これまでの旅路を記録に残しますか? (サンドピット)
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手記名「旅路の始まり」
第一話 デンドロに入ろう。


衝動に駆られ投稿。


 とある掲示板を混沌の坩堝に叩き込んだ、名も知れぬ記者の三つの質問。

 <Infinite Dendrogram>にて数多存在する<超級エンブリオ>を持つ者の中で最も強いものは誰か?

 

 この発言に、投下された掲示板は一瞬にして沸き立った。

 ある者は純粋ステの暴力である【獣王】ベヘモットこそが最強と言い、またある者は動ける極振りである【破壊王】シュウ・スターリングこそが最強と言った。

 海上戦闘では【大提督】醤油抗菌が最強と言う者や、そこに大地があるのなら【地神】のファトゥムに敵う者は誰もいないという者、視認できれば確実に臓物を抜き取る事が出来る【尸解仙】迅羽こそが超級の頂点に立つと言う者、その論争は多差に渡り――

 

 掲示板が熱を上げるほど沸き立ったその時に、第二の質問が投下された。

 

 今挙げた己にとっての最強に自分は勝てるかどうか?

 

 ある者は自身のエンブリオとの相性差を鑑み、またある者は己のUBM武具が最強に通じるかを吟味し、やがて全員が首を横に振る。

 一撃を叩き込めば相手の装甲を全て貫通し即死させられるエンブリオを持つ者でさえ、同じ土俵で戦う為にはサイコロを振ってクリティカルを20連続で出さねば勝てぬという。

 掲示板の答えは「タイマンでは彼らに打ち勝つ事は出来ない」だった。

 

 そこで最後の問い掛けが投下される。

 

 最強達に打ち勝てるメンバーでパーティを組むとしたら誰か?

 

 この問いに掲示板はかつて無い程に沸騰したが、結論は酷く単純なものだった。

 全体の一割は自身の知己で最も頼りになる者を、全体の二割は超級には超級をぶつけるのが一番とばかりに最強にメタを張れる超級を。

 そして残りの七割は共通してたった一人の名を上げた。

 

 彼の者と共にすれば必ず自身の一撃は入れられると、数多のマスター達が声を揃えて言った男の名はネビロス。

 【彷徨王】ネビロス、おそらくは超級達を除き最も初見殺しに特化したマスターである。

 

 

 

 

 

[チャットルーム“漁り隊”にテルモピュライが参加しました]

 

テルモピュライ:ヘイマイフレンド、元気してる?

 

ナベルス:まーぼちぼち。やっぱレトロゲーでもローグライクやRPGは名作多いね

 

テルモピュライ:その辺りは格ゲーと違って操作性の悪さがゲームに直接関わって来る訳でもないしね。最大の敵はバグ

 

ナベルス:それ

 

テルモピュライ:まぁそれはともかく、ナベルス、お前デンドロって知ってる?

 

ナベルス:VRの奴だろ? 別名健康阻害ゲー

 

テルモピュライ:いや、それがデンドロだけは違うんだって、俺もやってるけどこれがやベーのなんのって

 

ナベルス:確か発売して二ヶ月経ってないよな? お前前例が前例だったのに良く買おうと思ったな

 

テルモピュライ:俺実は初日組

 

ナベルス:は?

 

テルモピュライ:それだけVRには期待してるんだよ。言うと心配されると思って言わなかったけど今までのVRゲームも全部コンプリートしてる

 

ナベルス:確かお前結構な頻度で病院行ってたよな? 俺結構心配してたんだが?

 

テルモピュライ:すまんやで。でだ。俺デンドロのソフトと本体がダブったから一緒にやらね?

 

ナベルス:お前初日組って事は一ヶ月以上はやってるよな? 安全そうならやるけど

 

テルモピュライ:やったぜ。今送ったから多分明日には届いてる筈。あと幾つか注文付けるけどいいか?

 

ナベルス:言ってみ。先輩の言う事を跳ね除けるつもりはないさ

 

テルモピュライ:まず一つ、視界を幾つか選べるんだがリアルを選んでくれ。理由としてはこれが一番自然だからだな

 

ナベルス:いいよ

 

テルモピュライ:次にスタート地点でレジェンダリアを選んでくれ。これは純粋に俺がレジェンダリアっつー国でスタートしたから

 

ナベルス:幾つかの国に分かれてるんだな、分かった

 

テルモピュライ:最後に

 

テルモピュライ:いや、やっぱいいや。エンブリオ形成に影響が出そうだ

 

ナベルス:は? 気になるじゃん、つーかエンブリオって何だよ

 

テルモピュライ:それはインしてからのお楽しみって事で。じゃあな! やるときは連絡くれよ!

 

[チャットルーム“漁り隊”からテルモピュライが離脱しました]

 

 

 

「何なんだよ……」

 

 嵐の如く退室していったネット上での友人に愚痴に近い困惑の声を零してしまう。

 気のいい奴ではあるが昔からこういった突発的行動が絶えなくて困る、さらっと病院通いしてる理由も明かされたし、もうあいついつか死ぬんじゃないかと気が気でならない。

 

「……デンドロか」

 

 そりゃ俺だってかつてVRが出たと知って興奮したさ、空想の中でしか叶わなかった夢の世界がそこにあるんだと信じて疑わなかった。その結果があれだ、そりゃ失望もする。

 でもあいつは違うって言ってた、主観によるものが大きいだろうがあいつはダメな物にはちゃんとダメと言える奴だ。

 

「ちょっとくらい期待してもいいか」

 

 それくらいにはあいつの事を信頼してるのだ。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 唐突だが自己紹介と行こう。

 俺の名は荒城蓮、色々あって日々をゲームに費やす人生を無駄にしてる感じの大人だ。純粋な年齢で言えば19とかそこら辺なので胸を張って大人と言えるかは微妙だが。

 過去に両親以外の交友関係を全てリセットせざるを得なくなったので今の俺の友人は多方面にアクティブなあいつだけ。

 

 そして俺の目の前にはそんなアクティブな友人が送りつけてきた<Infinite Dendrogram>のソフト、ご丁寧に本体と事前準備の方法が書かれたメモまで添えてある。

 メモの手順通りに組み上げ後は寝転がって本体の電源を入れればいいだけの所まできたタイミングで一通のメールが届く。

 そういえば入る前に連絡くれと言っていたなとメールを開くと『そろそろ届いたか? レジェンダリアに着いたら馬鹿でかい樹があるからそこの根元集合な。あと名前教えてくれ、俺はいつものアレだからテルモさんと呼んでくれたまえ』という文章。

 

「あぁ名前な、どっちにしようか」

 

 友人は俺とゲームをする際絶対にテルモピュライという名前を付けるのだが俺は偶に名前被りする事があるのでバラバラなのだ。取り敢えず『準備完了、名前被りが無かったらアレで、被ってたらナベルスで』と返し、ベッドに横になる。

 電源を入れ、眠りに誘われる様に俺の意識が薄れていく。

 

 こういう時リンクスタートとか言えば良いのかねなどとくだらない事を考えながら、俺の意識は完全に途絶えたのだった。

 

 

 

 

 

「へぶっ」

 

 唐突に兎が茶会でもしてそうなメルヘンチックな空間に叩き込まれた。

 これはもうデンドロに入れたって認識で良いのかね。

 

「初めまして、どうぞお立ちになって下さい」

 

「ぅん?」

 

 声の方へ顔を向けると可愛らしい服装に身を包んだ金髪の少女が柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

 流石に格好がつかないので立ち上がり、何となく挨拶をする。

 

「初めまして。えと、ここってもうデンドロ?」

 

「の、入口です。一番最初ですから様々な設定をして貰わねばなりません、<Infinite Dendrogram>の世界に入るのはその後です」

 

「あーキャラメイクとかしないとだもんなぁ」

 

「えぇ、と、申し遅れました、私は<Infinite Dendrogram>の管理AI1号のアリスです。よろしくお願いします」

 

「おん?」

 

 その言葉に思わず俺はアリスをまじまじと見てしまう。てっきり中に人が入ってるものと思ってたが、そうか、これほど流暢な受け答えを行い人間と見紛うこの少女がAIか。

 これはあの友人も「これは凄い」と言っていた理由が分かってきた。

 

「……デンドロって凄いんだな」

 

「うふふ、ありがとうございます。まず最初に設定して頂くのは描画選択です。視界に写る景色の見え方をアニメ、CG、現実の三つから選んで下さい。サンプルとして――」

 

「あぁいや、現実でお願いします。友人と一緒にやるんで見えるものが違うのは大変そうというか」

 

「分かりました、描画選択は現実ですね」

 

 割り込んでしまって申し訳無いが既に決めていた事なのだ、すまない。

 

「次にプレイヤーネームを設定して頂きます、ゲーム内での名前はどうなさいますか?」

 

「名前被りが無かったら、ネビロスでお願いします」

 

 名前については最初から決めていた。ネビロス、或いはナベルスは時たま同一視される事もある、俺の一番好きな悪魔の名前だ。

 若干香ばしさがあるのは自覚するが格好いいだろう? ゲームでの名前なんてそんなもんだ。

 

「大丈夫ですよ、プレイヤーネームはネビロスで決定いたしますね。次に容姿を設定して頂きます」

 

 その言葉と同時に目の前に俺と同じ身長のマネキンとえらく選択肢の多いパーツの選択ボードが浮かび上がる。

 ちろっと流し見したが何か動物型のアバターとかあったけど骨格大丈夫なのか?

 

「前にヤマアラシの様なアバターを作っている方がいらっしゃいましたがすぐに慣れてましたね、三倍時間のお陰でここで一通り練習する事も出来ますから」

 

「て事は練習すれば腕四本とかのミュータントも作成可能……!」

 

「ヤマアラシ以上に動かすの大変ですよ?」

 

 やめておこう。

 よくよく考えれば動物型でも手二本足二本という基本は変わらないのだからその基本から外れたものがどれ程動かしづらいかなど想像すらできない。

 かといってこうも複雑だと手を加えすぎて無自覚ミュータントになる可能性も高い訳で……どうしたものか。

 

「現実の容姿をベースに少し弄る事も出来ますけど」

 

「え、出来るの」

 

「今のあなたの姿をコピーするだけですから」

 

 いっそマネキンで行くかと狂った思考を持ちかけた俺に光明が降り注ぐ。そうかよくよく考えれば今の俺現実のそれだから出来ない訳では無いのか。

 アリスに頼みベースを現実の俺に変えてもらう。

 

 体型的には普通に中肉中背の一般人のそれだが若干痩せてきてる気がする。のでうっすらと筋肉を増量する。身長体重は変に動かすときついぞとVR経験者の友人殿から教わったのでスルー。まぁ大体身長は170位だからわざわざ足す事も無いだろう。

 問題は首から上だが、うん。そこそこの顔に生んでくれた両親に感謝である。目立つのは首辺りまで伸びた後ろ髪と目元周りの酷いクマ、取り敢えずクマは消すだけで随分印象変わるので消して、あとヒゲも設定で無しに。髪は……いっそ伸ばして纏めるか。

 髪色は薄く蒼を差した黒にして髪の長さを肩甲骨辺りまで伸ばし、一度一束に纏めてからくるくるやるシニョンだっけか? の髪型にする。

 

 全体的にちょっと可愛らしい感じになってしまったがまぁ顔見れば男だと分かるし別に構わないだろう。

 

「じゃあこれで」

 

「分かりました、容姿を反映させて頂きます」

 

 アリスがパン、と手を叩くと俺の後頭部に違和感が。触って確かめてみるとお団子ヘアーに形成された深海の様な髪の毛がそこにはあった。

 

「では一般配布アイテムの選択に移ります」

 

「よろしくお願いします」

 

 そう言うとアリスはふふと笑い、いつのまにか持っていた二つのカタログを宙に浮かべ、開いた状態でこちらに向ける。

 一冊は幾つか種類がある装備の一式について、もう一冊は初期武器をどれにするかという物だった。

 装備一式については前日までやっていたRPGの影響を受けてやや厚手の上下と深緑のマントというファンタジー旅人チックな物に。多分鎧とか着ても動けないし。

 武器は純粋にリーチの長い槍を選択。

 

「それでは反映します。あとこの収納カバンは所謂アイテムボックスと呼ばれるものです、見た目に反し一トンは入るので有効に活用して下さい。そのカバンに入るのはあなたのアイテムだけですが《窃盗》のスキルを持つ者はアイテムボックスからアイテムを盗めますので過信し過ぎはいけませんよ?」

 

 冗談めかしてそう言いますけどそれ初心者防ぐ術ありませんよね? 強盗にエンカウントしない事を祈ろう。

 服装が変わりマントと槍の重みを感じた。鏡代わりのマネキンがちゃんと俺の選択した装備を着ているのを見て感嘆する。いいね、仕上がってきた。

 

「最初の路銀として5000リルをプレゼントします」

 

「銀貨五枚って事は一枚1000リル、リル? か」

 

「場所によりますがおにぎり一つで10リルくらいですかね」

 

 大体1リル10円位か、最初の軍資金としては結構貰える方だな。

 とは言え初っ端から武器を買い換えたりしてると一瞬で素寒貧になると今までの経験が囁いているので計画的に使わねば。

 

「それでは<エンブリオ>の移植に移らせて頂きます。<エンブリオ>についての説明はお聞きになりますか?」

 

「あーお願いします」

 

「分かりました。千差万別を謳うエンブリオではありますが最初の第0形態だけは全員が同じ形で、第一形態以降からは持ち主のパーソナルによって全く違う変化を遂げます」

 

「第0は準備期間か」

 

「その通り、そしてエンブリオにも大まかなカテゴリーは存在します」

 

 アリスが言うには基本的にカテゴリーは五種類。

 プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

 プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

 プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

 プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

 プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

 があるらしく、それ以外にも希少なカテゴリーがあるらしいが、どんなカテゴリーだろうと俺の子だ、ちゃんと愛してやらねばな。

 

「それでは左手を差し出して下さい」

 

 言われるがまま左手を差し出すとアリスの両手が俺の左手を優しく包み淡い光を放つ。光が収まるとそこには左手の甲に埋め込まれた淡く光り輝く卵形の宝石。

 否応無く気分が高まってくるが、若干不安になる。

 

「この第0形態の状態で破壊される事は?」

 

「ありません。第0形態で<エンブリオ>に当たるダメージは全部プレイヤーに流れますので」

 

 一先ず安心である。

 

「エンブリオが第一形態になると左手の甲には紋章の刺青が刻まれます。紋章にはエンブリオを格納する機能があるので巨大なエンブリオで身動きが取れないという事はありませんのでご安心を」

 

「なるほど、了解です」

 

「では最後に所属する国を選択します」

 

 ちらりと俺を見るアリス。やっぱ凄いな、さっきの友人とやるって言葉からこういう可能性もあるのではと「思考」している。

 ここまでとは言わずともデンドロのNPCもハイレベルな可能性が高いな。勇者行為は控えよう。

 

「レジェンダリアで」

 

「分かりました。予想はつきますが選んだ理由をお聞きしても?」

 

「友人との約束ですよ」

 

「アンケートのご協力ありがとうございます」

 

「アンケートって、俺達がデンドロで何をするのかっていう意識調査?」

 

「いいえ、それとは関係がありませんよ。そして私はあなたに何らかの目的を強いる事はありません」

 

 ……? じゃあ俺は何をすればいいんだ?

 そんな疑問を感じ取ったのかアリスは出していたカタログや俺のマネキンを消し去り、滔々と演じるように胸に手を当てて口を開く。

 

「英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、出来る事なら何をしたっていいのです。あなたの手にあるエンブリオと同じく、これより始まるは無限の可能性なのですから」

 

 語るように、謳うように、アリスは言った。

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。私達はあなたの来訪を心より歓迎します」

 

 そう輝かんばかりの笑顔を浮かべ、アリスは手を叩く。

 

 直後メルヘンな空間が一瞬にして消え去り、俺は遥か上空から凄まじいスピードで落下していく。

 

 酷くリアルな肌を打つ風に腰を抜かしそうになりながらも落下地点に目を向ける。

 一つの大陸を視界内に収められているほど超高度ではあるがそれでも一際大きな、世界樹とでも形容すべき大樹を見つけた。

 あれかレジェンダリアかと思ってる内にいつのまにか後数秒で大地に激突しそうな所まで落ちてきていた。

 

 あんな場所から落としたのだから死ぬ事は無いだろうが、あぁこの恐怖はまだ味わった事のないリアルだった。

 

「ぐっ!」

 

 地面と激突する、その数瞬前に不自然に勢いが減衰し俺は何事も無くレジェンダリアの大地を踏むことが出来た。

 

「こっわ……」

 

 ともあれ本格的にデンドロの世界へと入れた訳だが……あいつが凄いといったのも分かる。道行く人は全てが人間ではなくエルフや獣人、人間の二倍近い身長の戦士は巨人だろうか。それら全てがそこで生きる命を持っている様に思える。

 俺がかつて夢見た世界がそこにはあった。

 

 口角が上がっていくのを抑えながら、見上げても尚頂上が見えぬ大樹の麓へと向かった。この世界が俺のあり方を変えてくれると確信して。

 

 

◇――◇――◇

 

 

『テルモピュライ イズ ユア フレンド』

 

 そんな気分を一瞬でぶち壊してくれたのは馬鹿げた掛札を首から提げているテルモピュライだった。

 

「何しとんのやお前」

 

「あ! ようやく来たか、名前教えてちょ」

 

「ネビロスだよ、あと何してるんだって聞いてる」

 

 ったく、これ見て分からないとはまだまだだな、みたいなジェスチャーをするんじゃない。結構なイケメンがやると様になってるのが腹立つ。

 テルモピュライの外見は俺より背が高く、ゴリッゴリの金髪をオールバックで流した洒落てる系のイケメンだ。身に付けた全身鎧を見るに【騎士】系統の職業に就いているのだろう。

 

「いやいや、これが結構バカにならないんだ。俺はともかく相手はどんな名前でどんな格好でどんな顔なのか何一つ分からない、なら自分が目立って相手に来てもらった方がすれ違いも少ないし何より早い。知り合いとデンドロで会う時にこんな感じでコミュニケーションを取る奴は結構いるぜ?」

 

「まぁそれは分かったよ、事実すぐ見つかったし。それはそれとしてお前恥ずかしくねーの?」

 

「羞恥心なんてあったらロールプレイヤーやってねぇよ」

 

 あぁそういえばTRPGやってた時も異様に生き生きしてたな、生粋の演者だったなこいつは。

 

「だからお前そんなに無駄にイケメンなのか」

 

「そういうお前は随分可愛らしくなったじゃねーの、んー?」

 

「ええい撫でるな髪を触るなうっとおしい!」

 

 閑話休題。

 

「エンブリオが生まれるまでどれ位掛かるんだろうか」

 

「30分から1時間そこらって聞いたな、俺は40分位」

 

 現在俺達はレジェンダリアの大木【アムニール】の根元を離れ、色々なものが買える大通りをぶらつきながら駄弁っていた。

 

「ううむ、短いようで長い。職業を決めるにもエンブリオの方向性くらい見ておきたいし……」

 

「まぁ下級職一個くらいとっておいて良いんじゃないか? 他はエンブリオが生まれた後で」

 

「……他?」

 

「おおっと、お前何も調べずにデンドロ始めたな? 仕方無い、先輩がこの世界の職業について教えてやろう」

 

 そうして突発的に始まった職業講座でテルモピュライが言うにはこの世界の職業には下級職、上級職、超級職の三種類があるらしい。

 プレイヤーが取得できるのは数多ある職業の中で下級職六つ、上級職二つの計八つが基本となり、超級職は複数取得できるが取得難易度が異常に高く、尚且つプレイヤー、NPC含め先着一人のみが就けるという。

 ジョブレベルというものも存在し、下級職はレベル50でカンスト、上級職はレベル100でカンスト。つまりは下級職と上級職をフルでとった場合最終的なレベル合計は500となる。

 

 一先ずは下級職を二つから三つ程取り、そこから上級職を目指すのが一番楽らしい。

 

「ので、とりあえずネビロスの適正下級職を調べてみようか」

 

「出来るの?」

 

「適職診断カタログという凄まじく便利なアイテムがあってだな……」

 

「もう名前から想像できるけどどんなの?」

 

「カタログの電子音声質問を通して今就けるジョブの中で一番合っているジョブを探せるという優れもの、要はアキ〇イターだアキ〇イター」

 

 職業アキ〇イターって凄いな、現実世界で欲しい。多分使わないだろうけど。

 そんなこんなでカタログの質問に答えていくと一つの職業のページが開かれた。

 

「これは……【旅人】?」

 

 意外や意外、ゴテゴテの戦闘職が出るかと思ったが【旅人】とな。

 しかし案外しっくり来るものだ、遥か上空からこの世界を見下ろした時にいつか自分のエンブリオと共に世界を回りたいと思ったのだから。

 

「という訳で俺の記念すべき最初のジョブは【旅人】になりましたとさ。次行こう次」

 

「良いのか? ゴリゴリの戦闘職が一個くらい無いとレベル上げ厳しいぞ?」

 

「良いんだよ、【旅人】とか楽しそうだし」

 

 適職診断で先程悩んだ質問の回答を変えて答えていく。

 出た職業は【行商人】であった。

 

「【行商人】かぁ、純戦闘職が一個も無いのはきついなぁ」

 

「俺良く分からんのだけど、スキルが無いと戦闘出来ないの?」

 

「いや、そんな事はない。職業で手に入るのは該当する武器のダメージ補正くらいでスキルが無くても武器は振れる。ネビロスの持ってる槍はかなり使いやすい部類だ、リーチが長いから振り回すだけでも強いからな」

 

 なるほどであれば戦闘職が無い弊害はアクティブスキルが使えないくらいになるのか。

 

「ところがどっこい、それが結構な差でな。自分と同レベル帯での戦闘ではそれが命取りになる、純粋に手数が減る訳だからな。どうする? もっかいくらい診断してみるか?」

 

「いや、むしろ丁度いい。残りはエンブリオが生まれたら考える。テルモ、初心者用の狩場を教えてくれないか? 【旅人】と【行商人】が出来る事を確かめたい」

 

 任された。と俺の頼みを受け入れてくれたテルモピュライ。やっぱ気のいい奴だなと思いつつ二人で指定の職業に就ける場所へと向かい【旅人】と【行商人】のジョブを手に入れた。

 どちらをメインジョブに添えるかと言われ、多少悩み【旅人】を主軸にする事にした俺の今のステータスは次の通りだ。

 

 ネビロス

 レベル:1(合計レベル:2)

 職業:【旅人】

 

 HP(体力):106

 MP(魔力):18

 SP(技力):36

 

 STR(筋力):10

 END(耐久力):18

 DEX(器用):21

 AGI(速度):15

 LUC(幸運):20

 

 まぁ開始直後であるのでさもありなん。唯一体力だけは三桁を超えているがこれもどれだけ頼りになるか……。

 所変わってレジェンダリアを囲む大森林の入口である。

 

「森は戦いづらいが出てくるモンスターも疎らだ、群れるオオカミの類が出るのはもっと奥だし仮に出てきても一体までに数を減らすから安心せい」

 

「頼むぜテルモ」

 

 俺が今使えるスキルは四つ。

 【旅人】から《旅の記録》、《護身術》、【行商人】から《過積載》、《即席合成》で、この中で戦闘に使えそうなのは《護身術》だけであった。

 《護身術》の効果は「受動的な攻撃にダメージ補正」、つまりはカウンターである。スキルとか見ても真正面から切り結ぶべきではないんだろうなぁ……。

 

 そうこうしている内に俺の目の前にモンスターが現れる。小さい人型の醜悪なモンスター、ゴブリンだ。

 

「雑魚にして殺害の難関【リトル・ゴブリン】だ。人型を殺すのに抵抗のある奴が軒並みコイツでダウンするが……」

 

「今更だな」

 

 こちらを視認し、威嚇の叫び声をあげながらこちらに向かってくる【リトル・ゴブリン】をやや大げさに避け、持っていた槍をフルスイングで振り抜く。

 流石に一撃死とは行かないが槍のダメージにフルスイングの勢い、《護身術》のダメージ補正により相手は瀕死だ。

 【リトル・ゴブリン】に駆け寄り、槍で追撃を仕掛ける。心臓に槍が突き刺さった【リトル・ゴブリン】は抵抗も出来ずに即死した。

 

「敵を殺すのに一々理由付けが必要なほど優しくは無いさ」

 

「安心したよ」

 

 その調子で何回か狩りを行い、この森の浅い所であれば一人でも大丈夫だとテルモピュライに太鼓判を押された俺はテルモピュライと分かれて一人で森に篭もりモンスターを狩り続けていた。

 

 




早速オリジナルをぶち込んでいくスタイル。
【旅人】世界を旅し、その記憶を記録に残す者。取得条件は指定の建物で証明書を受け取る事。
《旅の記録》指定の位置に自分しか見えない光の柱を【旅人】のレベル×n本設置する。どこにいても感覚で分かり、光の柱の色も変えられる。グー〇ルマップのピン。
《護身術》受動的な攻撃にダメージ補正が掛かる。

【行商人】一箇所に居を構えず各地を練り歩く商人。取得条件はカルディナで申請するか【行商人】を持つティアンに1000リルを支払い小型収納カバンを購入する事。(カルディナ専用職の気配がするけどそこも原作改変要素って事で)
《過積載》収納カバンに入れられるアイテムの量を増加させる。満タン近くまで入れると重量が増加する。
《即席合成》手に持っているアイテムを組み合わせて質の悪いアイテムをノータイムで作成する。確実に成功し確実に粗悪品が出来る。


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第二話 エンブリオと戯れよう。

孵化するよ。


「さて、と」

 

 あの後結構狩り続け、【旅人】のレベルが10を越えた所で一旦狩りを中断する。

 森の木々から木の枝とツタを数本拝借し《即席合成》で作った簡易的な椅子に腰掛け、一息つく。

 

 考えるのは将来的にどうするか。適正診断カタログで【旅人】と【行商人】の二つが出たのだからそれを生かしていこうと思ってはいる。

 ならば――

 

「世界を股に掛ける神出鬼没の商人か、宅急便じみた事をしても良いかもな」

 

 どちらにしたってロマンがある、とても良い事だ。

 後は下級職の残りでどの戦闘職を取るかだが……エンブリオが生まれてからと決めてはいるが、やられる前にやるの奇襲特化がやりやすいのではないかと思い始めている。

 シナジーのあるエンブリオが産まれるといいのだが、楽しみにしていよう。

 

 モンスターの狩りを再開するもすぐにアイテムボックスが一杯になってしまった。《過積載》を使えばまだ詰め込めるが機動力が削がれるのは避けたい。

 一旦売りに行くかと俺はレジェンダリアの首都である霊都へと帰った。

 

 

 

 

 

「おっちゃんこれ幾ら?」

 

「ん? あぁゴブリンの牙は10本で1リル、ラビットの毛皮は1個で2リルだな。最近はマスターが増えてそういった素材は余り気味なんだ、職人連中は「研究材料が増えた」っつって喜ぶがな」

 

 なるほど、確かにプレイヤーが来る日も来る日もモンスターを狩り続け、生産職じゃない戦闘職が売りに来ればそうなるか。時価があるのは地味に厄介だな。

 雑魚の素材は端金で売れたがアイテムボックスの空きを作るのが目的なのでこれでいい。

 

「あんがとよおっちゃん、所でマスターって何ぞ?」

 

「おん、知らんのか。<マスター>ってのはお前さんみたいに左手に紋章を刻まれ<エンブリオ>を従える不死身の人間さ、しょっちゅう別世界に飛ばされてるの見ると羨ましいとは言えんがな」

 

「おっちゃんみたいな何もない普通の人間は?」

 

「<ティアン>っつーんだ、何もないとは言うがな、これはこれで存外気楽なもんだ。近頃では自分が<マスター>になろうとしてる<ティアン>もいるがな。お前も気をつけろよ」

 

「そっか、すまんねおっちゃん」

 

 なるほどね? プレイヤーは<マスター>、NPCは<ティアン>か、これは本当に考えて行動しないと好感度減少イベとかあるかもしれん。

 そして自分が<マスター>になろうとしてる<ティアン>……一般人らしきおっちゃんにまでそういう噂が広まってるって事は割りと大々的に動いてるのか?

 

 おっちゃんの店を後にし再び森へ向かう――事も無く、露店で軽いものを買いながら霊都の中を見て回った。

 

「飯が美味いってどうなってんだか」

 

 電気信号云々と言われれば専門外の俺は閉口せざるを得ないがそれにしたって今俺が食ってる鳥串の直火焼きの匂いまで再現できるというのは何と言うか、ちょっと怖い。

 そんな事を思いつつ俺は先程油断して森の深部へ足を踏み入れてしまった時の事を思い出す。

 

 そこそこレベル上がったしソロでも行けるだろと森の深部へと向かい最初にエンカウントしたのは【リトル・ゴブリン】×12と【ホブ・ゴブリン】×2という物量の暴力。ターン制バトルだったら俺が敵を一体倒してもその後13回も攻撃を食らう羽目になる。

 まぁ逃げるさ。一列になって追いかけてきたゴブリンの群れを途中で振り返って槍で刺しを繰り返して【リトル・ゴブリン】は全滅させられたが、【ホブ・ゴブリン】は知性が高いのか二体目の【リトル・ゴブリン】がやられた時点で森の奥深くへと帰って行った。

 そんな経験を通じて痛感するのは、ソロはキツイって事。

 

「唯でさえ戦闘職取ってないし当たり前なんだが、仲間が必要だなぁ」

 

 で、あれば同じマスターでパーティーメンバーを募るのかと言われればそうではない。現実の方で時間が取れず狩りが出来ず遅々としてレベルが上がらないという事が侭あるからだ。というか過去に別ゲーであった。

 あの時はテルモピュライに協力してもらって何とかなった訳だが頼みのテルモピュライもデンドロでは割と急がしそうにしているのでパーティーメンバーを組むには適さないだろう。

 故に選択するは【従魔師】或いは【召喚師】である。戦闘職無いっつってんのに。

 

「まぁ楽しけりゃそれでいいだろ、……おん?」

 

 当てもなく歩いているといつのまにか、賑やかな大通りから自然公園とでも形容すべき広々とした大自然が広がる空間へと踏み込んでいた。

 遠目からでは区別は付かないが<マスター>と思しき人達も見受けられるので立ち入り禁止区域ではないようだ。

 

「……そういやこんな平和な自然を見るなんて何時ぶりだろうか」

 

 マンションに引き篭もってからは俺の世界は家の中だけだった、外に出て公園に行くなんてそんな事、考えたことも無かった。

 あぁでもこうして見てしまうと、もう駄目だ。

 

 この世界への憧れが溢れ出る。隅から隅までを己の眼に焼き付けたい。現実世界の蓮が出来ない事がネビロスなら出来るんだ。

 

 ――ならやろう、それが俺の「自由」だ。

 

 そう決意を決めた俺の左手の甲に衝撃が迸る。

 左手の甲に埋め込まれた卵形の宝石に亀裂が入り眩い光が視界を埋め尽くす。

 思わず目を瞑り、光が収まった時俺の目の前にいたのは、黒曜の毛皮と巨大な黒翼を持つ大狼であった。

 

 あぁ、こいつが俺の、俺だけのエンブリオ。

 

「これからよろしくな、相棒」

 

 そう言うと、そいつは任せろと言わんばかりに咆えたのだった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「よぉーしよしよしよしよしよし!」

 

「バフゥ」

 

「おーい来たz……何やってんの?」

 

 一先ずテルモピュライにエンブリオが産まれた旨を一度現実世界に戻ってメールで伝え再度ログイン。テルモピュライが来るまで暇だったので手慰みに俺のエンブリオを撫でてみると思いの外毛並みが良く、エンブリオももっと撫でて欲しそうにしてたのでずっと撫でてました。

 それをテルモピュライが来るまでずっと続けてたもんだから当の本人から変な目で見られてしまったが構うまい。

 

「という訳で念願のエンブリオが産まれました!」

 

「おめでとさん、性能は?」

 

「待ってろー、えーと」

 

 

 グラシャラボラス

 TYPE:ガードナー・テリトリー

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:E

 MP補正:F

 SP補正:G

 STR補正:F

 END補正:G

 DEX補正:E

 AGI補正:D

 LUC補正:G

 

 

「グラシャラボラス……」

 

「ネビロス、お前顔にやけてるぞ」

 

 当たり前だ、俺は今とても興奮している。

 グラシャラボラスという名は結構色々なゲームで使われているが元ネタは悪魔学における悪魔の一柱であり、かの有名なソロモン72柱にも名を刻まれている。そしてそのグラシャラボラスはネビロスの支配下に存在し、ある本には「ネビロス(あるいはナベルス)がときどき乗用に使う従僕にすぎぬとされている」と紹介されている。

 つまる所俺にとってこれ以上無いエンブリオが産まれてくれた訳だ。

 

 ステータス的なものは無いのかとテルモピュライに聞いたところ基本的にエンブリオにはマスターのように細かいステータスは無いらしい。アームズだけは武器としての性能が書いてあるらしいが。

 エンブリオのカテゴリーはガードナー・テリトリー、これどうなるんだ?

 

「稀にハイブリッドカテゴリーのエンブリオが産まれるってのは聞くな、俺は違うが。ハイブリッドカテゴリーは別々のカテゴリーを使い分けるスイッチタイプじゃなくて能力が混ざるんだよ、分かりやすく言うとガードナー・チャリオッツとかなら自立行動可能なパワードスーツみたいになる。お前の場合は……まぁ何の要素が混じってるかは分かりやすい方だな。エンブリオのスキルを見てみろ」

 

 テルモピュライの言うとおりグラシャラボラスの保有スキルを見てみる。

 

 

 『保有スキル』

 《インビジブル・マーチ》LV1:マスター【ネビロス】のパーティーメンバーをスキルレベルに応じ透明化させる。透明化させられる人数は、【ネビロス】+【グラシャラボラス】+【スキルレベル×n】人。アクティブスキル。

 

 《茜色の群火》:パーティーメンバーの総合レベルに応じた威力の火球をパーティーメンバーの総数分吐ける。アクティブスキル。

 

 

「だってよ」

 

「何ィいいいいいい!?」

 

 グラシャラボラスのスキルの詳細を聞いた途端驚愕の声を上げるテルモピュライ。

 そしてノータイムで俺に対して土下座を仕掛けてきた。

 

「頼むッ! お前のグラシャラボラスの力を貸してくれェッ!」

 

「えぇ、急にどうしたお前」

 

「お前のッ、お前達の力が必要なんだァ!」

 

「うるっせーな叫ぶな! 周りの人が注目してるから!」

 

 その後何とかテルモピュライを立たせ場所を変える。大通りに戻り個室が選べる料理店――ペットOKな店だった――で詳しい話を聞くことになった。

 代金はテルモピュライ持ちだと言うのでグラシャラボラス用に厚切りステーキを頼み、何故先程はいきなりあのような行動を取ったのかと聞き出す。

 

「実は……」

 

「実は?」

 

 俺の催促にテルモピュライは幾度もの死線を掻い潜ってきた猛者としての顔を見せてきた。

 普段は俺以上に様々なゲームでバカやってる友人だが、過去に何回か絶対に引けぬ戦いに身を投じる時、今の様な硬い声を出していた。

 どれほどの頼みなのかと冷や汗を流しかけた頃、テルモピュライが口を開く。

 

「……【妖精女王】の風呂が覗きたくて」

 

「帰るぞグラシャラボラス、レベル上げの続きだ」

 

「アウッ」

 

「待ってくれ!」

 

 クソみたいな理由であれほどの土下座をかました事にほとほと呆れ返りすでに厚切りステーキを食ったグラシャラボラスを連れて個室を出ようとするとテルモピュライが泣きついて来る。

 テルモピュライの纏う鎧が重しとなって一歩も動けなくなった。

 

「ええい離せ変態! そんな犯罪行為に俺らを巻き込むんじゃあない! つーか【妖精女王】ってレジェンダリアのトップじゃねぇか指名手配もんだわ!」

 

「バレないって!」

 

「お前国家元首舐めてるだろ! 下級職でしかもこっちに来て一日も経ってない奴当てにすんな!」

 

 グラシャラボラスに引っかき攻撃を指示したりしてどうにかテルモピュライを引き剥がすと悲しみに暮れた様にしくしくと泣き崩れた。が、全く罪悪感が湧かない。

 前から元気な奴だったがそこまで変態ではなかった筈、一体何がこいつをここまで駆り立てたのだろうか……。

 

 深く溜息を吐くと、今いる個室の窓からコンコンという音が聞こえた。目をやると碧い小鳥が窓を突いている様だった。

 それを見たテルモピュライは立ち上がる。

 

「おっと、ダチに呼ばれちまった。いつか絶対お前の首を縦に振らせてやるから覚悟しておけ!」

 

 じゃあな! と先程の悲しみの残滓すら見せず、俺にこの店の代金を渡して去っていった。

 しかしテルモピュライの交友関係が広い事に驚いた、まぁ人当たりのいい性格をしているからリアルで人気者だったとしても何ら不思議ではないか。

 

「ガウ?」

 

「……何でもないよ」

 

 とことこと近づき俺を見上げるグラシャラボラスにそう言って頭を撫でてやる。

 個室から出て料金を支払い、再び大通りに戻って考えるのは俺のエンブリオである【グラシャラボラス】とシナジーのあるジョブについて。何とも都合のいいスキルを持って産まれてきてくれたので最初の想定から殆ど変わらずにジョブを取れそうだった、目指すべき最終地点は、普段は己の相棒と共に世界を旅する行商人だが戦う時はテイムしたモンスターたちをグラシャラボラスによって透明化させた不可視の軍団を率いて先手必勝で圧殺する。

 いいね、ロマンがある、これで行こう。

 

「――と、そういえば。グラシャラボラス、お前俺を乗せた状態で飛べるか?」

 

「ルルゥ……」

 

 グラシャラボラスは悔しげに、力なく首を振る。心なしか翼も萎れている様に見える。

 

「ま、仕方無いさ、お前はまだまだ成長できるんだ。いつか一緒に世界を回ろうな?」

 

「アウッ」

 

 絶対、という意思を感じる一咆えを頂き、さぁ再び森へ行こうかと考えたタイミングで何者かに行く手を阻まれた。

 

「もし、マスターの方でしょうか?」

 

「……? えぇまぁ」

 

 フードと一体型の体全体を覆い隠す外套に身を包み両手には手袋が付けられている為に<マスター>か<ティアン>かの区別もつかない。

 分かるのは声音から女性であるという事とフードの隙間から見えるのが銀髪だという事くらいか。

 

「ここでは人目につきます、付いて来て頂けますか? 依頼したい事がありまして」

 

 グラシャラボラスと顔を見合わせるが、まぁ初クエストだし受けるよね。もし騙されてて強盗の類だったとしても重要なアイテムは何一つ持っていない訳だし。

 聞くだけならタダだろう。

 

「分かりました」

 

「では付いてきて下さい」

 

 そう言って路地裏へと歩を進めるフードの女性に付いて行き、辺りから人の目がどこからも無くなった頃、先導していた女性がそのフードを外す。

 流れるような銀髪に少し尖った耳、そして血の様に赤い瞳。喋る際に一瞬見えた八重歯にしては長い牙も、俺の中で確立していく種族の特徴を裏付ける物だった。

 

「吸血鬼?」

 

「その認識で構いません、実は私の主がある物を欲しがっておりまして、私だけでは入手が困難なのです。マスターである貴方に手伝って貰おうと思ったのですが……受けて頂けますか?」

 

「……その主ってのは」

 

「我ら吸血鬼が公主、【真祖】の一人娘です。普段滅多に我が侭は言わないのですが一体何が琴線に触れたのか……、返答は如何に」

 

 若干疲れ果てている感じの溜息を吐きながら、俺に依頼を受けるのかどうかを問う視線を向ける。

 初のクエストとしてはちょっち特殊だがこれは受けるしかないだろう、お偉いさんが依頼主なら報酬も期待できそうだ。

 

「受けるよ、俺達でいいのなら」

 

「ゥグア!」

 

 【クエスト【希少な果実探し――アンブロシア 難易度:三】が発生しました】

 

 この世界に来て初めてのクエスト、開始である。

 

 




色々感想とか参考にした結果グラシャラボラスのステータス部分をばっさりカットしました。現状は2.5ネビロス位です。

【群幽褐虚 グラシャラボラス】
・黒曜石の様な色の毛皮と翼を持つ大狼。
・体長は第一形態だと約1メテルほど、普通に飛べるがネビロスを乗せたまま飛行はまだ無理。
・ネビロスの考えている事は分かるがグラシャラボラスからネビロスに意思を伝える手段は無い。
・《インビジブル・マーチ》透明化。パーティープレイでの恩恵は高いがネビロスとグラシャラボラスだけでも十分実用可能なレベル。
・《茜色の群火》こちらは逆にパーティーメンバーがいればいるほど強いスキル。インフレが加速してるデンドロでの戦いでは役に立ちそうも無いがかく乱と「高威力の火球をばら撒ける」という点を見ればそこそこ優秀ではある。


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第三話 クエストを達成しよう。

クエスト進めるよ。


 

 それにしてもやはりティアンだったか、ロールプレイヤーの可能性も捨て切れなかったが依頼を受けて良かったなこれは。何かレアアイテム手に入りそうな単語が見えるし。

 

「じゃあ早速行きますか?」

 

「えぇ、なるべく早い方がいいでしょう。自己紹介が遅れましたが私はエイラと申します、以後お見知りおきを」

 

「あー俺はネビロス、でこっちが<エンブリオ>のグラシャラボラスだ。よろしく」

 

「バウ」

 

 簡易的ながらも自己紹介を済ませ、俺達はエイラの先導で路地裏を抜ける。

 

「いくつか質問があるんだが良いか?」

 

「構いません」

 

 質問を受け付けてくれた事に感謝し、足を止めず目的地へ向かうエイラに一つ目の質問を投げ掛ける。

 

「マスターは依頼を受ければ何を探しているのかが分かるんだが、エイラさんの主はアンブロシアを手に入れて何をしようとしてるんだ?」

 

「エイラ、で構いませんよ。そしてその問いに関しては詳細を語ることは出来ませんが、貴方を犯罪行為に巻き込むわけでは無い事を明言しておきます」

 

 不透明な答えではあったが何も言われず指名手配犯にされるより余程マシである。

 

「じゃあエイラ、次の質問なんだが何故俺よりも明らかにレベルが高い様に見えるあんたが何で低レベルの<マスター>に依頼したんだ?」

 

「それは吸血鬼の弱点が関係しているのです」

 

「それって太陽光を浴びると灰になるとか川を越えられないとか?」

 

「概ねその通りです。特に今回問題なのは流水を渡る事が出来ないというものです」

 

 続けて、【真祖】程の高位の吸血鬼であればある程度弱点は克服出来るが今回動くことは出来ないと言う。

 

「って事はそのアンブロシアがある場所は……」

 

「地下水脈の流れ着く、とある地底湖の最深部でアンブロシアの樹は実を付けます。主より下賜頂いたアイテムを使えば一定時間は弱点を気にせず戦えるのですがそれも短い間だけ、絶えず流水が張り巡らされているアンブロシアの群生地に辿り着くには吸血鬼以外の者の力が必要なのです」

 

「なるほど、いやでもそれなら俺……というか<マスター>でなくても」

 

「……マスターでなくてはいけないのです。より正確に言えばレジェンダリアが注目の目を向けていない者が」

 

 吸血鬼にも派閥があり、アンブロシアの実を取得しているという情報が悟られる事で致命的な事態になる可能性が高く、他種族の優秀なティアンはおろか高レベルのマスターに依頼するだけで相手方に察知され阻止される危険性がある。

 との事だが……、あんたら内乱でもしてるの?

 

「……何と言うか、近い事態には陥ってますね。詳しい事は言えませんが、えぇ」

 

 剣と魔法のファンタジーっぽさが一番強いレジェンダリアをスタート地点にしたがもしかしたら結構な魔境だったのかも知れない。

 グラシャラボラスが俺を乗せて飛べるくらい成長するまでレジェンダリアを出る事は無いが国の諍いに巻き込まんでくれと願うばかりだ。

 

「ではこちらからも質問しても?」

 

「どうぞ」

 

 俺がテルモピュライに教えてもらった狩場とは別ルートから森に入り俺の全速力に合わせて貰いながらもかなりの道のりを進んだ頃エイラからそんな問いが遠慮がちに投げ掛けられた。

 勿論承諾する。俺ばかり教えてもらってばかりなのは気が引けるしどこかのタイミングで俺とグラシャラボラスが出来る事を共有しようとは思っていた、渡りに船である。

 

「貴方に出来る事を教えて頂けますか」

 

「俺が出来るのは精々護身術レベルの戦闘だ、ここぞと言う時の必殺技は無い。後は収納カバンに大量のアイテムを入れられるのと手に持ってるアイテムで粗悪品を作れるくらいだな、そも【旅人】と【行商人】だし……」

 

 とここで俺が狩場にしていた森の木の枝を《即席合成》で使い捨ての槍にするため、相当数をカバンに詰め込んでいた事を思い出す。

 もしかして国有林だったりするだろうか、と若干不安になるもその不安はエイラが解消してくれた。曰く「一応国有林という扱いではあるが生産系のジョブについてる人向けに森の資材は小数であれば罪には問われませんから安心して下さい。……森が大火事になればその限りではありませんが」との事。

 一安心である。

 

「俺が出来るのはこれくらいだがグラシャラボラスは凄いぞ、何と俺達含めて現状三人まで透明化出来る。今パーティーを組んでるのはエイラだけだから全員でスニーキングミッションが出来るな。あとパーティーの総合レベル分の威力の火球を吐けるが……正直地下水脈でどれ程力になれるか」

 

 エイラは「すに……?」と困惑の表情を浮かべていたが概ね理解したといった様子で頷いた。

 うーむ、グラシャラボラスの火球の出番はそうそう来なさそうだな、森の中で使えばどうなるかは目に見えてるし、地底湖でも威力は大幅に下がってしまうだろう。

 俺の考えている事が伝わったのか、自分が思ったより役に立たないのではないかと眉を下げるグラシャラボラスだが接近戦ではお前の方が強いし何なら一番のお荷物は俺まであるから気にするな。

 

 元気をなくしたり急に元気になったりと忙しなく表情の変化するグラシャラボラスを不思議そうな顔で見詰めるエイラだがすぐに顔を引き締める。

 

「目的地はまだ先ですがこの森のモンスターはお構いなしですね。戦闘が始まります、ネビロスはなるべく攻撃を喰らわないように」

 

「先に見つかったのか、しゃあないやるかグラシャラボラス」

 

「ガウッ」

 

 足を止め、戦闘態勢に入る一堂。ネビロスは槍を自分の身を守るように構え、左手に数本の木の枝を持ち、グラシャラボラスは何時でも敵に飛びかかれるように姿勢を低くし、周囲をしきりに睨んでいる。

 茂みの中から姿を現したのは【ホブ・ゴブリン】と【ティールウルフ】の群れ、別種族だがいがみ合う事も無くこちらにのみ敵意を向けてきた。

 

「【ティールウルフ】はゴブリンに使役されています。目の前の敵だけに意識を向けずどこから攻撃を受けても対応出来る様に意識して下さい」

 

「分かった」

 

 最初からグラシャラボラスの《インビジブル・マーチ》を使えば、エイラもいるし初撃でモンスターの群れを壊滅まで追い込めたかもしれないが、あえてしなかった。逃げに徹すれば【ホブ・ゴブリン】相手でも短時間なら立ち回れる事は前回の狩りでの逃走で把握している。エイラというセーフティー頼りだがここで【旅人】と《護身術》のレベルを上げて行こうと思い至ったのだ。

 ……ちょっと不安だから危なそうだなと感じたら《インビジブル・マーチ》使って奇襲仕掛けて貰える?

 

 グラシャラボラスが「ガウ」と了承の意を込めた声を放つと同時に、威嚇と判断したのか【ティールウルフ】が飛びかかる。

 

「ジャンプは対処楽だわな」

 

 持っていた数本の木の枝に《即席合成》を使用、【尖った木の柵】を地面に突き刺し簡易的な槍衾を作る。着地狩りをされた【ティールウルフ】は、粗悪品故にすぐ壊れる柵を巻き込んで少なくないダメージを受けたが立ち上がる前にグラシャラボラスの牙の餌食となった。

 続いて飛び掛ってくる、盾とナイフを持った【ホブ・ゴブリン】に《護身術》込みのカウンターを叩き込むが手に持っていた盾で防がれる。そしてそのまま俺の方にナイフを振り回してきた。

 一度距離を取り槍で刺そうとするも再び盾で防がれる。

 

(やっぱ普通のゴブリンより頭いいな? こいつら)

 

 周りに目を向け、二体目の【ホブ・ゴブリン】がこちらに向かってきているのを確認した俺はカバンから追加で枝を一本取り出す。

 一体目の盾持ちに力を抜いた上からの槍の一撃を当て、防がせる。

 

「どっせい!」

 

 掛け声と共に、《即席合成》で作成した【尖った木の枝】を【ホブ・ゴブリン】のわき腹に突き刺す。「ギャァア!」と叫ぶ盾持ちを放置し二体目に目を向ける。

 持っているのはブロードソード、本来ならこちらの方が射程は長いが今の俺は片手で持っている都合上射程は剣と変わりない。

 

「ギィイ!」

 

「うおっ!」

 

 何の躊躇いも無く大上段からの一撃を仕掛けてくる剣持ちの【ホブ・ゴブリン】をやや大げさに避ける。

 剣を完全に振り切ったのを確認し、槍で【ホブ・ゴブリン】の頭をフルスイングしようとし――寸前で止める。【ホブ・ゴブリン】が持っていた剣を手放しこちらに飛び掛ってきたからだ。追撃を仕掛けるように別方向から【ティールウルフ】が一匹走りよって来ていた。

 

(ゴブリンとオオカミ……ダメージが低そうなのは……)

 

 方向転換し、【ティールウルフ】にカウンターで槍を突き刺し地面に叩きつける。「キャイン!」と悲鳴を上げる【ティールウルフ】から槍を引き抜いたと同時に背中に鈍い衝撃。

 【ホブ・ゴブリン】に背中を殴られたのかと考え、とりあえず【ティールウルフ】を蹴り飛ばし体勢を立て直す。

 

「コラテラルダメージだクソ!」

 

 苛立ちを込めた槍の刺突を、もう一度殴ろうと拳を振りかぶっていた元剣持ちの【ホブ・ゴブリン】にお見舞いする。

 

「ギャッ!?」

 

 相手の肩を貫いた勢いをそのままに、脇腹を抑えて蹲っている盾持ちの【ホブ・ゴブリン】へ向けて蹴り倒す。

 二体の【ホブ・ゴブリン】が消えていくのを見届けてから次の敵に目を向けようとして、既に敵が全滅していることに気付く。

 

「あれ?」

 

「既に終わらせましたよ。ネビロスの戦いを見てましたが卑下する割にはいい判断力でした」

 

 グラシャラボラスも自分に向かってくる奴は透明化を駆使したりして速攻で片付けておりいつでも俺の助けに入れるようスタンバってたらしい。

 レベルとかステータス的に仕方の無い事ではあるが一番戦闘が長引いたのが俺という事に若干の恥ずかしさを覚えた。

 

「恥じ入る事などある物ですか、貴方は強くなれますよ。さて、目的地まであともう少しです、走りますよ」

 

「アウッ!」

 

 嬉しい事を言ってくれるエイラと翼をばさばさと羽ばたかせ俺を慰めようとするグラシャラボラスに元気を貰い、走り出すエイラについて行った。

 

 

 

 

 

「ここが地底湖への入口です」

 

「これが……」

 

 痛む背中を気にしつつ、足を止めたエイラの後ろから地底湖の入口を見る。ダンジョンみたくこれ見よがしな扉がある訳でもなく、そこにはそこそこに大きな滝と、そこから流れた水が向かう綺麗な湖だけである。

 

「まさか湖の中潜るわけじゃないよな?」

 

「それだと私だけでは入手困難どころか入手不可能です。ちゃんとした入口はありますよ」

 

 そういって向かうは大きな滝。エイラが手を向けるとその滝が中央から二つに分かれ、隠されていた洞窟が姿を見せる。

 ここに来て初めて見た魔法らしき現象に目を輝かせる俺を鼻先で突くグラシャラボラス。早く行こうぜという意思を感じたので足を止めて待っていてくれたエイラの方に走り寄る。

 

「すまんすまん、魔法とか見たの初めてだから」

 

「それが自分に向けられた時は足を止めてはいけませんよ。さて、申し訳ありませんがここから先はネビロスに先導を任せても構いませんか?」

 

 そう言ってエイラはフードを被って外気に肌を晒さないようにする。

 

「後ろから道案内はさせて頂きますのでご安心を、この先の地下水脈走る地底湖では何時流水を被ってしまうか分からないので……」

 

「あぁ、そういう事なら先を歩かせて貰いますが」

 

 了承の意を示し、俺は開かれた洞穴へと身を投じる。しかし暗い道だ、おまけに床も水を含んでぬかるんでいる。

 しかしエイラはここから先は何時流水を被ってしまうか分からないといっていたがそんな事があるだろうか?

 

「湿ってはいるが水が流れてる場所は見えないんだが、漏水する所でもあるのか?」

 

 俺の問いに後ろを歩くエイラは首を振る。

 

「<アクシデントサークル>という物をご存知で?」

 

 今度は俺がエイラの問い掛けに首を振った。

 

「レジェンダリアで時折発生する自然現象です、一所に漂う自然魔力が一定の濃度を上回るとランダムな魔法による被害がその近辺を襲います。街や村には自然魔力を吸収、或いは拡散する技術がありますが、我々からそれに関する情報を聞かない<マスター>が往々にして<アクシデントサークル>に巻き込まれてしまうのですよね」

 

 侭ならないものですと、若干脱線していくエイラに苦労してるんだろうなぁと申し訳なくなってくるが、そんな空気をエイラの咳払いが一掃する。

 

「ともあれ、この一見蟻の巣じみた洞窟はそういった<アクシデントサークル>の宝庫なのですが齎される魔法災害はたった一つ――」

 

 その言葉を言い終わるや否や、T字路に差し掛かりどちらに行こうかと思案していた俺をエイラは思い切り引っ張った。

 と同時に目の前の通路を横切るように、大質量の水が通過していった。

 

「――即ち莫大な流水を伴う《転移魔法》です。どうですか? 吸血鬼である私が入手困難と言った意味が理解出来ましたでしょうか」

 

「いやこれ吸血鬼とか関係なく死にますよね!?」

 

 俺の悲痛な叫びは無かったかのように処理された。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 至る所で枝分かれを繰り返しアリの巣の様な構造となっているこの洞窟は通路の一本一本が「魔法で舗装された水路」であり、ランダムなタイミングで様々な通路の始まりと終わりに<アクシデントサークル>が現れ、大質量の水を運び、やがて消えていく。

 毒や落とし穴なんかよりよっぽど悪質な即死トラップがランダム生成されるこの地下水脈を越えた先にある地底湖こそが今回の目的地である。

 

 正直ここまでクソなフィールドがあるとは思ってもみなかった。唯一の救いは水と共に流されるのでモンスターの類は一匹足りとていない事だが、それも気休めにしかならない。

 

「というかこれって立派なダンジョンなのでは……?」

 

「単なる自然現象がたまたま大量発生するだけの土地ですので神造ダンジョンとは言えませんね」

 

「さいですか……、頼むぜグラシャラボラス、いきなりで悪いがお前の鼻が頼りだ」

 

 項垂れる俺の言葉に「ガウッ」と元気よく返事を返すグラシャラボラスを撫でてやりながら、どう攻略するかの構想を練る。

 エイラですら先程のように水流が迫るのを察知できるのはギリギリであり、この場で最も危険の感知能力が高いのはグラシャラボラスなのだ。そのため主にグラシャラボラスに警戒をしてもらい、歩いている通路が危険だと判断したら一咆えしてもらう形で歩を進める。エイラには引き続きこの場での道案内を頼み、最短距離でさっさと採って帰る。

 これが一番だ。

 

「あー、そういえば、さっきアイテムを使えば一定時間流水を気にせずに良くなるってエイラ言ってたよな。あの水流大丈夫になるってどんなアイテムなんだ?」

 

「【奔走輸血】というアイテムで一定時間霧となって移動が出来るアイテムです。霧となっている間は物が持てず効果時間が終わると暫く動けないのであまり使いたくはありませんが……」

 

「なるほど……いざと言う時の脱出手段はある訳だ、でもその後運ゲーになるのはキツいな――」

 

「――ヴァウッ!」

 

 グラシャラボラスの一咆えを認識し、エイラと共に全速力で前に走る。グラシャラボラスが俺を追い越し最も近い分岐路へと先行する。

 ……クソッ、背中が痛む。

 

「あった! 横穴だ!」

 

 グラシャラボラスが先行し見つけた分岐路にエイラと俺は飛び込んだ。数秒後轟音と共に先程まで俺達がいた通路を通過する横流れの大瀑布。

 

「グラシャラボラスの警告に従い全速力で走ってこれか、ずっとこの調子だと身が持たんぞ……」

 

「それでも、貴方のグラシャラボラスのお陰でアイテムを使わずに済みました。この調子で行けば最短でアンブロシアのある地底湖まで行けるでしょうけど、……少し休憩しますか?」

 

 既に息も絶え絶えの俺を気にした様子で休憩の提案をしてくれるが、ここにいる限り安全は無い。休憩してて全滅なんて事になったら洒落にならない。

 

「いや、進むぞ」

 

 故に前進を選択する。まぁ普通に疲労してるだけだからな、ここでエイラに迷惑は掛けられん。

 だからそんな心配そうな目を向けてくれるなよ、グラシャラボラス。

 

(帰ったらポーションをたらふく買い込もう……)

 

 自分の準備不足を呪いながら、俺はエイラとグラシャラボラスと共に歩きだした。

 

 




行商人兼旅人にあるまじき品物不足。

【奔走輸血】
・血を得る事で力を増す種族(大体は吸血鬼)のバフアイテム。飲む事で効果が現れる。
・純粋な力を増強させる物や、己が使えない特殊能力を使えるようにする効果がある。
・モンスターの血が原料なので効果終了後拒絶反応が出る。効果の強い物ほどデメリットも大きい。
・仮に【UBM】から作られた【奔走輸血】があるならば、それが使用者に齎す恩恵は莫大なものとなるだろう。


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第四話 イベントが見れなくなる様な愚行は控えよう。

遭遇するよ。


 

 

「次はどっちに?」

 

「この先の分岐を左に」

 

 その後も大水流から逃れつつ、エイラの指示に従って順調に地下水脈を攻略していった。

 エイラによると全体の七割は踏破したとの事、着々と近づくゴールに安堵の息を漏らしながら天を仰ぐ。水流から逃げ回っている最中、数分ほど間が開いている時に疲労は癒えたが焦燥感は募るばかり。

 

 こんな身に迫る焦りを覚えたのはいつぞやのゲームでテルモピュライがラストダンジョン攻略中に寝落ちしたとき以来か。一瞬でも気を抜けば死ぬという点ではどっこいどっこいかもしれない。

 足早に分岐路を左に行き、直進。先程まで自分達がいた通路を水が満たす音も心身をすり減らす要因の一つだろう。

 

「あともうちょいか、この先は?」

 

「十字路に出るのでそこを直進して――」

 

「――ヴァウ!」

 

「いえ、左に曲がりましょう!」

 

 後ろからの危機を察知したグラシャラボラスの声を聞きエイラが行き先を変え、俺が全力でエイラの指示に従う。

 何度も繰り返してきたこの作業にも幾分慣れてきた。

 

「修正ルートは!」

 

「この先を右に曲がれば後は直進で地底湖に辿り着きます!」

 

 それはつまりこの地下水脈がもうすぐ終わりを告げるという事、グラシャラボラスが沈黙しているのを確認し俺はそのまま洞窟内を駆けていく。

 足元の泥濘に足をとられることも無く走り、T字路に差し掛かった所を右に曲がる。エイラの言った通り分かれ道の無い直線の通路をそのまま走り――

 

 ――グラシャラボラスが咆える。

 

「……うっそだろおい」

 

 ほんの一瞬だけ足を止めてしまった。すぐに足を動かすがその足取りは重い。

 数秒後の未来を鮮明に思い描いてしまった為だ、ここまで来て死にたくは無いが、それも絶望的に思えてきた。

 

「走って!」

 

 エイラが俺の手を握り、今までのスピードとは段違いの速さで洞窟を駆け抜けていくが背後の水流から距離を離す事は出来なかった。

 

(やっぱ俺足引っ張ってたのか……)

 

 ――何やってんだ俺は。

 

 ガチで一番のお荷物じゃねぇか、ここまで来たのに俺が足を止めたせいでまた最初から?

 敗因はエイラが依頼した俺のステータスが低かった事?

 

(……冗談じゃないッ!)

 

 そんなのはごめんだ、情けないにも程がある。

 グラシャラボラスに目を向ける。情けない事ばかりだが、俺が自分の足で走るより、エイラの手を煩わせるよりよっぽどマシだ。

 だから、乗せてくれグラシャラボラス。

 

 返事は是であった。

 

「エイラ! グラシャラボラスに乗せてくれ! 多分そっちの方が早い!」

 

「そん、いえ、分かりました!」

 

 一瞬逡巡するも即座に決断を下したエイラは繋いでいた俺の手を思い切り引っ張り前方に投げ飛ばす。落ちる先にはグラシャラボラス。

 

「ガウ!」

 

「助かったぜ相棒! 先に行けエイラ!」

 

 上手い事グラシャラボラスの背に乗った俺はエイラに、遠慮せず全速力で目的地に向かってくれと言い、彼女はそれに頷いた。

 幾つかのスキルを使ったのか一瞬にして一本道を駆け抜けていったエイラに続くようにグラシャラボラスもスピードを上げる。

 

 視界はまだ代わり映えしない洞窟を写す。エイラの姿は既に無い。滝の様な音がする。後ろは見ない。体を相棒に密着させる。更にスピードを上げる。音が少しずつ近づいてくる。見えてきた。光――

 

 ――抜けた。

 

 背後で展開された終の<アクシデントサークル>に鉄砲水が大挙するのをよそに、俺は目の前に広がる景色に心を奪われていた。

 俺の眼に映るのは宝石の様な美しさの湖。所々に積み重なった砂の足場が点在し、その至る所に根を下ろす、水晶の様な輝きを放つ幾つもの樹を見つけた。

 ここがエイラの目的地か、と考えグラシャラボラスから降りた俺はエイラの姿を探す。

 

「こっちです、ネビロス」

 

「エイラ?」

 

 俺を呼ぶエイラの声に、姿を確認しようと足を進める。

 中央の一際大きな樹に背中を預け、脱力しきった様子のエイラを見つけた俺はどうしたのかと駆け寄った。

 

「先程水流から逃げた際に使用したスキルの副作用です、数分で元に戻るのでお気になさらず」

 

「エイラの自己強化手段って軒並み副作用重くない……?」

 

「人より丈夫でリスクよりリターンを優先するだけですよ。それより少し休みましょう」

 

 ここにはアクシデントサークルは発生しないのかと聞くと、アクシデントサークルが発生するだけの自然魔力が溜まる前にアンブロシアに貯蓄されるので心配要らないとの事。

 この場に来た瞬間に俺の背後でアクシデントサークルが展開されたのもこの空間にアクシデントサークルを作れるだけの自然魔力が無かったが為に、その手前の通路を終着点としてアクシデントサークルが作られたからだという。

 それならば一安心だと零し、俺は座り込んでこの美しい地底湖に《旅の記録》で光の柱を立てる事にした。

 

 

 

 

 

 数分後、グラシャラボラスを撫でている俺に目を向けエイラが立ち上がる。

 

「おん、もう良いのか?」

 

「えぇ、体力は粗方回復しました。ネビロスのカバンにアンブロシアの実を詰め込んで頂けますか? 私の方でも幾つか採りますので」

 

「あいあいさー」

 

 立ち上がり、グラシャラボラスと共に転々と根差すアンブロシアの実を付ける樹に向かう。途中でエイラから「熟している実以外は採ってはいけませんよ、若い果実が無いとアンブロシアの樹は自然魔力を吸収できなくなるので」という注意を頂いた。

 幾つか残さねばこの地底湖も鉄砲水の餌食となってしまう。それは避けねばなと熟していると思しきアンブロシアの実をアイテムボックスに入れていく。

 

 そんなこんなで俺達がこの地底湖を一周する頃にはそこそこの数のアンブロシアの実が手に入った。

 エイラの集めたものをアイテムボックスに放り込み、最後の一個を仕舞う直前にふと疑問に思った事を聞く。

 

「そういやこれって美味いのか?」

 

「えぇ、適切な処理を施せばそこらの果実を容易く凌駕するほどには」

 

 専ら錬金術や快復薬製作に使われますがねと言うエイラの言葉を聞き、手に持っている一つのアンブロシアの実を見る。

 ……回復薬に使われるのなら体力回復の足しにはなるだろうか。

 

「むぐっ」

 

「……ネビロス?」

 

 何を、とエイラが言い切るよりも早く俺はアンブロシアの実を齧り飲み込んだ。

 

「なっ、早く吐き出して下さい!」

 

「すまんすまん、ちょっと回復の足し――に?」

 

 慌てて俺の手からアンブロシアを奪い去るエイラに軽く謝る。直後視界が歪み始めた。

 吐き気と若干の倦怠感が遅れて訪れ、危うく体勢を崩しかけた所をグラシャラボラスが支えてくれた。

 

 グラシャラボラスに寄りかかりながら原因を究明する為に己のステータス画面を開いて――即座に原因を発見した。

 

「……【過剰回復】?」

 

「アンブロシアは言わば自然魔力の塊です、先にガス抜きを行わねば一口食べただけで酷い目に合いますよってもう手遅れですが。もう気絶した方が楽ですよ、後は私が何とかしますので」

 

「すまねぇ……」

 

 正直びっくりするくらい体調が悪い。あぁクソ、食い物系のトラップはテルモピュライとのTRPGで嫌と言うほど食らったんだがなぁ、学習していない。

 何とかグラシャラボラスの背中に乗り込み意識が朦朧としかけてきた頃、「……魔力抜いておいてあげますか」という声と共に二の腕付近に痛みを感じ――

 

 ――そこで俺の意識は途絶えた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

「うぷっ、胃もたれしそう」

 

 気絶してしまったネビロスを背負うグラシャラボラスがこちらを見上げてくるが気にするなというジェスチャーを返す。

 あのままだと帰る前にネビロスの身が持たないと判断しての行動ですので後悔はありませんよ、危うく私も【過剰回復】の状態異常を貰い掛けましたが。

 

「アンブロシアの秘める魔力量は恐ろしいものですね……」

 

 そう呟き私の手に収まるネビロスが口にしたアンブロシアを見る。……これは帰ったらちゃんと魔力を処理してネビロスに振舞いましょうか。

 そんな事を考え、グラシャラボラスと共に地底湖を後にする。

 

 帰り道は運が良かったのか、アクシデントサークルによる大水流が来たのも数回だけであり、そのどれもが近くの横穴に余裕を持って回避出来るものだった。

 

「中々に運がいいですね。何事も無く帰れそうです」

 

 想定していたよりもずっと早く地下水脈内部を抜け、入口である滝の裏側へと辿り着く。魔法で土を操り流水を押しのけ、グラシャラボラスが通れるほどの大きさに広げる。

 私は直射日光を避けるためにフードを被り直してこの地下水脈から外へ出る。グラシャラボラスも私の後に続き――周囲を警戒する。

 

「――貴様ラカ? 俺ノ配下ヲ殺シタノハ」

 

 聞き慣れぬ金属を擦り合せた様な声に何者かと振り向く。

 そこにはまるで最初からここにいたとでも言いたげに湖の辺で座る、巨人族ほどの体躯を持つゴブリンの姿があった。そして私達を取り囲む数十匹のゴブリンの群れも。

 

「モウ一度聞クが、貴様ラダナ?」

 

 その巨大なゴブリンの問いは形こそ答えを求めているものだったが、その目は何かを確信しているかのように細められる。

 ここまで来て戦闘の可能性が出てきましたか……。グラシャラボラスに目を向けいざと言う時の準備をさせる。

 

「えぇ、目的を達成するのに邪魔でしたから」

 

「ソウ、カ。ヤハリ……。目的ト言ウノハ、ソレカ?」

 

 はっきりとお前の配下を殺したと口にしてもその表情は変わらずに、巨大なゴブリンの眼は私の持つアンブロシアに向けられる。肯定として頷きを一つ返す。

 周囲のゴブリンが殺気立っていくのを抑え、巨大なゴブリンは思案気に口元に手を当てる。やがて何らかの結論が出たのか口元に当てていた手を私の方に向け、言った。

 

「貴様ラハココカラ無傷デ帰リタイカ?」

 

「……? えぇ」

 

「デ、アレバ、ソノ果実ヲ置イテユケ。ソウスレバ貴様ラガコノ森ヲ出ルマデノ間貴様ラヲ襲ワナイト約束シヨウ」

 

 そいつは私の持つアンブロシアを求めてきた。少し思考する、が……ここで衝突するよりかは遥かにマシだろう。

 

「私達を襲わない旨、本当でしょうね」

 

「アァ」

 

「であればこれはこの場に置いていきます、そのゴブリン達を引かせてください」

 

「イイダロウ」

 

 散レ、という巨大なゴブリンの言葉に、私達を囲んでいたゴブリンの群れは姿を消していった。

 アンブロシアを湖の縁側に置き、その巨大なゴブリンから距離を取って霊都への帰り道に向かう。

 

「……貴方は一体何者なのですか?」

 

「フム、人間共ハ俺ヲ【餓鬼王 グレイロード】ト呼ンデイタナ、デアレバ俺ハソレナノダロウ」

 

 これで満足か? とでも言いたげに目を細めるゴブリン――【グレイロード】に私は「そうですか……」としか返せなかった。

 その後森を抜けるまで、【グレイロード】の言った通り一度もモンスターと相対することは無かった。

 

 どこか薄ら寒いものを覚えながらも、私はネビロスを乗せたグラシャラボラスを連れて霊都へと向かう足を速めた。

 

(あぁ、ネビロスに振舞う分が無くなりましたね。後で家にある物を漁りましょう)

 

 

◆――◆――◆

 

 

『ご当主様、ただいま帰還致しました』

 

『おや、今までどこに行ってたんだい?』

 

『アンブロシアの果実を採りに行ってきました。大量です』

 

『うん?』

 

『あとお客人がお目見えです、歓迎の品を作るので食料保存庫の物を使わせて頂きます』

 

『待ちたまえよ、君自分の立場分かってるかい? というか料理作れるの?』

 

『侍従たる者料理程度作れなくて何としますか、私はご当主様のご息女のメイドですよ』

 

『うーん、私の記憶が正しければ私の娘はエイラという名前の少女が一人だけだった気がするんだが』

 

『もう少女って年じゃないです。止めて下さい』

 

『うーむ、今君の部屋で気絶してるのはマスターだろう? その設定で彼に近づいたんだろう、一応後で挨拶でもしようと思ってたけどその設定私も使った方がいい?』

 

『いえ、結構。起きたら私のほうから話しますよ。で、食料の使用許可は』

 

『せっかくだ、美味しい物を作ってあげなさい。刃物の取り扱いには気をつけ給えよ』

 

 




オリジナル要素。
【過剰回復】
・HP版とMP版の二種類がある。
・基本的には濃縮ポーションをイッキするとかで稀に掛かる。
・HP版【過剰回復】は末端の痺れや筋肉の強張りによる移動速度減少が常時掛かり、MP版【過剰回復】は視界の歪み、酩酊、衰弱が気絶するまで掛かり続ける。
・どちらも状態異常を解くにはそれ用のエンブリオのスキルか【快癒万能霊薬】を服用する、または余剰分のHPもしくはMPを全て消費すればオーケーである。ポーションを飲んでも逆効果なので大人しく魔法ブッパするか自傷を繰り返そう。
・【過剰回復】とは特に関係ないが吸血鬼による【吸血】は対象のHP、MPを任意で吸い取れる。

【餓鬼王 グレイロード】
・かつて<アクシデントサークル>に巻き込まれた挙句【妖精女王】の広域殲滅魔法を盗み見て恐怖心と生存欲を手に入れた流れの【ゴブリン・ジェネラル】。
・その後も幾度か<マスター>や<ティアン>の戦いを盗み見、知識を吸収し技術として配下のゴブリン達に還元するを繰り返しているといつのまにか【UBM】になっていた。ランクは逸話級。
・正直名持ちになった事で自分が死ぬ可能性が爆上がりしたんじゃないかと思っているが王と呼ばれるのも気分が良いので現状維持。
・元々仲間の死には無頓着な方なので死んだゴブリンの群れよりアンブロシアの実を手に入れた事の方が興味を引かれている。

オリジナルエンブリオを考えるのと同じくらいオリジナル【UBM】を考えるのはデンドロ読者の嗜み。


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第五話 クエスト達成報酬を頂こう。

ご褒美貰うよ。


 気絶してから放り込まれた謎の空間で俺は何をするでもなく寝転がっていた。

 グラシャラボラスは大丈夫だろうか、エイラはあの後地下水脈を越えられたのだろうか、様々な思いが浮かんでは消えていく。

 

 意識が現実の方に投げ出されていない以上、まだ俺はデスペナルティを受けていないだろうがそれもエイラとグラシャラボラスの頑張り次第になってくる。

 

(……つくづくあいつらには迷惑掛けちまったな)

 

 今回の依頼を通して気付いたのは、圧倒的に俺自身の力が足りない事。

 戦闘はエンブリオやテイムしたモンスターに任せる? 大いに結構、元よりその様に運用するのがセオリーだからな。であれば敵はどう動く? 決まっている、本体を叩くだろう。どれだけ厄介で強大で悪辣な仲間を揃え物量で押し潰すとて、俺が死ねばそれは最早意味を成さなくなる。

 テルモピュライがああも戦闘職を取ることを進めてきた理由がやっと分かった。

 

(出来る事が、手数と手段が必要だ)

 

 真の意味で護身術程度で甘んじていればいずれ必ず限界が訪れる。グラシャラボラスと共に戦闘に参加できる力が必要だ。

 

(どこかのタイミングでテルモピュライに会いに行く必要があるな。その前にエイラとグラシャラボラスがどうなっているかを確認するのが先だが……おん?)

