やっと会えた。 (サラメンス)
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1

四葉推しでございます。見切り発車。


「新郎様、起きてください。新婦様のご準備が整いましたよ」

 

 目が覚める。ゆっくりと意識が覚醒していく。こんな大事な時に寝ているなんて、自分でも少しおかしいとは思う。まぁでも、支度に時間がかかっているので仕方ない気もする。

 

「あなた。行きましょうか」

 

後ろから声をかけられる。どうやら準備が出来たみたいだ。振り返るとそこにはウエディングドレスを身にまとった美しい彼女がいた。化粧と衣装も相まってか、いつもと違う彼女に胸がうるさくて仕方ない。

 

そこまで考えて、さっきまで見ていた夢を思い出した。君と出会った高校二年生の時の、あの夢のような日々を。

 

 

 

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

 いつもと同じ決まりきった注文を告げる。学食のおばちゃんはああまたか。と慣れた手つきで俺に配膳する。そんな俺を見てなんだあいつは、等と言う人間がいるがそんなことは大した問題ではない。

 

この学食では焼肉定食の焼肉抜きを注文することにより、ライスと同等の値段を有しながらお新香とみそ汁が付くのだ。こんなお得な物を知らないなんてあいつらは人生を損しているに違いない。

 

また、水も飲み放題であることから学食は最高である。そう結論付けるを得ないだろう。水を注ぎ、胃の中に流し込む。うん美味しい。

 

「あ、ワリ」

 

後ろから比較的大きめの衝撃を感じる。この程度、体を鍛えておらず体力に一抹の不安が残る俺でもなんてことは無い。平常時なら、の話だが。

 

水を飲んでいた俺には致命的な一撃となった。顔にかかる冷たい感触。ご機嫌だった俺の心が一瞬にして冷静になる。足早に立ち去っていく件のヤツを尻目に、学食は最悪だ。そう結論を修正した。

 

気分が落ち着いた俺には陰口が良く聞こえる。一人だから何だと言うのだろうか。一人の素晴らしさをわからない彼らとは恐らく、二度とかかわることは無いだろう。故に気にする必要はない。

 

 

 

 いつもの席に腰を下ろそうとしたとき、左から自分のところに座ろうとする少女を見つける。ここは俺が毎日座っている席だ。機嫌が少々悪く、大人げないが彼女には席を移ってもらおう。

 

「「あの」」

 

声が被る。少し、いやそこそこ恥ずかしい。少女はきまりが悪そうに顔を俯かせている。よくよく見てみると、少女の身にまとっている物はこの学校の制服ではない。転校生だろうか。少し色が入った髪をそのままおろしている。

 

いつの間にか陰口に対して感じていた怒りは鳴りを潜め、寧ろ彼女に対しての申し訳なさを感じてしまっていた。転校して早々、知り合いもいないだろう。そんな中、席を見つけたと思えば絡まれる。不幸でしかないだろう。

 

「すまんな。俺が席を移る」

 

「いえ、こちらの方が申し訳ないことを。席を移るのは私です」

 

この女、お人好しか引っ込み思案なのか。あるいは恥ずかしがり屋か。俯いたままでそう口にする。間違っているのは俺だからそうしてもらう訳には行かないだろう。

 

「いや、見たところお前転校生だろ。色々と疲れているんじゃないか。それにこの食堂は席が早々空かない。これは運が良かっただけだ。ここに居ろ」

 

「見ず知らずの方にそんな親切をしていただいたという事実だけで十分です。ありがとうございます。私こう見えて体力があるので平気です」

 

ああ言えばこう言う。親切の押し付け合いをしている内に自分たちが目立ってしまっていたことに気が付く。彼女はより顔を俯かせる。これは嫌だな。

 

「あの、これ恥ずかしいですし新しく席を見つけるのも大変そうなんで一緒に食べましょう。勿論ご不満ならいなくなりますよ」

 

そこまで言わせてしまっては人としてどうかしてるだろう。俺は会釈をし、同席する。飯を食べながら彼女をこっそり観察する。さっきの一件で少し興味が湧いたからだ。自己犠牲というかそういうところが特に。勿論勉強もしつつ彼女を見ていることは隠して、だ。

 

見たところ彼女のお盆に乗っているのは水とおにぎりだけのようだ。俺が言うのもなんだが、少ないような気もする。ダイエットするほどの体型にも見えないし、よくわからん。もっとよく観察をしようと思った時、こちらに話しかけてくる。以前俯いたままではあるが。

 

「勉強、お食事中もするなんてすごいですね。私では真似できません」

 

「そんなことは無い。昔は勉強もしていなかったしバカだったからな」

 

おかしい。なぜこんなことを言ってしまうのだろう。少し考えた程度では思いつかない。楽しいのは自分語りしている方だけなのに。考え事をしていたからだろうか、テストを見せて欲しいと言われ、特に何も考えず渡してしまった。

 

 

 

 先ほどまで落ち着いていた彼女が何故だか動揺している。俺のテスト用紙を握りしめながら。何かまずいことをしただろうか。彼女の一挙一動に注目していたからか、騒がしい食堂でも、次に言う言葉が鮮明に聞こえた。

 

「風太郎君なの」

 

恐らく意図して言ったわけじゃないだろう。俯いた顔を初めて上げながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。何だろう、初めて見る顔のはずなのになぜか既視感がある。芸能人に似ているとかそういう類では無いだろう。俺の直感がそう断言する。なら、俺を風太郎君と言う少女を考える。少し考えて直ぐに思い出す。あの時、俺を救ってくれた彼女を。

 

「わ、私行くから。今日はありがとう」

 

足早に去ろうとする。先ほどまでの口調が崩れている。間違いなく()()()に似ている。慌てようからしてほぼ間違いないだろう。やっと会えた。やすやすと逃がすつもりはもちろんない。色々と話したいことがあるからな。

 

「オイ待て。お前、もしかして」

 

言う前に彼女は走り去っていった。追いかけようとするも足が速すぎて追いつけない。俺は一応男なんだがな。テーブルに座り直し、生徒手帳を懐から出す。写真を確認して間違いではないことを悟る。彼女には逃げられたが、同じ学校にいる以上、いつかは会えるだろう。

 

ポケットから振動が伝わり、滅多に鳴ることのない携帯に連絡が入る。らいはか親父だろう。連絡の内容は、家庭教師のバイトを俺がやること。相場は三倍だという事。その生徒は俺の学校に転校してきて、かつ同級生だそうだ。借金が無くなりそうなことも嬉しいが、もっと嬉しいことがある。彼女とは意外と直ぐに会えそうだ。

 

 

 

「中野四葉です。よろしくお願いします」

 

小さな声でそう言い、ゆっくりと自分の席を目指す。どうやら俺に気付いたようだ。あからさまに表情を変える。そんなに悪いことをしただろうか。何にせよ言う事がある。可能な限りの笑顔で、

 

「さっきはありがとう。5年前もありがとう」

 

そう言った。



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2

まだエタらず。


 避けられている。間違いなく偶然やそこらで片付けてもいい範囲では無いだろう。比較的友好的なファーストコンタクトだっただけに避けられる理由がよくわからない。初対面なら、の話だが。

 

俺が彼女にあの時の話をした途端に様子が変わって急に逃げられた。それはとどのつまり俺たちが昔あったことがあるという事の肯定というわけで。今の俺があるのはあの娘、四葉のおかげなのでどうにかしてちゃんとした形でお礼がしたい。あの時の約束を守るためにもうかれこれ何年も頑張って来たのだ。

 

彼女はあまり社交的ではない。転校生でかなり可愛いという事で初日こそ人が集まっていたが現在は特に人がいるということは無い。彼女自身の消極的な姿勢と、いつもフラフラっとどこかに行ってしまうこともあり、あっさりと群がる虫は消えた。片方の理由に関しては俺から避ける為だろうし少しは申し訳ないと思うんだが、数年間憧れ続けていた人にやっと会えたのだからこうなるのも仕方ない。

 

実際、今の昼休みも鐘の音が鳴ればすぐさま消えていった。家庭教師としてどっちみち会うのだから今ぐらいは良いのかもしれないが、やはり癪だ。食堂に向かいながら昨日の事を考える。あっさり逃げられたことも受けて彼女の運動神経は相当いいということは正しいだろう。なのにあれだけしか食っていないという事はガス欠になる可能性も高いだろう。俺だって腹減ってるし。

 

 

 

 少し辺りを見渡して目的のそれを発見する。やはり飯は少ない。顔色もそんなに良くなかったしちゃんと食わなきゃダメだろと思う。俺が言うなって話だが。どうやらあちらにはバレてはいないようなのでいつもの焼肉定食焼肉抜きを受け取り、こっそり近づく。遠くから声をかけてもすぐ逃げそうだし。

 

かなり近くまで来た。後は後ろから声をかけるだけだ。そんな矢先、俺の進路を遮る女が現れた。四葉か。いや違う。その女の直ぐ向こう側にいることは確認できるから、四葉によく似た女で間違いないだろう。何の用だというのか。

 

「すまない。俺は用事がある。そこを避けてくれないか」

 

「嫌よ。私は貴方と話したいことがあるの。勿論同席してご飯食べますよね」

 

双子か。一目見て一瞬間違えそうにはなったが全くの別人だ。目が強気な心を表すが如くつり上がっているし、着崩した制服から遊んでそうな感じもする。そもそも蝶をもじったような髪留めなど付けてはいないはずだ。となると何の用だ。妹か姉かは分からないが家族に手を出そうとしている男を見て黙っていられないといった所だろうか。四葉を諦めたくは無いが放課後にどのみち会うのだから今は目先の問題を解決すべきだろう。姉妹に事情を話せばあっさり解放してくれるだろう。俺は了承した。

 

 

 

 姉妹と言えど、食べるものは違うのか彼女はパスタを食っている。なんかお洒落だ。こいつも転校生だよな。もしかしてこいつに教える可能性も出てきたのか。ぶっちゃけ気まずいし黙っているのも面倒なのでさっさと本題に入ろうとする。すると先にあちらから声をかけてきた。

 

「単刀直入に言うわ。ストーカー。四葉に金輪際近づくのを辞めてもらうわ」

 

「俺の名前はストーカーではない。上杉風太郎だ。初対面の相手には自己紹介をするべきじゃないか」

 

きわめて正論を装い返答する。十中八九親族なのだろうがよく似た他人と言う可能性も捨てきれない。今は確信が欲しい時だ。

 

「上杉風太郎ねぇ。どっかで聞いたことがあるような」

 

「ん?」

 

「ああ、私の名前は中野二乃。一応よろしく。四葉の姉よ」

 

俺の自己紹介に思いがけず口を滑らす彼女。まず間違いなく俺の名前は中野家に知らされている事だろう。では何故四葉はわざわざ逃げているのだろうか。思考の海に浸かろうとした俺を二乃が引き上げる。

 

「そんなことより、四葉に何しているの。昨日、食堂で貴方がナンパして失敗したからってずっと追いかけてるじゃない。しつこい男は嫌われるよ」

 

もう面倒だし真実を話すことにする。五年前の事は話さなくてもいいだろう。別に隠し事は嘘では無い。

 

「俺は中野四葉の家庭教師をすることになった。今日の放課後から家に行く。相場の三倍だから三人教えることまでは考慮しているが、お前には教える必要はなさそうだ」

 

「そういえばパパが家庭教師が来るって言ってたわね…名前に聞き覚えがあったのも納得したわ」

 

もう面倒だ。俺は腰を上げる。こいつには誠意が足りない。理由があったとはいえ、初対面の人間に犯罪者呼ばわりした上にそれを謝ろうともしない。話すだけ時間の無駄だろう。こいつとこの後顔を合わせるだけで少し鬱になりそうだ。

 

「話したいことはそれだけだな。誤解も解けただろ。それじゃあな」

 

「ま、待って。ちょっと。行かないで」

 

「なんだ。俺なんかと一緒にいたら迷惑だろ」

 

「ストーカーとか言っちゃって、その、ごめん。四葉のこと考えてて、周りが見えてなかった。四葉の事よろしくね。何かしたら承知しないから」

 

それだけ言って彼女は去って行った。なるほど。素のところは四葉と同じなんだろう。安心してくれ。変なことはしない。少し昔話をするだけだ。

 

 

 

 結局放課後になっても彼女は捕まらなかった。避けられ続けるのも中々に辛いものだ。クラスメイト、過去の人としてではない家庭教師として会ったならば、流石に逃げないだろう。そう思いたい。

 

念の為彼女の父に契約内容を聞くと、教える娘は中野四葉。四葉以外に俺の名前は教えてある。塾や予備校などでも成績が上がらなかったため相場の三倍だという事らしい。四葉にだけ教えなかったのには、彼女は警戒心が人一倍強いから、だそうだ。その通りであろう。

 

足取りも軽やかに目的地に向かおうとすると、正面に三人の少女を見つける。四葉と二乃と、ん?おかしい。一人多い。このもやもやは早いところで解消しておきたい。少し歩を進め、追いつく。

 

「あの、すいません。中野四葉か中野二乃ですか。ちょっと用事がありまして。私は上杉風太郎と言います」

 

少女たちは一瞬俺の言葉を聞き、顔を見合わせた後、破顔する。似ているというかドッペルゲンガーと言った方が良いだろう。もしかして。頭が痛くなってくる。

 

「もしかして貴方たちって五つ子ですか」

 

「うん。そうだよー。昔からよく似てるって言われるんだ」

 

ショートカットでどこか人を見透かした目をした目の女がそう回答する。正直現実にあり得るのかというレベルだが、実際に起こってるので事実として受け止めるしか無かろう。

 

「私は一花。一応長女です。上杉君はしっかり者の私に相談するんだぞ。ちなみにこっちのヘッドフォンをかけたこの娘は三玖。この髪留めを着けている娘は五月。皆自慢の妹だよ」

 

会釈をする二人に俺もそれに倣う。今さらっと出た俺の名前から、俺が何故声をかけたのか理解したのだろう。にしてもこいつらを見分ける自信がなくなってきた。四葉は一発だろうが他が難しそうだ。

 

「そんなに悩まなくても大丈夫です。じきに慣れるでしょうから。では家まで向かいましょうか」

 

考え事をしていた俺に助け舟を出すように五月と言われた少女が話す。言われるようについていくべきだろう。三玖とかいう何を考えているのかよくわからないやつとも一言くらい話すべきだろう。

 

「中野三玖。これからよろしくな」

 

「別に私はよろしくされる必要は無いし…」

 

あっさりと拒絶されてしまった。まぁ本人がそういうのだ。無理する必要もないだろう。

 

 

 

 部屋の前に来たところで、先ほどまで世間話をしていた一花が声のトーンを少し下げて念を押すかのように語る。

 

「その、ね。四葉は色々とデリケートだから優しく頼むね」

 

「任せて下さい。彼女の成績をより一層上げて見せます」

 

聞くところによると、四葉以外の姉妹はかなり頭がいいらしい。俺ほどでは無いが、8、9割は毎回安定して取れているようだ。姉妹の中で肩身の狭い思いをしているだろうし、この水準までは上げて見せる。

 

「ただいまー」

 

「おかえり、一花。今日は家庭教師の人が来てくれるみたいだし急いで急いで」

 

「それなんだけど、もう来ているの」

 

「うぇ、そうなの。じゃあお迎えしないと、家庭教師の方。今日からよろしくお願い…しま…」

 

俺の顔を見た途端一気に表情が暗くなる四葉。姉と同じような態度でいてくれ。できれば。

 

「今日から家庭教師として中野四葉さんを教えることになりました。上杉風太郎です。今後ともよろしくお願いします!」

 

さあ、これからだ。



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3

ありがたいことに感想を貰ったのでヤンデレ出すまではエタれない。


 気まずい。沈黙が辺りを支配し、顔を合わせるのも辛い。あの後どうにかして逃げようとした四葉を二乃がキッチリ捕獲してくれた。勉強が得意ではない彼女がこういう行動に出るのは想定済みだったとか。大人しい感じに俺には見えるわけだが、姉妹の前だけで見せるアグレッシブさがあり、その時が彼女の素なのだろうか。姉妹の中での立ち位置が知りたいので今度コッソリ二乃に聞いておこう。一番話しやすいし。

 

姉妹全員に挨拶も済んだかは分からないが、今現在は一番楽に使える個室という事で四葉の部屋にいるわけだ。別にリビングでもよかったのだが気を回してくれたのかそういう事になった。当初の予定としては、適当に挨拶をし、実力を測る為軽く小テストをするという流れだったが、これはちょっとどうするか迷う。プランを変えるべきか。別に俺は頭がいいだけで家庭教師の経験はない為判断に迷う部分がある。

 

とりあえず空気を変えるために適当に雑談でもしようかと、自分ではとりあえずで済ませないくらいの難題を考え始めたところで彼女から仕掛けてくる。

 

「き、昨日から先ほどまでの非礼をお詫びします。その、気持ちの整理がなかなかつかず、問題をどんどん先延ばししていました。色々考えましたが、今までの事はなかったことにして今日初めて私たちは会ったということにしましょう。その方がお互いにとって良いはずです。家庭教師よろしくお願いしますね、()()()()

 

何を言ってるんだコイツ。

 

「え、ダメでしたか。申し訳ありません。どうしましょうか」

 

あ、口に出ていたか。まさかそんなことを言われるとは想定していなかった。ふむ。関係を解消して再構築か。真意がいまいち見えない。ちゃんとした考えがあるなら尊重したいんだが、どうなんだろうか。

 

「いや、不服ってわけじゃないが、俺にとってあの時は今までずっと糧として生きてきた良い思い出なんだ。それでその時の思い出の人に会えたのに初対面レベルになるって悲しいぞ」

 

俺の言葉を聞き、サーっと一気に顔が青くなる。こうもコロコロ表情が変わるのは見ていて面白い。何となく四葉に一番似合う表情は笑顔だと思うのでそっちの方が見たいんだが。というか昔かそんなキャラだっただろうか。俺自身もだいぶ変わったから人のことは言えないが、猫を被っていそうな気がする。

 

彼女はあまり気持ちのいい話ではありませんが、そう前置きをし、そこまでに至る経緯をぽつぽつと話し始めた。

 

 

 

 搔い摘むと、あれから母が死んでどうにも精神的に不安定だった状態が続いたらしい。皆とは違う自分、皆よりも優れた自分。それすなわち他人から求められることを何よりの幸福として悲しみを忘れようとしていたそうだ。今はこんな風なので信じられないと思いますが、そう言った彼女には初めて見る自嘲したような表情だった。

 

求められる場所を探し、運動神経の良さを生かして様々な活躍をしていた。が、勉強の方が疎かになり、結果学校を退学することになる。自分だけがいなくなる、それで収めようとしたが、姉妹は全員一緒にあるべきという二乃の説得もあり、全員転校することに。姉妹は皆頭が良かったのに自分のせいで皆にも迷惑を掛けてしまったのだそうだ。

 

「今では、姉妹の誰とも上手く話す事が出来ません。自分なんかが一緒にいてもいいんだろうか。そう考えてしまうとどうしても。話し掛けてはくれるんです。皆が薄情なわけじゃないんですけど、私が私をどうしても許せないんです。こんな迷惑を掛けてのうのうと生きることが」

 

そこまで言ってゆっくり息を吸って吐く。泣いたような笑っているような痛々しい表情をしながら、決心をしたようだ。まるでここから話すことのために今まで話してきたかの様にすら思える。

 

