今日の投下は3000字ですわ! (くまたろうさん)
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お前が代わりに書くんだよ!

始めましての方は、はじめまして。
ご無沙汰の方はご無沙汰しておりました。

それでは対戦よろしくお願いします。


「あー!!!!どなたか私の代わりに書いてくれませんかしらっ!!!」

 

 都心から電車で1時間ちょい。周りにあるのは住宅街と森だらけ。都内と言えどもそのためそこそこのキャンパスの規模を誇る我が東甲大学には、敷地内に2つの部室棟が存在している。

 僕がこの大学に入学する前年に完成したらしい新棟と、このキャンパスの建設と共に同時に作られた築30年近いと言われている旧棟。

 そんな旧棟の一角。床に敷かれている畳も、それを囲う壁もボロボロの我が部室で、僕は彼女の悲痛な叫びを耳にしたのだった。

 

「こんにちは燦然寺さん」

「呑気な声上げてる場合ではありませんわ松野君!これは……死活問題ですのっ!」

 

 そういいながら彼女、燦然寺燈華さんはボロボロのクッションをこれまたボロボロの木棚から引きずり出すとちょこんとその上へと腰を下ろした。

 

「それ、定期的に口にしてない?」

 

 そう僕が口にすると彼女はその綺麗な顔に何やら不服そうな表情を浮かべるとこちらへとぷいとそっぽを向いた。

 

「読む専の松野君にはわからないんです。私の、というより物書き共のこの気持ちが……」

「共ってねぇ……」

 

 彼女とは入学直後のオリエンテーションで親しくなって以来かれこれ1年の付き合いになる。それ以降なんやかんやとありまして、今はこうして同じ部室でだらだら二人っきりで話せるくらいの距離感という訳だ。

 なんやかんやは……なんやかんやだ。

 

「それで、いったい何があったの?」

「それは……」

 

 その前に、改めて彼女をここで紹介しておこう。燦然寺燈華。明治以降から昭和初期にかけて貿易で財を成した名家である燦然寺家の血を引く所謂お嬢様。育ちはもちろんその綺麗な容姿から大学内でもファンが多く、よく学内で声をかけられているのを目にしている。まぁ、華麗にあしらわれるところまでが一連の流れなのだけれども。学業の方も昨年はそりゃまた優秀な成績を修めていた(本人曰く)らしく、まさしく才色兼備のお嬢様と言っても過言ではない。

 っとここまでは大学内で普通に生活をしていれば耳にすることが出来る情報ではあるのだが―

 

「ネタは浮かぶのに書くスピードが追い付きませんのっ!」

 

 彼女の趣味がネットに自らが書いた小説を投稿することである。というのはほとんどの人には知られていない。

 

「いや、書けば追いつくじゃん」

「簡単に言ってくれますねっ!物書きへのNGワードですわ!こっちにもいろいろあるんですの」

 

 そう言って燦然寺さんはその表情に一瞬陰りを見せた。

 そりゃそうか、仮にもって言ったら失礼だけど、彼女は名家のお嬢様。そりゃ庶民の僕には分からない悩みがあるんだろうな……。

 

「ごめん、そりゃ色々あるよね」

「そうなんですの、天鱗がなかなか出なくて……」

「モ○ハンやってんじゃねぇよ!!!!!」

 

 僕の気遣いを返せよ……。

 

「全部カ○コンが悪いんですわ」

「悪いのは君だよ!」

 

 という具合なのがいつもの僕らの会話である。彼女のファンの方々には決してお見せできない光景だ。

 

「それにしてもお二人はまだなんですの?」

「お二人……?」

「ええ、越智先輩と花園先輩ですわ」

「ああ……越智先輩はバイト。花園先輩は今日は6限までだから来ないってさ」

 

 ポケットから取り出したスマホの画面には、昼の間に貰った各二人からの連絡が表示されている。

 僕と燦然寺さん、そして先ほど名前が出た3年の越智先輩と同じく3年の花園先輩、この4人が東甲大学非公認サークル現代文化文学研究会のメンバーであったりするのだ。

 ふと、二人っきりの一室に何とも言えない静寂が訪れる。

 

「そ、そう言えば……」

 

 見ればそこには若干顔を赤らめながらクッションの向こうから上目遣いでこちらを見つめてくる燦然寺さんと目が合う。

 その表情に一瞬胸の高鳴りのようなものを感じるが勘違いしてはいけない。彼女がこういう表情をしているときは大体話題は決まっているのだ。

 

「読んだよ、先週上げてたやつ。面白かったよ」

「そ、それは良かったですわっ!」

 

 ああいう表情の時は、決まって彼女は自作の感想を気にしている時なのだ。まぁ、このキラキラと嬉しそうな表情を見たいからネット上では絶対に感想を言わないんだけど。

 

「アニメの後のIFストーリーってのはやっぱり鉄板だけどさ、まさか1話目の時に助けた村にもう一回訪れるっていうのは想定してなかったよ!」

「ふふふ……それは物書きの腕の見せ所というところですわっ!」

 

 フフン、とドヤ顔を浮かべる燦然寺さん。可愛い。

 

「それに、あんなに綺麗な村なんですの。出番があれだけなんて言うのはちょっと勿体ないかなと」

「なるほど、そういう考え方もあるのか」

「作品のファンとして、ああいう綺麗な絵を描き上げられたアニメーターさんに感服したというのもありますわ」

 

 彼女曰く、ネットの物書きには2種類存在するらしい。

 一つが自らが考えた設定を元にオリジナルのキャラクターが活躍するというもの。

 もう一つが先ほど話題に上がったように何かの作品の所謂”二次創作”という奴だ。

 燦然寺さんはどちらかというと後者の方で、お気に入りのアニメや小説、ゲームなんかのIFやエピローグ後の物語を書くのが好きらしい。

 

「感想を貰えると頑張って書いて良かったって思いますわ」

「そっか、読む専の僕にはその気持ちは分からないけど……」

「松野君も書いたらよろしいのに」

「いや、僕はそういうの向いてないから……」

 

 越智先輩にもよく言われるけど、やっぱり面白いものを読んでると僕には無理だなぁなんて思ってしまう。

 

「無理強いはしませんけど……そんなにハードルが高いものではないですわよ?」

「でも、定期的にSNSで発狂している燦然寺さんを見ているとなんとも……」

 

 あんなに苦心してまで書きたいかと言われるとそれもちょっと違う気がするような。

 

「あれはその……物書きゆえの病気みたいなものですので」

「治らないの?」

「治りませんわ、不治の病みたいなものですわ」

 

 治らないんだな。

 

「そう言えば、さっき言ってた代わりに書いてくれないかっていうのは?」

 

 ふと、先ほどの病気で思い出したが冒頭の台詞を燦然寺さんが以前似たような内容でSNSにて呟いていたことを思い出した。

 

「松野君はこういう経験がおあり?このキャラがこういうことしてくれたらカッコいいだろうな、ですとか、このキャラとこのキャラ、絡んだら面白いだろうなあとか」

「あー、あるかも」

「それがネタですわ!」

「……どういうこと?」

「アイデアは定期的に沸いてきますの!こうしたいああしたいだの。でも、それに執筆ペースが追い付きませんの。私は見たいから書いてますの。このキャラがこういう事をしているという場面を。でも、ペースが追い付きませんの!だから、代わりに、誰か、書いて!!!!」

「分かったから落ち着いて!」

「……まぁ、そういう事ですわ」

 

 そういう話だったのか。分かるような分からないようなそんな感じだ。

 

「さて」

 

 ふと、彼女の視線が壁の時計へと移る。

 

「そろそろ6時ですわね、帰りましょうか」

「そうだね、駅まで送るよ」

「ありがとうございます」

 

 二人並んで帰り道をゆっくりと歩いていく。そこには大学生の男女の通学路には不似合いなアニメや漫画、ゲームの話ばかりだけれど、この時間が僕にとっては何よりも充実した時間なのだったりする。

 

 この物語は、ネット小説はもっぱら読む専である僕、松野晋作が大ファンの物書きを応援していく物語である。

 

 




感想頂けると次話が加速します。

最終的には指先の感度が3000倍になります。


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エッチなことはお好き?

今回も対戦よろしくお願いします


 画面に映し出される『ブックマークに登録』のボタンを確認すると作品の心地よい読後感をそれに込めるかのようにその表示へと指先を伸ばす。

 面白かった作品には敬意と感謝を込めて。これが作者への応援に少しでもなってくれるなら嬉しかったり。

 

「いやぁ面白かったなぁ!せっかくだし感想も書いちゃおうかな」

 

 平日の午後、授業もなく後は自宅への家路につくだけとなった僕は、半ば日課ともなっている時間を旧棟の一室で過ごしていた。日本でのシリーズ売り上げが5本の指に入ろうかというとある長寿RPGの大ファンである僕は授業中にそのシリーズの中編二次小説を偶然見つけてしまいこうして家に帰ることもなく部室で黙々と読みふけっていたのだった。

 

「そう言えば先輩」

「ん、どうした?」

 

 ふと思い至ったことがあった僕はスマホの画面を消すとともに部室の一角で黙々とノートパソコンに向き合っている人物へと声をかける。

 整った顔立ちと如何にも大学生らしい髪型。とあるバンドのボーカルだと言われても信じてしまいそうな風貌の彼こそがこの東甲大学非公認サークル現代文化文学研究会の発起人でありサークルリーダーである越智卓先輩である。

 

「作品のブクマって嬉しいものですか?」

 

 普段何気なく自分が行っている行為に思うところがあり、同じ”書き手”である先輩へとその素朴な疑問をぶつけてみる。

 

「嬉しいに決まってるだろ」

「そんなもんですかね?」

「まぁ、具体的に数字で目にすると思うところはあるけどな……」

 

 そう言うと彼は僕の方へとPCの画面を向けてくる。

 

「思うところ?」

「見てみ、俺のマイページ」

 

 そこには先輩が投稿している作品の一覧と各閲覧数、ブックマーク数、感想の数が表示されていた。

 

