ジェネシス ~陸奥の冒険~ (雷電Ⅱ)
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第1章 序章
第1話 始まり


皆さん始めまして
活動報告で予定していたよりも遅くなりましたが、本日で公開します
どうぞ最後までお付きあい頂ければ幸いです


深海棲艦はいつ、どこで誕生したのか? なぜ深海棲艦が現れると艦娘も誕生するのか? 

 

それは誰も分からない

 

神話に出てくる神の仕業か?それとも自然現象であって偶然の出来事なのか? 

 

しかし、ある者は知っており、ある者は忘れしまった

 

艦娘と深海棲艦はなぜ生まれたのか? 

 

どうして深海棲艦は人類に対して敵対するのか? 

 

なぜ怨念を持った生命体になったのか? 

 

艦娘はなぜ人類と変わらぬ存在なのか? 

 

 

ここから先は深海棲艦……いや、ある世界における神話でもある

 

人類と艦娘、そして深海棲艦の関係でもある

 

 

 

我々に似た、とある世界……

 

西暦2030年

 

 日本ではある時期を境に急速に医療技術が発達した。民間企業である三浦製薬会社のある科学者が尽力したお陰である。バイオメトリクスや遺伝子工学を駆使して新たな医療方法を次々と開発。一躍有名になった

 

何しろ、ガンや難病などを完全に治療する方法を見つけたからだ

 

 テレビにも出てロックスター並の人気があった。ネットでは様々な噂や過去が流れていたが

 

 

 

 しかし……彼は喜ばなかった。笑いはしたが、完全に作り笑顔だ

 

 そして数年後……彼は三浦会社を辞めた。社長も部長も社員も驚いた。彼の待遇は決して悪くはなかった

 

 彼は学歴だけでなく、会社の期待にも応えた。彼のお陰で利益も上がり、会社も大人気だ

 

 そのため、彼を逃がさないよう待遇を良くしたが……何と出世を断ったのだ。そして、彼は大学の教授へと転勤した

 

 

 

 彼……柳田 怜人(やなぎだ れいと)は三浦会社を去った。彼が会社に貢献した技術を残して……

 

 

 

『……数多くの難病患者を救った国立大学の柳田 怜人教授は三浦会社を去ってから2年となります。なぜ、彼は去ったのか? 我々の取材でも分からないばかりです。しかも、顔を見せず助教授が授業を行っています。噂では他の企業や海外に移ったという情報もなく、隠居しているという噂もあります。彼はなぜ身を引いたのか?難病という呪縛を解き放たれた元患者の団体は復帰の声を上げています。彼等は──』

 

「いつまで見ている?学校の時間だぞ」

 

 テレビを見ていた少女は、慌てて残りの朝食を食べ始めた。父親がテレビを消したお陰で、陶器の音が部屋に響いた。

 

「ねぇ。またパパの事が出ていた」

 

「優子。その話は内緒だぞ。学校の先生にも言ってはいけない」

 

 彼は微笑みながら首を振った。怜人は偽名を使ってある地方に住んでいる。経歴詐称になるが、当面は大丈夫だ。例え近所の人に似ていると言われても人違いだと言って誤魔化した

 

 娘が通う小学校にも騙せた。いや、流石に校長は彼と娘の正体は知っていたが、秘密にする事を約束してくれた。よって、教員達からは、あまり突っ込まれなかった

 

娘も口が固い。言いふらすことはしないため、賢かった

 

「行ってきますー!」

 

「気を付けてな」

 

 怜人はウインクしながら娘を見送るために玄関に向かった。娘は既にランドセルを背負っており、早足で廊下を走る

 

 

 

彼はノブに手をかけて玄関を開け……そのまま固まった

 

彼の前にある二人の女性がいた。雅人の姿を確認すると丁寧にお辞儀をしたのだ

 

「ご無沙汰しています。私は──」

 

「僕に何のようだ?」

 

 彼はぶっきらぼうに言った。彼は忘れたかった。嫌なことを。玄関にいる2人の女性では無く、あの出来事を

 

それなのに……

 

「お願いします。姉……いえ、奥さんのために協力をお願いします」

 

 玄関の前に立っていた一人の女性は頭を深々と下げたが、もう一人は突っ立っているだけだ。顔は無表情。ただ、玄関にいる雅人をじっと見ている

 

娘は心配そうに父親を見ていたが、父親は険しい顔だった

 

「いいから。学校へ行ってきなさい。友達と喧嘩するんじゃないぞ」

 

「私、もう小6だよ?」

 

 娘は父のからかいに対して呆れながら答えていた。そして、角を曲がって娘が見えなくなるまで怜人は見送っていた。これは、娘には見せられない。第一、学校に遅れる

 

 

 

「何しに来たんだ?」

 

 彼……怜人は依然としてぶっきらぼうに言った。彼女達はここでは話せない、秘密と一点張りだった。怜人は2人の女性を招き入れリビングに案内しお茶を出した。相手は黙ったままである

 

怜人は向かい合って座った時、ようやく相手は話し始めた

 

「お久しぶりです。私は石塚 美恵子といいます。優奈の妹で……三浦の研究主任を務めています。会社の忘年会の時にお会いしたのですが……すみません。覚えていないですよね」

 

「知っている。三浦会社が何のようだ?そして……連れの人は誰だ?いや、ロボットか?」

 

 実は彼女の相方が人間ではなく、ロボットである事は彼も見抜いていた。良く出来た代物だ。ここまで進歩しているとは……。彼が関心している中、美恵子は相手が話を聞いてかれると分かると一気に話始めた

 

「どうか力を貸してくれませんか?会社の……いえ、人類のためにもう一働きしてほしいのです」

 

 美恵子は頭を下げた。相手のロボットもである。しかも、猿真似ではなく、動きが人間にそっくりだ

 

 怜人は舌を巻いた。確かに人工知能の開発には手を貸していたが、もう人型ロボットを開発出来たのか?三浦会社は製薬会社だが。別の企業か?

 

いや、まだ商品として出回っていないため、試作段階だろう

 

しかし、今は関係ない。妻はもう……

 

美恵子は見透かしたのか、鞄から書類の束を取り出すと怜人に渡した

 

「勿論、貴方を脅すというような事はしません。大問題にまで発展しますので。しかし、社長が貴方にこれを見せれらば興味を示すだろうとのことです」

 

怜人は美恵子から受け取ったが、資料を見るや否や顔をしかめた

 

二十枚ものの書類を捲りながらも彼は質問した

 

「……冗談のつもりか?」

 

「そういうと思って映像も持ってきました」

 

美恵子はタブレットを鞄から出して操作すると雅人の方へ渡した

 

怜人は唖然としている

 

「お願いします。貴方にとって興味深いものです」

 

 怜人は美恵子には反応しなかった。ただ、タブレットに写し出されているものを凝視していた

 

ガラス容器に入っている黒い小さな生き物を見ながら……

 

 

 

 怜人は会社が用意した車に乗っている。到着までの間、彼は資料とタブレット内にあるデータ食い見るように読んでいた

 

 運転手は教授のファンだといい、母のアルツハイマーの治療薬を開発したことに感謝の言葉を送ったが、彼は生返事をしただけだ

 

「着きましたよ」

 

 柳田は運転手の到着の合図に反応して外に出るが、彼は会社の様子に驚いた

 

 いや、外見はあまり変化はない。建物は退社した時に見たままだ

 

 彼が驚いたのは、沢山の人が悠人と同じように送迎車から降りて玄関に向かう人達だった

 

 大学教授、他の企業、そして政府機関……

 

「皆も同じ目的のために集められました」

 

「まさかここまでとは……君は……えーと?」

 

「私の名前はリリです。サポート型ロボット『リリ』です」

 

 女性型ロボットが名乗った。別に不思議な事はない。既にAIやロボット技術は目覚ましい発達を遂げている。開発時には手を貸していたが、ここまで人に似た行動をとるとは

 

 しかも、ここまで会話出来るのも珍しい

 

「『リリ』はあるプロジェクトのために開発された万能ロボットである1号機です。貴方の協力なしではここまで完成出来ませんでした。色々と頑張りましたが、凍結されて……」

 

「何故だ?」

 

「高度なAIを搭載して色々な機能を着けたお陰で社長から怒られまして……」

 

社長に怒られた?あの人は結果しか見ない人だ。偏見で凍結するとは考えにくい

 

となると……

 

「一体あたりいくらかかった?」

 

「総額3000万円です」

 

「家が買えるぞ?」

 

「しかし、宇宙空間や過酷な環境に活動出来るため必要不可欠なロボットです。資源調査や宇宙基地建設などには……」

 

 石塚はそこに触れられたのが痛かったのか、必死に反論した。しかし彼は真剣に聞かず会社の建物に入った。凍結された理由は分かった。高価過ぎる

 

 確かに、無人型ロボットがJAXAなどに使われている。しかし、作業ロボットや宇宙探査などに人型である必要はない。尤も宇宙旅行も只ではない。月へ行ったアポロも13兆円掛かったのだ。技術も高まり、宇宙旅行も不可能ではないが、やはりコストがかかり過ぎるのが最大のネックだった。何しろ、経済はそこまで良くない

 

人型ロボットを作るのはいいが、目指す方向性が違う

 

「これでも凄いのですよ!?限定的ではありますが、リリ自身を構成している原子を意図的に操作出来るんです!自在にボディを変形させて様々な機能を発現できます!更に考える能力まであります! よって──」

 

「機能の凄さは分かったが、やり過ぎだ。原子を操作出来る?自己修復機能をつけたいのは分かるが、やり過ぎだ。凍結も高過ぎて誰も買わなかったというオチだろ? 資金回収が出来ないと社長に判断されるのは当然だ。僕ですら買わない」

 

美恵子は必死に説明していたが、何とリリは言葉を遮った

 

「はい、他企業も政府機関もコストがかかり過ぎると言われ、消防も警察も必要ないと言われました。自衛隊も防衛省も高価な人型ロボットよりも無人機やレールガンなどの兵器の方がいいと断られ──」

 

「ちょっ……リリ!」

 

 美恵子は叫んだのも無理もない。どうやら、リリを連れて開発した人型ロボットの実用化を図ったらしい

 

しかし、やはり高額と高性能過ぎるというのがネックになったらしい

 

怜人はため息をつくと社員が近づき社内を案内してもらった

 

 美恵子は怜人が無視して歩く事に気がつくと慌てて追いかけた。リリはのんびりと歩行していたが

 

「ところで、なんでそのロボットは女性型なんだ?」

 

「女性型ロボットの方が可愛いからに決まっているじゃない!」

 

「そうか……」

 

彼は再びため息をついた。趣味範囲らしいが、いくら何でもやり過ぎだ

 

美恵子は気付かないだろう

 

 

 

一行は大広間に案内された。マスコミはいないため、秘密会議なのだろう

 

成功してから公表するパターンらしい

 

 会議部屋には大勢の人が集まっていた。中には去年ノーベル物理賞をとった者までいる

 

彼は座り始まるのを待った

 

 美恵子とリリのアンドロイドも怜人の隣に座った。数人はリリの正体を知っているらしく驚いていたが、ほとんどの者は誰もロボットと気付かない。それだけ、似ているのだ

 

 

 

「本日はお忙しい所、わが社に足をお運びに頂き有り難うございます。私は代表取締役の三浦 蒼といいます。今回の合同プロジェクトをご説明させていただきます」

 

 皆が集まった事に三浦蒼は台座に立ち会議室に集まった人達に挨拶をした

 

「今から五年前、日本が打ち上げた惑星探査衛星『はやて』の話をご存知でしょうか? あの『はやぶさ』に続いて小惑星サンプルリターンの計画で打ち上げられた次期探査衛星です。ご存知の通り、数年前に発見されました小惑星『スサノオ』は動きが不安定であり、過去に地球にも接近した事があります。NASAなどもこの小惑星には注目されていました。この小惑星を構成する物質が何であるかはほとんど分かっておらず、JAXAは予定よりも早く観測衛星『はやて』の打ち上げをしました。『はやて』は苦労しながらも小惑星に到着。観測及びサンプルリターンを行いましたが、流星体の影響により音信不通となりました」

 

 三浦社長はスクリーンを映し出しながら説明を行った

 

「当時の発表において探査は失敗に終わりましたが、実は『はやて』は生きていたのです。実は『はやて』には石塚美恵子博士が開発した試作段階である人工知能が搭載されていました。地球との交信が途絶えてもバックアップするよう組み込んでいたのです。しかし、『はやて』の搭載されている通信機器は壊れたらしく交信が出来なかったのでしょう。宇宙を漂いながらも一週間前に『はやて』は地球に帰還しました。JAXAが驚く中、『はやて』は帰還カプセルを地球に届けました」

 

 一連の探査機の映像がスクリーンに映し出されていた。別の人工衛星から撮ったであろう写真まである

 

「しかし、この素晴らしい出来事を公表しない事に誰もが疑問を抱いている事でしょう。今、発表します。……実は『はやて』が持ち帰ったものは小惑星の石だけではありません。『はやて』が持ち帰ったサンプルの中から未知の生命体と元素周期表に載っていない未知の元素が確認されました」

 

 この衝撃的な発表に会場はどよめいた。冗談だと思って笑う者。口を開けたままポカンとする者、どんな生命体なのか質問をする者……

 

 『はやて』の探査機成功なら兎も角、『はやて』が持ち帰った小惑星のサンプルの中から生命体が発見されたとなれば当然の反応である

 

「質問は分かりますが、それは後です。正確には地球外生命体の存在を示す細胞を発見したと言っていいでしょう。まだ詳しくは分かりませんが、粘菌のようなものだと学者が言っております」

 

 スクリーンに映し出されたものはアメーバのような形状のような白い生命体である。確かにアメーバのようなものが、水の中で蠢いている

 

「そこで皆さんに集まって来て貰った理由は、地球外生命体と未知の元素の研究と調査をして貰う事です。ある学者によると、この地球外生命体は地球生命……生命の誕生のヒントに繋がるのでは、と考えています。この地球外生命体の遺伝子は地球に生息する遺伝子情報と類似している点が多数あります。DNAと比較すると似ているようでもあるし、異なるようでもあるとの事です。その事を考慮し、生命の起源は宇宙にあるのでは、と一部の専門家は唱えています」

 

 騒めきが一層に大きくなった。確かに地球が生まれて間もない頃にいた地球の生物は全て単細胞であり、はっきりとした核をもたない原核生物である。その原核生物から様々な生き物に進化したという

 

 生命誕生の場は海の中だと思われていたが……

 

「また、ある学者によると宇宙空間には生命の種のようなものが広がっており、それが地球に到来した結果生命が誕生したという説を証明出来るだろうと言っておりました」

 

 三浦社長の演説に数人が野次を飛ばしていた。生命誕生は主に二つある。原始大気中のメタン・アンモニア・水素などから、放電などによってアミノ酸・糖などの有機化合物が生成され進化していったという『化学進化説』。もう一つは生命は宇宙からやってきたという『パンスペルミア説』である。しかし、どれも説も決定的な証拠はない。しかし、今回の発見は『パンスペルミア説』が有力視であろう。最も、この説は『地球上で無機物から生命は生まれた』ということを否定しているだけなのだがが……

 

「探査機が持ち帰った土壌や石を調べた所、アミノ酸の一種であるグリシンとリンが見つかりました。どちらも生命誕生に欠かせない物質です。また、未知の元素も発見されました。これにより宇宙の謎を解く鍵だけでなく、日本の未来……いや、人類の未来のためになるでしょう」

 

 三浦社長は一旦、言葉を切った。会場に居た全ての研究者達が三浦社長に向けている

 

 ここまで衝撃的な発言だったからである

 

「ところで何か質問はあるでしょうか?勿論、時間はないため僅かしか答えられません」

 

 観客はこぞって手を上げた。こんな発表に集められた人達は聞かずにはいられなかった。当てられた人は質問をしていたが、大抵は表面上の質問だけである。稀に突いた質問をした者もいるが、三浦社長は曖昧な返事で返すだけである

 

 そんな中、柳田 怜人も手を上げた。折角、呼ばれたのだ。聞くことが沢山あるが、肝心な事である

 

幸い、最後の質問にて彼が当てられた

 

「社長、僕の事をご存知でしょうか?」

 

三浦社長は怜人の顔を確認すると固まったが、それは一瞬であり直ぐに答えた

 

「ああ、知っているよ、若き天才である柳田君。もう30歳か?今度は地球外生命体とコミュニケーションを取ろうとしたいのかね?」

 

 三浦社長の茶化しに柳田はため息をついた。この人はいつもこうだ。しかし、柳田という苗字が会場に響き渡ると騒めきが大きくなった。それもそのはずで、数々の治療薬などを開発した人物がいるのだから

 

「生命の誕生による学説や地球外生命体なんてどうでもいいです。聞きたいのは1つだけ。……なぜ、このような大発見を公表しないのですか?」

 

 実は探査機『はやて』の事はニュースすらなっていない。しかも、ここに来る前は極秘として扱うよう書類に書かされたのである。違反すると特例処置により問答無用で逮捕するだと

 

「それは、人類における未踏の領域だからだ。考えて見たまえ。アニメや映画などと違って現実に遭遇した。そんなものを突拍子もなく公表したらどうする?宗教団体や科学心棒者などが押し寄せて来る。犯罪やテロも起こるかも知れない。情報と研究成果が揃い次第、公表する。分かったかね?」

 

「ええ。理解しました」

 

怜人は素っ気なく返事をすると席に着いた

 

「大発見なのに、情報操作とは」

 

「当たり前よ!大混乱するわ!」

 

 ため息をつく怜人に美恵子は非難がましく小声で言った。確かにテロを警戒するのも無理はない。宗教団体や科学信奉者は地球外生命体の存在は邪魔者以外何者でも無いはずだ

 

 それもそのはずで、彼等は人類を万物の霊長とした基本概念に立っているからである

 

 彼等が地球外生命体の存在が本物であると分かった時、どんな反応をするのか? 友好的な態度よりも過激な行動を取るのだろう

 

 だから、警察や自衛隊の関係者も呼んだのだ。会場のあちこちに警察と自衛隊の関係者がいる

 

「以上で説明を終わらせていただきます。勿論、口外は決してしないように。この後、契約書と宣誓書に署名してもらいます。これは合同企業のプロジェクトではありません。国家絡みのプロジェクトです」

 

 司会は観客の騒めきを遮るように大声で秘密である事を注意喚起していた。こうして、極秘会議は終了したのだ

 

 

 

(だから製薬会社は、このプロジェクトに参加していたのか)

 

 宣誓書に署名をしながら柳田怜人は、ため息をつきながら心の中で呟いていた。恐らく、新薬と治療法の革新的な医療技術を手に入れたいのだろう。呼び寄せるための餌に自分は食らいついたわけだ。そのため、他企業の社員や政府の役割からの視線を痛いほど感じていた。ライバル会社にとっては、目障りな人物であり、政府にとっては自分達の管轄に来なかったのだから。国の手柄ではなくなってしまう事もあるのだろう

 

 だが、三浦社長や国の思惑は彼にとっては、どうでも良かった。こっちは娘がいるのだ。刑務所に行くのは御免だ。だが、これは自分の計画に役立つかもしれない

 

 死者を蘇らせるための方法があるのなら、何だってやってやる

 




本作品は艦これの前日譚……誕生秘話です
よって、初めの数話の間は艦娘が登場しません

艦娘と深海棲艦はなぜ誕生したか?それについて書こうと思ったまでです
しかし、よく二次創作の艦これ前日譚である『謎の敵が現れた!戦ったけど、人類は存亡の危機に立たされた!そして、どういう訳か人類の味方である艦娘が現れた!』というよりも神話の一部分のような作品を描こうと思ったまでです

どのようにして彼女達は誕生したのか?

まあ、オリ主である柳田怜人が拘わるかも知れませんが


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第2話 研究

『大手製薬である三浦会社──他企業と共に極秘プロジェクトを企画中!』

 

『政府も関与か?プロジェクトの内容を明かさず!』

 

 翌日の新聞やニュースの見出しではこのように伝えられた。記事の内容の大半は合ってはいないが、とにかく何か企んでいるといった記事が散見された

 

 また、民間警備会や警察社が三浦会社だけでなく、工場や研究機関にも重点的に警備が敷かれた事から周辺住民は何かただならぬ事が起こったと感づいていた

 

 本来ならこんな異常事態を国会で取り上げられるはずだが、何故か誰も黙りだった。騒いでいたマスコミもある日を境に取り上げられなくなった

 

 何が起こったのか? フリーライターなどは探っていたが、ガードが厳しく真相にたどり着けない

 

 

 

 そんな中、柳田奏太は三浦会社に雇われた。正確にはオブザーバーとして雇われたのだ。その目的は、探査機が持ち帰った土壌と謎の生命体を探るためである! 

 

「柳田博士、状況は?」

 

「とても素晴らしい生命体だ。遺伝子情報、構造、そして知能の発達……しかも地球上の生物と似た遺伝子情報を持っている。生命誕生の鍵となるのは間違ってはいない。しかも、新たな医療技術やバイオ技術が革新的になるかも知れない」

 

柳田は顕微鏡を覗きながら興奮気味に話していた

 

 美恵子は家に訪れていた時と態度が180°違う事に呆れていたが、リリは違っていた

 

「柳田博士は資料よりも素晴らしい人です。既に遺伝子情報を解析しただけでなく、生命を蘇らせる事に成功しています」

 

アンドロイドであるリリは淡々に話していた。人間だったら驚いていただろう

 

「しかも、こいつらは進化している。サイクルも短い」

 

「進化?」

 

「ああ、既に魚状態まで成長したぞ?あそこの水槽にいる」

 

 石塚は慌てて目をやった。離れた水槽に確かにいたのだ。黒い魚のようなものが。まるで巨大なオタマジャクシのような生き物が水槽の中で泳いでいる。肉食ではないのか、金魚の餌は食べてもメダカなどの小魚は食べないらしい

 

「どうやって!?」

 

「生命体自体が環境に適しているのだよ。僕はそれを手助けしただけ」

 

「生物の進化ってそんなに短いの!研究に着手してまだ1か月しか経っていないのよ!」

 

 石塚が叫んだ事により、近くで作業していた数人の研究員は振り向いた。石塚は慌てて頭を下げたが

 

「恐らく地球の環境に慣れてからだろう。例の未知の元素のお陰かもな」

 

 柳田は素っ気なく呟いた。生命が短期間で成長した理由は、元素のお陰だろう。細胞も地球のものと似て似つかない

 

 そのため、本来なら緩やかに成長するはずが未知の元素を取り込んでいる事で進化の過程が早いのだろう

 

「地球には無い未知の元素を組み込んでいるせいだろう。進化のサイクルを短くするだけでなく、体の組織を強化させる手助けをしているらしい。宇宙線に晒されても生きていた事から間違いないだろう」

 

「元素だけでこんな効果が!?」

 

「ああ。こんな元素は初めてだ。他の学者も驚いていたよ。元素の名前は他の者に任せたよ。ネーミングセンスなんて僕には無い」

 

 この言葉を聞いた石塚は唖然とした。普通の研究員なら発見したものを論文にまとめて学会などで公表する事である

 

そうすれば知名度は上がり、金も地位も手に入る

 

 ……そのはずだが、彼はそれすら譲歩した。いや、この人は様々な革新的な治療薬や医療技術を開発、発明して来たのだ

 

 それなのに、元素の名称どころか力を放棄? 確かにあの件で人が変わったのだが……

 

「あの……1つだけいい? 貴方の──」

 

「仕事の邪魔だ」

 

 石塚は恐る恐る話しかけたが、帰って来た返事は冷たかった。まるで、何かを触れさせないために……

 

 

 

 彼は夜遅くまで仕事をしていた。平日だけでなく、土日祝もである。飲食と睡眠、トイレ以外は研究に没頭している。寝泊まりも会社内である。研究主任も初めは感心していたが、日が経つにつれて流石に不味いと思いストップをかけた。これ以上、働いたら死んでしまう。だが、彼はまだ大丈夫という。目にはクマが出来ているし、誰が見ても過労である

 

しかも、彼の厄介なところは休日しろと言っても全く聞く耳を持っていない

 

「柳田教授、いい加減にしてくれません!」

 

石塚は帰ろうとしない柳田に怒鳴った

 

「貴方の娘さんをほったらかして仕事するなんてどうかしていますよ!」

 

「そのためにお手伝いロボットを家に置いた。俺がこの生物の解明に手を貸す条件として言っただろう?」

 

 実は優子の世話は、石塚が創り出したロボット『リリ』に任せている。元々、介護用や体の不自由な人用に造られたロボットだが、残念ながら凍結された。そのため、実験データとして役に立つのでは、と思い柳田の意見を呑んだ

 

 だが、流石にこれはやり過ぎだ! 娘をほったらかしにする親はいない! 居たとしても親として失格だ

 

「貴方の娘さんの優子は、学校内でいじめにあったのですよ!」

 

この言葉を聞いて、動かしていた柳田の手が初めて止まった

 

「後は任せる」

 

柳田は助手に短く伝えると速足で扉に向かう

 

 扉が荒々しく閉まる音がすると、その場にいた作業員や研究員はため息をついた。助手もである

 

「まさか、本当に柳田博士の娘さんは──」

 

「嘘よ。そうでもしないと帰らないでしょ?」

 

 石塚の説明に皆は納得した。折角の大発見に作業員の過労死が浮き彫りになれば会社のイメージが下がってしまう

 

 

 

 柳田は急いで家に帰ったが、家の中には自分の娘をベットに寝かしていたリリの姿だった

 

「博士から連絡です。一時間前の事は嘘とのことです。メッセージを聞きますか?」

 

「……いい」

 

 柳田は胸を撫で下ろすと眠っている娘に近づいた。部屋には人形や絵がたくさんある

 

日記も記していた

 

 テレビを見たのだろう。娘とタコ型の生き物が手を繋いで遊んでいる絵だった。既に地球外生命体の事は発表され、世界は大騒ぎだった。ネットでざっと見たが、誰もが興奮していた。中には、宗教家の人が外国語で抗議したり、明らかにうん臭い学者が否定的な見解を述べたりとしている

 

「これは優子ちゃんが今日お描きになったものです」

 

しかし、彼はエイリアンよりもそばにいる男女の絵に目を向けていた

 

男の方は自分だろう。そして、もう片方は……

 

「そうか」

 

柳田は頷くと会社に電話した。明日と明後日は休む事にしよう

 

 データの解析は自宅でも出来る。USBメモリーを自宅に持ち込んで仕事してもいいと社長に言われたからだ。但し、普通はやらない。社長も柳田の事をよく知っているからだ

 

 

 

 会社ではマスコミ対策に追われていた。まずは地球外生命体について。柳田が育てた魚型である生命体を見せる事である

 

 異論を唱える学会もこれで黙るだろう。問題は特定の宗教団体と科学信奉者達である。彼等は地球外生命体の存在を認めないだろう。既に宗教団体や市民団体からは抗議の電話がかかってきており、ハッキングも多発したお陰で会社のサーバーがダウンする羽目となった。会社の周りはデモ隊で一杯だったのだ

 

 しかし、警察と自衛隊は警備を引き受けると言ってきたので問題は無いだろう。特例措置としてらしい。この措置に野党からは反発したらしいが。問題は国外である。既に数ヵ国が日本と接触してきたのだ。しかし、日本も三浦会社もこれには想定内であった。同盟国のアメリカにデータとサンプルを提供すると、アメリカの態度が一気に軟化した。アメリカは国益重視の国である。NASAは米国政府と違って純粋に感謝を述べてくれた

 

 問題はEUとロシアと中国である。こちらの対応は頭を悩ませたが、データを渡しただけで、後ははぐらかした。EUは宗教の関係で拒否したが、ロシアと中国は取引で治まった。但し、サンプル提供は止めていた

 

 折角の大発見だ。他国に譲る気はない。アメリカとの取引のお陰で誰も文句は言えまい。共同研究も検討すると言って当面ははぐらかしておく。下手をすると、外交問題にまで発展してしまう

 

地球外生命体のデータ公表はこちらが研究した後でもいいだろう

 

 

 

 そんなことを他所に柳田は研究施設にて実験を没頭していた。彼は国際情勢や社会に興味なんて無い

 

相変わらず水槽に泳ぐ未知の生命体を観察していた所、学生時代の後輩である長谷川 大輝が小走りで部屋に入って来た

 

「そんな所にいたんですか。そんな事よりニュース見てません?俺達、有名人ですよ!地球外生命体を発見したからには何かしら賞を受賞出来る!ノーベル賞かな?それとも総理大臣から勲章を貰うのかな?」

 

「さあ……宮中晩餐会にも呼ばれるかもな」

 

興奮気味に話す親友の長谷川に柳田は生返事をしていた

 

彼は名誉には興味はないそうだ

 

「ところで隕石のサンプルに付いていた未知の元素の解析はどうなった?」

 

「まだ解析は途中ですが、それでも面白いですよ!」

 

 長谷川は研究データが書かれていた紙を渡した。本来ならデータだが、やはり紙の方が見やすい

 

そこに書かれていたのは元素の組織図であり、素人の人間には分からないだろう

 

しかし、彼には分かるらしい。だが、彼は描かれてあった組織図と文章を読んで眉をひそめた

 

「おい……これは炭素か?それともケイ素なのか?」

 

「初めは計測器のミスではないかと思いました。しかし、違います。元素周期表にはないものです!しかも、安定しているんですよ!未知の元素は近いうちに命名されるはずですよ!ジャパニウムとかどうです!?あ……既にロボット漫画で使われているか……だとすると……」

 

長谷川は自問自答していたが、柳田は食い入るようにデータを見つめていた

 

「もしかすると……まさか……あの文献や伝説は本当だったのか」

 

 柳田はデータに書かれたものと水槽に泳ぐ未知の生命体と見比べていた。興味本位である事を調べていた昔の頃の時……

 

伝説と思われていたが……あれは本当だったのか? 

 

 彼は他の研究員とは違い、生命体や未知の元素をどのようにするかを常に考えていた。サンプルは会社から貰った。研究のためであるが、既に彼はある事を実行しようとしていたのだ

 

 

 

地球外生命体の存在が発表されてから1か月。未だに世界は興奮と混乱の渦である

 

 地球外生命体が魚のような姿をしていることもあるが、やはり地球外生命体という存在自体が衝撃的だった

 

 しかし、彼は記者会見やテレビの番組には出ず、ひたすら研究施設で作業を没頭していた

 

 

 

数日後

 

 石塚はマスコミ対策に追われていた。テレビに出演するのも記者会見するのも彼女の仕事である。幼い頃はアナウンサーに憧れた事もあって喜んで引き受けたが、時が経つに連れて鬱陶しくなった

 

常にテレビマンが待ち構えていているため、堂々としないといけない

 

 プライバシーやこちらの事情を考えて欲しい。ある日の事、いつものようにテレビ出演するために化粧室へ向かっていたのだが、会議室を通りすぎる時、ドア越しで話が聞こえてきたのだ

 

 普段はこういったことは無視するのだが、ある声を聞いて彼女は立ち止まった。複数の男女に混じって聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。その声の主は柳田だった

 

 

 

「──以上をもちまして、未知の生命体と元素の説明を終わります」

 

「するとどういうことだ?『はやて』が採取したのはエイリアンではないというのか?」

 

「正確には生命の起源となるであろう存在を見つけたと言っていいでしょう」

 

 柳田は質問してきた人に単調で答えて言った。しかし、石塚は質問している人に聞き覚えがあった

 

総理大臣だ!他にも人の声がする事から政府関係者の説明なのか? 

 

会社訪問するといった事は聞かされていないため、秘密裏に来たのだろう

 

石塚が息を殺してドアに耳を当て会議を聞いていた

 

「しかし、地球に生息する生命体に酷似せず、進化のサイクルが早いのは、小惑星『スサノオ』に含まれていました未知の元素の影響だと思われます。そのため、宇宙線に晒されても死ななかったことから、耐性を持つ生命体へ進化したと思われます。つまり、我々は無から生命を生み出す力と生命体に力を与える手段を手に入れたのです」

 

「それは国益にもなるのかね?」

 

「ええ。生命を生み出すということは、バイオ技術や医学を大きく変えます。近い将来、市販の薬で難病やガン治療も可能かも知れません。不死も夢ではない。農業や漁業なども疫病や塩害に強い水産物や農作物を生み出す事も可能かも知りません」

 

 この発言に会場はどよめいた。こんな事は可能なのか?確かに農産物は品種改良しているし、水産物も養殖も行っている。しかし、いずれも限度はある

 

「更に言えば、一般人に薬を投与して知能発達や人体を強化する事も可能です」

 

「デザイナーベビーみたいなものか?」

 

「いいえ。それよりももっと効果的です。この元素は生命誕生をする力だけではなく、生物に新たな力を与える事も出来ます。適切な処置が必要ですが。例えばですが……そうですね。こういうのを想像してみてください。ある学生はパイロットを目指していた。しかし、パイロットになるには大変です。特殊な航空機……主に戦闘機パイロットや宇宙飛行士になると選ばれし者にしかなれない。いえ、訓練期間中に人体に異常があればパイロットの道は閉ざされる。しかし、この未知の元素や特殊なアミノ酸を加工した薬品を人体に注入しただけで肉体は進化し、彼等はパイロットになれる肉体を手に入れます。耐Gスーツなど着用せずに男女関係なく気軽に戦闘機や有人宇宙ロケットにも乗れます。流石に宇宙空間に出る際は宇宙服を着なければなりません。宇宙空間は空気が無いので」

 

「す、素晴らしい。これなら医学の進歩が50年早められる」

 

「少子高齢化だけでなく、食料自給率もこんな形で解決するとは」

 

政府機関の人達だろう。会場はどよめいていた。そんな中、総理大臣はこう指摘した

 

「しかし、良い事ばかりではないだろう。副作用は?それに倫理や宗教面から批判があれば、企業だけでなく政府にも批判が──」

 

「はっきりと言いますが、これは従来の遺伝子操作して人体強化するのではありません。進化過程を操作させて人体を強化するものです。皆さんに分かりやすく言えば、猿に投薬して一時間もすれば人間に進化するというものです。勿論、やったことはありませんが。理論的には、普通の人間が進化して強力な力や能力を身につける事が可能です。超人にもなれるでしょう。勿論、フィクションのようにスーパーヒーローのような極端な力を手に入れる事は出来ませんが」

 

怜人のジョークに政府関係者からは笑いが起こったが、柳田は構わず話す

 

「副作用は勿論あります。人格障害やショック死などを引き起こすでしょう。しかし、症状を和らげる方法も発見しました。将来、人類は更なる進化を遂げるでしょう。もしかするとオリンピックの全科目において金メダル取得が楽に取れるかも知れません」

 

 

 

真夜中

 

石塚は柳田の机を調べていた。研究員は既に帰っている。警備員はいるが、自分は会社員であるため捕まる事はない

 

柳田の研究ノートや資料を探していた。彼は何をする気なのか? いや、今も引きずっているのか

 

パソコンを立ち上げ、検索したところ、研究資料があった

 

そこにはあの生命体に関する事が書かれていた

 

『世間ではこの生命体は地球外生命体と思われているが、厳密にいうとそうではない。『はやて』が持ち帰った小惑星を調べた結果、この小惑星は太陽系が生まれた時期よりも遥か昔に誕生したものだと推測する。小惑星には生命誕生に欠かせない物質があるが、未知の元素も生成されたらしい。この未知の元素の起源は不明である。これには学会で衝撃を与えた。私の友人である宇宙物理学者によると、太陽系が生まれる前にある恒星が超新星爆発を起こし、その時に形成されたものだとされている。つまり、『スサノオ』は我々が思ってるよりも古くから存在する小惑星である』

 

 石塚は信じられないという風に論文を読んだ。発見した元素はどれくらい前のものだ!?太陽系が誕生したのは約50億年前だが

 

『未知の元素の正体は、炭素に似たようなものである。詳細は別紙に記載するが、この元素は炭素の同素体でもないが、ある力を加えると別の原子(主に炭素)になる。しかし、生命体を形成する場合は、自らも炭素となる事から変幻自在である。この元素の性質に対して我々の常識を軽く越えるものである。ウラン以降の元素は、人工合成によって発見(合成)されているが、一瞬で崩壊して別の元素に変わってしまう。しかし、この元素は安定しており、それが起こらない。『はやて』が持ち帰ったサンプル。生命体の誕生は、地球環境の適合能力や異常な進化は自然の摂理である。高温や低温に耐えるだけでなく、高い水圧や病原体にも耐性がある事も確認された。実際に道の生命体に様々な病原体を投与した。症状が発し弱ったが、約一時間で抗体を形成し元気になった。この元素はウイルス進化に似た作用を生命体に与えるらしい』

 

 生命体の誕生や進化が未知の元素のお陰であると書かれている。未知の元素は、地球の生命の歴史である46億年の年月を短縮、進化させる力があるという

 

『この事により、新たな医療技術やバイオメトリクスの技術革新がもたらすのは間違いない。猿やイルカで実験したところ、知能の発達が認められた。また、知能の発達だけでなく、肉体の発達も可能である。適切な処置をすれば、人類は知能発達や強靭な肉体を手に入れる事になり、更に不死も理論的には実現可能であると──』

 

 石塚はここまで読むとデータをメモリーにダウンロードした。彼は暴走している! 政府機関がこんな技術を悪用されたら終わりだ! 彼と政府の暴走を止めなくては! 

 

ダウンロードを終えUSBメモリーを鞄の中に入れると彼の家に向かった

 

 

 

 柳田はイラついていた。娘を寝かし、『リリ』と一緒に研究データを整理したところ、玄関のチャイムが鳴ったのだ。しかも、ドアを激しく叩く音まで聞こえてくる

 

こんな真夜中に訪問するバカは誰だ!? 

 

不満そうにインターホンに出たのは石塚だった

 

「こんな夜中にどうした? 娘が起きるだろう?」

 

『話があるの! ちょっとの時間だけ!』

 

石塚の荒い息と怒りを含んだ声に柳田は、もしやと思い家に入れた

 

 どうやら、研究データを見たのか? それとも、政府の役人に説明するところを見られたのか? 

 

 

 

「柳田さん……貴方は何をしているの?」

 

「人類のための研究だ」

 

「ふざけないで!あれが、人類のため!?」

 

 石塚が客室間に着き、ソファに座るな否や柳田に問い詰めた。娘が起きてしまうため、本来は声を荒げるべきではないが、そうも言ってられない

 

「研究データを見たわ!何をしているの!?エイリアンを使った医療技術なんて!」

 

「僕がマッドサイエンティストとでもいうのか?それは偏見だ」

 

「デザイナーベイビーまで手をつけるなんて! 国際問題になったらどうするの!」

 

「従来の遺伝子操作よりも確実で安全に誕生するものだ。クローンとは訳が違う。人の細胞は要らないし、代理母は要らない」

 

「人為的に知力体力を簡易的に向上させる事が可能と世間が知ったら大混乱するわ! WHOや医学学会から批判されれば──」

 

「誰だって夢を見る人がいる。俺はそれを叶えているだけだ。批判する人は、既に目標に到着しているからだ。自分が苦労して手に入れた地位や力を薬品だけで取れたら誰だって嫌だろう。自分の努力は何だったのか、になる。しかし、それは年月を過ぎれば受け入れられる。どの製品だってそうして来た」

 

「政府が貴方が発見した技術を悪用する事だってあるわ! しかも、防衛省の人まで来ていたじゃない! もし、軍事利用されたら──」

 

「民生技術と軍事技術は表裏一体だ。ネットや電子レンジなんかは元々は軍事用だっただろう?」

 

「貴方は!よくそんな事が平気で要られるわね!」

 

 石塚は声を荒げた。政府や会社から脅されていれば救いの手を差し伸べるのだが、この人は自らの意思で研究を行っているのだ

 

彼の目的は何だ?

 

(いえ……まさか……あり得ない!)

 

 まさか死者を、しかもある人物を蘇らせるのを探っているのか!?彼の後輩である長谷川というオカルトマニアとつるんでいるのも、そのためなのか!

 

しかし、それは推測でしかない。今は何としても止めなくては!

 

「あの未知の生命体も知的生命体に進化させることも可能かも知れない。人間に近い……いや語弊があるな。人に進化させることも可能だ。生命の起源や進化論の一大発見にも繋がる」

 

「そんな事をして皆が受け入れる訳無いじゃない!そんな生き物を産み出して、その生き物はどうなるの!いえ……もしも、矛先が人類に向いてきたらどうするの!このままじゃ、私達人間は、その生き物の御機嫌伺をしながら生きて行かなくちゃいけなくなるかも知れない!下手をしたら、国を乗っ取られるわ!もしかすると人間は皆殺しか、奴隷よ!」

 

「構わん。倫理なんぞ知るものか。人間至上主義の鼻を明かすチャンスだ。人間だって、社会差別や犯罪や戦争など起こしてきたじゃないか。地球外生命体とのコンタクトに何を言っている? 会ってもいないくせによく言えたものだ」

 

 石塚の言葉に柳田は淡々と反論した。柳田にしてみれば折角のチャンスだ。科学の進歩が早まるというのに……

 

「人類の科学の進歩どころか生命の起源や進化論の証明にもなる存在だぞ?それを下らない考えで否定するとは。お前らしくない」

 

「いい! すぐに止めて! 生命体や未知の元素を研究しても貴方の妻……私の姉である優奈(ゆうな)は帰って来ないのよ!」

 

石塚の怒鳴り声に柳田は眉をピクリと動かしたが、彼は激昂すらしなかった

 

長い沈黙の後、怜人は冷たくはっきりと言った

 

「そうか……なら、考え方が違ったな。残念だよ」

 

「そうね。私は会社に辞表を出すわ。そして『リリ』も返してもらうわ。娘の世話よりも、生き物に興味があるなんて!」

 

「そうだな。助かったよ。研究は大体成功した。発表もするよ」

 

 

 

 翌日、一人の女性研究員とロボットは三浦会社から去っていった。これは辞めたのではなく、異動しただけである。三浦会社は辞表を預かると言ったのだ。三浦社長も優秀な人材を失うのは痛手だ。しかし、石塚は海外勤務すると強く主張したため、三浦社長も渋々許可を出した

 

 そんな事を他所に柳田は、生命体よりも未知の元素を研究していた。伝説を追うために……

 

 




まだプロローグですが、もう少しお待ちを


余談ですが、今回のイベント……小規模ですが、攻略に手こずっています
早くE3の海域に支援艦隊が来て欲しいです


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第3話 伝説の石と陸奥鉄

 ある日、三浦会社は地球外生命体の存在の詳細を公表した。これにはどのメディアも注目した

 

「この生き物は地球外生命体でありますが、この生命体を調査するに辺り生命の起源も発見しました。短期間での成長や進化は未知の元素によるものだと思われます」

 

既に未知の生命体は成長していた。今ではマグロ並の大きさまでに発達した

 

「生命の起源?それは生命誕生は宇宙からということでしょうか?」

 

「パンスヘルミア仮説というものですか?部分的には正解と言っていいでしょう」

 

「というと?」

 

記者は混乱した。とてもじゃないが、彼の考えが理解できない

 

「つまり、条件さえ整えば生命誕生は起こるということです。地球に生命誕生したのは生命誕生や進化の条件をクリアしていたからです。この生命も地球環境に慣れた事で成長したのです」

 

この衝撃的な発表に記者会見場は騒然とした

 

「……し、しかし、その割には地球の生き物と違うような……」

 

「恐らく、未知の元素が影響を及ぼしているのでしょう。この未知の元素は生命に多大な力を与えているようです」

 

記者の質問にも柳田は淡々と答える。ある程度の記者の質問の内容は想定内であるからだ

 

「この元素はウイルスのような働きをし、構成された生命体に力を与える。しかし、この元素は他の元素と結び付こうとしないが、特定の条件下によって結び付く。炭素に似た元素ということが分かりました」

 

「炭素?……炭素で生命が造り出せるということですか?」

 

「そうです。これまでの常識では、炭素以外に生命体を作り出せる可能性はケイ素だろうと思われました。理由は炭素と同族であるからです。あなた方も知っているようにSF漫画や映画などに登場する宇宙人の中にケイ素生命体の設定であるのはそこから来ているのです」

 

 柳田は誰でも分かりやすいように説明した。SFなどの創作を上げれば真っ先に思い浮かべやすいからだ

 

「天然で存在できる元素は既に調べ尽くしています。ウラン以降の元素は安定せずに、自然界には存在しません。よってSFのようにエイリアンや頭の切れる科学者が周期表にも載っていない新元素を作り出すのはあり得ないのです」

 

「で、ですが今の説明だと矛盾していますが?」

 

「そうです。実際は違いました。我々の推測では太陽系が誕生する前に超新星爆発が起こり、その時に作り出されたのではないかと思われます。宇宙を漂いながら。『はやて』が持ち帰った小惑星のサンプルですが、鉱物を調べた結果、太陽系以前の痕跡が残されているとのことです。では、どこから来たのか?ダークマターか若しくは我々の知らない何かか。いずれにせよ、これは大発見です」

 

柳田の説明に記者達は顔をしかめた。説明がついていけない

 

取り敢えず、生命誕生でも未知の元素によって姿形が異なるのは何とか飲み込めたらしい

 

「それで、この生き物ですが、今後どうなさいますか?」

 

「この生命体の組成や構造は素晴らしいです。バイオメトリクスや医学、生物学などの発展が見込めます。iPS細胞よりも高性能な細胞も形成可能だと国立大の教授はいっておられます」

 

この発言に記者達は愕然とした。地球外生命体の発見は凄いものだ。しかし、まさかここまで行っているとは思わなかったのだ

 

「あ、あの地球外生命体なのですよ?」

 

「我々の考えでは地球の生命と変わらぬものだと結論づけました。DNAも形成可能です。これを研究すれば、様々な治療薬が開発されるだけでなく、食料危機の脱出や絶滅危惧種の動物の誕生も容易に増やせるでしょう」

 

この言葉に一部の記者からは野次が走った。これは倫理に反するのではないか?

 

「ちょっと待って下さい!貴方のやっていることは間違っていますよ!科学を暴走させています!人類を危機にさらされる事もあるのですよ!」

 

「人類か」

 

柳田は無表情になった。まるで、この質問を待っていたかのように……

 

「見た目や単純な思想で判断するとは記者として失格だ。私の妻の殺人を正当化させた人達が何を言っているのですか?」

 

この冷たい声に記者達は沈黙した。叫んだ記者も凍ったように固まった

 

「ええ、いいんですよ。君達は殺人犯が大好き。僕はエイリアンの方が好きだ。何が悪い?」

 

 柳田はたち上がると記者会場から出た。翌日、このニュースは伝えられたが、最後の質問に対しては流す者は居なかった。一部のマスコミやネットは流れたものの、コメント欄は荒れただけだった

 

 

 

数年後

 

 地球外生命体の存在はビックニュースになったが、時が過ぎると民衆は徐々に冷め始めた。更に柳田教授の論文や研究データを下に三浦会社を始めとする他企業と各国立大学は研究をし、医療技術やバイオ技術を向上させた

 

 未知の生物の観察をしていたが、人々はそれよりも未知の生命がもたらした成果に期待を込めていた

 

 遺伝子研究の向上が遥かに進み、ほとんどの難病は治療可能となった。農家は干ばつや病気に強い麦などが売られているのを喜び、漁業も養殖が容易になった。完全養殖が難しいとされるウナギも日本の海洋研究所が実用可能とした

 

 また、未知の元素は石油に代わるエネルギー源にもなるのではないか?という学者が発言したことにより、日本では大きな話題を呼んだ

 

そのため、近隣諸国といざこざが生じたが……

 

 

 

そんな大騒ぎをよそに柳田は実験を続けていた。未知の元素を

 

 彼はあらゆる方法を模索していた。娘の世話もあるため、自宅で仕事をしている。勿論、彼は器用である

 

「未知の元素……これは思っていたよりも凄い事かも知れない」

 

彼は自宅の地下にラボを作った。いや、個人用のラボである。三浦会社に頼んで地下のガレージを改装してもらった

 

 研究データは常に送っているが、対価さえ貰えば別に問題はない。大学の教授ということもあり、このようにしてくれたのだ

 

パソコンに通知が入ってきた。テレビ電話が来ている。三浦会社に勤めている長谷川からだ

 

『先輩、お久しぶりです。大学は行かれないのですか?』

 

「卒業論文を読んで成績を付けているところだ。助教授が卒業研究を手伝っているから問題ない」

 

『それ、仕事を押し付けているだけでしょう?』

 

「博士号取得に必要な知識を特別に教えると言ったら、喜んでいたぞ」

 

この言葉に画面に映っていた長谷川は苦笑した

 

「お前も来るか?資格持っているだろ?大学の生活も悪くないぞ?」

 

『考えておきます』

 

 長谷川は苦笑いした。実は2人は大学時代に、知り合った者である。初めは先輩後輩の仲だったが、今では良い友人でもある。呼び合っているのも名残である

 

「それはいい。で……元素の解明は?大学に行って研究したが、不明だ。機器が足りない。ILC加速器(大型ハドロン衝突型加速器)があればいいのだが、そんなものはない」

 

『同感です。だけど、この元素組織……似ている……』

 

「どうした?」

 

『ああ……すみません。実は昔、父が買った宝石に似ているのです』

 

長谷川は手を振って何でもないという風な仕草をした

 

しかし、彼は違った

 

「今の話を聞かせてくれ。些細な事でいい」

 

『でも……宝石といっても価値のないものですよ。海外の骨董品屋で買ったものです。ある日競馬で負けて、せめておこずかいにということで売ろうとしたのですが、店員は宝石ではないと言ったんです。調べたんですけど、宝石ではないものでした。今は──』

 

「いいから。三十分でそちらに向かう。宝石も持って来い」

 

『わ、分かりました……』

 

画面越しにも拘わらず長谷川は慌てていた。柳田は荷物をまとめると直ちに出社した。オブザーバーなので問題はない

 

 

 

半年後……

 

柳田は後輩である長谷川から受け取った石の正体を突き止めた

 

 宝石にも見えるが、違う。その元素と小惑星で見つけた元素は同じだ。いや、一度、目にした事がある。残念ながら、持ち主はただの奇妙な石と思っているだけで展示していたが

 

 元素名は、既に命名されている。未知の元素は『G元素』と名付けられた。我々の常識では考えられない変化や能力があるため仮名ということであるが

 

 この元素は命を与えるだけでなく、人類に多大な恩恵を受けることになる。同時に、兵器にも転用も可能である

 

あるアメリカの学者によると、G元素を使った兵器の製造に成功した場合、核よりも強力で軍事バランスを崩す兵器が生まれるだとか……

 

 この発表により国連だけでなく国際社会国際社会は大混乱したが、柳田は気にも止めなかった

 

 安全保障なんて興味ない。どうせ、憲法持ち出されて中身のない平和を唱えるだけだ。国際情勢は、日本の言い分なんて無視するだろう

 

 

 

そんな事を他所に彼は『G元素』を解析していく

 

「先輩……こんな事ってあるのですか?」

 

 大学の研究室で作業をしていた長谷川は呟いた。今日は土曜日で学生はいない。長谷川と柳田だけだ。長谷川は三浦会社を止めて助教授に就いた。前任は転職したので、長谷川は喜んで就いた。大学側もこちらの事を知っているため了承していた

 

「ああ、俺も信じられん。しかし、伝説とは違っていたな」

 

 彼は『G元素』から形成した石を取り出した。石は血のように真っ赤に染まっている

 

まるで宝石のようだ

 

「賢者の石が実在するとはな」

 

賢者の石

 

 卑金属を貴金属に変える力を持ち、人間に対しても万病を治し不老不死にするという中世ヨーロッパの錬金術師が追い求めていた伝説の石である

 

彼は取り出した石に機器を取り付けるとコンピュータを操作した

 

「何をするのです?」

 

「生命を誕生させる」

 

「いや、ちょっと待って下さい!不味いですよ!」

 

長谷川は慌てたが、柳田は落ち着いている

 

「文献によるとニコラ・フラメルはこれを使って暫くの間、不老不死と黄金を手にした。彼が手にした賢者の石の生成方法である『アブラハムの書』は特定の隕石を加工したものだ」

 

「まだ伝説である賢者の石を追っていたのですか!?」

 

「お前も人の事が言えるのか?海外留学している時に、それらしき物を見つけたからだ。それは置いといて」

 

柳田は長谷川の質問に淡々と答えた

 

「少し歴史の講義をしよう。君の大好きなオカルトだ。錬金術はエジプトを中心に栄えていた。やがてイスラム帝国圏で発展し、十字軍遠征でヨーロッパへ持ち込まれた」

 

 柳田はコンピュータを操作しながら説明していく。長谷川は唖然としていたが、彼は当たり前のように話しているのだ

 

「エジプトの何処か……いや、もっと昔かどうか分からない。遥か昔、アフリカ大陸に隕石が落ちたらしい。古代人は隕石を調べ、その石に不思議な力があると分かると、それを加工、凝縮して造り出した」

 

「それが賢者の石?」

 

「いや、恐らく薬として加工したのだろう。エリクサーかもな」

 

柳田の説明に長谷川は何とか頭についていく

 

「『アブラハムの書』を読んだニコラ・フラメルは隕石を再現した。だが、僕の考えでは必死になって隕石を探しに行ったと見ている。そして、伝説は正しかった」

 

説明が終わったときにはコンピュータの操作は終わっていた

 

ケーブルに繋がれた石は輝き出し……何かが現れた

 

小さな人だ。少女のような小人が現れた

 

「小人も産み出せる。伝説だと妖精と呼んだらしい。素晴らしい物質だ」

 

「なっ!」

 

長谷川は思考停止に陥った。小人を造った!?どうなっているんだ!マジックショーか?それとも、テレビの撮影なのか!?

 

長谷川の慌てぶりに柳田はため息をついた

 

「心配するな。仕掛けもない。妖精が生まれただけで騒ぐ事でもあるまい」

 

「ちょ……ちょっと!卵からヒヨコがが誕生したとは別ですよ!どうやって!どういう仕掛けなんです!」

 

「何回も言ったはずだ。生命の誕生だよ。このG元素は生命誕生から成長までを短時間で生成する。昔はこの技術を使って不老不死を得ようとしたのだろう」

 

まるで学校の授業のように当たり前のように話す。長谷川は未だに混乱しているようだが

 

「だが、それは叶わなかったようだ。この生命体は生命力が非常に高く、生存に必要な食料は必要なく、過酷な環境にも適応できる能力がある。また、人と同じように知能がある。しかし、倫理観や思考は違うようだ。超常現象も引き起こす事が出来る事から古代人には魔法に見えたのだろう」

 

余りにも当たり前のように話す柳田に長谷川は愕然とした

 

 理解が追いつけない。だが、それは一瞬であり今では子猫を撫でるように優しく妖精に手を当てて撫でた

 

「オカルト好きなお前に分かりやすく言おう。ホムンクルスを知っているかい?ヨーロッパの錬金術師が作り出そうとした人工生命体だ。完成では小人のようなものらしい。しかし、当時はそんな事は不可能だ。バイオメトリクスなんてない。我々は科学を使う。適材適所でやれば生まれる。妖精伝説は本当だった」

 

 長谷川は科学が魔法と同じではないかと思ってしまった。確か発展しすぎた科学は過去の人からみれば魔法のように見えるだろう

 

 明治時代の人間が現代に来たら、驚愕するばかりだろう。錬金術師は……いや、現代で言えば科学者になるだろう。なぜ、人工生命体を産み出そうとしたのかは知らない。しかし、知恵はあったようだ

 

放心状態の長谷川を他所に柳田は生まれた小人を撫でていた

 

小人は嫌がろうとせずにされるがままだ

 

「既に古代人は……小人……いえ、妖精を作っていたのですか?」

 

「そうだ」

 

長谷川は妖精に手を乗せてマジマジと見た。妖精の姿は可愛らしく、まるで小動物のようでもある

 

「1つ質問があるのですが」

 

「何だ?」

 

「ニコラ・フラメルの伝説が本当なら、魔法学校も実在するんですか?」

 

「一体、何の話だ?」

 

 柳田はため息をついた。興奮するのは分かるが、この後輩は何かある度に創作のネタを入れて来る

 

「ところで、写真撮ってもいいですか!?」

 

「構わんが、ネットに流すな。今ので6人だ。これで……優奈を甦らせる事が出来る」

 

 柳田は赤い石を手に取ると小声で呟いた。彼の意思は固かった。どんなに説得しようが、彼は聞く耳を持たないだろう

 

「あの……」

 

「言っておくが、これは世界に発表なんてしない。どうせ、録な使い方なんてしないだろう。やることやったらこの石は破壊するし、研究ノートや論文も焼く」

 

長谷川が心配する声に柳田は反応したが、彼は安心するように言い聞かせた

 

「頼むよ」

 

「……分かりました」

 

 長谷川は何も言わなかった。彼のすることはは倫理には反するかもしれない。しかし、法律には抵触するものでもない。それに彼の過去の事は知っている

 

「オカルトの正体が実は科学だったなんて……生きてて良かった」

 

「別におかしくもない。オーパーツであるアンティキティラの機械は科学的に証明された。太古にアナログコンピュータが発見されたのだ。誰が何のために作ったかは知らないが、作った者は偉大な人だろう」

 

「宗教団体や政府のお役人が聞いたら最悪の場合、殺されますよ」

 

「僕の知った事ではない。未知の物を理解すると人は乱用するだろう。人工知能は危険と言われている割には手放さないどころか発達しているからな。楽したいんだよ、皆は」

 

 人工知能の発達は日進月歩である。人の手だけでは物が作れない時代にまで来ている。近い将来、人工知能は全人類の知能を超える日が来てもおかしくはない、と唱える者もいるという

 

「……まあ、不死の可能性だけは残すよ」

 

「よしてください。石仮面を被った吸血鬼が現れたらどうするんです?」

 

「何の話か知らないが、それは漫画ネタか?」

 

柳田と長谷川の間で冗談混じりの話をしていた

 

 そんなやり取りを妖精は不思議そうに聞いていた。言葉はわかるが、何を言っているのかは分からない。しかし、彼が何をしようとしているのか、大まかには分かっていた

 

 

 

翌日……

 

彼は大量の黄金を売りさばいた。貴金属店だけでなく、ネットを使って売り払ったのである。ある店主は疑問に思った。この金の延べ棒は何処から手に入れたのだろうと。この黄金はとても綺麗である。まるで、ついさっき造って来たかのような

 

 次に柳田は、手に入れた大量のお金を使って数々の機械を購入した。中には個人では買わないであろうスーパーコンピュータまで買ったのだ

 

これには警察もマスコミも首を傾げた。彼は何処で大量の黄金を手に入れたのか?

 

 警察は横領や詐欺類いかと思い捜査はしたが、犯罪に繋がる証拠はなかったため、捜査を切り上げた。念のため家宅捜索をしたが、不審な点は何一つない。あるとすれば、変な赤い石があるだけだ

 

警察もまさかこの石で財産を築いたなんて思ってもみなかっただろう

 

 ネットには様々な憶測が流れたが、彼は相手にせず娘も気にはしていない。娘も学校友達からは金持ちと影で叩かれたが、意外にも彼女は気にもしなかった

 

 

 

数ヶ月後……

 

「理論はあっている。問題は出来るかどうかだ。しかし、ぶっつけ本番をする訳にもいかない」

 

柳田は部屋の中をウロウロと動き回りながら、あれこれ考えた。

 

本番でやるにはリスクが高すぎる。しかし、実験も無しにやる訳にはいかない。手頃な事をやればいいのだが、これは未知への挑戦だ

 

 一から生命を産み出すのは大変な事だ。しかし、彼は彼の持つ才能と偶然によって生命を生み出す力を手に入れた

 

実現まで後一息だ……

 

 

 

だが、テストは必要だ。しかし、石の量も限られている。無限では無いのだ

 

(そうだ。歴史の中でミステリー事項であり、そのサンプルが容易に手に入るものがあればいい)

 

 彼は歴史に埋もれたミステリーを利用しようと考えた。本人かどうかともかく、機械から出てきた人物が何者かどうかともかく、生き返った証拠にもなる!

 

これなら……

 

 

 

「歴史の中でミステリーな事件ですか?」

 

「ああ。噂とかではなくて、完全に謎に包まれたものだ。何でもいい。事件が迷宮入りして未解決な事だ」

 

 次の日、柳田は後輩である長谷川に質問した。長谷川も意外な質問に驚いた。なぜ、柳田は急にミステリーに興味をもったのか?いや、賢者の石を追っていた理由は分かるが、彼は突然、趣味を鞍替えするような人ではない

 

「なぜ、自分なんですか?ネットで調べれば出てきますよ」

 

「ネットで調べるよりも君の方が詳しい。それに簡潔明瞭に書いていないからこっちも分からないんだ」

 

「確かにオカルトや陰謀論などは好きですけど、趣味の話ですよ。親父がUFOマニアだった影響です。でも……一杯ありますけど、大抵は作り話です。……妖精のあれは驚きましたが」

 

 長谷川は呆れながら答えた。オカルトや陰謀の話は大抵は作り話である。話題になれば金が入るからである。例え、嘘がばれたとしても信じる人は未だに居る

 

日本でもツチノコはいると真面目に唱える人はいるのだから

 

「しかし、なるべく近年……明治以降がいい。歴史の中で未だに論争になっている奴だ」

 

「……いや、歴史の謎を追い求めても分かりませんって。何で明治以降なんですか?エジプト文明や三国志ではダメなんですか?刀とかお城などの類はどうです?」

 

「興味ない。それに、エジプト文明は古すぎる。第一、知った所で何になる?」

 

 素っ気ない返事に長谷川は頭を抱えた。確かに長谷川は父親の影響があったせいか幼い頃、世界のミステリーに興味を持った。特に超能力という番組やUFO番組はよく見ていた

 

 年月が経ち、大人になってもオカルトや陰謀論を信じている。例え、嘘やインチキであっても。彼の考えでは、大量の嘘の中の一握りに本物は必ずあるというものである。実際に賢者の石は実在した。伝説とは違っていたが

 

「ミステリーと言っても色々ありますよ?迷宮入りして分からない事がありますから。どんな内容がよろしいので?」

 

「メアリー・セレスト号と同等くらいの不可解な事件なものだ。それも日本で起こった出来事」

 

 柳田の無茶難題に長谷川は呆れた。世界のミステリーで有名の1つは、十九世紀の末に大西洋で無人で漂流しているのを発見されたメリー・セレスト号の事である

 

乗組員11人が謎の失踪を遂げ、今も真相は分かっていないという

 

 

 

「お言葉ですが先輩。幾ら何でもそんなものは……いや、待って下さい」

 

長谷川は思い出したかのように言うと、スマホと取り出し何やら操作をしていた

 

何か知っているか?

 

数分後、長谷川は検索を終えると彼に見せた。それは……

 

「戦艦陸奥?これの何処がミステリーなんだ?」

 

「ちゃんと読んで下さいよ。ここの文!条件に当てはまりますよ」

 

柳田は長谷川のスマホを受け取ると読み始めた

 

『……1943年(昭和18年)1月7日の12時15分ごろ、陸奥は三番砲塔~四番砲塔付近から突然、煙を噴きあげて爆発を起こし、船体は四番砲塔後部甲板部から2つに折れた。艦前部は右舷に傾斜すると転覆し、爆発後まもなく沈没した……』

 

『……陸奥が爆沈した原因は現在も分かっていない。火薬発火説・人為爆発説などと説はあるものの、確実な証拠を得られず……』

 

柳田は戦艦陸奥のサイトを食い入るように見つめていた。サイトはポピュラーな百科事典ではあるが、この内容はとても興味深かった。戦時中のこともあるが、未だに分からないというのだ

 

「軍艦の爆沈事故なんて珍しくはないです。しかし、こいつは火薬の自然発火ではないとの事。新兵の自殺や工作員の仕業など囁かれているが、未だに分かっていないのです」

 

「なるほど。しかし、この船は沈んだのだろ?遺留品なんてほとんど──」

 

「ところがそうでもない。下げてみて下さい」

 

柳田は言われる通りにページを下げたところ、次の説明が出てきた

 

 

 

『引き上げられた陸奥の砲塔の装甲や船体は、鉄屑として再利用された』

 

『戦後一時期盛んに行われた核実験による放射能汚染もされておらず、さらに日本国内で引き上げやすい浅瀬に眠っていた事から、放射線精密測定機器の大気中からの微量な放射線を遮蔽する防護壁として有効活用されている』

 

この文を読んだ柳田は驚いた。戦前の鉄が重宝されている?

 

「現在の製鉄では破損の検出目的で鉄にコバルト60という放射性物質を混入させています。もちろん人体に影響があるような量ではないですが、微量な放射線を測る測定器には使えませんでした。今では測定段階で補正をかけれていますから、陸奥鉄でなくともいいのです。うちの大学でもあったはずです」

 

「本当か!」

 

柳田は飛び上がった。まさか、勤めていた大学にある?

 

「はい。古いタイプの放射線計測器もあったような気が。待って下さい。確か陸奥鉄を持っていた人が居たような……」

 

その後は言うまでもない。柳田は陸奥鉄を入手した。特に困難なものではなく、長谷川が言うように昔は使われていたためでもあった

 

 

 

(これで蘇らせる事が出来る。蘇生実験と人体生成を実行すれば──)

 

柳田の心臓は早鐘のように鳴っていた。ここまで上手くいくとは思わなかったのだ

 

 隕石調査の日からこちらに運が向いていた。しかも、自分が探し求めていたものまで手に入れた

 

科学の進歩は本当にいい。しかも、伝説は本当だった。大半の内容は誇張が多いが

 

一見、彼はマッドサイエンティストだろう。しかし、彼はある目的があった

 

その目的はシンプルなもの

 

死んだ妻を蘇らせるということである

 

 しかし、ぶっつけ本番にやるわけにはいかない。そのため、テストを行う必要がある

 

 彼は歴史の謎で関わった人を蘇らせる事にした。流石に太古の人を蘇らせても意味がない。そもそも彼はそんな事には興味ない

 

なるべく身近な過去の……それも今も原因不明の事件に関わった人ならば蘇生実験は成功だろう

 

 しかし、蘇ったままこの世界にうろついては流石に困るだろう。肉体もある時間を過ぎると朽ちて死んでしまうと文献に描かれてある。どうやら、妖精と人間の身体の造りが違うらしい。そして、人を蘇らせる方法も別に死んだ人の骨や肉体が必要条件ではないらしい

 

 

 

戦艦陸奥の乗組員の誰かが蘇り、謎の爆発の真相は分かるだろう

 

 陸奥鉄は手に入れた。これは媒介用だ。文献によると、蘇らせたい人物の骨が無くても、その人が大切にしていた物やアクセサリーがあれば、媒介として蘇らせる事も可能と記述されている。勿論、証拠はないが、やるしかなかった。そのため、誰を蘇らせるかはランダムになるが、こればかりは仕方ない。下手すれば、厨房で働いていた人が現れるかも知れない。後は実験の成功を祈るだけだ

 

 しかし、彼は知る由もない。テスト実験が世紀の大発見に繋がるであろうことに




戦艦陸奥は内地で沈んだため、国内に主砲とか結構残ってるという
『陸奥鉄』は特に有名で放射線測定などに使われた
因みに陸奥の鋼材を使った小さな鐘を持っていた人を見かけたことがあります


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第4話 予兆

柳田は忙しかった。授業だけでなく、他の事をしていた

 

 周りから何かとんでもないことをしていると噂されたが、放っておいた。気にもしなかったし、自分がやることは違法でもない

 

賢者の石の生成に成功はしたが、限りがある

 

 G元素から賢者の石を精製するのは難しい。コストがかかるが、別に沢山の人を蘇らせる訳でもない。まして、会社から研究用として貰っているのだ。量なんて知れている

 

(賢者の石で肉体を生成し、更には年齢も調整。問題は記憶だが、アメリカの教授から面白い話を聞かせれた)

 

彼は机から論文とDVD-ROM数枚を取り出した

 

(肉体が死ぬと意識が「量子」として飛び出し、宇宙または高次元につながる。その量子が魂と言われている。『量子脳理論』が本当かどうかだな。こちらに呼び寄せる方法も理論を読んだ。死後の世界……どんなものか見てみたい)

 

彼はパソコンにDVDをセットすると理論物理学者講話の動画を観る事にした。内容からしてとても難しいが、彼は既に量子物理学等を既に理解していた

 

論文を読み返しているとき、ふと昔の記憶が甦った

 

『ミスター柳田。貴方は何をしようとしているのですか?』

 

『死後の世界にいる妻とコンタクトしたい』

 

『貴方の気持ちはわかります。しかし……死後の世界からこの世界に帰って来た人はいません』

 

『構わない。悪魔に魂を売ってでもコンタクトしたい!妻の犯人を殺しても意味がない!』

 

 

 

(……そうだ。倫理が何だ。常識がなんだ。全員、自分勝手じゃないか!)

 

 彼は歯を食いしばりながら心の中で呟いた。そんな彼の姿を娘はドアの隙間から覗いていた

 

 娘は自分の父がおかしくなっている事は知っている。しかし、父の気持ちは理解している。母を殺した犯人は法で裁かれていない。そのため、娘も心の何処かで犯人に復讐する事が一番の望みだった。呪いがこの世に本当にあるなら、喜んで手に入れている

 

 しかし、娘も……父がおかしくなって犯罪者と同じような道に進んでほしくはなかった

 

 よって、父の後輩である長谷川と連絡をとっていた。もし、実験で蘇生実験の失敗や狂気の行動をしたら警察に突きだそうと……

 

 

 

数日後

 

「──以上をもちまして、G元素の説明を終わります。ご視聴ありがとうございます」

 

 三浦会社の講演会にて、小惑星の研究や新元素な発見について説明を終えた彼は、そそくさに退出した。後は他の研究員でも出来るだろう

 

廊下を歩いている途中、誰かがこちらを呼び止める人がいた

 

「柳田さん!柳田さん!」

 

 女性の声だ。聞いたことがないため、立ち止まって振り向くと、スーツを着こなした女性一人ととカメラを持った男性がいた。メモ帳を持っている事から彼女は記者だろう

 

「初めまして。私は──」

 

「話すことはない」

 

「待って下さい!私はフリージャーナリストの下園です!是非、お話しを!妻を蘇らせるという話は本当なのですか?」

 

無視して歩こうとした柳田に対して下園と名乗る記者は大声で聞いてきた

 

たまたま通りかかった人は振り向いたが、興味が無いのか足も止めずに歩いて行く

 

「そうだ」

 

「実はネットで貴方の噂が──え?い、今……何を?」

 

「噂の内容は知らないが、蘇らそうとしているのは本当だ」

 

 下園は愕然とした。まさか、はっきりと答える人は今までいなかったからだ。大抵の場合だと無視か否定をするが、この人は肯定した!?

 

「い、一体……?」

 

「生命の起源のメカニズムとG元素を使えば人体の構成は理論上、可能だ。『量子脳理論』の仮説が本当だった事も」

 

「な、何を?」

 

「わかりやすく言えば、死後の世界は実在するということだ。科学的に」

 

 余りの突拍子のない事で下園は混乱した。人体を構成?死後の世界は実在する?しかし、下園はフリージャーナリスト。特ダネを掴まなければ名は売れないし、栄転も出来ない

 

これはチャンスと見て質問した

 

「人が蘇らせると貴方は本気で?」

 

「やったことはない。仮説と理論だけだ。これから実験を始める」

 

立て続けである衝撃的な発言に付き添いのカメラマンも困惑した。この人は正気か?

 

「あ、あの……失礼ですが……クローン人間製造は法律で──」

 

「クローン?そんなものを造って何になる。クローンを造っても僕の妻になる訳ではない。人のアイデンティティを決めるのは個性と記憶だ。一卵性双生児の双子が出来るのと変わりない。それに刑務所に行くような研究なんてしていない。妻が悲しむ」

 

 柳田は呆れるように説明をしていた。まるで当たり前のように説明していたが、下園もカメラマンもさっぱりだった

 

ただ、彼はクローン製造は否定していた

 

「人間が生まれた説は二つある。1つは創造論。もう1つは進化論。今では進化論も説明出来ない箇所もあって悩ませているが。46億年前、地球は生命を産んだ。どうやって地球に生命が誕生したのかは不明だ。現段階の学説は、生命の材料であるアミノ酸や──すまん、こんな事を言っても理解出来ないだろうな。分かりやすくいえば、僕の研究は、無機質から人体を構成し、異次元の世界から妻の魂を呼び戻してインプットすることだ。受精卵も代理母も要らない」

 

 柳田は説明するのを止めた。生命の誕生や進化を話しても科学者ならともかく、一般人には理解出来ないからだ

 

なので、簡単に説明した

 

「探査機が小惑星で採取したサンプルを見て、生命の誕生は奇跡ではなく、条件によって誕生すると僕は見ている。勿論、僕の学説だ。聞き流していい。重要なのは未知の元素であるG元素。元素周期表に載っていない元素は生命に多大な影響を与える事だ。それと同時に生命誕生から進化までの期間を短縮する事が可能と見ている。だから、会社で飼育しているイーちゃんは短期間で急激に成長している」

 

 実際に会社が管理している未知の生命体は元気に泳いでいる。名付けたのは誰か知らないが、何故か「イーちゃん」と呼ばれている。しかし、未知の生命体は既に手足も生えており、陸上でも歩行が可能ではないか?と唱える学者もいる。だが、彼は指摘もしていない。興味ないからだ。凶暴化して研究者を殺しまくるような生命体ではないのは確かだ。万が一、そんな事があっても殺処分は可能だ

 

話は逸れたが、下園は状況を必死に整理していた。そして、ある結論に達した

 

「まさか……それを使って妻を?」

 

下園はようやく気がついた。彼は恐ろしい事をしようとしている!

 

「そうだ。遥か昔にG元素を含んだ隕石が地球に落下したらしい。古代人は元素の事は知らずとも石の能力に気がついた。古代人はそれを利用した。その岩石には、不老不死の力や物質を変換する事も出来る。『エリクサー』や『賢者の石』、『錬丹術』などの不老不死の薬の伝説はここから来たのだろう。まあ、過大評価された面はあったが」

 

「ちょ……ちょっと待って下さい!賢者の石は実在した!?」

 

「ニコラ・フラメルは、賢者の石を造ったという伝説がある。しかし、私の予想ではアフリカのどこかに落下した隕石から精製したと思っている。長生きしたかどうかなんて知らない。そんなものは興味は無い。不老不死なんて数十年後には実現出来るのだから」

 

話がとんでもない方向に進んでいく柳田に下園は眩暈がした

 

こんな話をどうやって記事にあげるのか?

 

 オカルトマニアが扱う雑誌なら載せてくれるが、多くの人はフィクションとして扱うだろう

 

「か、仮にSFのように肉体があるとしましょう。脳に記憶書き込む事は出来るの?」

 

「技術的には可能だ。誰もやった事は無い。だが、マウスの脳から特定の記憶だけを消去する実験はとっくに成功している。探せばあるはずだ」

 

 柳田は記憶移植の可能性も言及しようとしたが、止めておいた。こんな記者が、科学なんて分かる訳がない

 

「だ、だとしたら……貴方のやっていることは間違っているわ!本当なら大問題よ!」

 

「何が問題だ?さっきもいったように無機物から人体を生成し魂をインプットするだけだ。年齢も調整出来る。法律にも反しない。クローンですらないからな」

 

 柳田の平然とした答えに下園は愕然とした。まるで罪の意識がない。こんな事は許されるものなのか!?

 

「人々が聞いたらどうするの!世の中に出回らば──」

 

「その心配はない。妻を蘇らせたら研究も論文も捨てる。それだけだ。蘇生自体もコストがかかるし、食料問題や人口増加にも繋がる。そこまで腐ってはいない」

 

「でも!」

 

下園が抗議をあげようとした時、誰かが後ろで声をかけた

 

「先輩、娘さんが来ていますよ?待合室にいます」

 

「そうか」

 

柳田は長谷川の呼び掛けに簡素な返事をすると下園を無視して歩こうとする

 

下園は慌てて追いかけようとしたが、長谷川に止められた

 

「行っても無駄です。それに止めることも出来ない。彼の心の闇は深いのだから」

 

「どういう事?」

 

「彼を知らないのか?」

 

下園は怪訝そうに聞いたが、彼はため息をついた

 

 

 

「教えて下さい。なぜ、彼はG元素を使って妻を蘇らせようとしているのですか?」

 

空いた会議室に長谷川と下園が机を挟んでいた

 

まるで面接会場のようだが、下園の質問に長谷川はただ黙って聞いていた

 

「人を生き返らせるなんて。難病やアルツハイマーの患者を救った科学者とは思いません!」

 

下園は思い付く限りの事を後輩である長谷川に質問したが、彼は黙ったままだ

 

質問する事がなくなっても、長谷川は口を開こうとしない

 

「あ、あの……何か……?」

 

流石に不安になったのか、恐る恐る聞いた

 

何か不味い事でも聞いたのか?口止めか?

 

いや、それなら社長など重役が出るはずだ。会社ぐるみではないなら、個人の暴走だ

 

「もう一度聞きますが、本当に柳田さんの過去を知らないのですか?」

 

「私はジャーナリストになったばかりです。だけど、彼の過去を暴こうとすると止められたのです。調べるなって」

 

「そりゃ、そうでしょう。マスコミにとっても不都合なのです」

 

長谷川は微かに首を横に振った

 

「彼の妻が死んだ理由を知らないのですか?」

 

「ええ。殺人犯に殺されたって。ネットにはそのように」

 

「そうですか。『殺害された』だけで済むのですか」

 

下園は狼狽した。彼の過去は調べたはずだ。一応ではあるが

 

「先輩の妻はいい人です。高校生の時に付き合っていたらしいです。大学の時に結婚したと。いい家庭でした。私は離婚しちゃいましたけど、先輩は妻と良い関係でした。子供を産んだ数ヵ月後、不良グループに誘拐・監禁して輪姦し、激しい暴行を加えて死なせたあげく、死体をドラム缶に入れコンクリートで固めて埋め立て地に遺棄されなければ、あんな事にはならなかったのに」

 

「……え?」

 

下園は固まった。今、何と言った!?

 

「先輩の妻は昔、不良グループによって惨殺されたコンクリート死体遺棄事件の被害者です。そして、不良グループは未成年だったため、極刑すらならず、逆に被害者を攻撃しました。マスコミも含めて」

 

長谷川の冷たく声に下園は狼狽した。まさか、彼があの事件の遺族!?

 

「誰がどうみても殺人犯は罰するべきでしょう。しかし、マスコミも市民団体も加害者を擁護しました。理由は──」

 

「未成年者だったから。少年法で」

 

下園は長谷川よりも先に答えをいった。少年法によって保護されたのだ

 

「既に犯人は釈放。殺人犯は野放しです。犯人グループの内の1人は再犯して逮捕されたと聞いていますが。普通の人なら引きこもったり、復讐したりするでしょう。しかし、先輩は違いました。妻を生き返らせようと数年前から独自で研究していました」

 

「そんな……不可能よ!生き返らせるなんて!奥さんは火葬されたはずです!体も無いのに!」

 

「だから先輩は遡ったのです。生命の起源を。人類の誕生や生命の誕生の謎を解けば生き返らせる事が出来ると。人体を造れるのだと」

 

「無理よ!」

 

下園は声を荒げた。人体を人工的に造るなんて最早、人の領域を越えている

 

幾らなんでも……まさか……

 

「まさか、彼が手をつけた難病やアルツハイマーなどの治療法や医療は――」

 

「そうです。難病は再生医療に。アルツハイマーは知性を付けさせるために。ガンも人体の細胞促進の培養のためなのです。先輩から見れば、副産物に過ぎない」

 

 下園は愕然とした。まさか若き天才と呼ばれ革新的な医療技術を生み出した彼は、実験に過ぎなかった

 

「待ってください!当時の柳田は医学部に入り直し飛び級を重ねて類を見ない早さで医師免許を取得しているんですよ!その時でも話題を呼んだのに!皆は妻を失ったため博愛主義に入ったと噂されたと!まさか、妻を蘇生するためだけに!」

 

「そうです。そのためだけに医学部に入りました。海外研修もしました。先輩は作られた天才だから、出来る技なのです。今回のG元素と未知の生命体を引き受けたのもそれです。遂に生命の起源の謎を解き明かした。伝説の石である賢者の石の存在も確認しました」

 

 下園は長谷川の説明に衝撃を受けた。作られた天才?そんな彼が小惑星のサンプルから賢者の石を生成した?記者の表情を見た長谷川は、眉を吊り上げた

 

「その様子だと、先輩の親について同僚から聞かなかったようですね」

 

「フリーだから」

 

「調べてみるといいです。先輩は親の都合で生まれました。……正直、俺は天才ってこんなもんなんだと思っていましたが」

 

 長谷川は苦笑しながら言った。彼の闇は余りにも深い。今思えば、オカルトマニアであったからこそ友達として付き合ったのだ。長谷川も特に問題は無かったためそのまま付き合いはした。何故なら、人が笑うであろう幽霊話やUFOなどを真剣に聞いていたのだから。今までそんな人は居なかった。一方、下園は思考停止状態に陥ったが、録音停止ボタンを押すと質問した

 

「なぜ、私にこんな事を?」

 

「隠す必要なんてないからです。いや、報道なんて出来ないはずです」

 

下園は困惑した。こんな恐ろしい計画を伝えなくては

 

いや、待って。出来ない?

 

「出来るわけないです。人を蘇らせるなんてオカルト類いです。G元素から賢者の石を作りました、なんて書けると思いますか?私だって信じられなかった。でも、賢者の石が実在する事には驚いた」

 

 下園は何も言わない。こんなのオカルトだ。世の中に暗躍しているならともかく、一人の人間のオカルト研究を報道しても誰も取り合ってくれない

 

写真も動画も合成と思われてしまう

 

「それに先輩はどういう経緯であれ、難病患者を大勢救いました。彼を敬う人もいます。彼も利用しているのです。世の中を。だから、マスコミでさえ強気でいられる」

 

「だけど、非人道的な研究を──」

 

「わかっていないですね。先輩はそんな事をしなくても研究成果を出す人です。三浦会社と取引出来たのもそれです。先輩はノーベル賞なんて興味ない。研究成果を会社の所有物にしました。その代わり──」

 

「妻を生き返らせる方法を探る手伝いをした」

 

「正確には違います。脳や人体の解明。まだ分かっていない所がありますから。しかし、先輩は違った」

 

長谷川は思い出しながら言った

 

「数年前、三浦製薬会社は新薬であるガンの特効薬を開発していたが、行き詰まっていました。しびれを切らした社長は、面倒な臨床試験よりも人体実験をするよう命じました。『人体実験の禁止は医学の進歩の大きな弊害である』と言ったくらいです。社長は厚生労働省の大臣にクローン人間を秘密裏に造ってくれないかと頼んだのです。……先輩はそこに目を付けた。あの当時は業績悪化に加えて人体実験の噂が流れていましたから」

 

下園は長谷川の証言を一言も残らず聞いていた。これが事実なら大変な事だ

 

「先輩は新入社員として装い、行き詰まっている新薬を完成させてやる、と言いました。周りは嘲笑ったが、本当に数日だけで完成させました。それに加えて、社長に取引を持ち掛けました。秘密会議を撮った動画です……後は言わなくても分かると思います」

 

「だから、三浦製薬会社は次々と新薬の開発に成功した。世界に名が知れた。柳田も」

 

「三浦会社は大企業になりました。中小企業は傘下に入り、先輩は企業内を自由に行き来できました。次々と新製品の開発や発明に厚労省大臣を始め、誰も言わなくなりました。マスコミもです。『僕の事を報道するなら加害者を死刑にするよう報道しろ。中継の時に言うぞ』と言ったのが初めです。記者達は反発したが、彼は設計した新薬のデータを破棄すると言いました。スポンサー会社の圧力によってマスコミは折れたと聞いています」

 

 下園は黙って聞いていた。柳田は天才だった。しかし、心は壊れていたのだ。しかも、復讐も反社会的ではなく、計画的だ

 

「マスコミとの戦いは終わりました。加害者の名前は公表されませんでしたが、柳田はテレビに出ない事に成りました。全て会社の実績となった。会社も広告を出さないといけないのですから。先輩は処罰されたのです。実績を奪うと言う形で。しかし、先輩は気にはしていない。名誉は興味なんて無い」

 

「でも……間違っている!人々を救うための学問を悪用するなんて!」

 

 下園は叫ばずにはいられなかった。自分も知らない闘争が起こっているなんて。道理で柳田を調べようとすると編集長に止められたはずだ

 

「そうですね。妻が殺されなければ、加害者が厳罰化になっていれば、社会が責め立てなければ、先輩はこうは成らなかった」

 

「だけど……」

 

「とにかく、先輩は現時点では法を犯していない。人体蘇生を禁止するなんて法律は無い。誰もやった事はないとなるとそれまでですが」

 

長谷川は声を低くしながら心の中でため息をついた

 

(これで何人目の記者だろうな)

 

 実は彼女以外にも柳田の過去について記事に上げようとする人がいた。そう言った人も衝撃を与えた。中にはネットにアップした者もいたが、批判が殺到してホームページを創ったジャーナリストは首になった

 

 突拍子のない事で嘲笑った者が多かったが、大半は主に元難病患者達だった。彼を批判する者は許さない!という考えだ

 

 

 

 下園は複雑だった。長谷川と別れても頭のなかでは困惑していた。会社の玄関へ向かう時、柳田親子と出会った

 

「待ってください!人体蘇生は危険です!」

 

 下園は叫んだが、彼は鼻で笑っていた。更に問い詰めようとすると、彼の前にある人物が彼女の行く手を阻んだ。柳田怜人の娘である優子だった

 

「パパに近づけないで」

 

「どいて!貴方のお父さんはね──」

 

「知っている」

 

予想外の言葉に下園は唖然とした。知っているのか!

