ハイスクール・フリート 演習航海でぴんち☆ (沖田十三郎)
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前篇「天削溢の追試験」

雨の中でこそ青は輝く
それは褪せた空が魅せる美しき幻影
煌めいて漣めいて揺らめいて、嘯いて
聞け、人の子らよ
風の声を
海の囁きを
天と地を繋ぎ寿ぐ雨の歌を。
そして輝ける青の聖譚歌を。
運命という名の扉を叩く鐘の音を―――



0:横須賀女子海洋学校前/3月21日/13:30

 「不死身の化物に成り上がるなんざ、僕ぁ御免被るよ。…僕は、足を取られることよりも足が立たない事の方が怖いからね。」

 ――たしか、彼女は最後にそんな様な事を零していたと記憶しているのであります。

 視線の先、横須賀女子海洋学校を前に彼女――天削・溢(あまぞぎ・みちる)は嘆息した。こうなる事は、おおよそ一年も前の時点で想定し終えていた。だからこそ、あのニヤケ面が脳裏に走るこの状況は、大変面白くなかったのである。

 

-1:現代日本史(壱)

西暦2016年、日本。

 現状における日本の国土は往時の約6割しかなく、それは近代化の名目の下、資源採掘を繰り返した結果だとも地球温暖化現象の結果だとも、これまでも地球が繰り返してきた環境変化のサイクルの過程だとも言われるが、目下のところその原因は不明である。

ともあれ、今は亡き国土の4割は海に没した。埋め立てて対応出来得る状況はその時点で既に選択肢からは喪われており、最早打てる手立ては何もなかった。

それ故に日本は次の一計を(次善の策謀)を講じるより他になく、その手段とは世に名の知れた水の都に倣うものだった。すなわち、国土のフロート化と海中都市計画、そして巨大艦船都市計画の推進である。少なくとも、難民を出さないためにできる手立ては一つの漏れもなく迅速に決行することが求められたのである。

無論のこと人工の浮島を国土と言い切るには無理がある。だが、時の政府……というよりは首相はバカだった。政治的な『無茶・無理・無謀・無法・前例なし』の槍衾(やりぶすま)に対し『「日本沈没」という小説通りの奇なる現実に対し、何が無理で何が無茶で何が無謀なのか。前例がないからと言って足踏みをしていい理由にあたるのか。当たるというのであればよろしい。国民に理解を得られるように説明してみせたまえ。

忘れるなよ。私たち政治屋は国民の生活を司っているのだぞ。ここで腹を括って闘争に打ち勝たなければ、私たちは無価値だ。否、国民に養われている以上有害ですらある。すべての政治屋はこの状況を前にして言い争っていられる時間など一切合切全くないという事を理解せよ。理解できないならば辞めろ。

今は戦う時だ。

“アヘッド!アヘッド!!ゴーアヘッド!!!”だ。

分かったか!!!!』

と言い放ち、実行に移し、世界に対して交渉し、これに勝った。

時の首相の名を佐山・御言(さやま・みこと)といい、この時の交渉は後に全竜交渉(レヴァイアサン・ロード)と呼ばれるようになる。200年先にも残る偉業だった。

2002年の事である。

そして、彼の偉業から14年が経過した。

 

0.5:横須賀史(一)

横須賀村から始まった日本の開国の歴史のそれ以前から、横須賀という土地は港町だった。そこに『軍港』という性格が加わったのはある意味必然であったのだろう。

この国は国土の外郭を全て海で囲まれているのである。

防衛機構として、国を護る鎧として、近代以降横須賀はそのようにして歴史の道を歩んできた。それが、今日におけるかの港町が持つ性格の一側面である。

 

そして、その歴史に刻まれた黒い染みのような一つとして1960年代より始まった過剰な資源採掘ブームがあり、その前線基地の一つであったという事実がある。

今から30年以上前のことではある。

メタンハイドレードやサクラダイト、そして架空鉱物になぞらえてミスリルと名付けられた希少金属やオリハルコンなどを掘り続けた。

その後に起きた国土沈没現象――度重なる資源採掘の狂騒のさなか発表された小松左京の小説に準えて日本沈没現象とも呼ばれるそれが発生した。結果、埋立地であった土地はそのほとんどが海中に没し、強固な岩盤を持つはずの内地ですら海の藻屑となった。

