四方世界のグランド・アルメ (竜騎兵)
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ワーテルローの戦い

映画、ワーテルローの戦いを見ていたらつい思いついてしまった一発ネタです。 続くかどうかは微妙なので短編として投稿させて貰います。


 至る所に死体が転がっている。ある者は銃剣で貫かれ、またある者は砲撃を至近距離で受けて血煙に変わり、またある者は戦友を銃弾から庇い倒れ。

 

 プロイセン軍からの側面攻撃を受けた私が所属する中隊は友軍と協力しプランスノワ村周辺で敵を食い止めていたものの、執念深い攻撃を受けて既に被害甚大、中隊の人員の大半が負傷するかあの世へと旅立つことになった。

 

 

 

 今はプロイセン軍の襲撃は止んで、束の間の休憩中、私は手に握られていた銃が先ほどの白兵戦で銃身が曲がり、銃剣も纏わりついた血と脂のせいで使い物になりそうにならないことに気が付いて舌打ち一つ。ライプツィヒでの戦いからの長い付き合いであった相棒を弔うかのように砲撃よって空いた穴にそっと置きため息一つ。

 

 僅かな休憩で、一息ついた私は負傷した戦友たちを戦場後方へと運ぼうとする衛生兵を見つけて、運ぶのを手伝ってやりながら、右足を失った若い、まだ十代であろう傷痍兵の握っていたシャルルヴィル・カービンと弾薬を貰い受ける。

 

 

 

 彼の許可は得てないが、恐らく彼にはもう必要が無い物だろう。

 

 

 

 傷ついた戦友を運ぶのを手伝い、先ほどまで自分が居た場所まで戻ってくると我が親愛なる中隊長殿は難しい顔をして、疲れ果ててその場に座り込んでいる大陸軍の兵隊たちを見た。その髭の生えた厳つい顔からは想像がしづらいが、ユーモアが分かる面白い人だ。

 

 彼は元は栄光ある古参近衛隊の下士官であったらしく、戦場では常に笑顔を絶やさない快活な人であった。そんな中隊長殿が、難しい顔をしているのは、中隊全体の士気にかかわる事の大事ではあるが、現状では仕方ない事だろう。 

 

 こほん、と一つ咳払いして、中隊長の方の方に視線をやると、慌てて中隊長殿は自分がしかめっ面をしていることに気が付いて、その顔に笑顔を張りつける。

 

 そして、私は中隊長殿の方に耳打ちを一つ。

 

 

 

「中隊長殿、増援が無ければプロイセン野郎どもからこの村を守りきる事は出来ませんよ」

 

 

 

「分かっている、ジルベール軍曹。既に大隊長殿が陛下に伝令を出したらしい、近いうちに増援がやってくることだろう」

 

 

 

「ラ・エー・サントは既に陥落。中央突破は目前らしい。近衛猟歩兵隊諸君、ここが踏ん張りどころだぞ、この戦闘に勝利し、栄光を掴み取ろう!」

 

 

 

 中隊長殿の言葉に、おお、と疲れ切った兵たちの瞳に希望が再び宿る。新兵ばかりが配属された所謂、新規近衛隊と言えども、皆将来有望な精鋭ばかり。中隊長殿の叱咤を受けて戦意が再び宿る。

 

 彼の言葉の通り、中央突破さえ成し遂げれば我が軍の勝利は間違いなし。

 

 しかしながらも、僅かに心の中である疑問が浮かび上がった、もし、この戦いに勝利したとしても、次の戦いが起きたら勝つことは出来るのだろうか? と。

 

 心に浮かび上がった疑問を私は頭を何度か振り、忘れる事にした。らしくもない。何はともあれ、この戦いに全力を尽くすだけだ。

 

 生き残った戦友たちを守るためにも。

 

 そう、決意を新たにしたところで、耳を疑うかのような声が聞こえてきた。

 

 

 

「近衛隊が退却した。我が身を守れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び地獄がプランスノワ村に現れた。

 

 村の教会は火の手に包まれ、家々も燃え盛りさながらかがり火のようだ。

 

