に出てきた共同で任に当たる味方の事を気にしていた。

 

(F小隊って何だ? 受託した時は味方と共同ってだけで、具体的な部隊名なども記載されていなかったが……。ま、会えば分かるか)

 

 もっとも、深刻な問題として受け止めてはいないようだが。

 

 

 

 

 

「今回の任務で共同します、第四地上機動歩兵師団、第七モビルスーツ大隊F小隊。小隊長のレオ・ブラウアー少尉です。よろしく」

 

「ぶ、ぶぶぶ、ブラウラー少尉ぃぃっ!? 本物、本物ですよね!」

 

 そして、ギャロップへと戻った一行の前に、今回の警備任務で共同する味方の部隊の面々が、挨拶にやって来た。

 味方部隊の正体を知り、感情の高ぶりを抑えられないランドニー。

 

 実は、彼らもまた、一年戦争を題材としたガンダムゲームの作品の登場キャラクター達で。

 登場作品では、前線で友軍を様々な形で支援する事から『戦場の調律師』と異名を持つに至る。

 そして、そんな部隊の隊長を務めるのが、朱色の髪をした、『灼髪の獅子』の異名を持つレオ・ブラウアー少尉。

 彼の家系は現在は没落したものの、貴族という事もあり、何処か気品を感じさせる。

 

「えっと、ハート中佐。以前何処かでお会いしましたか?」

 

「そりゃもう何度テレビの前でヌンチャク振るう……。じゃなかった! ブラウアー隊のご活躍は自分の耳にもバッチリ入ってきてますから、つい見知った感じで接してしまって」

 

「あ、あぁ、成程……」

 

「何だかハート中佐って面白い人ですね」

 

「アン、仮にも相手は中佐ですよ。あまり失礼なことは、本人の前で言わないのが賢明ですよ」

 

「ま、嬢ちゃんの言う事も分からんではないがな。にしても、開戦初期から活躍されているハート中佐、どんな人物なのかと思ってたが、案外威厳のねぇ人物なんだな」

 

「トルド軍曹、貴方まで……」

 

「いやいや、俺は褒め言葉として言ったんだよ。親しみが持てるって意味でよ」

 

「……、そういう事にしておきましょう」

 

 隊長であるレオ少尉と表情豊かに挨拶を交わすランドニーの姿を見て。

 ブラウアー隊の面々である、幼なじみで副隊長の眼鏡がトレードマーク、クラウス・ベルトラン曹長。

 一年戦争初期から参戦している古参軍人、トルド・ボブロフ軍曹。

 そして、まだあどけなさが残る学徒志願兵の一人で、隊のオペレーターを担当する、アン・フリーベリ二等兵。

 の三人は、ランドニーの印象をそれぞれ口にするのであった。

 

 その後、部隊長同士の挨拶が終わると、隊員達を交えての挨拶が行われたのだが。

 

「アンちゃんって可愛い~。私にも妹が居たら、アンちゃんみたいな妹が欲しかったな~」

 

「わわ、メノさん、くすぐったいですよ」

 

 直ぐにアン二等兵と仲良くなり、頬をすりすりとするメノとアン二等兵の仲睦まじい様子を目にし。

 主に男性陣が尊いと感じていたのはここだけの話である。

 

 なお、実はこの時沙亜も、内心ではアン二等兵と頬をすりすりしたかったのだが。

 欲望と理性との激しい攻防の末、理性が勝利した為、我慢していたのも、ここだけの話である。

 

 

 こうして、挨拶も終わり、いよいよ夜間警備の任務を開始し始めた一行。

 最初の頃こそやる気も十分に任務をこなしていたが。

 

「あ~、暇~!」

 

 数十分が経過する頃には。

 飛行場の周囲を見回り、不審な事が起きていないか等を探すだけの、代わり映えの無い単調な作業の連続に、不満が漏れ始めた。

 昼間なら、外の景色を眺めて時間を潰せたのだろうが、生憎と今は夜中の為、田畑と草原で囲まれた飛行場周辺は、一面闇夜に染まって代わり映えしない景色と化している。

 

「ねぇ、これっていつまで続くの?」

 

「メノ、まだ始まったばかりだぞ。まだまだこれからだ」

 

「そんなぁ~。……このままじゃ、暇すぎて死んじゃう」

 

「大袈裟な」

 

 事前に決められたルートを歩行する、オートパイロットで動くザクキャノンのコクピット内で不満を漏らすメノの様子を見て。

 同じくオートパイロットで動いているザク・アライヴのコクピット内で、沙亜は軽く呆れたようにため息を漏らした。

 

「ははは、嬢ちゃん、もしかしてこういう任務は初めてか?」

 

「え? はい、そうなんです」

 

「なら、初めの内は辛いかもな。だが、慣れてくれば、こういう任務も楽しくなってくるものさ」

 

「そうだぞ。暇な時間を有効活用できるように、どうやって手持ちの物で暇つぶしをしようか、あれこれ考えられれば、時間なんてあっと言う間だ!」

 

 トルド軍曹とシモンに励まされるメノ。

 しかし、狭いコクピット内でどう暇を潰せばよいのかは、考えが思い浮かばない。

 

「あの、だったら暇つぶしに、皆で"しりとり"でもしませんか?」

 

 すると、不意にアン二等兵から、暇つぶしの提案が挙げられる。

 

「あ、それいいね! やろやろ!」

 

 その提案に、メノは早速賛同。

 

「そうだな、気晴らしにはいいかもな」

 

 更にレオ少尉も賛同し、その後とんとん拍子に皆でしりとりをする運びとなった。

 

「それじゃ、最初は隊長からですよ」

 

「俺からか? なら……、りん"ご"。次、ポートマン上等兵」

 

「えっとそれじゃ……、ゴリ"ラ"。次、トルド軍曹さん」

 

「そうだな……、ラッ"パ"、だな。んじゃ、次、ロッシュ兵長」

 

「……、パエリ"ア"。次、ベルトラン曹長」

 

「では……、アルコールラン"プ"で。次、ヘイチェフ准尉、お願いします」

 

「えっとんじゃ……、プラモデ"ル"だ。お次、フリーベリ二等兵」

 

「では……、ルービックキュー"ブ"で。阿頭那武婁少佐、お次をどうぞ」

 

「ふむ……、ブルーベリータル"ト"。次はユーリアンの番だ」

 

「そうだね……、通り相"場"(とおりそう"ば")で。次、ランドニー」

 

「ば!? ば!?」

 

 自身の番となったが、"ば"から始まる単語が咄嗟に出てこず言葉が詰まるランドニー。

 必死に"ば"から始まる単語を記憶の引き出しから探すも、アン二等兵から間もなく時間切れとの知らせに、更に焦りでうまく言葉を引き出せなくなるランドニー。

 

 そして、終了のカウントダウンが始まろうかと思われたその時。

 遂に、ランドニーは"ば"から始まる単語をひねり出した。

 

「バターライス・ミルク!」

 

「おい待て! 何だよそれ!?」

 

 だが、ひねり出した単語は、一般常識としてよく知られた単語ではなく。

 すぐさま、シモンがランドニーに単語の意味を問いただす。

 

「え? カクテルの名前だけど、しし、知らないのか?」

 

「いやいや、絶対嘘だろ!」

 

 ランドニーの説明に疑念を抱かずにはいられないシモン。

 ランドニーがその場しのぎで勝手に造語したのではと詰め寄るシモン、それに対して、頑なにカクテルの名前と言い張るランドニーだったが、そんな彼の目は分かり易いほど泳いでいた。

 

「すいません、嘘つきました」

 

 だが、程なくしてシモンの圧力に屈したランドニーは、その場しのぎの造語であった事を認めたのであった。

 

 

 

 

 

 こうして暇つぶしのしりとりを行いつつ、更に時間が経過し。

 このまま何事もなく夜明けを迎えられるかと思われた、その時であった。

 

「司令、飛行場に接近する複数の機影を探知したとルッグン一号機から緊急連絡!」

 

「何だと!? 飛行場からはそんな連絡は何もないぞ」

 

「こちらでも捉えました! IFF(敵味方識別装置)反応なし!」

 

「くそ! 飛行場に直ちに連絡! 直ちに要撃機のスクランブルを……」

 

「司令! 複数の機影より小型の高速飛翔体が分離! ミサイルと思われます!」

 

「何だと!?」

 

 艦橋乗組員からの悲鳴混じりの報告の刹那。

 闇夜を照らした飛行場のいくつかの箇所で、突如、激しい炎が湧き上がり、飛行場を更に照らし始める。

 だが同時に、衝撃波と共に周囲に破片をまき散らし、闇夜に溶ける黒煙を巻き上げていた。

 

 刹那、飛行場内に急を告げるアナウンスが流れると共に、物々しいサイレンが響き渡り始める。

 

「くそ、近隣の防空網は何してたんだよ!? 全機! 防空戦闘開始! ギャロップも対空攻撃を開始する!」

 

 金属の独特な轟音を響かせ、闇夜の中を鋼鉄の翼をはためかせる敵航空機。

 夜の闇に乗じてオゼルネ飛行場へと襲来したそれら目掛け、方々から夜の闇を照らす火線が放たれる。

 

 すると、程なく。

 夜の大空に火球が一つ出現し、程なくしてその輝きを闇夜の中に消した。

 

 

 

 

「畜生! 俺達の機体が!」

 

「落ち着け! 今出てもバーベキューになるのが落ちだ!」

 

 飛行場の一角、敵の攻撃から人員や装備を守るために設けられたコンクリート製の掩体壕(えんたいごう)の中。

 飛行場に駐留していた航空隊所属のパイロットの一人が、同僚のパイロットに羽交い絞めにされながらも、掩体壕から出ようと暴れている。

 やがて、他の同僚パイロットにも取り押さえられ、ようやく大人しくなる。

 

「くそ! 味方の防空担当は何してたんだよ!! 折角の俺の機体がお釈迦じゃねぇか!!」

 

 だが、彼は肥大した怒りを吐き出すように、飛行場への接近を察知できなかった防空担当者への恨み節を愚痴る。

 

「愚痴った所で、仕方ないだろ」

 

「でも、愚痴ってでもないと気持ちの整理がつかねぇんだよ!!」

 

 同僚のパイロット達や、同じく掩体壕に身を潜めた整備隊員の中にも、声にこそ出さないまでも、彼と同じくやり場のない怒りを抱えているものは多かった。

 できる事なら、今すぐ飛び出してやりたい。

 だが、今の彼らは、このコンクリート製の穴蔵の中で安全が確認されるまで耐え凌ぐしか術はない。

 

 しかし、そんなストレス指数を上昇させていた彼らにも、漸く、この穴蔵と別れを告げる瞬間が訪れる。

 

「よーしお前ら、臨時の警備隊のお陰で敵の第一波は追い払われたぞ。だが、どうやら本命と思しき大型の機影を伴った第二波が接近中、こいつを直ちに迎撃しにいくぞ!」

 

「何だよ、臨時の連中、常駐の連中よりも手際がいいじゃないか」

 

「全くだ、常駐の連中なら、後三十分はかかってたな」

 

「お前ら、お喋りはそこまでだ! 扉を開いたら、急いで機体を滑走路に出すぞ! ヴァイパー隊、いいな!?」

 

 掩体壕の出入り口の扉を操作する操作盤の前に陣取った隊長と思しき者の一喝に、響いていた声が鎮まり、全員の表情が引き締まる。

 そして、操作盤を操作し、重厚な掩体壕の出入り口の扉がゆっくりと開かれてゆく。

 

 未だ大空を夜の闇が照らす中、開かれた扉の向こうに映し出されたのは、照明と共に飛行場を照らし出す激しい炎と立ち上る黒煙。

 そして、幾つかの、残骸と化した露天駐機や飛行場施設の光景であった。

 

「チェックOK! いつでもいけます!」

 

 そんな光景に向けて、掩体壕の中に収納されていた、ジオン公国軍の大気圏内用戦闘機。

 従来の戦闘機とは一線を画す、機体の斜め上段にコクピットを配置するという、空力特性が悪いながらも、それを強力なエンジンと姿勢制御のバーニアで強引に飛ばすという手法で、短い航続距離の代わりに高い運動性能を手に入れた異色の戦闘機。

 ドップの名を持つ、双発ジェット戦闘機が、整備隊員の合格サインと共に、主を乗せ、ゆっくりと誘導路へ進入していく。

 

コントロール(管制室)! グリューンの連中はどうした? まさかあっちの掩体壕はやられたのか!?」

 

「こちらコントロール、連中の掩体壕は無事だ。だが、連中の使う誘導路が撃墜した敵機の残骸で塞がっちまった。直ぐに撤去作業を始めるが、暫く時間がかかる」

 

「おいおい、誰だよ。臨時の連中手際がいいなんて言ったやつ!」

 

「ぼやくなクロウ2(ツー)。よし、クロウ隊は残骸の撤去の応援だ! 駆け足、急げ!!」

 

「マジかよ、くそ! 臨時警備の連中、あとで覚えてろよ!!」

 

「クロウ2、そういえば、臨時の連中の内二人は女性のパイロットらしい。しかも、かなりの美人との話だぞ」

 

「よーし! 俺、頑張って撤去しちゃうぞ!!」

 

「現金な奴だな……」

 

 耐Gスーツを着込み、航空ヘルメットを被ってコクピットのシートに体を固定した、ヴァイパー隊の一番機、ヴァイパー1(ワン)は、静かなコクピット内で、ヘルメットから無線伝いに聞こえてくる同僚のクロウ2の態度に、独り言ちた。

 キャノピーから見える光景は、数十分前まで彼が見慣れた飛行場の景色ではなかった。

 見慣れた景色を一瞬に破壊した連中への怒りを沸かせつつ、これ以上、自分達の家である飛行場に被害は出させないと誓う。

 

 やがて、赤い一つ目の巨人が守護神の如く見守る中、尾翼に、にらみを利かせた蛇を描いた部隊章を持つ四機のドップは、誘導路を抜け滑走路の末端へと到着する。

 

「ヴァイパー1より各機、一気にいくぞ!!」

 

「「「了解!」」」

 

 機尾のエンジンノズルが轟音と共に、機体を疾走させ始める。

 やがて、パイロットの操作と共に、機体が滑走路から引き離され、漆黒の大空へと舞い上がる。

 

 それに続くように、残りの三機も、次々と離陸していく。

 

 そして、程なくして四機は合流し、菱形、ダイヤモンドとも呼ばれる編隊を組むと。

 管制室からの誘導に従い接近中の敵第二波の迎撃に向かうべく、漆黒の大空に鋼鉄の翼をはためかせる。

 

 

 

 

「コントロールよりヴァイパー1、目標は方位2-2-0(ツー・ツー・ゼロ)より接近中、爆撃機部隊と護衛の戦闘機部隊と思われる」

 

「ヴァイパー1了解。ヴァイパー1より各機、聞いたな、先ずは爆弾抱えた爆弾魔から仕留めていくぞ!」

 

 返事と共に、四つの翼は接敵目指して風を切る。

 程なくして、自機のレーダー画面上にも、敵を示す光点が現れ始める。

 

 火器管制コンソールを操作し、搭載している武装の安全装置を解除。

 HUD(ヘッドアップディスプレイ)に表示されたレティクルに意識を集中させると、握った操縦桿のトリガーに軽く指を置き、その瞬間が訪れるのを待った。

 

「ヴァイパー1、エンゲージ!!」

 

 ロックオンを告げる電子音をかき消すかのような交戦開始を告げる声と共に、ドップの翼下に搭載されていたAAM(空対空ミサイル)が機体に軽い振動を与えると共に切り離され、刹那、エンジンに火がともる。

 同じく他の三機からもAAMが放たれ、あっと言う間に音速の壁を突破したAAMの群れは、白煙と共に漆黒の空の中へとその姿を消した。

 

 それはほんの僅かな時間、だが、パイロット達にとっては永遠にも感じられる、そんな時間。

 

 刹那、漆黒の大空を幾つもの光源が、フレアと呼ばれる防護手段が敵爆撃機より散布される。

 だが、その美しいフレアの光にも負けぬ巨大な火の玉が、次の瞬間に姿を現す。

 夜空を照らす巨大な火の玉は、周囲の味方爆撃機や護衛の戦闘機の機影を一瞬、映し出した後、その破片を漆黒の大地へとまき散らしていく。

 

「くそ! プラヴァー3(スリー)4(フォー)がやられた!」

 

「チョルリート2もだ!」

 

「ジオンの迎撃だ! 気を付けろ!!」

 

 味方の爆撃機が撃墜させられ、護衛の戦闘機部隊の動きが慌ただしくなる。

 そんな戦闘機部隊目掛け、行き掛けの駄賃とばかりに、ヴァイパー1のドップがすれ違い様に三〇ミリ弾をお見舞いする。

 三〇ミリ機関砲が暫し唸りを上げ、轟音と共にターゲットとなった連邦軍の小型制空戦闘機、TINコッドへと三〇ミリ弾叩き込まれると。

 

 やがてヴァイパー1の後方に過ぎ去ったTINコッドは、一瞬その姿を炎で夜空に照らし出すと、程なくその姿を漆黒の大地へと消していった。

 

「流石はヴァイパー1、お見事」

 

「ヴァイパー2、煽てても何も出ないぞ」

 

「なら、今回のスコアトップで何か出してもらいましょうかね」

 

 酸素マスクの下、ヴァイパー1の口角が不意につり上がると、旋回を終えたヴァイパー隊の進行方向上に、目標の爆撃機部隊の無防備な横っ腹を、ドップの電子の目が捉える。

 

「ヴァイパー1、フォックス・ツー!」

 

 ミサイル発射の符丁と共に、機体に再び軽い衝撃が走る。

 刹那、再び複数のAAMが機体から離れ、末端から激しい炎と煙を吐き出し、母機が狙いを定めた獲物目掛けて轟然と突き進む。

 

 当然爆撃機部隊もわが身を守る為、残ったフレアを散布し、回避行動に移行するも。

 ある機体は胴体に直撃、またある機体は右主翼と尾翼を吹き飛ばされ、爆音と共に炎に包み込まれてゆく。

 漆黒の大地に消えゆく爆撃機部隊を他所に、護衛の戦闘機部隊が本来の役割を果たすべく、行動を開始する。

 

「グリューン1よりヴァイパー1へ、待たせたな。俺達の分の獲物はあるか?」

 

「ヴァイパー1よりグリューン1へ、あぁ、まだいくらか大物は残しておいてやったぞ」

 

「グリューン1よりヴァイパー1へ、了解だ。それじゃ、存分に楽しませてもらうとしよう!」

 

「ヴァイパー1より各機へ、大物はグリューン隊に任せ、俺達は鬱陶しい小物を片付けてやるぞ!」

 

 漸く、空域に到着した味方の部隊に爆撃機部隊の始末を任せると。

 ヴァイパー隊は護衛の戦闘機部隊へと襲い掛かった。

 

 漆黒の大空を、幾つもの轟音と共に、火線や閃光が生まれては消え、生まれては消える。

 それは、夜空を彩る美しくも儚い、空戦と言う名の命のやり取り。

 

「ヴァイパー2より1へ! ミサイル! ブレイク! ブレイク!」

 

「っち! くそが!」

 

 刹那、ヴァイパー1の体を強烈な横方向のGが襲う。

 と、一拍置き、今度は背中を叩きつけるような衝撃が走る。

 

 キャノピーから見える景色は夜の為代わり映えしないが、昼間ならば、間違いなく世界は回っていただろう。

 その証拠に、ヴァイパー1は胃が裏返りそうになる感覚を覚えていた。

 

 だが、そんな苦労の甲斐もあってか、コクピット内に響いていたけたたましい警報音は、いつの間にか鳴り止んでいた。

 

「さて……、歓迎されたからには、お返し、しないとな」

 

 バイザーの奥に光る眼光を一層鋭くすると、ヴァイパー1は下手人を探し始めた。

 すると、一機のTINコッドがヴァイパー1へと近づく。

 

 レーダー上に表示された相手の進行方向は、ヴァイパー1の真正面。

 互いに減速する事無く、両機はヘッドオン、かと思われた。

 

 だが、互いに攻撃する事はなく。

 それはまるで、これから命を懸けて戦う者同士が、暗闇の中、コクピットの明かりで浮かび上がった互いの顔を確認するかの如く。

 至近距離ですれ違うと、互いに後方へと抜けていく。

 

 上下が反転し、そのまま降下すると、ヴァイパー1は先ほどすれ違ったTINコッドを探す。

 すると、相手のTINコッドは少し離れた位置に確認できたものの、コンソールに表示された情報通りならば、ヴァイパー1の頭を抑えるべく既に更なる上空へと舞い上がっていた。

 

「っち」

 

 舌打ちと共に機体を水平に戻すと、機首を上げ、TINコッド目掛けて加速する。

 まるで空気の壁が全身を押しつぶすかの如く、Gが圧し掛かる。

 それでもヴァイパー1の意思に従い、ドップは漆黒の大空を駆け上がっていく。

 

 刹那、コクピット内に警告音が鳴り響く。

 

 そして次の瞬間。

 TINコッドから放たれた火線が、漆黒の大空に走った。

 

「なろ!」

 

 機体をロールさせ、火線の弾道から機体を外そうと試みる。

 だが、不気味な鋭い音と共に、軽い衝撃がコクピット内に伝わる。

 

 直ちに機体の状況を確認するも、幸いに致命弾を受けた様子はなかった。

 

「さぁ、反撃開始だ。相棒」

 

 小さく独り言ちると、ヴァイパー1と相棒のドップは急旋回を始める。

 自身のレティクルに相手を捉える為に。

 

 だが、相手も簡単にレティクルに捉えさせてくれはしない。

 

 漆黒の大空に響く轟音、目まぐるしく動く世界に計器の数字。

 互いにけん制し、調整しつつ、二機は接近。そして、互いの機首が正面を向けた。

 

 刹那、互いの火線が交錯し、遅れて軌道も交錯する。

 

 

 それはまさに、漆黒の大空で繰り広げられる音速のダンス。

 一歩間違えれば、きりもみしてもおかしくはない、そんな極限状態で繰り広げられる命のダンス。

 

 体内の血液がミキサーの如く振り回され、空気の壁に固定されたように首は動かすことは出来ない。

 幾度か、意識が音速の向こう側に持っていかれそうになるも、寸での所で繋ぎ止める。

 そんな極限状態の中に合っても、ヴァイパー1の視線は、レーダーモニターから離れはしなかった。

 

「っち!!」

 

 やがて、本日何度目かのヘッドオン。

 コクピット内にけたたましいミサイルアラートが鳴り響く。

 

 自らに迫る音速の矢を躱すべく、ヴァイパー1のドップは横転と機首上げを同時に行う、所謂バレルロールを繰り出す。

 部隊章に恥じぬ軌道を描いたヴァイパー1のドップだが、それでもミサイルアラートは鳴り止まない。

 

「ならこいつでどうだ!」

 

 刹那、ヴァイパー1のドップから眩いばかりのチャフが散布される。

 更にオマケとばかりに、ヴァイパー1のドップはバレルロールの勢いを生かしてもう一回転。

 

 一拍置き、漆黒の大空に一つの火球が現れる。

 

 火球に照らし出された二つの機影は、次なる衝突に向けて、再び旋回を開始していた。

 

「──せよ。繰り返す、こちらシエル・アイ。生存している作戦機は直ちに撤退せよ。タイムリミットだ」

 

「こちらブラッド1、了解。……ブラッド2、おいレディキラー! 聞こえたな、撤退だ!」

 

「二枚目は負けないって、相場じゃそう決まってる筈だったんだけどな」

 

「だったらお前は二枚目じゃないって事だ。兎に角、さっさとケツをまくって逃げるぞ」

 

「……温室育ちのパイロットばかりじゃないってか。いいぜ、いつか今回の借りは、返させてもらうとするよ!」

 

 敵の通信を拾ったのか、聞き覚えの無い会話がヴァイパー1の耳に入る。

 そして、再戦に闘志を燃やすのはそちらだけではない、と言わんばかりに、機体を水平に戻したヴァイパー1は、キャノピーの外へと視線を向けた。

 

 視線の先には、東の空が紅黄色に染まりつつある中、遠くなりゆく幾つかの機影が薄明かりの中映し出された光景が広がっていた。

 

 

 

 

 朝日を浴び、南西の空からオゼルネ飛行場へと戻ってくる大空の戦士達。

 幸い、一機の未帰還機もなくオゼルネ飛行場へと戻ってきた彼らに、警備を担当していた巨人達の出迎えが待ち構えていた。

 

 そして、程なくして、夜の大空での死闘を戦い終えた翼たちは、巨人達に見守られながら、滑走路へと降り立った。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十話 兵器庫のドン亀

 その日、遂に以前より予想されていたイベントの正式アナウンスが発表された。

 その内容は両勢力のプレイヤー達が予想していた通り、一年戦争における転換期を代表する一大反攻作戦、オデッサ作戦をモデルとしたもの。

 その名を『エマージェンシー・オブ・オデッサ』

 

 このイベントが正式にアナウンスがなされた直後から、オデッサ周辺における両勢力の活動はさらに活発化していく事となる。

 来るべき、イベント開始日に備えて。

 

 

 そして当然ながら、第046独立部隊も、エマージェンシー・オブ・オデッサに向けての準備の為に、更に勢力的に活動を行っていた。

 

「どうも初めまして、私の名前はDr.F(ドクター・エフ)、アーキテクト活動をメインに行う『有限会社如月重工』の軍団長を務めております」

 

 軍服の上から白衣を重ね着、その黒髪を見事なまでに七三分けにした壮年男性プレイヤー。

 Dr.Fと名乗った彼は、自己紹介を終えると、雰囲気だけですが何か飲み物でも頼みますかと尋ねる。

 

 第046独立部隊一行とDr.Fが今いる場所は、オデッサのロビーから、以前の大型アップデートで新たに移動できるようになった場所。

 その名も、酒場(BAR)

 勿論、実際に飲食はできないので雰囲気を楽しむだけの場所ではあるが、店内に流れるジャズの音色と相まって、そこにいるだけでも十二分に楽しめる場所だ。

 

「じゃ俺、バターライス・ミルク」

 

「おいおい、だからそれはお前が口から出まかせで……」

 

「お待たせいたしました。バターライス・ミルクでございます」

 

「え? あるの?」

 

 そんな酒場のカウンター席に腰を下ろした第046独立部隊一行は、Dr.Fの勧めで各々飲み物を注文する。

 そんな中、ランドニーは冗談なのか本気だったのか、以前その場しのぎででっち上げた造語を注文した。

 すると、何と注文がすんなりと通り、本当に、カクテルグラスに白乳色の液体が注がれたものが出されたのだ。

 

 これには、シモンはもとより、注文した本人も目を点にしていた。

 

 そして他の面々も各々注文した飲み物が出揃った所で、乾杯の儀礼を終えると、早速ランドニーが口を開いた。

 

「所で、Dr.Fさんが……」

 

「さん付けはしなくて構いません。呼び捨てで結構です」

 

「では。Dr.Fが俺達に頼みたい個人的な依頼っていうのは、一体なんですか?」

 

「以前より、貴方方第046独立部隊のご活躍は拝見させていただいておりました。そこで、今回の私の個人的な依頼を頼むには、貴方方しかいないと判断しました」

 

「それは光栄です」

 

「それで、私の個人的な依頼の前に。今回の個人的な依頼を行うに至った経緯を、お話しておこうと思います」

 

 Dr.Fは自身の頼んだカクテルを一口、口にすると、静かに語り始める。

 

「私は、俺の野望が正規サービスを開始して以来、不満を抱いていました」

 

「それは一体?」

 

「それは……、そう、ゾック! ゾックです! 俺の野望で用意されていたゾックのモデルはアニメ版と同じ逆三角形の二本脚のみ! 何故、何故あの素晴らしい四本脚は用意されていないのか! 私はそれが納得できずに仕方がなかった!!」

 

 それまでの冷静な口調が一変。

 ゾックのモデルに不満を漏らすその口調は、明らかに激高していた。

 

「ごほん、失礼」

 

 しかし、やがて落ち着きを取り戻し、咳払いして仕切り直すと、先ほどと同じくその口調は冷静さを取り戻していた。

 

「そしてある時、私はふと思ったのです。……そうだ、無いなら作ればいいじゃないか、と。──そして、その日から私は四本脚の制作に取り掛かり。そして、先日遂に、私はあの素晴らしい四本脚ゾックの製造に成功したのです!」

 

 目を輝かせ、満ち足りた様子で成果を報告するDr.F。

 それ程、彼の四本脚ゾックに対する情熱は深かったという事なのだろう。

 

「ですが、私は完成した四本脚ゾックを、単なる自己満足の産物(置物)にしたくはない! そう、立派な戦力として活躍してこそ、真に完成されたと言っても過言ではない! そこで、第046独立部隊の皆さんの腕前を見込んで、私の個人的な依頼を受けていただきたく、連絡した次第なのです」

 

「成程。つまり、Dr.Fが制作した四本脚ゾックが立派な戦力足り得ると証明するために、俺達に力を貸して欲しいと」

 

「そうです! 私の四本脚ゾックを使用して戦果を上げていただきたい。戦果を上げ、無事に生還を果たした暁には、使用した四本脚ゾックは貴方方にお渡しします。なに、設計図があれば、後は資材とゴールドでまた作れますので、気にせずお使いください」

 

「戦果は、どれ位で?」

 

「できれば上級プレイヤー、と言いたい所ですが、そこまで高望みはしません。出撃して、可能な限り戦果を上げていただければ十分です。……あぁ、そうだ。最近はエマージェンシー・オブ・オデッサが近い影響もあって、ボスポラス海峡が大変賑わいていると聞きます」

 

「黒海の堰、ですね」

 

「あそこならば、獲物に困る事はないでしょう」

 

 四本脚ゾックのデビュー、その舞台として相応しいと二人の口から漏れた場所。

 それが、通称"黒海の堰"と呼ばれている、黒海とマルマラ海をつなぐボスポラス海峡、その黒海側海峡口である。

 

 同海峡口は、今、連邦海軍とジオンの海洋戦力部隊との間で押し合いが続いていた。

 十月以降の攻勢により、地中海の大部分とエーゲ海、更にはマルマラ海までその活動範囲を広げてきた連邦海軍。

 ジオンの海洋戦力部隊も、何とか押しとどめようと善処したが、いかんせその活動可能な数の差から、一気に黒海まで押し返されてしまった。

 

 しかしながら、オデッサに直接攻撃可能な黒海にまで侵出はさせまいと、黒海側海峡口を最終防衛ライン()として、連邦海軍の侵入を日々防いでいるの、といいう状況である。

 

 ただし、この侵入防止に割いている戦力も、決して十全とは言えず。

 万が一最終防衛ライン()を突破された際の迎撃戦力も温存しておかなければならない為、ただでさえ少ない戦力から、堰き止めるための戦力を抽出しているのが実情であり。

 数の差を地の利を生かして補うこの堰き止めも、何時までも続かないであろう事は、誰の目にも明白であった。

 そんな黒海の堰は、連邦とジオンのマンパワー差を如実に表している戦場と言っても過言ではなかった。

 

 上記のように両軍の海洋戦力が激突している黒海の堰。

 そこは、狩場と言う観点からすれば、獲物を探すに困らないまさに絶好の場であった。

 

「パイロットの人選は、貴方方にお任せします。ただし、必ず機体共々生還してくださいね。それが、依頼の達成条件です」

 

「分かりました」

 

「では、契約成立、という事で」

 

 ランドニーとDr.Fが握手を交わすと、機体の受け渡し場所などを確認し、最後に、依頼の成功を祈って再度乾杯する。

 こうして、第046独立部隊がDr.Fからの個人的な依頼を受託し終えた時であった。

 

「テメェ! ガキが! モビルスーツのパイロットだからって粋がってんじゃねぇぞ!」

 

 不意に、店内の一角から激しい口論と共に、何やら喧嘩していると思しき物音が聞こえてくる。

 

「喧嘩、止めてきます」

 

「え? あ、おう」

 

 すると、不意にロッシュが喧嘩の仲裁に行くと告げ、喧嘩の現場へと向かっていく。

 ロッシュが向かった先には、軍服を着崩した男性軍人と、軍服をきっちりと着こなした、あどけなさの残る学徒志願兵らしき少年が、取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていた。

 

「俺達歩兵はな、この身一つで砲弾飛び交う戦場で戦ってんだ! テメェみたいな、頑丈な巨人の鎧に乗ってヌクヌクと戦ってるテメェなんかとは違うんだよ!」

 

「言ったなっ!!」

 

 そんな二人の周囲には、二人の喧嘩を煽る、歩兵の同僚と思しき一団。

 その一団をかき分けて、ロッシュは二人の喧嘩する現場へと足を踏み入れた。

 

「喧嘩は、駄目です」

 

「な!? 何だよ、テメェ……」

 

「え?」

 

「兵科は違っても、共に戦う仲間、です。仲良くしましょう」

 

 強引に間に割り込み喧嘩を止めたロッシュに対して、歩兵の男性は、喧嘩の邪魔をされ、更に気が立ちロッシュにまで手を出そうかとした。

 だが、ロッシュの体格を見て、握った拳を振りかざす事を躊躇してしまう。

 

「君も、少し頭を冷やしたほうがいい」

 

「だ、誰か知らないけど、邪魔しないでください!」

 

「おい! ブラウン!」

 

 と、不意に少年の上官らしき男性が、彼の名を呼びながら血相を変えて近づいてきた。

 

「貴様、何をしている!?」

 

「は、ハウンズマン曹長! 何って、こいつがぼく達モビルスーツ乗りの事を馬鹿にしたから……」

 

「馬鹿者! 頭を冷やせ!」

 

 刹那、ハウンズマン曹長と呼ばれた男性は、ブラウンに強烈な右フックを叩き込む。

 それを受けたブラウンは、気絶し、床に倒れ込む。

 

 それを見た歩兵の男性は、少し冷静さを取り戻したのか、拳を収めた。

 

「ふん、所詮モビルスーツのパイロットなんざ、生身じゃ何もできないくせによ」

 

 しかし、吐き捨てるように放った一言が癪に障ったのか。

 歩兵の男性の顔面目掛けて、ハウンズマン曹長の拳が飛んだ。

 

「っ!」

 

「確かに生身じゃ非力だがな、モビルスーツは俺達にとって棺桶だ! その棺桶に乗って、ブラウンはルウム戦役で敵艦の主砲の直撃を受けたんだ! お前に一人で戦艦に突っ込む度胸があるか!? ん?」

 

「……あの、もうその辺で」

 

 ロッシュがハウンズマン曹長にもう十分だと声をかけると。

 歩兵の男性は殴られた箇所をさすりながら、静かにその場を去っていく。それに続くように、同僚の歩兵達も散り散りになる。

 

 一方、残った三人はと言えば。

 

「あぁ、俺の部下が迷惑をかけたな」

 

「いえ、僕はただ、仲裁に入っただけですから」

 

 ハウンズマン曹長はロッシュに礼を述べると、気絶したブラウンを背負って酒場を後にしていった。

 

「おーいロッシュ、大丈夫だったか?」

 

「はい」

 

「そっか。ま、トラブルに巻き込まれなくて何よりだ」

 

 こうして喧嘩騒動も解決し。

 第046独立部隊一行は、Dr.Fの依頼遂行の為、酒場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「"ゾック・アーセナル"、深度三〇〇、速度二〇ノット、順調に南下中です。このままならば、海域には予定時刻に到着予定」

 

「了解」

 

 オデッサの沖合、ジオン側が設定した安全海域と呼ばれる海域の一角に、一隻の水上艦艇の姿があった。

 元連邦海軍の駆逐艦を、自軍戦力として改装し運用している内の一隻であるその艦は、今回の依頼に際してランドニーがレンタルしたものだ。

 

 そんな駆逐艦内の戦闘情報中枢こと戦闘指揮所(CIC)の一角に佇むランドニーは、CIC要員からの報告に短く返事を返した。

 

 CICに設けられている大型ディスプレイが示す情報に目を移しながら、ランドニーは皆の無事を祈る。

 

「いや、あの魔改造ゾックなら……心配ないか」

 

 しかし、ふとDr.Fから受け取った機体の事を思い出し、心配無用と改まる。

 

 

 Dr.Fから今回の依頼の為に受け取ったゾックは、ランドニーが想像していたものとは、少々異なっていた。

 と言うのも、ランドニーが事前に想像していたのは、ガンダム戦記 Lost War Chroniclesに登場する、四本脚化し大型化された両腹部のフェアリングシェルが特徴的なアレンジ版と思っていたのだが。

 実際には、機動戦士ガンダム サンダーボルトと呼ばれる漫画作品内に登場する、モビル・フォートレスという分類の母艦機能を有するゾックをベースとした機体で。

 大型化した四本脚には、モビルスーツを収容できない代わりに、地対空攻撃可能な七五ミリガトリング砲をそれぞれ一基、合計四基収納し。更にはミサイルランチャーも収納している等。

 文字通りアーセナル(兵器庫)の名に恥じぬ大火力を手に入れ。

 ゾックのコンセプトである大火力による砲撃を、更に昇華させた機体であった。

 

 

「司令、間もなく三機が海域に到着します」

 

 と、ランドニーがゾック・アーセナルの諸元を一頻思い返していた間に、CIC要員から報告が上がる。

 ゾック・アーセナル、そして護衛として同行している二機のアッガイが、海域に到着する寸前であるとの内容であった。

 

「よし。ユーリアン、曳航ワイヤーを切り離し、浮上を開始。沙亜とメノは海中からユーリアンの援護」

 

「了解」

 

「了解だ」

 

「りょうかーい」

 

 ゾック・アーセナルのコクピット内、操縦者であるユーリアンの操作と共に、沙亜とメノが操る二機のアッガイを曳航していたワイヤーが切断される。

 刹那、オデッサ出発から自由を奪われていた二機のアッガイは、自由を取り戻すと、深海の中赤いモノアイを左右に動かすや、脚部のポンプジェット推進を使用し、暗い深海の中へとその姿を消す。

 

 一方、二機の分離を確認したゾック・アーセナルは、その巨体を海面目掛けて上昇していく。

 

 上昇と共に深度計の数値が小さくなっていく。

 そして、遂に。

 黒海の海面を突き破る様に、頭頂部のフォノンメーザー砲の砲口部から水しぶきをまき散らしながら、ゾック・アーセナルはその巨体を黒海海面に現した。

 

 程なく、ちょっとした小島を彷彿とさせるその全容を曝け出すと、機体の表面から滑り落ちた水が、海面に幾つもの波紋を広げた。

 

「浮上完了。これより、攻撃に移行します」

 

 そして、ゾック・アーセナルのモノアイが一際輝きを放つと、その巨体で巨大な航跡を描きながら、更に前進を続けた。

 

 

 

 霧が立ち込める中、悠然とその巨体を進むゾック・アーセナル。

 そのコクピット内で、ユーリアンはレーダー画面に表示された光点を見つめていた。

 

 これは、上空のルッグンからデータリンクを通じて送られてきた、ターゲットなる連邦海軍の艦隊を示していた。

 名前の通り、中央部に大型艦を配置し、その周囲を円形に護衛の艦を配置する。所謂輪陣形。

 画面上に映し出された連邦海軍の艦隊は、見事なまでの輪陣形で、黒海の堰を突破すべく進行を続けていた。

 

「対艦ミサイル、一番、二番、発射!」

 

 ゾック・アーセナルの左右前脚ハッチが開かれると、その姿を現したミサイルランチャーから、そんな連邦海軍艦隊目掛け、二本の槍が放たれ、飛翔を始める。

 更に一拍置いて、第二射となる二発も発射され、合計四発の槍が放たれた。

 

「方位0-0-6(まる・まる・ろく)よりミサイルと思しき飛翔体! 四発接近中!」

 

「何だと!? くそ、迎撃しろ! 全兵装使用自由( オールウェポンズフリー)! てぇ!!」

 

 連邦海軍艦隊において輪陣形の先頭を航行する、駆逐艦。

 ジオン側により区別の為チャーリー・ワンと命名された同艦は、艦長の号令と共に、艦橋前方に備えたVLS(垂直発射装置)が開き、そして火を噴いた。

 迫る対艦ミサイルを迎撃すべく、艦対空ミサイルが轟音と共に発射される。

 さらに輪陣形の前方を航行するチャーリー・ツー、チャーリー・スリーからも、同様に艦対空ミサイルが発射される。

 

 だが、迎撃はそれだけでは終わらない。

 次いで、VLSの前方、前甲板に設けられた単装速射砲が吠え始める。

 

 黒海に響き渡る轟音。

 

 しかし、そんな音に交じって、甲高い音が混じり始める。

 それは、艦を脅威から守る最後の障壁、近接防御火器システムCIWS(シウス)の発砲音であった。

 

「ECMとECCMはちゃんと作動してるんだろうな!?」

 

 チャーリー・ワンのCICに詰めていた誰かが、悲鳴に似た声を挙げた刹那。

 チャーリー・ワンを、耳を劈かんばかりの轟音と共に、激しい衝撃が襲った。

 そして、CICに緊急事態を示す赤いランプが点滅すると、けたたましい警報が鳴り響き始める。

 

「ダメコン急げ!!」

 

 大型ディスプレイに表示された艦の被害状況は、音と衝撃に違わぬ酷いものであった。

 

「く! 何とか復旧を急がせろ! でないと第三──」

 

 そんな状況下にあってもチャーリー・ワンの艦長は善処しようと矢継ぎ早に命令を下そうとするも。

 彼の努力は、結局報われる頃はなかった。

 

 新たな命令を言い終わる前に、激しい炎によりその居所を照らし出したチャーリー・ワンの船体を、霧の向こうから二筋の光が飛来し、貫いた。

 刹那、チャーリー・ワンは閃光と轟音と共に、巨大な炎と水飛沫を上げ、黒海の海面から姿を消した。

 

「駆逐艦ハーヴィ、轟沈!」

 

「駆逐艦チャイルズ、なおも炎上中!」

 

「駆逐艦シャーキー、航行不能!」

 

「えぇっい! ここのジオンの連中は水中から襲うのが定石ではなかったのか!?」

 

「と、仰いましても……」

 

 輪陣形の中央、今回の艦隊の旗艦を任された全通飛行甲板型の輸送艦、ティトンのCICで、艦隊司令官の男性は報告される内容を耳にし、隣に佇むティトン艦長に噛みついた。

 艦隊司令官からの理不尽な声に耐えながら、ティトン艦長は彼に正気を取り戻してもらうべく言葉を選んで対応していく。

 

「敵の数は分からんのか!?」

 

「攻撃を行っているのは小型艇と思しき反応のみですが、水中にも反応があり……」

 

「えぇぃ! ならファンファンを飛ばせ!! それから、"水ヨーヨー"も全機発進させろ!!」

 

「全機ですか!?」

 

「そうだ、艦長、全機出撃だ!!」

 

 ただ、どうやらティトン艦長の望みは、既に絶たれていた様だ。

 艦隊司令官の男性の目は血走り、鼻息も荒い。

 もはや、正気は完全に失われていた。

 

 そのような状態で艦隊の指揮を執る事は、ティトン艦長にとっては不安でしかない。

 だが、彼が艦隊において最上位の存在である以上、その命令は絶対である。

 

「ファンファンSRO、及びフィッシュアイ、発進スタンバイ!」

 

 ティトンの飛行甲板に並べられた、その名の通りファンを装備し飛行可能なミサイル・ホバークラフト。

 その対潜哨戒機型であるファンファンSROが、左右に装備したファンを高速回転させ、次々と飛行甲板から発進していく。

 

 一方。

 ティトンの艦底部に設けられた格納庫内では、今まさに注水作業が行われていた。

 格納庫内の拘束用土台に拘束されていたのは、モビルポッドのボール。をベースに水中専用に改造した機体。

 作業用マニピュレーターを、火器の使用が制限される水中でも攻撃に最適化すべく巨大なクロー・アームに換装し、主砲を水中で使用可能な連装式ロング・スピアに変更。

 そして背部に主推進装置である大型スクリューを装備した。

 形式番号RB-79N、フィッシュアイである。

 

