好きな子の為ならば、俺はもしかしたら勇者を超えられるかもしれない。 (モンターク)
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第1部
赤毛の少年、モヤモヤする


というわけで新たな物語の幕開けです。
不定期に更新することになりますが、よろしくお願いいたします。


七色の神が見守るこの世界で赤の神(アフマル)を主神と崇める国の一つ『ラーバンド国』

そのラーバンド国の王都アオスブリクと港町クヴァレの間に位置する冒険者の集う街

それがラティナたちの住む『クロイツ』だ。

 

クロイツの中央には大きな広場がある。

その広場の公園でラティナはいつものように東区に住む友達と遊んでいた。

 

そんな時──

 

「ルディ!またラティナを!」

 

「うわっ!?」

 

クロエの飛び蹴りがルディに炸裂する。

どうやらルディがまたラティナを少し苛めていたようだ。

 

「はぁ……まただね…」

 

「うん…」

 

(巻き込まれなくてよかった……)

 

マルセルとアントニーがクロエの制裁に巻き込まれなくてよかったと安堵する一方

ラティナはその勢いについて来れず、ぽかんとしている。

 

「はあっはあっ……だから違う!」

 

「嘘つかない!じゃあどうしてラティナが声をあげたのよ!」

 

「それは……ちょっとからかったらあんまりにも声がよ…」

 

「結局違わないじゃない!」

 

更にクロエから追い打ちを喰らうルディ

 

「ってえ……」

 

そのやられようは思わず被害者であるはずのラティナがルディに駆け寄り、回復魔法を掛けるほどである。

 

「全くルディは…」

 

「ルディはラティナ相手だといつもあんな感じだよね…」

 

「うん、最近は見慣れたけど……やっぱりルディって…」

 

「………」

 

他の3人が何やら話し込んでいるうちにラティナの詠唱は終わり、ルディは回復したが、しばらく黙ったままである。

 

「どうしたのルディ?まだいたいの?」

 

「いや、なんでもねえよ……」

 

「?」

 

その様子にラティナは頭の上にはてなを浮かべ、首を傾げる。

ルディはいつも以上に素っ気ない対応であった。

 

「………はぁっ」

 

――――――――

 

「はぁ……」

 

ルディは他の4人と別れ、家へ帰ると

すぐさま自分の部屋へ直行し、荷物を乱雑に放り投げ、ベッドに身を投げた。

 

(なんだよ…これ……)

 

ラティナと出会い、学舎で学び始めてからもう数ヶ月以上経つ。

あれから事件など少しはあったが、変わらず学舎でみんな一緒に勉学に励んでいる。

 

そしてある時から、彼の中では段々と何かが膨らんでいた。

もちろん体調自体は万全であり、悪いところはない。

だが、それでも彼の中にはモヤモヤのような、何かひっかかるものを覚えていたのだ。

 

そのモヤモヤはラティナを見ると更に大きくなり、何故かイジワルをしたくなってしまう。

その結果クロエにボコられるというわけだが、そのイジワルをしたところでモヤモヤは消えず、むしろ増えている気がするというスパイラルに陥ってしまったのである。

 

ルディはこれの対処法を見いだせず、一人で抱えて悩んでしまっていた。

 

(どうすればいいんだ……これ……やっぱなんかの病気なのかよ……?)

 

そして今回はさらにそのモヤモヤが悪化したらしく

ルディの脳裏にはラティナが浮かんでおり、何度目をつぶっても決して消えないのである。

 

(くっ……なんでラティナのことを考えてるんだよ俺……!)

 

そしていつもは気にならないラティナの仕草などを思い出してしまい、どこか顔も赤くなってきている。

 

(なんで……一体どうすればいいんだよっ……!)

 

「おーい!ルドルフ!」

 

「うわっ!?」

 

急に父親の呼び声か聞こえ、消沈していたルディはベッドから跳ね上がるように驚く。

 

「ど、どうしたんだよ親父!」

 

「暇なら少し手伝え、納品までの時間がねえんだ」

 

「お、おう!今行く!」

 

(……なんかしてれば忘れるだろ…多分)

 

とりあえずこのモヤモヤを誤魔化すために普段は嫌がる鍛冶の手伝いをしようと

鍛冶場の方に行くルディであった。

 

――――――――

 

「………」

 

そしてその日の夜、再びルディはベッドに身を放り投げる。

ぱふ、っとベッドが反動した後も、ルディはそのまま静かに横たわっている。

 

先程の手伝いである程度モヤモヤは小さく出来たが、綺麗に消せるはずもなく依然残る。

親や兄弟達にも「いつもと変だぞ?」と心配されたが、適当にごまかし飯を取り、今に至る。

 

「……ラティナ」

 

無意識にその彼女のことを口にする。

それと同時にモヤモヤが急に大きくなる。

 

「って……寝よ」

 

そのモヤモヤからなんとか逃げようと、なんとか目をつぶる。

モヤモヤは依然あったものの、そもそもルディも疲れていたからか

そのまま寝に入っていった。

 

――――――――

 

「……はぁ…結局俺が……」

 

次の日、いつも通りに朝の支度を姉や兄に急かされながらも終えた後

ルディは鍛冶屋の父に言われ、店番をしていた。

なお父は奥でお客さんの刀などを作ったり磨いたりなど、いかにも忙しそうである。

 

「………」

 

なおモヤモヤは依然として残っており、ルディを悩ませる。

とりあえず抑えて誤魔化しているが、それもそれで気分があまり良くない。

 

「はぁっ……」

 

そしてため息をつき、顔を下に向ける。

 

(本とか読んだらこのモヤモヤについてわかるのか…?でもまともに本なんて読んだことねえし…)

 

少し対処法について考えるも、特に案は浮かばず

とりあえずは気を取り直して、顔を上げると

 

「……うわっ!?」

 

いつの間にか店の前に居た人物に思わず驚いた。

 

普通なら驚かないであろうが、その人物は──

 

モヤモヤの原因である彼女に近い人物であった。

 




とりあえずこんな感じで進んでいきます。


ホント、ラティナはかわいい(確信)
アニメ版とコミカライズ版を見てると更に思う。

まだまだ本人の本格登場は少し先ですが、なんとか可愛さを描写できるように頑張っていくぞ……!

ちなみにサブタイトルは基本原作リスペクトです。



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赤毛の少年、自覚する

「うわっ!?」

 

店の前に居たそのラティナに近い人物

 

それは父親とは結構な付き合いとなるケニスのことであった。

 

ケニスことケニス・クリューゲルはラティナとデイルが下宿している酒場「踊る虎猫亭」の主人であり、ラティナに料理の技術や客相手の作法などを教えた「師匠」でもある。

彼はその仕事柄、刃物を使う事が多く、当然その包丁などを鍛冶屋に手入れしてもらうために、度々ここに来ているようだ。

 

「お、今日はルディが店番か」

 

当然ながらルディとは顔見知りの関係になっている。

 

「こ、こんにちは!」

 

「おう、お父さんは奥にいるのか?」

 

「は、はい!」

 

いつも少し乱暴な口調だが、一応目上の人には敬語を使う彼

 

だが、モヤモヤの原因に近い人が急に現れたため、どこか硬く、なにやらおかしくなっている。

 

「じゃあちょっとお父さんに頼んでもらえないか?こいつを研いでもらいたいのでな」

 

「あ、はい……親父、ケニスさんが──」

 

――――――――

 

ルディの父はケニスに対し「この忙しい時に…」とぼやきながらも包丁を無言で研ぎ始めた。

 

そんなルディの父の様子を見たケニスは邪魔になるといけないからと店先で待つことにしたようだ。

 

「………そうだ!最近ラティナはどうだ?」

 

「ら、ラティナ?」

 

「そうだ、よく学舎で会ってるんだろう?」

 

「あ、えっと!……仲良くさせて……もらって……ます」

 

変わらず敬語口調のルディだが、急にラティナのことについて振られて、タジタジになってしまっている。

 

「ルディ、なんかいつもより元気がないように見えるが……」

 

「べ、別に……!そんなことは……

 

とは言ったものの、「何か」の悩みがあるのはどう考えてもバレバレであった。

 

それを見たケニスはある一つの提案をする。

 

「何か悩み事でもあるなら俺で良ければ相談に乗ってやっていいぞ。お父さんとかにも話せないことなんだろう?」

 

「………」

 

ケニスからの提案に一瞬「いいえ」の選択肢が出たが、確かに親や姉、兄に話しにくいことである。

そこにケニスという信頼できそうな大人が相談に乗ってくれる。

「渡りに船」という言葉にピッタリだと思い、一か八かでルディは重い口を開き始めた。

 

「……実は」

 

 

――――――――

 

 

ルディはここ最近のラティナへの「モヤモヤ」のことを洗いざらい話す。

それでラティナに「いじわる」をしてしまったことや、ラティナについていつの間にか考えてしまうなどのことも全て話した。

そして一通りケニスにぶちまけた後、ルディは再び黙る。

 

(……これは間違いない…よな……ルディがラティナに……いやだがこれって俺よりリタのほうが良いかもしれないな……)

 

そしてケニスはその「モヤモヤ」についての答えはわかったものの、自分ではルディにとって最適な答えは出せないとも思い、

別の「相談相手」を紹介することにした。

 

「あのなルディ……それについては残念だが俺もあまりうまく言えない…。だが俺よりいい相談相手がいるんだ。それならきっとルディの「モヤモヤ」の答えもきちんと出してくれる」

 

「ほ、本当…ですか?」

 

「ああ、俺が案内する」

 

――――――――

 

そしてケニスがルディの父に「ちょっとルディを借りるぞ」と断り、ルディはケニスとともに酒場「踊る虎猫亭」に行くことになった。

 

ラティナと最初に出会った日、迷子になったラティナをクロエ達とともに(途中ジルヴェスターに会い、案内されながら)送り届けたその場所だ。

 

当然ながらまだ昼前であるため営業はしておらず、酒場に常連の冒険者達の姿はない。

 

「あら、お帰りケニス」

 

虎猫亭の女将であるリタはケニスを出迎える。

 

「おう、ただいま」

 

「お、お邪魔します……」

 

(相談相手って……ラティナの所の女将さんのことだったんだ…)

 

そしてその大柄なケニスの後ろにはルディがいる。

礼儀よく、礼もしている。

 

「あらあら、この子はあの時の……どうしたの?ここ連れてきて」

 

「ああ、ちょっとこいつの相談に乗って欲しいんだ。俺じゃどうしても言葉が悪くなるかもしれないからな……」

 

「なるほど、じゃあここに座って」

 

「は、はい!」

 

ちょこんとカウンター席にルディが座った後、使っていた家計簿を横に起き、ルディへの飲み物を用意する。

 

「ええっと、ジュースでいいかな?」

 

「お、お構いなく……」

 

リタはぱぱっと軽くオレンジジュースをルディへ用意し、自分はルディに対面できるようにイスを用意して座る。

 

「……じゃあその相談について話してみて。ゆっくりでいいから」

 

「は、はい……」

 

――――――――

 

「………」

 

ルディはケニスにも話した「モヤモヤ」をリタにそっくりそのまま話し、そしてジュースを飲んで黙った。

そしてリタは考える仕草をした後、柔らかい口調で話し始めた。

 

「そうね……ルディ君のその「モヤモヤ」は…きっと「恋」のことよ」

 

「こ…い?」

 

ルディは首をかしげる。

「こい」と言っても池や川に住む魚のことではなく、例外は少しあるが基本は男女間の「恋」のことである。

もちろんルディはそのことについて知らないわけでもない。

ただ彼の年齢上当然だが、自分自身でそんなことを全く感じたことが今までなかったため、すぐには理解出来なかったのである。

 

「こ、恋ってあれかよ!?男と女で……」

 

「そうその恋よ」

 

ルディは思わず敬語を解くほど驚き、自覚したためか更に顔が紅潮している。

 

(俺がラティナに……?)

 

ルディは驚いて、最初は「別にそんなんじゃ……!」と否定する言葉を漏らし掛けたが、自然と心の中でなにかの鍵が空いたような気もしていた。

それと同時にモヤモヤがある程度改善されて、スッキリしてきた。

そして、ルディは自分のラティナへの気持ちをはっきりと自覚する。

 

(この感じ……そうなんだな……俺……ラティナに……)

 

自分の恋心を自覚したルディはリタに今後どうラティナに接していけば良いのかを質問する。

 

「あの……恋したら……どうすればいいんですか…」

 

「そうね……まだラティナには多分恋とかわからないだろうし……多分告白しても普通に微笑んでくれるだけだと思うわ」

 

「そう…ですね」

 

確かにあのラティナは基本皆のことを好きと言う、いわば皆に愛を振りまいている。

そしてそんな時に、同じ歳の普通の子が「好きです!」と言っても「ラティナも!」と多分本当の意味を理解せずに返事することは容易に想像できた。

 

「でも、できればでいいからラティナを気にかけてほしいの」

 

「ラティナに?」

 

「ええ、ラティナの保護者のデイルは職業柄色々な仕事で王都やらに行くことが多くて、下手すると何日もここを空けることが多いの。だからラティナも寂しがっててね……」

 

「何日も…だからたまにラティナの調子がおかしかったりしたんだ……」

 

改めてラティナについて思い出してみると、だいたいは機嫌よくクロエやシルビアと遊んでいる時があるが、たまに遊んでいても表情に陰りを見せる時があった。

その時はあまり気にしなかったが、今その話を聞いているとやっとその表情の意味がわかった。

そう彼女は「寂しかった」のだ。

 

「………」

 

「お願い…できるかな?」

 

「はい、まだこの「恋」よくわかんないけど…………やってみます!」

 

「そう……あ、もちろん「いじわる」はなるべく止めてあげてね。その気持ちはわかるけど、ラティナは本当に気にしてるところもあるから」

 

「わ、わかりました!」

 

そしてルディはリタへ相談のお礼を言った後、再びケニスに連れられて、虎猫亭を後にし、自分の家の鍛冶屋に戻っていくのであった。

 

――――――――

 

その日の昼後

 

ケニスとリタは酒場の営業準備をしながら、昼前のルディのことについて話し始めていた。

 

「なあリタ、ルディのことなんだが……どうするんだ?」

 

「どうするって…なにかあるの?」

 

「ああ……あのラティナの様子じゃ興味はルディよりデイルの方に行ってる…まあ、その興味は恋とかそういうやつじゃないとは思うが」

 

「当然よ、あれくらいの時は同年代より年上の方が頼りになるって思うのが普通よ?私にも覚えがあるわ」

 

「ああ……だがあのままデイルの方に向いたままで、ルディのほうに振り向いてくれなければ……」

 

「……そこはラティナ次第よ、私達が指図することなんてできないわ」

 

その言葉でケニスは少し考え始める。

確かにリタの言葉はごもっともだ。仮に大人が介入したところで事態が悪化する可能性が高い。

だが恥ずかしい気持ちもありながらも、勇気を出して相談してくれた彼のことを放ってはおけない。足蹴にはできない……と包丁を止めて長く考えていると――

 

あることが閃いた。

 

「……なあ、俺達がフォローすることってできるのか?」

 

「私達が?」

 

「ああ、俺たちがルディへ贈り物の手伝いをしたりとか、雰囲気を作ってあげる…とかな」

 

「なるほど……確かにそれならいけるかもしれないわね……」

 

「ああ、もちろん必要以上に介入はしない。最終的にはルディ次第って所だ」

 

「そうね……それなら指図していることにならない。いいわよケニス!」

 

「なに……じゃあこれで……」

 

「ええ、少年の初恋を応援──」

 

リタがそう話していると、ドタドタドタっと表から急に足音が聞こえてきた

 

「あ!」

 

「こいつは……!」

 

そしてその足音が近づいた後、虎猫亭のドアが思いっきり開かれた。

 

そこには────

 

「ラティナあああああっ!ただいまあああああああああ!」

 

ラティナを拾い、彼女の保護者となった冒険者「デイル・レキ」の姿があったのだ。

もし、世界一親バカの称号があるなら彼に渡るであろうくらいの親バカでもある。

 

「デイル、今日は早かったわね!」

 

「リタ!ラティナは?ラティナはどこだ?」

 

「ラティナならシルビアの所に遊びに行ってるわよ…?」

 

「え?シルビアの所に…?」

 

そう聞いた瞬間、デイルは熱を失ったかのように床へ倒れるように萎んでしまった。

 

「ううっ……せっかくラティナに会うために即断即決で依頼終えてきたのに…」

 

「まあまあ……とにかくさっさと風呂入ってきたら?せっかくラティナに会えてもその状態だと「きたない」って言われるかもしれないわよ?」

 

「そ、そうだった!さっさと綺麗になってからラティナを迎えねえと!」

 

そう言うとデイルはとっとと部屋に上がり、着替えを持った後、風呂場に直行した。

この時の移動はおそらく世界新記録並の速度であった。

 

「……どうするんだ?デイルにあの事は…」

 

「言えるわけ無いでしょ……日頃から「俺のラティナに変な虫がつかないようにしないと…」とか「絶対に嫁にはやらないぞ!絶対に!」とか言ってるのよ?もしクラスメイトの男の子がラティナに好意を持ってるなんて知ったら……」

 

「ああ、確実に厄介なことになる」

 

もしデイルにバレると、ルディとラティナの交流が物理的に切断されかねない。

ただいくらデイルでも急にそこまではしないとは二人はもちろん思ってはいる。

だが彼のあのいつもの調子を考えるとあながち妄想とも言えなくなるのだ。

 

「とにかく……デイルにバレないように、フォローとかをしていきましょう」

 

「ああ……デイルにバレないように……だな」

 

虎猫亭の主人と女将は、密かに少年の恋を応援することを決めながら、酒場の開店を急ぐのであった。

 

 

「へーくしょん!!ううっ…急ぎすぎて風邪引いちまったかな……」

 




ルディ君、自覚してもまだまだのご様子
暫くは焦れったいことになりますがご容赦を………!




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赤毛の少年、ちいさな娘と二人っきりになる

アニメ最終回
寂しい……


「………」

 

学舎では今日も授業が行われていた。

積極的に挙手をし、答えを発表する子もいれば、静かに先生の話を聞き、石板と呼ばれる小さな黒板に書き溜めている子もいる。

 

「………はぁ」

 

そんな中、その両方にも属さず、ただため息を付いているルディの姿があった。

 

もともと勉強はそれほどでもない彼であるが、今回の原因はその勉強とは別であった。

 

それは──

 

「……」

 

ルディの向けた視線の先に写る、熱心に先生の話を石板に書き留めている彼女──ラティナのことであった。

 

先日、ケニスとリタに相談した結果、ルディの中にあった「モヤモヤ」の正体がラティナへの「恋」であることが発覚した。

そしてリタからは「ラティナを気にかけてほしい」とも言われた。

言われた事を守ろうと朝から色々と関心を向けてみたものの。

 

当然、デイルがいる時の彼女はいつも通り元気であり、とてもじゃないがルディが入る隙間は存在せず、ただ時間が過ぎていくばかり

その上、恋と自覚したためか、彼女を思う回数が以前より多くなり、ぼーっとしてしまう事が多くなってしまった。

 

そんなルディが先生の話をちゃんと聞けているはずもなく……

 

「……で、この文字は……ルドルフさん?」

 

「うわっ、は、はい!えーっと……えっと…」

 

「ちゃんと話聞いてたの?」

 

「うっ……す、すみません……」

 

「全く…じゃあ──」

 

(はぁ……なにやってんだろ俺……)

 

ラティナに恥ずかしい姿を見せてしまった(と思ってる)ルディは再びダウンするのであった。

 

(ルディのやつ、最近余計におかしくなってる…やっぱりこれって)

 

その様子を見たクロエはある一つのことを改めて確信するのであった。

 

――――――――

 

「はぁ……」

 

全ての授業が終わり、一応の下校時間となった。

と言ってもまだ昼前なのだが、これには理由があり

あくまでもこの学舎は最低限度の教育しか行われておらず、また家によっては労働力として子供は重用されているため、なるべく拘束時間を減らしているのだ。

 

そして昼食については家で取る子供達が多いが、クロエ達のように集まってピクニックのように昼食を取る子達も居る。

 

そしてルディは気が進まないながらも、いつも通りにクロエ達のところへ行こうとする。

 

「ここで結局ラティナに会うんだよな……」

 

(って一体どうすりゃいいんだよ……!)

 

彼女へ想いを伝えたところで多分変わらない以上、余計にわからなくなる。

だが行かないわけにも行かない…とそう渋々と足を向けると……

 

「あれ?」

 

なんとその想いの相手が不在だったのである。

 

「あ、ルディ、ラティナなら先に帰るって」

 

そのことについて聞く前に、クロエから答えが出る。

 

「なんか、今日は酒場で手伝うことが多いんだって」

 

続いての疑問の答えもシルビアが出す。

 

「お、おう、そうなんだな」

 

なんか心が読まれている気がすると思ったルディだがとりあえず床に腰を下げて、持ってきたパンにかぶりつくのであった。

 

――――――――

 

そして他の4人が喋りながらも美味しく食べてる中、ルディだけはどうにもあまり進まず、やはり悩んでいるようであった。

 

(俺がラティナのことを好きなこと…こいつらに話しといたほうがいいよな……だけど絶対笑われるんだろうな……)

 

ルディは薄々その光景が目に浮かんでいるおり、下手すればバカにされるかもしれないと思っていた。

だが、今のこの詰み状態を打開できる策は全くなく、むしろクロエ達に話したほうがその打開策を見つけられるかもしれない。

クロエやシルビアはラティナと特に仲がよく、好物などがよくわかるかもしれない。

 

(くっ………仕方ねえ……)

 

ここは恥を偲んで、打ち明けるしか無い…とルディは結論づけた。

 

「皆」

 

「ん?」

 

ルディの声で会話が止まる4人。

 

「どうしたのルディ、急に呼んで」

 

「うん、なんかいつもより暗そうだし…」

 

マルセルとアントニーの疑問もごもっともだが、とりあえずルディは改めて話し始めた。

 

「あのさ俺……」

 

 

 

 

「ラティナのこと、好きみたいなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

その発言に黙ったままの4人

 

 

「な、なんだよ……急に黙って…」

 

「いや……」

 

「そういうわけじゃないんだけど…」

 

「まあ……」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

「あんた……やっと気づいたの?」

 

「え?」

 

まずクロエの発言がルディに着弾。

 

「うん、皆わかってたわよ?」

 

そして次にシルビアの発言が着弾。

 

「確かに……丸わかりだったよね…」

 

さらにマルセルの発言が着弾。

 

「まだ気づいてなかったんだ……」

 

そしてトドメのアントニーの発言が着弾する。

 

 

 

その4連打の着弾にルディは思わず

 

「………!!!?」

 

まさに火山が爆発したかのように、顔が赤くなっていった。

もし蒸気が放たれたらかなりのものだろう。

それくらいルディにとっては恥ずかしかったのだ。

 

――――――――

 

「はあっはあっ……」

 

顔の赤さは少し引いたが、ルディはある意味萎んだ

恥ずかしすぎて顔が上を向けられないほどである。

 

「はぁ……いつからそんな感じだったんだ俺……」

 

「確か…多分学舎に入った時くらいよ」

 

「いや違うよ、はじめて会った時からだよ」

 

「うん、あの時からルディはぐいぐい行ってたしね」

 

「へー、そうだったんだ……」

 

「な!?」

 

かなり仲間に見られていたことをわからされ、ルディはもはやなにがなんだかよくわからなくなっている。

 

「あ……ああ……」

 

「全く、自分の気持ちに鈍感すぎるんだから」

 

「し、仕方ねえだろ!そういうのよくわからなかったし…で、結局俺をからかいたいのかよ……」

 

そうルディが言うと、他の4人は顔を見合わせる。

そしてその中での中心人物だと思われるシルビアがこう話す。

 

「そうじゃない……私達がルディとラティナの「お膳立て」をするってことよ!」

 

「へ?」

 

 

――――――――

 

また別の日の学舎

 

すでに授業が終わり、一部の人が帰っている中であり、本来ならいつも通り集まって昼食を取る「はず」なんだが

 

「………え?」

 

何故だかクロエ、シルビア、マルセル、アントニーの姿が見えず

 

「あ、ルディ」

 

何故かその恋の元の張本人であるラティナだけが居た。

 

「ら、ラティナ……他の皆はどうしたんだ?」

 

「うーんとね……みんな用事があるからって先にかえるって」

 

「そ、そうか……よ……」

 

(あいつら……!)

 

間違いなくその「用事」は嘘であろうとルディは真っ先に気づいた。

だがラティナへつく嘘はこれでも十分すぎるものであった。

これがいわゆる「お膳立て」なのか…とルディは改めて認識する。

 

「……で、良いのか?」

 

「うん、いっしょに食べよ?」

 

まあここで自分まで帰ってしまうとお膳立てが無駄になり、なによりラティナが可哀想である。

仕方がないので、対面するような形で座り、ランチを広げた。

 

(そう、仕方ない……仕方なくだからなっ!それにラティナを一人にしちまったら可哀想だし……そう!そんだけだ!だから、大丈夫だ)

 

何に対しての大丈夫なのか?

誰に対しての言い訳なのか?

 

ルディのツンデレ具合はラティナへの恋を自覚した後も無論、健在であった。

 

――――――――

 

「………」

 

「~♪」

 

もぐもぐとランチを食べている二人

なおルディは持ってきたパンを、ラティナはケニスに手ほどきを受けながらも自分で作ってきた料理を持ってきている。

片方は機嫌よく食べているが、もう片方は緊張で味が全くわからないようである。

 

(俺は……何か話を……って)

 

ルディの中には鍛冶やらの話しか頭に浮かばず、同然ながらクロエやシルビアのような女の子のような話はできない。

そのため更に黙る選択肢しか取れていなかった。

 

「ルディ?」

 

「!?ど、どうしたんだよラティナ」

 

「ほっぺに、パンくずがついてるよ?」

 

「お、おう……わりぃ……」

 

ラティナに指摘され、そのゴミを取るルディ。

 

(……何してんだろ…俺)

 

自分で自分のことがわからなくなりそうだが、なんとか自分を保ち

ランチを食べているルディであった。

 

もちろん、味は全くわからなかった。

 

――――――――

 

「はぁ……」

 

「ごちそうさまでした」

 

ルディが先に食べ終わったようでため息をつく中、ラティナはいつも通りに食事を食べ終わる。

 

「……」

 

(これでやっと帰れ……る?)

 

と、ここでルディはあることに気づく。

 

基本帰るときは皆一緒に帰っている。

それでラティナ、クロエ、シルビアとルディ、マルセル、アントニーに分かれて喋りながら帰っているのだが、今回は他の4人が居ない。

 

つまり、ラティナと二人っきりで帰ることになるのだ。

 

「なっ……!」

 

「?」

 

ルディの試練はまだまだ続くのであった……。

 




ルディ君にはツンデレ成分がだいぶあると思うの……


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赤毛の少年、ちいさな娘と一緒に帰る

「はぁ……」

 

「~♪」

 

帰らないわけにも行かず、とりあえず一緒に帰ることになった二人。

ラティナは機嫌よく鼻歌(あまり上手くないが)を歌っているが、ルディはそうでもなく、ため息を付きながらもなんとかラティナに歩調を合わせる。

 

「………」

 

ため息混じりに横を歩くラティナのほうを見ていると、やはり彼女の背が小さい……小柄であるとルディは改めて思う。

以前はそれでからかったりしていたが、「恋」を自覚して以降は別の意味で気になっていた。

小柄であるがゆえにその可愛さもあるということがわかり、まさに「妖精」とも「天使」とも言えよう。

 

もちろんラティナにとっては身長が低いことはやはり気にしていることなので、回りから指摘されると大体ぷくーっと膨れたりしているのだが……

 

 

(やっぱりラティナって………)

 

歩きながら横目でラティナを見ていると、ラティナがルディの視線に気づき、首を傾げながらこう聞いた。

 

「ん?どうしたのルディ」

 

「あ、いや……」

 

ルディはもちろん思ってることをそう簡単に言えず、目をそらし誤魔化す。

 

「……ルディ、どうしたの?さっきから変だよ?」

 

「!?」

 

挙動不審過ぎるルディの様子は、まだ人恋沙汰に疎いラティナにも目に見えて明らかだった。

 

ラティナは心配してルディにこう声を掛ける。

 

「ルディ、何かあったの?ちょうし、わるいの?」

 

「い、いや……なんでも……」

 

ラティナはルディに近づく。

かなりの距離であり、今のルディにとってはかなり刺激が強い。

 

「あ……あ……」

 

(……あ!?)

 

そしてルディはとっさに見えたものに指差す。

 

「あ、あれだ!」

 

「?」

 

そこには、綺麗な虹が掛かっていた。

7色の綺麗で大きなものである。

 

「め、珍しいよな!こんな大きな虹がかかってるなんて……どっかで降ってたみてえだな!」

 

「………う、うん」

 

なんとか誤魔化すことに成功はしたものの、今度はラティナの表情に少し陰りが見えていた。

 

(あ、あれ……俺また何かやらかしちまった…?)

 

「……ラグ……」

 

「へ?」

 

「あ、うん、なんでもないよ?」

 

ラティナはなにか名前のようなものを呟いて、暫く顔を下に少し向けていたが、すぐに顔を上に向き、いつも調子に戻った。

 

(今の……誰かの名前?……あの虹になんかあんのかな……)

 

ルディはその言葉に少し引っかかったが、あまり考えても仕方がないと思い、すぐに心の片隅に仕舞った。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うん」

 

――――――――

 

結局うまく話せなかったものの、特に滞りもなく歩き、二人は無事ラティナの家である虎猫亭へとたどり着いた。

 

「送ってくれてありがとね、ルディ」

 

「こ、これくらい……男なら当然だからな!うん!」

 

「ルディってやさしいんだね」

 

「なっ…!?」

 

ラティナの何気ない一言で、ルディは再び顔が赤くなりそうだったが、既の所で踏みとどまり、少し顔をそらした。

 

「じゃ、じゃあな!」

 

「うん、じゃあまた明日だね」

 

「お、おう!また明日な!」

 

ラティナはルディに別れを告げた後、虎猫亭のドアを開け、中にすぐに入っていった。

 

「……はあっ……」

 

そして気が張っていたルディはやっと気が抜け、大きなため息をついた。

時刻はまだ昼の時間帯だが、いつもよりかは少し遅くなっていた。

 

(結局うまく話せなかったなぁ……まあ仕方ねえのかな……)

 

良い収穫は出せなかったとルディは肩を落としながら、そのまま自分の家のほうへ戻っていくのであった。

 

――――――――

 

「ただいま、デイル!」

 

「おかえりラティナ!!」

 

デイルはラティナが帰ってきた瞬間、ぎゅーっと強く彼女を抱きしめる。

 

「で、デイル……ちょっとつよいよ…」

 

「おっとと、ついな……数時間もラティナと会えないのが寂しくて寂しくて…」

 

(それくらい我慢したほうが良いんじゃないの……)

 

(親バカ、ここに極まれり…か)

 

リタとケニスは心の中で少し呆れながらも、無言で酒場のいろいろな準備をしている。

 

「そういえば今日は誰かと帰ってきてたのか?いつものクロエとシルビアって子達か?」

 

「ううん、今日はその二人じゃないよ」

 

「!」

 

「!!」

 

そのラティナの発言を聞いた瞬間、身構えるリタとケニス

 

「ふーん、誰なんだ?」

 

「うん、る…」

「おおっと!しまった!!!」

 

ラティナの話を遮るかのようにケニスの大きな声が厨房から聞こえてくる。

 

「ん?どうしたんだケニス」

 

「い、いや…使おうと思ってた調味料を補充しとくのを忘れててな……デイル、すまんが市場まで買ってきてくれないか?」

 

「いちいち大きな声出すようなことなのかよそれ……まあ今日はあんま外出てないし良いけどな」

 

「?」

 

「ラティナ、ちょっと俺はおつかい頼まれちまったから話はまた後な」

 

「うん、わかったよ」

 

「じゃあ……で、切らしたのは──」

 

デイルはケニスからその切らした調味料を聞いた後、最低限の荷物だけを持ち、市場のほうへと出かけていった。

 

「はぁ……危なかったな…」

 

「ええ……ナイスフォローよ、ケニス……」

 

「?」

 

大人二人が気疲れしている中、ラティナはあまり状況を理解できておらず、頭の上にはてなを浮かべていた。

 

「ラティナ、ちょっといいかしら」

 

「ん?どうしたのリタ」

 

「あのね…デイルの前でルディ君のことを話すのはやめておいたほうがいいわ」

 

「どうして?」

 

「ええ…ああ………そういうの彼、弱いから」

 

ラティナに説明がしにくいためか、リタも言葉を濁すしかなかった。

 

「…うん、わかったよ。デイルの前でルディのこと話すのやめとくよ」

 

だがその説明でもすんなりとラティナは納得し、それを受け入れた。

 

「ごめんなさいね……あんまりこういうことは言いたくないんだけど…」

 

「ううん、大丈夫だよ。じゃあラティナは二階上がって準備してくるね」

 

そしてラティナはいつも通り二人を手伝うべく、二階へあがり、エプロンやらの準備をしてくるのであった。

 

「はぁ……これで良いのよね…」

 

「ああ……ラティナが何も思わなくても言った瞬間、デイルはルディをなんて思うか…」

 

再びデイルのことを懸念する二人。

 

(ルディ頑張れよ…)

 

(ルディ君、無理しないでね…)

 

ケニスとリタはルディの恋路を心の中で応援しながらも、再び酒場の開店作業を進めていくのであった。

 

 




デイルは1番動かしやすいかもしれない……。

1番よく考えて書いているのはもちろんルディとラティナ
原作、アニメ、コミカライズを見て日々研究中……


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赤毛の少年とちいさな娘の雪の日

今回はアニメ版5話「ちいさな娘、 雪に感激する。」をベースに原作1巻番外編の「ちいさな娘と親衛隊という名の常連たち。」の要素を取り入れて、更にルディ君を活躍させたものとなりました。
そしてちょっとだけコミカライズ版由来のものも……

よろしくお願いいたします。




「積もってるなぁ……」

 

今日のクロイツは一面が真っ白な銀世界となっており、ルディはいつもより厚着の服を着て道を歩いている。

 

父親からおつかいを頼まれ、歩いていたのだが、そのおつかい先が急な休業でやっていなかったため、そこから家へと帰る途中、ついでに色々と見ていこうと寄り道しているのだ。

本当はいけないことなのだが、子供の好奇心の上では大人の注意も無力であるがゆえ致し方ない。

 

(雪が降るだけで街の景色もこんなに違って見えるだな……雪のことなんてよくわかんねえけど)

 

雪こそすでに止んでいるものの、積もっている雪はまだそこら中にたくさんある。

そのため、いつものクロイツの街並みがルディにはとても新鮮に見えた。

 

そして、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると……

 

「あ」

 

ルディはいつの間にか南区の中心近くまで来てしまっていた。

南区の中心と言えばあまり治安が良くないことで有名であり、父などの大人からも行くなと言われるほどのところである。

 

(しまった、ちょっと行き過ぎた……さっさと戻らねえと…)

 

とルディが思っていると──

 

「~♪」

 

ふと目に入ったのは、機嫌よく歩いているラティナの姿であった。

 

「!?」

 

(なんでラティナが…!?)

 

その格好はいつも見る格好とは少し違い、青基調のワンピース姿で、髪を結んでいるリボンは青系の水色のものであった。

 

 

「ん?そこにいるの……ルディ?」

 

「!」

 

そしてその様子を影から見ていたルディだが、当然ながらすぐにラティナにバレてしまった。

 

「よ、ようラティナ!こんなところで会うなんて奇遇だよな!」

 

とりあえず平然を装うルディ

 

「うん!ルディはどうしてここに?」

 

「あ、いや……親父のおつかいついでに…………んなことより、ラティナはなんでいるんだよ?」

 

「……?」

 

ルディの慌てようにラティナは少し違和感を覚え、頭の上にはてなを浮かべたが、詳しく追及はせずに自分が何故ここを歩いていたのかをルディにこう伝えた。

 

「あのね、ジルさんが忘れものをしてたからとどけてたの。それで帰るところなの」

 

「へー…」

 

(ジルさんって……あの時のヒゲモジャの人だったよな……)

 

ルディは「ジルさん」のことをラティナを送り届けたあの時の人だと瞬時にわかった。

まあラティナがたまにジルさんのことを話してたからわかったというだけなのだが。

 

(……これってチャンス…だよな?)