 中央を攻撃していた近衛隊が敗走したという報告は最悪な事に事実なようで、一目散に逃げ去ろうとしてゆくフランス兵の集団の姿を遠くからも視認することができる。

 

 戦列を形成した敵の歩兵部隊に向けて、散開陣形で展開した我が中隊は、中隊長の号令を受け先ほど手に入れたカービン銃を構えて引き金を引く。

 

 中隊長の指示は撃てという命令のみ、しかしながらも散兵として鍛え上げられた我が体は明確な敵の脆弱点に対して火力を集中することに成功した。

 

 命令の元に行われた一糸乱れぬ統制射撃。この戦列を組んでの統制射撃を戦争の芸術と呼ぶ人間がいるらしいが、まさにその通りだろう。

 

 放たれた弾丸が敵の歩兵戦列の急所に突き刺さり、ばたばたと倒れてゆく。中隊長でもやられてしまったのか、相手の部隊に動揺が広がるのが遠目に見ても分かる。

 

 

 

「総員! 銃剣着剣! 突撃用意、プランスノワを渡すな、ここが落ちたら退路が断たれて我が軍は完全に瓦解するぞ! 戦友を守れ、突撃!」

 

 

 

 中隊長の号令を受けて、私は素早く新しい相棒になったカービン銃に銃剣を装着して、中隊長が戦死し動揺が走った敵部隊に向けて駆け出す。

 

 身の危険を感じてこちらに向かって銃弾を放とうとして来る兵が何人かいるが、こちらの統制射撃に比べれば部隊への破壊力は大きく劣る。私と同じように銃剣を掲げて突撃を開始した戦友の何人が銃弾を受けて倒れる、が、戦友の亡骸を踏み越えて近衛隊は肉薄する。

 

 勇敢なプロイセン兵が第二射を放つ前に肉薄に成功。私の銃剣が敵の喉に突き立てられた瞬間に血が噴き出て蒼いジャケットを赤く染めるが気にすることはない。銃剣を引き抜き、銃底を振り上げて相手の顎を叩き潰す、地面に倒れた敵兵を踏みつけながらこちらに向けた突き出された銃剣をカービン銃の銃身で受け止めて、自らの小柄な体格を活かして素早く踏み込む。

 

 カービン銃から片手を離し、腰に吊るしていたサーベルを抜刀、腹に冷たい鉄をくれてやると同時に血が再び噴き出て今度は私の顔を濡らす。一瞬視界が奪われるがそのまま次の行動に移る、側面から攻撃を受けて死ねばその時はその時だ。

 

 腹を切り裂かれてよろめいた敵兵にサーベルを握っていた腕の肘鉄を掲げてさらに一歩踏み出て体当たり、腹を切り裂かれて体幹を崩していた敵は倒れ伏す。

 

 そして、顔にべっとりと纏わりついた血を拭う暇なく手に握られたサーベルで相手にまっすぐ突っ込んでゆく。動揺した敵程脆いものは存在しない、背中を向けて逃げ出そうとした敵兵に向けてサーベルを振り下ろして、三人目。

 

 少し敵陣に深入りしすぎて側面から銃剣が突き出されそうになる、が、少し遅れて我が勇敢なる戦友たちが突っ込んできてくれたお陰で、側面から私に向けて攻撃しようとしてきた相手は逆に突き殺されて泥の味を味わうことになる、敵中隊は半壊状態、後退を開始してゆく。

 

 

 

 血に塗れた自らの顔を袖で拭いつつ、先程、突き殺されそうになった所を助けてもらった戦友の方に視線を向ける。

 

 私と同じように、10代で軍隊に入ったマリー=ルイーズ新兵だ。

 

 彼も私と同じように血で濡れており、今回の戦闘が初の実戦であったのだろう、息が荒い、目が震えている。

 

 

 

「すまないな、助けて貰って。感謝しよう」

 

 

 

「……い、いえ。……お力になれた、のなら、幸い、です」

 

 

 

「……少し、調子が悪いように見えるな、大丈夫かい?」

 