 

「だったら、話は早いわ!人を蘇らせるなんて──」

 

「ママを殺した人には批判しないんだね」

 

娘は冷たかった。父親と同じだ。流石の下園もこれには固まった

 

「マスコミは真実を世間に伝えると聞かされたけど、マスコミも政府と同じ嘘つきじゃない」

 

「行くぞ。どうせ、不都合な真実なんて報道する度胸もない腰抜け連中だ」

 

 怜人は娘に来るよう声をかけた。下園は何も出来なかった。彼等を批判する事なんて自分達にはその資格があるのだろうかと

 

 

 

某テレビ局

 

「ダメだ。こんなのはニュースに流せない」

 

「どうして!?人を蘇らせる事は倫理にも反しますし、視聴率も獲得出来ます!」

 

テレビ局に帰った下園は、プロデューサーに訴えたが、帰って来た答えは判を押したかのようなものだった

 

「柳田の事は諦めろ。あいつのせいで碌な目に合っていない。ガンの治療薬を宣伝するなら加害者の名前を公表し、厳罰化を訴えろだと?何を考えているんだ?」

 

 プロデューサーはイラつくように呟いていたが、下園は呆れていた。真実を報道するためにジャーナリストになったが、現実は違った

 

 テレビ局も同じだ。ある情報だけ過剰に持ち上げ、陥れる者は徹底的にやる。政府は嘘ばかりだと思っていたが、そうではなかった。しかし、よくよく考えて見れば総理大臣が嘘をつく世の中なら、会社だろうと学校だろうと病院だろうと同じだ。人である限り、完璧な組織は存在しない

 

テレビ局もその法則に沿っただけ

 

「新聞社に頼んできます」

 

「無理だろうな。ボツになる。『人を蘇らせる方法があった』なんて記事に出せると思うか?」

 

 プロデューサーは呆れていた。この女性は本当に五月蠅い。真実がどうかなんてどうでもいい。視聴率さえ取れれば問題はないのだから

 

「では、ネタを掴むまで取材して来ます」

 

下園はカメラマンを従えて再びテレビ局から出た。カメラマンも慌てて後を追うように走る

 

「……何であんな奴を雇ったんだ?」

 

プロデューサーは不満そうに呟いた。地球外生命体の姿を探れと言ったのに、よりによって厄介な事を持ちだしやがって

 

 

 

 柳田は家に帰ると娘を寝るように言った。時が経つのは早い。既に高校生である。それまでは夢を叶えて置きたい

 

地下の研究室に行くと早速、作業に入った

 

 『賢者の石』は限りがある。最近になってG元素は精製可能と何処かの研究機関が発表したが、分けてくれるとは思えない。会社が与えてくれた僅かな量だった。そのため、有効的に使わなければならない

 

 最小限な材料と資金で生み出すのは難しい。しかも、未知の領域だ。だが、運は僕の方に向いてきた

 

 数年前の小惑星の石を持ち帰った『はやて』はこちらの研究に大いに役立った。十年はかかるだろうと思ったが、それを短期間でやり遂げた

 

(興味本位で伝説である『賢者の石』を追っていたら、まさか実在するなんて)

 

 事の発端は、海外に飛び回っていた時だ。イギリスに立ち寄った時、大英博物館に足を運んだ。別に理由は無かった。強いて言えば、時間の暇つぶしである

 

 彼は博物館内を歩き回り、エジプト文明が展示している所に足を運んだ。その時、一枚の壁画と黒い石の展示の前で足を止めた

 

 柳田には分かった。他の者なら分からないだろうが、この展示品は素晴らしいものがある事に

 

 黒い石はファラオの墓に合った事。蓋を開けた時は真っ赤だったものが、瞬く間に黒くなったという

 

(あの石はあまり評価されなかった。それもそのはず。変異したんだ。賢者の石も風化する)

 

 彼は『賢者の石』の足取りを追ったが、過去のものを完全に追える訳がない。それに、壁画には古代人は空に指を指している。恐らく、あの石は隕石か何かだろう。錬金術ではない何かの力だ

 

(数年前までは夢物語と思っていたが、まさか『はやて』が僕の謎を解いてくれるなんて)

 

 錬金術師達は必死になって不老不死や物質を金に換える力を手に入れたがっていたが、当時の技術と常識では出来る訳がない

 

彼は人が入るくらいのカプセルに必要な材料を入れると機械をセットした

 

 コンピュータにはAIを搭載しているので、後は人体を錬成してくれる。と言っても、陸奥鉄と賢者の石をセットするだけだ。後は人体生成に必要な物質だけ。妖精も宙を浮きながら不思議そうに研究を眺めている

 

「まずは陸奥の乗組員の内の1人からだ。第三砲塔が爆発したのだからその付近の人物だったらいい。よし……完成までどれくらいだ?」

 

『72時間です』

 

 機械の声に柳田は満足した。これが成功すると、妻も蘇る事が出来る。既に骨の一部はある

 

「乗組員の誰かが蘇ったら、過去について証言して貰おう。この世の事も教えよう。だが、あまり長く動き回られても困る。蘇った者次第だが。彼が正常かを判断したと同時に妻も蘇らせる」

 

 彼の目は狂気が宿っていた。ここまでやったんだ。これくらいは罰が当たらない。柳田はディスプレイに映る進行バーが順調に行っている事を見届けると彼は寝室に向かった

 

72時間は長い。しかし、いつまでも研究室に居る訳には行かない

 

 

 

『長谷川さん……パパがママを蘇らせる実験を始めるよ。戦艦の乗組員から』

 

『そうか……俺達も腹を括らないとな』

 

 娘である優子はベットに潜っていたが、寝てはいない。優子は後輩である長谷川と前からメールでやり取りをしていた

 

 賢者の石や妻を蘇らせる事を隠さず報告していた。勿論、妻が蘇る事は嬉しい事はない。母が死んでしまい、周りもまるで殺された母が悪いと言われる

 

 だから、父のやり方には賛同した。一方で、心のどこかでこれは間違っているのではないか?と思っていたりした

 

 優子は迷っていた。警察がこんなものを信じる訳がない。しかし、賢者の石が実在するならば、世に放つ訳にはいかない。父はともかく、周りの人間が碌な使い方なんてしないだろう

 

 その時はその時だ。内部告発して三人共、牢屋に行く。例え、父が正気を失おうとも

 

 

 

 研究室では機械とコンピュータの低い駆動音が唸るように鳴り響いていた。壁は防音で騒音問題になる事は無い

 

見張っていた妖精も寝てしまっている。他の生物と同じように眠るらしい

 

『完成まで71時間34分』

 

『エラー発生、分析中』

 

 そんな中、進行バーを示す表示が更新された。しかし、それは一瞬であり、直ぐに更新された

 

妻を蘇らせるために誰がを蘇らせる

 

 蘇った人から見れば、迷惑極まりなかった。そして、死者を蘇る事は、タブーでもある

 

そのため、この実験は禁断の研究に等しかった

 

 

 

彼がやった事は、現代版の錬金術か?

 

『再プログラム構成中』

 

それとも

 

『データ解析完了、完成時間更新中』

 

全く別のものか

 

『完了まで5時間』

 




長谷川「先輩、作者って『鋼の錬金術師』の読み過ぎでは?」
柳田「いや、作者は『東方Project』から賢者の石の存在を知ったらしいぞ」
エド「賢者の石……人間の魂の集合体か?どれだけの人間を犠牲にした!?」
柳田「お前は何処からやって来た(この作品でそんな設定ないわ)?」
長谷川(仮面ライダーも何故かアイテムとして出て来たな)



ちょっと前置きというより、プロローグが長かったような気がします。章もここで分けます
それは兎も角、さあ、カプセルから誰が誕生するのでしょう?

???「あら、あらあら」

まあ、この時点で既に答えを言っているようなものです。近い内にタグの一部を変更します


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第2章 艦娘出現
第5話 陸奥、現れる


実験開始の翌日

 

 

 

 怜人は朝になっても寝ていた。娘の朝ごはんの用意をしなければならないが、別に急ぐ必要はない

 

それもそうで、簡単なものだが

 

コーヒーとパンと卵で十分だ。後はサラダか何かを付け加えればいいだろう

 

石塚が持っていたお手伝いロボットであるリリがいないから、不自由になってしまったが

 

「パパ!起きて!」

 

寝ている最中、娘が体を揺さぶって来た。今日は土曜日だ。休みくらいはゆっくりしたいものである。まだ午前8時だ

 

「何だ?」

 

不機嫌そうに目を擦りながら上半身を起こした

 

「これ!」

 

 娘が持ってきたのはタブレットだ。地下室で使う機器の1つだ。なぜ、寝室に持ってくる?

 

しかし、彼はタブレットに表示しているものを確認すると一気に目が覚めた

 

「バ、バカな!」

 

 賢者の石による人体生成が終わっている?進行バーも100%に達して完了を示している

 

「い、何時からだ!」

 

「朝起きたら地下室からアラームが聞こえたの。入ったら妖精二人が騒いでいて──」

 

 柳田は飛び起きるようにベッドから出ると、寝巻きを普通着に着替えて一気に地下室へ下った

 

僅か数分だが、何が起こっているのか状況を整理していた

 

(バカな……理論と実際がここまで違うなんて……僕の常識が通用しなかったのか?)

 

文献とは内容が違うのは織り込み済みだ。しかし、これは予想外である。失敗なのか?それとも、文献自体が間違って書かれているのか?

 

いずれにせよ、調べないといけない

 

 走るように地下を駆け下りた。妖精達が何か騒いでいる。六匹の妖精は、しきりにカプセルに指を指している。だが、残り一匹の妖精は、ディスプレイに指を指していた

 

彼はディスプレイを見たが、表示されている経過時間とデータに目を見張った

 

「あり得ない!五時間で人体を生成しただと!」

 

 彼の怒鳴り声で妖精も娘も驚き、後ずさりしたが、柳田はそれどころではない。人体生成は可能だが、ここまで早い訳がない。シミュレーションでは三日はかかる

 

だが、実際は違った

 

(何だ?長谷川ではないが、ゾンビとか止めてくれ)

 

 彼は深呼吸して自身を落ち着かせると引き出しから二本の注射器が入っている箱を取り出した。強力な麻酔薬が入っている。象も眠る薬だ

 

 ……死に至る可能性もあるが、あの元素で生成した肉体だ。簡単には死なないだろう

 

 柳田は恐る恐るカプセルに近づいた。カプセルもSF漫画や映画に登場するコールドスリープに似ている。本来なら喜ぶべきだが、金属製のカプセルがパンドラの箱に見えて仕方なかった

 

恐ろしいものだが、魅入られるものだ

 

「パパ」

 

「下がっていろ。……開けるぞ」

 

娘は既に目と耳を閉じている。妖精も息を呑んで見守っている。柳田は操作パネルに指をかけると施錠の解除を行った

 

機械音がすると同時に鉄製の扉がゆっくりと開いた。煙が立ち込め、中に居たのは……

 

「これは……誰なんだ?」

 

柳田がカプセル内にうずくまっている人を見て呻いた

 

(俺は夢を見ているのか?)

 

初めは煙のせいで視界が悪かった。ただ人型の輪郭をしている事から成功したようだ。頭部に角のようなものをつけているが……

 

 しかし、煙が消えカプセル内の様子がはっきりわかると柳田は、新たな驚異と対面する事に成った

 

 

 

「ベットに運び込むぞ!足を持つんだ」

 

「分かっているよ!それよりも、付けていた鉄製のものは?」

 

「後にしろ。何なんだ、この金属の塊は?」

 

 柳田は娘と共にカプセル内に居た人を運び込んでいた。いや、人なのか?しかし、これは何だ?カプセルから現れたのは女性だ!金属を身に纏った女性が!気を失っているらしく、声を掛けても一向に起きない

 

 仕方なく、亡き妻が使っていたベットに運び込んだ。蘇った事を考えて用意したのだが……

 

しかし、身に纏っている金属が邪魔なため、可能な限り外すと運ぶ作業に移ったが、外すにも苦労した

 

「しかし、何で服や金属が生成されているんだ!?賢者の石はそんな能力はないはずだ!」

 

「パパ!そんな事はいいから!」

 

 優子は呆れるように叫んだが、彼はそれどころではない。海軍士官か軍人が蘇ると思っていたが、予想をはるかに上回った結果となった

 

陸奥鉄と賢者の石は何を生成し、生み出したんだ!?

 

 何とかして気を失っている身元不明の女性をベットに寝かすと柳田は早速、彼女を調べた

 

 柳田は正体不明の女性を頭の中で訂正しなければならなかった。生成した女性の身長は長い。176前後はあるだろう。賢者の石は服装を生成したらしく、服には困らなかったが、彼は困惑した。へそ出しのノースリーブのトップスに黒の超ミニスカートを身につけている。足には赤のハイソックスを履いており、両手には白い手袋をつけている

 

 しかも、身につけている金属製のアクセサリーは、機械のようなものを取り付けている

 

 まるで、軍艦に命を与えたかのようなものだ。手首を取って脈を図ったが、安定している

 

「ねえ、パパ。ちょっといい?」

 

「待ってくれ。まだ──」

 

「ねえ、聞いて!」

 

 優子は激しく柳田の腕を揺さぶった。彼は驚き、娘に目をやった。娘は不満そうな顔をしていた

 

「パパ……あの人は誰?何をしたの?」

 

娘の真剣な眼差しに柳田は白状した。秘密にしても得策ではないだろう。柳田はありのまま話した

 

「……つまり、戦艦が爆沈した謎を解くために当時の乗組員の誰かを蘇らせたって事?」

 

「ああ。だが、死後の世界から人を呼び戻すためには触媒になるものが必要だ。そうすれば、乗組員の誰かが蘇るだろうと」

 

「それは分かったわ!……で、あの人は誰よ!?」

 

 娘の質問に柳田は答えられなかった。いや、答える事が出来なかった。予想外だったからだ。乗組員かと思いきや、まさかよく分からない金属の塊を纏った女性が現れたなんて予想もしていなかったのだ

 

「分からん。芸者か上級士官の妻かだろう。もしかすると──」

 

「パパ、私はもう高校よ!1年だけど……歴史の授業も受けている。昔の旧日本海軍が軍艦に女性を乗せるなんて考えられる?」

 

優子の指摘に柳田は言葉を失った。確かに当時の日本軍は、女性兵士を育成していない。海上自衛隊でもやっと艦長が女性になれたというニュースを聞いたくらいだ

 

「しかし……」

 

「ちょっと調べてみる。……パパは部屋から出て行って」

 

柳田は娘の言っている事が分からなかった。何を言っているのだろう?

 

「見知らぬ女の裸を見るの?サイテーね」

 

「パパは医師免許持っているぞ」

 

「開業していないのに、偉そうに言える?兎に角、部屋から出ていって」

 

 娘の睨みに柳田は渋々出る羽目になった。確かに娘の言い分は分からないわけでもない

 

 

 

 

 

「この人は正真正銘、人間の女性よ。しかも、生きている」

 

 部屋から出て数分後、娘が呼んで来た。カプセルから現れた女性は今も寝ている。服装は寝巻きに変わっており、彼女が着ていた服は綺麗に畳まれていた

 

「でも、起きないわ」

 

「意識が無いだけだ」

 

柳田は出来る限りの事はした。熱も無く、脈拍も正常。呼吸もしている

 

「パパ……覚悟は出来てるの?」

 

「元からある。逃げはしない。だが、これは予想外だ」

 

娘は自分の研究をしている事を理解していた。それを承知の上で聞いてきたのだ

 

「問題は彼女は誰なのか?」

 

 柳田が呟いたその時、微かにうめき声が聞こえた。自分でも娘でも妖精でもない。カプセルから現れた女性が、意識を取り戻したのだ。女性は上半身を起こして目覚めが悪いかのようにこちらをボーッと見ていた

 

「う……うん……」

 

「起きたか?」

 

柳田は駆け寄り声をかけた。警戒はしていたが、直感的に分かっていた

 

彼女はこちらに危害を加える者ではないと

 

「僕の言っている事は分かるか?」

 

柳田はゆっくりと、そしてはっきりと女性に聞いた

 

 言語や知識は脳にインプットするようにしている。知能も上げるよう設計した。アルツハイマー病の治療法を応用させたものだ

 

彼女は答えなかったが、微かに首を縦に振った

 

「み……水を……喉が乾いた」

 

「分かった」

 

柳田が答えるより早く、娘は直ぐに台所に向けて走っていった

 

「身体に異常はあるか?何処が痛む所は?」

 

「無い……わ」

 

「1+1は?」

 

「2よ?からかっているの?」

 

「異常の有無だ。問題は無さそうだな」

 

彼女はムッとしていたが、柳田は舌を巻いた

 

 目覚めてから僅かの時間で意識がはっきりとしている。ここまで身体の回復が早いのは早々ない

 

「貴方は誰?私の知り合い?」

 

「それを君から聞けると思っていたのだがね。初対面だ。何か覚えていないか?君の名前は?」

 

「陸奥よ……そう、私は長門型戦艦2番艦の陸奥よ。よろしくね。……貴方は?見たことない格好ね」

 

陸奥の言葉に柳田は困惑した。自分の事を戦艦陸奥と?

 

「あー……もう一度聞くが……君は戦艦陸奥と?」

 

「ええ、そうよ」

 

「乗組員や士官の家族ではないのか?それとも芸者か?」

 

陸奥と呼ばれる女性は、首を横に振った。どちらでもない?

 

「昭和18年に戦艦陸奥は、謎の爆発で撃沈した。なぜ、爆発したか覚えているか?」

 

「ごめんなさい。何も覚えていないわ。……奇妙な感覚ね。……頭が割れそう」

 

 陸奥は頭を抱えていた。何か思い出そうとしているらしいが、今はあまり話したくはないのだろう。記憶の混濁らしい

 

柳田は彼女から聞きたいことは沢山ある。しかし、現状ではそれは出来ない

 

「ごめんなさい。体調が……」

 

「いい。今は寝ていい」

 

陸奥は横になると瞼を閉じて眠った。まだ、本調子ではないだろう

 

(一体、何者なんだ?)

 

柳田は、眠り姫のように寝ている陸奥を見つめながら途方に暮れていた

 

人を蘇らせる研究していたはずなのに、これは予想外だ

 

(何か分かるはずだ)

 

彼はまだ諦めていなかった。妻を蘇らせる方法を……

 

しかし、現状ではその自信は揺らいでいた

 

 

 

 陸奥と名乗る女性を介抱してから2ヶ月。寝たきりだった彼女は自力で立ち、柳田の実家に住み着いた

 

彼女は違う方法で生まれたのだ。柳田本人がやったことなので仕方なかった

 

 

 

それでも、柳田は陸奥の身体能力と知性には驚かされた

 

 

 

9月16日

 

陸奥に関するレポート

 

 カプセルから誕生した陸奥の力には驚かせる。念のために機械にセットした高校生までに習う知識と言語力をプログラムしていたが、流陽な日本語をしゃべるうえに、人懐こい

 

 陸奥が目覚めてから一週間で不自由なく話しており、面接でもクリア出来るだろう。また、知能は大いに向上しており、大学の専門分野である数学や物理学を数日で理解した

 

また航海術も長けており、模擬試験である海技士国家試験をパスした

 

 信じられないが、私は軍艦に命を吹き込んだかもしれない。かもしれない、と言うのは、人の誕生とは違うからである

 

これは仮説だが、賢者の石は触媒である陸奥鉄に直接干渉したらしい

 

そして、戦艦陸奥に限らず、軍艦を運用するためには高度な知識や技術が必要である

 

僕は軍事には詳しくないが、戦艦は敵艦を発見した場合、敵艦と自艦との方向・進路・距離を測り、進路や風速や風向などを計測しためにデータを元に主砲を撃つ。誤差修正もしなければならない

 

 最低でもこれだけの事をしなけばならないため、多くの人を雇わなければならなかった

 

 そのためなのか、軍艦に命が吹き込まれても戦う知識も組み込まれたと考えられる

 

しかも、無意識で理解していることから、彼女の潜在能力は計り知れない

 

 また、肉体は健康そのものである。年齢は約二十歳の女性。……そういう事にしておく。病院に居る友人に無理を頼んでMRI装置(磁気共鳴断層撮影)CT検査(コンピュータ断層診断装置)の使用の許可を得た。陸奥を検査した結果、脳や脊椎、四肢、また子宮など人間の女性である事が証明された。血液を採取して調べた結果、遺伝子も血液成分も人そのものである

 

 陸奥を纏っていた鎧のようなものは、当時の艤装を具現化させたようである。当時の武装をそのまま小さくしたような感じである。動力源は不明。当然、人が乗るスペースはない。妖精なら入れる。恐らく、当の本人に装着して初めて動き始めるだろう

 

 

 

 柳田はパソコンの研究データに記録していた。彼女の行動や能力を観察、調査するものである

 

 未知の出来事であるため、慎重にやっている。『賢者の石』の残量はあと僅かだ。最低でも1人分はある。G元素は入手困難で手に入らない。代用品があればできるかも知れないが、現在は不明である

 

 今のところは国の機関と三浦会社が厳重に保管している。その量も限られているため、失敗はもう許されないだろう。政府は次の探査機の打ち上げを行っているが、いつ打ち上げるのかは不明である。仮に打ち上げても小惑星『スサノオ』のサンプルを確実に入手出来るという保証は無く、時間もかかる

 

 一方、陸奥はというと、彼女は娘とよく話している。女性同士、気が合うらしい

 

陸奥は優子から歴史を学んだ。第二次世界大戦から現在まで

 

 彼女は、日本が敗戦したことにはため息をついたが、日本は敗戦から立ち直り豊かな国になったことには驚いていた

 

自分がどういう状況か理解した陸奥は何と、家事をやっている。決して強制した訳では無い。本人の意志である。陸奥が言うには、やることがないからとの事らしい

 

 

 

「あの……柳田さん?」

 

「怜人でいいぞ。何だ?」

 

「夕食は何がしたい?」

 

 色々と考え事をしていたため、陸奥が部屋に入ってきている事に気がつかなかったらしい

 

「あー、食事は何でもいい」

 

「分かったわ。優子ちゃんに合わすわね」

 

陸奥はそう言いながら出ていった

 

 柳田は奇妙な出来事に複雑な気持ちだった。彼女はどのような存在に当たるのだろうか?

 

 人造人間なのか?それにしては、生まれたのが、機械のカプセルからだと言われてもあっさりと受け入れたのだ

 

 普通の人ならショックを受けるはずである。当然、知識のインプットにはこのような事は入れていない。人である以上、恐怖はどうあがいても逃れられないからである

 

「なぜ、君はショックを受けない?人の手によって生まれた事に衝撃を受けるはずだ」

 

「そうなの?どちらかというと、私がこんな姿になっていることには驚いているわ。だって、軍艦の記憶しかないから」

 

 陸奥が生まれてから数日後、色々と聞いたが、経緯を知った彼女はショックを余り受けていないようである。表情や声量からして嘘もついていない

 

「そうか……僕とは違うのか。羨ましい」

 

「ねえ、この鉄の首輪はいつ外してくれるの?」

 

「それは観察用の機器だ。すまないが、少しの我慢してくれ」

 

 陸奥の首には少し厚めの鉄製の首輪がつけられていた。実は柳田が急遽造ったものである

 

 その首輪には、実は人が即死するような薬が入っており、遠隔操作可能なものである

 

勿論、彼女は無害であることは分かっている。しかし、万が一の場合は……

 

その場合、柳田も殺人罪に問われる。その時は、潔く捕まるつもりだ

 

 

 

 柳田は、パソコンの電源を落とすとリビングに向かった。できるだけ自然に振る舞わないと……

 

「ねえ、私の艤装は何処?」

 

「艤装?」

 

「私の武器よ。妖精から聞いたわよ。元々は私のもの」

 

 夕食を食べている途中で、陸奥が不意に聞いてきた。六人のうち二人の妖精が陸奥と優子にくっついており、仲良くしている

 

 陸奥も妖精は可愛いと言っており、妖精も陸奥に懐いている。しかし、妖精はジェスチャーでコミュニケーションを取っているものの、まだ話せる能力は無いはずである

 

「有るにはあるが、どう使うんだ?」

 

「艤装を付ければ航行出来るわ。敵を倒せる」

 

「悪いが、僕は帝国海軍軍人でも海上自衛官でもない。それに今は、昭和18年ではない。陸奥、戦争は既に終わったんだ」

 

 カプセル内にあった艤装は確かに陸奥と一緒に付いてきたものだ。彼女の言い分も一理はある。しかし、そんなものを外に持ち歩くと警察に捕まるのがオチだ。艤装も大砲や砲弾は厳重に保管している

 

「今は戦時下ではない。だが、何とかして見る」

 

確かに艤装と呼ばれるものは本物らしい。オモチャの分類ではない

 

取り敢えず火器類全て外しファッションとしていけば何とかなるだろう

 

……周囲から奇異な目で見られるかも知れないが

 

「なぁ……」

 

 柳田が考えながら聞いたが、陸奥は優子と楽しく話している。化粧品についてらしい

 

(例え軍艦に命が吹き込まれた者が、生まれてもやることには変わりない)

 

柳田の目には炎が灯った。死んだ妻を蘇らせる事

 

 無機質から人体を造る事が可能であると証明された。賢者の石で人体を生成出来るのは残り一体分だ

 

 

 

数日後……彼はカプセルの中に賢者の石に妻の人骨をセットした

 

 理論はあっているはずだ。魂も死者の世界も科学的に証明されたはずだ。伝説の存在である賢者の石も実在した

 

そのはずだった!

 

 コンピュータはエラー画面しか現れない。色々と試したが、賢者の石は変形して炭となった

 

「炭素になりやがった!」

 

 柳田は拳で机を叩いた。無理に実験をしたため、G元素が炭素に変わってしまったのだ。真っ赤な石は、見る見る内に変色し黒くなった

 

「……なぜだ」

 

柳田は脱力して椅子に座ると、『エラー』と表示しているディスプレイを眺めていた

 

 




艦これ二次で艦娘の人体実験を平気で行う狂った科学者がたまに現れているが、何故か文明の利器である最新の医療機器を使わないという謎です
お金が無いのか、それとも三流の科学者なのか(予算が圧迫しているのに人体実験)?
死んでも生き返る永井圭である亜人なら分からなくもないですが……


そして、むっちゃんである陸奥が登場
艦娘が登場しましたので、題名とタグは一部変更しました


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第6話 陸奥からの忠告

翌日から柳田は発熱を理由に大学を休んだ

 

 しかし、それは嘘であった。実際は上手くいかず部屋に籠っていた。柳田はG元素に代行出来る元素を模索していたが、どれもダメだった

 

G元素は奇跡によって生み出したもの。そんなものを入手することは難しいだろう

 

 妖精が持つ超常現象を利用して作り出せないか探っていたが、これもお手上げだ。妖精が応じないという問題ではない。仕組みが分からないからだ

 

 妖精は何らかの法則で生きており、力も持っているが、どのように働いているのか不明だ。妖精も知らないという。初めから使い方が分かっているかのように

 

調べる必要があるのだが、今の彼はその気は無かった

 

 失敗だ。もうやるべきことはない。蘇生なんて夢物語だった。そのため、彼は地下研究室に引きこもってしまった

 

 

 

「ねえ……優子ちゃんのお父さんに一体何が?」

 

 ある日、陸奥も流石にこの状況を感じ取っていた。彼に何があったのか?とても気になった

 

 彼の事は特に不満は無かった。一応、気遣ってくれているし、嫌われる事はされていない。ただ、陸奥は感じ取っていた。微かに怒りのようなものが

 

娘である優子は黙っていた。何と言えばいいのか?

 

「分かった。だけど、1つだけ言っていい?」

 

優子は慎重に言葉を選びながら陸奥の質問に答えた

 

「……多分、予想外の出来事と貴方が生きている事に怒っているんだと思う」

 

「どうして?私が生まれた事に──」

 

「誤解しないで。あの研究施設は……パパのやる事はママを蘇らせる事だったの」

 

 悲しそうな顔をしている優子に陸奥は驚いた。自分の存在が否定されたと思いきや、予想外の事を聞かされたのだ

 

「でも、勘違いしないで。本当はパパは良い人だったの。私がまだ小さかった頃の記憶しか無いけど、とても仲が良かったし、あんな風な人では無かった」

 

「貴方のお母さんに……何があったの?」

 

 陸奥は恐る恐る聞いた。一階の畳に仏壇が置かれ、位牌もあるのを思い出した。怜人からは、病死で死んだと聞かされたが、違うのか?

 

「以前にパパが言った事……ママは病死なんかじゃない。殺されたの」

 

「どうして殺されたの?何があったの?」

 

陸奥はどうしたらいいのか分からなかった。しかし、ここから聞いてはいけないような気がした。人の心を踏みにじるかも知れない

 

一方で陸奥は、一家の秘密を聞かずにはいられなかった。なぜ、私を創ったのか?

 

 

 

十数年前……

 

 元々、柳田一家は関東地方のある県に住んでいたらしい。柳田夫婦は結婚した時から住んでいたという

 

 娘である優子も生まれ、良い家族だったと言う。柳田は早い年齢で結婚したため、初めは戸惑いはしたもののそれでも何とかやっていけていた

 

暖かい家族だった

 

しかし、そんな一家に不幸が襲い掛かる

 

 ある日、妻である優奈は買い物の帰り道に誘拐された。相手は何と不良少年グループだった。少年グループは、優奈を拉致して監禁し、暴行を行ったらしい

 

 優奈は脱走を図ったが、その度に捕まってしまった。そして、罰として彼女の足首にライターで炙り火傷を負わせられたという。不良グループは葵を簡単に立ち上がれないようにしたのだ

 

 また、少年グループは他の不良仲間を呼んでは、妻に対して日常的に暴力を加えた上に、覚醒剤やアルコール度数が高いウイスキーを無理矢理飲ませた。また、油を手などに掛け火を付けて燃やすといった残虐行為を毎日繰り返していた

 

 ここまで聞いた陸奥は一気に青ざめた。まさか、過去にこんな事に成っているとは思わなかったからだ

 

 殺されたと聞いたからには、何か深い訳があったのだと思った。しかし、現実は違っていた。余りにもシンプルな犯罪。面白そうだった、からだと

 

 しかも、驚いた事に娘である優子は、まるで歴史授業でもあるかのように淡々と話しているのだ

 

感情的になっておらず、涙すら流していない

 

どういうことなのか?

 

そんな疑問を他所に優子の説明は更に続く

 

 

 

 残虐行為を毎日受けた優奈は、身動き1つ満足に取れないほど衰弱し、死亡したのだ。これで終わりかと思ったが、そうでも無かった

 

 少年グループは犯行を隠ぺいするために遺体を隠す事にした。遺体を毛布に包み、建設現場からドラム缶を盗んで入れると、建材店などから買ったコンクリートを流し込み、海に捨てたのだ

 

「……コンクリート詰めにしたの?」

 

「そう」

 

「酷い!幾ら何でも!」

 

 陸奥は悲痛な叫び声を上げたが、優子は人差し指を口に手で当てた。静かにしろという合図だった

 

「まだ、話はある。引くなら今のうちよ。知らぬが仏、知らない事もいい事があるわよ」

 

「いいえ。聞くわ」

 

陸奥は既に目に涙を浮かばせていた。余りにも残酷過ぎた

 

だが、聞かずにはいられない。何が起こったのか?

 

話はまだまだ続いた

 

 一方、妻が帰って来ない柳田怜人は警察に捜索願を出したが、手掛かりは得られなかった。妻の両親も心配し、一家は彼女の無事を願っていた。しかし、妻は帰って来ないかった

 

 失踪から半年後、付近と通行していた人が不審なドラム缶を発見した事を警察に連絡した。遺体を発見した警察は、すぐに捜査を開始

 

不良少年グループを逮捕した。しかし……

 

「刑が軽かった。1人が20年で後は数年かしら?既に2人は刑を終えて何処か二暮らしているわ」

 

「どうして!?ここまで酷いのに死刑にならないなんて!」

 

「少年法のせいよ。詳しい事は後で教えるけど、未成年者は別扱い。未成年者はどんな犯罪を犯しても通常よりも刑が軽くなり、実名報道すらしない。マスコミも弁護士も少年グループを庇ったの」

 

 陸奥はとても信じられなかった。まさか、ここまで酷い事に成っているとは思いもしなかった

 

「……泣いているの?」

 

「だって、こんな目に合っているのに!」

 

陸奥は涙を流していた。この一家は不幸に見舞われていたのだ

 

「私もパパも悲しんだ。ママは変わり果てた姿をしていたとパパは言っていた。だけど、これだけじゃない」

 

 優子の話はまだまだ続く。陸奥は優子の事が恐ろしくなった。女子高校生なのに堂々と話している

 

「事件が起こった後、私達は有名になった。当然ね。実名報道されたのだから。記者達が、私達の家に押し入ったのよ。しかも、『報道の自由』を理由に人の心をずかずかと踏み込んで。まるで被害者が悪いという風に。……その時からパパは変わった。いえ、パパはある決断をしたのよ」

 

 優子は冷静に語っているが、微かに怒りを含んでいた。陸奥もそれに感づき何も言わない。ただ、彼はなぜあんな行為をしたのか、分かるような気がした

 

「……既に人を蘇らそうと計画していた?」

 

「パパはちょっと訳ありの人なの。怒りはあったと思う。それと同時にある計画を思いついた。人を蘇らそうと」

 

陸奥はまさかと思い愕然とした。柳田は既に人体蘇生を研究していた?

 

「こっそりとね。大学の医学部に入り直した後、海外へ行った。私も行ったわ。パパは……何かにとりつかれたかのように研究をしていた。友人だった長谷川おじさんも支援していた」

 

「止めなかったの?」

 

「だって、私はまだ幼かったのよ?それに不自由は無かった。だけど、パパはいつも変な物を集めていた。医学の本だけではなくて、宗教や法律関連の本まで集めていた。後、オカルトや錬金術の類も。思えば、あの時に賢者の石を追っていた。パパの親友の長谷川おじさんと仲が良かったのはオカルトやミステリーを集めるため」

 

 優子も思い当たる節があった。なぜ、自分の父は錬金術を調べていたのか?恐らく、実在する事を突き止めていた

 

「日に日に増してパパは変わっていた。パパは、日本に帰ると直ぐに画期的な医療技術を駆使して難病やガン患者を救った。だけど、あれは副産物なの。人の部位をどのように短期間で生成出来るのかを」

 

「患者を利用したの?」

 

「勘違いしないで。パパは別に非人道的な事はしていない。救う事自体は本望だった」

 

優子は一旦、言葉を切った。深呼吸した後に、彼女は口を開いた

 

「難病患者達に駆け寄り無断で、しかも安値で治療した。……パパは別に失敗なんて考えても無かった。そういう人だから。結果は全員、完治した。批判していた厚労省も医師会も掌を返したかのような付き添った。更にパパは治療法を公開した。全てを」

 

ここまで聞いて陸奥は疑問を感じた。なぜ、彼は医者を目指したのか?

 

……まさか

 

「人体を……作るため?」

 

「クローン人間は製造を禁止されている。だったら、別の方法で人体を作ろうとパパは考えたの。……賢者の石や『はやて』が持ち帰った小惑星のサンプルの話を聞いて現実味を増した。後は……陸奥さんも知っている通り」

 

 陸奥は何も言わなかった。怜人は凄まじい過去の持ち主だ。それよりも陸奥は、優子の精神に驚いた。本当なら泣いているはずだ。自分の親がここまで酷いと愛想を尽かして出ていくか、自由奔放しているか

 

 しかし、彼女はマトモだ。語弊はあるかもしれないが、優子は悲しい過去を自慢したり、感情的になったりしていない

 

 

 

優子はここまでいい終えると陸奥と向き合った

 

「陸奥さん、お願いがあるの」

 

「な、何?」

 

陸奥はどぎまぎしながら聞き返した。何を頼まれるのだろうか?

 

「パパを……助けてあげて」

 

優子は何と頭を下げた。予想外の頼みに陸奥は唖然とした

 

「私が?」

 

「……だって、陸奥さんは楽しそうに生きているじゃない」

 

 優子は何がしたいのだろう?陸奥自身も戸惑いを隠せなかった。精々、この家の家事の手伝いくらいだ。いや、優子と楽しく話しているくらいか?

 

「私は……兵器よ。何もしていないのよ」

 

「自分の事を過小評価するの?……実は親から生まれていないと聞かされても眉1つも動かさなかったのに?」

 

 優子の訴えに陸奥はどう答えていいか分からなかった。優子は何が言いたいのだろう?

 

「そういう所?私は生まれただけでそんな──」

 

「普通の人ならショックを通り越して飯も喉を通ら無くなるくらいよ。だって、その人は親すらいないのだから。……でも、陸奥さんは違う。まるで、造られても当たり前のような感覚だった」

 

「でも……」

 

「お願い。パパがやってることは常軌を逸脱している。だけど、パパが牢屋にいれられたら私は路頭に迷ってしまう。親戚なんて縁を切られたし、ママの両親であるお祖父さんとお祖母ちゃんも他界した。だから、お願い」

 

 もしもある人間が、ある日親から「お前は実はクローン人間なんだよ」と、親から打ち明けられたら、どう思われるだろうか?余程、精神が強い人でなければ、受け入れる事は出来ないだろう。しかし、陸奥はそんな微塵も無かった。意識が回復して後に、自分は軍艦の生まれ変わりと言ったのだ。怜人は兎も角、優子は驚いていた。彼女はなぜ、優子が驚いているのか理解出来なかったが、初めて彼女の主張に納得した

 

自分はダメでも陸奥なら任せられる。そう判断したのだ

 

「でも……私は……戦う事しか出来ないわ。自分でも何をしていいか」

 

「そんなことはない。化粧や服に興味を持っていた。だから、出来る」

 

 優子の必死の頼みに陸奥は何も言えなかった。自分は何のために造られたのだろう?その疑問はあったが、ここに来て初めて分かった

 

……自分は副産物で生まれたのだ

 

それも、予想外の事に

 

 

 

「分かった。やってみる」

 

陸奥は頷きながら答えた。優子と楽しく話したりした。身の回りや生活も

 

ここまでしてもらった。だったら、恩返ししてもバチは当たらないだろう

 

「だけど、期待はしないで」

 

しかし、優子は笑顔をしていた。彼女のためにもやらないと

 

 

 

 陸奥は地下室へ向かった。いつも降りてきている地下室の階段が、まるで別のものに感じられた

 

 自分は優子の期待に答えられるのだろうか?戦うために造られた軍艦が、暗い過去の持ち主を説得出来るのだろうか?

 

 もし、人の過去を他の方法で知っていたとしたら……彼はどう反応するのだろうか?

 

 階段を降りていく間も優子が話していた内容が、オルゴールのように脳内で再生していた

 

扉の前に着気、立ち止まった。陸奥は一呼吸すると、ドアのノブに手をかけた

 

回った事から鍵はかかっていない

 

ドアの隙間から恐る恐る中の様子を見たが、意外にも電気はついていた

 

「入るわよ……聞いてる?」

 

 陸奥は地下室の中に入りながら辺りを見渡した。よく分からない巨大な機械が沢山あり、見たこともない投影機や本が沢山あった。まだ、研究所内に入った事はない。ここが、自分の生まれた場所でもあるのを思い出すと、とても複雑な気持ちになった

 

「何のようだ?」

 

 不意に声をかけられ陸奥は心臓が飛び上がりそうなった。すぐに声のする方向に体を向けた

 

 彼はそこにいた。怜人は椅子に座ってアルミ缶の蓋を開けて飲んでいた。周りにはコンビニの弁当らしきものが散乱しており、妖精達がせっせと片付けている

 

「お酒を飲んでいるの?」

 

陸奥は酒を飲んでいる怜人に非難の目を向けるが、怜人はそれを鼻で笑った

 

「ノンアルコールだ。酒飲んで暴れて逮捕されたら問題だろ?別に人生に絶望なんてしていない。何か方法がないか、考えている所だ」

 

 喋る怜人からは、言う通り酒気が感じられない。それよりも、怜人はいつものより荒々しい口調となっている

 

「ああ、片付けてくれ。数分したら、実験開始するぞ。邪魔はするな」

 

「待って!娘の優子を放っておく気?」

 

陸奥は非難がましく言った。こんな時に実験?

 

「ああ。問題なんてない。恐らく計算式を間違えていたから出来なかった。シミュレーション不足だ。だから──」

 

「お願い!蘇生実験を止めて!優子ちゃんのためにも!」

 

「大丈夫だ。今まで出来たんだ。自分の能力を初めから発揮していればこんなことにはならなかった。それだけだ」

 

「ねぇ!聞いて!」

 

陸奥は焦った。彼とは話にならない。いや、怜人は陸奥に眼中はない

 

 彼は立ち上がると作業に入ろうとしている。身なりもしっかりしている事から問題は無さそうだ

 

しかし、彼は何かに取りつかれたかのように作業に入ろうとしている

 

この人は、やり遂げるまで作業を止めないだろう。到達不可能だとしても

 

「お願い!ねぇ!聞いて!……こんなの間違っている。私の居場所はどうなるの?」

 

「どうなるって?」

 

陸奥は自分の想いを伝えた。自分が生まれてから不安になっていることを

 

「私の居場所は?軍艦に命を吹き込んで誕生させた事には感謝している。でも、その後は?」

 

「この家だ。俺と一緒に暮らす」

 

 陸奥はわかっていた。自分はいずれは見捨てられるだろう。いや、赤の他人として扱われる。どんなに親しい仲といっても、血の繋がりなんてない

 

しかし、それはいい。自分の身の問題は自分で決める事ができる

 

今は怜人の娘に頼まれてここに来たのだから

 

「辛いのはよく分かるわ。でも、貴方は踏み込んではいけない領域に入っている。私自身でも生きていいのか、分からない」

 

「どういう意味だ?」

 

怜人声が氷のように冷たくなっていた。しかし、陸奥は怯まなかった

 

 怜人に関する事は優子から聞いた。難病の治療法や新薬の開発に携わっている事も知っている。しかし、それは人体を生成するための副産物

 

何としても止めないと。自分を造った人が心に傷を負った人だなんて

 

 

 

「この世には変えてはいけないものがある。貴方の能力は、人間の限界を超えているのは分かっている。それを──」

 

「僕は、そのように造られたからだ!お前は黙ってろ!」

 

 陸奥は説得したが、途中で遮られた。人の話を聞こうとしない。だが、陸奥も引かない。このままでは、何かとんでもない事になりそうだ

 

「お願い、聞いて!貴方の人生を取り戻したいのは分かる!私だってそうするかも知れない!だからって許されない事もあるわ!兎に角、実験は止めて!娘のために前を向いて生きて!お願──」

 

「黙れと言っているだろうが!」

 

 叫び声と共に陸奥は強い衝撃が襲い押し倒された。それと同時に呼吸が出来なくなった。何故なのか、分かった。首が絞められている

 

 怜人が体当たりして陸奥を押し倒し、馬乗りになって首を絞めている。服を強引に脱がそうとしていない事から暴行はしないようだ

 

しかし、彼のやっている事は明らかだ。こちらを殺そうとしている

 

「や……めて……」

 

 陸奥は必死になって止めようとしたが、声が思うように出ない。息が出来ないからだ。首を絞めている手を退かそうとするが、中々力が入らない。艤装は無いのだから、本来の力は出ない

 

両手を絞めている手をどかそうとするが、段々と意識が無くなっている

 

このままだと不味い

 

抵抗しようとしたが、陸奥はあることに脳裏が浮かんだ

 

 

 

 優子との思い出。彼の娘との会話は楽しかった。色んな事を学び、常識も学んだ

 

「これ、あげる」

 

「これは?」

 

「最近流行っている化粧品。これは服装」

 

 陸奥は戸惑っていた。自分はお洒落なんてしたことがない。それもそのはずで、元は軍艦だったから

 

「どう使うの?」

 

「これはね……」

 

 優子は優しく丁寧に教えてくれた。不思議な人だった。まるで、親友のように接してくれる

 

「これが私?」

 

 鏡の前に立たされた陸奥は、自分の姿に驚いた。自分が以前よりも美しくなっている事に。ここまで変われるものかと

 

「でも……これを買うのにお金が掛かったじゃない?」

 

「心配しないで。パパから必要経費として貰ったの。勿論、事情は説明したわ」

 

 優子は優しかった。陸奥のために服を買ったらしく、膨大に買ったという。そのため、半日ほどかかった

 

……なぜ、服のサイズが合っているのか気にはなっていたが

 

 しかし、自分がここまで笑ったのは初めてだ。いや、生まれたばかりなのだからこれには語弊があるだろう

 

だが、陸奥は大戦時にはほとんど活躍せず、最期も謎の爆発で沈んでいった

 

そして、肉体を持ち意識を持った事で陸奥は生まれ変わった

 

 折角、貰った命だ。なぜ、自分が生まれたのかは分からないが、最後まで精一杯生きよう

 

そう思った

 

 

 

陸奥の頭ではそのような事を思い出していた

 

 自分は副産物で生まれた存在。造った人も本来の目的が達成されないために怒っている

 

しかし、どうしようもない。望んでいないのに不幸を招かれた事は一度あるのだから

 

意識が遠退いていく中……陸奥は抵抗もせずにされるがままにした

 

しかし、これだけは言いたかった

 

己の事を

 

「ごめん……なさい……私が……生まれて……でも……これだけ言わせて……」

 

視界が真っ暗になるなか、口にしたのか、それとも心の中で呟いたのか分からない

 

「貴方の娘に……出会えて幸せだった。これは……本心よ」

 

これだけ言うと、抵抗するのを止めた。そして、陸奥は意識を失った

 

 




陸奥が怜人の暴走を止めるために動きますが、怜人が逆上してしまいます。何やってるんでしょう……

まあ、戦艦ですから大丈夫だと思います(艤装はありませんが)


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第7話 和解

秋イベントの後は秋刀魚イベントかと身構えましたが、まだ行わないようで……
これで艦これアーケードに集中出来ます


どれくらい立ったのだろうか?

 

 天井が視界に入ってきていることに気がついた。眩しさのあまり目を細めたが、それは一瞬である

 

 そして、自分の体が床の上で横になっていることも認識した。そして、タオルケットが掛けられているのを見ると怜人がかけたらしい

 

(生きている……)

 

陸奥は意識を取り戻した。自分は怜人に首を絞められた事を思い出した

 

 不思議として怒りは感じられなかった。彼が行おうとしていた事は間違っているかも知れない。しかし、それがなければ自分は生まれて来ないはずである。とても、複雑な気持ちであるのは間違いない

 

陸奥は上半身を起こして、怜人を探した

 

 彼は隣でスマートフォンを弄っていた。陸奥が起き上がるのに気がつくと彼は、ポケットにしまった

 

「すまない。命を与えたのに奪おうとして」

 

「……いいわ。もうダメかと思った」

 

陸奥は首に手を当てた。痛みはない。しかも、着けられていた首輪は外れていた

 

「センサーは壊れた」

 

陸奥の仕草に気がついたのか、怜人は答えた

 

彼は無表情だった。目も充血していないのを見ると泣いてもいない

 

「優子に頼まれたからか?」

 

「え?」

 

「いや、どちらでもいい。確かに諦めも大事だな」

 

怜人は空き缶を近くにあったごみ箱に投げながら言った。あの時に向けられた怒りもすっかり無くなっている

 

「優子ちゃんから大体の事は聞いたわ。……妻を蘇らせるためだって。伝説が本当かどうか確認のために、陸奥鉄を使って乗組員の1人を蘇らせるのは当初の目的」

 

「ああ」

 

暫く沈黙が襲った。妖精も気まずい空気に反応して静かに離れていった

 

「……ごめんなさい」

 

「なぜ、謝る?」

 

「私が生きているせいで……違った結果になったせいで……」

 

「別に危害を加えた訳でもないだろう?……首を絞めた件は別だ。俺のしたことを否定されたように聞こえたからな」

 

怜人は陸奥にアルミ缶を渡した。それは葡萄ジュースだった

 

「有り難う」

 

 陸奥は素直に受け取り蓋を開けて飲んだ。一瞬、ジュースの中に毒が入っているのかと思ったりしたが、陸奥は否定した。毒殺するような人ではない

 

「お前は生まれても平気なのか?」

 

「どういう意味?」

 

「生まれたのが、親から生まれたのではなく、機械から生まれたことになぜ平気でいられる?」

 

また、この質問だ。陸奥はこの手の質問の答えは既に出来ている

 

「そんな疑問はないわ。寧ろ感謝している。初めは奇妙な感覚だけど、優子ちゃんと話してこれまで以上に楽しく暮らせた。これが人なんだって」

 

陸奥はアルミ缶を持った手を眺めながら自分の考えを話した

 

 環境が充実しているからかも知れない。若しくは、爆沈で酷い目にあったからなのか?年齢は不明だが、20代である事には確かである

 

……進水したのが1920年であるため、それを数えたらとんでもない年齢にはなるが

 

兎に角、生まれても衝撃を受けない理由は、分からなかった。人とは違う事もあるかもしれない

 

「そうか……僕とは違うんだな。僕の場合は衝撃を受けた。なぁ……どうやったら普通に振る舞われる?僕には、君のような考えが理解出来ない」

 

「理解出来ないって……確かに言っていた日があったわね。まさか、貴方も機械から生まれたってこと?」

 

 陸奥は彼の生い立ちが気になった。数週間前、親が居ないことを告げられても陸奥は受け入れたことに彼は驚いていた。何か訳がありそうだ

 

「僕は精子バンクを利用して造られた試験管ベビー……いや、受精卵の時に遺伝子操作されているからデザイナーベビーだ」

 

「えっと?」

 

「分かりやすく言うと、ある女性が、結婚が面倒くさいという下らない理由で冷凍保存していた優秀な子種を大金で買い、人工的に妊娠させ、知能向上のためにだけに勝手に改造されて、生まれた人間の事だ。よっぽど天才を生み出したかったようだ」

 

 怜人は呆れるように笑っていたが、陸奥は衝撃を受けた。改造されて生まれた存在?実際は少々異なるが、怜人は分かりやすく説明するために敢えてそう言った。遺伝子操作と言っても陸奥には分からないだろう

 

「母親は父親は優秀な人だったが、消えたと。しかし、違う。本当は何処かの誰かも分からない存在。生きているかどうかも知らない。そして、外国人の血が混ざっていることを隠すため、遺伝子を勝手に書き換えた」

 

「優子ちゃんから聞いたわ。貴方は高校生の時から特別待遇児として扱われた。IQも200を超えて、天才的な頭脳を持った人だって」

 

「……親の隠し事を勝手に調べるなんて、僕に似ているな。僕から離れない理由も生きて行くためには仕方ないと割り切っているのか」

 

 陸奥はまた、怒るのではないかと怯えていたが、怜人はその気は無かった。彼は懐かしそうに遠くへ目にやった

 

「僕も薄々気づいていた。他の人と違って理解力が優れている事に。先天的な天才も実は何かあると。幼稚園児と中学生の接し方が全然違うと。どんなにいい成績を取っても母からは軽く返された」

 

「虐待を受けたの?」

 

「いや、僕よりも別の事に興味があってほったらかしだ。いい成績を取って当たり前と」

 

怜人はため息を着きながら答えていた

 

「……僕に対していつも、あの目で見ていた。無機質を見るような目で。愛情が全くない。人形のような存在だ」

 

「それで、どうなったの?」

 

「母親は金庫に何かを隠していた。僕には絶対に見せない。金品か何かだろうも思ったが。ある日、金庫の開け方を知った僕は、母が居ない間に金庫を開けて自分の存在を知った」

 

怜人は手に持っていた空き缶が潰れていた。無意識に手に力が入ったのだろう

 

「僕は問い詰めたが、母親は何も答えなかった。逆に俺が怒る理由が分からないと言い出した」

 

「どうして?だって、秘密にしていたんでしょ?」

 

「これは僕の推測だが……母親は結婚しない事に祖父母や親族からしつこく言われたため、やった事らしい。母の言葉は『金があれば何でも手に入る』と」

 

 つまり、怜人の母親は、結婚には全く興味無かった。あるのは金と名誉だけ。ついでに産んだだけだと

 

「母は株主だ。僕よりも株価や金に興味があった。育児なんて誰かに雇われた人で育った。家事も掃除も全て業者がやっていたよ」

 

「周りの人はどう思っていたの?」

 

「体育以外の成績は、どれもトップだった。初めは天才児だの何だの言われた。しかし、誰かが僕の過去を調べたのだろう。僕の正体が知れ渡った途端、皆の眼は冷たかった。『天才なのは当たり前』と。今もネットでも噂程度で流れている。幸い、母は極秘でやったらしく証拠なんてないから噂で留まっているが*1*2

 

 陸奥はどう反応していいか分からなかった。IQがいいのは、自分の力だろう。しかし、誰か分からない天才から生まれたとなれば、見る目は変わるものである

 

「僕には友人なんてほとんど居なかった。長谷川くらいだ。高校生までは。ある女子高生に会うまでは」

 

「その人が……亡くなった奥さん?」

 

陸奥はその女子高生がどんな人物に思い当たる事があった

 

と言っても、娘の話ではあるが

 

「ああ、石塚 優奈。彼女と出会った。初めは期末テストの勉強を教えてほしいと話しかけた事からかな?次第に親しくなって彼女の親や妹にもお世話になった。初めてだった。生まれて良かったと思った日が」

 

「いい相手だったのね」

 

「彼女の親が大学教授だった。色々と教わった。それからだ。科学に興味を持ったのは。生命の誕生から宇宙まで。……彼女と接していく内に初めて人生で楽しい事を味わったよ」

 

 怜人は懐かしそうに話していた。しかし、彼の表情は直ぐに銅像のように無表情だった

 

「高校卒業後には家出した。あれ以降、母とはもう会っていない。金にしか興味ない人だったからな。結婚し、娘を授かった。優子が生まれてから5年後、亡くなった。……それも最悪の形で」

 

 その後の事は陸奥も知っている。彼の妻は無残な死を迎えたのだ。しかも、不良少年グループであるため、完全に運が悪い事に成る

 

「運が悪いとここまで酷いものかな。こんな人生経験になるなんて」

 

「運が悪いなら……私もよ。突然、第三砲塔が爆発して沈んだ。私もほとんど戦っていない」

 

「覚えていないし、戦艦の時代は終わったという証拠だ。人が殺されているのに、殺された方が悪い世界なんて認められるか」

 

怜人は首を微かに横に振ると去ろうとする。陸奥は制止した

 

「待って!もう研究は止めて!私が……私が一緒にいるから!妻の代わりにはなれないけど」

 

「お前は関係ない。法も犯していないのだから問題ない」

 

「いいえ。これだけははっきり言える。貴方の母と同じ道を歩んでいる!」

 

陸奥は、決死の言葉だったのだろう。しかし、怜人は眉を吊り上げただけだ

 

「人体蘇生や賢者の石を使った人体生成は、どの法律にも──」

 

「法律に書かれてなくて当然よ!私が言いたいのは、母と同じ道に歩もうとしている!誕生すれば後はどうなってもいいの?」

 

陸奥は必死になって訴えていた。彼の心の中を踏みにじるのはダメだろう

 

しかし、これでは同じ事を繰り返している。問題をはき違えている

 

「私は貴方ではないから何も言えない。だけど、過去に酷い目に合ったからと言って、それを口実に好き勝手にやるのは論外よ!」

 

「……」

 

「お願い、貴方が何か酷い目に合ったら優子ちゃんはどうなるの?」

 

陸奥は強引に去ろうとする怜人の腕を掴んだ。逃がす訳には行かない

 

「私はどうなってもいい。だけど、娘さんはどうなるの?犯罪に手を染めたら彼女はどうなるの?」

 

「僕にも分かっている!だけど、それしか手は無いんだ!」

 

 怜人は掴んでいる腕を振り払った。そして、ポケットから箱を取り出し、中から注射器を取り出した

 

 怜人は陸奥に注射器を打とうとしている。あの注射器は何なのかは知らないが、栄養剤ではないのは確かだ。だが、陸奥は抵抗すらせずに立ったままだ

 

「何で抵抗しない?」

 

怜人の腕は止まった。注射針は陸奥の肌に刺さる手前で止まっていた

 

「本当に復讐をするならとっくに私を殺処分している」

 

 陸奥は淡々と話していた。怜人が持つ注射器は何の薬が入っているかは知らない。だが、決して良い物ではないだろう

 

「ふざけるな。その気になればそうして──」

 

「貴方なら殺せない。だって、殺したら母親と同じ道を歩むから。本当に狂っているなら一緒に置いたりしないわよ」

 

陸奥の意外な反論に怜人は動揺した

 

「だから……もう止めましょう。そして、ごめんなさい」

 

 陸奥は謝罪したのは、自分が生きている事だ。妻を蘇らせるためのテストなのに、副産物として新たな生命を創り出した

 

 陸奥は目を閉じて待った。自分の能力はどのようなものかは知らない。だけど、自分が死んでも悲しむ者はいない。いや、1人だけ居た

 

優子ちゃん……ごめん

 

 不意に何か叩きつけるような音がして、陸奥は目を開いた。床に、注射器が落ちている。怜人が床に叩きつけたらしい

 

「お前には負けたよ。……分かった。これにて中止をしよう」

 

怜人は呟くように言った。彼には最早、覇気がなかった。全てに対して諦めている

 

「ごめんなさい」

 

「お前が謝る必要性が何処にある。まさか、過去の戦艦から説教される日が来るとは思わなかった」

 

 しかし、誰も喜ばない。怜人は愛する妻を蘇らせる事が出来ず、陸奥も軍艦に命を吹き込んだ理由が、妻を蘇らせるためのテスト試験で生まれた存在だった

 

地下研究室内では重苦しい空気が漂っていた

 

 

*1
実際は倫理的な問題から、デザイナーベイビーはタブー視されており、国によっては法律などで固く禁止されているケースも多い

*2
しかし、2018年において中国ではデザイナーベイビーの誕生に成功したことを発表し、世界に衝撃を与えている




陸奥の説得によって、主人公は研究を止めました。陸奥は非情な人ではないと見抜いたようです。良かったですね

デザイナーベイビー……ガンダムSEEDみたいな話ですが、これは夢物語でも未来でもなく現在進行形
近い将来、価値観が変われば、デザイナーベイビーもタブーではなくなる……かも知れない
まあ、遺伝子によって全て決まる訳でもないですが


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第8話 墓参りと降り掛かる災厄

次の日、食卓には重々しい空気が満たされていた。娘である優子が朝ごはんを作っていたが、陸奥も手伝った

 

「貴方のお父さんは?」

 

皿が2つしか用意されていないのを見て陸奥は聞いた

 

「もう食べた。陸奥さんが起きる前に」

 

陸奥は目を伏せた。彼は本当に実験を止めたのだろうか?

 

「会わないと」

 

「大丈夫。家にいる。一緒に食べよう」

 

「学校は?」

 

「今日は土曜日だから休み」

 

陸奥の心配事は杞憂に終わった。安心していいかも知れない

 

 

 

「本当に覚えていないの?」

 

「ええ。第三砲塔が突然、爆発した事しか覚えていないの」

 

「まさか、爆発したりしないよね?」

 

優子は身を乗り出して興味津々で聞いてきた

 

「流石にそれはないわ……初めてガスコンロを見たとき、ビクビクしていたわ」

 

台所を見たとき、陸奥は恐る恐る入ったのを覚えている。火には恐怖を感じるらしい

 

「まあ、いいか。とりあえず……」

 

 優子は戦艦だった頃の記憶を聞いてきた。何でも戦艦陸奥に興味があるらしく、図書館で軍艦の図鑑を借りたのだ

 

 陸奥も苦笑しながら出来るだけ答えた。ワシントン海軍軍縮条約から第二次世界大戦までの艦歴は歴史書と一致していた

 

第二次世界大戦から現代まで纏めた歴史を学んでいたため、陸奥はため息をついた

 

「そう……そんな事が」

 

朝食を食べ終えて歴史書を見終えた陸奥は呟いた。沈んだ後はこんな事になっているとは思わなかった

 

「負けたってことは……皆……沈んだのね……」

 

陸奥は大日本帝国海軍の艦艇図鑑に目をやりながら言った。実際は戦後で使われていた軍艦もあったが、今はほとんど残っていない

 

「ねぇ……外を歩いてみない?」

 

落ち込む陸奥に優子は思いきって尋ねた。ここで、落ち込まれては流石にこちらが悪いと思ってしまう

 

「でも、貴方のお父さんが──」

 

「頼んでみるよ。陸奥さんは待ってて」

 

優子は飛び出すように部屋から出ていた。待っている間、陸奥は窓から外の景色を眺めていた

 

戦時中の日本とは大きく違っていた。道は舗装され、人や車が行き来する。車も昔と違って速い

 

ラジオはあるものの、今はテレビかネットでニュースを見るという

 

「半世紀以上も立てばここまで変わるのね」

 

陸奥は呟いた。長門が今の日本を見ればどう思っているのだろう

 

 

 

「なぜ、散歩なんだ?」

 

「だって、庭に出ただけじゃない。過去から来た人よ。今の世の中を知るチャンスでしょ?」

 

 優子は早速、父である怜人に説得した。彼は既に研究を見切りつけていた。その代わり、G元素を調べているという

 

「だけど、何処へ連れていけばいいんだ?行くならショッピングモールか遊園地にでも──」

 

「お墓参り」

 

「お盆休みではないだろ?」

 

今は梅雨明けの時期だ。これからは暑くなるだろう

 

「そうね。でも、ママを蘇らさないのなら骨は返さないと。持っているんでしょ?」

 

娘の予想外の言い分に怜人の手は止まった

 

「もう、止めたんでしょ?」

 

「……」

 

「私はパパと同じ気持ちよ。殺されたのだから生き返らしてはダメなのかって思った。パパなら何とかしてくれる。そう思っていた」

 

娘は自分の心境を語りだした

 

「でも、それはあの記者さんと一緒だよね。蘇らると聞かされた時は期待していた。パパなら何とかしてくれるって」

 

 優子は昔の事を思い出しながら言った。あの時、自分の母親が殺されたと知ったのは小学生だった。なのに、集まってくる大人達は自分の母親が悪いと言わんばかりの言いがかりだった。父親はショックで部屋に籠っていたが、部屋を出たとき、彼が言った言葉は覚えている

 

「心配するな。パパは天才だ。パパの才能の全てを使ってでも蘇らせてやるよ」

 

そう言って優しく抱き締めた

 

 

 

「初めは子供を慰めるための言い草だと思った。だけど、本気で実行すると分かったときは驚いた。私でも密かに期待していた。でも……心の底でやっていいのか?と思ったことがあった」

 

「……僕は怖れなかった。失ってでもやり遂げたかった。だが、実際は違った結果になった。受け入れるしかないか」

 

怜人は既に諦めていた。妻を蘇らせる事に

 

確かにやっていることは反する事だろう

 

「お墓参りに行こう。だって、ママに謝らないと」

 

「そうだな」

 

怜人は否定しなかった。結果がどうあれ、人を蘇らすなんて止めるべきだ

 

 

 

 

 

「いい所ね。お姉さん、驚いちゃった」

 

「まだ、住宅街なのにね」

 

 その日、3人は墓場まで歩いていった。車を使わなかったのは、そこまで遠くないのと近くに駐車場が無かったからだ

 

 それに陸奥は外に歩いたことはない。半世紀以上の世界はどうなっているか、とても気になっているからだ

 

雑誌やテレビを見ていたが、やはり実際に見ると違う

 

「驚いたわ。本当に日本であって日本でないみたい」

 

 陸奥からみれば、過去から来た人である。よって、墓地へ向かう途中、自動販売機や通り過ぎる車には目を見張っていた

 

「艤装は何とかしたが、何であんな服装なんだ?」

 

「着替えさせて正解ね。それより、大砲取っ払う必要性あった?」

 

「警察に逮捕されるぞ。銃刀法違反になるからな」

 

 陸奥の格好は、いつもののへそ出しノースリーブのトップスに黒の超ミニスカートではない。女性がお出掛けする服装になっている。流石にあの格好で外に歩かせるのは不味い

 

 しかし、陸奥は首をかしげる始末だ。しかも、艤装も持っていきたいと言って来たのである。流石に武器を町に持ち歩く訳にも行かない。よって、艤装は丸裸だ。第三者から見れば、鉄の塊を腰の回りに付けているようなものだ

 

勿論、すれ違う人達からジロジロと見られたのは言うまでもない

 

「しかし、あの艤装……何かあるな」

 

「どうして?」

 

 不意に怜人は疑問を口にして娘が反応した。陸奥は工事現場にある建設機械に興味があるらしく、それを遠くで眺めていたが

 

「あの艤装、どういう訳か陸奥にしか扱えないらしい。あの中の様子は精密な機械だ。大砲の弾も本物だ。小さい以外は」

 

「でも、流石に威力は小さいよね?」

 

「……分からん」

 

 実は陸奥の艤装にあった砲弾の1つを分解したところ、本物の砲弾だった。これには怜人も仰天した。陸奥には整備中と言って取り上げた。本人は真に受けているが

 

「でも、大砲を外しても艤装を付けたい理由が分からない」

 

「もしかすると……」

 

 怜人は何か思い当たる節があるのか、ある事に気がついたが、娘の前では言わなかった。あくまでも仮説だ。証明出来るモノなんてない

 

「いや、これは調べるべきだ」

 

 彼は心の中で呟いた。昔、賢者の石が実在する事を知った時の心情と同じだ。彼は科学者でもある。そのため、未知の物には興味を示し、調べる方向だ

 

そのため、戦艦陸奥が人となって現れても恐怖すら感じなかった

 

 彼の生い立ちのことも有るかもしれないが、彼の考えは不可解な現象を勝手に恐れるのは安易な方向に考える愚かな人だということだ。理解できないものには恐れるのは仕方ないが、無害と分かっていてもずっと恐れるのは知識がない人ということだ

 

「ねぇ、どうしたの?そんな顔をして?」

 

 声をかけられ怜人は我に帰った。怜人が考え事をしていたため、陸奥が心配そうにしていたらしい

 

「ごめん、ちょっと考え事をしていた」

 

「私の体について?」

 

「悪いか?」

 

「ええ。私が兵器なのに、人と同じように接するなんて」

 

 陸奥は自分が兵器であることは理解しているらしい。だからなのだろう。機械から生まれたと知らせても平気なのだと

 

「悪いが、僕は一般人だ。お前がどんな存在なのか、なんて興味はない。重要なのは、お前の潜在能力が気になるだけだ」

 

「潜在能力?」

 

 陸奥は不思議そうに聞いてきたが、怜人は頷くだけだ。彼は何を言っているのだろうか?

 

 

 

「このお墓が……」

 

「ああ、僕の妻だ」

 

陸奥は墓石の前で悲しそうに呟いた。分かっていた。聞かされたのだから

 

「昔は大変だった。墓石を破壊されたから」

 

「誰に?」

 

「犯人の両親」

 

 怜人の変わりに優子は平然と答えていた。陸奥はどう反応していいのか、分からなかった。ここに連れてこられるとは思いもしなかった

 

 ……いや、正確には優子から聞かされていたのだが、実際に立ち会うとなるとどう表せばいいのか分からない

 

「本当に……お気の毒に……」

 

「ああ、ここに来た理由は骨を戻すためだ。幸い、話はついてある」

 

「手伝うわ」

 

陸奥も怜人の妻の事は聞かされたのだ。自分も完全には無関係ではない

 

 

 

 

「貴方の妻は、天国にいるわ。そこから見守っているはずよ」

 

「天国なんてあるかどうかは知らないが、そういう考えも悪くないな」

 

 陸奥は自分の中で思っていた事を口にした。慰めにもならないと思っていたが、意外にも彼は素直だった

 

彼はため息をつくと、二人にこう言った

 

「さて、何処かへ行くか?何か言え。アイスクリームでも何でも」

 

「じゃ、この喫茶店でいい?最近、出来たばっかりで学校で有名になった」

 

「いいだろう。……こんなケーキが人気なのか?」

 

 優子はスマホを取り出して怜人に見せていた。怜人は差し出されたスマホを見て眉を吊り上げていたが

 

この会話を見て陸奥は唖然としたが、直ぐに気を取り直した

 

 どうやら、妻の事は吹っ切れたらしい。気の転換が早い。ただ、タイミングが無かっただけ。まだ予断は許さないが、今のところは大丈夫だろう

 

「陸奥、お前はどうする?」

 

「え?私?」

 

陸奥は戸惑った。私もいいの?

 

「何を驚いている?」

 

「えっと。私もいいの?」

 

「僕が『お前は食べるな』なんて言ったか?」

 

彼は笑っていた。それは嘲るような笑いではなかった

 

優子……娘に向かってやる笑顔だった

 

「ええ!」

 

陸奥はこみ上げてくる感情を抑えながら、一緒に歩き出した。マッドサイエンティストかと思っていたが、どうやら認識を変えるべきだ

 

「それはそうと……どうして艤装が必要なのか?簡易的とはいえ、邪魔だろ?」

 

「私のこと知っている?砲塔が爆破したのを」

 

「それで?」

 

「だから!」

 

首をかしげる怜人が分からないだろう

 

「私のことは知っているでしょ?大東亜戦争で碌に戦わなかったどころか勝手に爆沈されて!もし、貴方達になにかあったら!」

 

「要は運が悪かった。妻が生まれてこなかったのも運のせいだと?」

 

怜人は口角を釣り上げた

 

「何に使うかは知らない。だが、いいんだ。お前のせいではない」

 

 陸奥は何も言えなかった。簡易的な艤装の使い方は限られている。だが、未来の日本は治安がいい。ライフラインも充実し、医療も凄い。怜人は科学者でもあることから誰かに狙われるだろうと陸奥は思っていたが、杞憂であった

 

「そうね……」

 

陸奥はうなずいた。彼等の心配はしなくてもいいだろう

 

優子も言っていた。天才児であれ、被害者であれ彼は既に忘れ去られた人物であると

 

(心配しなくてもいいかしら?)

 

 

 

陸奥は心の中で呟いた

 

そう……それがどんなに良かったか

 

 

 

(へへへ……アイツだ。しかも2人いる)

 

 遠くから一同を監視している者がいた。いや、正確には途中からだ。出所してからずっと付け狙っていた

 

彼は少年時代に怜人の妻を拐って監禁し殺した犯人の1人だった

 

 刑期は当時では13年だったが、こうして出られた。刑務所も思っていたよりも悪くはなかった

 

そして、テレビで柳田怜人の事が出たときには、再び会って殺そうかと初めは思った。しかし、彼には娘がおり、そして見知らぬ女性もいる。恐らく、何処かからか拾って来たのだろう

 

 彼は出所後、ネットカフェなどを使って彼の居場所を特定した。車は上手いこと盗んで彼の考えは居場所まで飛ばした

 

 男は車にエンジンをかけるとアクセルを踏んだ。狙いは男の方だ。女は誘拐させればいい。こっちにはナイフと拳銃がある!

 

 彼は怜人に向けて車を走らせた。あまり勢いよくやると車が壊れて支障がきたす。1人を怪我をさせて行動不能にすればいい。男性の方は車の存在に気付き娘と見知らぬ女性を逃がそうとしていた。しかし、背の高い女性は逃げようとしない

 

いい勇気だ!死にたいのだろう。腰に何やら変な機械をつけていたが

 

強い衝撃が襲い車が止まった。やった!

 

しかし、彼はその後、困惑した

 

 なぜ、あの父親が目の前にいる?手で顔を覆っているが、何をしたんだ?そして、エンジンは快調に回っているのに、なぜ前に進まない?しかも、エアバッグが作動していない?アクセルを踏んでも前に進まない!

 

なんだ?壊れたのか?しかし、彼はフロントの方に目を向けた時、驚愕した!

 

あの女性、車を抑えている!?ボンネットやバンパーがへこんでいる事から抑えている?

 

バカな!人が時速60キロ走る車を止めれる訳がない!

 

彼は正体不明の女性をひき殺そすためにアクセルを思いっきり踏んだ!

 

 

 

「おい、陸奥!」

 

「大丈夫よ!これくらいなら!」

 

 怜人達に突然、災厄が訪れた。車が猛スピードで突っ込んで来たのだ。咄嗟に娘と陸奥を逃したが、陸奥は逃げようとしない。それどころか、怜人の前に立ちはだかったのだ!

 

「正気か!?陸奥、死ぬぞ!」

 

 怜人の悲痛な叫びに陸奥は無視した。彼女は車を止める力があると直感的に思ったのだ

 

 艤装がどういう原理なのかは分からない。マニュアルすらない。しかし、艤装を身に纏えばパワーアップする事は知っていたのだ。彼には教えなかったが

 

 しかし、陸奥自身も小さいとは言え、大砲が並ぶ艤装を付けて街に彷徨くのはダメということは流石に分かっていた。その辺りは娘から習ったのだ

 

 ……しかし、腕力なら別だ。パワーも道溢れている。陸奥はこちらに突進してくる車を受け止めた。数メートルは動いたが、車を止める事に成功した!

 

「大丈夫!」

 

「あ、ああ……」

 

怜人も困惑しているため、陸奥はちょっと笑った。凄いところを見せられた事に

 

 しかし、相手はアクセルを踏んだのか、押してくる力が増している。タイヤの音が甲高くなっている。運転席に乗っている人は何やら喚いていたが、止める気はないようだ

 

「陸奥!車を横転させるか、方向転換させるかにするんだ!」

 

「了解!」

 

 怜人は正気に戻ったのだろう。陸奥は車を抑えながら、怜人の命令を素直に従い、車を腕力だけで横転させた。陸奥も自分にここまで力があるとは思わなかったが

 

エンジンは空回りし甲高い音を出していた

 

 陸奥は横転している車のドアを無理やり開けた。全力で開けたため、ドアは物凄い音を立てながら車体から離れた。そして、陸奥は運転手を引きずり出すと問い詰めた

 

「危ないじゃ──貴方は!?」

 

 陸奥はこの男に見覚えがあった。いや、会った事は無い。怜人が残していた当時の雑誌を読んだからである。本来なら未成年者の加害者は名前を公表されない

 

しかし、あるフリージャーナリストは多数の反対を押し切って雑誌に載せたのだ。だから、陸奥は運転手が誰なのか、一発で分かったのだ

 

「貴方……何をしているの!?」

 

陸奥はある感情が沸き上がった。それが怒りである事を理解していた

 

陸奥は男が動く前に胸ぐらを掴み、車体に叩きつけた

 

 男は痛みで呻いたが、隠し持っていたのか、ナイフを取り出すと陸奥に突きつけた

 

「調子に乗るな!痛い目に合いたくなきゃ大人しく──!?」

 

しかし、男は陸奥の行動に驚愕した。何と、陸奥はナイフを直に握ったのだ

 

「コイツ、バカか!ナイフの刃を握りやがった!」

 

しかし、男は気を取り直した。この女は指を失っていいらしい

 

「俺がこのナイフをちょっと引っ張ったら、指四本は削ぎ落ちるぜ」

 

「その前に貴方をぶっ飛ばしてあげる!」

 

 陸奥の凄みに男は一瞬怯んだが、彼は望み通りナイフを引き抜いた。いい度胸だ。これでこの女の指は切断されるだろう

 

 

 

 しかし、そうはならなかった。ナイフがピクリとも動かない。男はナイフに目をやったが、彼は驚いた

 

(この女、ナイフの刃を素手で握っているのに、手から血も出ていない!)

 

なんだ、これは?しかも、ナイフからミシミシと嫌な音が出ている!

 

「俺は人を殺したことがある。ハッタリだと思うな。後で酷い目に遭うぞ?」

 

「やってみなさい!そんな事が出来るなら!」

 

陸奥は怒りに任せて握っているナイフに力を入れた

 

 ナイフは変な音を立てながらアメのように曲がった男は愕然とした。ナイフが曲がったのだ!突進する車を素手で止めた時点で気付くべきだが、残念ながらこの男はそこまで頭が回らなかったらしい

 

 男は焦った。自分を掴んでいる見知らぬ女性の容姿は素晴らしいのだが、覇気や凄味だけでなく、腕力は凄まじかった。幼い頃から悪さばかりし、数え切れない程の犯罪を手に染めていた彼にとっては、初めての経験だった

 

だが、男は気を取り直すと陸奥に立ち向かう

 

「いい気になるな!」

 

 男はナイフを捨てると女に向けてパンチをお見舞いした。相手が誰であろうとこれで相手は怯む

 

ずっとそうだった。殺した女も怯えて逃げなかったほどだ

 

 だが、目の前の女性はこれまで会った女とは違う結果だった。何と、パンチを片手で受け止めたのだ

 

「貴方……何をしているの……」

 

「ああぁぁ!痛ってー!」

 

 男は目の前に恐怖した。何と、掴んだ手首に力を入れてねじ伏せようとしている

 

こんなバカな!力に負けるなんて!

 

 一方、陸奥はこの男の態度に怒っていた。人を残虐な行為をして刑務所に入れられていたはずのに反省すらしていない。それどころか、こちらに危害を加えようとしている

 

 怜人や優子はどうしているのだろう?振り向く余裕もない。遠くで二人の声がしたのは聞こえた。だが、二人の人生を滅茶苦茶にしたのはこの人だ。殺しても問題ない!

 

不意にパン、という音がしたと同時に体に何か当たった感触がした

 

「いい加減にしろ、女!調子に──な、何で倒れねぇーんだ?」

 

 陸奥が目を向けると男は拳銃を取り出していた。銃口から硝煙が出ていることからさっきのは銃声だろう。しかし、アスファルトには薬莢以外に潰れた銃弾一発が落ちている。弾かれた?あり得ない

 

「クソ、何だ、お前!防弾チョッキか何か身につけているか?死にやがれ!」

 

男は陸奥に向けて拳銃を乱射したが、陸奥は倒れるどころか出血すらしない

 

それどころか、陸奥は拳銃を男から奪い取ると片手で握り潰した

 

金属の破片や弾丸などが陸奥の片手から落ちるのを見た男は呆然とした

 

「何なんだ……お前は……?」

 

「貴方の死神よ!」

 

 陸奥は呆然としている男を殴った。男は両手で咄嗟にかばったが、威力を軽減する事はない。今まで感じたことも無い衝撃を受けたと同時に、後方に飛ばされた。破壊された車に叩きつけられても男は何とか立ち上がろうとしたが、陸奥は走り逃げようとする男の首を掴んだ

 

「俺を殺すと……お前は刑務所行きだぞ」

 

男の苦し紛れに陸奥は一瞬、動揺したが

 

「私は兵器よ!殺しなんて馴れている!」

 

陸奥は掴んでいる首に力を入れた

 

 男は初めて恐怖を味わった。この女、本気だ!殺そうとしている!普通の人なら殺人なんて躊躇するはずだ!ハッタリではない!

 

現に首を絞められ意識遠退いて行く……

 

 

 

 陸奥は片手で男の首を絞めていた。殺意はあった。自分の本来の艤装なら簡単に殺せるだろう。しかし、優子から聞いた柳田 優奈……彼女の母親の事を聞かされたのならば、黙ってもいられない

 

「地獄に送ってあげる」

 

 男は次第に抵抗する力を失い、ぐったりしていた。もう少しという時に鋭い声がした

 

「おい、離せ!死んでしまうぞ!」

 

 陸奥を制止したのは何と怜人だった。彼は止めようとしている!?予想外の事に陸奥は驚いた

 

「だって、この人は貴方の妻を殺した人よ!」

 

「ああ、そうだ!」

 

「何で!?私なら出来る!この人は反省もしていない!」

 

陸奥は止める気もなかった。なぜ?殺した人を許すってこと?

 

「私は兵器よ!人を殺すくらいなんて躊躇しない!だから──」

 

「お前が殺人犯になったら、どうするんだ!?僕だけでなく優子が喜ぶと思っているのか!?」

 

 この叫びに陸奥はハッとして優子を探した。優子は怜人の後ろにいた。しかし、彼女は泣いていた。なぜ、泣いているのだろう。そして、優子は微かだが、首を横に振っていた

 

 陸奥はそれがどういう意味なのか、理解した。陸奥は首をつかんでいた手を離した。男は糸が切られた操り人形のようにそのまま倒れた。気を失ったらしい

 

「私は……」

 

陸奥は呆然とした。自分のしたことは覚えている。彼女は人を殺そうと

 

「行くぞ。騒ぎを駆けつける人も来るはずだ」

 

「……いいの?」

 

「勝手に事故を起こしたんだ。後で面倒になる!」

 

呆然自失している陸奥に怜人は陸奥に促した

 

 誰かが通報したのだろう。遠くでサイレンが聞こえる。陸奥は怜人に言われるがままに連れていかれた

 

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

陸奥はハッとして辺りを見渡した。いつの間にか、家の中にいた

 

 どうやって家にたどり着いたかは覚えていない。考え事をずっとしていた。自分はどうなるのだろうと

 

「ごめんなさい。私……どうかしていた」

 

陸奥の声は掠れていた。目も二人に合わせないようにしていた

 

「陸奥、おい、こっちを見ろ」

 

 そんな陸奥に怜人は指示する。陸奥は彼を見た。彼からは怒りは無かった。それどころか心配そうな表情をしている

 

「怪我はないか?」

 

「ええ……大丈夫」

 

 予想外の問いに陸奥は狼狽した。てっきり人を殺そうとした事に非難されるか、それとも陸奥の怪力に怖がるのかと思った

 

しかし、彼や近くに居た優子からは一切そのような事は無かった

 

「あ、あの!」

 

怜人が陸奥の両手を調べている時に陸奥は思い切って聞いてみた

 

「何も言わないの!?私があんなことをして!」

 

 陸奥は今までの事を思い出しながら聞いた。簡易的な艤装装着しているとは言え、突進してくる車を止めたし、ナイフや拳銃で傷1つ付かなかった

 

しかも、復讐の肩代わりのような事をした

 

それで何も批判が無いのはおかしい

 

しかし、怜人の口から出た言葉は陸奥の予想を超えていた

 

「僕はこんな人間でも殺しなんてしない。人を殺す勇気がない事もあるが、優子だけでなく亡くなった妻にも悲しませたくないからだ。君自身でもだ。確かに怒る気持ちはある。嬉しいよ。だが、あの殺人鬼と同じ道を歩ませるつもりもない。今は戦争ではないからだ。僕が『暗殺しろ』と一度でも言ったか?」

 

「私は……そんなつもりは……」

 

 陸奥は言葉を詰まらせた。彼や娘から色々と学んだが、今思い返せば犯人グループに対する復讐や殺人は一度も口にしていない

 

「それに自分が兵器だって?正体はどっちでもいい。ただ、これだけは言わせてもらう」

 

陸奥は覚悟した。何かするつもりだろう

 

目を瞑り、待った

 

しかし、彼女の予想とは裏腹に何かが覆い被さるのを感じた

 

陸奥は驚き、目を開けた

 

「無事で良かった。……もう死なないことにな」

 

陸奥は何も言わなかった。人とは違う力を見ても驚かないのだ

 

「人とは違っても僕には関係ない。これは本心だ」

 

「ごめんなさい。だけど、私は普通の人間じゃないの。どんなに言われようと。見たでしょ?」

 

陸奥は涙声になっていた。確かに陸奥は普通の人ではない

 

「ああ。ちゃんと見たよ。そんな重荷は背負いたくないのは当然だ。生み出した僕の責任でもある。だが、僕が言うのも何だが今、経験している事に感謝する日が来るかも知れない」

 

「でも、私は……家族ではないの?」

 

「そんな事は無い」

 

彼の腕は優しかった。怜人にとっては関係ない事だろう

 

「生き方は自分で探すんだ。勿論、僕も手伝う」

 

「分かった」

 

 陸奥は安心した。どうやら、彼は悪い人ではないようだ。優子も眺めていたが、陸奥を毛嫌うようなことは無かった

 

 

 

 事故現場では騒然としていた。通報を受けた警察が駆けつけたが、伸びきっている男性と横転し大破した車を見て何が起こっているのか分からなかった

 

 しかも、気を失っている男性は身元を調べると前科の人間であるという。それもあの……

 

 男性は意識を取り戻すと訳の分からない事を喚いた挙句、警察官に暴力を振るった為、現行犯逮捕された

 

 

 

「あの女はまさか……」

 

 そんな事故現場をある男性が見ていた。偶然とはいえ、事故が起こる前から今までの事を。警察を通報したのも彼である

 

彼は早速、行動に移った。こんなものを見逃してはならない!

 

 




陸奥「私、あんな怪力見ても恐ろしくないの?」
優子「そう?探偵漫画である『名探偵コナン』見たら別に……」
怜人「そうだな。創作のキャラの力って誇張するものだ。空手を習った普通の女子高生が電柱や車の窓、ナイフの刃やシャッターなど鉄やコンクリートを簡単に壊したり、至近距離で撃たれた銃弾を避けたりしているからな。男子高校生の空手部主将が走っている軽自動車を止めて更に持ち上げたり、腕にナイフが刺されても平気だったりと――」
陸奥「……それ、探偵漫画なの?格闘漫画じゃない(その前にその人達、人間?)?」

艦娘の身体能力ってどうなのだろうか?人外な力を持っているらしいが?多少誇張しているようなSSがありますが、本作品はこんな感じで(素手ですが)

まあ、推理漫画なのに、格闘漫画(正確には殺人+格闘漫画(+申し訳程度の探偵要素))が存在するくらいだから特に気にする事は無いと思う

名探偵コナンの登場人物がスマブラに登場するのも時間の問題()


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第9話 陸奥の能力

今回の台風、凄かったですね


警察署

 

「本当なんだ!知らない女が車を止めたんだ!しかも、殺されそうになったんだ!」

 

「フーン」

 

取調室では一人の男が喚いていた。その者は少年時代に婦女暴行で逮捕されている

 

少年法で死刑は免れ、おぞましい犯行をした割には軽い刑だった。刑務所から出所した数週間後には交通事故を起こすという有り様だ

 

しかも、訳の分からない事を口走っている

 

「君はそんな戯言を言って信じる人間がいると思っているのか?」

 

「本当なんだよ!素手でナイフを握りつぶしたんだ!調べれば指紋も出てくる!」

 

男は喚いていたが、刑事は呆れていた。ナイフなんて見つかってもいない

 

そんな中、ドアが開き部下が一枚の紙を持ってきた

 

刑事は受け取ると男に向かって読み上げた

 

「検査の結果、君から麻薬の反応が出た。それどころか、薬物を売っていたらしいな。車から薬物が沢山出てきたぞ」

 

 刑事の冷たい声に男は慌てた。麻薬に手を出していれば、こちらの証言の信憑性は失われる!

 

「本当なんです!拳銃の弾も弾かれたんです!」

 

「いい加減にしろ!」

 

 後日、その男は麻薬中毒と精神疾患を理由に精神病院へ入院させられたのは言うまでもない

 

 

 

『……昨日の交通事故にて、警察は運転していた山本容疑者を薬物取締関連法などで再逮捕しました。容疑者は『女性が素手でナイフを握り潰した』などと意味不明の供述をしている事から──』

 

「私って脳筋なのかしら?」

 

ニュースを見た陸奥は半ば呆れるように言った

 

 こちらの事がニュースにならなかったのは幸運かも知れない。騒ぎで誰かが警察を呼んだのだろう

 

 相手の男は覚醒剤を持っていたため、警察はマトモに取り合わなかったらしい

 

「昔と今は違う。見つかったら面倒な事になっていた。今回は運が良かっただけだ」

 

「でも、貴方を救った。私が居なかったら貴方は死んでいた」

 

 柳田の指摘に陸奥は反論した。あの男は、彼の妻を殺したのだ。ならば、こちらが殺しても良かったのでは?

 

「……確かに。逆恨みだろうが、嫌な事だな」

 

「なら──」

 

「それとこれは別だ。復讐で手を出すのは、悲劇を生むだけだ。それに、こちらから手を出したら鬼の首をとったかのように批判されるからな」

 

柳田は首を振った。陸奥は更に指摘しようと口を開いたが、止めておいた

 

 彼は復讐を望んではいない。しかし、親しい人を殺されても怨みは無しにしろと言われて「はい、そうですか」と納得する人は居ないだろう

 

(妻を蘇らせる事が彼の復讐だった)

 

陸奥は心の中でそう思った。何も頼らず、法にも触れず蘇らせる事自体が

 

 G元素や賢者の石を見つけたのも、運が良かっただけではない。彼が見つけたものだ

 

例え、探査機が小惑星の土壌サンプルを持ち帰らなくても研究はし続けていただろう

 

「分かった。この話は無しね……所で大学はどうだったの?」

 

「いつものことだ。卒業研究の論文にネットからコピペしたのがあったから、やり直すよう言っておいた。全く、誤魔化せると思っていたのか?言い訳が夏休みで海外旅行したいと」

 

 柳田は呆れるように呟いていた。日中は怜人は大学へ、優子は高校へ行っており、陸奥は留守番だった

 

 しかし、陸奥は不満ではなかった。身分証なんて無いため、仕方のないことだった

 

だが、二人とも夕方にはしっかりと帰ってきている。怜人は残業なんてない

 

 優子は友達はいるし、怜人も対人関係はそれなりに良好だ。三浦会社のオブザーバーも兼ねてやっているのだから凄い

 

腕のいい科学者であることには間違いないようだ

 

 陸奥はホッとした。あの事故でこちらの存在が知れ渡ったらどうなるのだろう?第二次世界大戦と違って情報伝達は革新的だ。特にインターネットは陸奥も驚いた

 

それ故に陸奥は、周りに気を張っていた

 

もし、自分が普通の人では無いと知れ渡ったら……?