 

そう思ったルディはなんとか勇気を出して、こう提案した。

 

「じ、じゃあ俺もついてっていいか?ひ、暇だったし!」

 

「うん、いいよ!」

 

――――――――

 

「~♪」

 

「………」

 

一緒に道を歩いている二人だが、特に会話らしい会話はない。

 

(……あれ?これって……あんま変わってねえ…よな)

 

結局あの時二人っきりで帰ったのとあまり変わらず、会話らしい会話はできていなかった。

流石に同じような事を二回繰り返すのは不味いと感じたルディはなんとか話題を捻り出し、こう口を開く。

 

「ら、ラティナって……いつも結んでるよな、その髪」

 

「うん、そうだよ?」

 

「その……綺麗だよな……」

 

「うん!今日は自分でむすんでうまくできたの!」

 

「へ、へえ…自分で結んだんだな……」

 

いつも結んでるのと色以外の違いがよくわからないとルディは思っているが、本人にとってはかなり違うものらしい。

 

(そういえば俺、ラティナが髪結んでないところあんま見たこと無いな……まあ当然か…あれなきゃ角が見えちまうし……)

 

そう薄々と考えてると──

 

「うわっ!?」

 

突如強い風が二人に襲いかかった。

どうやら冬であるがゆえに風が強いようだ。

 

「ひゃんっ!?」

 

そしてラティナはその強風により浮き上がったスカートをとっさに押さえる。

 

「!?」

 

ルディはもちろん驚いた。

幸い「中身」が見えることはなかったが、それだけでも少年にとってはかなり刺激が強すぎた。

 

(み、え……って何考えてるんだ俺は……!)

 

「はあっ……ん?」

 

少し期待してしまった自分を心のなかでぶん殴りながらも、ルディはあることに気づく。

 

「ラティナ、片方のリボンが……」

 

「あ…」

 

ラティナが右側の結んでいた所を触ると、そこにあったはずのリボンがない。

どうやらリボンがほどけてしまったようだ。

 

「うーん…やっぱり結び方あまいのかな……」

 

ラティナがほどけたリボンを見つめながらも、色々と思考しているようで

 

(ラティナもラティナで大変なんだな……)

 

ルディはその様子を見ながら薄々思っていた。

 

「……大丈夫なのかよ?ほどけたまんまで……色々と……」

 

「うん、だいじょうぶ!あそこまでまっすぐですぐだもん!」

 

そしてラティナがほどけたリボンを仕舞い、再び歩き出そうとすると……

 

「よう、お嬢ちゃん達」

 

「ふぇ?」

 

「ん?」

 

突然、知らない男たちの声が前のほうから聞こえてくる。

その方向を見ると、いかにも「冒険者」のような風貌の男が親しげに笑いかけていた。

 

「……ぼーけんしゃのひと……?」

 

「そうだよ。お嬢さんに聞きたいことがあるんだけどね…」

 

「……門番や憲兵に聞いたらどうなんだよ?俺達は何も知らねえよ…」

 

「そう言わずに……」

 

男が一歩近づこうとした瞬間──

 

「ラティナに近付くな!これでも食らえ!」

 

ルディは咄嗟に道端の雪で小さな雪玉を作り、それを冒険者の一人に投げつけた。

 

「ぐわっ……!?目がぁ、目がぁぁ!」

 

その雪玉は運良く冒険者の一人の目の辺りに当たったらしく、その冒険者は目を擦り、苦しみ始めた。

 

(よしっ!今の内に……)

 

「行くぞ!ラティナ!」

 

ルディはその隙にラティナの手を取り、全速力で走り始めた。

 

「ちっ、くそ!追え!」

 

「逃がすか!」

 

「クソガキが!ぜってぇ許さねぇ!!」

 

――――――――

 

数分後

 

(く、まだついてくんのかよ……!)

 

かなり走ったが、未だに男一人がついてきていた。

途中でルディとラティナは逃げる方向を街の外壁方向へ替えたにもかかわらずだ。

 

(しぶといな……つかもうひとりは……って)

 

「うわっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

突如彼らの進行方向にもうひとりの男が飛び出してきた。

そう、二人いた男たちがいつの間にか一人になっていたのは片方が諦めたわけじゃない。

ルディとラティナの考えを読み、先回りしていたのだ。

先回りされ、追い詰められた二人は止まらざるを得なくなる。

 

「っ……!」

 

人数は同じだが、大人と子供の格差は歴然。

素早く動けばまだ分はあるが、その前に潰されたらどうしようもない。

 

「娘のほうは上玉だ、傷つけるなよ!」

 

「クソガキの方はそうだな……俺たちをおちょくった罰だ。痛い目にあってもらうぜ……」

 

後ろの方の男は捕らえる構えをし、先回りして飛び出してきた男はポキポキと拳を鳴らしている。

 

「くっ……!」

 

(俺は……結局……弱いままかよ……!)

 

ルディは自らの力の無さを痛感し……

 

(やっぱり…まほうを……)

 

ラティナはデイルから教わった魔法を使おうとしたその時……

 

 

 

先回りして飛び出してきた男の後ろから、見覚えがある男が姿を現した。

 

「嬢ちゃん達、どうした?」

 

そう、虎猫亭の常連であり、子供たちにも優しくしてくれているあの人。

ジルヴェスター──ジルさんである。

 

「ジルさん!」

 

「じ、ジルさん!」

 

ラティナとルディはジルヴェスターのところに飛び込んだ。

ラティナは半泣きで、ルディも涙こそ堪えてはいるものの今にも泣きそうな表情である。

 

ジルヴェスターは二人の頭をなでながら彼女らの様子と男たちの様子を見て、瞬時に何があったのかを察知する。

 

「見た顔だな……」

 

そしてジルヴェスターは男たちを睨みつける。

 

彼らは以前、ラティナの品定めの為に虎猫亭を訪れており、その時からジルヴェスターは彼らがラティナに何かするのではないかと警戒していた。

その予感はどうやら当たりだったらしい。

 

ジルヴェスターの鬼のような面相に押され、男たちの顔は徐々に真っ青になりつつあった。

 

「い、いや……別に…俺達は何も…」

 

「た、ただその子達に道を聞いただけで…」

 

そんな言い訳が通用するはずもなく、ジルヴェスターは表情を全く変えずに拳を強く握り……

 

「言いたいことはそれだけか。なら死ね…!」

 

「ひっ!?」

 

ジルヴェスターの怒りは凄まじく、すでに男たちは戦意を喪失し、大人らしくもなくガタガタと震えていた。

 

「あ、ああああ……」

 

 

「そこで何をしている!」

 

その時、別方向から凛とした声が響いた。

一同が目を向けると、そこには数人の憲兵の姿が見えた。

 

「なんだ、ジルヴェスターじゃないか」

 

「これはこれは…我がクロイツの憲兵副隊長殿。相変わらず堅苦しいツラだな」

 

「ん?」

 

そしてその副隊長がジルヴェスターの元にいるラティナとルディのことに気づき、部下の二人にこう指示をする。

 

「この二人を連行しろ」

 

「え!?俺たちは()()何も…」

 

確かに男二人は()()()()()は何もしていない。

 

しかし彼らは……

 

「まだ…と言ったな」

 

副隊長の言うように彼らは「まだ」とそう口を滑らせた。

つまり何かをする予定があったということは明白である。

 

「あ……!」

 

うっかり口を滑らせた事を今頃後悔しても時すでに遅し。

男たちはなすすべもなく、憲兵の部下達により拘束され、連行されていった。

 

「ここのところ他の種族を売買するブラックマーケットが暗躍している」

 

「らしいな」

 

「人里では珍しい魔人族の子は特に狙われやすいんだ」

 

「……」

 

(やっぱりラティナって珍しいんだな……)

 

ルディはラティナのほうを見ながら、改めて彼女の「希少性」を認識していた。

まあ「恋」の上ではそんなことは些細なことになりそうではあるが。

 

そして憲兵隊の副隊長は、先程の警戒する真面目な口調から、柔らかい口調に変えて話し始める。

 

「君がラティナとルディ君だね」

 

「え?」

 

「あ、はい……どうして副隊長さんが俺とラティナの名前を……?」

 

「いつも話は聞いているよ。娘のシルビアからね」

 

ラティナとルディの目線には「薔薇の花の刺繍がなされた手袋」が見える。

それは数日前にシルビアが学舎で話していた「パパにプレゼントした手袋」であった。

 

「「シルビアのお父さん!?」」

 

二人同時にハモるように驚く。

まさかここでシルビアのお父さんに会うとは思わなかったようだ。

 

(そういえばあいつなんか言ってたな…なんかの警備とかなんとかで……)

 

『私のお父さんも憲兵隊が今日から警備に駆り出されるって言ってたわ。隊長が安請け合いするからだって愚痴りながらだけど』

 

(こんな人で…しかも副隊長だったんだな……知らなかった)

 

「君がラティナを守ってくれたのかい?」

 

「いや……俺はただ無我夢中で……結局……」

 

ルディは言葉をつまらせる。

ラティナの手を咄嗟にとり、一緒に逃げようとしたのだが、男に先回りされ、結局ジルヴェスターがいなければ危なかったであろう。

 

「でも、その勇気はすごいことだよ。自信を持っていい」

 

「そう…なんですか……?」

 

「うん、シルビアからも()()と聞いているが、少しずつ進めていけばいずれは……」

 

「!?」

 

その言葉でルディは顔が急に赤くなる。

おそらくシルビア経由で知られていたのだろう。

まあわかりやすいので、シルビア経由ではなくとも直ぐにバレていそうではあったが。

 

「な、それは……?!」

 

「ほうほう……そういうことか……兄ちゃんが嬢ちゃんを……」

 

「ち、ちが……わない……けど!」

 

「ん?」

 

ジルヴェスターとシルビアのお父さんは微笑ましい表情でルディを見ているが、ラティナははてなを浮かべている。

そして大人二人はそんなルディをからかうのは止めて、別のことを話し始める。

 

「ふっ……今度私も虎猫亭に寄らせてもらうよ」

 

「やめてくれぃ…荒くれどもが緊張して旨い酒飲めなくなっちまう」

 

「ははは、あなたよりは幾分マシだと思うがね」

 

(……)

 

(……)

 

(ジルさんってすごい人なんだなぁ)

 

(ジルさんってすごい人なのかな……?)

 

二人は改めてジルヴェスターのことを「すごい人」だと認識した。

仮にも憲兵の副隊長と普通に話せるほどであるからである。

 

「おうそうだ。嬢ちゃんは俺が送るから、副隊長さんは兄ちゃんのことを頼めるか?」

 

「ああ、構わないよ」

 

ラティナはジルヴェスターに、ルディはシルビアのお父さんに手を引かれ、ここで二人は別れることになった。

まあちょっとした事件があった後なので仕方がないが

 

「じゃあね、ルディ」

 

「ああ、またなラティナ」

 

そしてそれぞれ自分の家のほうへ帰っていった。

ルディのほうは寄り道やらの件であえなく拳骨を食らいそうだったが、ラティナを守ろうとしたことをシルビアのお父さん経由で聞くと拳を収め、手伝いをしろと言いながら再び刀を打っていたそうだ。

 

 

一方のラティナは──

 

「なんでシルヴェスターがうちのラティナといるんだよ!」

 

さくっと魔獣退治をしてさくっと帰ってきたデイルが、同じく帰ってきたラティナと一緒に居たシルヴェスターを認識して少しキレていた。

嫉妬というのは恐ろしいものである。

 

「忘れ物を届けてもらったのさ、なあ嬢ちゃん?」

 

「うん!」

 

「油断も隙も………大丈夫か?ジルヴェスターになにかされたりしてないか?」

 

「うん、大丈夫だよ?」

 

デイルがジルヴェスターに色々と言葉を向けている中、ラティナはルディが逃げる時に咄嗟にとってくれた左手のほうをじっと見ている。

 

「………」

 

(ルディの手の……まだあたたかい…………?)

 

ラティナは自分の左手に何か違和感を覚えていた。

嫌悪感はなく、何やら暖かい。

 

(ルディ、お外いっぱい走り回ってるもんね……だから、手が暖かいんだよね。それにお家のお仕事でもあついの触るし……)

 

ルディの手はラティナの手より活発な分、暖かった。それと鍛冶屋をやっているのも手が暖かい理由だと納得した。

 

その手の暖かさは物理的な暖かさではなく、ルディの心の暖かさである事をラティナはまだ気付かない……

 





そしてジルさんはやはり強い
次回より少し成長するかも


うちの娘。は深い(確信)


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赤毛の少年、幼き少女と雨宿りする

少し大きくなりました。
だがまだまだ少年の戦いは続く……。


「……ふーん、そんなやつもいるのか?冒険者の中に」

 

「うん、ちょっと怖い見た目だけど優しい人だったよ?」

 

「へーっ……」

 

(ラティナ相手だからだよな……それ…)

 

あの雪の日から数ヶ月経ち、もうそろそろ学舎へ通い始めて1年になりかけている。

ルディとラティナは……特に変わらず、いつも通りの関係であった。

ただ少しは前進したようで、ある帰り道の際にルディがとっさに放った「さ、酒場に来る冒険者ってどんなやつがいんだ!?」と言う言葉がきっかけでラティナからは虎猫亭の常連や雰囲気などをよく聞くようになり、最悪の窮地は脱したようだ。

 

まあただ、皆と一緒に帰るときは他のマルセルやアントニーと喋るほうに逃げるため、やはりお膳立ては不可欠のようである。

なお今回もまたお膳立てを使われて、ルディとラティナは二人っきりである。

 

「……」

 

「ん?どうした?」

 

「あ、うん、なんでもないよ?」

 

「……」

 

(やっぱりさっきからラティナの様子が変だな……もしかして保護者のデイルさんが居ないからか?)

 

ルディの予感は的中していた。

デイルは暫くの間王家より頼まれたある大きな依頼を達成するために数週間クロイツから居なくなっている。

その為、ラティナは表情に陰りを見せていたのだ。

 

(もしそうなら俺がなんとか気に……だけど)

 

リタに言われたことを思い出しているが、自分がデイルの代わりになれるはずもないのはわかっている。

なら自分にできることをするのがベストだが……。

 

(うーん……何が良いんだろうなぁ…)

 

そう悩んでると、ポツッと頬になにかの水滴のような感覚が走る。

 

「ん?」

 

「?」

 

気づいた二人が空を見上げると、徐々に水が降ってくるのを確認できた。

そして段々とその勢いが強くなり──

 

「うわっ!急に降り出した!?」

 

「ひゃっ!?」

 

急にバケツを引っくり返したような雨が二人に襲いかかった。

当然ながら二人はそのまま勢いで走り出す。

 

「どっか雨宿りは……!あそこだ!」

 

「う、うん!」

 

――――――――

 

「はぁはぁ……急にここで降ってくるのかよ…」

 

「うん……急に降ってきたね…天気良かったのに……」

 

なんとか雨宿りできそうな建物の軒下を見つけ、そこで少し待つことにした。

 

「まあこの調子だと通り雨みたいだから、多分すぐに止むと思うけどな」

 

「うん……」

 

そしてルディはラティナの様子を横目に見る。

髪が雨により大幅に乱れ、ベタベタになってしまっていた。

ラティナはその髪のリボンをといて持っているハンカチで一応拭いているものの、焼け石に水どころのものではなく、とてもじゃないがハンカチでは吸収できない。

 

そしてルディはあるものを思い出して、自分のカバンの中身からそれを取り出した。

 

「これ、やるよ」

 

「ん?それってタオル?」

 

「お、おう…今日はハンカチしか使ってねえし……濡れてもないから大丈夫だと…思う」

 

「うん、ありがとね、ルディ」

 

そしてラティナはそのタオルを使い、髪を拭き始めた。

一方のルディは天候の様子を引き続き見ている。

 

(通り雨つったけど……なんか雲が黒いような……まさか…)

 

「ん?どうし…」

 

ラティナがルディに声をかけたその時……

 

ピカッ!

 

 

 

 

ゴロゴロゴロゴロ…ドカーン!!

 

一筋の光が遠くに落ち、そしてその後、凄まじい雷鳴が聞こえてきた。

 

「ひゃっ!?」

 

「うおっ!?」

 

二人ともその一瞬でかなり驚く。

そしてその一瞬で二人は「カミナリが落ちた」と認識もしていた。

 

「か、かみなり……」

 

「ほ、ほんと……だね……」

 

二人共少し震えていた。

当然だが雷は子供二人にはとても刺激が強いものである。

ラティナに至っては半泣きしかけている。

 

「だ、大丈夫!こんなのすぐ止むって!あと建物の下なら雷が落ちることなんて…」

 

というルディの言葉を遮り

ピカッ!と再び光り、雷鳴が再び木霊する。

今度は近い所に落ちたらしく、雷鳴の音は先程より大きくなっていた。

 

「!?」

 

「っ!?」

 

そしてそれに驚いたラティナは思わずとっさにルディに抱きついた。

 

「………!?」

 

「こ、こわいよぉ……」

 

もちろんルディはそれで混乱するが、ラティナの声でそれは一時止まり、とっさにラティナの頭を撫でている。

 

「だ、大丈夫だっての……俺がラティナのことを守ってやるから!そりゃデイルさんみたいには上手く行かねえけど……」

 

「ううっ……」

 

ラティナは泣いていて、聞いているんだか聞いていないのかはルディからはよくわからなかった。

だが勢いでそのままルディは話していた。

 

「だから泣くなよ…な?」

 

「ううっ……ううっ……」

 

(でも………今の俺じゃ…な)

 

そしてルディはふと数ヶ月前の雪の日のことを思い出していた。

無我夢中で彼女の手を引き、逃げようとしたあの時。

だが結局は男たちにその手を読まれ、窮地に立たされてしまい、ジルヴェスターが居なければ間違いなく自分やラティナは恐ろしいことになっていただろう。

 

その時の後悔が今も少年の心の中に焼き付いていた。

今度は自分自身で守れるようになりたい…と。

 

(まあ今考えても仕方ないけどな………はぁっ…)

 

 

――――――――

 

 

そして数分ほど時がたった後、ラティナはルディに抱きつくのは止めて再び二人横並びで空の様子を見ていた。

雨はだいぶ弱まり、小雨となり、その小雨もだいぶ止みつつあった。

 

「そろそろ行くか……また雨がふらないうちにな」

 

「うん!」

 

そして二人は再び歩き始めている。

なおラティナは元気を取り戻していた。

先程ひと通り泣いたからだろうか、いつもの少し下手な鼻歌も歌い始めている。

 

(……そういえばラティナの髪……解くとあんな感じなんだなぁ…)

 

ラティナの髪はロングのストレートになっていて、雨で濡れた後ということで少し湿ってはいるが、髪質自体は柔らかそうである。

 

(………)

 

それに少し見惚れていたのは言うまでもない。

 

――――――――

 

「ただいま、リタ」

 

「あらおかえりなさい。雨は……大丈夫じゃなかったみたいね……」

 

先程まで降っていた雨と帰ってきたラティナの様子を重ね、やはりびしょぬれになったと思ったリタとケニス。

 

「雨具もたせておいたほうが…いやでもあんなに晴れていたんだがなぁ…」

 

「変な天気よね」

 

「ねえリタ………お風呂先入ってて良い?」

 

「ええ、良いわよ。服もきちんと出しとくから」

 

「うん、わかった」

 

そしてびしょ濡れの彼女は裏のお風呂場へ直行していった。

 

 

そしてそのびしょ濡れのを脱ごうとする彼女だが

 

「………」

 

先程の「彼」について何か引っかかっているようで

 

(ルディの…………デイルとは違うけど……やさしくて……なんだろう?)

 

どうやらラティナには今は言い表せない何かの「モヤ」がかかったようであった。

 

――――――――

 

そしてこちらは一人で帰っている途中のルディ

 

「……」

 

無言で帰っているのだが、ある時先程のことを思い出し、足を止める。

 

「……」

 

(さっき、抱きついてきたんだよな……俺に……俺に!?)

 

ラティナが抱きついてきたのを思い出し、そしてさらにその感覚やらも思い出して顔が急に真っ赤になっていた。

 

その時は何も思わないが、こういうものは後から急に思い出されるものである。

 

「なっ……!?」

 

(お、俺は……何考えてるんだよ……!?)

 

自分の好意についてわかってはいるが、いまいちその感覚には慣れていないようで、なんとかその時の記憶を振り切りながら、速歩きで自分の家に帰っていったのは言うまでもない。

 




ラティナに抱きつかれたらもうしんでもいいかもしれない……。

あとしばらくの間保護者はお休み(依頼中)です


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赤毛の少年、虎猫亭へ行く

少年、ついに虎猫亭へ……



「はぁっ……」

 

ルディは溜息をつきながら店前の通りを行ったり来たりとしていた。

ラティナに恋をして以上、悩み事など色々と増えてはいたが、どうやら今回はいつにも増して悩みのことが大きくなっていたようだ。

 

(どうすればラティナが手伝っているところ見れるんだろ……)

 

彼女が手伝っている「踊る虎猫亭」は言うまでもなく酒場であり、南区にある。

南区は言うまでもなく治安が悪いところであり、子供たちで行くには大人も許可してくれないであろう。

単純に送るなどなら短時間のため誤魔化しきれるが、虎猫亭に来店の場合は冒険者の人たちも大勢いる。

まあ、黙っていけばバレない…という単純な考えもよぎったが虎猫亭は憲兵・門番なども普通に常連として来店しており(ラティナより聞いた)下手すれば補導されかねないのだ。

 

「はぁっ……」

 

(もう開店時間だよな……だけど……どうすりゃいいんだろ……)

 

再び大きなため息を付きながらグルグルとそこらへんを回っていると、不意に誰かとぶつかった。

 

「うわっ!?」

 

思わず尻餅をつくルディ

 

「おっと大丈夫かね?……と思ったらこの前の……」

 

「あ、あなたは……」

 

その目の前にいる人物はラティナやそれに影響されたルディからは「ジルさん」と呼ばれるいわゆる「ひげもじゃ」で禿頭で初老の男のジルヴェスターであった。

ルディとラティナにとっては恩人でもある。

 

「なにか考え事をしていたのか?兄ちゃん」

 

ジルヴェスターは確かに見た目は怖く、最初会った時はラティナを除く子供たちが全員ビビっていた。

だが次第に慣れていき、そしてルディは彼に助けられたということもあり、ルディが思う「信頼できる大人」の中にジルヴェスターがカウントされるようになっていた。

 

そのジルヴェスターにたまたま会えたこのチャンス、逃すわけには行かないと思い自分の今の悩みを話し始めた。

 

「あ……実は……」

 

――――――――

 

「なるほど、兄ちゃんは嬢ちゃんが働いてる所を見たいってわけか」

 

「まあそんな感じで…どんな感じでやってるのか聞いてるだけじゃイマイチわからなくて……」

 

一部敬語に直している上に、口がごもごもしつつあるが、なんとか平然を装おうとしている。

もちろんジルヴェスターにバレバレなのは言うまでもない

 

「ほう、確かに兄ちゃんじゃ開いてる時間には行くことはあまりできないな……」

 

「ど、どうすればいいのかな…って思ってたん…です……」

 

「そうか……」

 

ジルヴェスターはルディの様子を見て少し考える仕草をした後、ある提案を話し始める。

 

「なら俺と一緒に虎猫亭へ来るか?それなら大人達も納得すると思うぞ」

 

「え?ジルさんと一緒に?」

 

確かにジルヴェスターと一緒に虎猫亭へ行けば安心だ。

たとえどんなやつが来てもジルヴェスターの前では何も出来ないだろう。

 

「え、でも……親父がどう言うか……」

 

「なに、俺と一緒って言えばすぐだ。親父さんはいるんだろう?」

 

「あ、うん……まだ刀打ってたと思います」

 

「じゃあ早速だ、いくぞ兄ちゃん」

 

――――――――

 

そしてルディは父に「虎猫亭へ行きたい」と直談判すると、隣についてたジルヴェスターもいた為か「…あまり遅くなるなよ」と一言言った後、再び刀を打ち始めていた。

 

どうやらOKということらしい。

そしてルディはジルヴェスターとともに、虎猫亭へ足を進める。

 

「………」

 

ルディは余計に緊張し始めたのか、無言になっている。

心臓もバクバクしているようで、今驚かされたら心臓が止まりそうな勢いである。

 

「なに、そんな硬い表情だと嬢ちゃんに変だと思われるぞ?」

 

「へ?」

 

「いつも通りの姿でいればいい、いつも通りの兄ちゃんなら嬢ちゃんも喜ぶと思うぞ」

 

「は、はい!」

 

(いつも通りの姿……いつも通り……って……なんだったっけ……)

 

ルディ緊張しすぎてど忘れしかけていたが、なんとか思い出していくのであった。

 

――――――――

 

所変わって虎猫亭では開店して少し経ち、徐々に冒険者などの常連客が来ていた。

 

「おい嬢ちゃん、こっちにも頼むな」

 

「はい!」

 

ラティナもテキパキと働いており、お酒や料理などを運んだりしている。

そして常連客はいつも通りその様子のラティナを見て、癒やしを得ていた。

 

「はぁ……やっぱり嬢ちゃんはいいなぁ…」

 

「ああ……デイルの野郎が居ない分静かだしよ」

 

「おう、親バカ見るよりずっと良い」

 

常連客の話が盛り上がっている所で、再び虎猫亭のドアが開く。

 

「いらっしゃ……あら、ジルヴェスター」

 

「おう、今日も世話になる……だが今日はな…ちょっと「連れ」がいるんだ」

 

「「連れ」?」

 

「お、お邪魔します……」

 

ジルヴェスターの後ろに居たのはもちろんルディである。

そしてそれを見たラティナがすぐに駆け寄った。

 

「あ、ルディ!」

 

「「「!」」」

 

ラティナのルディを呼ぶ声を聞いた常連客は一斉にその幼い二人へと視線を集中させる。

 

「来てくれたの?」

 

ラティナのその問いになんとか平然を装い、ルディはこう答える。

 

「お、おう!ちょっと気になってな」

 

 

そんな二人を見たリタはルディが「ここへ来た理由」を察する。

 

「あらあら……そういうことね」

 

「そういうことだ」

 

そしてリタはジルヴェスターとともに微笑ましい二人を見ていた。

 

――――――――

 

ラティナは配膳に戻り、ルディはカウンター席へ座り、出されたジュースを少し飲みながらも彼女の働く様子をちらちらと見ていた。

本人にバレないようにということだが、本人以外にバレているのは言うまでもない。

 

そして一方の常連客は逆にルディのことを監視(?)していた。

 

「あいつがラティナと同い年で同じ学舎に通ってるのか…」

 

「まさかあいつラティナを狙ってるのかよ?」

 

「だろうな、こんなところにわざわざ来る子供だ。間違いねえ」

 

色々な意味でマークされてしまったようだ。

一方のルディはそんな視線に気づかずに、ひたすら(一応ちらちらと)ラティナの様子を見ている。

 

「これ頼むわね」

 

「うん!」

 

「……」

 

その働いている様子は大変そうではあるが、それでも皆に笑顔やらを振りまいている。

 

(やっぱりかわいい……よな……ラティナ……)

 

その笑顔やらでルディも少し顔を赤くしている。

そしてそれに少し気を向けていたためか…

 

ガタッ!

 

「あっ!?」

 

不意にジュースのコップを倒し、こぼしてしまった。

 

「あらあら、こぼれちゃったわね…」

 

「あ、すみません…!」

 

(何やってんだよ…俺……!)

 

「はははは!嬢ちゃんに見惚れてたのかい?」

 

「まあ気持ちはわかるがよぉ!お前にはまだ100年速い!」

 

酔っ払っている常連がルディをからかい、リタはカウンターを拭いている中

配膳をしたラティナはカウンターのほうに戻ってきた。

 

「ルディ、大丈夫?こぼしちゃったの?」

 

「あ、うん……まあでも量少なかったし、これくらい……」

 

「リタ、タオルある?」

 

「ええ、あるわよ?」

 

リタはラティナにタオルを手渡す。

 

「ルディもちょっと濡れてるから、ラティナが拭くよ?」

 

「な!?」

 

「「「!?」」」

 

ルディの顔は当然赤くなり、常連も物凄く驚いている。

 

「あ、え……お、おう……」

 

断りきれず、そのままラティナはルディを(もちろん服越し)で軽く拭いていたのであった。

 

――――――――

 

「はい、いいよ」

 

「お、おう……あ、ありがとな……」

 

「うん!じゃあラティナはタオル洗ってくるね」

 

「え、ええ……」

 

(ち、ちかかった……)

 

ルディ本人は顔の赤さが限界を突破しており、もはや魂が出かけているほど放心しかけていた。

やはりラティナが近くに来ると耐性がないルディではこうなってしまうのである。

 

ただ何故か酒場は彼以外も静かになっていた。

それに関してリタは当然ながら不思議に思っている。

 

「まあ彼がこうなるのはわかるけど……どうしてあんた達まで静かなのよ…」

 

「だ、だってよ……」

 

「あの二人…いいな……」

 

「ああ……なんていうか……少年少女の……」

 

「俺もあん時にもっと押しとけばなぁ……」

 

「羨ましい……くそっ……」

 

「妖精姫とセットになれるやつっているんだな……」

 

色々と哀愁が漂ってしまっている。

そしてある一人の常連客がその哀愁をふっとばすかのように声を荒げ始めた。

 

「くそぉ……!もってけドロボー!やけ酒だ!!」

 

それと同時に他の客も色々と吹き出してきた。

 

「おう!こうなったらとことんまでやるぞ!」

 

「明日の依頼なんかクソったれだあ!!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

いつもの酒場らしさが戻ってきたようだ。

まあやけ酒らしく、結局どこか哀愁が残ってしまったが……。

 

「はぁ……良いんだか悪いんだか……」

 

(まあルディ君にとっては良かったかもしれないけどね……)

 

この微笑ましいことにより(?)ルディはこの常連客達にある程度は認めてもらえたらしい。

ただまだまだ認めてくれてはいない人も多く、そこからはルディ本人次第であろう。

 

なお当の本人は未だに顔が赤いままであったのは言うまでもない。

 

(あ……あ………)

 

――――――――

 

一方のラティナはそのタオルを洗い、ぎゅっと絞って水を切っているところなのだが──

 

「……?」

 

再びラティナには何かのモヤがかかっているようだ。

ルディのことを考えてると急に引っかかるモノである。

 

(ルディ……なんだろう……?)

 

少しそれに関して考えようとしたが──

 

「ラティナ!ちょっといいか?」

 

「う、うん!今行くよ」

 

ケニスの呼び出しにより引っ込んでしまったようだ。

 




おや、常連客のようすが……?

ルディ君、原作よりかなり印象やら変わったかなーと思う今日この頃


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赤毛の少年、虎猫亭を手伝う

というわけで引き続き虎猫亭回です。





「今日、他の皆も休んでたね…」

 

「まさかあいつらも全員風邪なんてなぁ……」

 

今日も二人で帰っているラティナとルディだが、今回は「お膳立て」ということではなく、他の4人がなんと風邪で休みだったからである。

 

(先週は元気だったってのに……やっぱ急に少し涼しくなったからか…?)

 

夏から秋と変わる時期であり、急に気温が変化してきたのもあってか学舎では風邪が流行り始めているようである。

 

「………」

 

「おい、ラティナ?」

 

「……あ、うん!ラティナ、大丈夫だよ?」

 

(いや大丈夫じゃねえだろ……)

 

一方、ラティナもどこか調子が悪いようで、口数もそう多くなく、足の動きも鈍っていた。

 

(ラティナも調子悪いみてえだし…早めに帰ったほうが…)

 

そうルディが思っていると、ラティナの足が急に止まる。

 

「ラティナ?」

 

「あ……れ……?」

 

そして彼女はその場で倒れかけ──

 

「お、おい!」

 

なんとか少年がキャッチする。

そして咄嗟に手で額に触れると、とても熱かった。

 

(すげえ熱……やっぱり無理してんじゃねえかよ……!)