 

 

 顔色悪く、その場に立ち尽くしている新兵の肩を軽く叩き、周囲を見回す。村の至る所から銃撃音や砲撃音が聞こえて来るが、今のところはこの周辺には敵はいなさそうであった。

 

 1813年に志願兵として大陸軍に加わった時から使い続けている使い古した背嚢の中から革で作られた水筒を取り出し、新兵に手渡してやると、新兵は一つ礼を言って蓋を開け、中に入った水を飲み干してゆく。

 

 少し、顔色が良くなったのを確認して、もう一度肩を叩き。

 

 

 

「君のお陰で、私の命が救われた。初めて、人を殺したんだと思うが、そのお陰で救われた人間がいる事を忘れないでほしい」

 

 

 

「で、でも、軍曹……お、俺、見ちまったんです。銃剣を突き立てた敵が苦しそうに血を吐いて、倒れるのを。倒れた奴にも、俺と同じように両親が居て、帰りを待っているだろうって事も……」

 

 

 

「そう、だろうな。これは戦争だ、仕方ないんだ、と。割り切れたらどれほど楽なのだろうな。だがな、君、君がもし銃剣を突き立ててなかった場合、私は殺され、君も殺されていたかもしれない」

 

 

 

 ふぅ、と一つ息を吐く。その通り、これは人間同士の戦争だ。殺した相手にも家族は居ただろうし、恋人も居たかもしれない、帰りを待つ子どもも居たかもしれない、だからこそ。

 

 

 

「今まで殺めた者の為にも、長生きせねばならんよ、君。私と君は間違いなくゲヘナの火によって焼かれることになるだろうが、今ではない。共にこの戦場を生き残り、恋人でも作って、幸せな家庭を築いた後に、地獄に行くのさ」

 

 

 

「……軍曹。貴方、恋人がいないどころか女を抱いたことすら無いと中隊長殿から聞いたことありますけど、そんな貴方が恋人なんて作れるんですか?」

 

 

 

「……その気になったら作れる、今は軍務で忙しいだけだから作らんだけだ」

 

 

 

「俺、恋人居るんですよ、帰りを待ってる恋人が。徴兵される前にいい思いをさせて頂きました、そして、その時に約束したんです、絶対に生きて帰るって」

 

 

 

「……そう、か、恋人の為にも生き残れよ」

 

 

 

「はい、軍曹のお陰で、少しだけ気が楽になりました。軍曹には居ない恋人の為にも、俺絶対に生き残ります、生きて、また彼女のおっぱいに埋もれます!」

 

 

 

 先ほどよりも顔色が良くなった私と同じような年ごろの若い兵隊の肩をもう一度叩き、性懲りもなく迫ってきた黒旗の軍の方に視線を向ける。中隊長の号令が再び響く、再集結を命じるラッパが響き、私は彼と共に再び組みなおされつつある散兵線の方に向かう。生意気な言葉を吐くだけの元気があるのだ、彼にはこの戦闘を生き延びて貰わねば困るな。

 

 

 

 既に、この戦闘は敗北しつつある、口には出さないが、戦場の空気に敏感な古参兵は大体が気が付いてるだろう。

 

 南側の森からは悲鳴と、怒号、そしてマスケット銃の射撃音。銃声に混じり地鳴りのような足跡が複数。

 

 森を守っているのは古参近衛隊であったはずだが、長くは持たないという事は容易に想像できた。

 

 しかしながらも、今更、退くわけには行かない、ここまで来たら、後は意地を示すだけだ。

 

 手に握られたカービン銃を強く握りしめる。弾薬は幸いなことにまだたっぷりとある、地獄までは弾薬を持ってはいけない、ならば全てここで撃ちきるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽は沈んだものの、村全体が燃えてお陰で、光源の確保は出来ていた。それは私たちにとっては幸いであるだろう。

 