「先輩、相変わらずすごいですね」

「これでもそこそこ人気だからな」

 

 そういって少し勝ち誇った顔を浮かべる先輩。その自信たっぷりの表情を裏付けるかのようにそこには普段ちょっとやそっとじゃお目にかかれないような数字がいくつか見て取れる。

 越智先輩は”とあるジャンル”で数字を持っている書き手だ。彼が作品を投稿した日には必ずと言っていい程日間ランキングの上位に名を連ね、週間にも当然のように顔を出している。

 

「これとこれな」

 

 そう言って彼は二つの作品を指さした。

 

「一個目が2週間かかった奴、もう一個が5時間ぐらいで書いた奴な」

 

 そこに表示されている数字を見て一発で先輩の言いたいことが分かってしまった。

 

「まぁ、そういうこと。かけた時間と評価は比例しねぇってことだわ。後文字数な。それに関しては難儀な世界だよ全く」

 

 そんな時だった、部屋の扉が開くと同時に一人の少女が姿を現す。

 

「あら、松野君と越智先輩ではありませんか」

「こんにちは」

「おう、お疲れ様」

 

 そこにはやたら大きめの分厚い本を両手に抱えた燦然寺さんが立っていた。

 

「どうしたのそれ」

「この本ですの?実は再来週が期限のレポートで使うことになってまして……」

「なるほどね」

「それで、二人してどうしたんですの?」

 

 そう言いながら彼女はお気に入りのボロボロのクッションをいつもの場所から取り出すとそれへと腰を下ろした。

 

「ブクマがな……」

 

 越智先輩が燦然寺さんへと簡潔に事のあらましを伝える。まぁ、そんなに大した話でもなかったのだけど。彼女はその話に「気持ちは分かりますわ」とだけ小さく答えると先ほどの分厚い本へと意識を移した。

 

「そんなもんなんですねぇ。あ、そう言えば先輩の新作読みましたよ」

 

 ふと、ピクリと燦然寺さんの表情が動いたのが横目で見て取れた。

 

「お、どうだった?」

「最高でした!」

「そうか!具体的には?」

 

 僕が素直に感想を伝えると先輩はキラキラとした表情でこちらに続きを促してくる。

 

「そりゃあもうあのキスから押し倒すところまでの流れですよ!」

「だろうなぁ!エリカに手伝って貰った甲斐があったわ。流石に胸の大きさまでは再現できなかったけどな」

「それ、エリカさんに絶対に言っちゃだめですよ」

 

 僕は先輩の彼女であるエリカさんの姿を思い浮かべ一瞬何とも言えない表情を浮かべてしまう。綺麗な人ではあるけれど、先輩の作品のヒロインと違ってスレンダーだもんな、エリカさん。

 

「しかもそこから胸へ手を伸ばすまでの主人公の葛藤がすごい共感できてですね」

「お前童貞だろうがっ」

「いやぁそう言えばそうでしたぁ~!」

 

 そう、越智先輩の”とあるジャンル”とは所謂R-18のオリジナル作品である。その中でも青少年たちのピュアなラブストーリをメインにしている彼は一部の層から神とも崇められているとか……。

 その後も先輩の作品への感想で盛り上がる僕と先輩。そんな時、ふと「バンッ」というこの場に似つかわしくない大きい音が室内に響いた。

 

「……っですわ」

 

 見ればそこには先ほどまで手に取っていた本をパタリと閉じ、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えている燦然寺さんの姿。

 

「じょ、女性の前でエッチですわっ!」

 

 そこで僕は彼女の存在を思い出す。盛り上がりすぎて燦然寺さんがいたことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「ま、待って燦然寺さん」

「待ちませんっ」

「でも、考えてみてよ、源氏物語だって内容だけを言えばあの当時のただの官の」

「言わせませんわっ!」

「じゃあ松野、後よろしくな」

「先輩は見捨てないでくださいっ!」

 

 逃げるようにこの場を去ろうとする越智先輩の手をがっちりとホールドにかかる。

 

「はぁ……お前の顔に免じて残ってやるよ」

 

 僕の祈りが通じたのか静かに元の場所へと腰を下ろす先輩。よかった……。ところで僕、そんなに酷い顔してたんですかね。

 

「べ、別にそういうジャンルがあるのは認めてますけど……」

「燈華も書くか?R-18」

「ふぇっ!?」

「えっ!?」

 

 先輩の思わぬ提案に燦然寺さんだけでなく僕まで変な声を上げてしまう。

 

「そ、そんな私は」

「R-18はな……伸びるぞ」

 

 ふと、燦然寺さんの表情が変化したのが分かった。揺らいだな、今。物書きとしての心が揺らいだ。

 

「でも、その、あの、わたくしそういう経験は……」

 

 ……ないんだ、そういう経験。べ、別に嬉しくなんてないんだかんねっ!

 

「別に要らねぇだろ。それを言うなら剣と魔法の世界になんて行ったことある奴なんていねぇんだから」

「まぁ、それはそうですけども」

 

 それでも燦然寺さんは複雑な表情を浮かべていた。

 

「知っている方がそういう事を書いているなんてあまり知りたくありませんわ……」

「まぁな。でも、俺別垢あるぞ?」

 

 越智先輩の衝撃の告白に燦然寺さんはぽかんとした表情を浮かべた。その告白に驚いたのは何も彼女だけではなく……。

 

「先輩、別垢あるんですかっ!?」

 

 僕もご多分に漏れず驚いていたのだった。

 

「まぁ、普段の垢じゃ書けないようなエロエロなことをな」

「それも参考のためにエリカさんにしてるんですかっ!?」

「エリカにはしてねぇよ!」

「には!?にはってなんですか!?エロエロなこと専門な別の女性が」

「いねぇよ!言葉の綾だ!とにかくな……、別にエロとは言わんが、いろんなものが書けるようになっといた方はいいと思うぞ」

 

 「それに」と続けた先輩は最後にとどめを刺すように燦然寺さんへとある言葉を吐く。

 

「R-18はな……伸びるぞ」

「くっ……」

 

 

 後日、燦然寺さんの作品には結構過激なキスシーンが描かれていた。ああ、だからR-15タグが付いてたのか。

 ……如何わしい妄想をしてしまった僕を、誰か殴ってはくれないだろうか。

 

 




そのためのR-15タグ。

みんなブクマと感想欲しいもんな。


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まずはその公式をぶち殺す

3話です。対戦よろしくお願いします。


「そう言えば先輩、昨日の『ラブ×スク』観ました?」

 

 とある平日の午後、相も変わらず僕は部室で越智先輩と最近見た作品の話で盛り上がっていた。

 

「ああ、観たぞ」

「原作読んでるからあの展開は分かってましたけど、やっぱり好きなキャラがこう負けヒロインだのなんだのって言われてるの見るとやっぱ複雑ですよ」

 

 昨日見たアニメのヒロインの画像を探す中でとあるまとめサイトに辿り着いた僕はそこに並んでいるスレタイに何とも言えない表情を浮かべてしまっていた。

 

「まぁ、言いたいことは分かるぞ礼ちゃんはいい子だからな」

「礼ちゃんいいですよね、何てったって」

「ああ」

「おっぱいが大きい!」

「尻がデカい!」

「よぉし後輩戦争だっ!!!」

「先輩が相手でも負けませんよ!」

「騒がしいですわっ!」

 

 一触即発。血で血を洗う戦争の口火がここに切って落とされようとするまさにその刹那、それを遮るようにそこには聞き慣れた声が響き渡った。

 

「さっきから聞いてれば……」

「ご、ごめん燦然寺さん」

「すまん」

 

 そこに居たのは相も変わらずな綺麗な顔を若干歪めながら分厚い本を握りしめている燦然寺さんの姿だった。ちなみに手に握られている本とは来週までの付き合いになるらしい。レポート、早く終わるといいね。

 

「さっきから聞いてるとなんですの?尻だの胸だの……」

「ご、ごめん。女の子のいる前でする話ではなかったね」

 

 先週の一件の後、その事を小耳に挟んだ花園先輩からこっぴどく叱られたのはここだけの話。

 

「礼さんのいい所はあのムチムチの太ももに決まってますわ!」

「いや、燦然寺さんもこっち側かよっ!」

 

 まさかここに来て部活内性癖三国志が展開されることになるとは……。ムムム、ここに来て当家の根幹が揺るぎかねない新興勢力である。

 

「それにしても、まさか燦然寺さんがこちら側の話題に顔を出すとは」

「あら、意外でしたかしら?」

 

 そりゃそうだ、先週の話題を思い出してみろ。顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしてたのは何処のお嬢様だったか。

 

「いや、その……エッチな奴は苦手なのかと思って」

 

 先週の出来事を思い返しつつそう告げると彼女は意外にも平然とした表情を浮かべている。

 

「あれ、違った?」

「甘いですわ松野君。先週の会話を思い出してくださいまし」

「なんか変なこと言ってた?」

「会話中に私がえっちなことが嫌いだとは一言も述べてませんわよ?もし記憶があやふやなようであればこのページ内の前の話のところから第2話を」

「あああメタいメタい!」

 

 この物語の方向性が揺らぎかねない事態だからそれはおやめくだされ。

 まぁでも……。僕の脳裏をよぎったのは前回の彼女の投下。中々に濃厚なキスシーンを描き切った彼女が確かに苦手っていうのもおかしな話だ。

 

「意外っちゃ意外だったけどそうじゃないって言われるとそうじゃないのかも」

「はっきりしませんわね、えっちな私はお嫌いですか?」

「とんでもない、どんな燦然寺さんでも僕は素敵だと思うよ」

「そ、そうですか……」

 

 顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた彼女を見て気づく。あれ、僕今ものすごいことを言いましたよね……?