 

――――――――

 

その後、ルディはラティナを抱えて、虎猫亭へ駆け込んだ。

その様子を見たリタとケニスはもちろん驚き、すぐに藍の神(ニーリー)の神殿の治療院の先生を連れてきた。

幸い単純な熱を伴った風邪ということらしく、薬を飲み、数日間安静にしていれば治るとのことであった。

 

「はぁ……とりあえずは安心だな」

 

「ええ……大事じゃなくてよかったわね……ルディ君もラティナを運んできてくれてありがとね…ラティナ一人だけだったらどうなっていたかと」

 

「ら、ラティナが無事ならそれで……」

 

とりあえず安心している三人、だがそれだけでは終わらない。

もうそろそろで酒場を開店しなくてはならないのだ。

 

「さて問題は今日の酒場だが……まあ俺達だけでなんとかするか」

 

「ええ……ラティナの事情を話せばお客さん達も静かになるだろうけど……でも人はどうしても来るわね……」

 

「……」

 

(前見た時、結構客居たもんなぁ……そしてそれでもラティナはテキパキと手伝ってたし……)

 

ルディは彼女の働く光景を思い出し、少し考える。

そして意を決して、二人にある提案をする。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「ラティナが居ない分……俺がここ手伝っていいですか!」

 

「え?ルディ君が?」

 

「まあ確かにいてくれば助かるが……良いのか?」

 

「は、はい!俺、力仕事くらいしか自信がないけど……ラティナの代わりにやります!」

 

自分自身でも何故手伝いたかったのかははっきりしてない。

ただラティナのあの様子を見た以上放ってはおけないという感情が先行した結果、この「手伝う」という選択肢が出たようだ。

 

「じゃあその気持ちを受け取って………お願いするわね」

 

「はい!」

 

――――――――

 

「ん?今日はラティナいないのか?」

 

「ええまあちょっと体調が悪いから休ませたわ……その代わり……」

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

酒場のその客がみると、ルディは彼なりになんとかラティナの代わりを努めようとせっせと配膳なりを行っていた。

 

「なんだよ今日はこの前のガキか…」

 

「はぁ…嬢ちゃんが恋しいぜ……まあ体調悪いなら仕方ねえか……」

 

その常連客の連中が色々とグチやらを吐いている中、いつもの常連客のジルヴェスターはルディのことを気遣うような口調で彼に話しかける。

 

「おや、今日は嬢ちゃんの代わりに兄ちゃんが?」

 

「はい!ラティナは調子が悪いので…」

 

「ほう…だが気をつけな、あいつらは嬢ちゃんじゃなければ徹底的に色々と頼むところがあるからな」

 

「は、はい…」

 

その忠告通り、常連客達は「いつもの看板娘」ではないやつが働いているためか、いつも以上に注文をルディにぶつけてきている。

結果いつもより売上が上がるため、「虎猫亭」としては悪くはないのだが──

 

(はぁ…この大人げない人たちは……)

 

リタはそんな彼らに頭を抱えながら色々と呆れていた。

 

「はぁ……これくらい……!」

 

一方のルディは鍛冶場での重労働の経験もあり、配膳自体は特に苦でもない。

ただ流石にこの大量の注文には少し息を切らしてしまっている。

 

「結構やるじゃねえか……」

 

「なかなかの坊主だな……」

 

「へっ、点数稼ぎかよ」

 

認めている客も入れば、認めていない客もいる。

色々と泥沼化しかけようとしたその時──

 

「る……で…ぃ?」

 

「ら、ラティナ!?」

 

「!?」

 

なんと寝ていたはずのラティナが二階から降りてきたのだ。

なお格好としては先程リタが着せ替えており、パジャマである。

 

「ど、どうして降りてきたんだよ!」

 

「るでぃの…こえがきこえたから……あと、おしごとを……」

 

「ラティナは休んでろよ!その調子じゃまともに働けないだろ!」

 

「で、でも……」

 

「でもじゃねえよ!もしまた無理してラティナが倒れたら……」

 

「たお…れたら…?」

 

「……お、おれ…皆が悲しんじまうだろ!?…だから……!」

 

ルディは今にも泣きそうな顔を拳を強く握り、下を向いてなんとか堪えている。

 

「る、るでぃ……?」

 

「……ルディ君の言う通りよ、ラティナは今は安静してゆっくり休んでなさい。ここは私とケニスとルディで回せられるから」

 

「ああ、休むのも仕事のウチだぞ?」

 

リタとケニスもラティナが休むのを促している。

 

「……ぅん……わかった……ごめん…ね、るでぃ……」

 

そしてラティナは重い足取りで、なんとか自分の部屋へ戻っていった。

 

「………」

 

(ラティナはいつも頑張り過ぎなんだよ……たまには……休んでくれよ……)

 

ルディは拳を更に強く握っていた。

 

 

そして一方の常連客も何故か無言になってしまっていた。

 

「……で、なんであんた達までずっと黙ってるのよ…」

 

「俺は人間の……クズだ……」

 

「すまん坊主、俺が間違ってた……」

 

「俺もだ……しにてえ…」

 

「はぁ……相変わらずというのかなんというのか……」

 

再びリタが呆れていたのは言うまでもない。

 

―――――――

 

「はぁ……」

 

ラティナは再びベッドの布団の中に入り、天井を見つめている。

 

(かぜ……だからかな……ルディ……)

 

再びルディのことを思い出しており、再び「モヤ」がかかっていたようだ。

だがこの体調もあり「きっと風邪のせい」とラティナは薄々思い。

そのまま目を閉じ、ぐっすりと眠っていったのであった。

 

 




常連たち、段々と落とされている(?)気がする


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赤毛の少年、幼き少女と休日を過ごす

ばったり合う二人…。


クロイツは交通の要所にあり、商人を優遇する政策をとっているため、様々な商人がこの場に店を構えるなどをし、東区の市場はとても繁盛している。

 

休日のとある日、その市場でルディとラティナはばったりと会った。

 

「あ、ルディ」

 

「お、おう…もう風邪大丈夫なんだな!」

 

「うん、ラティナもうすっかり元気になったよ」

 

「よ、よかったな……」

 

あの時のラティナの面影はなく、いつもの調子を取り戻していた。いつも通りのかわいいラティナである。

格好もいつも通り、ピンクのリボンで髪を2つ結び、黄色基調のワンピースを着ていた。そしてバスケットを持っている。

 

そして、ルディはそのラティナにいつも通りに見惚れていた。

 

何もかもいつも通りである。

 

「うん!ルディも手伝ってくれてありがとね」

 

「こ、これくらいなんでもねえよ……ラティナはなにか買いに来たのか?」

 

「うん、リタからおつかいを頼まれたの。ルディは?」

 

「お、俺は……まあちょっと買い物があって……」

 

そしてルディは少し黙った後、再びチャンスが巡ってきたと解釈し、意を決して話し始める。

 

「お、俺もラティナと一緒に行っていいか!?」

 

「うん、いいよ」

 

――――――――

 

ラティナのおつかいにとりあえずついていくルディ。

行く先々でラティナはお店の人からは声をかけられは声をかけられ……

とにかく人気だなぁと横にいながら思う。

 

(……)

 

「おじさん、ありがとね」

 

「おうよ!これももってきな!」

 

そして色々とおまけもつけられていた。

そこは少しうらやましいなぁと思うルディである。

 

(ラティナって……やっぱモテるんだな……)

 

「おうそこの二人!もしかしてこいび」

 

「え?」

 

「ち、ちげえよ!!」

 

と声をかけられながらも、ラティナのお使いはドンドン進んでいく。

 

(ううっ、重い……)

 

そしておまけやら色々と想定以上に持たされたためか、バスケットの中はラティナにとっては重くなっていた。

 

「……ラティナ」

 

「ん?」

 

「お、重いなら俺が持つよ……ついてくだけってのもアレだし…」

 

「いいの?結構重いよ?」

 

「いつも鍛冶の手伝いで重いもの持たされてるからこれくらい……」

 

「……うん、じゃあ……」

 

そしてその荷物を持つルディ

ラティナにとっては重かったが、ルディにとってはそう重くはなかったようだ。

 

「よし、じゃあ次はどこ行くんだ?」

 

「えっと次は……」

 

――――――――

 

「……」

 

そうやって歩いていると

 

グーッ

 

「!?」

 

「?」

 

ルディのお腹より音が聞こえていた。

どうやらお腹が空いてしまったようだ

 

「ルディ、おなかすいたの?」

 

「し、仕方ねえだろ……」

 

そう、日差しはちょうど真ん中であり、昼間の時間だったのだ。

お腹も空いてしまうのも当然であった。

 

「うーん……お昼はどこがいいのかな?ルディ、知ってる?」

 

「……なら「あいつ」のところが近いな」

 

「あいつ?」

 

そして、ルディはラティナをつれて()()()の店へと向かった。

 

――――――――

 

「うわぁ!ルディとラティナ、来てくれたんだね!」

 

「おう!来たぞ」

 

「マルセルのパン屋ってこうなってるんだね」

 

ルディがラティナを連れてきたのは、マルセルの実家のパン屋だった。

 

店番していたマルセルは思わぬ来客に声を弾ませる。

なお奥ではパンを焼いているようで、店内では良い匂いが漂っていた。

 

そしてマルセルは二人が一緒にいることについて色々と察しながらも何を頼むかを聞き始めた。

 

「で、二人はどんなパンを買いに来たの?」

 

「……ちょっとお腹が空いちまったからな……なんかおすすめってのあるか?」

 

「うん、マルセルのおすすめはどういうの?」

 

「うーん……おすすめか……じゃあ、ルディにはボリュームたっぷりのお腹ふくれるやつで、ラティナはこういうのどうかな――」

 

――――――――

 

というわけでマルセルの家のパン屋で勧められたパンを買い、近くのベンチで座わって食べる二人。

マルセルの友だちが来ていると知ったマルセルのお母さんは飲み物までサービスしてくれた。

 

そして二人が買ったパンはルディは肉を中心に挟んであったもの、ラティナは野菜を中心に挟まれたものであった。

 

「「いただきます!」」

 

そして準備ができた二人はそのパンをパクっと食べ始めた

 

「うめえ……流石マルセルのところだな」

 

「うん、おいしいね」

 

そしてそのままパンをたべているのだが……

 

「………」

 

(う、なんか静かになっちまった……!)

 

流石に食べてる時に何も話題がないのはまずい。

学舎で昼に食べている時も皆が揃うときはラティナとルディはあまり言葉を交わせていない(それで焦れったいと周囲に思われているが)

そして少し考えた後、ふと思いついたことをラティナにぶつける。

 

「そ、その……ラティナが食べてるのも美味しそうだな!」

 

「うん、美味しいよ?」

 

「そ、そうだよな……」

 

なんとか切り出したものの、話は弾まず……万事休すかと思われた。

だが今度はラティナのほうから話を始めた。

 

「ルディ、じゃあラティナの……食べる?」

 

「……え?あ、うん……」

 

まさかのラティナからの提案に驚くルディ

だがここで断るのも不自然であると思ったルディは素直にそれを承諾するが──

 

「はい、あーん」

 

「あ……え?」

 

「?」

 

「い、いや……あーんって!?」

 

「え?だっていつものお客さん達がね、ルディにはこういう時はこうすると良いって…」

 

(な!?)

 

まさかの虎猫亭の常連の大人たちからの入れ知恵であった。

 

(い、いいのかよ……これ……)

 

ラティナの表情は特に動揺などもせず、むしろ不思議と思っている表情であった。

これで拒否するのもそれもそれで彼女に変だと思われること間違いなしであろう。

それゆえに彼は覚悟を決めた。

 

「わ、わかった……」

 

「じゃあ、あーん」

 

「あ、あーん……」

 

そのままなんとかあーんに応えたルディ

 

もちろん顔は紅潮しており、味なんてよくわからなかったのは言うまでもない。

 

(うっ…な、なんだよこれ……!)

 

「じゃあラティナもルディのを食べていいかな?」

 

「あ、お、おう……」

 

あーんにはあーんを返さないといけないのかなと思考停止しそうなルディがなんとか考えながら、ルディは自分のパンをラティナのほうに差し出す。

 

「じゃあ……あ、ん……」

 

「あーん…」

 

パクっとラティナは小さなお口で食べている。

そしてとても笑顔な表情になっている。

 

「うん、美味しいね」

 

「お、おう……」

 

その表情を見て更に顔が赤くなってしまったルディであった。

 

――――――――

 

「ふーっ……くたびれたな……」

 

「だ、大丈夫?」

 

バスケットの中身はパンパンになり、それをルディは抱えていた。

 

「いや、これくらい平気だっての……」

 

「……そういえばルディの買い物はいいの?」

 

「あ、うん……特になかったし……」

 

「ふーん…」

 

実は彼が市場に出向いていたのは暇つぶしというわけではない。

前に虎猫亭を手伝った時、その御礼というわけで少々の小遣いを貰った。(ルディは遠慮したものの、断りきれずに受け取った)

そしてそのお小遣いを元にラティナに贈り物をしようと考えていたのだ。

そんな時にラティナと出会ってしまったため、その目的は吹っ飛んでしまった。

 

(ま、いっか……またどっかでいけばいいし……)

 

そう彼は思いながら、彼女の家へこの荷物を置きに行くのであった。

 

――――――――

 

時は少し流れ、夕方の虎猫亭では、いつも通りラティナが配膳や掃除などを行う中

客の活気はそれなりだが一部なんとも言えない雰囲気も流れていた。

そんな様子にリタは思わず呆れながらも声をかける。

 

「……で、あんた達はなんでここに来てまで辛気臭いことになってるのよ……失敗でもしたの?」

 

そしてその集団の一人が口を開き始める。

 

「依頼自体は別に良いんだ……だがよ…」

 

「ああ、依頼主に完了の報告してくる帰り道によ……見ちまったんだ」

 

「見た?」

 

「ああ……嬢ちゃんとあいつがよ……」

 

「ラティナと…ルディ君が?」

 

「食べさせあいっこしてたんだよ!!」

 

その発言にリタはため息を付いて呆れていた。

大の大人がそれにいちいちショックを受けるのかと……

 

「別に良いじゃない……そもそも彼のことは認めたのよね…」

 

「ま、まあな…だがな……単純に羨ましいというのか…」

 

「おう……良いよな……」

 

「焦れったいというのか……」

 

「……はぁ……全く」

 

(二人の存在がこの人達にとって段々と強くなってるわね……)

 

リタは再びため息を付いた後、皿を片付けていったのであった。

 

 




尊み最大でお送りしています。


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赤毛の少年、風邪を引く

段々距離近くなっている……かな?




「ううっ……はー、はーくしょん!!」

 

ルディは大きなくしゃみをしていた。

何故なら彼は風邪をこじらせてしまったのである。

 

今日は学舎の日だが、行くわけにも行かないため休みを取っていた。

彼は家のベッドの上で静かに過ごしていた。

 

(はぁ……こんな時に風邪かよ……頭痛い……)

 

重い病気ではないもののやはり辛いものは辛い。

あまり動けるようなものではない。

 

(今頃学舎じゃ楽しくやってんだろうなぁ……勉強やんないのはちょっと嬉しいけど)

 

学舎での仲間たちの様子を想像する。

そして想像しているうちに彼女──ラティナが微笑んでいる所も想像できてしまった。

 

(……って俺はこんな時もラティナかよ……落ちつかねえと……!)

 

だが本人の意志とは無関係に段々とラティナのことが頭の中に浮かんできてしまっている。

 

(くっ……寝よう……寝ればいいんだ……)

 

無理矢理布団を被り、なんとか寝に入るルディであった。

 

――――――――

 

一方その頃、学舎では──

 

「ルディが風邪?」

 

「うん、僕がルディの家の前で待ってたらお父さんが来て今日はルディが風邪引いたからって休むって」

 

学舎ではルディの友達であるマルセルがラティナ、クロエ、シルビアのいつもの3人にルディが今日いない理由を話している

 

「風邪の流行りが終わったと思ったら、今度はあいつがかかるなんてね……」

 

「まあ、最近ルディも色々と頑張ってみたいだし……」

 

クロエとシルビアがラティナのほうを少し見ながら、頷いている。

それを気にせずラティナはルディのことを心配しているようで……

 

「……ルディ、大丈夫かな…?」

 

どうやら自分の風邪の経験と、彼女自身の優しい性格もあってか彼のことをかなり心配しているようだ。

引っかかっている「モヤ」にはまだ気づいてはいないが。

 

「あいつは風邪なんかで死ぬやつじゃないけど……ラティナがお見舞いに行きたいなら行ってもいいと思うよ」

 

「うん、ラティナが来るならきっと喜ぶと思うわ」

 

二人がそのラティナの背中を押した。

これも「お膳立て」の一つとも言えよう。

 

「うーん……お見舞い……」

 

ラティナがそう考えていると、先生が来たようで

 

「あ、先生来たよ」

 

アントニーの一声で皆は一時解散し、自分の席へ戻っていった。

 

(お見舞い……どんなのがいいのかな…?)

 

なおラティナは授業が始まってもそのことを考えていたそうな。

 

今日の学舎の授業は珍しく集中出来ないラティナであった。

 

――――――――

 

そして時間は昼を超え──

 

「………」

 

飯を食う気にもなれないルディはそのままベッドで寝ていた。

下では親父がいつも通り刀を打っている。

 

(……学舎はもう終わってるだろうな)

 

暇潰しに本やらを読もうにもあまり身に入らない。

 

(なにやってんだろ……俺……)

 

そう思っていると部屋のドアがコンコンと叩かれる。

きっと親父か兄貴、姉貴達が来たんだろうと思い、少し顔を上げる。

 

そしてドアが開かれると──

 

「……ルディ?」

 

「……え?」

 

入ってきたのは彼の想いの人であるラティナであった。

 

「な、な、なんでラティナがウチに来てんだよ!?」

 

「うん、お見舞いに来たよ?だめ?」

 

「い、いや…ダメじゃねえけど……」

 

ルディは物凄く驚いている。

顔も(元々風邪で赤くなっているが)紅潮している。

 

「……やっぱり調子悪いんだね…」

 

「あ、ああ……でもこんぐらい…なんでも……へーくしょん!」

 

大きなくしゃみをするルディ

なんとかタオルでカバーしたため拡散は避けている。

彼女に風邪を移したくはないというルディの優しさからの行動だった。

 

そしてラティナは心配そうな表情をしながらこう話す。

 

「……ごはん、食べた?」

 

「…いや……あんまり食欲ねえから食べなかった……」

 

「わかった」

 

そのルディの言葉を聞いた瞬間、ラティナは一言そう言って、持ってきた何かの荷物を持ち、ルディの部屋からいなくなった。

 

(もう帰った…わけじゃないな。ラティナのいつもの鞄はあるし…)

 

何をしているんだろうと微弱に考えながら過ごしていると、途端にいい匂いが漂ってきた。

 

「ん?」

 

(なんだこの匂い……うまそうなやつだけど……)

 

そして少し経つと再びルディのドアが開かれる。

 

「な、なんだよそれ……」

 

「スープだよ?リタがね、風邪の時はこれがいいって」

 

「そ、それ作ってたのかよ……親父の許可貰って…?」

 

「うん!」

 

ラティナがスープを作ったのも驚きだが、あの無愛想な親父がいくら息子の友達とは言え、そう簡単に許可するのかよとも驚いている。

やはりそこはラティナの健気な心ゆえなのか……。

 

「……」

 

そのスープは野菜スープであり、病人でも飲めるように濃くはなく、あっさりとしているものであった。

 

「あ、ありがと…う……」

 

その好意を無駄にするわけにもいかず……まあ本当は嬉しいのだが、彼はそこまで素直にはなれない。

しかし、お礼はきちんと彼女に伝えたようだ。

 

「うん、じゃあ…」

 

そうすると彼女はスプーンを手に取り、スープを掬い、それをふーふーと冷ました後、ルディのほうに持っていった。

 

「!?」

 

もちろんルディは驚く。

そしてそれと同時に前に起こった事を思い出し、まさかと思いラティナに質問する。

 

「な、なあ……それってもしかして……」

 

「うん、ルディにはこうすると良いっていつもお客さん達が言ってたの」

 

またかよ!?とルディは言いかけたが、ぐっと堪える。

彼女の純粋さというものは実に輝かしいが、同時に色々と心配である。

 

「……」

 

そしてそれを断るのも逆に不自然であり、下手すれば彼女のことを傷つけるかもしれない……と風邪ながらになんとか考えたルディはそれを受け入れた。

 

「う、うん……わかったよ……」

 

「じゃあいくね、はい」

 

「あ、あーん……」

 

そしてルディはそのスープを口に含んだ。

風邪な上、こうなった以上味なんてわかるわけがなかった。

そして顔が風邪によるものより更に紅潮していたのは言うまでもない。

 

――――――――

 

「はぁ……はぁ……」

 

あれから時間は経ち、ラティナは帰っていった。

途中ラティナのあーんにやはり恥ずかしくなりすぎて耐えれなくなったルディは「も、もう自分で飲むからっ」と自分でなんとかスープを飲んだ。

ラティナは少し不思議がっていたが、特に不満とは思わず、むしろ自分のスープをきちんと残さず飲んでくれたので嬉しかったようだ。

 

そしてその後は風邪を移すといけないため、彼はラティナを帰らせたのである。

 

「……」

 

少し気疲れやらこそしたが、彼の体調自体はよくなりつつあった。

薬もきっちり飲んだ上、そしてスープの味もよかったからでもあるが、やはり彼女に会えたことで少し元気を取り戻したようだ。

 

(ラティナの笑顔……よかった……な)

 

そして彼女の笑顔を思い出していた彼であるが、途中で少し眠気が来たのかそのまま眠ってしまった。

その寝顔はとても安らかであったという。

 

 

――――――――

 

 

所変わり、王都の宰相の家であるエルディシュテット公爵邸では、何故か大人気なく飛び跳ねている大人が一人居た。

 

「やっと帰れるぞラティナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

言うまでもなくラティナの保護者であり、親バカで有名になりつつあったデイル・レキである。

 

(くーっ……クソ面倒くさい依頼をクソ早く終わらせたかいがあったぜ!)

 

「よし、早速飛竜を手配していくz……」

 

「待て」

 

すぐにでも飛んでいきそうなデイルをなんとか止めようとする男は彼の友人であり、そのエルディシュテット公爵の三男であるグレゴールである。

デイルの変貌には当初は驚いていたが、今はもう慣れてしまったようだ。

 

「デイル……まだ色々と後始末が残っているんだが……」

 

「んな後始末適当でいいだろ!適当で!それよりラティナだ!ラティナ!」

 

「……」

 

(あの「魔人族」の子を拾ってきて本当に色々と変わったな……この前はその子から手作りポーチを貰ったと自慢してきて……)

 

グレゴールは毎回娘自慢をしているデイルには流石に呆れて物も入れないようで、色々と頭を抱えている。

なお仕事こそはきちんとこなす分、文句も言いづらい。

 

「あのな……お前は色々と重要だからそうはいかん」

 

「えーっ!いーじーわーるー!」

 

「なんとでも言え……」

 

「ちぇっ……だがもう仕事が終わったという連絡ぐらいはいいよな!?」

 

「……まあ、それくらいは…」

 

「じゃあ早速速達だ!竜騎兵借りっぞ!」

 

そしてそのままデイルはその連絡をするためにか、表へ飛び出していった。

おそらくこの時の速度はいつもの魔族退治の3倍…下手すれば300倍の速さなのかもしれない。

やはり親バカは恐ろしいものである。

 

「全く……あいつは……」

 

グレゴールも彼のこの様子では毎回こう言うしかなかったのである。

 

――――――――

 

「ただいま、リタ」

 

そしてラティナは虎猫亭へ帰宅する。

 

「あら、お帰りなさい……そうそう、さっき竜騎兵の人が手紙を届けてきてね」

 

「てがみ?」

 

「ええ、デイルからなんだけどやっと仕事が終わったみたいよ」

 

それを聞いた瞬間、目の色を変えてリタに乗り出す。

 

「デイル、帰ってくるの?」

 

「そうみたい、まだ少し時間がかかるけど「秒速で終わらせてくるから待っててくれ!」だって」

 

そう聞いた瞬間、ラティナはかなり嬉しいようで、色々と飛び跳ねていた。

やはり親子は似るということらしい。

 

「ほう、デイルのやつが帰ってくるのか?」

 

「うん、帰ってくるの!」

 

それを見た常連達は色々と構っていたそうな。

 

「しかしまあ……一応エリートの竜騎兵をそういう風に使っていいわけ…?」

 

「この親バカは留まるところを知らないようだな……普通の郵便の速達以上だぞこれ…」

 

もちろんリタとケニスはそのデイルの行動に色々と呆れていたのは言うまでもない。

それと同時に二人はラティナを見ながらルディのことを思い出していたようで

 

(やっぱりラティナにはデイルよね……あんなに嬉しがって……厳しいわね……)

 

(……まあ、ラティナにとってデイルは大きいわけだな……仕方がないとは言え……)

 

再び二人はルディの恋路を心の中で応援しながらも、酒場の客の注文を捌いていたのは言うまでもない。

 

 




親バカはかなり書きやすい(確信)


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赤毛の少年、再び虎猫亭へ

意外と書いてるようで、だいたい3000字前後な気がする


「お、お邪魔します……」

 

「あら、来たわね」

 

「おう、今日も連れ共々お世話になるぞ」

 

再びジルヴェスター同伴で虎猫亭へ来たルディ。

ジルヴェスターはいつものテーブル席に座り、ルディはカウンター席へ座る。

 

「ジルヴェスターはまあいつもの酒でいいとして……ルディ君は?」

 

「い、いつもの……!」

 

「はいはい、アップルジュースね」

 

ルディはカッコよく決めるつもりが、案の定空回りしたようだ。

 

(き、決まらなかった……)

 

がっくりと肩を落とすが、ふと厨房のほうから何かが聞こえてきた。

 

「よし、そんな感じでいいだろう」

 

「うん!ラティナ、うまくできたよ!」

 

「ははは、いつかは本当に追いつかれそうだな……」

 

(ラティナが厨房でケニスさんと……?)

 

「……あの、ラティナは今何を…」

 

「ああ、今はケニスの手伝いしてるのよ」

 

「へー……」

 

(そういえばいつもラティナが持ってくるランチ、手作りとかなんとか言ってたな…)

 

いつも皆でランチを取る時、皆が親に作ってもらったものやマルセルのところのパンなどであったが、ラティナだけは自分でほとんど作ったものであった。

この歳としてはかなり珍しい行動であろう。

 

(すげえなぁ、ラティナ……)

 

そのラティナがいる厨房の方へ耳を傾けているとそれに気づいたリタがこう提案してきた。

 

「……だったらルディ君も食べる?ラティナが作る料理」

 

「え!?べ、別に……」

 

「気にしなくてもいいわよ?ウチの名物料理だから」

 

そしてそれと同時に酔っ払っている常連達が声を荒げてルディへ色々と言い始める。

 

「おうよ!それを食べなきゃここに来た意味がねえ!」

 

「嬢ちゃん狙うならそれ食べとけよ!」

 

「そうだぞ!金は俺が出しとくから!」

 

声こそは荒げているものの、どこか優しさを感じるその勢いに押され、なんとか勇気を出してルディは声を出す。

 

「うっ……じゃあ、おねがい……します」

 

「はいはい。ラティナ、ルディ君に「マッシュポテト」お願いね!」

 

「ラティナ、出番だぞ」

 

「うん!」

 

そしてラティナは厨房でマッシュポテトを作り始める。

ケニスに教わり作り始めたこのマッシュポテトだがそれはいつの間にかここの看板メニューとなっていた。

だいたいの常連はこれをまず注文しているほどだ。

 

「……」

 

(ラティナの料理……どんなのだろう)

 

それを静かに待つルディ

 

そして数分ほど経った後、厨房からそのマッシュポテトを持ち、ラティナが出てきた。

 

「ルディ、持ってきたよ」

 

「お、おう……ありがとな、ラティナ」

 

ルディはマッシュポテトを受け取り、カウンターの上に置き、ラティナは厨房の手伝いもあり、戻っていった。

本来ならリタ経由で持ってくるものなのだが、最近はカウンターでもラティナが持つ時はそういう形となっている。

 

「……い、いただきます……」

 

スプーンを使い、パクっと一口食べる。

 

(…お、おいしい……)

 

何の変哲もないマッシュポテトであるが、「彼女」が作ったであるからか、数倍美味しく感じられた。

 

そして──

 

「おい、坊主!また「あーん」されなくていいのかよ!?」

 

「んぐっ!?」

 

常連客の茶化した声がルディに突き刺さり、思わずむせそうになる。

 

「な、な!?なんだよ!?」

 

ルディは顔も紅潮している。

 

それを見た常連たちは何かが琴線に響いたのか、立て続けに喋り始めた。

 

「おうおう、やはり若いって良いなぁ!よし、俺が一つ奢ってやる!何が良いか坊主!」

 

「ポテトだけじゃつまらんし大きくなれんぞ?肉だ肉!俺が出すから特上のやつをこいつに出せ!」

 

「おうよ、ジュースだけじゃ味気ないぞぉ!チェリーズパイも出してやれ~」

 

「こらこら、そんなにルディ君にあげても食べれないでしょ!」

 

「………」

 

(常連の人たち、なんかおかしくねえか……?)

 

当初来た時は敵意丸出しであった常連たちであったが、いつの間にかルディを歓迎する方向にシフトしていた。

どうやら彼らに本当に認められたらしい。

もちろん、当人には自覚はない。

 

(……そういえばいつものこの人達、確か「冒険者」の人たちが殆どだったっけ)

 

そう思ってるとルディにはある一つの疑問が生まれたようだ

「冒険者」「冒険者」とよく聞くものの、いまいちその中身を知らない。

冒険者をたまに取り締まる憲兵の仕事はよく見るゆえに、気になったようだ。

 

そしてルディはふと近くに居たその常連の冒険者に聞いてみようとする。

 

「あの……一つ聞きたいんですけど……」

 

「ああ、どした?」

 

「冒険者って…何をしてるんですか?」

 

「ああー冒険者ってのはなー依頼やってドガーっと魔獣狩ったりするんだよ」

 

「え?」

 

いまいちわからない答えを突きつけられて困惑するルディ。

そもそも酔っぱらいに真面目な質問をするのが間違いだったらしい。

そして別の酔っぱらいも話しかけてきた。

 

「おう!坊主、冒険者になりてえのか?」

 

「え、いや…そういうわけじゃ…」

 

「まあこの時期じゃ色々と悩むよな!冒険者はいいぞ……ロマンも追い求めれるしなぁ!」

 

「おいおい、ロマンだけじゃねえだろ、たまには臭い仕事もあんだぞぉ!」

 

「はははは!だが冒険者と言えば「あいつ」にはやっぱ敵わねえよ」

 

「……あいつ?」

 

ルディはその「あいつ」に引っかかった。

 

「おう!嬢ちゃんの保護者のデイルだ!あいつには絶対敵わねえ……」

 

「俺より一回りも小さいのによくやるよなぁ……うんうん」

 

「へー……」

 

(保護者のデイルは冒険者としては結構強いのかぁ……まあ確かにラティナからもそういうのよく聞くけど…)

 

実はルディはただ冒険者について聞きたかったわけではない。

将来の進路について考え始めているからだ。

彼の実家は鍛冶屋であるが、姉と兄がいて跡取りになる必要はないため、父曰く「好きにしろ」とのこと。

 

そのまま鍛冶屋で鍛冶師をしていてもいいし、または別の仕事をしても良い。

それだけにルディは色々と悩み始めているのである。

「彼女を守る」という目標のことも含めだが……

 

(……ま、今はやめとこ……それよりこれ食べちまわないと……)

 

そしてルディはそれについて考えるのを少し止めて再び「彼女」のマッシュポテトに手を付け、食べ始める。

するとリタは何かを思い出したのか、少し作業を止めて、ルディに話し始める。

 

「あ、そうそう。明日から暫くここに来ちゃダメよ?」

 

「え?どうして…ですか?」

 

「いやね……ついに「保護者」が帰ってくるのよ……だからもし君のことが知られたら大変なことになるから…ね?」

 

「あ…はい……わかりました」

 

(……通りでラティナの機嫌が良くなっていたわけだ、そういうことかよ……)

 

ルディはラティナにとってデイルの存在がとても大きいモノだと改めて考える。

 

自分はまだ「良い友達」としてしか認識されていないということもわかりきっている。

それだけに少し悔しい気持ちはあった。

 

(やっぱり「保護者」には敵わねえのかな……)

 

少し「保護者」について色々と考えながらも、残りのマッシュポテトを食べるルディであった。

 

――――――――

 

そして、マッシュポテトを完食し、時間も遅くなってきた為、ルディはジルヴェスターに送られ、鍛冶屋へと帰るところであった。

 

「じゃあね、ルディ。また学舎で」

 

「あぁ、またな」

 

「おやすみ」

 

「お、……おや…すみ」

 

これで何回目かになる虎猫亭だが、帰り際のラティナの「おやすみ」には未だにちゃんと返せないルディであった。

 

――――――――

 

その帰り道、ルディはジルヴェスターに先ほど冒険者にしたのと同じ質問をする。

 

「あの、ジルさん」

 

「なんだ坊主?」

 

「ジルさんも冒険者だったんですよね」

 

「あぁ、昔の話だがな」

 

「そのっ!冒険者って、どんな事をしてるんですか?…俺、進路で迷ってて……」

 

ジルヴェスターは少し悩んだ後、こう答えた。

 

「昔と今とで依頼内容も変わってきているからな……やはりこういうのは現職の冒険者に聞いた方がいいだろう」

 

「そうですか…」

 

ルディは一言、そう呟いた後、とある一人の冒険者の顔を思い浮かべていた。

 

(デイル・レキ……か)

 




ちなみに原作で虎猫亭の常連達で秘密裏に結成されたいわゆるラティナ親衛隊の「白金の妖精姫を見守る会」は健在ですが、この段階でかなり変化してきている…はず。
まあそれはおいおい……


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青年、鍛冶屋に行く

今回は原作リスペクトなやつです。
デイルは相変わらず元気です。


「ラティナああああああああああああああ!ただいまあああああああああああああああああ!!」

 

ラティナの保護者であるデイルが虎猫亭へ帰ってきて、最初に言った言葉はこれであった。

大きな声過ぎて、通りの人達もびっくりしていたのは言うまでもない。

 

「デイル!お帰りなさい!」

 

ラティナもそのデイルを出迎える。

その表情は満面の笑みであった。

 

そしてデイルはラティナを見た瞬間、すぐに抱きついた。

 

「ラティナ……公爵のどうでもいい依頼を終えて戻ってきたぞ……」

 

「うん!デイル、無事で良かった!」

 

(全く……何回目かしらこれ)

 

(相変わらずの親バカっぷりだな……)

 

もはや見慣れたこの事に、心のなかでツッコミを入れるリタとケニス

そして常連たちもいつも通り、その親バカを冷やかす。

 

「おうよ、この親バカが帰ってきたようだな!」

 

「げっ、飯の味がまずくなっちまう」

 

「あーあー静かな酒場だったのによー」

 

「うるせえ!俺のことそんなに要らないのかよ!?」

 

「「「おう!」」」

 

「満場一致で返事すんな!!」

 

「デイル、いらなくないよ?大切だよ?」

 

「おう…やっぱ1番の癒しはラティナだ…」

 

いつもの常連たちをよそにぎゅーっとラティナを更に抱きしめるデイルであった。

 

――――――――

 

そしてラティナはケニスとともに厨房に入った後、デイルはリタに今回の任務やらについて話し始めた。

 

「ま、今回も変わらず魔王の眷属退治だった。ちょっと小癪な手を使われて手こずっちまったがなんとかはなった」

 

「そうね……最近やっぱり多いわけ?そういうの」

 

「いや、特に変わらないそうだ。七の魔王以外の魔王も今のところは特に変わんねえそうだし…」

 

「……これから先もなにもないと良いわね……」

 

リタは懸念する。

 

当然ながら平和というものは簡単にできるものではなく、様々な人の犠牲などもありながら積み重なってできている。

だがそれに反して平和を壊すのは簡単である。

実際ここ数年は平和であるものの、過去には様々な戦いがあったと伝わっている。

この今の平和が穢される可能性もゼロではないのだ。

 

「……なにもないようにして見せるさ、ラティナのためにもな」

 

「…ええ」

 

(やっぱり変わったわね……デイル)

 

「守るべき存在が出来た」というだけでここまで変わるものなのだとリタは改めて実感したようだ。

 

――――――――

 

そして少し時間が経ち、デイルは東区のほうにある用事を済ませに来ていた。

何故なら彼がいつも使っている剣がこの度の任務でついに「なまくら」と化していたので研いでもらうために鍛冶屋へ行くことにしたのだ。

なおそれを聞いた瞬間、夫婦は苦い笑いをしていたが、デイル自身は全く気づかなかったという。

 

「ええっと……確かここらへんの……ここか?」

 

目的の鍛冶屋を見つけ、入店する。

店内には店番が見当たらなかったので、デイルは人がいるかと呼びかける。

 

「おーい、誰かいるかー?」

 

そうすると店の奥から赤毛で壮年の男が出てきた。

いかにも無愛想な表情をしているがどうやらここの店主らしい。

そして無愛想なまま、応対をする。

 

「ケニスのところの……何の用だ?」

 

「この剣を鍛え直して欲しいんだ。なまくらになりかけてるこいつを」

 

「……」

 

デイルからその剣を受け取った店主はジーっと剣を見ている。

どうやら剣の状態を見極めているらしい。

 

「だいぶ使ったな……血の汚れもある…」

 

「まあ、色々とな……直せるか?」

 

「……少し待ってろ」

 

そう言って店主は店の奥の方に戻ろうとする。

だがデイルは何かを思い出したのか、彼を呼び止める。

 

「あ、そうだ。そいつを研ぐ所見てていいか?」

 

「……好きにしろ」

 

そう一言、店主が言った後

工房の方に戻っていった。

どうやら「OK」らしい。

 

(あんまり剣研ぐところとか見たことねえから……たまには良いよな)

 

そしてデイルも工房の中へと入っていった。

 

――――――――

 

工房の中ではその店主が集中し、無言で研いでいる中、その横では赤毛の少年がその作業を手伝っていた。

 

なお彼の姉は奥で売上の計算をしており、兄の方は別のところで刀を研いでいる。

 

(確かあいつは……ラティナの友達のルディってやつだっけ……少しいじわるだって聞いたことがあるが最近はそういう話も聞かねえからまあ大丈夫か……)

 

最近聞かないのはリタによる口止めもあるからではあるが、そんなことはデイル当人は当然知らない。

もちろん、いじわるなことも彼は最近していないようだが……。

 

「おい!あの機材取ってくれ」

 

「お、おう!」

 

テキパキと父親の手伝っているルディにデイルは珍しく感心している。

 

(あれくらいの歳でもあんなに真面目なんだなぁ……まあラティナには敵わねえけどな!)

 

彼を一応評価しながらも親バカを発揮しているデイルであるが、当のルディは──

 

(あ、あいつの保護者がいる……しゅ、集中しねえと…!)