 

 頭に霞が掛かったかのように思考が鈍り、この世界から抜け出す様な感覚を覚える。

 表の俺が目覚めようとしているのだろう、この空間に来たのは初めてだが己の思考を整理するには中々にいい場所であった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 コトコトと湯を沸かす音で目が覚める。視界に入った見慣れぬ天井と、近くの机の上に置かれている装備品の類、そして俺の体を覆うフカフカの布団でレジェンダリアまで無事に帰って来れた事を悟る。

 それが分かればわざわざ飛び起きる事も無いだろう、もう少しこのベッドに身を預けていたい。

 

「ヴァフ?」

 

「あー、グラシャラボラス、無事だったようだな。良かった良かった、……エイラは?」

 

「ここにおりますよ、ネビロス。快適な目覚めかと思われますが体の具合は如何でしょう」

 

 エイラの声を聞きゆっくりと体を起こす。ベッドの上によじ登って爪で布団を傷つけかねないグラシャラボラスをそっと降ろし、体の調子を確かめる。

 首を動かし、腰を動かし、指、肩、腕と来た所で右の二の腕に違和感。袖を捲って確認するとそこだけ執拗に包帯を巻かれていた。

 

「どうしました?」

 

「いや厳重過ぎない? 何があったの?」

 

 エイラが沸かした湯をティーカップに入れながら何事か聞いてきたので右腕を指差して逆に何事かと聞くも「ネビロスが気絶している間にうっかり引っ掛けてしまいました」と作業を続けるエイラ。まぁ大した事無いなら良いか、と律儀にベッドの下で俺を見るグラシャラボラスを撫でてやる。

 

「お前も頑張ってくれたよ、ありがとな。……ところで依頼についてなんだが」

 

「何でしょう」

 

 エイラが淹れてくれた紅茶と思しき飲み物を受け取り、礼を言う。ここら辺は流石本職と言うべきかかなり手馴れており、何となくメイドスキーな友人殿の気持ちがが伝わってきたのだった。茶がうめぇ……。

 

 それはともかく。机の上にある俺のアイテムボックスに手を伸ばし中身を確認する。大量の木の枝に埋もれるようにして少量のモンスターの素材、そしてそこそこ採ったアンブロシアの実が目に入る。結構乱雑だがアイテムボックス内部はそれぞれのアイテムに保護機能が働いているので木の枝でアンブロシアの実が傷つく事は無い。

 そんな木の枝倉庫と化した俺のアイテムボックスから一つアンブロシアの実を取り出してエイラへ差し出した。

 

「これで達成かな?」

 

「――えぇ、私の依頼を達成して下さりありがとうございます」

 

 俺の手からアンブロシアを受け取ったエイラは深々と頭を下げた。これでエイラに頼んだお嬢様とやらが喜んでくれれば幸いなのだが、と考えた所で一つ思い出す。

 

「そういや俺が食った奴は? 流石に齧りかけは拙かったか?」

 

「あ、いえ、必要なのはアンブロシアの内包する自然魔力ですので別に食べかけだろうと問題は無かったのですが……」

 

 少し言いにくそうにしていたエイラの口から語られたのは俺が気絶してからの事の顛末。

 運が良かったのか帰りの地下水脈は大人しく、すぐに元の入口までやってきたのだがそこで待ち構えていたのはこのレジェンダリアではそこそこに有名な【UBM】である【餓鬼王 グレイロード】、何らかの手段で俺達がゴブリンの群れを殺したのを察知してきたらしい。即戦闘には至らず交渉によって何とか衝突せずに済んだらしいがその時に【餓鬼王 グレイロード】に俺が一口食ったアンブロシアを取られたらしい。

 【餓鬼王 グレイロード】が死した仲間の為に形振り構わず敵を殺すような奴だったら、交渉の材料としてアンブロシアが見える位置に無かったらかなり危なかったという。

 

 俺としては初【UBM】を見逃した事に驚愕を隠せないのだが、その場で俺が起きていても多分要らん事しただろうし結果オーライか……。

 喜ぶべきなのかなと微妙な表情をしている俺に聞こえるように咳払いをしたエイラは手に持ったアンブロシアを布で包んで懐に仕舞うと、エイラの背後にある銀のトレイを俺の前まで運んできてくれた。

 

「手作りのアップルパイです、あーんは必要ですか?」

 

「こっ恥ずかしいにも程があるでしょ、自分で食えるよ」

 

 俺は惰性で掛けていた布団から這い出しベッドの縁に座る。

 エイラが切り分けてくれたアップルパイを受け取り、アップルパイの破片を零さないように口に運ぶ。

 

「……うめぇ」

 

 当然だが現実の方でのコンビニの物の数倍美味い。生地を必要以上に多くせずリンゴの方をメインに作られてるのもポイントが高い。

 紅茶のおかわりを注いでくれたエイラに凄く美味かったと伝えると「頑張って作った甲斐がありました」と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで弛緩しきった空気の中、扉を開けて一人の人物が入ってきた。

 

「やぁやぁ、ご機嫌如何かな? ネビロス君」

 

 銀の長髪を流しモノクルを掛けている好青年といった風貌の彼は貴族が着る様な煌びやかな服を着こなし、朗らかな笑みを浮かべこちらに歩み寄ってくる。

 貴族が着るような、とは言ったが恐らく彼は貴族そのものだ。モノクルを付けているが執事には到底見えないのでエイラの言っていた吸血鬼氏族の当主の一人なのだろう。

 なのだろうがそんな人物はここまでフランクに接してこないのではという疑問が脳裏を駆け巡る。

 

「一応動ける程度には回復しましたが……えと、貴方は?」

 

「ん、言ってないのかいエイラ。まぁいい、私はガルシア・ヘキサ・アインドラ。姓はアインドラで名はガルシア、氏族の第六当主であると同時にそこのエイラの父親だ。ガルシアさんなりガルシア殿とでも呼んでくれ給え」

 

「随分なお偉いさんなのにそんな軽くて良いのか……」

 

 というか、今何と?

 

「エイラの父親? でも、当主で娘って事は……あー? そういう事?」

 

「概ね君の思っている事に間違いはない筈だ、エイラ・アインドラがこの子の本名であり所謂お嬢様だ。ついでに言うとエイラに側仕えは一人もいない」

 

 つまる所、エイラは身分を偽っていたのだ。最初に出会ったときからずっと。

 ただ、それを聞いても俺はあまり驚きはしなかった。いや、お嬢様が何で街中普通に歩いてたのとかお嬢様が【奔走輸血】とか言うデメリットありのアイテム持ってて良いのかとか、思い返してみると予想外にアクティブだった所が幾つかあって驚いてはいるが。普通に騒ぐほどの事でもなかったと言うべきか。

 

 エイラがお嬢様だった、この事を知って心中に沸き上がるのはやはり何故エイラがアンブロシアを求めていたのかという事。

 最初にエイラに聞いた時は「詳しいことは言えません」と言われたが、これに関してはガルシアが答えてくれた。

 

「まず、エイラがアンブロシアの実を手に入れるためにマスターに協力を依頼しようとした事。これに関しては完全にエイラの独断だ。が、私が対立している他の吸血鬼氏族との争いで有効打を与えられるのがアンブロシアの実という事をエイラは知っていた。だから他の氏族に先んじてアンブロシアの実を採りに行ったんだろうが……正直無茶が過ぎるね。アンブロシアが長い間蓄えられた自然魔力の塊とは聞いたかい?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「上位の薬剤師や錬金術師の手を借りる事になるが正しく加工することでアンブロシアの実からは高純度の魔力の結晶体と【ネクタル】と呼ばれる代物を作ることが出来る。これが向こうの氏族に対する脅しと交渉の材料になり得るんだ」

 

 ネクタル、ネクタールとも呼ばれるそれは多くの場合、神が飲む生命の酒または不老不死の霊薬を指す。普通に作れる以上神しか飲めないという制約は無いだろうがそれを用いて脅し?

 

「ここから先はレジェンダリアの恥部を晒すようで頂けないのだがね、私が対立している吸血鬼氏族は<マスター>排斥派なんだ。【妖精女王】の意に大いに反するから何とか過激なことはするなと言ったのだが向こうがこちらを蛇蝎の如く嫌っていてね……最近ではなにやら怪しい宗教団体に投資しているという噂も聞く。私個人としてはマナーのなってない一部のマスターはどうなろうと知ったこっちゃ無いが国として考えると話は別だ。このままでは奴は国の成長を阻害しかねない」

 

 本当に侭ならないものだよ、とガルシアは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、そんなガルシアからエイラが言葉を引き継ぐ。

 

「そこで今度の有力な貴族が一堂に会するとある会合で相手方の手足を縛って転がしておこう――もちろん物理的にではありませんよ?――という結論に至ったのですがどうしても手札が足りないと言う父の言葉を聞いてアンブロシアを採りに行こうと思い至ったのです」

 

「発想の飛躍が過ぎるよねぇ。で、ここからが本題なんだが」

 

 エイラの突拍子も無い行動にガルシアは疲れを滲ませた溜息を吐いていたがすぐに顔を引き締めこちらを見やる。

 

「本来はエイラが受け取ったアンブロシア一つで依頼は達成されたと思うんだ。だからこれはエイラの依頼とは全く関係ない提案なんだけど、ネビロスの持つアンブロシアの実を全て貰いたい」

 

 ほう、なるほど?

 確かに先程エイラにアンブロシアの実を渡した時点で依頼が達成されたのは俺のレベルが大幅に上がっている事から確認済みだ。そこに関与する術は無いからあくまで交渉で残りも欲しいと、そういう事か。

 

「勿論タダでとは言わない、それ相応の金なりアイテムなりを渡そう」

 

「……幾つか条件を約束してくれるのなら」

 

「聞こうか」

 

「まず俺はまだエイラの依頼達成による報酬を貰っていません、アンブロシアと交換する物はエイラの依頼の報酬とは別でお願いします」

 

「もちろん、そちらも有耶無耶になどしないさ。先にエイラが世話になった報酬を渡してから交換にしよう」

 

「次に、アンブロシアを全て渡す際アンブロシアから作成可能な魔力の結晶体か【ネクタル】を一つ頂きたい」

 

「いいだろう。約束する。ただ製作過程の都合上渡すのは一週間後になってしまうが構わないかな?」

 

「はい。それを約束してくれるのであればアンブロシアを全て渡します」

 

 アンブロシアが手に入るのなら安いものさ、とガルシアが部屋に備え付けられているベルを鳴らすのを見てもっと強請れたか? と一瞬考えたが首を振ってその思考を追いやる。

 話を聞いていた限り相手はレジェンダリア有数の大貴族だ。欲を掻けば待つのは死、相手の気が変わらぬよう謙虚に行かねばなるまい。

 

 とは言え俺の最大の不安点である「依頼報酬? さっき交換した時渡したしええやろ」は免れたので個人的には勝利である。

 そうこうしている内にきっちりとメイド服を着込んだ数人の女性がこの部屋に入ってきた。恐らくこっちは本物。

 

「まずはネビロス君がエイラの無茶に付き合ってくれて更にアンブロシアの実を持ち帰ってきてくれた謝礼としてこれを渡そう」

 

 ガルシアが軽く手を挙げるとメイドの一人がアタッシュケースの様な硬質なカバンを持ってくる。「お確かめ下さい」と俺の前に差し出されたそれを開くと中身は多種多様な宝石と相当数の各種ポーションが入っていた。

 

「その宝石類は売れば20万リルはくだらないだろう、出所を聞かれたら『神造ダンジョンで見つけた』と言えば納得する筈だ。そっちのポーションも有用に使ってくれ給え。そして……」

 

 宝石類とポーションをありがたく俺のアイテムボックスの方に移し変えているともう一度ガルシアが手を軽く挙げる。

 二人目のメイドが手提げカバンを俺に渡し、宝石類が入っていた空のカバンを回収する。

 

「それはうちで箪笥の肥やしとなっていた防具一式だ。エイラの話を聞いてネビロス君には鉄はなるべく少ない方がいいだろうと判断し、革と布をメインに機能性を重視した軽装備にした。多分武器よりかは防具の方がいいだろうと判断したのだが、どうだろうか?」

 

 立ち上がり初心者装備からその軽装備――【追い風】一式を試着する。

 新緑を彷彿とさせる色合いのそれらは結構な割合で革が使われているにも拘らず、関節の稼動域を全く阻害する事無く軽やかに動くことが出来た。

 

「どうも何も、凄いですよこれ。そこらの店で売ってるものよりも断然使いやすい、タンスに封印されてた物とは思えない」

 

「それは良かった、何か無いかと探した甲斐があったというものだよ。それじゃあ残りのアンブロシアについての話し合いをしようか。単刀直入に聞こう、何が欲しいかな? 金か宝か防具か武器か、望む物はなんだろう。私は何でも授けよう」

 

 演劇の舞台に立ったかのように高らかに宣言し、こちらを見やるガルシア。その笑みは何を言うのか楽しみにしているのか、はたまた俺が何を言うのか予測しているのか。

 ガルシアが述べた金、宝、防具、武器、どれも簡単に取り揃えられるものであるのは理解している。向こうもある程度の無茶は聞き入れてくれる様子だし色々なものを要求するのもありだろう。

 

 だがすまない、先程目が覚めてエイラから何があったのか聞いたとき、一番欲しいものは決めていたんだ。

 

「――情報を」

 

 俺は真正面にガルシアを見据え答える。

 

「俺の求める限りの情報を貰いたい」

 

「何の?」

 

「この近辺に存在する全ての【UBM】について」

 

「……なるほど、いいだろう」

 

 ガルシアは愉快な物を見たとでも言うように、口元に貼り付けていた笑みを深めたのだった。

 

 




吸血鬼のオリ要素強い気がするけど二次創作だし是非も無いよね。

高純度の自然魔力の結晶体
・ぶっちゃけると【清浄のクリスタル】。幾つか作り方はあるが材料によって質が変わる。
・アンブロシアの、害にすらなり得るほどの莫大な魔力を圧縮して形成するという脳筋的レシピが必要。副産物で固め切れなかった液体が抽出される。
・【ネクタル】とは味噌と醤油の様な関係。

【ネクタル】
・実質【快癒万能霊薬】みたいなとこある。アンブロシアの悪い所は全てクリスタルの方が魔力と共に掻っ攫っていったので完全に無害な回復アイテムとなった。
・状態異常を即時回復し、一定時間割合で最大MPを上昇させ、MPの自然治癒力も向上する。
・特定の種族に致命的なダメージを与えるらしい。
・【清浄のクリスタル】とは豆腐と豆乳の様な関係。


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第六話 戦闘職を手に入れよう。

特訓するよ。


 所変わって“霊都”の大通り。俺とグラシャラボラスは、俺の体に打ち込まれた「記憶」の処理をしながら出店をふらふらと巡回していた。

 ガルシアはこれを打ち込む際、『記憶が薄れるのは30分程度だから頑張って覚え給えよ』と言っていた。それに付随して、エイラの部屋で行ったガルシアとの会話が脳裏を過ぎる。

 

『今から君に私の血の“記憶”を流し込む。あぁ、別に心配しなくても暴徒化したりゾンビ化したり下僕化したりなんてことはないから安心してくれ給え。……そういう血は別で作るからね』

 

『使うスキルは《血の記憶》、相手から吸血によって記憶を盗み見たり任意で選んだ自分の記憶を相手に共有したりと悪巧みには持って来いのスキルさ。なんせ紙とかに残しておくと常につき回る「誰かに見られたら、盗まれたら」という心配が無くなる』

 

『え、【吸血鬼】万能過ぎるだろって? 当たり前じゃないか、じゃなきゃ殆どの吸血鬼が貴族になってるなんて事にはならないさ。偶にマスターの記憶を見てたりするけど、君達の世界にもいるだろう? 人智を超えた化物として伝わるそれらを』

 

『弱点さえなければ、出来る事なら何にだって手が届く。それが我々吸血鬼なんだから』

 

 そうニンマリと笑うガルシアはとても清々しい表情をしていた。個人的には産まれた時点で授かった物を最大限活用するガルシアの生き様はとても好感が持てる、その力に胡坐を掻き他を排斥したり見下したりしない点もグッドだ。

 そんなガルシアのお陰で有用な情報が手に入ったのだから。

 

『――この七体が私の把握する全ての【UBM】だ。が、正直に言えば私だけが知っていると言う訳では無いし第一ネビロス君がこれら全てを討伐できるとも、申し訳無いが思っていない。故に私はこの情報は君の持つアンブロシアとは等価ではないと判断した』

 

『これは我が家に入る為の言わば鍵だ。種族の関係上日中は門番がいないからやや手間になるが夜に我が家に来てくれればうちの書斎を貸し出そう。流石に本の持ち出しは許可できないがね』

 

 そう言ってガルシアが差し出した三日月に六芒星が組み合わせられたタリスマンと、俺の持つ全てのアンブロシアの実とトレードを行った。これがあの後の顛末の全てだった。

 大量に買った鳥串を5、6本グラシャラボラスの牙の間に挟み串を引き抜いてやる。美味そうにむしゃむしゃと焼き鳥を食うグラシャラボラスを撫ですさり、ガルシアから貰った四体の【UBM】について考える。

 

「まぁまず勝てないわな」

 

 結論が出るのが些か早い気がするが、どう情報を精査しても結局はそれに行き着くのだ。即ち、必要なのはレベルと手数と戦闘職である。

 レベルが低いのは仕方無い、そのうち上がるから行けそうと判断すればその都度突撃するつもりだ。手数、要は戦闘に使えるスキルだがこれはレベルが上がれば増えていくのでこれも現状放置。

 

 俺達が今歩いているのは、最後の問題である戦闘職に就く為である。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 名は体を表すと言うが、基本的にジョブに関してもそれは適応される。何が出来る職業なのかが名を聞いただけで分かるというのは厄介である反面結構楽だ。

 という訳で俺達は【槍士】のジョブをゲットするためにとある建物に来ていた。

 

 そこは武器戦闘系のジョブ全般に就く事が出来る戦闘職総合ギルド。出店の主人にいい転職場所を知らないかと聞いて指し示された場所だ。

 

「はいはーい、新しいお客さんだねぇ。こっち来てこっち」

 

 玄関を通りカウンターらしき場所で子供に呼び止められた。身長140程の羽の生えた少年はカウンターに座りながら簡易的な質問をしてきた。

 行儀が悪いが身長が足りないのだろうか。

 

「常時飛ぶのも面倒くさいんだよ、椅子用意するのも嫌だし。で、君は……【槍士】のジョブが欲しくて来たのかな?」

 

 良くお分かりで。さらっと思考を読んで来る辺り大物かもしれない。

 

「そりゃずっと人の顔見てきたんだもの、それくらい分かるさ。で、【槍士】の取得条件は槍を使った戦闘で模擬戦用案山子を破壊すればすぐ取れるよ。早く訓練場行ってきな」

 

「扱いがぞんざいというか、大雑把ですね」

 

「当たり前、君戦闘職を主軸に据える気無いんだろう? 純戦闘職と比べて扱いに差が出るのは当然さ」

 

 ……本当に良くお分かりで。

 

「お察しの通り純粋な戦闘職には、申し訳ありませんがなるつもりはありませんが……」

 

「分かってるよ。俺の話を聞かずさっさと訓練場に行かない辺り欲しいのはジョブじゃなくて力なんだろう? それも短期で得られるような。俺もそこまで暇じゃないけども時間があったら見て回るから、ほら行ってきな」

 

 撃てば響くように俺の考えを読み当ててくる彼に会釈しながら【槍士】系ジョブの訓練場へと向かった。

 グラシャラボラスを連れて入ったその訓練場は槍を振り回す関係上、他の剣や短剣やらの訓練場より広々とした作りをしており、既に幾人かが訓練に入り浸っているが新たに入ってきた俺に目もくれずマネキンを打ち据えていた。

 

 先達に習い、早速的に対して槍を振るうも早速違和感を覚える。護身術の関係上カウンターばかりしていたせいで自発的に槍を振るうのがぎこちなくなっているのか。

 とりあえず的は破壊し【槍士】獲得の条件は達成したものの、やはりアニメみたいな突撃兵染みた真似は自分には無理だなと実感した次第である。

 

「ヴァウ」

 

「どうしたグラシャラボラス」

 

 苦労して的を壊すのを見ていたグラシャラボラスが移動し、先程破壊した的に重なるように俺の前に立ちはだかる。……まさか、いやでも、流石にそれは。

 

「もしかしてカウンターの訓練相手になってくれるのか?」

 

「ルルゥ」

 

 ありがたいが些か承服しかねる。カウンターの訓練という事は必然相手に動きがあり、丁度いい具合に手加減が出来るという点を考慮すれば最適ではあるのだが……、己のエンブリオと戦うと言うのは心情的にも避けたいのよなぁ。

 怪我でもさせてしまったらどうしようと、敵に対するそれとはまた違う焦りが出てしまう。

 

「君、それこそ失礼じゃないかい」

 

「え」

 

 どうしたものかと考えていると後ろから先程も聞いたやる気無さげな声。振り返ると先程の少年が呆れた様子でこちらを見ていた。

 

「俺は<マスター>じゃないから分からないけど、相棒からの折角の提案を断るのはちと可哀想じゃないか?」

 

「それは……」

 

「それにここなら怪我もポーションですぐ治せる。というか君の棒切れみたいな武器じゃ精々掠り傷くらいしか与えられないだろうさ」

 

 少年が俺の持つ初心者用の槍を指差してそう言った。

 タイミングが見つからず未だに買い換えられてない武器だが、そうか流石にグラシャラボラスを舐めていたか。

 

「訓練相手頼んでいいか?」

 

「ガウ」

 

 任せなと言うように一咆えしたのを見て俺は槍をグラシャラボラスへと向けた。

 周りの【槍士】達が物珍しさからか手を止めてこちらを見ているが少年が訓練に戻れと散らしてくれる。

 

「俺も君がどんな風に強くなりたいのか興味があるからね、後ろからちょくちょく体力回復させてあげよう」

 

 続けて放たれた彼の「頑張りな」という言葉を合図にグラシャラボラスがこちらに向かってくる。目で追える速度のそれを避け槍を振るう。――当たる。

 さしたる痛痒を見せずに再びグラシャラボラスは突撃してくる。先程と同じ様に回避し槍を振るい――避けられる。

 

「おん?」

 

 即座に距離を取る事を選択し下から掬い上げる様に槍でグラシャラボラスを攻撃し、直撃。そしてグラシャラボラスはまた距離を取りこちらに――って。

 

(はやッくね!?)

 

 明らかに今までの二回の突撃とはスピードが違う。

 だがこの速さであればまだ当てられる。今まで同様グラシャラボラスの直線上から避けられない!?

 慌てて槍を体の前に構え防御の姿勢を取り、直後重い衝撃が走る。

 

「思考を絶やすな、確信は選択肢を狭めるぞ」

 

 少年の言葉に構えていた槍を下げるとグラシャラボラスは元の定位置に戻っていた。ここまで来ればグラシャラボラスが何をしたいのか分かる。

 俺がカウンターを成功させる度に敵としての思考レベルを上げていくつもりだ。

 

「<エンブリオ>ってのは<マスター>の考えている事が分かると聞くけど、それが本当なら<マスター>の思考を読んで段階を踏んで強くなるのも簡単なんだろう」

 

「……すげぇなぁ俺の相棒は」

 

 感慨深く呟き、グラシャラボラスに訓練を再開して貰った。

 

 

 

 

 

 段階的に賢くなっていく敵役のグラシャラボラスに徐々に成す術が無くなっていった俺は十数分そこらで息も絶え絶えにグラシャラボラスの背に寄りかかっていた。

 

「中々面白いものが見れたよ」

 

 そう言いながら体力を回復させてくれた少年に軽く礼を言いつつグラシャラボラスから離れ、自力で立ち上がる。

 徐にステータスを確認すると《護身術》、そして【槍士】のアクティブスキル群が軒並みレベルアップしている事に気付いた。実感は湧かないが結構訓練の成果は出ていたらしい。

 

「最初はそんなものさ、まして<マスター>ならね。基本的にウチは有事の時以外は毎日開けてるから暇な時は来るといい。ここより広々としたスペースも貸し出してるから」

 

 じゃあね、と他の人達の訓練を見に行った少年を眺め、俺は【槍士】の訓練場を出た。

 俺の想定を遥かに超えて強かったグラシャラボラスだが、ガードナー系列である事を考えてみれば当たり前である。マスターの護衛を果たす役割を持って生れ落ちたエンブリオ、それがガードナーである。まぁ勿論大別であるので中には例外もいるだろうが、俺のグラシャラボラスは大多数のガードナーと同じ様な役割を持って産まれた筈だ。

 しかし疑問に思ってしまう。強くあれと願われ、生まれた結果自分より弱い主を得て、エンブリオは苛立ちや離反を考えたりはしないのだろうか?

 

「グゥウ」

 

「そうだな、ごめんごめん」

 

 心外だ、自分がそんな事を考えているように見えるのかと不満げに頭を擦り付けてくる相棒に俺は苦笑した。流石に創作物の読みすぎだろう、考えるだけで疲れそうな思考を中断し俺はグラシャラボラスの背中に手を乗せた。

 

 

 

 

 

 暫くグラシャラボラスに構っているとギルドの扉が開かれ、複数人の<マスター>と思しき人物が会話しながら入ってくる。

 

「あ、ネビロスじゃん」

 

「……おん? テルモ?」

 

 その団体のうちの一人が俺の側を横切る瞬間、特徴的な俺の相棒の姿に気付いたのか話しかけてくる。その声は紛れも無くテルモピュライのものであった。

 他の面々は誰コイツみたいな目を向けてくるが構わずテルモピュライが俺に近づく。

 

「何だ、結局戦闘職取る事にしたのか」

 

「まぁ色々あって戦闘職皆無はつらいという事を身を持って知ったからな……。で、後ろの人たちは?」

 

「俺のダチだ!」

 

 いやまあ見れば分かるが。

 聞けばかつてテルモピュライが別ゲーで楽しんでた時に組んだ臨時パーティの交流が今でも続いているらしく、その時の縁でデンドロでも一緒にプレイしようと約束していたらしい。そんな事ってあるもんなんだな。

 そのパーティはテルモピュライ含めて四人で構成されており、全員前線で戦うタイプの脳筋パーティとなっている。

 

「ジョブ関係の打ち合わせするの忘れててな」

 

「馬鹿なのかな? ……テルモピュライが世話になってるようで、すいませんね本当」

 

「あぁいえお構いなく。いやぁ誰かと思ったらテルモが度々口にしてるネビロスさんだったんですね、初めまして」

 

 そんな風に俺に軽く頭を下げるのは白髪を乱雑に切り揃えた男性、【大戦士】のプラタイア。役割は大剣を用いての斬り込み隊長。

 

「思ってたより細いのねぇ、若い子なんだからちゃんと食べなきゃ」

 

「子って歳でも無いんですがね」

 

 挨拶より先に俺の体調の心配をしてきた白銀の髪を流している女性は【剛槍士】のサラミスで、【槍士】系列でありながら身の丈ほどのタワーシールドと馬上槍を軽々と操るらしい。

 

「……どうも」

 

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 口数の少ない彼は【兇手】のペルシア。斥候兼奇襲を担当しているからか全体的に黒い服装を纏い物静かな印象である。

 ……示し合わせたかのように全員ギリシャ関係の名前だな、どうなってんだ。

 

「そうだ丁度いい、ネビロスに頼みたいことがあるんだ」

 

「嫌だぞ?」

 

 俺の脳裏に例の馬鹿げた頼みが過ぎる。

 

「違う違う、覗きとは別件」

 

 慌てて否定するテルモピュライだが後ろで仲間が「覗き……?」と不思議そうにしてるぞ。

 わざとらしく咳払いをしたテルモピュライが改めて俺に頼む。

 

「俺達の代わりに、希少なアイテムをある人物に渡して欲しい。簡単に言えば配達の依頼だ」

 

「ほう?」

 

 二回目のクエストは、我が友人の口から紡がれた。

 

 




彼らの名前に意味は無いです。

【血の記憶】
・【真祖】級吸血鬼でも使えるのは数人レベルのスキル。
・アクティブスキルであり、記憶を抜き出す際は【吸血】時に使用するか選択し、記憶を与える場合は対象に触れるだけでいい。
・吸血鬼の貴族同士で秘密裏にやり取りする際は「おおこれはこれはガルシア公爵殿、ご機嫌麗しゅう」「やぁキュリオス侯爵、元気にしてたかね?」(握手)だけで一瞬の内に情報伝達が可能。
・ガルシアの記憶する【UBM】の中には神話級に容易に手が届く存在もいる。


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第七話 おつかいを受けよう。

詳細聞くよ。


 ゲームのクエスト、と聞くとNPCの悩みを解決したりギルドのクエストボードから好きなものを選んだり、とまぁシステムが予め決めた物をこなすというイメージが強い。

 だがデンドロではプレイヤー、<マスター>同士でのやり取りでもクエストというものは発生する、とは言えシステムが拵えた物に比べれば幾分簡略化されているが。

 

 依頼人が報酬を用意し、それを求めて人が依頼をこなす。酷くシンプルで原始的な構造だ。分かりやすい。

 まぁ何が言いたいのかといえば、テルモピュライの提示する報酬は俺の腰を上げるには十分に過ぎるという事だった。

 

「それが渡す物?」

 

「あぁ、中に希少なアイテムが入ってる」

 

 テルモピュライが取り出したのは酷く頑丈そうな肩提げカバン、俺の持つ初心者用のそれとは遥かに耐久力が高く見えるアイテムボックスをテルモピュライは俺に渡してきた。

 カバンの中身を覗こうとし――やめる。今する事ではないし印象も悪いだろう。代わりにテルモピュライにこの依頼の詳細を聞く事にした。

 

「期限は?」

 

「なるべく早い方がありがたいが、ネビロスの都合で構わない。遅くてもこっちで一ヶ月以内でお願いしたいけどね」

 

「これはどこに持っていけばいいんだ? 流石に国外となると時間が掛かるんだが」

 

「あー少し近いな。カルディア国境付近の山脈に住んでる奴に届けて欲しい。無理そうなら受けなくても構わないが……」

 

 テルモピュライが気遣うように俺を見る。が、まぁ俺の中で既に答えは決まってる。わざわざ俺に頼んだという事はよほど手が離せない用事があるのだろう、それも凄く重要な。であれば俺は、俺に預けてくれるテルモピュライの頼みを聞くべきだろう。

 あとは、俺以外にも任せられる奴はいる筈だがその中でも俺に依頼してきたというのが嬉しかったりするのも、乗り気な理由の一つだ。自意識過剰かも知れんがね。

 

「いいよ、受けよう」

 

「助かるよネビロス、依頼が終わったらそのカバンあげるからうまく使ってくれ。行商人なら必要だろ?」

 

「……先行ってる」

 

 俺が依頼を承諾した事にテルモピュライが安堵していると、後ろでペルシアがギルドの奥へ歩いていった。その様子にプラタイアは眉を顰め、サラミスはどうしようかとテルモピュライを見ている。

 当のテルモピュライはしょうがない奴だと言わんばかりに溜息を吐く。

 

「つまらなかったのかね?」

 

「いや、そんな事でばらける奴じゃないんだが……すまんなネビロス、後であいつにはきつく――」

 

「いいよそんな事、テルモ達は何か用事があってここに来たんだろ? 依頼の方は早めに済ませておくから」

 

 嫌な流れになってきた辺りでテルモピュライとの会話を切り上げ、グラシャラボラスを引き連れてギルドから出る。テルモピュライは俺の焦燥に気付いただろうか? 急に話を切った事に腹を立ててなければいいのだが。

 ペルシアは俺の事が苦手なのか、はたまたテルモピュライが俺と話している事に腹を立てたのかは知らないが、気に障る事があったのならば次の機会にでも教えてくれたら嬉しいのだがなぁ。

 

 今考える事ではないかと思考を入れ替える。

 

 とりあえずは優先して【槍士】、そして出来れば【旅人】と【行商人】のレベルを上げて、総合レベルが80に届くくらいには強くなっておきたい。どのルートを通ろうが森を抜ける必要がある為だ。

 何故ここまで森を警戒するのか、答えはとても簡単だ。全方位の森の深部に徘徊型の【UBM】が複数存在するからだ。逃げるだけなら【餓鬼王 グレイロード】は問題ないだろう、どちらかと言えば群の力に重きを置いているからグラシャラボラスに乗って形振り構わず逃走すれば逃げ切れはするだろうが……今の俺のステータスでは確実に逃げ切れない【UBM】がいる。

 

 【静界蜂針 サイレンサー】、俺が貰ったガルシアの記憶の中で討伐を諦めた【UBM】の一体である。

 

「……やっぱ情報って正義だよなぁ」

 

 そうしみじみと零す。一先ず今日は、夜になるまでは適当に森の浅い所や草原にでも行ってグラシャラボラスと狩りでもしようかと考えていると俺の目の前に警告文が出る。

 提示されたのは現実世界の俺の尿意、空腹の感知というもの。

 

「忘れてたや。すまんなグラシャラボラス、ちょっと行ってくる」

 

「ガウ」

 

 グラシャラボラスに軽く謝りをいれ、俺はログアウトした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 夜。

 

 昼間ほどの活気は無いが、それでも多くの<マスター>とティアンが闊歩する霊都は淡い光を放つ光球によって照らされていた。

 晩飯を食いに行ったり疲れを癒すためにいい宿を探す彼らと異なり、俺はグラシャラボラスと共にガルシア・ヘキサ・アインドラの邸宅へと足を運んでいた。

 

「……証を提示願いたい」

 

「これで大丈夫か?」

 

「……確かに。どうぞお通りを」

 

 邸宅の門前で佇む明らかに暗殺者な格好をした門番――彼の眼も紅かった――に三日月と六芒星を象ったタリスマンを見せると、幾分柔らかくなった声音で門を静かに開けてくれた。

 彼に礼を一つ言って俺達は歩みを進める。

 

「……綺麗だな」

 

「ヴゥ?」

 

 現実世界の物よりも幾分大きい月の光に照らされる庭園に心奪われながら歩いているとグラシャラボラスが不思議そうに鼻を鳴らしているのに気付いた。どうかしたのかと首を傾げ――肩を叩かれる。

 体を硬直させた俺に、そいつはふふと笑い「驚きましたか?」などと言ってきた。

 

「……あんまびっくりさせないでくれ、エイラ。何事かと思っただろ」

 

「そちらのグラシャラボラスには気付かれかけたのが少し悔しいですが……仕方ありませんね。半日ぶりの来訪、心より歓迎します」

 

 そう言って俺の視界に入るように目の前に移動してきたエイラは白のシャツに蒼を基調としたゆったりとしたズボンと随分ラフな格好をしていた。令嬢が人目に触れる場所でそんな格好していていいのかと思わないでも無かったが俺が言う事でもないだろうと口を噤む。

 先を歩くエイラの後を付いていき邸宅内にお邪魔させて貰う。数人の使用人とすれ違うもエイラと一緒にいるためか奇異な視線を向けられるだけで何も言われなかった。グラシャラボラスと一緒にいる事に眉を顰める様子も無かったのは気になったが既に昼間グラシャっラボラスを連れて寝室にまで入ってる事を思い出し今更かと疑問を捨てた。

 

「ガルシアさんは書類仕事?」

 

「さて、夜間はずっと執務室に篭もってらっしゃいますので何をしているかまでは私には分かりかねますが。一応貴方の来訪は伝わっておりますのでご安心を」

 

 暫く歩き黒塗りの木の扉の前にてエイラは足を止めた。

 

「こちらが我が家の書斎になります。本の貸し出しは出来ませんが内容によっては写本も可能ですのでその際は書斎内の担当者に申し付け下さい」

 

 そう言ってエイラはぺこりと頭を下げて立ち去っていった。俺も俺で黒い扉を開け――広がる光景に瞑目する。

 見渡す限りの本、本、本。所狭しと配置された巨大な本棚に隙間無くそれらが置かれている様はもはや書斎と言うより図書館と呼ばれるべき規模のそれだった。というか間取りおかしくねぇかこれ、何か異様に天井が高いような……。

 

「……まぁいいか」

 

 とっとと探してしまおう。

 

 

 

 

 

「目当ての物は見つかったかね?」

 

「びっくりしたぁ……」

 

 ぱらぱらと本を捲っていると後ろからガルシアに話しかけられた。この家の人は後ろを取らないと喋れないのか。そんな事を考えつつガルシアに肯定の意を示す。

 求めていた情報は思いのほか早く見つかった。目的地までの道のりで何があるのかはある程度頭に叩き込んだ。これなら明日にはテルモピュライの依頼をこなせるだろう。

 

「随分と助かりました。これで依頼も上手くいきそうです」

 

「それは重畳、ここを貸し出した甲斐があったというものだよ。ところで依頼とは? あぁ今答えなくても結構、ここで話していると書斎の管理人に叱られてしまう。場所を変えようか」

 

 書斎の奥から殺気が漏れ出ているのを察知してかグラシャラボラスが早くここを出ようと俺の袖を引っ張るのでガルシアの言う通りに書斎から出る。

 勿論本はもとあった場所に戻して。

 

 先を行くガルシアの後を追い、廊下を歩く俺達。

 歩いている途中にガルシアが話しかけてきた。

 

「さて、話を聞いていいかな? さっき後ろから見てたけど国境付近の情報に目を通していたようだけど……護衛依頼?」

 

 声に棘は無く、単純な興味で聞いてきている様だった。

 

「友人から希少なアイテムをそこに持っていってくれって頼まれたんですよ。カルディナ国境付近に住んでるらしいんですがそれ以外全く情報が無く……」

 

「ふむ、……ふむ? 希少なアイテムって何だい?」

 

「いや俺もまだ中身確認してないので分かりませんが……」

 

 俺の言葉に「カルディナ国境付近って言うと、あいつか?」とガルシアが呟いているとはたと思い出したようにこちらに向き直る。

 

「君の友人って<マスター>?」

 

「えぇ、テルモピュライって言うんですけど――」

 

 ガルシアが目を見開き硬直する。それも一瞬であり瞬きの内に普段の好青年染みた風貌に戻っていたが、あの反応は俺の脳裏に焼きついた。

 明らかに反応がおかしい。ただのマスターに対する反応ではないだろう、もしかしてあいつ結構な有名人だったりするのか?

 

「あの、テルモの事知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、彼の名を霊都で知らない人はいないんじゃないかな。【剣聖】テルモピュライ、<マスター>急増の時期から今日までレジェンダリアの危険な【UBM】を狩り続けて来た男さ」

 

 思ってた以上に有名人でびっくりした。

 ガルシアの口振りからして複数の【UBM】を狩ってるらしいが良くそんな見つけたな。【UBM】の情報貰ってる俺が言えた事ではないが。

 そんな事を考えているとガルシアが手を口に当て、何かを考え始める。

 

「……しかしテルモピュライに国境付近の山、やはりあの爺か。ふむ、ネビロス君、ちょっと執務室まで着いて来てくれ給え」

 

 ガルシアの案内で執務室の中に入る。中はソファーとテーブルが備え付けられておりその奥に執務用の机があった。意外にもその机の上には一切紙は積まれていなかった。

 ガルシアが奥の机の引き出しを開け、何かをさらさらと書き上げる。完成した一枚の紙を丁寧に包みに入れて俺に渡してきた。

 

「これを持って行き給え、ネビロス君の目的の人物に渡せば良い事があるだろう」

 

「これは?」

 

「なぁに、知己への近況報告さ。心配しなくとも人違いと言う可能性は無い、テルモピュライ関係であそこに住む者はあの爺くらいなものだからね」

 

 持っていて悪いことにはならないだろうさというガルシアの言葉と共に俺の手に渡ったその手紙を、俺はテルモピュライから貰った方のカバンに仕舞いこんだ。

 貰える物なら貰っておこう程度の軽い考えではあったのだが、何と言うかガルシアから色々な物を貰いすぎな気がする。有り難い限りではあるがこれ将来返せるかどうか分からんぞ?

 これ以上貰うのは良心の呵責に苛まれかねないのでここら辺でお暇させて頂こうと思う旨を俺はガルシアに伝えた。

 

 後ろ髪引かれる思いではあったが流石に貰いすぎな気がしてならなかったのだ。が、そこでガルシアが「ここで晩飯食っていきなよ」と当主にあるまじき軽い飯の誘い。そしてそれに食いつくグラシャラボラス。

 

「え、いやぁ流石に……」

 

「アウッ」

 

「あぁ、っと……じゃあお邪魔させて貰って良いですかね?」

 

「勿論さ!」

 

 マナーとか全く知らず出来る事といえば音を立てずに食うくらい、そんな事情もあって最初は遠慮していたのだがグラシャラボラスの「ご相伴に預かろうぜ」という楽しげな目には勝てなかった。

 飯食う前から胃が痛い。……というか言っちゃあ何だが食卓に大型犬入れても大丈夫なのか?

 

 何て疑問を浮かべた瞬間、俺はグラシャラボラスにどつかれた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 食卓に並び、料理が出るまでの間浮かべていた諸々の疑問は使用人達によって料理が並べられた瞬間霧散した。

 想像していた食卓は無駄に広い長机にオードブルが一品ずつ運ばれてくるというものだったのだが、魚の塩焼きやら牛肉っぽい何かの煮込みやらスープやらなどがいっぺんに運ばれ、こざっぱりとしたオードブルというよりバイキングといった様相を呈していた。

 

「こちらの方が気が楽かと思いまして料理長に頼みました」

 

 とはエイラの弁だ。彼女も彼女でしれっと配膳に混じり食器類を手早く配置していく。

 

「お嬢様なのにこんな事していいのかね……」

 

「椅子の上でふんぞり返って威張り散らすよりこっちの方が性に合ってるんです」

 

 俺はガルシアに目を向けたが当人は肩を竦めるばかり。強要している訳でもなければ使用人たちがうっとおしそうにしている素振りも無いので俺が口を出す事は無いが、常識はずれな令嬢様なことで。

 そうこうしている内に夕食の支度が終わる。ガルシアは上座に、エイラはガルシアに近い横の席に、そして俺は適当に。ついでにグラシャラボラスも俺の隣に、それぞれ座りガルシアの短い挨拶で食事をとり始めた。

 

 手を合わせ頂きますと心の中で呟いた俺は早速肉料理をできるだけ多く皿に寄せグラシャラボラスの前に置く。普通にしていれば食卓の上まで顔を伸ばせる体長を持っているので特に苦労する事無くグラシャラボラスは肉を食べ始める。

 俺は俺で料理を口に運び、現実でも食った事のない美味さに一瞬息が止まったりしている最中ガルシアが口を開く。

 

「食べたままで構わないんだが、ネビロス君に頼みがある。君が受けた依頼にエイラを連れて行ってくれないか?」

 

 ……何故?

 食べたままで構わないとは言われたが真意を聞き質す為に口に入れた物を飲み込み、俺はガルシアに問い掛けた。

 

「理由を聞いても?」

 

「可愛い子には旅をさせよという言葉は君達<マスター>の世界の物らしいね、なぁにただの親心さ。それにエイラも外に出たそうだし」

 

 そう言ってガルシアはエイラに目を向ける。確かにエイラは興味深そうにこちらを見ているが……ただの親心が理由の筈がない。

 何か裏があるのだろうが、しかし人の心理を暴く術を持たない俺にはガルシアが秘密にしている事は分からない。なので、

 

「……エイラが良いのなら」

 

 そう答える事しか俺には出来なかった。第一、真っ向から拒否するほどの事でも無いし結局の所判断はエイラに任せられるのだ。

 その本人は「よろしくお願いします」と即答していたけども。

 

 その後も当初心配していたようなマナー違反を口酸っぱく注意されるという事も無く、急遽開催された三人と一匹の食事会は和気藹々と進んでいった。

 

 




今回の夕食会でグラシャラボラスの好物にスペアリブが追加された。骨付き肉うめぇ。
作中に出てきた七体の【UBM】なんですががっつり設定考えてるの三体だけなんですよね。名前だけでも考えなきゃ。

ちなみにネビロスはまだ《真偽判定》とかの汎用スキルの存在にすら気付いていません。


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第八話 依頼を達成しよう。上

おつかいするよ。


 

 まだ日の昇らぬ早朝、誰に起こされる事も無く目を覚ます。普段ならその場で二度寝を敢行するが諸事情によりこのまま起きていなければならない。

 買い溜めている即席麺の在庫を消費して腹を満たし、パソコンの前に移動する。

 

「そういや掲示板とかの情報フルカットしてたな……」

 

 レジェンダリア関係で何かしら有力な情報が無いかと掲示板類を漁るが、殆どがガルシア宅の書斎で既に知っている情報ばかり。

 流石に期待しすぎたかとページを閉じ、メールボックスを確認。

 

「『チャットルームにカモン』? 何だ一体」

 

 全く意図の読めぬ一文がテルモピュライから送られてきたので大人しくテルモピュライがいるであろうチャットルームに参加する。

 

 

 

[チャットルーム“漁り隊”にナベルスが参加しました]

 

ナベルス:そういやこっちではこんな名前だったっけか

 

ナベルス:で、来たぞテルモピュライ

 

テルモピュライ:伝え忘れてた事があってだな

 

テルモピュライ:お前に依頼した事についてなんだが

 

ナベルス:なんぞや

 

テルモピュライ:相手がいくら化物染みた風貌だからっていきなり攻撃するなよ?

 

ナベルス:俺を蛮族か何かだと勘違いしてないかお前

 

テルモピュライ:いやいや、これはお前がデンドロ入る直前にチャットで言いかけた三つ目のお願いにも関係するんだがな?

 

テルモピュライ:余りティアンをこちらから殺しにいくのは辞めてくれって事。例え相手が直視するのも憚られる容姿だったとしても

 

ナベルス:そんなやばいの

 

テルモピュライ:一言で言えばムカデ。ただあれは正直嫌悪の視線を向けられても仕方無い感じはした。というかそんな反応がうっとおしくて人里離れた場所で生活してるって言ってたっけ……

 

ナベルス:不定の狂気入りそうな見た目じゃなきゃ大丈夫だよ、お前の杞憂だ。それに俺もティアンは大切に、というか付き合い方を考えないとなって思ってたし

 

テルモピュライ:そりゃあよかった。お前の身近なティアンも大切にしてあげな?

 

ナベルス:誰目線だよ

 

テルモピュライ:いや、もしかしたら好きな子とか出来たかなーって

 

テルモピュライ:ねぇ?

 

テルモピュライ:……あれ

 

テルモピュライ:おーいナベルスー

 

ナベルス:あほくさ、デンドロ入るわ

 

[チャットルーム“漁り隊”からナベルスが離脱しました]

 

 

 

「……あいつ碌な事言わんな、本当どうしたんだあいつ」

 

 何か掲示板ではレジェンアリアは変態の国とかまことしやかに囁かれつつあるがあいつがその筆頭格だったりしないよな?

 そこはかとない不安を抱きながらおれはデンドロに入ることにした。テルモピュライからの依頼をこなさねばならない訳だし。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 閉じていた目を開け、入る日の光に目を細め天を仰ぐ。

 霊都の中央で根差す【アムニール】を見上げるも、天辺は見えず首が痛くなるだけだった。

 

「グルゥ、ガウッ」

 

「おぉグラシャラボラス、昨日振り」

 

 改めてレジェンダリアの壮大さに感嘆していると俺の左手の甲からグラシャラボラスが現れ、呆れたような目で見つめてきた。

 

「そうだなぁ、エイラと待ち合わせしてたんだった」

 

 そう、俺がログアウトする前にエイラは霊都の門前で待っていると言っていたのだ。俺の依頼に同行するために。

 お偉いさんの娘とは思えないようなエイラのバイタリティはどこから来るのだろうか、正直戦闘技術で言えば明らかにエイラの方が上なので頼もしくはあるが。

 

 道中で消耗品を買い足していくが、正直必要な物はあまり無い。地図を見た感じ一日かけて目的地に辿り着く感じになりそうだが焚き火を起こすための木は山ほど持ってるしテントも正直組み立てに時間が掛かるからいらんしな、エイラがどう思うか分からんが。

 いざと言う時はグラシャラボラスの側で寝よう、という訳で買い足すのは専ら食料である。仮にも【行商人】なので調味料の類は様々な種類を持っていくつもりではあるが……グラシャラボラスよ、キロ単位の肉塊は焼くのに時間かかるぞ。

 

「まぁお前が肉食いたいってのは分かったから買うけど」

 

「ウゥ?」

 

「いや流石にあれ丸ごとは買わんぞ?」

 

 仕方がないので豚肉っぽい肉を数種類買い込む。ブロックは焼くの難しいので串焼きとか出来そうなサイズに適当に切って貰った。

 その他にも色々な食料を買い、俺はエイラが待つ待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「おはようございます、何時頃出発するので?」

 

 エイラを探しながら霊都の入口付近まで歩いていると路地裏から聞きなれた声。顔を向けると何時ぞやのように日の光を遮るようにフード付きの外套を纏うエイラがいた。

 

「すまん遅れた。あと一応聞いておきたいんだがテントとかいるか?」

 

「要りませんよ、スペースと時間の無駄でしょう。貴方は別世界に行けますし私も寝具が必要なほど柔じゃないです」

 

「あぁ、うん、了解。じゃあ行こうか?」

 

 吸血鬼は頑丈なのでと言うエイラにつくづく貴族とは思えない精神性してるよなとやや引きつつ俺はグラシャラボラスとエイラを伴って霊都を出発した。

 俺も【槍士】のジョブを得た事で人並みには戦える様になってきたが、それでもエイラやグラシャラボラスと比べれば弱い。故に俺という荷物を抱えたこの旅路では強敵との戦闘は避けねばならず、記憶した【UBM】の縄張りの回避は絶対である。

 

(が、まぁそういう訳にも行かんのよなぁ)

 

 【グレイロード】はまだマシだ。基本自分の塒から動く事は無いと記憶が俺に伝えてくれる。それ以外に突然エンカウントする可能性がある【UBM】が複数体いるのだ。

 見つからなければいいのだが果たして。

 

 ともあれ、【UBM】との遭遇以外で留意すべき点は無い。折角霊都から長い道を歩く事になるのだ、道中の景色を目に焼き付けるなりして短い旅を楽しもう。俺は【旅人】なのだから。

 背に乗れと急かすグラシャラボラスの好意に従って毛並みの良い背に跨り、俺達はいつもとは違う森の中へと進んでいった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 前に狩をした時俺はグラシャラボラスに「俺を背に乗せて飛べるか」という質問をした。

 答えはNOだ。そのうち進化すれば俺を乗せて飛ぶ事も出来るだろうが、未だ第一形態である現状俺を乗せて飛ぶ事は出来ず国境越えなど夢のまた夢であるとグラシャラボラスは俺に伝えてくれた。

 

 が、「俺を乗せて飛ぶ事は出来ない」とは「俺を乗せた状態で行動出来ない」という訳では勿論無い。そこら辺を俺は深く聞かず勘違いしていた為グラシャラボラスに乗ったのも地下水脈での一件のみだが、元より一般人の何倍も力が強いグラシャラボラスだ、俺を乗せて戦闘を行う事も軽々こなす事が出来た。

 騎兵の強さを俺は今身を以って知った。

 

「……これで最後か」

 

 歩いている途中襲い掛かって来たモンスターの群れを返り討ちにしていたのだが、移動をグラシャラボラスに任せ攻撃と姿勢制御にのみスタミナを使うだけで凄く戦いやすくなった。グラシャラボラスも俺を乗せている分スピードは落ちるがそれでもモンスターの群れを翻弄するには十分に過ぎた。

 人馬一体を成す騎士が強いのも納得がいくというものだ。生憎グラシャラボラスは馬ではないので【騎士】になる事は出来ないだろうが、そのうち【騎兵】系統のジョブを取るのもいいだろう。

 

「見違えたように強くなりましたね」

 

「ジョブの力とグラシャラボラスのお陰だけどね。防具は【追い風】一式に変えたけど武器はまだ初心者用の槍を使ってるし」

 

 そう、俺は未だに武器を買い換えてはいない。ガルシアから貰った宝石や貴金属の類も心情的にまだ売ることが出来ておらず、そのために上質な槍を買う事が出来なかった上に初心者が大体最初に買い換えるという武器も俺からしてみれば誤差レベルであり……色々な物が積み重なった結果現状維持という結果になった。

 俺としてもこれは悪手だと分かってはいるがこればかりは俺の性格的なものだ。よくRPGの類であるだろう? ゲームを始めてすぐの武器屋で武器を買い換えようとするも思ったより微妙な性能で結局その分の金を消費アイテムに使うという事が。

 

「ここら辺でちょっと休憩しよう、疲れた」

 

「分かりました。……近くで流水の匂いがしますね、小川ですかね。向かいましょう」

 

「ルゥ」

 

 グラシャラボラスから降りている最中エイラは森の中のある一点に顔を向け、そう言った。先導するエイラの後をグラシャラボラスと共に追うと木々が生い茂る中で滔々と清水が流れる小川があった。

 幸い俺達が休憩できる分のスペースはあり、エイラにとって毒になるほど極端に陽が差していると言う訳でもないのでここで暫く休憩することになった。

 

「水は、煮沸消毒とか必要なのかね?」

 

 俺の呟きにグラシャラボラスがとことこと小川に近づき、顔を近づけ鼻を鳴らす。暫くして「まぁ大丈夫じゃない?」といったニュアンスで一咆えしたのでインベントリから取り出した空の容器に水を入れる。

 小川の水で喉を潤していた俺はふと疑問に思った事を休憩がてら話の種としてエイラに振る。

 

「吸血鬼って流水が苦手らしいけど水は飲めるよな、どこからが流水なんだ?」

 

「まぁ普通に水は飲めますが。水関係は大別して海や川などが致命的という以外は特に苦労した事は無いですね、生活で使う様な水でダメージを負った事は無いですし」

 

 私達は普通に湯浴み出来ますのでと言うエイラ、謎は深まるばかりである。しかし吸血鬼の弱点って不思議な物ばかりだよなぁ、太陽光に銀に十字架に流水聖水、あとにんにくとか塩とかもか。結構方々の伝承がごっちゃになってる上、デンドロの吸血鬼がこれら全てを忌避すると言う訳でもあるまいが……。

 

「不思議だなぁ」

 

 俺は思考を投げ捨てるように、グラシャラボラスに背を預けて座り込んだ。

 聖なる物が効く要因を調べる為に「生きてる?」などと馬鹿みたいな事を聞くのは憚られた。今までも結構失礼な事をしてきた自覚はあるが、それを聞くのは違うだろう。

 

(というかそもそも俺は聞く必要無いんだよなぁ)

 

 ただ知りたいというだけ、俺の言動はそれを原動力としているだけであり、吸血鬼の事を聞いて得た情報をどうしようという意思は無い。

 やたらめったら周囲に流布されるよりはマシだろうが、それでも俺の行動理念は迷惑でしかないだろう。エイラ自身は余り気にしてない様に見えるが今後は控えようと心の中で考えていると何かの羽音が耳に届く。

 

「エイラ、何か聞こえるか?」

 

「えぇ、小さい虫の羽音かと」

 

 虫。

 

「……どんな虫か分かるか?」

 

「えぇと、恐らく蜂かと――」

 

 エイラが蜂と言ったのを確認し、俺はグラシャラボラスにあるスキルを使わせる。《インビジブル・マーチ》、結局今まで戦闘で使ってこなかったグラシャラボラスのスキルで俺とグラシャラボラス、そしてエイラを透明化させた。

 俺の知識では蜂の種類にもよるだろうが大概の蜂は軒並み目と鼻が良かったはずだ。これだけでは足りない可能性を考慮し、俺はアイテムボックスから【ティールウルフ】の血が入った瓶を取り出して進行方向とは真逆の森の奥深くへと投げつける。

 

 カシャンと瓶が割れる音がした数秒後、俺達の近くから去っていった蜂の姿を見て――過剰と思えた対策をして正解だったと確信する。

 困惑の表情を浮かべる――《インビジブル・マーチ》が適用された者同士であれば姿は見えるらしい。今知った事だが――エイラに小声でここを離れようと伝え、足早に小川から離れる事にした。

 

「……蜂はアレだけか。悪いなエイラ、急に走り出して」

 

「いえ、それは別に構いませんが……些か過剰では? ただの蜂相手に……」

 

 言うべきか考え――るまでも無いな。流石に言わない訳には行かないだろう。

 

「今まで極力【UBM】の縄張りに入らないように行動していたんだが、ガルシアさんから貰った記憶の中でもしかしたら遭遇するかもしれない徘徊型の【UBM】が一体いてな? 遠目でよく確認出来なかったがあの蜂はその【UBM】の手下である可能性が高かったんだ」

 

 だから見つからないようにした、そう俺はエイラに告げる。俺としては一度くらい【UBM】に特攻を仕掛けてみたいところだが今はエイラがいる。わざわざ喧嘩を売りに行く必要は無いだろう。

 

「その【UBM】に感付かれない為に逃げていたんですね」

 

「あぁ、とは言えあの蜂は斥候とか偵察目的で飛んでいる訳ではなく主である【UBM】――【静界蜂針 サイレンサー】に付いて行ってるだけらしいからな、これ以降の道でそいつと遭遇する事は無い筈だ」

 

 如何せん人の記憶なので確証が取れないが致し方無し、とは言えここで奴の場所が分かって良かった。ここから先は【静界蜂針 サイレンサー】に出くわす事がないと分かったのでここからの旅路はスムーズな物になる筈だ。

 幾分気を楽にしながら、俺はグラシャラボラスの口に干し肉を放り込み頭を撫でてやった。

 

 




話の都合上先に進めるためには描写をぶつ切りにせざるを得ず、とは言えこっちとしては場面転換を多用したくないというジレンマ。

【静界蜂針 サイレンサー】
・決まった場所に定住せず、蜂の巣も作らない徘徊型【UBM】。雑食だけど肉の方が美味い。
・生態的には特にフェロモンとか使わないが雄の蜂がどこからともなく寄って来て自分から奴隷になりに来る。
・奴隷となった雄の蜂は足が黒く染まり喧しい羽音を立てるようになり、視界に写った敵対者は直ちに【サイレンサー】に報告される。
・奴隷が喧しく騒ぎ立てるのは、彼らの女王の弱点を隠すためである。


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第九話 依頼を達成しよう。下

おつかいしたよ。


 

 

 あの後は特に何事も無く進み、道中の景色にちょくちょく目を奪われつつも目的地付近まで辿り着いた。

 時間は夕方、二度三度休憩を挟みつつ移動時にもグラシャラボラスの背に乗って進んできたと考えれば早い方だろう。十中八九森の中で夜を越す事になるだろうと高を括っていた訳だし。

 

「まぁ帰りはどうしたって夜になるだろうけども。向こうで泊めてくれないかねぇ」

 

「周辺に集落や街は無く、山で自給自足の生活をしているのであれば人二人を泊める事は厳しいのでは? 正直な所望み薄かと」

 

 ここまで俺を乗せて頑張ってくれたグラシャラボラスに感謝の意を示し、背から降りる。

 そんな俺の呟きにエイラは冷静に返してくる。まぁそうよなぁ……、一応ここから近い所に小国はあるがそれにしたって山を越えねば辿り着けない。エイラの言うとおり山中で自給自足の暮らしをしている可能性は高いだろう、これは帰りは野宿だな。

 

「そうなったら仕方無いか。さて、テルモからの預かり物を渡す相手はどこだ?」

 

 目を凝らして周囲を見るが見て分かる様な所に家は建っていなかった。

 テルモピュライから貰った荷物の中に地図でも入ってないかと、アイテムボックスの口を開け中を軽く見渡すもそれらしい物は何も――

 

(……これは)

 

 テルモピュライから貰ったアイテムボックスに放り込んでいたガルシアからの手紙が光を放っていた。

 慌ててその手紙を取り出すと、その手紙に何らかの魔法陣が独りでに浮き上がり一匹のコウモリが現れる。

 

「コウモリを召喚した?」

 

「この子は……当主の飼っている【ファミリア・バット】ですね、主人に従順で大抵は手紙の運搬に使われる子です。その手紙はガルシアから?」

 

「あぁ、持ってたら良い事があるだろうって言われたからカバンに放り込んでいたんだが、まさかコウモリが案内人になるとは」

 

 思わずそう呟いた俺の目の前ではその【ファミリア・バット】がきょろきょろと辺りを見回し、ガルシアから貰った手紙を見つけるとその手紙を咥えて飛び上がった。

 エイラが言うにはガルシアが育てた【ファミリア・バット】は手紙を渡す相手を特殊な反響定位でどこにいようと必ず見つけ出すことが出来るらしい。この手の探索方法を持つ手合いには透明化程度では容易に居場所を看破されてしまうだろう、まだまだ先になるだろうがジャミング出来る様になればますますグラシャラボラスは強くなるだろう。その手段を手に入れるのが俺かグラシャラボラスはさて置いて。

 

 あのコウモリの後を追いましょうと走り出すエイラの後に続き、俺とグラシャラボラスは足を速める。

 ゆったりとした速度で手紙を運ぶ【ファミリア・バット】が俺達に配慮しているのかは不明だが高度を上げる事無く木々生い茂る山中を飛んでくれているおかげで容易に追従する事が出来た。

 

「ルゥア?」

 

「どうし――ッ!?」

 

 何かを感じ取ったグラシャラボラスが足を緩める。何事かとグラシャラボラスに聞いた瞬間、俺の背筋に怖気が走る。

 弾かれたように前を見て、警戒レベルを引き上げる。

 

『……六芒星ん所のガキと得体の知れない<マスター>か、俺に何の用だ?』

 

 それは――流暢な人語を話す巨大なムカデは、木にぶら下がったまま【ファミリア・バット】の手紙を受け取っていた。

 

(……テルモが言ってたのはコレか?)

 

 すわ敵襲かと危うく切り掛かりかけたが、敵対すべきか否か逡巡するグラシャラボラスを見て槍を仕舞った。エイラが全く敵意を見せず、【ファミリア・バット】が大人しく手紙を渡した事も鑑みれば、この巨大なムカデがテルモピュライの言う貴重な素材を渡す相手である事は疑いようもないだろう。

 困惑しているグラシャラボラスを宥め、俺は一歩下がる。ファーストコンタクトに関しては一瞬でも敵対意思を見せた謎の男よりもエイラに任せた方が上手く回るだろう。

 俺の思考を汲み取ってくれたのだろう、エイラが一歩前に足を踏み出し巨大ムカデに話しかける。

 

「お久しぶりです、今回はこちらの<マスター>の付き添いでここまで来ました。依頼で渡したい物があるらしく……」

 

『依頼? ……【剣聖】の小僧か? おい、そこのお前。名は何と言う?』

 

「その辺りの話は貴方の家で致しませんか? 私も話したい事がありますし、何より分体で会話をし続けるのはつらいと仰いましたよね?」

 

『ム、確かに以前六芒星とそんな事を言った気がするが……まぁいい、ついて来い。お前らもだ』

 

 そう言って山奥へと巨躯を引き摺りながら引き返していくムカデに俺は是を返すことしか出来なかった。というか今分体って言ったか?

 前を歩く巨大ムカデについて考えながら、俺は隣のエイラに感謝の意を示す。

 

「悪いな、矢面に立たせて。俺が最初に話すと拗れる未来しか見えなかったから助かった」

 

「いえ、何となくネビロスが助けを求めているというのは分かったので構いませんよ。むしろ武器を持って完全に敵対しなかった事に驚きました、何かあれば私が止める予定ではありましたが」

 

「グラシャラボラスが速攻飛び掛らなかったからな、それでもテルモに注意されたのに思わず槍を構えちまった……後で謝らないとな」

 

「謝罪はアレにではなく本人にしてくださいね」

 

 そう言ってエイラは段々と速度を上げていく巨大ムカデに足早に着いて行った。

 あれはやはり本人ではないのか、であれば一体何なのだろうか。

 

(着いて行けば分かるか)

 

 

 

 

 

 巨大なムカデが足を止めた先にあったのは切り立った山肌に掘られた洞窟。

 しかし見た限り洞窟の入口に巨大ムカデの体躯は入りきらない様にも見える、どうするのかと見ていると巨大ムカデがこちらを見る。

 

『まぁ入れ、俺は今から寝る』

 

 そう言い残し、巨大ムカデは穴を掘り地中に潜り込む。後に残されたのは俺とエイラとグラシャラボラス、そして俺達を誘う暗い洞窟だけとなった。

 意を決し洞窟内部へ足を踏み入れた俺は、想定以上に居住スペースが整っている事に驚いた。

 

「俺が楽して快適に過ごせるように手を加えてった結果だ。一から家を作るのは面倒だったもんでな」

 

 洞窟の奥から金属音の入り混じる若い男の声が聞こえてきた。暗闇より這いずるように出てきたのは、白い髪に紅い眼を持つ、一見してアルビノの少年の様な姿。

 外見年齢だけを見るならば、丁度戦闘職総合ギルドで出会った受付の妖精種のティアンとどっこいどっこいだろうか。違うのは、目の前の少年には羽が無い事、そしてあるものが腰から生えている事か。

 

「さっきぶりだな、初めまして。我が家に驚いてくれたようで何よりだがまぁ、レジェンダリアの諸々に比べればレベルは低い訳だし信じられないって訳でも無いだろう」

 

「……いやまぁこの家にも驚きましたが」

 

 遠慮がちに少年の背後へと目を向ける俺にフフ、と笑い返したその少年は再び口を開く。

 

「最初は皆そういう目で俺を見る、色素が無いというのは常人にとって理解しがたい物であるらしい。さて、改めて君の名を聞こうか。誰とも知れぬマスターよ」

 

 そういって少年は己の尾に腰掛けた。

 少年の腰から生えた真白いムカデの尾を座りやすい形に動かし、そこに手馴れた様子で座り込んだ彼は俺達を見やり自らの尾をキチキチと音を鳴らしたのだった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 などとイベント戦でも始まりそうな雰囲気を醸し出してはいたものの、負けイベ臭漂うバトルが始まる気配は微塵も無く。

 

「お前さんネビロスというのか。で、そっちの……なんだっけ、えんぶりお? はグラシャラボラス、と。うん、よろしくね」

 

 という風に、自己紹介をした後は思った以上に好意的に受け入れられた。そりゃそうか、一回エイラが「依頼で来た」と明言しているのだから俺がそれ関係であるというのは容易に想像出来る。「テルモピュライ関係か?」と思い当たる節があるのであれば尚の事。

 と、ここまで思考を巡らせて目の前の少年――自己紹介の後トリカブトと名乗った――に渡す筈だったガルシアからの手紙をあの巨大ムカデに渡したままだった事を思い出す。

 その旨をトリカブトに伝えると彼はあぁと思い出したように手を叩く。

 

「そういや分体に受け取らせたままにしてたな、忘れてた。――起きろ」

 

 起きろとは? と俺がトリカブトに聞こうとするよりも前に洞窟内部に強い振動が走る。床に敷かれた石畳を粉砕して件の巨大ムカデが手紙を咥えて顔を出してきた。

 トリカブトはムカデから手紙を受け取り再び地中に潜らせ手紙を読み始める。

 

「【従魔師】なのか?」

 

「んー? 別に使役してる訳じゃあない。言ったろう分体だと、俺は感覚と意識を共有出来るムカデを作り出せる。今お前が見た奴もその内の一体だな、【ドラグワーム】って知ってるか? カルディナにわらわらいるモンスターなんだが」

 

「一応知識だけなら……」

 

「ネビロス達が見たのはそいつをモチーフに作られた威嚇用のムカデだ。俺自身太陽の光が毒だから偶に体を借りて外の様子を見てたりする。そういう意味で言えば、どちらかというとゴーレムに近いかな」

 

 手紙を読み進めるトリカブトがそう説明してくれる。

 ムカデの尾も含めて透き通るような白を持つトリカブトだったが、太陽の光が毒と言った所で忌々しそうに目を細めていた。やはりアルビノの体とはつらいものであるらしい、……いや、あれはむしろ自分の体質以外の何かを憎々しげに思っているような――

 

「人のことを無闇に観察するのは頂けんなぁ?」

 

「あ、あぁ悪い、どんなジョブならあんな強そうな虫を作れるのか考えてた」

 

 ニタリとこちらに笑みを向けるトリカブトに思わずそう誤魔化してしまったが別に嘘ではない。エンブリオを持たないティアンがマスターに対しアドバンテージを取る方法は経験かジョブ、後は噂の特典武具くらいしか思いつかない。

 なので余程強力なジョブに就いているか特典武具を手に入れているかだと思い口に出したのだが、トリカブトはハハハと笑っており、詮索に対して余り気にしてない様に思えた。

 

「強いジョブだけでここまでは出来んよ、強いて言えば俺の体質の様なもだ。さて、手紙の件確かに承った。古き友の六芒星からの頼みだからな、……しかしガルシアの奴、面白い事を考えよる」

 

 くつくつと悪辣な笑みを浮かべるトリカブト。一体あの手紙に何が書かれていたのか非常に気になる所だが何となく聞くべきでないと直感が囁いたので口を噤む。

 あとやるべき事は何かあっただろうかと思考を巡らせ、エイラが袖を引く。

 

「? どうした?」

 

「テルモピュライからの預かり物を渡しに来たのではないのですか?」

 

「あ」

 

 そうだった、トリカブトと合い見えた事で完全に記憶の彼方へと吹き飛んでいた。

 俺は腰から提げている頑丈な方の収納カバンの中の荷物を確認し何かが入った大きな木製の箱を取り出し、読み終えた手紙を折り畳むトリカブトへと渡す。ガルシアからの手紙を取り出す時に一瞬見えたがこの箱以外の荷物は無かった。

 

「これ、テルモピュライから貴方に渡してくれと頼まれた物です」

 

「あいよ確かに。テルモに頼んだ奴ってぇと……やっぱりか、ありがたいな」

 

 俺から受け取った木箱を嬉々として開けるトリカブトは見た目通りの少年の様な笑顔を浮かべていた。

 木箱の中身は壺、よく梅干しを漬け込むのに使用するような常滑焼に非常に良く似た壺だった。その壺の中にも何か入っているのだろうかと考えてるとグラシャラボラスが「キャイン!」と怯えたように数歩後ずさる。

 どうした――と聞く前に毒々しい臭気が俺の鼻を刺激する。

 

「え、何だこの匂い」

 

「ん? あぁネビロスは嗅ぎ慣れてないか、グラシャラボラスも犬っぽいし流石に軽率だったな。コレは蠱毒だよ」

 

「蠱毒……」

 

 成る程、合点がいった。毒を持つ生き物達を一つの容器で飼育し意図的に共食いを行わせそれら生物の持つ毒を濃くしていくというものだ。恐らくあの壺の中には毒虫や毒蛇といった生き物達が犇めき合い、すでに幾度か共食いが行われている所なのだろう。

 ちなみに起源としては古代中国において広く用いられていた呪術の一種だという。互いに共食いさせ、勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀り、その神霊の毒を採取して様々な事に用いるらしいが……まぁ平和な使い道ではあるまい。

 

 グラシャラボラスに影響が出るのも嫌なので左手の紋章に引っ込める。

 

「とりあえず貴方向けに預かったものはそれで最後です。ガルシアさんやテルモに渡す物があるなら預かりますが」

 

「ん、そうだな……じゃあテルモピュライにコレを渡してくれ」

 

 そう言ってトリカブトが奥から引っ張り出してきたのは何らかの鉱石の塊が十数個、金らしい輝きが随所に見受けられるが余りよく分からなかった。

 ガルシア宅の書斎で得た情報の中には鉱石関係のものもあったが思い出せなかった。

 

「……コルタイト鉱石ですね、主に貴金属系統に加工されます」

 

 ありがとうエイラ。「頼むぜ」と乱雑に置かれたコルタイト鉱石を余さずアイテムボックスに放り込む。

 

「ガルシアには……別にいいか、エイラに伝言を任せるわ。“受諾した。てめぇの矛に垂らす一滴の毒になってやる”、頼むぜ嬢ちゃん」

 

「承りました」

 

 それぞれがトリカブトから貰ったものを抱え、俺達はこの洞窟を去る事にした。トリカブトに背を向け、出口へ向かうと俺達を呼び止める声。

 振り返るとムカデの尾を用い音も無く忍び寄ってきたトリカブトが手を差し出してきた。反射的に握ってしまったが、ただの挨拶だったようだ。

 

 ……? 何か今痛みが――

 

「ネビロス、帰り道には気を付ける事だ。テルモピュライの友人が、たとえ数日で蘇るとしても死ぬのは悲しいものだからな」

 

「え? あ、はい。気をつけます」

 

 ではな、と手を離すトリカブトに別れの挨拶を返した俺達は、洞窟を後にした。

 依頼達成である。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 ……行ったか。振っていた手を戻し洞窟の奥深くへと蠱毒の壺を携えて閉じこもる。

 出来る事なら彼らに付き添って霊都付近まで送りたかったが、この体がそれを許さない。つくづく厄介な体にしてくれたものだと思う。

 

(まぁ、だからこその分体との意識の共有な訳だが)

 

 ガルシアからの手紙にはとある要望が書かれていた。一つは近い内に起こる霊都での戦いに力を貸してくれと言うもの、これにはエイラに承諾の旨を聞かせたので早ければ明日にでも伝わるだろう。

 そして二つ目はエイラとネビロスにムカデを付けてやってくれというもの。必要以上に迂遠で歪曲した貴族らしい表現で書き記されてはいたが、要は監視役なのだろう。

 

(相も変わらず生きづらそうな性格して……)

 

 エイラがろくでもない事に首を突っ込んで死なないか心配だから、ネビロスが心変わりして自分達に敵対しないか不安だから。だから俺に頼むのだろう、俺を信頼しているから。

 素直にあいつは馬鹿なんだろう、エイラは唯でさえ死にくい吸血鬼の中でも生存能力が高い奴だしネビロスに至ってはマスターだ。テルモピュライとは似て非なる手合いだが、あいつの様なマスターは義理と利益があれば当分裏切ることは無い。

 手紙で知ったが【行商人】として生きる道も考えているようだし適度に依頼でも出してれば突拍子も無い行動はしないだろう。

 

 だがそれはガルシアが懸念している事は起こりえないだろうという愚痴にも似た推測だ。

 ネビロスがこの洞窟から去っていく間際、別れの挨拶として彼の手を握り、その際作り上げた小さな白いムカデをバレない様にネビロスの体に這わせた。監視ではなく護衛として、彼らの帰り道に同行させたのだ。

 

(何となくどんな会話をしてるのか気になるし、霊都に帰ったらガルシアん所で話し合いも出来るしな)

 

 先程護衛役と述べたが、あの分体がその役目を全うする事が起きなければいいが。

 そう考えながら俺は、根城にしている洞窟の奥深くでネビロスに這わせたムカデの意識を共有する為に深い眠りに着いた。

 

 




一人喋らせると他の奴らの影が薄くなる悲しみ。単純に文章力が足りない。

【ファミリア・バット】
・基本的にエサをくれるのであれば誰にでも友好的に接するモンスター。
・何故か魔女や吸血鬼に比較的良く懐く。懐いたら主人の命令は絶対。
・気配を薄くするスキル、長大な飛行距離、特定の相手を追跡可能なエコーロケーション、異常な帰巣本能を持っている為に斥候や伝書鳩として活用される。
・正に伝書バット(言いたかっただけ)

トリカブト
・本来はムカデの尾ではなく人の胴が連なった不完全なムカデ人間を尾にするつもりだった。
・正確には頸髄から胸髄までの人間の胴体上部が連なり足の代わりに何十対もの人の腕で移動させる予定だったが描写が面倒だったので全部ムカデに。
・尾の外見は現実的なウゾウゾしてるようなムカデではなくファンタジックな「お前鎧でも着てんの?」みたいな物凄い鋭利なムカデ。
・ガルシアより年上だが見た目は見目麗しいショタ。


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第十話 帰るまでが遠足と心得よう。

帰るよ。


 

 トリカブトへと預かり物を渡し終わった俺達は沈み行く夕陽を眺めながら帰路についていた。

 どう考えても途中で夜に突入する。分かりきっていた事ではあるがいざ直面すると野宿に対する不安が脳裏を過ぎる。

 

「……まぁ、なるようになるか。もう出ていいぞグラシャラボラス」

 

 俺の言葉に、グラシャラボラスが頭を振りながら姿を現した。あの壺の匂いは余程堪えたらしく、体を震わせ翼を羽ばたかせて匂いを散らす。

 道中で得たモンスターの素材の一部を、現段階から俺の物となったアイテムボックスに移し変えながら足を進めていく。

 

 現在、大量の木の枝と食料品、ガルシアから貰った諸々を入れているのが初期装備の収納カバンであり、モンスターの素材やらトリカブトから預かったコルタイト鉱石やらを頑丈な方の収納カバンに入れている。

 それとは別に【行商人】となる際に購入したカバンもあるが今は使っていない。……カバンを二個持つので精一杯なのだ。

 

「じゃあ行こうか。今の内にどれだけ距離を稼げるかな」

 

 足早に森の中へと入っていく俺達を、夕焼けが紅く照らしていた。

 

 

 

 

 

 紅い陽光が薄れ徐々に夜の闇が訪れてゆく森の中で、俺はカバンから水筒を取り出し水分補給を行う。

 

(……何か変だ)

 

 あまりに何事も無さ過ぎる。誤解無きよう述べておくが、別にモンスターと出くわさないという訳ではない。

 オオカミやらゴブリンやら、まぁ少ない頻度ではあるが何回かエンカウントしてはいる。だが相対した途端に俺達から興味を無くしたように去っていく。俺達の事などどうでも良いと言う様に。

 

 俺達にビビッて逃げたなどと楽観的な言葉を吐くつもりは無い。無いが、では何が原因かと聞かれると二の句を継げなくなってしまう。

 何かがおかしい。それが俺の理解できる唯一つの出来事だった。

 

 ので、俺よりは何か知ってそうなエイラに尋ねてみる。

 

「……どう思う、どう感じる?」

 

「まず普通とは思えませんね、我々に構ってられない何かがあったのでしょう。それを探しているのか、それから逃げているのかは分かりませんが」

 

 正直常人の手の届かぬ脅威の跋扈する様な所では異常が日常みたいな感じなので確証が持てないんですよ、と続けたエイラ。

 デンドロの世界は意外と試される大地なのかもしれない。

 

「うん、少し休むか」

 

 周囲を警戒しているグラシャラボラスも張り合いの無いモンスター達と会うばかりで集中が途切れ始めたので、ここら辺で休憩することにする。

 開けた場所を見つけた俺達は足を止めて各々休憩に入る。

 

「グラシャラボラス、周囲に敵の気配はあるか?」

 

「ウゥウ」

 

「周囲に敵は無し、と。オーケー、飯食うか」

 

「流石に悠長が過ぎませんか?」

 

 俺もそう思うが腹が減ってきて仕方が無いんだ。

 アイテムボックスから大量の木の枝を取り出し、俺とエイラ用に簡易的な椅子を【即席合成】で作る。余った木の枝は薪にして一箇所に集めてグラシャラボラスに火を着けて貰い、焚き火にした。

 乾燥しきってない枝の為煙が出るかと思ったが案外煙の量は少なかった。レジェンダリア周辺の木の特色なのだろうか?

