コードギアス 灰かぶりのルルーシュ (ギモアール)
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序曲

皇暦2017年、悪逆皇帝ルルーシュは、自身の座椅子から、頂点から、孤独から、世界を見下ろしている筈だった。だが、その彼は今、血の海に沈んでいた。

ゼロレクイエム…ルルーシュは自分を悪たるとして、正義であるゼロに自身を殺させ、世界を、人々を明日へと解き放った…

全ては滞りなく行われ、最愛の妹に身罷られながら、ルルーシュは己の罪を抱き、死という底なしの海へと沈み、明るい明日と安らぎを願った…

筈だった…


…ある、一つの物語…

 

…ただ存在しているだけでいじめられ、

認められなかった、灰かぶりの少女、セラ。

そんな彼女はとある気まぐれな魔女によって、夢見る乙女からシンデレラへと生まれ変わった…筈だった……

 

 

 

…これはある種の物語…

 

 

…孤独な魔王に与えられた、

 

 

もう一度の命、

 

 

人生、

 

 

明日、

 

 

迷い惑いながらも、

彼は生きて行く…

 

 

…本当なら、いや、本当という言葉は、

似つかわしい。

ただ、始まりが、主人公が、

彼であっただけである…

 

…これは、そんな物語…

 

 

コードギアス

 

灰かぶりのルルーシュ

 

 

 

 

遠い昔の、ある小さな国。国力が乏しいわけでもなく、ただ、よくある普通の国であった。人々は日々を慎ましく過ごし、楽しみ、暮らし、憧れていた、大陸1と評される大きく荘厳な城で、踊ることを。

 

美しく心やさしき女王は人々の貧富を関係なく年に一度城に呼び、舞踏会を開いていた。市民の女性、まぁ、特に男性は、そこで女王を一目見る、いや、ともに踊るべく、日々ダンスの練習に励んでいた。そして、この年は特に盛り上がっていた。

女王の美しい娘、ガリア王女が15になり、参加するからだ。

母譲りの金髪、しなやかな体、美しい顔立ちともあり、巷での評判もさることながら、他国の王子からもたいそう人気があった。

 

性格も優しく、少し天然で、お転婆な彼女は国民の誰からも慕われていた。城から抜け出して、下町で遊ぶときに、王女ではなくただの女の子として遊ぶ姿を町の人々は知っていたからだ。

親子ともに威厳を振りまく人ではないことが、それに拍車をかけた。そして今宵、その舞踏会が始まる。

 

国民は皆、身だしなみやダンスの確認など、慌ただしく準備をしている。それはもちろん、少し寂れた、だが、しっかりと手入れがされている、このドミナンシス家でも……

 

 

「おい!ドルグ!ゴンド!チェラム!準備は出来たか!?

早くしないと!くそ!一番乗りできないだろが!!

ったくよ、上品かつ優雅な俺様の参上っぷりで、女王陛下を魅了させて、お前らで王女を落とすっていう算段が崩れるじゃねぇか!

早くしろ!置いてくぞ!

 

 

 

この家の家主であろう、伸び散らかしたかのようにしか見えない金髪と、しまいきれない贅肉を揺らしながら、男はそう叫ぶ。

叫んでいる時点で優雅さや品といったものは台無しである、いや、それ以前の問題か。聞こえてくる声からそんな姿を想像して、玄関のすぐそばの部屋で、一人の黒髪の美青年がせせら笑う。

ラフな長シャツにジーンズと、お世辞にも高級とは言えない服で身を包んでいるにも関わらず、その身からは隠しきれない品が、オーラが溢れている。笑っていても物書きをしている手は狂いもせず、まったくもってスピードも落ちてはいない。

 

 

…騒がしい、まるで発情期を迎えた猿だな。上品?ふ、そうやって痴態を晒しているのにも関わらず、よく言えたものだな。

貴様にあるのは下品と野蛮だけだ。それにそんなに脂の乗った顔と脂が溢れた腹をしていては、芸人としては成功するだろうが、

魅了には遠く及ばんな。ふ、笑ってやるさ、せいぜい会場で失笑なりなんなりを頂くといい。

 

俺はそう、心の中で罵った。

こんなことを口に出すまでもないからだ。

くだらない。それに、喧嘩でもしてあの子がパーティーに遅れるようなことになれば…っと、そろそろ来るな。

 

 

ドタドタと階段を走って降りてくる二人の足音、それにゆっくりとだがトタトタと追いつこうとしているもう一人の足音が聞こえてくる。

 

 

「無茶言うなよ!親父!直前で俺らの服がダメだって言って着替えさせたのはそっちだろうがよ!ったく、まだネクタイがちゃんと出来てねぇのによ!くそ!

 

 

「そうだよ。兄貴はまだしも、俺なんかまだ髪型が決まってないんだよ。これこそ男として最も重要な…

 

 

猿のように叫んでいた男には3人の息子がいる。

そのうちの2人がやってきた。ネクタイがどうとか言っているのはドルグ。親父譲りの金髪で長身、長髪の男だ。

本人はカッコいいと思っているが、切り忘れたとしか思えない伸ばし方だからまったくもって似合っていない、いや、似合うやつなどいないな。髪がどうと言っているのはゴンド。

兄と比べると少し低いが、細っそりした兄と比べて体つきががっしりとしていている。何故かこいつも似合いすらしない長髪だが、顔はまぁ、悪くはないのだろう。俺にはよくわからないがな。

二人とも俗に言うお調子者で器の小さい男だが、付き合った女の数はそれなりにだったしな。ふ、108人とデートした俺からしたら、大したことはなかったがな。ふっはっはっはっはっはっは!!

…いかんな、ついゼロの笑い方をしてしまう。

俺は過去を捨てたつもりだったが、つい出てきてしまうな。まぁいい、今から見る茶番の方と同じくらいどうでもいいことだ。

 

 

「ええい、黙れ!父に向かって歯向かうな!クソ!あと、お前らも今から言葉遣いを変えろ!今からだ!

 

「ち、分かりやりました、親父様。

 

「おいドルグ、二度は言わせるな。

 

「分かりました、お父様。

 

「それでいいんだ、息子よ。はっはっは!!

 

く、腐った声音の嗤い声など、聞いていて虫唾が走るな。よくあんな声を出せたものだ。中華連邦の豚どもとそっくりだ。

まぁそんなことはどうだっていい。俺に近づいてくるちょこちょことした足音の方が重要だ。ドアが開く音が聞こえる。

 

「ルル兄さん、ちょっといい?

 

「なんだい、チェラム?

 

顔を向けると、くりくりとした目を向ける、金髪で品のある顔立ちをした、俺をとても慕ってくれる、弟のチェラムがいた。

少し不安が混じった目を俺に向けてくる。ふふ、可愛らしい奴だ。

 

「服が…おかしくないか…見て欲しくて…

 

「ああ、わかったよ。どれ…

 

俺はチェラムの方に体を向けて、しっかりと見る。チェラムも含め、皆タキシードを着ている。この国の基本の正装だそうだ。

チェラムのやつは俺がきちんと糸のほつれが無いかどうかをよくチェックしてあるし、チェラムもきちんとしまっていたのだろう。

型くずれやシワもなく、カフスもつけている。

俺が教えた通りネクタイを締めたのだろう、まっすぐだ。うん、文句のつけようがないな。

 

「大丈夫だよ、しっかり出来ている。流石だな、チェラムは。俺が今まで教えたことを全部こなしている。ふ、もう俺は要らないな。

 

「そんなことないよルル兄さん!僕は、兄さんが褒めてくれるから頑張れるんだから!

 

ため息まじりでそういうと、チェラムが身を乗り出して否定してきた。ふふ、まったく、可愛らしい奴だな。

俺は優しい手つきで頭を撫でてやる。

 

「はっはっは!冗談に決まっているだろう。ふふ、お前はすぐ本気にするから、つい俺もからかってしまう。すまないな。

 

「もう!ルル兄さんはいつもそうなんだから…

 

「……ああ、そうだな…

 

プンプン怒りながらも、俺に頭を撫でられて心地よいのか、チェラムは目を閉じて微笑んでいる。…俺はチェラムが毎回目を閉じるとき、否が応でもロロを思い出してしまう。

…ロロ。ああ、わかっている、わかっているさ。

この子はロロではない。だが、ロロと同じように、血の繋がった兄弟でも…ない…

 

「…ルル兄さん?

 

「ああ、いや、何でもないよ。少し考え事をしていただけさ。

それより、早く行かないと置いていかれるぞ?

親父さんは気が長くないからな。

 

「ルル兄さん、その、

 

くっ、悩んでいる顔を少し見られてしまった。

今から舞踏会に行って緊張するこの子にこんな顔を見せるなんて、く、兄としてなんたる失態!!

まぁすぐに取り繕ったからな。大丈夫だろう。

…せめて、俺がついて行けたらよかったのだがな…チェラムに早く行った方がいいと言った時、少し顔を暗くした。

…恐らく俺が行けない事を気にしているのだろう。

 

「ああ、俺が行けないことは気にするなよ。

俺自身、ああいう場所は苦手だと、知っているだろう?

こうやって家に残れた方が良かったさ。気にせず楽しんで来るんだぞ。

 

「…ルル兄さん…

 

思ってもないことを、いや、ある意味正しいか。

世捨て人となった俺には、ああいう煌びやかな場所は似合わない、いや、居てはならないんだ。

俺は…いや、俺の…罪か…

 

ともかく、今は元気よくチェラムを送り出してやらないとな。

正直なところ、あっちで小さい頃にパーティーはで飽きていたからな。…会長の開く、とんでも祭は、飽きなかったな…懐かしいな…っと、今は過去を振り返っている場合ではない。

 

「どうした?早く行かないと本当に親父さんが怒りかねないぞ?さっきも言ったが俺のことなら

 

「違う!違うんだ!そうじゃなくて…

 

「ん?なんだい?