 

自分が惚れている子の保護者がいるゆえにいつも以上に集中しているだけであった。

 

――――――――

 

「どうだ?」

 

「おう、いい感じだ。前よりエッジも良くなってる」

 

「そうか……また何か調節したくなったら言え」

 

そう言って再び工房のほうに戻っていく店主であるが、その横に居たルディはまだその場に居た。

どうやらデイルに何か用があるようだ。

 

「ん?どうした、なんか俺に用か?」

 

「いや…その……少し聞きたいことが」

 

「聞きたいこと?」

 

「その…デイルさんの職業の冒険者って……何をしているんですか?」

 

「……冒険者かぁ…」

 

デイルはルディに対して冒険者について自分が知っている限りのことをとりあえず話す。

街の人々から依頼を受け、その依頼をこなすのが基本的な冒険者だ。

その依頼は「踊る虎猫亭」などの緑の神(アクダル)の旗があるところにて集められ、張り出される場合が殆どであり、依頼の内容は荷物持ちなどの簡単なものから、魔獣の退治、素材集め、護衛任務など多種多様である。

なお賞金首などもここに張り出されるため、それを狙って活動する賞金稼ぎの冒険者も存在している。

だが基本はルールやマナーこそあれど、縛られることはない。

いわば冒険者という存在は「自由」という言葉に相応しいであろう。

 

それに関してデイルの説明が終わるとルディは腕を組んで考え始めていた。

その様子にデイルが問いかける

 

「もしかして冒険者になりたいのか?」

 

「い、いえ……俺もまだ悩んでて……」

 

「うーむ……確かにお前のところは兄も姉も居るし、跡取りは十分だもんな……まあ俺からは進路についてはなんとも言えないが…色々と見てみたほうが良いんじゃないか?」

 

「……色々と?」

 

「ああ、ここの街は色々と職業も溢れてるからな。とにかく自分の目で確かめてみるが良いと思うぞ」

 

「……そう…ですか……ありがとうございます」

 

そう言ってルディは店の奥に戻っていった。

そしてデイルも虎猫亭へ帰るため、店を出て足を進め始める。

 

(……俺があんぐらいの時は悩むこともできなかったからなぁ……ま、今気にしたって仕方がないけど……それより早く帰ってラティナだ!)

 

途中から速歩きとなり、最終的にはほぼ走っていたのは言うまでもない。

 

――――――――

 

「デイル、あーん」

 

「あーん……んんんっ!ラティナにあーんされるとケニスの料理でも格別に美味いな!」

 

夜の虎猫亭では、相変わらず親バカを発揮しているデイルがあった。

そしてラティナもやはり久しぶりにデイルと一緒にご飯が食べられることも会ってか、とても楽しそうである。

 

一方のいつもの常連たちは「別にどこの料理でも変わらねえだろ…」とツッコミを入れたくなるがぐっと我慢しながらもデイルに色々と言葉を浴びせていた。

 

「……相変わらずうるさいなデイルの旦那…」

 

「はぁっ、親バカ声で耳にタコが出来ちまう」

 

「これもある意味名物だけどさぁ……はぁ……」

 

「なんとでも言え!俺がラティナにあーんされた時点で俺の勝ちだ!」

 

デイル自身はそう高らかに発言しているが、デイルを除く常連達はすでに先にあーんされた相手を知っており、それもツッコミたくなったがこちらもぐっと我慢している。

 

「デイル、口についちゃってるよ?」

 

「おっと、つい駆け込みすぎた…」

 

「ご飯は逃げないから、ゆっくり食べよ?」

 

そのラティナの言葉に思わず──

 

「…ああ!やっぱうちの娘は最高だああああああああ!

 

酒場どころかその南区一体に響き渡るほどデイルの声が響いたのは言うまでもない。

 

 




多分EDに繋げられそう。


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赤毛の少年、男友達との日常

珍しくルディ、マルセル、アントニー中心の物語です。

今回の執筆自体は添削協力のT ogaさんが担当しました。
だからいつもより出来が良い?気にするな!()

ちなみに今回は2話連続で、明日も投稿します。
(実は一部投稿ミスったなんて言えない……)


とある日、学舎からの帰り道

 

今日はいつもの「お膳立て」はなく、ラティナとクロエ、シルビアの三人が前を歩き、その後ろからルディ、マルセル、アントニーが着いていっていた。

 

ラティナの保護者、デイルが帰ってきた為、彼に勘付かれないように「お膳立て」も減らしたのだ。

 

裏でそんな事が行われているとは、もちろん知りもしないラティナ。

彼女は帰り際、こう口を開いた。

 

「こうやって、みんなで帰るのひさしぶりだね。最近はルディと二人で帰るの多かったし」

 

「「「「「…………」」」」」

 

その言葉に全員、冷や汗を額に浮かべ──

それに気付かないラティナはこう続ける。

 

「みんな、早く帰った時何してるの?」

 

「え……えっと……」

 

「それは……」

 

クロエとマルセルがいい(よど)む中、アントニーがフォローを入れる。

 

「僕は黄の神(アスファル)の神殿で勉強してるんだ。学舎を卒業したら高等学舎に進もうと思ってるからさ。マルセルはパン屋の手伝いって言ってたっけ?」

 

「あ、う……うん!そう!僕も学舎を卒業したら実家のパン屋継がなきゃだからさ!!」

 

そしてシルビアもクロエの手を掴みながら、こう助け船を出す。

 

「私とクロエは大体はお洋服とかアクセサリーとかのお買い物を良くしてるかな、ラティナはお店の準備とかで忙しいと思ったから誘ってなかったの、ごめんね」

 

「あ……うん。そうなの、ごめんねラティナ」

 

「そうなんだ。お店の開店まで時間あるし、ラティナもお洋服とか見てみたいな」

 

「じゃ、じゃあ!今日この後行きましょうよ!デイルさんに「行っていい」って許可もらえたらだけど」

 

「うん!ラティナ、行く!」

 

クロエは後ろを歩いてたルディの方をチラッと見て、小声でこう言った。

 

「ルディ、ごめん。今日はラティナ貸してね」

 

「お、おう」

 

それにルディは小さく頷き、そしてクロエは走り出した。

 

「だったら、早めに行きましょうよ!!」

 

久しぶりに出来た親友との時間。ルディの事を応援するといっても、それで自分が親友と一緒に入られる時間が減って、なんだかんだ寂しさや悲しさを覚えていたのだろう。

クロエの顔はとても眩しい笑顔だった。

 

「なら、最近新しく出来たお洋服のお店があるの!ラティナも行きましょ」

 

それはシルビアも同様のようで、クロエはラティナの左手を、シルビアはラティナの右手をひき、駆け出していった。

 

 

そして、残された男三人。

 

まずアントニーが口を開いた。

 

「……どうする?」

 

「僕も今日はパン屋の手伝いないから暇あるけど」

 

「久しぶりに俺らも遊ぶか!」

 

ラティナを好きだと自覚してから、男だけで遊ぶ時間が減っていたルディ。

彼にもこういう何も考えずに遊べる時間は必要だろう。

 

そして、彼らはクロイツの中央広場の公園へと足を向けた。

 

――――――――

 

「「「は~じまりは石!赤の神(アフマル)のぉ~名の元に!!」」」

 

この七色の世界で何かを決める時に使われる手だけを使う遊戯(所謂、じゃんけん)の掛け声が公園に響き渡る。

 

ルディとアントニーは石(グー)を出し、マルセルは剣(チョキ)を出した。

マルセルの負けだ。

 

「んじゃー、マルセルが魔物な~」

 

「え~」

 

「俺とアントニーは冒険者な~!」

 

今日、やる遊びは冒険者ごっこ。

ルディは剣に見立てた木の枝を構え、張り切っていた。

 

「いや、僕は語り部やるよ」

 

そんな時、アントニーがふとそんな事を言った。

 

「は?」

 

「語り部?」

 

ルディとマルセルは予想外のアントニーの言葉に驚きを隠せない。

 

「いつもの冒険者ごっこじゃつまらないでしょ。ルディは勇者、マルセルは魔王にしよう。僕の話に合わせてみて」

 

「お、おう…」

 

(俺よりアントニーのが張り切ってないか?)

 

「あ……うん」

 

(アントニー、最近遊ぶの減って寂しかったのかな?)

 

この三人の中で一番、遊べなくなって悲しさを覚えていたのは実はアントニーであったようだ。

 

――――――――

 

そして、アントニーの語り部で冒険者ごっこ改め、勇者ごっこは始まる。

 

『その日が来たのは、突然だった。勇者ルディが守ると誓ったラティナ姫が突如、魔王によって連れさられたのだ』

 

「は?」

 

「え…!?」

 

アントニー、早くもノリノリである。

 

『勇者ルディはついにラティナ姫の居場所を突き止めた。塔の頂上、そこで勇者ルディは魔王マルセルと対峙した』

 

「えっと……」

 

「どうすればいいの?」

 

『勇者ルディは魔王マルセルに剣を向ける。ラティナ姫を返せ、と叫ぶ』

 

「え、あ……ま、魔王!ラ……ラティ…………姫を返せ!!」

 

『魔王マルセルはもちろん返すはずもない。返してほしくば、我を倒してみよと言う』

 

「か、返してほしくば…われをたおして、みよ?」

 

『勇者ルディと魔王マルセルの激しい剣戟が始まった』

 

「よくわかんねぇけど、戦っていいんだな?」

 

「う、うん。そうみたい」

 

『ここからはいつもの冒険者ごっこと同じだ。勇者と魔王は激しくぶつかり合った』

 

「よっしゃ、行くぞーマルセル!」

 

「あ、ホントに殴らないでよ。その木の枝たまに体に引っ掛かると痛いからさ」

 

「わかってるっての!!」

 

――――――――

 

そして、彼らはいつも通りの冒険者ごっこで遊び、気が付くと日も暮れはじめて来ていた。

 

「そろそろ時間か~」

 

「だから、殴らないでよって言ったのに~!ちょっとすり傷ついちゃったじゃん」

 

「俺もさっき転んで怪我したっつーの!」

 

口喧嘩になるルディとマルセルをアントニーが(なだ)める。

 

「まあまあ二人とも、明日ラティナの回復魔法で治してもらえばいいでしょ」

 

「まあ、そうだけどよ……」

 

ラティナの名前を出され、大人しくなったルディにマルセルがこう茶化す。

 

「そういえば、最近ラティナとはどうなの?」

 

「ど、どうってなんだよ!?」

 

急にラティナの話を振られ、慌てふためくルディにアントニーも追撃をかける。

 

「告白とかキスとかはまだだろうけど、手くらいは繋いだんだろうね?」

 

「……」

 

(手…か、結構前だけど雪の日に冒険者から逃げる時、手を引っ張った事はあったけど……)

 

逡巡するルディの様子からマルセルとアントニーは察する。

 

(まだ…みたいだね)

 

(これは……当分かかるな)

 

 

そんな時、顔を紅潮させながらルディは小さな声でこう呟いた。

 

「で、でも……あ、あーん……はした…ぞ……」

 

「え?」

 

「ホントに?」

 

「う、嘘じゃねぇよ!!」

 

――――――――

 

そして、帰り道。アントニーがルディにこう提案をする。

 

「そういえばルディはさ、ラティナにプレゼントとか渡したことある?」

 

「あ~前、虎猫亭手伝った時に貰ったお金で何か買って贈り物しようとは思ったんだけど、何買っていいかわかんなくてよ……」

 

「僕は食べ物がいいな~」

 

「食べ物でもいいかもしれないけど、折角なら形に残るモノのがいいかもね。…って言っても僕もあんまりいい贈り物思い付かないけどさ……」

 

ルディは少し考えて、こう決断を出した。

 

「また今度、クロエとかシルビアに相談してみるよ」

 

「それがいいかもね」

 

「そうだね。それじゃ僕ここで」

 

「僕もここで別れるよ」

 

「おう!また明日な~マルセル、アントニー」

 

そして、ルディも帰路へと着いた。

 

その帰り道の間、彼がずっとラティナのことを考えていたのは言うまでもない。

 




伏線に……なるかもしれない

次回も同じくらいの時間でどうぞー!




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赤毛の少年、幼き少女への贈り物と友の証を

もうそろそろで秋から冬に変わるこの時期。

東区の市場は相変わらず賑わっており、人混みもそれなりにある。

 

「うーん……」

 

そんな中ルディは市場の人混みから逸れた所で腕を組んで悩んでいた。

前にラティナと出会って中断した「ラティナへのプレゼント探し」を再開したのだが、いまいちそのプレゼントについて良い物が思いつかなかったのだ。

それもそのはず、彼にとって女性の使うものは程遠いものであり、「彼女にとって良いもの」「彼女がもらってうれしいもの」がいまいちわからなかったからだ。

 

(何が良いのか……うーん)

 

そんな時、後ろから不意に声を掛けられた。

 

「何悩んでるのよ?ルディ」

 

「まあ……ってお前ら!?」

 

ルディが後ろを振り向くと、そこにいたのはルディの友達でもあり、ラティナとも親しい二人のクロエとシルビアだった。

 

クロエはルディと同じ東区の職人街、シルビアは西区の高級住宅街というなんとも正反対な環境で育ったこともあり、学舎で出会った当初のクロエとシルビアはあまり良くない雰囲気であったが、「事件」でのシルビアの行動と彼女の性格の良さで二人はトントン拍子で仲良くなったそうな。

 

そんな二人にルディはこう尋ねた。

 

「何してんだよ?お前ら」

 

「私たちはいつもの買い物よ。ホントは今日もラティナを誘おうと思ったんだけど、お店の準備で行けないらしくてさ」

 

「ふ、ふーん……」

 

(いて欲しかったような……いなくてよかったような……)

 

ラティナがいて欲しかったが、ラティナへの贈り物を考えてる今いなくてよかったとも思う複雑な心境のルディ。

 

そんな彼の心境を察してか、シルビアとクロエはルディの顔を見て顔をニヤつかせていた。

 

(あの顔はラティナのこと考えてる顔ね)

 

(ホント、ルディって昔から単純)

 

それに気付いたルディはすぐさま2人にツッコミを入れる。

 

「……って、何笑ってんだよ!」

 

「別に~」

 

「ね~」

 

「お前ら……」

 

心の中を覗かれたように感じたルディは少し恥ずかしそうにしながら2人を睨みつつ、先日の出来事を思い出す。

 

(そういえば、学舎の帰りに良く2人で買い物行くって言ってたな)

 

以前、ラティナから学舎下校時の「お膳立て」を勘繰られた際、シルビアが咄嗟に言い放った「大体はお洋服とかアクセサリーとかのお買い物を良くしてるかな」という言葉はどうやら嘘偽りない話だったらしい。

 

「それで、何悩んでたのよ?どうせラティナのことなんでしょうけど」

 

「うっ…」

 

クロエが再びルディの心を読む。

 

「市場にいるってことはラティナにプレゼントでも渡そうと思ってるけど、何渡したらいいかわからないって感じかしら」

 

そしてシルビアはルディのその悩みをピンポイントに言い当てた。

 

「し、仕方ねえだろ……よくわかんねえし……」

 

その様子を見たクロエはやれやれと思いながらも、相談に乗ろうと彼に問いかける。

 

「全く…どういうのをプレゼントしたいわけ?」

 

「……なんかラティナが使えるやつ……置物とかだと邪魔だと思われるかもしれないし……」

 

「なるほどね……じゃあ私達とひと通り見てみる?」

 

「そうね、ルディがどれがいいのかもまだピンときてないんでしょ?」

 

「まあそうだけど……」

 

(確かにあいつらと一緒に見れば色々とわかるかもしれねえ…)

 

そう思ったルディは渋々ながらも三人でこの市場を回ることにした。

 

――――――――

 

途中二人から色々と提案されたものの、値段が高かったり、実用使いできるとは言い難いものがあったため、なかなか決まらなかったが、ある店の前で三人の足取りは止まる。

そこは女性向けの小物などを扱う雑貨屋であり、髪飾りなども扱っているようであった。

 

「ねえ、ここ良いんじゃない?」

 

「確かに良いかも…」

 

「おう……」

 

シルビアが提案し、クロエとルディも同意し、店の中に入っていく。

店の中は静かな雰囲気であり、やはり様々な小物が置かれている。

 

そしてルディが目をつけたのは髪飾りやリボンのところであった。

 

「……」

 

(ラティナならリボンとかでいつも髪まとめてるし……使うよな……)

 

と思い、色々な色のリボンを手に取る。

 

黄色、赤、緑など正統派もあれば、灰色、黒色などの暗めの色もあった。

 

(ラティナには……黒とかもありか……いやでも白も捨てがたいし……変化球で紫…?)

 

色々なリボンをしている彼女のことを想像し、かなり悩んでいる。

そして色々と悩み抜いた結果、白色のシンプルなリボンに決めた。

 

他の小物を見ていた二人が再び彼に話しかける。

 

「どう、決まったの?」

 

「あ、ああ!まあな!」

 

「どんな色なの?変な色とかじゃないよね?」

 

「べ、別にいいだろ!色なんて…」

 

「ふーん…白色ね…」

 

「な!?」

 

そんなこんなでやっとプレゼントが決まったルディなのであった。

 

――――――――

 

「……はあっ…」

 

プレゼントを買いに行った次の日の学舎

そこでルディは机に顔を沈めて悩んでいた。

 

どうやらプレゼントを買ったはいいものの、自然な渡し方が全く思いつかないようだ。

 

そんな彼にクロエは声をかける。

 

「まったく、さっさと渡したら?」

 

「う、うるせえ……なんでもいいだろ……」

 

「……まあ良いけど、あんた次第だからね」

 

そして、クロエは少し考えた後こう続けた。

 

「それより、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだけど…」

 

「相談?」

 

昨日のお礼も兼ねて、その相談に乗ることに決めたルディの前にクロエは黒い何かの塊を出した。

それはかつてラティナが自分で折る前についていた「角」そのものであった。

 

「これって……ラティナの…だよな?」

 

「うん、ラティナに貰ったやつ……あのまま捨てられるとかはあんまり良くないと思って頼んだら「良い」って」

 

ルディはその角をじっと見る。

当然ながら折れているところであるが、それ以外のところは殆どピカピカであった。

どうやらクロエが毎回磨いてたらしい。

 

「……で、こいつをどうするんだよ?」

 

「うん、最初は私だけのペンダントとして加工しようと思ったんだけど、思ったより固くて…」

 

「それで俺に頼もうって?」

 

「……と思ってたんだけど、よくよく考えてみれば私だけがつけるのもなんか独り占めしてるみたいで……だからこれを私達の分の6つに分けてペンダントにしてもらおうかな…って」

 

「6つに分けて?」

 

「うん!6人の友情の証……って言う感じの!」

 

「ふーん……まあ良いかもな…」

 

「でしょ!」

 

そんな時、シルビアも話に入ってきた。

 

「何話してるの?」

 

「あ、シルビア」

 

シルビアにもこの流れをひと通り話す。

そして少し考えた後、話し始める。

 

「いい案だけど……先にラティナの許可貰っておいたほうが良いんじゃない?」

 

「そうね、ラティナのものだったしね…」

 

「あ、ああ……」

 

ついうっかりしていたが、一応お願いして貰ったとは言え彼女の一部であった以上

許可を取らないと気分的にも少しよろしくない。

そこでラティナとついでにマルセルとアントニーも呼び寄せた。

 

そして──

 

「うん、良いよ?」

 

そのラティナはすぐにOKしてくれた。

 

そんな簡単にOKしていいのか?と一同は思うが、それもラティナらしいと思いあえて言わなかった。

 

「良いんじゃない?うん」

 

「世界で僕たちだけのペンダントだね!」

 

マルセルとアントニーも同意してくれたようだ。

 

「じゃあ俺が加工してくるから…良いよな?」

 

「うん、いいよ?」

 

ラティナが彼に笑顔で返事をした為か

ルディの顔は少し赤くなっており、ラティナはそのルディにはてなを浮かべ、回りの四人はやれやれと見ていたそうな。

 

――――――――

 

「さてと……」

 

家に帰り、親父に道具を借りると伝えた後、作業台の上にラティナの角を置く。

「さあ作業開始」という時なのだが、彼はすぐに作業を始めなかった。

 

(……やっぱり綺麗だよな、ラティナの角……)

 

かつて彼女につけられていた角はとても綺麗であり、ルディもその目でしっかり見たことがある。

だがある「事件」により彼女は絶望に突き落とされ、そして角を自分から折ってしまった。

 

なおその時はクロエとシルビアが率先的に行動し、彼自身は机を倒すなどの行動のみであった。

まあ彼にその時の行動を更に求めるのは酷であろう。

 

(別に俺は……って嫌なことを思い出しちまった……作業しよう…)

 

やっと作業を開始しようとするルディであるが、仮にも「ラティナ」の体の一部であったと改めて認識したためか、どこか意識してしまい

 

(えっと………これを……どう切るか……)

 

あまり悩まなくていいところを余計に悩んでしまい、結果

 

「……あ!」

 

少し切る大きさをミスってしまったのは言うまでもない。

 

――――――――

 

そして学舎が休みのまた別の日

 

鍛冶屋の工房には朝から作業台につくルディの姿があった。

 

「……さて、今日は形を整えねえと……」

 

形に誤差こそあってしまったが、なんとか六等分に出来たので今度は形をヤスリなどできれいに整えようとしていた。

 

そして集中している最中にある声が彼に掛かってくる。

 

「ルディ、何してるの?」

 

「ああ、いま形を……って!?」

 

ふとその声に気づいて振り向くと、そこにはなんとラティナがいたのだ。

当然ながらルディは驚いて思わずこう喋る。

 

「な、なんでラティナがここにいんだよ!」

 

「うん?ルディの作業見てみたいなって、ルディのお父さんに頼んだら通してくれたよ?」

 

(親父ィ!?)

 

その許可を出した張本人の親父はフッと少しだけ笑った後再び剣を磨いでいる。

確信犯であった。

 

「……」

 

「だめ…?」

 

「いや、だめじゃないけどっ……あんまり近づくなよ……その……集中できねえから…」

 

「うん!」

 

そしてラティナは後ろからじーっとその作業風景を見ているのだが、当の本人は見られていることに緊張しすぎて本来の数倍は時間をかけてしまったのは言うまでもない。

 

そしてその作業の休憩の時、姉や兄から色々と感付かれたのか、かなり茶化されたのも言うまでもない。

 

 




ペンダントのことは原作よりちっと変えました。


しかし彼も大分変わったなぁ……と再び認識する

次は土曜日投稿です。


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赤毛の少年と幼き少女の雪合戦

今回は原作での「閑話、雪の降ったある日。」をベースにしたものです。
でも当然ながら色々と変わっているのでご容赦を。


このクロイツは本来、雪が降ることは少ないのだが、ここ数年は大雪になることも多く、積もるということもないわけではない。

 

そして今回も秋から本格的に冬になった途端、クロイツは大雪になった。

大人たちはせっせと雪かきをする中、子供たちは雪のある意味鬱陶しさなんて気にせずに中央の広場で遊んでいた。

 

「~♪」

 

もちろんラティナも機嫌よく遊んでいた。

なおラティナの服装はピンクの毛糸の帽子と手袋、マフラーであり、雪の時では必須の服装である。

どうやら雪だるまを作っているらしい。

 

「やけに積もったなぁ……」

 

同じく雪用の帽子、手袋をしたルディも少し呟いた。

ルディはその雪の様子を眺めているが、この広い広場は殆ど真っ白であった。

前回の雪もそれなりに降ったが、今回はそれ以上であろうと思われる。

 

「……」

 

そして彼はいつの間にかラティナのほうに目線を向けていた。

 

(相変わらず雪好きだなぁラティナ……よく似合っているって…やつなのか……?)

 

ラティナは、はじめてクロイツに来た年の初雪でも、非常に大興奮だったらしい(ルディはジルヴェスターから聞いた)。

彼女の故郷は雪がほとんど降らない地域なのだという。

 

しかし、そのラティナ──白金の妖精姫とパラパラと降る雪は不思議とよく似合う。

 

それでルディも見惚れていたのは言うまでもない。

 

「?」

 

そしてラティナはその様子のルディにはてなを浮かべていた。

 

――――――――

 

その後、段々と広場に子供たちが集まり、自然と何かをやろうという流れとなった。

いろいろな意見が出たが、皆で遊ぶにはやはり「雪合戦」が1番ということになる。

ルールとしては簡単なもので広場の端には本陣として壁とフラッグが用意され、どちらかのチームが相手チームのフラッグを取ったら勝ちというものだ。

そして雪玉に当たったら失格である。

 

なおこの広場ではすでにあちらこちらに雪の壁のシェルターがあり、それに隠れながら敵本陣に進むという形だ。

 

 

「~♪」

 

(まさかのラティナと一緒か……これも「お膳立て」…?いや、偶然だろ……)

 

くじ引きの結果、いつもの面々のうちクロエ、マルセル、アントニーとは別のチームとなり、ルディはシルビアとラティナと一緒になった。

 

「じゃあ、ルディはラティナと一緒に本隊とは別行動ね」

 

「おう!」

 

「わかった。ラティナがんばる」

 

「二人きりにしてあげたんだから、わかってるわね」

 

「あ……あぁ」

 

リーダーとなったシルビアの指示を受け、ラティナとともに本隊とは別の別働隊として戦うこととなった。

 

ラティナと同じチームになったのは偶然のようだが、こちらは「お膳立て」のようだ。

 

――――――――

 

そして皆、一斉に準備を始める。

 

ラティナとルディはシェルターとなる雪壁の中で待機しながら雪玉を作っていた。

なおラティナのほうは機嫌よく鼻歌も混じりながら作っている。雪合戦はやってもやらなくてもいいスタンスをとっていたが、いざやるとなるとやはり気合が入ったようだ。

 

(………)

 

ラティナと一緒については別に悪くなく、むしろ本人にとっては良いものだが、やはり懸念事項があるようで──

 

(絶対あいつらラティナを狙ってくるだろ……はぁっ……)

 

彼女はこの子供たちの中でも小柄であり、言うまでもなく可愛いのだが

それゆえに男の子たちからは狙われやすい。

 

だから、シルビアもラティナを守れと意味を込めて、ルディとラティナを別働隊にしたのだろう。

 

可愛い子にはいじわるをしたくなる……

 

それは少し前の「自分」を思い出せば明白であった。

 

(今の考えるのもアレだけど前の俺って……)

 

もちろんその行いには後悔しており、今ではそれなりにアタックしていくルディなのだが、ラティナの鈍感さも相まって上手く行ってるとは言えないのは言うまでもない。

 

「はぁ……」

 

「どうしたのルディ?」

 

「いや……もうそろそろかな」

 

とりあえず悩むのを止め、審判の笛が鳴るのを待つ頃にするルディであった。

 

――――――――

 

一方のその広場の周りでは、子供達の雪合戦を見守る大人たちが集まりつつ会った。

そしてその大人達に「彼」も言うまでもなく混じっていた。

 

「ほうほう、雪合戦かぁ……懐かしいなぁ」

 

もはやクロイツの名物になりそうな親バカことデイルである。

我が娘が雪合戦に参戦すると聞きつけてやってきたのである。

 

(他のやつから聞く限り、ラティナ達のチームはこっちか……)

 

その方を見ると、ピンク色の毛糸の帽子がチラホラ見えた。

もちろんデイルはそれが一瞬でラティナとわかる。

 

「はぁ……帽子が少しはみ出てかわいいなぁ……」

 

「お前なんでも可愛いって言うよな…」

 

「うるせえ!かわいいものはかわいいんだよ!」

 

「相変わらずブレないな、デイルの旦那は……」

 

他の見物客も相変わらずの親バカっぷりに色々と呆れている。

 

(同じチームのやつら、ラティナを守れよ……そしてラティナも頑張れ!)

 

「……!!」

 

(な、なんだこの寒気……集中しねえと……ラティナを守らないと……!)

 

「?」

 

その保護者の思いにルディが無意識ながらも反応していたそうな。

 

――――――――

 

そしてその数分後、開始の笛が鳴り、子供たちは一斉に動き始めた。

それはもちろんルディとラティナも例外ではなく、早速投げ始めている。

 

「ちっ……やっぱりこっちか」

 

察知したのか配置を読まれたかは定かではないが、やはりこちらを狙う雪玉は少し多い。

 

「ルディ、どうする?」

 

「………うーむ…」

 

(この感じだと逆に打って出させようとするやつか……)

 

 

ルディがラティナを見ながらもそう考えているとあることが思いついた。

 

「……そういえばラティナって魔法使えるんだよな?」

 

「うん、ラティナ使えるよ?」

 

「じゃあ……」

 

――――――――

 

「なかなか出てこねえな……」

 

「一回休憩したら?雪玉なくなっちゃったし」

 

一方そのラティナを狙ってた相手チームの子供たちは流石に雪投げに疲れたのか、少し手を休めている。

そんな中、好機と見たルディは雪壁の横から飛び出した。

 

「おい、こっちだ!」

 

「あいつは!」

 

そしてその注意がルディに向いた後──

 

「ラティナ、今だ!」

 

「!?」

 

合図した瞬間、ラティナは詠唱した魔法を解き放ち、相手の雪壁を崩した。

ルディの提案によりラティナは雪の層の下に魔法の壁を展開し、それを一気に発動させ、雪を崩れさせたのだ。

何かに例えるならちゃぶ台返しに近いといえる。

 

「ま、魔法かよ!?」

 

そしてその小さい雪崩により、四人ほど埋まってしまった。

 

「よし、上手く言った!」

 

「うん!」

 

少し安心した二人だが、まだまだ雪合戦中であり、今度は別方向から雪玉が飛んでくる。

 

その雪玉はルディに当たりかけるが、なんとかそれを避ける。

 

「うわっ!?」

 

「まだまだだよ、二人共!」

 

「げ、アントニーかよ!」

 

アントニーが別の少し離れたところから雪玉を投げてきた。

どうやらこのことを想定していたらしい。

少し離れているのにギリギリ当たりそうな辺り、彼のフォームもそれなりのものらしい。

 

「くっ、一旦離れるぞラティナ!」

 

「う、うん!」

 

そしてルディはラティナの手をとっさに握り──

 

「!」

 

味方が居る方向のシェルターにとりあえず退避したのであった。

 

――――――――

 

「はぁはぁ……はぁ……なんとか……勝ったな……」

 

「う、うん……ラティナ達……勝ったね……」

 

かなりの激戦となった雪合戦は、ルディとラティナ達のシルビアチームが勝った。

ラティナ、ルディの二人が雪の壁を崩しつつ、シルビアの冷静な指示もあってか、なんとかフラッグを取ることができたのだ。

もっともクロエ達の勢いも凄まじく、最終的には双方とも10人くらいしか残っていなかったとか。

 

「あ、デイル来たからいかないと……」

 

「ああ、そっか……」

 

疲れて何も考えられないルディは大の字で雪に埋まりながら、ラティナを見送る。

 

「はぁはぁ……」

 

(俺…ラティナのこと守れたんだよな……)

 

以前の雪の日、自分の非力さに嘆いた彼は今度こそ彼女を守ることが出来たようだ。

 

そしてデイルは雪だらけのラティナを出迎える。

 

「ラティナ!勝ったんだってな!!」

 

「うん!ラティナ勝ったよ!」

 

「良かったなぁ!最後までラティナは失格にならなかったようだしな!」

 

「……うん!ラティナ、頑張ったよ!」

 

少しだけ言葉が詰まったが、ラティナはいつもどおりの表情で答えている。

どうやらルディのことを言おうとしたがリタから口止めされているのを思い出し、踏みとどまったようだ。

 

「そうか……やっぱラティナは最高だ……!よし、虎猫亭に帰ったら祝賀会だ!飲むぞぉ!」

 

「う、うん!」

 

そしてデイルとともにラティナは虎猫亭に戻っていくのだが、彼女はルディに握られた左手を確認する。

 

(やっぱり……手袋越しなのに……ラティナ、おかしくなったかな……)

 

どこか暖かさを感じた彼の手

前は彼の家のことで暖かいのだと考えたのが、今回はそう考えてもどこかモヤモヤが立ち込めていた。

 

そしてラティナは──

 

「ルディ……?」

 

デイルに気づかれないほど小さな声で彼の名を呟いたのであった。

 

 

 




その暖かさの真の意味を彼女が気づく時はいつか?
それはまだ先のお話……。



次回よりようやく旅のお話に入れます…が
暫く書き溜め作業に入るため、投稿がかなり遅れます。


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赤毛の少年、旅に驚く

というわけで投稿再開です。
ギリ一ヶ月経ってない……はず。




雪の季節はあっという間に過ぎ、季節は春の足音を感じさせるようになった。

 

クロイツは相変わらず平和である中、その虎猫亭でデイルは装備を更新するため行く旅のことをラティナに話し始める。

 

「本当はラティナが学舎を出るのを待とうかと思ってたんだけどな……コートも直さないといけないし子供が生まれた後だと子育てやらでケニス達がもっと大変になるだろうし……少し長い旅になるけど一緒に行くか?それとも留守番しているか?」

 

この旅は本来は学舎に出た後の予定だったが、冬の時に判明したリタの妊娠により予定が繰り上がったということらしい。

仮に学舎卒業後に旅に出ることになるとその不在時にリタが出産し、子育てと酒場経営などで猫の手も借りたいほどになりかねない。

ラティナも労働力である以上、これは避けたいとデイルは思ったのだ。

 

「………ラティナ、一緒に行っていいの?」

 

「ラティナが嫌なら無理強いはしねぇ……どうする?」

 

「……」

 

ラティナは少し顔を暗くして、悩むような表情となる。

その表情にやはり気になったデイルは続けてこう話す。

 

「どうしたラティナ?やっぱり嫌か?」

 

「ううん。ラティナ、デイルと一緒の旅に行きたいけど……」

 

「行きたいけど?」

 

「……クロエ達に相談していい?ラティナ、よくわかんない…」

 

「おういいぞ、ラティナの好きなようにな」

 

(……うっかりしてたがラティナには俺が聞く限りでも友達は結構いるからな……その子達から離れるとなるとやっぱり寂しいよな……うんうん……ただ悩んでるラティナもかわいいなぁ)

 

ラティナのことを察しながらも親バカを炸裂させているデイルであった。

 

――――――――

 

次の日の学舎にて

 

「へー、ラティナ旅に行くんだ」

 

「旅かぁ……いいなぁ……」

 

「行っていいのかな……少し離れちゃうけど…」

 

ラティナの暗い表情に対し、クロエとシルビアはこう答える。

 

「うん、行ってきなよ、ラティナ」

 

「そうよ、旅なんてそう簡単に行けるものじゃないわ!」

 

「そう……そうだよね、うん。ラティナ、行くよ」

 

ここでやっと旅に行くことを決意したラティナである。

そんな時、教室にルディが入ってきた。

 

「ふああああっ……眠い……」

 

どうやら寝不足らしく、大きなアクビをしていた。

その様子を見ていたクロエはラティナをコンコンと軽くつつく。

 

「どうしたのクロエ?」

 

「ラティナ、あいつにも伝えたほうが良いんじゃない?」

 

「うん、そうだね」

 

そしてラティナはルディに近づいた。

 

「ん?な、なんだよ……」

 

ルディはラティナが急に近づいてきたので少し驚いて、顔を赤くしながらもなんとか平然と対応しようとする。

 

「あのね。ラティナ、旅に出るの」

 

「ふー………へ?」

 

ラティナのその言葉に一瞬スルーしかけたが、瞬時に気づき、思わず彼女の肩を握った。

 

「旅って…ラティナどっか行っちゃうのか!?なんでだよ!なんでこんな急に!」

 

「ふぇっ!?ど、どうしたの……」

 

「だって、だって!」

 

そのルディの早とちりの反応にラティナは思わず驚き、慌てている。

そしてその様子の二人にやれやれと思ったクロエは近づき、ルディの頭を軽く叩いた。

 

「ってぇ!」

 

「全く……ラティナ、きちんと話してあげて」

 

「あ、うん……ルディ。ラティナ、デイルと一緒にデイルの故郷行ってくるの。ちょっと遠いけど夏が終わる前には……帰ってくるんだよ?」

 

「……な、なんだよ…戻ってくるのかよ……」

 

「う、うん……もどってくるよ……?だから、大丈夫だよ…?」

 

「そ、そうかよ……って!」

 

今自分がしている行動(ラティナの肩を掴む)に気づき、思わずラティナからさっと離れた。

 

「い、いや…そうならいい……行ってこいよ……うん…」

 

そしてルディは顔を机に埋めて黙ってしまった。

どうやらその顔は恥ずかしくて沸騰寸前であったようだ。

 

「全く、ルディは話を聞かないんだから……」

 

「う、うん……」

 

クロエがルディに呆れている中、ラティナは先程肩を掴まれたことで「ドキドキ」しているのに気づいた。

 

(うーん……やっぱり、ラティナ……へん……あ、そうだ)

 

自分の感情は一旦置いてラティナは一つとある事を思いついた。

ルディに再び近づき声をかける。

 

「ルディ。ラティナ、頼みたいことがあるの」

 

「……な、なんだよ」

 

顔を机に埋めながらも、ルディはラティナの話を聞きはじめる。

 

「あのね、ラティナね、旅の時に使えるナイフが欲しいの。だから…」

 

「……わかった。親父に頼めば良いんだろ……」

 

「うん」

 

「…………わかったから……ちょっと一人にしてくれ……」

 

「う、うん………わかった」

 

――――――――

 

学舎から帰って来たルディはラティナへ贈るナイフの話を父に話した。

 

父が殆どやってくれたのだが、仕上げはお前がやれと言われた為、ルディは今、作業台にいるのだが……

 

「………」

 

ナイフを研ごうとする前に何やらラティナのことを考え始めているようだ。

 

(……旅って……夏前には帰ってくるとか言ってたけど……大丈夫……そう長くはないし……夏までなんてあっという間だ)

 

自分を納得させようとしているものの、やはり彼の中では疑念が大きくなっているようで、作業に手を付かずずっと考えっぱなしだ。

 

(大丈夫……大丈夫だよな……?……もしラティナが他の男に……ってそれは保護者が許さねえか……でも……)

 

結果、父親に気付かれるまでこの思考が止まらなかったのは言うまでもない。

 

――――――

 

そして日が立つのも速いことで、いつの間にかラティナが旅立つ前日になってしまった。

あの時のリボンも渡せずにため息を付いているルディであるが、そんな時にクロエが皆を集めた。

そして皆に手渡されたものは、ラティナの角のネックレスであった。

 

「うん、綺麗だね!」

 

「へぇ……これが角の……」

 

マルセルとアントニーはその角のネックレスを興味深く見ているようだ。

 

「俺が削ったり色々とやったんだぞ?」

 

「これは世界でもこの6つしかないからね」

 

「ラティナも持って良いのかな…?」

 

「うん!ってか元々ラティナのだし」

 

と皆が改めて友情を感じているが、ルディだけは少し引っかかったようで、クロエに耳打ちをする。

 

「なあ、俺のやつだけ少し大きくねえか……?」

 

「え?わざとそうしたんじゃないの?」

 

「いやいや、たまたま切り方を誤っただけで別にこれはクロエのほうが……」

 

「でも良いじゃない、これはルディが1番頑張ったわけだし」

 

「あのな……!」

 

色々としっくり来ないルディだが、クロエに押され、仕方なくそれをかけることにした。

 

――――――

 

「……」

 

(で、また「お膳立て」かよ!?)