 この村から大陸軍を追い出そうと殺到してきたプロイセン歩兵の先頭集団に向けて、中隊長の号令の下、近衛猟兵達が各自の判断で敵の指揮官、或いは脆弱点に向けて火力を集中し確実に削ってゆく。今回の敵はどうやら先ほど打ち負かした敵よりも精鋭であるようで、こちらの攻撃を受けて何人か倒れるものの戦列を組みなおして一斉に銃を向けて、号令の下一斉に弾丸を放つ。

 

 放たれた弾丸が突き刺さり、ばらけて布陣していた我らの部隊にも確実に打撃を与えてゆく。どさり、と隣に立っていた中隊長殿が倒れる。頭が撃ち抜かれていた。即死だ。

 

 中隊長殿の死によって我が中隊にも動揺が広がる、既に中隊兵の数は半減している、未だに立っているものも、殆どの者が傷を負っていた。

 

 我が中隊だけではなく、他の隊も似たようなものだろう、側面を守っていたはずの古参近衛隊が我が中隊の横を通り後退してゆく、じきに側面からも敵兵が殺到してくることだろう。

 

 既に散兵線を維持するだけの余力は無し、この場での上級指揮官は恐らく私であるため号令を一つ

 

 

 

「中隊長殿がやられた、これより臨時で私が指揮を執る!各員、死にたく無ければ近くの家に飛び込んで抵抗しろ!戦わなければ死ぬぞ!」

 

 

 

 私がそう言うのとほぼ同じタイミングで敵が銃剣突撃姿勢、臆病風に吹かれた中隊員の半数が背中を向けて逃げ出すが、気にしてる余裕はない。臨時で私の部下となった兵員と共に未だに無事な家屋に飛び込む。

 

 ちらり、と窓越しにプロイセン兵の動向を確認、どうやらプロイセン兵は家屋に飛び込んだ我らを処理するよりも先に逃げ出した中隊員の方に向かうつもりのようだ。

 

 その事に気が付いて、少しだけ安堵しつつ。ちらり、と未だに残った兵員の方に視線を向ける。

 

 そして、兵員を見回しているうちにある事に気が付いた、この家屋はどうやら戦闘が始まる前は仕立て屋であったようで、余程仕立て屋の主人は慌てて逃げ出してしまったのか、農民向けの作業服がそこら辺に複数転がっていた。

 

 妙案を一つ思いついた、もう一度窓越しに敵兵が居ないか確認、幸いなことに今のところは敵はいなさそうだ。

 

 不安そうな視線でこちらを見つけてくる、先程恋人がいると言っていた彼に視線を向け。

 

 

 

「君、私がここで敵を食い止めるから、臨時で私の代わりに指揮を執り、農民に変装して逃げろ」

 

 

 

「そ、そんな、軍曹、正気ですか……?」

 

 

 

「もう、この戦いは敗北は確定的だろう。変装して、逃げ出せば運がよければ君たちは助かる。だが、ここに残っている限り、全滅を待つばかりだと思うがね」

 

 

 

 そう、この戦いは既に敗北したのだ。恐らく、次の戦いは起こり得ない。ならば、このフランスという国の為にも、彼らは生き残るべきだろう。

 

 臨時の指揮官の私の言葉を聞いて、兵たちに動揺が走るが、一人の勇気ある兵卒が近衛隊の栄えある衣装を脱ぎ捨てて作業着に身を包むと、他の兵卒たちもそれに倣った。

 

 先ほど、私を助けてくれた彼は、少しだけ、逡巡したのちに、意を決したかのように近衛の制服を脱ぎ捨てて作業着を着こむと、こちらに敬礼を一つ。

 

 

 

「軍曹。地獄で待っていてください、必ず、そちらに会いに行きますので」

 

 

 

「ああ、先に逝った戦友たちと共に君が来るのを待っているよ」

 

 

 

 短いやりとりだった、だが、これで十分だろう。

 

 近衛兵たちが投げ捨てた弾薬を拾い上げて、背嚢にしまってゆきながら、ため息一つ。

 

 せめて、死ぬ前に童貞は捨てたかったものだ、まぁ、嘆いても仕方ない事だが。

 