「私も、あの時の事をずっと覚えていました。もう約束を守ることは出来なくなったけれど、今でも鮮明に思い出す事が出来ます。自分がせめて他の姉妹と同じくらいの頭の良さになる事が出来たなら、私もそれが約束の代わりになれるんじゃないかって考えました。逃げ続けてきた勉強に向き合おうって。あそこから直ぐに立ち去っておいてこんなことを言うのもおかしいと思いますが、貴方が覚えててくれて本当に嬉しかったんですよ。嬉しくて、情けなかった。答案を見て思いました。風太郎君は毎日必死に努力をしてここまでになれたんだなって。それに比べて私は何もかもから逃げ続けていた。私じゃ貴方の隣にいる資格はない。他人を不幸にして自分だけ幸せになって良いはずがない。そう考えていました」

 

「貴方から避けていたのはもう一つ理由があります。それは私が我慢できないと思ったから。あれ以上話したりしてしまっては簡単に決意が揺らぎそうだったから。自分一人では絶対無理って分かってたからお父さんに頼んで私の勉強をサポートしてくれる人を探してもらいました。頑張ってふさわしい人に、必要とされる人になれた時に遠くから素敵な貴方を見つめていられればそれだけで満足したでしょう。でも、貴方が家庭教師だってわかって、貴方に頼っていいんだってわかって、もしかしたら良いんじゃないか。そう思ってしまいました。好きです。昔からずっと。私に出来ることなら何でもするから、私を離さないで欲しい。お願い」

 

調子が狂う。なんだかさっきから、というか再会してから違和感がすごい。昔の思い出に執着していると言われればそれまでだが、何故かどうしようもない心の膿か何かを感じる。その違和感について考えて、すぐに気が付く。

 

「敬語。昔はそんな感じじゃなかっただろう。卑屈にならないでくれ。お前には価値がある。他の姉妹には無い才能だってある。だから、それはやめてくれ」

 

俺の放つ一挙一動に真剣になって聞いていた四葉だったが、話を理解すると途端に耳まで真っ赤にして照れている。可愛いな。こういうところがもっと見たいんだ。俺は。その照れを隠すように彼女は大きく咳ばらいをし、口を開く。

 

「その、これに関してはもう癖になっちゃってしばらくは治りませんです。多分。ですので、その、ええと。風太郎君、という事で勘弁していただければ」

 

「四葉、抱きしめていいか」

 

「いや、そういう事は私がもう少しこの状況から抜け出せたらということではダメでしょうか。嫌ではないんですよ!」

 

つい本音が漏れてしまった。拒まないという事はつまり俺と同じ気持ちなのでは無いだろうか。とその辺に関してはまた追々話すとして、一先ず確認したいことがある。

 

「俺は家庭教師だ。お前の成績を上げて、高校の卒業を頼まれている。でも俺はそれだけじゃダメだと思っている。お前の将来までしっかり面倒を見て、いつかやりたいことを応援したいと思っている。だから、中野四葉、お前は俺のパートナーだ。いいか?」

 

「勿論です!これからよろしくお願いします!風太郎君!」

 

先ほどまでの曇った顔がどこへやら。眩しい太陽のような笑顔で、元気いっぱいはにかんだ。




上杉さん!呼びが好きすぎるから正直ミスったと思います。いいけど。


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4

予想以上に見ている方がいるので少々胃が痛い。


「幻滅しないでくださいね。ギリギリ国語がちょっと出来るくらいで他はその、凄いです。とにかく」

 

こちらに目線をチラチラと合わせたり外したりを繰り返し、恥ずかしそうに頬を赤らめる。出来ないのはわかっているから大丈夫だ。俺はニッコリと作った笑顔を貼り付け、無言でテストを渡す。そんなに難しく作ったつもりはない。国語は自信があるようなので、5教科分しっかりやってもらおう。赤点は取らないで欲しいが、彼女の表情を見るなり厳しそうに思える。じゃあ頑張れ。

 

「わ、分かりました。やります。全力で行きますよ!」

 

早速答案に名前を記述する。動き自体はしっかりとして迷いがない。このままの勢いで行って欲しいと思った矢先、手が止まる。おい、ちょっと早くは無いだろうか。記号も用意したしもう少しその、頑張れ。

 

こちらに無言のまま目で訴えてくる。これは無理ですーとかだろうか。こっちも睨み返してやる。俺の眼光に恐怖を感じたのかは分からないが速攻でテストに目線を戻す。勉強に関してはスパルタでいかなければ四葉のためにならないだろう。心を鬼にして孤独な戦いに勝利してもらいたい。観念したのか唸りつつペンを走らせていく。やはりスパルタの方が彼女には良さそうだ。

 

「残り10分だ。頑張れよー」

 

顔を上下に動かし、頷く四葉。俺の方は気にしないで集中してくれ。時間に関して、5教科フルでやってしまうと流石に時間が足りないので、問題数少なめにしてある。そんなに時間がかかっているわけでは無いが、少し暇である。初めの方は年頃の女の子の部屋を物色するわけには行かないだろうなという考えのもと、熱心に頑張る四葉の姿を見て内心応援していたのだが、俺が見れば見るほど手が止める頻度が多くなったため、見るのは断念した。少し残念だったわけではない。そりゃそうだろ。うん。

 

そんなわけで俺は、綺麗に整った四葉の部屋を観察するくらいしかやる事が無いわけだ。。改めて見まわしてみると、別に他と比較したわけでは無いし、俺の家の様に物がないわけではないのに片付いている。掃除も行き届いているし、几帳面そうな四葉のイメージそのままだなと思った。姉妹の中なら一花もしっかりしてそうだし綺麗なんだろうなという事が容易に想像できる。俺が来るから片付けたという線も勿論あるが、付け焼刃では直ぐにボロが出るはずなので多分元からなのだろう。

 

どうにかして面白そうなものを探そうとすると、何やら箪笥よりはみ出ている何かを発見する。長さ的に下着などではなさそうだしちょっと確認してみる。普段ならこんなことはしないはずだが、四葉と話せてテンションが上がっているのかもしれない。一応見て、こちらに意識が向いていないことが分かったのでそれを取り出してみる。何だろうこれは。鉢巻?はたまたバンダナとかか。手ぬぐいにしてはちょっと細いか。

 

不思議そうにする俺の姿を見てクスっと微笑んだ四葉だったが、俺の手に持っている物を確認し、一瞬でこちらに飛びついてきた。やめろ。危ないじゃないか。

 

「今はテスト中だ。テストに集中しろ。あ、こら触るな。やめ、離せ」

 

「テストならもう終わりました。いいから早く返してください。人の物を勝手に取ったらドロボーですよ!」

 

「わかった。わかったから離してくれ。返すから。お前運動神経高すぎるぞ」

 

観念してそれを差し出す。色々と密着しているということで俺は別にいいのだが四葉は恥ずかしくなかったのだろうか。今の体勢は俺に四葉が馬乗りになっているという感じだ。こうなればもうフィジカルでも負けている相手に敵うはずもない。少し疲れたのか汗も掻いて全体的に焦っている四葉は何故か動揺している。そんなに悪いことをしただろうか。というか四葉は俺の方よりももっと先を見ている。目線の指し示す方向を俺も見てみる。そこにはお盆に飲み物とお菓子を置いて俺たちのために差し入れに来たであろう次女。二乃が立ち尽くしていた。表情は兎も角、目は全く笑っていない。

 

「いや、あのね。邪魔したら悪いかと思って静かにドアを開けたのよ。その勉強頑張ってそうだしここらで一回休憩がてらクッキーでも食べてもらおうかなとか思ったんだけど、じゃ、邪魔だったわね。ごゆっくりー」

 

バタン。やたらと大きく響いた音に一気に目が覚める。これは第三者から見たらかなり危険な場だっただろう。とりあえず今言うべき言葉は間違いなく一つだ。

 

「「ごめん!」なさい」

 

 

 

 気まずくはなったが今日やるべきテストは終わった。解答をサクッと採点してみたわけだが。これは少し頭が痛くなりそうだ。

 

「すごいぞ!100点だ。5教科合わせてだがな」

 

「だから言ったんです。前置きはしましたよー」

 

悪びれもなく言っている風だがきちんと目を見て言ってくれないということで罪悪感自体はありそうだ。というかさっきの一件も合わせてだろうかふてくされている。気になる各教科の点数配分だが、一教科ずつ確認して国語が40点で他が約10から20の幅といった所だろう。いきなり出来なかったところを突っ込んでいってスパルタで行こうと考えていたが、今日はプラン変更だ。褒めて伸ばす作戦でやっていくことにする。

 

「国語が結構よかったな。ここの単元はそこそこ難しく作ったつもりだったがよくできているぞ。特に登場人物の心情を答える問題はほぼ合ってるじゃないか。その調子だぞ」

 

これで元気になってもらえると良いのだが、それを聞いてより一層表情を暗くする。どこか自分で自分を罵るように彼女は呟いた。

 

「別にそんなのわかっても意味がないんですよ。現実の人がどんなことを考えているのか全然わからない。裏で何を考えているのかわからなきゃダメなんです」

 

これは彼女の地雷を踏んでしまったか。過去に人間関係で何かあったのかもしれない。申し訳ないが今は過去を振り向いては欲しくない。前だけ向いてほしい。

 

「俺は寧ろ人の考えなんかわからないほうがいいと思う。何でも分かったらそれはそれでつまらないだろ。それに人を信用できなくなる。俺は四葉を信じているんだ。今は厳しいけどここから頑張れば絶対にいい成績を取って、姉妹に並ぶどころか超すことすらできるはずだ。だから、俺を信用してくれ」

 

俺の言葉を受け、四葉はやたらとソワソワし始めた。わなわなと震えて感情を押し殺そうとしているようにも見える。爆発するとちょっと俺ではどうしようもないのでいったん落ち着いてもらおうか。

 

「じゃあこ「私が風太郎君を信頼していないなんてそんなこと絶対ありません!正直、風太郎君が私の事をどう思っているのか知りたい、何を考えているのか知りたいです。でも、他ならない貴方だからこそ信じて言葉で思っていることが本心だって思えるんです。私は馬鹿なのでビシバシ教えてください。気遣ってくれたんですよね。もう大丈夫です」

 

吹っ切れたな。なら安心してこっちも本気で挑めるというものだ。俺の全てを叩きこんでやる。覚悟しておけ。

 

「風太郎君、なんか怖いですよ。そのーさっき言ったことですけど少し加減してくれるというか手心を加えて欲しいななんて。いや、冗談ですええ」

 

 

 

それなら嬉しいな。なら始めようか。とりあえずテストの復習をして全部覚えてもらうからな。後なんか言う事はあっただろうか。そうだ。アレがあった。気になったことは何でも解決したい主義なのでな。俺が集中できなくなるのは避けたい。

 

「そういえばさっき俺から取っていった鉢巻みたいなのあれなんだ。恐らく装飾品だとは思うから付けてくれないか」

 

「嫌ですよ!あんな恥ずかしい。昔は何でつけていたんだろう」

 

正直その恥ずかしそうな表情が見れただけで十分なのだが俺にも悪戯心が湧いてきた。いつもと違う四葉を見たいし。

 

「じゃあアレはせめて何なのかくらいは教えて欲しいのだが。それを教えてもらわなければ、俺も厳しくなる」

 

「わかりました。私を苛めて楽しそうですね。あれはリボンです。こんな年齢になのに最近まで頭にリボンをつけていた痛い女ですよええ」

 

「そのうち見せてもらうぞ。じゃあやるか」

 

「み、見せませんよ。もうやるんですか。ちょっと休憩とかしませんか。あ、ちょっと無視しないでくださいよー」

 

なんかこういう空気の方が昔を感じられて俺は好きだ。いつかあいつが自分を許せるようになったらリボンも付けてこんな風に接してくれるだろうか。そんなことを考えながら、俺は正面にいる生徒に意識を移した。




なんでカットインせんのやろジャビットくん


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5

時計を見る。そろそろ頃合いだろうか。もう既に9時を回っているところだ。具体的な時間については特に指定はされなかったが、夜遅くまで身内でもない男が家にいるというのは余りよろしい事では無いだろう。初日なのに少々飛ばしすぎた感もある。先ほどから四葉の反応も鈍くなっているし良いだろう。

 

「よし、今日は終わるか。こんな時間までよく頑張ったな。やった分の問題はちゃんと復習しておくんだぞ。じゃあまた明日な」

 

道具をしまって席を立つ。帰ったら自分の分もやらなければな。中々大変だが何とかなってくれるはずだ。今日意外だったことは人に教えることで自分の理解も深まるという事だ。教えるためにはそこそこの知識だけじゃ厳しいからな。より深いところまで行けそうだ。ドアに手をかけるところで腕を掴まれる。痴漢はしてませんよー。

 

「待ってください。もう少しやりませんか。まだわからないところがありまして」

 

お、今日だけでは難しいと思っていたが、もしかして勉強の楽しさに目覚めたか。そんな熱心な生徒の気持ちを無下にするわけには行くまい。

 

「じゃあもう少しやるか。どこが分からなかったんだ」

 

「ええと。ここの所なんですけど」

 

そう言い教科書を開きページを指差す。数学の図形か。これは反対からじゃちょっと教えづらそうだ。一応一言は声をかけるべきだろう。

 

「隣良いか」

 

「よろしくお願いします先生!」

 

許可をもらったので席を移動する。四葉は男に対しての免疫と言うべきか、抵抗感が強めだ。先ほどまでも顔が近づいただけで、俺同様頬を赤らめたりしていたのだが、今は特にそう言ったことは無い。やっぱり勉強パワーは偉大だな。この世の全ての人間が勉強をしていれば戦争はまず起こらないだろうと今確信した。

 

「なるほど。ここをこうすればいいんですね」

 

また、四葉は理解力がかなり高い。1を聞いて10を知るまでは行かないが、7を知るくらいは出来ている。俺程度の教え方でも、ここまでは行けるのに四葉が落第した理由が益々分からなくなる。運動部の手伝いで放課後はすべて潰れていたとしても授業だけでも受ければ赤点はなさそうだ。本人のやる気というものなのだろうか。いまいち答えは見えてこないがプラスの方向ではあるのでよし。

 

「かなり分かっているじゃないか。純粋に疑問なんだが、この感じでいけば赤点はなさそうだと思うんだが前の学校では何かあったのか」

 

「んー。そうですね。一つは多分地頭がそんなに悪くないからとかでしょうか。ほら、私たちの中で私以外はよく出来ていたので。あともう一つは」

 

そこまで言って急に黙る。頭が良くなるコツというのは俺も結構知りたい。というか急に黙られると気まずいからやめてくれ。意を決したかのように顔を上げ、こちらを見てくる。近い。

 

「ふ、風太郎君が教えてくれるから。人に応援されたら嬉しいんですけど、風太郎君なら何かそれがより大きくなる感じで。中々口では説明しずらいのですが、要するに腕がいいという事ですよ!」

 

「し、宿題追加。俺は風太郎君じゃない、先生だ」

 

「ちょっと酷くないですかー。絶対照れてますよね。可愛いですよ!」

 

あーもううるさい。別に嬉しくなんかないし。宿題増やしてやろうか。

 

 

 

「そろそろお暇する。流石に12時前には帰っておきたい。もう疲れたろ」

 

「そうですね。もうそろそろ帰宅しないと親御さんたちが心配しますよね。ちなみに私はそんなに疲れていませんよ!」

 

化け物か。やっぱ運動能力も欲しいかもしれない。筋トレでもしてみようか。今は正直帰って寝たいくらいだ。この小さな身体に一体どんなものが眠っているのか非常に気になってきた。今度は手を掴まれることもない。

 

ドアを開けると何故か途中で開けれなくなる。荷物でも置いてあるのか。頭だけのぞき込んで確認してみると、そこにはヘッドフォンを付けた女が一人いた。ええと、こいつの名前は確か。

 

「三玖。名前絶対忘れたでしょ。全く失礼するわ」

 

少し不機嫌そうにそう漏らした後その場を立ち去る。それは申し訳なかった。ちゃんと名前は覚えておこう。

 

「風太郎君、騙されちゃダメです!部屋の前にいたという事は会話とかを盗み聞きしていた可能性が高いんですよ!」

 

速足でその場を後にしようとする三玖の方をガッチリ掴んでおく。ああ、あっさり騙されるところだった。というかやっぱ疲れているな俺。自分でもはっきりわかり始めた。面倒だが釈明くらいは聞くぞ。

 

「年頃の男女が二人で部屋にいるのは、危険。二乃から聞いた。二人がエッチなことをしようとしていたって。もし危険なことをするようなら四葉を守んなきゃいけないから張り込んでいた」

 

ドヤ。とばかりに胸を張り得意げになる三玖。アレに関しては思い出したくなかった。こちらに非しかないので余計そう思う。まだ中野家の人間に信用されていないというのは当然なのでこれから長い時間をかけていきたいとは思う。

 

「それは済まなかった。疑っているかもしれないが、本当に四葉には襲っていない。これだけははっきりと伝えたかった。それじゃあまたな」

 

「待って」

 

今日はよく腕を掴まれる日だなと思う。顔を改めて見てみると本当に似ている。姉妹の中だったら四葉に一番似ているのは三玖なのではないか。なんというか雰囲気とか。

 

「四葉には気を付けたほうがいい。それだけ。私は別に貴方の事は何とも思ってないけど、一応」

 

それだけ言って三玖はいなくなる。後ろを見てみると先ほどまでの優しい笑顔とは似ても似つかない、憤怒の表情を浮かべた四葉がいた。俺に見られたことに気が付いた四葉はバツが悪そうに目線を下に逸らす。何が言いたかったのかよくはわからないが、この姉妹の仲がかなり悪いという事は理解できた。長い時間をかけても修正できるかどうかは怪しそうだ。

 

 

 

「なんだか少し疲れているみたいですし、タクシーで送っていきますね。直ぐ来ると思うので下に行きましょう」

 

「いや、それは悪い。別にそんなに疲れていないぞ」

 

「良いですって。ね。今日は風太郎君にいっぱい甘えてしまったんですからこれくらいどうってことないですよ」

 

何だか明らかに押しが強くなっている。四葉の素はどちらかというとこちら寄りなのかもしれない。猫をかぶっていたわけではなさそうだが、機嫌が悪くなっているのだろう。正直俺の家の状況をあまり見せたくはないのだが、家が使えないこともあるだろうし時期にバレるなら早い方がいいだろう。

 

「そしたらお願いする。ありがとうな」

 

一応挨拶だけはしておいて家を後にする。四葉も黙って俺についてくる。エレベーターに乗ってボーっとしていると、意を決したのか話し掛けてきた。

 

「私ってこういう人間なんですよ。結構態度が顔に出てしまうみたいで、演技が下手なんです。だから今はなるべく表情を見せないようにしています。それで、前の学校ではいじめられていました。皆にはこういうことは隠したくて、でも耐えきれなくなって考えました。私がバカになって学校に居られ無くなれば逃げれるかなって。あ、でも私が頭がよくないってのは本当で平均より下くらいだったんですけど。結構いいところの学校だったので、2,3か月でいなくなれました。ただ一つ誤算だったのが皆も一緒に来ちゃうことで。私って他のみんなと違ってあんまり仲が良くないんです。特に三玖と一花とはもう修復は無理な感じで。二乃と五月の説得でどうにか纏ったみたいです。その代わりと言っては何ですがこれからは私に過度に干渉しないことになりました」

 