 

どうやら俺のことではないらしい。チェラムは深刻な顔をして、何故か体をもじもじさせている。

 

「僕の、この姿は、その、あの、ナター、お、女の子には、ど、どう見えるかなって、それを、聞きたくて、その、

 

「ああ、そういう事か。くく、なるほど、ようやくわかったよ。

大丈夫さ、ナターリアもきっと、お前の姿に見惚れるよ。

ふふ、そんなに深刻な顔で、ふふふ、聞いてくると思えばふ、ふ、そんな、事をふ、ふふ、はっはっは、!!!

 

俺は堪えきれずに笑ってしまう。チェラムの顔と言葉のギャップが、どうも可笑しかったのだ。

チェラムは顔を真っ赤にして、肩を怒らせている。

ナターリアとは近所に住むチェラムとは同い年、幼馴染の少しやんちゃな女の子だ。

内気なチェラムととても気が合い、仲が良い。本人達は認めていないが、周りは2人を恋人として認めているほどだ。

まぁ、話から分かるように、今夜チェラムはいわゆるプロポーズをするのだ。

兄としては誇らしいな。

余談だが、彼女の家はこの国の五本の指に入る、いわゆる大貴族のアルティシア家で、俺たちが住むここ、城下町ミディアミスの、今で言う自治体のようなものを担っている。

まぁ、この家も没落したとはいえ、俺のおかげで10本の指には、入るくらいにはなっている。

彼女の両親はとても優しく、情のある人だ。

チェラムとともによく遊びに行った時は優しく迎えてくれた。

どうやら俺の事情を知っているらしく、色々と便宜を図ってくれたのだ。そのおかげで、俺はこの家を完全な没落から救えた。

まぁ、色々あったことは今は置いておこう。

 

だんだんチェラムが怒り始めているのが分かる。ぷくっと膨らませた頰がハリセンボンのようで可愛らしい。よし、あまり笑ってもかわいそうだ。

 

「も、もう、笑わないでよ、ルル兄さんはあっさり言っちゃうんだから!ぼ、僕が、ど、どれだけ、か、覚悟してきいたか、

 

「はっはっは、ふぅ、ふふ、すまない。あまりにも面白くてな。ふふ、可愛い奴め。

 

機嫌を直してもらうためにも、緊張を解いてもらうためにも俺はチェラムを撫でる。

チェラムは口ではプンプン怒りながらも、顔は撫でられて心地よいのか微笑む。

 

「も、もう!撫でたって許す気は無いよ!

でも、でも、兄さん、怖いんだ。もし、うまく伝えられなくて、断られたらって、考えると

 

「チェラム。

 

「はい、ルル兄さん。

 

俺は少し真剣な声音で話す。

 

「大丈夫さ。ナターリアはお前のことをよくわかってくれている。

お前の、心の言葉で、正直に想いを伝えたら、絶対に彼女は応えてくれる。安心して伝えるといい。それにお前は、…おれの、自慢の弟だからな。

 

「ルル兄さんありがとう!ぼく、頑張ってみるよ!

 

言葉が少しだけ詰まる。ロロへの罪悪感からか、はたまた自分の罪の意識か、くそ!この子には全く関係ないというのに!まぁ、チェラムは落ち着いてくれたようで良かった。

もうすっかり元気になっている。

ふ、こうしてみていると、何故か無性にスザクを思い出してしまう。

こう、なんか、頭を撫でざるをないというか、嬉しそうに尻尾を振っている子犬のような、く、何を考えているんだ、俺は!もう時間があまり

 

「チェラム!!いい加減に来い!本当に置いてくからな!!

 

あの男の怒鳴り声が聞こえてくる。耳障りな声だ。鬱陶しい。

吐き気さえ催してくる。だがそんな事を考えているとは微塵も思わせない笑顔と声でチェラムに語り掛ける。

 

「ほら、親父さんも呼んでいる。行ってこい。しっかりやるんだぞ。

 

「はい。じゃあ、行って来ます、ルル兄さん。想いだけでも、絶対伝えて来るよ!お土産期待しててね!!じゃ!

 

「おいおい、舞踏会でそんなものは買えな、ふ、慌ただしい子だな、全く。…そういうところは、お前にそっくりだよ…ナナリー…

 

覚悟を決めた目をして、しっかりと俺に宣言までして勢いよく出て行った。全く、普段も

このくらいの気概を持っていればいいものを。チェラムは一度決めたことを曲げる事はほとんどない。最近になって漸くやめた、俺と一緒に寝ることくらいだな。

2年前からか、この国での成人である15になり大人だから、1人で寝れると言い出して、そのくせ眠れないから俺のところにやってきて、ふふ、懐かしいな。先週までは俺のところに来ていたのにな。

……思わず、ナナリーの名が口から出てしまった。

もう、俺は、帰れないというのにな。ふぅ、気をつけよう。

あの子に聞かれたら面倒だ。勘違いしやすいチェラムなら、おれに彼女が出来たとかどうとかといって、騒ぐに違いない。

…まぁいい、さて、続けるか。もっとも、殆ど終わってはいるがな。

 

…少し集中できないな。やはり、1番緊張しているのは、俺か。

チェラム、くそ!もっと助言をすればよかったか、噛まないための発声練習や、使ってはいけない言葉や正しい敬語の最終チェックは昨日で終わってはいたが、やはりもう一度確認するべきだったか、ううん、兄としてはその場に立ち会って、隣でカンペくらい見せてやりたかった!いや、告白し、成功する時を見たかった!

もしダメだった時は俺があの子を抱きしめて慰めないと、は!何を考えているんだ、俺は!あの子が失敗するはずがないだろう!

…くそ、だんだん不安になって来た。やはりこっそり城に忍び込むか。

以前仕事の関連で見させてもらった城内図や衛士の話から、42のルートを見つけたが、そのうち俺だけの力で通れるのは4ルートのみ、しかも今日の警備は万全の筈だ。

さらに少ない。ち、しかもあの男に見つからないようにするとると、く、やはり無理か。俺が叱られるならまだしも、それがチェラムに悪い影響を与えかねない!

それだけは断じてあってはならない!

く、仕方ない、衛士に知り合いは多いし、俺の事情を知っている者もいる。なんとか衛士の服を貸してもらって変装さえすれば、

は!しまった!俺としたことが…

くそ、この国では女性優位だということをまた忘れていた!

俺の家は男ばかりだが、他の家の家長の殆どが女性だ。

色んな意味で女性が強いのだ。

無論戦闘の面でも変わらないから、衛士の殆ども女性。

く、ビルムさんなら貸して貰えそうだが、あの人は俺と体格が違いすぎる。この国では珍しい、しっかりとした体格の黒人の男性衛士だ。彼はいつも城下町の見回りをしているので俺も良く話す。

優しく気さくな性格で、俺が苦労して運んでいる水をいつも手伝ってくれている。…たかが二リットルの水を運んでいるだけなのにな。

くそ、おれは何故この世界でも非力なのだ!

いや、俺は悪くない、木製のバケツが重すぎるだけだ。

…周りの五歳ほどの子供がそれを持って走りながら俺を不思議そうな目で見るが…ち、今はそんなどうでもいいことはいい!…やはり体格差がありすぎるな。

ならば女性の衛士から、くそ!何を考えているだ!

俺は!こんなの、ただのセクハラじゃないか!

俺はそんな見下げた事をするつもりなど毛頭ない!いや、落ち着け、そうだ、新品の物を買えばいい。少し貯蓄が減るが、まぁ大した額ではないだろう。購入なら彼らも嫌な顔などしないだろう。以前、く、思い出したくもないが、10歳の頃に着たことがあるから着付けには何の支障もないだろう。

 

…7年前、いつものように3人で遊んでいたら、ナターリアがいきなり俺たちに、王女を見てみたいから城に忍び込みたいけどなんかないの?と言い出したので、俺が冗談のつもりで衛士に変装でもすればいいと言ってしまった。あの時の俺をぶん殴りたい…。

目を輝かせて、まさにそれだ!という目をした彼女は、俺の制止を振り切って自分の家へと駆け戻り、三着の衛士の服を持ってきた。

そう、忘れていたが彼女の母は衛士長だったのだ。

たまたま新人の服を衛士長である彼女の母が家に持って帰ってきていたらしい。

なんでも

新人の物は衛士長が初めは綻びとかを直す風習があるそうだ。

母に無断で、しかも他人のものを持ってきた彼女を俺は叱ったが、一度決めたら前進しかしない彼女は止まらなかった。

…そうだ、彼女はまさに会長にそっくりなのだ。性格がな。

まぁ、そのあとはもう、わかるだろう。嫌がる俺を無理やり着替えさせ、チェラムはまだその時は今以上に女の子っぽく、本人もよくわかっていなかったから悪ノリしていたのだ、ともかくそんな2人に俺は敵うはずもなかったのだ。一歳しか歳が変わらないのだから仕方ない。ノリノリなナターリアとチェラムに俺は引きずられながら門の前まで進んだ。当然ながら通れるはずもなく、すぐに俺たちは捕らえれた。ナターリアが衛士長の娘と知っている者がいたので、捕らえられたというのには語弊があるが…

だが、すっかり怯えてしまって俺に抱きついてきたチェラムをなだめているその横で、ナターリアは自分を城に入れろと言って聞かなかった。周りの衛士も流石に引いていた。それはそうだろう。

俺とチェラムを知る者は顔を赤くして鼻血まで出すほど引いていたしな。それはそうだ。ちょっとした騒ぎになり、ナターリアの母である衛士長が呼び出され、俺たちは少し怒られた。

そこまでは良かった。俺はこれで反省文ならなんなりと書いてしまいだろうとタカをくくっていた。

 

だか甘かった。子が子なら、親も親なのだ。

 

ナターリアの母はちょっと怒ったあと、俺たちを眺めて、あの、会長が何か碌でもないことを思いついた時の眼差しを向けた。

なんと俺たちを加えたまま、街を巡回するなどと言い出した。ナターリアもころっと気が変わって賛成したためもう後の祭りだった。

恥ずかしくて顔が俯くたびに衛士長が怒るので顔を上げさせられるままに街を一周させられた。

 

 

…もう、思い出したくない。

あの後俺たちは謎の美少女騎士として、後世に語られるという不名誉な伝説の片棒を担がされた。

く、それだけはごめんだ!またナターリアに謎の美少女騎士再びとかなんとか言われて散々馬鹿にされるかおもちゃにされるかしかない!それは俺のプライドが許さない!