 ただ、このフィッシュアイ、兵器としての完成度は高いとは言えず。

 航続距離が短いという欠点の為、一部ではゴム紐が付けられたように短時間に出撃と帰還を繰り返す光景や、その外見をなぞらえて、"水ヨーヨー"と揶揄されていた。

 

「ハッチ開放! ハッチ開放!! 発進、どうぞ」

 

「野郎ども! 行くぞ!」

 

 だが、不名誉な名で揶揄されようとも、フィッシュアイ達は命令に従い、艦隊を守るべく行動を開始する。

 注水作業が完了し、艦底部のハッチが開かれると、拘束を解き、丸く凶暴な魚達は黒海へと解き放たれた。

 

「くそ、ソナーが拾うのは味方の嫌な音ばかりかよ……」

 

 丸く凶暴な魚達を束ねる隊長は、乗機のコクピット内で苦虫を噛み潰した。

 

「隊長、敵モビルスーツをキャッチ!」

 

「よーし、散々遊んでくれたお礼だ。奴らにきっちり払わせてやるぞ!!」

 

 だが、部下からの報告に、彼は吠えると、操縦桿を倒し、スクリューの回転数を上げた。

 

「っ! 新手か!?」

 

「もらった!!」

 

 隊長は、捉えた沙亜のアッガイ目掛けてロング・スピアを発射する。

 誘導性はないものの、水中をその名に恥じぬ速さで突き進むそれは、確実に沙亜のアッガイ目掛けて水中を走る。

 

 だが、沙亜は寸での所でロング・スピアを躱すと、一転反撃に出る。

 

「フィッシュアイか、だが、その程度では私は倒せんよ!」

 

「隊長! こいつ動きが違う! データとは比べ物にならない!!」

 

 アッガイのデータを熟知していた隊員達ではあったが、いかんせそれは、平均的なパイロットが操縦した際のデータであった。

 沙亜のアッガイは、放たれるロング・スピアを掻い潜り、振り下ろされる巨大なクロー・アームを華麗に躱すと、腕部のアイアン・ネイルで果敢に格闘戦を挑んだフィッシュアイのキャノピーを貫いた。

 

「隊長! 魚雷走行音! 方位1-6-4(ひと・ろく・よん)! 数二!」

 

「何だと!? デコイを──」

 

 刹那、隊長の乗ったフィッシュアイに、後方から襲い掛かった魚雷が直撃。

 彼の意識は背後より襲い来る衝撃と共に、文字通り海の藻屑と化した。

 

「いえーい! 命中!」

 

 隊長機を海の藻屑へと変貌させた下手人。

 それは、沙亜のアッガイが敵の目を引き付けている隙に、背後に回り込んだメノのアッガイであった。

 

 隊長を失い、指揮系統がマヒしたフィッシュアイ達は、その後次々に討ち取られ。

 その一部を、暗い黒海の海底へと沈めていった。

 

 

 

 こうして水中での雌雄が決しようとしていた頃。

 海上での雌雄も、決しようとしていた。

 

タリホー!(目標視認!)って、おいおい、何だよありゃ!?」

 

「あれは……、モビルスーツなのか!?」

 

 水飛沫と弾幕をあげながら、霧の中、波立つ海面を移動する巨大モビルスーツ、ゾック・アーセナルの姿を目にしたファンファンSROのパイロット達は、一様に息をのんだ。

 だが、意を決すると、ゾック・アーセナルを胴体下部に搭載したミサイルの有効射程内に収めるべく接近を開始する。

 

 しかし、それは既にゾック・アーセナルの知る所であった。

 

「航空機か」

 

 モニターに映し出されたファンファンSROの編隊を確認したユーリアンは、直ちに敵艦隊からのミサイル攻撃の迎撃にも使用した七五ミリガトリング砲の砲口をファンファンSROの編隊へと向ける。

 刹那、指向可能な三基の七五ミリガトリング砲が唸りを上げた。

 

「うわぁぁ!?」

 

「た、助けてくれ!?」

 

 その弾幕の壁を前に、一機、また一機と、蜂の巣と化したファンファンSROが海面へと墜ちてゆく。

 そんな中、何とかミサイルの有効射程内にまで近づいた一機が、撃墜直後にミサイルを放つも。

 狙いを定めきれなかったのか、放たれたミサイルは、ゾック・アーセナルの手前の海面に突っ込んで、水飛沫をあげた。

 

「さて、残りを片付けるか……」

 

 手近な脅威を排除したゾック・アーセナルは、残存する連邦海軍艦隊に向けて、再び攻撃を再開した。

 既に輪陣形を解維持しきれず、陣を解いて戦闘を行っていた連邦海軍艦隊の残存艦だったが、最早既に満身創痍なのは明らかであった。

 

「何故だ! 何故だ! 何故だぁぁぁぁぁっ──」

 

 次々ともたらされる報告の数々に、頭を抱えて叫ぶ艦隊司令官の男性の叫びは、最後まで叫ばれる事はなった。

 何故なら、ゾック・アーセナルより放たれた四本の光に貫かれ、彼を含むティトンの多くの乗員達の意識は、瞬く間に、巨大な炎と水飛沫と共に消え去ったからである。

 

 

 

 

 こうして、黒海の堰での戦闘を終え、沙亜とメノが操る二機のアッガイを引き連れ悠然と帰還を果たしたゾック・アーセナル。

 万が一の為の援護にと、レンタルしたMS揚陸用ホバークラフトと共に待機していたシモンに、俺の分も残しておいて欲しかったと愚痴を聞かされながらオデッサへと帰還した一行は、その足でDr.Fに今回の戦果の報告に赴いた。

 

「素晴らしい! やはり君達に頼んだのは正解だったよ!!」

 

 どうやら大満足の戦果だったらしく、Dr.Fは満面の笑みと共に、今回パイロットを務めたユーリアンに握手と共に感謝の念を示した。

 

 そして、ゾック・アーセナルは正式に譲渡され、第046独立部隊の新たな一員となった。

 

「では、また是非とも貴方方に実戦テストしてほしい機体が出来たら連絡するので、その時はどうぞよろしく。──あぁ、次は何を作ろうか。──そうだ! ザクレロだ! 思い返せば、あの素晴らしきVer.Kaがモデルになっていないではないか! こうしてはいられない、早速取り掛からねば!!」

 

 因みに、Dr.Fの野望にも、新たな目標が追加されたようだ。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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外伝 Zの鼓動

「黒海の怪物?」

 

「そうですよ、何でも黒海の堰とジオンの奴らが称している防衛ラインを突破しようとしていた海軍の艦隊が、その怪物に文字通り一隻残らず海の藻屑にされたとか」

 

 エマージェンシー・オブ・オデッサに向け、ヨーロッパの連邦軍が旧ポーランドはワルシャワを始めとする、各集結地点に向けて集結を開始する中。

 そのワルシャワから幹線道路、E67号線と呼ばれる道路を北上した沿線にある都市。

 旧リトアニアの第二の都市であるカウナス、その近郊にある国際空港を、連邦軍は臨時の後方整備基地として整備し使用していた。

 

 そして、その基地に駐留していた連邦軍の部隊の一つ。

 MS特殊部隊第三小隊、通称デルタチーム。

 

 その一員にして、同小隊の三番機のパイロットを務めるデルタ・スリーことアニッシュ・ロフマン曹長は。

 昼食を食べ終えた後の暇つぶしの歓談相手に、基地内の屋外休憩スペースと化していた一角で、缶コーヒーを手にしていた、自身の上司であり部隊の隊長でもある、デルタ・ワンことマット・ヒーリィ中尉を選んでいた。

 

「その怪物と言うのは、一体どんな奴なんだ?」

 

「それが、人伝に聞いた話じゃ、生き残り曰く、ちょっとした小島並の大きさで、至る所に火器を満載してたとか。見た目的には、従来のジオンの水陸両用モビルスーツの改造機らしいって話ですけど」

 

「成程な……」

 

 壁にもたれかかりながら、ヒーリィ中尉は手にしていた缶コーヒーを開けると、一口口に含みながら、ロフマン曹長が仕入れた話に耳を傾けていた。

 

「それで、その怪物とやらは、他にもいるのか?」

 

「いや、今のところ確認されてるのは、その戦闘で確認された一機だけですが。……でも隊長、もしその怪物が量産されたら、間違いなく厄介なことになりますよ」

 

「確かにそうだな」

 

「それにしても、ジオンの奴ら、本当に次から次へと厄介な機体を作り出しますよ」

 

「あぁ、全くだ」

 

 ヒーリィ中尉はロフマン曹長の意見に同意すると、険しい表情を浮かべながら、再び缶コーヒーを一口含んだ。

 

 現在、MS特殊部隊第三小隊には、とある任務が与えられていた。

 この基地にいるのは、その任務の途中で補給と休息を得る為に立ち寄ったのだ。

 

 その任務と言うのは、最近確認されたジオンの新型モビルスーツ。

 そのモビルスーツの存在は、それまで確認されてきたジオン製の新型モビルスーツよりも、連邦上層部にとって脅威と認識されていた。

 と言うのも、その新型によって、それまで連邦軍が有していたアドバンテージを失う事になるかもしれないからだ。

 

 その理由とは、モビルスーツ用のビーム兵器を標準装備している事である。

 

 それまでは、連邦がジオンに先んじて標準装備していたビーム兵器。

 それを標準装備した新型機の存在は、連邦上層部に衝撃を与えた。この機体が本格的に生産され、最前線に配備されれば、戦争の趨勢はどうなるか分からない。

 それまでも、宇宙においてジオンのスカート付き、ことリック・ドムの一部がビーム兵器を使用していたが。これは標準装備ではなく、必要に応じて改造が施されたうえで装備していると確認されていた為、上層部もそこまで神経質には捉えてはいなかった。

 所が、今回の新型機は、無改造の状態でビーム兵器を標準装備している。

 

 物量と共に、ビーム兵器でのアドバンテージ、その両輪こそ、連邦が今回の戦争においてジオンに勝利する要因と考えていたが。

 今回の新型機の登場により、その両輪の片方が危うくなり、敗北の二文字さえ頭を過った上層部は、直ちにMS特殊部隊第三小隊に調査を命じ、彼らを新型機が確認されたヨーロッパへと派遣していた。

 

「ま、モビルスーツの運用や開発は、ジオンに一日の長があるからな……」

 

 目の前を横切っていく輸送トラックの車列を眺めながら、ヒーリィ中尉は感想を呟いた。

 

「でも隊長、連邦だって、新型機の開発なら負けてませんよ」

 

「そうだな……、よし」

 

 と、手にしてた缶コーヒーの中身が空になった事を確かめたヒーリィ中尉は、近くに置いてあったゴミ箱に缶を捨てると。

 壁にもたれかかっていた為堪ったコリをほぐすべく、体を伸ばすと。

 

「この話はここまでにしよう。あまり考えて悲観的になるのは、任務にも影響しそうだしな」

 

「了解です」

 

 話を締めくくり、他の隊員達のもとに戻るべく、ロフマン曹長を引き連れて屋外休憩スペースを後にした。

 

 

 

 

 

 

「カルカさ~ん」

 

「何だい、ヤル・マル」

 

「聞いた? この間の黒海の堰での戦闘。凄かったらしいよ」

 

 比較的穏やかな様子を浮かべた黒海の一角。

 黒海の堰を堰き止めているジオンの海洋戦力部隊である複数の艦艇が、穏やかな海面に停泊していた。

 

 その内の一隻は、前甲板の兵装が取り除かれ、モビルスーツの駐機スペースを確保し。同時に、射程延長の為の改造が施されたMS用対艦ライフル用の支持装置を艦首に備えているなど。

 特殊な改装が施されたフリゲート艦となっていた。

 同艦の艦尾には、他の艦同様、水陸両用モビルスーツが係留されている。

 ずんぐりとした巨体に、鋭い爪を持つ多関節構造の両腕、水中行動時は両腕を収納して肩アーマーを閉じて水の抵抗を減らせるなど、その外見に似合わず水中での運動性能は高い。

 ただし、陸上では、言わずもがなだ。

 

 形式番号MSM-03、ゴッグの名を持つツィマッド社開発の水陸両用モビルスーツ。

 

 そのパイロットである、男性ながら耳が隠れる程の長い髪と不気味な笑みを浮かべた顔が特徴的なヤル・マル伍長は。

 艦尾に設けられたヘリコプター甲板に座り、昼食を掻き込みながら、転属以前より同僚として付き合いのあるカルカ・ギッタ・マドファ軍曹との他愛のない会話を楽しんでいた。

 

 その際、話題としたのが、自らの職場である黒海の堰での事であった。

 

「あぁ、その話なら聞いたよ。たった一機で連邦の艦隊を壊滅させたアレだろ。……全く、物凄い化け物だよ」

 

 海風にツインテールの美しい髪を靡かせながら、軍人らしく鍛えられてはいるが、パイロットスーツを着込んで否応なく女性としての魅力に溢れた部位が強調されたカルカ軍曹は。

 トレーに乗った料理を突きながら、自身の感想を漏らす。

 

「でも、確かその戦闘って、使用された機体の実戦テストだったんだろ?」

 

「そうそう。だから思ったんだ。もしかしたら、いずれ俺達にもデータ収集目的で回されてくるんじゃないかって」

 

「……はぁ。そんな訳ないでしょ」

 

 淡い期待を抱くヤル・マル伍長に対して、カルカ軍曹はバッサリと彼の期待を切り捨てた。

 

「あたし達の特務は確かにまだ有効だけど、あたし達はね……」

 

 と、その根拠となる理由を途中まで言いかけて、カルカ軍曹は言葉を詰まらせた。

 その先は、あまりに惨めで不名誉な、自身と、そしてヤル・マル伍長や北米に転属した元同僚達にとっては、辛い思い出だからだ。

 

 開発訓練Y-02小隊、通称ドアン隊。

 カルカ軍曹とヤル・マル伍長が、現在の黒海守備部隊に転属する以前に属していた部隊。

 部隊の目的は文字通り、腕の高いパイロットを選出し、試作モビルスーツの試験を選任する、開戦以前にジオン軍が創設した部隊の一つ。

 

 開戦後も、同部隊はその任を全うしていたが。

 とある事情により同隊は解散、そして、隊員達は各部隊に再配置となった。

 

(ドアン隊長……。あんたは今、何処にいるのさ)

 

 そして、カルカ軍曹はかつての上官でありドアン隊の隊長でもあったククルス・ドアンの名を、心の中で呟くのであった。

 

「? カルカさ~ん、急に黙り込んじゃって、どうしたの? あ、もしかしておし……」

 

「っ! なに言ってんだよ! それよりも、さっさと残りの飯掻き込んで、とっとと戻んな! 水中部隊の他の連中だって、腹空かせて順番が来るのを待ってんだよ!」

 

「へいへーい」

 

 ヤル・マル伍長はやる気のない返事を返すと、言われた通り残っていた料理を掻き込み始める。

 その様子を見て、カルカ軍曹も止まっていた自身の手を動かし始める。

 

 程なくして、昼食を終えた両名は、各々の愛機のコクピットへと戻っていく。

 

「じゃ、カルカさーん、敵が来たら、いつものようによろしくね」

 

 海面から手を振り、程なく水中へと潜っていくヤル・マル伍長のゴッグ。

 それを、前甲板の駐機スペースに待機しているザクIのコクピットから見届けたカルカ軍曹は。

 

 適当に返事を返すと、趣味である絵画を描くべく、スケッチブックと鉛筆を手にし、モニターに映るカモメを描き始める。

 

「道具になればいい。そう……、そうすれば、感傷に浸らずに済む」

 

 一人ぼっちのコクピット内で、カルカ軍曹は儚げな声で、独り言ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 黒海の堰でのゾック・アーセナルの活躍が連邦・ジオンの双方に広がっている一方その頃。

 そんなゾック・アーセナルの生みの親であるDr.Fは何をしているのかと言えば。

 

 自身が軍団長を務める有限会社如月重工の専用ロビー。

 Dr.F曰く、研究所と呼んでいる場所の一角で、自身の新たなインスピレーションを具現化させるべく、開発・設計に勤しんでいた。

 

「ふふふ、いいぞ。数値は完璧だ……。っだぁ! くそ! この形状では姿勢制御に難があるのか、えぇぃ! ではここをああして、あそこをこうして」

 

 二台の大型モニターを交互に見つめ、モニターに表示される数値などを目にして一喜一憂しながら作業を続けるDr.F。

 そんな彼に、背後から近づく人影が一つ。

 

「博士、博士!」

 

「やはりビーム兵器だけでは対策された際に決め手に欠けるか、となると、一種類ぐらいは実弾兵器を搭載して、……いやだがこれだと弾倉の収納スペースが小さく困難か」

 

「博士! はかせーっ!!」

 

「ん? おぉ。誰かと思えば、ワトソン君じゃないか」

 

 しかし、作業に没頭し、人影の存在に全く気付かないDr.F。

 大声で呼ばれ、そこで漸く人影の存在に気付いたDr.Fは、大声をあげた声の主に、暢気に声をかけた。

 

「ですから、僕の名前はワトソンじゃなくて"ハドソン"です」

 

「分かっているよ、ワトソン君」

 

「はぁ……」

 

 Dr.Fと同じく、軍服の上から白衣を重ね着した、ハドソンと呼ばれる有限会社如月重工の一員である栗色の髪の青年は。

 間違いを指摘しても正す気配がない事に肩を落とし、ため息を漏らすのであった。

 

「もういいですよ。……それよりも博士、頼まれてた資料、持ってきましたよ」

 

「おぉ、ありがとう」

 

 そして、早々に諦めると。

 本来の用件である、Dr.Fに頼まれた資料を、Dr.Fが作業している脇の机に置いていく。

 

「で、今度は何を作ってるんですか?」

 

「ふふふ、気になるかね?」

 

「そりゃまぁ」

 

「では見せてあげよう。これはまだ設計段階だが、どうだ、見たまえ! 素晴らしいとは思わないかね!?」

 

「うわぁ……」

 

 大型モニターに表示されたものを目にし、ハドソンは呆れた様な声を漏らした。

 

 そこに表示されていたのは、ゾックの上半身を流用した機体の設計図であった。

 ゾックの上半身をコントロールユニットの核として、下半身には推進ユニットと武装ユニットを兼ね備えた巨大な構造物が設けられている。

 その外見は、まさに一種のロケットのように見えなくもない。

 

「何ですか、これ?」

 

「ザクレロの制作を行っている時に、私はふと思ったのだよ。水陸両用モビルスーツの、宇宙(そら)での運用と言う可能性を!」

 

「はぁ──」

 

「原作シリーズ内にもゼーゴックという先例はある! 漫画版なんて無改造で宇宙で出撃していた! ならば、不可能ではない筈だ!! 大宇宙(大海原)を悠然と泳ぐ、水陸両用モビルスーツの開発は!!」

 

 熱を帯びて力説するDr.F、その熱量に、ハドソンは圧倒される。

 

 なお、Dr.Fが例として挙げたゼーゴックとは。

 MS IGLOOが初出となる、ジオン軍が開発したモビルダイバーシステムと呼ばれる機動管制ユニットの名である。

 因みに、この名称の由来は、ユニットの核としてズゴックが使用されている事からきている。

 

 機動管制ユニットとなるズゴックと、主武装となるコンテナ方式の大量兵器輸送用コンテナの二つのユニットにより構成される。

 この兵器の用途は、その名の通り衛星軌道上から目標となる地点へ降下、そして奇襲を行うというもの。

 ただし、使用後は武装コンテナどころか、核となる機動管制ユニットまで廃棄するという運用方法で、文字通りの使い捨てである。

 

 初出となるMS IGLOOでは、設定に忠実な活躍が描かれた為、本格的な宇宙での運用場面は描かれていないが。

 ゲーム作品に出演した際には、一部では大気圏内外で運用可能な最良ユニットとして破格の好待遇に設定されているものもある。

 

 

 そして、漫画版であるが。

 こちらは冒険王版と呼ばれる、機動戦士ガンダムを基にした漫画作品である。

 

 この冒険王版、原作となったアニメと異なり、スーパーロボット作品を彷彿とさせる内容となっており。

 熱血漢のアムロなど、原作のアニメ版とは設定や演出がかなり異なる作品ではあるが、それでも、カルト的な人気を博している一品である。

 

 そんな作品内では、ズゴックが無改造の原作アニメ同様の姿で、宇宙で戦う場面が描かれており。

 更には、ゾックも同様に宇宙で戦う場面が描かれている。

 因みに、ゾックは雑誌連載版においてラスボスとしての地位を得ている。

 

 なお、冒険王版の演出をリスペクトして、宇宙仕様となったズゴックとゾックが登場する漫画作品も後年に登場するのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 こうした先例を踏まえ、Dr.Fは自らのインスピレーションのもと、宇宙で運用可能なゾックの設計・開発に勤しんでいた。

 

「では博士。この機体が完成したら、また第046独立部隊の方々にテストを依頼するんですか?」

 

「……いや、この機体は宇宙専用機となる予定だ。地上をメインに活動されている彼らを、イベントも近いのに私の我儘の為に宇宙にまでご足労いただくのは、心苦しい」

 

「では博士、どうするんですか? まさか置物ですか?」

 

自己満足の産物(置物)にはせんよ。第046独立部隊の方々ではなく、別のプレイヤーに依頼するつもりだ」

 

「別の、ですか?」

 

「あぁ、丁度良さそうな軍団を見つけてね」

 

 そう言うと、Dr.Fは大型モニターの片方の表示を切り替える。

 そこには、とある軍団の名が表示されていた。

 

「第100技術試験隊……。あぁ、あのヅダ好きの」

 

「そう、宇宙での活動をメインに行う彼らなら、適任だろう?」

 

「ですが、引き受けてくれますかね?」

 

「なに、彼らの好きなヅダの改良を行ってやると言えば、二つ返事で引き受けてくれるはずだ。……私にかかれば、ヅダの改良など容易い事よ」

 

 こうして、自身の野望の為に協力して下さるプレイヤーの目星を付け終えたDr.Fは。

 最後に、この宇宙用ゾックの仮称を発表する。

 

「因みにこの機体の名は、SIN(シン)ZOCK(ゾック)、とする予定だ」

 

「博士、それって何の略ですか?」

 

Steel Immense of Nightmare ZeOn Cosmos Knight(ジオンの宇宙騎士たる鋼鉄の巨大な悪夢)。この機体が完成した暁には、ジオンを守護するこの宇宙騎士は、連邦軍にと言って文字通り巨大な悪夢の産物となる事は間違いないぞ!」

 

 確信を持った口調で語るDr.F。

 それに対して、ハドソンは、何処か呆れたような目で見ていた。

 

 因みに、このSIN(シン)ZOCK(ゾック)

 現在の設計予定通りに完成すれば、その大きさは基となったゾックの三倍近くまで巨大となり。

 もはやモビルスーツと言うより、モビルアーマーと呼ぶに相応しい程巨大となる。

 

 果たして、このSIN(シン)ZOCK(ゾック)が、大宇宙(大海原)を泳ぐ日はいつになるのか。

 それは、神のみぞ知る。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十一話 Vulture

「隊長、見つけましたよ。次のターゲットを」

 

「おぉ、そうか……」

 

 東ヨーロッパ地方の一角。

 現在の所、ジオンの勢力圏として認識されている、幹線道路から外れたとある原生林の中。

 空からの監視の目を誤魔化すべく、周囲の原生林に偽装する様に、偽装網がかけられた三機の巨人。

 その内の一機の足元で折り畳み式の椅子に腰かけていた男性は、足早に駆け寄ってきた部下からの報告に、短く反応を示した。

 

「おい、ボロゴロフ! ホバーの調子はどうだ!?」

 

「もう少し待ってください隊長!」

 

 そして、偽装網がかけられた三機の巨人の内の一機。

 右脚の装甲の一部が取り外され、装甲に隠れていた熱核ジェットエンジンの一部が剥き出しとなっている。

 そこに、上半身を突っ込んだ巨漢の男性の姿があった。

 

 上半身を突っ込み、その熱核ジェットエンジンをいじっていた、上半身をアンダーウェアにし、その手にスパナを持ったボロゴロフと呼ばれたスキンヘッドの強面の男性は。

 上半身を引き出すと、その顔をオイルで汚しながら、隊長である男性の質問に振り向きながら答え終える。

 そして答え終えると、再びその上半身を装甲内に突っ込み、整備を再開する。

 

「隊長、何でザクじゃダメなんっすか? そりゃあの"ドム"っていうモビルスーツはいい機体っすけど、ありゃ十分な整備体制が整ってるからこそ生きるってもんで。まともな重機もない、設備のせの字もないこんな手前整備じゃ、明日にでも使い物にならなくなっちまいますよ。あぁ、ザクが無理ならもう少し整備が簡単なグフでもいいですけど……」

 

「文句を垂れるな、ペンター。俺だって分かっちゃいるが、上からの命令だ」

 

 そんな様子を近くで見ていた、鋭い目つきに狐のような顔をした部下の一人、ペンターと呼ばれた不満を爆発させた男性を宥める隊長。

 隊長に宥められたペンターは、渋々といった様子で、文句を引っ込めた。

 

 

 さて、ここで疑問が生まれる事だろう。

 何故彼らは、ジオンの勢力圏内にいて、ジオン軍の制式採用陸戦用重モビルスーツ、形式番号MS-09、ドムを使用しているにもかかわらず、何故近隣の設備の整った場所で整備を受けようとしないのか。

 

 その答えは、単純明快。

 彼らの着ているグレー色の軍服からも分かる通り、彼らはジオン軍の軍人ではなく、"連邦軍"の軍人だからだ。

 その証拠に、偽装網がかけられた三機の巨人の他にも、二輌の61式戦車が偽装網によって、その姿を隠していた。

 そして、彼らの使用しているドムは、重力戦線において連邦軍が鹵獲したモビルスーツの内、リバースエンジニアリングを済ませた個体を一部電子機器を連邦製に変更したものを使用している。

 

 

 そんな彼らの名は、セモベンテ隊。

 左目に眼帯をし、悪魔のような腕を生やして、緑のベレー帽をかぶったドクロを象った部隊章を有する、連邦軍の特殊部隊の一つ。

 

 連邦軍が、本格的な対モビルスーツを想定したモビルスーツを配備する以前に創設した部隊の一つであり。

 その特徴は、何といっても部隊の使用するモビルスーツが鹵獲機である事だ。

 鹵獲機を使用するのは、連邦独自の対モビルスーツ戦術を確立する為であると同時に、その戦術に基づいた指揮を行える指揮官育成の為の、教導団的性格を有している為である。

 

 と言うのは、表向きの話で。

 本当は、鹵獲機を用いた奇襲や後方撹乱等を行う、極秘の作戦行動の為である。

 ただし、この作戦行動に関してはいささか問題がある。

 と言うのも、地球連邦軍と認識する為のマークなどの標識がない鹵獲機を用いての武力行使は、南極条約違反、即ち戦争犯罪に当たるからだ。

 

 現実の戦時国際法においても、標識の偽装は忌むべきもので。

 捕虜となれば当然ながら人道に基づかぬ処遇を受けても文句は言えず、作戦中に事情を知らぬ友軍から誤射される可能性もあるなど、大変危険なものだ。

 だが、それだけリスクがあるにも拘らず、敵側に対して味方に攻撃されるという混乱と不信を蔓延させ、それに対する調査による費用と、それに伴う予定してた作戦への遅延効果、等々。

 

 高いリスクを伴うだけの効果は期待できる為、現実においても、戦争犯罪と承知した上で標識の偽装を行い行動を起こした事例は、表面化したものやしていないものを含めても枚挙にいとまがない。

 

(俺は構わねぇ……、だがせめて、こいつらだけは)

 

 そんな危険な作戦行動を行うセモベンテ隊の隊長。

 左目に眼帯をかけ、顔に傷を負った強面のイタリア系男性、フェデリコ・ツァリアーノ中佐は、心の中で誓いを立てる。

 

 と言うのも、元々セモベンテ隊はモビルスーツ三機と61式戦車一輌で一個小隊を編成、それを二個小隊揃え、隊を形成していた。

 しかし、今日に至るまでの度重なる戦闘による損耗で、一個小隊分にまでその規模を縮小せざるを得なくなっていた。

 本来であれば、定数を満たせず戦力として不安を残す同隊には、補充を宛がうのが通常であるが。

 

 セモベンテ隊は、言うなれば戦争犯罪集団。そして、連邦の暗部の只中の一つ。

 その為、連邦上層部にとっては、利用できる内は利用し、価値がなくなれば捨てる。即ち、使い潰す魂胆であった。

 

 この為、機体や人員の補充も、補充が無理ならば、せめて作戦中の負担を減らし行動を円滑にすべく、専門知識を持った整備士の同行の許可を上申したが。

 何れも、全て却下されている。

 

 故に、現在のヨーロッパ戦線のジオン方面軍に対する後方撹乱の作戦においても。

 機体の整備は自分達で行わなければならず、整備に必要な部品等は、廃コンテナや襲った物資集積所等から調達しているのが現状。

 

 もはや何一つ満足できる状況にないが、それでも、彼らは与えられた命令に忠実に従うしかない。

 それが、敵からも味方からも銃口を向けられる道を選んだ、彼らが唯一生きる為の道なのだ。

 

(理不尽に死ぬのは、俺一人でいい……)

 

 それでも、フェデリコ中佐は、せめて部下だけは日の光は浴びれずとも生き続けてほしいと、胸の内で密かに願うと。

 その為に、自身を犠牲にする事も厭わないと、心に誓うのであった。

 

「隊長、何とかいけそうです!」

 

「よぉし、お前ら、出撃するぞ!」

 

 椅子から立ち上がり発せられたフェデリコ中の号令と共に、隊員達の手により偽装網が外され、機体に火が灯る。

 鋼鉄のハゲワシ達が、次なる獲物に群がる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、遡る事数時間前。

 ランドニーは、最早何度目ともなるも、未だに緊張が抜けないマ・クベ中将の執務室にいた。

 部屋の主、マ・クベ中将は、いつもの如く淡々とした様子で彼に命令を伝える。

 

「中佐も知っての通り、連邦軍はヨーロッパの各地に戦力を集結しつつある。それに連動し、背後となる中央アジア方面でも、連邦軍の不穏な動きが確認されている」

 

「は!」

 

彼奴(きゃつら)の目標が、このオデッサである事は疑いようもない。……勿論、それを迎え撃つ為の準備を怠っている訳ではない」

 

「それは承知しております」

 

「だが、その準備も、実行する兵たちが実直に行うからこそ機能する。違うかね?」

 

「その通りです」

 

「では、もし実行する兵たちに疑念が生まれ、機能しなくなれば。……賢明な中佐ならば、言わずとも分かるだろう?」

 

「は!」

 

「では命令だ。現在、東ヨーロッパ地域において、連邦軍の特殊部隊と思しき部隊の襲撃が確認された。襲撃はこれまでに二度、被害は何れも後方に設けた物資集積所だ。しかも、その特殊部隊は、あろうことか我がジオン軍のモビルスーツを用いている。現在は情報統制を敷いて前線の将兵達の耳には入っていないが。このまま被害が拡大すれば……」

 

「ヨーロッパ戦線は瞬く間に混乱し、連邦に容易く蹂躙される。ですか?」

 

「その通りだ、中佐」

 

 そこでマ・クベ中将は執務机の上に置かれたティーカップを手に取ると、中に入った琥珀色の液体を、口の中に運んだ。

 こうして喉を潤すと、マ・クベ中将は再び語り始める。

 

「そこで、貴官の指揮する第046独立部隊には、次に彼奴(きゃつら)が襲撃すると思われる第4253物資集積所の警備を願いたい」

 

「失礼ですが、その第4253物資集積所が次のターゲットであるという根拠は?」

 

「襲撃された物資集積所には、ドムの予備部品などが保管されていた。そして、下手人である連邦軍の特殊部隊は、ドムを使用している事が確認されている。……ここまで言えば、納得するかね?」

 

「は! ありがとうございます!」

 

「勿論、他の物資集積所にも警備の強化は通達しているが。現状では、貴隊が警備を担当する第4253物資集積所が襲われる可能性が極めて高い」

 

「第046独立部隊! 第4253物資集積所の警備の任、拝命いたします!」

 

「よろしく頼むよ、中佐」

 

 こうしたやり取りが行われたのが、数時間前の事。

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 第046独立部隊は、第4253物資集積所の警備にあたっていた。

 

 旧ベラルーシの東側、主要地域を結ぶ幹線道路から少し離れた場所。

 周囲を田畑や草原等で囲まれたその場所にある、戦火により住民が疎開し、無人となった小さな村を利用して設けられた第4253物資集積所。

 

 警備対象でもある物資を満載したコンテナ等が並ぶ一角のすぐ近くに、二梃のギャロップが鎮座していた。

 

「司令、現在の所、第4253物資集積所に接近する反応はありません」

 

「了解ー」

 

 艦橋乗組員からの報告に、ランドニーは退屈そうに答えた。

 と言うのも、警備を開始して既に数十分。

 今の所、特に問題も起きずに過ごせている。

 

 連邦軍の特殊部隊の襲撃に備え、空中で待機している二機のルッグンからも、更に地上の早期警戒役として、愛機と共に周辺の歩哨を行っているロッシュと沙亜の二人からも。

 特に急を告げる連絡はない。

 

 周囲を起伏も殆どない平坦な土地に囲まれている第4253物資集積所の警備の為、ランドニーは二段構えの警戒態勢を敷いていた。

 連邦軍の特殊部隊は鹵獲したドムを利用している。起伏の激しい場所ならば、ドムの加速性能も生かしきれないが、平坦な場所となると、まさに水を得た魚だ。

 その為、上空のルッグンによる探知と共に、早期に察知した情報をもとに、歩哨の二人が前衛として接近して来る連邦軍の特殊部隊を足止めし、第4253物資集積所に待機している本隊が迎撃に動き出すまでの時間を稼ぐ。

 

 この二段構えの警戒態勢で挑んでいたが。

 いざ始まってみれば、怪しい部隊どころか、友軍部隊すらもやって来ず、ランドニーはギャロップ艦橋の司令席で、暇を持て余していた。

 

「はぁ……、相手がドム三機だからって気合れて挑んでみりゃ。何だよ、全然来ねぇじゃねぇか」

 

 推測は予知ではない。

 あくまで、それまでの情報を整合し、次に第4253物資集積所が襲われる可能性が高いと結論を出しただけで、百パーセント第4253物資集積所が襲われると決まった訳ではない。

 

 しかし、事前に意気込んで臨んだ分、実際には何も起きないと。

 その落差の大きさが起因して、やる気が損なわれてしまう。

 今のランドニーの様に。

 

「あー、早く出てきてくれねぇかな~」

 

「あはは、そんな事言ってると、本当に出てくるよ」

 

「あー、そういや前にもそんな事があったな」

 

 そんなやる気の損なったランドニーの様子に、ユーリアンは苦笑いを浮かべながら、暇つぶしになればと声をかける。

 

「でもまさか、そう何度も同じことが……」

 

「司令! ルッグン二号機より、北西方向より接近する反応を捉えたとの報告です!」

 

 だが、次の瞬間、ランドニーの言わんとしていた事が、現実味を増した。

 

「数は!? それと、IFF(敵味方識別装置)の反応は!?」

 

「機数は三、解析の結果、使用機種はドムと判明。IFF(敵味方識別装置)は味方を示しています」

 

 艦橋乗組員からの報告内容に、一瞬にしてランドニーの表情が緊張で強張る。

 接近してきた部隊は、事前に提示された連邦軍の特殊部隊の構成と合致している。

 

 しかし、まだ結論付けるには早い。

 もしかしたら、ドム三機で構成された本物の友軍部隊と言う可能性も、まだ残されているからだ。

 

「接近する部隊に一番近いのは?」

 

「ロッシュ兵長です」

 

「よし。直ちにロッシュに連絡!」

 

 その為、ランドニーは接近中の部隊に最も近いロッシュを、部隊に接触させる事にした。

 

「という訳で、接触して相手の素性を探って来てくれ」

 

「了解」

 

「他の皆も、警戒は続けてくれ」

 

 艦橋のモニターに、誘導に従って第4253物資集積所から離れていくロッシュの陸戦型ザクIIが映し出される中。

 現場の空気は、一気に緊張の度合いを増していった。

 

 

 

 

 

 

「すいません、そこで止まってください」

 

 ロッシュの呼びかけに、接近中の三機のドムは素直に従い、ロッシュの陸戦型ザクIIの前に、まさに重戦車の如く見た目の巨体を立ち止まらせた。

 

「おいおい、何だ、今日は随分と警備が厳重だな?」

 

「ちょっと、訳がありまして」

 

 三角形を構成する三機の中、先頭を務めるドムのパイロットと思しき男性の疑問に、ロッシュは答える。

 

「ほぉーそうかい。……所で、弾薬の補給を受けたいんだが? こいつの弾、あるか?」

 

 すると、ドムのパイロットは、右手に持っていたMMP-80を指して、同銃の弾薬があるかと尋ねてきた。

 

「あの、僕では分かりかねますので、直ぐに駐在の武器科員に確認してみますから、少し待ってくださいますか?」

 

「……そりゃ、すまねぇな」

 

 と、ロッシュがMMP-80の弾薬が第4253物資集積所に保管されているかどうかの確認を行い始めたと同じ頃。

 ロッシュ達とは、第4253物資集積所を挟んで反対側に位置していたザク・アライヴのコクピット内で、沙亜は胸騒ぎを覚えていた。

 

 そして、ふと何かを感じ取ると、彼女は操縦桿を操り、ロッシュ達の方へとザク・アライヴを駆け出す。

 

「ロッシュ! そいつらは敵だ! 早く離れろ!」

 

 そして、ロッシュに対し怒鳴るように警告を発すると。

 突然の警告に困惑するロッシュをはじめ、他の面々を他所に。

 ザク・アライヴを最短距離で向かうべく、大地を蹴り勢いをつけると、第4253物資集積所を飛び越えるかのようにバーニアを噴かせる。

 

「──ち! バレちゃ、しょうがねぇ」

 

 一方、困惑するロッシュを他所に、ドムのパイロットは何やら意味深な言葉を発すると。

 

「ならここから先は、言葉は不要……、だな」

 

 刹那、右手に持っていたMMP-80の銃口が、ロッシュの陸戦型ザクIIに向けられる。

 そして、次の瞬間。

 

「!!」

 

 躊躇いなくトリガーを引くと、放たれた九〇ミリ弾の雨が無防備なロッシュの陸戦型ザクIIに襲い掛かった。

 至近距離から放たれた九〇ミリ弾の雨を叩きつけられたロッシュの陸戦型ザクIIは、程なく、その巨体を大地に倒し、その後起き上がる事はなかった。

 

「くっ!!」

 

 ロッシュが撃破された様子を天高くから確認した沙亜は、悲しみに浸る間もなく、照準を合わせると、ザク・アライヴの背部に装備した二基の五連装ロケットランチャーを発射した。

 

「くるぞ! 散開!!」

 

 放たれたロケット弾は、爆音と共に着弾地点に炎と土煙を巻き上げるも、三機のドムを巻き込むことは叶わなかった。

 爆発を背に、三機のドムは各々の方向へと散り、各々攻撃を開始した。

 

「げ、迎撃! 迎撃開始!!」

 

 そして、ここに至り、ランドニーの指示により本隊が迎撃に動き出す。

 

 

 

「ミッチェル! フランシス! 俺達が敵の目を引き付ける、お前らは大回りで回り込んで物資集積所を襲え!」

 

 MMP-80の発砲音に負けぬ程の大声で、フェデリコ中佐は後方で待機していた二輌の61式戦車に対し指示を飛ばす。

 文字通り、地面を滑る様に走るドムの機動性を生かし、迫る火線を躱しつつ、まずは戦車の天敵である、先ほど第4253物資集積所から発進した戦闘ヘリを叩き落とす。

 

「ボロゴロフ! ペンター! 敵の目を引き付けつつ、引っ掻き回すぞ!」

 

「了解!」

 

「イエッサー!」

 

 部下からの威勢のいい返事を聞きつつ、フェデリコ中佐は彼我の戦闘距離を見極めながら、MMP-80の有効射程ギリギリで戦う。

 

「ほぉ、威勢のいいのは結構だな」

 

 すると、フェデリコ中佐のドム目掛けて向かってくる一機の黒いモビルスーツ。

 グフ・インフェルノの姿を、ドムのモノアイが捉えた。

 

「成程。蛮勇ではないか!!」

 

 自身に放たれる火線を、巧みなステップで回避し、間合いを詰めるグフ・インフェルノ。

 その姿を目にしたフェデリコ中佐は、不意に口角を吊り上げると、グフ・インフェルノとの対峙を始めた。

 

「隊長! 援護に……、ぬっ!?」

 

「させるか!」

 

 フェデリコ中佐のドムに迫るグフ・インフェルノの姿を確認したペンターは、自身のドムを向かわせようとするも。

 そんな彼のドムの行く手を、一二〇ミリ弾の火線が遮る。

 

 火線の出所にモノアイを向けると、そこにはザク・アライヴの姿があった。

 

「隊長! ペンター! ……! こっちもか!」

 

 最後の一人、ボロゴロフのドムの周囲にも、土煙が巻き上げられる。

 それは、メノのザクキャノンの一八〇ミリキャノン砲による曲射であった。

 

「っ! えぇい、厄介な!」

 

 更に、続けてコクピット内に振動が伝わる。

 機体状況を確認すると、どうやら左肩のアーマーを撃たれたようだ。

 ただ、幸い飛来した弾丸は弾かれたようで、致命弾とはならなかった。

 

 それでも、ボロゴロフに足を止めれば殺られると刻み込むには十分な効果であった。

 

「っち、早いな、おい……」

 

 そんな弾丸を放った下手人。

 ギャロップの上でMS用対艦ライフルを構えたザクIIF型を操るシモンは、コクピット内で恨めしそうに独り言ちた。

 

「おいランドニー! ビターチームの援護はどうしたんだよ!?」

 

「ビターチームは新たに確認された61式戦車の対処に向かわせた! 悪いが、あのドムはお前とメノで対処してくれ!」

 

「あのな! 幾ら二機でも俺達後衛なんだぞ!」

 

 ランドニーの割り当ては、ユーリアンと沙亜が一機ずつ、そしてシモンとメノで残りの一機を対処するというもの。

 曰く、後衛二人でも前衛一人に対してはトントンとの事。

 

「ま、他の二人が片付け終えるまで足止めするだけでもいいが。お前なら撃破してくれると信じてるぞ、シモン」

 

「はぁ、そう言われちゃ、やってやるっきゃねぇよな!」

 

「撃つよ!」

 

「おうよ!」

 

 初めこそ不満を漏らしていたシモンであったが、ランドニーからの鼓舞激励を受け、俄然やる気になるのであった。

 

 そんなシモンとメノの二人と対峙するボロゴロフのドム。

 周囲に爆音と共に立ち上る黒煙を避け、舞い上げられた土が装甲を叩く中、未だ戦闘を継続していた。

 

 ドムの機動性と、その装甲をもって、至近弾や多少の被弾を物ともせずに戦い続けていたが。

 

「っ!? 何だ!!」

 

 不意に、コクピット内を振動が襲った。

 そして、不意に機体のバランスが崩れ始めたので、慌ててバランスを保つべく操縦桿を引っ張る。

 

 ふと、機体状況を確認すれば、そこには右脚部の熱核ジェットエンジンの異常を知らせる表示が出ていた。

 

「くそ! こんな時に!!」

 

 急にそれまでの挙動と異なる動きを見せ始め、やがて進行上の木々をなぎ倒していくボロゴロフのドム。

 その様子を見ていたシモンとメノの二人は、このチャンスを見逃すはずはなかった。

 

 木々をなぎ倒した直後の硬直時を狙い、ザクキャノンの一八〇ミリキャノン砲が火を噴く。

 放物線を描き、飛来した一八〇ミリ榴弾は、見事にボロゴロフのドムの右脚を吹き飛ばした。

 

 そして、右脚を吹き飛ばされた衝撃で倒れ込んだ所を、シモンの放った鋭い一撃が襲う。

 

 

「ボロゴロフ! くそ」

 