 どう誤魔化したものかと頭を抱えそうになった刹那「ゴホン」と小さく横から咳払いが聞こえた。

 

「お前ら、ラブコメならよそでやってくれ」

「違いますっ!」

「そんなんじゃありませんわっ!」

 

 ありがとう越智先輩……。お陰様で気まずい空気が和らぎました。やっぱり彼女持ちってすげぇ。

 

「それにしても、やっぱり負けヒロインっていう肩書はちょっといただけないですね。物語上ではそうだったかもしれないけど、やっぱり彼女達には彼女たちの魅力がしっかりあるわけですし」

「松野君のそういう考え方は好感が持てますわ。それに、そのために私たちがいるのですわ!」

 

 僕の言葉に同調するように燦然寺さんはぽんとその胸を右手で小さく叩く。

 

「そうだな、同じ思いを抱いてる人間ってのは案外多いもんだ。SS書きってのはその代弁者でもあるのかもしれないな」

「どういうことです越智先輩」

 

 ”代弁者”という先輩の言葉に思わず僕は声を上げてしまう。

 

「複数ヒロイン物の作品って多いだろ?さっき話題に上がった『ラブ×スク』もそうだ。その中でどうしても物語上主人公に選ばれなかったヒロインってのが存在する。そんな彼女の幸せを代わりに叶えてあげようと努力してる者たちってことだな」

「要は原作ではくっつくことのないキャラクター同士のカップリングってことですか?」

「簡単にまとめるとそうだな。これに関しては別に主人公とヒロインってだけじゃなく全ての登場キャラに言えることだけどな。それに公式じゃどうしてもできないことをやっていったりな」

「というと?」

「まぁあれだ。具体例を出すと某アイドルゲームのプロデューサーとアイドルの関係や第三話で死んでしまうヒロインが死ぬことが無かった世界」

「確かに……公式じゃできませんね」

「でも、作品のファンである俺達ははそういう世界も見てみたい訳だ」

 

 そういうファンたちの声を”代弁”して二次創作として書き残していきたいってことだから”代弁者”ってことか。

 

「まぁ、ほとんどがあくまで作者の妄想だけどな。あくまでもこういう世界があったらいいなってだけの話だ。でも、皆が皆そういう原作キャラたちへの愛を持って作品を書き上げている」

「ペンは剣より強し、と言いますわ。これは作品のファンだからこそ出来る愛あるが故の公式へのささやかな抵抗ですの」

 

 なるほど、確かに僕が読んできた作品はどれも原作キャラへの愛に溢れていた。公式で結ばれなかったヒロインが笑っているとそれだけで嬉しい気持ちになったりもした。

 

「だから、そんな負けヒロインの烙印を消したかったら松野君も礼さんのSSを書けばいいんですの」

「気軽に言ってくれるねっ!」

 

 納得はしたけど、それとこれとは話が別だ。

 

「まぁ、愛が歪み過ぎた故にヒロインが悲惨な目にあったりするやつもあるけど」

「愛の形は人それぞれですので」

 

 それについては言及しないのな、この人たちは。

 

「それに、そういう作品は宣伝効果もありますわ」

「宣伝効果?」

「はい、先ほど公式へのささやかな抵抗と述べましたが、どうしても原作やアニメ中ではわかりにくい彼女たちの魅力というのは存在しますわ」

「確かに。皆が皆同じ出番って訳でもないしね」

「そうですわ。だからこそSS書きの中にはこういう方々もいらっしゃいますわ。”俺の○○はこんなに魅力的なんだぞ”と」

「そういう作品のおかげでキャラたちの魅力を多くの人に知って貰おうって訳だね」

「そういうことだな」

 

 確かに、そういう作品のおかげで改めて原作を見た時に見方が変わったキャラは少なくない。あのキャラの言動には実はこういう裏があったとか、あの性格にはこんな理由があったとか。妄想も多分にあるんだろうけどキャラを想った故に出てきたオリジナル設定なのであればそれはもうそのキャラたちへの考察であり愛であるといえるだろう。

 

「なるほど、そうなると礼ちゃんが幸せそうに主人公に手作りのお弁当を作ってそれを持ってデートに行く、なんて作品も見られるかもしれない訳だね」

「いいですわね、手を絆創膏だらけしながら不格好なお弁当を差し出す礼さん」

「いいな、綺麗にそろえられた彩り豊かな弁当を自信ありげに差し出す礼ちゃん」

「……」

「……」

「解釈違いですわ!」

「解釈違いだ!」

 

 いや、なんで最後にそうなるのさ。

 

 




みんなも妄想を垂れ流していけ。


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始まりはオンリーワンダー

第4話です。対戦よろしくお願いします


「うわぁあ~ん」

 

 部室の扉を開けると先輩が泣いていた。

 いや、何が起こったのか全く伝わっていないと思うが、僕が部室に入ろうと扉を開け中を覗くと、同じ大学の同じサークルの年上の人間が、机に突っ伏して大声で喚いていた。

 これを簡潔に表現するとしたらまさにこの地の文の一行目に他ならないだろう。

 

「あの……」

「あ」

 

 僕の存在に気づいた先輩は涙でぐちゃぐちゃの顔のまま徐に立ち上がると、まるでホラー映画の幽霊のようにこちらへとふらふら近づいてくる。

 ぶっちゃけ普通に怖い。

 

「あ、あの……先輩?」

「……」

 

 声をかけてもノーリアクションの先輩に対して思わずたじろいでしまいそうになる。背中越しに出口を確認するとその方向へと思いっきり足を向けその場からの離脱をはか―

 

「誰が逃すかバカヤロー!」

「いててててててっ!腕っ!絞まってる!がっちり!決まってる!」

「先輩のあの姿を見てお前はなんも思わんのかぁ!」

「いや、だってあの状態の先輩めんどくさ、いや、何も言ってませんっ!だから腕を絞めるのはっ!」

 

 このままじゃ明日から包帯ぐるぐる巻きの状態で大学に通うことに、って今はそれどころじゃなくて、密着しているので色々とですね、なんか良い匂いするし絞められてるはずの右腕はなんか柔らかい感触を感じて痛いはずなのに嬉しそうだしっ!

 

「離してくださいっ!ちゃんと先輩の話は聞きますからっ!」

「…………ホント?」

 

 スッと僕に込められている力が緩むのが分かった。その隙を突き素早く腕を抜き去るとそのまま僕は若干の警戒心を込めながら”彼女”から距離を取る。

 

「で、どうしたんですか花園先輩」

「あのね……」

 

 そう言ってポツリと話始める先輩を見て、僕はようやくその警戒心を解くのだった。

 

「実は、私殺されるかもなんだよ」

 

 そしてその直後にこれである。

 背中まで垂れたボサボサの髪を乱雑に手櫛で整えながら先ほどの言葉をへらへらと笑いながら述べる彼女こそ、この現代文学文化研究会の最後のメンバーである花園百合子先輩その人である。

 

「いやぁ、これ見て晋君」

 

 そう言いながら彼女がこちらへと差し出してきたのは画面にバキバキのひびが入ったスマホだった。

 

「昨日より傷がデカくなったんですか?」

「そこじゃないよ!画面だよ画面っ」

「いや、画面の話じゃないですか」

「私のDMを見ろっ!」

 

 なるほど、先輩が言いたかったのはそっちだったのか。

 

「で、DMがどうしたんです?」

「読んでみ」

 

 先輩のスマホには僕も利用しているSNSの画面が表示されており、花園先輩が画面をスライドするとダイレクトメッセージへとその表示が移行する。

 

「昨日の夜届いてさー。朝からもう不安で不安で……」

「あ、いつもの奴なんですね、心配して損しました」

「なんちゅう言い草だよ!」

「だってもう何回目ですかそれ……」

 

 「だって……」なんて可愛らしくもじもじと頬を膨らませている先輩をよそ目に僕は部室の定位置へと腰を下ろした。

 

「今年度入ってからもう7回目ですよ」

「案外細かく覚えてるのな少年」

「そりゃまあ、毎度あんだけ先輩が騒げばそうなります」

 

 さて、そろそろなぜこんなにこの先輩が騒がしいのかを説明しよう。

 花園先輩も、燦然寺さんや越智先輩のようにネットに小説を投稿することを趣味としている所謂”物書き”である。

 そんな彼女が書くのは女性キャラクター同士の友情やそれを昇華したような作品。百合やガールズラブなんて言われるジャンルである。

 

「だって……ユイ×モモが大正義なんだもん」

 

 その中でも彼女は特にとある大人のお友達に大人気の魔法少女モノだけをメインに扱っており、その中でもとある固定のカップリングのみを書き続けている。

 

「まぁた燃えそうなことSNSにでも書きました?」

「うん……ユイ×リナはユイ×モモよりマイナーだって」

「そんなこと書いたらユイ×リナ派は怒りますよ」

「でもこんなDM送ってくる程じゃないじゃんっ!」

 

 そういって一度仕舞ったはずのスマホをこちらへと押し付けてくる花園先輩。そこには随分と過激な言葉が書かれており、まぁ先輩の不安がる気持ちも分からんこともあったりなかったり。

 

「殺害予告は流石にやりすぎだと思いますけどね」

「だからやり返してやった!」

 

 フフンと鼻を鳴らす先輩。見ればそこには先ほどDMを送ってきたであろうアカウントをSNSの運営へと通報した旨の通知が届いている。

 

「それについてはそれでいいんでしょうけど、元々の火種は先輩なんだから気を付けてください」

「ふぁーい」

 

 そう言って不満げにそっぽを向く。

 彼女の横顔を見ながら思い出すのは先日のお説教の件。燦然寺さんに意図せぬセクハラを僕がしてしまった件で怒られたときはすごくしっかりしていたのに。

 ネットだとどうしてこんなに好戦的なんでしょうねこの人は。

 

「全く、そんな喧嘩をするために先輩はユイ×モモを書き始めた訳じゃないんでしょう?」

「うん……」

 

 出会った当初先輩はこう口にしていた。「私がユイ×モモを書くことで、他の人もユイ×モモを書いてくれると嬉しい」と。そういう先輩の言葉に当時の僕はいたく感銘を受けたっていうのに、どうしてこうなった。

 

「あの作品はチナ×トーコっていう大手がいますけど、それと同じぐらい僕はユイ×モモが好きですよ。それは先輩の書く作品のおかげでもあったりします。だから、それをもっと誇ってください」

「晋君……。じゃあ晋君もユイ×モモを書こうよ」

「だから僕は書きませんって!」

 

 なんでそうなるっ!

