4ヶ月の (めもちょう)
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一話

 あの日の行動は、全部気まぐれだった。

 

 高校入学準備の為にあのショッピングモールに行っていたのも。

 きったねぇ笑い声を上げていた四人の野郎どもが目に付いたのも。

 奴らが出てきた道を辿ったのも。

 

 その先で見つけた血塗れの男に救急車を呼んでやったのは当然だとして、俺の焦った声に釣られてやって来た関係ねェモブたちを現場に入れないようにしてたのは、やっぱり気まぐれだった。

 

 救急車で搬送されていった後、あの男のことは何も聞いていない。赤の他人な上に、それ以前に興味ねェ。

 

 だから、礼を言われたところで顔を覚えちゃいねェし、まさかそいつが同級生だったとは思い付きもしなかった。

 

「爆豪くん! あの時助けてくれて、ありがとうございました! これ、お礼の品です!」

 

 そう言ったソイツの髪は、確かにあの時の男と同じ真っ黒の、キューティクルのキの字も無い痛みまくった短髪だった。

 覚えたヒデェ違和感の正体は、似合わなすぎる小豆色のヘアバンドと、貼り付けた無理な笑顔だった。

 

「キメェ」

「なんでっ!?」

 

 驚いて下がった口角を見て確信した。やっぱりコイツ、あの時の。

 

『いらない……意味ない……ケガは、もうないから!』

 

 “現状理解不能野郎”だ。

 

 

 

 

「朝から、えれェ目に遭った……」

「質問攻めにしたのは悪かったって!」

「正直に吐けばすぐに終わるってのに、いつまでも言わねーから悪いんだぜ」

「喋る筋合いはねぇ」

 

 昼休憩。大食堂でカレーのカウンターに並びながら、今朝のことを思い出して溜め息を吐いた。

 事件現場じゃあのヘアバンドは着けてなかったが、アイツは確かに少し前に俺が助けた……救急車を呼んでやった男。まさか、忘れた頃にやって来て、礼を言いに来るとはな。

 確かに同年代っぽい印象だったが、まさか同級生で、しかも同じ高校とは思わなかった。顔なんか血まみれだった事の方が印象強すぎて、覚えちゃいなかったが。

 

 辛口カレーを受け取って、先に席に着いていたアホ面の左斜め前に座る。俺の隣、アホ面の前にクソ髪が座るはずだからだ。

 俺の想定通りクソ髪はその席に着いた。にも関わらず、俺の目の前で席に着く影が見えた。

 

「あ゛? お前……」

「来ちゃいました」

 

 ソイツは、朝の騒動を起こしやがった張本人だった。

 

「助けてくれた恩を縁だと思って、友達になりに来ました!」

「おお! オメーは朝の!」

「初めまして! 俺はC組の吐移(とい)(しょう)。よろしく!」

 

 勝手に自己紹介をしやがったコイツは、馴染んでなさすぎる“爽やか”を意識した笑顔を見せてきた。ぶっさ。

 

「切島だ!」

「俺は上鳴!」

「よろしくね、切島くん、上鳴くん、爆豪くん!」

「勝手に加えてよろしくすんじゃねぇ」

 

 「いいじゃん!」と言って、弁当の包みを広げるソイツは、巨大な口をかなり無理して吊り上げた笑みを浮かべている。

 

「弁当? ここの学食安いのに」

「俺、貧乏なもんで。こっちの方が安上がりだからさ」

「そうなのか……。カツ、一個貰うか?」

「施しは受けぬ! 足りてるからさ!」

 

 でもありがとう切島くん。そう言いながら弁当の蓋を開けたヘアバン野郎。中身は鶏そぼろがのった白米と、野菜炒め、玉子焼き。パッとはしないが、量だけはある弁当だった。

 ヘアバン野郎が「いただきます」と挨拶したのをきっかけに、俺たちも食事を始める。具がゴロゴロと大きめに入ったカレーに足りないのは、辛さだけだった。辛口のくせに……。

 

「なあ吐移、爆豪に助けてもらったって、具体的には何してもらったんだ?」

「ん? 上鳴くん聞いてないの?」

「教えてくれなかったんだよ。代わりに教えてくれ!」

「爆豪くんもったいない! ヒーロー点稼げるのに!」

「ヒーロー点って何だ」

 

 くだらない概念を生み出すヘアバンに思わず口出ししてしまった。しかしこいつはそれに答えることなく、前の二人にあの日のことを話し出す。

 

「具体的ね……。俺が覚えているのは、救急車を呼んでくれたことと、体の血を拭ってくれたこと、かな。その後は気絶してたみたいで覚えてない。次に爆豪くんを見かけたのも昨日だったし」

 

 同じ学校の同級生ってもうこれ運命でしょ! と気持ちわりィことほざくヘアバン。ふざけんなとキレてやるが、目の前のこいつは下手な笑顔をして笑うだけで、堪えている様子はない。狼狽えているのは、隣の二人の方だった。

 

「病気で倒れたとかじゃなかったのか!?」

「血って、大怪我してんじゃねーか! 大丈夫かよ!?」

 

 俺がやった事よりもこいつの体調を気にかけ始めた。別にどーでもいいが、最初の興味から逸れてんぞ、オイ。

 勢いに圧されたらしいヘアバンは、顔を伏せ、張り付けた笑顔を少し崩して、また貼り付け直した。

 

「ちょっと俺の話をしてもいいかな。俺の個性は“超回復”。一瞬でどんな怪我も病気も、自分限定で治すことが出来るんだ。で、俺はあの日、入学準備の為にショッピングモールに来てたんだけど、俺の雄英合格を妬んだいじめっ子たちが俺をリンチしてきてさ。いくら一瞬で傷を治せると言っても、失った血は戻らないし、怪我した時の衝撃は体に残る。ろくに抵抗出来ないまま倒れていた所に颯爽と現れたのが、爆豪くんだったってわけさ!」

 

 ヘアバンが語り終わった後、一瞬静寂が訪れた。

 あれが虐め? そんなもので片付けていいのか。あれは、殺人未遂だっただろ。

 現場を見ていないアホ面が「なんつーか、お前の人生、壮絶そうだな」とか浅い感想を言っている。

 

「笑顔が下手な時点で察して」

「自覚あったのか」

「なので、笑顔満点計画実行中です!」

「今は(マイナス)一億点だな」

「そんな酷い!?」

「さっさと食いやがれクソども」

 

 時間は有限だし、食事中にグロいのを思い出したくもねェ。急かせば、思ったより時間が経っていることに気が付いた三人は食事をかき込みだした。

 

 

 

 

 暗い路地裏。生温かい血だまり。赤を吸った白かったはずの服。切り裂かれた裾。

 きっとあれはこいつだから生き残ったんだ。傷をすぐに塞げるコイツじゃなければ、6箇所も刺されておいて、今ここにいるわけがない。

 

 吊り上がった目に横に広い口。ヘアバンドをしているせいで見えるきつい目元は、こいつのヴィラン顔に拍車をかけている。

 

 リンチ、慣れていない笑顔。この二つだけでもコイツの今までが垣間見える。それでも、似合わないヘアバンドをしてまで顔を晒すのは、コイツの覚悟の表れだろう。大きな口で頬張って慣れたように急いで食ってんのも、今までの不遇さが窺い知れた。

 



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二話

 いくら感謝されようとも俺にとっては一つのキャリアでしかないし、アイツにとっても礼を言って終わる関係だと思っていた。

 んな考えは、次の日も俺たちの隣に座りやがったコイツにぶち壊された。

 

「何勝手に俺の隣に座ってんだお前」

「いいじゃん。友達だろ、爆豪くん!」

「ダチだと思ってねーよ。ヘアバン」

()()(しょう)!」

 

 覚えてな! と今日も口の端しが引き攣った下手くそな笑顔を貼り付けてヘアバンは弁当の包みを開いた。今日もか。

 奴を無視して、台湾ラーメンに小袋の七味を振りまくる。辛ければ辛いほど、飯は旨い。熱されて立つ刺激と香りに誘われるがまま、箸で麺を持ち上げ、息で冷まし啜る。……悪くねぇ。咀嚼しながら二口目の為に麺を持ち上げる隣では、ヘアバンがカツ丼を食っているクソ髪に弁当の中身を指摘されていた。恥ずかしそうに肩を竦めて空笑いする奴のそれを見れば、昨日と全く変わらない内容の弁当がそこにあった。

 

「朝って忙しいからさ。一人分作るのに凝ったものは出来ないし、決断の回数は少ない方が疲れないって聞いたから」

「嘘だろ!? これから毎日、昼飯これ!?」

「材料が同じならね」

 

 鶏そぼろの乗った白米、野菜炒め、卵焼き。本当に昨日と全く変わらない。

 

「そんなことよりさ、俺、爆豪くんに頼みがあるんだ」

「やるかアホ」

「俺に稽古つけてくんない?」

「やらねーつってんだろ」

「君みたいに、俺も声を大きくしたいんだよ!」

 

 よりにもよって、声量の稽古かよ。くだらなすぎて、返事するのもめんどくさい。無視して麺を啜れば、「その頬っぺたも柔らかそうでいいよね! どう鍛えてるの?」と、しつこい。確かにコイツは声が小せぇし、口角がつり上がった笑顔を維持している表情筋は引き攣ってんだから固ぇだろうな。

 

「ヒーローにとって、声の大きさと笑顔ってのはすごく大事だろ? オールマイトがその筆頭! 声が大きければ遠くまで届く。それは、人々の避難を呼びかけたり、安心させたり、ヴィランへの威圧感にもなるだろ? 笑顔だってそうだ。人々の希望になり、ヴィランの絶望となる。ヒーローにとって、声と笑顔は大切なんだよ」

「俺らの担任は笑顔で安心させてくんねーぞ?」

「え、あ、そこは、ほら……実力で安心させてくれるでしょ」

 

 違ってんじゃねーか、と突っ込む前に、ヘアバンは「少なくとも俺の憧れはそーなの!」と、口をへの字にして不貞腐れた。そもそもあの担任はアングラ系ヒーローだから笑顔いらねーだろ。アホ面はやっぱアホだな。

 

 まぁ話を聞いてみりゃ、納得出来る部分はある。クソデクみてぇにボソボソ喋るヒーローなんざ気色わりーし、人気のヒーローになるのに笑顔ってのも捨てきれねー要素だ。No.2ヒーロー エンデヴァーなんかはそうでもねーが、武器はいくつあっても困らねぇ。

 

「入試落ちて今は普通科だけど、近いうちにヒーロー科に編入して、免許取って、俺はナンバー1救急救命士になる!」

「ヒーローじゃないんかい!」

「俺、戦闘能力皆無なもんで。でも、個性使用許可証さえ手に入れれば、職業ヒーローじゃなくても個性が使える。そうすればどんな災害現場でも、息さえ出来れば俺は人々を救える! だから爆豪くん、俺に稽古をつけてください!」

「俺が講師かよ」

 

 てっきり「一緒にやろう!」とか言うのかと思ってた。「最初にそう言ったじゃん」と言われてしまえば、確かにそうだったと思い出して、げんなりする。やったことねぇことの講師とか、何から始めていいか分かるかよメンドクセェ。

 

「やったことなんかねーぞ、こちとら」

「そうなの? あの大声は発声練習の賜物だとばかり」

「吐移、そんなに爆豪の声聞いたことあんの?」

「あるよ。実は俺があのケガをする前。入試の実技で俺と爆豪くん同じ会場だったんだ。覚えてる?」

「んなわけねーだろ、ザコ」

「ザコっ!?」

 

 ヒーロー科入試に落ちたザコによれば、俺が技をぶっ放す際の「死ねっ!」とか「殺ォす!!」とかが遠くからでもよく聞こえてたらしい。爆破音でもかき消されない声量に驚いたとかなんとか。

 いや近くに居ただろコイツ。他の受験者のロボットを破壊する音もある。そんな中で30メートルも離れたら声なんざ聞こえねぇはずだ。

 とりあえず俺は発声練習なんかやったことはねぇ。故にだ。

 

「放課後までに考えてやる。死にてぇくれぇきついの用意してやるから、覚悟すんだな」

 

 挑発的に言ってやれば、奴は驚いた間抜け顔を晒した後、下手な笑顔でこう返した。

 

「望むところだよ、バクゴー君!」

 

 

 

 その後の話だが、午後に行ったUSJでのヒーロー基礎学で、ヴィラン連合なんつーチンピラどもの襲撃にあった俺達。ほぼ無傷で消耗もねぇつってんのに、「大事件があった後にのんびり発声練習なんて出来ない! 今日は帰ろう? 帰って!」とヘアバンは譲らなかった。

 「明日こそ覚悟しとけよ」と言い残して家に帰れば、ババァと親父に心底心配されていた。ありがてェけどウザい二人を避けて風呂に入る。

 

 

「ふぅ……」

 

 熱い湯が張られた湯船に浸かる。心地よさに思わず声が出た。

 この気持ちよさも、安心も、先生が、ヒーローが、オールマイトが助けてくれたから存在すんだ。

 

「……」

 

 湯船に浸かりながら、体から更に力を抜いて目を閉じる。瞼の裏に映るのは、あの場所で目に焼き付いた光景だ。

 

 目の前で繰り広げられた脳無とオールマイトの戦闘。ヒーローがヒーローたる覇気。実力に裏付けされた絶対的な信頼感。「衰えた」と自分で言うが、それを感じさせない戦い。そして勝利。何よりも、その笑顔。

 プロの世界をまざまざと見せつけられ、体感させられた。敗北が幾多の死に繋がる世界でトップが魅せる力強い笑顔に、勝利宣言に、どれほどの人間が救われてきたことか。

 

「あいつの言う通り、だな」

 

 ヒーローに必要なのは、実力・笑顔・声。(もちろん他にもたくさんある)その中の二つを鍛えることを提案してきたあいつに、本格的に乗ってみてもいいかもしれねぇ。

 

 湯を掬って顔にかぶる。さァて、発声練習のメニューの見直しでもすっか。

 



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三話

 ヴィランによる襲撃で雄英は各所対応に追われて臨時休校になった。それをいいことに早朝、事前に聞かされていたヘアバンの電話番号にかけて呼び出した。昨日の事件のこともあって相当渋られたが、「てめェが講師を俺にしたんだ。俺の言うことを聞け」つって俺がいつも訓練している公園に呼び出した。

 

「10分で、来いだなんて……、君マジで鬼畜だ!」

「喋るヨユーあるなら始めるぞ」

「休ませて!!」

 

 ヘアバンの家からこの公園までは電車に乗るくらいには遠いみてーだな。駅からここまで全力ダッシュで来たんなら、この疲れ具合は普通か。

 

「疲労は個性で回復出来ねーのか」

「んー、出来たことは無いかな。回復出来るのは怪我と病気だけだと思う」

「任意発動型か」

「ううん。常時。息してればいつのまにか直ってるよ」

「そりゃあ便利な個性だな」

 

 流石に“サンドバッグに丁度いいな”とは言えなかった。

 

 

 

 俺が立てたメニューはこれだ。ネットにあったのを参考にした。

 

・深呼吸(20秒吐き、5秒吸い)×2

・“あ”ロングトーン(最低30秒)×2[声がかすれ始めた時点で終了]

・“あ”スタッカート(1セット10回)×2

・七十五音(a,e,i,u,e,o,a,o)×2

・早口言葉(その時々で)1セット3回×3

・“あ”ロングトーン×2

 

 書き起こしていたメニュー表をヘアバンに渡す。その内容を見たヘアバンは「思っていたより優しい内容だね?」と、不思議そうに首を傾げた。ハッ。これだけで終わるとでも思ってんのかよ。めでてぇ頭してんなぁ?

 

「こっちが筋トレメニューだ」

「筋トレ!?」

 

・腕立て伏せ ×100

・フロントブリッジ 30秒×3セット

・腹筋 ×100

・懸垂 ×20

・スクワット ×100

・ランニング 3km

 

「数えっぐっ!?」

「初回だからな。これでも少なくしてやったんだぞ。てめぇがどれくらい出来るか分からねぇからな」

「うわぁ……ありがとう」

「嫌ならやめんぞ」

「誠心誠意、やらせていただきます!」

 

 自分で選んだ講師、有り難がって、従えよなぁ?

 

 

「喉じゃねぇ! 腹から声出せ! 歌声みたいな声出してんじゃねーぞ!」

「はい!」

 

「スタッカート言ってんだろ! 弾くように声出せ!」

「はいっ!」

 

「口の形意識しやがれ! 同時に表情筋の体操だ!」

「はい!!」

 

「意味考えればどこで切るか分かんだろ!」

「ひーっ!」

 

 

 言えば直すし、返事は良い。難点はまだまだ声が小せぇことと、恥じらいがあることだろう。まさに新人。

 めんどくせーとは思ったが、クラス委員長になり損ねた俺にとってこの講師遊びが一種のリーダーシップの訓練になると考えれば悪くなかった。

 

 喉を痛めない程度に発声練習を終えれば、次は筋トレだ。本来ならダンベルなり機器を使って身体全体を鍛えたいところだ。学外で訓練するのは計画外だった。だが、一度決めちまったことは何があっても、多少曲がっててもやり遂げてやる。

 

「背中反ってんぞ! 持ち上げろ、砕けるぞ!」

「は、はいぃ!」

 

「息を止めんな! 体を下ろしながら息を吸って、押し上げながら吐け!」

「すーっ、はーっ!」

 

「また背中反ってんぞ! 足から首まで一直線になるように意識しろ。真下じゃなく1メートル先を見やがれ!」

「はいぃっ!!」

 

 腕立て伏せの時点でこうだ。こいつはまず数よりも質を向上させなきゃ話にならねえ。60回こなしたところで腕立て伏せを切り上げる。「まだやれます!」とか、スポ根アニメみたいなセリフを言うヘアバンに「100回出来るまで待ってたら夜になるわ!」と言って黙らせた。

 次からは3セットずつだな。あと今よりテンポは遅い方がより負荷をかけられる。残りのメニューを数を減らしてスローペースでこなしてもらえば最後にランニング3kmが残った。3kmはこの公園の外周一周分。最後に流すにゃ丁度いい。

 

「あれ? 一緒に走るの?」

「やんなきゃ体が鈍る。てめェは呼吸を意識して一周して帰れ」

「え、いいの!?」

「体壊したきゃ、もっと走ればいい」

「やっぱバクゴー君やっさしー!」

 

 キメェ。

 置いてランニングを始めれば、後ろから「ま、待って!」と声がかかるが、無視する。トレーニングで疲れきった野郎とそうでない俺が同じ速度で走れるワケがねェだろ。

 俺が一周走りきる頃に、あいつは半周より少し多く走っている程度だった。二周目終わりかけには追いつき、流しとばかりに歩いているヘアバンに「痛めたくなきゃクールダウン忘れんじゃねぇぞ」と声をかけて三周目に向かう。後ろからは「ありがとうございました!」と、疲れた大声が聞こえてきた。

 

 公園の中をちらっと見れば、筋を伸ばしてクールダウンするヘアバンが見えた。

 そういえば、痛みと疲労は個性発動の範疇外のはずだが、回復する際に炎症を起こしている筋肉痛は個性発動の対象なのか? もしそうなら毎日出来るな。喉も痛まねぇし疲れるまで声を出し続けられるのは災害避難誘導で使える。問題は声の大きさか。恥じらいさえ捨てれば、あいつの目標は直ぐに達成されるはずだ。

 ……あいつの心配よりも、俺の心配が先か。

 いつのまにか、隣で知らない男が、同じ速度で走っていた。なんだこれ。

 

「誰だ」

「HEY YOU! 吐移はともかく、お前は外に出ちゃ駄目だろ、爆豪!」

「……」

「ん? まだ分からないか? 俺だ、プレゼント・マイク!」

「だとして、何でここにいる」

「パトロールがてら、だなぁ!」

 

 気付くつもりは無かったが、このちょび髭はヒーローのプレゼント・マイクらしい。アングラ系でもないヒーローがスーツを着ずにパトロール? 怪しすぎんだろ。第一、雄英は恐らく報道の準備やら保護者説明会の準備やらでバカみてぇに忙しくしているはずだ。だから臨時休校になってんだ。なのになんで雄英教師がここに居る。ただのパトロールならこの地域のヒーローに強化の要請すればいいだけの話だ。何かある。デケェ何かが。

 

「俺に、何の用だ」

「少しの注意と多大の感謝ってところだ!」

「は?」

 

 何が言いたいのか分からねえ。感謝ってなんだ。マジで意味分かんねぇ。その言葉の先を促せばプレゼント・マイクは続けた。

 

「注意はさっきの、ヴィランに狙われた生徒が軽率に外に出るなって話。感謝は吐移のことだ」

「ヘアバン? 何でだ」

「あいつは、要注意人物だからな」

「……はァ?」

 

 どういうことだ? まさか、あいつに、ヴィランと繋がりが!?

 

 



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四話

「ヤツがヴィランの回し者だっていうのか?」

「そうかどうかまだ分からない。俺としてはその可能性は低いと思ってるぜ」

「……なら、なんであいつが要注意人物なんだ」

「よくぞ聞いてくれたリスナー! あいつはな、母親がヴィランなんだ」

「……はぁ?」

 

 くだらな。だったらなんだ。

 

「あり? あまり驚かないのね」

「どうせあいつ、家族いねぇんだろ。救急車呼んだ時に来た保護者は施設の人間だった。母親が居たところで関係も薄そうだと思ってた」

「察しがいいねぇ」

「あれで気づかない方が馬鹿だ」

「ああ、そう」

「それで、んであいつが要注意人物なんだ」

 

 話せることなのか知らねぇが、訊くくらいならいいだろう。しかし意外にも返ってきた答えは、予想していなかったものだった。

 

「あいつ自身が、犯罪者になるかもしれないからさ」

「……言い方が気になんな」

「気付いたか」

 

 ニヤっと笑われたのが少し癪に障った。

 ヴィランじゃなく、犯罪者。つまり、個性を使った犯罪ではない、前時代的な犯罪で捕まることになるかもしれない、と。

 

「なんで、そうなるって分かるんだよ」

「ここから先は流石に俺からは言えねぇな。本人から直接聞いたらどうだ」

 

 肝心なことは何も答えなかったプレゼント・マイク。奴はじゃあな! と手を振って、ランニングコースから外れて走っていった。

 

 本人、からか。

 ちらりと公園内を覗く。クールダウンを終えたのだろう、ヘアバンが心配そうな顔して俺を見ていた。話を聞こうと、走るのを中止して入り口まで流していると、その入り口にヘアバンが待ち伏せしていた。両手にスポドリを持って。

 

「何見てんだゴラァ」

「だってバクゴー君、知らないおじさんに絡まれてなかった? 知ってる人だったら、ごめん」

「……知らねぇってワケじゃねぇ」

「よかった。不審者じゃないんだね」

 

 あれは不審者と言えば不審者ではあるが。

 ヘアバンは「はい、これコーチ料」といって、片方のスポドリを俺に差し出してきた。貧乏のくせに無駄遣いするなと言いたかったが、コーチ料と言われてしまうと流石に咎められなかった。

 

「160円は安いな。もっと出しやがれ」

「さ、サーセン……。これで」

「スポドリ2本もいらねぇ」

「何を払えば……!」

 

 悲壮感を出すのやめろ。俺が強請ってるみてぇじゃねぇか。だがまぁ、良い機会だ。

 水滴が滴り落ちる、よく冷えたスポドリを持って、荷物を置いている屋根付きベンチに向かう。

 

「お前……ヒーローにはならねぇのかよ」

「へ? 確かに災害救助専門のヒーローもいるけど、そんなヒーローだって時にはヴィランと戦わないといけないだろ? 俺やるとしたら個性関係なく肉弾戦しかないし、それが嫌だからならないつもりだよ」

「俺らの担任はバリバリの肉弾戦だぞ」

「あの人は個性消して相手も肉弾戦に持ち込めるからでしょ」

 

 ベンチに腰を下ろした俺の隣に、「それに……」と言いながら、ヘアバンも座った。

 

「それにな、俺、なるべくヴィランに関わりたくないんだ」

 

 スポドリを一口含んで、言葉の続きを待つ。

 

「ヴィランになりたくないから」

 

 上空の風が公園の木々を、ざあざあ、ざあざあ揺らす。煩いほどに木の葉同士が擦れ合って音を出しているのが、却って俺らの沈黙を際立たせた。

 奴がスポドリを仰ぐ。その喉の渇きは運動後だからか、緊張からか。

 

「……ごめんね!」

 

 やっと絞り出したように震えた声で、ヘアバンは謝った。

 

「何がだよ」

「ヒーローを、それも最高のヒーローを目指しているバクゴー君に稽古つけてもらってるのに、ヒーローを目指さないなんて、そんな半端な奴だからさ、俺。……ありがとう! 稽古つけてもらって、助かったよ!」

 

 まるで関係を終わらせたいような言い方だ。踏み込まれたくない話なんだろう。だからって終わらせはしねぇが。

 さっきも言っただろ。コーチ料にしては160円は安すぎんだよ。

 

「話、終わってねーだろ」

「え?」

「ヴィランになりたくない理由はなんだ」

 

 話題を明確にすれば、奴は息を呑んで俺から目を逸らした。それから観念したように、小さく口を開いた。

 

「……誰だって、最初からなりたいと思っていないだろ」

「きっかけぐらい、あんだろ」

「……まあ、ね」

 

 動揺していたヘアバンは、またスポドリを口に含んだ。ごきゅっと喉を鳴らしながら飲み干したヘアバンは視線をあちらこちらと飛ばすが、やがて視線を下に落とし、ペットボトルを持っていない手で握り拳を作った。

 

「C組の皆には言ってるし、俺と関わってるから先生から君も聞いてるとは思うけど、そうだよなぁ。俺から話さなくちゃなぁ」

「……」

 

 思っているよりこいつ頭悪かねぇ。予想してやがった。警戒されていることに気づいてやがる。

 

「バクゴー君。俺はね。母親がヴィランだ」

 

 知っている。知らされた。俺は黙って頷く。驚かない俺の反応も予想済みなんだろう。ヘアバンも落ち着いて話を続ける。

 

「でもね、俺はヴィランから生まれた訳じゃない。……分かるよな?」

「……てめェを産んだ後に、母親はヴィランになった。そう言いたいんだな」

「そう。そして、その順番は俺にとってとても重要だ」

 

 ヘアバンが一息つき、話す決意を固めたように拳を握った。

 

「……俺の母親は、レイプ被害にあって、俺を孕んだ。憎たらしかったろうに、は……母さんは、俺に虐待なんか一切せず、文句を言わず、育ててくれた。金を稼ぐ為に、母さんは水商売を始めた。男に触れられるの、怖かったはずなのに。俺の為に。

 ……だからだったんだろうな」

 

 話を続ける為に、隣の奴はスポドリで唇を湿らせる。

 

「俺が三歳の頃、母さんはまた、レイプ被害に遭いそうになった。店の客だった男に、路地裏に連れ込まれて。きっと、最初のレイプ被害がトラウマだったんだ。それからの生活でも、きっとストレスがすごかったんだ。

 

 母さんは、男を殺した。正当防衛とはとても言えない位、個性で、しつこく、切り刻んだ。……当然、母親は有罪。十五年の禁固刑さ。そして、俺は三歳で養護施設に入った」

 

 おかしいだろ。コイツの話を聞く限り、母親は被害者でもあるはずだ。

 

「情状酌量の余地はなかったのか」

「殺した相手がなんか偉い人だったみたいだよ。最初の男も。加害者に優しいよなぁ、世の中って」

 

 「それはヒーローのことも含むのか」と口に出そうとして、なんでそう思ったのか分からず、やめた。

 

「どれだけ被害を受けても、理不尽を受けても、母さんみたいな被害者は法律一本で戦えって言われるんだよ? それに背いて個性で反撃したらヴィラン呼ばわり。酷い話だと思わない? なりたくてなってるワケないのにさ」

「……」

 

 主張から、言葉の端々から伺える、こいつの生まれの不幸さ、こいつの母親の受けた理不尽。どう言葉をかければいいか、分からない。

 

「ヴィランの大半が自分の個性に酔ってるんだろうけどさ。そうじゃない、前時代的な感じで、被害者から加害者になってしまったヴィランだっている。そんなヴィランに、なりたいと思える?」

「……まあ、無理だな」

「だろ?」

「きっかけは分かった」

「!」

「じゃあ、今はどうなんだよ。同級生からリンチを喰らうようなお前が、ヴィランになりたくないと、本気で思う理由を話せ」

 

 ヘアバンは同情を誘うような悲しい表情から、泣きそうな、苦々しい顔に変えた。

 

「誤魔化されてくれよ、バクゴー君」

「生憎、お前の呪詛を聞いたんでな」

 

 初めてこいつと出会った時、近寄る俺に気付かないこいつは、ずっと呟いていた。

 

 

『やる……してやる……! いつか、絶対……傷ついた分だけ、返してやる……!』

 



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五話

「……変わっちゃいないよ。なりたくない理由は。まあ、いくらか人より人生ハードモードだけど、それでも幸せになりたいし、幸せを目標にするならヴィランは向いてないって思うだけ。特別救助隊を目標にしてるのは、命を奪った母親に代わってって思いもあるからかな。単純にヒーローに一番近いと思ったからだけど……」

 

 今日一疲れた顔でそう話すヘアバン。溜め息混じりで、うっかりこちらまで不幸になりそうだ。

 

「確かに、あいつらは憎い。憎いさ。でもね、バクゴー君。俺は母親とは違うんだよ。話を聞いてくれる人も、守ってくれる人も、いたんだよ」

 

 続けられた言葉の声色は、明るくなっていた。少しだけ口角を上げた下手な笑顔で、ヘアバンは俺の方を向いて言う。

 

「もちろん、バクゴー君もだよ」

 

 こいつを守った覚えはねぇ。だから何も返事を返さない。こいつの考えてることが分かんねェ。

 

「だから俺は、ヴィランにならない。救けてくれた人たちを、悲しませたくないから。」

 

 言い切ったヘアバンは俺から視線を逸らして、公園の景色をその小さい黒い瞳に映した。穏やかで、凪いだ表情。

 ああ、納得いかねぇ。

 

「そうかよ」

 

 それだけなら、誤魔化す必要ねーだろーがよ。

 

 その後はプロテインを飲みながら、昨日のヴィラン襲撃の様子を聞かれるまま答えていった。あまり飲んだことがなかったらしいヘアバンはプロテインの味にしかめっ面を晒しながら、気になるらしいことを俺に尋ね、話を聞いていた。

 

 

 

 

 翌日。登校すれば満身創痍のくせに復帰してやがる相澤センセーから、雄英体育祭が二週間後に迫っていると告げられた。

 雄英体育祭はプロヒーローや関連企業へのアピールの場だ。その後のインターンにも大きく影響を及ぼし、結果、所属先が決定するといっても過言ではない。つまりだ。トップヒーローとなる俺にとって、この体育祭で一位を取る選択肢しかないわけだ。

 

 

 

 昼休みになったってのに、あいつは来なかった。

 

 食器を片付ける際になんとなく食堂を見渡すと、直ぐに小豆色のダセェヘアバンが目に入った。奴は俺たちとは中途半端に離れたとこに居た。あいつは俺に背を向ける形で席に着き、目が合うことはない。

 食器を返した後にもう一度視線を送れば、目が合った。ヘアバンの対面に座る、青髪の、死んだ目と。

 その目はすぐに別の目標を捉え、気持ち柔らかくなった。そうさせたのは、ヘアバン……。青髪の奴はクラスメイトか何かか。呼ばれた俺もそいつから目を逸らし、呼んできたクソ髪の場所に行く。

 誰なんだ、あいつは。

 

 

 

『何ごとだぁ!!!?』

 

 放課後。A組の教室の前には人だかりが出来ていた。クラスの奴らはこの異様な光景に情けなく狼狽えてやがる。情けねぇな。

 

「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」

「敵情視察だろ、ザコ」

 

 チビに至っては何が目的かも分かっていないらしい。ちったァ頭働かせてみろ。てめェも、モブ共も。

 

「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭(たたかい)の前に見ときてぇんだろ」

 

 見るだけで強くなれるとでも思ってんのか。弱点勝手に晒してくれるとでも思ってんのか。こんなところにつっ立って、何か得られるものがあるとでも思ってんのか。

 

「意味ねェから、どけモブ共」

「知らない人の事とりあえずモブっていうのやめないか!!」

 

 委員長様が何か言ってんな。

 んな前後のざわめきの中、一つ声が通ってきた。

 

「どんなもんかと見に来たが、随分偉そうだなあ。ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」

「ああ!?」

 

 人だかりの中から出てきたのは、青髪の、死んだ目の野郎。こいつ、昼休みの……。

 

「こういうの見ちゃうと、ちょっと幻滅するなぁ」

 

 昼休みに目があったこいつは、俺の目の前に立って、嘗めくさった態度を取ってやがる。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ、結構いるんだ。知ってた?」

「?」

「体育祭のリザルトに寄っちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆も、また然りらしいよ……」

 

 ……あいつが言っていたヒーロー科編入の話は、これか。

 

「敵情視察? 少なくとも普通科(おれ)は、調子乗ってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっつー、宣戦布告をしに来たつもり」

 

 ハンッ! 威勢だけはいいみてぇだなぁ。関係ねぇ。蹴散らしてやる。

 宣言する青髪と睨み合っていると、人だかりの後ろの方からまた大声が上がる。

 

「隣りのB組のもんだけどよぅ!!」

 

 なんか硬そうなヤツだな。この距離なのに声でけぇよ、うるせェ。

 

「ヴィランと戦ったつーから話を聞こうと思ってたんだがよぅ!! エラく調子づいちゃってんなオイ!! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

 本番で、恥ずかしい、なぁ? 

 構わずモブの壁を押しのけて外に出ようとする俺に「待てコラどうしてくれんだ!」とクソ髪が喚いてきた。

 

「おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」

「関係ねぇよ……」

『はぁーーーー!?』

 

 ヘイトも、宣戦布告も、何もかも。

 

「上に上がりゃ、関係ねぇ」

 

 一瞬訪れた静寂。息を呑むってことは、お前らはこんなことも分かってなかったってことか?

 夢、目標のモンになれないと諦めた奴等から受けるのは、羨望だけじゃねぇ。むしろ大半が嫉妬だ。そんな奴等が俺らの足を引っ張ろうとやっかみ、誹謗中傷を浴びせてくる。そんな悪意をマトモに受け止めてたら、身体がいくつあっても足らねェよ。

 

 後ろから「シンプルで男らしいじゃねぇか」とか、「一理ある」とか、理解の声が挙がっている。理解出来ねぇ奴は、このヒーロー飽和社会で一番には絶対になれねぇだろうよ。

 

 

 

 玄関に着けば、昼休みには来なかったヘアバンが待ち構えてやがった。A組の靴箱に凭れるように立っているから絶対に俺を待ってやがった。てめぇ、正気か。

 

「いい趣味してんな、ストーカー」

「何ひっど!? 昨日、放課後稽古付けてくれるって言ってくれたのに、集合場所教えてくれなかったからだろ?」

「昼休みに俺んとこ来ねぇからだろ」

「それについては、ごめん。別の友達に誘われちゃって……。でも、メール入れたよ?」

「メール?」

 

 言われてスマホを確認してみれば、確かに連絡が入っていた。だからって、関係ねぇ。だからてめェも、この先のトレーニングルームの入口じゃなく、玄関で待ち伏せしてたんだろ?

 

「てめェへの稽古は中止だ」

 

 ほら、やっぱりな。

 てめェは驚くフリすらしねぇじゃねぇか。

 

「残念。君のトレーニングを真似すれば、少しは君対策が出来ると思ったのに」

 

 微妙に自然に笑えるようになった奴の笑みは、元々のヴィラン顔に磨きがかかっていた。

 



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六話

「てめェ、最初からスパイ目的で……」

「ちょちょ、それはさすがに違うって! 襲撃に遭う前だっただろ、稽古お願いしたのは! だから、最初はほんと純粋に……」

「最初は、な」

 

 俺の疑惑に両手を横に振って否定するヘアバン。だが怪しい言葉を指摘してやれば、その動きは止まり、「へへ……」と、ヘタが故に引きつった笑顔を見せやがった。大体、襲撃は関係ねェ。それがあってもなくても、体育祭はあんだからな。奴は言葉を続けた。

 

「やっぱり甘くはないな、バクゴー君は。今日も稽古をつけてくれるかもって期待してたんだよ」

「るせぇよあまちゃんが。誰が敵に情報やるんだよ」

「敵……?」

「とぼけんじゃねえよ。本気で来るんだろ、お前も」

 

 ニヤァと口角を上げ、いっそうヴィラン顔に磨きを掛けたヘアバンは、「やっぱ分かっちゃったか」なんてほざきやがった。奴は体勢を直した。

 

「バクゴー君の言うとおり。俺も真剣に出場するよ。ヒーロー科編入への最大のチャンスだからね。例え、君を蹴落としてでも一位を取るよ、バクゴー君」

「ハンッ!」

 

 だからテメェはあまちゃんなんだよ。立てた親指を地面に向ける。

 

「蹴落とし()()()? 俺はてめェを完膚なきまでに蹴落し()、一位獲ったるわ!」

「……上昇志向の塊め!」

 

 一番を目指すなら上を見るべきなんだよ、雑魚が。中途半端な覚悟なら、捨てたほうがマシだ。

 

「テメェもそうだろが」

「フフッ、ありがとう」

 

 ヘアバンは一回息を吸って、胸を張った。

 

「言い直すよ。出場選手全員蹴落として、一位になってやるよ!!」

「ハンッ! 一位は俺だ、ヘアバン野郎!」

 

 言いたいことを言い終えたヘアバンは、不敵に笑って踵を返した。

 

「じゃ、俺、マイク先生のとこ行かなきゃ!」

「あ? ヒーローに稽古つけてもらうのかよ!」

「発声だけ ! これなら卑怯じゃないでしょ?」

 

 じゃあね! と言い捨てて行こうとする背中に、いくつも疑問の言葉をかけたかった。それをぐっと抑えて、俺はこれを選んだ。

 

「ヘアバン!」

「吐移だよ!」

「あの青髪で死んだ目のやつは、誰だ」

 

 ヘアバンの足が止まる。ポカンと口を開いていて、顔は非常に間抜けだった。

 

「さあ? あー、多分、クラスメイトだね。あんまり知らないよー」

 

 じゃ! と、ヘアバンは今度こそ立ち去った。

 畜生が。

 

「嘘をつくのが、大の得意かよ」

 

 昼休みのあれを見てなかったら、分からなかったかもしれねぇ。

 

 

 

 

 

 俺もヘアバンも、他の奴らも、それぞれ訓練をこの二週間続けていた。一位になる為に。一位以外に価値なんてない。

 

 あっという間に時は過ぎ、雄英体育祭本番当日。

 控え室で待機してれば、半分野郎がデクに宣戦布告しやがった。No.2ヒーローの息子がNo.1ヒーローのお気に入りらしいを目の敵にするのは分からなくもねェ。だが、それがなんだ。今の実力を考えれば、宣戦布告するべき相手は、クソデクじゃねえだろ。

 

「皆……他の科の人も、本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ」

 

 実力はどうあれ、気合いは充分ってか。

 

「僕も本気で獲りに行く!」

 

 気に入らねぇ。

 

 

 

 『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!! ヒーロー科1年!!! A組だろぉぉ!!?』

 

 俺たちの登場に、観客席から歓声が上がる。

 

「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな……! なァ爆豪」

「しねぇよ。ただただアガるわ」

『B組に続いて普通科C・D・E組……!! サポート科F・G・H組も来たぞー! そして 経営科……』

 

 計11クラスが呼ばれ、グラウンドの中央に集まる。この大勢の観客の中、同級生の中で一番になる。さっき言ったばかりだが、やっぱりアガるな。

 

「選手宣誓!!」

 

 主審である18禁ヒーロー“ミッドナイト”が台の上で鞭を打ち鳴らした。「18禁なのに高校にいてもいいものか」「いい」なんてざわめきを「静かにしなさい!!」と、また鞭を打ち鳴らして黙らせた。

 

「選手宣誓!! 1-A 爆豪勝己!!」

 

 入試一位通過の俺が宣誓するようにと、事前に言われていた。その時から決めていた文句を、ここで言ってやろう。

 

「せんせー」

 

 全員の視線が俺に集まる。息を呑む音まで聞こえてくる。そうだ。もっと俺に注目しろ。

 

「俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

 

 クソ髪の大声をきっかけに、俺に対するヘイト、ついでにA組に対するヘイトが一気に高まった。A組内からも「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」と批判の声が上がる。まあ、

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 立てた親指を首に一文字に引けば、さらにその声は高まる。一部、「かっけぇけどダサいぞバクゴー君!! かっけぇけど!!」と、異色の批判が上がっていたが。正直いらねぇ。自分の限界を超える為には、自分を追い込むのが手っ取り早いからな。

 

 見てろ、この場の全員。半分野郎。そしてデク。俺は、このプレッシャーに打ち勝ち、必ず、一位をもぎ取ってやる。

 



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七話

 体育祭が始まった。

 

 第一種目は“障害物競争”。計11クラスでの総当たりレース。コースはこのスタジアムの外周4㎞。自由さが売り文句の雄英。コースさえ守れば何をしたっていいらしい。

 

「さあさあ位置につきまくりなさい……」

 

 ゲートの信号、一つが青になる。緊張感が高まる。だからと言って視野を狭めるのはバカのすることだ。

 

 もう一つ、青になる。ゲートの幅は、人数に対してとても狭い。わざとに決まっている。何故? 答えは一つ。

 

 最後の一つが、青になる! 走れ!! 最初のふるいを生き残んだよ!!!