 

 エイラを椅子に座らせ、焚き火を囲むように俺達は一息ついていた。

 買い込んだ肉類に下処理等を済ませながら串に刺しているとエイラが話しかけてくる。

 

「手馴れてますね、料理は得意なのですか?」

 

「いや、そうでもないよ。俺が出来るのは肉を焼いて塩を振るみたいな大雑把な調理だけで手の込んだ物はほとんど作れん」

 

 引き篭もりとはいえ年がら年中インスタントは疲れる、軽い範囲だろうと自炊スキルは必要なのだ。そう考えながら俺は肉串を焚き火近くの地面に固定する。

 ついでに謎のイモも串に刺して焼く。アルミホイルがあれば包み焼きみたいな感じでそのまま焚き火の中に放置できたのだが、残念ながらアルミホイルは無かった。

 

「あー、あとはこの手の料理は素材の質が良ければそれだけで美味いからあんま気負わなくていいってのもあるか。楽して美味い物が食いたいって言ったら料理人に殴られそうだけど」

 

 金だけは潤沢だったので大抵は食材とゲームに注ぎ込んでいるのだ。享楽ここに極まれりってな。

 

「料理が得意って言ったらエイラの方が得意だろ? あの時のアップルパイすごい美味かったぞ」

 

「私は……他の子よりも自由にして貰ってるので浮いた時間で趣味になりそうな物を満遍なく勉強してるんです」

 

 見た感じ結構手先が器用なんだなと思ってたらそんな理由が。というか他の子? ガルシアには子供が複数いるのだろうか?

 

「あ、いえ、私と同世代の貴族の子という意味です。ただ皆は跡継ぎとして期待されている分貴族としての心構えや常識を叩き込まれて私のように自由に過ごす時間は無いんです」

 

「それは……」

 

 逆に言えば、ガルシアはエイラを跡継ぎにする気が無いという事なのか。

 エイラがガルシアの言いつけを無視しまくってるという可能性は、まぁ無いだろう。短い付き合いだがそんなじゃじゃ馬には到底見えない。

 

「ネビロスが考えてる通り、多分ガルシアは、私が跡継ぎとなるのを避けたいのでしょう」

 

 何と言えばいいのだろう。詳しい事に顔を突っ込むつもりも無かったので詳しいことは何も言えないが、それはつまり跡継ぎとして期待されてないという事なのだろうか? もしくは……。

 パチリと焚き火が弾け、焼けた肉の匂いが辺りに広がる。

 

「……期待されていないというより、何でしょう、貴族の世界への関わりを薄れさせようとしているのでしょうかね? ネビロスは私の事を貴族らしくないと言いますが、私からすれば当主であるガルシアの方が貴族らしくない」

 

 エイラが立てた膝に顔を埋める。

 

「私にはお父様が何を考えてるのか分からない」

 

 それは疑いようも無く、エイラの心からの本音だった。

 俺は串焼きを数本手に取り、カバンから取り出した木皿によそってエイラに渡した。

 

「すまんね、俺には解決策も思い浮かばない。エイラの事だ、一度ガルシアさんに直接聞いたりとかもしたんだろう」

 

「えぇ、その時は言っても信じないだろうと流されましたが」

 

「じゃあ、本当に言っても信じて貰えないような事があったんだろう。例えば未来予知で貴族になったエイラが酷い目にあったのを見た……とか?」

 

「……荒唐無稽が過ぎますよ」

 

 そう言ってエイラはフフと笑い、差し出した木皿を受け取った。

 確かに茶化すことが目的ではあったが、未来予知説も結構本気ではあった。のだが当のエイラに否定されてしまった。どうやらファンタジックなこの世界でも未来予知に相当するスキルは無いらしい。

 

 よく焼けた肉をグラシャラボラスに渡したり焼けたイモを恐る恐る食べたりと、俺達は焚き火を囲んで休憩時間を和やかに過ごしていった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 そんな空気を切り裂くような何かが訪れたのは、それから暫く後の事だった。

 

「前々から気になってはいたのですがネビロスのその髪型は趣味か何かで?」

 

 すっかりいつもの雰囲気を取り戻したエイラがそう俺に問い掛けてきた。

 俺は後頭部へと手を乗せる。その手の中には、変わらず深海の水の様な色をした髪の毛があった。

 

「あぁ、これなぁ。特に深い理由は無いんだ。何となく伸ばして何となくシニョンにしてるだけで」

 

 というかこれってこの髪型で固定されてる訳では無いんだろうか?

 と思い徐にシニョンを留めていた簪を抜いてみる。

 

(……抜けるんだ、これ)

 

 あっさりと引き抜くことが出来、俺の髪はやや長めのストレートになった。という事はこの簪もアクセサリー判定なのだろう、いつか状態異常耐性を上げる物でも買おうか。

 まだまだ先になるだろうけど、なんて事を思いながら俺は髪形を元の物に直した。

 

「……冷えてきたな」

 

「クルル?」

 

 星空を見上げる俺に釣られたのか、耳を動かすグラシャラボラス。

 完全に陽は落ち切り薄ら寒い暗闇が辺りを包み込む。焚き火に当たっているとはいえ忍び寄ってくる肌寒さを消し去ることは出来ない。

 眠気を誘われてしまうが茶でも沸かして体を温めようか、とカバンからティーポットを取り出す。

 

「エイラも茶はいるか?」

 

「頂けるのであれば」

 

「……ルルル」

 

 グラシャラボラスは苦手な匂いの茶葉だったのか低い唸り声を出してそっぽを向いた。

 

 道の途中で汲んだ水をポットに入れ、焚き火に翳す。グラシャラボラスの火が特殊なのか高温の状態で維持され続けているのですぐに湯が沸く筈だ。

 ――と。ここでグラシャラボラスが立ち上がる。

 

「グルルウアァ!」

 

 その雄叫びを聞き、即座に焚き火にポットの水をぶちまけた。

 燻る炭の匂いを漂わせる焚き火の跡に目もくれずその場から飛び退くのと、異常なまでにけたたましい羽音を立てながら数体の蜂が突っ込んでくるのはほぼ同時であった。

 

「茶は後になりそうですね、ネビロス、どうしますか?」

 

「そりゃあ……」

 

 戦うか、逃げるかという事か? 敵がこの数体だけならそれも考慮に入れてたかもしれない。だが――

 

 グラシャラボラスに一度《インビジブル・マーチ》を使わせてから頭上へ向けて《茜色の群火》を吐かせる。辺りは数秒だけ火球の光に照らされた。

 

(あぁ、やっぱり――)

 

 ほんの数瞬だけではあったが、確かにこの目で黒足の蜂とそれを率いる巨大蜂の姿を確認できた。

 

「逃げるぞ」

 

 今日は厄日なのか、それとも積み立てたフラグがその力を発揮したのだろうか?

 俺達の目の前に、【静界蜂針 サイレンサー】が現れた。

 

 ――その目に無機質な、されど確固たる殺意を迸らせて。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 走る走る走る。とは言え俺はグラシャラボラスに乗っているため走っているのはグラシャラボラスだが。

 

 俺とエイラはこちらに向かってくる蜂の掃討に勤しんでいた。

 最初は透明化してるのにこちらの事が分かるのかと恐怖したが、見た限り手下の蜂――暫定的に黒足蜂と呼称する――自体はこちらを認識できておらず、【サイレンサー】がこちらの姿を確認し、そこに黒足蜂を向かわせているのだろうと思われた。

 

(あいつ自体は動いてない……? ならあいつの目を遮れば逃げられるか)

 

 ちらりとエイラの方を見る。汗一つかかずに魔法を近寄ってきた蜂に向けて掃射する様からは焦燥や疲労は窺えない。

 まだ暫くは余裕があるだろうと判断し、俺が相手取る黒足蜂を見据える。

 

 歪で、刺々しい、恐怖を誘う風貌の蜂はしかし俺の姿をその目に捉えている訳では無い。女王が言うからそこに敵がいる、ただそれだけでで己の針を振りかざすそいつらに俺は槍を振るう。

 一時的に距離を離す事は出来たが、それは相手に俺がいるという確信を与えている事に他ならない。

 

(極力喋らないようにしていたがもう意味無いか? どうするか……)

 

 まず問題となるのは俺自身のダメージソースとしての貧弱さ。現在メインジョブは【旅人】なので仕方無いが、主なダメージソースであるグラシャラボラスが逃走に集中している以上俺とエイラが何とかする必要がある。

 ――ではジョブを【槍士】に変更するか? 否だ。ちょっとはマシになるだろうが悠長にジョブを変える暇は無い。それに今はジョブクリスタルの蓄えも無い。

 

 次の問題点はどこに逃げるか。今のところ何となく霊都に向かっているが、【サイレンサー】達がこのまま俺達を追い続ければ必然的に霊都まで着いて来る事になる。霊都なら強いマスターやティアンも大勢いる為そこまで逃げ切るのも一つの手ではある。

 ――じゃあこのまま霊都まで逃げようか? 否だ。俺達は我武者羅に逃げているが見方を変えればモンスタートレインと言われても反論できず、最悪指名手配を食らう可能性があるからだ。というかこのペースで逃げていたら俺達のスタミナが持たない。

 

 そして最大の問題は彼我の戦力差。正直、黒足蜂だけであれば十匹単位で相手しても黒星を勝ち取れるだろう、それだけ《インビジブル・マーチ》は絶対のイニシアチブを得るスキルだからだ。だが【静界蜂針 サイレンサー】が全てを瓦解させた。

 ――ならば【サイレンサー】を倒せるか? 否だ。ガルシアから得た情報、そして先程その姿を見て確信した。あれは蛮勇を行った者を容易に刈り取る絶対的強者だ。何故か今の所動きは無いがこのまま不確定要素の爆弾を残す事になり、そして俺達はその爆弾を処理する事は出来ないだろう。

 

(まてまて、一旦整理しよう。正直戦力差は今打てる手札が少ないので一旦保留として、俺の弱さをカバーする方法は何か無いか?)

 

 例えば、カバンの中に入ってる何かを投げつけるとか?

 今カバンの中に入ってるのは……ゴブリンやオオカミの素材がちょっとと使いきれなかった食材類、大量のポーション、そして莫大な量の木の枝くらいな物である。後は食器とかの細々した物やトリカブトから預かっているコルタイト鉱石か。

 

 流石に他人から預かってるものに手を付けるのはあれなのでコルタイト鉱石は選択肢から除外する。

 となるとそれらであいつらを倒すとまでは行かなくとも気を引く何かを作りたい所。

 煙玉が作れればなぁ……。

 

(で、逃げ場についてだが……どうしようか。霊都以外でこいつらを撒けそうな所が無いんだよなぁ。というか霊都周辺の地形について知らなさ過ぎるな)

 

 ガルシアの所の書斎で事前情報を仕入れた筈なんだがなぁ。と考えている合間にもこちらへ向かってくる黒足蜂はその数を増していく。

 

(……最悪だが霊都に行くしかないか? 幸いにして霊都の場所は【アムニール】が目印になってるから迷う事は無い)

 

 あの世界樹の様な【アムニール】を目印にしていけばどこに行けばいいのか分からなくなるという事は無い――

 

 ――ふと。ある事を思い出す。

 

 霊都、【アムニール】、どこにいても分かる目印。

 つい先日、自分は正にそれを打ち立ててはいなかったか? 自分にしか見えない、光の柱を。

 

「――ある」

 

 格好の逃げ場が。俺はそれを知っている。

 

 




いつのまにか総合UAが5000を超えてびっくりした。

エイラがいなければ当たって砕けろの精神で突貫を仕掛けるつもりだったがそれは無理、エイラが【奔走輸血】を使えば戦線から離脱できるかもしれないが【静界蜂針 サイレンサー】の執着心如何では時間切れまで追ってくる可能性すらあるのでその手札は切れない。
半ばパニックに陥ってるのもあり結果としてこういった中途半端な逃走しか出来なくなりました。


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第十一話 己に出来る事を模索しよう。

逃げるよ。


 

 

 夜間の逃避行、逃げるはネビロス、エイラ、グラシャラボラス。追うは黒足蜂の群れを率いる【静界蜂針 サイレンサー】。

 状況が移り変わるのにそう時間は掛からなかった。

 

 今から逃走経路を完全に変更する。目的地は以前エイラと共に向かったアンブロシアの群生地、そこに続く地下水脈だ。

 そこまでの道を迷うかどうか、はっきり言おう。俺だけはそこまでの道を間違える事は絶対にありえない。

 

(《旅の記録》を使ったからな)

 

 使った本人にだけ分かる《旅の記録》の光の柱。どこにいても感覚で分かると説明で書いてあったが、あぁ、これは不思議な感覚だ。

 しかしその特性ゆえにグラシャラボラスやエイラには見えないが……そこは俺がグラシャラボラスに行き先を伝えれば分かってくれる筈。

 

 まずはエイラに逃げ先の変更を伝えよう、そう考え俺は槍を振るう手を止めエイラへと顔を向ける。

 

(……ん? あいつどこ行った?)

 

 視線を後方に向けるといつのまにか【サイレンサー】が姿を消している事に気付く。

 諦めた訳でも無さそうなので注意喚起も込みで口を開き――

 

 ――俺の腕に何かが刺さった。

 

「  !」

 

 見れば五寸釘ほどの大きさの針が深々と刺さっていた。痛覚をオフにしてるので激痛が走るという事は無かったが知らぬ間に重傷を負っていたという事実にパニックに陥りそうになる。

 震えそうな体を歯を食い縛る事で押さえ込み、針を力の限り引き抜いた。

 

 上空へ目を向けると【静界蜂針 サイレンサー】が音も無くこちらを見下していた。

 【静界蜂針 サイレンサー】が出張って来た以上最早透明化は意味を成さないと判断し大声でエイラに対し注意喚起と逃げ先の変更を伝えた。

 

「   、         !」

 

 筈だった。

 

 俺は今確かに言った筈だ。『エイラ、地下水脈へ逃げるぞ!』と。その筈なのに俺の口からはその言葉が一音たりとも出てこなかった。

 萎縮している訳じゃ無い。息は吐けるし舌も動く、喉も震えている筈だ、だのに音だけが切り取られたかのように消えている。

 

(これが【サイレンサー】の能力か、……最悪だ、だから会いたくなかったんだ)

 

 ガルシアの記憶で覚えた【静界蜂針 サイレンサー】の能力は沈黙、そして静寂だ。自身の羽音や顎を噛み合わせる音など、自分の身から生じるあらゆる音を消し去る力を持ち、己の針を刺した相手にもこの力を強制的に付与する事が出来る。

 上手く利用できる道もあるのだろうが相手は【UBM】だ、パーティー戦に於いて意思の疎通が全く取れなくなると言う最悪の能力を、敵に有用に使わせる訳が無い。

 

「         」

 

(あぁ、クソ、喋れないって分かってるってのに……)

 

 これも全部【サイレンサー】のせいだとカバンから取り出した木の枝を《簡易合成》した投槍を上空に放たんと睨みつけるが、既にその姿は闇夜に解けて消えていた。ここからは音も無く針を飛ばしてくる【サイレンサー】にも気を配らねばならないのか……。

 ちなみに先程口にしたのは『あいつを近づけるな』だ。エイラどころかグラシャラボラスにも聞こえていないが。

 

 意思疎通の手段を失ってしまった事に焦りを覚えるが、そうしている間にも黒足蜂の追撃は止まらない。その内の一体がこちらに真っ直ぐ突っ込んで来たので即座に手に持っていた投槍で腹部を貫き、投げ捨てる。

 これで死なないのだから厄介極まりないモンスターだ。

 

(しかし……どうやってエイラに伝える? 今確認したが手を叩いても何の音も出なかった、音が全滅だとするなら取れる手段はボディランゲージしかない訳だが……)

 

 エイラがどれ程こちらの意図を汲んでくれるか分からない。ならば順番を逆にしよう、グラシャラボラスを先導させる。

 

 なぁ、聞こえるか? 今まで心の中でお前に語りかけた事は無かったから本当に届いてるのかは分からんが、手早く済ませよう。このまま霊都まで逃げてたらいずれ捕まる、だからあの地下水脈に逃げ込むぞ。

 お前の言いたい事も分かってる。この暗さじゃ分からないと、お前は言うんだろう。でも俺はあの地下水脈の場所が分かる。お前は、俺の考えていることが分かるんだろう?

 

 俺の見えている物が見えなくても、俺が指し示す道の先は分かる筈だ。グラシャラボラス、お前には見えなくても俺の見えている物がそこにあると分かる筈だ。そうだろう? 相棒。

 

「……ヴァウ!」

 

 返事は是であった。

 口角が弧を描くのを抑え切れぬまま、俺は続けてエイラへの意思疎通をグラシャラボラスに任せてアイテムボックスの中を漁っていった。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 私がより安全に生きられるように、奴隷達がより安全に狩りを行えるように、私は道を塞ぐ奴隷達を押し退けて敵対者へ向けて攻撃を行った。

 残念ながら私の針を受けたのは一人だけだったが、問題無い。群れている敵対者は一人でも静かになれば瓦解すると私は知っている。

 

 しかし、離れすぎた。早く奴隷達の騒音へと身を潜めねば――。

 

(……?)

 

 おかしい、思っていたような枯れ山が崩れ去るような混乱が起こらない。こんな結果になったのは今まで一度も無かったのに。あぁ、それよりも安寧の騒音の元へと早く戻らねば、静けさが溢れ出てしまう。

 己の姿を奴隷達の騒音に沈めていく最中、逃げ惑う敵対者の方向から奴隷達と同等の騒音が聞こえた。

 

 己の羽が妙にざわつくのを感じながらこの騒音の仕立て人であろう敵対者を見やると、数匹の奴隷達を巻き込んだ黒煙がもうもうと立ち上っていた。

 爆発に巻き込まれたであろう奴隷達はいずれ補填できるから構いやしないが、あの敵対者達は……おや?

 

(……方向、調整、混乱、兆し、未だ無し)

 

 黒煙を抜けた彼らは逃げる方向を変えていた。何となく、では無いだろう。何かしらの目的を持って動いている筈だ。

 分からない、群れた敵対者達は司令塔を潰せば残された選択肢は「敗走」のみと知っていたのに。だからこそ群れの長と思われる男に己の針を突き刺したというのに。

 

 何もかもが分からない、今までの経験が全て崩れていく感覚を覚える。だめだ、これ以上は看過できない。

 奴隷達よ、狩りはもうお終い。殺してしまえ。私の機嫌取りなんて考えずに。

 

 目を潰されても、足を奪われても、羽をもがれても、体を砕かれても。

 

 死ぬその時まで、這いずり、殺せ。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 何が切っ掛けかは分からないが――まぁ十中八九先程の爆発だろうが――黒足蜂の追討が苛烈になっていくのを感じながら俺は次なる攻撃手段を製作する。

 先程作ったのはあり合わせで作った爆弾だ。買ったラードとガラス瓶と鉄粉を《即席合成》で仕上げ、着火をグラシャラボラスにお願いした結果が先程の爆発だ。構成要素的には火炎瓶に類する物になるのだろうか?

 

 《即席合成》の効果で品質は最悪だったので不完全燃焼を起こし、発生した煤の割合が尋常では無かったが合成比率はあの一回で大体掴んだ。次はもっと殺傷力は上がる筈だ。

 

(……なーんて、言ってられる状況でも無くなった訳だが)

 

 加速度的に増えていく黒足蜂が休憩させる暇を与えず突っ込んでくるせいで碌に準備出来ないまま迎撃に回らざるを得なくなっている。それに伴い最早轟音と形容できる黒足蜂の不協和音のせいで正直もう鼓膜が限界に近い、俺ですらこうなのだから人より感覚の鋭いグラシャラボラスやエイラの苦痛は饒舌に尽くしがたい物なのではなかろうか。

 それに加えて結構な頻度で【静界蜂針 サイレンサー】が狙撃してくるのが恐ろしい。

 そう、狙撃だ。何かしらのデメリットはあるのだろうが無限とも思える弾数を正確に発射してくる。黒足蜂の羽音で集中力が低下してるのも災いし既に数本の針が俺に刺さっている。

 

 【沈黙】のせいで「痛い」とすら言えなくなっているのは中々にストレスが溜まるがそれはそれとして、若干不安に思うのはこいつらにアナフィラキシーショックは存在するのかという事。刺さってる針を余さず回収してる過程で末端の痺れ等は確認できなかったがもしあるとしたらクリティカルを出し続けるのを祈るしかなくなるだろう。

 ダメージは対した事は無い――と言っても現段階で針によるダメージだけで回復ポーションを十数本開けているのだが――が狙いだけは異様に正確で、……だからこそどこかちぐはぐに思える。

 

(黒足蜂が過激さを増したという事は恐らく目的は狩猟から抹殺に切り替わった筈。それにしては【サイレンサー】は遠くからちまちまと攻撃を重ねるだけ……。絶対に逃がさないというのなら【サイレンサー】が最前線に出向くのが最も効率的な筈)

 

 こちらはそれをして欲しく無い訳だけど、などと考えながらも思考と反撃の手は緩めない。

 

(攻撃は全部手下任せ、そんなボスも中に入るだろうさ。だがそれにしては中途半端に過ぎる。【サイレンサー】が出張ってこない理由は何だ? 俺達から攻撃を貰うのが怖い?)

 

 否定する。相手は仮にも【UBM】だ。階級が如何程かは分からないが俺達が逃げられているという事はあまりレベルは多くは無いだろう、だがそれでも俺達の攻撃を受けて危険に陥るという事は……まず無い。

 思い出せ、今までの行動の隅々まで。【サイレンサー】の一連の行動の中で、どこかおかしい所は無かったか? 例えば、そう、今だってそうだ。一度はこちらに接近して攻撃を行っていたにも拘らずその後は遠距離攻撃を行ってきたとか。あの時の【サイレンサー】は、そう、まるで――。

 

(――逃げていたように思えた)

 

 何故、何からは必要ない。では【サイレンサー】は俺への攻撃を加えた後「どこへ」逃げたのか?

 決まっている、黒足蜂の元へだ。であるならば、黒足蜂は【サイレンサー】に何を齎す?

 

 ――騒音だ。

 

 成る程、成る程、成る程。仮定を詰めていこう。【静界蜂針 サイレンサー】の能力は静寂、それを己や他者に与える力を持っている。それはとても大きなアドバンテージだ、ともすればグラシャラボラスの透明化と同じくらいには。

 では何故【サイレンサー】は黒足蜂にその能力を付与しない? まぁ理由は幾つかあるだろう、沈黙付与が一過性の物であるとか一度に複数の相手に付与出来ないとか。

 だが、であるならば何故【サイレンサー】は群れを成す? それも黒足蜂という静寂とは最もかけ離れた様なモンスターを傘下に加えるなどという事を。

 

(簡単な事だ、【サイレンサー】には必要だったんだ。静けさと相反する騒音が)

 

 ここに至るまでの過程を、俺はガルシアから貰った記憶を見た時からずっと考えていた。勿論これら全ては推測で、本当の事は本人にしか分からない。そもそもこの推測が正しいと仮定しても【サイレンサー】が黒足蜂から離れた場合のデメリットが想像付かん。

 それでも【サイレンサー】が黒足蜂を求めているのは、ほぼ間違いないと見ていいだろう。

 

 思わずほくそ笑む。

 

(それはつまり、黒足蜂の数を減らせば【サイレンサー】が俺達を見逃す可能性があるって事だろう?)

 

 勿論相手も手下が減るのは好ましくないだろう、黒足蜂の数が減るごとに相手の攻撃は苛烈さを増す筈だ。だがそんな事は関係ない、俺達の逃げ込んだ先でそれが出来るからだ。逃げ切ってしまえばどうとでも出来る。

 漸く見えてきた光明を手に取る為に、俺は燃焼弾製作の手を早めるのだった。

 

 

 

 

 

 良い話と悪い話がある。と聞かれたらどちらを先に聞くだろうか? 個人的には悪い方を後に回す派なので先に良い話を伝えよう。

 死なない様に逃げ回り、俺の思考を介して行ったグラシャラボラスのナビゲートにより件の地下水脈の入口が目と鼻の先という所まで来た。エイラが入口を開ける手間は掛かるがそれも数秒だけ、洞窟内部に入れば勝ちの目は更に上がるだろう。

 

 では悪い話だ。

 様々な資源が枯渇し、グラシャラボラスとエイラまでもがダメージを負い始めた。正直状況は最悪に近い。

 まず燃焼弾用の金属粉と脂、ガラス瓶が底をつき、次いで迎撃兼足止め用に使っていた大量の木の枝が数本を残して殆どを使い果たした。

 

 その結果迎撃の手が緩み、激烈な黒足蜂の追撃や【サイレンサー】の狙撃をまともに受ける事となる。消費を抑えられていたポーション類もその傷跡を掻き消すために大方消費した。

 まぁその甲斐あってか【サイレンサー】の沈黙は時間経過で治る事が分かった訳だが。

 

「もう少しで地下水脈だ、逃    」

 

 鈍い衝撃と肉を抉られる感覚が背中を伝う。

 くっそ針が刺さった、苛立ちを表に出しながら背中に刺さった【サイレンサー】の針を強引に引き抜き、やけになった俺は【劣化快癒万能霊薬】を口に含む。

 

 このサイクルも十回は優に超えた。頼りの【劣化快癒万能霊薬】もこれで打ち止め、いよいよもって後が無い。

 疲労が蓄積しているせいか何度か咳き込みながら俺はエイラの方を見る。俺は何度もポーションを使ってこの様だが、見た目のダメージで言えばエイラの方が酷いのだ。吸血鬼である自分は頑丈だからという理由で自分が使うためのポーションを全て俺に渡している。

 今のエイラは種族として生まれ持った回復力だけで持ちこたえている状態だ。

 

(あとほんの少しで地下水脈への入口がある滝の落ちる湖に出る、ミスったら死ぬぞ)

 

 光の柱はもうすぐそこだ、回復薬を飲ませたりと誤魔化してきたがグラシャラボラスの足ももう限界に近い。【サイレンサー】や黒足蜂の猛攻を受けなければもっと余裕を持てた筈なのにと歯噛みする。

 

 ……別にお前が悪い訳じゃ無い、そんな申し訳無さそうな顔をすんなよ相棒。俺も何も出来ちゃいない、嗚呼――強くなりたいなぁ。

 そんな事を考えながらも時は止まらない。

 

 目的地まであと10メテル、

 

 5、

 

 3、

 

 1――、

 

 

 ――森を、抜けた。

 

 天に届かんばかりの《旅の記録》は夜空を照らし俺達を迎えた。ここからが正念場だ。

 

 




着地点までの繋ぎが予想以上に文字数多くなってしまった。

【沈黙】
・オリジナル状態異常その2。分類は制限系。
・効果が薄い物でも口から発せられるあらゆる音が意味を成さなくなる為、ハウリングや魔法の詠唱が完全に不可能となる。
・【静界蜂針 サイレンサー】が扱う【沈黙】はその上を行き対象者の発するありとあらゆる音が遮断され、自身の耳にも己が動く事によって生じる音が届かなくなる。
・集団戦でこれを使えば相手は少なからず混乱し、大きな隙を晒す事になるだろう、そしてパーティーを分断したり、例えば相手の眼を封じてしまえば味方がどこにいるのか全く分からない状態で戦闘を行う羽目になるだろう。
・事実【静界蜂針 サイレンサー】はそうして己に仇名す者を地に還して来たので実を言うと一対一よりも集団戦の方が得意。
・現在はある要因によりそれを行うだけの余裕が無くなっている。


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第十二話 勝利に向けて手を尽くそう。

反撃を仕掛けるよ。


 

 

「エイラ! 二十秒だ!」

 

 二十秒は稼ぐ、【劣化快癒万能霊薬】のお陰で一時的に【沈黙】の解けた俺はそう言った。実際、ここに来た事で倒しきるとまでは行かなくとも時間を稼ぐ方法は存在する。急造の作戦だが出任せを言った訳では無いのだ。

 グラシャラボラスはここまで走り抜けてきた勢いを殺しきり、方向反転。尽きる気配を見えない黒足蜂の群れを見据え咆哮を一つ。

 同時に温存していた燃焼弾を全てばら撒き、グラシャラボラスに《茜色の群火》による起爆を指示した。

 

 エイラが魔法を行使するのと同時に、黒足蜂の群れの真ん中で轟音と爆炎が広がる。グラシャラボラスの《茜色の群火》は広範囲に複数の火球を放つスキルだ、殲滅力は薄いが効果範囲はそこらの炎系統の魔法を凌駕する。

 陣形を崩すと同時に壁を作るには最適なスキルだ。が。

 

「まぁ足止めにもならんわな」

 

 分かりきっていた事だ。今ので十数匹は葬り去れただろうが、ただそれだけ。他の黒足蜂は体の一部が吹き飛んでても変わらずこちらに向かって攻撃を仕掛けてくるし、一瞬見えた【サイレンサー】には痛痒を与えられた様には見えない。

 これで本当に燃焼弾は打ち止め。いよいよ以って窮地であるが、依然として余裕は砕かれちゃいない。

 

(今ので五秒、あとの十五秒はこれで稼ぐ)

 

「グラシャラボラス、湖に向かって跳べ!」

 

 俺の指示を受けたグラシャラボラスは即座に振り向き、エイラが準備を行っている地下水脈の入口である滝へ向けて疾駆する。

 無意識の内に己の体が強張るのを悟るが、これから行う曲芸染みた事を考えれば是非も無し。だがそれを理由に今更止める道も選びはしない。

 既に際は投げられているのだ。

 

 湖の岸を踏みしめ、力の限りグラシャラボラスは跳躍する。空中に身を放り出したグラシャラボラスに乗りながら俺は、エイラがフード付きの外套で身を隠している事、後方の【静界蜂針 サイレンサー】に動きが無い事を確認した。

 さあやろうかグラシャラボラス――

 

『――まぁここまで来たらいいだろう、力を貸してやる』

 

 そんな、どこかで聞いた声を幻聴として流した俺はグラシャラボラスにスキルを使わせた。

 

「眼下の湖に《茜色の群火》!」

 

「ヴゥアアア!!」

 

 大きく息を吸い込み、火の粉散る口元を真下の湖に向け、――咆哮。

 

「アアアアアアアアアアァァァァァ!!!」

 

 グラシャラボラスの口腔より放たれた三つの火球、所々に毒々しい黒の差したまるで獄炎の様なそれは全て湖に沈み――

 

 ――大質量の水蒸気を作り出した。

 

 目くらまし兼切り札として行った湖の蒸発。俺達に差し迫っていた数体の黒足蜂は発生した水蒸気により体の内外を焼かれ、それらよりも少し離れた所にいた群れも肥大した蒸気の風圧により各々に吹き飛ばされていった。

 予想以上の火力だったが、これで【静界蜂針 サイレンサー】が再び黒足蜂を集め直すにしても十数秒は掛かるに違いない。

 

 発生した風圧をグラシャラボラスは己の黒翼で掴み、滑空してエイラの元へ滑空する。落下地点では既にエイラの魔法によって地下水脈への入口が開かれており、そこに向かって滑り込むようにゴールした。

 

「無事か!?」

 

「えぇ、こちらは平気です。そちらは? 何やら凄い音がしましたが」

 

「大丈夫だ、グラシャラボラスのお陰で動きに支障はない」

 

 全く、グラシャラボラス様々だ。帰ったら存分に甘やかしてやろう。

 

「さぁて……」

 

 背後を確認した俺は音の無い殺意を叩きつけられる。出所は確認するまでも無いだろう、いよいよキレやがったな?

 

「……走るぞ!」

 

 己を守る黒足蜂の群れを減らされた【静界蜂針 サイレンサー】が研ぎ澄まされた鋼の如き殺意を携えて俺達を追って飛翔した。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「最終確認だ」

 

 体力を回復させるポーションをグラシャラボラスに飲ませながら、俺は自分に言い聞かせるように口を開く。

 

「黒足蜂の群れの殲滅、【静界蜂針 サイレンサー】の消耗、全て平行してこの地下水脈で行う」

 

 俺の喋る声と、二人と一匹分の足音。そして遥か後方で反響し増幅した黒足蜂の羽音ばかりが洞窟内に木霊する。

 ここまで来ても、未だ【サイレンサー】の音は聞こえぬまま。

 

「攻撃は全てこの地下水脈に任せて俺達はただ逃げ回るだけでいい」

 

 もはや無音である恩恵すら意味を成さなくなっているにも拘らず、己の手下を何匹も潰してきた俺達に憎しみの一つでもあっておかしくない筈なのに、【サイレンサー】は尚も静寂を身に纏わせていた。

 ……いや、もしかしたら自分の意思で音を出せなくなっているのかもしれない。

 

「一番楽なパターンは黒足蜂の大半を失った【静界蜂針 サイレンサー】が撤退を選ぶパターン。これならこっちに向かってくる黒足蜂を鉄砲水に誘導すればすぐに終わる」

 

 口の回転は止まらぬが、【サイレンサー】の事を考え続けている己の脳もまた止まらない。

 もし、そう、もしもだ。己の出す音がある日から突然聞こえなくなってしまい、治し方も分からぬまま長い時を過ごしていたとしたら。果たして俺は俺がここにいるという自覚を、自我を保てるだろうか?

 勿論消えているのは己の音だけだから人と話したり、草むらに身を投じたりすれば己の存在を知覚は出来るだろうが――

 

「――だからか?」

 

「どうしました?」

 

「あぁ、いや」

 

 己が己である為に、【静界蜂針 サイレンサー】は存在証明を他者に、黒足蜂に委ねている。それはともすれば己の生命線を他者に預ける行為に等しい訳で。

 でも【サイレンサー】はそうせざるを得なかった? だから【サイレンサー】は最初の一撃以外黒足蜂の群れの中に閉じこもっていた?

 

「……最悪なパターンは最後の一匹になるまで【サイレンサー】が引き下がらずこちらを殺しに来る場合。この場合は隙を見て【サイレンサー】を通路に繋ぎ止める必要がある」

 

 もしそうだとしたら……、いや、そうだと納得して思考を切り上げよう。今は俺達を追うあいつらへの対処が先だ。

 意識を黒足蜂の対処に引き戻した俺は収納バッグからある物を取り出した。

 

「その役目、エイラに任せていいか?」

 

 【即席合成】で作り出した八本の槍をエイラに預ける。相変わらず品質は最低だが、数秒その場に縫い付ける事は出来る筈だ。

 槍を受け取ったエイラはフフと笑い、

 

「任せて下さい」

 

 そう言った。

 知れず頬が緩むのを自覚しながら俺は前を向く。

 

 最初のT字路は既に抜け、俺達は入り組んだ十字路に差しかかろうとしていた。

 

「ヴァウ!」

 

 グラシャラボラスによる危機を知らせる声を聞いた俺達は十字路を直進して振り返り、道を塞ぐようにグラシャラボラスに《茜色の群火》を指示する。

 広範囲を舐める様に焼き焦がす《茜色の群火》は狭い洞窟で使えば足止めとして十分以上に活躍してくれる。その分周囲の被害も甚大だが……どうせ鉄砲水に洗い流されるので配慮するだけ無駄だろう。

 

(……やっぱ火力上がってるよな、っつーか何か火球の数増えてねぇか?)

 

 パーティーメンバー増やした記憶は微塵も無いのだが……。

 おっと、また思考が逸れた。

 

 俺達がいる通路への道を塞ぐように爆発する《茜色の群火》に一瞬だけ黒足蜂の群れが動きを止めるが、その一瞬さえあればいい。

 横道の奥から滝の落ちるような音が聞こえ、次いで轟音と共に大質量の水が交差路を横断するように通過する。

 

 ただの一回、それだけで《茜色の群火》に足止めを喰らった数十匹の黒足蜂がその身を砕かれながら流されていった。

 

「よっ 、     」

 

 手応えを感じ声を出してしまったが、そんな俺の興奮を霧散させるように鉄砲水を貫き数本の針が俺の体を貫く。

 

 針が刺さった勢いで体勢を崩しかけたが何とか踏み止まり――左腕が違和感を訴える。

 見れば左腕を二箇所深く抉られており、血管でも傷付けたのか【出血】の状態異常まで出現している。再び刺さった針を強引に引き抜くと末端が痺れ冷たくなっていくのを感じ、

 

(あぁ、これは左手使い物にならなくなったな)

 

 そう直感してしまった。純粋なHPを回復させるポーションならまだあるが【劣化快癒万能霊薬】のように状態異常を回復させるポーションは底を尽きている。

 応急処置なんて悠長な事言ってられないし、何より大質量の水越しに攻撃を当てられると分かった以上ここで足踏みをしている余裕は無い。

 

「    、  」

 

 ……状態異常回復させるポーション尽きたっつーの。

 一応今のは『逃げるぞ、あっ』である。癖という物はどうにも治し難いものなのだなと思いながら俺は地下水脈の奥へと向かおうとした。

 

 そんな俺を強引に止めたエイラ。

 

「要領は分かりました、少しの間傷を癒していて下さい。自分の身を後回しにしていいなんて考えないで」

 

 そう言ってエイラは俺をグラシャラボラスに乗せた。グラシャラボラスも俺を気遣うように翼を動かし、逃走を再開する。

 ……違う。俺はお前に負担を掛けたくないんだよ、エイラ。

 

 今更に過ぎるが俺はずっと周りに頼ってばっかりだった。自分の力不足を思い知らされ、強くなろうと思うたびに自分一人で解決できない壁にぶち当たる。

 一人だったら何の気兼ね無く死ねた。それは俺が<マスター>で、本当の死を迎えることが無く、死んでも取り返しがつくからだ。

 

 でもエイラは違う。彼女は<ティアン>で、死ねばそれっきり、取り返しの付かない死を迎える事となる。

 俺はそんな彼女を死なせたくは無い。

 

 そんな俺を傲慢という者がいるだろう、<ティアン>よりも弱いくせに何をという者もいるだろう。

 そりゃそうだ、実際俺よりもエイラの方が圧倒的に強い。まかり間違っても「守りたい」などという妄言を吐くつもりは無い。

 

 だから俺は、死なせたくないと思っているエイラの力も借りて壁を乗り越えようとした。そうせざるを得なかった。

 結果としてかつて地下水脈の最深部に辿り着いた時、気絶から覚めてエイラから【UBM】と遭遇したと聞かされた時、そして今この時も。

 

(――あぁ、彼女には死んで欲しくないなぁ)

 

 その思いはより強くなっていった。この思いがテルモピュライが茶化したような感情から来たのかは分からないが、エイラに負担を掛けたくないという思考は本物だ。

 

(……そうか、そうだな。なら今俺が体力を消耗してるのは頂けないな)

 

 思考を止めた俺は回復ポーションを呷る。

 今俺が磨り潰せるリソースは、俺だけだ。

 

 

「……グルゥ」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 【静界蜂針 サイレンサー】が幾ら攻撃を行おうと、黒足蜂を守るには足りない。

 黒足蜂が幾ら抗おうと、地下水脈の大水流には造作も無く押し流される。

 

 グラシャラボラスの《茜色の群火》、エイラの《水操作》、俺が《即席合成》で作り上げた頑丈な柵。

 足止めの方法は異なれどしめて四回の鉄砲水による黒足蜂の殲滅は上手くいっていた。

 

 残る黒足蜂はあと三匹。【サイレンサー】の無機質な殺意の中に焦燥が見え隠れし始めてきたのが見て取れた辺り、黒足蜂が生命線という考えはそう遠くないのだろう。

 尚更疑問だ。

 

(何故逃げない?)

 

 最早俺達を殺して得るメリットよりも黒足蜂の群れを失ったデメリットの方が遥かに上という所にまで来たというのに。……いや、引くに引けない理由があるのだろう。

 ならばこちらも二つ目の作戦に移るまで。

 

「ヴァウ!」

 

「あぁ、終わらせよう」

 

 グラシャラボラスの警告に口角を上げる。俺を乗せて疾駆するグラシャラボラスの疲労度的に、ここが最後のチャンスとなるだろう。失敗すれば……まぁエイラが逃げられるなら良しとしよう。

 

 フィールドは『大』の字に交差した複雑な洞窟。今俺達が走っている直通路の遥か後方から音が聞こえる。

 通路の交差する地点で急転換、黒足蜂に回避の余地を与えずグラシャラボラスに真っ向から黒足蜂を食い千切らせる。

 

 羽と足、そして腹を食い破られたにも関わらず、尚ももがきこちらに敵意を向ける黒足蜂を《茜色の群火》で至近距離から焼き焦がすグラシャラボラスから降りた俺は、燃え続ける黒足蜂を槍で掲げ、残る黒足蜂の内俺に近いほうに向けて投げつけた。

 死体に宿っていた黒炎が、生きていた黒足蜂の体に絡みつく。これで二匹目。

 

「一対一なら俺でも倒しきれるレベルでしかなかったん  、       」

 

 問答はしないってか? 何れにせよエイラが残りの一匹を処理した以上、お前を守る隠れ蓑は全滅だ。

 群は潰えたぞ【サイレンサー】、喋れない代わりに俺は右手で持つ槍の先を【サイレンサー】へと向けた。

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】の姿がぶれる。瞬き一つの間で俺の目前まで迫ってきていた。

 

「ヴゥアア!」

 

 一歩引き、応急処置を施した左腕を前に。【サイレンサー】が俺の左腕を刎ねるのとグラシャラボラスが横合いから突撃したのは同時だった。

 痛みは無いがそこにあるべき物が無い、ただそれだけで発狂してしまいそうな恐怖が押し寄せてくるのを、舌を噛んで堪える。

 

 これで【サイレンサー】を止められると踏んで選択したのは俺自身だ、甘えるな。そう声の出ない口を動かしていると目を見開いたエイラがこちらを見つめていた。

 

「――ネビロスッ!」

 

「   」

 

 く、る、な。そんな俺の口の動きでエイラは足を止める。

 声は出ずとも俺の言いたい事は分かっただろう? お前には大事な役割がある、そして俺にもだ。まだ終わっちゃいない。

 

 事前にグラシャラボラスにはこうなった場合《茜色の群火》は使わずその場で食い止めるよう頼んでいる。どうせ殺し切れはしないのだ、足止めが最優先である。が、流石に相手も【UBM】の一柱、グラシャラボラスだけでは振り解かれるのも時間の問題だ。

 

「はぁッ!」

 

 だからエイラがいる。

 

 地下水脈に入った直後にエイラに渡した槍は材料をその場で全て調達した特別製だ。残りの木の枝を《即席合成》で頑丈な太い木の枝にし、どうにか確保した黒足蜂の素材を貼り付けて微量ながらも耐久値の底上げを行った。

 槍の穂先は【静界蜂針 サイレンサー】の針を使っている。全部俺の体に刺さった奴だ。【サイレンサー】の針を楔にする案を思いついたのがギリギリだったために八本しか確保出来なかったが、構うまい。

 

(とっておきだ、くれてやる)

 

 槍を持って【サイレンサー】へと走るエイラに続くように俺も走る。……耐えてくれ、グラシャラボラス。

 

 翅を震わせグラシャラボラスから逃れんと暴れる【サイレンサー】を地面に縫い付けるように一本目の槍を突き刺すエイラ、【サイレンサー】の複眼がエイラを捉える。

 

 己の身体を縫いとめていたグラシャラボラスの前足を食い千切るために顎を近づけた【サイレンサー】、即座にグラシャラボラスを俺の紋章――跳ね飛ばされた左腕の根元に移動していた――に戻し、すかさずエイラが突き刺した二本目の槍と三本目の槍が【サイレンサー】の一対の翅を貫通する。

 

 【サイレンサー】の腹部が萎縮し、エイラに向けて針が射出されるのを《護身術》を用いた槍で弾く。ここで俺の槍が砕かれたが、エイラが残りの翅に四本目、五本目の槍を差し込んだ。

 

(これで――ッ!?)

 

 右足に鈍い衝撃、左腕が無い事も相まってバランスを取れずそのまま地面に崩れ落ちる。

 衝撃が走った右足を見やると所々を火傷し爛れた姿の黒足蜂が俺の足を砕いていた。

 

(倒し損ねてッ)

 

 反射的に槍を振るう――寸前で槍が壊されていた事を思い出す。

 

(……ミスったなぁ、まぁ後はエイラが【サイレンサー】を繋ぎ止めてくれる筈)

 

 最後の足掻きとばかりに黒足蜂に【サイレンサー】の針を打ち込むが、受けたダメージを帳消しにする事は出来ない。右足の腱が千切れたのか動く様子が全く無く、これでは【サイレンサー】だけを流し去る筈だった鉄砲水から逃げる事も出来そうにない。

 

 何とかなりそうな雰囲気だっただけに黒足蜂の生死確認を怠ったのは完全に俺の慢心だったが、エイラの方に攻撃が向かなくて良かった。

 せめてエイラが残りの槍を突き刺すのを見届けてから、そう考えていた俺は身体の力が急激に霧散し、地べたを這い蹲る事となった。……あ、これ【猛毒】貰ってるな? 毒持ちだったか、運が悪い。

 

 残せる物は残せただろうか、そんな事を考えながら俺は目を閉じ――

 

 

『で、それで死んで数日後にケロッとした顔で「すまん」なんて嘯くのか? えぇ? ネビロスよ』

 

 




全然終わらねぇ。次で決着というか文字数嵩んだんで顛末を次に回します。
というか【サイレンサー】の特性上地の文ばっかで喋らせ辛いんだなこれ、致し方なし。

現在のネビロスの状態異常
・【沈黙】
・【猛毒】
・【出血】
・【左腕切断】
・【右足関節破壊】


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第十三話 幕引きは至極あっさりと。

けりつけるよ。


 ……どこかから、どこかで聞いたような金属音の入り混じる少年の声が聞こえた。

 

『エイラがどんな事思ってお前と最後まで戦ってたのか分かるのかぁ? エイラにとっちゃお前ら<マスター>のそれも同じ死なんだよ』

 

 いや、声は俺の身体から聞こえてくる。では俺の声? いや違う。

 

『中途半端が過ぎるぜネビロス、あの【UBM】と会った瞬間にお前が突っ込んで死ねばよかったんだ。そうすりゃエイラも割り切れた。二人で逃げ切る、それを選択したから今お前は死にかけている、今エイラは踏ん張っている』

 

 この声は、トリカブトの声だ。

 

『生き残る選択をしたんなら最後まで足掻けやネビロス、エイラが悲しむぜ』

 

 倒れ付した俺の身体を這う一匹の白いムカデ。あぁ、グラシャラボラスの《茜色の群火》が数や火力の上がった理由はこれか。

 

『ここで死なれちゃ俺も困るからな、尻拭いはしてやろう。丁度動きを止めてくれてる訳だし』

 

 トリカブトの分体がパーティーメンバーに入っていたのだろう、恐らく本人と別れてからずっと。どんな手を使ったのかは分からないが。

 白ムカデは俺の右腕に噛み付き、何らかの液体を注入する。

 

「       」

 

『痛いか、そらそうだ。今入れた毒は自分以外の毒を探し出して殺すような毒だが如何せん効力が強くてな、まぁ気が済むまで叫ぶといい、どうせ聞こえない』

 

 いや、痛みは無いのだ。痛覚はオフにしてるし何なら【サイレンサー】に左腕を刎ね飛ばされた方がよっぽどつらかった。

 だが俺の身体の中を這いずり壊しまわり己の命を奪われていくような何物にも変えがたい異物感に堪らず叫び声を上げてしまった。……誰にも聞こえていないのが不幸中の幸いか。

 

 そうこうしているうちにエイラは八本目の槍を【サイレンサー】に使い切り、まるで標本のように固定せしめた。

 と、ここでエイラが俺の状態に気付いたようで、青褪めた表情を浮かべ俺の元に走り寄ってきた。

 

 ……俺はエイラにこんな顔をさせたのか。

 

『そうさ、ちゃんと心に刻め。さて、エイラよ、ネビロスを安全な場所まで運びな』

 

「その声、……付いて来ていたのですね、分かりました」

 

 エイラが俺を抱えて横道に逸れる。激しく暴れていた【サイレンサー】も白ムカデに噛まれた事で動きを完全に止めた。

 針も飛ばせなくなるほどに衰弱しているようで、こちらを感情の篭もらぬ眼差しで見据えるばかり。

 

『特別製の神経毒だ、普通は死ぬがあいつは【UBM】だからまだ生きてやがる。まぁアクシデントサークルが持ってきた水で死ぬだろう』

 

 白ムカデがそういった数秒後、先程まで俺達がいた通路から轟音が響く。

 程なくして大瀑布と見紛う程の流水が現れ、全てを洗い流していった。

 

 破損した槍も、燃え尽きた黒足蜂の死体も、刎ねられた俺の左腕も、――八本の槍で縫いとめられた【静界蜂針 サイレンサー】も。

 

 戦闘の痕跡は跡形も無く消え去り、あっさりとした幕引きと相成った。

 

(……良かった)

 

 終わった。もう安全だと無意識に思ったのだろう、グラシャラボラスが紋章から現れ、俺の頬を舐めた。

 お前にも随分助けられたな、帰ったらたらふく肉を喰おうか。お前が望むだけ食わせてやる。

 

「ありがとうな」

 

 口から音が出た。それがこの盛大な逃走劇の終結を告げているようで、――安心しきった俺はかつての焼き増しのようにかっくりと【気絶】したのだった。

 

 最後に見た光景は俺を背に乗せようとしているグラシャラボラスと、俺を抱え込んで安心したように頬を緩めるエイラの姿。……本当に良かった。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 マスターのガキ――ネビロスが気絶したのを見て俺はエイラに話しかける。

 

『ほら、帰るぞ。ガルシアに聞きたい事も増えた』

 

 コクリと頷いたエイラはネビロスをグラシャラボラスに乗せた。エイラはネビロスと離れたく無さそうだったが……気に入ったのか?

 エイラの体に張り付き帰路を共にする。

 

 道中でネビロスとエイラの馴れ初めを聞いたりと時間を潰していると洞窟を抜けた。もう完全に深夜だ、何か面白い物でも見れるかとネビロスについて行ったが酷い目にあっていて驚いた。

 聞けば以前にここに来た時も帰り道で【UBM】と遭遇したらしい。ネビロスの奴、とんだ騒動の種かもしれんな。

 

『まぁ何にせよ全員生き残って良かったじゃねぇの』

 

「……はい」

 

『? どうした』

 

「やはり私とネビロスとでは価値観が違うのでしょうか」

 

 ……。

 

『当たり前だろう』

 

「……」

 

『価値観なんざ誰だって違う、って話じゃあねぇわな。真面目に話そうか、まず大前提としてマスターは俺達とは違う生命体だ。別の世界からやってきてあらゆる才を持ち、完全な死を迎えることは無く、エンブリオという力を持っている』

 

 これは誰でも知っている事だ。しかし改めて馬鹿げた生き物だよなぁ、よく霊都の連中が嫉妬に駆られ暴動を起こさなかったもんだ。……少なからずテルモピュライの活躍も関係してるんだろうがな。 

 そういやテルモピュライは「俺は真剣に生きているだけ」とか言ってたな。まぁそういう事なんだろう。

 

『同じだよ、俺達と。優しい心を持って己の掲げる正義の下行動する奴もいれば、自分以外の存在を軽んじ越えてはならない一線を容易に踏み越える奴もいる。ネビロスは守りたい物の為に動ける奴だ、ただ俺達より選択肢が多いだけで』

 

 ようはマスターにとっちゃこの世界は丸ごと決闘結界みたいなもんなんだろう。幾らでも死ねるならそりゃ心持ちは変わるわな。

 

『まぁ、ネビロスが起きたら聞いてみるといい。こいつなら真剣に考えてくれるだろうさ』

 

「分かりました」

 

 ちょっとはマシな顔つきになったエイラに、ふと思い出した事を聞いてみる。

 

『そういやアナウンスは聞いたか?』

 

「アナウンス、ですか?」

 

『……いや、何でもねぇ』

 

 野郎、生きてやがるな?

 

 

◆――◆――◆

 

 

 夜も更け、窓からは美しい満月が見えていた。

 今頃トリカブトは甲斐甲斐しくエイラ達の護衛をしてくれているだろう、そう頼んだからそうでなければ困るのだが。

 

「あれを」

 

 少ない言葉から意図を察したメイドが退室する。ネビロスから頂いたアンブロシアから現在【錬金術師】や【研究者】といった面々が魔力を抽出中だ。時間は掛かるだろうがネビロスへの報酬を渡すまでには間に合うだろう。いつか起こる同胞との戦いにも。

 

(またお前の毒を借りる、許してくれ)

 

 何だかんだ言いつつもトリカブトは力を貸してくれるだろう。私にはその光景が見えたから。トリカブトもそれを分かっているから。

 いずれにせよその時が来るまでにエイラを逃がさねばなるまい。幸いにしていい預け場所が出来た、悪運は強いが逃げ足は速いのも良い。

 

(強くなってくれ給えよ、ネビロス君)

 

 メイドがワインと、ある物を持って入室する。それは華美な装飾を施された天球儀、見る者が見たならばそれが力を持つ【UBM】の特典武具であると気付くだろう。

 まぁ特典武具だと知られた所でどうって事は無いのだけども。手元に置かずメイドに持って来させたのがその証左だ。

 

「血は」

 

「いや、必要ない」

 

「畏まりました」

 

 己の手首にナイフを宛がったメイドに辞めるよう伝え、退去を促す。……特典武具の発動条件とは言えノータイムで自傷を図るのは如何な物かな、いや今まで頼んでたのは私だけども。

 この光景をエイラが見なくて良かったと溜息を吐き、私はストックしておいた【奔走輸血】を使用する。

 

 脳が冴え渡る感覚を覚えた私は天球儀――【紅星天球 スターゲイザー】に向き直る。

 

「……十分でどれだけ見れるだろうかね」

 

 私の【奔走輸血】のタイムリミットは十分まで。それだけの時間でこの先霊都を襲う厄災に関する情報を集めなければ。

 

 ふむ、ついでにエイラとネビロスの未来でも占ってみようか。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 レジェンダリア国内、アルター王国に面する大樹海にて。

 

 この樹海には何十にも枝分かれしている大河が存在し、その河を流れる水は自然魔力を運び樹海全体へと巡らせる命の大河としてその存在が知られている。

 厳冬山脈から流れ出した雪解け水をとある地下水脈を経由して大河へと送られており、時々その流れに巻き込まれたものが流れ着く場でもあった。

 

 それもその内の一匹であった。二対の翅がボロボロで足も数本失っており至る所に打撲痕が存在する満身創痍の状態でありながら、その巨大な蜂のモンスターは生き永らえていた。

 

 蜂型のモンスター――【静界蜂針 サイレンサー】は余力を振り絞りながら、緩やかな大河から岸へと上がる。

 まさか己の針を武器に転用されるとは思っていなかったが、急造の武器で命拾いをした。

 

 私の体を縫いとめた八本の槍は全て急流で砕かれた。あとほんの少し槍が多ければ、槍が頑丈であったなら私の体はあの激流に晒され続け粉微塵になっていただろう。

 だが、あぁ感謝しよう。彼らは私を退けた。それによって私も手痛い反撃を食らってしまったが、それに見合うだけのリターンを得る事ができた。

 

 力を振り絞り、ボロボロの翅を震わせる。

 音が出た。

 

 残った足で地面を叩く。

 音が出た。

 

 空気を取り込み、喉を振るわせる。

 

「……キィ」

 

 音が、出た。

 

「キィァ」

 

 久しく感じてなかった歓喜の感情が湧き上がるのを感じ、されどそれを押し留める様な事はしなかった。

 あの忌々しい人間に封じられてから何十年経っただろうか? 来る日も来る日も私を静寂の呪縛から解き放つ何かを捜し求めていた。

 

 は、ははは。最初からこうすればよかったんだ、アクシデントサークルを使えばこうも簡単に封印から逃れる事ができるなんて知らなかった。

 寄って来るオスを染め上げ、己の奴隷に音を紡がせ続け、惨めに自らを慰めて今まで憎しみを蓄えてきた。

 

 今となっては私を放逐せしめた彼らの事などどうだって構わない。

 まずは体を癒そう、幸いにしてこの近辺は魔力が豊富なようで、私の眼に鮮やかな色彩が写っていた。これだけ豊かな土地であれば太陽が三十回昇る頃には回復している事だろう。

 

 私の体が回復しきったら、その時は……そうだな、私をこのような目に合わせてくれたあの人間を殺しに行こう。

 

 そう、確か【封神(ザ・シール)】と名乗っていた。彼を殺す。殺してやる。殺さねばならぬ。殺してやらねば気がすまない。

 もはや私には奴隷に命を預ける必要など無い。姿を見せる事無く葬り去ってやろう。

 

 【封神(ザ・シール)】との決別を果たす。

 私はただその為だけに生きよう。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「……ぬおっ?」

 

 気絶から目覚めた俺は辺りを見渡す。丁度ガルシア宅へと入る所だったようで、俺を背に乗せていたグラシャラボラスが気遣わしげにこちらを見ていた。

 心配すんなと伝えグラシャラボラスから降り――右足に走る違和感と共に崩れ落ちる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ、すまんねエイラ」

 

 危うく地面に倒れこむ寸前の所でエイラが俺の体を支えてくれた。

 そういえば今左腕が無くなって右足の関節が砕かれてたんだった。他にも状態異常のオンパレードだった気がするが、そこは白ムカデが治してくれたのだろう。

 

「……そうだトリカブトは?」

 

「あぁ、彼でしたら――」

 

『ここだよ、おはようネビロス』

 

 そういって白ムカデ――トリカブトはグラシャラボラスの綺麗な毛並みを掻き分けて現れた。

 

『いやぁあまりに居心地がいいもんで』

 

「グルゥ……」

 

 グラシャラボラスがいやそうな顔してるんでやめてあげて下さい。

 大人しくグラシャラボラスに乗せて貰い、俺の手を伝ってトリカブトが這い上がってきたのを尻目に俺はエイラに尋ねる。

 

「俺がここに来る意味って薄くないか? 依頼自体はテルモからのもんだし」

 

「いえ、ネビロスの左腕を治す薬を当主から貰いましょう」

 

「いや勿体無いだろ、死ねばそれで済むんだからわざわざ高価そうな物使わなくても……え、どうした?」

 

 死ねばそれで済む、の辺りでエイラの顔がしょんぼりし始めたのを見て若干焦る。何か間違った事を言っただろうか?

 

『クッククク、ネビロスよぉ、エイラの嬢ちゃんはそこら辺の話がしたいらしい。二人で話してきな、俺はガルシアに話があるからな』

 

 玄関を通り、廊下を歩き、トリカブトと別れ、エイラと共に屋敷を歩く。

 ふと先を歩くエイラが立ち止まり、それに応じてグラシャラボラスも足を止めた。

 

「……もし」

 

 エイラの声はか細く、これから言う事が正しいのか自信が持てないように思えた。

 

「もし、ネビロスの命が一度限りの物であったなら、今回はどう動きましたか?」

 

 今回、というのは【静界蜂針 サイレンサー】の一件だろう。

 

「そうだな……多分どうしていいか分からなくて、絶望して、それでも生き残りたくて、相手に向かっていったと思う。地下水脈に逃げ込むという選択肢は……うん、浮かびもしなかったと思う」

 

「何故、でしょう」

 

「水に流されて死にたくないから。そうだな、あの時地下水脈に逃げ込むって選択肢が出てきたのは、【サイレンサー】と共倒れしてもこっちの勝ちって状況だったからかな。死んでも明日には、あぁいや三日後にはこっちにこれるからあの場で死んでも良かったっちゃ良かった」

 

「では何故、死を選ばなかったので?」

 

 俺を詰っている、訳では無いだろう。エイラの声音に困惑と興味が入っているのを感じ取れた。

 色々理由はあったにはあったがそれらの根元にあったのは一つだけだ。

 

「エイラを死なせたくなかったから」

 

「……え」

 

「エイラがティアンだからってのも勿論あるけど、それ以上にエイラが気に入ってたから勝っても負けてもエイラだけは霊都に還そうとはずっと思ってた。俺が一回死んだらそれで終わりだったとしても、エイラを逃がす為に頭を回しただろうな」

 

 そう言い切るとエイラは信じられないものを見るように俺を見て、数秒目を泳がせた後空気を入れ替えるように咳払いを一つ。

 

「……今のでよく分かりました。ネビロスが手段の一つとして死を受け入れているという事が」

 

「え、うん」

 

 ゲームだからそりゃあ……あぁ、そうか。

 

「貴方は<マスター>だからその選択をするのでは無く、ネビロスだから、その選択をするのですね」

 

「……そう、だね」

 

 正直に言って俺は俺の命の価値を相当低く見積もっている。それはほとんどのマスターにも当てはまる筈だ。

 しかしそれを含めてもエイラなど見知った相手の優先順位も高く見ている。

 

 はっきり言ってしまえば名も知らぬティアンを助ける為にさっきまでやっていたような逃走劇をするつもりはさらさら無い。俺だから、と言うのもあるがエイラだからあんな事が出来たのだ。

 

「貴方が私を案じてくれているのも何となく分かります。それ自体はとても嬉しい」

 

 ですが、とエイラは続ける。

 

「私の前で死を選択肢として加えるなんて事はあんまりしないで下さい」

 

 そう言ったエイラの顔は少なからず悲しみで歪んでおり、

 

「……分かった」

 

 俺はそう答える事しか出来なかった。

 了承を返すとエイラはふふと笑いありがとうございますと告げた。

 

「……難しいお願いだとは理解しているんですが、それでもネビロスには死を前提として動いて欲しくはないんです。私以外にも同じ気持ちを持っている子がいるようですし」

 

「グゥウ」

 

 無茶すんなとばかりに俺を見るグラシャラボラスを撫でてやる。

 そうだな、皆に迷惑が掛かってしまうのであれば、確かに控えるべきだろう。

 

「分かった」

 

 今度は素直に、そう言えた。

 

(軽々しく命を捨ててはならない、か)

 

 当たり前の事で、エイラに指摘されるまで頭に浮かびすらしなかった。

 窓の外では暗闇を晴らすように一筋の光が霊都を照らしている。

 

 綺麗な夜明けだ、そうだった、俺はこんな景色を見たかったんだ。

 マスターとしてではなく、この世界を見る【旅人】として。

 

 




第一部完な流れ。
以下適当な設定垂れ流し。

【静界蜂針 サイレンサー】
・巨大な蜂型の【UBM】でありランクとしては伝説級。
・羽音や歯を噛み合わせる音など、自分から発するあらゆる音を消し去る力を持ち、敵対者に対しては威嚇もせず即刻殺しに掛かるキリングマシーンだった。
・自身の針を射出する事で刺さった相手の音を封じる状態異常【沈黙】を強制的に付与する。
・魔力を視覚化する能力も持っており、魔法を先んじて潰すという芸当も可能。
・全盛期、とある小国の街に忍び込みそこにいた街の住人を一度足りとて誰にも気付かれる事無く暗殺して回り、その都市を完全に機能停止させた事がある。事の顛末を知った小国の中枢は【封神】に封印依頼を出す。
・かくして【封神】によりレジェンダリアのとある森に封印された【サイレンサー】は己の音を完全に封じられ、黒足蜂の音を聞かなければ自我を喪失する大幅パワーダウンを余儀なくされた。
・【静界蜂針 サイレンサー】がレジェンダリア領内にいるという事を知っていたのは一部の情報通だけであった。

【封神】
・封印スキル完全特化型超級職。取得条件は「封印系統のスキルを通算1000000回使用」し「666種のモンスターを完全に封印」する事。基本スキル使いまくってれば【封神】への道は開ける。
・小国の上層部に依頼され【静界蜂針 サイレンサー】を封印しに行ったが速攻で不意打ちを喰らい詠唱完全不可状態となる。【快癒万能霊薬】を飲もうとすると【サイレンサー】に叩き割られるので仕方なく詠唱を不用とする封印系のスキルを使った。
・対象の持つ性質を対象にとっての毒になるまで膨れ上がらせる【真性増幅封印】、対象を指定した範囲内にて永久に迷わせ出られなくする【永劫迷走封印】の計二つの封印スキルで以って【静界蜂針 サイレンサー】をレジェンダリアのとある森に封印せしめた。
・封印してから数十年経ってて忘れてたが【サイレンサー】が封印から逃れた事に気付く。

……どっかで【封神】についての記述を見た気がするんだが他の二次創作作品で見たのかもしれない。本家デンドロでは多分まだ出てない筈。


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手記名「友の力」
第十四話 逃走劇の成果を確認しよう。


 

[チャットルーム“漁り隊”にナベルスが参加しました]

 

ナベルス:いる?

 

ナベルス:いないかな

 

ナベルス:一応報告だけ残しとくわ

 

ナベルス:ティアンと一緒に依頼の配達してきた。トリカブトに荷物渡したんだがテルモ宛の荷物預かってるからそっちから来てくれないか?

 

ナベルス:帰りしな【UBM】に襲撃されて満身創痍状態なんだわ

 

テルモピュライ:は!? 【UBM】!?

 

ナベルス:いるじゃねぇか

 

テルモピュライ:通知気付いてなかったんやて、ごめんね

 

テルモピュライ:それはそうとどんな【UBM】に出会ったんだ?

 

ナベルス:んー、言っていいのかこれ

 

ナベルス:まぁいいか【静界蜂針 サイレンサー】って奴だ。知ってる?

 

テルモピュライ:……いや、知らんな。お前、その【UBM】倒したいか?

 

ナベルス:まぁ出来るなら

 

テルモピュライ:オーケー、見かけたらお前に教えるわ

 

ナベルス:ありがたいけど良いのか? 確か【UBM】倒したら特典武具っての手に入るんじゃなかったか?

 

テルモピュライ:俺既に特典武具八つ持ってるから是が非でも欲しいって訳じゃ無いんだ

 

ナベルス:嫌味か

 

テルモピュライ:持つ者の余裕だよ

 

 

 

 

 

「……それを嫌味っつーんだよ」

 

 パソコンから離れ、天を仰ぐ。

 しかし特典武具を八個……という事は【UBM】を八体討伐済みという事であって。

 

「やっぱ強いんだなぁ、あいつ」

 

 少なくとも俺には【静界蜂針 サイレンサー】と同等以上の【UBM】を真正面から倒せる自信は無い。八体など以ての外だ。

 エンブリオやレベルの差はあるのだろうが、それ以上に積み重ねてきた経験が違うのだろう。

 

「一度だけでもあいつと戦ってみたいな」

 

 多分成す術も無くボコボコにされるんだろうが、それでも格上と相対する経験と言うのは得難いものだ。

 

 チャットルームに集合場所の場所を書き込み、俺はデンドロの世界へと行く為にハードを被りベッドに横になる。

 

(エイラも待たせてるしな)

 

 自然に浮かんだその思考に疑問を覚えるよりも早く、俺の意識は暗闇に解けていった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 俺が目を覚ますと、リアルのそれとは大きく異なるベッドに包まれていた。

 そうだそうだ、昨日結局ガルシア宅に泊めさせて貰ってたんだった。あの後、ガルシア、エイラの両名がいいよと軽く許可を出してくれたのでありがたく空き部屋を借りさせて貰った俺は心置きなくベッドに埋もれながらログアウトをしていた。

 

 二時間ほど仮眠をとった後テルモピュライに伝えるべき事を伝え、また戻ってきたのだがフカフカなベッドの魔力に抗えそうも無い。このまま寝てしまおうか……。

 

「ガウッ」

 

「あー起きるよ起きる、おはようグラシャラボラス」

 

 布団を引っぺがして鼻頭を埋めてくるグラシャラボラスを右手で押し留め、ベッドから起き上がる。

 ……お前、何かでかくなってないか? 毛並みも心なしかいつもより綺麗な気が――

 

「おや、ネビロス君。お早いお目覚めだね」

 

 俺に当てられた部屋の扉が開かれ、ガルシアが入ってきた。何故か満面の笑みを浮かべて。

 

「グラシャラボラスに起こしてもらうまで二度寝する気満々だったんですけどね……」

 

「はっはは、いい相棒じゃないか。大切にし給えよ」

 

 カラカラと笑うガルシアはそのまま俺の寝ていたベッドに腰掛け、こちらをにこやかに見つめる。

 何をしに来たのかと問うと、俺の右足の治療と昨日何があったのかを聞きに来たという。

 

「エイラと話し合ったんだけどね、君の傷を治して上げられないかと頼まれたんだ。でも聞いた感じ色々な事情があるにせよネビロス君は若干遠慮している節があったのでね? 協議の結果一先ずネビロス君の砕かれた右足だけでも治そうという結果に落ち着いたわけだ」

 

 それは、ありがたいのだがいいのだろうか? ガルシアだってマスターの特性は知っている筈だ。無駄に回復薬を消費してしまうのではないか?

