はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ (日高昆布)
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その一

理想郷を卒業してはや10年。面白い作品を読みまくった結果、創作意欲がムクムクしてきたので久しぶりに筆を取りました。
楽しんで頂けたら幸いです。


 肌を撫ぜる熱風と、砂利の痛みに目が醒める。未だ失神を求める体は赤と黒に支配された世界を目にし、急速に覚醒した。即座に起き上がり、回路を起こす。この状況が如何なる要因によって引き起こされたのかは全くもって定かではないが、規模を見れば危険過ぎる何かによって引き起こされたのは明らかであった。

 しかし幸いな事にその何かは、即座にこの身を危険に晒すものではないようであった。少し息を吐き、自分になりに状況を整理する事にした。

 自分の名前は三船乱蔵。それなりの歴史を持つ魔術師の一族——あるものを高める事だけに全霊を注ぐと言う根源など何のそのと言うスタンスによって他の魔術師からは恥部扱いされている——の現当主である。そして人理継続保証機関フィニス·カルデアのスタッフである。そして今日はそのスタッフとして集大成と言えるレイシフトの実験を行う予定であった。所長の号令の下、己の職務を全うすべくコンソールに付いた所までは覚えている。その直後、つまり起動実験の直前に何かがあったと言う事。

 事態を解明するには情報が少な過ぎたが、1つだけ確実な事があった。

「レイシフトしている」

 となると自ずと見えて来る事実がある。それはこの状況は危険過ぎると言う事。人理を観測できなくなった原因がこの時代にあると仮定し、レイシフトの準備を進めて来たのだ。そしてそのレイシフト先がこの有様。『死』は真後ろにある。

「すぅ」

 跳ね上がった鼓動を抑えるべく、深呼吸を数度繰り返す。勿論それだけで解消されるようなものではない。しかし落ち着こうと自分に言い聞かす事が重要なのだ。

「はあ……。よし」

 幾分か落ち着いた彼は、まず自身の持ち物を確認する事にした。

・ハンカチ

 社会人として持っていて当たり前の必需品である。手拭き、汗を拭うと言ったオーソドックスな使い方だけではなく、傷の応急処置やベンチの上に敷いて彼女の好感度アップと言った変則的な使い方もできる。

・ポケットティッシュ

 ハンカチ程頻繁に使うわけではないが、機会が訪れた時には八面六臂の活躍を見せる影のエース。ハンカチに加えてこれも持っていれば彼女の好感度はうなぎ登りだ。

以上である。……以上である。

 あまりの貧弱な装備に、思わず決定的チャンスにゴールを外した選手に様なもの哀しい佇まいになってしまう。行動指針を建てる事すら難しい有様であった。

「キャ—————!!」

 どうしたものかと途方に暮れていた乱蔵は聞き慣れた金切り声にハッと顔を上げた。この声の主はまさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸。切られてなるものかと、乱蔵は全力で駆け出した。道無き道をパルクールの要領で踏破し、一気に距離を詰める。程なく声の主——オルガマリー・アニムスフィア——を視界に捉える。しかし一瞬の安堵も許されない逼迫した状況だった。骸骨の様な敵性体に追い詰められ、今まさにその攻撃を受けようとしていた。

 接近しての撃破は間に合わない。敵生体の動きの速度と彼我の距離から瞬時にそう判断した乱蔵は、投石による攻撃の妨害に切り替えた。しかし位置が悪かった。オルガマリーと敵生体が重なっているのだ。攻撃可能な箇所は振り上げられた腕のみで、タイミングはこの一瞬。故に些少の躊躇なく石を放つ。

 最適且つ最短のモーションによって放たれた石は容易く音を超える。寸分の狂いなく、骸骨の腕を右前腕から砕き、攻撃を空振らせる。

 飛び石の様に前方へと点在する瓦礫を蹴り加速。骸骨の二撃目より速く自身の射程圏内に到達。

 腕の破損具合から強度の当たりを付ける。無手での破壊は困難。逃走を目標に設定。

 右脚で踏み込み、体を捻りながら跳躍。骸骨の側頭部を、自身の足にダメージを与えず、且つ可能な限り距離を稼ぐべく全身をコントロールし、足裏で蹴りつける。地面と水平に飛び、1メートル程で落下。予想よりもかなり短かった。予想強度を更に修正。

 オルガマリーの体に目を走らせ状態を確認。発汗、発熱、息切れの症状が見られるも、何れも疲労によるものと判断。

「失礼します」

 一言断りを入れ、横抱きで抱え上げる。ギャーピーギヤーピーと些か以上に喧しかったが無視し、一気に駆け出す。骸骨に一瞬だけ視線をやる。既に立ち上がっていたが、追跡してくる様子はなかった。

 

 

 

 味方と合流出来た安堵感から、オルガマリーは涙目になっていた。それを指摘するのは失礼にあたると思い「汗をお拭き下さい」とハンカチを差し出した。彼女が拭っている間、乱蔵は改めて周辺を見渡した。最初の地点からかなりの距離を移動したが、変化は皆無であった。

「ありがとう。後で洗って返すわ」

「分かりました」

 そう言えば、と乱蔵は言い忘れていた事を思い出した。

「所長殿」

「なに?」

「ご無事で何よりです」

 オルガマリーにとって乱蔵はカルデア内で心穏やかに話す事のできる、数少ない人物であった。一族の責務を担う重責。周囲の期待。トップでありながらマスターになれぬコンプレックス。そこから生じるマスター候補者達からの失望、侮蔑。彼らの言う『所長』は最早ただの蔑称でしかなく、スタッフさえも憐れみを抱くだけであった。

 そんな四面楚歌の中で、上司への、そして重責を担う当主への敬意を持って接する乱蔵の存在は心の支えとなっていた。

 無論疑心暗鬼に支配されていたオルガマリーには、乱蔵も敵の1人としてしか考えられなかった。彼がオルガマリーに対する扱いに激怒するまでは。

『彼女を嗤うとは何事か!』

 彼女がそこを通り掛かったのは全くの偶然であった。普段ならば近寄りもしない娯楽室。だからそれが媚び諂う世辞で無い事はすぐに分かった。

『彼女の重責を考えた事があるのかっ。自らに置き換えてみろ。マトモな(・・・・)魔術師を従え、人理を救う責務を全う出来る姿が想像出来るか。いや出来まい。一族の当主でしかない貴方方には決して。彼女は我々には出来ぬ事を行っているのだ。ならば、その結果を享受しているのならば、敬意を払え!』

彼女はその場を足早に去った。万が一にも泣いている姿を見られる訳にはいかなかったからだ。

 胸の内に溜まっていたモノが溶けた様に、止め処なく涙が溢れていた。溶け終わった後も涙は止まらなかった。何が溢れ出しているのか、彼女にも分からなかった。ただそれが悲しさや悔しさでない事だけは分かっていた。

 それ以降でも彼女を取り巻く環境は変わらなかった。マスター候補者達には舐められ、スタッフには同情の視線を向けられる。

『所長殿、おはようございます』

『所長殿、お疲れ様です』

 乱蔵とオルガマリーが日に交わす言葉はたったこれだけ。他のスタッフやマスター候補者との遣り取りの方が多いくらいだ。

 それでも。それだけであっても、彼女にとっては大きな救いだった。日の始まりと終わりに言葉を交わすだけで、もう少し頑張ってみようと思えた。駆け抜けて来たこれまでが無駄ではなかったのだと、少しだけ自分を好きになる事が出来た。

「貴方も無事で良かったわ」

 彼女は本心からそう思えた。

「では現状の擦り合わせを行いたいのですが、よろしいですか」

「ええ」

 

 

 2人の認識は全て一致していた。そして連絡手段も同じく持ち合わせていなかった。しかしその過程で再度ポケットから靴下からパンツ——これは乱蔵だけ——を全てひっくり返していたところ、先には気付かなかったものを見付ける事が出来た。

「それは?」

「……ダヴィンチちゃん殿から頂いた外れ礼装(・・・・)です」

「……そんな報告聞いてないわよ」

「ダヴィンチちゃん殿でも何も分からなかったとの事でしたので、態々所長殿の手を煩わせるのは如何かと思い報告を挙げておりませんでした。しかし、それが愚行であったと今痛感しております」

 乱蔵は困惑していた。他の礼装では記述されている情報が何も無く、故にダヴィンチは些か腑に落ちないながらも外れと判断し、処分代わりにお守りと言い包め彼に渡したのだが……。

 横から覗き込むオルガマリー。

「……何これ?」

 無かったはずのものが全て記されていた。

 威風堂々と得物を構える姿は確かに戦士である。しかしその姿は魔導とはかけ離れているものだった。

 右手に現行の拳銃とは形状が大きく異なる銃を持ち、銀と青に彩られた金属製の装甲を纏う戦士。

「『仮面ライダーG3』?」

「この戦士の名前でしょうか」

「このインジゲーターは何かしら。……減っている様に見えるけど」

 ——ガシャリ

 気配もなく背後に忍び寄る死の音。ただそれだけで歯の根が合わなくなる。

 その姿を目にしただけで、四肢に力が入らなくなる。

 逃げようのない死をそこに見てしまう。

 崩れかけたオルガマリーを支え背後に隠す。骸骨が4体。先に遭遇した個体とは別個の個体なのか、回復した個体なのか。ともかく、全体が無傷であった。

「み、三船……、早く逃げましょう!」

 オルガマリーが乱蔵の手を、酷く弱い力で引く。

「助けが期待出来ない以上、戦うしかありません」

「戦えっこない! 勝てっこない!」

「戦わなければ!」

 その言葉を否定するために叫ぶ。

「勝たなければ!」

 オルガマリーの恐怖を吹き飛ばすため叫ぶ。

「貴女を助ける事は出来ない!」

 振り返る。取り繕う余裕はなく、涙どころか鼻水まで垂らしていた。魔導に身を置く者とは思えない程に弱い姿。乱蔵を止めようとするその姿は、まるで別れを惜しむ幼子の様であった。

「だから見てて下さい。自分の戦いを」

 戦いに赴く者とは思えない、穏やかな笑顔を浮かべ、優しく告げる。オルガマリーの手をゆっくりと解し、離す。

「あっ」

 もう振り返らなかった。

 全身に魔力を回し歩き出す。

「英霊が纏ったと言うなら」

 乱蔵の闘気に引き寄せられるかの如く、骸骨が走り出す。

「自分にその資格があると言うなら」

 射程圏内まで数秒。あるはずのない殺気が肌を斬りつける。

「その力を、貸して下さい!」

 拳を突き出す。強化した拳でも無事では済まない。だか乱蔵に恐怖はなく、ただ確信だけがあった。

 ——応えてくれた、と。

 

 

 目を伏せたオルガマリーの耳に届いたのは、骨肉を砕く音でも乱蔵の叫び声でもなかった。何か(・・)と骨が激突する音。慌てて顔を上げる。

「変わった……!」

 礼装と同じ装甲を纏う乱蔵。その拳は骸骨を粉々に粉砕した。散らばった欠片が瓦礫を叩く。

 残り3体。

 その歩みに些少の乱れもない。見た目通りだが、感情の類は一切持ち合わせていない事が分かった。

 振り下ろしを左上段受けで止め、同時に逆突きを胸骨に打ち込み粉砕。上半身が吹き飛び、地面を転がる。

 残り2体。

 その拳を捻り、裏拳を骸骨の二の腕に叩き込み、切り裂く。

 残り1体。

 裏拳を振り抜いた勢いを止めず、体ごと回転。上段後ろ回し蹴り。先は亀裂を入れる事さえ叶わなかった蹴りが、頭部を容易く砕く。

 殲滅完了。しかし残心は解かず、戦闘の音を聞きつけた敵性体を警戒する。10秒経ち、ようやく構えを解く。

「三船!無事ね?」

「この通り、無傷です」

「この礼装もそうだけど、貴方あんなに動けたのね」

「自分の一族は肉体派魔術師ですからね。人の身のままどれだけ強くなれるのか、と言う事にしか興味がありませんので。座学より組手が多いくらいです」

「……そう言えばそうだったわね」

 深呼吸を1つ。一先ずの脅威は去ったのだ。いつまでも無様な姿を晒している訳にはいかない。

「その鎧、絵では銃を持ってたけど」

「着込んだ折に、これの使い方が分かりました。『スコーピオン』」

 ピントが合うように、不透明な像が重なり実物となる。

「……投影、じゃないわね」

「原理は不明ですが、武装の名称を言う事でこの様に出せます。他にも多数の装備があるようです」

「それを着ていて虚脱感はない?」

「魔力を使用するのは発動時のみで、それ以降はありませんでした。よって当面はこのままでいるつもりです」

「分かったわ」

 頷き、街の中心部を見据える。

「一先ず、街を一望出来る場所に向かおうと思うの」

「賛成です。これはどう見ても自然災害ではありませんから。火元(・・)を見付けるべきでしょう」

 とは言え懸念事項が多過ぎた。この局面においてカルデアの長であるオルガマリーの生存は絶対条件となる。謂わば彼女はVIPなのだ。

 諸外国の政治家が堅牢な車両に乗り、周囲を護衛が囲み、狙撃手が目を光らせる。不審物に対応する人員、民衆を誘導する人員。これだけいれば、と言う事は決してない。どれだけ配置しても足りない。それだけVIPを守ると言うのは難しい事なのだ。

 それを鑑みれば、現状が如何に危険なのか分かるであろう。護衛は1人。敵はいつ、どれだけ、どこから来るのか、まるで分からないと来た。ルートは構築出来ず、逃走経路の確保も難しい。屋外は言わずもがな、屋内であってもどれだけのダメージを受けているか分からない。

 屋内であっても、その建造物がどれだけのダメージを受けているのか、倒壊の危険性はあるかなどを素人が判断する事は出束な 測出来ないと言うのは、護衛においての一番の敵だろう。どうするべきか、とひたすら頭を悩ませる。

 しかし状況はなあなあを許さないが、障害の全てを乱蔵が解決出来る訳が無いのだ。情報はなく、人手はなく、ゴールも見えない。これだけの悪条件が揃っていれば、乱蔵でなくとも思考のドツボに嵌るだろう。

 故に、側面から急速に接近する何かへの反応が遅れてしまう。

 気付いた時には、視界の大半を巨大な物体が塞いでいた。不覚を自覚した時には強烈な衝撃をその身に受け、大型車に撥ねられた幼子の様に吹き飛ばされた。思考がその場に置き去りにれたように、流れる景色をただ眺めていた。放棄された車体のフロントガラスに叩き付けられ、ようやく思考が追い付く。

 途端に右腕に強い痛みを覚える。咄嗟に部位を押さえようとした左手を、動き始める前にのみで止める。歯を食いしばり、痛みを悟られぬよう立ち上がる。一瞬の無駄がオルガマリーの命を奪う。脅威は未だこちらにあると示さなければならない。

 しかし決死の覚悟で立ち上がった乱蔵の目に入ったのは、必死の形相で走り寄るオルガマリーと、巨大な盾を持った半泣きのマシュ・キリエライトであった。



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その二

感想もらえて嬉しい(こなみ


「ウソでしょロマン......。マスターが全滅なんて。それに、レフまで……」

47人全員(・・・・・)が危篤状態だ。レフに関してはまだ確定ではないけど……』

「——! 急いで凍結保存に移行しなさい。生存が最優先よ」

 齎された情報は『悪い方』と『もっと悪い方』しかなかった。施設は破壊され、人員も3分2以上が失われた。

 妨害など予測出来なかった、などと言う言い訳が通じる相手ではない。帰還し悠長に挽回策練っていれば、協会にカルデアを取り上げられ、アニムスフィア家の没落は必至となる。

 損失に見合うだけの成果を、なんとしてでも得なければならない。

 しかし当主としての強迫観念染みた義務感に突き動かされそうになる一方で、現戦力での探索が可能かを推し量っている冷静な部分もあった。

 マスターのいないデミ・サーヴァントと、ほぼ未知数のG3。骸骨を相手に見せた乱蔵の格闘能カを含めた戦闘力を鑑みれば、ある程度のスペックがある事は分かる。だがそれだけの検証で主戦力として運用するには、乱蔵の事も含めて抵抗があった。

『帰還の準備が整うまではそこを拠点に待』

「静かに」

 聞きに徹していた乱蔵が突然言葉を遮った。疑問を挟むより先に、緊張を多分に含んだ呟きに各々が臨戦態勢を取った。

「何の音だ ?」

 甲高い音。類似の音を探した時、どうしてかカルデアを思い出した。しかし機械の音ではなく、内部で聞くものでもなかった。ふとした拍子に耳を傾ける音。意識しないほどに聞き慣れた音。

 複雑な地形に嬲られた風の音。

「走れ!!」

 答えに至った乱蔵は叫び、オルガマリーを掬い上げるように横抱きに抱えた。マシュが警告に従ったのか確認する間もなく、それは( ・・・)着弾した。

 まるで石を投げ込まれた水面のように地面が巻き上がる。乱蔵の肩越しにその現実離れした光景を見たオルガマリーは、この特異点が既に救助を待てるような状況ではない事を悟った。

「マシュ殿!」

「ここに!」

 再び着弾。つんのめりそうになる体を死に物狂いで立て直す。至近弾でさえ致命傷となり得る威力。直撃すれば痛みさえ感じずに四散する事は間違いない。

 再び着弾。瓦礫の波が装甲を何度も叩く。

 再び着弾。体勢を立て直し切る前に崩され、無理な回避に徐々に体が悲鳴を上げ始める。長くは保たない。

「私が止めます!」

 打って出なければならない。盾の下端部を地面に打ち付け固定。

 ——刹那、意識が飛ぶ。

映像を結んだ視界に映るのは、焼けた空。

仰け反っていると瞬間的に認識出来たのは、幸運以外の何物でもなかった。しかしそれだけ。

その体勢を立て直すには、四肢へと伝わる電気信号の速度があまりに遅すぎた。

「マシュ殿!」

 背中に鉄の冷たさを感じた。顔の脇を通り伸ばされた手が、彼女の腕を掴み、再び盾を地面に打ち付けた。

 絶え間なく続く攻撃に、威力の衰えは一切見られない。衝撃だけでアイスでも掬うかのように地面が抉られる。全身を駆け巡る痛みに再び意識を手放しそうになる。

「気をしっかり! このまま横移動でビルの陰に隠れます! 所長殿は我々から一切はみ出ないで下さい!」

 着弾音と破砕音にオルガマリーの耳はすっかりバカになっており、乱蔵が何かを言っていると言う事さえ分かっていなかったが、言われなくとも分かる事であった。

 着弾。

 着弾。

 着弾。

 着弾。

 絶え間なく降り注ぐ圧倒的な攻撃に、僅かな移動さえ儘ならない。すでに消えつつある腕の感覚が、限界が近い事を如実に表していた。

 ——耐えろ!ここで押し負けたら地球が滅びるつもりで耐えろ!一分一秒でも長く耐えろ!死ねばこれ以上の責め苦に遭うと思え!2人が地獄に堕ちると思え!

 ——耐えろ!

 ——耐え…ろ!

 ——耐…え……ろ

 

 

 無限とも思える時間は、呆然と呟かれたオルガマリーの言葉で終わりを告げた。

「 止まった? 乱蔵! マシュ!」

 呼び掛けにより意識を取り戻す2人。すぐさまオルガマリーを抱え、マシュの盾に身を隠しながら走った。

 比較的損傷の少ない高層ビルを見つけ、ロビーに駆け込む。あの狙撃に対して凌げるとは思えないが、少なくとも身を晒しているよりは安心できた。

「……何なのよアレは!」

「残念ながら、超長距離からの何かしらによる狙撃と言う事しか分かりません」

「あんなのがいるなんて聞いてない……」

 顔を覆い、座り込むオルガマリー。打ち拉がれている彼女に申し訳ないと思いつつ、マシュと現状把握を進める。

「マシュ殿」

「何でしょう」

「盾に問題は?」

「ありません。私の筋力の問題で弾かれてしまいましたが、強度は相当なものだと推定できます」

 未だ痺れの残る腕を摩るマシュ。

 それを見た乱蔵は彼女の腕を取る。

「失礼、少し触診します。インナーは外せますか?」

 白く陶器の様な肌。盾との衝突による打撲痕がいくつかあったが、内出血や異常な腫れはなかった。

「押されると痛い箇所はありますか?感覚はしっかりとありますか?」

「痛む箇所はありません。触覚も正常です」

「分かりました。異常は無さそうですね」

「乱蔵さんは大丈夫ですか?」

「戦闘に支障を来す類のものはありません」

 マスクを外し、傍に置く。

「所長殿」

肩をゆすり、意識をこちらに向けさせる。

「無事に帰るには貴方のお力が必要です。我々はまだ生きています。どうか前を向いて下さい」

 無茶を言っている自覚はある。マシュの様に英霊を宿しているわけではなく、自らの様に英霊の武具を纏っているわけでもない。それでも彼女に生身でこの死の荒野を踏破しろと言わなければならないのだ。

 何かを言い掛けては震えが口を塞ぐオルガマリー。あの攻撃の最中、何もする事が出来なかった。ただ暴力にさらされ、ただ泣き喚いただけ。死の恐怖が、無様な無力感が彼女に襲い掛かる。彼女は顔を上げる事が出来なかった。

「……武具を纏う自分でさえここは恐ろしいです。そんな場所に生身でいる貴女の恐怖やストレスは自分には想像出来ません。それでも言わせていただきます、オルガマリー。こんな所で何も残せず、汚名を雪ぐ事すら出来ず、それで満足ですか。瀕死の彼らが起きた時、当然の事と受け入れられて満足ですか。悔しくないのですか」

「……悔しいわよ! でも、私には何も出来ない。力も勇気も……ない」

「人には役割りと言うものがあります。武力のある我々の役目は切った張ったであり、知識のある貴女の役目は、我々が勝利を得るために必要な情報を導き出す事です。武力だけでも、知識だけでも勝利を得る事はできません。貴女が必要なんです」

「————」

 目を閉じ深呼吸を数度繰り返す。眼にはまだ怯えが残っているが、自力でも立ち直れたな、と思わせるぐらいの光が宿っていた。

「先の奇襲。あれは間違いなくサーヴァントによる物です。であるならば、この事態は聖杯によるものだと予想できます。よって我々が目指すべき場所は、聖杯の柳洞寺の地下空間です。異論はありませんね?」

無論、と頷く。

 

 

 

 悪路しかない道と、狙撃を警戒し気を張り続ける移動はオルガマリーの心身への大きな負担となっていた。比較的無事なコンビニやスーパーで補給と休息を行なっているが、状況を考えれば時間を取れるはずはなく、完全回復には程遠い。明らかに足取りが重くなっていたが、彼女は弱音を吐かなかった。そも、歩けないと言っても戦闘要員である2人が背負う訳にはいかないのだが。

 背の高いビルが立ち並ぶビジネス街を抜け、川縁に差し掛かかると柳洞寺が漸く顔を見せた。ゴールが目視出来るか否かはモチベーションに大きく関わってくる。

 しかしそれに水を差す様な形で一行の前に、奇妙な石像が姿を表した。今にも走り出しそうな躍動感と、顔を恐怖に歪ませた石像。平時であれば悪趣味で片付けられるが、それがレイシフト先で、しかも大量にあるとなれば話は全く異なってくる。

「これは……サーヴァントの仕業でしょうか」

 即ち、これは生身の人間なのか。

「悪趣味なただの石像を大量生産するだけの敵がいれば話は別ですが、これは間違いなくサーヴァントでしょう」

 マシュの問いにオルガマリーが答える。

 乱蔵は既に右手にチェーンソーのデストロイヤーを、右手にスコーピオンを装備している。

「所長殿を中心に自分が前を、マシュ殿は後ろを。所長殿も周囲に目を走らせて下さい」

 どこまで行けば脅威から離れられるのか。現状でそれを判断する材料は何もない。オルガマリーもそれを把握しており、忙しなく周囲に目を走らせている。しかし心身の疲労が限界に達しつつある彼女には、異常を異常と判断するだけの気力が最早残っていなかった。

 視界に映る銀に光る物体が鎖だと気付いたのは、乱蔵の側頭部に直撃してからだった。

 側面からの不意打ちは乱蔵を容易く倒した。柵に体を強かに打ち付け呼吸が詰まり、視界が揺れる。

 思わず駆け寄ろうとしたオルガマリーの背後で、激しい金属音が響く。二度目の鎖を盾で防いだ音。耳を劈く音に思わず体を止めてしまう。

「敵サーヴァントです!」

 まるでその言葉を待っていたようにサーヴァントが姿を表す。黒のフードを被り、大鎌を持つ姿はまさに死神そのものであった。端麗な容姿、蠱惑的な笑み、グラマラスな肢体。その全てが恐怖を煽る。

「可愛らしいお客様ですね。じっくりと遊んであげましょう」

 嗜虐的な言葉を裏付ける様に、鎌を大仰に乱舞させ、瓦礫を切り刻む。

 敵サーヴァントにしてみれば、攻撃も防御もあったものではないただの威嚇行動だが、マシュにはどこから繰り出されるか予測させないためのフェイントとしか映らなかった。

 攻撃手段を持たぬ故に動けない者と、恐怖を煽り楽しむため敢えて動かぬ者との間で奇妙な静寂が訪れる。マシュの顔を粘り回す様に見ているサーヴァントは、攻撃を見逃さんとする彼女の目の動きに気付く。意図せぬ結果だが、使わぬ手はない。

 鎖が三度(みたび)踊る。完全な不意打ちに、マシュは辛うじて反応したものの盾を大きく弾かれる。しかしそれ以上にマズイのは、視界がゼロになる事。彼女がサーヴァントを視認したのは、這う様な姿勢で足元まで接近されてからであった。

 眼前にまで至った鎌が自らの右腕を切り取らんとする軌跡を、彼女はただ見ている事しかできなかった。

「シィィイ!!」

 鋭く吐かれた呼気と共に振り下ろされたデストロイヤーが、鎌を叩き落とす。

 乱蔵の闖入にサーヴァントが一瞬惑う。好機と見た乱蔵は鎌の柄を全力で踏み付け右手ごと固定。スコーピオンを頭部に押し当て、トリガーを引く。が、柄を手放しフリーになった左手でスコーピオンを叩き、逸らす。弾丸はフードを破き地面を砕く。

 空薬莢が落ちるよりも早く、サーヴァントの拳が乱蔵の脇に突き刺さる。

 口一杯に広がった吐瀉物を無理矢理飲み込み、その腕を右手で潰さんばかりの力で握り締め、デストロイヤーを消した左手で後頭部へ回し、一気に自らの側へと引き込む。地面を蹴り付け跳ね上がった膝が、顔面へと叩き込まれる。

 いくらサーヴァントと言えども、倍力機構の組み込まれた鋼鉄のスーツに顔面を蹴られればただでは済まない。歯と鼻が折れ、大量の鼻血と共に砕けた歯が流れ落ちる。

 しかしサーヴァントがその程度で終わる訳がない。

 髪が蠢く。風でも慣性でも無い、髪が意思を持ったかの様な異様な動き。この局面において、それが只のブラフである訳がない。

 ——ここは近すぎる!

 咄嗟に飛び退く。瞬間、眼前を鎖が縦横無尽に走る。胸部に微かな衝撃。さしてダメージはない。しかし、と地面を穿った鎖を見て思う。

 ——装甲の隙間を狙われるのはまずい

 落としたスコーピオンを走りながら拾い上げ、撃つ。牽制のつもりで当たれば御の字程度の気持ちだったが、重力を忘れた様な跳躍で回避されるとは思っていなかった。

 頭上数メートルを飛ぶサーヴァント目掛け偏差射撃。大鎌が唸る。火花が散る。あっさりと弾かれた弾丸が力なく落ちた。しかし弾いた瞬間に僅かにだが体がブレていた。ダメージは与えられずとも、ある程度のストッピングパワーは期待できると判断。

 着地を狙い射撃。不整地を物ともしない蛇行による回避。狙いが追い付かない。瞬く間に距離を詰められる。このままでは押し込まれる。そうなれば戦局は一挙に傾く。既に射程圏内。だがリズムに乗せてはならない。故に乱蔵は前に出る。

 それによりミートポイントが切っ先から柄へとズレる。しかしそれだけで英霊の攻撃を受け止められる訳がない。掲げられたデストロイヤーは肘方向へと傾いていた。それは、上段からの振り下ろしを受け流すための形。上段受け。

 柄と刃が激突。全身に響き渡る衝撃。膠着は一瞬。流れ始め、擦過による火花が散る。滑り切った鎌が地面を砕く。

 サーヴァントの顔こそこちらを向いているが、致命の隙を晒していた。

 上段受けが手刀の打ち下ろしへと転じる。顔面へと迫るデストロイヤー。

「!!」

 不快な金属音が連続的に響く。鎖による防御。手応えから即座の切断は不可能と判断。同時に身を横に投げ出す。空気を引き裂く音。何が振るわれたかなど、考えるまでもない。

 右腕だけで地面を叩き、巻き戻しのように体勢を直す。サーヴァントはまだ振り抜いたまま。

 ———果敢攻勢あるのみ!