 

「?」

 

というわけでまたまた二人っきりで帰ることになったルディとラティナである。

最近はラティナに感付かれそうになった為、お膳立ての頻度を減らしていた。

久しぶりの「お膳立て」と言えよう。

 

「どうしたの?ルディ」

 

「いや……」

 

(くっ、なんか話すことは……!)

 

「あ!」

 

ルディはなんとか話せることを考えると、あることを思い出し、鞄の中からその物を取り出した。

 

「どうしたの?ルディ」

 

「いや、前に頼まれたナイフと……その……ついでにリボンだ!」

 

そして彼はナイフとプレゼントとして買ったリボンを彼女に差し出す。

 

「へー……どうしてリボンも?」

 

「あ、いや……小遣いが余ってたからたまたま……に、似合ってると思ったし……それで!!」

 

あまり上手い答えではないが、ラティナは納得してるようで

 

「ありがとう、ルディ!大事にするね!」

 

そしてそのナイフとリボンを鞄にしまった。

 

(……俺が悩んでたこの数ヶ月ってなんだったんだろうな)

 

渡すのは簡単なのに、暫くそれで悩んでいた彼にとっては

こうも特に何も思われずに受け取られると少しずっこけそうになった。

まあラティナらしいと彼は思ったのだが

 

「お、おう……」

 

そうこうしている内に虎猫亭の前まで来た二人

 

「じゃ、じゃあ……気をつけてな!」

 

「うん!行ってくる!」

 

「い、いってら………!」

 

そんなやり取りをしてルディは自分の家の方へ戻っていくのだが

 

(……これって……男女逆の……夫婦か!?)

 

このやり取りで余計にルディが混乱したのは言うまでもない。

 

 




暫く離れ離れな二人です。

ここから輪にかけて細かく細かく色々と変わっていきます。


暫くは2日に一回投稿でお送りします。


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赤毛の少年と幼き少女、別地でもお互いを想う

今回は二人の想いが中心です。


「はぁ……」

 

ラティナが旅立ち、数日が経過した。

クロイツは特に変わっては居ないが、ルディの心の中にはやはり寂しさが生まれていた。

 

「おい、兄ちゃん、そんなため息ついてないで持ってきてくれ。気持ちはわかるが」

 

「わ、わかってるよ!」

 

今、ルディは人手が足りなくなった虎猫亭の手伝いをしている。

常連の声により現実に引き戻されて、我に返ったルディは再びせっせと働き始めた。

そんな彼の様子を見てリタはケニスにこう話しかける。

 

「彼が来てくれたのは良いし、助かってるけど……やっぱりラティナが居ないと花がないわね……」

 

「そうだな、ルディも元気がないしな……常連達も夏前まで持つと良いんだが」

 

その一部の常連達も覇気がなく、どこかやつれていた。

 

「ああ……嬢ちゃんと会えねえのが……」

 

「やっぱ保護者から引き離したほうが……いやいや…そういうわけにもいかんが…」

 

「相手がどこに居ても即座に会話とか出来る魔法とかねえの?」

 

「あるわけねえだろ……そんなのあったら今すぐ修行する……」

 

「全く……ちゃんと依頼はしてきなさいよ!」

 

「「「はーい……」」」

 

リタの声がけにも覇気なく返す客達であった。

 

そしてルディは首にかけた角のペンダントを見て彼女のことを気にしていた。

どんな旅をしているのだろう?

どんな風景を見ているのだろう?

傷や怪我などはおっていないだろうか?

今、想い人は一体どんなことをしているのだろうかとそんな不安と興味で彼の心の中は入り乱れていた。

 

「………はぁ」

 

(ラティナ、今何してんだろ……)

 

 

――――――

 

「~♪」

 

一方のラティナは鼻歌を歌いながらデイルとともに街道を直進していた。

ルディから貰った白いリボンで髪を結んで、彼が加工した角のネックレスを首にかけている。

 

「ラティナ、そろそろ港町クヴァレだぞ」

 

「港町!海があるんだよね?」

 

「ああ、その丘から見えるぞ」

 

「ほんと!?」

 

どうやらもうそろそろ港町に付くようである。

ラティナは初めて見る海に大喜びで歓声を上げた。

 

「海だぁーっ!デイル、デイルっ!海、海っ!行っても良いっ!?」

 

「落ち着けってラティナ。まだ港町まで距離あるし、宿を取って荷物も降ろさなきゃいけないだろ?」

 

苦笑しながらデイルはラティナにもう一匹の()()()を指し示す。

 

「それに(こいつ)も休ませてやらないといけないしな」

 

「そうだった……ごめんね」

 

ラティナはそう言いながら、馬の鼻先を撫でる。

 

そしてデイルはラティナが身につけているものについて少し気になり、声をかける。

 

「そういや思ったが、そのリボンとペンダントって……」

 

「あ、うん!リボンは友達に貰って、これはラティナの角を皆で分けて「友情の証」?にしたの!」

 

「へー……」

 

(角をそうしてもいいのか……いやラティナが良いなら良いんだけどな………しかし、愛されてるなぁラティナ……かわいいなぁ……さっきの海にはしゃぐラティナももちろんかわいかったし……うんうん……)

 

またまた親バカを炸裂させているデイルである。

 

一方のラティナはそのペンダントを見ていると、やはり「モヤモヤ」が彼女の中に渦巻いてくるようで……

 

(……これ、ルディが削ったんだよね……うーん……ルディ……今どうしてるかな?…………って、あれ?ラティナ……最近ルディのことばかり考えてる……?)

 

旅の道中、どうやら所々で彼のことを無意識に思い出していたようでラティナはそのことを不思議に思っていた。

 

(うーん……クロイツから遠くなったからかな……。それより海っ!!)

 

ただ、その理由に気付けるはずもなく、気のせいと思いつつ、ラティナは無理矢理、頭の中をルディから初めて見る海へと切り替え、港町への道を進んでいくのであった。

 

――――――

 

港町クヴァレについた二人は、色々と観光を楽しんだ。

そしてあるレストランで見た女性がつけていた「腕輪」のことも気になりつつも、二人は宿屋へ戻ってきた。

空はとっくに暗くなり、子供は寝る時間になりつつある。

 

「ラティナ、まだ寝ないのか?ふあああっ……」

 

そんな中、ラティナは部屋の机に向かって、色々と書いているようでまだ起きているようだ。

デイルも心配して眠そうになりながらも声をかけたが、ラティナはこう答える

 

「うん、まだ日記書けてないから……書けたら寝るよ?」

 

「そっか……あんまり遅くならないように……な……」

 

そう言うとデイルは寝息をたてて、すぐにぐっすりと眠ってしまった。

 

そしてラティナは日記を書いているのだが──

 

「うーん…今日は……」

 

ラティナは日記に今日の出来事やらを書き出していっている。

この港町ではクロイツとは違う目新しいものが色々と見えたわけで、当然ながらそれを残していたいというのだが、ここでもどうやら「彼」がちらついているようで……

 

(……ルディは何してるんだろう………鍛冶屋で刀を研いでるのかな……虎猫亭で手伝いをしているのかな……?)

 

どうにも彼のことが頭から離れない。

港町の観光は楽しかったが、その間でもルディの事は頭の片隅から消えていなかった。

今までもこの事はあるにはあったが、その時以上であった。

 

「あ……手紙も書かないと……」

 

日記を書き終えたラティナは次に友達への手紙を書くこともしようとするが

ただでさえ書くことが多すぎるゆえ、彼へのモヤモヤが色々と邪魔をしてうまくかけないようだ。

 

「ど、どうしよう……」

 

(ラティナ……やっぱりへん……?うーん……)

 

リタからも言われている通り、デイルに彼のことを話せば何かしら良くないことが起きるとラティナは薄々わかっていた。

そのためラティナはデイルへこの悩みを話していない。

だがそれゆえにリタも居ないこの状況ではただただモヤモヤが詰まっていくばかりであった。

 

「ねたら……なおるかな……」

 

そう思い、手紙を書くのを切り上げて、火を消して、ベッドの中に入っていった。

 

「……る…でぃ………」

 

――――――

 

そして数日後

 

「………」

 

レストランで見た女性グラロスからつけていた「腕輪」のことや魔人族のことを聞いた後、クヴァレから旅立ち、デイルの故郷方面に歩き始めた二人だが、ラティナはここ暫く考えすぎていたのか、あまり元気はない

 

「ラティナ、やっぱ少し疲れたか?」

 

「あ、ううん!なんでもないよ?ぜんぜんへいきだよ!」

 

もちろんデイルの前では元気に振る舞ってはいるが、彼女の心の中のモヤモヤはこの旅に出てからの数日で溜まりに溜まって満杯になっている。

 

いつ決壊してもおかしくない状況だが、その「モヤモヤ」の理由自体を彼女はまだ理解していないがゆえ、決壊はしていない。

しかし、それはラティナにとってはあまり良い気持ちではなかった。

 

「……」

 

(ルディ………)

 

そして、彼女は再び彼の名前を心の中で呟いた。

 

 

 




おや?ラティナの様子が………

原作と同じになりそうなところはチョイチョイ飛ばしていきます。
ただそれでも彼女の感じは大分変わってます。


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幼き少女、自覚する

ついに……です


ラティナとデイルが旅に出て数日が経った。

 

港町クヴァレを出た二人はデイルの親戚であるヨーゼフがいる獣人族の村へと立ち寄って、

その獣人族の村でラティナはヨーゼフの娘であるマーヤちゃんと会って仲良くなり、最後別れる時は少し騒動になったが、特に難はなく通過した。

 

その後、デイルの故郷であるティスロウに近づくや否や、デイルの家族が仕掛けた凄まじい罠が待ち受けていた。

もちろんそれを突破して、デイルとラティナは村へ入った。

 

そしてデイルの弟であるヨルクの結婚式などのイベントもありつつ、暫くデイルとともにティスロウに滞在するラティナであるが──

 

「………」

 

デイルが狩りの手伝いで森の方に出払っている中、ラティナは少し雲がかかっている空を見ていた。

その目はどこか淋しげな印象を受ける。

 

ラティナにとっては珍しいものだらけなティスロウへ来たことにより一旦はルディへのモヤモヤは軽減されたものの。それに慣れ、なにもない日が続くとモヤモヤがどんどん大きくなっていたのだ。

 

「はぁ………ルディ……」

 

(どうしてだろう………なんでだろう……?)

 

「はぁ……」

 

そしてラティナが二度目のため息をつくと、ある声が聞こえた。

 

「ラティナちゃん、ため息をつくと幸せが逃げるぞぉ?」

 

「ふぇっ!?」

 

ラティナがそう振り返ると居たのは、デイルの祖母であるヴェン婆ことヴェンデルガルトである。

まあこの本名で呼ぶ人はこのティスロウにはほとんどいないのだが……

 

「どうしたんだい?ラティナちゃん、またあのバカ孫がヘマでもやらかしたのか?」

 

「ううん、そうじゃないよ。ラティナは……」

 

「……そうだが、何か悩みがあるようだねぇ……」

 

「……」

 

やはり老人の勘は鋭く、ラティナを狙い撃つ。

 

「その様子だとあのバカ孫にも言えないことか?ラティナちゃんがよければ俺が相談に乗ってやる。もちろんあのバカ孫には秘密だ」

 

「…………」

 

確かにデイルには全く言えないことであり、そしてこれから先ずっとこれを我慢し続けるのは彼女にとっては苦しい。

 

ラティナは意を決して、その事について話し始めた。

 

「あのね、ラティナね……」

 

――――――

 

ラティナはそのモヤモヤに関係ある事柄全てをヴェン婆に話した。

とにかくとにかく喋り、全てを吐き出した後、ラティナはそわそわしながらも黙った。

そしてヴェン婆は少し考える仕草をした後、少し驚いた表情でこう話し始める。

 

「ふっ……ラティナちゃん、甘酸っぱいなぁ……」

 

「甘酸っぱい……?」

 

「おや、最近の子供は知らんのか、「初恋とキスはレモンの味」って」

 

「???」

 

ラティナの頭にはもちろんはてなが浮かんでいた。

甘酸っぱいと言われてもラティナにはいまいちわからなかったようだ。

 

「まあともかくだ……そのラティナちゃんのモヤモヤは間違いなく恋というやつだ」

 

「………こ……い?」

 

ラティナはその発言に対して、最初は反応が薄かった。

だが次第にその知識が掘り起こされると、段々とラティナの顔が赤くなり──

 

「こ、こ、恋!?」

 

一気に沸騰してしまった。

 

ラティナ自身は鈍感であるが、決して恋について知らないわけではない。

多少の例外はあるが基本は男女間での特別な感情のことであるのは言うまでもない。

ただ彼を友達としてしか思っていなかったはずなのに……ということで驚いているのも結構あった。

 

「ラティナが……ルディに……?」

 

「そうだ、間違いねえ。俺も昔は情熱的な恋をしたもんさ。しかし、最近の童子は進んどる」

 

「…………」

 

そのヴェン婆の言い当てには不思議と反論はでなかった。

むしろ心のモヤモヤが急激に開かれたようで、少しすっきりした。

 

(だからあの時の……手……好きってことだったんだ……)

 

引っかかっていた出来事を思い出し、気持ちに整理が段々とつけられてきたが、当然ながらルディのことも思い出すためか──

 

「………!」

 

色々と彼への思いが吹き出してきたためか、更に顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。

 

「お、おばあちゃん!」

 

「ん?」

 

「あの……どうすれば……いいの…?」

 

「そうだなぁ……とにかくアタックしていくのが1番良いだろ。男連中は大体が鈍感だからなぁ」

 

「あ、あたっく……」

 

つまり一押し二押しということらしい。

 

「俺がじいさんを落とすのにもかなり手こずったもんでなぁ……どれだけ手間がかかったか……」

 

「………」

 

その後暫く続いたヴェン婆の指南のようななにかだが、ラティナはそれをあまり理解できなかった。ただし、覚えはしたようだ。

 

(しかし……このラティナちゃんを落とすほどの男の子か………少なくともうちのバカ孫よりは進んどる…あのバカ孫も身を固めて欲しいもんだが……)

 

ヴェン婆は一通り話した後、キセルに火をつけながらも、ラティナ経由で間接的に知ったその「彼」と「バカ孫」について考えているのであった。

 

――――――

 

「へーくしょん!!」

 

一方のクロイツでは大きなくしゃみをするルディの姿があった。

どうやらアントニーとマルセルとともに学舎より一緒に帰っているようだ。

 

「くそ…風邪引いたか……?」

 

「急にくしゃみをする時って噂されてる時ってよく言うよね」

 

「アントニー、たしかによく言うけど…」

 

「もしかしてラティナが噂してるとか?」

 

マルセルのその言葉にルディは少しだけ顔を赤くする。

 

「ん、んなわけねえだろ……今頃旅の所でなんか楽しんでんだろ……」

 

「そうだね、手紙でも元気そうだったし」

 

「…………」

 

ラティナは文の様子を見る限りでは元気なようで、ルディ的には安心だが、自分の寂しさが埋まるわけでもなく、微妙な気持ちになっていた。

そんな様子のルディにアントニーは声をかける。

 

「やっぱりラティナが気になるんだね、ルディ」

 

「べ、別に……」

 

「ふーん……もしかしたら旅の間にすっごくキレイになって帰ってくるかもしれないね」

 

「元々綺麗でかわいいっての……!」

 

「ほら」

 

「……!」

 

これまたアントニーに一本取られたようで、ルディの顔は真っ赤になってしまった。

 

「ほ、ほっとけ!」

 

「はいはい」

 

「ははは……」

 

こんなやり取りがありながらも、いつもの3人は家の方へ帰っていくのであった。

 

 




ヴェン婆のセリフは難しかった………

段々と二人がなんか似てきている感じがする



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幼き少女、赤毛の少年を避けてしまう

今回はリタとケニスの過去話も少し織り込みつつ………です

やはりラティナは……天使だ



初夏を過ぎ季節が夏へと変わった頃

 

ラティナはクロイツに帰還し、「彼」のことを気に留めながらもいつもの日常に戻った。

少し様子が変わったこともあり、そして「ルディ」へ用意したお土産だけ何か違うことからケニスとリタからは察しられ、常連達も少しニヤついていたが、それ以外は特に変わらなかったそうな。

 

そして今日は旅から帰ってきてから初めての学舎の日である。

 

「ラティナ、おかえり!」

 

「うん!ただいまクロエ!」

 

「久しぶりーラティナ!」

 

「シルビアも!ただいま!」

 

まずは親しい二人に挨拶するラティナ。

変わっていない親友の様子に安心しているようだ。

 

「クロイツはいつも通りだったからね……それより旅の話聞かせて!クロエに聞いてだいたい移動したルートはわかったんだけど装備とか!食料とかはどのくらい揃えて行ったの!?」

 

「え?え?」

 

「やっぱり魔獣ってたくさん出た!?それに盗賊は!?」

 

「い、いっぺんには難しいよ……」

 

グイグイ来るシルビアにラティナはたじたじになってしまった。

緑の神(アクダル)の加護を持つシルビアは旅について興味が出ることが多い為、こうなってしまうのは致し方ない。

 

そしてクロエがシルビアを抑えながらもラティナは旅のことを順を追って噛み砕いて説明していく。

途中ラティナが察知してデイルが盗賊を退治した話の後、シルビアはこう話し始めた。

 

「盗賊に遭遇するなんて!旅の醍醐味よね~」

 

「だ、だいごみ……?」

 

「何言ってるのよ……」

 

もちろんその様子のシルビアにクロエとラティナは色々と苦笑いをしていた。

 

(………ルディは……まだかな……)

 

そう思いながらもラティナは二人に貝細工の小物入れのお土産を渡し、途中で登校してきたアントニーとマルセルにもお土産を渡す。

アントニーには貝殻が回りについている筆立て。マルセルにはクヴァレ名産のお菓子であった。

ラティナはラティナなりに友達のことをよく見ているためか、やはり各自に合うお土産を買ってきたらしい。

 

「ありがとう、ラティナ。僕たちにもお土産くれて」

 

「うん!すっごく良いよ!」

 

当然ながらアントニーとマルセルは喜んでいた。

だが同時にルディのことも思っていたようで、マルセルはアントニーに耳打ちをする。

 

(うーん……ルディはまだなのかな?)

 

(昨日会った時は別に普通だったから……多分寝坊かな?)

 

そう二人が思っていると──

 

「ふああああああっ……」

 

(またギリギリになっちまった……あぶねえあぶねえ)

 

大きなアクビをしながらも教室に入ってくるルディの姿があった。

 

「!」

 

その姿を見てラティナはドキッと反応する。

 

(る、ルディ……えっと……おみやげ渡さないと……!)

 

そしてラティナはその大あくびをしているルディにおみやげを持って近づいた。

 

「る、ルディ!」

 

「ん?…なっ!?」

 

(って、ラティナ帰ってきてたのかよ!?)

 

一方のルディはそう思いながらも平然を装っている。

毎回毎回でバレバレなはずだがラティナには気にされない辺り、彼女相手では一応上手く行っているらしい。

 

「な、なんだよ?」

 

「あ、え……あ……お、おみやげだよ!」

 

「お土産?」

 

「う、うん!じゃあっ…!」

 

そしてラティナは包まれた紙袋をルディに渡したあと、逃げるようにして自分の席に戻っていった。

いつもはむしろ礼儀が良いラティナであるが、なぜか今回は言葉足らずでまるで避けているかのようにも見える行動を取っていた。

はっきりいっていつものラティナから見れば異常なことであった

 

「……」

 

(な、なんなんだよ……?)

 

当然ながらルディ本人は頭にはてなを浮かべている。

唐突にお土産を渡されて、言葉らしい言葉を交わせずに逃げられたのだ。

浮かばないほうが変である。

何かあったのか?聞こうとしたルディであったが、直後に先生が来たことも有り、すぐに座った。

 

「………」

 

(ラティナ、変…………ルディのこと……みれない……?)

 

もちろん当のラティナ本人も先程の行動が変だと気づいていた。

恋を自覚し、彼のことを意識してしまった為か、今まで何とも思わなかった彼に関わる事へのハードルが急に高くなってしまったのだ。

そして更にその想いがかなり強いため、そのまま彼を見ることすらも恥ずかしく感じてしまったのだ。

 

(恋……って……こういうこと……?)

 

本人を目の前にして、改めて自分が恋したことを認識したのであった。

 

(ど、どうしよう……)

 

ラティナが悩む一方。ルディは先生の目を盗んで、ラティナから渡されたお土産の中身をこっそりと見た。

中身は綺麗な貝殻のペンダントであった。

それは少し土もついており、どうやらお店で買ったものではなくラティナが拾ったもののようであった。

気になったルディは隣とマルセルとアントニーに小声で話しかける。

 

「なあ、ラティナからの土産は何貰ったんだ?」

 

「あーうん、僕は港町のお菓子」

 

「僕は貝殻の筆立て…これだよ。あとクロエとシルビアは貝細工の小物入れだったと思う」

 

「……そっか」

 

(……なんで俺だけ売り物じゃない貝殻の……ラティナも様子おかしかったし………俺、なんかしたか……?)

 

これによりルディの中のはてなは更に拡大していた。

自分の非があったのか、旅の途中でなにかあったのか

それが気になっているようであった。

 

(まぁ、後で聞けばいいか……)

 

この時のルディは知るはずもなかった……

 

何故か彼女に避けられるこの状態が数週間に渡って続いてしまう事に……

 

――――――

 

「………はぁ……」

 

ラティナはいつもの皆のランチを断って、逃げるようにして虎猫亭へ帰ってきた。

 

(……リタに相談したら直る……かな……)

 

そう思いながらも、虎猫亭の中に入っていくと

 

「まさかここに投宿する気か!?」

 

「私には私の都合があるのよ」

 

「宿なら他にも!」

 

デイルの大きな声とある女性の声が聞こえてきた。

 

「?」

 

(デイルと……女の人?)

 

「ああ、ラティナ。おかえりなさい」

 

言い合い(というか声を張り上げているのはデイルだけだが)を遮るようにリタがラティナに声をかける。

 

「ああ、ラティナおかえり!」

 

続いて保護者が反応する。瞬時にいつもの声に変えれる辺り流石と言えよう。

 

「あら、この子が「魔法使いさん」ね……小さくて可愛い子ね……」

 

「……誰?」

 

ラティナは目の前の謎の美女を怪しいと思いながら、首を傾げていた。

初対面の人にでも挨拶する愛を振りまく天使であるラティナにしてはかなり珍しいことであった。

そしてそのような感じのラティナをクスクスと少し笑う彼女はこう話した。

 

「あら、はじめまして小さな可愛い魔法使いさん。私はヘルミネ……デイルとは昔色々とあったけど今は一応彼の顔を立てて「仕事仲間」ってことにしておくわ」

 

「仕事…ってお前な!」

 

デイルは横から頭を抱えそうになりながらも突っ込んでいた。

どうやらデイルとヘルミネの間には生半可ではないことが色々とあったらしい。

 

「………ラティナ、ちいさくないもん」

 

ラティナは不機嫌そうに頬を膨らませた。

ヘルミネは異性である男性から見れば魅力的な女性であるが、同性である女性からは反発を喰らいやすいという人物のようであり、いろいろな人と接して慣れたリタにとっては大丈夫であったが、ラティナはもちろんそうではなく、さらに彼女のコンプレックスである身長の低さについて触れてきたため不機嫌になったのである。

ヘルミネはそういうこともクスクスと笑いながらもこう言った。

 

「あらあら……そういうところも小さくてかわいい………まあそういうわけだから、よろしくね、デイル」

 

「くっ……くそ……!」

 

そう言いながらもヘルミネは荷物とともに虎猫亭の二階の客室に入っていった。

そしてデイルはカウンターに頭を埋めていた。

どうやら彼女が来ただけでかなりの体力を使ったらしい。

 

「………じゃあ、着替えてくる…」

 

そう言ってラティナはいつもの屋根裏部屋に学舎の荷物を持ってあがっていった。

どうやら先程の小さい発言もあり、いつもより元気も何もなかった。

 

「え、ええ……わかったわ」

 

その不機嫌さにリタも少し驚きつつ、返事を返す。

そしてラティナが虎猫亭へ入る前に思っていたリタへの相談ということはすっかり抜け落ちてしまった。

 

「はぁ……デイルはともかくラティナは大丈夫なのかしら?」

 

「どうだろうな…ルディのこともある……介入はできんが、暫くはよく見ておいたほうが良い…」

 

「そうね……」

 

――――――――――――

 

それから数週間、ラティナはルディを避けることばかりをして、更にヘルミネからは小さいだの言われたこともあり、ラティナ自身の心がすっかり疲れてしまった。

 

「はぁ……」

 

当然ながら考え事することも多くなり、ため息をつく回数が増えてしまったのである。

厨房に立ってる時もそんな感じであった。

そして今は午後の開店前の前準備の真っ最中であるのだが──

 

「ラティナ、焦げるぞ?」

 

「………あ!」

 

思わず目の前の材料を焦がしてしまうところであった。

幸いケニスが声をかけてたため、なんとかなったが……

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「うむ、別に良いんだが……」

 

(………やはり我慢しているのか……?)

 

ラティナでも失敗することは多々あるのだが、ここ最近はその悩み事などでその頻度が多くなっていた。

悩み事は言わずに溜め込んでしまう事が多いラティナであるがゆえに今までそれを見守ってきたケニスは心配し、彼女にこう言葉をかける。

 

「ラティナ……何か悩みごとがあるんじゃないか?」

 

「!」

 

ケニスにそう指摘されるとビクッと少し跳ねた。

本人としては一応平然を装っているためか、バレたと思ったラティナはドキッとしてしまったのであった。

ここらへん「友達」である「彼」とあまり変わらないように見える。

 

「リタに相談してみたらどうだ?」

 

「で、でも……」

 

「厨房のことは大丈夫だ、まだ忙しくはないしな……リタもそう忙しくはないはずだ」

 

「……う、うん……」

 

ケニスに促されて、ラティナはリタのところへ向かった。

 

「あらラティナ」

 

まだ午後の営業の開店前であるため、色々と準備をしていたリタ。

ラティナをみて、それを止める。

 

「リタ……相談して…いい?」

 

「……いいわよ、座りなさい」

 

ラティナはカウンターのイスに座り、リタも同じくイスを用意してラティナと対面するように座る。

なお彼女のお腹は既にかなり大きくなっており、体を休めるということも含めてであるが。

 

「……」

 

「……じゃあゆっくりでいいから……話してみて、ラティナ」

 

「あ、あのね……」

 

ラティナはリタに今の「恋」の悩みを伝える。

ルディへの好意を自覚したことと、言わないといけないのにずっと避けてしまうことなど

とにかく今の彼女の異常の原因であることをありったけ話した。

 

そしてそれを相槌を打ちながらも聞いたリタは少しだけ考えて、こう話し始める。

 

「そうね……恋の悩みって辛いことよ……どこか胸が締め付けられるのよね……」

 

「うん……ルディにはきちんと言ったほうが良いのかな……でも……」

 

ラティナがここ数日で悩みが大きくなった理由はやはり彼女自身が「魔人族」だからであろう。

人間族の寿命は長生きしてもせいぜい90年、最高100年が限界であるが、対する魔人族の寿命はそれを簡単に凌駕する。

これは覆すことができない「理」であり、これを覆せるのは「神」くらいしか居ないであろう。

 

ラティナが途中の旅で出会った魔人族「グラロス」もかつては人間族の夫が居たが、人間族としては長く生きてはいたが、最終的に彼女の前からは去っている。

そのことを深く考えた結果、そしてヘルミネからからかわれることもありラティナの中は色々とこんがらがってしまったのだ。

 

「そうね………確かに魔人族と人間族の寿命は覆せない……」

 

「………」

 

「……だけど、それでラティナはルディ君のことを諦めても良いの?」

 

「………!」

 

それはできないという表情であった。

彼女がした初めての恋の彼を諦めることなんてできるわけがなかった。

 

「………そう簡単じゃないことはわかる……けどその「寿命」のことを考えすぎるのも体に毒よ?」

 

「……そう……だけど………言って良いの…かな……ラティナが……」

 

(……まあ、彼の好意に気づいていないから……こうなるわよね……)

 

リタなどの大人から見ればルディがラティナに好意を持っているのは明白であり、これでもしラティナがアタックすれば一瞬で落ちるだろう。

ただしラティナから見ればそうは思わなかったようだ。むしろ自分のアタックが届かず玉砕する可能性を想像していた。

 

「……じゃあラティナにちょっと私の昔の話を聞いてもらおうかしら」

 

「リタの昔の話?」

 

「……そうね…私がまだ女将じゃなくて看板娘だった時……まあその時も色々と忙しかったのだけど……ある日ある客の男に突然プロポーズされたのよ」

 

「プロポーズ!?」

 

「そう……突然「ということで、結婚しよう」なんて言ってきて私が「馬鹿じゃないの? 一度死んでみる?」って返したらその男は「アンデットがリタの好みなら考える」なんて言って……ホントおかしいと思ったわ」

 

「う、うん……」

 

(そんなことがあるんだ……)

 

ラティナが頷きつつ、リタの話はヒートアップしていく。

 

「「運命を感じた」なんて言ってホントバカなことばかり言ってると思ったわ……だけど」

 

「だけど?」

 

「段々その言葉が気になってそれで……その男のことを気にして……そう、ラティナみたいな状態になったわね……」

 

「そ、そうなの?」

 

「ええ…でも私はあの時はそんなことは誤魔化して過ごしてたの……その男のことが気になって色々と調べたり、聞いたりしたときもあったけど……とにかく誤魔化して誤魔化して…次第にはその男に「バカじゃないの!一度死んでみなさいよ!」とまで言ったこともあるわね…」

 

「し、しんで……」

 

「そんな日が続いたのだけれど、突然ある情報が入ってきた」

 

「情報?」

 

「「大河に出現した大型魔獣を討伐に向かった冒険者一行が全滅した」って」

 

「………」

 

「ちょうどその男のパーティーがクロイツから出たタイミングと一致して……私はその男が「死んだ」と思ったの……それで私は一気に血の気がなくなったわ。今まで彼に言った言葉が急に自分に降り注いでね……」

 

「………降り注いで……」

 

「ホントあの時は後悔してもしきれなかった……でもその男は急にひょいっと帰ってきたのよ」

 

「え!?……も、もしかして……ゆうれい?」

 

ラティナが少し怖がるが、リタはそれをいやいやと振りながらこう話す。

 

「違う違う、たしかにそうも思ったけど……その男が行ってたのは大河じゃなくて森の調査のほうだったのよ」

 

「もりの?」

 

「ええ……私の早とちりが過ぎたってことになるけど……それが原因で私も「恋」を自覚した……といえば良いのかしらね…」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「それでその男のバカみたいなアプローチを徐々に受け入れて……2年くらい経って結婚して今に至る……ってのは私の昔話ね」

 

リタは厨房の方を向く、それは暗にその「バカみたいな男」が夫である「ケニス」のことを指し示していた。

そしてラティナもそこのことを察する。

 

「そう……なんだ……」

 

「だからね、ラティナ……自分のタイミング次第でいいけど自覚したならできるだけ早くにアタックしたほうが良いわよ。彼がこのクロイツにずっといると限らない……彼、冒険者に興味を抱いていたしね」

 

「冒険者に?」

 

「ええ、まだ色々と悩んでるみたいだけど。常連さん達に時々聞いていたはずよ」

 

「………」

 

(そうなんだ……ルディが……)

 

――――――――――――

 

そしてラティナは西区の方までおつかいに出て(本来はケニスが出ようとしたが、ラティナが引き受けたらしい)物を買いつつ、彼のことを考えていた。

 

(うーん……言うべき…でも……リタは自分のタイミング次第って言ってたけど……どんなタイミングがいいんだろう……)

 

他人にとってはどうでもいいことなのかもしれないが、ラティナにとってはかなり重要なことであった。

だが──そんな考えも急に引っ込んでしまうことが起きてしまう。

 

「る………え?」

 

彼が見えたと思いきやラティナは持ってきた買い物のカゴをその場に落とす。

そしてそのラティナの目に映っていたものは──

 

 

 

 

 

ルディとシルビアが親しげに話している風景であった。

 




こういう感じのラティナもとてもかわいい………
自覚してもそう簡単に話せないのが彼女である。



なお私は言うまでもなくハッピーエンド主義者です
恋愛ってやっぱこういうのが良い。


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赤毛の少年、憲兵隊本部を見学する

今回はT ogaさんによる本執筆です。
ルディとシルビアが楽しそうにしていた理由が明らかに……。


ラティナが、ルディとシルビアの仲睦まじい(?)様子を目撃する数日前の学舎

 

そこでルディは机に伏して悩みに頭を抱えていた。

 

何故かラティナから避けられている事ももちろんなのだが、それ以外にもう一つ彼には悩みがある。

 

それは……

 

(進路……どうすっかな……)

 

そう、学舎卒業後の進路に対する悩みであった。

 

マルセルは実家のパン屋を、アントニーは高等学舎に進むと聞いているルディ。

 

彼は勉強は出来ない訳ではないが、好きという訳でもないので高等学舎に進むという選択肢は真っ先に除外した。

実家の鍛冶屋は兄と姉が継ぐ為、彼が継がなければいけない義務はない。

 

そして、色々と悩んだ結果、最終的に出た案は二つ。

 

(冒険者になるか……それとも憲兵になるか……)

 

虎猫亭の常連客やデイルに色々と聞いたおかげで冒険者については良く分かってきた。

 

しかし、デイルは

 

「ここの街は色々と職業も溢れてるからな。とにかく自分の目で確かめてみるのが良いと思うぞ」

 

と、そう言っていた。

 

そして色々な職業を考えてみた結果、浮かび上がったもう一つの案が憲兵になる事だった。

 

『冒険者』相手に、真っ向から立ち向かえるのは、この街では『憲兵』だけだ。

彼は武器と近しい場所で生まれ育ってはいるが、デイルのような加護など、特別な力は持っていない。

 

冒険者になって本当にやっていけるのだろうか?