 仲間の機体反応が消えた事を横目で確認したペンターは、この湧き上がる怒りを九〇ミリ弾にのせて、目の前の赤い巨人にぶつけるべく、装備したMMP-80を発砲した。

 しかし、放たれた九〇ミリ弾は、シールドの役割も果たす肩の増加装甲に弾かれる。

 

 そして、お返しに、一二〇ミリ弾の雨が飛来する。

 

 だが、ペンターのドムは飛来した一二〇ミリ弾の雨を軽々と躱してみせた。

 

(やはり一二〇ミリの弾速では、ドム相手に分が悪いか……)

 

 対峙するペンターのドムの機動を目にし、沙亜は心の中で独り言ちる。

 機動性の高いドム相手に一二〇ミリの弾速は遅く、またドムが重装甲という事もあり、当たってもなかなか致命傷にならない。

 

 ビームライフルのような、弾速も早く威力も高い火器なら、ドム相手でも容易く戦えるだろうが。

 生憎と、ザク・アライヴにビーム兵器は搭載していない。

 

(このままでは押し込まれる。何とか、相手の動きを止めるか、一瞬で高火力を叩き込む他ないが……)

 

 互いに決定打を与えられず撃ち合う中、沙亜は状況を打開する打開策を考えていると。

 不意に、シモンから通信が入る。

 

「こちらシモン、今から援護する。……合図と共に飛べるか?」

 

「ふ、無論だ」

 

 シモンの通信から、彼の意図を汲み取った沙亜は、一瞬、不敵な笑みを浮かべた。

 そして、相手に悟られぬよう、互いに行動を開始する。

 

「これでどうだ!」

 

「っ! なろう!!」

 

 偏差射撃により放たれた一二〇ミリ弾は、ペンターのドムが装備していたMMP-80に命中し、同銃を使用不能にする。

 刹那、ペンターのドムはすぐさまバックパックに装備した、グフタイプとは異なる棒状のヒート・サーベルを抜き、持ち替えると。

 白熱化した刀身でザク・アライヴを溶断すべく、ザク・アライヴ目掛けて突撃した。

 

 一方、ザク・アライヴは回避する素振りを見せず、空いた手でヒートホークを抜き構えると、迎え撃つ素振りを見せていた。

 だが、その一方で、ザク・アライヴのコクピット内ではカウントダウンが始まっていた。

 

 程なく、ヒート・サーベルの有効範囲まであと一歩にまで迫ろうとした所で、ザク・アライヴに新たな動きが現れる。

 

「今だ、飛べ!」

 

「何!?」

 

 不意に、バーニアを噴かせ天高く跳躍したザク・アライヴ。

 その突然の行動に、ペンターはザク・アライヴの姿を目で追ってしまう。

 

 その時、自身のいるコクピット目掛け、レティクルの中心が合わせられているとは気づかずに。

 

 ──刹那。

 空気を切り裂く発砲音と共に、空を切り裂き飛来した一三五ミリ弾は、吸い込まれる様にペンターのドムのコクピットに着弾した。

 

 そして、着弾によりすっ転んだドムと言う名の巨大な鉄塊は、地鳴りを響かせ、その巨体を地に倒した。

 

 

 

 

「ミッチェル、フランシス、ボロゴロフ、ペンター……。っち、全員先に行っちまいやがった!」

 

 部下の反応が全て消え、もはや、残っているのは自身の操るドムの反応のみ。

 最後の一人となった状況下で、フェデリコ中佐は、悔しさを滲ませた声で独り言ちた。

 

「だが安心しろ。お前らだけで地獄には行かせねぇ。……こいつも、道連れにしてやるよ」

 

 そして、睨んだモニターに映し出されているのは、距離を置き対峙するグフ・インフェルノ。

 その姿は、既にここまでの戦闘で、幾つかの被弾跡が見られる。

 もっとも、フェデリコ中佐のドムも、左肩の装甲が吹き飛んでいる他、既に各所に被弾跡を残しており。

 両機とも、激しい戦闘で損傷している事が分かる。

 

「てめぇなんざ……、これ一本ば十分だぁ!!」

 

 戦闘中に捨てたと思しきMMP-80に代わり、右手にヒート・サーベルを構えたフェデリコ中佐のドムは。

 彼の叫びと共に、その鈍重な巨体を一気に加速させ、対峙するグフ・インフェルノ目掛けて突っ込む。

 

 一方、グフ・インフェルノも、MMP-80こそ失っていたが、まだ二連装七五ミリガトリング砲は使用可能であった。

 

 モーター音と共に、二連装七五ミリガトリング砲が唸りを上げ、七五ミリ弾を撃ち出し始める。

 だが、フェデリコ中佐のドムは、そんな弾幕を避ける素振りも見せず、被弾覚悟で突っ込み続ける。

 

「っ!?」

 

 七五ミリ弾の弾幕を受けながら突っ込むフェデリコ中佐のドムは、やがて、腹部に設けた拡散ビーム砲を放った。

 本来、ビーム兵器用の経路として用意されていたが、十分な出力が得られず。結果、目くらまし等に用いる短距離用ビーム砲として運用されていた。

 

 そして、その拡散ビーム砲による光は、この時、ユーリアンの視界を確実に奪った。

 

「もらったーぁ!!」

 

 その瞬間、操縦桿のトリガーにかけていた指から力が抜け、七五ミリ弾の弾幕が一瞬途切れた瞬間を狙い、フェデリコ中佐のドムは、白熱化したヒート・サーベルを振るおうとした。

 だが、その時。

 

「っちぃ!!」

 

 そんな白熱化したヒート・サーベル目掛け、一発の一三五ミリ弾が飛来する。

 その弾道の先が自機唯一の武装たるヒート・サーベルだと、直感的に気付いたのか。

 一三五ミリ弾の直撃を避けるべく、寸での所で振り下ろした右腕を止めるや、一旦仕切り直すべく、そのまま直進し距離をとるフェデリコ中佐のドム。

 

「悪運の強いやろうだ……」

 

 旋回し、再びグフ・インフェルノと対峙するフェデリコ中佐のドム。

 一方、目くらましから立ち直り、再び対峙すべくフェデリコ中佐のドムの方へと正面を向けたグフ・インフェルノは、ガトリング・シールドからヒート・サーベルを抜き、右手に構えると、二連装七五ミリガトリング砲をパージした。

 

「面白い、一騎打ちか……」

 

 次の一撃で勝敗が決まる。

 互いにヒート・サーベルを構え、その瞬間を待つ、二体の巨人。

 

 他の者達も、何かを感じ取ってか、手出しをする気配はなく、行方を見守っている。

 

 それから一体どれ程の時間が流れたか。

 実際には大して経っていないだろうが、気付けば、周囲の緑を、夕焼けが徐々に染め始めていた。

 

「いくぞぉ!!」

 

「!」

 

 刹那、フェデリコ中佐のドムがその巨体を加速させる。

 それにつられる様に、グフ・インフェルノも駆け出し始める。

 

 急激に間合いを詰める二体の巨人。

 

 そして、程なく、互いの剣身が届く間合いにまで両機は間合いを詰めた。

 

「うぉぉぉっ!!」

 

「おおおっ!!」

 

 互いの雄叫びが鳴り響き、互いにヒート・サーベルを振るい斬撃を繰り出す。

 斜め上から斬り下げられるドムのヒート・サーベル。

 斜め下から斬り上げられるグフ・インフェルノのヒート・サーベル。

 

 

 一撃が終わり、夕焼けに染まる大地の中、互いに背を向け合う二体の巨人。

 一体どちらが勝者なのか。

 見守る誰もが、息をのんだ、その時。

 

 一筋の風が、二体の巨人の間を吹き抜けた。

 

「成程……、にせ、ものは……、俺の、方、か」

 

 刹那、まるでこと切れたように、フェデリコ中佐のドムは膝をつき。

 そして、その後再び動き出す事はなかった。

 

 

 一方、勝者たるグフ・インフェルノは。

 ゆっくりと振り返ると、その赤く光るモノアイが、暫し、フェデリコ中佐のドムを見つめた。

 

 それはまるで、生き残った者の権利と義務であるかのように。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援は、執筆の大いなる励みになりました。
更には、誤字報告や気になった箇所へのご指摘等、こちらも本当にありがとうございます。


皆様の応援のお陰で、本作品の総合評価が千ポイントを超えることが出来ました。
本当に、ありがとうございます。

この場を借りて、皆様に感謝申し上げます。


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第三十二話 MSと文通

 第4253物資集積所をセモベンテ隊の脅威から守り、犠牲を出しながらも、彼らを返り討ちにした第046独立部隊は。

 日没後の薄明りの中、オデッサに戻るべく、撤収作業の只中にあった。

 

「オーライ! オーライ!! ストーップ!!」

 

 そんな中、先ほどまで死闘を繰り広げていたドムの内、コクピット部分を撃ち抜かれた一機が。

 撃ち抜いた本人の操るザクIIF型と、ザクキャノンの二機の手を借りて、行きは戦闘ヘリを搭載していたが、帰りは搭載容量に余裕のできたサムソン・トレーラーの荷台に運び込まれていた。

 

 ランドニー曰く、今回のミッションにはボーナスが設定されており、それが、ドムの回収なのだとか。

 そして、損傷の度合いが少なければ少ない程、ボーナスの金額も高額となる。

 その為、コクピットを撃ち抜かれている以外、あまり損傷の見られないこの個体が回収対象として選ばれたのだ。

 

 因みに、この回収されたドム。

 この後、オデッサにて調査等が行われた後、戦力化の為の修理などを経て。

 エマージェンシー・オブ・オデッサが終了後、以前にもジオンから連邦、そしてまたジオンという複雑な来歴を持ったザクを受領した事もある、闇夜の牙を持つジオン軍の特殊部隊に送られる事となるのだが。

 それはまた、別のお話。

 

「にしても、友軍機を回収するってのも、何だか複雑な心境だな……」

 

 見た目は本来友軍であるドム、だが、操っていたのは紛れもなく連邦の、敵の兵士。

 戦闘中は考える暇もなかったが、改めて友軍機に引き金を引いたという事実は、シモンに複雑な心境を抱かせた。

 

「固定完了! もういいぞ!」

 

「了解」

 

 程なく、整備士達の手によりドムは荷台に固定され、シートがかぶせられる。

 そこで、シモンとメノの手伝いも終了した。

 

 こうして、ドムの積み込みも終わり。

 同じく主不在ながらも、弾痕は多く見られるが四散せずに原型を保っていたロッシュの陸戦型ザクIIの回収も終わり。

 残った四人の愛機も各々のギャロップに収容し終えた所で、第046独立部隊はオデッサへの帰路につこうとしていた。

 

 しかし。

 

「待て、待て、待て、まてぇぇっぃい!」

 

 不意に、出発しようとするギャロップの前に、一台のPVN.3/2 サウロペルタと呼ばれる小型汎用車両が道を塞いだ。

 シンプルな構造ながら武装を施し様々な状況や環境に対応可能な、現実におけるジープ等と同様の性質を持つ、ジオン軍の小型汎用車両。

 

 そんなサウロペルタの助手席から、一人の男性軍人が、手にしたマイク越しにギャロップに対して待ったを掛けた。

 

「そこの部隊! 今すぐ止まりなさい!!」

 

「中隊長、もう止まってますよ」

 

「ん? あぁ、そうか。……では、部隊指揮官と直接話がしたい! ご足労願えるか!?」

 

 そして、男性はランドニーと直接話がしたい旨を伝えてきた。

 これに対して、ランドニーは素直に応じ、ギャロップを降りると、サウロペルタの方へと足を運んだ。

 

「ご足労いただき、感謝いたします! 私は、地球方面軍第一戦闘支援集団、管理部第三中隊中隊長を務めますブロンブルク少佐であります!」

 

 高身長のやせ型である壮年の男性軍人は、綺麗な敬礼しながら、自らを地球方面軍直轄である同軍の兵站を担う部隊に属している事を告げた。

 

「あぁ……、鍵盤の兵隊さん」

 

 それを聞いてランドニーは、答礼を行いながら、自身の自己紹介を終えると、ぼそりと彼の実体を簡潔に表す表現を零した。

 

 鍵盤の兵隊。

 それはジオン公国軍内において、物資の配給や整備、更には衛生や施設の建築等々、所謂兵站、特にその管理に従事する者達を現す呼び名で。

 その由来は、命の危険が少ない後方の安全地帯でのデスクワークで、銃の代わりにキーボード(鍵盤)を打っている事からきている。

 

 古今東西、戦争において、幾ら最新鋭の技術の結晶である兵器を揃えても、百戦錬磨の兵士達を集めても、それを戦争が終わるまでその戦闘行為の継続、即ち継戦能力を維持させ、時に向上させなければ、戦争に勝利し得ない。

 その事実は、枚挙にいとまがない程、歴史の中で証明されてきた。

 戦争の先兵である兵士たちの継戦能力を維持し、時に向上させる。その為に必要なのが"兵站"である。

 

 一説によれば、最前線で戦う一人の兵士の継戦能力を維持する為には、八倍の人数による後方支援が必要と言う説もあり。

 それだけでも、兵站というものが、いかに重要であるかが伺える。

 

 調達された必需品、弾薬や食料などを適切に管理し、必要な所に必要とされる量を配分する。

 そんな兵站の中にあって最も重要となる活動に従事している軍人達を、最前線で、実際の戦場で命を懸けて戦う兵士達の中には、自分達の置かれた環境と比較し、あまりの隔たりに彼らの事を鍵盤の兵隊と呼び、自身の溜飲を下げていた。

 

「それで、ブロンブルク少佐。一体何の用でしょうか?」

 

「ハート中佐! 先ほどの戦闘は見事であります。と、賛辞を述べて別れたい所ではありますが。……先ほどサムソン・トレーラーに運び込んでいたドムに関してですが」

 

「あぁ、あれ」

 

「あれは、いかがなさるおつもりでしょうか!?」

 

「いかがなさる、と言われても……。マ・クベ司令からは、可能ならば回収してくるようにと言われていたので、オデッサに持ち帰って、向こうの調査チームに引き渡す予定ですが」

 

「ま、ま……。またあの司令の……。あぁ、また……」

 

「? ブロンブルク少佐、何か言いました?」

 

 ランドニーから回収したドムの処遇の予定を聞いたブロンブルク少佐は、何やら小声でぶつぶつと呟き始める。

 

「多分、調査が終わったら修理して、再戦力化の後に何処かの部隊にでも送られるんじゃないでしょうか。"員数外"とは言え、なんせドムですから……」

 

「いんずうがいぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

 だが、ブロンブルク少佐はランドニーが員数外と言う単語を口にした瞬間、突如として声を張り上げた。

 

「員数外!! それはまさに悪魔の言葉!!! 私がこの世でもっとも忌み嫌う穢れた言葉!! 員数外は心の乱れ、心の乱れは規律の乱れを招き、それ即ち! 組織の崩壊を意味する!!」

 

 そして、唖然とするランドニーを他所に、ブロンブルク少佐は員数外に対する自身の気持ちを興奮した様子で語り始めた。

 

 因みに員数外とは。

 既定の数量、即ち員数に含まれない、イレギュラーな余剰品の事を指す言葉である。

 

「あ、すいません。自分、管理部第三中隊のストリチナ・S・ジョールチ中尉と言います。よろしく」

 

 そんな唖然としているランドニーのもとに、ブロンブルク少佐の後ろで一部始終を見ていた男性。

 三十代ながら、上官であるブロンブルク少佐とは対照的に恰幅の良い体形をしたストリチナ中尉は。

 簡単な自己紹介を済ませると、ヒステリーを起こしている自身の上官について小声で説明を始めた。

 

「すいませんね、ブロンブルク少佐は優秀な人なんですけど、優秀過ぎるというか、生真面目過ぎるというか、そのせいで"員数外"という単語に過剰に反応してしまうんで。できれば、今後は少佐の前でその単語を使うのはよしといたほうがいいですよ」

 

「はぁ……」

 

「ま、ここだけの話、これでも地球侵攻作戦が開始された当時よりは、大分落ち着いてはきてるんですよ。……当時なんてもう、そりゃ毎日色んな部隊からあーだこーだと要望やら苦情やらが舞い込んで、ブロンブルク少佐はそりゃもう。と、中佐殿にはあまり関係ない話でしたね、失礼」

 

「あ、いや。……俺達がこうして戦っていられるのも、君達が陰で支えてくれているからだと思ってる。あまり直接礼を述べる機会はないが、感謝しているよ」

 

「はは、こりゃまいったな。そんな事言われたの二回目ですよ」

 

 あまり言われ慣れていない感謝の言葉を受けて、ストリチナ中尉は照れくさそうにはにかんだ。

 

「っと、そうだ。礼を言われたお返しって言うんじゃないですが、ここは自分が何とか丸く収めてみますから、中佐殿は出発準備を」

 

「え? いいのか?」

 

「自分達管理部第三中隊はヨーロッパ方面担当の部署でして、今回この第4253物資集積所に足を運んでいたのも、業務の一環でして……」

 

 ストリチナ中尉曰く。

 第046独立部隊がセモベンテ隊を返り討ちにしたまではよかったものの、その後、第046独立部隊がセモベンテ隊のドムを回収している様子を目にしたブロンブルク少佐は、明らかな員数外であるドムを回収した事による管理の修正と混乱が起こる事を予見し。

 生真面目の為見過ごせないブロンブルク少佐は、回収している第046独立部隊に注意すべく声をかけたのだとか。

 

「ただまぁ、話を聞いた限り、ドムを回収したのはれっきとした任務の一環らしいので。ブロンブルク少佐の注意は、逆に中佐殿に対してご迷惑をかけてしまう結果となったので。上官のお騒がせは、自分が処理しておきます」

 

 勘違いして騒がせた非礼をブロンブルク少佐に代わり詫びたストリチナ中尉は、未だ興奮冷めやらぬ様子のブロンブルク少佐のもとへと駆け寄ると、彼の耳元で何かを呟き始めた。

 すると、ブロンブルク少佐は落ち着きを取り戻し。

 一度ランドニーの方を振り向き敬礼すると、再び背を向け、そのまま何も言わずにサウロペルタへと乗り込むと、運転手のストリチナ中尉と共に、第4253物資集積所のプレハブ事務所に向かっていくのであった。

 

「なんだかなぁ……」

 

 生真面目さが生んだ騒動に巻き込まれたランドニーは、サウロペルタを見送ると、再びギャロップへと乗艦する。

 こうして、ひと悶着あったものの。

 第046独立部隊は、今度こそ、オデッサへの帰路についたのであった。

 

 

 

 

 

 

 それから、三日後。

 オデッサの軍事基地の一角、地球方面軍の司令部として利用されている施設に隣接する施設。

 その施設内に、地球方面軍第一戦闘支援集団管理部第三中隊の職場であるオフィスは存在していた。

 

「全く、あの司令はいつもいつも、こっちは通常業務もあると言うのに……」

 

 自身のデスクで力強くキーボードを叩きながら、文句を垂れ流しているブロンブルク少佐。

 隣のデスクで業務に勤しんでいるストリチナ中尉は、そんな上官の文句に対して時折相槌を打ちながら、その内容は右から左に聞き流していた。

 

 何故、ブロンブルク少佐がこれ程までに不機嫌で文句を垂れ流しているのかと言えば。

 それは数十分前の事。

 

 第一戦闘支援集団の幹部会議に出席していたブロンブルク少佐は、そこで、彼らの上官であるマ・クベ中将が、連邦軍の攻勢に備えて前線の兵士達の士気昂揚策を求めている事を聞かされる。

 会議の議題として前線の兵士達の士気を昂揚させる方法を少佐を含め出席者達は考えてみるも、結局、これといった妙案は出ず。

 この為、参加者達に次回の会議までに妙案を考えておくとの課題が課せられたのだが。

 

 業務の傍ら、本来は司令部が考えるべきそんな士気昂揚策を自分達に丸投げにして、代わりに考えなければならなくなった事に対して、ブロンブルク少佐は大変怒り心頭であった。

 

 ただ、その生真面目な性格故、文句を言いつつもとりあえず色々と策は考えていた。

 

「これまでの戦績の中で勇敢な兵に勲章を授与させるというのはどうだ?」

 

「少佐、そんな惜しげもなく与えると、勲章がペーパーウェイトと同等になりますよ」

 

「うむむ……」

 

 だが、結局妙案らしいものは何一つ出てこず。

 気付けば、業務の合間の小休止を迎えていた。

 

「あぁ、何かないのか……」

 

「ん~、そうですねぇ」

 

 湯気の立つ、淹れたてのコーヒーが入ったカップを手に、眉間にしわを寄せるブロンブルク少佐と、おやつの一口チョコを口に放り込むストリチナ中尉。

 

「あ、そうだ。少佐、こんなのはどうです?」

 

「ん?」

 

 と、不意にストリチナ中尉が思いついた案を、ブロンブルク少佐に話し始めた。

 

「手紙ですよ、銃後(一般国民)からの激励の手紙を届けるんです。それも印刷じゃなく、手書きの、人のぬくもりを感じさせるやつです。家族や恋人からじゃ届く兵士は疎らですから、まんべんなく届けられるように本国(サイド3)の学校や職場から最前線で戦う兵士達への激励の手紙という事で、どうでしょう?」

 

「おぉ、それはいいかもしれないな。……いや、しかし。今から依頼して実際に書かれた手紙を検閲して、そして前線の兵士達の手元に手紙が届くまで、それなりの時間は要する。……連邦の大規模な攻勢が始まる前に、手紙が届くかどうかは不透明だ」

 

「あ、じゃぁ、自分達で書くってのはどうです? 幸い便箋ならいくらでも融通はつきますし」

 

「そそ! それは私達が銃後のふりをして書くという事かね!? それはれっきとしたペテンではないか! 不誠実だ!」

 

 ストリチナ中尉の案を聞いたブロンブルク少佐は、内容には賛同したものの、詐欺まがいの方法に異議を唱えた。

 

「でも少佐、時間ないんでしょ。なら、ちんたらやってちゃ間に合いませんよ」

 

「しかし……」

 

「それに、考えてみてください。激励の手紙を書いて兵士達の士気を上げる。これも、立派な兵站業務の一環ですよ」

 

「うぬぬ……。だが中尉。前線には数十万と言う兵がいる、そんな彼らへ激励の手紙を私達だけで書くのは、通常業務にも支障をきたすと思うのだが?」

 

「あぁ、勿論。銃後のふりして偽の手紙書き続けるのもしんどいですし、それにあまり回数を重ねると怪しまれますんで、ちゃんと本国(サイド3)の学校や職場の方に依頼もしますよ。ですから、依頼した本物の手紙が届くまでの一時しのぎの間だけ、ですよ」

 

「うーむ……」

 

 自身の使命と理性の間で揺れ動くブロンブルク少佐。

 暫し、眉間に更にしわを寄せて考えると。

 やがて、導き出した答えを語り始めた。

 

「し、仕方ない。これも、業務の一環だ」

 

 言いくるめられた感は否めなかったが、ブロンブルク少佐はストリチナ中尉の案に賛同を示すのであった。

 

「では少佐、第一戦闘支援集団の他の部隊にも、通知をお願いします。自分は便箋の調達をしますので」

 

「う、うむ。……あぁ、そうだ中尉」

 

「はい? 何です?」

 

「手紙を書いて届けるのはいいが、やはりまずは小規模な部隊に出してみて、そこで評判を確かめたい」

 

「あぁ、確かにそれはそうですね。……あ、それじゃ、丁度いい候補がありますから、先ずはそこに届けてみましょう!」

 

 こうして、激励の手紙大作戦が幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 数時間後。

 ストリチナ中尉は、オデッサ軍事基地内の一角にある、倉庫群にいた。

 

「あぁ、どうも中佐殿」

 

「あ、確か第4253物資集積所で会った」

 

「ストリチナ・S・ジョールチ中尉です」

 

 そこで彼は、ランドニーと接触を図っていた。

 

「それで、ジョールチ中尉、今日はお一人で、何の用で?」

 

「実は、最前線で戦う中佐殿たちのような兵士の為に、サイド3の善良な国民から激励の手紙を預かっておりまして、そのお届けに」

 

「手紙?」

 

「はい。で、出来れば読んだ後で、感想などを聞かせていただければと」

 

「あ、あぁ……」

 

 そこで、ストリチナ中尉はランドニーに数枚の封筒を手渡すと、業務に戻るべくその場を後にした。

 一方、封筒を受け取ったランドニーは、ストリチナ中尉の言う通り、他の面々に手紙を配布すべく、第046独立部隊用のロビーへと戻るのであった。

 

 

 

「という訳で、一人一通、有難いお手紙を読んで感想を書いてくれ」

 

 そして、各々、好きな封筒を手に取ると、早速中の便箋に書かれている内容に目を通していく。

 

「えっと……。『頑張れ! 頑張れ! できるできるできる! ぜったいできるっ!! 頑張るんだ! やれる、もっとやれるって気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! あきらめんなよ! 絶対に諦めるなよ!! 頑張れるってやれるって、ズムシティだって頑張ってるんだから!!』……なにこれ」

 

 差出人は小学生ながら、その熱すぎる内容という乖離に、メノは目が点となる。

 

「何々? 『拝啓、戦地に赴かれました兵士の皆様。開戦以来、身を粉にして戦地で戦う皆様のお姿は、報道等でご拝見させていただいております──、敬具』。……むぅ、有難いねぇ」

 

 地元のご高齢が差出人となっている手紙を受け取ったシモンは、しみじみと有難味を感じ。

 

「……。『さぁ、自分自身の心に問いかけるのだ。"何故、全力を尽くさないのか!?" と』……ベスト?」

 

 ロッシュは、簡潔ながらも意味不明な内容の手紙に、困惑し。

 

 残りのユーリアンと沙亜の二人に関しても。

 それぞれ手紙の内容を読み、差出人に感謝の念を抱く。

 

 そして、ランドニーは。

 

「『初めまして、私はジオン公国大学に通うアーデルハイトと申します。私の書いた手紙を読んでくださるのは、さぞや勇敢な兵士の方、そう、まるで神話の中に登場する勇敢なる騎士の如く──。そんなあなたが、何れズムシティに凱旋されますよう、今日も、ズムシティを一望できる丘の上からお祈り申し上げています。』……うおおっっ!!」

 

 手紙の内容に目を通すや、歓喜の雄たけびを挙げた。

 

「これは間違いない! 差出人のアーデルハイトさんは、きっと白のワンピースが似合う、綺麗な金の髪を靡かせた美しい女性に違いない!! あぁ、手紙からほのかに甘酸っぱい香りがする。あぁ、こんな素敵な手紙を貰えるなんて、感激だなぁ」

 

 そんなランドニーの様子を、他の面々は一歩引いて眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 同じ頃、管理部第三中隊のオフィス。

 

「へっくしょい!!」

 

「少佐、風邪ですか?」

 

「いや、体調管理も軍人としての責務。疎かにしているつもりはないのだが……。何だか、急に寒気が」

 

「気を付けてくださいよ。……それよりも、この書類にサイン、お願いします」

 

「あぁ、分かった」

 

「……にしても、相変わらず少佐の字って綺麗ですよね。まるで女性の書く字みたいです」

 

「褒めても何も出ないぞ」

 

 自身のデスクで、ブロンブルク少佐とストリチナ中尉は、業務に勤しんでいた。

 その際、ストリチナ中尉はブロンブルク少佐の文字の綺麗さを褒めるのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十三話 あれが噂のバトリング・アリーナ

 重苦しい空気の漂う大人数収容可能な会議室。

 戦略会議が開催されている会場となった会議室内には、その場にいる人数に反して、数人の声が響くだけであった。

 その声の発生源である将官用の円卓形式のテーブルでは、激しい議論が交わされ続けていた。

 

「では、賛同はしていただけないと?」

 

「あぁ、悪いが今回はその案には賛同しかねる」

 

「猛将と名を馳せたガードルフ閣下ならば、私の作戦案に賛同していただけると思っておりましたが……、少々見当違いのようでしたな」

 

「俺も、エマージェンシー・オブ・オデッサ開始と同時に、ヨーロッパ方面に展開している連邦軍を挟撃し、一気にヨーロッパを手中に収めようってあんた(マ・クベ中将)の案は魅力的だが。ヨーロッパの代わりに北米を奪われる可能性があるのは気に入らねぇ」

 

 戦略会議に出席し、いつもの如く考えの読めない表情を浮かべているマ・クベ中将は、対面のコマンダープレイヤー、ガードルフから自身の案を反対する理由を聞かされても、特に表情を変化させる様子はない。

 

 今回、会議の議題であるエマージェンシー・オブ・オデッサにおける対連邦軍への対応の中で、マ・クベ中将が提唱したのは、オデッサを囮とし、北米からヨーロッパの連邦軍を挟撃するという大胆な作戦であった。

 具体的には、連邦の攻勢を強度を高めた戦線で堰き止めている間に、未だ有力な戦力の残る北米地域から、有力な戦力を大西洋を渡りヨーロッパへと侵攻させ、諸地域を制圧すると共に、戦線に攻勢をかけている連邦軍の後背から攻撃を仕掛け、連動して戦線も攻勢に転じ、挟撃する。というものであった。

 

 ただ、この作戦案に、ガードルフは幾つかの不安要素を指摘し反対した。

 一つは、北米からの戦力が到着するまでに連邦の攻勢を堰き止められているか。

 一つは、北米からヨーロッパへと戦力を輸送する為の輸送機や艦艇等々、その数が十二分にあるのか。

 一つは、上記二つを仮に問題なく達成できたとして、結果、防衛力の低下した北米地域を制圧すべく、南米の連邦軍が侵攻してこないかと言うもの。

 

 特に、ガードルフが一番懸念しているのが、最後の点で。

 仮にマ・クベ中将の作戦案がうまくいきヨーロッパ地方をジオンの手中に収めたとしても、その代償に北米地域を手放すようなことになれば本末転倒、いや、むしろ結果としてはジオン側にとって大きな痛手になるのではないか。

 ジャブロー攻略イベントが発生していない現状、ジオン側はジャブローを攻めることは出来ないが、連邦側は北米地域に侵攻する事は可能である。

 つまり、連邦側はジャブローの守りを気にせず、攻撃にのみ集中できる。現実ではできない、俺の野望だからこそ成せる優位性。

 

 その優位性を組み込んだ戦略を考慮すれば、むしろ北米から挟撃の為の戦力を派遣する事は、連邦側にとって好都合、いやそれどころかそうなる様に仕向けている可能性すらある。

 とし、ガードルフはマ・クベ中将の提唱した作戦案に反対を唱えるのであった。

 

「私も、ガードルフの意見に概ね賛成だ」

 

「おや、グデーツ閣下がガードルフ閣下の意見に賛同するとは、珍しい……」

 

「学級会議ではないのだから、賛同する時は賛同する。……と、話が多少逸れたが。北米地域は、地球上においてはオデッサに次ぐジオンの最重要地域だ。仮に、オデッサを失うようなことになっても、北米地域を起点として、勢力の巻き返しを図ることが出来る」

 

「しかしそれは、北米を失っても、オデッサを守りきれば同じことでは?」

 

「オデッサ……いや、ヨーロッパでは、連邦の中枢であるジャブローの喉元に突きつける短剣の役割は果たせんよ。目の上のたんこぶと言ってもいい。……気になるものがあるのとないとのでは、その後の勢いは大分異なるものだ」

 

「成程」

 

 北米地域は、ヨーロッパと比べても地政学的に、連邦側に圧力をかけ続けられるという点では重要である。

 と説くグデーツ。

 

 それを聞いたマ・クベ中将は、自らの思惑通りにいかぬ事に対するいらだたしさ等微塵も感じさせず。

 いつものように淡々とした様子で、自らの作戦案をすんなりと取り下げるのであった。

 

 その後、エマージェンシー・オブ・オデッサにおける対連邦軍への対応については、各方面から可能な範囲の戦力を集結させ、防衛する。

 という方向で調整される事となった。

 無論、万が一に備え、脱出の際の準備も行う事で話は進む。

 

「ではマーコック閣下。よろしくお願いしますね」

 

「えぇ、了解です」

 

 その中で、ヨーロッパ戦線の一角を受け持つこととなったのは、"准将"の階級章を取り付けるまでになったマーコック。

 そんな彼の返事をもって、エマージェンシー・オブ・オデッサを議題とした議論は終わりを告げた。

 

「では次に、各モビルスーツの生産・配備状況と、以前より要望のあった通常兵器の新規開発についてですが……」

 

 そして、司会進行役の進行により、会議は新たな議題へと移っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「あー、終わった終わった」

 

 それから数十分後。

 戦略会議が終わり、第046独立部隊用のロビーへと戻ったランドニーは、ぐったりとした様子のまま、ソファーに座り込む。

 そして、張り詰めていた緊張感から解放され、心が落ち着いた事を示すかのように身体中の力を抜き、更にソファーに深くもたれかかるのであった。

 

 暫し解放感を堪能していたランドニー。

 しかし、程なく次の予定を発表すべく、ソファーから立ち上がった。

 

「あー、それじゃ、次の予定についてだが。その前に」

 

 そして、予定を発表するかと思いきや、その前に自身の私見を語り始めるランドニー。

 

「知っての通り、エマージェンシー・オブ・オデッサの開始日が近づいてきている訳だが。今回のイベントは、一つの山場であると同時に、これまでのイベントと攻守が逆転している。つまり、俺達が守る側になる訳だ」

 

 その言葉に、何人かが黙って頷く。

 

「当然、護衛対象となるものを守りながら戦うのは、攻めていた時とは違う訳だが。……ま、あまり気負いし過ぎず、俺達は俺達で楽しんでいこうって事で、よろしく」

 

 そして、私見を語り終えたランドニーは、本題である次の予定について話し始める。

 

「さて、そんなイベントの開始日が近づいてるわけだが。……楽しもうとは言ったが、やっぱり楽しむためにはそれなりの準備は必要だ。で、その準備状況が万全かと言えば、まだ十分とは言えない」

 

「誰かが計画的に貯めるどころか、散財してるからじゃねぇのか」

 

 シモンの指摘に、ランドニーは遠くを見つめながら話を続けた。

 

「えー、とは言え、残された時間も少なく、今までの稼ぎ方で残された時間内に万全な準備を整えるのは少し難しいと思い。……"アレ"を解禁する他ないとの考えに至った」

 

「アレ? アレって何、ランドニー君?」

 

「おいまさか、アレって魔法のカード(ご利用は計画的に)の事か?」

 

「いや、流石に魔法のカード(ご利用は計画的に)使えたら、とっくに使ってるよ」

 

 アレが何を指すのか分からず、疑問符を浮かべる面々に、ランドニーは一拍置いて説明を始めた。

 

「アレとは即ち、"バトリング・アリーナ"の事だ」

 

 バトリング・アリーナ。

 それは、俺の野望内においてプレイヤー同士の対戦、即ちPvPに特化した戦闘を楽しみたいプレイヤー向けに設けられている鋼鉄のコロッセオ。

 各拠点内に設けられた会場にて開催されるそれは、鋼鉄巨人の拳闘士達が織りなす、血沸き肉躍る欲望のステージ。

 

 同時に、モビルスーツの墓場。

 

「バトリング・アリーナは経験値とゴールドは稼げるが、戦績はランキングに反映されない。故に、ランキング入りしていないなんてなめてかかると、あっという間にスクラップの仲間入りさ」

 

 限られた空間、試合形式により制限される武装、基本的には味方はなく、頼れるのは己の腕のみ。

 そんな、フィールドエリアなどでの戦闘とは異なる戦闘形式ながら、そこで活躍するプレイヤー達の中には、ランキング入りを果たしているプレイヤー以上の猛者もいる。

 人によっては、軽い遊び感覚で足を踏み入れ、いざ試合が開始すれば、実戦以上の緊張感に苦しむ者もいるだろう。

 

 その様な特殊な環境故に、人により、バトリング・アリーナへの評価は割れる。

 

「で、そのバトリング・アリーナを解禁するのはいいけどさ。それって短時間で稼げるものなのか?」

 

「ん~、試合形式や相手にもよるな。対戦相手がバトリング・アリーナでも名うてのプレイヤーなら、勝った時の賞金は期待できるものがある。……だが、そんな名うてのプレイヤーが会場にいるかどうかは、実際に行ってみるまで分からない」

 

「おいおい、大丈夫なのかよ」

 

「ま、オデッサのようなプレイヤーが多く集まる様な拠点のバトリング・アリーナなら、名うての一人や二人、いる筈だ」

 

「んで、誰を出場させるんだ? やっぱり順当にいって沙亜か?」

 

「いや、流石に沙亜だと名も実力も知られてるからな……。相手が試合してくれない可能性もある」

 

「じゃぁ……」

 

 刹那、ユーリアンに視線が向けられる。

 

「……俺?」

 

「うん、ユーリアン、お前だ」

 

 こうして、準備を整えるに必要なゴールドを稼ぐべく、第046独立部隊はオデッサのバトリング・アリーナへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 オデッサ郊外に設けられた巨大な箱状の構造物、それが、オデッサのバトリング・アリーナであった。

 バトリング・アリーナの会場らしく、出入り口には、モビルスーツがボクシングを行っている造形看板が掲げられている。

 

 そんな出入り口を潜り、内部へと足を踏み入れた一行。

 

「んじゃ、俺とユーリアンは手続してくるから、少し待っててくれ」

 

 試合の手続きを行うべく受付の方へと消えていくランドニーとユーリアンを見送り。

 残った面々は、暇つぶしに、現在行われている試合の観戦をする事とした。

 

 既に座席は観戦客で埋まっており、最後尾に設けられている立見席から観戦する。

 

「決まったぁーっ!! フォスタイガー選手の操るザクの強烈な右フック!! これにはティオナン選手のザク、堪らずダウン!!」

 

 観戦客の安全を考慮してか、試合の観戦は、壁一面に設けられた大画面モニター越しとなっている。

 分厚い壁を挟み、会場内で繰り広げられているのは、ザクマシンガンもヒートホークも、武装らしきものを何一つ装備せず、己の拳のみで戦う二体のザクIIF型の姿。

 

 文字通り、モビルスーツ同士のボクシングとも呼べる試合。

 実況者の実況と共に、観戦客達の熱気は更にヒートアップしていく。

 

「おっとどうした? 立てない? 立てないのかぁ!?」

 

 カウントがコールされる中、倒れたティオナン操るザクIIF型は立ち上がろうとするものの、その動きは、あまりにも鈍く、最早、カウントを数え終える前に立ち上がるのは絶望的であった。

 そして。

 

「試合しゅうりょぉぉぉぉっう! 勝者、フォスタイガー選手!!」

 

 勝敗のアナウンスと共に、両手を掲げ勝利の喜びを表現するフォスタイガー操るザクIIF型。

 そして、観戦客達の熱気は、最高潮に達した。

 座席から、溢れんばかりの拍手や歓声が響き渡る。

 

 そんな様子を最後尾の立見席から眺めていた面々は、その熱量の凄さに圧倒される。

 

「これがバトリング・アリーナなんだね。本当にボクシングの試合会場みたい」

 

「あぁ、私も初めて足を運んだが、まさかこれ程とは……」

 

「おや、あんた等、バトリング・アリーナは初めてかい?」

 

 感想を漏らしたメノと沙亜の声に反応したのは、隣で観戦していた観客の男性であった。

 

「くくく、なら、この程度で圧倒されてちゃ、この先もっと度肝を抜かれるぞ。バトリング・アリーナの面白さはこんなもんじゃない。さっきのはレギュラーゲームと呼ばれる、使用可能な武器が己の拳や足技のみという試合形式だが、あんなのは、俺に言わせりゃただのお遊びさ。……本当に、血沸き肉躍る試合ってのは"リアルバトル"こそよ」

 

「リアルバトル?」

 

「そうさ、文字通り、実戦同様に火器の使用が認められた箱の中の殺し合いよ。あれに勝る興奮と刺激的な試合はねぇさ」

 

「成程……」

 

「おぉ、話をすりゃ、丁度リアルバトル形式の試合が始まるぜ」

 

 観客の男性からバトリング・アリーナの醍醐味を教えてもらっていると、大画面モニターには、次の試合の開始を告げる様子が映し出されていた。

 

「皆さまお待ちかね! リアルバトル形式によります試合の開始でございます! 先ずは、選手入場。赤コーナー、このドリルで天を取る! ウォルフ・ルンバとその愛機、アッグ!!」

 

 入場コールと共に、入場ゲートから一体のモビルスーツが会場に姿を現す。

 非人型の何処か愛らしい真ん丸ボディながら、その両腕には鋭利な大型ドリルを備え、モノアイの両側、肩に当たる部分には、同じく鋭利なカッターも備えている。

 

 もはやその見た目から戦闘用に開発されたモビルスーツではないのは一目瞭然なその機体は、原作においてジオンがジャブロー攻略用に開発された特殊戦用モビルスーツ群。

 EMS-05 アッグは、そのフラグシップモデルとして開発された戦闘工兵用モビルスーツである。

 

「続きまして青コーナー! 夢の人工知能、超AI(物理)を搭載したモビルスーツを操る! アダムス・ガイとその愛機、グフ・ガイン!!」

 

 そして、入場コールと共に、もう一方の入場ゲートから、グフ・ガインなるモビルスーツが姿を、……現さなかった。

 

「? どういう事だ?」

 

「もしかして、試合放棄?」

 

「まぁ待ちな」

 

 沙亜とメノが小首を傾げるのを他所に、観客の男性はもう少し待つようにと言い聞かせる。

 

「ほら、きたぞ」

 

 と、観客の男性に反応するように大画面モニターに視線を戻せば。

 そこに映し出されていたのは、意外な光景であった。

 

「な! 戦闘機だと!?」

 

 入場ゲートから轟音を轟かせ颯爽と姿を現したのは、鋼鉄の巨人ではなく、鋼鉄の怪鳥。

 ジオン公国軍の大気圏内用戦闘機、ドップ。

 ただしその色合いは、トリコロールカラーに彩られていた。

 

 限られた空を飛ぶトリコロールカラーのドップは、挨拶代わりに翼を振るうと、パイロットの巧みな操縦で会場頭上を旋回する。

 

「ん? あのドップ。よく見ると幾分小さいような……」

 

「くくく、よく気付いたなお嬢さん。そうよ、ありゃ"リトル・ドップ"。オリジナルのドップとは違うのさ」

 

「リトル・ドップだと!? という事は……」

 

「さぁ、真打の登場よ」

 

 観客の男性の口から零れたトリコロールカラーのドップの正体を聞き、沙亜は、とあるモビルスーツの存在を思い浮かべる。

 それは、リトル・ドップと切っても切れない関係のモビルスーツ。

 

 刹那、観戦客達の歓声と共に、会場内に突如汽笛が鳴り響く。

 

「さぁ、合体開始だ!! いくぞ、レーーーーッツ! パイルダーーーッダッシュ!!」

 

 刹那、リトル・ドップのパイロットの掛け声と共に、入場ゲートから、巨大な影が飛び出す。

 それは、一体のモビルスーツであった。

 

 リトル・ドップと同じくトリコロールカラーに彩られながら、何故かショルダースパイクだけは銀色に塗装されたそのモビルスーツは、グフの改造機。

 両腕のマニュピレーターを七五ミリ五連装フィンガーバルカンとし、補助スラスターを内蔵した専用シールドを両腕に装備。

 更に脚部にもスラスターを増設し、機動力の強化を図っている。

 そして、胸部には一際目を引くGGの文字を表した装飾。

 

 そんなグフの改造機目掛け、翼を翻し迫るリトル・ドップ。

 

 衝突する、と思われたその時。

 リトル・ドップの機首が一八〇度回転すると、その状態のままグフの改造機の背部に収納されドッキングを果たす。

 

 ドッキングと同時に固定が行われたのか、蒸気が噴出される。

 

「グフ・ガイン! 起動!!」

 

 それはまさに、リトル・ドップを収納した事により命が宿ったかの如く。

 赤いモノアイを点滅させると、自らの拳を合わせ、ポーズをとり始めた。

 その様子に、観戦客達は大きな歓声を上げる。

 

 そして、一通り動きを終えた所で、対戦相手から声がかかる。

 

「出やがったな、グフ・ガイン」

 

「そう、その通り!!」

 

 ──銀のスパイクに希望(のぞみ)を乗せて! 灯せ勝利の発光信号!! 勇者戦士グフ・ガイン、定刻(ディーデイ)通りに只今到着!!