 しかし踏み出した足が奇妙な振動を感じ取った。

 ———何かが地中を進んでいる(・・・・・・・・・・・・)

 地中より鎖が飛び出す。中空を走る姿しか見ていない乱蔵は、それが咄嗟に鎖であると認識できなかった。完全に意表を突かれた彼はなす術なく絡め取られ、ハンマーのように振り回された。



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その三

連続投稿


 サーヴァントはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、回し続けた。その速度は1週目が終わる頃には、すでに乱蔵の意識は飛んでいるほど。

 自身の軸が怪しくなっても回し続ける。

 土手に叩き付けられる。その衝撃と痛みは、車に叩き付けられる時と比較にならない程であった。息が詰まり、視界は荒れる水面の如く揺れ、四肢の全てに力が入らない。

「苦痛に歪む顔が見られないのは残念でなりませんが、道半ばで果てる事で手打ちとしましょう」

 サーヴァントが乱蔵を踏み付ける。鎖の拘束があるが、万が一にも外さぬために。この一撃を必殺とするために。

 石突きを喉目掛け、振り下ろ——

「やああああああ!!」

 シールドバッシュ。

 ダメージと転倒こそなかったものの、大きく距離を開けられる。チッ、と、サーヴァントは自らの失態に舌打ち。

「乱蔵さんはやらせません!」

「大層な盾ですが、未熟な貴女に果たして守れますか」

「守ります!」

 

 

 

「乱蔵! 乱蔵!」

 どれだけ揺すっても、力なく揺れるだけの頭部。吐きそうになる程の不安が押し寄せる。

「乱蔵!」

「……ゴホゴホッ、ぐ、む……。所……長殿。状況は」

「乱蔵! 今はマシュが戦ってる。貴方は? 怪我は?」

「痛みはありますが、骨折はないようです。……くっ、自力での脱出は不可能か」

「そんな……」

 マシュ1人であのサーヴァントを倒せるのか。思わず振り返る。

 善戦はしている。しかしそれは薄氷の善戦である。そも盾とは武器ではないのだ。もしマシュに百戦錬磨の経験があれば、盾でも倒す事ができたかもしれない。逆を言えば、それだけの経験を積まなければ盾のみで勝つ事は不可能なのだ。

 恐怖に耐え、痛みを堪え、必死に立ち上がってもその度に新たな困難が待ち受ける。その全てを跳ね除けられる力も心も、オルガマリーは持ち合わせていない。

「所長殿。このチェーンソーで鎖を切って下さい」

 それでも、共に跳ね除けようとしてくれる仲間がいるなら、彼女はまた立ち上がれる。

 他力本願を醜いと思う事なかれ。彼女はこの地獄に於いて、敵を打倒する武器も、己が身を守る盾も持ち合わせていない。乱蔵とマシュがいようと、彼女が死に一番近いのは変わらない。それでも彼女は立ち上がる。泣き喚き、小便を漏らしても、立ち上がる。仲間に手を引かれ立ち上がるのだ。

「重い! ちゃんと切れるんでしょうね?!」

「分かりません」

「ちょっと!」

 手を差し込み、奥のグリップを握り込む。握力を感知し、チェーンソーが回転を始める。予想以上の勢いに振り回されそうになる。慌てて握力を緩め、回転を抑える。

「全部の鎖に当たるよう平行に押し当てて下さい」

 この鎖の厄介な所は、一本が複雑に絡まっているのではなく、複数の鎖が拘束している事だ。前者であったなら運が良ければ一箇所を切っただけで解けただろうが、これではそうは行かない。

 大量の火花が飛び散り、オルガマリーは思わず鎖から離してしまう。不甲斐ない自らの行いに歯嚙みをする。

「落ち着いて下さい。反対側に回って」

「それじゃあ貴方の肩に当たるでしょう。火花くらい何よ。やってやるわ。……これぐらいしか出来ないんだから」

 暴れようとするデストロイヤーを、歯を食いしばり何とか抑え込む。飛び散る火花は、彼女の顔にまで達する。背けるが、怯まない。

「———」

 乱蔵は両腕に渾身の力を込めた。途端に全身に痛みが走る。しかし緩めない。緩められるはすがない。身を挺し戦うマシュのために、無力と知りながら戦おうとするオルガマリーのために。

 ——死なせてなるものか!

 ——死なせてなるものか!!

 咆哮!

 雄叫! 

 大喚!

 

 

 

 何度目か分からない斬撃。既にマシュの腕は疲労困憊となっている。

 未熟ゆえ受け流す事もできず、正面からただ只管受け止めるだけ。力負けし、何度も盾を弾かれそうなっては、力任せに引き戻す。それを何度も繰り返した。

 それが今や、盾を保持するだけで精一杯になっていた。未だ致命傷を負っていない事は、サーヴァントの戯れでしかない。

「健気ですね。どれだけ待っても無駄だと言うのに」

 受け答えさえできず、ただ睨み付ける事しかできない。負け犬の遠吠えならぬ、負け犬の睨視に溜飲が下がっていく。

 ならばこれ以上戯れる理由はない。即死に至らぬ致命傷を与えよう。そして奇妙な鎧の男を嬲り殺し、無力な少女を弄ぼう。

 静から動へ。瞬時にトップスピードに至るサーヴァントに、マシュはやはり反応出来ない。迫って来る事を視認出来ているのに、酸素の足らない脳はそれを認識出来ない。容易く懐に入り込まれる。

 大鎌の返しを引っ掛けられた盾は、あっさりとマシュの手を離れる。取り戻そうとする腕さえ、満足に動かない。彼女の身を守る物はなくなった。

 振り下ろされる大鎌が、彼女にはやけにゆっくりと見えた。止まっているようにさえ見えた。

「何っ?!」

 否。事実大鎌は止まっていたのだ。サーヴァントの背後より伸びる鋼鉄製のワイヤーがその腕を絡め取っていた。マシュを守る()はまだいるのだ。

 自身の腕を引き寄せようとする動きに、サーヴァントは咄嗟に踏み止まってしまった。踏み止まれてしまった。それは致命的な判断ミスであった。動きに任せ半転し、転倒だけを避ければ或いは挽回出来るミスで済んだかもしれない。

 だがサーヴァントは背を晒している。武器も防具もなく、その背を晒している。

 デストロイヤーが肋骨を両断し、内臓を斬り刻み、腹部を裂く。

「がはっ!!」

 傷口から内臓が飛び散り、夥しい量の血を吐き出す。痛い、と言う感覚では済まされぬ激痛。末路は死のみ。

 だが即死に至らぬ致命傷だげではサーヴァントは止まらない。

 髪より変じた鎖がデストロイヤーを雁字搦めにする。更に鎖の上から握り込む。押すも引くも、下ろすも上げるも封じる。

 驚異の精神力。サーヴァントが心身共に逸脱した存在である事を、乱蔵はここに至り思い知った。

 顔面にエルボーが突き刺さる。乱蔵の反応を見ず、2発、3発と、立て続けに打ち込まれる。4発目で複眼部に亀裂が入った。

 バキリ、と言う心根を冷やす音。これ以上の打撃はマズいと、デストロイヤーから手を引き抜き後ずさってしまう。

 デストロイヤーの重心変化で乱蔵が後退した事に気付く。逃すものか、と更なる出血も辞さずに振り向き、大鎌を振り上げる。破砕音と火花。赤いパーツが散らばる。優に100Kgを超える乱蔵が、その身を5m以上も打ち上げられていた。

 しかし、

 ——浅い!

 胸部装甲からは火花が散り続けている。マスクは左複眼部を砕かれ、流血している乱蔵の顔が露出している。しかし生きている。死なず、戦闘不能にもならず、重傷さえ負わずに。

 必殺の意思の元に繰り出した攻撃を回避されたサーヴァント。しかし既に次撃の攻撃態勢に移っている。大鎌の投擲。振り上げた腕を勢いのままに後方へと被る。空中にいる乱蔵に躱す術はなく、防ぐ手立てもない。終わりだ、と叫ぶ。

 だが飛ぶはずの大鎌はガラン、と音を立て地面に落ちた。何が起きた、と自身の手を見る。鋼鉄製のワイヤーがあった。ピン、と張られたワイヤー。目で追う。根元にいるのはマシュだった。

 乱蔵を見る。

 スコーピオンを構えている。奇妙な構えであった。グリップを握る右手に、トリガー部に差し込まれた左人差し指。G3の倍力機構と乱蔵の腕力によってのみ可能となる、桁外れの速射法。

 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!

 その連射は乱蔵が建物に叩き付けられるまで続いた。

 壁面を削りながら落ちる。落下地点は瓦礫が重なり斜面になっていた。受け身も取れず、斜面を転がる。スコーピオンだけは手放すまいと抱え込む。しかし体は既に限界であった。転がり落ち止まっても、立ち上がる事が出来なかった。いくら腕を立て上体を持ち上げようとも、まるで全身が鉛になったように重かった。

「乱蔵!」

「サー…ヴァン…トは」

「先の連射で倒しました! 私達の勝ちです」

 マシュの答えに全身の力が抜ける。その様に、すわ死んだのか、と2人が悲鳴を上げた。今にも意識を飛ばしそうだったが、最後の力を振り絞り、サムズアップで応える。それを最後に乱蔵は今度こそ失神した。

 一方の2人は意味深な仕草と読み違え、更に悲鳴を上げた。

 

 

 

「紛らわしいのよ」

「所長、乱蔵さんの疲労具合を鑑みればそれも致し方ないかと」

「そうだけど……」

 意識を取り戻した乱蔵にぶつくさと文句を言いながら、怪我の簡易処置を行っていた。とは言え、碌な物資のない現状ではその簡易処置さえまともに出来ないのだが。

「これで破片は全部取れたと思うけど……。血が止まらないわね」

「顔の出血は止まりにくいですからね」

「そこまで深くはないですから大丈夫です。唾付けておけば止まります」

「そんな治療法があったなんて」

「全力で舐めましょう!」

「!?」

 予想を超える純情さ。これでは無知につけ込むクソ野郎になってしまう。慌てて訂正しようとし——2人を押し退け立ち上がり、スコーピオンを虚空に向ける。

「おっと、敵じゃねぇから撃つなよ」

 気安い男の声と共に、その姿を現わす。青を基調とした服に長大な杖。

「キャスターのサーヴァント……」

「おうよ。因みにお前らが倒したのはランサーだ」

 敵意は無いように見える。しかし判断を下すにはそれだけでは足りない。彼らには圧倒的な経験と実力がある。誠実に見えて老獪。善に見えて悪。自らを隠し、騙す事など当たり前のように出来るだろう。人の中に狼を入れる事だけは避けなければならない。

「敵ではない。その言葉信用しても?」

「ああ。オレはこの狂った聖杯戦争をどうにかしてぇと思っててよ。ランサーを倒せるだけの実力があるなら、手を貸すのも、手を貸されるのも歓迎だ」

「……その言葉信用させて頂きます。弾は無い、装甲は半壊。もし敵だったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ」

 武器、防具共に不全であると、敢えて晒す。今ならば楽に殺す事が出来ると、敢えて教える。その反応を見る。敵か味方か。筋の動き1つさえ見逃すまいと見つめる。

「実力があって、頭も回って、度胸もある。だが気負い過ぎだ。そんなに見つめられちゃ、反応を探ってるって白状してるようなもんだ」

 軽く看破された事実に動揺するが、せめて顔には出すまいと真顔を貫く。そのいじらしい意地に、キャスターは更に機嫌を良くする。

「まずは自己紹介と行こうか。オレはクー・フーリン」

「三船乱蔵です」

「さて、お近づきの印だ。顔の傷を治してやるよ。そのままじゃ男前が台無しだぜ」

 これ以上の警戒は心証を悪くしかねない。値千金の味方を手放すわけにはいかない。

「……お気遣いは嬉しいですが、魔力の補給の目処が立っていない今、少しでも温存すべきかと」

「おっと。そういやそうだったな。気骨のある戦士に、一流の魔術師もいて、それでどちらとも契約出来ないとはな。惜しいな」

「……貴方が把握している現状を教えて下さい」

「聖杯の場所と、それを守ってる奴がセイバーって事と、そいつを守るアーチャーがいるってとこだな」

 飄々と告げる様に、乱蔵はどうにか出来る相手なのかと考えるが、オルガマリーが顎を外している様を見てその考えを翻す。

「よりによって三騎士が2体も……。しかもセイバーですって……。もう終わりよ」

 ネガティヴモードに入った彼女のフォローをマシュに任せ、クー・フーリンに尋ねる。

「真名は?」

「アーチャーは知らんが、セイバーはかのアーサー王だ」

 とんだビックネームである。オルガマリーがまた発狂した。

「クー・フーリン殿はどちらなら勝てます?」

「どちらも、って言いてぇとこだが、マスターなしじゃ、まぁアーチャーの野郎が精一杯だな。となると、お前とあの嬢ちゃんがセイバーとヤる訳だが……」

 クー・フーリンの視線に気付いたマシュが顔を曇らせる。

「……宝具の展開が出来ないんです。私に力を貸してくれた英霊が何処のどなたなのかも分からず、ヒントになるものも分からないんです」

「だったら実戦あるのみだ。腹から声出しゃ、魔力の詰まりも無くなるだろうよ」

 敵寄せのルーンを刻む。誘蛾灯に群がる虫のように姿を現したスケルトンに、オルガマリーがまた発狂する。

「なら自分ももう1枚の方を試します。流石にぶっつけ本番は怖いので」

 

 

 事前の打ち合わせ通り、クー・フーリンにアーチャーを任せ、3人は聖杯のもとへと全力で走る。その先にいるセイバーは、姿を見せずとも圧倒的な存在感を放っていた。一歩毎にその圧は増す。

 鉛を含んでいるかのように空気が重い。

 下着を濡らすほどに発汗している。

 破裂するのではないかと思う程に心臓の鼓動が早い。

 姿を見せずに、これらを発症させる存在と対峙しなければならないのかと、乱蔵は顔を引攣らせて慄いた。

 これではいけない。戦う前に呑まれてしまう。

「所長殿。自分は今、今生で最大級にビビっております。故に激励のため帰還した暁の、褒美を約束していただきたいのです。イエス、又ははい、あるいはうん、or分かったでお応えいただきたい」

「何よそれ。意外とがめついのね。分かったわ。私に用意出来るものに限るけど、約束するわ」

 彼女も乱蔵の言葉の意図に気付く。

「では頬にチッスをば」

「はあっ?!」



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その四

戦闘シーンて難しいね


 超弩級の魔力炉。大聖杯。しかしそこに意識が割かれる事はなかった。

 不動にて立ち塞がる最強のサーヴァント・セイバー。

「魔術師が2に、サーヴァント擬きが1、か。しかし——、ふん、まあいい。足掻いてみせろ」

 津波のように襲い掛かる力の奔流。直視さえ儘ならぬ程に強大な魔力は、強固な岩盤に囲まれた大空洞を揺らした。

「2人ともっ、後ろへ!」

 聖剣を覆う闇。天を突く聖剣から、背後に浮かぶカルデアスさえも呑み込まんとする圧倒的な魔力が放たれる。

「卑王鉄槌、極光は反転する。光を呑め——!」

 

 掲げるは強固なる意志。極まる想いに応えるべく、堅牢な城壁がその姿を現わす。

「宝具展開!」

 

約束された(エクスカリバー)勝利の剣(モルガーン)!!」

 

擬似展開/人理の礎(ロードカルデアス)!!」

 

 迫り来るそれは、まるでブラックホールのようだった。触れる事は叶わず、遍く存在を許さない。

 それを城壁が迎え撃った。衝突の瞬間、音が消え、開いているはずの眼はその暴力的な光景を認識する事ができなかった。吹き飛ばぬよう踏み止まり、オルガマリーを抱え込む。

「うわあああああああ!!」

「いやあああああああ!!」

 護られている自分達でさえこの有様である事に、マシュの死と、その先の自分達の死を想像してしまった。

 だが——

「ぐうううううう!!」

 不破の盾と不屈の心を以って、マシュはその闇に真っ向からぶつかっていた。

 散らされて尚威力の衰えぬ闇が、彼女の肌を切る。そしてそれが些事にさえならぬ程の暴力が盾を叩いている。

 その華奢な体で、一体どれほどの圧力と痛みに耐えているのだろう。

 争いを望まぬその心で、一体どれほどの恐怖と戦っているのだろう。

 護られている自分が諦観を抱いていいのか。

 護られている自分が恐怖に慄き叫んでいいのか。

 

 ——否! 否である!!

 共に戦う仲間である自分がこんな体たらくを許される筈がない。手を添える事さえ出来ずとも、やれる事はあるのだ!

「負けるなっ、マシュ殿!!」

 あらん限りの力で叫べ!

 喉が潰れても叫べ!

 血反吐を吐いても叫べ!

 ただの声と侮るな。この声はマシュの背中を押し、闇を切り裂き、貴様を撃つ力だ。

「頑張ってぇー! マシュゥーー!!」

 声は力となり、マシュの背を押す。

「うぅああああ!!!」

 声に呼応するように城壁の輝きが強くなり、全てを呑み込まんとしていた闇を押し退けた。3人の声が闇に打ち勝ったのだ。

「お2人の声、聞こえていました。ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方です。マシュ殿の勇姿が、我々に勇気を与えてくれました。だから次は自分です」

 臆する事なく、怯む事なく、怖気付く事なく、悠然と踏み出す。

 遮る濛々と立ち込める土煙の向こうにいる敵を見据え、彼は2枚目の礼装を起動させる。そして己を変革させる言霊を、腹の底から叫ぶ。

 

 

 

 

「——蒸着!!」

 

 

 

 

 

 

 ——防がれたか。

 必殺と言う自負はあったが誇りを持ち合わせていない彼女は、防がれた事にこれと言った動揺は見せず淡々と次撃への準備を始めた。

 全身へ奔り、なお溢れ出る魔力の残滓を散らしながらセイバーは滑空するように駆け出す。間合いに入ると同時にエクスカリバーを上段へと構え、踏み込んだ脚が地面を砕く。

 技術など無いただの暴力的な振り下ろしを、盾が受け止めた。破る事は不可能。しかし押し込めた深さから、すでに疲労困憊である事を看破。息を吐く間さえ与えずに攻め続ければ、1分と持たないだろう。

 勝利を確信したセイバーは再び、上段へと振り上げた。

 ——瞬間、胸部への強烈な一撃が突き刺さった。

「ぐっ」

 思わぬ一撃に体が浮く。両足が接地してなお止まりきれぬ威力。5メートルほど滑り、ようやく止まる。

 あり得ざる一撃。必殺の一振りを止められた事よりも動揺していた。

 僅かな空気の流れにより、土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには銀色の戦士がいた。

 頭部まで覆うその鎧は、セイバーの知る鎧とは大きくかけ離れていた。体のラインに沿った、一見すれば酷く柔に見えた。しかしその見た目に反した頑強さを、凹まされた鎧が示していた。

「キサマ、何者だ」

 

 

「宇宙刑事」

 

 

「ギャバン!」

 

 

 

 

 

 

 ——宇宙刑事ギャバンがコンバットスーツを蒸着するタイムは、僅か0.05秒にすぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!

 戦意を示す握り締められた拳を胸の前で構える。

 上半身を左へと捻り、その斥力をバネに前方へと両手で山突きを繰り出す。

 左手を右足甲に添えるその様は、獲物を前にした狩人の如き。

 そして天を突くように振り上げられた右手は、すぐさま左手と共に左右へと振り下ろされた。

 この一連の動作を正確に行う事により、地球衛星軌道上の亜空間内にいる超次元高速機ドルギランから粒子の状態で電送されてくる特殊軽合金グラニウム製のターボプロテクターが乱蔵の体に吹き付けられ、コンバットスーツを構成するのだ!

 

「レーザーブレード!」

 左手首に収納された専用武器レーザーブレードを抜剣。

 その容貌と唐突な名乗りにやや呆然としていたセイバーだが、再び戦意を滾らせる。

 硬い岩盤を踏み壊し、乱蔵が走る。一気に互いの間合いへと至る。

 唐竹と斬り上げの激突。遠目にも見える火花。

 拮抗は一瞬。自身の脚が沈み込む感覚を覚えたセイバーは、先手の力を抜き、鋒を下に向け流す。乱蔵が地面に打ち込んだ隙をつこうとしたが、予想以上の力で砕かれ打ち上げられた礫が、その気勢を削ぐ。タイミングを僅かに外された胴斬りを、大きなバックステップで回避。

 魔力を噴出させそれを追うセイバー。振り抜いた斥力を利用した逆胴が、迎撃の一撃とぶつかる。

 ——押し切れない!

 勢いの付いた一撃でさえ押し切れない事に、表情を変えずに驚嘆するセイバー。

 擦過の火花を散らし、擦れ違い、振り向く。制動がセイバーを僅かに遅らせる。

 間合いを意識した乱蔵の片手斬り上げが、威力の乗り切っていないセイバーの剣を弾く。上体が仰け反り、斬り上げを辛うじて躱す。しかしまだ終わらない。柄を両手で握り締められたブレードが、圧倒的な威力と共に振り下ろされた。

 当たれば勝てる/負ける。

 しかしセイバーに焦りはない。先手を捻り、逆手にしたエクスカリバーの剣先より魔力を放出。離脱への推進力と乱蔵への攻撃を兼ねたそれは、目論見通りとなった。

 反撃を想定していなかった乱蔵はそれをまともにくらい、地面を削りながら転がる。自爆に近い故、セイバーもかなり威力を弱めていたため、大きなダメージはなかったが態勢は大きく崩された。

 地面を叩き体を浮かせ、空中で身を捻り着地。

 視線の先には既に振りかぶっているセイバーがいた。

 袈裟斬り。予想以上の速度に、慌てて逆手の斬り上げをぶつける。

 威力の乗った一撃と半端な一撃。先とは逆の構図は、結果もひっくり返す。

 ブレードはその軌跡をなぞるように弾かれる。腕までもが引っ張られる。

「ぬおおぉ!」

 全身にありったけの力を込め、ブレードを振るう。辛うじて防ぐ。しかし無理な体勢からの一撃には威力が乗り切らず、たたらを踏む。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 攻勢に出られぬままいつ崩れてもおかしくない薄氷の防戦一方に、オルガマリーとマシュは援護を試みるが、戦闘のイロハを知らぬ2人には適切なタイミングと方法が分からなかった。

 一方セイバーは、崩れそうで崩れない乱蔵の堅牢さに舌打ちを漏らした。それどころか斬り合いを重ねる毎にリカバリーの質が上がっている。

 しかしそこまで。セイバーの攻撃を掻い潜り、一撃を見舞うには乱蔵は未だ未熟であった。それを自覚しているからこそ、彼は強引な攻勢に転じず、只管隙を待ち続けていた。

 膠着状態。

 次第に焦りが募る。この終わりの見えない攻防は、セイバーに笑みを向け始めていた。

 いくら倍力機構の組み込まれたコンバットスーツを纏っていようとも、覆せぬものが両者の間に存在している。

 スタミナである。

 途切れぬ斬り合いが乱蔵の体力を容赦なく削る。全身が悲鳴を上げていた。全身に鉛をぶら下げているように、動きに粘り気が出て来た。徐々に徐々に、リカバリーが遅くなっていく。

 斬り結びから乱蔵のスタミナの低下を察知したセイバーは、大振りの一撃を繰り出した。胴斬り。火花を散らし、乱蔵のブレードが上に弾かれる。強引に振り下ろし、辛うじて次撃を防ぐ。だが、崩された。体勢を戻せない。

 戦局が動いた。

 一撃、二撃。袈裟斬りから横薙ぎ。まともに食らう。散る火花。踏み止まれずたたらを踏む乱蔵。

 覆せない致命的な隙を、渾身の三撃目が襲う。胴体から顔面までを一直線に斬り上げられた乱蔵は、碌な受け身も取れず壁面に叩き付けられた。深すぎるクレーターが、彼を抱き締めていた。

「乱蔵ーー!」

 叫ぶオルガマリーを尻目に、セイバーは埒外に頑強なコンバットスーツを忌々しげに睨み付けていた。

 先の一撃は上半身を両断するつもりで放ったものだった。最大威力の一撃ではなくとも、あの場では最大の力を込めていた。しかし実際にはどうだ。両断は疎か、破損を与える事すら叶わなかった。

 乱蔵は動かない。スーツはともかく、装着者も無傷とはいかなかったようだ。呼吸しているのは遠目からでも分かった。

 ならば最大火力でトドメを刺すまで。黒い魔力が溢れ出る。宝具開放。

 マシュはあらゆる可能性が浮かび、動く事ができなかった。

 もしこの場に敵サーヴァントが他にいたら、自分が離れた瞬間、オルガマリーが攻撃を受ける。

 もしセイバーの標的が動こうとした自分に変わったら、疲弊した体で2度目を防ぎ切れるか分からない。

 もしも、もしも、もしも……。

 動けぬ間に黒き極光は臨界を迎えた。

約束された(エクス)——

「空間移動用ブースター、ON!」

 魔力の鋒が天井を割り、振り下ろされようとした瞬間、乱蔵が射出された。

 空間移動用ブースター。これは脚部に装備されている、本来は跳躍ユニットである。これを使用する事で、300mの垂直跳びが可能となるのだ。

 乱蔵はその機能を、寝たままの姿勢で使う事で水平方向への爆発的な推進力としたのだ。

 乱蔵にとってそれは賭けであった。筋道立てて考慮すれば、セイバーが宝具を使う可能性は高かった。尋常の攻撃では仕留めきれず、さりとてそれまでの体捌きから、遠距離であっても宝具開放の隙はなく。ならば、距離が開き、且つ失神している今を除き、機会はない。

 しかしそれがどれだけ納得出来る推論だとしても、机上の空論でしかなかった。

 だが乱蔵は賭けに勝った。宝具開放と言う、死中の中にこそ活路はある。セイバーは今、両腕を振り上げ、致命的な隙を(・・・・・・)晒している(・・・・・)

 懐に飛び込んだ乱蔵は、まさに振り下ろされんとしているセイバーの両手首を片手で受け止めた。

「ダイナミックレーザーパワー注入!」

 レーザーブレードが青白く光る。

 脇への刺突。が、止められる。

 拘束を振り解いた片手が、乱蔵の手首を掴んでいた。

 暴力的な魔力を吐き出し遍く破壊するエクスカリバー。

 静かなれど何物にも止められぬレーザーブレード。

 対照的なしかし絶対的な一撃を持つ得物が、互いの命に触れていた。

 踏み込んだ足が、地面を割る。

 渾身の力を込めた腕、悲鳴を上げる。

 食いしばった歯が、軋み始める。

 殺意に満ちた眼で、見つめ合う。

 この世に2人しかいないかのように、互いの姿が頭を占めている。余人の存在を許さぬ相思の空間。いっそ穏やかにさえ思える引き伸ばされた時間。

 ——故に、それが刺さった。

 オルガマリーのガンドが、セイバーの眼前で弾ける。微かに動いた視界の端に彼女の姿を見た。

 均衡を崩す訳でも、セイバーに傷を与えるでもなく。ガンドが与えたのは、僅かな時間のみ。

 そしてそれが、勝利へと繋がる。

 オルガマリーの存在に、ほんの僅かな意識と時間を奪われる。そのほんの僅か時間が、刹那にも満たぬ時間が、マシュの接近を許した。

 レーザーブレードを握る腕へのシールドバッシュ。セイバーの脳髄に痛みが奔る。僅かでありながら致命的な硬直と脱力。

「うおおおおお!!」

 叫びに全身の筋肉が応える。拮抗は一瞬で崩れた。ブレードはセイバーの胴体を貫通し、彼女に致命傷を与えた。

 吐き出された血がコンバットスーツを汚す。しかし嫌悪感は微塵も湧かなかった。

 力の抜けたセイバーが、体を預けるように乱蔵にもたれ掛かった。思わずブレードを手放し、抱きとめた。

 打倒からの気の緩みか、コンバットスーツが光となり消えた。

「——負けたか。貴様、よき戦士だな。気を付けろ、グランドオーダーは始まったばかりだ」

「なに? グランドオーダー?」

 乱蔵の疑問には答えず、告げた。」

「もし、招かれる事があれば共に戦ってやろう。取っておけ」

 何を、と尋ねる間もなく、セイバーは血のルージュの施された口で乱蔵の頬に口付けをした。赤いアーチ。彼の頬には血のキスマークが付いていた。

 別れを告げず、セイバーは消えた。

 勝利の余韻とは異なる、奇妙な静寂。仄かに感じる視線を、意図して無視する。

「手助けはいらなかったみてぇだな」

「クー・フーリン殿」

 激闘を示す消耗具合。しかしその飄々とした仕草と表情には一片の曇りもなかった。

「共闘できなかったのが残念だぜ。それ(・・)忘れるなよ。次は無双の槍術を見せてやるよ」

 獰猛でありながら人好きな笑みを浮かべながら消えていった。

 クー・フーリンの言った、それ(・・)に視線を向ける。中空に浮かぶ聖杯。忘れるなよ、と言われても、と困惑しながら手を伸ば———「蒸着!」

 間一髪! 予期せぬ攻撃を装甲でまともに(・・・・)受け止めた乱蔵は、耐え切れずに10m近く吹き飛ばされる。

「乱蔵!」

「乱蔵さん!」

 駆け寄った2人に、立ち上がる事で応える。その既に視線は下手人に向けられている。釣られ、振り返る。

「ああ忌々しい。矮小な存在でしかない貴様が、こうも邪魔をしてくれるとは」

「レフ・ライノール!」

 ブレードを握り締め、2人を背に回す。

「レ、レフ……? 何でそこに(・・・)いるの?」

 酷く動揺している。眼は見開かれ、口は震えている。

 最も信頼している存在。迷いを正し導いてくれる存在。絶対に裏切らない存在。何故そこにいるのか。何故乱蔵を攻撃したのか。何故赤に染まったカルデアスを背に佇むのか。

 そんな事、誰に聞かずとも分かる。しかし尋ねずにはいられなかった。

 分かりきった事を態々問うなど、ナンセンス。滑稽。そう言ってレフは彼女を嗤うつもりでいた。

「…………」

 だがそこにいるのは、唯一の拠り所に縋ろうとする愚か者ではなかった。

 酷く打ちのめされ、今も泣き喚いている。だが、それだけだ。崩れていない。折れていない。なけなしの気力を振り絞り、立っていた。

 自身の手から僅かずつ逃れ始めていた事は分かっていた。それでも都合の良い傀儡である事に変わりはなかった。それ故に見縊っていた。ただ接するだけでこうも影響を与える、三船乱蔵と言う男を。

「レフ!」

「喧しい事だ。そんなに真相を聞き出したいなら、こちらに来ればいい。聞かせてあげよう。君が再び死ぬまでに間に合えば、だが」

 突如浮遊を始めるオルガマリー。見えない何かを引かれる様に動き出す。

「いやああああ!」

「所長殿!」

 それを乱蔵が止めた。全力で握れば潰しかねない膂力を制御し、彼女を手繰り寄せる。

「マシュ殿! 死ぬ気で抑えて下さい!」

「分かりました! 乱蔵さんは何を?!」

「奴を殺します」

 そこには微塵の躊躇もなかった。

「大きく出たな、人間風情が!」

「覚悟しろよ、レフ・ライノール!」



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その五

串田アキラっていいよね


 世界が揺れている。それがただの地震ではない事は、レフと相対している乱蔵にも分かった。そしてそれがこの世界にとって致命的なものである事も。

 しかしその事に乱蔵は意識を全く割いていなかった。彼の目的はただ一つ。眼前にあるもの。レーザーブレードを正眼に構え、不動にて対峙。

「フン、相打ってでも討とうと言うのかね。仮にそんな事ができたとしても、世界の崩壊は止まらないし、君達も助からない。もっとも、君達2人が助かったとしても、マリーは助からんがね」

 その言葉が逆鱗に触れたのか、乱蔵が駆け出した。

 速い。しかし、愚か、と蔑む。

 ――――遠距離の攻撃手段があるならまだしも、先の一撃を食らって尚接近戦を挑むとは。サルの方がまだ学習するぞ!