 

 

 

 最初に仕掛けてきやがったのは半分野郎。奴の“個性”、半冷半燃の冷の部分で、後続を凍り付かせた。やっぱそうするよなぁ!

 

「甘いわ轟さん!」

「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!」

 

 単純に跳んだ奴、棒高跳びの要領で越える奴、個性を使って乗り越える奴。かくいう俺も、爆風に乗って人込みの上を飛び越えた。俺はスロースターター。先頭は譲ってやるよ。今だけなぁ!!

 

 最初のふるいを乗り越えた先にあったのは、入試ん時の仮想ヴィラン。聞こえてきた実況によれば、それは第一関門、“ロボ・インフェルノ”。0Pヴィラン(デカブツ)が大量に、広い場所で立ちふさがっていた。さすがに多すぎて、その間を潜るってのは無理そうだな。

 推薦入試組は初お目見えらしく、一度立ち止まっていた。

 

「今度はこれに、逃げずに立ち向かう、のか」

 

 いつの間にかヘアバンが近くに来ていた。あの氷を直ぐに超えてきた。こいつも侮れねぇ奴ってことか!

 皆がどう立ち向かうか思案する中、一番ノリの半分野郎が動いた。地面に手を付けたかと思えば、すさまじい冷気を纏わせ、奴を襲おうとしてくる仮想ヴィランに対してその冷気をぶち当てた。ヴィランは凍り付き、空いた足場の間を半分野郎は走り抜けていった。

 俺たちは動かない。凍り付いたヴィランは不安定な態勢で、ほら、今倒れやがった。

 

『1-A 轟!! 攻略と妨害を一度に!! こいつぁシヴィー!!!』

 

 実況が何か言っている。だが俺は一瞬乱れた集中を整える必要に駆られた。今まで隣にいたヘアバンが、「来た!!」とか言って、冷気と砂煙の中に飛び込んでいったからだ。なんで視界不明瞭な中、仮想ヴィランの群れに突っ込んでいったんだ。正気かあいつ。

 

「チッ!」

 

 今は気にしてらんねぇ。俺も越えなきゃなんねぇんだからな。

 実況はこの関門を二番目に乗り越えた人間を「吐移 正」だと告げた。何をしたのかは見当つかないが、爆破で跳んでデカブツを超えた先に見えたのは、砂煙と、足元を砕かれた何体かのデカブツだった。

 

『え、ちょ、C組吐移、頭から血ぃ出てる!!? あれ大丈夫!? 大丈夫なの!!?』

 

 いや攻撃食らってんじゃねーかヘアバン!!

 

 

 

『オイオイ第一関門チョロイってよ!! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな!! ザ・フォーーーール!!!』

 

 実況がこの関門の説明を始めた頃には、俺はそろそろ半分野郎に追いつくところだった。

 

『さあ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!!』

 待ちやがれ!!

『あれっ、さっき二位通過のC組吐移、めっちゃ這いずってがんばってるー!!』

 むしろ何でさっき二位で通過出来たんだ“個性・超回復”。

 

 

『先頭が一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねーから、安心せずに突き進め!!』

『そして早くも最終関門!! かくしてその実態は――……一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!! 目と脚酷使しろ!!』

『ちなみに地雷、威力は大したことねーが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!!』

『人によるだろ』

 

 荒地のようなステージ。ここのそこかしこに説明された地雷が仕込まれているらしいな。開拓者たる先頭は後続に道を作らないように地雷を避けなきゃなんねーし、一度でも踏んじまえば、集中力も気力も削がれちまう。普通なら不利なんだろうなぁ!!

 

「はっはあ!! 俺はー関係ねーー!!」

 

 爆破を推進力に飛べる俺にはまるで関係ねぇ! 跳ねのいい踏み台ご苦労だったな、半分野郎!

 

「てめぇ宣戦布告する相手を間違えてんじゃねぇよ!!」

『ここで先頭が変わったー!! 喜べマスメディア!! お前ら好みの展開だぁぁ!!』

 

 あえててめぇのすぐ横で、越えてやるよぉ!!!

 

『後続もスパートかけてきた!!!』

 

 あ゛っ!? 右腕掴んでくんじゃねぇ!!

 

『引っ張り合いながらも……先頭二人がリードかあ!!!?』

 

 くそ!! 腕を凍らされた!! 野郎、せっかく調子ついてきた腕を!! くそっ走るしかねぇ!! まだだ、まだ一位だ!!

 

 

 

 突然、後方で大爆発が起こった。ここの地雷に、そんな威力はない。

 

『偶然か故意か――』

 

 てめぇ一体、何をした。

 

『A組緑谷、爆風で猛追ー!!!?』

 



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八話

「青山ごめん」タグの活きるとき!!


『A組 緑谷爆発で猛追――っつーか!!!』

 

 デクっ!? てめぇどんな手を――がっ!!?

 

『抜いたああああー!!!』

 

 抜いたじゃねぇよ!! そのソリみたいにした鉄板で俺の頭打ちやがって!!

 

「デクぁ!!!!!!」

 片手だろうと関係ねぇ! 爆破で地雷を越えていく。

「俺の前を行くんじゃねぇ!!!」

 

 デクの猛追に半分野郎も考えを変えたんだろう。後続が楽になるが、氷で道を作り出した。

 

『元・先頭の二人、足の引っ張り合いをやめ、緑谷を追う!! 共通の敵が現れれば人は争いをやめる!! 争いはなくならないがな!』

『何言ってんだお前』

 

 動力がさっきの爆発だけのデクは、次第に失速して着地する。抜くならそこだ! 俺が勝つ!!!

 抜いたと思ったその時。デクは回転し、ソリにしていた鉄板を地面に向かって振り下ろした。

 

 ――カチッカチカチッカチッ

 

 鉄板でいくつも地雷のスイッチが押された。てめェ、やりやがったな!!

 

『緑谷間髪入れず後続妨害!! なんと地雷原即クリア!!』

 

 覚えてやがれ!!

 

『さァさァ序盤の展開から誰が予想できた!? いま一番にスタジアムへ帰ってきたその男――緑谷出久の存在を!!』

 

 会場から大歓声が聞こえる。その歓声は、よりにもよって。

 

「また……くそっ……!! くそがっ……!!!」

 

 

 

 ある程度ゴール者が出た頃、そいつもようやく帰ってきた。

 

「やっほー……バクゴー君……」

 

 疲れ切ったヘアバンは右手を挙げてこっちに向かってきた。ヘロヘロで、足取りは重い。こっちだってへらへらぺちゃくる気分じゃねェんだよ。

 

「頭洗ってきやがれ」

「はーい……」

 

 素直に聞き入れたこいつはきれいに振り返ると、来た時と同じ足取りで帰っていく。最初にケガしてからずっと頭血まみれにしてたんか、こいつは。靴も履いてねーじゃねぇか。何してんだ。

 帰ると思ったこいつは、思い出したかのようにくるっと、また俺の方に振り向いた。

 

「ああ……一言、言わせてくれない?」

「あぁ?」

「お疲れ様。次も、頑張ろうね」

「……おー」

 

 それだけを言いに来たんか、お前。律儀なんか、何なのか。

 そういや、聞けばよかったな。あのデカブツの群れを、どう越えたのか。

 

 全員がゴール、もしくはリタイア者が戻って来た頃、ミッドナイトから結果が提示された。分かっちゃいたが、俺は3位だ。俺に宣戦布告した青髪は27位。ヘアバンは42位、最下位だった。

 

「ど、どんまい、青山……」

「美しくないよ……最後の最後で、追い越されるなんて……! それも怪我人に……!」

「お前は頑張った……!」

 

 ヒーロー科のくせして予選落ちしてる奴がいるらしい。ざっこ。

 

「予選通過は上位42名!!! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!! そして次からいよいよ本選よ!! ここからは取材陣も白熱してくるよ! キバりなさい!!!」

 

 次こそだ。次こそ一位になってやる。

 

「さーて第二種目よ!! 私はもちろん知ってるけど~~……何かしら!!? 言ってるそばから……これよ!!!」

 

 ドラムロールが鳴り終えて、白いホログラムに現れたのは、「騎馬戦」の文字。個人競技じゃないが、どうするんだ。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで、騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが……先ほどの結果に従い、各自にP(ポイント)が振り当てられること!」

「入試みてぇなP稼ぎ方式か。分かりやすいぜ」

「つまり組み合わせによって騎馬のPが違ってくると!」

「あんたら私がしゃべってるのにすぐ言うね!!」

 

 怒りの鞭が鳴らされた。いいだろ。理解が早い証拠じゃねぇか。

 

「ええそうよ!! そして与えられるPは、下から5ずつ! 42位が5P、41位が10P……といった具合よ。そして……一位に与えられるPは、1000万!!!!」

 

 ……へぇ?

 

「上位の奴ほど狙われちゃう――下剋上サバイバルよ!!!」

 

 合法的に叩き潰せるってわけだな!!

 

 

「上に行くものにはさらなる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra!(更に向こうへ) 予選通過一位の緑谷出久くん!! 持ちP 1000万!!」

 

 覚悟しやがれ、デク!!! 

 

 

 

 ゲームの制限時間は15分。振り当てられたPの合計が騎馬のPとなり、騎手はそのP数が書かれた“ハチマキ”を装着。終了までにハチマキを奪い合い、保持Pを競う。ハチマキはマジックテープ式で取りやすくなっている。

 何より重要なのは、ハチマキを取られても、また、騎馬が崩れてもアウトにはならない。つまり、42名からなる騎馬10~12組がずっとフィールドにいるわけだ。

 

「“個性”発動アリの残虐ファイト! でも……あくまで騎馬戦!! 悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード! 一発退場とします! それじゃこれより15分! チーム決めの交渉タイム、スタートよ!」

「15分!!?」

 

 交渉タイムが始まるや否や、俺の周りにはA組の奴らが集まってきた。あ! そういえば!!

 

「てめぇらの“個性”知らねぇ。何だ!?」

「B組ならまだしも!! 周り見てねーんだな!!」

 

 名前も知らねーかもしんねぇ。

 

「おーい! 轟の奴、ソッコーチーム決めやがったぜ! 爆豪!! 俺と組もう!!」

 

 喧しい周囲の外から、一層喧しい声で俺にそう言ってきたのは。赤い髪をワックスで逆立たせている奴。

 

「クソ髪」

「切島だよ覚えろ!!」

 

 おめーの頭とそんな変わんねーぞ!! と文句垂れながら、そいつも俺に立候補してきた。

 

「おめぇどうせ騎手やるだろ!? そんならおめェの爆発に耐えられる前騎馬は誰だ!!?」

「…………根性あるやつ」

「違うけどそう!! 硬化の俺さ!!」

 

 よほどの自信らしいな。

 

「ぜってーブレねぇ馬だ! ()るんだろ!? 緑谷(1000万)……!」

 

 へぇ。分かってんじゃねぇか……!!

 

 

 

 周りの奴らからも個性を聞いて、この騎馬戦で俺と戦えそうな奴らと手を組んだ。半分野郎の氷対策として“酸”の個性、黒目。飛んだ俺を馬に戻す他、汎用的なテープの個性、しょうゆ顔。そして硬化のクソ髪。

 

『よぉーし組み終わったな!!? 準備はいいかなんて訊かねぇぞ!! いくぜ!! 残虐バトルロイヤル、カウントダウン!!』

 

 200、175、170、120。トータル665Pの騎馬だ。足りねぇ足りねぇ。

 

『3!!!』

 

「狙いは」

 

『2!!』

 

「一つだ」

 

『1……!』

 

 

 

『START!』

 



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九話

「俺たちはまず、着実に(ポイント)を稼ぐ為に、逃げつつ他の人たちの“個性”を観察……で、いいんだよな? 心操(シンソー)くん」

「ああ。俺たちは一位を取るんじゃない。勝ちを取るんだ」

「……カッコいー」

 

 顔は見えずとも、俺の前騎馬はそのヴィラン顔にあくどい笑みを浮かべているんだろう。本人に言ったら嫌がるんだろうけど。

 

「頼りにしてるよ、俺らの騎手様」

 

 俺も頼りにしてるさ、この場唯一のクラスメイトであり、相棒。それから、ヒーロー科のお二人さんもね。

 

 

 奪われたとしても、ハチマキは最後に()()ばいい。とはいえ、簡単に取られるのも癪なんだよね。295Pの騎馬はなるべく戦わずに済むように、目を付けられないようにとりあえず動き回ることにした。

 

「やっぱり皆、緑谷くんのところに行ってるね」

「1位のPは魅力的だけど、難易度も上がる。俺たちは最後に中堅を攻めるぞ」

「了解!」

 

 この物分かりのいい男は、クラスメイトの吐移 正。なかなか壮絶な過去を持ちながら、特別救助隊などの夢の為に資格取得を目指している男だ。夢に違いはあれど、本気で勝ちを目指す者同士、手を組んだ。

 

「いいね。ヒーロー科の“個性”。やっぱり華がある人が多いよ」

「お前の個性も、華はなくとも強力だろ」

「華がなくていいなら、シンソー君の個性も超強力じゃん。俺のことも操ってくれたら俺もっと楽なのに」

「ちょっとそこでケガしてくれ」

「やだやだやだやだ!」

 

 お前が初めてだよ。「俺を操ってくれ」なんて言った奴は。

 

 他チームの個性を見ているうちにB組の拳藤チームに絡まれ、ハチマキは取られてしまった。早めの段階で取られてしまったのも、まぁ想定内だ。

 

「これでゆっくり、品定めができるね」

 

 さっきまで焦っていたくせに。どうやら俺の相棒は演技派らしい。

 

 遠くから“個性”のぶつかり合いを見つつ、試合終了のカウントダウンが始まると同時に見繕っていた組を洗脳して、ハチマキを貰った。そんなギリギリだったのは、俺の“個性”をバラさない為と、バレたとしても奪い返されないようにだったから。

 結果は三位。はい、ヒーロー科のお二人さん、ご苦労様。最終種目でもがんばろう、な?

 

 

 一時間の昼休憩を挟んでから、午後の部とのこと。一緒に騎馬戦を勝ち抜いた吐移が入学時よりはマシになった下手な笑顔で俺の名を呼んだ。

 

「シンソー君、お昼食べよ!」

「いいよ。……今日は弁当じゃないんだ?」

「どこに置いていいか分からなかったから。だから今日は奮発します!」

 

 吐移の右手には五百円玉が一枚。それで済んでしまう学食はとてもリーズナブルなうえに量もある。俺は牛丼を、吐移はカツ丼を注文する。

 

「一人暮らしだと揚げ物なかなか作んないんだよねー。量作んないのに、油が勿体無くて」

 

 普通の一人暮らしでもある話だろうが、吐移が言うと、なぜか悲しくなってくる。すぐ後に「スーパーでバイトしててめっちゃ割安でお惣菜買えるから、食べてない訳じゃないけどさ」と告げられて、少しだけ羨ましくなった。

 

「俺もバイトしようかな……」

「いけるいける! 人相悪い俺でも出来るから!」

「ありがとう。めちゃめちゃ自信ついた」

「あれ、なんかムカついた」

 

 自分で言ったくせに。

 端の方に席を見つけて座った俺たちは、受け取った学食に手を付け始めた。

 

「くだらない話をするのもいいけどさ」

 

 割り箸を割るのに失敗しながら、吐移が言い出した。

 

「君、次からどうするの」

「……というと?」

「君が確実に勝ち上がれるのは一回戦だけ。そこで個性を見せたら次から対策される。どうすんの」

 

 なるほど。心配してくれてたのか。自分だって同じなくせに。戦闘能力がないのはお互い様だ。

 

「大丈夫だろ。その一回で、強烈に印象を残せば」

「負ければ見てもらえるのは一回だけ。本当に大丈夫?」

「負け方にも良い悪いがあるんだよ。それに、この体育祭で優勝しなくても、ヒーローになれる。ここまで勝ち上がった普通科ってだけで、俺たち二人とも注目されるはずだ。それに」

「それに?」

「お前によれば、俺の個性は“めちゃくちゃヒーロー向き”、なんだろ?」

 

 笑って言ってやれば、吐移は照れたようにはにかんで、「まぁ、勝手に自慢に思ってるくらいには、ヒーロー向きだと思ってるけどさ」なんて答えた。

 なんで知り合って1ヶ月の人間を、そうも持ち上げられるのか。小・中学校をあの環境で過ごして、よくこんな気持ちのいい人柄になれるのか。気になるところだよ。

 

「俺の心配をするのもいいけど、自分の心配はいいのか。肉弾戦じゃなきゃ一瞬で負けるでしょ。特にあの轟ってやつ。遠距離から攻撃されれば、いくらお前でも近づけない」

「いやいや! 痛覚殺せば相手の懐まで行けるでしょ! あの轟くんの氷、予選で最初食らったけど、足裏の皮犠牲にしたら越えられたよ」

「……靴は?」

「実は最初から裸足でした!! 頭洗いに行ったときについでに履いたんだよね」

「…………」

「あ、最終種目でもそうするか。ちょっとグロいことになりそうだけど!」

「……危ない戦い方はヒーローから好まれないよ」

「緑谷くんじゃないんだから。というか、怪我しないけど強いワケじゃない俺が勝ち上がるには、狂人の皮を被るしかなくない?」

「剥がれやすいよう何枚も被んないとね」

「在庫はいくらでもありまーす!」

 

 ああ、無頓着。こちらの心配を無視して笑う吐移は、すっかり狂人な気がしてくる。

 なあ、吐移。水洗いしたかもしんないけどさ。怪我は治ったのかもしれないけどさ。まだ体操服に血はついてるよ。お前は、怪我をしないんじゃないんだよ。

 

「お互い、身体は大切にしよう」

「……そうだね!」

 

 間を作るなよ。不安だ。

 



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十話

 昼休憩が終わった。これから始まるレクリエーションが終われば、総勢16名からなるトーナメント形式、一対一のガチバトルが始まる。

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きをしちゃうわよ」

 

 説明はやはり主審のミッドナイト先生。

 

「組が決まったらレクリエーション挟んで開始になります! レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も、温存したい人もいるしね。んじゃ、一位チームから順に……」

「あの……! すみません。俺、辞退します」

 

 手を挙げてそう宣言したのは、ああ、俺が洗脳した一人か。

 

「尾白くん! なんで……!?」

「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

 

 騒ぐA組の奴らに対し、尾白は「ボンヤリとしか覚えていないんだ」と、「多分、奴の“個性”で……」と告白した。緑髪の奴が犯人捜しをする目で俺を見る。吐移はその視線を細い体で遮ってくれた。

 

 尾白の告白は続き、「皆が力を出し合い争ってきた座に訳分かんないままそこに並ぶことはできない」と、A組の他の奴らに励まされても、プライドが邪魔するんだと言って、最終種目への参加を辞退した。もう一人の方も「()()()()()()者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」なんて、男らしく辞退の申し入れをしていた。

 

「かっこいいねぇ。さすがヒーロー科」

「お前も辞退するか?」

「まさか! 俺は訳分からなかった訳でも、何もしてないワケでもない。どうしてやめる必要があるんだよ」

「そうだよな」

 

 俺らがそんな話をしている間にも、二人の棄権は認められた。代わりに入ったのは俺たちからハチマキを奪った5位の拳藤チームからじゃなく、俺たちが最後にハチマキを貰った鉄哲チームから、鉄っぽい奴と茨頭の女子。「最後の方まで3位で頑張ってたから」ってさ。清々しいヒーロー精神だな。

 

「少しだけ、当たりたくないって思っちゃったなー」

「……そういえば、吐移って、誰なら相性いいの」

「身体固くなくて肉弾戦に持ち込める人」

「あまりいないぞ」

「うーん……」

 

 俺もお前も、勝ち進めれるのか? やっぱここは勝つよりも、どう目立つかに焦点を当てるべきなんじゃ……。

 

 

 

1 緑谷 VS 心操

2 轟  VS 瀬呂

3 塩崎 VS 上鳴

4 飯田 VS 発目

5 芦戸 VS 吐移

6 常闇 VS 八百万

7 鉄哲 VS 切島

8 麗日 VS 爆豪

 

 クジ引きによってトーナメントの組は決まった。俺の対戦相手は“緑谷出久”。さっき俺を見ていた奴か。ちょっかい出しにでも行くか。

 

「心操ってたしか……」

「あんただよな? 緑谷出久って」

「……よモッ」

「緑谷!!」

 

 ああ、失敗。

 

「奴に答えるな」

 

 これは、ネタが割れるな。

 

「尾白くんに守られちゃったね。どんまいシンソー君」

「吐移……」

「俺の相手は芦戸さん。五試合目だから、応援出来るね」

「いらないよ、応援なんて」

「あー、知らないなー? 応援って本当に力になるんだぞー!?」

「そ。なら、お願いするわ」

「任せろ!」

 

 吐移が気楽に、のんきに話しかけてくるもんだから、俺もすっかり肩の力が抜けちまった。

 

 

 レクリエーション中、俺たちはレクに参加する生徒たちを見てくつろいでいた。大玉転がしや借り物競争なんて、強制でもなきゃ参加したくない。隣の吐移はA組女子を見て、「俺もチアしたーい」なんて、考えるだけでゲボ吐くから止めて欲しいことを言いだした。いくらヴィラン色を抜いたら女顔だからって、体格は男だから止めて欲しい。

 

「笑えそうじゃん?」

 

 笑えない人間もいるから、少なくともこの会場では絶対に止めてくれ。

 そんなくだらない話をしながら、俺たちはゆっくり、戦う決意を抱いていった。

 

 

 

 

『ヘイガイズ アァユゥ レディ!? 色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 セメントス先生の個性でスタジアムの中央にステージが作り出された。あー、この個性もカッコいいや。

 

『頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!!』

 

 さすがに緊張してきたな。

 

『心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

だからって、竦んじゃいけない。俺は勝つんだ。今までやってきたことと同じだ。どんな強力個性の人間だって、利用して蹴散らしてやる。

 

『一回戦!! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科 緑谷出久!! (バーサス) ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科 心操人使!!』

 

 名前を呼ばれた俺はステージの中央に歩いていく。後ろからはクラスメイト達の応援が聞こえてくる。

 負けられない。絶対に見せ場を作ってやる。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする。または「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!! ケガ上等!! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!! 道徳・倫理は一旦捨ておけ!! だかまぁもちろん命に関わるようなのはクソだぜ!! アウト! ヒーローはヴィランを()()()()()()拳を振るうのだ!』

 

 勝負を始めようか。

 

「『まいった』……か。わかるかい、緑谷出久。これは心の強さを問われる戦い。強く思う“将来(ビジョン)”があるなら、なりふり構ってちゃダメなんだ……」

 

 俺はこの“個性”でも、なってやるんだ。

 

『そんじゃ早速始めよか!!』

()()()はプライドがどうとか言ってたけど」

『レディィィィィイ』

「チャンスをドブに捨てるなんてバカだと思わないか?」

「!!」

『START!!』

「何てこと言うんだ!!」

 

 かかったな。

 

「俺の勝ちだ」

 

 言っただろ。なりふり構っていられないんだよ。

 

『オイオイどうした、大事な初戦だ、盛り上げてくれよ!?』

 

 あんたには、俺の“個性”で負けてもらうよ。

 

『緑谷開始早々――完全停止!?』

 



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十一話

『緑谷完全停止!? アホ面でビクともしねぇ!! 心操の“個性”か!!?』

 

 困惑のざわめきの中から、気色の違う叫び声。「よっしゃ決まったぁあ!!」と叫ぶ吐移の声が一際目立って聞こえた。声、大きくなったな。

 

『全っっっっっっ然、目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべぇ奴なのか!!!』

 

 身体も頭も“個性”も、上なのは向こうだ。

 

「お前は……恵まれてて良いよなァ緑谷出久」

 

 だから、勝てる手使って、初めてフェアだろ?

 

「振り向いてそのまま、場外まで歩いていけ」

 

 洗脳された緑谷は言われた通り振り向き、歩いて行った。

 

『ああー! 緑谷! ジュージュン!!』

「分かんないだろうけど……こんな“個性”でも、夢見ちゃうんだよ。さァ負けてくれ」

 

 もう一歩。そう、あと一歩。

 

 そう思ったのに。

 

 緑谷から強い風と衝撃波が巻き起こった。なぜ……!? 何が起こった!? 緑谷お前、何をした!?

 

『――これは……緑谷!! とどまったああ!!?』

「何で……身体の自由はきかないはずだ。何したんだ!」

 

 ……答えない。ネタわれたか……いや、最初(ハナ)からあの猿の奴に聞いてたハズなんだ。また口開かせるしか――……

 

「何とか言えよ」

 

 緑谷は左手を庇ったまま何も答えない。“個性”が効かねぇじゃねぇか!

 

「~~~~! 指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ!」

 

 煽りに答えろよ。

 

「俺はこんな“個性”のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ」

 

 答えろよ。

 

「誂え向きの“個性”に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

 

 お前の答えを聞かせろよ!!!

 

 緑谷はやっぱり答えないまま、俺を掴んで押してくる。

 

「なんか言えよ!」

 

 その面を殴って外そうとする。でも、そいつの目は燃えていて。

 

「ぁああ!!!」

「押し出す気か? フザけたことを……!」

 

 個性使わず勝つつもりかよ! 使えよ、その増強型の“個性”!!

 

 体を捩って緑谷の拘束から逃れる。バランスを崩して前のめりになる緑谷の顔を押してやる。

 

「お前が出ろよ!」

 

 なのに緑谷はその腕をつかんで、叫ぶ。

 

 体が浮く。世界が反転する。背中と踵を強く打ったら、青空が見えた。

 

「心操くん、場外!!」

 

 ああ、負けた。

 

 

 

 

「心操くん洗脳~~!? すげぇ初めて聞いた!」

「うらやまし~~」

 

 自己紹介の度、「悪いことし放題」だとか、「私たちを操ったりしないでよ」なんて、ずっと言われ続けた。そりゃ俺も「洗脳」なんて“個性”、他人が持ってたらまず悪用を思いつく。犯罪者……“ヴィラン”向きだねって暗に言われるのは慣れっこだ。そういう世の中。仕方のないこと。

 

「でもさぁ……」

 

 

 

『二回戦進出! 緑谷出久――!!』

 

 立っていたのは、緑谷だ。

 

『IYAHA! 初戦にしちゃ地味な戦いだったが!! とりあえず両者の健闘をたたえて、クラップ ユア ハンズ!!』

 

 負けた。個性使って、負けた。ロクに使わなかった奴に。……負けた。

 ヒーローはこんな結果を残した俺を、評価してはくれないだろう。

 

「……心操くんは、何でヒーローに……」

「憧れちまったもんは仕方ないだろ」

 

 もう戻ろう。今は、何も、考えたくない。

 

 

 

「かっこよかったぞ、心操!」

 

 俯いて戻る俺にかかった声は、頭上から。その声は、C組の奴らだった。

 

「正直ビビったよ!」

「俺ら普通科の星だな!」

「障害物競争一位の奴といい勝負してんじゃねーよ!!」

「吐移なんて感動して泣いてるぞ!」

「どちゃくそかっこよかったぁあああ!!!!」

 

 みんな……。

 

「この“個性”、対ヴィランに関しちゃかなり有用だぜ、欲しいな……!」

「雄英もバカだなー。あれ普通科か」

「まァ受験人数ハンパないから、仕方ない部分はあるけどな」

「戦闘経験の差はなー……どうしても出ちまうもんなぁ……もったいねぇ」

 

 スカウト目的のヒーローたちの声……?

 

「聞こえるか。心操、おまえ、すげェぞ」

「…………」

 

 認めてもらえる。目指す存在に。

 

 だらりと力無く垂れていた手で握り拳を作る。そのまま緑谷に背を向けた状態で、俺は宣言してやる。

 

「結果に寄っちゃ、ヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ?」

 

 緑谷。俺は諦めないからな。

 

「今回は駄目だったとしても……。絶対あきらめない。ヒーロー科入って、資格取得して……絶対お前らより立派にヒーローやってやる」

「――――うん」

 

 マジか。ここで効くか。

 

「フツー構えるんだけどな、俺と話す人は……」

 馬鹿みたいにまっすぐだな。おまえは。

「そんなんじゃすぐ足を掬われるぞ?」

 洗脳を解いてやる。せっかく俺に勝ったんだ。

 

「せめて……みっともない負け方はしないでくれ」

「っうん……」

「……」

 

 いや、だからなぁ……。

 

 

 

 観客席に戻れば、C組の皆から拍手が起こった。皆口々に「お疲れ様」とか、「凄かったぜ」なんて言葉をかけてくれる。それらにありがとうと返しながら、俺は自分の席に着く。隣は、吐移だ。さっきまで泣いていて、濡れた目で笑っている。出会った頃より、ずっと柔らかい。

 

「お疲れ様、シンソー君。おかえり」

「ただいま」

「凄かったよ、あの先制攻撃。うん。惜しかった!」

「そうだな」

「……ねえ、実感できたでしょ?」

「何の?」

「君の力は、ヒーローに認められたでしょ?」

「……そうだね」

 

 

 

 吐移が初めてだったかもしれない。

 

「え、君の“個性”、洗脳なの!?」

「……そうだよ」

「すっげぇ!! 発動条件は!?」

「……俺の問いかけに答えること」

「お手軽!! じゃあ君の言葉一つで、多くの人を避難誘導出来たりするってこと!? きゃーーっ!!」

「……は?」

 

 皆が悪用をすぐ思いつく中で、こいつはすぐに“人助け”の方向でこの“個性”を捉えた。今思えば、雄英(ここ)はそういう場所であるし、こいつの夢が夢だけに、その方向に思いついただけだったんだろう。だとしても。

 

「ありがとう」

 

 嬉しかった。

 

心操(シンソー)くん。君は、ヒーローになれる!!」

 

 

 

 

 



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十二話

「茶番だな……」

 

 もうかれこれ10分が過ぎた。委員長VS発明家の試合が続いて……いや、委員長が発明家にずっと翻弄され続けていた。

 発明家の口車に真面目くさってるが故に騙されて乗った委員長。発明家は最初からそのつもりだったんだろう、拡声器で声を会場全体に聞こえるようにして、委員長に取り付けた自分の発明品の解説紹介をやっていた。自分の強みをプロ(この場合はサポートアイテム開発会社)にアピールしてやがる。もしかするとこの場の誰よりも、奴がこの体育祭を活用してんのかもしれねーな。

 こんな鬼ごっこ、早く終わってくれ。俺が見てぇのはお前らじゃねぇ。

 

「爆豪、お前吐移が出てから控え室行くのか?」

「アア? いつ行こうが俺の勝手だろ」

「まあまあ! 気になるよな。あいつの戦闘スタイル」

 

 話しかけてきたのはしょうゆ顔。さっき半分野郎に瞬殺されてたな。

 

「爆豪、あいつの“個性”って何なんだ?」

「? 聞いてねぇのか」

「訊きそびれてよ。で、何?」

「……“超回復”らしい」

「へえ、便利な“個性”だな! ただ……攻撃手段は身体一つか」

「地力が無きゃ……」

 

 どうしても“サンドバッグ”と称するのが自分の中で憚られた。しょうゆ顔も言いたいことは分かったらしく、だが続けなかった。

 

「でも、芦戸の個性は“酸”。吐移の個性なら、もしかすると一撃食らわせることは出来るかもしれないな」

「痛みさえ我慢できれば、な」

 

 そんな分析をしていたら、目の前の試合は終わっていた。満足にアピールした発明家が自分で白線の外に出て試合を降りる。結果、勝ったのは委員長だ。最初から最後まで利用されて振り回されただけだったな。

 

「で? 見るの? 見ないの??」

「……」

「やっぱ仲いいんだな!」

 

 勝手に言っとけ!

 

 

 

 そして始まったヘアバンVS黒目の試合。

 結論から言う。見てられねぇ。

 

「誰が野郎のエロ同人な恰好を見てぇんだよ!! チェンジ!!」

「峰田ちゃん、どちらもそんなつもりは無いはずだから、そう表現しないで」

「確かにそーだろーけどさァ!!」

 

 ヘアバンの動きは固く、鈍い。反応は出来ている、が、何分癖なんだろう。受け止めようとしやがる。頭では避けなきゃいけねぇと分かっているから動くが、いちいち遅く、袖や脇腹、外太ももあたりに掠る。酸で服は溶け、肌が見えている。見苦しい。

 本人たちも分かっているんだろう。黒目は「避けるならちゃんと避けてー!」と、ヘアバンも「それについてはごめーん!」なんて叫んでやがる。両者ともやり辛そうだ。

 

 勝負が続けば続くほど、黒目の溶解液によってステージの地面が溶け、黒目の移動速度は上がり、足元が滑るヘアバンは立つことも辛くなっていく。……よく見りゃあいつ、裸足じゃねーか。何してんだ。

 この試合はヘアバンが押し出されて負けだな。会場が苦笑で満ちる中、黒目がもう一度溶解液をヘアバンの足元に向かって撃とうとする。

 

 その時だった。組もうと黒目に近づこうと走り出したヘアバンが足を滑らせ、背中から倒れた。そこに打点の低い溶解液が飛ぶ。それは丁度、ヘアバンの目の位置と被っていて。

 

「あ゛あ゛あああああああああああっ!!!??」

 

 汚くて情けない叫び声が会場に響く。

 コンクリの表面を溶かすほどの酸が粘膜に直撃。そりゃ、あんな叫び声もあげるわ。実況も観客も、主審も、対戦相手の黒目でさえも心配の声を挙げている。オイ、しょうゆ顔。何でお前まで心配そうにしてんだよ。

 

『いくら不甲斐ねぇ戦いだからって、こんな不運があっていいのか神様ぁ!!』

 

 あいつの個性は“超回復”。痛みこそあれど、すぐ復活するに決まってる。

 

 罪悪感からか、黒目がヘアバンのもとへ駆け寄る。蹲って唸っているヘアバンは、膝をついた黒目の頭の角をひっつかんで、頭突きを食らわせた。

 

『ウソだろっ!? 目をつぶされた吐移、まだ戦う気だァーー!!?』

 

 鼻にモロに食らってひるんだ黒目に、ヘアバンは更に拳を入れ、素早く立ち上がると尻餅をつく黒目の腹に蹴りを入れた。ただの暴力。

 

『女の子に容赦が無いぞ吐移ーっ! それでも漢かー!?』

 

 道徳、倫理を一旦捨て置けって言ったのはあんただろ。実況や観客からのブーイングなんかまるで聞こえていないかのように、ヘアバンは黒目の両足を捕まえると、そのまま引きずって場外へと放り捨てた。引きずられている間、黒目も抵抗とばかりにヘアバンに溶解液を飛ばしていた。溶ける服の範囲から言ってそこそこ強力な酸のようだが、ヘアバンの肌は溶けるそばから治っていった。

 

『二回戦進出! 吐移 正ーっ!!』

 

 でかいモニターに映し出されたのは、まだ若干溶けていた左目の瞼が治っていく様子だった。

 

 場外に投げ飛ばした黒目を追いかけて、手を引いて起こしたヘアバン。会話は聞こえないが、モニターに映る様子から、黒目に謝罪しているようだった。

 

『アンチヒーローな暴力の数々だったが、そこはちょーっと甘く見て! 吐移は普通科だし、系統は似てるけどヒーローじゃなくて救急救命士とか、あまりヴィランと戦うことを想定してない職を目指してるからさ! 吐移は本当は非暴力主義者なの! じゃ、フォローも終わったし、二人の健闘を讃えて!!』

 

 実況がそう言えば、バラバラと拍手が起こる。

 

「ヒーローっぽくない勝ち方だったな」

「だからヒーロー目指してねェのかもな」

「……そうかもなー」

 

 あいつは自分が勝つ方法が、こんな暴力しかないってこと、知ってたんだろう。

 

「格闘技習ってりゃ、違う勝ち方、違う評価だったろうな」

 

 さ、俺は俺の準備をするか。

 

 



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十三話

「おかえり、吐移」

「ただいま」

「あれ、ジャージ……」

「うん、もらった。エロ同人みたいになってたからねー」

「自分で言うのか」

 

 ヒーローらしいとは言い難い勝ち方をした、我らが普通科の星、第二号。クラスメイト達からも「ヒデェ勝ち方」だとか、「カッコ悪かった!」だとか、散々な評価を食らっていた。まぁ、皆笑いながらだけど。

 ヒーロー達の講評はまとめると、「自己回復出来る強個性」「普通科だし、戦闘センスはこれから磨けばいい」「本人も“個性”も、これからが楽しみだ」等だった。安心した。吐移だって、プロから見込まれる人間なんだ。

 

 エリート同士の対決と、暑苦しい同士の対決(決着つかず)が終われば、一回戦最終試合。麗日さん対、吐移がなぜか懐いている爆豪。あの乱暴者と、女子が戦うのか……。吐移の時よりも激しい戦いが予想される。

 

「ついに始まるね」

「ああ」

 

 選手宣誓であんな啖呵切ったのに、未だに一位を一回も取っていないお前の実力、少しくらい見せてみろよ。

 

『START!!』

 

 速攻を仕掛けたのは麗日さん。爆豪に向かって走り出した。

 

「彼女は浮かす“個性”だったな。短期決戦で勝ちに行くつもりだ」

「バクゴー君はきっとスロースターター。エンジンが温まれば最強に近いけれど、それまでに叩くことが出来れば……」

 

 右の大振りで繰り出された爆破は、派手な音を鳴らして麗日さんに直撃する。中央には爆煙と砂煙が立ち込めている。その中から、爆豪の左から影が急接近する。見逃さない爆豪。だが本物の麗日さんは奴の右後ろから現れた。

 

『上着を浮かせて這わせたのかぁ。よー咄嗟に出来たな! NINJA!』

「あぶない!」

 

 マジか吐移、お前爆豪応援か。

 浮かそうと手を伸ばした麗日さん。だが爆豪は反応する。ステージの地面を削りながら、奴はまた彼女を爆破で吹き飛ばした。

 

「……見てから動けるほどの反応速度」

「麗日さんの“個性”は触れなきゃダメなんでしょ? あの反射神経には、かなり分が悪いよ……」

 

 いや、お前はどっちの応援なんだ。

 煙幕を払って現れた爆豪は、鋭い目つきで麗日さんを捉えている。麗日さんはまだ走る。

 

『麗日、間髪入れず再突進!!』

「でも、それじゃぁな……」

 

 会場に爆破の音が響き渡る。回を重ねるごとに、その大きさは増していくように思える。

 麗日さんの咆哮が聞こえる。だがその声もすぐに爆破の音に上書きされた。

 

「まだまだぁ!!」

『休むことなく突撃を続けるが……これは……』

 

 実況でさえもドン引きの試合。変わり身が通じなくてヤケを起こしているんだろう。他に手はないんだろう? なぜ、麗日さんは諦めない? そして何故、となりのこいつは鼻息を荒くしてんだ。

 

「麗日さん……かっこいい!」

 そうですか。

 

 

 

「おい!! それでもヒーロー志望かよ! それだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!」

 

 ついに起こったな、ブーイング。

 

「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだそーだ!」

『一部から……ブーイングが! しかし正直俺もそう思……わあ肘っ』

『今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ?』

 

 実況マイクが相澤先生に渡ったみたいだ。

 

『シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

 

 どういう意味だ……?