それだけはな!だが、くそ!俺は愛している弟が助けを求めているのに、そんな些細なことを気にして助けないなど…いや、それは些細なことではない!し、しかし、このままでは…

 

 

そうやってルルーシュはブツブツと呟きながらひたすらに頭を働かせていた…

ここまで考えるのに1分もかかっていないのは流石ルルーシュと言うべきか…それとも彼のブラコン力を褒めるべきか…

しかしそんな彼の思考を、薄汚い声が中断させる。

 

 

「おい、ルルーシュ!!テメェもちょっと来やがれ!!早くしろ!

 

「…ち、ああ、わかった!すぐ向かう!!相変わらずうるさいな。、聴いていたら耳が腐りそうだ。まぁ、従ってやるとするか。

 

椅子から立ち上がり、机を少し整理して、あの男に持って行かせる書類を持ってから向かう。

玄関近くにはチェラムも含めて俺たちドミナンシス家が勢揃いしていた。あの男は怒りを、愚息2人は醜い笑みを、チェラムは不安を浮かべ、俺を見つめる。あの男が怒鳴るようにして俺に喋る。

俺は既に冷ややかな嘲笑を浮かべておく。

 

「遅いぞ!たく、家長の俺様が呼んだなら、一目散に走ってこんか!

 

「ふ、廊下を走るのは品に欠けるとは、誰が言っていたのやら。

 

「口答えするな!全くお前という奴は、いつも俺様を舐め腐って

 

「用件はなんだ。早く言え。

 

「くそ!お前の反抗する態度は本当に

 

「ああ、すまないな、しかし早く済ませないと、一番乗りを果たせなくなって困るのは誰だったかな?

 

「ち!口だけは回る小僧だが、今日のところは勘弁してやる。お前に言うことは1つだけだ。絶対に

 

「ああ、舞踏会にくるな、だろ、わかっているさ。

しかし何故今更そんなことを?俺はそんな所に興味なんかないって知ってるだろう。今までも、まぁ数は少ないが、うちが誘われたパーティーには俺は参加していない。疲れて、面倒なだけだ。

それに今日は皆いないから、普段できないところまで掃除できるから俺にとっては最高の

 

「あーあーあー!!!わかってるよ!そんなことはなぁ!!!くそ!本当にムカつくガキだ!早く殺し

 

「ああそうだ、城に行くならこれも持って行ってくれ。

文章のミスがないことは既に確認しているから問題ない。

自分で言うのはなんだが悪くない出来だ。

。おそらく報酬とは別になにかと褒賞があるかもしれないな。

 

「け!全く、食えないガキだぜ、ま、仕事はできるからな、

寛大な俺様は、お前を許してやるよ。

ともかく!絶対にパーティーに来るんじゃないぞ!!お前は家で

 

「ああ、このパーティーの支出報告書の原案と、掃除、お前らが汚してくる洋服の洗濯、綻びの繕い、夜食、あるだけ全てこなしておこう。

 

「ああくそ!わかってるなら俺から言わせたって

 

「ああ、それと俺から1つ、

 

「なんだ!土産なら

 

「時間を少しは気にした方がいい。品のある、優雅な貴族なら、尚更な。

 

「な、なに!!も、もうこんな時間じゃねぇか!!くそ!なんでお前は教えないんだ!!

あとでお仕置きだ、覚悟しておけ!ああ、ドルク、ゴンド、チェラムも同罪だからな!!

ああ、ちきしょう!!

 

ふ、滑稽としか言いようがないな。自業自得とはまさにこの男のことだろう。それと貴様が土産のネタをやっても何の可愛さもないからな。ふ、まぁ特に聞く価値もないから殆ど遮ってやったがな。

ふ、それにしても無様な面を見せてくれる。

ははは、心の中で笑ってやるさ。品のあるお方の前では失礼だからな。

 

「おい親父!俺たちはとばっちりだろうが!悪いのはこいつだけで俺は関係ないだろ!いや、ゴンドは悪いな、こいつ髪がどうの言って遅かったしな。だから俺は関係ねーな。

 

「はぁ!なに言ってんだよ兄貴!自分だってネクタイがどーとか言って遅れてたじゃねーか!それに俺の方が

 

ふ、醜いな。なんとも醜い。流石はあの男の子どもだとしか言いようがない。

 

「ガタガタ言うんじゃねぇ!!おら、さっさと馬車に乗れ!行くぞ!いいかルルーシュ絶対に

 

「おい親父!今朝のこと忘れちまったのか?こいつの名前はルルーシュじゃねぇって話をよ!

 

ああそうだ、さっさと出て行ってくれ。同じ空気を吸っていることにすら吐き気を感じるからな。ん、愚息の1人 ボルクが醜い笑みを浮かべている。ち、またあの名前の話か。

 

「ん?なんだそりゃ、あ!はっはっは!そーだったな。こいつにゃルルーシュなんて名前よりもっとお似合いなもんに変えたんだったな!忘れてたぜ。なぁ、サンドリオン!!

 

 

サンドリオン…フランス語のサンドリヨンを男の名前らしく少しもじった名前だ。サンドリヨンで気付くものも多いだろう。サンドリヨンはフランス語では 灰かぶり、そう、もっと分かりやすく言えば、シンデレラだ。そうだ、俺はまさしくシンデレラの性別逆転版の世界にいる、いや、性別逆転のシンデレラ、か。

 

 

 

 

 

…少し、長い話だ。俺は、ルルーシュ ヴィ ブリタニア は、あの日、ゼロことスザクによって死んだ、はずだった。

滑り落ちた先でナナリーに看取られながら、俺は今までの全てを思い返していた。これが走馬灯というやつなのだとぼんやりと思っていた。そして、暗闇へと、意識は落ちていった。

 

そう、死んだはずだった…

 

だが、意識を取り戻すという感覚があった。

何というか、体が暖かくなったような、うまく説明できない。ともかく、ぼんやりと目を開けたら、俺は見知らぬ部屋に一人でいた。ベットの上だったな。俺は一瞬動揺した、が、はぁとため息をついた。このケースを考えていないわけではなかった。

C.C.から可能性として言われていた、俺があの男からコードを引き継いだという線だ。恐らくそういうことだろう。

どうやら俺の遺体をうまくここへ運び出してくれたようだな。

しかし、一瞬でも動揺するとは、情けないな、と思っていた。

相変わらず俺は想定外に弱いな、と。

というか、生き返ったのにため息をつくなんて人間は俺くらいだろうなと、考えていた。

…スザクは、納得してくれるだろうか。

もしかしたら、とんでもなく怒るかもしれないな。

まぁいい、今考えても仕方がない。

ともかく現在の状況を聞くしかないと思い、C.C.か小夜子かジュレミアか、ともかく誰かを呼ぼうとした。

しかしそこで疑念が生じた。

いくらなんでもいつ生き返るかわからない人間を放っておくことはないだろう。軽く見渡したが、書置きの1つさえ見つからない。

つまり、なんらかのトラブルが起こっているのだろうか。

それなら声を出すのはまずいなと考えた。

だったら自分で状況を把握するしかないと、周りを見渡した俺は漸く強い違和感を感じ始めた。内装から電気製品がなく、かつ、調度品の類から、ここがヨーロッパの田舎だと推定した。

それは特に違和感ではなかった。

それ以上にだ。ベットにしろタンスにしろ、全てが大きいのだ。

一体どんな人間が住んでいるのだと思っていた。

だが、ふと目に入った姿見で、全て解決した。

姿見に写っていたのはあの最期の皇帝の服ではなく、それどころか18の体ですらなかった。

懐かしく、かつ屈辱の象徴でもある姿、五歳ごろの、俺だった。しわくちゃの寝間着を着ていた。

俺は現実を理解できなくなっていた。

こんなにしわくちゃなら、はやくアイロンをあてないとあとが面倒だなと、ぼんやりと考えていてさえいた。

ともかく困惑している俺の前に、あの男が現れた。

今と変わらない醜い体型のままの奴は俺が人見知りをして怯えているととったのか、忌々しいほどに高圧的な態度で話し始めた。

お前の母は自分の姉で、亡くなる前に世話を頼まれたから来てやった。今日から面倒を見てやるが、本当の親じゃないから敬えだとか。豚の戯れから必要な情報を集めて考えた俺は程なくして気付いた。