 

「私はなぁ!他人が書いた、ユイ×モモが読みたいんだ!」

「さいですか……。先輩よくそれ口にしてますよね。自分で書くのじゃ足りないんですか?」

「いや、まぁ自分で書くのも楽しいんだけどさ。元はと言えば私がユイ×モモを書き始めた理由って書いてる人が少なかったからなんだ。だから作品全体の数が増えたら他の人も書いてくれるんじゃないかーって」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか……。

 

「そしたら私も物書き引退!人の作品を享受するだけの人間になれるのに……」

「そうなったら先輩はただのインターネット炎上お姉さんになりかねませんよ」

「それは遠慮願いたい」

 

 そう言って先輩は照れ臭そうに笑った。

 

「本日はお日柄も良く、ですわ!」

 

 そんな時だった。聞き慣れた声と共に見慣れた姿が目に入る。

 

「燦然寺さん、こんにちは」

「ごきげんようですわ、花園先輩、松野君」

「お、とーかちゃんこんにちは」

「花園先輩、一昨日の作品素晴らしかったですわ!」

「マジで!?ありがとー!いやぁあの話ね、ユイ×モモを書き始めた頃からずっと書きたかった話だったんだよね」

「お気持ち分かりますわ。私もそういうネタがありますもの」

 

 そう言えば燦然寺さんが創作を始めるきっかけはなんだったんだろう。彼女との付き合いももう一年と半分以上になるがその辺のことを直接聞いたことはなかった。

 

「それはそうと燦然寺さんの昨日の更新も読んだよ。いやめっちゃ尊かった」

「でしょう!ネタが突然降って来たことに感謝ですわ」

 

 創作とは一種の自己表現だ。始めるきっかけはきっと人それぞれにいろんな理由があって、だけどそこには確かに何かへの”愛”があったんだろう。

 そんな沢山の愛に触れたくて、僕は今日も誰かの物語に触れていくのである。

 

「どうしましたの松野君」

「いや、何でも」

「今、僕モノローグで良い事言ってるぞ、みたいな表情をしてましたわよ?」

「最後に台無しだよ!」

 

 




そう言えば自分が物書き始めたきっかけってなんだったっけなぁ……。

物書きのみなさんは覚えてらっしゃいますか?


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ここにタイトルを入力

ここに前書きを入力。


 燦然寺さんは人気者だ。

 容姿端麗、学業優秀のまさに歩く才色兼備は嫌でもこんないち中堅大学のキャンパス内では目立ってしまう。歩くだけでも大勢の視線を集めてしまうらしい。

 そんな環境だと、当然ながらキャンパス内で彼女が息を抜けるような場所なんて言うのは限られており―

 

「ここがやっぱり一番ですわ」

 

 こうしておなじみの部室に自然と足を運ぶことになるのだとか。

 

「お疲れ様」

「全くですわ」

 

 部室棟の入り口でばったりと出会った時、彼女は何となくいつものキラキラとした表情を忘れ、どこかやつれたような顔を浮かべていた。

 聞けばここに来る直前の授業でまさかのグループディスカッションが行われ、彼女と一緒の班になりたい男共が班決めで揉めに揉めたらしい。

 

「専門科目でもそんな感じなんだね……」

 

 記憶に蘇るのは2日前の教養科目。この授業は唯一1週間のカリキュラムの中で僕と燦然寺さんが一緒になる科目だ。その最初の授業の時のこと。親しい友人と時間割の関係で別々になった彼女の姿が先に教場についていた僕には目に入った。

 一人の彼女がいったいどの場所に座るのか。その空間に居合わせた全ての学生が彼女の一挙手一投足に注目した瞬間だった。

 

「そうです、人文地理は松野君がいてくれて本当に良かったですわ」

 

 どこか不安そうな表情でキョロキョロと周りを数秒ほど見渡すとすぐに僕の存在に気づく。

 嬉しそうな、それでいてどこかほっとしたような表情でこちらへと小さく手を振りながら近づいてくる彼女。それと同時に僕へと襲い来るあまりにも膨大な嫉妬と殺意。

 あの時は本当に世界を全部敵に回したかのような気分を味わったものだ。

 

「あれしか一緒じゃないからね、数少ない手を差し伸べられる機会ぐらいは逃したくないから」

「そ、そうですの」

 

 僕の言葉にどこか不服なところがあったのか、彼女はその答えを聞くと同時にぷいと僕の方から顔を背けた。

 

「法学部は大変そうだね」

「レポート課題が多くて困りものですわ」

 

 先ほどのやり取りで察した方もいるだろうが、僕と彼女は学部が違う。僕が経済学部なのに対して燦然寺さんは法学部に属している。

 初めてそれを聞いたときはそのお堅い雰囲気がなんとなく似合ってて思わず納得してしまったものだ。

 今となってはそんなことはないのだけれど。

 

「……どうしたんですの?」

「いや、法学部は大変そうだなって思って」

「隣の芝生は青く見えるものですわ。経済学部も大変そうですわ」

 

 そう言って彼女は疲れたようにふっと笑った。そういう表情もいちいち綺麗だ。

 

「隣の芝生は青く見える、と言えば」

 

 ふと、燦然寺さんは何かを思いついたかのような顔を浮かべる。

 

「二次創作とオリジナルってございますでしょう」

「また突然な話題転換だね」

「突然って程ではありませんわ。私はほら、二次創作しか書きませんので」

「そう言えばそうだね」

 

 燦然寺さんは彼女が口にしたようにアニメやゲームの二次創作しか書かない。「書きたいネタが沢山あるからそんなキャパシティはない」なんて以前は言っていたけれど今はどうなんだろうか。

 

「投稿サイトの雰囲気もそれによって別れてるところがあったりするよね」

「ですわね。たまにオリジナルを書いている方に憧れたりしますわ」

「そうなの?」

「ええ、だってあまりにも自由ではないですか」

「原作のあるものはあくまでも原作が根っこだからね。世界観とかキャラデザとかには流石に介入できないもん」

「たまに壊れてる作品もありますけどね」

「それはご愛敬ってことで」

 

 僕の言葉が面白かったのか燦然寺さんはふふっ、と小さく声を出して笑った。西日に照らされた彼女の横顔に思わず見惚れているとふとそんな彼女と視線が交わる。

 

「どうかいたしました?」

 

 柔らかい微笑みに言葉にならないむずがゆさを覚えてしまい思わず視線を逸らしてしまう。

 

「や、あの、それで、それだけ?」

「いえ、ただちょっとそう感じただけですわ」

「そ、そうなんだ。そう言えば、勝手なイメージだけど閲覧数の多いオリジナル作品ってタイトルが奇抜だったりするよね」

「それは分かりますわ。文章みたいなタイトル多いですわよね」

「あれはなんなんだろうね」

 

 思わず何かを口にしなければという義務感にかられて何とも言えない話題を選んでしまう。

 

「面白い着眼点かもしれませんわね。二次創作よりもそういうタイトルの付け方が目立つような気がしますわ」

「だよね」

 

 脳裏にはいくつかの小説投稿サイトのホーム画面のレイアウトが頭に浮かんでは消えていく。 

 『執筆者になるよ』のランキングに並ぶ作品名なんか、特にそういうイメージがあるな。近年では「なるよ系」なんて呼ばれ方をされている作品群もその傾向が強い。

 

「思うにオリジナルは二次創作以上にタイトルのインパクトが必要なのかもしれませんわ」

「確かに気になるタイトルだったら思わず作品詳細まで飛んじゃうかも」

「ですわよね。どういう意味が込められているのか不明なタイトルから作品詳細まで飛ぶ読者なんて稀有なものですわ。だからこそタイトルに作品の概要をざっくりと書いちゃうのですわ」

「なるほど「最近ツンデレ系幼馴染が―」なんてタイトルだったら何となくヒロインが予想つくもんね」

 

 それで自分の好みに合ってそうな作品名だったらそのまま作品詳細まで飛んでそのまま本編へ……って訳かぁ。確かに沢山の作品の中から好みのものを見つけるための基準としては分かりやすいのかも。

 

「逆に二次創作だと台詞形式の作品もありますから、それがタイトルにまで流用されることがありますわ」

「例えば?」

燈華「物書き系お嬢様は語りたい」

晋作「メタいメタい。って僕にも感染してる!?」

 

 書式にも介入してくるのかこのお嬢様はっ!規格外にもほどがあるぞ!