憲兵隊に行って、訓練を受けた方が合理的ではないか?

 

と、彼は悩んでいたのだ。

 

 

「どうしたの、ルディ。お昼ご飯も食べないで」

 

そんな彼に声を掛けてきたのは、シルビアだった。

 

「シルビア……?あれ、ラティナとクロエ、マルセルとアントニーはどこ行ったんだ?」

 

「ラティナもクロエもマルセルもお家の手伝いがあるからって帰ったわよ。アントニーは黄の神(アスファル)の神殿で勉強だって」

 

「ふーん」

 

「私今日は特に用事もなくて暇なのよね。そういえば、私とルディの二人っきりってはじめてじゃない?」

 

「そうかもな」

 

ルディは進路の事に悩みながら空返事で暇らしいシルビアに答えていたが、そこでとある事に思い至る。

 

「あ、そういえばシルビアのお父さんって憲兵隊の副隊長さんだったよな」

 

「ええ、そうだけど……」

 

ルディは一度、憲兵隊の副隊長であるシルビアの父に会っている。

 

学舎に入学した年の雪の日、魔人族であるラティナを狙った男達から逃げる時、シルビアの父に助けてもらった事がある。

 

ルディは意を決して、シルビアにとある頼み事をした。

 

「あのさ……」

 

――――――

 

数日後、ルディとシルビアは西区にあるクロイツ憲兵隊の本部にやってきていた。

 

「ここがクロイツ憲兵隊の本部だよ。他の東区や南区、北区にあるのは憲兵隊の詰所でこの本部から選ばれた分隊長がその詰所の指揮を取ってる。隊長もそうだけど、東区の分隊長も良く虎猫亭(あの店)に行ってるみたいだね」

 

ルディとシルビアにそう説明するのは、シルビアの父であり言うまでもなく憲兵の副隊長である。

 

ルディは憲兵の事を詳しく知る為、憲兵隊本部の見学をシルビアの父にお願い出来ないかシルビアに聞いてほしいと依頼したのだ。

 

そして、シルビアが頼んでみた結果、こうして見学してもらえる事となった。

 

今、ルディとシルビアの目の前には大きな門がある。

その門の奥には貴族の住む屋敷と同じくらいの大きさの建物が三つほどコの字型に配置されているようだ。

 

「じゃあ、早速憲兵隊本部の案内をしていこうか」

 

「ありがとうございます」

 

「私もお父さんの仕事場見るのは初めてだし、ちょっと楽しみかも」

 

「二人とも離れずに着いてくるんだよ。特にシルビア!気になって勝手にどこか行ったりしないこと!いいね」

 

「はーい」

 

「ははは……」

 

この時、ルディはなんだかんだで仲のいい親子なんだな、と思った。

そして自分の無口な職人気質の父との違いに少し羨ましさも感じていた。

 

 

まず、見に来たのは中央棟。

 

中央棟の目の前には学舎の何十倍もの広さがあるグラウンドがあり、そこで憲兵達が走り込みをしていた。

 

中央棟の中に入ると、1階は緑の神(アクダル)の伝言板をまとめる事務所があった。

 

緑の神(アクダル)の神殿から主に街の犯罪関連の情報を優先的に回してもらい、それの調査を行うのが憲兵の一番の仕事だ。

 

この事務所で受け取った仕事を各分隊に割り振って街の治安維持に務めている。

 

また、赤の神(アフマル)の夜祭りなどの街のイベント情報などもこの事務所でまとめているらしい。

 

イベントの警備も憲兵の重要な仕事の一つだ。

 

この緑の神(アクダル)の伝言板にシルビアは大きな興味を示していた。

 

「話には聞いてたけど、これ凄い!!世界のトップニュースから迷子探しまで、この緑の神(アクダル)の伝言板で本当に何でも分かっちゃうのね!!」

 

虎猫亭などの緑の神(アクダル)の旗がある店にも同じ伝言板がある。

 

冒険者も憲兵も緑の神(アクダル)の神殿から依頼された仕事をこなすという点では同じらしい。

違いは成功報酬がすべて自分に入ってくるか、後に給金として配られるかの違いくらいであろう。

 

 

中央棟の2階には会議室があった。

 

フィル副隊長曰く──

 

「大きな犯罪が発生した場合はここで隊長と僕、そして各地区の分隊長が集まって対処法を検討したりするんだよ」

 

ということらしい。下っぱの憲兵は2階に入ることすら許されないこともあるそうだ。

 

そして、中央棟の地下は訓練所となっていた。

 

「ここで剣の稽古をしたり、組手をしたり、筋力トレーニングをしたりもしているね。今、外でランニングをしていたから、それが終わったらここでの訓練が始まるよ。どうする?訓練の見学もしたいかい?ルディくん」

 

「はい!」

 

もちろん、ルディは即答した。

 

「分かった。でもまだ訓練が始まるまで時間があるから先に別棟と宿舎の方も見に行こうか」

 

 

ということで、次に見に来たのは中央棟の左側に位置する別棟。

 

そこは剣の手入れをする簡易的な鍛冶場や中央棟の地下にあったものより少し小さな第二訓練所、また学舎と同じような教室や、訓練で使うのだろうか、プールのような施設もあった。

 

 

中央棟の右側の宿舎は、1階に食堂と風呂があり、2階以上は文字通り憲兵達の宿舎となっているらしい。

 

「憲兵になる前の予備隊は、ここで4年間集団生活を送るんだよ。外出する場合は中央棟の事務所で外出手当てを出して、それが教官に受理されないと外に出れないとか、寝る時間起きる時間の制約も多いけど、これは憲兵を目指すなら乗り越えて当然の壁になるね」

 

(4年か……その間ラティナに会えなくなるのはなんか嫌だな……)

 

フィル副隊長の話を聞いていて、そう感じていたルディであった。

 

 

その後は再び中央棟の地下の訓練所へ行き、憲兵の筋トレ、組手、剣の稽古と訓練メニューを一通り見学して、解散となった。

 

 

その帰り道、シルビアがルディにこう尋ねる。

 

「で、ルディ。憲兵になるの?」

 

「まだ迷ってる。確かに憲兵の訓練を受ければ、自分で鍛える冒険者よりも強くなれそうな気がする。でも予備隊にいる4年間ラティナに会えないのは……ちょっと……」

 

そうルディが気持ちを正直に話すと、シルビアはふふっ、と笑みを溢した。

 

「な、なんだよっ!」

 

「ふふふっ、いや……ルディも学舎に来たばかりの頃に比べて大分素直になったな~って思ってさ」

 

「あ、シルビア!お前、俺のこと子供扱いしてるだろ!!」

 

「実際、子供じゃない」

 

「なんだと!」

 

「あははは」

 

 

その様子を真っ青な顔で見ているラティナにシルビアが気づいたのはルディと別れた後だった。

 

シルビアは慌てて、ラティナのフォローをする。

 

「ら、ラティナ!!違うの、これは……」

 

「うん、分かってる。ラティナ分かってるよ。ルディとシルビアがそういう関係とかじゃないって。ラティナ分かってるよ……」

 

(絶対、わかってない!!)

 

シルビアは心の中でそう叫んで、無理矢理ラティナの手を引っ張る。

 

「ラティナ時間ある?ちょっとお話!!」

 

そう言ってシルビアはラティナを連れて、西区にある喫茶店へと入っていった。

 




この時のラティナは実はクソ教師の件の時のような虚ろな目になる寸前です。
ただでさえ彼について悩んでる時にそういう風なことを見てしまえば……まあ、そうなるな。






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幼き少女と親友たち

絶望寸前であったラティナを連れて喫茶店に入ったシルビアは適当な飲み物を頼み、そしてラティナにルディと何故居たのかを詳しく話し始めた。

身振り手振りで色々と喋って途中からシルビアは息切れし始めていたが、話すにつれてラティナの表情も徐々に明るくなっていった。

 

「ほ、ほんと……?」

 

「ええ……全部の神に誓ってもいいわ!」

 

ひと通り説明を終えるとシルビアははぁはぁ…と完全に息を切らしていた

 

「………そ、そうだよね……うん…」

 

誤解がやっと解け、ラティナの目には再び光が戻る。

その目をみてシルビアは安心するが、どっと疲れてしまった。

 

(色々と察してたけど……こうなっちゃうのね……気をつけないと……)

 

シルビアはラティナの意識が変わったことを薄々感づいていたが、ここまでとは思っていなかったらしい。

ジュースを飲みながらこれからは誤解されるようなことはなるべくしないことを誓うのであった。

 

「………シルビア。ラティナ、どうすればいいの…?」

 

「どうすれば……かぁ……」

 

ラティナの問いにシルビアは頭をひねる。

当然ながらそういう恋バナを聞くことがあり、興味はあるものの、経験はもちろんない。

 

そう考えていると窓の外にはシルビアもラティナも知る子が歩いていた。

もちろん親友のクロエであった。

 

(ちょっと、こっちこっち)

 

「ん?あれは……」

 

シルビアの合図に気づいたのか、クロエも喫茶店に入ってきた。

 

「どうしたの?二人共、こんなところで」

 

「クロエ……」

 

「どうしたのラティナ、やけに……」

 

「実は…」

 

カクカクシカジカとシルビアはこれまでの経緯をクロエに話す。

 

「なるほどね……道理で様子がおかしかったと思ったけど、そういうことね」

 

「うん、そういうことよ」

 

「あいつがそこまで考えるなんて……そしてラティナも……」

 

「……」

 

クロエはラティナをみている。

そして彼女の変わりようとルディの様子を重ねて、こうも例えた。

 

(似た者同士…ってやつよね……やれやれ)

 

「で、あいつにどうやってアタックするか?って言う話なの?」

 

「う、うん……そう…なる…」

 

「うーん……あいつにねぇ……やっぱ一押し二押ししないと無理よあれ」

 

「まあ、そうね……」

 

(……デイルのおばあちゃんと同じ……)

 

やはり自分から押すしか無いとラティナは思っている。

だがそう簡単に押せるはずもなく、やはり悩みっぱなしである。

そんなラティナにクロエはあることを問いかけた。

 

「……そういえばどうしてあいつのこと好きになったの?」

 

「ふぇ!?」

 

ラティナは驚き少し赤面する。

 

「う、うーん……どうして……うーん…わからないけど…」

 

「けど?」

 

「どこかの時でルディが握ってくれた手が引っかかって……それで段々色々なことが引っかかって……積もって……って言うのかな?ラティナ、よくわからない……」

 

「まあ恋ってそういうものよね。明確な理由はないけど心が引っかかったみたいな」

 

「……あいつもそんな感じだしね」

 

こうして話し合っているが、女の子同士の話であるがゆえ途中からやはり脱線したようで。

 

「そういえば猫集会ってのがこの西区にあるんだよ」

 

「猫集会!?」

 

「そうそう!猫はね。夜になるとみんなで集まったりしてるんだよ」

 

「猫!猫!いっぱいいるの?」

 

「いるいる、すっごくいるよ」

 

「猫、猫!」

 

「ラティナ、さっきから猫しか言ってないよ?」

 

「ラティナは猫好きだからねえ」

 

最終的には恋からかなり離れてしまったようだ。

 

そして、恋とは関係ない女の子同士のお話は「なんでこの西区で3人が集まったのか」という根本的な話にまで発展する。

 

それを最初に切り出したのはシルビアだった。

 

「そういえば、クロエはなんでここを通りかかったの?」

 

「あぁ、それはシルビア。あんたの家に行こうと思ったからよ」

 

「えっ?なんで?」

 

「私が前に貸した本、返してもらってないもの」

 

「あー、忘れてたわ。もう読み終わったから、今から取りに来る?」

 

「ええ、そうする。それでラティナはこれからどうする?」

 

「……あっ!」

 

クロエに話を振られ、ようやくそこでラティナは虎猫亭のおつかいで西区まで来ていた事を思い出した。

 

「ラティナ、おつかいの途中だったんだ……」

 

「「あ……」」

 

 

その頃、虎猫亭では──

 

「遅いぞ、ラティナァァァァ!!」

 

という、デイルの大声が響き渡っていた。

 

「うるさいわね。どうせ、おつかいの途中で友達にでも会って話しが長くなってるだけでしょ」

 

まさに今、リタの言う通りの状況なのだが、保護者(デイル)(ラティナ)の帰りが遅い事に対する心配が尽きなかった。

 

「ラティナ、また迷子になったんじゃ……いや、まさか人さらい?…………。今すぐ探しに行ったほうがいいんじゃないか?とりあえず、外で待つとして……。

大丈夫かあぁぁぁラティナァァァァ!!!!

 

(やれやれ……このバカ親は……)

 

そんないつも通りのデイルに呆れているリタであった。

 

 

――――――――――――――――

 

その日の夜

 

「………はぁっ………」

 

ルディはベッドに横たわりながら、これで何度目かになるため息をついていた。

そのため息の理由はもちろん想い人であるラティナの事だ。

彼女がここのところ自分のことを避けている気がする。

それに一度だけではなく何度もだ。

それが数週間に渡って続いているため、ルディの中には色々とモヤモヤが流れていた。

 

(あのラティナが………気のせいにしちゃ………)

 

どんな人にも基本的に愛想良く笑顔で接するラティナを今まで見てきた彼にとってこれは異常事態であった。

 

「…………」

 

(はぁ………寝ればなんか解決法でも思い付くだろ……)

 

そう思い、ルディはベッドに身を委ねて目を閉じる。

どこかでなんとかなるだろうという思いと、疲れていたこともあってすぐに眠ってしまった。

 

 

彼がまた彼女のことで夢の中でも苦しむことになるとは知らず──

 




なお少年はああですがデイルは平常運転です。


恋のきっかけというものは意外とわからないものである……。
焦れったい!!


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赤毛の少年と幼き少女、そして

最近原作見てるとこのIFだとルディの扱いを格段に向上させてるなぁと思った。
主人公補正はつよい


『俺……ラティナのことが……好きだ!』

 

『ルディ……』

 

『………』

 

『ごめん……ね……』

 

『……!』

 

『ラティナ……が好きなの』

 

『そう……か……』

 

『ありがとう、ルディ……私のこと、好きになってくれて……ありがとう』

 

『……』

 

そこで彼の視線は暗転した。

 

―――――――――――――――――

 

目が覚めたルディはゆっくりとベッドから起き上がる。

窓の外からは陽が差しており、開店の準備やらをする他の店の音も聞こえてきた。

どうやらもう朝の時間帯のようだ。

 

「……夢…かよ」

 

夢で良かったと安心する反面、どうにもいい目覚めとは言えなかった。

もちろん良い気分な訳がない。

 

このところ彼女に避けられることが多くなり、この「夢」通りに振られる可能性が急に増えてきたのだ。

しかもこの夢はここのところ暫く続いていた。

 

「はぁっ……一体……なんだよ……」

 

(あと少しで学舎通いも終わっちまうのに……)

 

季節は秋に変わりつつあり、もうそろそろで学舎より出ることになる。

いくら同じ街に住んでいるとは言え、学舎という共通の行き場所が無くなればラティナと関わることが減ってしまう。

それ故にルディはこの状況に焦りを覚えているのだ。

 

(一体……どうすればいいんだよ……!)

 

進路の悩みと恋の悩みでルディはかなりの限界を迎えていた。

 

―――――――――――――――――

 

「……はあっ……」

 

学舎でもやけにため息ばかりをついているルディ。

この状況を打開できる策など思いつくはずもなく、ただただ時間を浪費しているだけであった。

 

そうしていると、ふとラティナ達の声がルディの耳に届く。

 

「虎猫亭のお客さん?」

 

「もしかして魔法使いの女の人?」

 

「……」

 

(客の話か?)

 

気になったルディは話しているラティナの後ろでその話を聞いてみることにした。

 

なお今日のラティナの髪型はいつもの二つ結びではなく、一部を編み込んで残りは肩に流している。

 

(……いつもと違うんだな、髪)

 

ルディがそう思っているとシルビアは続けてこう話す。

 

「前に冒険者の居場所を尋ねに詰め所に来たってお父さんが話してた。王都でも有名な魔法使いなんだって」

 

「へー……そんな魔法使いがここに?」

 

「でね、その人いっつもラティナのこと「小さいわね」「小さいからね」って言うの!ひどいの!」

 

ぷんぷんとラティナは怒っているようで、膨れっ面になっている。

 

(別に小さくても……なんだよ……)

 

ルディがそう思う中、ラティナは続けてこう言う。

 

「ラティナ見習いだけどお仕事もしてるのにちっちゃい子供だって言うの!ラティナ早く大人になりたいのに……」

 

「仕方ないよ。私達はまだ子供なんだし」

 

「そうね、どうせいつかは大人になるんだし」

 

彼女もクロエとシルビアの二人の意見はもっともだと頭では理解しているのだ。

しかし、自分自身の事やルディの事、そしてデイルがまた長期間空けてしまう事など色々と悩みが募っており、とても冷静ではいられなかった。

 

「大人だったら留守番しなくて済むし…きっと…この「事」も……

 

ラティナがそう呟くが、それはルディの耳にまでは届いていなかった。

 

(…俺はラティナに避けられて、こんなに悩んでるのに…ラティナは店の客の事かよ……俺の事は…どうでもいいってことかよ……)

 

ラティナ達の話を聞き流していたルディだったが、話を聞いている内に色々と感情が溢れてきて、その表情はムッとしたものへと変わっていき……

 

そして、(せき)を切ったようにその口を開いた。

 

 

「だってラティナちっちゃいもんな!」

 

 

その突然の言葉にびっくりしたラティナはこう言い返す。

 

「ふぇっ!?ラティナ、ちゃんとおっきくなってるもん!」

 

「ルディ!」

 

「あ……」

 

アントニーとマルセルは止めようとしたが、ルディは止まらずにこう話し続けた。

 

「ほら!小さいから自分のことを名前で呼ぶんだろ!…赤ちゃんみたいにさ!」

 

「ふぇ……えっ……赤ちゃんみたい……?」

 

ルディに言われたその瞬間ラティナは自分が知る大人の女性について思い浮かべた。

 

(リタ……クラリッサさん……おばあちゃん……え?)

 

そして、彼女はようやく気がついた。

 

彼女と同じように一人称を「私」などではなく、名前で呼ぶ女性が旅の途中で出会った獣人族の子「マーヤ」しかいなかったのだ。

 

(…ラティナ、マーヤちゃんと一緒!?)

 

その事実にラティナはショックを受けた表情のまま、まさにがっくりと力を失い伏せてしまった。

 

「あ……ラティナ…!」

 

「だ、大丈夫?」

 

そんなラティナの様子を心配したクロエとシルビアはラティナに駆け寄った。

 

 

 

「はあっ…はあっ………」

 

一方のルディは息切れしながら、ようやく冷静さを取り戻そうとしていた。

 

(あれ……なんで俺……って……!!)

 

そして自分がしてしまったことにようやく気づく。

彼女が1番気にしているそのコンプレックスをからかってしまったのだ。

 

ルディは元々ラティナの小ささでからかうことはあったのだが、好意を自覚して以降はめっきりとなくなった。

 

何故ならリタからの忠告もあったが、小さくても……いや小さいからこそ更に可愛いということに気付いたのもある。

それに加えて、彼女を傷つけたくない気持ちが強くなった為というものもあった。

 

「……」

 

(しまった……やっちまった……)

 

ルディはバタンと席に座り、そのままラティナと同じように顔をがっくりと伏せてしまった。

 

「……はぁ…」

 

彼女をまたからかってしまった。

 

彼女の気分を害してしまった。

 

それはつまり──

 

(最悪だ……絶対嫌われた……!)

 

もはや悔やんでも悔やみきれないものであった。

 

 

 

そして、落ち込んでいるラティナの方もその落ち込み方に変化が出てきた。

 

「ラティナ……」

 

「大丈夫…?」

 

心配して掛けよってきたクロエとシルビアの声にも気付いていないくらいラティナは思考の沼に沈んでいる。

 

(……ルディ……怒ってたけど……)

 

ルディが何故彼女に力んだように言ったのか、それが気になり始めた。

そして考えている内に自分が最近取っている行動について自覚し始める。

 

(そういえば……ラティナ最近、ルディのこと避けてる……)

 

なんとか自分の口でその想いを伝えようとはしたが、どうしても本人に言うことが出来ずそのまま彼を避け続けていた。

 

結果的に彼のことを無視してしまったのである。

 

(……もしかして…ラティナ、ルディに嫌われた!?)

 

そのラティナの行動が原因で彼を憤らせたと考え、ラティナは更に落ち込んでしまった。

想いの人に嫌われたと思ったラティナの表情は更に暗く……暗くなっていった。

 

しかし、それと同時に今まで相談してきた人達の言葉も頭に浮かんでくる。

 

『とにかくアタックしていくのが1番良いだろ。男連中は大体が鈍感だからなぁ』

 

『自分のタイミング次第でいいけど自覚したならできるだけ早くにアタックしたほうが良いわよ。彼がこのクロイツにずっといるとは限らない……彼、冒険者に興味を抱いていたしね』

 

『やっぱ一押し二押ししないと無理よ、あれ…』

 

(アタック……一押し二押し……そうだよね。このままじゃ…ダメ、だよね……)

 

そして、ラティナの暗くなりきった表情は徐々に決意の表情へと変わっていった。

 

「ねぇ、ホントに大丈夫……?ラティナ」

 

「私が代わりにルディのやつ叱ってこようか?」

 

「うん…もう、大丈夫……だと思う。ありがと、シルビア。クロエもルディにはラティ…私からちゃんと話すから」

 

しかし、不安がない訳ではないラティナであった。

 

――――――――――――――――

 

「……はぁー」

 

ルディはかなりため息を付きながらも、家へ帰る道を歩いていた。

先程の発言をまだ引きずっているようだ。

 

学舎でも、マルセルとアントニーから

 

『あれは言い過ぎだよ、ルディ。流石にヒドイ……』

 

『あのさ、思ってても絶対言っちゃいけない事ってあるんだよ…』

 

などと言われてしまった。

 

(俺……もう駄目かな……)

 

彼の心は絶望のどん底にあった。

そういうことを言ってはいけないと彼は心の中ではわかっていた。わかっていたはずなのに………。

 

(「初恋は実らない」って良く言うしな……)

 

などと思い、ほぼ諦めかけていたその時──

 

「る、ルディ!!」

 

「………え?」

 

後ろからラティナの声が聞こえてきた。

振り向くと走って近付いてくるラティナが見える。

 

「ら、ラティナ!?」

 

「はあっはあっ……あのね、あのね……」

 

ラティナは走ってきた息を整えもせずに何かを伝えようとしている。

 

「えっ…と、ゆっくりでいいから……」

 

「う、うん……」

 

(って…バカ!!今謝るとこだろ!!)

 

ルディは心の中で自分を叱責し、

ラティナは一度呼吸を整えて、深呼吸をしてから、大きく頭を下げて、こう言った。

 

「ごめんなさい!!」

 

「……え?」

 

まさか、ラティナから謝られるとは思っても見なかったルディは完全に思考が停止してしまう。

 

「なんで……」

 

なんとか言葉を捻り出し、ラティナの謝罪の理由を問う。

 

「ラティ…じゃなかった。私、最近ルディのこと避けてたから……それで……」

 

「別に…俺もラティナに酷いこと言ったし……第一そういう今のラティナが……その……」

 

「今の?」

 

「あ、いや!そう急に変わらなくていいんじゃないかってことだ!」

 

(あ、あぶねえ……思わず告白みたいな言葉口走ることになるところだった……!)

 

ルディは「その…」の後に「好きだ」と口走りそうになったが、それをなんとか飲み込んだ。

 

ラティナはそのルディの様子に首を傾げるが、深く考えずにこう続けた。

 

「う、うん……ラティナも急ぎすぎてたかも……。あ……また言っちゃった」

 

「だから、無理に変わろうとするなって……。いいよ、そのまんまで!その方が…ラティナらしいし」

 

――――――――――――

 

そして二人はそのまま一緒に歩いている。

特に言葉もなく、二人の間にはなんとも言えない距離があった。

 

(うっ……気まずい…なんか………あ!)

 

ルディはそう思い、ある話を切り出した。

 

「あ、あのさ…学舎通いが終わったらラティナはどうするんだ?」

 

「う、うん……ラティナは虎猫亭のお手伝いだよ?」

 

「そ、そっか……クロエとシルビアは?」

 

「えっとね……」

 

ラティナはルディに二人の進路を話す。

クロエは家の仕立ての仕事の手伝い。

シルビアは緑の神(アクダル)の神殿に入って、神官になるための魔法や護身術の勉強をするらしい。

 

ルディも自分が聞いたマルセルとアントニーの進路をラティナに話す。

 

「マルセルは家のパン屋で修行するって言ってたな」

 

「そしたらマルセルから本格的なパンの作り方を教えてもらえるかな」

 

「あいつ食べるだけじゃなくて作るのも大好きだからな」

 

「アントニーは?」

 

「ああ、アントニーは高等学舎に進むってさ」

 

「高等学舎はどんなこと勉強するのかな。いつか聞いてみたいな」

 

「だな」

 

(……やっぱ皆、俺よりしっかりしてる……)

 

自分で話しながら、未だに進路を決めかねていた自分と皆は大違いだと思っていた。

 

「……それで、ルディはどうするの?」

 

他の皆の進路を聞いた彼女は当然ながらルディの進路のことが気になっている。

対するルディは決めかねているわけで、彼は少し考える。

 

(俺は……何したいんだろ……)

 

憲兵予備隊に入れば厳しい訓練もあるが、確実に力を付けられ、ラティナを守る為の強さを持てるかもしれない。

ただし憲兵隊になるまでの4年間は「彼女」に会える時間がほぼ消滅してしまう。

何故なら予備隊に編入される4年間は寄宿生活となるからだ。

自由時間もあるにはあるが訓練や下働きでへとへとになり、外出することなんてないだろう。

 

(………)

 

それもそれで良かったかもしれないが、今の彼にとっては酷な選択である。

 

──なら少し回り道になるかもしれないが、この選択肢しかない。

 

「俺は……ジルさんに弟子入りして冒険者になる」

 

「冒険者に?」

 

「うん」

 

冒険者ならクエストで遠出することはあるが拘束されるようなことは犯罪でもやらかさない限りはない。

ただし、毎日が実戦となる為、憲兵よりキツイのは確実だろう。命を落とす危険も勿論ある。

だが彼女に会える確率はこちらのほうが上だ。

 

「そうなんだ……じゃあ常連さん達にルディのことよろしくってお願いしておくね」

 

「……別にそういうのは……」

 

冒険者になる理由についてとくに聞かれなかったことにルディはどうにも言えないことになった。

 

(俺が強くなれば……ラティナにもきちんと告白できるかもしれない……今の俺じゃ…………ん?)

 

そう考えていると彼はあることに引っかかった。

 

(……なんでラティナ、俺のことを避けてたんだろ……)

 

ラティナは避けていた事について謝っていたが、肝心な理由までは言わなかった。

理由もなく避けることは天使のような彼女では絶対にありえない。

故に彼はそのことを問う事にした。

 

「なあ、ラティナ」

 

「え?」

 

「どうして……俺のことを避けたんだよ?」

 

「……!」

 

「……なんか俺、さっきのこと以外にもやらかしてたか……?」

 

ルディは自分がさっきの「ラティナ小さいもんな!」の発言以外にもラティナの気に障ったことを言ったからラティナが自分のことを避けるようになったと考えていた。

 

「…ち、違うの!そうじゃないの!」

 

「え?」

 

しかし、ラティナは即座に否定した。

 

決してルディが自分のことを傷つけたから、嫌いになったから避けているわけではない。

その彼への想いを自覚し、どう接していいか分からず、その結果避けてしまっていただけであるためだ。

 

(もう……駄目……げんかい………!)

 

もちろんこの話に当たり障りもない理由で返すことは可能ではあるが、ただでさえ想いが強くなっていたラティナは自分を誤魔化すのにもう堪えきれない状態であった。

そして元々彼女が彼を追いかけたのはその「想い」を伝えたいということもあってである。

 

 

そして、彼女は勢いに任せて彼にこう言い放った。

 

「ラティナ……!ルディのこと……好きなの!!」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 




(次回は明日投稿です。)


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赤毛の少年と幼き少女、繋がりし想い

「ラティナ……!ルディのこと……好きなの!!」

 

 

 

 

「……え?」

 

ルディは少しの間、頭の中がフリーズし、思考が止まり、言葉を失う。

 

だが次の瞬間──

 

「な、な、なっ……!?」

 

一気に顔を沸騰させた。

 

人間、本当に驚くとワンテンポ遅くなるらしい。

 

(え、あ、え!?こ、これって……こくは……く!?)

 

そしてルディの脳内は混乱する。

 

目の前の想いの人から突然告白されたのだ。無理もない。

 

「だから……ルディのこと……避けてたの……!」

 

「な……」

 

(だ、だから……え……え…!?)

 

彼女が自分を避けていた理由はわかったが、告白でそんなことはどうでも良くなってしまった。

彼の頭の中は色々とオーバーヒートしかけている。

 

そして暫く黙っている(ように見える)ルディを見て、ラティナはこう話す。

 

「………変……だよね……やっぱり……ラティナ、「魔人族」だし……」

 

ラティナの表情は暗くなる、それを見てルディはやっと

 

(違う……それは……!)

 

「変じゃない……!」

 

「……ふぇ?」

 

今まで我慢してきたそれを解き放つかのように彼は噛み締めて話す。

 

「魔人族とかそういうのはいいんだよ……!……俺だって……ラティナのこと……すき……だからっ!!」

 

「え?……ふぇっ!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ラティナは顔を真っ赤に染める。

結局、最終的には二人の顔はリンゴのように赤くなっていた。

 

そして、既に日が落ちつつあり、空も二人の顔と同じく赤色に染まっていた。

 

――――――――――――

 

「………」

 

「………」

 

というわけで一旦落ち着く為、途中の小さな広場のベンチに座る二人。

両者ともぎこちなく端に座っているため、二人の間にはかなりの距離があった。

その距離はまるで今の二人の心の距離を示しているようでもある。

 

((き、気まずい……))

 

そして暫く黙っていた二人だが、これは不味いと思ったルディがこう口を開く。

 

「な、なあラティナ……」

 

「る、ルディ?」

 

「………俺達って……その……両思いってことだよな……」

 

「う、うん……そう……だよね……」

 

「………こ、恋人になるのかな……俺達……」

 

「……う、…うん…?た、たぶん……」

 

双方告白されて、その行き着く先はまだ子供である故に婚約……ではなく恋人ということなのだが、いまいち実感がわかない二人であった。

 

「……こ、恋人って……な、何をするんだろう……?」

 

「俺も……よく……わかんねえ……けど……」

 

そう言ってルディは頭をポリポリとかきながら、ゆっくりとラティナとの距離を縮める。

 

「こ、こんな感じで過ごしてたのを見たことがある……し」

 

「う、うん……ラティナも……みたこと……ある……」

 

((ち、ちかい……))

 

ただ距離が近くなっただけでもこの感じであり、初々しさが全開である。

二人の心臓も当然ながら心拍数がかなりのものになっていた。

 

そして今度はラティナが彼にこんなことを問う。

 

「る、ルディ……」

 

「ど、どうした?」

 

「あ、あのね………ラティナの……どんなところが…すき……なの?」

 

彼女は赤面しながらもなんとか言葉を振り絞った。

 

「そ、それは……あのな……」

 

「う、うん……」

 

(えっと………なんだっけ……)

 

言葉を思わずド忘れしかけたが、彼は赤面して、しどろもどろになりながらもこう答える。

 

「と、とにかくっ……!いつもの笑顔とか……いいしっ……か、かわいい……しっ!」

 

「……!?」

 

「かわいい」という言葉は彼女にとって聞き慣れた言葉であった。

何故なら常連やデイルなどからは耳がタコになるほど言われているからである。

 

しかし、この「かわいい」はそれとは違った。

 

想いの人から言われた言葉であり、彼が今まで恥ずかしがって言わなかったセリフである。

 

「ふ……ふぇっ……!?」

 

プシューッと噴火するくらい顔が紅潮するラティナ。

 

自分でも何故ここまで紅潮しているかはわからない。だが奥からなにかこみ上げてきたのは明白であった。

 

ともかく「嬉しかった」のだ。

 

そして暫くの間、再び沈黙が二人の間で起きるが、ルディがなんとか話す。

 

(と、とにかく……こう…か?)

 

「………よ、よろしくな。ら、ラティナ……?」

 

「………う、うん………よ、よろしく……?」

 

はてなを浮かべながらも、二人は一応の挨拶をする。

 

こうして、二人はとりあえず「恋人」になったようだ。

 

なお双方の紅潮は止まることがなかったのは言うまでもない。

 

――――――――――――

 

そして一方の虎猫亭ではまだ日があるにも関わらず、どんちゃん騒ぎの様相を呈していた。

 

それもそのはず、虎猫亭の看板娘と虎猫亭のピンチヒッターが結ばれたという情報が入ってきたのだ。

 

どうやら依頼の帰りの通りすがりで二人を目撃した冒険者が居たらしい。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」

 

「ひゃっはあああああああああああああああっ!」

 

「よかった……よかった……」

 

中には号泣する客までもいる始末。

そんな客達にリタは呆れて色々と物も言えないようだ。

ケニスは苦笑もしている。

 

「このおっさんどもは……まあ喜ばしいことなのはわかるけど……はぁっ……」

 

「はははっ……まあ、そういうもんだよな、ここは」

 

「全く……大の大人が……」

 

そんな中、ラティナが帰ってきた。

 

常連達は空気を読んで急に静かになる。

 

「た、ただいま!」

 

「お帰りなさい。今日は少し遅かったわね?」

 

「う、うん!と、友達と話してたの!」

 

「そう……もうそろそろで学舎から出るからね……じゃあ手伝いお願いね」

 

「う、うん!」

 

ラティナはバレバレの嘘を付きつつ、着替えに走っていった。

常連達はもちろん察して、再び騒ぎが起きそうになった

 

「はぁ……初々しいってやつかこれ?」

 

「だろうな……俺ももっとなぁ……そうしたらラティナ嬢ちゃんみたいに…」

 

「ラティナがどうかしたか?」

 

「!?」

 

ある言葉が聞こえてきた方向を向くとその先には保護者のデイルの姿があった。

どうやら依頼を終えてきたらしい。

 

(き、来ちまった!?)