ここは、元の世界じゃなければ、Cの世界ですらない、と。

あまりにも人に生気が溢れすぎているし、俺自身生きている実感しか無い。その時、俺は頭に思いついた152の推論から、とんでもないもはや戯言とでも言えるようなものを選んだ。

 

 

信じられないが、ここは絵本の、いや、正確に言えば、シンデレラの世界なのだと。なぜなら、状況が、幼いナナリーにせがまれて何度も読んだ童話、シンデレラに酷似している。俺は更に瞬時に考えた42通りの推論から、これが一種の異世界への転生ではないかと結論した。

 

…なぜ男女逆転なのかはわからない。

まぁ、日本にも昔、アーサー王を女として捉えたゲームがあったから、まぁそういう類だろう。

しかし俺にとってはありがたかった。

心は完璧に男の状態で、シンデレラはきつかった。

もしかすると女の時点で、自殺までしていたかもしれない。

…あまり考えるのはよそう。ともかく俺は現状を全て把握した。

そして、目の前で喋る豚がうるさいから黙らせようとギアスを使おうとしたが、使えないことに漸く気づいた。

やはり俺はコードを引き継いだのだろうか。

だが、それならこの体が幼いことは不自然だ。

しかしそれ以外には特に変化はなかった。記憶の欠損がないことには感謝しかなかった。

 

…自分の記憶をなくすのは…もう、ごめんだからな…

 

程なくしてあの男は黙って出て行った。

恐らく俺に何を言っても理解できないと考えたのだろうな。

どうやら童話通り、俺の両親は既に亡くなったようだ。

不謹慎だが、俺にとってはありがたかった。その、俺の心に縁のない人の息子の振りは、できる自信がない。

その状況を見かねた、ではないな、恐らくこの男は財産目当てなのだろう。それでここへ揚々と来たと。

ただのガキしかいないなら簡単だとりフッフッフ、後悔させてやろう。俺をただの子供と思って舐めた事をな!

それと、こんなことになった原因を特定せねばな。

現状ははっきり言ってよくなかった。なんの情報も、味方もなく、ましてやC.C.もいない。

それに、ギアスさえも…俺は考えるほこさきを切り替えた。

これからの事へと。失ったものを考えても、何の意味も持たないからだ。ともかく最優先事項をC.C.と会うことに決めた。

今回の原因は、恐らくギアス関連だろう。

なら、C.C.から聞き出す他ない。だが、今の、何の力のない俺には、C.C.を探し出すことは不可能だろう。

この世界の状況さへも分かっていないし、何より今の、五歳のすがたの俺ではな。

ともかくこの家でしばらくはクラス他はなさそうだ。

まぁいい、やってやるさ。

程なくして男が3人の息子を連れてきた。

そいつらのうち二人、ボルクとゴンドは初日から俺をいじめてきた。まぁ暴力関連は日本に人質として送られた頃に、近所の餓鬼に鍛えられたからな。全く問題はなかった

 

。…少しだけ、スザクが居てくれればな、とは思ってしまったが、まだその時はずる賢くなかったのでイタズラも単純なものだけしかなかった。そう、その頃から、そいつら二人は俺でももう修正不可能なくらい、歪んでいた。俺はこんな男の子だから仕方ないと、早々に諦めた。こいつら全員、面倒などみないと、俺は決心した。

が、1番下の、チェラムは違った。

最初の晩、眠れなくて泣きながら廊下を彷徨っていたチェラムを見て、俺は我慢できなかった。

すぐさま抱きしめて俺の部屋へ連れて行き、寝かしつけた。

仕方がないだろう!!

あんな、迷子になった、子犬のような顔をして、泣いていたのだぞ!ただ見ているだけなど、出来るはずがない!!

ともかくチェラムとはそれから仲良くなった。

余談だが、あの男はちゃんと教育すらしていなかったようで、チェラムは始め、全く言葉を話すことが出来なかった。

俺は少し心配していたが杞憂だった。

あの子は本当に素晴らしいくらい柔軟で、スポンジのような頭脳を持っていたから、すぐに言葉を覚えた。俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれた時、俺は泣いて喜んだ。

懐かしいな。

そんな心優しく聡明で可愛らしい弟に頼まれて、俺はあいつらの分のご飯まで作るようになったのは数年後の話だ。

あいつらの悪逆に耐えかねて、使用人が全てやめてしまった時からだ。ふぅ、嫌だが、チェラムに頼まれては仕方がない。

…話が逸れたな。例の名前の件は、全て俺の油断から始まった。

せめて一週間前から始めればいい舞踏会の準備を、数日前から始めたこの家は大忙しだった。

服飾やら礼儀作法やら、俺が全て指摘したり助言訂正する羽目となり、大変だった。まぁ、チェラムのプロポーズの件で頭がいっぱいだったこともあるが、夜がよく眠れなかった。

まぁ、兄としてそんなことは仕方がないことだな。

そんな疲れもあり、昨夜は裁縫机に座りながら寝てしまっていた。

まぁ、作業は完成していたがな。

チェラムの衣装だったから緊張して普段以上に疲れてしまったのだ。ともかく疲れて寝入っていた俺は、あいつらの悪戯に気づかずに眠っていた。普段の俺ならばあり得ないことだ。

他人の気配に気付かず、眠っているなど…目が覚めた俺は全身灰だらけだった。

 

ち、やられた!自己嫌悪に浸っていたが、すぐに中断される。

 

ドアが開いて愚人共が入ってくる。醜い笑い声が頭に響く。

灰かむりだ、汚い奴、だがお似合いだ、サンドリオンと呼んでやるよ、続けざまに出てくる罵詈雑言はある種のオーケストラのような滑らかさを持っていた。だが、不愉快さが限界を超えた俺は逆に冷静になった。まぁ、チェラムの衣装に灰がかかっていなかったこともあるが。大変だ、早く体を洗わないと溶けてしまう、少し慌てたように呟いただけで愚息二人は血相を変えて洗面台へと走っていった。ふ、こんなくだらん嘘に騙されるとは、笑いを抑えるのにこれほど苦労したことは久しぶりだった。まぁともかくだ。

俺は順調にシンデレラへのフラグを回収?したとでも言うのだろうか。伏線の回収か?いや、まぁいい。

確かに俺は舞踏会へは行きたい、が、それはチェラムの晴れ舞台を見たいからであり、踊りたいという意思は毛頭ない。

貴族の戯れに興味はない。

まぁ、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、だ、

 

 

「くっ………勝手に言っているがいい……

 

 

 

思わず顔に苦渋がにじむ。ち、らしくもない、だが、この屈辱は…ち!!ああ、本当に虫酸が走るような不快感だ!流石だな、褒めてやってもいいぐらいだ!!

 

 

「…いい加減、早く行ったらどうだ?そろそろ開門時間だが、

 

 

 

「おお!そうだったな!は!じゃあなサンドリオン!俺が国王になって帰ってくるのを待っておけよ!行くぞ!お前ら!

 

 

 

「へいへい、じゃ、王女を傍らに帰ってくる俺を迎えてくれよ、なぁ!サンドリオン!

 

 

「兄貴!それは俺がやるって言っただろ!ち、じゃあなサンドリオン!!ルルーシュよりは似合ってるぜ!!

あと、せいぜい暖炉で燃やされないようにな!

 

 

 

バタンと、いちいちドアを鳴らしてドタドタと出て行く。

…ち!何度も呼ぶな!その穢らわしい名で、俺はこの、ルルーシュという名には愛着と、誇りを持っている。

似合わないだと!!貴様ら如きが、俺の、あの時、弱者として隠れていた時でも、それだけは捨てなかった過去を、覚悟を、愚弄するのか!!…く、落ち着け。落ち着くんだ。

ふう、危うくチェラムの前で醜態を晒し、不安にさせてしまうところだった。チェラムは俺をしっかりとみて、俺を励まそうと語りかける。

 

「ルル兄さん、気にしないで。僕はそんな名前で呼んだりしないから。だから、その!

 

「ああ、ありがとう。その言葉で十分だ。お前は本当にいい子だよ。流石は俺の弟だ。本当にな。

 

「ふふ、くすぐったいよ、兄さん。

 

俺はチェラムが堪らなく愛おしくなり頭を撫でる。

ああ、この子は本当にいい子だ。

本当にあれの子供とは思えないな。心地よさげに目を瞑る弟に俺は癒され、支えられているということを、強く感じる。

もっと続けていたいが、流石に時間がまずいな。

俺は撫でる手を止めて告げる。

 

 

「さぁ、チェラム、行ってこい。そろそろ親父さんが

 

「おい!チェラム!何やってんだ!!早く来い!!置いてくぞ!

 

く、気分と雰囲気をぶち壊す声だが、我慢だ。

 

「ふ、ほらな。早く行かないと本当に置いていかれてしまうぞ?

 

「ほんとだ!行かなくちゃ!じゃあね兄さん!

 

「チェラム!

 

時間がないと分かっていながら、ドアを開けようとするチェラムを呼び止める。

 

「俺はお前を信じている。だから、安心してやってこい。思いを伝えてこい!お前は、俺の自慢の弟だからな!

 

「分かった…ありがとう、兄さん!行ってくる!

 

チェラムは決意を持った目をしたまま、ドアを開け、勢いよく出て行った。

 

「チェラム!気合いを入れるのはいいが、そんなに走ったらこけ

 

「もう、兄さん!僕はもう大丈夫さ!それに、ルル兄さんじゃないからこけないよ!

 

「ええい!こんな時にそれか!!ともかく、頑張ってこい!!

 

「うん!!頑張る!

 

チェラムは手を振って答え、少し離れた正門に停めてある馬車に飛び乗った。程なくして馬車も発車した。

ふ、少しはああいった口をきくようになったのだな。これも成長か…ああ、兄冥利に尽きるとはこの事だ!!