 ザッザッザッ、と敵兵の足音が聞こえてくる、幸いなことに家屋に敵兵が忍び込んでいるとは思っていないのか、はたまた勝ったと思って油断しているのか、兎にも角にも好機だ。

 

 流れ弾でも飛んできたのだろう、ガラスが散らばっている床を踏みしめながら、窓越しに敵の指揮官と思われる士官にカービン銃の銃口を向ける。引き金を引く、炸裂音と共に充満する白煙、嗅ぎなれた硝煙の匂いを嗅ぎながら敵の様子を伺う。指揮官が倒れる、動揺が広がる。

 

 反撃とばかりに一人の兵士が放った弾丸が飛んでくる、運が悪かったらしい、右腕に突き刺さる、血が周囲に飛び散る。それでも倒れずに踏みとどまった私に容赦なく二発目が腹部に、三発目の弾丸が左肩に。

 

 視界が黒く染まる、最期に見た光景は仕立て屋の天井であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集まった神さまたちが盤面をちらり、不思議な事に見たこともないコマが置かれているではありませんか。

 

 愛らしい女の子のように見える≪幻想≫は不思議そうに首一つ傾げて、他の神さまを見回して、誰がこのコマを置いたのか聞いてみます。

 

 ≪真実≫は曖昧にさぁ、と答えるだけです≪戦≫の女神さまはそんな事よりも戦闘やろうぜといつもの調子です、≪商売≫の神さまは知らんとぶっきらぼうに答えます。

 

 何時の間にか置かれたコマに皆首をかしげるものの、折角生み出されたコマなのですから、このまま捨てるのでは勿体ないと、いつもの調子でサイコロを振ろうとします。

 

 果たして何時の間にか盤面に置かれたコマは、ナポレオンジャケットに身を包んだ兵隊は、一体どんな冒険をしてくれるのでしょうか。




これ書いてるときに四方世界関係無くねと思ってしまいました。 続いたら冒険部分も書きます。


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新しい朝

続きました、需要があるかどうかは知らねぇ!私がやりたい事をやるだけだ!


 目を開ける、見知らぬ天井。

 はてさてここは仕立て屋でも無さそうだし、何処だろうか。頭を動かして周囲を見回してみると、どうやらここは誰かの寝室であるようで私はベッドに寝かされていたようだ。

 起き上がろうとすると体が痛む、顔をゆがめて痛む箇所に視線を向けると包帯が巻かれている、起き上がる事を諦めて、ベッドに横たわり、再び天井を見上げる。

 朝日が差し込んでくる窓からは賑やかな喧騒が聞こえてくる、戦闘音ではない人々の営みによって生み出される音だ。

 その音に耳を傾けながら、自らの体の状態を再確認する。

 体が鉛のように重い、血が足りないのかもしれない。腹部に当たった弾丸は急所は外しているようだが、右腕と左肩がまだズキズキとした痛みが残っている。

 痛いのが生きている証拠であるという事は重々承知しているが、苦痛に思わず呻き声が漏れる。

 

 暫く、何度か深呼吸を繰り返して、苦痛を和らげることには成功。額に浮かんだ脂汗を拭おうとするが腕が動かなくて拭えない、目に染みるが、仕方あるまい。

 天井を見上げながら、果たしてあの戦いの戦闘後、私の臨時の部下になった者たちが生き残る事が出来たのか気になって仕方ない。

 あの後皇帝陛下はどうなったのだろうか、ギロチン送りになっていないと、良いが。

 色々と考えてしまっているうちに瞼が重くなってきた。きっと、疲れているせいであろう。

 眠気に抵抗せずに瞼を閉じる。今は傷ついた体を休めて、疲れを取ろう。

 生きているのだから、考えるのは後で良い。

 

 

 

 

 

 誰かの足音が聞こえてくる、目が覚める。

 既に夜になってしまっているようで、窓からは喧騒は聞こえてこない。

 咄嗟に身構えようとするが、体は言う事を聞かない。扉が開き、誰かが入ってくる。

 そちらに首だけ動かして見て見ると、白いひげを生やした禿げ頭の年老いた男性が一人。

 