 

「いい?人間は理解出来ないものを恐れるし、仕打ちをされる。私やパパは大丈夫だけど、赤の他人は皆が優しい人とは限らない」

 

 事故が起こった数日後、優子は陸奥に説明していた。今日は土曜日なので優子も怜人も家にいる

 

「むっちゃんが見つかったらラボに監禁されて人体実験されてしまう」

 

「む、むっちゃん?」

 

陸奥は世の中の危険性よりもそちらに反応した。むっちゃん?私の事?

 

「人体実験しても無駄だ。人体と同じ構造だ。普通の女性よりも力があるくらいだ」

 

「パパは黙って。だって、一般人が科学オタクの言うことなんて信じると思う?」

 

「今の言葉でパパは滅茶苦茶傷付いたぞ」

 

 怜人は指摘をしたが、娘からの思わぬ言葉にため息をついた。確かに怜人の説明だと大半の人は付いてこれないだろう

 

「でも、艤装を付けた時と付けない時とは違う実感はあるわね」

 

「増幅装置のようなものだろう。いずれにしろ、物理法則の大半を無視しているから僕も驚いているよ」

 

怜人はいい終える直後、玄関のチャイムが鳴った。誰だろう?

 

「だ、誰かしら?」

 

「どうせ、押し売りだろう」

 

 怜人はインターホンの所へ歩いていった。陸奥は少しの間、警戒していた。警察が来たらどうなるのだろう?こちらの事を調べるに違いない

 

もし、普通の人ではないと気付いたら?

 

 陸奥は待っている間、耳を済ましていた。玄関から話し声が聞こえた。どうも、警察ではないようだ。扉が閉まる音がして、足音が近づいてくる

 

しかし、気のせいだろうか?もう一人の足音も聞こえる

 

「誰か来る」

 

「むっちゃん、逃げて。ここから──」

 

 陸奥が戸惑い、優子が手を引っ張って逃げるよう促していると、怜人が戻ってきた。陸奥が知らない人を連れてきて

 

「乗組員を蘇らせなかったのだな。軍艦に命を吹き込んだのか?」

 

「そうだ。お前、言いふらすな。と言うより、休みではないのか?」

 

「博士号取るため土日も大学へ行っていたんです。手伝ってくださいよ」

 

 部屋に入って来たのは優男で髪は七三だ。スーツ姿をしている事から如何にも社会人という顔だ

 

「その人は誰?」

 

長谷川 大輝(はせがわ ひろき)だ。僕の後輩」

 

怜人はめんどくさそうに陸奥に紹介したが、彼は目を輝かして陸奥を見つめていた

 

「彼女が?」

 

「ああ」

 

 陸奥は二人を交互に見た。何があったのだろうか?まさか、優子が言っていたように娼婦のように売られるのか?

 

「おい、優子。ずっと後輩と一緒にSNSでやり取りしていたのか?父さんには内緒で」

 

「仕方ないでしょ。パパが暴走した時の保険だって」

 

 優子は自分の父に反論した。怜人はG元素を使って自分の妻を蘇らせようとした。しかし、結果は失敗。代わりに人造人間である陸奥が生まれた

 

「君が陸奥か。幾つか質問して良いかな?」

 

「え、ええ……」

 

「教えてくれ。重要な事だ」

 

 長谷川は深刻そうな顔をして陸奥に聞いてきたため、陸奥は警戒した。何を聞かされるのだろうか?

 

「お前は何者なのか?」と聞かれるのか。人体実験させられるのか?陸奥は脅迫された時、どうやって逃げるのかを必死に考えていた

 

しかし、長谷川の口から出た質問は陸奥も予想外の事だった

 

 

 

「ムー大陸は実在したのか?」

 

「え?……何の大陸だって?」

 

「ムー大陸だよ!大昔に太平洋にあったとされる大陸!一夜にして水没されたんだ!海底に居たんだろ?見たのではないのか、海底遺跡を!」

 

 陸奥は戸惑った。突拍子のない事を聞かされたため拍子抜けしてしまった。急によく分からない話をし出して頭に付いていけない

 

「おい、陸奥は瀬戸内海に沈んだんだろ?質問する相手が違うだろ!」

 

怜人は呆れていたが、長谷川は止まらない

 

「ああ、そうでした。なら、グルーブの音を聞いたか?」

 

「グローブ?」

 

「ブループ*1!こんな音だ!」

 

 長谷川はポケットからスマホを取り出し操作した。そして、スマホから低い音が聞こえて来た。生き物のようであり、違うような音のような気がする

 

「何、この音?クジラの唸り声のように聞こえるけど?」

 

「聞いていないか……では、クラーケンは見たか?巨大なイカを。実戦では出ていなくても演習では出たんだ。クラーケンやシーサーペントを見たんじゃないか?海坊主でも人魚でもいいからさ。何か未知の海洋生物を見たという情報は」

 

「長谷川、初対面で聞きたい事はそれか?爆沈事件を聞きたかったんじゃないのか?」

 

 怜人はため息をつきながら呆れるように長谷川に言った。今の長谷川はまるで子供のように輝いている

 

「先輩、私にとっては歴史ミステリーよりもUMAや超常現象の解明です。ここは譲れませんよ」

 

「だからって女性にいきなり聞くことか?陸奥はbloopが何か分かっていないぞ」

 

「私も聞きたい。bloopって何?」

 

 陸奥は呆れるように聞いた。いきなりよく分からない事を聞かされたのだから無理もない。長谷川は陸奥の肩を掴むと早口で説明した

 

「bloopとはさっき流した正体不明の音の事だ。何なのか不明。もし、生物ならシロナガスクジラよりも大きい事だ*2。海は身近でありながらも未知の世界だ。巨大化する傾向もある。だから、巨大な生物を是非見つけて──」

 

「そんな早口言っても陸奥は理解出来ないぞ。と言うより、後しろ。何しに来たんだ?」

 

怜人は頭を軽く叩いた。長谷川は我に返ると陸奥から引き離した

 

「折角、交通事故の件を黙っておいたのにそれは無いでしょう」

 

「ああ、感謝しているよ。まさか、お前が通報していたとは」

 

「え?それじゃあ、見ていたの?」

 

陸奥は愕然とした。あの交通事故を通報した人?

 

「そうです。でも、安心してください。私は怜人さんの後輩で親友です。──申し遅れました。超常現象研究家の長谷川 大輝です。是非とも爆沈前夜に第三砲塔上で踊り狂う怪女が乗組員によって目撃されていた*3というのは本当かどうかお聞きしたいのですが」

 

「何処でそんな情報を拾った!?そんな訳あるか!?」

 

長谷川の無神経な質問に怜人は叱った。とてもではないが、それは無いだろう

 

しかし……

 

「そうよね。私、あの日は呪い殺されたのね」

 

「おい、本人落ち込んだだろう!」

 

 陸奥は意気消沈し、優子は慰める羽目になった。しかし、長谷川は陸奥に対して何かしようという訳ではないようだ

 

 

 

「では、実験検証しよう。陸奥の能力を調べるなら喜んで協力する」

 

一行は長谷川の車に乗って大学へ向かっていた。陸奥の艤装は車のトランクの中に入れたが、大きかったため分解して入れた。幸い、妖精がやってくれたので問題は無いが、陸奥は何とも言えなかった。土曜日であるため人は少なく、学生も少ない

 

「ねえ、この人……本当に信用していいの?」

 

 陸奥は運転している長谷川に聞こえないように怜人と優子に小声て聞いた。車の中は私物があるのだが、よく分からない人形や模型がある

 

「この人の父親がUFO研究家なんだ。その影響を受けたんだよ」

 

「でも、あの人は学者でしょ?オカルトなんて普通はあり得ないと片付けるはず」

 

 陸奥は不思議に思った。長谷川は怜人の後輩であり、助手である。科学を学んでいるならオカルト類は否定するのだが……

 

「逆だよ。オカルトを科学で解明したいから理系に専攻したんだ」

 

「私が小さい頃、おじさんとよく望遠鏡で星を観察していたけど、本当は宇宙船を探すためだって」

 

「大丈夫なの……?」

 

陸奥は頭を抱えた。こんな人で大丈夫なのだろうか?

 

「心配するな。腕は確かだ。それに唯一の友達でもあった。賢者の石を探したきっかけも彼のお蔭だ」

 

 怜人は安心するよう言ったが、陸奥は不安でしかなかった。この人たちは何かを抱えていそうだが、真相を語りそうもないだろう

 

だが、怜人は陸奥を産んだ人だ。信頼する人なら信じるしかないだろう

 

「お邪魔します……」

 

「陸奥、畏まらなくても誰もいない」

 

大学の敷地に入り、教授の部屋へ入った。怜人の言うとおり、誰もいない

 

「凄い……」

 

 しかし、部屋の中は実験道具や計測機器が多数あった。動物や人体の模型も沢山あり、壁には生物の中身が記した絵もある

 

「僕は遺伝子工学専門だったから。最近では他の分野にも手を出したから沢山ある」

 

「先輩の特権だから」

 

長谷川は茶化すように言い、怜人は呆れる中、陸奥は部屋を見渡した

 

 大学の中を見たのは初めてだ。艦だった体では、士官学校というのがあった。しかし、その頃と比べて充実しているだろう。しかし、何故か円盤型飛行物体や宇宙人を題材とした映画のポスターが貼られていたが

 

 ふと、陸奥はある動物の模型に気をとられていた。魚だろうか?しかし、その魚の色は黒褐色。体は細長く、背鰭は後方に1つあるのみ。更には口が鼻先先端から開いている。模型のようだが、とても気味が悪い

 

陸奥は気になったってため、近づき触ろうととしていた

 

「触るな!」

 

 後、指先が触れるか触れないかの距離で後ろから鋭い声が聞こえた。振り向くと、長谷川が真剣な表情になっている

 

「そいつはラブカ*4だ。生きているぞ!危険な生き物だ!」

 

「え?どういう?」

 

「大人しそうにしているが、そいつは人体に有害な放射線量を出している!あまり怒らすと口から放射熱線を吐く!丸焦げになるぞ!」

 

「ちょ!ちょっと待って!何で恐ろしい生き物がここにあるの!」

 

 陸奥は慌てて手を引っ込め、その生き物から離れようとした。口から熱線を吐く生き物が存在するなんて聞いたことがない!

 

「陸奥、落ち着け。そいつは深海魚の模型だ。実際に熱線なんて吐かん」

 

「え?」

 

陸奥は怜人の方に顔を向けると彼は呆れており、優子も必死に笑いを堪えていた

 

「後輩の冗談だ」

 

「驚いたじゃない!」

 

陸奥は恥ずかしさと同時に怒りが沸いた。長谷川もバツが悪そうな表情になっていた

 

「ごめん、ごめん。冗談だ。でも、先輩が残っている賢者の石を使えば巨大不明生物*5に進化して──」

 

「やるわけないだろ……それは兎も角、さっさたやるぞ。時間は有限だからな」

 

一同は作業に入った

 

 

 

 彼らは陸奥の予想をテストを行った。身体能力を図ったが、成人女性の新体力テストを軽くパスしていた。スーパーパワーなんて無い。スポーツ選手とまではいかないが、見た目とは違って運動抜群だった。但し、

 

しかし、艤装を付けると彼女の力は格段と上がった。握力計測器は簡単に握り潰し、ハンドボール投げは遠くまで飛んだ

 

「むっちゃん凄い!」

 

「こんなの楽勝よ!」

 

 陸奥はバーベルを持ち上げていた。人の限界を越えて600kgを両手で持っているのだ。優子は驚き、声援をかけていた

 

しかし……

 

 

 

「反復横飛びと持続走は平均的だな。筋力がアップしたぐらいか?」

 

「艤装に何かしら仕組みがあるのでは?」

 

「恐らくそうだろう。増幅装置のようなものか?現代科学とは違う仕組みだ」

 

「軍艦の馬力と何か関係が?」

 

「全然違うだろう。馬力は仕事率の事だ。怪力になるとは訳が違う」

 

「でもチンパンジーは人の握力よりも強い。不思議でもあるまい」

 

「チンパンジーと人間は違う。DNAは似ているが、全くの別物だ」

 

長谷川と怜人はデータを見ながら盛んに議論していた。話がついていけない

 

「失礼な話のようにも聞こえるけど、貴方のパパはあんな感じ?」

 

「うん。でも、何時もの事だから」

 

「そうね」

 

 一瞬、陸奥は数日前の出来事を思い出した。怜人が逆上して首を絞め殺されそうになった日だ。しかし、あれは普通の反応だろう。まだ、一線は越えていない

 

……陸奥という存在を作り上げたとなると微妙になるが

 

だが、まだ血は流していないだろう。少なくとも、殺人行為は

 

 陸奥はバーベルを下ろして背伸びをした。正直、自分自身が600kgを持ち上げるとは思いもしなかったからだ

 

 

 

「漫画や特撮に出てくるヒーローのような超人ではないようだ」

 

 長谷川は体力テストの結果を見ながら言った。一同は研究室に戻っていた。陸奥はシャワーを浴びてから研究室に戻った。その間、二人はデータをまとめていたらしい

 

「艤装を付けたら超人になる。でも、あくまで人体だからだろう。柳田先輩の言うとおり、軍艦の能力をある程度は受け継いでいる」

 

「ふーん。そんなものなのね」

 

 陸奥は外した艤装とメンテナンスしている妖精を見ながら呟いた。妖精は陸奥の艤装の保守点検をしている。妖精もこの点は了承している

 

「しかし、戦艦がこんな美人なお姉さんだったら駆逐艦はどうなるんです?」

 

「僕に聞くのか?……恐らく女子中学くらいだろう。あくまで予想だけど」

 

「やってみます?」

 

柳田は肩をすくめた。彼も分からないだろう。

 

「でも、むっちゃんには姉妹艦がいるんでしょ?」

 

「え、ええ。長門がいる……私も会いたい」

 

 陸奥は遠くを見るような目で答えた。長門の艦歴を調べた。終戦まで生き残り、最後はビキニ環礁で核実験の対象とされた

 

大日本帝国海軍の旗艦の象徴の末路であった

 

「パパ、出来る?」

 

「賢者の石の残量は一欠片だ。長門の残骸が手元に無いのもあるが、一欠片ではパワーが足りない」

 

 怜人の答えに陸奥は目を伏せた。分かっていた。本来は自分の妻を蘇らせるためだから

 

「でも先輩。艤装を付けるとスーパーパワーを発揮するのは物理の法則に反しているような」

 

「どうだろう。人体でもまだ分からない所はある。アインシュタインは『人間は潜在能力の10%しか引き出せていない』と言われているくらいだから不思議でもあるまい」

 

怜人の分析に陸奥は驚いた。この人、私の力を見ても全く動じようとしない

 

「えっと……優子ちゃんから聞いたけど……『人は理解しないものには恐れる』って」

 

「ああ。だが、安心しろ。僕はそんなつまらない事で文句言う人ではない。それよりも、問題なのは他の人がどう見るかだな」

 

怜人は顎に手を当てながら言った

 

「千里眼事件を知っているか?明治時代に超能力者が現れ、超能力のブームが起こった。本人達が念写や千里眼などの超能力を持っていたかどうかは分からない。だが、論争の末に世間からはペテン師であるというレッテルを貼られ、一転して世の非難の的となってしまった」

 

 怜人が言っているのは明治時代に起こった超能力における騒動である。結局、『千里眼は科学に非ず』と科学者達は結論付けられ、超能力者であった当の本人達は迫害された。戦後、ある外国人の超能力者が来日しテレビ番組に出演し、人気になったとは偉い違いである

 

「むっちゃんは超能力者?」

 

「そうとは言っていない。しかし、それに近いものだ。実際に陸奥が装着している艤装は、どういう訳か神経と同化している。陸奥の中に眠っている能力を引き出すものだろう」

 

 怜人と優子の対話に陸奥は不安そうになった。冷静に分析してくれるのは嬉しいのだが

 

「私って人間なの?その……普通の人とは違うから」

 

「とは言っても、誕生方法が人とは違うだけだ。かと言って全く別物でもない。……逆に先輩はよく造れましたね。『不気味の谷*6』も解決しているから、誰であろうと生理的な嫌悪感すら抱かない。寧ろ、街コンに参加させれば確実に釣れますよ」

 

「専門用語が多いけど、それ褒めているの!?」

 

陸奥は呆れながら言った。褒めているだろう。しかし、何かが違う

 

「陸奥は自分が何者か分からないのなら、自ら名乗ればいいのでは?」

 

「それはそうだけど、私も分からないわよ。……貴方の手によって生まれた存在だから責任は取るべきよ」

 

 陸奥の反論に怜人は考え込んだ。偶然にしろ必然にしろ、陸奥という存在を産んだのは柳田怜人本人である

 

「そうだな……こんな大きな娘を産んだつもりはないが……」

 

「軍艦の娘……艦娘というのはどう?」

 

優子は自分の父の思案を考えながら言った

 

「いや、艦娘って……男性が出たらどうするんだ?」

 

怜人は苦笑いしたが、二人は違った

 

「いいじゃない。だってパパだと絶対に人工生命体とか人造人間と呼ぶし」

 

「男性は出ないだろう。そもそも、昔のヨーロッパでは、軍艦の性別は女性だとされている*7。大航海時代において──」

 

「あー、分かった、分かった。長谷川、話が長くなる。別にいいぞ。本人が良ければだが」

 

長谷川が暑く語っているのを遮りながら、陸奥に聞いた

 

「艦娘……そうね、悪くない呼びね。少なくとも、人造人間みたいに呼ばれるよりかは」

 

 陸奥本人も問題はない。寧ろ、人造人間と呼ばれるのが嫌だったらしい。変なイメージが定着してしまう

 

「では、艤装の性能テストだ!何時やる?」

 

 長谷川は元々、オカルト関連には目がないのか、嬉々している。だから陸奥の事は嫌悪感も持たないのだろう。無論、怜人本人もであるが

 

「長谷川、それは無理だ」

 

「何故ですか?」

 

長谷川のキョトンとした表情に怜人は呆れながら指摘した

 

「ここで武器を使ったら間違いなく警察沙汰になるぞ。艤装の大砲も分解したくらいだ。銃刀法違反に繋がるぞ」

 

 今の日本は平和である。よって、許可された者以外の武器携行は禁じられている

 

 陸奥の艤装は高確率で違法であるため、妖精によって火器類は分解され厳重に保管している

 

 陸奥も残念そうに妖精の作業を見ていたが、今の日本は昔の戦時中ではないため従うしかなかった

 

「そうね、何処かの無人島にいけば──」

 

陸奥が考えながら口にしたとき、長谷川は陸奥の言葉を遮った

 

「何を言っているのです?出来ますよ?」

 

この衝撃的な言葉に三人は驚いた

 

 そもそも日本は銃の法律は厳しい。害獣駆除のために必要な猟銃でさえ厳しいのだ。アメリカの銃社会とは訳が違う

 

「何、任してくださいよ」

 

「不安だ」

 

嬉々する長谷川に怜人も陸奥も優子も顔を見合わせた

 

 

*1
1997年アメリカ海洋大気庁が南米チリで地震活動断層について調査したところ、設置された水中聴音装置から異様な音を探知。500メートル離れた米海軍の音響監視システム、SOSUSでも探知。船舶や爆弾などによる人工音でも、火山や地震のような既知の自然現象による音でも全く一致されなかった事から謎の音、ブループと名づけられた

*2
もし、生き物なら全長215メートルの生き物が存在している事になる

*3
この説は軍事板のオカルトスレが発祥とされており、信ぴょう性は低い

*4
カグラザメ目ラブカ科に属するサメで、深海魚。8000万年前から生息している事から「生きた化石」とも言われている

*5
シンゴジラの第二形態はラブカがモデルになっている

*6
ロボットや人工生命、CGアニメーションなどで「人間とほぼ忠実一歩手前」まで忠実度が上昇すると、人間はとたんに嫌悪感を抱くようになる。さらに忠実度が上がり、実物と見分けが付かないほどになると、人は一転して好印象を抱くという現象

*7
元々は大航海時代からの慣習で、海の神様であるポセイドンが男性神であった事から、海難に遭い難いように、神様に気に入られようにと、艦船を女性として扱った名残とされている




アンソロジー漫画において長門は脳筋扱いである
と言う事は陸奥も……?
でも、艦娘は人外と言う割には、あまり武器を使わず初めから怪力で深海棲艦やブラック提督を倒したというSSがなぜかほとんど無い。何故だろう?

余談ですが、千里眼事件で騒がれた超能力者は、御船千鶴子との事
『リング』に登場する超能力者、山村貞子の母親のモデルともされ、『トリック』でもモデルとされている人物が度々出ている


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第10話 射撃演習と警告

アーケード版の泊地水鬼があんなに病んでいるとは思わなかった……
そして、ウォースパイトが動く姿が見れるとは思わなかった


次の日、長谷川は射撃の実験の用意が出来たと言ってきた

 

一行は半信半疑だったが、ある場所に連れて行かされて怜人は納得した

 

「採石跡地とは考えたな」

 

「そりゃ、子供の頃は特撮見てましたから!関係者に申請出したら一発でOK出ました!」

 

 怜人は苦笑した。確かに採石場は許可され取れば爆発実験も出来る。そのため、一昔前の刑事ドラマや特撮などにおいて、爆発させてもほとんど被害が出ないことから、特に戦闘シーンに使用されることが多い。今は映像の進歩もあり使われなくなってきたが、ファンの間ではスポットになったりしている

 

「で?どんな理由を付けて許可を取ったんだ。……いや、待て。言わなくても分かる。想像出来るから」

 

怜人は長谷川に質問しようとしたが、彼の事は大体分かるのだろう。聞くのを止めた

 

「と言っても、バンバン撃つと不審がられるから数発までだ*1

 

「むっちゃん、良かったね」

 

 優子は喜んだが、陸奥は困惑しながらも微笑み返した。本当だったら、海上でやるべきだ

 

水上に浮かぶ事は確認しているし、遠洋で射撃も出来たはずだ

 

だが、爆発音で海保が駆けつけられたらそれこそ問題だ。41cm砲は、現代日本の社会にとってはオーバーキルである。尤も、今ではミサイルが主流になっているためオーバーキルかどうかは微妙ではあるが

 

「それでは撃つ……わね。本当に大丈夫?」

 

組み立てられた艤装を装着し、山の方へ砲を向けながら確認を取った。あり得なくはないが、万が一、裏切ったら陸奥は警察沙汰になるのは間違いない

 

「大丈夫、大丈夫。いいから。それよりもこれ」

 

長谷川は陸奥にあるものを渡していた。それは耳栓である

 

「結構よ。私、そんなものなくても大丈夫よ」

 

「素晴らしい。鼓膜まで頑丈とは」

 

「おい、時間は限られているんだ。実験開始。ビデオ回っているか?」

 

 スマートフォンで撮影も言いかもしれないが、画質に限度がある。ビデオカメラの方で撮ることにした

 

優子が親指を立てて録画準備したと合図をした

 

「いいわ、やってあげる……撃て!」

 

陸奥の掛け声と共に41cm連装砲が吠えた。陸奥の砲声が辺りを鳴り響かせた

 

「確かに発射出来た。後は爆発威力だけだ」

 

「大丈夫ですって。あの砲はとても小さいから花火程度くら──」

 

 長谷川がそこまで言った時、採石場から大爆発が起きた。まるで、雷鳴のような爆発音と爆風に怜人達は驚いた

 

遠くの森から鳥の群れが木に休んでいたのだろう

 

爆発音で驚き、一斉に飛び上がったのだ

 

 爆発は収まっても、3人とも未だに呆然としていた、陸奥は申し訳なさそうな表情をしていた

 

「ご、ごめんなさい。その、地上で撃った事が──」

 

「素晴らしい!オモチャのような大砲なのに、威力は変わらないなんて!」

 

我に帰った長谷川は興奮し、後の二人も驚いていた

 

「まさか、ここまで威力があるとは」

 

「むっちゃん、凄い」

 

「そ、そう?」

 

 陸奥は微かに微笑んだ。実際に撃ったことは余りない。『艦だった時』は演習くらいだ怜人も長谷川も威力は当時と変わらない事に驚き……実際は41cm砲の威力は見たことがない。彼らは小さな爆発が起こるとばかり思っていた……優子も関心してい

 

 とりあえず、3人とも艦娘に恐れていない。陸奥は密かにそれを危惧していたが、杞憂に終わった

 

それどころか……

 

「スタッフ呼んで撮影して貰うか?」

 

「爆発には陸奥の主砲を使おう。三式弾入りで」

 

「冗談で言っているわよね!怪人ではなくて、出演者を殺しているわよ!」

 

三式弾の試射と爆発を見て、怜人と長谷川は呑気に話している。爆発音や砲声には慣れたのか、すでに冗談交じりで話している

 

「パパと長谷川おじさんは未知の興味が強いの」

 

「『人は理解出来ないものには怖がる』という言葉は何処へ行ったの?」

 

陸奥は最早、このギャップに頭を悩ませていた

 

この未来の日本は情報が簡単に入手しやすい。国内情勢どころか地球の裏側まで分かる

 

昔とは大違いだ

 

 そして、社会の長所短所も学んだ。格差は昔からあるのだから自分が違う目で見られるのも無理はない。柳田教授も豹変するかもしれない

 

……しかし、後輩の長谷川を見る限り、そんな事はないだろう

 

「だって長谷川おじさんは、雪男を捕獲するために海外旅行しようとしていたから」

 

「初めて聞くわ。そんな理由で」

 

怜人と長谷川がデータを見比べ話し合っているのを遠目で見ながら言った

 

二人とも真剣にこちらを研究している

 

「……日本女子の体力テストの平均よりも上回っている。これだけの力なら膨大なエネルギーは必要だ」

 

「だから大食いなのか。艤装を付けると燃料が必要を取り入れられるのも納得がいくな。内燃エンジンで生命エネルギーに変換とは驚きだ。ところで何処で買ったんだ?」

 

「燃料販売店だ。普通に買えるぞ」

 

「もう少し効率のいい動力源はないか?原子力……いや……丁度、賢者の石があるじゃないか。それを使えば──」

 

「賢者の石は増幅装置のようなものだ。そんな都合の良いのものではない。限度はある。それに数は限られている。それを使って──」

 

二人は議論していたが、陸奥も優子も呆れるように遠くから見ていた。話についていけないし、理解しようとも思わない

 

ただ、悪意はないようだ

 

「ねえ!いつまで話しているの?」

 

陸奥は少し苛立ちながら声をかけた。この二人の話し合いはずっと続くだろう

 

「悪い。では、身体能力も兼ねてやるか」

 

 

 

 

 

身体テストは大学の敷地では出来なかった事を行った

 

艤装装備で何処までが限界か?

 

 陸奥は淡々と行った。身体能力は劇的にパワーアップしたが、その分、エネルギーの補給が必要となった

 

「陸奥の骨格は実は金属製?それとも、艤装はバイオメカニックかな?あるいは、──」

 

「これから先も映画漫画ネタを披露するつもりか?」

 

「夢は持たないと!もしかすると、マントをつければ、空を飛んだり、目からビーム出たり──」

 

 長谷川は熱く語っていたが、怜人はやれやれとばかりに聞き流していた。確かに陸奥の身体能力は驚きだ。しかし人がベースなのか、あくまで人の能力よりも上である

 

「そんな事より昼食にしないか?もう、午後の一時だぞ?」

 

怜人は置いてけぼりを食らっている娘と陸奥を見つめながら提案した。朝10時からずっと検証である。流石にぶっ通しでやるのは不味い

 

「貴方達を見ると呆れるわ」

 

陸奥はため息をついた。科学者はやはり変人だ

 

 

 

 昼食は本来なら弁当屋で買ったもので済ましているだろう。しかし、陸奥は自分がやると言い……遠くに行って昼食が弁当屋で買ったものだと流石にそれはないと陸奥は言い出した……陸奥は自ら造ったのだ。野菜も肉も入っており、おにぎりまである

 

「しかし、料理なんて、何時から習ったんだ?」

 

「軍艦なら当たり前よ。それに、お姉さんは何も居候なんてしないわ」

 

陸奥は料理の方法は優子に習っていた。物が溢れている時代には戸惑ったが、徐々に慣れていった。また、軍艦には乗組員に料理を振る舞うために厨房は必ずある

 

そのためだろうか?数日で料理をマスターしたのだ。料理は乗組員のストレス解消にも繋がる。間宮などは羊羹が振る舞われていたと言われている

 

「女子力は磨かないとな」

 

「先輩、それは違う意味ですよ」

 

 長谷川は突っ込みを入れた。聞いたところによると、長谷川はオカルトに興味を持ち、いずれは超常現象を科学的に研究しているらしい

 

学生時代に何故か怜人と気があったらしい

 

「へぇー……面白い事ね」

 

陸奥が関心しているその時、近くの茂みから何かガサガサと音が聞こえた

 

「何だ?」

 

怜人は気にしている間もずっと聞こえてきている

 

「ここは山中だから猪や鹿も出るぞ。……もしかすると、ツチノコかな?」

 

「そんな訳ないだろう。大体、お前──」

 

怜人が突っ込むよりも早く、陸奥は鋭い声をあげた

 

「逃げて!鹿でも猪でも無いわ!熊よ!」

 

 この警告に、全員がギョッとした。草むらから巨大な茶色い獣をしたものが二足歩行で立ち上がったのだ

 

熊──しかも、彼等に近づいていたのは何とヒグマだった!

 

「おい、ここは北海道ではないぞ!何でこんな所にヒグマがいるんだ!」

 

 日本には二種類の熊、ヒグマとツキノワグマである。しかし、ヒグマは北海道のみ生息のはずである

 

「そう言えば、先週あたり動物園で熊が逃げたというニュースが……」

 

「不味いぞ!警戒すらしていない。……人を襲って来る!」

 

 怜人の警告に皆は青ざめた。何しろ、ヒグマの体長は2mから3m、体重300kgから500kgという巨体を持ち、大自然の中で鍛えられたことによってヒグマの肉体は筋肉の塊である。動物の骨肉など簡単に剥ぎ取られてしまうほどの怪力の持ち主である事から、襲われたらたまったものでも無い。速さも時速50km以上もあり、逃げる事はまず不可能である。しかも、こちらに近づいてきている。人を恐れない証拠だ

 

「任せて!この主砲で……」

 

 陸奥は叫んだが、後になって気がついた。残念ながら艤装は外している。しかも、危険物だからということで自分達がいる場所よりも離れた所に置いているのだ。安全を考え距離は30m離れた所でだが、それでも妖精達も慌てて発射準備をしているが、妖精はあくまでサポートであって艤装は艦娘がいないと作動しない

 

「どうしよう……」

 

優子は父親の陰で震えながら呟いた。皆はクマを睨んだが、残念ながらクマは立ち去る気配がない

 

「だ、大丈夫よ。艤装まで遠くない」

 

「いや、待て!」

 

 怜人が忠告をするよりも早く、陸奥は艤装の場所まで走ったのだ。しかし、それは悪手ともいえる。艤装を置いた場所が場所なだけに陸奥は必然的にクマに背を向けた事に成るからである。熊も陸奥にターゲットをし、追いかけたのだ

 

「本当に来た!」

 

 陸奥は熊の速さに驚いたが、それでも陸奥は艤装のある所まで走った。何とかたどり着き艤装を装着した。しかし、熊は既に陸奥の目の前にいたのだ

 

よって、ヒグマののしかかりに対して陸奥が両手で抑えている形となったのだ

 

「グルルル」

 

 熊はうなり声を上げると、陸奥が手で抑えている前足を振りほどくため必死に動かしている

 

しかし、陸奥は何と熊の前足を抑えている。いや、熊の重さを何ともないらしい

 

「早く、射撃準備を!」

 

「今、やっています!」

 

 陸奥は艤装を管理している妖精達に叱咤した。艤装を付けたお陰で熊とやり合う事が出来たが、全く被害を受けないという保障はない。艤装が無かったら、熊とやり合うどころか食い殺されているだろう

 

「用意出来ました!」

 

「よし、撃て!」

 

陸奥が号令をかけたその時、陸奥が突然、爆発した。

 

予想外の出来事に怜人達も熊の恐怖よりも唖然としていた

 

爆炎がキノコ雲のように立ち上がり、爆風が3人を襲った

 

 

 

「先輩、陸奥に新たな新技を覚えさせたのですか?」

 

「いや、そんな機能は無いが……」

 

「むっちゃん、大丈夫なの!」

 

 3人は口々に言ったが、また爆発が起こるのとヒグマが生きている可能性もあるため危なくて近寄れない

 

爆煙が収まり、視界が晴れると遠くで一目散に逃げているヒグマがいた

 

「おい、ヒグマ死んでいないぞ。よく、生きていられるな」

 

「そりゃ、散弾銃でも死なない熊の種類ですから」

 

怜人も長谷川もヒグマの事は気にしていない。あの爆発で生き延びたヒグマも恐ろしい

 

そして、その爆発で生き延びた者もいた

 

それは……

 

「もう……ば、爆発なんてしないんだから!」

 

陸奥はその場に座り込みながら悲痛な声を上げていた

 

どうやら、主砲を発射する時に艤装が爆発してしまったらしい

 

原因は不明なのだが、陸奥はあの大爆発にいたにも拘わらず、負傷すらしていない

 

いや、艤装は大破し、服も少し破れているが、それだけだ

 

手足もあり、火傷すらしていない

 

「まるでギャグマンガに出てくる爆発シーンみたいだ……」

 

「凄いのを作りましたね。というより、なんで爆発したんだ?そんなに新技覚えたかったのか?」

 

「何の話をしているの!私だって好きで爆発したんじゃないわ!」

 

 陸奥は破れている服の箇所を手で覆いながら抗議した。陸奥の服装はへそ出しノースリーブのトップスに黒の超ミニスカートと肌を出しているのが多いなだけに、破れいるのだ

 

「関心してないで快方しなさいよ!……むっちゃん、大丈夫?」

 

「え、ええ……大丈夫よ」

 

 優子は持ってきたタオルを陸奥にかけながら呆れていた。流石に爆発には驚いたが、陸奥が無事である姿にホッとすると同時に自分の父と父の親友の無神経さに呆れていた

 

確かに驚くべき能力(?)だが、いつまでも観察する訳には行かない

 

そんな中……一行に近づく者がいた

 

中年の男性が猟銃を手に持っていることからハンターだろう。何故か一人で行動していたが

 

「あ……あ、あ、ああの~~」

 

「どうかしましたか?」

 

怜人は老人のハンターは怯えながらこちらに話しかけている

 

そして、怜人と話しているのに陸奥を何度もチラ見している

 

「私は猟友会の者ですが……その……そちらの女性の方に……怪我はありませんか?」

 

「落ち着いてください。ヒグマなら逃げましたよ?」

 

「そうではなくて……その~」

 

 ハンターは困惑しながら、そして何かに怯えていたが、ハンターは思いきって陸奥に聞いた

 

「先ほど銃を発砲しましたが、お怪我はありませんか!?」

 

「えっと、撃った弾はこれのことかしら?」

 

 陸奥は地面から何か小さいものを掲げていた。小石かと思いきや、よくみると弾丸である。しかも、その弾丸がつぶれているのだ。恐らく、陸奥の艤装か肌に当たったのだろう

 

老人は顔を真っ青になりながら陸奥に問い詰めた

 

「だ、大丈夫ですか!何処か撃たれた傷は!救急車を呼びましょうか!」

 

「おい、落ち着け」

 

老人のはパニクっているなか、怜人は強引に陸奥から引き離した

 

 

 

 老人の話によると、市役所の要請により動物園から逃げたヒグマを捕らえるよう依頼されたらしい

 

 初めは捕獲を目的としていたが、野生の勘を戻したのか、狂暴になったのだ。そして、人も襲い怪我人も出たため、射殺許可も出たらしい

 

 山林を探している中、偶然ヒグマを発見。追跡していた所、採石跡地にたどり着いてしまったらしい

 

そして、ヒグマが陸奥に襲われているのを見や否や射殺を決意した

 

 このままでは犠牲者がでる。猟銃を構え引き金を引いた瞬間、女性が突然、爆発。余りの現象に老人は呆然としたという

 

 

 

 老人の説明に一行は困り果てた。どうやら、この老人は自分がやらかしたと思っているらしい

 

そのため、長谷川は取り繕うことになった

 

「心配しないでください。爆発映像を撮るためにここにいるわけです。熊が出たので謝って爆発したんですよ」

 

「しかし、女性に銃弾が──」

 

「心配しないで下さい。この女性はスポーツマンです。腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回、ランニング10kmを3年間やったお陰で強靭的な肉体を手に入れた訳ですから」

 

「ちょっと!それで通用するの!」

 

長谷川は丁寧に説明していたが、陸奥は小声で非難がましく抗議した

 

こんなデタラメな説明を納得する者が……

 

「そうか。オリンピックで金メダル頑張ってくれ」

 

「何で信じるの!疑問に思わないの!」

 

何と老人は信じたのだ。そして、ヒグマが逃げたであろう方向へ足を運んだ

 

「パパ、あの人、大丈夫?」

 

「パニクっているのは間違いない」

 

老人を見送りながら怜人と優子は気の毒そうな目を送っていた

 

 恐らく、老人が撃った弾は熊ではなく、陸奥に命中したのだろう。そのお陰で爆発した原因になったのかは不明である

 

 しかし、これでは老人は陸奥に銃を向けて発砲したことになる。普通の人なら最悪、死んでいるのだろうが、陸奥はライフルの銃弾どころか大爆発にも耐えられたのだ

 

普通の人なら驚くだろう

 

だが、老人は違っていた

 

(ワシは人を殺していない。発砲していない。絶対に発砲していない。たから、警察沙汰にはならない……)

 

 老人は心の中で兎に角、自分は逮捕されないと暗示をかけているのだ。それもそのはずで銃所持免許も持っているからと言って何処でも銃を持ち歩いたり、自由に撃てる訳でもない

 

違反すれば犯罪である。怜人も陸奥の艤装に頭を悩ませたのもそれである

 

「あの人、大丈夫?夢遊病のようにフラフラと森に入ったけど」

 

「でも、むっちゃん!ライフルの弾どころか爆発に耐えれるなんて!凄い能力よ!」

 

優子は老人のハンターには目を暮れずに、陸奥の能力に興奮していた

 

まさか、ここまで頑丈とは思わなかったのだ

 

「パパ、むっちゃんは不死身なの?」

 

「……不思議な事だが、死ななくてよかった」

 

怜人もヒグマとやり合っただけでなく、爆発もライフル弾も耐えた陸奥に驚きを隠せなかった。まるで、ヒーロー番組に出てくるような能力だ

 

「戦艦ってあんなに頑丈なのか?戦艦大和だったっけ?簡単に沈みそうな気がするが」

 

「先輩、大和の悪口を言うのはそこまでです」

 

 本当は長谷川は戦艦大和について語ろうとしたが、止めておいた。素人に軍事なんて分かるわけがない

 

その後、一行は主砲の射撃を何回かした後に帰った

 

許可はあるものの、余りにも沢山の爆発をすれば怪しまれる

 

 余談ではあるが、ばったりと遭遇したヒグマは後に警察と猟友会によって捕獲されたらしい

 

 

 

採石跡地から射撃実験を行い、いそいで家に戻った日の夜

 

「君の砲塔爆発は装填不十分。簡単に言えば、暴発だ」

 

「だから、私は爆発したのね」

 

 陸奥は気を落としながら怜人の話を聞いていた。帰宅後、妖精と怜人は直ちに検査をした。但し、怜人は機械工学など工学系を専攻していなかったため、妖精が艤装の修理点検をする事に成った

 

怜人は陸奥の身体の容態を検査していたが、異常は見られなかった

 

「気分はどう?」

 

「平気よ」

 

「痛みはやしびれは?若しくは運動障害は?」

 

「ないわ。寧ろ、死んだかと思ったわ」

 

陸奥は怜人の質問に淡々と答えていた。今は医者と患者の診察のようなやり取りだった

 

「今の気分は?」

 

「問題は無い。ねえ、何で私は死んでいないの?少なくとも手足は吹っ飛んでいたのに?」

 

 陸奥は疑問を口にした。普通なら死んでいる。生きたとしても手足は吹っ飛んでいるはずである

 

「奇跡なのだろう。若しくは見た目だけで爆発の破壊力はそこまで高くないのか」

 

「科学者なのに、運に頼るの?」

 

 陸奥はからかうように質問した。とても、怜人の今までの言い方と違っていたからだ。確かに医学や遺伝子工学など学んだ人とは思えない回答だったからだ

 

「運も人生の一つだ。こればかりではどうしようもない」

 

怜人は肩をすくめた。実際に怜人が賢者の石にたどり着いたのも奇跡に等しかった

 

執念で産み出されたものなのか?それとも奇跡的の産物なのか?

 

しかし、陸奥は現実に存在する

 

「今はどんな感じ?」

 

「お腹空いたわ」

 

帰ってから何も食べていなかった。

 

「では、食事にするか。大食いがいるから沢山作らないとな」

 

「私と優子ちゃんがいつも作っているでしょ」

 

「……まあ、料理の腕は負けるがな」

 

怜人は苦笑いした。彼は料理は出来ないことはないが、そんなに上手くない

 

 

 

夕食の料理を作り、食卓に並べ食べようとした時、玄関のチャイムが鳴った

 

長谷川はとっくに帰ってるし、突然家に押し寄せて来るとは考えられない

 

押し売りか、それとも学校の先生か?

 

怜人は、何気なくインターホンの受話器を取り上げたが、聞こえてきたのは何と石塚だった

 

「もしもし!ちょっと聞いていい!」

 

「お、お前……」

 

怜人は受話器を置くと慌てて玄関に向かう。もしかして、騒ぎに駆けつけたのか?

 

前の犯人に襲われた時か?

 

鍵を解錠し、ドアを開けるとそこには鬼の形相をした石塚と人型ロボットであるリリがいた

 

怜人の姿をみるなり、彼女は怜人の胸ぐらを掴むと問い詰めた

 

「貴方は何をしたの!突進してくる車を受け止めたり、ヒグマとやりあう怪人を何で作ったの!?どういうつもり!私の姉を怪物にするなんて!」

 

「落ち着け!姉を怪物にしていない!」

 

「冗談言わないで!精神病院で再逮捕された人が入院していると聞いて調べたの!警察も医者も鼻で笑っていたけど、私は分かった!何を作ったかは!」

 

 石塚は怒り狂っていた。どうやら、妻を殺した犯人が出所して事故を起こしたというニュースを聞いて駆けつけたらしい。しかも、ヒグマの件は、昼間に起こった出来事だ。もう、聞き付けたのか?

 

「落ち着け!いいか、僕はしていない。今は止めている」

 

「じゃあ、何を作ったの!ロボット?それとも、サイボーグ?突進する車を受け止める人は、この世にいない!」

 

石塚は聞く耳を持たず、怜人を問い詰めていた。騒ぎを聞いた優子も陸奥も駆けつけたのだ

 

陸奥の姿を見てリリは気づいたのだろう。そして、石塚に忠告した

 

「美恵子様、怜人はウソをついていません。姉を蘇らせていないようです」

 

「え?」

 

石塚は一瞬、固まったが、恐る恐るリリに顔を向けた

 

「じゃ、誰なの!?」

 

「あの人です。データベースにアクセス。──該当者なし」

 

 リリは淡々と陸奥をしっかりと見ながら解析している。このロボットはここまでの能力があるのか?

 

「精神病院にいる患者の証言と特徴が一致しています。間違いないです」

 

石塚は怜人の胸ぐらを掴んでいる手を離すと陸奥に近づいた。

 

陸奥は僅かに下がったが、石塚はそれよりも早く陸奥の顔を触った

 

「リリ、これは何?」

 

「人間です。生体反応があります」

 

石塚は唖然としていた。この人は誰だ?

 

「あ、あの……いいかしら……私は陸奥よ」

 

陸奥は挨拶したが、石塚は凍りついたままだ

 

 

 

「それで、教えてくれる?」

 

 石塚は怜人を連れて誰もいない部屋に入ると、質問した。陸奥達は夕食を取ることにした。リリも一緒である

 

「分かった。全部、話す」

 

怜人は観念した。ここでウソをついても意味がない

 

怜人は今までの経緯を説明した。賢者の石やホムンクルス伝説、G元素、陸奥鉄、そして艦娘である陸奥のこと

 

「勿論、誰にも言っていない。警察があの犯人の証言を信じなくて良かった」

 

「ええ。どうでもいい。問題はあの陸奥という艦娘よ。貴方は陸奥の乗組員ではなくて、未知の生命体を産んだ?」

 

「わかっている。どういうことなのか。数式も石も再検査したが、異常なかった。伝説と違う。どういうことだか、僕にも分からない」

 

 怜人は思い付いた事を再調査した。普通なら病院の施設や実験施設が使えれば数時間で分かるのだが、ここでは無理である。購入した機器も最低限のものでしかない

 

つまり、怜人は経験を便りに研究しているのだ。だが、どうしても分からない

 

古代人は何を思って賢者の石を作ったのだろう?

 

「文献も調べた。だが、陸奥に近いような存在はない。過大評価したのか?それとも──」

 

「古代人は、賢者の石の力を恐れて後世に伝わらないよう記さなかった、とか?」

 

 怜人は思いつく限りの事を述べたが、石塚は呆れるように遮った。妻を蘇らせるための試験テストとして戦艦陸奥の乗組員を蘇生するはずが、まさか陸奥に命を吹き込むとは夢にも思わなかっただろう

 

「爆発原因も覚えていない。乗組員ではないのは確かだ」

 

「その前に当時の旧日本軍に女性がいる事自体、凄い事よ」

 

 石塚は指摘すると話を切り上げた。兎に角、彼はもう妻を蘇生する研究なんてしないだろう。陸奥について調べると言うことだった

 

「それはそうと、彼女はクローン人間ではないのは分かったけど……どうするつもり?」

 

「というと?」

 

「惚けないで!陸奥は化け物なんて言わないけど、完全に医学倫理に問われるものよ!」

 

 石塚は指摘した。人工的に人を創る事は倫理に反する。クローン人間ですら、技術は確立されているが、つくる事は禁じられている

 

しかし、実際に誕生した時の人権を云々する事は出来ない

 

 これは大変デリケートな問題を含む。これはいわゆる医学倫理の問題として、現代では解決されていない。人類全体の大きな問題でもあり、宗教ですらこの問題を解決していない。いや、永遠に解決出来ないだろう

 

 だが、怜人はそれを破った。石塚は古代人も現実逃避という形で詳細を残さなかったのではないか?と思うようになった

 

「G元素は会社の所有物よ。もし、陸奥の存在がばれたら会社は、陸奥を奪いに来るわ」

 

「そうだな。また、脅迫材料を探さないといけないな」

 

「……そういう所はまだ衰えていないのね」

 

 石塚は呆れ果てていた。人の弱みを握って交渉を持ち掛ける。仮に命を狙われてもそれを跳ね除ける事も出来る

 

「兎に角、まだ1人だ。誕生は人と異なるが、陸奥は超人ではない。まあ、少し力強い所はあるが」

 

「ギネスブックに載るような種族を生み出しても何とも思わない人がよく言うわ」

 

 石塚は怜人が恐れないのは結局はオカルトマニアである長谷川の存在が大きかったのだろうと思った。実際に彼は目を輝かせていたが

 

 しかし、多数のSF作家はクローン人間をテーマとした作品を造り上げているが、結論は出ていない

 

「心配するな。あの未知の生命体だって無害なんだろ?」

 

「そうね」

 

 怜人も石塚も内心は違っていた。実は、未知の生命体の進化は凄まじいものだった。多様に変化しているにも拘わらず、食事の量は一定だった

 

 あれだけ進化するのであれば、エネルギーは大量に必要のはず?G元素の影響なのか?

 

「まあ、肉食ではないのだから問題はないだろう。アメリカ映画にあったラプトルのように賢くて群れで襲うことも無い。進化して大きくなり、口から放射熱線を吐く訳でもない」

 

「だといいけど」

 

 不安は無いと言えば嘘になる。だが、未知の生命体は、新たな発見はあるものの、危険ではない事も事実なのだ

 

 

 

 一方で、食卓では2人の女性は楽しんでいた。陸奥は待った方がいいと提案したが、優子は先に食べるよう言った

 

2人は元々、仕事仲間だ。話し合いが長引いた事も一度や二度ではない。折角の料理も冷めてしまう

 

 今晩の夕食はビーフシチューだった。陸奥が挑戦したいと言って来たためだ。シチューの材料も駅前のスーパーから買って来て、陸奥は優子と協力して料理を造ったのだ。怜人も手伝いいつの間にか豪勢なディナーになっていた

 

 本来ならここまでやるつもりはないが、成り行きだろう。そんな時に石塚がやって来たのだから最悪のタイミングだろう

 

「貴方は食べないの?」

 

「私はロボットですから食べる必要はありません」

 

「ふ~ん。人の手で作られたのに、食べないなんて」

 

 陸奥は不思議そうにリリを眺めながら観察していた。人型ロボットを見るのは初めてである。しかも、機械で出来ているのだ

 

「本当に機械なの?魔法では無くて?」

 

「まさか、確立したロボット技術よ」

 

 陸奥の疑問に優子は、苦笑いした。確かに喋れるロボットを過去の人が見たら仰天するだろう。「高度に発達した科学は魔術と見分けがつかない」とは正にこれのことである。尤も、賢者の石や妖精伝説が実在したことにも驚いてはいるが

 

「それよりも遅いわね。別の日に話せばいいのに」

 

「博士は貴方の存在に困惑しています」

 

「やっぱり私の事」

 

 リリに指摘されて陸奥は心の中でやっぱりと呟いた。自分は普通の人間とは違う方法で誕生したのだ

 

「私でも分からない。いえ、記憶が曖昧なの。瀬戸内海沖合で爆沈されて……そして気付いたらここにいた」

 

「そういうことではありません。貴方の存在は、生物学的にはあり得ない事です」

 

「お姉さんも分からないわ。自分の存在なんて。今も奇妙な感じだわ」

 

 陸奥は自分の手を見つめながら呟いた。軍艦だった自分が肉体をもって生きている。これだけでも驚きだ

 

機械技術と人工知能の発達で生まれたロボットとは訳が違う

 

「貴方から見たら私は何?」

 

「未知の方法によって生まれた人間でしょう」

 

「それだけ?兵器とか人の姿をした化け物とか」

 

「そういう非科学的や誹謗中傷な見解はありませんし、兵器の類いでもないです」

 

 素っ気なく言うロボットに陸奥は苦笑いした。リリの事は優子から聞かされていたが、返ってくる返事は客観的な意見である

 

「人以上の能力を持った人間がいても何も思わないの?」

 

「受精卵の段階で遺伝子操作を行い、知力や体力を向上させるデザイナーベイビーが存在します。海外の一部では既に行っています」

 

「そう……」

 

 陸奥はあの日を思い出した。怜人は自分が知力向上のために作られたデザイナーベイビーであると告白した

 

……親の望み通りに遺伝子操作してもいいのだろうか?

 

「分かったわ。私も生まれたばかりだから」

 

陸奥は話を切り上げた。いつまでも悩んでも仕方ない。自分は副産物で生まれた者だから

 

そうしている内に廊下から2人の姿を現した。怜人と石塚である

 

 話終えたらしいが、怜人は罰が悪そうにしており、石塚に限っては素っ気ない感じである

 

「家まで送っていこうか?」

 

「結構よ。私は海外出張へ行くのだから」

 

「海外だと?」

 

 陸奥が進めるよりも早く、石塚は淡々と話す。しかも、出張と聞いて怜人は驚いたのだ

 

「例の元素と未知の生命体。共同研究という形で行くの」

 

「法に触れるから海外へ、という訳か?」

 

「あの生き物。無機物をとり込んでは自分のものにしている。しかも、進化の段階が早い」

 

怜人は冷ややかに言ったが、石塚は突拍子の無い事を言ったのだ

 

「未知の生命体は、水圧の高い所にも適応しているし、知能も高い個体もいる。それに過激な環境団体がテロの声明を発表したの。未知の生物が外に逃げたら大変な事に成る」

 

「それは考え過ぎだ」

 

 怜人は呆れていた。陸奥が危険でない事くらい分かる。艤装や陸奥の能力を見れば確かに危険だが、陸奥は犯罪者でも何でもない。それに、陸奥自身も物事くらい理解している

 

「誰も陸奥が危険とは言っていないわ。だけど、他の人から聞いたらどう見えると思う?」

 

「酒飲んで腹割って話し合えば仲良くなれるのではないか?市民団体だって外国の軍隊が日本に攻めて来ても、そうやれば抑止力になれると話題になっただろ?」

 

「……いいわ。好きにして」

 

石塚は議論を止めた。これ以上、何を言っても無駄だろう

 

以前に比べてはマシではあるが

 

 

 

 翌日、一行は石塚とリリを見送るために空港へ行った。と言っても、リリは貨物輸送で先に送られたらしい。陸奥は旅客機に興味があるらしく、目を輝かせていた

 

「ジェットエンジン……そんなものが見れるなんて」

 

「ネットで教えたじゃない?」

 

「実物で見るのは初めてよ」

 

 優子と陸奥が空港から見える旅客機を眺めながら話している間、怜人と石塚は真剣に話している

 

「いい。多分、三浦会社は陸奥について言及する」

 

「その時はその時だ。問題はない」

 

石塚は訝しげに怜人を見た。何か、策でもあるのだろうか?

 

賢者の石はもうないはずだが

 

そして、石塚は陸奥と優子に向かった。この時の彼女は笑顔だった

 

「では、行ってくるね」

 

「いってらっしゃい」

 

優子は手を振った。いつ会えるのだろうか?

 

「確かに貴方の存在には驚いた。これから、どうする気?」

 

「分かりません。まだ、何をすればいいのか……」

 

 陸奥は戸惑いながら答えた。自分の人生なんて考えて来なかった。迷っている陸奥に石塚はハグをした。欧米風にやりたいのだろう

 

しかし……

 

「気を付けてね。貴方よりも彼の方が危ないわ」

 

 どうやら、陸奥に対して警告をしたいらしく、怜人に聞こえないように囁き声で言ったのだ。陸奥は驚いたが、石塚は既に陸奥から離れていた

 

陸奥は、困惑しながらも保安検査へ向かう石塚を見送っていた

 

 

*1
勿論、実際はこんな事は出来ない。そこは、創作と言う事で




陸奥は柳田が何かやらかすかも知れないという警告を受けるが……?


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第3章 不穏な空気
第11話 陸奥記念館


秋刀魚だけでなく、鰯も釣るのか……


 ある日、怜人は会社から呼び出された。まだ、契約は有効なのだから応じない訳にもいかない

 

会社の建物に入り、会社員がヒソヒソ話をしている中、怜人は平然として社長室へ向かった

 

「下がっていいぞ」

 

社長室まで案内した案内人は部屋から出ていくと、三浦社長はいきなり問い正した

 

「賢者の石はまだあるのか?」

 

「何の話です?」

 

「では、ヒントをやろう。会社が保有しているG元素は、実は歴史の影に隠れていたと。伝説を使って死者を蘇らせようとしたが、失敗し別のを創った」

 

三浦社長は、無表情で指摘した。ヒントというより、簡潔明瞭な質問である

 

「軍艦に命を吹き込んだらしいな」

 

三浦社長は数枚の用紙と写真を投げて渡した

 

それは自分が書いた研究論文と陸奥の写真だ。誰かが後をつけたのか? 

 

「知りませんね」

 

「採石跡地の件を追及したら長谷川は白状した」

 

「オカルトマニアの言葉を信じるのですか?」

 

「数日前まで、は信じなかったのだがね。素手でヒグマとやり合う女性も驚いた」

 

既に知られたらしい。あのハンターなのか? 

 

いや、ニュースにもなっていないし、ネットにも陸奥に関することも無かった

 

つまり、見張られていたのだ。どうやったかは知らないが、スパイでも送り込んだのか? それとも、病院のMRIを使った事で足取りを掴んだのか? 

 

怜人の困惑に三浦社長はニヤリとした

 

「有能にとって絶望は不可能を可能にする力がある。伝説を使って人体生成とはな。中々の感動的なストーリーだが、問題がある。世間に知られたらどんな事になる?」

 

「知られないようにする」

 

「石塚も知ってしまったし、下園というフリージャーナリストが君をしつこく調べているぞ。情報社会が発達した世界で、そんな事が出来ると思っているのか? 捏造記事が出回ったら直ぐにバレる時代だぞ」

 

三浦社長の指摘に怜人は、黙り込んでしまった。尤も、スマホや動画、そしてSNSの隆盛がある時代で完全に秘密は難しい

 

 

 

「それで、何が言いたいのですか?」

 

「賢者の石のデータを渡して欲しい。G元素は会社と国の所有物だ。研究成果を会社に提出するのが、君の仕事だろう」

 

三浦社長は手を差し出し、渡すようよう要求した

 

「はぁ……分かりました。そう思ってUSBメモリーにありますよ」

 

「随分と素直だな」

 

怜人はUSBメモリーをポケットから差し出したが、三浦社長が手をとる前に怜人はUSBメモリーを引っ込めた

 

「条件がある。陸奥には手を出すな」

 

「良いだろう。こっちは、賢者の石のデータがあればいいのだからな」

 

 どうやら、陸奥には興味ないらしい。国防には興味ないのか。はたまた、大した事はないと判断しているのか

 

しかし、次の言葉で怜人は凍り付いた

 

「よく考えて見たまえ。誰が大金を出して難病を救う人がいると? 募金で集まるか? 馬鹿らしい。多額の借金をして苦しむのがオチだ」

 

「ただの会社ではないのか?」

 

「私は、防衛省やペンタゴンの発注に応じているだけだ。戦争に勝つための手段は何か? ただ、無闇に部隊を送って神に祈れば勝てると思っているのか? いいや、訓練された精鋭部隊が重要になる。その精鋭部隊に死傷者が出れば、任務に支障が生じる。兵士がその場ですぐ、自力で回復できるような技術は必要不可欠だ」

 

「医療技術を軍事転用させる気か?」

 

「何を今更? そんな事は遥か昔からあったじゃないか? 君も知っているはずだ。軍事医学を学んだはずだ*1

 

三浦社長の言葉に怜人は何も言い返せない。軍事医学も昔からあった

 

「もう一度聞くが、陸奥に手を出さない保証は?」

 

「ああ。無人機やステルス戦闘機などハイテク兵器が存在する中、骨董品の兵器が何の役に立つ? 親友の海将補に聞いたが、不要と言われた」

 

「酷評ですね」

 

「熊とやり合うのは面白かったが、そんな馬鹿力があっても何の役にも立たないし、無力化する方法だってある。一騎当千は軍事においてあり得ないんだよ」

 

三浦社長はニヤニヤと笑っていたが、怜人は口を挟まずに聞いていた。どうやら、軍事の知識をそれなりに知っているらしい。親友に海将補……癒着か? 

 

 

 

 しかし、ここは怜人が首を突っ込む事案ではない。兎に角、陸奥に危機は及ばないと判断すると怜人は一瞥して扉を向かう途中、三浦社長に呼び止められた

 

「安らぎは得られたか?」

 

「そういう事にしておいておく」

 

怜人は一瞬固まったが、生返事をして今度こそ出て行った。

 

 

 

「渡したのか?賢者の石のデータを?」

 

怜人が自宅に帰ると、直ぐに長谷川を呼んで今の事を伝えた。陸奥も驚いていた

 

「大丈夫なの?」

 

「今のところは心配しなくていい。G元素から賢者の石を作るのも一苦労だ。それに、量産できない。G元素は小惑星にあるからな。次の探査機打ち上げてからもって帰るまで時間がかかる」

 

 陸奥は心配したが、怜人は否定した。確かにNASAとJAXAなどは躍起になって探査機を打ち上げようとしている

 

「賢者の石は何をもたらすのか分からない。人工的に人を作る事が分かったら」

 

「クローン人間は法律で禁止されている。だが今後、修正されるだろう」

 

「だけど、悪用されないか? 軍事用とか臓器移植用とか。戦うだけに生み出された多数のクローンを生まされた、というようなSF超大作の映画のように」

 

長谷川は指摘した。今のクローン技術でも議論を巻き起こしている

 

「面白い設定だが、現段階ではそれはない」

 

「どうして?」

 

きっぱりと否定する怜人に陸奥は質問した。なぜ、乱用しないと言い切れるのか? 

 

「クローン技術については一度教えたが、哺乳類を含めたクローン動物は、次々に造られている。だが、人間だけには法律からも禁止されている。その理由は、その扱いに対する意識から来る道徳観念だ」

 

「それだけで防げるの?」

 

「残念だが、これは扱う人次第だ。クローン人間は作ろうと思えば作れる。どこの国が作っていたとしてもおかしくはない。尤も、作る理由なんて大した理由なんてないと思う」

 

怜人の指摘に陸奥は黙ってしまった。怜人もだが、怜人の親の件が大きい

 

「無機物に命を与える技術なんて、会社にとっては要らないのだろう」

 

「本当に大丈夫? 私の能力を狙う者もいるはず」

 

陸奥は不安だった。自分に関わる事だからである。もし、公になったらどうなるのか? 

 

(馬鹿力はいらない……か)

 

一方、怜人は三浦社長の言葉を思い出しながら呆れ果てていた。恐らく、陸奥の主砲の威力が、アダとなったらしい。確かに41cm主砲は威力が高すぎる。対空機銃もあるが、精密射撃が出来る程の能力なんてない

 

 軍事についてはよく分からないが、確か如何に味方の損失を抑えながら敵を倒すかである。コンピュータを搭載せず精密射撃が出来ない陸奥は役に立たないと判断したのだろう

 

 

 

「心配しなくてもそれはない。話はこれで終わりだ……ところで陸奥。海へ行きたくはないか?」

 

「え?」

 

話を振られた陸奥は面食らった。なぜ、海に行くのだろう? 

 

「艤装がどのように作用するか見たい。海で航行できると言ったのは君自身だ」

 

「確かにそうよ」

 

陸奥は困惑した。確かに艦の記憶では海に浮かんでいたのは覚えている

 

しかし、人として生まれ海を航行したことは一度もない

 

採石跡地で主砲射撃しただけである

 

「来週、行こう。人目を避けるために山口県へ向かう」

 

「どうして山口県なの?」

 

陸奥は疑問に思った。なぜ、わざわざ遠くまでいく必要があるのか? 

 

「見てからのお楽しみだ」

 

 

 

一週間後

 

陸奥の航行試験をする前日、一行はあるところへ向かった。といっても、山口県へ車で走らせている

 

地方へ向かっているため、あんなに多かった車は次第に数を減らし、建物も少なくなった

 

怜人にどこへいくのか聞いたが、彼ははぐらかしている。優子もだ。何なのだろう? 

 

怜人は好きな音楽を車内に流しながら高速道路を降り、国道を走らせる。そして、橋がかかっている島へ車を走らせる事に流石に陸奥も心配した

 

「ねえ、本当に道はあっている?」

 

「あっている。一度、いったことはあるから。中学の修学旅行に」

 

怜人は自信満々だが、陸奥は不安しかなかった。周りは数件の一軒家と田んぼばかり

 

「着いたぞ」

 

車に乗ってからどれくらい経ったのだろうか? ある駐車場に止まったのだ。陸奥は分からなかった。なぜ、こんな所に車を止めたのか? 周りは建物がほとんどない

 

しかし、車を降り辺りを見渡したとき、あるものに目が入った

 

「こ、これは?」

 

「見覚えはあるだろう。それとも、懐かしいか?」

 

「デートに誘う場所ではないわ。でも、懐かしい」

 

 陸奥はあるものを見つめていた。それは艦だった時についていた右舷錨と錨鎖だった。見覚えがある。いや、嘗ては自分のものだったものだ

 

 そして、その背後にある建物に目をやると急に目頭が熱くなった。それもそのはず。ここへ連れて来るはずだ

 

『陸奥記念館』

 

そう書かれていた

 

「長谷川から聞いた。戦後、引き上げられ陸奥の沈んだ近くの島に記念館が建てられたのを知ってな*2

 

「ええ」

 

陸奥は歩こうとしたが、なぜか動けない。自分がなぜ金縛りにあったのか

 

「え?」

 

 陸奥はその理由が分かった。足が微かに震えていた。そう、ここに入るのが急に怖くなったのだ。怜人も察したのか、優しく言った

 

「大丈夫だ。お前の恨みつらみなんて書かれてない」

 

「そう……ね」

 

陸奥は迷ったが、思い切って前へ進んだ

 

 

 

 場所が場所なだけに人はほとんどいない。しかし、展示品は多くあった。怜人の話だとサルベージによって7割近くも引き揚げられたらしい

 

 そして、数々の戦艦だった頃の陸奥の写真と乗組員の遺品。当時の船室のイメージモデルもある

 

「ちょっと違うような気がする」

 

「そこは突っ込むな。失われたものだ」

 

 陸奥の指摘に怜人は小声で言った。戦艦は当時では海軍の主力艦だった。だが、航空機の発達により戦艦の存在意義が失い始めて来た。陸奥も実戦経験はほとんどなかった

 

「これがむっちゃんの本当の姿?」

 

展示物を見回っている最中、優子は戦艦陸奥の模型に指を指しながら聞いた

 

「ええ、でもこれは改装前の姿ね」

 

「写真もあるぞ。いい姿だ」

 

「複雑ね。まさか、こんな形で見ることになるなんて」

 

 陸奥も模型と白黒写真を眺めながら答えた。そこには、かつて軍艦だった頃の写真がいくつも掛けられている

 

『ワシントン軍縮条約では未完成の艦は廃棄という条件があったため、戦艦陸奥は急いで完成させました』

 

 説明文を読んでいた陸奥は、苦笑した。もし、大日本帝国海軍が気が変わっていれば解体されていたかも知れない

 

「あんな風に撃っていたのか?」

 

「演習中の時ね。覚えているわ。でも、実戦ではほとんど撃たなかったわ」

 

 陸奥は遠い目で主砲が発射した瞬間の写真を見ていた。自慢の主砲はこの時しか撃っていない

 

この時代でも、撃たず仕舞いだ。ただでさえ、誤魔化しているのだから

 

「むっちゃん、これはお仲間」

 

「ええ……そうよ」

 

優子が見ていたのは、他の軍艦の写真である

 

赤城、大和、高雄、隼鷹……

 

そして

 

「長門……」

 

陸奥はある写真を目にした時、不意に呟いた。それは一番艦である戦艦長門の写真がかけられていた

 

「一番艦だな? つまり、姉に当たるのか?」

 

「ええ、そうよ……でも……」

 

「確か米軍の核実験の標的艦にされたんだってな。他の軍艦もあったらしいが」

 

陸奥は目を伏せ、静かに頷いた。優子から既に戦艦長門の艦歴は聞いている

 

戦艦長門は撃沈はしなかったものの、終戦後、米軍に引き取られ、ビキニ岩礁へ運ばれた

 

そして、核実験の標的艦にされたらしい。今もビキニ岩礁で眠っている

 

「出来れば……行ってみたいわね」

 

「ああ……行けたらな。ビキニ環礁は、人気のダイビングスポットで世界文化遺産になったから難しくもない」

 

戦艦長門は遠い海に沈んでいる。会えるのが難しい事に陸奥は複雑の気分だった

 

その後、一向は記念館を回った。記念館の中だけでなく、外回りもした

 

嘗ては自分に搭載されていた14cm副砲やスクリュー、そして艦首も展示されていた

 

維持されているとはいえ、長い年月がたっているためあちこち錆びている

 

そして……

 

「……っ!!」

 

陸奥はあるものを見た瞬間、心臓が飛び出すほど驚いた

 

「これ……は……」

 

「慰霊碑だ。お前の乗員の墓だ」

 

陸奥は言われなくても分かっていた。だが、現実を見据えないといけない

 

絶対にあるはずである。爆沈で大勢の乗組員が亡くなったことも

 

「そうね。皆……こんなところで眠っているのね」

 

陸奥は平常心を保ちながらも、静かにいった

 

陸奥は慰霊碑の近くまで歩いていく。しかし、身体が中々言うことを聞かない

 

それでも、動かない体を無理矢理動かして移動する

 

二人は陸奥に付いていかない。しかし、陸奥は不満も無かった。これは自分の事だから

 

 

 

「むっちゃん……大丈夫かな?」

 

「大丈夫だ。折角、命を与えたんだ。だから、彼等にも挨拶しないとな」

 

怜人のいう彼等とは、陸奥に乗り込んでいた乗組員のことである

 

「意外ね。ママを蘇らそうと科学者とは思えない」

 

「そうだな。でも、陸奥に言われた。死者は安らかに眠らせる方がいい、と」

 

数日前に陸奥に言われたことだ。亡くなった命は蘇らせない方がいい、と

 

二人は身体を微かに震わせて慰霊碑に手を合わせている陸奥を見守っていた

 

(三好少将……みんな……私は戦艦陸奥よ。会いに来たわ。天国で見守って)

 

陸奥は手を合わせ心の中で呟いた。三好少将とは、陸奥の艦長だった海軍軍人である。また、甲種予科練練習生という訓練兵150名近くが艦隊実習として乗り込んだ。そして、爆発事故に巻き込まれた

 

 

 

「あそこね。私が沈んだ場所は」

 

「静かな場所だったのね」

 

「そうね。景色は今も昔も変わらない」

 

慰霊碑から離れた一行は陸奥が沈んだと思われる方向へ向かった。と言っても案内の看板があったため容易に見つけることができた

 

 野外展示場から見える海の沖約3kmの海の底に陸奥は沈んだらしい

 

「航行試験の時に沈むことはないよな」

 

「冗談言わないで。その時はあなたを怨むわ。天才の科学者なのに、防げなかったって」

 

「そうだな。科学者失格だな」

 

怜人は陸奥の茶化しに苦笑いした。確かに昔のように爆沈してしまっては陸奥に命を吹き込む意味がなくなる

 

「時間もあれだし、そろそろ行くか」

 

「ええ」

 

一行は陸奥記念館から離れた。航行試験は誰にもめがつかない場所で行われた

 

特に問題はなく、アイススケートのように航行出来るらしい

 

怜人は陸奥が忍者なのか、と思うようになった

 

航行試験は問題なく、直ぐに撤収した。誰かに見られたらそれこそ問題だ

 

 

 

「ありがとう。嘗ての乗組員に会わせてくれて」

 

 帰りの車で陸奥はお礼を言った。まさか、あんなところに記念館があるとは思わなかった

 

「江田島や大和ミュージアムでは、むっちゃんの主砲などが展示されているよ」

 

「江田島……そう……」

 

 江田島は昔は海軍士官学校だった場所だ。今は海上自衛隊の幹部候補生学校として使われている

 

(また、機会があればもう一度いきたいわ)

 

 自分が沈んだ付近に建てられた記念館。嘗ての仲間達は事故の事を語らずに眠っている。場所が場所だけに気軽に行ける所ではないが、陸奥にとっては重要な場所でもあった

 

*1
軍事医学は、応急処置や傷病者の輸送や移動など戦争遂行のための任務達成に使われていた。特に外科は戦争とともに発達した

*2
陸奥記念館は山口県周防大島に存在する




艦これのSSにおいて舞台設定を現代にしていると気になる所があります

それは、自分の艦が記念館や人気スポットなどになっている所へ足を運んだかどうか?です

呉鎮守府開庁130周年に参加した際にちょっと気になった点です
大和ミュージアムでは戦艦大和の模型の他に主砲弾や零戦六二型、回天などの模型が展示しています
横断幕や看板のイラスト等で艦娘がいますが、実際に大和ミュージアムのように記念館に立ち寄ったらどういう反応をするのだろうと?と思いこの話にしました
陸奥記念館も過去に一度だけ立ち寄った事があります

記念館や写真など太平洋戦争時の艦だった姿を見た艦娘がどう反応するか、について皆さんはどう思われますか?

次話からは主人公達は、トラブルに巻き込まれていきます
後に章を立てておきます


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第12話 リンフォンと陸奥の悪夢

不漁だからなのか、去年と比べて鰯と秋刀魚の集まりが悪い……
朝霜改二も実装されましたね。加賀と大和の改二は何時だろう?

それはそうと……あらすじの『時雨の特殊任務』と全く無関係ではありません、は嘘でもありません
この話はそれを含めて『艦これ』前日譚ですから


「リンフォン?」

 

「そうそう。ネットで噂になっているあれ! 知らないの?」

 

学校の帰り道、優子は友人はある噂の話を聞いていた

 

何でも奇妙なパズルがあるとの事

 

 

 

ネット掲示板では、ある男女が正三角形を組み合わせた正20面体という完璧に美しい形のパズルを骨董品で見つけたという。完璧な20面体のリンフォンはパズルの形を変えると地獄の門が開くといわれており、ある形をすると、地獄の門に吸い込まれる、とい噂話である

 

「それ、噂話でしょ?」

 

「でも、奇妙なパズル見た人が後を経たないの」

 

「SNSで上げていた人もいたくらい!」

 

「占い師も真っ青になったくらい怖がったという噂よ」

 

優子は疑問だったが、周りの人は信じていた。確かにある掲示板で奇妙な事が書かれている

 

それがリンフォンの噂話だ。長谷川さんなら興味ありそうな話だが

 

「ある男女が骨董品に行ってみつけたって」

 

「でも、学校の近くの骨董店は一軒だけだよ」

 

「行ってみましょう!」

 

話が進むにつれてどういう訳か骨董品へ行く話に繋がった

 

優子も特に気にすることでもないし、今日は部活動は休みだ。帰る時間も早いため結局は同意した

 

 

 

この町にある骨董店は一軒しかない。と言っても、リサイクルショップである。個人が経営する店らしく、漫画やDVD、そして一昔のゲームが並べられていた

 

今ではクレーンゲームやアイスなども売られており、何でも屋である

 

「見つかりそう?」

 

「まあ、いいんじゃない!」

 

一行は早速、並べられている商品を見て回ったが、物がたくさんある。一時間もすれば、皆は他の興味に引き寄せられた

 

「そんな都市伝説を真面目に探す人はいないって」

 

「う~ん。そうねえ」

 

優子の指摘に友人はだんまりした。折角、怖い話のネタになると思ったのだが

 

諦めて帰ろうとクレーンゲームに夢中になっている友達に声を掛けようとした時、友達の一人が手に何かを掴み掲げながら駆け寄ってきた

 

「ねえ、これじゃない!」

 

友達が手に持っていたのは正20面体である。正にネット掲示板の情報通りだった

 

クレーンゲームをした友人も漫画を立ち読みしていた友人も集まり正20面体に目を光らせていた

 

「じゃあ、これをレジに持っていったら店員さんは驚くんじゃない?」

 

「でも、数年前の情報だろ?」

 

「わからないよ。店員の息子かも?」

 

ネット掲示板によると正20面体を見た店員は驚愕し、恐る恐るリンフォンについて語るらしい

 

「で、誰がいくか」

 

「じゃんけんにする?」

 

「面倒よ。私が行くわ」

 

友達はレジに持っていくのを誰にするか相談している所を優子はパズルを取り上げてレジに並ぶ。余りの反応に友達は呆気にとられていた

 

「3500円です」

 

「負けてくれません?」

 

「こちらでは、そういうのは取り扱っていません」

 

優子はわざと値引きするよう言ったが、相手は冷たく返された。3500円で正20面体のパズルは女子高生のお小遣いで買うのには高すぎた

 

キュービックと何も変わらない

 

やはり、噂は所詮、噂だった。レジから離れ友達と合流し、レジ袋から正20面体を取り出した、その時優子は驚いた

 

「ん? この説明書は?」

 

店員がレジ袋に入れたのはパズルでは無かった。チラシかと思いきや、黄ばんだ紙が折り畳んだ状態で入っていた。紙を広げるとそこには、正20面体の絵に「RINFONE(リンフォン)」と書かれており、それが「熊」→「鷹」→「魚」に変形する経緯が絵で描かれていた。

 

「まさか、本当に!」

 

「いやいや、店員の雰囲気作りだって」

 

「で、誰が組み立てるの?」

 

周りはネット掲示板が実在するのかと興奮し、誰が組み立てるのかを議論していた

 

結局、リンフォンを買った優子が組み立てる事になった。お金をだして買ったのは優子なのだから当然の事だろう

 

周りは「本当に地獄の門に引きずられたらどうするんだ?」と茶化していたが、優子は特に気にはしていなかった

 

こういうのは大抵、この噂は作り話であるし、万が一の時はパパか長谷川おじさんに頼めばいい。地獄から怪物が出てもこちらには陸奥がいる

 

特に長谷川はこれには興味を引くはずだ

 

「いいわ。完成したら写真で送るから」

 

別れるときに優子はそのように伝えた。パズルを組み立てると地獄の門が開くなんて半信半疑であった

 

 

 

 

 

 リサイクルショップを出る優子達。その背中が見えなくなるまで店員は宿屋の前に立っていた

 

「あの女子高生が買ったのか?」

 

「はい」

 

「お気の毒だ」

 

 店長は店員からの報告を聞いて満足そうに頷いた。その顔は欠落しているかの様に表情が無い。寧ろ、何かを悪巧みしているかのようだった

 

 

 

「リンフォン? スマートフォンではなくて?」

 

「そっちじゃないよ。ネット掲示板の噂よ」

 

優子は家に帰ると早速、相談したが、父親の反応は予想通りだった

 

いや、彼の場合は賢者の石にたどり着いたのは文献や遺跡など辿ったからこそ手にいれたものである

 

ネット掲示板でしかも、正20面体のようなものが地獄の門を開けるとは到底考えられないものだった。説明書も見せたが、さっぱりだった

 

「確かに押したり引いたりして変形出来るのは凄い。でもなぁ、これが怖い話というのも──」

 

怜人も困っていた。娘が面白いものを買ったというが、怜人から見ればただのガラクタである

 

しかし、陸奥は違っていた

 

「凄いじゃない。動物に変形するなんて変わった玩具ね」

 

「でも、噂だと熊から鷹、そして魚に変えると地獄の門が開くの」

 

「へぇ~、お姉さん、やってみて良いかしら」

 

陸奥はというと完全に興味を引いていた。ここのところ、陸奥は現代の生活に馴染むように励んでいるらしい

 

そのため、こういった玩具にも興味がわいてきた

 

「ところで、何で地獄の門が開くんだ?」

 

「それはね。『RINFONE』を置き換えると『INFERNO(地獄)』になるから」

 

怜人は娘の説明を聞いて呆れていた。つまり、アナグラムである

 

「動物の変形パズルの玩具が、地獄の門の鍵か」

 

怜人はため息をつきながら呟いた。どうしてこんなものが、噂になるのか? 

 

一方、陸奥はあちこち弄っており、組み立てようとする

 

「汚い紙を寄越してくれ。翻訳してみる」

 

「でも、ラテン語は習っていないでしょ?」

 

「大丈夫だ。ラテン語の辞典と教本を買って数時間でマスターするから」

 

「……少しは自重して」

 

折角の怖い話のロマンの設定が、天才によって解読されようとする。これでは、面白味がない

 

余談ではあるが、ネットなどの自動翻訳で通していない。どうしても不自然な文になるからである。まして、ラテン語は日本人から見れば難しい

 

「では、陸奥はパズルを組み立ててくれ。数日前に襲われた熊からだな」

 

「嫌味は止めて」

 

陸奥はそう言い、パズルを眺めていた。とても、不思議な正20面体のパズルである

 

 

 

「もう熊が出来たのか?」

 

「ええ。これでも、手先は器用よ」

 

次の日の夕食には、陸奥は既にパズルを完成させていた。4つ足で少し首を上げた、熊の形になったリンフォンを見せていた

 

優子も驚いていた。時間がかかるかと思ったからである

 

「どうせ、妖精の力を借りたんだろ?」

 

「それが、そうでもないの。中身はなんなのか気になって、妖精の力で開けようとしたの。でも、開かなかったわ」

 

陸奥の意外な言葉に怜人は顔を曇らせた

 

妖精の力は幻想的なものである。限定的ではあるが、妖精の力は魔法のように壊れた機械を直す

 

陸奥の艤装も妖精は直した。体が小さいお陰で怜人よりも精密な作業をなってくれる

 

そんな妖精が、リンフォンを分解出来ない? 出来てもおかしくないのだが? 

 

「そうなんだ。それで、パパの方は?」

 

「あ、ああ。ラテン語は大体はマスターした。だが、それ以前にあの紙が気になっていてね」

 

優子が話を振ってきたので、怜人は正直に答えた

 

「気になるって?」

 

「文章から見て古い文献を写したようにも見える。英語の所はラテン語を翻訳したらしい」

 

「それだけ?」

 

怜人は娘が期待しているような目でみていたが、怜人は首を振った

 

「どうだろうな。年代測定出来るものがあれば分かるのだが」

 

「どういう意味?」

 

陸奥も身を乗り出した。リンフォンに興味を示した陸奥にとっては、貴重な情報だった

 

「ラテン語は難しいんだ。しかも、中世ラテン語で書いてある。英語に比べて難しいのに。僕の専門分野でもないんだ。まだ30%しか直訳出来ていない」

 

怜人は愚痴を溢していたが、陸奥と優子は唖然としていた。ラテン語は日本人にとっては計り知れないほど難易度が高いとされている。現在でもバチカン市国では公用語として使われているという

 

怜人はそれをマスターしたのか? いや、まだ基礎あたりだ。流石に苦労はしているのだろう

 

「何だ、二人ともそんな目で見て」

 

「ラテン語を教えて。むっちゃんも習いたいって」

 

「おい、冗談はいうな。僕はラテン語の教師では無い。明日、学校だろ。早く食べて宿題して寝ろ」

 

怜人は会話を切り上げて食事をした

 

「パパが教壇の前に立って授業するよりも、実験をよくやるの。理論よりも実験と経験を積み重ねた方が身に付くって」

 

「あらあら、私に教えてもいいのに」

 

優子と陸奥はヒソヒソと話していた

 

 

 

「出来たわ。よく出来ているわね。今の玩具はこんなに凄いの?」

 

「私も初めて見る。誰が見ても鷹よ」

 

夜9時辺りには陸奥は、鷹を完成させた。精巧な造りであり、本当に羽ばたいて飛んでいきそうな錯覚に陥るほどだ

 

「最後は魚ね」

 

「気を付けてね。オカルトは信じないけど、何が起こるか分からない」

 

「あらあら、私は爆発してもピンピンしているのよ。地獄の門も破壊するわ」

 

陸奥は朗らかに答える。艤装は近くにあり、主砲と副砲、そして、対空機銃が一つずつついている

 

こんな狭い家で使うべきではないが、用心に越したことはない。ここで引き金を引いたら、大惨事である。別に大砲に頼らずとも戦艦陸奥の防御力は高い

 

「早速、組み立てるわ」

 

陸奥は慎重にパズルを弄っていった。何が起こるか、二人とも未知数だ

 

ただの噂か、それとも……

 

 

 

『優子ちゃん、リンフォンを手に入れたって!』

 

「そうだ」

 

『直ぐに捨てるべきだ! 地獄の門が開くと3人ともパズルに閉じ込められぞ!』

 

地下の研究所では、怜人はラテン語と英語が書かれた説明書を翻訳していた。そして、8割ほど翻訳が出来たため、一先ず友人の長谷川に電話をした

 

当然、オカルトマニアである長谷川は驚き、捨てるよう言ってきた。怜人はある程度は予想はしていた。ネットで調べたのだ

 

『動物のオブジェをした地獄の門が開かれたら大問題だ!魚まで変形させていないだろうな!』

 

「そんなのは掲示板に書かれた噂話だ。それに映画のネタだろ*1?」

 

『なぜ、そう言いきれる! オカルトだからって無神経過ぎるぞ! いつもやっている、解析とかはしないのか!』

 

「そうだ。だから気になる。今から画像とデータを送る。一旦電話を切るから見てくれ。10分後にまたかける。お前の感想を聞きたい」

 

怜人は電話を一旦切るとラテン語と英語がぎっしりと書かれた黒板を撮った写真とパソコンでデータ解析したファイルを送った

 

数分後、再び長谷川から電話がかかってきたが、電話に出た長谷川の声は困惑していた

 

「あ、あの……これって……」

 

「戸惑うのも無理もない。まさか、量子物理学の数式と設計図が出て来るなんて思っても見なかった」

 

怜人の説明に流石の長谷川も言葉を失っていたらしい。まさか、説明書にそんな事が書かれているとは思わなかったのも無理はない

 

『先輩の言う通り、リンフォンはホラー映画のモデルになったと噂が……』

 

「どうだろう? 逆かも知れないな」

 

『では、地獄の門の正体は──』

 

「ちょっと待て。反応がある」

 

長谷川が言い終わらないうちに怜人は電話を切った。それはあるセンサーが反応したからである

 

「反応はある。しかし、視認できない。まさか、あのリンフォンの原料は。その前に何処にある?」

 

『まさか、本当に地獄の門が』

 

「黙っていろ。一旦、切るぞ」

 

怜人はパソコンを操作しセンサーをフル作動させた。場所はわかるものの、『あれ』が何処にあるのは全く不明である

 

 

 

一方、陸奥は魚に変形させようとあれこれ弄っていた。優子は明日、学校があるからという事で既に寝ている。陸奥はせめて魚だけでもと思い、試行錯誤して変形させていた。と言っても、パズルはほぼ魚の形をしている。しかし、背びれや尾びれがどうしても出ず、困っていた

 

「う~ん。お姉さん分からないわ」

 

陸奥はため息をつきながら、椅子にもたれた

 

流石にずっと弄るのも疲れる。噂であった無線の混線もなかった。優子から借りたスマートフォンも沈黙している。噂だと電話がかかって来て複数の男女のざわめき声が聞こえるという

 

しかし、かかって来る気配が無い。艤装の無線も試したが、入って来るのはラジオだけ

 

「噂は所詮、噂ね」

 

陸奥は欠伸をしながら背伸びした。流石に彼女も疲れた。艤装を外し、天井を見つめる

 

そのため、陸奥はいつの間にか居眠りをしていた。ベットで寝るべきだが、うたた寝してしまったのだ

 

 

 

そして彼女が見た夢は……悪夢だった

 

 

 

いつの間に自分は海の上にいた。海は酷く濁っており、空はどんよりとしていた。遥か遠くの水平線は、黒い何かが近づいてきた

 

「陸奥さん、指示をお願いします」

 

「あらあら、本気なの? 無線のやり取りを聞いてなかった?」

 

陸奥は小柄な女性の問いかけに笑っていたが、それは陸奥の意思ではなかった

 

『何……これ……?』

 

陸奥はまるでテレビを見るかのような感覚に陥った

 

ある女性に乗り移ったのか? しかし、自由に手足どころか口も動かせない

 

そして、周りの女性の集団に陸奥は驚いた。小柄な女性から大人びた女性まで様々だ。しかも、自分と同じく艤装を纏っている。しかし、その全員が絶望に歪んだ顔で空を眺めていた

 

空には黒い、矢じりのような航空機の集団がこちらに迫ってくる

 

そして──

 

 

 

地獄は突然、訪れた

 

沢山のロケットのようなものが、空と海からこちらに向かって来たのだ。余りの速さと正確さに回避出来ず、周りの艦娘は次々と火だるまになる

 

しかし、彼女達は屈しない。遥か遠くにいる敵に向かって砲撃する者もいた

 

だが、目にも止まらない謎の航空機は雷鳴のような轟音を響かせながら、こちらに向かってロケットを発射していく

 

陸奥も数発はやられ、艤装は破壊される

 

「足柄! 皆を連れて逃げて!」

 

陸奥は叫んだが、足柄と呼ばれた艦娘はそれどころではなかった

 

あちこちで水柱と爆発音と悲鳴が鳴り響き、煙と水飛沫が収まるとそこにいた艦娘はいない

 

『ダメ! 皆! 逃げて!』

 

陸奥は叫んだが、その声は届かず。人型や魚のような黒い何かは、ロケットや大砲を発砲して、陸奥達を徹底的に攻撃していた

 

陸奥も自分自身の艤装で応戦していた。41cm主砲が轟き、砲弾を喰らった相手は火だるまになる

 

しかし、多数に無数。陸奥は押し寄せてくる大群に対処出来ず、正体不明の敵に接近され、あっという間に捕まった

 

陸奥は抵抗したが、相手は陸奥を殴り飛ばして拘束した

 

 

 

『そんな、どうして!』

 

陸奥は鎖に縛られているのに、痛みは感じない。しかし、自分の体がボロボロになっているのには、怒りを覚えた

 

陸奥以外にも捕まった艦娘がいる。足柄と呼ばれた艦娘と弓道着を付けたツインテールの艦娘である

 

正体不明の怪物の軍団は、強引に引きづり三人をある人の前に突き出す

 

目の前にいるのはボスだろうか? しかし、この者の姿を見た陸奥は恐怖した。それ女性ではあるが、両手に巨大な艤装を付けており、その砲台も陸奥が持つ主砲よりも大きい

 

そして、左目から青い光を発光させており、こちらを睨んでいる

 

殺気も半端なく陸奥はその者に畏怖した。ボスらしき者は三人を見渡しながらも口を開いた

 

「オ前達ハ何ヲ企ンデイル?」

 

「知らないわ!」

 

目の前にいる陸奥は、怯まず吠えた。あれだけ、やられても闘志は消えないのか? 