流石だ!流石だぞ、チェラム!!

俺にべったりではなく少し反抗心を持ったこの感じ、だが、甘える時は甘えるという、く、最高の弟じゃないか!

まさしく俺の求める弟!!俺は少し涙を流してしまう。

嬉しさと、少しの悲しさの涙だ。そうだ、俺はそれだけ愛している弟の晴れ舞台を見ることが出来ないのだ。

それは、それは兄としてあってはならないことでは?!

く、しかし、女装が…いや、もう、俺はあの子に構ってはいけないのかもしれない、いや、構ってはいけないんだ。

 

そこまで考えて、ふと、思った。チェラムの最後に放った言葉が頭をよぎる。 僕はもう大丈夫…か…そうだ、あの子はもう、結婚する、弟ではなく、一人の男として…この国には確かに婚約や恋人という概念はある。だが、チェラムとナターリアのそれはもう吹っ飛ばしたものになるに違いない。

昔から俺たち3人はよくナターリアの家でお泊まり会をしていた。だが一月前からチェラムだけ泊まりに行く事が増えた。

俺は最初、二人ともそういう事を気にする年頃なのだろうと思っていた。歳上の存在が嫌なのだろうと。

しかし毎回、ナターリアの家から帰ってきたチェラムに楽しかったかとかを聞くと顔を真っ赤にして、そんな事聞かないでよ!と怒られる事を五、六回繰り返して俺は漸く気づいた、事にしておくか。そう、二人は既にそういう関係なのだ。

気づいたおれはそういう仲になった二人を嬉しく思った。俺にとってナターリアは殆ど妹のような感じだったのでそんな二人が結ばれることは兄として嬉しかった。嬉しかったが、しかし、婚前前にそのような不埒な事を、俺の教育が甘かったのかと、俺は一週間枕を濡らした。く、今でもその点は後悔している。

 

…俺自身にそういう経験がない事が、まさかこんな時に裏目にでるとは…くそ!なんだかC.C.の言ったことが無性に腹ただしく感じるな。ええい、まぁいい。二人が幸せならな。

それにナターリアの両親も承諾済みだ。

俺が気づくより早くに気づいた彼らは俺を家に呼んだ。

…実は、そこで俺は初めて二人の関係を知った。

く!仕方がないだろう!なんでもないと言ったチェラムを、弟を疑うなど!兄としてあってはならないからな!

く、俺は一体誰にキレているんだ?

ともかく、二人から聞いた俺はまともに思考が働くようになるまで1時間フリーズした後で、話をした。俺は彼らに言った。

確かに弟のチェラムは優しくて、賢く、真面目で、とても思いやりがあり、可愛げもあり、金銭感覚や常識も、俺と違って運動神経もある。だが、うちは家柄もそれほど高くなく、それに家長がアレである。それでは貴方がたの家名を汚す事にならないのか、と。

俺も本人達の意思は尊重したいし、二人のことは歓迎したい。

だが、それが名家のアルティシアを汚す事が心配だった。

だが彼ら、アルティシア夫妻はそれを笑って跳ね除けた。

それがなんだ、と。

むしろ彼らは弟想いな俺がチェラムは若すぎるからダメと断ると思っていたくらいだと。…おれは幾ら何でもそこまでに口を出す事はあり得ないのだが…ナナリーは別だがな。

あの子はチェラムと違いそう言った面に対して詳しくないからな。仕方がない。俺が口出しするのは当然のことだ。

…彼らは今夜のパーティーでチェラムが告白した時に結婚の事を伝えるそうだ。恐らくだがチェラムは驚くだろうな。

なんでも結婚の事はナターリアが両親に伝えたらしい。そういう関係になった事は知っていたが、さらに結婚とはと、少し驚いたらしいが、すぐ受け入れたそうだ。

もっとも、ナターリアの頭の中ではチェラムからの告白=結婚という、よくわからない等式が立っていて、説得は特にできなかったそうだ。彼らはチェラムの事を、家の事情もよく分かっていた。

だから、結婚した二人をすぐにどこかに住まわすのではなく、何年かはナターリアの家の別宅に住まわせようと。

俺はこの点については大いに賛成した。

確かにチェラムは料理も家事もだいたいできるが、成人したとはいえ二人ともまだ17だ。不安が大きすぎる。

だが、それなら安心だ。二人も特に反対しないだろう。

そうか、お泊まり会はそのためでもあるのかと、俺は漸く気づいた。お泊まり会の延長のような感じだから、抵抗はないだろう。

しかし、本当に良かった。このままこの家にいたら、チェラムは恐らくあの男に命じられて、金のために、どこか碌でもない家に婿入りさせられていただろう。あの子は優しいから、嫌がらないだろうが、そんな目に遭うと考えただけで俺は居ても立っても居られない。

その可能性がゼロになって、好きな人と結ばれるのだ。

こんなに喜ばしい事はないだろう。そして彼らは、俺も一緒に来ないかと言ってきた。

俺は二人の邪魔になると言ったが、二人は別宅で、君は本邸だから問題ないと言われた。だがそれこそ迷惑になってしまうと俺は思った。

俺のことは大丈夫ですからと、笑って返した。

だが、彼らの目は本気だった。君も限界なのだろう、と。バレているのだ。

俺が、近頃ではチェラムまでもが受けている、あいつらからの暴力が。

拳などは少ないが、食事や生活用品の面ではかなりきつくなっていた。チェラムの使うベッドは子供用から変わっていないから体を曲げないと眠れなかったし、俺に至っては藁で寝ている。

そう言ったこと全てが、バレていたのだ。

随分前からナターリアに相談されていたらしい。だからよくお泊まり会を開いてくれたのだ。俺たちを助けるためにも。

俺は嬉しいが、少し考えさせてほしいと答えた。

彼らはその言葉で納得してくれた。

そう、俺まで逃げてしまうと厄介なことになるのだ。

…あいつらはなんだかんだでずる賢い。チェラムは許しても、俺のことは許さないだろう。

何をするかわからない。今の、力のない俺には、どうしようもない。それに構わなかった。チェラムが幸せになるなら、俺は、死んで、もう一度生を受けはしたが、世捨て人になったはずの、俺は。

 

「ふふ、そうだ…よな…

 

乾いた笑い声を上げて、俺はその場に座り込む。俺がこの家にいた理由は、チェラムが居たからだ。

そのチェラムが出て行くのなら、ここにいる理由なんてものはない。いや、それより、俺は、これから何をすれば、いいのだろうか…く、またこんな事を考えて…チェラムにとって素晴らしい日になるというのに、おれは!

 

「…それにしても、やはりあの子は、ロロとは、違うな…当然…か……

 

俺はあの子をついロロと重ねてしまっていたが、ロロとは、違う、明らかに。俺は気付かなかったが、C.C.曰くロロが俺に向ける愛情は兄弟愛のそれではなく、超えたものだった。

つまり、それだけ兄依存が激しいという事だろう。

そう言ったらC.C.はとんでもなく呆れた顔をしてこのブラコンめと言った。俺としては、確かに兄さんとして慕ってくれるのは嬉しい。

だが、それ以上に、好きな人を作って、結婚して、子供を見せてくれる方がもっと嬉しい。

そう言ったらC.C.はもっと呆れた顔で天然おかんめ、といった。

く、一体C.C.は何が言いたかったのだろうか、

いや、大体は分かるが…ともかく、ロロは、はっきり言って俺以外に心を開いている様子はなかった。俺としては、出来たらナナリーと付き合って欲しかった。ナナリーの優しさが、ロロを癒してくれると考えていた。出来れば、結婚までして欲しかった。

1番の候補のスザクがああだったからな。…ゼロとなったスザクは、ナナリーに優しくしているだろうか。く、まさか、あいつの事だから、真面目にゼロを演じすぎて、ナナリーを蔑ろにしているんじゃないだろうな!!くそ、心配なってきた。

いや、スザクはスザクだ。なんだかんだでな。大丈夫だ。

親友くらい信じてやらないとな。まぁ、裏切って、裏切られた仲ではあるが…まぁそれはいい。

ロロ…俺としては、お前にも人並みに幸せになって欲しかった。

確かにお前のした事は許せる事ではない。

…特に、シャーリーのことは…だが、俺はお前を許そう。

何故なら、お前は、俺の弟だからな。そうだ、俺は弟が繋げてくれた命を、この世界にまで繋げてくれた未来を、捨てようとしていた。くっ、俺は、なんて情けない事を考えていたんだ!!

ふぅ、危うくとんでもない醜態を晒すところだった…俺らしくもないな、ち!それだけチェラムの晴れ舞台が見れないことがこたえているということか…まぁいい。

チェラムが出て行くのなら、俺もやはり出て行こう。

自分の成す事を探すためにも…ともかく、今は先に面倒ごとを済ませておくか。

 

「よし。ともかく予算報告書の続きとこの舞踏会の予算支出報告書の原案作成を作って、その後夜食とあいつらとチェラムの服の洗濯の準備、あとは、掃除と、ここから出ていくための準備、を始めておくか。ふう、口に出してみると意外とやることは多いな。

ふ、すぐに済ませて見せるさ。俺ならな。よし!!

 

早速部屋に戻り始める。そうだ、俺は生きねば。

ロロが、みんなが繋いでくれた、明日を!!

 

俺は勢いよく踏み出た!いや、もはや飛び出したと言ってもいい!!活力が、情熱が、希望が望む、そのままに!

 

「ホワァァァァ!!!