 

「っという具合に誰が主役の二次創作なのか、この形式だとわかりやすいですわね。それに、ジャンルの区分がオリジナルとはまた違いますし」

「というと?」

「松野君はオリジナルのジャンルと言われるとどんなもので区分されているイメージがありますか?」

「えっと、ラブコメとか異世界転生とか、後はSFとかもそうかも」

「二次創作は?」

「原作名やキャラ名……あ、そういうことか」

「そういうことです。オリジナルだと登場キャラをジャンルだけだと絞れません。例えるなら中華料理屋に行ったはいいもののメニューは出てくるまで分からない状態ですわ」

「逆に二次創作はラーメン屋が立ち並ぶ場所に行って、そこから好みのラーメンを選ぶ感じだね」

「そういう事ですわ。という風に例えてみましたが私たちの技量ではこれがめいっぱい。後は読者の脳内保管で補っていただくことにいたしましょう」

 

 どこまでメタに走れば気が済むんだこの人は。

 

「画竜点睛なんて言葉がございますけど、書き手の一人としてはタイトルを付ける作業って実は一番楽しみな作業ですの」

「そういう話を聞いちゃうと作品のタイトルを見る目も少し変わってくるね!」

 

 思わず手が伸びちゃうようなタイトルかぁ。そういう惹きつけ方もあるものなのか。

 

「ですので、私たちの日常も誰かに見てもらえるようなタイトルが必要なのですわ!」

「見て貰う必要ある?」

 

 何となくわかってるけど、あまりにもキラキラとした目で燦然寺さんがこちらを見つめているからここは聞いてあげるか。

 

「じゃあ仮に、この物語に名前を付けるなら?」

「『カンペキ美少女お嬢様と読むネット小説のススメ』」

「うーん傲慢」

 

 




ここに後書きを入力。


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一見は百妄に如かず

最新話。対戦よろしくお願いします。


 百聞は一見に如かず。

 なんて言葉があるが、百文が一見に勝るなんて場面はあるのだろうか。

 他人から耳にした言葉ならまだしも、自らが選んで並べた言葉であるのならもしかしたらそれは一回の経験を超えるなんてことがあり得るかもしれない。

 

 さて、燦然寺さんがうんうんとうなり始めてから既に一時間が経過しようとしている。

 部室に着いて直ぐに開かれたノートパソコンはすでにその役割を放棄しており今は机の上でぐったりとその首を項垂れていた。

 

「ロケ……ハン……」

 

 何度その言葉を耳にしただろうか。うわごとのように口からその言葉をこぼす燦然寺さんを流石に哀れに思った僕は、ようやく重い腰を上げそんな彼女へと声をかけるのだった。

 

「流石にそろそろかわいそうだから聞くけど、さっきからどうしたの?」

「……ぃですわっ」

「えっ?」

「遅いですわっ!女性がこうして気力虚しく項垂れているのに声をかけるのが遅すぎますわっ!」

 

 まるで裁判ドラマのワンシーン。机を勢いよく叩くようにして立ち上がった彼女はこちらへとその視線をキッと睨みつけるとまるで異議を申し立てるように言葉をすらすらと並べ始めた。

 

「分からないことだらけで戸惑っているところに私は追い打ちをかけられましたわっ!まさかの信頼している松野君から全力のスルー!私もうメンタルが富士山頂に持っていかれたポテチの袋のようですわっ!」

「べっこり凹んでるって言いたいんだろうけど、あれ膨らむからな」

「レディがこんなに打ちひしがれているのに何もしないなんてあんまりではありませんか?松野君はもうちょっと乙女心というものを理解すべきですっ!それでいてもっと私に寄り添うように気を使って―」

 

 さて、どうして僕が一時間も彼女を放置したのかお分かりいただけただろうか。

 見ての通り、こうなった時の彼女はとにかく”めんどくさい女”と化すのだ。何かにつけてああして欲しいこうして欲しいうんぬんかんぬん。僕はあなたの親か彼氏か!

 勘違いしないで欲しいため補足をしておくが、決して僕らはそういう男女の関係ではないのだ。

 ただの創作者とその一ファン。まぁ、今後どうなっていくのかはこの後のお話を引き続き読んでいただければ……って僕はいったい誰に話しかけてるんだ。

 

「分かった分かった!僕が悪かったっ!それで、何でそんなに悩んでるのさ」

「それが……」

 

 そういうと彼女はちらと先ほどまで首を項垂れていたノートパソコンの画面をこちらへと差し向けてきた。

 

「これが前回のお話の最後ですの」

「ああ、確か主人公がヒロインをデートに誘うってシーンだっけ?」

「そうですの」

「で、それがどうしたのさ」

 

 僕の問いかけに彼女は若干モジモジしながら話の先を口にした。

 

「恥ずかしながら……経験がないのでそのシーンが上手く書けませんの」

「それって、デートの場面がってこと?」

「そういうことですわ」

 

 あら、意外だ、なんて言葉は本人がどう捉えるのかわかりかねないので心の中だけに止めておく。っと言っても実際燦然寺さんはモテる容姿をしてる。お誘いだって無かった訳ではないだろう。その流れでデートの経験もてっきりあるものだと思っていたのだが、本人曰くそうではないみたいだ。

 

「そのため実際の男女がデートでどんなことをするのか分からないんですの」

「あー、そういう事か」

 

 なるほど、彼女が悩んでいた内容がやっと分かった。

 最近ネットで見かけた記事だと、とある作品で料理を得意としている女の子という設定のはずが実際の料理シーンの手順が無茶苦茶だったなんて批判的な記事も目にしている。

 そういうところはリアリティを求める作者だと案外気にするところなのかもしれない。

 

「でも、デートって人それぞれなんだから自由でいいんじゃないの?」

「けっ、そういう安直な考えなんだから駄目なんですのっ!そんなだから松野君は待ち合わせの時に女の子にかける第一声が”いや、僕も今来たところ”なんですのよ!?」

「僕、燦然寺さんにそんな風に思われてたの!?」

 

 ってか今の言い方だと完全に見てきたみたいじゃないかっ!

 ……いや、実際口にしたことはあるんですけどね。

 

「そこはあれだよ、理想のデートプランとかをなぞってみるとか」

「そんな量産型おしゃれ雑誌女子みたいなことしたくはありませんわっ!」

「いや、別にいいでしょうに。それに、そういうのって想像で書いたりするものじゃないの?」

「うーん、どうなんでしょう。リアリティの探し方によるのかもしれません」

 

 リアリティの探し方?どういうことなんだろう。

 

「正直取っ掛かりが多すぎてどれから手を付けていいのか分かりにくいんですよねぇ」

「パターンが多いってこと?」

「そうなんですの。何でもできるっていうのはそれだけどうやって魅せていくかの腕が問われるってことなんだと私は思ってますの」

「なんだか難しい話だね」

「そこで参考になるのが自分の経験なんですけど……」

「それがないから難しいってことか」

「そう言うことですの」

 

 意外とみんな自分の経験を参考にして書いたりするもんなんだろうか。

 

「そう言われるとみんな自分の経験を作品に落とし込んでるものなのかなぁ」

「どうなんでしょうね、その言い分だとファンタジーとか書けなくなりますわ」

「確かに、ファンタジーの物書きがみんな異世界転生してるわけじゃないもんね」

「みんなどころか誰もいないと思いますけど」

「そうであって欲しいよ」

 

 結局のところ、そういう経験がない人っていうのはどうやってその部分を埋めているんだろうか。

 

「妄想でカバーできるところっていうのは何処までなんだろうね」

「あぁ、それについては私は逆だと思いますわ」

「逆?」

「そうですわ、リアリティっていうのはあくまでもエンターテイメントを装飾するパーツでしかないと私は思っておりますわ。だからリアリティがエンターテイメントを阻害するようであればそれはもう排除しちゃったほうがいいのです」

「ん~どういう事なんだろう」

「あくまで妄想を体験がカバーしていくのですわ。結局のところ作品の一番の根っこはその作品が面白いかどうか、良いものだったかどうかに尽きると思いますわ」

 

 それは割と納得かもしれない。かの偉大な映画監督も口にしていた。「俺の宇宙では音が出る」と。まぁ、これについては本人が実際にその言葉を言ったのかは怪しいものだけど……。名言ってのは実は結構普通の言葉が一人歩きしてそれなりの体裁を整えられた末のものだったりするのだ

。でも、これについては確かに同意だ。リアルがどうであれそれが面白ければいいのだ。

 

「百の妄想は、時にたった一つの真実をも超越する」

 

 ふと、燦然寺さんがそう呟いた。

 

「それが面白いものなのであれば、実際の物理法則なんて吹き飛ばしてしまえますし、倫理観なんて置き去りにできますわ」

「ミステリー作家がみんな人殺しって訳でもないもんね」

「そこにケチ付けられるようであればその作品自体が粗だらけなのか、それともどうでもいいところを突きたいだけの読者なのかのどちらかですわ」

「なるほどね……」

「宇宙で音が出てもいいじゃないですか」

 

 最後にそっと添えるように燦然寺さんはそう口にした。

 一瞬はっとなって、次の瞬間僕の顔にも思わず笑顔が零れる。なんだ、同じことを考えてたのか。そのことが、ちょっとだけ嬉しかった。

 

「エロ本の擬音も、それがえっちならそれでいいんですの」

「だからなんで最後に台無しにするのさっ!」

 

 




ただし真実を凌駕できるのはお話の中だけ。


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ケーキの上の空想達は

忘れられたころに更新です。


「松野君は、ショートケーキのイチゴは最初に食べる派ですか?それとも最後に食べる派ですか?」

 

 とある平日の午後、部室で二人っきりの僕に向かって唐突に彼女はそんな言葉を投げかけてきた。三日後が期限の課題レポートに悪戦苦闘を強いられているところに、そんなことを突然尋ねられたものだから、僕の持ち込んだノートパソコンのディスプレイには中途半端なところまで書き殴られた文章がぴたりとその足を止めている。

 

「随分唐突だね」

「いえ、大した意味はないのですが」

 

 そう言って彼女、燦然寺燈華は小さく小首をかしげながら部屋の隅からこちらに視線を飛ばしてきていた。この部屋は、ボロボロの癖に妙に日当たりだけは良いみたいで差し込んでくる西日に照らされて育ちの良さを感じさせるシルクのような綺麗な髪がキラキラと輝いて何というか、ちょっと幻想的な光景を僕へと見せる。

 

「そうだなぁ……強いて言うなら、僕は最後に食べちゃうかもしれないなぁ」

「そうですの」

 

 僕の返答に少し寂しそうな表情を見せる燦然寺さん。あれ、これ答え方失敗した奴だったりするのでしょうか……?