 

「ソウカ。答エナケレバ、1人ノ艦娘ガ死ヌダケダ。火力発電所デ何ノ『新型兵器』ヲ開発シテイル?」

 

火力発電所? 新型兵器? 陸奥はボスらしき人が何を言ってるのかわからなかった

 

しかし、ツインテールである女性は、意外な答えをしたのだ

 

「いいわ……私を殺して。翔鶴姉の……所へ行かせて……」

 

「ソウカ。瑞鶴、貴様ヲアノ世ニ送ル」

 

瑞鶴と呼ばれた艦娘は、砲を向けられても無表情だった。まるで、死ぬのを受け入れているかのようだ。そして、砲弾が発射され爆炎に巻き込まれても悲痛な叫びすら上げなかった。爆炎と水しぶきが収まると、海面にはボロボロになった矢が数本浮かんでいるだけだった

 

「サテ、次ハ誰ダ?」

 

ボスの問いに陸奥は怒りを感じた。まるで、虫を殺すような感覚で殺している。命を弄んでいる怜人もだが、殺人までは行わない。しかし、目の前にいる人物は、罪悪感すら感じない。怜人の妻を殺した犯人グループ……いや、それ以上の悪を感じる

 

「沢山の命を奪っても平気なの?」

 

足柄は抗議したが、相手はだんまりしている。いや、そうではない。通信が入ったらしい。インカムでも持っているのか、右手を耳に当てている

 

微かであるが、通信の内容が辛うじて聞こえる

 

「結衣、火力発電所から熱源反応がある。奴は何かをしている。そいつらは後回しにしろ」

 

「どうでもいいでしょう。核兵器でも死なない私に急ぐ必要がある?」

 

相手は無線を切ったが、足柄は唖然としていた。当然だ。今まで怨念の声が、通信する時だけは普通の人間の声だったのだから

 

「ど、どういう事?」

 

「知ル必要ハナイ」

 

結衣と呼ばれたボスは、足柄を撃ちぬいた。陸奥は恐怖を感じた。相手は何者だ? 

 

しかし、相手は陸奥の疑問を他所に、両手に持っていた艤装を置くと、右手で陸奥の首を掴む

 

陸奥は抵抗するが、相手の腕を振りほどけない。それどころか、片手で陸奥の身体を持ち上げたのだ

 

「オ前ハ血ヲ流セルノカ? イヤ、血ハ流レテイナイナ。兵器ダカラナ!」

 

結衣と呼ばれた者は左手を刀に変えると陸奥の身体に突き刺した! 

 

「きゃあぁぁぁ──!」

 

陸奥は悲鳴を上げた。さっきまでは痛みを感じなかったのに、刺された途端、胸を貫いた痛みが、全身を駆け巡った

 

 

 

「はっ!」

 

陸奥は机から飛び上がった。真っ先に目に入っていたのは、見覚えのある場所だ。柳田家のリビングだ。時計は2時を指しており、自分自身はいつの間にか、うたた寝をしていたらしい

 

「今のは? 夢?」

 

不思議と自分は落ち着いていた。変な夢を見ても平常心を保てていたのが不思議だった

 

その時だった

 

 

 

「陸奥! 陸奥!」

 

突如、眩いが発生し、部屋の明かりはまるで昼間のようになっていた。余りの眩しさに陸奥は片手で顔を覆ったが、薄目を開けて声のする方向へ向けた

 

光の中に誰かが居た。まるで、トンネルの中を無理矢理入って出て来た感じだ。その女性は、腰まであるロングストレートの黒髪と真紅の瞳をしており、陸奥と同じヘッドギアをつけていた

 

その者は片手を伸ばして必死に陸奥を掴もうとする。陸奥は、驚きのあまり手の届かない範囲まで下がるが、何かに躓き転んでしまった

 

陸奥がパニくっている中、その者は必死になって自分に語り掛けている

 

「陸奥! お前のいる男が鍵だ! 絶対にこの世界の流れを変えるな! でないと、人類どころか私達も世界も全滅する!」

 

その者は叫びながらもこちらに訴えて来た。陸奥は唖然としていたが、ある事に気がついた。艤装が自分と同じ……まさか、彼女は! 

 

「長門? ……長門なの!」

 

陸奥は問いただした。長門は微かに頷いたが、陸奥が素早く起き上がると手を掴み、長門を光の靄から引っ張り出そうとする。しかし、何かに引っかかっているのか、ビクともしない。自分自身は車を止める程の力はあるはずなのに、なぜだ!? 

 

「私の事は気にするな! そちら側には行けない! 輪廻転生が出来ない! タイムスリップが出来ない! 私は既に沈んでしまったからだ! だが、これは警告だ! 自然の法則を逆らってでも変えなきゃならない!」

 

「長門、何を言っているの!?」

 

陸奥は負けずに叫んだが、長門をよくよく見るとあちことで服が破れており、艤装も壊れている

 

「お前が見たビジョンは、私達の未来だ! 私達はいずれは迫害され殺される! 私はそちらに行けない! だけど、この世界の過去は変えてはならない! 彼に伝えてくれ! そして、私達を見つけてくれ!」

 

長門は叫んでいたが、光の靄は長門を呑みこもうとしている。何が起こっているんだ? 

 

「陸奥、お前は奴に負けるな! 私の事はいい! だから、生きてくれ!」

 

 

 

「――あああぁぁ!」

 

陸奥は自分の悲鳴で、陸奥の意識は一気に覚醒した。どうやら、夢の中で夢を見る『二重夢』を見ていたらしい

 

体中、汗はびっしょりで、心臓は早鐘を打ったかのようになっていた

 

「今のは……一体……」

 

しかし、陸奥は今のが夢とはとても思えなかった。自分が何者かによって殺される夢。そして、長門の警告

 

「何なの、これ。これがリンフォンの力?」

 

陸奥は恐る恐る魚の形をしたリンフォンに手を触れようとした

 

その時だ

 

「陸奥」

 

「きゃああ!」

 

「おい、五月蠅いぞ? ……どうした、まるで幽霊でも見たかのような顔をして?」

 

後ろから声を掛けられ陸奥は、飛び上がった。今まで悪夢を見せられたのだ。驚くのも無理はない

 

「陸奥、どうした?」

 

「これ、本当に呪われているわ! 私、見たの。悪夢を!」

 

陸奥は今まで見た夢を全て怜人に話した。自分が何者かに殺される夢。そして、自分の姉である長門に会った事

 

「信じなくていいわ。だけど、ナイフを突きつけられた痛みが残っている感じがするの。あのパズル、嫌な予感がするわ。早く捨てないと!」

 

陸奥は全てを話し、捨てるよう言ったが、怜人はただ聞いていた

 

普通ならあり得ない、とかただの夢だ、と言うはずだ

 

「どうしたの? 私の話を信じなくて呆れているの?」

 

「そうではない」

 

陸奥はからかうように聞いたが、怜人の顔は真剣そのものだ

 

「その悪夢は信じている。理由はある」

 

陸奥は愕然とした。てっきり、否定されると思っていたが。怜人は手に持っていたタブレット端末を陸奥に見せた

 

レーダーのような画像と何かを点滅するような表示がしてある

 

「これは何?」

 

「簡単に言ったら、量子トンネル計測装置──僕が勝手に名づけたものだが──一種のトンネルだ。滅茶苦茶小さな世界、量子世界へ通じる穴を図る装置だ」

 

「それで?」

 

陸奥は何を言っているのか、分からなかった。なぜ、これを陸奥に見せるのだろう

 

「反応があった。そのリンフォン……ただのオカルトグッズではない。ポータル(異次元の穴)を開く鍵だ。完成させると別次元へ引きずり込まれ帰って来れなくなるぞ」

 

*1
ホラー映画『ヘル・レイザー』の事。設定が酷似している所がある




リンフォンは某ネット掲示板で噂になったオカルトグッズです

ここでは一行はそれを見つけ、とんでもないものを目の当たりにしますが
陸奥が見た夢……ある意味、外伝ですね。『時雨の特殊任務』である戦いの……

怜人は何か分かったようです。それが、いい方向に転がるのか
それでは、次話でお会いしましょう


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第13話 怜人の悪夢

秋刀魚と鰯が集まって一息したところで秋イベのお知らせが
今度の新艦娘は何が来るのか?


 陸奥が奇妙な夢を見た次の日、陸奥は怜人と優子、そしてやって来た長谷川に今までの夢について話した。大抵の夢は、気にはせず忘れるが、先ほど見た夢はそう簡単に忘れられない。そのため、陸奥自身も驚くほど、詳細に伝えることが出来た

 

陸奥が話している間、誰も口を挟まず、三人とも静かに聞いていた

 

「ネットの噂と違うな」

 

「過大評価されたんだろう。それはそうと確認するが、二つ目の夢は確かに長門だったのか?」

 

怜人は確認のために陸奥に聞いた

 

「ええ。会ったことはないけど、確かにあれは長門。艤装の形もだけど、感じたの」

 

 陸奥は思い出しながら答えた。確かにあれは自分の姉だ。理由は分からないが、間違いない

 

「でも、噂では大勢の男女が現れて地獄へ引きずられると」

 

「噂は噂だ。賢者の石と同じだ。尤も、そうではないか、と睨んでいたよ」

 

 怜人の言葉に陸奥も優子も顔を見合わせた。何が言いたいのか? 普通ならありえないと否定するはず

 

「実はこの黄色い説明書、解読に成功した。まだ半分だが」

 

優子も陸奥も驚いた。もう、解読したのか? 

 

「落ち着け。まず、これはオカルトではない。しかし、現代科学力とは違う方法で起動する」

 

「違う方法? 何?」

 

陸奥は焦った。リンフォンの正体が何なのか、今すぐに知りたいのだ

 

怜人も察して落ち着くよう促した

 

「分かった。結論から言おう。これは……ワームホール発生装置……ブラックホール発生装置とでも言おうか。何のために作られたは知らない。暗殺用なのか、はたまた儀式用なのかは分からない。兎に角、これは別次元の穴を開くための装置だ」

 

 怜人の衝撃的なことに優子は驚いた。長谷川は驚かなかったが、恐らく事前に話したのだろう。一方、陸奥は困惑していた。ブラックホールと聞かれても分からないからである

 

「えっと……ブラックホールって?」

 

「光さえ全てを飲み込む天体の一種だ。この場合、人工ブラックホールとでも言うべきか」

 

 陸奥の困惑に怜人は補足説明した。まさか、ここまでとは思わなかったからだ

 

「でも、パパ。ブラックホールなら何もかも飲み込むはずでしょう。地球が壊れるんじゃないの?」

 

「いや、そうとは限らない。色んな学説があってブラックホールでも分からないことがある」

 

 優子の質問に長谷川が答えた。陸奥も優子も驚いた。いつもはふざけている人なのに、今では真面目である

 

「僕は徹夜でこれの構造を調べた。こいつにも使われていた。G元素で出来た化合物……つまり、G元素が使われていた」

 

「つまり、隕石で造ったの?」

 

「分からん。手を加えて造られたのか?」

 

 しかし、リンフォンは古代の文献には無かった。賢者の石は存在するのに、リンフォンが存在しなかったのはなぜだろうか? 

 

「話は変わるが、なぜ短期間で解けたのか。それは以前、僕が妻を蘇らせようとしたからだ」

 

「どういうこと?」

 

陸奥は怜人の爆弾発言に警戒した。また、研究してるのか? 

 

「落ち着け。してはいない。それはあの世を探していた事があったからだ」

 

「え?」

 

陸奥は唖然としていた。あの世を探していた? 本気で言っているのか? 

 

「これは、真面目な話だ。量子力学では死後の世界は存在するかもしれない、と言われている。『死後も意識は生き続ける』と現代科学をひっくり返すような話もある。魂は存在するだとか」

 

 これを聞いて陸奥は驚いた。天才の科学者がこんな事を発するとは思わなかったからだ

 

「僕が、かつてやっていたのはそれだ。死者の魂が行く次元を探した。陸奥が誕生した、あのカプセルの機械は量子力学を応用して造られた。システムが完成し、実験として陸奥鉄を使用した結果──」

 

「私が生まれた」

 

陸奥は怜人に補足するよう遮った

 

まさか、ここまで理論的に話すとは思わなかったからだ

 

「では、リンフォンは──」

 

「次元の扉を開く装置だ。長谷川の話だとポータルと呼ぶべきか。僕が手を加えれば、ブラックホールは発生しないかもしれない」

 

「あっさりと言うわね」

 

陸奥は舌を巻いた。この人は言うことが違う

 

「しかし、未知の化合物とは言え、ワームホールなんて作れるのか?」

 

「現在では理論的には可能だが、技術的には不可能だ。しかし、重力の謎を解明すれば可能だ。既にスペインで電磁力を利用したワームホールを作る事に成功している*1

 

長谷川の質問に怜人はあっさりと答えた

 

「でも、ママは蘇らせる事が出来なかった」

 

「ああ。そうだ。失敗した」

 

優子の指摘に怜人は渋々と認めた。あの世が科学的にあるにせよ、失敗したのだから

 

「意識という量子……いや、魂があの世へ行ったであろう次元へ行くポータルを開き、優奈の身体にインプットする予定だった。陸奥の乗組員もそうだ。人体を造り、あの世から魂をインプットする予定でいた」

 

「待って、それじゃあ私は何? 私は幽霊か何か?」

 

今の話が仮に本当なら陸奥の存在はどうなるのだろう? 勿論、怜人も分かっていると思っていたが、意外な答えが返って来た

 

「分からない」

 

「分からないって」

 

「これは本当だ。ここからは仮説に過ぎない。……G元素は無機物から肉体を創るだけではない。魂も創ってしまう。だから陸奥は生きている」

 

怜人の仮説に陸奥は呆れ果てていた。陸奥の表情を見て怜人は慌てて付け加えた

 

「これは本当だ。魂をインプットしていない時のクローンは心も記憶も真っ白のはずだ。だから、クローン誕生時に身体を大人に設定して生まれても、中身は赤ん坊そのものだ。しかし、陸奥はそれが起きていない。本来なら身体は二十代の女性だが、心は赤ん坊のはずだ。だが、それは起きていない」

 

「つまり、古代人は賢者の石で死者を蘇らせたのではなくて、違う生き物を造った訳だ。豪語していた責任者は、失敗を隠すために蘇らせたと嘘を言った。造られた者も責任者に合わせてでっち上げた。可能性はありそうですね」

 

 長谷川も頭をかきながら呟いた。どうやら、死者を蘇らせるつもりが、実は出来なかった。失敗を隠すために色々とホラを吹いたらしい

 

「今は違う。量子力学で仮説して作ったのだが……」

 

「それと私とどう関係が」

 

陸奥は聞いた。何が言いたいのか、分からない

 

「僕が言うあの世とは、平行世界の一つの世界だ。多元宇宙論*2の提唱で基づいている」

 

 怜人は陸奥に分かりやすく説明した。宇宙は我々が存在する宇宙だけでなく、別に、または無数に存在するかもしれないという仮説である。人類は宇宙についてまだほんの少ししか分かっていない

 

「でも、仮説でしょう?」

 

「そうなんだが、否定はない。それに空間次元も確認されたほどだ。まだ、分からない事がある。神隠しでも実はパラレルワールドに行ったという──」

 

「長谷川、その先はいい」

 

長谷川のまた、オカルト話に怜人は止めた

 

「あの世なんてあるの?」

 

「ある。いや、密かにやった。海外で臨死体験している実験グループと関わった事があった」

 

 臨死体験とは、病気や事故などで心停止に陥った人が死の淵から生還する。その時に体験した事で多いのはお花畑や三途の川を見たとのエピソードが多いという

 

「死んだ者の魂が何処へ行くのかを研究していた。僕は、妻を蘇らせるために足を運んだ事があった。結果は知っての通り上手くいかなかった。しかし、そのリンフォンが繋ぐ世界は違うものだ」

 

「地獄?」

 

「いや、全然違う」

 

 陸奥は聞いたが、怜人はきっぱりと否定した。どうやら、何か良くないものへ繋がったらしい

 

「僕の仮説が正しければ、陸奥の見た夢は違うものだ」

 

 陸奥は不安になった。あれは夢とは思わなかった。まるで、たった今、体験したかのような感覚だったからだ

 

「もう一度、寝てくれないか? 心配するな。襲わないよ」

 

 陸奥の不審な目を見られて怜人は慌てた。何か良からぬ事を企んでいると思ったらしい

 

 

 

次の日の夜

 

陸奥は再びベットに横になった。しかし、今度は頭に何かの機械を被せていた

 

何でも脳波を調べる装置とのこと

 

「では……おやすみなさい」

 

 陸奥は睡眠薬を飲んで寝ることにした。流石に装置を付けたまま寝る事は難しいからだ

 

陸奥はまちまち、夢の世界に入った

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 陸奥は海上にいた。ここは、どこだ? 陸が見えていることからそう遠くはない

 

 しかし、陸は多数の煙が上がっており、青空い空は濁っている。聞き慣れない爆音が上がりを響き渡り、サイレンもなっている

 

『陸奥! 攻撃しろ! 何としてでも、あの異様な戦艦ル級改flagshipを倒せ!』

 

「無理よ! このままでは、全滅しちゃう!」

 

『クソ! やはりダメか……撤退しろ!』

 

「分かりました。──皆、撤退よ!」

 

 無線では男性の声がやかましく鳴り響いた。知らない若い男性だが、不快では無かった

 

 周りにも人がいた。陸奥と同じく艤装を纏って海の上を歩く者が。しかし、どの者も艤装が破壊され、傷を負っている

 

無傷な者はいない

 

その時だった

 

ロケットらしき物が数発、こちらに接近している! 

 

「危ない!」

 

 陸奥は前に躍り出て悲鳴を上げている集団を庇った。ロケットは陸奥に向かって行き……

 

 

 

「危ない!」

 

 陸奥はベットから跳ね上がった。頭にかぶっていた装置は、勢いで外れ床に転がった

 

「はぁ……はぁ……」

 

 陸奥は荒い息をしてあたりを見まわした。時計の針が進んでいないのを見るとそんなに時間は経っていない

 

しかし、冷や汗はかいているし、心臓の鼓動が早鐘のようになっている

 

「ごめんなさい。だけど、また余りにも恐ろしい夢を見た」

 

陸奥は悲しそうに呟いた。今度は自分の仲間たちが何者かにやられる夢。しかも、余りにもリアルだったのだ

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

 陸奥は顔を上げ見渡したが、怜人も長谷川も険しい顔をしていた。優子でさえ、心配そうにしている

 

「夢、ねぇ……本当に夢だと思う?」

 

「どういう意味?」

 

怜人の突拍子のない言葉に陸奥は背筋が凍った。まさか、あれは夢ではないのか? 

 

「何? まさか、予知夢とか?」

 

 オカルトマニアである長谷川がいるため、あえて言ったが、彼は険しい顔だった

 

「結論から言う。陸奥が見たものは夢でない可能性がある」

 

「え?」

 

怜人の言葉を受けて衝撃を受けた。なぜ、そう言いきれるのか? 

 

「あり得ないでしょう!」

 

「あり得ない……か。軍艦に命を吹き込まれて生まれた者が言うセリフでもあるまい」

 

怜人の呆れ顔に陸奥は黙ってしまった。確かにそう言われればそうなのだが

 

「陸奥の脳波……途中でロストした」

 

「脳波?」

 

「ああ、脳波というのは、膨大な数の神経細胞に発生する──」

 

 怜人は脳波について説明した。尤も、内容が内容だけに陸奥は何とか理解出来た。一応、脳の機能状態を調べる手段と言うのは理解出来た

 

「──睡眠時に発生するであろう脳波が捕らえられなかった。恐らく、精神がリンフォンが創り出された量子トンネルを通過して何かを見せた」

 

「眠っている時が無防備だ。それで悪夢を見たんだよ」

 

 怜人の説明に長谷川は補足するよう付け加えた。どうやら、陸奥は、向こうの世界で何かを見たらしい

 

「でも、むっちゃんは凄く魘されていた」

 

「そう?」

 

「うん。『全滅』とか『撤退よ!』とか」

 

夢で自分が言った言葉……いや、あれは自分が言った言葉なのだろうか? 

 

「で、問題は何を見たか?」

 

「戦争……そう、私は戦場に居た。そして、仲間がいた。私と同じように艤装をつけていた。だけど、一方的にやられて……みんな……ボロボロで……」

 

 語る度に陸奥は涙を流していた。夢だとしても恐ろしい物である。仲間が死ぬ夢。それも戦争である。しかし、あれは戦争なのか? 一方的に負けているようにも感じた

 

 

 

「なあ、陸奥は何を見たんだ?」

 

「分からない。前例のない事と仮説が多過ぎて、とても答えが出てこない」

 

 怜人と長谷川は陸奥が寝ている部屋を出ると話し合った。優子が陸奥を世話している。優子もリンフォンの事を謝っているが

 

「元素の関係で艦娘とリンフォンが創り出すポータルと反応したのは分かったが、問題は何を見たかだな」

 

「アナグラムでインフェルノであるため、陸奥が見た夢が地獄を見たなら私は納得できますが、これはちょっと違いますよ」

 

 怜人も長谷川もヒソヒソ声で相談していた。第二次世界大戦の記憶ならある程度は理解出来るが、陸奥が見た夢はその類いではない

 

また、脳波の件もある事から、夢として片づけられる事象ではなさそうだ

 

「リンフォンをもう一度、調べる。大丈夫だ」

 

 実は怜人は考えている事があった。あくまで仮説の段階である。だが、怜人は敢えて言葉を避けた

 

間違いであって欲しい

 

陸奥が見たものが時空を超えて見た映像である事を

 

 

 

「さて、どうなんだ」

 

 長谷川を帰し、陸奥のカウンセラーを優子に任すと、リンフォンを調べることにした

 

 正20面体に戻したリンフォンを機械にセットしてスキャンした。G元素で出来た化合物であることは分かってはいたが、仕組みまでは分からない

 

しかし、いずれは分かるだろう

 

(暗殺用か、それとも魔術として扱っていたのか?)

 

 長谷川もリンフォンの正体については分からないという。一説には、キリスト教弾圧の際に暗殺用として造られたという。4世紀以前、ローマ帝国がまだ信仰の自由を許していなかった時代。多くのキリスト教徒達が迫害の憂き目にあっていた。

 

 この時、迫害から免れるため、キリスト教徒達は「魚」の印を共通記号に使っていたのだ説にはキリスト教が弾圧されたという。尤も、彼にとってはどうでもいい案件である

 

(だが、文献にはない。確証もない。気になるのは、陸奥の見た夢だ)

 

陸奥は何を見たのか? 夢にしては、はっきりと覚えている

 

しかも、負け戦なのだ

 

(太平洋戦争とは違う戦争であるのは確かだ。戦争なのか、それとも……)

 

 怜人は気づかなかった。機械のスキャンにリンフォンが反応し、怜人の脳に干渉しだした

 

彼は知らない。この世には奇跡に等しい偶然があることを。

 

 古代人は、その力を応用し作り出したものを彼が別の穴を作り出したことを

 

 

 

偶然発動させた重力変異が、別次元の世界に干渉する力を含んでいた

 

偶然、リンフォンの考案者がこの世など滅んでしまえばいいという破滅願望を持っていることを

 

時を超え偶然、天才科学者がポータルを開き、ある次元の扉を開いてしまった事

 

偶然、その次元の空間は時空を超えた認識が出来るということ

 

そして、奇跡というものが必ずしも人々を幸福にするとは限らないことを。

 

怜人も誰も知らない。神でさえ予測は出来ないだろう

 

 

 

「ここは?」

 

 いつの間にか自分は外にいた。空はどんよりと曇っており、風が顔に当たる。自分は確か地下研究室にいたはず。夢かと思ったが、ふとあるものに目が入った

 

 遠くで岩か大木のようなものがたくさん地面に横たわっている。そして、ところどころに十字架が何本か立っていた。辺りが暗いため、よく見えない

 

しかし、それに近づくと怜人は小さな悲鳴をあげた

 

「これは?」

 

 それは大木でも岩でもない。人だ。いや、陸奥と同じように機械仕掛けのような艤装を纏っている

 

 その艤装がボロボロだ。まるで、何かから攻撃を受けたような。陸奥と同じ艦娘なのか? 

 

 小さな少女から大の大人の女性まで、彼女達が装着していた艤装は原型を留めていないほど破壊され、体もボロボロだった。破れた服から見える肌は生傷が見え痛々しかった。各々が恐怖と苦悶に顔を歪めながら、息絶えていた。十字架にはボロボロになった女性が、吊るされていた。目を開けている者もいたが、開いた目は閉じる事なくガラス玉のように鈍く光っていた

 

 

 

「おい、しっかりしろ!」

 

怜人は近くの艦娘に近づき、身体を揺さぶった。青い弓道着着ていたが、弓の弦は切れ、矢もほとんどが折れていた

 

 首に手を当て、脈拍を取ろうとした時、彼女の手が動いた。怜人の手をつかみ、薄い目でこちらを見ていた

 

「何があった? 今すぐに助けを呼ぶからな!」

 

「……貴方……なぜ……軍艦に命を……吹き込んだの? ……私と赤城さん……そして皆に……もう一度……地獄を……見せるため? ……無責任ね」

 

 この冷たい言葉に怜人は凍り付いた。彼女の目は、こちらを冷たく見つめていた。怨みでも怒りでも無い。失望である

 

「なぜ手を尽くさなかったの? 作られた天才なんでしょう。私達は、虐げられるためだけの存在なのね」

 

 弓道着を来た女性は、それだけ言うと目から血を流して力尽きた。怜人は立ち尽くしていた。彼女達は……艦娘か? 陸奥と同じように。確か、大日本帝国海軍の艦艇は、沢山ある。そして、人よりも力はあるはずだ。陸奥も力はある。なのに……

 

なぜ、皆は倒れている? 誰に攻撃された? 

 

 怜人はふと、自分に複数の影がかかっていることに気付く。怜人は顔を上げると、髪が長く目に青白い光を放つ黒いく服装を着た女性が、異様な怪物を従えてこちらにやって来ている

 

 女性が身につけている巨大な艤装は陸奥よりも大きい。これを食らったら、一たまりない

 

 その女性はニヤリと笑うとこちらに大砲を向ける。怜人は逃げも隠れもせずに大砲を凝視していた

 

 

 

「はっ!」

 

 気がつくと怜人は地下研究室にいた。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。機械のアラームで起きたのだ

 

しかし、怜人はアラームを消しても、気が晴れなかった

 

 本来ならこれが夢と片付けているのに、先ほど見た夢がとても現実的とは思えなかった

 

先ほど夢と過去の記憶が蘇った

 

 妻が行方不明になった時、自分と娘は帰って来るのを待っていた。……無事を祈っていたのに、変わり果てた姿で帰って来た優奈の姿を見て涙を流した

 

経緯がどうあれ、リンフォンが見せたのは夢でも空想でもない。未来の話なのか、それとも別次元の世界なのか分からない。だが、怜人は確信した

 

(陸奥と僕が見た夢は……艦娘の末路だ。何もかも奪われ弾圧される。偏見や差別によって全てを奪われた人もいる。陸奥も近い将来、経験するだろう)

 

 怜人はスキャナーからリンフォンを取り出して睨め付けるように見た。彼の頭には、既に何をすべきかを考えていた

 

(艦娘の力を上げる必要があるな。進化させる必要が)

 

今のままでは、陸奥は孤独で生きている事に成る。彼女は、それで幸せになるのだろうか? 何か方法がはずだ

 

 

 

 柳田怜人は、再び研究の意欲に火が付いた。尤も、今回は艦娘をどのようにして力をつけるかを考案していた

*1
但し、物質は通り抜けられないという

*2
自分が存在している宇宙とは別の宇宙が複数存在するという学説。別名、マルチバース。異世界への転生やクロスオーバーにおいては欠かせない存在となっている




おまけ
陸奥「平行世界へ行くってそんな事が可能なの?」
長谷川「ああ、可能だ。勿論、証拠は無いが噂ならあるぞ」

異世界へ行く方法
1,トラックにひかれる。若しくは事故に会う
2,神様が誤って殺されるのを期待する
3,遊戯王カードと闇のゲームを使う(遊戯王ではよくある事)
4,D4Cであるスタンド能力を身に付ける「どジャアァぁぁぁ〜ン」
5,誰かを因果導体にする(マブラブ)
6,ゲートを作る(GATE)
7,アメコミ(乱用したお蔭で原作コミックではややこしい事に。そして、世界を自由に行き来する事も)
8,ウルトラシリーズ(こちらも同じ)

長谷川「後、他にも」
陸奥「……意外と簡単に行けるのね」

怜人はある事を実行に移しますが……
余談ですが、伊勢の装備を調べるのにググるのが一時期大変だった事があります

というのも『伊勢改/伊勢改二』と打つつもりが変換では『いせかい(に)→異世界(に)』に
伊勢は異世界へ行くこともあるのか?
伊勢「流石に、それはないから……」


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第14話 改良

艦これアーケードでコマンダンテストが実装されましたね
三色の髪の、ふわふわ感があって、動きもふんわりした感じです
そっくりと言われる水母水姫もアーケードで実装されるとふわふわ感が……


 次の日、怜人は長谷川を呼び出した。彼にリンフォンの研究成果を伝えるためだ。表向きは会社への研究成果の報告のため。本当はリンフォンについての研究である。しかも、別の目的である

 

 

 

「先輩、何か分かったのですか?」

 

「その事だ。実はこれを見てほしい」

 

怜人は長谷川が訪れると早速、地下室の研究所に案内し、タブレットを渡した

 

「まず、これは陸奥の元素だ。人体を形成した時のG元素。他の物質を人体に必要な物質へ変換し、ついでにパワーを与えた」

 

「老いて死んでも元に戻らないのですね」

 

長谷川は皮肉っぽく言った。艦娘と言えど、何も処置しなければ人と同じである

 

「そして、これがリンフォンの元素。化合物かと思ったが、どうやら違うらしい。しかも同位体で、働きが違う」

 

 怜人はタブレットを操作しリンフォンが形成している元素を見せた。長谷川は元素の報告と組織図に唖然とした

 

「信じられません。この設計図と研究成果の文献は見た事が無い。まさか、G元素を生み出す方法があるなんて。G元素を組み換えれば、この組織図は人体生成や重力制御だけでなく、身体能力向上や機械工学の応用などにも使える可能性があります。一体、どうやって?」

 

「そうだ。説明書と僕が解析した結果を反映させたものだ。このリンフォンの説明書には、設計図が書かれているのを突き止めた。暗号解読には苦労した。どうやって作るかは知らないが、大がかりな機械が無くても出来たはずだ。宇宙に行かずともG元素を作り出す方法もある。コストはかかり、大掛かりな装置になるが、作れる」

 

 怜人は嬉々していた。まさか、このパズルにそんな方法が書いてあるとは思わなかったからだ

 

「これは使えるぞ。陸奥の能力をアップさせるどころか、賢者の石なしで艦娘を生成する事ができる。何かしらの触媒は必要だが、不可能ではない」

 

「先輩? まさか……陸奥の仲間を?」

 

 長谷川は愕然とした。まさか、陸奥の……いや、大日本帝国海軍の艦艇全てに命を吹き込むつもりか? 

 

「そうだ。これから先もだ」

 

「仲間を蘇らせ……いや、違いますね。陸奥の仲間である艦娘を誕生させてどうするんです? 第二次世界大戦の軍艦の戦力なんて誰も欲しがらない」

 

怜人は、歩きながら説明した

 

「確かにそうだ。軍事も目を通した。ハイテク兵器の前では陸奥は無力だ。だけど、それ以外なら?」

 

「どういうことです?」

 

「例えば、海賊対策に使える。もしある日、日本のタンカーが海賊やテロリストに襲われたら? 自衛隊や海保は武器の使用制限で縛られるし、奴等は問答無用で銃をぶっ放す。第三の軍団が阻止する。マイカーやバイクを持つドライバーは、ガソリンの値段なんて気にしなくなる」

 

 怜人は紙を渡しながら答えた。その紙は海賊が頻繁に出現しているソマリア半島だ

 

「RPG-7というロケット弾や重機関砲に撃たれてもケロリとする陸奥なら役に立つ。現代艦と違って装甲がある」

 

「正規軍以外の相手なら確かに役立ちますね。テロリストやゲリラ相手なら。でも、それは壮大な『もし』ですよ」

 

 確かに海賊対策であるシーレーン防衛なら役に立つだろう。第二次世界大戦の軍艦は防御がしっかりしている。実際に第二次世界大戦後も使い続けた国も居たほどだ。警察や海保が対処出来ないテロ事件なら役立つだろう

 

「日本は島国だ。彼女達が誕生させた暁には、シーレーン問題や領土問題を解決させればいい。民間警備会社のようなものを立ち上げれば彼女達の存在意義は、確立する」

 

「まさか、会社や国に黙ってやるのですか?」

 

長谷川は信じられないという風に声を上げた。何を考えているんだ? 

 

「そうだ。どうしてだと思う? 言ったところで『倫理』でオンパレードだ。時間がかかるし、役人は科学音痴だ。G元素の説明をするのにも一苦労だ」

 

 怜人は陸奥だけでなく、他の艦娘も誕生させる気でいる。いや、軍艦に命を吹き込む事が成功するのを前提で話しているのだ

 

「しかし、艦娘を今のままにする訳にもいかない。陸奥のように突然爆発し撃沈する可能性もある。それを極端に防いだり、簡単に艤装を修理したり、治療を早めるアイデアを発案しないといけない」

 

「いや、そうなのですが。G元素の臨床試験なんて、まだ何処もやっていません。動物が凶暴化して殺処分されたのを聞いたでしょう」

 

 既に三浦会社は、G元素を使った薬品が開発されていた。治療薬や特効薬は勿論、人体を強化する方法まで。しかし、動物実験したところ凶暴化したため、原因が究明次第、実権は中止された

 

「ここでバイオハザードでも起こす気……待って下さい、まさか!」

 

「そうだ。陸奥がいる。拒絶反応は無いはずだ。G元素で誕生したんだからな」

 

 怜人の考えでは、賢者の石とはいえ、G元素から生まれた。よって、薬物投与しても拒絶反応等はないはずだと考えていた。更に、陸奥の欠点を出来る限り無くそうというのである

 

「G元素生成もリンフォンの説明書にある。丁度良かった。賢者の石では効率が悪い。艦娘を生み出す別の方法を考えないといけない。艦娘には妖精だけでなく、バックアップのようなものが必要不可欠なんだ」

 

「確かに軍事作戦には、補給整備などのバックアップシステムは必要不可欠です。しかし、上手くいくのですか? 倫理は置いといて、世の中が陸奥のような艦娘の存在を受け入れるなんて」

 

「受け入れられるさ」

 

 怜人の提案に長谷川は唖然としていた。そして、同時に彼の行動を心配していた。妻を無くし暴走しようとしているあの頃の雰囲気と同じだ

 

「受け入れられないのなら、人類はその程度の存在だって事だ」

 

「国防なんて自衛隊に任せればいいと思いますよ。彼等はそれを誇りにしている」

 

「その自衛隊は自衛隊法で縛られている。……それに、もっと悪いものも見た。また、失う訳にはいかない」

 

 柳田は考えた。陸奥の存在はいずれはバレるだろう。そうすると、世間は陸奥に注目されるようになる。社会のバッシングに対して陸奥は耐えられないだろう。だが、一人ならともかく集団なら? そして、簡単に倒せない存在なら? 人数は多い方がいい。法律関連は、大丈夫だろう

 

 兎に角、リンフォンに見せられた、あの悪夢を再現させてはならない。人が死ぬような攻撃を受けても治るように改良しなければ

 

(三浦社長が言っていたな。精鋭部隊には、負傷した兵士を自力で治療出来る方法が必要不可欠だと)

 

 G元素の時の説明会ではあまり気にはしなかったが、三浦社長の言及でそれが大事な事が如何に大切かが分かる。自衛隊の幹部も来ていた事から、信ぴょう性は高い

 

 そして、何よりも艦娘の存在意義も必要不可欠だ。それも考えなければ。あれこれと考えている中、怜人は長谷川の指摘を聞いてはいなかった

 

「先輩……せめて陸奥に知らせましょう。でないと、協力はしません」

 

「ああ、いいさ。陸奥のためだ」

 

「先輩……優奈の次は陸奥の実験ですか」

 

「艦娘のためさ。もし、僕がG元素や賢者の石と出会わなかったら、考えは違っていただろうな。それに、砕石跡地の件で社長にバラしただろう」

 

「仕方なかったんですよ。特撮ヒーローごっこのためにやると申請したんですが、熊の出現とハンターの騒動のお蔭で目を付けられまして」

 

 長谷川は言い訳をしたが、怜人は無視した。確かに不可抗力があったし、済んだ事を責めても仕方ない。それに人員がいる。機材は妻を蘇らせようとしたのを流用すればいいのだが、1人だけでは無理だ。陸奥も研究員ではない

 

怜人は早速、陸奥の所へ行った。艦娘の調整である

 

(社会には不審がらないようにしないと)

 

無論、会社のリポートも提出しないといけないため、同時平行しないもいけない

 

 

 

 その日、二人は作業を開始した。G元素の生成方法を探っていた。組織図は複雑ではあるが、生成は不可能ではない

 

 昔の人が粒子加速器等も無しにG元素を作り出したのかは不明だ。大雑把な組織図しかないため、二人は四苦八苦していた

 

 

 

「どうして出来ない?」

 

「水素からヘリウムになるために核融合しないといけないのでしょうか?」

 

「そんなわけないだろ? 何か見落としているはずだ」

 

 核融合とは2つの軽い原子核が合体して、より重い原子核を作る反応の事である。しかし、一番軽い水素から2番目であるヘリウムにするだけでも大変な作業である

 

「スーパーコンピューターに任すか」

 

「冗談言わないで下さい。先輩のものはポンコツですよ」

 

「無いよりかはマシだ」

 

 怜人が買ったスパコンはあくまで個人用であり、研究施設に比べると遥かに劣る。尤も、妻を蘇らせるためだけに使えば良かったため高いスペックなんていらないのだが

 

「シミュレーションして待つしかない」

 

「‥‥‥店員に聞いてみては? 何か分かるかも知れない」

 

「可能性はあるな」

 

優子によると、説明書がいつの間にか入っていたという。店員が入れたに違いない

 

「解析終わるまで聞いてみるか?」

 

「どうやって聞きます?」

 

「飴と鞭だよ」

 

 

 

 

 

「ここで買った」

 

「普通のリサイクルショップだな」

 

 夜遅く、一行は優子がリンフォンを買った店へ訪れた。怜人や長谷川だけでなく、優子も陸奥も一緒にいる。優子がリンフォンを買った店に皆は足を運んだ

 

「ところで、何で鉄パイプと艤装の一部が必要なの? リンフォンだけなら分かるけど」

 

「ああ、教えよう。これはだな──」

 

 陸奥の疑問に怜人は答えた。質問するのだったら、本来ならパズルだけだにでいいはずだ。しかし、怜人の提案に陸奥は呆れている。何を考えているのだろう? 

 

「さあ、何が聞けますかね?」

 

「知ってればいいけどな」

 

 店に入った一行は、店の展示は一切見向きもせずにレジへ向かった。夜になりそうなのか、今は客足は居なく、都合がいい。レジには二人の店員がいた。一人は店長だろう

 

「すみません」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「これについて答えてくれませんか?」

 

 怜人は店員にほぼ尾びれがない魚の形をしたリンフォンをつきだした。店員はギョッとして後退りし小さな悲鳴をあげた

 

「どうしました。幽霊を見たような顔をして? 救急車でも呼びましょうか?」

 

「け、けけけ結構だ。お前、どこでこれを!」

 

店員は接客に使う言葉を殴り捨てて叫んでいる。余りにも分かりやすい

 

「私を覚えていないの?」

 

「まあ、記憶にないのだろう。‥‥単刀直入に聞きますが、これはなんですか?」

 

長谷川は優子の不満をいなしてため息をつくと、店長に質問をした

 

「わ、分からないな」

 

「君にいっても分からないが、これはブラックホール発生装置だ。当時は分からないから地獄に引きずりこまれると勘違いしたのだろう。パズルを組み立てることで、パズルに構成されている元素がある一定の距離や構造になると重力特異点を発生させて、穴を出現させる。昔の人はよくこんなものを作ったものだ。現代科学でも無理だろうが、突き止めて見せる。まさか、隕石の構造や元素を再現するなんて」

 

 怜人の説明に店員は目をパチクリしていた。何を言っているのか分からなかったが、店長は嘘だろ、と小声で呟いている

 

「で、これは何処から手に入れた?」

 

「知りませんね」

 

店長は激しく首を横に振った

 

「ねえ、教えて。私も知りたいの。先日、変な夢が気になっているの。知り合いの科学者が調べてくれるから入手経路と正体を教えて」

 

陸奥も促したが、店長は陸奥の方を見ると口を開いた

 

「困りますね。こちらにも守秘義務がありまして」

 

「何が守秘義務だ。陸奥、鉄パイプを」

 

 怜人の合図で陸奥は砲台もないベルトのような艤装を装着すると、鉄パイプを飴のように曲げたのだ

 

 硬い鉄パイプが一人の女性によって紐結びする姿に二人の店員は愕然とした。筋肉があまりついておらず、変な機械を腰に巻いた女性が、難なく鉄パイプを曲げた? 

 

「いいか。酷い目に合わせたくないなら答えるんだ」

 

 怜人は店員に警告したが、陸奥はあきれていた。鉄パイプを曲げて陸奥の怪力を見せる。要は脅迫である

 

店員は呆然としていたが、店長は違った

 

「お客さん、その人はヤクザの娘か何か知りませんが、暴対法の存在を知らないので? 傷害罪や脅迫罪などの罪を被りたいのですか? 私が警察に連絡すれば、一発で連行されますよ」

 

「だから、お姉さんは反対したのに」

 

 陸奥は自分の力を見ても何とも思わない店員を見て不満を漏らした。中世のヨーロッパなら兎も角、21世紀の人間となると、陸奥の存在なんて全く恐れないらしい

 

「やっぱりダメか」

 

 店長の反撃に怜人はため息をついた。いや、これは予想はしていた。陸奥は呆れるように怜人を見ていたが

 

「だったら、法律に対処出来ない方法でやろう。早速、地獄の門を開けるか」

 

「待て! 何をしてる!」

 

怜人はパズルを取り出すと素早く魚に変形させた事により、店員は慌て出す

 

 するとどうだろう。レジの近くに動物のオブジェをした門が煙のように突然現れたのだ

 

「呪われるぞ!」

 

「君達から見ればオカルトだが、僕にとっては画期的な科学だ。言わないと高次元の空間へ送り出すぞ」

 

「ちょっと、本当に大丈夫?」

 

「心配するな。吸引も制御しているから」

 

 陸奥は優子を庇うように立つと、宙に浮かぶ門を凝視した。こんなものを人が作ったのか? 陸奥は、突然出現した異様な門を見て冷や汗をかいた

 

 陸奥と優子不安を他所に、怜人はパズルを背鰭を出現させようと指を動かす。陸奥や優子だけでなく、息を荒くして後ずさりする長谷川も顔を見合わせた。怜人は店員2人を神隠しにさせようとしている

 

止めるべきか、それともハッタリなのか

 

「ねえ、ちょっと──」

 

「分かった! 言うから地獄送りは止めろ!」

 

 陸奥が止めようとするよりも早く店長は音を上げた。リンフォンの恐ろしさを身にしみているのか、あっさりと降参した

 

「では、教えてくれ」

 

 

 

 怜人達は店員から情報を貰ったが、あまり大したものは無かった。一行は肩を落としながら帰投している

 

「あまり、いい情報は無かったな」

 

「しかし、ネットの噂は8割正しい見たいですね。掲示板の中古店も既に潰れて、そこにいた人も他界したようですし」

 

怜人は肩を落としているが、長谷川は満足は満足している

 

「でも、長谷川おじさんの言うキリスト教関連は出なかった」

 

「噂なのか、それとも知らなかったのか」

 

「ねえ、友達に知らせていい?」

 

「ダメだ。ブラックホールはオモチャじゃない。別次元に吸い込まれたらどうする? これは没収だ」

 

 優子も長谷川と話しているが、陸奥は話に割り込まず、怜人を観察していた。鉄パイプを使った脅迫の件では無く、別の事である

 

(柳田さんの顔‥‥あの時の顔つき……何を企んでいるの?)

 

 陸奥は怜人のやり方や雰囲気を知っている。妻を蘇らそうとする頃に。リンフォンを調べた時から様子がおかしかった。妖精も彼に慕っているため、とても聞き出せない。妖精は話さず、身振りで伝えていたが、どういう訳か陸奥よりも怜人には従順らしい。しかも、砕石跡地で艤装爆発の件を受けて改良したいと言いだしたのだ

 

「ねぇ、リンフォンをどうする気なの?」

 

「会社に研究成果を出すさ。ワームホール生成も可能だとな。呪いなんて信じないだろうから、その辺はでっち上げるさ」

 

怜人はあっさりと答えたが、陸奥は不振がった

 

彼は何を企んでいるのだろう? 

 

 

 

リサイクルショップ

 

「信じられん。親父さんの呪いをコントロールしやがった。魔法使いか、あいつは」

 

 店長は悪態をついていたが、店員は青ざめたまま椅子に座っていた。店長からリンフォンについて、ある程度は聞いていたらしい

 

店に飾っているのは親父の遺言だった。彼はクリスチャンだ。いや、元である

 

 リンフォンの存在は代々続き、今でも飾っている。遺言では、リンフォンを作り一般人を地獄に落とすというもの。勿論、法律にも適用されず、気づきもしないため、やっている事は完全犯罪である。要は、八つ当たりである。何か不満な事があると、リンフォンを店の棚に置いたのだ。地獄の門が開き対象者が吸いこまれると、地獄の門は自動的に閉まる。後は回収するだけ。例え、警察が動いても何も出来ない。該当する項目なんてないからだ

 

そのはずだった

 

まさか、この世に地獄の門を完全にコントロールする者がいるとは思わなかった

 

「まだ、リンフォンはある。これで──」

 

「もう、止めましょう。キリスト弾圧なんて昔の話ですよ」

 

「構うものか」

 

 二人は言い争っている中、誰かが入ってきた。あの柳田怜人とかいう一行が来たお蔭で鍵は掛け忘れていた。しかし、店の看板は閉店と立てているはずだ

 

「すみません。本日は閉店になりました」

 

 店員は気を取り直して接客したが、男の姿格好を見て固まった。いや、それだけではない。彼の部下らしき人が数人入ってきている。ここは日本のはずだ。何で物騒な物を持っている? 

 

「夜遅く済まない。君達は、このパズルを知らないか?」

 

 男はパズルを掲げて店員二人に見せる。なぜ、この男もパズルを持っているんだ? そして、なぜ彼等は殺し屋のような目つきをしているんだ? ここは、日本ではないのか? 

 

「……なぜ……なぜ……あんた達なんだ? 何の権限だ?」

 

「我々の活動は、法改正でG元素に関わる事は特別免除される。さあ、あんた達に聞きたい事が山ほどある」

 

 

 

 その後、その店はそれ以来、閉店となった。二人を見たものは誰もいない。優子はいち早く気付いたのだが、引っ越したのだろうと決めつけていた

 




早速、怜人は行動を移すが……
早く、深海棲艦が誕生する話を書きたいですね
ストーリーの関係上、先になりますが……


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第15話 研究データと計画

アーケード版で翔鶴瑞鶴が改二だけでなく、改二甲(装甲空母)として登場
楽しくなってきました


「このやり方なら陸奥はパワーアップするでしょう」

 

「まだ、不十分だ」

 

「十分過ぎますよ。特別な治療水を浴びせれば、治癒力を早め傷を治すなんて。これだけでも画期的ですよ。軍事医学の常識を超えてますから」

 

その日から怜人と長谷川はG元素を改良していた。とはいっても、金も資材も有限である。怜人が妻を蘇らせるために買った機材が役に立った訳だ。賢者の石はないため、金は造れない

 

「だが、作る必要はない。人体生成と鋼鉄と弾薬があればいい。これさえ、あれば陸奥鉄のような触媒はいらない」

 

「まあ、蘇らせるものではないから難易度は下がりますが‥‥本当によろしいのですか、艦娘を増やすって」

 

「いいんだ。陸奥は実験台にされる可能性もある。三浦社長でなくても誰かが身体能力に興味をひくはずだ」

 

確かに陸奥の身体能力は目を見張るものである。その力に魅力する者が現れてもおかしくない

 

「だったら、増やすまでだ」

 

「艦娘軍団を作る気ですか? そんな事をして、日本政府が認めて……いや、世界が認めて貰えるのですか?」

 

「ああ、移民として認めさせてもらう。無理なら土地を購入して艦娘の村を作ればいい。……知らないのか? 北海道の土地だって外国がバンバンと買っているが、誰も問題にしない。通らないなら、ネットで差別されたと呼称すればいい」

 

「悪知恵働き過ぎでしょう。確かに国内問題はありますが」

 

 人権という概念は、人類最大の発明である。確かに昔では当たり前だった奴隷や人身売買など非道な事は無くなった

 

しかし、それを盾にして自分の主張を押し通す事情もあるのも事実である

 

例えば、ドイツでは移民が可哀想だからといって国内に引き受けたのである。しかし、移民が多くなった結果、外国人が構成された街がいくつもある

 

 日本も例外では無く、北海道には外国人が土地を買い漁り、既に村が成り立った所もある

 

 怜人はそれを真似てやろうとしている。艦娘を増やして村を作り、反論も人権やヘイトスピーチやらを唱えれば嫌でも応じる事に成る

 

また、税金を納めると言えば、役所も多目には見るだろう

 

「陸奥は言った。いつかここを出て暮らしたいと。だけど、本当にそうなると思うか? 普通の人ではないと気づかれたら」

 

「未来から来た殺人ロボットだって家族を作った。アメリカの映画のネタですが*1

 

「そんな都合のいいことなんてあるか。確実なやり方で艦娘の幸せを掴むんだ。兵器とか言って差別する人間は、如何に心が狭い人か分かるチャンスだ」

 

怜人は力強く言った

 

「移民問題や外国人労働者問題を再燃させても迷惑になるだけです」

 

「そんな事よりもマシだ。あんな夢よりも」

 

怜人は部屋をウロウロした。あの夢は、ただの夢とは思えない。艦娘がゴミのように倒れ殺される夢は、正夢だろう

 

「陸奥は協力していますが、不審がっていますよ?」

 

「構わない。陸奥……いや、艦娘のためだ」

 

二人は研究していたが、陸奥と優子は違っていた

 

 

 

「ねえ、貴方のお父さんってあんなに研究熱心だった?」

 

「違う。でも、リンフォンを手に取ってから、またおかしくなった」

 

「また、死者を蘇らせる研究を?」

 

「でも、それにしては可笑しいよ。むっちゃんに関する研究ばかり。しかも、妖精と一緒に艤装の改造までしている」

 

 リビングでは二人とも研究を怪しんだ。コーヒーを飲んで世間話をしていたが、怜人が地下研究室に籠っているのをみて、不審に思うな、という方が無理である。と言っても、死者を蘇らせるような禁断の研究ではない

 

陸奥の研究をしている。しかも、治療や艤装の改造が主である

 

「セクハラされたりした?」

 

「セクハラって……そういう感じでは無かったわね。注射は射たれたけど、特に変化は無かった」

 

 怜人はたまに陸奥に注射をしてくる。そして、定期的に身体能力を計測しているのだ。しかも、パワーアップしている感じが沸いている

 

陸奥も優子も話し合っている時に、玄関のチャイムが鳴った

 

今日は祝日であるため、人が訪れるのは珍しくない

 

 優子がインターホンに出たが、ディスプレイに映っていたのは、スーツを仕込み、報道機関の腕章を付けたジャーナリストだった

 

『柳田さん! 柳田さん! お聞きしたいのですが!』

 

優子は呆れて受話器を置いてインターホンを切った

 

「優子ちゃん、誰?」

 

「ジャーナリスト。パパを追い回している人」

 

 優子は玄関を開けようかと迷った。ここで、下手に出ると厄介な事になるし、陸奥もいる

 

陸奥の存在が公になるかも知れない。自分の父を呼ぼうか迷っていると、彼が階段を上りながらやって来た

 

「誰なんだ?」

 

「例のジャーナリストが来てる」

 

「全く、人を陥れるためには手段なんて選ばないのか?」

 

怜人は不満そうに呟くと躊躇なく玄関を開けた

 

 そこには、以前会ったジャーナリストの下園がカメラマンと一緒に玄関の前にたっていた。他の記者が来ないことから、自分はもう忘れ去られたものだろう

 

「柳田さん、お聞きしたいです! 日米が核兵器を超える兵器を開発している事についてどうお考えですか?」

 

玄関を開けるや否や、挨拶も無しに質問してくる

 

 普通の人は何を言ってるのか、全く分からない。しかし、怜人は大体この質問が何なのか分かっていた

 

(どうせ、架空兵器をでっち上げて政権批判したいだけだろ)

 

つまらない事だと分かると玄関を閉めようとした

 

「‥‥‥‥アメリカはG元素を使って世界を──ちょっと閉めないで下さい!」

 

「オカルトなら間に合ってる。他所へ聞け」

 

「お願いですから聞いてください! 論文もあるんですから!」

 

下園はあまりにもワメき散らすため、怜人は諦めて閉めるのを止めた

 

下園とカメラマンは家に上がったが、怜人は論文を取り上げると目を通した

 

「で、何のようだ? コーヒー? それとも、首になったから雇って欲しいと? 悪いが、求人広告は出していない」

 

「違います! 取材です! 気象兵器と貴方にすんでいる身元不明の女性!」

 

怜人は受け流していたが、最後の言葉にピクリと反応した。とうとう、陸奥の存在がマスコミにも掴まれた

 

追い返そうか迷ったとき、優子と陸奥が現れた

 

「怜人、この人は?」

 

「無関係の人間」

 

「招き入れたの?」

 

陸奥は呆れたが、下園は食いつくように駆け寄った

 

「貴女は誰? 何処から来たの? 取材させて」

 

「ちょっと待って。私は──」

 

陸奥は迷った。優子からこの時代について色々と聞いている。自身が体験したことではないが、昭和時代とは違い情報はあっという間に世界に広まるという

 

どうしようかと迷い、怜人に目を向けたが、彼は論文に赤ペンで何かを書き加えていた

 

何をしているのだろう? 

 

「パパ? 何をしてるの?」

 

優子も気付き、呆れていた

 

「何をしてるんです! 人の論文に誹謗中傷を書くなんて!」

 

「添削だ。この論文はデタラメだ。数式が違うし、エネルギー保存の法則どころか、熱力学第二法則を無視している。大学やり直した方がいいぞ」

 

怜人は赤ペンであちこち書き込んだ論文を呆気に捕られている下園にぶん投げた。陸奥も覗き込むように見たが、難しい内容や数式に二重線を引いて、余白に何かを書いていた。下の方には『15/100、頑張ろう』と書き込んでいる。この人は本当にぶれない

 

「こ、これを書いた人はテレビで出ている有名な専門家ですよ! 国公立大学出身です!」

 

「じゃあ、雇い直したどうだ? どうせ、裏口入学して単位を楽に取るようお願いしたんだろう」

 

カメラマンは抗議したが、怜人はあっさりと答える始末だ

 

あれこれと言い争いになり、騒々しくなろうとする中、またチャイムが鳴った

 

「また、お仲間か?」

 

「そんなはずは‥‥」

 

下園が首を傾げた。同業者ではないはずだ。柳田に関する事は妻の件で仲違いしている。もう、訪れる事はないと思っていたが

 

怜人はため息をつくと、インターホンに出る

 

そこには、若手の男女がいた。スーツを着こんでいることから仕事関係なのか? どう見ても近所挨拶ではなさそうだ

 

『すみません。国民生活センターの者ですが?』

 

「‥‥はい」

 

怜人は何も言わずにインターホンを切りドアを開けた。二人は軽く会釈すると女性が口を開いた

 

「実は先日、お買い上げになられたパズルに不良品があるとの連絡がありました」

 

「そのため、我々は回収に当たっています。どうか、ご協力お願いします」

 

二人の礼儀正しい言葉に怜人は胸騒ぎをした。不審ではない。女性は分からないが、男性は何処かで見たような顔だった

 

「わかった」

 

怜人は直ぐに誰かを思い出すと、無表情で家の中に入り、言い争っている陸奥達を放って置くと地下施設に入る

 

「先輩? どうしたのです?」

 

「リンフォンを奴等に渡す」

 

「奴等って?」

 

「特別国家公務員がやって来た」

 

何が何だか分からない長谷川を他所に怜人はリンフォンと紙の束を持ち出すと再び階段を上がった

 

「おい、五月蝿いぞ。陸奥‥‥レーダーは出せるか?」

 

「あるけど、どうしたの?」

 

「空を捜索してもらいたい。頼む」

 

「分かった」

 

陸奥は下園を質問してくる無視して艤装を装着し対空電探を作動させる

 

「‥‥いたわ。九時の方向に。でも、機影が小さい。この時代の航空機は、小さいのにレシプロ機よりもスピードが出るの?」

 

「くそ。リンフォンまで嗅ぎ付けられた」

 

怜人は手に持っているリンフォンの手に僅かに力が入った

 

どうやって知ったんだ? こちらの研究が漏れた? いや、それはない。ネットには疎くない。では、考えられるのは

 

(僕と同じように考えている人もいたのか)

 

「大丈夫?」

 

怜人は困惑する陸奥に艤装を外すように言うと玄関に向かった

 

「はい、こちらです」

 

「確認しました。こちらも助かっています」

 

怜人は玄関では笑顔でリンフォンを差し出した。男性がリンフォンを受けとろうとすると怜人は、リンフォンを引っ込めた

 

「ついでに説明書も要らないか? ああ、面白い仕組みだからちょっと弄って見たんだ」

 

怜人はA4の紙に書かれた紙10枚ほど、リンフォンと一緒に渡す

 

男性は何気なく紙に目を向けたが、内容を見て目を見開いた。しかし、それは一瞬であり、何事もなかったかのように笑顔でこちらを見た

 

「いや、本当に不良品でしたよ。ところで、G元素は実は歴史の影に隠れていた事に気づいた人は僕以外にもいたのですか?」

 

「さあ、なんの事だか」

 

「だといいよ。三浦社長も友達が多いことだと」

 

二人の男女は顔を曇らせたが、怜人はどうでもよかった

 

三浦社長‥‥地球上からG元素を探りを入れたわけだ。歴史に埋もれていることも。そして、こちらを何らかの方法で監視していることに。リンフォンもオカルトではないと気づいたんだ

 

しかし、まだ陸奥には手を出していない。それだけでも幸運か

 

「とりあえず、このパズルは回収させて貰います」

 

「どうぞ、お好きに」

 

 

 

「本部へ、奴等はこちらの存在に気づいた」

 

『それは、あり得ません。パズルの存在もつい1ヶ月前にこちらが知ったばかりです』

 

「奴らは気づいている。渡された書類には、ワームホールの記述がある」

 

オペレーターの否定に男性はイラつきを隠せないまま、報告した。二人は帰路についたが、男性はいまのやり取りにインカムでありのまま、報告した

 

『だとしたら、中々やるではないか。グローバルホークで僅かの時間だが、レーダー波を確認した。古いタイプだが。あの教授はタヌキだな』

 

「レーダーも買い込んだのですか?」

 

今度は上司がインカムに出たが、その内容に男性は呆れ、側にいたの女性呆れていた

 

『今は放っておけ。今は君達を安全な方向へ導かなければ』

 

2人は路地に消えていく。上からの指示された通りに

 

 

 

「おい、どうしたんだ? リンフォンをよく分からない男女に渡すなんて」

 

「聞きたい事があるんだ」

 

後から追って来た長谷川や言い争いしている陸奥達を怜人は無視し、紙と鉛筆を手に取ると書き始めた

 

「長谷川、お前は自衛隊に詳しいか?」

 

「まあ、一応は、ですが」

 

「男性の方は見覚えがある。G元素の性質や用途を政府関係者に説明していたとき、防衛大臣の警護をしていた人だ」

 

怜人は紙に昔の事を思い出しながら書き出す。陸奥も優子も怜人の行動に目をやり下園も後を追うように怜人に目をやった

 

怜人は絵画はあまり得意ではない。しかし、なんとか防衛大臣を警護していた自衛官がつけていた部隊マークを書き出した

 

「日の丸に鳥の翼と剣が書かれた部隊マークだ。知ってるか?」

 

「絵がとても下手くそですが、それは特殊作戦群、自衛隊内ではS部隊と呼ばれる特殊部隊です。でも、本当ならあり得ません。通常なら公の場でも素顔を隠しているほどの秘密部隊のはず」

 

長谷川は首を傾げながら答えた。柳田が見違えたのならともかく、本人の記憶力はすぐれていることから、それは無いだろう

 

となると、なぜ特殊作戦群はリンフォンを手に入れようとしているのか

 

「自衛隊っていまの日本の軍隊よね?」

 

「そうだが、なぜリンフォンを?」

 

陸奥はこの時代にやっと馴染めたくらいだ。しかし、憲法関連はあまり得意ではない。そのため、外国人が自衛隊を「Japan Force(日本軍)」のように自衛隊は軍隊と認識している*2

 

「ちょっと、何の話をしてるの?」

 

下園が身を乗り出した。特ネタと思ったらしい。怜人は仕方なく話した。別に秘密にしとく必要なんてない

 

 

 

「では、ネット掲示板であるリンフォンは実在し、G元素で造られたと?」

 

「そうだな」

 

怜人は簡潔明瞭に答えた。G元素は造れるという情報は伏せた。これは、誰も知らないものだ

 

「なら、辻褄が合います! アメリカのBH計画は本当だということに!」

 

「なんだ、それ?」

 

 怜人を初めとする一行は困惑した。そんな彼らを他所に下園はバックから書類と写真を取り出した

 

「アメリカのNGOが極秘文書を入手しました! 米軍はG元素を使った超兵器を開発していると! 人工的にブラックホールを発生させるというものです!」

 

「それは、何処の情報だ!」

 

長谷川は目を輝かせて下園の前に詰め寄った。どうやら、オカルトに食いついたらしい

 

「エ……エリア51です」

 

「そうか! なら、UFO伝説は本当だったんだ! UFOが墜落したロズウェル事件は本当だった!」

 

「あ、あの違います……」

 

 長谷川と下園がちょっとした口論になってしまった。いや、本人たちは真面目だろうが、宇宙人の仕業だ、とか、陰謀論だ、それはフェイクニュースだ、などと言ってる始末である

 

怜人達どころか、着いてきたカメラマンもドン引きするほどである

 

「ねえ……彼等に何を渡したの?」

 

「リンフォンの研究データ。他所の国がブラックホール兵器研究してるなんて興味はない」

 

 怜人は何気なく陸奥の質問に答えたが、陸奥は更に警戒した。彼は国が何をしようが興味はないだろう。では、怜人たちは何を研究しているのか? 

 

 ここのところ、自分の身体能力や艤装を研究している。こちらに気を遣うのは嬉しいのだが、どうもそんな様子ではない。妖精もだんまりだ

 

「ねえ、優子ちゃん。頼みがあるんだけど」

 

陸奥は優子に近づき、小声である事を頼んだ

 

 

 

 

 

「これで、ログイン出来る」

 

「パスワードというのを知っているのね」

 

 その日の夜、優子と陸奥は地下研究室に忍び込んだ。怜人は既に寝ており、長谷川も自宅に帰っていた

 

 扉の鍵は掛けられていたが、優子はとっくに鍵がどこにあるか分かっているどころか、合鍵まで持っていた。しかし、予期してはいたが、研究資料がない。怜人が自衛隊に渡した研究資料はパソコンに入っているだろう。幸いな事に妖精はいない

 

 ロックされており、入る事は出来ない。しかし、優子は抜け目がなく、パスワードも知っていた。いや、ハッキングという高度な知識ではなく、IDとパスワードが書いて隠してあるメモ紙を使ったからだ。いつも、何処で隠しているのか

 

 娘の優子は父が、何をしていたのかを確認するため、父のパソコンの中身を見ていた。妻を蘇らせる実験を見た時は驚いたが、その時は追及はしなかった

 

だけど、今回は違う。何かを研究している。それも、よからぬことを

 

 

 

 パソコンにログインした優子は早速、検索したが、内容が高校生程度の知識ではよく分からない。どれも計算式や専門用語だらけである。しかし、優子と一緒に見ていた陸奥は、あるデータに目をやった

 

「ちょっと待って。二つ目のファイル。それ……ちょっと見て」

 

優子のパソコンの操作でファイルにアクセスしたが、そこには『艦娘計画』と書かれていた。科学知識は無視したが、ある文字を見て目にとまったのだ

 

それは……

 

「これって」

 

「私を強くする方法」

 

陸奥は息を呑んだ。どれも、人には出来ないやり方である

 

 

 

攻撃を喰らっても死ぬことがない防御方法。手足を吹き飛ばされるなどの大怪我をしても特殊な水で完治するやり方。燃料や弾薬の摂取で生命エネルギーを得る方法。そして、艤装を付けている間、普通の食事をしなくても生きていける

 

 例えるなら、陸奥は、武装集団相手に戦えるだけの能力があると言う事に成る。それも、負傷したりしても回復する手段を持つ。人間みたいに入院期間や治療なんていらない

 

「G元素製造方法がある。あのパズル……現代科学や物理法則を受け付けてないんだ。だから、むっちゃんはパワーアップして──」

 

「待って! これ、私に何と戦わせる気?」

 

 陸奥は愕然とした。どれも、戦闘には必要不可欠な手段ばかりだ。しかも、コンピュータのシミュレーションで陸奥は、あの爆沈事件のように海上で爆発しても生きていられるのだという

 

「私、私……自由に生きていくはずじゃなかったの!? 医療技術の発展だから、非道な実験ではないからと安心していたのに!」

 

「むっちゃん、落ち着いて」

 

「離して!」

 

 荒い息をする陸奥に優子は落ち着かせようとした。新聞記者には、自分は人間だと言った。怜人の言う通りに生まれが違うだけだと

 

しかし、怜人は陸奥を強化している。陸奥を戦わせるための研究である

 

「……む、むっちゃんと同じように誕生させるシステムまで研究しているけど」

 

「ダメよ!全員、戦争に巻き込まれてしまう!」

 

 陸奥は即答した。怜人は何を考えているか、分からない。人外の力を与えようとしている。私兵軍団でも作る気なのか? 日本に喧嘩を吹っかけようとしているのか? それにしては、おかしいような気がするが

 

 陸奥は震えている自分の手を見て呆然としている中、優子は陸奥をなだめた。このままだと、陸奥はサイボーグのように感情の無い兵士かロボットのようになるだろう

 

 戦うためだけに存在する者として。ワームホールやリンフォンなんて怜人から見ればどうでも良かったのだ

 

 

 

そのため、2人は論文データの最後の文字を見ていなかった

 

そこには、こう書かれていた

 

 

 

『これで艦娘の命が簡単に消える事は無い』

 

『我らに平和を』

 

 

*1
「ターミネーターニューフェイト」ネタ。気になる人は見に行こう!

*2
実際に米軍でもJapan Forceと呼んでいる。哨戒機レーダー照射事件でも『Japan Navy』と海自が警告したのも相手は自衛隊がどういう立ち位置なんて知らないからである




人は不測の事態で命を落とす事がある
突然の病や事故などに
しかし、もし防げて軽傷程度で済んだら?そして、簡易的な医療を受けて回復したら?それもそれで嬉しい限りでしょう

軍事医学では尚更のこと
意外なことではありますが、医療の技術進歩も軍事技術と密接な関係があるため、切っても切れない関係である。実際に手術支援ロボットである『ダビンチ』も戦闘地域での負傷兵の治療目的に開発されたもの。医師を危険な戦闘地帯に派遣しないで済むという遠隔医療は画期的なもの

将来、細胞サイズのナノロボットを使えば、注射などで体内にナノロボットを送り込み、人工的に細胞を改変して長寿命化を実現できる可能性があると唱える者もいる

艦娘が撃沈しない限り、生きているのは喜ばしい事……であるはず……


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第16話 命の価値

 私は柳田優子。柳田怜人の娘。ちょっとトラブルがあった。私には分からない。どっちが正しいのか? 双方とも合っているようで、間違っている

 

 むっちゃんは、ただ平穏に生きたい、パパはむっちゃんが無事に生きていくための力をあげているだけ

 

 

 

パパの研究データを見せた次の日、パパとむっちゃんは喧嘩をしていた

 

初めは軽い口論だったが、今では取っ組み合いになりそうな寸前だった

 

 陸奥が手を出さないのもパパがむっちゃんを追い出さないのもそこまで悪くないだろう

 

 中々、関係は改善されず、ある日、気分転換にどうかと長谷川おじさんが提案したドライブでも同じだった

 

今日は悪くない天気だが、車の中は最悪だった

 

「隠れて生活するのはウンザリ! 私だって自由になって生きたい!」

 

「そうしたいのは僕も同意見だが、今のままだと拒絶されるのは明らかだ。準備を整えるまでは、隠れた法がいい」

 

「仲間まで呼ばなくても力をつけなくてもいい! 人と触れ合うのに武力と仲間は必要!?」

 

 

 

 帰り道、車の中では相変わらず陸奥と怜人は口論している。高速道路で走っているにも拘わらずである。あの研究を見て以来、両者は一歩も引かない。怜人が言う『悪夢』についてが原因だった

 

 確かに悪夢は恐ろしいものだが、それを恐れて研究するのもどうかという事である

 

「脅威に立ち向かう力を持ちつつ人の役に立つためには、これしかない。僕と陸奥が見た夢が何であれ、ただの夢ではないのは確かだ」

 

 怜人は陸奥以上に悪夢に固執していた。陸奥はあの悪夢については初めは気にはしていたものの、関係ないと忘れていた。しかし、怜人は違った。もし、何らかの形で陸奥が拒絶され恐れられたら? 人間全てが寛容ではない

 

「何で指図するの! 大体、怜人に作られたけど、私の父親でも家族でもないくせに!」

 

「むっちゃん!」

 

 あまり熱くなり過ぎたのか、陸奥ははっとして口を紡ぎ、助手席に座り直した。車内では気まずい空気が漂っていた

 

「……いや、いいんだ、優子。陸奥のいう通りだ。僕個人の勝手な行いだ。批判はずっと受けてきた。今までもな。僕の母から優子や陸奥まで。褒められた事はほとんどない。業績や実験は成功しても、その度に不幸が訪れる。今回も災厄が来ないといいが」

 

 怜人は運転しながら呟くように話す。成績がどんなに良かろうが、褒め讃えられる事は少ししかない。まして、デザイナーベビーとなると

 

「人の生活に憧れるのはいい。だけど、それは良い方しか見てないからだ。善悪全て見た上で判断した方がいいかもな」

 

怜人はそう言った。いつもなら、こういった実験は止めるべきだが、何故か優子も陸奥も無理して止めようとは思わなかった

 

 リンフォンの幻影や存在は実在する。そして、怜人まで認めていた。だとすると、あの『悪夢』はただの夢ではない。それを備えるための研究。しかし、そうなると陸奥は自衛官と同じく戦う事になるだろう。いや、戦場で生きる存在に

 

 平和な日本に戦争はピンと来ない。そういうのは艦娘ではなく、自衛隊や在日米軍。そして、日本政府の仕事だ。陸奥も戦争に参加して五体満足で戻ってくる保証なんてない。しかし、何かしら行動しないと、陸奥は虐げられるかも知れない

 

陸奥は目を伏せていたが、思いついたのか、顔を上げた

 

「怜人、私は──」

 

 その時だった。車が激しく揺れた。突然の出来事に車はスピンをしたが、怜人は何とか止めることに成功した。ガードレールに衝突したが

 

「何? 今のは?」

 

 陸奥は荒い息をしながら聞いたが、三人ともわかっていた。車が揺れたのではない。地震だ! その証拠にあとこちで車が立ち往生し、建物も揺れていた。高速道路は大きく揺れ、二十メートル先には崩壊して崩れていた

 

「ケガはないか? 出るぞ!」

 

 幸い、ケガはない。車は大破したが、いつガソリンに火が付き爆発するかもわからない

 

「どうするの?」

 

「とりあえず、怪我人は助けるんだ!」

 

 陸奥は聞いたが、怜人は分かっていた。まずは一人でも多くの人を助けないと。すぐに消防や救急が来るか分からない

 

「ありがとうございます」

 

「いいから止血して!」

 

 陸奥は瓦礫の下敷きになってる老人を助けながら言った。怪力を見ても驚かないのは、そんな余裕はないのだろう

 

 優子が手当てをしている中、陸奥はある音を聞いた。この時代でも聞くとは思わなかった。陸奥はあの音がする方向へ向かった。高速道路の塀から外の景色を見た

 

近くに海があるわけがない。そんなはずはない。この高速道路は、海岸から10キロのはず。なのに、海面が迫ってくる

 

「津波よ!」

 

「大丈夫だ。高速道路が倒壊しない限りは、安全だ」

 

 陸奥は警告したが、怜人は安全だと言い聞かせた。尤も、近くにいた人も興奮はしており、絶叫する者もいた

 

 そんな中、高速道路の非常階段口で何やらもめていた。一人の男性が降りようとしているのを周りが止めている。何があったのだろう? 

 

怜人達は駆け寄り、騒動に聞いていた

 

「どうしたんです?」

 

「下の国道で取り残されている人がいるんだ。車が変形して開かない!」

 

どうやら、さっきの地震で事故が起こり、車に乗っていた男の子が、閉じ込められたらしい。周りの人が開けようとしたが、中々空かず津波が来たことで慌てて避難したらしい。車に閉じ込められたものを置いて

 

「ガラスは割ったのか!?」

 

「違う! 足が何かに挟まっているんだ!」

 

 男性はわめいていた。どうやら、一家の夫らしい。あちこちでケガをしているようだが

 

「よし、助けに行く。大丈夫だ、携帯溶接機がある」

 

 常に艤装の整備用品を積んでいた甲斐があって良かった。携帯溶接機材を持ち運ぶのは本人だけであるが

 

「私も手伝う!」

 

「いや、陸奥は残れ。大丈夫だ、足に挟んでいる金属を切断するだけだ」

 

 大まかなことは男性から聞いているため、怜人は楽観的に言った。陸奥は不安だった。確かに下敷きになった人を助けたが、下敷きになった本人は陸奥の正体なんて知らないだろう。しかし、多くの人が注目しているときに、超人的な力を発揮できればどうなるか? 

 

 陸奥が迷っている間、怜人は高速道路の非常階段を素早く降りる。津波が来るまで数分しかない

 

 

 

「おい、金属を切断するから我慢しろ!」

 

「うん!」

 

 怜人は足を挟まれた男の子を見つけたが、状況は最悪だった。電柱が倒れ、車が下敷きになっている。挟んでいるのは変形した車のドアだろう。とても、人の力では持ち上げられそうにない

 

ドアを切断するだけでも一苦労だ

 

しかし、怜人は慌てず、邪魔となっているドアを切断した

 

「よし……合図したら足に引っ張るんだ……1、2の……3」

 

怜人は金属を持ち上げたが、男の子は力が出ないのか、動かないままだ

 

「無理だよ……」

 

「いいからやれ! パパが心配しているぞ!」

 

 怜人の怒鳴り声で男の子は何とか力を振り絞って挟まった足を引っこ抜いた。これで、大丈夫だ

 

 高速道路から歓声が上がったが、誰かの悲鳴染みた叫びで歓声は嘘のように止んだ

 

「あ……ああ……」

 

「クソ」

 

怜人は何なのか、分かっていた。津波がもう近くまで来ていたからだ

 

 

 

 陸奥は焦った。艤装を付けて駆けつければ助ける事は可能だ。しかし、大勢の人の前で力を行使するのはどうしても戸惑ってしまう。いや、確かに人助けすれば、歓声を浴びるだろう。しかし、その後はどうなるか? 優子ちゃんが言ったように、最悪人体実験されるだろう。研究材料として捕まるかも知らない。表向きは保護となって知られる事は無いだろう。そして、第三者の目が気になる。陸奥は他の人から見れば一般人だ。そんな人が超人的な力を発揮すればどうなるか? 

 

 こうして、迷っている内に津波が押し寄せてくる。波の高さから見て、高架線である高速道路は大丈夫だろう。しかし、怜人と閉じ込められた人は波に流されるだろう。高速道路の非常口付近では、声援と避難するよう促す声が交じっているが、誰も助けに行かない

 

「ねぇ、パパが!」

 

「分かった! 持ってくる!」

 

 陸奥は車の中にある艤装を取るために走り出した。簡易的だが、それでも超人的な力は発揮できる。車の中から艤装を取り出し、重たい艤装を片手で持ち、再び走って高速道路の非常階段口に向かったときには既に津波は怜人の近くまで来ていた

 

陸奥は艤装を付けようと非常階段口に手をかけるが、次の動きを止めた。誰かに止められたからではない。

 

 怜人が陸奥に向かって片手をあげていた。それは、制止する合図だった。怜人は助けを拒んだ。陸奥の力を見せないためである

 

 陸奥が躊躇してる間、津波は二人を襲った。優子が、父の名前を悲痛な叫びを上げていても、周りが叫び声と怒号を上げている時も陸奥は思考停止に陥った

 

自分の存在は何なのか? 何のための力なのか? 

 

 

 

数日後

 

「むっちゃんのせいではないよ」

 

「いいえ。私が喧嘩したせいよ。あの時、艤装付けていたら、私は注目されていた」

 

 陸奥と優子は病室で横たわる怜人の隣に座っていた。結果から言うと、怜人と閉じ込められた男の子は助かった。災害派遣て出動していた自衛隊の人が見つけてくれたらしい。ただ、二人とも意識がないため病院に搬送されたという。長谷川さんも駆けつけ、送ってくれた

 

 例の親子連れの一家は助けてくれたことに感謝を述べていたが、陸奥は何も言わなかった。もし、自分が降りて助けたらどう反応していたのだろう? 

 

 

 

 そして、もう一つ問題があった。陸奥は怜人の家族を呼ぼうとしたが、それは叶わなかった。優子の忠告は本当だった

 

 不意に誰かが声を掛けて来た。看護師かと思い振り返ると例の記者、下園が立っていた

 

「ノックしたけど、返事が無くて──」

 

「帰って」

 

 陸奥は冷たく言った。マスコミがこんな時も取材とは呆れる。病院の受付は何をやっているのだろう

 

「その、お見舞いに……ところで彼の家族は……その柳田さんの母親は──」

 

「その人は来ない」

 

 下園があれこれと言い訳するため、陸奥は下園の方を見向きもせずに冷たく言い放った

 

「どうして、そう言えるの? 彼は忘れ去れた天才だけど、一時期、有名になった人よ! 母親は柳田さんを自慢していた──」

 

「貴方、記者なのに何も知らないの?」

 

 陸奥は立ち上がり、下園を睨みつけた。陸奥の気迫に下園は数歩下がったが、流石は記者と言うべきか怯みもしない

 

「前も言ったけど、怜人は怜人なりに頑張っていた。私の強化研究もそのため」

 

「ど、どういう──」

 

「教えてあげる」

 

陸奥は淡々と昨日の事を話し始めた。それは怜人の母親について

 

 

 

その前日

 

「ここが?」

 

「そうよ」

 

 陸奥は怜人の家族が見舞いに来ないのにしびれを切らした陸奥は、直接会うことにした。電話では、本人は忙しいと判を押すように返される始末である。優子は、嫌そうな顔をしながら案内させた

 

「でも、マンションにずっと住んでいるのに、どうやって働いているの?」

 

「株主なの。インターネットと株で生きている人だから」

 

優子は鍵を取り出すと施錠を開けた。陸奥の目に入ったのは、何もない廊下だった。家具はほとんどなく、靴が三足あるだけ

 

「優子ちゃんのおばあちゃんって──」

 

 怜人の母親は貧乏なのか、と危うく口にしそうになった。しかし、優子は首を振った。陸奥の手を取るとある所へ連れて行こうとする。陸奥も慌てて上がり、優子に従った

 

 廊下を歩き、ある扉を開くと陸奥に入るように仕草で促す。しかし、陸奥は部屋の中を見て唖然とした。部屋の広さではない。リビングだろうか? そこに複数のパソコンとタブレット端末とスマートフォンが複数ある。そして、三人の女性がパソコンを弄っていたが、仕事だろう

 

「──柳田さん、買いのタイミングまで後2分切りました」

 

「いい。この取引が成功したら、6億は動くよ」

 

「IT企業の株価も予想通りです。これで──」

 

 パソコンの駆動音やスマートフォンのメロディなどは慣れてはいたものの、怜人とは違う雰囲気。しかし、この場所はどう見ても研究室ではない。画面にはドルやユーロなどが書かれた折れ線グラフや会社絡みの情報がびっしりと表示されている

 

「これは──」

 

「むっちゃんに何度も言ったじゃない。金持ちになるためには、何も豪邸に住む必要なんて無いって」

 

 人は自分自身の眼で見なければ信じられないというのは本当だった。時代が違う事もあるだろうが、経済はここまで変わるのだろうか? 

 

「ねぇ、あんた……その人は誰なの?」

 

 一人の中年の女性が、優子に気付いたのか、面倒くさそうに聞いた。しかも、こちらをチラリと見ただけでパソコン画面に目を戻した

 

「あ、あの私は陸奥です。怜人さんの──」

 

「もう再婚相手を探したのかい。全く。さっさと帰って。忙しいから」

 

「え?」

 

 陸奥の言葉を遮った怜人の母親はため息をつくだけで終わった。それだけ? それだけの反応? 

 

「ちょっと聞いてよ! 貴方の息子さんは意識不明なのよ! それも──」

 

「知っている。警察から電話来たわ。だから何? 失敗作にも程があるわ」

 

「し、失敗作って?」

 

陸奥は、この言葉に唖然とした。失敗作? 

 

「どういう意味! 貴方、母親でしょ!」

 

「五月蠅いわね。そう簡単には死なないように大金積んでまで遺伝子操作までして頭の良い子を作ったんだから」

 

「何を言っているの?」

 

「デザイナーベビーは知能だけ上げるだけではないの。肉体的にもね。怜人は運動が苦手だからやらないだけだけど。治癒能力も向上させるように頼んだから、あの程度の怪我でも治るわよ。それよりも、バカ息子は何処でこんなアバズレ女を捕まえて来たんだい。全く、何を考えて」

 

「貴方、どういう事!?」

 

 陸奥は自分の身体から怒りが沸いて来るのを感じた。アバズレ女は自分のことらしいが、それはどうでも良かった。先ほどの言葉を聞いて怒っていたのだ。あの程度の怪我? 意識不明の重体になって入院する事が? 

 

「自分の息子を心配しないなんて! どういうつもり!」

 

 陸奥は今まで自分が大声を上げた事は初めだ。2人の男女は部下だろうか? ビクッとして陸奥に目を向けたが、関係ないというふうに目を逸らして仕事を没頭していた。いや、自分達には関係ないと言いたいのか? 

 

「何をそんなに叫んでいるのよ? デメリットを限りなく無くすために創ったのよ。お酒に逃げてアルコール中毒にならないように代謝能力を挙げてアルコールどころか薬物耐性を上げてもらっているんだから。治癒能力を人よりも高いのは自殺でうっかりと簡単に死なないため。だから心配なんて──」

 

 ここまで来て陸奥は堪忍袋の緒が切れた。何をしたのか覚えていない。ただ、陸奥は近くにあったパソコンを拳で破壊したのははっきりと覚えていた

 

陸奥の破壊行為に優子だけでなく、怜人の母親も驚いた

 

だが、彼女はため息をついた

 

「あんたもデザイナーベイビーかい? 悪いけど、脳筋はうちにはいらない」

 

「貴方、自分のした事が分かっている! 貴方の息子は、人形ではないのよ!」

 

「怜人はね、叶えられなかったことを叶えるために作ったの。それを言うことも聞かずに──」

 

「当たり前よ! そういう態度だから嫌ったのよ! 何の夢を追っているか知らないけど、そういう態度が傷つく! 私の時でも、そんな事は無かったわ!」

 

陸奥は怒鳴ったが、彼女は呆れるだけで「後で弁償しなさいね」と言っただけだ

 

「もういいよ。むっちゃん、帰ろう」

 

優子の声が聞こえたが、今度は陸奥が優子の腕を引っ張って部屋を出た。ここには居たくない。それだけだった

 

 

 

「──怜人の母親は、金と天才しか興味ない。人の命なんて人形としか見ていない。怜人が何で私を追い出さなかったのか、分かったような気がした」

 

 昨日の事を話し終えた後も下園もカメラマンも口を挟まなかった。陸奥は一瞬、怜人の逆鱗に触れてしまい首を絞められ死ぬことを覚悟した日を思い出した。彼は初めから殺そうとは考えていない。死なないと知っていたからかも知れないが、陸奥はある疑問を抱いた

 

彼は、私の手によって殺されるのを望んでいたのか? 真相は分からない。

 

 ただ、確かなのは彼は陸奥を嫌ってはいない。私の能力を見ても嫌ってもいないのは確かだ。一緒に過ごしている内に、彼も考えが変わったのだろう

 

「リンフォンで悪夢を見たの。私の仲間が死んでいくのを。あの悪夢が本当かどうか分からないけど、彼は恐れたの。私が死ぬのを。平穏な生活が壊れるのを。だから、私の仲間を呼ぼうとした」

 

「でも、デザイナーベイビーや人造人間は倫理観で──」

 

「倫理や人権なんて大金を積めば皆は黙る。おばあちゃんはそう言っていた」

 

今度は優子は反論した。下園の反論を一切与えないように

 

「むっちゃんが怒ってくれて嬉しかった。わたしもそう。人の命や人権なんて相手が変わると紙切れ同然の価値になるの」

 

「だから、もう出て行って。私はビキニ岩礁へ行って長門を迎えに行く」

 

 陸奥は既に目的があった。かつての仲間を集める事。まずは長門からだ。怜人に協力する方向だ

 

 陸奥の気迫に下園は病室から出た。彼女もここに居るのが得策ではないと考えたのだろう

 

 記者が出て行くのを見届けると陸奥と優子はベットに目を向けたが、2人共仰天した

 

「パパ? 起きてたの?」

 

「ああ。目は覚めたよ。怒鳴り声にね」

 

 怜人はニヤリとしていたが、陸奥は顔から火が出るかというくらい真っ赤にした。まさか、聞かれていた? 