 

…始まりの第一歩は、椅子の脚に引っかかり、ルルーシュの身体を転がした。お決まりの癖のある絶叫と共に、ルルーシュは文字通り飛んで行った……



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広場にて

「ふぅ、思ったよりも早く終わってしまったな。さてどうするか…

 

足取りが軽くなりすぎた。

1時間とかからずに全てがおわってしまった。夜食にはカットしたパンにチーズとベーコン、トマトを乗せて焼いたトースト、まぁ、いわゆるピザトーストというやつだ。

どうやらこの世界にはまだないらしく、初めて作った時にこれはなんだとよく聞かれたものだ。まぁ、憎まれ口を叩きながらも美味そうに食べてくれたがな。

……あいつに言わせたら、こんなものピザではない。チーズの無駄遣いだと、とんでもなく怒りそうだな。

ふ、妙な感じだ。あの時は鬱陶しさしか感じなかったが、今では懐かしく思ってしまうとはな。…終曲に近づくにつれて、めっきりこんなやりとりも、しなかったからか、な…くっ、また俺は過去を!俺はもう、未来に生きると誓ったはずだが…

っと、また思考の渦に飲み込まれるところだった。

ふう。これ以上考える必要はもうないだろう。

ふと目を端にやると、洗濯用の水がめが目に入った。そういえば今朝は汲み足していないことを思い出した。

フタを開けると、半分より少し少ない目しかなかった。

 

「ん、思ったより少ないな。仕方がない。汲みに行くか。

 

あいつらの服とチェラムのものを考えると少し足りないと感じた俺は、そのままの格好のまま、木の桶を持って家を出る。

井戸は町の中央にあり、歩いても五分とかからない位置だ。

何故家で汲まないかは、あいつらの愚行によるものだとしておく。

 

 

 

 

 

 

陽はとっくに沈んでおり、ひっそりと町を照らす月と家々の門の街灯が程よい夜の帳を醸し出していた。

俺は元の場所では体験できないこれに、少し心が癒された。街の人々の馬車が俺のそばを通りすがる。そうだ、普通はそんな、開門と同時に入ろうとまでしない。全く、ふふ、どこまでも俺を笑わせてくれるな、あの男は。程なくして俺は広場に着いた。

が、俺は広場へと進むのに躊躇してしまった。

 

「これは…少し、気まずいな…

 

 

広場には舞踏会に参加するのであろう、多くの人々がドレスやタキシードに身を包んで話し合っていた。お互いに身嗜みをチェックしている者もいる。皆、正装だ。反対に俺は普段と変わらない長シャツとジーンズ。…流石に気まずいものを感じてしまう。

しまった、毎年ここはこのような様子になっているのだな。

例年家の掃除に明け暮れる日としていたために、これ程とは知らなかった。………仕方がない。出直すか。

俺は踵を返そうとしたその時、

 

「ま!ルルーシュ君じゃないの?!どうしたの?

 

「本当だわ、ルルーシュ君じゃない!

 

「どうしてそんな格好なの?やっぱり、舞踏会には、行かないのかしら。

 

「ルルーシュ君!私のドレス、如何かしら?

 

「チェラム君は?もう行ってしまったのかしら?見てみたかったわー

 

一人の奥様にばれて、声を掛けられた。こうなっては後の祭りだ。すぐさま何人かの奥様方と店屋の娘に囲まれてしまった。

皆少し派手だが、お淑やかな色合いのドレスであり、とても似合っている。奥様方とは皆、食事の買い物をする商店で知り合った。

うちは使用人がいないため、俺が買い物の殆どは済ませていた。

その最中で知り合ったのが彼女たちだ。いつも安売りの情報や世間話を教えてくれるので、とても助かっている。

そんなこともあり気が知れているので、俺はにこやかな笑みを浮かべて答える。

 

「ああ、こんばんは、皆さん。俺はただ、水を汲みに来ただけですよ、あと、チェラムのやつはもう行きました。

よかったら会場で声を掛けてやって下さい。

緊張してると思いますから。俺は親父に来るなと言われましてね。

仕方がありませんよ。

ああそうだ、これを言い忘れていました。皆さん随分と麗しいお姿ですね。旦那さんが羨ましいという表現は、少し厚かましいかもしれませんが、ともかく似合っておりますよ。

 

 

 

俺がそう言うと、皆うっとりとした表情を浮かべた。息子に褒められた感じで、嬉しいのだろう。

 

「も、もう!ルルーシュ君!この子達相手ならまだしも、こんなおばさん相手にそんな言い方なんて……ちょっとからかい過ぎよ!

 

「いえ、からかっているつもりなどありませんよ。ですがそれより、もう行った方がよろしいのでは?時間があまり

 

「ま!もうこんな時間!

 

「大変!早く馬車に乗らないと!

 

「それじゃあね!ルルーシュ君!

 

俺を囲んでいた殆どの奥方は蜘蛛の子を散らすように去っていった。一人だけ残った奥様が俺の目を真っ直ぐと見て話す。

この人は俺たちの事情を知っているからこそ残ったのだろう。

 

「ルルーシュ君は、行かないのね。

 

「ええ。

 

「チェラム君のことは、いいの?

 

「俺がいなくともあいつはもうしっかりしていますよ。

 

「違うわ。あなたがよ、その瞬間に立ち会わなくていいの?

 

「いいんです、俺は。あいつもそろそろ兄離れの時期なんですよ。

 

「ふふ、チェラム君は出来ても、貴方の方が弟離れできないんじゃなくて?

 

「はは、言わないで下さいよ。それを1番実感しているのは、俺自身ですから。

 

「本当、よね?

 

く、痛いところを突かれてしまった。だが、今の俺はそんなことを言われても微塵も狼狽える事はない。しかしまだ不安な目を向けられている。仕方がない。

 

「ええ、俺は大丈夫です。まぁ、敢えて言うなら、麗しい夫人と踊れないということくらいでしょうね。

 

「る、ルルーシュ君!!もう!大人をからかわないの!

 

「ふふ、そんな可愛らしい乙女のような反応をされては、またからかいたくなるものなんですよ。

 

「ほ、本気にしちゃったら、どうする気なのよ、もう、本当に…

 

「ん?

 

よほど怒っているのか、その女性は顔を真っ赤にしている。…やはり似合わない事は言うべきではないな。しかし、本気とは、どう言う事だ。思わず声が出てしまったが。まぁいい、さて、これ以上引き留めてはいけないな。

 

「そろそろ時間もまずくなってきたでしょう。

俺に構っている場合ではありません。どうぞ、舞踏会を楽しんで来てください。俺の分まで。

 

「…は!本当、急がなきゃ、ええ、楽しんできますとも、あなたの分までね!でも、終わったら次の日でもいいから、また一緒に踊ってほしいわ!じゃあね、ルルーシュ君!

 

「ええ、喜んで。俺も楽しみにしていますよ。ではまた。

 

夫人は最後駆け出しながら約束を取り付け、あっという間に見えなくなる。全く、元気な人だ。今気付いたが、周りの人もまばらになってきた。馬車が出発するたび、広場は静けさを増す。

まるで、行き交う馬車によって、喧騒が城へと運ばれて行くようだ。ふと、そんなことを考えた。

 

 

俺は漸く共用の井戸に辿り着いた。もちろんだが手押しポンプ式ではない。数メートル先の水面に向けて木製の桶を下ろし、備え付きの滑車に引っ掛けて引き上げる。単純だが、これがなかなかの重労働だ。だが、この世界に来てあらゆる物が手動になった影響か、俺は以前より力がついた。何の問題はない。

…以前の俺なら、無理だったな。おそらく…だが…

 

「ん、そういえば、一人で来たのは随分と久しぶりだな。

 

ふと気がついた。井戸へ来る時は、大抵チェラムがついてきた。それほど俺と一緒に居たいのだろう。…いや、よくここでつるんでいるナターリアと会うためなのが大半か…まぁいい、手早く済ませて帰ろう。

 

「む、これは…

 

木桶にロープを巻いていざ降ろそうとした時、滑車が回らないことに気がついた。ネジが劣化したのか、錆びたのか、兎も角壊れている。見渡す限り修理するための道具は見当たらない。

なら、原始的だが何も介さずに降ろすしかないな。

するすると降りていくバケツはすぐに水面に沈んだ。

めい一杯必要ではないから、半分ほどになった時にすぐに引き上げる。…引き上げる、はずだった。

 

「な!こ、こんなにも重いとは…くっ、なんたる醜態!!!