 

 モノアイの点滅と同時に、名乗りを上げ決めポーズを決めるグフ・ガイン。

 その様子はまさに、グフ・ガインそのものが意思を持ち喋っているかのようであった。

 

「しゃ、喋った!? まさか、本当にあのモビルスーツには人工知能が搭載されているというのか!?」

 

 その様子を見た沙亜は驚きの声を挙げるも。

 刹那、グフ・ガインのコクピット内の様子がワイプ内に映し出される。

 

 そこには、複座式となっているコクピット内のシートに座る、二人のパイロットの姿があった。

 

「残念だったな嬢ちゃん。あれが超AIの正体だよ」

 

「成程……。それで、カッコ物理、か」

 

「くくく、実戦って言っても、ここじゃ客を盛り上げるためにパフォーマーとしての素質も求められる。だから、選手ごとに色々試行錯誤してパフォーマンスをしてるのさ」

 

 超AIの正体が分かり、その出生の秘密が観客の男性の口から語られた所で。

 いよいよ、試合開始のゴングが鳴った。

 

「いくぞグフ・ガイン! 俺様のドリルの錆にしてやる!!」

 

 開始と同時に、アッグは両腕の大型ドリルを起動させ、脚部のホバー機能を使って、滑る様にグフ・ガインに突っ込む。

 一方グフ・ガインは、両手を突き出し、両腕の七五ミリ五連装フィンガーバルカンを発砲する。

 だが、アッグは多少の被弾も気にせず突撃を続ける。

 

「もらった!」

 

「おっと」

 

 そして、有効範囲に捉えた所で自慢の大型ドリルでグフ・ガインをえぐろうとするも、軽々躱される。

 

「さてと、あまり試合を長引かせると見てる皆が退屈してしまうから、そろそろ決めるとしようか、ガイン!」

 

「了解だ、ガイ!」

 

 そして、軽い身のこなしで一旦アッグから距離をとったグフ・ガインは、両脚部に収納していたヒート・サーベルを抜くと、両手に持つ。

 すると、ヒート・サーベルの剣身が温度の上昇と共に見る見る赤く光を放っていく。

 

「いくぞ! たぁぁぁっ!!」

 

 刹那、グフ・ガインがバーニアを噴かせ、一気にアッグの方に飛び込んでいく。

 それを受けて、アッグも、自慢の大型ドリルで迎撃の構えを見せる。

 

ヒート・サーベル(熱血剣)・十文字斬り!!」

 

 そして、決め台詞と共に、勝利の決めポーズを決めたグフ・ガインの背後で、アッグは無残にも爆発四散するのであった。

 

 

 

 その瞬間、まさに観戦客達のボルテージは最高潮に達し、グフ・ガインの勝利を称える声が、止め処なく響き渡った。

 それはまさに、会場を揺れ動かす程の勢いで。

 

「くくく、どうだい、これがバトリング・アリーナよ」

 

「成程。私の予想以上だな……」

 

 想像以上の熱気を前にして、沙亜は息を呑んだ。

 そして同時に、この熱気を生み出すあのステージに挑む、ユーリアンの身を案じるのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十四話 回るモノアイから、熱い視線が突き刺さる

 次の試合に備えて、会場内の整備作業が行われる。

 その間、観客達はトイレを済ませたり小腹を満たしたりと、次の試合に備えて各々英気を養っていく。

 

「いや~、それにしても凄かったな、あのグフ複合試験型の改造機。パフォーマンス性もあって実力もある、あれは名うてだな、うんうん」

 

 そんなインターバルを利用して、手続きを済ませ、観戦していた四人と合流したランドニーとユーリアン。

 再び全員揃った一行は、バトリング・アリーナ内の一角に設けられているグルメスペースで、雑談しながら時間を潰していた。

 

「と言うか、ランドニー。お前試合見てたのか?」

 

「あぁ、受付の所に試合の様子を映し出しているモニターがあったから、それで見てた」

 

「僕としては……、その前の試合の、選手が気になります」

 

「おー、あのザクでボクシングしてた奴らな。確かに、あいつらと宇宙世紀のガンダムファイター、ククルス・ドアンとはどっちが強いんだろうな」

 

「それは夢の対決だね」

 

 円形テーブルを囲みながら話に花を咲かせる面々。

 その一方、女性陣は、真剣な表情でテーブルに置かれたある物を凝視していた。

 

「うぅ、恨めしい。実際に味わえず、雰囲気だけなんて」

 

「全くだ」

 

 そして、ぽつりと、恨み節を零す。

 

 二人が恨み節を零した理由、それは、彼女たちの目の前に置かれた、とある料理が原因であった。

 お皿に綺麗に盛り付けられたその料理は、ただの料理ではなかった。

 

 それは、モビルスーツを模したもので、所謂キャラクター料理と呼ばれるものであった。

 

 因みに二人の注文した料理は。

 メノが、モビルポッドのオッゴを模した、ベリー等でセンサー類を表現した切り株ケーキで。

 沙亜は、シャア専用ザクIIの頭部を模した、イチゴのケーキである。

 

 なお、この他メニューには。

 ノーマルザクIIの頭部を模した抹茶味のケーキに、アッグガイの頭部を模した、レモンジュレがアクセントのクロワッサン。

 アプサラスをイメージした大福に、メロンとイチゴでザクIIをイメージしたゼリー等々。

 

 勿論、デザートのみならず。

 ザクレロをイメージしたオムライスに、アッザムをイメージした特注タジン鍋の野菜蒸しなどもあり。

 見た目にも楽しいものが充実している。

 

 なお、ザクIIをイメージしたゼリーには、角付きの他、シークレットとして、レモン味のゼリーに食紅で"百"と書かれたものも存在している。

 

 

 そんな見た目に楽しい料理の数々だが。

 残念ながら、俺の野望内で出てくるそれらの料理は実際に食すことは出来ず、単に雰囲気を味わえるだけ。

 故に、二人は恨み節を零していたのである。

 

「あー、そういえば」

 

 と、そんな恨み節を呟きながらも、フォークで小分けにして口に運んでいく、そんな二人の様子を見ていたランドニーが。

 不意に、何かを思い出したかのように語り始めた。

 

「俺の野望内で出てくる料理を実際に食べる事の出来るコラボ企画があって、確か、近々提供開始って、何処かで見た様な……」

 

「ランドニー君! それ本当!?」

 

「で、何処の店で提供されるんだ?」

 

 刹那、メノと沙亜の顔がランドニーに迫る。

 二人の顔から放たれる威圧感に若干腰が引けながらも、ランドニーは急いで自身の記憶の中から該当するものを探し出す。

 

「え、えっと……確か、全国チェーンのカフェで……。名前は……」

 

 そして、何とか店の名前を記憶の海から捻り出し、二人に伝える。

 

「そのお店なら、大学の最寄り駅の駅前にも確かあったよね!」

 

「よし、では期間を確かめて行くとしよう」

 

 ランドニーからコラボ企画を実施する店の名前を聞き出した二人は、目を輝かせ、企画の開始日を待ち望むのであった。

 

 こうしてランドニーも、女性陣二人の威圧感から解放されたその時。

 不意に、試合出場選手の招集を呼びかけるアナウンスが流れ始める。

 

「っと、ユーリアン、お呼びだ」

 

「分かった、それじゃ、いってくる」

 

 アナウンスに応じて、ユーリアンは立ち上がると、準備を行うべく移動を始める。

 

「頑張れよ」

 

「頑張って、ください」

 

「頑張ってねー!」

 

「頼んだぞ」

 

「ユーリアン、あ、あの、気を付けて、な」

 

「うん、ありがとう」

 

 皆からの声援に笑顔で応えると、ユーリアンはその場を後にした。

 

「さてと、それじゃ俺達も観戦する為に、移動しますか」

 

「って言っても、また立ち見だろ?」

 

「ふふふ、所が、今回は違うんだな~」

 

 シモンの言葉に、ランドニーは意味深な言葉を返す。

 

「何だよ、それ?」

 

「実は今回は、関係者って事で、VIPルームで観戦できちゃうんだなぁ、これが!」

 

 得意そうな顔つきで、VIPルームの入室に必要な入室パスを見せびらかすランドニー。

 その顔に、若干シモンは苛立ちながらも、VIPルームに案内すべく先導するランドニーの後に付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 着替えの為に、出場選手用にあてがわれたロッカールームでパイロットスーツへと着替えたユーリアンは、ヘルメットを小脇に抱えると、ロッカールームを後にする。

 そして、試合で使用する相棒が運び込まれている格納庫へと向かうべく、通路を歩いていた。

 

 他の選手の姿もなく、一人静かに通路を歩くユーリアン。

 すると、不意に進行方向の先に、人影を一つ見つける。

 

「よ!」

 

 その人影の正体は、誰であろうランドニーであった。

 

「あれ? 観戦するのにVIPルームに行ったんじゃ?」

 

「あぁ、まだ始まるまで少し時間があるからな。お前が試合前で緊張してると思って、気を紛らわしてやろうと思ってな」

 

「それはありがとう」

 

 壁にもたれかかり、気さくに声をかけたランドニー。

 それに応えるように、ユーリアンも彼に近づくと、その歩みを止めた。

 

「にしても、このバトリング・アリーナの雰囲気、思い出すよな……。お前と俺とを引き合わせてくれた、あのゲームの雰囲気にさ」

 

「はは、そうかもね」

 

「それにしても、今思えば、初めて会った時より、大分丸くなったよな、お前」

 

「そうかな? そういうランドニーは、初めて会った時とあまり変わってないかも」

 

「ははは、そういやそうだな」

 

 二人の笑い声が、通路に木霊する。

 そんな二人の声をかき消すかのように、再度、選手の招集を告げるアナウンスが流れる。

 

「っと、流石にこれ以上話し込むと遅刻させちまうな。じゃ、俺はVIPルームに戻るわ」

 

「ありがとう、ランドニー。お陰で少し緊張が取れたよ」

 

「そりゃよかった」

 

 そして、別れ際。

 不意にランドニーは、ユーリアンに対して自身の手のひらを自身の頭よりも高く掲げた。

 

 その意味する所を瞬時に理解したユーリアンは、自身の手のひらを、掲げたランドニーの手のひら目掛けて叩いた。

 

「頑張れよ、相棒」

 

「了解」

 

 互いに背を向け、歩き出す二人。

 その表情には、互いを信頼した証のようなものが、滲み出ていた。

 

 

 

 ランドニーの激励を受けユーリアンは、通路の先にある巨大な空間へと足を踏み入れた。

 そこは、機械音や整備士達の怒号が飛び交う、格納庫であった。

 

「選手の皆さんは搭乗してください! 搭乗後は、誘導に従って移動を開始してください!!」

 

 雑音に負けぬ大声で誘導を行うスタッフの指示に従い、ユーリアンはヘルメットを被ると、自身の搭乗する機体のもとへと駆けていく。

 そして、足を運んだ先のハンガーに固定されていたのは、黒い機体。

 だが、それはグフ・インフェルノではなかった。

 

 巨大な四本脚に火器を満載したその巨体は、黒く塗装されたゾック・アーセナルであった。

 

 ゾック・アーセナルへと搭乗したユーリアンは、誘導に従い、その巨体を会場に向けて移動させていく。

 

 

 

 

 一方、VIPルームに戻ったランドニーは、占領される心配のない、一般座席よりも上質でゆったり広々な座席に腰を下ろした。

 

「所でランドニー」

 

「ん? 何だ?」

 

 すると、座席に腰を下ろした途端、沙亜が質問を投げかけてきた。

 

「ユーリアンの対戦相手は、如何程のプレイヤーなのだ?」

 

「あぁ、それな。いや、実はさ、今回ユーリアンの出る試合、一対一のタイマンじゃないんだよ」

 

「どういう事だ?」

 

「それが、俺達みたいな初めての奴らじゃ、名うてのプレイヤーに挑戦する権利はないって言われてさ。挑戦したきゃ、バトリング・アリーナである程度戦績を残さなきゃならないんだと」

 

 肩を竦めながら、ランドニーは上位クラスの選手との挑戦権を手に入れるのは、バトリング・アリーナで一定の対戦戦績を稼がなければならないと語った。

 

「では、下位の相手か?」

 

「いやそれが、俺達みたいなぽっと出でも、上位の奴と戦えて、しかも、一度の試合で大金を手に入れられる試合形式を見つけたんだよ! で、ユーリアンはその試合に出る事になった」

 

「その試合とは?」

 

「リアルバトル・バトルロワイヤル。ルールは簡単、自分以外の全員を倒して、最後まで生き残れば勝ち。そうすれば、参加者全員の参加料を総取りできるのさ。どうだ、いい試合だろ?」

 

「成程、それでタイマンではない、か」

 

「ま、肝心なのは参加者がどれだけ集まるかって事だが……、その点は、ちゃんと抜かりなく対策しといたから、多分十分すぎるぐらい集まるだろ」

 

「その対策とは何だ?」

 

「あぁ、呼び込み効果も兼ねて、ユーリアンには今回、ゾック・アーセナルで出場してもらった。……ちょっとした話題になってる黒海の怪物が相手とあっちゃ、ここ(バトリング・アリーナ)の連中は座視するはずないからな」

 

 不敵な笑みを浮かべるランドニーを他所に、選手入場を告げるアナウンスが流れ。

 程なく、遮蔽物や障害物となる壁などが整備された試合会場に、入場ゲートから続々とモビルスーツが入場してくる。

 

「ひー、ふー、みー……。くくく、二十、いや三十近くか。十機位と予想してたが、まさか三倍近くも集まるとは」

 

 そして、その数を数えるランドニーの口角が、数を数えるにしたがってどんどん上がり。

 やがて、数え終える頃には、白い歯が見えてしまう程にランドニーの表情は破願していた。

 

 一方、最後に入場したモビルスーツの姿に、VIPルーム内にいた他の観客の間からは、ざわめきが沸き起こる。

 その正体は、言わずもがな、ゾック・アーセナルだ。

 おそらくVIPルーム内でも沸き起こっているのだから、一般座席の方でも、更なるざわめきが沸き起こっているだろう。

 

「選手の入場が完了いたしました! さぁ、果たして! この中から、最後までこのステージに経ち続けられる、今回のリアルバトル・バトルロワイヤルの勝者は誰なのかぁーっ! 間もなく、試合開始のゴングです!」

 

 だが、そんなざわめきも、実況者の実況と共に試合開始が迫る中で盛り上がる熱気の中で、次第に消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 観客達の熱気が高まる中、実際に試合を戦う選手たちも。

 各々のコクピット内で、高揚感を感じていた。

 

「よぉ、そこのデカいの。見た所、ゾックの改造機らしいが、お前、新顔だろ? は、まさか新顔のくせに、そんな機体で勝負する気とは。なめられたものだ」

 

 その高揚感を抑えられずに、両手にザク・バズーカを持ち、脚部に三連装ミサイルポッドを装備した陸戦型ザクIIのパイロットのように、言葉にする者もいれば。

 

「……」

 

 陸戦型ザクIIのパイロットの挑発的な言葉を受けても、微動だにせず、静かに試合開始のゴングを待つユーリアンの様な者もいた。

 

「ふん、モアーの奴、相変わらずだな」

 

「そうだね、兄さん」

 

 一方、各々の定位置で試合開始のゴングを待つ選手達の中。

 ユーリアンを挑発した陸戦型ザクIIのパイロット、モアーと呼ばれた選手の様子を見て、隣り合う二機のグフタイプのモビルスーツのパイロットは、モアーの行動を憐れむかのような感想を零した。

 

「しかし、あの新顔の乗るモビルスーツ。確か黒海の怪物と呼ばれ噂になったものだったか、確か、あのDr.Fが作ったと言われている」

 

「名前は、ゾック・アーセナル。だったね、兄さん」

 

「そう、その名だ。……そして、その機体をパーソナルカラーの黒に染めてくるとは。なかなか、優秀なプロデューサーが付いているようだな」

 

「鴉は賢い動物だからね。それを飼う程なら、飼い主も相当賢いんだろうね」

 

「ふふふ、だろうな。……いずれにせよ、これだけ演出してくれたんだ、その礼は、きっちりと返さないと、なぁ、オルノスよ」

 

「そうだね、ジャギュア兄さん」

 

 示し合わせたかのように不敵な笑みを浮かべる両者。

 その会話からして、二人は兄弟なのだろう。

 

 ジャギュアと呼ばれた兄の方は、グフを基に、機動性を維持しつつ火力向上を図った改修機。

 バックパックの側面に一二〇ミリ口径のロングバレルガトリング砲を装備し、左腕の七五ミリ五連装フィンガーバルカンを、四種のそれぞれ異なる火器で構成された大型ガンパックに換装。

 勿論、これら火力向上の為の装備追加による機動力低下を抑える為、機体構造の再設計による脚部のスラスター増設により、基となったグフと同等の機動性の確保に成功している。

 その機体の名は、形式番号MS-07G-2、グフ戦術強攻型と呼ばれるモビルスーツである。

 

 一方、オルノスと呼ばれた弟の方は。

 グフ戦術強攻型の兄弟機とも呼ばれる、形式番号MS-07G-1、グフ・ヴィジャンタと呼ばれるモビルスーツに搭乗していた。

 同機は、機動力向上を重点に置いて改修された機体で、その武装は、右腕のシザー・ワイヤーや左腕の独立ユニットに内臓されたマインズ・ロッドや、先端に爆薬を仕込んだリムーヴァル・メイスと呼ばれる特殊棍棒等々。近接戦闘用の特殊な装備を搭載している。

 これは、兄弟機であるグフ戦術強攻型と二機一組で作戦行動することを前提として開発されたからである。

 

 なお、この二種のG型と呼ばれるグフは、戦闘工兵の異名で呼ばれる事もある。

 

「でも兄さん、僕達二人で倒せるかな?」

 

「ふ、案ずるなオルノスよ。その点は考えてある」

 

 そんなG型に乗る兄弟は、ゾック・アーセナルを打倒すべく何やら策を弄し始める。

 

「聞こえるか、ザルドボック?」

 

「? 何の用だ、ジャギュア?」

 

 その為に必要な準備の為、ジャギュアは不意に、同じく試合に参加している選手に通信を入れる。

 

「一つ提案があるのだが。どうだ、あの新顔を倒す為に、一時的に共闘しないか?」

 

「共闘だと?」

 

「そうだ。新顔のくせにあそこまで観客の注目をかっさらい、尚且つ参加料まで総取りにされたとあっては、貴様とて癪だろう?」

 

「だからお前たちと共闘しろと?」

 

「そうだ。勿論、我々三人だけではあの怪物相手を相手にするには分が悪い。そこで、他の奴らにも共闘を呼び掛ける」

 

「それはつまり、新顔を俺達全員でリンチするっていうのか!?」

 

「まぁ、分かり易く言えばそうだ」

 

 ジャギュアの策。

 それは、ユーリアン以外の参加選手全員で共闘し、ゾック・アーセナルを打倒するというものであった。

 

「だが、それで奴を倒しても、勝者は一人のみだぞ」

 

「では、こういうのはどうだ。もし共闘してくれれば、その後この試合で私とオルノスのどちらかが勝者となった場合、協力してくれた礼として、一定の金額を支払おう。これでいかがかな?」

 

「……」

 

「出来れば返事は急いでほしい。では、私は他の選手に呼び掛けておくので、また改めて通信をした際は返事を聞かせてもらおう」

 

 そして、ジャギュアは他の参加選手にも声をかけ、ゾック・アーセナルを打倒すべく共闘を呼びかけていく。

 すると、他の参加選手からは、次々に共闘を確約する返事が返ってくる。

 

「さぁ、ザルドボック、改めて返事を聞かせてもらおうか?」

 

 そして、最後の一人となったザルドボックに、改めて返事を尋ねる。

 

「……、本当に、金は支払うんだよな」

 

「約束しよう」

 

「……いいだろう、共闘してやるよ。新顔にあそこまでされて、負けるわけにはいかないからな。この際、プライドは抜きだ」

 

 こうして、ジャギュアが仕掛けた、対ゾック・アーセナルの包囲網は完成した。

 

 そして、その発動を告げるカウントダウンが、会場内に響き渡る。

 

 スリー、ツー、ワン──。

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 

 Ready GO! の掛け声と共に、試合開始を告げるゴングが鳴り響く。

 

 

 

 

 

 ──メインシステム、戦闘モード、起動します。

 

 ゴングと同時に、三十機近いモビルスーツが、一斉にゾック・アーセナルに襲い掛かる。

 ある機体は砲口を向け、またある機体は手にした大型ヒートホークの刃の錆とすべく。

 その殺意を、たった一体のモビルスーツに向けて。

 

 だが、刹那。

 

「なんだ!?」

 

 一番槍となるべく最接近していた陸戦高機動型ザクのパイロットは、驚きと共に乗機の足を止めた。

 何故なら、ゾック・アーセナルの巨体が、ゾック・アーセナルの発煙弾発射機より散布された煙幕により隠れてしまったからだ。

 

「それで隠れたつもりかよ!」

 

 だが、直ぐに殺意をむき出しにすると、煙幕の中にいるゾック・アーセナル目掛け、陸戦高機動型ザクは足を動かし始めた。

 しかし、次の瞬間。

 

「な──」

 

 煙幕の向うで何かが光ったと思った次の瞬間には、陸戦高機動型ザクの上半身は、パイロットの意識共々、嵐の如く襲い来る七五ミリ弾の暴力に引き千切られるのであった。

 

「くそ、飛べ!」

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

「み、ミサイル!? ばか──」

 

「おい、マジかよ、夢ならさめ──」

 

 それを皮切りに、煙幕の中より、次々に放たれる破壊を告げる火線と音速の槍の数々。

 その圧倒的な弾幕を前に、一機、また一機と、モビルスーツが無残な残骸と化していく。

 

 開始前、あれ程余裕を持った挑発を行っていたモアーの陸戦型ザクIIも、飛来したミサイルの直撃により、轟音と共に無残にも巨大な炎の中に消えた。

 

「ははは! 成程、その名に違わぬ火力よ!! だが、吾輩の巨砲を受けても、まだ動いていられるかな!?」

 

 そんな光景を他所に。

 離れた場所で、見通しの良いコンテナの上に立ちながら、両手に持った巨砲、マゼラアタックの主砲をモビルスーツ用の武装とした火砲、マゼラ・トップ砲。

 その砲口を、煙幕に向けるザクIIF型。

 

「これで終い(しまい)だ。……ハラショォォォォォォォォォオッ!!!」

 

 パイロットの雄叫びと共に、マゼラ・トップ砲が火を噴く。

 放たれた一七五ミリの砲弾は、煙幕目掛け飛来し、煙幕を切り裂きながら目標目掛けて突き進む。

 

 だが、一七五ミリの砲弾は、煙幕を切り裂きその姿を垣間見せたゾック・アーセナルを、捉える事無く、最後は壁に着弾しその役割を終えた。

 

「ハラショォォォォォォォォォォォォオッッ!!!?」

 

 刹那、煙幕を切り裂く四つの光線が、コンテナ上のザクIIF型を襲った。

 そして、パイロットの断末魔と共に、爆発と言う最後の輝きを放ち、彼の試合は幕を閉じた。

 

「は、話が、違うっすよ……、全員でやれば、簡単だって、……やだ、死にたく──」

 

「イヤん!」

 

 煙幕を切り裂き、その姿を再び現したゾック・アーセナルは。

 その四本の脚部のハッチを開き収納した火器を放ちながら、その圧倒的な巨体に秘められた暴力と共に、会場内を文字通り蹂躙していく。

 

「たかがMS一機じゃないかぁっ!!?」

 

「ユージーン! 逃げて!」

 

「姉さん!?」

 

 その暴力から逃れようと身を隠した遮蔽物ごと、ゾック・アーセナルは容赦なく薙ぎ払っていく。

 

「よくも、よくも姉さんを……。死ねよ!!」

 

 そんな暴力の犠牲となった姉の敵討ちと、片腕となったグフがヒート・サーベルを手に弾幕を掻い潜り果敢に飛び掛かるも。

 無情にも、アイアン・ネイルにコクピットごと胴体部を貫かれ、敵討ちは達成できなかった。

 

 

 それから、程なくして。

 会場内に、静寂が訪れる。

 

「兄さん……」

 

「あぁ、どうやら、相手は私達の想像以上の化け物の様だ」

 

 だがそれは、ゾック・アーセナルの勝利を告げるものではなかった。

 あの暴力から辛くも生き残った、数機のモビルスーツを探し出すべく、ゾック・アーセナルが一時的に攻撃の手を止めたに過ぎない。

 

 巨体を動かし、その赤く光るモノアイを動かし、会場内に隠れている新たな獲物を探し求めるゾック・アーセナル。

 

「おい! ジャギュア! 貴様ぁっ!!」

 

「ん?」

 

 そんなゾック・アーセナルの暴力から身を隠している兄弟のもとに、左腕を損傷したドムが一機、近づいてくる。

 そのドムを操っていたのは、ザルドボックであった。

 

「貴様! なにが共闘すれば倒せるだ! 倒せるどころか、傷一つ付けられねぇじゃねぇか!」

 

「私は倒せるとは断言していない、倒せる確率を上げるために共闘を呼び掛けただけだ」

 

「だが、こっちは三十機近くもいたんだぞ! それがどうだ! こんなの事なら、貴様の呼びかけに乗るんじゃなかった!!」

 

「私の呼びかけに応じなくとも、結果は変わらんと思うが。……兎に角、先ずは落ち着く事だ」

 

「落ち着けだ!? 貴様! こんな状況で落ち着いてなどいられるか!」

 

「あまり喚き散らすと奴に見つかるぞ」

 

「だから!!」

 

 落ち着かせるつもりが、ジャギュアの言葉に逆に神経を逆撫でされ語気を強めるザルドボック。

 刹那、ゾック・アーセナルの巨体が動きを止めると、そのモノアイが、三人の隠れている方に向けられる。

 

「兄さん!?」

 

「だから言ったのだ」

 

 直ぐに物陰から逃げ出す兄弟、一方、ザルドボックのドムは反応が遅れてしまう。

 刹那、ゾック・アーセナルの上半身がザルドボックのドムが隠れている方へと向けられ、そして、光が走った。

 

「な、何故だ……」

 

 身を隠し、盾としても機能する筈の壁ごと、その強力なメガ粒子砲の前に貫かれたザルドボックのドム。

 最後まで事実を認められない主と共に、爆発四散し、試合を終えるのであった。

 

 

 こうして、勝利にまた一歩近づいたゾック・アーセナルだが。

 その足元に、まさかの刺客が潜んでいた。

 

「ははは! 懐に飛び込めばこっちのもんよ! じゃけんその巨体が仇となるんじゃ!!」

 

 突如、ゾック・アーセナルの足元に広がっていた残骸の中から、一機のモビルスーツが飛び出し、ゾック・アーセナルの上半身目掛けバーニアを噴かせる。

 残骸に潜み、死んだふりをして待ち伏せをしていたと思しきそのモビルスーツは、右腕に装備した特注と思しき大型射突型ブレード、通称パイルバンカーを装備したグフカスタム。

 

「えぐらせてもらうで! ズィーエー(ゾック・アーセナル)!!」

 

 振りかぶった右腕のパイルバンカーで、ゾック・アーセナルの上半身を貫くつもりなのだろう。

 だが、勇ましい台詞を放った次の瞬間、そんなグフカスタムの胴体を、ゾック・アーセナルのアイアン・ネイルが捉える。

 

「な、なんじゃと!?」

 

 掴まれ、身動きが取れなくなったグフカスタム。

 刹那、グフカスタムを掴んだアイアン・ネイルが振りかぶり始め勢いをつけると。

 

「のわぁぁぁっ!!」

 

 次の瞬間、天井目掛け、掴んでいたグフカスタムを放り投げた。

 勿論、それで終わりではない。

 

 放り投げられたグフカスタム目掛け、指向された七五ミリガトリング砲が唸りを上げた。

 

 回避行動も取れず、蜂の巣となったグフカスタムは、程なく、空中で最後の一花を咲かせ試合を終えた。

 

 

 

 

「やはりここ(バトリング・アリーナ)で共闘等というのは、どだい無理な話だったか。……腕自慢のくせにあっさり全滅とはな、使えない連中だ」

 

「全くだね、兄さん」

 

 会場内に広がるのは、死屍累々の数々。

 そして、そんなステージに未だ立つ、三機のモビルスーツ。

 

「だが、連中のお陰でパイロットの疲労はかなり蓄積している筈だ」

 

「それじゃ兄さん?」

 

「あぁ、仕掛けるぞ、オルノスよ」

 

「了解だよ、兄さん!」

 

 そして、雌雄を決するべく、兄弟が遂に自ら動き出す。

 

「よくぞここまで生き残った。だが、勝利するのは貴様ではない! 我々兄弟だ!」

 

 物陰から飛び出したグフ戦術強攻型は、自慢の火力をゾック・アーセナル目掛けて放つ。

 飛来する火線を幾分受けながら、ゾック・アーセナルもグフ戦術強攻型を仕留めるべく、その火力を叩き込む。

 

 単体としては十二分すぎる火力を誇るグフ戦術強攻型だが、やはりゾック・アーセナルの火力と比較すると、劣勢なのは否めない。

 しかし、ゾック・アーセナルにはない高い機動性を生かし、また壁などの遮蔽物を有効に利用するなどして、互角に撃ち合いを続ける。

 

 

 一方、オルノスのグフ・ヴィジャンタはと言えば。

 ゾック・アーセナルの意識が兄のグフ戦術強攻型に向いている事を確認するや、大回りで身を隠しながらゾック・アーセナルへと接近を試みる。

 

 幾ら互角に撃ち合っていても、それも長くは続かない。

 

 そんな焦りを抑えつつ、慎重に、ゾック・アーセナルへと接近を続けるグフ・ヴィジャンタ。

 

 やがて同機は、ゾック・アーセナルの死角に入り込むことに成功した。

 ここまでくれば、後はその持ち前の機動力を生かして、一気に懐に飛び込むのみ。

 

「もらった!」

 

 地を蹴り、バーニアを噴かせ、一気にゾック・アーセナルの懐に飛び込もうとするグフ・ヴィジャンタ。

 その存在に一拍遅れて気付いたゾック・アーセナルは、慌ててアイアン・ネイルを使って迎撃を試みるも。

 

「無駄だ!」

 

 そんなアイアン・ネイル目掛け、グフ・ヴィジャンタの左腕に装備した独立ユニットからマインズ・ロッドが射出され。

 アイアン・ネイルに巻き付いたそれは、次の瞬間、内包した爆薬を爆発させ、アイアン・ネイルを使用不可能にする。

 

「いけ、オルノスよ!」

 

「これで終わりだぁ!!」

 

 もはやゾック・アーセナルに、グフ・ヴィジャンタが構えたリムーヴァル・メイスの一撃を防ぐ術はない。

 兄弟は、勝利を確信した。

 

 だが、次の瞬間、その確信が無情にも打ち破られる事となる。

 

 ゾック・アーセナルの股関節部分の小さなハッチが開かれると、そこから、勢いよく何かが射出された。

 錨を連想させる形状のそれは、ロケット推進を有するロケット・アンカーであった。

 

「な!?」

 

 指向可能な二か所から射出されたロケット・アンカーは、その推進力をもって打ち込まれたグフ・ヴィジャンタの巨体を、天高く持ち上げていく。

 

「オルノス!!」

 

 刹那、天高く持ち上げられたグフ・ヴィジャンタ目掛け、二発の音速の槍が飛来し。

 そして、周囲に破片をまき散らしながら、グフ・ヴィジャンタは爆煙の中にその姿を消した。

 

「ふふふ、ははは!」

 

 弟が倒され、残るは自分一人となったジャギュアは、不意に自嘲じみた笑みを零した。

 

「……認めよう、君の力を。君こそ、真のレイヴン(イレギュラー)だ!」

 

 そして、彼の意識と共に、グフ戦術強攻型の巨体は、ゾック・アーセナルから放たれた光に飲み込まれ。

 

 その瞬間、試合終了を告げるゴングが会場内に鳴り響いた。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十五話 野望形アイドル

 勝者の証として、参加者達の参加費を総取りにし、ランドニーの表情がその日一番に破願した、バトリング・アリーナでの試合から一夜明けた次の日。

 第046独立部隊一行は、今日も俺の野望を楽しんでいた。

 

 そして、一旦小休止をとるべく、酒場へと足を運ぶ一行。

 

 カウンター席に腰を下ろした一行は、小洒落た店内にマッチするジャズの音色を肴に、カクテルを堪能する。

 

「沙愛、昨日調べてみたら! コラボ企画の開始日、今度の金曜日からだったよ!」

 

「それは是非、足を運ばねばならんな」

 

「んでよー、バイト先の先輩がさ……」

 

「そうなんだ、それは災難だね」

 

「ほうほう、つまりロッシュはドムも気になると?」

 

「はい。ドムって、よく見ると……、あのボディビル世界大会九連覇を果たした伝説のボディビルダー! ロニー・J・オリバー氏に似ていると気づいたんです!! これはもう、僕としては乗らない訳にはいかないと思いまして!!」

 

「お、おう……」

 

 各々が雑談を交えながら雰囲気を堪能していると。

 不意に、流れていたジャズの音色がぴたりと止んだ。

 

 そして、店内の照明も徐々に落とされ、店内を暗闇が包み始める。

 

 一体何事かと、第046独立部隊一行は雑談を中断し、原因を探るべく店内を見回す。

 すると、店内の一角にある、生演奏用のステージに不意に照明が灯された。

 

「みんなーっ! 今日は私達、ポップ★ソーダのステージを見に来てくれて、ありがとーっ!」

 

 すると、ステージ上に、三人の女性が姿を現した。

 フリルの付いたスカートに、長いマントに煌びやかな肩章に飾緒、そして、リボンのついた制帽。

 明らかに軍服を改造した衣服を身に纏った若い三人の女性。

 

 そのセンターを務める女性は、マイクを片手に、自分達の自己紹介を始めた。

 

「もう皆知ってると思うけど、初めての人もいるから、そんな人達の為に自己紹介するよー! 先ずは、ルルちゃん!」

 

「みんにゃー! みんなのハートにラブにゃんにゃん! ルルだにゃん!」

 

「「ルルちゅわーーんっ!!!」」

 

 そして、両手でハートの形を作り、ポーズを決めて自己紹介を行ったスタイルの良いベージュの髪を靡かせたルルに対し。

 いつの間にか、気付けばステージの前にごった返していた、彼女達ポップ★ソーダのファンと思しき人達から、声援が飛ぶ。

 

「それじゃ次は、ユイちゃん!」

 

「ユイです、よろしく」

 

「「ユイちゃぁぁぁん! 今日もクールだぁぁぁっ!!」」

 

 一方、一見すると中学生、下手をすれば小学生にも見えなくもない体型の、ダークネイビーな髪をツインテールにしたユイと名乗った女性は、淡々とえ笑顔も見せず簡潔に自己紹介を行い、軽くお辞儀をして締めくくる。

 それに対して、ファンの方々からは、その不愛想ぶりも魅力に感じていたようで、文句ではなく声援が飛び交う。

 

「それじゃ、最後は私! 上から読んでも"カノカ"、下から読んでも"カノカ"、ポップ★ソーダの不動のセンター、皆のエンジェル、カノカでーす!!」

 

「「「カノカーーーっ!!」」」

 

「「「カノかっち!!」」」

 

「「「マイラブリーエンジーーーェルッ!!」」」

 

 そして、最後にセンターを務める、モデル体型の水色の髪を靡かせたカノカと名乗った女性が、ポーズと共に締めのウィンクを行うと。

 ファンの熱気は、最高潮に達した。

 それまでにない声量で、彼女に声援を送るファンの方々。

 

 もはや、酒場の一部は、完全にアイドルのコンサート会場と化していた。

 

「それじゃ、先ずは一曲、聞いてください! ポップ★ソーダで『軍服とモビルスーツ』!」

 

 そして、曲名紹介と共に、ステージに音楽が流れ始める。

 それに合わせて、ポップ★ソーダの三人はリズムを取り、ダンスと共に歌を歌う。

 

 それに呼応して、ファン達も、持参したサイリウムを振るう。

 

 

 

 

 数分後。

 締めの決めポーズと共に、熱気渦巻くステージは終わりを告げた。

 

「みんなー! ありがとー!」

 

「ありがとにゃー!」

 

「ありがとうございます」

 

 最後に、手を振りステージを去るポップ★ソーダの三人。

 こうして、照明も戻り、ジャズも再び流れ始め、嵐のようなポップ★ソーダの騒動は終わりを告げた、と思われたが。

 

 何故か、ポップ★ソーダの三人はステージ裏に戻る事無く、ステージを降りると、そのままカウンター席の方へと足を運ぶ三人。

 

 そして、何と三人は第046独立部隊一行の前で足を止めた。

 

「ふふ、カノカ達ポップ★ソーダのステージはいかがだったかなぁ?」

 

「え? えっと、良かった、です」

 

 すると、不意にユーリアンに先ほどのステージの感想を求めるカノカ。

 それに対して、ユーリアンは三人の後ろに控えるファンの方々の圧を受けつつ、無難な感想を返す。

 

「ありがと、ふふ」

 

 アイドルスマイルを浮かべ、お礼を述べるカノカ。

 

「所で、君は、私達の事、知ってくれてたのかな?」

 

 刹那、その笑みがいたずらな笑みに変わると、カノカは自分達ポップ★ソーダの事を知っているかどうかを尋ねる。

 ユーリアンは一瞬、知っていると嘘をつこうかとも思ったが、それは彼女達に失礼と思い、素直に知らないと答えるのであった。

 

「あ、因みに俺も知らなかった」

 

「あ、実はあたしも」

 

「私もだ」

 

「僕も……」

 

 と、堰を切ったように、他の面々からも知らないとの回答が零れる。

 

「何だお前ら! ポップ★ソーダ知らねぇのか!?」

 

「俺達の天使を知らないって! どういう生活してんだよ!」

 

「そーだそーだ!!」

 

 すると、その回答にファンの方々から怒りの声が零れた。

 

「皆止めて! 喧嘩しないで!」

 

 刹那、カノカの制止の声が、ファンたちの怒りの声を止めた。

 

「この人達がポップ★ソーダの事を知らなかったのは、この人達が悪い訳じゃない。私達ポップ★ソーダの頑張りが、まだまだ足りないのが悪いの。……だから、ファンの皆、私達の名前が、老若男女、誰でも知ってもらえる程の知名度になるように、これからも、応援よろしくね!」

 

「「うぉぉぉっ! 流石我らが天使だぁぁ!!」」

 

 そして、目を潤ませながら訴えたカノカの言葉に、ファンたちの怒りは吹き飛び、これからも応援を続けていく事を約束するかの如く、カノカコールが乱れ飛ぶのであった。

 

「ねぇ、ランドニー」

 

「ん? 何だ?」

 

「ポップ★ソーダって、そんなに有名なアイドルグループなの?」

 

「いや~、俺に聞かれても……」

 

 一方、ユーリアンはランドニーにポップ★ソーダの知名度を尋ねるも、その方面に詳しくないランドニーは困惑の表情を見せる。

 すると不意に、先ほど一人だけポップ★ソーダの認知についての回答を控えていたシモンが、切り出した。

 

「そこそこ有名なんじゃないか? 少し前、俺、警備のバイトで彼女たちのライブの警備した事あったけど、会場、結構埋まってたし」

 

「おいシモン、お前何でさっき言わなかったんだよ」

 

「いや、今思い出したんだよ」

 

 シモン曰く、どうやらポップ★ソーダはそれなりに有名なアイドルグループの様だ。

 と、ポップ★ソーダについて少しばかり知見を広げた所で、再びカノカが口火を切った。

 

「さてと。実はね、君達に声をかけたのは、ステージの感想を聞きたかったからじゃないの。……ねぇ、君」

 

「え? 俺?」

 

 そして、不意にユーリアンを指さすと、指をさされ困惑する本人を他所に、カノカは話を続けた。

 

「君、昨日のバトリング・アリーナの試合で勝った子でしょ。あの試合、私達も見てたの。……君、すっごく強いんだね」

 

「いや、そんな事は。あれは機体の性能もあっての事で」

 

「ふふ、謙遜しちゃって、その謙虚さ、すっごく気に入っちゃった! でね、ここからが本題なんだけど。君、私達の親衛隊に入らない?」

 

「え?」

 

 突然の提案に、ユーリアンは動揺を隠せなかった。

 まさか、勧誘されるとは思いもしていなかったからだ。

 

「あのー、横から失礼しますけど。ユーリアンは俺達の大事な軍団の一員で……」

 

 そんな動揺したユーリアンに代わり、話を付けようと横槍を入れたランドニー。

 

「あら。もしかして君が、軍団長?」

 

「えぇ、そうですけど?」

 

「なら、美波さん。お話よろしく」

 

「はい」

 

 すると、栗色の髪をまとめ眼鏡をかけた、スーツ姿の、いかにもキャリアウーマンという風貌の三十歳前後の女性が一人、すっと姿を現した。

 

「はじめまして、(わたくし)、ポップ★ソーダの担当マネージャーを務めております、美波と申します」

 

「ど、どうも」

 

 そして、自己紹介した彼女は、慣れた動作でランドニーに名刺を渡した。

 そこには確かに、782プロダクション所属のアイドルグループ、ポップ★ソーダの担当マネージャーである事が記載されていた。

 

「えっと、すいません。名刺ないんで、口頭ですけど。第046独立部隊の軍団長を務めてます、ランドニー・ハートです」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。では、お互いに自己紹介も終わった所で、早速本題に参りますが。ランドニー様、どうか貴方様の軍団の一員であるユーリアン様を、是非とも、ポップ★ソーダの親衛隊の一員として移籍を許可してはもらえないでしょうか? 勿論、それに際して、必要な額はお支払いいたします」

 

「ちょ! ちょっと待ってください! いきなり何ですか、それ!? 急に現れて、藪から棒にユーリアンを引き抜きたいって!?」

 

「失礼しました。では、簡単にご説明いたします」

 

 困惑するランドニーに対して、美波は、事の成り行きを説明し始めた。

 

 そもそもポップ★ソーダとは、芸能事務所である782プロダクション所属のアイドルグループで。

 そのキャッチコピーは『歌って・踊れて・戦うアイドル』というもの。

 俺の野望内で芸能活動を行っているのも、キャッチコピーにかけた芸能活動の一環である。

 

 ただし、事務所の意向で俺の野望内で芸能活動をしているとはいえ、彼女達自身にガンダム作品に対する造詣が全くない訳ではなく。

 特にリーダーであるカノカは、かなり造詣が深いとの事。

 

「へぇー、カノカさんってガンダムに詳しいんですね」

 

「それはもう、学生時代に学校から帰って宿題や習い事を済ませたら新機動戦記ガンダムWを欠かさず視聴して……」

 

「え……? それって、まさかリアルタイム……」

 

「……そそ、そんな訳ないでしょ!! ビデオよ! ビデオにろく──」

 

「え、ビデオで録画って、まさかVHSなんかじゃ……」

 

「ちちち! 違う! どど、動画配信サービスに決まってるじゃない! わ、私そのサービスの事"ビデオ"って呼んでるの!! 別にテープが擦り切れるぐらい見たとか、テープが絡まって大変だったとか、そんなのじゃなくて!!」

 

「カノカ"さん"、それ以上の私語は慎んだ方が賢明かと」

 

「そ、そうね。……もう、現役アイドルのプライベートを誘導して聞き出そうだなんて、ランドニー君ってば悪い子ね!」

 

 美波の言葉に正気を取り戻し、最後はいつもと変わらぬ様子で可愛く締めくくっていたものの。

 まるで墓穴を掘ったかのようなカノカの慌てように、年上と思っていた美波からさん付けで呼ばれる等。

 何やらカノカの年齢に関しては、深い闇が存在している様に感じずにはいられないランドニーであった。

 

「申し訳ありません。話が脱線してしまいましたね。では、改めて説明の続きを……」

 

 そんなポップ★ソーダ。

 俺の野望内でも、カノカを小隊長として同名の小隊名で活躍しているのだが。

 

 流石に、小隊規模ではこの群雄割拠の俺の野望内では活躍するのは難しい。

 