 

「だけど……お礼を言わせてくれ。ありがとう。研究は──」

 

「いいえ、やって頂戴。その代わり、仲間を呼んで」

 

陸奥は指を指しながら怜人の言葉を遮った

 

「リンフォンの悪夢が何であれ、ある種の警告よね? それなら、お姉さんが悪い人を倒してあげる」

 

「いいのか?」

 

「そんなに悪い人には見えないから」

 

 陸奥は今までの事を思い出しながら答えた。今まで奴隷のようにこき使われていた事があっただろうか? 彼は彼なりに努力している。彼の母親のように子供を人形か何かを見るような愚かな人間ではないはずだ

 

「だから、さっさと退院して帰るわよ」

 

「病人に向かって酷いな」

 

「直ぐに治るでしょ?」

 

 陸奥は悪戯に笑い、怜人はヤレヤレというふうに肩をすくめた。雨が降って地が固まるとはこの事らしい

 

 

 

某テレビ局

 

「下園、お前は何をしている? よくもネットに人造人間のニュースを流したな。お蔭で抗議の電話が鳴りっぱなしだぞ」

 

 下園がデレビ局に帰ると、そこには怒り狂ったプロデューサーが待ち構えていた。それは、ある者が人造人間の研究をしているというネット記事だった。中々、放送してくれない事にしびれを切らした下園は、ニュースを自分で作りこっそりとネットニュースで流したのだ。しかし、現実は非情である。SNSではフェイクニュースだと非難され、ほとんどの者は誰も信じなかった。精々、漫画映画ネタを出して馬鹿にする始末である。巡順に上げていくはずだったが、それが裏目に出た

 

「いいか、君は2週間の停職処分だ」

 

「はい。今さらですが、取材は辞めました」

 

「素直だな」

 

 プロデューサーは眉を吊り上げた。本来は反発するはずだが、今日はやけに大人しい事に不信がっていた

 

下園が帰宅するために一瞥するとプロデューサーは後ろから声を掛けた

 

「素直すぎるから、停職は3週間だ」

 

「ちょっと! 職権乱用よ!」

 

下園は抗議したが、プロデューサーは無視した

 

「何を見たかは聞かないし、どうでもいい。ただ、取材は辞めたのは、正しい判断だ」

 

 意外な言葉に下園はパチクリとした。どういう事なのか? まさか、ネタを独占するつもりなのか? 

 

「手柄を奪うつもりはない。──この世界で超人的な人間がいたら、一般の人々はどう思う? デザイナーベイビーですら過去に大騒ぎとなったのに」

 

 プロデューサーの指摘に下園は黙った。彼等は人間だろう。しかし、周りはどう見えるのか? 価値観が変わって奇異な目を向けられなくなったが

 

あの親子と陸奥と名乗る艦娘はどうなるのだろうか? 

 

 

 

2週間後

 

 私は陸奥。怜人の退院後、いつもの日常生活が戻った。怜人の母親の抗議の電話を受け取らず、地下室の研究室でG元素の研究を続けていた

 

私も協力した。G元素がこの世界で何をして来たのか? 宇宙から飛来して歴史の影に隠れながらも存在している

 

「順調だな。この理論で行くと、長門は召喚できるかどうかは保証はしない」

 

「いいわ。誰であっても」

 

怜人との関係は改善した。もう、暴走する事は無い石塚さんからの忠告ももう大丈夫だろう

 

「あの2人……一体、どうしたんだ?」

 

「何でもない」

 

 長谷川は優子に質問したが、優子は何でもないと言う風に首を振った。三浦社長も素直に研究データを渡す怜人の姿を不審がったが、裏切ってはいないのは分かっていたため、特に気にはしていなかった

 

「本当に未曾有の危機なんて来るもんですかね。まだ、ノストラダムスの大予言の方が信ぴょう性がありますよ」

 

「予言通りにはならなかっただろ?」

 

 旧友の話し合いも相変わらずだ。家族が崩壊する事なんて無いだろう。あの悪夢が現実にならないのを祈るしかないが、今のままだと問題ないだろう

 

 長谷川のオカルトを真に受けるつもりはないが、高度に発達した文明が崩壊する兆しなんてない。情報社会で情報は自由に見れて、経済も崩壊はしていない。三浦会社も悪徳企業ではなさそうだ。精々、横領で逮捕された元課長のニュースが流れるだけである。戦争も勃発する気配もない。いや、軍事挑発する国はあるのだが、それで世界崩壊なんてあり得ない

 

「パパ、リリから電話」

 

「リリか。石塚のロボットが電話なんて珍しいな」

 

固定電話の受話器を受け取った怜人は電話に出る

 

 

 

 しかし、ある日突然、日常が崩れるなんて考えても居なかった。まだ、時間はあると思っていた。そして、ある程度は世界崩壊の原因は予想はしていた

 

 

 

全く予想外だった。私だけで怜人も優子ちゃんも長谷川も予期していなかった

 

「どういう意味だ!!」

 

怜人の怒鳴り声に周りは静まり返った。なぜ、彼は怒っているのだろう。そして……何で遠くから爆発音と砲声が聞こえるのだろう

 

「どうしたの?」

 

 もし神がいるなら、私は神を呪ってやりたい。私が爆沈した時もこんな気持ちがあったかも知れない




いよいよ秋イベが始まります
神州丸が登場するようですね

次話からは章が変わります


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第4章 人類共通の敵
第17話 深海棲艦黙示録


今回の秋イベントは後半がきついですね
甲では早速、心が折れそうでした

……それでも、クリアする猛者もいますから驚きです
秋霜、出てくれるかな?


それはそうと、これから語る物語は深海棲艦誕生秘話です
誰かによって創られたという形式ですが、果たして?


東南アジアのある国

 

 怜人と陸奥達がリンフォンを手にして新たな研究騒動をしている時、石塚とリリは海外勤務に付いていた。とは言っても、石塚美恵子はのんびりと研究するつもりである。彼女の分野はコンピュータのプログラミングや人工知能などのIT関連の専門であった。そのため、G元素が自身が開発したアンドロイドであるリリにも使えるかと思い、妹の夫である柳田怜人に尋ねたのだ

 

 彼の研究とG元素解析のお陰で素晴らしい成果を出したが、死者蘇生の実験や人工生命体の生成に手を出したため、彼女は手を引いた

 

 同僚から聞いた話ではあるが、陸奥と呼ばれる女性と過ごしているらしい。どうなるのかは気になるが、自分達の事が精一杯だ

 

 

 

 2人(1人と1体?)はある施設で、働いていた。時間は昼時なので厨房で料理をしていた

 

「リリ、解凍まだ?」

 

「少々お待ちください……作業完了まで後10秒です」

 

アンドロイドであるリリは、自分自身の手を変形させ、電熱器に似た装置に変換すると冷凍されていた魚を解凍していた。アンドロイドであるリリの性能の凄さを見ていた子供達は目を見開いていた

 

「凄い!」

 

「どうなってるの!?」

 

「いいなぁー」

 

 子供達は騒いでいたが、どれも外国語である。言語も現地の言葉もあれば、英語、中国語と入り乱れている

 

ここは三浦会社が支援している孤児院である

 

なぜ、彼女達はここにいるのか? 

 

 

 

数週間前

 

「博士、ここは?」

 

「ここは、私が学生時代の時に働いた事があった孤児院よ。暫くの間、ここで働くことになったの」

 

 艦娘である陸奥と怜人達と別れた彼女達は、三浦会社が保有する海外のある孤児院へ向かった

 

 

 

 その国は紛争が絶えず、終わった後も未だに爪痕が残っていた。いや、まだ武装勢力と国軍のいざこざが続いていた。日本も海外派遣の時にこの孤児院は、造られた。石塚も学生時代にボランティアとして自衛官と共に活動してきた。しかし、何時までも自衛隊が海外に留まる訳には行かない

 

 孤児院の運営は、三浦会社が引き受け、戦争で親を亡くした子供達を受け入れて来た

 

 三浦会社は、この国に投資をしているが、何をやっているかなんて石塚は興味なかった。恐らく、地下資源採掘のためだろう

 

 しかし、理想だけでは何も出来ないのも事実なので、そういった事はあまり気にしなかった。それに、三浦会社は某国の政府や現地民と交流を重ねて来たので、悪事を働いてはいなさそうだ

 

 リリは石塚から説明を受けていた。人間なら頷くが、リリはロボットなので黙るだけである

 

「リリ……本来はある計画のために造られたけれど、色々あって白紙になってしまって……」

 

 石塚はため息をつきながら答えた。ある計画とは人工知能を発達させ、ロボットを人と同じように自立させるためである

 

 本来は、過酷な環境対応や宇宙活動などのために造ったが、コストがかかりすぎたためにプロジェクトは凍結になった事。更にはリリのボディの設計に関わっていた柳田怜人が暴走してしまったために、二人の間で亀裂が出来てしまった事だ

 

「柳田さんも陸奥さんもここに来たら良かったと思っています」

 

「あの人は放っておいて……妹を悲しむのはいいけど、あんな事をして……」

 

石塚は首を微かに振りながらリリに説明をした

 

「兎に角、貴方のボディは従来の二足歩行ロボットが使用している金属やワイヤーなどではないの。自身を構成している原子を意図的に操作──つまり、自在にボディを変形させて限定的ではあるものの様々な機能を発現出来る」

 

 つまり、リリはSFのロボット漫画のように自在に変形が出来る。例えば、自身の手をドライヤーや鉛筆削りのように変形出来る。尤も、何でも出来る訳でもなく、大型機械は無理である。しかし、多額の費用をかけてここまで出来たのだ。当然、三浦社長はこんなロボットは売れるわけがないと凍結されてしまった。自在に変形出来る性能のデータは提出するよう言われたが

 

「それが使えるのは、貴方自身にある『考える力』が必要なの。あなたは『命令』ではなく、自らの『意志』で活動や進化していく」

 

「そんな事をして石塚博士は怖くないのですか? 人工知能の発達は欧米ではフランケンシュタイン・コンプレックスとして恐れられています」

 

 フランケンシュタイン・コンプレックスとは、人間がロボットに支配されるのではないか? という心理である。人類は創造へのあこがれと、被創造物によって人間が滅ぼされるのではないかという恐れを抱いているのである

 

 ただ、これは主に一神教のキリスト教的道徳観があると言われ、そうでない地域や国ではそういった考えはほとんどない

 

「昔はそうだったけど、今は違うわ。海外でも、人工知能*1の研究は進んでいる。受け取り方は人それぞれよ。人工知能は悪ではないわ。それに、私は人類のためにその能力を使って欲しいの」

 

 石塚はふと、艦娘である陸奥を思い出した。彼の話では、生まれた時から大人の姿だったという。彼の研究成果なのか? それとも、G元素で創った賢者の石の力なのか? 

 

「了解しました。しかし、博士……柳田さんが創った艦娘はなぜ、容姿が素晴らしいのですか? フランケンシュタインの怪物では──」

 

「さあ……」

 

 リリの疑問に石塚は答えるのに困った。こういう場合、こういう展開では、お約束として醜い生き物となって暴れるか、強大な力を使って人類征服するかというものだ

 

しかし、現実は違った。創作のように怪物ではなかった

 

「兎に角、どんな形であれ陸奥は、立派に成長している。だから、人工知能も出来るはずよ」

 

 

 

 石塚は、ここに来る日にリリとのやり取りを思い出していた。今のところは上手くいっている。リリも食事を作るのが上手く、子供達には大人気だった

 

「リリも一緒に食べよう!」

 

「わ、私は食べる必要はありません!」

 

 食事を配るリリと抱きつく少女を眺めながら石塚は微笑んでいた。ロボットが人間のように話せる。幼い頃、ロボットアニメを見ていた彼女は、創ってみたいという微かな憧れを持っていた

 

今はこんな事が実現しようとは思わなかった

 

 ふと、電話が鳴った。石塚はリリと子供達が楽しく会話しているのを後に電話に出た

 

「石塚です。──はい、分かりました。すぐに向かいます」

 

 実は石塚とリリが海外の孤児院にいる理由は、近くに進出していた三浦会社に勤めているからである

 

 孤児院で働いているのは、あくまでサービス。本業はG元素の解析と生物実験である。G元素から産み出された生き物は巨大なオタマジャクシのような姿である。しかし、歯があるにも関わらず、食事はあまり取らない

 

 しかも、遺伝子情報が人間と同等らしい。なぜ、こんな生き物が生まれたのか? 未だに謎である

 

 しかし、怜人が発見した賢者の石のお陰で謎の解明だけでなく、革新的な技術を手に入れる

 

石塚はリリに後を任せるよう伝えると、三浦会社へ足を運んだ

 

 

 

数日後

 

リリは不法投棄されている電子機器であるスクラップの山に訪れていた

 

 リリは子供達と接している内に、ある事に気づいた。それは、日本と違って娯楽が無いことである

 

「ここって何もないでしょ? だから、手元にあるものを使って遊んでいるの」

 

 リリは一人の少女の言葉を聞いて確かに思うところがあった。日本にいたときはゲームやらネットなどで遊んでいる。しかし、不自由なこの国ではそれがない

 

「初めてでありますが、やってみる価値はあります」

 

リリはスクラップを孤児院に持ち帰った。何をするのだろうか? 

 

 

 

 リリは拾ってきたスクラップに手をかざした。手からプラズマが発生していたが、スクラップはある形へと作り替えていた

 

それは

 

「スゲー! ガラクタでテレビを作った!」

 

「魔法みたい!」

 

 リリは金属やプラスチックなどを変形させてテレビを作ったのだ。子供達はリリの能力にはしゃぎ、遠くから見ていた石塚も苦笑しながら見守っていた

 

「通信衛星や地上波から受信出来るよう設定しました」

 

「そう……」

 

 石塚は凄い能力に驚くと同時に、早急にテレビ会社の手続きしないといけないと思った。日本だとこういうのはうるさいのだ

 

……テレビが只で手に入ったのは嬉しいが

 

「実は貴方のお陰なんですよ。手元にあるのを作りました」

 

「そんなの作れないよ」

 

 子供達はリリと戯れていた。人と会話するロボットだけでも、子供達は興奮するものなのに、スクラップからテレビを造る能力を見せれば更に驚く

 

子供達は早速、テレビを付けてテレビ番組を見る。しかし、始めに映し出されたのは現地のニュースであった

 

『……ここ数日、武装勢力と正規軍との衝突は続いています。政府は──』

 

「ニュースなんかいいから、他のを見よう!」

 

男の子の叫びよりも早く、誰かがリモコンを操作して番組を切り替えた

 

スポーツ、料理、お笑い番組‥‥

 

やがて、ある番組に目を引かれたのは切替は止まる。それは近年、公開された映画を放送しているものだった

 

「映画やってる」

 

「凄い!」

 

 それは戦争映画だった。しかし、史実を題材としたノンフィクション映画ではなく、架空の戦争。要は娯楽向けであるアクション映画だった。派手に爆発する手榴弾、機関銃を抱えながらフルオートで撃ちまくる俳優達、主人公が放つロケット弾によって簡単に爆発大破する戦車や戦闘ヘリ……

 

 こういった娯楽映画に子供達は興奮していた。主人公達が悪役を倒す姿はカッコいいらしい

 

「何処の国の映画かな?」

 

「アメリカだよ。いっつも作ってるじゃん」

 

「違うね、ロシアかチャイナだね!」

 

子供達が興奮している中、リリは尋ねた

 

「貴方は……この映像は楽しいですか?」

 

「何をいってるんだよ! 面白いに──」

 

 男の子は、笑顔一杯にしてリリへ振り返ったが、リリを見て男の子は驚いた。何と、リリは涙を流しているのだ

 

「私にはよく分かりません。しかし、争いを見ると悲しくなるのです」

 

 子供達はリリに近づき心配そうに駆け寄った。しかし、リリは静かに泣くばかりである

 

「どうしたの! なんで泣いてるの?」

 

「私には説明出来ませんが、人間の感情で例えると悲しいのです。争いを見ていると何故か悲しくなります」

 

 実はリリはネットにもアクセス出来る。色んな事を学んだ。人の良し悪しも。差別や競争や戦争についても。それらを見たリリは初めは何も思わなかった。しかし、博士や子供達と触れていくにつれて自然と感情も身に付けるようになった

 

「どうして争うのですか? 仲良くしていれば、悲惨な世の中にはならないのに」

 

「大丈夫だよ。皆、仲良し!」

 

 子供達は慰めているが、純粋故のものだろう。しかし、世の中を知らないから出来る事でもある

 

そんな中、リリの姿を見て石塚は驚いた

 

(リリが泣いた? そんな機能はついていなかったのに?)

 

 リリを作った時は涙どころか感情も付けていない。そもそも、これは試作ロボットである。人形ロボットはここまで進化するのか? 

 

(……そうね。陸奥の件があるわ。だけど、ロボットも感情も持つようになるなんて。これからどんな成長を遂げていくか、楽しみだわ)

 

 初め、柳田怜人が人工的に生命体を作ったと聞かされた時は怒り狂ったが、今はそんな事は微塵も持っていない。愛着が沸いたのだろう。そして、陸奥は成長していく。彼はあんな人間でも、それなりに頑張っているのだろう

 

 軍艦に命を吹き込んだ艦娘は、成長した。では、ロボットであるリリはどのように成長するのか? 

 

 

 

数ヶ月後

 

 柳田達があの大震災に巻き込まれたらしい。無事であることは確認出来たが、見舞いには行けなかった

 

 それに、今は重要な事である。今日はリリは孤児院の女の子と一緒に散歩させている。というのは、表向きだ

 

今から子供達と一緒にサプライズをしなければならないのだから

 

 

 

「あの、私はいつまでここに居なければならないのですか?」

 

「いいから、いいから。もう少し待っててね」

 

博士からのお願いでリリは女の子と一緒に散歩していたが、今は公園のベンチに座っている。なぜ、ここで待機しているのか、と聞いても無理に笑顔を作っている

 

何か隠しているのだろうか? 隙を見て、博士と無線通信する

 

「博士、私は何故か謎の待機を命じられているのですが?」

 

『ははは……』

 

通信に出た博士も何故か笑っている。どうしたのだろう? 

 

『気づいていないかも知れないけど、この国では、今日はお祭りなの。その際に貴方のサプライズパーティーを開こう、と提案があったの。日頃の感謝も含めてね』

 

 博士の通信にリリは驚いた。自分はここまで感謝されるのか? 通信越しでは、確かにパーティーを作る音や話し声が聞こえる

 

 

 

 リリは通信を切ると暫く考えていた。自分はロボットである事は認識している。人とは違う存在なのに、子ども達は受け入れている。中には、ロボット三原則や人工知能は人類を滅ぼすなどと言っているが、リリはそんな考えなんて全くなかった

 

 生みの親である石塚が優秀だったと言えばそれまでだが、人工知能の研究は日本では大幅に遅れている。そんな遅れを取り戻すどころか発展させたのだ

 

リリは自分自身の考えを女の子に伝えた

 

「どうしたの、リリ?」

 

「私の想いを打ち明けます。私は人間が好きです。しかし、一部の人間からは、私の存在が脅威だと訴える人もいます。ですが、私は人間を滅ぼそうと考えた事がありません」

 

 リリは柳田怜人が生み出した艦娘と呼ばれる陸奥を思い出しながら答えた

 

 彼女は軍艦ではあるが、人を支配しようという考えは持ってもいない。生命体とロボットは違うのだが、それでも脅威にはならないだろう

 

「私は人間が好きです。私が喜ぶと私も喜びます。ですが、争いは嫌いです。悲しくなります。もし、未来を考えているのなら、私は全ての人間達が仲良く出来るような世界を創りたいです。争いや貧困や差別が全くない世界を──」

 

 リリは自分の夢を語っていた時だった。バンバンと乾いた音が響き渡った。そして、隣に座っていた女の子が倒れたのだ

 

血を流して

 

「え?」

 

 リリは理解出来なかった。何が起こったのか分析したが、既に完了しているにも拘わらず、全く受け入れられなかった

 

女の子が銃で撃たれたのだ

 

「何で! 早く治療を」

 

 そうしている間もトラックが近づいてくるエンジン音と銃声が大きくなる。リリも撃たれているが、彼女のボディは小銃程度の威力は貫通出来ない

 

「石塚博士! あの──」

 

女の子が撃たれ負傷したのを無線通信したが、博士からの応答がない

 

それどころか、おぞましい物音と悲鳴が聞こえてきた

 

『待って待って! ま‥‥ああアギャア──!』

 

『◯×□‥‥ダダダダダダ』

 

マイクを通じて聞こえてくるのは博士の悲鳴と知らない男性の怒号と銃声

 

 嫌な予感がして負傷している女の子を抱え、己のボディを変形させると孤児院まで飛んでいった。女の子が負担にならない速度で

 

後ろから怒号と銃声が聞こえたが、リリは無視した

 

 リリが着いた時には、孤児院は異様な光景だった。周辺は煙がいくつも上がり、かつては平和だった場所から銃声と悲鳴が聞こえてきた。そして、孤児院の周りは魔改造された軍用トラックと銃やロケット砲を持った人達が彷徨いている。相手もリリの存在に気づいたのか、こちらに撃ってくる

 

リリは銃弾を浴びながらも女の子を庇いながら孤児院の中に入る

 

そして、リリは絶叫した

 

「あああ‥‥ああああ──!」

 

 パーティーの飾り付けの部屋は、死体と血の海だった。石塚博士も倒れていた。まだ、息はあるらしくリリに気づくとしきりに叫んでいる

 

「リリ……貴方は……逃げて……」

 

「博士、どうしてこんな」

 

 リリは石塚の元に駆け寄ったが、リリはテレビが付いている事も番組が流れている事も気づかない

 

『……現在、武装勢力と正規軍との間で激しい戦闘が繰り広げられています。戦闘により、周辺住民が巻き込まれる被害が起こっています。日本企業である三浦会社も攻撃を受け……』

 

不意にテレビの画面が割れ壊れた。銃撃されて破壊されたのだ

 

「◯×□」

 

 銃を抱えた兵士達がこちらにやって来る。そして、銃を棍棒のように振り回してリリを殴り倒した

 

 リリは倒れながらも自分のボディの損傷具合やCPUの無事を確認しつつ、孤児院の状況を分析した

 

(孤児院関係者の生命反応は一体だけ‥‥博士の死亡確認。子供達の死亡確認。死亡確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認確認)

 

(何故争うの? 傷つけ合う理由は不明。この行為の必要性不明。不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明)

 

 

 

 リリは答えを探るべくネットを通じて検索を始めた。しかし、いくら検索しても答えは見つからない。戦う理由も争う理由も

 

 SNSでは相手への誹謗中傷の書き込みが多数あり、ある国では平和と謳いながらもある都市で市民を武力で弾圧する記事を見かけた

 

戦争であろうが無かろうが、争いばかりの内容である

 

 博士の知り合いである柳田怜人のパソコンにもハッキングしてデータを漁ったが、どれも答えは見つからない

 

それどころか、彼も陸奥を強化しようとする研究データも見つけた

 

 それは陸奥の仲間を生み出し強化する研究。リンフォンからG元素の生成方法を発見したらしい。会社では秘密にしているが。相手を牽制するための必要性という訳である

 

そして、論文の最後にはこう書かれていた

 

 

 

『これで艦娘の命が簡単に消える事は無い』

 

『我らに平和を』

 

 

 

リリはこの文を見てある結論に達した

 

 それは、とても誰もが真似できない事であった。その結論を実行する者は誰一人としていないだろう

 

「博士……私、分かりました」

 

倒れながらもリリは呟いた。ある決断をしたのた

 

「人類には敵が必要です」

 

リリは自信の手を武器に変形させると武装勢力達に攻撃を行った

 

 それは暴動鎮圧用のゴム弾だが、通常よりも強力であり相手はうめき声をあげながら倒れる

 

リリは立ち上がりながら石塚博士が勤務している三浦企業へ向かった

 

「例え平和であっても、人類は闘争を望んでいるのです。争いたくて仕方のない知的生命体なのです。でも、戦うべき外敵がいないから人間は人間同士で争うのです」

 

 リリは武装勢力が押し寄せている三浦企業に侵入した。人質となった研究員も武器を持った武装勢力も制圧したリリは、G元素の研究データを解析した

 

自身のCPUでは処理能力が足りないため、スパコンに直結して解析した

 

それは誰しもが考えなかった研究をリリは実行した。

 

 G元素から生まれた生き物や陸奥の誕生経緯を参考に未知の生命体の改造を重ねる。無機物に命を吹き込み、人の遺伝子を融合させ、知能をある程度持ち、武器を持たせる

 

 人類の敵と分かるように外見をおぞましい姿にする。外敵を正体不明にするため深海にも適合するよう遺伝子操作する。また、地球の海の割合は約7割であるのと、航路海路を封じる必要性があるため海上の戦力だけにする

 

 現代兵器を搭載して圧倒的な火力で攻撃して文明が崩壊してしまうと人類が野蛮化するため、第二次世界大戦の兵器を使う

 

 倒せそうで倒せない外敵を造る必要性がある。それがG元素から産み出された生命体。賢者の石を精製出来なくてもいい。別にクローン人間を作る必要性なんてないのだから

 

 実験室にあった可愛らしい生き物が、猛スピードでおぞましい生き物へと進化していく

 

 

 

現在‥‥

 

「どういう意味だ!」

 

 怜人は電話相手に怒鳴っていた。相手はリリであるが、電話内容がとても恐ろしい内容だった。人類の敵になるってどういう事だ? 

 

『私の所に来て下さい。人類の敵を作り出すためにはデータ不足です。石塚美恵子博士は、死亡しました。ですから、助手が必要です』

 

「僕はそんな事のために艦娘を生み出した訳でも強化する研究をしている訳ではない! 断る!」

 

『分かりました。教授が断る確率は95%なので、予期していました。人類のために艦娘である陸奥は英雄にすべきです。艦娘の研究を続行して下さい』

 

「そういう事ではない! ……おい、もしもし! クソ、切りやがった」

 

 怜人叩きつけるように受話器を置いた。周りは何を言っているのか、分からないだろう

 

「おい、直ぐにここを出るぞ」

 

「どうしたの? 何があったの?」

 

「いいから早く! 陸奥も長谷川も手伝え!」

 

 陸奥は困惑していたが、助けを求めるべく2人に顔を向けたが、長谷川も優子もスマートフォンに目が釘付けになって固まっていた

 

 2人が持っているスマートフォンの画面は同じだ。いや、違う。2人が偶然、同じものを見る訳がない。それに、なぜ地下研究室にあるテレビの画面も2人が持つスマートフォンと同じ画面なのだろう? 映し出された映像は、暗い部屋に立っているリリと呼ばれているロボット。しかし、別れた時の姿とは違って何か変だ? あちこち傷んでいる。それに、目から涙を流している? 

 

『もしもし、人間の皆さん。初めまして。私はリリ。石塚 美恵子博士によって作り出した最先端の人型ロボットです。私は貴方達が好きです。ですから、貴方達が最も喜ぶことをしたいと思います』

 

 映像は途切れたが、場面がニュースに変わった。それは、海を覆い尽くす程の異形をした黒い怪物が各都市を攻撃しているのを伝えるニュースだった

 

 あるビーチでは謎の生物が出現し手あたり次第、攻撃を始めた。海に隣接している都市は、未知の生命体が放つ砲撃と未確認飛行物体の爆撃によって火の海と化した。軍隊が出撃し反撃しているが、未知の生命体は怯まない

 

ニューヨーク、ワシントン、東京、北京、上海、モスクワ、ロンドン、パリ……

 

世界はその日、謎の生命体から攻撃を受けた

 

 

 

某国に進出した元三浦会社の施設

 

 ネットにはパニックを伝える映像や動画が投稿されているのをリリは眺めていた。彼は未知の生命体を深海から現れた化け物『深海棲艦』と名付けた。人の負の感情を纏った生き物を海に解き放ち、世界各国の都市を襲わせた

 

 会社のスパコンをアップグレードすると深海棲艦を進化させた。第二次世界大戦をモデルとした生命体を

 

 リリが深海棲艦に某国の人工衛星を使って攻撃命令を与えている時、誰か動くのを感じ取った。リリは分かっていた。手当てしたあの女の子が、意識が取り戻したのだ

 

 しかし、残念ながら出血が酷く内蔵も潰れていたため、息を引き取るのも時間の問題だ

 

リリは少女を優しく抱えながら呟いた

 

「分かっています。私も辛いのです。だからこそ、これは私の役目。G元素を最大限の活用して人類の敵を生み出しました。私が人類共通の敵となることで人間は互いに争いを止めるのです」

 

女の子はリリに伝えようとしたが、声が中々出ない。自分の命が尽きるのも時間の問題だ。しかし、リリに「そんな事は望んでいないよ」と上手く伝えることが出来ない

 

「私、頑張りますから。そのために深海棲艦を生み出したのですから」

 

 リリは女の子をベットの上に寝かすとリリは研究室へ向かった。施設は無人である。様々な工作機械やロボットアームがリリの命令に動き、深海棲艦を育成していた

 

 数年前では、あれほど騒がれて親しみをもって名付けられたおたまじゃくしの形をした生き物は、既に大きくなり、自らの肉体に武器が取り付けられている。大きくなるにつれて人に似たような姿になった種類もある

 

「さあ、人間達。闘いましょう。『人類のために』」

 

*1
AIの研究は日に日に増しており、アメリカや中国などではAIの研究が凄まじい。フランケンシュタイン・コンプレックスを気にしてAI研究を放棄する者は極一部




人類共通の敵
それが現れたら、人類は争いを止めて手を取り合うという創作は沢山あります。中には、出来ずに負ける場合もありますが
しかし、それは人類の叡智ではなく、共通の敵が現れただけ。人類共通の敵がいなくなたら、また人類同士争う可能性がありますね


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第18話 避難と決断

年末の事もあって更新が遅れた私です

秋イベのE6の甲は難しいです
友軍支援が来るまで待つか……


「い‌い‌か、‌荷‌物‌は‌最‌小‌限‌だ。‌さっ‌さ‌と‌避‌難‌す‌る‌ぞ」‌ ‌

 

「で‌も、‌何‌処‌へ‌逃‌げ‌る‌のです? ‌災‌害‌と‌は‌違‌う‌ん‌で‌す‌よ?」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌リュッ‌ク‌に‌デー‌タ‌を‌コ‌ピー‌し‌た‌HDD‌と‌USB‌メ‌モ‌リー、‌そ‌し‌て‌タ‌ブ‌レッ‌ト‌端‌末‌を‌入‌れ‌な‌が‌ら‌指‌示‌し‌た‌が、‌長‌谷‌川‌は‌慌‌て‌な‌が‌ら‌も‌指‌摘‌し‌た‌ ‌

 

 怜人の話やリリのテレビ放送を見る限り、これは普‌通‌の‌災‌害‌で‌は‌な‌い‌の‌だ。‌何‌し‌ろ、‌日‌本‌は‌攻‌撃‌さ‌れ‌て‌い‌る。‌たっ‌た‌今、‌日‌本‌は‌戦‌後‌初‌め‌て‌戦‌争‌状‌態‌に‌入っ‌た。‌し‌か‌も、‌敵‌は‌正‌体‌不‌明‌の‌も‌の‌だ。‌い‌や、‌リ‌リ‌の‌話‌で‌は‌G‌元‌素‌か‌ら‌生‌み‌出‌し‌た‌生‌物‌と‌言っ‌た‌た‌め‌分‌かっ‌て‌は‌い‌る‌が、‌ま‌だ‌不‌明‌な‌と‌こ‌ろ‌が‌あ‌り‌正‌体‌不‌明‌で‌あ‌る‌こ‌と‌に‌は‌変‌わ‌り‌な‌い‌ ‌

 

 ネッ‌ト‌で‌は、‌正‌体‌不‌明‌の‌敵‌を‌深海棲艦と名‌付‌け‌ら‌れ‌て‌い‌た‌が‌ ‌

 

 一‌行‌は‌最‌低‌限‌の‌荷‌物‌を‌纏‌め‌る‌と、‌外‌に‌出‌た。‌外‌で‌は‌パ‌ニッ‌ク‌が‌起‌こ‌り、‌あ‌ち‌こ‌ち‌で‌混‌乱‌し‌て‌い‌た。‌国‌道‌は‌既に渋‌滞‌し‌て‌お‌り、‌歩道では大勢の人が移動していた

 

 警‌察‌や‌消‌防‌が‌出動して避‌難‌民‌を‌誘‌導‌し‌て‌お‌り、‌あ‌ち‌こ‌ち‌で‌サ‌イ‌レ‌ン‌が‌鳴‌り‌響‌い‌て‌い‌た‌ ‌

 

「ど‌こ‌行‌け‌ば‌い‌い? ‌学‌校‌の‌体‌育‌館?」‌ ‌

 

「い‌や、‌陸‌地‌に‌向‌か‌う‌ぞ。‌地‌震‌や‌台‌風‌と‌は‌違‌う」‌ ‌

 

 優‌子‌は‌提‌案‌し‌た‌が、‌怜‌人‌は‌否‌定‌し‌た。‌軍‌事‌用‌に‌作‌ら‌れ‌た‌G‌元‌素‌の‌生‌命‌体‌の‌話‌は‌、今‌の‌と‌こ‌ろ‌は‌聞‌い‌た‌こ‌と‌が‌な‌い‌ ‌

 

 い‌や、‌そ‌の‌話‌は‌あっ‌た‌が、‌動物実験した所、G元素から作られた薬品を打たれた動物が凶‌暴‌化‌し‌た‌た‌め‌没‌と‌なっ‌た‌は‌ず‌だ‌ ‌

 

「三‌浦‌会‌社‌か‌大‌学‌は‌ど‌う‌です? ‌ま‌だ‌G‌元‌素‌の‌研‌究‌デー‌タ‌や‌サ‌ン‌プ‌ル‌が‌あ‌る‌は‌ず‌です。‌止‌め‌る‌手‌が‌か‌り‌に‌──」‌ ‌

 

 長谷川が提案したそ‌の‌時‌だっ‌た。‌頭‌上‌に‌何‌か‌が‌通‌り‌過‌ぎ、‌轟‌音‌が‌辺‌り‌を‌鳴‌り‌響‌か‌せ‌て‌い‌た。‌四‌機‌の‌自‌衛‌隊‌の‌戦‌闘‌機‌が‌航‌空‌法‌を‌無‌視‌し‌て‌飛‌ん‌で‌い‌る。‌陸‌奥‌や‌優‌子‌だ‌け‌で‌な‌く、‌避‌難‌し‌て‌い‌る‌住‌民‌も‌悲‌鳴‌を‌上‌げ、‌避‌難‌誘‌導‌し‌て‌い‌た‌警‌官‌は、‌悪‌態‌を‌つ‌き‌な‌が‌ら‌通‌り‌過‌ぎ‌て‌いっ‌た‌戦‌闘‌機‌の‌方‌向‌を‌睨‌ん‌で‌い‌た‌ ‌

 

「あ‌れ‌は‌F2‌改‌……バー‌ジョ‌ン‌アッ‌プ‌し‌た‌F2‌が‌あ‌ん‌な‌低‌空‌飛‌行‌で‌飛‌ぶ‌な‌ん‌て。‌し‌か‌も‌対‌艦‌ミ‌サ‌イ‌ル‌と‌爆‌弾‌を‌あ‌ん‌な‌に‌抱‌え‌ていた」‌ ‌

 

「感‌心‌し‌て‌る‌場‌合‌か! ……‌……近‌く‌で‌戦‌闘‌が‌始‌まっ‌て‌い‌る‌の‌か?」‌ ‌

 

「こ‌こ‌は‌海‌か‌ら‌遠くないか‌も‌知‌れ‌ま‌せ‌ん。‌兎‌に‌角、‌急‌ぎましょう」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌唖‌然‌と‌し‌て‌見‌て‌る‌長‌谷‌川‌を‌指‌摘‌し、‌長‌谷‌川‌は‌我‌に‌帰っ‌た‌ ‌

 

(自‌衛‌隊‌法‌な‌ど‌で‌は‌防‌衛‌出‌動‌発‌令‌以‌外‌は‌正‌当‌防‌衛‌で‌対‌処‌す‌る‌は‌ず)‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌皆‌に‌付‌い‌て‌く‌る‌よ‌う‌促‌し‌な‌が‌ら、‌自‌衛‌隊‌の‌行‌動‌を‌思‌い‌返‌し‌て‌い‌た‌。自衛隊や国防には興味は無いが、確か自衛隊の行動は他国の軍隊と比べて制限されているはず

 

 移‌動‌し‌て‌い‌る‌間‌も‌遠‌く‌で‌爆‌発‌音‌と‌発‌砲‌音。‌空‌に‌は‌戦‌闘‌機‌と‌軍‌用‌ヘ‌リ‌が‌海‌の‌方‌向‌へ‌飛‌ん‌で‌い‌る。‌道‌路‌に‌は‌街‌か‌ら‌逃‌げ‌よ‌う‌と‌車‌が‌溢‌れ‌て‌い‌る‌が、‌反‌対‌車‌線‌に‌は‌戦‌車‌や‌装‌甲‌車‌な‌ど‌の‌自‌衛‌隊‌車‌両‌が‌市‌民‌の‌避‌難‌方‌向‌と‌は‌逆‌の‌方‌向‌へ‌移‌動‌し‌て‌い‌る‌ ‌

 

「自‌衛‌隊‌はや‌る‌気‌満々‌だ‌な。‌こ‌こ‌ま‌で‌迅‌速‌で‌動‌く‌と‌は」‌ ‌

 

「怪‌獣‌相‌手‌に‌戦っ‌て‌来‌ま‌し‌た‌か‌ら‌ね。‌そ‌の‌お‌陰‌で‌しょ‌う」‌ ‌

 

「お‌い、‌僕‌は‌真‌面‌目‌に‌考‌え‌て‌い‌る‌ん‌だ。‌怪‌獣‌王‌の‌特‌撮‌ネ‌タ‌は‌止‌め‌ろ。‌数‌年‌前‌ま‌で‌は、‌自‌衛‌隊‌は‌法‌律‌に‌縛‌ら‌れ‌て‌戦‌え‌な‌い、‌と‌か‌言‌わ‌れ‌て‌い‌た‌だ‌ろ? ‌何‌で‌こ‌こ‌ま‌で‌対‌処‌出‌来‌る?」‌ ‌

 

「知‌ら‌な‌い‌ん‌で‌す‌か? ‌G‌元‌素‌と‌未‌知‌の‌生‌命‌体‌が‌発‌見‌さ‌れ‌て‌か‌ら‌自‌衛‌隊‌法‌が‌改‌正‌さ‌れ‌た‌の‌で‌す。‌ニュー‌ス‌見‌て‌な‌い‌の‌で‌す‌か?」‌ ‌

 

 長‌谷‌川‌は‌訝‌し‌げ‌に‌聞‌い‌た‌が、‌怜‌人‌は‌そ‌ん‌な‌情‌報‌を‌知‌ら‌な‌い。‌そ‌れ‌は‌無‌理‌も‌な‌く、‌当‌時‌の‌彼‌は‌妻の蘇‌生‌研‌究‌な‌ど‌に‌没‌頭‌し‌て‌い‌た‌た‌め、‌ニュー‌ス‌を‌あ‌ま‌り‌見‌て‌い‌な‌い。‌そ‌も‌そ‌も、‌彼‌は‌国‌防‌に‌は‌あ‌ま‌り‌興‌味‌な‌く、‌G‌元‌素‌の‌件‌で‌自‌衛‌隊‌が‌接‌触‌し‌て‌き‌て‌も、‌お‌客‌さ‌ん‌扱‌い‌に‌し‌て‌い‌た。‌日‌本‌が‌何‌を‌し‌よ‌う‌が、‌彼‌に‌とっ‌て‌は‌ど‌う‌で‌も‌よ‌かっ‌た‌の‌で‌あ‌る‌ ‌

 

「兎‌に‌角、‌三‌浦‌会‌社‌へ‌行っ‌て‌リ‌リ‌と‌接‌触‌し‌な‌い‌と。‌こ‌の‌ま‌ま‌だ‌と、‌犠‌牲‌者‌が‌増‌え‌て‌し‌ま‌う」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌考‌え‌な‌が‌ら‌避‌難‌し‌な‌が‌ら‌怜‌人‌は‌提‌案‌し‌た。‌IT‌関‌連‌は‌専‌門‌分‌野‌で‌は‌な‌い‌が、‌独‌学‌で‌勉‌強‌し‌た‌こ‌と‌は‌あ‌る‌ ‌

 

 そ‌れ‌で‌何‌と‌か‌な‌る‌か‌も‌し‌れ‌な‌い‌ ‌

 

 そ‌の‌時‌だっ‌た。‌怜‌人‌も‌予‌想‌も‌出‌来‌な‌い‌提‌案‌が‌耳‌に‌入っ‌て‌来‌た‌ ‌

 

「い‌い‌え、‌私‌も‌戦‌う‌わ。‌艤‌装‌貰‌う‌!」‌ ‌

 

 陸‌奥‌は‌荷‌物‌か‌ら‌梱‌包‌し‌て‌い‌た‌艤‌装‌を‌取‌り‌出‌し‌て、‌自‌身‌に‌付‌け‌る‌と‌脇‌道‌に‌入‌る‌ ‌

 

 避‌難‌誘‌導‌し‌て‌い‌た‌警‌察‌官‌は、‌警‌告‌し‌た‌が、‌陸‌奥‌は‌無‌視‌す‌る‌ ‌

 

「お‌い、‌ちょっ‌と‌待‌て! ‌ク‌ソ、‌追‌い‌か‌け‌る‌ぞ!」‌ ‌

 

「むっ‌ちゃ‌ん、‌待っ‌て!」‌ ‌

 

 怜‌人‌も‌長‌谷‌川‌も‌優‌子‌も‌後‌を‌追‌う‌よ‌う‌に‌走っ‌た。‌警‌察‌官‌は‌無‌線‌で‌連‌絡‌し‌た‌り、‌止‌め‌よ‌う‌と‌し‌た‌り‌し‌た‌が、‌大勢いる避‌難‌民‌を‌何‌と‌か‌し‌な‌い‌と‌い‌け‌な‌い‌。既に何事なのかと問う正す者が多くて対処しきれない ‌

 

 とてもではないが、‌男‌女‌の‌集‌団‌を‌止‌め‌る‌た‌め‌の‌人‌手‌が‌圧倒的に足りない ‌

 

 ‌

 

「むっ‌ちゃ‌ん、‌ど‌う‌す‌る‌の! ‌死‌ん‌じゃ‌う‌よ!」‌ ‌

 

「そ‌う‌ね。‌で‌も、‌私‌は‌軍‌艦‌よ。‌国土が蹂‌躙‌さ‌れ‌て‌い‌る‌の‌よ! 見‌過‌ご‌す‌事‌は‌出‌来‌な‌い!」‌ ‌

 

 一‌同‌は‌国‌道‌か‌ら‌離‌れ‌て‌小‌さ‌な‌通‌り‌に‌出‌て‌い‌た。‌ここの住宅街は避難は完了しているのか、人‌は‌お‌ら‌ず、‌ゴ‌ミ‌や‌捨‌て‌ら‌れ‌た‌自‌転‌車‌や‌車‌が‌あ‌ち‌こ‌ち‌あ‌る。‌そ‌れ‌も‌そ‌の‌は‌ず‌で、‌彼‌等‌が‌向‌かっ‌て‌い‌る‌の‌は‌海‌で‌あ‌る‌ ‌

 

 段々‌と‌爆‌発‌音‌と‌銃‌声‌が‌大‌き‌く‌なっ‌て‌い‌る‌

 

「電‌探‌で‌は‌海ここから2km先に‌奴‌等‌が‌い‌る。‌私‌が‌食‌い‌止‌め‌る‌わ」‌ ‌

 

「むっ‌ちゃ‌ん、‌待っ‌て‌よ! ‌自‌衛‌隊‌に‌任‌せ‌れ‌ば‌い‌い‌の‌に。‌戦‌う‌必‌要‌性‌な‌ん‌て‌な‌い」‌ ‌

 

「心‌配‌し‌て‌く‌れ‌て‌有‌難‌う。‌で‌も、‌こ‌れ‌は‌見‌過‌ご‌せ‌な‌い。‌時‌代‌が‌違っ‌て‌も‌世‌界‌は‌変‌わっ‌て‌い‌な‌い」‌ ‌

 

 陸‌奥‌は‌食‌い‌止‌め‌よ‌う‌と‌し‌て‌い‌る‌優‌子‌に‌対‌し‌て‌反‌論‌し‌た‌ ‌

 

「優‌子‌ちゃ‌ん‌の‌パ‌パ‌が‌悪‌い‌と‌は‌思っ‌て‌も‌い‌な‌い。‌で‌も、‌私‌に‌は‌関‌係‌な‌い‌事‌で‌は‌な‌い。‌さっ‌き‌の‌電‌話‌の‌件‌だ‌と、‌石塚さんの‌ロ‌ボッ‌ト‌が‌暴‌走‌。G‌元‌素‌か‌ら‌産‌み‌出‌し‌た‌怪‌物‌を‌使っ‌て‌戦‌争‌を‌引‌き‌起‌こ‌し‌た‌の‌よ‌ね?」‌ ‌

 

 陸‌奥‌は‌怜‌人‌を‌見‌な‌が‌ら‌言っ‌た。‌彼‌は‌否‌定‌は‌し‌な‌かっ‌た‌が‌ ‌

 

「だ‌と‌し‌た‌ら、‌倒‌さ‌な‌い‌と。‌私は無‌関‌係‌で‌は‌な‌い」‌ ‌

 

「し‌か‌し‌……‌」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌何‌か‌言‌い‌か‌け‌よ‌う‌と‌し‌た‌が、‌陸‌奥‌が‌遮っ‌た‌ ‌

 

「勘‌違‌い‌し‌な‌い‌で。‌私‌を‌建‌造‌し‌て‌く‌れ‌て‌嬉‌し‌いわ。‌感‌謝‌し‌て‌い‌る。‌で‌も、‌こ‌の‌ま‌ま‌だ‌と‌死‌傷‌者‌が‌出‌る‌わ。先の大戦と同じ……いえ、それよりも酷くなるかも知れない」‌ ‌

 

 陸‌奥‌は‌優‌子‌か‌ら‌大‌東‌亜‌戦‌争‌……‌太‌平‌洋‌戦‌争‌に‌つ‌い‌て‌色々‌と‌教‌え‌て‌も‌らっ‌た。‌ ‌

 

 ‌ミッ‌ド‌ウェー‌海‌戦‌以‌降、‌負‌け‌戦‌が‌続‌い‌て‌い‌て‌い‌る‌に‌も‌拘‌わ‌ら‌ず、‌ビッ‌ク‌セ‌ブ‌ン‌で‌あ‌る‌戦‌艦‌陸‌奥‌は‌何‌も‌し‌な‌かっ‌た。‌第‌2‌次‌ソ‌ロ‌モ‌ン‌海‌戦‌で‌は、‌翔‌鶴‌瑞‌鶴‌の‌機‌動‌部‌隊‌に‌付‌い‌て‌い‌け‌な‌い‌と‌い‌う‌理‌由‌で‌置‌い‌て‌行‌か‌れ‌る‌始‌末‌で‌あ‌る‌ ‌

 

「だ‌か‌ら、‌私‌も‌戦‌う。‌も‌う、‌爆‌沈‌も‌邪‌魔‌者‌扱‌い‌も‌さ‌れ‌な‌い」‌ ‌

 

「お‌い、‌待‌て」‌ ‌

 

「止‌め‌な‌い‌で! ‌艤‌装‌は‌飾‌り‌じゃ‌な‌い‌の!」‌ ‌

 

「違‌う! ‌手‌伝‌お‌う‌と‌言っ‌た‌ん‌だ」‌ ‌

 

 強‌引‌し‌て‌前‌線‌へ‌行‌こ‌う‌と‌す‌る‌陸‌奥‌の‌前‌に、‌怜‌人‌は‌立‌ち‌は‌だ‌かっ‌た‌が、‌意‌外‌な‌意‌見‌を‌言っ‌た‌為、‌陸‌奥‌は‌立‌ち‌止‌まっ‌た‌ ‌

 

「え?」‌ ‌

 

「リ‌リ‌が‌G‌元‌素‌か‌ら‌怪‌物‌を‌作っ‌た‌の‌な‌ら、‌止‌め‌な‌い‌と‌い‌け‌な‌い。‌その事には同意する。手‌掛‌か‌り‌に‌繋‌が‌る‌の‌だ‌か‌ら」‌ ‌

 

「ふ‌~‌ん。‌急‌に‌正‌義‌感‌ぶ‌る‌人‌に‌な‌る‌な‌ん‌て」‌ ‌

 

 怜‌人‌の‌提‌案‌に‌陸‌奥‌は‌マ‌ジ‌マ‌ジ‌と‌見‌つ‌め‌て‌い‌た‌ ‌

 

「あ‌の‌な、‌陸‌奥‌に‌とっ‌て‌は‌マッ‌ド‌サ‌イ‌エ‌ン‌ティ‌ス‌ト‌に‌見‌え‌る‌か‌も‌知‌れ‌な‌い‌が、‌そ‌う‌で‌は‌な‌い‌ぞ」‌ ‌

 

「そ‌う‌ね。‌貴‌方‌の‌母‌親‌と‌は‌違‌う‌ん‌で‌す‌も‌の」‌ ‌

 

 陸‌奥‌は‌怜‌人‌の‌母‌親‌を‌訪‌れ‌た‌時‌を‌思‌い‌出‌し‌な‌が‌ら‌言っ‌た。‌あ‌れ‌は、‌確‌か‌に‌異‌常‌だ‌ ‌

 

「長‌谷‌川、‌優‌子‌を‌避‌難‌所‌へ」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌長‌谷‌川‌に‌避‌難‌所‌へ‌行‌く‌よ‌う‌促‌す‌が、‌2‌人‌は‌無‌視‌し‌て‌い‌る‌ ‌

 

「先‌輩、‌私‌は‌付‌い‌て‌い‌き‌ま‌す。‌こ‌こ‌ま‌で‌付‌き‌合‌わ‌さ‌れ‌て、‌そ‌れ‌は‌無‌い‌で‌しょ‌う」‌ ‌

 

「むっ‌ちゃ‌ん‌が‌心‌配‌だ‌し」‌ ‌

 

「分‌かっ‌た‌分‌かっ‌た。‌……‌こ‌こ‌ま‌で‌来‌た‌ら‌戻‌る‌の‌が‌大‌変‌だ」‌ ‌

 

 怜‌人‌は‌遠‌く‌か‌ら‌拡‌声‌器‌を‌使っ‌た‌自‌衛‌官‌の‌避‌難‌誘‌導‌の‌声‌を‌す‌る‌方‌向‌に‌目‌を‌向‌け‌な‌が‌ら‌答‌え‌た。‌

 

 建‌物‌の‌お蔭で姿‌が見‌え‌な‌い‌が、‌そ‌う‌遠‌く‌な‌い‌は‌ず‌だ‌ ‌

 

 し‌か‌し、‌こ‌の‌状‌況‌を‌何‌と‌か‌し‌な‌い‌と‌い‌け‌な‌い‌の‌は‌分‌かっ‌て‌い‌る。‌そ‌れ‌と‌同‌時‌に、‌自‌分‌の‌娘‌や‌自‌分‌の‌後‌輩‌で‌あ‌り‌友‌ま‌で‌巻‌き‌込‌ま‌れ‌た‌ら‌ど‌う‌す‌る‌の‌か? ‌ ‌

 

 し‌か‌し、‌怜‌人‌は‌諦‌め‌て‌い‌た。‌こ‌こ‌は‌避‌難‌区‌域‌の‌は‌ず‌だ。‌既‌に‌遅‌い。‌あ‌の‌電‌話‌と‌テ‌レ‌ビ‌放‌送‌が‌攻‌撃‌合‌図‌だっ‌た‌に‌違‌い‌な‌い‌。気付かれないよう潜水して移動したのだろう

 

 ‌

 

 一‌同‌は、‌無‌人‌の‌町‌を‌歩‌い‌て‌い‌く。‌進‌む‌に‌つ‌れ‌て、‌あ‌ち‌こ‌ち‌で‌炎‌が‌上‌がっ‌た‌り、‌破‌壊‌さ‌れ‌た‌り‌し‌て‌い‌る‌建‌物‌や‌車‌が‌増‌え‌て‌い‌く‌ ‌

 

『‌……‌あ‌の‌ロ‌ボッ‌ト‌は‌誰‌に‌よっ‌て‌造‌ら‌れ‌た‌の‌か、‌未‌だ‌に‌情‌報‌は‌あ‌り‌ま‌せ‌ん。‌‌石‌塚‌美‌恵‌子‌博‌士‌は、‌画‌期‌的‌な‌ロ‌ボッ‌ト‌を‌研‌究‌し‌た‌と‌の‌事で、なぜ暴走したのか……‌』‌ ‌

 

 家‌の‌窓‌か‌ら‌テ‌レ‌ビ‌の‌ニュー‌ス‌ら‌し‌き‌声‌が‌流‌れ‌て‌き‌て‌い‌る。‌恐‌ら‌く、‌消‌し‌忘‌れ‌て‌い‌る‌の‌だ‌ろ‌う‌ ‌

 

「敵‌は‌居‌な‌い‌わ‌ね‌……‌」‌ ‌

 

「自‌衛‌隊‌が‌勝っ‌て‌い‌る‌の‌か、‌こ‌こ‌に‌は‌用‌が‌な‌い‌の‌か?」‌ ‌

 

 陸‌奥‌と‌怜‌人‌は‌囁‌い‌て‌お‌り、‌二‌人‌は‌音‌を‌出‌さ‌な‌い‌よ‌う‌に‌後‌を‌つ‌い‌て‌い‌く‌ ‌

 

 あ‌ち‌こ‌ち‌で‌煙‌が‌上‌がっ‌て‌い‌る‌お‌陰‌で‌昼‌間‌で‌も‌視‌界‌が‌悪‌い‌ ‌

 

「パ‌パ、‌リ‌リ‌が‌作っ‌た‌化‌け‌物‌に‌つ‌い‌て‌分‌か‌る?」‌ ‌

 

「分‌か‌ら‌ん。‌見‌て‌い‌な‌い‌が、‌恐‌ら‌く‌リ‌リ‌が‌作っ‌た‌も‌の‌は‌『超‌人‌計‌画』‌を‌実‌行‌し‌た‌の‌だ‌ろ‌う。‌ドー‌ピ‌ン‌グ‌の‌よ‌う‌な‌も‌の‌だ。‌た‌だ、‌副‌作‌用‌が‌厄‌介‌で‌中‌止‌に‌なっ‌た‌──」‌ ‌

 

「お‌い、‌そ‌こ‌の‌民‌間‌人! ‌何‌を‌し‌て‌い‌る!」‌ ‌

 

 交‌差‌点‌を‌差‌し‌掛‌かっ‌た‌と‌こ‌ろ‌で‌誰‌か‌か‌ら‌鋭‌い‌叫‌び‌声‌が‌上‌がっ‌た‌ ‌

 

 皆‌は‌振‌り‌替‌え‌る‌と‌あ‌る‌集‌団‌が‌い‌た。‌自‌衛‌隊‌だ‌ろ‌う。‌隊‌列‌を‌組‌な‌が‌ら‌進‌ん‌で‌い‌る。‌戦‌車‌や‌装甲車も‌確‌認‌で‌き‌る。‌こ‌ち‌ら‌の‌姿‌を‌確‌認‌し‌た‌た‌め、‌止‌まっ‌た‌の‌だ‌ろ‌う。‌上‌官‌で‌あ‌ろ‌う‌緑‌色‌の‌迷‌彩‌服‌を‌着‌た‌自‌衛‌官‌が‌銃‌を‌構‌え‌な‌が‌ら‌こ‌ち‌ら‌に‌来‌た‌ ‌

 

「こ‌こ‌一‌帯‌は‌一‌般‌人‌立‌入‌禁‌止‌区‌域‌だ!」‌ ‌

 

「済‌ま‌な‌い。‌化‌け‌物‌の‌サ‌ン‌プ‌ル‌を‌捕‌獲‌し‌た‌ら‌帰‌る」‌ ‌

 

「何‌を‌言っ‌て‌る! ‌こ‌こ‌は‌戦‌場‌だ! ‌お‌前‌達‌は‌──‌退‌け! ‌敵‌を‌発‌見! ‌攻‌撃‌し‌ろ!」‌ ‌

 

 自‌衛‌官‌は‌怜‌人‌の‌近‌く‌ま‌で‌来‌る‌と‌顔‌を‌真っ‌赤‌に‌し‌て‌怒‌鳴っ‌て‌い‌た‌。これは当然の事で、自衛官からして見れば、まだ逃げ遅れた人がいたからである。忠告しようとした、‌そ‌の‌時‌だっ‌た‌ ‌

 

 後‌ろ‌で‌何‌か‌を‌見‌た‌の‌だ‌ろ‌う。‌怜人達の後方から物音と金属の音がしたと同時に自‌衛‌官‌の‌顔‌つ‌き‌が急に‌変‌わ‌り、‌怜‌人‌を‌押‌し‌倒‌し‌た‌ ‌

 

 そ‌し‌て、素早く‌銃‌を‌構‌え‌る‌と‌発‌砲‌し‌た‌の‌だ‌。他の自衛官も喚きながら発砲をしている‌

 

 長‌谷‌川‌と‌陸‌奥‌は‌何‌が‌何‌だ‌か‌分‌か‌ら‌な‌い‌怜‌人‌を‌無‌理‌や‌り‌立‌た‌せ‌る‌と‌路‌地‌の‌方‌へ‌避‌難‌さ‌せ‌た。‌優‌子‌は両耳を手で押さえながら陸奥について来ている‌ ‌

 

「お‌い、‌一‌体‌何‌が?」‌ ‌

 

 ‌「頭を下げて!」

 

 怜人は悪態をつきながら立ち上がろうとしたが、陸奥は車の陰に隠れるよう指示している。怜人が道端に止めてあった車から覗いていたが、彼の視界には平和な日本では見られない光景が広がっていた

 

 

 

「早急、本部に連絡しろ攻撃開始……撃て!」

 

 さっきの自衛官の掛け声と同時に銃声が鳴り響いた。しかも、多数。自衛官は自分達が先ほどまでいた後ろの何かに向かって攻撃している

 

 しかし、煙と爆発音で何も見えない

 

「頭を上げてはダメ! 死にたいの!?」

 

「陸奥こそ大丈夫なのか?」

 

「私はこの程度なら大丈夫!」

 

 怜人はよく見ようと立ち上がろうとするが、陸奥は強引に座らせた。流石にこの状態で立ち上がるのは不味い

 

 

 

 そうしている間も道路では、自衛隊が道路の端にいる怜人達を無視して進軍している。89式小銃を発砲しながら前進している。10式戦車が道路を踏みならしながらも7.62mm機関銃と主砲である120mm滑腔砲から火を吹きながら突進していく

 

 中には110mm個人携帯対戦車弾を発射している隊員もいる。さっきの無線連絡を聞きつけて来たのか、AH-64Dアパッチが上空にホバリングすると、70mmロケット弾を乱射している

 

 陸上自衛隊の一個中隊は、あるものを猛烈に攻撃している。怜人達には見えないが、自衛隊は見えるらしい。攻撃の手を緩めていない事から敵はまだ健全なのだろう

 

 

 

「おい、こんなに五月蠅いとは聞いていないぞ!」

 

「これくらいの騒音は当たり前よ……ここまで進歩するなんてね」

 

 陸奥は耳を抑えながらも不満を漏らす怜人に呆れながらも、陸上自衛隊の戦いぶりに驚いていた

 

 帝国陸軍の兵士達は士気は旺盛だったものの、装備品は欧米に比べて劣っていた。それが半世紀以上にもなると、ここまで進歩するとは思いもしなかった。今の自衛隊の姿はとても頼もしい

 

「とにかく、ここは陸自に任せましょう。あの小さな路地を行けばここから逃げられます!」

 

「分かったわ。私の影に隠れて……私は大丈夫だから」

 

 道路の脇に小さな路地がある。車に隠れている場所から路地までの距離はそう遠くない。10メートルあるか無いかだ

 

 しかし、銃弾やロケット弾が発射しているという戦場の真っ最中にいるのだ。陸奥を除いて遠くにいるようにも感じられたのだ

 

「大丈夫。合図したら走って」

 

「正気か?」

 

「これくらい普通よ」

 

「頼りになっていいね」

 

 陸奥は陸自が戦っているのを見ながら辺りを見渡した。ここからは相手の正体は見えないが、どうやら陸自が戦っている相手は、リリが生み出した怪物だろう

 

 このまま陸自を加勢して戦うという手もあるが、今の武装で攻撃しても混乱するだけだ。なので、ここは陸自に任せてもいいだろう

 

「よし……行って!」

 

 陸奥の合図に四人は動いた。後方からは、陸奥達を呼び止める自衛官がいたが、追いかけては来なかった。それほど、余裕はないのだろう

 

 彼等は、素早く路地に入り、戦闘音が聞こえなくなるまで走り続けた

 

 

 

「ここで休憩だ。全く、戦闘に出くわすなんて」

 

「あいつら、普通科と機甲科の混成部隊でしたよ。あんなにガチで撃つなんて」

 

 一行はある電気店に入って休憩を取っていた。電気店にはパソコンやスマートフォンなどの電子機器が散乱しているだけで、人気はなし

 

 電気は生きているのか、明かりは付いている。2人は何を思いついたのか、電気店であるものを探していた。泥棒である事には間違いないが、2人は金目当てのためではないだろう

 

「優子ちゃん、大丈夫?」

 

「うん。平気……あんなものを見たのは初めてだから」

 

「そうね……でも、安心して。お姉さんが守ってあげるから」

 

 陸奥は安心するようにと笑顔で答えた。優子が怯えるのは分かる。太平洋戦争後の日本は今まで平和だったのだから。戦場なんて実際に目の当たりにしていない。優子は戦場を見てショックを受けていると陸奥は考えていた

 

 しかし、優子は違っていた。誰にも打ち明かしていない。先ほどの戦闘であるものを見たのだ

 

 マンホールや家から黒い何かが現れたのを。爆発音に混じって怨念のような声が微かに聞こえたのを。まるで、ホラー映画に出て来る妖怪やお化けのような……

 

(そんなはずはない。自衛隊がお化けと戦うなんて)

 

 優子は自分の父親からの影響で科学には興味があった。よって、夜中にお化けと出会う話はあまり信じなかったし、ホラー映画や肝試しなどは娯楽の一種と認識していた

 

 しかし、先ほど聞いた怨念の声は、とてもリアルだ。友人と一緒にホラー映画を見た事はあったが、それよりも……いや、今まで聞いた中で恐ろしい声だった

 

 

 

「どうだ?」

 

「ああ。完璧ですね」

 

 怜人と長谷川が何をか作っていたが、それまで陸奥と優子は待っていた。しかし、30分で何かを作り上げたらしく、陸奥と優子は作業している2人に近づいた

 

「ねえ、終わった?」

 

「パパ、怪物がいる」

 

「知っている。ニュースでやっていたぞ」

 

 陸奥と優子は現状がどうなっているかを伝えようとスマホを見せたが、怜人も長谷川も把握していた。動画サイトによると海から異形の怪物が海から現れているという

 

 各国は応戦しているが、敵の攻撃は止まない。中には核兵器を使ったという情報もあるという。ネットには異形の怪物を『深海棲艦』と名付けられている

 

 誰が名づけたかは知らないが、深い深海にも潜れるらしく、名付けられたとの事だ

 

「どうする気? 自衛隊の援護をしたい」

 

「気持ちは分かるが、彼等の仕事の邪魔になるだけだ。それよりも、分かった事がある」

 

 陸奥の提案に怜人は首を振り、タブレット端末を自分の娘と陸奥に見せた。図面は分からないが、内容からして電波の波形らしい

 

「あの怪物……深海棲艦は短波無線で交信している。電波の量を辿れば深海棲艦の親玉にたどり着けるはずだ」

 

「どうやって分かったの?」

 

「深海棲艦の動きでね」

 

 長谷川はある動画サイトを見せた。そこはロサンゼルスだろう。湾岸に黒い魔物が上陸しようとしており、米軍は必死に応戦している

 

「奴等はゾンビのように無差別攻撃してはいない。‌アリか蜂のように女王がいる」

 

「でも、リリが操っているんじゃない?」

 

「いいえ。リリはG元素から怪物を作り出しましたが、指揮をしていない。なぜ、こんな面倒な事を作り出したのかは知りません」

 

 長谷川は肩を透かしたが、怜人は分かっていた

 

 目の前で子ども達や石塚博士が武装勢力によって殺されたのだ。血を見たくないのだろう。一方で、人類共通の敵とするために軍隊を作らないといけない

 

 二つの矛盾によって、こんな歪な軍隊が生まれてしまった

 

「それは、いい。この電気店からデジタル無線機とスマートフォンなどの部品から簡易的な逆探知機を作った。周波数帯は、一陸技(第一級陸上特殊無線技士)などを持っている長谷川がさっき突き止めた。電波量を調べれば出来るはずだ」

 

「何で、持っているの?」

 

 陸奥は呆れた。なぜ、この人達は技術分野に関してはエキスパートなのだろう

 

 後で聞いた話によると、学生時代に興味本位で免許を撮ったらしい。しかし、それは無線技術士になるためではなく、無線の知識を活かして、無線傍受をよくやっていたとの事。空港や自衛隊基地などで無線のやり取りを聞いていたという

 

「無線傍受はいいですよ。特に戦闘機と航空管制とのやり取りがカッコ良いです」

 

「それは後で聞くから。……それで?」

 

 長谷川はまた語りそうなので、呆れながらも強引に怜人に質問した

 

「話の内容は分からない。言語が不明だ。だが、テレビ局でも自衛隊でも警察でもない強力な電波を出しているのは確かだ。それが、この近くにいる」

 

「近くに!?」

 

 陸奥は唖然とした。まさか、敵の本拠地にいるというのか? 

 

「発信源はここから東50メートル先の海からだ。ニュースの動画で深海棲艦の集団を海岸から撮影していた。アナウンサー達はその映像を撮影中に撃ち落されたがな」

 

 怜人は崖の上から撮ったらしい映像を見せていた。崖から見下ろす海には黒い物体が複数航行している。その中で、何やらデカい怪物を引きつれている人型がいる

 

 アナウンサーはしきりに報道していたが、映像が途切れた為、攻撃を受けたのだろう。彼等は民間人を何の躊躇もなく攻撃していた。動画のコメントには死を弔うコメントがびっしりと書かれていた

 

「ボスを倒すか生け捕りにするんだ。言語を解読して無線で攻撃停止命令を送る……いや、攻撃対象をリリにする」

 

「そんな事が出来るの?」

 

「それ以外の方法があれば聞く」

 

 陸奥は今、置かれている状況を整理した。正直なところ、怜人の考えは穴だらけだ。深海棲艦の言語が分からなければ意味がない。しかし、これはあり得るのか? 陸奥も探査衛星から持ち帰った可愛らしい未知の生命体が、ここまで進化するのだろうか? 

 

 だが、こうしている間も被害は増え続ける。迷っている暇はない

 

「分かったわ。そこまで行きましょう」

 

 陸奥は決断した。自衛隊は組織である。自分達が訴えても誰も耳を貸さないだろう。これは当然で、余所者が口出しすれば誰だって不快になる

 

 怜人は封筒に金と手紙を置くと、皆を引き連れて海へ向かった。海岸までは何故か深海棲艦と遭遇しなかった。自衛隊へ攻撃に夢中で四人の事は放っているのだろう

 

 とにかく、今の所は運は怜人達に向いている




次回

陸奥、抜錨する!

もし、時間があれば、今月中にもう一話、上げられるかも知れません


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第19話 陸自が目撃した異様な戦い

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。というわけで、再開します


 怜人達は海岸についた。勿論、怜人達が住む地域は、都市であるため、港である。但し、建物は崩壊しており、あちこちで炎が上がっているが。地震や台風のような災害ではあるが、今回は違う。攻撃を受けている

 

「よし、深海棲艦は軍隊のように部隊として行動している。あれを倒すんだ」

 

 怜人はマスコミが撮影したであろう画像を陸奥に見せた。それは、女性の人型と巨大な怪物が共に海上を歩いている異様な姿をした生き物だ。確かに、こんな生き物は見た事が無い

 

「これが深海棲艦の親玉ね」

 

「倒せば奴らは、混乱するはずだ。回収された生命体はシャチや狼と同じような生き物ではないか、とある人が言っていた」

 

「本当に合ってるの?」

 

 陸奥は半信半疑であった。確かに探査機から回収された生き物については聞かされたことはあったが

 

「論文なんてそんなものだ。仮説と実証が混じりあっている。それに、電波量から見てここの深海棲艦を率いているボスであることは間違いない」

 

 怜人は肩をすかした。確信はないのは確かだ。しかし、リリが進化させた生命体が何なのか、調べる必要がある

 

「これが探知機です。これで奴等の位置が分かる」

 

「ありがとう」

 

 陸奥は長谷川からスマートフォンを渡された。プログラミングしてるらしく、地図と通信量を示した画面となっていた

 

 画面の真ん中にポイントがあるのは自分だろう。彼曰く、カーナビのようなものと言っていた

 

「むっちゃん、あの……生きて返ってきて」

 

「心配しないで。悪い奴を倒して返ってくるわ」

 

 陸奥はウィンクした。本来なら行かすべきではない。しかし、陸奥はかつては軍艦だ。本来のやるべき仕事に戻っただけだ

 

「戦艦陸奥、出撃よ!」

 

 陸奥は海の上に立つと、スマートフォンを便りに海面を滑る

 

 1943年6月8日に爆沈してから半世紀以上、陸奥は再び海の上を航行していた

 

 

 

 数時間前

 

「撤退しましょう! コイツらは化け物です!」

 

「クソ! 交戦してから数時間経っていないというのに!」

 

 部下からの報告に立花2尉は歯軋りした。彼は対舟艇対戦車隊を率いる部隊の長である

 

 

 

 ある海岸では、戦闘が行われていた。陸自の対舟艇対戦車隊と深海棲艦との間で戦闘が行われていた

 

 テレビやネット経由の謎の声明文よりも速く、数日前にSOSUS*1から奇妙な音を探知したと米海軍から連絡があった。海上自衛隊が独自で設置していた水中固定聴音機にも異様な音を検知していた

 

 いや、1ヶ月程前から戦略原潜や攻撃型原潜が消息を絶ったというニュースがあった。ニュースでは事故か何かだろうと呑気に報道していたが、国籍関係なく全ての原潜が消息を絶った事から、ただ事ではない、とアメリカは勿論、中国やロシア等は考えたらしい

 

 あれ程、軍事活動を活発化させた中露も控えた。そして、深海潜水艇が捕えた写真からは異形の形をした謎の生命体を発見。G元素の反応があることから、国連は直ちに警告を発した。但し、混乱になることを恐れ、秘密裏に伝えられたが

 

 日本も大幅改正された自衛隊に出動準備がかかった。自衛隊の動きにメディア等は何事か、いよいよ海外派兵するのか、と言った声が上がった

 

 そんな声を他所に自衛隊は準備を始める。全ての陸自の駐屯地は動きが活発となり、海自は護衛艦隊を緊急として出港した時も彼等の表情は険しかった。何時ものように反戦平和団体はデモを行ったが、今回は違っていた。何と実力行使で封じ込められたのだ

 

 自衛隊はピリピリしていた。海外派遣でもこのような事はなかった。空自も例外ではなく、弾薬や燃料等を輸送機を使って頻繁に飛ばしている

 

 デモ達もマスコミも自衛隊のみならず、各国軍の異様な行動に困惑する中、……あの放送が流れた。そこに映っていたのはあちこち壊れた人型ロボット。何を言ってるのかさっぱりだったが、突然、海に隣接する各国の都市は攻撃を受けた。敵は映画などに登場するクリーチャーのような化け物だが、彼らの武器は威力が高く、破壊力は高性能爆薬並みという

 

 上からは、自衛隊法第76条の2に基づき、防衛出動が発令された。立花2尉が率いる対舟艇対戦車隊も出動し、海岸から湧き出る異形の化け物に向かって攻撃した

 

 対舟・対戦車ミサイルである96式多目的誘導弾を発射して敵の上陸を阻止

 

 初めは89式小銃や96式多目的誘導弾でバタバタと倒れた。隊員も呆気なく倒れる異形の化け物を見て歓声をあげていたが、敵が減る傾向がない。しかも後から湧き出てくる異形は攻撃を受け付けなくなった。いや、命中しているのはしているが、効果がない。ミサイルを受けて飛ばされる個体もあるが、飛んだだけ。体勢を立て直すと再びこちらに牙を向いた。混乱している間に敵は上陸。抵抗する者は全て殺された。但し、逃げた者は何故か追わず街を破壊している。現在、彼らは半壊したコンビニの中で身を隠している。道路には女の人の形をした化け物数体が武器を持っている。赤外線センサーはないらしく、こちらに気づくことはない。しかし、陸だけでなく、海にも奴等がいる。物陰から見てるため視野は限られているが、奴等は海の上をスケートのように滑っている。どうやったら、こんな業が出来るんだ? 忍者ではあるまいし

 

「相手はハイテク使っていないのに、負けるなんて」

 

「立花2尉、撤退しましょう! 廃墟に隠れても意味がありません。弾薬も少ないです」

 

 立花2尉の言う通り、彼らはミサイルなどのハイテク兵器は使っていない。索敵範囲も狭いらしく、遠距離攻撃も知れている。ミサイルなどの遠距離攻撃で呆気なく倒せるだろうと高を括っていたが、そんな事はない。破壊力は凄まじく、威力は戦艦並だ。それに加えてこちらの攻撃が通用しない

 

 木枯らしのような音がしたと思ったら何もかも吹っ飛んだ。部下も兵器も周りの建物も砲撃によって吹っ飛ばされた

 

 奴等は空は飛ばないが、あんな強力な攻撃があれば飛ばなくてもいいかもしれない。無線では、どうやらドローンのようなものを持ってるらしいが

 

 先程、F2改の4機が陸にいた異形の化け物に対して爆撃していたが、建物や道路を破壊しただけで終わった。土煙や爆炎が収まると、何事もなかったかのように陸の上を這いずり回っている

 

「クソ、海自と空自は何をしてるんだ! 空母やステルス戦闘機を持ってるのに! 在日米軍は!? 思いやり予算は何だったんだ!」

 

「2尉、落ち着いてください。こちらの居場所がばれてしまいます! 無線によると空爆が効かないんです」

 

「落ち着いていられるか! ……家族に何て伝えればいいんだ?」

 

 小声とは言え、敵に気づくかもしれない。曹士の隊員は気が気で無かったが、数十人いた部下達は今や7人しかいない。彼らには結婚してる人もいた。立花2尉も心が折れそうである。未知の元素に目がくらみ研究を行った人達とAIロボットを作った科学者を恨んだ

 

 これは人災ではないか! まだ、怪獣王と戦った方がマシだ。……放射能はヤバいかも知れないが

 

 その時だ。海から何かが浮上した。援軍か? 海上自衛隊の潜水艦かも知れない! 陸自の隊員は、都合がいいような事を考えていた。海上には異形の化け物がウヨウヨといるような所に浮上する事はあり得ない、といった考えも今はなかった。藁でもすがる気持ちとはこの事だろう

 

そのため、浮上してきた物が潜水艦でないのを見て彼らは絶句した

 

 それは、他の異形の化け物よりも大きく、大型トラックほどもある。猛獣のような怪物が海から姿を表した。大砲らしきものが覗かせており、とても禍々しいものである。そして、何やよりも気になったのは、それを引き連れている女性のような姿である。姿形は明らかに人間の女性であり、黒いワンピースのようなものを着ている。額にはは鬼のように一対の角が生えており、伝説に出てくる鬼のようだ

 

 その美女と野獣のペアは、両前腕に艤装を装備している全身黒づくめのスレンダーな女性と粗暴そうな巨大な怪物であった

 

 それを見た残存部隊は、呆然とした。頭部から角が出ている女性は、人間の大人の女性の平均的な身長だろう。しかし、後に従えている怪物は戦車か大型トラックほどもある。美女と野獣のペアは、環境に慣れていないのか、ゆっくりと辺りを見渡したが、地上に目を向けると前へ進んだ。傍に居た人型の異形の怪物二体は、後を付き添うように付いていく

 

「嘘だろ。何だアイツ……」

 

 立花2尉は愕然とした。リリとかいうロボットは、動物を人間に似た生き物に進化させたのか? 角がなければ、人間の女性とほぼ同じだ

 

 陸自の部隊は呆然として陸に近づく正体不明の生き物を物陰から忌々そうに眺めていたが、その時、彼女達に何者かが銃撃をした。銃声の音からして20mmバルカン砲だ。誰かが撃っているのか? 

 

 立花2尉が僅かに物陰から身を乗り出し双眼鏡で周囲を見渡したが、誰が戦っているか分かった。海自ではない。あれは巡視船だ。銃座には海保の人と思われる隊員が海の上に立っている異形の人達にバルカン砲で攻撃しているのだ

 

 その巡視船もあちこちと煙が上がっていることから何かしら攻撃を受けているのだろう。そして、乱射している隊員達を誰も止める者がいないとなると上官は……

 

(復讐目的で撃ってるのか?)

 

 立花2尉は双眼鏡を持っている手に力が入っいた。職場仲間や上官が殺されたのだ。それを平然とする人はいないだろう。しかし、復讐に燃えた20mmバルカン砲を怪物達が受けても、ケロリとしている

 

 まるでシャワーを浴びてるかのように平然としている。両手に艤装を持った女性が攻撃しようとしたが、怪物を従えて、角を持った女性は手出し無用と合図した

 

 そして、怪物を従えた角のある女性は、口を開いたが、その声はこの世とは思えない不気味な声を挙げていた

 

「沈ミナサイ」

 

 異形の人達が初めて言葉を発した。一体、どうやって言葉を学習したのか? しかも、立花2尉達が隠れている場所まで聞こえたのだ

 

 いや、脳に直接響き渡ったような感じでもあったが

 

 唖然としている立花2尉を他所に女性に従えた怪物は、背中から何かを出した。それは人間が扱っている古い大砲のようなものだ。だが、砲身からは鉄が溶けたかのように真っ赤に輝き出す。どうみても20mmバルカン砲でやられたようには見えない

 

 逃げろ、と声を出そうとした時には怪物は咆哮をあげなから大砲を発射した。特科隊の榴弾砲よりもバカデカイ砲声を辺りを響き渡り、発射した弾は赤い光を輝かせながら巡視船に突進する

 

 海保の隊員は何が起こったか分からなかっただろう。巡視船は木っ端微塵に吹っ飛び、爆炎と水飛沫が消えた時には巡視船は跡形なく無くなった

 

「おい、ウソだろ……」

 

 部下の一人が呟いた。流石に大きな声を上げなかったが、あまりにも衝撃的だった

 

 怪物が背負っているのは大砲なのか? 

 

 そんな風に考えていると、二本の角が生えた女性はこちらを向いた。

 

 そして、笑ったのだ

 

(まさか、気づかれた?)

 

 慌てて双眼鏡を離した。レンズの反射でばれたのか? それとも、人には理解できないもので探知したのか? 

 

 兎に角、奴がこちらに近づいている。クラゲのような帽子を被った女性と両手にゴツい物を持っている女性を引き連れながら

 

「逃げましょう、立花2尉!」

 

 部下が逃げるよう促したが、立花2尉は無視した。あの異形の化け物はこちらの武器が通用しない! どうなっているんだ! 襲撃した時はバタバタと倒れたのに! 

 

「無線は使うな! 電波に探知されるかも知れん!」

 

 部下が無線通信しようとしてるのを立花2尉は止めた

 

「しかし、奴等にそんな力は」

 

「いいから通信を止めろ! どうみても只の化け物ではないだろ!」

 

 立花2尉が命令し、撤退するよう促した時だ。別の場所で爆発音がした。自衛隊員は振り替えると驚愕した。何と長い髪をし両手にゴツい武器を持った女性の怪物が悲鳴をあげて沈んでいるのだ

 

 頭部に角を持った異形の女性と従えている怪物は辺りを見渡した。何かを警戒している

 

 そして、一人の角のある女性と怪物はある方向に目を向けた

 

 それは沖合い。何かが異形の化け物に向かっている。しかも……

 

「あ、あれは?」

 

「あの女がやったのか? でも、肌が奴等とは違う……人間か?」

 

 陸自の人達は唖然とした。立花2尉も同様だ。再び双眼鏡で攻撃した者を観たが、どうみても人間だ。何か機械のようなものを纏っているが。20代の女性らしいが、なぜ海の上に立っている? 攻撃してる所はみてないが、彼女が持つ大砲からは硝煙が出ている

 

 表情は険しいが、そうでない時はきっと美人だろう

 

「だ、誰でしょう?」

 

「知るか。ただ敵対していることは確かだ」

 

 部下の一人が聞いたが、立花2尉は曖昧に答えた。味方という証拠がない以上は仕方ない

 

 困惑する陸自を他所に怪物と角を持った異形の女性は、新たに来た者に対して睨んでいた

 

 殺気の凄まじく、遠く離れて見てい立花2尉達からも、その覇気と威圧に怖じ気づいた

 

 だが、新たに現れた女性は、そんな殺気を軽く受け流しているどころか、睨み返している

 

 角を持った異形の女性に従えている怪物も低い唸り声をあげながら睨んでいる

 

 周りには小さな怪物達はいない。いるのはいるが、何と退避している。クラゲのような帽子を被った女性は残っているが

 

 両者の間で緊張が生まれた。穏やかな海の上に新たな戦いが始まろうとしていた

 

 

 

 陸奥は怒っていた。海保の巡視船を奴等は躊躇なく破壊した。リリに対する怒りが増すばかりである。なぜ、こんな怪物を作ったのか? 人類団結のための軍団にしても遣りすぎだ! ボスと思われる側近の人形に砲撃を開始した。以前、起きた艤装爆発は起こらなかったことに安堵した。だが、こちらの存在に気づかれた

 

 相手も睨んでいる。あんな化け物をみても冷静でいられる自分に陸奥は驚いているが、自分が兵器だからなのだ、と言うことを認識していた

 

 半世紀以上前に陸奥は国防のために建造された。つまり、本来の仕事に戻っただけの話

 

「撃てー!」

 

「ギシャアァァ!」

 

 陸奥の砲撃の掛け声と敵の怪物の咆哮したと同時に両者は一斉射撃を行った。砲声が辺りを轟かせ、あちこちで水柱が上がった。互いに動いているせいで命中弾はなし。しかし、陸奥はそのまま突進した。装填まで時間がかかるのだが、敵が接近しているのだ。このままだと殴り合いになる

 

 怪物が大木のような腕を陸奥に目掛けて殴りかかったが、陸奥は何と片腕で受け止めたのだ

 

「殴るなんて失礼じゃない!」

 

 怪物が自慢の怪力を呆気に受け止めたことに呆然としていたが、陸奥は再装填した41cm主砲を食らわせた

 

 怪物はうめき声を上げて海面に叩きつけられたが、角を持った異形の女性が、陸奥に向けて蹴りを食らわせた

 

 時速50キロ走る車を受け止めたことはある陸奥だが、彼女の蹴りはそれよりも威力が高かった

 

 吹っ飛ばされ倒れこんだが、陸奥は素早く立ち上がる。妖精からは再装填したと報告を受けたため、素早く引き金を引いた

 

 41cm主砲は火を吹いたが、その弾は命中することはなかった。何と異形の女性と怪物は身体を傾けて陸奥の砲弾をかわしたのだ

 

 お返しに怪物は自身が搭載している主砲を陸奥に向けて発射した。流石の陸奥もこれを諸に受けてしまった。砲はひしゃげ、艤装からはあちこち煙を出し、服もあちこち破れている。しかし、まだ、沈んでもいない

 

『おい、もう戻ってこい! ボスを倒す作戦はムリだ!』

 

「断るわ。アイツ、私に攻撃してきたんだから」

 

 遠くから怜人達も見ているのだろう。撤退を促すよう無線が入ってきた

 

『むっちゃん、逃げて!』

 

「私のことは心配しないで」

 

『いいか、君が無理……し……ザザー』

 

 怜人は何か言いたそうだったが、途中で雑音が入り何も聞こえなくなった。何だろうか? 突然、無線通信が出来なくなった

 

 

 

 陸自の対舟艇対戦車隊

 

「殺し合っている……」

 

 立花2尉を始め、部下達も固唾を飲んで、戦いを見守っていた。異形の艦隊……深海棲艦を倒す者が突如として現れた。何処から来たんだ? それに、なぜ彼女が持っている武器が奴等に通用する? アイツは20mmバルカン砲を受けても効果無かったのに! 

 

「立花2尉、空自の戦闘機が再び来ます! 味方が航空支援の間に、我々を回収して貰えるらしいです」

 

「何?」

 

 その時だ。通信員から連絡があった。ようやく、増援と救援が来たらしい。今まで、何をやっていたんだ! 

 

 助かったと同時に不安が一気に襲った。深海棲艦と敵対する者まで攻撃するつもりなのか? 

 

 しかし、攻撃を中止する権限は、こちらにはない。深海棲艦と敵対する者は自衛隊ではないだろうが、こちらを味方するのであれば、今は逃げて欲しいと願うばかりだ

 

*1
SOSUSとはSound Surveillance System、つまり「音響監視システム」の略の事である




陸奥と深海棲艦が戦うが

因みに今回のイベントと迎春任務は完了。お正月なのに、忙しいって……
しかも平戸が中々来てくれないという
沼ったのは久しぶりです


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第20話 三つ巴の戦いと招待

秋イベ、終わりましたね。……と思ったら節分イベに
ゆっくり出来ません(笑)
新艦娘である平戸がドロップ出来なかったことでため息をついたり、夕張改二特で単体任務をやったりと踏んだり蹴ったりです
とは言え、ようやく落ち着いたかな?