チーン。貼り付けたような無表情が俺を射抜く。エレベーターから降りない。降りられない。こんな話を聞いて、はいそうですねと帰れるはずがない。

 

「さっき、言いましたよね。私を信じてるって。今も私を信じられますか。これで私の全てを言ったわけではありません。隠していることの方が多いです。タクシー、そこに止まっているのであまり待たせてあげないでください。お金は大丈夫です。では、さようなら」

 

強引に押されてエレベーターは閉まる。そこから先はよく覚えていない。多分、歩いて帰ったと思う。明日からどうしようか。どう接すればいいだろうか。彼女の眼から溢れる涙が俺の思考を悩ませた。




無事甲で攻略完了。じゃあグレカーレちゃん掘りますね。


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6

休みですし、二話投稿したいですねぇ(希望)


「お兄ちゃんおはよー。起きてるー?」

 

最悪の目覚めだ。頭の奥の方がズキズキと痛む。汗もかなり掻いている。昨日は色々と衝撃が多すぎて家に帰ったらすぐ寝てしまっていたようだ。今後どうするべきか考える予定ではあったのだが、仕方が無い。

 

「おはよう」

 

「お兄ちゃんがこんな時間まで起きられないって珍しいよね。昨日からずっと顔色悪いし何かあった?」

 

やはりらいはから見てもそうだったか。自覚が出来ている分まだマシだろうか。まぁ体調が少し悪い程度で学校を休んでいられるわけでもない。布団から出て準備をしようとすると頭がふらつく。気が付くと俺は地面に倒れていた。これは思ったよりもキているようだ。

 

「わ、大丈夫お兄ちゃん。顔も赤いし、ちょっとごめんね」

 

額にひんやりとした感触を感じる。ちょっと気持ちがいい。俺をみるらいはの顔が曇っていく。

 

「お父さん大変!お兄ちゃんが熱出した!」

 

「なんだと、今そっちに行く」

 

もう何を言っているのかよくわからない。俺も限界が来ていたのだろう。ドタバタと動いていく彼女を見ながら意識を手放した。

 

 

 

 悲しそうな眼をしながらこちらを睨んでくる。白いワンピースを着たその少女は無垢な印象を感じる。これは俺が悪なんだな。無意識にそう思った。

 

「---き」

 

何を言っているのかよく聞こえない。そんな俺の様子を見た彼女は更に俺に憎悪の視線を向ける。俺が何をしたって言うんだ。煮え切らない俺に嫌気が差したのかこちらに近づいて来る。本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。そんな思いとは裏腹に足は全く動かない。蛇に睨まれた蛙のようだ。

 

「--つき」

 

やめろ。こっちに来ないでくれ。俺なんかに構わないでいいだろう。いや、違う。俺はただ、そういう訳じゃなくて。

 

「うそつき」

 

必要とされたかっただけなんだ。

 

 

 

 生ぬるくてぶよぶよとしたそれを引き剥がす。窓から差してくる夕日が微妙に眩しい。そうか。そんなに寝ていたのか。何か嫌な夢を見ていた気がするが思い出す事が出来ない。つい先ほどまでの事なのに思い出せないとはやっぱり不思議だ。

 

まだ覚醒しきっていない頭のまま辺りを見回すとチラシの裏に書かれた置手紙を見つける。曰く、俺は風邪だかはよくわからんが、とにかく熱があって倒れたそうだ。勿論そんな状態で学校には行けないという事で今日はゆっくり休めとのお達しだ。らいはの丸文字が何だかすごく温かく感じられた。

 

もう一眠りしてもいいかもしれない。今寝たら何となくさっきの続きが見られそうな気がするから。何か避けてはいけないもののような気がするから。

 

ピンポーン。

 

運がいいのか悪いのか。俺の体調からして居留守をしても特に何か咎められることは無いはずだが、らいはがカギを忘れたという事も全然ありうる。宗教の勧誘ならキレよう。そう決意し狭い玄関まで向かい、扉を開ける。そこにいたのはらいはでもよくわからない勧誘でもなく、

 

「四葉、か?どうしてここが分かったんだ」

 

そこにはうちの学校の制服を着た少女がいた。こくりと頷き彼女は生徒手帳をこちらに差し出してくる。ああ、なるほど。生徒手帳には住所が書いてあった。それを見れば俺たちの家にたどり着くこと等造作もない事だろう。正直身体的にも心情的にも覚悟が出来ていなかったので大人しく帰って欲しかったのだが、その目線が俺を逃がさないという事がよくわかった。仕方がない。

 

「上がっていくか。何も無いが」

 

「あなたの事情も考えず申し訳ありません。お邪魔します」

 

 

 

こういう時の何も無いは建前だが、家ではこれが建前でもなんでもない。こちらにも色々と事情があるのだ。さて、どう切り出していくべきか。彼女にも話したいことがあってここに来たのだろうから、そちらの方からどうにかしてほしい。一応病人なわけだしそれぐらいいいよな。わざとらしくせき込んでみようか。ゴホゴホ。

 

「大丈夫ですか!本当にすいません。こんな状態なのに会っていただけただけでも負担になっているでしょうに」

 

そう思うんなら帰ってくれとは言えない。俺にとって四葉は特別になり始めている。ただ、人への思いやりが出来る娘だと思っていたのだが俺の眼は節穴だったのだろうか。

 

「謝るのは俺の方だ。昨日は色々と衝撃が強すぎて答えることが出来なかったが、それでも四葉。お前の高校卒業とその先の進路の為に全力を尽くすことは変わっていない。俺だけはお前の味方でいたい」

 

驚いたような表情を見せる彼女。あんな別れ方をしてそんなことを言うなんてそんなに予想外だろうか。まだ俺は信用されていないのだろう。

 

「良いんですか。それで本当に。昨日も三玖から忠告されていましたよね。私に関わらないほうがいいって。私の表面しか貴方は見ていないんですよ。それなのに、良いんですか」

 

表情を歪ませ、昨日のようになる。どこか興奮している様な彼女は見ていて気味が悪い。そんなに自分を信用できないのだろうか。何が彼女を苦しめているのだろう。

 

「落ち着け。俺は別にお前を見捨てたり逃げたりはしない。人間誰しも隠し事とか知られたくないことがあるのは当たり前だって昨日話しただろ。どうした。今日は何か変だぞ。俺も本調子じゃないってのもあるだろうしそもそもそんなに付き合いが長いわけじゃないが、何かあったか」

 

「っ!そんなのどうでも良いでしょ。そんなことより私は本当にどうしようもない人間なんだよ。昔、皆にそんなに差が無くて全然個性がなかった時、皆と違う私に酔っていた。あの頃は勉強も出来て運動も出来ていたから見下していた。その結果慢心して点数が取れなかったんだから本当笑っちゃうよね」

 

「いいや、お前はそんなことをする奴じゃない。母の為に一生懸命頑張るって約束したお前なら、そんなことは絶対あり得ない」

 

「ふーん。そうだったんだ。あ、そうか。これ言ってなかったのか。あのね、私たちが小さいころ、お母さんは死んじゃったんだ。それで何か生きる希望を無くしちゃったみたいで。急に抜け殻みたいになっちゃって結構面白かったね」

 

そうだったのか。俺は妹、家族のために。四葉は母の為に一生懸命勉強して将来はお金持ちになるとそう願った。その幸せにする相手がいなくなったから、勉強する目標を失ったのだろう。辻褄は合う。しかしどういうことだ。意味が分からない。他人行儀な気もするし何が言いたいんだ。

 

 

 

「そうです。言う事があるんでした」

 

思い出したかのように敬語を使う。さっきのが素ならそのまま話してくれた方がいいのに。少なくとも俺から伝えることは伝えた。後は彼女がどうしたいかだ。

 

「よっと。私は自分から自分の事を四葉だなんて一言も言ってないよ。()()()()()()

 

カツラを外し、ショートカットの人懐っこい笑顔を浮かべるこの女に俺は見覚えがある。

 

「お前は!一花か。何でこんなことをした。俺と四葉をそんなに引き離したいのか」

 

「別に。お姉さんの真意なんて多分まだわかんないと思うよー」

 

この女は。見ててイライラしてくる。本音でぶつかってくることが誠実だろう。それぐらいはやってほしい。思わず立ち上がるが頭がフラっとして座り込む。

 

「無理しちゃダメだよ。風邪ひいた君なら絶対騙せると思っていたよ。あっさり離れてくれると思ったけどそこだけが誤算だったね」

 

それだけ言って彼女はその場を後にする。オイ待て。まだ色々聞きたいことがあるんだぞ。お前らの姉妹の関係とか、俺の事よく思っているのかとか。しかしそんな俺に構ってくれるはずもなく、お大事に―。と小さな声が家にやけに大きく響いた。後には生徒手帳だけが残っていた。




ゆーちゃんが出なくてキレそう。グレカーレは強友軍待つ。


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7

難産でした(これまでが楽勝だったとは言っていない)


 昨日の事を受けて一つ、考えたことがある。中野家は恐らく俺のような外部の者の侵入を異常に怖がっている節があるのではないかと。どこまで信じていいかは分からないが、本当の事だったと仮定すると、家族が幼いころに亡くなり結束力が増したというのはごく自然なことと思う。

 

正直に言ってしまえば物凄く面倒だ。通常の三倍という破格の時給に関してはまぁ魅力的ではあるが、こんなことになってまで続けるまでの報酬にはならないだろう。論理的に考えれば、俺の事を引き剥がしたい一花や三玖の希望通り大人しく手を引き、新しいバイトを探すのが賢明だろう。正直、大きく時間を拘束される家庭教師というバイト自体もそんなに乗り気では無かったのだ。

 

辞める理由に関しては山ほどある。じゃあ続ける理由は何だろうか。パッと思いつくものは無い。そんなの当たり前だろう。先ほど挙げたデメリットが大きすぎるからだ。そうだ。本当に意味がないのだ。俺が熱くなる理由も、何も。心ではわかっている。なのにどうしてそう決心した時に、彼女の表情だけは笑っている寂しそうな顔が思い浮かぶのだろうか。

 

 

 

 昨日学校に行かなかった程度で話しかけてくるような友人を俺は持っていない。これが一週間、一か月となると少しは変わってくるのだろうが、勉強だけをして人との関わりを避け続けていた俺には当然だろう。そうだ。居ないはずだ。だから今日学校に来た途端に感じる後ろから射抜くような視線はきっと気のせいに違いない。

 

別にお前のせい何かじゃないから、そんな目をしなくてもいいぞ。そう言えればどんなに楽だっただろうか。或いは俺の事を何とも思っていないようだったら、はなからそんなことを考える必要が無かっただろう。しかし現実に起こっていることは起こっていることなので、どうにかする必要があるだろう。その内。

 

今は授業中である。たった一日だけの付き合いだった俺が何を言えるのかという話だが、授業に集中してくれ、四葉。一限、二限目くらいまでは分かる。でもそれが昼前になっても未だに続くようなら流石に大丈夫だろうかと疑う。これが全部俺の自意識過剰だったら実にすべてが丸く収まってくれるだろう。休み時間になって俺がトイレに行こうとして横を通った時に露骨に表情を硬くさせたり、小声で俺に声を出しかけて止める。そう言ったことからそれもまず無い。

 

かく言う俺もこんな風に考え事をしている時点で、集中できていないということはまず間違いない。やはりはっきり話さなければいけないだろう。今後の事についても。とりあえず腹積もりが決まったので授業に集中しよう。

 

 

 

「じゃあ、この問題をー。中野」

 

四葉は大丈夫か。さりげなく後ろを見るとかなり悩んでいる。問題を当てられたことに気が付いているだけまだマシだろうか。そんな訳が無いだろう。ここの問題は一昨日にやった記憶がある。ほら、ここが分からないと言ってきたところだ。身になっていればいいのだが。

 

まぁわかっていてもそうでなくても前に行かなければならない。ガラ、と椅子を引き黒板まで若干の早足で向かう。俺とは反対側の列を通って行った彼女を見るなり、俺の助けは借りないぞ、という意思表示なのだろうか。安心してくれ。手は一切貸さないつもりだから。

 

澱みのない動きでカツカツ、チョークの軽快な音を聞く。何となく怖くなって問題を解いているフリをして下を向く。四葉を信じて直視することが出来ない俺は弱いのだろう。

 

「正解だ。結構難しいところだがよく出来たな」

 

「ありがとうございます」

 

無事正解したことに内心かなり嬉しかったのだが、同時に淡々と興味のなさそうな声にぞくりとした。自分の事なのにまるで関係がないといった印象を受ける彼女。俺もあれを向けられるかもしれない。少しの覚悟をしよう。

 

 

 

 昼休みになり、俺は真っ直ぐ屋上に行く。階段を上りながらどう切り出したものか思考をする。が、全く妙案が思いつかない。そもそもな話であれだけ考えて出てこなかったことがたかが数分で思いつくはずも無いだろう。待たせてしまっているだろうか。授業が終わってからすぐに行ったはずだがやはり運動能力で俺が敵うすべなどあるまい。男としてどうなんだという所はあるが。

 

「は、話って何ですか」

 

相当困惑したであろうことが容易に想像できる大粒の揺れる瞳とクシャクシャに握りしめてヨレヨレになった俺の手紙を握りしめ、彼女、四葉は立っていた。

 

文面はこうだ。「昼休みに屋上に来て欲しい。四葉と話がしたい。どうしても大事なことなんだ」こんな風なものを朝早めに登校して机の中に忍ばさせてもらった。理由についてだが、こういった場を作らなければ彼女はまず間違いなく俺と会ってくれないだろう。事実、視線は感じたけど避けられてたし。

 

「話が無いなら失礼します。私も暇ではないんです」

 

早々に立ち去ろうとする彼女の腕を今度は俺が逆に掴む。これでお互い様だ。考え事をすると沈黙してしまうのが俺の悪い癖だ。言われなくともどうにかするぞ。

 

「手紙に書いた通りだ。今日は俺たちの今後に関わるであろう大事な話をしに来た。急に呼び出して済まないとは思ったが、こうでもしないと会ってくれないと思った」

 

「い、嫌です。話したくありません。私はもう貴方の害になる事をする気なんて微塵も考えてません。どうせ信じられないと思いますが本当です。だから、せめてこれぐらいは許してください」

 

話が噛み合っていないな。イマイチ要領を得ないし。何にせよ話してもらわなければ困るので少し強硬手段を取ることにする。

 

「このまま話さない心積もりなら俺はこの手を絶対に離さない。運動神経が高いとは言え、同年代の男の手を振り切って逃げるのは相当大変だろう。それにここの年季の入った屋上の扉は開くまでに時間がかかる。逃げ切るのもかなり厳しいだろうが。どうする」

 

我ながら中々酷いことを言っているという実感はある。でもこれ以外の手段を俺は知らないし、こっちも必死なのだ。

 

至近距離で見ていた顔が次第に悲しみの表情でいっぱいになり、遂に泣き出してしまう。流石に強引すぎただろうか。思わず手を離すが、逃げるということは無くその場で座り込んでしまう。

 

「すまん。お前の事を泣かせるつもりなんて無かったんだ。ただ話がしたかっただけで」

 

「良いですよ。もう言っちゃってください。こんなみっともない姿を貴方にずっと見せたくなんかないですから。わがまま言ってすいませんでした。重いこと言ってすいませんでした。生きててすいませんでした」

 

まずい。どうやら大きく勘違いしていそうだ。屋上という場所を選んだことが裏目に出てしまう。俺は四葉に死んで欲しくない。もう少し筋道立てて話そうと考えてはいたが全く余裕が無くなってしまった。

 

「顔を上げてくれ四葉!そうしないでも聞いてくれ!俺から離れないでくれ!色々悩んでいるみたいだがそんなの俺には些細な問題だ!俺は他でもない四葉だからこういうことを言っているんであって、他の姉妹だったらとかそう言う事はもう考えるな!大体もう家庭教師として契約したんだ、嫌でも毎日行くからな!」

 

ハァハァ。柄にもなく大きな声を出して恥ずかしいことを言ってしまった。でもこれが俺の気持ちだ。嘘偽りない。

 

そんな俺の熱い気持ちとは逆に、目を見開いてボーっとしている。あれ、全然ダメだったか。やはり感情論ではダメなのか。

 

「私に二度と付き纏うなってことを言いに来たんじゃ。一昨日のことが会って、昨日顔も見たくなかったとかそういうことでは無かったの」

 

やはり話がしっかりズレていたようだ。俺だって四葉に二度と会いたくないと絶縁を突きつけられればそうなってしまいそうだ。ともかく俺を拒否する先ほどまでの姿は見当たらない。なら。

 

「ああ。昨日は単に風邪を引いただけだ。少し寝たら治った。大体、俺がいつお前の事を嫌いだなんて言ったんだ」

 

「いいえ。言ってません。完全に私の早とちりでした。そうとは知らずさっきまで失礼な真似を…すいません!」

 

先ほどまでの虚を突かれたような表情から再び沈んだ表情になる。呼び出した時のようなことは無いが。とりあえず平静になってもらいたい。

 

「全然大丈夫だ。全く気にしていない。というか俺のパートナーなんだからあまり気にしないでくれ」

 

「そう言って頂けると、助かります。ところで、話はこれでおしまいですか。それならその、一緒にお昼とか食べませんか」

 

ワクワクと俺に話しかける彼女にこういうことは言いたくないが、まだ話は終わっていない。さっき話したことに匹敵するか、あるいはそれ以上の爆弾だ。処理しなければいけない。

 

「昼に関してはまた明日頼む。話すことがあるんだ。お前の姉妹についてだ」

 

「えっ」

 

はっきりと表情を歪ませる。彼女はまず間違いなく姉妹に大きなコンプレックスを持っている。言いたくないだろう。でもこれからの為に話さなければいけないんだ。昨日の一花の話についてもどこまでが本当かわからない。まだまだ、話は終わらない。




五等分の花嫁、第11巻明日発売!!!皆買おう。


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8

意気揚々と書店に足を運んだ私。無論五等分の花嫁の11巻を買うためである。
あれ、見当たらないな。人気だからかな。3軒目までそれが続き、私はやっと悟る。この田舎では二日くらいは遅れるんだったな、と。
悲しみのまま家に帰りこれを投稿します。明日か明後日は読めればいいな。そんな淡い期待を込めながら。


 口をへの字にしてどこか不満そうにする。まぁ、仕方が無いとは思う。話については一旦一区切りがついたし、きっと彼女なりに勇気を出して昼ご飯を誘ってくれたはずだ。自分の希望をそこまで言わないタイプだと俺はこの短い期間でも結論付けたので、俺に出来る範囲なら叶えて上げたい。しかしこれについてはやはりなるべく早い方がいいだろう。関係が悪くなるのを見たくないし。

 

「いつか、というか初日に家に行った時点から姉妹との関係については聞こうと思っていた。どのみち先延ばしにするよりは今しんどいことは終わらせた方が良いだろう。夏休みの宿題と同じ理論だ」

 

「私はその、夏休みの宿題はいつもギリギリで終わらせるタイプですから…」

 

うん、そうだと思っていた。当たり前だが口には出さない。俺は宿題というものは学生に与えられた使命であるし、早く終わらせてパーっと遊んだほうが精神的にも楽だと思う。何て今でこそ言えるが、昔は宿題なんかほっぽり出して毎日遊んで結果ギリギリにやっていた。一応気持ちは分かる側だ。

 