 

「幾つか理由はあるが私はこれを無駄とは思わないよ。必ず私の、と言うかエイラの為になるだろう、先行投資と言い換えてもいいだろうね。それに回復薬は使わずに治療する」

 

「回復薬を使わない治療……治癒魔法ですか?」

 

「いや、もっと直接的なものだ」

 

 そう言ってガルシアは「入りなさい」と続けた。誰に、と考えていると部屋に入って来た一人の女性の姿。というかエイラだ。

 何故ここに、という疑問の答えはガルシアの口から語られた。

 

「我々吸血鬼には生まれつき色々なスキルが備わっているのだが、その中でも吸血鬼の大多数が得手とするスキルの一つに《操血術》と言う物があってね」

 

 天、地、海、己の最も扱いやすい三大属性を一つだけ自身の血液に組み込んで副次的効果を得た血液を操るスキルだと言う。

 組み込める三大属性は一つだけであり、これはスキルの制限というより己の器と才能が関係してくるとの事。

 

「そう考えると吸血鬼の<マスター>がいなくて良かったね、才能の制限が外れているという事はただのスキルで天地海全ての属性を扱える事になりかねない」

 

 種族は人間――外見は捨て置いて――固定で良かったと心の底から思えた瞬間であった。

 しかしその《操血術》が治療に何か関係あるのだろうか。

 

「私達、というかヘキサの血族は海属性に秀でていてね、ジャンルは違うがエイラの《操血術》の才能は私を凌いでいる」

 

「才能は」

 

「才能は」

 

 オウム返しにガルシアに問うとそのまま肯定された。本人がいる前でする話題では無くないかとは思ったがエイラも自覚しているのか目を伏せていた。

 【サイレンサー】の逃走戦にてその《操血術》を使わなかった理由は不確定要素を加えたくなかったからか。

 

「えーっと、つまりはその《操血術》の実験台として俺の右足を?」

 

「うむ。勿論ネビロス君が嫌ならば別の方法を考えるが……」

 

 そうは言うがそれでエイラが《操血術》を行動の選択肢として数えられるのなら拒否する理由は無い。

 エイラに治療を頼む事にした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 ぷつぷつと肉を縫い合わせるような生々しい音が部屋の中に響く。

 発生源は俺の右足からであり、現在エイラは俺の右足を太ももに乗せて治療……というか手術中である。

 

 時折ミスしてるのが素人目でも分かるが、俺にダメージは無い。痛みや不快感はトリカブトの【局所神経毒】という物をガルシアから貰い使用しているので一切感じない。懸念された出血多量もエイラが水魔法で通り道を確保する事で防いでいる。

 

「正確には《操血術》で私の血液を水に変えて操っているだけですので、【蒼海術師】のように一から水を生み出し操作している訳では無いんですがね」

 

 とはエイラの弁だ。ともあれ、エイラの手によって少しずつ俺の足は修復されていっている。

 しかし自身の血で針と糸を模して丁寧に縫うというのはかなり手際がいいと自分では思うのだが、これでも熟練度は低い方であるという。

 

「戦闘に流用できるほど洗練されている訳じゃ無いんだ、君も知ってる通り昨日の地下水脈で使っていた攻撃も【魔術師】の魔法だっただろう?」

 

 そんな事を言われても俺には魔法とスキルの区別が付かないので何とも言えないのだが。

 

 さて、このように昨日の事をまるで見てきたかのように話すガルシアだが、彼には既に昨日の撤退戦の記憶がある。

 俺の血を数滴飲んで《血の記憶》を発動する事でまるで自分が体験した事のように俺の記憶を読み取ったのだ。それに伴いガルシアの目的の一つであった「昨日何があったのかを調べる」という目的は一瞬で果たされた。

 

 後は俺の右足修復を待つだけだったのでその間に昨日のリザルトを確認する。

 

 失ったものは油脂類とガラス瓶、あと鉄材を《即席合成》で加工した鉄粉が枯渇気味、ガルシアから貰ったポーション各種も殆ど使い果たし、一番でかいのは大量に貯蓄していた木の枝が一つ残らず消えてしまった事か。

 油脂類、ガラス瓶、鉄粉は何となく即席燃焼弾として活用していたがあまり火力は無かったのであれを使う位であれば店で爆弾でも買った方がいいだろう。ポーション各種も使って損は無かったので追々買い足していくつもりだ。木の枝も……まぁ普通であればあんな量を使い切る事など無かった筈なので在庫処理としてはあれで良かったのだろう。……はぁ。

 あと一応左腕も失っているが、こちらもまぁどうとでもなるしどうとでもするので省略。

 

 気を取り直して今回得たものについて。

 【サイレンサー】を留める為に作った即席の槍に粗方吸われたが黒足蜂の素材が数匹分手元にあり、更に【サイレンサー】の針が数本残っている。

 エイラと半々だが黒足蜂を倒した分の経験値も溜まっており、【旅人】のジョブはカンスト目前の所まで迫ってきていた。まだ旅っぽい旅してないんだけどね。

 それ関係で色々面白いスキルが生えてきたが、ここでは割愛する。

 

 今回のリザルトで最も素晴らしい事はグラシャラボラスが第二形態へと進化した事だろう。体躯は以前よりも大きく、翼や毛艶も更に美しく。そして新たにスキルを一つ獲得していた。

 

 

 『保有スキル』

 《インビジブル・マーチ》LV3

 

 《茜色の群火》

 

 《アンノウン・シャドウ》LV1:自身の影の性質を変化させる。変化させられる性質の幅はレベルに応じて増えていく。アクティブスキル。

 

 

 何気に《インビジブル・マーチ》のレベルが上がってるのも嬉しいが、それよりも気になるのはやはり《アンノウン・シャドウ》というスキル。

 変質とはなんぞやと首を傾げていると、俺の目の前に真っ黒な布が被せられた。

 

「ん、何だこれ」

 

「グルゥ」

 

 ぐいぐいと布を引っ張ったりしていると、グラシャラボラスがこっちを見ろと俺の右腕を引っ張る。何だろうとグラシャラボラスの方に顔を向け、そこにあるべきグラシャラボラスの影が跡形も無く消えているのが見えた。

 再び手元の真っ黒な布に目を向ける。布は独りでに形を変えてグラシャラボラスの足元へと移動――いや、戻っていった。

 

(ははぁ、こりゃ凄い)

 

 影を操る。シンプルに言えばそういう事なんだろうが利便性はそれを遥かに凌駕するだろう。

 先に述べておくと、先程のグラシャラボラスが操っていた影は完全に布の質感を再現していた。様子を見るに布以外の物にも影の性質を変化させる事が出来るのだろう、戦略次第ではグラシャラボラスが出来る事は今までの何倍にも膨れ上がるだろう。

 

 懸念点としては《インビジブル・マーチ》使用中は完全に光を透過するので影が出来ないという所か。使うにしても二つに一つだろう。

 

 グラシャラボラスがどの程度影の性質を変えられるのかを調べている間に右足辺りから出ていた肉を繋げる音が無くなっていた。

 

「……終わりました」

 

「おぉやったぜ、どれ」

 

 薄く赤い線が残ってはいるが手術前の歪な形をしていた右足から一転して、怪我をする前の綺麗な右足に修復されていた。

 軽く動かした感じ違和感もかなり薄くなり、恐らく砕かれた骨も正常の位置に戻してくれたのだろう。

 

「ありがてぇ……助かったよエイラ」

 

「いえ、こちらとしてもいい経験となったのでお構いなく。一応繋げはしましたが派手に動かないで下さいね?」

 

 頷き、ベッドを離れて自分の足で立つ。体重をかけても全くバランスを崩す事は無くなった。……こんな超技術でも《操血術》使いとしては低いレベルという所に吸血鬼ってもしかしてやばい奴等なのではという疑問が脳裏を過ぎるが無視する。

 種族値的に人間が吸血鬼より優れてる訳無いし今更である。

 

「それでは、俺はテルモに依頼達成の報告してきます」

 

「あぁ、困った事があったらまたウチに来給えよ」

 

 そんなガルシアの言葉に苦笑いを返しつつ、俺はエイラ達に感謝を告げて屋敷を出た。

 ……べらぼうにフットワーク軽いけど霊都でも有数の貴族なんだよなぁ、そこに入り浸ってる俺が言うのもあれだが。

 

 

 

 

 

 以前テルモピュライと一緒に入った個室のある飯屋に足を運び、店主に個室を貸して貰う。

 ここに来るまでに質屋によって、ガルシアから貰っていてそのままだった宝石や貴金属の類を少し残してお金に換えてもらった。黒足蜂の素材も売ろうかと思ったが一先ず保留。

 という訳でお前用に肉料理頼むから好きなだけ食べな、グラシャラボラス。

 

「グルゥ」

 

 肉喰えるんならこれをくれと店のメニュー表から幾つかの料理を指し示したグラシャラボラスに従って料理を注文。少し考え、追加で二人分の料理を注文しておいた。

 待ち時間でここに来るまでに買った物を整理していると個室の扉が開かれる。

 

「よぉ、待たせたってどうしたその左腕!?」

 

「お、遅かったな。お前の分の飯も頼んでる、とりあえず座りな」

 

「え、うん、いや大丈夫なの?」

 

 テルモピュライに挨拶を返した俺は机に並べていたアイテム類をカバンに戻し、対面の椅子を引く。市場で面白そうな物があったからつい衝動買いしてしまったが、実用可能かどうかまだ分からないのでお披露目はちょっと先だ。

 買い込んだ物を仕舞ったカバンとは別の、頑丈そうな収納カバンを取り出してテルモピュライに渡す。

 

「トリカブトからの預かり物だ。コルタイト鉱石だとさ」

 

「おぉ、あの人俺の言ってた事覚えてくれてたのか。ありがたい」

 

 所有権をテルモピュライに渡し、コルタイト鉱石をテルモピュライの持つアイテムボックスに移す。……指輪型のアイテムボックスいいなぁ。

 

「ん。依頼達成おめでとう。報酬はそのアイテムボックスの所有権のつもりだったんだが、何かしら上乗せしとくわ。何か欲しい物ある?」

 

「あー、俺今武器無いんだよ。物干し竿とかでいいから繋ぎの槍が欲しいかな」

 

「オーケー、考えとく」

 

 そうこうしている内に頼んでいた料理が届き、俺達のテーブルを埋める。

 

「お、奢りか?」

 

「お前はついでだけどな。今回は頑張ったグラシャラボラスのご褒美」

 

「そうそう、【UBM】と戦ったんだって? お前の左腕の話もそれに関係してるんだろ、どうせ。詳しく聞かせてくれよ」

 

 待ってましたとばかりに翼をはためかせ尻尾を振るグラシャラボラスの目の前にご所望の肉料理を置きつつ、俺はテルモピュライの囃し立てる声に応えて昨日の逃走劇の事を聞かせてやった。

 

 




本編でまだ登場していないのをいい事に独自設定盛りまくるマン。

《操血術》
・呼んで字の如く己の血を操るスキル。
・天、地、海の内加えられる性質は一つだけだが血液自体が液体なので海の性質を持つ《操血術》の使い手が多い。
・一応貴種(ノーブル)以上の吸血鬼が使えるという制限があるがレジェンダリアの氏族は大体貴種なのであってないような物。
・【奔走輸血】の使用で最も影響を受けるスキルであり、己の持つ性質を強化するか己の持たない性質の力を持つかの二種類に分かれる。
・エイラは海の《液体操作》に特化し、【奔走輸血】を用いた場合新たに天の《気体操作》が生える。
・ガルシアは海の《風水術》に特化し、【奔走輸血】を用いた場合新たに海の《占星術》が生える。

《アンノウン・シャドウ》
・グラシャラボラスの第二形態のスキル。影を変質させ、操作する。
・現在変質可能な物質は布、木、革、石辺り。
・硬すぎる物や液体、気体にはまだ変質不可。


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第十五話 友と拳で語り合おう。

若干短め。


 

「ほぉん、思ってた以上に激戦だったんだな。中々にドラマチックじゃないか」

 

 切り分けられたステーキ肉を口に運び、テルモピュライは呟く。

 

「ドラマチックねぇ、個人的には酷い泥仕合の結果痛み分けみたいな感じだったけども。暫く蜂は見たくない」

 

「まぁそのお陰でお前のグラシャラボラスが強くなったんだから得る物はあったんじゃねぇの? 失った物もある訳だが」

 

 そう言ってテルモピュライは俺の左腕があった場所を見やる。何故そのままにしているのかという疑問に満ちた目だ。

 これは、正直まだ踏ん切りがついていない。いつか普通に死んだら元通りになるがそれまでこのままで行くのか、それともこの状態をデフォにして義手でも付けるのか。

 

 ……まぁ義手は使わないだろうなぁ、とは思ってはいる。

 

「いつか強い奴と戦って、デスペナ喰らったら悔しがりながら元通りになると思う」

 

「ふぅん、その心境の変化もエイラさんが原因?」

 

 まさかその名が出てくるとは思わず呆けた顔をテルモピュライに向ける。

 俺を見るテルモピュライの顔はニヤリと心底楽しそうな表情を貼り付けていた。

 

「お前大抵どのゲームでも死ぬ事で悔しがる事無かっただろ? いやぁ、お前そんだけ話題に出してて気付かない訳無いだろ?」

 

「何がだよ」

 

「お前がその人に慕われててお前もその人を慕ってること」

 

 ……。

 

「慕ってる?」

 

「尊敬してる、気遣っていると言い換えてもいい。要は相手の言葉を聞いて自分のあり方を変えられるほどに相手の言葉に価値があると感じている」

 

 それは、その通りだ。実際俺はエイラの言葉を聞いて安易に自殺という道を選ぼうとは思わなくなった訳だし。

 だがエイラも俺に対して同じような事を考えているかは……

 

「考えてるさ、きっとな。……ところでネビロス、お前はそのエイラさんが好きなのか?」

 

 いつか聞かれるだろうと思っていたがこうもドストレートに来るとは思わなんだ。

 

「何を根拠にしての発言だ?」

 

「お前のそのエイラさんの事を話す時の目、前に見た時と一緒だ」

 

 ククと笑うテルモピュライにおしぼりを投げつけ、ハンバーグを口に運ぶ。……食う前に話を始めてしまったからか若干冷めてしまっていた。

 そういやあいつは自分の分食い切ったのかとグラシャラボラスに目を向けると、自分の分の料理を平らげ何食わぬ顔でメニュー表を眺めている。

 

 苦笑しつつグラシャラボラスの皿を重ねて追加注文を取る。

 

「すいません、追加でこれとこれと――」

 

 

 

 

 

 そこから暫くは和気藹々と雑談しながら食事をする時間が続いた。

 双方のエンブリオの話に始まりテルモピュライが打ち立てた武勇伝の数々を本人の口から聞いたり、ここら一帯で経験値効率の良い狩場について教えてもらったり。

 

 興味深かったのは発売からまだ二ヶ月近くであるにも関わらず既にビルド論が幾つか存在しているという事か。

 一番面白いと感じたのは【獣戦士】というジョブの固有スキル《獣心憑依》が発見された事で構築された、ガードナー獣戦士理論なる物。

 概要だけ言えば《獣心憑依》でガードナー系列のエンブリオのステータスをマスターに移し、本体を叩けば崩れるというガードナー使いの弱点を潰すというものだ。まだまだ荒削りらしいがよく考えるものだ。

 

(でも少し気になるな)

 

 俺の相棒もガードナー系列のエンブリオであるし、機会があれば【獣戦士】を獲得してみるのもいいだろう、マスターが死なない様に立ち回る手段は多いに越した事は無い。

 しかしこうも大々的にビルド論とか出来てきてると闘技場とかに挑むマスターは皆こういう感じなんだろうか、と考えてふと思い出す。

 

「そうだ、俺まだ闘技場見てないな」

 

「ん、どうした急に」

 

「いや、さっき言った様に【UBM】から逃げてる時に俺に出来る事が少なくて悔しかった訳よ」

 

「まぁ仕方無い事で済ませられる部類だとは思うが」

 

 パンの上によく焼かれたベーコンとチーズを乗せて食べるテルモピュライは、それで? と続きを促した。

 

「レベルが足りない武器が足りない防具が足りないジョブが足りない、色々細分化は出来るが総じて一括りに俺の実力が足りない訳だ」

 

 運が悪かったと言うつもりはあまり無い、【静界蜂針 サイレンサー】と出くわす可能性は大いにあった。にも拘らず【サイレンサー】と相対しあそこまで選択肢を削られたのは偏に俺の準備不足による物。

 もう少しどうにか出来た筈であり、正直言えば慢心が少なからずあったのも要因の一つだろう。

 

 時間をかければどうとでもなるとは言えそれでも得難い物がある。戦闘経験だ。

 

「ランキングに名を連ねようって訳では無いが、それでも対人戦を一度は経験してみたいなと。あとテルモの戦いも見てみたい」

 

「なるほど」

 

 暫く考え込んでいたテルモピュライは一つ頷きこう言った。

 

「ネビロス、俺と戦ってみないか?」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 闘技場。

 形式は異なれど七大国家全てに存在する最大の娯楽にして対人戦の腕試しの場である。

 

 国家毎に闘技場の特色は異なり、その中でもレジェンダリアの闘技場は多種多様なギミックが盛り込まれている事で有名である。

 フィールドを利用し自身に有利な状況を作る、ギミックを使い起死回生の一矢を放つ、それら全てを塵芥に帰し勝利を手に取る、様々な戦い方が見れるレジェンダリアの闘技場はティアンやマスターなど関係無く盛況であった。

 

 そんなレジェンダリアの闘技場の前に俺達は来ていた。

 

「……ここまで来た時点で今更なんだが、本当にいいのか?」

 

「あぁ、問題ない」

 

 決闘では自分より一つランクが上の相手にしか決闘を申し込めない。しかしこれは公式戦に於いて、という但し書きがつく。

 なので模擬戦や練習試合という名目であればネビロスでもテルモピュライと戦う事が出来る。

 

 加えてテルモピュライも今日一日は予定も無いのでネビロスに付き合う程度なら構わない。

 これがネビロスの「俺はお前と戦えるのか」、「お前は予定無いのか」という問いに対しての問題ないの中身である。

 

 出来れば手加減して欲しいがテルモピュライに限ってそんな事はするまいと溜息を吐き、グラシャラボラスと共に闘技場へと入る。

 

「そういや聞き忘れてたんだが、今の合計レベル聞いてもいいか?」

 

 大切な事を聞き忘れていたとテルモピュライが俺に問う。えーっと今は……。

 

「55だな、何故今?」

 

 【旅人】がLV48、【槍士】がLV5、【行商人】がLV2なので合計で55レベルだが今聞く必要はあっただろうか。

 

「いや、合計レベル50以下の奴は闘技場使えないんだよ」

 

 ありまくりじゃねぇか先に言え。

 

 闘技場内部は戦闘を生業としている人の姿が多く見受けられており、軽く見渡した範囲では観客らしき人々の姿は見えない。

 今日この闘技場では公式戦が行われる予定は無く、客はこことは違う闘技場に入り浸っている。だからこそ俺達が借りられるのだが。

 

「……お、今日はアルキメデスいるのか。じゃあ本気でやって大丈夫だな」

 

 随分と小声ではあったがテルモピュライがその様に言ったのを俺は感じ取る。

 

「アルキメデス……?」

 

「あ、聞こえてたか。うーん、……ネビロス、模擬戦始める前に一つ聞きたいんだがいいか?」

 

 質問を質問で、などとは言わない。それが俺の疑問の答えに繋がっているのだろうから。

 

「俺のエンブリオの情報、戦う前に聞きたいか?」

 

 ……。

 それは過去のちょっとしたトラウマを彷彿とさせる言葉で、俺は迷わず聞く事を選んだ。

 

 

 

 

 

 かつてデンドロとは違う別ゲーをテルモピュライと共にやろうという話になったのだが諸事情で俺だけ遅れて始める事となった。

 仕方のない事ではあるがその時点で俺とテルモピュライの力量は大きく離れており、にも拘らずテルモピュライは俺に戦いを挑んできたのだ。その時のテルモピュライも先程の様に「俺の使う戦法先に教えようか」と言い放ち、舐めプしてんじゃねぇとその時は一蹴したのだが……。

 

 結果として俺はテルモピュライにボコボコにされた。俺の全く知らない知識で圧殺してきたのだ。

 まぁ結論としては。

 

(あいつガチで俺を潰すつもりだな?)

 

 二度とあいつの高笑いを聞きたくないので敵の塩は素直に受け取った。

 精査した情報を鑑みるに……最悪初撃で死に兼ねないレベルで強いという事が分かった。

 

「どう詰めようか……」

 

 待合室の一角で新たに手にした武器を握り締め、グラシャラボラスと共に時間を潰しているとあっという間に時間が来る。

 左腕を失っている今の状態では勝てる筈も無いが、テルモピュライに爪痕を残してやりたい。そんな思いを胸に俺はテルモピュライの待つ決闘場へと足を進めた。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 テルモピュライのエンブリオはアームズ。俺のグラシャラボラスの様に複合タイプという訳でもない、それでいて純粋な武器としての性能に特化したTYPE:ウェポンだ。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 決してウェポンに限った話ではないが、エンブリオというのは自身が持つ特殊な力を用いて戦況を有利にする運用が用いられる。それを行う為のエネルギーもエンブリオ持ちである事が多く、振るえば勝てる、そういったウェポンが多く存在するとテルモピュライから聞いた。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 テルモピュライのエンブリオはそうでは無い。自身の能力を発動させる為のエネルギーなど端から持ち合わせてはいない。であるならばそのエネルギーはどこから補填されるのか?

 

 コツリ。

 

 通路を抜けて開けた場所に出る。

 一段高い所に円形の決闘場らしき物があり、周囲にはこの闘技場のギミックなのか浮遊する岩が乱雑に配置されていた。

 観客席には客こそいないもののちらほらと戦闘職のマスターらしき人物がステージの上を見つめている。彼らの目的であろうテルモピュライはそのステージの中央で立っていた。

 

「よ、とりあえず上がりなよ」

 

「おう」

 

 テルモピュライの声に従い階段を上りステージの上に立つ。少々久しぶりに真正面からテルモピュライを見据える。

 身に纏う全身鎧の輝きに翳りは無く、以前は見えなかったペンダントとアイテムボックスとは別の指輪からも全身鎧と似通った威圧感を感じた。

 

「改めて言うが、これは軽い模擬戦みたいなもんだ。死ぬ気で掛かって来いとは言わん。消費したアイテムも決着がつけば元に戻るからそこら辺の心配もしなくていいぞ」

 

「胸を借りるつもりで行くよ、全力で足掻く」

 

 そう言って俺はテルモピュライから借り受けたスペアの槍を構える。

 グラシャラボラスも臨戦態勢を整え、それを見たテルモピュライも己のエンブリオを強く握り締める。

 

 蒼く、陽光を反射して光り輝くそのグレートソードを携えてテルモピュライは口を開く。

 

「合図なんだが、この石を上に投げて落ちたらでいいか?」

 

「構わんよ」

 

 テルモピュライがアイテムボックスから取り出した小石を上空に放り投げ、同時に決闘場に張られた結界に何者かの巨大結界が上乗せされる。

 

「実は嬉しいんだ、ネビロスが俺と戦ってくれて」

 

 小石は中空で留まり、やがて重力に従い落下する。

 

「何だかんだ言ってお前と戦いたくてデンドロを勧めた訳だし」

 

 落下の速度は徐々に増して行き、地面に落ちるまであと数瞬の所まで来た。

 

「全力で足掻くなんて言ったんだ。――避けろよネビロス」

 

 小石が地面に落ちて小さな音を発するのと、俺とグラシャラボラスが散開するのは同時であり。

 

「――《妖天昇華》」

 

 テルモピュライの振り払った剣の直線上から観客席までに存在する全てが消失したのは、ほんの数瞬後の事であった。

 

 




テルモピュライのエンブリオ形成時の参照パーソナル
「強者への憧れ」「等価交換」「圧倒的な力」「絶対的正義」等々。

アルキメデス
・霊都在住ティアンの【高位結界術師】。別名「テルモピュライ係」
・闘技場で働いており闘技場の結界システムに魔力を供給する仕事に携わっていたが過去に一度テルモピュライに結界を破られた事で自分が結界を張った方が安全になる事が判明。
・テルモピュライが出場する日は決して破られない安全な結界が張られるという事でそこそこ有名となり、給料が上がった。


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第十六話 今の全力を知らしめよう。

視点変更多め。


「ハハハハハハハハハ!!!」

 

 いとも容易く決闘場の一部を崩壊せしめたテルモピュライは狂ったように笑う。

 それは何の束縛も無く己の力を震える事への歓喜であり、その一撃を見事回避してみせたネビロスへの賞賛の表れでもあった。

 

 TYPE:ウェポン【乾坤一擲 ユースティティア】、それがテルモピュライのエンブリオの名である。

 

 能力特性は「エネルギーの貯蓄」、「エネルギーの置換」、「エネルギーの放出」の三つに分けられ、スキルを使う際のリソースを外部から得る事で初めてエンブリオの固有スキルを使う事が出来る。

 【ユースティティア】は形態によって外部から得るリソースが異なり、必然リソースを放出する際も貯蓄した物によって変わる。

 

 【ユースティティア】第一形態はグレートソードの姿を持ち二つのスキルを有する。戦闘時非戦闘時に拘らず魔力――MPを貯蓄する《魔力置換》、貯蓄したMPを魔法的ダメージに変換して放出する《妖天昇華》。

 この二つのスキルを用いて、テルモピュライは己のMPのみでこの惨状を作り出したのだ。

 

 それを、あいつは避けた。どんな手を使ったのか、俺の知らないスキルでもあるのだろうか?

 どうでもいいか、どうだっていいな。あいつは俺に一矢報いる為に避けたんだ。ならばネビロスがどう動くのか、楽しみにしておこう。

 

(まぁそれはそれとして)

 

 初撃に全霊を込めたのは事実だがあれが俺の全力と思われては堪らない。MPに余裕はあるが《妖天昇華》は今使っても効果は薄いと判断し、【ユースティティア】の形態を変化させる。

 蒼の光に包まれた【ユースティティア】を尻目に、敵意と警戒心、そして微量の恐怖心を漂わせるネビロスへと目を向ける。

 ガードナーは本体を迅速に叩くべし。誰でも思いつく事だぜ?

 

「さぁて、どう動く?」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 停滞は全てに於いて悪手である。

 誰かがそんな事を言ったような言ってないような、朧げな記憶の中に浮かぶその言葉に従い足を止める事無くグラシャラボラスとの合流を図る。

 

 初撃を回避する為に使用したスキルはクールタイムがまだ終了していない為使えず、悔し紛れに鉄針をテルモピュライに向けて投擲するも余裕を持って避けられた。

 反撃で時間稼ぎを試みてはいるがそれで時間が味方をするのは俺達だけでなくテルモピュライとて同じ事。光を放つテルモピュライのエンブリオがその光量を落とした時に現れたのはグレートソードではなく、蒼の刀身を持つエストック。

 

 何にせよどうにかスキルの再使用までテルモピュライの注意を逸らさねば――

 

「《命脈昇華》」

 

(――しまっ、避け)

 

 走らせていた己の足を急停止させ、その場から飛び退く。と同時に先程の面攻撃とは比べ物にならない速度で、死の嵐とでも形容できる過密な直線攻撃が俺のいた所を貫いた。

 怖気が走り、冷や汗が流れた。先程テルモピュライが放った《妖天昇華》といい一撃で俺のHPを全て刈り取る攻撃しかしてこないのが恐ろしい。範囲は狭いが今のエストックの突きで使ったスキルでも結界一枚貫通してるし。

 

 仕方無い、前倒しで進めよう。グラシャラボラス、頼んだ。

 

「グルルゥアア!」

 

「声を出したな?」

 

 テルモピュライが振り向き、エストックを視界の端でこちらに向かってくる黒い物に向けて振るう。

 暴風が吹き荒れ、グラシャラボラスの姿は見えなくなった。

 

 ……上手くいった。

 『何かの音が聞こえた』、それは後ろから聞こえる、振り返って音の正体を確かめようとする、『黒い何かが“見えた”』、ならばそれが音の正体だ。

 聞いた音から情報を集めて一瞬見えた物を敵だと誤認しそれをピンポイントで攻撃する、グラシャラボラスがテルモピュライに行ったのはそういう無意識下の行動の制限だ。テルモピュライが敵の位置を探知する装備でも身につけていたら危なかったが、こうしてグラシャラボラスは己の影を囮にテルモピュライの死角へ逃れる事に成功している。

 

 勿論すぐに本当にグラシャラボラスを倒したのか? と疑問に思うのは自明なので、

 

「ふっ――」

 

 鉄針を投げつける。グラシャラボラスの時間稼ぎのお陰で俺のスキルのクールタイムも終わった。

 既にグラシャラボラスも《インビジブル・マーチ》で透明化している為テルモピュライの意識は完全にこっちに向かっている筈。

 

「甘いな」

 

 形態変化、出てきたのは――ソードブレイカー。

 飛来した鉄針を全て破壊して落とすとまたしても形態変化を行いエストックを手に取った。

 

(来たか……)

 

 口角を上げたテルモピュライはエストックを構えてこちらに突撃してきた。

 初めてテルモピュライが足を動かした瞬間ではあるが、単純なAGI差による物か瞬き一つで俺の目の前まで迫ってきている。

 

「《命脈――」

 

 テルモピュライのエストックが精確に俺の首を刺し貫かんと迫り、スキルを発動させる。

 

「《ショート・トリップ》」

 

「――昇華》」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 闘技場に暴風が吹き荒れる。貫通力に特化した攻撃スキルであるため現在のネビロスであれば装甲を貫通して死に至らしめる事が容易なのだが……。

 

(消えた?)

 

 《命脈昇華》が直撃する瞬間、最初からそこにいなかったかのようにネビロスの姿が消え失せたのだ。即座に透明化を疑い……自ら否定する。

 透明化をしたとしてもステータスが爆発的に上昇する訳ではなく、ネビロスの素のステータスでは至近距離の《命脈昇華》を避けられる訳が無い。

 

 であるならば、避けられるだけの何かをしたのだ。それは恐らく当たる寸前で呟いたスキルによる物で。

 

(うぅむ、こうも避けられると自信無くなる――後ろ)

 

 大人気なく特典武具の力を使い、外付けの野生的直感によりネビロスが俺の真後ろにいる事に感付いた。

 ついでに今のネビロスのスキルが短距離転移系統である事、先程ネビロスが回避したのもこのスキルを使っていたからだという事に気付くが、今は捨て置く。

 

 槍を突き出したネビロスの攻撃に合わせる様に【ユースティティア】を形態変化させ、ソードブレイカーでネビロスの槍の穂先を砕く。

 構わず棒だけとなったそれを突き出すネビロスだが、――やはり認識が甘い。

 

「射程圏内だ」

 

 ネビロスから距離を取り、ソードブレイカーを振り払う体勢に入る。

 お前のそのスキル、そう簡単に連発出来る様なもんじゃねぇんだろ、加えて今のお前思いっきり槍突き出して方向転換とか出来ねぇよなぁ?

 

「《塵埃昇華》」

 

 武器も防具も、アクセサリーすら塵に還す風をその身に受けようとしていたネビロスは、

 

 それでも笑っていた。

 

「やれ」

 

 やれ、やれ? 意味のある言葉、命令、第三者への合図、誰に? 他に誰か――あぁ。

 忘れてた。

 

「グゥルルゥアアアア!!」

 

 今まで姿を隠していたグラシャラボラスがネビロスの前に現れ、咆哮と共に火球を放つ。

 リソースが足りなかったばっかりに、俺の放った風は火を掻き消す様な事は無く火球を巨大な炎へと変えてこちらに飛んできた。

 

 笑う。

 

(あぁ、やっぱ凄いなぁネビロスは。第四形態までの俺だったら確実にダメージを受けていたよ)

 

 本心からそう思い、確固たる意思で【ユースティティア】の形態を変化させた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 ベストなタイミングでグラシャラボラスが火球を撃ってくれたのを見て思わずやったか、と口に出してしまった。

 まぁ流石に倒せはしまいがこれでテルモピュライもダメージを――

 

「やるじゃねぇか」

 

 ――え?

 

 風によって力を増した《茜色の群火》が引き起こした爆炎へと目を向ける。

 今テルモピュライはその炎に巻かれている筈で悠々と会話を交わす余裕を晒すべき時ではない筈、と警戒を高め、直後炎に変化が訪れる。

 

 何度か見たテルモピュライのエンブリオの形態変化の光が収まったと同時に、炎など最初から無かったかのように掻き消えた。

 

「……は」

 

「おいおい、こんなチンケな炎でダメージを食らう訳が無いだろう?」

 

 炎から無傷で現れたテルモピュライは蒼く揺らめく陽炎を彷彿とさせるフランベルジュを携え、ニィと口角を上げた。

 

 テルモピュライらしからぬ挑発、幾度か見たエンブリオのスキルの共通点、隣のグラシャラボラスの苛立ち混じりの唸り声。

 思考を回転させて向こうの狙いが読めた俺は弾かれたように隣へ目を向ける。

 

「止まッ――」

 

「ヴァウゥウウ!」

 

 静止の声は一手遅く、グラシャラボラスは再度《茜色の群火》をテルモピュライに向けて繰り出した。

 されど相手は笑みを深くするばかり。

 

「お代わりだ」

 

 フランベルジュを振り払い、先程の焼き増しの様に炎は消えた。

 戦闘前にテルモピュライから教えてもらった彼のエンブリオの特性に嫌な予感がした俺は破損した槍を投擲するが、全てが遅かった。

 

「楽しかったぜ、――《炎天昇華》」

 

 大きく振り切ったフランベルジュから溢れ出た蒼い焔が俺の槍を融かし――

 

 ――決闘場の岩や地面ごと俺達の体を焼き切った。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 まぁそんな訳で、俺達の初PVPは圧倒的敗北を喫したわけだ。

 

「あーくっそ負けたァ……」

 

「グルゥ……」

 

「いやいや、結構動けてたぞ?」

 

 既に結界は消え、俺達とテルモピュライは座り込みながらさっきまでいた決闘場を見ていた。

 最初に張られていた結界は見る影も無い程ボロボロで、もう一つの結界が無ければこの闘技場ごと消し飛んでいたのではと思ってしまう壊れっぷりだった。少なくとも二つの結界が無ければ観客席はぐしゃぐしゃになっていただろう。

 

 極めつけは決闘場、ある場所は衝撃波で石畳が粉砕され、ある場所は地盤まで貫通する勢いで大きな穴が開き、ある場所は風化し砂のように、ある場所は融けだした石畳が未だに燃え続けているといった惨状だ。

 これをたった一人で引き起こしたというのだから改めて俺の友の荒唐無稽ぶりが身に染みた。

 

「まぁでもいい経験にはなったよ、目指すべき物が見えた」

 

「俺のは極端な例だとは思うがね……ん、どした?」

 

 落ち込んでいたグラシャラボラスがとことことテルモピュライに近づき、「グゥ」と鳴く。

 

「テルモピュライのエンブリオ、今第何形態かってさ」

 

「何で分かるの……」

 

 まぁ何となくとしか言いようが無いが。

 しかしグラシャラボラスも目指す形が見えた様で何よりだ。

 

「そういや俺が教えたのは第一形態のスキルとエンブリオの特性だけだったな、俺のエンブリオ【乾坤一擲 ユースティティア】は今第五形態まで進化してる。第五形態は、さっきお前らが見たように熱をリソースとしたスキルを使うフランベルジュだ」

 

「えぇと、グレートソードにエストックにソードブレイカーにフランベルジュ……もう一つは?」

 

 第五形態あるはずなのに形態は四つしか確認できていない。

 

「あー、パルチザンだな。スキルが使い辛いから今回は出さなかったが」

 

「ふーん、まぁ何にせよ助かったよ。戦ってくれてありがとな」

 

「それはこっちのセリフだよ、久々にネビロスと戦えて気分が高揚したわ。いやぁやっぱ手加減せずにブッパ出来るのは楽しかったなぁ!」

 

「なぁにが楽しかったなぁ! だアホ!」

 

 俺達の後ろから尋常ならざる苛立ちを含んだ声が投げ掛けられた。

 振り返るとメガネを掛けた線の細い男性が腕を組みながらテルモピュライを睨みつけていた。左手に紋章は、無い。

 

 ……あー、もしや?

 

「よぉアルキメデス、今日は助かったぜ」

 

「うるせぇよ闘技場使うなら先に連絡入れろや。何か急に決闘場の方にお前がいたから肝冷やしたわ」

 

 この口の悪い男性がテルモピュライの言っていた信頼できる結界の使い手であるアルキメデスらしい。いや、口が悪い原因はテルモピュライにありそうだが。

 

「いやぁ今日は俺も突然でな? 俺の友達のネビロスが是非とも強い人と戦いたいって言ったもんだから」

 

「えっ」

 

 いやまぁ強い奴と戦いたいみたいなニュアンスの事は言ったがその言い方だと俺がテルモピュライを焚き付けたみたいな言い方に「ネビロス?」

 

「あ、はい! 自分です!」

 

 気が動転しよく分からない自己紹介を行ってしまったが致し方あるまい。

 

「あぁ、君闘技場初めてか。強い奴といってもコイツみたいな極端な奴を選ばなくていいんだよ? 基本的に新参者には優しいから次からは他の人に声を掛けるといい」

 

「あ、え、あはい」

 

 あれ? 思ってたより優しい……?

 目尻を下げ優しい表情を浮かべるアルキメデスに戸惑いながら言葉を返すとニッコリと微笑む。あれこれ子供に対するそれでは……。

 

「おい何でそんな態度変わるんだ俺にも優しくしてくれよお前の給料上げてやっただろ?」

 

「お前の、仕出かした馬鹿みたいな事の尻拭いでな! っつーか給料倍になっても労働が三倍になったら割りに合わねぇよ」

 

 はぁ、と溜息を吐きふと思い出したように顔を上げる。

 

「そういやテルモ、お前今金に余裕あるか?」

 

「そりゃもうがっぽりだが――」

 

「女王陛下がお前の事呼んでたぞ」

 

「――城か? 城だな!? 行ってくるぜまたなネビロス!」

 

 待っててくれぇ、と大声で叫びながら闘技場を抜け出したテルモピュライ。隣のアルキメデスが相好を崩す。

 

「女王陛下から弁償金を強請られればあいつも金落とすだろうな」

 

「弁償金?」

 

「あぁ、闘技場のステージの破壊は基本的に国からの金で修理されるんだが、度を越した破壊は破壊した奴に損害賠償が行くんだ」

 

 あいつ以上に闘技場を破壊して損害賠償喰らった奴知らないけど、とアルキメデスが続ける。

 聞く所によるとテルモピュライは過去にここの決闘場とは比にならないレベルで別の決闘場を壊した事があるらしい。結界システムに異常をきたすレベルだったらしいのでテルモピュライから定期的に賠償金を貰って全体的な闘技場の強化に当てている様だ。

 

「勿論半分以上は国家予算から捻出されてるらしいが、これで俺の仕事が楽になってくれたら助かるんだけどなぁ……」

 

 と今まで何回かテルモピュライに振り回されているらしいアルキメデスの吐いた溜息はとても深いものに見えた。

 

「さて、ネビロス、と言ったか。まだ対人戦をしたいと言うのならすまんが少し待っててくれないか? とうの決闘場があの様だからな」

 

 そう言ってアルキメデスはボロボロの決闘場を指差す。俺、というかグラシャラボラスが齎した被害など精々石畳を焦がした程度であり、その殆どはテルモピュライの手によるものだ。

 時間が経って冷静になって見てみると改めてやべぇなあいつ、アルキメデスの苦労も分かってきた。

 

「うぅむ、なら今日はやめときます」

 

「ん、そうか。興味があるなら公式戦の方にも足を運んでくれよ」

 

 そう言って手を振ってくれたアルキメデスに手を振り返し、闘技場を後に――

 

 あ、テルモピュライに槍返すの忘れてた。

 

 




この後【妖精女王】にこってり絞られる【剣聖】の姿があったとか。

【乾坤一擲 ユースティティア】
・ローマ神話に於いて正義の女神の名を冠するテルモピュライのエンブリオ。現在第五形態。
・性質は貯蓄、置換、放出。完全に攻撃スキルのリソースを外部に依存しており、その分のリソースを貯蓄量に回している。
・第一形態はグレートソードの形状で、《魔力置換》《妖天昇華》の二つのスキルを持ち、自身のMPを溜めて切り払った時魔法的ダメージとして放出する。
・第二形態はエストックの形状で、《活力置換》《命脈昇華》の二つのスキルを持ち、自身のHPを溜めて刺し貫いた時貫通力に特化した暴風として放出する。
・第三形態はソードブレイカーの形状で、《壊撃置換》《塵埃昇華》の二つのスキルを持ち、破壊したオブジェクトをリソースとして貯蓄し、切り払った時無生物の耐久値を迅速に削る暴風を放つ。
・第四形態はパルチザンの形状で、《痛撃置換》《決起昇華》の二つのスキルを持ち、被ダメージをリソースとして貯蓄し、刺し貫いた時生物のHPを急速に減らす衝撃波を放つ。
・第五形態はフランベルジュの形状で、《灼熱置換》《炎天昇華》の二つのスキルを持ち、熱エネルギーを溜めて切り払った時炎や光として放出する。
・《置換》はパッシブ、《昇華》はアクティブ。
・貯蓄したリソースは形態変化を行っても貯蓄されたままである。

はい、大体こんな感じのエンブリオです彼のは。テルモピュライが第四形態を使わなかったのはそもそもテルモピュライがネビロスからダメージを受けるつもりが無かったから。
ちなみに描写するの忘れてたけどネビロスの紋章は折りたたんだ翼と狼の横顔、テルモピュライの紋章は天秤と長剣。


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第十七話 クエストをどんどんこなして行こう。

配達するよ。


 

 俺にはユースティティアがあるから槍やるよ、と連絡を受けたのでありがたくメインウェポンと相成った槍を携えて俺達は空を飛んでいた。

 

 第二形態となり体格が強靭な物となったグラシャラボラスは俺一人であれば背に乗せて飛べるようになったのだ。

 俺のアイテムボックスが《過積載》によって重量が増加していたり子供一人でも追加で乗るとバランスを崩してしまうそうだが、グラシャラボラスの進化のお陰で機動力が爆上がりしたのもまた事実。

 

 闘技場を去ったもののやる事が無かった俺は空を飛べるようになったグラシャラボラスの力を借り、レベルを上げる為にティアンからのクエストを受けていた。

 

「んー、この先の工房が目的地だな」

 

「ガウ」

 

 楽しそうに了承の意を示したグラシャラボラスは二度翼で空を打ち、スピードを上げた。

 まだ体力の関係で長距離を飛ぶ時は休憩を挟まねばならないが、それでも届け屋の真似事であろうとも俺を乗せて空を翔るグラシャラボラスは本当に嬉しそうに見えた。

 

「……楽しいか?」

 

「ルゥア」

 

「そっか、俺もだよ」

 

 くしゃりとグラシャラボラスの首元を撫でてやりながら、俺はテルモピュライとの戦闘を思い返していた。

 

 

 

 

 

 テルモピュライとの戦闘で都度二回、俺はテルモピュライの死の一撃を躱した。それは俺のメインジョブである【旅人】がカンスト目前で取得出来た《ショート・トリップ》というスキルのお陰だった。

 《ショート・トリップ》の効果は至極単純な物で、現在MPの一割を消費し自身の半径10メテル以内に存在する《旅の記録》ポイントへ転移する。という物。

 

 レベルが上がった《旅の記録》で戦闘開始直後に三箇所、決闘場内に光の柱を配置し即《ショート・トリップ》でテルモピュライの攻撃圏内から離脱。それからは避けられないと判断した攻撃だけ《ショート・トリップ》を使用する想定で動いていたため、まぁそこそこ食い下がれたのではないかな。

 ちなみにグラシャラボラスは真上にジャンプする事で初撃を避けていた。判断力が俺より高い……。

 

 まぁそんなこんなでスキルが増えれば取れる手段は大きく増えるというのをあの戦いで痛感したのでこうして【旅人】以外のジョブのレベルも上げて面白そうなスキルが生えないかと経験値と金稼ぎをしているのだ。

 今はグラシャラボラスの願望で【行商人】のレベルを上げる為にクエストを受け、四方八方を飛び回っている。どれも難易度は一だから問題など起きよう筈も無い。

 

「っと、到着か」

 

 徐々に高度を落とすグラシャラボラスに思考の海に沈んでいた意識を引っ張り出す。

 工房、と聞くと一日中黒煙が立ち上り熱気と鉄を叩く音が立ち込める様な暑苦しい場所を想像するかもしれないがレジェンダリアの、というか霊都での工房はそんな事は無い。

 物を製作する際の工程の殆どを魔法で代用しているからだ。だから大規模な熱を作る為の巨大炉も無ければ煤を排出する巨大な煙突等も存在しない。

 

 とはいえ小型の炉もある事はあるが作業の補助として使うだけでそれをメインに据える訳では無い。

 どちらかと言えば俺達が空想するような錬金術師の作業場の様な場所、それがレジェンダリアの主な工房だった。

 

(まぁ自分の国のど真ん中に世界樹立ってたら空気悪くする様な事は憚られるわな)

 

 現にそれ関連の法律もあるみたいだし、と脱線した思考を戻して俺は地面に着地したグラシャラボラスから降りて工房の戸を叩く。

 

「カロさんいらっしゃいますかー、お届け物です」

 

 扉の奥からとたとたと階段を駆け下りる音が響き、そう時間を掛けずに戸が開かれる。

 出てきたのは作業着に身を包んだエルフの女性、カロと呼ばれた彼女がこの工房の主だ。

 

「おぉ、ギルドからの依頼?」

 

「はい。今後の武具製作に用いる燃料や替えの工具一式、あと本人の希望という事で昼飯を持ってきました」

 

 アイテムボックスから取り出した工具箱や紙包みを渡す。

 カロは渡された物に過不足は無いか確認していたが特に問題ないと判断したのか一つ頷いた。

 

「いやぁ、自分が依頼した事ではあるけど昼飯まで注文して悪いね。はいこれ報酬の2千5百リルと薬効包帯ね」

 

 そう言ってカロが渡してきた報酬金と自然回復力の増加を促す包帯を受け取ってアイテムボックスに仕舞いこんだ。

 それじゃあ次の依頼人の下へ行こうかと考えて、その直後にカロに呼び止められて足を止める。

 

「……ねぇ君、ちょっとうちに来ない?」

 

「え、いや用事が」

 

「そう時間は取らせないからさ、ほら上がった上がった」

 

 強引に右腕を引っ張られ、俺はカロの工房内にお邪魔する事となった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「その左腕はどうしたの? 元から?」

 

「いや、諸事情で左腕刎ね飛ばされてて」

 

「左腕作らないの? 義手作ったり【司祭】に治療を頼んだりとか」

 

「まぁ余程の事が無い限りこのままにしとくつもりですけど」

 

 応接室の様な空間でカロは俺に背を向けて自分のアイテムボックスを漁りながら幾つか質問をしてきていた。

 これも違うそれも違うと呟きながらあまり関係無さそうな質問をしてくるのだが、ちょっと時間に余裕が……。

 

「君の髪綺麗だね、最初女の子かと思っちゃった」

 

「ご冗談を……」

 

 確かに自分で伸ばしはしたが流石に女と見間違われるほど容姿は女性的ではない。まぁ特に気にすることも無く流している辺り本当に冗談だったのだろうが。

 

「そんくらい長いと色々遊べて良いよねぇ、髪型にこだわりとかある?」

 

「いや、戦闘で邪魔にならなければ」

 

「それなのに切らないんだ、何となく?」

 

「えぇ、まぁはい」

 

 カロがそっか、と得心がいった様に頷き、アイテムボックス漁りをやめてこちらに向き直る。

 

「うちの試作品あげるよ、追加報酬って事で使ってみて」

 

 そう言ってカロがこちらに差し出したのは大体15センチ程の長さの棒。一瞬箸かと思ったが片側についている鬼灯の飾りを見るにどうやらこれは簪のようだ。

 鬼灯の簪を受け取り色んな角度から眺めているとカロが鬼灯の飾りに手を伸ばす。

 

 何を、と言う前にカロの手が触れた鬼灯の飾りが光り、飾りがついている簪の尻の部分に穴が開く。

 

「簪型アイテムボックスの雛形さ。どうにか自前でアイテムボックスを作れないかと試行錯誤はしたんだが結局神造ダンジョン産の物に手を加えるくらいで手一杯なんだ。今はね」

 

 欠点は入口の細さかねぇと耳を弄るカロだったが、ある程度自分の思い通りにアイテムボックスを改造出来るというのは、もしかして素晴らしい技術による物なのではないか。

 彼女は卓越した技巧の持ち主なのかもしれない。

 

「入れられるとしたら液体くらいなもんだけど液体だけなら一池くらい入る余裕はあるから、ささやかな店の宣伝ついでに使ってみてくれない?」

 

「じゃあありがたく使わせてもらいます」

 

 早速使おうと思い俺は今まで髪を留めていた髪飾りを抜き去った。

 はら、と暗い海の様な色の髪が広がって背中に流れ落ちるのをそのままに鬼灯の簪を手に取る。

 

「いやぁ、綺麗な髪だねぇ。君にそれ渡して良かったよ」

 

「カロさんの髪も綺麗ですよ。というか不躾ですけどエルフって自分の容姿に自信を持ってるってイメージだったんですが」

 

 羨ましいと言われて驚いたと告げるとカロは口元を押さえて笑った。

 

「皆そう聞いてくるよ、私は別に自分の髪に馬鹿みたいなプライドは持ち合わせちゃいないしそもそもエルフは一部を除いて高慢な奴もいないしね」

 

 マスターのエルフに対する認識が皆揃ってこんななんだもの、笑っちゃうよねぇ。そう言って配達した昼飯を入れたカゴに手を伸ばすカロ。

 まぁそれも当然なのかもしれない。この国はエルフの国ではなく様々な種族が所属するレジェンダリアなのだから。

 

 そんな事を考えながら俺は鬼灯の簪を髪に――

 

「……」

 

「ふっ、くく」

 

 俺の醜態を見たカロが弁当を口に含みながら笑いを堪えていた。

 

(やっぱり左腕何とかしないとな)

 

 片腕じゃ、髪を留める事すら出来やしない。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 結局ウィンドウを開いてシステム的に簪を装備した俺はカロの工房を後にして、その後もギルドに張り出されていたお使いレベルの依頼を着々とこなしていった。

 

 いやしかしあれだな。初めてのフルダイブでかなりテンションが上がっていたが本来のMMOはこういった塵の様な経験値をしこたま溜めて山にする物だよなぁとしみじみと思う。

 勿論ゲームなのだから遊び方は人それぞれだが、俺にとってこういう下積みの様なクエストは受けてて楽しいものだ。黙々と己の積み上げてきた物を眺めるのは四人には計り知れぬ悦びを齎してくれる。

 

 という訳で今日の成果はこちら。

 

 【旅人】LV48

 【行商人】LV19

 【槍士】LV6

 【従魔師】LV1

 

 うん、新しく【従魔師】のジョブを手に入れた。一応【行商人】のレベル上げが先決ではあるがそろそろ新しいジョブを手に入れてもいいと思えたのだ。

 

 元々グラシャラボラスの《茜色の群火》の火力を上げる為に一人でパーティーメンバーを増やせるジョブを手に入れようと考えており、【従魔師】、【召喚師】、【死霊術師】、【人形師】で悩んだのだが最初は【人形師】が一番合っているように思えた。

 【召喚師】、【死霊術師】は戦闘中に魔法スキルと通常スキルの両立がまだ難しいので却下。となると【従魔師】と【人形師】で悩み、人形を存分に使い潰せる【人形師】にでもしようかと思ったのだが……。

 

 埒があかないので困った時の総合掲示板、【人形師】と【従魔師】が獲得可能なスキルを比べて見て――グラシャラボラスの後押しも受けて速攻【従魔師】のジョブをゲットしに行った。

 

 俺を、俺達をそこまで駆り立てたのは【従魔師】が持つスキルの一つである《魔物言語》。内容は非人間範疇生物言語を解するパッシブスキルで、どの範囲まで翻訳してくれるかは分からないが自分のエンブリオなら《魔物言語》の効果対象だと掲示板に書いてあった。

 このスキルがあればグラシャラボラスと意思の疎通が出来る。今でもフィーリングで意思疎通出来てはいるがあまり細かいことは分からないのだ。

 

「……グラシャラボラス」

 

 早速グラシャラボラスに話しかける。

 

「『……何だ?』」

 

 口を開いたグラシャラボラスからいつもの鳴き声とは違う声が聞こえる。相棒と言葉を交わす事ができるのがなんだか無性に嬉しくなり、グラシャラボラスの背に乗っていた俺は相棒の首元に顔を埋める。

 

「『私も嬉しいよ、だが良いのか?』」

 

「構わんよ」

 

 グラシャラボラスは貴重な下級職の枠を【従魔師】に割いてしまった事に思う所がある、訳では無い。候補に上げていた中では【従魔師】が最も受ける恩恵が多く、初期コストが高い以上のデメリットは無いので【従魔師】のジョブを取る事自体には俺もグラシャラボラスも賛成であった。

 であれば何に配慮しているのか。それはグラシャラボラスが俺のパーソナルから生まれたエンブリオである事に起因する。

 

 一度考えた事がある。何故グラシャラボラスなのか。ガードナーのエンブリオであるなら人型である方が相棒足りえるのではないか? 現にそういう前例もある訳だし。

 俺のグラシャラボラスがそうなっていないのは、偏に俺が無意識の内にそう願っていたから。俺の心に寄り添う唯一無二の存在を求めながらもその相棒から感情を口に出す事を拒んでいる……、言い方は悪いが俺は都合のいいペットとしてグラシャラボラスをエンブリオとして生み出したのではないか、そんな事まで考えてしまう。

 

 もしそれが事実なら、《魔物言語》でグラシャラボラスと言葉を交わす事が本当にグラシャラボラスの為になるのだろうか? はっきりとした意思の疎通ができる事でグラシャラボラスを拒んでしまったら俺は彼に顔向けできない。

 

 だから俺は【従魔師】を取る事を選んだ。

 

 俺のトラウマから逃れる為にグラシャラボラスという逃げ場を作ったとしても、俺はこの世界の全てに向き合うと【静界蜂針 サイレンサー】を退けたあの日に決めたんだ。

 すまんねグラシャラボラス、何から何まで俺のエゴだった。あの日に固めた決意も不意にひび割れて不安が零れ出る。それでも、それら全部ひっくるめて俺はお前と話したい、不安にさせてごめんなグラシャラボラス。お前は、……俺の相棒だ。

 

「『……そんな改めて言う事でもないだろう、元より私はそのつもりだよ』」

 

「ありがとう、お前と喋れて嬉しいよ」

 

 未だにグラシャラボラスの首元に顔を埋める俺を背に乗せて、俺の相棒は仕方無いなと歩を進めた。

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 グラシャラボラスが歩みを止めたのに気付き、顔を上げる。

 そこはかつて見た草原と一面の花畑、ここは……。

 

「『気付いたか、向かうべき場所も無かったから私の好きなここまで歩いてきた。私がマスターと初めて会った場所だ』」

 

「何か、懐かしさすら感じるな」

 

 色々な事が重なったからなとグラシャラボラスが俺を降ろしながら言う。

 まぁ実際問題デンドロ初めて一週間と経たずに様々なイベント……と言うとあれだが予期せぬ事ばかり目白押しの状態で正直こうして心を落ち着ける暇も無かった。ゲームなのに。

 

「『らしくも無く変な事を考えているのもそういう精神的な疲労からではないか? 少し休むべきだ』」

 

 グラシャラボラスの言葉に従い草原に腰を落とす。

 

「『マスターが私に対してこの先どんな事を思うのかは分からないが』」

 

 グラシャラボラスも草原に座り込み、こちらに顔を向ける。

 

「『私はこの場所で生まれてから一度足りとてマスターを否定した事は無いよ』」

 

「……はっはは」

 

 気遣われてやんの。

 とっくの昔に解決した問題に頭を悩ませていたのは俺だけだった、全く情けないったらありゃしない。

 高々一つのスキルでこんなに悩む必要など無いのだと言外にそう言ってくれたのであろうグラシャラボラスの頭を撫で、草原に寝転がって青空を眺めた。

 

 




ネビロスのエンブリオ形成時の参照パーソナル
「己を知られる事への恐怖」「友への羨望」「心を預けられる相棒」「未知への期待」等々。

トラウマ云々は既にテルモピュライと会う事でかなり緩和されてます。時たま不安として表面化する事もあるでしょうが、グラシャラボラスと共にいるのならもう問題にはならないでしょう。
最初は【人形師】を取得させる予定でしたが全体的な戦闘力の上昇とか諸々考えて【従魔師】に路線変更しました。


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第十八話 戦の予感を感じよう。

お話聞くよ。


 それから俺はデンドロ内部時間でおよそ一週間程、レベル上げの為に四方八方を駆けずり回った。

 

 グラシャラボラスが飛行可能となったお陰で高所からの奇襲が可能になったのでレベリングの高速周回を行い、偶にギルドの掲示板に張り出されていても誰もやらないような配達系クエストを相当数こなしていったり【行商人】のティアンに色々な話を聞いてたりと充実した一週間を過ごす事が出来た。

 そのお陰で一部の顔馴染みからはマスターの配達人と呼ばれ始めている。その内クロイヌ宅急便でも名乗ってみようか?

 

「とまぁこんな具合で楽しい一週間だったよ、これも全部グラシャラボラスのお陰だけどな」

 

「『嬉しいな、力になれたのなら何よりだよ』」

 

 何時ぞや喰った串焼きの店で串焼きを数本買い、グラシャラボラスに与えると嬉しそうに齧り付いた。

 硬い口調とはいえ好物の肉への反応は産まれた時から変わらないグラシャラボラスを撫でてやり、隣の人物へと目を向ける。

 

「で、大丈夫なのかエイラ。ガッツリ日昇ってるけど」

 

「大丈夫ですよ、外套もありますし」

 

 俺の隣でフード付きの外套を羽織ったエイラが答える。

 エイラが俺達と行動を共にしている理由はそんなに多くは無い。

 配達依頼を終え、予定も無くぶらぶらと霊都内を徘徊していた俺達を、いつかの焼き増しの様に路地裏からエイラが呼び止めて一緒に行動する事となったのだ。

 

 エイラは俺に用事があったらしいが外で話すような事でもないと言われたのでいつもの個室付きの飲食店に向かっていた。

 もうすっかり常連である。

 

「おっすおっちゃん、いつもの部屋使える?」

 

「いや、今日は先約がいる。残念だったな配達人さん」

 

 店主はそう言って肩を落とす俺の隣に目を向ける。

 

「そっちのフード被ってる人はどちら様で?」

 

「友達だよ、俺達のな」

 

 怪しい格好だが俺の友人なら大丈夫だろと店主は俺達を店の奥に案内する。配達依頼をこなしていく内に顔馴染みからは信頼されてきたのが分かって少し嬉しくなった。

 という訳で奥のテーブル席に腰を落ち着けた俺達は一先ず飯を注文、先に串焼きを食べていたので軽い物を頼む事にした。

 

「エイラは食わんの?」

 

「先にお昼は済ませましたから」

 

 それよりも、と本題に入る為にエイラが姿勢を正す。

 

「ネビロスに先んじてお伝えさせて頂きますが、近い内にモンスターの軍勢がこの霊都目指して進行して来るかもしれません」

 

「……モンスターの軍勢? 何でまた」

 

 エイラが言うにはガルシアがこの襲撃を予見したらしく、エイラに詳細を伝えた後は【妖精女王】に話を付けに行ったんだとか。

 確証が取れたなら霊都全域に知らせる事だが現段階ではこの情報がどれだけ精度が高いか調べている最中だと言う。

 

「……というか私、当主がそんなスキルを持ってたなんて知らなかったんですが」

 

 とはエイラの弁だ。

 今までエイラがどんな生活を送り、ガルシアがどんな事を思っていたかを推し量る事は出来ないが、何となく言う必要が無かったんだろうなぁと。

 ガルシアの予知能力も《操血術》による物らしいので、もしかしたら妄りに他人に言うような事ではないのかも知れない。

 

 何にせよ少しずつエイラも変わり、父に色々な話を自分から聞きに行っているという事が分かってホッとした。

 一週間以上前に焚き付けた身としては余計な事を言わなかったか若干不安だったのだ。

 

 閑話休題。

 

「それで、その襲撃に関して分かる事って他には何かあるか?」

 

「原因はアクシデントサークルによるスタンピードでしょう、このスタンピードはレジェンダリアで稀に起こるので珍しい事ではないのですが、そのスタンピードを利用する首魁の姿が確認できました」

 

 ここで注文した料理が届く。

 手にしたサンドイッチと共にエイラから齎された情報を咀嚼し、飲み込んだ。

 

「首魁ってのは霊都の人間か?」

 

 ガルシアやトリカブトから話を聞いてレジェンダリアの水面下でえらい事が起きてそうな雰囲気を察しているので遂に表層化してきたかと思ったのだがそれに対してエイラは首を横に振る。

 

「いえ、はっきりとモンスターの姿が確認出来たそうです。他のモンスターと比べて遥かに強い力を持っているのが目に見えて分かり、……恐らく複数の【UBM】が故意的にアクシデントサークルからスタンピードを引き起こした物と思われます」

 

「【UBM】だって?」

 

 俺達が相対し、逃げに徹した【UBM】、【静界蜂針 サイレンサー】との戦いは未だ記憶に新しい。

 あのレベルの【UBM】が配下を作り引き連れて霊都に現れるかもしれないというのは、中々の衝撃で――

 

「――その中の一匹が【餓鬼王 グレイロード】であるとガルシアは言っていました」

 

 思考が白く染まる。

 

 【餓鬼王 グレイロード】の名には聞き覚えがあった。本来であれば俺が始めて相対する筈だった【UBM】。

 そしてエイラが気絶した俺を助ける為にアンブロシアの実を与えた相手だ。

 

(ガルシアから貰った記憶だと【グレイロード】は純粋な肉弾戦と配下の統率に特化した【UBM】だったか、軍勢を率いてはいても故意にアクシデントサークルを引き起こす様な魔力は――)

 

 つ、と冷や汗が流れ落ちる。

 

 いやいや、まさか。そんな、あれを手にしてから二週間と経ってないんだぞ? それに今俺が考えてたじゃないか、純粋な肉弾戦と統率力に特化していると。

 ……もし、あの時渡したアンブロシアの実から、アクシデントサークルを故意的に作り出せる様な魔力を取り出せたのならば今回のスタンピードの原因は……。

 

 いや、いや。全て仮定で話を進めている、俺の悪い癖だ。

 頭を振り、務めて冷静に振る舞いエイラに話の続きを聞く。

 

「まだ何とも言えない状況だったな、それで複数の【UBM】が確認できたと言ってたけど今どれだけ分かってる?」

 

「……そう、ですね。現在確認できているのは【餓鬼王 グレイロード】を含め二体、予知内のモンスターの多くに見覚えの魔力が掛かっているのが分かったらしく、もう一体の正体は恐らく【魔竜王 ドラグマギア】と呼ばれる【UBM】かと思われます」

 

「じゃあ首魁はその二体って事でいいんだな、故意的にアクシデントサークルを作り出したのは……名前からして【魔竜王 ドラグマギア】の方か?」

 

「もう一つの可能性も捨て切れませんがね、ただ【魔竜王】が引き起こした場合【魔竜王】のコンディションは万全とは程遠いでしょうし、仮に【餓鬼王】が引き起こしていたとしてもそれで【餓鬼王】の切り札の一つは消えます。どちらが主犯かは分かりませんが戦力の当て方を考えれば、乗り越えられない事は無いでしょう」

 

 理解した。今からでもその二体に関する情報を集めてこよう、進行が何時になるかは不明だが出来るだけの準備は怠ってはならない。

 ありがとう、と言って席から立ち上がろうとする俺をエイラが押し留める。その目はまだ本題を言っていないと語る目だった。

 

「ここからが肝心です、何なら私からの依頼として受け取って貰って構いません」

 

「……聞こうか」

 

 グラシャラボラスと顔を見合わせ、再び席に着く。

 空気を入れ替えるようにコホンと咳を一つ吐き、エイラは口を開いた。

 

「正式にこの情報が知らされるまでの間、ネビロスには霊都中に近々スタンピードが来るかもしれないという噂を流して貰いたいのです」

 

 エイラのその言葉に、俺は口元に手を当てて考える。

 まず噂を流す事の意味。これは考えるまでもないだろう、恐らく情報が出た時の混乱を抑える為の緩衝材だ。スタンピードに対する認識を「急に」では無く「遂に」に変えるのだろう。

 

 次に何故俺にそれを頼むのか。これは俺が【行商人】のレベルを上げる為に配達系統の依頼をこなし少なからず住人達からの信頼を得ているからだと思うが……多分俺以上に影響力のある人間は幾らでもいる筈で、噂を流すだけであれば俺だけでは力不足ではなかろうか。

 なので一応確認する。

 

「その頼みって他には誰に?」

 

「私は今ネビロスにお願いしたのが初めてですが、当主の方で様々な人に手回しをしている様で」

 

 成る程、安心した。俺が、じゃなくて俺も、だったんだな。

 であるならば安心して請け負う事にしよう。

 

「分かった、引き受けよう。配達のついでだし依頼としてじゃなくエイラからの頼みとして」

 

「助かります……」

 

 そう言って溜息を一つ零したエイラは、肩の荷が下りた様な穏やかな顔をしていた。

 

「今当主が一部の氏族を集めて【妖精女王】陛下と会議を行っている筈ですが、二体の【UBM】をどうやって崩すつもりなんでしょうか?」

 

「そこは、まぁ俺達マスターを矢面に立たせるのが先決じゃねぇかな。マスターってのは大概オンリーワンって言葉に弱いから嬉々として向かってくぜ」

 

「その話、詳しく聞かせて貰って構わないか?」

 

 エイラと共にどうなるか話を膨らませていると横から聞き慣れた声を掛けられる。

 恐らくマスターを投入した際の対【UBM】の要になるであろう、テルモピュライ達の姿がそこにあった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 俺達とエイラが奥の席で会話していた理由は個室席が埋まってたからなのだが、どうやらその個室席を先約していたのはテルモピュライのパーティーだったようだ。

 プラタイアやサラミス、そして多分俺にあまり良い感情を抱いていないであろうペルシアもおり、パーティーメンバーに抜けがない事からパーティー関連で真面目な話をしていたのだろうなという考えに至る。

 

 テーブル席の空きに座るよう示すがテルモピュライに押し留められる。「せっかくだしこっちで話そう」と個室席の方に行く事を促され、エイラと顔を見合わせてテルモピュライの提案に乗る。

 若干個室席が狭くなったが、会話に支障をきたす程ではないだろう。

 

「まぁなんというか、ずっと聞いてたというか聞こえてたんだよ」

 

 そう言ってテルモピュライが指差したのは何時ぞやの青い鳥、最初にこの店でテルモピュライと駄弁ってた時にテルモピュライを呼びにきた一羽の小鳥だ。

 あの時は誰かのテイムモンスターだと思っていたのだが、どうやらこの鳥はパーティーメンバーのエンブリオであったらしい。

 

「うむ、この青い鳥は私のエンブリオで名を【蒼天睥睨 フィロソフィア】と言う。今回は周囲の警戒に当たらせていたのだが、君達の会話を意図せず届けてしまった」

 

 すまなかったと頭を下げるプラタイアの肩に青い鳥が留まる。何かグラシャラボラスがすっごい見てるけど食べちゃ駄目だよ?

 

「『喰わんよ、私を何だと思っているのだ』」

 

 不満げに唸るグラシャラボラスだったが、空気を張り替えるようにテルモピュライが手を叩いた事で負の感情が霧散した。ごめんね。

 

「という訳でだ、事故とはいえ恐らく機密に値するであろう情報を聞いてしまった訳だ俺達は。そこは申し訳無いと思ってるがプラタイアが言うには俺達以外は話を聞いている奴はいなかったらしいからこの話は俺達だけで完結出来る」

 

 ここからが本題だとテルモピュライが続ける。

 

「その、スタンピード? だっけかが起こる日が分かったら教えてくれないか? それまでに実力の高いマスター連中を大量に掻き集めてくる」

 

 そんな事を口にしたテルモピュライは、俺ならそれが出来るとぎらついた目をしていて、あぁこいつなら出来るのだろうなと確信せざるを得なかった。例えどれ程気が進まなかろうと、こいつに呼び掛けられたなら心を奮い立たせて千載一遇のチャンスへと飛び込むのだろう。

 目の前の我が親友はそういう奴なのだと、俺はまぶしいものを見るように目を細めて再確認するのだった。

 

 エイラもテルモピュライに対して言いたい事は幾つもあっただろう。

 本当に当日までに集められる自信はあるのか、とか、集めきったとしても皆独断専行していくのでは、とか。それでもそんな不安を掻き消すようにして笑うテルモピュライに

 

「分かりました」

 

 そうエイラは答えた。

 テルモピュライなら本当に何とかしてくれるのだろう、そう疑いようも無く確信してしまうこれがテルモピュライの今まで積み重ねてきた力なのだろう。

 

「細部は追々詰めていくつもりだが、当日は集めたマスター達を大雑把に三部隊に分けるつもりだ」

 

「三部隊?」

 

「そう、一つは後方支援部隊」

 

 まぁそれは必要だろう、全員が全員戦闘職な訳が無いし何なら総力戦では後方支援が命綱となり得る。

 あまり考えたくは無いが市街戦にまで発展すれば、彼らの活躍でどれだけ被害を抑えられるかが決まるだろう。

 

「そして残りの二つだが、前衛戦闘職を対【魔竜王 ドラグマギア】部隊と対【餓鬼王 グレイロード】部隊に分けるつもりだ」

 

 恐らく混戦が予想され、マスターの心理的に通常のモンスターだけを相手取る部隊は組めそうにないとの事。出来て精々、二体の【UBM】に辿り着くまでの道を塞ぐモンスターを根こそぎ狩り尽くす程度らしい。

 

「まぁここらへんはお偉いさんと話し合って正式に部隊を分けるつもりだが……ネビロス、お前はどっちの部隊に入る?」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】か、【餓鬼王 グレイロード】。テルモピュライがどちらに行くのかは分からないが多くのマスターは【魔竜王 ドラグマギア】の方に流れるのではないだろうか。

 まだ仮定の段階だから断言は出来ないが、目に見えて分かりやすい元凶と言って差し支えないだろうから。

 

 でも。

 

「俺は【餓鬼王 グレイロード】に会いに行く」

 

 あの時会えなかった悔しさや、アンブロシアの実を取られた憤り、逃げてるばかりだったあの時から少しは強くなった俺達の力を見せてやろうという硬い意思が、【魔竜王 ドラグマギア】に対する羨望を遥かに上回っていた。

 どうせ【グレイロード】は俺の事なんて覚えていやしないだろうから、一方的に初めましてを叩きつけてやろう。

 

「『私も彼奴にはいずれ相対したいと思っていた』」

 

 今まで沈黙を保っていたグラシャラボラスが口を開く。

 そういえば気絶していた俺を背負っていたグラシャラボラスは一度【グレイロード】の姿を見たのだった。

 

「『彼奴の可笑しな犬を見るような目、今思い出しても腸が煮えくり返るようだよ。私の名はグラシャラボラスだ、この名を持って生まれた以上、あのような目を向けた彼奴には報復を叩きつけてやらねば』」

 

 目を細め、ここではないどこかの敵に唸り声を上げるグラシャラボラスの頭を撫でてやる。

 そんな俺達の決意を目にしたテルモピュライはくっ、と口元をひくつかせ、

 

「くはっ」

 

 心底楽しそうに、笑みを噴出した。

 すぐにすまないと謝罪し、それでも笑いを止める様子が見えないテルモピュライに思わず溜息が零れる。

 

 お前はそういう奴だったよ。

 

「んぐっ、いやすまんね。お前がこの世界を謳歌してるようで何よりだよ。ともあれ、じゃあネビロスは【餓鬼王 グレイロード】の方に、俺達は【魔竜王 ドラグマギア】の方に向かうという事で――」

 

「――すまない」

 

 サラミスに肘鉄を撃たれて痛みに呻きながらテルモピュライはそう纏めようとして、それを遮るようにして声が一つ。

 

「俺はネビロスについていく」

 

 今まで我関せずを貫き通していたペルシアが俺を見て、そう言った。

 

 




【魔竜王 ドラグマギア】
・多重技巧型UBM。
・数多の魔法を扱い、自分自身も膨大な量のMPを保有する。
・レジェンダリアには豊富な自然魔力を求めて来た。
・「……誰だ? 私の姿を覗くものは」

【餓鬼王 グレイロード】
・指揮系統に特化しており、部下も様々な職業に分かれている。
・配下のゴブリンを集め、この先起こるであろう争いに備えゴブリン達にラーニングを行う。
・一等大事なある木の実は大切に懐へ。
・「セメテ、イイ隠レ蓑ニハナッテクレ」


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第十九話 軋轢を叩き壊そう。

自分があいつの立場だったらなんて、考えた事も無かった。


 

 

 若干の騒動はあったものの、談合はお開きと相成り。

 エイラはこの話をガルシアに伝える為に屋敷に帰り、テルモピュライも知人に連絡しに一度ログアウトしていった。解散な流れだったのでグラシャラボラスと共に早速配達系の依頼を受けようかと思ったのだが、ペルシアに止められた。

 

「ネビロス、話がしたい」

 

 ついてこいと言い放ち俺に背を向けるペルシア。随分な言い草ではあったが俺自身何故ペルシアが俺と一緒に行動する事を選んだのか気になったのでグラシャラボラスと顔を見合わせ、ペルシアの後を追いかける。

 道中で一体何をしに行くのかと問うたが「聞きたい事がある」と言うだけで何も分からなかった。

 まぁ先程の店で二人きり(グラシャラボラスはいるがうちの子なのでノーカン)になれた筈なのにその場で聞かず別の場所に向かってる事から話を聞く以外に目的はありそうだけども。

 

(というかこのルートって霊都の外……)

 

 配達依頼をこなしていく内に霊都の大体の位置関係を把握出来ていた俺はペルシアの向かう先に一抹の不安を覚えるが……今更だろう。

 何をするつもりなのかは大体察したが、真意は本人の口から聞かなければならない。

 

「ついたぞ」

 

 そう言ってペルシアが振り返る。きっと彼の眼にはやっぱりという表情を浮かべる俺の顔が映っている事だろう。

 

「がっつり外に向かう道だけど、何がしたい?」

 

「話を聞く」

 

「今更それだけで誤魔化せると思っているのか? 俺の何を知りたい? 何故この場を選んだ? ここで答えてくれないか?」

 

 流石にこの情報量の少なさでほいほいと霊都の外に向かうわけには行かない。

 何も知らずに殺されるなどまっぴら御免である。

 

「……俺にはお前が分からない。何でテルモピュライがお前を気にかけるのか、何でお前がテルモピュライと楽しそうに話し合うのか。今日だってそうだ、何でテルモピュライがお前に配慮する必要がある? テルモピュライは幾多もの功績を掲げて、お前は何も持たないニュービーだ」

 

 ペルシアの疑問や困惑は、まぁ分からないでもない。ぽっと出の奴に親しげにしていたら不思議に思いもするだろう。

 

「『……マスター』」

 

 動いてくれるな、グラシャラボラス。ペルシアが抱いているのは、決して敵意ではない。

 

「最初はお前の事が分からなかった。リアルでの友人なんだろうなとは思ったし、事実テルモピュライからお前の事を聞かされた。今まで色んなゲームを遊んできた親友だと、デンドロも俺が誘ったのだと、いつかお前達にも俺とあいつが並んで戦う姿を見せたいと」

 

 テルモピュライはそう言っていたと述べたペルシアは酷く複雑そうな顔をしていた。

 

「俺はテルモピュライが自慢げに語るお前の事が分からなかった。だから分かろうとはしなかった。別にいいじゃないか、テルモピュライにだって友達はいる、友達と遊びたいってだけなんだ。そこになんの不満がある?」

 

 ペルシアが歯を食い縛る。

 

「不満だったよ。悔しかった。何で俺がそこにいない? 俺はテルモピュライの特別になりたかった。ずっと、テルモピュライに相棒として扱われたかった」

 

 ペルシアの左手の、『扉を開く鍵』の紋章が光り輝く。それに応じてグラシャラボラスが俺の前に立ち、唸り声を上げるが気にしていない様にペルシアは話し続ける。

 

「テルモピュライは言ったよ。ネビロスは俺の相棒だって。それに怒りや憎しみは無かったが、俺はそれから分かろうとしなかったお前の事を知ろうとした」

 

 ペルシアの左手に、淡い翡翠色の水晶で形作られた何かの鍵が握られる。目を、細める。

 

「すぐに分かった。お前が『良い奴』なんだと。俺は一度、『良い事をしている』お前の顔を見た事がある。遠巻きながらすぐに似たような顔を思い出したよ」

 

 俺は槍を取り出し、グラシャラボラスが身を屈める。呼応して、ペルシアも武器を取り出す。

 

「あの時のお前の顔は、テルモピュライに良く似ていた」

 

 それは例えるなら両刃鋸だろうか? 夥しい量の鋭利な突起物が両の刃に付いたその直剣は物質を切る事よりも生物に傷を付ける事に特化している様に見えた。

 

「『真似』か『憧れ』かは知らないが、それさえ分かれば十分だった。ネビロス、今から俺が言う事は突拍子も無い事だろうが、どうか聞いてくれないか?」

 

「……」

 

 敵意を滲ませ、ペルシアに話の続きを促す。最早碌な結果にはなりはしないだろうが、それでもペルシアが聞きたい何かを、俺も聞きたかった。

 

「テルモピュライが、俺だけを照らす太陽であって欲しいと願うのは強欲だろうか?」

 

 掻き集めた敵意が霧散する。

 あふれ出しそうな感情を表に出さない様に蓋をするペルシアの表情はとても見てられないもので、漸く気付く。

 

 ペルシアも、俺と同じくテルモピュライに救われたのだ。ともすれば命を絶ってしまおうかとすら考えてしまう苦しみから。

 ――俺と同じだ。差し伸べられた手を掴んで、その手の持ち主の特別になりたい。それでもその手は他の誰かが既に握っていて。

 憎しみより先に悲しみがあったのだろう、本当に、俺と良く似てる。

 

 それさえ分かれば、心が楽になった。

 

「強欲ではないさ、俺も、似たような事を考えた。でも無理だ、お前が自分で言ったじゃないか」

 

 そして、テルモピュライを表す言葉に、それ以上のものはないだろう。

 

「どうして太陽の光がたった一人を照らす? ペルシア、お前だけじゃない。俺だって例外じゃない。あいつは困ってる奴皆を助ける、はっきり言おう」

 

 ――そんなの考えてるだけ無駄だぞ。

 

 俺の言葉はペルシアを突き放す言葉に聞こえただろうか。正直に言って俺はペルシアがエンブリオを取り出した時点で戦う気など更々無く、速攻でグラシャラボラスの背に乗り行方を眩ましてログアウトした後テルモピュライにチクるつもりであった。

 その気が失せたのは、俺に問い掛けたペルシアの姿がかつての俺の姿と重なったから。俺の言葉を聞いたペルシアは理解を深めるように言葉の意味を噛み砕き、溜息一つ。

 

「そう、か」

 

「そうだよ」

 

 ペルシアの心の霧を少しでも晴らせたのなら良かった。

 

「ネビロス、あと一つ俺の頼みを聞いてくれ」

 

 ペルシアが未だ武器を手放していない事からその頼みは自明だろう。

 

「俺と戦ってはくれないか? 俺はお前の事を少しでも知りたい」

 

 多くは語らないまでも、ペルシアの考えている事は分かった。自分と似た境遇の人物だと分かっていても相容れないという思いはそう簡単に変わるものではない。

 だから戦って、その心の軋轢を均そうというのだろう。……ただがむしゃらに戦って、それで心理的に何かが好転するなんて創作物でしか見たことは無いが、これでペルシアが満足するのであれば受けよう。

 

「分かった。勝敗は?」

 

 問い掛けると同時に俺目掛けて何かが飛んでくる。

 慌ててキャッチし、飛んできた何かを見やる。

 

「……ブローチ?」

 

 それは俺が口に出したように何の変哲も無いブローチの様に見えた。だがどっかで見たような……。

 

「救命のブローチだ。それが壊れるまでにしよう」

 

 そうだ思い出した、救命のブローチという名のアクセサリーだった。着用者の体力が無くなる程のダメージを受けても《九死に一生》というスキルが発動し、救命のブローチがダメージを肩代わりするというもの。スキル発動時に10%の確率で壊れるらしいので実質タスキとハチマキ足したアイテムである。

 何か掲示板覗いたら馬鹿高かった記憶があるのだが、確か買うとしたら500万リルくらい掛かった様な……。

 

「何度も言うようだがここから先はもう俺の自己満足だ、我が侭に付き合ってもらうのだからこれくらいは構わんよ」

 

「今更だが闘技場じゃなくていいのか?」

 

「予約が取れなかった。後俺は闘技場で戦うのは苦手なんだ」

 

 ジョブの都合上真正面から正々堂々というのはどうしてもね、と肩を竦めるペルシア。そこまで言うのであればもう止めはしない。

 グラシャラボラス、戦おうか。

 

「『あぁ、私のマスターを愚弄した事を後悔させてやろう』」

 

 気にしてないってのに。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 ペルシア、テルモピュライのパーティーメンバーでありメインジョブを【兇手】に据える上級マスター。

 役割としては斥候や隠密行動、相手の意識から外れての暗殺を得意とする。

 

 他のパーティーメンバーと比べて多い役割を十全にこなす事が出来るのは本人の才能も要因の一つではあるが、ペルシアのエンブリオの力が要因の大部分を占める。

 

 【万象良好 オールグリーン】、それがペルシアのエンブリオの名である。エンブリオの特性は「異常の排除、最高の維持」である。些か広義的に過ぎるがペルシアの必殺スキルはそうとしか言い表せないものであるようで。

 簡単に言ってしまえばバッドステータスの解除が【オールグリーン】の力である。到達形態も第五形態にまで達しており、生半可なデバフではペルシアの体を蝕む事は不可能だ。

 

「これが俺の知ってるペルシアに関する情報だ」

 

「まぁ間違っちゃいないな」

 

 俺の言葉にペルシアは頷く。所々に植物系統のモンスターが存在する平原に辿り着いた俺はペルシアに俺の事をどれだけ知っているかを聞かれた。

 霊都の住人からの依頼をこなしていくにつれて俺はDINなる組織から依頼をされるようになった。内容は普通に雑用だったが、DINという組織が情報を取り扱う大々的な組織である事を知った俺は依頼報酬の使い道の一つとして「情報の買取」を加えた。

 一週間で集めた情報の中で得たペルシアのものを述べただけなのだが、概ね間違い無い様で助かった。

 

「舐めている訳では無いが流石にハンデが無いと最初から飛ばしていけないからな」

 

「思ったより律儀だった」

 

「こっちから吹っかけておいてあれだがレベルが違いすぎるからな」

 

 始めよう、と武器を構えるペルシア。

 今のペルシアの装いは素肌を殆ど晒さない布装備でその上からマントや腰布を装備している。道中で僅かな金属音が聞こえた事からマントや腰布の裏に投げナイフでも付けているのだろう。距離を離した時は注意しよう。

 全体を通してみると少し忍者らしさはあるが、やはり異彩を放つのはペルシアの主武装である両刃鋸と直剣を組み合わせた様な武器。

 

 絶対普通の剣の方が使いやすい筈であるのにわざわざそれを使うという事は、使いにくいというデメリットを上回る性能を持っているか、そういう形である事が望ましい戦い方をするという事。

 あの剣にも注意を払っておくべきだろう。

 

「『それでマスターよ、どう動く?』」

 

 テルモピュライの時は速攻を仕掛けざるを得なかった。そうしないと即死してしまう状況だったから。

 しかしペルシアは初手で相手を葬り去るような瞬間火力に特化したマスターではない。勿論隠し球はあるのだろうが、それを使うにしてもフィールドを有利な状況に整えてから使うだろう。

 

「『つまり?』」

 

 序盤は様子見、ちょっかいをかける位に留めておく。その間、グラシャラボラスは好きに戦ってくれ。

 

「『了承した』」

 

 ニィと口角を上げるグラシャラボラスの頭をぽんと撫で、俺はペルシアに問い掛ける。

 

「戦闘開始の合図は?」

 

「足元に石があるだろう」

 

 ペルシアの言葉を聞いて足元に目を向ける。これを投げろと。

 腰の収納カバンと簪のアイテムボックスからアイテムを何時でも取り出せるようにして、足元の小石を拾い上げる。

 一つ息を零し、思考を切り替える。余計な事は考えないが、数多の事に考えを巡らせなければ。

 

「ふっ!」

 

 小石を頭上に放り投げる。

 

 この世界における先達、格上のマスターとの戦いはこれで二回目。

 幾つか策もある、何とか喰らいついて見せよう。

 

 ――小石が地に落ちた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 ペルシアが何かを放り投げ、直後白い煙が辺りを満たす。

 視界を塞ぐつもりなのだろうが手の一つとしては読めている。さて前から来るか後ろから来るか――

 

 ――項に違和感。

 

 即座に前転し槍を後方に切り払う。手応えは無し。

 

「テルモピュライとの戦いを見た」

 

 薄れゆく白煙の中、ペルシアの輪郭が朧げに歪んでいた。まるで自分も実体を持つ煙となったかのように。

 辺りを見渡し、ペルシアは俺達を見つけられていないかのように振舞う。

 

「何故あんなにも動けるのかと疑問に思っていた」

 

 開始直後に既にグラシャラボラスに《インビジブル・マーチ》をかけて貰っている。今の俺達の姿は見えていない筈。

 追撃するか悩んで、距離を取る事を選択する。音で居場所がばれないようにカバンから取り出した瓶を辺りにばら撒くのも忘れずに。

 

「一つ一つのシーンを切り取れば、そう驚く事じゃない。その状況に対応して現状打てる最善手を逐一更新しているだけ」

 

 俺が投げた瓶が茂みに転がり、音を立てる。その音に反応してペルシアが瓶の方向に顔を向けるが、再び辺りを見渡し始める。

 ……何を探している?