 

『ここまで上がってきた相手の力を認めてるから、警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねぇんだろが』

 

 ……最大限の、敬意、だったのか。

 

「お前なら、爆豪と戦えるか?」

 

 何気なしに聞いた質問。吐移は試合から目を離さず返してきた。

 

「やってみないと分かんない! 耐えられる爆破なのか分からないし。まあ、肉弾戦でも勝てないから、今は無理!」

「そ」

「麗日さんのような手、俺は使えないからな!」

「……?」

 

 ワクワクしている吐移から試合に目を戻すと、麗日さんの両手が、合わせられていた。

 

「バクゴー君の近さを利用した作戦だよ。低姿勢の突進でバクゴー君の打点を下に集中させ続けて、武器を蓄えてた。そして絶え間ない突進と爆煙で視野を狭めて……悟らせなかった!」

「勝あアアァつ!!」

『流星群ーー!!!』

「油断を誘えた俺と違って、警戒されているからこそ出来た作戦!! なんてかっこいいんだ麗日さん!!!」

 

 

 BOOM!!!

 

 

 今日一最大の爆音が、衝撃波が会場を襲った。さっきまで興奮していた吐移も、顔を青白くさせている。

 

『会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々――正面突破!!』

「あんなの……あんなの俺だって木っ端微塵だ!」

 

 作戦が通じなかった麗日さん。あれが限界だったんだろう。また立ち上がって、一歩進んで、膝から崩れ落ちた。

 駆け寄ったミッドナイト先生が告げる。

 

「麗日さん、行動不能。二回戦進出、爆豪くんー!」

 



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十四話

「ひ、ひえ~~~~……」

「女子に容赦ないのは良いとして……まだまだ余裕そうなのが恐ろしいな」

「流石、選手宣誓で大口叩いただけのことはあるね」

 

 先ほどの爆豪の試合を振り返って慄いている間に、少し前に保留になっていた試合の決着が着いた。暑苦しい者同士の腕相撲。制したのは、A組の切島だった。

 

「次は轟くんと緑谷くんか。どっち応援する?」

「さあ?」

「さあって」

 

 俺負けたし。関係ないな。

 

 

 

『そろそろ始めようかぁ!』

「来るぞ、トップ同士の戦い!」

 

 A組の轟と緑谷の戦い。それは冷気と衝撃波を絶えず観客席に提供してくる戦いだった。すごいな緑谷、氷結を壊すあのパワーを何度も……。だが、指が壊れていないか? 変色してやがる。隣りの吐移はまだ青ざめている。勝ち進めたら当たるかもしれないし、シュミレーションでもしているんだろう。その結果が、この青ざめなんだが。

 

「近寄れないのは、もう、どうしたら……」

「常闇って奴も、なかなか近寄れないぞ」

「彼の間合いは中距離。その中に入ればなんとかなるけど、そうさせてくれるか……。影を消すには光を! だけど太陽光しかない!!」

「……あれ、影なんだ」

「ダークシャドウって言ってたし。でも俺ライトなんて持ってない!」

 

 暴力しかない……! って言ってワッと泣き出した吐移。二回戦進出者の中で戦えそうなの、あの飯田ってやつだけだと思うぞ。

 試合は進み、緑谷の左腕も変色してしまった。

 

「……もう、終わりか」

 

 勝ち負けはどうでもいい。せめて。

 

「みっともない負け方すんなって、言っただろ……」

『圧倒的に攻め続けた轟!! トドメの氷結を――』

 

 轟の氷結は、壊れた指で起こされた爆風と衝撃波で壊された。

 

「何か、喋ってるね」

「……轟のやつ、震えてないか?」

「寒いんじゃない? いくら“個性”だからって、緑谷くんの指が壊れてるみたいに、轟くんにだって体に限界あるでしょ」

「……」

 

「皆、本気でやってる。勝って……目標に近付く為に……っ一番になる為に! ()()の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つ傷つけられちゃいないぞ! 全力でかかって来い!!」

 

 緑谷の叫びは、俺にも刺さった。

 

「かっこいいな」

 

 ついには轟に一発入れやがった。

 

「……ヒーローだね」

「?」

 

 緑谷はもう一度、衝撃波で氷を飛ばす。

 

「期待に応えたいんだ!」

 

 緑谷は走り出す。

 

「笑って応えられるような……かっこいい人(ヒーロー)に……なりたいんだ!!」

 

 体が冷えて動きが鈍い轟は、緑谷の頭突きを腹に食らう。

 

「だから全力で! やってんだ皆!」

 

「相手が何かの理由で弱体化してくれてるのに、それを乗り越えさせようと言葉をかけている。只敵を捕まえる職業ヒーローなんて、目じゃない」

 

「だから……僕が勝つ!!」

 

「煽って、煽って……。相手の力を引き出そうとする」

 

「君を超えてっ!!」

 

「只勝つことを目標にしてちゃ、そんなこと、出来やしない」

 

「君の! 力じゃないか!!」

 

 会場に炎が立ち上がった。

 

『これはーー……!?』

「ヒーローにしか、出来やしない」

 

「焦凍ォォオオ!!!」

 

 No.2ヒーロー、エンデヴァーが突然、彼の名を呼んだ。あ、親子なのか。

 

「やっと己を受け入れたか!! そうだ!! いいぞ!! ここからがお前の始まり!! 俺の血を持って俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!」

「……」

 

 轟は返事しない。

 

「……」

「……」

 

 会場が静まり返った。

 

『エンデヴァーさん、急に“激励”……か? 親バカなのね』

 

 言ってること、親としてやばい気がしたんだが……。あれを全力スルーの轟、多分父親大嫌いだな。

 右も左も力を解放した轟が、ついに動き出す。

 

「霜は溶けた! 早いぞ!」

 

 緑谷も足に力を込めている。主審やセメントス先生が動き出す。これ、危ないってことか!?

 

 氷結をジャンプで正面から突っ込む緑谷。壊れたはずの右腕が光を放つ。緑谷が力を放つと同時に、轟も左の炎で迎撃する。爆豪以上の爆風、爆音が観客席を襲った。何が、起こった……!?

 

『何今の……お前のクラス何なの……』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され、膨張したんだ』

『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ! ったく、なんも見えねー。オイこれ試合はどうなって……』

 

 煙が晴れて見えたのは、緑谷。

 会場の壁に体を打ち付け、崩れ落ちた緑谷の姿だ。

 

「緑谷くん……場外」

 

 歓声が上がる。

 

「轟くん――……三回戦進出!!」

 

 

 

「すごかったね、この試合」

「……ああ」

「俺、緑谷くんのファンになりそ! あんなに焚きつけて……すごいよなぁ。あんなの、その人の“心”を救いたいと思わなきゃ、出来ないことだ。ふたりはクラスメイトだし、何かしらあって、事情を知ってたんだろうねー」

「そうなんだろうな」

 

 ステージは大崩壊。しばらく補修タイムに入るらしい。

 

「俺みたいに瞬時に自己回復できれば、もっといいのに」

「……なんか、ゲームの中ボスみたいだな」

「なにそれ、俺が噛ませ犬って言いたいのそれ!」

「そう」

「ひどい!」

 

 少し時間が空いたとは言え、もうすぐ吐移も試合のはずだ。

 

「吐移。リラックスもいいが、そろそろ集中してこい。勝ち目が限りなく0に近くても、一発くらい入れてこい」

「なんで負けること前提かなぁー? 勝ちを狙うのが男の子だぜ!」

 

 ならさっさと控え室行けよと言うと、じゃあそうするか、と言って、吐移は立ち上がる。

 

「吐移」

「何?」

「全力でやって来い」

「……うん!」

 

 ……なんでだ?なんで一瞬、ぎくりとしたんだ? 

 自然になってきた笑顔を浮かべて、吐移は席を離れた。C組の奴らも声をかけ、激励を送る。受ける吐移は、ずっと笑顔で応えていた。

 

 ……分からない。分からないよ、吐移。お前が、分からない。

 



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十五話

「お前……全力では無いな?」

「……なに?」

 

 二回戦第二試合は、俺、常闇踏影と、C組の吐移正の戦いだ。全方位中距離防御、攻撃ができる個性と、瞬時に回復が出来るだけの個性。どちらが勝つかは客観的に見ても明らかだ。

 今もまさに、俺が一方的に攻撃している。だが、吐移もここまで勝ち上がってきた人間。何か秘策があっておかしくない。揺さぶりをかけてみるか。

 

「予選。お前は第一関門を二位で通過したな。爆豪に続いてロボの上を飛んで超えたが、その時、上空から足を崩されていたロボを何体か見かけた。あれは、お前がやったんだろう?」

「……知りませんけど?」

「とぼけるか」

「知らないもんは知らないし、悲しいことに、これが俺の全力だっての!」

 

 吐移は俺に向かってきた。一回戦の時のように、組んで暴力を振るうつもりか。黒影で牽制する。

 

「!」

「躱すか」

 

 吐移は黒影を軽くいなして、俺の元へ飛び込んできた。

 

「くっ!」

「ライトが欲しいよ、まったく!」

「何っ!?」

 

 飛び込んできた勢いそのままに、吐移は下からアッパーを顎に食らわせてきた。ひるんだ俺の肩を掴むと、それを支えに腹に膝を入れてきた。

 

「ぐうっ!」

「影なら光をぶち込めばいいのに! 持ってない!!」

 

 肩を左手で掴んだ吐移は更に俺に拳を入れようとした。が、流石に俺もそれは避けさせてもらう。ついでに黒影で足元を掬わせてもらう。

 

「のぉっ!?」

「俺の弱点に気づいたようだが、残念だったな」

 

 弱点を暴かれたときは焦ったが、対応策が無いことは黙っているべきだったな。

 

「いぃぃぃやぁああっ!」

 

 黒影に足を持たせて、場外へと放り出す。

 

「全力を出さない者が立てるほど、この大会は甘くない」

 

「吐移くん、場外! 常闇くん、三回戦進出!!」

 

 順当だな。

 

 

 互いの健闘をたたえて、俺たちは握手する。

 

「全力を出すって、君言ったけどさ」

 

 その際、吐移は苦しそうな声で、語りかけてきた。

 

「君はそれが別に、全力だった訳じゃないでしょ」

「何を言っている? 単なる卑下は受け付けない」

「そうじゃないよ。確かに俺が弱すぎたかもしんないけど、そうじゃなくって……。君の“個性”、黒影(ダークシャドウ)って呼んでたから、きっと影でしょう? なら、影が大きければ大きいほど、力も増すんじゃない? だから日が高い今は、ベストじゃないんじゃないか……って」

「よく見ているな」

 

 指摘の通りだ。ただ、夜は力が増す代わりに獰猛になり、制御が難しい。後、影ではなく闇である、という点でも違うな。その個性の話と全力の話。だから何だという話ではあるが。

 

「勘違いしているのか」

「勘違い?」

「全力というのは、ベストコンディションで出す力のことを言うんじゃない。今、出せる力を全て繰り出すことを言うんだ。……お前は出していないだろう?」

 

 言ってやれば、奴はじとっと、俺を睨みつけてきた。明らかに機嫌を損ねている。

 

「あれが全力だって言っただろ。仮にあったとして、俺はそれを見つけていないだけ。……三回戦、進出おめでとう。これからは応援を“全力”でするよ。頑張ってね」

 

 最後はぎこちない笑顔で、吐移は激励を贈ってくれた。どちらともなく手を離して、俺達はそのまま退場した。次は切島と爆豪、その勝者との戦いか。

 ……弱点を見抜かれると、なかなか動揺するものだな。次戦に備えて、精神統一するか。

 

 

 

 

 

 読みが甘かった! 爆豪の疲弊を狙うつもりが、こいつ、戦えば戦うほど機敏になっていく。そういう“個性”だったか!

 爆発とともに現れる光に、黒影は弱っていく。体力(やみ)が尽きれば終わる……!

 奴の動きを止めようと、腕を掴むように黒影に命令するものの、それを弱爆破で避ける爆豪。後ろに回った奴は、強い光を伴う爆破を繰り出した。

 

閃光弾(スタングレネード)!!」

『煙幕ばっかだな……!! どうだどうだ!!?』

 

 吐移から聞いたか、爆豪。

 

「知っていたのか……」

「数撃って暴いたんだバァカ。まァ……相性が悪かったな、同情するぜ」

 

 マウントを取られ、奴の右手は常に小さな爆発が起こされている。その爆発から起こる光によって黒影はすっかり小さくなり、べそまでかいている。

 

「詰みだ」

 

 吐移にああまで言ったのに、情けない。

 

「…………まいった」

「常闇くん降参! 爆豪くんの勝利!!」

『よって決勝は、轟 対 爆豪に決定だぁ!!!』

 



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十六話

 常闇戦が終わってから、吐移の様子がおかしい。

 試合が終わってから何か話していたが、内容を尋ねてみても、「“個性”の話と応援してるって言っただけ」と、あまり詳しくは教えてくれなかった。ステージ上でもないから“個性”を使うワケにはいかないしな……。吐移は笑顔を忘れ、ずっと口に左手を当て、俯いて動かない。眉は顰められ、表情は険しい。

 

「そろそろ決勝始まるぞ」

 

 そう声をかけて、ようやく吐移は顔を上げた。

 

「大注目だね」

 

 浮かべた笑顔はいつもよりぎこちない。

 

『さァいよいよラスト!! 雄英一年の頂点がここで決まる!! 決勝戦 轟 対 爆豪 !!!』

「うわぁ、緊張する!」

『今!! スタート!!!!』

「うお゛っ」

 

 合図と同時に、轟の大氷結がかまされた。瀬呂の二の舞か。どんまーい。

 

「いや、聞こえる!」

 

 爆発と共に大氷結の中から爆豪が出てきた。爆豪は“個性”の爆破で、大氷結の中をモグラのように掘り進めてきたようだった。どちらもド派手だ。

 

「ド派手だけど、轟くんはなんか、大雑把だ」

 

 爆豪を捕まえようと、同じ攻撃を繰り出した轟。それを弱爆破で身を浮かせ躱した爆豪が、轟がまだ使っていない左側を掴み、投げ飛ばした。

 

「……全力、か」

 

 投げ飛ばされた轟も、氷結で壁を作って場外アウトを回避。そのままついでに爆豪に攻撃を仕掛けるが、構わず爆豪は轟に飛び込んだ。近くで爆破するつもりか。

 

「全力……なら……」

 

 轟が自身へ飛び込んできた爆豪の右腕を掴んだ。掴んだその手からは炎が出せるはず。

 

「! 燃やされるっ」

 

 しかし吐移の不安は外れ、爆豪は只投げられただけだった。

 

「何で左側を使わないんだ?」

「……使いたくないくらいの、悩みでもあるんじゃない? さっき、エンデヴァーの激励無視してたし」

「家庭の事情、か」

 

 爆豪のフラストレーションは見るからに溜まっている。轟は飯田との三回戦でも左側を使わなかった。吐移の予想は、今度は当たっていそうだ。

 

「てめェ虚仮(こけ)にすんのも大概にしろよ!」

「!」

「ブッ殺すぞ!!! 俺が取んのは完膚なきまでの一位なんだよ! 舐めプのクソカスに勝っても取れねんだよ! デクより上に行かねぇと意味がねえんだよ!! 勝つつもりもねぇなら俺の前に立つな!!! 何でここに立っとんだクソが!!!」

 

 大技を繰り出す気か。爆豪が飛んだ。左右の手で違う方向に爆破をする。勢いを付けるようなそれは、爆豪自身を回転させていく。轟は動かない。

 

「負けるな、頑張れ!!!!」

 

 緑谷の応援の声がこちらまで聞こえてきた。当然、轟にも聞こえたはずだ。

 回転を早める爆豪。轟は、左側を燃やした。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

 鼓膜を痛いほど震わせる爆破音。飛び散る氷。凄まじい衝撃だった。

 

「ねぇ……今、氷使わなかった?」

 

『麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加え、まさに人間榴弾!! 轟は緑谷戦での超爆風を打たなかったようだが、果たして……』

 

 轟は場外で氷に身を預けて倒れていた。

 勝ったのは爆豪だ。なのになんで、爆豪は轟の胸倉を掴んでんだ。

 

「ふざけんなよ!! こんなの……」

 

 怒りに震え、拳を構える爆豪が倒れた。ミッドナイト先生が“個性”で眠らせたからだ。

 

「轟くん場外!! よって──爆豪くんの勝ち!!」

『以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭1年優勝は──A組 爆豪勝己!!!!』

「勝者も寝てるって、締まらないね」

「それ、お前が言うのか」

 

 お前爆豪に懐いてるくせに……。

 

 

 ステージは回収され、俺たち生徒は再びグラウンドに集まる。台の代わりに俺たちの前には表彰台。三位に常闇、二位に轟。そして一位の座には……。

 

「すごいなアレ……」

「起きてからずっと暴れてんだって。元気だなー」

「元気……?」

 

 何でお前は手も体も口も全て拘束され、コンクリの柱に括りつけられながら、それでも尚、轟に抗議しようと暴れている爆豪を見て、そんなのんきな感想が言えるんだ……?

 三位には常闇以外にもうひとり、飯田、足にエンジンを積んでる奴が居たはずだが、何かあって早退したらしい。

 

「メダル授与よ!! 今年メダルを贈呈するのは勿論この人!!」

 

 ミッドナイト先生が指差す、スタジアムの屋根には一つの影が。

 

「私が」

 

 その影は屋根から飛び、回転しながら着地する!

 

「メダルを持って来「我らがヒーロー オールマイトォ!!」

 

 ……被せないでくれ、ミッドナイト先生……。

 

 気を取り直して、メダルの授与が始まった。羨ましいな。オールマイトから言葉をかけてもらえるなんて。

 オールマイトからメダルをもらっても、爆豪は目を吊り上げたままだ。あれ、90°行くんじゃないか?

 

「後でおめでとう言ってこよー」

「悪意しか感じない」

 

 吐移は楽しそうでいいなぁ。

 

「さァ!! 今回は彼らだった!! しかし皆さん! この場の誰にも()()に立つ可能性はあった!! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿!! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!! てな感じで最後に一言!! 皆さんご唱和ください!! せーの!」

 

「プルス「プル「お疲れ様でした!!!」ウル……えっ!?」プルス……」

 

 えー。

 

「「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」」

「ああいや……疲れたろうなと思って……」

 

 ブーイングされても仕方ないって、オールマイト……。

 

 

 更衣室に戻る際、吐移が歩きながらよそ見をしていた。

 

「どうした?」

「ん? ああ……。全力の話、してたでしょ、俺。……俺、自分の限界を知らなくて……。俺の全力は、もしかしたら全力じゃないかもしれない。もしかしたら、自分の知らない“個性”があるんじゃないか、って……」

「それと、緑谷を見ていたのは、何か関係ある?」

「あ、バレてた。……いや、俺にも、リカバリーガールみたいな“個性”があったらいいなって。そしたら、ゲームで言ったら戦う回復術士みたいな、そんなヒーローになれるかも……って」

「それは、強いな」

 

 リカバリーガールみたいにと言うと、チューってすることになるが……。野郎にされるのは、色々絵ヅラが……想像するのは止めとこう。

 

「だから、怪我の多い緑谷くんに実験体になってもらおうと思ったんだけど……。あれでリカバリーガールに処置してもらった状態でしょ? なら無理だね」

「……怪我するのは、嫌なんだけど」

「別に頼んでないし、無理にお願いなんてしないですー。無いかもしれないしー」

「あるといいな」

「いいね!」

 

 帰るとき、吐移は有言実行していた。

 まだぎこちないなりに全力の笑顔で、「おめでとう!」と、爆豪の両手を持って言って、メダルの紐を咥えたままの爆豪に頭突きを食らっていた。うわヤバ、鼻血出てんじゃん吐移。すぐに止まってるみたいだけど。

 

「楽しそうだなぁ」

 

 吐移は走って逃げていった。遠ざかっていく笑い声には、疲れも、憂えも、一切無かった。

 



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十七話

 体育祭が終わって、二日間の休校が与えられた。

 

「シンソー君、シンソー君! 俺声かけられちゃったよ! お疲れ様とか! やっぱすごいね、雄英体育祭!」

「俺も声かけられたよ。……これでヒーロー科なら、ヒーロー事務所へ職場体験に行けるのにな……」

「まぁまぁ。俺たちも普通の職場体験行こーや」

 

 二日間の休校を経て、疲れも癒えた。あの体育祭の影響力は大きく、特に見せ場の無かったはずの俺でさえ、電車に乗ったら声をかけられた。吐移はバイト先でかけられたんだろうか。吐移は雄英の近くで一人暮らしをしていたはずだから。

 そんなこんな話をしていると、一限目が始まった。普通科の授業は、至って普通だ。

 

 今日の七限目はLHR(ロングホームルーム)。職場体験の件が話題だ。雄英側からオファーされて受けてくれた職場先に、生徒が希望を送る。人気の職場は抽選になるだろうな……。

 リストを眺めていたら、薄い体の人影がこちらに向かってきているのが視界の端に映った。

 

「シンソー君はどこ行くの?」

「吐移。俺は、警察が第一志望だよ。吐移は?」

「実はさ、俺、オファー来てて……」

「え?」

 

 普通科でオファー? どこの事務所だ!?

 

「あ、ヒーロー事務所からじゃないよ?」

「……なら、どこだよ」

「へへ……東京の消防署からだよ! 災害救助のプロから、どういうワケかオファーが来てさ! まぁ多分、体育祭の時にマイク先生が話してくれたからだと思うけど……」

「すごいな、夢の職からオファーなんて」

 

 俺たちの話が聞こえたんだろう、他のクラスメイト達も吐移に「すごいじゃん!」「おめでとう」等の言葉を送っていた。

 

「頑張ってきてね、吐移くん!」

「ありがとう! 俺、行ってきます! 皆も行きたいところに行けるように、応援してるね!」

 

 アイドルしてるな、吐移は。

 

 第二、第三希望を選ぶのに時間がかかりそうで、俺は希望を後日出すことにした。そして放課後。俺は朝から気になっていたことを聞くことにした。

 

「吐移」

「何?」

「昨日か一昨日、何か良い事あったか?」

「! 分かっちゃった?」

「一日中笑ってりゃな」

 

 いくら笑顔を心がけているとは言え、授業中なんかは流石に無表情だ。その大きい口の端がいつもは下がっているのに、今日はほんのり上がっていた。何か良いことがあったとしか思えない。

 

「実はさ、母さんに会ってきたんだ」

「……」

「ずっと、……嫌いだけど、好きだった母さんに。今まで、会えてなかったんだ。俺自身も大変だったから。……俺が、片足とは言え、医療の、ヒーローの道に進んでいいのか、聞きに行ったんだ」

「……」

「なんて言ってくれたと思う?」

「……さあ」

「“全力で応援するわ”、だって! 体育祭も見てくれたらしくて、“危ない戦い方はしないで”って。でも、“あなたの夢は多くの人を救う。だから、応援するわ”って……言ってくれて……。シンソー君。俺、愛されてた。俺の母さんは、とっても優しい、強い人なんだよ!」

「……そうだな」

 

 語る吐移の目には涙が溜まっていた。よほど嬉しかったんだろうなと思わざるを得なかった。

 

 

 

 昨日。外国のニュースで、妊娠中絶を禁止にする法案を通そうとしている国で、その法案に反対している集団を取り上げる報道があった。

 

「女性の人権を無視するな」

「育てられない子供を産んでも、両者不幸になる」

「国に個人の体を好きにする自由はない」

「望まない子を産みたくない」

 

 声高に言われる主張に、俺も納得はした。只、思ったんだ。

 レイプにより望まない妊娠をしてしまった女性。中絶出来ず、仕方なく生まれた吐移。あいつがこのニュースを見たら、何を思うだろうと。

 主張自体はあいつも賛同するだろう。だが、コメントする女性たちの目が、態度が、俺にはとても冷たく思えた。

 「愛せない」といった女性もいた。「愛したくない」とも。分かる。分かってしまう。

 

 ……だから、今のこいつを見て、俺も安心した。

 

「あと少しで出てこれるんだって。俺、まだ稼げる人間じゃないけど、夢を叶えて、母さんを楽させてあげるんだ」

「いい話だな」

「でしょ!」

 

 今日一番の笑顔だった。

 

「じゃあ俺、バクゴー君と稽古があるから!」

「まだ続いてたのか、その関係」

「切島くんと上鳴くん、瀬呂くんもいるよ! あ、シンソー君もどう!? トレーニング室で筋トレなんだけど」

 

 機嫌のいい吐移からの誘い。せっかくだし、乗ってみようか。

 

 

 

 アポ無しできた俺に舌打ちした爆豪。その他三名は歓迎してくれるらしい。

 

「えっと、心操だっけ?」

「ああ。よろしく。切島、上鳴、瀬呂」

「よろしく!」

「よろしくな!」

「頑張ろうぜ!」

「あと、……よろしく、爆豪」

 

 歓迎してくれない爆豪は不機嫌さMAXで、吐移曰く柔らかいはずの口元は奴の感情を表すように歪められていた。

 

「よくその面ァ下げてこれたなぁ……!」

「体育祭終わったんだから、敵視やめて。俺の笑顔に免じてさ!」

「-100万点」

「9900万点加点!!! よっしゃあ!!!」

「……」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔してるな、爆豪。俺もびっくりしたけど。

 

「前より笑顔自然になったもんな! 加点する気持ち、分かるわー」

「残り100万100点、頑張ろうぜ!」

「うん!」

 

 一連のセリフは爆豪の方をチラチラ見ながら言われていた。見られている本人には、さぞかしストレスだろうな。

 

「……これからやんのは、筋トレだぞ」

「こめかみピクピク言ってんな、爆豪」

「るせぇ!! てめェは帰れっ!!!」

「世話になる」

「ウゼェー!!!」

 

 へー。案外、爆豪って弄りがいがあるんだな。

 

 爆豪監督の筋トレメニューは、初日の俺にはキツかった。

 

「あ゛っ!? 振り子みてぇな反動つけてんじゃねぇぞ青髪!! ダンベルしっかり持ち上げろ!!」

「っウス」

「ヘアバン! テメェもだ!」

「はいっ!!」

 

 爆豪は面倒見のいい、スパルタだった。

 いままでは少し心配だったが、この様子なら、任せてもいいかもな。俺もちょくちょく世話になろう。

 



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十八話

 職場体験。俺は東京都内に事務所を構えている、No.4ヒーロー ジーニアスのもとに来ていた。初日から“矯正”するとかなんとか言われてムカついたが、選んじまったもんは仕方ねぇ。ここで吸収出来ることはしてやる。

 

 パトロール中。さすが都内。小競り合いが多く出動回数も多い。ただ、俺の監督をするのは品行方正を求めるジーニアス。いつものスタイルで戦おうとすれば“個性”で引き留められる。それがストレスだった。二日目にしてフラストレーションがやべぇ。

 

 ジーニアスの無線に、また連絡が入った。

 

「──了解。急行しよう」

「何て?」

「言葉遣い。──ここから約10km離れた場所で、トラックと大型バスが事故を起こした。負傷者多数。重傷者もいる。行くぞ」

「ああ」

 

 人命救助もヒーローの本質。また『派手じゃねぇ』とか言ってられねぇ。

 

 

 

 現場にはまだ救急車は到着していないようだった。既に有志とヒーローによってバスから何名か救出されているようだが、頭を打っている可能性もある。慎重に、尚且つバスかトラックが発火する恐れから、急いで救出するべきだ。

 

「水か氷系の“個性”を持つヒーローがいれば、その不安はねぇんだがな……」

「有利な“個性”が来るのを待つ間、私たちは私たちの出来ることをしよう」

「ういっす」

 

 俺は野次馬の対処。ジーニアスは重傷者を看に行った。

 

「車の炎上の可能性があるから、離れてくれ。ヴィランとの戦闘じゃないし、見せもんじゃねぇ。下がってくれ」

「いいじゃん……あれ、君、雄英体育祭の一年の優勝者!?」

「そういうのはいいんだよ! 怪我人を撮してやるな」

「テレビで見た印象より、ずっとまともなこと言うんだねぇ!」

「さっさと下がれ! 怪我人の負担だっつってんだろーが!!」

 

 何で危機感を持たねーんだ一般人(モブ)は。あんまきついこと言うと評価が下がっから、言葉を選ばなきゃなんねーのがマジでメンドくせぇ。「分かった分かった!」と笑いながら捌けていく野次馬にうんざりしながら、俺は次の野次馬の対処に向かった。

 

「お、おい! もう無理すんな!」

 

 そんな時だった。怪我人の中から声が上がったのは。俺はその声に反応した野次馬たちに「車の爆発の可能性は無いわけじゃねぇ! 巻き込まれたくないなら下がれ!」と牽制して、下がったのを見届けた後さっきの声のところに向かった。

 怪我人が無理をするはずはない。するならヒーローか、俺のような職場体験生か。

 駆けつけた俺は、自分の目を信じることが出来なかった。

 

「もういい。君のおかげで、重傷者はいなくなった。もういいんだ」

「……まだ、いるんじゃ……」

「ありがとう。命に別状のある怪我人は、君のおかげでもういない。休むんだ」

「……はい」

 

 ジーニアスに説得されている男は、地面にへたりこんで、フラフラの身体を支えられている。雄英の制服を着ているそいつは血にまみれながら、肩で息をしている。赤が強すぎるから相対的にそう見えるだけか? いや、違う。その顔はしっかり青白い。

 

 どういうことだ。何で、お前が、ここに。

 テメェの“個性”は、自分の傷にしか対応していなかったハズだろ!

 

「オイ! ヘアバン!!」

「! バクゴー、君……?」

「なんでテメェ、ここに──」

「と~~い~~!!!」

「うわっケンさん」

「勝手に動くなっつったろ! その“個性”、まだ発覚したばかりで、限界も条件も何も分かっちゃいないだろ! それになァ!」

「分かってます……キケンな人が助かれば、俺、は、下がります……」

「そうしてくれ……」

 

 俺の後ろから来た男は、ヘアバンの肩を叩くと、労うように頭を掴んでかき回した。

 発覚したばかりの“個性”。それが、お前が息を切らせている原因か、ヘアバン。何がどうなって、んな全身血まみれになるんだか。

 

 ようやくやってきた救急車。怪我人は全員で30名。軽傷者が19名に、そこそこ重傷者は11名。頭を打っている可能性を考えて、全員運ばれていった。重傷者の中にはすぐ命に関わる大怪我を負った奴も居たらしいが、ヘアバンの“個性”で何とかなったらしい。

 何とかしてもらった怪我人から礼を言われ続けるヘアバン。それがひと段落したところで声をかける。

 

「どういうことだ、ヘアバン」

「あ、バクゴー君。もう次の現場に行ったと思った」

「全員見送ってからだわアホ」

「そっか」

 

 俺に気がついたと思ったら、ヘアバンはなんとも間抜けな受け答えをしてきやがった。なんだお前。それで追求から逃れられるとでも思ってんのか。

 

「で?」

「でって……。あ、“個性”の話? あのね、昨日分かったんだ! 俺、他人の傷も治すことが出来るんだって!!」

「それで調子に乗って、5人分の怪我を吸収したんだな。この未熟者め!」

「ケンさん!」

 

 話に割り込んできたのは、さっきヘアバンを労っていた男。もしかして、ヘアバンの職場体験先の……?

 

「野次馬の対処、感謝する。俺は東京消防隊員の花形健吾だ。コイツの一週間の保護者ってとこだ」

「どうも……。ジーニアスオフィスに職場体験に来てます、爆豪っす」

「君がか! 見たよ雄英体育祭! 豪快な戦い方は見てて痛快だった! とまぁ、俺たちも行かなきゃならん。お前さんも頑張ってな!」

「うっす。……ありがとうございます」

「“個性”のこと、後でメールするから! またね!」

 

 血まみれのヘアバンは、水系の“個性”のヒーローに水をぶっかけられ、血を落としてから去っていった。

 

「君の知り合いか」

「ジーニアス……さん。はい。同級生っす」

「体育祭で見た顔だ。彼はヒーロー科ではないのか」

「あいつは普通科だ……です。ヒーロー科編入は狙ってるみたいっすけど」

「そうか……。他人を治癒出来る“個性”。彼には是非ヒーローになってもらいたいものだ。ヒーローでなくとも、個性が活用出来る職に」

「……そうっすね」

 

 “矯正”する必要はないってか。クソが。

 

「もちろん、自己犠牲が何たるかを、学んでからだが」

「それは、そうっすね」

 

 他人を治すたび自分の血が流れてちゃ、救けてもらった相手も安心出来ねぇ。何とかなれ。

 

 

 

 夜。奴から長文のメールが入った。内容は、奴の新たに発覚した“個性”のこと。

 

・他人の傷も治せると気づいたのは職場体験初日。怪我人に人工呼吸をした際に傷が移ったことに気づいた。

・今日5人相手にして理解したのは、口同士でなくていいこと。傷を受けたいと意識しながら傷付近を吸うと、吸収出来る。

・一度自分に出現させてから自分の傷を治す為今まで血が流れていたが、毒抜きの要領で出来ないか試したところ、最後可能性を感じた。

・雄英に報告したところ、貴重な個性だから言いふらさないように、なるべく秘密にするようにとのことだった。君も言いふらさないでね。

 

「自身の治癒力にブーストをかけるだけのリカバリーガールより、有能な“個性”だからな……。悪用されないよう、保護してェんだろ」

 

 一々顔を近づけてくるのは、リカバリーガールと同じだがな。

 

 「災害救助の即戦力だな」と返信してやれば、『本気でヒーロー目指していいかもしれないって初めて思えた。俺、リカバリーガールを目指すよ』なんつー、宣言が返ってきた。

 



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十九話

「吐移くん! 消防はどうだった?」

「有意義だったよ! 実際の事故現場に出くわしたときはあまり動けなかったけど、これが現場の空気なんだなって、肌で感じたよ」

「現場に!」

「たまたまね。記見さんは? シンソー君と同じで警察だったんだよね?」

「警察だけど、市が違うから……。私は、現場はやっぱりヴィラン受け渡しだったよ。捜査はやっぱり参加させてもらえなかったかな」

「そっかー」

 

 各々が希望の職種に職場体験に行ってきた一週間後。話題はやはり、職場体験の話。

 

「シンソー君は?」

「俺も同じ感じだったかな。警察はやっぱり“個性”を使わせてもらえないからな。“個性”が腐る」

「やっぱりシンソー君はヒーローが似合うよ、アングラ系のさ。記見さんもそうだと思うんだけど、目指さない?」

「警察の仕事は犯罪者を捕まえるだけにあらず! 地道な捜査や犯罪抑止、市民から相談を受ける事も、警察の立派なお仕事なんだよ!」

「記見さんカッコいい!」

「……とはいえ、心操じゃないけど、“個性”使えたら最高なのに」

「絶対役に立つのにね」

 

 ここで予鈴が鳴った。先生が入ってきたから、俺たちも席に着く。今日も、いつも通りが始まる。

 

 

 

 ……昼休み。俺たちはいつものように大食堂へ来ていた。

 

「じゃ! 俺バクゴー君のとこ行ってくるね!」

 

 そしていつも通り吐移はA組が固まってるところ、まあ、爆豪の所に行ってしまった。

 

「ねぇ心操。なんで吐移くん、爆豪なんかに懐いてんの?」

「なんかって……」

「心操だって、そう思うでしょ?」

 

 決めつけてきたこの女はクラスメイトの「記見 瞳」。俺達とは違い、警察官を目指す生徒だ。

 

「なんか、とは思わないな。爆豪は吐移の命の恩人らしいから」

「ただ救急車呼んだだけでしょう? それでどうしてあんなに感謝出来るのよ。恩を感じるなら医師とかにしときなさいよ」

「感謝先を決めるのはあいつの自由だろ。そもそも何で爆豪をそんなに嫌ってんだよ」

「だって、吐移くんが一番笑ってるの、アイツの前だもん」

「……」

 

 なんだこいつ。吐移が笑顔になるのが嫌なのか? 怖。

 俺がチキンカレー、記見がチーズカレーを買う。遠くの吐移は相変わらず弁当だ。

 

「会ってる時間的に教室にいるときが一番笑ってるだろ」

「授業中は笑ってないでしょーが! お昼以外の休み時間をトータルして40分! 昼休みより短いんだよ!? 加えて放課後はプレゼント・マイク先生か、あいつのところに行って特訓でしょ? あー爆豪の奴め! 憎たらし!」

「……お前見た目いいのに趣味悪いな」

「はあっ!? 吐移くん好きになって、何が悪いわけっ!?」

「あ、悪い」

 

 勘違いだった。シンプルに爆豪に嫉妬だった。

 

「吐移くんの下っっっっ手くそな笑顔に惹かれて、壮絶で理不尽な過去があって……。でもそれに屈せず、憧れの為に笑顔と大声を特訓をする姿……。健気で可愛くて、応援したくなるじゃん!」

「あっそ。食えば?」

「心操だってそうでしょ!? クラスで一番仲良いの、あんたじゃん」

「まあね」

「あんたも嫌い!」

 

 いーっと変顔を晒す記見。だけど否定は絶対にしない。俺だって自分でそう思うし。

 

「まぁあんたはいいんだけどさ。あんたと話してる時の吐移くんも好きだし」

「なら、爆豪のことも認めてやれば?」

「嫌だ! だって爆豪、いかにも“いじめっ子”って顔してる」

「……確かに、ね」

 

 顔だけじゃない。A組全体にもそうだが、緑谷に対しては一段どころか五段くらい増しでキレている。何があったか知らないが、緑谷のビビり方を見て、爆豪は緑谷を虐めていたんじゃないかと仮説が立てられちまう。

 

「そうでしょ? 吐移くん、そんなに頭が悪いわけでも、見る目が無い訳でもないはずでしょ? 小中学校のいじめっ子達がいないであろう高校を選んできたって言ってたし、私達を友人に選ぶくらいだし」

「吐移を“アイドル”って呼んだのは誰だ?」

「私だけど?」

「あいつクラス全員と友達だから。選んだとかないから」

「全員選ばれたの!」

「……まぁ、いい奴らばかりなのは認めるけどな」

 

 それと、吐移に見る目があるかどうかは関係ない。

 

「悔しくないの? 吐移くんのあの笑顔、ほとんど爆豪が改善させたのよ?」

「良かったじゃん」

「私は悔しい! 爆豪がいなきゃ私が笑顔を取り戻させてあげれたのに! 成長過程を全部、爆豪に持ってかれた!」

 

 記見にそれが出来たとは限らないのに。爆豪が居たからこそ、だったかもしれないのに。よくそんな断言が出来るな。

 

「今からでも引き剥がせないものか……」

「まだ言うか」

「フフッ……出来ないことはないわ」

「あっそ」

 

 もうカレーを食べ切ってしまおう。でも気になって記見を見れば、彼女はどこかを見ていた。視線の先には、緑谷が。

 

「人の信頼なんて、情報が確かな言葉があれば、簡単に揺らぐものよ。……覚悟しなさい爆豪。私の吐移くん、返してもらうわ」

「……」

 

 他人を貶めても、お前の評価は上がらないよ。そんなお前を吐移が好きになるとは思えない。

 

「そんなことより、お前期末テスト大丈夫か?」

「は?」

「恋愛にかまけるの勝手だけどさ。補習になれば、夏休み学校に拘束されるぞ」

「……」

「ま、頑張れよ中間クラス最下位!」

「うっさい! 赤点無かったわよ!!」

 

 ちなみに俺は五位。吐移は一位だ。

 

「ハッ! 吐移くんに勉強を教えてもらえばいいのよ! 私の部屋で、休憩と称して……きゃー!」

「……キモ」

「あ゛っ!?」

 

 その後記見は吐移に「ごめん。俺教えるのど下手なんだ。教えられない」とフラれていた。

 

「案外、攻略難易度高いんだな、吐移って」

「うるさい!!」

 

 



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二十話

 HEY! プレゼント・マイクだぜぇ!! 雄英の放送室の一角を間借りしてお届けするぜ!