にしても、相当渋る四葉にどうにか話が出来る状態くらいにはしなければいけない。あれだけ話して結局何が言いたかったのかよくわからない一花は除くにしても、他は意外と話せばわかると思う。

 

例えば、二乃。家族想いに見える彼女は初対面を除けば基本的に物腰は柔らかかったし四葉の事を気遣っていた。三玖も五月も理性的だったし単に四葉が拒絶しているに過ぎないと思う。あの一花は中野家には母がいないと言っていた。父とは電話で話したきりだが、一緒には暮らしていないようだった。ならせめて近い将来、離れるその時までは皆で笑って居て欲しい。

 

あくまでも傍から見た印象なので間違っている可能性は大いにあるが、修復できる可能性があるのならどうにかしたいと思う。ただのおせっかいだが、折角彼女と再び会えたのだ。一介の家庭教師にも手伝わせてほしい。

 

「四葉、頼む。大事な話なんだ」

 

仕方が無いだろう。こういう事はあまりしたくはなかったが、膝を着き頭を下げる。俺はズルいから、こんな姿を見た彼女が何をするのか何てわかりきっているから、平気でこういう事をする。案の定、俺の奇行を目にした彼女はやめてください。何て言いながら頭を上げさせる。血相を変えながら慌てるのを見て、罪悪感を感じてしまう。

 

「私の為を思ってそんな提案をしてくれたんですから風太郎君が頭を下げる必要なんてありません!このことは本来なら自分で片付けなけば行けないことで、迷惑を掛けないようにと考えていました。でもそこまでして、一体貴方に何の得があるのですか。本当に、貴方を頼ってもいいんですか」

 

何を言っているのだろうか。()()()()()()()()()俺を助けてくれたのは誰だっただろうか。

 

「それはこっちのセリフだ。俺も四葉に救われている。下心なんて全くない純粋な厚意で、だ。俺は別にいい人間じゃないし自己犠牲の心があるわけでもない。ただ、借りた恩くらいは返す。俺に頼って欲しい」

 

「面倒だろうと思います。大変だと思います。それでも、聞いてくれますか」

 

「当たり前だ」

 

やはり女に頼られて嬉しくない男などいないだろう。俺が断言する。

 

 

 

「さっきは姉妹との関係について聞こうと思ったのが初日だって言ったよな。それについてなんだが、嘘はついていないが本当のことも言っていない」

 

「どういう事ですか。すいません、私バカなのでもう少しわかりやすく言ってくれると助かります」

 

自分を下げる四葉を見たかったわけではない。完全に言い方が悪かった。自分でも少し回りくどい言い方をしている自覚はあるが、この後に続く話を聞けば理解してくれるはずだ。俺は話を続ける。

 

「聞こうとは思ったんだが、初日の時点ではいつか近いうちで良いだろう、くらいに思っていた。その曖昧な考えを決心させたのが昨日だったんだ」

 

「話が難しいです。というか風太郎君は昨日、学校を風邪で休んでいたって自分で言っていましたよね。考える時間が多かったから纏って決心がついたとかですかね」

 

「いや、違う。昨日学校を休んで家で寝ていたら四葉、お前が来ただろう」

 

そこまで言って顔を見る。何を言われたのかよくわからない、といった感じだ。少なからず動揺はしているが、どちらかというと困惑の方が大きい。カマをかけてみたがどうやら彼女では無いようだ。これで安心して次の話をする事が出来る。

 

「これには少し語弊がある。正確には四葉の変装をした一花、だが」

 

「そんな!そもそも家の場所だって知らないはずだし、行く意味も無いはずです!」

 

声には確かに動揺が伝わってくるが、顔の方はそこまで表情が動いていない。目もせわしなく動いているわけでもない。見た目からは普段の四葉だと言われてもまるで違和感がなさそうにも思える。何となく察しがついているのかもしれない。

 

「行く意味に関しては俺にもよくわからないが、家に関してはあっさり知る事が出来たんだ。生徒手帳。これを俺は落とした。その中には住所も一緒に書かれている」

 

「昨日帰りが少し遅かったのはそういう事だったの。だから、アイツは」

 

無意識のうちに声が出てしまっているようだ。あの時の一花の様子から鑑みても、姉妹で一番仲が悪いのは一花と四葉ということで十中八九間違いないだろう。

 

「まぁ、少し落ち着いてくれ。それでだな。四葉のフリをした一花と色々話をした。話の内容についてだが、四葉を乏しめてどうにか俺側から離そうとして来ていた。白状をすると、途中まで全く気が付かなかった。一番最後にカツラを外して自己申告するギリギリまでよくわからなかった」

 

「具体的に言うと、隠し事を沢山していること、幼いころ姉妹と違う自分に優越感を感じていたこと、母が死んで暗くなってしまったこととかだ」

 

「それで、風太郎君はどう思って何と答えたんですか!もしかして、それを気に考えを改めるとか。でもさっき頼っても良いって言ってくれましたよね。お願いします教えてください!」

 

食いつくように俺に身を乗り出してその先を聞こうとしてくる。大丈夫だ。落ち着いてほしい。俺は肩をしっかり掴んで真っ直ぐ目を見る。届いてくれ。

 

「正直、支離滅裂な事ではあったが、一花の言ったことは事実なんだと思う。辻褄が合う気がした。良くないことをしたというのは間違いない。自分なりに変わろうとしていた結果がそれなのは悲しくないこともない」

 

「でも、だから何だ。そんなの関係ない。大事なのは今だ。今お前は過去の自分を反省し、前を向いて進もうとしている。そんな人間を見捨てる必要があるか。まだまだこれからだろ」

 

「なら!一緒に居てくれますか。例え、私が皆と仲良くなって、進路も決まって卒業して、そうしたら居なくなったりしないですよね。それならいっその事、ずっとこのままの方がいいです」

 

きっと精神的に不安定な毎日が続いたのだろう。姉妹との壁と劣等感を感じて悩んでいたのだろう。だからきっと、こんな根深いところまで行ってしまっているのだ。四葉は本当に可愛くて、素敵で、俺が隣に居てもいいのかと思う位魅力に溢れた娘だ。いつか別れは来る。その時までは一緒に居るつもりだ。

 

「居なくなったりしない。何度でも言う。俺とお前はパートナーだ。切っても切り離せない関係だ。四葉がそう願う限りずっと一緒だ」

 

「風太郎君!」

 

感極まったのか、俺の胸元に思いっきり飛び込んでくる。倒れそうにはなったがどうにか踏ん張りきれた。何となくそんな四葉に昔いっぱい甘えてきたらいはを重ねてしまい、頭を撫ででしまう。

 

少し経ってから同級生の女の子にこんなことをしていいのだろうか、そう考え止めようとするも放そうとする。しかし、途端に悲しそうに肩を落とすのがどうにも見ていられなくて、結局チャイムが鳴るまでずっとそれを続けていた。

 

 

 

あれ。何か忘れている様な。何だったかな。どうにも最近色々喉まで出かかった言葉がどうしても思い出せないという悲しい物忘れが多くなってきている。こういった時に思い出せない事というのは大抵どうでも良い事だったりするので多分大丈夫だろう。

 

「何しているんですか?急がないと次の授業に遅れちゃいますよー」

 

一体誰のおかげでこんなことになったんだか。少し苦笑をしながら直ぐに後ろを着いていった。俺の気分を表すかのように天気は晴天だった。



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四(前編)

覚悟は完了してる。後は、行くだけ!やるわ!


 家に帰って、皆にこんな姿を見られないように急いで部屋に入ってベッドに潜り込む。きっと、思わず目を背けてしまう位に私の顔は不気味な笑みを浮かべて嗤っているだろうから。スマホをポケットから取り出す。電源が点く前の黒い画面に映った私の顔は、やはり想像していた通りに蕩け切っていた。

 

神様、私は幸せになってもいいのでしょうか。私は罪を償えましたか。ダメだと言われても私はもう止まらない、止まれない。人の暖かさに気付いたから。

 

ようやく起動したスマホの待ち受けにはどこか照れ臭そうに笑っている少年と、表情が明るく、憑き物が全て取れたかのような満面の笑みを浮かべる少女がいた。

 

 

 

危なかった。本当に紙一重だったけれど、どうにか最後まで彼は私の事を信じていてくれた。寧ろ、風太郎君を信じていられなかったのは私の方だ。回りくどいやり方で何度も揺さぶりをかけて、何度も逃げ道を用意して。本当に居なくなったらもう絶対に仮面なんて剥がれちゃうのに。

 

その気にさせたのは風太郎君だ。私は悪くないはずだ。多分。大体な話、あんなカッコいいことしてくれてその気にならない方がおかしいに決まっている。彼は本当に人間として素晴らしい魅力に満ち溢れている。それこそ、私なんかでは本来関わってしまうのもおこがましいくらいに。そんな私にあそこまでしてくれたら期待してしまうだろう。

 

それに人生のパートナーだなんて言ってくれて気が早いんだから風太郎君は!嬉しすぎて死にそうでしたが、これからは毎日こんなことが起こるんだから耐性は付けないといけない。死因、風太郎君が素敵すぎたから。そうならないようにしなければいけない。いや、それでもいいかもしれない。まぁ、風太郎君がどうしてもって言うなら私は今すぐにでも学校を辞めてお嫁さんになるつもりだ。

 

とは言っても彼は絶対にそんな無責任なことはしないだろう。高校を卒業するまでは彼は勉強の面倒を見てくれる、そう約束してくれた。それならそれにあやかりながら家事スキルを鍛えよう。掃除には自信があるが料理にそれはない。二乃に土下座をして頼み込めばきっと優しいあの子の事だ。引き受けてくれるだろう。

 

 

 

 私が彼と初めて会ったのは、小学校の修学旅行の時だ。その時は姉妹一緒に居ることに疑問を持っていた頃だったと思う。何でも5人でそれで本当に良いんだろうか。まだ分からなかった。そんな私に強く背中を押してくれたのが風太郎君だった。

 

あの時の出会いが今の私の大部分を占めていると言ってもいい。神社でお参りをしたときの記憶は今でも鮮明に思い出せる。その時に自分は皆よりも勉強をいっぱいして、立派な大人になって大好きだった家族に幸せになってもらうんだってそう思っていた。

 

まぁ、その決意は一瞬で剥がれたんだけど。よく似ていた私たちは、それこそ家族くらいじゃないと見分けるのが難しい。幼少期で個性もそんなに無かったからそれはもう相当難しかっただろう。だから仕方ないのだ。風太郎君が私と一花を間違えたのは。私はリボンを新しく付けるようになった。皆とは違う私になりたかったから。今度は風太郎君に私を見て欲しかったから。一花を明確に敵だと思ったのは多分そこからだったんだと思う。ほんと、ズルい女。

 

 

 

 当時は頑張っていた。多分自分の中で一番何かに全力だった時だと思う。でも、私が一番バカだった。皆は昔から本当に頭が良かった。私だけが何も出来なかった。仕方が無い。昔やっていなかった分のツケが回って来ただけだ。そう思っていた。

 

お母さんは私に優しかった。自分だけ出来ないことをお母さんのせいにして当たった時もあった。それでも姉妹の中じゃない、私を見てくれた。だからこそ、拒絶されたときは比喩ではなく、本当に死のうかと思ったほどだった。5人一緒に。何をふざけたことを言っているのだろう。それをしようとして、無理だったんだ。

 

そんなことがあったからかもしれない。お母さんが死んでも皆が流す涙は微塵も垂れてこなかった。いや、悲しいことは悲しかった。女手一人で育ててきたんだ、尊敬はしている。姉妹の中で泣かない私を見て強いね。と口々に言う。実の親が死んで何故泣けないんだ。そういった思いが透けて見えた。初めて皆とは違う、特別になれた。こんなどうしようもないことで。自分が情けなくてそこで涙が出てきた。

 

実は、国語で一番を取れたことがあった。その時私は嬉しくて皆に自慢した。私は頑張ったんだって誰かに認めて欲しかった。おめでとう、皆はそう言う。でも内心ではほくそ笑んでいるに違いない。たった一回だけなのにって。

 

やっぱり、私では無理だった。彼女たちに勝つのは不可能なのだ。お母さんが死んでから、私はもうあの約束を守れなくなったけど、君の為に頑張ろうって思って勉強自体は続けていた。彼女たちよりも間違いなく勉強をした。精一杯努力を重ねたはずだった。その結果が赤点スレスレではどうしようもない。もう頼れる人はいない。一人、枕を濡らした。

 

もう姉妹とはほとんど会話すらしていない。5人一緒に居られたのは母がいたからだった。三玖は私に勉強を教えようとしてくれた。姉妹の中で特に頭が良かった彼女に教わればきっと上手くいくに違いない。頭では理解していた。でも、あの子はこんな私に教えてきっと優越感に浸ろうとしているのだ。こんなことも出来ないんだって。本当はそんなつもりなんて無いだろう。でももう私が姉妹だなんて汚名にしかならないはずだ。

 

 

 

方針を変えた。昔サッカーが上手いと言われた。もしかしたらそっちの才能はあるのかもしれない。他人の土俵に立たなければ私にも可能性があるはずだ。結論から言うと、その通りだった。そんなに練習をしなくても大体の運動では一番が取れた。ちやほやされた。私がいる意味を見つけられたのかな、そう思った。

 

大変じゃないわけでは無かった。いくら出来るとは言っても、部活動としてやっている相手になると分が悪い。だから練習した。毎日走ったり基礎体力をつけるだけ以外にも、出来る限りの事はした。これなら通用するに違いない。

 

次第に部員たちとはすれ違いを感じた。ぎくしゃくするのは嫌だったから、部活を転々として少しでも力になれるようにと一生懸命身体を動かした。幸い体力は有り余っていたからそれを実行することは容易だった。助っ人として、輝かしい成績を起こすことが出来た。まだ大丈夫。

 

陰口を聞いた。調子に乗っていると。よくよく考えてみればそう思われるのも仕方が無い。自分は練習に一切出てないのにぽっと出で活躍していい気はしない。それは当然のこと。私がやったことはただ皆の頑張りを踏みにじっていただけだったのだ。結局ここにも私の居場所はなかった。

 

 

 

 勉強でも運動でも自分は結局中途半端だった。何のために頑張ればいいのかもう分からなくなっていた。やる気がない。何もない。ただ毎日を消化するだけ。悪目立ちするリボンを着ける事はもう止めた。もう私のような女なんて忘れているだろう。他のみんなと比べられないように目立たないようにすることを毎日心掛けていた。

 

私はバカだ。それはもう恐ろしいほどに。勉強をしていてもあんな感じだったのだ。運動もせず、何もない時間を怠惰に貪っていた私にはこうなるのも当然だ。私の学校では追追試まで不合格なら一瞬で落第する。それに引っ掛かった、それだけだ。決して狙ったわけでも無いが全力を尽くして勉強をしていたという事もない。悲しい事のはずなのに心は何故か高揚していた。正直、足枷になっているのが苦痛で仕方が無かった。やっと離れる事が出来る。

 

私は忘れていた。私に大きな負い目を持っているであろう彼女を。姉妹が離れてはいけないという思いにとらわれた彼女を。私の事を誰よりも考え、思ってくれた彼女を。私と同じかそれ以上に母に執着していた彼女を。全部、全部忘れていた。

 

結局私のせいで皆を不幸にさせてしまった。もちろん、私以外はトップレベルの成績だった。私さえいなければ、ずっとそう思っていた。私だって皆の事が大好きだ。大好きだから、迷惑を掛けたくなかった。私みたいなのが身内で、家族で、姉妹でごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。



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四(中編)

 折角新しい学校に来て、環境は変わったのにやる気は何も出なかった。自分がやらなければいけないことは分かっている。皆への贖罪だ。自分のせいで彼女たちの輝かしい経歴に泥を塗る形になってしまった。表向きは転校という事で公にはならなかったが、真実は大体が分かっているようだった。それはそうだ。優等生の彼女たちがそういったことには無縁だからだ。私を庇った、そういう事だ。

 

謝ろう。そう考えても身体が自然と震え、無意識の内に奥歯がガタガタと鳴る。長い間ずっと植え付けられた彼女たちへのコンプレックス。そう言ってしまえば聞こえはいいが、結局私は逃げているだけなのだ。何かを言われるのが怖いから。どういう反応をされるか分からないから。私と違って彼女たちは優秀だ。私に出来ること等、何もない。する資格もない。

 

せめて、今回だけは絶対に落第しては行けない。怖かったが、姉妹に比べればまだ我慢できた。幻滅させてしまっただろうか。失望されているだろうか。無表情のお父さんにお願いして家庭教師を雇ってもらうことにした。結局私の本質は他力本願なのだ。自分一人では何もできないくせに五人でいることからも逃げたのに。

 

体力だけしか能がない私でも慣れない土地と、悪目立ちする昔の制服のせいでかなり疲れてしまった。恐らくそれすらもドンドン衰えていき、じきに何も出来ない死を待つ人間になるのだろう。やはり自分は早くこの世からいなくなるべきなのだ。この大事な時期は良くないか。成人までは待たなければ。

 

あ、見つけた。ようやく、と言っても数分くらいなのだが。とにかく今は休みたい。見つけた席に座ろうとしたが、同時に見知らぬ男子生徒もそれをしようとしていた。休みたいとは思ったが下手にいざこざを起こすほどでもない。タイミングが被ってしまっただけで決して害を与えようとしていたわけではない。だから、許してほしい。

 

 

 

 変なことになってしまった。まさか私が見知らぬ男の人と昼を一緒するなんて。まぁ、あの状況のままなら更に目立ってしまう可能性もあった。それは正面にいる彼にも迷惑を掛けてしまうことになる。そういえば、彼の顔を見ていなかった。私なんかに親切にしてくれた人だ。顔くらいは覚えて恩は返したい。一番返すべき相手にはずっと借り続けているのが問題だが。

 

似ている。というかこの人はもしかして本人なのでは無いだろうか。少し感じは違うが、面影がある。身体を通る全身の血液が一気に沸騰する。確信が欲しい。何でもいい。身分証明書までとは言わない。名前さえわかればいい。落ち着いて、決して真意を悟られないように彼のテスト用紙を見せてもらう。違ってくれと願って。

 

こういう時の勘はよく当たるのだ。名前の欄には上杉 風太郎と書かれていた。テストの点数は100点。私とは、大違いだ。元々彼は頭が良くなかった。私とスタートラインは同じだったはずだ。きっと彼も最初は上手くいかなかったに違いない。そこで努力を積み重ねたか、諦めたか。そこでこうまで変わってしまったのだ。

 

こんな姿、絶対に見せたくない。彼にはあの時の思い出のままでいさせてあげたかった。幻滅されたくない。大体、あんな昔の事でたった一日の出来事だ。何故私は今まで覚えていたのだろうか。重い。その二文字が脳裏に浮かんだ。きっと彼は忘れている。何事もなかったかのように立ち去って、それでいい。それで良い思い出になる。

 

私と違って最後まで努力をし続けた貴方は眩しすぎて、一緒の空間にいるだけでもおこがましい。大丈夫だ。大丈夫なはずだ。どうやら私は相当動揺していたらしい。平静を装っていたつもりだったのに。一花とは違って演技も下手だ。自分から墓穴を掘ったが、きっと思い出してはいない。

 

爆発しそうな感情を必死に押し殺してその場を後にする。歩いていたつもりが気が付いたら早足になり、全力で走っていた。ここから一刻も早くいなくなりたかった。午後からは普通に授業がある。上がった息を抑えながらゆっくりと深呼吸をし身体を落ち着ける。私はまだ笑えているだろうか。