 フェイントさえ入れぬ猪突猛進。自棄なのか頭に血が回りすぎているのか。最早戦いを放棄したも同然の振る舞い。ならば望み通りに終わらせてやろう。レフは物理的威力さえ持つに至った魔力の塊を打ち出した。双方の速度により瞬く間にゼロになり乱蔵に直撃した。

「何?!」

 ほくそ笑む時間さえなかった。確かに直撃した。しかし乱蔵は僅かにさえ怯まず、その足を止めなかった。

 ここに至り気付く。乱蔵がスーツの頑強さに物言わせた特攻を仕掛ける気なのだと。確かに速度とその頑強さがあるのなら、一矢報いる可能性が一番高いだろう。

 しかし、と再びほくそ笑む。レフはスーツの耐久度が有限である事を知っていた。ならばそれを削ればいいだけの話。性能に少々驚かされたが、所詮それだけ。何も問題はない。

 機関砲の如き連射。さしもの乱蔵も脅威に感じたのか、ブレードを構え、防御を固めた。しかし到底防ぎきれる量ではない。だと言うのに、躱す素振りさえ見せない。その猪突猛進振りに僅かな疑問が芽生える。

 セイバー戦で見せた機動力があれば、全てではないにしても回避は可能であるはず。何を狙っているのか。

 あれは未知の塊だ、と警戒を強めようとした瞬間。何と乱蔵は唯一の武器であるブレードを投擲したではないか。

「窮したか!」

 無理な体勢からの投擲のせいか、左にズレている。窮した末の一矢など実るはずもない。

 無駄な警戒であった、と、回避すべく射線を外れる。意趣返しも含め、あくまで余裕を持って。

 無為にカルデアスに吸い込まれる哀れな得物を見送る。唯一の武器を犠牲にした最後の攻撃が、悪足掻きに終わる。その様を見た悔恨の顔を目にする事ができず残念だ、と乱蔵に視線を向け、目を見開く。

 そこには青白く光る右腕を差し向ける姿があった。

 僅かな間に、様々な言葉が頭を過る。しかしそれらが意味する事は全て同じであった。“誘導されたのだ”、と。

「レーザーZビーム!!」

 チャージされたバードニュウム・エネルギーが指先より連射される。

 本来、この技は必殺であっても必中のものではない。チャージに時間を要するし、その弾速は光には程遠く、辛うじて音に届く程度。

 

 だが、必殺なのだ。当たったのならば、必ず殺せるのだ。

 

 だからこそ乱蔵は捨て身の布石を打ったのだ。遠距離攻撃の手段を持たず、防御もなく、できる事は悪足掻きだけなのだ、と。プライドを傷付けられたレフの思考さえも読み切り、狙いを定めた。

 

 そしてそれらは実る。

 

「ぐあああああああ!!」

 着弾の爆炎がレフの姿を消す。

 構えは解かない。

 間も無く煙が晴れる。そこに人の姿はなかった。

 ギリギリで保たれていた気力が底を尽き、同時にコンバットスーツが解除される。

 五体投地する直前に、辛うじて手をつく。パタパタ、とその手の上に血が落ちる。どこから流血しているのが分からない。全身が隈なく痛み、触覚を曖昧にしているからだ。

 落ち始めた瞼を、唇を噛み切る事で食い止める。まだ終わってない。ここで意識を手放す訳にはいかない。

 覚束ない足に喝を入れ、緩慢に立ち上がる。

 マシュやオルガマリーが何かを叫んでいるが、乱蔵には聞き取れなかった。

 地面に縫い付けられた様に鈍い足を引きずり、歩き出す。10歩にも満たない距離が、果てしなく遠い。進んでいるのかも分からない。それでも進み続ける。

 徐々にに崩れ始める世界。それでも歩みを止めない。

 彼女をこんな所で死なせる訳にはいかないのだ。

 重圧に押しつぶされ、無能と蔑まれ、幾度涙を流したか。

 その果てがこんな所でいいはずがない。

 まだ彼女は何も始めてはいない。何も始められていない。

 自らに奇跡を起こす力はない。だが。だが奇跡をこの手にする事ができたのなら。

「聖杯よ! 聖なる杯よ! オルガマリー・アニマスフィアを助けてくれ!!」

 掲げられた聖杯が発する煌々たる輝きに照らされ、乱蔵は遂に意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 跳ねる様に上体を起こす。

「わあ?!」

 前触れなく覚醒した乱蔵に、ロマニが悲鳴をあげる。

「ロマン殿……。ここは」

「現代に戻って来たんだよ」

 落ち着かせる様に肩を押し、再びストレッチャーに寝かせる。

「君は怪我をしているんだ。あれこれはそれからにしよう。連絡してあげて」

 程なく医務室に到着する。平時と変わらぬ静けさ。それが意味するのは、治療の段階を越えている者が殆ど、つまり大勢の死者が出たと言う事。

 スタッフ総出でベッドへと移乗。

「触診した感じ骨折や大出血を伴う傷はなかったよ」

 断りを入れ、服をハサミで切っていく。

「しかし話では相当の攻撃を受けていたと言うのに、これだけの傷で済むなんて。この礼装は一体何なんだろう」

「詳しくは自分にも……。話を聞いた?」

「? そうだよ。彼女達から」

 瞬間、意識が完全覚醒する。

 何を呆けているのだ。何よりも先に確かめなければならない事があると言うのに。ストレッチャーから飛び出そうと

「乱蔵!」

 開き切るまで待ち切れないと言わんばかりに半身を引っ掛けながら、見慣れた銀髪の女性が姿を現した。

 駆け寄る彼女を見て、乱蔵は痛む体にも関わらず、その華奢な体を受け止めた。

 僅かに香る甘い香り。頬をくすぐる銀の髪。骨格を感じさせる柔い肌。必死にしがみ付く細い腕。熱い涙の感触。

「所長殿、良かった……。生きていてくれた……」

 

 

 

 

 

「人類史焼失の危機は終わっていない。このカルデア以外、既に消滅している。唯一の回避方法は、観測された特異点を修正する事だけ」

 ダヴィンチの言葉を静かに聞く。

「それは果てしなく困難なミッションだ。何せ、第三魔法の体現にして、超弩級の魔力炉を持つマリーがいても、肝心要のマスターがいない」

 マスターがいなくともサーヴァントを召還するだけなら可能である。しかし運用となると話は別だ。比較する事さえ烏滸がましい程に隔絶した存在を運用する前提条件は、『絶対命令権』がある事。それを持つのはマスターのみ。

 もしかしたら人理修復と言う目的に賛同し、協力してくれるかもしれない。しかしそれは召還し、コミュニケーションをとらなければ分からない。例外はあるものの、狙ったサーヴァントを召還する事は基本的には不可能。

 博打と言うには余りにもリスキー。

「つまり現時点でのこのカルデアに於ける戦力は乱蔵とマシュだけで最高戦力は、乱蔵。君なんだ」

 あまりに大役。あまりに重責。人類史にその名を皓然と刻む者達を倒せ、と。背負わせるには、重過ぎる。それを分かっていながら、告げるしかなかった。

 それは本人達だけではなく、生存者にとっても死刑宣告に他ならなかった。

 慰めの言葉さえ口にできぬ重い空気。

「確認を。戦闘の指揮は何方が」

「私がやるわ」

 乱蔵の傍に控えていたオルガマリーが答える。

「1つだけ答えて頂きたい。所長殿は、我々に『死ね』と命じる事ができますか?」

 命を惜しみ、生にしがみ付き勝てる相手ではない。肉も骨も切らせなければ、命には届かない」

「……っ」

 言われるまでもなく分かっている事だ。分かっていた筈だ。だが言葉が出ない。この事態において一番恐ろしいのは乱蔵なのだ。その彼が宣言しているのだ。ならば言わなければならないのだ。

 それでも……

「わ……わた、しは……」

 それでも——

「私は……」

 それでも!!

「私は命じない! 死が恐ろしいのは私が一番分かってるから! 一生懸命頑張るから! 戦術も戦略も覚えるから! 魔術ももっと覚えるから! だから! だから……。そんな事言わないでよ……」

 涙には頼るまい、と必死に堪えるオルガマリー。しかしその様が却ってスタッフの感情を大きく揺らした。どうするんだよ、と視線が刺さる。

 数秒の針の筵を味わい、ため息を1つ。

 流れる流れないに関わらず、女が涙を見せた時点で勝敗は決しているのだ。

「早計でした。先の言葉は所長殿とマシュ殿を軽視する発言でした。申し訳ありません」

 頭を下げ、謝罪する。

「う゛ん゛」

 ホッとした空気が流れる。捉えようによっては甘酸っぱく見える遣り取りに、スタッフから囃し立てる声が俄かに飛び出す。嚙み嚙みで否定するオルガマリーの姿がそれを更に強くしていた。

「考えればアーサー王を討ち取ったんですから、そうそうに負けはしないですね」

「おおっ!」

「マジか!」

「凄いな」

 状況が好転した訳ではない。それでも、嫌でも、無理にでも、前を向かなければならない。例え根拠がなく、縋れば壊れそうな希望だとしても。それを掲げ、進み続けるしかないのだ。

 ロマ二やダヴィンチを含め、その事を察している者はいた。乱蔵に過酷な役目を押し付ける事に心を痛めつつ、何も言わずにそれを肯定する事しかできなかった。彼の悲壮な決意に水を差し事ができなかった。

 だから誰も彼が『死ねと命じられるか』と言った事を撤回していない事に気付く事ができなかった。



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その六

取り敢えずオルレアンまでやる
感想・批評よろしくお願いします!


 煙と炎と瓦礫に囲まれていた前回とは正反対の景色。

 青々と生い茂り、何処までも広がる草原。

 抜けるような青空に、そこに浮かぶ白い雲と光る輪っか。

 マシュと共に時間軸の確認や、拠点となる霊脈の確認をしているオルガマリーを呼ぶ。

「所長殿。あれは何です?」

「何ってな、に……よ……」

 無事にレイシフトできた事、通信状態の良好さ、霊脈の確認でホッとしたのも束の間。サイズの見当さえ付かないレベルの光の輪に、オルガマリーの発狂ゲージが音を立てて増えていく。

『気候現象じゃない……。衛星軌道上に展開されている何らかの魔術式だ。それにしても大きい。北米大陸を越えてるんじゃ』

「げ、現時点での脅威の度合いは分からないなら、一旦放置しておくわ。ただ何かしらの動きが確認できたらすぐに知らせなさい。いいわね! す・ぐ・に知らせなさい!」

『わ、分かりました。そんなに念を押さなくても

 不満気な呟きは幸いにも聞こえなかったようだ。

 

 

 

 情報収集のため町を目指す一行。一分一秒でも惜しい現状、迅速な移動が必要になるため小走りしていたのだが、心身共にもやしっ子がであるオルガマリーは早々にバテていた。忍び込んでいたフォウにも心配される始末。

「おぶります」

 そう言う事になった。汗やら体重やらが気になるが、それを言える状況ではない事を重々承知しているから恥を忍びおぶられた。

 しばし走ると、マシュが前方の人影に気付く。

「乱蔵さん、止まって下さい。フランスの斥候部隊です。最寄りの町に案内してもらえるかもしれません。行ってきます」

 張り切って走っていくマシュを見送り、オルガマリーが一言。

「あの子ってフランス語話せたかしら……」

 何故間に合わないタイミングで、と、咎める視線が彼女を襲う。

「急いで! 私なら話せるから!」

 脚に魔力を回し、一気に駆ける。

 マシュは既に兵士に囲まれてオロオロとしていた。しかし逆にそれが兵士達に戸惑わせているのか、決定的な雰囲気にはなっていなかった。

 更におぶられた状態で挨拶をするオルガマリーの姿が決定打となり、訳あり一味と言う事で落ち着いた。

「うう。すみません。あろう事か不信感を植え付けてしまう所でした」

「マシュ殿の柔和な雰囲気のおかけで敵対的な態度を取られなかったんですから。そんなに落ち込まなくとも結構ですぞ」

 ややすると、大きな砦が視界に入る。

 近付くにつれ、乱蔵は僅かな血の匂いを嗅ぎ取る。周囲に目を走らせると、乾き、黒くなった血が散見できた。

「失礼、兵士殿。ここ数日で戦闘があったのですかな?」

「戦闘? 今は休戦時期でしょう?」

 オルガマリーが疑問を挟む。

「休戦? そんなの魔女の前では何の意味も無いさ。シャルル王も殺された」

 疲れたように言う兵士。

「殺された、とは、その魔女にですか?」

「ジャンヌ・ダルクにさ。……イングランドはとうに撤退した。だが俺達はどうすればいい」

「ジャンヌ・ダルクと言えば、聖人のはずですが……」

 マシュの困惑した呟きに乱蔵が答える。

「救国のために奔走した結果があれでは、そうもなりましょう。彼女とて人間なのですから」

 僅かに生まれる静寂。いらぬ事を言ったか、と謝罪しようとした瞬間襲撃を知らせる声が轟いた。

「敵襲ーー! また骸骨供が来たぞー!」

 聞き終わるや否や、乱蔵はギャバンの礼装を手に走り出した。

「蒸着!」

 踏み込み跳躍。

 何とか砦の内部への侵入を防ごうと、決死の覚悟で立ち向かう兵士達の前に降り立つ。

「ここは自分が!」

 返事を待たず、骸骨兵へと一気に接近。サーヴァントさえ屠れるギャバンを、骨が止められる訳がなかった。一撃必殺。瞬く間に骸骨兵は粉々になった。

「そ、その声、あんたさっきの旅人か?」

 恐る恐る声を掛ける。しかし乱蔵はそれに答えない。彼方を睨んだままだ。

「羽付きが空から接近してきます」

「何だって?! 総員、ドラゴンが来た! 迎え撃つぞ!」

「ドドドラゴン?!」

 俄かに騒がしくなった状況を把握しようと外に出たオルガマリーが、SAN値を削られる。

「落ち着いて下さい。ドラゴンなんて羽の生えたトカゲです。怖くないです」

「そ、そうね。羽の生えたトカゲなんてドラゴンよね」

 それで落ち着くのならば訂正すまい。因みに正確にはワイバーンである。

「……乱蔵は自由に動いて。あのトカゲ擬きは私とマシュが目を逸らさせるから」

 危険過ぎる、と言う言葉を飲み込む。震えている。聖杯をその身に宿していても、一番弱いのは彼女だ。それでも、自分を戦術の内に組み込む。勝つために。グランドオーダーを果たすために。

「分かりました。マシュ殿」

「この命に代えてもお護りします!」

「そう言うのはなし! 魔力なら補充できるんだから、宝具の使用も躊躇しないで!」

 これ見よがしに突き付ける、赤い宝石のような物体。それはオルガマリーの血から作られた(・・・・・・・)高濃度かつ高純度の魔力ドロップ。

 マシュや好意的な野良サーヴァントの魔力供給の問題に対し、彼女自身やダヴィンチが中心となったチームが示した答え。

 血液から生成されると言う性質上、数は限られてしまうがその効果は、一欠片で一般的な魔術師の魔力量を賄えてしまうレベルだ。

「分かりました。必ずや私と所長の命を守ります!」

 すでに接敵まで1分を切っている。兵士達に下がるよう言うとした時、金髪の女性の接近に気付く。人離れした走力。サーヴァントだ。

「兵達よ、水を被りなさい! 彼らの炎を一瞬ですが防げます!」

 兵士の間を抜けながら叫ぶ。

「魔女だ! ジャンヌ・ダルクが出たぞ!」

 困惑から恐怖と怒りに変わった兵士が放った言葉に、サーヴァントが一瞬顔を歪める。悲しげであった。しかし足を止めずに、鼓舞を続ける。即座に味方と断ずる事はできないが、敵ではないようだ。

 サーヴァントはワイバーンへと向かっている。乱蔵もそれに続く。

「?! 何故ついてきているのです、鎧の人!」

「共闘できると判断した故に」

 ブレードを生成。

「貴方もサーヴァントなのですか?」

「自分は!」

 ワイバーンが降下。超低空飛行のまま、真っ直ぐに突っ込んで来る。回避しようとするジャンヌに対し、乱蔵は相対のまま走る。接触寸前に跳躍。ワイバーンの頭部に着地すると同時に、ブレードが顔面を割いた。

「ただの魔術師です!」

「……ただの魔術師?」

 ワイバーンを蹴りつけ、高く跳躍。他の個体へと飛び乗る。

「落としますので、トドメを!」

 ボロ切れのように羽を斬り裂いては、別の個体へと飛び移る。飛び石を渡るが如くの動きに、感心と呆れを抱くジャンヌ。

「……優れた戦士の間違いでは?」

 落ちたワイバーンにトドメを刺しながら呟いた。

 知性を持たずとも、これだけ蹂躙されればワイバーンにも何が最大の脅威なのかは分かる。タイミングを合わされる。喉奥に炎を溜めた口が、乱蔵を迎える。

 しかし焦りはない。ここには頼もしき仲間がいるのだ。ワイバーンの意識外より放たれた、最早弾丸と化したガンドが頭部を捉える。遠方より放たれて尚、頭部をズラしてしまう程の威力。無防備な首が晒される。高エネルギーに焼かれ、一滴の出血さえなく頭部が落ちる。

 殲滅完了。着地した乱蔵の下にジャンヌが駆け寄る。

「助力していただき、ありがどうございます。お話をさせていただいてもよろしいですか?」

「こちらこそ感謝します。しかし今はここより離れた方がよろしいかと。助けた者からの罵倒は堪えるでしょう」

「そうですね。私の事はともかく、兵を怯えさせるのは心苦しいですから。ここをしばらく真っ直ぐに行った所でお待ちします」

「分かりました。しばし待たせてしまうかもしれませんが、必ず向かいます」

「失念していました。休息を取る必要がありますね」

「いえ、同行者の体力の問題でして」

 やはり目の前の人物は戦士では、と、ジャンヌは訝しんだ。

 

 

 

 砦の兵達に別れを告げ、ジャンヌに会うべく移動を開始する。

「所長殿。先程の援護ありがどうございました」

「役に立てたのなら良かったわ」

「マシュ殿もありがどうございます」

「感謝される事をした覚えが……」

 乱蔵にのみ戦わせている事に後ろめたさを覚えているようだった。

「マシュ殿が所長殿を護っていると言う安心感があるから、自分は前線で暴れられるのです。自分は攻撃に耐える事はできても、防ぐ事はできません。エクスカリバーさえ凌ぐその鉄壁、頼りにしてますぞ」

「——はい!」

 少し先の倒木に腰を掛けたジャンヌが見えた。向こうも気付いたのか、立ち上がり出向いて来た。

「私のせいでご足労をお掛けして、申し訳ありません。改めて自己紹介を。私はルーラーのサーヴァント、真名をジャンヌ・ダルクと申します」

「カルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアと申します」

「カルデア所属のマシュ・キリエライトです」

「同じくカルデア所属の魔術師、三船乱蔵です」

 乱蔵の自己紹介に、何故か一言言いたげな視線が3つ刺さる。解せぬ、と憤りながら咳払いし、会話の進行を促す。

「まず情報共有をします。よろしいでしょうか、ジャンヌさん」

「ええ、こちらこそお願いします」

 

 

 

「もう1人のジャンヌ・ダルクに、オルレアンの占拠……」

「人理の焼滅、カルデア……」

『どうでしょうか。是非とも貴女の力を貸していただきたいのですが』

「それはもちろんです。……しかし、今の私でお役に立てるかどうか。足を引っ張ってしまわないかが心配です」

「ここの地理の明るい方がいるだけで大助かりです。それにどうせ1人でも戦うつもりでしょう? ならば協力しあった方が双方にとってもいいのではないか、と、愚考しますが」

「……そうですね。非力なこの身では単身でできる事に限界がありますが、貴方達とならばこの局面を乗り越えられるでしょう。よろしくお願いします」

 あの結末を迎えて尚、国に、人に裏切られて尚、ジャンヌはフランスを救おうとしている。その気高すぎる精神の在り方に畏敬の念を抱く。

「こちらこそ、よろしくお願いします。聖女の下で戦えるなんて光栄です。……では今後の方針を決めていくわ。最終的な目的は、聖杯を持っているであろう黒いジャンヌの討伐。そのためにはオルレアンを奪還が必須。しかし現時点では情報、戦力が共に圧倒的に不足しているわ。なのでオルレアンへ向かいつつ情報収集を行い、敵戦力の規模を確認する。その結果次第で、その後の指針を決めるわ。……この様な感じでよろしいでしょうか?」

「ええ、非常に堅実な方針です。ここからの最寄の町は、ラ・シャリテと言う町です。そう遠くないですが、向かうのは明日の朝にしましょう。人間の2人、特に乱蔵はあれだけの大立ち回りをしたのですから」

「確かに。コンスタントに休息を取れるのならば、完徹行軍をしても問題ないのですが、それは無理ですからな。お言葉に甘え、今夜は休息に使わせていただきます」

「……未来の魔術師は随分とフィジカルエリートなのですね」

「「違います!」」



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その七

テッテテレレ


 明朝よりラ・シャリテに向かう一行。

「ラ・シャリテとはどんな町なのですか?」

「修道院のクリュニー教会が始まりとなってできた町です。包囲戦をしてしまった私が言うのも何ですが、良い町ですよ。……無事だと良いのですが。そこより先は小規模な町だけになってしまいますから。なるべく早期に充分な情報を得たいものです」

 言葉から焦燥が感じられた。まだ意識が胡乱気なオルガマリーを手引きしつつ敢えて口に出す。

「ジャンヌ殿には改めて言う必要は無いかと思われますが、我々は慎重に慎重を重ねなければなりません」

「ええ、分かっております。しかし、正直に言えば、私は焦っています。もう1人の私は、間違いなく正気ではありません。フランスを支配して何を行うのか。想像に難くありません。圧倒的な憎悪の後に、圧倒的な力を持つに至った者は、どれだけ高潔な精神を持っていても壊れてしまいます」

 ジャンヌの言葉を聞きながら、乱蔵は密かに戦慄していた。彼女は黒いジャンヌの事を正気では無い、と断じた。それはつまり彼女は、自身を裏切った祖国に対し「憎悪を抱く」と言う事を正気の沙汰では無い、と言っているのだ。乱蔵にはどうしてもそうは思えなかった。寧ろ、抱いて当然なのでは、と考えている。無論、人理修復を除いても関係の無い市民の虐殺は看過できるものではない。しかし狂った末のものだと断じる事はできなかった。

『ストップ! 遠ざかってるけどサーヴァントの反応だ。この先の町からの反応だ』

「!! 急ぎましょう!」

 

 

 

「うう……」

「こんな……酷い……」

 既にそこは瓦礫の山と化していた。ロマ二に聞かずとも、ここに生存者がいるとは思えなかった。全てが執拗かつ徹底的に破壊されている。そこにかつての光景を見出す事はできない。乱蔵とて人間である。憎悪と言う感情がどんなものか理解しているが、どれだけの物を抱けばこんな残虐な事ができるのか全く想像が及ばない。

「これはもう1人の私がやったのでしょうね。どれだけ人を憎めば、こんな所業を行えるのでしょう。私にはそれだけが分からない」

 ジャンヌには本当に分からなかった。救おうとした人を殺してしまう、その憎悪の理由が。

『まずい! さっきの連中が反転した! こっちに気付いた…五騎もいるぞ! 急いで逃げるんだ!』

「全速力で逃げるわよ! 乱蔵! マシュ! ジャンヌさん!」

「承知」

「了解しました! ジャンヌさん、行きましょう!」

「できません。せめて真意を問わなければ」

 まさかの拒否にオルガマリーが金切り声を上げる。乱蔵も舌打ちしそうになる。

「殺されるだけよ!」

「マシュ殿! 所長殿を背負って先に撤退を。自分はジャンヌ殿を引きずってでも連れて行きます」

 そう言い、オルガマリーを投げ渡す。キャン! と、犬のような悲鳴を上げるオルガマリー。

「ジャンヌ殿! 真意もクソも無いでしょう! 敵は憎悪を以ってこの地を破壊しようとしているだけです!」

「だからその真意を……」

「裏切られれば誰でもそうなりましょう!」

 手を掴み引っ張ろうとするが、ステータスダウンしていてもサーヴァント。梃子でも動こうとしない。

『問答している暇は……もう間に合わない! 何とかして撤退するんだ! 倍近い戦力差だ! どうやっても勝てない!』

「私は主の啓示に従ってこの国を救おうとした! そこに見返りなんて求めていないのです!」

「憎悪を抱いてるのは貴女ではないんですよ! 貴女がどれだけおかしいと断じても、現に黒いジャンヌは憎悪を以ってこの国を破壊しようとしています! 破壊の真意は憎悪、憎悪の真意は救おうとしたものに裏切られたから! それだけです!」

『君達ーー! 話聞いてる?!』

 もう間に合わない。殊更響かせた足音と共に五騎のサーヴァントが現れた。

 長髪で顔色の悪い男。目元を趣味の悪い仮面で隠した、これまた顔色の悪い女。十字架を持った目付きの鋭い女。マスカットハットを被った騎士。

 そして黒いジャンヌ・ダルク。

「———なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて」

 大仰に、舞台女優のように語り出す。芝居掛かった動きは、露骨な挑発だった。しかしすぐに動こうとする様子はなく、言葉の節々からジャンヌを煽りたいと言う感情が見て取れた。

 聞きに徹していると、黒いジャンヌの人となりが見えて来た。酷く幼い。言動も仕草も。属性が反転していると言っていたが、違和感を覚える。対になっているようには感じられないのだ。

「貴方はどう思います? 先程まで愉快な会話をしていたようですが」

 問われ、意識を浮上させる。

「……自分に貴方の行いの正否を口にできる資格はない。それを口にできるのは、貴方方だけだろう。しかしそれでも敢えて、ごく当たり前の感情論で言うならば、その行いに道理はあるのだろう」

「なっ……」

「へぇ」

 驚愕の目付きと、優越の目付き。

「だから自分は貴方の道理の正否ではなく、我々の未来のために貴方と敵対する。我々の未来のために、貴方の道理を潰させて頂く」

 一転して不愉快そうに歪む顔。

「そうですか。恭順すれば滅びるまでは生かしておいてあげようかと思いましたが、敵対すると言うのなら生かす理由はありません」

 その身に怨憎の炎を纏う。庇おうとするジャンヌを手で制す。

「是非もなし」

 新たな礼装を起動。カードが消え、右手に収まっているのは、中心部が黒く彩られ、周囲を銀に縁取った物体。機械的でありながら、どこか生物的な光沢が見えるその名は『ビーコマンダー』。

 大きく左右に開かれた足を右に前屈、同時に上体を開く。体を正面に戻しビーコマンダーを心臓の前に。

「重甲!!」

 下部のスイッチを押し、ウィングを展開。内部に縮小収納されたインセクトアーマーが姿を現わす。

 天に掲げられたビーコマンダーより、インセクトアーマーが射出・分裂。体を大きく捻る乱蔵の動きに合わせ周囲を高速回転、全身を覆う。

 天を衝く雄々しき一本角を持つ、メタリックブルーの戦士。『ブルービート』。

「2人と合流して離れたら合図を」

 返答を待たず、右大腿部のホルスターから『インプットマグナム』を取り出し、パワーボトルを引きコード110を入力。ビームモード。

 廃屋の屋根に飛び上がり黒いジャンヌへの射線を確保。発射。

「え」

 差し込まれた槍がビームを弾く。

「ちっ」

 散らされたビームがジャンヌの頬を薄く切る。痛みが彼女に理解させた。『あの男は自分を殺せる』と。

「——っ、今すぐあの男を殺しなキャア!」

 乱蔵は八双飛びの様に屋根から屋根へと移りながら、ひたすら撃ち続けていた。長髪の男に防がれるが、それでいいのだ。

 ジャンヌとの会話から、大凡の性格は把握できている。彼女は勇敢ではなく、思慮深い性格でもなく、非常に傲慢である。

 自身を殺し得る存在への恐怖。格好の獲物だと思っていた相手に無様な悲鳴を上げさせられた羞恥。ジャンヌをいつでも殺せると言う自信。その全てが、彼女を盲目にしていた。

 

 

 

 

「っ!」

 数メートル先の地面に突如発生した血の海から、顔色の悪い女が浮上。広い間合いのまま腕を払おうとしている。

 ——前進以外の回避では間に合わない!