 

 

俺は必死になってロープを引っ張るが微塵も引き上がる様子はない。木製のバケツは水を吸う分重くはなるが…ここまでとは。

俺は思わず自分を罵る。しかしバケツは一向に持ち上がらなかった…馬鹿な!この世界で鍛えられた俺なら、この程度…

 

「ハァハァハァ、く、ハァ、重すぎる…ふ、ここまでとは、ふふ、わ、笑えてくるな、

 

なんという事だ。俺は、バケツすら汲み上げられないとは…流石に笑いすら込み上げてくる。さて、この醜態をどうやって切り抜けるか…おれは思考の渦に陥った。決してバケツを持ち上げるのが無理だと、途方に暮れたわけではない。

この程度、今まで切り抜けてきた苦難と比べれば、造作もない、筈だ…ひとまず状況を整理しよう。まず、客観的に見て、俺自身の力だけでは引き上げられないとわかった。

なら、誰かに協力を、しかし皆、舞踏会に出発するのに忙しくて、手は貸してくれないだろう。それに貸してくれたとしても、そのせいで遅れてしまっては申し訳ない。

その前に、この程度の事で誰かに頼るなど、流石に俺のプライドが許さない。だがどうする、滑車を直す手立ては依然として存在しない。く、日頃から鍛えておくべきだったか。いや、壊れたまま放置している修理工に問題があるな。ならば今から修理工房に駆け込んで、ち!今日は皆招かれている。おそらくいないだろう。

ならば修理工房から道具を拝借するしか、しかし、万が一だが盗みがバレたら、チェラムに迷惑をかけてしまう。

今からがあの子にとって1番大切な時期だと言うのに…それに、俺はこの世界でまで、嘘は、罪は作りたくない。

もう、懲り懲りだからな…しかし、どうする。

やはり、もう一度頑張って引っ張り上げてみるか。

だが、それで引き上げられなければ、俺は更なる失態を…

 

ルルーシュは井戸に腰掛けて深く考えこんでいる。

足を組み、右手を顎に、左手を肘におく、俗に言う考えるポーズである。いつぞやの美術モデルを頼まれた時のポーズを想像してほしい。流石はルルーシュである。様にしかならない。

だが、腰掛けているのが井戸で、左手はバケツの紐を持ったままというのが、なんとも不恰好というか、いやルルーシュらしいというべきか…しかし、思案は中断される。とある魔女によって…

 



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ある老女とピザの出逢い

「ふふ、さっきからそんなに一生懸命に、何を考えているのかねぇ?

 

 

「はっ!!

 

俺は間近に聞こえたしわがれた声に驚きながら横を見ると、一人の老婆が座っていた。俺のすぐ横だった。俺は慌てて井戸に落ちそうになったのをなんとか防ぎ、すぐに距離をとった。

…失礼かもしれないが、俺はこの癖が抜けないのだから仕方がない。いや、それよりも、俺がそこまでの接近に気づかないとは…

いくら思案中だとしても、それはおかしい。

…いや、それほど疲れているということか…

 

ともかく、無礼を謝ろう。

 

 

「ああ、少し、驚いてしまって…さっきまで気づかなかったものですから…どうもすみません。

 

俺はアッシュフォード学園で先生に向けていた笑みを浮かべ、謝罪する。そして老婆の姿をよく見てみた。

…言い方は悪いが、身なりは良くなかった。薄汚れた白かったであろうローブで全身を覆い、フードをかぶってはいるが覗かれた顔には深いシワとボサボサの髪が見える。

目を凝らすとその髪色が緑とわかるほど、汚れている。まだこの国、いや世界には生活保護等の公的補助は存在しない。

よって浮浪者は普通に存在する。これといって珍しいわけではない。だが…なぜか、その老婆から目が離せない。

これはなんだ、この感じは…既視感のような、いや、懐かしさ?だが、こんな女性と知り合った記憶が…

そこまで考えた時、老婆が喋り出した。

 

「いえいえ、当然の反応ですよ。このような身なりですし、それに気配も遮断しておりましたし……

 

「いえ、おれはそんなことは…

 

 

ん、気配遮断?何を言っているんだ、この老婆は?

 

 

「そんなことより、あなたはさっきからそこでずっと唸りながら何を考えていたの?

 

「っ!ああ、いえ、大した事ではありませんよ。

それよりこんな夜におばあさんこそどうなさったのですか?

 

く、見られていたのか…だが、まさかバケツの件は見られていないだろう。うまく誤魔化してここから立ち去って頂こう。

 

「いえいえ、夜の散歩に出ていたら、井戸の前でバケツを汲み上げるのに大層苦労なさっているあなたを見かけて、気になったから声を掛けただけですよ。

 

「ぐっ!は、はは、見られていましたか。

なんともお恥ずかしいところをお見せしましたね。

 

ち、見ていたのか…く、おれがさらに恥をかいただけじゃないか。

少し笑顔が引きつってしまったが、まぁ大丈夫だ。

ともかく早く立ち去ってもらおう。

 

「実は滑車が壊れていましてね。街のみんなは城に行っていますから修理の者を呼べないんです。いやぁ、実に困ったものですよ。

まぁ、俺のことは気にしないでください。

自分でなんとかしますから。

 

「まぁ、そういう事だったのね。だったら私がちと手を貸してあげよう。

 

「いえ、大丈夫ですよ。そのお気持ちだけで十分です。だから

 

「ふふ、こーいうのは素直に受け取っておくものよ。まだまだ、坊や、ね。

 

「くっ、

 

その坊やの言い方が、あの魔女を思い出させた。

思わず苦悶の声が出る。そんな俺をよそに、おばあさんは構わないと言う俺からロープを奪い取るようにして持つ。

ふぅ、仕方がない。こういった年代の老人は頑固なものだしな。

気が済んだら帰ってもらおう。そんな俺をよそに、おばあさんの手はスルスルと動き出した。

 

「なに!馬鹿な!

 

「ふふふ、老人だからといって、舐めちゃいかんよ、坊や。

 

おばあさんは淀みなくバケツを引き上げてしまった。息を切らしてすらいない。バカな…

俺があれほど苦労したものをいとも容易く、く、ついさっきだけ重力場が歪んでいたのか、いや、ありえない、そんなことが起こるのなら俺の時も持ち上がったはず、ならば俺が持ち上げようとしていた時は何かに引っかかっていたのか?いや、この井戸は引っかかるような構造はしてはいない。くそ!なら、認めたくはないが、つまりは、

 

「よっぽど非力なのねぇ、坊や。全然重くなかったよ。

 

「ぐっ!!

 

俺は思わず歯を食いしばってしまう。くそ!なんたる醜態!屈辱だ!追い討ちのように言われる坊やも、さらに腹が立つ。

煮えくりかえるようだ。だが、だが…事実か…おれは少し項垂れてしまった。

 

「そんな風に落ち込む前に、何か言うことがあるんじゃないかねぇ。

 

「くっ、あ、ああ、ありがとう。重いものを持ち上げさせてしまって、どうもすみません。

 

「ホッホッホ。大した重さじゃなかったから平気よ。それより少しは鍛えたらどうかねぇ、坊や。

 

 

引きつった笑みをしながら俺は感謝の言葉を述べる。

するとおばあさんはニヤニヤと、意地汚い笑いを浮かべて俺をたしなめるようにそういった。く、そこまで言われると、最早清々しさへ感じる。というか、くそ、やたらと何処ぞのピザ女を彷彿させる物言いだな。

だからだろうか、俺の心のどこか、片隅で、懐かしく感じてしまうのが悲しい。

…まぁ、いいだろう。これ以上言い返しても、俺からボロが出て行くだけだ。ふぅ、と、溜息をついて、おれはおばあさんへと向き直る。

 

「もう、俺が非力なことは十分理解しましたよ。

それより、何かお礼がしたい。今困っている事や、必要なものがあれば、限度はありますが用意しますよ。何かありませんか?

 

俺はおばあさんに尋ねた。なんだかんだで手伝ってくれたのは事実だ。何かしらの礼をしなければ失礼だろう。

 

「そうだねぇ。だったら、おっとっと。

 

「はっ!!危ない!

 

おばあさんは突然よろよろと倒れるようにして井戸に座り込んだ、いや、半ば井戸に落ちそうになった。俺はすかさず手を伸ばして、おばあさんの体を支える。近づいてわかったが、おばあさんの体はひどく痩せていて、顔色は真っ青だった。

 

「大丈夫ですか!?どこか、悪いところでも

 

「いやぁねぇ、そんなところはないはずなんだけどねぇ。

 

おばあさんの返事を聞きながら、俺は頭の中でおばあさんの容体と、様々な病気の兆候とを照らし合わせる。

ナナリーの事が、もしかすると何かの合併症や病気ではないかと思って調べた事が、まさかこう役に立つ時が来るとはな。

ともかく、おばあさんがすぐにでも治療を要する病気でない事がわかった。ふ、少しホッとした。ともかく心当たりがあるか聞かないとな。

 

「見たところ、病気ではなさそうですが、何か心当たりはありませんか?例えば、食事を抜いたとか

 

「ああ、そういえば、今日一日、まだ何も食べてないわねぇ。

うっかりしていたわ。

 

「そうですか…でしたら、俺が今から何か食ベものを持ってきます。取り敢えず井戸の水を飲んで待っていて下さい。

俺の家はそこまで離れていませんから、すぐ戻ってきます。

 

「ああ、どうもすまないねぇ。

 

「気にしないで下さい。先ほどのお礼ですよ。では、

 

俺はおばあさんに一礼して、駆け出した。

本当ならうっかりでもそんなことをしてはいけないと注意したい。

だが、おそらくおばあさんは食事を確保できない状況だったのだろう。ともかく、今は先程の礼をなすまでだ。

俺は全力で走る。急を要しないとはいえ、急いで損はない。

 

 

----------------------------30分後-----------------------------------

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、も、持ってき、たハァ、よ、お、おばあさん。ハァ、ハァ、

 

約20分ほどで俺は戻ってきた。いつもなら往復で23分かかるところを、3分縮めるほどの全力疾走だった。

息も絶え絶えにおばあさんに告げる。

 

「ああ、どうもありがとうねぇ。私なんかのためにそんなに急いでくれて。まぁ半時間もかかる場所なら、さぞ遠かったことでしょうに…

 

「ハァハァ、ふ、ハァハァ、なに、そ、ハァハァハァ、そこまでの、ハァハァ、事では、あ、ありません、ハァハァハァ、よ、ハァハァハァ

 

 

………さりげなく嫌味を言われた気がするが、あまりの疲労にそれまで気にしていられない………

 

「ともかくこれでも飲んで落ち着きなさいな。

 

「ど、どう、ハァハァハァ、も、ハァハァハァ、ゴクン、ふぅ。

 

俺はおばあさんから水を受け取って飲む。

…さっきのやり取りが逆転したな、と心の隅で思っておく。

ええい、情けなさはこの際無視することにする。

俺は持ってきたバケットを渡し、包みを解く。

 

「おや、これはなんだい?とてもいい香りだけど、見た事ない食べ物だねぇ。

 

「これは俺の地方の料理で、ピザと言いうものです。

 

「ぴざ?