 

 

 

こういう風に目立つのは好きではない。昔は何度か壇上に上がって表彰をされたりはした。嬉しかった。全校のみんなが、チームメイト全員が私を祝福をしてくれているとその時は思っていた。本当はお前の事なんか誰も本気でおめでとうだなんて思っていないのに。視線を浴びて一瞬意識が遠のきそうになる。拳を握りしめてどうにかそれを回避する。大丈夫だ。この人たちはまだ、私の事を知らないのだから。すぐに私の汚いところに気が付くだろうから、最初で最後だろう。こんなのは。

 

可能な限り、明るくいったつもりだ。私の事は気にしないで欲しい。何かされなければこちらから害になる事は一切しない。居るだけでどうにかなるなら、それは本当にごめんなさい。どうせ嫌われるから意味はないけど、最初から印象を悪くして良いことは無いと思う。

 

彼がいた。途端に先ほどまでの決心が崩れそうになる。表情を変えるな。演技をし続けろ。私は初めて会ったクラスメイトの中野四葉だ。ここで何かをするのは不自然だ。期待なんかするな。どうせお前の事なんか何も思っちゃいない。さっきので迷惑に思っているの決まっている。これからは彼に関わらず、毎日頑張ろう。そんな決意はあっけなく崩れた。

 

まさか、覚えていていたのか。私の独りよがりでは無かったのか。嬉しい。いや、正常になれ。きっと何かの間違いだ。何より私があの時にあった人だ、なんて思われたくない。彼の思い出に傷をつけてしまう。自分ではダメだ。あの時は恨んでいたけど彼と会っていたのは私だけでは無かった。

 

一花。長女として私たちの指針になり続けていた。彼女なら彼に相応しい。彼女は私を許してくれるだろうか。そんな甘えた考えをしていてはダメだ。一生この罪は背負わなければならないのだ。私はどうすればいいのだろうか。妙案が浮かぶはずもない。どこか上の空だった私をクラスメイト達はどこか不気味そうに見ていた。どうせいなくなるなら早い方が辛くない。

 

 

 

 私なんかに構わないで欲しい。あれから彼は暇があれば私を追ってくる。十中八九私の事を思い出したと考えてもよさそうだ。いっそのこと、私の事をずっと追う事で私を見てくれるなら永遠に逃げてもいいのだ。そんなはずがない。このままではダメだ。いつかは決着を着けなければいけない。いつお前に愛想をつかしてくるか分からないんだぞ。でも、私は臆病だから。面と向かって話す資格もない。

 

お昼を食べながら、内心では気にしていない様な素振りを見せ、彼を観察する。私を探しているのが見て取れる。もしも捕まったら何をしてあげれば彼の為になるだろうか。彼と目が合う。多分気付かれた。幸い私の机に上がっている食べ物はもう無い。胃袋の中に収まってしまった。さぁ、いつでも来て。ご飯を食べた後でもまだ勝てるはずだ。

 

あれは二乃かな。なんで風太郎君と話しているんだろう。そんなことを思って良いはずがないのに、なぜか私の心がざわざわした。もしかして二乃は彼の事が好きなのかな。お互い頭もいいし気も合いそうだ。優しいし欠点らしいところも見えない。二人はお似合いだ。

 

気が付けば私は食堂から離れ、トイレに居た。大丈夫。私は笑えている。顔が余りにも作り物みたいで気持ち悪くて吐いた。胃には何も残っていない。

 

 

 

 私は彼のことが大好きだ。愛している。ただ、その思いは一方通行であるし、決して考えていい事でもない。夢なんて持つだけ無駄だ。そう言い聞かせるも私は中々往生際が悪い。頭では自覚しているだろう。なのに何故。好きだからだ。それ以外に理由はない。

 

もし、有り得ないことだけれど、性格も良くて頭が良くて人望もあり運動もできる。そんな素晴らしい人間になれたら。そこまで行かずともせめて貴方のように努力をして勉強が出来るようになったならば。その時はもう一度貴方のそばに行ってもいいですか。今更なんて言葉はこの世には無い。今から諦めなければまだ可能性はある。私だって、必要とされる人になれる。

 

気持ちはどこか晴れ晴れとしていた。目標が出来たのだ。逃げ続けた私だけど、今度こそ。出来ないなりに必死に頑張らなければいけない。もうすぐ家庭教師の方が来る。どうやら同年代らしい。自分でやってもどうしようもなかったが、今日から私は変わるんだ。久々に会話をした。あいさつ程度だけど。それでも大きな進歩だ。

 

何で。どうして貴方なの。頭の思考が途端に追いつかなくなる。先ほどまでの決意が音を立てて崩れ去る。どうやらまた無理みたいだ。こんな風にすぐ諦める私が本当に嫌いだ。何もしたこともない。それなのに諦めることだけは一人前なのだ。私が生徒でごめんなさい。もうかんがえるのもおっくうになってきた。かみさま、わたしはそこまであなたにきらわれなければいけませんか。



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四(後編)

これで一回四葉はラストです。次から風太郎になります。


 こういう所が原因なのだ。私がいつまでも私なのは。彼にはもう私という人間が分かられてしまっているのに往生際が悪い。貴方を私という鎖で縛りたくないという意図が一応あった。だが、それは昔の思い出の人に拒絶されたらショックだろう。私だって彼に一方的に嫌われたらどうなってしまうかわからない。自分がされて嫌なことはしない。そんなの小学生でもわかることだ。私はそれ以下だったのだが。

 

頭が痛くなる。やはり、彼は私という幻想に囚われている。思い出は素晴らしいものだが、時として美化されてしまうものだ。話したくはなかったが、仕方が無い。私は昔話が嫌いだ。自分の嫌なところ、避けてきて蓋をしていたものを無理矢理直視させられてしまうから。この気まずさも正直辛い。ここから事態が好転するとは到底思わないが、決めた。

 

そうして私は大して面白みもない一人の女の過去を話した。ほんの一部分ではあるが、私という女を知るためには十分だろう。前に覚えていて嬉しかったと思ったが、昔の明るくて元気な四葉ちゃんはいないのだ。なぜあの時は何でもできると無意識に考えていたのだろうか。そんな保証がどこにあるというのだろうか。あの時に戻りたい。今度は彼に会わないために。

 

どうにか最後まで話しきる事が出来た。こんな風になってしまった経緯、昔からの想い、そして貴方にやってしまった罪。口を開けばもう止まらない。本当はずっと話したかった。こんな機会じゃなくて貴方の友達、恋人として。そこまでは願いすぎだろう。そこまで思う資格何て私にはない。

 

あれ。私は何を言っているんだろうか。なぜ彼の重荷になるようなことをそんな軽はずみに言う事が出来るのか。確かにそれは紛れもない私の本心だ。貴女が家庭教師で嬉しかったし頼っても良いんじゃないかとも考えてしまった。そこまではかなりギリギリだけどどうにかセーフと言えなくもない。はず。

 

なんだ。そこまでしていいと誰が言ったんだ。誰がお前がそんなの許可をした。こんな風に滅茶苦茶に言葉の大洪水を引き起こした後にこのダメ押しだ。本当に私は私だ。ここまで来るといっその事呆れてくる。もう家庭教師としての関係すらも放棄することは無かっただろう。それだけの事と考えていい。

 

出来れば通報とかはしないで欲しい。刑務所にぶち込まれるくらいなら構わないが、彼に近づくことが今後罪になってしまうのは嫌だ。遠くからでも見ていたい。自分勝手な考えをする私に嫌になる。

 

何故か彼はそんな私を受け入れてくれた。何故だろうか。考えて直ぐに結論にまで至る。彼は昔貧乏だと言っていた。この家庭教師のバイトをクビになってしまうのは彼の思うとする事では無いのだろう。そうだとしても、嘘だとしても彼からの甘い言葉は本当に甘美だ。どんな麻薬よりも効果がありそうだ。流石にまだやったことは無いが。

 

身体が熱を持つ。私は単純だ。頭では理解していてもそれだけで大きな高揚感を持ってしまう。自分の今の姿を見たら心底みっともないに違いない。

 

サラっと自分の昔の呼び方を通す。上杉さんは流石に他人行儀過ぎる。そういう事だと言い聞かせる。結局昔の私を感じて欲しいのだ。今の私とは違い、輝いていた。そう言える時だけはせめてあの時のような素敵な自分に戻れればいいな。そう考えながら。

 

私で欲情してくれているのかな。見てくれだけは一応自信がある。今は見る影もないけど、昔は美人5姉妹と言われたこともあったのだ。姉妹全員容姿だけはよく似ている。一花は芸能界で働いていることもあるしそれは今でもどうにか見られるレベルだとは思う。皆とはこれ以上ないほどの劣化だが。

 

大丈夫だ。そういう関係でなら私をそういう風に見ることは無いはずだ。彼はお金を稼ぐ。私は彼に教えられながら勉強をする。私のメリットしかないこれもビジネスパートナーということなら何ら問題ない。貴方の顔が見られるだけで私にとっては幸せです。これからもよろしくお願いします。

 

 

 

まぁ、勉強中は色々あった。昔のバカみたいなリボンがバレて恥ずかしくてもう穴があったら入りたいという感じになったり、その弾みで彼の事を押し倒したりしてしまった。多分無理矢理事に及ぶことは可能だ。正直、興奮する。関係が切れそうになったら身体でもなんでも使ってしまうのは全然アリなのではないか。彼だって一応年頃の男である。満足してもらえるかは分からないが、というか私に得がありすぎる。

 

それに5教科合わせて100点というどうしようもない点数も取って軽いうつ病にかかりそうだった所も慰めてもらった。教師としての彼にならしてもらえるだろうと思ったが案の定その通りだった。悲しそうな表情をすれば、応えてくれる。至福の時間が終わりそうだったから、分からないことがあると無理矢理引き延ばす。全てが打算ありきなのだ。

 

流石にこの時間ではマズいだろう、そう考えたのか彼は帰ってしまう。今日はこれでも十分だ。やはり彼は相当頭がいい。教えるのも丁寧だし、私の事を考えてくれている。この調子でいけば目標は達成できそうだと楽観的に考える。そして同時にそうなってしまった時、彼とは赤の他人になってしまう。そんなのは嫌だ。

 

三玖だ。どうやら盗み聞きをされてしまっていたらしい。私がこういう事を言うのも変だと思うかもしれないが、それはやって良いことと悪いことのラインを越えている。もしかして彼女は私に残されたたった一つの希望すらも摘んでくるのだろうか。そう思うと自然に心が穏やかでなくなってくる。彼に見られたことに気が付いてどうにか取り繕う。みっともない。

 

もうこんな私を見せたくない。さっきまでそんなこと考えていなかったのに今は早く帰って欲しいとそう願うだけになっていた。最低限、客人は送るのが礼儀だろう。私だってそこくらいはわきまえているつもりだ。

 

私はこの時間が楽しかった。こんな日がこれから続いていくのかと思うとそれこそ天にも昇る気持ちだ。しかし、それは私だけだ。最後の最後にして大きな失態を犯してしまった。そういう言い方をすればそこまでは何もしていなかったという事になってしまうが、それ以上にあれは擁護出来ない。嫉妬に狂った女。客観的に見たらそうにしか思えない。ただのビジネスパートナー風情なのに。

 

結局、自分を許せない。彼を突き放す言い方をしてしまった。どうすればよかったのだろうか。彼女たちの様に頭が良ければ最適解を導き、何事もなく一日を終えれたのかもしれない。たらればなど、考えるだけ無駄だ

と言うのに。自分のやることなすこと全てが裏目に出ている。

 

下に落ちた水滴を見て雨が降って来たのかと勘違いしたがここは室内だ。ではこれは。考えて答えは直ぐに出たがどうにかそれ以外の解を見つける努力をした。だってそれが本当なら私は何てあさましい女なのだろうか。泣けば全てが許される。そう思われてしまっても仕方が無い。目を痛いほどにこする。

 

呆然としたまま部屋に戻る。さっきまでここに風太郎君がいたなんて夢のようだ。しかし紛れもない現実。ここには彼がいた痕跡がある。髪の毛はきちんと取っておこう。そうしてそれを採集しているときに部屋の隅に見知らぬ物を見つけた。これは生徒手帳か。先ほどのもみ合い未遂が原因か。一瞬今から急いで下に戻れば間に合うかもしれない。そう考えたが、車に追いつくのは流石に無理だ。

 

これで明日話し掛ける口実をどうにか見つける事が出来た。一応彼のプライバシーに関わることも考慮して最後の一線を越えるのはやめにした。盗み見されて誰が喜ぶか。

 

 

 

 彼が休み。その事実を知ってから動揺が収まらなかった。高校までなってくると原因までは言う事は少ない。せいぜい忌引かどうか、くらいか。引き金となったのは間違いなく昨日の一件だろう。身体が弱そうには見えない。考えて考えて、気が付けばもう放課後になってしまった。

 

この際手段を選んでいる余裕など一切私には無い。鞄に仕舞っておいた生徒手帳を取り出し、中身を躊躇なく見る。罪悪感はもう無くなっていた。分かったことは二つ。彼の住所とあの時二人で撮った写真だ。少し考えて、仮説にもなっていない様な妄想が浮かぶ。もしかしたらあの事は私以上に彼に影響を与えているのではないか。と。

 

そんなどうでも良いと思っている決心一つでここまで勉強を頑張れる事が出来るだろうか。状況としては可能性は限りなく薄い。しかしこれにしか私が縋ることのできる糸はないだろう。悪魔じみた計画を実行しなければならない。これをするためには私であってはいけない。尚且つ全てを語ってそれでいて受け入れてもらうしかない。

 

家にまで着く。もうここまで来たのだ。後戻りは出来ない。震える足を無理矢理動かしながら彼の元に向かい、チャイムを鳴らす。今の私は()()()()だ。

 

風邪を引いたという事を知り、内心ガッツポーズをする。そうか、私を避けていたわけでは無かったのだな。それだけでさっきまで焦っていた頭が何故か冷静になってくる。ここはお見舞いに来ただけだ。無理矢理危ない橋を渡る必要は無い。いいや、最初からの計画を実行に移すんだ。ここまで来て退くことは有り得ない。二つの考えが浮かぶ。私は悩んで後者を取った。

 

全てが上手くいった。私から一花だとは言っていない。彼はここまで行っても受け入れてくれたんだ。もういいだろう。彼に看病をしてあげられないことは本当に申し訳ないが断腸の思いでここから立ち去った。

 

 

 

 私からアプローチをかけても良かったのだが、彼から手紙を貰った。ラブレターだと少し思った私は脳内がお花畑だ。そうじゃないにしろ昨日の決意は本物だろう。彼の目がなによりそれを物語っていた。九割ほどの勝ちが見える賭けにすらならない賭けだ。私は何度も博打を打っているのだ。最後の最後くらい成功するだろう。

 

やっぱり風太郎君は本物だ。一昨日やった事が頭にしっかり残っている。本当は私の前に家庭教師をしていたのかと疑うくらいに。もしそれが誰であれ嫉妬で狂ってしまう。そうだとしても、これからは私も成長していくのだ。何となく頭が良くなってくれるはずだという確信が持てた。

 

昼休みになった。屋上へ行こう。大丈夫だと自分に言い聞かせる。自分は信じられないけど貴方なら信じられる。貴方の事が大好きだよ。




誤字訂正が実は今まで一回も来てないんですよね。自分で言うのもなんですが、不安です。
そんな完璧に行くはずがないので。


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9

 夕暮れ時、図書室で黙々と二人で勉強をする。窓から見える外からはもうすぐ月が顔を出しても不思議ではないという感じを受ける。時間も時間だしそろそろ頃合いだろう。そもそも利用時間の問題もある。俺は真剣に課題を解く四葉に一瞬躊躇しながらも、そろそろここを後にする旨を伝える。

 

「あー、もうこんな時間でしたか。風太郎君と一緒に居ると時間があっという間に感じられてしまいます。では帰りましょうか。今日はありがとうございます」

 

可愛い。沈む夕日に照らされた彼女は儚げで、その場だけを切り取ったら一枚の絵画にでもなりそうだった。先ほどの発言は彼女の様子より嘘には見えない。というか嘘がつけないような性格だと思う。という事は俺と一緒に居ることであそこまでの笑顔を見せてくれたのだろうか。

 

「その顔、俺以外には見せないでくれよ。後、アレだ。もうすぐ暗くなるし送っていく」

 

でも俺は臆病だ。言えたことはせいぜい自分の中に潜む意地汚い独占欲の一端だけ。俺も四葉の様に正直に生きられれば色々と難儀にならないとは思う。こういうことも含めて俺の性格なのだ。中々変えられるものではない。ただ、本当に大事なことだけはどうにか伝えられていると思う。きっと両極端なのだ。

 

「え、あの、ありがとうございます」

 

やたらとポカーンとした表情で彼女は返答する。どこか心ここにあらずといった感じだ。珍しく口数も少なかったような気がする。勉強で疲れていたのか、それとも俺の送っていく発言に動揺したのか。何で彼氏面してるのマジキモイとかそういう事か。流石にそんなことは思われていないと信じたい。

 

しかし俺の疑問はあっさりと解決する。俺にとっては予想していなかった形となって。

 

「あれ、可愛いってやっぱ気のせいだよね。特にそのことにも触れないし」

 

小声でもバッチリ聞こえてしまった。そうか、またしても心の中が声として漏れてしまっていたようだ。辛いしかなり恥ずかしい。本来ならば俺にとって相当な深手ではあるが逆にプラスに考えてみよう。俺は思っていることを中々言い出せない欠点があるとさっきも考えた。それを今回の様に無意識に話すことで実質何でも喋る事が出来る。これで俺の考えていることが筒抜けになるが、全然良いだろう。

 

「いいから早く行くぞ。出来れば明るいうちに帰りたい」

 

「ちょっと待ってくださいよー。準備がまだ出来てないって、あー行くんだから。風太郎君のいけず」

 

顔が赤くなっているのはきっと空の色のせいだろう。急いでいるのは単純に早く帰らないと四葉のことを心配する家族がいるからだ。誰に聞かれているわけではないのに、自分にそう言い訳をする。後ろからドタドタと騒がしい音が近づいて来るのを耳で感じながら俺は歩みをもう少しだけ速めた。

 

 

 

 結局俺の努力も空しく、外に出てそんなに時間が経たないうちに、辺りはすっかり闇が支配していた。

 

自分から送ると言ったのだ。責任はしっかり取るべくいざという時はどうにか対処、できたらいいなあ。というか言い方は失礼だが俺より隣を歩く少女の方がよっぽど撃退できる可能性が高いと思う。やはり失礼極まりない。彼女は女子だ。それにこんな小さな見た目でどうにか出来るはずがない。そう思っていた時期もありました。

 

俺は体力には自信が全くない。その運動能力に関しては、クラスの男子では一二を争うほどだ。勿論ドベから。人間何事も頑張れば何とでもなるとは思っているが、これだけは別だ。だってそうだろう。日本人と言うのはそもそも欧米や南の方の人間と違って運動能力がそこまで高くない。身長などの体格に表したらその差は歴然だ。よって日本人はそもそも運動能力が低いというのが当たり前なのであって、何も自分の運動能力の低さを恐れる必要は無いのだ。大体学校の授業に何故体育があるのかわから

 

「聞いてますかー。風太郎君。こんなに無視されたらそろそろ寂しくなりますよ」

 