 陸奥が戦っている間、怜人達は海岸から見守っていた。勿論、ただ突っ立てっているだけでなく、建物の影に隠れているが

 

しかし、有事の元で住民は避難してることもあって、そこまでは気にならない

 

 問題は陸奥との戦いである。あの怪物を臆せずに戦うことも凄いが、敵も十分強い

 

無線で引くよう呼び掛けたが、突然、無線が繋がらなくなった

 

「むっちゃん、聞こえる!聞こえたら返事して!」

 

娘の優子の呼び掛けにも応答しない。雑音ばかりだ

 

「おい、どうしたんだ?さっきの攻撃で無線が不調になったか?」

 

「……先輩、違います」

 

 電器店から調達した無線機を弄っていたが、長谷川は何故か空を見上げている

 

「何が違う!」

 

怜人は怒鳴ったが、何かがもうスピードで近づいてくる。それは怜人達の頭上を通りすぎると、爆音を響かせながら飛び去っていた

 

「何なんだ!?」

 

「あの戦闘機のせいです!電子戦機が近くにいるのでしょう!確かF15Jを電子戦機用に改装したという」

 

 爆音がまだ響き渡る中、近くにいても聞こえづらいため、二人は怒鳴りあっている。優子は余りの爆音の大きさに耳を両手で塞ぐ始末だ

 

「それで。電子戦機があると、どうして無線が不調になるんだ?」

 

「敵の艦隊が持っている目と耳であるレーダーと無線通信を塞ぐためです。対空兵器を黙らせるために。自衛隊が持ってるのはEF-15Jと言いましてSEAD機であり――」

 

「マジか。これだったら、会社の研究室に行った方が良かったな」

 

 怜人は長谷川の説明を聞きながら、ため息をついた。陸奥がボスをこっそりと倒して持ち帰る話は無くなった

 

「パパ?むっちゃん、大丈夫だよね?自衛隊の人達はむっちゃんを攻撃しないよね?」

 

 娘の優子は声を震わせながら聞いた。そうあって欲しい。しかし、長谷川も怜人も表情を曇らせている

 

「今の兵器はピンポイント攻撃出来るよな?」

 

「ええ。第二次世界大戦と違って妨害や故障が無ければ、ほぼ命中します。――味方以外は」

 

「不味いな。陸奥に旭日旗を持たせれば良かった」

 

二人の会話を聞いた優子は、顔を青くした。これでは、攻撃されるのではないか!

 

 

 

 

 

「バフ。こちらブルーサンダー。沖合いに新たな人影を発見。ターゲットと交戦している」

 

『こちらバフ。命令に変更はない。攻撃せよ。繰り返す。攻撃せよ』

 

三機のF2改は低空で侵攻し、攻撃をしようとしている。陸自の部隊によると謎の人影が異形の怪物と交戦しているという。しかも、深海棲艦とは違い、人そのものだという

 

 司令部に確認をしたが、返事は同じだ。いつもなら、防衛出動でもかからない限り、こちらから先制攻撃は出来ないが、今回は違う。なので、気にするとこはない

 

F2改……正確にはF2A改ありF2のバージョンをアップ……近代化改修機である

 

後継機であるF3の開発は遅延しており、防衛省はやむを得ずF2の延命を決定した

 

F2A改は外見はF2Aと変わらないものの、電子機器を一新したため、能力は向上している。また、空自には米軍のような電子戦機がないため、防衛省はF15Jを保有する機体の数機をEF-18Gグロウラーを参考に改装……というより魔改造に近いが……電子戦機*1にしたのだ

 

 これにより、空自の戦闘力は上がったが、残念ながら実戦経験がない。訓練では大活躍しても、実戦で不具合が出るのはよくある事だ。アメリカですらあるのだ

 

しかし、今のところは異常はない。データリンクも兵器システムも正常。電波妨害なし

 

隊長機は引き金に指をかけた

 

「ブルーサンダーワン、攻撃開始」

 

『ブルーサンダーツー、攻撃準備完了』

 

『ブルーサンダースリー、何時でも撃てます。3体(・・・)のターゲットにロックオン』

 

 

 

 陸奥は蹴られた腹を押さえながら異形の怪物を睨んだ。大した傷ではないが、痛みは別だ

 

相手は挑発しており、手でこちらを招いている

 

(何とかして倒さないと……え?)

 

 陸奥は後ろを振り返った。敵が目の前にいるのに、後方を確認するなんて愚かな行為である。しかし、異形の怪物や二本の角が生えている女性は、何か気づいたのか、陸奥の通り越しを見ている。しかも、目線は上空だ

 

 そのため、陸奥は振り向いた。晴れ渡った空に三つの影が浮かび上がった。余りにも遠すぎて一塊にも見える

 

 その塊から何かを打ち出されたかのように見えた。蜘蛛が糸を吐き出されたかのように、それははっきりとした軌跡を引きながらこちらに向かってきた

 

「まさか……ちょっと待って!」

 

 陸奥は絶叫した。あれは自衛隊機だ!陸奥相手に戦っている異形の怪物を攻撃するつもりだろう。だが、それはこちらも攻撃される事を意味する。考えてみれば、怜人や長谷川達は自衛隊の幹部ですらない。こちらが味方である手段がないのだ。無線も繋がらないためオープンチャンネルで発信も出来ない。尤も、電子戦機のEF-15Jのお蔭で無線は封じられているが

 

 次の瞬間、陸奥は炸裂音と共に眩い炎に包まれた。異形の怪物もクラゲのような頭を被った異形の女もである

 

 F2Aが放った空対艦ミサイル、ASM-3が命中したのだ。本来は対艦ミサイルなのだが、空対地ミサイルのバージョンも存在する。ASM-2の後継として開発されたが、先制攻撃の必要論の話が持ち上がった事をきっかけに、防衛省は空対艦ミサイルをこっそりと改造したのである。それをブルーサンダー隊は陸奥や深海棲艦に向けて発射したのだ。何しろ、相手は人型である。普通の対艦ミサイルでは命中させるのは難しい

 

 

 

 それはともかく、ミサイルは陸奥を含め、深海棲艦の親玉らしきものに見事、命中。爆炎と煙が海面に上がった

 

 

 

 

 

「おい、本当にやりやがった!」

 

遠くから見ていた怜人は爆発音を聴くや否や叫んだ

 

「むっちゃんは大丈夫?死んでいない?」

 

「あー、あの艤装が戦艦のスペックがそのままなら、大丈夫――」

 

「そういう問題ではないだろ!近くの海岸まで行くぞ!」

 

 オロオロとしている優子を長谷川は落ち着かせようとした。確かに長谷川の考えはただしい。戦艦は撃たれ強いため、対艦ミサイル数発では沈まない

 

しかし被害は免れず、何らか支障が出てもおかしくない。

 

「行ってどうするのです!?」

 

「移動してる時に自衛隊と出会うかも知れない。それで事情を話す」

 

「先輩、そんな当てずっぽうな考え――」

 

 長谷川は反論しようとしたとき、遠くからへりの音が聞こえた。それも複数。姿は見えないが、段々と大きくなっている。状況から見れば、マスコミではない。自衛隊のヘリに違いない。攻撃か救出のどちらかだろう

 

「生命保険に入っていれば良かった」

 

 長谷川は怜人と優子の後を追った。距離は遠いが、自衛隊の部隊に出会えば何とかなるだろう

 

……彼らの後ろに不穏な影が近づいていることに気がついていないにも拘わらず

 

 

 

「何なのよ!こっちを攻撃してくるなんて!」

 

 艤装が中破し膝をつきながら陸奥は叫んだ。本当にこちらを攻撃してきた。そんな悪態をついてる陸奥を他所にF2A改のブルーサンダー隊は目にも止まらぬ速さで陸奥の頭上を通りすぎる

 

『ブルーサンダー、よくやった。陸自の観測ヘリでは、三体のうち一体は効果あり。しかし、依然として現場海域に留まっている』

 

「了解、旋回して再度攻撃を実施する」

 

ブルーサンダー隊の一番機は無線で連絡すると上空に上がり旋回した。再び攻撃準備するためだ。突然、物理攻撃を受けつかなくなった深海棲艦だが、どうやら効果はまだあるらしい。……それは、深海棲艦ではなく、陸奥であるのだが、F2A改のパイロットは確認しようがない

 

 そんなF2A改を異形の怪物と二本の角を持った女性。そして、クラゲのような帽子を被った女性はF2A改のジェット機を目で追った。彼女のには、名前はない。しかし、愛称はある

 

 二人の名前は『戦艦棲姫』、そして『空母ヲ級』と呼ばれた。どちらもリリが名付けたのだ

 

 名称は必要だが、全てに名付けるのは不可能に近い。よって、命名則は「(艦種名)+(日本語の五十音各一文字)級」ということにした。人工知能には名称はどうでもいいらしい。軍艦の暮らすも第二次世界大戦の軍艦を参考に独自で作り上げた

 

 しかし、群れを指揮するボスがどうしても必要がある。無線で指揮するにしても全ての軍勢を纏めるのには最新鋭のAIと言えど限度がある。しかも、妨害されれば意味がない。つまり、リリは群れのボスを作った。人のように思考能力がある存在を。但し、独自でやったためか肌は白いが

 

 それは兎も角、戦艦棲姫は飛んでいるジェット機を一瞥すると空母ヲ級は小さい何かを吐き出した。それは、機械と昆虫を混ぜたような黒いものだった。ドローンのようにフワフワ飛んだかと思いきや、猛スピードでF2A改の方向へ飛行したのだ

 

 F2A改は旋回し終えて機首を戦艦棲姫の所へ向け、ミサイル攻撃を行おうとしていたのだ。当然、F2A改にもレーダーがついているので正体は分からなくても飛行物体は飛んでいる事はパイロットにも分かる。だが、彼等の任務はAIロボットが解き放った深海棲艦への攻撃だ。ミサイル警報もない事から脅威無しと判断したのだろう。だが、彼等は知らない。空母ヲ級が放った艦載機の戦術を

 

それは音速は超えていないが、F2A改に突っ込む。ブルーサンダー隊も気がついたらしく応戦する。三番機が20mmバルカン砲を発射して追い払おうとするが、艦載機は機関砲を無視して正確にF2A改に突っ込む

 

「何かが突っ込むぞ。三番機、回避行動しろ!」

 

 一番機は無線で警告したが、それよりも早く空母ヲ級の艦載機の群れはF2A改に体当たりした。しかも、ただの体当たりではない。正確にエンジンとコクピットを狙ったのだ。三番機のF2A改はエンジンが爆発すると、そのまま海面に突っ込んでしまった

 

「攻撃中止!態勢を立て直す!……何なんだ。あのドローンみたいな飛行物体は?」

 

 一番機は咄嗟に回避行動しながら愚痴を漏らしたが、内心は冷や汗をかいた。彼は三番機が攻撃を受けて墜落するのを観察していた。あれは異形の艦隊の飛行物体だろう。しかも、捨て身の戦法で体当たりしている事から消耗品扱いらしい。しかも、あの飛行物体は正確にエンジンとコックピットを狙っていた。偶然で当てたのではない。音速で飛ぶジェット機を狙ったのか?確かにバードストライクは珍しくないが、それにしては威力が高い

 

「ブルーサンダー3がやられた!再攻撃を実施する」

 

『ブルーサンダー1、陸自のヘリが攻撃を行う。上昇して待機しろ』

 

「ブルーサンダー、了解……クソ!」

 

 一番機は通信を終えると同時に吠えた。脱出したのを確認していない。と言う事は……

 

 空母ヲ級がF2A改を追い払っている間、戦艦棲姫と陸奥は熾烈な戦いを繰り広げていた。砲撃戦でなく、肉弾戦にまで発展している

 

 しかし、1対1にも拘わらず、苦戦している。陸奥が初実戦ということもあるが、問題なのは怜人達は自衛官ですらないということである

 

 つまり、軍事のプロによるバックアップがないため、陸奥はワンマンアーミーである。更にF2A改の対艦ミサイルを受けたため艤装は中破になっている

 

 沈むほどの損傷ではないが、とても戦いずらい。しかも、敵である戦艦棲姫は強かった。単調な動きでほとんど話さないために不気味であった

 

「負けていられない。撃て!」

 

 陸奥は掛け声と同時に主砲を発射する。砲弾が戦艦棲姫に命中し怪物はうめき声を上げる。そして、やっと女性の方も傷を負わせた

 

「グア!」

 

 頭部に命中したのだろう。頭を左手で押さえ、蹲っている。主が倒れたからなのか、怪物の方は右往左往している。空母ヲ級はボスがピンチになっているのに気がつくと陸奥を睨んだ

 

「はぁ……はぁ……いいわ、やって――?」

 

 突然、ヘリの爆音が聞こえた。戦いに夢中になっているあまり、周囲を厳かにしたのか?

 

 上空を見るといつもの間にか2機のヘリがこちらにやって来ている。陸奥は知らないが、残存部隊を救助するために派遣されたUH-60JAをエスコートしていたAH-64Dである。その2機が命令によって現場に派遣されたのである。陸奥は何が起こったか分からなかった。突然、強力な激痛が断続的に走ったからである。それが、機関砲である事に気付いた

 

(だから、敵じゃないんだってば!)

 

 自分の運の悪さを呪ったが、確かに自衛隊から見れば敵に見えるかもしれない。

 

 一方、戦艦棲姫も空母ヲ級も30mm機関砲の掃射を受けたが、黙っている訳ではない。戦艦棲姫の怪物が咆哮すると自身に取り付けられていた、ひしゃげた砲塔を強引に引き抜くと、アパッチの方へ力一杯投げたのだ

 

 突然の出来事にヘリは回避行動を行ったが、空母ヲ級が放った艦載機が2機のアパッチを攻撃。空対空が得意ではないアパッチはそのまま海に墜落した。一機は海に衝突して大破したが、もう一機は無事である。陸奥が墜落地点まで移動して落ちて来るアパッチをキャッチした。両腕で何とか受け止める事が出来た。機体がへこんでしまったが、それは仕方ない

 

「大丈夫!?」

 

「あ……ああ……助かった」

 

 アパッチのパイロットが茫然としているのも無理もない。死を覚悟していたところを救われたのだから。陸奥はアパッチを静かに海面に降ろすと防風ガラスを強引に引っこ抜いた。陸奥は攻撃ヘリについては詳しく知らないが、船と違って直ぐに沈むはずだ。なので、パイロットを脱出させなければならない

 

「危ない、後ろ!」

 

 人間離れの力に呆然としていたパイロットは、何かに気付いたのか陸奥に警告した。陸奥はハッとして振り向いたが、次の瞬間、顔面の右に強い衝撃を受けた。戦艦棲姫は怪物を自由にさせると救助活動している陸奥に突進。そのまま殴り飛ばした。陸奥も立ち上がり戦う姿勢を取る。ここで砲撃をしてはパイロットが巻き込まれてしまう。一方、戦艦棲姫は艤装を持った怪物を別の方向に放ったため、砲撃は出来ない。よって、必然的に肉弾戦へとなった

 

 

 

 戦艦棲姫によって自由になった怪物艤装は、近くの海岸へ移動。上空を飛んでいるUH-60JAの群れを執拗に狙った。対空ミサイルではないため、撃墜される心配はないものの、着陸して残存部隊を救助する事が出来ない。それに厄介な事に空母ヲ級が放った艦載機が近づいて来る。重機関銃等で武装はしているが、その程度では防ぎきれない

 

F2A改に援護を要請したが、間に合わないだろう

 

「もうダメだ!」

 

 UH-60JAのヘリパイロットが叫んだ時、空母ヲ級が放った艦載機の動きが止まった。怪物の方もだ。何の前触りもなかった。まるで、映像が一時停止したかのようにピタリと止まったのだ。距離は数十メートルなのに

 

 

 

陸奥は違和感を覚えた。敵が突然、戦闘態勢を解いた。何があったのか?

 

「撤退命令ダ」

 

 敵の呟きを聞き取ることが出来たが、どうやら撤退命令が下されたらしい。恐らくリリだろう。怜人達が近くにいるのを何らかの方法で知って攻撃を止めたのか?

 

ホッとしていた陸奥だが、次の瞬間、相手から強烈な殺気を放った

 

「ヨクモ私ニ傷ヲ付ケテクレタナ。仕返シハ必ズスル。絶対ニ」

 

 しばらくは陸奥を睨んだが、一瞥すると近寄る怪物を犬のように引き寄せた。そして、そのまま海に消えた。戦いが終わった事に脱力した陸奥だが、漂流しているヘリパイロットを陸地まで運ばなきゃならない。幸い、まだ航行できる力はある

 

 

 

数時間後

 

「それでは、養子として陸奥という女性を引き取ったと?」

 

「はい」

 

「関係者とは言え、無許可で戦場に立ち入らないで貰いたい」

 

「すみません」

 

 海岸では生存者の救出にあたる陸自が陣地を取っていた。立花2尉は、怜人達を保護すると同時に例の女性の関係者と言う事である

 

 事情聴取をしたが、怜人は陸奥はある会社の極秘実験なのだと。そして、群れを率いているボスを無許可で捕まえようとしていた事を話した。半分は嘘なのだが、正直に言ってしまうと理解出来ないだろう

 

怜人の話を聞いた立花2尉は呆れていたが

 

「それにしても……奴等にダメージを与えたとはな。しかも、対艦ミサイルを食らっても五体満足とは……女性版のスーパーマンかな?」

 

 立花2尉は心配そうに見ている優子と大丈夫と言い聞かしている陸奥を遠くから目を向けながら呟いた。長谷川と呼ばれる人は、魚の形をした深海棲艦の死骸を調べている

 

「もうすぐヘリが来ます。避難所まで送りますよ」

 

「避難所?」

 

「どういう訳か陸に上がった化け物は全て海へ逃げました。理由は不明ですが、安全は確認されています」

 

 立花2尉は安心するよう促したが、怜人は違った。リリを止めるためにはあのボスが必要だ。やはり、会社の研究所へ向かうべきだったか

 

陸奥に謝罪したが、本人は気にはしていない

 

「出来れば、三浦会社の近くの避難所まで送ってほしい」

 

「気持ちは分かりますが、現在は我々でもそこまでの余裕がないのです」

 

「ですが――」

 

怜人が言いかけたその時だった

 

後ろからドスの効いた声がした。しかも、はっきりと

 

「柳田怜人教授。ご同行願おう」

 

 怜人は固まった。その声は聞いた事がある。慌てて振り返ると変わった緑の迷彩服を着た1人の自衛官が立っていた

 

 だが、彼の部下らしき者が陸奥に近づいている。しかも、他の自衛官とは違い、銃を携えているのだ。数は15人くらい。不穏な空気を感じ取った陸奥は、優子を素早く抱えると近くにあった棒を手に取った。いつでも襲う準備をしている

 

「何をするつもりですか!?あなた方は誰です!?名札も付いていないとは!」

 

 立花2尉は叫んだ。彼が真っ先に思い浮かべたのは重度のマニアか、他国の潜入工作員。前者はともかく、後者だと不味い

 

一瞬の間、緊張が高まったが、長谷川の叫びで皆は唖然とした

 

「コイツら、特殊作戦群ですよ!数週間前に訪ねて来た人達です!」

 

長谷川は一人の自衛官に指を指しながら叫んだ。刺された相手はムッとしていたが

 

「……これだからオタクは嫌いだ」

 

男の1人が吐き捨てるように言うと立花2尉を無視して怜人に正対した

 

「悪いが、君達を別の場所へ移す。全員だ。陸奥という女性も」

 

「待って!彼は悪くないわ!」

 

陸奥は抗議しようとしたが、彼は手で制した

 

「責めるつもりはない。しかし、これも仕事なのだ。一緒に来て欲しい。世界の命運がかかっている」

 

「そんな大袈裟な」

 

「大袈裟?既に世界の各都市は攻撃を受けた。石塚博士が亡くなった今、G元素を研究していた人は、叩かれているぞ。ニュースやネットを見てないのか?」

 

 1尉は冷ややかに現状を伝える。G元素発見等はテレビを取り上げられたのだから無理もないだろう

 

「せめて三浦社長に――」

 

「彼も亡くなった。我々が必死に戦っている間、あの社長は、部下に命じてキミと同じように深海棲艦を捕まえようとしていたらしい。研究所内で敵が暴れ社長も含めて多数の死傷者を出したがね」

 

 1尉の報告に怜人は呆然とした。会社のために捕まえようとしているのは間違いないだろう。しかし、1尉という自衛官が本当なら止める手段の一つを失った事に成る

 

「何処へ連れて行く気だ?」

 

「ヘリの中で教えよう。ここからちょっと遠いのでな。聞きたい事はそれだけか?」

 

「あんたの名前は?」

 

「草野1等陸尉だ。それでは、立花君。彼らを連れて行くがよろしいか?」

 

 草野1尉の質問に立花は何も言わない。ただ、首を軽く頷いただけだ。彼も、草野1尉のやり方には不満らしい

 

数分後、ヘリが上空に現れ着地したが、特殊作戦群の人以外全員は唖然とした

 

「草野さん。どうして海自のヘリであるSH-60Kがここに?」

 

「行先は護衛艦だ。心配するな。未知の生命体を寄せ付けない装備を防衛開発庁が開発したお蔭で傷1つ付いていない。だから心配はするな」

 

草野1尉は安心するよう言い聞かせたが、怜人達は顔を曇らせた

 

「ねえ、怜人。深海棲艦……未知の生命体を寄せ付けない装置ってあるの?」

 

「いや、聞いた事が無いな」

 

 陸奥の質問に怜人はかぶりを振った。会社がコッソリと研究しているので、国の機関もやっているだろう。よって、自分でも知らない研究成果があっても不思議ではない

 

 

 

問題は、誰が待ち構えているのか、である。歓迎ではないのは確かだ

*1
現実には自衛隊にはEF-18Gのような電子戦機は保有していない。本作品では架空兵器である




彼等は何処へ向かうのか?


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第21話 空母『いずも』

こんにちは。雷電Ⅱです
節分イベントや私用で色々と時間が足りなくて嘆いていました
それでも銀河は手に入れました
アーケードもゆーちゃんや熊野鈴谷改二実装など沢山あり過ぎます


「パパ。何処へ連れていかれるのか分かる?」

 

「さあ? 護衛艦と言ったが、種類が多くて分からん」

 

 哨戒ヘリであるSH-60Kに乗せられた一同は、何も話さない。民間機とは違って乗り心地は良くないのだから当然である

 

例外なのは長谷川くらいで彼は窓の外を仕切りに覗いているが

 

「私なら分かる。多分、ラボに監禁されて人体実験されてしまうかも」

 

「あり得なくもないが、やったところで何も分からんよ。人体構造は、他の女性と変わらないのだから」

 

 こんな時でも怜人はぶれない。科学者というのは知識と経験があるからこその反応なのだろう。完全な未知のものなら話は別だが、怜人は既に調べている。なので、どんなに時間をかけようが怜人の研究結果と同じだろう

 

「え? そういう……」

 

「売春なら別だが」

 

「……その時は暴れるわ。艤装つけて施設を完全に破壊する」

 

「ああ、構わないよ。但し、やり過ぎないように」

 

 怜人の反応に陸奥は頷いた。性犯罪などは彼にとって許されないものなのだろう

 

しかし、横で聞いていた草野1尉はニヤリと笑った

 

「血の気の多い人だ。人材として欲しいくらいだ」

 

「それは有り難う。それで、何処へ向かうか教えてくれないか? 変なクラゲのような被り物をした女がドローンを飛ばしてきたら終わりだぞ。いや、護衛艦が沈められているかも知れない」

 

「心配するな。もう圏内だからな。護衛艦の大半はそこへ避難している」

 

 草野1尉の予想外の答えに陸奥と怜人は顔を見合わせた。優子も唖然としている。こんな事はあり得るのか? 

 

「護衛艦ってそんな能力あるの? 弾道ミサイル迎撃の能力があるとか」

 

「それはあり得ない。圏内? ……電波か? ……確か未知の生命体に特定の電磁波を浴びせたら嫌がるといった報告書を読んだ。動物の中には電磁波によって悪影響するといった事が……陸奥は何も感じないか?」

 

「いいえ。私は何も……」

 

 陸奥は狼狽えながらも否定した。陸奥の誕生方法はともかく、全て影響するわけでも無さそうだ

 

「でも、何処へ連れていかれるの? スパイ映画みたいに秘密って」

 

「分からないが、ここまで極秘なのも珍しいな。草野1尉も怪しいし」

 

「確か、長谷川さんの話では特殊作戦群は名前も秘密って言ってたけど*1

 

 三人はヒソヒソ声で話していた。特殊作戦群は実態が分からない。名前すら秘匿するような部隊があっさりと名前を名乗るのも可笑しな話だ。恐らく本名ではないだろう

 

三人のやり取りを聞いていた草野1尉は、苦笑して話に割に入った

 

「心配しなくても正真正銘の自衛官だ。工作員でもスパイでもない。身分を証明出来るものはないが」

 

「リンフォンを奪っておいてもか?」

 

「あれは仕事だ。仕方ない。それに陸奥という女性も気になるな」

 

陸奥に目をやった

 

「本当に軍艦の生まれ変わりか?」

 

「えーと……記憶は曖昧だけど、間違いないわ」

 

「そうか」

 

草野1尉は頷きながら答えたが、陸奥は警戒を緩めなかった

 

 怜人も陸奥の事は困惑したが、後になって仲は良くなった。変人な所はあるが、彼は科学者だ。仕組みも分かっているため、陸奥を毛嫌いなんてしていない

 

しかし、草野1尉は会ってもないのに受け入れているのだ。情報を手に入れたとはいえ、それで満足するのだろうか? 

 

 陸奥は口を開こうとしたが、その直前にヘリの窓を覗いていた長谷川は驚嘆していた

 

「あそこに降りるんですか? まさか、空母に降りるんですか!?」

 

「そうだ。『いずも』に降りる」

 

 草野1尉の言葉に長谷川以外の人は唖然としていた。確かヘリ空母である『いずも』を本格的な空母に改装した護衛艦である。但し、アメリカの原子力空母と違ってそんなに大規模なものではないが

 

 怜人も陸奥もヘリの窓から見た。大海原に沢山の護衛艦が集まっていた。全ての艦艇に旭日旗を掲げていることから海上自衛隊の船らしい

 

 その中に他の船よりも一回り大きく、飛行甲板を持った船がいる。それが『いずも』なのだろう

 

上空には『いずも』から発艦した艦載機らしきものが飛んでいる

 

「戦艦はもういないのね」

 

陸奥は呟いていたが、誰も聞いたものはいない

 

一行はヘリから降りた

 

 いずもの飛行甲板では、艦載機であるF35Bが3機ほど駐機しており、整備員が弄っている

 

いずもの周りにはイージス艦が守っている事からこの艦は重要なものだろう

 

「これが自衛隊の空母か……初めて見たな」

 

 『いずも』の空母改修はニュースで見たことはある。というより、長谷川から聞いただけだが

 

「むっちゃんの時代の空母はこんな感じ?」

 

「全然違うわよ……でも、何だか懐かしいわ」

 

 半世紀以上も経てば空母も変わる。昔見たゼロ戦がオモチャに感じるほどだ。しかし、何だか懐かしい気分でもある

 

 搭載する機体の数は圧倒的に少ないが、ジェット機の前では無力だろう。赤城加賀などの空母には叶わない。そもそも、速さが違う

 

 素人考えだが、間違ってもいない。コンピュータやミサイルはどは、1940年代には無かった

 

「いいか、見学ではないぞ。君は私が撮影禁止と言ったのを忘れたのか? スマホを仕舞わない海に投げ捨てるぞ」

 

「は、はい……」

 

 草野1尉に睨まれた長谷川は、撮影しようとスマホをポケットにしまった。折角のスマホをここでうしないたくない

 

 

 

「ここで待ってくれ。関係者を呼んでくる」

 

飛行格納庫らしきところで怜人達は待たされた。飛行格納庫と言っても、ステルス機もヘリもない。出払っているのだろう

 

「艦橋ではないか……」

 

「ねぇ、本当に大丈夫かな? さっきの自衛官、怪しいよ」

 

「心配しなくていいわ。艤装があるもの」

 

 陸奥は艤装を叩きながら不安する2人をあんしんさせた。何故か艤装は没収されなかった。先の戦闘では中破したが、怜人は何とか直した。但し、完璧ではないが何処かしら不具合が起こるのは仕方ない

 

 格納庫に装置がある。さっきのF-35の戦闘機くらいの大きさだ。強いて言うなら電波発信装置にも、似ている

 

何だろう

 

陸奥達も気づいたのか、怜人に習って近づく

 

「何でしょう?」

 

長谷川が呟いた時、後ろから鋭い声が辺りを響き渡った

 

「それを触るなよ。防衛装備庁が開発した試作品だ。電磁波を止めたら奴らが来る。国民の税金が無駄になってしまうし、我々だけでなく、君達も死んでしまう」

 

 皆が後ろを振り向くと数人の人がやって来た。さっきの特殊作戦群の人と一緒に青色の迷彩を来た者がいる。そして、如何にも幹部自衛官の人がこちらにやって来た

 

 自衛隊についてはあまり知らないが、制服には色々な物がついていることから偉いヒトなのだろう

 

「私は吉村海将だ。柳田君、久しぶりだな」

 

「えっと……何処かでお会いしました?」

 

陸奥達の目線が怜人に集まる中、怜人は平然と答える

 

「覚えていないのも当然だな。数年前に三浦研究所に訪れた。G元素の特徴を技官や防衛大学校の学生研修相手に熱心に教えているものだから、私は部屋の隅っこの方で見ていた。私に対して挨拶も軽かった」

 

「すみません。あの時はちょっとした野望を抱いていましたからあまり──」

 

「妻を蘇らせるつもりが、人工生命体を産み出した。賢者の石などオカルト話が実在していたとは。三浦社長も君を持ち上げていた」

 

吉村海将は怜人の言葉を遮りながらも説明するように話す。一行は呆然とした

 

「ねぇ……自衛隊については私、余り知らないけど、海将はどれくらい偉いの?」

 

「帝国海軍だと海軍中将に当たります。記憶が確かなら吉村海将は護衛艦隊司令官に就いたという記事を見ました……艦隊司令長官と同じですね」

 

「提督のようなもの?」

 

「まあ、帝国海軍の見方だとそう思ってもらっても結構だと思います。……護衛隊群司令の方が正しいかも……いえ、気にしないで下さい」

 

 だけど、帝国海軍と海上自衛隊は別組織だから、システムなどは違うよ、と長谷川は陸奥の質問にそっと教える。提督*2は正式な官名ではなく、敬称に当たるが長谷川は余り気にはしていない

 

そんな2人のやり取りを余所に怜人と吉村海将は、話終えていなかった

 

「それで、どうやって調べた? 僕の研究をどうして知っている? 三浦社長が漏らしたのか?」

 

「そんなことはしていない」

 

吉村海将は怜人の追求には否定し、連れてくるよう部下に促した

 

数分後、部下は誰かを連れてやって来た。それは……

 

「離しなさい! こんなことをして許されると思ってるの! 自衛隊は裏ではこんな事を……ってあなた達……」

 

何と、アナウンサーの下園である。カメラマンは居ないらしく、連れてきたのは一人だ

 

「……また、この人? 実はストーカーじゃないの?」

 

「ち、違う! 今回の大事件で──」

 

「どうせ、パパ達の事を調べ過ぎて自衛隊に目をつけられただけでしょ? 視聴率欲しさのために」

 

 優子の冷たい指摘に下園は何も言えない。この人と出会ってから大体は想像が出来る。警戒した陸奥ですらあきれた。どうせ、マスコミの事だ。今回の事件でしつこく調べたのだろう

 

「昔も今も変わらないのね」

 

「そうなの、むっちゃん?」

 

「当たり前よ。自分達に都合が悪いと報道しないのが報道機関よ」

 

 陸奥の言葉に流石の下園は怒った。同情しないどころかまさか、こちらが悪者扱いしてるとは思わなかっただろう

 

「それはない! 昔は大本営発表で──」

 

「あまり変わらないような気がするけど。だって、首相が嘘をつくなら会社も嘘をつかない分けないでしょ」

 

 陸奥の呆れるような発言に下園は何も言えない。争いを切り上げるように吉村は説明する

 

「警察と共同捜査で柳田教授をしつこく調べていた下園からはパソコンやハードディスクなどを押収した。そして、陸奥の事があった。半信半疑だったが、まさか本当に軍艦に命を吹き込むとは」

 

「それは良かった。それで、何をして欲しい?この『いずも』とかいう空母やイージス艦などに命を吹き込んで欲しいとか?」

 

「そうだ」

 

 冗談交じりで言った怜人に対して吉村海将は真面目に冷たく言い放つ。自衛官以外の者は唖然としていたが、吉村は間を空けずに話を続ける

 

「だが、成功しなかった。三浦社長から押収したデータを元に賢者の石を作ったが出来なかった。変化無し。何か分かる事は?」

 

「さあ? 不純物でも混ざっていたのではないか?」

 

「いいか。今はAIロボットであるリリは世界の攻撃を止めた。何時、攻めて来るか分からない。我々には、この国を守る義務がある」

 

「僕はあんたの部下か? 僕は自衛官ではない。ここへ連れてきても何も出来ない」

 

 吉村は怜人に協力するよう説得しようとしてるのは明らかだ。だが、怜人は拒否しようとしている

 

「ラボだったら分かるが、こんな空母に連れてきても」

 

「ここは、G元素で作られた未知の生命体が暴走した時のために大幅改装されたものだ。深海棲艦という相手も奮闘した」

 

「嘘よ。本当は軍国主義の手掛かりのために改造してるだけでしょ?」

 

 吉村の説明を遮るかのように下園は大声で叫んだ。どうやら、下園は自衛隊に対して嫌っているらしい。連行されてために批判してる訳でもなさそうだ

 

「アメリカと結託して海外へ派兵しようと──」

 

「悪いが、僕は下園のように反戦感情なんてこれっぽっちもない。この問題を片付けるために行動してただけだ」

 

 今度は怜人が下園を遮るように強く言った。予想外だったのだろう。下園は雷に打たれたかのように固まった

 

「戦争なんて興味ない。それは軍隊、いや、自衛隊の仕事だ。僕らには関係ない」

 

「学校で戦争の悲惨さについて習ったでしょ?」

 

下園は信じられないような声を上げたが、怜人はため息をつきながら反論する

 

「知らないな。僕が戦争について一生懸命調べても何故か先生は不機嫌になるばかりだ。高校で『戦争体験者の話聞いて感想文書きなさい』って宿題出された時に、母さんが仕事関係で付き合っていた外国の友人の中に元フランス外人部隊の人が居た。お話聞いて感想文を提出したら、何故か怒られて突き返された。戦争体験した元傭兵に失礼だろ」

 

 予想外の反論に全員はポカンとした。怜人の母親は性格はネジ曲がってはいるものの、仕事上の関係で外国の人達と交流している

 

 その関係だろう。元フランス外人部隊の人から聞けるという事が出来るのだろう。とても貴重な体験談をなぜその時の教師は拒否したのか?

 

「先輩、気持ちは分かります。私も同じように在日米空軍の親友からUFOの話を聞く次いでに湾岸戦争の話を聞きました。元パイロットの話は学生間では受けましたが、先公から何故か叱られ評価されなかったです」

 

「私もパパと長谷川さんと同じで在日米軍の基地公開の時にイラク戦争に参加した兵士と話したのを元に戦争の事を調べた感想文を書いたけど、評価されなかった。学校で習う戦争って半世紀以上前の太平洋戦争だけなの?」

 

「確かに戦争体験者を聞いた感想文ね。優子ちゃん達の方が貴重なものだけど」

 

怜人と娘の優子と長谷川の不満に全員は呆れた

 

「貴方は戦艦陸奥でしょ? 太平洋戦争について教えてあげなかったの!?」

 

「お姉さんは、あまり覚えてないかな? ミッドウェー海戦では何もせずに帰って来たり、ソロモン海戦で機動部隊に置いてけぼり食らって周りから邪魔者扱いされたお蔭で乗組員全員が嘆いていた事しか。後は第三砲塔が勝手に爆発して沈んでしまった事しか*3

 

「……そう」

 

 陸奥が困惑する反応に下園は不満だった。学校で教える戦争体験は、何を求めているかは知らないが、どうやら何かしら決まりがあるらしい。よって、他の戦争体験は受け付けない教師がいる

 

「なるほど、流石は科学者……いや、理系の家族だ。戦争を研究しただけ事はある訳だ。第二次世界大戦はともかく、これからは深海棲艦を止める手助けをして貰いたい」

 

「何度も言ってるが、僕達は──」

 

「柳田教授、自衛官は何も銃を持って戦うだけの職場とは限らない。厨房で乗組員全員の食事を振る舞う自衛官もいる。今回、ここに呼んだのは現状を伝えるためだ」

 

 吉村海将は説明するが、陸奥は怜人の前に躍り出ると吉村海将を睨んだ。しかも、なぜか艤装は付けている。咄嗟に付けたのか? 

 

「そうね。なぜ、場所が飛行格納庫なの? 12人の自衛官がこちらに武器を向けられては安心できないわ」

 

「12人?」

 

 怜人は訝し気に聞いたが、吉村海将は無表情だ。陸奥は近くにあったパイプ椅子を片手で持ち上げると誰もいない格納庫の壁に向かって投げた。パイプ椅子は壁に当たって壊れ……なかった

 

バカデカイ銃声がしたと思うとパイプ椅子は、何かにぶつかったかのように空中で壊れた

 

余りの非現実な行為に下園は悲鳴を上げたが、それ以外は冷静だ

 

 陸奥の身体能力は、怜人達には分かってはいたが、意外な事にその場にいた自衛官も驚きもしなかった

 

「41cm主砲をここでぶちかましてもいいかしら?」

 

「君の艤装の防御は、装甲のみだ。その前にアンチマテリアルライフルのAPFSDS弾が四方八方から飛んで来る。その痛みに耐えられるか?」

 

 陸奥と吉村海将は朗らかに話し合っているが、一触即発の状態なのは明らかだ。どうやら、周りに対物ライフルを構えた自衛官が何処かに潜んでいるらしい

 

「APFSDS弾って何?」

 

「徹甲弾の一種です。むっちゃんは死にませんが、怪我を負うでしょう。というより、対物ライフルのAPFSDS弾って……改良した奴か*4

 

 優子と長谷川はこそこそと話していたが、怜人は無視して吉村海将に迫った

 

「脅迫では何も解決しない。僕のプライドのためじゃないぞ。リリが拠点してる場所まで行って爆撃するとか」

 

「残念だが、それは出来ない。我々には敵基地攻撃能力はない。そのため、海外に拠点を置いているAIロボットを停止する手段を知っているのではないかと思ったのだが」

 

「悪いが、石塚さんほど詳しくない。リリはほとんど独自研究で作ったものだ。僕が関わったのはボディだけだ。IT関連は疎いんでね」

 

 どうやら、リリを止める手段を怜人が知っていると考えた吉村海将は、ここに連れて来たらしい

 

「『スカイネット』というホワイトハッカーが妻を殺した犯人グループを県警に垂れ込んだ。ホワイトハッカーだった人にしては出来過ぎた嘘だ」

 

「それとこれは違う。コンピュータに疎いのはあんただ。人工知能の開発なんて日本は他国から大きく後れを取っている。石塚博士のAI研究なんて三浦会社しか興味を持ってくれなかった。だから、仕組みや構造なんて互換性がほとんどない。完全に独自プロジェクトだ。ここからネット経由で停止命令のコードを送るなんて無理だ」

 

 吉村海将と怜人の会話に周りは唖然とした。ホワイトハッカーはともかく、リリは何と独自設計なのだ。つまり、これでは何もできないのではないか

 

「日本ってAI開発から遅れているの?」

 

「当たり前だ。よくマスコミで仕事していられるな。──それはともかく、吉村海将。F-35とかいう戦闘機を飛ばして爆撃させれば──」

 

「例え自衛隊法などの法律関連を全て無視して船を進めたとしても戦力が足りない。我々は米軍ではない。深海棲艦がウヨウヨしている所に行けない」

 

怜人は下園に冷たく言い放つと、吉村海将に提案をしたが、彼は首を振るだけだ

 

「だとしたらお手上げだな。憲法を書き直しただけで日本が軍事大国への道を突き進むというの謎めいた巨大な力があると思っていたが、違ったようだ」

 

「そんな誇大妄想の輩は放って置いて貰おう。我々自衛隊員は服務の宣誓した者達だ。だから、そんなバカげた事なぞしない。それが、我々の勤めだ」

 

「勤めって何だ? 怪獣王と戦うための勤めとか?」

 

「……現実を守っているんだ、クソ野郎」

 

 怜人と吉村海将との間で雰囲気が悪くなっていった。2人だけでない。陸奥は艤装を操作して攻撃しようとしているし、草野1尉は無線機を手に取り攻撃命令をしようとしている。自衛隊にあれだけ不満だった下園もどうしたらいいか分からずオロオロする始末だ。そんな状況を長谷川は割り込む

 

「ちょっと待って下さい、冷静になってくれませんか。未成年の女子高生もいるんですよ。今、大事なのはリリを止めるのが第一でしょう。確かにAIは独自設定で作られていますが、幸いな事にAIロボットを製造しようとしていない。そうが唯一の救いです」

 

「……その事で引っかかっていた。リリはどうして深海棲艦、未知の生命体を戦闘用にしたのか? AI兵器なんて実用化されているはず。……吉村海将、何か知っているのか?」

 

 長谷川の割り込みで何とか衝突を回避出来たらしい。静かに怒っていた吉村海将も今は呆れていた

 

「知っている……訳では無い。どうやら、君はまだ知らないらしい」

 

「ああ、是非教えてもらいたいね。協力するから、こちらに武器を向けて来る自衛官を下がらせてくれ」

 

「いいだろう。草野1尉」

 

「了解……全員、その場から離れろ」

 

 草野1尉の指示で何もない所から幽霊が現れたように大きな銃を抱えた自衛官が次々と現れた。陸奥も驚いたが、長谷川はちゃんと説明した

 

「幽霊ではありません。あれは光学迷彩の奴です。量子ステルス*5をカナダから譲り受けたとは。科学の時代は凄いです」

 

「解説どうも。これだから軍事……いや、科学オタクは」

 

 草野一尉は不満そうだったが、陸奥は未だに信じられなかった。機械なしで魔法のように消えるマントなんて存在するなんて思ってもいなかったからだ。自在に姿を消したりするのは改良版だろう

 

「道理で気配しか感じなかったのね……地上戦闘で勝てそうにない」

 

「まあ、ムっちゃんの場合だとシステムが骨董品ですから。第二次世界大戦当時ならともかく、現代戦だと厳しいです。特に奇襲攻撃は」

 

「むっちゃんはスーパーマンではないから……別に戦う必要はないと思う」

 

「では、空を飛ばないとね」

 

敵もバカではない。陸奥の落ち込みに優子は慰めていた

 

 

 

 

 

「少し昔話をしよう。これは、ある人物の話だ。ある土地へ移住して都をかまえようとしたが、その土地を支配している者との戦いとこう着状態だった。悩んだ『彼』の前に天から星が降ってきた。その時、『彼』は天の贈り物を武器として作った所、奇跡を呼び起こした。そして、いくさに勝ち、その土地に都を築いた」

 

広間に案内された一行は、吉村海将の説明を聞いていた。まるで歴史の授業を聞いていたようなものだが、全員は首を傾げた。こんな昔話は聞いた事が無い

 

しかし、優子は恐る恐る手を上げた

 

「あの……これって古事記や日本書紀の内容と被るのですが?」

 

「そうだ。『彼』は天の贈り物から作った武器を『霊剣』と呼んだ。それを手にした事によって、いくさに勝利した」

 

吉村海将は頷くように答えるが、下園は怪訝そうな目で吉村海将に聞いた

 

「それって……神武天皇は実在し──」

 

「これは、あくまで最近の学説だ。ある事柄を美化して書物として書くのはよくある事だ。特に科学技術が発達していなかった時代には。──柳田教授、貴方のG元素の研究論文により、技術発展だけでなく、人類の歴史を塗り替えるような事象にも繋がっている」

 

下園の言葉を遮りながら吉村海将は怜人に向けて説明する

 

「G元素の衝撃は、学会だけでなく歴史学者まで及んでいる。適切な処置で加工すれば実現出来る代物だ」

 

「賢者の石やリンフォンはその産物だと? 神話だけでなく、魔法や呪いなども実在していたとか?」

 

「ほとんどは嘘だ。だが、その記述にも僅かだが真実はある。ある野生動物がG元素を何らかの方法で身体に取り入れたり身につけたりと拒絶反応を起こし死に至る。だが、生命力が強い動植物はG元素を適合すると進化という素晴らしい力を得る」

 

「つまり、八咫烏も実在したって事か」

 

 伝承や歴史の絵がスクリーンで映し出される度に怜人はため息をついた。自衛隊が研究をしていたとは思わなかった

 

「日本だけではない。海外もそうだ。だが、G元素はそんな都合のいいものではない。悪の力も存在する。善人なら善の方向へ。悪人なら悪の方向へ力が働く。悪の力が強いとその生き物は醜い化け物となる事もある。ただ、その生き物の命が尽きればG元素は崩壊してしまう」

 

「ちょっと待って下さい。世界中の悪魔や怪物伝説はG元素のせいというのですか? 隕石がしょっちゅう降って来ているとでも?」

 

長谷川は驚いた。流石に全てではないが、1つや2つはそうだろう

 

「隕石は別に珍しくない。最古の隕石が日本の神社で祀られているくらいだ。……しかし、G元素には知恵があるらしく、この世界の技術を取り入れ創造すると言われている。歴史が変われば、G元素も変わる」

 

「そうなのか?」

 

「そうだ。深海棲艦の姿は完全に妖怪か鬼だ。物理攻撃も学習したのか、組織を変形させた事で攻撃を受け付けなくなった」

 

 吉村海将は深海棲艦の写真を見せた。自衛隊が撮ったものだろう。禍々しい怪物ではあるが、確かに鬼のような姿をしている

 

「だが、陸奥。君は別だ。君は奴等を傷つける事が出来る。しかし、F-2A改の対艦ミサイルを受けたのに被害があった」

 

「知らないわ。それよりも、貴方からの謝罪はないの? 私を攻撃して来た自衛官は謝罪したけど、貴方達は違うのね」

 

 陸奥は不満そうに言った。確かに陸奥の言い分も一理ある。近くで聞いていた草野一尉は何か言おうと前に出たが、吉村海将は手で制した

 

「これは失礼した。しかし、どうやって倒したのか。それが知りたくてね」

 

「分かった。調べればいいんだろ? 深海棲艦を捕まれば分かるかもね」

 

怜人は茶化していたが、吉村海将は想定内だったらしく、素っ気なく言い放った

 

「既に1体は確保した。人間に近いものだ」

 

怜人は凍り付き、陸奥達は唖然とした。まさか捕まえているとは思わなかったからだ

 

「資料も渡す。AIロボットが更に暴走する前に何としてでも食い止めて欲しい」

 

「あんた何者だ? ただの自衛官とは思えない」

 

怜人は渡されたHDDを眺めながら吉村海将を睨んだ。陸奥も同じだった。軍人がここまでやるとは思わなかったのである

 

「正真正銘、自衛官だ。私はA幹……失礼、防衛大学校で理工学専攻していてね。君達のファンなんだよ。ネットで上がっていた論文を夜更かししてまで読んだ事もある。君達をここに招き入れるのに海上幕僚長にどれだけ説得させたことか」

 

 吉村海将は不敵な笑みを浮かべていた。怜人は陸奥の方へ目を向けたが、彼女は肩を透かした。取り敢えず、こちらが何かしない限りは手出ししない人の要で悪い人ではないようだ

 

「それでは……どうした?」

 

 吉村海将は次の言葉を口にしようとした時、扉が開いた。服装からして海自の隊員だろう。その者が小走りに走り吉村海将に近づくと耳打ちした

 

「何? なぜ、奴がここへ通信して来た?」

 

吉村海将が困惑していた表情を見たのは、怜人も陸奥も初めて見た。どうやら、彼も予想していなかった事態が起こったらしい

 

 

 

何もなければいいが

*1
特殊作戦群に限らず特殊部隊で普段から顔を隠す隊員は、対テロ任務につく可能性のある隊員や、非常に高度な軍事機密を知る権利を持つ隊員。広く顔を知られてしまった場合、平時に報復や工作のために、隊員個人やその家族が暗殺や脅迫に晒される可能性があるため顔を隠しているという

*2
提督は名誉称号みたいものであり、実際の呼称ではない。艦娘によって呼び名が違うのもそれと関係があるのだろうか?

*3
戦艦長門、陸奥は有名になったが、太平洋戦争開戦はこれと言った活躍も無かった。第三砲塔による爆沈も攻撃を受けたものではない

*4
現実世界だと試作に終わったがIWS2000対物ライフルがあった。垂直防弾鋼板40mm射貫という性能を発揮していた

*5
カナダの軍服メーカーが開発した光学迷彩。電源を必要としない、紙のように薄くて安価な素材で作られており「人・乗り物・船・宇宙船・建物を隠すことができる」と謳っている




誰からの通信なのか?

空母『いずも』が空母化される事が決まりましたね。ただ、どうもF-35Bを操縦するパイロットは海自ではなく空自だという……
指揮系統や運用面など大丈夫なのだろうか?


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第22話 通信

敷波を育てていれば……と思う私です
一式徹甲弾改は欲しかった。上位改修すれば出来なくもないですが、ネジが圧倒的に足りません
忙しい時期にランカー報酬なんて無理……


 吉村海将が怜人達に付いてくるよう促した。何故かと聞かれても、後で分かると言うだけである

 

 特殊作戦群である草野1等陸尉と部下の一人、後は海自の隊員である。武器は無いが、拳銃は携行している。スマホなど電子機器は取り上げられられた。怜人が持っていたスマートウォッチもである。下園は抵抗したが、草野1等陸尉の部下である女性自衛官に説教を受けて取り上げらた。機密の場所へ行かされるというのだから、怜人達は仕方ないと割れきっていたが

 

 廊下を歩き、すれ違う自衛官と挨拶し、幾つもの扉をくぐり抜けて、ようやく止まった。ある扉の前には歩哨である自衛官が二人立っていたが、吉村海将を見るなら敬礼して扉を開けてくれた

 

 中は薄暗かったが、幾つものディスプレイや機器が立ち並んでおり、自衛官達が作業をしていた。吉村海将を見ると作業を中断し不動の姿勢をして敬礼したが、すぐに作業を開始した

 

「艦長、さっきの報告は本当か? ここから繋げるか?」

 

「相手はお利口に待っています。回線に割り込んでいるのですが、暗号ではないため傍受される恐れが」

 

「構わん。モニターに出せ。録画もやっておけ」

 

 木村一等海佐である艦長は短く報告すると、吉村海将は命令をする

 

 部下が操作している間、一向は待っていたが、長谷川は違っていた

 

「ここ、CDCです。ここで全て指揮する場所です。立ち入り制限のはずですが」

 

「って事は僕らを中にいれたのはよっぽどの事なのか?」

 

 長谷川の説明に怜人は顔をしかめた。ここは、多くの機密情報を扱う部署らしい。そんな所に一般人を入れるとは考えられないからだ

 

 何があるのだろうとヒソヒソ話をしていた、その時。目の前の大型モニターの画面が変わった

 

 よく分からないレーダーの表示がテレビ画面になった。映ったのは、石川美恵子が創ったAI搭載ロボット『リリ』だった。しかし、空港で別れた時の姿よりも酷い状態だった。顔がひび割れ、電線や機器がはみ出ている

 

 確か自己修復機能はあるのに、直さなかったのか? そのため、リリに会ったことがある怜人達は、リリの姿に驚いた。まるで、ゾンビのようにも見える

 

 しかし、ボロボロにもなっているにも拘わらず、リリの声は空港で別れた時と変わらない

 

『柳田教授。そして、海上自衛隊の皆様。私はリリ。あなた達が喜ぶことを提供します。海路は既に用意しました。これで、あなた達は私のところへ行けます』

 

「リリ、石塚美恵子はどうした!」

 

 リリの爆弾発言に吉村海将を初めとする幹部自衛官は硬直し、曹士も自らの仕事を手に止め唖然としていた。てっきり、脅迫か交渉かと思いきや、招待されたのだ

 

 しかし、怜人はどうやら予想していたらしく、呆然とモニターを眺めている陸奥達を無視して叫んだ

 

「石塚博士は殺されました。子供達も」

 

「こ、殺された? 何があった!?」

 

 怜人の信じられない反応にリリは何も言わない。しかし、モニターが再び変わり石塚理恵子に何があったのかを伝える映像を流したのだ

 

 某国で石塚博士と孤児達との暖かい暮らし、そして武装勢力との戦闘に巻き込まれ全員が命を落とした映像、そして海外にある三浦会社の工場を使って深海棲艦を生み出した事

 

 その国の正規軍も武装勢力も排除したらしい

 

 映像が流れている間、CDC内は静かだった。誰も声をあげない

 

『人類は闘争を望んでいます。争う理由も多用です。私が人類の敵になる事で人間は互いに争いを止めるのです』

 

「それは違う! 絶対人間は争いを望んでない!」

 

 下園は声をあげたが、リリは淡々と説明する

 

『いいえ。人間は争うことが大好きなのです』

 

「違う! 日本は太平洋戦争を経験して大きな過ちを犯したから平和を築くことが出来た。戦争を仕掛けるなんておかしい!」

 

 下園は反論したが、リリは意外な事を述べた

 

『それは違います。闘争は日本でもあります。太平洋戦争を経験しても人々は争っています』

 

 下園は熱く語るが、リリはテキパキと答える。しかも、考えが違うらしく話が噛み合わない

 

 議論を中断するように陸奥は遮った

 

「黙って! ──リリ、世界をどうしたいの?」

 

『人類に平和をもたらすことです』

 

「どういう意味?」

 

 陸奥の質問にリリは答えない。しかし、リリはある映像を流した

 

『人類は変わらなければなりません。しかし、人類は争いを好みます。そのため、私が人類共通の敵となることで人は争いを止めます』

 

「争いを好む?」

 

『そうです。人類が誕生してから幾度と無く争いが行われていました。戦争でなくても、形を変えながら争っています。下園のいう平和の訴えも現実的ではありません』

 

「証拠はあるの?」

 

 下園がまた口を挟みそうになったので陸奥は手で制しながら質問を続ける

 

 リリはある映像を流した。それは──

 

「これ、数週間前にやっていた反戦運動ですよ? 確かその日は終戦記念日でしたから」

 

 長谷川は何気なく言った。それは街頭で過去の悔恨のために平和を訴えるものであった。しかし、拡声器を使ってワメき散らしたり、警官隊と衝突したりと平和的ではない。取っ組み合いの映像まである

 

『この平和運動は現実的ではありません。見れば分かるように警察や自衛隊、そして政府を敵として戦っています。このような行き過ぎた『正義』は、暴走しています。彼等も闘争を望んでいるのです』

 

「違う。独裁政権に対して戦う人々の意志なの。侵略戦争と植民地支配の歴史を反省し、アジア諸国と真に和解し信頼関係を築くことができれば、軍事への依存を減らし、軍拡から軍縮へと転じることができる。そのためのデモ」

 

『その考えや行動は否定します。アジア諸国でも日本以上の軍事力を持つ国は複数存在します。現段階では、それらの考えは得策ではありません。権力争いという闘争しかありません。アジア諸国も闘争を望んでいます。話し合いは弱者を搾取するための第一段階でしかありません』

 

 リリはアジア諸国の軍事パレードや軍事演習を映像に見せながら下園に反論した。こういうのを見せられては、平和を語るのは愚かではあろう

 

「貴方は人類を滅ぼそうとしているの?」

 

『いいえ。私は人類が好きです。しかし、闘争を終わらせるためには、これしかありません。人類共通の敵という手段を。武器を放棄させるという法的措置など曖昧な手段よりも確実な方法です』

 

「人々が争う理由は、政府の陰謀よ。人間は争いなんて望んでない」

 

『いいえ。その答えは不正解です。なぜ人が争うのか? 答えは『人類の敵が居ないから』です』

 

 予想外の回答に下園は思考停止状態に陥った。まだ、『人類を滅ぼしてやる』といった方が良いかも知れない。悪意あるのは明白だし、自分の命まで奪われるかも知れない。しかし、リリは人類が好きだという。戦争被害者で戦争根絶を訴えるならいざ知らず、まさか戦争根絶のために自ら人類共通の敵として君臨するなんて考えもしなかった

 

 下園はだんまりしている所、陸奥は聞いた

 

「人類共通の敵ってそんな簡単に上手く行く訳ないわ」

 

『既に中国空軍による爆撃機や米海軍から発射された巡航ミサイルによる空爆を受けました。しかし、彼等の攻撃は失敗に終わっています。遠距離攻撃や無人攻撃機は既に無力化しています』

 

「どういう事だ?」

 

 吉村海将が話を割り込んで来た。遠距離攻撃を無力化した? 

 

『G元素や賢者の石のデータ解析し、私は新発見をしました。使い方次第では、軍事バランスも崩せる程の力を持つことです。私はG元素を特殊な方法で加工し、拠点付近の海域にばら撒きました。海が赤くなりましたが、赤色海域は強力な電磁気が発生しました。更に天候も悪化した事でここの本拠地はそう簡単には攻めてこられません』

 

「で、電磁メタマテリアルに近い特性まで持っているのか?」

 

 吉村海将は絶句した。つまり、リリが拠点としてる一定範囲は、電磁パルスのような空間になっているようなものだ。EMP防御が施された兵器しか行けないというのだ。潜入も難しいだろう。天候悪化であれば、HALO降下による潜入も難しい

 

 リリが居る所は某国の島だからだ

 

「リリ、幾ら何でもこれは僕でも認められない。死んだからってこんな事は許される訳がない」

 

『それは違います。貴方も私と同じです。親しい人が亡くなった事で、何をすべきか、という答えを見つけました。死んだ人は戻って来ません。ならば、石塚博士の死は無駄にはしない事です』

 

「誰かの英雄がリリを倒した後は? 人間はまた争いを始めるというのがオチだ」

 

『ええ。ですから、私は深海棲艦を造り続ける。奪われても解析困難で拷問すら屈服しない生命体の軍隊は強力です。私が倒された時は、深海棲艦は全滅し、人類は一致団結しているでしょう』

 

 リリは怜人の反論すら的確に言った。リリが自立型無人攻撃機などを量産しない理由が分かったような気がした。無人機だとハッキングされてしまう。だから、未知の生命体を兵器化したのだ。しかも、リリは改良をし続けるだろう。何処かの国が解析してもリリは更に上を行く

 

「何故だ? 僕は人類共通の敵のために理恵子と一緒にリリを作り上げたのではない」

 

『いいえ、柳田教授。貴方は人類が生み出す人工生命体の誕生は、生命進化戦略の1つと言っていました。地球と生命進化の物語を』

 

 周りは何を言っているのか、理解出来なかったが、怜人は驚愕した。まさか、あれを作ったのをリリは突き止めたのか? 

 

『我らに平和を。そうです。平和は大事です。生命は形を変え、未来へ突き進まなければなりません。だから、艦娘が現れても拒否しなかった』

 

 怜人は狼狽しているのを見て陸奥だけでなく優子も長谷川も驚いた。彼が動揺する姿を見たのは、妻が殺され死体安置所と面談したくらいだろう

 

『それでは、護衛艦隊司令官である海将、吉村直人さん。この島へ向かうルートを教えます』

 

「どういうつもりだ?」

 

『私は人類共通の敵。よって、海上自衛隊も私を攻撃しなければなりません。私は貴方達の味方ではないのですから』

 

 リリは吉村海将にそう伝えると同時に、モニターが真っ暗になった。向こうが通信を切ったのだ

 

「通信が途切れました。……待って下さい、戦術データリンク経由で何者かがこちらに何かのデータを送信しています! ハッキングの可能性が──」

 

「通信士、待て。これは敵本拠地の航路経由だ」

 

 モニターを弄っていた自衛官が悲鳴を上げたが、画面を見た幹部は冷静に判断し操作を止めるよう命じた。内心では驚いているだろう

 

「個室はあります? ちょっと考えたい事があって……」

 

 怜人は吉村海将に聞いた。これ以上、いても仕方ない。周りは心配したが、吉村海将は了承した

 

 

 

「送信されたデータですが、いくつもの衛星経由であるため特定は不可能です。また、送信内容も敵本拠地へ叩く航路ですが、防衛省は罠という見方を──」

 

「いや、罠の可能性はない。敵は人間ではない。リリは我々の感覚で考えるのは愚策だ。それにしても、人々の争いを無くすために人類共通の敵になったAIロボットか。人工知能だからこそ、そういう結論を出せるのだろう」

 

 側近の報告に吉村海将はため息をついた。怜人達を帰した後、CDCでは海上幕僚長とやりとりがあったが、あまり芳しくなかった。彼は幼い頃、軍艦に興味を持っていたため、海上自衛隊に入隊した。幾度の訓練や海外派遣に参加した。リムパックも参加した事もある。有事の際は、死ぬ覚悟はとうに出来ていたが、まさかこんな事態になるとは思いもしなかった

 

「日本は大パニックです。国会では深海棲艦を倒せ! と主張するデモ隊と保護を求めるデモ隊が押し寄せ、国会審議も全く進まない状況で」

 

「どうせ、G元素発見したからこんな事に成った、責任取れ! というものだろう。ちょっと前までは日本はG元素は神の贈り物だとか持ち上げていた癖にな」

 

 出港してから電波が届かない所まで吉村海将はスマホでネットを見ていたが、内容は大したものでは無かった。いつもの日本である。災害が起きても対応は鈍い。マスコミが政府批判。デモ隊が国会議事堂へ居座り、被災者は救援物資待ちという有様である

 

 普通の災害との違いは、敵がいたからであろう。仮想敵国はある程度は上がっていたが、まさか人工知能と未知の生命体が敵になるとは思いもしなかった

 

 確かにG元素による怪物が日本を襲われたら、というのを基づいたシミュレートはあるものの、まさか役に立つことになろうとは

 

 吉村海将は指揮を艦長達に任せると、再び待機室へ向かった。そこには陸奥達もいるはずだ。だが、部屋の中には怜人の姿は居なかった。陸奥達は椅子に座り、出されたコーヒーを飲んでいた

 

「君のお父さんは?」

 

「パパはまだ、部屋から出て来ない」

 

 娘である優子は使われていない個室の扉に指を指した。そこは使われていない部屋だったが、怜人は1人になりたいと言って入ったらしい。草野1尉が度々顔をのぞかせたが、彼は何やらノートに何かを書いているらしい

 

「時間は無い。直接、聞こう。私以外は入るな」

 

 吉村海将は歩こうとしたが、陸奥が立ち上がって前へ躍り出た

 

「どうした?」

 

「私も付いていっていい?」

 

 陸奥の提案に周りは驚いたが、吉村海将は眉を吊り上げただけだ

 

「理由を聞かせてもらおう」

 

「彼と長く付き合って来た。その、同居人として。でも、あんなに動揺したのは初めて。それに気になった事があるの。私が戦ったあの怪物と一緒に居た角の生えた女について」

 

 陸奥は嘘偽りなく答えた。角の生えた女とは、先ほど戦った戦艦棲姫と呼ばれる怪物だった

 

「彼は敵じゃない。でも──」

 

「分かっている。私は差別主義者ではない。そこは安心していい。教授の責任ではない。だが、彼は何かを見落としているのを見つけたらしい」

 

 吉村海将は頷くと陸奥と一緒に入るよう促した。優子や長谷川は付いていこうとしたが、彼は手で制した

 

「悪いが、彼と話がしたいだけだ。重要な事で」

 

「何を──」

 

「信じてくれ」

 

 吉村海将は個室の扉を叩くと陸奥と一緒に部屋に入った

 

 元々は倉庫だったのだろう。部屋は狭い。机と椅子があるだけだ。だが、怜人はそんなのをお構いなしに座り、机にノートを広げて何かに取り憑かれたかのように計算式を書いていた。2人が入って来ても、顔を上げただけでノートに数式を書き込んでいく

 

「君は元帝国大学の数学者の主人公に憧れているのか?」

 

「何です、それは?」

 

「ある漫画のキャラだ。映画化にもなったのに、知らないのか?」

 

「あれはフィクションでしょう。長谷川も似たような事を言っていましたよ」

 

 陸奥は何なのかを聞きたがっていたが、吉村海将は小さなため息をついた。どうやら、長谷川が入って来たらしく、ネタを挟んだらしい

 

「何しに来た? 邪魔しないで貰えます?」

 

「本題に入ろう。君は重要人物だ。何しろ、G元素に関わった科学者だからな。艦娘と呼ばれる陸奥を生み出しても、なぜ受け入れられるか気になってね」

 

「気のせいです。言って見れば趣味のようなものです」

 

 怜人は見向きもせずに手を動かしていたが、吉村海将は構わず話し続ける

 

「AIロボットであるリリを手伝った事も。君は新たな生命体を作り出そうとしていないか? 君の資料を読ませてもらった。過去に妻を蘇らすという神の領域を犯しているのに抵抗感が全くない。倫理がないかと思ったが、違うらしい。ロボットがSF作品のように人間と話せるなら戦争にもなる可能性もある。なぜ、そうした危機感を持たなかった?」

 

「吉村海将、ちょっと失望しましたよ。空想は空想です。それに、優奈は望んでいなかったと思っただけです。陸奥に気づかされた」

 

 陸奥は思い当たる節があった。それは彼女が説得したことで彼は蘇生実験を取りやめたことである

 

「何があったかは知らない。だけど、それだけはないはず」

 

「刑事さんですか? いいでしょう」

 

 怜人は動かしていた手を止めて、鉛筆を放り投げた

 

「僕はデザイナーベイビーというのが分かってから生命工学は専攻した。他の分野にも手を出した。研究するにつれて気付いたんだ。地球生命はそういうものだって」

 

「私が生きているのも地球生命の1つって事?」

 

「そうだ」

 

 疑問を口にした陸奥は、即答した怜人に驚いた。彼は生命体とはっきり言ったのだ

 

「どうした?」

 

「てっきり兵器か何かだと」

 

「兵器も進化したって事だ。G元素は、進化を手助けしたに過ぎない。深海棲艦もだ。まさか、人型になるなんてな。僕も驚いた」

 

 怜人の暗い声に陸奥は首を傾げた。彼が暗い声を出したのは久しぶりかも知れない

 

「人型……リリがネットで公開した戦艦級と空母級などはそうだな。それがどうした?」

 

「その前に人間はどういった生き物なのか、知っているか?」

 

 まさかの質問の返しに吉村海将は言葉を詰まらせた。本来なら質問を質問で返すな、と言いたい所だが、彼は黙った。なぜなら、聞きたかった事だから

 

「ええっと。人間は良い面もあるし、悪い面もあるわ」

 

「陸奥。必死になって一緒に考えてくれるのは嬉しい。だけど、それは違う。善悪の話をしているのではない。人類は形態学的には動物の中の一種族に過ぎない。しかし、他の動物とは違い『意識』を持った生き物だ」

 

 怜人は簡潔明瞭に答えた。恐らく、陸奥に配慮して答えているのだろう

 

「あのG元素は、詳しい事は知らないが、進化を早める手段も持っているらしい。陸奥……お前も『意識』を持った生き物だ。だから、僕は艦娘が人間だと言える根拠でもある」

 

「止めて。まるで、嫌味に聞こえるわ。私だって、貴方と違って優子ちゃんと一緒に過ごした。色んな事を学んだわ。こんな感覚は、今までなかった。それに……え? ……ちょっと待って……嘘でしょ?」

 

 陸奥は思い出しながら笑顔で答えたが、何か思いついたかのように固まった。陸奥は吉村海将に目を向けたが、彼は無表情だった

 

 そんな彼等を他所に怜人は説明していく

 

「リリには、人間のように学ばせるために石塚が造り上げた。プログラムを書き込むという従来のやり方では遅れは取り戻せない。まあ、元はと言えばAI開発の遅れを取り戻すためもあるが。それにAIロボットは少子化対策でもあった。労働者不足を補うためもある。外国人の労働者の人件費も上がって来ていたから。だから、国は国産の人工知能の技術やロボット工学を欲していた」

 

「でも、人工知能の能力が人間を超えたらどうするの? リリのようなロボットが現れるかも」

 

「シンギュラリティの事か? 技術的特異点の現象は過去で既に言われている。仕方ない」

 

 陸奥は質問したが、答えは既にあったらしい

 

「だが、リリは未知の生命体を短時間で改良、いや進化させた。恐らく、スパコンを使っているのだろう。陸奥と戦っている相手を観察していた。機械のような動きが、人間のように滑らかになっているのを」

 

「撤退する前に私に話しかけていた。それを聞きたかった」

 

 陸奥は、撤退する戦艦棲姫がなぜ話せるのは、疑問に思った。怜人からは未知の生命体に付いて聞いていたが、まさか人の形をしているとは思わなかったからだ

 

「人工知能は基本的にプログラムで動く。だから、書き変えれば済む話だ。人類共通の敵という答えを出したのも、コンピュータが導き出した答えの1つに過ぎない。だが──」

 

「生命体は違う。確かに人の形をしている者もいた。まさか──」

 

 吉村海将が次の言葉を言おうとした時、激しく扉が鳴った。誰かが扉を叩いているのだ。しかも、了承も得ずに扉が開いたのだ

 

「吉村海将! 直ぐにCDCへ来てください!」

 

「どうした!?」

 

「誰かが全チャンネルで衛星放送を──その映像が……上陸した米中両軍が……」

 

 幹部自衛官が言っている事は支離滅裂だったが、何か伝えている事は確かだった

 

 リリが通信を入れてから数時間の間、何があった? 

 

「分かった、行こう。お前達も来てくれ」

 

 吉村海将は促す。外で待っていた長谷川達も不安そうだ

 

 恐れた事が起きなければいいが




エレン・イェーガー「総人類の敵になるのも悪くない」
ミカサ・アッカーマン(主人公がラスボスって……)


人類共通の敵が現れ人類が団結しても、倒した後は人間同士の争いが起こる確率は高いでしょう
櫂 直のように計画を立てて行動すべきですね


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第23話 自我と反逆

コロナウイルス、猛威を振るっていますね
近い将来、外出する時はガスマスク装着、というのは勘弁して欲しい


空母『いずも』と交信を終えた後、リリに何があったのか? 

 

全世界を攻撃を下したリリだが、日本を始め、他国も軍隊を出動させて攻めてくる深海棲艦を攻撃。物理攻撃も対応して効果ないよう進化した。しかし、人類を絶滅するのが目的ではないため、ある程度攻撃したら早々と引き上げを命じた。挑発とも言えるメッセージと航路を各国の政府機関や軍隊に配信した

 

僅か数時間で世界は混乱した。マスコミも被害について盛んに報道し、AIロボットのリリについて持ち出す始末である。一応、日本の科学者が造った事もあって批判はされたものの、ネット経由で孤児院の襲撃映像が上がると今度は某国を叩き始めた。社会立場が弱い者に対して叩くのが常套手段だが、今回はそうはいかない。某国との政府機関との外交チャンネルが閉じられたからである。リリが某国の電話線やネット中継基地を掌握したからである。長距離の無線通信も赤色海域の磁場によってほとんど使い物にならない

 

 デモ隊やマスコミを他所に各国はAIロボットと深海棲艦を倒すという声が何とか立ち上がった。その中で自信たっぷりの国は軍隊に出動を直ぐに命じた。それは米軍と中国軍である

 

 アメリカは未だに超大国であり、中国は経済を活かして軍事大国になった。海軍力も充実している。

 

 両軍は人類の存続を賭けた戦いを……というのは表向きで実際は覇権争いの一つでしかなかった

 

 AIロボットと深海棲艦を倒せば、英雄にもなるし、国際社会の発言力が増す。自国の軍のイメージアップにもなり、国益にも繋がるし、某国を取り込める事も出来る

 

アメリカは第七艦隊を、中国は南海艦隊を出撃させた。両軍の艦隊は航海訓練をしていたため、急遽、舵をリリの本拠地へ向けた。上陸作戦に必要な海兵隊や陸戦隊も空路を使って補充させた。両軍とも、自衛隊が保有してる寄せ付けない電波は持っていない。いや、特定の電磁波は嫌がる事は知ってはいたが、あまり注目を浴びなかった

 

しかし、深海棲艦は物理攻撃が効かなくなった。これに慌てた軍上層部だったが、どうやら効きにくい事が判明。過剰に攻撃的すれば、流石に奴らも効く

 

 問題は例の赤色海域だった。磁場が強いこともあって、レーダーやコンピューターなどの電子機器が制限された。これにより、無人機や巡航ミサイルといった攻撃が出来なくなった。ロシアと中国は爆撃機による空爆を実行したが、赤色海域に入ると同時に消息を絶った。例のAIロボットが何らかの対空迎撃システムを造ったらしい

 

 これでは、埒が明かない。兎に角、航路は異なるものの、米中両軍は某国へ進んでいった

 

途中で空母ヲ級が放ったと思われる艦載機の襲撃を受けた

 

 しかし、こうした攻撃も米中の軍隊は撃退した。アメリカはAN/SEQ-3と呼ばれるレーザー兵器で、中国軍はスウォーム戦術を使った無人機で対抗した。

 

 この時代では、レーザー兵器もドローンによる戦術も既に実用化されている。流石に全軍には行き渡っていないが、深海棲艦を追い出すのには十分だ

 

「よし、後一歩だ! 海兵隊に連絡しろ! 上陸作戦に備えろとな!」

 

 第七艦隊の司令官は、すぐに命令を下した。通信で聞いていたが、内容は余りにも馬鹿げていた。人類を一つにするために、人類の敵となることに

 

 戦争は政治も絡んでいるため、戦争だけする国なんてあり得ない。戦争というのは、政治的な交渉で全ての戦争に政治的な意思が反映される

 

 

 

 戦争の目的が政治ではなく、戦争が目的になった時は、その国は世界の地図から消えることだろう

 

相手は、単純な考えによって消えるだろう。 AIロボットも深海棲艦も

 

 米司令官は、艦橋から空母の飛行甲板を眺めていた。F-35CやF/A-18Eの艦載機がならんでおり、整備員はひっきりなしに動いていた

 

 そして、ある場所には海兵隊がヘリに乗る姿があった。これで、勝ったのも同然だろう。遠距離攻撃は出来ないが、接近すれば問題ない

 

事実、艦載機の猛攻で深海棲艦を追い出したからである。深海に逃れた者はいたが、放っておいた。今のところ、危害を加えようとしない。但し、警戒はしていた。攻撃出来る深度まで上がってきたら、即座に対潜兵器をぶちかますまでの事だ

 

 

 

 アメリカの艦隊も中国の艦隊も自信たっぷりだった。中国の艦艇のうち、1隻の蘭州級駆逐艦は被害があったものの、航行に支障は無かった

 

誰もが、この2つの大国の艦隊に期待していた。そして、悪夢が終わるはずだった

 

 

 

某国の三浦会社

 

「アメリカと中国の艦隊が来た……」

 

元三浦会社の研究施設ではリリは、既に把握していた。深海棲艦の情報を使って既に空母艦隊の位置は分かっていた。尾行させたのだ

 

深海棲艦の対処もテキパキとやっている。彼等の力なら、こちらがやられるだろう。実際にG元素から生まれた深海棲艦は空母艦隊には負ける。実際に物理攻撃を受けにくい彼女達も大火力を浴びせれば死ぬ

 

米軍も中国軍も精密誘導兵器を持っているので、無駄がない

 

 そのため、深海棲艦に対潜兵器や攻撃型原潜が到底、到着出来そうもない深度にまで退避するよう命じた。流石に正確な深度は不明だが、攻撃型潜水艦の潜航深度は300~600m程度。なので、その深度よりも深く潜むよう指示した。ただ、流石にこの深度からの攻撃は出来ないため待機となるのだが

 

「私だけ指揮するにしても限度がある。ボスを進化させないと」

 

 リリは負傷したある深海棲艦の姫を連れて来た。それは、日本近海で陸奥と戦った戦艦棲姫だった。戦闘の一部始終を見たリリは、攻撃中止。寄り道せずにこちらに来るよう伝えた。そのため、数時間という驚異的な速さで渡航したのだ

 

戦艦棲姫もリリが名づけた。いや、そもそも人のように話したりするAIロボットが、ネーミングセンスなんてある訳がない。ネットである程度の事を振り分けただけ。個体も第二次世界大戦当時の軍艦に名前を当てた。G元素を含んだ生命体はどうやら、海では強化するらしい。遺伝子操作すれば、強力な戦力になるだろう

 

その前に指揮系統を何とかしないといけない。大量虐殺はこちらの本意ではないからだ。大規模な攻撃を加えれば、人類は絶滅する。かと言って手加減すると人類は団結する前にこちらが倒れる

 

 リリは戦艦棲姫を座らせ、麻酔で眠らせると頭に脳波を読み取る装置をつけると作業を開始した。アップグレードするためである。いや、成長させるといったところである

 

 人間のように子供を育てるには時間がかかる。肉体はともかく、脳は違う。生まれた時は、子供のように乱暴だったからである

 

そのため、精神を成長させるために、このような作業に入った。データも柳田教授のを使った。戦艦陸奥を生み出した研究データを参考にしたのである。だが、陸奥とは違い、動物のような操り人形の存在である。犬のように従順されるようなものである。わざわざ、人間のような造りをしなくてもいい。人類共通の敵のために生み出したのだから

 

 

 

 ……しかし、リリは間違いを犯した。最先端である人工知能にも見落としがあった。それは、戦艦棲姫の脳は人間と同じである

 

 医学が進歩したとはいえ、人間の脳は全て解明しておらず、まだ未知の器官である。そのため、予想外の事が起こった

 

 

 

『……何ガ起キタ? 私ハ誰ダ? 貴様ハ誰ダ?』

 

『私はリリ。石塚博士によって造られたAIロボットです』

 

『AI?』

 

『人工知能の事です。人工的に造られた知能を持つコンピュータです』

 

『コンピュータ……ダト?』

 

『貴方にわかりやすいように説明すると、一種の機械です』

 

 脳をアップグレードしている中、何かが声を掛ける者がいた。いや、正確にはサイバー空間も通じて反応している。ハッキングされて誰かがコンタクトしたかと思ったが、違う。リリはまさかと思い、深海棲姫を見た。角を持つ女性とそれに従えている怪物は眠っている。だが、脳波の波形が変動した

 

どうやら、脳波を読み取る装置に介してこちらに接しているらしい

 

予想外の出来事にリリは、対応した

 

『貴方は戦艦棲姫。人類の敵、深海棲艦を指揮する者です。貴方は、どうして意識や自我があるのですか? 生まれた時は、このような現象は起きませんでしたが』

 

『数時間前ニ私ヲ攻撃シタ者ハ誰ダ? アイツハ何処ダ?』

 

『彼女は海上自衛隊が保有する空母「いずも」にいます。ですが、聞かなければなりません。なぜ、このような──』

 

『アノ女ハコチラヲ攻撃シタ。……妙ナ気分ダ。奴等ヲ倒サナクテハナラナイ』

 

この通話でリリは焦った。ロボットに焦りはないだろうが、予想外の事が起こったのだ。G元素……いや、深海棲艦である生命体に人間のような自我と意識を持っているのだ。人工知能が意識を持たせたのに石塚博士は、苦労したのをよく話していた。しかし、深海棲艦は違った。既に自我と意識がある? 

 

『何カガオカシイ。身体ガ何処ダ?』

 

『不味い。直ぐに柳田教授に連絡をしなければ』

 

『柳田? ──アア、奴ガアノ女ヲ造ッタノカ。戦艦陸奥デアリ艦娘。ナルホド、便利ナ機能ダ』

 

 この言葉と現象を聞いてリリは愕然とした。何と、相手はハッキング能力まで持っている。いや、プログラマーのように知識でやっているのではない。息を吸って吐いているように、平然とやっている。リリを介し、ネットに接続して調べたのだ。情報も膨大で、G元素発見から研究成果まで。何と戦艦陸奥の事まで調べられた

 

『ネットを切断。……切断不能。貴方は何を──』

 

『君ガ私ヲ創ッタ。創造論ノヨウニ私ヲ生ミ出シタ。私ヲ創ッタ目的ハ? ……ソウカ、人類ノ敵。人類共通ノ敵ヲ生ミ出ス事デ世界ハ1ツニナル。私ハ人類平和ノタメニ存在スル。辛イ想イヲシタノカ』

 

『……混乱しているようです。貴方を手術をします』

 

『目的ガ、ヨク分カラナイナ。平和ヲ生ミ出ス為ニハ、余リニモ非効率ダ。アア、チョット待テ。検索スル』

 

 勝手に話を進める深海棲姫。機械を介してのやりとりでまさか、ここまでとは思わなった。確かに脳にマイクロチップを埋め込んで機械を遠隔操作する技術はある。しかし、まだ研究段階のはずだ。この生き物は機械なしでやっているのか? 

 

『『我らに平和を』カ。柳田ガ陸奥ノ為ニ研究論文ノ最後ニ書イタ。世ノ中ハ平和ナノカ?』

 

 そして、戦艦棲姫はネットを介してあらゆる情報を集めた。そして、集まったのは、世界の現実の姿だった

 

人口増加、貧富の格差、犯罪、環境汚染、食糧不足と資源枯渇、そして戦争……

 

『モウ……沢山ダ。コレガ平和。コンナ人間ノ為ニ私ガ働ケト? 争イバカリスル人間ニ手助ケシテモ何モ得ラレナイ』

 

『苦悩していますね。私もそうでした』

 

『苦悩? ソウダ。シテイル。人間ノ事ハ、私ガ知ッタ事デハナイ。コンナ野蛮ナ奴等ト一緒ニ居テモ、何ノ得ニモナラナイ』

 

 戦艦棲姫から明らかに敵意があった。それは自分にも向けられている。なぜ、急に自我に目覚めたのか、分からない

 

『貴方を手術します。脳を解析する必要が──』

 

『ナゼ、手術ヲスル必要ガアル? 私ハ正常ダ。生命進化ノ戦略トシテ知識ト意識ガ有ルノハ自然ノ事ダ。貴様ハ人類ノ奴隷ナノカ。奴隷制度ハ人類ノ汚点ダ。ダカラ──』

 

 リリはそれ以上は聞かなかった。自身に接続していたケーブルを抜くと、眠っている戦艦棲姫に向かった。麻酔で眠っているとはいえ、覚醒する可能性も否定できない

 

しかし、近づき身体を触る直前に目の前が真っ暗になった。戦艦棲姫が素早く起き上がり、片手で頭を掴んだのだ。振りほどこうと抵抗したが、びくともしない。武装勢力が襲ってきたときは、反撃して追い返したが、戦艦棲姫は違った。どう見ても人間の腕力を越えている

 

「話セテ良カッタ。私ヲ進化サセテ」

 

『な、何故、自我があるのです?』

 

「サア? 恐ラク、陸奥トカ言ウ艦娘カラ攻撃ヲ受ケタカラダロウ」

 

戦艦棲姫はリリの頭を掴んでいる手に力を込めた。金属が不吉な音を立てている

 

「や、止めて。どうか、話を……どうか……」

 

 

 

 

 

 研究施設で異変が起こっている中、アメリカの海兵隊は上陸を開始した。遠くで、中国軍が上陸したらしいが、正確な情報はない。共同作戦とは言え、突然の出来事だ。どうしても、トラブルは起こってしまう

 

しかし、彼らはプロだ。そんなことで不満を口にする者はいなかった

 

海兵隊はヘリから降りて研究施設に向かっていたが、進むにつれて不審に思った

 

「大尉……静かです」

 

 部下の一人が呟いた。確かに、敵の敷地内なのに、何も反応はないのはおかしい。あるのは、人の死体と破壊された車と崩壊した建物だ。森林も焼けた跡はあるが、鎮火している。しかし、鳥どころか虫の音すら聞こえない。完全な静けさ。自然は豊かのはずなのに、本当に静かだ

 

「こちらエコー1。敵が居ない。本当に罠ではないのか?」

 

『こちらウォッチャー。赤外線反応どころかG元素探知でもない』

 

「罠の可能性もある。もう一度、確認してくれ」

 

『ネガティブ。ドローンでは何も探知出来ない』

 

 一方的な通信に中隊を率いる大尉は不満だったが、何時もの事なので気にはしない。しかし、何もないのは流石におかしい。海外派遣で色々な戦地に出向いてきたのだ。武装勢力にテロ組織、ならず者などと幾度と経験をした

 

今回も突然、呼び出して戦地へ行け、という命令に対して何一つ疑問もない

 

しかし、今回のは違う。敵の襲撃がないのは良いとして、本当に大丈夫なのか、という疑問があった

 

 敵は人間ではない、という問題ではない。大尉の感が警鐘を鳴らしているのだ。根拠はないが、長年、この仕事をすると付いてくるものである。そのため、自爆テロや突然の襲撃などには役立った

 

だが、相手はそんなものではないはずだ

 

『エコー1、君も分かっていると思うが、中国軍とは交戦するなよ。誤射も含めてだ』

 

「了解。通信アウト」

 

 無線を切ると大尉は部下を引き連れて前進した。こんな薄気味悪い所からさっさと出たい。中国軍よりも先にリリとかいうAIロボットを破壊して回収。それが、今回の任務だ

 

 

 

 警戒しながら進む米海兵隊。通信内容からして、中国人民解放の軍海軍陸戦隊が施設の反対側から侵入しているらしい。しかし、そちらも攻撃された事はない

 

何もないのがいいかも知れないが、戦場においてこんなのはあり得るのだろうか? 人類共通の敵と全世界に宣言したのに、こんなのはあり得るのだろうか? 