 

「こうして戦ってみて分かったよ、ネビロス」

 

 ――いい勘を持ってるな。

 

 グラシャラボラスに合図を出そうとした手が止まる。すぐさま合図を下そうとするが、一瞬の隙を与えてしまった。

 

「《感度良好》」

 

 ペルシアが左手に持つ鍵が「何か」をこじ開けた。

 

「――見つけたぞ」

 

「くっ」

 

 思わず声に出してしまったが、最早今更だろう。

 今ペルシアが使ったスキルは透明化した相手を感知するスキルで間違いない。スキルの効果がそれだけな訳無いが、今はグラシャラボラスの透明化が意味をなくしたという事実さえあれば十分だ。

 

「今だってそうだ。透明化を見破られた焦りはあるのだろうが、それはそれとして次打つ手に関して既に思考を巡らせている。大局での優先度を無意識の内に把握してるのかね?」

 

 軌道の読めぬ朧げな輪郭のまま、こちらに向かってくるペルシアへ向けて槍を突き出し――己の失策を悟る。

 

 突き出した槍がペルシアの纏う霧を何の抵抗も無く貫く。

 幻影、いや違う。

 

(ずらされた?)

 

 距離を取ろうとして、ペルシアの姿が掻き消える。

 首筋に違和感。今度は逃げる暇すらなかった。

 

「お終いだな」

 

 左方向から蹴りを入れられ、体勢を崩した所に首元を狙って鋸剣を振り抜くのと、ペルシアと俺の体に影が差し、その影が独りでに動きペルシアの刃を防ぐのは同時だった。

 仕方無い。グラシャラボラス、やれ。

 

「やはり上ッ――!」

 

 ペルシアが初めて距離を取り、同時にマントから投げナイフを取り出して上空に投擲するが、グラシャラボラスがスキルを使う方が早かった。

 《茜色の群火》によって上空から降ってきた火球が散らばったガラス瓶を割り――

 

 ――爆発。

 

 表情の変化が分かりにくいが、ペルシアが驚愕の表情を浮かべている事に気づき、笑った。

 驚きを引き出せたなら上々だろう、やはりあれは使いやすい。この戦いが終わったら買い足しておこう。

 

「《空間固着》」

 

「《ショート・トリップ》」

 

 片や楽しそうに、片や嬉々とした表情を浮かべて戦いは佳境に入っていく。

 

 




原作の方で妖精女王がロリババアと判明したり、読者の想像する変態像をK点突破し満を持して【呪術王】LS・エルゴ・スムが登場したり色々ありましたがいかがお過ごしでしょうか。
自分はテルモピュライを<YLNT倶楽部>に入れなくて良かったと心底ホッとしてます。【呪術王】のぶっ飛んだキャラは好きですけどね。

今回ペルシアはチラ見せです。若干情緒不安定気味に見えてないか心配なのでもしかしたらそのうち手を加えるかも。


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第二十話 首魁と首魁、或いは戦火の前日譚

 

 レジェンダリアが有するとある森の奥深くにて、それは数多の配下を従えて数多くの書物の前で座っていた。

 本の種類は様々であり、統一感の欠片も無かったがそれらは例外無く読み古されており本の持ち主が幾度と無く読み返したであろう事が窺える。

 

「フゥム、ヤハリコノ果実ノ利用法ガ書イテアル本ハ無カッタカ」

 

 呼んでいた魔法媒体の本を閉じ、他の本を開く。配下のゴブリンが特に用も無く本を持ち出そうとするのを止め、鍛錬に向かわせる。そろそろ【剣聖】のスキルを学ばせようかと思っていたが時期尚早か?

 

「グゥ、コレ」

 

「ム?」

 

 配下の【ホブ・ゴブリンウィザード】が一冊の本を差し出す。確か収奪した当初から古ぼけて碌に読めないまま放置していた本の筈、これは……。

 

「カスレテルトコ、カキナオシタ」

 

「何?」

 

 ウィザードの差し出した本を受け取りパラパラと捲る。かつて文字のインクが見えなかった所が配下の手によって書き直されている。文脈等に不自然な箇所は見受けられなかった為に、どうにか掠れている箇所を解読して復元したのだろう。

 

「良クヤッタ」

 

「ギィ」

 

 嬉しそうに目を細めるウィザードが他の本に手を付けるのを尻目に本を読み進める。

 どうやらこの本は古い錬金術を扱う為の指導書の様な物らしく、必要な器具や材料、それを用いて作れる物なども明記されていた。良く解読出来たものだ。

 配下のゴブリン達の学習が予想以上の所まで来ていて驚きである。

 

「……ム」

 

 このページは、

 

「デンレー! デンレー!」

 

 ある項目を注視しようとしたが、塒にしていた洞窟内に斥候に向かわせていた配下が転がり込んでくる。

 普段であれば一発殴る所だが転がり込んで来た配下の鬼気迫る表情にただ事ではないと悟り、何事かを聞く。

 

「何ガアッタ」

 

「ドラゴンガクル!」

 

 想像を遥かに上回る凶報であった。

 この情報を伝えに来たゴブリンもバカではあるが能無しではない。ここに揃っている戦力をこいつは全部知っている。

 

 知っている上で慌てたのだ。頭目に知らせねば大変な事になると。

 

 手に持っていた本を閉じ、立ち上がり声を上げる。

 

「ウィザード! パトリアーク! 来イ!」

 

 洞窟内に響き渡る声に呼応するように二体のホブ・ゴブリンが立ち上がる。

 黒い布を纏い一本の長杖を持つ【ホブ・ゴブリンウィザード】と白い布を纏い短杖と儀礼剣を持つ【ホブ・ゴブリンパトリアーク】を携えて洞窟を出る。

 

 洞窟の外では多くのゴブリンが逃げ惑い、それでも武器を手放さずに洞窟の入口を守っていた。そんな配下の恐怖の向かう先には報告通り、一体のドラゴン。

 地を踏みしめる四肢の形状から海竜種ではないだろう、一対の巨大な羽を持っている所を見るに地竜種ではなく天竜種で確定か。しかし、我々ゴブリンからすれば途方も無い巨躯ではあるが本来の天竜種と比べると少し痩躯にも見える。

 

 そんな紫の鱗を持つドラゴンがこちらを見る。

 どうしようもない敵相手には逃げろと言った事が守られている様で何よりである。

 

「お前がこの塵の主か」

 

 配下を塵と呼ばれた事に苛立ちを覚えるがこのドラゴンの大体の性格は把握した。

 大方、どこかの山の主である天竜種の子だろう。長い事玉座に座って戯れに外へ出た、そういう奴はこんな風に自分以外、というか天竜種以外をゴミとして見る。

 

(マァ例外モイルガ。オット)

 

「ソノ通リダ、ココニハ何用カ?」

 

「ふん、塵の癖に尊大な態度だな。まぁよい、私は今気分が良い」

 

 寛大な心で許してやろう、などとのたまう目の前のドラゴンに笑いが込み上げてくるが堪える。ここで切りかかっても配下のゴブリン達が甚大な被害を被る事は想像に難くない。

 確実に殺しきれるのであれば使い潰しても構わないが、今はまだその選択が取れるほど情報が集まってはいない。

 

「ここへは強大な魔力を求めてきた」

 

「魔力?」

 

 あぁ、とドラゴンが羽を広げる。

 

「私の力を更に高める為、各地の自然魔力を喰って来た。そんな私の鼻が囁くのだよ、ここに濃密な自然魔力があると」

 

「ソンナ物ガ……」

 

 狙いはあの果実か。

 だが焦りは態度には出さない。やる事は変わらない、いつもの様に観察し、学習し、配下に還元するだけだ。

 

「そう、聞きたいのはそれなのだ。恐らくここには魔力が大気に散布されているのではなく水や、または結晶のように高純度に固形化されている状態だと思われるのだ」

 

 ずい、とドラゴンが歩み寄り、顔を近づける。

 

「私の鼻が告げるのだ。――お前、何を隠している?」

 

 形式こそ問いかけではあったが、嘘を吐いた瞬間殺すという意思を感じた。……視認できる毒、瘴気は無し、と。

 

「確カニ今ソレに当タル物ハ持ッテイル」

 

「よかろう、出せ」

 

 まぁそう来るだろうな。断られるとは微塵も考えていない様子でさも当然のようにドラゴンは告げた。

 ドラゴンの中では既にその魔力の塊を得た認識なのだろう。

 

 確かにそれを出せば気が変わりさえしなければ被害を出さずにドラゴンを追い払えるだろう。

 だが。

 

「断ル」

 

「……は?」

 

「オ前ノ求メテイル物ハ俺ガ手ニ入レタ物ダ、オ前ニ渡ス道理ハ無イ」

 

 そう言い放ち、ついでに今まで沈黙を保っていた背後のウィザードとパトリアークにハンドサインで戦闘準備をさせる。

 そんなやり取りなど気付かないドラゴンは怒気を漲らせ、震えた声でこう言った。

 

「もう一度だけ、答える事を許そう。お前の持つ、魔力の塊を寄越せ」

 

「断ル、聞コエナカッタノカ? 貴様ノ求メル物ヲ渡ス気ハ無イト言ッタノダ」

 

 言い切った直後、ドラゴンの周囲に無数の魔法陣が展開される。見たところ全て同じ物に見える。

 ウィザード、パトリアーク、あれらは脅威になり得るか?

 

「アレ、ゼンブショウカンマホウ」

 

「マリョク、ツカッテナイ、アクシデントサークル、オウヨウ」

 

 小声で伝えてくれたウィザードとパトリアークの言葉を反芻し、嗤う。

 

「死にたいのか?」

 

「何時マデ脅シシカシナイツモリダ? 些カ拍子抜ケダナ、ソンナ物ニ拘ッテナイデ自分ノ足デ探シニ行ケバイイモノヲ」

 

 ドラゴンは殺気を込めてこちらを睨みつけるが、今更そんな物で痛痒を感じはしない。

 

「塵が……ッ!」

 

「俺ハコノ者達ノ王ダ、塵ト侮ッテ後悔スルナヨ?」

 

 背中の剣を抜き払い、高らかに宣言する。

 

「来ルガイイ紫竜ヨ! 貴様ノ放ツ全テヲ砕キ、我々ハ貴様ノ命ニ牙ヲ突キ立テル!」

 

 直後、怯えや恐れを纏わせていた配下のゴブリン達から負の感情が消え失せる。

 闘志と敵意を迸らせ、配下のゴブリン達が戦闘準備を整えた。この統率だけは幾度と無く学び、蓄えてきた。

 

 両者の殺意は一触即発の領域にまで高められ、もはや激突は避けられない――

 

「あぁ、やめだやめ」

 

 ――筈だった。

 

 ドラゴンから戦意が急激に失われる。

 臆したかとドラゴンの眼を見るが、苛立ちや憎悪といった感情が欠片も浮かんでいなかった。

 

「こんな事に無駄に魔力を使いにに来たんじゃないんだ、【餓鬼王 グレイロード】、君と共同戦線を組みたい」

 

「……ハ?」

 

 意味が分からない。何故お前がその名を知っている? 共同戦線とは何だ? 何故急にそこまで態度が変わる?

 最早訳が分からなかった。

 

「こちらが素だよ、まぁ傲慢に映るように勘違いさせたからその困惑は最もだけども」

 

 ドラゴンが翼を閉じて魔法陣を消し去る。

 武器は構えたまま、問い掛ける。

 

「何が目的だ?」

 

「それはどっちの意味で? 急にこんな事をした目的? それとも共同戦線を張る意味? まぁどっちも答えようか」

 

 そうしてドラゴンはつらつらと答えていった。

 そもそもドラゴン――【魔竜王 ドラグマギア】がここに訪れたのは今保有している例のアンブロシアの果実の匂いを辿ってであるのは間違いないが、レジェンダリアに訪れた理由は全く別だ。

 【ドラグマギア】の目的は、アムニール。レジェンダリアの根幹たる世界樹を喰らう事を目的としていた。

 しかしその為には障壁がある。レジェンダリア所属のティアンとマスターである。【ドラグマギア】であれば数の優位は容易に引っくり返るが、どうしたって時間は向こうの味方である。

 確実に敵を葬り去れる量と質を提供出来る仲間が欲しく、丁度良くそれに該当しそうな奴を見つけた為馬鹿な天竜種を演じてどう動くかを見ていたという。

 

「ソレデ、オ前ノ目的ニ協力シロト?」

 

「まぁ端的に言えばそうなるね」

 

 【ドラグマギア】と会話を重ねる内にすっかり戦意は削ぎ落とされていた。配下のゴブリン達をウィザードとパトリアークを除いて全員洞窟に戻らせ、【ドラグマギア】と対面で会話を交わす。

 

「配下ノ命ヲ無駄ニ散ラスツモリハ無イノダガ」

 

 それなのだが、と【ドラグマギア】がずいと顔を近づける。

 

「何も私は君達に特攻を強要する訳じゃ無い、むしろその逆だ。私はね、君達の大移住に協力したいとすら考えている」

 

 ザワリ、と肌が粟立つ。露骨に焦りを見せたのを見られたのかウィザードとパトリアークがこちらを見上げる。

 何故。何故、お前が知っている? 配下にすら一言も告げていないというのに。

 

「意思というものは魔力に多大な影響を及ぼす、多大なと言っても私の鼻で漸く捉えられるほどの変化だが、それでも本人の意思に酷く影響を受けやすく、容易に形を変えるのにかわりは無い。……随分と後ろ向きな匂いがするなぁ?」

 

 記憶にあるような傲慢を体現したドラゴンではなく、かつて一度目にした妖精女王の様な清廉さを持つ訳でもなく、もっとおぞましい、闇の様な悪辣さを内に秘めた目でこちらを見やる。

 

「私なら、君の、君達の移住を助ける事が出来る。なぁに代わりに私と共に戦ってくれなどと言う訳では無いさ、元より君は強きものに従うといった思考は持ち合わせていないものなぁ? だから君達は君達の思うがままに行動するといい、何なら私を隠れ蓑にしたっていいだろう。大々的に動けば君達はあの街の者達に感づかれてしまうかもしれないからなぁ、しかしそれに関しても問題は無かろうよ。君達が持っている自然魔力の固まりを一つのマジックアイテムにしてあげようじゃないか。数百の軍団を纏めて任意の場所に飛ばすアクシデントサークルを故意的に作り出す物だ、中々に魅力的ではないか? 考えていた移住の手間をたった一つのマジックアイテムで省略できるのだから君にとっても素晴らしいと思える物の筈だ、なぁに心配はしてくれるな、マジックアイテムを作る事は得意なのだ、万に一つも失敗はありえない。何せ私は【魔竜王 ドラグマギア】なのだから代価として君の配下全員にとある魔法をたった一つだけ掛けさせて貰うだけで良い。それだけで、私が大規模転移のマジックアイテムを作り、かの霊都へ蜂の巣を突いたような被害を巻き起こし、騒ぎの中心として私が敵の前に立ち、君達から注意を逸らそうではないか。どうかね? 中々に君達にとって利のある提案だと思うのだが果たして、返答は如何に?」

 

 か細くつらつらと途切れる事無く告げられた【ドラグマギア】の言葉はこちらの行動の選択肢を一つずつ廃していき、呪いの様に心中に積もってゆく。

 尚も一層【ドラグマギア】が近づき、その一対の羽で外界を遮断するようにこちらを包み込む。そうした状態で【ドラグマギア】の話を聞いていると、とても良い案に思えてきた。

 

 移住の最大の関門であった手段と敵対者が一度に解決するのなら、【ドラグマギア】に協力しない道理は無いだろう。ならばこの話を受けたって――

 

「――【ハイエンド・オールマインド・レジスト】」

 

 視界が開け、意識が覚醒する。と同時に大剣を抜き、近づけてきていた【ドラグマギア】の顔を下から振り払い、【ドラグマギア】の首、または逆鱗目掛けて突き刺そうとするが、あっさりと避けられる。

 

「……良クヤッタ、パトリアーク」

 

「アヤツラレテル、オウ、ミタクナイ」

 

 危うく、あの瞬間まで【ドラグマギア】の精神支配に掛かりかけていたが、パトリアークの魔法でどうにか持ち直した。

 自分だけでなくウィザードやパトリアークも精神支配の範囲内だったようだが、パトリアークだけは持たせていた略奪品の【健常のカメオ】で難を逃れたようだ。

 

「……ふふ」

 

「何ガオカシイ」

 

「いやぁ? 良い仲間を持っているね」

 

 【ドラグマギア】が不気味に笑う。何となく、嬉しそうに見えた。

 最初、傲慢な態度のまま怒りに任せて魔法を行使しようとしていた時は浅はかなドラゴンだと考えていたが、今の【ドラグマギア】は底が知れない。

 

「ともあれ交渉は決裂かな?」

 

「交渉ナドト言イナガラ精神ヲ操作スルヨウナ輩トノ協力ナドコチラカラ願イ下ゲダ」

 

 ウィザードが杖を構える。パトリアークが詠唱待機状態に入る。二体の配下に合わせ、この俺も大剣を【ドラグマギア】に向ける。事ここに至っては最早被害など気にしている場合ではないだろう。

 全霊を持って葬り去る。でなければ未来は無い、それほどの障害になり得ると判断した。

 

 であるのに【ドラグマギア】は満足した顔をして羽を広げる。

 

「最初は力に任せて服従させようとして失敗、次は精神支配の魔法を使って懐柔しようとして失敗。いやぁ侭ならない物だね、ちょっと自信無くしてしまいそうだが、致し方無し。しかしまぁ、当初の目的は果たした事だしもういいか」

 

 暴風が吹き荒れる。【ドラグマギア】が飛び上がったのだ。

 

「七日後に私は霊都に襲撃を仕掛ける! それまでに自分達がどうするか考えておく事をお勧めするよ!」

 

 そう言い残し、【ドラグマギア】の姿は跡形も無く掻き消えた。

 風圧が無い事から転移の魔法でも使ったのだろう。既に無い紫竜の姿を睨み付け、踵を返す。

 

「ウィザード、パトリアーク、七日デ調整ヲ済マセルゾ」

 

「ハッ」

 

「リョウカイ」

 

 ウィザードとパトリアークを連れ、塒である洞窟へと戻る。

 【魔竜王 ドラグマギア】が果たした目的についても調べておかねばなるまい。

 

 




【ホブ・ゴブリンウィザード】
・【ゴブリンメイジ】から派生、より魔法使いとしての力を高めた個体。あらゆる属性の攻撃魔法を使う事が可能であり、通常よりは火力は落ちるが奥義も使用可能。
・ティアンやマスターで言う所の【賢者】、勿論純正のそれと比べると少々格が落ちはする。
・比較的流暢。

【ホブ・ゴブリンパトリアーク】
・【ゴブリンモンク】から派生、修行で培った肉体はそのままに癒しの力を高めた固体。回復、障壁、抵抗といった味方の生存力を上げる様々な力を取得している。
・ティアンやマスターで言う所の【司教】、勿論純正のそれと比べると少々格が落ちはする。
・頭はいいがカタコト。

【魔竜王 ドラグマギア】の目的
・ドリンクバーの設置。

いつのまにかこの小説が通算UA10000を突破してました。ありがてぇ……。
これも全て読者の皆様のお陰です。それでは改めまして。
明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願い致します。


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第二十一話 女王と英傑、或いは勇気の前日譚

 

 

 周囲が焼け野原となり、辺りに固められた炎が散らばっている最中、俺は息も絶え絶えになりながら地面に寝転がっていた。俺の体には数え切れないほどの傷跡が刻まれ、しかし【救命のブローチ】の効果でじきにこの傷や出血も消えるだろうという段階であった。

 グラシャラボラスも俺と似たり寄ったりな惨状だったので一時的に紋章の中に戻している。

 

 戦闘はより己に有利な戦況を作った者が勝ちを握る状況であり、それを掴み取る為に策を弄しアイテムを使いスキルを全部見せ俺やグラシャラボラスの肉体すらも使い潰し――

 

 ――それでもペルシアは遠かった。

 

 姿を隠し、意識の空白を突く戦い方が上手かった。アイテムを惜しげもなく使って己に有利なフィールドを作り上げるのが上手かった。癖の強い武器を巧みに操りエンブリオのスキルを戦闘に組み込むのが上手かった。

 何もかもが俺の上を行き、笑えるほどの惨敗を喫したのであった。

 

(あぁ負けた)

 

 しかしそれでも、楽しかった。笑い声を噛み締めても零れでる程度には、ペルシアと戦っていて楽しかったのだ。ボコボコにされはしたが、多分グラシャラボラスも同じ気持ちだろう。

 パキン、と【救命のブローチ】が音を立てて砕け散る。度重なる負傷と出血により幾度と無く行われた判定の末、遂に壊れてしまった。

 

「楽しかったよネビロス」

 

「そうか、それは何より……いや、違うか」

 

 武器を仕舞い、少しの間考えてペルシアが口を開く。

 

「ありがとう、俺に付き合ってくれて」

 

 そう言ってペルシアは俺の手を掴んで引っ張り起こしてくれた。

 その顔は――と言っても口元は見えないが、それでも晴れ晴れとした表情を浮かべている事は分かる。

 同類ゆえの確執は今取り除かれた、後は決戦へ向けて準備を重ねるばかりである。

 

 ふと違和感。

 

「……?」

 

「どうした、ネビロス」

 

 辺りに目を向ける俺の行動を疑問に思ったペルシアが話しかけてくる。

 

「いや、誰かから見られている様な気がして……」

 

「視線を感じた、と? ……どれ」

 

 ペルシアが懐から横笛の様なアイテムを取り出し、口を当てて音を出す。

 ピーと高い音が響いて暫し、残響に耳をすませていたペルシアが口を開く。

 

「……特に敵意を持った相手は周辺にはいないな」

 

「そうか、気のせいだったか」

 

「気をつけておいて損は無いだろう、何か他に気に掛かる事はあったか?」

 

 溜息を吐きポーションを飲むとペルシアがそう言った。

 ただの勘であるのに真剣に考えてくれているペルシアに若干の驚きを覚える。信じてくれるのだなと聞くとペルシアは「お前の異常な勘の鋭さはさっきまでの戦いで身に染みてるからな」と呟く。

 特に戦闘で信用できるほど勘に頼っている訳では無いのだが、さておき。

 

「一瞬だけこちらを観察している視線を感じたんだが、もう視線は感じないな」

 

 感じていた違和感は既に跡形も無く消えていた。

 周りには風によって形を変える草原と、そこをのそのそと移動する植物系モンスターばかりである。

 

「……そうか、では帰るか」

 

 一度周囲に目を向け、警戒を解いたペルシアは霊都への帰路に足を進める。

 後ろ髪引かれる思いではあったが俺もペルシアに付いて行き霊都へと帰った。

 

 背後で何かが羽ばたく音がした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 それからはずっとギルドに入り浸り配達系のクエストを大量にこなしていった。前と違うのはペルシアとの戦いで気合が入ったグラシャラボラスが飛行速度を上げていつもより早く目的地に着くようになった事と、配達依頼をこなす傍らある噂を流すようになった事。

 

 ――霊都の友に聞いた話なのだが、そろそろモンスターのスタンピードが来るらしいのだが知っているか?

 

 こう言った後のティアンの反応は大体二つに分かれる。「あぁ、もうそんな時期か。まぁ今回も大丈夫だろう」と言う者もいれば「スタンピードねぇ、今回は大丈夫なのかしら。アムニール様にお祈りしないといけないかも」と言う人もいた。

 前者は「前からいるティアンの戦力に信頼を寄せている」人達の言葉であり、後者は「新しく来たマスターの戦力に不安感を抱いてる」人達の言葉である。

 

 どちらの気持ちも大いに分かる。ティアン側には多種族故の豊富で多彩な戦力が揃っており、最たる者として【妖精女王】が存在する。俺は未だに相対した事は無いがテルモピュライがあれだけ壊れるのだからカリスマは十二分にある筈だ。噂では広域殲滅を得意としている様なので【妖精女王】をリーダーに据えて戦線を展開すればスタンピードなど恐るるに足らずと断言してもいいだろう。

 

(エイラやガルシアみたいな吸血鬼も沢山いるからただで負けはしないだろうし)

 

 問題となるのは数少ない不確定要素であるマスターの存在である。ともすればレジェンダリアの多様性を容易に上回る<エンブリオ>の使い手であるマスターは当てにする戦力としては一見最適に思える。

 

(マスターが一枚岩だったらな)

 

 当然マスターは自由に動く。そうあれとこの世界に来る際に言われ、その自由を求めてこの世界に訪れたのだから。

 霊都防衛の為に尽力する、知ったこっちゃ無いと無関心を貫く、火事場泥棒を働く、我先にと【UBM】討伐に乗り出す、騒ぎに乗じてプレイヤーキルを行う。どれもマスターの自由であり、マスターが容易にできる事だ。

 大多数は霊都防衛の為に尽力するだろうが、確実に少数はそういう事をする奴が出てくる。

 

 ぽっと出の俺ですらこういう事が容易に想像できるのだ、霊都のティアン達にとって「マスターはそういう事をするかもしれない」と思われているのも当然だろう。

 

 ……逆に言えば未だ心象をかもしれないで抑えられているという事なのだが。その評価に大いに貢献しているのはやはり我が友テルモピュライであろう。

 幾度と無く霊都の危機を救い、レジェンダリア国内の村々に赴き数々の困難を砕き、レジェンダリアにおける信頼を栄光という形で手にした男。ガルシア曰くジョブとして確立されている様なので安易に使えはしないが、それでも俺は【勇者】とはあいつの様な存在なのだろうと思っている。

 

 スタンピードの予感を吹聴して変化が訪れたのは噂を流して三日後辺りからだった。

 

 ちらほらと「俺もその噂知ってるぞ」と返してくる人が出て来た。各所で細々と流されている情報が精度を高めて出回り始めたのだ。

 これによって事態を軽く捉えていたり戦力に不安を抱いていた者、そもそも話を信じていなかった者達も噂を信じ、騒ぐ事も無く確かな緊張感と共に覚悟を固め始める。

 六日後には最早この噂を軽んじる者は無く、各所で程度の差はあれどスタンピードへ備えを蓄え始めていた。

 

 そして遂にこの時が来る。

 

 

 

 

 

 霊都の中核たる【妖精女王】の座す白亜の城、その前に数多くの霊都に住まう者達が集まっていた。

 ティアンだけではない、レジェンダリアに所属するマスターも殆どがこの場に集まっている。【妖精女王】の言葉を聞く為に。

 

「で、何で俺ここに呼ばれたの?」

 

 現在俺がいる場所は他の大勢と同じ様に城前の広場――ではなく。

 【妖精女王】が演説を執り行う城の大きなテラスの舞台裏にいた。舞台裏というか聴衆に見えないように城の中で待機していると言った方が正確だがともあれ、俺とグラシャラボラスはテルモピュライに呼ばれてこの城まで出張ってきていた。

 

「そりゃまぁ護衛依頼だよ、俺だけだと城が壊れる」

 

 そう俺の隣で言うテルモピュライに呆れた目を向ける。何故か鼻の下を伸ばしているが【妖精女王】はまだ来てないぞ。

 

「手加減しろよ」

 

「俺の辞書にそんな中途半端な言葉は無い」

 

 言い切りやがった。

 

「真面目に言うとお前にはグラシャラボラスの透明化で【妖精女王】様の護衛をサポートして欲しい」

 

 グラシャラボラスの《インビジブル・マーチ》はパーティーメンバーにしか適用されないのだが、あまり護衛が多くても困るぞ。

 

「心配すんな、透明化させるのは俺達数人だけで他はダミーというか囮として残す」

 

 なら良いのだが。

 と言う訳で俺達と同じ様に待機していた数人のティアンともパーティーを組み、【妖精女王】が来るまで待機を続ける。

 ふと思い至る。【妖精女王】の事何も知らないな、と。

 

「テルモ、【妖精女王】ってどういう人なんだ?」

 

 いやそんな常識が欠如している人を見る様な目で見られても。

 テルモピュライが我に返ったように咳払いを一つ零し、口を開く。

 

「まぁ平たく言えばこのレジェンダリアの女王様で吸血鬼や巨人、獣人といった多種族の貴族と共に内政外交全てを取り仕切るお偉いさんだ」

 

 吸血鬼の存在は知っていたが巨人や獣人の貴族もいるのか、知らなんだ。確かに遠目に見ても縮尺がおかしい屋敷はちらほらあったが……。

 

「私腹を肥やす様な事は一切しない、自分は当然の事として貴族に対してもその姿勢を崩さずにレジェンダリアの主として、王として益を全てレジェンダリアに還元出来る様に奮闘する。これが国家元首としての【妖精女王】様だ」

 

 王として、滅私奉公という言葉とは少し意味合いは違うだろうが自分よりも国を大切にする精神性を持っている様だ。

 

「毅然とした王の心を持っている一方で【妖精女王】様は俺達の心を掴んで放さないアイドルとしての一面も持っている」

 

「偶像的な意味で?」

 

「タレント的な意味で」

 

 それはそれは、一国の女王がアイドルとして活動するとは。

 いやしかし隣でアイドルとしての【妖精女王】の良さをマシンガンばりに喋り続けているテルモピュライを見るに失敗ではなかったのだろう。

 様々な政策を打ち出しマスターという存在の増加に対する混乱をいち早く治めた最適解を進む一方でアイドル活動という娯楽を提供する事で支持率の増加や統治の協力に一役買っていると、何と言うか、凄いな。

 

「――れで壇上に上がった【妖精女王】様は蝶の様に美しいダンスで俺達を虜にするだけに飽き足らず新曲披露の場としてステージを使い過去最高クラスの歌を熱唱してくれたんだダンスしてる時に聞いてる歌は後付けって説があるが【妖精女王】様のあの歌は完全に録音じゃなかった断言できる気付いてた人も多いが新曲のサビの入りと最後の余韻がデビューシングルのアレンジだって分かって俺は度肝を抜かれたよ【救命のブローチ】が無ければ即死だったあの公演に行けなかった人には申し訳無いがチケット争奪戦に大人気無く乗り込んで良かったと心から思ってるよ争奪戦の余波で壊れた霊都の一角の賠償を何故か俺が払う事になったが【妖精女王】様のぷんすこしてる姿が見れたから俺は喜んで全財産を擲ったよあの時の思ってた金額と違ったみたいな困惑の表情は【妖精女王】ちゃんに全財産注ぎ込んで困らせ隊が現れるのも納得の可愛さだったよ相手国家元首で絶対困ってるの演技だって分かってるのにそれでもお金あげたい可愛さがあった何ならここら辺から金稼ぎの為に大物狩りに移行したまであるって話聞いてるかネビロス」

 

 聞いてない。何なら同じ空間にいるティアンの護衛の人達も一切話を聞いてない。いや、一人だけ優越感というか「分かるわー」みたいな仲間を見つけたという表情を浮かべる人がいたが置いておく。

 何にせよここまでテルモピュライが狂った理由の一端を垣間見たのは良いのだが想像以上にファンしてて反応に困る。というか。

 

「レジェンダリアの女王様相手にかわいいはどうなんだ?」

 

 さっきテルモピュライから聞いた王としての【妖精女王】とアイドルとしての【妖精女王】の乖離がえげつないがそれでも王という立場である以上可愛いという評価はどうなのかと思ったのだが、当のテルモピュライはきょとんとした顔を浮かべていた。

 

「だって【妖精女王】様見た目ロリッ娘だし」

 

「え」

 

「アイドルとして活動してる時はダンスの華々しさとか衣装や声の美しさとか強みは色々あるけど容姿の可愛さ前面に押し出してるから今更というか」

 

 どうやら俺の思っていた以上に【妖精女王】はアイドルを謳歌している様である。しかし見た目がロリとは、もしかして【妖精女王】ってロリバ

 

「合法ロリだ」

 

「ナチュラルに思考を読むな」

 

 やいのやいのと話していると城内の廊下の方からこつり、と足音が聞こえる。まずグラシャラボラスが反応し、それを見たテルモピュライが足音の方に顔を向け、背筋を正す。

 

「――皆さん、今日は護衛の役目を受けて頂き感謝しています」

 

 鈴の音の様な耳触りの良い声だった。純白のドレスを纏い水晶の様な煌きを宿す外套を羽織った少女の事を、テルモピュライだけでなく他の人達も背筋を正して見ていた。

 まず第一に美しいと思った。柔和な表情を浮かべ慈愛と叡智を宿した瞳でこちらを見やる少女の姿は本来庇護されるべき対象であるにも関わらずこちらを守るべき対象として見ているのがありありと分かり、これは心酔する人が大量に出るのも納得だと感じた。

 

 故に次点で恐ろしいと感じた。これはダメだ、これは人ではない、己の果たすべき役目に魂を擲った者の眼だ、レジェンダリアの守護者として命を燃やし、それに何の痛痒も感じていない者の眼差しだ。

 グラシャラボラスが静かに恐怖を訴えている。相手が誰であろうと敵意を絶やさなかったグラシャラボラスが、一種の畏れを抱いている。

 

「おや? 貴方がネビロスですか?」

 

「っ、えぇまぁ自分がネビロスです」

 

 【妖精女王】がこちらを見て目を細める。その様子はまるで獲物を前にした蛇が――

 

 ――頭を振る。何時までびびってるんだ、相手は仮にも護衛対象なんだぞ? 恐怖や敵意は向けるべき相手じゃない。そもそも相手女王様じゃないか、不敬と取られたらどうする。

 浅く息を吸い、思考を切り替える。

 

「今回テルモピュライに呼ばれ、護衛依頼を受けさせて頂きました。こちらはお……私のエンブリオのグラシャラボラスです、まだまだ若輩者では御座いますが今日は宜しくお願いします」

 

 大分怪しい畏まった言葉を吐き頭を下げる。引き篭もりの弊害が思わぬ所で出てしまった。

 だが【妖精女王】は特に気にした様子も無く「宜しくお願いします」と同じ様に頭を下げてきた。安堵する一方で一国の女王が個人に頭を下げる道理は無いだろうと慌てて頭を上げてくれと頼んだ。

 

「陛下、そろそろ時間では」

 

 ティアンの護衛の一人が【妖精女王】に言う。

 

「そうでした、では皆さん宜しくお願いします」

 

「お任せ下さい! 例え神話級UBMが襲来しても我々が命をかけてお守りいたします!」

 

 そう目を輝かせて言うテルモピュライ。多分俺も頭数に入ってるのだろうが戦闘の余波で消し飛ぶんじゃなかろうか。

 何て他愛も無い事を考えつつ、【妖精女王】がテラスから集まった民衆に姿を見せるのと同時に俺はパーティーメンバー全員にグラシャラボラスの《インビジブル・マーチ》を使って貰った。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 霊都中から集まった人々が王城の前でこれから一体何が起こるのかを隣の者と話し合っていた。

 一体何を聞かされるのだろうか、口に出して話し合いはするがこの場にいる全ての者達は大体の内容を察してはいる。

 

 最近名を聞くようになってきたマスターの配達人や冒険者ギルド、果てはDINからですらその話を聞くようになったのだ、余程の世間知らずでなければひっそりとこの霊都に忍び寄る脅威の存在に気付いている。

 

 すなわち、スタンピードである。

 

 今回の【妖精女王】の緊急招集も恐らくそれが原因だろうと当たりはつけていた。

 それを証明するように白亜の城のテラスに【妖精女王】が姿を現す。

 

「皆さんの中には少なからず話を聞いた者もいるでしょう、近い内にモンスターの大侵攻が行われるのではと」

 

 普段の様なアイドルとしての彼女ではなく。

 

「それは正しい」

 

 王の名を預かる者として。

 

「私の信頼する臣下の者がスタンピードの襲来を予見しました」

 

 告げる。

 

「スタンピードの襲来は――明日です」

 

 衝撃的な一言、だがその言葉に民は揺るぎはしない。

 

「正確には明日の正午、【魔竜王 ドラグマギア】が地を埋め尽くすほどのモンスターの大群を率いて、ここ霊都へ向かってきます」

 

 民は恐れもしない。

 

「それがどうした」

 

 民は知っている、我らが女王の力を。

 

「私は立ち向かう、私を信じ、私が信じた者達と共に」

 

 民は知っている、レジェンダリアが誇る戦士達の力を。

 

「必ずや私達が【魔竜王 ドラグマギア】を打ち倒し、降りかかる災いの悉くを消し去ってくれましょう!」

 

 故に民は恐怖に縛られる事無く、拳を天に突き立てる。

 

 ――オオオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!

 

 勝利を確信した民の咆哮が霊都中に木霊した。

 

 




何で二話連続怪文書書いてるの俺。
【妖精女王】様は最近容姿がロリな事が分かった位情報が少ないので基本滅私奉公ですが統治に効果的と分かった場合のみ私を出す(アイドル活動)みたいな感じに舵きり。でもアイドルの方も取り繕ってる部分はあるものの素ではあるのでしょっちゅう《真偽判定》に引っかかるなんて事は無い。
改変要素増えてきたなぁ。


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第二十二話 準備を整えて開戦の火蓋を切ろう。

 

 

 スタンピードの存在を確定させた【妖精女王】の演説――勝利宣言と言い換えても構わないだろう――を聴き終えた霊都の人々はマスターティアン関係なく怒涛の如く働き始めた。

 武器や防具の製造、修理。城壁、隔壁の堅牢化。その他必要となるだろう物資の製作。そしてそれらを万全に行う為の資源調達。確定に至るまで時間が掛かったためにその遅れを取り戻そうと皆、東奔西走の真っ只中であった。

 

 そしてその余波は、当たり前ではあるが俺達が今いるギルドにも強く襲い掛かってきていた。

 

「資材足りねぇぞ依頼増やせ!」

 

「武器の修理依頼出せないの!?」

 

「工房がパンク状態だ自分でやれ!」

 

「ポーション製作って報酬弾むんだろうな?」

 

「スタンピードを退けたらそりゃもうガッポリよ」

 

「時間も物資も足りてねぇがな!」

 

「それを補う為に今俺達がこうして頑張ってんだよ働け!」

 

 ギルドの戸を開いた途端溢れ出る熱気と怒号。何一つ自分に向けられた物でもなく、何なら自分がギルド内に入った事にすら誰も気付いていないというのに空間を満たす罵声の嵐に一瞬足が竦んだ。

 グラシャラボラスが鼻を色々な所に向け、ある一点を指して「『あっちだ』」と言った。グラシャラボラスの先導の元ギルド内を歩いて行くと様々な人間に指示を出す、何時ぞやの妖精の少年の姿を見つける。

 

「おや、何時ぞやの【槍士】になりに来たマスターじゃないか。元気……元気だったか?」

 

 少年が俺の未だに失われている左腕の辺りに目を向けて言い淀む。まぁ最近はリアルとこっちとの肉体の乖離にも慣れてきたけども。

 

「普通に生活出来る程度には慣れたので大丈夫ですよ、何か手伝える事はありますか?」

 

「おぉ助かる、それじゃあ今溜まってる納品依頼を幾つか受けてくれないか?」

 

 少年の声に従いギルドに張り出されている納品依頼を幾つか手に取る。霊都の外に繰り出して薬草や鉱石を採取してギルドに納品する物や、既にギルドに寄せられた物資を必要としている場所に運ぶ物など、納品依頼だけでも相当数溜まっていた。

 他には、というか大多数の依頼は霊都の外のモンスターの数をある程度減らすという物で、対象は指定せず沢山狩って来いと言わんばかりの豪快な依頼が多数並んでいた。

 

(まぁでもあっちは結構盛況だし俺らはこっち消化するか)

 

 そう考えて納品や配達依頼の紙を数枚手に取り少年の下へ。

 

「おぉ、それ受けてくれるのか。今人手が足りなくて困ってたんだ、助かったぜマスターの配達人」

 

「構いやしませんよ、大侵攻が終わったらまた俺の訓練見てくれると助かります」

 

「おう」

 

 そう言って俺は少年の先導の下目的の場所に運ぶ物資の保管場所へと案内され、受けた依頼の分の荷物をアイテムボックスに放り込んでギルドを出た。

 

「……」

 

 誰も彼もが自分に出来る事をやっている。

 それはここにいるギルドの皆だけじゃなく、俺の知己とて同じ事。エイラやガルシアはヘキサの血族の運用とトリカブトへの協力依頼、そして物資の確保に力を入れている。

 テルモピュライだってそうだ、聞いた話によると【妖精女王】の依頼で森の一部を切り開いて戦いやすいフィールドに整えているとか。森を切り開くって何だよ。

 

「自分に出来る事を、か」

 

 当日は首魁の撃破に加わるつもりだが、それまではこういう配達が俺の出来ることだろう。

 であるならば、己が成すべき事を成す。過不足無く、全力で。

 

「行こうかグラシャラボラス」

 

「『あぁ』」

 

 荷物を背負った俺を背に乗せ、グラシャラボラスは羽ばたいた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 それぞれが自分に出来る事を模索する中、ついにDIN経由でスタンピードを対処する人員と配置が公表された。様々なルートで霊都中にばら撒かれたので当日になって自分の担当が分からないという者は恐らくいない筈だ。

 配置以外にも敵がどこから大体どれだけ来るかも公開されているので皆してDINに乗り込み、結果としてスタンピードを迎える前にDINは大金を手に入れたとか何とか。

 

 閑話休題。

 

 予測されるモンスターの総数。――100万以上、【魔竜王 ドラグマギア】の行動次第で更に増える可能性あり。

 

 予測されるモンスターのレベル。――15~、【魔竜王 ドラグマギア】はレベル80相当。

 

 予測される襲撃箇所。――霊都<アムニール>の全方位から襲撃される、他のレジェンダリアの街にスタンピードの余波は確認されず。

 

 予測される首魁の出現地点。――霊都<アムニール>より北東の森の深部にて【魔竜王 ドラグマギア】の姿を確認。(そしてこちらは公表されておらずテルモピュライから伝えられた情報だが、【魔竜王 ドラグマギア】の居場所から更に東北東に【餓鬼王 グレイロード】の姿が確認されている)

 

 スタンピード発生時の人員配置。――北東、北西、南東、南西、霊都に分けて迎撃、後方支援、首魁の撃破を行う。

 

 北東担当。――戦闘職を持つマスター100名の部隊を3組。スタンピードを退け、各自のタイミングで首魁の撃破に向かう事。道中のモンスターの処理も忘れぬよう。

 

 南東担当。――マスター、ティアン総勢500名の混成部隊。深追いはせず霊都防衛に専念する事。

 

 北西担当。――ティアンの戦闘系上級職、超級職保持者300名の部隊。迎撃に専念し隙を見て北東及び南東の援護に向かう事。

 

 南西担当。――【妖精女王】一名。南西エリアには決して近づかぬよう留意する事。

 

 これがDIN経由で伝えられた当日の概要である。敵の戦力に心臓が軋む様な感覚を覚える一方で異彩を放つ南西担当総勢一名の文字。皆100単位で迎撃、殲滅を行っているのに南西だけ【妖精女王】ただ一人だけという異常っぷり。控えめに言って頭がおかしい。

 とはいえこれについてテルモピュライが何も言わないという事は【妖精女王】一人で対処できるという事、あの少女も見かけによらずテルモピュライ側だったという事だ。

 

 ……今日を迎えるまでレベル上げも兼ねて沢山の依頼をこなして来た。どれも簡単な物ばかりだがそれでも【行商人】はカンスト目前にまでなったし、依頼の報酬で有用なアイテムも大量に手に入れた。

 空いた時間は全てグラシャラボラスとの調整に用い、長丁場が予想される為一度現実に戻り諸々の準備も済ませた。

 

 全ては今日、この時の為。

 

「ようネビロス」

 

 テルモピュライが俺の背に声を掛ける。

 

「準備は万全か?」

 

「あぁ、手は尽くしたよ」

 

 振り返りそう言うと、テルモピュライがくしゃりと笑う。

 

「北東担当組で最後のミーティングがある。【餓鬼王 グレイロード】の討伐隊も集まってるから顔出しとけ」

 

「分かった、着いてく」

 

 歩き出すテルモピュライの後を追い、俺達は臨戦態勢の整った霊都内を歩いていく。

 

 

 

 

 

 DINという組織がある。正式名称を<Dendrogram・Information・Network>、多数のマスターが所属する国境なき情報屋集団である。

 国境無き、と言うだけあり全ての国に支部を構えて各国の構成員が得た鮮度の良い情報を何時如何なる時でも対価を払えば閲覧が出来る、その影響力を考えればどの国も自分の手元に置きたいと考えている筈だが何故かDINそのものを囲い込もうという動きはどの国も微塵も見せる気配は無かった。

 

 そんな<DINアムニール支部>の大部屋に、スタンピード迎撃にて北東を担当する総勢300名が集まっていた。俺の前を歩いていたテルモピュライが部屋の奥の壇上へと上がり仰々しくこちらを見下ろす。

 少なからず囁き声を交わしていた者達もテルモピュライの姿を確認して口を閉じた。

 

「バルクと翼神子は南東担当、LSは霊都で後方支援に携わる為に北東担当のリーダーを暫定的に務めさせて貰う、テルモピュライだ。不満や異論は大いにあるだろうがそれは話が終わってからだ、構わないな?」

 

 テルモピュライが自身のエンブリオである【乾坤一擲 ユースティティア】を取り出し、暗に「ここで騒いだらぶっ殺すぞ」と脅す。流石に一大イベント前に死にたくは無かったのかテルモピュライに口を出す者は一人もいなかった。

 スムーズにテルモピュライの話が続く中、ふと俺の服を引っ張る存在に気付く。

 グラシャラボラスかと振り返るとペルシアが俺の服を引っ張っていた。

 

「……どうした」

 

 わざわざ声を出さずに俺の注意を引いた理由を考えつつ小声で何があったのかと聞く。

 

「こっちで【餓鬼王】の担当が集まってる、なし崩し的にではあるが一応お前が発端だろ?」

 

「分かった、行こう」

 

 首肯を返しペルシアについていく。

 部屋の隅に固まって話し合っている三十人程のマスターの集まりが見える。この部屋に集まっている大多数のマスターとは雰囲気が異なる集団に、ちらちらと目線を向ける者もいるがそれもすぐにテルモピュライの話に目を向け直す。

 テルモピュライのお陰で他の者達の介入も無く、秘密裏に【餓鬼王 グレイロード】の討伐を目論む三十人の集団は情報交換を行えていた。

 

(別の部屋行けって話なんだけどな)

 

 まぁテルモピュライが話してる傍らこそこそと部屋を出る者がいたらかえって興味を引いてしまう可能性が高いので已む無し。

 と、ここで情報交換を行っていたマスターの一人がこちらに気付く。

 

「あ、配達屋さん」

 

 こっちこっちと手招きする彼はDIN所属のエンティア。DINからの依頼を受けた時に何回か顔を合わせて顔馴染みとなった。

 ジョブの情報収集に重きを置いているためか多方向のジョブを獲得しており、メインに上級職である【教会騎士】、サブに【付与術師】、【幻術師】、【研究者】、【精霊術師】、【人形師】、【生贄】というものの見事に方向性が迷子な七つのジョブを取得している。

 とはいえバラバラのジョブを持て余し、ただの器用貧乏と化しているのならここにはいない。彼も立派なオールラウンダーとしてこの場所に呼ばれたのだ。

 

「久しぶり、って程でもないか。今回は宜しく」

 

「エンティアがいるなら大分楽になりそうだな」

 

 あんまり期待すんなよ、と苦笑いするエンティアが咳払いを一つ零し先程まで話していた面々に向き直る。

 

「皆、この人がネビロスさん。一回くらい耳にした事はあるんじゃないか?」

 

 そうエンティアが言うと「あぁ、この人が」みたいな反応が多数帰って来た。え、俺そんな有名人なの?

 

「ティアンの間では有名だよ、馬鹿やってるマスターがティアンに当たってると「お前も配達屋さんみたいにいい人だったらねぇ」的なニュアンスの話をされる事があるって聞いた」

 

「そうなのか……」

 

「掲示板でも話題になってます」

 

「そうなのか……」

 

 自分の知らない情報に思考停止しかけるがともあれ。

 エンティアが言うには俺含めたこの場の三十一人が【餓鬼王 グレイロード】を相手取る事になるらしいので彼らの中に目当てのジョブを持っている者がいないか聞こうとするが、その前にエンティアが俺に尋ねてくる。

 

「俺達がここで集まったのはネビロスが情報開示を選んでくれたお陰だって聞いてる、だから確認しておきたいんだけど」

 

 エンティアが俺の眼を見て言った。

 

「ネビロスは【餓鬼王 グレイロード】と戦いたいだけなのかい?」

 

 ……。

 

 エンティアの言葉の意味を考え、得心する。それに対して危機感を抱くのは自然な事ではあるが、でなければ何の為にテルモピュライに増援を要請したと思っているのか。

 

「安心してくれ、俺は本当に【餓鬼王 グレイロード】と会いたいだけで、横から特典武具を掻っ攫おうという気は無い。まぁ勿論チャンスがあるなら狙っていくつもりではあるが、そのチャンスはここにいる全員が持つべき物だ」

 

 優先すべきは霊都の安全確保だからな、と続けるとホッとした様にエンティアが息を吐く。

 弛緩した雰囲気の中、俺はエンティアに目的のジョブを持つ人物がいるか尋ねる。

 

「エンティア、【司令官】のジョブを持ってる人はこの場にいるか? 出来るなら俺は【司令官】持ちのパーティーに入りたい。いなければ指揮官でも、とにかく《部隊指揮》のスキルを持ってる人がいるならありがたいんだが」

 

「ふむ? ん、あぁ。グラシャラボラス関係でか。そういう事なら、ヒルクリーム!」

 

 エンティアが名を呼び、一人の少女が前へ出る。

 ヒルクリームと呼ばれた彼女は丈の長い改造軍服の様な物を身に纏いエンティアを見て口を開く。

 

「話は聞いてます。今丁度空きがあるのでニ、三人はパーティーに組み込めます。エンティアさんも入りますか?」

 

「んー、いや、俺は別パーティーにお邪魔させて貰うよ」

 

「そうですか……、分かりました」

 

「それなら俺もヒルクリームのパーティーに入れて貰って構わないか?」

 

 今まで口を閉ざしていたペルシアがそう言った。

 軍服少女のヒルクリームは少し驚いたように目を見開くが、すぐに自分のパーティーに加える事を了承した。

 

 それからちょっとした話し合いを行っている内にテルモピュライの話は終わり、テルモピュライがリーダーな事に納得行かない極小数のマスターがテルモピュライに突っかかり数瞬後吹き飛ぶというのをニ、三回繰り返している内に、それは起きた。

 

 ――雷が落ちたと錯覚するほどの轟音が響き。

 

 ――直後空気が澱み、ギシリと軋む様な重圧を感じ。

 

 ――霊都の外の四方から地を震わす無数の足音が聞こえた。

 

「来た」

 

 誰かが言った。

 

「……来た」

 

 その声はあらゆる感情を内包し、それでも歓喜に震えていた。

 

「……来た!」

 

 呼び出したグラシャラボラスに飛び乗ってDINの建物から飛び出す。

 

「――遂に来た!」

 

 グラシャラボラスの翼が空を打ち、上空を旋回する事でおぞましさすら覚えるほどの物量を目にする。

 

「スタンピードがやって来た!」

 

【クエスト【防衛戦線――霊都アムニール 難易度:八】が発生しました】

 

 迎撃戦が幕を開ける。

 

 




戦闘シーンまで行けなかった……。

【防衛戦線――霊都アムニール】
・難易度は霊都でマスター全体がティアン全体に対して稼いだ好感度に応じて変化する。
・【妖精女王】が参戦するので結構難易度は下がっていて、霊都防衛だけなら大した事は無い。
・霊都防衛を「霊都アムニールの建造物等の被害を抑える」と定義するのなら更に難易度は下がっていた。忘れてはならない、民いてこその都なのだ。
・一番ヤバイのは南東担当。


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第二十三話 アムニール防衛戦線①北東、開戦の狼煙。

めっちゃ視点変更挟んだ上に文字数嵩んだし切りの良い所までいけなかったし、散々である。すまなんだ。


 

◇【旅人】ネビロス

 

 幾度と無く行われた会議と入念な準備、そして気を引き締める為にテルモピュライにより送られた激励により、北東担当のマスター組は全員霊都の外で配置に付く事が出来た。

 まずはモンスターの波濤を受け止め、全てを殺害する為に「迎撃」という形を取る。北東組が【UBM】の下へ「突撃」をかますのは第一ウェーブが収まってからである。

 

「開戦だ! 派手に自由にやってやれェ!!」

 

 この場を取り仕切る【司令官】の内一人が声高々と叫ぶ。

 

 その声を聞くと同時に多くのマスターが襲い掛かるモンスターの大群に向けて各々の攻撃スキルを使用する。

 

 炎が、水が、岩が、氷が、雷が、飛ぶ斬撃が、衝撃波が、まるで防波堤の様に迫り来る荒波を散り散りに引き裂いた。

 

「あと、十三秒くらいか?」

 

「どうですかねー」

 

 その様子を俺とグラシャラボラスの様に自前で空を飛べるグループで眺めていた。序盤の俺の役割は空からの状況把握、得た情報を各グループのリーダーに伝えるというもの。

 俺達のグループのリーダーはテルモピュライのパーティーメンバーであるプラタイア、今も俺の近くで青い鳥――【蒼天睥睨 フィロソフィア】がその場で旋回している。

 

「プラタイア、後十秒程度で一発目の波が途切れる。伝えてくれ」

 

「『承知した』」

 

 【蒼天睥睨 フィロソフィア】がプラタイアの声で了承の意を示す。現在この青い鳥にはプラタイアの意識が宿っている、わざわざプラタイアに頼る必要は無いが序盤も序盤のこの状況でマジックアイテムの様なリソースを使う余裕も無い。

 

「さぁて、俺達も仕事をしよう。後続が楽に道を辿れる様に」

 

 そんな俺の言葉に皆は応じ、各々の騎獣やエンブリオを駆り始めた。

 

 

 

 

◇【剣聖】テルモピュライ

 

「ウェーブ終了まで後十秒だ」

 

「よし来た」

 

 プラタイアからの報告に笑みを浮かべ、相棒である【乾坤一擲 ユースティティア】を構え直す。

 エンブリオの特性上マスターのリソースをもろに消費する俺の相棒は今回の様な持久戦や総力戦には適さない。その為今回俺には幾つかの場面でのみスキルを使う事を強いられている。

 

 早速俺のスキルを使う場面が来たようだ。

 

「これより一部隊目は前進する! 消し飛びたくなきゃ下がれェ!!」

 

 前衛職の連中がクモの子を散らす様に後退するのを確認し、俺はグレートソードに姿を変えた相棒を大きく振りかぶる。

 

 捧げるは我が魔力、求むるは魔を昇華せし破壊也。

 

「《妖天昇華》ァアアアアアア!!」

 

 相棒を振り払った直線上に出現した破壊を齎す衝撃波が前方を埋め尽くし、進路上のモンスターを例外無く葬り去った。

 70点かな、と心の中で評価点を出して後ろのマスター達に前進の旨を伝える。

 

 直後、雷鳴の様な壮絶な音が霊都を跨いで俺の耳に入ってきた。ここは北東、反対は――南西か。

 

(流石だな、我らが女王陛下は)

 

「行くぞ!」

 

 【妖精女王】に負けぬよう、俺達は盛大な雄叫びを上げた。

 

 

 

 

◇【旅人】ネビロス

 

「キャイン!?」

 

 爆音と熱波がこちらまで届き、グラシャラボラスが体勢を崩す。

 

「うぉびっくりした!」

 

「『すまない、バランスを崩した』」

 

「構いやしないよ、墜ちなきゃ平気さ。しかし凄い爆発だったな、どっちのだ?」

 

 敵か味方か、眼下のテルモピュライがうろたえておらずプラタイアから連絡も来てないので十中八九味方なんだろうけど。

 

「『恐らく【妖精女王】のものではないか? 燃える血と燻る灰の匂いに紛れてあの女の匂いがする』」

 

 へぇ、それはそれは。

 彼女一人で一つの区画を防衛する、最初聞いたときはあまりに荒唐無稽過ぎやしないかと考えていたが、その心配はするだけ無駄だった様だ。

 

(するだけ無駄どころか他の奴がいたら巻き添え喰らって死にかねないな、俺らは勿論テルモピュライでもどうだろう)

 

 まぁあいつは熱をリソースに変換できるから巻き添え喰らっても大丈夫そうだけど、っと。

 

「よし、援護行くぞ!」

 

 俺達と同じ様に空を飛んでいたマスターの一人がそう言った。その言葉に意識を現実に戻し眼下に目を向けると、およそ100人程のマスターの部隊が前進し始めていた。

 

 今回、テルモピュライが【魔竜王】との戦いと道をこじ開ける為にスキルを使ったのと同じ様に、空を飛んでいる俺達にも仕事はある。

 一つは上空から戦況を俯瞰し、得た情報を逐一報告する。臨機応変は地上組の仕事なので俺達は見たものをそのまま伝えればいい。

 

 もう一つは前進する部隊の援護、正確に言えばテルモピュライが切り開いた道を進んでくるモンスターを排除し地上組のリソースを消費させない事に尽力するというもの。

 これが、俺が空を飛ぶ部隊に組み込まれた最大の理由である。

 

 この援護で求められるのは相手を確実に仕留め切る火力、では無く全体にある程度の大ダメージを与える事だ。俗に言う広域殲滅の手段が求められる。

 他の飛行部隊の面々は上級エンブリオを持っていたり上級職に就いていたりと火力面では問題無いのだが如何せん個人戦闘に特化している節がある。

 

 はっきりと言おう、まだ上級職を持っていないしエンブリオも第二形態ではあるがこの飛行部隊の中で最も広域殲滅に適しているのが俺のグラシャラボラスだ。

 

「来たぞグラシャラボラス」

 

 テルモピュライ達の先には常軌を逸した量で襲い来るモンスターの群れ。

 さぁ、蹴散らしてくれよう。

 

「打ち漏らしの処理、頼んでもいいですか?」

 

「あぁ、任せろ」

 

 俺の作戦を聞いて事後処理を軽く請け負ってくれた飛行部隊のマスターがそう言った。デンドロ歴は向こうの方が長いのに俺達の事を信じてくれるのは嬉しいね。

 浅く息を吐き、命令する。

 

「《茜色の群火》」

 

「グルゥアアアアアアア!!!」

 

 《茜色の群火》、俺の相棒である【群幽渇虚 グラシャラボラス】が生まれた時から使える固有スキルであり、吐き出す火球の数をパーティーメンバーの総数に依存し、威力を全パーティーメンバーの合計レベルに依存するという他者の協力を得て強くなるスキルだ。

 だから俺は開戦直前に【司令官】のヒルクリームに頼んだ。「できるだけ高レベルのマスターでパーティー枠を埋めてくれ」と。

 

(頼んだ甲斐があったよ)

 

 グラシャラボラスが30を優に超える巨大な火球を地に向けて撃ち出す。打ち出された火球は大地を舐めモンスターの群れの全てを火球の爆発に取り込んだ。

 殆どのモンスターは《茜色の群火》によって焼き尽くされ、そうでなくとも業火に身を包まれて自由に動く事すら侭ならなくなった。

 

「絨毯爆撃かよ……」

 

 背後で呆然と呟く声が聞こえるがそれよりも気になる事があった。

 

(逃げる様子が微塵も無かった……)

 

 幾ら《インビジブル・マーチ》を使っての奇襲とはいえ上空から大量の火球が降ってくるとなれば逃げる素振りの一つくらい見せる筈だ。

 確かに相手は団子状態で密集して動いていたから逃げるに逃げられないのは理解できる。だが焦りすら見えなかったのはどういう事だ?

 

 今だってそうだ、グラシャラボラスの火球に直撃して尚生き残っている一部のモンスターも、身を焼かれて動きは鈍っているものの苦悶の表情を一切浮かべず依然として前へ進もうとしている。

 

「まぁ後で考えるか。よろしくお願いします」

 

「よし来た」

 

 飛行部隊の隊長の一人である巨大な鳥に乗った男性が急降下し、生き残ったモンスター達を狩り始める。残りの飛行部隊も彼に続いて降下していく。

 目の前の敵に夢中で背後から襲い掛かるモンスターに気付かないマスターとかがいるのでグラシャラボラスに頼んで《アンノウン・シャドウ》でモンスターの体を縛る。

 

 グラシャラボラスのスキルもかなりレベルを上げているので上空から己の影を縄の様に操作し敵を捕縛したら影を金属変質させ動きを止めるといった芸当も可能となったのだ。

 まぁ相変わらず《インビジブル・マーチ》を解除しないと操作する影が生まれない訳だが……。

 

 ともあれ殲滅は完了した。このまま先へ――

 

 ――へぇ、中々に便利な視界じゃないか。

 

 ゾワリ、と怖気が走る。これは、かつて遭遇した【静界蜂針 サイレンサー】と同等かそれ以上の。

 

「逃げろッ――!」

 

 口に出す余裕は無く、心の中でグラシャラボラスに緊急離脱を命じ、何とか捻り出した三文字を聞き届ける者が一人でも多い事を祈る。

 

 直後、空が焼けた。

 

 

 

 

◇【兇手】ペルシア

 

 ネビロスの警告が耳に届くよりも早く俺は空を見上げていた。

 

 視界の先では先程のネビロスのエンブリオのスキルで放たれた火球よりも尚巨大な火球が一度に何十個も俺達の場所に降り注ぐ光景が、気付いているのは俺含めて5、6人。100人もの部隊の中で絶対数があまりにも少なすぎる。

 

「テルモピュライ!」

 

「気付いているさ、頼んだサラミス」

 

 その言葉に既に盾を構えていたサラミスが己のエンブリオのスキルを使用する。

 

「《堅牢要塞》!ついでに《騎軍大盾》!」

 

 サラミスが構えた盾が人三人は覆えるほどの大盾となり、その盾が未だ頭上の脅威に気付いていなかった者達の傘となるように多重展開される。

 直後に大火球の奔流が避け切れなかった飛行部隊の数名を巻き込んで地へ直撃せんと差し迫っていた。

 

「――さぁて、頂こうか」

 

 その直前、テルモピュライが呟いて【乾坤一擲 ユースティティア】がフランベルジュへと姿を変えて直上へとその刃を差し向けた。

 

 隕石と見紛う程の業火が辺り一面を焼き尽くすかに思えた炎の嵐は、八割方をたった一振りの剣に吸収され、残りの二割を小さな火に変えて周囲に飛散させた。

 その火の粉も全てサラミスによる大盾の傘によって防がれる。

 

「なっ、嘘だろ!?」

 

 ここで漸く事情を察知した者達が動き出す。中には腰を抜かす者も出るほどだ。

 

「《クリムゾン・スフィア》が30発以上!? どんなMP量だクソ!」

 

 だがそれも盲目的な恐怖ではなく現状を正しく認識しているが故の狼狽であった。

 そして誰もが上空へと目を向ける。

 

「防がれてしまったか、初撃で半壊は行くだろうと踏んでいたのだが」

 

「そいつは残念だったな、お前は俺達を舐め過ぎた」

 

 何も無い所から、笑いを含んだ声と共に光の柱が出現し、そこから鮮やかな紫色の竜鱗を持ったドラゴンが現れる。

 事前情報通りの容姿、間違いない。【魔竜王 ドラグマギア】だ。

 

「しかし何だって森の奥に引き篭もらずに出張ってきたのかね」

 

「ククク、面白いスキルを見つけてな? 少し借りて有用性を試したかったのだよ。なぁに実験は終了だ、貴様らはここで死ぬ。その事実さえあればいい」

 

 微妙に話が通らない。わざわざ姿を見せた理由がスキルの実験? 新しい魔法でも作ったのかと思ったが今あいつは「借りた」と言っていた。

 

(……分からない、いや、今はこんな事をしている暇は無いか)

 

 テルモピュライが【魔竜王 ドラグマギア】を相手に時間稼ぎを行っている間に俺は上空で透明化していると思われるネビロスに作戦の開始を合図で伝える。

 

「おや、この先に用でもあるのかい?」

 

 ここで【魔竜王 ドラグマギア】の顔がこちらに向かう。ばれた? にしても面倒な、わざわざ口に出さなくとも良いだろうに。

 

「さてな、貴様の相手はここにいる者達で十分だ。……ペルシア、ネビロスを連れて先に進め」

 

 小声で俺に向けてそうテルモピュライは言った。

 

「はて妙だな? 君達の目的は私の討伐だと思い込んでいた。現にこのスタンピードを引き起こしたのは私だ」

 

 テルモピュライの言葉を遮るように、【魔竜王 ドラグマギア】は言った。

 

「しかしながら君達の内幾人かは私の事を放置してこの先へ向かおうとしている。まるで私の討伐と同じくらい重要な目的を持っているかのように」

 

 とぼけた声で、未だ混乱の最中にいるマスター達に聞こえる様に。

 

「うぅむ、この森の先に何かあっただろうか」

 

 理解力に乏しい者達にも、良く分かるように。

 

「あぁ! 思い出した! この先には私と同じく【UBM】と呼ばれるものがいたな! 確か名前は――」

 

 欲が恐怖を上回るように。

 

「――【餓鬼王 グレイロード】、とか言ったかな?」

 

 ニタリ、と【魔竜王 ドラグマギア】は口角を歪め、紫水晶を思わせる翼を広げる。

 

「その様子を見ると全員にはこの事は伝えていなかったのかな? 薄情な隊長もいたものだね。独占でもさせるつもりだったんだろうか」

 

 悪辣なりし竜王は嗤う。種は既に植え付けた。

 

 

 

 

 

◇【旅人】ネビロス

 

 寿命が半年は縮んだんじゃないかと錯覚するほど煩く鳴る心臓を落ち着かせ、《インビジブル・マーチ》はそのままにグラシャラボラスにペルシアの近くに降り立つように伝える。

 

(こうも速く看破されるなんて思わなかった……)

 

 上空からでも【魔竜王 ドラグマギア】の話は聞こえていた。想定以上に頭が回る、こちらの事情は見透かし、その上で嘘は吐かず持っている情報を上手く開示した。

 向こうは嘘は言っていない、であればこちらも否定は出来ない。それは《真偽判定》持ちに正解を伝える事に他ならないからだ。そうなれば他の者達が悪感情をこちらに向ける事は想像に難くない。

 だからはぐらかさざるを得ない。結果的に答えを求める者達が疑心暗鬼になろうとも。

 

 このような状況を作るためには前提条件として相手の目的と内部状況を把握、とまでは行かなくとも高い精度での推測を行わなければならない。

 考えれば分かること? 人間の集団心理を理解し、その上で俺達の事を把握して漸く言える事だ。少なくとも一度たりとてこちらに接触していない筈の【魔竜王 ドラグマギア】にそれを知る時間は無かった筈。

 

(どこで……!)

 

「『着いたぞ』」

 

 グラシャラボラスの声に思考を切り上げ、ペルシアの隣に立ったグラシャラボラスを撫でてやる。

 《インビジブル・マーチ》を解除し、ペルシアにどのタイミングで離脱するのかを窺おうとした。

 

「ペルシア、いつ――」

 

「――ッ、てめェ!」

 

 瞬間、ペルシアが血相を変えて武器を構えこちらに向かってきた。

 何を、と問いただす間も無くペルシアの両刃鋸の刃は俺のすぐ側にまで差し迫り――

 

 ――そのまま俺の頭をすり抜けて甲高い金属音を立てた。

 

「どういうつもりだ、お前」

 

 ペルシアが俺の後ろにいた人物、――俺を殺す気で武器を振るったマスターに問い質す。

 

「聞きたいのは俺の方だ、何故皆に黙ってた?」

 

 武器を構える彼の目が欲と憎しみに淀んでいた。

 この目と似た様な物をどこかで見た気が……。

 

「何の話だ!」

 

「【UBM】の話を何で黙っていやがった!」

 

「まて、あの【魔竜王 ドラグマギア】の話を信じるのか?」

 

「うるせぇ! お前らが嘘を吐いてるかどうかの方が重要だ! 答えろ! それで全て分かる!」

 

 ペルシアの目が苛立ちで細められた頃、剣を向けてきたマスターの目が俺に向けられる。

 ここで彼が開戦直前にテルモピュライに難癖を付けていたマスターの一人だと気付いた。

 

「そういやお前、テルモピュライの友人らしいな? お前がこのスタンピードに乗じて【UBM】を倒すつもりだったんだな?」

 

「そうさ、君達が決死の思いでここに来たと言うのに彼らは私と戦うつもりは無かったんだ。裏切られたんだよ君達は」

 

 こんな事が許せるだろうか、と【魔竜王 ドラグマギア】は言った。【ドラグマギア】が口を開くたびに彼の目は黒く淀んでいき、傍から見てすぐに分かるほどに濁っていった。

 それはまるで先程に見た正気を失ったモンスター達の眼と酷似していて。

 

 ここで漸く彼らが何らかの魔法に掛かっている事に気付く。そして今まで気付かなかったという事は俺には魔法は掛かっていなかったという事。

 条件は何だ? 周りを見渡し、テルモピュライやテルモピュライのパーティーメンバーは元より、俺達と共に【餓鬼王 グレイロード】と戦う予定のマスターにも掛かった様子は無く、魔法に掛かったマスター達と同士討ちを繰り広げていた。

 

「……ダメだな、もう話も通じない。こりゃさっきの《クリムゾン・スフィア》で半壊した方が良かったんじゃないか?」

 

 ペルシアが舌打ちを一つ零し、テルモピュライに問い掛ける。

 

「どうするテルモピュライ、俺達はどうすればいい?」

 

 それは、このまま戦力とすらカウント出来なくなった者達を切り捨てて本来の想定通り【餓鬼王 グレイロード】の討伐に向かうか、若しくは【餓鬼王 グレイロード】の討伐を諦めてここにいる全員で暴徒の鎮圧及び【魔竜王 ドラグマギア】との戦闘を行うか。

 

「――お前達は先に行け、ここは俺達だけで十分だ」

 

 テルモピュライが自身のエンブリオの姿をエストックへと変え、高らかに宣言する。宣言した内容は完全に死亡フラグのそれであったが、テルモピュライが断言したのだ、万に一つもテルモピュライの敗北はあり得ないだろう。……あれ、これも死亡フラグなんじゃ。

 

 ともあれその言葉を聞き、俺とペルシアはすぐに行動に移った。

 

「走れ! 目的を優先させろ!」

 

 その言葉に暴徒と戦っていた【餓鬼王 グレイロード】と戦う三十人のマスターが戦線の離脱を試みた。

 懸念していた【魔竜王 ドラグマギア】からの妨害も無く、俺達はここから更に東北東へと向かう。

 

「勝てよ! テルモピュライ!」

 

 ペルシアの声にテルモピュライは拳を掲げる事で答えた。

 

 




試験的に視点変更時、誰の地の文か判別可能なように文頭に名前を記載しました。
気が向いたらこれ続けていきます。
時間稼ぎの為にネタバレでお茶濁し。

【魔竜王 ドラグマギア】
・本来であれば如何に【魔竜王】であろうとも複数の《クリムゾン・スフィア》を正確にマスター集団の中心に当てるなんて芸当は不可能。
・それが出来る手段を手に入れたのは【餓鬼王 グレイロード】と邂逅を果たしてから後の事。
・何時だったか【餓鬼王 グレイロード】は何の前触れも無くネビロスやエイラの前に現れ、言った。
・「――貴様ラカ? 俺ノ配下ヲ殺シタノハ」【餓鬼王 グレイロード】には何が見えていたのだろう。


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第二十四話 アムニール防衛戦線②東北東、力量の差異。

 

「……」

 

「どうしたネビロス」

 

 グラシャラボラスに走りを任せて考え事に耽っていると作業の手を止めたエンティアが話しかけてきた。

 特に深刻に物を考えている訳では無い、強いて言えば一人たりとも俺達を追っていない事に違和感を覚えはしたが……深く考えはしなかった。

 

「なんでもないさ」

 

「? そうか、まぁいい。出来たぞネビロス」

 

 エンティアが走りながら俺に何かを投げ寄越す。

 それは金属的な光沢で覆われた白銀に光る人間の左腕の様な物、端的に言ってしまえば義手であった。

 

「急造で申し訳無いがね、これから【UBM】と戦うんだ。本来出せた筈の力を出せないまま【UBM】と戦うのは君にとっても不本意だろうと思ったからね」

 

 本来の腕と比べれば違和感は残るだろうが使わないよりマシだろう? と言ったエンティアの肩には単眼の大きなトカゲが這っていた。

 このトカゲが義手を作り上げたエンティアのエンブリオ、TYPE:ガーディアン・フォートレスの【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】である。

 

 アメノマヒトツの体内は異空間に繋がっており、様々な素材を飲み込む事であらゆる物を作り上げる事が出来る能力を持つ。制約として、製作する物の知識をエンティアかアメノマヒトツのどちらかが正確に把握している事、口にする素材の質に応じて作れる物の幅が変わる事。

 後は製作物の質がアメノマヒトツの体調に応じて若干変化したり、そもそも製作物を吐き出す際にアメノマヒトツの口よりも大きかったら吐き出せないという制約はあるが、後半二つは本当に些細なものだ。

 

「最近になって近代の銃を作れる様になったんだ、まぁ要求コストも過去最高クラスだったが。それに比べれば義手や義足の製作はアメノマヒトツにとっちゃお手の物さ」

 

 金は要らんが貸し一つだ、そう言ってエンティアは笑った。

 

「……ん?」

 

「あれ……」

 

 そこから一、二分走っていると同じタイミングでペルシアとヒルクリームが疑問の声を出す。

 

「おい――」

 

「止まるな!」

 

 どうしたのかと問おうとするよりも早くペルシアの警告が木霊した。

 ペルシアの声に逆らわずグラシャラボラスの足を左へ逸らすと、俺がいた場所に数十本の矢が飛んできた。

 

「ゴブリン!?」

 

「あぁ、お出ましだ」

 

 それぞれが回避行動を行うと目的地の方向から革鎧を身に着けた【ホブゴブリン】の群れが姿を現した。皆一様にこの先にある何かを守るように武器を構えていた。

 

「……グラシャラボラス」

 

 俺の呼びかけに応じ、俺とグラシャラボラス、そしてペルシアやエンティアに《インビジブル・マーチ》を掛ける。

 こんな所で足止めを喰らっている暇は無い、早く【餓鬼王 グレイロード】の元へ向かわなくてはとゴブリンの群れを飛び越え――

 

「――見エナイ訳ガ無イダロウ?」

 

 背筋を伝う怖気、この感覚には覚えがある。ついさっき【魔竜王 ドラグマギア】から奇襲を受ける間際に感じたものと同じ。

 

「しまっ」

 

「声ヲ出シタナ?」

 

 カバンに手を突っ込むと同時に林立する大樹の死角から大剣が俺達に向けて振り下ろされる。

 

 大剣が俺の頭を叩き切る間際、取り出した物を放り投げ《即席合成》を使う。

 空中を舞う数本の金属のインゴッドが姿を変えて曲斜を持つ円盾と化し、一撃で破壊されたものの大剣の軌道を大きく逸らす事に成功した。

 

 すかさずペルシアが【餓鬼王 グレイロード】の背後を取り音を立てず鋸剣を振り下ろすも、

 

「バレバレダ」

 

 俺の急造の盾で軌道を逸らされた大剣を跳ね上げて背後に迫る刃を迎え撃つ。

 

 奇襲が失敗した事を悟り俺はグラシャラボラスに後退するように告げる。

 同タイミングでペルシアも【餓鬼王 グレイロード】から距離を取り、その瞬間【グレイロード】から声を掛けられる。

 

「オ前ラ、ゴブリンヲ殺シタダロウ? 見レバ分カル」

 

 何故見れば分かると言ったのか、それを言った【グレイロード】の目は既に俺達が【グレイロード】の配下であるゴブリンを殺した事は確定事項として処理されている様だった。

 正解である、であるならば何故それを確信出来たのか? ……何時だったか、エイラと共にアンブロシアの実を採りに行った帰り道、俺は気絶していたから知らないがエイラも似たような事を言われたらしい。同時に先程の【魔竜王 ドラグマギア】の発言も気になる、借りた先は、十中八九【グレイロード】で間違いないだろう。

 

 借りた、視界、配下、殺した、何故位置を把握された、何故透明化は意味が無かった、……あぁ、まさか。

 

「自分の配下を殺した相手の現在地を把握するスキルか」

 

 仮定を、あえて口に出した。情報共有と【グレイロード】の反応を見る為に。

 

 【餓鬼王 グレイロード】が笑った。

 ――確定だ。【グレイロード】はあるスキルを持っている。「自身の配下であるゴブリンを殺した敵の居場所を探知するスキル」を。

 思わず歯噛みする。透明化はグラシャラボラスの持つ力の一端でしかないがそれでも強力な補助能力が封じられるのは痛い。

 

(いやいや、相性が悪い敵なんざ今までも沢山戦って来ただろうに。戸惑うな、思考を切り替えろ、俺達には仲間がいる)

 

「エンティア」

 

「あぁ」

 

 俺の声にエンティアは応え、戦闘態勢を取る。

 エンティアの肩に張り付いていた【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】の口が大きく開かれ色とりどりの水晶が吐き出される。

 

「《コール・エレメント》、《ショートニング・タイム》、《フルオペレーション》」

 

 それぞれの水晶の中心に光が点り、独りでに浮かび上がる。続いて全ての水晶が淡い光のオーラを纏い人形を操る様な複雑な行動をする様になった。

 これこそがエンティアの戦闘スタイル、彼の事を知る者達からは「ファンネル使い」と呼ばれている彼の切り札であった。

 

 やっている事は彼が出来る事を重ねただけ、まずは【研究者】のスキルとの併用でアメノマヒトツから殻となる水晶を作り、【精霊術師】で呼んだ精霊達に水晶を操作させ、【付与術師】と【人形師】で精霊達の攻撃の隙を短縮し機動力を始めとした全ステータスを増強させるバフを掛ける。

 DIN所属であるが故に幾多のジョブを掛け合わせて出来る事を模索する、奇しくも彼の最も得意とする戦法であった。

 

 周りに目を向ければそれぞれの形で臨戦態勢を整えている皆の姿が見えた。

 

「ここが正念場だな」

 

 そう呟き、俺達は【餓鬼王 グレイロード】と正面切っての戦いに挑む間際、聞き覚えのある羽音を聞いた。

 

 

 

 

 

「やぁ、先刻ぶりだねぇ?」

 

 

 

 

 

 何故ここに、その言葉すら出なかった。

 思考が、世界が緩やかになっていくのを感じる。勿論実際にそうなっている訳ではなく、むしろ思考が肉体の危機に瀕して高速化した所謂ゾーンの様な物に入ったのだろうと理解した。

 

 グラシャラボラスに触れて自身の紋章に送還するまで2秒、

上空からの衝撃波でマスターが3人死んだ。

 収納カバンに手を突っ込むまで1.5秒、

複数の光線の様な魔法でマスターが5人死んだ。

 まだ死んでいないマスターが防御を固め始めるまで3秒、

蒼く巨大な氷柱が出現し巻き込まれたマスターが1人死んだ。

 貯蓄していたインゴットを全てばら撒き《即席合成》で何重もの盾にするまで2秒、

巨大な氷柱が爆発し周囲に小さな氷の棘を射出しマスターが8人死んだ。

 この場から離れる為に《旅の記録》を用いて射程ギリギリの所に光の柱を建てるまで1秒、

困惑する者を刈り取る様に不可視の斬撃が放たれマスターが6人死んだ。

 即座に《ショート・トリップ》を使い災害から逃れるまで0.5秒、

数多の水晶の槍が降り注ぎマスターが5人死んだ。

 

 《ショート・トリップ》でつかの間の安全を手に入れた俺は全身の震えを止められないでいた。

 

(……一瞬で壊滅状態)

 

 幾ら【餓鬼王 グレイロード】に集中していたとはいえ、幾ら上空から不意打ちを受けたとはいえ、幾ら脳内で排していた状況になったとはいえ。

 10秒、たったの10秒で28人も死んだ。恐るべき被害であるがそれよりも何よりも――

 

「――何故、何故貴様ガココニイルッ!」

 

 惨劇の仕立て人は悠々と地に舞い降りた。

 

「――【魔竜王 ドラグマギア】!!」

 

「ククッ」

 

 今、テルモピュライと戦っている筈の【魔竜王 ドラグマギア】がその傷一つ無い体を広げて【餓鬼王 グレイロード】と相対する。

 

「なぁに、戯れに殺しに来たと言う訳では無いさ。借りに来ただけだ」

 

 そう【魔竜王 ドラグマギア】が告げた直後に【餓鬼王 グレイロード】が大剣を振るい翼を断ち切らんと迫った。

 余程【魔竜王 ドラグマギア】に良い思い出が無いのかそれ以上喋らせて堪るかという気迫を感じ、次いで【餓鬼王 グレイロード】の配下であるゴブリン達の攻撃が【魔竜王 ドラグマギア】に殺到するが、一手遅かった。

 

 ニィ、と【魔竜王 ドラグマギア】が嗤い、スキルを使用した。

 

「《ハーベスト・オブ・スピリッツ》」

 

 【餓鬼王 グレイロード】と、近くにいた高位の個体であろうゴブリンが膝を着き倒れ付す。

 

「グッ……何ヲ、シタ!」

 

「何をした? それは一週間前の私に聞くべきだったな」

 

 そう言って【魔竜王 ドラグマギア】がこちらを一瞥し何かを思案する様に首を傾げ、考えが纏まったのか再び口を開く。

 

「一週間前、君の前に姿を現した時私はある魔法を君達に掛けた」

 

 俺に、ではない。話の矛先は今【餓鬼王 グレイロード】に向いている。やはりと言うか何と言うか、【餓鬼王 グレイロード】と【魔竜王 ドラグマギア】はスタンピードが始まる前から面識があった様だ。

 仲が良いとは到底思えないが。そんな事を考えていると俺の後ろに誰かが立つ。

 

「……ネビロス、まだ戦えるか」

 

 振り返るとそこにいたのはペルシア。流石と言うべきか、あの奇襲でも特に怪我を負う事無く難を逃れていたらしい。

 そんな彼が戦いの意思の有無を問うが、正直自分にはそんな物が残っているのかどうか分からない。

 

「掛けた魔法は洗脳だ、覚えがあるだろう? まぁそれは一匹には完全にレジストされてすぐに洗脳も解かれてしまった訳だが……唯の催眠を掛けた訳じゃ無い」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が、戦場の只中にいるというのにひりつく空気を気にする事無く喋っている。

 

「一度でも私の洗脳に掛かった者にマーキングを着けるスキルだ。これは私がアクシデントサークルもどきで呼び出したモンスターにも一様に着けているスキルだ」

 

 一種の首枷だね、と【魔竜王 ドラグマギア】は嗤う。何故生きている、お前の相手はテルモピュライが担っていた筈だろう、なのに何故その体は傷一つ無い?