 

「い、いや……ラティナ嬢ちゃんみたいにしっかりできるといいなぁ!なあ!」

 

「お、おう!俺も頑張らねえとな!」

 

「だな!ガハハハハハ!」

 

「ふーん……」

 

デイルは「いつもの酔っぱらいか」と思い、それについて特に考えなかった。

そして愛しの娘についてもちろん気にし始める。

 

「そういえばラティナは?」

 

「ラティナは今着替えてるところよ?友達と話してて遅くなったって」

 

「友達と?」

 

「ええ、もうそろそろでラティナも学舎から卒業するでしょ?だからその思い出話が積もったのよきっと」

 

「そっか……まあ、友達と会える機会が減るのは寂しいよな……俺も依頼とか色々とあるし……埋めれれば良いんだけどな」

 

「……」

 

常連達は「もう埋まってるよ!」と言いたくなったが、我慢し酒を飲み干している。

そうしているうちにラティナが下に降りてきた。

 

「ふぅ……」

 

「ラティナ、ただいま!」

 

「デイル…おかえりなさい!」

 

ラティナは「先程のことがなかったかのように」満面の笑顔をデイルに向けた。

当然ながらデイルは陥落し、彼女のことを強く抱きしめようとしたが……

 

「あらあら、相変わらずねぇ……」

 

「な!?」

 

デイルの後ろからヘルミネが現れた。

どうやら用事を済ませて戻ってきたらしい

 

「な、なんでもいいだろ!つかまだいるのかよ!」

 

「あら?居ては悪い?」

 

「あのな……で、任務はいつに決まったんだよ」

 

「明後日にここを出ることになったわ。子離れできないあなたには辛いことでしょうけど」

 

「だから……、…まあいい。ラティナ、暫く…1ヶ月か2ヶ月位離れるが……良いよな?」

 

デイルのその問いに、ラティナはこう答えた。

 

「うん、ラティナ大丈夫だよ?皆も居るから」

 

「そうか……ごめんなラティナ……いつも留守番ばかり……ああいうの全て駆逐してしまえばこんなことなくなるのになぁ……」

 

デイルがため息をつく中──

 

(子離れできない親ね……子のほうはもう親から離れつつあるけど)

 

ヘルミネは彼のことをこう例えながらも、ラティナの様子を見て、それを()()()いた。

それに対してクスクスと笑ってもいたそうな。

 

――――――――――――――――

 

そして夜となり、ラティナの酒場勤めも終わった後

デイルがイビキをかいて寝ている中、ラティナは日記を書いていた。

今日は彼女にとって重大なことであり、大切なことが起こったため、そのことを絶対に忘れないようにラティナは細かく書きたいようだが──

 

「えっ………ふぇっ……」

 

その「こと」を思い出す度に顔を真っ赤にしており、それをぶんぶんと首を振って振り払おうとするが、そう簡単に取れるものではないようだ。

 

(ううっ……)

 

結局まともに内容を書けなかったのは言うまでもなく、ベッドに戻っても布団を被ったままで彼の言ってくれた告白の言葉や「かわいい」がリフレインしてしまったようで…気分こそは良かったものの、暫くは寝れなかった。

 

(は、はずかしい………………)

 

 

 

そして、一方のルディもベッドに潜り込み、色々と考えているようだった。

 

(俺……ラティナと……)

 

まだ、自分と想いの人が両思いであったことを実感出来ていないようだ。

 

(夢……じゃないよな……)

 

もしかしたら夢かもしれないと疑い、自分の頬を思いっきりつねるルディ。

 

「痛っ…!」

 

(夢……じゃない……ホントに俺とラティナが……)

 

色々と頭の中で思考が絡まり、なかなか寝付けずにいるようだ。

 

ルディはふと思いつき、ラティナから旅のお土産でもらった貝殻のペンダントを取り出し、それを見つめる。

 

(……そういえば、このペンダント…なんか意味があって渡してくれたのか?)

 

なんで自分だけ売り物じゃない貝殻で作ったペンダントだったのか、その意味を考えるルディであったが、結局答えは出ず、気付いたら朝になっていた。

 

「……ん?……朝か。……ってヤバい!!学舎遅刻する!!」

 

(何バタバタしてんのよ、ルドルフのやつ……)

 

(……昨日帰り遅かったし、何かあったな)

 

「ルドルフ~!昨日何があったかは聞かないけど、早く準備しなさいよ~!」

 

「べっ……別になんもねぇよ!!」

 

朝からドタバタとする彼を見て、何か変わったと察する兄姉と両親であった。

 

そして、否定しながらもルディの顔は真っ赤に紅潮していた。

 




前話の最初の「アレ」は原作でのある出来事がベースです。
もし彼が踏み出せずに、そして変わることが出来なかったら……です

それゆえにこのIFでは結構恵まれてるなと思います。


そしてもちろんですが、物語はまだまだ続きます!!


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赤毛の少年と幼き少女、親友たちに気付かれる

段々イチャイチャ度を深くしていきます……。
ただ距離はまだまだ…です。


「……やっぱり……よね?」

 

「ええ……これって………」

 

「確かにそうだね……」

 

「う、うん……」

 

クロエ、シルビア、アントニー、マルセルの4人は教室の机を挟んで談笑しているとある二人を見ていた。

その二人とは言うまでもなくルディとラティナの事である。

 

「それでね、途中にお花がたくさんあるところがあってね。とても綺麗だったの」

 

「へー……」

 

話自体は別になんてことはない。

ラティナがしてきた旅の話をルディが聞いているだけなのだが、今までの二人の様子とは全く違って見えた。

 

昨日ルディが

『だってラティナちっちゃいもんな!』

という問題発言をした件はどこへやら

今日の二人は昨日の事が嘘であったかのように仲が良くなり、それどころか以前までよりも距離が縮まっている。

 

4人ともラティナとルディが変わったことにすぐに気付き、そして授業の間の休み時間に話をし始めた二人を少し離れたところから観察しているのだ。

 

ルディとラティナの二人はお互い話に夢中で彼女らに見られている事すら気付いていない。

 

「あっ、そういえば……」

 

「なーに?」

 

そして話しているうちにルディはふと何かを思い出し、ポケットの中からあるものを取り出した。

 

「あ、それって…ラティナがおみやげに…」

 

「うん……あん時に貰った貝殻のペンダント……へ、変なこと聞いていいか?」

 

「変なこと?」

 

「い、いや……どうして俺だけこういうのなのかなって……他の皆とはなんか違ってたってか……べ、別に変じゃないけどさ…」

 

ルディがそう言うとラティナは恥ずかしそうになりつつもなんとか話し始める。

 

「あ、えっと……あの時…ルディへのおみやげに迷ってて……何が良いのかわからなかったから……それで海のほうに行ってみたら……きれいな貝殻落ちてたから……それで……」

 

「お、おう……」

 

双方とも恥ずかしいからか、しどろもどろになっている。

 

「う、うん……ルディに……適当なプレゼント渡したくなかったからっ……」

 

「そ、そ、そっ…か」

 

二人共もちろん紅潮し、急に静かになった。

 

その様子を見た親友達は

 

((((間違いない……))))

 

その二人について完全に確信したのであった。

 

――――――――――――――――

 

そしてあっという間に昼のランチの時間となった。

皆で食べることはもう残り少ない。

学舎を出たら会うことも少なくなるであろう。

それ故に今までの思い出話やらが飛び出していく。

 

その話が途切れたタイミングでシルビアはルディとラティナにこう話を切り出す。

 

「ねえ、二人共」

 

「ん?」

 

「どうしたの?シルビア」

 

「ルディとラティナって……付き合い始めたの?」

 

「「!?」」

 

その瞬間、二人は驚いた表情をした。

 

「あ、え!?」

 

「ふぇっ!?」

 

((((あ、あたりだ))))

 

4人は間違いなく釣り上げたと確信した。

そしてシルビアとクロエは更に二人に追い打ちをかける。

 

「だって二人共昨日はあんな感じだったのに、今日は仲良かったし……」

 

「うんうん、距離も近かったし」

 

「え、あ……ま、まあ……俺達……付き合い始めた…んだよな?」

 

「そ、そうだよね?」

 

ルディとラティナは一応付き合い始めたと認めたいらしいが、二人共はてなをつけているため、どうにも締まらない。

それに対してクロエはやれやれという表情でこう話し始める。

 

「ともかく、二人共良かったじゃない。想い伝えられたんでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「ま、まあな……」

 

紅潮しながらもなんとか答える二人。

恥ずかしくて逃げ出したいほどであった。

そしてシルビアは続けてこう話す。

 

「よかったわね、あのままだったらどうしようかと思って…」

 

「うん、ばかルディが急に声荒げるから……もし解決しないままだったら一発ぶん殴ってやろうかと」

 

「あ、あのな……うっ……」

 

色々と言いたくはなったが、実際あの時の自分はどうかしていたため、言い返せないルディであった。

そうするとラティナが少し後悔してる表情で話し始めた。

 

「ルディは悪くないの。ラティナがずっと逃げてばかりだったから…」

 

「ら、ラティナは悪くねえって……こんなんでイライラしてた俺がおかしいだけっての…」

 

「ううん、ラティナがルディのこときちんと見れてなかったから……」

 

こういう感じで謝罪合戦(?)が始まってしまった。

双方とも優しいがゆえにこうなっているのだが、かなり焦れったい現象である。

 

「ちょっと、きりがないからストップストップ!!」

 

「うっ」

 

「ふぇっ」

 

クロエがなんとか止めたものの、やはり二人共モジモジしたままである。

 

(……似た者同士ね……大丈夫なのこれ……)

 

こんな感じのため、この先の二人について心配になったのは言うまでもない。

 

 

――――――――――――――――

 

その後、今回は「お膳立て」もなくクロエとシルビアはラティナとともにショッピングに行き、ルディはアントニーとマルセルとともに帰ることとなった。

再びシルビアから「貸してね」と小声で言われたのは言うまでもない。

 

(別に……ラティナは俺のものじゃ……うーん?ん?)

 

それに関してなにか引っかかりを覚えていると、アントニーが急に話し始める。

 

「またラティナについて考えてるの?」

 

「なっ、べ、別になんでもいいだろ……」

 

「うん、恋人のことを考えてるのは別におかしくないことだし」

 

「あ、あのな……!」

 

「はははは……」

 

アントニーにまたまた一本取られたようで、マルセルも少し笑っている

 

「お前らな……!」

 

「それよりルディは結局どんな進路にしたの?まだ何も聞いてなかったけど」

 

「うん、僕も気になってる」

 

アントニーとマルセルがじっとルディを見る。

そしてルディは赤面をなんとか抑えながらも、こう答えた。

 

「お、俺は……弟子入りして冒険者になることにしたっ!」

 

「ふーん……誰に弟子入りするの?」

 

「ジルさんって言う……あの時のヒゲモジャの人」

 

「ああ、あの時の優しいおじさんだね…確かその界隈では有名な人だよ」

 

「あーうん、俺も他の虎猫亭の常連さん達から色々と聞いてるけど……いろいろ凄い偉業を成し遂げたとか」

 

「うん、このラーバント国の冒険者で知らない人は居ないくらいの人だよ……で、ルディ」

 

「な、なんだよ」

 

「ちゃんと弟子入りしたいって言ったの?」

 

そのアントニーの言葉に思わずギクッとするルディ

 

「あ、いや…これから言おうと……まだ店にはあいつの保護者がいるし……ラティナ曰く明日には長期任務に出るとかだから……」

 

「ふーん……でも、ジルさんが弟子をとってくれるとは限らないよ?」

 

「ぐっ!」

 

そう、うっかりしていたがジルヴェスターとはそれなりに付き合いはできていたものの、弟子をとってくれるとは確定もしていないのだ。

もしかすると弟子を取らない主義かもしれない。

顔が少し青くなっていたルディにアントニーはこうも話し始める。

 

「…だけど、ルディなら多分大丈夫だと思う」

 

「な、なんでだよ……」

 

「なんとなくだよ、ルディはこういう時は真面目だと思うし」

 

「は、はあ……って別の時はなんだよ!?」

 

「ははは、なんでも良いよ」

 

アントニーが良い表情をする中、ルディはそんなアントニーにはてなを浮かべていた。

 

(でも、ルディは凄いよ。ちゃんと想いを伝えて恋人同士になれたんだから。そういうルディだから、ジルさんもきっと…)

 

そう心の中で呟いたアントニーは急に勢いをつけて、走り出した。

 

「なっ!?」

 

「……帰るまで競争だよ!」

 

「待てよ!」

 

「お、おいてかないでー!」

 

出遅れたルディとマルセルが必死にアントニーを追いかけていたのは言うまでもない。

 




クロエの言う通り似た者同士な二人
赤面する二人かわいい

原作からは完全分岐したけど、オマージュとかは深めていきます。




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赤毛の少年、冒険者見習い始めました

デイルがヘルミネに引っ張られ、長期任務に駆り出されてる中

デイルの娘であるラティナの恋人についになれたルディはジルヴェスターにあることを頼む。

 

「俺を…弟子にしてください!」

 

そのルディの必死の懇願とは裏腹にジルヴェスターはあっさりとした答えを返した。

 

「おう、いいぞ」

 

「……え?」

 

拍子抜けしてしまうルディを見たジルヴェスターは彼にこう質問をした。

 

「なんだ?不満か?」

 

「いや……断られるかもと思ってたので…」

 

「まあ、元々俺は弟子を取らない主義だ。兄ちゃんじゃなきゃすぐに断って他の連中紹介してたけどな」

 

「……俺じゃなきゃ?」

 

ルディがそうはてなを浮かべていると、ジルヴェスターは酒を飲みながらこう話し始めた。

 

「兄ちゃんは嬢ちゃんが不在の間も色々と頑張ってくれたじゃねえか」

 

「…まあ、暇だったし……でも…それが…」

 

「だからその御礼というやつだ。それに……」

 

ジルヴェスターは配膳中のラティナの姿を見た。

デイルが居ないにも関わらず、彼女はとても元気な様子で、足取りも軽い。

それは間違いなく「彼」がいるからに違いない。

 

「嬢ちゃんを守りたいんだろう?……一応聞くが、ついてこれるか?」

 

「は、はい!」

 

ルディはもちろん即答した。

 

すでに知られているのかというツッコミをしたくもなったが……

「ついてこれるか」など彼にとっては愚問だ。

ついていかないと彼女を守れないのは明白である。だからこそ彼も決意したのだ。

 

そんな彼の決意にジルヴェスターはフッ、と笑みを溢し、気分良く酒を飲み干し、そしてこう言った。

 

「そうこなくちゃな」

 

 

そんなジルヴェスターとルディのやりとりを見ていた常連達もルディを色々と弄り始める。

 

「おう!嬢ちゃんにカッコイイ所見せてやれ!」

 

「生半可じゃねえぞぉ!俺もビシバシ鍛えるからな!」

 

「そうだぞーまず俺の雑用を──」

 

「お、おう!」

 

そんな感じのルディにラティナは声をかける。

 

「弟子入り、したの?」

 

「あ、ああ……」

 

「……頑張ってね、ルディ」

 

「……お、おう……」

 

そう言うとすぐにラティナは彼から離れるが、顔は少し赤くなっていた。

当然ながらルディも顔が赤い。

とてもシンプルなものであったが、それだけでもふたりはこんな感じであった。

 

「……いいな」

 

「ああ、いいな」

 

ジルヴェスターを除いた周辺の常連はそれだけでやられそうになり

その様子を見ていたリタはいつも通り呆れていたのは言うまでもない。

 

(全く…もはや新たな名物ね…ここの……)

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして学舎卒業後、ルディはジルヴェスターのもとで冒険者修行を始めた。

 

まずは「習うより慣れろ」という言葉の通り、小さな依頼を受けることから始めることになった彼。

 

主に荷物運びやペット探しなどの本当に小さなものばかりではあるが、こうやってコツコツと小さなことを地道にやる事で次第に信用を得られていくというものである。

それに駆け出しの冒険者はだいたいこういうことをやるのが一般的だ。

 

「えっと……次は……西区のボードさんってところの……」

 

そしてその合間合間にジルヴェスターより冒険者としての基本を教えられる。

 

「いいか?いくら自由といえど、マナーはあるからな?兄ちゃん」

 

「はい!」

 

こういう形で当然ながら休日などを除いた毎日冒険者の修行は続いていく。

 

ルディはもちろん忙しくなり、覚えることを含め鍛冶屋での手伝い以上に大変であった。

 

ただし──

 

「ルディ、お疲れ様」

 

「き、今日も待ってたのかよ……」

 

「うん、待ってたよ。ルディの話聞きたいから」

 

彼女との時間は前より確保されることとなった。

多分大人たちの気遣いやらがあるのだが、当の本人達はあまり知らない。

 

「今日は何してたの?」

 

「別に……特に珍しいことなんてねえよ……ただ荷物とか雑用とかしてただけで…」

 

「でも……よく聞きたいから……」

 

「……じゃあ…」

 

ルディのその依頼やらが終わった後はこんな感じで虎猫亭の近くのベンチにてルディの話を相槌をうちながらも聞いているラティナ。

ちなみに最近の彼女はいつも彼から貰ったリボンを身に着け、皆で分けたペンダントをつけている。

そしてルディも角のペンダントに彼女から貰った貝殻を結び直して一緒にしたものをつけていた。

 

なお、このことは長期任務中で保護者がいないからできることであり、居た場合はできないもしくは頻度が下がることとなろう。

 

「あとは……そういえばさっきの帰りに久しぶりに猫に会ったんだ」

 

「猫!?」

 

ラティナはその猫の単語を聞いた瞬間に目を輝かせ、ルディのほうに身を乗り出した。

その仕草に再び赤面しながらも彼女へ答え始める。

 

「あ、ああ……たまに猫の相手する時があるからな」

 

「ルディ、猫と親しいの!?」

 

「お、おう……たまに腹空かせてる猫がいるからそれに餌あげてたら……なついてきて……次第に他の猫も寄ってくるようになったから自然と……」

 

「猫、良いなあ……ラティナ、猫とはあんまり仲良くなれてないから……」

 

ラティナは動物が好きで、特に猫が好きなのだが、本人は犬になつかれることはかなりあっても猫になつかれることはあまりない。

猫じゃらしをもって格闘してみたものの、一匹にこそ撫でれたが、それ以外はダメということもあった。

それゆえに猫と触れ合える彼のことを羨ましがっているようだ。

 

「ルディ、今度その猫しょうかいして!」

 

「しょ、紹介って……俺の猫ってわけじゃないんだけどな……」

 

「いいの!だから……ね?」

 

「……ひ、暇ができたらな……」

 

彼女の勢いに押され、それを断ることもできずに了承する。

 

(あの猫今どこにいるんだっけ……探さねえと……)

 

「~♪」

 

猫の居場所について考えているルディと猫に会えるかもしれないと思い、とても機嫌が良いラティナであった。

そんな風に過ごしている二人であるが、虎猫亭の中から開店準備をしているはずのケニスが飛び出してきた。

 

「ケニス?」

 

「ケニスさん…?」

 

「おう、ラティナとルディか!」

 

ケニスは二人が見るだけでもやけに慌てていた。

 

「ケニスさん、どうしたんですか?」

 

「た、大変だ!ついにリタがっ!」

 

「リタがどうしたの?」

 

「生まれるんだ!」

 

「……ふぇっ!?」

 

「え!?」

 

どうやらついにリタの陣痛が始まったらしい。

 

「ルディは先生を呼んできてくれ、頼んだぞ」

 

「は、はい!」

 

ルディは藍の神(ニーリー)の神殿の方向に一目散に走っていった。

 

「ラティナは少し手伝ってくれ。色々と準備をする必要があるんでな」

 

「う、うん!」

 

そしてケニスとラティナは速やかに虎猫亭の中に戻っていった。

 

 

――――――――――――――――

 

そして神官を連れてきた後、リタと神官と付添のケニスは二階の一室に入り、出産が始まるというところなのだが──

 

「…………」

 

「…………」

 

「「「………」」」

 

その一階ではルディやラティナはもちろんのこと、店がやっていないにも関わらず、常連達もリタの陣痛を聞きつけ、集まっていた。

誰一人騒ぐことなく皆、「母子ともに無事の出産」を願っている。

 

(リタ、大丈夫かな……?)

 

(大丈夫……なのか……?)

 

そう二人が心配していると──

 

「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃああ!!」

 

ある鳴き声がした。

 

「う、生まれた!?」

 

「あ、まてよラティナ!」

 

その瞬間、それを直接確認したかったラティナが部屋のほうへ駆けていき、ルディもそれについていく。

 

そしてラティナが出産が行われていた部屋のドアを開けるとそこには先生やリタ、ケニスの他に新たな生命が確かに居た。

 

「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ!」

 

「生まれたの?生まれたの!?」

 

「はい、元気な男の子ですよ」

 

先生がそう答えると、ラティナの表情はぱあっと明るくなる。

そしてルディも驚いている。

 

「ふあああっ!」

 

「お、おおっ」

 

「リタ、よくやったぞ!」

 

「はあっ……な、なんとかね………」

 

 

赤ん坊が泣き終わり、眠りにつく。

泣いている間はケニス→ラティナと赤ん坊を抱っこをしていたが──

 

「そうだ、ルディもこの子抱っこしてみるか?」

 

「え?」

 

「うん、ルディも赤ちゃん、抱っこしてみよ」

 

そうしてラティナよりゆっくりと赤ん坊が手渡される。

 

「おっとと……」

 

少しだけ揺れるが、なんとか起こさないように抑えて、静かに抱っこする。

ルディにとってはこのようなことは始めてである。

 

(……意外と軽いんだな……)

 

赤ん坊は引き続きスヤスヤと眠っている。

 

「……俺も最初はこんな感じだった…のか?」

 

「おう、そうだぞ、みんな最初はこんな感じだ」

 

「………」

 

親や兄、姉から自分が生まれた時のことなどは一応は聞いたことがあるものの、実感などはあるはずもない。

それゆえに赤ん坊を見て、こうなっていたのかと思う一方

 

彼女のことも気になっていた。

 

(……そういえば…ラティナって昔のこと何も言わないよな…)

 

当然ながらラティナがデイルに拾われたということはわかっている。

だがそれ以前のことはルディはもちろんよく知らない。

しかし昔、彼女が虹を見て何かの名前を言った事と、元から角が折れていた事から、何か訳ありであるとは察していた。

 

「リタ、どんな感じだったの?」

 

「もうとにかく無我夢中だったわ……物凄く痛くて……死ぬ!死ぬ!って感じで…」

 

「し…しぬ……」

 

一方のラティナはリタと話している。

その表情は言うまでもなく彼女らしい良い表情だった。

 

(ま、いちいち俺が知るようなことじゃない…か……言いたくないこともあるし……)

 

そして表情を見たルディは詮索するようなことじゃないと思い、再び赤ん坊の顔を覗く。

 

「………ぅっ……」

 

その赤ん坊はとても安らかな表情であった。

 

――――――――――――――――

 

「………」

 

そうして色々と騒ぎ的なのが終わり、ルディは家へ戻る所だ。

静かに帰っているものの、ルディはなにやら考えているようで……

 

(……俺も将来あんなふうになるのかな?)

 

リタとケニスのことを見ているうちに自分の将来について考え始めていたようだ。

 

(冒険者で結婚する人も居るって聞くし……ケニスさんも元冒険者だったらしいし……)

 

いろいろな可能性を彼は想像するが、その想像には無意識に彼女──ラティナの存在が入っていた。

 

(世帯を構える?いや、一緒に旅をするとか……店を構える……って!?)

 

そしてそこで彼女のことをかなり考えていたことに気づく。

 

(な、な!そ、そんな先の話で…な、なんで…ラティナのこと……いや、でも…え?)

 

ぶんぶんとそれを振り払おうにも、それはそう簡単に切れられない。

当然である、大切な「恋人」のことを振り切れるわけがなかった。

 

(い、いや……これから何があるかわかんねえし……と、ともかく!今は今だっての!……とにかく今はラティナを守る力をつけないと……!)

 

なんとか自分を空想から現実に戻し、今の目標について考えつつ、家へ帰っていくのであった。

 

 

 

 

 




少年が冒険者になった所で次回からは少しだけ時間が進みます。
まだまだ試練はあるので二人を見守っていただければ幸いです。

次回は少し感覚を開けて11月24日投稿予定です。2日間隔から3日間隔となります。


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第2部
赤毛の少年と幼き少女、進まない恋


ほんのちょっとだけ大きくなりました。
時系列的に結構オリジナルでお送りします。




年が明け、すっかり春真っ盛りとなった今日この頃

クロイツは言うまでもなく平和であり、人で溢れて賑やかである。

 

そしてルディとラティナは──

 

「ルディ、今日も依頼?」

 

「いや、今日は剣の修行。ジルさんのところで先生に教えてもらうことになったし…」

 

「そっか…頑張ってね、ルディ」

 

「あ、ああ……じゃあ……」

 

──全くと言っていいほど進展していなかった。

 

冒険者見習いであるルディはここ最近、小さな依頼と並行して剣術の修行もしている。

外へ出て魔獣と戦えるようになるためだ。

 

そしてもちろん虎猫亭へも行っている。

依頼を受けたり、食事を取ったりすることもあるため、それなりに彼女と関わる機会があるはずだった。

 

だがそれでも距離があまり縮まないのは──ある人物によるものであった。

 

「ふぁああっ……」

 

「おはよう、デイル」

 

「ううっ……今日もかわいいなラティナ……ってもうこんな時間か……昨日は遅くなったからなぁ……」

 

それはラティナの保護者であり、相変わらずの親バカのデイルがいたからというのがまずあった。

 

デイルはラティナが成長していくにつれ、段々と警戒レベルをあげるようになっており、彼が口説かれないように笑顔で威嚇し、監視していた。

 

まだラティナは11歳。少し気にかけるくらいのレベルでそこまでする時期ではないはずなのだが……デイルの親バカは少し異常だ。

このまま成長すれば警戒レベルは更に上がり、笑顔の中に段々と闇が紛れ込んでいくのは明白である。

 

そしてそれに対抗し、ラティナとルディの仲を見守る方々、「白金の妖精姫を見守る会」より発展して誕生したもはやクロイツの一大組織かもしれない「白金の妖精姫と赤き勇者を見守る会」(ルディは勇者ではないのだが、常連達の酒の勢いでいつの間にかその名がついたらしい)はデイルが見ている間はルディとラティナの接触を極力避けさせる策をとり、注文などはジルヴェスター経由で取る、二人にデイルが居る前では関わりを避けることを助言するなどして

なるべくデイルに彼と彼女の関係を悟らせないようにした。

 

だから、先ほどもデイルが起きてくるまでの間だけ、ジルヴェスターの家に行く途中で虎猫亭に寄り、ラティナと短い会話をするのと、修行終わりに店に来て、開店したら店の中に入る程度しかルディには許されていなかった。

いや、正確には許そうにもできなかったと言うべきか。

 

なお当の本人(デイル)はルディのことをどう思っているのかというと……

 

「なあ、リタ。そういや最近気になってたが、ラティナの友達のルディって子は冒険者になったんだよな?」

 

「え、ええ。ジルヴェスターに弟子入りして、今は手伝いの依頼とか修行とかしてるみたい」

 

「へー…色々とあるのに冒険者かぁ……」

 

「ほら、やっぱり冒険に憧れたとかじゃないの?そういうのじっと見てたし」

 

「まあ、そうだよなぁ……俺は選択の余地はなかったけど、そういう外の世界って憧れるよなもんだよな……まあでもジルヴェスターが弟子取ったってのが一番驚いたけどな、そういうの今までなかったし」

 

「ま、まあ……ジルヴェスターも気が変わることがあるから……」

 

こういう感じでラティナとの関係について全く関知していないのであった。

とりあえず今のところは大丈夫なようだ。

 

デイルが居る時は二人の会う時間が制限されるのは当然であるが、それでもデイルが留守にすることはあり、その時に距離を縮める事は出来たはずだ。

それなのに距離が縮まなかったのは……やはり双方が優しすぎるからである。

 

双方とも優しく、謙虚であり奥手でもあるがゆえ、どちらかが攻めるといった事がなくなってしまったのだ。

そしてルディが暫く忙しかったため、ラティナは彼に遠慮してしまい……

結果、何も進展がないまま数ヶ月も時間が経過してしまった。

 

 

「鍛冶屋の息子が冒険者ねえ……あっ、そうだ。あと……」

 

その時、デイルの話を遮るように大きな鳴き声がした。

 

「おんぎゃー!おんぎゃー!!」

 

リタとケニスの間に出来た赤ちゃん、テオドールの鳴き声だ。

皆からはテオと呼ばれている。

 

ケニスは色々と慌てながらもリタにこう声をあげる。

 

「すまんリタ!またテオが泣き出した!多分今度はオシメのほうだ!」

 

「はいはい!」

 

 

――――――――――――――――

 

 

別の日、デイルがちょっとした依頼で森の方に出かける中、ラティナはクロエの仕立屋に茶菓子持参で出向いて、談笑をしていた。

学舎より出て以降、やはり関わることは少なくなってしまったが、それでもクロエとはたまにこうして会っている。

なおシルビアはどうしても忙しいため会う機会はほぼないらしい。

そして最初は他愛もないものだった二人の話は段々とラティナの恋人…つまりルディの話になっていった。

 

「そういえば最近あいつとはどうなのよ?」

 

「あいつ?」

 

「ルディよルディ、あいつ冒険者になったんでしょ?あいつとは最近会わないからラティナなら詳しく知ってると思って」

 

「う、うん……元気…だよ?」

 

そうはてなを付けながらもラティナが答えたためか、クロエは心配してこう返した。

 

「ラティナ、まさかルディに何かされたんじゃ……」

 

「ふぇっ!?ち、違うよ?……最近はデイルもいるし……常連さん達からデイルがいる時はルディと関わらないほうが良いって……だから最近はあんまり……」

 

「……」

 

(確かにあの保護者の前で二人の関係がバレるとまずい感じよね………まあそれなら……ん?)

 

親バカ全開のデイルの噂はこの東区まで流れ着いているため、クロエはその理由に納得しそうになるが、少し引っかかったことがあり、それをラティナにぶちまける。

 

「でもデイルさんが居ない時は結構あるんでしょ?大なり小なりの依頼とかなんとかで、その時にルディと関わることは普通にできるんじゃないの?」

 

「だ、だけど…ルディは立派な冒険者になるために頑張ってるから……ラティナが邪魔しちゃいけないとおもって……」

 

「………はぁ」

 

どうやらこちらが本当の理由らしい。

クロエはため息をついた後、少し声のボリュームをあげ、ラティナにこう話す。

 

「ラティナ、それじゃダメよ。恋人ならもっと積極的に関わったほうが良いって!」

 

「ふぇ?いいの?」

 

「いいの!ルディは今修行中なんでしょ?そこで水筒とか持って差し入れするとか色々とやればいいのよ」

 

「う、うん……わかった……」

 

ラティナはクロエの提案に同意しつつ、その「差し入れ」を用意するため虎猫亭の方へと戻っていく。

そしてその様子を見たクロエは仕立屋の仕事を再開しつつも、こう呟いた。

 

「……付き合えばゴールって思ってたけど……まだまだ先ってこと……シルビアにもどっかで伝えとこ……」

 

 

――――――――――――――――

 

 

ジルヴェスターの家は西区の高級住宅街の中にある。

かつて数々の偉業を達成したこともあり、かなりの富を得てるためか、立派な邸宅を持ち、大きな庭を持つ。

 

「………」

 

(大きい家……ジルさんの家ってこんな感じなんだ…)

 

そしてラティナは陣中見舞いの品(お茶を入れた水筒とタオル)を持って、その家の前に居た。

 

(確かにジルさんの家のほうで修行してるって常連さん達に聞いたけど……庭のほうかな……?)

 

ラティナは恐る恐る家の横の小路を通っていく。

すると次第に「彼」の声がしてきた。

 

「うおおおお!」

 

(……ルディ!)

 

家の角のところで立ち止まり、そこから覗くような形で声の聞こえた先を見てみる。

そこではジルヴェスターとルディ、そしてジルヴェスターより若い男が見えた。

どうやらその男がルディの言っていた「先生」らしい。

 

「まだまだ、踏み込みが甘いぞ!」

 

「くっ!?」

 

先生とは木刀で打ち合っているようだ。

なおジルヴェスターはその様子をじっと見ている。

 

「はぁ……はぁ……っ……まだまだ……!」

 

「その調子だ!」

 

そのまま修行の様子をじっと見るラティナ。

 

(ルディ……凄く頑張ってる……)

 

ルディが頑張っているということはもちろん聞いているラティナであるが、改めてその現場を見ると、改めて彼の頑張りようを実感できたようだ。

そしてそのままラティナはじっと見ていた。

 

 

それから少し経った後、ジルヴェスターはルディにこう声をかける。

 

「兄ちゃん、そろそろ休憩したらどうだ?」

 

「ま、まだまだいける…っ!」

 

ルディはそう言うがかなり疲れているのは明白であった。

それにジルヴェスターは頭を少しかきながらも、後ろの様子を少し感じ、こう話す。

 

「張り切りすぎては体が持たんぞ、後ろの「彼女」が見てるとは言え…なあ、嬢ちゃん!」

 

(ふえっ!?)

 

ジルヴェスターの声が聞こえたラティナはここにいることがバレたと察して驚いた。

かくれんぼは得意な方であったはずの彼女だがジルヴェスターの前では無力であったようだ。

 

「じょう……って!?」

 

「う、うん……」

 

ラティナはひょっこりと顔を出して、バスケットを持って、彼の元へと近づいてきた。

ルディはあまりにも予想外な彼女の登場にかなり驚いている。

 

「やっぱり嬢ちゃんか……兄ちゃんのこと気になって来たんだろ?」

 

「は、はい……」

 

「そう申し訳なさそうな顔をしなくていい、『彼氏』のことを気にするのは『彼女』として当然のことだろう」

 

先生がそう言うとラティナとルディの顔は少し赤くなる。

間違ってはいないのだが、相変わらず他人に指摘されると恥ずかしいようだ。

 

「……あ、そうだ!ルディ!」

 

「な、なんだよ……」

 

ラティナは思い出したかのようにバスケットから水筒とタオルを取り出し、彼へと差し出した。

 

「これ、必要かな……って思って」

 

「……お、おう…俺も持ってきたけど……結構飲んじまったし……」

 

そうしてルディはその水筒を受け取り、飲み始める。

同時にタオルで汗を拭く。

 

「ふぅ……あ、ありがと……な」

 

「う、うん……」

 

双方ともやはりモジモジしてしまっている。

そんなルディに剣術の先生はこう声をかけた。

 

「よし、じゃあもう一本行くか?」

 

「は、はい!お願いします!」

 

先生とルディは再び木刀を構え、修行を再開した。

 

 

「………」

 

そしてラティナはジルヴェスターとともにその修行の様子を見る。

やはり彼の目は真剣そのものであった。

 

その様子をじっと見てラティナはこう思う。

 

(……ルディ、やっぱり真剣……頑張ってる……)

 

「ここはこうしたほうが良いぞ?」

 

「は、はい!」

 

「………」

 

 

ラティナがいつの間にか彼に見惚れていたのは言うまでもない。

 

ジルヴェスターはそれに気づいてフッと微笑していたそうな。

 

 

 

 




双方優しすぎるゆえに進まない。
ホント健全すぎる。


ちなみにアニメでは最終回で駆けつけていたラティナ大好きな天翔狼のヴィントは原作のほうに合わせる形で13歳時から登場予定です。

次回は27日水曜日に更新します


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赤毛の少年と幼き少女、悩み事と貸本屋

10歳編のときにやれなかった心残りを投下ァ……


「~♪」

 

ラティナは機嫌よく鼻歌を歌いながらバスケットを持って東区の市場を歩いていた。

おつかいを頼まれ、市場を色々と見周っているのだ。

しかし、買い物に気を取られていたのか、正面の人に気付かず、ポン、と前から歩いてきた人にぶつかってしまった。

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

「いえいえ、あなたこそお怪我は?」

 

その人は大人の女性であった。

黒いローブを羽織っている普通の人間族の女性である。

だが、ラティナの目に写ったのは、自分が思い浮かべる理想的な女性像そのものだった。

 

(……大人の女の人……やっぱり……ある……)

 

「ら、ラティナは大丈夫……」

 

「そう……よかったわ……おつかいかしら?頑張ってね」

 

「う、うん!」

 

そうするとその女性はラティナが来た方向へ歩いていった。

ラティナはそれを見ると同時に、自分の『とある部分』を確認し、ため息をついた。

 

「はぁ……」

 

(……やっぱり……ラティナには……ない……)

 

――――――――――――――――

 

その後、ラティナはおつかいから戻り、厨房に入ってじゃがいもの皮むき作業に入った。

なにやら考えている様子であったため、ケニスは彼女に声をかける。

 

「ラティナ、どうした?なにか悩み事か?……何かルディが…」

 

「ううん、ルディのことじゃないの……ラティナ…おっきくなれるかな?」

 

「うむ……人それぞれだが、身長は伸びる時は伸びるぞ?俺がラティナくらいの時はそうでもなかったが、段々とグーンと伸びて…」

 

「ううん「そう」じゃないの……」

 

「ん?」

 

ケニスが疑問に思っているとラティナは手を自分の胸に当て、深くため息を溢す。

 

「ラティナ、おとなになっても大きくならない……ラグ、ラティナはモヴに似てるってよくいってたから…」

 

「……モヴ?」

 

「うん、モヴ、小さいから…ラティナもちいさいまんまかもしれない……」

 

(……まさか…)

 

ケニスはその仕草と言葉である程度「悩んでいる事」の予想がついてしまった。

だが、ケニスはとりあえずその「なやんでる事」は置いておいて、ラティナの口から出た人の名前について質問をする。

 

「モヴって誰だ、ラティナ?」

 

「ラティナの女の親……おかーさん……だよ」

 

ここに来てラティナのお母さんのことが唐突に出された。

ケニスはもちろん驚いているが、表向きには平然としたままであり、ラティナも気づいていない。

 

「ラティナの母親はどんな人だったんだ?」

 

「ラティナのね、髪と角の色はラグとおんなじだけど角の形とか顔とかはね、モヴに似てるって言われてた」

 

そう答えた後、ラティナは再びため息をつく。そして自分の胸に手を置いた。

 

「モヴ、大人なのにちいさかったの…お客さんも言ってたよ、大きいほうが良いって……」

 

「……」

 

(これは……)

 

ケニスはかなり渋い顔をしつつ、恐る恐るこの質問をする。

 

「ラティナ、お前の母親が小さかったって……何の…ことだ?」

 

「……お胸」

 

それを聞いた瞬間、ケニスは予感的中と考えたと同時に更に渋い顔をする。

初めて聞かされたラティナの母親の情報が貧乳だった……ということも驚くことなのだが

女性の胸の悩みなど当然だが聞くことなんでほぼ無いがゆえに、ケニスも頭を抱えてしまった。

 

(何故……俺に…?)