 そこで、そんな彼女達をサポートする、ポップ★ソーダ後援隊、通称親衛隊と呼ばれる軍団を設立し、俺の野望内で彼女たちの活躍をサポートしているのだ。

 

「それで、その親衛隊の一員として、是非とも腕利きのユーリアン様を加えたく、こうして足を運んだ次第です」

 

「それってつまり、ユーリアンにポップ★ソーダのファンクラブの会員になってほしいって事ですか?」

 

「まぁ、簡単に言えば。……因みに、こちらから勧誘させていただきましたので、入会費や年会費等の諸経費は一切必要ありません。加えて、会員特典は勿論の事、ご希望とあれば、"三桁"会員番号の会員証もご用意もいたします」

 

 三桁会員番号の会員証との提示が美波の口から漏れるや否や、事の推移を見守っていたファン達からは妬み嫉みの声が漏れ聞こえる。

 

「羨ましいね、兄さん」

 

「全くだな、オルノスよ。我らでさえ四桁番号だというのに、何という好待遇だ! 流石はレイヴン(イレギュラー)という所か……」

 

 その中に、昨日バトリング・アリーナで戦った兄弟の姿もあったのだが、ユーリアン他、第046独立部隊の面々は誰も気づいてはいなかった。

 

 程なく、そんなファン達からは妬み嫉みの声も収まると、美波はユーリアンに返答を迫った。

 

「いかがでしょうかユーリアン様。是非とも、そのお力を、ポップ★ソーダの為にお貸ししていただけないでしょうか? 勿論、ユーリアン様が抜けた際は、ランドニー様の軍団に対し、可能な限りアフターフォローをさせていただく所存でございます」

 

「ねぇ、お願いユーリアン君。君の力、私達に是非とも貸して欲しいの!」

 

「お願いだにゃ」

 

「おねがいします……」

 

 更に、ポップ★ソーダの三人が頭を下げると、次いで、潤んだ瞳をユーリアンに向けた。

 まるでそこからキラキラと輝く何かが放射されているかの如く。

 

 三人の視線を受けて、困惑するユーリアン。

 心優しい彼は、どうやって彼女達をなるべく傷つけない様にどう断ろうかと断り文句で悩んでいるのだろう。

 

 すると、黙って事態の推移を見守っていた沙亜が不意に席から立ち上がると、ユーリアンとポップ★ソーダの三人の間に割って入った。

 

「あら?」

 

「悪いが、ユーリアンはアイドルの手伝いをする為に俺の野望を遊んでいる訳ではない。悪いが、他を当たってもらおう」

 

 そして、単刀直入に断りを入れるのであった。

 

「貴女は確か……、沙亜 阿頭那武婁、よね」

 

「アイドルに名を覚えていただけるとは光栄だな。だが、それとこれとは話が別だ。ユーリアンは私達の大事な仲間だ、悪いが、この話は断らせてもらう」

 

「最終的に決めるのは本人の意思じゃないの?」

 

「彼は優しい男だ、故に、君達に気を使い言い辛いので、私が代わりに彼の意思を伝えているだけだ」

 

「ふーん。随分彼の事について詳しいのね、貴女……」

 

「仲間なのだから、それ位の当然だ」

 

「仲間、ねぇ」

 

 気付けば互いに顔を近づけ、互いの顔を睨みつけるかの如く眼差しで一触即発の雰囲気を醸し出し始める沙亜とカノカ。

 二人の醸し出す雰囲気を前に、他の面々は、圧倒され、声をかける事も出来ない。

 

「ねぇ、貴女」

 

「ん? 何だ?」

 

 と、不意にカノカが先ほどまでの可愛い声色から、何処か冷たい声色の小声で、周囲に聞かれないように話を始めた。

 

「貴女、もしかして彼に惚れてるの?」

 

「な!?」

 

「ふーん、図星か。ならさ、その自慢の胸使って、ちょっとその気があるって素振りでもみせたら、彼、落ちるんじゃない? どうせ男なんて、可愛い顔してその気があるって思わせれば、コロッといく単純な生物なんだし」

 

「彼はそんな獣などではない!! 大体何なんだ! 先ほどから失礼だな!」

 

「アイドルってね、客商売なの。それも究極の。……だから、どんな嫌いな奴の前でも、笑顔を絶やさず振りまく、それがアイドル。心が強くなきゃできないのよ。……今の貴女は相当私に怒ってる筈。なら、そんな私に笑顔を作って見せてあげられる?」

 

「そんな事……」

 

「無理よね。心が弱くて仮面を被った貴女には」

 

「っ!!」

 

「シャアの真似だ何だと託けて、それは本当は自分の弱い心を守るフィルターなんでしょ? そして、フィルターがないと話す勇気が出ない、だから仮面をつけている。そんな仮面を被った貴女に、彼の本当の気持ちが理解できてるのかしら?」

 

「そ、そんな事は……」

 

 と、否定しようとした沙亜は、途中で言葉を詰まらせた。

 何故なら、カノカの指摘は間違いではないから。

 

 確かに、俺の野望内では、仮面をつけシャア・アズナブルというキャラクターを憑依させる事により、現実での引っ込み思案な性格を払拭させていた。

 だが、そんな仮面で偽りの、もう一人の自分である沙亜 阿頭那武婁を演じていても、ユーリアンは本当の自分である佐久良 沙愛としても接してくれる。

 

 仮面の無い現実でだって、講義の合間や昼休憩には、彼とガンダム談義や他愛もない会話で盛り上がっている。

 仮面を被っていたって関係ない、私達の信頼関係は、他人が軽々と測れるものではない。

 

 刹那、沙亜は心揺さぶられたカノカの言葉を振り払うかのように小さく首を振るうと、再び彼女の瞳を見つめた。

 仮面の奥に光る瞳には、確かに、自身に満ち溢れていた。

 

「あら? 開き直ったの?」

 

「ふ、危うく誑かされる所だったよ。確かにアイドル業で培った人を見る目は確かなようだが、私達の信頼関係は一目見ただけで軽々に測れるものではない」

 

「何それ、強者の余裕ってやつ? ……ムカつく」

 

 鋭い眼差しへと変化していくカノカ。

 しかし、ふとその変化も途中で止まると、今度はいたずらなものへと変化していく。

 

「なら、こういうのはどう?」

 

「?」

 

「ここは俺の野望、そして私達はモビルスーツのパイロット。なら、パイロットらしく白黒はっきりさせない?」

 

「具体的には?」

 

「フィールドエリアに出て、出現した敵をどちらが多く撃破したか、その戦績で勝敗を競うの、私と貴女の一対一でね」

 

「ほぉ、それは面白そうだ。だが、私のランキングの順位は知っていよう。何なら、ハンデとして、そちらは三人でも構わんが?」

 

「ッ! なめんじゃないわよ! これでも私、戦績ランキングの四十位に名を連ねてるんだからね」

 

「成程、『歌って・踊れて・戦うアイドル』を標榜しているだけの実力はあるという事か。いいだろう、その勝負、受けて立とう」

 

「私が勝利した場合は、彼を貰うわ。でも、貴女が勝った場合は、彼の事は諦める。それでいい?」

 

「異論はない」

 

「それじゃ、早速準備していくわよ」

 

 こうして、ユーリアンをかけた二人の女の戦いの幕が、本人の与り知らぬ所で切って落とされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、とんとん拍子に準備が整い。

 現在、ヨーロッパ方面の最前線の一角。

 比較的大きな都市の一角に、沙亜とカノカが操る二体の巨人の姿はあった。

 

「沈め!」

 

 ザク・アライヴが装備したザクマシンガンが火を噴き、放たれた一二〇ミリ弾が狙いを定めたジムを襲い、その命を奪う。

 

「アイドル、なめんなぁー!」

 

 一方、カノカが操る、自身のパーソナルカラーである水色に染めた、何処か西洋甲冑を思わせる外見のモビルスーツ。

 ジオン公国軍初のモビルスーツ用携帯型ビーム兵器を標準装備し、原作では公国の総力を結集して完成されたモビルスーツ。

 ガンダムに勝るとも劣らない性能を誇ると言われるそのモビルスーツの名は、形式番号MS-14A ゲルググ。

 

 決戦用モビルスーツとも呼ばれたそんな同機にも、幾つかの派生型は存在しており。

 

 今回、カノカが操っているのは、地上用に背部バックパックの換装やスラスターの調整、それに防塵処理等々を施した、陸戦型ゲルググ。

 形式番号のMS-14Gから、G型とも称される機体である。

 

 そんな陸戦型ゲルググが装備した、遠距離での使用も可能な試作大型ビームライフルから放たれた光線は。

 咄嗟に身を隠した建物ごと、ターゲットとなったジムの胴体を貫き。

 程なく、勝利の爆発音を轟かせた。

 

「ほぉ、なかなかやる」

 

「そっちも、流石はランキング九位、鮮やかね。でも、私だって、伊達に芸歴積んでないわよ!!」

 

 そんな、ザク・アライヴと陸戦型ゲルググが暴れる市内から離れた郊外の一角。

 そこに、二人の戦闘の様子を観戦すべく、第046独立部隊とポップ★ソーダの残りの面々の姿があった。

 

「うーん、今の所、撃破数は互角かな?」

 

「沙亜ーっ! 頑張れー!」

 

「カノカさーん! 頑張れにゃー!」

 

 ギャロップの艦橋内で、共にモニターに映し出された戦闘の様子を観戦する中、メノとルルからは声援が飛ばされる。

 

「何だか……、沙亜、いつもより焦っている様に見えるけど、大丈夫かな」

 

「ん? そうか? いつもと同じに見えるけどな?」

 

 そんな中、ユーリアンはぽつりと沙亜の違和感について呟いた。

 ただ、隣でそれを聞いたランドニーには、その違和感については分からない様であった。

 

「それに、カノカさんも。何だか機体に振り回されているようにも感じるし」

 

「あー、それは確かに、俺もちょっとそう思う。ランキングの割に、何だか戦い慣れしてないような感じが……」

 

 しかし、カノカに対する指摘には、同意を示す。

 

「それは、仕方ない」

 

「うおっ!? ゆ、ユイさん!?」

 

 と、そんな二人の背後から不意に声がしたので振り返ってみると。

 そこには、表情の変化に乏しいユイが立っていた。

 

「それって、どういうこと?」

 

「私達に親衛隊がいる事は既にご存知ですよね。彼らの仕事は、私達のサポート、つまり、そこには戦績のお手伝いも含まれるんです」

 

「あー、それってつまり、親衛隊に相手を瀕死まで弱らせて、トドメは自分達で。って事」

 

「はい」

 

「成程。それなら確かに、ランキング四十位であの動きってのも、何となく納得だ」

 

「確かに、私達はガンダム作品に対する造詣は深いですが、造詣が深いのとパイロットとしての技量は別物ですから。足りない分は、ファンの方々に補ってもらっているんです」

 

「アイドルも、大変なんだね」

 

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 ユイの暴露話によると、どうやらカノカ自身の技量は、ランキングの数字には不相応な程度のもののようだ。

 それでも、ユイ曰くカノカの名誉の為に付け加えた補足によると、カノカ自身も技量向上の為の特訓は行っているとの事。

 

 

 

 そんなカノカと沙亜の対決も、いよいよ佳境を迎える。

 

「はぁぁっ!」

 

「だぁぁぁっ!」

 

 二人の気迫の籠った叫びと共に、対峙していたジムが、それぞれ没し。

 ここに、二人のいるエリア内の敵は掃討されるのであった。

 

「どうやら先ほどのもので最後のようだな」

 

「ふふ、そうみたね。それじゃ、戻って集計結果を確かめましょう」

 

 そして、各所で黒煙が立ち上る市内から立ち去ろうとした、刹那。

 

「きゃぁぁっ!!?」

 

 突如、陸戦型ゲルググの周囲に、幾つもの爆炎が発生した。

 突然襲い掛かった衝撃に、カノカの悲鳴と共に、陸戦型ゲルググはその場に倒れ込む。

 

「何だ!? 一体!?」

 

 その様子を見ていた沙亜は、咄嗟に原因を探し始める。

 すると、上空のルッグンから、郊外にミニ・トレーの存在を確認したとの情報が送られてくる。

 

 どうやら、先ほどの陸戦型ゲルググを襲った砲撃は、このミニ・トレーの仕業で間違いないようだ。

 

「っ!?」

 

 と、ザク・アライヴのコクピット内に、ミニ・トレーからの再度の砲撃と思しき砲撃音が響く。

 刹那、沙亜はフットペダルを踏み込み、バーニアを噴かせザク・アライヴを跳躍させると、未だに起き上がれない陸戦型ゲルググ目掛けて突っ込んだ。

 

「間に合えぇぇっ!」

 

 そして、陸戦型ゲルググの目の前で、一つの爆発が沸き起こる。

 爆炎に交じり、周囲に赤い破片をまき散らせる中。陸戦型ゲルググのモノアイは、その姿を捉えていた。

 

「っ! ぐ!」

 

 その身を挺して、陸戦型ゲルググを直撃弾から守ったザク・アライヴの姿を。

 

 右肩の増加装甲で防ぐ事により、直撃弾が陸戦型ゲルググに直撃する事は避けられたが。

 代わりに、ザク・アライヴの右腕は完全に吹き飛び、痛々しい姿に成り果てると共に、コクピット内も大きく揺さぶられる。

 

「っ、ヘルメットが、くそ」

 

 揺さぶられ、その際にぶつけたのが原因か、バイザー部分にヒビが入った為、直ぐにヘルメットを脱ぎ捨てる沙亜。

 直後、コクピットにカノカからの通信を告げる音が鳴り響く。

 

「あ、貴女、一体どうし……え?」

 

「何だ?」

 

 通信を繋げると、カノカは一瞬目を見張ったものの。

 すぐに我に返ると、用件を伝え始める。

 

「どうして、どうして助けたの!? あのまま私を見殺しにしてれば、貴女の勝ちはほぼ確実に……」

 

「たしかに、貴女は私のライバルだ。だが、それ以前に、貴女は私と共にジオン公国の一員として戦う戦士であり戦友! 私怨で戦友を見殺しにしたとあっては、ジオンの戦士として失格だからな」

 

「貴女……」

 

 刹那、陸戦型ゲルググが立ち上がると、近くで膝を付いているザク・アライヴに近寄り、手を差し伸べた。

 

「立てる?」

 

「あ、あぁ」

 

「ふふ、何だか私、貴女の事勘違いしてたみたい。……ねぇ、最後は協力しない?」

 

「ふ、よかろう」

 

 陸戦型ゲルググの手を借り立ち上がったザク・アライヴ。

 そして、互いにモノアイでアイコンタクトを取ると、両機はミニ・トレー目掛け、地を駆け始める。

 

「私が援護する、トドメは任せたぞ!」

 

「分かったわ!」

 

 二機目掛け、ミニ・トレーの単装砲が火を噴き続けるも。

 両機はその砲撃を掻い潜りながら、ミニ・トレーへと接近。

 

 そして、跳躍したザク・アライヴが五連装ロケットランチャーが火を噴くと、ミニ・トレーの単装砲を破壊していく。

 こうして攻撃手段を失った所に、ビームナギナタを手にした陸戦型ゲルググが突撃し。

 最後は、その光の刀身を、艦橋目掛けて振り下ろし、見事に撃破するのであった。

 

 

 

 ミニ・トレー撃破の後、互いの健闘を称えるべく、握手を交わす両機。

 すると、その最中。

 

「所で貴女って、素顔は可愛い顔してるのね」

 

「え?」

 

 不意に、カノカが刹那の素顔について話し始めた。

 それはまるで、刹那の素顔を見ているかのように。

 

「折角可愛い顔してるんだから、仮面なんて被ってたら、勿体ないわよ?」

 

「な、何を、言って……」

 

「あれ? 仮面取れてるの、気付いてないの?」

 

 そこで刹那は、自身の顔に手を当て、仮面が取れている事に気が付くのであった。

 どうやら、ヘルメットを脱ぎ捨てた際に、仮面も取れてしまったようだ。

 

「ぴゃぁぁぁっ!? どどど、どうしよう! わた、私、仮面がないと、ないと……」

 

 モニター越しに、人が変わったように慌てふためく刹那の様子を目にし。

 カノカは、ぷっと吹き出し始めた。

 

「ふふふ、面白いわね、貴女」

 

「あ、あった……。あ、あまり笑わないでほしいな」

 

「あら、兵は見てないわよ?」

 

 そして、再び仮面を見つけ装着した刹那の言葉に対するカノカの返しに、今度は刹那がぷっと吹き出した。

 こうして、お互いに笑い合った二人の間には、いつの間にか、打ち解けた感情が芽生えていた。

 

「ふふ、何だか、貴女とはいいお友達になれそう」

 

「それは光栄だな。私も、ポップ★ソーダのリーダーである貴女と友達になれるのは鼻が高い」

 

「それじゃ、友情の証に、彼の事は諦めるわ。友達を泣かせるなんて、友達失格だから、ね」

 

「ありがとう」

 

「あ、そうだ。友達序にアドバイスしておくと、彼の様なタイプは、ハッキリと気持ちを伝えなきゃ駄目よ。……折角素顔が可愛いんだから、もっと積極的にいかなきゃ、ね」

 

「う、うむ……」

 

 最後に、ウィンクと共にカノカから勇気を受け取る刹那。

 こうして、ユーリアンをかけた二人の女の戦いの幕は閉じられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 騒動終結後。

 ポップ★ソーダの三人は専用ロビーで疲れを癒していた。

 

「あ゛ーっ、づかれだ」

 

「カノカさん、誰も見ていないからと言って、少しリラックスのし過ぎです」

 

 ソファーに大股を開いて座るカノカ。

 もはやファンが見たら絶句する事間違いない、そんな緊張感を解き放った姿を注意する美波。

 

「にゃはは、カノカさん、いくら現実と違って倦怠感や筋肉痛を気にしなくていいからって、気、抜き過ぎにゃ」

 

「うるさいな~」

 

「流石、十九歳と二四〇か月。心身の緩急について熟知していらっしゃる」

 

「ユイ、貴女、今日も毒舌絶好調ね」

 

「それほどでも……」

 

 そして、そんな様子を別のソファーから眺めていたルルとユイ。

 

「所でカノカさーん。どうしてあの子(刹那)にあんなにちょっかい出してたにゃ?」

 

「どうしてって。……何て言うか、似てたから、かな。自信が無くて、勇気が持てなかったあの頃の私にさ」

 

「あ、それって、にじゅうね──」

 

「あらあら~、余計な事を喋っちゃうのは、このお口かしら~?」

 

「にゃぁぁぁっ!? ごめんにゃさいぃぃぃっ!!」

 

 お餅を引っ張るかの如く、黒い笑みを浮かべながらルルの頬を引っ張るカノカ。

 その威力に、ルルは目に涙を浮かべていた。

 

「でも。あの子は私みたいに弱くない、本当は強い子だって分かったし。……それに、あの子の直ぐ近くには、手を差し伸べて支えてくれる沢山の人がいるから大丈夫だって分かったから。だから、ちょっかい出すのは止めたの」

 

「にぁ~、流石はカノカさん。伊達に芸歴"二十"年もある大ベテランの言う事は重みがちがう──、に゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「あらあら~、本当によく動くお口ね~。こんなに動いていたら、さぞ凝ってるでしょうに。だから、私がたーっぷり、ほぐしてあ・げ・る」

 

「に゛ぁぁひぃぃぃっ!!」

 

 こうして今日も、アイドルは疲れを癒し、次のステージに挑むのであった。




カノカちゃんは芸歴二十年だけど、十九歳。いいね?


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第三十六話 愛? 戦士

 それは、エマージェンシー・オブ・オデッサの開始が一週間後に迫った金曜日の事。

 その日、第046独立部隊の面々は、現実世界で各々の生活に勤しんでいた。

 

「あ~、終わった」

 

 ランドニーこと来飛も、大学生らしく学業である大学の授業を終え、待ちに待った昼休憩を食堂で堪能すべく、凝り固まった体をほぐしながら食堂に向かっていた。

 

「ん? あれは……」

 

 すると、その途中、彼は前方を歩く見慣れた後ろ姿をの二人を見つけた。

 それは紛れもなく、ユーリアンこと優と、沙亜こと沙愛の二人であった。

 

「おー、お?」

 

 そこで、声をかけて食堂に一緒に行こうとした来飛だったが。

 二人は来飛が声をかける前に、廊下の角を曲がり、姿が見えなくなる。

 

「んだよ」

 

 なので、来飛は二人を追いかけるべく、足早に廊下を進むと、二人が曲がった角を同じく曲がる。

 すると、二人の後ろ姿はまたも角を曲がり、一瞬の内に来飛の視界から消えた。

 

「おいおい、どこ行くんだよ」

 

 追いかけるのならば走った方が確実なのだが、何故か、来飛は一定の距離を保ち二人の尾行を続ける。

 やがて、二人は大学構内でも人通りの少ない場所に足を進めた。

 

「あれ? あの先って確か……。は!? あの先は! 間違いない。あの先は構内でも有名な告白スポット!? ……という事は、ま、まさか!?」

 

 一気に興奮の度合いを増した来飛は、さらに二人の尾行を続ける。

 そしてやって来たのは、大学構内の一角にある、人通りの殆どない校舎裏すぐ近くの場所。

 そこにぽつんと設置されたベンチに腰を下ろす優と沙愛の二人。

 

 そんな二人に気付かれない様、ヤーパン忍法正統継承者ばりの隠れ蓑の術で、二人の座るベンチに最接近する来飛。

 

「あ、あのね……、安館くん」

 

「うん、何?」

 

(ふぉぉぉっ! こ、この雰囲気は、間違いなくアスクがハー(告白)じゃないか!?)

 

 頬を赤らめ、何かを伝えようとする雰囲気を醸し出す沙愛と、それを優しく聞く姿勢の優。

 そして、そんな二人のベンチの近くの木の幹に扮して、事態の推移を見守る来飛。

 

「そ、その……、ね」

 

「うん」

 

「も、もし、よ、よかった、ら」

 

「うん」

 

「さ、三時限目が、終わったら、ね。……つ、つ」

 

(ま、まさか! 言っちゃうのか!?)

 

「つ……、付き合って下さい! "お買い物に"」

 

 刹那、来飛は沙愛の口から飛び出した言葉が期待外れだったので、カモフラージュ用の布からあわや、ずっこけて姿を晒してしまう所であった。

 

(な、何だよ。あんなに雰囲気醸し出しといて、ただの買い物の付き添いのお願いかよ……、はぁ)

 

「うん、いいよ」

 

「ほ、本当!」

 

「それじゃ、待ち合わせは……」

 

 こうして、肩を落としている来飛を他所に、嬉しさを滲みだす沙愛と優の二人は待ち合わせの時間等を決めると、程なくその場を後にした。

 

「はぁ……。こんな場所まで来て言う事かね」

 

 そして、二人が去った後、隠れ蓑の術を解いた来飛は、ため息をつきながら独り言ちた。

 

「……ん? いや、待てよ!?」

 

 だが、何かに気が付くと、その目つきを険しいものへと変化させる。

 

「健全な男女が二人きりで買い物、これってもうデートじゃねぇか!? は! そうか!? 告白をすっ飛ばして買い物と称した事実上のデートを行う事により、恋人関係の既成事実化を図るつもりなんじゃ……。さ、流石は難読彗星の沙亜、とんだ切れ者よ……」

 

 そして、絶対に勘違いと思われる推測を垂れ流す来飛。

 

「そうとなれば! このデート! 最後まで見届けねば!!」

 

 自身の勝手な妄想で盛り上がった来飛は、面白さも相まって、二人の買い物まで尾行する事を決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、三時限目が終わり、この日の授業が終了し。

 帰宅する者、クラブやサークル活動に励む者等々。

 各々が授業後の自由時間を満喫し始める中。

 

 大学の校門前で待ち合わせた優と沙愛の二人は、そのまま肩を並べて、店が多く立ち並び買い物するのに最適な、最寄り駅周辺目指して歩き始めた。

 

「ふふふ、さぁ、尾行開始よ」

 

「お、おう」

 

 そんな二人の後を尾行せんと、距離を取り後をつけ始める二つの影。

 片方は来飛、そして、もう片方は芽一であった。

 

 何故、芽一が尾行に参加しているのかと言えば。

 昼休憩の際、来飛がうっかり二人の買い物について口を滑らせてしまったからである。

 そして、親友としてその買い物の行方を見届ける義務がある、という事で、芽一も尾行に参加する運びとなったのだ。

 

「所で草原さん」

 

「ん? 何? どうしたの?」

 

「わざわざ揃って尾行しなくてもいいんじゃないかと思ったんだけど……」

 

「何言ってるの愛川君! 二人なら、周囲に怪しまれず色々な所を尾行出来て都合がいいじゃない! 映画館でも、ショッピングセンターでも、有名デートスポットでも、ホテルでも!」

 

「いや~、流石に初回からホテルは……、無いんじゃないかな」

 

「兎に角! 色々と都合がいいから、二人で尾行しましょう!」

 

「あ、はい」

 

 そんな二人に尾行されているとは露知らず。

 優と沙愛の二人は、やがていつも使用している大学の最寄り駅周辺へと到着した。

 

「さて、記念すべき最初の一軒目、何処を選ぶ?」

 

「沙愛、先ずは無難に洋服や雑貨よ……」

 

 少し離れた電柱の影から二人の様子を見つめる来飛と芽一。

 そんな二人に見られているとは気づいていない優と沙愛の二人は、暫く立ち止まって店の選定を行うと。

 

 程なくして、選定を終えたのか、再び歩き始めた。

 

 そして、暫く歩いた二人は、とある店に足を踏み入れるのであった。

 

「こ、ここは……」

 

「沙愛……」

 

 二人が店に入ったのを確認し、尾行していた来飛と芽一も、店の前に駆け寄り。

 そして、二人が入った店を確認した。

 

 そこは、業務用の厨房機器を取り扱う専門店であった。

 

「え、えっと、草原さん……。これは、あり? なんですかね?」

 

「え、いや。何これ……ふざけてるの……?」

 

 洋服でも雑貨でも、まして下着や化粧品でもなく、まさかの業務用の厨房機器。

 このチョイスに、来飛と芽一の二人は唖然とする他なかった。

 

「ど、どうする、俺達も店の中に入るか?」

 

「うーん」

 

 程なくして、正気に戻った二人は、店内に入ろうかどうか頭を悩ませる。

 

「あ、マズイ!?」

 

 すると、来飛は何かに気が付き、慌てて芽一の手を取り近くの物陰に身を隠す。

 刹那、店から、優と沙愛の二人が出てきた。

 

「やっぱり、幾ら大好きでも、ちょっと違うんじゃないかな?」

 

「うん、そうだね」

 

 肩を並べ歩いていく優と沙愛の二人が十分に離れた所で、物陰から出てくる来飛と芽一の二人。

 

「ふー、危なかった」

 

「そうね」

 

「っと、やべ! 早く追いかけないと見失っちまう!?」

 

 何とか優と沙愛の二人に気付かれずに安心していたのも束の間、二人の尾行を再開すべく、二人は慌てて優と沙愛の二人の後を追いかける。

 

 

 そして、優と沙愛の二人はその後、お洒落な雑貨店へと足を踏み入れた。

 

「おぉ、今度は無難だな」

 

「そうね。さ、あたし達も入りましょう」

 

 二人に続くように、来飛と芽一の二人も店内に足を踏み入れ。

 店内で商品を物色している優と沙愛の二人に気付かれないように、二人の近くで二人の様子を窺う。

 

「やっぱり、こっちの方が、いいかな? どう、思う?」

 

「うーん、こっちよりも、こっちの方が……」

 

「ほぉほぉ、なかなか良い雰囲気」

 

「うんうん」

 

 相談しながら物色を続ける優と沙愛の二人の様子を、聞き耳を立て、グラスの反射で確認する来飛と芽一の二人。

 それから暫くして、購入する商品を決めた優と沙愛の二人は、揃ってレジへと向かい、お会計を済ませると店を後にした。

 

 そんな二人を見失わない様、来飛と芽一の二人も、少し間を置き、追いかける様に店を後にする。

 

 

 

 店の外に出ると、既に空は夕焼け色に染まりつつあった。

 

「ん? おー?」

 

 仕事帰りや学校終わりのサラリーマンや学生などで混雑の度合いを深めてきた中。

 優と沙愛の二人を人込みの中で見失うまいと尾行を続けた来飛と芽一の二人は、やがて優と沙愛の二人がとある店に足を運ぶのを確認した。

 

 そこは、全国チェーンのカフェチェーン店であった。

 どうやら、そこで休憩をとるようだ。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

 

「二名です」

 

「二名様ですね。では、お席にご案内いたします」

 

 来飛と芽一の二人も店内へと足を運び、仕事帰りのアフターファイブで賑わう店内から、先に入店した優と沙愛の二人を探す。

 すると、窓際のテーブル席に二人の姿を発見した。

 

 しかし、残念ながら、来飛と芽一の二人が案内されたのは、二人のいるテーブル席から少し離れた中央のテーブル席であった。

 

「こちら、メニューでございます。ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

 

 案内された席に着席すると、メニューを見ずにとりあえず珈琲を頼もうとする来飛。

 一方、芽一は、メニューを見て何かに気付いたのか、視線をくぎ付けにしていた。

 

「あれ? 草原さん?」

 

「こ、このお店だったの、忘れてた」

 

 真剣な眼差しでメニューを見続ける芽一は、メニューを見る事に没頭して来飛の言葉が耳に入っていない。

 その様子に気付いた来飛は、一体何がそこまで彼女を引き付けるのかと。

 来飛はその原因を確かめるべく、再びメニューを手に取ると、その中身を確認していく。

 

「あ、この店だったのか」

 

 そして、程なくして来飛はその原因を突き止めた。

 それは、以前来飛自身が告げていたコラボ企画。

 

 俺の野望に登場したキャラクター料理を実際に提供する企画の案内であった。

 

 俺の野望内で登場した味や形を現実世界で忠実に再現し提供する、との謳い文句が光る特設ページを一通り見終わると。

 来飛は、未だ悩んでいる芽一に一声かけると、先に珈琲を注文すべく近くにいた店員を呼んだ。

 

「すいませーん」

 

「はーい。ご注文はおきま……、げ!?」

 

「珈琲をひと……ず!?」

 

 そして、来飛は、注文を取りにやって来た店員の顔を見て、固まった。

 何故なら──。

 

「し、シモン!? な、何してるんだ、お前」

 

「おいおい、それはこっちのセリフだって……。というか、この服見れば分かるだろ。バイトだよ、バイト。俺ここでバイトしてるの」

 

 制服を着ていた店員の顔は、見間違える筈もない、シモンその人だったからだ。

 この予期せぬ邂逅に、お互い少々気まずい雰囲気を醸し出す二人。

 

「所で、一緒にいるこの子って……。って!? メノ!? な、まさかお前ら……」

 

「ば、勘違いするな!?」

 

 今だメニュー選びに没頭している芽一を他所に。

 シモンの誤解を解くと共に、何故自分達がこの店にいるのかを説明する来飛。

 

「あー、成程な」

 

 来飛の説明を聞き、実際に窓際のテーブル席にいる優と沙愛の二人の姿を確認したシモンは、そこで漸く状況を理解するのであった。

 

「でもさ、幾ら友達や知り合いだからって、他人のデート尾行するか? 普通」

 

「ま、まぁ、今回だけだから……」

 

「決めた!!」

 

 幾ら親しい仲とはいえ礼儀を忘れてはならない、とシモンが説いていると。

 どうやら注文するメニューが決まったらしく、芽一が声を挙げてメニューから視線を外した。

 

「て? あれ!? シモン君? うそ、え!?」

 

 そして、そこで漸く、芽一はこの店でシモンがアルバイトしている事に気が付くのであった。

 

「あ、そうだ。そろそろ注文の方よろしいですか、お客様?」

 

 芽一に自身の事を説明し終えたシモンは、本来の自身の仕事に戻るべく、二人の注文を伺う。

 

「俺、珈琲一つ」

 

「おい、そこはもっと単価の高いの注文しろよ」

 

「うわ、それが店員の言うことかぁ!?」

 

「あたしはね、この"アッグガイクロワッサンセット"を一つ!」

 

「はーい、了解」

 

 こうして、ちょっとしたおふざけを挟みつつ、注文を取り終えたシモンは、キッチンに注文を伝えるべくその場を後にした。

 そして、注文した品が運ばれてくるのを待つ間、再び、可能な限り優と沙愛の二人の様子を観察し続ける来飛と芽一の二人。

 

 すると、優と沙愛の二人が座るテーブルに、二人の注文した品が運び込まれてきた。

 

 そして、各々の目の前に注文した品が置かれた直後。

 

「ええぃ!連邦軍のモビルスーツは化け物か!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 優が突如、シャア・アズナブルが作中に発した台詞をそこそこの声量で発した。

 そして、それを聞いていた店員は、オーケーサインを出すと、一旦キッチンとホールの間にあるデシャップと呼ばれる場所に向かい。

 程なくして、二人の座るテーブル席に何かをもって戻ってきた。

 

「では、こちら。チャレンジ企画を成功されました特典の、ゼリーでございます」

 

 テーブルに置かれたそれは、容器に盛られたザクIIをイメージしたゼリーであった。

 

「ほーい、お待たせしました。ご注文の品です」

 

 と、その時。

 シモンが、来飛と芽一の二人が注文した品をもって、再び二人の席に現れた。

 

「なぁ、シモン」

 

「ん? 何だ?」

 

 そこで、来飛はシモンに先ほどの優と店員のやり取りについて彼に尋ねた。

 

「あぁ、それな。チャレンジ企画だよ。コラボ企画の実施期間中にやってるやつで、コラボ企画のメニューを頼んだ人なら誰でも挑戦できる。"元気よく"、ガンダムシリーズの作中に出てくる有名な台詞を言えば、プレゼントとしてザクIIゼリーをプレゼントしてるんだ。あぁ、一日数量限定だが、確かまだ残ってたから、チャレンジするなら今だぞ」

 

「ねぇ、それって、コラボ企画のメニューを頼んだ人がやらなきゃ駄目なの? あたし、有名な台詞って言われてもピンとこないんだけど」

 

「いや、別に注文した本人じゃなくても、お連れ様でも大丈夫」

 

「じゃ草原さんの為に、ここは俺が一肌脱ぎますか」

 

「ふふふ、言っておくが、ジャッジするのは俺だからな。あまりに有名どころなのや、恥ずかしがった演技などは問答無用で失敗とさせてもらうからな」

 

「あ、おい、そこは仲間のよしみで大甘でもいいだろ!」

 

「駄目だ。仲間のよしみだからこそ、厳しくジャッジさせてもらう」

 

「はぁ……、分かったよ。……それじゃ、丁度椅子もある事だし」

 

 こうして、シモンの厳しいジャッジ宣言に文句を言いながらも、準備を進める来飛。

 

「見てろよ、シモン。俺にだって出来るという事を!」

 

 そして、来飛は自身の座る椅子の肘掛けを持つと、ガタガタと椅子を小刻みに揺らし始めた。

 

「少佐ぁーっ!! シャア少佐ぁーーっ!! 助けてください、げ、減速できませんっ!! シャア少佐、助けてくださいぃぃっ!!」

 

 そして披露したのは、機動戦士ガンダムの第五話、『大気圏突入』の作中において、戦線の離脱に失敗し、地球の重力に引きずり込まれザクIIと共に燃え尽きたパイロット、クラウンの断末魔の台詞であった。

 

 パイロットシートと共に、大気との摩擦熱に焼かれるザクIIのコクピット内の様子を表現した椅子の揺れ。

 そして、鬼気迫る来飛の演技。

 

 数多あるガンダム作品に登場する台詞の中で、まさかのクラウンをチョイスし、それを人目もはばからず熱演する。

 そんな来飛のメンタルとそのセンスに、もはやシモンは脱帽するしかなかった。

 

「……、ふ、どうだ?」

 

 程なくして、熱演を終えた来飛は、シモンに自慢げな表情を浮かべながら結果を尋ねた。

 

「今、持ってくるから、少し待っとけ」

 

 その結果は、成功であった。

 こうしてシモンがデシャップへとゼリーを取りに席を離れると。

 

 刹那、店内中から割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 どうやら、来飛の熱演に、店内にいた他のお客さん達は、謎の感動を覚えたようだ。

 

「いや、どうもどうも」

 

 拍手を受けて、今頃になって小っ恥ずかしくなった来飛。

 若干頬を赤らめ、軽く会釈しながら拍手に応えていた来飛であったが、直後、彼は先ほどの熱演が墓穴を掘った事に気付かされる。

 

「来飛、何してるの?」

 

「芽一ちゃんも……」

 

「あ……」

 

 そう、優と沙愛の二人に、自分達の事を気付かれてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「本当にすまん」

 

「ごめんね」

 

 その後、優と沙愛の二人が座っていた席に移動した来飛と芽一の二人は、尾行していた事を正直に白状し、二人に謝った。

 

「で、デートだなんて、わ、私……、そんな気は……、う~、でも本当は少し……」

 

「俺は、佐久良さんのお兄さんの誕生日プレゼントを買うのに同性の意見が欲しいからって言われたから、買い物に付き合ってたんだ」

 

 どうやら、沙愛が優を買い物に誘ったのはデートが目的ではなく、兄のプレゼントを買う際の参考意見が聞きたくて優を誘ったようだ。

 そして、そのお陰もあって、先ほどのお洒落な雑貨店で丁度いいプレゼントを買えたとの事。

 最も、沙愛本人としては、少しもデートを意識していない訳ではない様だ。

 

「なーんだ。そうだったのか」

 

「あ、という事は、最初に業務用の厨房機器を取り扱う店に入ったのもプレゼントの……、え、でも」

 

「あぁ、実は……」

 

 買い物に誘った真の目的が分かった来飛であったが、それなら尚の事、最初に訪れた業務用の厨房機器を取り扱う専門店の存在が異質に感じられる。

 その事を口にすると、優の口から、あの専門店を訪れた衝撃の理由が告げられる。

 

「シンクの稲妻が佐久良さんのお兄さんっ!?」

 

「来飛、声が大きい」

 

「いや、だって、あのジオン側堂々ランキング一位のジャック・雷電が佐久良さんのお兄さんだなんて!? え、だって、この間の授与式の時なんて、そんな素振り全然見られなかったけど」

 

「俺の野望内では、兄の方から、なるべく赤の他人で接してほしい……、と言われてるので」

 

 それは、戦績ランキングにおいて現在もジオン側で堂々の一位に君臨するプレイヤー、シンクの稲妻ことジャック・雷電と沙愛が、実は兄妹の関係であったという衝撃の事実。

 まさかの繋がりに来飛は驚愕せずにはいられなかったが。

 同時に彼がシンクを愛し過ぎている事を思い出し、あの専門店を訪れた事を納得するのであった。

 

「そういえば沙愛、お兄さんいたんだよね。何だ、お兄さんも俺の野望をプレイしてたんだ」

 

「うん」

 

「ま、まかさ佐久良さんのお兄さんがシンクの稲妻だったとは……。は! そうだ! ここは是非、佐久良さん助言でジャック・雷電を我が軍団に!」

 

「兄の階級は、今、"大佐"、ですけど……」

 

「あ~、じゃ、またの機会という事で」

 

 来飛は、この伝手を何とか生かしてジャック・雷電を第046独立部隊に加入させられないかと画策したが。

 ジャック・雷電の現在の階級を聞いて、あっさり諦めるのであった。

 

「そうだ、来飛」

 

「ん? 何だよ?」

 

「勝手に勘違いしてたとはいえ、尾行してたのは事実だから。反省の証として、ここのお会計、よろしくね」

 

「……え?」

 

 そして、来飛は優の提案により、他の三人分の勘定まで支払う事になるのであった。

 

 

「なぁ、シモン、何とかまけて……」

 

「自業自得だろ」

 

 お会計の際、担当したシモンに仲間のよしみでと値引き交渉を試みるも、一蹴されたのはここだけの話。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第三十七話 舞台裏の亡霊たち

 エマージェンシー・オブ・オデッサの開始を明後日に控えたこの日。

 第046独立部隊は最後の追い込みとばかりに、この日もフィールドエリアに出て、戦闘に励んでいた。

 そして、戦闘を終えてオデッサの帰路についたその道中、彼らは、とある大物と遭遇する事となる。

 

「これで!」

 

 木々の間を突き進む、その黄色を基調とした迷彩塗装の巨体。

 進行方向上の木々をなぎ倒しながら進むその迷彩塗装の巨体には、巨大な艦首の連装砲の他、三連装砲塔や対空機銃が備えられている。

 

 熱核ジェット・エンジンによるホバー走行で陸のみならず水上での航行も可能なそれは、まさに移動司令基地と呼ぶに相応しい。

 その名を、ビッグ・トレー。

 地球連邦軍が運用する巨大陸戦艇である。

 

 そんなビッグ・トレーの誇る三連装砲塔や対空機銃からは、既に黒煙が立ち上り、砲身などは衝撃でひしゃげている。

 

 そして、自慢の火力を使用不能にした下手人である赤い巨人は、今まさに、自慢の機動でビッグ・トレーの艦橋に取りつくと、手にしたヒートホークの刀身でトドメを刺すべく、右腕を振り上げた。

 

「!? 何!?」

 

 所が、振り上げた右腕は、下ろされる事はなかった。

 何故なら、振り下ろす寸前、赤い巨人を操るパイロットのもとに、撤退を告げる命令が届いたからである。

 

「く……」

 

 赤い巨人のコクピット内、仮面の向こうの素顔が、苦虫を噛み潰したような顔になる中。

 程なく、赤い巨人は、トドメを刺す事なく、生き残った対空機銃の弾幕を避けつつビッグ・トレーから急速に離れていくのであった。

 

 

 

 

 

 そんな出来事が行われたのが、今から二時間程前の事。

 そして、現在。

 襲撃から辛くも生き残ったビッグ・トレーは、襲撃を受けた地点からそう遠くない場所にある、ヨーロッパのとある後方整備基地にその巨体を停泊させていた。

 

「で、あれが急遽俺達がお守りする事になったデカブツか」

 

「そういう事だ、ボマー」

 

「ふん、急に何をするのかと思えば護衛任務なんて、つまらん」

 

「そう言うな、リッパー。これも、我らがボスからの命令なんだからよ」

 

「ちょっとあんた達! もうすぐ共同で任務にあたる部隊と顔合わせるんだから、私語は慎みなさいよ!」

 

「はー。今日も騒がしい」

 

 そんな後方整備基地の一角。

 輸送機の離発着用に整備された滑走路脇のエプロンに駐機した一機のミデア輸送機。

 形状の一部変更にアビオニクスの改良、更にエンジンの換装等々。大規模な改修が施された、通称後期型と呼ばれる同機は。

 標準色である黄色塗装ではなく、グレーを基調とした塗装が施されている。

 

 この一見して通常とは異なるミデア輸送機後期型を使用する部隊こそ、連邦軍の新兵器実験部隊として設立された同軍所属の特殊部隊。

 第20機械化混成部隊、である。

 

 そして、ミデアのコクピットで好き勝手に言葉を零しているのが、第20機械化混成部隊の主要隊員達である。

 

「大体、他にも護衛の部隊がいるなら、俺達は必要ねぇんじゃないか?」

 

「そういうな、ボマー。あのデカブツは、近々始まる大反攻作戦で、我らがボスが敬愛するレビル将軍が乗艦される"バターン号"の影武者って、大事なお役目を仰せつかってるんだ。つまり、グレイヴにとっちゃ、俺達子飼いの連中以外に、そんな大役を仰せつかったデカブツの護衛を任せきりにするのは不安なんだよ」

 

「だったら、何も俺達じゃなくてもいいだろう。……護衛任務なんて、実に下らん」

 

「だがリッパー。考えようによっちゃ、あのデカブツに引き寄せられて、案外、お前さんの望む強者ってやつが現れるかも知れねぇぞ」

 

 そんな同部隊には、第20機械化混成部隊としての表の顔の他、もう一つ、裏の顔というものが存在している。

 それが、スレイヴ・レイス。

 