 積み重なった瓦礫目掛け片足でのジャンプ。片足で着地、すぐさまその足で跳躍。空中で回転。地面を走る血の刃に青ざめる。屋上に着地。黒いジャンヌを撃ちながら再び走る。

 顔色の良い長髪の女が、拳で屋根を突き破り飛び出す。

「っ!!」

 長髪の女が全身を現す直前、入れ違う形で穴に滑り込む。勝気な表情に違わぬ豪快な不意打ちに、肝が冷える。

 そして着地——せず、穴の淵に手を掛け、足を畳みながら懸垂の要領で体を持ち上げる。細身の剣が僅かに装甲に掠める。

「っ!!!」

 騎士を足蹴に、反動で壁を突き破り外に飛び出す。華奢な体つきからは想像できぬ速度に、顔が引き攣る。

 ノールックの背面射撃。顔色の悪い女の魔力弾を迎撃。

「生意気な!」

 ブルービートの持つ優れた走査能力が、ギリギリの拮抗状態を作り上げていた。しかしジリ貧である。体力が切れれば嬲り殺しにされる。

 合図はまだか、と胸中で叫ぶ。トップスピードを維持し続けている肉体には、既に相当の疲労が溜まっている。筋肉、肺、心臓。そこらかしこが痛い。それでも走り、撃ち続ける。それがオルガマリー達の生存に繋がるから。

 

 

 

 

 パフォーマンスが落ち始めている。それは肉体的な動きだけではなく、思考にも及んでいた。

 誘導されている事に気付いていないのだ。僅かに、だが確実に開けた区画へと追い込まれている。その事に乱蔵は気付くが、時既に遅し。初めに黒いジャンヌと対面した場所に出てしまう。

 動揺と疲労が思考能力を奪う。

「はあああああ!」

 長髪女の雄叫び。回避は間に合わない。それでも体を動かす。僅かでも威力を殺そうと、前方へ飛ぶ。その直後、背部を強烈な衝撃が襲う。地面が猛烈な勢いで流れた。

「ぐあああ!」

 地面に落ちて尚止まらず、廃屋に激突し、漸く止まる。動く事を拒絶する体を叱咤。追撃を許すまいと、背後を盲撃ち。その間に何とか立ち上がる。

 しかし既に包囲網は完成していた。

「この人数相手によくもこれだけ逃げ回れましたね。しかも血の伯爵夫人に、本物の聖女(・・・・・)、シュバリエ相手に」

 目一杯の笑みと共に黒いジャンヌが言う。

「そ、れはそれは。そん、なビッグネーム相、手に戦えたのなら、魔術師の恥と罵ら、れてきた我が一族、も大いに喜ぶな」

 酸素が必要なのに、呼吸する事さえ苦しい。

「息も絶え絶えのくせに。そう言う負けを認めようとしない態度、まるでもう1人の私を見ているようで殊更鼻に付くわ」

「……事実、自分も彼女も負けていないからだ」

「……負けではない? これから殺されるのに? 殺されたのに?」

 ヒステリックに叫ぶ。

「そうだ。死ぬ事が負けではないのだ。だから死ぬ間際でも胸を張っていられる」

 目を剥き、歯を鳴らす。

「訳の分からない事を! もういい! 殺しなさい!」

「残念だがそれはさせてやれないな。迎えが来た」

 背後より迫る蹄とそれに引かれる車輪の音。

 なけなしの体力を振り絞り、真上に跳躍。廃屋を突き破り、ガラスの馬とそれに引かれるガラスの馬車が現れた。屋根に着地した乱蔵は、熱帯にいる鳥のような色の服を着た御者に怒鳴って伝える。

「目を閉じて下さい!」

 コード964を入力。フラッシュモード。銃口より放たれた光が、敵サーヴァント達の目を潰す。すぐさまコード010を入力。冷凍モード。長髪男と仮面女の足を地面ごと凍結させ、動きを完全に止める。

 喚き立てる黒いジャンヌを尻目に、ガラスの馬車は悪路を物ともせず、あっという間にオルレアンを置き去りにした。

 そこが限界だった。視界が歪む。緊張の糸が切れた体は、インプットマグナムの保持すらできなくなっていた。何とかホルスターにしまうと、仰向けに倒れ込む。

「御者殿。自分はこれから失神するので、なにかあったら手荒に起こして下さい」

 言うだけ言い、乱蔵は意識を飛ばした。



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その八

台風大丈夫だったでしょうか。
私は生まれて初めて避難しました。感じたことのない緊張を味わいました。

何はともあれ、第8話。


 遠くからコンコンと、ノック音が聞こえる。

 起きなければ、と思う反面、意識の浮上を拒否している自分がいた。それでも無視は失礼だと思い、まるで言う事を聞かない瞼を開ける。

 真上からこちらを覗き込む、可憐な女性がいた。

——凄い美人さんだ

「あら! 勇敢な殿方にそう言ってもらえるなんて、とても嬉しいわ!」

——何用だろうか? とても疲れているんだ。もう少し寝かせてほしい

「うーん、本当ならもっと休ませてあげたいんだけど……。でもごめんなさい、起きてくれなければとても困ってしまうの」

——困る、とは何故だろうか

「3人が貴方の事をとても心配してるの。酷い怪我をしているんじゃないかって。もちろんわたしも心配よ。ね、勇敢な殿方。わたし達を安心させるために、目を覚ましてくれないかしら」

——痛い所だらけだし、まだ苦しいけど大丈夫。大きな怪我は全く無いから、3人には大丈夫だよ、って伝えておいてほしい。もう少しすれば起きるから

「本当に大丈夫なのね?」

——本当に大丈夫。貴女も心配してくれてありがとう

「どういたしまして。じゃあ起きたら改めて自己紹介しましょうね」

 

 

 

 馬車の停車に合わせ、乱蔵の意識は覚醒した。痛みはあるものの、酸欠による手足の痺れはもう解消されていた。気合いを入れて上体を起こす。

 深い森の中。慌ただしい様子はない事から、サーヴァントの襲撃やトラブルによるものではないと判断できた。

 屋根から飛び降りる。

「乱蔵!」

 オルガマリーが飛び込んで来る。あっと言う間も無く、彼女は鋼鉄のインセクトアーマーと熱い抱擁を交わす事となった。

「痛い!」

 鼻をぶつけなかったのは、幸いであろう。

「乱蔵さん!」

 次いで姿を現したのはマシュだが、ご立腹のようだった。心当たりは1つしかないのだが。しかし乱蔵は心配を掛けた事を詫びるつもりはあっても、行為そのものに対する謝罪や今後はやらないなどと言うつもりはなかった。

「……ご無事で良かったです」

 どうやら彼女は乱蔵が思うより大人だったようだ。糾弾しかけた口を閉じ、無事を喜んだ。その事に不甲斐なさを感じてしまう。

「……申し訳ありませんでした。わたしの我が儘が、皆さんを、三船さんを危険に晒してしまいました」

 恐る恐る出て来るジャンヌ。順々に表情が重くなっていく。

 彼女の言う事に関して乱蔵は大いに同意し、文句の1つや2つ言いたかった。言いたかったが、ここまで目に見えて落ち込んでいる女性に追い打ちを掛ける事は流石に憚られた。しかし言わなければ言わないで気に病みそうでもあった。乱蔵の中で、ジャンヌは超堅物、と言う評価に落ち着く。

「では恐れながら、文句を1つ。意地も程々にお願いします」

「はい……」

 オルガマリーとマシュは何とか凹む彼女をフォローしようとするが、適切な言葉が見付からず、オタオタするだけ。空気が重くなる。

「うふふ。青い騎士さんは、ジャンヌの事が大好きなのね」

 あらぬ方向からの、あらぬ方向へのフォロー。重かった空気は何処へ。戸惑いと困惑と疑念の視線が乱蔵に刺さる。

——何故こんな肯定も否定もできない謎のフォローをした?!

「初めまして! それともさっきぶりかしら? わたしはマリー・アントワネット。貴方の名前を教えて下さる?」

 とんでもない大物だった。乱蔵は初めてサーヴァントととの会話に緊張を感じた。

「お初お目にかかります。カルデアの「ぶぶーー!」テイク2をお願いします」

「もちろん!」

 今の挨拶でダメとなると……、と考えた所でインセクトアーマーを脱いでいない事に気付く。

——顔も見せないとか、不敬罪でしょっ引かれてもおかしくないな

 光と共にアーマーがビーコマンダーに圧縮収納される。

「お初お目に「ぶぶーー!」テ、テイク3を」

 マリーは腰に手を当て、形の良い眉を吊り上げ怒っていた。

「さっきはもっと気安く話してくれたじゃないの! 凄い美人さんだって言ってくれたじゃない!」

——記憶にない所でそんな畏れ多い事を言ってしまったのか……

 オルガマリーが目を剥き乱蔵を凝視しているが、それどころではない彼は全く気付かない。

「言葉遣いは性分なのでどうかご勘弁を」

 敬意を表すべき相手にはしかるべき言葉遣いを、が信条の乱蔵にしてみれば、命を助けられたと言う事を除いてもタメ口をきける相手ではなかった。

「むー」

 可愛らしく頬を膨らませるが、譲る気はなかった。

「じゃあマリーさん、って言ってくれたら許すわ」

「分かりました。マリーさん殿」

「違うわ! マリーさ・ん! はい」

「マリーさん殿」

「違うのー!」

 何が違うのか、彼には分からなかった。

 

 

 

 天真爛漫の具現とも言うべきマリーの振る舞いによって、重くなっていた空気は四散していた。

「次は僕だね。僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。御者じゃないよ」

 咎めず、皮肉らず、あくまで軽く告げるモーツァルト。しかし彼は深々と頭を下げた。音楽への造詣が浅い乱蔵でも知っている偉大な音楽家。そんな人物をよりにもよって御者と間違えた事に、肝が冷える。

「大変申し訳ありませんでした。ミスターと言うべきでした」

「分かった。君、クソ真面目なんだな」

 呆れと可笑しさを多分に含んだ声色。少なくとも悪印象を抱いた訳ではないようだ。

「自己紹介も済んだみたいだし、これからの事を話したいのだけど構わないかしら。まず乱蔵とジャンヌさんが相対したサーヴァントについて教えて」

「分かりました。まず分かっているのは、ブラド三世とカーミラです。両者とも吸血鬼で、仲が悪いです。それと騎士と女性が1人いました」

 ジャンヌが言う。

「ブラド三世は得物から言ってランサーは確実。カーミラは恐らくキャスター。騎士はシュバリエと言っていたのでセイバーかと。残りの女性は……よく分からなかったです。黒いジャンヌは聖女と言ってましたが。得物や戦い方的にセイバーかランサーかと思います」

 乱蔵の補足にマリーが反応した。

「その騎士さん、たぶんわたしの知ってる方よ。デオン。シュヴァリエ・デオン。わたしの騎士よ」

『ル・スクレ・デュ・ロワのデオンか! どうにか味方に引き込まないかな』

 一騎でも味方が欲しい現状、ロマ二の考えは全員共通のものだった。可能なのか、と言う視線がマリーに向けられる。

「それは難しいかと。あの場にいたサーヴァントはもう1人の私によって狂化を付与されています。交渉による懐柔はほぼ不可能かと」

「なるほど。それでか」

「何かありました?」

 納得したような言葉を呟いた乱蔵に、ジャンヌが疑問を投げる。

「いえ、連中の力技の多さや、数の利を生かさない戦法の理由が分かったので。タイマン張るより何とか乱戦に持ち込んで、足を引っ張り合わせれば勝ちを拾えると思います」

「一騎で来られたら?」

「頑張ります」

 

 

 

 夜。

 ロマ二の探査をもとに、マリーやモーツァルトと言った野良サーヴァントを探す事を行動指針とした一行は、その森で一夜を明かす事にした。

 慣れない長距離移動による肉体的疲労、キャンプセットがあっても現代っ子には快適とは言えない野営による精神的疲労により、オルガマリーは失神するように眠りについていた。

 マシュは何故かいたフォウと共に見回りに赴き、モーツァルトは気ままに散策に出ていた。

 可笑しな硬度のメンタルを持つ乱蔵も、生まれて初めて一瞬たりとも気を抜けないと言う状況に置かれ、気の昂りから中々寝付けずにいた。尤も、寝袋も無しに外で熟睡できる方がおかしいのだが。乱蔵曰く、敵襲があった時にワンアクション遅れた事で致命的な事態を起こさないために、との事。木に寄り掛かり眠気を待つ、と言う常在戦場の思考に、さしものマリーでさえ絶句してしまった。

 しかし乱蔵はせめて寝袋には入るべきだったと、今更ながらに後悔していた。

「ほら。わたしなんて思春期真っ只中ですから? 恋とか愛とかたまないのです!」

「お誘いは嬉しいのですが、そう言った経験がなく。慈愛は分かるのですが。……あと、その、男性がいる近くでは些か恥ずかしくて」

「なら尚更経験するべきよ。普通の聖杯戦争で男の子を交えて楽しく恋バナなんてできないでしょう? ね、乱蔵も起きているのでしょう?」

 地蔵に徹していたが、突然話を振られ体をビクつかせる乱蔵。誤魔化そうとするが、いつまでも刺さる視線に早くも音を上げてしまう。

 乱蔵が顔を上げると、ジャンヌがギョッとしていた。

「……生憎ですが、自分もそう言った経験はないものでして。マリーさん殿を満足させるような話は……」

 なので勘弁してくれ、と言外の言葉を汲み取ってくれと祈るが、予想外の返しを食らう。

「あら、マリーとは違うの?」

「ま、マリー?」

「うふふ。あの子の名前にも『マリー』って付いてるから提案したの。『マリーって呼ぶからマリーって呼んで』って。マリーったら恥ずかしかったみたいで、赤くなりながら呼んでくれたの。とても可愛かったわ! わたし、ここに呼ばれて良かったわ。憧れのジャンヌに会えるし、初恋のアマデウスにも会えるし、新しいお友達もできたわ」

「自分が言うのはお門違いだとは思いますが、言わせて下さい。ありがとうございます」

 乱蔵とオルガマリーの関係は、端的に言ってしまえば上司と部下でしかない。

 もしこの事態が冬木のみで終息していれば、或いは友人となれたかもしれない。しかし現実には複数の特異点が存在し、長く辛い旅が続く。だからこそ乱蔵は対等な関係になる気はなかった。

 上司と部下。言い換えれば、頭と手足。我が身を犠牲にしてもオルガマリーを生かすためには、対等になってはいけない。自分で自分をいつでも捨てられるよう、感情による死ねない理由を作ってはいけない。

 レフ亡き今、彼女が自分を支えにしている事は、乱蔵も分かっている。だからまだ捨て身をするつもりはない。しかしこの過酷な旅を、常勝無敗で完遂できるとは思えない。どこかで必ず、選択を迫られる。その時、乱蔵を失い心が折れるような事態になる事だけは絶対に避けなければならない。

 その支えを外すためには、対等な存在が必要不可欠なのである。マリーのように、友達だと言う事を声高に主張する存在が。1人だけでなく、もっと多く。

 無論、自分が死ねば彼女は悲しむだろう。だが横に並び立つ存在がいれば折れない。立てる。立ち向かえるのだ。

 だから乱蔵は礼を言ったのだ。自身の思惑と、彼女の幸福を叶えてくれる事に。




誤字報告ありがとうございました。

あと感想・批評お待ちしてます。

よろしくお願いします。


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その九

知らぬ間に評価バーに色が付いてました。
嬉しいです。ありがとうございます。


 ありもしないオルガマリーとの色恋沙汰を凌ぎ切り、疲労困憊で眠りに就いた乱蔵。体が睡眠を欲している事に加え、本人の気質も相俟って熟睡する事ができていた。

 

 

 

 夜半。忍び寄る闘争の気配に、乱蔵は覚醒した。

「敵の数と種類は?」

「20近くの……二足歩行だけど、体重が爪先に集中してるな。人型だけど人間ではないね。犬っぽいな。それと少し離れた所に、人がいる。靴を履いてる。小柄だし、これは女サーヴァントかな?」

 アマデウスの敵戦力分析に、オルガマリーが思考を走らせる。

「乱蔵、気勢を削いで。音と光の順で、奴らの感覚を潰すのよ」

「了解」

 重甲を完了させていた乱蔵は、インプットマグナムにコードを打ち込む。

 乱蔵の視界の中で走査の光が森の奥へと走る。

「アマデウス殿は目と耳を塞いで下さい。まともに聞いてしまえば、ダメージは免れないかと」

 トリガーが引かれ、銃口より指向性を持った音が放たれる。高音が狼の耳を潰す。矢継ぎ早に放たれる、夜の森を照らすほどの光が目を潰す。

 五感の内の視覚と聴覚を潰されれば、最早烏合の衆。乱蔵を先頭に、マシュとジャンヌが切り込み、蹂躙した。

「お代わりが来たぞ!」

 アマデウスの声。

 木々の間を縫うワイバーンの姿。こちらを視認した途端、翼を折りたたみ、超低空飛行へ。

 地面に向けて炎を吐き散らかす。爆撃された様に火が一直線に連なる。あっと言う間に夜の森が、赤く彩られた。

 間一髪大木の裏に身を隠す事でやり過ごした3人。

「マシュ殿、ジャンヌ殿! ご無事で?!」

「私達は大丈夫です。所長達は?!」

「熱いとブーたれる声が聞こえているので、大丈夫かと。……こうも狭い所であれだけの速度で飛び回られると厄介だな」

 木越しに走査。所詮はデカい爬虫類。あまり頭は良くないのか乱蔵達を見失い、辺りを何度も旋回している。

「乱蔵。もしあの竜を落とせたら、貴方なら確実にトドメを刺せますか?」

「無論」

「分かりました。マシュ、協力して下さい。わたし達で落とします」

「了解です。指示を下さい」

「ええ。勇敢に、厳格に、懸命に行きましょう」

 ジャンヌの指示は作戦とも言えない、至極シンプルなものだった。マシュの盾で炎を凌ぎ、ワイバーンが直上を通り過ぎる瞬間を狙い、盾に身を隠していたジャンヌが翼を突く。それだけだ。

 しくじれば何度も攻撃に晒されるぞ、などとは言わない。故に一言。

「武運を」

 躍り出る2人をすぐさま見付けるワイバーン。馬鹿の一つ覚えに、攻撃態勢へと移る。

 羽ばたきが炎を散らす。

 焼け焦げた地を這うように、殺意を高め飛ぶ。

 マシュは自分の動悸と鼓動が激しくなっている事に気付く。盾を持つ手が、震えている。

 彼女は自分でも気付かぬ内に、乱蔵に後ろめたさを感じていた。サーヴァントでなく、正規の訓練を受けた兵士でもない。それでも誰よりも前に出て戦い、傷付いていた。自分がもっと強ければ。もっと力を使いこなせていれば。

「マシュ」

 マシュの肩にジャンヌがそっと手を乗せた。仄かに体が跳ねる。

「その意思があれば、貴方は必ず強くなれる。その意思を正しく(・・・)持ち続ける事が大事なのです。だから貴方ならば、必ず強くなれる」

 誰かのためにと思い続けられるのならば、人は強くなれる。そしてそこに限界はないのだ。

「はい!」

 炎が盾を焼く。しかしその熱はジャンヌは疎か、マシュには伝わらない。

「やあ!」

 直上を通り過ぎる瞬間、穂先が翼を突き破り、そのまま引き千切った。欠けた翼では巨体を支える事も、大量の炎による乱れた気流を乗り切る事も出来ない。ワイバーンは自身が作り出した炎の滑走路に墜落した。

「スティンガーブレード!」

 スティンガーブレードとはアーマーの背面に翳した右手に電送される、前腕部を覆う甲虫を模したガントレットと、高速回転する両刃剣型のアタッチメントを持つ専用の近接武器である。

 墜落の衝撃から立ち直り、再び攻撃に移ろうとしていたワイバーンを、乱蔵が上方から奇襲。振り下ろされたスティンガーブレードが、骨肉を容易く斬り落とす。

 吹き出した血が炎を消していく。

 あと1体。しかしその様を見て学習したのか、より低く、より速く。炎ではなく、その速度と質量を以って粉砕を目論む。

「止めます!」

「任せますぞ!」

 盾の下端を地面に打ち付け、前傾に。脚を大きく開き、息を止めた。衝撃。しかしエクスカリバーを凌いだ彼女に、止められぬ道理はない。

 逆にワイバーンは大ダメージを受けていた。頭蓋骨が砕け、頚椎には致命的な損傷が生じている。最早動く事さえ叶わない。

 しかしそれを知る由の無いジャンヌと乱蔵は、止まった瞬間に躍り出、翼を破壊。地に伏せた所を、マシュが盾の下端を首を叩き付け、押し潰す。

「皆、無事?!」

 オルガマリー達が駆け寄る。

「全員無傷です」

「良かった。すぐにサーヴァントが来るわ」

 足音が1つ。

「……こんにちわ、皆さま。寂しい夜ね」

 本物の(・・・)聖女と呼ばれたサーヴァント。巨大な十字架を携えた、推定ランサーのサーヴァント。

「狂化を施されているようには見えないわね」

 オルガマリーがそっと耳打ちする。

「必死に抑えてるのよ。だから味方にはなれないわ。少しでも気を抜けば背中を撃ちかねない味方なんて欲しくないでしょう?」

 耳聡いサーヴァント相手には無意味であったが。

「ならば何故出て来たのです」

「どちらが正しいのかなんて一目瞭然。だから貴方達が、究極の竜種に騎乗する魔女を倒せるのかを、私自身を使い確かめさせて——」

 サーヴァントが顔を逸らす。数センチ横を抜けたビームが木に穴を開けた。続けざまに放たれるビームを、曲芸師のような動きで全て回避。着地と同時に背後目掛け、振り向きの勢いを乗せ十字架を振るった。スティンガーブレードの斬撃を防ぐ。

 中腰と言う半端な体勢でも押し切れぬ事に、乱蔵は舌打ちする。

「話の途中で攻撃とはね。昼間も思ったけど、いい度胸してるわ」

「去就と目的が明確になったのなら、話を聞く道理はなし。速やかに排除すべし」

「確かに、ね!」

 敢えて背中から倒れ込み、変則的な巴投げで乱蔵を蹴り飛ばす。

 ネックスプリングで立ち上がるサーヴァント。空中で体を捻り、難なく着地する乱蔵。

 乱蔵が走る。サーヴァントが身を翻そうとする。十字架を握る手の位置からリーチを把握し、間合いを調整。外した所を攻め込む算段。

「シッ!」

 振るわれた十字架が伸びた。彼が予測を違えたのではない。振るいながら握力に緩急を付け、リーチを伸ばしたのだ。一歩間違えればすっぽ抜ける高度な技術。

 驚愕しつつも、寸での所でブレードを翳し防ぐ。穂先がブレードの表面を撫でていく。

 眼前で散る火花の向こうで、サーヴァントと目が合う。

 左手に持つインプットマグナムを構え、撃とうとした瞬間、斬撃を外した勢いを使い放たれた後ろ周り蹴りが手を直撃。マグナムが手を離れてしまう。

 回転は止まらない。2度目の斬撃。乱蔵は強烈な蹴りを喰らい、体が流れていた。

 ——躱せない!

「やらせません!」

 差し込まれた盾により、勢いづく前に止められる。

 ジャンヌの突きを、サーヴァントは十字架を手放し、バック転で回避。振り上げた足で牽制すると同時に、着地地点目掛けて十字架を蹴り上げる。

 その隙にマグナムを回収。内腿で挟み、コードを入力。

「目を潰します」

 ——あの光か!

 サーヴァントは一度それを喰らっている。それに加え、聞こえぬようにと小声で味方に伝えた事がその判断をより確固たるものにした。だからそれが放たれる前に顔を背け、身を屈め、腕で顔を覆い隠した。

 下肢を凍結され、騙された事に気付く。

 入力されたコードは010。冷凍モードだ。

「上下の挟撃を!」

 屈んだ状態での凍結。可動範囲を大きく狭めた最善と言っていい状況だ。双方への迎撃は不可。

 ——勝てる!

 それを油断や慢心と責めるのは酷であろう。偏にサーヴァント戦の経験不足から来る思い込み。

 全てのサーヴァントが持つ必殺の一撃。逆転の一手。

「タラスク!」

 横合いからの凄まじきプレッシャー。木々をへし折り、それは乱蔵達を襲った。

 マシュは辛うじて盾を翳す事が出来た。しかし直撃を免れただけ。俄か(・・)準備さえ出来ぬ状態で受け止めきれる訳がない。ジャンヌ諸共地面を数度バウンドする程の勢いで吹き飛ばされる。

 息が出来ぬ程の痛みがマシュの全身を襲う。身を強張らせ、喘ぐ。

 一方でジャンヌは意図せずマシュをクッションにした事で、そこまでのダメージを受けていなかった。

「マシュ! しっかり!」

「だ、大丈夫です。痛、みは、ありま、すが、重大、な、傷はあり、ません」

 息を絶え絶えにしながらも、何とかジャンヌの手を借り立ち上がる。

『敵サーヴァントの真名が分かった! 彼女はマルタ。リヴァイアサンの子を調伏した聖女マルタだ。そしてあそこにいるのがその竜、タラスクだ』

 マルタは凍結された箇所の破壊に手間取り、動けずにいた。

「乱蔵さんは?」

 少し離れた木の根元に倒れている。身動ぎしているのが見える。駆け寄ろうとする前に、オルガマリー達が尋常ならざる様子で駆け寄っていた。

「乱蔵さんの様子は?」

「呼吸音がおかしいな。水の音が混じってる」

『何だって?! 早くそのスーツを脱がせるんだ! 肋骨が肺に刺さってるんだ』

 ロマニの声が聞こえていたのか、アーマーがビーコマンダーに収納された。

「乱蔵!」

 口元は血に汚れ、流血が続いている。

『今すぐ手術をしないと! ドクターはどこに?!』

「……は……やく、にげ、ブハッ!」

 吐き出された血が、オルガマリーの手を汚す。

「チェックメイトかしらね」

 氷を砕き、自由になったマルタがタラスクを従え立っていた。

 マシュとジャンヌが立ち塞がる。

「……私の宝具なら彼を助けられるわ。だから、2人で私達を守って下さいな」

「必ず守り抜きます!」

「だから彼をお願いしますね、マリー」

「ええ。では少し彼をお借りするわね」

 自身の膝の上に乱蔵の頭を乗せる。

「いきますわよ、百合の王冠に(ギロチン)栄光あれ(ブレイカー)!」

 ガラスの結晶が水晶のように析出し、2人を覆い隠していく。

 外界と隔絶した訳ではないのに、そこは静寂に包まれていた。マリーの手が乱蔵の頬を撫でる。労わるように。慈しむように。

 心地良さを感じながらも、手袋と膝が汚れてしまう、と自身の惨状とかけ離れた事を考えていた。

「優しいのね。でもその優しさを自分にも向けてあげないと。貴方が死んでしまったら、マリーもマシュもとても、とても哀しむわ。私がマリーの友達になれても、貴方の代わりにはなれないもの。貴方を失った悲しみは、私では埋められないのよ。だからね? 死んででも、何て考えてはダメよ?」

 

 

 

「あの男が要だと分かっているのに、易々と休憩させると思う?」

 言葉と共に僅かに身を屈め、タラスクを飛び越す程の後方回転を伴い跳躍。

「来ます!」

「ジャンヌさん、合わせて下さい!」

「これは僕も頑張らないとマズイかな?!」

 背中に付かんばかりにまで振り上げられた足。剥き出しになった食い縛る歯。吊り上がった眉。見開かれた目。必殺の意思を露わにした、彼女の本性。

愛知らぬ哀しき竜(タラスク)!」

 蹴り付けられたタラスクが、甲羅の棘を逆立て、巨大過ぎる質量兵器となり3人を襲う。

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!」

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 

仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!」

 

 音に削られた竜が、旗に鼓舞された鉄壁と激突。

 夜が光る。

 散らされて尚減退しない炎が木々を焼き、衝撃波が地を抉る。

 盾の向こうに感じる圧倒的な質量に、マシュは恐怖する。

 偉大な英霊に比べて自分は何と卑弱なのだろう。強さの寄る辺となる生涯はなく、技術も拙く、宝具さえ扱いきれない。自分には乱蔵のようにあれだけの人数を相手に立ち回る事などできない。

 ——それでも。それでも!