必死にこちらに訴えかけてくる少女の手によって俺は思考の海から引き上げられた。そうだった。今日はいつものように一人で帰っているわけではないのだ。相手の事も気遣うのが普通だろう。何か会話でもするか。確かそこそこ大事なことがあったはずなのだが。衰えを感じる。

 

しかしいつもなら勉強の事で気兼ねなく話していたため、特に考える必要もなく会話出来ていたのだが、今はそれがない。何か話題は、話題は無いだろうか。普段のコミュニケーションの不足がこういった時に響いてくる。必要ないと切り捨てたものは多いが、この世に必要ない物なんてそもそも無いのかもしれない。

 

「悪かった。少し考え事をしていたんだ」

 

「もう、しっかりしてくださいね。私といない時までは勿論強要はしませんが、そうではないときくらいはせめて他の姉妹じゃなくて私の事だけを考えてください。お願いします」

 

不安そうに揺れる瞳で必死に懇願する彼女。どこかその姿は痛々しく見えた。大体大きなコンプレックスを持っていたことは知っていたのだから、回避するすべはあったはずだ。会話が下手だから無言にならないようにしなければならない。あれ、これ無理では無いだろうか。別に他の姉妹を考えていたわけではないのだし、そこまで悲観的にとらえる必要もないのかもしれない。

 

待てよ、姉妹か。思い出した。俺は四葉と姉妹との関係をどうにか良好なものにしようと思っていたんだった。そんな大事なことを忘れていたなんて実に俺らしい。勉強も大事だがそれを取り巻く家庭事情についても解決しなければいけない。家庭教師として。さっきあんな事をして四葉以外の事を話すのは気が重いがきっとわかってくれるだろう。

 

「そのつもりだったが、今回はそうも言っていられない。俺は姉妹全員と四葉が仲良くなって欲しいと思っている。だから、なにか仲直りと言うか協力したいんだ。最初に仲直りしたいというのは誰だ」

 

「に、二乃…。あの子はまだ私に一番友好的だからどうにかなると思います」

 

申し訳なさそうに呟く。そうか二乃か。初対面こそ相当印象は悪かったが、今では寧ろ好感すら抱いているまである。ただ、あの時の一件で気まずくなってあれ以来顔すら合わせていない。そこだけが唯一の問題だ。色々大変だとは思うが、まずは家の中で一人でも話せる相手がいればそれだけで相当違うだろう。

 

「よし、じゃあ家まで送ってそのままお邪魔させてもらう」

 

思い立ったが吉日。送るついでにもなるし今日の俺は随分冴えている。一石二鳥とはまさしくこのことだ。

 

「え、今からですか。いや、勿論いいんですけどというか家に来てくれるのは全然大歓迎なんですが、お時間大丈夫ですか」

 

そんなことを言われても。

 

「大丈夫だ。この前邪魔した時、悪いとは思ったが結構長い時間居たと思うんだが。それよりは今は全然早いし、ダメか」

 

なんだかこういう言い方をするとろくでもないヒモのように聞こえてしまうから不思議だ。そこまでとは行かないがやや強引な手を使っている。よく考えてみれば夜に女子の家に行くってそれは事案なのでは。やはりやめておこうか。犯罪者にはなりたくない。そう口を開きかけたが言葉は遮られる。

 

「その節はすいませんでした。勉強の為とは言え、あれ残業でしたよね。それで私考えたんです。何かお礼とかできないかなと。唐突ですが風太郎君。焼肉定食焼肉抜きで昼を耐えた今の貴方、お腹の中身はもう既に何もない。違いますでしょうか」

 

「言い回しが少し変だが、まぁ腹は減っている。でも我慢できない範囲ではない。それがどうかしたか」

 

「私がお礼として、風太郎君の晩御飯を作ってあげます!きっと美味しくてほっぺたが落ちること間違いなしですよー」

 

不安だ。いつも自信がなく自己評価が著しく低い四葉を見ているだけにここまでの変わりようは怖い。だがしかし彼女は張り切っている。そして俺も腹が減っている。断る理由は無いだろう。

 

「悪いな。それじゃあお願いする」

 

「任せてください!」

 

自信に満ちた四葉の顔は何故かそれが自然なように見えた。




次回 四葉、腋でおにぎりを握る

嘘です。


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10

誤字報告してくださった方ありがとうございます!
やっぱり慢心するとダメですね。
それと内容薄いし文字少ないで、すいません。
内心更新遅れるときの風邪って全部嘘だと思ってたのですがまさか私がかかるとは。


 あまり言葉を多くするのも良くない。最近俺はよくそう思う。校長先生が嫌われるのは何故だろうか。それをよく考えてみるとこれからどうすればいいのかがわかる。うだうだと関係ない話だけせずにズバっと言う事が、この時間が少ないと言われる現代においてかなり大事だという話も聞く。つまり何が言いたいかと言えば。

 

「普通に美味い。四葉のも二乃のも両方美味しいぞ」

 

ひとしきり食べ終わって俺はそうご飯について評価する。若干の不安があったが、それは杞憂に終わり本当に良かったと思う。

 

「え、そんな気を遣わなくても良いですよ。やっぱりもう少し練習するべきだったと自分でも思っていますし」

 

「上杉、くん。そのね。四葉の事を上手く傷つけないようにしてるっていうのは分かるんだけど、ちょっと厳しいかな」

 

申し訳なさそうに俯く四葉。作り笑いを浮かべながら気まずそうにする二乃。両者表情は違うが、気まずそうなのは同じだ。正直何故そんな表情をしているのかが全く分からない。確かに見た目的には四葉の作ったハンバーグは汚かったがそんなの口の中に入ってしまえば何でもない。二乃の奴もとても美味しかった。見た目も綺麗だったがこれが何なのかが分からないのが残念だ。

 

「何を言っているんだ。別に嘘なんか俺はついていないぞ」

 

真剣に俺は言ったはずなのに、なぜか二人は顔を見合わせて、そして笑った。意味が分からないが何故か癪だ。とりあえず笑われた理由などについても説明してほしい。そう思うも、彼女たちは依然笑いが止まらないようだ。二乃に至っては俺が抱いていたクールというイメージから大きくかけ離れた引き笑いをしている。

 

一体なぜこうなった。未だに起動しない彼女たちを尻目に俺は原因を探るべく、先ほどの事を思い出し始めた。

 

 

 

「どうぞ。入ってください」

 

「お邪魔します…」

 

この前は家庭教師としてだったので家に入ることは特に抵抗が無かった。だが、改めて外装や部屋を見ると済む世界が違うのだという事を再認識させられる。毎月どれくらいなのだろうか。部屋は広い、高い、綺麗と三拍子そろっており、10万では下るまい。だから動揺するのは仕方ないのだ。

 

すぐに見えたのは二乃だけだった。家でゆっくりくつろいでいるというよりキッチンに立って熱心に料理をしている。この家では彼女がその担当なのだろうか。少し見渡しても他の姉妹は見当たらない。部屋にいるのか、それとも外出しているのかは定かでは無いが。とりあえず挨拶くらいはしておこう。

 

「ちょっとお邪魔します。用が済んだらすぐ帰るので」

 

「同級生相手に別にそんな態度じゃなくてもいいでしょ。こんな時間から勉強、ではなさそうだけど。用事って何」

 

俺のそんなへりくだった態度に不自然さを抱いたのか、若干笑いながら、しかし手を止めることもなく料理を続ける。器用なもので相当慣れている。やはりこの家族の中で料理をしているのは彼女で間違いなさそうだ。しかしそうなると俺にご飯を作るのは難しそうだ。キッチンはしっかり埋まってしまっている。四葉はどうするつもりなのだろうか。

 

「それに関しては私が説明するから。風太郎君は部屋で待ってて」

 

そう言われたらこっちからは特に何も言うことは無い。家主の指示に従うのが筋だろう。軽く会釈をし、目的の場所へと向かう。二回目だからか、少し場所を間違えながらも四葉の部屋にたどり着く事が出来た。勝手に入ってもいいのだろうかという罪悪感はあったが本人が良いと言ったのだから大丈夫だろう。

 

前回は緊張と無言故の気まずさもありそこまで意識はしていなかったが、いざ実際に見てみると綺麗ではあるが女の子の部屋っぽいな、と思う。部屋に所々置いてある観葉植物くんはよくわからないが。しかしそんな物色してしまうのはよろしくないだろう。単語帳でも読んで勉強をすることで気を紛らわすことにする。

 

無理だ。身体が冷静になれない。そもそも四葉は結構距離が近くてこちらをドギマギさせてくるのだ。その時の匂いとかそういうのを思い出してしまうと中々難しいのだ。あーもう寝てしまおう。人の家で寝るというのもかなり肝が据わった行動だと思うが、何かしでかすよりはマシだろう。それに最近色々あって疲れているのだ。俺は鞄を枕にして目を閉じた。

 

 

 

 そんなこんなでご飯が出来たと起こされ、ご飯を頂くことになったのだが、やはり意味が分からなかった。何度も言うが俺は嘘を付いたつもりは微塵も無い。しかし俺のそんな様子を見て笑っているのだ。ダメだ。降参だ。教えてもらうことにする。

 

「何でそんなに笑っているんだ?正直俺にはわからんから教えてくれ」

 

「あ、貴方。三玖の料理でも美味しいって言いそうだわ。流石に四葉はそこまででは無かったけど」

 

()()()()と今そう言った。という事はつまり世間一般的に四葉の料理はそこまで美味しくなかったということで良いのだろうか。確かに見た目は良くなかったが言うほどでは無かった。それを美味い美味いと食べたから笑われたのか。ということは俺の味覚は良くないバカ舌ということか。

 

「そんな落ち込まないでください風太郎君。笑っちゃったことは謝りますが、アレを出してまさか完食して美味しいとまで言って頂けるとは思わなくてびっくりしてですね」

 

いいや。全然落ち込んでなんかいない。ただ俺の味覚がおかしいというあれは訂正できないだろうか。しっかり火も通っていたし、味もしっかりついていた。このあと腹が痛くなるという事も無いはずだ。よって俺の感性は正しいはずだ。異論は認めんぞ。

 

「何か貴方のこと警戒して損したわ。そんな真面目な顔で言われたらほんと可笑しくて。また思い出したら笑っちゃいそう」

 

ようやく笑いが収まったのか、二乃がそう話してくる。ややツンとした顔の二乃だが、笑うと四葉に本当にそっくりで姉妹なんだなという事を改めて実感する。というか俺がここに来た理由の二つ目を今やっと思い出した。二乃との仲をどうにか取り持つという事だったが。ご飯を一緒に作る様子も見ていないし聞いてもいないが、仲良さそうにする二人を見て結果オーライだなと思った。




ちなみにグレカーレも御蔵も出た


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11

間違えなく は誤用みたいで、本来は間違いなく が正しいようですね。
ガッツリやらかしておりました。


「良ければこちらでもどうぞ。クッキー作りすぎちゃって」

 

「喉乾くわよね。ちょっと待って、コーヒーでも入れてくる」

 

「四葉―。協力してあげたんだから洗い物してきて。そんな怖い顔しないでって。別に盗ったりするわけないじゃない」

 

ふう。とても落ち着く。食後のデザートにコーヒーまで頂けるとは思わなかった。俺は多分世界で一番夕食を満喫しているだろう。中野家は毎日こんなに良い食生活を送っているのだろうか。ご飯も美味いし気も利くし、将来二乃は良いお嫁さんになるはずだ。そんな予感を感じつつ、俺は程よい苦みのコーヒーを啜る。

 

「どう?結構よくできたほうだと思うし、上杉君も大分満足しているように見えるけれど」

 

自信を持った顔つきでそう俺に尋ねてくる。その言葉に恥じないもてなしの数々だった。これが毎日続けば俺は一週間を待たずして骨抜きになってしまうだろう。いつの間にか四葉がいなくなり二乃と2人きりになっていた。確か四葉は食べ終わった食器の洗い物をすると言っていたか。申し訳ない。

 

「とても美味しかった。今も色々してくれて申し訳ない」

 

「そんなこと言わなくても別に良いのよ。本当に作りすぎちゃっただけだし、趣味でやってるくらいでそんな風に食べてくれると嬉しいのよ」

 

建前は感じない。本当に本心からそう思っているようだ。勿論全て鵜呑みにするつもりは無いが、たまにはお邪魔してご馳走になりたい。もうすっかり俺の胃袋は掴まれてしまったのだ。

 

ん?何を考えているんだ。何を俺はゆったりのんびりしているのだろうか。そもそも俺は何故ここに来て何をしたら帰る予定だったのだろうか。少し疑問に思えばそれは直ぐに答えにたどり着く。マズイとまでは行かないが急いだほうがいいかもしれない。俺のせわしない様子を疑問に思ったのか小首を傾げる二乃。お前は何も悪くないんだ。俺が迂闊だっただけで。

 

「すまない。ちょっとというか大分くつろいでしまった。さっき言っていた用事って言うのは四葉に料理を振舞ってもらうってことで、用が済んだら帰る予定だったんだが、長居しすぎた。今すぐ帰る。四葉にはよろしく伝えておいて欲しい」

 

それだけ言って帰る準備をする。幸い何かこれと言ってやっていたことも無かったので鞄を持てばそれはすぐに終わった。お邪魔しました。そう言い残し俺は部屋を後にする。

 

「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。別に私も私たちも特に迷惑していないわ。食後にすぐ動くのも良くないでしょう」

 

「いや、でも悪いし」

 

足だけ止めて振り返らずにそう返答する。これが例えば四葉ならもう少しくつろいでからにしても良かった。その内俺の家にも呼ぼうかなとも考えているぐらいだ。だが、二乃と個室で2人きりという状況は、少々よろしくないのではないかと思う。

 

流石五つ子というべきか、俺にはまだ見分け方がさっぱり分からない。先ほど起こされたときに二乃を四葉かと言い、若干不機嫌になったのも記憶に新しい。それに四葉と話すときのような態度で、二乃と接してしまうかもしれない。そうなってはいけないと思ったのだが。

 

「良いって。それとも何かやましいことでもあるの。無いなら良いじゃないの。四葉もまだ帰ってこないし、ちょっとくらい話しましょうよ」

 

そんなことを言われたら首を縦に振るしかあるまい。そうするべく振り向いて驚く。彼女の目はどこか薄く開き、それでいて俺をジッと捉えていた。腰が引けたが、頷くしかなかった。

 

 

 

「そんなに怖がった顔しないでよー。本当に暇だからちょっとお話しようと思っただけだよ。風君」

 

なんだそれは。信用できるはずがない。その言葉を聞いた俺は余計顔を強張らせたに違いない。相も変わらず掴みどころのない二乃に翻弄される。俺にはどちらかと言えば好意的だと思ったが、それは単なる思い違いだったのかもしれない。大体四葉以外とはほとんど初対面レベルだぞ。そんなふ、風君なんて言わないだろう、普通。

 

だがしかし二乃と2人きりで話せるという事をプラスに考えてみる。例えば四葉に関することを聞いたり、そもそも仲直り出来たのかという微妙に彼女がいたら聞きにくいこともこの状況なら可能だろう。自分で思っているよりも事態は深刻では無いのかもしれない。とりあえず気になっていることを聞こう。

 

「じゃあ俺から質問させてもらう。まず風君って何だ。特に深い意味が無いなら俺の早とちりという事で気にしないんだが、そんな会ってそんなに経っていない相手にそういう事言うか。普通」

 

「あっ、そっかぁ。風君はまだわかんないもんね。じゃあ別にわかんないままで良いと思うよ。特に理由は無いし、ただ名前を言うのがめんどくさかったってことで」

 

悪戯が成功した時の子供の様に少し意地の悪い表情を浮かべる。これに関して答えてはくれないか。ではこれはどうだろうか。

 

「次行く「ちょっと待って。風君だけが質問するのは不公平だし、次は私の話に答えて」

 

「わかった」

 

出鼻をくじかれたようだが仕方ない。俺に聞きたいことがあるようにあちらにも色々聞きたいことがあるだろう。何となく予想はついているが。大方どうしていきなりご飯を食べさせてもらう事になったのとか、そういった類の話だろうとは思う。何故かは俺にもよく分からない。

 

「えっと、じゃあ最初に。ありがとうございます。四葉を救ってくれて。私たちではどうすることも出来なかった彼女をこんな風にしてくれて。最初は本当に驚きました。殆ど会話をしない四葉が自主的かつ私に頼みごとをしてくるなんて。嬉しかったです。それもこれも貴方が風君だったからなんて、奇跡ってあるんだなって思いました」

 

そこまで言って正座をし、深々と床に着くんじゃないかと思う位のお辞儀をしてきた。ちょっと待ってくれ。意味が全く分からない。とりあえずそんな風にしてもらうのも困るし、丁寧な口調は四葉に似ていて何だかとても嫌な感じがしたので直してもらった。そこまでしてから俺は疑問を投げかける。

 

「何言ってるか分からないがとりあえずどうも。ところでどういう事だ。俺だったからって何だ」

 

「じゃあ口調は戻させてもらうわ。何となく聞いていると思うけれど、私たちは昔結構色々あって四葉との関係が相当に悪化していた。ここまではおっけー?」

 

黙って頷く。やっぱりそうしてもらえた方が二乃だなって感じがする。そんなに付き合いが長いわけでは無いが。

 

「それでね。私たちに頼らずになるべく自分で済ませるようになったのよ。そんな四葉が自ら話し掛け、それでいて私に頼ってくれるなんて。姉妹の中で私だけよね。あー嬉しい。今まで一番料理していて良かった瞬間ね。それに感謝してますよってそういう事」

 

なるほど。四葉の言っていたこととおおむね合致している。やはり本人が思っているほど四葉は嫌われていなかったようだった。きっとすれ違いが重なった結果なんだろうな。しかし俺だったからっていう事がよくわからん。そこら辺、どうなんだ。

 

「ああ、忘れてた。昔四葉とあったでしょ。それで四葉が貴方の事を私に自慢してきたの。あの頃はまだ素直だったのに。悔しい。そこで知ったの。貴方が風君だって気が付いたのは四葉に言われてからだけど。しかし素敵よね。だって昔会った男の子と数年後に再び会えるなんて。ちょっと羨ましいわね。ちょっと」

 

何だろう。さっきまで二乃に抱いてきたイメージが崩れ去っていく音がする。料理も出来て、クールで、でも姉妹思いの優しい女の子。そんなイメージだった。間違ってはいないが、ただちょっと残念だ。

 

しかしそうか。俺だからって言うのも少し分かった気がする。もし仮に四葉と完全に初対面だったならば、ここまで打ち解けられたかどうか怪しい。もう知りたいことが大体聞けた気もするが、他にも色々聞いてみよう。実はそこそこ興味があるのだ。

 

「という事はご飯を作っている間に色々と姉妹の交流が出来たってことで良いんだな。じゃあ今日からでもいっぱい話し相手になってくれよ」

 

「言われなくても話し掛けてやるわ。ウザがられない範囲で。それにこれから料理を教えて欲しいって言われたし、安心しなさい」

 

良かった。これで状況は大分変わるだろう。味方が1人でもいればかなり楽になるはずだ。さて、そろそろ帰ろうか。結局また外が真っ暗になっている。だがしかし、今日に関しては大きな収穫だったので全然構わない。姉妹仲良くなることに越したことは無いだろう。

 

「そろそろ四葉の事手伝ってくるから、行ってくるわ。そんなに時間かからず戻ってくると思うけど、どうする?」

 

「いや、そろそろ帰ろうと思っていたからお暇しようと思う。今日は本当にありがとうな。先に失礼する」

 

 

 

本当に今日は良かった。この調子で四葉には孤独を感じさせないようにして行きたい。帰り際にキッチンに寄って帰ることを伝える。また送っていくと言ってきたが流石に遠慮をした。俺なんかより今は久しぶりの家族団らんを楽しんでほしい。

 

「明日から美味しいご飯を作れるように頑張ります。風太郎君今日はありがとうございました。まだ1人だけですが、もう一生関わっちゃいけないと思っていた人と話せて良かったです」

 

「喜んでもらえたら嬉しい。料理もいいけど、勉強もちゃんとしてくれよ。まぁ、やってなかったら俺が教えるんだが」

 

最後のところについては言及するかどうか悩んだがやめた。どんなに言っても自己評価の低さを俺からどうにかするのは難しそうに思える。自分で自分を許せなければ中々難しいと思う。

 

「最後に良いですか。答えるのは明日でも全然構いませんが」

 

なんだ。そう返す。不安定な彼女がやや戻ってきているように思えて不安がぬぐえない。

 

「こんな風に姉妹全員が仲良くなれたとして、それで満足していなくなるなんてことはやめてください。貴方は絶対に私を見捨てないでくださいね」

 

ああ、そうか。彼女はまだ見捨てられる恐怖に悩まされているのか。これで彼女の心が少しでも晴れたなんて考えた俺が甘かった。後ろから人が来る気配を感じ、すぐに家を後にした。




喉痛い、咳出る、鼻水すごい、腹痛い。
でも頑張る!