「よぉ、お前さん、意識が戻ったみたいだな」

 

「手当をしてくれたのですか?」

 

「ああ、随分と大きな傷を負っていたようだから、もう助からんと思ったが、生きてたようで何よりだ」

 

「……ありがとうございます、助かりました」

 

 どうやら、この男性が私の命の恩人であるらしい、その手には木のトレーの上に載せられた木製の器が一つ、どうやらシチューが注がれているようであった。

 シチューの美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、私の腹部がぐぅ、と鳴る。

 頬が急速に熱くなるのを感じる、命の恩人の微笑ましい視線から逃れるかのように私は顔を反らした。

 

「やぁ、お前さん。お前さんの名は、なんていうんだ?」

 

「ジルベール・ティエリー。近衛隊の軍曹です」

 

「俺の名前はアンソン。宿屋の亭主をやってる。まぁ、それは兎も角、シチューは一人で食えるか?」

 

「……お恥ずかしい事に、両手を負傷していますので、食べさせて貰えると助かります」

 

 傍までやってきたアンソンさんがスプーンで木で作られたスプーンでシチューを掬い、口元まで運んできてくれたソレを一口。

 どうやら私の予想以上に腹が空いていたようで、スプーンで掬われたシチューを口元に運ばれるたびに勢いよくそのスプーンを口に咥えてシチューを呑み込んでゆく。

 余りの食べっぷりに彼はよっぽど腹が減ってたようだな、と豪快に笑い、すぐに空になったシチューの器を見て私は羞恥にまた頬を赤らめてしまうのだった。

 

「お前さん、良い食べっぷりだったな、まぁ、若い奴はそれぐらい食欲旺盛な方が良いだろう」

 

「すいません、手当して貰った上に食事まで食べさせて貰って……」

 

「気にするな、まぁ、俺がお節介でやってる事だしな」

 

「本当にありがとうございます……その、一つ聞きたいことがあります。大陸軍は、ナポレオン陛下は、いったいどうなったのでしょうか」

 

「大陸軍? ナポレオン?お前は一体何を言ってるんだ?まぁ、暫く安静にしておくように、良いな?」

 

 首を一つ傾げて何かあったら呼んでくれ、と去ってゆくアンソンさんの背中を視線で追いつつ、私は天井を見上げる。

 ここは少なくともプランスノワ村では無さそうだ。

 もっと言えば、オランダ周辺でもないのかもしれない、もしくはここがヨーロッパという場所自体ではないのかも。

 ヨーロッパならばどんなに小さな農村に住む農夫であれナポレオンの名を知らない者は居ないはずだ。

 特に宿屋の亭主ともなれば、宿に泊まる客から様々な情報を得る事もあるだろう、ナポレオンの名を知らないという事などはあり得ない、これは間違いなく断言できる。

 だというのに、なぜアンソンさんはナポレオンの名を知らなかったのだろうか、大陸軍についても知らない様子であった。

 この場所が余程辺鄙な場所に存在している、という線も考えづらいだろう。

 第一、プロイセン兵に撃たれた自分が倒れた場所は仕立て屋の中だった、恐らく統制を取り戻したプロイセン兵が私の生死の確認の為に中に入って来て銃剣で死にかけであった私の体を突き刺してくることだろう。

 だというのに、少なくとも私は生きている。夢なのだろうか、ここは、いや、違う、夢ならば痛みも感じないはずだ。

 ならばなぜ?

 疑問が湧きだしてきてはキリがない、ため息一つ、もう一度天井を見上げる。

 

 考えていても、仕方ない、自分がどういう状況に置かれているのかは、体の傷も癒えれば分かる事だろう。

 空腹が満たされたお陰で襲い掛かってきた睡魔に身を任せ、瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 あれから何日か経った、毎日食事を食べさせてくれたアンソンさんには頭が下がる。

 やっと体を病み上がりと言えども起こせるようになったので、ベッドから身を起こし、朝日が差し込んでくる窓の方に歩いてゆき、窓を開く。

 外の空気が入ってくる、心地よい風が頬を撫でる。

 目を細め、自らが生きてるという実感を味わっていると、視界の端に奇妙なものが映った。

 外套を着こむ、分かる。見た所麗しい女性であるようだし、体を女性が体を冷やすのは不味いからな。杖を持っている、まぁ分かる。旅人ならば色々と必要であるだろうから。

 

 だが、あの長い耳はなんだ?