「やあああああああ!!」

 立ち向かわなければならないのだ。オルガマリーのために。乱蔵のために。ダヴィンチのために。ロマニのために。自分を支えてくれる人達のために。

 そして何より自分のために。立ち向かい、勝たなければならないのだ。

 マシュの咆哮に呼応するように、盾が強く輝く。

 足が地を踏み砕く。

 押し出された盾が、タラスクを跳ね返す。エネルギーを全て返されたように、遥か彼方へと姿を消した。

 しかしその代償は大きい。現界できるギリギリまで魔力を使ったジャンヌとアマデウスは、既に立つ事さえ儘ならなくなり、威力の全てを受け止めたマシュもまた、盾の保持さえ不可能になるほど消耗していた。

 ジャンヌの前にマルタが現れた時、彼女にできる事は何もなかった。神に祈る事さえ間に合わない。十字架が振るわれ、彼女の髪を揺らす。

「は?」

 この距離で外すなどあり得ない。僅かな間混乱に支配され、すぐにその答えに気付く。

 コード967を入力されたインプットマグナムより放たれた反重力ビームを照射されたマルタは、風船よりも軽やかに浮遊していた。

 完全な理外からの攻撃は、彼女に致命的な隙を作らせた。

 腰だめに構えられたスティンガーブレードが、腹部を貫く。僅かに視線を落とし、血を吐きながら言った。

「お見事です」




俺もマリーに膝枕されてぇなぁ。


批評・感想よろしくお願いします!


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その十

あけましておめでとう!(大遅刻)


 インセクトアーマーが光となり消える。タラスクの突撃を受けたアーマーは、すでに限界ギリギリのダメージを受けていた。接触さえも耐えきれぬほどに。

 その有り様を共有するように、乱蔵もまたギリギリだった。マリーの魔力の温存と戦線への即時復帰のため、治療したのは肺と肋骨のみ。オルレアンより酷使し続けた彼の体は、ここに至り立っている事さえ儘ならなくなっていた。

 意思とは無関係に崩れる膝。それを支えたのは、致命傷を負ったマルタだった。

「これじゃどちらが勝ったのやら」

「忝ない」

「止めてもらったお礼としちゃ足りないと思うけど。胸でも触る?」

「英霊とは言え貴女も婦女子。破廉恥はいけません!」

「あはははいたたたっ」

 痛みと共に消滅を待つだけのマルタであったが、穏やかな心持ちであった。それと同時に、共に歩めない事を悔やむ気持ちもあった。特に人として当たり前の感情と、他人(ひと)を思いやれる優しさを持ちながら、つまり痛みと恐怖に震えながら躊躇なく死へと突き進めてしまうこの青年の事が非常に心配であった。

 だから釘を刺しておこう。

「もう動けないから誰か来てくれないかしら」

「私が」

 万が一の事を警戒し、ジャンヌが向かう。

 満足に腕を差し出せぬ程疲弊した乱蔵の姿を見て、彼女は心を痛める。

「そうそう。1つ言っておく事があるわ。彼、左腕も折れてるから」

「え?」

 まさにその腕を取ろうとしていたジャンヌは、思わず硬直。本人に問い質そうと視線を向けると、痛みでも顔色を変えなかった乱蔵が青い表情で視線を逸らしていた。重大な隠し事がバレた子供そのものの仕草に、どうしてか笑みが零れた。

 言うべき事は沢山あるが、怒髪天を突く2人が背後に控えているのだから、とやかく言わずにいてもいいだろう。若干の同情を抱きながら、無事な方の手を取り支える。

「最後に1つ教えておくわ。竜の魔女が駆る竜に、貴女達では絶対勝てない。だからリヨンに行きなさい。かつてリヨンと呼ばれた街に。竜を倒せるのは、(ドラゴン)殺し(スレイヤー)。……手札の多い彼ならもしかしたら、てのはあるけど。それと彼を殺したくないならしっかりと手綱を握っておきなさい」

「……ありがとうございます、聖女マルタ。貴女に会え、言葉を交わせ、光栄でした」

「頑張りなさい、後輩」

 光となりマルタは消えた。残光を少しでも目に焼き付けようと、しばしそこで瞑目し佇む。

 マスターに縛られた身でありながら、それに抗う気高き精神。いくら聖女と崇められようと、それだけのモノを持てるとは、彼女自身到底思えなかった。

「……」

 それでもそれを求められ、後輩と後押しもされた。ならば少しでもそうあれる(・・・・・)ように振る舞おう。自分の存在が誰かの心を奮い立たせられるならば。

 差し当たっては、三者三様の説教をされ、萎びている乱蔵に助け舟を出すとしよう。

 

 

 

「結論から言うと、リヨンはすでに滅ぼされているわ。今では化け物が跋扈する地獄と化しているわ」

 リヨンの最寄の街で情報収集を試みていたマリーが言った。

「聖女マルタ様の言っていたかつて、と言う言葉はそう言う意味だったのですね」

「じゃあそこにいたかもしれないサーヴァントはもう……」

 意気消沈するオルガマリーの頬を、マリーがそっと両手で包む。

「マリーはせっかちさんね。リヨンには今も(・・)化け物が跋扈しているの。それはつまり、そのサーヴァントを倒しきれなかったからじゃないかしら?」

 マリーの推論に喜色を露わにするオルガマリー。不謹慎だがコロコロと変わる彼女の表情を見るのが、マリーは好きだった。

「それともう1つ。シャルル7世が討たれ混乱していた兵士を纏め上げたのは、ジル・ド・レェ元帥だそうよ」

「ジルが……!」

 思わぬ人物の名前に、ジャンヌは目を剥く。

 心情的に言えば会いたかった。しかし時間の猶予がない今、戦力的に役に立つか疑わしい集団との合流にメリットはない。加えて、竜の魔女として周知された自分が姿を表せばいらぬ混乱を招き、こちらの勢力そのものも敵対視されかねない。

「合流はしない方がよろしいかと。乱蔵やマシュには負担を強いてしまいますが、彼らと合流してしまうと、余計に負担が増えてしまいます」

 少なくともマシュは犠牲になる兵士を見捨てて戦う事はできないだろう。しかし彼女は大勢を守って戦えるほど強くはない。ならば現状のままで行くしかないのだ。

「雑魚でしたらそこまで問題はないかと! しかしもしサーヴァントがいるのなら、何かしらの作戦を立てなければ難しいです!」

 少し離れたマリーの馬車より乱蔵の声が響く。流れで話が始まっていたが、肝心要の彼を放置して進める事はできない、と皆が集まる。

「……何をしているのかしら、マシュ?」

「はい。枕が欲しいと仰ったので、わたしの太ももをお貸ししています」

 回復させるため、と言う名目で(本当はお冠だった3人の溜飲を下すため)紐により雁字搦めにされた乱蔵が、監視のために残ったマシュに膝枕をされていた。

「……そう。寝心地はどうしから乱蔵?」

「丁度よい高さですな。ところでリヨンに着く前には縄を解いて欲しいのですが」

「分かってるわよ。でももし道中に出て来ても、マシュやジャンヌに任せるように」

 これからの特異点の事を考えると非常に頭の痛い問題であった。現地の野良サーヴァントを組み込んだ指針など取れる訳がなく、乱蔵頼みしかできない。現時点でも乱蔵への負担は高く、依存と言っても良い状況となっている。

 令呪が無ければサーヴァントを御する事はできない。しかしそれに甘んじてる訳には行かない。

「……」

 考えるだけでも恐ろしいが、自身への人体実験も視野に入れて令呪を無理にでも宿す方法や、代替の手段を開発しなければならない。絶対に反対されるが説き伏せなければ、乱蔵が何れ死んでしまうかもしれない。それだけは絶対にさせてはいけない。

 

 

 

 既に炎は消え、焦げた匂いだけが漂っていた。見慣れる事のない凄惨な光景。ここでどれほどの悲鳴が上がったのか。

「ダメです所長。通信状況が悪く、全く繋がりません」

「要改善ね。でなければロマンがただの穀潰しになってしまうわ」

「この街も広いです。そうでなくとも、この惨状。手分けをしなければ、相当な時間が掛かります。どのように組み分けを?」

 ジャンヌに問われ、オルガマリーは思案する。人数で別れば良いと言う話ではない。各々の総合的な能力を踏まえた構成にしなければならない。

「マリー、アマデウス、乱蔵は西側を。残りで東側の探索を。刻限は30分」

「分かったわ。じゃあどっちが先に見付けるか競争ね。最初に見付けた人にはベーゼを上げるわ!」

「なっ……。さ、先走らないでよね乱蔵!」

「何も言ってないのですが……」

 そう言って走っていくオルガマリー。体力が低い上に足場も悪い場所でそんなに走らない方が、とハラハラと見送る乱蔵。

「……では我々も行きましょう。蒸着!」

「まあ! 乱蔵は色々な鎧を持ってるのね! キラキラしてて綺麗ね!」

「それを綺麗と言えるのは、恐らく君だけだろうねマリー」

 さもありん。乱蔵は静かに頷いた。

 

 

 

 行けども行けども、見えるのは瓦礫。かつての生活を思わせる物は何もなく、辟易とする光景であった。

「マリーさん殿。所長殿の件、ありがとうございます」

 前を見据えたまま、乱蔵が口を開いた。

「あら? 何かお礼を言われる様な事したかしら?」

「所長殿は今は少し落ち着いてますが、自身を取り巻く環境から非常に追い詰められ、それを隠すためにハリネズミみたいに寄らば刺す状態でした」

「貴方の事は信頼しているようだったけど」

「自覚はあります。でも所詮は『職場の尊敬すべき上司』と『忠実な部下』の域は出ていません。だから貴女は所長殿にとって初めての対等な関係を築けた人物なのです」

 乱蔵が思い浮かべるオルガマリーは、沈憂で悲痛な表情だけだ。職務から離れた会話をした事はなく、精々その中で一言二言労いの言葉を掛けるぐらい。

 そんな彼女がマリーと愛称で呼び合い、恋バナをしたと言うのだ。喜怒哀楽を見せてくれたのだ。それが乱蔵には嬉しかった。

「だからありがとうございます」

 足音が止まる。何事かと振り返ると、マリーは俯きフルフルと震えていた。何事かとアマデウスに視線をやると、大仰に肩を竦めていてた。

「——素敵。とっても素敵だわ! 貴方達はお互いを凄く尊重してる。より良き未来を隣人のために望める。そのために一生懸命になれる。でもね」

 マリーは一瞬、アマデウスに視線を向けた。

「でも、それは言葉にしなければ伝わらないの。言葉にしなくて伝わる思いもあるけど、伝わらない思いもあるの。それでもしすれ違ってしまったら、とても悲しいわ。だから言葉にしてあげて」

 乱蔵とアマデウスが同時に動き、マリーを中心に前後を挟む。

「死体を動かしてるのか。不愉快な音だ。あっちでも戦闘が始まったみたいだ」

「敵サーヴァントは?」

「……少し離れた所から悠々と歩いてるのがいるな。彼女達の方に近い。早めに合流した方が良さそうだ」

 乱蔵は憤慨していた。生存の権利を奪い、剰え遺体を辱めるその鬼畜さに。そして足止めではなく、ハラスメントを目的としたその悪辣さに。

 助ける術はない。故に惑ってはならない。例えそれが自己満足だとしても、彼等を一刻も早く解放せねばならない。

 ブレードを正眼に構える。

「お2人は先に合流を。こちらも直ぐに追い付きます」

「行こうマリー。彼なら僕らがいない方が早く片付けられる」

 正しく意図を汲んでくれたアマデウスに胸中で感謝を伝える。

「分かったわ。あまり遅いと心配するからね?」

 気安く投げキッスをする王妃に、天然の恐ろしさを味わう。

「そうだ、アマデウス殿。ご確認したい事が」

 

 

「安らぎ……安らぎを望むか。それは、あまりに愚かな言動だ。彼らの魂に安らぎはなく。我らサーヴァントに確実性は存在しない。この世界はとうの昔に凍り付いている……」

 髑髏の仮面を付けたサーヴァントが歌のように言葉を紡ぐ。

 煙に巻こうとしているのか、会話をする気がないのか、言葉の意味を解する事が出来ない。

「何だコイツ。紳士ぶった態度でやってる事はただの自慰行為か。メロディーが可哀想じゃないか」

 アマデウスの明け透けな物言いに赤面する3人。仕切り直すように咳払いしたジャンヌが髑髏の仮面に問う。

「貴方がこの惨状を起こしたのですか?」

「然様。オペラ座の怪 人(ファントム・ジ・オペラ)。人々は私をそう呼ぶ。——ここは死者が肉体を持ち彷徨う地獄の只中。さあ、どうする?」

 答えの分かり切った問い。死者を弄ぶ鬼畜の所業を許せぬと、ジャンヌが声を上げる——

「戦い『死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 前に有無を言わせぬアマデウスの先制攻撃。まるでジャンヌらの思いを代弁するように、その顔は義憤に満ちていた。

 彼がそんなまともな人格の持ち主でない事は、付き合いが浅くとも分かる。一体全体何事かと、敵の前だと言うのに彼に視線が集中した。

「前を向いておくんだジャンヌ。奴は必ず怯む。その隙を逃さないでくれよ」

 最大の戦力である乱蔵を待たずに仕掛け、何故言い切れるのか。その確証の有無は兎も角、視線を外している場合ではない事は確かである。得物を握り締め、構える。

「愚か。私の歌は音にあらず。その騒音では何も妨げやしない。地獄にこそ響け(クリスティーヌ)——」

 突如オペラの体が大きく揺らぎ、脇より血と共に飛び出した何かが地面を穿つ。宝具の名は紡がれず、血が吐き出された。

——虚言ではなかった!

 違わずに訪れた必殺の瞬間を、逃すまいとジャンヌは全力にて駆け出す。膝より崩れ落ちゆくその胴に、穂先を叩き込む。皮肉を裂き、骨を砕き、そこで止まる。オペラの手が止めていた。

 しかし彼女に焦りはない。

「押します!」

 巨大な盾を構え走るマシュ。その意図は、敵にも味方にも正しく伝わった。

 離脱を試みようとするが、ジャンヌの手が肩を掴んでいた。瀕死のオペラにさえ振り解けるほどの弱さ。しかしその僅かな間で十分であった。

 盾を叩き付けられた旗がオペラを貫く。

 力の抜けた手が地面に落ちると同時に、消滅が始まる。

 深く息を吐く。

「ありがとうございます、マシュ」

「いえ、ジャンヌさんが飛び出してくれたからこそです」

「私こそ、アマデウスの指示があったからこそ飛び出せたのです」

「まあ! アマデウスったらいつの間にそんな事が分かるようになったの?」

「残念ながら立役者は僕じゃない。そこの彼さ」

 皆が皆手柄を譲り合い、その始発点にされたのは、G3を着込んだ乱蔵であった。

「僕にだけ聞こえる音量で言ったのさ。僕の宝具で音を誤魔化して狙撃するからその隙を突いてくれってね」

「よくやったわ、乱蔵。誰も怪我なく切り抜けられたのは、とても大きいわ。マシュ、一応通信を試みてくれない? サーヴァントを退けた事だし。もしかしたら繋がるかもしれないわ」

「分かりま——」

『皆、今すぐ撤退するんだ! サーヴァント以上の超極大生体反応とサーヴァントが三騎向かって来てる!』

 一難去ってやって来たのは多難だった。




時間が取れるようになったので、何とか隔週投稿はしたいと思います。
4話ストックがあるので、順次投稿してきます。
感想・批評お待ちしてます。


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その十一

ストックその2
感想・批評よろしくお願いします。


「龍殺しを探し出すわ! ロマン! 今すぐ居場所を探し出して! マリーは馬車を用意して、回収したらすぐに逃げられるようにしておいて」

 僅かな逡巡さえ許されぬ程に切迫した状況の中、オルガマリーは決断を下した。

 しかし口にした途端、ここにいる全員の命を無断でベットしたのだと言う事実が重くのし掛かった。分かって決断したはずなのに、胃液が込み上げて来た。吐き出す事だけは堪えたが、今にも倒れてしまいそうだった。視界が滲む。

「大丈夫よマリー。今貴女は選択させられたのではなく、選択したのよ。その勇気を踏み躙る人はここにはいないわ。だから胸を張りなさいな。ね?」

 手を取り、眼を見て言う。貴女は凄いのだ、と。皆が首肯いている。

 震えが止まった訳ではなく、不安が解消された訳でもない。それでも皆が信じてくれている、自分の事を信じようと思えた。

「ロマン! 居場所は分かったの?」

『小さな反応を見付けた! ナビゲートする』

「分かったわ。皆行くわよ。……ありがとうマリー」

「ふふふ。どういたしまして」

 

 

 

 廃城の廊下に凭れ掛かるサーヴァントを見た時、乱蔵は彼が本当に竜殺し(ドラゴンスレイヤー)なのかを疑ってしまった。しかしそれを無礼と言うには、彼はあまりに弱り過ぎていた。

 深い傷があるのは見て取れた。しかしその傷がこれだけの繊弱さを引き起こしたとは考えられなかった。

 立位を保持できず、立ち上がる事さえ剣を杖代わりにしなければ儘ならない。射殺さんとするその眼差しだけが、唯一彼を英雄たらしめてた。

「次から次へと……!」

 一行を視認し即座に臨戦態勢を取ろうとするサーヴァントに、オルガマリーが待ったを掛けた。

「ま、待ちなさい! こちらは敵ではないわ! 貴方の力を貸して欲しいの!」

「何……?」

「本当は時間を掛けて説明したいけど、今まさに竜とサーヴァントがやって来てるの! だから一緒に着いてきて!」

 竜と言う単語で1人何かを得心した様子を見せるサーヴァント。

「分かった。君達に着いていこう」

「!! ありがとう! これを呑み込めば魔力が回復するわ。マシュ、彼を手伝って」

オルガマリーの血液により造られた魔力ドロップは既に残り少なくなっていた。取り敢えず問題なく行動できるよう分割したものを手渡した。

「分かりました。お手を拝借します」

「すまない、頼む……」

 後はこの町を脱出するだけ。しかしそう都合良く事は進まない。既に視認出来る距離にまで、その竜は接近していた。

 その竜を見た瞬間、オルガマリーは全身から力が抜けるような錯覚に襲われた。絶望が形を成したモノ。彼女にはそう見えていた。

 崩れ落ちそうになる彼女を乱蔵が支える。

 視線の先にいるのは竜ではなく、竜の頭部と言う玉座にいるジャンヌ・オルタ。

「何を懸命に探してるのかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか。良いでしょう、諸共滅びなさい。特に偽物(ワタシ)お前(乱蔵)は念入りに焼いてやるわ!」

 名指しを受けたジャンヌと乱蔵。先の時間稼ぎの執拗な攻撃が原因だろう。憎悪を原動力としているサーヴァントのターゲットになっている事に顔が引き攣る。

「焼き尽くせファブニール!」

 充填された炎が口内より溢れ出る。それだけでも熱を感じる事に、戦慄を隠せなかった。

「やらせるものか、邪竜」

何も気負わぬ声。だがたったそれだけの言葉が、炎を散らした。

 皆を守るように進み出たその姿に、ファブニールをも凌駕する巨躯を見た。今になって分かる。矮小だと感じた己の未熟さを。ここにいるのは類稀なる大英雄だ。

「何度蘇ろうと、その悉くに喰らわせるまで!」

「ファブニールが怯えている……。まさか?!」

 竜殺しが鋒を差し向け、吼えた。

「蒼天に聞け!我が真名はジークフリート!汝をかつて打ち倒した者なり!」

 溢れ出る魔力が視覚化され紫電となり迸る。白髪が逆立ち、瓦礫が宙を舞う。

「宝具解放! 幻想大剣天魔失墜(バルムンク)!」

 圧倒的な光が疾った。幻想的でありながら暴力的な光。逃げたいと言う恐怖とその光に身を委ねてしまいたいと言う安寧感。全てを包み、全てを破壊する極光。守られる立場になって初めて分かる、その威光。

——これが英霊……!

 魔力の光に包まれ朧げにしか見えないその背を、乱蔵は己の眼に焼き付けようとしていた。

光が収まった時、ファブニールの姿はなかった。一瞬喜色に支配されるが、崩れ落ちたジークフリートに安堵の色がない事に気付く。

「……はあ、はあ、はあ。すまないが、これで限界だ。今のうちにどうにか逃げてくれ」

 そのまま倒れ込みそうになるジークフリートを慌てて支える。

「皆、今の内に離脱するわ!ジークフリートは馬車に入れて!乱蔵とマシュは悪いけど屋根に乗って警戒してちょうだい」

「了解!ジークフリート殿、失礼します!」

 ガラスの馬車にジークフリートをやや乱雑に投げ込み、すぐに屋根に飛び乗る。マシュを引き上げ、全員が乗った事を確認し、車体を叩く。それを合図に馬車は全速にて離脱を開始した。ひしひしと迫り来る殺気を感じながら。

 

 

 

 

 定員オーバーとなっている馬車の速度は明らかに遅かった。しかも問題はそれだけではない。

「ごめんなさい、もう魔力が限界……!」

 息の荒くなったマリーが告げる。アマデウスの咄嗟の判断による急停車とほぼ同時に消滅。

 宝具の展開が出来なくなったと言う事は即ち、魔力が限界になりつつあると言う事。マスターを持たぬ身である彼女らは、戦えば戦うほどに、文字通り身を削る事になるのだ。

「マリー!これを飲んで!」

 酷く狼狽したオルガマリーが、分割した魔力ドロップを手渡す。嚥下し、荒くなっていた息がどうにか治る。

「ありがどう、マリー。助かったわ。でも、それの数が……」

 オルガマリーの血液を原料とするドロップは、どうしても製造できる数に限りが出てしまう。宝具を使えばほぼ間違いなく、1個は消費する事になる。宝具の使用を躊躇っていられるほど緩い戦いでもなく、また戦力を削る余裕もない。

「大丈夫よ。もしもの時は、私の血を直飲みしてもらうから」

「……凄い絵になりそうだね」

「否定は出来ません……」

 アマデウスは乱蔵にこそりと耳打ちする。彼女の発言から一瞬とは言えその場面を想像してしまった彼は、気不味そうに答えた。

『皆、早く移動するんだ!ファブニールは撤退したけど、サーヴァントはまだ追って来てる』

 ロマ二に強く促され、再び走り出す。しかし速度は雲泥の差である。今までのアドバンテージを考慮しても、逃げ切れるものではない。直に追い付かれる事を考慮し、乱蔵は自ら殿に付く。

「前方に何か……アレはフランス軍?!」

 ジャンヌの言葉に、乱蔵は胸中で毒付く。追撃を受けているこの状況で足を止める事は死を意味する。手助けするメリットは皆無である。皆無であるが、ジャンヌの意思を無視し、彼らを見捨ててしまえば間違いなく信頼関係に亀裂が生じる。しかしまともな戦力が実質乱蔵1人である以上、短期決着は不可能であり、最悪挟撃される事態もあり得る。

 曲がり形にも舞台を率いていたジャンヌも、その事態が起こり得る事に思い至っていた。この瞬間も、人も全て過去のものであり、修復が済めばこの時代と共に消滅する事も分かっていた。それでも、出来なかった。命の取捨選択が出来なかった。

 だから彼女が決断した。

「乱蔵! 彼らを助けて!」

「オルガマリーさん?!」

「勘違いしないでジャンヌ。彼らを見捨てられないのは、わたしだから」

 詭弁ではないか。そう言いそうになった。だが今やるべきは、自身の思いを汲み取った彼女を咎める事ではない。

「乱蔵。これは『死ね』って命令じゃないからね」

「分かっておりますとも!」

 フランス軍を逃す事だ!

「ジークフリート殿!お手伝い頂きたい!」

「承知した。十全には程遠い身だが、君の援護ぐらいはしてみせよう」

 アンタレスを装備。勢いよく振り下ろすと同時にワイヤーを伸長、1体のワイバーンの首に巻き付ける。当然暴れ、振り解こうとするが、魔力を全身に奔らせ渾身の力で踏ん張る。

「ジークフリート殿!」

「承知!」

 ジークフリートにユニットを託すと、何と乱蔵は、千切れんばかりに張られたワイヤーの上を走った。

「見事!」

 思わず感嘆の声を上げるジークフリート。並外れた技術と度胸がなければなし得ぬ絶技である。

 そのままワイバーンの胴体に取り付いた乱蔵は、他の個体をスコーピオンで狙い撃つ。ヘイトをこちらに集中させるためだ。無視出来ぬダメージを負ったワイバーンは狙い通り、乱蔵に狙いを付けた。奴らに同士討ちを躊躇する知能はない。一斉に業火が放たれる、よりも前に、足場のワイバーンが群れ目掛け突っ込み、激突。数体を道ずれに落下。

 既に2人の間に言葉は不要となっていた。優れた戦士である乱蔵の思考を、優れた戦士であるジークフリートは正確に読み取っていた。乱蔵が落とし、ジークフリートがトドメを刺す。

 最早機勢は決した。しかしそれを喜んでいる暇はない。ワイバーン八艘飛びの最中、G3のMDSSが遠方より接近する人影を捉えていた。彼我の距離は3km。数字だけ見ればまだ距離はあるが、サーヴァント基準で考えれば猶予は無いに等しい。

 眼下にはまだ兵士がいる。誘導に対する動きが想定以上に鈍い。舌打ちをしたくなった。

 ワイバーンの死骸に着地した乱蔵は、モタつく兵士達に向かって怒鳴り声を上げた。

「さっさと逃げろと言っている!死にたいのか!」

 スコーピオンを足元目掛け数発撃ち込む。耳にした事のない轟音と、地面を深く大きく抉り飛ばす何かに大いに慌てふためき、バタバタと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 咎める視線を無視し、移動を促そうとする。が、時すでに遅し。既に全員が視認できる距離にまで接近されていた。

 赤と黒が混じった悍ましいオーラを噴出させている全身甲冑のサーヴァントに、両肩に異様な装飾を付けた気怠げなサーヴァント。

 後者の男を認識したアマデウスが怒りの感情を露わにし、マリーが旧友に出会ったように親しげに語り掛ける。律儀なのか知能が足りないのか、気怠げなサーヴァントが話している間、全身甲冑のサーヴァントは動かなかった。

「アマデウス殿、前を向いたまま聞いてください」

 彼にだけ聞こえるよう囁くように語り掛ける。

「甲冑の方は、あの雰囲気から恐らく普通のバーサーカーだと思われます。強力な敵ではありますがそれだけです。宝具も直接的な武具でしょう。厄介なのはあちらの白髪の方です。マリー殿との会話から察するに奴はシャルル=アンリ・サンソンでしょう。ならばアサシンの可能性が一番高い。下手をすれば即死させられる可能性もあります。故に奴を先に潰します。だから貴方方にはあちらのバーサーカーを全力で止めて頂きたい」

 そのどちらの提案も、アマデウスに乱蔵の正気を疑わせるには十分なものであった。だが、最終的には乗ってやろうと思うぐらいには、彼の強さを信じていた。

「自分が飛び出したら足止めを願います」

 サラマンダーが唸りを上げ始める。そのタイミングを図るように、乱蔵の足がリズムを刻み出し、強く地面を踏みしめた。

「全員で鎧を先に潰すぞ!」

 再びアマデウスにより放たれる偽の嚆矢。デジャブを感じる言葉に、マシュらはそれが乱蔵への援護に繋がる事であると理解し、同時に動かない彼の姿から狙いがバーサーカーではない事にまで至る。

 故にマリーは動く。自己満足でしかない感情を押し殺し、仲間を、未来を救うために。当然、彼女への異常な執着を見せるサンソンは、視線を誘導される。彼女を自分以外に殺されてたまるか、と立ち塞がろうとする。

その瞬間を乱蔵は待っていた。十分な荷重移動が行われ、体勢を立て直すには時間を要するこの瞬間を。

「何っ?!」

 縮地と呼ばれる極短距離走法で瞬く間に接近。しかし未だ射程圏外であり、射程圏内である。

「死は明日への希望なり《ラモール・エスポワール》!」

それは問い掛ける宝具であった。人であるのならば避けられぬ絶対の「死」。

 そのギロチンは問うているのだ。誰もが無意識に理解し、しかし誰もが真の意味で理解していない、やがて訪れる「死」と言う宿命に耐えられるのかを。

 乱蔵の頭上に出現したギロチンが落とされ、そして砕けた。

 展開されたサラマンダーがサンソンの胸部に突き刺さり貫通。口と鼻から多量の血を流しながら、サンソンはどこか晴れやかな気持ちになっていた。

「世話を掛けたね。処刑人が虐殺なんて洒落にもならない。彼女にも謝っておいて欲しい」

「……とうに許しているでしょう。そんな事は、貴方の方がよく知っているでしょう」

「そう、かな……。そうだと嬉しいな」

どこか思い当たる事があったのか、安心した様にサンソンは消えた。



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その十二

ストックその3
感想・批評お待ちしてます。


「乱蔵!早くこっち来てくれ!」

 音楽家であるアマデウスは、前線で切った張ったなど英霊になってからは疎か、生前でさえ終ぞなかった。ついでに言えばやろうとも思わなかったし、できるとも思っていない。しかし戦況とマリーへの気遣いが噛み合った結果、バーサーカー相手に正面に立つ事になってしまった。