 今日もやってきたぜ「笑顔満点計画・体操編」!! クソダサネーミングは吐移のセンス! 実は結構好き!

 今日も一日実践編、ソウルメイトとおしゃべりしてきたかァ!?

 

「いっぱいしました!」

 

 OK! ベリィィグッド!! 今日もバイト行く前に、体操やっていくぜぇ!!

 

「FOOOO!!」

 

 さあ基礎体操! 大切だから基礎なんだぜ!

 その1! 『口角を上げる体操』!! 限界まで口角を上げて、元に戻すのを1分間繰り返す! 鏡を見てやっていけぇ!

 

「痛いってことは効いてるってことぉ!」

 

 まぁムリはすんな!

 その2! 『頬の筋肉で目を細める体操』! 口だけ笑ってても怖いだけ! 頬の筋肉を意識して持ち上げて目を細める! 元に戻すのを忘れずに、これも鏡を見ながら1分繰り返してけ! 

 

「これが結構難しい! ただ目を細めるわけじゃない!」

 

 そう! 意識は頬の筋肉にな!

 はいタイムアップ! 次は表情筋ウォーミングアップだ!

 

「はい!」

 

 その他のエクササイズが気になるリスナーは、あとがきにあるこのサイトを参考にしてくれ! 作者も参考にしてるぞ! んっ!? 作者って誰だっ!?

 

「マイク先生、ご指導ありがとうございました!」

「YHAY! 前よりも笑顔が良くなってるぜ! お前の頑張りだな!」

「先生のご指導のおかげです! 独学じゃ難しいですし、見てくれる人がいると捗ります!」

「ありがとな! だけど自分の努力を下に見るなよ! じゃ、今日はここまで!」

「ありがとうございました!」

 

 吐移との表情筋トレーニングは、4月の中頃から始まった。「高校生活は笑顔で過ごしたいんです。無意識でも笑っていられるよう、鍛えたいんです!」とアピールされて、思わず感動しちまった! 警戒人物として報告を受けた人柄と、良い方向で変わっていた。だから一二もなく引き受けた!

 ハッピーだから笑顔? ノンノンノン! 笑顔がハッピーを引き寄せるのさ!! 吐移にもそれを分かってもらいたい!

 まぁ、それはそれとして。今日は大事な話がある。

 

「吐移、引っ越し準備は進んでるか?」

「あ、はい。あの、いいんですか? 家賃、雄英持ちって。俺の“個性”で、ここまで優遇なんて……」

 

 吐移は最近、“個性”の新しい一面を発見した。職場体験初日で「他人の傷を自分に移せる」ことに気づき、その後、「毒抜きの要領で他人から傷を取り除くことが出来る」と、「自分に移さなくていい」ことに気づいた。俺もその“個性”を受けてみたが、足の小指の痛みは一瞬で消え去った! こりゃすごい!

 “個性”の発動条件的に、絵面が不味かったけどな! ほとんど足にキッスだ! 口触れてないけど! あと俺の足は臭くない!

 リスクがあるかどうかは調査中だが、とっても貴重な個性であることには違いない! ヴィランからの襲撃を受けた雄英に在籍する生徒。保護すべきだと、教師満場一致だった。

 

「仕方ないって思ってくれ! あれだ、奨学金!」

「豪華すぎる……」

「住む場所を選ぶ自由を奪ってごめんな!」

「不満なんてありません!」

 

 吐移の引っ越し先は、セキュリティ抜群のマンション。バイト先にも雄英にも近い好立地で、おまけにヒーロー御用達のマンションだ!

 

「……“個性”は、人生を左右しますね」

「そう言うなって!」

「スーパーにバイト行くのも送り迎え……訳が分かりません……!」

「不満ないんじゃないのかー?」

「堕落しそうでっ……!」

 

 そう思うってことは、自律してるってこと。立派だなァ!

 吐移を車に乗せて発進する。スーパーまでは車で5分だ。

 

「明日は爆豪と筋トレだったな! 仕上がってるか!」

「……はい」

「今の間は何だァ? 何かあったか!」

「……ええ。まぁ」

「相談なら乗るぜ? まだ時間はあるだろ?」

「……ありがとうございます」

 

 赤信号で止まる。ここを左折して少し進めば、目的地だ。

 

「……俺、バクゴー君のこと、何も知らなかったんです……」

「うん」

「……俺、例えば、俺に暴力を振るってきた奴らが“ヒーロー”になると言ったら……絶対に、許さないです。絶対に、絶対に……」

 

 笑顔を作っても憎しみが消えるワケじゃない。だが、憎しみがあったとしても、吐移は復讐したいとは言わない。出来すぎた生徒だ。……言わないだけかもしれないけどな。

 それと爆豪が何の関係が?

 

「……クラスメイトから聞いたんです。バクゴー君、緑谷くんのこと、虐めてたって……。それまで“個性”が発現しなかった緑谷くんを、それだけの理由で。……彼にはどうしようもない問題じゃないかっ!! どうにも出来ない問題をネタに虐めをすることが、俺は、許せない……!」

 

 青信号になり、左折する。目的地はすぐそこだ。

 

「だから……だから、俺……」

 

 バックミラー越しに見る吐移は、俯いていて、顔が見えない。

 

「バクゴー君と、仲良く出来る気が、もう、しないんです……!」

「なるほどなぁ」

 

 四角井スーパーさんに無理を言って確保した駐車場所に、車を停める。

 

「らしくないな!」

「っえ?」

「俺はてっきり、お前さんは“過去は過去のこと”として、気にしない性格だと思ってたんだかな!」

 

 吐移の方を向いて笑って言ってやる。吐移は困った顔をして、また目を伏せた。

 

「そんな、きっぱりした性格じゃないです。そうだったら、憎しみ、持ってないです」

「そりゃそうか! ごめん!」

「……もう、行きますね。聞いてくれて、送ってくれて、ありがとうございました」

「おっと待ちな!」

「はい?」

 

 他人の意見に振り回されるのは、やっぱり吐移らしくはないぜ!

 

「爆豪に直接聞けよ! その話、クラスメイトが話した情報と、爆豪の話、違いがあるかもよ!」

「……分かり、ました」

「ん! じゃ、バイト頑張って来い! 笑顔忘れんなよ!」

「……はい!」

 

 少し無理した笑顔を浮かべて、吐移はスーパーの裏口に入っていった。楽しくなくても笑顔でいりゃ、少しくらい、前向きになれるさ!

 こうやって、生徒の人間関係を悪くしないようにするのも、先生、いや、ヒーローのお仕事さ!

 




表情筋トレーニングの参考にさせてもらったサイト様です。他にもありますので、皆様に合ったトレーニング方法を探してみてください!
https://forzastyle.com/articles/-/56496


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二十一話

「吐移くんに近寄らないでくれる」

「あ゛?」

 

 早朝、登校した俺の席の前に現れたこいつ。名乗りもしない失礼極まりない女に、いきなりそんな事を言われた。しかも返事をしただけなのに「あー怖い怖い」と自分を抱きしめて嫌な顔をする。こっちの方が気分悪なっとんじゃこらぁ。

 

「目付きもしゃべり方も態度も悪い。なんでこんなヤンキーが吐移くんと仲良いのか、ワケ分かんないんだけど」

「あ゛ァ? あいつが勝手に俺に懐いてるだけだろーが」

「自意識過剰」

「事実だろ」

 

 事実を言っただけで何で鼻で笑われなきゃなんねーんだよ。ナメてんじゃねーぞコイツ!

 

「あんたみたいに過去に虐めをしていた人間がヒーローを目指してんの、受け入れられないんですけど。直接関係なくても、虐めの加害者と被害者が仲良く出来てるなんて、ホント信じらんないんだけど?」

 

 座っている俺を見下ろして、威圧的に文句を言ってくるこいつも態度わりぃだろ。メンドクセェ。

 

「出来てんだから、どうでもいいだろ」

「それは吐移くんがあんたを虐めの加害者だって知らなかったからよ」

「テメェのリサーチ不足じゃねえか」

「誰が、仲良くなりたい人間の負の面なんて見たいと思うわけ? あんたは今まで見逃されてただけよ」

「……」

「あんたの虐めのことは、とっくに吐移くんに伝えてあるから。吐移くんのこと本当に分かってるなら、何をするべきか分かるわよね? もう二度と、吐移くんに話しかけないで。クズ」

 

 抑えろ。ここで反応したら、つまらないこいつの話を長引かせるだけだ。

 反応しない俺が肯定したとでも思ったのか、言いたいことを言い終わった女は、深い赤色の髪をなびかせて帰って行った。いったいなんだってんだ、朝っぱらから。

 

「かっちゃん……」

「うるせぇ、黙れデク」

 

 教室内には当然、俺以外の生徒もいるわけで。デクも、ヘアバンと交流がある奴らも登校していた。いや、そういう時間を狙ったんだ。周りへの印象を下げる為に。

 

「き、気にすんなよ! 爆豪は吐移を虐めてたわけじゃないし……」

 

 クソ髪が目を反らしながら言う。その態度は、「デクを虐めていた事実は変わらない」と言ってるようなもので、その通りだ。

 予鈴が鳴る。あの女のせいで息のしづらい空気の中、今日も授業が始まる。

 

 

 

 

「さすがに来ないだろうなー、吐移」

「来ないっつーか、止められてそうだよな。あの子多分、吐移が好きなんだろうな」

「だから、いつも一緒にいる爆豪に嫉妬して?」

「ハンッ! やり方がクズすぎんな」

「うーん、否定は出来ないな」

 

 あの空気が晴れないまま時間は過ぎ、昼休みになった。いつも通り大食堂へ向かい、たまに選ぶ温かい蕎麦を買い、いつも通り席に着き、いつも通り吐移が来た。

 

 ……!?

 

「はっ!? 吐移!?」

「嘘っ、俺の名前覚えてたの!?」

 

 んなこたぁどうでもいい。あいつがよくこっちに来ること許したな。そう思って見渡し、あいつを探せば、「記見さんは皆に引き止めてもらってるよ」と、ヘアバンが申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんね。記見さんがお騒がせしたみたいで」

「そうだな」

「……でさ、バクゴー君、今日の放課後さ、筋トレの前に、話出来ない?」

「……」

 

 あの話を気にしてはいるのか。それもそうか。そうだ。当たり前だ。

 

「俺にとって大事な事を確認したいんだ。お願い」

「……わかった」

「ありがとう」

 

 なんでだ。逃げてぇ。

 

 

 

 

 集中出来ねぇ午後の授業を終えて、放課後。あいつは俺より先にトレーニングルームに来ていた。

 

「あれっ、他の皆は?」

「テメェとの話に集中して来い、だとよ」

「気遣ってくれたんだ……。場所を変えるから、別にいいのにな」

「あ? どこにだよ」

「ド定番の校舎裏! ……とは行かず、このすぐ裏だよ」

 

 じゃあ行こう。ヘアバンは俺を先導して歩き出した。ついでに俺の後ろにつけていた奴らもついてきた。ヘアバンは気づいていないらしい。気づいてねぇフリかもしれないが。証人を増やそうって魂胆か?

 

 

 

「バクゴー君への話っていうのはさ、君がどうしてヒーローを目指すのか。それを聞きたかったからだ」

 

 ヒーロー目指す理由、か。

 

「理由によっちゃあ、俺は……君を、尊敬出来なくなる。……教えて」

「……」

 

 連れ込まれた体育館裏で、俺はヘアバンに詰め寄られていた。突っぱねることは出来ねェ。さすがにこの質問に答えられなきゃ、ヒーローを目指している理由が無いのと同じだからな。

 

「まさか、有名になることが目的だとか言わないよね? 虐めっ子がさぁ」

「早とちりすんなバカ。聞け」

「ごめん」

「俺は……」

 

 ヒーローになって活躍してぇ。目立ちてぇ。カッコよくありてぇ。

 何より、ガキの頃から憧れてたんだ。

 

「オールマイトみたいになりてェからだ」

「……オールマイト。そっか」

 

 俺の答えを知ったヘアバンは顔を伏せ溜め息を吐くと、クックッと笑いだしやがった。

 

「何がおかしい」

「おかしいよ。オールマイトはヴィラン以外の人を笑顔にさせている。安心させてくれる。“平和の象徴”、その名に恥じないヒーロー活動をしてる。……君はどうだ?」

「あ゛ァ?」

「君は、緑谷くんから笑顔を永遠に奪いかねない行為を繰り返していた。どこがオールマイトだって?」

「……テメェ」

 

 黙って聞いてりゃ、こいつ……っ!

 

「関係ないなんて、思ってないよね! 君の行動は、君の憧れから遠いと俺思うなぁ! オールマイトじゃなけりゃ、俺も何も言わなかった! 憧れる人を目標にするのは構わない。素敵なことさ! でも、さすがに虐めっ子がオールマイトを目標にするのは、俺は認められないかな? オールマイトは虐めっ子じゃないから!」

 

 目が、瞳孔が開いてきている。この場所が暗いからか、こいつの精神がやられてきてるからか。

 ……こいつが不安定になるなら、俺がこいつに構う必要性はまるでねーな。今まではこいつがヴィランになったら目覚めが悪ぃから相手をしていただけだ。原因が俺になるくらいなら、もうこの関係も終わりだ。

 

「……何も言わないんだ。残念だな。……今までありがとう、爆豪くん」

 

 分かりやすく俺に蔑みの目を向けて、俺の横を通り抜けようとしたヘアバン。だがその足は直ぐに止まった。少し奥から、足音が聞こえる。

 

「勝手に期待して、勝手に嫌いになるのは酷いと思うよ、吐移くん」

「っ!? 緑谷くん!?」

「チッ」

 

 テメェも着いてきてやがったのか、デク。

 

 



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二十二話

「かっちゃんのこと、何も知らないまま側にいて、いざ知ったら最低だったからさよなら? 君は本当にかっちゃんの友達なの? 違うよね」

「まあ、今さっき違くなったね」

「最初から、違うだろ」

「……びっくりした。緑谷くん、爆豪くんのこと庇うんだ? 君が一番の被害者のくせに!」

 

 俺を置いて口喧嘩が始まりやがった。止めんのもめんどくせェ。

 見るだけ見届けてやろうと、壁にもたれかかる。

 

「……そうだね。確かに僕は、中学までかっちゃんに“無個性”を理由に虐められていた。『“無個性”がヒーローを目指すな』って。夢を否定され続けてきたよ」

「不思議。それでなんで恨まないわけ? 憎まないわけ? そうならないとかおかしいって、緑谷くん」

「恨んでるって言うより、悔しかった、かな。でもやっぱり一番は……理由が、明確だったから、かな」

「理不尽には変わりない!!」

「“無個性”はヒーローになれない。……当たり前だ。だから、理解は出来たよ」

「虐めていい理由にはならない……! 自分が暴力を振るわれることを、認めてしまっていい理由にならない!! 蔑まれていい、理由になんか……っ!!」

「ありがとう、吐移くん。君は僕のことを同情してくれてるんだよね」

「!! そうだよっ! だから俺、爆豪くんがヒーローを目指しているのが、許せない!!」

 

 ……別に誰かの許しを得てなるものじゃねえだろ、ヒーローは。許しじゃなく、認められてなるもんだ。

 

「俺は!!」

 

 ヘアバンの感情はヒートアップしていく。

 

「俺は……もし、俺を虐めていた奴らがヒーローを目指すと言ったら!! 俺は絶対に許さない!!! あんなクズどもが、俺がどうも出来ない“生まれ”を、母さんの“犯罪”を理由に暴力を振るってきたあいつらが、人を救う!? 俺の心を砕きまくったあいつらが、人の心を救うっ!? ふざけんなっ!! 許せるわけねぇ!!! なぁ緑谷くん。そうは思わないか……!?」

 

 心からの叫び、訴え。それがお前の本音か。ああ、ああ、確かに、そうなのかもしれねぇ。

 凄みを効かせた目で、声で、最後にデクにそう尋ねるヘアバン。デクは、どう答える?

 

「…………そうだね。君の境遇は酷いものだったみたいだね。僕には想像も出来ないよ」

「想像くらいは出来るでしょ」

「……僕は、そこまで酷くはなかったかな」

「……そっか。……俺と一緒にして、ごめんね」

「うん。一緒にしないで」

「……そうだねっ!!」

 

 こいつを煽って、何が言いたいんだ、デク。

 

「僕は別に、かっちゃんに心を砕かれたとは思ってないんだ。そりゃあバカにされて悔しかったけど、それをバネにして、そして色んな人に助けられながら、今、ここにいる」

「バネ、に……」

「君は僕と違う。そして、君を虐めた人と、僕を虐めた人は違う。そう、違うんだ」

「……」

「吐移くん。君を虐めたのは、キミの心を砕いたのは、かっちゃんなの?」

「……違う」

「違うでしょ? なら、その“許せない”っていう気持ちを、かっちゃんに向けないで」

「!!?」

「かっちゃんと君を虐めた人は違うんだ。君が知っているかっちゃんは、爆豪勝己は、君を虐めた? ねぇ吐移くん、君の知っている爆豪勝己は、どんな人なの?」

「…………助けて、くれた。生きてるかって、血まみれの俺に、声かけて、くれた。……トレーニングにも、文句いいながら、講師、してくれてる。……言動、怖いけど、面倒見のいい、カッコいい男だ」

「そうなんだね。それが、君の中の、爆豪勝己だ。他人の評価を鵜呑みにして、自分がした評価をないがしろにしちゃ、だめだよ」

「……ごめん、なさい」

 

 デクに説き伏せられ、背が丸くなったヘアバン。さっきまでの勢いはどこへやら。すっかり小さくなってしまった。

 ビクビクしながら、ヘアバンがこちらへ振り向く。

 

「……関係ないことで君に暴言をぶつけて、ヒーローになってほしくないなんて、言って、本当に、ごめんなさい」

「……そーだな」

 

 こいつが嫌う人間と同じ行為を、俺はしてたかもしれねぇ。だが、誰に対して、どのレベルでやっていたかは違う。どんな理由で引き起こされたかも違う。単純に同じレベルで比べられちゃ、たまんねぇ話ってこった。

 

「何突っ立ってんだ。戻れよ」

「えっ?」

 

 つまり。テメェの怒りは意味がなかったんだ。

 

「無かったことにしてやる。先に戻って、筋トレしてろ」

「……はいっ!」

 

 瞳孔も元に戻ったヘアバンは、泣きそうな、情けねぇ声で返事して、駆け足でトレーニング室に帰っていった。つけてた奴らはどうした?

 気になることもあるが、今は置いておこう。気に入らねぇこいつとも、話をつけなきゃなんねぇからな。

 

「オイ、クソデク。俺の交遊関係に口出しすんじゃねぇよ」

「あ、ごめん……。でも、吐移くんの怒りは、かっちゃんだけが関係してるわけじゃ無いと思って……。吐移くんが、自分を虐めていた人とかっちゃんを重ねて見ていたのなら、自分と僕を重ねて見ているはずだ。だから僕もしゃしゃり出た。さっきも言ったけど、僕と吐移くんの虐められていた理由は違う。理解出来る理由と、出来ない理由。彼は後者だった。だから、同列に考えるのはおかしいと思ったんだ。何より、僕は君たちの見下しを見返してやろうって成長に多少繋げられたけど、吐移くんは恨んでいたんでしょう? ……一緒にしちゃ、ダメだよ……」

「……そうかよ」

 

 程度が違うとはいえ、虐めは虐め。急に“個性”が出たとか、俺の動きを真似たような動きをしたりと、調子に乗り出したこいつがやっぱり気に入らなくて、ウザくて、相手にもしたくねぇ。だから、俺からアイツの主張に“同じにすんな”とは言えねぇ。そんな事は、俺でも分かっている。

 デクだからこそ、ヘアバンに言葉が届いたんだろう。

 

「友達、大切にしなよ」

「あ゛ァ!? ダチじゃねぇっ!!」

「ええっ、でもさっき、交遊関係って……」

「るせぇ! 失せろ!」

「わ、分かったよ……」

 

 やっぱりこいつは、気に入らねぇ。

 

 

 トレーニング室に戻れば、ヘアバン達いつものメンバーが揃っていた。ヘアバンから説明を受けて、あたかもホッとした顔を作っている。お前ら、後をつけて話を聞いてただろーが。

 準備体操を始める五人。その中から、俺に気付いた青髪が近寄ってきた。

 

「悪かったな。爆豪」

「あ?」

「記見のこと。吐移を焚き付けた奴だよ。吐移は今の様子だともう大丈夫だろうけど、あいつはまだ、お前のことを認めてない。デマを流さないように言い聞かせるけど、もしかしたらまたお前に突っかかるかも知れねぇ。気をつけてくれ」

「……おう」

 

 何を気を付ければいいのやら。

 



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二十三話

「えっいいな切島くん! バクゴー君、俺も勉強会に入れて!」

「勝手にしやがれ」

「ッシャ!」

 

 期末まで一週間に迫った。今日の昼休みもヘアバンが弁当持参でやってきた。今日は珍しく白米の上にそぼろじゃなく、鮭フレーク。暫くはそれか?

 

「あれ? 心操から聞いたけど、吐移ってC組中間1位だったらしいじゃん。教えてもらう必要ある?」

「上鳴くん、さすがの情報収集能力だね……。応用でちょっとつまづいてて、そこ教えてもらえると助かるなって」

「なるほどなぁ」

 

 バカなふりして近づいてきたのかと思ってゾッとした。キモ。中間と期末じゃ範囲が違うから、今の言い訳で騙されてやるか。

 

「吐移はあの記見って可愛い女子と勉強会すると思ったけどなぁ」

「教えるのは苦手でさ。俺より下の学年ならいいけど、同学年はさすがに余裕がないよ。物理とか」

「俺の理系選択は生物だぞ」

「嘘だろバクゴー君!?」

 

 「物理でつまずいてんのに……」としょげたヘアバン。キャベツの炒め物をつまむが、表情は良くならない。物理は2年で取るつもりだった。

 

「元気だせって吐移! それよりどこで勉強会する? ベタにファミレス?」

「金の無い俺をよくそこに誘えたな、切島くん」

「ごめんなさい」

「じゃあどこだよ。図書館は喋れねえぞ」

「うーん……」

 

 場所が決まらねえ。俺の家は普通に嫌だ。

 

「俺ん家、友達呼ぶなって言われてんだよなあ」

「じゃあいっそ、教室でやる?」

「机が動かせねぇし、狭ぇだろ」

「そっか」

 

 辛口カレーを口に運ぶ。残りの選択肢はこいつの家だが、単身者用アパートなんて狭いに決まってる。それが分かっているからか、ヘアバンも言いにくそうにしている。はずだと思ったのに。

 

「……俺の家来る? 一人暮らしだし、まぁまぁ広いよ」

「は?」

「へー、広いんだ?」

 

 嘘だろ?

 

 

 

 放課後、改めてこいつに説明させた。

 

「情報解禁していいって許可降りたから二人には言うけど、あんまり人に言わないでね? 実は俺の“個性”、『他人の傷を直すことが出来る』“個性”でもあったんだ。治癒系の“個性”はとても貴重だからって、今俺、雄英に保護されてる形でさ」

「マジかよ、すげーな!」

「手のひら返しがな」

「は?」

「バクゴー君!」

 

 親がヴィランだから要注意人物。使える強個性だから保護。つくづく都合がいいな。

 

 

 日曜日。俺たちは朝から雄英の校門に集まっていた。ヘアバンからそう指定されたからだ。

 

「どんな家なんだろうなぁ、雄英が準備した家って」

「まず、セキュリティは高ぇな」

「間違いねぇ!」

「おはよう! 少し遅くなってごめん!」

 

 クソ髪と話していたら、やっとヘアバンがやってきた。早くテメェの家に案内しやがれ。

 

「おはよう! 今日はよろしくな。お菓子買っといたぜ!」

「わあ、ありがとう! じゃあ早くいこっか!」

 

 ヘアバンはくるりと回れ右をして、俺たちを先導した。……この先、いや、まさかな……?

 

 

 

 予想は、当たっちまった。

 

「は~~~~……」

「すげぇな、雄英」

「俺にはもったいないよねー」

 

 俺たちが見上げているのは雄英近くの高級マンション。32階もある。コンシェルジュもいる。嘘だろ、こんな……。

 

「いい思いさせて、ヴィランにさせないようにしたいのかもなー」

「なんでそんな後ろ向き? ま、怪しむ気持ちも分からないでもないけどな」

「20階か」

「うん。たまたま空いてたって」

「高いなぁ」

 

 エレベーターの動きは滑らかで、変な重力も感じさせない。あっという間に20階についてしまった。

 

「さすがに角部屋じゃないか」

「それは贅沢すぎでしょ! さあ、いらっしゃいませ」

「お邪魔します」

「しゃっす」

 

 玄関の床が、大理石。早速高級感。

 白さの中に木の素材が暖かさを演出している、良くある内装だ。ただ、元の素材の良さが、高級感を隠しきれていない。まだ入って30秒なのに打ちのめされた気分だ。窓でっか。

 

「そこのテーブルでやる? それとも、地べたになるけどそっちの机でやる?」

「こ、こっちのテーブルで」

「分かった。席に着いて待ってて。今お茶出すから」

「……部屋いくつあるんだ」

「絶対単身者用じゃないな」

 

 天井が高い。扉が多い。廊下が長い。リビングが広い。

 

「トイレまで広いのかよ……」

 

 珍しい“個性”ってだけで、ここまで優遇されていいのかよ。絶対ヒーローになってやる。

 用意された茶は普通のガラスコップに入った、普通の麦茶だった。

 

「なんか安心したわ」

「立派なのは家だけで、俺自身はまだ貧乏人だからね。食費は自分持ちだし!」

「そっか!」

「じゃあ勉強始めっぞ」

「あ、その前にいい?」

「なんだよ」

 

 クソ髪が一口チョコの大袋を開けている横に座るヘアバン。テーブルは3人で座っても、まだ余裕があった。

 

「実はさ、俺、君たちの期末実習の関係者になったんだ。よろしくね!」

「は?」

「なんでっ!?」

「ははっ、さっきも言ったでしょう? “他人の傷を治す”って。ヒーロー科の演習、絶対怪我人出るでしょ? だから、リカバリーガールの補助として、君たちを見守ります!」

「すげーじゃん!」

「マンションの対価か」

「足りない……もっと利用してくれていい……」

「だから」

 

 俺たちの様子をこいつに見られるのか。……また前みたいなことになるのはめんどくせえ。無駄に暴力的になるのだけは避けるか。

 

「何と言うか、まあ、バクゴー君。合わない人とグループを組むことになっても、協力して頑張ってね!」

「……入試の時と、内容変わんのか」

「そこまでは知らされてないけど、確実に難易度上がってそうだし、協力プレイはプロもやってることだから評価の対象でしょ! ……とりあえず今は、普通科目の対処から始めようか」

 

 意味深なことを言いやがって……。

 勉強は、ヘアバンはほとんど手がかからなかった。数学に少し手間取ってるくらいか。目の前のクソ髪に色々手を焼いた。

 

「昼ごはん、オムライスでいーい?」

「手作りっ!?」

「ラーメンで」

「ムリ」

「じゃあ訊くな」

「いや、あの、爆豪さんや……」

 

 昼飯はオムそばになった。ラーメンスープの素が無かっただけらしい。

 

「すげぇな、吐移って……」

「美味しい物って、幸せになるからね」

 

 味は、悪くなかった。

 

 



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二十四話

「さて……今日は激務になりそうだ」

 

 期末演習試験当日。私たちは練習場近くに保健所を出張し、待機していた。出張所のテントの中には、数多くの小さめの液晶が並んでいる。その一つ一つに二人一組の生徒たちが映っている。例年忙しいけれど、今年は楽になるといいね。

 

「改めてよろしくね、吐移正くん」

「よろしくお願いします、リカバリーガール!」

 

 私のそばにいるのは、普通科1年、吐移正。息をするように回復出来るが、その対象は自分のみと思われたその“個性”。でも実際には口で患部付近を吸えば、他人のものであろうと傷を吸収出来る“個性”であることが後に発覚した生徒。色々検証した結果、治療を受けた対象に少しの疲労感があるだけで、ほとんどリスクなしと言っていい。個性が分かった最初の頃は吐移に移って傷ついていたし、リスクはそれだったんだろう。それもすぐに克服したけどね。

 

「くれぐれも、治し過ぎないようにね」

「自己治癒能力を失わせないように、ですよね」

 

 下手したら私より強力だろう、治癒系の“個性”を持ったこの子を今回側に置いたのは、それが理由だった。次にすぐ戦闘が無いのなら、あんまり強く治癒する必要は無い。怪我の大きさによって吸う空気の量も変わるみたいだしね。その辺りの調整も出来れば、この子はより完璧になる。

 

 

 

 今回の演習試験は例年の対ロボット演習ではなく、二人一組で一人のヒーローを相手にするもの。勝利条件は「ハンドカフスを教師に掛ける」か、「試験者どちらか一人がステージから脱出」すること。教師側には体重の約半分の重量の超圧縮おもりを装着するが、それでも教師陣は生徒より当然格上。嘗めてはいけないよ。

 教師をヴィランと見立てての演習。戦ってカフスを付けるか、応援を呼ぶ為にいち早くステージから脱出するか。相手になる先生や本人の“個性”によって、その選択肢は変わってくるだろうね。その柔軟さも採点対象さ。

 

 

「それじゃあ、見ていくかね」

 

 マイクの電源を入れる。

 

「皆、位置に着いたね。それじゃあ今から、雄英高一年、期末テストを始めるよ! レディイイ──……ゴォ!!!」

 

 三十分の、長い試験(たたかい)が始まった。

 

「先生たちの雰囲気が変わった……?」

「そりゃそうさね。教師陣も、生徒たちを全力で叩き潰すつもりさ」

「……怖い、ですね」

「将来的にもっと凶悪で最悪なヴィランと毎日のように相手するんだ。これくらい当然さ」

 

 画面の中の生徒たちは、とりあえず隠れたり撤退したりして、戦闘を避けていた。

 

「今回の相手は先生だから、“個性”の把握はある程度出来ますね。今はとりあえず距離を取って、自分や相棒の個性の相性だったり、相手の弱いところを突く作戦を取れるか、それともそうではないと判断して応援を呼びに行くか。なんかを話し合わないとですね」

「分かってるじゃないか。そう。この試験で見ている項目の一つには、コミュニケーション能力があるよ」

 

 さすがヒーローを目指すだけある。普通科の生徒であろうとも、基本的なことは分かっているね。

 

「この社会……ヒーローとして地味に重要な能力。特定の相棒(サイドキック)と抜群のチームプレーを発揮出来るより、誰とでも一定水準をこなせる方が良しとされる。となると、あの二人は──」

「バクゴー君……」

 

 注視する画面には、A組の爆豪と緑谷が映っている。様子を見るに、爆豪は緑谷の話を聞く気は、一切無いみたいだね。

 

「音声も聞けるよ。聞くかい?」

「……いえ、大丈夫です」

「そうかい?」

 

 この子は最近、爆豪と少し喧嘩をしたらしい。もしかしたら、もう嫌な部分には目を瞑りたいのかもしれないね。

 

「! うそ……」

 

 彼の地雷を踏んだのか。爆豪が緑谷の顔を籠手で殴りつけた。もうこれじゃあ。

 

「チームワークなんて、無いも同然だ……」

 

 吐移が顔を青くさせたその時、建物が吹き飛ばされた。その衝撃波と暴風は緑谷をも吹き飛ばした。

 

「最悪のチームだね」

 

 オールマイト(脅威)が現れた。

 

「あんなパワーが……てか、建物!」

「ヴィランがそんなこと気にするもんか。さて、どうするかね」

「……」

 

 オールマイトの出す威圧感に、緑谷は逃げ出そうとする。が、爆豪は立ち向かうみたいだ。弱い爆破の連打を食らわせ、顔を掴まれても攻撃をやめない。そのタフネスは評価に値するね。まぁ投げられたけどね。

 逃げ腰の緑谷の前に回り込むオールマイト。ああ、やっぱり緑谷は逃げるが、後ろへのジャンプで遠ざかろうとしたその背に、爆破で既に飛んでいた爆豪が飛び込んで、ぶつかってしまった。

 

「勝つことだけが条件じゃないのに……。バクゴー君、何か焦ってる? 緑谷くんがいるから……?」

「そうかもしれないね」

「落ち着いてくれ……頭いいだろうが」

 

 オールマイトによって、ガードレールで地面に拘束された緑谷と、みぞおちを殴られ吐きながらぶっ飛ばされた爆豪。絶体絶命。そんな状況の二人。

 

「ここまで、かね」

 

 それでも立ち上がった爆豪に、オールマイトが立ちふさがる。ああ、なんて情けない表情(カオ)すんだい! それでもヒーロー候補生かい!

 ひと思いにやってやろうというのか。オールマイトが腕を上げた。

 

「あ!!?」

「おや」

 

 爆豪の諦めきったその横っ面を、いつの間にかガードレールから抜け出した緑谷が吹っ飛ばした。

 

「緑谷くんは、まだ諦めてない!」

 

 

 

 爆豪を抱えた緑谷は勢いそのままに、カメラの無い路地裏へと隠れ逃げて行った。

 

「さて、二人はそのままゲートへ向かうかな?」

「俺は、立ち向かうと思います」

「なぜ?」

「……前に、バクゴー君から聞きました。彼は、『オールマイトみたいになりたい』と、言っていました。それってきっと、“絶対に勝つ”ってことだと思うんです。差がありすぎるなら、一矢報いるくらい、するはずです」

「なるほどね」

 

 画面ではオールマイトがゲートに向かって走っていた。その背後から、路地裏から爆豪が爆発と共に飛び出してきた。爆豪は自身の方へ振り返ったオールマイトに目潰しを喰らわせると、緑谷に合図をした。煙の中から現れた緑谷の右腕には、爆豪の籠手が装着されていた。

 緑谷がピンを抜くと、とても大きい爆破がオールマイトを襲った。撃った場所も最初にオールマイトが一直線に破壊した場所をなぞっていて、更なる被害をもたらした訳じゃない。いいね。賢い活用法だ。

 オールマイトが爆破の衝撃で動けない隙を狙って、二人はその場を離れていった。

 

「すごいな……」

「そうだね。でも、この子らばかり見てちゃ勿体ないよ。他にも目を向けてごらん」

「はい」

 

 吐移は切島チームと上鳴チームを見るようだった。私はどうしようかね。

 

 

 

「報告だよ。条件達成最初のチームは、轟・八百万チーム!」

「その二人は、特に怪我もなさそうですね」

「それに引き換え、緑谷チームは大変そうだ」

「うわっ!? 何があった!?」

 

 緑谷は左腕を掴んで持ち上げられ、爆豪は腰辺りを踏まれていた。対照的なやられ方で、共通して暴力的だった。

 

「籠手も無い」

 

 目がいいね。だがそれでも爆豪はやるみたいだね。特大の爆破を足元から食らったオールマイト。浮いてひるんだ隙に、爆豪は緑谷を爆風に乗せて、ゲートまで飛ばした。

 

「あれ人の体だぞ!」

 

 そのままゴールするかと思われた緑谷の背中に、オールマイトがヒップアタックを決めた。

 

「ありゃ、腰がいったね」

 

 地に落ちた緑谷は、地面を跳ねて転がった。ヒップアタックで浮いたままのオールマイト。そこに爆豪が特大火力をお見舞いした。

 

「手、絶対焼けてる」

 

 それをもう一度発動する爆豪。さあ、その隙にゴール出来るか? オールマイトの妨害を避けれるか?