 

 あんな人間、見たことが無い、見間違えたのかと思い、瞼を閉じて深呼吸一つ、もう一度彼女を見る。

 耳が長い、一体どういうことだ?

 いや、もしかしたら私が知らないだけで耳が長い人間はいるのかもしれないが。

 彼女だけではない、巨大なクロスボウを担いだ兎耳が生えた外套を身にまとった少女までいる。

 どういうことだ……?

 余りの出来事に混乱して、ベッドに座り込みながら呆然と天井を見上げる。

 

 ――神よ、私に降りかかった出来事を詳しく説明してください。

 

 人は本当に自分の理解に超えた事に遭遇すると普段はあまり信仰していない神にすら縋るものである、心の中で私は神に現状の説明について求めながら、必死にあまり頭脳明晰とは言えない頭をフル回転させて現状の理解に取り組もうとする。

 

 必死に頭を使って、これは神の悪戯やら、精巧な夢やらあまり現実的な考えではない事を考えていると、扉がノックされてドアが開かれる。

 

「おお、起き上がれるようになったみたいだな、そいつは良かった」

 

「アンソン、さん……。その、長い耳の人を、見かけたんですけど、あの、あれはいったい」

 

「おお、お前さん運がいいな、森人(エルフ)を見れる機会なんて中々ないんだぞ?美人だっただろ?」

 

「ええ、まぁ……そりゃあ、美人、でした、けど……。その、私の暮らしている国で、ああいう人は見たことがありませんでしたので……それに、兎の耳が生えた少女も居たんですけど、ここでは珍しくない人なんですか?」

 

 自分でもうわずった声を漏らしてしまっていると思う、明らかに動揺している様子の私の姿を見て、ふむ、とアンソンさんは腕組み一つ。

 

「そうなのか……? 森人(エルフ)に比べたら獣人(バットフット)なんて珍しい存在じゃあないと思うがな、俺の宿にも泊まりに来る奴が居るし」

 

「……その、今は西暦何年です……?」

 

「西暦?何言ってるんだお前」

 

「……」

 

 唖然となる、口があんぐりと開いてしまっている私の今の姿は滑稽に見える事だろう。事実私の今の顔を見てアンソンさんは思わず吹き出してしまっていた。

 さながら異世界に来たみたいだ、いや、異世界にやってきてしまったのだろう。

 私が想像していた異世界というのは地獄や天国と言うものであったがこの世界は私の想像をはるかに超えるモノであるらしい。

 

「……あの、その、えーっと。ここはヨーロッパのどこに存在する街なんですか?」

 

「ヨーロッパ?変な事ばかり言うなお前」

 

「本当に気になってるんです、教えてください」

 

「まぁ、良いか。ここは、所謂辺境の街って呼ばれてる所だな」

 

 そう言って、懐から羊皮紙に書かれた使い古された地図を取り出して、地図上の端の方に存在する丸い円の中に英語に似たような言語で書かれた文字を指さし。

 少なくとも私の知っているヨーロッパの地図とは違うそれを見て本格的に眩暈がしてきた。

 どうやら顔色が悪くなかったようで、茫然としている私の顔をアンソンさんが心配そうな顔をしながら覗きこんでくる。

 

「す、すいません……ちょ、ちょっと驚いてまして……」

 

「お、おう……お前さんにも何か事情があるみたいだからな……良かったらどんな事情があるのか、話してくれ」

 

「実は、ですね、信じて、貰えないかも、しれませんけど」

 

 ぽつり、ぽつり、と自分が大陸軍の兵士としてワーテルローで戦い、臨時で部下となった者たちを逃すために殿として戦った事、そしてその場所で自分が死んだことについてアンソンさんに説明してゆく。