 しかもバーサーカーと相対しているパーティーはアマデウスを除いても、まともに戦えるのはマシュのみと言う有り様。1分と持たずに戦線は壊滅に瀕していた。だから彼は叫んだ。助けてくれと大声で叫んだ。

 GGー02〈サラマンダー〉より放たれたグレネード弾がバーサーカーに直撃。黒煙を纏いながら転がっていく。

「ご無事で!」

「こんなに肺と心臓を虐めたのは初めてだ」

 腰を下ろしたくなるほどに疲弊していた。

『皆、悪い知らせだ。ワイバーンとサーヴァントの追加だ。ただワイバーンはこちらには向かって来ていない』

であるならば奴らの向かう先は一つしかない。撤退途中のフランス軍だ。

「…………」

 誰も助けようと口にする事ができなかった。既に割けるリソースは底をついている。ここで全員でバーサーカーを退け、撤退しなければ全滅する。

 ——こうなる可能性は明確だったのに!自分が葛藤を見せてしまったせいだ……

 ジャンヌの心に自責の念が広がる。二兎を追わなければ、少なくとも自分達は撤退できていた。それがこの様だ。自らの命を賭けても尻拭いさえできない。唇から血が流れ出る。

「こうなっては食い破るしかありますまい」

 サラマンダーとスコーピオンに給弾しながら乱蔵が言う。自身の所業であるにも関わらず、どうやって、と叫びそうになる。そのジャンヌにスコーピオンが投げ渡される。慌てて得物を放り出し受け取る。

「それならサーヴァントも殺せます。先に戦った相手ならば、鎧は纏っていないはず。ならば殺せます」

 空いた腕にデストロイヤーを装備し、出力をMAXに。

「奴の相手は自分が1人でやります」

 ジャンヌよりも先にオルガマリーが叫ぶ。

「何言ってるの乱蔵!無茶よ!」

「分かっていますとも。だからそちらを早く片付けて助けて下さい」

 彼女の悲痛な叫びを、柳のごとく受け流す。

「その銃はこれを装備している内しか使えませんから。必ず自分が殺られる前に殺って下さい」

 そう言うと、既に起き上がっていたバーサーカー目掛け走り出す。

 制止しようとするジャンヌとオルガマリーを、ジークフリートが止める。

「足を引っ張っている身で烏滸がましいが、彼を助けるには言う通りにするしかない。一刻も早く敵を倒すのだ。それに彼は強い。それは君達がよく知っているだろう?」

 この刹那でさえ命取りになる。惑う暇はない。踵を返し走り出した。

 

 

 

 ワイバーンの群れに襲撃されたフランス軍は阿鼻叫喚となっていた。視界を埋める化け物に指揮官も兵卒も重篤な恐慌状態となり、抵抗も逃走もできずにいた。その最中、冷淡かつ喜色を含んだあまりに場違いな声が響く。

「食うにはまだ早いわ。直に戦局を鑑みれない竜の魔女がここに来る。その時に、奴らには無力さを、お前達には人間を存分に噛み締めてもらうわ」

 ——そしてその最後にあの男を殺す。

 カーミラは乱蔵への憎悪を募らせていた。奇妙な装備を身に付けていたとは言え、ただの人間を殺す事は疎か、手傷を負わす事さえできなかった。自らがサーヴァントであると言う事と、多勢と言う圧倒的なアドバンテージを持っていたにも拘らず、だ。自分でさえ目を覆いたくなる無様さ。いけ好かないマスターには口汚く罵倒され、反りの合わない吸血鬼には嘲笑された。そのどれもこれもが、あの男のせいなのだ。

 ——奴の仲間を1人ずつ徹底的に痛めつけてから殺す。その後で奴自身の四肢をもぎ、絶望と苦痛の中で殺す。

「ジークフリートとアマデウスはワイバーンを! マリーはフランス軍の誘導を! マシュとジャンヌはあのサーヴァントを!」

「了解しました、マスター(・・・)!」

 乱蔵がいない事に、カーミラは自覚しない安堵の溜息を吐いた。

 ——あの男がいなければどうとでもなる……

 カーミラは真っ直ぐに向かってくる2人を見て、考える。ジャンヌは言わずもがな。本来のスペックから大きく劣化した、障害とも言えぬ障害。もう1人の盾持ち。戦闘系でない以上に、経験不足が目立つ。先の戦いでの動きは只管受動的であった。能力は高いのかもしれないが、それを生かす経験値が圧倒的に不足しているのだ。

 ——であるならば、御しやすい!そしてマスターを捕らえる。

 自らの勝利を確信したカーミラは、歪な笑みを浮かべ走り出す。

 威迫的な装飾の施された杖を、上体の捻りによる勢いを付け横薙ぎに振るい、ジャンヌがそれを受け止める。拮抗状態を作れないジャンヌの有り様に、カーミラは益々笑みを深くする。

 踏ん張りきれずジャンヌは後退を余儀なくされる。草地を滑る。カーミラは追撃、ではなくマシュへとターゲットを変える。滑走からの突き。盾の曲面を巧みに使い威力を殺す。しかし反撃に移る事ができない。一端の武芸者から見れば拙くとも、マシュからすれば受けるだけで精一杯の連撃。その中の一発が縁ギリギリに当たる。盾を抜けかけた一撃に思わず、視界を塞ぐように構えてしまう。その瞬間、脇を抜かれる。

「マスター!」

 マシュの悲鳴を背に聞き、心地よさを味わいながらオルガマリーへと接近。マスターさえこの手中に収めれば、後は思うがまま。そう嗤った。

 マスターを狙う事は聖杯戦争に於いて定石の手段である。だからオルガマリーが無力なマスター《・・・・・・・》であると言う前提の元で動いたカーミラの戦術に落ち度はない。しかしその前提条件が間違っていればその戦術は根底から覆される。そう思考誘導したのはオルガマリー自身なのだが。

 視界に互いの顔しか映らなくなる程に接近した瞬間、強烈な爆発と共にカーミラは吹き飛ばされていた。

 何が起きたのか分からなかった。急速に離れていくオルガマリーを見て、「何故攻撃してもいないのに彼女は吹き飛んでいるのか」と状況が理解できない程に混乱していた。地面にぶつかり、胴体部分の触覚がごっそりと抜け落ちている事にも気付かなかった。空を仰ぎ見て漸く吹き飛ばされたのが自分なのだと気付く。そして腹部の激痛と共に大量の血を吐き出す。いつ攻撃を受けたのか、どれ程の傷なのか。彼女は混乱の極致にあった。傷の確認をしようとしても頭さえ上げる事ができない。震える手を伸ばし、触れて確認しようとしたが、どれだけ動かしても傷に触れられない。否、それどころではない。何故地面に手が落ちるのだ《・・・・・・・・・・・・》。血が止まらない。痛みが治まらない。

 霞む視界の中、誰かが何かを振り下ろそうとしている光景を見て、彼女は安堵した。

 

 

 

 

「所長!大丈夫ですか?!」

「肩が、すごく、痛い、んだけど。て言う、か、動かな、い」

 スコーピオンでさえ成人男性が撃っても反動で吹き飛ぶのだ。鍛えていない女性が撃てばどうなるかは、想像に難くない。彼女の肩は外れていた。今まで味わった事の無い痛みに、泣きが入る。

「い、痛い〜。らんぞう〜!」

「ら、乱蔵さんはまだ戦っている最中でして、えっと、さすればよろしいんでしょうか?!」

「触ってはダメです!」

 ジャンヌによるギリギリのインターセプト。

「服の上からですが、腫れもありません。恐らく脱臼したのかと。かなり痛いですが、戻します」

「……そ、れって、痛い?」

「大丈夫です!」

 答えになっていなかった。そして心構えをさせる暇を与えず、ガコンと言う音共に嵌め込まれる。一瞬の間を置いてやってきた激痛に、とうとう泣き出すオルガマリー。

「あ、ありが、と、う」

「どういたしまして」

 突然、内臓を震わせる轟音が響いた。その音にジャンヌが真っ先に反応した。

「この音は……!」

 救国の戦いの中で飽きる程に聞いた音。前線の兵士を鼓舞し、敵を怯ませる音。砲撃音。

 優秀な指揮官と、手練れの砲兵により一斉に放たれた砲弾がは、空を飛ぶワイバーンさえ撃ち落とす。

 全くの想定外の援軍が掲げし旗はフランス軍のもの。そして辣腕を振るう人物を、ジャンヌはよく知っていた。

「ジル……!」

 今すぐ話したかった。伝えたい事が沢山あった。謝りたかった。礼を言いたかった。

 その全てを抑え込み、視線を外した。

「あの様子ならば援護は不要でしょう。今すぐ乱蔵さんの援護を!」

 

 

 

 

 バーサーカーと言う存在を少し侮っていたのかもしれない、と乱蔵は自戒していた。マルタもサンソンも、無理矢理施された狂化により本来のクラスの特性も、バーサーカーとしての特性も発揮しきる事ができていなかった。故に理性を伴わない攻撃(・・・・・・・・・)がここまで苛烈で強力なものだと言う事を、この段階になって知る事になってしまった。真っ向から受ければアーマー諸共斬り裂いてしまう一撃必殺が連撃となり襲い来るのだ。

 肩部アーマーがひしゃげ、吹き飛んだ。

 何度も斬り結んだサラマンダーは亀裂が入っている。

 鋒が何度も掠め血に汚れたインナージャケット。

 打倒どころの話ではない。数度の斬り結びでそれを確信した乱蔵は、只管に時間稼ぎに徹していた。足を止めず、腕を止めず、思考を止めず戦い続けた。

 だが限界は訪れる。それは乱蔵の肉体ではない。

 頭部目掛け放たれた横薙ぎをサラマンダーで受け止めようとした瞬間、砕けた。その一撃が何故直撃しなかったのか、乱蔵自身にも分からなかった。バーサーカーの圧に負け体が引けていたのか、威力に恐れ頭部が逃げていたのか。何れにせよその一撃はMDSSを粉砕したが、左目の僅か数センチ下を斬り裂くに留まった。

 しかしそれは即死ではないと言うだけ。得物を破壊され致命的な隙を晒せば、2撃目を防ぐ事はできない。必死に思考し続けるが、武器同様限界を迎えていた肉体が動く事はなかった。

「やらせません!」

 マシュの突撃。面ではなく下端部による刺突は、バーサーカーを吹き飛ばすに十分な威力を持っていた。地面を数度跳ね、更に転がっていく。その隙を逃さず、ジャンヌがスコーピオンで狙い撃つ。比較的近距離とは言え、全発命中とはいかずとも確実にヒットさせる腕前を彼女は持っていた。

「私達で時間を稼ぎます。その間に治療を」

 十全には程遠い状態であるジャンヌが最前線に出張る事は難しく、彼女の援護を受けマシュが単独で戦うしかなかった。しかし防御に特化した彼女が倒す事もまた難しく、厳しい戦いを強いられていた。

「乱蔵! 大丈夫?!」

 オルガマリーの必死の呼び掛けに応える余裕さえなかった。震える腕で、完全に機能停止したヘルメットを強引に取り外す。血管の集中する箇所を斬られた事で夥しい量の血が流れていた。思わず絶句する。

 その様子を見て乱蔵は漸く口を開いた。

「そこそこ、深い、ですが、視力に影響はありません」

 どうにか体を起こし、全身のアーマーを取り外していく。礼装を解除するとスコーピオンを含む全ての装備が消滅するため、こうした方法でしか脱ぐ事ができなかった。

「今傷の治療をするから」

 顔に翳そうとする手をそっと止める。怪訝な顔をするオルガマリー。

 汗と混じり粘性を失った血液が、顎を伝いポタポタと滴り続ける。

「痛みがある方が意識を保ってられる故、治療は結構です」

 それはつまり、それほどギリギリの状態になっていると言う事。自分達に任せて下さいと言えない事に苛立ちを感じるジャンヌ。

 立ち上がった乱蔵は、眼前で腕を斜めに交差させながら息を深く吸いピタリと止める。腕を下ろしながら息をゆっくりと全て吐き出す。逆腹式呼吸方を用いた息吹。それを数度行い乱れた呼吸を整える。

 動悸はまだ治らないが、息切れは解消できた。手足に痺れは未だ残るが、動かす事に支障はない。そうだ判断した乱蔵は、新たな礼装を取り出す。G3は元より、ギャバンも耐久値に不安があるため、ここで最後の1枚を切る事を決めたのだ。

 カードが消え、乱蔵の両手首にブレスレットが装着された。左には金の装飾が施され、右には赤い石が収められている。

「超力変身!」

 左のスーツバックブレスと右のエネルギーブレスを十字にクロスさせる事で、バックブレスに圧縮内蔵されているOver tech Hard wareスーツが放出。ワイヤーフレーム状で装着され同時にスキャン。乱蔵専用にフィッティングされたスーツが形成。

 真紅のスーツに、星を象ったバイザー。その名を「オーレッド」。




クリスタルスカイは名曲!


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その十三

ストック終わり。何とか定期更新をしたい
感想・批評お待ちしてます。


 乱蔵は回想する。

 先の戦いに於いて、バーサーカーの圧倒的な力により殺害を早々に諦め時間稼ぎに徹していた。一流の技術を修めている自負があり、これまでの戦いからもそれは英霊相手にも十分通じると思っていた。それが井の中の蛙だと思い知らされた。理性を取っ払った、歴史に名を連ねる猛者を相手取るにはあまりに力不足であった。

 真面に受け止めれば骨が軋み血管は破れ、往なせば刃が削れた。その上往なしさえ完璧に行えず、刃を交える度にダメージが蓄積し最終的には破壊された。

 ——このサーヴァントには自分の技術は通じない……

 しかしそれは勝てぬ事と同義ではない。尋常の術が狂戦士に通じぬと言うのならば、同じにようになればいい(・・・・・・・・・・・)。技を捨て、恐れを捨て、己を殺意に染め上げる。然すれば必ずや届く。

「〈スターライザー〉!」

 バイザーにかざした手に収まる、鍔部分の赤い星のエンブレムが特徴的なサーベル。それを真っ直ぐに構え多段飛びで加速し、バーサーカーへと鋭い刺突を繰り出す。鎧を凹ませる程の威力に地を削りながら退がる。

「乱蔵さん!もう平気なの、わっ?!」

 質問に答えず、再び距離を詰める。バーサーカーは既に体勢を立て直し、迎撃の構えを見せている。互いの間合いに入った瞬間に振るわれた各々の得物は、その軌跡を交わせる事なく、両者の胴体を斬り裂く。反転した刃が体を捉え再び火花を散らせる。

 振り下ろしが互いの体から火花を散らせる。

 横薙ぎが互いの体から火花を散らせる。

 袈裟斬りが互いの体から火花を散らせる。

 晒されている箇所への攻撃から、まるで鏡写しのような動きになっていく。

 怯まず、惑わず。それは斬り結びではない。技術も駆け引きも防御も捨てた斬り合い。それはまるでバーサーカー同士の戦いを見ているようだった。

 肩口目掛け振り下ろされたスターライザーを、直撃と同時に握り込まれる。咄嗟に振り解こうとするが、引くも押すも叶わぬ握力。その僅かな隙をバーサーカーは見逃さない。吹き飛ばされそうな程の一撃が脇腹に叩き込まれる。口から飛び出し掛けた悲鳴を、歯が割れんばかりに食いしばり噛み潰す。

 スターライザーの奪還を諦め手放し、逆にバーサーカーの宝具を抑え込む。ホルスターから〈キングブラスター〉を抜き、接射。鎧を穿つ。宝具を抑え込んだ事により離脱をさせず、何発も撃ち込む。その威力に脅威を抱いたバーサーカーはスターライザーを手放し、乱蔵の顔面を殴打。それをしゃがみ回避。落下するスターライザーを掴み、屈伸の反動を利用し斬り上げる。真面に食らったバーサーカーは火花と共に浮き上がる。さらに回し蹴りによる追撃。地面を弾みながら転がっていく。

 天秤を傾ける大きな隙。しかし乱蔵もまた、膝をついていた。直前の一撃によるダメージのせいだ。刺すような痛みが脈動と共に襲い来る。折れていない事が不思議な程の威力。どこかに痛覚だけ殺してくれる薬はないものかと、真剣に考えてしまう。

 すでに立ち上がっているバーサーカーが、手放した剣を拾おうとしている。先程までの外観と大きな差異がある事で、乱蔵はそれがバーサーカーの能力か何かである事に気付く。ならばと、キングブラスターを撃ち込む。予想通り、破壊に成功。それだけで戦況が有利になる訳ではないが、いくらかはマシになった。

 当然だが己の得物が破壊されても動揺は一切していない。ただ視線を乱蔵に向けているだけ。

 乱蔵の思考もやがて痛みを忘れ始める。スターライザーを地面に刺し、代わりに左ホルスターの〈バトルスティック〉を取り出し、キングブラスターの上部に取り付ける。完成した〈キングスマッシャー〉を構える——同時に、まるで示し合わせたようにバーサーカーは駆け出した。ブラスターの3倍の威力を誇るスマッシャーを食らいながら、減速せず突っ込んでくる。確実にダメージを負っているが、その前に距離を詰められる。そう判断した乱蔵はスマッシャーを投げ捨て、スターライザーを手に駆け出す。

 彼我の距離が2mを切る。バーサーカーが跳躍。落下エネルギーを伴う、爆撃のような拳撃。地面が弾け飛び、双方を砂塵で隠すが、それも一瞬。砂のカーテンを突き破り、バーサーカーが転がり出る。それを追う乱蔵。赤いスーツに刻まれた焦げ跡が、先の一撃をどのようにして回避したのかを物語っている。

 地面を叩き強引に体勢を建て直し、再び駆け出すバーサーカー。乱蔵の振り下ろしに対し、更に一歩踏み込み、拳を叩き付けた。破れかぶれの一撃ではない。乱蔵の一撃に力が乗り切る前に、己の拳をぶつける事で防御しているのだ。更に両拳を使えば得物の数で上回る。瞬く間に攻防が入れ替わろうとしていた。

しかし——

「?!」

 バーサーカーの拳に亀裂が入る。

 動きに影響せずとも、初めて動揺を露わにした。

 何をしたのか?それは酷く単純な事だ。拳をぶつけられる時点で威力が乗り切っていないのならば、そこがピークになるようにすれば良い。過剰な魔力を全身に流す事で更なる強化を施し、より速く、より力強く動く。ただそれだけだ。

 ぶつかり合う度にバーサーカーの拳に亀裂が広がり血が噴出し、乱蔵の皮膚が裂け血が噴出する。

 眼から流れ出た血が顔を伝っている。マスク内に血の匂いが充満している。もう止めろと体が叫んでいる。その一切合切を無視して振るい続ける。命さえ無視して。

 その執念が道を拓く。

 スターライザーがバーサーカーの拳を半ばまで断つ。しかしバーサーカーも尋常の存在ではない。筋肉を限界まで収縮させ動きを止めたのだ。それだけに留まらず無事な拳を繰り出す。それを受け止める乱蔵。渾身の力を込める両者。

 僅かずつ刃が進み、僅かずつ拳が押し込んでいく。

「貴方と言う人は本当に……!」

「もう少し私達の事も頼って下さい!」

 バーサーカーの背後。スコーピオンとキングスマッシャーを構えたジャンヌとマシュが立っている。今度の動揺は大きかった。

 2人の声を認識したバーサーカーは離脱を試みようとしたが、それより早く射撃が始まった。2つの銃による同一の箇所への連射。鎧に穴が穿たれた。獣の叫びが響き渡る。

それは致命の瞬間。

「おおおおおおお!!」

 防御の手を放し、同時に前傾姿勢になる事で拳撃を回避。外した手をスターライザーに携え、全体重を掛ける。筋肉の収縮の力を超え、腕を両断。体が更に前傾になる。もう乱蔵の迎え撃つ術はない。

 足指関節から始まる全身の関節を捻る。音速に迫らんばかりの速度。刃の向かう先は腰部。

 それまでの苦闘が嘘のようにあっさりとバーサーカーを断った。泣き別れした上体が宙を舞い飛んで行く。

 

 

 

 バーサーカーを倒したと言う安堵を感じる間も無く、オルガマリーは乱蔵の下へと走った。

 あんなノーガード戦法で無事でいられるはずがない。

「乱蔵!貴方、何て戦い方をするのよ!」

「お叱りは後で受けます。ワイバーン供は?」

 乱蔵の言葉に釣られ、皆が視線を動かす。それに示し合わせたように、小高い丘の稜線よりマリーが姿を現した。笑って手を振っている所を見るとあちらも無事退けられたのだろう。こちらが思ったような反応をしないためか、ぴょんぴょんと跳ねている。次いで姿を現したアマデウスに窘められ、全員が坂を下って来る。

 欠員も大きな怪我も見受けられない事にホッとした瞬間、乱蔵の視界はブラックアウトした。

 

 

 

「乱蔵っ、乱蔵!」

 礼装が外れた乱蔵の姿は酷いものだった。斬られた顔以外に全身に裂傷が見られた。それ以上に眼と鼻からの出血がオルガマリーを動揺させていた。

「ロマ二、どうしよう?!」

 涙を溜めながら縋るように叫ぶ。

『マリー落ち着いて。露出している皮膚の状態を教えてくれ』

「皮膚の状態って言ったって、あちこち裂けてて、血がいっぱい出てて」

 このまま死んでしまうのではないのか。オルガマリーの思考は最悪の事態のみを想定していた。「想定」と言う冷静な代物ではないが。

「マリー落ち着いて。ゆっくりと息を吸うの。わたしに合わせて。ほら乱蔵もちゃんと息をしてるわ」

 彼女の手をそっと取り、背中をさすりながらマリーが一言一言を言い聞かせるようにゆっくりと言う。

「……焦げ跡があるわ」

『複数箇所にあるかい?形は?』

「いくつかあるわ。形は……直線的だと思う」

『分かった。焦げ跡は魔力を過剰に流した事による回路の焦げ付きだ。出血もそれに伴うもので、細い血管がいくつか切れてしまったものだ。眼と鼻の出血は続いてるかな?』

「どっちも止まってるわ。脈拍と呼吸も落ち着きつつある」

 ロマ二の質問に答えていく事で彼女自身も、乱蔵の状態を把握しつつあった。

『うん、こっちでもバイタルが戻りつつあるのが確認できた。大丈夫だ。失神したのは疲労によるものだろう。時間が経てば眼を覚ますよ』

 一行から大きなため息が漏れた。心情的、戦力的にも乱蔵の存在は非常に大きなものとなっている。

「殿方は傷を勲章にしたがるけど、こんなに心配させるのはどうかと思うわ」

 頬を膨らませたマリーが、乱蔵の頬をつつきながら言う。

「ジャンヌ!」

 ハッと振り返る。部下の制止を振り切り、男性が単独で駆け寄って来ていた。

「ジル……!」

 絶対の信頼を置いていた腹心。彼女が処刑された事で狂気に走ってしまった男。ジル・ド・レェ。

「やはり、やはり……!貴女は紛れもなくジャンヌ!」

 歓喜にその身を打ち震わせていた。言いたい事が多すぎた。膨大な感情が言葉にできず、胸の内でグルグルと回っている。

「例え、常途の存在ではなくとも、今一度会う事ができるとは……!」

「ジル……私は」

「詳しくは聞きますまい。確かに殺されてしまった貴女がここにこうしている。そして対をなすような存在がこの国を蹂躙すると言う、超常の現象が起きている。貴女方はそれをどうにかしようとしているのでしょう?」

 事ここに至ってしまえば、何も伝えないと言う訳にはいかないと思っていた。

 ジャンヌが口を開こうとしたタイミングで、ジルがそれを遮る。

「聞きますまいと言いました。今私ができるのは、些少の手伝いのみ。少しお待ち頂きたい」

 一度部下達と合流すると、馬車を引き連れて再び戻って来た。

「そこの青年を連れての行軍だと時間も掛かりましょう。この馬車を使って下さい。それと少ないですが、医療物資です。彼に使ってあげて下さい」

「ジル……。行きましょう、オルガマリーさん」

「……分かったわ」

 大局のために。全てはそのために。だから、ジャンヌもオルガマリーも何も言わなかった。

 荷車に乱蔵、オルガマリー、マシュ、マリーが乗り込む。

「ジル。貴方は昔も今も私を支えてくれました。貴方と会え、共に戦う事ができてよかった。ありがとうございます」

「それはこちらの言葉です。貴方に仕え、共に戦う事ができ幸福でした。ありがとうございます。語れば尽きません。さあ、もう行って下さい」

 走り始めた馬車を追い、彼女も走り出した。

「ジャンヌ、良き旅路を」



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その十四

オーレンジャーロボは、筆者が初めて買ってもらった玩具。因みに頭を踏んづけて大怪我しました。
感想・批評お待ちしてます。


 僅かに感じる擽ったさに、泥の底に沈んでいた意識が浮上し始めた。まだ眠っていろと纏わりつく泥を掻き分け、光に向かって進んで行く。水面に浮上と同時に意識が覚醒。視界を覆い尽くすオレンジ色の何か。やがてピントが合うとそれが繊細かつ上品な作りをした衣服の一部である事が分かった。

 視界と共にクリアになっていく脳が、該当する人物を弾き出す。同時にそれが衣服のどの部位に当たるのかも判明。オルガマリーの胴体部。と言うより胸部。胸。乳房。が服越しとは言え目の前にあった。状況把握と共にすわ何事かと冷や汗が流れ出るが、体の触覚から包帯を巻かれている事に気付く。

 取り敢えず理解の範疇を超えた事が起きていない事に安堵する。しかし凄まじく気不味かった。短い生涯だがここまで視線のやり場に困った事はなかった。そしてこれを超えるような事態が起きない事を願わずにはいられない。

ーー……心なしか、近付いていないか?