 

「っ!! バクゴー君!」

 

 ゲートへ向かう緑谷を狙っていたオールマイト。だが、本当の狙いは、そんな自分を妨害しようとした爆豪だったらしい。

 

「頭を打たれた! ……えっ!」

 

 思いっきり地面に頭を打ち付けられた爆豪。でも彼は、右手で、自分の頭を掴むオールマイトの右腕を掴み、爆破させる。

 

「でも、弱い……」

「爆豪はここまでかね」

「そうです、ね……」

 

 爆豪はここでオールマイトに討たれ、その隙に緑谷はゴールするだろう。そんな予測を緑谷はオールマイトの顔をフッ飛ばすことで裏切った。

 

「ええっ!?」

 

 緑谷の行動に度肝を抜かれたか、無理が祟ったか。オールマイトは尻餅をついたまま立ち上がれず、走り去る緑谷の背中を見るだけだった。

 爆豪を取り戻した緑谷は、気絶している彼を抱えて、二人でゴールした。

 

「すごいなぁ……どんな状況でも勝つことを諦めない。そして、助けにいく。……ヒーローだ」

 



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二十五話

「エロ」言ってますが、エロくないと思います(作者基準)


 オールマイトの手によって、リカバリー出張保健所に運び込まれた僕とかっちゃん。中に居たのはリカバリーガールと、あと一人。

 

「君……」

「C組の吐移。喧嘩の時ぶりだね。今日はリカバリーガールのお手伝い兼、俺の“個性”練習だよ」

「あんたの処置はこの吐移に任せてるからね」

「そういうことで、よろしく!」

「うん、お願いします」

 

 あの時より晴れやかな顔をしている彼の手によって、うつ伏せにされて腰を持ち上げるようにして寝かされた僕。この体勢にする意味ってある?

 

「これから始めるけど、一つ謝っとくよ。俺の“個性”はリカバリーガールと大差なく、『口を近づけて吸う』ことで発動する。謝ったから、もう文句言わないでね」

「わ、分かったよ」

 

 おばあさんにされたり、同級生の男の子にされたり……なんだかなぁ。

 

「態度に出てるよ!」

「すみませんっ!」

 

 気絶するかっちゃんを施術するのはリカバリーガール。どうして、僕を処置してくれるのが彼なんだろう。かっちゃんと仲が良いはずなのに……。後で聞こう。

 

「まずは頭から。影響があると怖いし、ここは念入りに吸い取るよ」

「はい」

 

 顔が向いている方とは反対から、頭部に気配を感じる。暖かい吐息を感じて、少しドキリとする。相手は男! 相手は男! してないけど勘違いするなよ!

 スウッ!

 勢いよく息を吸われた。同時に頭がスッキリしたような、少しだけあったズキズキした痛みもなくなった。もう一度吸われたけど、特に変化はない。

 

「フゥ……。次は背中と腰。ここからは、自己治癒能力に任せる為に少しダメージを残すからね」

「あ、はい……」

 

 本気を出せば完全回復も出来るのか。すごい“個性”だ。

 背中に彼の気配を、吐息を感じる。ん? 吸った後は吸った分だけ、吐き出しているのか。

 腰付近を吸われる。一気に楽になった。腕、手、足。施術されるたびに、彼の“個性”使用の吐息が繰り返される。

 未だ戦い続けるA組の皆の様子を映し出すディスプレイの光が、テントの布の仕切りに吐移くんの横顔の影を作り出していた。……別のこと考えよう。

 痛みが無くなっていくのに疲労感を感じ始めてきた。これはこの“個性”の反動か?

 

「なんだか、エロいね!」

「オールマイト!?」

「人が気にしてることを!!」

「あ、気にしてたんだ。ごめん」

 

 今まで静かにしていたのに、いきなりとんでもない発言をしたオールマイト。本当に、なんてこと言ってくれたんですか! しかもやってる本人、気にしてたし!

 

「いやぁ、もっと全体的に効果が出せるといいね! 例えば意識を全体にするとか。回数も減らせるし!」

「確かに……。ご教示ありがとうございます。他にありますか?」

「う~ん、セクシーさを下げる為に、吐くときは“ペッ!”ってしてもいいかもね。今の吐き方だと、アンニュイな横顔がセクシーに見えちゃう人もいるかもしれない!」

「なるほど……緑谷くん、他に痛むところは?」

「え? え~っと、肩と、ほっぺた、かな」

「わかった!」

 

 吐移くんは僕の右肩に顔を寄せると、さっきより勢いよく息を吸う。そしてペッ! と力強く吐き出した。

 

「……」

 

 ほっぺも同じようにした吐移くん。確かにこの方法なら、さっきまで感じていた恥ずかしさはない。でも……。

 

「オールマイト! 確かにこの方法なら、エロくないかもしれません!」

「うん! 私から見ても大丈夫だった!」

 

 お二人とも、親指立てて喜び合うのもいいんですが……。

 

「吐移くん……それ、少し、傷ついた……」

「なん……だ、と……!?」

 

 「傷を治すはずがっ!?」と、膝から崩れ落ちてしまった吐移くん。ごめんね。でも、これは女子がされたら、もっと傷つくと思うんだ……。

 

 体はすっかり──いや、ダメージを抱えているけれど、治った。気絶したままのかっちゃんは、オールマイトに抱えられて校舎内のベッドに寝かせられるらしい。かっちゃんはリカバリーガールの処置だったから、消耗が激しいみたい。確かにそうだ。だとすると、吐移くんの個性はリスクが少ない。素早さで言ったらリカバリーガールに軍配は上がるけれど、その後の消耗を考えると吐移くんの方が負担が少ない。一体どんな仕組みで──

 

「緑谷くん、口に出てる」

「ご、ごめん」

「考察よりも、皆の戦い見ようよ。こんな機会、めったにないんだろう?」

 

 そうだった。少しわがままを言って、ここで残って皆を見ることになったんだった。リカバリーガールは呆れていたけれど。もう半分趣味なんです。

 

 

 

 拘束されても黒影によりカフスをかけることに成功した蛙吹・常闇チーム。

 虫へ命令を出し、プレゼント・マイク先生を討った耳郎・口田チーム。

 穴だらけのステージを何とか逃げた飯田・尾白チーム。

 索敵対決を勝ち取った障子・葉隠チーム。

 偶然かもしれないけど、13号先生にカフスを付けることに成功した麗日・青山チーム。

 そして、“モテたい”をいう気持ちで勝利をもぎ取った峰田・瀬呂チーム。

 

 計8チーム、16人が条件を達成した。そしてここで。

 

「タイムアップ!! 期末試験、これにて終了だよ!!」

「バクゴー君以外の、俺の友達……あの……」

「せ、瀬呂くんはクリアしたじゃない!」

「あのチーム、戦ったのは峰田くんが9割じゃん……合格なの?」

「……」

 

 確かに……。

 

 

 試験終了後、出張保健所に来たのは、耳郎さん、飯田くん、尾白くん、峰田くんと、条件未達成の四人。

 

「へぇ、あんた“個性”進化したんだ? 私にやってみてよ」

 

 最初に来た耳郎さんが、血が出ている自分の耳を指差して言った。

 

「耳郎さん!? いいの? リカバリーガールより直接的に顔を近づけちゃうんだよ? 俺男だよ? 気持ち悪くない?」

「それが条件なら、しゃーなしっしょ。ほら、耳痛いんだから、頼むよ」

「う、うん」

 

 女子にはまだ色々抵抗あるみたいで、吐移くんは戸惑いながら“個性”を発動する。僕と一緒で女子に耐性が無いんだ、なんか親近感。

 

「ん~、少し、違和感……」

「リカバリーガールに言われて、手加減の練習してて。手加減は出来たし、今で完璧に治す?」

「頼むよ! あんたの目的も分かるけど、痛いのは嫌だからさ」

「了解」

 

 え、すごいな。一回でもう、女子にも慣れたのか……。

 その後は、芦戸さんは完璧に治して、残りの男子は少し傷が残る程度まで傷を吸収した吐移くん。観察してて分かったのは、彼の“個性”の適応範囲は狭いこと、傷の深さによって吸う空気の量が違うこと。だから手加減が出来るんだろうな。

 ちなみに峰田くんは、「野郎に唇近づけられるのなんて、ごめんだね!!!」と彼を拒否。リカバリーガールによって処置を受けていた。

 

「どっちに転んでも、か……!」

 

 峰田くんは泣いていた。

 

 最後の一人を処置し終えた後、僕はさっきから気になっていたことを彼に聞くことにした。

 

「ねえ、吐移くん」

「何?」

「さっきはどうして、僕の方を処置したの? 君、かっちゃんと仲いいだろう? それなら……」

「ああ……。まぁ、理由は二つ。俺の“個性”は消耗が少ないこと。そして、君の方が重症だった。この二つだよ」

「そっかぁ」

 

 エロさを気にしてたし、なんか照れてたとかじゃないんだなぁ。

 

「エロ……!? 緑谷、今お前、エロについて考えてなかったか!!」

「か、考えて無いよ! やめてよ峰田くん!」

「いーやっ! オイラのアンテナは誤魔化されないぞ!」

「峰田くん、あのタイミングでエロいこと考えてたら、間違いなく俺のことなんだけど、それでも聞くの?」

「いらねぇええ!!!」

「じゃあ、この話おしまい!」

 




 ちゃん、ちゃん!


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二十六話

 期末演習試験を終えた翌日。赤点を取ったダセェ奴らも林間合宿に行けるどんでん返しが起こった日。昼休みはいつも通り、ヘアバンが俺たちのところに来ていた。

 

「皆良かったね、合宿行けて!」

「合宿先で補習は絶対大変だけどな」

「行けるだけいいっしょ! お土産話、楽しみにしてるよ!」

「おう!」

 

 朝まで情けなく沈んだ表情だった奴らとは思えねえな。ヘアバンの進化した“個性”について話しながら食事を続け、そろそろ昼休み時間が終わる。

 

「俺、少し先に帰るねー」

 

 とっくに弁当を包んだヘアバンが立ち上がった。そう言っていつも俺達より先に帰るが、何してんだろうな。

 

 カランッ

 

 一歩進んだヘアバンの足元に、黒いキューブが転がった。これがヘアバンのものなのか、別の誰かのものなのか。その場では判断つかねぇからヘアバンに声をかけなかった。

 

「爆豪、それなんだ?」

「知らね」

「知らないのに持ってんの?」

「どこで拾ったんだよ」

「食堂」

 

 キューブは1四方cmで、黒地に濃い赤で、ひび割れのような模様が入っている。禍々しく感じるが、そこらに捨てるわけにもいかなそうな気がした。 やっぱり後でヘアバンの奴に聞こう。最初で聞いときゃ、こんなのに囚われずに済んだのに。バカだ。

 

 午後のヒーロー基礎学を終えた後、更衣室でもう一度それを見る。さっきより角の辺りが砕けている気がする。

 

「かっちゃん、それは?」

「あ゛? テメェには関係ねェだろ」

「でもそれ、何か……」

「見てんじゃねぇ!」

 

 デクに話しかけられるのが気に入らなくて、イラついて、手に取っていた話題のキューブを握り潰して爆破した。

 やっちまった。まぁでもこれの持ち主はヘアバンだし、どうでもいいか。落としたことに気がつかねぇんなら、対して大事なもんでもなかったんだろ。

 

 広げた手に、キューブの破片は無かった。

 

「は?」

 

 頭に衝撃を与えられた。角のある鈍器で殴られたような、強い衝撃を。目が飛び出るかと思った。痛ぇ、熱い、立っていられない。周りが焦ったように声をあげている。“リカバリーガールを呼んでこい”とか、“止血をしないと”とか。視界が赤くなってんのは、俺の、血が、原因か……。

 

 

 

 気を失っていたらしい。目が覚めると、保健室の天井が見えた。原因不明の怪我で気絶した俺を、クラスの誰かが運び込んだらしい。ベッドの周りに張られたカーテンの一部が開いた。開けたのはリカバリーガールだった。

 

「起きたね」

「リカバリーガール……」

「何があったかはあの子らから聞いてるけど、一応あんたからも聞いていいかい?」

「……ああ」

 

 原因っつーか、元凶は絶対にあの黒いキューブだ。ヘアバンが歩いた後に出てきた、赤いひび割れの入ったあの小せぇ黒いキューブ。あれを握りつぶした瞬間、俺はこの怪我をした。

 

「何か上から落ちてきたわけでも無し、誰かがあんたを襲ったわけでも無し。演習中じゃなく着替え中に起こったのも変だと思ったけれど、そうかい、キューブかい……。そのキューブ、まだあるのかい?」

「いや……、あの一つだけだ」

「そうかい? まあ次見つけたら、今度は潰さず、私か先生達に渡しとくれ。誰の“個性”か分かるかもしれないからね」

「うす」

 

 頭には包帯が巻かれていた。昨日の今日でリカバリーガールの処置なら、一気に活性化出来なかったんだろう。動けないのはだりぃな。

 保健室の扉がカラカラと開いた音がした。

 

「失礼します……」

 

 声的に、入ってきたのはヘアバンらしい。

 

「丁度いいところに。あんた、私が許可出すから“個性”であの子の頭の傷を直してやんな」

「いいんですか!?」

「頭は後遺症が残ったら大変だからね」

「ありがとうございます」

 

 カーテン越しに繰り広げられる会話。俺の意思は無視か。

 ふわりと遠慮がちにカーテンが開けられる。影でなのか。覗いてきた奴の顔色は、少し白く見えた。

 

「あ、起きてた」

「目ェ覚めてなかったら勝手にするつもりだったんか」

「その方が何も言われずに済むと思って。“個性”発動条件的にね」

 

 鞄を置いたヘアバンは、右手の人差し指で自分の唇に触れていた。

 

「気色わりぃ。さっさと済ませよ」

「はいはい」

 

 近いうちに林間合宿がある。なるべく万全がいいから、こいつの“個性”で回復した方が絶対にいい。

 

「目ぇ閉じてて。顔近づけるから」

 

 頭のそばに手を置かれる。俺への配慮か、近づいてくる気配は脳天に向かっていた。

 息を吸われた。そして、別方向に向かって吐かれた。これがお前の“個性”か。感じていた痛みが一気に消えた。

 

「はい、おつかれ。全部取れたよ」

 

 ヘアバンが離れたのを確認して、俺も起き上がる。患部に触れてみるが、本当に特に痛みも違和感もない。

 

「すげぇな」

「でしょ?」

「調子乗んな」

「乗らせてもらいますー!」

「治ったなら、包帯取るよ」

 

 リカバリーガールに頭の包帯を取られながら、「応急処置として活性化もしたから、今日は絶対安静だよ」と注意を受ける。ワクチン注射かよ。

 

「明日休みだし、丁度いいんじゃない?」

「テメェは筋トレ忘れんなよ」

「はーい」

 

 帰り支度の為に教室に向かう。コスチュームはさっき着替えた。

 

「バクゴー君」

「あんだよ」

「……やっぱり、なんでもない!」

「ああ゛?」

 

 言いたいことあるなら言えばいい。言いたいのに、言えないのか。なら、もう少し考えてから言え。

 

「……ごめんね」

「だから、なんだよ」

 

 何への謝罪だ。一連の流れに、てめェが謝る要素があったんか。あるんだとしたら、背中を丸める前に、何に謝ってんのか説明しやがれ。

 

 



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二十七話

 木椰区(きやしく)ショッピングモールでヴィランが出現した事件があった2日後。月曜日の朝。吐移がマスクをして登校してきた。

 

「風邪か?」

 

 話しかけると手を振ってきてくれたが、何も言わなかった。代わりにまっさらなノートを取り出し、マジックペンで何かを書き込んでいく。書き終えると、それを俺に見せてきた。

 

「『喉風邪お休みで引いて声が出ない』? 休めよ」

 

 吐移は左手で額に触れ、その手を横に振った。

 

「熱はないってことか」

 

 吐移は嬉しそうに頷いた。通じたからか?

 

「吐移くん、風邪引いちゃったの? 私が看病するから、お家帰ろ!」

 

 吐移は手を横に振って、記見の提案を断った。せっかく来てるんだから、そりゃそうだよな。

 

 昼休み。吐移は弁当箱を持って、教室を飛び出した。振り返って手を振るのを忘れずに。

 

「アイドルしてるなぁ……」

「でも、今日くらいこっちにいとけばいいのに。大好きな爆豪に感染るかもしれないのに」

「お前、ついに……!」

「認めてないわよ! でも、事実は正しく認識するべき、受け止めるべきだと思ってんの。いいから、私たちも大食堂に行くわよ。今日は鯖煮定食の気分なの」

「はいはい」

 

 そして大食堂にやってきた俺達。一応吐移を探してみた。だが、あのダサい小豆色のヘアバンドが、見つからない。

 

「ねぇ、居なくない?」

「……爆豪んとこにもいないぞ」

 

 爆豪にも直接聞いてみたが、今日はまだ来ていないとのことだった。……あいつ、どこに行った?

 

 

 

「また“個性”事故かぁ。何人か“本音しか言えない個性”の事故に巻き込まれたみたいよ、昨日」

 

 記見が見せてきたスマホの画面に写っているのは、今日の日付のネットニュース。

 

「本音しか言えないから色々喧嘩だったり、仕事にならなくて大変みたい。……皆しゃべらないように、口にガムテしたりしてる、って……」

「……」

 

 

 教室に戻ると、吐移は既に帰ってきていて、自分の席に着いていた。

 

「どこに行ってたんだよ。ちゃんと食べたか?」

 

 吐移が見せてきたノートには、『途中で気分が悪くなって、保健室に行った。弁当はそこで食べさせてもらった』と書かれていて、弁当も空なことを確認出来た。だが、どうも怪しい。

 

「吐移くーん、今日の笑顔見せてー?」

 

 吐移は『ごめんね』と紙に書いて、見せた。

 

 どうして、口を見せてくれない。

 

 

 

「ねぇ、やるの、本当に。違ったらどうすんの」

「当たってたら、あいつはずっとあのままだぞ」

「それは、そうだけど……」

「外れてたら、その時はその時だ。放課後。何があろうと、決行だ」

「……うん」

 

 6限前の休み時間。吐移がトイレに行ってる間、記見と上記の会話をした。

 吐移の行動があまりにも怪しくて、“個性”事故を疑った。少ない休み時間で隠れて検索をかければ、この“個性”は潜伏期間である6時間以内に被害者に接触すると、接触者に感染する特徴があることが分かった。これが被害拡大の原因らしい。あのおかしい様子とこの事件。もう、決まりだろう。

 

 そして、その時はやってきた。

 

「吐移、 爆豪が教室で待ってろって。さっき言ってたの忘れてたわ」

 

 放課後。帰り支度をしている吐移にそう伝えると吐移は当然、「なんで?」と言いたげに首を傾げた。続けて「演習が長引くかもしれないから待っとけってさ。宿題して待ってこうぜ」と言うと、優しく頷いた。信じてくれたな。

 帰り支度をした鞄の中から、課題のプリントが入ったクリアファイルを取り出した吐移。俺も緊張が伝わらないよう、早く同じプリントを持ってこよう。30分、待てばいいんだ。

 

「オイ」

 

 は?

 

「ヘアバン、こっち来い」

 

 嘘だろ、爆豪。時間指定しただろうが。

 吐移は無邪気に、手に持っていたものを机に置いて、爆豪の元へ駆け寄る。

 待て、待て! まだ、クラスの連中帰ってねぇ!!

 

 

 

 

 

「爆豪。今日の放課後、C組の教室に来て、吐移のマスクを引っぺがしてくれないか?」

「ああ? マスクぅ?」

「ああ。風邪で声が出ないとは言っているが、どうも怪しい。俺たちは、吐移が昨日の“個性”事故に巻き込まれたと考えている」

 

 昼休みも終わりに近づいた頃、俺たちは爆豪に依頼した。爆豪は、まぁ当然だが意味が分からねえと、元々顰めっ面なのを更に顰めていた。

 

「テメェらでやれよ」

「あいつの警戒心が高いのは知ってるだろ。C組の奴らじゃダメだ。チャンスは一回。一番自然に、警戒されずに出来るのは、マスク姿を見てないお前なんだ」

「ほーん、で、マスクを外す必要性は何だ」

「あ、もしかしてその“個性”事故の治し方が関係してるのか?」

 

 話に割り込んできた上鳴の手には、スマホが握られている。

 

「“個性”を解くには、一つ秘密を晒け出すこと、らしいじゃん。で、吐移は声が出ないって言って喋らないようにしてるんだろ? それじゃあいつまでも解けねぇもん」

「解いてやりたいから、マスクひっぺがして秘密を言わせたいってことか! ダチ思いだな!」

「言い出すまで待てばいいじゃねぇか」

「そりゃ正論だが、バイトに影響するだろ」

「あいつが言えない秘密を持ってんのが悪ぃんだろ」

「だから、ムリにでも言わせるんだよ。待っていたらまたあいつは、笑顔を忘れちまう。自分が何の為に吐移に付き合ってんのか、忘れたわけじゃないよな?」

「……チッ」

「協力、ありがとな」

 

 

 

 時間を指定して、吐移の隙をついてマスクを引っぺがしてほしいと言ったはずだ。あんまり人がいる前でやるのも可哀想だから、ある程度教室から人が居なくなった後に。だから、時間を置くと言っただろ。

 

 言った時間よりもずっと前に来た爆豪は、無警戒で近寄ってきた吐移のマスクを、乱暴に引き剥がした。

 

「っ!!?」

 

 マスクの下から現れた口は、糸で縫い付けられていた。開かないように、何重にも、黒と赤の糸で、人よりも少しだけ厚い唇を縫い付けていた。

 今更両手で隠しても遅い。もう教室にいたほとんどの奴らがお前のその口を見たはずだ。

 

「俺相手に秘密を作ろうなんざ、甘ぇんだよ! 晒しやがれ。全部な!」

 

 悪人面の爆豪の前には、膝をついて俯く、吐移の姿。俺は、あんなに怯える吐移の姿を見たことが無い。あんなに震えた、小さい吐移を。

 



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二十八話

「お前、本音しか言えない“個性”事故に巻き込まれたらしいなぁ? いい機会だ。テメェから色々聞き出してやるよ」

 

 爆豪お前、昼休みまで「本人が言い出すまで大人しくしとけ」とか言ってたくせに、どういう心境の変化だよ。

 膝を付いている吐移は俯いたままだ。肩が震えている。泣いているかもしれない。

 

「まぁまずは、喋らす口を作んねぇとな。誰かハサミよこせ」

 

 爆豪が辺りを見回す。つられて俺も見回せば、俺と同じように見回す奴ばかり。唯一、記見だけは鞄の中からソーイングセットを取り出した。そのハサミか。

 

「……吐移くんを泣かせたあんたにはさせない。私にやらせて」

「誰がやろうと一緒だ。さっさとしやがれ」

「命令しないで!」

 

 爆豪を睨みつける記見。記見は未だしゃがみこむ吐移に高さを合わせて、震える肩を支えた。

 

「ごめんね吐移くん……。爆豪もあんな言い方したけど、私たちと同じで、吐移くんがずっと喋らないのが、笑顔になれないのが嫌なだけなの」

「オイ、俺は別に……」

「この“個性”を解くには、『秘密を晒け出すこと』が必要なの。お願い、どんなに小さくてもいい。喋ってくれない?」

 

 吐移の顔が上がる。記見の説得が届いたか。吐移は口から左手を離し、吐移から見て右側にいる記見に手のひらを見せた。自分で切るって事だろう。記見もそう捉え、先の丸い、小さいハサミを渡した。右手にハサミを持ち直した吐移は、他のクラスメイトから受け取った手鏡をまた左手に受け取り、それで自分の唇を見ながらハサミで糸を切り出した。

 

 ジャキ、ジャキ、ジャキ。

 

 顔にハサミを近づける、奇妙な光景。しかも切れた糸は外れるわけでもなく、唇に貫通して残ったままだ。医療用でも無い糸、自然に抜けるものなのか? 自分でやっているからか、きつく縫われていた唇は順調に解放されていく。

 改めて見ると、いくら口を塞ぐ為とはいえ、どうして唇を糸で縫うなんて方法を取ったんだ。針が何度も通ったはずだ。糸が継続して痛みを与えたはずだ。その痛みを覚悟出来るほど、こいつの本音は酷いものなのか?

 

「終わったな。さあ白状しやがれ!」

「どうしてそんなに急かすの! 吐移くんには吐移くんのペースが──!」

「いいよ、記見さん。話すから」

 

 鏡とハサミを記見に押し付けた吐移は、フラリと、力の入らない身体でどうにか立ち上がった。爆豪は余裕そうに、悪人面で「何から晒してもらおうか」と言っている。

 吐移は溜め息を吐く。

 

「俺よりよっぽどヴィラン顔だね、バクゴー君」

「ああ゛?」

「俺が受けた“個性”は本音を晒すものであって、秘密を晒すもんではないんだけどなあ」

 

 言ってることも、声色も、表情でさえも初めて見て聞いたものばかりだった。お前、そんな邪悪になれるんだな。それだけ、この“個性”事故が強力なものだったってことか? 邪悪なのが、お前なのか?

 

「……話さなきゃならないなら、そうだな……俺があいつらに殺意を持ってるって事ぐらいか」

「殺意?」

「当然、中学まで俺を虐めていた奴らのことだよ」

 

 ……邪悪にならざるを得なかったんだと、信じるからな。

 よっぽど喋るのが嫌なのか、吐移の体は発言するたびにふらついている。支えよう。

 

「ありがとう、シンソー君」

「どうやって殺すつもりだ。ヴィランになりたくないお前が」

「運任せだよ。いつかヒーローになって、災害現場で被災したあいつらを、見殺しにする。それだけだよ」

「本当か?」

「“本音しか言えない個性”になってんだから、疑ってんじゃねーよ」

「口が悪ぃな。それが本音かよ」

「ハッ! 君のが移っちゃったかもね」

「キメェ」

「俺は嬉しいなあ!」

 

 本音しか言えないからか、吐移の情緒が不安定だ。さっきまで怖い顔をしてたのに、今じゃ少し疲れた笑顔だ。感情がここまで振り回されると疲れるだろうな。それも、この“個性”にかかった人たちが口を塞ぐ理由か。

 

 爆豪が俺にアイコンタクトを送った。やらなきゃダメか、これ。きっと“個性”はもう解けて、嘘を吐くと思うんだがな。

 

「えっ? どうして、シンソー君」

 

 吐移の身体を羽交い締めにして拘束する。

 

「や、やめろよ、何すんだっ」

「ごめんな、吐移」

「二人まで!」

 

 爆豪の後ろに待機していた上鳴、切島も、申し訳なさそうに吐移の体を取り押さえる。

 

「まだ話は終わらねぇぞ、ヘアバン」

 

 ズボンのポケットをまさぐり、何かを取り出した爆豪。吐移に向かって見せたそれは、小さな黒いキューブだ。

 

「!!?」

 

 なんだそれは、と俺たちが首を傾げる前で、吐移は分かりやすく狼狽えた。

 

「やっぱ、テメェのだよなぁ?」

「ど、どうしてそれを……!?」

「テメェが自分で落としたんだろうが」

「二つ、も……俺っ!!」

「さあ、話に追いついてねー奴らの為に、テメェの口から説明しやがれ」

「そんな……っ! 嫌だ! これだけは、嫌だよ!!」

「言わねぇなら、また握り潰すだけだ」

「ヒッ!!!」

 

 あの小さな黒いキューブが、吐移の秘密なのか。どんな秘密だ。

 

「さあ言えよ。俺が三つ数える間に」

「いっ、嫌だ……!」

「さーん」

「!」

 

 腕の中の吐移が跳ねた。

 

「にーい」

「や、やめ……」

 

 キューブが爆豪の握り拳の中に隠された。

 

「いー「わかったからぁ!!!」

 

 爆豪のカウントを遮って、吐移が泣き叫んだ。

 

「分かったから……言うから……! だから、お願い……」

「……なら言えよ。てめェの隠してる“個性”を」

 

 隠している“個性”? その黒いキューブが、吐移の“個性”なのか?

 



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二十九話

「その黒いキューブが“個性”として現れたのは、小2の頃だった。

 最初からだとは思う。でもその黒いキューブが出るのはある程度大きな怪我からだったから、いじめがひどくなった小学2年生の頃に気付いた。

 そいつは俺の中にしまいこむことが出来て、俺が取り出したいと思えば、どこからでも取り出せる。

 キューブは壊すことで、いつか俺の受けた傷を出現させられる。

 ……説明忘れてた。俺の“個性”は、“息をするように自己回復、他者の傷を吸収出来る”んじゃなくて、“自己・他者の傷を自分の息を通じて黒いキューブに変換する”個性だ。そのキューブは俺の意思ひとつで破壊することが出来る。つまり、攻撃手段だ」

 

 驚愕の事実だった。俺と同じ人種だと、自分の体しか攻撃手段が無いものだと思っていたのに。

 だが、ならなぜ、入試や体育祭でそれを使わなかったんだ。それは十分強い“個性”だ。同じ事を思ったんだろう。上鳴が問うと、「バカだなぁ」と、吐移は心底バカにした声色で返した。

 

「えっ」

「あ、ああ、そうか。皆は知らないか。ごめん」

「い、いや。でも、何が?」

「俺、雄英から要注意人物として認識されてんの」

「な、なんで!?」

「俺の親がヴィランで、俺自身が度の過ぎた虐めを受けて、復讐心を持っていたのがバレてたからだろうね。一応奴らは少年院にぶち込んであるけど、いつか出てくる。その時が来たら、俺は運次第で見殺しにしようと思ってる。でも学校側は、もう少し深刻に考えてるんでしょ。それを入試の筆記の時、先生達の視線で感じ取った俺は、実技試験で黒いキューブを使うことを止めた。今まで誰にも見せたことはなかったから、雄英にもバレてないはずだった。ヒーロー科に落ちても、どうにか普通科に入学して、それから編入すれば良いと考えた。肉弾戦で強くなればヒーローになれるって、俺は自分を信じていたから!」

 

 雄英から警戒されていたとしても、自分の目標達成の為に、自ら飛び込んでいったのか。自分を信じるこいつは、周りからの信頼を勝ち取って、学校からも協力を得るところまで来ていた。

 

「だから!」

 

 落ち着いていた吐移が、また震えだした。

 

「バレたくなかった……! 体育祭で使ったことも後悔してる。あのタイミングしか、視界が悪いあのタイミングしか、カメラを誤魔化せないと思ったのに……。思っていたより、あのロボ、足元が弱くてびっくりしたよ。常闇くんにも怪しまれたし。……他人の傷も回復出来ると分かって、よりヒーローになる上で強みになる“個性”と分かったから、この黒いキューブは封印しようと思ってたのに……!」

「吐移くん……」

 

 記見の手にはハンカチが。もしかして吐移、泣いてるのか?

 

「なんか分かんないけどキューブが俺から出て来ちゃうし、それで大好きな人が傷ついちゃうし! 俺のこんなのよりずっと酷い“個性”事故だよ! ごめんなさいっ! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」

「吐移くん!」

 

 記見が吐移の顔を両手で包み、その後、目の辺りをハンカチで拭く。ああ、泣いているのか。

 爆豪に目をやる。奴は顎で“外せ”と指示を出した。それに従い、俺は羽交い締めを止めて、吐移の体を支えた。上鳴も切島も、吐移から離れた。

 

「……てめぇの“個性”事故で負った傷は、てめぇの“個性”で治った。だから、それについては気にすんな」

「バクゴー君……」

「このキューブはつまり、てめぇの過去の傷ってことか」

「……うん」

「そうか」

 

 爆豪はこの間、脈略もなく頭に大怪我を負って、それを吐移が治していた。それのことを言っているのなら、吐移は過去にその傷を負ったことがあるって事かよ。

 黒いキューブを持って、爆豪が吐移の近くに来る。

 

「こいつを使わない、隠した理由は何だ」

「あらぬ疑いをかけられて、小・中学校の間にヴィラン扱いされたくなかったから。それに、ずっと隠し通してきて、今更言ったら更に警戒される。ただでさえ悪い意味で注目されてんのに、普通科も落ちる可能性があった。それに、もう使うつもりもなかった。だから、隠してた」

「なるほどな」

 

 答えを聞いた爆豪は吐移にキューブを渡した。左手に乗ったキューブに、吐移は違和感を覚えたようだった。

 

「ま、そいつはただのサイコロを細工したもんだがな」

「だ、騙したのかよ! こっちは本音しか言えねぇってのに!」

「なんか関係あんのか?」

 

 人が悪いな、こいつは。

 爆豪は「それに」と、言葉を続けた。

 

「果たして雄英が本当に、お前のその“個性”を把握してなかったとは、言えねえけどな」

「え?」

 

 気になることを言った爆豪。疑問の声を上げる吐移に、爆豪は左に寄って後ろを示した。吐移にとっての正面。教室のドアのところに立っているのは、プレゼント・マイク先生だった。あんな存在感たっぷりのヒーローを見落としてたのか。

 

「せ、先生……」

「HEY! 俺だぜ! さぁて吐移! どうやらお前は“個性”の攻撃性を隠してたつもりみたいだが、雄英は把握してたぜ!」

「……え?」

 

 吐移がふらついた。

 

「い、いつ、知って……!?」

「お前さんは法律を守る良い国民だな。役所への“個性”届は正直に届けていただろ? 再届けの時も。だから雄英は把握してたし、それを使う様子がないことが、何か企んでいるんじゃないかと、お前を要注意人物に引き上げていたんだよ」

「そ、そんなぁ……」

「と、吐移!」

 

 吐移がついに倒れこんだ。俺と切島で支えるが、それでも吐移はぺたんっと座り込む。

 

「怖くって、そこは正直に言ってたら……意味無かったのかよぉ!」

「杞憂だったな!」

 

 HAHAHAと笑うプレゼント・マイク。う~う~泣く吐移。困惑するクラスメイトたち。カオスだ。

 

「お前の孤独な戦いはほとんど意味はなかったわけだが、その縛りプレイのおかげで得たものだって、あるだろ?」

「……ここにいる、皆、ですかね……」

 

 吐移ははにかむ。まだあの“個性”の影響は残っているだろうか。

 

「それに、隠そうとしたから、俺は人にこの“個性”をぶつけずに済んでいた。……人権を得た」

「それは生まれた時からだな! まぁ、何はともあれ秘密はなくなった! これからは大手を振って歩いてけ!」

 

 マイク先生に肩を叩かれたと吐移は、そこで初めて、にっこり笑った。

 

「はい!」

 

 立ち上がれるようになった吐移に、今まで静観していたクラスメイトたちが集まり、「良かったな!」とか、「お前すごいやつだったんだな!」とか、「これからもっと活躍出来るじゃん!」と声をかけていた。それに答える吐移も、憑き物が落ちたように、穏やかに笑っていた。

 忘れちゃいけないのは、吐移の唇には、まだ糸が貫通してるって事なんだよな。

 



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三十話

 俺の“本音暴露事件”から色々あった。

 

 シンソー君と一緒にイレイザーヘッド……相澤先生から、あの布の捕縛武器を使った戦い方を教えてもらうことになったり、俺個人としては医療系の勉強を始めることになったり、相澤先生が林間合宿から帰る前に、リカバリーガールと各地の病院を回ることになったり。夏休みは予定でいっぱいだ。バイトもしたいから、ほんと大変になるだろうなあ。

 

「贅沢な悩み、か」

「ん?」

「……いや、恵まれてるなぁって」

「そうなるよう、お前が努力した結果だろ」

「まあ、ね」

 

 運もそうだし、良い環境に行けるよう、勉強を頑張った、俺の勝利だ。

 通知表を貰って、帰る支度をする。

 

「じゃあね、シンソー君! 皆! 夏休み明け!」

「じゃあな、吐移」

「バイバーイ!」

「またなー!」

 

 C組の皆に挨拶を済ませて、A組の教室に向かう。当然、挨拶しに!

 

「バクゴー君、切島くん、上鳴くん、瀬呂くんも、A組の人たち、皆、合宿頑張ってね!」

「おう!」

「わざわざそれを言いに?」

「あったり前じゃん! 頑張ってくる人には、激励を送らなきゃ!」

「そっか! なら、お前も頑張れよ! リカバリーガールと回ってくるんだろ?」

「相変わらずよく知ってるね上鳴君。うん、行ってきます! バクゴー君も激励ちょうだい!」

「……」

 

 バクゴー君は教室の中まで入ってきてそう要求する俺に呆れているのか、ジト目で俺を見ている。それでも俺は求める。友達からの応援は全て嬉しいけど、バクゴー君から貰えると、俺、すっごく頑張れると思うんだよね。

 

 俺の人生観を変えてくれた人がさ、こんな近くにいて、友達になってくれて、喧嘩したり、バクゴー君が怖いと思ったこともあったけど、それでも大好きって思える友達が出来たことって、すごく、幸せだと思うんだよね。

 だから、「死ぬ気で治してきやがれ」って言われて、頭ポンポンされたのが、めちゃめちゃ嬉しかった!

 

「だらしねェ顔」

「へへ……。これでバクゴー君が俺より身長高かったら、見栄え良かったのにね!」

「うるせぇ!!」

 

 ポンポンされていた頭を平手で叩かれた。やっぱりバクゴー君を弄るのは楽しいな!

 

「じゃあ、またね!」

 

 A組の人たちにも、C組の皆にも手を振って、別れを告げる。皆、この夏休みで進化してくれるに違いない。俺も、負けてらんない!!

 

「頑張るぞ!」

 

 

 

 夏休み初日、夜。バイトを終えた俺は、 送ってくれたマイク先生に礼を告げて、家に帰ってきた。

 明日から、リカバリーガール先生と遠征だ。

 

「あ、机の上、片付けなきゃ」

 

 リビングを通り過ぎ、いつも荷物を置いている寝室のドアを開ける。

 

 置けなかった。

 

「お邪魔していますよ、吐移正」

「……誰だ」

 

 俺のプライベートルームに無断で、それも土足で侵入していたのは、バーの人の格好をした、黒いモヤ。常闇くんの黒影みたいなやつか? そう考えて寝室の電灯をつけた。……意味は無いらしい。

 

「私は黒霧。吐移 正。あなたを、私たちの“先生”がお呼びです」

「……あっそう」

 

 この野郎、いつかバクゴー君たちが相手したっていうヴィランに、特徴が似ている。ってことは、こいつはワープの奴か!