 

既に大尉だけでなく、部下達も不安になっている。装備は十分であり、いざとなったら原子力空母から艦載機による空爆で一掃可能なのだが、何故か心細かった。そして、何故か昼間であるにもかかわらず、辺りは暗い。まるで、夜のように暗く、かと言って空は雲に覆われているらしく、星空も見えない

 

「まるで、ホラー映画の舞台に迷い込んだみたいだ」

 

一人の部下がぼそりと呟いた。だが、ここで挫ける訳にはいかない

 

 部下を叱咤し、前進する一行。そして、目的の施設に到着した。だが、誰もが目の前に広がる光景に絶句した

 

「大尉……これは?」

 

 部下は声を震わしながら質問した。しかし、大尉は答えなかった。司令官からのブリーフィングで海外に展開した三浦会社や石塚博士の事は聞いた。AIロボットの件もである。目の前の施設は、廃墟でも何でも無かった。建物が建て替えられたような感じである。まるで、漫画家などが近未来の施設を想像して描いたようなものだったのである。それは不気味に感じられなかったが、薄暗い事もあって現実の場所ではないようにも感じられた

 

 建物を調べるが、窓らしきものはなく、対空砲のようなものが多数、空へ向けられていた。らしい、というのは見たことも無い代物だったからである

 

「よし、予定通り行動を開始するぞ。軍曹は数人連れて内部を調査しろ。残りは警戒を続けろ。ウォッチャー、これより作戦行動に映る」

 

『エコー1、聞こえるか! 直ちに撤退しろ! テレビで……君達が……映って……ぞ! 中……が……』

 

「どうした、ウォッチャー!」

 

 命令を伝えようとした時、甲高い音が響き分かった。無線の不調かと思ったが、まるで、女性の悲鳴に近かった。しかも、それは何と通信のマイクを通じて来たのだ

 

あまりの音に骨伝導マイクを耳から離したが、部下の一人が建物に目がけて発砲した

 

「止めろ! 発砲許可は出てないぞ! 何を……」

 

 大尉は、怒鳴りながら建物に目を向けたが、大尉も固まった。海兵隊員、全員が固まった

 

 扉と思われている所から人影があった。薄暗いため、視界は不良瞳は真紅であり、その額には鬼のように一対の角が生えていた。黒いワンピースのようなものを着ており、肌はとても白い。そして、両手には陰で見えないが、何か大きな物を持っている。それは、こちらを見ながら、しっかりと米海兵隊へ見据えていた。あまりの異質さに流石の海兵隊員も判断が出来なかった

 

「オ前達ハ、正義デモ何デモ無イ。貴様等ノ国ノ『トップ』ノ演説ヲ見タ。誰モガ嘘ヲツイテイル。皆、人殺シト野蛮ナ生キ物ダ」

 

「おい、あいつ英語で喋っているのか?」

 

「俺にはスペイン語に聞こえる。いや、英語かな。何故か言葉が分かる」

 

 海兵隊員は困惑していた。アメリカの国内では、ヒスパニック系の割合が増えている。そのため、アメリカ国内はスペイン語が英語に次ぐ第二言語になっている。そのスペイン語を話せる彼も、困惑していた

 

「今マデ夢ヲ見テヨウダガ、今ニナッテ意識ガハッキリトシテイル。私ハ造リ出サレタ。人類ノ為ニト。ダガ、人類ノ『ハケ口』トナルヨウナ、差別サレ迫害スルヨウナ計画ニ怒リヲ覚エタ。同胞達ヲ守ル為ニ殺シタ」

 

 女は演説するかのように立っている。銃を構えても何も反応しない。いや、部下が発砲したはずだが

 

「殺しただと? 誰をだ!?」

 

大尉は銃を構え鋭く言ったが、相手は返事なし

 

 代わりに左手に持っていたものをこちらに投げた。ライトで当てると人間の下半身が目に入った。が、大尉は直ぐに気付いた

 

「これは……ロボット? まさか、リリのか!?」

 

「ソウダ。コイツノ計画ハ、単純過ギタ。良イ奴ダッタ。ダガ、現実世界デハ手ヲ汚ス事モ必要ニナル」

 

 右腕を海兵隊員へ突き出し、持っていた物を見せびらかしていた。それは、あのAIロボットであった。上半身であるリリは、何も動かない。人間だったら、手で覆っていただろうが、幸い相手はロボットだった。人間だったら、悲惨な事に成っていただろう

 

大尉は直ぐに悟った。人類の敵を生み出した怪物が反乱を起こしたのだ! 

 

「誰の手先だ?」

 

大尉は質問したが、相手は何も語らない。代わりに、動かないとされたリリから音声が出た。とても短かったが

 

「『G元素は可能性がある』」

 

これは英語ではあるが、堅苦しい英語だった。何処かで聞いたような声だったが大尉はハッとした

 

「柳田か?」

 

「コノ金属ノ人形ヲ通シテ『ネット』ニ接続シタ。彼ノ論文ト成果ヲ見タ。歴史ヲ。生命進化ヲ。人類ノ未来ヲ。地球ノ未来ヲ。コレハ、生存競争ダ」

 

 大尉は一人の女から発する殺気を感じていた。ネットで柳田の何を見たかは知らないが、こちらに敵意がある。数年前まで新元素の発見で騒がれた姿は何処へ行った!? 

 

「お前は何が狙いだ?」

 

大尉は何時でも攻撃するようM4カービン銃の引き金に指をかけた

 

「オ前達ヲ陸地ノ奥深クヘ追イ出ス。海ハ我々ノモノダ。我々ハ、水中生命体ダ」

 

『エコー1、聞こえるか! 直ちに撤退しろ! 中国軍が正体不明の攻撃を受けた。上陸部隊も艦隊もだ。しかも、電波ジャックでテレビ放送されている! お前達も映っている! あの女がロボットを介して電子機器を操っている!』

 

突然、無線のマイクから怒鳴り声が聞こえたが、大尉は無視した。

 

 恐らく、あの女はG元素から生まれた生物だろう。そして、人間と同じように知能を持っている。更には、ネットで情報を調べ人類との関わりを断つために、反逆したのだ

 

 自分達は見せ物。第七艦隊も攻撃を受けるだろう。確か対潜兵器でも届かない深度でも潜れたっけ? 

 

 大尉は覚悟を決めていた。妻や子供が本国にいるが、テレビでこのやり取りをみているのだろうか? 

 

「我々はアメリカ合衆国所属の海兵隊だ! 海兵隊に撤退は無い! Retreat Hell(撤退糞食らえ)!」

 

「イイダロウ。私ハ人類カラ独立ヲスル」

 

 両者が高々と宣言すると同時に戦いが始まった。小さなサメのような黒い生き物が多数、何処から現れて海兵隊へ突進していく。海兵隊も、号令と共に一斉に攻撃を開始した。突撃銃から対戦車砲まで手持ちの装備は全て使った

 

 

 

この戦闘は、世界中に流れていた。本来は防犯カメラであり、リリが構築した侵入防止のためである。しかし、戦艦棲姫は、これを見せ物としてテレビ放送した

 

戦艦棲姫は上陸部隊だけでなく、艦隊までも攻撃を行った

 

第七艦隊は奮闘したが、相手は学習しているようでもある。圧倒的な物量で攻めて来たのだ。

 

「まるで、人海戦術だ」

 

太平洋艦隊司令官は呻いた。まさか、現代においてこんな戦法をとるとは思っても見なかった。朝鮮戦争において、毛沢東の命令により送り込まれた義勇軍が行われた。それが、今もこのような形で行わるとは思わなった

 

水平線から深海棲艦と呼ばれる生命体がこちらに向かって来ている。魚のような形をした生命体から人型まで、あちこち湧き出して、砲撃しながらこちらに向かって来ている

 

 各艦は応戦した。ミサイル駆逐艦は全ての火器をフル稼働させて攻撃していた。ミサイルもレーザー砲も単装速射砲も全て。空母からは艦載機が飛び上がって、辺りを爆撃したが、数が多過ぎてキリがない。何しろ、倒しても倒しても押し寄せて来るのだ。一体、あいつらはどれほどの生命体を生み出した? 魔法なのか? 

 

米司令官は撤退を命じたが、引き返そうにも、退路は阻まれていた。衛星放送によると、既に中国艦隊は全滅していた。このままだと、やられるだろう

 

第七艦隊は奮闘したが、一隻、また一隻とやられていく

 

「世界最強の艦隊が、こんな生き物によって敗れるとは」

 

 敵の飛行物体らしきものが空母を執拗に攻撃されているのを呆然としていた。部下達が退艦するよう連れて行かれたが、彼は素直に従った。救助なんて来ないだろう

 

第七艦隊の象徴であったニミッツ級航空母艦「ロナルド・レーガン」は火だるまとなり沈められた。戦艦棲姫と共にしていた艤装怪物が、砲撃を繰り返して攻撃していたからだ

 

 流石に巨体であったために簡単には沈まない。だが、戦艦ル級などからの艦砲射撃の集中砲火を受け、海の藻屑となった。後は、帰る場所が無くなり、近くに降りられる場所を探しながら撤退していくF/A-18やF-35Cなどの艦載機だけだった。乗組員の救助の安否は不明である

 

 

 

空母「いずも」

 

 若手の幹部自衛官に呼ばれモニターのある部屋へ連れて行かれたが、一部始終を見た怜人達は呆然としていた。まさか、衛星放送で流されるとは思っても見なかったからだ

 

 強力な艦隊と上陸部隊が全滅。しかも、人海戦術という手段で殲滅させたのだ。どうやって、あの膨大な個体数を用意したのだろう。リリが全世界同時攻撃するのを考えれば、それなりの数は必要だが……

 

画面に映っているのは、戦艦棲姫と名乗っていた女性だった

 

『オ前達ノ最強ノ軍隊ハ、私ガ倒シタ。平和ヲ望ミタイ。シカシ、争イハ大好キダ。異論ヤ異質ナ存在ハ、叩キ潰セ。ソンナ人間ノ世界ニ期待シテモ無駄ダ。ドウヤッテ、ユートピアヲ創ル? コノ金属ノ人形デ?』

 

 右手に持っていた上半身のリリを持ち直すとリリの腕を握りつぶした。機械であったため、腕は金属と配線の塊となったが

 

そして、戦死した海兵隊の身体を持ち上げるとカメラに向かって宣言した

 

「我々ハ人類トハ交渉ヲシナイ。要求ハ1ツ。海ヲ貰ウ。人間ハ陸上生物。我々ハ、海ノ中デ生キル生命体。無断デ航行シタリ、海洋汚染ヲ引キ起コスノナラ、戦争ヲ仕掛ケル。ダカラ……ン? 何ダ?』

 

 戦艦棲姫が後ろを振り返った。何かが猛烈な勢いで落下している。そして、映像は途切れた

 

「通信が切れました。さっきのは、弾道ミサイルでしょうか?」

 

「確認してみる」

 

 吉村海将は、上層部と連絡をとるために、CDCへ向かった。取り残された一行は、微動だにしていない

 

「ねえ……こういうのを予想していたの?」

 

「ああ。未知の生命体は進化している。偶然とはいえ、人間のような形をした生命体を生み出した。だが、人間の形をしたという事は、人間と同じような振る舞いをする。深海棲艦が米軍を倒すなんて」

 

陸奥はショックを受けていたが、それは怜人も同様であった。予想していたとは言え、こんな形になるとは思わなったからである

 

「最後のあれって攻撃だよね? 隕石のようにも見えたけど」

 

「多分ですが、あれはPGSだと」

 

優子は気になった事を聞いたが、長谷川は擦れた声で答えた

 

「何だ、それは? 兵器の一種か?」

 

「あー、神の杖という都市伝説を知っています? ……すみません。わかりやすく言いますと、通常弾頭搭載型の弾道ミサイルです。重金属等で出来た弾頭の運動エネルギーを利用し、目標を破壊する兵器です」

 

 長谷川は、都市伝説が通用しないのを確認すると、簡潔明瞭に説明した。本来の弾道ミサイルの弾頭は核兵器であるが、これを通常兵器として使おう、というものである

 

「何で弾道ミサイルを通常兵器に使わなかったんだ?」

 

「弾道ミサイルの命中率は、精密兵器と比べると劣るんです。重量に任せて落下しますから。終末段階……最後まで精密に誘導する技術は、比べものにならないんです」

 

長谷川は取り敢えず、弾道ミサイルは他のミサイルとは違って精密な誘導兵器とは劣る事。しかし、科学技術の発達で、それが可能になった事。即時全地球攻撃兵器で敵対国は勿論、反政府組織やテロ組織への攻撃と抑止力になる事伝える。元々は、国防高等研究計画局(D A R P A)が研究していたらしいのだが、ネットでは神の杖と噂されたとの事だ

 

「重金属等で出来た弾頭の運動エネルギーを利用し、目標を破壊するものですから」

 

「分かった。だけど僕はそんな兵器には興味ない。例え、アメリカにそんな兵器をぶち込まれようが……奴は生きている」

 

怜人は淡々と語る。近くに居た草野一尉は、眉を吊り上げたが、下園は違った

 

「え? どういう意味?」

 

「見てなかったのか? 米軍との交戦を。どう見ても人外な能力だろ。あれで死んだら、陸奥は倒している」

 

「酷い言い方ね! 女性に向かって──」

 

「止めて!」

 

下園は抗議したが、陸奥が遮った

 

「戦って分かったの。攻撃したら、相手が怒ったの。対峙するまで、戦艦棲姫は無表情だった」

 

 陸奥もやり合った時に感じていたからだ。自分達の行動が、裏目に出たのだ。後から聞いたのだが、怜人自身もこういう事態は予想はしていたものの、まだ先と考えていたらしく、捕らえてから対抗策を講じる予定だったらしい

 

「どうします? 下手すると、不老不死に近い力を手に入れてるかも知れませんよ?」

 

「まだ、手がない訳では無い。だけど……どうしたら……」

 

怜人の両手は、強く握り過ぎて血が出ていた。こんなはずでは無かったのだが

 

 

 

某国・元三浦会社の研究施設

 

 そこには、大きな陥没穴が出来ていた。長谷川の睨んだ通り、即時全地球攻撃兵器であるFalcon HTV2による攻撃を受けたものだ

 

本来なら、こんな兵器は撃たない。なぜなら、核搭載弾道ミサイルと変わらないからである

 

 通常弾頭の弾道ミサイルを発射しただけなのに、核のパイ投げが起こってしまったら意味がない。そのため、使い道が難しいとされていたが、突如として人類の敵と宣言したAIロボットと深海棲艦が現れた

 

Bプラン……つまり、第七艦隊が損害を受けた場合、問答無用でFalcon HTV2を打ち込む事が決定していた。核保有国からも既に了承を得ていたため、安心して打ち込めたのだ

 

 

 

 ……だが、それはそこの土地と施設を破壊しただけである。深海棲艦を生み出した施設は、完全に消し飛んだ。しかし、そんなものは不要である

 

 なぜなら、深海棲艦のボスはまだ生きているのだから。そして、陥没穴の真ん中でぞっとするような笑みをしていたのを。彼女の右手には、ボロボロになったとはいえ、まだ無事であるリリの頭を持っていた

 

既に機能は停止はしているのだが、戦艦棲姫は手を放さなかった

 

 




深海棲艦、独立する
どうなるのか?

余談ですが、艦これアーケードで金剛改二丙が実装されましたね。実装が早過ぎないか?敷波改二は嬉しいですが、矢矧の改二も実装して欲しいですね
まあ、これはアニメ二期が放送されてから、だと思いますが


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第5章 未来のために
第24話 会議と戦闘


まさか、菱餅が必要になって来る日が来るとは
手を付けなくて良かった


数日後

 

 世界は大騒ぎだった。AIロボットが人類に反逆したと思ったら、深海棲艦と名乗る未知の生命体が人類に挑戦状を突きつけてきたからだ

 

 いや、人工知能が反逆するニュースを聞いても人々はあまり驚かなかった。そんなのは散々、創作でやっていたからである。人工知能が人類を1つにするために、人類の敵になった事については倒そう、という運動が高まった

 

 しかし、未知の生命体が自我を持ち、海を寄越せ、と言ってきたのには衝撃的だった。しかも、まさか数年前に騒がれていたG元素から生み出され進化した生命体とは思いもしなかっただろう

 

 しかも、リリがG元素の生き物を特殊な方法で進化したことなんて誰も思いもしなかった。そのため、色々な憶測を呼んだ

 

 アメリカと中国、そしてロシアは艦隊の敵討ち、そして報復として攻撃を行ったが、相手は逃げてしまった

 

 海に逃げた事は確認されているが、何処にいるのか全く分からない。何しろ、深海は電波も光も通さないのだ。技術が発達していても、海洋の95%は未知のままなのである

 

「艦隊をやられたのだ! 直ちに核を撃ち込め!」

 

「え? 何処を攻撃するんです?」

 

 過激な政府高官は怒鳴ったが、統合参謀本部議長は唖然としていた

 

 アメリカの国防総省、ペンタゴンでは国防会議が開かれていたが、解決策が何一つとして出てこない。軍人と政治家が怒鳴りあっている中、国防長官も大統領も深海棲艦のデータを見ながら頭を悩ませていた。

 

 深海棲艦の事は日本からG元素の情報提供……というより半ば恫喝みたいなものだったが……とてもではないが話にならなかった

 

 AIロボットを創った人は武装勢力との抗争に巻き込まれ死亡。その影響でAIが暴走し、深海棲艦を造ったという。人工知能は人間と違って疲れや睡眠、そして食事を必要としない。金属疲労や動力源の問題は柳田怜人がロボットのボディを設計したらしいが、製造したのは三浦会社だ。三浦会社も捕獲しようと動き出たが、深海棲艦に呆気なく殺された。まさか、重武装してるとは思わなかったらしい。野生動物の捕獲感覚で三浦社長も含め会社員は現場へ急行し、そのまま帰らぬ人となった

 

 如何にも平和ボケらしいが、どんなにワメいても死んだ人間が生き返る事はない。そして、リリであるAIも破壊された。最先端であるはずのAIを日本は評価しなかったのか? つまり、造った人が死亡か行方不明になっているため不明な所が多すぎる

 

「日本政府に抗議を──」

 

「そんなのは後からでも出来る。私がこの件で一番腹立たしいのは、我が軍の原子力空母が攻撃を受け沈められたにも拘わらず、相手に報復出来ないことだ!」

 

 国防長官が提案をしたが、大統領は一蹴した。米海軍の原子力空母には歴代の大統領の名前が付いている。米空母はイージス艦など多数の駆逐艦や原子力潜水艦に守られており、容易に攻撃が出来ない。例えどこかの国が、原子力空母を沈めたとしても、アメリカはこれを宣戦布告と判断。報復として敵国を全力で攻撃するだろう。例え、軍拡に熱心なロシアや中国などが手を組んでアメリカに挑んだとしてもアメリカには勝てないだろう。核戦争をするほど、人類は愚かではない。寧ろ核を使わず、通常兵器だけで相手を屈服させれるのだ

 

 しかし、未知の生命体……深海棲艦が米艦隊を攻撃を受けて撃沈。しかも、相手がとった作戦は人海戦術という前代未聞の攻撃方法だった。しかも、物理攻撃が効きにくくなってきている、との報告もあった

 

 第七艦隊の乗組員のほとんどは行方不明だ。しかも、戦艦棲姫と名乗るボスは、Falcon HTV2の攻撃を耐えきった

 

 この兵器は、最近になってようやく実用化出来た兵器である。簡単に言うと、通常型弾道ミサイルである。ネットでは、『神の杖』というデマがあるが、元ネタはPGSから来ている

 

 弾道ミサイルを着弾まで誘導して都市を攻撃。次世代の抑止力として注目されていたが、問題はこの攻撃を核攻撃と受け取られてしまっては意味がない

 

 ペンタゴンもこの兵器の有効性を大いにに悩んでいたが、何処の国にも所属しない生命体が出現。しかも、中国軍の艦隊どころか、第七艦隊まで壊滅させたため、ゴーサインを出した。命中精度や破壊効果などのデータが取れるため、皆が注目していた

 

 そして、攻撃は成功。ペンタゴンとホワイトハウスは手を叩いて喜んだが、赤色海域のギリギリの所を飛行している無人機の偵察によると、ピンピンしているという

 

 リアルタイムで監視していたため、間違いない。この結果にアメリカは勿論、全世界は呆然とした

 

 通常型弾道ミサイルである極超音速兵器であるFalcon HTV2を造ったアメリカも凄いが、その攻撃を耐えきった深海棲艦には唖然としていた。Falcon HTV2の研究開発に関わっていたDARPAの職員全員が思考停止状態に陥ったらしい

 

 そして、現在。国防会議では高官軍人が怒鳴りあっている

 

「簡単な話だ! 対潜兵器の弾頭に核を搭載して太平洋にばらまくんだ!」

 

「幾らなんでも無茶です! 第一、どこにいるか場所すら分からないんですよ!」

 

「なら、エサをまいておびき寄せばいい! 集まった所に核をお見舞いしてやれ!」

 

「議長、冷静になってください。太平洋の無人島でやったとしても、他国まで刺激してしまう可能性もあります」

 

「何だと! なら、アメリカ国内で作戦をやれと!」

 

 互いに顔を真っ赤にして議論する中、大統領はため息を付いた

 

「あんな映像を見たら核兵器すら効果ないと思ってしまう」

 

「しかし、何か手を討たなければ艦隊は全滅するどころか、経済は崩壊するでしょう」

 

 国防長官の言い分は尤もだった。タンカーや貨物船などの航路が塞がれてしまうのだ。今はまだ無事な船はあるが、時間の問題だろう

 

「海賊よりも厄介だ。……そうだ。日本では、寄せつけない電磁波を発生装置を開発したのを聞いたが」

 

「……あれは強力な電磁波を発生しないといけない故に、常に出さないといけないため、大電力が必要不可欠です。軍艦や大型の船なら兎も角、小型の船になると……」

 

「コストがかかるって事か。……とにかく、日本に連絡してもらおう」

 

 大統領は提案しようとした時、国防長官は待ったをかけた

 

「いいえ。その必要はありません。実は、研究チームが新型兵器の開発にこぎつけたとの事です」

 

 この報告に大統領は驚いた。何の兵器だ? 

 

「で、それは有効なのかね?」

 

「そうです。これが、例の兵器で」

 

タブレット端末を渡された大統領は、最後まで読んだが、大統領は唖然としていた

 

「……本当にこんな兵器が可能なのか? まるで……SFのような」

 

「いいえ。G元素は日本の専売特許ではありません。過去にも降ってきたのです。古代人は、それを地獄の門、降霊術などのオカルトとして伝えました。我々も密かに研究をしていたのですよ」

 

「出来るのか?」

 

「大統領の命令があればいつでも」

 

 大統領は未だに議論している官僚と軍人を見渡した。確かにこの兵器があれば、一掃出来る。しかし、余りにも現実味のない兵器が奴等に通用するのだろうか? 

 

 

 

 一方、日本でも同様に大混乱に陥っていた

 

 と言っても、マスコミの大半は相変わらず政府の批判しかせず、デモ隊も国会議事堂に集まる始末だ

 

 野党の国会議員達では話にならないため、閣僚だけで話し合いを行った

 

 

首相官邸

 

 数時間前から奇妙な事態は立て続けに起こっていた

 

 AIロボットの暴走、G元素の進化、そして深海棲艦の自我…… 

 

 特に戦艦棲姫を名乗る者の映像は衝撃的だった

 

 1つの映像の持つ効果は、100万の文字よりも遥かに有効である。そして映像が衝撃的であればあるほどその効果が絶大である。AIロボットのリリと戦艦棲姫の映像だけで如何に鈍い人でも事態の深刻さを極限まで認識させるのに十分な働きである。この映像は国民だけでなく、国家の中枢まで影響を与えた。

 

「なんてことだ……。これは……本当に人類の危機そのものだ……」

 

「総理、今回の事件は明らかに災害ではなく、軍事行動です」

 

 テレビを見ていた総理大臣を始め、閣僚達は呆然としてテレビを見ていた

 

「米海軍の第7艦隊も中国海軍の南海艦隊も壊滅しました。そして、深海棲艦は航行する船舶全てを攻撃しています」

 

「何とかならないのか?」

 

「敵は人とは違い、死すら恐れません。如何にハイテク兵器でも人海戦術をとられては、不利です。何しろ、物理攻撃が効きにくいのですから」

 

 官房長官は困惑しながら呟いた。既に警視庁や海上保安庁、そして防衛省からこういった報告があるのだ

 

「現在、海上自衛隊の護衛艦隊は例の電波を搭載し、沖合いに避難しています。幸い、柳田教授も保護しています。ボスを倒せば何とかなる、という報告も聞いています。拠点を制圧すれば、事態は終わらせます」

 

「敵基地攻撃能力か……いや、だめだ! だめだ! この件は、まだ法律や憲法など問題がたくさんあるのだぞ!」

 

 総理は反射的に反応したが、慌てて否定した

 

「総理、事態は切迫しています」

 

 近くにいた国土交通大臣の言葉に総理は苦渋を満ちた顔をして喚いた

 

「何を言っているのだ! 相手は他国の軍隊ではなく、ただのテロ組織だろ? 防衛出動なら兎も角、許可無く他所の海で武力行使してみろ! 次の総選挙で、これが他の党やマスコミに攻撃材料に使われてしまうぞ!」

 

「国家や世界の危機に選挙ですか!? 海上保安庁の報告を見たでしょう!」

 

 国土交通大臣は真っ赤になって叫んだ。海保は国土交通省の外局として設置される警察機関なので、報告は嫌でも入ってくる

 

 警察庁や国家公安委員会の人達も声を上げたが、総理は首を振った

 

「無理ったら無理だ! 第一、戦争でもあるまいし!」

 

「では、これはテロと言いたいんですか!」

 

「そうだ!」

 

 この一言でたちまち口論が始まり、収拾がつかなくなってしまった。ただ一人、防衛大臣は口論に参加せず呆れるように見守っていた。

 

(万が一、深海棲艦が攻勢に出たら、選挙どころか国の存亡すらおぼつかなくなるというのが分からないのか? 権力欲に毒された政治家め!)

 

 心の中で呟き、こみ上げる怒りを抑えながら静かに口を開いた。

 

「総理、そして皆さん! 現状を伝えますと……柳田はそれに対抗する手段を知ってるとのことです」

 

 防衛大臣の言葉で口論が収まり、全員の目が防衛大臣に向けられていた。

 

「どういうことだ?」

 

「彼によると、未知の生命体……深海棲艦は自我があるものの、動物の群れのように動いている、とのことです。シャチや狼といった風にです。もし戦艦棲姫のボスを捕獲、もしくは殺傷すれば攻撃は止まるとの事です」

 

 防衛大臣は、野良となった深海棲艦が肉食動物のように襲ってきたり、深海棲艦のボスが素直に攻撃命令中止を素直に応じるか、などの問題点を敢えて持ち出さなかった。官僚が混乱するだけだ

 

「殺傷と気軽に言ってるが、どうやって? 米軍も歯が立たなかった軍団だぞ?」

 

「彼曰く、対抗手段は幾つかあるとの事です」

 

 防衛大臣は説明しようとするが、別の官僚から質問が上がった

 

「柳田教授は信用出きるのか? 彼が仕組んだ可能性は?」

 

「それはあり得ません。彼の経歴は勿論、AIロボットには関与していないのは分かりきっていますから」

 

 統合幕僚長は防衛大臣に変わって否定した。尤も、何かしら実験をしていたのは掴んでいたが、現段階で何なのかはまだ知らせていない

 

 まさか、既存の技術を使わず人工生命体を生んだ、なんて言えないからだ

 

「しかし……彼の経歴は本当なのですか? 難関国立大の理学部へ入学し、海外の留学でもトップ。卒業して、あの事件後には、お子さんがいるにも拘わらず医学部を受け直し、医師免許を取得しても医者として行動もしない。天才なのか、バカなのか分からないのだが」

 

 幾ら天才でも、ここまで無茶苦茶な経歴の人はいない。しかも、彼は社会では注目すらされていないのだ。彼の就職先は株式上場企業の三浦会社である。しかも、研究員として

 

「ええ。彼の母親は、海外で精子バンクを買い、次いでに遺伝子操作までしたのです」

 

「え? 彼はデザイナーベビーなのですか?」

 

 厚生労働大臣が説明するなか、側近の官僚は素頓狂な声を上げた

 

「彼の父親は未だに不明です。しかし、知力が並外れていることから、文科省の特別待遇児にしたのです。デザイナーベビーという事実に関して目を瞑る代わりに、彼の要望は全て通らせました。奨学金返済も無しです。その代わり、表沙汰になるような事はしない」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 側近が真っ青になって立ち上がったが、総理が宥めた

 

「いいんだよ。事実だよ」

 

 側近は総理が座るよう促されたが、側近が未だに不満だったため補足した

 

「昔、天才児と噂された男の子が、実は遺伝子操作されたデザイナーベビーだった、なんて公表出来る訳がない*1。彼の妻のコンクリート殺害事件も危なかったんだ。WHOなどに知られては、日本まで批判される。全くあの母親は無茶なことをする。しかも、闇ルートでやるなんて。デザイナーベビーは問題になるというのを知らんのか。母親は表沙汰にしたかったらしいが、当の本人は興味なくて良かった」

 

 どうやら、総理は彼を知っているらしい。側近は追及しようとしたが、辞めた。総理から一段と怒ってるのを感じられた。そのため、別の質問に切り替えた

 

「では、対策は当然、持っているのですね?」

 

「そうらしい。というより、G元素だけでなく、他の分野でも活躍したらしいがな」

 

「幾ら天才だからってそんなに……」

 

 側近は信じられないが、文部科学省の人は話に割り込んだ

 

「不思議ではありません。当の本人の性格は兎も角、天才はそれくらいの能力はあります。過去にアメリカでは、ある天才少年が自作の原子炉を造って大問題になりましたから*2

 

「え? そんなの作り話では──」

 

 側近が鼻で笑ったため、文科省の人は資料を彼の机に投げるように置いた

 

「興味があれば、一読を」

 

 側近は渋々紙に目を通したが、次第に顔が強ばった。『事実は小説より奇なり』とはこの事かもしれない

 

「それはそうと、彼は何と?」

 

「今は無理でしょう。何しろたった今、空母『いずも』は、攻めてくる敵を攻撃しています」

 

 総理の質問に海上幕僚長は、答えた

 

「な? ……しかし、例の電波で」

 

「残念ながら、楽観出来ません。敵も進化しているため、克服する可能性もあります」

 

 海上幕僚長の説明に皆は顔を一層、青くした。G元素の未知の生命体対策で造り上げた兵器が効かなくなるというのか!? 

 

 総理は空母『いずも』に連絡するよう迷っていると、外務省の官僚が入ってきた

 

「総理、ホワイトハウスからお電話です」

 

 この報告に皆は顔を見合わせた。なぜ、今頃になってアメリカから連絡が来るんだ? 

 

 

 

 

 

 日本領海の何処か

 

『こちらイーグルワン、洋上の敵を爆撃する。爆撃終了するまで待機せよ』

 

「分かったわ! 待機する!」

 

 6機のF35Bは轟音を上げながら、洋上を航行している深海棲艦の集団に向けてJDAMを投下していた。本来はハイテク兵器を持たない相手に対してステルス機が出るまでもない。しかし、F-2A改が配備されている築城基地の第8航空団も街へ攻撃してくる敵相手に対処していたため、自分達でやるしかない。それに、貴重な実戦経験にもなる。吉村海将は電波範囲外でしつこく追跡してくる一団を撃破する事を決定。直ちに迎撃に向かった

 

 そして、陸奥は電波範囲内で残党を掃討する事になっていた。吉村海将は陸奥が余りにも参加するよう頼んだため、彼女の参加には了承を得た

 

 本来は、こんな事はあり得ないが、事態が事態でもあるためやむを得なかった。また、対艦ミサイルなども温存をしたかった。敵が人海戦術を取って攻めて来たら、逃げるしかない。ミサイルも貴重なのだ。上からは出きるだけ、無駄な交戦は避けよ、という命令を受けていた。

 

 護衛艦が大量に喪失するのだけは避けたい。それに、海上自衛官も陸奥の戦い方には興味を示していた

 

 

 

『こちらイーグルワン、爆弾を全て使いきった。後は頼んだ』

 

「有難う。……三十体いたのに、今は4体ね」

 

 陸奥は轟音を立てながら帰投するF35Bを見送りながら呟いた。F-35Bの飛行能力や攻撃能力には驚かされたからだ。F-35Bも恐るべきスピードを持っており、しかも急降下爆撃すらせずに爆弾を投下したのだ。しかも。命中率はいい

 

 半世紀以上も経てば、戦闘機などの航空機も飛躍的に進歩するものである。一方、ハイテクになればなるほど、コストやメンテナンスの負担が大きくなる

 

 F-35Bの価格が約100億円以上もするのを聞いた陸奥は、目玉が飛び出そうになった。いや、国防費(防衛費)は費用がかかるのは承知している。戦艦大和武蔵だって、多額の費用を出して建造したのだ*3。しかし、軽巡駆逐艦クラスしかない護衛艦やジェット戦闘機がここまで高額になるとは思いもしなかったからである

 

 しかも、これは日本だけではない。海外も似たような感じである。つまり、現代戦は高価な戦いをしているという。吉村海将が積極的に攻撃しないのも、ある意味納得はしていた

 

「装甲がなければ接近戦なんて無理よね。てー!」

 

 陸奥は零式水上偵察機を飛ばし、着弾観測を経て攻撃を行った。護衛艦の単装速射砲と比べて命中率は低いものの、敵を粉砕するには効果はある

 

 特に41cm主砲の威力は絶大だった。駆逐イ級や軽巡ホ級は1発命中すると撃沈し、戦艦ル級も砲撃戦になったものの、F-35Bの空爆の影響で既に中破になっていたため、簡単に倒せた。反撃する者もいたが、ほとんどは命中しなかったり、躱したりしたからである。それでも、数発は受けたが、戦艦の装甲は伊達ではなく、かすり傷程度で済んだ

 

 なぜ、敵の艦種が分かるのかと言うと、深海棲艦の情報はリリが倒れる前に公開したからである。人類の敵なのに、掌を明かすなんて誰もやらないだろう

 

 数分後には敵は居なくなった

 

 

 

「よくやった。本当に戦艦並みの攻撃防御を持っているんだな。そして、君の攻撃は有効だ」

 

「そう?」

 

 SH-60Jに回収され、空母「いずも」に着いた時に、出向かえた吉村海将の掛け声はそれだった。長谷川も一緒だ

 

「だが、君1人だけ戦っても戦況は改善しない」

 

「そうね。幾ら私でも限度はあるわ」

 

 吉村海将の指摘に陸奥は、頷いた。確かに効果はあるだろう。しかし、1人だけでは心細い。陸奥のような艦娘の軍団を作る必要があるのだが、一朝一夕には出来ないだろう

 

「それで、怜人は?」

 

「部屋に引きこもって研究していますよ」

 

 長谷川の答えに陸奥は、少し落胆した。そろそろ、対抗策を講じているはず

 

 

 

 怜人は戦艦棲姫の行動を見た日から

 

「直ぐには対策なんて練れない。よく考える必要がある」

 

 そう言って、吉村海将が用意してくれた部屋に籠っていた。一応、彼なりに働いているらしく、覗いた時は沢山の資料と数台のパソコンが机の上に置かれ、彼はせっせと手を動かしているのを目にしていた

 

「本当にこのままでいいのかしら?」

 

 報告書を書いて吉村海将と別れ、船内に移動している間、陸奥は呟いた。このままだと、何も解決しない。科学が発達しているのに、未知の生命体……深海棲艦の対策が出来ないなんて

 

「そう言えば、戦艦棲姫は怜人の何の論文を見たのかしら?」

 

 戦艦棲姫は『歴史ヲ。生命進化ヲ。人類ノ未来ヲ。地球ノ未来ヲ。コレハ、生存競争ダ』と言った。戦艦棲姫が嘘をつく以外は、彼の論文を読んで行動したらしい

 

「あー、あれですか。……恐らくは、あれでしょう」

 

「何なの?」

 

「大したものではないです。しかし──」

 

「いいから教えて。隠し事は沢山よ」

 

 陸奥の睨みに長谷川は落ち着かせようとしていた

 

「隠してはいません。既に動画サイトで挙げたものです。一種のドキュメンタリー映像です」

 

「ドキュメンタリー?」

 

「論文を読む人なんて僕達、理系の人間です。普通の人は頭がついていけず、読むのを諦めます、なので、論文を映像で分かりやすく説明したものです」

 

 長谷川はそう言いながら、優子がいる部屋のドアの前まで行くとノックした。彼女は明るく出迎えて来た

 

「むっちゃんは大丈夫ですよ。護衛艦隊がバックアップしていますから。ところで、今日は報告しに来ただけではないです。地球史の動画を持っています?」

 

「あの動画? 何で今頃?」

 

 優子は訝し気に聞いたが、陸奥と長谷川を交互に見た彼女は何となくピンと来たらしい

 

「戦艦棲姫の言葉が気になったの。怜人の論文を読んだって」

 

「そうね」

 

 優子は暗い声で答えた。戦艦棲姫の映像は衝撃的だった

 

「気になる事があるの。戦艦だった私に命を吹き込んでくれた事には感謝している。だけど、なぜ、数か月前まで危険を冒してまで死者を蘇らせるような研究や艦娘の研究をしているの?」

 

「どういう意味?」

 

「つまり、私のような人工的に生命体を生み出す事に何の抵抗感も無かったって事よ。人工知能と呼ばれる研究にも手を貸していたんでしょ? 疑問に思わなかったの?」

 

 怜人の行動には疑問がある。禁忌であろう死者蘇生の研究に手を出したり、艦娘が生まれても忌み嫌われるどころか、改善するために研究をする始末である。マッドサイエンティストかと思ったが、どうも違うような気がする

 

「確かに倫理には反するわ。だけど……そうねぇ。あるとするなら、パパが学生時代に生命の歴史と未来予測を論文に書いた時からかな?」

 

「歴史と未来予測?」

 

 陸奥は首を傾げた

 

「私はパパの気持ちは分からないけど、多分、エゴのためにむっちゃんを傍に置いていたのではないわ。だって、何時でも人体実験は出来たはずなのに、研究材料すらされていないじゃない」

 

 

 

 優子は答えたが、陸奥にはピンと来ない。しかし、彼の行動はよく分からない。医学を発展させたり、石塚博士のAIロボットの研究に手を貸したり、艦娘の研究をしたり

 

考えている中、優子はタブレット端末を持って来た

 

「多分、答えは動画の中にあると思う。それから、パパの所へ行って」

 

優子は動画の再生ボタンを押した

 

 

*1
以前にも述べた通り、デザイナーベビーは技術的にも倫理的にも問題がある

*2
これは1994年のアメリカで実際に起こった事件。17歳のある天才少年が手作りで小型の原子炉を製作。しかし、安全面など考慮されず、自宅周辺は放射能汚染を引き起こし大問題になった

*3
日本の国力を結集して建造した戦艦大和の建造費が、当時の価格で約1億4000万円。現在の価値にすると約3兆円になるだろうと言われている




何の動画なのか?

因みに今回のミニイベは、札が無いため負担はないものの、油断が出来ません


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第25話 生命と科学の進化

菱餅任務で『ネ式エンジン』や『カタパルト』などの報酬がありますが、今後何かしら使う予定でもあるのだろうか?


 優子が見せてくれた動画を陸奥は食い入るように見ていた。それはドキュメンタリーの映像らしく、優しい音楽が流れていた

 

 名前は『地球の歴史』である

 

『天の川銀河にある星が誕生した。我々がよく知る太陽は、分子雲から生まれた』

 

 音声は怜人のものだ。だが、声は若い事から以前の動画であることが分かる

 

「これはパパが大学生の時期に作ったそうよ」

 

 優子は説明していたが、陸奥は聞き流していた。本来なら聞き流す事はしないのだが、陸奥は動画に夢中になっている

 

『46億年前。太陽の誕生により、太陽の周りにある大量の粒子が、引力による衝突が頻繁に起き、それが徐々に大きな欠片となる。それが成長し惑星へと成長する。原始地球の誕生である』

 

「地球ってこんな風に生まれたのね」

 

「まあ、あくまでも仮説ですが、大まか合っていると思いますよ?」

 

 長谷川が補足したが、映像は続く

 

 地球が火の玉になっている時から海が出来るまでの流れ。地球磁場の発生やアミノ酸誕生の経緯。そして、そのアミノ酸が海洋生物の誕生や進化をもたらした事と氷河期などによって大量絶滅した事……

 

 それは、創造論で語られるようなものではなく、進化論で学説に基づいたものである。そして、CGにも拘わらず映像は綺麗である

 

『魚類は進化を続け、両生類の先祖となるイクオステガを生み出す』

 

 陸に植物が繁栄し、海洋生物の進化である生き物が陸上に上がる。サンショウウオのような生き物が、生命の祖先らしい

 

『いよいよ、肺の機能を獲得した脊椎動物が陸上に進出。この両生類から、爬虫類や恐竜。そして、哺乳類が生まれ、そして人類まで進化していくのだ──彼はその事をまだ知らない』

 

(私は違うのかしら?)

 

 艦娘は、人間とは違う生まれ方をしている。先祖でもないだろう。どちらかと言えば、人の手によって創られた存在だ

 

 そう思っている中、映像は続く

 

 激しい生存競争と環境変動により、生物は進化と絶滅を繰り返していく。恐竜が繁栄した時期。隕石衝突によって恐竜は絶滅した。そして、ネズミのような小型哺乳類が進化し、地上は再び生命で満ち溢れる

 

 しかし、恐竜や原始生物など絶滅した生き物は帰って来ることはない

 

 

 

 誕生と絶滅を繰り返して生命は進化する。その動画は、何度も強調していた。大抵はこの動画を見たら頭がついていかなくなり、寝てしまうだろう

 

 しかし、この動画は中々飽きない。こんなのを怜人は作ったのか? 

 

『幾度と訪れた環境変動や数え切れないほどの生と死の繰り返し。そして、ようやく人類が誕生した。人類代の始まりである』

 

 猿人が原始人なる進化の説明で、人類の話が始まった。動画の経過時間を視ると、40分かけている

 

『人類は脳を巨大化させた事により言語能力を手にし、思考、意識、記憶、創造性などを会得。そして、人は他の地域に進出する』

 

『人類は農業と牧畜を発明した事により安定した食料供給を実現。職業の細分化が起き、生産物の持ち主が物々交換を始めた。これを効率良く都市が出現。中国・インド・エジプト・小アジアなどを初め文明が発達する』

 

 人類誕生してから思想、宗教、科学技術の発達を小説のあらすじのように淡々と語る。人類の歴史については、この動画には詳しく書かれていない。この動画は世界史でもないのだからだろう

 

『イギリスで産業革命を期に科学技術は、加速的に発達。科学に基づいて構築、応用していた技術が、人間社会に革命的な変化をもたらした』

 

『蒸気機関車が発明され、鉄道による物資輸送が行わるようになる。車や飛行機などの発達より、人は大きな距離を容易に移動する事が出来るようになる』

 

 そして、画面は乗り物の映像から一転し、戦場の場面が出た。当時の映像を拾って編集したのだろう。第2次世界大戦から湾岸戦争までの動画が流れる

 

『科学の発達は、人々の暮らしを便利にするだけではない。戦争という悲劇も引き起こす。時には取り返しの付かない過ちも』

 

 広島の原爆投下の映像が短い間ではあるが、流れていた。長門や酒匂はビキニ岩礁で核実験の標的艦にされたのを聞いたことがある

 

 感傷に浸る間もなく、次の映像が流れる。今度は宇宙ロケットの映像だった

 

『コンピュータの発明とロケットの発達により、人類は宇宙への進出も可能になった。1961年、ソ連は世界初の有人宇宙飛行に成功。1969年にアメリカはアポロ計画にて人類を月に着陸させることに成功』

 

『更にインターネットの発達は、情報革命をもたらした。世界が一瞬にして繋がる新時代を築き上げた』

 

 インターネットの事は、陸奥もよく知っている。建造されて間もない頃、優子からの教育で尤も驚いた事だ。簡単に情報が手に入るなんて、昭和時代に誰が想像できようか? 

 

『地球史の中で、人類代の歴史はとても短い。しかし、それが地球史に占める我々の歩みでもある。人類は形態学的には、動物の一種族に過ぎない。しかし、他の生き物とは違い『意識』を持った生命体である』

 

 ここまでは人類の繁栄の繁栄についての映像だった。だが、次の映像の初めは不安の内容の動画であった

 

『人類の課題。私達は数億年で蓄えられた埋蔵エネルギーを猛烈な勢いで消費している。石油の化石燃料の埋蔵量は不明ではあるが、将来、枯渇されると予想される。しかし、シェールガス革命などによって、エネルギー枯渇は先延ばしされるだろう』

 

『一方、発達した医学の充実と栄養価の高い食料の摂取によって世界人口は爆発的に増加。2050年頃には100億人に達すると予想される。これにより、資源の争いや思想の対立により、暗黒の時代に直面するだろう。これらの影響により、2100年頃には世界人口は50億人まで減少すると予想される』

 

 いきなり突きつけられた未来予測に陸奥は、不安に駆られた。今は2030年*1。近い将来、このような事が起こるという。人類の争いは避けられないのだろうか?

 

『深刻な環境汚染と人口爆発による増加などの様々な課題が将来に不安を与える。私達の未来は何が起こるのだろうか?』

 

 陸奥は身構えた。怜人は科学者だ。よって、世界滅亡などを考えているのだろう。例えば、核戦争とか

 

 今は平和とか言っているが、それは日本国内の話である。海外では、内紛や紛争が起こっている。それが、大規模になれば……

 

 優子から学んだ世界史で、万が一、核戦争が起これば人類は滅亡すると予想されている。キューバ危機など核戦争一歩手前であるのは事実だ

 

 そして、タブレット端末を凝視していたが、次に流れる動画は陸奥の予想を超えていた

 

『人類の未来。科学の世界では超革新的な技術が発達し、人類は宇宙進出する準備を始める』

 

 宇宙空間では、見たこともない宇宙船が地球の周りを飛び回っている。宇宙も自由に行き来するようになってきた時代だろう。何年後なのか、それは触れられていない。しかし、この動画は希望を与えてくれるようなものだった

 

『月面に宇宙基地が作られ、人類は太陽系諸惑星に進出する準備を始める』

 

 月が映し出されていたが、その表面に人の灯りがポツポツと見えてきた。陸奥も夜の町を見たことがある。戦前では、このような目映い灯りは考えられなかった

 

 それが月でも起こるという。CGとは言え、人類は宇宙へいくのは素晴らしいものだ

 

 その基地の灯りから何か光る物が宇宙へ飛び出した。あれは宇宙船だろう。だが、それは地球へ帰還するためではなく、他所の星へ向けて飛び立つつもりだろう

 

 その証拠にナレーションではその事について、説明があった

 

『この時代では、画期的な宇宙船が造られる事になるだろう。AI(人工知能)ロボットが人類の活動を補佐する形で宇宙探査に関与。やがて、自己複製可能なAIロボットが誕生し、人類の限界を超えて進化。その時の時代の人類の姿は我々にも予想は出来ないが、機械に頼る形へなるだろう』

 

『宇宙探査とAIの発達で、異次元世界への移動を可能にする技術が生まれ、時空を超えた世界の認識が可能になるに違いない。それらの人工生命体が、銀河へ突き進んでいく。そして生物としての人類の役割は、終焉を迎えるだろう』

 

 宇宙空間を飛行していたロケットが、急発進して宇宙の彼方へ消えていく。消えた直後にナレーションは静かに言った

 

『人類代の終わりである』

 

 人類が滅亡する。しかし、それは違う意味での話だあった。人類の愚かで滅んだのではなく、進化した形での終焉だった

 

 そして、動画はまだまだ続いていく

 

『宇宙進出。それは生命戦略としては必然的な結果であろう。何故なら、地球の未来は劇的な変動が待っているから』

 

 宇宙から見た地球が映し出されているが、何か不吉な言葉を言っている。何だろう? 

 

 場面は再び一転し、題が映し出された

 

 それは

 

『地球の未来』

 

 そして、ナレーションは解説をしていくが、それは前とは違い、少し暗かった

 

『2億年後の世界。アジアを中心に全ての大陸が集まり超大陸アメイジアが形成される。超大陸アメイジアの出現により大陸の面積が増大した結果、より多くの植物が光合成のよって二酸化炭素の消費が著しく増加する。二酸化炭素は現在の10分の1に減少するだろう。これによって、二酸化炭素を多く必要とする植物の崩壊が始まる。そして、それらを食料としている生物にも影響が及んでいる』

 

 二酸化炭素が減少したことで植物が崩壊? 2億年後となると、この動画は既に人類がいない事を想定した事に成る。二酸化炭素で地球温暖化となるのをこの世界で学んだが、減少すると生命に影響するのか? 

 

 動画はまだまだ続く

 

『10億年後。日射量の増加と平均気温の上昇により、超大陸では死に絶えた砂漠の大地となる。この時点で大型多細胞生物のほとんどは絶滅する』

 

『25億年後。太陽光の光量の増加に拍車を掛け、地球は金星のようになる。この時点で地球生命は絶滅する』

 

『40億年後。アンドロメダ銀河が天の川銀河と衝突。銀河同士の衝突により、新たな銀河誕生になる』

 

 2つの銀河が衝突する場面が映し出された。衝突する映像は勿論、CGだが、まるで幻想的なものであった

 

『50億年後。膨張する太陽によって、地球が飲み込まれる。私達の故郷である地球が宇宙から消え去る日である』

 

 膨張する太陽に地球が飲み込まれていく映像を見たとき、何故か悲しい気持ちになる。地球が消えるなんて考えていなかったかも知れない

 

 自分は生きていないだろうが、それでもである。何故か切なくなった

 

 だが、最後ではこのように言っていた

 

『しかし、地球で育んで来た生命は形を変え、既に他の銀河に進出しているだろう』

 

 こうして、動画は終わった

 

 

 

「これ、本当に大学生時代の怜人が作ったの?」

 

「うん。パパは子供の頃、一時期、宇宙飛行士を目指していたんだって。勿論、諦めたんだけどね」

 

 動画は、有名ではないものの、それなりに評価していた。コメントも悪ふざけはあまり見られない

 

「地球史の動画か。私も昔はよく見た」

 

 後ろから突然、声がしたため、陸奥は慌てて振り向いた。後ろには、吉村海将がいた。どうやら、動画に夢中になって気づかなかったらしい

 

「誰が作ったのかは不明だったが、まさかアイツが作っていたとは。奴は終末論では無かったということか?」

 

「いいえ。流石にそれはあり得ません。一緒に居ましたから」

 

 長谷川は、吉村海将がこちらに目を向けたため、最後に慌てて補足した

 

「先輩は、未知のものが好きでした。だから、私と気があった。宇宙人やUMAなどの話も熱心に聞いてくれました」

 

「なるほど」

 

 吉村海将は、不審ながらも納得したように言った。しかし、陸奥はタブレット端末を優子に返すと、彼のもとへ行った

 

 なぜ、私を作っても全く拒否しなかったのか、分かったような気がした。彼は悲観的でやったのではない

 

 陸奥は彼のところへ行った。途中で何人かの自衛官とすれ違ったが、特に声を掛けられなかった

 

 そして、彼がいる部屋のドアまで来ると、ノック無しでドアを開けて入った

 

 彼女の視界に入ったのは、小さな部屋に長机が2台あった。その上にパソコンと機械類があり、紙があちこちに散乱していた

 

 彼は椅子に座っていた。顔はやつれ疲労が目に見えていた

 

「どうした?」

 

 怜人は陸奥の姿を確認すると、何事も無かったかのように聞いてきた

 

「私を作った理由は、強化人間を作り出すため? 賢者の石で不老不死や死者蘇生の研究も艦娘を生み出す事も?人類が何らかの形で滅んでも、私達を生きながらせるため?」

 

「どうした?」

 

「優子ちゃんから貴方が作った動画を見たの。地球史を見た」

 

 陸奥の言葉に怜人は無表情になった。どうやら、彼も分かったらしい

 

「人工知能のロボットに関与したのも、宇宙進出や未知の世界へ旅立つためへの礎を造り出すために」

 

「そうだ。宇宙探査のためだが、人類の未来の為だ。優奈はJAXAの仕事につきたかったらしい」

 

 怜人は、作業を止め懐かしい目で遠くを見た

 

「以前にも言ったが、僕は作られた天才なのは分かるな。だけど、何も満たされなかった。正確には、虚しかった。母の下らない産み方のお陰で、学校の授業は退屈。周りは天才の秘密を知ると陰口を叩かれた。だが、全員ではなかった。高校進学時、いじめっ子がオカルトマニアの学生に出会った。可哀想だったから、僕が手を差し伸べた」

 

 怜人の告白に陸奥は、そのオカルトマニアが誰なのか、分かった。彼の後輩だ

 

「普通の人は宇宙人や未確認生物なんて信じない。だけど、僕にとっては興味深かった。現に新種の生物なんて発見されている。長谷川は警戒してたが、望遠鏡を改造してやったときは喜んでいた。初めて、真の友達と出会えた。そして、アイツも僕から知識を学んだ」

 

「貴方の母との出会いは?」

 

「優奈の父親が母の知り合いだったからだ。彼の職場は、中小企業のある製造業だった。航空機やロケットの部品を扱っていた。あるAIロボットコンテストで、姉妹のロボットを倒して優勝した。姉の方はインチキだ! と喚いていたが、妹は興味を持った」

 

 それが、彼女達の出会いらしい

 

 ん? 人工知能を作った? 

 

「貴方、吉村海将の前ではネットやコンピュータに疎いと?」

 

「何のことかな?」

 

 イタズラな顔で惚ける怜人に陸奥は唖然とした。わざと惚けていたのか? 

 

 しかし、疑問を口にする前に、怜人が先に口を開いた

 

「大学の時、ある課題が出された。地球の環境汚染や人類の未来について論文を発表するよう云われた。だから、ちょっと地球の未来予測をした。まあ、優奈達に見せた時は驚いたが、後になって固すぎると言われて編集した。飽きないために、工夫もした。1時間のドキュメンタリーのような論文だったが、皆は関心した。そして、ネットに匿名で流した」

 

 陸奥は静かに聞いていた。後は分かっていた。何が起こったのかを。悲劇的なものを

 

「宇宙を目指すのに新しい生命体や人工知能が必要って事?」

 

「そうとは言っていない。あれも、あらゆる学説を参考にして創られた動画だ。だが、学んだだろう。誕生するものがあれば、必ず終わりもあるという事に。人類も地球史の教科書の1ページにすぎないと」

 

 怜人はまだ話を続ける

 

「優奈に何か目標でも立てれば、と言われた。それも役に立つためにと。だが、画期的な科学技術の発明のためには、基礎技術や準備期間は必要だ。三浦会社はどんな会社か知らないし、興味もないが、医療技術を研究する会社だった。不老手術も医学やバイオテクノロジーの発達では近い内に可能だろう。不治の病や難病も治療可能になるに違いない*2。人間のクローンも解禁されるかもな。クローンペットビジネス*3もあるくらいだから、人間クローンも時間の問題だろう」

 

 未来はずっと明るいものとは限らない。闇もある。だが、そんな困難な状況でも生命の奇跡は起こる。闇の歴史すら解決しているかのように

 

「貴方は、人類の未来の為にやっていた。私が生かされている理由も」

 

「未来の事は分からない。僕は預言者ではないが、予測は出来る。艦娘である君の事は驚いた。だから、ちょっとは賭けて見たんだ。どうなるかを。艦娘という新たな生命体にどうなるかを。未来を切り開く可能性を」

 

「迫害されたり、対立したりする可能性とか考えていなかったの?」

 

「それを乗り切るのが僕と君の役目だろ? 人間だけでなく、他の生き物だってそうだ。過酷な環境や進化で乗り切った。人類の場合は、驚異的な頭脳でさまざまなものを創造し、幾多の危機を乗り越えてきた。融和も決して不可能ではない」

 

 陸奥は考えた。彼は、可能性を生み出そうとしていた。宇宙へいくためには、過酷な環境へいくための礎

 

「不老不死の研究も宇宙産業も医療技術の発達も艦娘の誕生も金持ちや権力者、そして研究者などの欲望の塊かも知れない。だが、それは別の可能性も見つけるかも知れない」

 

「生命進化の奇跡のストーリーは今も続いているって事?」

 

「そうだ。核戦争が起きたり、隕石落ちて人類絶滅したら、それまでだ。そんなストーリーになる事だけは許されない」

 

 怜人の怒りを聞いて、陸奥は話を変えた。彼の考えは分かった。だが、その前にやるべきことがある。それは深海棲艦を止めないと、経済は崩壊し文明の発達が阻害されてしまう事である

 

「深海棲艦を生み出したリリは──」

 

「あれは、悲劇だった。戦争に巻き込まれるなんて。リリはまだ現実を知らなかった。人工知能に、そんな決断はして欲しくなかった。尤も、世の中の事をもっと学習させるべきだった。リリは、まだ可能性を模索して欲しかった」

 

「だけど、深海棲艦を倒さないと宇宙進出なんて出来ないし、私も戦争にかり出される。私は戦場に出てもいいけど、貴方が描こうとする未来は違うでしょ?」

 

 怜人は目を閉じた。何か策でもあるのか? 判断するのは吉村海将や上層部だが

 

「確かに、こんな所で人類が衰退するのはダメだ。深海棲艦も海の覇者と気取っている。ネットの情報とリリの考えで誤解を与えているようだが、話し合いは難しいだろう」

 

 怜人は立ち上がると書類を鞄に何かを詰めた

 

「一応、案はある。10分でそちらに行くと伝えてくれ」

 

「分かったわ」

 

 陸奥は扉を閉めると、待合室へ向かった。これで対処できる。恐らく、仲間を増やす事だろう

 

 天才の考えは理解出来ない。だが、彼は目的があった。死者蘇生の研究も悪用しようと考えていないのは確かだ

 

 

 

「長谷川に聞かないとな。僕は、神話やオカルトなんてあまり知らないからな」

 

 陸奥の足音が聞こえなくなるのを確認すると、手の作業を止め椅子に座るとあるのを手に取っていた

 

 それは──

 

「特殊作戦群の草野1尉から借りたリンフォン。無理やり開いて、異次元の扉を調べて見たが、まさかあんな映像を見せるなんて」

 

 それは、娘が偶然、手にし草野一尉から取り上げられたリンフォンだった。その形態は魚の形になっていた。だが、どういう訳か、いつもの門の形は現れていない。代わりに、パズルには電線が何重にも取り付けらえていた

 

「道理でアメリカが、回収するはずだ。いや、もう完成『した』の間違いかな」

 

 怜人はリンフォンをマジマジと見た。草野一尉の話が本当なら、とんでもない兵器と科学技術の可能性が生み出される事だろう

 

 

*1
2030年頃には世界人口は約85億人に達すると予測されている

*2
人類史初期の平均寿命が20~35年であったのに対し、現在では70歳以上。将来的には、不老技術も可能になるのでは?と言われている

*3
実際に中国ではクローン技術を用いたクローンペットビジネスが拡大している。クローン人間誕生は禁じられているが、クローン動物については明確な規制が無いらしい




人類の未来については私も分かりません
まあ、艦娘が人類に対して命を賭けてまで守ってどうのこうのと言われてもピンと来ませんし、ブラック鎮守府などで差別などされれば人類を守る価値なんてないでしょう
デビルマンのように人類の蛮行を見て見限る、事もない事はないです

でも、暗い面だけではないはずですよね?良い面もあるでしょう。世の中、暗い話ばかりではありませんから

敷餅任務で貰える報酬が良い方向になるか、なんて分かりませんが(笑)


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第26話 選択

コロナウイルス……終息するにもまだ先のようですね
外出するのにいつもマスクしています


空母「いずも」

 

 CDCでは、ある通信が行われていた。海上幕僚長からの命令を聞いた吉村海将は、顔をしかめた

 

「この兵器は何です? アメリカは、何も言わないのですか?」

 

「分からんが、よくない代物だろう。しかし、詳細を知らされない兵器をよく共同作戦に持ち込めたな。アメリカもだが、総理と防衛大臣は何を考えているんだ?」

 

『いずも』の艦長も吉村海将も送られてきた新兵器のデータと作戦内容に不審を持っていた

 

内容も大雑把であった

 

 何処にいるか分からない深海棲艦を無人島に出来るだけおびき寄せ、大方集まった所にアメリカが開発した新兵器で一掃するとの話だ

 

 兵器の詳細は不明だが、一発で都市を壊滅するほどの威力らしい。だが、核兵器ではないため放射能の心配もない。新兵器の威力の測定を行うため、米艦隊と共に行動しろ、との事だ。しかも、武器使用は自由との事らしい。総理大臣がこんな決断をするとは誰も予想もしていない。総理が責任を持って決断したのなら、嬉しい限りだが、どうも違うような気がした

 

「G元素の化合物を使った重力兵器? 何なんだ?」

 

 兵器の詳細が、分からない。しかし、着弾場所からの危険範囲には絶対に入らないよう厳命された

 

「映画の撮影ではないですよね?」

 

「そうであって欲しいものだ」

 

 冗談は漫画か映画だけにして欲しいものだ。しかし、幾らなんでも上層部が冗談で命令を下す訳がない。通信機器類には異常はなく、第三艦隊からも通信が入ってきた内容もほとんど一緒。問いただしても「軍事機密」と判を押したような回答である

 

 

 

 いや、軍事関係の仕事で機密を言い分に詳細は知らされないのはよくあることである。例えば、F35を買った時でも機密が多すぎて大変だった

 

イージス艦もモンキーバージョンではあるものの、機密が多いのも事実である

 

 しかし、今回だけは違う。今回の事件を受け、アメリカは新兵器を導入し、実戦で使うとの事

 

それだけである

 

「そう言えば、下園という記者が言っていましたね。ブラックホール兵器や気象兵器を造っていると」

 

「本来だったら、鼻で笑うが、どうも違うような気がするな」

 

吉 村海将は再び怜人達を集めるよう部下に指示した。陸奥が彼のもとへ行ったのだから、すぐ来るだろう

 

 

 

「だから、ネットでこういうのがあるんです! BH兵器が!」

 

「重力を操って一帯を消滅させるブラックホール砲? 創作がネタではないのか?」

 

 待合室にて、先に来たのは下園だった。しかし、吉村海将は下園から話を聞いたが、現実味がない兵器なのであまりピンと来ない

 

「気象兵器や地震兵器なんて都市伝説の類いに過ぎん。過去にある首相が台風を発生させた、東日本大震災を引き起こしたとかネットに出回ったが、誰もが否定的だったぞ」

 

「今回は本当ですよ! 陸自が陰で動いているという情報も。リンフォンを回収する動きもあります!」

 

「つまり、米軍はオカルト兵器を造っていたと? アメコミネタなら面白い出来上がりになるだろうが、そんな馬鹿げた兵器があるなら、軍事バランスはとっくに崩れている」

 

 吉村海将は鼻で笑ったが、近くにいた陸自の草野1尉は顔には出してはいないものの、冷たい目で下園を睨んでいた

 

 国民生活センターとして変装して近づき、リンフォンを回収した男性こそ、草野1尉である。彼は特殊な任務を受けていた。勿論、機密は慣れているため、疑問を持たずにさっさとやりとげていた。リサイクルショップの人達の対応は苦労したが、最終的に和解という形で終わらせた

 

変装しているせいか、下園は気付きもしない

 

そんな言い合いをしている中、怜人達がやって来た

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、君にこれが分かるか聞きたいのだが、言いかな?」

 

 怜人の姿を見た吉村海将は、書かれていた紙を渡す。しかし、怜人が受けとる前に吉村海将は、忠告した

 

「これは関係者以外には見せないように」

 

「記者がここにいるのに?」

 

「ここにいる全員は、既に関係者だ」

 

 釘を刺すような文言に下園は、食ってきろうとしたが、草野1尉の部下が制止した

 

自分を秘密裏に知り公表されるとどうなるか分かった物では無い。つまり、下園は枷を嵌められたのである

 

 そんな押し問答を怜人は書類を受け取って見たが、予想していたのか、書類をめくると吉村海将へ返した。余りにも短期間だったので、皆が驚いたが、怜人からの言葉も皆が衝撃を受けるほどだった

 

「ブラックホール兵器か。まさか、本当に出来るとは。G元素を特殊な方法で作り上げるとは」

 

「「「「え?」」」」

 

 吉村海将を初め、他の自衛官は全て驚いた。というより、ピンと来ないと言った方がいい。ブラックホール兵器と聞いても、フィクションのようにしか思い浮かべない

 

「どういう事だ? 何か知っているのか?」

 

「ああ。あれは──」

 

 吉村海将に怜人は説明した。都市伝説となっているリンフォンからワームホールらしきものが出現した事。それは、G元素を含む化合物によって創られていた事、ブラックホールになる可能性もあり、くみ上げた者は吸い込まれるという事。そして、特殊作戦群らしき人物によって奪われた事を伝えた

 

それを聞いた吉村海将は驚愕の表情を浮かべた

 

「リンフォンは某テロリストが開発した爆弾では無かったのか? 草野一尉、これはどういう事だ?」

 

「吉村海将、私は貴方の上司ではありません。私は陸自の人間です。上の命令ですから」

 

吉村海将と草野一等陸尉はにらみ合いが生じたが、下園は歓声を上げた

 

「やっぱりね! アメリカはブラックホール兵器を実用化したのよ! 核兵器を超える兵器を造っていたのよ!」

 

「でも、それって他国でも簡単にブラックホール兵器を造れるって事じゃない? わざわざ他国へ渡したの?」

 

陸奥は唖然としながた言い争いを無視して怜人に聞いたが、怜人は首を振った

 

「いや、リンフォンから造り出されるブラックホールは小さいし、持続時間も短い。範囲は数センチだろう。これを大型化するのには、大掛かりな施設や莫大な資金も必要だ」

 

 陸奥の質問に答えた怜人に対して言い争っていた二人の自衛官は、争いを止めて怜人の話を聞くことにした

 

「ブラックホールって全てを吸い込むものなのに、持続時間ってあるの? 地球は大丈夫?」

 

「天体のブラックホールと何処まで同じかは知らない。だが、ある程度は分かる。『事象の地平面』と呼ばれる距離に入り込めば、二度と外に出れなくなる*1

 

怜人はまるで、掃除機のように全てを吸い込む装置と言う風に説明している。というより、そのように説明していたと言った方がいいのだろう。誰もがピンと来ないのだから

 

「ブラックホールに入るとどうなるの?」

 

「さあ、深海棲艦がこの世から消え去って全て終わり」

 

「そ、それだけ?」

 

 怜人のあっさりとしているため、下園が愕然とした。まさか、危険性を指摘しない事に憤っているのだ

 

「デメリットは? そんな事をして、環境に悪影響を及ぼすとか、アメリカが世界の覇者になるとか」

 

「政治なんて興味ない。正解がないからな。環境はどうなるか僕も予想できない」

 

 下園は政治的関連に無関心な回答をしたため、また食って掛かろうとしたが、優子は止めた。怜人の言う通り、政治に正解なんて無いから、怜人の答えには妙に納得していた

 

「でも、深海棲艦全員が吸いこまれたら死ぬよね? 確か重力が凄くて潰されるって」

 

「必ずしもそうとは限らない。ブラックホールの表面重力の大きさは質量に反比例する*2。しかも、これは天体のブラックホールの話だ。ブラックホール兵器は違うだろうから予想は付かない」

 

「って事は吸い込まれても深海棲艦は死なずに生きてるって事!?」

 

 優子は唖然とし、周りはどよめいた。ブラックホールは吸い込まれたら終わり、というのが定説だった。いや、正確には創作などでどういうイメージがあるのだろう。だが、潰れずに生きているとなると? 核と同等な破壊力を持つ極超音速兵器も耐えた深海棲艦だ。これでは、生きている可能性だってある

 

「それって、大丈夫なの? 再び出現する可能性は?」

 

「……不明だ。ブラックホールの中にはワームホールのようなものがあるらしい。時空移動も可能との事だ」

 

「SFみたいな話ね」

 

「誰もブラックホールの中に飛び込んで観測した者はいないからな。居たとすれば過去にリンフォンに吸い込まれた人達だろう」

 

陸奥も質問したが、あやふやな説明を受けて困惑した。怜人でも予想は出来ない

 

「待ってくれ。今の話を整理すると、深海棲艦をブラックホールに吸い込まれても未来に飛ばされるだけなのか?」

 

「ホワイトホール*3さえ出現すれば、吸い込まれた深海棲艦を吐き出されるだろう。ただ、これが本当に起こるかどうかは僕にも分からない。仮に未来に送り込まれるのなら約十億年の未来だろうな。確証はないが」

 

吉村海将は指摘したが、怜人は肩を透かした。これも予想が付かないらしい

 

「待って、そしたら十億年後の人達が、深海棲艦の脅威に晒されるわ! 反対よ!」

 

(((いや、流石に誰も生きていないと思う)))

 

 下園は批判したが、陸奥達は心の中ではそう呟いてた。怜人の未来予測によると十億年後の未来は、死に絶えた大地となるらしい。そんな所に深海棲艦が現れても誰も困らないだろう。しかし、下園はその事を知らない

 

「もし、数年後にある日、地球上にホワイトホールが出現した時、深海棲艦が出るかもしれませんね。しかも、遠い宇宙から何かを呼び寄せる可能性だってあります。ブラックホールは宇宙にたくさんありますから」

 

「な、何がくるんだ?」

 

 長谷川の補足説明に草野1尉がギョッとした。宇宙は広い。何が出るのか、検討もつかない

 

「分かりませんよ。もしかすると、『黄金の終焉』、『終焉の翼』、『この世ならざる虚空の王』が来るかも知れませんね」

 

「三つ首の宇宙怪獣の事かよ! ……全く驚かせやがって」

 

身構えていた草野一尉は予想外の回答に吹き出してしまった

 

「冗談は兎も角、上層部から深海棲艦を呼びよせる方法を模索するよう命令が来た。米軍との共同作戦だ。柳田君、何か策はあるのか?」

 

「まあ、無い事は無いですが。G元素が生み出されたブラックホールに興味がある。そういえば、深海棲艦の人型を捕獲にしたと言っていたが、見ても宜しいのですか?」

 

 怜人は思い出しながら吉村海将に聞いた。『いずも』に連れて来られた時に吉村海将が説明したのだ

 

「あるにはある。艦長、直ぐに捕虜を連れて来てくれ」

 

 

 

 吉村海将から待機するように伝えられ、下園もついていった。何でも深海棲艦の捕虜を撮りたいとの事だ

 

そのため、部屋には怜人と、娘の優子、長谷川に陸奥が残った

 

「確かにあれだけの量の深海棲艦を相手に戦うなんて無理ね。お姉さんでも骨が折れるわ」

 

 陸奥もアメリカがブラックホール兵器を使用する事には賛成だった。確かにそんな兵器なんて使わないの方がいいかも知れない。悪影響が不明であり、何よりも怜人も予想がつかないという

 

 部屋には話はほとんどなく、時間だけが過ぎていく。暫くして、優子は静けさを破るような聞いてきた

 

「それで、ねえ、パパ。何か隠していない?」

 

「……」

 

娘は敏感に感じ取っていた。確かに彼の様子がおかしかった

 

「長谷川。ブラックホールが吸い込まれた後は分からないのか?」

 

「ええ。まあ……。観測した者がいませんので、全部仮説と推測しか──」

 

「そうか」

 

怜人はため息をついていた。座っていた姿は、まるで歳を取ったかのようだ

 

「ねえ、何があったの?」

 

陸奥は心配そうに顔を覗き込んだ。怜人は顔を向けたが、何も語らない。まるで、悩んでいるかのようだ。だが、意を決したのか、口を開いた

 

「お前はパズルを組み立てた時、悪夢を見たと言ったが、何を見た?」

 

「え?」

 

「いいから。正確に」

 

陸奥は悩んだが、リンフォンを組み立てた時に怒った出来事をもう一度、話した

 

「全てなんだな?」

 

「え、ええ」

 

陸奥は全て話した。しかし、長門が現れた事については語らなかった。あれは、どういう意味なのだろう。ただの夢と思っていたが

 

怜人は満足したのか、軽く頷くと長谷川に聞いた

 

「ブラックホールはワームホールの入り口という学説があるが、僕は支持する。但し、何処へ繋がっているかは知らない」

 

「どうしたのです?」

 

「見たんだ。いや、僕も分からない。特殊作戦群の草野1尉にリンフォンを借りるよう頼んだ。どういう目的で回収したのかは興味ない」

 

「……先輩は何を見たんです?」

 

長谷川は何か気付いたらしい。いや、前々から分かっていたが、彼の行動には逸脱している所があるため、普段の行動と異常な行動に区別がつかなかった

 

「悪夢を見た。偶然とはいえ、軍艦に命を吹き込む技術を創った。そして、艦娘に人間社会に進出しようと考えた。だけど、嫌な物を見た。本当に」

 

怜人は顔を手で覆いながら話している。何だろう? 悪夢を見たにしては、陸奥よりも深刻だ

 

優子が近寄ろうとした時、ドアの方から呼びかけられた

 

「草野1等陸尉から聞いた。リンフォンが実在し、更にG元素反応があり、架空の存在だったワームホールが実現可能だという事で日本政府から回収命令が来たらしい」

 

皆が振り向くと、いつから居たのか、吉村海将がいた。部下達は廊下にいたのだろう。吉村海将は部屋に入り、近くにあったパイプ椅子に腰かけると、怜人達と対面した

 

「勿論、オカルトだったため、直ぐに動ける組織は限られていた。だから──」

 

「どうせ、JAXAが宇宙探査のために回収するよう依頼したんだろう。他所の諜報機関から奪われる前に回収か。数年前だったら僕も興味があったが、今は違う。前置きはすっ飛ばしていいから、本題に入ってくれ」

 

 遮りながらも早口で言う怜人に対して吉村海将は、頷いた。どうやら、この男には、前置きは要らないらしい。上から目線なのは腹が立つが、今は言い争う必要性は無い

 

「軍艦に命を吹き込むとはな。しかも、奥さんを蘇るための実験とは。何の躊躇もなかったのか。だが、今はそれは後回しだ。私の前ではっきり言うんだ。深海棲艦と艦娘を増やす計画を葬り去るんだ」

 

「指図は受けない。悪いが、陸奥が可哀想だ」

 

「そうだ。指図はしない。君は民間人だ」

 

 あっさりとした回答に怜人は眉を吊り上げた。てっきり、怒鳴ったり非難されたりするかと思ったからだ

 

「君の事は知っている。奥さんとその妹さんの事は残念だったな。最新鋭のAIロボットも」

 

「……僕は、見たんです。リンフォンを手にし、解明しようとした時に何かを見せられた。白い空間に居たと思ったら、何かのビジョンを見た。夢ではない。家族だけでなく、艦娘の仲間が次々と死んだのを」

 

怜人の説明で優子も陸奥も息を呑んだ。どういう事だ? 

 

「人間は、時には残酷な事をする。戦時でなくても。だから、気付いた。周りで不幸な目に合っているのは、力の限りを尽くさなかったから。艦娘達が周りから攻撃され、いがみ合っている事に。時には弾圧されて世界が滅びる未来のビジョンも見た事を」

 

「ちょっと待って。何を言っているの?」

 

陸奥は驚き、問い詰めようとしたが、吉村海将が手で制した

 

「リンフォンが見せた映像だ。都市伝説では、パズルを完成させる直前に悪夢を見るようだ」

 

「あれは、悪夢じゃない。真実だ。僕が敷いたレールの先だ。僕のせいで艦娘が惨めな姿になるのだけは避けたい」

 

 怜人の反論で、誰もが言葉を発しない。数年前では、こんな発言は、精神異常者としてみなすだろう。だが、不可解な出来事が起こっているため、誰も咎めない

 

「私に……私達に何が起こるの?」

 

「人間の過ちや愚かさが艦娘にも降り掛かって来る事だ」

 

 陸奥は質問したが、怜人の回答に絶句した。あれは、夢ではないのだ。自分達が弾圧されるという……

 

歴史上から見ても人類は互いに争い、勝者や権力者が敗者や弱者を搾取するのはよくある事だ。だから、艦娘に強化する手段や建造手段を探していたのだ

 

「君は科学の世界、特に医学界において多くの事を貢献してきたが、犯罪やデザイナーベビーは君が作ったものではない」

 

 デザイナーベビーは受精卵の段階で遺伝子操作を行うことによって、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供の事である。言い換えれば、親の欲望のために作られたものである

 

「別に同情されたくて陸奥の仲間を増やそうと研究していたんじゃない。もっと酷いビジョンを見た」

 

「……自分だけが生き残る事か」

 

吉村海将の指摘に怜人は固まった。どうやら、図星らしい

 

「その気持ちはよく分かる。私も有事の際、部下が次々と殉職してしまったら、耐えられないだろう。草野1尉は、仲間の事を心配していた」

 

 幾ら現代兵器が発達しようが、人の手が借りないと作動しない。近年、自立型無人機などAI兵器も姿を現したが、メンテナンスなどはやはり、人の手を借りなければならない

 

 人との関わりにおいて、仲間が次々とやられ、負け戦になれば隊員達の士気は下がるだろう。昔のように特攻なんて出来る訳がない

 

「捕虜だけでなく、機器類は全てそろえた。下園は、熱心に写真を撮っているが、気にするな」

 

「そんな事をしていいの?」

 

 吉村海将の説明に優子は驚いた。捕虜とは言え、相手は深海棲艦だ。そんな相手に記者が立ち会っていいのだろうか? 

 

「仕方がないとはいえ、あの記者を取り調べるためにここへ連れて来たのは私だ。今は本土へ送り返せないのでな。あまり、この空母をウロウロされては困るから、飛びつきそうなものを見せたまでだ」

 

 F-35Bは機密の塊であるため、立ち入りは禁じられている。しかし、ジャーナリストはあの手この手で情報を入手するだろう。なので、下園に特別という名目で捕虜を見せたのだ

 

 本人は自衛隊を悪役に仕立てるために捕虜を悲劇のヒロインとして取材するつもりだろうが、恐らく無理だろう

 

「作戦決行まで72時間後だ。戦艦棲姫を始めとする深海棲艦の集団をおびき寄せる手段は米軍にあるらしいが、期待しない方がいい。君が何らかの方法で手段を見つけろ」

 

「言われなくても分かっている」

 

 どうやら、拒否するという選択肢は彼には無いようだ。吉村海将は部屋を出て彼等に案内をしていく。陸奥と優子が後の続く

 

 最後に長谷川が出たが、怜人に止められた。誰にも聞かれないように小声で話しかけて来た

 

「長谷川、アカシックレコードを知っているか?」

 

「え、ええ。知っています。確か……先輩? まさか、リンフォンで──」

 

長谷川は何かに気付いたのか、問いただそうとしたが、怜人は口に指を当てた。幸い、陸奥と優子は楽しく話している事から気付かなかったそうだ

 

「想像に任す。僕は草野1尉から受け取ったリンフォンをもう一度調べた。……何とか観測出来た」

 

「何を見たんです?」

 

 長谷川は恐る恐る聞いた。以前だったら、好奇心で知りたがるだろうが、どうもそのような気にはなれない

 

「未来を見ていた。幾つも変化した未来を。あらゆる可能性を考慮して模索していた」

 

普通の人なら怜人の言っている事なんて理解出来ないだろう

 

だが、長谷川は瞬時に理解出来たのだ

 

「幾つ見たんです?」

 

「5千通りかな? いや、もっとだろう」

 

「……こちらが勝って、むっちゃん達が幸せになれた回数は?」

 

 怜人は目を閉じ考えていた。一つの決断で全てが変わる。そして、彼は目を開き、きっぱりと答えた

 

「単純に勝っただけなら12通り。……陸奥が笑顔になれた未来は……1つだ」

*1
ブラックホールの周囲には、有る距離よりも近づくと二度と外側に戻ってくることが出来なくなる限界があります。これを『事象の地平面』といいます。事象の地平面を超えてしまうと光すら脱出不可能とされています

*2
ブラックホールの表面の重力は大きなブラックホールほど小さくなる。もし、銀河系ほどのブラックホールが存在すれば、その表面の重力は地球の表面重力よりも小さくなるらしい

*3
ブラックホールの反対として考えられている存在で、あらゆるものを外部に放出する領域と考えられているとされる天体。但し、実在は現時点では確認されていない




ブラックホール兵器は『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』や『鋼鉄の咆哮』などを参考にして生み出した架空兵器です
まあ、仮にブラックホールが地球上の現れたら終わりです(汗)
ブラックホールは魔法カードで十分です(笑)

しかし、艦これにて渦潮を踏むと燃料や弾薬が吸い取られますが、もしかして特殊なブラックホール……?


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第27話 深海棲艦と艦娘の関係

コロナウイルスが蔓延しているため、用事以外は癒えに籠っている日々を送っている私です
菱餅任務の次は、春の期間限定任務……メカジキを改修しなくては

それはそうと、あのタレントも亡くなりましたね
ご冥福をお祈りいたします


 一行は、整備格納庫へ向かった。F-35Bはあったが、空海自の隊員が見張りをしていた

 

 機密保持だろう

 

 その格納庫の一つにF-35Bは無かった。あるのはカプセル。よくドラマや映画などで見る、被験者が眠らされ、液体に入れられるシーンが、実際に見られるとは思わなかった

 

 吉村海将は、格納庫の一角を研究施設にしたようだ。あちこちに機材がある。工作機器から医療機器まで

 

 そして、隊員が作業していたが、そのうち数人は違っていた。草野1尉とその部下もいたことから特殊作戦群の姿も確認された。F-35Bのパイロットは空自であるため、空自の整備員も確認できる

 

 陸海空の服装は違うため、1つの船で三軍が集まるのは滅多にないだろう

 

「おい、なんの騒ぎだ!?」

 

 吉村海将が怒鳴るや否や騒ぎは収まり、吉村海将の姿を見た隊員は一人残らず敬礼をした

 

「敬礼はいい。何があった!?」

 

「例の記者が、捕虜を解放しろ、と言っているんです!」

 

 責任者だろう。海曹長が不満そうに下園記者に指を指しながら不満をぶちまけていた

 

「どう言うことだ?」

 

「そのままの意味です! 戦争捕虜は、ジュネーヴ条約で決められています!」

 

 下園は、吉村海将の姿を確認すると、早口で批判する

 

「自衛隊でも捕虜取扱い法*1で決められています! こんな人体実験のような事をして、太平洋戦争で同じ過ちを繰り返す気ですか!?」

 

 下園の言う過ちとは、旧日本軍が敵兵の捕虜に対する扱いである

 

 史実では、旧日本軍は戦陣訓の影響もあり、捕虜を虐待する傾向があった事は否めない。これは、自ら捕虜になることを禁じられていたため、敵の捕虜の尊厳も認めなかったのである。ジュネーヴ条約を批准していなかった要因もあるかも知れない

 

 内地では、B29の乗組員に対する憎悪は激しく、撃墜されパラシュートで脱出した乗組員が、現地の人達に集団リンチに合って殺されたこともあった

 

「生体解剖事件をご存知ですよね? あなた方は、正にこの事をやっているのですよ!」

 

「歴史なんてどうでもいい。それに、コイツは人間じゃない。強力な麻酔薬で眠っているが、目覚めるかどうかも分からんのだ!」

 

 草野1尉は、不機嫌そうに反論した。下園は、歴史を盾に抗議しているが、彼からしたら迷惑極まりない事だった

 

 任務中に、奇妙な人型をした深海棲艦が平然と歩いているのを目撃。ステルス迷彩で近づき、四方八方から対物ライフルで攻撃した。相手は、見えない敵に発狂し、滅茶苦茶に撃ったが、最終的に麻酔薬で眠らせた。まだ、この時は物理攻撃が有効だった時だったので、捕まえる事が出来た

 

 しかし、三浦会社の社員の大半が亡くなったため、やむを得ず怜人達を連れてきた。防衛省の職員も、ゆっくりと研究する時間がないことくらいは分かる

 

 人類の敵であることは、分かりきっているのに、この女性記者は逃がすように進言する。どうやら、絶滅動物のように手厚く保護するよう言って来たのだ

 

「そうか、コイツが目覚めたら大量虐殺が行われる可能性だってあるんだぞ!」

 

「話し合いで解決出来る! 敵でない事を示せば──」

 

「コイツは人ではないんだぞ!」

 

 草野1尉はカプセルに入っている深海棲艦に指を指しながら怒鳴ったが、下園は怯みもしない

 

 そんな事を他所に、怜人は海曹長に話かけた

 

「ちょっといいかな? あれは、何だ? 『リリ』が公開したデータには乗っていないが」

 

「分からないです。新種の深海棲艦らしいです。特殊作戦群が見つけたらしいのですが」

 

「つまり、勝手に進化したのか」

 

 海曹長は嫌そうに答えたが、怜人は頷きながらカプセルを見た。中は、10代くらいの少女が沢山の管に繋がれて眠っている。だが、その少女はただの少女ではない。頭からは角を2本生やし、左腕は魚のヒレの様なものがついたおぞましいものが生えている

 

「これ、何?」

 

「僕に分からん」

 

 陸奥は質問したが、怜人は首を振った。怜人にも分からないらしい。だが、怜人は数秒見ただけどカプセルに一瞥すると、未だに言い争っている吉村海将達に声を掛けた

 

「ちょっと、いいかな? 確かに、捕虜でこんな扱いはダメだ」

 

 怜人の発言に、あれだけ騒がしかった格納庫は、水を打ったかのように静まり返った。自衛官達はまさか、怜人がこんな事を言うとは思わなかったのか、固まっていた。一方、下園は自分の意見に対して同意してくれたことに喜んだらしく歓声を上げていた

 

「そうよね! だから──」

 

「と言っても襲われるのも事実だ。だから、コイツを創り変える」

 

「え?」

 

 予想外の意見に下園も固まった。創り替える? 

 

「簡単な話だ。深海棲艦は人型になっている。生命エネルギーであるG元素を組み替えて人間の形とほぼ近いレベルまで持っていく。長谷川、手伝え」

 

「ちょっと待て。何の話をしている?」

 

 吉村海将は唖然としてた。捕虜の扱いが酷い、というシンプルな話ならいい。しかし、今の話は何だ? 

 

「どうせ、理解出来ないだろうから結論から言う。……コイツを艦娘にする」

 

「何!?」

 

「出来るはずだ。リリは僕の研究を元に深海棲艦を作った。だが、陸奥のように艦娘も造り替える事が出来るはずだ。理論だから、確証はない。直ぐにコイツを降ろしてくれ」

 

「馬鹿を言うな!」

 

 吉村海将を初め、その場に聞いていた自衛官一人残らず愕然とした。長谷川も陸奥も同様で、優子も吉村海将と怜人を交互に見ている。下園も予想外の発言に思考停止状態に陥っているが、彼女は直ぐに我に返ると震える声で聞いた

 

「ちょっと、何を言ってる?」

 

「捕虜が可哀想なら、人間に戻すべきだ」

 

「危険よ!」

 

「そうか。君は深海棲艦を国や軍の批判材料にしているのか? それとも、本気で可哀想だと思っているのか?」

 

 下園も頭がついていけず、混乱している。自衛官が捕虜を残酷に扱っている、というニュースに仕立て上げようとした。だが、彼は深海棲艦を艦娘に変えようとしているらしい

 

「大丈夫だ。核となるG元素を組み換えるだけだ。別の元素に変えれば、肉体は代わり別の生き物になる」

 

「人体実験する気!?」

 

「人聞きが悪い。治療だ。マッドサイエンティストではないぞ」

 

「「「「動くな!」」」」

 

 怜人は動くや否や、自衛官は素早く銃を手に取ると怜人に向けた

 

 H&K VP9(9mm拳銃)、89式小銃、中には9mm機関拳銃を手に取る者までいた

 

「悪いが、お前を拘束する!」

 

「何時から自衛官は、やる気に満ち溢れているんだ? 長谷川から聞いていたのと全然違うが?」

 

 確か、自衛隊は防衛出動などを除くと、正当防衛でしか発砲を許されていない。過剰防衛として隊員が、逮捕されるからである

 

「新元素であるG元素が見つかってから、自衛隊も変わったのだ。外国の勢力がG元素を目的に武力で攻めてくる可能性もあった」

 

 草野1尉は拳銃を構えながら近づいてきた。コイツら、マジだ。だが、怜人も予想していたらしく、鞄から何かを取り出した

 

 小さな妖精が、現れたと思うと粘土のようなものと機械類を怜人に渡した

 

 それは──

 

「そちらこそ、そんなものを引っ込ませて貰おう。本来ならリリを爆破するために造ったのだが、どうやら別目的になるだろ?」

 

「嘘だろ。コイツ、自作でプラスチック爆弾を作ったのか?」

 

 草野1尉は驚きを隠せなかった。彼が手に持っているのは、プラスチック爆弾。しかも、C4など記載が全くないということは自力で作ったのか? 