 露骨に落ち込んでる様子を見せる彼女が妙に心に来たせいか課題の方へと向き直ったものの手はキーボードを上手く叩いてくれない。

 

「そ、それがどうかしたの?」

 

 一体どうしたというんだろうか。実は燦然寺さんは最初に食べる派で、最後に食べる派の僕とは一生分かり合えないと知ってしまった。燦然寺家ではケーキのイチゴは最初に食べる派の人間としか結婚することは許されなくて、その事実を知ってしまった燦然寺さんは結ばれないショックからそんな表情を思わず浮かべてしまって……ああああ今から改宗します!イチゴ、最初に食べる教に今すぐにでも―

 

「改宗しますっ!」

「急にどうしたんですのっ!?」

「い、いや、なんでもないっ。それで結局どうしたってのさ」

「その……実は今ここにシコシコと書き続けてきた90000字がありますの」

 

 くるりと手元に持っていた小型のノートパソコンをこちらに向けると、燦然寺さんは恐る恐るこちらを見る。というか、そのノートパソコン、この前アメリカの某企業が今度発売するってプレスリリースで発表してた奴じゃ……。え、えっ、財閥のお嬢様になるとそんなものまで手に入るの?金持ちってスゲー!って、今はそんな話じゃなかったな。

 

「そ、それでその90000字がどうしたのさ」

「これをどう投下しようかと迷っておりまして。一括で投げちゃうほうがいいのか、小分けにして投げるという選択肢もありまして」

「久萬寺燈華になっちゃうね」

「余計なこと言うとBL本のネタにしてコミケで出しますわよ」

「それはいけない。で、それで迷ってるの?」

「そうなんですの」

 

 だんだんと言葉尻が弱弱しくなっていくところを見るとこれは彼女にとっては大問題らしい。そんなもの、僕からしたらポンと投げてしまえばいいのに、と思ってしまうものだが。

 

「それで、それが最初のショートケーキの話題に繋がったりする感じ?」

「察しの良い松野君は好きですわ」

「そ、それはどうも」

 

 急にダイレクトに来ると心臓に弱いのでやめてください。あと、西日に照らされた横顔が今日も綺麗です。

 

「SS書きたるもの、感想や読者の評価というものは欲しいものですわよね?」

「その辺の感情は読み専の僕でも分かるけれど……」

「新作を投げる度にSNSでエゴサの日々。もし感想を補足したものならサバンナで獲物を見つけた時の肉食獣のようにファボとリプライを飛ばす生き物がSS書きですの」 ※個人差があります

「ということはショートケーキのイチゴって言うのは読者の感想って言うことになるのかな?作品全部を読んだうえでの感想というのがすぐ欲しいから全部一気に投稿したい」

「そういうことですわね。でも、少しずつ投下することによって如何にも毎日書いてますよという体も見せたいという感情との板挟みですの」

 

 ふぅと小さくため息を付く燦然寺さん。

 

「そういえば、あんまり気にしたことがなかったけど小分けにして投稿するメリットってあるものなの?一括で投げちゃって全部見て貰った方が読者的にもよかったりしない……?続きが今すぐ読みたい―!ってなる奴いっぱいあるよ?」

 

 僕の言葉に彼女は小さくふむ、と声を上げるとそのまま手元のスマートフォンへと手を伸ばした。

 

「松野君、これを見てくださいまし」

 

 そのまま燦然寺さんはその場を立ち上がると僕の隣へと腰を下ろす。ふわりと隣から甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。あれだよね、女の子ってすぐ良い匂いまき散らすよね。

 

「松野君、見てますの?」

「へ、あ、はい、見てます!」

「……変な松野君ですの。それで、ここに注目して欲しいのですが」

 

 彼女は画面に表示されているとあるサイトの一部をガラス細工のような細い指で指さしながら、こちらへとディスプレイを傾けてくる。

 

「これは……”更新された連載小説”。これが重要なの?」

 

 そこには、そのサイトに投稿された最新の作品の一覧が表示されていた。

 

「そうですの。意外とここに乗っている作品に注目している読者というのはいらっしゃいまして、ここにいかに沢山載せるかが閲覧数に直結することもありましてよ」

「ということは、小分けにして投げるとここに複数回表示されていろんな人に見て貰える可能性が高まるかもしれないってことだね」

「そういうことですわ」

「なるほど……これが、書き溜めのジレンマってやつなんだろうね」

「かもしれませんわね」

 

 そう言いながら燦然寺さんは僕の隣を離れるとそのままいつもの定位置に戻ってしまった。お気に入りらしいボロボロのクッションも膝の上に健在である。

 ……べ、別に名残惜しいとかとっても思ってるんだからねっ!

 

「まぁでも、実際こういうのは書き手が勝手に気にしてるだけで大した問題ではないのかもしれませんわ」

「そんなものなのかなぁ」

「その辺になってくると一話当たりの文字数なんて問題も出てきますし……」

「確かに、どの辺で区切って投稿するの?とか考え出すとまたややこしいことになりそうだもんねぇ」

「そのあたりは、結局書き手が自分のスタイルややりたいことと相談しながらやるのがベストなのかもしれませんわね」

 

 そういって燦然寺さんはふわりと笑うとそのまま懐から一冊の文庫本を取り出し、そのままそれに目を落とした。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。僕の課題のレポートも気づけば終わりを迎えていて、今は彼女が規則正しくページをめくる音だけが部屋の中に響いていた。

 

「終わったぁー!」

「レポート、完成しましたの?」

「な、なんとかね。内容はお察しだけど」

「それはお疲れ様ですわ」

 

 三日後提出のレポートを今書き上げる時点で、僕はどうやらイチゴは最後に食べる派ではないらしい。いや、違うな。苦手なものが乗っているケーキなら先に食べちゃうからこっちのほうで正しいのか?

 

「そ、そういえば松野君。ショートケーキのイチゴ、私がいつ食べるか気になったりしませんか?」

 

 ふと、文庫本の向こう側からこちらを恐る恐るといった様子で伺う燦然寺さん。一瞬の沈黙が、部屋の中を通り過ぎて行く。僕等が共に過ごしてきた日々は、時折視線だけで言葉を交わすところまで関係を進めることが出来たようだ。

 

「そういえば、駅前に美味しいケーキ屋さんが出来たらしいんだよ」

「ふふっ、察しのいい男性は好きですわ」

「はいはい」

 

 




僕はイチゴのショートケーキはあんまり食べない派です


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他人のリアルは蜜の味

最新話です。相変わらず不定期更新でごめんなさい。


「あのカップル中々別れてくれやがりませんわぁ~~~~~!!!!!」

 

 とある平日の午後、我が現代文化文学研究会の部室に燦然寺さんのひたすらに悲痛な叫びが響き渡っていた。

 

「いきなり随分なことを言うね!」

 

 事の発端はほんの数分前の事。講義終わりに偶然部室で居合わせた僕と燦然寺さんは平凡な日常会話に華を咲かせていた。変化が起きたのは昨日見た某魔法少女アニメの最新話の感想が佳境に差し掛かったところ。

 ふと、燦然寺さんのポケットから聞き慣れた通知音が鳴り響いた。その音に気づいた彼女は徐にポケットからスマホを取り出すとつらつらと画面をタッチしていく。

 冒頭の叫びが響いたのはその直後のことだった。

 

「だって……すぐ別れると思ってましたの!」

 

 開いた画面をこちらに押し付けんばかりに見せつけてくる燦然寺さん。

 

「ち、近い近い!!」

 

 僕の警告にすぐ気づいた彼女はそのまま見やすい位置までスマホを移動させた。

 

「これは……あ、そういう……」

 

 彼女の携帯に映し出されていたのはとある人物のSNSのページだった。

 『付き合って三か月記念!♡』

 快活そうな女性と、これまた爽やかな男性のツーショット写真。そこにあったのはまごうことなきとあるカップルの記念写真だった。

 

「そういえば、女の子の方は燦然寺さんの知り合いだっけ」

「ええ、美優さんですわ。入学当初から親しくしてますの」

「へぇ」

 

 聞けば彼女は入学して最初のとある授業で燦然寺さんの隣に座った女性らしい。明るく誰にでも優しい彼女は、燦然寺さんの実家のことも把握していながら隔てなく接してくれる素敵な人だそうな。そういえば、僕も一度だけ校内で挨拶したことがあったっけ。燦然寺さんを見かけたから声を掛けたらたまたま彼女も一緒だったということがあったのだ。

 

「友達ならなんでそんな言葉がでてくるのさ。幸せそうならいいことじゃないか」

 

 親しい友人のはずなのに、どうして冒頭みたいな台詞をこのお嬢様は吐けるのか。見れば彼女は現在進行形で先ほどのスマホの画面に何やら熱心に打ち込んでいるようだった。

 

「美優さんが幸せなのはいいことなのです」

「じゃあなんだってそんなことが言えるんだよ。流石にさっきのは感じ悪いとおもうよ?」

「そ、そんなこと……」

 

 僕の言葉が思ったより刺さったのか、燦然寺さんは部室の隅っこで小さくなっていた。う~む、流石に言い過ぎただろうか。

 

「でも……」

 

 もっといい宥め方があったんじゃなかろうか。なんて一人で脳内反省会を開催しているところに、小さな声で反論の声が届く。

 

「でも?」

「あのカップルは観察対象だったんですもの……」

 

 おおう、観察対象ときましたか。……何となく読めてきたぞ。

 

「普通のカップルがどんなふうな理由で別れるのか、私は知りたかったんですもの」

「これまた随分な言い様だね!」

「でもその……昨今の読み手はリアリティに拘るところがあるじゃないですか」

「それは……その……、うん、あるかも」

 

 あー、これは僕の予想が当たってるみたいだな。この人、他人の恋愛を作品のネタにする気だ。

 

「この前、百の妄想は時にたった一つの真実をも超越する、なんて話をしたのは覚えてらっしゃいます?」

 

 あれは確か数週間前のことだったか。妄想が経験をカバーしていく、だったけか。

 

「宇宙で音が出てもいいじゃないか、って話の時だっけ?」

「ええ、その時ですわ」

「それが一体今回の叫びとどう繋がるってのさ」 

「その時にリアリティはエンターテイメントを装飾するパーツでしかない、って口にしたことは覚えてますでしょうか?」

「ああ、覚えてるよ。考えたこともなかったから随分と興味深いというか、面白い話ではあったね」

「あれは、あくまでも物語の根幹に関わる部分や要素にしか当てはまらないと思ってますの」

 