 

「あんたの先生は、別に俺の先生じゃない。他人に呼び出されても困るな」

 

 ここは雄英が準備したマンション。不審者が侵入すりゃ、何かしら通知がいっている筈だ。いっていなかったら? 俺が直接信号を送らなきゃならねぇ! そいつは俺の手のひらに埋め込まれてある!!

 

「あなたは選ばれた。私と共に来ていただきますよ」

「断る。不法侵入者についてくバカがあるかよ!」

 

 俺は逃げ出す。バクゴー君から聞いた話では、こいつらは電波の妨害をして通信をジャックしていた。この家の通知が行かない恐れがあるが、逆に常に監視されている俺とこの家に連絡が取れないのであれば、まだ駐車場にいるであろうマイク先生が異変に気づいてくれるはず! 俺に出来ることは、散らかった机の上を叩き落として、床も散らかすこと。緊急事態感を出すんだ。

 

「逃げても無駄ですよ」

 

 逃げた先に黒い渦。廊下に展開されたそいつのせいで、後にも先にも行けなくなった。絶望だ。

 

 ゆっくりと奴が、俺の元へやってくる。どうか気づいて、先生。助けて! 俺はヴィランになりたくない!!

 手のひらに埋め込まれた緊急通信機は、結局電波ジャックで届かないだろう。嫌だ、嫌だ!

 

「大人しくすれば悪いようにはしません。あなたの“個性”は、脳無にやるにはもったいない」

 

 知らない。テメェらヴィランの都合なんて、知らねぇ。

 

「君には是非、我々の仲間になっていただきたい」

「なるかよ、クソが!」

 

 笑え、笑え。ピンチの時こそ、笑え、俺。笑って、自分を奮い立たせろ。

 このマンション紹介された時から覚悟をしていたことだろう、この“個性”のせいで、俺がヴィランに拐われることは。だからセキュリティ万全のマンションで、何があってもすぐ分かるように、助かる確率を上げたんだろうが!

 

「俺は、ヴィランになんかならねえよ!!」

 

 黒いモヤが俺を覆った。

 

 Plus Ultra!

 このピンチ、越えて行こうぜ、俺!

 

 

 

 ワープ先は、思っていたより気色悪かった。

 

「人が、ホルマリン漬け……!?」

 

 いや、あれは人形(ひとがた)なだけで、バケモンだ!!

 

「ようこそ、吐移 正」

「!!」

 

 化け物に気を取られて気づかなかった。俺の横にいたのは、スーツを着た、顔のない男。首の辺りがガチガチに管で固められている。何より、こいつからは、思わず拳を構えてしまうほどの威圧感が。

 戦わなくちゃ、死ぬ。

 

「そんなに構えなくてもいいじゃないか。これから君は弔の仲間になる。その前に見せたいものがあるから、ここに呼んだんだ」

 

 見せたいもの?

 思っていたよりフランクな物言いをする男は、さっきまで俺が気を取られていたバケモンを指さした。

 



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三十一話

 ヘルメットで顔を隠した顔なし男が指差したのは、さっきまで俺が気を取られていたホルマリン漬けの化け物。

 

「そいつらは、かつて君を貶め、暴力を振るった人間だ」

「!!?」

 

 この脳みそ剥き出しのムキムキが、あいつら!?

 そんな訳がない。少し考えればすぐ分かる事だ。ちょっと惑わされたのが恥ずかしい。そんな、俺を辱しめたそいつを睨み付けた。

 

「嘘つくんじゃねェ。似ても似つかねえぞ」

「信じてもらえないと思っていたから、証拠を用意しているんだ。それを見てくれ」

 

 俺の後ろに立っていたワープ野郎が、俺にビデオカメラを渡してきた。ボタン押せばすぐ再生されるところまで操作された状態。俺は目の前の奴や周りを警戒しながら、促されるまま再生する。

 

「!!」

 

 ビデオカメラの小さな画面に映し出されたのは、確かに、いつか俺の腹に穴を開けてくれたヤツらのうち、二人。このグループは四人いたはず。画面外か?

 

「僕の“個性”は、他者から“個性”を『奪い』、そしてソレを他者に『与える』ことの出来る“個性”でね。四人のうち、弱そうな二人からは“個性”をもらって、後は二人に分けたのさ。まあ、二人とも負荷に耐えられなかったけどね」

 

 その通りらしい。椅子に拘束されている二人は、顔無し男に頭を掴まれた後、痙攣して、泡を吹いて、白目を向いた。なんてヤバイ“個性”なんだ……!!

 

「弱くても使えはする“個性”達だったからね。脳無にはしたよ。ここはヒーローたちをおびき出す脳無格納庫であり、君への脳無展示場さ」

「……これを見せて、どうしたいんだ」

「分からないかい? 君の復讐は僕たちが代わりに果たした。でも、まだ足りないだろう? 君は、自分の思いを否定するヒーロー側より、受け入れ、実行する僕達側にいる方が、のびのび出来るはずだ」

「……」

「遅れたね。僕は、オール・フォー・ワン」

 

 皆は一人のために……?

 

「僕たちは君の復讐心を受け入れる。続けようじゃないか。ヴィラン側(こちら)へおいで、吐移 正」

 

 オールマイトを追い詰めた脳無の生みの親。そんなヴィラン史上最もヤバそうな男が、俺の目の前にいる。俺の事も調べがついている。だから、俺を虐めていたこいつらを脳無、または“無個性”にし、さらに、まだいる対象者に復讐しようと持ちかけてきている。

 そんな男だ、組織だ。きっと、俺の答えを予想してるに違いない。

 

「行くわけないだろ、ボケカス」

「へぇ……」

 

 何を驚いていやがる。

 

「俺の復讐心を受け入れるぅ? 見えてんだよ、テメェらが欲しいのは、俺の“個性”だろ。サンドバッグに丁度いいもんなぁ。盾にするにもいいもんなぁ、この“個性”。──誰がヴィランにやるか、ボケ」

 

 俺の心は俺のモノ。復讐なんて、今じゃ俺の人生の目的の、“ついで”でしかないんだよ。

 

「どうして雄英が俺を野放しにしてたか、分からねェか? 俺に復讐が無理だと分かってたからだ。元々方法も運任せで、犯罪者になることをすごく恐れていた俺の個性が“他人の傷まで吸収出来る”モンだと判明しちまった。そんな“個性”じゃ、見殺しにすることが不自然過ぎて不可能になった。だから雄英は俺を自由にしてたんだよ。そこまで考えて、俺の代わりにしてくれたって言いてぇなら、お門違いだ。俺は、幸せになりたいんだからな」

「へぇ、幸せに」

 

 何を笑っていやがる。自分の幸せを追求して、何が悪い。お前だってそうだろう。自分勝手過ぎる幸せを!

 

「吐移 正。君の復讐に燃えていた心を鎮めたのは、爆豪勝己くん、だね?」

「それが、どうした」

「その彼も弔の仲間になる、と言ったら、考えを改めてくれるのかな?」

「…………は?」

 

 バクゴー君が、ヴィラン、に?

 ありえない。ありえない。だか、もし、あり得るなら?

 

「……」

 

 覚悟を決めろ、俺。

 

「言っただろ。俺はヴィランにならねえってよォ」

 

 ヴィランの定義をざっくりと言えば、“個性”を使った犯罪行為を行った者。“個性”で人を傷つけちゃいけないっつーのが分かりやすい言い方か。

 

「バクゴー君がヴィランになるわけない。だって、彼の目標は“オールマイト”。絶対的な勝利。トップヒーローを目指すバクゴー君が、お前らみたいに暗躍したがるヴィランになるわけない!」

「果たして、そうかな」

 

 “個性”で傷つけちゃいけないのは『他人』だ。正当防衛で使うことは認められているけれど、俺の後ろには相変わらずワープ野郎がいる。逃げたところで、捕まれば“個性”が奪われるだけ。奪われれば、俺の価値は人質っつー足枷。もう二度と、逃げることは出来なくなる。

 

「俺を人質にしたかったのなら、残念。叶わないよ」

 

 『他人』が駄目でも、『自分』は別にいい。昔、殴られるのを減らす為に出血量増やそうと隠れて使ったことがある。だから、とっくの昔に検証済みだ。

 

「助けは来ないよ」

「分からないぜ?」

 

 黒いキューブは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺はなぁ、自分の幸せの為に、回りくどい復讐方法を考えてたんだ。犯罪者にならない為に」

 

 時間稼ぎに見せかけろ。

 

 こわい

 

「バクゴー君のおかげで、雄英の皆のおかげで、俺は未来に目を向けることが出来るようになったんだ」

 

 だから、俺を変えてくれた皆の未来を、暗いものにしない為に。

 

 こわい

 

「それは、いい話だね」

「そうだろ? だから、俺はヴィランにならねぇ!!」

 

 お母さん。ごめんなさい。約束守れなくて、ごめんなさい。ごめんなさい、皆。

 

さよなら

 

 

 



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三十二話

 合宿二日目、夜。俺は寝ていたはずだ。

 

「おおー、出来ちゃったわ、バクゴー君の夢に干渉」

「……何、しやがる」

「いや~、どうしても伝えたいことがあってさ! 夢枕に立っちゃいました!」

「お化けかオメーは」

 

 ヘアバンが夢に出てきた。夢と認識出来る夢って、確か名前があったよな……。

 

「いいじゃん。夢なんて、現実世界じゃほんの少しの時間じゃん。ゆっくり話そ?」

 

 辺りを見渡せば、ここは、俺たちが最初二人だけで発声練習をしていた公園だ。

 誰も居ない。車も通らない。俺たち二人だけしか居ない世界。夢なら、まあ、何でもありか。

 

 スポーツドリンクを飲んでいた、あのベンチに腰掛ける。

 

「へへっ」

「……何笑ってんだ」

「また会えたのが、嬉しくって」

「夏休みが明けりゃ、また会えんだろ。わざわざ夢にまで出てくんじゃねえ」

「あっはは! そりゃ、そう、なんだけど、さ!」

 

 これは俺の夢のはずだ。俺の思い通りになるはずだ。なのになんで、こいつ、泣きそうなんだ。俺は、お前の汚ェ泣き顔を見たいとは思ってねえんだよ。

 沈黙が流れる。スポドリを飲んでいたあの時と、同じ風が吹いていた。

 

「バクゴー君」

「んだよ」

「あの、さ。俺、成長したかな?」

 

 成長。成長か。今になって、“個性”を伸ばす訓練をしている俺に対して、こいつはその前から“個性”の新しい一面を見つけたり、常時回復で“個性”を鍛え続けてきただろう。成長していないとは言えない。……いや、違う。こいつが聞きたいのは、そんなことじゃねェ。

 

 左隣にいるヘアバンを見る。奴は景色を見ていたが、俺の視線に気付いて、俺の方に向く。フッと笑ったこいつは、心底幸せそうで。見ている俺があったかくなる笑顔で。ああ、点数なんて、付けられねぇ。

 

「期末テスト、クラス二位になったり、“個性”も進化したり、声だって大きくなったと思うし、無理せず人と目を合わせられてると思うんだけど……」

 

 笑顔の話じゃないのか。考えすぎかよ。

 ……そういえば、無意識でも、笑顔でいたいって、前に言っていた。

 

「?」

 

 こいつの頬に、人差し指の背で触れる。今まで知らなかった。思ってたより、デコボコしてねーんだな。

 

「どうしたの? くすぐったいよ」

 

 くすくす笑うこいつの笑顔に、無理するの無の字もない。最初と比べりゃ、急成長って言ったって構わないだろう。

 あえて。付けてやる。

 

「100点だ」

「え?」

「“笑顔満点計画”。てめェが言い出したことだろ。満点だっつってんだ」

「……」

 

 笑顔が消えた。いや、目を丸くしたっつーのが、正しい表現か。言葉も出ないほど驚いたのか。目指してたことのくせに。

 

「……うれしい」

 

 思っていたよりさらりとした頬に、雫が伝う。こいつの鋭く大きい目から落ちるそれは、光を受けて、輝いていた。

 

「泣くほどかよ」

「だって、君が、言ってくれるって、思わなかった……」

 

 鼻をすすりながら泣き笑うヘアバン。こいつの中の俺、どんだけ酷ぇやつなんだ。デクほど酷い扱いはしていないはず。……あいつのこと思い出すんじゃなかった。イラッとした。

 

「俺、さ。君に助けられて、変わったんだ。死にかけの中、全く知らない君に助けられて、こんなに優しい人がいるなんてって。俺の世界は救われたんだよ。この世界も捨てたもんじゃないって。法律しか心の拠り所のない俺に、“ヒーロー”っていう新しい心の拠り所が出来た。それだけで復讐心が薄れた。

 君と友達になれて、雄英の皆と出会えて。顔色を伺わなくていい友達が出来て、俺、人生が楽しくなった! 心の底から、“生まれてきてよかった”って思えた! 母さんに“産んでくれてありがとう”って言えた! バクゴー君! 俺と出会ってくれて、ありがとう! 俺は、君に救われた! 君は、俺の、ヒーローだ!!」

 

 左手を握られながら告げられる、感謝の言葉。そこまで感謝されるようなことはしていない。そう思っていたのが顔に出てたのか、ヘアバンは続けて、「無意識に心救っちゃうなんて、君はオールマイトかっ!」と、喜色満面の笑顔で言われて、俺は、もう、「そうかよ」としか言葉が出なかった。

 

「あれ? あれれ~? バクゴー君も照れる事ってあるんだね~!」

「うるせぇ」

「へへ……でも、俺も、“個性”事故関係なしに、本心だよ」

 

 逸らしていた目を、また奴に向ける。未だ俺の手を握り続ける奴は、俺に向かってずっと笑みを浮かべていたんだろうか。微笑ましいものを見るような、それから、信頼を求める力強い笑顔を。

 

「やっぱ、満点だ」

 

 今のこいつを見て、誰がこいつがほんの数ヶ月前まで下手くそな笑顔をしていたと信じられるのか。

 

「も~、自分が照れたからって、こっちまで照れさせないでよ」

 

 頬に赤みがさした。ひきつりまくっていた、あの、クソ固かった表情筋に。

 

 

 

 不意に、ヘアバンが俺の手を離した。笑顔も消えた。代わりに現れたのは、真剣な表情。

 

「なんだよ」

「バクゴー君、俺、最初に言ったじゃん? どうしても伝えたいことがあるって」

 

 そういえば言ってた気がする。夢にまで出てきて、何を伝えたい。

 

「バクゴー君」

 

 思わず、唾を飲み込んだ。

 

「俺、ヴィランに捕まった。次の奴らの狙いは君だ。バクゴー君」

 

 こいつは、今、なんて?

 

「皆から絶対に離れないで。補習組と一緒に居て! 俺からの、お願いだ」

 

 ヴィランに、捕まった……?

 

 

 

 目覚まし時計が鳴る。もっと、夢を見ていたかった気がする。

 

「ハヨー、ばくごー……あれ? どした?」

「なにがだよ……」

 

 あくびが出る。早く支度しねぇと。

 

「いや、あくびか。なんか、泣いてた気がしたから、よ」

「はあ?」

 

 確かに涙は出ている。でも、これは欠伸による生理現象でしかない。

 

「……」

 

 そのはずだ。

 

 夢にあいつが出てきた気がする。気になることを言ってた気がする。離れるな、とも。

 

「……」

 

 あいつは今、何してる? なんか、すげぇ、気になる。

 



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三十三話

 合宿三日目の朝。朝食を済ませた後、相澤センセーにあいつのことを聞いてみた。聞いたっつーか、監視されてるあいつに異変が無いかを尋ねた。まあ、連絡を絶っているからっつー理由で分からなかったが。

 

「なんで気になった」

 

 先生に聞き返された俺は、「夢に出てきた気がしたから」と返した。そしたら見たことない、温かい目を向けられた。いやっ、違っ、緊急性があるって思ったからで。そう言っても、センセーには「はいはい」と流されちまった。他の誰にも見られていなかったのが、せめてもの救いか……。

 

「寝ぼけてんなよ。すぐ訓練始めるからな」

「……ゥス」

 

 それからすぐに、昨日と同じ、“個性”を鍛える訓練を始めた。ドラム缶風呂の中に手突っ込んで、温めて、汗腺広げて、爆破を繰り返す。爆発の規模を大きくする為だ。他のことは考えない。向こうでは補習組とギリギリ組が相澤センセーに何かを言われている。それに巻き込まれて、俺らもダラダラやるなって注意された。ダラダラしてねーっつーの!

 

「何をするにも原点(オリジン)を常に意識しとけ、向上ってのはそういうもんだ。何のために汗かいて、何のためにこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」

 

 原点(オリジン)……。

 

「ねこねこねこ……それより皆! 今日の晩はねぇ……。クラス対抗肝試しを決行するよ! しっかり訓練した後は、しっかり楽しいことがある! ザ! アメとムチ!」

 

 ピクシーボブの言葉で、やる気の上がる単純な奴ら。肝試し……。何か忘れているのを思い出せそうな気がする。……ダメだ。今は、全力で訓練だ。

 

 夕飯作り。包丁でじゃがいも切ってたら丸顔に「意外に上手い」と言われた。上手い下手とかねえだろ。やってりゃ出来ることだ。今日のメニューは肉じゃがだ。

 

 

「腹も膨れた、皿も洗った! お次は……」

「肝を試す時間だー!」

 

 肝を試す時間になって、なぜだか急に、体が重くなった。寒気すら感じる気がする。

 

「その前に大変心苦しいが、補修連中は……これから俺と補習授業だ」

「ウソだろ!!??」

 

 補習組が相澤センセーの布に捕まった。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたので、()()()を削る」

「うわああ堪忍してくれえ!! 試させてくれえ!!」

 

 泣き叫ぶ、あまりに必死な訴えに、心を痛めるやつらも居た。俺としてはどうでもいい。

 五人を引きずっていくその背に、恥を承知で聞いた。

 

「相澤センセー、俺も、そっちに行っていいっスか」

「えっ!?」

「ばくごー!?」

「なんで!?」

「まさか、俺たちを憐れんで……!?」

「構わねぇ、お前は行けぇ!」

「……どうした。体調不良か」

「そんな感じっす」

 

 騒ぐやつらの言葉を無視して、先生の疑問に答える。本当は違うが、詳しく言わなくてもいいだろう。これは、虫の知らせってやつかもしれない。

 

「そこまで悪いわけでもねーから、後ろで聞いてる」

「分かった。ほら、自主的に補習に取り組むって奴もいるんだ。お前らも文句言うな」

「爆豪は休むだけじゃないっすかぁ!」

「どうしたんだよ爆豪!! お前の肝は小せぇのかぁ!?」

「うるせェ。本調子じゃねぇつってんだ」

 

 肝試しをしないと決めてから、心なしか寒気が治った気がする。……だが、相変わらず、何かを忘れているようでモヤモヤして気色悪ィ。

 

「あぅぅ……私たちも肝試ししたかったぁ」

「アメとムチっつったじゃん。アメは!?」

「サルミアッキでもいい……。飴をください、先生」

「サルミアッキ旨いだろ」

 

 連れられる補習組。先生は一切の躊躇なく、やつらを引っ張る。サルミアッキはゴムだ。

 

「今回の補習では、非常時での立ち回り方を叩き込む。周りから遅れをとったっつー自覚を持たねぇと、どんどん差が開いてくぞ。広義の意味じゃ、これもアメだ。ハッカ味の」

「ハッカ味はうまいですよ……」

 

 鼻づまりの時に食べると、スースーしすぎて、ギャップで返って辛いよな。

 施設に着いた俺たちは講習室に入る。先客が居たようで、中から声が聞こえた。

 

「あれぇ、おかしいなァ!! 優秀なはずのA組から赤点がごっ……六人も!?」

 

 いたのは、体育祭の騎馬戦で舐めた態度を取った挙句、俺たちに負けた、ものまね野郎だ。

 

「B組は一人だけだったのに!? おっかしいなァ!!!」

「どういうメンタルしてんだおまえ!!」

「俺は補習じゃねぇ」

 

 ものまね野郎、目が死んでんな。

 

「先トイレ」

「早く戻ってこいよ」

「うす」

 

 あいつとは大違いだ。──あいつ? あいつって、ああ、ヘアバンか。少しずつ思い出してきた。100点満点の笑顔のあいつがいて、救われたって、俺が、あいつのヒーローだって言われて、それから──

 

『皆!!』

 

 脳内に声が響く。マンダレイの「テレパス」だ。

 

『ヴィラン二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ!』

 

 ──ヴィラン? ああ、そうだ。あいつ、捕まったって。次は俺だって。

 

『動ける者は直ちに施設へ!! 会敵しても、決して交戦せず、撤退を!!』

 

 思い出した。あいつが捕まった。

 

 室内に入る前にトイレに行こうとして丁度良かった。後ろで相澤センセーが施設の外へ走っていくのが見えた。

 

 ヘアバン。俺は、お前の、ヒーローなんだよな?

 

 ヒーローなら、なぁ?

 

 寒気がする。さっきよりも強い。そこにいるのか、ヘアバン。生き霊を飛ばすなんざ、よっぽど元気なんだなァ!

 



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三十四話

 人質か、“個性”を狙ったか。随分スピリチュアルな話になるが、ヘアバンは生霊飛ばしてまで俺に警告してきた。

 

 一人になるなと、俺はヴィランに狙われているからと、どうやって知った? そう、拐われて、そこで知ったんだ。まだ生きている、助けられるはずだ。

 なら、行くしかねえよなあ。

 

 

 

 施設からこっそり抜け出した俺は、燃える森ん中を走っていた。多くの生徒はあっちにいる。俺が施設にいたのはイレギュラーな行為だから、奴らは森を探しているはずだ。寒気が強くなる。……いや、これは。

 

「爆豪! お前何してる!!」

 

 戻れ! と大声で俺に命令すんのは、半分野郎。その隣には尻尾がいやがる。

 

「お前、体調不良で施設に戻ってたんじゃないの!?」

「うるせぇ。用が出来たんだよ」

「後にしろ。とりあえず、お前も一緒に戻るぞ」

「だから俺に指図すんじゃねえ」

「な、なぁ。なんか、煙たくないか? ただの煙とは違うような……」

「! 吸うな! 毒性があるかもしれねえ」

 

 やめろ、ヘアバン。お前がいくら止めようたって無駄だ。助けに行く。……寒気を与えんの止めろ。目の前のこいつらまで、俺の計画に巻き込んじまうから。

 

「! あそこ倒れてるのって、B組の!」

「吸っちまったか」

 

 尻尾がB組の奴を背負う。ガスに火事。それ以外にも、どこかで戦闘が起こっているはず。……この状況で、わざわざ拐われるのは、色々と信用なり失う可能性がある。

 中止だ。戻ろう。後で生き霊に聞きゃあ良い。ヘアバン。お前は、どこにいる。

 

「!?」

 

 人……!?

 黒い人影……。膝を付いて、拘束具が巻かれている、人影……。

 

「おい、お前らの前、誰だった……!?」

 

 人影はボソボソ何かを呟いている。「見とれていた」? 何に?

 

「常闇と……障子……!!」

「きれいな肉面、ああ、もう誘惑するなよ……」

 

 振り向いた奴の顔は、金具で無理やり開けられた口以外、見えていない。

 

「仕事しなきゃ」

 

 こんな奴から逃げるのに、

 

「交戦すんな、だぁ……!?」

 

 やらなきゃ、死ぬ。

 

『A組B組総員──戦闘を許可する!』

 

 ナイスタイミング!! 心置きなく殺れるな! ……逃げる為だ。分かってる。ヘアバン、寒気を送んな。

 ヴィランは下の歯を伸ばして自分を浮かせ、支えていた。歯を伸ばせることがコイツの“個性”か! いくつもある歯。その中のいくつかで俺たちを殺そうと迫ってくる。素早いそれを、半分野郎が氷壁で防ぐ。森ん中っつー条件じゃ、爆破が出来ねえ!

 

『ヴィランの狙いの一つ判明──!! 生徒の「かっちゃん」!! 「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて!! 単独では動かないこと!! わかった!? 「かっちゃん」!!』

 

 マンダレイの「テレパス」が頭の中で響く。ヴィランの攻撃はまた半分野郎の氷壁で塞がれる。

 

「耐えなきゃ……仕事を……しなきゃあああ、あああーーーーーーーー」

 

 ヴィランはまたブツブツ呟いている。

 

「不用意に突っ込むんじゃねえ」

「何で出てきちゃったかなぁ。お前、狙われてるってよ!」

「かっちゃかっちゃうるっせぇんだよ頭ん中でぇ……クソデクが何かしたな、オイ。狙われてんのは、知ってんだよ」

 

 確定した。あの夢で言っていたことは。真実だ。俺が狙われている。ヘアバンが捕まっている。助けに行かなきゃいけねェ。だから、戦えっつったり、戦うなっつったりよ~~ああ゛!?

 

「クッソどうでもいィんだよ!!」

 

 刃のような歯に爆破を喰らわせようとする。変化に気づいて退けば、そのタイミングでその刃から刃が生えた。半分野郎が奴に氷結で攻撃するが、奴は木に歯を突き立てて、自分の体を押し出すようにして避けた。

 

「地形と“個性”の使い方がうめぇ」

「見るからザコのヒョロガリのくせに、んのヤロウ……!」

 

 相当、場数踏んでやがる。

 

「肉、見せて」

 

 キメェ。

 

「ここで爆破使って燃え移りでもすりゃ、火に囲まれて全員死ぬぞ。分かってんな」

「喋んな。わーっとるわ」

「ガス溜まりで退けない。先に行くには、こいつを倒すしか……」

 

 歯を縦横無尽に伸ばす“個性”。伸ばす距離も、速さも、鋭さも、量も半端ない。半分野郎の氷結で奴の攻撃を防ぐことしか出来ていない。ムカつくなぁ!!

 

「近づけねぇ!! クソ、最大火力でぶっ飛ばすしか……」

「だめだ!」

「木ィ燃えてもソッコー氷で覆え!!!」

「爆発はこっちの視界も塞がれる! 仕留め切れなかったらどうなる!? 手数も距離も、向こうに分があんだぞ!」

 

 歯の数だけ攻撃手段がある。畜生、半分野郎の方が正しい! クソが!

 

 どうすりゃいい!!

 

 

 

「いた! 光が見える、交戦中だ!」

 

 傍から、破壊音と共に声が聞こえる。そちらを見れば腕多めが何か背に抱えながら、木を大量に薙ぎ倒す何かに追いかけられていた!

 

「轟! 頼む──」

「肉」

 

 ヴィランの攻撃が腕多めに向かう。

 

「光を!!!」

 

 黒い影が、見たことねえほど巨大なバケモンの影が、半分野郎の氷結をぶっ壊しながら、ヴィランを地面に巨大な手で押し潰した。

 

「なっ……どうして、かっちゃんが!?」

 

 なんでテメェはボロボロなんだよ、デク。

 

「障子、緑谷……と」

「あれ、常闇か!?」

「早く“光”を!!! 常闇が暴走した!!!」

 

 見りゃ分かる。あんな巨大で凶暴なもんは見たことねぇが。だから。

 

「見境なしか。っし、炎を……」

「待てアホ」

 

 ヴィランが歯を伸ばして起き上がる。

 

「その子達の断面を見るのは僕だぁあ!!! 横取りするなぁあああああ!!!」

 

 黒影を仕留めようと歯を伸ばしたヴィランは、巨大な手に掴まれ、返り討ちに遭っていた。

 

強請(ねだ)ルナ、三下!!」

 

 この凶暴な“個性”、どこまで強いのか。

「見てぇ」

 

 ヴィランを掴んだその手は、叩きつけるように木々を薙ぎ倒しながら振り回される。最後はヴィランを木に叩きつけた。あのダメージ。暫くは動けるわけねーわな。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛暴レタリンゾォア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 ここまでか。俺が爆破で、半分野郎が炎で、黒い影を弱らせる。急に小さくなった影を内に収めたカラス頭。疲れてんのか、膝を付いた。光で弱る影。あの巨大な影と戦うことが、俺には出来ねえのか。

 

「テメェと俺の相性が残念だぜ……」

「……? すまん助かった」

 

 にしてもだ。

 

「俺らが防戦一方だった相手を、一瞬で……」

「暴走だとはいえ、すごいパワーだったな」

「常闇大丈夫か、よく言う通りにしてくれた」

「障子……悪かった……緑谷も……。俺の心が未熟だった」

 

 肝試しでコンビを組んでいた腕多めの複製の腕が、あのヴィランにトバされた結果、ああなったらしい。複製は複製。本体がやられたわけじゃねーから、腕多めへの影響は大きくはないらしい。

 話は勝手に進み、いつのまにか、俺を護衛して施設に戻ることになった。

 

「何だこいつら!!!!」

「おまえ中央を歩け」

「出てきた爆豪が悪い」

「俺を守るんじゃねぇクソ共!!!」

「行くぞ!!」

 

 シカトすんなテメェら!!!!

 

 

 



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三十五話

 何が起こった。

 

 不服ながら守られながら移動して、俺達は丸顔達と合流したはずだ。丁度女のヴィランと交戦していた二人と。俺自身は全方位囲まれ、デク曰く、オールマイトだって怖くないメンバーらしかった。それが、急に強い寒気を感じたと思ったら、ちいせぇ空間に閉じ込められた。

 

「彼なら」

 

 ここはどこだ。

 

「俺のマジックで、貰っちゃったよ」

 

 これはヴィランの“個性”か?

 

「こいつぁヒーロー側(そちら)にいるべき人材じゃあねえ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」

「っ返せ!!」

 

 おいデク。俺を守るんじゃなかったのか。

 

「返せ? 妙な話だぜ。爆豪くんは誰のものでもねぇ。彼は彼自身のものだぞ!! エゴイストめ!!」

「返せよ!!」

 

 デクに助けられるのは死んでも嫌だが、モノに封じ込めたテメェがエゴイストを語ってんじゃねーよ!!

 

「どけ!」

 

 半分野郎が氷結を飛ばしてくる。

 

「我々はただ、凝り固まってしまった価値観に対し、『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

 

 木を伝って向かってきた氷結を、ジャンプで避けた。……カラス頭が下に居ない。こいつ、俺だけじゃなく、カラス頭まで……!?

 

「わざわざ話しかけてくるたぁ……舐めてんな」

「元々エンターテイナーでね。悪い癖さ。常闇くんはアドリブで貰っちゃったよ」

 

 コロコロすんな気色悪ィ。テメェもモノ扱いじゃねえか。

 

「ムーンフィッシュ……『歯刃(はじん)』の男な。あれも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性。()()()()と判断した!」

 

 奴の手に握りこまれて、もう外の様子は見えない。いくら爆破してやってもまるで傷がつかねぇ。どうなってんだ!!

 

「この野郎!! 貰うなよ!」

「悪いね。俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ! ヒーロー候補生何かと戦ってたまるか」

 

 こいつ、俺らをどこにしまいやがった。暗くてよく分からねぇ。爆破で照らしても、よく分からん。

 

開闢(かいびゃく)行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったがこれにて幕引き!! 予定通りこの通信後5分以内に“回収地点”へ向かえ!」

 

 ヴィランは木の上を走って、“回収地点”とやらに向かっているらしかった。

 ……逆に考えろ。こいつらについていった先にヘアバンが居るはずだ。バレないとされていた合宿先が割れ、襲撃を受けるまで近づいてきていたことに気づかなかった時点で、あいつが拐われたことにすら気付かせない方法だって、奴らは出来るだろう。そう仮定したとき、他にヒーロー側で誰が気付ける? 気づけたとして、場所が分かるか?

 今、ヒーロー側で一番あいつに近いのは、俺だ。カラス頭には悪いが、ヘアバン救出に巻き込まれてもらうぞ。

 

 そう考えていた時、俺を持っていたヴィランの体が地に落ちたらしい。デクの野郎達が捕まえたってことか。……余計なことを、とは、どうしても言えねぇ。

 暗闇に閉ざされた視界。何が起こっているのかよく分からない。

 

「いってて……飛んで迫ってくるとは! 発想がトんでる」

「爆豪は?」

「もちろん」

 

 声が、俺を捕まえた奴のは響くようにでかく、他の声は厚いフィルターがかかっているように聞こえづらい。

 

「ホホウ! あの短時間でよく! さすが6本腕!! まさぐり上手め!」

 

 6本腕……腕多めが、何かしたのか。

 

「ああ……アレはどうやら走り出すほど嬉しかったみたいなんで、プレゼントしよう。悪い癖だよ。マジックの基本でね。物を見せびらかす時ってのは……」

 

 突然、視界が明るくなる。

 

見せたくないもの(トリック)がある時だぜ?」

 

 は? こいつ、俺たちを口の中にしまってたのかよ! ばっちいなクソが!!

 

「氷結攻撃の際にダミーを()()し、右ポケットに入れておいた。右手に持ってたもんが右ポケットに入ってんのを発見したら、そりゃー嬉しくて走り出すさ」

 

 オイこら! また口ん中に入れんじゃねえ!!

 

「そんじゃーお後がよろしいようで……」

 

 よくねェよっ!!!

 

 強い光が、いやあれはレーザーか、ヴィランのマスクを壊した。その衝撃でヴィランの口の大きく開き、俺達が吐き出された。三人が俺達に向かって走り寄ってきたのが分かる。カラス頭を腕多めが、俺を半分野郎が、回収しようとして、別の手に捕まった。

 

「哀しいなぁ。轟焦凍」

 

 この声は、俺をこんな形にした奴とは違うヴィランか?