 実は、同部隊は"グレイヴ"と言う名のコードネームを使用する、地球連邦軍内のレビル将軍を頂点とする派閥、その中でも強硬派と呼ばれるものに属する高官の一人が、脛に傷を持つ者達の中から各方面のスペシャリストを選出して結成した、所謂私兵部隊である。

 その設立目的は、反レビル派の排除など、決して表に出来ない非合法な任務を行う秘匿懲罰部隊として運用する為である。

 

 隊長のトラヴィス・カークランド中尉、コードネーム・フィクサー。スパイ嫌疑。

 同隊モビルスーツパイロットの一人、フレッド・リーバー軍曹、コードネーム・リッパー。上官殺し。

 同上、マーヴィン・ヘリオット少尉、コードネーム・ボマー。敵を友軍ごと巻き込み爆弾で壊滅。

 同隊のミデア輸送機パイロットにして整備担当、エドワード・リー伍長、コードネーム・ハイヤー。上官に味方爆撃の濡れ衣を着せられ収監。

 同隊の紅一点でオペレーターにして情報のプロフェッショナル、そして、同隊で唯一グレイヴから直接指令を受け取る、ドリス・ブラント曹長、コードネーム・ダイバー。軍のサーバーにハッキング。

 

 と、隊員達は漏れなく脛に傷を持ち、一癖も二癖もある者ばかり。

 だがそれ故に、グレイヴからすれば御し易く、都合の良い存在であった。

 

「だぁ、もう! どうして揃いも揃って野蛮なんですか!? もっとビシッと出来ないんですか!?」

 

「なーに一人でムキになってるんだ、ハイヤー?」

 

「あら、分からない? 久々の"まとも"な任務だから、張り切ってるのよ」

 

「まとも、ね……」

 

 ダイバーの補足に、ボマーは少々腑に落ちないかのように声を漏らした。

 

 今回、彼らスレイヴ・レイス隊に上官(ボス)であるグレイヴが与えた指令は、現在この後方整備基地にて修理の完了を待っているビッグ・トレーの護衛であった。

 とはいえ、本来ならこのビッグ・トレーは、後方整備基地に立ち寄る予定はなかったのだ。

 それが立ち寄らざるを得なくなったのも、予期せぬアクシデント。即ち、ジオン軍部隊との遭遇戦の為。

 

 護衛対象のビッグ・トレーはバターン号の影武者と言う大役を担っていた為、護衛として同行していた戦力は極めて少数で、更に、その移動計画も機密性の高さ故、近隣の友軍に知らされず。

 それが遭遇戦では仇となり、あわや撃沈かと思われたものの、幸運に恵まれ、何とか後方整備基地に立ち寄ったのであった。

 

 所が、立ち寄った後方整備基地は、主に戦車などの車輛やモビルスーツ等の整備に用いられている基地の為、ビッグ・トレーの様な大型陸戦艇の修理に必要な設備や部品等は揃っておらず。

 この為、ここでは簡単な応急処置以外は施せないので、幸いビッグ・トレー自体は自走可能の為、更に後方に存在する設備や部品が整っている基地に向かう事となったのだが。

 そこでもまた問題が発生。

 

 それが、後方整備基地の防衛戦力が現在、所用で最低限を残し出払っている為。

 更に後方の基地までビッグ・トレーの護衛に同行できる戦力がない、という事情であった。

 更に付け加えれば、このビッグ・トレーは大役を担っている故、近隣の友軍から都合をつけて戦力を抽出し護衛させる訳にもいかず。

 かといって、単独で移動させる訳にもいかず。

 

 協議の結果、機密性の高い任務を任せられ、かつ早急に招集できる、そんな"都合のいい"部隊が招集され、護衛戦力として同行させる事が決定したのであった。

 

 そして、そんな都合のいい部隊の一つが、スレイヴ・レイス隊であった。

 

「考えても見ろ、ボマー。影武者とはいえ、栄えあるバターン号の同型艦のお守りだ。光栄な任務だろ?」

 

「しかし、幾ら何でも緊急招集をかけてデカブツのお守りをしろってのは、ちと人使いが荒いとは思わないか、フィクサー?」

 

「……ボマー。我らがボスが、俺達にいたわりの心や思いやりの精神でゆとりあるスケジュールを組んでくれた事があったか?」

 

「……あぁ、そうだったな」

 

 フィクサーの答えに、ボマーは納得したかのように大きなため息を吐いた。

 ボスであるグレイヴの無茶な指令にも忠実に従っているからこそ、スレイヴ・レイス隊の面々は表立って生きていける。

 本来、彼らは薄暗く自由などとは縁遠い独房で長年生活する事になっても不思議ではない、それが日の光を浴びていられるのも、グレイヴの忠実な駒として働いているからに他ならない。

 

「はーい。お喋りはそこまで、さ、支度しなさい、顔合わせに行くわよ!」

 

 刹那、ダイバーが手を叩き、他の面々の注意を引くと、さっさと準備をする旨を告げるのであった。

 

 

 

 

 部隊の性質上、あまり友軍と共同任務を行う事の少ないスレイヴ・レイス隊の面々は。

 顔合わせの為に、着慣れたいつものパイロットスーツから、編入の際に支給されて以来袖を通した回数など数える程しかない軍服に着替え、ミデアから顔合わせの場所に向かっていた。

 

「あー、何だかこう、動きづらいな」

 

「息が詰まる、もっと前を開けていいか?」

 

「二人とも文句言わない!」

 

「そーですよ、大事な顔合わせなんですよ! 第一印象は大事にしなきゃ!」

 

「って言ってもよー。どうせもう、顔合わせる事もないだろ?」

 

「あら、そうとも限らないわよ。今回共同する部隊の一つは、レビル将軍が直々に編成した独立機械化混成部隊の一部隊らしいから、もしかしたら、またどこかで会う事だって考えられるわよ。……それより、あんた達って、本当にパイロットスーツ以外似合わないわね」

 

 文句を垂れるボマーとリッパー、そしてそれをなだめるハイヤーと、面白がるダイバーを他所に。

 隊長であるフィクサーは、顔合わせ場所に佇む数人の人影を一心に見つめていた。

 

「お前ら、今だけはお行儀よくしとけよ」

 

 そして、後ろの面々に気を引き締める一言をかけると、顔合わせ場所である、基地の一角に設けられた天幕の影に足を踏み入れた。

 

「今回、共同でビッグ・トレーの護衛任務に当たる第20機械化混成部隊の隊長を務める、トラヴィス・カークランド中尉だ。よろしく」

 

 刹那、直立不動の敬礼と共に、顔を揃えていた面々に向かって官姓名を名乗る。

 それに続き、スレイヴ・レイス隊の他の面々も官姓名を名乗る。

 

 こうして、全員が名乗り終えると、次いで、先に待っていた部隊の面々が官姓名を名乗り始める。

 

「自分は、MS特殊部隊第三小隊、デルタチームの小隊長を務めますマット・ヒーリィ中尉であります!」

 

「同じく、MS特殊部隊第三小隊のラリー・ラドリー少尉であります」

 

「同じく、アニッシュ・ロフマン曹長であります!」

 

「MS特殊部隊第三小隊のオペレーターを務める、ノエル・アンダーソン伍長です!」

 

 そこにいたのは、MS特殊部隊第三小隊、通称デルタチームの主要隊員と。

 

「では次は僕達が。……アラン・アイルワード少尉です。広域特殊対応MS部隊の第1小隊、SRT-ユニット1(ワン)の小隊長を務めます!」

 

「同じく、SRT-ユニット1(ワン)のデニス・バロウ曹長、よろしく」

 

「同じく、リル・ソマーズ准尉、よろしく」

 

「SRT-ユニット1(ワン)のオペレーターを務めます、ホア・ブランシェット伍長です。よろしくおねがいしますね」

 

 地球上を駆け巡るミデアをイメージした部隊章の通り。

 地球上をその活動範囲として各地を転戦、そして現地の友軍を支援しつつ運用試験等を行う為に設立された部隊。

 広域特殊対応MS部隊の第1小隊、通称SRT-ユニット1(ワン)の面々であった。

 

「いや~、ノエルちゃんのみならず、ドリスさんのような綺麗な方ともご一緒に任務に当たれるなんて、俺、感激だなぁ~」

 

 こうして一通り名乗り終えた所で。

 早速、女性に目がないデニス曹長が口火を切った。

 

「あら、バロウ曹長だったからかしら。アタシの魅力に気が付くなんて、結構、いい目してるじゃない」

 

「いや~、気付かない方がおかしいですよ。ドリスさんの魅力は、隠したくても隠し切れないんですから」

 

「あらやだ」

 

「……、ぷっ!!」

 

「ぐ、ぐふふ……、ぼ、僕ももう、駄目!」

 

「お、俺もだ……」

 

 刹那、堪えきれなくなったのか、ボマー、リッパー、そしてハイヤーの三人が、一斉に腹を抱えて笑い始めた。

 

「だ……、いやドリスの奴が魅力的だって、だははははっ!!」

 

「ど、ドリスさんは魅力的と言うよりも、暴力的の間違いじゃ、あははは!!」

 

「くくく、っははは!!」

 

「あんたたちぃ……」

 

 と、そんな三人の様子を目にしたダイバーの背後から、目に見えぬ怒りの炎を噴出させると。

 デルタチームとSRT-ユニット1の手前、笑みを浮かべながらも、そこには青筋がくっきりと浮かび上がっていた。

 

「ちょっと後でツラかせよ」

 

 そして、ドスの聞いた声で、三人に恐怖の宣告を行うのであった。

 

「はぁ~、まったく。どうして20(フタマル)の連中は、揃いも揃ってお行儀よくできないもんかねぇ……」

 

 念押ししておいたにも関わらず、結局いつもの素顔が出てしまった部下達に、フィクサーは呆れた表情と共にため息を漏らす。

 

「何だか、部下でご苦労されてるみたいですね」

 

「いやまぁ」

 

 と、そんなフィクサーに、不意にヒーリィ中尉が声をかけた。

 それに対して、フィクサーはばつが悪そうに答える。

 

「そういうヒーリィ中尉は、部下でご苦労なさっていなさそうで羨ましい」

 

「いや、そうでもないですよ。優秀過ぎると、それはそれで、隊長の自分が色々と試されて大変ですから」

 

「成程、ね……」

 

 隊長と言う同じ立場の人間、手のかかる部下であってもかからない部下であっても、気苦労が絶えないのは同じ。

 同じ境遇を分かち合った二人の間にあった距離は、少しばかり縮まった気がするのであった。

 

「あのー、隊長同士の会話に、僕も入れてほしいのですが」

 

「ん? おぉ、そりゃすまなかったな、少尉」

 

 と、ここで、二人の会話にアラン少尉も加わる。

 

「所で、少尉」

 

「はい、何でしょうカークランド中尉?」

 

「失礼なことを聞くが……、少尉はその、ちゃんと軍に入隊してもいい歳なんだよな?」

 

「あ、あははは……。童顔だから、よく言われます。これでも一応、二十歳です」

 

 フィクサーの質問に、アラン少尉は苦笑いを浮かべながら答える。

 

「そりゃ悪かった。所で少尉、少尉は部下で気苦労が絶えない事はないのか?」

 

「僕ですか? ……僕はまだ任官して間もないんで、中尉達の様に経験も少なく、毎日気苦労が絶えません」

 

「ははは、そうかそうか。ま、若いうちは色々経験する期間だからな、今の内に存分に苦労しとけば、後々楽できるってもんさ」

 

「結局、三者三様でも、気苦労しているのは同じって事ですね」

 

 隊長と言う重責を分かち合う三人。

 こうして、各々の部下たち同様、三人も少なからず打ち解けてきた所で、三人の話の流れが、今回の任務において最重要の護衛対象であるビッグ・トレーについてのものに変わる。

 

「所で、あのビッグ・トレーについてだが」

 

「えぇ、報告によれば、移動の最中にジオンのモビルスーツと遭遇して損害を受けたと聞いています」

 

「その数は?」

 

「それが、相手は単機だったそうです」

 

 ヒーリィ中尉の言葉に、フィクサーとアラン少尉の表情に険しさが増す。

 

「単機で、ビッグ・トレー相手にあれだけの損害を!?」

 

「いや、ビッグ・トレーだけじゃない、少数とはいえ護衛も付いてたはずだ、それを考慮しても……」

 

「えぇ、護衛を容易く撃破し、ビッグ・トレーに単機で挑みあれだけの損害を与えた相手。……乗組員からの報告では、そのモビルスーツは"赤いザク"だったそうです」

 

 そして、ヒーリィ中尉の言葉に、フィクサーとアラン少尉は思わず息を呑んだ。

 何故なら、連邦軍将兵にとって赤いザクとは、畏怖すべき存在だからだ。

 

 その由来は勿論。

 緒戦の一大決戦であるルウム戦役において、シャア・アズナブルがパーソナルカラーの赤に染めたザクIIで、通常の三倍のスピードと恐れられる速さで大戦果を挙げたからに他ならない。

 

「だけど、確か赤い彗星は夏ごろには、ザクからスカート付き、リック・ドムと呼ばれるモビルスーツに乗り換えていた筈では?」

 

「そうだな。それに、最近じゃ、大西洋で赤く塗装されたジオンの水陸両用モビルスーツの目撃情報もある。赤い彗星本人の確率は低そうだな」

 

「えぇ、お二人の言った通り、下手人は赤い彗星ではないでしょう」

 

「なら、ヒーリィ中尉は赤いザクの正体は、一体何者だと考えてる?」

 

「おそらく、難読彗星の沙亜、ではないかと。その証拠に、乗組員からの報告では、赤いザクは通常のザクとは異なる改造型だったと報告されています」

 

「難読彗星の沙亜、あの赤い彗星の双子の兄弟だとかって噂されてる凄腕か。……そういえば奴さんは、ヨーロッパで精力的に活動してたんだったな」

 

「そのパイロットの事なら僕も知ってます。確か、地球侵攻の緒戦でヘビィ・フォークを単機で撃破したって言われている……」

 

 ただ、ヒーリィ中尉は、赤いザクの正体を、報告内容などからシャア・アズナブルではなく、沙亜 阿頭那武婁の方であると推測していた。

 

「ま、どっちのシャアにしても、再度襲ってこられたら、厄介な相手になる事は間違いはないがな」

 

 しかし、フィクサーの言葉通り。

 連邦軍将兵にとっては、どちらの赤であっても、難敵である事に違いはなかった。

 

「あの、その事で少し、思う所が」

 

「ん?」

 

「報告によれば、赤いザクはトドメを刺す寸前で撤退していった。難読彗星の沙亜程の腕のパイロットなら、確実にトドメは刺せた筈。それを寸前で撤退したのは、何かしらの思惑があるんじゃないかと」

 

「ヒーリィ中尉、その思惑と言うのは?」

 

「ここからは、自分の勝手な予測ですが。もしかしたら、俺達デルタチームが元々当たっていた任務に、関わってくるんじゃないかと思えるんです」

 

「その、任務ってのは?」

 

「モビルスーツ用の携帯可能なビーム兵器を標準装備した、ジオンの新型モビルスーツの調査です」

 

 ヒーリィ中尉の私見を聞き、フィクサーとアラン少尉は眉を顰める。

 二人も、その新型モビルスーツの情報は耳にしていたからだ。

 

 未だ対峙した事のない噂の新型モビルスーツと、今回の任務で対峙する事になるかもしれない。

 

 ビーム兵器が如何程の脅威となるか、そして、その脅威に対する対応策や経験が十二分にあるか。

 考えれば考える程、ヒーリィ中尉とアラン少尉の表情は、万全とは言い難い現状に、不安の色が濃くなる。

 

 そんな二人の様子を見ていた、最年長のフィクサーは、不意に、二人の肩にそれぞれ手を置き、不安を少しでも和らげるかのように語り始めた。

 

「ま、まだその新型がやって来るって決まった訳じゃねぇんだ。不確かな事なら、頭の隅に置いておいて、もう少し気楽にいこうや」

 

「カークランド中尉……」

 

「それに今は、目の前にある確実な問題を解決するのに尽力するのが、先決じゃねぇか?」

 

 そして、フィクサーが二人に対して視線で示した先には。

 

「わ、私はまだヒヨッコだって言うの!!」

 

「元オーガスタだか何だか知らないが、あんたからは、一人前の兵士としての自覚ってものが感じられないな」

 

「むっきー! ガンダムタイプに乗ってるからって、何よその余裕ぶった態度! 大体、私は准尉で! あんたよりも階級が上なんだから!」

 

「一人前の兵士に階級の優劣は関係ないだろ」

 

「何だ何だ、痴話喧嘩か? いいぞ! やれやれ!」

 

 火花を散らしていがみ合い、今にも手が出そうな程一触即発のリッパーとリル准尉。

 そして、そんな二人を煽るロフマン曹長の姿があった。

 

「あのじゃじゃ馬娘……」

 

「アニッシュの奴……」

 

「ははは! という訳で。先ずは目の前の問題を片付けるとしますか」

 

 余計な気苦労を増やしてくれる各々の部下達を注意すべく、三人の隊長は動き出すのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援は、執筆の大いなる励みになりました。
更には、誤字報告や気になった箇所へのご指摘等、こちらも本当にありがとうございます。

最後に、今後とも、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第三十八話 交差する硝煙 前編

 三人の隊長が手のかかる部下に気苦労を重ねていた頃。

 三人の隊長の話題に上がっていた沙亜は何をしていたかと言えば。

 

 二時間程前、ビッグ・トレーの襲撃から撤退した沙亜の操るザク・アライヴは、合流地点である、襲撃地点から少し離れた原生林の只中にあった。

 

「ランドニー! あの一歩で仕留められたのに、何故撤退命令を出した!」

 

 そこには第046独立部隊のギャロップやサムソン・トレーラー等が停止し、整備士達が各々の作業で右往左往している、まさに野戦整備基地の様相を呈していた。

 そんな場所の一角に駐めたザク・アライヴから降りるや否や、沙亜は天幕の影で折り畳み式の椅子に座り作業の様子を眺めていたランドニーに詰め寄った。

 

「あぁ、実は、これには色々とふかーい、事情があってだな」

 

「ほぉ、どんな事情だ? 私の納得するようなものなのだろうな?」

 

「あー、それはだな」

 

「……そこから先は、小官がお話いたしましょう」

 

 と、撤退命令を発令した理由を問い詰めていた沙亜のもとに、一人のNPCである男性軍人が近づいてきた。

 金髪をオールバックにし、切れ長の目に逆三角形の輪郭をした顔は、まるで狐を彷彿とさせる。

 その高身長も相まって、一見すると異性に好かれそうだが。その雰囲気は、何処か、不気味なものが垣間見えていた。

 

 そんな男性軍人の軍服に取り付けられた階級章は、彼が大尉である事を示していた。

 

「貴官は?」

 

「失礼。自分は、地球方面軍司令部直轄のMS特殊小隊の小隊長を務める、ハウア大尉であります」

 

 ハウアと名乗った大尉に対し、答礼と共に自身の官姓名を名乗り終えると、沙亜は早速ハウア大尉に、今回の撤退命令を発令するに至った事情とやらの説明を求めた。

 

「実は我々は、司令部よりとある特命を受けているのです」

 

「ほぉ、その特命とやらが、今回の撤退命令に関係あると?」

 

 丁寧な物言いながらも、言葉の端々に感じられる、見下しているかのような彼の本性を感じつつ。

 沙亜は話を続けた。

 

「はい。あちらをご覧ください」

 

「っ! あれは!?」

 

 と、ハウア大尉が示した先に駐機していたのは、MS特殊小隊のものと思しき三機のモビルスーツ。

 その内一機は、友軍のNPC部隊で見慣れた機種ではなく、新型であった。

 

 グレーと緑の二色を基調とした塗装に、西洋甲冑を彷彿とさせる外見。

 

 それはまさしく、決戦用モビルスーツ、ゲルググそのものであった。

 

「少佐殿なら、既にお耳にしている事でしょう。我が軍初のビーム兵器標準搭載モビルスーツにして、次期主力モビルスーツ、ゲルググです」

 

「も、もう量産されていたのか!?」

 

「ふふふ、ならばオデッサも安泰というものですが。生憎と、こちらは先行量産型。本格的な量産型の配備は、もう暫くかかると言われています」

 

 外見はほぼ量産型と同じながらも、その用途は異なる、形式番号YMS-14、先行量産型ゲルググ。

 この機種は、本格的な大量生産型であるMS-14A ゲルググに採用される新技術の検証・試験などの問題点の洗い出しを行う為に、先駆けて製造された機種である。

 設定では二五機が製造され、その内一機は、アニメ本編でも登場した、シャア・アズナブルの乗機となった。

 そして、残りに関しても、その殆どは名だたるエースパイロットに支給されている。

 

 その様な貴重な一機を支給されているあたり、ハウア大尉も相応の腕前はあるのだろう。

 

「それで、少佐殿。今回、少佐殿にビッグ・トレーを撃破を留まってもらいたかったのは、あのゲルググの為なのです」

 

「ゲルググの為だと?」

 

「そう。ビッグ・トレーは、連邦軍にとって一つの象徴。その象徴であるビッグ・トレーを、自分のゲルググが撃破する。さすれば、連保軍将兵達は畏怖と共に、その名を刻み込む事でしょう! ジオンにゲルググ有り! と」

 

「確かに……。ゲルググのデビューとしてはかなりのインパクトだな」

 

「それだけではありません。ビッグ・トレーを撃破する事により、ゲルググの性能を連邦軍にあまねく知らしめ、そして、近々行われるであろう連邦軍の一大反攻作戦の出端を挫くのです! オデッサにはゲルググ有り! そう、まさに戦わずして勝つのです!!」

 

 今回、沙亜のビッグ・トレー撃破に待ったを掛けたのは、ゲルググの鮮烈なデビューと同時に。

 それをもって連邦側に対して精神的圧力をかける、所謂軍事心理戦の一環としてビッグ・トレーを利用する為、だとの事。

 

「ご理解、頂けましたか?」

 

「あ、あぁ……」

 

「おや、そう言う割には少々ご不満が残っておられるようですな? よいですか、これは今後の戦局を左右する重要な任なのです。少佐殿は、既にあの"型落ち"のザクで相当な戦績を立てていらっしゃる。であれば、ビッグ・トレーの一隻や二隻、こちらに快くお譲りしてくださるものと思っておりましたが、まさか、大局よりも目先のスコアを優先するお方だったとは、少々幻滅しましたな」

 

「……」

 

 ハウア大尉の余計な一言に、沙亜は内心腸が煮えくり返っていたものの、何とか表に出さずに堪える。

 

「大尉! ビッグ・トレーの所在が判明しました!」

 

「おぉ、そうか、ご苦労。……では、ハート中佐、それに阿頭那武婁少佐殿、此度のご協力、感謝いたします。では、小官はこれで失礼いたします」

 

 刹那、ハウア大尉の部下が彼にビッグ・トレーの所在を伝えると、ハウア大尉は早速出撃準備に取り掛かる。

 

「ペドロ少尉! リスボー少尉! ドムの出撃準備はよいか!?」

 

「は! いつでも!」

 

「出撃可能です」

 

「では、出撃する!」

 

 そして、共にだるまの様な顔つきと体型をした、僚機であるドムの二人のパイロットに出撃準備の状況を尋ねる返事を聞くと。

 部下からヘルメットを受け取り、ハウア大尉は自慢の愛機である先行量産型ゲルググへと乗り込む。

 

「ふん。専用機だか何だか知らんが、もはやザクなど時代遅れの旧式よ。これからは、このゲルググこそが、戦場の主役となり、そして、自分こそが、新たなるエースとして名を刻むのだ!」

 

 コクピットの中、シートに体を固定したハウア大尉は、機体を起動させながら、遠慮のない本音を呟く。

 そして、モノアイに光が灯った先行量産型ゲルググは、直ぐ近くに駐めていた扁平な形状の上部に乗った。

 

 それは、元々は要撃爆撃機として開発されたものの、後に、ザクやグフ等のモビルスーツの長距離移動などを補助する輸送システムとして転用された航空機。ド・ダイYS。

 同機の攻撃能力を廃し、代わりにエンジンの大型化及び輸送能力の向上や航続距離の延長を図った形状の再設計等を行った後期型。ド・ダイII。

 

 そんなド・ダイIIの上部に先行量産型ゲルググが乗ったことを確認すると、ド・ダイIIのジェットノズルが音を立て、周囲にダウンウォッシュを巻き起こしながら、徐々に機体は垂直上昇を開始。

 程なく、原生林の中から上空まで上昇を果たすと、ビッグ・トレーのいる方へと飛び去って行く。

 

 そして、ド・ダイIIの後を追う様に、二機のドムも熱核ジェットエンジンに火を入れると、砂煙と落ち葉を巻き上げ、同じ方向へと走り去っていった。

 

 

 

 MS特殊小隊が去ったのを確認すると、沙亜は語気を強めて、再びランドニーに詰め寄った。

 

「ランドニー! あれでいいのか!?」

 

「って言ってもなぁ。元々、ビッグ・トレーは予期せぬ遭遇戦で、ミッションとは関係ないしなぁ」

 

 そう、元々第046独立部隊は、ビッグ・トレーとの戦闘を当初から想定していたものではなかった。

 元々、第046独立部隊はエマージェンシー・オブ・オデッサに向けて機種転換を行ったシモンとロッシュの慣熟訓練を兼ねて、戦闘系ミッションに出撃していた。

 

 その帰路の最中、ビッグ・トレーを発見。

 ミッションでの戦闘後という事もあり、当初はスルーしようと考えていたが。

 比較的機体状況に余裕のあった事や、本人のやる気など、沙亜の意見を汲み取り、沙亜単独で出撃を許可したのだが、その結果は、先刻の通りである。

 

「確かに、ミッションにも関係ないし、大局を鑑みれば黙って見過ごすのが賢明だろう。だが、私はあのような下劣な男が、ゲルググを駆る事が我慢ならん! そして、そんな奴がゲルググを代表するパイロットとして認識されてしまう事もだ!」

 

「ま、まぁ、腕がよければ多少性格に難があっても大目に見るのは仕方ないさ」

 

「それに、あの男は私のザク・アライヴを型落ちなどと呼んだ! 確かに、最近のモビルスーツの性能向上で、ザクが一線級から退きつつあるのは認めるが、だからと言って、ゲルググが生まれたのも先代であるザクの存在があってこそだ! それを敬意を払わず旧式と吐き捨てるのは、許せん!」

 

「まぁ、それはごもっとも……」

 

 と、ランドニーは顎に手を当て、何かを考え始める。

 そして、程なく、考えがまとまったのか、再び口を開いた。

 

「しかしまぁ、折角の獲物を横取りされて、それを黙って引いてちゃ、男が廃るってもんだ!」

 

「私は女だが」

 

「……、と、兎に角! 任務とはいえあれだけ大口叩いたんだ。本当にビッグ・トレーを撃破できるのかどうか、"この目で直接"確かめてやろうじゃないか」

 

 そして、不敵な笑みを浮かべたランドニーに対し、彼の意図を汲み取った沙亜も、不敵な笑みを浮かべた。

 

「よーし、そうと決まれば急いで出撃の準備だ!」

 

 刹那、折り畳み式の椅子かた立ち上がると、ランドニーは出撃すべく準備を急がせた。

 MS特殊小隊の後を追いかける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時系列は現在へと戻る。

 

 ちょっとした騒動はあったものの、無事に顔合わせを終え各々の隊の配置を確認し終えた三隊は、任務を遂行すべく、準備に取り掛かっていた。

 

「にしてもまさか、デカブツのお守りをガキと一緒にする事になるとはな」

 

「ますます退屈だ」

 

「おいおいボマー、リッパー。そう腐るな」

 

「そういやフィクサー。お前さん、リッパーと痴話喧嘩してた嬢ちゃんを随分気にかけてたが? 一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「あらやだ。もしかしてフィクサーって、ロリコン?」

 

「えぇー、そうだったんですか! 隊長!?」

 

「馬鹿! ちげぇよ! 俺はただ、子供が好きなだけだ!」

 

「世間では、それをロリコンと言うんじゃないのか?」

 

「リッパー……、お前なぁ……」

 

 スレイヴ・レイス隊の面々も、各々の配置付くべく、準備を進めていた。

 その最中、スレイヴ・レイス隊の面々はいつものようにお喋りに興じていた。

 その話題は、フィクサーのロリコン疑惑である。

 

 最も、フィクサーはリル准尉に異性として惹かれている訳ではなかった。

 彼は、リル准尉に同じ年頃の、十八歳になる自身の息子の姿を重ねていたのである。

 

 彼は十八年前まで、当時サイド3に駐留する連邦軍部隊に勤務していた。

 その時、現地で知り合ったエルナと言う女性との間に子供をもうけるまでの関係となったのだが、その後、地球の部隊に転属となり、その際、エルナと子供とは離れ離れとなり、そのままジオン公国との戦争が勃発。

 戦争勃発後、エルナと当時幼かった息子の安否をあらゆる手段を使って確認しようとしたのだが、それが、皮肉にも彼にスパイの嫌疑をかける事となる。

 

 自分自身の息子なのに、今どこで何をしてるのかすら分からない。

 だからこそ、フィクサーは、せめて同じ年頃のリル准尉等を気にかける事で、それが、酷い父親となったフィクサー自身にとって、息子に対する贖罪になると信じていたのだ。

 

「お前ら、俺をからかうのはいいが、そろそろお仕事の時間だぞ!」

 

 刹那、気持ちを切り替えるかのように、部下に喝を入れると、フィクサーは自身の操るモビルスーツを配置に付かせるべく移動を開始した。

 

 濃淡グレーを基調とした塗装が施されたのは、陸戦型ガンダムをベースとした強化改修試作機。

 センサーや光学カメラ、それに通信機器を最新鋭のものに換装、それに伴い頭部形状が変更した他。

 バックパックも出力の高いものに変更し、肩部にウェブラル・アーマーを装備するなど、試作装備も取り入れられている。

 

 本来は別部隊に配備される予定だったものを、ダイバーお得意の書類偽造によりスレイヴ・レイス隊へと配備され、今やフィクサーの乗機となったその機体の名は。

 形式番号RX-79[G]SW、スレイヴ・レイス。

 隷属する亡霊、その名の通り、グレイヴの奴隷である同名部隊を由来とした名前が付けられていた。

 

「へいへーい」

 

「ふん……」

 

 そんなスレイヴ・レイスの後に続くのは、同じく部隊カラーである濃淡グレー系統に塗装された、かつて砂漠の妖精として名を馳せ、今や亡霊の妖精と化した、リッパー操るガンダム・ピクシー。

 

 そして、先行量産型ジムと呼ばれる、連邦軍の対モビルスーツ戦想定モビルスーツの開発過渡期に開発された機体をベースに、陸軍が陸戦型ガンダムと生産ラインを共有させ誕生した機体。

 その為、ジムの名が付いているものの、RGM-79 ジムとは少々異なる機体。

 形式番号RGM-79[G]、陸戦型ジム。

 同機のバックパックを陸戦型ガンダムのものに換装し、ウェポン・コンテナを装備した、専用チューンナップを施した、ボマー操る陸戦型ジム。

 

 そんな三機は、事前に決められた通り、各々の配置についていく。

 

 ボマー専用陸戦型ジムは、ザク・アライヴとの遭遇戦の際に破壊され、今や使用不能となった三連装砲塔の上に陣取り、装備した手持ち式の六連ミサイルランチャーによる火力支援を行う。

 その他、デルタチームから、携帯式の長距離支援火器である一八〇ミリキャノンを装備した、陸戦型ジムを操るラドリー少尉。

 SRT-ユニット1より、中・近距離での支援火器として砲身の短いロケットランチャーを装備した、陸戦型ジムを操るデニス曹長と。

 三隊から、それぞれ射撃が得意なメンバーが、各三連装砲塔上に陣取り、喪失したビッグ・トレーの火力を補う配置を取る。

 

 そして、残りの面々が、三方を警戒する様に配置につき、不測の事態に備える、というものであった。

 

「さーてと、それじゃ。後方の整備基地までの護衛を始めるとしますか」

 

 因みに、今回の護衛任務に際して、全体を取りまとめる臨時の指揮官には、階級と年功序列の観点からフィクサーが任命された。

 

 

 

 こうして、更に後方の整備基地までビッグ・トレーを護衛する任務が始まろうとした矢先。

 不意に、彼らのコクピットに、後方整備基地が仕掛けた警戒用のセンサーが反応したとの情報が飛び込んでくる。

 

「ったく、何てタイミングだよ」

 

 刹那、後方整備基地に物々しいサイレンが響き始める。

 

「カークランド中尉、どうしますか?」

 

「地上を高速移動する反応が二つ、おそらくドムとか言うモビルスーツと。それから空にも反応が一つ、おそらくドムの支援用爆撃機か何かだろう。となると、迂闊にビッグ・トレーを移動させるより、ここで敵を迎撃した方がよさそうだな」

 

 情報をもとに、ビッグ・トレーを退避させるよりも、接近する敵の迎撃を選択するフィクサー。

 方針が決まると、フィクサーは矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「火力支援の三人はその場で後方から支援を、ヒーリィ中尉とアラン少尉の隊は、地上のドムを頼む。……、リッパー、俺達は空の奴を片付けるぞ」

 

「了解だ」

 

 そして、フィクサーの指示に従い、各々が行動を開始し、オペレーターの誘導に従って前進を始める。

 

「大尉! 連邦のモビルスーツが出てきます!?」

 

「それは好都合。ペドロ少尉、リスボー少尉。お前たちは迎撃に出てきた連邦の雑魚(モビルスーツ)を足止めしておけ! 自分はその隙に、ビッグ・トレーを墜とす!」

 

 一方、MS特殊小隊も、目標であるビッグ・トレーを撃破すべく、行動を開始する。

 

「ははは! 遅いわ!」

 

「この、チョロチョロと! 当たりなさいよ!」

 

「リル! 闇雲に撃ってちゃ駄目だ! よく狙わないと!」

 

「くそ! 早くて狙いが定められねぇ!」

 

「デルタ・スリー! 合図で火力を集中させて、奴の足を止めるぞ!」

 

「り、了解!」

 

 後方整備基地の近くに広がる原生林群の中、アラン少尉とリル准尉、それにヒーリィ中尉とロフマン曹長の四人は。

 それぞれ二対一で、ドムを相手に死闘を演じていた。

 

 そんな彼らの上空を、先行量産型ゲルググを乗せたド・ダイIIが悠々と飛んでいく。

 

「間もなくだ、間もなくジオン十字勲章が自分の手に……、む!?」

 

「おっと、そう簡単に接近させる訳にはいかないんでね!」

 

「こいつを喰らえ!」

 

「おまけだ、こいつも受け取れ!」

 

「っち、小癪な!」

 

 原生林群を抜け、後方整備基地に近づいたド・ダイIIではあったが、ビッグ・トレーの艦上に陣取った火力支援の三人の機体から放たれる弾幕を前に。

 回避に専念する事になり、ビームライフルの狙いをうまく定められない先行量産型ゲルググ。

 

「よし、今度こそ……む?」

 

「見た事のない奴、噂の新型か!? 面白そうだ!!」

 

 一度弾幕の射程外に退避し、再度狙いを定めるべく突撃するド・ダイIIと先行量産型ゲルググ。

 だが、その前に。

 突如地上から、同じ高度まで天高く飛んだ灰色の妖精が立ちはだかった。

 

「くっ!」

 

 咄嗟の反応で、灰色の妖精ことレイス仕様のガンダム・ピクシーが逆手に持ったビーム・ダガーの一閃を回避する先行量産型ゲルググ。

 だが、回避したお陰で、ド・ダイIIから地上へと下ろされてしまう。

 

「まさかヒーリィ中尉の予測が的中するとはな!」

 

「っち! まだいたのか!?」

 

 無事に着地を果たした先行量産型ゲルググ目掛け、火線が飛来する。

 その発射元は、装備した一〇〇ミリマシンガンを発砲しながら接近するスレイヴ・レイスであった。

 

「小癪な!」

 

「っと! あれがジオンのビームライフルか!? こりゃ、確かに厄介な相手だな!」

 

 シールドで一〇〇ミリ弾を防ぎつつ、お返しにスレイヴ・レイス目掛けて、ビームライフルから放たれる一筋の光。

 警報音が鳴ると同時に、咄嗟にその光を躱したスレイヴ・レイスのコクピットで、フィクサーはその威力に驚嘆した。

 

 だが、その威力を目の当たりにして、臆する彼ではなかった。

 

「だが、やる時ゃやるのが、俺の性分なんでね!」

 

「ほぉ、このゲルググに挑むか? いいでしょう! ビッグ・トレーだけでは物足りないと感じていた所です! 貴様ら連邦の雑魚(モビルスーツ)を片付けて、戦果に花を添えさせてもらいましょう!」

 

「俺を忘れるなよ!!」

 

「もう一体のガンダムタイプ!? まぁいい、まとめて屠ってくれましょう!!」

 

 

 各々が砲火を交え始める中。

 そんな戦闘の様子を、警戒用のセンサーの範囲外から眺めている部隊の姿があった。

 その名を、第046独立部隊。

 

「あの部隊章に部隊カラー……、それにピクシーにハンサム顔は……。まさしく、スレイヴ・レイス隊。しかも、あっちの陸戦型ジムの肩や小型シールドに描かれてる部隊章は、デルタチーム。……げ! あっちの陸戦型ジムはSRT-ユニット1かよ!? な、何なんだよこのオールスターは……」

 

 ギャロップの艦橋で、戦闘の様子をモニター越しに眺めていたランドニーは、MS特殊小隊が対峙している連邦軍部隊の正体を見抜くや、驚嘆の声を挙げた。

 まさか、一年戦争を題材としたガンダムゲームの連邦側主人公達と遭遇する事になるとは、微塵も想定していなかったからだ。

 

「ねぇ、シモン君。あの敵って、そんなに有名なの?」

 

「いや、俺、ゲームの方の登場人物とかは詳しくないから分かんねぇから何とも……」

 

「メノ、彼らは以前模擬戦を行ったレッドチームと同じく、所謂外伝作品の主人公だ。だから知名度に差異はあるが、それでも、ネームドである事に変わりはない、だからこそ」

 

「油断は大敵、ですね」

 

「そういう事だ」

 

「あ、所でさ。あの灰色の機体って、以前あたし達がオークションに出品したのと似てるけど、もしかして同じのだったりして?」

 

「まさか、そんな事は、ない。……、と思うが」

 

 乗機のコクピット内で、同じく戦闘の様子を見ていた他の面々も、各々の感想などを漏らす。

 

「所で、ランドニー。俺達はいつまで静観してるつもり?」

 

「んー、そうだな」

 

 ユーリアンの質問に、ランドニーは言葉を詰まらせた。

 何故なら、いつこの戦闘に介入するのか、そのタイミングを図りかねていたからだ。

 

「ぬ!? このドムが!?」

 

「もらった!」

 

「何!?」

 

「そこだ!」

 

 と、その間にも、ペドロ少尉とリスボー少尉操るドムが、各々凶弾に倒れ。

 

「こ、こいつ! 何だ、この速さは!?」

 

「新型と言ってもこの程度か、とんだ肩透かしだ!」

 

「ひ! く、くるなぁ!!」

 

「切り刻んでやるよ!!」

 

 光の弾幕を掻い潜り、先行量産型ゲルググの懐に飛び込んだレイス仕様のガンダム・ピクシーは、その両腕を振るい、装備したビーム・ダガーの光の刃で、文字通り先行量産型ゲルググを切り刻んでいく。

 程なく、無残に切り刻まれ、先行量産型ゲルググは鉄塊と化した。

 

「よし! 全機突入! ユーリアン、沙亜、ロッシュは突撃! メノとシモンは三人の援護だ! ……ギャロップも発進準備!」

 

 刹那、ランドニーから出撃の合図が飛び、五体の鋼鉄の巨人が動き出す。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、お気に入り登録、並びに評価や感想など、皆様からの温かな応援は、執筆の大いなる励みになりました。
更には、誤字報告や気になった箇所へのご指摘等、こちらも本当にありがとうございます。

最後に、今後とも、どうぞご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第三十九話 交差する硝煙 後編

「フィクサー、聞こえる? 新手よ、敵の第二波が接近中! 数は五!」

 

「ったく、今日はどうなってんだ? 次から次へと……」

 

 ダイバーから敵の第二波接近を告げる連絡を他所に、フィクサーは、休む間もなく訪れるに敵の第二波出現に、小さくため息を零した。

 

「丁度いい。暴れ足りない所だったんだ!」

 

 最も、リッパーなどはこの事態をむしろ歓迎していたが。

 

「ダイバー! 敵モビルスーツの機種は判明してるか!?」

 

「大まかだけどね。ザクタイプが四にグフタイプが一。でも、ザクの内一機はとても早いわよ!」

 

「了解だ。……ヒーリィ中尉、アラン少尉、聞いての通り、敵の第二波だ。新型は含まれてないようだが如何せん数は今回の方が多い」

 

「では、どうしますか?」

 

「ま、急ごしらえじゃ三隊連携でって訳にもいかねぇから。……さっきと一緒で、テキトーによろしくって事で」

 

「は、はぁ……」

 

 少々困惑の表情を浮かべるヒーリィ中尉とアラン少尉を他所に、フィクサーは敵の第二波に備える。

 

「っ! 何だと!?」

 

 刹那、原生林群の中から、細長い何かが空に向かって飛び出す。

 それは、ビッグ・トレー撃破の瞬間を撮影すべく、基地上空を旋回していたものの、攻撃能力を持たず脅威足り得ないと判断し放置していたド・ダイII目掛けて飛来し。

 程なく、ド・ダイIIの機体下部に付着した。

 

 そして、次の瞬間。原生林群の中から、それは飛び出した。

 

 ド・ダイIIに付着させたヒートロッドをガイドに、バーニアを噴かせ姿を現したのは、黒い鋼鉄の巨人。

 グフ・インフェルノであった。

 

「デルタ・ツー! 狙えるか!?」

 

「やれます!」

 

 同じその様子を見ていたヒーリィ中尉は、ラドリー少尉にグフ・インフェルノを狙撃させるべく指示を飛ばした。

 それを受け、ビッグ・トレーの最上部に陣取ったラドリー少尉の陸戦型ジムは、構えた一八〇ミリキャノンの砲口を、グフ・インフェルノに向けたが。

 

「っ!?」

 

 刹那、響き渡る発砲音に遅れる事コンマ数秒。

 突如、一八〇ミリキャノンが爆破し、ラドリー少尉の陸戦型ジムを衝撃が襲う。

 

「スナイパーだと!?」

 

「おいおい、マジかよ!?」

 

 その様子を目にしたデニス曹長とボマーは、それが敵スナイパーの仕業であると、瞬時に判断するのであった。

 

「ちっ、自分を囮に先ずは最大射程と火力を誇る奴を片付けたってのか!?」

 

 フィクサーが驚嘆している間にも、今度はグフ・インフェルノが次なる動きを見せる。

 ヒートロッドを使用し、宙づりで安定しない中、二連装七五ミリガトリング砲が火を噴いたのだ。

 

 飛来する七五ミリ弾の弾幕は、前衛として前進していた六人の機体に襲い掛かった。

 

「っち、何て火力だよ!?」

 

 その弾幕の前に、迂闊に動けず、小型シールドや木々の影に機体を隠して防御をとる六人。

 

「フィクサー! 一機抜けるわよ!」

 

「しまった!?」

 

 刹那、原生林の中から、今度は轟音と共に、赤い鋼鉄の巨人、ザク・アライヴが姿を現す。

 ザク・アライヴはバーニアを噴かせると、一直線にビッグ・トレーへと向かう。

 

「ボマー! そいつを止めろ!」

 

「デニス! 頼む!」

 

「ったく、了解!」

 

「了解だ、任せとけ!」

 

 それに対して、デニス曹長とボマーの二人は、乗機の装備した火器でザク・アライヴを迎撃すべく動くも。

 

「っち!」

 

「またか!?」

 

 そんな二機に対して、再び原生林の中から銃弾が飛び出し、装備した火器を狙う。

 幸い、今回は外れたものの、安心したのも束の間、今度はグフ・インフェルノからの七五ミリ弾の弾幕が襲い。

 これでは、ザク・アライヴに狙いを定められない。

 