 

「ええ、パンの上にチーズをまぶして、その上にベーコンやトマトをのせて、かまどで焼いたものです。

もっとも、本物はパン生地なんですが、作りやすいのでね。

 

「ほほう、チーズなのねぇ。たいそう美味しそうだねぇ。

 

「どうぞ、遠慮なく召し上がって下さい。ちょうど作り過ぎてて余っていたんです。

 

ロロの件で少しやる気を出し過ぎたのだ。

余ってしまったらどうしようかと思っていたのだ。

ちょうどよかった。あいつらの腹に収まるよりはいい。

 

「なら、遠慮なく。いただきます。ふむ。

 

「ん?どうかな。自分でも食べたが、不味くは無いはずだが。

 

おばあさんは一口食べて手を止めた。やはりお年寄りにここまで脂っこいものはきつかっただろうか。

 

「ああ、口に合わなければ吐き出して構わないが

 

「…しい、

 

「ん?

 

「美味しいぞ!!美味しすぎる!!美味しすぎて死ぬ!!なんなんだこれは!!

 

「ホワァァァ!!

 

おばあさんはいきなり叫び、心配して覗き込んだ俺を突き倒すようにして立ち上がった。俺は驚いて尻餅をついてしまった。情けないとは思わない。いきなりどうしたのだ!?

 

「だ、大丈夫ですか?おばあ

 

「大丈夫ではない!!!

 

「ぐぅぅ!

 

 

先ほどまでの弱った様子を一切感じさせない動きで、おばあさんは俺の胸ぐらを掴んで立たせる。一体どこにそんな力が眠っていたんだ?!というより、先程までの弱っていた姿はなんだったんだ!?

だが、そんな疑問を解決させる余裕を、おばあさんは俺に与えるはずもなかった。

 

「どうして教えなかったんだ!!

 

「ケホケホ、な、なにを

 

俺の困惑は深まるばかりだった。おばあさんの憤りが、激昂が、い、一体俺が何をしたというんだ!?よく見るとおばあさんは目から涙を流している。だが、それ以上はわからない。

ともかく話を聞くしかないと、俺は首を前後に揺すられながらも判断した。

 

「ま、まて!お、俺が、一体、何をしたというんだ!

わかるように言え!

 

思わず命令口調で言ってしまう。無礼だが仕方がない。

おばあさんはさも当然のような目を、いや、何故分からないんだという怒りの目線を向けてきた。

 

「お前が教えなかったからだ!!この、ピザのおいしさを!!だめだ、我慢できん!!

 

「はぁぁ?うっ!!

 

おばあさんはそういうと食べかけとバケットを抱えて、両手を使って次々と平らげ始めた。その拍子に俺は突き飛ばされ、また尻餅をつく。だが俺はそれをとやかく言えなかった。

頭が困惑で一杯だ。フリーズしたパソコンのように動かなかった。そんな俺をよそに、おばあさんは年齢を全く感じさせない動きでピザを食べまくっていた。バケットの残りが凄い速さで減ってゆく。

 

…なんなんだ、この状況は…

 

「なんなんだ、モグモグ、なんなのだ、モグモグモグモグこのおいしさ、ありえない、こんな、モグモグ私の好物ランキングをぶち壊すモグモグモグモグ食べ物は…とろけるチーズの感触、脂の乗った厚みを感じさせるベーコン、シャキシャキの玉ねぎ、モグモグ、ピーマン、そして、全てを包み込むチーズ!!!!モグモグか、感嘆の極みモグモグモグモグモグモグだ…これが、これがこれがこれがこれが、ピザ、ピザピザピザピザ!!モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ

 

おばあさんは感動?するようにブツブツと呟いている。

が、食べる手は全く止まっていない。俺はそれをぼんやりと眺め、食べながら喋ると行儀が悪いぞと、考えていた。

バケットから凄まじい勢で減ってゆくピザ。おばあさんは緑の髪を振り乱しながら一心不乱に食べている。

もしかすると今日だけでなく何日も食べていなかったのではと、俺は心配すらしていた。

ともかく先程までの状態を考慮して、俺はおばあさんに声をかけた。

 

「んま、もきゅもきゅ、んまいんまい、もきゅもきゅモグモグもきゅもきゅモグモグもきゅもきゅ…

 

「あの、あまり詰め込み過ぎるのは良くないかと…

 

「うるひゃい!!もきゅもきゅモグモグ、だまってほ!モグモグモグモグ

 

だがその内、おばあさんに違和感を感じ始めた。

まぁ、さっきからの挙動不審ぶりもそうだが、もっと身体的特徴の面でだ。俺と会った時より明らかに声が高くなっている。

外見がおばあさんでなければ、もっと若い、下手をすれば十代の少女の声音とも聞き取れる。それにシワやシミも減っているような、それにさっきから妙な既視感が…

 

 

「おい、何をさっきから見つめているんだ?乙女の体をそんなにも見つめるとは、この色ガキめ。

 

「そんなことはない!!それに、お前のような口に…

 

いつの間にかおばあさんはすべて食べ終わっていた。

先程まで食べていた証拠に、口の両端にチーズをつけたままで、俺を見つめている。ニヤついた、俺を舐めるような笑みを浮かべて…思わず俺は、口に食べカスがついているはしたない女を乙女とは呼ばん、この魔女め!と、力強く言い返そうとした。

 

そう、あの頃のように。

 

俺は目を見開いて固まった。そしておばあさんをよく見た。

確かにシワやシミがあり、薄汚れているが、その姿、声、口調、それは、それはまさしく、あの世界で俺を支えてくれた唯一の共犯者、

 

 

「と、この姿で乙女とはやはり言い難いか。

よし、私に美味しいものを食わせてくれた礼だ。

少しサービスしてやろう。ありがたく思えよ、坊や。

あ、目を閉じていた方がいいかもしれないぞ。

童貞坊やには少し刺激が強過ぎるからな。

 

 

おばあさん?は、そう俺に向かっていうと、井戸から少し離れた広場へとスキップを踏んで向かった。動きにキレがあり、おばあさんのそれではない。俺は呆然としながらもついていった。

しかし、何か頭に引っかかるものを感じた。

この、一連の流れが、何か、見たことあるような…

 

「よし、ここならいいだろう。今ならそこの坊や以外誰も居ないしな。

 

おばあさんは広場の真ん中で止まると、周りを見渡してから、ローブの内側に手を伸ばした。程なくして何かを取り出した。

 

「木の枝…?

 

彼女が取り出したのは、どこにでも落ちていそうな、少し曲がった木の枝だった。別段仕掛けのようなものはなさそうだ。

ん?まてよ、くっ、なんだ、この感覚、あと少しでそろうというのに。もどかしい、まだピースが揃わないとは…

そんな俺の反応をみて彼女はニタリとからかう笑みを浮かべる。

 

「ほほう?そのようにしか見えないか。なかなか可愛い反応をしてくれるじゃないか、流石は坊やだな。

 

「くっ、黙れ魔女!…は!まさか!そういうことなのか!!

 

俺の頭の中で全てのピースが繋がった。これは、まさしくこの展開は、

 

 

「ん?なんのことを言っているのかさっぱりわからないが、まぁ見ているといい。せいぜいさっきのように尻餅をついて、腰まで抜かさないようにな。

 

「そんな醜態など晒さん!ま、待て!一体その杖で何を

 

「ほう、漸く杖とわかったか。まぁ見ているがいい。じっくりとな。

 

そういうと彼女は笑みを浮かべながら、木の枝を振り回すようにしてその場でクルクルと回り始めた。ある種のダンスのように見えなくもない。回り始めてすぐに、彼女の周りに光が集まり始める。

淡い、粒子状の光物体が、徐々に増えて、彼女の体全体を覆い尽くす。

 

「くっ!

 

あまりの光量に、おれは目を瞑った。そして光は数秒と経たないうちに収まった。薄っすらと目を開けると、そこに居たのはおばあさんではなかった。フリル、レースのついたスカート、コルセットで締め上げられたような上半身、白い生地に、全体は粉をまぶしたかのような淡い緑色で包まれている。強調、いや見せつけるように開けられた胸元に、ふわりとよく手入れのゆきとどっている緑の髪、見るものが見たら天使と評しただろう。…俺はしないがな。

だがまぁ、綺麗という言葉は十分に似合っている。

小汚い感じなど一切感じない。さっきまでの年老いた顔などどこにもなく、若い十代の少女の顔。

 

俺を今まで何度も揶揄い、嘲り、時には励まし、叱咤し、助け、そして、何より俺を最も理解してくれた、ただ一人の共犯者。

 

「どうだ坊や、これが私の本当の姿だ。ん、あまりの美しさに言葉も出ないか。さすがに童貞坊やには刺激が強すぎたかな?すまないな、美しすぎて。だが別に魔法で盛ったりはしていないぞ。本当だからな。

 

念押しするように何度も言ってくる。それが余計に疑惑の念を深くしていると言ってやりたいが、それ以上に、俺は我慢できなかった。

 

 

「C.C.!!!!

 

思わず駆け出して、抱きしめた…

思うところは色々ある、文句も不満も、だが今は、今は兎も角、抱きしめたかった……………………



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