 

「確認だ。“解除”しろ」

「っだよ、今のレーザー……俺のショウが台無しだ!」

 

 奴が指パッチンすると、俺たちは元に戻った。

 

「問題なし」

 

 気持ち悪い笑い方するヴィランに首を掴まれているのは、俺だ。

 

「かっちゃん!!」

 

 必死な顔したデクが俺を呼ぶ。寒気が俺をワープから追い出そうとする。手を伸ばした方が良いのは、分かっている。

 

 デクに助けられるのが嫌だとか、そういう話じゃねえ。

 

 俺は最初から、ヴィランに連れて行かれる為にわざわざ施設から出てきたんだ。

 

「来んな、デク」

 

 悪いな。

 

 

 

 

 

 気絶させられた。その時に見た夢で、ヘアバンは泣いていた。

 

「言うんじゃ、なかった」

 

 聞き取れないほど、嗚咽混じりで言われた発言。確かに俺に馬鹿正直に逃げて欲しかったなら、狙われていることだけ伝えて、自分がとっ捕まってることを言わない方が良かった。だが、それで俺は止まっただろうか。

 

「テメェがどうしてその情報を持ってるのかを考えた時、俺は同じ行動を取っただろーよ。何も伝えなくても、肝試しに参加して、結局同じだ。テメェの忠告はそこまで意味はなかったんだよ」

「……そこまで?」

 

 そこに気が付くか。

 

「俺には拐われた理由がある。お前を、助ける為だ」

 

 ヘアバンはさらに顔を歪ませた。

 

「ごめんね、ごめんね。君の、覚悟を……」

「言うな」

 

 夢の中であろうと、言ってしまえば現実のものになってしまいそうだった。悪い予感はしてるんだ。

 この予感は外れていてほしい。だから、言うな。

 



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三十六話

 ヴィランの襲撃、爆豪の誘拐が起こってしまった翌日。俺は切島に一本の電話を入れた。

 

『どうした? 尾白』

「切島に、やってほしいことがあって……」

『……時間、かかるか?』

「分からない。あのさ、吐移と連絡出来るか、試して欲しいんだけど……」

『吐移と? 何でまた、尾白がそんなこと?』

「……いいから。すごい忙しいなら、他に吐移の連絡先持ってる奴知ってたら教えてほしい。こっちからお願いするから」

『うーん、A組なら、上鳴と瀬呂だな。吐移に連絡取れたら報告するな!』

「ありがとう」

 

 それから俺は上鳴と瀬呂にも同じことを頼んだ。

 俺個人は吐移とはそこまで、それこそ体育祭の時に心操と共に操ってきたくらいの関係しかない。あの後謝られたけど、その後話したことはあまりない。そんな俺から「吐移と連絡出来ないか」なんて言われたら、確かにおかしいと思うだろう。でも、これは必要なことだって俺の直感が働いたんだ。

 

 俺、昨日の朝、聞いてたんだ。爆豪が相澤先生に、「吐移と連絡取れるか」って聞いてたこと。その時は「そんなに吐移と仲が良いのか、声が聞きたいのか」と思って、すごく微笑ましく思ったんだ。「緊急性が……」とか言ってたのも照れ隠しかと思って、初めて爆豪の可愛いところ発見したって思いで。それは相澤先生もそうだと思う。微笑んでたし。

 

 でも、あの「緊急性」が照れ隠しじゃなく、本当のことなら。

 

 いや、俺だっておかしいと思ってる。だって、自分たちで連絡出来ない合宿中に、どうやって吐移の緊急性について知ったんだ。でも、その後の行動が爆豪らしくないと言うか、普通の人なら絶対しないことをしてたんだ。

 

 まずおかしかったのは、爆豪が肝試しを休んだこと。あの時誰も本気で止めなかったのは、あいつの顔が少し青ざめていたからだ。体調不良なら仕方ないって思ったあの時だけど、タフネスな爆豪が風邪? 夕飯作りの時まで全くそんな感じじゃなかったのに。だからって、オールマイトに立ち向かえる根性を持ってるやつの肝が小さいわけない。寒そうに身震いしていたから、誰も、肝が小さいなんて疑わなかっただろうけれど。

 

 もう一つ。肝試しを止めた爆豪が、どうして森にいたのか。電話した上鳴から聞いたけど、施設には一緒に戻ってきてた。トイレに入ったと思ったら居なくなってしまった。とのことだった。トイレのタイミングはヴィラン襲撃のテレパスが聞こえる、少し前だったらしい。

 どうして出てきたんだ。ヴィランを倒そうとでも考えてたのか。

 

 

 

「吐移は、あの“個性”のせい……おかげで、雄英から守られていた」

 

 本人は監視されていると言っていたらしいけど。本人がそう思うってことは、吐移は何かしらの方法で、雄英に位置情報やヴィランと繋がる何かが無いか、情報を流されてるって事なんじゃないか。本人がネガティブなだけなのかもしれないが、新しい家は雄英が用意した。何か、簡単には見つからない場所に盗聴器でも仕込まれてても不思議じゃない。そんな吐移と連絡が出来ない。爆豪がそれを気にしてた。──そうだ。

 

「あいつ、自分が狙われることを知ってた!」

 

 不自然なのは、施設から出てきたことだけじゃない。

 

『かっちゃかっちゃうるっせぇんだよ頭ん中でぇ……クソデクが何かしたな、オイ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺と轟グループと合流した後、そうだ、歯のヴィランと交戦中。ヴィランたちの狙いが爆豪だとテレパスを受けた時に言ってた。

 テレパスを受けての発言としては、おかしくないか? どこか、テレパスを受ける前から知ってたような口ぶりだと思うんだけど……。

 

 

 

 夜。もう一度三人に電話した。吐移とは一切連絡がつかなかったらしい。もう一度、明日朝にももう一度連絡してくれるらしい。もしかしたら……。

 

「吐移も、ヴィランに拐われてるのかもしれない」

 

 縁起でもない。口にするんじゃなかったとすぐに後悔する。でも、あの朝の会話。連絡がつかない吐移。狙われていると知っていてわざと森に来ていた爆豪。いろんな前提条件を、難しい話をすっぽかして考える。

 

「ありえなくは、ない」

 

 客観的に見て、吐移が爆豪のこと大好きなのは疑いようがない。一方、爆豪も吐移のこと嫌いじゃない。いや、好きだな。そうじゃなきゃ、個人プレーが好きなあいつが、週3日で一緒に筋トレするわけないもんな。爆豪の行動に納得が出来てきた。

 

 

 

 次の日。俺たちA組15人は、入院している八百万、耳郎、葉隠、そして緑谷のお見舞いに来た。吐移とは、まだ連絡がつかないらしい。

 

 そして、切島によって提案される、“爆豪救出作戦”。脳無に取り付けられた発信機を辿って、その発信機を作った八百万に受信機を作ってもらって、辿って、救出に行く。

 何も出来なかった悔しい気持ちは分かる。最後までじゃなかったけど、俺だって爆豪を守ろうと動いてたんだ。それでもヴィランに奪われてしまって。一緒に施設に戻っていたはずの切島が爆豪を引き止められなかったのは、止められるチャンスがあっただけに悔しかったはずだ。

 

「ここで動けなきゃ、俺ァ、ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!」

 

 感情で動いていいわけないことも、ヒーローに任せるべき事案であることも、切島は分かっている。分かっていながら、両腕をギブスでガチガチに固められた緑谷に手を差し出す。

 

「まだ手は届くんだよ!」

 

 轟も切島と行くらしい。そんな二人と、クラスメイトに梅雨ちゃんが「ルールを破るというのなら、その行為はヴィランのそれと同じなのよ」と発言する。俺に、そのルールを破る無謀さはない。

 

 入院組へのお見舞いが全て終わる。耳郎、葉隠はまだ意識が戻っていなかった。ロビーに降りてきた俺らは、そこで切島から出発の時間、詳細を伝えられた。それでも俺はヒーローに任せるべきだと考えた。

 麗日が言った。

 

「爆豪くんきっと……みんなに救けられるの、屈辱なんと違うかな……」

 

 切島たちの顔が心に傷がついたように歪む。

 ……違うと思った。麗日が言ったこと。外れてはないと思い直して、それでも、全てじゃないと思った。だから、言おう。

 

「切島……まだ吐移とは連絡つかなかったよな。上鳴、瀬呂も」

「え、あ、ああ」

「それと今の話。何の関係があるんだよ」

「……あくまで予想なんだけど、聞いてくれるか?」

 

 合宿三日目の朝の、爆豪と相澤先生の会話。不自然な爆豪の行動。「狙われてんのは知ってんだよ」発言。そして、守られているはずなのに一切の連絡がつかない吐移。「いろんなことをすっ飛ばしてるけど」と前置きして言った。

 

「吐移も、“個性”を 目的に拐われていて、爆豪はそれを助けに行ったんじゃないか」

 

 当然、皆には受け入れられなかった。でも、もしそうなら、爆豪が捕まったのは半分はわざとだ。だから。

 

「ヒーローに任せておこうよ。二人を少ない人数で助けるより、その方が確実だから」

 

 俺は、止めたぞ。

 



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三十七話

「早速だが……ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」

「寝言は寝て死ね」

 

 バーのような場所でヴィランたちに囲まれ、観察されている俺は、椅子に拘束具でくくりつけられていた。

 

「まあ、そんな怖い顔するなよ。まずは話を聞いてくれ」

 

 ヴィランどもに囲まれていること、ふざけた勧誘を受けていることも気にくわねぇが、俺が一番気を取られているのは、このヴィラン連合のボスっぽい、手ぇいっぱいつけたヒョロガリに、黒い大きなモヤが集まっていることだ。

 前に見た時はそんなの無かった。ショッピングモールでデクが一人で遭遇したって時も、そんな報告はなかった。……首を絞める手、力が入っていないか? 黒いモヤから出てきているように見えるが、だからってそれはワープゲートのようにも見えない。恨みがましいその手は、一体何だ。

 

 近くに置かれたテレビから、雄英高校の謝罪会見の一部が放送される。

 

「俺たちのこと、君のことだ。見ようじゃないか」

 

 こいつの声が気に入らねェ。

 

『この度──我々の不備からヒーロー科1年生27名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした』

 

 発言はメディア嫌いの相澤先生。彼らが席につくと、テレビ局からの質問が始まる。

 

『NHAです。雄英高校は今年に入って4回、生徒がヴィランと接触していますが、今回生徒に被害が出るまで、各ご家庭にはどのような説明をされていたのか、又、具体的にどのような対策を行ってきたのかお聞かせください』

 

 体育祭開催の件から雄英の基本姿勢は把握しているはず。質問者はまたそれを言わせようとする。まるで悪者扱いだ。

 答えるのは校長だ。

 

『周辺地域の警備強化。校内の防犯システム再検討。“強い姿勢”で生徒の安全を保証する……と説明しておりました』

 

 テレビの中の記者達の空気が嘲笑を含むものになる。記者たちでこれだ。このニュースを見ている人間が雄英に反感を覚えるのは分かりきっている。

 

「不思議なもんだよなぁ……なぜ奴ら(ヒーロー)が責められてる!?」

 

 この空気を作ったのはてめェのくせに。演説するかのように、両腕を広げる手の野郎。

 

「奴等は少ーし対応がズレてただけだ。守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある! 『お前らは完璧でいろ』って!? 現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ爆豪くんよ!」

 

 手の野郎の首の手が、さらにそこを締め付けていた。

 トカゲ頭が口を開く。

 

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!!」

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでキチキチと守る社会。敗北者を励ますどころか、責め立てる国民。俺たちの戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう。俺たちは勝つつもりだ」

 

 手の奴が笑った気がした。

 

「君も、勝つのは好きだろ」

 

 どうしてこいつは苦しくないんだ。首の手は食い込んでいるのに。

 

荼毘(だび)、拘束外せ」

「は?」

 

 どういうつもりだ。隣の荼毘と呼ばれたこいつもそう思ったらしい。

 

「暴れるぞこいつ」

「いいんだよ、対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それに、この状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろう? 雄英生」

 

 言葉巧みに俺を囲い込むために。信用、脅迫の為に、か。

 

「トゥワイス外せ」

「はぁ俺!? 嫌だし!」

 

 トゥワイスと呼ばれた男は嫌がったかと思えば、俺の拘束を外し始めた。どっちだお前。

 拘束を外す後ろで、俺を玉にして捕まえたマジシャンかぶりが言う。

 

「強引な手段だったのは謝るよ……けどな。我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむただの暴徒じゃねえのは分かってくれ。君を拐ったのはたまたまじゃねえ。ここにいる者、事情は違えど、人に、ルールに、ヒーローに縛られ……苦しんだ。君ならそれを──」

 

 拘束が外れた。やることは一つ。

 不用意に近づいてきた手の奴の顔面に爆破を食らわせる!! 奴の顔の手が吹っ飛ぶ。

 

「黙って聞いてりゃダラッダラよォ……! バカは要約できねえから話が長ぇ! 要は『嫌がらせしてぇから仲間になってください』だろ!?

 

 無駄だよ」

 

 思い出すのは、小さい頃から憧れた、あの姿。

 

「俺は()()()()()()が勝つ姿に憧れた。誰が何を言ってこようが、そこァ()()曲がらねぇ」

 

 黒いモヤは手の奴から離れ、白よりの灰色のモヤになって、俺の側に寄ってきた。そいつは少しの寒気と、多大な暖かさを俺にもたらした。

 お前なのか、ヘアバン。

 



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三十八話

 テレビではまだ、謝罪会見の様子が流されていた。

 最悪の事態を避ける為に戦闘許可を出したこと。最悪の事態とは、26名の被害者と1名の拉致のことではなく、生徒が成す術なく殺害されること。

 記者は拐われた俺が洗脳されてヴィランになってしまわないかを心配しているかのように発言していた。成るわけねぇだろ!!

 

 テレビの中の相澤先生は、頭を下げていた。俺の行動の粗暴さについて、自分の責任だと謝罪した。俺自身の問題だわ、いや問題でもねぇわ!!

 

『ただ……体育祭での()()()は、彼の“理想の強さ”に起因しています。誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると私は考えております』

 

 記者は感情の話ではなく、具体策はあるのか聞いていると再度質問した。答えたのはまた校長だ。

 

『我々も手をこまねいているわけではありません。現在警察とともに調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します』

「ハッ! 言ってくれるな、雄英も先生も……そういうこったクソカス連合!」

 

 あんだけ大掛かりな襲撃カチ込んで、成果はわざと捕まった俺一人。言質も取れてる! こいつらにとって俺は、「利用価値のある重要人物」。俺の「心」に取り入ろうとする以上、本気で殺しに来るこたねぇ。相手は7人か……こいつらの方針が変わんねぇうちに、2~3人ブッ殺して脱出したる!!!

 

「言っとくが、俺ァまだ戦闘許可解けてねえぞ!!」

 

 ヴィランどもは俺を「小賢しい」だとか「馬鹿だ、懐柔されたフリでもしときゃいいのに」だとか、好き勝手評価しやがる。

 

「したくもねーモンは嘘でもしたくねんだよ俺ァ。こんな辛気くせーとこ長居する気もねぇ」

 

 目の前の手の奴は、落ちた手の模型を見つめていやがる。それに何か意味があるのか? 何か危険を察知したらしいワープ野郎が、身を乗り出して手の奴を止めようとする。

 

 睨みつけられた。

 

 ちょっと身震いがしたような、しなかったような。オールマイトに比べりゃ何でもねぇ。

 手の奴は模型を拾った。

 

「手を出すなよ……お前ら、こいつは……大切なコマだ」

 

 なるつもりはねえよ!!

 

「できれば、少し耳を傾けて欲しかったな……。君とは、分かり合えると思ってた……」

『ヴィランもヒーローも表裏一体……』

 

 ジーニアスの言葉を思い出す。それを鼻で笑い飛ばしてやる。

 

「ねぇわ」

「……仕方がない。ヒーローたちも調査を進めていると言っていた。悠長に説得してられない。先生。力を貸せ」

 

 パソコンから聞こえてきた声は、ほくそ笑んでいた。

 

『良い、判断だよ。死柄木弔』

 

 他に仲間が。しかも、こいつの上の存在が。

 

「先生ぇ……? てめえがボスじゃねえのかよ……白けんな」

 

 目の前の奴らだけがメンバーじゃないなら、とっとと帰った方がいい。いつ、ワープ野郎がそいつを連れてきて、逃げる機会を失うか分からねぇ。

 

「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ」

「ここまで人の話を聞かねーとは……逆に感心するぜ」

「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!」

 

 ここに生身のヘアバンはいねぇ。最大火力でぶっ飛ばしてぇが……ワープ野郎が邪魔すぎる……考えろ……どうにか隙作って後ろのドアから……。

 

 

 

 その時、軽いノック音と共に、呑気な声で呼びかけられた。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店ですー」

 

 そのコンマ一秒後、俺から見て左側の壁が、派手にぶち壊された。

 

「何だぁ!!?」

 

 手の奴はワープ野郎に指示を出そうとする。

 

「先制必縛、ウルシ鎖牢!!」

 

 それをシンリンカムイがヴィランたちを捕まえて抑える。抑えているものが木であることに気づいたやつが“個性”で燃やそうとする。が、その後頭部に小さいジジイが蹴りを入れた。いつ来たこのジジイ。見えなかった。

 

「さすが若手実力派だシンリンカムイ!! そして目にも止まらぬ古豪グラントリノ!! もう逃げられんぞ、(ヴィラン)連合。何故って!?」

 

 いつか、ヘアバンが言っていたことが思い出される。

 

『ヒーローにとって、声の大きさと笑顔っていうのはすごく大事だろ? オールマイトがその筆頭!』

 

 そうだな。今なら、お前に全面的に同意だ。

 

『人々の希望になり、ヴィランの絶望となる。ヒーローにとって、声と笑顔は大切なんだよ!』

 

「我々が、来た!」

 

 見ろよヘアバン。俺達を救けに、オールマイトが来てくれたぜ。

 

 

 

「オールマイト……!? あの会見後にまさか、タイミングを示し合わせて……!」

「攻勢時は守りが疎かになるものだ……」

 

 俺の後ろの扉から声が聞こえた。見れば、何かが扉の隙間を、体を紙のように薄くしてすり抜け侵入してきた。そいつはヒーローエッジショット。

 

「ピザーラ神野店は、俺たちだけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーローと警察が包囲してる」

 

 オールマイトがこちらを向いた。

 

「怖かったろうに……よく耐えた! ごめんな……もう大丈夫だ少年!」

「こ、怖くねぇよ! ヨユーだクソッ!!」

 

 安心したのは認めるが、怖かったわけじゃねぇ! それなのにオールマイトは「分かってる分かってる!」と言いたげに、サムズアップをするだけ。分かってねぇだろ!

 灰色のモヤが、そこから伸びる手が、俺の肩を掴んで引いてくる。逃げろって事か。だが、そうだ、その前に聞かなきゃなんねぇ!

 

「オールマイト! ヘアバンは見つかってねえのか!?」

「ヘアバン?」

「雄英1年C組、吐移 正。雄英教師なら知ってるだろ!?」

「あ、ああ、彼か……彼が、どうした?」

「は……?」

「は、ははは」

 

 オールマイトの声に反応したのは、俺だけじゃなかった。

 

「爆豪くん……どこでその情報を手に入れたかは知らないが、よく聞いてくれたよ……」

「!」

 

 焦って、聞くタイミングミスったか!

 

「彼の“個性”も使えるし、爆豪くんと仲が良いからね……ついでに勧誘してたんだ……彼もお呼びしようじゃないか……」

 

 悪い予感がする。寒気が!!

 

「黒霧! 持ってこれるだけ持ってこい!!!」

 

 この狭い中に、脳無かよ!!

 

 

 

 

 何も、起こらなかった。

 

「すみません死柄木弔……所定の位置にあるはずの脳無が……ない……!!」

「!?」

 

 助かった……?

 

「やはり君はまだまだ青二才だ。死柄木!」

「あ?」

 

 オールマイトが俺の方を抱く。灰色のモヤから伸びる手より、一回り以上デカい手だ。

 

(ヴィラン)連合よ、君らは舐めすぎた。

 少年の魂を。

 警察の弛まぬ捜査を。

 そして、我々の怒りを!!

 おいたが過ぎたな。ここで終わりだ、死柄木弔!!」

 



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三十九話

「ここで終わりだ、死柄木弔!!」

 

 オールマイトの強すぎる覇気。ヴィランを捕らえる力強すぎる眼力。俺たちにとって頼もしすぎるそれは、ヘアバンの言う通り、ヴィランにとって絶望らしい。

 

「終わりだと……? ふざけるな……始まったばかりだ」

 

 震えた、手の奴の声。

 

「正義だの……平和だの……あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す……その為にオールマイト(フタ)を取り除く」

 

 それは、恐れからくるものか、悔しさから来るものか。それとも。

 

「仲間も集まり始めた。ふざけるな……ここからなんだよ……黒ぎっ……」

 

 抗おうとする奮起からか。

 だが、手の奴が命令しようとしたワープ野郎は、エッジショットによって気絶させられた。俺が前に暴いた弱点を参考にしたらしい。

 ジジイが前に出る。

 

「さっき言ったろ。おとなしくしといた方が身のためだって。引石健磁(ひきいしけんじ)迫圧絋(さこあつひろ)伊口秀一(いぐちしゅういち)渡我被身子(とがひみこ)分倍河原仁(ぶばいがわらじん)。少ない情報と時間の中、お巡りさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。わかるかね? もう逃げ場はねぇってことよ。

 なァ死柄木。聞きてぇんだが、おまえさんのボスはどこにいる?」

「…………………………………………」

 

 嫌な沈黙だ。何を考えている。

 

「ふざけるな。こんな……こんなァ……」

 

 なんだ、この、腹の底が冷たくなるような感覚は……。

 

「こんな……あっけなく……」

 

 不安になる。オールマイトがいるのに。

 

「ふざけるな……失せろ……消えろ……」

 

 灰色のモヤの手が、俺を強く後ろへ押し出そうとする。

 

()は今どこにいる、死柄木!!」

「お前が!!」

 

 さっきとは比べ物にならないくらい、奴の気迫が、俺を押す。

 

「嫌いだ!!」

 

 奴の咆哮と共に、くせぇ黒い液体と共に、脳無が、何もない空間から出てきた! なんだこれ!! しかも2体だけじゃねぇ! どんどん出てきやがる!!

 

「シンリンカムイ、絶対に放すんじゃないぞ!!」

「お゛!!?」

 

 脳無が出てきた黒い液体が、俺の口の中からっ!? しかも止まらねぇ!!

 

「爆豪少年!! NO!」

「っだこれ、体が……飲まっれ……」

『アイツのとこはダメだァ!!!』

 

 ヘアバンの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 黒い液体に飲まれたのは、ほんの一瞬のことだった。口の中に残った汚ぇそれを吐き出す。

 

「ゲッホ!! くっせぇぇ……んっじゃこりゃあ!!」

 

 ヘアバンが言っていた「アイツのとこ」。これは転送系の“個性”で、俺はどこかに連れて来られたってことか……?

 

「悪いね爆豪くん」

「あ!!?」

 

 汚い水音が後ろから、そして俺の目の前の顔無し男の後ろから聞こえた。音の正体は、俺を転送させたのと同じ、黒い液体。俺の後ろからは(ヴィラン)連合の奴ら。顔無し男の後ろからは。

 

「ヘア、バン……」

「ゲホッ……ば、バクゴー君……!」

 

「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子()もね。君が「大切なコマ」だと考え、判断したからだ。いくらでもやり直せ。そのために(せんせい)がいるんだよ。

 全ては、君のためにある」

 

 この顔無し男が、手の奴の先生……この組織の、頭……!!

 あまりの不気味さに、血の気が引いていくのが分かった。

 

 

 

「……やはり、来てるな……」

 

 発言の矛先は、上空から来たオールマイトに向けられていた。重力で加速し、勢いが増したはずのオールマイトの拳は、受け止められてしまった。

 

「全て返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!!」

「また僕を殺すか。オールマイト」

 

 灰色のモヤの手が、俺を揺さぶる。止まるなってことか?

 

「随分遅かったじゃないか」

 

 オールマイトの拳の衝撃は、地面にクレーターを作ることで受け止められた。その爆風に吹っ飛ばされる。あのパワーに負けるどころか、オールマイトを素手で弾きやがった!! こいつが、ヴィランのボス……!!

 ハッ! ヘアバンは!?

 あいつはあいつで、吹っ飛ばされて、奥で転がってる。声をあげようとして、灰色のモヤの手が俺の口を塞いだ。まあ、すぐに、オールマイトの突撃をカウンターした衝撃でまた吹っ飛ばされて、あいつを呼べなかったが。

 カウンターを食らったオールマイトは、いくつもビルをぶっ壊しながら吹き飛ばされていった!

 

「オールマイトォ!!!」

「心配しなくても、あの程度じゃ死なないよ。だからここは逃げろ弔。その子達を連れて」

「!」

 

 逃げよう。

 でもまずは、あいつを連れて……! 

 灰色のモヤの手は、ヘアバンを見るなと言わんばかりに、その方向を塞いでいる。お前はヘアバンの生き霊じゃないのか。なんだその行動は。

 

 顔無し男が右手の先から黒い爪を出し、伸びるそれをワープ野郎に突き刺した。何なんだ、あいつの“個性”は……!? 何で、気絶してるワープ野郎が、“個性”を発動出来んだよ!!

 

「さあ行け」

 

 こいつのせいか!?

 

 遠くから、何かが飛び出した衝撃音。それは一瞬後、顔無し男の近くに、派手な音と衝撃を与えながら現れた。オールマイトだ!

 

「逃がさん!!」

 

 オールマイトは顔無し男に殴りかかっていく。

 

「常に考えろ弔。君はまだまだ成長出来るんだ」

 

 オールマイトの拳を受け止める、顔無し男。またあの衝撃波が生まれる。

 

「行こう死柄木! あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!」

 

 クソ仮面が、まだ気絶してる荼毘ってやつを“個性”で玉にする。

 

()()持ってよ」

 

 見逃しては、くれねェよなぁ!

 

「めんっ……ドクセー」

 

 ほぼほぼ全員が俺を狙ってくる。ヘアバンはどこだ。あいつだけでも逃げられたか。

 こいつらも緊急事態。さっきまでと違って、強引にでも俺を連れてく気だ。6対2……。とりあえず、このクソ仮面には触れられちゃいけねー!

 

「今行くぞ!」

「させないさ」

 

 助けに来たオールマイトは、顔無し男に邪魔される。オールマイトの救出は望めない上に、そもそも俺がいるからオールマイトが全力を出せねえ。早く、早くヘアバンを連れて逃げねぇと……!!

 

「バクゴー君! 右!」

「!」

 

 ヘアバンの声で左へ飛ぶ。確かにそこにはクソ仮面がいて、ヘアバンの声が無ければ危なかった。だが、もうこいつも信用出来ねぇ。灰色のモヤが真っ黒になって、ヘアバンの首を絞めていたからだ。こいつも敵ってことか、生き霊。

 

「7対1……かよッ!!」

 

 ヘアバンは笑った。

 

「……なんでバレたんだろ?」

「ハンッ!」

 

 ヘアバンは、そんなクソ汚ぇ笑い方しねえんだよ!! ニセモンがァ!!!

 



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四十話

 本物のヘアバンはどこだ。そもそも、ここに居るのか。

 居ないなら、俺がすることはただ一つ。この場から逃げる。それが一番難しいんだけどな!!

 

 助けに来たはずのヘアバンは敵で、あっちの戦力が増えた。と言ってもヘアバンは何もしてこない。何しに来たんだこの偽物。

 

 他のやつらの攻撃を爆破でかわす。逃げようにも回り込まれて、なかなか脱出出来ねぇ。ここから脱出出来たとして、俺は安全圏に逃げられるか? いや、まずは逃げろ! 安全かどうかはその後考えろ!!

 

 その時だった。この場の誰のものでもない力で壁がぶち破られ、氷結の坂道が突然現れた。

 

 あの氷結。あのエンジン音。あの緑の光。

 

「来い!!」

 

 あの声は。

 

『行って!!』

 

 背中を押される。

 

 

 

 爆破で奴らをぶっ飛ばしながら飛び上がる。俺に伸ばされた手を。

 

「……バカかよ」

 

 しっかりと、掴む。

 俺がこの場にいるからオールマイトが戦い辛ぇ。だから、この手を取るんだ。

 

「爆豪くん、俺の合図に合わせ爆風で……」

「てめェが俺に合わせろや!」

「張り合うなこんな時にィ!!」

 

 俺を救出したのは切島、デク、委員長。あの氷結は半分野郎か。

 下からバリィィッと音がして振り返ると、巨大化したMt.レディが頭に何か打ち付け、倒れた。ヴィランの攻撃を防いでくれたんか!!

 

 振り向いた時に見えた。下のヘアバンの偽物が、自分の頭に手を添えているのを。 白い、輝いてすらいるモヤが、俺を押し出した手の形のままでいるのを。白いモヤの中から、ヘアバンがこちらへ笑顔を向けているのを。遠いのが、本当に嫌だ。

 

「全力で逃げっぞ!!」

 

 着地した俺達はそのまま“個性”を使って逃げる。それが最善だからだ。

 

「あれっ!? 爆豪! 吐移は!? 居ただろ!」

「あいつはニセモンだ!」

「マジかよ!」

「それなら、逃げることに集中しよう!」

 

 

 

 逃げ続けた俺達は、駅前まで来た。息を整えていると、デクの携帯が反応した。電源を入れてすぐだった。

 

「──うん! 轟くんの方は!? 逃げ切れた!? ……よかった!」

 

 電話の相手は半分野郎か。

 

「僕らは駅前にいるよ! あの衝撃波も圏外っぽい! 奪還は成功だよ!」

「いいか! 俺ァ助けられたわけじゃねぇ。一番いい脱出経路がてめェらだっただけだ!」

「ナイス判断!」

「オールマイトの足引っ張んのは、嫌だったからな」

「しっかし、よくあの数を捌ききったな。やっぱオメーすげーわ!」

「ったりめーだ!」

 

 俺はただ捕まった雑魚じゃねぇ。助けに行ったんだ。それだけの自信があってあたりめーなんだわ。

 息を整えていた委員長がこちらを向いた。

 

「あの場にいた彼が偽物だったとして……吐移くんは今、どこにいるんだろうか……」

「知るか。また助けに行くだけだ」

「……今度は確かな情報で、ヒーローに任せてな」

 

 分かってる。俺が不用意に捕まったから、オールマイトの足を引っ張ったんだ。俺達の位置をすぐに突き詰めた警察の捜査力を、ヒーローの力を信用して、ヘアバンはそっちに任せた方がいい。なるべく早く。

 

 駅前の大きなモニターには宙に浮くオールマイトが映っていた。全力を出せる環境なのに、それでも……。

 あの時は必死で気にしてられなかったが、オールマイトが戦ってる場所は、建物が崩れさり、荒野のようになっていた。ヘリの近くまで吹き飛ばされていたオールマイトは、飛ん出来たジジイに受け止められて、無事に着地した。

 

『悪夢のような光景! 突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました! 現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です! 信じられません! ヴィランはたった一人! 街を壊し! 平和の象徴と互角以上に渡り合って──……』

 

 あれから、オールマイトと顔無し男に動きは無い。中継はヘリから行われている。二人の間には会話……心理戦、煽り合いが行われているかもしれない。

 俺達と同じものを見ているモブ達は、オールマイトがあんなにボロボロでも、“何とかしてくれる”なんて、気楽にオールマイトコールまでしている。知らないからだ。奴がどんだけヤベェやつなのかが。平和ボケしすぎだ。すぐ近くがこんなことになってんのに。

 

「他のヒーローは何してんだよ」

「たるんでるぜ、まったく」

「やっぱりオールマイトだな!」

 

 確かに、他のヒーローじゃどうにも出来ないかもしれない。それだけの相手であることを、どうして分からねぇ! ヒーローへの信頼を失くす前に、考えやがれ。オールマイトに頼りきりな今を、考え直せ。

 

 

 顔無し男の左腕が、突然膨らむ。戦いが再開する!! ジジイが飛ぶ。それだけデケェ攻撃が来るって事だ! だけどオールマイトは避けない。なんでだ!?

 顔無し男のよく分からない、噴射か? のデケェ攻撃がオールマイトに向かって放たれる。

 どうして逃げなかった、オールマイト 。その後ろに、逃げ遅れた人間が居たのか? ああ、十分すぎるほど考えられる。 ヒーローは、守るために存在する。

 

 煙が晴れていく。地面が削れ、オールマイトがいた所より後ろが守られている。

 オールマイトは。

 

 

 

 オールマイトが立っていたところには、オールマイトと同じ格好をした、ガイコツがいた。

 

 絶句。

 

 同じものを見ていたモブ達も、何が起こったか分かっていない。

 

『えっと……何が、え……? 皆さん、見えますでしょうか? オールマイトが……しぼんでしまっています……』

 

 中継の言葉で、そいつが、オールマイトだと知った。

 



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四十一話

 目の窪んだ、あのガイコツが、オールマイト……? 金髪は萎びれて、ぴったりだったスーツはぶかぶかだ。これが、オールマイト? あの、オールマイト?

 

 でも、そうだ。あの目は。手の奴を追い詰めた時と同じ、青い、炎が宿る力強い目は、オールマイトだ。

 

 顔無し男の攻撃から、また目立った動きはない。心理戦だ。あの場に休息なんかあるわけない。

 

 惑わされんな、オールマイト

 膝を付くな、オールマイト

 救けてくれよ、オールマイト

 

 あんたは、平和の象徴なんだろ?

 

「──……て」

 

「そんな、……嫌だ……」

「オールマイト……!」

「あんたが勝てなきゃ、あんなの誰が勝てんだよ……」

「姿は変わっても、オールマイトはオールマイトでしょ!?」

「いつだって、何とかしてきてくれたじゃんか!」

「オールマイト! 頑張れ!」

 

 ここにいる奴らが、望みを失っていないのは、

 

「まっ、負けるなァ! オールマイト!!」

「頑張れえええ!!」

 

 あんたが立っているからなんだよ!!

 

「勝てや!! オールマイトォ!!」

 

 オールマイトの右腕がでかくなる。いつも見ている、俺の肩を抱いた、あの腕と同じもの。ああ、その笑顔。

『笑顔だってそうだ。人々の希望となり──……』

 あんたはやっぱり、ヒーロー(希望)だ。

 

 右腕だけがあの姿。なんて、歪で、オールマイトの底力を感じるものなのか。

 

 カメラワークが顔無し男に向いた。着けてたヘルメットは砕け、中身は、目も髪も耳もない、本当に顔無し男だった。

 そいつは何の予備動作もなく浮かび上がる。黒いモヤが、画面越しだからそう見えるのか、更にどす黒くなって、更に恨みがましくなって、顔無し男の首回りのパイプをもぎ取ろうと、手が忙しなく動いている。それなのに、やっぱり気にしてねぇ。

 

 顔なし男は更に高く浮かび上がる。そして今度は右腕を膨らませた。

 そんな奴に炎が迫った。大きいそれは、惜しくも奴に効かなかったが、膨らんだ右腕を無効化するぐらいのことはした。炎を送り出したのは、No.2ヒーローエンデヴァー。他のヒーローが駆けつけてくれた! そうだ、救けてくれ! 俺たちの心の支えを、あんたたちが支えてくれ! 

 

 駆けつけたヒーローは俺が最初捕まっていた場所に来ていたヒーロー達。

 エッジショットはワープ野郎と同じように気絶させようと、顔無し男のすぐそばまで近寄り、オールマイトに攻撃を向けさせない。

 シンリンカムイは顔無し男にやられたヒーロー達の回収を。ワイルド・ワイルド・プッシー・キャッツの虎はやられたヒーローの一人だが自力で立ち上がり、オールマイトの後ろにいた、瓦礫に挟まれた一般人を“個性”軟体で救出している。

 ヒーローたちがあんたを支えてくれる。力の無い者が、あんたを声の限り応援する。全員が、オールマイト、あんたの勝利を願っている!!

 

「オールマイトォ!!!」

 

 

 

 

 

 全てを吹き飛ばした。

 画面越しじゃよく分からないが、顔なし男が何かしたことだけは分かる。ヒーロー達が吹き飛ばされただけで、俺たちの声も吹き飛ばされる。しっかりとしがみついている黒いモヤの手でさえも、その動きを止めている。

 

「お、おい……」

「なんだよ、あれ……」

 

 顔無し男の右腕が変形し、膨れ上がり、何かが飛び出す。

 

「あれ、いくつ“個性”持ってんだ……」

 

 確かにそうだ。オールマイトが呼んでいた、あいつの名前はオール・フォー・ワン。

 みんなはひとりのために。

 

「!!!」

 

 あの“個性”まみれの身体。奴の“個性”は、“個性を奪う”ことか?

 

「……あ、ああ゛」

 

 ヘアバンが、吐移が、偽物だとしても、あいつがそこにいた。つまり、ヴィラン側はあいつを間違いなく認識しているってことだ。取られたかもしれない。ヘアバンの“個性”が。

 絶望でしかない。いくら攻撃を食らっても瞬時に回復する上に、その傷を黒いキューブで返すことが出来る。今まで見せていないのは、最後の最後に絶望させるためか?

 

 顔無し男がオールマイトに突撃する。オールマイトも振りかぶる。今までしていたように威力を相殺させるつもりだ。

 拳がぶつかる。衝撃波と砂煙が爆発的に広がる。力は拮抗しているのか!

 

「オールマイト!」

 

 ああ、左腕も! オールマイトは左腕にも力を入れた! 右腕を囮に、左腕で奴を殴る。だがあまり効果がなかった。倒れない顔無し男。奴は左腕を右腕と同じように巨大化させた。

 それは、オールマイトも同じだ!

 

「いけええええっ!!!」

 

 腰の入った一発は、奴の顔面をえぐいほどへこませた。

 

「UNITED STATESOF SMASH!!!」

 

 凄まじい風は、ヘリのバランスを崩させる。煙が晴れて、カメラに映し出されたのは、えぐいほど抉れたクレーター。

 その中央には、倒れた顔無し男。

 立っているのは、オールマイトだ。

 

 誰もが息を呑む。立っているオールマイトが酷く傷ついていて、勝ったと言えるか分からない。だが、そんな不安を払拭するから、オールマイトなんだ。

 

 オールマイトは左腕を掲げた。そして、そして……みんなが憧れ、みんなの心の支えの、あの姿になった。

 

「オールマイトォ!!」

 

 ああ、勝ったんだ。

 

『ヴィランは──……動かず!! 勝利!! オールマイト!! 勝利の!! スタンディングです!!!』

 

 白くなったモヤは、オールマイトの右肩に手を添えている。あんなボロボロで、ガイコツのような姿にもなって、血だらけで。それでも無理して、みんなに希望を与えてくれる。

 

 やっぱり、あんたはヒーローだ 。

 

 

 そして、この瞬間が、その姿である最後なんだな。

 

 ありがとう、オールマイト。

 



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四十二話

 続けて報道される映像には、後から駆けつけたヒーロー達による、崩壊した建物からの一般人の救出活動が映し出されている。

 

『オールマイトの交戦中もヒーローによる救助活動が続けられておりましたが、死傷者はかなりの数になると予想されます……!! 元凶となったヴィランは今……あっ今!! 移動牢(メイデン)に入れられようとしています! オールマイト等による厳戒態勢の中、今……!』

 

 戦いが終わり、モニターの前にいた人々は動き出した。俺たちもその中の一つだ。警察が帰宅難民や避難民の為の案内を繰り返し伝えている。

 

「身動きが取れんな……轟くん、八百万くんらと合流したいが……」

「とりあえず動こうぜ。爆豪のこと、ヒーローたちに報告しなきゃいけねーだろ」

「さわんな」

 

『次は』

 

 オールマイトの声が聞こえて、モニターに目を向ければ、ガイコツ姿のオールマイトがこちらに向かって指差していた。

 

『君だ』

 

 溢れ出る力に、体が震えた。

 短く発信されたメッセージ。それにモブ共は喜び、感激の声をあげている。

 まだ見ぬ犯罪者への警鐘、平和の象徴の折れない姿。

 

 そのメッセージを受けて、なんで、デク。てめェは泣いてんだ。これは感極まってとかじゃねぇ。明らかに、悲しんで泣いている。

 

 

 

 一夜明け、半分野郎とポニーテールの奴と合流した後、俺は警察に保護された。

 

 一晩中考えていた。いろんなことを。結局、答えはまとまりゃしなかった。警察では捕まった時のことを順に説明を求められた。ヘアバンを助ける為、というのは伏せて、(ヴィラン)連合に勧誘を受けたこと、オールマイトたちヒーローが助けに来てくれたが、顔無し男の“個性”の一つで転送されて、あの場に居たこと、そしてクラスメートたちによって救出されたこと。

 ぽつりぽつりと、自分の頭の中を整理しながら話す。話せば話すほど、オールマイトのあの姿を思い出すたび、死にたくなる。

 オールマイトがあの姿になるまで追い詰めたのは、誰か。

 力も無いのに、確かな情報も無かったのに、ヘアバンを助けに行こうという安易な考えでヴィランに捕まった俺だ。俺のせいだ。

 

 俺に事情聴取していた警官に尋ねる。ヘアバンの捜索届が出ていないかを。目の前の警官は不思議そうにしながら、調べてみるし、行方不明なら出しておくと言ってくれた。手続き大丈夫か気になったが、そう言ってくれるなら大丈夫だろ。

 親が迎えに来るまで、別の部屋に通された。交通状況は良くない。いつになるだろうな。

 

「ヘアバン……」

 

 お前は今どこにいる。

 なぁ、生きてるか?

 

 

 

「バカだよ、バクゴー君は。バカゴー君め」

 

 言葉が出なかった。目の前にヘアバンが居たからだ。ヘアバンは不機嫌なのを隠そうともせず、俺に溜め息をついている。なんだっていい。ああ、ああ!

 

「例のごとく、()()に立っているわけだけれど」

 

 ──あ゛あ゛っ!! 現実じゃねえのかよ!!

 

「……そんなに、俺のことを助けようとしてくれた、その気持ちはありがたかった。でも、それを君がする必要はなかったんだよ、バカゴー君」

「……夢にまでわざわざ出てきたんだぞ。お前が警告すると同時に、俺以外に自分の危機的状況が伝えられていないと考えても、いいだろうが」

「残念! 俺の生身にはね、GPSやらなんやらが取り付けられてるの。手のひらにね!」

「電波ジャックするような組織だぞ。そんな情報も遮られてるに決まってんだろ」

「パソコン繋がってたじゃん!」

「それが捕まった時点で分かってりゃな!」

 

 内容はアレだが、言い合いが出来るのが楽しかった。正直になろう。本当に楽しいんだ。

 生身だとか、夢枕だとか、おおよそ普通じゃ出てこないワードが出てくるのが気になるが。……気になっていて、反面、聞きたくないことを、俺はこれから聞かなくちゃならない。それが、憂鬱だった。

 

「バカゴー君、何か聞きたいって顔してる。……まぁ大体予想はついてるけど」

「……なら、さっさと済ます」

 

 口が渇く。唇が震える。夢の中の出来事なのに。

 

「お前は今、どこにいる」

 

 ヘアバンは困ったように笑って、答えた。

 

「分かんない。俺も探してる」

 

 てめェ、何を言ってやがる。俺は動けなかった。ヘアバンは続けて言う。

 

「だから、来てほしくなかったんだよ。俺にも分からないから。……なんのこっちゃって話だよね。でも、本当なんだよ。ワープの奴に俺の体、どこかに捨てられちゃったから。テキトーにめっちゃ遠いとこに捨てたらしくてさ、どこかってヒントもくれなかったし」

「体を、捨てられた……?」

 

 まるで、精神と肉体が切り離されているかのような物言い。やっぱり、こいつは……。

 

「ああ。俺、自殺したから」

「はあっ!?」

 

 よりにもよって自殺してやがっただと!?