「だぁぁぁっ!」

 

 そうしている間にも、ザク・アライヴは更にビッグ・トレーへと迫る。

 だが、その時。

 ザク・アライヴ目掛け、横合いから何かが勢いよく飛び出し迫った。

 

「っ!」

 

 そして、飛び出したそれは、ザク・アライヴ目掛け装備したビーム・ダガーの一閃を喰らわせようとするも。

 寸での所で避けられてしまう。

 

 だがそのお陰で、ザク・アライヴの動きは止まる事となる。

 

「ははは! いいぞ、この感覚!! 最高だ!!」

 

 更に、着地したザク・アライヴに畳み掛ける様に、レイス仕様のガンダム・ピクシーはザク・アライヴに迫り、両腕を振るいビーム・ダガーでザク・アライヴを切り刻もうとする。

 だが、ザク・アライヴも、ザクマシンガンを捨て瞬時にヒートホークを抜き構えると、ヒートホークでビーム・ダガーを受け止め、鍔迫り合いを繰り広げ始める。

 

「よし、リッパー。そのままそいつを抑えて……」

 

「隊長は手を出すな!! これは俺の獲物だ!!」

 

 と、フィクサーが援護に向かう旨を伝えたものの、どうやらリッパーは一対一をご所望のようで、一方的に通信を切られるのであった。

 

 

 

「ホア! 敵スナイパーの狙撃地点は特定できたか!?」

 

「はい、隊長。今、データを転送します!」

 

 一方その頃。

 グフ・インフェルノからの七五ミリ弾の弾幕から解放されたアラン少尉は、厄介な敵スナイパーを排除すべく、ホア伍長から送られてきたデータをもとに、リル准尉と共に敵スナイパーのもとへと向かおうとするが。

 

「……させない」

 

「隊長!?」

 

「っ! こいつ!」

 

 そんなアラン少尉の陸戦型ジム目掛け、不意打ちの如く現れ強烈なショルダータックルをお見舞いしたのは、一機の陸戦高機動型ザクであった。

 

「どうやら、こいつを倒さない事には先に進ませてくれないようだ。……リル、先にこいつを倒すぞ!」

 

「了解!」

 

 対峙する陸戦高機動型ザク目掛け、互いの一〇〇ミリマシンガンの銃口を向けるアラン少尉とリル准尉。

 だが刹那、陸戦高機動型ザクは軽やかなステップで距離をとる。

 

 この行動に、一瞬トリガーを引く指が止まったアラン少尉とリル准尉の陸戦型ジム。

 そんな二機に対し、次の瞬間。

 

 砲撃音と共に、付近で爆発が起こる。

 

「しまった!? 砲撃か!?」

 

「隊長! 前!」

 

「っ! くそ!」

 

 砲撃による爆発に気を取られたアラン少尉。

 リル准尉の言葉に、はっとメインモニターに視線を戻すと、そこにはヒートホークを手に自機に迫る陸戦高機動型ザクの姿が映し出されていた。

 

 振り下ろされるヒートホークの刃を、咄嗟に小型シールドで受け止め、何とか大事には至らなかったが。

 

(先ほどの砲撃はスナイパーとは別の機体か……。だとすると、こいつら、物凄く連携が取れている……。厄介だな)

 

 アラン少尉は、第二波の敵が一筋縄ではいかない相手であると、感じずにはいられなかった。

 

「デルタ・ゼロ! 今すぐ俺達にも敵スナイパーの狙撃地点のデータを送ってくれ、俺達が叩く!」

 

「了解!」

 

 アラン少尉達が足止めされたと判断すや、ヒーリィ中尉は自身とロフマン曹長で敵スナイパーを排除すべく動き出すも。

 そんな彼らの目の前に、空から降り注ぐ七五ミリ弾の弾幕のカーテンが現れる。

 

「く! こいつら……」

 

 ヒーリィ中尉は苛立ちを募らせると同時に、対峙するこの難敵をどう攻略するか、その為の考えを巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 同じ頃、第二波として現れた敵が、難敵であると、フィクサーも認識を改めていた。

 そして同時に、テキトーに対処しても勝てると踏んでいた、戦闘前の自分自身の認識の甘さを悔やんでいた。

 

「やれやれ、新型の次はエース様のお出ましとはな! だが面白れぇ! もっとドンパチやりたくてうずうずしてた所だ!」

 

「ちょっとフィクサー! あんたまで何リッパーみたいなこと口走ってるのよ」

 

「っと、悪い悪い。俺も年甲斐もなく、いつの間にか興奮してたみたいだ」

 

 だが、ダイバーに注意され、フィクサーは自分自身でも気付かぬ間に難敵と戦える事に興奮している、その事を気付かされるのであった。

 

「まったく、戦闘狂はリッパー一人で充分よ」

 

「そうだな。……だが、奴を倒すには、ちょっとばかし無茶しねぇと勝てそうにないな」

 

 そう言ってフィクサーがメインモニター越しに見つめたのは、今なお宙づりで空を飛ぶグフ・インフェルノであった。

 

「って、どうするつもより!?」

 

「まぁ、見てろって。……ボマー、聞こえるか?」

 

「あぁ、何だ、フィクサー?」

 

「俺が合図したら、あの黒グフにミサイルをお見舞いしてやれ。空中じゃ、満足に回避の仕様が無いからな」

 

「了解だ。で、フィクサーはどうするんだ?」

 

「俺か、俺は勿論……。ヒーリィ中尉、聞こえるか!?」

 

「は、はい! カークランド中尉、何か?」

 

「あの黒いグフに攻撃を仕掛ける。援護してくれ!」

 

「り、了解!」

 

「さて……、そんじゃ、おっぱじめるか!!」

 

 刹那、スレイヴ・レイスは大地を蹴ると、バーニアを噴かせ、グフ・インフェルノ目掛けて大空へと羽ばたく。

 そんな彼の羽ばたきを援護する様に、ヒーリィ中尉とロフマン曹長の機が装備した一〇〇ミリマシンガンが火を噴き、火線が伸びる。

 

「さぁ、こいつはどうよ!」

 

 そして、グフ・インフェルノに迫るスレイヴ・レイスは、装備した一〇〇ミリマシンガンの発砲を開始する。

 地上から放たれるのに比べ、放たれる距離が近い一〇〇ミリ弾を回避できず、堪らずシールドで防ぐグフ・インフェルノ。

 

 刹那、フィクサーの口角が上がった。

 

「今だ! ボマー!」

 

「こいつを喰らいな!」

 

 それこそ、フィクサーの狙っていた状況であったのだ。

 ヒートロッドを使用し宙づりとなっている為、左腕しか自由にできないグフ・インフェルノ。

 そこで、近づいて攻撃を仕掛ける事により、シールドを装備している左腕の自由も奪った所で、防ぐ術のない無防備な本体にボマーの六連ミサイルランチャーを叩き込む。

 

 これこそ、フィクサーの狙いであった。

 

 だが、次の瞬間、状況はフィクサーの思惑を大きく外れる。

 

 不意に、グフ・インフェルノがその巨体を振り子のように揺らし始める。

 揺れが大きくなり、最高点に到達すると、次の瞬間、揺れにより生じた遠心力を使い、ド・ダイIIが、その軌道を大きく変化させた。

 

 それはまるで、グフ・インフェルノに迫る六発のミサイルを守る盾になるかの如く。

 

「何だと!?」

 

 そして、空に爆発音と共に黒煙が現れ、地上に向かって破片を散らばらせる。

 だがその正体は、フィクサーの思惑とは異なるものであった。

 

「っ! マジかよ!?」

 

 刹那、黒煙を突き破り、グフ・インフェルノがその姿を現す。

 だがその軌道は、ド・ダイIIを失った自由落下のそれではなかった。

 バーニアを噴かせスラスターを併用し、グフ・インフェルノは空を駆けると、スレイヴ・レイス目掛け突撃し。

 

 そして、スレイヴ・レイスに対し、見事な蹴りを入れる。

 

 幸い、スレイヴ・レイスはフィクサーの咄嗟の反応で、左腕に装備していた小型シールドで蹴りを防ぎ、直撃は避けられたが。

 代わりに、バランスを崩し、地上に向かって自由落下を行う。

 

 そんなスレイヴ・レイスを他所に、グフ・インフェルノは、今度はヒーリィ中尉とロフマン曹長に迫る。

 

「デルタ・スリー! 迎撃するぞ!」

 

「り、了解!」

 

 しかし、二人の操る陸戦型ジムから放たれる火線を掻い潜り、徐々に迫るグフ・インフェルノ。

 そして。

 

「ぐっ!!」

 

「隊長!」

 

 勢いを殺す事なくヒーリィ中尉の陸戦型ジムに迫ったグフ・インフェルノは、強烈なシールドタックルをお見舞いする。

 シールドタックルを受けて一〇〇ミリマシンガンを手放し、倒れるヒーリィ中尉の陸戦型ジム。

 さらに畳みかける様に、グフ・インフェルノの脚が、ヒーリィ中尉の陸戦型ジムの頭部を踏み潰した。

 

 隊長の危機を目にし、咄嗟に一〇〇ミリマシンガンの銃口を向けようとするロフマン曹長であったが。

 そんな彼の乗る陸戦型ジムに、グフ・インフェルノから放たれたヒートロッドが付着した。

 

 刹那、ロフマン曹長の陸戦型ジムに高圧電流が流される。

 

「うわぁぁっ!」

 

 ロフマン曹長の悲鳴と共に、高圧電流が全身を駆け巡った彼の操る陸戦型ジムは、程なく、煙を上げ、糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

「隊長! アニッシュ!」

 

 そんな二機のもとに近づく、一機の陸戦型ジム。

 左腕の小型シールドを構えながら、右手にビーム・サーベルを持ったその機体のパイロットは、ラドリー少尉であった。

 

「デルタ・ツーよせ! こいつは一対一で倒せるような相手じゃない!」

 

 ヒーリィ中尉の制止する声を他所に、ラドリー少尉の陸戦型ジムは、手にしたビーム・サーベルの間合いにグフ・インフェルノを捉えるべく進み続ける。

 そんなラドリー少尉の陸戦型ジムが接近してくることを察知したグフ・インフェルノは、二連装七五ミリガトリング砲を向け、発砲を開始する。

 

「く!」

 

 だが放たれた七五ミリ弾の弾幕は、ラドリー少尉の陸戦型ジムの手前に着弾し、着弾点周辺に砂埃を発生させ、疑似的な煙幕を作り出す。

 

「何処からくる……」

 

 七五ミリ弾の弾幕を前に足を止めたラドリー少尉の陸戦型ジム。

 視界が遮られた中、グフ・インフェルノがどの方向から仕掛けてくるかと身構え警戒していると。

 

 突如、正面から何かが砂埃を突き破り姿を見せる。

 

「そこか!!」

 

 咄嗟に反応し、砂埃を突き破って表れたそれに対して、ラドリー少尉の陸戦型ジムは手にしたビーム・サーベルを振るった。

 そして、光の刃は、確かにそれを捉え、切り裂きはした。

 

「っ!? 何だと!?」

 

 だが、ビーム・サーベルにより切り裂かれたのは、グフ・インフェルノの装備していたヒート・サーベルであった。

 

「しまった!」

 

 囮に食いつき、隙を見せたラドリー少尉の陸戦型ジムに対して、次の瞬間、グフ・インフェルノから再び七五ミリ弾の弾幕が放たれた。

 反射的にコクピット周辺を守るべく左腕の小型シールドを構えた為、幸いラドリー少尉自身の命は助かったものの。

 機体の方は、七五ミリ弾の弾幕を前に、無残な姿に成り果てる事となった。

 

 

 

 

 

「三機相手にあそこまで立ち回れるか。……ハハハッ! いーいじゃん! 盛り上がってきたねぇ!」

 

 バランスを崩しながらも、脚部に相応の負荷がかかった事と引き換えに、何とか無事着地する事に成功したスレイヴ・レイスのコクピット内で。

 フィクサーは、柄にもなく、グフ・インフェルノとデルタチームの戦闘の一部始終を見て、強者と戦える喜びに心を躍らせていた。

 

「っと、いけぇね。またリッパー熱に当てられてやがった」

 

 しかし、ふと冷静さを取り戻すと、一度深呼吸し。

 そして、操縦桿を握り直す。

 

「さぁて、勝負はここからだ。……俺達レイスに出会った事、後悔させてやるよ!」

 

 一〇〇ミリマシンガンを捨て、代わりにビーム・サーベルを装備すると。

 フィクサーはフットペダルを踏み込み、スレイヴ・レイスをグフ・インフェルノ目掛け跳躍させた。

 

「っ!」

 

「さぁ、死神のお迎えだぜ!!」

 

 スレイヴ・レイスの接近に気が付き、迎撃の為放たれる七五ミリ弾の弾幕を掻い潜り、スレイヴ・レイスはビーム・サーベルの間合いに飛び込むや、光の刃を振るった。

 だが、それはグフ・インフェルノ本体を捉えず、二連装七五ミリガトリング砲の砲身を切り裂くのであった。

 

「さぁ、一気に行かせてもらうぜ!」

 

 畳みかける様に、更に振るわれるスレイヴ・レイスのビーム・サーベル。

 グフ・インフェルノはそれを巧みな動きで躱しながら、反撃に転じる隙を伺う。

 

 そして、僅かに生まれた隙を見て、グフ・インフェルノはヒート・サーベルを手に取り、反撃に打って出た。

 

「っ、やるな。だが、押し切ってやるよ!」

 

 ビーム・サーベルとヒート・サーベルがぶつかり合い、激しい光を放つ。

 互いに譲らぬ鍔迫り合いが、ここでも繰り広げられ始めた。

 

 

 

 そんなスレイヴ・レイスとグフ・インフェルノの鍔迫り合いの様子を、ボマーは自機のメインモニターで眺めていた。

 

「くそ、あんなに接近されてちゃ、迂闊に撃てやしねぇ」

 

 そして、不用意に撃てばスレイヴ・レイスまで巻き込みかねない状況に、苛立ちを募らせるのであった。

 

「まぁ、フィクサーとリッパーが厄介な二機を引き受けてくれた分、こっちが楽できるか。……ダイバー、聞こえるか?」

 

「なに? どうしたの?」

 

「敵スナイパーの狙撃地点のデータを送ってくれ、先ずは敵スナイパーを叩いて、この状況の突破口を作る」

 

「了解。……って、ちょっと待って!」

 

「何だ?」

 

 だが、厄介なザク・アライヴとグフ・インフェルノの注意がそれている隙に、敵スナイパーの排除に動こうとしたボマー。

 その為に必要なデータをダイバーに送信してもらおうと思った刹那。

 ダイバーの慌てた声が聞こえた、次の瞬間。

 

 ビッグ・トレーの近くに巨大な爆発が発生し、黒煙を上げ始める。

 

「おい! 今のは何だ!?」

 

「砲撃よ! 敵陸戦艇からの! ビッグ・トレーを狙ってるわ!!」

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 自身のいるビッグ・トレーを敵陸戦艇の砲撃が狙っていると聞かされるや、ボマーは慌ててビッグ・トレーから退避を始める。

 同じく、デニス曹長の陸戦型ジムもビッグ・トレーから退避を始める。

 

 と、その時、再び砲弾が風を切って飛来する音が響き渡り。

 

 刹那。

 ビッグ・トレーの艦橋が、激しい爆発と共に、炎と黒煙に包まれた。

 そして、艦の後部も同様に、炎と黒煙が包み込む。

 

「くそ、連中、最初から陸戦艇の砲撃でデカブツを仕留める腹積もりだったのかよ!」

 

 炎と黒煙に覆われるビッグ・トレーの姿を目にし、ボマーは悔しさを滲ませるように奥歯を噛んだ。

 一方他の面々も、周囲に響き渡った爆発音と、立ち上る黒煙に、何が起こったのかを瞬時に理解していた。

 

「っ! あれは」

 

 グフ・インフェルノと死闘を演じているフィクサーもまた、側面モニターに映し出された、整備基地方向より立ち上る黒煙を視界の端に捉え、息を呑んだ。

 

「くそ、やってくれるじゃ……、何!?」

 

 せめて目の前のグフ・インフェルノを倒し、任務失敗の補填にしようと思った矢先。

 原生林群の中から、信号弾が打ち上げられた。

 

 刹那、突如グフ・インフェルノがスレイヴ・レイスとの戦闘を中断し、撤退していく。

 しかも、撤退したのはグフ・インフェルノだけではない。

 

 ザク・アライヴや陸戦高機動型ザク等。

 確認された敵の第二波の五機すべてが、信号弾を合図に、撤退支援の陸戦艇からの砲撃の中、一斉に撤退していった。

 

 

 

 

 

 

「はー、見事にやられちまったな」

 

 周辺に敵影見られず、戦闘が終了した後。

 護衛任務に失敗した三隊の面々は、消火作業中ながら、今なお黒煙に覆われている、無残なビッグ・トレー"だった"巨大な鉄塊を背に、再び顔を合わせていた。

 

「ま、任務は失敗したが、こうして全員生き残れたんだ。それだけでも上出来だろ?」

 

 任務に失敗し、特に意気消沈した様子のデルタチームとSRT-ユニット1の面々を励ますべく。

 フィクサーは、慎重にに言葉を選びながら励まし始める。

 

 今回、大役を担っていた為か、ビッグ・トレーをオペレーション拠点として使用する事が叶わず。

 その為、今回の任務のオペレーションに関しては、ミデアや74式ホバートラック等。三隊が日頃使用しているものを使用していた。

 しかしその事が逆に、オペレーターを務める隊員達の中から、ビッグ・トレーの撃破に巻き込まれ戦死者を出すという事態を免れたのであった。

 

「生きていれば、今回の負けを取り返せるチャンスはまたやって来るさ。だから、何時までもクヨクヨしてないで、次に備えて気持ちを切り替えていこうぜ」

 

 とはいえ、任務失敗という事実は変わりなく。

 その悔しさから、拳を握り締めるヒーリィ中尉とアラン少尉の二人。

 そんな二人の肩に、フィクサーはそっと手を置くと。

 

 次の瞬間、二人の視線が自身に向けられるや、彼は白い歯を見せる笑顔を浮かべた。

 

「ま、任務失敗はだせーけどよ。それも、皆で分かち合えばださくないってか、ははは!!」

 

 そして、同じ立場ながら悔しさを見せる事無く豪快に笑うフィクサーにつられ、ヒーリィ中尉とアラン少尉の二人の顔にも、少しばかり笑顔が戻るのであった。

 

 

 

 

 

「で、ハイヤー、どうだ?」

 

「どうって、見れば分かるでしょ、隊長。こんなに見事に真っ黒こげになってちゃ、サンプルの採取は無理ですよ」

 

「そうか……。はぁ~、どうすっかな……」

 

 顔合わせを終え、今だ戦闘の混乱が残る整備基地を後に、基地外のとある場所に足を運んだフィクサーは、ハイヤーの説明にため息をついた。

 彼の視線の先には、ちょっとしたクレーターと、その中心点に散らばる幾つもの破片が存在している。

 それは、リッパーによって切り刻まれ鉄塊と化していた、先行量産型ゲルググの無残な最期の姿であった。

 

「切り刻まれてるとは言え、ジオンの新型のサンプルを持って帰れば、我らがボスも今回の任務失敗を大目に見てくれると踏んでたんだが、ったく、抜け目ねぇ連中だよ。しかし、こうなっちまったら、どう別の言い訳を考えるか……」

 

 抜け目のなかった敵の行動に感服しつつ、フィクサーは、今回の任務失敗をどう取り繕うか、頭を悩ませるのであった。




ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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外伝 ヅダる

 第046独立部隊が、ヨーロッパの片隅でオールスターと戦闘に興じていた頃。

 遥か空の彼方、大宇宙(大空)の只中にぽつんと浮かぶ宇宙要塞ア・バオア・クー。

 同宇宙要塞を拠点に活動を行っている第100技術試験隊。

 

 同隊の面々、特に軍団長を務めるスバル少佐は、今日も専用ロビーで、新たな新規加入者が現れない事を嘆いていた。

 

「むぅ……。今日も、駄目か」

 

 ソファーに腰を下ろし、手にしたタブレット端末の画面を目にしながら、スバル少佐は本日何度目かのため息を漏らした。

 タブレット端末の画面に表示されていたのは、第100技術試験隊への新規加入者の加入状況確認画面だが。

 その画面内の、加入希望者募集覧の数字は、今日も変わらず"ゼロ"のままであった。

 

「やはり……、ヅダの素晴らしさを長々と語るだけでは、他のプレイヤー達の心に突き刺さらぬか」

 

 タブレット端末を見るのを止めると、スバル少佐は、どうやればこの状況を劇的に変化させられるのかを考え始める。

 

「おぉ、そうだ。人々の心に強烈なインパクトを残すパワーワードとやらを使って、プレイヤー達の注目を集めてみるか!」

 

 そして、一つの具体案を思いつくと、早速募集要項の改訂用の原文の作成に取り掛かるスバル少佐。

 それから暫くして、スバル少佐はタブレット端末を操作していた手を止めた。

 どうやら、とりあえず下書きが完成したようだ。

 

「スバル少佐。さっきから何の作業をしてたんです?」

 

「おぉ、ヒトデ軍曹、聞いてくれ! プレイヤー達に強烈なインパクトを残し、我らが第100技術試験隊の名を広める為のパワーワードを使った募集要項の下書きが完成したのだ!」

 

「パワーワード、ですか? それって、どんな言葉なんです?」

 

「"ヅダる"、だ」

 

 ふと、スバル少佐の作業が気になり声をかけたヒトデ軍曹は、スバル少佐の口から飛び出したパワーワードに、どう反応していいか、困惑の表情を浮かべる。

 

「そ、それはどういう意味の言葉なんですか?」

 

「一歩先ゆく、とか、他社より早い! とか、速さが足りてる!! というポジティブな意味だ!!」

 

「そ、それはいい意味、ですね」

 

 スバル少佐からヅダるの意味を聞き、ヒトデ軍曹はとりあえず愛想笑いを浮かべながら称賛の言葉を述べる。

 しかしその実、内心では、"使い過ぎるとオーバーヒートを起こして炎上(空中分解)する"、という不吉な意味を連想し、不安を覚えずにはいられなかった。

 

「で、ですがスバル少佐。その……」

 

「ん? あぁ、そうだな、いやヒトデ軍曹、言葉にせずとも分かっている」

 

 最も、言葉の意味は兎も角。

 ヒトデ軍曹は、そんなパワーワードを使う事は、恥ずかしくて恥の上塗りになるのではと危惧し、スバル少佐に忠告しようとしたが。

 スバル少佐はヒトデ軍曹の言葉を遮る。

 

 その瞬間、ヒトデ軍曹は、やっぱりスバル少佐も内心では分かっていた、と安心したが。

 

「確かに、このヅダるだけではまだインパクトが足りないだろう。なのでもう一つ、秘策を用意している。そう、記念日だ! ヅダ記念日を制定し、ヅダるとセットで、ヅダの人気促進を更に図ろうではないか!! ……あぁ、勿論記念日の日付は十一月九日だ!」

 

 それも、一瞬の事。

 スバル少佐の口から更に語られた話の内容に、ヒトデ軍曹は愛想笑いを浮かべつつ、内心涙を流すのであった。

 

「ヒトデ軍曹! 言うならハッキリ言わなきゃ駄目よ! 変に気を使うとスバル少佐のためにもならないわ!」

 

 と、それまでスバル少佐とヒトデ軍曹の一連のやり取りを黙って見ていたモナカ曹長が、遂に口火を切った。

 

「あー、でも、曹長……」

 

「いいわ、軍曹が言い難いのなら、私がハッキリと言います!」

 

 そして、スバル少佐に気を使い、本当のことを言えないヒトデ軍曹に代わり、モナカ曹長はスバル少佐が考案したヅダの人気促進案の感想を述べ始めた。

 

「スバル少佐、"ヅダる"や"ヅダ記念日"の案についてですが、ハッキリ言って恥ずかしすぎます! それでは、人が集まるどころか、ますます敬遠されて逆効果です!!」

 

「う……」

 

「大体ヅダは、公式の設定からしてマイナススタートなんです! それを、小手先のイメージアップ戦略でどうこうできるものではありません!!」

 

 モナカ曹長の口から飛び出した耳の痛い言葉の数々に、スバル少佐は胸を押さえた。

 

「あの、ちょっと言い過ぎじゃ……」

 

「いいのよ、少佐にはあれ位ハッキリ言わないと分からないんだから」

 

 そして、分かり易いほどに肩を落として落ち込むスバル少佐。

 

 だが程なく、少し立ち直ったのか、先ほどのモナカ曹長の指摘に対する返答を弱弱しい声で伸べ始めた。

 

「確かに、モナカ曹長の言う通りだ。……あれでは、むしろ逆効果だな」

 

 どうやら、スバル少佐自身も薄々は感じていたようで。

 モナカ曹長にハッキリと指摘され、断念する事を決めたようだ。

 

「モナカ曹長、君に言われて目が覚めたよ。そうだ、迷う事はない! 我らの行うべきは単純明快! ヅダの素晴らしさを広めるのに言葉は不要だ! この手で戦果を上げ、勝利の栄光を掴み、ヅダは厳然と存在しているのだと証明すればいいのだ!!」

 

 モナカ曹長の指摘を受けて、迷走を続けていた自分自身に気が付いたのか。

 スバル少佐は、原点回帰、ヅダで戦果を上げ、ヅダの素晴らしさを他のプレイヤー達に訴える事を改めて誓うのであった。

 

「ではスバル少佐! 早速連邦の上級プレイヤーを撃破すべく出撃しますか!?」

 

「いや、そうしたいのは山々だが……」

 

 早速出撃に取り掛かるものと思っていたヒトデ軍曹に対し、スバル少佐は待ったを掛けた。

 

「君も知っての通り、エマージェンシー・オブ・オデッサの開始日が間近に迫っている。その為、連邦はもとよりジオンにおいても、宇宙で活動しているプレイヤーの多くが地上に降りているのだ。故に、現状では、以前の様に上級プレイヤーと遭遇できる確率は低いと言わざるを得ない」

 

 どうやら、イベント開催の影響により、宇宙で活動するプレイヤーの活動エリアに変化が生じているようだ。

 その為、全員ではないようだが、ガンダムタイプ等を使用する上級プレイヤーとの遭遇の確率が低下しているとの事。

 

「加えて。……私のヅダがあの様な状態では」

 

 しかし、スバル少佐の話しぶりから察するに、この変化が出撃に二の足を踏ませる最大の原因ではないようだ。

 どうやら、最大の原因は、スバル少佐の使用する相棒のヅダにあるようだ。

 

「でも、Dr.Fも言っていたじゃないですか、機動性と攻撃力は大幅にパワーアップしていると。あの機体なら、どんな相手でも今まで以上に戦えますよ!」

 

「だが! その代償として! あのヅダは、最早私の愛したヅダではなくなってしまった……」

 

「まぁ確かに、Dr.Fの改良を受けたスバル少佐のヅダは、私達の知るヅダとは外見が大きく異なりますが。しかし、基になったのはヅダである事に変わりはないので、あれもまたヅダです」

 

「だがな……」

 

 そう、実はスバル少佐の相棒のヅダ。

 以前、Dr.Fからヅダの改良と引き換えにSIN・ZOCKなる改造モビルスーツ、否、モビルアーマーの実戦テストを引き受けた際に、約束通りDr.Fの手により改良が行われたのだが。

 どうやら、スバル少佐にはその改良がお気に召さなかったようで、それが、出撃に二の足を踏ませる最大の原因となっていた。

 

「だが、脚部を変更した上、各部にスラスターノズルを増設、極めつけはあの美しい土星エンジンを、サブ・アームを装備した高速機動姿勢制御用の大型バックパックに換装させられ! そこにプロペラントタンク兼用の巨大ロケットブースターを取り付け、更に更に各武装を搭載させられているのだぞ! もはやこれでは、ヅダの皮を被ったサイコ・ザクではないか!!」

 

 スバル少佐の説明の通り、Dr.Fが改良した彼のヅダは、まさにヅダをベースとしたサイコ・ザクと呼ぶに相応しい、機動力と火力の可能な限りの強化に重きが置かれた改良が施されていた。

 その為、その外見はまさにサイコ・ザクならぬサイコ・ヅダと呼ぶに相応しいものとなっており。

 

 それを踏まえてか、Dr.Fはこの改良機に、ヅダ・サイコー、との名称を与えている。

 

 因みに、名称の由来は参考元となったサイコ・ザクの"サイコ"と"最高"をかけているものと思われる。

 なお、操縦方法は参考元となったサイコ・ザクのような四肢を義肢化し直接機体と接続し操縦する、リユース・サイコ・デバイスではなく、通常の操縦桿を使用する操縦方法である。

 

「あんな、ヅダの皮を被っただけのサイコ・ザクに乗って戦果を上げるのは、私の本意ではない」

 

「ですがスバル少佐。代わりのヅダを再度購入する為のゴールドが足りない現状、少佐にはあのヅダ・サイコーで出撃してもらうしかありません」

 

「あ! だったら、少佐のヅダ・サイコーと僕のヅダ、交換しますか? それならノーマルな外見のヅダになりますから」

 

「駄目だ! ヒトデ軍曹、君のヅダには角が付いていないではないか!」

 

「えぇ……」

 

 自身の提案を、角が付いていないという謎のこだわりを理由に一蹴され、困惑するヒトデ軍曹。

 そんなヒトデ軍曹を他所に、スバル少佐は腕を組み暫し目を閉じ黙考すると。

 

 程なく、腹をくくったかのように、目を見開いた。

 

「不本意ではあるが、背に腹は変えられん。今回はヅダ・サイコーで出撃しよう」

 

 こうして、スバル少佐本人にすれば一大決心を決めた所で、第100技術試験隊はヘルヘイムと共に宇宙要塞ア・バオア・クーを出航した。

 

 

 

 

 

 

 宇宙要塞ア・バオア・クーを出航したヘルヘイムは、特に当てもなく航海を続けていた。

 

「スバル少佐。出撃したのはよろしいですが、今回はどのような相手を探しているのですか?」

 

「今回はゴールド稼ぎが目的の為、戦うのはNPC部隊でも構わん」

 

 どうやら、宣伝効果である本来の目的は、あくまでもノーマルなヅダで成し遂げたいらしく。

 今回の出撃は、ヅダを再び購入する為の準備に当てるようだ。

 

 こうして、ゴールド稼ぎの為にNPC部隊を探し回る事十数分。

 何故か出てきてほしい時に限って直ぐに現れない、という状況に、若干イライラを募らせていた矢先。

 

 不意に、艦橋乗組員から急を告げる報告が告げられる。

 

「司令! 友軍の救援要請を受信しました!」

 

「救援要請だと!?」

 

 報告によれば、救援要請はコマンダープレイヤーから近隣の友軍部隊に発せられたものらしく。

 その内容は、隷下の部隊が輸送部隊を護衛の最中、連邦軍の艦隊から攻撃を受け苦戦中、との事。

 

「司令、いかがしますか? 救援を求めている部隊と本艦との距離はさほど離れておりませんが?」

 

「艦長、尋ねるまでもあるまい。我々は、友軍の危機を決して見過ごす事はない!」

 

「アイ・サー! 進路変更、方位0-9-0(まる・きゅう・まる)、前進強速!」

 

「方位0-9-0(まる・きゅう・まる)、前進強速、ヨーソロー!」

 

 艦長の号令と共に、艦橋内に一瞬揺れが起こると。

 刹那、ヘルヘイムは艦首を東へと向けると、エンジンが唸りを上げ、救援を求めている友軍部隊のいる宙域に向け、大宇宙(大空)を進む。

 

 

 

 それから更に十数分後。

 ヘルヘイムは、救援要請を出した友軍部隊のいる宙域に到着した。

 

「トウバンジャン・リック・スバル! ヅダ・サイコー、出るぞ!!」

 

 ヘルヘイムの左舷コンテナ式格納庫から、ハッチが開かれグリーンのランプが灯ると同時に大宇宙(大空)へと放たれるヅダ・サイコー。

 それに続き、右舷コンテナ式格納庫から、モナカ曹長とヒトデ軍曹のヅダが続く。

 

「スバル少佐、どうです? ヅダ・サイコーの乗り心地は?」

 

「ん、まぁ、悪くはないな……」

 

 改良以降、今回初めてヅダ・サイコーを操縦したスバル少佐は、以前のヅダと比べても遜色ない、否、むしろ操縦性が向上している事を素直に認めた。

 案外、勝手に食わず嫌いしていただけで、ヅダ・サイコーは本当はその名の通り自分にとって最高のモビルスーツなのではないか。

 スバル少佐の中に、そんな感情が芽生え始めていた。

 

「だが本当に最高かどうかは、実際に戦ってみなければ分からん」

 

「スバル少佐、何か仰いましたか?」

 

「いや、ただの独り言だ。……それより、突入するぞ、気を引き締めろ、二人とも!」

 

 しかし、今は目の前の戦闘に集中せねばと気持ちを切り替えると。

 ヅダ・サイコーを先頭に、三機のヅダタイプは、幾つもの光線や火線が飛び交い、光球が生まれては消える、そんな戦場の只中へと飛び込んでいった。

 

「こちら第100技術試験隊、要請に基づき、これより貴隊の援護に入る!」

 

「おい、今第100技術試験隊って言ったか!?」

 

「えぇ、間違いなく言ってましたよ、先輩」

 

「第100技術試験隊って、あのヅダしか使わない連中だろ、大丈夫なのか?」

 

「でも先輩、今はないものねだりしても仕方がないですよ。欠陥だろうと変態だろうと、救援に来てくれただけでも有難いと思わないと」

 

「むぅ、そうだな……」

 

 要請受諾の一報を入れるや、何やら救援要請を出したコマンダープレイヤーとその隷下のプレイヤーから、耳の痛い本音が漏れ聞こえてくるも。

 スバル少佐はそんな彼らの本音を聞き流すと、直ぐに気持ちを切り替え。

 眼前に迫るジム目掛けて、照準を合わせると、右腕と右側のサブ・アームに装備したザクマシンガンを発砲させた。

 

 一二〇ミリ弾の火線を浴びて、程なく光球に包み込まれたジムを尻目に、スバル少佐は新たな獲物を探しつつ、コクピット内で小さく独り言ちた。

 

「この火力、この機動性。……素晴らしい」

 

 刹那、ヅダ・サイコーのプロペラントタンク兼用の巨大ロケットブースターが更に唸りを上げた。

 

「ならばもっと、お前の素晴らしさを見せてくれ!!」

 

「し、少佐! ま、待ってください!」

 

「凄い、このヅダの加速性をもってしても追いつけないなんて」

 

 その加速性でモナカ曹長とヒトデ軍曹のヅダを引き離すと、ヅダ・サイコーは単機で戦場を駆け回り始める。

 

「な、なんだあれは!?」

 

「ジオンの新型か!?」

 

 弾幕を掻い潜り、速度を落とす事なく、本体の両腕とサブ・アームに装備した武装の火力をもって、一撃離脱でジムやボールを葬っていくヅダ・サイコー。

 その姿に、対峙する連邦軍の将兵達は恐れ戦く。

 

「素晴らしい加速性、それでいてこの操縦性! 最高だ! Dr.F、貴方の改良したこのヅダは、ヅダ・サイコーは最高のモビルスーツだ!!」

 

 出撃前とは一転。

 ヅダ・サイコーの性能に魅入られ、その素晴らしさに感動したスバル少佐。

 

「ではそろそろ、大物を仕留めにかかるとするか」

 

 そして、一度戦場から距離をとったヅダ・サイコーのコクピット内で、スバル少佐は、ヅダ・サイコーのモノアイが捉えた大物。

 連邦宇宙軍の主力戦艦であるマゼラン級宇宙戦艦を撃沈するべく、今一度、操縦桿を握り直した。

 

「ゆくぞ!!」

 

 刹那、スバル少佐の声と共に、ヅダ・サイコーはターゲットであるマゼラン級宇宙戦艦目掛け突撃を開始する。

 

「艦長、本艦上方より敵機、急速接近!」

 

「弾幕を張って撃ち落とせ!」

 

 と、ヅダ・サイコーの接近に気付いたマゼラン級宇宙戦艦から、ヅダ・サイコー目掛けて多数の火線が伸び始める。

 船体の各所に装備された連装対空機銃より放たれる多数の銃弾を、減速する事無く掻い潜りながら、ヅダ・サイコーはターゲットのマゼラン級宇宙戦艦を射程内に収めるべく更に接近を続ける。

 

「この一撃、受けてみろ!」

 

 そして、ターゲットのマゼラン級宇宙戦艦を両腕と左右のサブ・アームに装備したジャイアント・バズの射程内に捉えた刹那。

 四つの発射口から、三六〇ミリのロケット弾がマゼラン級宇宙戦艦に向けて放たれた。

 

 程なく。

 ヅダ・サイコーが脇を抜け通り過ぎるのと同時に、四発もの三六〇ミリロケット弾が直撃したマゼラン級宇宙戦艦は、轟音と共に巨大な光の中へと消えた。

 

 そして、まるでその巨大な光が退却の合図となったかのように。

 マゼラン級宇宙戦艦の轟沈と共に、残存していた連邦軍艦隊が次々と戦闘を中止し、宙域から退却を始めた。

 

「やりましたね! スバル少佐!」

 

「まさに一騎当千のご活躍でした」

 

「ありがとう。だが、この勝利は、このヅダ・サイコーのお陰だよ」

 

 程なく。宙域に、再び静寂が戻った。

 そんな中、モナカ曹長とヒトデ軍曹のヅダと再び合流を果たしたスバル少佐は、勝利の余韻を分かち合うのであった。

 

「あー、こちら指揮官のカルクル大佐だ。第100技術試験隊、今回の貴隊の援護、誠に感謝申し上げる」

 

 と、そんな三機に近づく一隻のムサイ級。

 軍団長であるカルクルが座乗する、エムデンII(ツヴァイ)である。

 

「いやー、まさかこんなに予想以上に活躍するな……、いやいや、本当にありがとう!」

 

「先輩、本音がダダ漏れですよ」

 

「いやだって、全然期待してなかったのにここまで活躍されちゃ、驚かずにはいられないでしょ」

 

「それでも、もう少し本音は隠しておきましょうよ」

 

 救援要請に応じて援護してくれた礼を述べる為に通信を入れたようだが、後半からは、カルクルとルーターによるただの本音の言い合いになってしまっていた。

 

「では、安全も確認できたので、我々はこれで失礼させていただく」

 

「あ、あぁ。また共闘する事があれば、その時はよろしく」

 

 そんな自分勝手な二人のやり取りに少々辟易しつつも。

 文句を言う事なく最後に一声かけると、三機のヅダタイプは、機体を翻し、ヘルヘイムへの帰還の途に就くのであった。

 

 

 

 

 

 無事にヘルヘイムへの帰還を果たし、更には宇宙要塞ア・バオア・クーへの帰港を果たした第100技術試験隊。

 帰港と同時に自身の自室へとやって来たスバル少佐は、今回の大戦果とも呼べる勝利の余韻を噛みしめつつ、手にしたタブレット端末で、今回の戦闘の結果を確かめていた。

 

「……な!?」

 

 今回の戦闘で自らが撃破した内容を改めて確認している間は、笑みがこぼれていたスバル少佐であったが。

 弾薬や推進剤等の支出項目を目にするや、その先ほどまでの喜びは雲散霧消した。

 

 と言うのも、それら支出が以前のヅダに比べ、想像以上に割高となっていたからだ。

 

「ま、まぁ、致し方ない、か……」

 

 あの性能故、この支出は致し方ないと、まるで自分自身に言い聞かせるように独り言ちるスバル少佐。

 そして、結果を確かめ終えると、自室から第100技術試験隊専用ロビーへと足を運ぶ。

 

「少佐! 大変ですよ!」

 

 専用ロビーへと足を運ぶと、一足先に着ていたヒトデ軍曹が、何やら慌てた様子で近づいてきた。

 

「ん? 一体どうしたんだ?」

 

「実は、さっきの戦闘の様子がもう広まったのか、多数のプレイヤーから問い合わせが殺到してるんです!」

 

「何だと!?」

 

 ヒトデ軍曹の言葉を聞いた瞬間、スバル少佐は、待ち焦がれた瞬間が漸く訪れたのだと確信した。

 苦節数週間、長く辛い日々を乗り越え、漸く希望の光が差し込み始めた。

 そう、我々の野望は、ここからが始まりなのだ。

 

 と、ヒトデ軍曹の目も気にせず、スバル少佐は歓喜のあまり目に涙を浮かべたが

 

「……あの、それが。言い難いんですが。……問い合わせは、加入希望ではなく、ヅダ・サイコーは誰が造ったのか教えてほしい、との問い合わせで」

 

 刹那、浮かべていた涙は、何処かへと消えてしまった。

 

「……、そ、そうか」

 

 そして、明らかに意気消沈した様子で、ソファーに腰を下ろすのであった。

 

「スバル少佐、そう気を落とす事もありませんよ。確かに今回は、狙い通りにはいきませんでしたが。今後もこの調子で続ければ、何れ加入希望者も現れますよ」

 

「そ、そうですよ! 頑張りましょう!」

 

 スバル少佐のそんな姿を見ているのが辛くなったモナカ曹長とヒトデ軍曹は、直ぐに彼を励ますべく言葉をかける。

 しかし、スバル少佐は小声で呟き続けるだけで、二人の言葉が耳に入っている様子はなかった。

 

 なので、ここは暫くそっとしておくのがよいか、とモナカ曹長とヒトデ軍曹が判断した、刹那。

 

「そうだ! やはりヅダはヅダでヅダでなければならんのだ!!」

 

 突如立ち上がると、気落ちした様子も見せず、力強く、意味不明な言葉を口にした。

 

「やはりヅダの素晴らしさを伝えるには、手を加えず、ありのままのヅダを使わなければならない!! よって、ヅダ再購入のゴールドを得た今、ヅダ・サイコーは封印する事とする!」

 

 そして、先の戦闘で称賛していた筈のヅダ・サイコーを、今回限りで使用を禁止する旨を宣言するのであった。

 

「でも少佐。それだと今までと変わりなく……」

 

「安心したまえ、勿論、手は考えている。今度、料理のコラボ企画第二段に向けて、新メニューのアイデア募集が行われるので、そこで! ヅダを模した料理のアイデアを出してみようと思う!」

 

「もう料理のアイデアは考えてたりするんですか?」

 

「一応今考えているのは、ヅダの色合いにかけてソーダ味のゼリーだ。因みに商品名は、ヅダとゼリーを掛け合わせて、"ヅリー"、だ」

 

 名前は兎も角、料理としてはいい線いっていると感じたモナカ曹長とヒトデ軍曹。

 

「因みに、このヅリーにピッタリなキャッチコピーも考えている! "食べた瞬間、お口の中が空中分解"、だ! どうだ、なかなかいいキャッチコピーだろう!!」

 

 自信満々に、これは入賞間違いなしと信じてやまないスバル少佐。

 一方、キャッチコピーを聞いたモナカ曹長とヒトデ軍曹の二人は、先程までとは一転、入賞どころか不採用間違いなし、と、見通しが暗い事を確信するのであった。

 

 どうやら、彼らの苦節の日々は、まだまだ続きそうである。




ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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外伝 マイン・ブレイカー

今日はザクの日なので、ザクが主役!