 私の言葉を聞きながら、うぅむ、とアンソンは一つ唸り。

 

「……信じられん話だが……嘘を言ってるようには、見えんな」

 

「本当の話なんです、信じられないかもしれませんけど、信じてください」

 

「疑いはせんよ、お前さんがここで嘘言った所でお前さんに何の得もないしな、しかし、それにしても、お前さんの話を聞く限りだとこの世界以外にもまた別の世界があるんだなぁ……」

 

 ふぅむ、と私の顔をじー、と見つめて。

 

「それで、どうするんだ?流石に俺はこの世界から別の世界に移動する方法なんて聞いたことなんてねぇぞ。傷が癒えた後はどうするつもりなんだ?」

 

「傷が癒えた後は、原隊に戻り部下の安否を確認するつもりでした、けど……それもどうやら不可能なようですからね」

 

 このままでは、部下たちがどうなったのかさえ、分からない。私の持ってる通貨がこの世界で使えるかどうかさえも分からない以上、命の恩人に最低限の恩返しする事すら不可能だろう。

 そして、この世界では頼るべき人も居ない、戦友も、上官も、そして陛下もここには居ないのだ。

 急に無限の荒野に放り出されたような気分であった、顔に出てしまったのだろう、アンソンさんは顎の白い髭を軽く撫でて。

 

「……もしかしたら、元の世界に戻る方法が見つかるかもしれない職業を、俺は一つ知っている」

 

「本当、ですか!?教えてください!」

 

 勢いよく身を起こした私は腹部の傷から走る苦痛に呻き声を漏らしながら蹲ってしまう。

 心配そうに背中を撫でるアンソンさんの顔を見上げて、続きを話すように促すと、アンソンさんはふぅ、ため息を一つ付いてどこか諦観した様子でその職業について教えてくれた。

 

「冒険者だよ、冒険者。冒険者ギルドって所に行けば、誰でも登録することは出来る。あいつらは未知の物を求めて未開のダンジョンやら遺跡やらに潜るからな」

 

「冒険者になれば、もしかしたら元の世界に戻る方法も分かるかもしれないって事ですよね」

 

「ああ……だが、余り冒険者は良い職業でもないぞ、若者は立身出世の為になろうとするやつがいるが、成功できる奴は一握りの人材だけでほとんどの奴は死ぬ」

 

 ――なぜ、そんなに詳しいのかって?俺も元は冒険者だったからな

 そう話すアンソンさんは何処か遠い目をしていた、しかしながらも、アンソンさんはすぐに切り替えて私の肩を軽く叩き。

 

「冒険者になりたいってのなら、俺が教えられることならば教えてやろう。命を助けてやった奴が死地に旅立とうとするのを見過ごすわけにはいかんからな」

 

「本当に、何から何までありがとうございます!」

 

「気にするな、俺がやりたい事をやってるだけだ……だが、その傷じゃあまだ無理だろう、もうちょっと傷が癒えてからにしろ」

 

 俺も奇跡の一つや二つぐらい使えたら良かったんだがな、と白い髭を撫でるアンソンさんの姿を見つつ、自分を見失いかけていた私は新しい目標を作る事に成功した。

 冒険者になり、私が元の世界に戻る方法を見つけ出す、それが、今の私が生きる理由の一つだ。

 そしてもう一つが、この恩人の為にせめてもの恩返しをする、金銭的なものでも、精神的なものでも良い、何でもいいから、私に手を差し伸べてくれたこの人の為に何かをしたいのだ。

 

 

 

 

 

 




ジルベール君のお父さんは元は貴族の三男坊でありながら共和制に賛同した人材で、革命戦争の際に騎兵隊に配属されて勇敢さで鳴らしたユサールであったそうです。
ダヴーさんとは面識があって最終階級は大尉とそれなりに昇進した方でありましたがボルジノの戦いで戦死しました。
元貴族のお父さんに躾けられたお陰で礼儀作法はそれなりに出来てるというどうでもいい設定。


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