 ヘアバンは今まで見たことないほど、冷たい表情を浮かべた。

 

「驚くなよ。俺を連合に勧誘してきたのは、あの“個性”を奪う奴だ。俺の復讐相手を脳無に変えたって、復讐をさらに共に進めようって言われた。バカだろ? 何の為に俺が回りくどい方法を取ろうとしたのか、まるで分かってない」

「……んで、なんで自殺した!!」

「驚くなって言ったろ。俺の“個性”狙いだったんだぞ。目の前には、その“個性”を奪える奴がいたんだぞ。取られるわけにはいかない。奪われれば……あの時、オールマイトは勝てなかった。……俺はね、バクゴー君。ヴィランと関わりたくなんか、ないんだよ。最初の頃、言ったの、覚えてる?」

「……ああ」

 

 ヴィランになりたくないから。確かにこいつは、そう言っていた。

 

「この“個性”で人を傷つけたくない。ヴィランに使われるのなんて、もってのほかだ。じゃあ、逃げられない場合、どうしたらいい?」

 

 逃げる為に、自殺したってのか。

 

「自分に“個性”を使って傷つく分には、法律は何も言ってこないだろ?」

 

 



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四十三話

「自分に“個性”を使って傷つく分には、法律は何も言ってこないだろ?」

 

 流石だ。流石だよ、テメェは。

 流石は、俺と出会う前は法律が心の拠り所だと言ってのけただけのことはある。虐めたやつらを少年院にぶち込んだことを言ってたと思っていたが、それだけじゃなかったとはなァ!!

 

「許してくれなんて、言わない。でも俺は、自分の行動に恥ずかしさはない。俺が自殺したから、オールマイトは勝てたんだ」

「ハッ! テメェの“個性”ごときでオールマイトがやられるかよ!」

「出来るね。拳の先や殴られる所にキューブを付けて、相手に破壊させれば、それで相手に傷をつけられる。おまけに自己回復つきだ! オールマイトだって目じゃないね!」

「っ……!!」

 

 勝てない。こいつの“個性”は、確かに強すぎる。

 

「相手はヴィランだぞ……いくら人を傷つけたくねぇからって、反撃もしねぇで……!」

「……今思えば、黒いキューブをあの顔無し野郎に、ワープの奴に投げとけば良かったとは思う。でも、自殺することは変わらなかった。だって、前には奪う奴、後ろにはワープの奴がいたんだよ? ……逃げられない。反撃して、捕まったら、容赦なく“個性”が奪われる。それならいっそ……あいつが死体から“個性”を奪えないことに賭ける方が、勝てると思った。そして事実、あいつは俺から“個性”を奪う素振りも見せず、ワープの奴に俺の体を捨てさせた」

「……」

「俺は、賭けに勝ったんだよ」

 

 お前には来なかったんだな。救けが。

 何も言わない俺に、ヘアバンは泣きそうな声で言ってきた。

 

「別に、後悔してないとか、そんなわけでもないんだよ。だからこうして、夢枕に立ってるわけだし」

 

 泣きそうな、じゃない。泣いていた。

 

「……ねえ、バクゴー君。頼みがあるんだけど」

「……あんだよ」

「名前、呼んでくんない?」

「名前……?」

「バクゴー君いっつも、ヘアバンって呼ぶじゃないか」

 

 冥土の土産にさ。

 

 なあ、ヘアバン。それは事実として受け止めなきゃならねえのか? これは夢なんだろ? 今までの言い合いも、全て夢。お前と話せた。そういう夢でいいじゃねえか。……そんな夢の中でなら、ああ、名前で呼んでやるよ。

 

「吐移」

「!」

「返事くらいしやがれ、吐移」

「はい」

「吐移、正」

「うん」

「覚えとけよ、吐移。この俺が、名前で呼んでやったことを」

「絶対、忘れない」

 

 ありがとう。そう言って、吐移は笑った。

 

「99点」

「涙分、(プラス)にしといてよ」

「ばーか。(マイナス)だわ」

「へへっ、そっか!」

 

 吐移はくるっと後ろを向いて、涙を手で拭った。

 

「バクゴー君。俺ね、君に初めて助けられた時から、夢を見てるみたいだったよ」

「夢じゃねえ。現実だわ」

「うん。それが、すごく嬉しい。友達ができた。下手な笑顔がここまで上手くなれた。強くなれた。お母さんと話が出来た。……現実なのが、信じられない」

 

 感謝の言葉なら、こっち向いて言えよ。

 

「バクゴー君。多めに数えて、4ヶ月。この4ヶ月の間、俺」

 

「幸せでした」

 

 俺の方を向いて放たれたその一言。本当に、そう思ってるんだな。

 

「100点」

「やった!」

 

 喜んでるこいつの笑顔が、透けている。

 

「最後まで俺の心を救けてくれたバクゴー君、やっぱり君はヒーローだ! 君は、みんなのヒーローになれるよ!」

 

 あっという間に体が透けていく。

 

「ありがとう、爆豪勝己くん。君のおかげで、バクゴー君のおかげで、俺は、幸せでした!」

 

 その言葉を、笑顔を残して、吐移は消えた。

 

「…………アホが」

 

 

 

 目が覚めた俺は、迎えに来た親父と共に、家に帰った。しばらく家から出ないようにと、警察に言われながら。

 

「本当に良かったよ。お前が家に帰ってこれて」

 

 吐移は、帰ってこなかった。つれて帰れなかった。

 

 長い長い帰路の末、帰ってきた家では、待ってた母さんが俺を抱きしめた。

 

「良かった……! あんたが帰って来て、無事で、良かった……!!」

 

 心配をかけて、申し訳なく思った。

 風呂に入ったり飯食ったり、色々済ませた後、家に送られていた荷物の中から携帯を取り出した。電源を入れると大量の通知が入っていた。A組は勿論、中学の時のやつらも。気になるのは、見覚えのない電話番号。同じ番号から3回、不在着信が入っていた。

 

〈ヴーーーーッ、ヴーーーーッ〉

 

 4回目の、 同じ番号からの連絡。出ていいのか分からず、とりあえず放置する。鳴り止んでから、溜まった通知を消化していく。心配の声が多数を占めるなか目を引いたのは、青髪(心操)のメール。心配の声と同時に、俺の連絡先を勝手に教えやがったらしい。相手は、いつか俺に喧嘩売ったあの女。あの女の電話番号を載せてるが、それはさっきスルーした番号と同じものだった。メールは続けてこう綴られていた。

 

『吐移のこと、何か聞いてないか? 連絡がつかない。先生に聞いても分からなかったが、あの様子は知っているようだった。何か知っていたら記見に教えてやってくれ。俺よりずっと心配してるから』

「…………」

 

 話を整理してから、かけてやろう。

 『こっちから連絡するから、待っとけ』。そう返信して、俺はルーズリーフを一枚取り出し、書き出していく。奴に話しながら取り乱したくはないからだ。

 夜。まとめて、心を落ち着けた俺は奴に連絡を入れた。2コール目で出たそいつは、焦った声で言った。

 

「ねえ! あんた知らない……!? あんたなら知ってるわよね……吐移くんがどこにいるのか!!」

 

 順を追って話さなきゃ、こいつはすぐヒステリーを起こしそうだ。

 




タイトル回収。


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四十四話

「……ごめんなさい。順番を間違えたわ。無事で良かった、爆豪。私に言われても嬉しくないだろうけど。おかえりなさい」

「……おう」

 

 驚いた。ただ失礼な奴かと思ってたが、そうでもないんだな。

 電話越しのあいつは気を取り直す為に深呼吸をした。

 

「それで悪いんだけど、吐移くんの居場所を知っていたら教えて欲しいの。他のA組の人から聞いた。あんたが吐移くんを助ける為にわざと捕まったんじゃないかって」

「はあっ!!? 誰がそんなこと言いやがった!!」

 

 切島か? デクか? 委員長か? 残りの二人か!?

 あの五人なら、吐移が、偽物でもあの場にいたことを知っている。この中だと、切島か?

 

「上鳴くんが、えっとたしか、尾白くんがそう言ってたって」

「尾白?」

 

 尻尾がそんなことを? なぜ?

 

「あんた合宿中、吐移君に連絡出来ないか聞いたり、その後も不自然な行動をとってたらしいじゃない。それで、あんたがなんかの方法で吐移くんの危機を知って、それを助ける為にわざと攫われたんじゃないかって……本当なの?」

「尻尾の野郎……」

 

 あん時の会話、盗み聞きしてやがったのか!

 

「ねえ」

「……ああ、わざとだ。ヘアバンが夢の中に出てきて、自分は(ヴィラン)連合に捕まった、次は俺だって言ってきた。奴は警告のつもりだったんだろうが、その前に俺を自分のヒーローだと言ってきた。そんなやつを助けに行きたいと思って、何が悪い」

「……悪いとは言わないけど、夢っていう不確かすぎる情報でそんな行動力を起こせるのはびっくりね。そして、吐移くんが助けを望んでいたのか、そこも気になったわ」

「……望んじゃいなかった」

「そっか……。ねえ、それで、居たの? 吐移くんは」

「ニセモンが居た」

「それじゃあ、ヴィランは吐移くんを認識してるってことか」

 

 話が早い。こいつなら、あの事を聞いてもいいかもしれねぇ。

 

「お前、オールマイトとヴィランの中継、見てたか」

「え? あ、勿論。日本中で見てない人って少数派じゃない? それで?」

「ヴィランの首元に黒いモヤと、その中から生える手を見なかったか」

「なにそれこっわ。見てないわよ」

 

 何それと不思議そうに聞いてくる赤髪の女。だが、これで確信した。あれは、普通、見えないものだ。

 

「あれは、ヘアバンの生き霊だ」

「生き霊? 何言って……」

「見えなかった奴に何言っても分かんねえだろうが、一応言っとく。モヤは憑く相手によって、黒ければヴィラン、白なら味方と、俺に知らせてくれた。だからあの場にいたヘアバンを偽物だと判断し、置いていくことが出来た」

「……夢の中の話を真に受ける奴だから、そういうのも見えちゃうのね」

「電話切るぞ」

「一番肝心な話してないじゃん!」

「てめェの言う不思議体験が、重要な手がかりだったんだぞ」

「……そうなんだ」

「信じてねぇだろ」

「まだね。……でも、記憶を見れば、信じられないこともない」

「記憶ゥ……? それがてめェの“個性”か」

「そうよ。あ、人の記憶を見るわけじゃないから安心して。私は、生体以外の質量を持った物質から記憶を見ることが出来るの」

「記憶……そんな器官もねーのにか」

「物にだって匂いが染み付くことあるでしょ? それと一緒よ。それに、人の記憶なんてすぐ変わっちゃうしね」

「そういうもんか」

「そういうもんよ。だから、現場に行ければ、あんたの言葉を信じられるわ」

「そうかよ」

「それで一番聞きたいこと。吐移くんは、どこにいるの」

 

 どこ、か。

 

「夢の話になるが、いいか」

「この際構わない。生き霊が出てくるくらいなんだし」

「……夢の中であいつは、“分からない、探してる”って言ってやがった」

「え? 自分のことなのに?」

「精神と肉体が切り離された後、その体をワープの奴に、どこかに捨てられたってよ」

「は? 切り離された?」

 

 あ、言ってなかったな。

 

「それって、そういう“個性”持ちがいるってこと?」

「いや、違う。あいつは、──自殺したんだ」

 

 ガンッゴガンッ

 でかい音が鳴った。一言言っておけば良かったか。相手はおそらく、電話を落としたんだろうから。

 

「ちょっと! 聞いてないわよそんな話!! それ、それっ、吐移くんが、自分で言ってたの!?」

「ああ。“個性を奪う個性”なんだ、あのヴィランは。奴は“自分の個性が奪われたらオールマイトは勝てなかった。それ以前にヴィランになりたくなかった。自分に“個性”を使って傷つく分には法律は何も言ってこない”とかほざいてやがった」

「……本当でしょうね」

「知りたきゃご自慢の“個性”を使って調べてこい」

 

 啜り泣いてんのが聞こえた。電話越しのあいつは、泣いているようだった。

 

「これ以上は……ちょっと、情報が多すぎて……また、連絡するわ」

「ああ」

「……神野区の警察署に協力しに行ってくるわ。何か知ってそうなマイク先生連れて」

「ああ」

「何か分かったら……いや、あんたは全部知ってそうね」

「そうだな」

「じゃあ……ありがとう」

 

 電話を切る。感情的には信じられないが、証拠次第では、か……。こいつには話して正解だったな。

 

 それから見る夢に、吐移は出てこなかった。

 



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四十五話

『ヒーロービルボードチャートJP! 事件解決数、社会貢献度、国民の支持率など諸々を集計し、毎年2回発表される現役ヒーロー番付!!』

 

 点けていたテレビから流れた映像では、ひょろひょろのオールマイトが会見で頭を下げていた。

 

『不動のNo.1がまさかの!! 日本のみならず、ヒーローの本場アメリカでも騒然! オールマイト本当の姿!! 体力の限界!! 事実上のヒーロー活動引退を表明!!』

 

 いつもなら明るい話題が多いこのニュース番組。それでも、先日の大事件のせいで不安要素ばかり取り上げている。

 ジーニアスは大ケガで長期の活動休止。プッシーキャッツの一人、ラグドールはあの拉致の後“個性”が使えなくなり、グループの活動を見合わせている。……盗られちまったんだな、“個性”。思わず舌打ちした。

 

『一夜にして多くのヒーロー達が大打撃を受けた“神野の悪夢”!! これからどうなる日本! そしてヒーローよ!! 以上今日のクイックニュースでした!』

 

 ニュースはあっさりと、天気の話題に切り替わった。

 

「勝己ー! そろそろ着替えときなー!」

「わーってら」

 

 寝っ転がっていたソファーから立ち上がる。今日は雄英の全寮制導入検討の説明の為の、家庭訪問がある。

 うちの答えは、もう出てる。

 

 

 

 

 

「先日資料でお知らせしました、全寮制導入検討の件なのですが……」

「あっはい、よろしくお願いします」

 

 相澤センセーの話を遮った上に、俺の頭を叩くババア。何すんだ!

 

「バッバア叩くんじゃねぇよブッ飛ばすぞコラ!!」

「うっさい!! 元はといえば、あんたが弱っちいからとっ捕まって、ご迷惑かけたんでしょ!!」

 

 何度も叩くんじゃねぇ!!

 

「二人とも……や、やめろよォ、先生方が……驚いてるだろォ……」

「うっせんだよクソ親父、てめぇは黙ってろ!!」

「うっせぇのは勝己でしょ! あんたも喋るならハキハキ喋りなさいよ!」

「んん~……」

 

 だから、叩くんじゃねえ!!

 

「あの、本当によろしいのでしょうか」

「ん!? 寮でしょ? むしろありがたいよ!」

 

 ついでみたいに叩くな。俺の頭を太鼓と何かと勘違いしてんじゃねーぞ!

 

「勝己はなまじ何でもできちゃうし、能力も恵まれちまってさ。他所様からチヤホヤされて、ここまで来ちまった。薄っぺらいとこばっか褒められて……。だから、あの会見での言葉が嬉しかったんだよね。『ああ、この学校は勝己を見てくれてる』って」

 

 ……帰ってきてから改めて見た、会見での相澤先生の言葉。

 

『誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると私は考えております』

 

 先生は俺をそう評価してたのかと驚いた。

 

「一時は不安でどうなるかと思ったけど、こうして五体満足で帰ってきてるワケだしさ。しばらくは風当たりは強いかもしれないけど、私は信頼して任せるよ。な」

「うん」

 

 今度は頭をわしゃっと掴んだと思ったら、押さえつけられた。覚えとけよ……。

 

「こんなどうしようもない奴だけど、みっちりしごいて、良いヒーローにしてやってください」

 

 俺も二人と同じように頭を下げた形になった。まあ、ここは別にいいか。

 

 

 

 次の家に行こうとする、細くなったオールマイトに声をかける。外に出るなって言われてたが、敷地内なら大丈夫だろ。

 

「オールマイト」

 

『次は、君だ』

 

 皆が感激した、オールマイトの言葉。あの中でただ一人、デクだけが泣いていた。

 

「デクは、あんたにとって何なんだよ」

 

 俺の質問に言葉を詰まらせたオールマイト。即答出来ねぇか。そうか。

 オールマイトは顔を伏せて答えた。

 

「……生徒だよ。君と同様に、前途あるヒーローの卵だ」

 

 あくまで、そう言うか。

 

「勝己コラ! あんた外出るなって警察に……!」

 

 呼ばれちまったし、戻るか。

 

「そっか。あんたが言いたくないなら、いいわ」

 

 その姿以上に、晒してはいけない秘密だってことが分かっただけ……。

 

「ありがとよ」

 

 あんたを終わらせて、本当にごめんなさい。

 

 

 

 

 

 部屋でぼーっとしてたら、親父に「手紙届いてたよ」と、部屋の外からノックの音と共にそう言われた。

 

「吐移って人からみたいだけど……」

「!!?」

 

 吐移!? ヘアバンから、手紙が!? 部屋から飛び出し、驚く親父から手紙をひったくる。薄い緑色にこじんまりと花模様があしらわれた封筒。差出人は、吐移、「明美」。正じゃ、ない。

 

「知ってる人からじゃ、なかったのかい……?」

「……知らねぇ」

 

 ただ、予想はつく。

 

 部屋に入って椅子に座る。丁寧に封を切って、中身を取り出す。全部で3枚。丁寧な字で書かれている。

 吐移明美という人物は、やっぱり、ヘアバンの母親だった。彼女は自己紹介と突然の手紙に謝罪の言葉を綴った後、こう続けている。

 

 

『うちの息子、正の手紙から、あなたがうちの息子と仲良くしてくださっていると伺っております。

 

 あなたのことや、ご友人の話を書くときの息子の字は跳ねていて、心から楽しいんだと感じずにはいられませんでした。あの子の幸せは、私の幸せでもあります。本当に、ありがとうございます。

 

 息子が出血多量で倒れていた際、助けてくださったそうですね。その後もうちの子に色々と世話を焼いてくれたと聞いております。親として礼を申し上げます。うちの息子と友人になってくださり、ありがとうございました。

 

 うちの息子、吐移正が行方不明であることはご存知でしょうか。学生である貴方に探していただきたいわけではありません。ただ、息子の手紙を読むに、貴方は行動力があると思います。ですが、どうかあの子を探さないでください。貴方もヴィランに狙われた一人。何かあれば、息子が悲しみます。

 

 息子も、ヴィランに連れ攫われたと知りました。世話を焼いてくれた貴方のことですから、心配であることはお察しします。ですが、どうか、息子のことはどうか、プロヒーローや警察に任せて、あなたはより良いヒーローになれるよう、がんばって頂きたく思います。

 

 最後になりますが、息子と仲良くしていただいて、ありがとうございました。

 あの子が見つかって、また学校に通いだしましたら、同じように仲良くしてあげてください。よろしくお願いします。あの子のヒーロー』

 

 

 

 手紙をたたむ。溜め息を吐いて、自分がいつのまにか息を止めていたことに気がついた。この人は、どこまで知っているんだろうか。知らなくて書いているのだろうか。

 

「もう、動けねーな」

 

 手がかりも力もなく、探す気力もなかったはずなのに、引き止められてショックを受けてる自分がいた。

 

 

 

 電話がかかってきた。相手は赤髪の女。この前言ってた“個性”で、警察に協力してきた話だった。

 

『ほとんど吹き飛んでて荒かったけど、だいたい読めたわ。……あんたの話、信じる。吐移くんは自分の“個性”で自爆してたし、ワープ個性で体を捨てられていた。……自分の“個性”を疑うわけじゃないけど、信じたくない光景だったわ』

「そうかよ……」

『ねえ、吐移くんのお母さんからの手紙、あんたにも来てる?』

「それが、なんだ」

『……止められたじゃない。あんた、どうすんの』

「どうするって、俺が何すんだ」

『……あんたなら、探すかと思ってたんだけど』

「死体をか。……そんな気持ちは、無いわけじゃねえ。だが、そいつの母親に止められたんだぞ。良いヒーローになる為の行動をしろと言われた。今までは良いヒーローじゃなかったってことだろ。……なら、あいつが盆に帰ってきた時に恥ずかしくねぇように、強くなるしかねぇだろ」

『……そっか』

 

 色々とブレてる自覚はある。だが、目標は、考えは、これから固めりゃいい。幸い、夏休み中だしな。

 分かっているのは、弱いままじゃいられねぇって事だ。

 

 弱いから失った。

 

「オールマイト……。吐移……」

 

 失ったものが、大きすぎる。

 

 もう、失いたくない。

 

 失いたくねぇから、強くなってやる。

 

 あいつの分まで、あいつの憧れた“ヒーロー”になってやる。

 

 




 以上をもちまして、最終回とさせていただきます。皆様、ご愛読頂き、誠にありがとうございました。


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吐移くんがお好き、又は嫌いではない方は、ぜひご覧下さい。

 最終回と言いましたが、完結とは言ってませんよ!(謎理論)


 吐移の死体は発見されたか?

 ──いいえ。

 

 吐移の死体を捨てた場所は、明らかにされているか?

 ──いいえ。

 

 吐移の死体を捨てた先に、人気が無いと明記されていたか?

 ──いいえ。

 

 吐移が死んだという証拠はあるか?

 ──いいえ。

 

 では、吐移は生きている可能性があるか?

 ──はい。

 

 

 ここから先は、吐移が生きていたほうがいいという方だけ、読み進めるのがよいでしょう。

 これから始まるのは、ショーン・ブラウンの物語。

 心配はありません。後日談のようなものですから。

 

 

 

 

 

「ねぇ、あの人もしかして、爆心地じゃない?」

「え、うそ、本当だ……。メガネつけてる、かっこいい……」

「サインもらう?」

「やめとこ? オフっぽいし」

「そっか……そうだね」

 

 いや、来るなら来いや。サインくらい時間かかんねェから。

 俺を発見した女二人は、もう俺を見るのを止めていた。気にしねぇようにしよう。

 

 文庫本のページをめくり、コーヒーを一口含む。香ばしい香りと、苦味と酸味の奥にある甘さを堪能する。鼻から抜けていく香り含めて、美味い。

 オフの今日は、カフェで本を読んで過ごすことにしていた。事件も何もない、平和な一日であってほしい。メンドくせェから。

 

 吐移が死んで──正式には行方不明になって──もう7年になる。

 あれからも濃い日々を過ごした。ヒーローにもなった。サイドキックから独立し、事務所を持つプロヒーローになって1年になる。充実していると言っていいだろう。ただ、少しだけ物足りなさを感じてしまう。それが何なのかは分かっている。全く、未練がましい。

 

「えー、リカバリーガール、引退するんだー」

「そうなの? まあ、おばあちゃんだしね。雄英の後任、誰だろうね?」

「治癒系の“個性”ってチョー珍しいかんね」

 

 さっき俺を発見した、女二人の会話。うるさいわけじゃないが、店内が割と静かで近いから聞こえた。おかげで集中力はもう切れちまった。

 

「でも、前、雄英に居なかった? 生徒で」

「誰よ?」

「うーん、名前は……。体育祭で溶かされて、ソッコー治ってた子が居たんだよなぁ。なんかダサい小豆色のヘアバンドをつけてた子!」

「で、その子は今?」

「分かんない」

「じゃあ、違うんじゃない?」

 

 吐移が行方不明になっていることはニュースにならなかった。証拠が何もないからだ。赤髪──今は警察官になった記見の証言は握りつぶされている。まあそれ以外に明確な証拠は一個も無いからな。死亡扱いにもされていないのは、ただの時間の問題でしかないのか。

 

「ここ、席空いてますか?」

 

 意識を他に飛ばしていて、かけられた言葉が自分に向けられたものであると気づくのに遅れた。顔を上げて確認する。俺に声をかけてきたのは男。それも筋骨隆々の、サングラスをかけた、いかつい男だ。奴はその体に対してギャップありまくりの、チャーミングな笑顔を俺に向けていた。

 少ないが、席は他にも空いている。俺はまだ返事をしていない。なのに男はカフェオレを持って、勝手に俺の対面に座る。

 

「君を見た瞬間、身体に電流が走った。アメリカから帰ってきてすぐ、こんなことがあるなんて。運命的だよ」

「オイ……」

「その冷たい目も懐かしいね。最初からやり直してる感じがしちゃうよ」

「あ゛あ゛?」

 

 こいつは俺を知っている? こんな気色悪い奴と知り合いになった覚えはない。周りも、というかさっきの女二人がざわめきだした。止めろ。

 

「テメェ……」

「本当に懐かしい……。確か、高校1年の春。弁当を持って、初めて君の前に座って一緒にお昼を食べた時が、こんな感じだったよね」

「はぁ……?」

 

 高1の春、俺の前に座って、弁当を持って……?

 まさか!!?

 

 目の前の男はサングラスを下にズラし、目を晒した。少し下手なウインク。それよりも気になったのは、見覚えのありすぎる切れ長の目。随分と、イタズラ好きになったもんだ。

 

「久しぶり、バクゴー君」

「どうやって生き延びてやがった、ヘアバン」

 

 握手を交わす。思わず笑みがこぼれる。

 体が変に熱を持って、ブルリと震えた。

 

 

 

 ヘアバンドっつーアイデンティティを捨てた吐移が帰ってきた。

 生きて、帰ってきた。

 

 場所は変わってカラオケ店。個室で話がしたかったからだ。変な機械がないか確認した後、ゆっくり席に着いた。

 

「で、てめェは本物か偽物か?」

「疑うなら二人きりになるなよ……!」

「お、本物か」

「認定あっま!!」

 

 呆れるヘアバンは──もう着けてねェし、吐移でいいか──は、カフェで買っていたカフェオレを飲む。このカラオケ店は持ち込みOKだ。

 

「すぐ信頼してくれるのは嬉しいんだけどな……。それなら、もっとビックリしたり、感動してくれたりしてくんない?」

「現実味が無い」

「なるほどね。分かるけど、死んだと思っていた人間が成長して目の前に現れたんだから、もう少し驚いて欲しかったな」

「御託はいい。何で生きていたのか、説明しやがれ」

「タイム イズ マネー! 分かったよ」

 

 なんかノリが古すぎて、化石な気がする。

 吐移はカップを置いて、ついでにサングラスも外して座り直した。

 

「俺の体が、テキトーに捨てられたところから話そうか」

 



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 君と夢の中で今生の別れを告げた後、俺は自分の体を見つけたんだ。場所は病院のベッドの上。目が覚めて教えてもらった。ワープの奴、黒霧が捨てたのは海の上……のつもりで、実はアメリカ軍の巡視船の上だったんだ。

 

 床より5m上から落とされて、ショックで俺は息を吹き返した。自殺したつもりだったけど、実は仮死状態だったんだ。で、息が出来るって事は、無意識に俺の個性は発動される。瞬く間に傷を回復した俺だけど、血が足りない、仮死状態のダメージがあるとか色々で、巡視船の上ではついに目を覚まさなかった。この、目を覚まさなかった期間が、バクゴー君の夢枕に立っていた、生き霊になっていた期間だね。

 

 不法入国にはなるけど、怪我人だからか病院に入れてもらえたのは運が良かった。さらに、俺がそのままアメリカに亡命したことになったってことも。正確には、証人保護プログラム、でね。

 ほら、俺って君と同じで、ヴィランに狙われてたでしょ? 君のような自衛の手段も無い。俺が意識をそっちに飛ばしている間に全てが終わってた。後は、俺自身のサインを待つだけ。

 

 ──どうして俺の身元が分かったか?

 たまたまいたんだよ。雄英体育祭を見てた病院関係者が。日本政府、警察、雄英に確認して、俺が吐移正だと確証を得たんだ。

 あ、そうだ。証人保護プログラムってね、別人になる制度なんだよ。だから今の俺は、アメリカに帰化した、ロシア系日本人。アメリカ国籍のショーン・ブラウンだ。ショーンとか、ブラウンとかって呼んでくれよ。

 

 ──え? 別人なのになんで正体を──って? それより気になるところあったと思うけど……まあいいや。

 君って頭も察しもいいじゃない? あの“個性事故”の時みたいに勝手に盛大に暴かれるより、こっちから言って秘密に協力してもらう方が賢いと思った。まあ、帰国早々、まさかカフェで出会うなんて思ってもいなかったけどね。運が良かったよ。正体は後、シンソー君と記見さんに、母さんには元から伝えてあるから──ショックで生きることを辞めないで欲しかったから──この3人にだけ、今は打ち明けるつもりだよ。

 

 ──何で日本に帰ってきたって? そうだなぁ、もう少し説明させて?

 アメリカ人になった俺は、あっちのヒーロー科の学校に通い始めた。俺の個性を見た軍人さん、今の俺の親父なんだけど、が推薦してくれてね。少し周りより年齢上になるけど、1年から学ばせてもらって、色々乗り越えて、ヒーラー系ヒーローになったってわけ。

 で、今日のニュース見てる? リカバリーガールの引退。あれの後任に、俺が立候補したんだ。だから帰ってきたんだ。ショーン・ブラウン。アコライトヒーロー・ブレスヒーラーとしてね!

 

 

「ダッサ」

「名が体を表してるだろ!」

「ダッサ」

「2回も! くっそ~~!!」

 

 ブラウンは頭を掻いて、悔しがる。ダサいだろ。

 別人になる為にか、あの頃から肉体改造が行われたんだろう。髪型もツーブロックになって、ダセェヘアバンドも取って、サングラス着けて……。あの頃の面影はほとんど無い。

 

「まあ、いいや! センス無いのは元々だし!」

 

 だが、ひとたびそのいかついサングラスを取り、笑顔を浮かべれば、すぐに吐移だと分かる。

 

「今の笑顔、何点?」

「……ウゼェ」

「はあ!?」

「成人男性が何いってんだゴラァ」

「あー、確かに。ごめんごめん。じゃあ気を取り直して……バクゴー君、これからよろしく!」

「……ああ」

 

 握手を交わす。今改めて触ると、昔握られたときと比べ、何倍も肉厚になって、逞しくなっていた。

 

 

 

 吐移……ブラウンと別れ、帰路につく。家について、携帯の連絡先に追加された、「ショーン・ブラウン」の名前を見て、自然と涙が出た。今頃実感し始めたんだ。

 

 俺は、失って、いなかった。

 

 

 

 

 

 

「はあ!? テメェ、知ってたのか!?」

「俺も初耳だ」

「俺もだよ、記見さん」

「当たり前のこと聞かないでよ。私の“個性”、忘れた?」

 

 ブラウンとのエンカウントから数日後、俺の家に心操、記見、そしてブラウンが集まっていた。

 最初にブラウンを吐移だと紹介された時。心操は信じられないって顔してたが、一番驚きそうな記見はまったくそんな表情を作るどころか、分かっていた顔して「おかえりなさい」なんて平然と言うもんだから、つい問い詰めた。記見は呆れ顔で答える。

 

「私の“個性”は生物以外の物質の記憶を見ること。当然、吐移くん……ブラウン君のお母様の手紙の記憶も見たわ。書きながら言っていた。“生きている、正は生きているから、だから……”。聞いた時はビックリしたわよ。その少し前に、ガレキから吐……ブラウン君が自殺した記憶を見たんだから」

「なんで、それを、俺に言わなかった!!」

「そうだ」

「だってあんたたち、『止められたから探さない』って言ったじゃない!」

 

 言葉が詰まる。そうだ、確かにあの時、『良いヒーローになる為の行動をしてくれ』と書かれたから、そうしたんだ。あの時の返事を変えていたら……!

 

「それがダメなわけじゃないわ。むしろ、お母様の意思を尊重した、良い選択だと思ってる。現に二人は立派にヒーローしてるしね」

「探すって返事をしてたとしても、記見さんには黙ってて欲しかったね。俺の為に、自分の人生を不意にして欲しくないし」

「もちろん、言うつもりは無かったよ」

 

 厳守するべき秘密だって分かってたからねと、記見はブラウンを見て返した。本当にそうか? 言い方からして怪しい。

 

 アラームが鳴る。もう三時だ。そろそろ仕事に戻らないといけなくなっちまった。

 

「悪いが……」

「分かってる。顔合わせは終わったんだ、解散しよう」

「物足りないけど、仕方ないね」

「7年分がこんなんで埋まるわけないもん。また、会いましょう」

「うん。それじゃあ、改めて挨拶しましょうかね!」

 

 ブラウンがサングラスを着けて立ち上がる。俺たちに向かって胸を張ると、常識の範囲内で、高らかに言った。

 

「アメリカで生まれ変わりました、アコライトヒーロー・ブレスヒーラーこと、ショーン・ブラウンを、末永く、よろしくな!」

 

 サングラスをかけていたとしても変わらないまぶしい笑顔。お前は、声も、笑顔も手にいれたな。

 

 何がお前の幸せかは分からねぇが、今度は、「4ヶ月の間、幸せでした」なんて言わせねぇ。テメェが“末永く”つったんだ。覚悟しとけよ!

 




 これにて、本作は完結致します!
 ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!!


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自問自答コーナー!(たまに更新)

 思い付いたときに更新してます。


Q.この作品を思い付いた理由は?

 

A.“ぼくのかんがえたさいきょうのこせい”を登場させたかったから。(は?)

 

Q.吐移は最初、死んだままの予定だったとか?

 

A.こんな強個性(自他の怪我を黒いキューブに変換及びキューブは攻撃手段)がヴィランに渡ったら絶望でしかないので。感想やアンケートによって、吐移は救われ、アメリカで守られながら強くなって帰ってきました。

 

Q.「ボーイズラブ」タグの意味は?

 

A.私が腐女子なので、意識していなくてもそういう描写をしていた場合、不満を抱かれる恐れがあったからです。オリジナルヒロイン(記見ちゃん)と結局良い感じになりそうですけどね。

 

Q.小豆色のヘアバンをなんで着けてたの?

 

A.顔を晒す目的と、その色なら血の色ごまかせるかなっていう浅はかな考えからです。乾いたら黒くなりますから、誤魔化せないですけどね。基本、吐移はダサいです。顔はヴィラン寄りですが女顔で綺麗です。センスがない。前髪あれば雰囲気イケメンにはなれるのに。

 

Q.吐移はアメリカで何してたの?

 

A.戸籍すべて変更して別人になった後、ヒーロー科のある学校へ入学。肉体改造に成功し、卒業後はサイドキックとして活躍。独立の良い機会として、リカバリーガールの後任になるべく、日本に帰って来ました。

 

Q.どうして吐移視点がほとんど無いんですか?

 

A.吐移が沢山、秘密を抱えているからです。ヒーローを目指す理由も、初期は人助けをついでにした復讐の為でしかなかったので。それを読者様に知られるとどうしても吐移視点は嫌な奴になりそうでした。雄英では周りがいい人しかいないので、本心からアイドルしてるのに。

 

Q.母親不憫過ぎん?

 

A.書き始めるまで、こんな人じゃなかったんですよ。元々ヴィランにして、自分の息子を売って得しようとした、悲壮感のない人になるはずだったんです。

 私の悪い癖で、悪者に良いところを付け加えた(今回は息子を愛してた)ら、理不尽にあいつづけた女性になってしまいました。見方によっては、死ななかったので救われた方ですかね?(この人も死ぬ予定だった)

 

Q.何で「吐移」って名前?

 

A.構想段階では本作のタイトルは「傷吐き」でした。“個性”と、心の傷を吐き出すことをかけて。ヒロアカ世界では個性が名前に通ずる所があるので、主人公も例に漏れず……の、つもりでした。しかしこれでは「主人公の個性と真逆じゃね? もしかして隠されてる個性があるんじゃないか」と疑われる可能性があったため、吐移くん雄英での幸せリミット、「4ヶ月」をタイトルに採用しました。

 

Q.吐移は何で中学まで虐められてたの? 緑谷が霞むよ?

 

A.理由は作中でもあげた通りです。

 加害者たちは吐移の“個性”を過信し、サンドバッグにし続けていました。すぐに治りますから。対して吐移は相手を傷つけてもすぐには治りません。訴えられたら勝てないと、周囲に溢し、油断を待っていました。刃物を持ち出した時、それが、証拠を掴める勝機だったのです。流石に血まみれになれば、教師たちも何もしないわけにはいきませんし、吐移はその格好でパニックを装い、警察署まで走りました。準備していた日記などの証拠も提出し、見事、加害者たちを少年院にぶちこみました。「信じられるのは法律だけ」発言は、ここからですね。作品冒頭で吐移の殺人未遂を行ったのは、また別の、加害者の友人でした。学習してたら脳無にならん。

 

Q.母親の“個性”は?

 

A.“爪強化”です。伸ばすこと、固くすること、その反対も可能で、人を殺せるくらいには固く、鋭く出来ます。

 

Q.吐移の“個性”はどこから?

 

A.母親側からの隔世遺伝と、種側との複合です。母親方の祖父が自分の傷を他人に移すことができ、種側が他人の傷を回復させることができます。

 

Q.父親は?

 

A.ロシア人ヒーローです。すぐ逃げ帰りました。無罪放免って酷いね!

 

Q.最初から“個性”の黒いキューブが使えてたら、どうなってた?

 

A.使えていたら、ヒーロー科に楽々入れたと思います。ただ入試試験時には同じ会場でないにしろ、吐移くんと同じ中学校の生徒もいましたので、巡り巡って吐移くんの“個性”に攻撃性があることを中学の同級生に知られるのを嫌いました。だから結局彼は普通科に入る運命でした。

 それからなんやかんやあって入学後に黒キューブが使えることになったとしても、体育祭でそれを使っても、自分で回復させることは出来ませんでした。インターンシップ前ですからね。傷つけっぱなしは吐移くんの精神がやられますので、きっと使わなかったでしょう。それを常闇くんに指摘されて「本気で来い」と言われたら、きっと闇落ちしてました。一番になりたいけど“個性”で傷つけたくない、と。

 彼が苛めを受けていたことは逮捕の件もあり調べがついていたので、雄英は何か企みがあると感じ、普通科に進学(学力的には合格)させ、要注意人物として扱っていました。まあ、あれですよ。一割は「青山不在がどうしても書けなかった」っていう理由です。原作キャラは誰一人として欠けちゃダメ。私にそれを補えるほどの、原作を大きく変えられるほどの実力は無いって話です。吐移くんにレーザーは出せない!

 

Q.吐移の“個性名”は?

 

A.原作開始時点では『超回復』

  インターンシップの後は『傷吸収』

  個性事故の後は『傷変換』

  以上です。ころころ変わりましたね。

 

Q.体育祭で吐移は暴力を奮っていたけど、意味があるの?

 

A.あくまで、やり返す意思のある人の話ですが、その人が振るう拳は、その人が振るわれてきた拳だと思います。格闘技やっていた人の拳は格闘技。言葉で攻撃されていた人の拳は言葉。だから吐移の拳は暴力でした。

 

Q.吐移、ショーン・ブラウンはこの先どうなる?

 

A.ピンチになるも、平和の未来なままでいるも、皆さんの想像任せですね。

 

Q.ショーン・ブラウンの見た目は?

 

A.シュワちゃんみたいになってたら良いなぁ! 悪魔合体してごりマッチョアイドルですね!

 

Q.質問は以上です。何か一言ありますか?

 

A.繰り返しになりますが、ここまで読んでくださり、また、この作品をご愛読くださり、誠にありがとうございました! よろしければ九割吐移くん視点の『傷吐き』もご閲覧いただければ私が嬉しいです!! では!

 

 



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