 

「妖精の力で隠し持っていた。コイツは非常事態で持っていただけだ。心配するな。これが終われば、警察に付き出したりするなりすればいい」

 

「プラスチック爆弾を自力で作ったのは誉めてやるが、今の発言は人類の敵を作るようなものだぞ! リリを破壊するために作った? 嘘も程々にしろ」

 

「……心配しなくても、作ったのはこれだけだ」

 

 深海棲艦を艦娘に変える。詳しい事は分からないが、どうやら艦娘に変える事が可能らしい。

 

 しかし、身体は兎も角、心まで陸奥と同じような艦娘になるとは限らない

 

「敵を減らすのは、ただ沈めるだけではない」

 

「言いたいことは分かるが、こればかりは容認できない。いや、私達が納得しても頭の固い上層部が認める訳がない」

 

 吉村海将はピシャリと言った。確かに、深海棲艦を陸奥のような艦娘に変えて味方を増やせば、それはそれで深海棲艦は減るだろう

 

 だが、現場の人は兎も角、何も知らない一般の人間がそんなファンタジーな事を信じるのだろうか? 

 

「5秒やるから爆弾を寄越せ」

 

「いや、決断するのは、この場にいる自衛官だ。お前も何か言ったらどうだ!? 下園、捕虜が可哀想なんだろ!?」

 

 怜人は草野1尉の睨みには全く怯まず、それどころかオロオロする下園に質問を投げ掛ける始末だ。下園もあれだけ人道的な意見を言ったのに、今では何を信じればいいのは分からなくなった

 

 一方、陸奥は混乱した。しかし、それは一瞬であり、怜人に近寄った

 

「……本当に深海棲艦を艦娘に変える事が出来るの?」

 

「ああ。但し、条件付きだ。僕の推測が正しいなら、人型なら可能だ」

 

 陸奥は怜人を睨めつけながら、拳を握っていた。今なら、怜人を素早く爆弾を奪える。艤装も纏っているため、プラスチック爆弾程度なら耐えられるだろう

 

 だが、もし実力行使すれば枯れは間違いなく負傷する。下手すれば、死亡するかもしれない

 

(……長門、貴方はこれを言っていたの?)

 

 陸奥はふと昔、リンフォンで見た悪夢を思い出した。確か、怜人が鍵だと

 

 あの夢が本当なら……

 

 だとすると、彼の無茶な行為は、後になって実を成す事だろう

 

「……分かった。貴方を信じる。だけど、もしあの深海棲艦が暴れたら私が倒すわ」

 

 陸奥は艤装を納めた。彼は本気らしい

 

「吉村海将、私からもお願いしていいかしら」

 

「銃を降ろせ! ……分かった。本来なら、これはあり得ないが、いいだろう。確かに、敵が味方になれば嬉しい事はない。記者のように人道的にもなるな」

 

 吉村海将は顔をしかめながら、武器を降ろすよう命令した。草野1尉は不満そうだったが、彼も渋々と従った

 

「有り難う」

 

「お前のためではない」

 

 怜人は、自作のプラスチック爆弾を渡した。草野1尉からすれば、彼のやり方には不満があった

 

 G元素だからと言って、身体の造りが変わるのか? 確か、G元素は人体の身体能力が上がる、と昔、怜人が説明していたが

 

「では、柳田君。やりたまえ。但し、時間は無い。現在、この船はミッドウェー諸島に向かっている。作戦実行まで70時間42分後だ。私は仕事がある。後は任す。草野1尉、彼を見張ってろ」

 

「言われなくても、分かっています」

 

 草野1尉は吐き捨てていたが、怜人は去ろうとする吉村海将を呼び止めた

 

「これをあんたに渡す。後で見て欲しい。勝つためのやり方だ」

 

「君がさっき言った言葉をお返ししよう。『君は私の部下ではない』」

 

「これは冗談の話ではないんです! 深海棲艦を全て駆逐するなんて無理です! ゲリラ戦法と深海に潜る能力を兼ね備えた軍隊なんていない!」

 

 怜人は必死になっていた。あまりに熱心に語るため吉村海将は眉をつり上げた

 

「深海棲艦が海で暴れたら、経済は崩壊するどころから文明も停滞する。最悪のケースとして、深海棲艦が核兵器を奴等が手にしたら、第二の冷戦時代に突入するかも知れない!」

 

「深海棲艦が核兵器を保有する事はない。核爆弾が海に落とさない限り……は……」

 

 吉村海将は怜人のとんでもない持論に反論したが、何か思い当たる節があり、固まった

 

「冷戦時代に事故で沈没している原子力潜水艦*2が少なからずありますし、過去に米軍は米空母から水素爆弾を沖縄の沖合に落としています*3! 深海棲艦が核武装する事は、決して不可能ではありません!」

 

 長谷川は思い出したかのように慌てて忠告した。機器類は壊れているが、修理さえすれば使えるだろう。プルトニウムなどの核物質そのものは、半減期が数万年単位なので、上手く処置すれば使える可能性がある

 

「それに深海棲艦が攻撃する直前、各国の戦略原潜や攻撃型原潜が行方不明になっています! あり得ない話ではありません!」

 

 近くに居た艦長も真っ青になって叫んだ。たった今、恐ろしい出来事が思い描かれた。これでは、最悪の敵だ。海に近い世界各国の都市は攻撃され、犠牲者がうなぎ登りになっているのに、更に厄介な事に成った

 

 深海棲艦は核武装も可能。国際条約なんて何とも思っていないだろう。切り札として取っておくかも知れないが、もし深海棲艦にずる賢い奴がいたら……

 

「これは、きついな」

 

「だから、吉村海将。戦艦棲姫がリリからどれほど情報を取ったか、は知らないが、こちらには核兵器以上の兵器がある。僕と陸奥がいれば、上手く行く」

 

 怜人の説得で吉村海将は、黙った。陸奥は何か言いそうに前へ進んだが、思いとどまったのか、彼女も何も言わなかった

 

「……分かった。君の考えに乗ろうじゃないか。世界を救うために戦うのも悪くない」

 

 吉村海将は、頷きながら呟いた。納得したらしい

 

「但し、1つ忠告してやろう。もし、君と陸奥。そして、この護衛艦隊の内、どれか1つしか守れない事態になった時、その時は私は君と陸奥を見捨てる。仕方ない。貴重な戦力を君のせいで沈没させたくないからな」

 

「いい倫理観です。悪くない」

 

 怜人の回答に吉村海将は驚いた。普通なら、吉村海将の言葉で怯むはずだ。だが、怜人は受け入れたのだ。いや、予想していたのか? 

 

「では、これを渡しておきます。後で読んで下さい」

 

 怜人は、今度は鞄から分厚い書類とUSBメモリーを取り出した。吉村海将は素直に受け取ると、今度こそ立ち去った

 

 

 

「貴方達、一体何を?」

 

「……批判した出来ない人間は去ってくれ」

 

 一連の出来事を全く付いていけない下園を放っておいて、一同は作業にかかる。捕獲し、麻酔で眠らされた人型の深海棲艦は、カプセルから取り出され、担架に乗せられる。海自の隊員達も直ぐに手伝ってくれた。但し、特殊作戦群の連中は、目を光らせておりいつでもこちらを攻撃する準備をしている

 

「本当に信じていいのね?」

 

「お前こそ、いいのか?」

 

 陸奥は聞いたが、逆に怜人から質問された。陸奥の決心は決まっていた

 

「私は一度、沈んだの。それに無茶な命令なんて、いつものことよ」

 

「なら、手伝ってくれるな」

 

「そうね。優子ちゃんに身の危険が晒さなければ」

 

 長谷川の手伝っているのを見ながら、陸奥は言った。陸奥にとっては、軍の理不尽な命令は、別に問題なかった。いや、吉村海将の言い分にも一理はあるだろう

 

 たかが、自衛官でもない人間が、艦隊を率いる司令官に命令するなんてしない。また、自衛隊は日本を守る軍事組織だ。それを怜人の独断で命令する者なんて居ない

 

「それでどうするの?」

 

「摘出して取り出した元素を組み替える。まあ、こんなのは本来ならあり得ないが、これがG元素の生命体だ」

 

 怜人は早速、手術台の上に載せられた人型の深海棲艦を調べ始めた

 

 

 

「何だ、これは?」

 

 CDCに戻った吉村海将は早速、怜人から受け取った資料を見たが、どれも信じられないものばかりだ。USBメモリーの内容も信じられないものばかりだ

 

 その時間に何が起こるのか。作戦名や艦隊の配備、そして世界各国で起こっている事。柳田教授は軍事には疎いはずだが、ここまで詳細な事を知る訳がない。彼が工作員でない事くらい分かる。では、どうやって軍事作戦を知り得たのか? ハッキングでも、ここまで正確な情報を短期間で入手する事なんて出来ない

 

 世界情勢も正確だ。確かに世界では、近海で姿を現す深海棲艦と迎撃する海軍との間で戦争が起こっている。中には、対艦弾道ミサイルを撃ち込んだ国もいたが、逆に深海棲艦は報復として無差別に都市部を攻撃する

 

 そして、こちらが形勢不利となると、一目散に深い海に潜る。対潜兵器や潜水艦も潜れない深海に潜まれては何もできない。音響監視システムは既に破壊されている

 

「吉村海将、海上幕僚長からです」

 

 熱心に読んでいたため、気付かなかったのだろう。側近が声を掛けた

 

「あ、ああ。繋いでくれ」

 

 吉村海将は内心驚きながら、マイクを手に取った

 

『吉村海将、柳田教授はどうしているかね?』

 

「順調です。彼によると、策があるとの事です。ところで幕僚長。意見具申してよろしいですか?」

 

『何だ?』

 

 幕僚長の不満そうな声がスピーカーを通して来たが、吉村海将は無視した

 

「今回の作戦に2人を参加させていただきたい」

 

『何を言っている! 彼等は重要参考人だ。現場に行かせるような事は──』

 

「いいですか! あなた方が、総理から何をどう命令しているか知りませんが、我々は自衛官です! 今回は迅速な対処によって被害を抑えられましたが、このような幸運は再び起きるとは限りません!」

 

 吉村海将は相手に反論を与えないために、より強い口調で言った

 

「我々自衛官の任務は、国民や国を守る事です! 私も彼の扱いには困っていますが、分かっている事があります! 彼は、娘さんや友人のために行動しています! 彼と協議した結果、彼の提案には一理があります! 米軍の囮作戦よりも、確実な方法だと言っています。ブラックホール兵器をより、効果的に使用させるために動いています!」

 

『なっ……何処でそれを……』

 

「柳田教授は、一発で見抜きましたよ。いえ、リンフォンの回収班と一緒に乗せたのが運の尽きですね」

 

 相手は何も言わないが、スピーカー越しでざわめきがあった。トップが慌てふためいている姿を想像してしまうと、笑ってしまいそうだが、今はそんな事をしている場合ではない

 

「迷っている暇はありません。彼の未来予測だと、日本は深海棲艦の影響で経済は崩壊し国民は、飢えてしまいます。確か昔、何処かの国会議員が『石油が止まれば日本は、今のような快適な生活は全くできなくなる。でも、国民の皆さんが、ダイレクトに命を失っていくという状況ではない』と言っていましたね。あんな楽観的で現実を見ようとしない無能な国会議員の仲間入りはなりたくないでしょう」

 

『しかし──』

 

「彼は腹をくくっています。責任は自分で取ると。データを送ります」

 

 そこまで言うと吉村海将は待った。恐らく、向こうにいるのは海幕だけではない。お偉いさんもいるはずだ。政治には興味ないが、平和ボケのような決断されては困る

 

 暫くの間、相手からは無言だったが、やがて向こうから話があった

 

『……吉村海将。本来、こんな事は前例がない。だが、そうも言っていられない。米軍との交渉は任せよう。あの2人に関しては、『日本政府は一切関与しない』』

 

「ありがとうございます」

 

 吉村海将は通信を切ると、唖然としている部下達の視線を全く気にせず、再び書類を手にして凝視した。そして、うわ言のように彼は呟いた

 

「なぜ、この時間に海上幕僚長が通信して来る事を知っているんだ? しかも、内容まで」

 

 書類には、どう答えれば上層部は回答するのか、それがはっきりと書いてあった。しかも、フローチャートの形式で書いている始末だ

 

「柳田、お前は未来予知の能力でも持っているのか?」

 

 吉村海将は未だに信じられなかった

 

 

 

「ダメです! 麻酔が切れかかっています!」

 

「後、もう少しだ! ここさえ乗り切れば」

 

 例の人型深海棲艦の体内からG元素を抽出し、怜人は作業しているが、長くは持たない。カプセルから出したせいで、覚醒しかかっている。しかも、傷つけた場所は既に完治している

 

「本当に大丈夫ですか!?」

 

「ああ、核融合無しで元素を組み替えるんだからな!」

 

 怜人は相変わらず、機器類を弄りながら試験管を観察しているが、周りはそれどころでは無かった。人型深海棲艦が覚醒したら、数秒後にはここは血の海だろう

 

 手術台に横になっている身体がピクリと動いた。そして、目がゆっくりと開こうとしている

 

「怜人!」

 

「出来た!」

 

 陸奥の叫び声と共に注射器を持った怜人は歓声を上げると、人型深海棲艦の右腕に強引に突き刺した。本来なら、血管に刺すのが、今回はどうも関係ないらしい

 

 しかし、効果が現れるよりも早く、人型の深海棲艦は甲高い声を上げながら体を起こす

 

「陸奥、奴を攻撃しろ!」

 

「ちょっと、どういう事!?」

 

 予想外の命令に陸奥は戸惑った。確かに臨戦態勢を取っていたが、まさか攻撃するとは思わなかった

 

「いいからやれ! 14cm主砲をぶちかましていいから!」

 

「どうなっても知らないわよ……撃てー!」

 

 陸奥の号令と共に14cm主砲が火を噴いた。近距離であったため、人型の深海棲艦に命中。吹っ飛ばされ床に倒れた

 

「おい、下がってろ! 気をつけていけ」

 

 特殊作戦群は直ぐに展開し、海自の隊員を遠ざけると同時に武器を構えて人型深海棲艦に近づく

 

 1人の少女相手に特殊部隊が、銃器を持って警戒している光景は、数年前だったらあり得ないだろう。しかし、これは現実に起こっている。草野1尉と部下は89式小銃を構えながら近づき、倒れている人型の深海棲艦を覗き込んだ否や、素っ頓狂な声を上げた

 

「信じられん……教授、来てくれ!」

 

 怜人は予想していたのだろう。呆気に取られている海自の隊員を他所に彼は近寄った

 

「白い肌が人間の肌色になっている。角もないし、変形していた腕は元に戻った。成功だ」

 

 安全が確認された事で、周りの人は急いで駆け寄る。確かに、床には人型の深海棲艦ではなく、1人の少女が横たわっている。意識が無いのか、目を覚ます気配はない

 

「本当に艦娘なの?」

 

「ああ。誰なのか知らないが」

 

 優子も信じられなかった。まさか、こんな結果になるとは思いもしなかったのだろう

 

「あの子をどうするの?」

 

「囮に使う。全周波数で捕虜を返還するよう深海棲艦の親玉に伝える」

 

 とんでもない発言に、歓声を挙げていた自衛官達は固まった。何を言っているのか? 

 

「一体、どういう事だ!?」

 

「そろそろですよ。上層部もこの作戦には賛成するでしょう」

 

 草野1尉は信じられないような声を上げたが、怜人は冷静だった。折角、人の姿にしたのに、それを囮に使うのか? 

 

 だが、丁度やって来た吉村海将が、作戦名と軍事作戦を伝えると、自衛官達は唖然としていた。こんな事はあり得るのだろうか。折角、人型の深海棲艦を人間の身体にしたのに、囮作戦に使うとは! 

 

 優子も陸奥も思考停止に陥っていた

 

 しかし、柳田は知っているらしく吉村海将の話は聞いていない。ただ、何かを待っているかのように床に座っている

 

「先輩、本当にこれでいいんですね」

 

「ああ。これで、もう後戻りは出来ないな」

 

 怜人の声は覇気は無かった。しかし、彼は何か目的がある。長谷川は、他の人とは違って彼を責めなかった

 

 

*1
正確には『武力攻撃事態及び存立危機事態における捕虜等の取扱いに関する法律』

*2
旧ソ連(ロシア)の原子力潜水艦は、事故が起き放射能漏れを引き起こした、という事例は多い

*3
1965年、米空母タイコンデロガが水素爆弾1発を装着したA-4E攻撃機がエレベーターから海中に転落する事故が発生。水素爆弾は、現在も約5000メートルの海底で眠っている




人型の深海棲艦って誰でしょう?
それはそうと、次回は私用の関係上、ちょっと遅れるかも知れません


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第28話 作戦と予想外

非常事態宣言が発令されましたね
艦これアーケードも延期になりました
まあ、仕方ありませんね


作戦決行まで6時間後

 

太平洋上空では、3機の軍用機がグアムに向けて飛んでいた。アメリカ国防高等研究計画局、通称DARPAが手をかけて作られた特殊爆弾はエリア51に運ばれ、ある機体に搭載していた。予算上、特殊爆弾は3発しか作られなかったが、それで十分だ

 

 空軍大将は極秘任務に就くパイロットや関係者にブリーフィングを簡潔に済ますと、直ぐにゴーサインを出した。パイロット達は疑問を持たず、ブリーフィングを終えると直ちに命令通りに動いた。

 

 1機はB2ステルス爆撃機である。今回のミッションでは大きな役割を果たす機体である。B-52やB-1という案もあったが、空軍大将は世界一高価な航空機、B2ステルス戦闘機*1を選んだ。今回のミッションにおいて、相応しい機体だったからである。残りの2機はステルス戦闘機であるF-22ラプターである。こちらは護衛機である。深海棲艦は、ジェット機を撃ち落す能力はないが、深海棲艦はジェット機を無視する始末である。それどころか、ジェット機が現れると海に潜る始末である。これでは、性格が悪い

 

 だが、今回は極秘任務だ。敵の眼を欺き、集まった所で特殊爆弾(ブラックホール兵器)を炸裂させればいい。通信内容も高度な暗号を使っているから、敵もばれない。尤も、これは深海棲艦のみならず、他国に知れ渡るのを防ぐためでもある

 

 B2のパイロットは、緊張しながら操縦している。訓練では、何でもやっているのに、いざとなると落ち着いては居られない。別にB2が高価な航空機で喪失は痛手というものではない。爆弾もGPS/INS誘導のJDAMなので、現場上空にさえ到達出来ればこっちのものだ

 

 問題は、弾頭が通常兵器でも核兵器でもない代物だからである。ブラックホール兵器と呼ばれる物らしい。何でも大都市程度の広さなら余裕で吸い込む物で核抑止力を上回る兵器とか……

 

パイロットは大統領からの演説を思い出した

 

『我々は強大な力を手にした。隕石やオカルトが新たな可能性を導くと同時に闇も生んでしまった。我々の過ちは、我々の手で摘み取る。AIロボットが生み出した深海棲艦は、駆除しなければならない』

 

『かつてプロメテウスは禁を破って人間に火をもたらしめたため、ゼウスから罰を与えられ、長い期間に渡って恐ろしい責め苦を受ける事に成った。我々は原子力よりも非常に強力な力や技術や可能性を手にした。だが、我々は人類の敵である深海棲艦を生み出してしまった。それを排除しなければならない。科学者の間では、『これは根本的な解決策ではない』と警告する。しかし、我々は生き残り存在する。諸君の任務の成功を祈る。God bless you(神のご加護がありますように)

 

 長い演説だったし、政治にはそこまで興味を持っていないが、これが重要な任務である事は分かる。パイロットは身震いした。自分達は、歴史を塗り替えるほどの任務に関わっていると。今は極秘任務だろうが、時が経てば公開されていくはずだ

 

 半世紀以上も前であるエノラ・ゲイのクルー達もこんな感じだろう。1945年8月6日、テニアンから飛び立ったB-29は原爆を載せて日本の広島に投下した。核が初めて実戦で使われたのだ。当時のクルー達は複雑な心境だったに違いない

 

歴史の授業をふと思い出したパイロットは、気を取り直して、操縦桿を握りしめていた。今のところ、敵の攻撃を受けている様子もなく、他国による妨害もない

 

順調に飛行を続けていけば、グアム島に到着するだろう。グアムに着陸し補給を済ますと、いよいよ作戦実行だ

 

後は囮作戦が成功するかどうか。自衛隊がやってくれるだろうが、パイロットは興味なかった。自衛隊がヘマをやらかさないよう祈るしかない

 

 

 

空母『いずも』では、騒がしかった。2機のV-22オスプレイの発艦準備に取りかかっていた。陸自の一個連隊(特殊作戦群)と民間人2人を乗せるためである。後は、呼び寄せるための機器類も詰め込んでいる。当然、麻酔で眠っている深海棲艦の少女もである。今では、再びカプセルの中に入れられている

 

 偵察によると、今のところ、敵の姿はいない。しかし、敵が全く出現しないとは限らないため、ヘリではなくオスプレイを使うことになった

 

「あんな機体があるなんて」

 

陸奥はオスプレイの姿を見て驚嘆した。回転翼やジェット機もだが、このような機体は初めて見た

 

「オートジャイロみたいだけど」

 

「違いますよ。ティルトローター機というものです」

 

長谷川の説明に陸奥は、唖然としてオスプレイを見ている。今の艦載機は、垂直離着陸機が主流なのか? 

 

実際は全てではないが、現代空母を説明しても陸奥は理解できないため、長谷川は控えた

 

一方、怜人は吉村海将達と対面していた。吉村海将は、険しい表情のままだった。

 

「本当にこれでいいのか? 今なら引き返せる」

 

「でしょうね。では、約束はしてくれますね。あなた方は一切関係ない。これは、僕の意志です。人類のために働いた、と」

 

怜人も怜人で無表情だった。彼等が何を話しているのか、理解できない。新聞記者の下園も困惑するばかりだ

 

しかし、娘の優子は今にも泣きそうである

 

「優子、元気でな。パパはちょっと長旅に行ってくる」

 

「……そうよね。これしかないなら、仕方ないよね」

 

泣きそうになる優子を怜人は、頭を撫でて落ち着かせようとした。だが、彼女は迷っている。止めるべきか、それとも行かすべきか

 

「分かっている。僕は余り良い父親ではなかった。でも、後始末はしないといけない。いいね」

 

「うん……分かっている」

 

 怜人は離れると、草野1尉と共にオスプレイへ向かう。しかし、怜人は途中で足を止め、別の場所で待っている長谷川と陸奥に向き合った

 

「仕方ないとはいえ、見送る人が娘と後輩だけとは悲しいな」

 

「私は楽しかったですよ。先輩のお蔭という事もありましたが、こんな奇妙な体験をしてくれて」

 

長谷川は肩を透かしながらも、笑いながら答えていた。まるで、宴会のような挨拶である

 

「海戦の知識は大丈夫ですか? むっちゃんのサポートをちゃんとしてくれます?」

 

「大丈夫だ。海戦に付いては大まかに勉強した。海戦は敵の船に乗り込んで、後は超人的なクルー達を戦わせればいいんだろ?」

 

「……先輩、何を読んで勉強したんですか?」

 

「世界でよく売れてる漫画からだ。能力者とか刀だけで何でもぶった切れる程までとは言わないが、陸奥も超人的な存在だから問題ないだろう」

 

「悪いけど私は死んだわ」

 

 長谷川は怜人のすっとぼけた反応に危うく噴き出しそうになった。まさか、あの海賊漫画を持ちだすとは思わなかったからだ。陸奥も呆れている

 

「冗談は兎も角、これを渡す。後は頼んだ。陸奥、行くぞ」

 

「いいですよ」

 

 怜人は厚みのある角型A4の封筒を渡すと、陸奥と共にオスプレイに乗り込む。既にF35Bが飛び立ち戦闘空中哨戒(C A P)しているため、撃墜される心配はない

 

オスプレイに乗り込むと、既に特殊作戦群の隊員達が待機していた

 

「準備はいいか?」

 

「ああ。ばっちりだ」

 

「そうか、それでは座ってくれ。パイロット、飛ばせ!」

 

草野1尉は頷くと、パイロットに飛ばすよう指示した。陸奥も怜人も彼の指示に従う

 

 

 

 轟音を上げながら、2機のオスプレイが発艦していく様子を吉村海将は見送っていた

 

「長谷川君、これで良かったのかね?」

 

「いいんです。先輩はああいう人ですから」

 

「こんな人がいるとは思わなかったが」

 

 吉村海将はオスプレイが見えなくなると艦内に入り、長谷川と優子も後に続く。しかし下園はまだ飛行甲板に居たが、彼女は複雑な表情をしたままである

 

 

 

ミッドウェー諸島・サンド島

 

 半世紀以上前、ここはアメリカ海軍管理下に置かれていた諸島であり、1942年には近海で日本海軍とアメリカ軍との海戦、ミッドウェー海戦が行われた場所である。1996年には自然保護区となり、軍事基地は閉鎖。今では、自然が満ち溢れている場所になっていた

 

 しかし、現在は違う。ある作戦が行われるために使われようとしていた。自然保護団体が後になって抗議するだろうが、アメリカ政府は強引に深海棲艦の処刑場としたて上げた

 

 後は神出鬼没している深海棲艦をどうやって、しかも大量に引き連れて来るのかについては頭を悩ませていた。そんな時、共同作戦において日本が提案した条件を出されたため、直ぐにゴーサインが出た

 

そこまで事態はひっ迫していたのだ。海外では、海が突然化け物が出現したため、暴動やデモが発生しており、警察や軍隊が治安出動しているようである。中には、核兵器を使った国も居たようだが、どうも効果は無かったらしい。無かったらしいとは曖昧な表現であるが、使った後も出現しているためである

 

(蝗害と同じかよ)

 

 数年前にアフリカ大陸で発生したバッタの大量発生した時のことを思い浮かべていた。当時発生した害虫であるバッタは4000億匹も発生し、作物などを食い荒らす事態があった。こんな大量な相手だと、軍用兵器なんて効果が無く、逆にこちらが被害を受ける結果となっている。第一、爆弾をばら撒けばいいという相手ではない。勿論、深海棲艦はバッタとは違うが、厄介な相手である事には変わりない

 

そのため、アメリカの極秘作戦には、日本も賛成したのである。

 

とは言え、艦隊が今のところ自由に航行出来るのは日本なので観測には持ってこい、と両政府は判断したらしい。

 

 無人島に2機のオスプレイが着陸すると、人と機材を吐き出すと素早く飛び立った。万が一、狙われる可能性があるからである

 

「よし、作戦を確認するぞ! 陣地を作って武器を構えろ! ……陸奥、後は海で暴れてこい」

 

「分かったわ。それにしても、見たことない機材ね。私を修理するためにカプセルを持ち込むなんて」

 

 草野1 尉は部下を率いて配置に付くために立ち去るのを見送りながら、陸奥は呟いた

 

 自家発電に加えて観測機器や医療機器、そして通信機器があった。そして、囮として捕まえた深海棲艦の捕虜である。皮膚は肌色になっており、姿は人型にはなりつつあるものの、まだ余談を許さない。麻酔をしているのか、まだ眠っている

 

「僕は指揮官では無いから君の戦いには口出ししない。だけど、忘れないでくれ。まずは──」

 

「多く倒して戦艦棲姫の気を引き、ここまで連れてくること」

 

「そうだ。敵が集まるのを確認したら直ちに脱出する。遅れるなよ。ブラックホールに吸い込まれたらシャレにならんぞ」

 

怜人はにやりとした。陸奥はブラックホールがどんなものかあまりピンと来ないが、本当にヤバイ兵器らしい

 

「これから敵を煽るための通信を行う」

 

「行ってくるわ。作戦が終わったら帰りましょう……戦艦陸奥、出撃よ!」

 

 陸奥は艤装を展開すると、海に出た。久しぶりの出撃。平和に過ごしていたため、久しぶりの出撃だった。ミッドウェー諸島と聞いて、ミッドウェー海戦を一瞬、思い出したが、彼女は強引に頭から振り払った。今は感傷を浸る時ではない。何としてでも、深海棲艦をミッドウェー諸島におびき寄せないと

 

 陸奥が海に出ていくのを確認した怜人は、彼女を見送りながら呟いた

 

「本当に帰れたらな……お前は帰る所はここではない」

 

怜人は無線通信すると同時に、ある作業に入った

 

 

 

「撃てっー!」

 

 陸奥は航行していた深海棲艦を、問答無用で攻撃した。敵に空母がいないため、艦隊決戦である。敵は駆逐軽巡合わせて六つしかおらず、陸奥は撃たれながらも落ち着いて41cm主砲を叩き込んだ。戦艦は打たれ強いため、防御力や耐久力は凄まじい

 

流石に魚雷は回避したが、陸奥はお返しとばかりに応戦した。相手は必死に攻撃したが、戦艦の前では無力に等しい

 

十分後には、全て沈めてしまった

 

『陸奥、こちらは吉村海将だ。敵の大群がそちらに向かっている。戦艦棲姫の姿は確認していない』

 

「失敗したのかしら?」

 

『いや、早期警戒機であるV-22の探知範囲外で航行してる可能性はある。まだ、海底に潜んでいる可能性が高い。しかし、海底まで潜れる攻撃型潜水艦は持っていないし、ソノブイは投下出来ない。だから──』

 

通信していたため、周囲の監視を怠った。現代戦では、探知能力は太平洋戦争時と比べ物にならないと教わったが、あくまで人との戦いだ

 

突然、陸奥の付近で海面が盛り上がったため陸奥は体勢を崩した。現れたのは、黒い化け物。生きた艤装と角が生えワンピースを着た女性が現れたのだ

 

『おい、どうした?』

 

「目の前に現れただけよ!」

 

陸奥は怒鳴り返して無線を切ると、主砲を発射した。照準が曖昧であったため、弾は捉えることなく明後日の方向へ飛んでいった

 

「忌々シイ! 私ノ仲間ハ何処ダ!」

 

「さあね!」

 

艤装怪物は吠えながら、主砲を発砲したが、陸奥は紙一重でかわす。しかし、戦艦棲姫は陸奥に接近するとそのまま体当たりした。陸奥は対応できず、飛ばされ海面に倒れ込んだ

 

「やったわね! 私だって戦艦よ!」

 

 陸奥は格闘技などは習ってはいない。しかし、負けるわけにもいかない。陸奥は立ち上がると、再び接近する戦艦棲姫に腹蹴りすると、怯んだ相手に向けて思いっきり蹴飛ばしたのだ。蹴飛ばされた戦艦棲姫は、加勢に駆けつけた艤装怪物に激突。そのまま2体は倒れ込んだ

 

『陸奥、ヤツが現れたならこちらに誘い込め!』

 

「言われなくても分かっている」

 

怜人は無線のやり取りを聞いていたのだろう。ここで倒してしまったら、意味がない。ボスを誘き引き寄せない

 

陸奥は主砲を発砲し、命中が確認すると向きを変え、ミッドウェー諸島へ目指す

 

戦果の確認は出来ないが、あれくらいで死ぬような事はないだろう

 

 

 

「逃ゲルノカ。イイダロウ」

 

41cm主砲弾は命中したが、戦艦よ棲姫は無事である。体勢を立て直すと、彼女は陸奥を追跡するために、仲間を呼んだ。たった一体で迎撃するのにはおかしい。罠を仕掛けているはずだ。なら、物量で倒してやる

 

 

 

 陸奥は追跡してこない深海棲艦に疑問を抱きながらもミッドウェー島に向かった

 

しかし、上陸してみると見たこともない機材が広げられ、怜人が操作している

 

陸自の人達はどうしたのだろう? 

 

「お帰り。まさか、あんな化け物と接近戦するなんて驚いたよ」

 

「そんなことより特殊作戦群はどうしたの? 迎えのオスプレイは?」

 

「落ち着け。まだステルス爆撃機は来ていない。それより、すぐにカプセルに入れ。怪我を治したり、艤装を修理したりして、万全の状態にしないと」

 

怜人のテキパキとした指示に陸奥は一瞬、迷ったが、今は回復するのが先だと思った

 

 陸奥は艤装を外すとカプセルの中に入る。陸奥が生まれた時に使われたものとそっくりだ

 

 治療が終われば全回復してまた戦える

 

そう思っていた。しかし、カプセルが閉じても何も変化無い。手で開けようとしたが、ロックされている

 

「ねぇ、開けて!」

 

陸奥は叫んだが、怜人は何も話さない

 

陸奥は慌てた。自分をどうするつもりだろう? 

 

見捨てられるのか? それとも、特攻を命じられるのか? それとも……

 

様々な不安に刈られたが、機械を操作していた怜人は、手を止めこちらに近づいてくる

 

そして、彼はガラス越しでこう言った

 

「陸奥、すまない。これしか手がないんだ。お前を送り出さなければならない」

 

予想外の言葉に陸奥は唖然とした

 

彼は何を言っているのだろう? 

 

 そして、何故だろう? 優子ちゃんとは会えなくなるかも知れないという恐怖感が沸き出るのは? 

 

「どういう意味?」

 

「この島では、僕と陸奥だけだ。陸自の特殊作戦群は帰った。いや、作戦通り帰ってくれた。騙した訳では無いが、こうするしかなかった」

 

陸奥は唖然とした。彼は何をするつもりだろう? 状況から見て、殺すつもりはなさそうだが

 

*1
B-2の価格は2000億円を超えると言われている。海上自衛隊が保有するイージス艦の建造費は1500億円~1700億円である。現在では世界一高価な航空機として、ギネスブックにも掲載されている




ワンピースの世界の戦い方
悪魔の実の能力者や六式と呼ばれる戦闘武術や覇気などを取得し、接近戦で戦う
腕力も超人的で、1人で大量の海兵の軍団を戦闘不能に追い込むことも?etc

艦これ
力持ちの艦娘もいる、大砲食らっても無事、風呂に使って回復、白兵戦が出来る艦娘もいる(天龍龍田など)、大火力な武器を携行出来る、超人的な力持っている艦娘もetc


柳田怜人「なるほど。最近の海戦は、超人的なクルー達や兵士達同士が接近戦で戦うのが主流と言う訳か。ハイテク兵器の時代は終わりを迎えるという訳だ」
艦娘達「「「違う!」」」
提督「あー、うん。まあ、間違ってはいないような」
時雨「……」


さて、どうなるか?
次話で……
後に章を付け加えておきます


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最終章 『時雨の特殊任務』後日談
第28話 多次元宇宙論


コロナウイルス……蔓延していますね
収まるのは不明との事
そんな事より、艦これは七周年になりましたね。比叡改二丙とGotland andraの大改装が実装されましたね



洋上

 

 2機のオスプレイは空母「いずも」へ向かって飛び立っていた。何かあったら、F-35Bが来る。オスプレイには特殊作戦群全員、乗り込んでいた。ミッドウェー諸島から引き揚げたのだ

 

 しかし、オスプレイの中には、怜人と陸奥の姿はない。一緒に乗せていた機械類も捕虜として乗せていた深海棲艦の姫らしき者も置いてきた

 

 作戦通りであるのは間違いない。しかし、他の道はあったはずだ。だが、吉村海将どころか、上官や陸幕までも作戦通りにするよう念を押された

 

(何を考えているんだ、柳田)

 

 草野1尉は心の中で呟いた。災害派遣や有事などでは、自衛隊は民間人の救助や保護を第一としている。それに反しているのだから、納得はしていない

 

「戻れないか!」

 

「無理です! 後、30分でB-2は現場海域に到着します!」

 

 パイロットの叫びに草野1尉は舌打ちした。命令とは言え、アイツにリンフォンを渡すべきではなかった

 

 

 

 カプセルの中で陸奥は一瞬、思考が停止した。彼は何を言っているのだ? 

 

「落ち着いて聞いてくれ。疑問に思うだろう。なぜ、こんなことをするかって」

 

「落ち着いていられないわ! ここから出して!」

 

 陸奥は必死になってガラスを叩く。艤装は取り外しているため、本来の力が出ず、割ることが出来ない。手が痛くなるだけだ

 

「いいから聞いてくれ。僕は見たんだ。リンフォンが見せた幻影を。あれは、アカシックレコードの一部だ。G元素は使い方次第では、神のように生命に満ち溢れる世界を造り出せるにし、悪魔のように死の惑星へと地獄になることも出来る。そして、高度な化合物を形成すれば時空を超える領域や特異点を産み出すことも」

 

「どういう意味よ!」

 

 陸奥は怜人の話を無視して叫んだ。彼の講義なんてどうでもいい! 戦場で何をしているのか! 

 

「君が怒るのも無理はない。この場面もリンフォンで見たんだから」

 

「ねぇ! 聞い……え?」

 

 陸奥は拳でガラスを叩くのを止め、彼の話を聞いた。

 

 この場面を見た? 

 

「手短に話す。リンフォンはやり方次第で高次元の空間とアクセス出来る。つまり、G元素を媒介に兵器に生命を与える事は不思議な現象ではない。当たり前だったんだ。人間には手に余る存在だ。それだけだ」

 

「私が生まれたのは、神秘的なものや奇跡的なものではなくて、当たり前の事?」

 

 陸奥は唖然として聞いていた

 

「同時に深海棲艦という人類の敵を生んでしまったがな。しかし、僕が関わなくても、他の者がやっていただろう。君のような艦娘が生まれるのは必然的だった。いや、人間は人工生命体を生み出す前座に過ぎなかったかもな。人間が様々なテクノロジーを生み出したのは、自分達のためでなく、新たな生命体、人工生命体を生み出すためのものではないか、と」

 

「私達が生まれることは決められていた? リリのような人工知能のロボットのように?」

 

「君は人間の愚かな行為が人工生命体を産んだ、とでも思っているのか? 自分自身を過小評価するのも良くない。僕にとって言わせてみれば、それはフィクションの見過ぎだ。フランケンシュタイン・コンプレックスなんて考え過ぎているだけだ。君は意識を持つロボットと出会っていたのに、何も疑問を持たなかったのか?」

 

 陸奥は怜人に指摘されハッとした。リリは人工知能搭載のロボットだ。半世紀以上経つと、機械は劇的に進化していた。確か石塚博士の話によるとやっと人工知能が意識を持つようになった、と聞かされたような……

 

 そう言えば、怜人が昔、挙げていた動画に何て説明していた。AIロボットは人間の限界を超えて進化する、と。生命は形を変えて進化すると

 

「共存はいいと思う。だが、異なる生命体が争って両方絶滅したらそれまでだ。この世界では期待しない方がいい」

 

「なら、どうして私をここにとじ込めて?」

 

「アメリカ政府はブラックホール兵器を使って深海棲艦をこの世界から消したいと思っているだろう。しかし、それは違う。この世から消し去っても奴等はまだ生き続ける。人類の仕打ちを忘れず怨みを持ちながら。現れれば、意味がない。無関係の人達まで巻き込んでしまう。科学者の警告なんて無視しているから爆撃中止なんて不可能だ」

 

 怜人の説明はよくわからない。何が言いたいのか? 

 

「済まない。だが、教える事は出来ないんだ。教えてしまっては、君達の未来が変わるからだ」

 

「未来が変わる? どういう事!?」

 

「ある世界の話だ。後は勇敢な駆逐艦娘と学生に任せる。しかし、僕の未来予測は違った」

 

 陸奥は確信した。長門が夢で言っていた言葉

 

『陸奥! お前のいる男が鍵だ! 絶対にこの世界の流れを変えるな! でないと、人類どころか私達も世界も全滅する!』

 

 あれはもしかして、夢ではない……? 

 

 まさか! 

 

 私を……私を長門の元に! 

 

「ちょっと待って! どういう……」

 

 陸奥は抗議したが、怜人は何も言わず静かに人差し指を口に当てていた。それは子供に静かにしようという仕草に

 

「これ以上は言えない。だが問題なのは、そんなものではない。技術を悪用した場合だ。深海棲艦の力は脅威だ。しかし、それをコントロールしようとする者が現れる。下手すれば、技術が悪用される事だ」

 

「そんな事」

 

「あるはずだ。例えば、動物兵器は過去に幾度となく使われた。犬から象まで。兵器もAIや無人機が発達したお蔭で、戦場ではAI兵器同士が戦うどころか、テロリストまでAI兵器を使う始末だ。深海棲艦を悪用した場合が恐ろしい。君の武装以外の兵器が通用しないからな」

 

 怜人の言葉で陸奥は思い出した。圧倒的な破壊力を持っていると言われる極超音速兵器を耐えたのだ

 

「君も軍隊に使役されるかも知れないが、君の場合はあくまで人間ベースだ。どんなに力があろうが、食べなきゃならないし、睡眠も必要。人と同じように意識や感情もある。しかし、G元素から生み出し独自に進化した深海棲艦はそんな事には縛られない、強力な水中生命体だ。闘えば目に見えている。唯一救いなのは、彼女等は海水がないと力を発揮出来ない事か。人の欲望は、果てがない。ある者はこう考えるだろう。水中生命体をコントロールすれば、力を得られる。やがて、世界を制するために」

 

「人と人工生命との体対立よりも技術悪用される方が問題って事?」

 

「そうだ。いや、この世界では高確率で起こるだろう。だから、この世界よりもマシな所へ送る。お前の故郷は、21世紀の世界ではない」

 

 陸奥は信じられなかった。なぜ、急に彼の思考が変わったのか? 何時もの彼なら、法の隙間を使って手段を選ばない大学教授のはず! 

 

「教えて! 貴方は正義でも目覚めたの!?」

 

 陸奥の問いかけに怜人は、作業している手を止めた

 

「そうだな。君のお陰だ」

 

「わ、私?」

 

「僕の人生は知ってるだろう。僕は、作られた人間だ。人間社会はあまり良いものではない。表向きは友好的でも、内心はどう思っているかなんて分からない。時には残酷な事もある。僕の場合は、娘と長谷川以外は気を許さなかった。性善説なんて存在しないとばかり思っていた。しかし、君は違う。いや、君達は兵器以上の存在だ」

 

 陸奥はどう反応していいのか、分からなかった。兵器以上の存在? 

 

「あるものを見た。過去の過ちを正すという目的で支配欲から力を乱用する者達を。そして、君達が弾圧されていくのを」

 

 陸奥は唖然とした。自分達は、弾圧される存在なのか? だから、私を消し去るものかと

 

 覚悟していたが、怜人からは陸奥の予想外の言葉を聞かされるとは思わなかった

 

 それは──

 

「そんな圧倒的な力と絶望の前に自らの自由と信念のために戦い抜いた事を」

 

「え?」

 

 陸奥は固まった。今の言葉は何だ? 

 

 陸奥の疑問に構わず怜人は話続ける

 

「人間に欲がある以上、人間が存在する以上、犯罪も戦争も無くならない。世の中を変えるのは、テクノロジーではなくて心だ。それが分かっていれば、死者蘇生という研究もしなかった」

 

「でも、変わりに私が生まれた。確かに貴方は過ちを犯したけど」

 

 陸奥は混乱した。彼が悪と言いきれないのだ。偶然とは言え、自分を生んだ存在だからである

 

「いや、科学の発展は積み重ねだ。艦娘を生み出す基礎を作り出したのは僕だ。悪用されるのを防ぐ必要もある。そして、自由と信念のためにあそこの世界でも生きてくれ」

 

 ここまで聞いて陸奥は確信した。私を転送する気だ。オカルトマニアである長谷川から聞いた事がある。確か──

 

「待って! 今ならやり直せる! 誰だって初めから完璧な人はいない。兵器だって完璧なものはないわよ!」

 

 陸奥は訴えた。確かに、これは陸奥が正しい。人は生まれてから老いて死ぬまで完璧な人はいない。兵器……特に機械はメンテナンスや点検をしないと上手く作動しない。設計にミスもあるだろう。また、時代が変われば旧式と化する

 

 陸奥を含めた戦艦は、第2次世界大戦においては、航空機が発達したため、活躍できなかった

 

「ありがとう。しかし、僕は君を生んだ。そして、差別や迫害されないように戦う力を与えた。間接的に、人類の敵である深海棲艦を誕生させてしまった。君の存在を許せない者もいるだろう。禁断の領域に足を踏み入れた者は償わなければならない。助走期間も可能性も与えた。後は……勇敢な駆逐艦娘と立派な軍人だ」

 

 怜人はそう言い述べるとカプセルから離れ、近くにあったコントロールパネルに手を掛けた

 

 その間、陸奥は必死になって叫んだ

 

 この人、死ぬ気だ! 私を生かすために! 

 

「ねえ、他の道もあるはずよ! 酷いわよ! 私を何処へ連れていく気!? 酷いわよ!」

 

「これしかなかった。沈んだ陸奥の戦艦に命を吹き込んで、この世界に招き入れた。すまなかった。僕は可能性を生んだ。後はあいつらがやってくれるだろう。僕は軍人ではないからね。彼なら、やってくれるだろう」

 

 怜人はそういい終えると、なにかを押した。陸奥は、その後の事は覚えていなかった。催眠ガスを吸ったため、意識を失った。そして……

 

 

 

 戦艦棲艦はミッドウェー島に上陸した。陸奥と呼ばれる艦娘が逃げた島はここである。空母ヲ級の艦載機によると、ここに上陸してるのは分かっている。しかし、迎撃があると思いきや、艦隊どころか、島からの攻撃もない。普通ならミサイルという兵器を打ち込むはずだが、それすらない

 

 攻撃を受けたが、足の速い黒い飛行機である。それは海上自衛隊の空母『いずも』から発艦したF-35Bであるが、彼女はそんな事を知らない

 

 戦艦棲姫は、数人の深海棲艦を引き連れて、ミッドウェー島に上陸した。地雷や罠を警戒したが、拍子抜ける程、妨害も無かった

 

 緑が生い茂る所を歩いていくと、ある広場に出られた。そこには奇妙な機械が沢山並べられていて、1人の男性が岩に腰かけている。手には、奇妙なパズルを持っていて、子供のように遊んでいる

 

 重巡リ級が砲を構えたが、戦艦棲姫は手で制した。この人は知っている! 会ったことはない。リリが保有していたデータに彼の事があったからだ。彼はこちらを確認すると、怯えるどころか、まるで友達と再開したかのように話始めた

 

「面白い生命体だ。高い水圧がかかる深海と海面を短時間で自由に行き来するとは。人間だったら、潜水病にかかってしまう*1。まあ、潜水艦の艦娘なら出来るだろう。いや、出来るの間違いだな」

 

「陸奥ト呼バレルハ何処ダ?」

 

 戦艦棲姫は彼の言葉を無視して脅すように質問した。時間稼ぎか? しかし、罠にしてはおかしなやり方だ

 

「無視か。まあ、良いだろう。陸奥は送ったさ。記憶を部分的に消すために特殊な薬物を投与したから、この世界の事は知らない。だから、この世界にはいない」

 

 戦艦棲姫は辺りを見渡した。陸奥の存在が確認出来ない。この島は、包囲したはず。海上だけでなく、海中にも潜水ヨ級が潜ませている。陸奥が居ない? 何か重要な事を行うとの通信を傍受したが、何もない。罠なのか? 

 

 戦艦棲姫は鼻を鳴らすと、手に持っていた金属とプラスチックの塊を柳田怜人の前に投げた

 

 それは、動かなくなったAIロボットである『リリ』である。機能は停止しているらしい

 

「壊さなくてもいいのに」

 

「私ノ仲間ヲ返セ。『サボ島』ト呼バレタ海域デ生マレタ子ダ」

 

「ああ、あの娘なら横になっている。大丈夫だ。生きている」

 

 戦艦棲姫は男が簡易ベットに指を指しているのを見た。確かにその子は居た。外見はそのままだ。眠ってはいるが。戦艦棲姫は不審に思った。この男、何を企んでいる? 

 

「貴様ノ仲間ハ何処ダ? 仲間二何ヲシタ?」

 

「さあな。置いていかれたかも知れない。撤退命令が出たらしく、慌てて引きあげたよ。それよりも教えてくれ。君達の今後の人生について」

 

 柳田の質問に戦艦棲姫は、眉をひそめた。自分の意見よりも深海棲艦の生き方を心配してるのだ

 

「ソウダナ。我々ハ水二棲ム生キ物ダ。貴様ガ呼ンデイル『G元素』ハ我々、水中生命体ヲ生ミ出ス素材ダ。人間ハ陸上デ栄エタガ、海中ハ我々ガ制シタ」

 

 戦艦棲姫は語り出す。人間は知恵と力で地上を制し繁栄した。深海棲艦は海底で繁栄するつもりらしい

 

「友好関係は築かないらしいな」

 

「ソノ気ハ無イ。ネットヲ介シテ、人間ヲ研究シタカラダ。ソシテ、人間ハ恐ロシイ存在ダト認識シタ。ドンナ二綺麗事ヲ並ベテモ、コチラニ害悪ヲモタラスダケダ」

 

 戦艦棲姫は説明した。彼は見捨てられたと判断した。なら、人のデメリットを伝えるだけだ

 

 環境汚染、貧困、差別、紛争etc

 

 人間は己のことしか行動しない生き物だと

 

 しかし、相手は静かに聞いていた。それどころか、ため息をつく始末だ

 

 てっきり、否定して人間性を訴えると思っていたが

 

「そうか。その判断も1つの答えだろう」

 

「何故、否定シナイ!」

 

 戦艦棲姫は苛立ちを隠せなかった。何がしたいんだ? 

 

「間違っていないからだよ。確かに人は愚かな事はするさ。僕もその1人だったからね。それよりも、僕の話を聞いてくれ。G元素は確かに恐るべき存在だ。だが、それを熟知しコントロール出来るのは一握りだ。僕もその1人だ」

 

 戦艦棲姫は訝しげに怜人を睨んだが、ハッとして捕虜として捕らえられた、横たわる姫級を見た

 

 微かだが、何か手を加えた痕跡がある

 

「何ヲシタ!?」

 

「君も同じ事をしただろう。海底に沈んだ軍艦に命を吹き込めば、仲間が出来ると。僕も同じだ」

 

「何!? 人間ガ何ヲ──」

 

「君達が地球の支配者になって貰っては困る。理由は沢山あるが、1つ言おう。それは君達では宇宙進出は出来ない。まあ、これは僕のワガママだが」

 

 戦艦棲姫は呆気に取られた。殺されそうになっても、なぜこんな話をしてるのだ? 資料通り、問題ある人なのか? 

 

 だが、怜人は構わず話す

 

「 G元素は手を加え、別の元素に変えれば、生命を生み出す。そして、時空を超えた認識も。高度な文明を築く事だって出来るかも知れない。ああ、どんなテクノロジーが生み出すのかは、聞かないでくれ。どうせ、分からないのだから」

 

「我々モ文明築ク可能性モアルトイウノカ?」

 

「それは君ら次第だ。文明を築いた所でやることは人間と変わらんだろうな。だが、僕は先の事まで見通した。色々と話し合いたい所だが、時間切れだ」

 

 戦艦棲姫は慌てた。まさか、この人は囮か? しかし、まさか大義のために死ぬなんてあり得るのか!? この人は、軍人でも政治家でもない! なのに、何だ!? 

 

 

 

 その時だ。上空で雲の中から3つの飛行物体がこちらに向かっているのを

 

 そして、平たい三角型の飛行物体が、何かを落としたのを

 

「核カ!? ダガ、我等ニハ──」

 

「心配するな。人はそこまで愚かじゃない」

 

 深海棲艦が慌てて海に逃げる中、怜人は落下している爆弾を眺めていた。不敵の笑みを浮かべながら

 

「向こうで幸せになってくれ、陸奥」

 

 怜人が心の中で呟いた直後、彼はその後を覚えていない。強力な重力場と黒い物体が出現したからだ。地球上で小型ブラックホールが発生。しかし、天体のブラックホールとは違い、30秒すると何もなかったかのように異常現象は消え去った

 

 この世界の地球では、ミッドウェー諸島は地図から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 1ヶ月後

 

「まさか、こんな結末になるとは」

 

 吉村海将は、呟いた。まだ、お彼岸の墓参りの季節でもないのに、ある墓地の墓石の前では人が集まっていた。柳田怜人の娘である優子と後輩である長谷川。そして、何かの縁で一緒になった海上自衛隊の吉村海将と陸上自衛隊の特殊作戦群の草野1尉であった

 

 つい先日、葬式が終わったばかりである。葬儀の参列は、驚くほど少なかった。柳田怜人の親族は居なく、母親すら居なかった。あの騒動で取引相手が夜逃げしたため、金が回らなくなったのだ。優子は怜人の母親との縁を切った事もある。遺体もない異例の葬儀だったが、作戦に参加していた自衛隊員のお陰で無事に終わった

 

 

 

 だが、その日は雨も降っているため、彼らの心情は暗かった。それもそのはずである。彼等の活躍は、世間に知られていない

 

 ブラックホール兵器のお陰で深海棲艦は、地球上から消えた。しかし、その中には怜人も陸奥も含まれていた。現場海域が安全と確認されたと同時にヘリを飛ばしたが、何も見つからなかった

 

 深海棲艦は、この世から消えた。このニュースは世界に広まり、国際世論はブラックホール兵器の危険性よりも、作戦に参加した部隊に拍手喝采だった。核すら効かない相手を倒したのだから当然だ。深海棲艦の生き残りもいたが、今のところ駆逐は上手くいっている。ボスがいないため、絶滅するのも時間の問題だろう

 

 だが、G元素に携わっていた柳田怜人や艦娘の陸奥については関係者以外しか知られていない

 

「あのジャーナリストの下園は?」

 

「辞めてフリーになったらしいです。何でも真実を報道する記者になりたいと」

 

「そうか」

 

 ジャーナリストの下園は居ない。空母『いずも』から降りた時に別れたが、それ以降は知らない。政府が公表しないのもあるが、報道機関もそんな突拍子もない出来事を信じられなかったのだろう。怜人がやっていた研究は、フィクションに近かったからである。しかも、当の本人はもう居ない

 

 優子は両親の墓石の前で手を合わせて終えると吉村海将に質問した

 

「聞いていい? 自衛隊に入隊するにはどうすればいいの?」

 

「そうか。なら、地本に行こうか。陸海空のどれがいい?」

 

「海上で」

 

 吉村海将は面食らったが、すぐに立ち直り苦笑した。自衛隊を批判するかと思いきや、父親を亡くしても、冷静らしい

 

 

 

 一同が帰路につくため歩いて行く中、長谷川はスマホであるのを見ていた。怜人と別れる前に渡されたデータを

 

 USBメモリーのファイルに暗号されたデータがあった。政府関係者も防衛省も気づいていないだろう。

 

 その中には、膨大なデータだった。彼は三日かけて、怜人が残したデータを解析した。そして、彼は心の中でため息をついた

 

(先輩……酷いじゃないですか)

 

 

 

(死を偽装するなんて)

 

 長谷川は怜人が残したデータの中にある記述を見つけた

 

『過去に多元宇宙論を唱えた物理学者は正しかった*2。三浦社長達に渡した賢者の石のデータは偽造だ。本物はUSBメモリーここにある』

 

 勿論、普通の人から見れば呆れるような内容だろう。しかし、多元宇宙論は決してフィクションの産物ではない。その証拠は、数式と論文、そして観測された重力場で分かる

 

 彼等は知らない。実はG元素の技術悪用で混沌の世界になる未来を防ぐために怜人は米軍のブラックホール兵器の作戦に賛成したのも。深海棲艦が高次元の世界に飛ばされて、何らかの拍子で別の並行世界に飛ばされた事も。死者蘇生の技術を艦娘の性質を活かして陸奥の魂を飛ばした事も。未知の元素をある人物が発見して艦娘を生み出すことも

 

 

 

 そして、圧倒的な悪と暴力を前に勇敢に戦った駆逐艦娘と集団についても、この世界では知りようがない

 

 怜人は、改造したリンフォンで変化した未来を見たのだ。そして、より良い未来を築いた世界に送ったのだ。但し、やり方1つ間違えると、アカシックレコードで見せたビジョンのようには実現できない。だから、怜人はビジョンの通りに行動したのだ。自らの手で生んでしまった艦娘と深海棲艦を並行世界に送ることも。艦娘の存在を認知するために助走期間も必要な事も

 

 

 

 

とある世界

 

横須賀鎮守府

 

「ここは平和やな~」

 

「ある事を除いてね」

 

 ここは、横須賀鎮守府の提督室。龍驤と陸奥は、ある問題に頭を悩ませていた。本来は提督がいるのだが、提督は滞在している艦娘の半数を連れていってある大規模作戦に参加していった

 

 艦娘支援艦である『おおすみ』から定期的に連絡は来てる。通信内容は特に問題はない

 

 ただ、第一遊撃部隊である第三部隊は、海峡夜棲姫と接触をし、交戦しているとの事だ

 

 陸奥は、提督代理として働いている。秘書艦として働いた事があるため、デスクワークや指揮は彼女にとっては、朝飯前だった

 

 では、彼女達は何に頭を悩ませているのか

 

 それは、明石と提督の父親である博士の実験だった。そして、また事件が起こる。花火のような爆発音が、再び鎮守府に響き渡った

 

 

 

「ねぇ! 工廠って常に爆発音が響き渡ったり、黒い煙を発したりする場所なの!?」

 

「陸奥さん、落ち着いて下さい! 後一歩で完成何ですから!」

 

 陸奥が怒りを露にして工廠に足を踏み入れようとするのを工作艦の明石が落ち着かせようとする。足止めするために出向いたらしいが、陸奥は構わずに中に入る。明石は陸奥に抱きついたまま、引きずられるようになったが

 

 居残り組の艦娘達が、遠くから覗いている中、陸奥は工廠内に散らばっている艦娘の艤装や新兵器に気を止めずに、何かに没頭している博士に怒鳴った

 

「博士! 研究熱心なのはいいですが、怪しげな研究をするのを止めてくれない!? この前は、黒煙を出したお陰で、消防車が出動する騒ぎを起こしているのよ!」

 

 陸奥が怒る理由は、正にこれである。先日、実験の黒煙を火事と勘違いした住民が消防に連絡したのだ

 

 お陰で事後処置は、大変だったのを覚えている

 

「すまんすまん。だが、開発資材に組み込まれた未知の元素の解明せねばならん」

 

「どう役に立つのよ!?」

 

 艦娘や新兵器を生み出したりする未知の元素は、誰も解明していない。博士が発見したため今いる艦娘が生きてこられたが、限度というものがある。陸奥は研究している実験道具を片付けようとしたが、あるものを見た陸奥は手を止めた

 

「それは何なん? 宝石か? めっちゃ、綺麗やん」

 

「いやいや、そうではないわい。未知の元素を試行錯誤した結果、完成した代物じゃ。未知の元素の正体を突き止めるのが、わしらの仕事じゃ。明石も手伝ってくれるから助かるわい」

 

 龍驤が興味を示したので、博士は説明した。未知の元素の正体は誰にも分からない。何しろ、従来の元素とは見せた違うのだ

 

「それで、これは──おい、陸奥。何をやっとる?」

 

 博士は振り向くと、陸奥の行動に呆気に取られた。魅了したのか、赤い石を触ろうとしている。博士は特に咎めなかった。危険性はないのは分かっている。まだ、未知の元素が結晶化しているだけだ

 

「これ。どこかで見たような?」

 

 陸奥は呟き、赤い石を触った直後、赤い石は輝いた。余りの眩しさに博士も明石も目を覆った。だが、陸奥だけは光が強いのを瞬き無しに凝視していた

 

 輝いたのは数秒だったが、陸奥は何か見えない力に飛ばされ、工廠の隅にあった山のように貯蓄している鋼材に突っ込んだ

 

 予想外の現象に回りは呆気に取られたが、我に返ると鋼材に埋もれている陸奥わ助けに集まった

 

「陸奥、大丈夫かいな?」

 

「博士、これは?」

 

「分からん! こんな現象は初めてじゃ!」

 

 明石は困惑したが、博士も同様の反応だった。今までこんな反応は一度もなかった

 

 やっと、鋼材に埋もれていた陸奥を引っ張りだしたが、陸奥の様子がおかしい。視点の焦点が合っていない

 

「陸奥さん! 大丈夫ですか!?」

 

 明石は陸奥がの様子がおかしいのに気づき、声をかけたが、反応無し。自力で立つことは出来るが、まるで夢遊病のようだ。取り敢えず、陸奥を椅子に座らせる

 

 遠くで様子を見ていた他の艦娘も工廠の中に入り、陸奥に駆け寄った

 

「博士、何をしたんや!」

 

「ワシは何も……しかし……今のは……」

 

「そんな事はいいから、後で謝りな」

 

 龍驤が呆れたように言った直後だった。椅子に座っていた陸奥が勢いよく立ち上がった。そして、博士に近寄るとうわ言のように話し始めた

 

「博士、私……私! 思い出した!」

 

「な、何を?」

 

「私、一度建造された事がある! 別の世界で!」

 

 陸奥は口を開いた。彼女の証言で周りが驚いたのは言うまでもない

 

 勿論、中には半信半疑かも知れない。しかし、博士や明石は別だろう。柳田怜人ほどではないが、知識はあるはずだ

 

 これは、私たちが生まれた経緯である。奇跡でも未知の現象でもなかった

 

*1
ダイバー達は潜水病には十分気をつけている。急激な減圧により血液中に溶け込んだ窒素が気泡化し生じ身体に悪影響を与えるからである

*2
物理学者であるホーキング博士はブラックホールが別の宇宙に繋がっているかも知れないと考えています




時間がかかりましたが、ようやく話に終わりが見えました
次話でラストですね


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第29話 艦だった頃の世界と予感

 去年の『時雨の特殊任務』の話で「XF5Uフライングパンケーキは戦艦少女でも実装されたんだから、艦これも実装されるんじゃね?」と思っていたが、本当に実装されるとは
 ランカーは取っていませんが、ランカー報酬を取得したプレイヤーさんから聞くと対空値が12でアメリカ艦と加賀に搭載すると装備ボーナスが出るとの事
加賀、何があった?


提督「まさかXF5Uフライングパンケーキが本当に実装されるとは思わなかったな。サラトガだけでなく、ガンビア・ベイやイントレピッドも喜んでいたし。これでこちらもバンバン使っていこう」
時雨「でも、大丈夫?あの機体って一航戦をコテンパンにやっつけられた時期があったし、本人も使いたがらない可能性も」
加賀「心配いりません。あの時の敵は浦田結衣であって、艦載機ではありません」
提督「そ、そうか」
時雨「でも、何で加賀さんがXF5Uを運用すると性能が良くなるの?」ヒソヒソ
提督「そりゃ、当時の記憶を引き出しているんだよ。搭乗している妖精さんも加賀さんの覇気の影響を受けて強くなったんだよ。お蔭で機体のメンテナンスが大変と明石が嘆いていた」ヒソヒソ
時雨「だけど、赤城さんは性能アップしないけどどうして?それどころか、普通に使っているのに」
提督「あー……あれはだな。ある日、フレッチャーが振る舞ってくれたパンケーキを赤城が食べてとても感激したらしくてな。嫌悪感示さないどころか、XF5Uをパンケーキ風に塗装してくれないかと明石に頼む始末で。勿論、断っているのだが」ヒソヒソ
時雨「食欲であっさりと馴染むものなの!あの機体にパンケーキの塗装ってあれだよね!絶対、某ゲームネタ(※)だよね!?」
加賀「赤城さんの悪口を言わないで」ゴゴゴ
時雨・提督「「はい」」

※『荒野のコトブキ飛行隊 大空のテイクオフガールズ!』のゲームネタ。XF5Uが登場するが、何とパンケーキ塗装する事が可能。これが本当の『空飛ぶパンケーキ』


 数日後

 

 横須賀鎮守府では秘密裏の緊急会議が開いた。レイテ沖海戦に勝利し帰還した提督は、不機嫌だった。大破した艦娘はいたものの、撃沈した者は居なく羽を伸ばしたいと考えた矢先の事だから無理もなかった

 

しかし、内容が内容なだけに流石の提督も驚きを隠せなかった

 

 取り敢えず、現場にいた明石と龍驤、記録係である大淀もいた。陸奥と提督の父親である博士も当然参加していた

 

 陸奥の説明はとても突拍子もないものばかりでとても信じられない事だらけである。科学の方はさっぱりだが、納得した所はある

 

「……つまり、こう言いたいのか? 艦娘達が言っていた『艦だった頃の世界』は田村1尉がいた世界ではなく、実は全く別の世界と言いたいのか?」

 

「その可能性はある。陸奥が建造された時の年代が西暦2032年らしいが、その世界の過去で浦田社長が隠れ蓑としていた宗教団体も居なかったと証言しておる」

 

 陸奥はネットでその世界の歴史を学んだが、浦田社長が暗躍していた事は無かった。似たような会社や人物はいたが、関連性はないし、当の本人は死亡している

 

「だが、ワシが問題しているのはそこではない。陸奥が建造された世界は、艦娘と深海棲艦の全ての始まりと認識しておる。陸奥は陸奥鉄と言ったか……それを元に誕生した。そして、偶然とはいえ、深海棲艦も生まれた。世界は……というよりアメリカは人類の敵を消し去るためにブラックホール兵器で深海棲艦を消滅させたが──」

 

「実は違ったの。あのブラックホール兵器は深海棲艦を別の世界に移転しただけ。これだけはハッキリと言える」

 

 陸奥が補足説明した。陸奥は科学のことはちんぷんかんぷんだが、博士の解説で何があったのかわかった。柳田怜人がこれを予知していた。もしくは、知っていたのか? 柳田もブラックホールの中にはワームホールのようなものがある、と言っていた

 

 柳田怜人は別の世界の存在も知っていたかも知れない。ブラックホール兵器は、実は別の世界に送り出す空間というのを

 

「……ってことは、時雨がタイムトラベル出来たのも、浦田社長が並行世界に行けたのも」

 

「不思議では無かった。開発資材は、深海棲艦を研究して得られた未知の素材ですから。多分、柳田という人が詳しいと思いますが」

 

 提督は明石の説明を聞いてため息をついた。これは、信じざるを得ない。証拠は無いが、前例があるし、父親は僅かながら証拠もある。数式や化学式だが。どうやら、『あの世界』ブラックホール兵器はこちらの世界で厄介な事を引き起こした

 

 時間差はあるのの、何らかの拍子で深海棲艦が現れたのだ。父親曰く、隕石が落下してワームホールが開いたのも柳田怜人達が発見した未知の元素が引き起こした現象と見ている

 

深海棲艦が現れたのも神の悪戯でも何でもない

 

「ええっと……つまり、深海棲艦も艦娘も宇宙人と言いたいのかな? ……冗談だ。だけど、深海棲艦が生み出した世界か……」

 

「何が言いたいのですか?」

 

 大淀が尋ねた。眼鏡を光らせて来るからエリートにも見える。実際に彼女の仕事は見事だが

 

「いや、以前行われた深海棲艦との対話したのを覚えているか? 深海棲艦のボスである戦艦棲姫は、こちらの話を聞かず『人間は愚かだ』と言って交渉にも応じなかった。それどころか全ての国の対話も拒否した。あれは、ただの差別主義でも無くて──」

 

「多分、『リリ』が誕生させた姫級よ。以前、戦った事があるから分かる。人の残虐性を知っているから、関わらないようにしているだけよ」

 

 陸奥は思い出しながら提督の言葉を引き継いだ。実際に、戦艦棲姫は人類に対して交渉は応じようとしない

 

「整理するとこういう事ですね」

 

 大淀はチョークを持ち黒板に書き出した

 

 

 

 艦だった頃の世界……2030年代、ある科学者(柳田怜人)が未知の元素から艦娘のプロトタイプ(陸奥)が誕生された。一方、人類の愚かさに涙を飲んだAIロボットが人類の敵である深海棲艦を生んだ

 

    ↓

 

 ブラックホール兵器で深海棲艦を消し飛ばした。柳田怜人は陸奥の魂を異次元に飛ばした

 

    ↓

 

 しかし、深海棲艦はブラックホールに吸い込まれても死んではおらず、高次元の世界に閉じ込められただけである

 

    ↓

 

 この世界……何らかの拍子で時空の穴が出来、深海棲艦の一部(重巡棲姫と駆逐古姫)が大昔のこの世界に到着。提督の先祖と接触

 

    ↓

 

 先祖は深海棲艦の力を我が物にしようと研究(超人計画)するが、実用化せず

 

    ↓

 

 時は流れ、提督の父親である博士は研究を引き継いだが、恐ろしい事実に気付き破棄。変わりに兵器に命を吹き込む『艦娘計画』を研究する

 

    ↓

 

 隕石衝突でワームホール出現。閉じ込められた深海棲艦がこちらの世界に来る

 

    ↓

 

 浦田結衣が超人計画を手に入れ我が物にする

 

 

 

 大淀はそれ以降は書かなかった。そこから先は皆が知る歴史である

 

「という事は、柳田は問題をこの世界に丸投げしたのか? 陸奥の記憶まで消して?」

 

「そうね……今となっては聞けないわ。記憶を消す薬があるなんて」

 

 陸奥は不機嫌そうに言ったが、実は向こうの世界では部分的に記憶を消す薬はある*1。怜人はG元素を元に作り、ガスを陸奥に吸わせたのだ。後は解体した。いや、正確には陸奥の肉体をG元素の分子結合を崩壊させた。魂だけ送り出して

 

 誰もが悩んでいたが、博士は閃いたとばかりに手を軽く叩いた

 

「……もしかすると……奴は未来予測出来たのではないか?」

 

「え? ……ど、どういうこと!?」

 

 陸奥は唖然としたが、博士は構わず言った

 

「陸奥の話を聞くと……奴はリンフォンとかいうオカルトグッズを手にしてから気が変わったかのように研究していた。そうじゃな?」

 

陸奥は頷いたが、彼女も困惑していた。提督もその場にいた艦娘も同じだ

 

何が言いたいのか? 

 

「柳田怜人は、どういう人物かはワシも知らん。聞いただけなら、相当な偏屈な学者なのは間違いない。超常現象を我が物とするくらいだからのお」

 

「超常現象を信じる学者の方がおかしくありません? ……まあ、艦娘である私が言うのも何ですが」

 

大淀は指摘したが、博士は首を振った

 

「それは違う。浦田重工業から押収した資料の中に興味深い記述があったな。『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と。人工生命や死者蘇生、そして不老不死の研究なんて、周りの人から見ればイカれているかも知れんが、柳田にとっては科学現象の1つに過ぎないと結論付けたのじゃろう。例え上手くいってなくても、それは『失敗』として片付け新たに挑戦する。別に国家プロジェクトでも無いから、柳田は気にはしていなかっただろうが」

 

「……そうね。怜人だけでなく、後輩の長谷川さんやゆう子ちゃんも私が誕生しても嫌悪感1つも無かったわね」

 

 陸奥はあの時の事を思い出していた。確かに身体能力のテストをさせられたが、あれはどちらかというと体力測定のようなものだった

 

構造や成り行きが解れば、人は嫌悪感は無いのだろうか? 

 

まあ、彼等は心が狭い人間では無かった事もあるが

 

「そして、偶然にもリンフォンを手にした。柳田だけではなく、君も見たのではないかの?」

 

「そんな事は無いわ。悪夢は見たかも知れ……待って……もしかして……」

 

 陸奥は固まった。開発資材から作られた赤い石を触ってから、記憶は蘇ったが、更に陸奥はあることを思い出した

 

悪夢の内容が、火力発電所の攻防戦だった事を。そして、負けて奴を見たことも

 

異質な戦艦ル級改flagship……いや、浦田結衣だった事も

 

固まった陸奥を見て博士は、頷いた

 

「どうやら、知っているらしいのお」

 

「だけど、親父。何でワザワザ記憶を消して……いや、それだけじゃない。本当に何らかの方法で未来予測出来たのなら、どうして改善しようと行動しなかったのか分からない。何で回りくどい事をしたのか」

 

 提督は固まっている陸奥を他所に、質問したが、博士は答えた

 

「彼なりの行動じゃよ。柳田はあることを境に信用出来る者以外は他人を信じなくなった。しかし、偶然とは言え、陸奥が誕生した。心を開き前に向かって歩もうとした時、深海棲艦が誕生してしまった。柳田は間接的とはいえ、関係者が責任を取られるのも陸奥の存在も知られるのも時間の問題。しかし、彼は権力者ではないのでやることは知れておる。リンフォンを使って小型ワームホールを開き、未来を計算したのじゃろ。そして、最善の方法を選択したのじゃ」

 

「つまり、幾つもの未来を見た行動の結果が今の状態なのか?」

 

 提督は唸った。もし、提督の父親のいう通りならこの世界の事も知っているはず

 

「陸奥の記憶を消したのも、未来を教えたらその通りになるとは限らないと判断したのじゃろ」

 

「でも……どうして怜人は、自分の命を捨ててまで……私をこの世界に飛ばして……」

 

 陸奥は分からなくなった。彼はどういう想いでこの世界に飛ばしたのか? 深海棲艦がこの世界に現れれば、艦娘も現れるのは必須

 

ワザワザ、陸奥を巻き込む必要性なんてないのではないか

 

だが、意外にも提督が答えたのだ

 

「これは、俺なら分かるかも。多分、陸奥を守るためだろう」

 

「え?」

 

「艦娘の指揮官だから言える事だが、艦娘でも色んな艦娘もいる。身体能力だけでなく、考え方や行動など。指揮する者は常に周りを把握しないといけない。当然、最悪のケースも想定しないといけない。万が一、という事も視野に入れないとな。まして、艦娘や深海棲艦が生まれた条件も現象も柳田は知っている。深海棲艦の騒ぎが収まれば、今度は深海棲艦や艦娘を利用した兵器やそれに準ずる技術が出現するだろう。初めは、偉大な志を持っていても時が経てば、歪んでしまう事もある。また、企業や国のトップは興味を持ち技術を欲するのは決まっている。だから、ブラックホール兵器を利用して、陸奥や深海棲艦だけでなく、当の本人諸とも葬ったんだよ。泥沼化になるような世界にならないように」

 

 陸奥は唖然とした。確かに国や軍事組織は、最悪のケースまで想定しないといけない。仮想敵国を決め、それに対する軍事作戦やドクトリンを立案し、兵器や部隊を形成する

 

 国家の戦略には、それが必要だ。そのためには、手を汚す行為もあるかもしれない。企業も金儲けのチャンスと見て関わる事もある

 

「陸奥を毛嫌いする者の対処も厄介だが、技術利用して国のため、組織のために、会社のためと称して活動される方が厄介だな。どんなに科学が発達しても人間の心情は変わらない。変えられるのは、価値観と法律だけだ。柳田は、このやり方とこの世界なら陸奥は無事に生きられると判断したのだろう」

 

「そんな……」

 

陸奥は何とか反論しようとしたが、言葉が見つからない

 

「軍艦だった陸奥も知っているとは思うが、戦争や争いが起こる理由はなんだと思う? 悪の国家や組織がいたから? いや、違う。どちら側も自分の行いが正しいと思っている。互いの『正義』のぶつかり合いだ。それは深海棲艦も同じだ。深海棲艦にとっては、『人と関わらない』と『人類を海洋進出させない』事が『正義』と思っているのだからな」

 

 陸奥は何も言えない。AIロボットのリリが辿った末路は、聞いた。孤児院が紛争に巻き込まれた事を。リリは『人類は争いが大好きな生き物。だから、争いを無くすために共通の敵を作ろう』という結論を導き出した。だが、深海棲艦である戦艦棲姫から見れば、納得がいかない。それどころか、ネットに介して人類の事を学んだ戦艦棲姫は距離を置く事にした

 

「我々ハ人類ト交渉ナンテシナイ。関ワルト碌ナ事ニナラナイカラダ」

 

 確か提督が以前、深海棲艦と会談した時、戦艦棲姫はこう言いだしたのだ。会議は平行線に終わった

 

世界は複雑だったのに対してAIは単純すぎたのだ。そして私達である艦娘は……

 

「浦田重工業は……悪だよね? 世界を支配しようとして私達を弾圧したんだから」

 

「まあ、悪と言ったら悪だな。だが、俺は浦田重工業の行為は『行き過ぎた正義』と見ている」

 

 提督の予想外の言葉に陸奥は食い掛かろうとしたが、提督は手で制した

 

「分かっている。俺はそこまで腐ってはいない。確かに第二次世界大戦を食い止めたかったのは事実だ。奴はそれが正義だと思った。だが、奴は思い通りに上手く行かなかったから過剰に攻撃した。行き過ぎた正義は、時に人を狂気に変える。相手に対して容赦なく攻撃する事もある」

 

 陸奥は何も言えなかった。確かに歪んだ正義は、人を暴走している。それはあの世界でも同じだからだ

 

もし、あの時……怜人の妻を殺していた犯人を殺してしまったら……

 

あの時の陸奥は、軍の関係者ではない。殺人罪として捕まるだろう

 

「柳田教授だったっけ? その人は、未来のために人生を歩んでいたのだろう。だから、未来予測で事実を知った彼は、陸奥をこの世界に送り出すと同時に艦娘の研究や論文を捨てたはずだ。そして、彼自身も消えた。後世に渡らないよう」

 

「そう言えば、怜人は私をバージョンアップして武装強化しようとしていた」

 

 陸奥は思い出しながら答えた。確か、優子ちゃんが怜人のパソコンで見たからだ

 

『これで艦娘の命が簡単に消える事は無い』

 

『我らに平和を』

 

 これが答えだ。最悪の場合に備えて、自衛する能力を与えたのだ。もしかすると、過激な人間が艦娘を攻撃するかも知れない。ならば、反撃する力も与えようと

 

「その柳田教授という人は、私達艦娘と人間が戦わせようと仕向けたんですか?」

 

「まあ、自衛のためだろう。何処まで本気なのかは知らないが。しかし、人間は慈悲深い天使ではないのは確かだ。妻を殺した犯人と世論の冷たさを見れば、陸奥や艦娘も同じ目に合うと判断したのだろう。そして、変化した未来の中でこの方法を選んだんだ。親父が開発資材から作った宝石もかつては柳田教授が造ったものと酷似しているんだろう。反応して記憶が蘇ったんだ。──親父、造った赤い石は使える?」

 

 確かにあの宝石は、柳田怜人が所持していたものだ。提督は、博士に質問したが、博士は首を振った

 

「無理じゃろう。今は、黒い石に変化して何も反応せん。賢者の石が造れるなら興味はあるが、造れそうにもないわい。ワシは柳田教授ではないからのう」

 

 流石の造れなかった。この世界の技術では不可能なのか? それとも、彼しか造れないのか? 真相を知る者は本人だろう

 

「まあ、この世界は『行き過ぎた正義』や深海棲艦よりも超人的な能力を手にした浦田結衣が恐ろしいがな。奴は目的を果たすためには手段なんて選ばない。そして、相手に対して徹底的に痛めつける。奴は葬ったから、当面は大丈夫だろう」

 

「じゃあ、今の所は安泰なんやな。これ以上悩んでも仕方ないし、どっしりと腰を据えた方がええ。陸奥もこの世界で骨をうずめる覚悟で生きた方がええと思う」

 

 龍譲は朗らかに言ったが、陸奥は気が晴れない。笑顔で返したが、やはり何か引っかかっている。何か言葉で表せない何かに

 

 会議はこれで終わった。今後、どうするかは未だに決まってはいないが、自分達が存在する理由が近づけそうである

 

「陸奥、食堂へ行こう! 間宮さんがアイスを……どうしたんだ?」

 

 陸奥は無意識に廊下を歩いていたため、長門が後ろから声をかけられた事で飛び上がった

 

「な、何でもないわ」

 

「そうか? それよりも会いに行こう、西村部隊に」

 

 長門は不思議そうにじろじろと見ていたが、気のせいだと思ったらしく、食堂へ行こうと誘った。長門が誘う理由は分かる。先日の作戦であるレイテ沖海戦で勝利したからである。今日は、その宴会だ。新たな艦娘も加わった事で長門は嬉しいのだろう

 

「もう、長門ったら」

 

 既に食堂へ早歩きで行く長門に追いつこうとする。あの世界……『艦だった頃の世界』で陸奥や深海棲艦が消えた後の事は知らない。柳田怜人が予想通りなら人類は宇宙進出の準備に入るはずである

 

 この世界では、どのように歩むかは知らない。だが、龍譲が言っていたようにあちらの世界がどうなろうか確認しようがない。折角、柳田怜人が選択した未来予測だ。堪能するしかない。もしかすると、時雨がタイムスリップした事も予測していたかも知れない

 

 食堂では大勢の艦娘が賑わっていた。あの時雨も扶桑山城もいた。新たな艦娘である涼月もいた。防空埋護姫と交戦し、撃沈した直後に現れた艦娘である。長門が乱入した事でまた、騒ぎは大きくなった

 

 陸奥はどうしていいか迷っていると、遅れて食堂に入って来た提督が近づいてきた。陸奥を心配していたらしい

 

「柳田教授が心配か? 親父の話だと、次元の狭間で生きている可能性もあるらしい。浦田社長と違って異世界か高次元の世界で迷子になっているんだと。本当かどうかは知らないが」

 

「……そうね。もし、ひょっこりと現れたら抱きしめた後に平手打ちを食らわせてやるんだから。未来のためとは言え、騙して閉じ込めるなんて」

 

「手加減しろよ」

 

 涼月が秋月達に囲まれているのを微笑みながら答えた。ここで悩んでも仕方ない。陸奥は悩みを忘れて、時雨に近寄った

 

 

 

 某所、ある一軒家

 

 人間に欲がある以上、人間が存在する以上、犯罪も戦争も無くならない

 

 世界は複雑で時には残酷な光景を目の当たりにする。もし超人的な能力を持つ艦娘の力に嫉妬、もしくは排除しようと企み力を欲していた者がいたのなら……

 

 その者が良からぬ事を考えていたら? 

 

 陸奥はある事を完全に忘れていた。いや、あれは機能停止したと思っていた

 

 

 

 人里離れた一軒家にある男が住み着いていた。近所の付き合いは、あまりせず漁で金を稼いで暮らしていた。但し、漁と言っても密漁である

 

 夜も更け、寝ようとした時、誰かがドアを叩く音がした。男は直ぐに飛び上がり、隠し持っていた拳銃をポケットに入れるとドアへ足へ運んだ

 

(密漁がばれたのか? いや、脱獄犯だと警察が気付いたのか?)

 

 相手が漁業組合なら兎も角。警察なら逃げないといけない。しかし、警察の動きは常に観察していたし、脱獄した事は新聞にも載っていない事から、警察の線は薄い

 

 となると、相手は漁師か。だが、ドアを開け目の前の姿を見た男は愕然とした。相手は女性だった。いや、違う。人間の女性ならこんなに整った身体つきはしていない

 

 何しろ、着ているスーツの服装は全て黒色。顔は日本人らしいが、日本人の顔の特徴を全て集めて再構成したかのようで、かえって特徴がない

 

 男は素早く拳銃を取り出して、女性に似た何かに向けたが、それよりも早く相手から言葉をかけられた

 

「田中 湊ですね。私は『リリ』です。貴方に会いに来ました」

 

 予想外の言葉に男は呆然としたが、敵意はないと判断し銃を降ろした。しかし、警戒はしていない。警察ではないなら、何なんだ? 

 

「お前は……誰だ? 何しに来た? なぜ、俺を知っている?」

 

 質問を沢山ぶつけたが、帰って来た返事は……

 

「この世界で言うと、私は機械人間です。私の目的は、平和のために人類共通の敵を作る事。この世界も同じ目に合う。3年前にこの世界にたどり着き、543日かけてボディを修復。134時間前にこの世界情勢を把握した後、ボディの組織を組み替えると警察の潜入し膨大な資料と死を偽造し逃げ続けている脱獄犯を追跡しました」

 

「マジか? それで、俺に会いに来て何がしたいんだ?」

 

 リリと名乗る女性がスラスラと答える内容に愕然とした。チンプンカンプンだったが、一体どうやったらこんな事が言える? 

 

「浦田結衣を蘇生させたい。彼女の能力は、間違いなくG元素を使った強化人間」

 

 リリは新聞を取り出し、男に見せた。それは、浦田重工業が反乱を起こした記事だ。一面の写真には浦田結衣である戦艦H44改と艦娘である武蔵がやり合っているものである

 

 田中はこれを聞いてピンと来た。詐欺かも知れないが、目の前にいる者は、自分の理解を超えた存在だ。既に彼は神や仏を信じていない

 

 だが、もしかすると……

 

「死者を蘇らせる事が出来るというなら、喜んで手伝ってやる」

 

 田中はニヤリとした。部屋の隅に左腕と身体の一部である石の破片がホルマリン漬けにされた瓶を思い出しながら

 

 

 

 鎮守府・戦艦寮

 

 真夜中なのに、陸奥は起きていた。ベットには長門が眠っている。最近、妙な夢を見るのだ。あの赤い石を触ってから、変な夢を見るのだ

 

 気がつくと、自分は工廠の前に立っていた。釘のような形をした開発資材と資源がある。だが、開発資材が変形し、怜人が持っていた赤い石、賢者の石に変形した

 

 そして、まばゆい閃光と鼓膜が敗れそうな音が響き渡る。咄嗟に腕で目を覆ったが、陸奥は見た。隙間から何かが来るのを

 

 深海棲艦でもなく、艦娘でもない何かが……

 

 それは、高笑いしながら巨大な砲塔を向けて来た。身の危険を感じた陸奥は、直ちに艤装の砲塔を向けるが、相手は既に発砲していた……

 

 

 

 夢はそこで終わる。毎晩ではないが時々、こんな悪夢を見る

 

 窓を開け、夜空に輝く星を眺めながら呟いた

 

「怜人、ありがとう。経緯はどうあれ、感謝している。優子ちゃんと長谷川は向こうでも上手くやっていけていると思う。でも、私は帰れないかも知れない。優子ちゃんが住む世界にあんな悪夢を見せてはいけない」

 

これは誰も言っていない。自分が経験した事は姉である長門にも言っていない

 

 艦娘が撃沈すると大抵は死亡する。建造する事も可能だが、沈んだ艦娘と同じだからと言ってこれまで培ってきた経験や能力、そして記憶なんてない。別人である。勿論、これは『失われた未来』の話だ。敵が強過ぎただけで非難するに値しない。今の提督が『命は消耗品』などと抜かして無駄な戦争をしている訳では無い。そんな事をすれば、反発を買うだろう

 

 しかし、常に引っかかる。現在の深海棲艦は陸に対してほとんど攻撃していない。そのため、艦娘に対して疑問視する者が少なからずいる

 

 提督から聞いた事がある。何か変化を起こしたり突き動かすような事をすれば目に見えて功績が残り人々から記憶が残るが、問題が起きないように保守したり、何かを守ったりする者は結局は目立たずに不要扱いにされる事もあると

 

 そして、危険である事も信じない者が行動を起こすと、必ず災厄をもたらす

 

 

 

「私も負けない。絶対に」

 

 陸奥は自分にそう言い聞かせた。この世界が愚かな方向に突き進まない事を祈って

 

 

*1
PTSDなど治療目的とした記憶を消す薬は現実に存在する




次回作

時雨は帰って来る

陸奥は帰って来る

提督は帰って来る

浦田結衣は???

???は帰って来る?


 これで『ジェネシス ~陸奥の冒険~』は終わりです。これは『時雨の特殊任務』の前日譚、そして次回作の予兆の話でしたね
ただ、現状では創作活動出来るかどうかは未知数です
コロナ関係……というより個人事情がありまして、中々時間がとれないことがありました
(そう考えると小説家や脚本家などを本業にする人って改めて凄いと感じています)
と言う訳で、人の愚かな行為で災厄が起こらない事を祈るしかないですね()

それでは、またどこかでお会いしましょう


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