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12

お久しぶりです。色々と落ち着いてきたので戻って参りました。投稿が遅れに遅れ本当に申し訳ありません。今後は再開していきたいのでどうぞよろしくお願いします。

見てくれる人そもそもいるのかという疑問はさておき。


 授業というものは案外簡単に過ぎてしまうものである。真面目にやっても何か他の考え事をしていたとしても、だ。ならば楽しいことをやっていればいいという事になってしまうだろう。だがそれはどちらを選ぶ方がこれからの人生で役に立つのかという基準であれば話は別になってくる。

 

よく、これは大人になったら使わないだの自分の進路に関係が無いからと切り捨ててしまう人もいる。俺もそこに関しては同意見だ。実際数学など冗談抜きにいらないだろう。人として生きていくなら算数だけでも十二分だ。だが、大事なのはそこではなくあまり必要のなさそうな事、もしくは自分のやりたくないことを全力で頑張る事では無いだろうか。

 

その点から言えばこれは自分のやりたくないことであり、そこから逃げてしまう事は正直良くない。分かってはいる。だがしかし、頭ではわかっていてもイマイチ行動にそれは反映されてくれない。自分の未来について考えてみる。近い先であれば何個も思いつくが、もっと先になると想像もつかない。

 

だがこれだけは言える。俺は将来何をするかについては特に決まってはいないが、少なくともこの道に進むことは無い。人生何があるかは分からないと言う事はよく聞く。しかしながらこの先俺の人生観を揺るがすような大きなことが起こらない限りは安泰だろう。

 

俺はグラウンドをひたすら走るという何の生産性も無いとしか言いようがない状況に内心で愚痴をこぼす。何度でも言う。俺は運動が苦手だ。わざわざそんな人間にこんな苦しみを与えるのはもう拷問に等しいだろう。義務教育を抜け出したとは言え、高等教育の場で平然とこんなことがまかり通ってしまうこの世の中は普通じゃない。

 

ああ、早く放課後になってくれ。そして最近学ぶことに目覚め始めた(と俺は思っている)四葉に勉強を教えてやりたい。そして自分のことを認められるようになって、あの時のような、眩しいくらいの四葉を横から見ていたい。そんな現実逃避してしまうほどには身体にガタが来てしまっている。

 

何故か視界が歪んできて世界がどこか遠くの方に行ってしまったような、そんな不思議な感覚に襲われる。頭が重いな、そう思ったら次の瞬間鈍い痛みが全身を伝わる。恨めしいくらいに照り付ける太陽をぼやっと認識した後、やはり体育許すまじとどこか見当違いの恨みを向ける。そして俺はそのまま暗い夜の中に入って行った。

 

 

 

 ゾクゾクするような冷たさに俺は無理矢理意識をこちらに戻される。どうやら俺は熱中症の餌食になっていたらしい。目の前にいるがっしりとしたジャージを着た男を頭が認識してそう判断した。自分の額には冷えピタ、首元や脇周辺もしっかりと保冷材で固定されており、ぶっちゃけちょっと冷たいので早いとこ外したい。

 

あたふたと動いていたその男は俺の意識が戻っていることに気が付いたらしく、「大丈夫か」などと言いながら俺に自販機で買ったであろうスポーツドリンクを飲ませてくる。良く冷えたそれは不思議と身体に染み渡り、俺を冷静にさせてくれる。

 

結構時間が経ってしまったと考え、辺りを見渡す。すぐに見つかった時計がそれを否定し、まだ授業も半分に差し掛かるかという所だった。そして俺は保健室まで運び込まれたのだという事もわかった。

 

ということは逆算して考えて俺は10分走った程度で倒れたことになる。夏の暑さを考慮しても弱すぎる。少し悲しくなってくる。養護教諭の姿は見えない。朝出張の関係で不在だと担任が言っていたような気がする。

 

「どうする、まだ休むか。もしくはこのあとも走るか」

 

意識を取り戻した俺にこの後の行動を委ねてくる。正直身体的にはそんなにしんどくない。水分補給もして寧ろコンディション的には体育をやる前よりも良いと言える。だが俺がその質問に正直に答えるわけがないだろう。幸い大義名分も出来た。たまにはさぼることも許してくれ。

 

「まだちょっとしんどいので、この時間までは保健室で休ませてください」

 

「そうだよな。この時間はゆっくり休め。俺はこの後も他の生徒に教えなきゃいけないから行ってくる。中野、すまないがよろしく頼むな」

 

俺の言う事を何となくわかっていたのだろう。大きく頷き何かを口走り彼は保健室を後にして行った。緊急時だし廊下も走ったんだろうな。俺を抱えて走るとか流石体育教師だな。じゃあ俺は窓から見えるグラウンドで馬車馬のごとく走らさせるクラスメイトを尻目にゆっくりと目をつぶって、ん?何かおかしくはないか。中野って誰だ。

 

再度保健室を見渡すとヘッドフォンを肩にかけた少女を発見する。やたらと楽しそうな彼女とは反対に俺は先ほどまでの高揚感が落ちていく。お前かよ。

 

「任せて、先生。私がフータローをバッチリ看病してあげる。何、そんな露骨に嫌な顔されたら私だって傷つくから」

 

先ほどまでのやや嘘くさい表情よりも似合う無表情が素敵な少女、三玖が居た。

 

 

 

「だから、別に何も理由は無いから。私も体育がしんどくて丁度いいところで倒れた貴方を見つけてその船に乗っただけ」

 

「それも中々に酷いけどな。それは兎も角、悪かった。色々と疑って。あんまりいい印象を持っていなかっただけでそういうのは良くなかったと思う」

 

最初に三玖の顔を見て思ったことは、四葉に関することで何か俺に言いたいことがあるのかとかまあそういう感じの事だ。何やら意味深な事を俺に告げてからの今回であったので、どうしてもそういう風に思ってしまっていた。

 

よくよく考えてみたら優等生で成績優秀であるらしい三玖がわざわざそのためだけに授業をサボって俺に何か言いたいことがあるはずもない。完全に取り越し苦労だったという訳だ。それはそれとして俺は次の時間に備えて英気を養うためゆっくり休んでいよう。ベッドで寝っ転がりながらボーっとしていると暇になったのかこちらに向かって歩みを進めてくる。

 

「その顔、もしかして私を疑っているでしょ。いいよ、仕方が無いから教えてあげる。クラスでは走るのが一番遅かった。ほらこれで体育が嫌になったことの信ぴょう性が増すでしょ」

 

ベッドに腰掛けながらそう語る。もう疑ってはいないのだが、そんなことを恥ずかしげもなく得意げに語る三玖に少し笑ってしまいそうになった。これまでに話した中で特に嫌な面は出ていないどころか、俺の中の評価は上がり続けている。初対面やその少し後の印象よりもずっと明るく思える。

 

なら、何故あんなことを言ったのだろうか。そして何より何故、四葉から過剰とも思える様な敵意を受けているのか。謎は深まるばかりである。

 

よく言われることだが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とは本当に真理をついていると個人的には思っている。当たって砕けろとは少し違う気もするが、やるだけやった方がいいだろう。俺だって皆仲良くして居て欲しい。家族なんだから。

 

「さっきあんなことを言った手前、悪いんだが三玖と四葉の関係について聞かせてはくれないか。四葉はお前との関係を修復不可能とまで言い切っていた。でも今話した印象からだがどうにもそんな悪い奴には思えないんだ。良かったら、四葉についてどう思っているのか教えて欲しい」

 

何を言っているのか自分でもよく分からなくなってきたがとにかく俺が聞きたいということくらいは伝わってくれただろう。三玖としっかり目を合わせる。瞳に浮かぶのは、何だろう、決意だろうか。大きく深呼吸をし、それからゆっくりと口を開く。

 

「まず、私は四葉と昔みたいに仲良くしたい。そしてもちろん私だけじゃなくて皆で。でもきっと今そうすることを四葉はきっと望んでいないと思う。だからこれもきっと仕方ないと思う。私は皆の中で一番ダメ。今は私がどうにか勉強だけは一番だけど、私が出来る事を他のみんなが出来ないはずがない。だから、あの娘もきっと出来るって、そう思って無理強いしていた。でも、ダメだった。私だったから、ダメだった。血の繋がった姉妹の考えていることすら全然分からない。そして私は諦めた。簡単に投げ捨てて、そのまま触れようともしなかった。あの時四葉に気を付けてって言ったのは事実。未だに何を考えているのか何もわからない。見ず知らずの貴方に何とかできっこないって思ってた。私にあの娘をどうこう言う筋合いは無い。だってすぐ逃げたんだから」

 

そこで一旦話を止める。痛ましく、どこか何かを耐えている様な、そんな表情で。

 

「だけど、貴方は違う。最近、笑う事が増えた気がする。二乃とも喋っている。貴方のおかげでこれまで変わらなかった何かが変わろうとしている。私はそこに入れないけど、羨ましいなって思う。それをそばで見られるだけで充分満足。これは私からのお願いだけど、どうか側に、一緒に居てあげて欲しい。それだけは聞いてほしい」

 

言う事は終わったとばかりなこいつを見るとどうにもイライラする。なんでもう諦めているのだろうか。四葉が変わっているなら自分も変わって行けばいいじゃないか。何度でも、何度でも。

 

「残念だが、三玖。そのお願いは聞けそうに無い。俺は勉強は教えるしなるべく一緒に居るつもりだが、ずっと一緒なんてことは絶対不可能だ。それに勉強の事ですらもしかしたら満足に行けないかもわからない。生徒は四葉が初だし経験と言うものが大きく不足しているからな」

 

「っ、分かった。初めから虫のいいことばっかり言っていたのも自覚があるし、ちょっと求めすぎた。でもせめて勉強を教えている間くらいは」

 

「善処はするが、どうにも難しいこともあるよな。家にいる間は結局本人のやる気次第なところも多いし、実は甘やかさず少しスパルタ気味にやったほうがいいんだが、そんなことを言ってもどうにもならないよな。誰かいないかな、四葉の近くに居て勉強を教えられるくらい頭のいい奴」

 

三玖の顔を見ながら悩む。フリをする。こういうのはわざとらしいくらいが丁度いい。しばらくして俺の意図に気が付いたらしい彼女は、

 

「そうだよね。私が何とかしなきゃダメだよね。諦めないで、何度でも、何度でも。私、もう行くから。もうすぐチャイムもなりそうだし。じゃあね」

 

そう言い残して保健室から去って行った。どこか甘い匂いが残ることだけが三玖がいたことの証明になる。我ながら臭すぎた気もするがまあいいか。三玖が歩み寄ろうとしていることも分かったし、これで良いはずだ。

 

俺もボチボチ次の授業に向けて教室へ戻るか。歩きながら自分の恰好をふと考える。そして直ぐに気が付く。更衣室で着替える為制服を置いていたことに。時間はギリギリ。結局走らなければいけなそうだ。チクショウ。

 

 

 

「フータロー、ありがと」



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13

 体育館で熱心に汗を流す少女たちの光景が目に入ってきたことで、自分の中で安堵する。今日は男子が外、女子が中での活動ということだった。まだ男子たちはそこには来ておらず、そこそこの余裕を持たせつつ時間に間に合う事が出来た。ホッと息を吐きながら、更衣室へと入り速やかに制服を回収する。

 

急いだおかげというのもあるだろうが、俺にしてはかなり頑張ったほうなのでは無いだろうか。乱れた髪がべったりと額にへばりつく。だが目標を達成できたからかさほど不快感を感じることは無い。これがランナーズハイか。一人で勝手に納得する。

 

本来の目的には無かったが体育教師に自分の体調が良くなったことを伝えに行こう。確かまだグラウンドにいるはずだ。特に何かそうする義務があるという訳では無い。だが、サボってしまったという若干の負い目が俺を動かす。それに何故か他の奴らよりも一足先に帰ってきた、俺に向けられる視線が少し痛い。

 

そそくさと立ち去ろうとしたらこの場ではやや似つかわしくない、何をするでもなくただその場に座っている少女、四葉を視界が捉えた。改めて今度はハッキリと様子を窺う。誰とも喋っていない。誰とも関わろうともしていない。孤独という二文字がこの場ではよく似合っていると思った。そして無意識の内に足がそちらへ動いていった。

 

 

 

「おい、四葉。大丈夫か。もしかして体調でも悪いのか」

 

「私は大丈夫ですから。て、あ、風太郎君。ええとお見苦しい姿を見せてしまいました。ほんのすこーし頭が痛いような気がします。ええ。何しにここに来たんですか?」

 

俺だとわかってやや瞳に光が戻った気がしたが、すぐに元に戻ってしまう。目を逸らしながらボソボソと喋るその姿は見ていてかなり痛々しい。また、慣れない引き攣った笑顔からも何となくここには触れて欲しくないのだろうという事が伝わる。彼女も俺の介入を望んでいない。だから仕方ないだろう。

 

「特に理由は無いが、その、何か見ていられなくて気が付いたら来ていた。特に何でもなく元気そうでよかった。俺も次の授業があるから先、行くな」

 

「では少し入り口で待ってもらっても良いでしょうか。私も着替えてきます。すぐ終わりますから!」

 

そう言い残し全力で更衣室の方へ走って行った。少し顔が赤くなっていたような気がした。今日は暑いからな。やはりびっくりするくらい速い。ならそれを他の生徒に見せればいいのになと少し残念に思う。一緒に良い汗を掻ければ口下手な四葉でも友達が増えそうなのにな。いや、それはもしかしたら見当違いなのかもしれない。

 

あまり思い出したくは無いが、初めて中野家にお邪魔した時に二乃に見られてしまった例のアレでやけに力というか運動神経が高い気がした。何だかんだで忘れられているかもしれないが俺は男だ。運動能力については一抹どころかかなりの不安がよぎるのだが、それでも男だ。一見してひ弱そうな四葉にあっさり負けてしまったのが少し癪であれから内緒で筋トレしているというのは内緒だ。効果出ると良いんだがな。

 

そこで四葉に何かスポーツはやっていたのかと聞いたが、なんと特に何もしておらず過去に助っ人として手伝いに出て行ったくらいと自分で言っていた。どこか空っぽな笑みを浮かべながら。きっと昔からこんな風になっていたわけではないだろう。真面目な四葉がこんな白昼堂々とサボることは何となく違和感を覚える。ということは過去にその「助っ人」で何かがあってこうなってしまったと考えられないだろうか。

 

俺や三玖の様に出来なくてやる気が出ないのとはわけが違うだろう。過去には出来ていたというのにその「何か」のせいで心が拒んでしまうのは余りにも悲しい。なら家庭教師として、そして一パートナーとして俺に出来ることは何だろうか。そんなの考えるまでも無いはずだ。

 

 

 

いつの間にか片づけを始めている人垣から四葉がこちらに走ってきた。やはり速い。足は止まったが、その場にある空気はそうはならない。柑橘系のような少し甘い香りが辺りに広がる。何で女の子はこんなにいい匂いがするのだろうか。永遠の謎の一つである。例えばらいはと俺は同じシャンプーを使っているはずなのに何故か全然同じ匂いじゃない。どういう事だろうか。

 

「すいません。お待たせしました。少し遅くなりましたよね。って聞いてます」

 

「ああ、大丈夫だ。少し考え事をしていた。それじゃあ教室まで行くか」

 

「はい!行きましょう!」

 

一瞬意識が完全にそちらに向いてしまっていた。初夏にしては暑すぎるということも原因の一つだろう。こちらを不思議そうに見る純粋な瞳が眩しくて仕方が無い。その目が辛い。相当気持ち悪いことを考えてしまっていた。反省しなきゃな。

 

「それにしても体育は結構疲れましたね。昼休みまでまだあと一教科あるのにお腹が空いてきました。風太郎君はどうですか」

 

「いや、そんなに腹は減っていないな。というのも早々にギブアップしたから何だが」

 

「その話、詳しく聞かせてもらえますか。どういうことですか。今日の体育は長距離走だったと思いますが、私の記憶が正しければ休める様な感じではないかなとか」

 

ギョロリという音が聞こえるほどに俺をジッと睨んでくる。そんなに目くじらを立てるほどの事だろうか。まあ特に隠す必要もないし別に言っても良いだろう。

 

「あー、走って十分くらいで暑さか何かで倒れてさっきまで保健室で休んでいた。それで授業時間いっぱい休んで、教室に帰ろうと思っていたら更衣室に制服を忘れていたことに気が付いて回収をしたって感じだ。心配はしなくてもガッツリ水分補給もしたし保冷材で寧ろ寒くなるくらいまで冷やしてもらったから大丈夫だ」

 

「え、本当に大丈夫ですか。もしかしてここ最近私に付きっ切りになっているせいで、疲れが溜まってしまったとかですか。本当にすいません。週に決まっている日だけで良いのに、私がダメなせいで貴重な時間を割いてその結果がこれですよね。心配しなくても自分で頑張るのでとにかく休んでください。何か必要なことがあれば遠慮せずに伝えてくださいね」

 

「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だからな。俺の運動量が足りていなかっただけだと思う。だからそんな自分を追い詰めるのはやめて欲しい」

 

「わかりました。でも何かあったら言ってくださいね」

 

必死に俺に休めと迫る四葉に若干の温度差を感じつつもどうにか落ち着いたようだ。貰うものはしっかり中野父から貰っている。対価としては十分すぎるくらいだ。でもよくよく考えてみたら、自分の成績が良くないせいでと負い目を感じさせてしまっていることは分かっていたことなんだよな。

 

困った生徒だと内心笑う。自分の事は一切考えないくせにいざ人の事になると血相を変えて身を案じてくる。また、現状に決して増長せずに、あくまでも自分が「させてもらっている」という意識を変えようとしない。おそらく四葉にとって今の教室に一緒に行くという何気ない提案でさえ相当考えて、勇気を振り絞った上の結論だったのだろう。やはり依然として低いままの自己評価に少し悲しくなってしまう。

 

そんな四葉にどうにか自信を持ってもらいたい。その時、俺の中で一つの妙案が浮かんだ。これなら自分に自信を持ちつつ俺への負い目を減らしてくれるに違いない。多分。それに俺自身も結構気になっていたことだったし。嘘を付いているという訳でもない。

 

「放課後、特に何をする予定も無かったが、今日暇か。勿論自分で勉強がしたいとかなら良いんだが」

 

「いえ、もうフリーよりフリーですよ。風太郎君のためなら火の中水の中でも付いていきますよ」

 

「じゃあ今日の放課後に教室で待っていてくれ。行きたいところがあるんだ」

 

俺はズルい。こんな聞き方をして彼女が断れるはずがないとわかっていたのに。俺がもし壺を買えとでも言えば何のためらいもなく買ってしまうだろう。容易に想像できる。そんな風に騙されて欲しくはないのでしっかり俺が守る必要があるだろう。

 

 

 

「ところで、今日はどこに行くんですか。そういう事を聞いていなかったことに今気が付きました」

 

「そういえば言っていなかったな。すまんすまん。じゃあ場所を言う。というかここだ」

 

「えっとここは」

 

目の前に見えるのは少し大きい体育館。地元にあるスポーツセンターだ。俺はあるという事は知っていたが、実際に来たのはこれが初だ。きっとこんな機会でなければここを拝むことすらなかったと思う。四葉は最近この町に引っ越しただろうからこの場所の事を知らなかったに違いない。

 

「ここに来たっていう事は汗を流すってことですよね。全然構いませんがどうしてここを選んだんですか」

 

「特に理由はない。俺も身体を動かす楽しさに目覚めただけだ。一人じゃ出来ないこともあるだろうから今日ついてきてもらった。今日体育もあったしジャージもあるだろう」

 

どこか困惑する四葉を運動をする方向へと誘導して行く。今の俺は身体を動かしたくて仕方が無い男だ。ついでにトレーニングの成果を確かめたいという理由もある。うおおおおお!やるぜ!