当然、旧横須賀市も例外ではなくやはり大部分が海に没することとなった。

 

だが、ある意味においてその状況は横須賀にとって有益な状況をもたらした。元より有していた入江状の弧はより深くより広くなり、浜はなくなり、海中に至る襟ぐりはほとんど断崖絶壁の状態へと変貌した。要するに、接岸における脅威のほとんどが消えてなくなったという事である。

 

――そして2016年現在。

そこは、横須賀港に校舎を持つ海洋防衛機構(ブルーマーメイド)関東支部基幹基地に併設された由緒はあっても伝統と呼べるほどの轍はまだ刻んでいない海洋防衛機構の未来の隊員育成機関があった。

 

国土の約4割が海中に没するという未曾有の大惨事に見舞われ、今なお国土の沈下を止め得ずにいる現代日本において、陸地に校舎を構え尚且つ校舎を海上に移す計画がない4つの学校のうちの一つである。

 

「若い芽を潰さぬためには陸地に居を構えぬことが肝要である」という一見してバカバカしい案が強行採決された末に敢行された【学園艦構想】は以外にも各所から受け入れられ、南部コンツェルン・篠原重工業・西崎エレクトロニクス・大山製鉄所ら日本を代表するモノづくりの4大会社が総力を結集して製作に当たり、現在陸地に作られていた学校の多くは統廃合の上海上にて運営されている。

物語は陸上に校舎を持つこの学び舎――横須賀女子海洋学校から始めるのが丁度よいというものであろう。

 

1:横須賀女子海洋学校・校長室/3月21日/14:00

「お忙しいところ、時間を作って頂き感謝するのであります。――宗谷教官」

昔と変わらない仏頂面に、これまた全然変わらない変な語尾だった。

 変わったことと言えば、お互いの立場だろう。私はもう彼女の教官ではないし、彼女はもう私の生徒ではない。だとしても――

「貴女は変わらないわね、天削さん。」

 互いの在り方にはさほど変わりがなかったのである。元横須賀女子海洋学校教官――そして現在の横須賀女子海洋学校校長、宗谷・真雪はどこか面映ゆそうな表情でかつての生徒にして年若い友人に笑みを向けた。

そんな笑顔に対し、彼女――天削は口の端を軽く歪め、現状の己の立ち位置を明かした。

「はい、わたくしは変わらないつもりであります。…いえ、つもりでしたと言うべきでありましょうか。今回宗谷教官…いえ、校長に提出した書類が、あるいはその証左になるかもしれないのであります。」

 公明正大、彼女――天削の性格を一言で示すならそういうことになる。そういう意味で言うならば、たしかにこの書類の示すところは公明正大というよりは私利私欲によるところが大きい。らしくないといえばらしくないことだった。

「理由を聞いてもいいかしら。」

「はい。端的に言うならば、非常に強い、抑えがたい興味が湧いたからであります。個人的にも、そして人魚としても。獅子刀(ししとう)校長に直談判してでもそれを作ってもらうほどには知りたくなってしまったのであります。きっと、雪さん(・・・)にも共感して頂けると思うのでありますが。」

そう言って天削は1枚の書類を真雪の前に出した。

それは事前に提出されていた『興味深い生徒』の昨年度の入学試験時の成績書だった。基本的に門外不出であるそれがここに持ち出されているという事が目の前にいる友人の本気を示していた。

 

2:横須賀女子海洋学校・校長室/3月21日/14:40

 当たり前の話だけれど、印刷された書類の紙面は見返そうが見直そうが目を瞑ってもう一度目を開けようが、変わることはない。

大切な事なのでもう一度言おう。

紙面の内容は変わらない。

 

「……。これは事実なの?」

 

 噂には聞いていた。

 しかし、耳に入ってきていた噂は第1回演習航海での奇行についてだけだった。

 だから、これは少々想定の範囲外だった。

「…天削さん、これは?」

「昨年の呉女子海洋学校主席合格者の入学時の成績であります。

もっとも、『元』という形容詞がつくのでありますが。」

 



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