 否、確実に近付いていた。先程まで平手が入る位の隙間はあった。今や紙一重になっていた。顔よ潰れろと願うが叶うはずがない。そうこうしている内により接近して来ている。最早鼻先に触れている気が、いや触れていた。乱蔵の知識の中にこの局面に役立つものは何1つとしてなかった。

 進退困窮極まった乱蔵は遂に、セルフ失神する事を決意した。

出来なかった。

 起きていると気付かれたら、間違いなく以降のコミュニケーションに大きく支障を来す事になるだろう。そしてそれをフォローする術を乱蔵は持っていない。迷いに迷った挙句、良きものでした、と盛大に方向性を間違えた気遣いをするだろう。つまり少なくとも彼女が離れるまでは寝ている振りをし続けなければならないのだ。

ーー……。

 敵サーヴァントと戦っている時の方が気が楽なのでは、と彼は戦慄した。

 

 

 

 これは天国と評する者がいたら心身両方から詰め、正気を問い質したくなるような終わりの見えない危機的状況が漸く終わった。正座が辛く膝枕をローテションし始めようとしたタイミングで、覚醒したフリをした。このタイミングを逃し、もしマリーが立候補するような事態になれば、畏れ多すぎて寝たフリなどできるはずがなかった。そうなれば痩せ我慢だけは一流の乱蔵では、動揺から治療中に起きていた事が高確率でバレていただろう。

 そんな彼は現在、正座、は怪我人には辛いだろうとの事で体育座りで説教を受けていた。説教と言うよりは、オルガマリーによる泣きの入った無言の説教なのだが。先の事も加えて罪悪感と気まずさが綯い交ぜになった表情となっていた。

彼女とて乱蔵の奮闘無くして人理修復が不可能である事は十分に理解している。そしてその事で乱蔵を詰問する事は同時に、ジャンヌら英霊を責めている事と同義であるため、何も言えずに涙目で睨むだけになっているのだ。お陰で外での話し合いが良く聞こえている。

「マリー?入っても大丈夫かしら?」

「え、ええ。大丈夫よ」

 目元の涙を拭い、入室を促す。

 無言の説教が相当堪えたと見える乱蔵を、多分の申し訳なさと少量の可笑しさを含んだ表情で見つめる。

「取り敢えず指針が決まったのだけど、こちらに来てもらってもいいかしら?」

「分かったわ。乱蔵も大丈夫かしら?」

「問題ありません」

 一行は現在、馬を休ませるために廃城にて休息を取っていた。放棄するタイミングが早かったのか、比較的原型を留めている。

『よし全員揃った事だし、もう一度これからの行動指針を確認しよう』

 サーヴァントの召喚ができず確実な戦力拡充が不可能な現状では、現地での協力的な野良サーヴァントの存在は非常に重要なものである。それがジークフリートのような高名な英霊ともなれば一押しである。加えてファブニールへの絶対的なアドバンテージを持つ彼を腐らせておくわけにはいかない。

 そんな彼の体を蝕む幾多もの呪いの解呪。そのためには、ジャンヌ・ダルク(竜の魔女)のカウンターとして召喚されているであろう聖人を見つけ出さなくてはならない。

『彼、もしくは彼女がいる町は比較的無事だと考えられるから、それを探索時の1つの目安にしてほしい』

「その町はそちらで見付ける事はできるのかしら」

『すみません、そこまでの詳細な情報はこちらからは無理です』

「無闇矢鱈に探すのは愚策すぎる。分散するのはもっと愚策。どうしたものかしら……」

「それでしたら、自分の礼装で偵察できるかと」

『ええ?!乱蔵君、そんな装備持ってたの?』

『何故それを教えてくれなかったんだね?!水臭いじゃないか』

「申し訳ありません。カードだけではどんなものなのかが分からず。先に装備したオーレッドと出典を同じにするものらしく、それで判明しました」

 乱蔵が取り出したカードを皆が覗き込む。

「赤い鳥?これは使い魔の一種?」

「随分と機械的な外見ですね。フォウさんと比べると撫でにくそうです」

「そうかしら。結構可愛らしいと思うけど」

「君は相変わらず独特なセンスをしているね」

「これがあれば探索をより効率的に行えるわけですね」

「……大きさが。いやよそう何でもない」

 思い思いの感想を述べる面々。

「ジークフリート殿は流石の見識ですな」

 外に出た乱蔵が言う。その言葉に皆が顔を見合わせた次の瞬間、大質量の何かが廃城を揺らす。何事かと外に出ると、そこに鎮座するカードに描かれた赤い鳥。違いは見上げる程に巨大であると言う点だけ。

 皆が呆然と見上げる中、黙々と搭乗準備と進める乱蔵。

「超力変身!」

「なななな何よこれ?!」

 全員の疑問を代弁し叫ぶオルガマリー。

「これは〈スカイフェニックス〉です。5機のマシンで構成される巨大人型兵器の頭部を担当するマシンです」

「これを使ったらもう少し楽に戦えたんじゃ」

「普通の航空機にも乗った事がないのに、これを自在に操れると思いますか。敵味方関係なく攻撃した挙句、墜落します」

 攻撃手段を持ち、並大抵の攻撃では傷も付かないが、対サーヴァントとして使用するには余りに巨大過ぎた。当たれば打倒は確実に可能であるが、それを操縦するのはあくまで乱蔵であり、操縦方法が分かっていてもそれを活かせる技術を持っていないのだ。

「では偵察に出ます。離陸時の突風が凄いと思いますので、城に戻っていて下さい」

「待って。通信機を渡しておくわ。……通信できるわよね?」

「恐らくできるかと」

 飛び上がり搭乗ーーではなく、赤い光となり機体に吸い込まれていった。

 危ないとは言われたものの、エンジンの見当たらないこの機械がどう翔ぶのか、全員が気になっていた。

 甲高い音ともにまるでVTOL機の様に垂直離陸する。強烈な突風はあるが噴射跡が見えない摩訶不思議な光景。緩やかに上昇しオルガマリーらに影響がない高度に達すると、機首を上方へと転換。スロットルをアイドルからクルーズへ。枷を解き放たれた鳥はあっという間に高高度まで上昇していき、小さな点になった。

 

 

 

 

「こちら乱蔵。聞こえますか?」

『聞こえてるわ。感度も良好よ』

「こちらの感度も良好です」

 通信機器が問題なく使用できる事を確認すると、機体を僅かに傾け、地上を視界に収める。

点在する大小の町。どこもかしこも黒煙を上げ、瓦礫の山となっている。徹底した破壊に、ジャンヌ・ダルク(竜の魔女)の憎悪の深さを改めて感じる。自分がそれを言う資格を持ち得ていない事は分かっていても、彼女への仕打ちには同情の念を禁じ得ない。もし彼女の復讐が、この旅と交わらぬ所での出来事であったなら、止めようとは思えなかっただろう。

 しかしジャンヌ・ダルク(聖処女)との乖離具合は機になる所である。憎悪の否定が意地によるものではない事は分かる。英霊の側面が独立し別個体となるのは稀にある現象らしいのだが、彼女らの場合はどうにも違うように感じられる。かと言ってそれに代わる様な考えがある訳ではないのだが。頭脳労働は所長殿に任せよう。

「ん」

 僅かに高度を下げつつ機体をロール。候補に該当する町を発見した。

 廃城からの方角と距離を確認。

「所長殿。該当する町を発見しました」

『よくやったわ。サーヴァントが見えたりはしない?』

「見えませ、いえ訂正を。詳細は不明ですが2つ人影が見えますな」

『!早速向かうわ。乱蔵はなるべく離れた所に着陸して』

「了解」

 大きく旋回させながら高度を落としていく。着陸シークエンスに入り、間もなく着陸と言うタイミングで見落としていた重大な事に気付く。

ーー鉤爪でどうやって着陸すれば良いのだ?!

 航空機はランディングギアと呼ばれるタイヤを接地する事で着陸を行うのだが、これにはない。形や機能自体が既存の航空機と類似していただけに、搭乗時に見ていたはずなのに思い込んでいた。強行しようかとも考えたがこの速度の上、鉤爪で接地しようものなら間違いなくバランスを崩し大惨事になる。町に突っ込むだけなら良いが、英霊を巻き込んでしまう事だけは何としても避けなければならない。

ーー鉤爪を収納して不時着するしかない!

 

 

 

 

 ティーンエイジ特有の高い声で互いを罵り合う2人。少々の物音では動じないし、そもそも聞こえない程にヒートアップしていた。だが徐々に大きくなり、どこからか聞こえる振動を伴う甲高い謎の音には止まらざる得なかった。

「何よこのうるさいの!」

「貴方の声の方が、……あれは鳥?」

「……縮尺が可笑しい気が、って言うかこっちに来てない?!」

 それは間違いなく巨大で、間違いなくこの町目掛け直進している。

 埒外の光景に逃げる事も忘れ不動にてそれを目で追い、町の手前に墜落する。砕氷船のように地面を砕き吹き飛ばす。やがてそこに灰色の、粉砕された石が混じり始める。町に突入したのだ。破壊を免れていた石造りの建造物や路面の一切合切を粉砕しながら町を突っ切り、送迎に来た様に2人の眼前にてゆるりと停止する。

 はしたなくも口をポカンと開けてしまう。思考が復活しないまま見続ける事数秒。顔に当たる部分の一部が開いた事で我を取り戻す。

 真っ赤な鳥から現れた真っ赤な人?らしき何かは、腰を抜かす一歩手前のような屁っ放り腰で鳥の上を這っている。

何とか這々の体で地面に降りると瓦礫に腰を降ろし呟いた。

「……死ぬかと思った」

 あ、男なんだ、と2人は思った。

 不意に顔を上げると2人と目が合った。しばし無言で見つめ合うと、ゆっくりと腰を浮かす。そこで2人はそれが腰回りに武器を携えている事に気付く。敵か、と動こうとする彼女らより先に、それは正座していた。そして土下座。

「ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません」

「あ、うん。いいけど」

「怪我もありませんし」

 赤い鳥の豪快な墜落に赤い人の綺麗な土下座。毒気や敵意を持てと言う方が無理な状況。2人は謝罪を受け入れた。

「ありがとうございます。こんな状況で申し訳ないのですが、お二方にお聞きしたい事がありまして」

「その前に、その、貴方何?敵じゃないのは分かるけど」

「失礼ですけど、あまりに奇怪な出で立ちで、その正直落ち着かないのですが……」

「む、これは失礼しました。これで大丈夫でしょうか」

 一瞬のうちに消える赤い服に、それが宝具なのでは、と考えたが口には出さず言葉を待った。

「自分は三船乱蔵。カルデアと言う組織に属する魔術師です」

「私はエリザベート・バートリー。本当に魔術師なの?」

「わたくしは清姫。……彼が魔術師と言うのは本当のようです」

「本当ですとも。お二方に伺いたいのは、聖人の英霊をご存知ないかと言う事です」

「聖人ですか。この国に広く根付いた教えの聖人なら心当たりがあります。エリザベートと出会う前に遭遇してます。彼の名はゲオルギウス」

「おお、本当ですか。その聖人はどちらに」

「西側に向かいましたわ」

「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる乱蔵。

「所長殿。着陸には失敗しましたが、コンタクトと情報収集には成功しました」

 何て温度差のある報告内容なのだろう、と2人は思った。

「こちらではなく、西側の町に向かったそうです。合流するよりは、各々で向かいましょう。…………スカイフェニックスは今度は使いません。不時着はもう懲り懲りです。移動手段はありますので、大丈夫です。…………では現地で」

通信を終え立ち上がる。

「ねえ、アンタ達ってあのいけ好かない魔女とか吸血鬼の敵なの?」

「そうです。彼女らの打倒が目的です」

「ふーん。じゃあ手伝ってあげる」

「……不義理を働きたくないのでお伝えしますが、こちらの陣営の方が遥かに不利です。何せ現状、主戦力かつ最大戦力が自分ですから」

「本当のようですね。英霊と渡り合う魔術師ですか。何とも奇怪な人ですね」

「て事は、私が主役って事じゃない!ふふふ、私の時代が来たみたいね」

 場違いな喜色満面の反応を返す。些か不安になるが、善良よりな性根である事は確かであった。

「さあ行くわよ、清姫!」

「何故わたくしまで……。まあこの瓦礫の山にいてもやる事はないので構いませんが。それでどうやって向かうのですか」

「バイクに3人乗りで行きます」

 同行を決めた2人は少しだけその選択を後悔した。



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その十五

弊社にも在宅勤務の流れが。
時間はできたので、早めに投稿していきたい


 1300ccの水素エンジンが唸りを上げている。その圧倒的なパワーと悪路をものともしないラジアルタイヤが草原に消せない軌跡を描いていく。

 自然界には存在しないシンメトリーの曲面構成と、濃い青と白、そして最高速度350km/hを誇る〈ガードチェイサー〉はあまりに異質な存在であった。もし現地の人間が目撃するような事があれば、畏敬の念と共に神の乗り物として語り継がれていただろう。

「ねえ!これってこう言う風に乗る物なの?!」

「着物で乗っていい物なのでしょうか?!」

 乗り手の声さえ搔き消すエキゾーストノート音に負けじと、ガソリンタンク部に座るエリザベートと、後部の赤灯装置に横座りする清姫が声高に問い掛ける。

「一部の地域を除いて2人乗りで、着物で乗っている方は見た事ありません!」

誤魔化す事もせず、間違った乗り方だと堂々と言ってのける乱蔵。未知の速度を初体験させられているわ、その速度のせいでちょっとした凹凸で飛んでしまうわで、極度の緊張を強制させられている身としては嘘でも安心させるようなフォローをして欲しかった。誰も知る由はないが、嘘を一切許さない清姫にTPOによっては嘘も必要なのでは、と思わせる地味に偉業を達成していた。

「ご不便をお掛けし申し訳ありませんが、少々の間勘弁して頂きたい!」

「後で覚えておきなさい!」

 

 

 

 

 未体験の速度と景色に、手放しまではいかずとも、代わり映えのしない景色に欠伸を我慢する程度には慣れ始めていた。すると右前方に一台の馬車が視界に入った。どこかの町から避難して来た住民だろうか。エリザベートは乱蔵に声を掛けた。

「ねえあの馬車。進路を変えた方が良いって伝えた方がいいんじゃない?」

「いえ、あの馬車は自分の仲間です」

 進路をそのままに速度を上げ、赤灯装置を起動させサイレンを1秒だけ流す。

「わひゃ!!……驚かせないで下さいまし」

「失礼、配慮が足りませんでした」

「プププ、変な声上げてやんの」

「貴女程太い神経をしておりませんので」

「そっちが恐がりなだけでしょう!」

 乱蔵を挟んで行われる姦しい罵倒の応酬。

「まあまあ賑やかな方達を連れて来られたんですね」

 天幕の入口から楽しそうな表情のマリーが顔を覗かせた。同性に会える事が嬉しいのだろう。

「お名前を教えて下さる?」

「な、何この光の塊みたいなの。……コホン、私はエリザベート・バートリーよ」

「私は清姫でございます。高名な方とお見受けしますが」

『エリザベート・バートリーに清姫だって?!色んな意味で凄い英霊を連れて来たね』

「話をしてみての判断です。戦力は多いに越した事はありませんから」

『まあ君にはそれを言う権利があるからね。でも医療を預かる身として君には言いたい事が沢山あるからね』

 生まれ持った頑強さと、魔術的・身体的な鍛錬によって鍛え上げられた肉体と並外れたメンタルを持つ乱蔵でなければ、とうに倒れていただろう。だからと言って放っておく事などできるはずがない。常に命の危機に晒されている極限の状況でストレスを感じない訳はない。オルガマリーと同等の心身のケアは必須だと、ロマ二は考えている。

「乱蔵。上手い事その鉄の塊でこっちの馬車を牽引できないか?」

とアマデウスが尋ねた。馬の様子を間近で見続けていた彼は、パフォーマンスがかなり低下している事に気付いていた。道理である。餌はなく、長時間の休憩も取れずに走り続けているのだ。

「かなり乗り心地は悪いと思いますが、できるかと」

 共に停車。馬を放し、紐をガードチェイサーに結び付けていく。

「ええ?!本当に墜落してたの?!」

「ええ?!主戦力ってあいつだけなの?!」

 黙々と作業している男性陣を尻目に、盛り上がっている女性陣。一部不穏な話題が聞こえたが、敢えて無視。咎められても着陸の仕方を間違えたとしか言い訳のしようがないのだ。

「作業完了。出発しましょう」

 藪蛇を突かぬようタイミングを見計らって声を掛ける。

 御者席に男性陣、馬車に女性陣が乗り込んだ事を確認し、出発しようとするが、そこにオルガマリーから待ったの声が掛かる。

「人数が多すぎるわ」

 小柄な女性と言えど、6人が乗るには狭かった。4人の時点でかなり手狭となっており、そこにエリザベートと清姫が追加された事でいよいよ座る事さえ儘ならなくなっていた。1人、ないし2人は乱蔵と同乗する必要があった。

「できればわたくしは中がよろしいのですが」

 赤灯装置の乗り心地は良くなかった。

「所長殿も中の方がよろしいかと」

「何でよっ」

 予想だにしなかった否定的な反応に驚く乱蔵と、2人乗りしたかったと言う場違いな事を考えていた自分に驚くオルガマリー。

「いえ、剥き出しより天幕内の方が安全かと思いまして。マシュ殿もいますし」

「必ず守り抜きますので大船に乗ったつもりでいて下さい」

「そ、そうよね。その方が安全よね」

 彼女のよく分からない反応に首を傾げる者と、暖かい視線を送る者。無論乱蔵は首を傾げている。

「言っておくけどもう乗りたくないから!」

「私もご遠慮したいのですが」

 全力の拒否と申し訳なさの滲み出る拒否。

「じゃあわたし!折角だから前に乗ってみたいわ!」

 諸々の条件を鑑みれば同乗者としては適当である。

「2人はどうしますか?」

 ジャンヌがアマデウスとジークフリートに問う。

「冗談じゃない。ここでジークフリートとこうして身を寄せ合うのも嫌だってのに、密着しろってのかい」

「幅を取ってしまいすまない。同じ理由で俺が乗ると狭くなるだろう。ジャンヌならば体格的にも邪魔にならないのでは?」

 至極もっともな意見である。それに加えて、両者とも魔力の問題があるが、いざと言う時の防御手段を持っている事も大きい。遠距離攻撃を受けた際に乱蔵を守る事ができる。

「……私でも構いませんか?」

「ジャンヌ殿が特別拒否する理由がないのならば」

「ではお願いしますね」

 堅く言っているが、ジャンヌも未知の乗り物への好奇心があった。本人は無意識なのだろうが、その感情が表情に少し出ていた。

 そして言葉と裏腹な思いを抱いているのは、彼女だけではなかった。乱蔵である。ここに来るまで同乗していた2人は子供であった。滅多にお目に掛かれない程の美貌を持っているが、心身ともに子供である。その2人に劣情を抱いてしまうようなフェティシズムは持ち合わせていない。マリーも精神性はともかく、外見的には子供であるため問題はない。問題はジャンヌである。彼女は成人である。スタイルも服の上からでも分かる程グラマラスである。そんな彼女と密着するのは、清正な体(童貞)である乱蔵には些か以上に気の重くなる事である。勿論羞恥からである。

 G3かギャバンの金属系のスーツを装着する事ができれば感触が伝わらずベストなのだが、どちらも耐久値に不安がある以上選択肢はオーレッドしかない。OHスーツはその薄さで英霊の攻撃も受け止められる剛性を持ちながら、外部からの刺激を完全に遮断する訳ではないのだ。つまり胸の感触が伝わってしまうのだ。礼装自体はもう1つあるのだが、この局面に於いて使えるものではない。

「では出発しますので、乗って下さい。……マリー殿、失礼ですが王冠を取っていただいても?」

「あら。これは失礼しましたわ。アマデウス」

 そう言って気軽に放り投げる王冠。今生で1度だけしか目にする事のないであろう光景。モノの価値は見る者によって変わると言うが、こうまで乖離するのかとシミジミと感じた。オルガマリーはギョッとしていた。

 

 

 

 

 そこから見える景色、感じる速度。どれもが馬車とは比較にならない刺激に満ちたモノであった。自分達が窮状に立たされていると分かっているが、それでも燥ぐ事を止められなかった。速度によって増減するメモリから、最高速度はもっと速い事に気付き、出せないのかと一度尋ねてみた。

「馬車が壊れかねません」

 そう言われてしまえば諦めざるを得ない。またの機会までお預けね、と靡く髪を抑えながら残念そうに言った。

「ただ状況によってはマリー殿に運転して頂く事があるかもしれませんので操作方法をお伝えしておきたいのですが」

 それがどう言った場合を示しているのか、容易く想像できた。囮や殿。つまりは乱蔵のみ、もしくは極少数の人員で戦う時の事を指しているのだ。

「……そう言うもしもは起きて欲しくないのだけれど」

そうは言うものの、今の自分達に碌な戦闘力がない事は痛い程に自覚している。自身の存在と引き換えにしなければ、宝具の発動は最早叶わない。有り体にいってしまえば現状、サーヴァントは足手纏いなのだ。その事実に彼女だけでなく、後ろにいるジャンヌも鬱屈とした気分になる。だからこそ、ここでお終いにしたくない。

「ねえ乱蔵。貴方達はこれからも特異点を修復していくのでしょう?」

「その通りです」

「わたしも同行させてくれないかしら」

 マリーにとっては順当、と言うよりも当然の、乱蔵にとっては晴天の霹靂と言うべき申し出。因みにこの想いは清姫とエリザベートと除き、全員が持っていた。

 人類の存続と言う人には重過ぎる責務を背負わされたオルガマリー。聖杯と言う弩級の機関を持っているが、彼女はどこまで言っても凡人である。能力も器も、責務を全うするにはあまりに普通すぎた。凡ゆる脅威に心身を傷付けられ、それでも彼女は泣きながらでも責務を果たそうとしている。

 その彼女を支えんと、自らを「死」に晒し続ける乱蔵。ともすれば自殺志願者にも見えてしまう程に、その精神を逸脱させながら、苛烈に道を切り開いていく。

 彼らの行くべき道は過酷であり残酷である。その道を踏破せんと我武者羅に突き進むその姿は、あまりに貴く、危うかった。だからそれを間近で見たく、そして支えたくなったのだ。

「その申し出、嬉しく思います。しかし相当苦労を掛けると思いますが、よろしいのですか?」

 現時点ではマスター不在と言うディスアドバンテージを覆すようなモノはない。艱難辛苦は当たり前、時には泥を啜るような真似さえしなければならないかもしれない。彼らの誇りを汚すような事になってしまうのでは、と思ってしまう。

「あら、苦労を掛けている自覚があったのね?」

「おっと、藪蛇でしたか」

「わたし達はもう過去の存在なの。わたし達が泥を啜るだけで、これからを生きていく貴方達を守れるなら本望よ。ね、ジャンヌ?」

「そうですね。英霊となった今でも、生前に抱いていた想いは変わりません。より良い未来のため。貴方達が泣かずに、戦わずに、傷付かずに日々を謳歌できるようになる。私はそれを実現したいと思ってます」

「ここで貴方方にお会いできて良かった」

 彼は自身が前線に立ち続ける事に、悲観的な思いは抱いていない。それでも味方でいてくれると公言してくれる存在がいる事が、とても嬉しかった。これでもし自分が死んでしまっても、彼女が自分を孤独だと感じなくて済むだろうから。

 

 

 

 

『サーヴァントの反応が2つ!1つは乱蔵君が戦ったのと同じ反応だ。それとまだ住人が多数いるみたいだ』

「自分が助太刀します」

『気を付けてよ!』

「無茶はなさらぬように!」

 暖簾に腕押しだと分かっていても、少しでもその言葉が無茶な行動への枷になればと思い、ジャンヌは言う。

 避難の邪魔にならない場所に停車。全員が降車し、乱蔵とそれ以外に別れる。

 跳躍し建物の上へ。速度を緩めず飛び移りながら、剣戟音の源へと向かう。そこにいたのは、竜を象った銅色の鎧を着けた男と、デオンがいた。クラスの差か、もしくは純粋な技量の差か、ゲオルギウスが押されている。

「ゲオルギウス殿を確認!それと敵はセイバーのデオンです!」

 情報共有のためオルガマリーに伝える。

「しゃああ!」

 攻撃を中断させ場を仕切り直すため、態と大声を発しこちらを認識させる。落下と共に振り下ろしたスターライザーを、思惑通り後退して回避した。

「ゲオルギウス殿で間違いありませんか?」

「如何にも。あなたは味方と見てよろしいみたいですね」

「竜の魔女打倒のため、お力を貸して頂きたい」

「よろしいでしょう。まずは眼前の脅威を打ち払いましょう。助力して頂きたい」

「承知!」



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その十六

俺もマリーとジャンヌにサンドイッチされたいな


 その懐かしい名前を聞いた時、マリーは旧友との再会に喜び、同時に彼女が敵となりフランスを害する存在となってしまった事に悲しみを覚えた。以前にも乱蔵から聞いていたが、改めて聞かされる事で彼女が敵となってしまったのだと強く認識させられた。

「ねえマリー。乱蔵のお手伝いに行っても良いかしら?」

 無茶を通り越した無謀な提案に、全員がギョッとする。その反応に慌てる事なく言葉を重ねる。

「もちろん一緒に戦う訳では無いわよ?デオンには悪いけど、私がいる事で彼女の動揺を誘えると思うの」

 そう言う事かと納得するが、どちらにしろ危険極まりない事に違いはない。護衛の戦力を捻出する事さえできないのだ。簡単に承服できる事ではない。しかし狙い通りに事が進み、乱蔵の消耗を抑える事ができるならば無茶をする価値はある。

 だがもしマリーが死んでしまったら。所詮は過去の存在であり、死の意味合いも異なる。座に戻るだけーーと割り切る事ができればこんな苦しむ必要はない。彼女はこんな不甲斐ない自分を友人だと言ってくれた。そんな彼女の死を許容できる訳がない。

「そんな泣きそうな顔しないの。大丈夫よ。いざとなったら、乱蔵が守ってくれるから。だから大丈夫」

それでも命令を下す事ができずにいた。そんなオルガマリーに思わぬ人物から助け舟が出された。

「マリアを行かせてやってくれないか」

「アマデウス……」

「それが自分の成すべき事だと思った彼女は、梃子でも泣き喚く赤子でも動かせない」

 変わらぬその頑固さに、呆れと喜びを見せるアマデウス。その言葉はオルガマリーに、前向きな諦めを抱かせた。

「ここでは何も言わないから!もし死んだりしたら、ずっと根に持つから!」

「ふふ、そうね。私もしっかりお別れしたいから。ちゃんと戻ってくるから安心して。ね?マリー」

 

 

 

 刺突の交わり。刀身を回転させる事で力の流れをコントロールされ、スターライザーを限界まで跳ね上げられた。対してそれを僅かな動きで成したデオンは、踏み込みと同時に振り下ろす。胴体を斜めに斬り裂かれる乱蔵。火花を散らす。致命ではない。しかし痛みの硬直から抜け出せなかった。振り切りと同時に引き戻されたサーベルの刺突を真面に受ける。タタラを踏み切れず倒れ込む。止めの追撃をゲオルギウスが弾く。

「本調子ではない様ですね」

「面目次第もありません」

「それだけの激戦を切り抜けてきたのでしょう。ご自身の体を労ってあげなさい」

 動きが鈍くなるまで、明らかに早くなっていた。普通に戦っていたら先にスタミナが尽きてしまう事は確実だろう。後が怖いが、もう一度限界ギリギリの全身強化をやるしかない。腹を括ろうとしたその時、思わぬ人物が声を張り上げた。

「デオン!」

「!!マリー、王妃……」

 痛む体を押してマリーの前で構える。ゲオルギウスもそれに追従してくれる。

「何故ここに?!」

 構えを崩さぬまま問う。何かしらの思慮があったとしても、あまりにも無謀な行動に語気が荒くなる。マリーはそれに答えず、何故か嬉しげな表情でデオンに話しかけた。

「ねえデオン。乱蔵はね、私の新しい騎士なの。只の人で、堅物で、優しくて、強くて、どんな困難にも立ち向かえて、絶対に折れない心を持ってる、私の騎士なの」

「……っ!」

 噴出しようとする狂化の衝動に抗おうと、デオンは自身で腕を抑え込んでいた。

「貴方も私の騎士で、乱蔵の先輩なの。だからそんな衝動に負けてしまってはダメよ。乱蔵なら絶対に耐えられるんだもの」

 雲の上の存在による叱咤激励で正気を取り戻そうと言う魂胆か。それとも動揺している内に打倒せよと言う事なのか。一旦見に回る事にした。今の内に息を整えよう、と深呼吸を繰り返す。

 それにしても何故かは分からないが、随分な過大評価を受けているようだった。敵を目の前にしてどうかとは思うが、その褒めっぷりに多少の羞恥を覚えてしまう。

「私は、許されない、事をして、しまい、ました。守る、べき、無辜の民を傷付け、剰え、王妃に、剣を向けようとして、います」

 余程抗い難い衝動なのだろう。力みにより全身を震わせながら、途切れ途切れに懺悔の言葉を口にする。

「竜の魔女は」

 その言葉を口にした途端、吐血した。その先を言わせんと、肉体が拒否しているのだ。今彼女の肉体には想像を絶するような激痛が走っている筈だ。

「オルレアン、に、います」

 そんな痛みなど、民を殺した事に殺してしまった事の、殺してしまった者の苦痛と比ぶべくもない。そう言わんばかりに、一矢報いてやったと言わんばかりに、不敵で清然とした笑みを浮かべていた。夥しい量の血を流しながら、それでも笑っていた。

「これ、が、私に、できる唯一の、償いです」

「ありがとう、デオン。ごめんなさい」

「感謝も謝罪も私がしなければならない事です。貴女にお会いでき、なければ、私は無念と自身への失望を、抱きながら討たれていたでしょう。ありがとうございます。そしてこんな、役目を負わせてしまい、申し訳ありません」

 視線を乱蔵に移す。

「王妃の、新しい騎士よ。介錯を、頼めないかな」

 頷き、踏み出ーーーー上空より全てを圧壊せんとするプレッシャーを感じた。

『上から来るぞ!』

ファブニール!

「一切合切を焼却してやるわ!」

「やらせはしない!『百合の花舞う百花繚乱(フルール・ド・リス)』!」

 宝具を使用する事が致命となると分かっていても、彼女に迷いはなかった。王妃を、そして世界を救わんとする騎士を殺させる訳にはいかなかった。

 全魔力と引き換えに放たれる絶技。フランス王権を象徴する百合が、町を覆い尽くさんばかりに舞い散った。デオンの生き様が宝具に昇華されたそれは、見る者全てを惑わす。ファブニールの中に攻撃への惑いが生まれた。臨界を過ぎた炎が四散していく。

「ファブニール!」

 魔女の憎悪の声が惑いを塗り潰す。だがそれで十分だった。マリーへの感謝と、乱蔵への激励を胸にデオンは炎の中に消えた。

 

 

 

 デオンの犠牲により、辛くも必死圏内からの離脱には成功した。しかし余波からの離脱は叶わなかった。瞬く間に迫る炎の津波。

ーーどう凌ぐ?!