 

 

 

「風太郎君、大丈夫ですか。ちょっと休憩でもしましょう。これでもどうぞ」

 

「助かる。うん。休もう…」

 

調子に乗りすぎた。普段使う事のないところを酷使しすぎたようだ。休憩室に入りドッと疲れが押し寄せてくる。今日はもうゆっくり休みたい。自分からこんなことをしていたという事は知らない。

 

そんな限界一歩手前の俺に優しく声をかけてくる四葉。運動の邪魔になるからと後ろで縛った髪の匂いを感じ少しドキッとする。俺の身を案じてはいるが自身の疲労は微塵も見られない。これが若さか。全然違う。やはり思った通り運動神経は抜群だった。ほぼすべての競技をそつなくこなしていくその姿には、男としてのプライドを通り越してどこか憧れのようなものが浮かんでくる。

 

「私も久しぶりで夢中になっちゃって言い忘れてましたが、いきなり無理な運動をすると身体に大きな負担がかかるんですよ。これからは定期的に運動することをおすすめします」

 

「じゃあまた今度もよろしく頼む。でも今日は無理だ」

 

「任せてください!私も少しは腕に自信がありますから!」

 

楽しそうに笑う四葉を見て、今日疲れた甲斐があったもんだ。こんなにもできるのにそれをあまり見せないことについては結局聞けず仕舞いだったが、俺も楽しかったから今日はもういいか。やはり彼女には笑顔が良く似合う。こんな風にいつも隣で笑っていてほしいな、そう強く思った。



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14

放置していた原作に思い出したかのように繋げていく男がいるらしい。


 今日は日曜日、俺にとっては久々の本当の意味での休日である。四葉の成績は徐々に上がってきており、このままいけば赤点回避はどうにかなりそうだ。中間試験も近づいては来たが、あまり根を詰めすぎるのも良くないのでゆっくり休むという事になった。とてもいい天気だ。カラッとした日差しが眩しく雲一つない。こんな日にはもう勉強をするしかないだろう。絶好の勉強日和だ。

 

参考書と教科書を開き、さぁやるぞ。おや、この問題はよく出来ている。これなら四葉でも理解できるかもしれないな。そしてこの問題は前にやったところだ。復習として今度問題出してみるか。

 

って、全然集中できていない。脳がすっかり家庭教師になってしまっているようだ。もしこれで俺の成績が落ちたら、四葉はきっと自分のせいだと思い詰めてしまうだろう。それだけはダメだ。俺にとっても教えることがプラスになっているという事を証明しなければならない。集中集中。

 

ピンポーン

 

借金取りかは定かでは無いが無視するわけにもいかないだろう。金ならないぞ。俺は重い腰を上げてゆっくりと玄関に向かう。あわよくばいなくなってくれという期待を込めて。大して広くもない家なのですぐに玄関にたどり着く。扉の向こうにはやはり人の気配を感じる。話しているという事は二人か。なんにせよ開けるか。

 

「はい」

 

「どうも、お久しぶりです。四葉の妹である五月です。貴方にお渡しするものがあって来ました」

 

「っと、私一花でーす。五月の付き添いで来ましたー」

 

バタン

 

「何で閉めるんですか。開けてください。渡すものがあるのです」

 

「もーフータローくんのいけず。恥ずかしがってちゃダメでしょ」

 

頭が痛くなってきた。つい反射で閉めてしまったが完全に悪手だった。全く、休日なんだから休ませてくれよ。

 

「すまん。なんとなく閉めてしまった。特に深い意味はないんだが。ところでどうした」

 

「ええ、ですから渡すものが」

 

彼女たちの扉越しに我が妹であるらいはが見える。これは面倒くさくなりそうだ。聞こえないように小さくため息を吐く。

 

「ただいまー。あれ、お兄ちゃん、この人たちどちら様」

 

「こんにちは。私たちはお兄さんに勉強を教わっている娘の姉妹だよ」

 

「あ、そうでしたか!どうぞどうぞ上がっていってください。小さい部屋ですが」

 

 

 

「父から預かった上杉くんのお給料です。ご確認ください」

 

「では失礼して」

 

封筒を開けて中身を確認する。授業自体はそんなに回数は無かったが、思えば今日までかなりの時間を四葉といた気がする。実際俺がどれだけ働いたかはよくわからない。まぁ多分大丈夫だろう。ひいふうみい…ってん?おかしい。何度見ても10人の諭吉さんがいる。流石に多すぎはしないだろうか。これまで以上により一層頑張らなければいけないな。一応聞いておくか。

 

「ありがとうございます。と言っても少し多いような気もするが」

 

「それは私が答えるよ。聞くところによるとフータローくんは授業時間外でも熱心に教えているみたいだし、本人もかなりやる気を出している様に見えたからね。だからこれからもよろしくという期待も込めてのってお父さんが言っていたからこれに満足せずに頑張ってね」

 

「勿論だ。四葉を全力でサポートしていきたいと思う。あと悪いんだが質問良いか」

 

「何でしょうか。私にわかる範囲であれば何でもお答えしますよ」

 

「お兄ちゃん何聞いちゃうのー。二人とも可愛いけどあんまり変な質問はしちゃダメだよ!」

 

「か、可愛いって///」

 

どうして家に来れたのかという事に関しては野暮に思える。雇い主である以上そんなものは簡単にわかるはずだし、一花は一度来たことがあるだろうしより簡単だろう。そんなことよりも何故この二人は。そして四葉じゃないんだ。

 

「単純に疑問なんだがなんで二人で来たんだ。初の顔合わせってことじゃあるまいし」

 

「逆に聞くけどフータローくん。どうしてこんなに可愛い女の子に一人で同級生の家に、しかも大金を持って行かせられると思う。それに五月が一人で大丈夫か不安だったし」

 

「い、一花。失礼ですよ。すいません上杉くん。私は良いと言ったんですが」

 

「いや、大丈夫だ。確かにそうだよな。今日はわざわざ家まで来てくれてありがとう。四葉の事は安心して任せてくれ」

 

なるほど。腑に落ちた。確かに初対面同然の男の家は危険だよな。それにお金を持っていると来たら、そうする方が自然だな。ではお金は有難く貰っておこう。それにそろそろ帰ってもらおうか。勉強をする予定だったが何となくそんな気分ではなくなった。何をしようか。日はまだ高いが時間は案外早く過ぎてしまうからこそ大事にしなければ。

 

「では私たちはそろそろお暇します。今後ともよろしくお願いします」

 

「またねー。暇なときあったら教えてね。一緒にお茶でもしようね」

 

大事なお金を浪費するのは良くないが、らいはにはいつも我慢ばかりさせてしまっている。そうだ。このあとどこか行こう。

 

「らいは。このあとどこか行きたいところでもあるか」

 

「じゃあね、お兄ちゃん。私ね!」

 

 

 

「いや、ほんとスマン。折角の休日なのに悪い」

 

「五月さん!あれ一緒にやりましょう!」

 

「いえ、全然大丈夫ですよ。私もちょっと楽しくなってきました。あ、らいはちゃん待ってください」

 

「フータローくんは妹思いの優しい男の子ってことがわかったから全然大丈夫だよ」

 

俺と二人のつもりで言ったんだが、どうにも勘違いしてしまったらしく、迷惑を掛けてしまうことになった。反省します。

 

向かった先はゲームセンター。最近は初めての場所に行くことが多い気がする。折角来たんだし思う存分楽しんでもらえばいいんだが。らいはは五月と一緒で楽しそうだ。申し訳ないが相手してもらおう。

 

「フータローくん。私たちの方こそ本当にありがとね。同級生だし大丈夫かなって思っていたんだけど、全然そんなこと無かったみたいだね」

 

「俺の方もまだまだ未熟だが、これからも頑張って行こうと思っている。それに四葉は結構優秀だから俺がいらなくなる時も案外近いかもな」

 

一花は俺の中で少し苦手意識がある。無論、風邪の時のあれだ。ぼんやりしてあまりよくは覚えていないが、それでも四葉に対する敵意をはっきりと感じた。ただ今日の一花にそういったとげとげとした雰囲気というのは無い。あの時のあれは勘違いでは無かったと思うんだが、全然違う相手のような気もする。

 

とは言ってもまだたった数回しか会っていない相手である。彼女自身もその時色々と溜まっていてつい何かが出てきてしまったのだろう。その時一度だけで印象を決め切ってしまうのはやや早計に思える。だから苦手意識を持たないようにしていきたい。

 

「うん、私もそう思う。あの娘は相当頭がいい。だけど少し脆い一面もあるんだよね。分かる?」

 

「ああ、確かにそういうのはそこそこ感じる。自分のせいにしたがる所とか特にな。自身さえ持てば相当伸びると思うんだがなあ」

 

「お、意外と鋭いね。まあ何にしても期待してるからね。頑張れ先生」

 

背中に小さい手の衝撃を感じる。背中を押されなくても大丈夫だ。任せてくれ。

 

 

 

「うう、完敗です。らいはちゃん中々お強いですね」

 

「どうもです。五月さん本当にありがとうございました。今日は楽しかったです!」

 

「また、遊びましょう。今度は負けませんからね!」

 

どうやらあちらの方も一段落ついたようだ。本当に助かった。これから五月には足を向けて寝られないな。

 

「今日は本当に助かった。良ければまた遊びに来てくれると嬉しい」

 

「任せてください」

 

「あれ、フータローくん、私は?」

 

「一花も本当にありがとうな。それじゃあまた」

 

らいはと一緒に手を振る。まだ全然昼間だ。さぁ、ここから勉強をする時間だ。二人は雑踏の中に徐々に消えていき、そして増えていった。あれ。

 

「風太郎君!こんなところで偶然ですね。こんにちは」

 

「あら風君じゃない。どうしたの」

 

「フータロー!」

 

浴衣に身を纏い、どこかお洒落になった四葉、二乃、三玖がいた。今日はどうやら勉強をする日じゃないらしい。そういう日もあるよな。

 

「らいはちゃん。このあと暇なら一緒にお祭り行きませんか」

 

「うん、行く!」

 

「それじゃあちょっと着替えてこようか。五月ちゃん、いこ」

 

偶然って怖いな。もういい、今日は遊びまくるぞ。幸いまだお金はまだある。少しくらいなら使ってもバチは当たらないだろう。日は徐々に傾き、街に灯りが灯っていく。



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15

「それでは、私たちは一度家に帰って浴衣に着替えてきます。先に会場に行っていてください」

 

「私も行っても良いですか?ちょっと気になります」

 

「それじゃあ、お姉さんのおうちに行こうか」

 

「うん!」

 

らいはの手を引きながら、三人は歩いて行った。あの真面目な五月に任せておけばそちらはとりあえずは安心だろう。問題はこっちだな。

 

こんな気まずくなっていて何かあったのだろうか。喧嘩なのかはよくわからないがもしそうなら早く仲直りしてください。

 

二乃は何だかんだ面倒見がいいし、三玖も不愛想なだけで本当は良い奴だ。だから会話が弾んでいるに違いない。姉妹仲良くキャッキャウフフのガールズトークが展開されて!

 

「「「…」」」

 

やばい、全然そんなこと無かった。そこら一体を完全に負のオーラが包んでいる。どうした、二人とも。ちょっと頑張ろうぜ。さっきも俺にわざわざ全員が話し掛けてきて変だと思っていたんだ。アレだろ。場が持たなくて俺を見つけて橋渡し役的な何かにしようと思っているんだろ。

 

いやしかし参った。俺だってコミュニケーション能力が特段高いわけでもない。この空気を変えうるであろう可愛い可愛い我が妹は行ってしまったしな。とりあえずここに立ちっぱなしでいるわけには行くまい。いったん移動しよう。あー緊張する。

 

「ここで待っていてもアレだし、まずは会場に行かないか?」

 

「そうよね。行きましょ」

 

「お祭りいこ」

 

「…」

 

頑張れ、ニ乃!三玖!俺ではこの状況を打開するのは不可能だ。コミュ力お化けの力を見せてくれ。

 

まぁ無理だよな。歩みを進めながらも無言を貫き続ける一同。どうにか打開の方法が見つかれば良いのだが。最悪一花が帰ってくるまで待機すればどうにかなるだろうか。一対一同士なら楽勝だと思うんだが。ん?意外とそれは良いかもしれない。このままでは沈黙が解決してくれるとも思えない。しかしいきなりその提案は不自然だよなぁ。軽く頭を振って考えを打ち消す。

 

「ねぇ。ちょっと聞こえる。気まずくてもうやばいんだけど何とかならない?」

 

いきなり顔を近づけられ、少しびっくりする。彼女もこの状況をどうにかしたいと思っていたようだ。しかしそれは少しマズい気がする。傍から見て俺たちは小声でいかにも内緒話をしているように見える。そんな怪しいことをしてしまえば。

 

「私、先に行っています。皆はゆっくりして大丈夫ですから」

 

そう言うと、四葉は早歩きで先へ行ってしまった。会場にドンドン近づいているせいか、人混みで混雑してきている。ここではぐれてしまうのはマズイ。

 

二人にアイコンタクトを取ると、頷き返された。運動能力では負けているが、それは普段の話。草履を履いている彼女に負けることは無いだろう。俺は地面を蹴った。

 

 

 

思っていた通りだった。今日は大きなハンデを貰っている。すぐに追いついた。声を出しても止まってくれないので、申し訳ないと思うが白く細い腕を掴む。そこでようやく静止する。

 

ああ、こんなに悲しい顔にさせてしまった。振り向いた彼女はその大きな目いっぱいに今にもこぼれそうなほど涙を溜めている。そして自分の顔がどういう状況なのか気が付いたのだろう。俯いてしまった。

 

ここはちょっと場所が悪い。強引ではあるが、なるべく痛くならないように近くのベンチまで移動する。抵抗するかとも思ったが思いのほかあっさりと着いてきてくれてホッと一安心しそうになる。しかしまだ原因は全然解決できていない。まずは話せればいいんだが。

 

「もしかして聞き取れませんでしたか。ゆっくり来て大丈夫って言ったじゃないですか。だから、二乃と一緒に来てよかったんですよ」

 

「四葉」

 

止めてくれ。そんな痛々しい表情で。そんなの、誰だって嘘を付いているってわかる。

 

「あ、もしかしてあんな風に行ってしまったせいでそういう空気じゃなくなりましたか。本当にすいません。そんなつもりでは無かったんですが」

 

「四葉」

 

「というか折角の休日なのに、私に会ってしまってほんと災難でしたよね。やっぱり行かなきゃよかったですね」

 

「四葉!」

 

渋々こちらに顔を向けるも、もう最低限すら取り繕う事が出来ていない。折角今日のお祭りの為に準備してきたであろう浴衣にも、走ってきたせいか汚れてしまっている。

 

「どうしてこんな風に逃げたんだ。二人も心配していたぞ」

 

「あの場に私がいることが間違いでした。空気も悪くしてしまって。やっぱり行かなければ良かったです。それに」

 

「それに、なんだ?」

 

「あのままいたら、二乃が憎くてどうにかなっちゃいそうだったから…」

 

四葉からの嫉妬に胸が痛む。さっきの俺たちの行動は四葉にとって単なる内緒話では無かったのかもしれない。そして俺が思っている以上に四葉は拒絶されることを恐れているようだ。

 

こうなるまで放っておいた俺がダメだった。自分の気持ちを伝えるのが苦手な四葉が言葉にして言っていたことを何故忘れてしまっていたのか。自身で言っていただろう。『私を見捨てないで』と。

 

最近の俺は正直調子に乗っていたと思う。姉妹の皆との中を少しずつ取り持つことが出来て、更に成績の方も順調に伸びている。それゆえの慢心だ。

 

「四葉。落ち着いて聞いてほしい。さっきのは本当にこれっぽっちも深い話なんかじゃない。そしてニ乃はお前と俺を引き離そうとはしていない。俺だって一番大事なのは他でもない四葉だ」

 

「本当ですか。なら教えてください。今の私は可愛いですか。風太郎君に釣り合っていますか。他の誰よりも私が大事なんですよね?」

 

黒く澱んだ深い深淵のような瞳で俺をじっと見つめてくる。もう彼女は俺だけしか見えていない。それ以外、何も。

 

俺の想いは彼女よりは確実に少ないだろう。しかし、こんな風になってしまった彼女の事をどこか愛しく感じる。

 

「好きだ。お前の事が好きだった。あの時から、ずっと」

 

「ありがとうございます。私の為にそんなことを言ってくれたんですよね。嘘でもとても嬉しいです」

 

涙でぐちゃぐちゃになりながら無理矢理笑う。なるほど。どうやらこの言葉は信用できないらしい。なら、仕方が無い。俺は彼女の唇を奪う。柔らかい。

 

「んんっ!?」

 

動揺したのか抵抗するが、今更俺を引き剥がそうだなんて土台無理だ。そうしてしばらく唇を味わい、名残惜しいがゆっくり離す。

 

「これで分かっただろう。俺はお前の事が好きだ。四葉は俺の事をどう思っているんだ」

 

「好きですぅ。世界で誰よりもあなたの事が好きです」

 

蕩けた表情でそう言う。意識もおぼついていないが、言質は取った。最後にもう一度だけ言っておこう。

 

「四葉。愛してる。ずっと」




ありがとうございました。自分が未熟ゆえ、これ以上話を続けられないと思い、こういった形を取らせていただきました。
ラストは結ばれるで確定していたのでそれがちょっと早くなっただけです。
それでは、また機会があればよろしくお願いします。


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