 名物プレイヤー。

 大規模多人数型のゲームなどにおいては、必ず一人は存在しているであろう人物。

 そしてそれは、この俺の野望においても、ジオンと連邦の両勢力において存在し。

 

 ジオン側においても、名物プレイヤーの一人として、ベータテスト時代から参加しているプレイヤーであるにもかかわらず、同型のモビルスーツのみを使用し、調整しているのか、何故か階級も"伍長"に固定されたままと言う、そんな名物プレイヤーの一人がいた。

 

 そのプレイヤーの名は、"マイン・ブレイカー"。

 ザクIIのバリエーションの一つである、機雷射出機とスラスターを装備した、大型の散布用バックパックを装備した機種。

 形式番号は、機雷敷設と言う用途ゆえに、ベースとなったザクII同様、MS-06F。

 その名もずばり、ザク・マインレイヤー。

 同機種の改造機を操る有名プレイヤーである。

 

 彼、の操るザク・マインレイヤーの改造機は、ノーマル状態においては、設定を反映し行動時間の大幅延長を得ている一方、鈍重となっている性能面を主に改善する為の改造が施されており。

 大型散布用バックパックのスラスターを大型化し、更には駆動部等にも手が加えられ、鈍重さの影響を可能な限りまで相殺している。

 

 そんなザク・マインレイヤーの改造機の名は、"デンジャー・ザク・マイン"。

 黄色と黒のツートンカラーで塗装された、ド派手な見た目の改造機である。

 

 同じくベータテストに参加していた他のプレイヤー達が、次々と高性能なモビルスーツに乗り換えていく中、マイン・ブレイカーは、強いこだわり故か乗機を乗り換える事無く、デンジャー・ザク・マインを使い続け。

 また、誰かの軍団に加入する事も、自身の小隊を結成する事もなく、一匹狼で行動している。

 

 

 

 そんなマイン・ブレイカーと、彼の操るデンジャー・ザク・マインの俺の野望は、いつもの定期コース内における機雷の敷設から始まる。

 

「相棒、今日も最高の敷設日和だな……」

 

 返事が返って来る筈もないが、マイン・ブレイカーはコクピット内で敷設準備を進めながら独り言ちた。

 

「さぁ、敷設開始といこうか」

 

 刹那、彼がコンソールのボタンを押すと、背部の散布用バックパックに設けられた機雷射出機から、筒状の機雷が一定の間隔で射出され、漆黒の大宇宙(大空)に敷設されていく。

 そして程なく、機雷の敷設が完了すると。

 マイン・ブレイカーは、先ずは無事に敷設が完了した事に安堵の表情を浮かべるのであった。

 

「さて、相棒。敷設も終わったし、一旦帰って……ん?」

 

 と、帰還の途に着こうとした刹那。

 不意に、ミノフスキー粒子の濃度の上昇と共に、レーダーが接近する複数の機影を捉えた。

 急いで解析をかけると、どうやら、ボールが複数に母艦と思しき改修サラミス級が一隻、と判明した。

 

「ふ、たかが一機となめるなよ。こいつ(デンジャー・ザク・マイン)は普通のマインレイヤーとは、一味も二味も違うという事を、教えてやる!」

 

 そして、解析が完了すると、マイン・ブレイカーは迎撃を始めるべく準備を始める。

 素早くコンソールを操作し、ECMを展開させ、改修サラミス級からの援護射撃を封じ、数の不利を補うと。

 デンジャー・ザク・マインの数少ない武装の一つであるザクマシンガンの残弾を確認すると、マイン・ブレイカーは、準備完了と言わんばかりに、不意に口角を吊り上げた。

 

「さぁ、ゆくぞ!」

 

 フットペダルを踏み込み、バーニアを噴出させると、迫りくるボールに向けて突撃を開始する。

 宇宙空間を突き進む黄色の流星、デンジャー・ザク・マインは、構えたザクマシンガンの銃口を、先頭を陣取るボールに向けて狙いを定めた。

 そして、デンジャー・ザク・マインのFCSが、ザクマシンガンの射程内にターゲットのボールが進入した事を告げた、刹那。

 

 ザクマシンガンが、火を噴いた。

 

「ふ、これで先ずは華麗に一機げき……、あれ?」

 

 が、放たれた一二〇ミリ弾は、ボールに軽々と躱され、宇宙(そら)の彼方に空しく消えてしまう。

 

「お、おかしいなぁ。事前の脳内イメージだと、ここでまず先頭の機を撃破して連中が混乱している所を、畳みかける様に次々に撃破していって、最後に母艦をボカンと……」

 

 事前にイメージものと異なる結果に、マイン・ブレイカーは何が原因かを考え始めるも。

 刹那、コクピット内に、けたたましい警報音が鳴り響くと共に、小さな衝撃が伝わる。

 

「うぉっと!?」

 

 それは、ボールからの反撃により、自慢の相棒であるデンジャー・ザク・マインが被弾した証明であった。

 幸い、今回対峙したボールは、主砲を標準装備である低反動キャノン砲ではなく、二連装キャノン砲と呼ばれる小口径砲を装備していた為、被弾しても直ぐに致命傷とはならなかったが。

 

 それでも、被弾した事により、マイン・ブレイカーは冷静さを欠き始めていた。

 

「お、落ち着け、俺! ま、まだ少し被弾しただけだ!」

 

 言い聞かせるように自分自身を落ち着かせようとするマイン・ブレイカーだが、それに反して、デンジャー・ザク・マインの動きには、いまだ被弾した動揺が後を引いていた。

 何とか再びザクマシンガンを発砲しだすも、軽々とボール達には躱され、四方から二連装キャノン砲を叩き込まれる。

 

 何とか状況を打破しようともがくデンジャー・ザク・マインのその姿は、まるで、宇宙で溺れているかのようであった。

 

「こ、このままでは、本当にマズイ!」

 

 機体状況を示す表示を目にしたマイン・ブレイカーは、流石にこれ以上の戦闘は厳しいと判断し。

 遂に、撤退する事を決断する。

 

「ならば、このとっておきの機雷を使わせてもらおう」

 

 と、コンソールを操作すると、機雷射出機から一つ、機雷を射出する。

 程なく、時限式と思しきその機雷が起動すると、眩いばかりの光を周囲に放ちながら最初で最後の役割を果たす。

 

 その目を覆うばかりの強烈な閃光に、ボール達の動きも止まらざるを得ず。

 

 その隙を見て、デンジャー・ザク・マインは一気に宙域からの撤退を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 無事に宙域からの撤退を終え、拠点となる宇宙要塞ソロモンへと帰還を果たしたマイン・ブレイカーは。

 デンジャー・ザク・マインの修理と補給が完了すると、再びフィールドへと繰り出していく。

 

「ふぅ。さっきは危ない所だったが……。次は、敵が来ても、余裕で撃退してやるぜ」

 

 そして、先ほどの不甲斐ない結果の二の舞を踏まぬよう誓いを立てながら、デンジャー・ザク・マインはとある暗礁宙域まで進出していた。

 

 そこは、幾多もの大小さまざまなデブリが浮遊し、それらデブリが帯電した電気が雷の様に放電される現象が起きる特殊な暗礁宙域。

 一年戦争緒戦、所謂一週間戦争において、かつての悲劇が引き起こされた宙域でもあるその場所の名は、サンダーボルト宙域。

 かつて、サイド4"ムーア"が存在していた宙域である。

 

 だが今や、同宙域はそこで悲劇の犠牲となった人々の巨大な墓標と化したコロニーの残骸と、鎮魂の雷鳴が鳴り響く悲しき暗礁宙域へと変貌していた。

 

「さて、それじゃポイントを探して機雷の散布……、お?」

 

 そんなサンダーボルト宙域を進むデンジャー・ザク・マインのレーダーが、不意に、進行方向上に幾つもの光点を示す。

 当初は、コロニーの残骸か何かが反応したのかと思っていたマイン・ブレイカーであったが、次いで、モノアイが捉えた彼方に幾つも光り輝く数々の光。

 放電現象などではなく、間違いなく戦闘のものと思しき幾つもの光を確認し、先程の光点がコロニーの残骸等ではない事を認識する。

 

「戦闘。一体何処の誰が?」

 

 まだデンジャー・ザク・マインの存在に気付いていないと判断したマイン・ブレイカーは、何処の誰が戦闘を行っているのかを確かめるべく、戦闘宙域への接近を試み始める。

 付近を漂っていた手ごろな大きさのコロニーの外壁の残骸を利用し、相手側から見えない様にすると、そのまま戦闘宙域へと接近していく。

 

「う、凄いミノフスキー濃度。こんなコロニーの残骸も多い中で、よくこんな濃度で戦えるよ……」

 

 接近するにつれ、上昇していくミノフスキー粒子の濃度を確認しながら。

 マイン・ブレイカーは、ただでさえデブリが多く航行するだけでも危険が伴う宙域で、それ以上に危険な戦闘行為を行っている連中を思い、少々感心するのであった。

 

「そろそろ直接視認できるか……」

 

 そして、直接視認可能な距離まで接近した所で。

 残骸に開いた穴から、モノアイで戦闘の様子を確認し始める。

 

 

 デンジャー・ザク・マインのモノアイが最大望遠で捉えたのは、やはり、戦闘風景であった。

 友軍のザクIIやリック・ドムといった多数の機体が、多数のジムを相手に戦闘を繰り広げている。

 

 交差する光の軌道や、一筋の光に貫かれ爆散する機影、デブリと共に運命を共にする機など。

 かなり規模の大きな戦闘が巻き起こっていた。

 

「一体何処の部隊だ?」

 

 戦闘の様子を確認したマイン・ブレイカーは、更にその詳細を探るべく、戦闘中の通信を傍受すべくスイッチを入れた。

 

「ここは何としても死守せよ! 我ら"リビングにベッド師団"の底力を見せろ!」

 

「怯むな! ムール貝同胞団の実力! 奴等に見せてやれ!!」

 

 傍受した通信の内容から察するに、どうやら戦闘を行っているのはプレイヤーの軍団同士のようだ。

 

「成程、他のプレイヤー同士の戦闘か。……となると、あまり関わらないのが得策だな」

 

 こうして戦闘している者達の正体も分かった所で、マイン・ブレイカーは早急にこの宙域から離れるべく、再び移動を開始しようとした。

 その時であった。

 

「!?」

 

 突如、コクピット内に鳴り響いた警報音にその身をびくつかせるマイン・ブレイカー。

 警報音の正体を探るべく各モニターに視線を泳がせていると、不意に、乗機目掛けて一筋の光が走るのを捉えた。

 

「な、なんだ!?」

 

 咄嗟に操縦桿を操作しフットペダルを踏み込むと、コロニーの外壁の残骸からデンジャー・ザク・マインを引き離す。

 刹那、一筋の光がつい先ほどまでデンジャー・ザク・マインが隠れていたコロニーの外壁の残骸を貫き、着弾の衝撃でコロニーの外壁の残骸を、幾つかの残骸に分裂させた。

 

「今のはビーム兵器、不用意に近づきすぎたか!?」

 

 接近し過ぎてカモフラージュが看破され攻撃を受けた。

 との解釈をしたのも束の間、再びコクピット内に、あの心臓に悪い警報音が鳴り響き始める。

 

「く!」

 

 バーニアとスラスターを噴出させ、回避行動をとり始めるデンジャー・ザク・マイン。

 しかし、やはり黄色は宇宙でも目立つのか、それとも相手の腕がいいのか、幾つもの光の筋が、ギリギリの所をかすめていく。

 

「えぇい、敵は、敵は何処だ!?」

 

 何とか相手からの攻撃を躱しつつ、反撃の為に相手を探すものの。

 モノアイを左右に動かすも、映し出す周囲の映像は大小さまざまなデブリが漂い視界が悪く、おまけにミノフスキー粒子の濃度も濃い為レーダーも役に立たない。

 

 お陰で、相手の正確な位置を掴めず、防戦一方のままだ。

 

「! が、ガンダムタイプ!?」

 

 だが、何とか相手の噴射光らしきものを捉え、漸く相手の正体を掴めたと安堵したのも束の間。

 何と相手は、額のV字型ブレードアンテナ、そして人間の目を模したデュアルカメラ、人間に近い形状をした白とグレーと青を基調とした塗装のモビルスーツ。

 

 RX-78系列の一種で、通称セカンドロットと呼ばれるものの一機。

 形式番号RX-78-4、ガンダム4号機。

 

 汎用性を求めたRX-78-2と異なり、コア・ブロック・システムを排除し、内部構造の簡素化による生まれたスペースに高性能冷却システムを搭載。

 宇宙空間での使用を前提に、バックパックの変更や、スラスターやプロペラントを増設することで、当初より機動性の四割向上に成功している。

 そして何よりも、ガンダム4号機最大の特徴は、高性能冷却システムの搭載によりジェネレーターが強化され、それに伴い、強力なビーム兵器の使用が可能となった事だ。

 

 その名を対艦隊用殲滅兵器"メガ・ビーム・ランチャー"。

 全長一二メートルにも及ぶ巨大な携行型メガ粒子砲で、その威力は破格と呼ぶに相応しいが、その分消費電力が膨大な為。

 強化したジェネレーターのみでは稼働できず、外部バックパック式の補助ジェネレーターが必要となる。

 

 そんなガンダム4号機だが、勿論、通常の武装も装備している。

 ハイパー・ビーム・ライフル。

 ガンダムが使用するBLASH XBR-M79-07Gと比較し、四割も性能が向上、またセンサー類の刷新により、命中精度も向上していると言われる優れものである。

 

 

 そんなハイパー・ビーム・ライフルから放たれる光線が、デンジャー・ザク・マインに襲い掛かっていた。

 

「あ、相手はジムばかりだと思ってたのに。まさかガンダムタイプがいるなんて……」

 

 デブリの間を飛び回りながら攻撃を仕掛けるガンダム4号機。

 相手の正体が自機よりも格上のモビルスーツと知ったマイン・ブレイカーは、顔を若干青くしながらも、次にとるべき自身の行動を考えていた。

 

「……ここはもう、取るべき行動は一つ。……三十六計逃げるに如かず!」

 

 そして、ガンダム4号機相手では勝ち目がないと判断し、マイン・ブレイカーは兎に角逃げるべく、更にバーニアとスラスターを勢いよく噴出させる。

 だが、逃げるスピードを速めても、相手はガンダムタイプ。

 

 そう簡単には逃げられそうにもない。

 

「く、流石はガンダムタイプ、は、早い!」

 

 デブリの間を駆ける二筋の光。

 デンジャー・ザク・マインを追いかけつつも、装備したハイパー・ビーム・ライフルを発砲するガンダム4号機。

 対して、逃げる事と攻撃を回避する事に手一杯で、反撃する余裕など微塵も感じられないデンジャー・ザク・マイン。

 

「くそ、振り切れない……。だったら、特製の閃光機雷で」

 

 このままでは振り切れないと判断したマイン・ブレイカーは、先ほど撤退する際にも使用した閃光機雷を使用し、隙を作り出し一気に振り切る作戦に出る。

 コンソールを操作しながら、機雷の準備に取り掛かった、刹那。

 

「うぐっ!? ど!」

 

 ハイパー・ビーム・ライフルのロックオン警報音に反応し、咄嗟に操縦桿を操作したのだが。

 周囲の状況を確認し忘れていたのか、デンジャー・ザク・マインが動いた先には、巨大なコロニーの残骸の姿が。

 衝突警報に気付き、再び操縦桿を操作し衝突を回避しようとしたものの、コクピット内に衝撃が走った。

 

「くそ、ぶつけちまった!」

 

 だが幸い、機体の状況を確認するに、致命的なダメージは負っていない様である。

 

「よし、大丈夫そうだな。……ならさっさと閃光機雷を射出して、……?」

 

 こうして再び準備を進め、後は射出開始のボタンを押すだけなのだが。

 何故か、ボタンを押しても閃光機雷が射出されず、モニターにはエラーの文字が表示される。

 

「あれ? ど、どうなってるんだ?」

 

 何故エラーが表示されているのか、その原因を確かめるべくコンソールを操作すると。

 程なく、エラーの原因が判明した。

 

 どうやら、先ほど巨大なコロニーの残骸と衝突した際に、機雷射出機の電気系統にトラブルが生じたらしく。

 それが原因となり機雷が射出できなくなった事で、エラーが発生したようだ。

 

「こんな時に、く!」

 

 最大の強みである機雷を射出できなくなったと言っても、ガンダム4号機はそんな事情を汲み取って諦めてくれるはずもなく。

 このままで、いずれやられるのは時間の問題。

 

「こうなれば……、止むを得んか」

 

 逃げるのを一旦止め、巨大なデブリの影に身を隠したデンジャー・ザク・マインのコクピット内で、マイン・ブレイカーは、意を決したかのように独り言ちる。

 

「せめて、これれで最後に一矢報いてやる!」

 

 そして、再び操縦桿を握り直すと、ECMを最大限展開させ、フットペダルを踏み込み、バーニアを噴出させる。

 こうしてデンジャー・ザク・マインは、ガンダム4号機目掛けて突撃を開始する。

 

 破れかぶれとも思える、このデンジャー・ザク・マインの突撃に、ガンダム4号機は迎撃すべくハイパー・ビーム・ライフルの狙いを定めようとするものの。

 ECMが展開されているからか、先ほどのまで様に小気味よくハイパー・ビーム・ライフルが吠える事がない。

 

 こうしてガンダム4号機が狙いを定めきれない内に、最接近したデンジャー・ザク・マインは、更なる行動に出る。

 

 それが、ガンダム4号機が装備していたシールドに抱き着く事であった。

 この不可解な行動にガンダム4号機が唖然としている隙に、マイン・ブレイカーは仕上げを行うべく、コンソールを操作する。

 

「ふふ、出来ればこの手はあまり使いたくなかったが、この状況では致し方ない。……そう! これがマイン・ブレイカーが最終奥義! 我が相棒、デンジャー・ザク・マインそれ自体を巨大な地雷とすることにより、相手共々吹き飛ばす! その名も、死ぬほど痛いぞ(自爆)戦法」

 

 どうやら、捨て身の戦法でガンダム4号機共々宇宙の塵となろうとしているようだ。

 そして、その時を告げるカウントダウンが、モニターに表示される。

 

 一方、不穏な気配を感じ取ったのか。

 ガンダム4号機はシールドからデンジャー・ザク・マインを引き剥がそうと、シールドを振るうものの、全く引き剥がれる気配がない。

 

 そうこうしている内に、自爆のカウントダウンは徐々にゼロへと迫る。

 

「さぁ、間もなくだ」

 

 達観したのか、ここにきて落ち着いた様子のマイン・ブレイカーは、目を閉じ、その時がくるのを静かに待つ。

 

「ん?」

 

 が、次の瞬間、コクピット内に衝撃が走り。

 何事かを目を開けてみると、そこには、衝撃的な光景が映し出されていた。

 

「……え? えぇっ!?」

 

 何と、ガンダム4号機はデンジャー・ザク・マインをシールドから引き剥がすのを諦め、デンジャー・ザク・マインの抱き着いたシールドを左腕からパージしたのだ。

 本体からパージされ、漂うシールドと、抱き着いたデンジャー・ザク・マイン。

 

 徐々にガンダム4号機から離れていく光景を目にしたマイン・ブレイカーは。

 先ほどの落ち着きから一転、一気にパニック状態に陥る。

 

「ちょ、ま! そそ、そんなのあり!? って、そうじゃなくて!? す、ストップ! 自爆中止!!」

 

 慌ててコンソールを操作し、自爆プログラムを停止させようとするも、カウントダウンは一向に止まらない。

 

「嫌だ! こんな間抜けな敗北なんて、俺は認め……」

 

 そして、程なくし、その瞬間は訪れた。

 デンジャー・ザク・マインから光が溢れた、次の瞬間。

 

 巨大な閃光が周囲を照らすと共に、衝撃波が周辺のデブリに襲い掛かる。

 

 その衝撃波は凄まじく、さほど距離の離れていなかったガンダム4号機も、これにより近くのデブリに打ち付けられる事となる。

 

 

 こうして、サンダーボルト宙域の一角に、儚くも煌びやかな光球が生まれ、程なく、マイン・ブレイカーの名を更に高める新たなる武勇伝の誕生と共に、露と消えた。

 

 

 

 

 

「やはりガンダムタイプの相手は駄目だな。やはり相手にするならボールやセイバーフィッシュなんかがいいな、ははは!」

 

 マイン・ブレイカー。

 その実力は決して高くはないものの、何処か憎めない愛嬌のある性格と、ザク・マインレイヤーの改造機を一途に使い続けるそのこだわりから、ジオンの名物プレイヤーの一人とされる人物。

 

 そんな彼は今日も、愛機デンジャー・ザク・マインと共に、この世界を駆け続けるのであった。




ただし、活躍できるとは言っていない。


ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第四十話 オデッサ、怒りのデス・マーチ

 

 秒針が規則正しいリズムを刻みながら、頂点を目指して動き続ける。

 やがて、秒針が頂点である十二の地点へと到達した刹那。

 

 多くのプレイヤー達が待ちわびたイベント、エマージェンシー・オブ・オデッサ開始の大号令が下されるのであった。

 

 

 

 イベントの開始と同時に、地上と宇宙で、早速激しい砲火が交わり始める。

 この日の為に準備してきた両陣営の参加戦力は、平原で、市街地で、海で、軌道上で、持てる火力を敵に向かい投射していく。

 

 東ヨーロッパ地方に広がる連邦とジオンの連綿と連なる最前線においては、特に至る所で戦闘音が鳴り響き、一進一退の攻防戦が繰り広げられている。

 それはまさに、戦闘音の聞こえない場所を探す方が苦労する程であった。

 

 そんな東ヨーロッパ地方の最前線の一角である、旧ウクライナと旧ポーランドの国境の一角。

 周囲を地平線の彼方まで続く田畑や草原等で囲まれた中に、幾つかの民家が立ち並ぶ集落が存在する、そんなのどかな風景が広がる場所で、連邦軍の攻勢を押しとどめるジオン軍の部隊。

 陸戦高機動型ザクを操るジオン軍パイロットは、倒しても倒しても湧いてくる連邦軍部隊に対して、コクピットの中で堪らず毒づいた。

 

「くそ!! 連邦の連中はラッドローチかよ!! 一輌見つけりゃ百輌はいるってか!!」

 

 地平線を埋め尽くさんばかりの61式戦車に、その間を縫うように進む各種ジムの数々。

 装備したザクマシンガン中期生産型が幾ら火を噴いても、61式戦車を何輌も火達磨にしても、次から次へと後続が現れる。

 まさに、終わりの見えぬ地獄であった。

 

「増援はまだなのか!?」

 

「それがまだだ──」

 

「っ! くそが!!」

 

 近くで戦う味方の陸戦高機動型ザクと通信を行っていた刹那、味方の陸戦高機動型ザクが突如爆発と黒煙の中に消える。

 それは、上空を我が物顔で飛び去った、連邦の鋼鉄の怪鳥の仕業であった。

 

「空軍の連中は何しているんだよ!!」

 

 空軍の情けなさを嘆きながら、彼は必死に戦闘を継続する。

 すると、ふと、対峙している連邦軍の大部隊の動きが止まっている事に彼は気が付く。

 

「何だ?」

 

 この不可解な連邦軍の行動に、疑問を浮かべていると。

 刹那、彼はレーダー画面に、連邦軍の大部隊の後方から高速で接近する反応がある事に気が付く。

 やがて、モノアイの補足可能範囲にまで接近した反応の正体を目にして、彼は愕然とした。

 

「で、電車ぁっ!!?」

 

 風切り音を響かせ田畑の中をひた走るのは、何処かクラシカルな外見を有した電車であった。

 戦場のど真ん中に突如として現れた電車の姿に、彼のみならず、付近のジオン軍将兵達は動揺を隠せない。

 

 連邦軍の大部隊の後方から現れた所を鑑みるに、電車を差し向けたのは連邦軍である事は確実だが。

 それにしても、連邦軍側の意図が全くもってつかめない。

 

 そんなジオン側将兵達の心情を他所に、まるでここが戦場である事を忘れさせるかの如く、悠々と線路を走る電車。

 その姿に、遂に一人のパイロットの堪忍袋の緒が切れ、装備するザクマシンガンのトリガーを引いた。

 刹那、放たれた一二〇ミリ弾は電車に吸い込まれるように飛来すると、当然のことながら防弾を考慮していない車体を安々と貫いた。

 

「え──」

 

 次の瞬間であった。

 突如、電車の内部から強力な光が溢れたかと思えば、巨大な炎と衝撃波が周囲に襲い掛かっていた。

 もはや防御する事も逃げる事すらも許されぬ一瞬の間に、周囲は炎と黒煙の立ち上る地獄へと変貌し、彼を含む多くのジオン軍将兵達を焦土の養分へと変貌させた。

 

「前進!」

 

 目の前で巻き起こった一連の光景を目にしていた連邦軍の大部隊は、程なく、指揮官の号令と共に障害の取り除かれた大地を、再びオデッサを目指し前進を再開させるのであった。

 

 このように、奇抜な方法でジオン側の防衛線を突破する連邦側だが。

 実は、この様な光景は、東ヨーロッパ地方の最前線の各所で同様の光景が見られていた。

 そしていずれも、その肝となっていたのが、電車であった。

 

 

 そう、これこそ、今回のエマージェンシー・オブ・オデッサの開始に合わせて連邦側が用意したジオンの防衛線突破の為の秘策の一つ。

 その名も"無人電車爆弾"である。

 ミノフスキー粒子により、従来の長距離からの無人機を用いた複雑で繊細な攻撃が行えなくなった現状において、線路上と言う制約はあるものの、裏を返せば、線路が目的地までつながっていれば確実に到達することが出来る。

 また、電車と言う、兵器とは正反対な性質の物を用いる事により、ジオン側の警戒感を緩ませる。

 ヨーロッパ一円に整備された鉄道網を利用し、無人走行可能に改造した電車に、電車の持つ強力なペイロードを用いて大量の爆弾を満載しジオン側の防衛線にぶつけ、突破口を作り出す。

 

 この様に無人電車爆弾を用いて防衛線突破を図る作戦を、連邦側は、ローマ神話のワインの神様である"バックス"、日本では英語読みのバッカスとも呼ばれるそれにちなんで、"バックス作戦"と名付けていた。

 

「進めぇーーーっ!! ヒャッハーーーーーッ!!!」

 

 そして、バックス作戦は成功を収めていた。

 無人電車爆弾を用いて一時的に生じた突破口から、連邦軍の部隊が次々と進出していた。

 その中の一つに、奇妙な集団の姿があった。

 

「進めーーーーっ!! 我らが偉大なる61式戦車(ロクイチ)の素晴らしさをジオンのモビルスーツパイロット(異教徒)共に思い知らせてやるのだぁぁぁぁぁっ!!!」

 

61式戦車(ロクイチ)を讃えよ!! たたえよぉっ!!!」

 

「「「61式戦車(ロクイチ)!! 61式戦車(ロクイチ)ッ!!」」」

 

 見事なまでのパンツァーカイルを形成し、巨大な土埃を巻き上げながら草原を突き進むのは、61式戦車の集団。

 しかし、その集団の61式戦車は、他の61式戦車とは明らかに一線を画す見た目をしていた。

 

 まず目につくのは、車体の各部に取り付けられた棘状の突起物、鎖や槍に髑髏をあしらった物や、鉄板などの不釣り合いな追加装甲。

 極めつけは、連邦軍の軍服を着崩し、金属製のマスクや棘の付いた肩パッドやモヒカンヘアー、更には現実であれば懲戒処分の対象は確実な、顔に揃いのタトゥーを入れた者達がタンクデサントしている。

 

 その姿は、もはや規律と秩序を重んじる軍隊ではなく、ポストアポカリプスな世界からやって来た無法者たちそのものであった。

 

 だが、そんな世紀末然な姿をした彼らも、れっきとした地球連邦軍の一員である。

 厳密にいえば、地球連邦側でプレイしているプレイヤー・ギルドの一つ、その名を"チャイルド・オブ・ロクイチ"。

 通常兵器である61式戦車を愛する愛好家プレイヤー達により活動しているギルドである。

 

 そして、そんなギルドを束ねる首領を務める者の名は、アトム・ザ・ジョー。

 パンツァーカイルの中心を進む、車体前面に火炎放射器を設置し、ギルドのマークが描かれた旗を翳し、拡声器を取り付けた砲塔を有する改造61式戦車、別名ヌカ・ビクトリー号。

 その砲塔の上部、そこに取り付けた椅子に王座に座る王の如く腰を下ろしている、髑髏を彷彿とさせる独特のマスクを被ったその人である。

 

「友よ!! 同志達よ!! 進め! 61式戦車(ロクイチ)のお導きのもとに!!」

 

「敵だ! 新鮮な鉄屑()だ!!」

 

「ヒーロー気取りか、えぇ!?」

 

「ハッハーッ! やったぞ!」

 

「俺達はカッコイイ!!」

 

 チャイルド・オブ・ロクイチは草原を突き進む、道中彼らを止めようとしたマゼラアタックを何輌か火達磨と鉄屑に変え、歩兵達を薙ぎ払いながら。

 だが、そんな彼らの快進撃も、そう長くは続かなかった。

 

「何だ?」

 

 突如、何処からか聞こえた発射音と共に、前方に大量の煙幕が現れる。

 しかし、アトム・ザ・ジョーは大量の煙幕に臆する事無く、前進を命令。

 チャイルド・オブ・ロクイチは、程なく煙幕の中へと突入していく。

 

 煙幕の中は当然ながら視界は最悪で、アトム・ザ・ジョーの視界には自身が乗るヌカ・ビクトリー号以外、他の世紀末61式戦車の姿は全く見えない。

 しかし、前進を続けているので何れはこの鬱陶しい視界ともおさらばできる、と、思った矢先。

 

「ぬ!?」

 

 突如、発砲音が響くと共に、少し遅れて爆発音が張り響く。

 しかも、発砲音は61式戦車の主砲の発砲音ではなかった。それは彼らにとって忌むべき機械の巨人が持つ武器の発砲音。

 

「同志達よ! 敵だ! モビルスーツ(異教)の化身を排除せよ!!」

 

 刹那、アトム・ザ・ジョーはマイクを手に取ると、周囲の世紀末61式戦車に指示を飛ばす。

 拡声器により増幅した彼の声が響き渡るも、それをかき消すかの如く、爆発音が断続的に響き渡る。

 

「なに!?」

 

 と、直後に、彼は眼前を横切るそれを目にした。

 煙幕の中、うっすらと輪郭しか見えなかったが、吹き飛ばされるように眼前を横切ったのは、間違いなく彼が愛して止まない61式戦車であった。

 

 やがて、漸く視界を遮っていた煙幕が晴れ、視界が戻ると。

 そこで彼が目にしたのは、見事なまでにパンツァーカイルを形成していた筈の他の世紀末61式戦車が、何処にも見当たらず。

 代わりに、目の前の草原に立ちはだかる、一体の黒い機械巨人の姿であった。

 

モビルスーツパイロット(異教徒)よ、よく聞くがいい!! 例え我らの肉体を地獄の業火で焼き払ったとしても! 我らの魂は──」

 

 刹那、黒い機械巨人が手にしたMMP-80が火を噴き、彼の最後の言葉を言葉をかき消すと、彼の肉体をヌカ・ビクトリー号と共に炎と黒煙の中へと消し去るのであった。

 

 

「こちらユーリアン、最後の一輌を撃破」

 

「了解だ。ったく、それにしても、オデッサは本当に地獄だな……」

 

 黒い機械巨人のパイロットは、報告を終えると、ふと、眼前のメインモニターが映し出す光景に視線を移す。

 そこには、燃え盛るヌカ・ビクトリー号を先頭に、草原に広がるチャイルド・オブ・ロクイチの無残な有様と共に、下手人である仲間の機械巨人の姿が映し出されていた。

 そんな光景を目にして、黒い機械巨人のパイロットはその通りだと、心の中で頷くのであった。

 

 

 

 

 チャイルド・オブ・ロクイチの進出を止めたと言っても、それは全体の中のほんの僅かな勝利にしか過ぎない。

 

「くそ! 後方に待機させていた予備兵力を投入しろ! 急げ!」

 

 担当地域に無人電車爆弾を用いた攻撃を許してしまったマーコックは、後方にある基地の司令室で苦々しく指示を飛ばしていた。

 

 報告を受け取った当初は、まさか電車を無人自爆兵器として転用しているなど思いもしていなかったが。

 無人電車爆弾によって出来た突破口から、連邦軍の部隊が次々に突入を始めていると知るや、防衛線が総崩れになる前に何とか突破口を塞ぐべく、慌てて動き始めるのであった。

 

「ち! マーチ流しやがって!」

 

 指示を飛ばし終えたマーコックは、珍しく忌々しさを隠すことなく、その胸の内を吐き捨てた。

 だが、そう思っているのは、マーコックだけではなかった。

 

 今回の作戦の司令部であるオデッサ基地の司令部でも、各地から舞い込んでくる無人電車爆弾の被害と防衛線に開いた突破口の対応に苦慮するのであった。

 エマージェンシー・オブ・オデッサは、開始早々から、ジオン側にとって苦難の時となっていた。




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第四十一話 HELLDIVERS For You

 地上で連邦側が無人電車爆弾という奇策を用いた作戦を展開している同じ頃。

 地上より遥か上空、オデッサを遥か眼下に望む衛星軌道上周辺の宙域は、今や、ジオン艦隊と連邦艦隊による大規模な艦隊戦の舞台と化していた。

 本来であればイベント時は降下阻止の為の攻撃は不可能なのだが、ジオン側は、攻撃制限の設けられている宙域に進入する以前の段階で迎撃を行う事により、降下を阻止する腹積もりであった。

 

 光り輝く光球の数々、その間を飛び交う光の軌跡。

 そして、舞台を彩るジオン・連邦、両陣営の戦士達。

 

 その中に、この日の為にコツコツと準備してイベント開始直前に漸く新調した後期生産型ムサイ級、個艦名エムデンII(ツヴァイ)に座乗するカルクルとルーターの姿があった。

 

「ははは! コイツはいいぞ! 何処を向いても敵艦ばかりだ、撃てば当たるぞ!」

 

 巨大スクリーンに映し出される映像を目にし、司令席に座るカルクルは愉快な様子で叫んだ。

 

「先輩、これって単に、我々が突出し過ぎているだけでは?」

 

「……あ、し、しまった! 後退、全速後退!」

 

 しかし、脇に佇んでいたルーターの冷静な一言に、カルクルは直ぐに顔を青ざめると、直ちに後退を指示するのであった。

 折角新調したエムデンII(ツヴァイ)を失わない為に。

 

 

 

 

 この様に、大規模な艦隊戦が展開されている周辺宙域の中。

 主戦場となっている周辺宙域を迂回するような進路で航行を続ける、護衛のサラミス級数隻に護られた、一隻のコロンブス級宇宙輸送艦の姿があった。

 ジオン側からの目を避けるように、航行を続けるこの艦艇群が目指す先は、当然、攻撃制限が設けられた宙域である。

 

「間もなく本艦は降下ポイントに到着する、パイロット各員は直ちに降下準備を開始せよ! 繰り返す、間もなく本艦は──」

 

 艦艇群の中心であるコロンブス級の艦内にアナウンスが響き渡る中、広々とした格納庫を見渡せるパイロット達の待機室内では、パイロットスーツに身を包んだパイロット達が慌ただしく準備の為に待機室から格納庫にへと向かっていた。

 

「にしても、艦隊組はよくやってるよな」

 

「そりゃ、久々の大規模イベントだ。張り切るのは当然だろ」

 

 そんな中、待機室内に残っていた数人が、室内の壁に設けられた戦況モニターを見つめながら談笑を行っていた。

 戦況モニターには、自分達降下組の宙域到達を援護すべく奮戦する友軍艦隊の状況が映し出されている。

 

「何をしてるんだ。お楽しみのダンスの時間だぞ、さっさと準備しろ」

 

 すると、待機室内の自動ドアが開かれ、二人の人影が待機室内に入室する。

 片方の人影である壮年男性は、談笑を行っているパイロットを見るなり、彼らに準備に取り掛かるように促した。

 

「あぁ、バッカスさん。これはあれですよ、俺達の為に頑張ってる艦隊組に、敬意を払ってたんです」

 

 あまり聞き訳がいいとは言えない態度のパイロットだが、バッカスと呼ばれた壮年男性は慣れた様子で受け流すと、再び準備に取り掛かるように促すのであった。

 

「りょーかいです。っと、ヴェロニアさん、今日も相変わらず美しいっすね。どうです、このイベントが終わったら、俺と個人的な楽しいダンスを──」

 

「あらグレイン。私は無駄なお喋りで口がよく動く男より、黙って降下準備を行うような男が好きなの。分かったらさっさと行って」

 

「へいへい」

 

 グレインと呼ばれたパイロットは適当な返事を返すと、バッカスと共に待機室に入室してきた壮年女性、ヴェロニアと呼ばれた彼女に鼻の下を伸ばしながら口説き文句をかけるも。

 当のヴェロニアはあしらう様な返事と共に、催促の言葉を零すのであった。

 

「起きろ、ルーキー! 出撃準備だ、モタモタするな!」

 

 二人から催促され、内心ご機嫌斜めだったのだろう。

 グレインは、近くの椅子でヘルメットを被ったまま転寝していたパイロットのヘルメットを叩き乱暴にそのパイロットを起こすと、苛立った声で呼びかけるのであった。

 

「気にするな、アイツはああいう奴だ、さ、行くぞ」

 

「……うっす」

 

 待機室を後にするグレインに続くように、ルーキーと呼ばれた者も含め、他のパイロット達も待機室を後にする。

 こうして室内に残ったバッカスとヴェロニアは、邪魔者がいなくなったのを確認すると、言葉を交わし始めた。

 

「ヴェロニア。今回の攻撃、どう思う?」

 

「どうも何も、私達はいつも通りやるだけよ。なによバッカス、いつもの貴方らしくないわね」

 

「そりゃそうだろ。今回は今までの様な前線基地や補給拠点とは訳が違う、ジオンの地球方面軍の司令部だぞ、ガードの固さはこれまでの比じゃない」

 

「それでも、あえて"地獄に飛び込む"のが、私達"O.D.S.T."でしょ?」

 

 今回の降下に不安を抱いていたバッカスに諭すかのように、ヴェロニアは語り始めた。

 Orbit Divers Specialist Team(O.D.S.T.)、軌道降下専門チーム。別名、ヘル・ジャンパー。

 その名の通り、敵地の背後、或いはど真ん中へと軌道上から降下し攻撃を仕掛ける事を専任とするプレイヤー・ギルドである。

 

 使用する戦法から、所属するプレイヤーは荒くれ者など、態度に難のある者が多いが、その分、技術面に関しては平均して高い。

 最もその分、機体の損耗率に関しても、平均して高い傾向にある。

 

「そうだったな。俺達はヘル・ジャンパー。例え飛び込む先が本当の地獄でも、喜んで飛び込むのが俺達だ」

 

 ヴェロニアの言葉を聞いて、或いは彼女に自身の不安をぶつけた事によってか。

 バッカスは不安が拭い去った様だ。

 

 そして二人も、程なく自らの準備を進めるべく格納庫へと向かうのであった。

 

 

 

 O.D.S.T.を乗せたコロンブス級は、やがて降下ポイントである軌道上の宙域の到着すると、両弦に設けられた側面ハッチを開放し降下用ポッドの降下準備に取り掛かる。

 

「姿勢制御開始、O.D.S.T.各員は、最終確認を実行。フライングコフィン、降下カウントダウン開始──」

 

「全員よく聞いてくれ。今回の我々の役目は事前のブリーフィングで話した通り、後続の降下部隊の本隊に先立ち降下、本隊の安全を確保するべくジオンの対空砲火を可能な限り無力化する事にある。故に、我々の担う役割は大変重要である。命知らずの諸君! 力の限り戦い尽くし、使命を果たせ!」

 

 所属するプレイヤー達が薄暗いコクピット内で聞いたのは、O.D.S.T.の軍団長である男性からの有難い訓示であった。

 軍団長は一旦言葉を切ると、程なく、再び口火を切った。

 

「地獄に自ら飛び込む命知らずども、準備はいいか!!?」

 

「「We are O.D.S.T.!!!!」」

 

 軍団長からの檄にプレイヤー達のやる気が最高潮を迎えた所で、降下開始を告げるカウントダウンがゼロへと近づく。

 

「ツー、ワン、ゼロ! フライングコフィン、パージ開始!」

 

 降下開始を告げる声と共に、側面ハッチからせり出したハンガーに降下用ポッドを固定していたボルトが外れ、衝撃と共に降下用ポッドは大気圏に吸い込まれていく。

 

「よぉ、ルーキー! 初めてのダンスは楽しんでるか!?」

 

「う、……うっ、す」

 

「そいつはよかった。ハハハハッ!!」

 

 大気を突き破る振動に揺れるポッド内。

 同じ降下用ポッドに同乗する事になったルーキーに、グレインは楽し気に言葉を交わす。

 一方、ルーキーと呼ばれた、まだO.D.S.T.に加入して間もない彼は、楽しむ余裕もあまりなく、大気の重圧に押しつぶされて動かせないかの如くその表情は固い。

 

 流星群の如く、ダミー用の物を含め轟音と共に澄み渡る濃紺色の空を切り裂くその降下ポッド群は、HLVとは形状も大きさも異なるO.D.S.T.専用のポッドである。

 卵と言うよりも弾丸に似た形状の外見を有するこの降下ポッドは、その見た目通りHLVよりも空気抵抗が少なく、その為降下速度もHLVよりも早い。

 また、大きさもHLVよりも小さい為、搭載可能なモビルスーツの機数も二機と、HLVよりも少ない。

 

 そして、そんな専用降下ポッドは、対空砲火による被害を最小限に抑える為、高度一万付近まで一切の減速を行う事無く、地上目掛けて世界で最も早くてスリル満点なダンス(大気圏突入)を行うのである。

 

 故に、そんな専用降下ポッドの事を、所属するプレイヤー達は空飛ぶ棺桶(フライングコフィン)と呼んだ。

 

「高度一万! ルーキー!! さぁ、フィナーレだ!! 舌噛むなよ!! もっとも、舌噛んでもゲームだから死なねぇけどな!」

 

「う、うっす!」

 

 やがて、地上からの激しい対空砲火が周囲の青空を赤黒く照らす中、専用降下ポッドは減速用のロケットを噴射させる。

 刹那、ポッド内のパイロット達にシートにのめり込むのではないかと思わせる程の圧力が襲い掛かる。

 

「ヒャッーーーホォォォォォォォォォッッウ!! ヤッハァァーーーー―ーッ!!!!」

 

 だが、それを乗り越えれば、次に訪れるのは圧倒的な解放感。

 減速中も止まる事無く降下を続ける専用降下ポッドは、やがて高度三千に到達すると共に、その大気圏突入にも耐えうる強固な殻を弾け飛ばした。

 

 そして、己を包んでいた圧倒的な閉塞感から解放され、メインモニターを通じて地平線の先まで広がる圧倒的な大地の光景を目にし。

 グレインは、痛快な心の声を叫んだ。

 

「ルーキー!! 楽しんでるかぁっ!!? 楽し過ぎてちびってねぇよな!?」

 

「ち、ちびってないっす!」

 

「まぁ、ゲームだからどっちでもいいけどな!」

 

 高度三千で次々とその殻を弾け飛ばし分解する専用降下ポッドから次々と姿を現したのは、原作において一年戦争末期に、空挺降下作戦用に胸部とバックパックにスラスターとプロペラントタンクを増設する等の改修を施されたジム。

 形式番号RGM-79V、ジム・ナイトシーカーであった。

 

 O.D.S.T.所属を意味するインディゴブルーに塗装されたジム・ナイトシーカー達は。

 分離後に再加速用のロケットを点火させ、降下地点の安全確保の為の露払いとして運動エネルギー兵器と化した専用降下ポッドを見送りながら、味方の反応を確認していた。

 

「バッカスよりヘル・ジャンパーズへ、全員欠けずに揃ってるな! これより最終降下ポイントをSB2に設定、ポイント到着後は、直ちに周囲の対空砲火を破壊する!」

 

「「了解!!」」

 

 威勢のいい返事が聞こえ、バッカスは自然と口角を上げた。

 しかし、それも一瞬の事。次の瞬間には、険しい表情へと再び切り替わるのであった。

 

 そう、本当の地獄は、これから始まるのだから。

 

 

 

 

 O.D.S.T.は一機も欠ける事無く全機無事に最終降下ポイントへと到着。

 その後予定通り、周囲の対空砲火に対する攻撃を敢行した。

 

 しかしながら、肝心の降下部隊本隊は、ジオン艦隊の猛攻の前に降下宙域に辿り着けず、あえなく降下を断念する事となった。

 

 そして、敵地のど真ん中に取り残される事となったO.D.S.T.も、孤軍奮闘したものの、その後無事に友軍と合流を果たす事はなかった。




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