 

「私はね、マーキングした相手の持つ魔力を借りる事が出来る、いやまぁ返す気は無いから徴収と言い換えた方が良いかな? いやいや、それだと格好良くないね、言うなれば魂の収穫だ」

 

 マーキングした相手の魔力を奪う魔法、それが【餓鬼王 グレイロード】達が受けた攻撃の正体――

 

 ――いや待て、さっき【魔竜王 ドラグマギア】は何と言った? 確か『私がアクシデントサークルもどきで呼び出したモンスターにも一様に着けているスキルだ』と、そう言っていた筈だ。

 思い返されるは正気を失いただ盲目に霊都へと進行を続けるモンスターの大群、あれら全てが【魔竜王 ドラグマギア】のマーキングが着いたモンスターだと? それにテルモピュライと行動を共にしていたマスターも暴動を起こしていたが、あれも洗脳と呼んで差し支えない物だった、だとするのなら。

 

(こいつは、戦場で無限に魔力を回復できるのか?)

 

 自前で軍勢を確保でき、それら全てがMPタンクと同義。考えるだに恐ろしい能力だ、本当にこんな芸当が出来る相手に勝てるのか――

 

「疑問を抱くな、勝つんだよ」

 

 ペルシアが俺の肩を叩く。

 

「お前がテルモピュライに勝てと言ったんだ。そのお前が勝たなくてどうする」

 

「……でもテルモはあいつに――」

 

「負けちゃいない、あいつは今も戦ってる!」

 

 絶対に、そう言ったペルシアの瞳は信頼と期待に溢れていた。

 ……やっぱ凄いよ、お前は。

 

「信頼とはかくも美しいものだね、羨ましい」

 

 そして【魔竜王 ドラグマギア】はこちらに対して語りかける。

 

「そういえば何故ここにという君の問いの答えが不十分だったね、そっちのマスターが絶望したままだったなら教えるつもりはなかったけど。実はこの体、分身体なんだよ」

 

 ペルシアの確信を裏付けるように【魔竜王 ドラグマギア】はそう言った。

 

「この分身体性能はいいんだけど如何せん魔力の消費が激しくてね、そんな燃費の悪い分身体を少し前に大量に作ってしまったものだから急遽魔力の補充を行わなくてはいけない羽目になった」

 

 余計な事をしてしまったかなと【魔竜王 ドラグマギア】が溜息を吐く。まず間違いなくポーズだろうが余裕を持ち過ぎている、だがまぁそれも当然なのかもしれない。

 マスターはほぼほぼ皆殺し、生き残りも今は攻撃を仕掛ける気は無く、【餓鬼王 グレイロード】は自らのスキルで無力化し、残る戦力も雑兵と言えるゴブリンの群れ。

 

 少しばかり油断したって誰も文句は言えやしない。そんな中【魔竜王 ドラグマギア】――その分身体がわざとらしく首を傾げた。

 

「ふむ、ずっと疑問に思っていたのだが、ここに至るまでの道中で遭遇した私と戦う為に残ったあの男、何故彼はあちらの私を本物だと疑わなかったのだろうな?」

 

 

 




多方面戦線の描写の難しさに億劫になってますが私は元気です。
うぅむ、些か勿体無いがメイン以外はちょい出しに収めざるを得ないか、全体的に活躍の場を増やそうと思ったけど侭ならない物です。

【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】
・エンティアのエンブリオであり外見は単眼のトカゲ、現在第五形態。
・口に含んだ物のリソースを用いて物を製作するエンブリオであり生産系統のフォートレスの力が強く出ている。
・大抵は本文中に述べた通りの性能だが、ガーディアンとしての性能か全身のサイズを変えられるので口を通るサイズの物しか作れないというのは本当に微々たるデメリットでしかない。
・口に含んだ物を変化させずそのまま吐き出す事も出来るので擬似的なアイテムボックスとして利用可能。
・エンティアはいずれ七大国家全てに観光に行きたいと思っているが自身のエンブリオの名前が如何せん【鍛錬“龍”炉 アメノマヒトツ】なせいで黄河に行く時どうしようか悩んでいる。


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第二十五話 アムニール防衛戦線③三方面、竜王の脅威。

 

 

 霊都より北西にて。

 

 紅い天球儀を携えた一人の吸血鬼が、従者の一人に日光を遮る物を持たせながら北西の戦場を俯瞰していた。

 別に日光を遮らなくても死にはしないが力を無駄に使うのは頂けないよね、とデイウォーカーであるガルシア・ヘキサ・アインドラは思う。

 

(……敵が弱い、というより脆い)

 

 戦場に目を走らせ、敵であるモンスターの軍勢にそんな事を思う。作戦もへったくれも無くただ霊都に向かって猛進するというのは、元よりスタンピードがそういうものであるから置いておくとして。

 今相対しているモンスターからは危機感、というか知性や本能といった生物にとって無くてはならない物を剥奪されているような印象を受けた。

 

「どう思うねセレーネ」

 

「私に聞かれてもねェ、二つくらいしか仮定が思いつかないよォ」

 

 情報が足りないので隣で忙しなく血液を操作する吸血鬼に問い掛ける。

 彼女の名はセレーネ・オクタ・フローディア、吸血鬼氏族の第八当主である。基本的に氏族の持つ数字が大きければ大きいほど身体能力が低くなる代わりに《操血術》の出力が上昇していく。

 自分が特殊とはいえ力量だけで言えばセレーネはガルシアよりも強い。

 

 それ故に口惜しい。

 

 北西を守る吸血鬼氏族の長が自身を含めてたった二人と言う事実に。

 残りは殆どが中央の防衛に回り、例外の数人に至っては物見遊山で南東に見物に行っている始末。あいつらの性質上市街戦の方が強いのは理解しているが余りにも無責任が過ぎるのではなかろうか。

 

(奴らめ、自由と怠惰を履き違えてやしないだろうな。おっと)

 

「二つの仮定か、聞かせてくれ」

 

「一つは数を用意する事に重きを置いて遠隔操作に割けるリソースを獲得できなかった為に前進しろという単純な指示しか出せなかった可能性だなァ」

 

「だがそもそも操作をする必要などなかろう?」

 

「うむ、加えてガルシアの星読みで指揮系統に特化した【UBM】がいるという情報もあったんだァ、そっちに丸投げすれば済む話だからこっちの可能性は棄却するとしてェ……」

 

「もう一つは?」

 

 自分が問うとセレーネは指を動かして鮮血の茨で以ってモンスターを駆逐せしめた後に言いづらそうに口を開いた。

 

「奴さんこっちに戦力回してないんじゃないかねェ」

 

「それは、……困るな」

 

 本来であれば最も多くモンスターを受け止める必要があったのだ。メンバーの構成がティアンの実力者のみであり、たった一人に力を消耗させる必要も無く、首魁の撃破にリソースを割く訳では無い我々が。

 だがセレーネが告げたそれは作戦が空回り他の三方面に余計な負担を強いてしまっている事に他ならない。

 

 そして本当に厄介な事に、ガルシアの持つ【紅星天球 スターゲイザー】も同じ仮定を立てている。

 

「この状況で更に戦力が投下でもされようものならここはともかく南東は瓦解するんじゃないかねェ」

 

「セレーネ、そういう事は思っても口に出してはいけないよ。フラグだ」

 

「フラグって、なんだいそりゃァ」

 

「口に出した言葉が運命を歪めて本当に実現するというマスターの言葉だよ、事が悪い方向に向かおうとする事象ほどフラグの強制力が高いらしい」

 

 以前テルモピュライがそんな事を言っていたなとふと思い出した。その時は面白い文化だと軽く流していたのだがどうにも嫌な予感が拭えない。

 

「天地の言霊みたいな感じかねェ、あんまりマスターと話さないから知らないけども」

 

「出不精だねぇ相も変わらず。さぁて――」

 

 戦場のど真ん中に紫水晶の竜鱗を持った天竜種が舞い降りた。そのドラゴンは【紅星天球 スターゲイザー】を通して見た姿と丸っきり同じものであり、しかして何処か違和感を覚える姿であった。

 

「お出ましだ、セレーネ」

 

「えェ……、もしかしてあれ私の所為かい」

 

「フラグの話を出した私にも責任はあるだろうが、その問答は後で構うまい」

 

 あれが本当に【魔竜王 ドラグマギア】なのかは知る由も無いが、少なくとも北東の者達は【魔竜王 ドラグマギア】を抑える事には失敗したのか。

 確認の為に天球儀を覗いて北東の様子を見てみるが、一匹の竜と一人の男が戦っている光景が見えた。無意識の内に溜息を吐いた。

 

「悪い情報だ、あれは複数存在する」

 

「最初から考えていた仮定の一つだ、驚きはしないさ」

 

「北東、北西、南東、南西でそれぞれ一体ずつで済むのだろうか?」

 

「何体だろうと本体を叩けば消えるだろうよォ、何が言いたいガルシア」

 

 疑問を浮かべるセレーネに戦場の一角を指差す。

 釣られてセレーネが目を向けた先には【魔竜王 ドラグマギア】が翼を広げて数多の魔法陣を展開し、そこから追加のモンスターを排出している光景があった。

 セレーネが盛大に舌打ちする。

 

「あァ、前言撤回、防衛戦をしてれば負けるねこれは。圧倒的に広域殲滅型の奴が足りてない、早い所本体を叩かないと押し潰されるぞ」

 

「【妖精女王】はまだ大丈夫だろう。彼女ならどれ程の物量であろうと関係なく滅ぼせる。霊都に直接乗り込んでモンスターを展開する方法も向こうは使えない。こちらには【アムニール】があるからだ。だから心配なのは――」

 

 ――南東担当。

 あそこはまだ指揮系列が育ちきっていない。価値観の相違や出せる限界にも大きな差がある、そこを突かれれば容易に瓦解し得る。

 

(だからどうかその前に。対処してくれ給えよ、マスター諸君)

 

 

◇――◇――◇

 

 

 霊都より南東にて。

 

 たまたま生まれたエンブリオが戦闘に有利な奴だった。たったそれだけの理由で何となく戦闘職を取ってレベルを上げてそこそこに強くなって、今日この日を迎えた。

 防衛戦なんか参加しなきゃ良かったと、マスターである少年――【狙撃名手】のコバルトはヤケクソ気味にそう思った。

 

 最初の方はまだ順調だったのだ。突然ティアンと共同戦線を張ると言ってもやる事はいつもと変わらない、「自分が相手取れる弱者を狩る」ただそれだけである。なんとも分かりやすい。

 ティアンと顔合わせを済ませていたとは言え安心して背中を合わせられる程向こうを信頼している訳じゃ無い、それは向こうもまた然り。だから連携なんて無理矢理互いの背を預けるような真似はせず各個撃破という分かりやすい戦法を取ったのだ。取らざるを得なかったとも言えるがそれに関してはティアンもマスターもどちらも悪いので置いておく。

 

 バラバラなりに上手くスタンピードのモンスターを狩っていた時、そいつは現れた。

 

『おやおや、不和の香りがするね。そんなに隣人が信じられないのかい? あぁでもそれも仕方無いのかな、何せ【魔竜王 ドラグマギア】がこの場にいるのだから。君達の予想は外れてしまったねぇ?』

 

 当然ではあるが、ティアン、マスター問わず蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。

 少なからず積み重なってた疲労を背負う中で、そのドラゴンがわざと己の名を明かした事に気付いた者は自分以外に何人いただろうか。

 マスターはここにいる筈の無い元凶に事前情報を出した霊都の上層部に不信を抱き、ティアンはそんなマスターに悪感情を抱く。そういう風に【魔竜王 ドラグマギア】が誘導したのだろうが――

 

 ――ティアンとマスター同士の殺し合いにまで発展するとは夢にも思わなかった。

 

 【魔竜王 グレイロード】が姿を現した辺りで嫌な予感がしたコバルトは即座に踵を返して前線を離れた。功を急いた者達ばかりが前線にいたせいで敵前逃亡とも取れるコバルトの行動を咎める者がいなかったというのも、コバルトが順当に自身の予感に従う事の出来た理由の一端であろう。

 そうして離れた所から前線を見て漸く、【魔竜王 ドラグマギア】を中心に殺意と狂気と憎悪が波及していく様を見た。

 

(こりゃもう無理だろう)

 

 基本的にその場の流れに流される事の多いコバルトではあるが、極力視野を広く持ち客観的視点を持つ事に尽力している。故にこの南東の戦線はもうじき瓦解するだろう事も理解できた。

 その為瓦解までの時間稼ぎを残った面々で行うつもりだがそれには正気を失ったティアンとマスターが邪魔だ。というかあれは何がどうなってあのような地獄になったのだろう。

 

「どう思う、クーゲル」

 

『どうだろうな? あの竜がかなりのやり手であるのは確かだが』

 

 独り言のように零したそれに、コバルトが手に持っていた蒼いマスケット銃が返す。

 このマスケット銃こそがコバルトの主武装であり己の相棒たるエンブリオ、【天墜魔弾 フライクーゲル】である。

 喋る武器の癖してコバルトよりこの状況を正確に把握しているフライクーゲルは自身の推測を語る。

 

『これはあの竜のスキル……精神に作用する魔法だな、ほんの少し場の均衡を崩されただけで笑えるほどの被害を出すとはよほど精神支配に精通しているらしい』

 

「なるほど、精神操作に特化した【UBM】って事か」

 

『違うな』

 

 フライクーゲルの言わんとしている事を察したコバルトがそう言うと速攻で否定される。

 

『あの竜は全ての魔法に特化していると考えていいだろう』

 

「……だから【魔竜王 ドラグマギア】」

 

『推測だがな。さて向こうが使う手が洗脳だというのならそれに耐性を持つ者があの竜と戦うべきだろうな』

 

「生半可な耐性で相手取れるとは思えないが」

 

 まぁ何にせよ状況は把握した。混迷極まる前線でマスターが武器をティアンに向け始めたのでフライクーゲルで正気を失った名も知れぬマスターを狙撃する。

 

「前線にいるティアンの救出を優先して下さい、敵の魔法の解除が不可能であれば――最悪マスターは殺して構いません」

 

 近場のまだ正気を保っている味方に告げ、どんどん狂ったマスターを射抜く。

 

(……はぁ、ホント何で防衛戦なんて参加しちゃったんだか)

 

 こんな風にマスターを殺してもこちらのリソースを削る行為に他ならないし目を離した隙に【魔竜王 ドラグマギア】はモンスターを追加する。ジリ貧にも程がある。

 更に言えば単なる雑兵であるコバルトの指示が通った事も問題だ。独断専行も良い所だがリーダーからの指示が途絶えた。指揮系列がパニックに陥っていると考えていいだろう。

 

 後これが一番憂鬱なのだがスタンピードが終わった後、殺したマスターに恨まれやしないだろうかという心配もある。恨むなら己の耐性の無さを恨めと言いたいがこちらに敵意を向けてくるマスターが現れるのは避けられないだろう。

 

「何かこんな面倒な事が絶えないな」

 

『それはそうだろう、何せお前は魔弾の射手だ。波濤の如く迫り来る逆境を打ち抜かねば魔弾の射手足り得ない』

 

 フライクーゲルが暗に自分の様なエンブリオが出た時点で運が悪いのは確定事項だと言うが、薄々そんな気はしてたので溜息を吐くだけに留めた。

 でもな、フライクーゲル。

 

「それでも俺は主人公みたいな柄じゃない、そういうのは別の奴の仕事だ」

 

 だからさっさと増援呼んで欲しいのだが、とティアンを殺そうとしたマスターの手を吹き飛ばしながら思う。

 

「誰か助けてくんねぇかな」

 

『逆境は慈悲を乞うたとて止まりはしないぞ』

 

「分かってるっての。――《装甲貫通》、《第一の魔弾》」

 

 それとなく牽制程度に【魔竜王 ドラグマギア】にちょっかいを掛けるも展開された結界に容易く防がれる。一応貫通力に特化した弾丸なんだが。

 

 しかしまぁこうなるといよいよ戦線の寿命を延ばすくらいしかする事が無い訳だ。コバルトは北東担当のマスターの顔ぶれを思い出す。

 

(この防衛戦の勝利はもう俺達だけじゃ掴めない。出来るだけ早く、終わらせてくれ。頼んだぞ)

 

 

◇――◇――◇

 

 

 霊都より南西にて。

 

「北東では私と私がマスターを二つに分けて相手していることだろう」

 

 そこでは数千数万を超える数多のモンスターの群れが数分前に大挙して押し寄せ、そしてその全てが屍を晒して血を吸った赤い大地に死体の山を作り上げていた。

 

「懸念事項は二つ程あるが、まぁ推測の域は出ないだろうな。私を殺してどこぞへ向かうにしてもね」

 

 死の大地という表現が似つかわしいこの場にてまだ命を保持している例外もまたいた。

 

「北西では私がモンスターの群れを追加して足止めを行っている最中だろう」

 

 一人はこの環境破壊を行った張本人である【妖精女王】。

 

「厄介な吸血鬼が二人ほどいる様だが想像より遥かに少ない、何か仲違いする様な事でもあったのかな? クク」

 

 もう一方は海と濁流と呼んで差し支えないほどの量のモンスターを率いて姿を現した元凶たる【魔竜王 ドラグマギア】。

 

「南東では私が洗脳を用いて場を支配した」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】は嬉しそうにペラペラと情報を話すが、反面【妖精女王】からの言葉は無い。

 

「各方角の情報伝達役と思しき奴は真っ先に殺したから情報が届かぬまま現れたイレギュラーに酷く驚いていたよ。綻びを突くのは得意だったから利用させて貰った」

 

 それも当然だろう。

 

「そして南西には今ここに私がいる。私が齎したものは……まぁ君が見た通りだ」

 

 【妖精女王】は今全身から血を垂れ流し、満身創痍の状態で立っていた。

 

「諦めろ、とは言わないさ。満足の行くまで何度でも立ち上がると良い、私も話し相手が欲しかったから付き合ってあげよう」

 

「……何故」

 

 震える口で【妖精女王】が言葉を紡ぐ。

 

「何故この霊都を襲うのですか、【魔竜王 ドラグマギア】」

 

「うん……あぁ、言っていなかったか? 私はアムニールの魔力を喰いに来た、だからスタンピードを――」

 

「それも理由の一つでしょう。ですがそれはついでなのではないですか?」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】の言葉を即座に虚偽であると断言した【妖精女王】。

 《真偽判定》に反応は無く、単なる勘で【魔竜王 ドラグマギア】がスタンピードを起こした理由が複数あると考えたが、どうやら当たっていたらしい。

 

「……使い古された英雄譚に欠かせないものは何か、分かるかな」

 

 死体の山に体を伏せ、【魔竜王 ドラグマギア】は静かに語り始めた。

 

「魔王と勇者、これが無ければ物語は始まらない。ただ悪辣たれを体現した魔王と清廉潔白に己が正義を押し付ける勇者、私はかつて理想の勇者の姿を見たのだ。……誰に理解されぬとも構わない、私は彼が討つに相応しい大悪になりたいのだ」

 

 まぁお前には理解できまいな、と欠伸を一つ零す様を見て【妖精女王】は思考を繰り返す。

 魔力の回復も兼ねて苦し紛れの時間稼ぎを行ってはいるものの、最早応援を望めるような状況ではなくなっている。先程までの話を信じるなら、余裕を崩さず喋っているこの【魔竜王 ドラグマギア】も分身体である可能性がある。

 本体の場所が不明である現状下手な増援は死者を増やすだけだ。

 

「女王を攫っての救出劇に興じるのも悪くは無かったのだがこちらの方が手っ取り早かったからスタンピードを起こした。彼らの意向にも沿った形となったのは偶然だがまぁそれは置いておくとして。――で? 待ち人はここに来たのかね?」

 

「……やはり気付かれていましたか」

 

「気付かない筈が無いだろう、だから時間稼ぎに乗って話をしたのだから。あぁだが未だ待ち人は来ず、悲しいなぁ【妖精女王】。お前が仲間を信じずにたった一人で私と戦おうとしたのが間違いだったのだろうな、さぁ立ち上がるといい。何度でも地に臥せてくれよう」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が翼を広げ腰を上げる。30を優に超える魔法陣を唯一人の少女に向け――

 

 直後、霊都を挟んだ反対方向の森に巨大な炎の柱が立ち上った。

 

「……おや、おやおや、向こうにも力を持つ者がいるのか。あちらは北東か?」

 

 轟々と立ち上る火柱が【魔竜王 ドラグマギア】の物ではない、とするのなら【妖精女王】の脳裏に過ぎった一人のマスターによる仕業なのではないだろうか。

 心の内に一欠けらの希望が灯る。

 

 呼吸を整え、杖を敵に向ける。何度も繰り返してきた動作だ、この程度の負傷で鈍るものではない。

 

「もう少しばかり、時間稼ぎに付き合って頂きましょう」

 

「――あぁ、楽しくなってきた。良いとも、君の命尽きるまで存分に付き合ってあげようか」

 

 竜の魔王と妖精の女王は再び相対する。このスタンピードを終わらせる者の存在を待ち侘びて。

 

 




正直話進める気無くただ思いついた場面を書き連ねただけである。

【天墜魔弾 フライクーゲル】
・少年マスターコバルトのエンブリオでタイプはウェポン。現在第四形態。
・元となったモチーフは魔弾の射手。進化する度に凄い便利なスキルが生えてくるのでコバルトはこの先どうなるかが非常に心配である。
・《第一の魔弾》自身のMPを消費して特殊効果を一つだけ付与出来る。本編で付与した《装甲貫通》は相手のENDと防具の装甲値を無視して攻撃を加える。
・群青を基調としたマスケット銃の様な外見の喋る銃。時々助言をくれる。

設定とかデザインとかはロボトミーコーポレーションの武器を参考にしてる。のでロボトミ 魔法の弾丸で調べた方が外見の想像がしやすいかもしれない。


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第二十六話 アムニール防衛戦線④東北東、決意の衝突。

構成の都合上前半地の文が多くなってます。眼が滑ったらすまない。


 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 思考を絶やすな、今まで俺はこの世界に来てから生き延びる為に思考を絶やした事など無かった。

 

 勝ち筋を見出すまで思考を絶やさない、それさえ放棄してしまえば俺達に勝ちは無い。

 

(生存者は俺とペルシアの二人、この戦力で打てる手を考えなければ――)

 

「『いいや違うぞ、三人だ』」

 

 思考を遮るグラシャラボラスの声、それは思考の枝葉を広げるものだった。

 焦りを表に出さない様にしつつグラシャラボラスに問い掛ける。

 

「……どういう事だ」

 

「『先程《インビジブル・マーチ》を掛けられる対象が他にいないか確かめてみたのだが、向こうでマスターが一人気絶している』」

 

 そう言ってグラシャラボラスが【UBM】達に気づかれない様に尻尾で遠くの岩場を指し示す。

 【魔竜王 ドラグマギア】の奇襲であそこまで吹き飛ばされたのだろうか、回収に手間取りはするだろうが今この状況では人員の補充こそが先決だ。

 

「『……ぬ? あぁ、誰か分かったぞマスター。生き残っているのはエンティアだ、気絶しているマスターの近くにアメノマヒトツがいる』」

 

「なる、ほど。ペルシア、エンティアの回収を頼んでいいか? あまり意味は無いだろうけど物陰で治療もしてやってくれ」

 

「あぁ」

 

 そう言ってペルシアの姿が空間に溶けるように掻き消える。しかしエンティアが生き残っていたのは不幸中の幸いだろうか。きっとファンネルを盾にして衝撃を緩和したのだろう、もしくはアメノマヒトツの腹の中に切り札でも詰め込んでいたか。

 まぁそれは今は重要ではないだろう。この緊急事態だ、エンティアも手札を出し渋る訳では無いだろうから後で聞くとして。

 

 今俺達が生き残っているのは【魔竜王 ドラグマギア】が俺達の事を脅威と見なしていない事と【餓鬼王 グレイロード】が目の前にいるからだ。

 だからこの時間もそう残ってはいない。まず俺達の事を脅威と見なしていないとは言ったが警戒していない訳じゃ無い、先程だってペルシアがエンティアを回収しに動いた時僅かに羽が反応した。

 そして【魔竜王 ドラグマギア】が放ったMPを吸収するスキルも――こちらに向けられた物ではないとはいえ――俺達の選択肢を狭める。

 

 てんやわんやしていたが【魔竜王 ドラグマギア】が【餓鬼王 グレイロード】に対して《ハーベスト・オブ・スピリッツ》を使用してから一分と経っていない。

 そんな短い時間で【餓鬼王 グレイロード】は息も絶え絶えになり、巻き込まれたと思しき黒衣のゴブリンは既に地に倒れ伏している。MPだけ吸い取られた所で死にはしないが如何せんスキルの名前が《ハーベスト・オブ・スピリッツ》という如何にもな名前だ、放置すれば死すら有り得る。その前に何とかして止めなくては。

 そう、止める。俺はあの【餓鬼王 グレイロード】も戦力に組み込むつもりだ。でなければ勝てない。

 

 思考を更に巡らせる。より深く、より早く、残された時間を無駄にしないように。

 

 そもそも打てる手の確認。俺、というかネビロスとグラシャラボラスが持つ手札はもう殆ど残ってない。まず俺の状態だが両足に怪我は無く、義手の左手も良好に動く。右手と比べてやや重いのは仕方無いのでそれも念頭において行動しよう。

 カバンの中身も心許なく、《即席合成》用に掻き集めた金属のインゴットは全て使い果たし残るはポーション類と少量の火炎瓶、そして何となく詰め込んだ大量の木の枝のみ。正直今回に限っては木の枝が活躍するビジョンが見えない。

 危険性を考慮した上で先程一本だけ《旅の記録》の光柱を【魔竜王 ドラグマギア】の側に立てたのだが、特に反応する様子は無かった。奇襲ルートはこれで確保できたと考えていいだろう。

 

 武器はテルモピュライから貰った槍をそのまま使っているが耐久度はまだ余裕がある。酷使しなければこの戦いで折れる事は無いだろうが酷使しなければ死ぬので遅かれ早かれ壊れる物と考える。

 防具はガルシアから貰った【追い風】一式を使っており、これもまた耐久を磨り減らしている訳では無いので使い物にならないという事は無い。……改めて考えると貰い物ばっかだな。

 

 次にグラシャラボラスの状態だが、【魔竜王 ドラグマギア】の奇襲を受ける間際咄嗟に紋章に仕舞い込んだ為に目立つ外傷は無い。翼も良好に動くので飛行に支障は来たさないだろう。

 《インビジブル・マーチ》は封じられたも同然だが、仮に【餓鬼王 グレイロード】の特殊な視界が意識して見なければ発動しないようなスキルであればまだ意表を突く事に使えるかもしれない。

 《茜色の群火》が実質的なこちらの有する有効打と言える。パーティーメンバーが俺含め三人に減ったので火球の数は頼りないがペルシアもエンティアも現レジェンダリアでの高レベルプレイヤーだ、火球の火力には期待できる。

 《アンノウン・シャドウ》も目くらましとして割り切れば使い道も定まってくる。俺達の状況はこんな所か。

 

 実はペルシアは殆どリソースを消費していない。【餓鬼王 グレイロード】戦に向けて温存に温存を重ねた結果だ。とはいえ彼のエンブリオの性質上どうしたって補助や遊撃に回さざるを得ない。

 ペルシアのエンブリオである【万象良好 オールグリーン】は状態の維持、やや抽象的になるが正しく置き換えるならば「現象に対する施錠及び開錠」を得手とするエンブリオだ。

 

 ペルシアの戦闘スタイルと交えて例を挙げるなら、生物が傷を負うと血が流れ体力が低下、そして実際に【出血】というバッドステータスが付与されるが時間経過に応じて傷口は塞がり【出血】の状態異常も自然に消える。

 ペルシアの【万象良好 オールグリーン】は対象の【出血】という状態異常をロックする事で不治の傷跡を残す事ができる。そして施錠された【出血】はアンロックするまで傷を負う毎に恒常的な出血を加速させ、失血死にまで追い込める。だからこそ、ペルシアの主武装は掠り傷すら致命傷に変えられる両刃鋸の剣なのだ。

 

 そして【万象良好 オールグリーン】のロックは何も生物のバッドステータスにのみ作用する訳では無い。

 空間、というよりかは空間に漂う大気を固定化する事で短時間何も無い所に足場を作ることが出来る。かつてペルシアと戦った時はこれを用いた臨機応変な機動力に翻弄されてボコボコにされたのだ、思い出すに恐ろしい。

 あとこれだけ列挙した後だと若干霞むが魔法的防護の施されていないあらゆる鍵を無条件で開く事も可能である。が、まぁ今回の戦いには直接的に関与しない為おいておく事にする。

 

 ここまで並べればペルシアにメインアタッカーを任せれば良いのではという考えも浮かぶがそれは出来ない。彼が状態異常をばら撒き場を支配し混乱させる事に特化しているからだ。如何に【兇手】と言えど真っ向勝負で【魔竜王 ドラグマギア】の装甲を突破する力は無い。

 

(まぁそれは俺とエンティアも同じなんだが)

 

 それを覆す事が出来るのが【万象良好 オールグリーン】の必殺スキルだ。《完全固定権限(オールグリーン)》、それが【万象良好 オールグリーン】の必殺スキルである。その能力は「対象の全ての状態を固定する」というもの。状態異常や部位欠損、バフで底上げされたステータスやデバフで下げられたステータス、果てはHPやMPなど、必殺スキルを使用した瞬間対象の全てがロックされあらゆる変化を拒絶する。簡単に言おう、ありとあらゆるバフが掛かった状態で《完全固定権限(オールグリーン)》を掛けられた者はバフで底上げされたステータスが時間経過で元に戻らず如何なるバッドステータスも受け付けずどれだけ魔法を使ってもMPが尽きる事は無く、そしてどれ程ダメージを与えようとも決してHPが減少する事は無い。

 ペルシアの口からこんな内容が語られた時は卒倒しかけた。それほどまでにペルシアの存在は戦況を覆しうる。そしてそれだけぶっ飛んだ必殺スキルにデメリットが無い訳がない。

 

 デメリットは《完全固定権限(オールグリーン)》をペルシア自身に使用する事が不可能であるという事。厳密には使えはするが意味が無くペルシアが唯の置物と化してしまう。《完全固定権限(オールグリーン)》を誰かに使用した時点でペルシアはありとあらゆるダメージを受け付けなくなり――その場から動く事が不可能になり一秒に一ポイントずつHPが減少していく。このHPの減少は止められない。つまりはペルシアのHPが《完全固定権限(オールグリーン)》のタイムリミットそのものなのだ。

 これがペルシアをメインアタッカーに据える事が出来ない理由だ。どうしたってペルシア単騎では火力を十全に出し切る事が出来ない。だが俺がいる、エンティアがいる。あぁそうさ、頼れる仲間が二人揃ってる、俺の相棒もここにいる。

 

(なら――十分だ)

 

 作戦は整った、後は成功するも砕けるも俺達次第だ。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 【餓鬼王 グレイロード】と呼ばれた子鬼達の王は窮地に立たされていた。

 今回のスタンピードで【魔竜王 ドラグマギア】が矢面に立つという事が分かったので適当に時間稼ぎをして逃げようと思っていた矢先に件の【魔竜王 ドラグマギア】が現れてこう言ったのだ、『お前達の魔力を寄越せ』と。

 

 七日前、交渉決裂となった時点で【魔竜王 ドラグマギア】と協力するつもりなどさらさら無く、なんなら配下達が追い立てた獣を【魔竜王 ドラグマギア】に当てようとすら考えていたのだが、戦力とすら考えていなかったのは向こうも同じだった様だ。

 

 ――くそったれ。

 その言葉すら口を通らない。【魔竜王 ドラグマギア】に掛けられた魔法のせいだ。ウィザードも意識が途絶え、パトリアーク含め連れて来た全ての配下が恐怖に包まれて行動出来なくなっている。

 迂遠な洗脳は捨て、直接的な恐怖を与えて行動させまいとしたのか。まいったな、詰みだ。

 

(セメテ、一瞬デモコノ魔法ガ途切レレバ……)

 

 そう思うも【魔竜王 ドラグマギア】が警戒を解く事はない。折角新天地へと向かう準備が整ったというのに、突然現れたトカゲに全て潰されるのか。

 俺の夢はここで潰えるというのか。

 

(……否)

 

 俺の道を阻むモノは殺す、配下を殺した愚に気付かぬモノもまた殺す。俺と俺の配下の安寧を蝕む障壁は皆殺す。でなければ何故王などと名乗れようか。

 せめて一矢報いんと腕に力を込めた瞬間、事は起きた。

 

「……おや?」

 

 こちらを見下ろしていた【魔竜王 ドラグマギア】の分身体が見当外れの方向に顔を向け――直後に一人のマスターが虚空から現れる。

 奇妙な鍵と両刃鋸の様な武器を構えたそのマスターは【魔竜王 ドラグマギア】を殺さんと刃を振り被る。

 

 だが、俺の感覚があれは違うと囁いてくる。

 

(アレハ本物デハナイ、配下ヲ殺シタ愚者はアレジャナイ)

 

 その感覚を共有している【魔竜王 ドラグマギア】もまた羽一つ動かす事無く佇み、――そのままマスターの形をした幻影が【魔竜王 ドラグマギア】の体をすり抜ける。

 

「反応すらしないか、だが想定内だ」

 

 その声はマスターの幻影が現れた空中から聞こえた。

 

「逃げた所で追うつもりは無かったよ、わざわざ殺されに来たのかい?」

 

「お前を殺しに来たんだよ」

 

 その言葉と共に本物の鋸の剣を持つマスターが現れる。……? 

 

 いや、違う。もう一人いる!

 

 

◇――◇――◇

 

 

 作戦はこうだ。「常に相手に二択を押し付けろ」。一手で全部壊せるような選択肢ではダメだ、時間差でこちらの思惑に気付くように、思考というタイムラグを常に生じさせるように。

 作戦の概要を伝えた後、まずペルシアのスキルで作り出した幻影を【魔竜王 ドラグマギア】に差し向けた。と同時にペルシア本人と共に《ショート・トリップ》で【魔竜王 ドラグマギア】の元へ転移。時間差で攻撃を仕掛けた。

 

 ペルシアの幻影を安全なものだと認識したな? こっちはもうお前を殺す手札を揃えた、その行為は初手打てる行動を溝に捨てる物だ。覚悟しろ。

 

「言ってくれるね、力の差を理解した上で言ってるんだろうけど、君達が集めた有象無象は気まぐれの奇襲で殆ど死んだぞ? たった三人で何が出来ると言うのかな」

 

 エンティアが戦力足り得る事に気付かれている――想定内だ。

 ペルシアが【魔竜王 ドラグマギア】の体に降り立ち、両刃鋸の剣をがら空きの背中に向けて振り下ろす。

 と同時に俺はグラシャラボラスに乗り火炎瓶を撒き散らしながら空高くへと飛んだ。

 

「その小さな刃で私の体が削れると?」

 

 火炎瓶による爆炎や鉄板を削る様に動かされるペルシアの獲物に痛みを表に出す事無くペルシアを振り落とそうと羽を広げ、刹那の逡巡。

 【魔竜王 ドラグマギア】の視界の片隅で七色の水晶を操りこちらに攻撃を加えようとしている単眼のトカゲを連れたマスターの姿が映る。大して痛痒を与えない背中のマスターを置いてあれを先に潰した方が良いのではないかという選択肢が増える。

 

「悩んだな?」

 

 直後に羽の動くを再開しかけるが、その一瞬さえあれば十分だ。

 高く、天高くへと飛んだグラシャラボラスの影は【魔竜王 ドラグマギア】の頭を丸ごと覆い隠すまで大きくなった。

 

「《アンノウン・シャドウ》!」

 

 影が蠢き、【魔竜王 ドラグマギア】の視界を黒で埋め尽くす。真っ黒い布で顔面をぐるぐる巻きにされる心境はどうだ? マスターの排除か視界の確保か、また悩んだだろ。

 

「《セイクリッド・レイ》」

 

 エンティアがスキル名を口にし、七つの光線が過たず【魔竜王 ドラグマギア】の眼を貫いた。

 

「《傷痍開錠》《状態施錠》」

 

 間髪入れずにペルシアが二つのスキルを使用して【魔竜王 ドラグマギア】の光線によって焼き尽くされた眼をその状態に固定する。

 

「……勘弁してくれないかい、こっちには回復魔法は積んでないんだ。いや、この眼の様子だと半端な回復魔法でも意味無かったかもね」

 

 事ここに至っても【魔竜王 ドラグマギア】はその言葉に怒りを込める事は無かった。そらそうだ、これも奇襲で使いきりの奇策。

 相手をこちらと同じ土俵へ引き摺り下ろす為の、ハンデの押し付けに他ならない。

 

 ――だがそれでも、使用中の魔法が途切れる程度には集中を乱してくれたらしい。

 

 鉛色の一閃が【魔竜王 ドラグマギア】の翼膜を切り裂いた。

 

「漸ク、貴様ヲ斬リ殺セル……生カシテ返シハシナイ」

 

 怨嗟に眼を光らせ、【餓鬼王 グレイロード】が自由の身となった。

 さぁ、第二ラウンドを始めよう。

 

 




霊都組が勘違いしてるせいで【餓鬼王 グレイロード】も殺す流れになってるけど今回のスタンピードにおいて【餓鬼王 グレイロード】が関与している所は殆ど無く積極的に殺すメリットは皆無。
だから【餓鬼王 グレイロード】と戦う意味すら無かった訳だけど【餓鬼王 グレイロード】に出会わなければ【魔竜王 ドラグマギア】の分身体と戦闘のステージまで持っていく事は出来なかった。

【万象良好 オールグリーン】
・ペルシアの持つ万能鍵のエンブリオ、タイプはワールド・カリキュレーターで現在第五形態。
・今考えてるオリジナルエンブリオの中で最もチート臭い能力のエンブリオ。TYPE:ワールドが万能なのが悪いよ。
・能力特性は本編で述べた様に「現象に対する施錠、開錠」を得手とする。第ニ形態まではソロに完全特化した性能であったが、第三形態からは周囲に能力が作用しパーティーを活かす性能に変化。同時期にペルシアはテルモピュライと出会っている。
・武器の両刃鋸の剣は特に名前とか考えてない。知り合いのマスターに「エンブリオと相性の良い武器くれ」と言ったら無銘の剣をくれた。
・こんだけ万能でもテルモピュライの【乾坤一擲 ユースティティア】のバ火力には勝てない。どちらかと言うとむしろユースティティアをサポートする用途だからね仕方無いね。
・必殺スキルを使用した段階でペルシアは動けなくなるがこれは「体の硬直」ではなく「空間への固定」なので空中で必殺スキルを使うとペルシアは空中で静止する。
・必殺スキルのペルシアのHP減少は誰にも止められないが0になるだけなので【ブローチ】は意味を成さないが実は【死兵】の《ラスト・コマンド》で必殺スキルの効果時間が延びるのだがペルシアはそれに気付いていない。


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第二十七話 アムニール防衛戦線⑤東北東、一つの決着。

遅くなってごめんね。


 自由の身となった【餓鬼王 グレイロード】が懐に手を入れ、巨大な水晶を取り出し背後の白衣のゴブリンに投げ渡す。

 

「使エ」

 

「グゥ、オウモ……」

 

「俺ハマダスルベキ事ガアル、先ニ行ケ」

 

「デモ――」

 

「何ノ為ニ今日コノ日ヲ迎エタト思ッテイル! ココデ貴様ラガ死ネバ全テ水ノ泡ダ!」

 

 そう【餓鬼王 グレイロード】が言い放つと同時に、間髪入れずにゴブリンの群れに数十もの攻撃魔法が殺到する。

 それらを【餓鬼王 グレイロード】が全て叩き切りながら話し続ける。……ん、今魔法切った?

 

「俺ノ望ミハ既ニ伝エタ、王ノ望ミダ、従エ」

 

「……ワカッタ、オウ、カッテ」

 

 白衣のゴブリンは未だ恐怖に囚われている全てのゴブリンを集めて水晶を砕く。

 砕かれた水晶から眩い光が溢れ出し、ゴブリンの姿が完全に覆い隠される。その現象はアクシデントサークルと呼ばれる物と寸分違わぬ効果を発揮し、光が治まった頃には白衣のゴブリンを含む全てのゴブリンがその姿を消していた。

 【魔竜王 ドラグマギア】が翼を畳み呟く。

 

「……嗅ぎ慣れた匂いだ。まさかたったの七日で封魔のクリスタルを作るとは思わなかった」

 

「アノ時殺サナカッタ事ヲ後悔シテイルカ?」

 

「まさか、まさか。私と会ってから沢山の事を考えたんだろうね、私を相手取らずに済む方法や逃走手段の確保、そして私の殺し方。恐怖と焦燥に苛まれながら武器を取る事を君は選んだ。あぁ、そのあり方もまた美しい」

 

 やはり子鬼とは言え王は王か、と言う【魔竜王 ドラグマギア】に【餓鬼王 グレイロード】は目を細める。

 

「……コノ期ニ及ンデ尚俺ヲ下ニ見ルノカ」

 

 【餓鬼王 グレイロード】が倒れ込む程の前傾姿勢から跳躍、鈍色の大剣を振り払い、一拍遅れて回避行動に移った【魔竜王 ドラグマギア】の持つ角の一本を斬り飛ばす。

 

「――ダカラコンナ目ニ会ウ、己ノ強サヲ自覚スルカラ学バナイ、ダカラ侮ッタ相手ニ傷ヲ付ケラレル」

 

「心外だなぁ」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が己の尻尾に紫電を纏わせその場で旋回する。後方に飛び退る【餓鬼王 グレイロード】にレーザービームで追撃するが容易く大剣で切り伏せられた。

 やはり見間違いではない、明らかに魔法を切って無力化している。

 

「学習は君の本質だ、君はあらゆる物から学んで今日この日まで生きてきたんだろう。だから己がしてきた事をしない者というのは滑稽に見えるのだろうね」

 

 でもお前はここで死ぬ。ケラケラと【魔竜王 ドラグマギア】が嗤う。

 

「ここで役目を終える君達に対し学ぶ事は一つでもあるのかい? 二度と戦う事は無いというのにこれほど無駄な事があるか?」

 

 それに、と【魔竜王 ドラグマギア】の紫水晶の瞳が赤みを帯びる。

 

「久しぶりに言いようの無い苛立ちを覚えたよ、君は私に学習しないと言ったのか? どれだけ私が敵から死に物狂いで戦う力を学んだと思っている? あぁ何も言わなくていい、お前達には何も分からないだろうし最早問答は無意味だ無価値だ。早急にその命を散らせ」

 

「――っ! ネビロス!」

 

 怒りに満ちたその言葉が終わると共に悪寒が背筋を駆け巡り、どう戦うかに思考を巡らせていた俺にペルシアが警笛を鳴らす。

 脊髄反射と言って差し支えない程の速度で回避行動に移り、それでも【魔竜王 ドラグマギア】の攻撃を全て避け切る余裕は無かった。

 

 数十に及ぶ蒼い炎が【餓鬼王 グレイロード】に殺到し、それら全てが弾け夥しい量の火の粉が飛散する。火の粉の一部が義手に降りかかりほんの少しだけとは言え融解し貫通した時点でその威力は推して知るべしである。

 

「【餓鬼王 グレイロード】が思ったよりやる気だったから静観してたが当初の予定より数段やべぇんじゃないかこれは。どうするネビロス」

 

 後方で待機していたペルシアの元まで退避した俺にエンティアが話しかける。まぁやらかした感は否めないがこれは踏むべくして踏まれた逆鱗だ。相手の力量やら何やらを上方修正しつつ戦わねばならない。

 冷静を装ってはいるが実際これはかなり厳しい状況だ、一点物ではないが結構な硬度を持つ筈の義手を飛散した火の粉が融かし進めて貫通した。まだ動作に支障をきたしてはいないが生身で受ければ致命傷は必須。即死級の魔法を全て回避するために今からでもペルシアの必殺スキルに頼りたい気分だ。

 

(こうして考える余裕も本格的に無くなって来たしな)

 

 余波、というには殺意の篭もった魔法が時たまこちらに飛んでくる。【餓鬼王 グレイロード】の発言に怒りを覚えているとは言え先程まで戦っていたこちらの事も頭に残っているらしい。

 

「ペルシア、あの二体の【UBM】どちらが勝つと思う」

 

「【魔竜王 ドラグマギア】だ」

 

 ペルシアは即答した。

 

「忘れてるかもしれんがあれは本体じゃなくてただの分身だ、死んだ所で【魔竜王 ドラグマギア】には何の痛痒も与えられない。ただでさえ分身体相手に旗色が悪いんだ、仮に【餓鬼王 グレイロード】が分身を突破したとしても本体にたどり着くまでにどれだけの壁を越える必要がある? 加えて俺の所感だが【餓鬼王 グレイロード】は恐らく逸話級、対する【魔竜王 ドラグマギア】は古代伝説級だ、断定は出来ないがそれだけ力の差が開いてる。このままじゃ【餓鬼王 グレイロード】は無駄死にだ」

 

「その逸話級とかって何」

 

「後にしろ!」

 

 ごめん。

 

「……短期決戦だ、作戦を繰り上げる」

 

「勝ち目は?」

 

「あるよ。こんな所で躓いてらんない」

 

 エンティアの疑問に口早に答えるとペルシアが自身のエンブリオである【万象良好 オールグリーン】を掲げた。

 

「なら俺の全て、お前に預けよう。ベストを尽くせ」

 

「あぁ」

 

 ペルシアが至る所に自身のエンブリオを向けている間にエンティアが【教会騎士】と【付与術師】のバフスキルを限界まで俺に掛ける。そしてエンティアのアメノマヒトツが何かを吐き出してグラシャラボラスに渡す。あれは……骨付き肉?

 

「あぁ騎獣専用のバフアイテムだな、アメノマヒトツの非常食代わりにしてた。さぁバフは全部積んだぞ」

 

「やり残したことは無いな? ネビロス」

 

 その言葉に無言で頷き、ペルシアが必殺スキルの使用に踏み切る。ペルシアの持つエンブリオを自身の心臓付近に向け、鍵を開けるように回す。

 

「――《完全固定権限》」

 

 その宣言と同時に己の中の何かがロックされた感覚に陥る。

 

「適当にそこらの空間ロックしたから足場に使え」

 

「了解」

 

 感謝だけ告げて【餓鬼王 グレイロード】と相対する【魔竜王 ドラグマギア】の元へ駆け抜けた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 闇に閉ざされた視界を切り捨て、風を読む魔法を己に掛ける。

 結局この体は分身体なのだから怒りに身を任せて徹底的に痛打を与えても良いのだが、少しばかり勿体無い。

 

 子鬼の王が振るう大剣が風を切る。

 元より私は鼻が良いのだから目が潰れても攻撃は避けられるのだが念には念を入れて自己強化の魔法を重ねる。まだ隠している何かがあるのかもしれないのだから。

 

(おや)

 

 鋭敏な嗅覚が離れた所からかなりの速度でこちらに突っ込んでくる何者かの匂いを嗅ぎ取る。

 

(どっちかな、かなり速いしノコギリを持ってた方だろうか? 確かめるか)

 

「見えてないとでも思ったのかい? 相棒はどうしたね?」

 

 そう言って砂の槍を創って射出する。が、何かに当たる気配も無く砂の槍は地面に落ちた。

 ……匂いが移動した。これは槍のマスターのスキル――

 

「――ドコヲ見テイル」

 

 動作を切り取ったかのように唐突に自身の懐に【餓鬼王 グレイロード】が潜り込み大剣を振るう。またこの動きだ。

 いつもの癖で障壁魔法を張り、そしてそれが容易く破られ浅くない傷を受けた私はどちらを優先して攻撃するか考える。

 

 先程からかの王が妙な動きをしているのが気に掛かる。恐らくスキルではなく単なる技術だろうとは思うが、誰から学んだのだろうか。

 いや、そんな些事を考えている場合ではないな。目の前の子鬼の王を優先しよう。

 恐らくマスターの方の切り札は当てれば勝てるような物ではなく単純に自身のステータスを底上げするものと見て間違いないだろう。

 

 であるならばマスターの狙いはこちらを撹乱し集中力や思考能力を削ぐ事に、つまりは先程通りという事になる。マスターの攻撃が致命的でないのなら無視しても構うまい。

 

「故にお前だけはここで死んで行け」

 

 紫電を纏わせた尻尾で周囲を薙ぎ払う。【餓鬼王 グレイロード】が己の大剣で防ぎ、紫電が大剣を伝い子鬼の王の腕を灼いた。

 

「グゥッ……」

 

 ……? 思っていたよりもダメージが少ない。いや待て、私は今何を殴った? 確かに鉄の固い感触はしたがそれは本当に――

 

 ――思考から除外していた匂いがする。あのマスターだ。何らかの方法で小鬼の王との間に転移してきたのだ。マスターが何の痛痒も感じていないのは、切り札がそういうものだから。

 であれば相手にとってこれは絶好の好機、であれば相手は何の躊躇いも無く武器を振るうだろう、であれば、何処に?

 

 優秀な嗅覚が、風を読む魔法が、マスターの、ネビロスの挙動を事細かに伝えてくれる。【餓鬼王 グレイロード】の大剣を足場としてこちらに飛び掛り、首筋に張り付いて手に持っていた槍を私の喉元へ――

 

 

◇――◇――◇

 

 

「アアアアアアアァァァァァァ――――――――!!!!」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】の痛みと殺意に溢れた叫びに呼応するように周囲に百を超える魔法陣が展開される。多くは【餓鬼王 グレイロード】によって破壊されるが、破壊し切れなかった魔法陣から虚ろな目をしたモンスターが濁流のように現れ俺の体を押し流した。

 

 こうなるに至った経緯だが特筆すべき事はあまり無い。

 目を潰したので堂々と相手に近づいたら普通に攻撃してきた為《ショート・トリップ》で回避しながら【魔竜王 ドラグマギア】の傷口を抉っていると無視しても問題ないと判断されたのか【餓鬼王 グレイロード】との戦闘に専念し始め、雷の魔法を纏わせたと思しき尻尾での攻撃で痛手を与えようとしたのを《ショート・トリップ》で【餓鬼王 グレイロード】を庇いダメージの殆どを無力化。

 首筋に飛びつき、俺はある物の有無を確認した。逆鱗だ。

 

 どこかで聞いた事は無いだろうか? 竜の顎の下には一枚だけ逆さに生える鱗があると。まぁ有体に言ってしまえば分かりやすい弱点な訳だが、【魔竜王 ドラグマギア】にもその逆鱗が存在するのかは分からなかった。

 DINから一度聞いたのだがドラゴンの【UBM】の中には逆鱗を持つものもいるにはいるが逆鱗がある条件は分からない上にそもそも【UBM】にもなると一貫性なんて物からかけ離れているようで。

 

 だから勝算は薄くとも逆鱗がある事に賭けて攻撃を行ったのだが、どうやら賭けには勝ったらしい。

 

(しかし妙だな……)

 

 今までの感じからして相手は故意に痛覚を遮断している節が感じられたのだが、逆鱗を貫いた際の苦悶は偽りの無い物だった。逆鱗付近は痛覚を遮断できない? これがもしも本体と共通する弱点であれば何とかして伝えたいのだが。

 しかし逆鱗が順当な弱点な辺り、どうも物語のドラゴンの様な印象を覚える、【UBM】の特性だろうか?

 

(おっと)

 

 HPが固定されダメージを受けなくとも衝撃は普通に受ける。大量の魔物に群がられれば身動きも取れなくなる。

 ので紋章からグラシャラボラスを出す。

 

「グラシャラボラス、《茜色の群火》」

 

 上空から《茜色の群火》で俺ごとモンスターの群れを焼いて自由を確保する。次いでインベントリから火炎瓶を取り出し自爆気味に着火する。

 ダメージを受けないからこそ出来る事だが、少し楽しいな。と思っていると数十本の光線が俺を狙って貫いた。

 

「嗚呼、本当に煩わしい。何故お前がこれを知っている? ネビロス。この鱗は、この傷痕は彼の物だと言うのに。嗚呼、アァ、何もかも忌々しい」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が憎々しげに目を細めて俺の名を呼ぶ。それは俺の事を消し去るべき怨敵と判断したという事に他ならず。

 

「悉く、塵へと帰れ」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が後ろの脚で立ち上がり、口を大きく広げる。木々がざわめき、周囲が仄暗くなっていく。直感が最大級の警笛を鳴らすが、【魔竜王 ドラグマギア】の周りで逆巻く暴風に当てられ、動くことは許されなかった。

 数秒と掛からぬ内に【魔竜王 ドラグマギア】の口腔が溶鉱炉の様に目を灼く紫色の光で満ち――

 

 ――音が止んだ。

 

 形式だけ見ればドラゴンブレスや竜の息吹と称されるそれなのだろうが、【魔竜王 ドラグマギア】による高純度の魔力で構成されたそれはある種広域殲滅魔法の極地とも言えるだろう。

 溢れんばかりの暴虐を湛えたそれはこの場に似つかわしくない静寂と共に重力に従って落下し、

 

「《災禍の涙》」

 

 全てを塵に帰す紅蓮の業火と蒼白の熱波が顕現した。

 

 

 

 

 

 正直に言ってしまえば。俺は俺自身もそれ以外も全部使い潰してでも勝つつもりではあったが、グラシャラボラスだけは、俺の唯一無二のエンブリオだけは使い潰したくは無かった。ペルシアの《完全固定権限》の存在もそれに拍車をかけていただろう。

 だがグラシャラボラスからこう言われた。

 

「『俺を使う事で勝てるのならば遠慮だけはしないでくれ、マスターの身を守る盾となり勝利へ導くのがガードナーの役目なのだから』」

 

 こう、言わせてしまった。グラシャラボラスの覚悟はとっくの昔に決まっていて、決まりきっていなかったのは俺だけだった。

 

 だから、だから、だから。

 

 

 

 

 

 お前と一緒に、

 

「勝つぞ」

 

「『あぁ』」

 

 【餓鬼王 グレイロード】が大剣を振り払い、暴虐の嵐の破壊力を大きく殺ぐが削り切れなかった暴風が俺達に叩きつけられる。

 待っていたと言わんばかりにグラシャラボラスに騎乗し、暴風に乗って上空へと飛ぶ。

 

「『ぐっ』」

 

 ビリビリと空気が揺れる。グラシャラボラスにとってはかなり堪えるだろうが、グラシャラボラスは耐える事を選んだ。

 エンティアの最後の置き土産だろう、持っていた槍に聖光が付与される。恐らく最後で最大のチャンスだ。

 グラシャラボラスに《茜色の群火》を指示する。

 

「グルルウウアアアアァァァァ!!!!」

 

 咆哮と共に幾つもの業火が降り注ぐ。間髪入れずに急降下し、槍を【魔竜王 ドラグマギア】の体に深く突き刺す。グラシャラボラスの影を《アンノウン・シャドウ》でアンカーの様に姿を変えて【魔竜王 ドラグマギア】の背に突き刺して固定し、槍を何度も突き刺す。

 憎々しげな声と共に【魔竜王 ドラグマギア】が大きく身を捩る。

 

「何故消えない、何故死なない! 何故灰にならないッ!! 消えろォ! 何もかもッ!!」

 

 その怨嗟に満ちた声と共に不可視の衝撃波が俺達を襲う。それを受けて左腕の義手は破壊され、全身に幾多もの裂傷を受ける。

 傷を負った事でペルシアの命が尽きた事を悟る。

 

 衝撃波は連続して襲い掛かり、槍が破壊され、グラシャラボラスの翼が使い物にならなくなり、俺自身も左足が捥げ、そして髪が解けた。

 

(……あれ)

 

 視界に写るのは、鬼灯の飾りが付いた簪。

 

(……ははは)

 

 今の今まで忘れていた、依頼達成報酬としてカロから貰った簪型アイテムボックス。俺は確かこのアイテムボックスの中に――。

 

 かろうじて動く右手で簪を手に取り、あえて《即席合成》で耐久度を最低にする。そして再度衝撃波が襲い来ると同時に簪がパキリと割れた。

 中から大質量の液体が溢れ出る。その液体の正体は何の変哲も無いただの油だ。

 

 だがその量は【魔竜王 ドラグマギア】の全身を油で覆って尚有り余るほど、さぁ最後の命令だ。

 

 グラシャラボラス。

 

「《茜色の群火》」

 

 息も絶え絶えのグラシャラボラスは力を振り絞り複数の火球を吐き出す。その火球が油に触れ、瞬く間に【魔竜王 ドラグマギア】の体を灼熱が覆った。

 轟々と立ち上る業火が俺達の体すら焼きかねない程の熱量を放ち、それでも尚【魔竜王 ドラグマギア】は動きを止めない。

 

 だがここまで大きな隙を晒したのだ、こんな隙を共闘者が黙って見過ごす筈が無い。

 

「ココデ朽チ果テロ」

 

 【餓鬼王 グレイロード】が大剣を振り被り、【魔竜王 ドラグマギア】の頸を断ち切った。

 

「は、はは……負け、か。……だが、お前も無事では、済まなかったらしい、な……クハッ」

 

 そう言って、【魔竜王 ドラグマギア】、その分身体は成すべき事を成した者の眼をして霞の様に消え去った。

 

 受け身を取る事すら侭ならず、グラシャラボラス共々地面に投げ出される。周りを見ると、《災禍の涙》によってあたり一面が消し炭になっており、既にエンティアとペルシアの姿は無かった。

 分かってはいた事だが事実を再確認するとよくも勝てたものだなと思ってしまう。

 

「……オイ」

 

 ざらついた、【餓鬼王 グレイロード】の声。

 見ると体の至る所が炭化しており、最早永くないだろう事が窺えた。

 

「マダ終ワッテイナイ、今倒シタノハタダノ分身体ダ。ダガ俺ハモウ動ク事スラ侭ナラン」

 

 あぁそうだ、今倒したのは単なる分身体、首魁を倒した訳じゃなければスタンピードが終わった訳でもない。

 だが、俺達の役目はもう――

 

「イイヤマダダ。ネビロスト言ッタカ、貴様ニ俺ノ力ヲクレテヤル」

 

 なんだって。

 

「俺ハ知ッテイル、俺達ノヨウナ【UBM】ヲ殺シタ人間ハ特別ナ武具ヲ手ニ入レルノダロウ?」

 

「だが、群れがいるんじゃないのか」

 

「ドウセモウ俺ハ死ヌ、ナラバ少シデモ【魔竜王 ドラグマギア】ニ一矢報イル可能性ヲ信ジヨウ」

 

 考え、考え、考えて。

 【餓鬼王 グレイロード】の言葉に従う事にした。

 

「すまんな、相棒」

 

「『構わんよ』」

 

 《アンノウン・シャドウ》でグラシャラボラスの影を槍の形に変えて、【餓鬼王 グレイロード】の心臓へ突き出す。

 

「頼ンダ」

 

 血を吐きながらそう言った【餓鬼王 グレイロード】の顔は王と呼ばれるに相応しいものだった。

 

 死ぬならば、犬死でなく、王として。

 

 

 【【餓鬼王 グレイロード】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ネビロス】がMVPに選出されました】

 【【ネビロス】にMVP特典【餓王剣槍 グレイロード】を贈与します】

 

 

 直前まで【餓鬼王 グレイロード】がいた場所に一本の槍が地面に突き刺さっていた。その槍は両刃のグレートソードの柄を延ばした様な形をした物で、細部の装飾に【餓鬼王 グレイロード】をモチーフとしたものが散りばめられていた。

 手にとって性能や装備スキルを確認する。粗方確認し終えた辺りで何者かの気配がしたので上空を見上げると見覚えのある蒼い鳥がいた。

 

「『どういう事態だ? ネビロス』」

 

 当然の疑問をぶつけて来たフィロソフィア――今はプラタイアか――に今までの出来事を掻い摘んで説明する。

 

「で、そっちは? 【魔竜王 ドラグマギア】の分身体と戦ってたんじゃないの?」

 

「『それはもう倒したがまさか分身体だとは思ってなくてな、情報に不備があったのかと各地に向かわせたのだが何やら情報が錯綜して本体がどれか掴めんのだ』」

 

「おやタイムリー、確かプラタイアとのパーティーってまだ継続状態だよね?」

 

「『む? あぁ、そうだな』」

 

「分かるよ、【魔竜王 ドラグマギア】の本体の居場所」

 

 正直俺の方も後追いで死にそうなので説明を手短に済ませるが、装備スキルの中に【餓鬼王 グレイロード】の例のスキルがあった。

 《王の眼》、パーティーメンバーにダメージを与えた相手の現在地を把握するスキルだ。

 

「プラタイア、フィロソフィアの一体に適当に【魔竜王 ドラグマギア】の攻撃を受けさせてくれるか」

 

「『うむ』」

 

 《王の眼》の恐ろしい所は例え攻撃した者が分身や従魔であろうと位置を把握するのはそれらを操る者、詰まる所本体に収束すると言う点だ。

 些か都合がいい気もするが、それだけ【餓鬼王 グレイロード】の怒りが凄まじかったのだと思っておこう。

 

 一分も待たぬ内に敵と断言できる何者かの気配を知覚する。これが【魔竜王 ドラグマギア】の本体だろう。場所は――。

 

「霊都より南西、妖精女王と戦っている分身体から離れ戦場に築かれた一際大きな死体の山に姿を隠している」

 

 その情報を聞き、プラタイアは遥か彼方、恐らくテルモピュライがいるであろう場所へ向けて飛び去った。

 

 あぁ、疲れた。俺の役目は、正真正銘これで終わりだ。後は頼んだぜ、テルモピュライ。

 互いに風前の灯のまま、俺はグラシャラボラスに寄り添って眼を閉じた。

 

 




とんでもねぇ難産だったぜ、そろそろ手早く畳もう。
あ、描写は無いけどホブゴブリン・ウィザード君は気絶してるだけで生きてるしパトリアークが担いで一緒に転移してるよ。

鬼灯の簪
・十七話でエルフの職人から貰っている。

《災禍の涙》
・息抜きでプレイしてたMHWで戦ってたムフェトジーヴァの「王の雫」を参考にして描写。
・自身の持つ魔力と周囲の自然魔力を殆ど注ぎ込んで放つ奥の手なので魔力で構成されてる分身体がこれをやるととんでもなく弱体化する。まぁそんだけキレてたって事でもある。
・紅い炎と青い熱で紫色に輝いており、分身体を展開せず万全の状態の本体が使用すれば小都市一つ位は灰燼に帰す事が可能であろう。

【餓王剣槍 グレイロード】
・【餓鬼王 グレイロード】の持っていた大剣とその他諸々がネビロスにアジャストした特典武具。
・《王の眼》仲間傷付ける奴絶対逃がさないアイ、良かったな、お前の死は無駄じゃなかったぞ。
・詳しい事は防衛戦線後に回すが装備スキルはあと二つある。

ようやく主人公に特典武具持たせる事が出来たぜやったね。主人公の出番今章もう無いけどな!


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第二十八話 一匹の竜と一人の少年。

 僕は自分が生まれてからそう時間の立たぬ内に、己が出来損ないである事を悟った。

 

 天竜種の中でも強い力を持つ母の元で生まれた僕は四兄弟の末弟で生まれつき細い体躯を持ち強い力も持ち合わせていなかった。

 母は【天竜王】の血が流れる己の子にしては弱いと首を傾げていたけれど、僕は特に不自由は感じてはいなかった。

 

 空も飛べるし狩りも出来る、物も何でも食べられるし、意思の疎通に問題があるわけでもない。ただ弱いのだ。

 母はどれか一つでも欠けていれば僕を放逐するつもりだったのだろうけど、力はいずれ身に付くと何も言わずに兄達と共に僕を育ててくれた。

 

 季節の巡りが一週目を迎えた頃、母に連れられ僕達四兄弟はとある山へ向かっていた。

 切り立った山の連なるそれは母によると<天蓋山>というらしかった。

 

 <天蓋山>の山頂付近に降り立った僕達は不意に意識を手放してしまいそうな威圧を受けた。いや、当人にとっては威圧している感覚すらないのだろう。

 ただそこにいる、それだけで僕の体が、己の本能が服従を選んだのだ。不思議な事にそれに苛立ちや恐怖を覚える事は無かった。

 

「やぁ、【遡竜王 ドラグトラベル】。元気にしてたかね」

 

「お久しぶりですわ【天竜王 ドラグヘイヴン】様、変わらずご健勝そうで何よりです」

 

「今日は君の子供達の顔見せと聞いてたけど、この子らがそうか。ふむ……顔を見せてくれないか?」

 

 その言葉と共に威圧感が薄れる。他の兄達が息を呑む音が聞こえ、同じ様に僕も【天竜王】を見上げて、そして憧れを見た。

 

 その神々しさすら覚える程の姿を見て、つい口に出してしまった。

 あなたのようになりたい、と。

 

 多分それが一つ目の分岐点だった。

 

 【天竜王】は哀れなものを見るような目をして、こう言った。

 

「君は、私のようにはなれないよ」

 

 ショックの様な物は特に無かったけれど、その後の会話はどこか遠くで行っているような現実味の無い物だった。

 

「どうやら君は生まれつき天竜種としてのリソースをある程度魔法を扱う適正に回しているらしい、空は飛べる狩りも出来る感覚も他の獣とは一線を画すだろう。だがそこから先の『天竜種たる所以』、天竜種でなければ使えない力を扱う事が出来なくなっている」

 

「……それは、僕は天竜種ではないという事ですか……?」

 

「いいや、いいや。君は間違いなく【遡竜王】の子だ、私がそれを保障する。だが同時に君の憧れが私だと言うのなら全うな天竜種としての生き方は諦めるべきだ」

 

「……何故」

 

「君が過不足無く生きていく為だ」

 

 そう言った【天竜王】は本当に僕に生きていてほしいと思っているようで、出来損ないの僕の事をちゃんと考えてくれているのが分かった。

 だから「分かりました」とそう言って、母と共に<天蓋山>を後にした。

 

 

 

 

 

 苦悩はあった。正しく天竜種の王に等しい存在によって、僕の未来が閉ざされた事を告げられたんだから。

 兄達が<天蓋山>から戻ってきてから露骨に僕に対して冷たくなったのも悩みの種だった。まぁ仕方無い面もある。子供は異物を排除したがるものだ、竜である僕達なら尚更。

 

 だから少し悩んで、近い内に独り立ちする事を母に打ち明けた。

 

「貴方は賢いのね」

 

 ……どうすれば兄や母に迷惑を掛けずに生きていけるかずっと考えてたんだ。

 

「好きに生きればいいのに、と言っても貴方は気にするでしょうね。本当に優しい子だこと、私は止めはしないわ、貴方の生きる道だもの」

 

 ……。

 

「貴方が決めるの、他の誰かに惑わされないで。そうして進めるなら、貴方は強い子よ」

 

 うん……。

 

「そうね、最後に私から貴方へとっておきを贈りましょうか」

 

 とっておき?

 

「えぇ、今の貴方達に足りない物。特別に今夜貴方にだけあげる」

 

 付いてきなさいと言って母は巣から飛び立つ。慌てて追いかけていき、たどり着いたのは母が動き回っても余裕のある開けた平原。

 

「貴方に足りない物、何か分かる?」

 

 少し考えて、力と答える。母は首を横に振る。

 もう少し考えて、経験と答える。母は「それだけでは足りない」と言った。

 もっと考えて、覚悟と答える。母は嬉しそうに頷いた。

 

「やはり貴方は賢い子、今日この場で貴方に足りない覚悟と経験をあげる。その後は、何処へだって行きなさい」

 

 そう言って母は咆哮一つで世界を塗り替えた。今から戦うのだと、誰に言われずとも理解した。それはきっと僕が外の世界で生きていくには必要な事で、そしてきっと本来は数年の時間をかけて得る物だった筈だ。

 多分心配してくれているのだろうな、そんな事を思うと母に告げて良かったと、そう思う。

 

 歪んだ時計が大量に浮かぶ世界で僕は母と戦った。

 思考を切り離して戦うのは得意だったから、僕が防戦一方でも手加減はしてくれているのだろうと分かった。

 

 思えばこの時計が浮かぶ世界もそうだが母の力は何も知らなかったな、なんて思ったりして。劣勢も劣勢だが己の力の一端を見せる程に認められているのなら嬉しいな。

 

 母の攻撃を避けるのに手一杯で、たまに攻撃を加えても時を遡ったかのように傷跡は綺麗さっぱり無くなってしまう。戦闘が長引くにつれて力の差が浮き彫りになっていく。

 ずっとただの天竜種として生きていくつもりだったから魔法の才があると言われても魔法について母に聞く事は無かった。その怠慢が今は何よりも憎い。

 

 だから僕は一度だけ見た事がある母の力を借りる事にした。

 

 翼を広げ後ろ脚だけで立ち、持っている力全てを口腔に集める。

 

(――まだ足りない)

 

 無意識の内に周囲の自然魔力すらも口腔に集めていく。いつのまにか母が攻撃の手を止めていたがそんな事に構ってはいられない。

 再現するのは母が放った竜の息吹、全てを消し去る蒼い星。集めた魔力を束ね、押し固め、落とす。

 

 凪いだ世界の中、僕が作った紫色の星が爆発するのを見届け、そこで僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 眼が覚めると周りは元の平原に戻っていて、母も、そして僕も傷一つ付いていなかった。

 母の顔に目を合わせる。

 

「眼は覚めたかしら」

 

 コクリと頷く。

 

「私との戦いで私のブレスを模倣してでも勝とうとした、あの一撃からは貴方の覚悟が見て取れたわ。合格よ」

 

 まぁ自爆に近い事をしでかしたのはビックリしたけれど、と母が言う。あの時は他の事に気を回している余裕が無かったから自分の身を守る事を忘れていた。

 他に魔法でも覚えていれば少しは違ったのだろうか。……うん、そうだな。

 

「僕は行くよ、真っ当な天竜じゃなくて【天竜王】様に認められた魔法の才を伸ばす」

 

「そう、悔いの無い様に生きなさいな。これから何を選んだって貴方を止める物は無いんだから」

 

 満月の昇る夜、僕は母と決別を果たした。

 

 

 

 

 

 別離に後悔は無いが、幾ら純竜であっても体はまだ子供。同種の指標は兄達しか知らないが、それでも同じ子供の兄達よりも僕の体は小さい。山に住む動物の中で言えば牡鹿に近い体躯だ。

 これからどうしようかと考えながら空を飛んでいると何やら下が騒がしい事に気付く。

 

 下を見れば人間の子供が狼の群れに囲まれている所だった。よくある事かと顔を前方に向け直し、それを押し留めて思考に耽る。

 

 魔法を学ぶ為に巣を飛び出したのだが、年老いた竜や変わり者の魔物でもない限り魔法を多く扱うのは人間だ。人間に取り入ってしまえば魔法についての知識を得る事も簡単になるんじゃないか?