 会話が乗りに乗ってきたのか端っこで縮こまっていた彼女はいつの間にか僕の隣へと移動してきていた。

 

「と言うと?」

「それ以外の所謂要素と要素、そういうものを繋ぐ部分に関してのものや、物語の重要部分に関わってこないところというのはああ見えて意外と粗末に作るとダメなんですの」

「そりゃそうだろうけどさ……イマイチ言いたいことが見えてこないんだけど」

「例えば、未来に行ける車が出てくる映画があるとするじゃないですか」

「ああ、とある有名な映画だね」

「この場合、物語の重要な要素というのが未来に行ける車に当たりますわ。これがこの映画の一番の面白さの部分になりますわよね?ここに関してはいくらでも妄想や夢を盛り込んでもいい部分ですわ」

「う~ん、なるほど?」

「そうなると今度は逆。そうじゃない部分にスポットを当ててみましょう。あの映画の舞台は1980年代のアメリカ。それなのにAIで動くお掃除ロボットが背景をうろついていたり、待ちゆく人々がりんごのマークの薄い携帯端末を使っていたら変でしょう?」

「ん~まぁ、そうかも。あの時代らしさって言うのが見えてこないね」

「そこがそれ以外の部分に当たりますわ」

「なるほど、そこまで近未来感を出しちゃうと逆に未来に行ける車という異質なもののエンターテイメント性が薄れちゃうってことなのかな?」

「そう理解してもらえればいいですわ。まぁ、私もその辺上手く言葉にできているかは分かりませんが……」

 

 先ほどこちらに差し出してきた携帯を改めて自分のポケットへとしまい込みながら燦然寺さんは窓の外へと視線を向けた。

 

「大切なところを強調させたいのならば、大切でないところまで気を配らねばならない。そこが、エンターテイメントとは真逆にリアルを作り込むこと、だったりするのではないでしょうか」

「なるほど……で、結局燦然寺さんはそのカップルにどんなリアルを求めていたのさ」

 

 問題はここだ。あんな台詞を吐いといてただ人の不幸の味が知りたかったなんてことは無いだろう。

 

「まぁ……それはその……単純に世の中のカップルがどんな理由で別れるのか知りたかっただけですわ。その、お話のネタとして」

「…………やっぱり予想通りじゃねぇか!」

 

 前言撤回。この物書き中毒のお嬢様は他人の不幸の味を自分の作品の隠し味にしたかっただけだったようだ。

 と、まぁここまで見ればただの悪徳令嬢染みたお嬢様だというイメージしか見えないが……。

 

「なんて言いながら、結局燦然寺さんは優しいよね」

「な、何がですの!?」

 

 彼女が画面を消してしまう直前、僕の目にははっきりと映っていた。美優さんの投稿の返信欄に僕の見慣れたアイコンが祝福のコメントを残しているのを。

 根っからの創作沼の住人にも、幸せの味は美味らしい。

 

「おう、どうしたんだお前たち」

 

 気づけば僕等は随分と話し込んでいたようで、遅れてくるはずだった越智先輩の姿が部室に見えた。

 

「ああ、実はかくかくしかじかで……」

 

 事の次第を簡単に話すと、越智先輩は何やら意味深な笑みを浮かべている。

 

「いっそもうお前たちが付き合えばいいじゃねぇか」

「な、なんてこと言うんですか!」

「わ、私が松野君と!?」

「ん……嫌なのか?」

「い、嫌とかじゃないんですけど、こういうのは本人の意思とかあれこれとか……」

 

 慌ててその場を取り繕いながらそっと隣の燦然寺さんの様子を伺う。

 その顔は窓から差し込む西日に赤く照らされ、どんな表情なのか読み取れそうにない。

 

「……そんな事では、不幸な話の参考にはならないじゃありませんか」

 

 こういう時だけ、難聴系主人公がちょっとだけ羨ましくなるね。

 




3000字以上書いた物書きをボコボコにする作業に戻ります。


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その想い、優しく包んで焼き上げて

最新話です。たいよろ。


『ご一緒にお昼でもいかがですか?』

 

 その日、4限を終えた僕の元に届いたのは余りにも簡素なランチのお誘いだった。教科書を乱雑に鞄の中に詰め込みながらもう片方の手でスマホのパネルをタッチする。

 

「いいですよ、すぐに向かいます……と」

 

 画面の上部には連絡を寄こした彼女の名前が表示されており、返信を打つ僕の指先が妙に嬉しそうなのはきっと退屈な講義から解放された喜びだけじゃないだろう。

 

「どうしたんだよ松野、ニヤついてるぞ」

 

 気づけば同じ講義を受けている友人の怪訝そうな目がこちらに向けられており、慌ててその場を取り繕うように携帯をポケットに仕舞う。

 

「何でもない!」

「そうか、なら飯行くぞ。早くいかねぇと食堂混むからさ」

「飯田、それなんだけど……」

 

 急かすようにこちらに背を向ける友人に向けて僕は申し訳なさそうに手を合わせる。

 

「先約があって」

「先約ぅ~?松野にかぁ~?」

 

 まぁ、そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。僕は決して交友範囲が広い訳じゃない。先ほどだってこうして声を掛けてくれた飯田の存在がなかったら一人寂しく教場の片隅で舟を漕いでいたことだったろう。

 

「その言葉に込められた意味は今は聞かないでおくよ」

「ふぅむ……松野に先約ねぇ」

 

 飯田はまだ言いたいことがあるらしいが、とある事に思い至ったのか一つ小さくあぁと声を上げた。

 

「燦然寺さんか!」

「ちょ、声がデカい!」

 

 講義終わりの教場はまばらながらもまだそこそこの学生が残っていた。そんな中に突然キャンパスの有名人の名前が出たもんだから幾つもの視線がこちらへと向かうのが分かる。

 

「す、すまん……」

 

 飯田もその視線を感じたのか、僕の方へと小さく謝罪の仕草を向ける。

 

「まぁ、そう言う事なら仕方ねぇな」

「どういうことだよ」

「え、だってお前ら付き合ってんだろ?」

「はぁ!?」

 

 大声を上げたのは今度は僕の方だった。

 

「うるせぇ!お前がさっき静かにしろって言ったばっかだろうが」

「ご、ごめんって。でも、飯田が変なこと言いだすから……」

「いや、誰だって勘違いするだろ。お前らがキャンパス内で喋ってんの、割とみんな見てんだからさ」

「そ、そうなんだ……」

 

 燦然寺さんはともかく自分のことなんか考えたことがなかったからそんな風にみられていたなんて初めて知った。今後は少し気を付けよう。

 

「それよりも、相手が燦然寺さんなら俺じゃ敵わねぇな。ほら、待たせないうちに行ってやれよ」

 

 こういう時、こいつと友人になってよかったと心から思う。口は悪いけど、案外良い奴なんだ。僕みたいな奴にも優しくしてくれるし。

 僕はもう一度飯田に改めて礼を言うとその場を後にし、部室へと向かうのだった。

 

「あら、遅かったですわね」

 

 部室に着くと既に燦然寺さんが到着していたのが目に入った。

 

「ごめん、思ったよりコンビニが混みあっててさ……」

 

 このキャンパス内にはとあるチェーンのコンビニ店が居を構えている。4限が終わるとちょうどお昼時になるため、そこは胃を満たさんとする学生たちのちょっとした戦場となるのだった。

 そんな戦場をなんとか生き抜いた僕は右手に掴んだ戦利品の入った袋を掲げながら部室の畳に腰を下ろす。

 

「あら、お昼は必要ありませんでしたのに。こんなことならちゃんとお伝えすればよかったですわ」

 

 そんなことを言いながら、僕の向かいにちょこんと座る燦然寺さんは懐の鞄からなにやらご立派な重箱を取り出したのだった。

 

「これまた随分と大きなお弁当だね。まさか一人で食べるの?」

 

 人は見た目によらないなんて言うけれど、まさかこんな見惚れるようなスタイルにその量を収める気なのだろうか。

 

「何か失礼なことをお考えではないですか?」

「い、いえ、何もっ!」

 

 慌てる僕をよそ目に燦然寺さんは先ほどの重箱を机の上に広げていった。お弁当の中身は僕が想像しているご令嬢のお弁当とは似つかない質素なものだった。

 

「どうかしましたか、松野君」

「いや、なんかよく分からない高い食材とかが詰まってるのかと思って」

 

 その言葉に何かを納得したのか、燦然寺さんは一つ小さく笑みを溢した。

 

「松野君が何を想像しているのかは分かりましたが違いますわ。だって、これは私が松野君に食べてもらうために手作りをしたものですので」

 

 ……はい?