 自分は問題ないが、マリーが耐えられるとは思えなかった。抱き込みを考えた時、ゲオルギウスが自身の剣を地に突き立てているのが見えた。視線が合う。防ぎ切れると確信している目であった。乱雑になってしまう事を詫びつつ、マリーを彼目掛け投げた。

「『力屠る祝福の剣(アスカロン)』!」

「乱蔵?!」

 後のフォローはゲオルギウスに任せ、全身に強化を施しながら、少しでも被弾面積を減らそうと極端な前傾姿勢になり眼前で腕を並列に組む。次の瞬間、体が浮き上がっていた。備えの全てを無に帰す衝撃。枯れ葉のように吹き飛ばされる。建物をいくつもぶち抜きながら、5戸目の家屋を破壊した所で地面に落ち、止まる。

 大の字のまま、動かなかった。自分が空を見上げていると言う事も認識できない程に、意識が朦朧としていた。

『……へ……し……らん……』

 声の混じったノイズ。

『……ん……ぞ……ら……ぞう……んぞう!乱蔵!』

 数度の繰り返しでだんだんと明瞭になっていき、それが泣きながら自分を呼んでいるオルガマリーの声だとようやく認識する。

 意識の覚醒と共に、呼吸を止めていた事に気付く。激しく嘔吐く。

『乱蔵?!生きてるのよね? !返事をして!』

「五体、満足で、生きております。そちらは?」

『良かった……!こっちは全員無事よ。マリーとゲオルギウスは?』

 辺りを見回し、そこで初めて相当な距離を吹き飛んで来た事に気付く。

「少々お待ちを」

 軌跡となっている家屋の穴を辿り戻ろうとすると、それを遮る様に人ゲオルギウスが姿を見せた。

「ご無事で何より」

 マントに多少の焦げ目はあるもの本人は無傷であった。しかしそれより確認しなければならない事がある。

「マリー殿は?」

「囮になると」

 顔を伏せ僅かに逡巡し、すぐに決断する。OHスーツを解除。

「所長殿。今からゲオルギウス殿にそちらに向かって頂きますので解呪を行って下さい」

 1枚の礼装を見つめながら、はっきりと告げる。

「ここでファブニールを倒します」

 

 

 

本当の貴女は何者なの(・・・・・・・・・・)?」

 その問いは魔女にとって、見て見ぬ振りをしていた疑問を端的に表したものであった。悲しみこそあれ、憎悪は無いと断言する聖女から生まれるはずのない存在、あるはずのない側面。自覚しないようにしている、と自覚している彼女にとってそれはトリガーであった。元が何であるのかも分からない激情に従い、ファブニールに命を下す。

 デオンは己が身を賭し、自分達を救ってくれた。ならば今度は自分の番だ。魔女は今自分を殺す事に躍起になっている。全魔力を使用すれば、結界宝具を長時間展開できる。時間を稼げれば、彼らならば必ずや成し遂げてくれるだろう。

 残念なのは、初恋の人や、新しくできた友人と騎士に別れを告げられない事だ。

 彼は仕方ないと言って納得してくれるだろう。

 彼女は泣いてしまうだろう。

 彼は……何と言うだろうか。

「『愛すべき輝きは(クリスタル)』」

 暖かく、柔らかく、優しく、そして力強い光が、彼女を背後から照らした。それが何であるのかは分からない。しかし誰であるのかはすぐに分かった。

ーーああ、貴方は本当に……

 マリーを守るようにファブニールと激突したその光は、やがて実体を結ぶ。

 漆黒の筋繊維の各所を、未熟な銀灰色の鎧に包まれた巨人。

 その名を「ザ・ネクスト アンファンス」

「わたしの騎士なのね!」

 十字受けでファブニールの首を抑え込み、前進。前脚が浮き上がる程の力に、ファブニールは後退を余儀なくされる。凡ゆる物を破壊しながら、戦場を中心部へと移す。

「こいつだ!こいつがいつも邪魔をする!こいつを真っ先に殺す!」

 ジャンヌの叫びに呼応するように、ファブニールが動く。羽搏き、距離を取る。更にその後退によって乱蔵は力を逃され、僅かに体勢を崩す。その隙を逃さず、全身を捻り太い尾で薙ぎ払う。防御自体は間に合ったが、予想以上の威力に耐え切れず家屋の残骸へと叩き込まれる。追撃のプレスを、後方回転で回避。足元の握り拳大の瓦礫を蹴り飛ばし、更なる追撃を阻止。仕切り直しーーせず、突進。威力を知っているファブニールは体を落とし、真っ向から受け止めようとした。

 地を揺らし、砂塵を巻き上げながら駆ける乱蔵。

 激突の寸前に、乱蔵は僅かに体を屈伸させた。それが何に繋がるのか、相対しているファブニールとジャンヌには全く分からなかった。

「と、跳んだぁ?!」

 ファブニールの様に飛んだのではない。屈伸による反動で、ファブニールを超える程の跳躍をしたのだ。その巨体故に、その光景は埒外の存在であるサーヴァントでさえ驚愕するものであった。

 空中で身を捻り正面を向いた状態でファブニールの背後に轟音と共に着地。無防備に晒している頸部に両腕を回しチョークスリーパーを掛ける。最強の幻想種とて血は流れており、呼吸をしているのだ。へし折らんばかりの膂力で締め付ける腕が、酸素の供給を断つ。

 その窮状はファブニールに既視感を抱かせた。ジークフリートにより齎された「死」の恐怖。

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ーーー!!」

 あってはならない!あってはならない!!最強たる己を殺し得る存在が2つもあって良いわけがない!

 新たな()の存在を、プライドが認めなかった。

 飛翔、転回、急速降下、墜落寸前での背面飛行による引き上げ。乱蔵だけが地面に叩き付けられた。乱蔵の姿が抉らられた地面に隠れてしまう程の速度。インパクトの瞬間、乱蔵は失神していた。

 ファブニールが離脱した後も勢いは止まらず、町を縦断していた。

 幸い、と言えるかは微妙な所だが、痛みにより縦断する最中に覚醒していた。だが全身が重かった。ダメージのせいではなはい。エナジーコアが明滅している。即ち、活動限界が近付いているのだ。

 立ち上がろうとするが、蹲った状態から体が起こせない。頸部に巻き付けられたファブニールの尾が、強引に立ち上がらせた。先の仕返しと言わんばかりの、強烈な締め付け。覚醒した意識が再び遠退こうとしていた。

「らーんーぞーー!!」

 引き止めたのは、オルガマリーの叫び。明瞭になった視界に、遥か下方にいる皆が映った。無事に合流できたゲオルギウスとマリーもいる。いや、1人足りない。それが誰なのかに思い至った瞬間、活力が全身に戻った。

ーーこの瞬間を待っていた!

 残量が僅かとなっているエネルギーを前腕部の〈エルボーカッター〉に集約させ、光刃へと変える。全身を勢いよく捻り、尾を斬り落とす。

 逃すまいと追撃を掛けようとしたファブニールは思い出した。この場に、自身を殺せる存在がもう1人いた事を。

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 彼の存在を認識した時点でファブニールの意思は逃走に移っていた。距離がある今なら間に合う、とそう思っていた。だがその思いとは裏腹に飛び立てなかった。強烈な痛みが、翼をやられたのだと教えた。ファブニールは自身の敗北を悟った。

 多くの命を消し飛ばした報いを受けるように、光の奔流に呑まれ微塵となり消え去った。



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その十七

ネクストの反響があって良かった。やっぱりウルトラマンはいいよね。
後1、2話で終わりですが、最後までお付き合い頂けたらと思います。

感想・批評お待ちしてます。


 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の光が空の彼方に消えると、そこには邪竜も巨人もいなくなっていた。まさか巻き込まれたのか、全員が血相を変えた。

「乱蔵!乱蔵ーー!」

「ここに」

 気付いたのはアマデウスのみだった。

「待て、蚊の鳴くような、死に掛けの声が聞こえたぞ!」

 凄まじく歩き難くなった道を、モッタモッタと歩くアマデウスを先頭に乱蔵の元へと向かう。逸る気持ちを抑えず、何度もアマデウスを急かす。

 アスレチック染みた道を何とか踏破すると、側臥の状態で地面に倒れている乱蔵がいた。

「乱蔵!」

 寝返る。遠目からでも分かる程に疲弊しているが、無事ではあった。

 オルガマリーが走る。足元を碌に確認しないものだから、すぐさま転んだ。慌てて駆け寄ったマシュが助け起す。割と強かに膝を打ったのか、泣き目になっていた。

「乱蔵、大丈夫?」

 痛みにより幾分か冷静になったのか、全身を検分するようにしながら尋ねた。

「ご覧の通りですが、怪我はありません」

 遅れてやって来たゲオルギウスとアマデウスの手を借りて立ち上がる。アマデウスが率先して手を貸してくれている事から、推察はできたが、それでもと、敢えて尋ねた、

「ジークフリート殿は」

「無理して宝具を使ったからね。余韻も残さず帰ったよ」

「そうですか」

「彼からの伝言だ。『後は任せた共に戦う事ができて光栄だった』ってさ。流石にカッコいい事言うね」

「生涯を通して自慢にできますな」

 それが彼の本心からの言葉だと分かる。直に聞く事ができなかった事が、酷く残念な事であった。

「あともう1つ。守ってくれてありがとうってさ」

「……お気になさらず」

「僕が言った訳じゃないぞ」

「おっと、失礼」

 

 

 

「このまま行くって、正気?」

 ガードチェイサーの所まで戻り、ここで休もうと提案したオルガマリーに対し、一番必要である乱蔵がそれを拒否した。

「ファブニールは殺せましたが、竜の魔女はまだ生きてます。ここで時間を与えて、またファブニールのようなモノを召喚されたら今度こそ負けます」

 ネクストには制約があった。それは制限時間とクールタイムだ。

 ジークフリートが消えた今、戦う事はできても決め手に欠けている状態では時間内に倒せる可能性は低い。また、クールタイムの具体的な数値は分からないが、それを悠長に待っている訳にはいかない。

「逆にその最大戦力がいない今だけが、奴を討ち取る最大かつ最後の機会です」

尤も、と言うより反論のしようがない意見。悩んでいられる時間はない。

「……分かったわ。ただし、オルレアンに着くまでは休んで。乱蔵が万全でなきゃ、勝てる戦いも勝てなくなるから」

「しかし運伝は」

「それならば私の馬を出しましょう。あのばいく(・・・)とやらの速度には敵いませんが、それでも普通の馬よりは速いですよ」

「なら頼むわ。それと後ろに1人乗せられるかしら」

「構いませんよ」

「じゃあマシュ。悪いけど、乗ってもらえるかしら。ジャンヌは御者席で、道案内をしてちょうだい。アマデウス外で、耳を光らせておいて」

「分かりました。もし道中に攻撃されても、死守しますので、大船に乗ったつもりでいて下さい」

「分かりました」

「光るような奇特な耳は持ち合わせちゃいないけど、見張りはきちっとやらせてもらうよ」

 口を挟む隙もない速度で展開していく話し合いに、疎外感染みたものを感じる乱蔵。とは言え、流石の彼も馬がある状況で運転を申し出るつもりはなかったのだが、ゲオルギウスにでさえ無茶をすると認識されているが故の対応なのだからただの自業自得である。

「ほら乱蔵早く乗って。少しでも長く休息を取って」

「分かっておりますので、押さないで下さい」

 因みに非力故何の補助にもなっていない。

「全員乗り込んだわ」

「では出発します」

 ガードチェイサーに牽引された思い出から、清姫とエリザベートは身を固くするが杞憂に終わる。道の凹凸による振動は変わらずあるが、体どころか馬車そのものが浮くような事はなかった。これが馬車の正しい姿、と言わんばかりに頷く2人。

「所長殿。これから休息に入ります。ガチ寝するので、何かあったら引っ叩いて起こして下さい」

「もう一度確認するけど、怪我してないのよね」

「痣塗れですが、内臓、骨、筋肉に異常はありません。体力が回復すれば戦闘に支障はありません」

 清姫に視線をやる。

「……驚きましたが、本当のようです。あれだけの怪物と戦ってそれだけで済むなんて。鉄か何かでできてるんですかね」

「体もだけど、どんなメンタルしてんのよこいつ」

 何やら謂れなき事を色々言われているが、時間も惜しいため反応せず体を横にす——、マリーの顔を見上げていた。

「?……?!」

——恐れていた事態が実現してしまっただと?!

 予てより何かしらの手段で労ろうとしている節が見えていたのだが、この逃れられないタイミングでやってくるとは思っていなかった。休息モードに入ってしまった体は、起居動作の信号を発してはくれなかった。最早挽回は不可能と悟り、早々に意識を飛ばした。

「お休み、わたしの騎士さん」

 そんな声が聞こえた。

 

 

 

「ジル!ジルはどこ?!」

「ああ……ジャンヌ。何と痛ましき姿……」

 ファブニールの体を盾にする事でどうにかワイバーンでの離脱を成功させたが、無傷ではなかった。余波を食らった右半身の鎧は欠損があり、肉体にも大小の火傷を負っていた。

「私の事はいいの!あいつが来る!今すぐ、もう一度ファブニールを召喚しなさい!」

「申し訳ありませぬ。聖杯とて一度に使える魔力量は決まっていて……」

「召喚できないって言うの?!」

 言い訳を連ねるジル・ド・レェに食って掛かる。必死な形相に胸を痛め、同時にこうまで痛め付けた相手に怒りが湧く。

「ならワイバーンをありったけ向かわせなさい。絶対に、必ず、あの人間を殺しなさい!」

その相手が人間であると言う事に驚く。

「あの人間であれば、さもありん、と言う所か」

 嘲笑と共に茶番染みた遣り取りを見守っていたワラキアが言う。

——あの人間は時代が違えば英霊にもなれたであろう傑物。嬰児のあの女では逆立ちをしても勝てぬだろう。それを是正しないのではこの戦争、負けるであろうな

 しかし自身は吸血鬼の伝説を擬える気はない。気の乗らぬ聖杯戦争であったとしても、負ける事を許容できるような素直な性格はしていない。

——迎撃(・・)は慣れたものであるからな

 

 

 

 ふぅ、と耳に吐息を吹き掛けられた。蠱惑的な寒気が背筋を走る。一気に覚醒した乱蔵は、すわ何事!と転げ落ち、反対側までそのまま転がる。

 耳に残る違和感と、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたマリー。

「え……」

「ふふ、ごめんなさい。呼んでも揺すっても起きなくて。叩いて起こすのは可哀想だったから」

 起こしたと彼女は言っているが嘘である。自分に非があると分かれば深くは追求しない、と分かった上で嘘を付いたのだ。

「そ、それは大変に、申し訳ございました」

 こう言った揶揄いに全く耐性のない乱蔵は、オルガマリーでさえ見た事ない程に動揺していた。因みにここに彼女はいない。

「あ、えっとオルレアンに着いたのですか」

 何故か疚しい気持ちを抱きながら尋ねる。

「いいえまだよ。ただ外を見てもらえれば分かるけど、あまり状況は良くないわ」

 促され、御者席から顔を出す。

「ワイバーンの大群……!」

 距離があるためまだこちらには気付いていないが、その距離でも大軍だと分かる程の数。この中を強行突破するのは、只の自殺と変わらない。ネクストはまだ使えない。仮に使えたとしても、嬲り殺しに遭うだけだ。

 手持ちの礼装を確認し、突破口を考える。

「何か思い付きそう?」

 と、顔のすぐ横から声が聞こえた。それこそ頬同士が接触しかねない程の近さ。

 より近くで見る事で際立つ造形の美しさに、息を呑む。辛うじて惚けずには済んだ。

「無茶をすれば、ですが」

「また無茶をするの?」

 肩と背中に感じる荷重。背中に寄り掛かり、肩に顎を乗せているのだ。女性的な肉体の柔らかさに、心臓が飛び跳ねる。体が四角く強張っている。

「い、いえ。無茶をするのは、寧ろ自分以外の方々です」

 自分の事を棚上げにし、嘘は許さぬと言わんばかりに凝視する。顔を向きが変わった事で、吐息が頬を擽ぐる。ただの気体だと胸中で叫んでも、仄かな香りがどうしようもなく鼻腔を刺激する。

 乱蔵は混乱の極致にあった。

——近い、あまりに近過ぎる……。忍耐力を試されているのだろうか。

 黒目が隠れるぐらいの勢いで反対側を見る。

「その、スカイフェニックスを使えば突破口は開けます。ただそこを皆が踏破するには馬車を使う以外に方法はありません。誘導で数は減らせますが、取り零しは絶対に出るので、城に入るまでかなり危険な状態になると思います。…………あの、説明は、以上です。あと、その、ちょっと近過ぎる、のではなないかと」

「あら、そうだったかしら。ごめんなさい」

 素直に離れてくれる。ようやく人心地付けた。とは言え、ここに2人きりは精神衛生上とてもよろしくないため、降車しオルガマリー達の所に向かった。

「方針は決まってますか?」

「もう起きて大丈夫なの?」

「お陰様で、しっかりと休めました。それで突破に関してですが、提案があります」

 

 

 

「そう言うわけで、ゲオルギウス殿にはガードチェイサーの操作を覚えて頂きます」

「分かりました。ご教授よろしくお願いします」

「こりゃまた酷い乗り心地になりそうだ」

 会話から漏れ聞こえて来る内容に、辟易とした思いを隠さないアマデウス。口には出さなくとも、誰もが同じ事を思っていた。

「これは完全に1人乗りなのかしら」

 既に鎮座しているスカイフェニックスを見て、オルガマリーが尋ねる。

「確かに所長殿だけでも同乗できれば良かったのですが、狭すぎまして。あのスペースできちんと座れずに戦闘機動を行えば、身の安全を保証できません」

 ガードチェイサーに跨るゲオルギウスにレクチャーしながら答える。

「飲み込みが凄まじく早いですね。良い意味で予想外です」

「あれだけの頑張りを見せられた後に、不甲斐ない所はお見せできませんからね。こちらの用意はできました。いつでも出られます」

「分かったわ。……全員乗り込んで。乱蔵、よろしくね」

「お任せを」

 スカイフェニックス、離陸。

 

 

 

 

 音に気付いたワイバーンがこちらの進路を塞ぐように殺到した。とても良い位置取りだ。

 スロットルをマックスに叩き込む。音を置き去りにしたスカイフェニックスは、高速かつ巨大な質量弾となりワイバーンを一網打尽。キャノピーに付着した血肉を風が攫う。

 すぐさまワイバーンが追跡できるよう減速させ、囮となる。目視はできないが、センサーはしっかりと追尾と攻撃を警告している。引っ切り無しの攻撃を必死に躱す。縦横無尽に襲い来る高Gに内臓を揺さぶられる。視界が赤くなったり暗くなったりと忙しい。

『気をつけてくれ!未確認のサーヴァントが窓辺に寄ってる!』

「こちらで妨害しますから止まらずに!」

 ロマ二から地上への報告を聞いた乱蔵は、すぐさま操縦桿を倒し急旋回させた。内臓が偏っていくような感覚。

 ロール状態のまま飛行させ、底面を城に掠めるように飛行。

「後どれ位ですか?!」

『もう少し!1分以内には着くわ!キャア!』

 慌てて地上を見る。直撃を受けた様子はなかったが、取り零しが集まりつつあった。引き付けようにも、下手に接近しこちらの後方にいる奴らのてヘイト先を変えてしまう可能性がある。

 すると突然、数匹のワイバーンがぐらついた。

「フランス軍か!助かった!」

 届かずとも思わず叫んでいた。

 窮地を脱し、城は既に眼前。清姫の炎が扉を吹き飛ばすのが見えた。

『乱蔵入ったわ!』

「了解!さあ囮の時間は終わりだ!」

 進路そのままで機首のみ持ち上げ、コブラマニューバでオーバーシュートさせる。反転させる隙を与えず、質量弾アタックで粉砕。

「状況は?」

『竜の魔女とジル・ド・レェとワラキア、それとアーチャーらしきサーヴァントがいるわ。場所は窓の少し横から突っ込めば、真正面に位置するわ。やれそう(・・・・)?』

 小声で答えるオルガマリー。

「分かりました。突っ込みます(・・・・・・)!」

 宣言通り最上階へとスカイフェニックスごと突っ込む。位置に若干の不安があったが、ドンピシャで緑髪のサーヴァントがいた。躊躇わずトリガーを引く。

 嘴より発せられた光線がサーヴァントを焼き尽くす。

 これ以上の不意打ちはできない。コックピットから飛び降りる。

「お前ええぇぇ!」

 魔女の憎悪に満ちた声を余所に、乱蔵はワラキアのみに視線を向けている。

「ようこそ、と言っておこうか。手荒い歓迎しかできんが許してくれ」

「その護国の槍、折らせていただく!」




俺もマリーに悪戯されてえな。


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その十八

取り敢えず最終回です。最後まで見ていただきありがとうございます。
批評、よろしくお願いします。


室内を炎と憎悪が満たす。

喉を焼くような熱は、炎が発しているのか、それとも憎悪が発しているのか。

その「動」が満たす中にて、乱蔵とヴラドは「静」であった。ゆっくりと歩を進め、間合いの一歩手前で止まった。僅かに得物を揺れ動かす様は、喰らい付くタイミングを計る肉食獣の様であった。

全身を震わせる「動」の戦いに対し、全身を締め付けるような緊張を齎す「静」。しかしそれは嵐の前の静けさだ。一度動き出せば、もう止まる事はない。

張り詰めていく弓の弦のように、少しずつ少しずつその時は迫っていた。

弾かれた炎が2人の間を割って入った。軌跡を追わず、瞬きもせず。そして同時に動く。

肘を曲げ、腕の助走(・・)を付けると同時に槍を手の中でスライド。リーチの錯覚。卓越した握力とそのコントロール技術があればこそできる芸当。乱蔵からすれば突然伸びた様に見えただろう。

しかし、極限にまで高められたテンションと限界まで強化された神経は、乱蔵にそれを見てから回避させた。短いサイドステップで回避しつつ、体を沈み込ませる。水平に構えられたライザーが振るわれる。その高さは、回避行動を迷わせる絶妙な高さ。

それに対し迷わず回避行動を取れるのが、英霊だ。

刀身に手を乗せ、地面とし、倒立するように回避。

刹那の背中合わせ。同時に回転。僅かにヴラドが早かった。

火花を散らし乱蔵が壁に叩きつけられた。追撃を行わず、掌を見た。一筋の赤い線。力を弛緩すると血が溢れ出た。

ーー痛み分け、と言うには差があるが、先に傷付けられたのは余の方か

既に立ち上がっている乱蔵を見遣る。思わず、笑みが溢れる。

床を砕き駆け出す。乱蔵は待ちの構え。

振り下ろされた槍を、逆手に構えた刀身で滑らせる。体勢を崩す事を狙っていたが、優れた体幹を以ってそれを最小限に抑えられる。攻撃は不可能と判断し、後退。

それを追うヴラド。フェイントや、リーチを惑わす曲芸的な槍捌き。円を描くその動きはそのまま威力に上乗せされている。斬り結ぶ度に大きく揺らされる。ブラドの動きに淀みは一切なく、途切れる事なく全てが繋がっている。時間を経る毎に威力が上がっている。どうにか状況を動かさなければジリ貧である。故に一歩間違えれば玉砕の一手を打つ。

敢えて踏み込み、必殺の間合いの更に内側へと身を晒す。

「?!」

横薙ぎの動きがキャンセルできない絶妙なタイミング。ヴラドの攻撃は斬撃から打撃へと変わる。柄が胴体に接触する瞬間に体を動かし、ミートポイントをズラし脇に挟み込む。同時にその動きを殺さぬように更に体を動かしながら、ブラドの首を鷲掴み、後方へと投げ飛ばす。ふらつきそうになるのを堪え、ヴラドを追い、壁に叩き付けるようにタックル。諸共壁を打ち抜く。

壁の外は両側を壁に囲まれた狭い螺旋階段であった。受け身も取れず階段を転がっていく。浅い角度であったため自然と止まる。

自分より上段でまだ這っているヴラドを見た乱蔵は、四つ脚のような不恰好な状態で一気に接近。顔面へと拳を叩き込む。体勢を直せないまま喰らったヴラドは、脳を揺すられ意識が白濁となった。虚ろな目から好機と悟る。頭を抑え込み、頬を何度も殴打。床が割れる程の威力。しかしそれが彼の意識を呼び起こした。

「『血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)』」

 

 

 

「あら、ヴラドが宝具を使ったようですね。思ったよりも苦戦したのか、戦いに飽きたのか。まあどちらにせよ、宝具を使っておきながら、仕留め損ねるような愚は犯さない事でしょう。こちらももう少しで終わりますし、丁度いいタイミングですね」

『残念だけど乱蔵君は生きてるよ』

高笑いする程に上機嫌だった竜の魔女(ジャンヌ)はその言葉に、一転して表情を歪める。

「使えないグズね。羨ましいわね私。……アレがこちらにいたらどれだけ楽だったか」

乱蔵が復讐を肯定した事を覚えていた彼女はそう言った。皮肉か本音かそれは本人にも分からない。

 

 

 

静寂。ヴラドも乱蔵も動かなかった。

「くくく……。ははははは!!大したモノだな」

宝具は間違いなく必殺の間合いで発動し、直撃した。肉を貫く感触もあった。しかしそこにある血溜まりはあまりに小さかった。

「躱せぬと分かって目を潰すとはな」

ヴラドの左眼は完全に失明していた。

顔の側面を床に押し付けられていた状態で、視界を得ていた方の目を潰された事で盲撃ちとなったのだ。マウントを取られていた事で完全に外すような事はなかったが、果たして割りに合っているのかどうか。

「名を聞いておこう」

「……三船乱蔵」

淀みない足取りで姿を現す。

「乱蔵か。覚えてこう」

左脇と左肩から流れた血が、床に溜まっていく。

左眼窩より溢れる血が服を汚す。

「……」

「……」

互いの手に得物はない。

否、拳がそれである。

「ぜあっ!!」

「しゃあっ!!」

死角側の頬を、穴の開いた脇を、拳が叩く。

「腕が動かぬか!」

「十分だ!」

靡く長髪を掴み頭突き。潰れた鼻から血が飛び散る。

メットの後頭部を掴み離脱を阻止。脇に膝蹴り。2発、3発と立て続けに叩き込む。喉奥より血が昇り吐き出された。

髪を掴んでいた手でイヤーカップを打つ。空気圧を利用した三半規管への攻撃。目論見通りヴラドの視界が歪む。そのまま頭部を押し退け、壁面へとぶつける。その行為自体にダメージはなかったが、揺れが悪化し膝をついてしまう。

「はあっ!!」

空かさず回し蹴りを側頭部に叩き込む。どこからかの血が飛び散る。

「ハアハアハア……」

キングブラスターを引き抜きトリガーをーー

「?!」

背中より杭が撃ち出される。紙一重で回避するがその隙に接近され、タックル掌底。片手で顎を突き上げ、片手で脚を取られ押し倒される。

マウントを取られた。即座に右手首と首を渾身の力で握り締められ反撃も離脱も封じられる。

酸素を断たれた脳が今にもシャットダウンしようとしている。それでも懸命に打開策を探す。使えるのは、動かせはする(・・・・・・)左手のみ。

左手が動いている事自体はヴラドも気付いていた。しかしナメクジが這うような動かせない上、右手の拘束を振り解こうとする動きに対処しつつ警戒できる程の余裕はなくなっていた。だから左手がどこを目指しているのか全く気付けなかった。

突然下腹部より全身に奔る激痛。拘束していた手が勝手に弛緩する。

左手が睾丸を握り潰そうとしていた。

「ぐおおおおお!!!」

ブラドの幸運、乱蔵の不運。それは睾丸を握りしめているのが左手であった事。深いダメージのせいで十分な握力を維持する事ができなかったのだ。

戦術も思惑もない痛みからの逃走。吐き気さえ催す痛みに、しばらく立ち上がる事さえ叶わなかった。

「ゲホッ、ゲホゲホ……」

「熟、貴様は、強いな。斯様な泥仕合、生まれて初めてだ」

2人とも支えなしには立ち上がれなくなっている。壁に身を預けながら、緩慢に立ち上がる。

キングブラスターを構える。徹底したその姿勢に胸中で賛辞を送る。だが、

ーー簡単に勝ちをくれてやるつもりはない!!

「カアアア!!」

全霊の力を以って走り、全霊の力を以って貫手を繰り出した。

手は空を切った。

「……見事!」

 

 

 

『聖杯の回収を確認した!帰還の準備をしてくれ』

「ロマ二!乱蔵は?!」

『大丈夫だ。ちゃんと生きてる。ただかなり負傷しているから、医療班を準備させておくよ』

階段へと通じている扉が開く。戦闘の余波で歪んだのか、耳障りな音を立てた。

「乱蔵!」

制服を破って作った即席の包帯から、血が滲み出ている。脱力している左腕。鼻血、吐血の跡。それでも確と歩いている。

感極まったオルガマリーが突撃を敢行しようとして、直撃一歩手前で踏み止まり、控え目に抱き着く。

「ご無事で何よりです」

「乱蔵も無事でよかった……!」

誰もが乱蔵に負けず劣らず負傷しているが全員無事であった。

2人を囲うように全員が集まる。

「次呼ぶならちゃんと後方勤務させてくれ。もう切った張ったはゴメンだ」

「私が言うべき事は他の方が言ってくれるでしょう。それでも、貴方はもっと貴方自身を大事にしてあげなさい」

「未来のアタシいなかったじゃない!この借りはちゃんと償って貰うわよ!」

「……人理修復の旅に同行すれば安珍様を見つけられるかもしれませんね」

「私達が不甲斐ないせいで貴方には大きな負担を掛けてしまいました。共に歩む時には、必ず挽回させて頂きます。感謝するのも何か変ですが、あの子(オルタ)の事を肯定してくれてありがとうございました」

別れは惜しいが、世界が白み始めている。

「ねえ乱蔵」

マリーが手を取る。

「貴方が私の手の届かない所で傷付いていく事を考えると、とても胸が苦しくなるの。私にはそれを止められない。だからせめて、傍で支えさせて欲しいの。だから必ず私を呼んで」

視界が白く塗り潰されていく中、彼女は最後までその手を握り続けていた。

 

 

 

 

 

 

心のどこかで、英霊と言う存在は人とは隔絶した存在であり、利害の一致や契約による隷属でなければ味方にならないと思っていた。だが彼らは人なのだと分かった。困っている誰かに、得にならないと分かっていても手を差し伸べるように、心で動いているのだと。

「ヴィヴィラ・フランス!よろしくね、私の騎士さん」

あの時と変わらない笑顔の彼女を見てそう思った。




評価して下さった方ありがとうございました。感想を頂けると凄く励みになりました。
誤字脱字報告をして下さった方ありがとうございまいした。隅々まで読んでいただけて嬉しかったです。

まだまだ書きたい話もあるので、しれっと更新すると思いますが、またその時は読んで下さい。

ありがとうございました。


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