 加えて今危機に陥っているのは子供だ。危ない所を助けたという恩も人間の子供相手には上手く働くかも知れない。

 

 こうして打算的な思考を終えて僕は人間の子供を救う為に急降下した。

 

 初撃で狼の頸を折り、土煙が上がっている合間に残りの二体も手早く片付ける。子供の様子を確認するが怪我は無いようだ。

 牙を剥き出しにしたり唸ったり咆えるのは多分相手の恐怖を煽るだろうから抑えてじっと子供を見つめる。

 

「……俺の事助けてくれたの?」

 

 猫撫で声でも出してみようかと考えている途中に子供から声を掛けられたので一拍遅れて頷いた。そうすると子供は一瞬で笑顔になりこちらに駆け寄って僕の事を抱きしめた。

 別に殺す気は無いのだが警戒心が薄すぎやしないだろうか。

 

「俺アークって言うんだ、君の名前は?」

 

 名前、そんなものは生まれてこの方付けられた事が無かった。

 名前は無いというニュアンスを込めて首を横に振る。そうすると子供――アークはうーんと少し考えてこう言った。

 

「じゃあ君は今日からマギ! 助けてくれてありがとねマギ!」

 

 マギ、……マギ。初めて付けられた名前だけど、悪い気はしなかった。

 

 多分これが二つ目の分岐点だった。

 

 その日からアークは様々な本を持って僕に会いに来た。子供が家から持ってこれるような本だから、魔法について詳しい物は無く大概は英雄譚や御伽噺の絵本だったが、そんな本でも人間の文字を覚えるのには使える。

 

「――こうして勇者は悪いドラゴンを倒し、国を救って見せましたとさ。めでたしめでたし。マギ、面白かった?」

 

「うん、面白かったと思うよアーク」

 

 今日アークが読み聞かせてくれたのは国を滅ぼしに来たドラゴンを勇者と呼ばれる者が倒し祖国を守るお話。恐らく同種と思われるドラゴンのはっちゃけっぷりが凄まじかったが物語としては綺麗だったと思う。

 

「それにしても何でドラゴンは倒される役が多いのかな」

 

「うーん、強いから? あー俺もいつか勇者みたいになりたいなぁ」

 

「ドラゴンならここにいるぞ?」

 

「やめてよ、絶対俺死ぬじゃん」

 

 アークと過ごす日々は変わり映えのしない物だったが楽しかった。

 ある日、アークが本を持たずに慌てた様子で僕に会いに来た。

 

「聞いてよマギ! 大変だ!」

 

「落ち着きなよアーク、どうした?」

 

 パニックに陥っているアークを宥めて話を聞く。

 どうやらアークの住む村にギルドから依頼を受けてきた冒険者が滞在していると言う。長い間滞在するらしく村の子供達に付き纏われているようだ。

 聞いた限りではアークがここまでパニックに陥るような事ではないと思うのだが。それがどうしたのかとアークに問う。

 

「その冒険者の人、【高位従魔師】なんだって!」

 

「へぇ」

 

「ねぇマギ、もし俺が【従魔師】になったらさ」

 

 二人で一緒に冒険に行こうよ。

 そう言ったアークの顔は憧れに満ちていて、彼の憧れは濁らせたくないと思うようになった。

 だから僕は口を開いて、

 

「ふふ、アークの従魔か」

 

「あ、嫌だった?」

 

「いいや? 君なら構わないよ。そうだね、僕達でいろんな所に冒険しに行って、ふふ、勇者にでもなるかい?」

 

「からかうなよマギ!」

 

 頬を膨らませるアークに微笑みかけて、遠くから嗅ぎ慣れない匂いがした。突然黙りこくった僕に何事かとアークが問い掛けるのを止めて、ふと思い至り小声でアークにある事を聞く。

 

「アークが話してた【高位従魔師】の冒険者が受けた依頼、知ってたら教えてくれないかい?」

 

「え? えーと、村の周りの森に潜む魔物を何とかしてくれって依頼を受けたって言ってた?」

 

 ……。

 

「その魔物についてもう少し詳しく」

 

「えーっと、猟師のおじさんが言ってたのは大きい鹿くらいの大きさで子供を森に引きずり込んで食べる……って」

 

 ここでアークもその魔物が何者か気付いたようだ。さぁ、とアークの顔が青くなる。

 

「ど、どうしよう! それ多分マギだよね!?」

 

「うん、大分話が捻じ曲がってるけど冒険者の目的は恐らく僕だ。アークと本を読んでた所でも見られてたんだろうね」

 

 しかし気配を悟らせずにこちらを観察していたとは、その猟師のおじさんとやら一体何者? いや、僕が気配を読む時に頼るのは専ら嗅覚だ。恐らく風下からこちらを窺っていたのだろう、猟師ならばそれくらいの芸当は出来るとアークが持ってきた絵本にあった。

 依頼内容は討伐か? だとしたら今から逃げれば生きられるかもしれない。でも折角魔法の知識への足掛かりを得たというのに捨ててしまうのは惜しい。

 

 そして何よりも、

 

「嫌だよ、死なないでマギ」

 

 アークと離れたくない。

 

「うん、死なないよ。アークと離れたりなんてしない」

 

 首元に縋り付くアークを宥める為に頭を擦り付けて泣き止ませる。

 どうするにせよ一旦アークと共にこの場を離れなければ、今にも匂いの主がこちらに……?

 

 匂いが消えて――

 

「ほぉー、こりゃいい物を見た」

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にアークの服を咥えて後方へ飛び退る。視線の先には大きな帽子を目深に被り、肩にこちらを鋭い眼で見据える鷹を停まらせている人物。顔が見えないのもそうだが厚手の服やローブを身に着けているせいで男か女かすらも分からない。

 こちらの認識が甘かった、最初に僕が匂いを嗅ぎ取った時点で向こうは僕を捕捉していた。恐らくはあの鷹によって。

 

「あぁいやまぁ待て、別にお前を殺すつもりは無いさ」

 

「信じられるか」

 

「んー、まぁそりゃそうだわな。だが信じて貰わない事にはこちらの依頼も楽にならんのよ」

 

 付き合ってられないな、さっさとアークを連れて逃げよう。そう考えて逃走経路を模索していると冒険者がパチリと指を鳴らすと周囲の森が半透明な鎖で覆われた。

 

「依頼内容は「森に巣食う謎の魔物を何とかする事」。そして私は【高位従魔師】だ、この意味が分かるかい?」

 

「……僕を従えるつもりか」

 

 直ぐに出た答えに冒険者はニッコリと笑った。足元のアークがピクリと反応する。

 

「そゆこと、賢い子は好きだよ? まぁそういう訳で君は――」

 

「ふざけるな!」

 

 小石が冒険者の体を掠める。

 足元でへたり込んでいたアークが立ち上がり、僕を守るように冒険者を睨み付ける。

 

「マギは俺の友達だ! 勝手に連れて行くなんて冗談じゃない!」

 

「君は……依頼にあった子供かな? そうは言っても私が捕らえなきゃ依頼達成にはならんのだよ。そこのドラゴンの子が無闇矢鱈に人を殺さないだろう事は分かるけど、それだけじゃ放置していい理由にはならない」

 

「なら俺が【従魔師】になってマギと仲間になる!」

 

 大人から理詰めされれば、子供は何を言っていいか分からなくなるだろうにアークは悩む素振りも見せずにそう言い放った。

 冒険者はピタリと動きを止めた後、何が面白いのか小刻みに笑い出してこう言った。

 

「んふふふ、そうかいそうかい。依頼内容はそのドラゴンの子を「何とかする」だものなぁ? 君が何とかしてくれるなら、うん、拒む理由は無いか」

 

「じゃあ」

 

「あぁ、マギ、と言ったかな? 捕まえるのは止めておこう。もう少し村に滞在しておくから、その間に【従魔師】について教えよう。大見得切ったんだ、ちゃんとマギ君を従えてくれよ?」

 

 将来の道の一つでしかなかったそれは急に現実味を帯びて僕達の前に現れた。

 

 




軽率に過去を開示していくスタイル。

【遡竜王 ドラグトラベル】
・【天竜王 ドラグヘイヴン】の血を引くママ。天竜種の中ではかなり温厚な方で生まれた時点で生きていけないと判断された子は苦しませずに殺すが、一度我が子と認めた者には最大級の愛を持って接する。
・保有する能力は「己、他者、世界に対する時間遡行」。世界にまでその力が及ぶ、と聞けばとんでもないように思えるが【ドラグトラベル】の力が及ぶのは己を中心としたほんの僅かな空間のみである。
・自身の状態を巻き戻してダメージを無かった事にしたり相手の肉体年齢を巻き戻して無力化したり特定の空間を特定の過去の状態まで巻き戻したり出来る。
・元々天竜種の中でも突然変異と言って差し支えない異常個体として生まれ、死の間際に己の肉体時間を巻き戻してもう一度一生を送ろうとした辺りで管理AIから【UBM】認定される。ついでに【天竜王 ドラグヘイヴン】から「お前絶対人間に殺されるなよ?」と言われる事で己の力の特異性と死後どうなるかを自覚する。
・幾度と無く繰り返した一生で膨大なリソースを獲得しており、正面戦闘で、ましてや【ドラグトラベル】の領域内である歪曲世界で殺しきるのはほぼほぼ不可能に近い。実質的に不死と言ってもいいだろう。

というラビットがブチ切れそうなオリジナル【UBM】。何となく考えただけだから本編に出す予定は今のところない。が、まぁ多分本編の時間軸でもどこかで生きてる。


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第二十九話 【ドラグマギア】はかく語りき。

 

 そう時を待たずしてアークは【従魔師】のジョブを得た。【従魔師】についての教育を施した冒険者曰くアークには【従魔師】の才能があったという。

 三日後に僕の前に姿を現したアークはそれはもう輝かんばかりの笑顔だった。

 

「【従魔師】は従えた魔物を宝石に仕舞うんだって!」

 

 そう言ってアークが差し出したのは紫水晶を思わせる宝石。石の知識は無いが十分に美しいと思える物だった。

 

「これで一緒に冒険出来るよ!」

 

「そうだね、僕も嬉しいよ」

 

 アークの腹に鼻先を擦り付けてやると決まってアークは喜んだ。

 

 

 

 

 

 それから僕達は小国家で腕利きの【従魔師】とそのテイムモンスターとして名を馳せた。アークがまだ幼い子供という事もあり冒険者になって一年は僕の力に頼りきりな部分も多かったが、アークの憧れは色褪せる事は無く着実にアーク自身の力も伸ばしていった。

 体格的に両手剣はおろか刃渡りの長い片手剣すら扱えなかったが、三年もの研鑽により短杖と短剣の扱いは冒険者の中でも一際群を抜いていた。

 

「こういう時、アークと一緒にいてよかったと思うよ」

 

「喜んでいいのか? それ」

 

 僕達は冒険者ギルドの図書室や街の図書館などから借りた本を持って自分達の部屋で読み漁っていた。僕は魔法についての本を、アークは英雄譚や伝承を記した本を。

 この数年のアークの目覚しい活躍は様々な所での信頼を築き上げ、本来見るのを禁止されている書物の閲覧を許可された。

 

 それまでは人伝で魔法を習得していたがアークのお陰で書物に残されているありとあらゆる魔法を覚える事が出来た。

 これでまたアークの役に立てるぞ? なんて言おうと振り返ると真剣な顔をして本を読むアークの姿が目に入った。

 

 アークはあの日から変わらず英雄への憧れを抱いている。

 

 不思議でならない、冒険者として強くなった、街の者達からの覚えも良くなった、数多くの強敵も制してきた。思い描く英雄は、決して手の届かぬ幻想ではない筈だ。

 アーク、お前のその顔は英雄の話を語るあの時の少年と同じだ。少しは進めただろう? お前の目指す場所に。なのに何で、手の届かない夢として心の内に仕舞いこむ?

 足りない物があればどうか僕に教えてくれ、夢を掴む手伝いをさせてくれ。

 力が足りないのなら僕も一緒に鍛えよう。

 特別な武器が欲しいのならもっとダンジョンを攻略しよう。

 名声が欲しいのならもっと冒険者として高みに行こう。

 強敵と戦いたいのなら【UBM】を探しに行こう。

 世界を見て回りたいのなら僕の背に乗って飛んでいこう。

 

 打算的な考えでアークを助けた僕だけれど、もうそんな考えは無い。今はただアークの役に立って、アークが夢を叶える所が見たいんだ。だから。

 そう考えても、言葉はいつまで経っても出てこない。こんな何でもない様な日々が楽しくて堪らないから。だから自分の気持ちに蓋をして、僕は魔法の本を読み直した。

 

 アークはあの日から変わらず英雄への憧れを抱いている。

 

 

 

 

 

 アークの【従魔師】が【高位従魔師】となり、新たに【竜騎兵】と【襲撃者】のジョブを手に入れた辺りでとある依頼を受けた。

 ありふれた盗賊退治だ。数が多いと聞いていたから油断はせずに事前準備は丁寧に済ませた。

 

「行こう、マギ」

 

「あぁ、行こうかアーク」

 

 アークが僕の背に乗り、僕は空を翔ける。そう時間を掛けずして商隊を襲う数十人の盗賊を発見する。

 

「いつもの様に?」

 

「うん、上から襲撃しよう」

 

 無数の氷柱を作り出し、下に向けて射出すると同時に僕達も下へと強襲を仕掛ける。紫竜に跨る少年、ここまで特徴が揃えば幾ら盗賊でも心当たりはあるだろう?

 

「ヒッ、“紫電”だ!」

 

 誰かが空を見上げて叫んだ言葉に感化されるように盗賊達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。勿論全員逃がすつもりは無い。

 小国家でも有数の実力者とアークが認められてからは、上空から悟られる事無く広範囲を網羅する魔法を放ち、混乱する地上を【竜騎兵】として強襲する戦闘スタイルを好んで取っていた事で“紫電の暴風雨”と呼ばれ、転じて“紫電”と呼ばれる事が多くなった。

 周知される二つ名が出来たのは喜ばしい事だ。着実に知名度が上がっている事に他ならないのだから。

 

 アークが僕に、僕がアークにバフを掛けて戦場を駆ける。電気を付与した短剣を的確に主導者と思しき盗賊に向けて投擲し、数秒で綺麗な焼死体となった。

 こうなれば後は雑魚処理だ。アークが移動阻害の魔法を残党に掛けて攻撃魔法を僕が全員に当てれば、もう終了。念のためニ、三人は急所を外しておいた。

 

 襲われていた商隊の長がアークに話しかける。

 

「いやはや、噂に聞く“紫電”殿に助けていただけるとは。感謝いたします」

 

「助けられて良かったよ、そちらの被害は?」

 

「馬が一頭と、物資を少々。幸いこちらのメンバーは誰一人死ぬ事はありませんでした、目的地もすぐそこですので何とかなりますよ」

 

「それは不幸中の幸いでしたね、街の関所で被害届を出して置いて下さい。まぁここいらで盗賊被害は当分出ないでしょうけど」

 

 アークが商隊長と話し込んでいる内に盗賊からアジトの場所を聞き出しておく。話を終えたアークを背に乗せて盗賊の根城へ向かった。

 余裕が出来てくると少し考え込んでしまう。先程の戦いでアークは嬉々として敵を屠っていた。そんな事は今更に過ぎるが、問題は表情だ。

 今まで相手が誰であろうと敵を殺す時は感情を抑えてきたアークが何故最近になって感情を出すようになったのか。

 

 そんな考えが通じたのだろうか。アークが徐に口を開く。

 

「マギは、さ。ただ強い奴が勇者と呼ばれるのに必要なものって何だと思う?」

 

 無意識の内に理解できた。これはアークの核心に触れる物だ。だからアークの質問の答えを真剣に考えて、それでも正解だと思う物は浮かばなかった。

 

「僕には分からないよ、力も、武具も、仲間も、名声も、勇気も、覚悟も、経験も。どれもアークの求める答えとは思えない。君は、夢に手を掛ける為に必要な物を見つけられたのか?」

 

「多分正解なんて無いんだ。それでもきっと――」

 

 ――勇者には魔王が必要なんだ。

 

「悪を成す者がいる。それを止める者がいる。強者が悪を退ける様を見届ける者がいる。悪がいなけりゃ正義を謳う事も出来ないんだ、きっと世界はそういう風に出来ている」

 

 過去の英雄譚に共通点があるとするならば、それはきっと運命だ。

 

「俺にとっての運命は、マギ、お前と会えた事だ。もし、もしも俺が死にそうになったら」

 

 お前が俺の魔王になって、俺の夢を叶えてくれないか?

 

 ……アークの願いを真っ向から否定する事など、僕には出来なかった。

 その時が来たら、きっと僕は……。

 

 多分それが三つ目の分岐点だった。

 

 盗賊団のアジトにいた残党を殺しつくした僕達は金目の物を巻き上げるついでに冒険に有用そうな何かを探していた。

 

「……ん、あー、成る程」

 

「何か見つけたのか?」

 

 かつて放棄された砦跡地でも使ったのだろう、盗賊が使っていたにしては小奇麗な拠点を漁っていたアークが声を漏らす。

 アークが手に持っていた紙をこちらに見せる。特徴的な髑髏の意匠が施されたそれは、最近冒険者ギルドで噂になっているとある教団の物だった。

 

 アークが薄く笑う。

 

「盗賊にしてはやけに物資が整ってると思ってたんだ、ここに来るまでにも魔導書らしき物が沢山あったしな」

 

「だがさっき盗賊を尋問した時はそんな事言ってなかったぞ?」

 

「恐らく頭領だけが知ってたんだろうな、そういう意味では初手で情報源を潰したのは痛いが、まぁ気にしなくてもいいさ。それよりどうする? 闇の教団、如何にも危ない魔法がありそうじゃないか」

 

 魔法の知識を求めている事を大分前から打ち明けていた僕には拒否する理由などありはしなかった。

 

 

 

 

 

 コツリ、コツリと石畳を叩く靴の音が、辺りに響く。

 

「……いやはや、まさか早々にここまで嗅ぎ付けて来る輩がいるとは、手を伸ばしすぎたか?」

 

 僕達が拠点を構える小国家の街の地下深くに、その神殿はあった。

 表には出せない様な思想を掲げ、着々と牙を研いでいる教団の本拠地である。教団がろくでもない事をしようと企んでいる、それは無法者への資源提供などから推測できていた事だ。

 

 だがそんなものは序の口とでも言うように、この神殿全域におぞましい魔力が満ちている事を、僕の鼻は伝えてきた。

 

「教徒共はどうした?」

 

「一人の例外無く殺した」

 

 アークがそう言うと黒いローブを纏う長身痩躯の男は笑った。

 

「ふっ、くく、噂の“紫電”がどのような傑物かと思ったら。まだ年端も行かぬ子供であろうにどの様にしてそこまで上り詰めたのか興味があったが、なんて事は無い。お前もまた狂っているのだな」

 

「目を向けたくは無いけど自覚はしてる。それで? お前達は、いや、お前はここで何をしていた?」

 

「ふむ、まぁここまで来れたご褒美だ。今更隠し立てはせんよ」

 

 そう言って男は骨と皮しか無いような手を足元へ向け、無数に散らばる水晶の内一つを手に取った。

 

「この世界には様々な超級職が存在する。決して手の届かぬ物ではない、だが蓋を開けてみれば超級職を持つ者はほんの一握り、長い事継承者がいないせいでロストジョブとなった物もある。私は悲しいのだ、本来手にする事が出来る力をそのままにしておく事が」

 

 話は変わるが、と男はこちらを指差す。

 

「人は超級職をどれだけ持つ事が出来ると思う?」

 

 僕には、多分アークにも男の言っている事はよく分からなかった。超級職は一人に一つが限界だと誰もが思っているからだった。

 

「超級職はこの世に二つと存在しない、これはそうあれかしと世界が定めた理だ。だが、一人が超級職を複数所有する事は可能。あまり伝わってはいないが【超闘士】の存在からもそれは明らかだ」

 

 では、それに限界は存在するのか?

 

「答えは否だ。少なくとも、一人が三つの超級職を同時に持っていても問題は無い。……何故断言出来るのかと問いたげだな?」

 

 パキリ、と男が手に持っていた水晶が砕け散り、夥しい量の魔力が男の周囲を渦巻く。

 ここまで来てあの魔力の正体が漸く分かった。あれは怨霊だ。鼻が曲がりそうな恐ろしい匂いがあの水晶から漂う。

 ……であるならば、もしや男の足元に転がる無数の水晶は全て――

 

「単純な事だ、私が超級職を三つ所持しているからに他ならない。そして遅くなったが君の質問に答えよう。私の目的は失われた超級職を全て蒐集する事だ。この教団もそれらの情報を集める足掛かりだよ。だが君にばれてしまった。もうこの街に潜む意味は無くなったと見ていいだろう、去り際に街を滅ぼしておこうか。私を知る可能性は悉く潰さねばならぬ」

 

「……させるものか」

 

「くく、どうして笑っている? もしや私のような「分かりやすい悪」を待ち望んでいたのか? 面白い、さて、遅れてしまったが自己紹介をしようか」

 

 男が一つずつ、大切なものを踏み躙る様に足元の水晶を磨り潰していく。溢れた魔力は男の元へ集い、密度を増していく。

 

「私の名はシュヴァルツ、【闇王】、【死霊王】、【呪術王】の超級職を持つ者だ。」

 

 男――シュヴァルツが纏う闇は、「倒すべき悪」を形作り僕達に牙を向いた。

 

 

 

 

 

 こうしてシュヴァルツとの戦闘が行われ、僕達は劣勢を強いられた。

 だが逆に言えば三つの超級職を持つシュヴァルツ相手に劣勢ながらも戦闘を継続出来ているという事でもある。細かい理由は多々あれど、この状態になった理由は大きく分かれて三つある。

 

 一つは僕の存在だ。シュバルツが新たに魔法を使う度に、その魔法を覚えて対抗出来る魔法を打ち出す。シュヴァルツに【闇王】や【呪術王】の魔法を返してやる事で相手の混乱を狙ったりもした。

 アークが強くなるにつれて様々な魔法を覚えていったのであまり使わなかったが、相手が未知の魔法を使ったとしても、その魔法が使える下地と魔力があるのなら僕にもそれは扱える。

 

 【天竜王】が認めた魔法の才は生半可な物ではなかった。

 

 もう一つは僕とアークが共に戦っていた事だ。僕は広域制圧や広域殲滅、アークは個人戦闘に特化している為、シュヴァルツが【死霊王】としてアンデッドを大量に呼び出せば僕が対応し、【呪術王】として個人戦闘に切り替えるならアークがシュヴァルツを抑える。

 ジリ貧ではあるが、結果として僕達はシュヴァルツとの戦い方に合致したパーティーだったのだ。

 

 最後に、これが一番大きいが、シュヴァルツ自身が戦闘に長けていない事が挙げられる。

 【闇王】に【死霊王】に【呪術王】、手数だけ見れば百や千は容易に上回るが、シュヴァルツがその豊富な手数を生かして戦えているかと言われれば、答えは否だ。

 長く戦って漸く分かったがシュヴァルツは己の体を軸にした戦いが苦手なのだろう。拙い、或いは力に振り回されていると言い換えてもいい。

 

 シュヴァルツは手にした力に胡坐をかいていたのか? いいや、きっと違う。シュヴァルツにとっては「超級職をこの身に集める事」が目的で、それが終着点だったのだ。

 

 その事にシュヴァルツも気付いたのだろう、顔を顰めて保守的に動き始める。

 ニィとアークが笑う。やはり拙い。戦闘に活かしきれなくても攻勢に出られなかったのはその膨大なスキル量とそこから派生する手数の多さからだったというのに。

 

 着々とシュヴァルツの体に傷を増やしていく。短杖と短剣を扱うアークの変則的な魔法剣士染みた戦い方は対処を間違えればそれだけ相手が不利になる。

 勝機はある。僕達の全てとシュヴァルツの全てが噛み合った結果だが、人はそれを運命と呼ぶだろう。

 

 だから僕達は勝ちを確信して、シュヴァルツが何か仕出かそうとしている事に気付けなかった。

 

「最早ここまでか……」

 

 シュヴァルツが諦念を漂わせた声音でそう呟く。アークが何事か問い質そうとする間際、奇怪な匂いがシュヴァルツから漂ってきた。

 

「アーク! 離れ――」

 

 神殿が崩れかねない程の広域魔法がシュヴァルツの手元から吹き荒れる。形振り構わずこちらを殺す算段に出た様だ。

 そんな事をすれば自身も死にかねないというのに、シュヴァルツに死に対する恐怖は無い。

 

「私は選択を誤った。君達と戦う事自体が間違いだったのだ。超級職の蒐集は私の意志を継ぐ者が行うだろう、ならばこの手で、せめてお前達だけでもここで殺す」

 

 この街諸共崩れ去れ。そうシュヴァルツが言い放った途端、大地が揺れる。本当に手段を選ばなくなった。この街ごと僕達を消さなければならないと思ってしまったのか。

 

「アーク、一度上に逃げよう! 街が危ない!」

 

「行かせると思うかね?」

 

 アークがその場に倒れ付す。

 

 何を。

 

「【呪術王】の奥義だよ。己の死と等価交換だ。諸共に死ぬがいい」

 

「貴様――ッ! ふざけるなッ!」

 

 思いつく限りの魔法をシュヴァルツに叩き込む。それをシュヴァルツは避けようともせずに、全ての魔法が直撃した。

 

「そこの少年ももって数分の命だ。相手を確実に殺す為だけに自分なりに改良した物だからな、【教皇】はおろかかの【天竜王】であろうと蘇生は不可能、手遅れだよ、“紫電”の片割れたる天竜よ」

 

 狂ったような笑いと共に、シュヴァルツは息を引き取った。だというのに、大地の鳴動は止まらない。

 

 アークの元へ向かうと苦しそうに横たわったままだった。どうにかしようとして解呪の魔法を試し、あっけなく無効化される。

 手遅れ、アークが死ぬ、どうかしなきゃ、いや、どうも、出来ない。頭の中を無数の思考が駆け巡り、出た結論は何も出来ないという物だった。

 

「……マギ、頼みが、ある」

 

「ッ、アーク!?」

 

 今も呪いが全身を駆け巡っているにも関わらず、アークは立ち上がった。

 

「俺との約束、覚えてるか?」

 

「……うん」

 

「呪いが俺を殺す前に、マギ、お前が俺を殺すんだ」

 

 アークの目は事ここに至っても憧れに満ちた物だった。

 

「もう俺はここで死ぬ、だからどうか、その前に」

 

「……じゃあ僕もわがままを言わせて貰うよ。アーク、最期に勇者と魔王として戦おう」

 

 最後くらいは、僕にも夢を叶える手伝いをさせてくれ。アーク。

 頬を伝う涙が石畳に落ちる。

 

 きっとこれが、最後の分岐点だった。

 

 

 

 

 

 その後の事は幾ら時が経とうとも忘れはしない。街に出て、シュヴァルツの悪行を全て僕の物にした。何もかもを壊して、街の人々を遠ざけた。

 

 そんな僕を止める振りをするアークとも戦った。今まで戦った中で一番強かったよ。気力が切れるその瞬間まで殺す気で挑み、僕の喉に短剣を突き立てた。きっとこの傷跡は消えないものになると思う。

 

 アークは瓦礫の山で寝そべる僕の体に身を預けて、浅い呼吸を続けていた。

 

 ――マギ、魔王として、時が許す限り、生きてくれ。死ぬまでに、俺が驚く様な、英雄譚を用意してくれ。

 

 あぁ、約束だ。

 

 避難していた街の住民はずっと遠くでこちらを窺っていた。そうだ、目に焼き付けろ。今から行う一撃は「倒すべき悪」の誕生、そして一人の勇者への葬送だ。

 

 崩れ去った街に落ちる災禍の雫は、一滴の涙の様に思えた。

 

 

 

 

 

「こちらの問いに答える気力はあるか?」

 

「……誰だ」

 

 灰燼に帰したとある街の跡地で一匹の竜は奇怪な人物と相対する。

 

「私はジャバウォック、君の様に力あるモンスターに更なる力を与えに来た。【UBM】、と言えば分かるか」

 

「……成る程、二つ質問がある」

 

「聞こう」

 

「その力を得れば、魔王のような力は手に入るか?」

 

「当人の素質と力量次第だが、可能性は零ではない」

 

「ならもう一つ、名前を付けるのはお前か?」

 

「一概にそうとは言えないが、要望があるのなら言ってみるといい」

 

「僕の【UBM】としての名前に、マギという名を入れてくれ。それが出来るのなら、喜んでこの身を差し出そう」

 

「いいだろう」

 

 あの時憧れを口にしなければ。

 

 あの時子供を見捨てていれば。

 

 あの時願いを否定していれば。

 

 あの時彼の夢を叶えなければ。

 

 幾多の仮定が頭を過ぎり、そのどれもが泡沫の如く消えていく。

 

 全ての分岐点は過ぎ去った。もう僕の道はアークの遺志が照らす魔王としての一本道だけだ。

 

 だから(マギ)は。

 

 だから(【魔竜王 ドラグマギア】)は。

 

 ただ悪辣たれをこの身に宿し、魔竜王として、今日この時まで生きてきた。

 

 なぁ【妖精女王】。

 

 私はこの昔話をお前に話して良かったと思っているよ。

 

 遠くで私を打倒せんと息巻く者の気配を感じる。

 

 私の命に手が届くやも知れぬ人間だ。

 

 ……漸く、お前への土産話が出来そうだ。アーク。

 

 




マギ
・【遡竜王 ドラグトラベル】の末子であり、生まれつき魔法の才に秀でた特殊個体。幼竜に似つかわしくない思考能力も特徴の一つ。
・人間の子供であるアークと行動を共にするにつれて行動原理に「あらゆる魔法を習得する」に加えて「アークが夢を叶える瞬間をこの眼で見たい」が追加される。
・アークが夢を叶え、【魔竜王 ドラグマギア】という名を新たに付けられてからは「アークが英雄だったという事実を己の悪行によって証明する」事を目的として行動していた。
・歪んで捩れてずれてしまった生きる意味に、彼は少しずつ疲れてしまっていた。

アーク
・英雄になりたいという夢と夢物語の英雄に対する憧れを持ち合わせていた少年。ある時無謀な冒険をしようと試みて狼に襲われ、紫色のドラゴンの子に救われた。
・【従魔師】としての実力は高く、マギの力はあれど二つ名を獲得するに至る。後に【竜騎兵】や【襲撃者】のジョブを得るなど、子供ながらに戦闘能力は一線を画していた。
・冒険者としてどんどん強くなっていく中で己の中の英雄にたどり着ける事は無いのだろうかと悩みもしていた。アークの中の英雄像が高すぎるのも原因の一助であり、よく言えば純粋で、悪く言えば子供染みた考えを改められなかったのだろう。
・強者と勇者の違いは倒すべき悪がいないからと思い至るようになり、だんだんと魔物退治や盗賊狩りなどを好んで行うようになる。
・闇の教団の主である【呪術王】の死と同時にかけられた呪いによって己の死期を悟り、運命の相手であり唯一無二の相棒であるマギに最後の夢を叶えて欲しいと願う。
・アークにとっての誤算はマギが思っていた数倍も己の事を慕っていた事に気付かなかった事。マギがアークの心中が分からなかったようにアークもまたマギが己の事をどれだけ考えているか分かりきってはいなかった。
・結果小国家を巻き込む大災害を引き起こした元凶と言っても差し支えない事を仕出かしたアークだったが、真相は何もかも災禍によって消え去った。記録に残っているのは暴走した竜を一人の少年が足止めしていたという事実だけである。

シュヴァルツ
・強くしすぎたチョイ役。【闇王】と【死霊王】と【呪術王】の三つの超級職を持つ。
・超級職を得て何かしようではなく「超級職を蒐集する」事が目的なので本人の力量はかなり低い。
・最初に【死霊王】に就く事で寿命という時間制限を排し、ゆっくりと時間をかけて超級職を集めていった。数百年もすれば、本当にロストジョブ全てに手を掛けていたかもしれない。
・アークはとんでもない魔王を生んだが、同時にとんでもない化物になり得る可能性を排除した。

一匹の竜の過去でした。言う必要は無かったのに言ったのは少しでもアークの存在を知る人が増えて欲しかったからですかね。
ジャバウォックの対応に自分でも若干違和感あるけど彼も相手が知性と理性を持ってたらちょっと交渉するくらいはするかもしれない。
特に重要じゃないけどアークの勇者に対する想いについてはロボトミの「憎しみの女王」を参考にしてたりする。
一万字を超えたりしなければ次回決着です。


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第三十話 アムニール防衛戦線⑥南西、勇者と魔王。

 

 霊都より南西、血が染み込み肉で彩られた臓物の山が点在する紅い戦場にて。

 

 血の海に倒れ付す【妖精女王】に聞かせていた昔話を終えた【魔竜王 ドラグマギア】が霊都の方向へ目を向ける。

 

「……何故、私にその話を……?」

 

 既に意識を失っても不思議ではない程の出血量でありながら【妖精女王】は語りかける。

 

「何故だろうね、彼の存在を知るものが増えて欲しかったからかもしれないし、君の時間稼ぎに乗っても良いと思えたからかもしれない。私でも良く分からない、言う必要は無かったのにね。」

 

 何に対してか分からない期待が心の内で芽生えたのは北東方面で分身体が二体も消え去った感覚がしてからだ。それから、何となく興が乗ったのかもしれない。

 

「喜びたまえよ【妖精女王】、君の命懸けの時間稼ぎは実を結んだ」

 

 そぅら、見たまえ。

 

「君達の希望がやってきたぞ?」

 

 遥か上空で蒼い鳥に捕まっていた何者かが地上へと落ちる。いや、私目掛けて向かってくる。

 その男は揺らめく炎を思わせる大剣を携えてこちらを見据えていた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 時は少しばかり遡る。

 

 ネビロスが満身創痍の中で伝えた情報をプラタイアから聞いた俺は、プラタイアのエンブリオである【フィロソフィア】に掴まって南西へ向かっていた。

 幾らステータスが高くとも空を飛んだ方が早いと判断しての事だったが、悪くない選択だった様だ。

 

 空を飛びながら地上の惨状を眺めて舌打ちを一つ零す。

 

 彼我の実力差を見誤っていた。

 

(……いや、見縊っていたと言っていいだろう)

 

 たとえ【UBM】が関わっていようとスタンピードには変わりなく、雑兵を殲滅し【UBM】を狩れば事は終わると、開戦後までもそう思っていた。

 蓋を開けてみれば、どうだ? 【魔竜王 ドラグマギア】の分身体に過ぎない相手にこうも戦場をかき乱されて俺達が劣勢に追い込まれている。

 

(本当に、あいつは良くやってくれた)

 

 ネビロスが【魔竜王 ドラグマギア】の分身体を消し、【餓鬼王 グレイロード】の特典武具の力で本体の位置を割り出さなければ片っ端から分身体を殺して本体を探す羽目になる所だった。

 一つの戦場内でスタンピードが完結しているのならその手も打てたが今回は霊都を中心に全方位で戦争が行われている。戦場から戦場までの移動時間がそのままタイムロスに繋がり、時間を掛ければ掛けるほど何処かしらの綻びは大きく修復不可能な物になっていただろう。

 

 ……重ねて思う。本当にネビロスは良くやってくれた。

 

 あいつの情報が無ければ真っ先に南西に行こうとはしておらず、眼下で血の海に沈む【妖精女王】を助ける事は叶わなかっただろう。

 

 フィロソフィアの足から手を離し、ユースティティアをフランベルジュに変化させる。

 

「【ドラグマギア】ァアアアアアアアアア!!」

 

 初手最大火力の《炎天昇華》。ここに来るまでに溜めた熱を光として打ち出す。炎や熱波などとは比べ物にならない、正しく光速で放たれたそれは【魔竜王 ドラグマギア】の全身を余す事無く焼き焦がす。

 

「随分な御挨拶じゃないか」

 

「お前に構ってる暇は無いからな」

 

 まだ生きている。居場所を確認しすぐさまエストックに形態変化。《命脈昇華》で分身体を刺し貫く。

 

「むっ……」

 

「お前、もうMP使い果たしただろ」

 

 痛みや倦怠感を微塵も感じさせない振る舞いをしていたが、先程三人がかりで戦った分身体と比べ、あまりにも脆い。

 大方、【妖精女王】との戦闘で肉体を構成する魔力まで消費せざるを得ない状況にまで追い込まれたのだろう。傍から見れば【妖精女王】が手も足も出ずに負けたように見えるかもしれないが、彼女の命を賭した足止めは決して無駄などではなかった。

 

 ポーションを飲んで使用したHPを回復し、更に《命脈昇華》で分身体の体を抉っていく。

 

「何が君をそこまで駆り立てる?」

 

 蜂の巣状態になった分身体を構成する魔力が解け、同時に背後で声が聞こえた。

 振り返るとモンスターのドロップアイテム――内訳の殆どが肉や血、内臓の類であった――の山の上に霧が晴れるように【魔竜王 ドラグマギア】が姿を現した。

 

 あれは本体だ。誰に言われる訳でもなく理解した。直前まで欠片も感じ取れなかった威圧感が、分身体のそれとは格が違う。

 

「私には君が何かに怒っている様に見えるが、さて何に怒っているのかな。【妖精女王】を傷付けた事か? 全ての戦場に分身体を差し向けた事か? 私を殺すと息巻いていたマスター達を鏖殺した事か? それとも霊都を攻め落とさんとスタンピードを仕掛けた事か?」

 

「怒りだけでここに来た訳じゃないさ。俺を信じてついてきてくれた仲間、勝てよと言ってくれた友の意思を無駄にしない為にここまで来たんだ」

 

 ユースティティアを【魔竜王 ドラグマギア】へ差し向ける。

 

「ここで死んでもらうぞ、【ドラグマギア】!」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】は目を細め、クハハと笑った。

 

「そうか、それがお前の矜持か。いいだろう私が相手になってやろう。止めて見せろよ? テルモピュライ」

 

 死骸の山から降り立ち、翼を広げて紫水晶の如き輝きを放つオーラが溢れ出た。それは【竜王】であれば誰もが持ちうる物。

 

「《竜王気――」

 

 ――それを更に派生させたスキルだ。

 

「――魔天牢》」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】の宣言により、世界は塗り替えられた。

 

 

 

 

 

 【魔竜王 ドラグマギア】は【遡竜王 ドラグトラベル】の子である。それを知る者は殆どいなくなったがその関係は紛れもなく事実である。

 そして親と子である以上、異常個体から生まれた異常個体であるとは言え、多少なりとも【遡竜王 ドラグトラベル】から受け継いだものもある。

 

 最たるものが空間の支配能力だ。母である【遡竜王 ドラグトラベル】は余りある時の中で蓄えたリソースを基に自在に時間遡行能力を行使できる世界を展開する。

 歪ながら、【魔竜王 ドラグマギア】は圧倒的優位に立てる絶対領域の模倣に成功した。

 有り余る魔力を《竜王気》に注ぎ込み、オーラに触れたありとあらゆる物質を蝕み、飲み込まれたものの魔力を奪い取る牢獄。

 

 あらゆるものは己の持つ力を差し出して死んでゆく、それが【魔竜王 ドラグマギア】が定めた牢獄のただ一つの法則だった。だがその法則が適用されるのは弱者のみ、【魔竜王 ドラグマギア】と真っ向から戦うに値する強者であれば、そのちっぽけな鳥かごは整えられた戦いの場へと姿を変える。

 

 

 

 

 

 辺りが無作為に張り巡らされた魔法陣で構成された空間へと変貌した事に思考が止まったが、背後で苦悶の声を上げる【妖精女王】に我に返る。

 

「大丈夫か!?」

 

「カフッ……私の事は放って」

 

「おける訳ないだろ! お前が死んだら何もかも水の泡だろうが!」

 

 脳裏に【妖精女王】をお前呼ばわりしてしまった罪悪感が頭を過ぎるがそれこそ心底どうでもいい事だ。懐から快癒万能霊薬を取り出して【妖精女王】に飲ませる事に専念する。

 

「んくっ、この空間、どうやら内部に存在する全てから魔力を奪っていっている様です」

 

「……何だって?」

 

 己のステータスを見やると、確かにMPが徐々に削られている。即座にユースティティアをグレートソードに形態変化、振り向き様に全霊を込めて【魔竜王 ドラグマギア】へ向けて《妖天昇華》を放つ。

 じりじりと吸収される位なら、とそこそこのMPを注ぎ込んで放たれたそれは魔法陣だらけのこの空間に、解けるように消えていった。

 

(MP吸収から予想はしてたが魔法攻撃もアウト、と。純魔が放り込まれたら成す術無くなるんじゃなかろうか)

 

 《妖天昇華》を放つ前に魔力が霧散するという事は無かったので地属性の純魔なら何とか行けそうな気もするがさておき。

 最後の確認だ。

 

「ここから逃げられるか?」

 

「無理です、今私が動けないのもありますが……この空間の外縁に近付けば近付く程魔力を、いえ、それどころか生命力すらも吸収されていきます」

 

 外に救援要請も兼ねて妖精を飛ばしたが瞬く間に死んでしまったと【妖精女王】は言った。

 なるほど、なるほど、なるほど。

 

「つまり速攻で【魔竜王 ドラグマギア】を倒せばいいわけだ」

 

 【妖精女王】をこの場から逃がす事はできず、増援を待ってるだけの時間は無く、こうしている間にも魔力を奪われ続けるのであれば。どれだけ時間を稼いでも、どれだけ策を弄しても、結局の所はそこに帰結する。

 であるならばまどろっこしい事はもう抜きだ。

 

 MPが吸収される空間? 相手の絶対的有利? 知った事ではない。道を阻むものを全て切り払い、上から正義を叩きつけ、この戦争を終わらせてやる。

 何て事は無い、つまる所いつも通りやればいいのだ。

 

「《崩玉炉》、《再生核》、《灼熱帯》」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】を見据えつつバフを重ねていくが、以外にもバフを掛け終わるまで【魔竜王 ドラグマギア】が動く事は無かった。

 

「準備は出来たかい?」

 

「存外律儀な奴だ、感謝するぜ」

 

 最終決戦は互いの致命の一撃を交わす事で幕を開けた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 【妖精女王】は何とかして救援を呼ぼうと悪戦苦闘していたが、仮に救援を呼んでいれば戦闘の余波で吹き飛んでいただろう。

 それほどまでに次元の違う戦いだった。

 

 技巧が優れてるとか手数が多いとかそういう訳では無い。

 

 一分の隙も無く放たれる【魔竜王 ドラグマギア】の過密な魔法攻撃をたった一振りの業火と炎熱で吹き飛ばす。お返しとばかりにテルモピュライの持つ巨大槍から放たれた衝撃波は十重二十重に展開された障壁によって阻まれる。

 

 ――振るわれる力そのものが桁違いなのだ。

 

「ハハハハハァアッハハハアア!!!」

 

 テルモピュライが狂喜の叫びを上げる度に、幾度と無く形を変える蒼い剣を振るう度に、空間が軋みを上げて純粋な殺意が具現化した様な無数の斬撃が【魔竜王 ドラグマギア】に殺到する。

 迎え撃つように【魔竜王 ドラグマギア】の全身を覆う紫電が迸り、幾重にも重ねられたありとあらゆる魔法がテルモピュライの全ての攻撃を無為に帰す。

 

 仮にも【妖精女王】として力を蓄えてきた私でも目を覆いたくなるような、馬鹿げた力のぶつかり合いに堪らずここが何処かも忘れて結界で身を覆う。

 数瞬後には結界を構成する魔力が空間に吸収されてしまった。こうなるともう私に出来る事は出来る限り身を縮めて流れ弾に当たらないように祈る事だけである。

 

「……やはり」

 

 やはり衰えている。女王として霊都に住まう者達の誰よりも強いという自身と自負はあるが、全盛期に比べれば遥かに力が落ちてしまった。

 全盛期の時のような力があれば【魔竜王 ドラグマギア】を退ける事も出来たのだろうか。そう、例えば先代【妖精女王】の様な全てを撥ね退ける力があれば……。

 

(……私にはこの名は荷が重いですよ)

 

 

◇――◇――◇

 

 

 興奮から堰を切ったように叫び声が俺の口から漏れ出るのを抑え切れぬまま、俺は冷静に現状を分析する。

 《妖天昇華》と《命脈昇華》のリソースは補充され続けるが、《炎天昇華》のリソースを生む鉱石系アイテムの貯蓄に若干の不安がある。トリカブトからコルタイト鉱石を幾つか貰ったのでまだマシな部類だが……。

 

 MPが吸収される為《妖天昇華》は掻き消され、防具も身に付けてないため《塵埃昇華》もダメージソースになり得ない。必然主な攻撃は《命脈昇華》、《決起昇華》、《炎天昇華》の三つに絞られる訳だがこの中で面制圧が可能なのは《炎天昇華》だけだ。

 向こうの魔法を迎え撃つ手段が無くなるのは避けなければならない。

 

 なら。

 

「必然短期決戦になるよなぁああああ!?」

 

 けたたましく、狂ったように声を荒げて更に苛烈に攻撃を重ねていく。

 頭では冷静でいながら徐々に口調が荒々しくなっていくのは事前に摂取したアイテムの影響だ。AGIとDEXを一定時間上昇させる代わりに正常な思考が出来なくなる物らしい。

 幸いマスターの精神保護の対象だったのか思考だけはクリアだが。ふと思い出したが【魔竜王 ドラグマギア】の精神支配は何故マスターに正常に作用したのだろうか、運営の忖度……いや、無いな。

 

 まぁここまで来たんだ、今ここで俺がこいつを倒せばそんな些細な事に頭を悩ませる必要も無かろうて。

 

「ふっ――」

 

 フランベルジュ形態で目晦ましとして《炎天昇華》を放ち、即座に【魔竜王 ドラグマギア】の元へ駆け寄る。同時にユースティティアもフランベルジュから形態変化、選んだのはエストックだ。

 

「そう何度も――む?」

 

 何度も繰り返された障壁の多重展開を確認し、跳ぶ。

 

「《命脈昇華》ァ――!!!!!」

 

 HPを九割消費し、【魔竜王 ドラグマギア】の展開した数十もの障壁を全て突き破る。何驚いてんだ、予想外は通用しねぇぞ?

 空中で体を捻り【城塞炉心 タタラ】の《崩玉炉》を解除、HPの回復は《再生核》での超リジェネに任せてユースティティアをパルチザンに形態変化。

 

 上昇したAGIとDEXに任せて空中で【魔竜王 ドラグマギア】に向けて被ダメージのリソースを全て注ぎ込んだ《決起昇華》を零距離で解き放つ。

 

「なッ――」

 

 少なからず油断をしていた【魔竜王 ドラグマギア】は障壁を張る間も無く放たれた攻撃に対して初めて回避を選択した。だがそれでも避け損ねた俺の攻撃で、徐々に体力は蝕まれていく事だろう。

 膠着状態だった戦闘は俺に有利な場面へと傾いていく。

 

 さぁ。さぁさぁさぁ。

 

「拍車をかけていこうかァ!! ――《天と地分かつ正義の剣(ユースティティア)》!!」

 

 

 

 

 

 マスターの情報の中で最も値打ちのある情報は何か。論ずるまでも無いだろう、超級職? 戦闘スタイル? 何れもNOだ。

 

 答えはエンブリオ。マスターによって千差万別な力を持つ相棒にして切り札そのもの。

 マスター同士での戦闘ではエンブリオの力量や相性が戦況を左右する。それ故マスターの情報の中でも最も価値が高く、マスターもまた必死に秘匿する。

 

 そんなマスターが多い中では珍しい方だろう、テルモピュライの様に己の必殺スキルの存在を秘匿しようとはしないマスターというものは。

 

 テルモピュライのエンブリオである【乾坤一擲 ユースティティア】の必殺スキル、《天と地分かつ正義の剣(ユースティティア)》の効果は「指定した時間の間、全てのステータス及び全てのユースティティアの固有スキルの威力を上昇させ続ける」というもの。

 小細工抜きにただ強くあれを体現した、対策されにくいステ上昇型の必殺スキルになっている。

 

 どれだけ策を弄しても必ず殺す。テルモピュライが必殺スキルを秘匿しないのは、その程度の情報を得た所で何も出来ないという自信と必殺スキルへの対策を練ってきたのならそれごと叩き潰すという自負に裏づけされたものだった。

 

 

 

 

 

 相対するテルモピュライという名のマスターが何らかのスキルの名を叫ぶ。と同時に今まで空いていたテルモピュライの左手に黄金色の天秤が握られていた。

 

「戦闘終了までだ、対価の未来は好きなだけ秤に乗せろ!」

 

 その言葉と共に天秤は霞のように掻き消え、テルモピュライの体が薄い藍色に輝き始めた。

 ――まずい。

 

 最早後の事等気にしている余裕は無い。

 霊都を囲む無数の魔物達から、各地に配置した分身体を通して一匹の例外無く命尽きるまで魔力を徴収する。

 

(……足りない、これではまだ)

 

 ぽつ、ぽつと私の体の周りに無色透明な水滴が浮かぶ。魔法で生み出した物ではない、戦場に蔓延る全ての魔物の魔力を集め束ねて凝縮した純粋な魔力の塊だ。

 水滴は徐々に体積を増していき、瞬く間に私の体を覆い隠すほどになった。

 

 溢れんばかりの魔力を使って広範囲の海属性面制圧魔法を多重展開しテルモピュライを押し流そうとするが何もかもが薙ぎ払われる。

 構わず魔法を連発してもただの一振りの反撃が全てを泡沫に帰していった。

 

 じり、と足元から何かの音がした。

 

 ……無意識に私が後ずさった音だ。

 

「……何故、最初からそれを使わなかった」

 

 私のその言葉にテルモピュライは攻撃の手を止め、持っていたグレートソードを地面に付きたてた。

 

「エンブリオの必殺スキルなんだ、デメリットが無い訳無いだろう?」

 

 至極真っ当な事だという様にテルモピュライはそう言った、確かに切り札を秘匿するには十分な理由だろう。

 それでも、求めていなかった答えに私は目を細めた。まるで眩しいものを見るように。

 

「何故、何故マスターばかりがそのような力を手にする!? 長い、永い時を経て力を蓄えてきたというのに!」

 

 自分でも制御できない感情の発露、それをテルモピュライは黙って見ていた。

 

「何故今更になってとでも言いたげだな、あぁそうさ、私はお前の様な強者を待ち望んでいた! 私を超える力を持つのならその者に討たれても良いと、ずっとだ! だが、血反吐を吐くような努力も届かぬ夢に手を伸ばす必要も無い貴様らマスターが私を超える事に今になって苛立ちを覚える!」

 

 今もテルモピュライに対して少なからず恐怖を抱き逃げようとする本能に心底嫌気がさしてくる。

 

「まさかお前……」

 

「そうさ、悔しいんだよ私は! 今まで彼と歩んできた道が無駄だったと嘲笑われている様に感じるんだ!」

 

 言った、言ってしまった。今まで悪辣に、魔王然とした振る舞いを心掛けていたというのに。

 

「――無駄なんかじゃあ無いさ」

 

 ――。

 

「ロールプレイをかなぐり捨てて悔しいと思えるのは自分の力に本当に自信を持っていた証拠だ」

 

「……知ったような口を」

 

「利かせて貰うぜ、お前何を申し訳無さそうにしている? 誰に謝るつもりだ? お前の言う彼とやらか?」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

「お前のその力は全てお前の研鑽による物だ、全てお前が得た力だ。【魔竜王 ドラグマギア】、自分の力をここにいない誰かに委ねるな。お前の力なんだ、自信を持て、それ以上に己の力に誇りを持て」

 

 それは私の根幹を揺さぶる言葉に他ならず。

 

「自分よりも弱いと思っていた奴が強かった? だからどうしたと笑い飛ばしてやれ、傲岸に不遜に哂え」

 

 テルモピュライが、本心から私を激励しているのだと。

 

「お前が何に縛られてんのかしらねぇが、手始めにうっとおしいこの鳥籠をぶっ壊してやる」

 

 漸く気付いた。

 

 テルモピュライが地面に突き立てたグレートソードを引き抜き、渾身の力を込めて袈裟懸けに刃を振るう。

 本来なら例外無く魔力を吸収する筈のこの空間が、大瀑布の如き衝撃波に晒され軋みを上げていき、そして――

 

 

 ごめんな、俺のわがままに付き合わせちまって。

 

 

「お前を縛り付けるものなんて、その気になればどうでも良いの一言で片付けられるもんなんだ。さぁ戦おうぜ【ドラグマギア】、【剣聖】テルモピュライがお前の物語に終止符を打ってやる」

 

 世界を構築していた魔力が呆気無く砕け散る。私のただひとつの呪いと共に魔王城は瓦解した。

 

 そう、か。ずっと気を張っている必要なんて無かったんだな。お前がそう言うのなら、今しばらくは私の倒されるべき悪としての役割は忘れよう。

 

「あぁ、吹っ切れたよ。ありがとう、テルモピュライ。お礼にこれから一撃で葬り去ってくれよう」

 

「望む所だ、やってみろ【魔竜王 ドラグマギア】」

 

 その言葉を聞き、私は翼を大きく広げ空高くへと飛んだ。

 高く、高く、より高く。翼をはためかせる度に私の存在に気付いた人間達が攻撃を加えようとしてくるが、今更そんなものに当たってやるつもりは無い。

 

 そうして私が追い求めたアムニールの頂上と同じ高度まで来てやっと、全ての戦場を見渡せる所まで来た。

 

「今引き寄せられる全ての魔物を引き寄せろ」

 

 私が下した命令と共に各地の分身体が同時に津波のように支配下においている全ての魔物を放出した。だがこれは戦力として数える訳では無い。

 戦場に存在する全ての支配化の魔物から各地の分身体へ、分身体から私へ。呼び寄せた魔物から全ての魔力を徴収し、各地に展開していた分身体を構築する魔力も吸収する。

 

 そうして集めた魔力を圧縮し、凝縮し、湖ほどの液体が集まった。

 さぁこれからだ、こんな物では終わらない。

 

 翼を広げ、周囲の自然魔力も掻き集める。湖ほどの魔力の塊を更に押し固め、一滴の雫になるまで収縮させる。そしてそれを自然魔力で成型し内部の過密な魔力を沈静化させ、地面に落ちる衝撃で暴虐の嵐が吹き荒れるように調整を重ねた。

 

 今まで操った事の無い量の過剰な魔力に苦戦しながら口先に意識を集中させていく。

 それが出来る頃には空から光が薄れ――

 

 ――戦場が凪いだ。

 

 さぁ見るがいい、これが正真正銘私の切り札だ。私が手に入れた力。ここまでお膳立てして貰ったんだ、マスター如きに破れる事などある物か。

 ……だが、あぁそうだな。もしもこの技をテルモピュライが打ち破ったのなら、その時は――。

 

 天からは遍く全てを塵へと返す一粒の雫を作り上げた私が、地からは白熱した蒼いフランベルジュを構えたテルモピュライが。

 

「《災禍の涙》」

 

「《炎天昇華》ァアアアアアア!!!!!!」

 

 互いに示し合わせたように自身の最強の一撃を放った。

 

 テルモピュライの宣言したスキル名は何度も聞いたものだったから、私はそれを聞いて炎を放つのだろうと思っていた。

 だが炎ではなく熱を扱うスキルと知っていれば、成る程確かに、それを予測する事は出来たのだろう。

 

 大地から天空へと昇るその一撃は、正しく一条の雷となって《災禍の涙》を迎え撃つ。

 

 だが拮抗していたのは一瞬だ。その程度で私の力は止まらない。テルモピュライの放った雷を押し退けるように《災禍の涙》は地面へと着実に距離を近づけ――

 

「――上乗せだ! 何もかもをくれてやる!!」

 

 轟音と共に、雷が勢いを増した。

 極大の豪雷が《災禍の涙》を包み込み、そのまま消し去ってしまった。

 

「……クハッ」

 

 何でもありかよ、全く。

 豪雷は勢いを更に増していき私の体すらも飲み込む。痛みは、無かった。

 

 どうだ、強かったか?

 

 ……あぁ、強かったなぁ。 

 

 マギが認めた勇者かぁ、なんて名前なんだ?

 

 ……テルモピュライ、もう名前を忘れる事は無いだろう。

 

 いいなぁ、お前の話聞かせてくれよ。

 

 ……ふふ、いい土産話が出来た。

 

 ……なぁ、マギ。

 

 ……。

 

 ごめんな、ずっと俺の言葉に従ってくれてたんだな。

 

 ……なぁ、アーク。

 

 え?

 

 ……僕は、君が最期に言葉をくれたから今まで生きて来れたんだ。

 

 マギ……?

 

 ……君に話したい事があるんだ。今回の事だけじゃない、世界中を回って面白いものを沢山見つけたんだ。

 

 ……。

 

 ……ずっと謝りたかった。僕がもっと強ければアークを死なせずに済んだのに。

 

 マギのせいじゃないよ、俺だってマギに謝りたかった。先に死んで、マギを残してごめんね。

 

 ……ずっと、アークに会いたかった。

 

 俺もそうだよ、これからはずっと一緒にいるさ。

 

 ……そう、だな。ありがとう、テルモピュライ。僕を倒してくれて。

 

 さぁ、行こうか。マギ?

 

 ……あぁ、今行くよ。アーク。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 正真正銘、全身全霊を込めた一撃が晴れた時、上空から一体のドラゴンが墜ちて来た。

 力無く、翼を広げもせずに重力に従っていく様は間違い無く墜ちていると言っていいだろう。

 

 必殺スキルを使った。対価の上乗せも行った。出来る事は全てやりきった。これで終わってくれなければ……。

 

 そう固唾を呑んだ俺の体が途方も無い倦怠感に包まれる。何度か覚えのある、必殺スキルが解除された感覚だ。

 

 【【魔竜王 ドラグマギア】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【テルモピュライ】がMVPに選出されました】

 【【テルモピュライ】にMVP特典【竜魔紫晶 ドラグマギア】を贈与します】

 

 それは【魔竜王 ドラグマギア】が命を失ったと世界が認めた事に他ならず。

 

 【クエスト【防衛戦線――霊都アムニール】を達成しました】

 

 それは霊都を襲ったスタンピードが終結したことに他ならず。

 

「俺達の勝利だぁあああああ―――――!!!!!」

 

 心の底から溢れ出す勝利の鬨の声が各地から上がるのは当然の事だった。

 

 




最近の騒動は一向に終わる気配を見せないけどせめて今章は終わらせる。という訳で第二部完結。色々疲れました。

《竜王気・魔天牢》
・【魔竜王 ドラグマギア】のみが扱える《竜王気》の派生スキル。
・概要は本編で言われてる通りで、己の《竜王気》に魔力を混ぜて展開し、範囲内の全生命体を決して逃がさない結界を作りだす。
・【魔竜王 ドラグマギア】が参考にした【遡竜王 ドラグトラベル】の歪曲世界は固有スキルなので《竜王気・魔天牢》とは似て非なる物。【魔竜王 ドラグマギア】を持ってしても同じスキルを創る事は不可能だった。
・【妖精女王】が事前の魔法の打ち合いで瀕死だったけど万全の状態でも《竜王気・魔天牢》が展開されればジリ貧だった。とことん純魔と相性が悪い。

【霊猫眼 ケット・シー】
・瞳孔が縦に裂けた虹色の目のネックレス型アクセサリー。テルモピュライの特典武具の内の一つ。
・《猫妖精の加護》、一定以上の高度からの落下ダメージを無効化する。

【城塞炉心 タタラ】
・燻る火を模した宝石が付けられた指輪型アクセサリー。テルモピュライの特典武具の内の一つ。
・《崩玉炉》、スキルを解除するまで半永久的にHPを減少させ、MPが急速に回復する。この時のHP減少は「被ダメージ」として換算する。
・《再生核》、スキルを解除するまで半永久的にMPを減少させ、HPが急速に回復する。同時に全ての病毒系、制限系状態異常にある程度の耐性を取得する。
・《灼熱帯》、スキルを解除するまで半永久的に所有する鉱物資源を消費し、熱エネルギーに変換する。

テルモピュライの愛用する特典武具紹介。滅多に使わないけど【城塞炉心 タタラ】はテルモピュライにアジャストした特典武具の中では最高級の性能。
【タタラ】を使うだけで時間経過と共に【ユースティティア】の全ての固有スキルを使う為のリソースが溜まっていく。正直これ一つあったら何とかなるレベル。

《天と地分かつ正義の剣》
・【乾坤一擲 ユースティティア】の必殺スキル。発動した段階で黄金の天秤が出現し、「使用時間」と「対価」を改めて宣言する事で必殺スキルは発動する。宣言とは言ったが別に口頭で言う必要は無かったりする。
・それまでの固有スキルも全てがそうだった様に必殺スキルにも支払うべきリソースがある。
・必殺スキルの効果時間が切れてから「必殺スキルを継続使用した秒数×100秒間」ユースティティアの全ての固有スキルが使用不能になり同時に自身のステータスも5分の1となる。
・滅多にする事は無いが対価を上乗せする事で必殺スキルによるステータスと威力の上昇値を更に上げる事ができる。マスターもエンブリオも負担が酷く重くなるだろうが、テルモピュライがそれに後悔する事は無いだろう。

ようやく出せたテルモピュライの必殺スキル。思考が脳筋だからこれくらいぶっ飛んでてもいいだろという浅慮。あと今回試しに特殊タグ使ってみました。分かりづらいだろうけど、実質試験運用なんで別に良し。次回はもう少し早くの投稿を心がけます。


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手記名「祈りの弾丸」
第三十一話 戦の後始末を手伝おう。


 

 

 布団の中に潜り、スマホを覗き込むという不健康極まりない自堕落を俺は続けていた。

 

 あの後、俺はプラタイアに【魔竜王 ドラグマギア】の本体の位置を告げた後特に何事もなく死んだ。

 いやまぁポーションを集るなんて出来なかったしやる事だけやってそのまま死ぬつもりだったからそこは別に構わない。

 

 問題は死亡して現実世界に戻った後だ。

 

 デンドロ内部でかなり濃い経験をしたせいで左腕がある事に若干の違和感を覚えたりしたが、そっちは何とか慣らした。デスペナルティが明けたら五体満足で復活するのだから違和感など感じていられない。

 俺を今悩ませているのはテルモピュライが、レジェンダリアが勝利したかどうか。不安ばかりが蓄積していった。

 

 チャットルームでテルモピュライが来ないか一時間粘ってみたが、一切の音沙汰無し。レジェンダリア関連の掲示板を覗いてみてもデンドロの内部時間がこちらと違うせいで求めている情報は見つからなかった。

 

 そのせいで抱いても意味の無い焦燥を抱えて布団で寝転がってる訳だが。

 

「――ッ!」

 

 掲示板に動きがあった。罵詈雑言や称賛、特に関係ない話題に埋もれる様にして俺が求めていた言葉が一つ。

 

 ――霊都防衛成功、ティアンの被害軽微、首魁の【UBM】撃破。

 

「……良かった」

 

 安堵の溜息を零し、全身の力が抜ける。

 

「俺の、俺らの死は無駄じゃなかった」

 

 あいつは、テルモピュライはやってくれたのだ。喜びに声が漏れるが、それを留めようという気にはなれなかった。

 丸一日はデンドロに入れないんだ、少しばかり勝利の余韻に浸っていても構うまい。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 世界樹の木漏れ日に目を細め、紋章が手の甲に刻まれた左手を目の前に掲げる。深海の蒼を湛えた様な髪は簪を失ったせいで、そのまま背中に流されたまま。

 度重なる激戦で《追い風》装備は限界が近付いている、一度新調せねばならないだろう。一方で武器は素晴らしい物が手に入った、長い刃を持つ剣槍は新しい相棒になるだろう。

 

 俺の死で取り戻した物がある。あの戦いで意味を与えられた物がある。最後まで無茶に付き合ってくれた物がある。力を受け継ぎ成すべき事を成した物がある。

 

 今俺が立つレジェンダリアだってそうだ。様々な物を失って、それでも元通りになろうと努力している。

 こんな所で感慨に耽っている場合ではない、俺も霊都の復興に尽力せねば。

 

 だって俺はマスターの配達屋なのだから。

 

 

 

 

 

 と、早速復興依頼を受けに行こうとギルドに向かったはいいものの、受付嬢に捕まり「暫くお待ち下さい」と応接室に放り込まれた。

 

 特に何かやらかした記憶は無いので何の用事か見当も付かないが……まぁ直に分かるだろう。

 待ち時間を潰す為にグラシャラボラスを呼び出す。

 

「よ、久しぶり」

 

「『あぁ、三日の時を経て漸く復活だ』」

 

 グラシャラボラスのその言葉通り、俺達は傷一つ残っておらずあの激戦が嘘だったかのように元気を取り戻している。あの時は無茶をさせてしまったからありがたい限りである。

 特にグラシャラボラスに至っては傷が無いどころか毛や翼の色艶も良くなり身体も一回り大きくなっている。

 

 ……うん、やっぱお前進化してるよね。

 

「『あれだけの戦いだ、進化もするだろうさ』」

 

「成る程?」

 

 まぁ喜ばしい事なので問題は無い。

 

 

 『保有スキル』

 《インビジブル・マーチ》LV6

 

 《茜色の群火》

 

 《アンノウン・シャドウ》LV4

 

 《柳色の幽灯》:アンデッド種族に特攻を持つ灯火を作る。特定状況下で「亡霊」等の残留思念と意思の疎通を計れる。

 

 

 という訳で俺のグラシャラボラスが第三形態へと進化した。また難儀なスキルを手に入れたようだ。

 試しに新しく手に入れた《柳色の幽灯》を使わせると、やや白味がかった緑色の火の玉がグラシャラボラスの口から吐き出された。

 

 成る程、《茜色の群火》と違って吐き出した後も色々操れるようだ。試しにカバンから不要な紙を取り出し《柳色の幽灯》に近づけると普通の火の様に燃え移り、やがて塵になって散った。

 別にアンデッドだけを焼くという訳では無いらしい。これなら焚き火の火付けとかランタン代わりにして夜の旅路も幾らか楽になるだろう。

 

 残留思念との意思疎通云々は良く分からないが……流石にここで試す事の域を超えている。紙を燃やすのもここで試すべき事ではないが延焼に十分気を付けていたので不問にして欲しい。

 グラシャラボラスに《柳色の幽灯》を解除させると同時に応接室がノックされる。

 

「はい」

 

「いやぁ、待たせてすまないね」

 

 そう疲労を滲ませた声で入ってきたのは冒険者ギルドのギルドオーナー、スタンピード準備時に何度か目にしたお偉いさんであった。

 

「事後処理が忙しくて上から下まで仕事続きだったもんで少々時間がかかってしまった」

 

 そう言ってギルドオーナーは対面のソファに腰をかけた。

 言われてみれば彼の目元に隈が出来ている。別に俺のせいという訳では無いが少しやつれている姿を見ると申し訳無く思えた。

 

「さて、とりあえずは君の疑問を解消しよう」

 

 ギルドオーナーが懐から小さな麻袋を取り出す。

 

「霊都アムニールの防衛に参加してくれて感謝する。これは参加したマスター皆に配っている報酬だ」

 

 少々少ないが許してくれ、と彼は言うが袋の中には決して少なくない量の金貨が入っている。これを参加者全員に配っているのだとしたらとんでもない量になるのではなかろうか。文句など出よう筈もない。

 思わぬ臨時収入に頬を緩めているとギルドオーナーが頭を下げた。

 

「改めて感謝を、君達がいなければ此度のスタンピードを凌ぐ事は不可能だった」

 

「……頭を上げて下さい、俺は結局死んでしまいましたし戦いを収めたのはテルモピュライですから」

 

「そう、それだ」

 

 テルモピュライの力になれ無かった事から口を突いて出た言葉だったが、ギルドオーナーは顔を上げてこちらを見やる。

 

「ここからが本題で、君をここに呼び出した理由だ。君が【餓鬼王 グレイロード】を討伐したというのは本当か?」

 

 聞く所によるとあの【餓鬼王 グレイロード】には懸賞金が掛けられていたらしく、討伐依頼を出しても返り討ちに会うかそもそも見つからないかで成果が振るわず、半ば放置されていたらしい。

 まぁ、あいつのスキルを考えると「だろうな」と思う。大方手下のゴブリンをわざと倒させて敵の姿を盗み見、弱ければ倒し強ければ見つからない様に隠れていたのだろう。

 

「放置しても稀に交易路に出没するので困っていたんだ。もしよければ【餓鬼王 グレイロード】を討伐した証を見せてはくれないだろうか」

 

 そう言われ、俺はインベントリから【餓王剣槍 グレイロード】を取り出した。

 【魔竜王 ドラグマギア】に一矢報いる為に【餓鬼王 グレイロード】が文字通り命と引き換えに俺に預けてくれた剣槍だ。

 

「これが……うむ、確かに【餓鬼王 グレイロード】の特典武具だ。偽装も無く、《真偽判定》にも反応は無い」

 

 そこまで確認するとギルドオーナーは肩の荷が下りたように息を吐き、再び懐の収納カバンから麻袋を取り出した。

 

「スタンピードへの参加と合わせ、重ねて感謝する。これは【餓鬼王 グレイロード】の討伐報酬だ、君達マスターのお陰で霊都の平和は守られた。受け取ってくれ」

 

 ギルドオーナーはそう言って麻袋をテーブルの上に置く。中の金貨はスタンピードの参加報酬とは比べ物にならない量入っていた。

 

「150万リル。これが【餓鬼王 グレイロード】に掛けられた懸賞金であり、今その袋の中に入っている褒賞金の総額だ」

 

「それは、また凄い」

 

 唖然である。

 

「【餓鬼王 グレイロード】自体は特に悪さはしてないんだが問題視されてたのは【餓鬼王 グレイロード】の元で学習能力を得たゴブリン連中だ。これがまぁ厄介なもんで。」

 

 だがこの三日でそういったゴブリンの被害はめっきり聞かなくなった、この大金は王一体でなく王が従えた兵士ごと退けてくれた謝礼でもあるのさ。

 そう言ったギルドオーナーの目は冗談を言っている訳ではなく、純粋な感謝の証がこの大金なのだと教えてくれた。

 

「――さて、堅苦しい話は終わりだ。俺もそろそろ仕事に戻らにゃあならん、来て早々で悪いが資材配達の依頼を受けちゃくれないか?」

 

「はい!」

 

 元よりそのつもりである。

 意気揚々と外を出るギルドオーナーの後を追い、俺とグラシャラボラスは配達屋としての依頼を受ける為、応接室を後にした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 一回り大きくなりより一層頼もしくなったグラシャラボラスの背に跨り、復興依頼用の資材を収納カバンに大量に詰め込み霊都中を飛び回る。

 《過積載》を使って尚カバンに入りきらなかった分はグラシャラボラスの首から網でぶら下げているのだが、重さでふらつく事も無く飛行が出来ている。

 

「疲れないか?」

 

「『あぁ、進化したお陰でこれ位なら苦も無く飛べる。人間も二人と少しの荷物なら乗せた状態で長距離飛行も可能だろう』」

 

「それは凄いな、助かるよ」

 

 もう少し霊都付近でクエストを受けたりモンスターを倒したりとレベル上げをしたら、その後はグラシャラボラスと一緒に旅をするのもいいだろう。

 まぁそれも当分先だ、今は受けた依頼をこなす事を考えよう。

 

 目的地にたどり着き、慎重にグラシャラボラスの高度を下げる。

 

「ギルドの依頼で資材を届けに来たぞ」

 

「ん、おぉ、助かるぜ。依頼達成の印はどこだったか……」

 

 形式上の依頼主はティアンであったりマスターであったりと様々だが、誰もが依頼書に達成の証を印して届けた資材に手を付けていく。

 霊都への被害自体はかなり防げたものの、【魔竜王 ドラグマギア】が呼び出したモンスターの中には飛行型のものもいた。そういったモンスターに城壁や関所を破壊されたりしたらしい。

 不幸中の幸いというべきか居住区への被害は0だったらしいので破壊された箇所を修復すれば元通りらしいが。

 

 そんなこんなで受けた依頼も後一つ。

 とある貴族からの依頼で石材や木材といった建材よりも治療用の道具を運んで欲しいという依頼だ。これは依頼報酬というよりも依頼を出した貴族を見て依頼を受けた。

 まぁぶっちゃけるとアインドラ家からの依頼だったのだ。スタンピードが終わったら話し合いたいとエイラも言っていたし丁度良かった。

 

「さぁここに来るのも久しぶりだが」

 

 相変わらず豪華な庭園を持つガルシア邸の前に着地。門の近くに備え付けられている待機場に門番が休憩してたのでタリスマンを見せて依頼を受けて来た旨を伝える。

 別に依頼だけならタリスマンを見せる必要は無いのだがね。

 

 順当に滞在許可が得られた為、庭園を抜けて勝手知ったる我が家の様にガルシア邸の戸を叩く。流石にマナーを欠いた行いこそしないものの、それでも肩肘張らなくてもいい位には慣れていた。俺達も、ガルシアに仕える使用人達も。

 

「お待ちしておりました、ネビロス様。用件は門番より聞いております」

 

 貴族の中でも位の高いガルシアに仕える使用人の数は俺が覚えきれない程に多いが、その中でもマスターである俺に特に悪感情無く接してくれる人は何人かいる。漏れなく全員吸血鬼であり、目の前の彼女もその一人だ。

 まぁ悪くない好感度を維持できてるのは俺というよりグラシャラボラスのお陰だろうが。

 

「依頼の品を届けにいらっしゃったようで」

 

「えぇ、あとはまぁエイラとガルシアさんに会いに」

 

「ではそちらのエンブリオの方は、その……」

 

「『うむ、大人しくしている。世話は任せても構わないか?』」

 

「お任せ下さい!」

 

 ガルシア邸で行動する際グラシャラボラスは紋章にしまうかメイドがお世話しているかの二択である。屋敷側がグラシャラボラスを無闇に動かしたくないからという理由が発端ではあったが、実はグラシャラボラスの世話は割と使用人の間では人気だったりする。

 モフモフ好きな犬派が多かったようである。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「やぁ、ネビロス君。身体の調子は如何かな?」

 

「悪い所なんて一つもありませんよ、左腕も戻りました」

 

 所変わって執務室。仕事が一段落ついたらしいガルシアに連れられてここに来た。

 

「うちの依頼を受けてくれたんだって? 助かるよ」

 

 カバンから魔法薬の媒介やらその他諸々を取り出してガルシアに渡す。直ぐに依頼達成の証明書を作ってくれたのでここに来た目的の半分は達成した。

 

「うん、お疲れ様。しかし、テルモピュライから聞いたよ? ネビロス君大活躍だったらしいじゃないか」

 

「え、活躍?」

 

 ギルドオーナーもそう言っていたが騒動を終結に導いたのはテルモピュライだ。俺はその手助けをしただけ――

 

「どうやら自分がした事が理解できていない様だ、ならば事細かに伝えよう」

 

 ガルシアが微笑みながらこちらを見やる。

 

「結果論ではあるが、テルモピュライであれば【魔竜王 ドラグマギア】に勝てた。どれだけ時間を浪費しようと、どれだけ我々に被害が出ても、どれだけ悪い状況に陥ろうとも。【魔竜王 ドラグマギア】ではテルモピュライには勝てなかった」

 

 テルモピュライが聞けば買い被りすぎだと言うだろうが、俺もガルシアの考えには同意する。あいつならやりかねない、あいつなら、造作も無くそれをする。

 

「だが【魔竜王 ドラグマギア】の本体を見破る事は彼は出来ない。君の情報が無ければ片っ端から殴るしかなかっただろうね。何せ私でも本体の場所を観測する事は出来なかった、あの戦争で出来たとすればテルモピュライクラスの力量を持つ探知に特化したマスターの力が必要だっただろう。だがそれをするにはマスターは余りに統率が取れなさ過ぎた」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】が混乱を不和を齎す事を目的として行動していたとは言え、マスターとティアンの混成軍である南東組は自分達の身を守る事で精一杯だったと聞く。連絡手段が軒並みダウンしていたのもそれに拍車をかけていたのだろう。

 

「もしも君が【餓鬼王 グレイロード】を倒さねば各地で綻びが膨れ上がり戦線が崩壊し、後方支援が主だった中央組すらも動員せねばならなかった。いや、その前に最悪の場合【妖精女王】が死んでいただろうね」

 

 ありえた未来、起こり得た結末をガルシアの口から語られるとそれが決して妄言等ではないという説得力があった。

 

「誇り給えよ、君は最善を尽くし、最高の形でテルモピュライへとバトンを繋いだ。私に言わせれば君の行いがあるから今の霊都があると言っても過言ではないのだよ」

 

「流石に言いすぎですよ……でも、ありがとうございます」

 

 自分が出来る事は全てやって、それでも志半ばで終わってしまったと思い込んでいた。

 だが俺が繋いだ行動でテルモピュライに、霊都に貢献できていたのなら。

 

 ちゃんと意味はあったのだ。

 

 それを自覚して、少しだけほっとした。

 

 