 

「……はい?」

 

 あの、燦然寺さん。仰る意味がよく分かっていないのですが。

 

「何を呆けているのですか?額面通りに受け取っていただいて結構ですわ」

「もしそうなら僕は明日死ぬの?」

「なんでそうなるのですか」

 

 美人のご令嬢の手作り弁当なんて死亡フラグにも程があるだろ。

 

「いやだってさ、これって完全にラブコメでありがちなシチュエーションじゃんか!」

「そうですわよ?」

 

 その反応は僕の予想の斜め上を駆け抜けていった。いや、この場合慌てたり照れたりとかツンデレお嬢様よろしく”ち、違いますわっ!これはうちのシェフが作りすぎただけであってそう言うつもりなんて微塵もありませんわっ!”ってシチュじゃないのかよ。

 

「え、えーっといったいどういう風の吹き回しで……」

「あー、まぁ、松野君の口にした通りですわ。お弁当を手作りするというシチュエーションを経験しておきたくて。他意は……無いですわ」

「無いんだ」

「残念そうですわね」

「少し……じゃないや、かなりね」

「そ、そうですの」

 

 僕の言葉にぷいと顔を背けると、そのまま燦然寺さんは取り皿へと掬い上げた大きめのハンバーグに被りついた。

 

「それで、手作り弁当のシチュに何か心当たりがあったの?……あ、このハンバーグうまっ」

 

 すっかり冷めているものの、こんがり焼き目を割ったそれからは濃厚な肉汁とお肉の旨味が口の中いっぱいに広がっていく。

 

「実は次のお話で使いたいなと思ってるシチュでして。……あんまり自信がなかったので美味しいと言って貰えるのはありがたいですね」

 

 見ればどこか満足そうな顔を浮かべている燦然寺さんは重箱から次の獲物を探している。

 

「こういうのって経験しておかなければ書けなかったりするもんなの?」

「それは……どうなんでしょう」

 

 てっきり作品を作るためかと思ったけれどどうやら違うらしい。先日物語の重要部分以外を作り込むなんて話もしたばっかりだからてっきりそれ関連かと。

 

「それもありますけど……今回はただ手作りのお弁当を作って誰かに食べて貰うというシチュを経験したかっただけですわね」

「そりゃまたどういう了見で」

「感情の選択肢を広げたかった、というのが一つですわ。先ほどハンバーグを松野君が褒めてくださったでしょう?」

「ああ、美味しかったよ」

「そう言って貰えるとありがたいですわね。でも、案外そういうのって見落としがちなんですよ。ただ嬉しいだけじゃなくて、なぜ嬉しいのか、嬉しいからどうなのか。喜怒哀楽なんて表現しますけど、その実それらは多種多様に変化していますし、一言じゃ収まり切れません。それに、知らない感情を表現するというのはなかなか難しいですから」

「なるほど……」

 

 あれ、ということは今回こうして手作りのお弁当を僕に作ってくれたというのは……。

 

「僕は何か燦然寺さんのお手伝いが出来たかな?」

「ええ、親しく想ってる方に手作りの料理を褒めていただく気持ちというのは、中々に参考になる感情でしたわ」

 

 時折、このお嬢様は臆面もなく真っ直ぐに来るからいけない。

 その後、昼食を食べ終わるまで熱くなった頬がバレやしないかと必死だったことはここだけの秘密だ。

 

 




お読みいただきありがとうございましたわ!


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俺より強い奴に会いに行く

予告なくぶん殴られるとオタクは死ぬ。


 

「ぅぼぉぉぉぅぇえええええぇ……ぅうぅ……」

 

 本日の講義を終え、部室の扉を開いた僕を待っていたのはこれでもかという程の絶望に満ち満ちた物書きお嬢様だった。

 

「お、お疲れ様……燦然寺さん」

「うぅう………ぁあぁぁぁあああ……」

「フ〇ムゲーの中ボスみたいになってるけど大丈夫?」

 

 彼女が今にも体ごと同化しそうな勢いで突っ伏しているものだから部室に置かれているちゃぶ台にはその綺麗な髪が放射状に美しく広がっていた。

 

「誰が獅子猿ですか」

「誰もSEKIR〇の話はしてないよ」

「そこを伏せてもあまり意味は無いですわよ」

「というか燦然寺さんもあのゲームやってたんだね……」

 

 ちょっと意外。ああいうゲームはあまりやらない人だと思っていた。

 

「作中の雰囲気といいカッコいい敵といい本当に素敵なリズムゲーでしたわ」

「いや、まぁタイミングよくボタンを入力するゲームではあったけどさ!」

 

 で、今日の本題は別に去年やった名作ゲームの話という訳ではないだろう。こうなった時の女性はとかくめんどくさいということをさんざっぱら痛感させられている僕の勘が、この状況を放っておくと後々面倒になるぞということを告げている。

 まぁ、そのめんどくささを痛感させられた場面というのがたいがい花園先輩絡みだということは察していただけると幸いだ。

 

「で、今日はどうしたのさ一体。美人が台無しだよ」

「……そんな言葉で元通りになるようなヤワな女ではないですわよ?」

 

 ぷぅと頬を膨らませながらこちらにジト目を飛ばしてくる燦然寺さん。なるほど、これはなかなか……。

 

「そういう路線もありだと思うよ!」

「なにがですのっ!?」

「ってのは半分冗談で……」

 

 部室の扉を開けてからというもの目の前の光景にすっかり座るタイミングを見失っていた僕は、ようやくそこで燦然寺さんの向かい側へと腰を下ろす。

 

「残りの半分は聞かないであげますわ……」

「それで、結局どうしたってのさ」

 

 僕の問いかけに彼女は一瞬息を呑むといじらしくその白く透き通った指先で机の上を不規則になぞる。

 

「強すぎますのよ……」

 

 ぽつり、悔しそうにも、悲しそうにも、恥ずかしそうにも……そんな上手く言い表せないマイナスの感情が見え隠れする声色が耳に届く。

 

「それだけだと状況が上手く呑み込めないんだけど」

「失礼いたしましたわ、私ということが……」

「別にそんなに気にするようなことでもっ」

 

 すくりと今度は姿勢を正すと燦然寺さんは先ほどまでの人前にはとてもお出しすることが出来ない光景をどこかへと仕舞い、思わず魅入ってしまいそうになるほどの佇まいを僕へと向ける。

 

「強すぎるんですのよぉおお!!!!」

 

 五秒。その姿勢が保ったのはわずかそれだけ。時が止まったかのような一瞬が過ぎたかと思うと、そのまま再び机の上へと突っ伏してしまった。

 

「……合同誌にお誘いいただきましたの」

 

 先ほどは不規則に動いていた指先は今度は一定の規則性を保って机の上をうろついている。

 丸い輪郭にとがった耳が二つ、そしてひげが左右に三本。これあれだ猫だ。美人が不貞腐れて目の前でエア猫描いてる。どんな光景だよ。

 

「って合同誌!?すごいじゃんか!」

「まぁ……残念ながらまだ告知前なので詳細はお話は出来ないのですけど……」

「それはしょうがないよ。どこの世界もそんなもんさ。それで、その合同誌が燦然寺さんの獅子猿化にどう繋がるのさ」

「今も昔も人ですわよ」

 

 流石に古い木製の机に顔を付けたままというのはいただけなかったのか、部室の棚からボロボロのクッションを取り出すとそれを顔と机の間に敷きながら彼女は話を続けた。

 

「お声をかけて頂いたことは大変光栄ですわ!同じジャンルを愛する者として、主催の方はとても尊敬しているお方ですので。そんな方に私を選んでいただいたというのは大変名誉に思っておりますの」

「だったら……」

「話はこれからですわ」

 

 合同誌かぁ……あんまりその辺の事情はよく知らないけれど、なんだろう人間関係の悩みとかジャンルの地雷とかの話なのかな。

 

「そう言えば、強すぎるって言ってたよね。いったい何が強いのさ」

「それは……。ほら、我々オタクってすぐに何か優れているものを”強い”なんて例えるでしょう?」

 

 なるほど、その言葉でもう大概のことが理解できた。

 

「要するに、燦然寺さんは自信を無くしている訳だ。自分なんかがこんな沢山の優れた作家陣の中に紛れていいのか、と」

「…………松野君はエスパーかなんかですの!?」

「何年の付き合いになると思ってるのさ」

 

 ふと、二人の間に沈黙が訪れる。

 だけど、そんな沈黙が苦にならないのは僕等の間にそれだけの月日の流れがあるという証明だろう。

 

「一年と……ちょっと?」

「台無しだよっ!確かにそんなに大したことないけどさっ!!ちょっとそれっぽいこと思っちゃったじゃんっ!」

「それっぽいこと?」

「それはもう忘れて!」

 

 彼女の方へと視線を戻すと、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳と目が合った。

 

「と、とにかく……。好きなことを好きなように書けばいいんじゃないかな。僕は燦然寺さんが書くお話が好きだからさ」

「えっ、あっ……はいですわ!」

 

 この話はおしまい、と言わんばかりに燦然寺さんは努めて明るく声を上げた。僕なんかの言葉が彼女の支えになればいいんだけれど。

 

「ところでさ」

 

 そんなこんなで何とか場が収まったところで、僕は先ほどの会話の中で引っかかったことを尋ねてみることにする。

 

「どうしたのですか?」

「いや、作品の”強さ”って一体何なんだろうねって思って」

「……ふむ、確かに、漠然としたイメージや先入観でそう思ってしまっているところは私もあったかもしれませんわね。やっぱり沢山の方に見て貰えてることでしょうか……」

「でも、殆どのサイトにはお気に入り機能やブックマーク機能があるでしょ?あれと閲覧数はまた別だよね?」

「言われてみれば……そうなると、『ブクマ数÷閲覧数』なんて数字も必要かもしれませんわ」

「あー、読んだけどあまりハマらなかったなんて作品もあったりするもんね」

「逆にあまり読まれてはいませんが読んだ方が軒並みその作品のことを気に入るなんてこともあるはずですわ」

 

 確かに、所謂埋もれた名作なんて作品も多いものだ。なんでこいつ伸びてねぇんだ、なんて作品に出合ったことも一度や二度じゃない。なんで同じアカウントだと一度しか評価を付けられないんだ。

 

「でも、創作物の評価ってそういう誰にでも目に見える数字だけでは……」

「測っちゃいけないよなぁ」

 

 誰にでも目に見える指標というのは確かに必要かもしれない。でも、創作の醍醐味、創作物に触れることの魅力というのはそんな客観的な数字の枠には収まらない。

 

「自分の感性をこんなに震わせるものがあったのかという出会いだったり、自分とこんなに似た気持ちを抱いている人が存在しているのかという共感。そういうものを全部含めて、自分が一番気に入ったものが、所謂”強い”作品なのかもしれませんわね。……ありがとう松野君」

 

 燦然寺さんはさっきまでの落ち込み様など嘘だったかのように楽しそうに笑った。

 

「そんな、僕は大したことは……」

 

 ああそうか、彼女はそんな楽しいに包まれたくて今日も今日とて言葉を並べているんだろう。

 それならば、僕が彼女にかけるべき言葉は――

 

「楽しみにしてるよ」

「ええ、逆に私の作品で他の方をぶん殴ってやりますわ!」

 

 う~ん、どうして毎度毎度こうも締まらないのか。

 

 




ファイティングスタイルは人それぞれ


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