スタンピードは終わり徐々に日常へ。
ちょっとある事を聞きたいので活動報告を新しく書きました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=237470&uid=279424
軽く目を通して下さるとありがたいです。


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第三十二話 彼の依頼を聞き届けよう。

 

「まぁいいタイミングで来てくれたよ、ネビロス君は」

 

 ガルシアはそう言って執務室に備え付けられた机の引き出しから一つの箱を取り出した。

 魔力を感じ取るようなスキルは持ち合わせていないが、それでもガルシアが机の上に置いた箱からは下手に触れば危ないという予感がした。

 

「随分と時間がかかってしまったが漸く完成した。幾つか精製出来た【清浄のクリスタル】の内一つ、君の取り分だよ」

 

 ガルシアのその言葉によって思い返されるのはエイラと共にアンブロシアの実を持って帰り、流れでガルシア邸にお邪魔させて貰った時の事。

 余分に収集した分のアンブロシアの実を【清浄のクリスタル】+αと交換すると言ってくれていたのだ。

 

「一週間後という約束を反故にしてしまってすまないね、侘びと言ってはなんだが【清浄のクリスタル】の製作過程で抽出した【ネクタル】も数本ネビロス君に渡そう」

 

 別に気にしていなかったが故に驚いた。【ネクタル】はガルシア達アインドラ家が喉から手が出るほどに欲していた物ではなかっただろうか。

 

「いいんですか?」

 

「うむ、既に必要数は揃っているからね。【研究者】の者らも君に感謝していたよ、これだけの量のアンブロシアの実が手に入るとは夢みたいだ、ってさ」

 

 そう言ってガルシアはメイドを呼び寄せて一つの箱を持ってきた。これで机の上にはガルシアが取り出した物と合わせて二つの箱が俺の前に置かれた。

 開けてみろと促されたので慎重に開ける。一つの箱には虹色の光彩が刻まれた両の手に余る巨大な水晶が、もう一つの箱には華美な装飾の施された小瓶の中に神秘的な輝きを放つ琥珀色の液体が入った物が五つ。それぞれが己の価値を主張して俺の目を離さなかった。

 

「特別製の【清浄のクリスタル】が一つに渡すのが遅れた侘びとして最高品質の【ネクタル】を五本、今から全て君の物だ」

 

 いざ目の当たりにするとアンブロシアの実からとんでもない物が出来るのだなと再認識せざるを得ない。

 何となくガルシアに頭を深々と下げて恐る恐る【清浄のクリスタル】と【ネクタル】をインベントリに納めた。

 

「あ、他の者に渡したくないから売らないでね?」

 

「売りませんよ……」

 

 こんな大事な物を売るなんて出来るものか。

 焦りが顔に滲む俺を見てガルシアは面白そうにくつくつと笑った。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 それから俺とガルシアは緊張感の無い世間話を続けていた。

 またアンブロシアの熟れた実を採ってきてくれるのなら時間は掛かるが【クリスタル】や【ネクタル】に加工し俺に売ってくれるという話であったり、ボロボロな【追い風】シリーズを修理するか新調する当てが無いなら懇意にしてる鍛冶屋を勧めようかという話であったり。

 

 こうしてガルシアと話していると心が落ち着いていくのを感じる。悪い意味ではないのだが貴族と話している実感が湧かない、というか。

 威厳とかそういうものをあえて表に出さない様にしてくれてたりするのだろうなぁなんて事をしみじみと考えると執務室にノックの音が響く。

 

「失礼します、私です」

 

「入り給え」

 

 聞き慣れた声。執務室にいるのが俺とガルシアだけと分かっていたのか、結構簡略化された挨拶と共に入ってきたのはやはりエイラであった。

 

「身体の様子はどうですか、ネビロス」

 

「全部元通りだよ、五体満足だ」

 

 親子揃って似たような事を聞くなぁと思いつつエイラの問いに返す。

 俺の返答に気を良くしたのか若干表情が柔らかくなったエイラは手に持った菓子を乗せた皿を机の上に置き、俺達と同じ様に椅子に座った。

 

「それを聞いて安心しました。手慰みにお菓子を作ったので味見して頂けますか? 当主――お父様もどうぞ」

 

 ここは執務室なんだがなぁとガルシアが若干苦言を呈すが今から場所を移すつもりは無いだろう。最初から話す場所を変えておけば良かったのかもしれないが後の祭りである。

 

「……まぁいいか。いやしかし良い所に来たねエイラ。ネビロスとエイラに頼みたい事があったんだ」

 

「頼みたい事ですか?」

 

 スコーンに伸ばしていた手を止めてガルシアの話に耳を傾ける。

 

「あぁ、レジェンダリア領のライゼニッツ城塞都市に行ってある人物と交渉して欲しいんだ」

 

 

 

 

 

 ライゼニッツ城塞都市。俺には何の事か見当も付かなかったがレジェンダリアとアルター王国の国境付近にある街であるらしい。街の規模は小さめだが防衛施設が豊富でアルター王国とレジェンダリアを結ぶ交易の要の一つであったりするらしい。

 

 そんな街にガルシアの知己が暮らしているようで。今回の依頼はエイラと共にそのガルシアの知己を霊都まで引っ張ってきて欲しいというものだった。

 

「何かトリカブトの事を思い出すな」

 

 テルモピュライの依頼が先だったがかつてもガルシアに手紙を渡すよう言われてた記憶がある。

 

『あいつを俺と同列に扱わない方がいい』

 

 以前の事を思い返していると何時のまにかテーブルの上に純白のムカデが現れていた。……反射で叩き潰しそうになってしまった、多分そうなっても傷一つ付かないんだろうけど。

 ともあれ久しぶりに分体越しとは言えトリカブトと会えた。何をしているのかは知らないが元気そうで何よりである。

 しかし……。

 

「同列に扱わない方がってどういう……?」

 

『俺とガルシア、あとあいつは昔一緒にパーティ組んでてな、レジェンダリアの為にあちこち駆けずり回ってたんだがガルシアが今の地位に腰を落ち着けた辺りで俺とあいつも隠居に近い形で別れてそれっきりだ』

 

 あの時は楽しかったなぁ? とガルシアに同意を求める白いムカデ。

 

「昔話に花を咲かせるのは後にしたまえ、それだから爺と言われるのだぞ」

 

『別にいいだろが別に。……んでだ、あいつは俺が言うのもなんだが同じ人とは思えないレベルで箍が外れてる。人間の括りで行動を予想すると痛い目を見るから注意しろ。本人の力も俺らと同レベルだから敵と認識されたら手が付けられん、まぁガルシアの手紙を渡せば話は通じるだろうが……』

 

「多分大丈夫だよ、今は。」

 

『おん? お前が言うって事は間違いないんだろうが……あいつが大人しい所なんて想像できんな』

 

「彼も年をとったという事さ。という訳でネビロス、出会ったらすぐさま殺されるといった心配は無用だから安心したまえ。まぁ話が通じないのは直ってないかもしれないから一応手紙は持たせるつもりだけども」

 

 どんどん話が進んでいく。まぁそれ自体は別に構わないのだが先ほどからわざとかと言うほど触れられてない情報がある。

 エイラに視線を送っても首を横に振られたので彼女は名前を知らないらしい。

 

「あの、その人って何て名前なんですか?」

 

「あぁ、彼の名は――」

 

 誰も言わない名前を聞いた俺に、ガルシアは良くぞ聞いてくれたとでも言いたげにニヤリと笑った。

 

「――ベルディア・フリーデ、今代【封神】の席に着く私達の仲間だ。そして歴代【封神】の中で最強の男でもある」

 

 

 

 

 

 【封神】という超級職を持ち、基本的に話の通じない男。昔は人とは思えないレベルで箍が外れており人の括りで考えると痛い目を見る。そんな人格破綻者でありながらガルシアやトリカブトと同等の力量を持ち、かつては共に行動していたという。

 これがベルディア・フリーデという男の前情報である。正直ぶっちぎりでイカレたやベー奴という印象しかない。会いたくない。

 会いたくないが、特に断る理由もまた無いのだ。

 

 ライゼニッツという街は交易の中継地点に相応しく様々な物品が売ってるだろうし、エイラとグラシャラボラスと一緒に軽い旅をするのもトリカブト関係以来だからまたエイラと一緒に過ごしたいと言う思いもある。

 それに、交渉と言ってぼかしてはいたが、ガルシアがベルディア・フリーデを霊都に招きたいというのは戦力の増強だろう。トリカブトの時と同じく。

 

 故にこそ、ガルシアやエイラに結構お世話になっている俺にとってこの依頼は受けない訳にはいかなかった。

 

 そんなこんなでまた後でエイラと合流する事にして、メイドにブラッシングされてたグラシャラボラスを回収してガルシア邸を後にした。

 今は再びギルドに戻り、行きがけの駄賃代わりにライゼニッツ城塞都市関連で何かしら依頼を受けようと考えている所だった。

 

(……うぅむ、やっぱ霊都内の復興依頼で溢れ返ってるな。山場は越えたとは言え終息までは少しばかり時間が掛かるだろう、っと)

 

 暫く張り出されてる依頼を眺め、一つだけあったライゼニッツ領関連のクエストを発見し手を伸ばし。

 手がぶつかる。

 

「ん?」

 

「え?」

 

 咄嗟に横を向くと、蒼のロングコートに身を包みその背丈に不釣合いなマスケット銃を担いだ少年がこちらを見ていた。

 

 まさかの依頼の競合である。

 

「……あー、っと。ライゼニッツ城塞都市に用事が?」

 

 かなりの気まずさを抱えつつクエストの詳細に目を走らせた。人数指定は特に無く、彼が俺と同じ様に行きがけの駄賃としてこの依頼を受けるつもりだったのなら一緒に依頼を受けることは出来る。

 個人的な事情で彼がこの依頼を受けようとしていたのなら手を引こうかと考えていたのだが。

 

「えぇ、まぁ。……あの、配達屋さんですよね? 俺ライゼニッツに行くついでに依頼受けようとしてただけなんでこの依頼譲りましょうか?」

 

 ……まるっきり同じ思考だったな。そして彼にも配達屋という名前は知られているらしい。

 そのうち本当に配達業に勤しむ事になるかもしれないし別にいいか。

 

「丁度良かった、一緒に依頼を受けませんか?」

 

「え、良いんですか?」

 

「えぇ、人手は多い方がいいと思うので」

 

 少年は少し悩む素振りを見せたが、すぐに「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。

 急造ではあるが一緒にパーティを組み、同じ依頼を受ける事になった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 俺と少年――コバルトと言うらしい――が受けた依頼は「交易路の安全確保」。

 霊都アムニールとライゼニッツ城塞都市を繋ぐ交易路に存在する障害を排除して欲しいという内容だ。有体に言えばただのモンスター退治である。

 

 行きと帰りの往復で十分モンスターの狩りは行えると判断し、モンスター寄せのアイテムや火炎瓶の追加は買わずに旅の準備を進める事にした。

 

「……俺、旅支度とかしたの始めてだわ」

 

 雑貨屋に立ち寄って必要そうな物を見繕う俺の隣でコバルトはそう呟いた。

 今まで遠征系のクエストはどうしてたのか聞くと夜の間はログアウトする事で凌いでいたらしい。まぁその方法もありか、というかマスターにとってはそちらの方がやりやすいだろう。

 

 ふと視線を滑らせると妙に高い木製の簪を見つけた。装飾は一切施されていないが髪を纏めるには十分だろうと旅道具と共に購入しておく。

 その他必要な物を見つけては買い収納カバンに放り込むという事を繰り返しながらエイラとの集合場所に向かうと、既に外套に付いているフードを目深に被るエイラの姿があった。

 

「悪い、待たせたか?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それよりそちらの方は?」

 

「ライゼニッツに行くついでに受けた依頼を一緒に受けるコバルトだ。モンスターの討伐依頼だから人では多い方が良いと思ってな。……すまん、先に相談した方が良かったな」

 

「あぁいえ、人が増えるのは構いませんよ。それに行動を共にするといってもネビロスが受けた依頼に関してだけでしょう、私達の用事に着いてくるのでなければ一緒に行動しましょう」

 

 コバルトの同行許可が出てほっと安堵の息を漏らす。

 俺の連絡不足が原因ではあるが意気揚々とコバルトを誘っておきながら連れて来るなと言われたら彼に対して色々と申し訳無くなってしまう。

 

「……えっと、話が見えないんだけどその人はネビロスのパーティーメンバーなのか?」

 

「悪い、先に説明するべきだったな」

 

 霊都の外へ向かいつつ、俺はコバルトにライゼニッツへ向かうに至る経緯を話した。

 なんやかんやあってエイラと仲良くなった事、貴族からの依頼でライゼニッツ城塞都市へエイラと共に行くことになった事、向かうついでで依頼を受けようとしてコバルトと同じ依頼に手を伸ばした事。

 要所要所はぼかしたものの俺なりに丁寧に説明したのが功を奏したのかコバルトも途中から呆けたようにこちらを見ていた。

 

『ちゃんと話を聞いているのか? どうにも上の空に見えるが』

 

「き、聞いてるよ分かってるって」

 

 コバルトが慌てたように背負っているマスケット銃に話しかける。そうか、コバルトのエンブリオはそのマスケット銃なのか。

 

『彼らは霊都の貴族からの依頼でライゼニッツまで向かう。私達はパーティーメンバーではあるが貴族の依頼に関しては部外者もいい所だ、興味本位で首を突っ込むなと、要はそういう話だ』

 

「成程? そういう事か」

 

『やはり理解できてなかったではないか』

 

「んぐぅ……」

 

 マスケット銃から聞こえる声にふて腐れた様に口を歪めるコバルトに自然と笑みが零れた。何と言うか、随所に子供らしさがあるマスターだな、マナー違反なので口に出すつもりは無いが実年齢もそこそこ低いのではなかろうか。

 

「コバルト、そのマスケット銃が君のエンブリオなのか?」

 

「え、あぁ。【天墜魔弾 フライクーゲル】、俺の頼れる相棒だよ。バリバリに後衛だけど狙撃は任せてもらっていい」

 

 ちなみに第四形態だ、とコバルトは言って背中のマスケット銃――【天墜魔弾 フライクーゲル】に目を向ける。

 子供っぽさはあるのにエンブリオのモチーフが魔弾の射手とは渋いななんて思いながら、俺達三人で互いに出来る事を語り合った。

 

 




ライゼニッツ城塞都市
・レジェンダリア領北部に存在する都市の一つであり、堅牢な城壁を持ち交易の要として機能している。
・先のスタンピードの影響でモンスターの分布が狂い交易路に頻繁にモンスターが出現するようになった。
・レジェンダリア全体がアレなので正直誤差だが一応原木や木材の特産地でもある。

コバルト
・射殺したマスターからの報復を恐れてほとぼりが冷めるまでライゼニッツ城塞都市で生活しようと企んでいる。
・フライクーゲルからの助言がなければネビロスとエイラの用事に顔を突っ込む気満々であった。
・リアルでは中学二年生。流されやすく、行動する前に全体を見る癖はデンドロに入る前からあった。

【天墜魔弾 フライクーゲル】
・エンブリオ形成時のパーソナルは「銃」「自分の手を汚す事への抵抗」「信頼できる指導者」「友達」。
・保有スキルとして現状《第一の魔弾》《第二の魔弾》《第三の魔弾》《第四の魔弾》があり、数字が増える度に付与できる特殊効果の数が増えていく。
・付与できる特殊効果は現状《流血痛撃》《装甲貫通》《精密射撃》《拡散弾丸》《閃光明華》《地平飛翔》等々。個々の詳細はまたの機会に。

一時的にコバルトが仲間になりました。まだ子供だけどそれでもネビロスより強いという悲しみ。始めた時期が違うからね仕方無いね。
それと前回のアンケートでNOが多かったので重要な場面では文字が完全に見えなくなる演出は控えます。ご協力ありがとうございました。


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第三十三話 短い旅路を満喫しよう。

 森は獣の領域だ。【ティールウルフ】と呼ばれる彼らとてそれは同じ。

 一時期森が荒れたせいで彼らも狩場を変えざるを得なくなったが、獲物が少ないという事は無くむしろ稀に人間を襲える程度には運の良い狩場であった。

 

 いつも通り森をうろつき、自慢の嗅覚が人間の匂いを嗅ぎ取った。同時に獣と人間っぽい生き物の匂いも嗅ぎ取る。久々のご馳走だと判断した彼らは匂いの元へ駆け出した。

 

 草木を掻き分け音を極力出さぬよう走り、獲物がいる開けた大道へ出て――

 

「《クイックリロード》」

 

 ――三発の銃声と共に彼らの命が掻き消された。

 死の間際、その目に求めていた獲物が誰もいない景色を映して。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 何と言うか、グラシャラボラスの強さを漸く実感できた気分だ。強さというか恐ろしさというか……。

 

「ネビロスって凄いな、一方的にバンバン撃てる」

 

 モンスターを撃ち殺したコバルトが感心したようにそう言うが、こっちのセリフである。

 エンブリオであるが故か反動が無いに等しい様に見えるがそれを加味しても何もスキルを使わずに――再装填を早めるスキルこそ使ったが――高速で動く狼に正確に当てられるというのは凄いのではないか?

 狙撃は任せろと自信満々だったのは実力に裏付けされたものだったのだなと感心した。

 

 このような一方的な狩りが何度も繰り返された事で漸く、グラシャラボラスが遠距離攻撃持ちと頗る相性がいいのだと気付いた。

 攻撃の音は聞こえども姿は見えず、敵の位置が分からぬままに淡々と遠距離から攻撃を加えられるというのはきっと相対する者にとって中々の恐怖に違いない。

 

 出来る事ならコバルトを勧誘してみたいが、彼とのパーティはライゼニッツまでの一時的なもの。それが過ぎたら多分勧誘しても断られるだろうし、無理に彼を誘うつもりもまた無い。

 であるならばどうするか、俺が遠距離の攻撃手段を獲得すればいいのだ。

 

(今後の目標が決まったな)

 

 遠距離攻撃が可能なジョブないしは武器を手に入れ、実用レベルまで育て上げる。まぁ今すぐにという訳じゃ無いから霊都に帰ったらエンティア辺りにでも相談しよう。

 

「さて、ここらで休憩にしようか」

 

 短時間で終わらせたとはいえモンスターとの戦闘が何度か行われた事で時刻は既に夕暮れ時に差し迫ろうとしていた。

 地図で確認した限りだと、霊都からライゼニッツまでの道程はトリカブトの隠れ家までの道とあまり変わらないか少し遠い位、ここで夜を過ごせば後は昼間の間に目的地に辿りつくだろう。

 

「コバルトも構わないか?」

 

「あぁ、頼む……ちなみに飯って何作るんだ?」

 

「ん、普通に串焼きとスープでも作ろうかと思ってたけど」

 

 頭の中で雑に献立を組み立てているとコバルトの表情が柔らかくなる。

 

『素直にキノコが入ってないか聞けばよかろうに』

 

「うっせ」

 

 ……ただの嫌いなものの確認だったか。まぁ可愛いもんだ、わざわざゲームで嫌いなものを食べたくは無いだろうしキノコは入れないでいいか。

 乾いた枝を数本取り出し、グラシャラボラスに火を付けさせる。《柳色の幽灯》を使ったせいか焚き火の火は淡い緑色になっていたが火の温度は通常の物とそう変わらない。

 

 以前に買った物と同じ牛肉っぽい肉の塊(何の肉かは結局聞きそびれた)を切り分け、細かく砕いた岩塩と胡椒を振って馴染ませる。

 そういえば基本的にどの国も海に面しているが海塩は貴重だったりするのだろうか? 勝手に塩作るなとか言われないならその内藻塩とか作って貯蓄するのも面白そうだ。商品にもなりそうだし。

 

 野菜と余った肉を細かく刻み、手伝いたそうにしていたエイラに後を任せる。串焼き程度ならともかく鍋物になるとエイラが作る方が圧倒的に美味しいと知っていた為である。

 小鍋を乗せる三脚を焚き火にセットして、切り分けて塩胡椒を塗した肉を串に刺していく。

 

 後は焚き火で調理すれば完成だ。簡易的だが中々美味く仕上がったと思う。

 

 緑色の焚き火を囲んで各々の気の向くままに飯を食う。三人で食うにはやや多い量だがグラシャラボラスが食ってくれるので問題は無い。

 地面に横たわるグラシャラボラスの身体に背を預け、コバルトやエイラの話を聞きながら和やかな夜は過ぎていく。

 その中で――

 

 ――ヴゥゥゥ……

 

 どこかで聞いた事のあるような音がした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「……んあっ」

 

 温かくふかふかしたクッションに手を置き、体に掛けられていた厚手の布を退けて目を覚ます。先ほどまでクッションだと思っていたものはグラシャラボラスだったようだがこの状況に至るまでの記憶が無い。

 周りに目を向けるとコバルトの姿は無く、近くに簡易テントが設置されているのが見えた。恐らくエイラが日光を遮る為に設置したものだろう。

 

(……あぁ、そうか)

 

 ここで漸く状況を悟る。要は寝落ちしてしまったのだ。

 暇を持て余しているせいでログイン時間が異様に長い事は自覚していたがこうして寝落ちる事なんて滅多に無かった。

 特に意味も無くショックを受けているとテントの中からエイラが出てくる。

 

「あ、起きてましたか。おはようございます、ネビロス」

 

「うん、おはようエイラ。……何かごめんね、勝手に寝ちゃって。それにこれエイラのでしょ?」

 

 退けた厚手の布は良く見れば見たことのある物で、俺の記憶が正しければエイラの日除け用の外套だった筈だ。

 

「構いませんよ、グラシャラボラスが見張りを買って出てくれましたから。……ネビロス、ちょっとお願いがあるんですが」

 

「え、何?」

 

 エイラの外套を持ってテントまで歩くと、エイラに腕を引っ張られテントの中に入れられた。

 陰で少々見にくいが、いつもより若干顔色が悪いか?

 

「……ごめんなさい、血を分けてくれませんか。目を瞑ってて貰って構いませんので」

 

 エイラのその言葉で彼女が今貧血とか栄養失調とかそういう類の不調であると気付く。ついでにエイラが吸血鬼であった事も思い出す。

 一瞬悩んだが、俺は血を分ける事にした。別に現実世界には影響無いので俺の血でエイラの体力が回復するならどれだけ吸って貰っても構わないし、とはいえ吸血し過ぎるなんて判断を誤るほど憔悴してる様には見えなかったから本当に抜かれても問題ない量だけ吸うのだろうという信頼もあった。

 ……純粋にエイラが心配だったからというのが大きな理由ではあるが。

 

 エイラに身を委ねるように目を閉じて力を抜くと、恐る恐ると言った様子でゆっくりと体を抱きすくめられる。

 背中に回された手に結構な躊躇いと不安が残っているのが感じられたが、程なくして首筋にちくりとした微かな痛みを感じた。

 

 目を閉じていると首筋に埋め立てられた牙や熱を持った息を否応にも意識せざるを得ず、どうにか意識を逸らそうとしても失敗する。

 簡素なテントの中で、エイラの牙で首筋から何かを吸われ、吸われた何かをエイラが嚥下する音がやけに大きく響いた。

 

「うーっす、おはようございま……」

 

「……あ」

 

 時間が粘度を増してずっと続くとすら思えたエイラとの行為は当たり前のようにテントを開けられた事で終わりを迎える。

 

『ははぁ、どうやらお邪魔してしまったみたいだぞコバルト。十分後に入り直そう、それだけあれば行為も終わってるだろうよ』

 

「あ、あ……」

 

「待て待て誤解だ勘違いだログアウトしようとするな」

 

 顔を真っ赤にしたコバルトがフライクーゲルの言葉を聞いてログアウトしようとするのを必死の思いで防いだ。

 一度話がこじれると誤解を解くのにかなりの時間を要するであろう事は想像に難くなかったから。

 

 

 

 

 

 ログアウトしようとしたコバルトを説得し。

 吸血に満足したエイラが我に返って状況を把握し。

 我関せずを貫いていたグラシャラボラスが睡眠をとろうとし。

 

「結局何で血を欲しがったんだ?」

 

 場を執り成して最初に行き着く問題がそこだった。

 生命活動の維持に必要とかであれば別に俺も拒否する事も無いのだが、エイラは慎重で用意周到な方だと知っている。

 血液パックなり何なりを自前で用意しそうなもんだが、はて。

 

「……ネビロスに同行する事を決めた時に荷物を整理していたのですが予備の血液が底を突いてまして、ベルディア・フリーデ様に会いに行くのであれば彼に頼んで補充すれば良いかと思って……」

 

 そのまま俺達と一緒にいたら思ったより早く渇きが来たらしい。

 ガルシアに頼めば良かったのではと言うと「実家の貯蓄を削って父に面倒を掛けたくなかった」ようで。あの人なら普通に融通してくれたんじゃねぇかなとは思うが。何と言うか、アンブロシアの時といいガルシアに対する善意が空回っている様に思える。

 

 エイラも準備不足を悔いて意気消沈しているようだったので、血液パックの補充の目処が立つまでだが俺の血を飲ませる事にした。

 エイラは遠慮していたが血を渋っていざという時に力が出ないなんて事になってしまったら悔やんでも悔やみきれない。

 

「すみませ……いえ、ありがとうございます」

 

「うん」

 

 ともあれ一件落着である。

 

「……これで付き合ってないってまじで?」

 

『色々とあるんだろうよ、色々と』

 

 困ってる所を助けただけなのに何でそんな邪推されなきゃならんのだ。

 

 そんなこんなで昨晩の野営跡を片付け、再びライゼニッツまで道なりに歩く。

 良い機会なのでずっと後回しにしていた【餓王剣槍 グレイロード】の詳しい性能を調べておいた。

 

 

 【餓王剣槍 グレイロード】形状:大槍

 装備補正:STR+50%・END+50%・HP+50%

 装備スキル《王の眼》《魔法喰らい》《飢餓欲求》

 

 

 剣槍と書いてこそいるが実際の所【餓鬼王 グレイロード】の獲物が俺にアジャストして槍となった様でどちらかというと大槍らしい。

 装備補正は三つのステータスが1.5倍と上昇率は悪くない。補正が全部割合という点もありがたい。

 そして肝心の装備スキル。以前使ったのは《王の眼》で、仲間にダメージを与えた相手の現在地を探知する強力な物だ。この先も幾度と無くお世話になる事だろう。

 

 《魔法喰らい》は呼んで字の如く、魔法を【餓王剣槍 グレイロード】で叩き切る事で構成された魔力を吸収するスキルだ。使用に特に条件も無い事から【餓鬼王 グレイロード】の特殊能力というより単なるスキルだろう、思い返せばそれらしい場面を何度か見た気がする。

 問題は最後のスキル、《飢餓欲求》だ。これは装備者、或いはパーティーメンバーに【飢餓】の状態異常付与と引き換えに「被ダメージの三割即時回復効果」及び「与ダメージの三割即時回復効果」を付与するという物。

 

 餓えて尚、己の流れる血を糧にして、敵の零した命を糧にして、唯ひたすらに勝利に向けて足を止める事無く進む。

 そういった、【餓鬼王 グレイロード】の執念が窺える装備スキルだ。というか装備スキル三つとも執念の塊みたいな物だった。

 

 被ダメージの三割回復という事は自分が100のダメージを受ければその直後に30ポイントHPが回復するという事で間違い無い筈、であれば与ダメージの三割回復も相手に100のダメージを与えれば自分は30ポイントHPが回復するという解釈で合っているだろうか。

 もしそうなら単純に殴り合っても碌に死なない生存特化スキルなのだが、【飢餓】の状態異常付与という一文が俺に二の足を踏ませる。

 

(……字面からしてやばいよな【飢餓】って。見た感じステ変動は無さそうだけど腹が減って動けないとかが本当にあり得るからちょっと使うの怖いな……)

 

 まぁ後で一人で使ってみよう、そう考えて【餓王剣槍 グレイロード】の性能チェックを終える。

 

 そんなこんなでたまにモンスターを狩り尽くしながら道なりに歩いて行く事数時間、予定外のハプニングも無く順調に旅路を進み、遂に目的の街が見えてきた。

 切り立った壮大な山肌を背に、重厚な城壁と堅牢な要塞で都市を覆う活気と熱気に満ちた都市。

 

 交易、防衛、二つの要。城塞都市ライゼニッツがその全貌を現した。

 

 




【飢餓】
・対象者に空腹や喉の渇きの効果を与える制限系状態異常。
・《飢餓欲求》を使用しての【飢餓】発現時のみ、副次的効果として戦闘行為に没頭すると餓えが軽減される。
・【餓鬼王 グレイロード】を形作るパーソナルが装備スキルとして発現した。【餓鬼王】は何処まで行っても餓えた鬼の王だった。

《飢餓欲求》は【餓鬼王 グレイロード】が伝説級クラスまで成長すれば獲得していたスキル。漏れなくラーニング能力持ちで素ステや技量が高く戦術とか使い出すゴブリンの軍団が被ダメ回復与ダメ回復を持つという地獄。それでも【妖精女王】に一掃される気もする。

吸血シーン入れるか迷ったけど後々の為に入れといた。時間かかってる割にいつもより短くてごめんよ。


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第三十四話 新しい仲間を迎えよう。

 やはり交易都市でもあるからなのか、ライゼニッツに入る際そこそこ厳重に身体検査と誰何を受けた。

 エイラがアインドラ家の紋章を出して吸血鬼の特徴も見せた事であまり時間を取られる事無くライゼニッツに入る事が出来たが。やはり身分という物は偉大なのだなぁ。

 

 目的のライゼニッツに入る事が出来たので、パーティーはそのままに一度コバルトと分かれる事にする。一緒の宿屋を取ったので用事があれば宿屋の方に言伝を頼んでも良いだろう。

 

「んじゃまぁそんな感じで。帰りは何時になるか決まってないんだよな?」

 

「えぇ、可能な限り早めますが正確に何時依頼が完了するかは分かりません」

 

「まぁ暫くはここにいるよ、帰りの目処が立ったら教えてくれ。行くか、フライクーゲル」

 

 そう言って蒼のマスケット銃を背負う少年は人混みの多い大通りへと歩いていった。

 

「では私はフリーデ様の所在地を訪ねてきます」

 

「俺も付いていった方が良いか?」

 

 俺の言葉にエイラは少し考え、首を振る。

 

「……いえ、一先ずは私一人で十分でしょう。ネビロスも折角ライゼニッツまで来たのですから市場等を覗いてみては?」

 

 先程とは反対に、今度はそのエイラの言葉に少し頭を悩ませた。エイラを一人で行かせるのは少々心配だが、まだ見ぬベルディア・フリーデも流石に問答無用で殺しに掛かる訳ではあるまい。

 チンピラに絡まれても俺なんかよりよっぽど軽々と捌くだろうし、そもそも治安が良いのか見た感じごろつきらしき輩は確認出来ない。ならそこまで過保護になる必要は無いだろう。

 

(何かエイラに対する心配が過剰になってる様な気がする……)

 

 面倒くさい思考に小さく息を吐き、意識を切り替える。

 

「分かった。お言葉に甘えてちょっと散策させて貰うよ、何かあったら宿屋で合流しよう」

 

「えぇ、では後程」

 

 こうして皆バラバラに、各自自由行動する事になった。さてどこに行こうか、消耗品や食料は買い足すとして霊都では見ないようなマジックアイテムを探してみるのも面白いかもしれない。

 酒場や商店街での情報収集は楽しいが正直DINだけで事足りるしなぁ、後何か必要な物は……。

 

「どうしようか」

 

「『新しく従魔を増やすのはどうだ? 【従魔師】を手に入れてから結局私に対してのバフしか使えてないではないか』」

 

 グラシャラボラスの指摘は尤もだった。【従魔師】を主軸にした戦闘スタイルが固まってないのもあるが、スタンピードに於いても【従魔師】としての強みを引き出せずにいるままで、事実現在所有しているジョブの中で尤もレベルが低いのも【従魔師】だ。

 何故かは言うまでもない、肝心の従魔がいないのだ。グラシャラボラスは別枠計算として従魔を手に入れる機会が殆ど無かったものだから、今回はいいチャンスかもしれない。

 

「にしたってちょっと意外だったな、グラシャラボラスからその提案が来るとは」

 

「『ネビロスのエンブリオだからか、それともこの名に刻まれた性故かは知らんが。従魔が増える事に歓喜こそすれど嫉妬の様な浅ましい感情は湧いてこんよ、好きに選ぶといい』」

 

 グラシャラボラス、ソロモン72柱にその名を連ねる悪魔であれば配下が増える事は好ましい事なのかもしれない。

 従魔を取り扱う店を目指して歩きつつ、求める従魔の姿を思い浮かべる。

 

 とりあえず狼と飛行系モンスターは除外だ、グラシャラボラスと役割が被る。人型モンスターの騎乗生物としてならアリだろうが初っ端から複数運用するつもりは無いし出来る気もしない。

 なら候補は単体で戦闘に組み込めるモンスターだが、AGI特化型程ではないにせよ高速戦闘を得手としているのでタンク型の――例えば地竜の様な――モンスターも戦闘速度の差とかを考慮すると扱い辛いと思われる。

 

 となると候補はそれなりの機動力を持つアタッカー、回避盾、またはバッファーやデバッファー辺りに絞られる。……難しいなぁ。

 まぁ詳しい事は店員にでも聞くのが一番だろう。そう考えて、人混みが少なくなった路地に居を構える従魔専門店の前で足を止めた。

 

 

 

 

 

「おや、見ない顔だね」

 

 店の戸を開けると黒縁眼鏡を掛けた青年が出迎えた。

 

「その手の紋章……マスターか、一応言っておくけどここはテイムモンスターを取り扱う店だよ。好きなだけ見ていってくれ」

 

 そう言ってその優しげな青年は手元の手帳に目線を戻した。

 うっかりグラシャラボラスを出したまま店に入ってしまったが特に何も言われなかったのでグラシャラボラスの意見も参考にしよう。

 

 この店で取り扱われているモンスターは見たところ全てテイム済みであり、色鮮やかなジュエルが所狭しと飾られまるで宝石店の様相を呈していた。

 【ブレイズウルフ】や【ファング・ボア】といった廉価の初心者用モンスターに始まり、【亜竜猛虎】や【ドラグワーム】の様な竜クラスの戦力となるモンスターもいる。……凄いな、【グレーターバジリスク】までいるのか。

 

 しかし、良さ気なモンスターはちらほらいるがどれを選んでも後悔しそうな気がする。何と言うかピンと来ないんだよなぁ。

 鑑定眼が無いだけな気もするが、グラシャラボラスからの反応も薄い。じっくりと見ていった方がいいな。

 

「『――む』」

 

 グラシャラボラスが興味の声を漏らす。

 

「どうした、何かあったか」

 

「『このモンスターは……』」

 

 グラシャラボラスに近寄り、黒い羽が指すジュエルを見やる。

 中に入っているのは両腕に極彩色の翼を、両足に強靭な鉤爪と鳥の脚を持つ女性の身体を持つモンスター。所謂ハーピーと呼ばれるものだ。

 そのハーピーがこちらに気付くと、笑顔を浮かべ手を振るように翼を動かす。完全にこちらを認識していた。

 

「あの、このモンスターって……」

 

「ん? あぁ、その子は【ハルピュイア】だな。【ハーピー】の上位種で自分の歌声に様々な力を乗せる事が出来る。滅多に人間の前に姿を現さないんだが運良く捕まえて、というか自分から捕まってくれてな」

 

 知能が高いのか知らんが愛想が良いからジェム内の時間は止めないでいるんだよ。と青年は続けた。

 ハーピー改め【ハルピュイア】はこちらをニコニコと見つめる。……ふむ。

 

「この【ハルピュイア】って支援魔法は使えますか?」

 

「おぉ、良く分かったな。歌声による支援の他にも色々な魔法が使える、勿論今君が言った様な支援系の魔法もね」

 

「やはり値は張りますかね」

 

「……あんた、世界中を旅する気はあるか?」

 

 突然何の脈絡もない事を言われ、思わず振り向いた。その先にいた青年の姿は真剣な表情のそれで。

 

「えぇ、一応【旅人】ですから」

 

「その子は世界を廻りたがっていた、【ハルピュイア】のお願いを聞いてくれるなら、そうだな……260万リルって所か」

 

 元値を聞くと【ハルピュイア】に掛けられていた値段は360万リルだったという。実に100万もの大幅値引きだが、260万であればギリギリ足りる。

 そう考えれば後は迷う必要は無くなった。

 

「買いましょう」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 ライゼニッツの宿屋に戻った俺は右手のジュエルから【ハルピュイア】を出した。

 【ハルピュイア】はキョロキョロと辺りを見渡し、俺を見つけると笑顔を浮かべてずいと詰め寄った。

 

『貴方が私を連れ出してくれるの? 私の言葉は分かる? 何て貴方を呼べばいい? 主? ご主人様? マスター? 私は何をすればいい?』

 

 怒涛の勢いで疑問を投げ掛けてくる【ハルピュイア】に気圧されつつ返事を返す。

 

「とりあえず言葉は分かるよ、《魔物言語》持ってるから。一先ず君の出来る事を聞いても大丈夫か?」

 

『えぇ、何でも聞いて? 私に出来る事を教えたら名前を下さいな?』

 

「ん、名前は持ってないのか?」

 

『【ハルピュイア】は【ハルピュイア】よ、【クイーンハルピュイア】の血族でもそれは変わらないわ』

 

「んん?」

 

 聞けば【ハーピー】や【ハルピュイア】というモンスターは女王種の【クイーンハルピュイア】を頭に据え、王国の様なコロニーを形成するらしい。

 その中で魔法を扱う事が出来るのは【クイーンハルピュイア】の血脈を継ぐ者だけ。『クイーンが産んだ子は才能が他より遥かに多いってだけだから普通の【ハルピュイア】の中にも魔法を使える子はいるかもね』とは本人の弁だが。

 であれば君も【クイーンハルピュイア】だったのかと問うと、

 

『【クイーンハルピュイア】になれるのは最も強い【ハルピュイア】だけだもの、それが決まるまでは皆【ハルピュイア】よ』

 

 如何に【クイーンハルピュイア】の血筋であろうと群れと世界が認めなければ唯の【ハルピュイア】には変わりなく。

 姉妹とも呼べる【ハルピュイア】達の蹴落とし合いに嫌気がさしてコロニーから逃げた様だった。

 

『だから主が私を選んでくれたのが嬉しいの。私に出来る事なら何だって教えてあげる』

 

 俺に対する呼び名を主に統一したらしい【ハルピュイア】は自分の口から己が何が出来るのかを語る。

 

 このハルピュイアが出来る事は大まかに分けて三つ。飛行と歌、そして魔法だ。

 ハーピーやハルピュイアの身体構造の問題故か長距離飛行はほぼ不可能らしい。短距離飛行に特化して戦闘時は上空から奇襲染みた滑空を仕掛けて攻撃を仕掛ける、或いは持ち上げて上空から落とすといった攻撃を得手としている様だ。

 

 歌に様々な効果を乗せられるとの事だが感覚や精神による物が大きく、例えば歌に身体強化の効果を乗せようとしても「若干力が強くなった気がする」程度しか変わらない。

 反面、眠らせるだとか混乱させるといった相手の精神に直に作用する効果は歌に乗りやすく効果も高くなるという。あと純粋に歌が上手い。

 

 最後に魔法だが、あの青年が言ったように様々な魔法が使えるのは事実だが得意とする魔法に偏りがある。風を用いた衝撃の緩和や矢避け、移動速度上昇など風属性に高い適性を持っているようだ。

 正直思っていたより遥かに支援に特化している。これで味方がいない状態での蹴落としあいをせざるを得なかったというのだから投げ出したくもなるだろう。

 

『これで全部。私役に立てるかしら?』

 

「あぁ、お前を選んでよかったって心の底から思うよ。グラシャラボラスも仲良く出来そうか?」

 

「『心配性だな、別に何もしないさ』」

 

 奇しくも最初に除外した飛行型モンスターになってしまったが後悔は無い。となれば早速名前を付けるべきだが……さて。

 目の前の少女と呼んで差し支えない体躯の【ハルピュイア】は、緑を基調とした極彩色の翼と体毛、そして乱雑に切り揃えたセミロングの金髪と紅い猛禽の眼を持っている。

 美しさすら覚える特徴的な姿だが、グラシャラボラスの様に一つの色で統一されていないのも困り物だ。

 

(いや、でもハルピュイアか……)

 

 ふむ。

 

「なぁ、アエローとオーキュペテー、どっちがいい?」

 

『私の名前? 私のために考えてくれたのかしら。どっちがいいかな』

 

 【ハルピュイア】は暫く悩んでいたが、やがてどちらにするか決めたのかこちらに笑顔を向けた。

 

『アエローが良いわ、私は今日からアエローよ!』

 

 こうして一人の【ハルピュイア】――アエローが仲間に加わった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「……あの、これは?」

 

「うちの新しい戦力かなぁ」

 

 時は移ろい、宿屋にエイラとコバルトが帰って来た。コバルトは俺達に配慮してか事前に別の部屋を借りていたようだが。

 さて、最初から友好関係を築けている様な気がするアエローと更に仲良くなる為に料理を振舞ったのだが、想定よりも興奮した様子で料理を食べてえらく感心していた。アエロー曰く『こんな手の込んだ物作るって凄いなぁ』との事。

 

 そんなこんなで食うだけ食ったアエローは俺のベッドで爆睡していた。料理を食べさせた時に食べられない物はあるか聞いたが、特に食えない物は無さそうだった。人間の口と喉、後多分人間と同じ胃を持っているのであれば確かに問題は無いのだろうけど。

 で、だ。話が逸れたがエイラが帰って来たという事は依頼関係が何か進展したという事である。

 

 寝ているアエローをジェムの中に引っ込め、帰って来たエイラをベッドに座らせて話を聞く。

 

「現在ベルディア・フリーデ様が住んでいる場所に向かって訪問したのですが、そこである人物と出会いまして」

 

 そう言ってエイラは扉に向けて「どうぞ入ってください」と言い放った。

 一拍を置いて部屋の扉を開けて中に入ってきたのは赤眼鏡を掛けたエイラと同じくらいの身長の女性だった。

 困惑を滲ませる俺とグラシャラボラスにエイラは説明する。

 

「この人はベルディア・フリーデ様のお弟子さんだそうです」

 

「弟子?」

 

 女性の正体に納得すると同時に新たな疑問。何故その弟子がこの部屋にやってきたのだろうか。

 

「貴方がネビロスさんですね、単刀直入に言いましょう」

 

 その答えは弟子自身の口から語られた。

 

「私の師匠であるベルディア・フリーデが行方不明になりました」

 

 驚愕を抑えきれない情報を、彼女は語った。

 

 




設定練って投稿に時間掛かってる間に総合UAが20000を超えました。ありがたい話ですが待たせてしまって申し訳無い……。

【ハーピー】及び【ハルピュイア】
・投稿遅れた理由の八割を占めていると言っても過言。
・最初からネビロスの従魔はハーピー系列にする予定だったが、ふと「ハーピーという種族がレジェンダリアの住民である可能性」に思い至る。
・幸いというべきか、wikiやら原作デンドロやら見たけどハーピーの姿は見えなかったのでオリ設定でハーピーを追加した。
・王国を築いているとは言ったものの、実状はクロアリのそれに近い。巣を作り女王がそれの一番上に君臨するというだけである。
・ギリシャ神話においてアエローとオーキュペテーはハルピュイアの姉妹とされている。アエローは疾風、オーキュペテーは速く飛ぶ女という意味を持つ。
・実はアエロプース(アエロー)とオーキュペテー、そしてケライノーで三姉妹であると解釈される事もあるが、ケライノーの意味が黒い女なのでネビロスは候補に入れなかった。


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第三十五話 焦燥感を振り払おう。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね」

 

 衝撃の情報に固まる俺を置いて目の前の赤眼鏡の女性はマイペースにそう言った。

 

「私は【高位結界術師】のアルカメリア、長いのでアルカで構いません」

 

「……ん?」

 

 そう自己紹介するアルカメリア――アルカの姿に既視感を覚える。彼女に似た顔立ちをどこかで見た気が……。

 根拠の無い直感に従い口を開く。

 

「アルキメデス、って名前に聞き覚えは?」

 

 アルカが驚いたように目を見開く。まさかここで聞くとは思わなかったとでも言いた気な反応だ。

 

「驚きました、アルキメデスは私の兄です。……あの、兄は息災ですか?」

 

 まだアルカの人物像を掴み切れてないが家族関係は円滑なようで安心した。とりあえずアルカにアルキメデスは霊都の決闘場で働いていると伝え、本題に入る。

 

「それで、行方不明ってどういう事だ? アクシデントサークルに巻き込まれたとか?」

 

「いえ、師匠はあるモンスターを倒しに向かったのです。私に何も言わず、ただ『過去の失態を清算する』とだけ言い残して」

 

「あぁ、じゃあ今はそのモンスターの相手で忙しいって事か。ちなみにそのモンスターってどんな名前なんだ?」

 

 アルカが一度口を噤み、再度口を開く。

 

「モンスターの名は【静界蜂針 サイレンサー】、伝説級の【UBM】です」

 

「――」

 

 その言葉に、今度こそ息が止まった。

 思考の空白を埋めるように俺は考えを巡らせる。即ち、何故その名が出たのか。考えて、考えて、考えて。

 

「……あり得ない」

 

 出たのは月並みな否定だった。

 思い返されるのはエイラと共に対峙した月が昇る夜のこと。【静界蜂針 サイレンサー】は確かにアクシデントサークルに運ばれた大瀑布によって身体を拉げてその命を掻き消した。その筈だ。

 

「あいつは俺達が倒した筈だろ、何でその名前が――」

 

「――倒しきれていないとすれば」

 

 だが俺の否定もまた、エイラによって否定される。

 

「聞く所によると【静界蜂針 サイレンサー】を封印したのは【封神】ベルディア・フリーデ様だそうで。であれば因縁の相手だというのにも納得がいきますね」

 

「……いや、いやいや、あれだけの傷を負ってあの量の鉄砲水に押し潰されれば死ぬだろう。幾らあいつが【UBM】だから……って」

 

 血の気が引いていくのを感じる。

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】は【UBM】である。幾らなんでも気付くのが遅すぎた。

 

 【UBM】は千差万別ではあれど絶対不変の共通項が一つだけ存在する。それは討伐と同時にアナウンスが流れるというもの。

 戦闘の貢献度を世界、というか管理AIが定める為にたとえ自然物を用いての勝利だったとしても討伐完了及び特典武具贈与のアナウンスは必ず流される。

 

 あの時はそれを知らなくて疲れた頭で【静界蜂針 サイレンサー】を倒したと決め付けていたが、どれ程正確に記憶を遡っても討伐完了のアナウンスは流れていなかった。

 つまる所、倒したと思い込んでいた【静界蜂針 サイレンサー】は今も尚どこかで、

 

「生きている……」

 

 本来ならすぐさまここを飛び出して【静界蜂針 サイレンサー】の元に向かうつもりだった。間接的とはいえ、俺が【静界蜂針 サイレンサー】を解き放ったに等しいのだから。

 だがここで最初の問題に行き当たる。アルカは最初にこう言った。

 

 ベルディア・フリーデが行方不明である、と。

 

「理解して頂けましたか。ここからが本題なのですが、一つの依頼を受けてはくれませんか?」

 

 八方塞がりという言葉が脳裏を過ぎり、直後にアルカから一つの提案を受ける。

 即ち、『私と共に【静界蜂針 サイレンサー】を倒す手助けをして欲しい』と。

 

「あるアイテムを使えば師匠の大まかな居場所が分かりますが、既に【静界蜂針 サイレンサー】と接敵していた場合戦闘に介入出来るほどの力を持ってません」

 

「それで俺達か。分かった、その依頼を受けよう」

 

 一応エイラに視線を送るが、問題は無いという様に頷いてくれた。まぁ【封神】に会えない今取れる手段はこれくらいしかない訳だから当然っちゃ当然だけども。

 そうと決まれば今すぐにでもという事で準備を整えてアルカに付いて行く事にした。

 

 ……念の為、コバルトに置き手紙でも書いておくか。

 

 

 

 

 

 準備もそこそこに俺達はアルカの案内の下目的地へと飛んで行った。俺とエイラはグラシャラボラスの背に跨り、アルカはアエローが運んでいる。

 

『初仕事はいいのだけど私長距離飛行は苦手って言わなかったかしら』

 

「『文句を言うなアエロー、今回の敵はお前と相性が悪い。次はお前も活躍できるさ』」

 

『はーい』

 

 あまり重いものを持ったまま飛ぶのが苦手なアエローには無理をさせてしまっているが、今回はアルカを如何に早く【封神】の下へ連れて行けるかが鍵になる。

 後で好きなものを作ってやろうと考えていると、アエローに運ばれながら集中しているアルカが口を開いた。

 

「……封印には幾つか種類があるのをご存じですか?」

 

 正確には封印を行う為の媒介の種類の話ですが、とアルカは続ける。

 

「縛る、分かつ、隔てる、囲う、遮る。一口に封印と言ってもその手段は多差に渡り、それぞれに適した武器があるのです、例えば鎖であったり札であったり。私は封印を壁で隔てて囲う物と解釈し【結界術師】と鎖分銅を武器にしました」

 

「……ん、【結界術師】系統の超級職が【封神】って訳じゃ無いのか?」

 

 てっきり【封神】の弟子だから【高位結界術師】なのだと思っていたのだが。

 

「厳密には違います、というより【封神】は【結界術師】の超級職でもある、が正しいです。【封神】に至る道筋は幾つかあるのですよ、現にベルディア・フリーデは【封神】となるために【高位結界術師】では無く【陰陽師】、そして【裁縫職人】を選びました」

 

「何だって?」

 

 【陰陽師】はともかく【裁縫職人】は完全に非戦闘系の生産職だった筈だ、それが何故【封神】に繋がるのか。

 

「本当に何だって良いんです、【封神】までの道のりは。私は武器に杖を選びましたが、今代【封神】のベルディアは己が用いる武器に糸を選びました」

 

「糸?」

 

「縛り、分かち、隔て、囲い、遮る、ベルディアの糸はこの全てが出来ます。特に境界を作るという面において言えば糸と【陰陽師】の相性はとても良いものでした。……十全に使いこなせるのは後にも先にもあの人だけでしょうけど」

 

 それだけの天才でありながら、アルカはベルディアの無事を信じきれないでいた。

 かつてのベルディアは知らないが噂で歴代最強の【封神】であったと呼ばれているのは知っている、だが私には今のベルディアがそこまで強いようには思えない。

 理由は明白だ、かつてベルディアが敵へ向けた情熱を、私を育てる為だけに向けていてくれたからだ。

 

 何時か真実になるかも知れなかったから思わなかった事だが、ベルディアは私に直ぐにでも【封神】を継がせるつもりだ。自分が何時死んでも良いように。

 

 もし師匠が殺されたなら、それは私のせいだ。私が弟子にならなければこうならなかったと、きっと後悔してしまう。

 それは駄目だ、許容できない。私はまだ師匠に色んな事を教えて貰っている最中だ、私は最後まで師匠に教えを請うて、私の兄を驚かせたい。

 

「――ッ、来た」

 

 手に持っていたクリスタルに魔力が溜まり、溢れた光がある方角を指し示した。師匠、いや【封神】の現在地だ。

 

「行きましょう」

 

「あぁ、飛ばすぞグラシャラボラス、アエロー」

 

 師匠、貴方は何でも自分で背負いすぎです。師匠の過去の失敗くらいは弟子の私に拭わせてください。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 ざり、ざり。

 使い込んだ靴の底が乾いた土を踏みしめる。

 両手を握り締めて武器の使い心地を確かめる。

 

 とっ、とっ。

 足先で地面を軽く叩き四肢を緩やかに動かす。

 老いてこそいるが身体の調子は悪くは無い。

 

 すぅ、ふぅ。

 目を閉じて呼吸を整える。

 万象一切翳り無し。

 

「久しいな、お前とまた会う事になるとは思わなかったよ。なぁ?」

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】。

 

 姿は見せずともその声は届いてる筈だが、気配の揺らぎは微塵も無く。帰ってくるのは深い森の静寂ばかり。

 

(動揺一つしない、か)

 

 有無を言わせず殺しに来る位の事は想定していたのだが、当てが外れたな。

 まぁ前回はそうやって余裕ぶっこいて攻撃喰らった訳だが。

 

(さ、て)

 

 相手を挑発する行為は無駄と悟り、開戦の狼煙を上げる事にする。

 懐から一つのジェムを取り出して投げ――

 

「ふは」

 

 ――一本の針によって音も無く破壊される。

 

 すぐさま飛び退いて未だに姿を見せぬ【静界蜂針 サイレンサー】に語りかける。

 

「やはりそう来るとは思ったよ、狙い撃ちの精度は落ちてない様だなぁ? 《属性封刻:紅炎》《属性封刻:白聖》」

 

 かつての焼き増しの様に【封神】は哂う。

 武器に【付与術師】とは違う方法で二種類の属性を与え、慣れた手付きで己の武器である鋼糸――【浸織流糸 アラクネー】を展開する。

 

「また私自ら封印してやろう。こんどは罷り間違ってもアクシデントサークルなど利用しないように、徹底的に」

 

 

 

 

 

 ……仮に【封神】に落ち度があったとするならば、それは己が施した封印で相手の牙が抜け落ちていると考えていた事。

 

 事実、霊都近郊の森に封印された【静界蜂針 サイレンサー】は大幅な弱体化を余儀無くされ上級職すら獲得出来ていないマスターとティアンだけで退けられるほどには弱くなった。

 だが【封神】は、ベルディア・フリーデは【静界蜂針 サイレンサー】を侮っていた。その異常なまでの執着心を。

 

 永遠に森の中を彷徨っていた可能性すら否定できない程に強く縛られ、それでも女王はただ腐る事だけはしなかった。

 憎しみは向ける相手が目の前にいなければ直ぐに潰えてしまうというのに、それでも憎悪と復讐心を燻らせてたったの一ヶ月で新しく力を作った。

 

 ――今のままではかつての二の舞、それどころか瞬殺もあり得るだろう。

 

 冷静に思考した【静界蜂針 サイレンサー】が目を付けたのは、かつて【静界蜂針 サイレンサー】となる前の一匹の女王蜂が見た、矮小な蜂が持つ致命の力。

 

 

 

 

 

「貴様を解き放ってしまったのは私の落ち度だ、かつての汚点を拭わせて貰うぞ……む

 

 飛来する複数本の針を、【浸織流糸 アラクネー】を束ねて織った布で防ぐも一本だけ防ぎ損ねて左足に刺さってしまった。

 本当に何時ぞやの焼き増しの様に自分の出す全ての音が掻き消える。一撃たりとも貰うつもりは無かったのだがなぁ。

 

 お返しとばかりに布を解き糸で縛りつけようと行動し、違和感に気付く。

 左手が動かない。

 困惑が驚愕に変わるよりも前に異常な激痛と吐き気が襲い来る。

 

 何故。原因を探そうと身体を見回し、先程刺さった針とは別の針がもう一本刺さっていた。

 

(気付けなかった!? いや、それは今どうでも良い、この症状は毒? 【沈黙】以外にも別の状態異常が使えるようになったのか?)

 

 不味い。かつての戦いを元に装備を見直し、対【沈黙】の他にも様々な状態異常対策は行ってきたが、【静界蜂針 サイレンサー】の十八番である【沈黙】は元よりこの毒も耐性を貫通している。

 咄嗟に【快癒万能霊薬】を用いて回復を試みようとするが【静界蜂針 サイレンサー】の狙撃によって【快癒万能霊薬】が粉々に砕け散る。

 

 ……やはりと言うべきか、ベルディアは老い衰えていた。昔の彼であれば戦闘中に取り乱す事も、昔と同じ失敗を繰り返す事も無くこれが毒で無い事も直ぐに悟った筈だ。

 

(駄目、だ。意識が)

 

 痛みと吐き気は治まる気配を見せずに視界がブラックアウトしていく。

 完全に意識が途絶える間際、ベルディアが思い浮かべたのは街に残した優秀な弟子の姿だった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「……あぁ、疲れた。一回ログアウトして掲示板漁ってたけどやっぱ数人俺の事探してたわ、どうしようフライクーゲル」

 

『全員返り討ちでは駄目か』

 

「はっはは、面白い冗談だ。本気で言ってるなら相談した事ちょっと後悔するぜ」

 

『お前と私がいれば出来ない事は無かろうよ』

 

「確かに全員殺す事は出来るさ。だがな、俺は皇国の狂研究者になりたい訳じゃ無いんだよ。」

 

『ならばこのままほとぼりが冷めるまで逃げれば良いだろう、最初にお前が言った事だ』

 

「……それしか無いんかなぁ」

 

『お前は馬鹿ではない、その場に於ける最善手を常に考えて行動している。その慎重さを私はとても好ましいと思う』

 

「当たり前だろ、考えを巡らせて無駄になる事なんざありゃしない」

 

『ならばお前はそれでいい。安心したまえ、どこまで逃げても私だけはお前の話し相手となってやる』

 

「ありがたい事だなぁ。これでお前が災いを引き寄せるとか抜かさなきゃなぁ」

 

『そんなお前に朗報だ、机の上の書置きを見たまえ』

 

「この流れで書置き見ろとかお前本気で言ってんの? ……えーと――」

 

『……クックク、何と書いてあった?』

 

「……お優しい奴だよ、ネビロスは。俺達が失敗したらマスターを掻き集めてくれだとさ」

 

『ほう、戦わなくて良いと言ってくれたのか。良い奴だな。ではそうするか?』

 

「馬鹿言うなよ、相手は【UBM】だぜ? 他の奴らにチャンスを与える訳には行かないね」

 

『……素直じゃない奴だな』

 

「うるせぇ、行くぞ」

 

『場所は書いてなかったのではないか?』

 

「はっ、さっきお前が言った事だろ? お前と俺がいれば出来ない事は無いだろう? 直ぐにでも行くぞ、あいつには恩もあるからな」

 

 




アルカメリア
・本名アルカメリア・クレイオール。アルキメデスの妹であり各地を放浪していた【封神】にその才覚を認められる。
・【封神】に憧れて武器に糸を選ぶも盛大に操作に失敗し、次善案である鎖を主軸に戦闘を行うようになる。
・【封神】までのスタート地点に【結界術師】を選ぶが、実は《結界術》そのものの才能はあんまり無かったりする。
・努力を苦に思わない人間なので【封神】との修行で秀才まで上り詰める。

アルキメデス
・本名アルキメデス・クレイオール。アルカメリアの兄であり各地を放浪していた【封神】に「実に惜しいな……」と呟かれる。
・嫉妬でふて腐れつつ、友人の勧めの下決闘場に勤務する事に。一度は決闘に挑んでみたりもしたが体力が足りずに大敗を喫した。
・これまた友人の勧めの下【結界術師】を取り、ティアンの中では異色とも言える才覚を発揮する。兄妹揃って才能家族だった。
・《結界術》の才能だけで言えば今代【妖精女王】のそれに並ぶ。というかテルモピュライのバ火力を何度も受けられる時点で大概おかしい。

【浸織流糸 アラクネー】
・ベルディア・フリーデの持つ伝説級【特典武具】。一対の長手袋から指の数だけの、つまりは十本の糸を無尽蔵に出す。
・元の【UBM】は【融這侵蝕 アラクネー】。地形を己の糸で染めて有利なフィールドにする事で侵入者を狩っていた伝説級【UBM】だった。
・蜘蛛の糸で作られた要塞はそれ自体があらゆる物に染まりやすく、どのような攻撃にも耐性を得る事が出来、その耐性を【アラクネー】本体にフィードバックする事が可能だったが、ベルディアは蜘蛛の巣が支配するフィールド丸ごと封印する事で文字通り封殺。
・封印空間内部をじわじわと狭めていき【アラクネー】の耐性すら封印してタイマンで打ち勝った。狂人である。
・【アラクネー】の性質は【特典武具】にも受け継がれ、あらゆるエンチャントを重ね掛けする事が可能である。


【静界蜂針 サイレンサー】
・殺意の波動に目覚めた女王蜂。
・ステータス自体はネビロスと相対した時と殆ど変わっていないが、死の間際まで行ったにも関わらず一月で元通りになり新たなスキルを手に入れたという事でもある。
・新しいスキルはあんまり隠す気は無い。蜂といえば、ねぇ?
・そもそもただの女王蜂時代にも持ってなかったその力を取り入れる事が出来たのは今まで碌に使ってなかった【UBM】のリソース拡張を存分に使ったせいでもあったりする。
・憎悪によって彩られたその力は、付け焼刃などと言う器には収まらない。

自分でも若干違和感ある展開だなぁと思わなくも無い。自然に繋ぐ為に一回過去編入れようかと思ってるけどテンポ落ちそうとも思う。難しいね。
あんまり遅くならない様に頑張ります。


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第三十六話 すべき事を決断しよう。

 

 

 私と兄は孤児だった。別に親が私達を売り払ったとかそういう訳では無い。

 どちらかと言えばいつも私達に優しく接してくれていた。無償の愛とはあれを言うのだろう。死の間際まで私達を優先してくれていたのだから。

 

 別に特別な事は無い。モンスターが私達の村を襲って、私と兄は両親に逃がされたというだけの話。そんな何の変哲も無い、ありふれた話だった。

 兄はそうは思わず、死んだ両親の事を酷く悲しんでいたが直ぐに二人で暮らせるように保護者と仕事を探し始めた。

 

 程なくして私は兄が見つけたとある孤児院に滑り込み、兄は兄で肉体労働に勤しんだ。兄に何もしてやれない私の身体が酷く厭わしく思えたが、兄は笑って気にするなと言っていた。

 

 そんな折、孤児院に一人の男が現れた。彼はまるで品定めでもするような冷徹な目で孤児院の子供達を流し見ていく。

 つ、と男の目が私の顔で止まった。

 

「ふむ? これほどの力の持ち主がこんな所に転がっていたのか?」

 

 その目は決して人に向けるものでは無かったが、私は期待した。この男について行けば兄の恩返しが出来るのではないか、と。

 兄は反対していたが、どうにか説得を重ね、男も兄に一言零すと先程の威勢が嘘のように潰えてしまった。何を言ったのか気になったけどどうせ碌な事ではないだろう。

 

 孤児院での兄の友人が慰めている所を見て若干罪悪感に苛まれつつも、私はこの男に引き取られた。

 ……今にして思うと一時の衝動で兄にとても申し訳ない事をしてしまった。霊都で兄に再会したら、まずは謝ろう。

 

 

 

 

 

「お前は私のスペアだ」

 

 男の家に来てそうそうに私に言い放たれた一言である。混乱でどうにも理解しかねる私に対し、男は更に言葉を重ねた。

 

「私は、いや私を含めた者達は皆ある遺志を受け継いでいる」

 

 何か分かるか? と言う男の言葉に首を横に振る。

 男も答えを期待しての問いではなかったのだろう、すぐに話を続けた。

 

「超級職だ。人が超常の存在に抗う力、継承の煩雑さから失われゆく力。それを我々は蒐集し、継承法を世に残す。お前は私が死した時、私の【封神】を始めとした所有者のいない超級職を集めて貰う」

 

 まだ幼い私には男のやろうとしている事が分からなかった。それが善か悪かの判断も出来ずに。

 

「人は世界に与えられた力を失ってはならない、全ての物には存在理由がある、何故超級職と呼ばれる力が幾つもある? 必要だからだ。この先、超級職を持つ者でなければ戦えない大きな戦が起こるかも知れない。それが起きた時超級職を持つ者がたったの数十人では駄目なのだ。相応しい人間に、全ての超級職を継承させねばならない。例え世迷言だと嘲笑われようと、我々が遺志を継がなくてはならないのだ」

 

 例え道半ばで死したとしても、その為にお前を連れて来た。男はそう語った。難しい事ばかりで頭が回らないが、私は男の折れぬ意志を悟った。

 先程も言ったように私にはそれが良い事なのか、悪い事なのかが分からない。ただ幼いながらにそれは必要な事だと感じた。

 

 だから。

 

「……長々と喋ってしまったな、まぁひとまずはお前は私の弟子という事に――」

 

「継ぎます。私に出来る事があるのなら、それが必要な事なら私はおじさんの……すぺあ? になります!」

 

「……なるとしても私が死んでからだ。それと私の事は師匠と呼べ」

 

 切っ掛けこそ突拍子も無いものだったが、それでも男は――師匠との出会いは無力な私を変えてくれる程に鮮烈であった。

 

 それから師匠は私に【封神】を得る為の訓練を課した。おおよそ孤児だった少女にさせるものでは無かったが、師匠は効率が悪ければもっと効率の良い物を考え、身体を壊しそうなら余分な物を削るといった試行錯誤にえらく手馴れているようだった。

 師匠曰く「超級職を得るに当たって行った試行錯誤はこれの比ではない。お前にもいずれ効率的な物の考え方を教えねばな」との事。

 

 月日が経つにつれて私は師匠の事を好ましく思い始めていた。武器にしたって慣れない鎖を選んだのは師匠に近付く為だった。

 いずれ私も一から超級職を探す日が来るのだろうけど、その時はきっと師匠との二人旅で集めるのだろうという根拠も無く考えていた。

 

 かつての力は無くとも師匠なら大丈夫であってくれと、そう願っていた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 だから。

 

 きっとこれは、ずっと楽観的に考えていた私への罰なのだろう。

 

「――し、しょう……?」

 

 その可能性は考えていた。――考えていただけだった。

 

 その光景を覚悟していた。――どう動けばいいか分からなかった。

 

 血溜まりに沈み、身体の随所を喰い散らかされたベルディアを見て、私は呆然と立ち止まる事しか出来なかった。

 

「あ、っぶねぇッ!! グラシャラボラス!」

 

 ネビロスが棒立ちしていた私の前に立ち、大槍で何か硬質な物を弾く。大きな釘の様な針が地面に落ていくのと同時に私の身体が透明化し始める。

 エイラが私とベルディアを引き寄せ、魔法で霧を出した。

 

「……【奔走輸血】無しで初めて血を霧に変えましたけど割りと使い勝手が良いですね。アルカさん、結界を」

 

「あ、えぇ」

 

 呼吸が浅くなる。言われるがままに結界を張ったけど容易く破られてしまうのでは?

 もしそうなれば私もエイラも師匠と同じ目に――。

 

「アルカ」

 

「……え」

 

 エイラが私を呼ぶ。

 

「一先ず落ち着いてください。【UBM】の対処は表のネビロスがやってくれます。希望を捨てないで、焦りは心を脆くするから。……それにベルディア様はまだ息があります」

 

 エイラの言葉に思わず師匠の方を見る。酷く痛々しい姿ではあったけれどもほんの少しだけ肩が動いている。

 生きているのだ。その事に気付いた瞬間に、どこか夢の様にふわふわしていた身体に活力が灯り始めた。

 

「結界を限界まで補強します。ネビロスさんを信じて良いんですよね」

 

「えぇ、問題は私の方です。【奔走輸血】無しの《操血術》でどれだけベルディア様を治せるか……」

 

 死神の鎌を首筋に当てられた様な感覚に陥りつつも、二人は己に出来る事に全力で打ち込む。

 一手間違えれば最悪の事態に陥るであろう事は想像に難くなかった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 時はほんの数秒遡る。

 

 目的地にたどり着いた俺達はまずグラシャラボラスとアエローに着陸指示を出し、ベルディアを探していた。

 エイラがやけにすんと鼻を鳴らしていたが、暫くしてその行為の意味が理解できた。

 

 森の奥からバケツ一杯の血を辺りにぶちまけた様な匂いが漂い始めた。それを嗅いだ途端にアルカが全速力で走り出し、遅れて俺達もアルカの後を追う。

 

「――し、しょう……?」

 

 凄惨な光景だった。俺も何度か四肢を吹っ飛ばした経験はあるが、今ほど視界をリアルに設定した事を後悔しかけた事は無いだろう。

 全身に虫に噛まれた様な無数の傷跡、悉くを使用前に破壊されたのだろうポーションの残骸が辺りに散らばり、怪我を治療できないまま傷跡から大量に血を流す初老の男性の姿がそこにはあった。

 

 俺がアルカのように呆然とせずにそれに気づけたのは殆ど直感による物だった。

 

「あ、っぶねぇッ!!」

 

 即座にアルカの前に出て飛来した針を弾く。相も変わらず音の無い精密射撃には目を瞠るばかりだ。

 俺の気のせいでなければ以前相対した時よりも精度が上がっている様にも思える。

 

「グラシャラボラス!」

 

 すぐさまグラシャラボラスに《インビジブル・マーチ》を使用させ、ついでにアエローに戦場を俯瞰させる。

 

『森の中だから碌に見れないわよ?』

 

 構いやしない、広域視点から敵の予備動作でも見えれば儲け物だ。

 

『りょーかい』

 

 背後から紅い霧が立ち込めると同時にアエローが上空へ飛び立つ。

 

「よぉ、何時ぶりだ? あの耳障りな蜂はいないのか?」

 

 森の奥にまで聞こえる様に言い放つが反応は無い。

 油断無く槍を構え、先程の直感について考える。ペルシアと戦った時にも言われた事だが、俺には戦闘時に相手の攻撃を半ば直感で察する事が出来るらしい。

 実際そのような場面に覚えがあるし、俺自身何となく勘が良いという自覚もあった。

 

 だが先程の直感は今までのそれとは違う物だった。

 

(勘ってレベルアップするのかね?)

 

 デンドロだとそういうのも育ちやすかったりするのかね、何て事を考えて、未だ反応の無い森に目を向ける。

 

 ……おかしい。音沙汰が無さ過ぎる。

 初撃を弾いてしまったせいでパーティーメンバー全員にダメージは無く、《王の眼》は使えない。後からベルディアをパーティーメンバーに加えても《王の眼》の対象外だ。

 

 もしたしたら、と一つの過程が頭を過ぎる。

 

「……逃げたのか?」

 

 ありえない。咄嗟にそう思うが、その思考を振り払う。

 ありえないなんて事はありえないと、俺は既に知っている。今すべきは確認だ。

 

「アエロー」

 

『……俯瞰して見た限りネビロスの言う【静界蜂針 サイレンサー】らしき影は見えなかったわ。辺り一帯の風を読んでみたけど小さな虫と鳥以外いなかった』

 

 上空から降りてきたアエローが自信無さ気にそう言ったが、それが分かれば十分だった。

 

「……ふざけるな」

 

 俺はこの世界に来てから、何だかんだ全てのケースにおいて弱者――追われる者だった。

 テルモピュライも、ペルシアも、【グレイロード】も、【ドラグマギア】の分け身も、誰もが強者として真っ向から俺達を潰そうとしてきた。

 

「ふざけるな」

 

 初めてだった。弱者を前にして逃走を選択する強者と相対するのは。

 いや、相対してすらいないのか。……何にせよ手の届かぬ所にまで逃げられるというのは途方も無い歯痒さを俺に植え付けた。

 

「……くそッ」

 

 行き場の無い苛立ちが口から零れ出る。脅威が消えたのなら優先すべきはエイラ達の安全である。

 

 アエローを伴って霧が立ち込める後方に足を伸ばす。途中で周囲を警戒していたグラシャラボラスに透明化を解除させ、いつのまにか張られていた結界の内部に声を掛ける。

 

「すまない、【静界蜂針 サイレンサー】を逃がした。そっちは無事か?」

 

「……無事と言えば無事ではあります、が……」

 

 そう答えたのは苦しげな声を出すエイラだった。結界越しにエイラを見やると、何時ぞや俺に対して行った様な《操血術》による治療をベルディアに試みていた。

 エイラの集中力を削ぐ事は憚られた為それ以上声を掛けず、再び周囲の警戒に戻ろうとするとグラシャラボラスが話しかけてきた。

 

「『何かが来る』」

 

「は、まさか戻ってきたのか?」

 

『さっきのとは別じゃないかしら』

 

 そう話し合っていると、森の奥――俺達が来た方角、つまりは街の方――から物凄い勢いで何かが飛んで来た。

 豪風を伴い地面に埋まったのは、白銀の金属球。事態に頭が追いつかず数秒フリーズしていると、金属球がそこから消え失せ、代わりに見知ったロングコートの少年が現れた。

 

「無事か!?」

 

『どうやら少しばかり遅かったようだな』

 

「もう少し早く撃ってればまた変わってたかなぁ……」

 

「……コバルト? 今のは、ってか何でここに?」

 

 恐らくマスケット銃の弾丸と思われる金属球と引き換えに現れたのは蒼のマスケット銃を持つコバルトだった。

 俺の問題みたいなもんなのであまり関わらせたくなかったのだが……その旨も置き手紙に書いた筈だが。

 

「あれを見てはいそうですかとはならんだろ、一応は俺も……心配だったし」

 

『ネビロス相手なら素直に言えるんだな』

 

「お黙り」

 

 空気を入れ替えるようにコバルトが咳払いをする。

 

「それで、間に合わなかった俺が言うのもなんだが状況を教えてくれないか?」

 

「あぁ、まぁ情報の刷り合わせは必要だろう。関わるなとも言ってらんなくなってきた」

 

 一応アルカとエイラに確認を取り、了承が取れたので俺はコバルトに全てを説明した。

 元々俺とエイラは【封神】を探してライゼニッツまで来た事。来たはいいが当の【封神】が【UBM】と交戦中だった事。

 その【UBM】が元々俺達が仕留め損ねた個体であった事もありすぐさま応戦に向かった事。辿り着いた頃には既に【封神】は敗北していた事。

 

「――で、俺はその【静界蜂針 サイレンサー】を取り逃がして今に至るって感じだな。自分が情けないよ」

 

「……成程な。まぁこれでネビロス達の目標は達成したんだしすぐにでも霊都に帰れるんじゃないか?」

 

「……え?」

 

 考えもしなかった言葉に思考が止まる。

 コバルトはあっけらかんと続ける。

 

「いやだってネビロス達の依頼は【封神】を連れて来る事だろ? エイラがその人を治療してるんだったらその人を連れて行けばおつかいは成功だ。仮に治療が失敗してもそのアルカメリアさんって人もいるし――」

 

 ピクリと肩が跳ねたアルカに一瞬目を向けたコバルトは視線を俺に向け直し尚も続ける。

 

「――ってのはあり得る可能性の一つの話だとしてもだ、【封神】は生きていてこっちの手元にいるんなら何も逃げた相手を追う必要は無いだろう。【UBM】が心配ならマスターに情報でも垂れ流しゃ勝手に掃除してくれる、……わざわざ勝ち目の薄い戦いに赴く必要なんて無いだろう?」

 

「……た」

 

 確かに。私情を挟んで無理にでも倒そうとして本来の目的を見失ってしまっては申し訳が立たない。

 であれば【静界蜂針 サイレンサー】が自ら逃走を選んだのは良い事であるだろう。

 

 ならすぐにでも「俺が倒すべき」なんて思考は捨て去ってしまった方がいい。

 ……いい筈だ。

 

(……だが、いやそもそも相手の居場所が分からないなら選択の余地は……)

 

 葛藤に揺らぐ俺を見かねたコバルトが溜息を吐く。

 

「ここまで引っ張っといてあれだが、俺ならその【静界蜂針 サイレンサー】の居場所を見つけられる。だがそれは【静界蜂針 サイレンサー】がそんなに離れてないだろう今だから出来る事だ」

 

 コバルトが、正面から俺を見据える。

 

「お前が選ぶんだ。退くか、進むか」

 

 

 




ネビロスが柄にも無く怒ってる理由の大部分はベルディアを甚振るだけ甚振って自分は安全圏に逃げたからではあるが、今までの経験から無意識の内にジャイアントキリングに楽しさを見出していたからという理由も少なからずあったりする。
流石に人命救助が最優先なので「戦ってみたかった」なんて事は言わないしそもそも自分でその事に気付いてない。
というか本来【静界蜂針 サイレンサー】は能力を利用した射程範囲外の死角からのアンブッシュなので真っ向から戦った前回が異常なだけである。

「遺志を継ぐ者達」
・お察しの通りシュヴァルツと同じ目的を持つ人達。誰が決めたとかは無いが世襲形式になっており、当人が名乗ることは無いがベルディア・フリーデは四代目シュヴァルツである。
・遺志を継ぐ者達は皆死ぬ時に己が持つ超級職の継承方法を事細かに記し、或いは弟子がいる場合は己の超級職を受け継がせてから死ぬ事が定められている。
・ベルディアは一度ガルシア、トリカブトと共に行動していた際【獣王】及び【狂王】のジョブの情報を知りどうにか獲得できないかと試行錯誤していた所をトリカブトに見られ怖がられた。
・最近になって現れた不死身のマスターなら超級職を永遠に保存してくれるのではと考え始めていた。
・先代達の超級職の継承方法が書かれた手記はベルディアが厳密に保管しており、アルカメリアに譲渡する予定。もし《DIN》に流れたら半狂乱のお祭り騒ぎになる。

……今更ながらグラシャラボラスのセリフを「『』」より『』に統一した方が分かりやすいんじゃないかと思う今日この頃。どっかのタイミングで一新するかも分からんね。


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