 

「……リタに………相談してみたらどうだ?」

 

頭を抱えていたケニスが捻り出した言葉を聞いた瞬間、ラティナは少しだけ青くなりつつこう話す。

 

「リタ、おっきくないよ」

 

本人が聞いたら少し笑顔に影が入りそうな言葉であった。

リタはスレンダーな女性であるが、悪く言えばあまりない。

現在は母乳が出るため常に張って、大きくなっているのだが、平常時はそうではない。

 

「おっきくない人に聞いたらダメなんだよ?昔、ラティナがモヴに『なんで?』って聞いたらほっぺた取られちゃうところだったんだよ」

 

「そ、そうか……」

 

だからといって自分にその問題を出されても特に答えられないのだが……とケニスは思う。

そして続いてラティナはケニスにこう質問をした。

 

「ケニス、ルディは胸がおっきい方が良いって言うのかな……?」

 

「………そ、それは…」

 

それを聞いてケニスは更に渋い顔をする。

ラティナとしては彼の好みでありたいということらしいのだが、今のラティナでも彼にとっては十分すぎるのは明白であった。だが本人に自覚はまったくなかったのである。

そしてケニスはかなり考えた後こう返した。

 

「わからん…な、やはりそういうのは本人に聞いてみなければな……」

 

ケニスは「逃げる」という選択肢をとった。

どう答えてもラティナにとって良い答えにはならないと考えたからである。

かなりの苦渋の決断であった。

 

(すまない、ルディ……!なんとか答えてくれ…!俺には無理だ……!)

 

そしてケニスはこの場に居ないルディに謝りながらも残りの芋の皮を剥いていたのは言うまでもない。

 

――――――――――――――――

 

 

別の日、デイルが(ラティナと離れたくないから)行きたくないと言いながら大型魔獣共同討伐依頼に走る中

ルディとラティナは道の途中で会い、そしてそのまま西区の方へ行くことになった。

二人共貸本屋の本を借りに行くので一緒に行くことになったのだが──

 

「……」

 

(ラティナ、黙ったまんまだけど……どうしたんだ?)

 

先程会って以降、ラティナは何かを考えているからか、無言のままであった。

そしてある程度進んだ後、ラティナは足を止めて、ルディに話し始めた。

 

「ねえ、ルディ」

 

「ラティナ?急に止まって……なんだよ?」

 

「………ルディは……ラティナの胸……おっきいほうがいい?」

 

「…………へ?」

 

ラティナのその発言に一瞬思考停止するルディだったが、次の瞬間彼は顔を真っ赤に染める。

 

「な!?な、なんで」

 

「ケニスが本人に聞いたほうが良いって……」

 

(ケニスさん!?)

 

ケニス本人の苦労も知らないためそれについて驚きまくっている。

 

「どう……かな?」

 

ラティナのその問いに関してルディは良い答えが浮かんでいなかった。

ついラティナのほうをチラっと見てしまってもいる。

ラティナの服装は青色基調のワンピースで、髪はいつもの二つ結びで青のリボンでまとめてある。

言うまでもなく可愛く、綺麗であった。

 

(ラティナの……胸……って俺は何考えてんだよ!?)

 

そして思わず良からぬ想像をしてしまったため、心のなかで自分をぶん殴った。

年頃の男の子であるためそういう想像は仕方がないものだが、ラティナに対してそれをするのは物凄く不味いとルディは思ったからだ。

 

「ルディ……?」

 

数分ほど黙り続けたため、ラティナからは不審がられている。

考えて考えて……そしてついに言葉を捻り出した。

 

「べ、別に……俺はラティナがどうなっても…いいってか…」

 

「どうなっても?」

 

「な、なんつーか……大きくても小さくても俺はラティナのこと好きだからっ……!」

 

「……ふぇっ!?」

 

そのルディがなんとか捻り出した言葉に、ラティナは赤面する。

当然ルディも赤面していた。

「好き」ということはわかりきっているのだが、二人にとっては改めて言うとやはり紅潮しやすいものらしい。

 

「……だ、だから……いくぞ……目的の本なくなっちまうかもだし…」

 

「う、うん……」

 

そして再び歩くのを再開する二人、当然ながら暫くの間紅潮が続いていたのは言うまでもない。

 

――――――――――――――――

 

その後西区の貸本屋に到着した二人は各自で本選びをすることにした。

 

「うーん……続編のやつまだ借りられてる……いつになったら返ってくるんだよ…」

 

「……あ、あった。戻ってきてたんだ」

 

ルディは男の子らしく冒険物や戦い物などのいわゆるワクワクするような小説などの本を持ち、ラティナはいわゆる恋愛小説などの女の子らしい本を持っている。なお恋愛小説と言っても色々とあるが、ラティナは自分のことと重ねているかは定かではないが、いわゆる王道な同じ年同士の恋愛物が好きらしい。

そして二人はその各コーナーのところから図鑑のコーナーに向けて歩いている。

 

(そういえばあの図鑑まだあるかな……あれ一冊しか無いんだよなぁ……)

 

(あの図鑑あるといいな……いつも見ても借り出されたままだから……)

 

二人がそう思いつつ、そして双方に気づかずに本棚を見ていると──

 

 

「「あ、あった!」」

 

シンクロしたかのようにその本を見つけた。

 

「……へ?」

 

「……あれ?」

 

二人共どうやら同じ本……植物の図鑑がお目当てだったらしい。

そしてルディが先に話し始めた。

 

「……俺は後でいいから、ラティナが……」

 

「え?ルディが先で良いよ?ラティナは後で借りるから」

 

「いやこういうのは「レディーファースト」ってやつだからラティナが先で良いよ」

 

「でも植物の図鑑だから冒険者のこととかに必要でしょ?……ルディのほうが……」

 

二人でこういう流れが続いてしまい、もはや譲り合い合戦となっていたその時、二人のところに貸本屋の店員が声をかける。

 

「あらラティナちゃんとルドルフ君、二人とも本借りに来たの?」

 

店員の名前はゾフィ。

赤茶の髪のハーフエルフ族の女性である。

ハーフエルフ族は読書をとても好む。いわゆる本の虫であった。

 

「あ、ゾフィさん……でも……」

 

「まあ……たまたまダブって……」

 

二人共苦しい顔をする。

その二人の表情を見てゾフィはこう話す。

 

「ほう、二人共同じ本を……ならどちらかが借りて二人で読めば良いんじゃないかな?二人共親しいみたいだし」

 

「ま、まあそのほうがいいな。なあラティナ?」

 

「う、うん……そうだね」

 

一応この譲り合いは解決したようだ。

なお名義としてはラティナが借りることになった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして広場のベンチに二人は座り、図鑑を一緒に見ることになった。

一応ラティナが借りて一人で観てルディに貸すという手段もできなくはないが、「二人で読めばいい」という言葉の通り、二人で並んでそして図鑑を広げてみることになった。

 

「へー……そんなのがあるんだ」

 

「そういえばこれのこと、デイル言ってたよ、強烈な毒があるって」

 

「確かになんかいかにも毒があるって感じの色だな……」

 

二人共真面目に学習しているが、やはりその分お互いの顔が近く──

 

(……ルディのとなり……)

 

(……ラティナ…とちかくで……いい…んだよ……な?)

 

再び紅潮していたのは言うまでもない。

 

 




胸のことは原作 WEB版題名「師匠、幼き少女の話に困惑する。」及びアニメ最終話からで
貸本屋の件はCHIROLU先生の活動報告の小SSからということにしておきます。

貸本屋はまた再び登場予定……かもしれない

次回は30日に投稿します


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赤毛の少年と幼き少女、子守をする

とある日の昼過ぎ

 

虎猫亭ではリタとケニスそしてラティナが午後の開店準備をしていた。

当然ながらテオドールのことを見守りつつであるが……

 

ケニスもラティナとともに下ごしらえ中であるが、何かを思い出したのか、リタに話し始めた。

 

「……ああ、そうだリタ、明後日は大丈夫だよな?」

 

「明後日?」

 

「いや、店の仕入れの打ち合わせが来ちまってな……この昼の時間にかなり東区まで出ないといけなくなっちまった」

 

「ちょっとまって……確か…」

 

リタは自分のスケジュール帳を開き、明後日の予定を確認する。

すると途端に少し顔色が悪くなる。

 

「……不味い、その日は緑の神(アクダル)の神殿に行かないといけない用事があるわ……これは伝言板の新仕様関係のこともあるから外せないわね……」

 

「そうか……こっちも先方がかなり忙しいみたいだから別の日は難しい………確かデイルも依頼に引っ張り出されるとか言ってたしな……」

 

「まいったわね……」

 

本来、二人が居なくても店が閉まるだけで問題はそうない。

だがしかし今の二人には大切な赤ちゃんがいる。

どちらか片方が居れば子守は出来るが、両方とも居なくなれば当然ながらできない。

 

なお留守番だけなら常連達にも頼めるが、子供の相手など殆ど出来ないだろう。

デイルもいない状況ではやはりどちらかが妥協するしかないのだが……そう簡単に妥協できるような用事ではないため二人共かなり悩んでしまっている。

 

二人で頭を抱えて悩んでいるとひょこっとラティナが顔を出す。

 

「ラティナ、テオのお世話できるよ?」

 

「……まあラティナなら大丈夫だろうけど…」

 

「だがな……ラティナ一人だけでは心配だ」

 

ラティナはしっかりしているため、子守もそれなりにできるであろう。

実際二人がどうしても手が離せない時などはおむつなどを変えることもでき、あやすことももちろん可能である。

だがいくらしっかりしているとは言え、ラティナ一人に留守番と子守を任せるのは二人共不安であった。

そうして考えていると、やはり「彼」の存在が頭の中に浮かんでくる。

 

「なら…「彼」に頼むしか無いわね…」

 

「ああ、「彼」だな」

 

「彼?……あ!」

 

ケニスとリタが同じ「彼」を想像する中。ラティナは最初は首を傾げていたが途中でその彼のことがわかったようだ。

 

――――――――――――――――

 

そして次の次の日

 

「じゃあ、後は頼むわね」

 

「ああ、なるべくすぐ戻るからな」

 

「は、はい!」

 

「うん!」

 

そこにはラティナとルディが居た。

「彼」とはルディのことだったらしい。

 

ラティナとルディに見送られ、ケニスとリタは外出していった。

 

なおルディは一応、依頼として受けたものである。

(本人としては別に報酬などなくても良かったのだが、押し切られたらしい)

 

「……はぁ、しかし子守りか…」

 

「うん、テオの子守りだよ」

 

「うーん、俺はあんまりそういうの知らないからな……ラティナは知ってるんだろ?」

 

「うん、だいたいわかるよ?」

 

「へー……」

 

(やっぱすげえなラティナ……)

 

子供たちの中ではかなりのしっかりものであり、比較的賢いというのは付き合う前からわかっていたが、最近はよく見るようになったためかなり実感していた。

そして自分の無力さも身にしみていた。

 

(俺ももっとしっかりしねえとな……はぁ…)

 

 

――――――――――――――――

 

そして二人は赤ちゃんベッドで寝ているのテオドールの様子を見る。

まだまだぐっすり寝ており、すやすやと心地よさそうだ。

 

そして二人共小声で話す。

 

「やっぱり大きくなってるよな…」

 

「うん、前より大きくなってるよ。ぶくぶくしてきたし」

 

「……」

 

「……んっ……す……」

 

二人が見守る中、テオはぐっすりと眠っている。

そしてこのまま見ている……というわけにもいかないので、二人は店のことをやることにした。

 

ルディは店の掃除を、ラティナは食材の下ごしらえをする。

なおルディはここ最近は虎猫亭を手伝っていることが多い。

もちろん冒険者としての依頼や修行なども無い時でデイルが居ない時に限りだが……

 

「いつも掃除してるはずなのに……やっぱゴミ多いな……」

 

ルディは頭をかいてぼやきつつもホウキでゴミを集めたりしている。

掃除しているにも関わらずゴミが多いのはもちろん常連達が毎晩、騒いで飲んでいるからであろう。

ルディはそんな常連達を思い浮かべて、少し呆れていた。

 

しかし、それと同時に他の考え事もしているようで。

 

(……恋人……って……あとどんなことすんだろ……)

 

それはやはりラティナとの付き合い方に対してだ。はじめて出来た恋人でまだ手探り状態なのである。

それ故に色々と案を考えているが、思いついていない。

ただ、これは「彼」に限ることではなく──

 

(うーん……恋人……あとどんなことすればいいのかな……?)

 

ラティナも下ごしらえやらをしながら彼と同じく付き合い方について悩んでいた。

クロエにも言われた通り、やはり彼との関わりはもっと増やすべきである。

だがそう簡単にそういう事が思いつかなかったのであった。

 

((どうすれば…?))

 

奇しくも同じ悩みで悩んでしまっている。

そこらへん二人はよく似ているということなのか。

 

そうしているとテオが起きたのか急に泣き出し始めた。

 

「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ!」

 

「あ!」

 

「な!?」

 

二人は仕事を置き、急いでテオのところに向かった。

 

「ええっとこういう時はどうすんだ!?」

 

「あーえっと、多分……!」

 

ラティナはおむつの様子を確認する。

すると案の定「あたり」だったようで、ルディにすぐさま指示を出した。

 

「おむつとかのセット取ってきて!多分カウンターのほうにあるから、リタがそこに置いてた」

 

「お、おう!」

 

そう返事をしたルディはすぐにリタがまとめておいたおむつ替えセットを持ってきた。

 

「ありがとうルディ」

 

彼にお礼を言った後、テキパキとおむつを替え始める。

やはり慣れているようで、特に戸惑いもない。

そしておむつを替えた後は抱えて、テオを笑顔にしようと色々とあやしている。

 

「ばーっ」

 

「あー、うー、えへっ」

 

「……」

 

(やっぱすげえよ、ラティナ……)

 

その様子を見ていたルディはやはり感心している。

とても同じ年には見えないほどテキパキしている。

小さい、小さいと言われるが実は自分含めこの年代では一番しっかりしているともルディは考えていた。

 

(……将来は良いお嫁さんになるんだろうなぁ……ってまた何考えてんだ…!?)

 

そしてルディは再び「未来」について考えそうになるが、それをなんとか振り払う。

彼にとってはまだ「未来」より「今」であるからか。

 

「はあっ……ん?なあ、ラティナ」

 

「どうしたの?」

 

「キッチンのほうからなんかグツグツしてる音が……」

 

「ぐつぐつ……あ!お鍋!テオお願い!」

 

ラティナはテオを赤ちゃんベッドに戻して、キッチンへ駆け込んだ。

どうやら火に置いておいた鍋が吹きこぼれたらしい。

 

「お、おう……」

 

「……んっ…すぅ…」

 

テオはラティナにあやされたからかうとうとと目を閉じたり開けたりして、再び眠りにつこうとしている。

 

(また寝るみたいだな……)

 

「…んっ…っ……」

 

「……よし」

 

テオの様子をある程度見て、大丈夫だと判断したルディは再び店内の掃除に戻っていった。

あまり掃除は好きではない彼ではあるが、珍しくラティナに負けないようにテキパキとやり、のちにそれに気づいた常連達からは感心されたそうな。

 

……まあ、結局その常連達がまた床を散らかすのだが……

 




ラティナってやっぱりかなりのしっかりものだと思う……


次回は12月3日投稿予定です


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赤毛の少年と幼き少女と一匹の野良猫

今回は猫のお話です。



休日、東区の小さな広場でルディはラティナを猫に会わせていた。

前に言っていた約束を果たすためだ。

その猫は当然ながら首輪をしていない野良猫でルディが探した猫である。

猫の色は茶色であり、目もくりっとしててとても可愛らしい猫だ。

猫の隣にはルディが、そしてその猫に対面するようにラティナがいる。

 

「ねこ!ねこ!!」

 

(ホント、猫好きなんだなぁ……ラティナ…)

 

暫く猫を見て「ねこ!ねこ!」としか言っていないラティナにルディは頭をかきつつ、こうも話す。

 

「撫でてみろよ、猫」

 

「い、良いの?」

 

「お、おう……こいつは比較的人に懐きやすいし……万が一の時は俺がいるし……」

 

「じゃ、じゃあ……っ」

 

ラティナは恐る恐る猫のほうを触ろうとするが、猫はそれをすっ、と避ける。

 

ちなみにラティナが何故猫に避けられるのかと言われるとやはり「触りたい」「撫でたい」という気持ちがかなりあり、それを隠しきれずに不自然になってしまっているところがあるため、警戒心が強い猫に距離を取られ、結果逃げられてしまうのだ。

前に猫屋敷に行ったときも、一匹の猫を除いてあまり触れなかったのである。

 

それに気づいたルディはラティナにこう声をかける。

 

「ラティナ、猫に触る時は普通に、自然に触ればいい。それじゃ猫にはすぐに逃げられることになるって」

 

「う、うん……」

 

(普通に……自然に……)

 

ラティナがそう念じて、ある意味「無」に近くなる。

なるべく気持ちを表に出さないように……

 

(普通に……よし…!)

 

「じゃあっ……」

 

ラティナは手を出し、猫を触ろうとする。

 

そして──

 

「にゃーん♪」

 

猫はいい声を出しつつ、ラティナに触られることになった。

逃げ出す様子はみられない。

 

「ねこ……もふもふ……すごい……」

 

そしてラティナからは案の定、語彙力が失われかけていた。

猫と今まであまり関わることがなかったからか、そのもふもふに魅了されてしまったからか、こうなってしまっていた。

 

「………」

 

(猫を触ってるラティナ……いい…な……)

 

ルディもその様子のラティナに「かわいい」と感じていた。顔も少し赤くなっている。

もちろん猫に夢中なラティナにそれが気付かれることはない。

 

「もふもふ……もふ……」

 

「にゃー?」

 

「ねこ………」

 

暫く猫をもふもふしているラティナであった…が

ラティナが少し手を離した瞬間、猫が飛び上がった。

 

「ふえっ!?」

 

そしてラティナの肩を経由してちょうどラティナの後ろのほうに着地した。

 

「あ、待てよ!」

 

ルディも咄嗟にその猫を追おうとするが、咄嗟すぎたためか、足を崩してしまい──

 

「あ!」

 

「ふえっ!?」

 

ルディはラティナのほうに倒れてしまった。

 

――――――――――――

 

「ってて……」

 

ルディは目を瞑り、手は地面につけている。

なんとか反射神経が働き、彼女を完全に下敷きにしてしまうことはなかったようだ。

 

「だ、大丈夫…か?」

 

「あ…う……」

 

(…ん?)

 

あまり返事しないラティナに不思議に思ったルディは目をあけて状況を確認する。

そして目の前に……そのラティナが居た。

 

(……なっ!?)

 

「……うっ……」

 

そう、ルディの目と鼻のすぐ先にラティナが居た。

まるで押し倒したような形になってしまったのだ。

 

「あ、いや……」

 

「う…うぅん……」

 

双方とももちろん顔が紅潮している。

ただでさえ距離が近いため、このままルディが下にいけば「キス」もできなくない距離なのである。

だがこのように唐突に起こったゆえにそのような勇気は双方には無く……。

 

「ご、ごめん……だ、大丈夫…か…?」

 

「あ、うん……ラティナは…だいじょうぶ………だよ……」

 

すぐにルディが横にズレて起き上がり、ラティナもそれに乗じて起き上がったのであった。

双方とも心臓がバクバクしており、下手すれば破裂してしまいそうであった。

 

そして一方の猫は暫く佇んでいたが、ある老人が近づくとその老人に懐いた。

 

「おや、お前……「カイ」じゃないか…!」

 

「にゃーん♪」

 

「ん?この声……」

 

ラティナがその猫と老人が居る方向を見るとあることに気づいた。

 

「あ、シヘスさん!」

 

「シヘス?」

 

「おや、あの時のお嬢ちゃん」

 

西区の猫屋敷の主、ゴジョ・シヘスであった。

猫にあこがれたラティナがジルヴェスターの紹介でデイルとともに行ったことがある。

 

「隣の少年は……そうか、君がルドルフか」

 

「は、はい……ってどうして俺の名前を…」

 

「隣のジルヴェスターからたまに話は聞いている。弟子入りしたそうだしな」

 

「そ、そうですか……で、その猫って……」

 

「ああ、もともとは屋敷にいたんだが、いつの間にか脱走してしまってな……結構探したんだが見つからなくてな……まさか東区に居るとは」

 

シヘスは引き続きその猫「カイ」のことを撫でており、とても慣れた手付きで首のところなども触っている。

 

(状態は……それなりにいいな……まあ後で獣医には見せなければいけないが…だが…)

 

そしてシヘスは思うところがあったのか、ルディにこう質問する。

 

「もしかして君がこいつの世話を?」

 

「いや世話ってわけじゃ……最初見かけた時、とてもお腹空かせてたから食べ物あげて……それでたまにあげてた程度だし……別に……」

 

「……なるほど、だが君がこいつを生かしてくれていたようなものだ。礼を言わせてもらおう」

 

「い、いや俺は……」

 

それでも謙遜するルディである。

まあたまたまやってたことが偶然こうなっただけであるため、当然であるが

 

「そう謙遜しなさるな。今度うちの近くに来たら是非寄ってくれ、何か御礼の品を持たせてやろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「嬢ちゃんもいつでも来てくれ。こいつや猫に会いたい時はいつでもいいぞ?………ではまたな」

 

シヘスは猫の「カイ」と共にこの場を去った。

そしてもちろんだがラティナとルディのみがこの広場に居た。

 

(……気まずい)

 

それ故に静かになってしまったので、ルディはなんとか彼女に話しかける。

 

「……ラティナ、これからどうする?」

 

「う、うん……ちょっと買い物したいから……いい?」

 

「あ、うん…いいぞ……?」

 

そして二人は広場より出て、市場のほうに歩いていくのであった。

 

……先程の事故のことを思い出しながらも。

 

(はあっ……)

 

(ふぇ………)

 

((はずかしい………))

 

 




ねこねことなるラティナかわいい。
ルディにオリジナル設定付与で猫の扱いに慣れてることにしたのはこのためです(白状)

当然ながら続きます
次回は6日投稿予定です


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赤毛の少年と幼き少女、繋ぐ手の感触

色々とあって投稿時間遅くなりました。すみません……

そして前回の続きです
相変わらず初々しい


シヘスと別れた後、東区の市場でショッピングをするラティナとそれに付き添うルディ。

 

「えっと、リタに頼まれたものは買ったから……あとはケニスの…」

 

「……」

 

ルディはラティナの荷物も少し持っておいるのだが、脳内ではラティナの空いている左手を見つつ、葛藤していた。

 

(……こういうのってデート……みたいなものだよな………手とか…繋いで……)

 

ルディは彼女の手を握ろうと自分の手を伸ばしかけては、途中で断念し、手を戻す行動を繰り返して居た。

 

ラティナは気づいていないが。

彼女も彼女で──

 

(……ルディと一緒で……もっとできること……)

 

やはり同じように悩んでいた。

 

そしてルディが手を握るのを諦めたその後に今度は彼女のほうから手を握ろうと伸ばすが──

 

(……ん……)

 

肝心の彼の手はポケットに隠れてしまい、握ることが出来なかった。

それで少し不自然な状態になっていたラティナにルディはこう声をかける。

 

「ん?ど、どうしたラティナ?」

 

「ふぇ…な、なんでもないよ?…次の店いこ?」

 

「お、おう……」

 

こうして二人の時間はなんとも焦れったく過ぎていったのであった。

 

――――――――――――――――

 

「あとは大丈夫か?」

 

「うん、もう良いよ」

 

そのまま二人は手を繋げられずに、ラティナは買い物を終える。

そして後は帰るだけなのだが──

 

「……ん?」

 

ルディはいつも騒がしい市場の様子がさらに騒がしくなっているのに気づいた。

 

「どうしたの?ルディ」

 

「いや……なんか……」

 

ガヤガヤと騒いでいる人たちの中、ある一人の男が声を荒げて放った。

 

「暴れ馬が来るぞ!!避けろ!」

 

それと同時に馬の足音らしいのが急速に近づいてくる。

 

「ふぇ!?」

 

「ラティナっ!!」

 

道の中央に近かったラティナをルディは咄嗟にラティナの手を掴み、引っ張った。

 

「!?」

 

そして次の瞬間、馬は先ほどまでラティナがいた場所を駆けていった。

ルディがラティナの手を引かなかったらどうなっていたか……

 

その暴れ馬を追うように憲兵が捕獲用具か何かを持ち、同じく馬で駆けていった。

 

「す、凄い……」

 

「あ、ああ……」

 

市場の様子は暫く騒いでいたが、大丈夫だとわかったのか、いつの間にか活気を取り戻していた。

どうやらこういうことはたまにあることらしい。

 

(そういや前もこんなことあったような……あん時は家の中から見てて……って!)

 

ルディはそう思うと、ラティナと手を繋いでいることに気がついた。

当然ながらルディは少し顔が赤くなり、ラティナも同じように紅潮する。

 

「あ、うっ…」

 

「いや、こ、これ……は」

 

「う、ううん!……いいから…ね!」

 

「お、おう……?」

 

あまり会話になってない会話だが、とりあえず暫く手を繋いでいたいということらしい。

 

そして二人共そのまま虎猫亭への帰り道に行くとした。

 

「………」

 

「………」

 

暫く無言で歩く二人、手を繋いでいる分余計に思考停止してしまっているようだ。

 

(…え、えっと……えっと……!)

 

だが流石に不味いと思った二人

 

そして今回はラティナのほうから話し始める。

 

「る、ルディ!」

 

「な、なんだよ……?」

 

「あ、あのね……最初に手繋いだ時……あったよね?」

 

「手……あ…あれか?あの怪しい二人の時の……」

 

ラティナとルディが最初に手をつないだ時

それは雪の日の事、たまたま会った時に怪しい二人から逃げるためにルディが咄嗟に彼女の手を取った時だ。

 

「あれは……必死だったから…つか……夢中だった…し」

 

ラティナの方から目を逸らしながらそう途切れ途切れの言葉で答えるルディ。

やはり少し恥ずかしいらしい。

そんなルディに彼女はこう話す。

 

「……あのね、あの時からルディのこと…気になってたんだよ」

 

「あ、あの時から……?」

 

「うん、最初はよくわからなかったけど……」

 

「そう、か………」

 

(あの時から……)

 

「………」

 

その会話があった後、やはり静かになってしまっていた。

相手の手の感触がわかってしまうため、余計にそうなってしまったようである。

 

(ルディの手……やっぱり、あったかい……)

 

(ラティナの手、小さくて……柔らか…い……)

 

脳内ではこのような形になってしまっている。

二人の距離がもっと近くなるのはまだまだ先のようだ。

 

――――――――――――――――

 

「ただいま!」

 

「あらラティナ、おかえりなさい」

 

「おう!嬢ちゃんおかえり!」

 

「おかえりだな!がははは!」

 

リタ及び常連達はラティナに迎えの声をかける。

なおラティナはいつもどおりの調子にしているつもりだが、まだ微妙に顔を赤くしていた。

 

「うん!あれ?デイルは?」

 

「デイルならまだ帰ってきてないけど、もうそろそろじゃない?」

 

「ふーん…じゃあ着替えてくるね」

 

「ええ、頼んだわ」

 

ラティナはそのまま二階へ上がっていったが、常連達は終始ニヤニヤが止まらず

リタはその様子にまたため息を付いていたそうな。

 

――――――――――――――――

 

「……」

 

部屋に入ったラティナはベッドに座り、彼に握られた左手を確認していた。

 

(…………)

 

彼に握られたその手はまだ少し暖かい。

雪の日のあの時や雪合戦の時にも感じたその手。

 

これが心の暖かさというものだろう。

 

(…………ルディ…)

 

そして彼女はその暖かさを良いと思う一方、その暖かさを失うことを恐れつつあった。

 

魔人族と人間族の寿命差は言うまでもなく違いすぎる、だがそれに関しては「理」に逆らえない不変のものであるため、ラティナも今の所は割り切ってはいる。

だがそれとは別に彼の負傷やらを心配していたのだ。

今の所は修行や町中での小さな依頼をこなしており、危険な仕事はほぼない。

だがじきに外へ出て魔獣退治や護衛任務や薬草などの素材集めなどの本格的な仕事を行うことだろう。

 

しかし、デイルに連れられてクロイツの外を見てきた彼女は知っている。そのような任務にはもちろん危険が付き纏うということに……

 

このクロイツ周辺は平和であるため、森の奥地などに不用意で近づかない限りは大丈夫だが、それでも盗賊などが現れたり、凶暴な魔獣が比較的表に出てきたりで結果かなりの負傷することもある。

今回の暴れ馬の件もその予想外な出来事の一つにあたる。

 

幸いラティナが聞く限りでは死亡者はいない。だがかなりの大怪我をした人を聞いたことはある。

 

それ故に彼女は彼が大怪我をしてくるのではと心配し恐れても居た。

せっかく掴んだ彼との距離が離れるのは嫌だと思っていたからだ。

 

(……だいじょうぶ……だよね……ルディ……)

 

左手の暖かさを感じつつも、不安をかなり覚えていたラティナであった。

 

 




悩み多すぎるのよ、この二人

ちなみに手を繋ごうとして繋げられないところは少しだけ原作を意識してみました。
ラティナのほうからもなので、このIFらしくなってるはず……。

次回は少し間隔早めて8日に投稿します!
ラティナの悩みが現実に……?


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幼き少女、赤毛の少年をかなり心配する

「ルディ、森にいくの!?」

 

朝の虎猫亭でラティナは珍しく驚いて声を出した。

 

「そんなに驚くことかよ?他の人と一緒でそう奥には行かないし…」

 

「ああ、それに今回ルディは俺達の仕事を見るだけだからな」

 

ルディの隣に居た常連の冒険者が話す通り、今回は常連の冒険者4人くらいのパーティとともに森へ出て、ルディは魔獣退治の見学…ということらしい。

当然ルディが直接戦うわけではなく、ただ見るだけなのでそう危険ではないのだが、ラティナにとっては前線に出る時点で心配なのであった。

 

「だいじょうぶなの……本当にだいじょうぶなの…?」

 

「そんなに心配することじゃねえって……別に……これからはよくあることになるんだし…」

 

「そうだぞ、嬢ちゃん。気持ちはわかるが……そう遅くはならんし…」

 

「う、うん……」

 

確かにこういうことはあの親バカの保護者も同様なため、過剰に心配するのはおかしいことであるはずなのだが、好きな人を離したくないという想いが強すぎるためか、こうなってしまっている。

 

その様子を見ていたリタとケニスはその親バカを思い出しながらもこう思う

 

(……この感じデイルに似てるわね……)

 

(やはり親子だな……)

 

「……」

 

そして、ラティナは冒険者パーティとルディのことを見送りつつ、なんとも微妙な表情をしていた。だが──

 

「ふぁあああっ…おはよう……」

 

「う、うん。デイル、おはよう」

 

「おお!ラティナ!今日もかわいいなぁ!」

 

保護者の起床により、とりあえず通常通りに戻っていった。

(デイルが最初あくびをしていたのにラティナを見たら目がパッチリと冴えるのはいつものことである)

 

「あら、デイル、昨日依頼だったからもっと寝てるかと」

 

「いや、今日は依頼主への報告をなるべく早く済まさねえといけねえんだ。あそこの依頼主、一回話し出すといろいろと自慢して下手すると夜までかかるんだよなぁ……」

 

「ああ……そういえばそうね…あそこの人は」

 

リタとデイルはその依頼主の想像をしていた。

その人は別に悪い人ではないのだが、話を脱線させまくるタイプのようだ。

 

「だからラティナ、今日はちょっと出てるからな……大丈夫だよな?」

 

「う、うん、だいじょうぶだよ?」

 

「そうか……ごめんなラティナ…はぁ…どこへでも簡単に連絡できる魔法とかありゃなあ…」

 

デイルがため息をつく中、ラティナはやはり「彼」のことを心配している。

 

(だいじょうぶ……常連さんたちもいるし……だいじょうぶ……だよね……?)

 

冒険者になった以上、街の外に出る事もよくあることになっていくので、自分でもここまで心配するのはおかしいとは思っている。

だがそれでも心配が抜けきれないラティナであった。

 

――――――――――――――――

 

心配するラティナの見送りで、虎猫亭を後にし、クロイツの外の森にやってきたルディたちは早速、依頼にあった魔獣と遭遇した。

 

今回討伐する魔獣はスライムウルフ。

狼の姿をしたスライムで比較的弱い魔獣の部類に入る。

しかし、他のスライムと違い、足の爪を立てて、木を斬り倒す習性があるので街の近くの森を住み処にしたスライムウルフの討伐依頼が緑の神(アクダル)の神殿経由で舞い込んだのだ。

 

「おーい!そっちいったぞ!」

 

「任せろ!仕留める!」

 

森の中では大人たちが慣れた様子でスライムウルフの相手をする。

 

ルディは後ろで戦わずに、その様子を見ているが、彼らとスライムウルフの戦いに少し圧倒されていた。

 

(すげえ……魔獣退治ってあんな感じなんだな……)

 

大人たちも当然ながら真剣だ。

あの酒場で飲んだくれてる酔っぱらいの面影はほぼない。

まさに必死なのであろう。

 

「たく、ここらへんにしては珍しく厄介だな……!」

 

「おし!これで、最後!!」

 

冒険者の一人が剣を振り上げ、スライムウルフを真っ二つにした。

 

──だが

 

「グオオオオッ!!」

 

「な!?」

 

「しまっ!?」

 

「分裂か…っ!?」

 

そのスライムウルフは分裂し、二体の小さなスライムウルフへと変化した。

元のサイズより小さくなったものの、凶暴さは健在。

また動きも素早いものへと変わり、そのまま前線の冒険者の隙間をすり抜け、そして……

 

「ルドルフ!!避けろ!」

 

「……え?」

 

──それは一瞬の出来事であった。

 

――――――――――――――――

 

「………」

 

所変わり、夕方から夜に変わりつつあった虎猫亭では手伝いをしながらもそわそわと心配そうな表情をしているラティナの姿があった。

 

(もうそろそろだよね……遅くはならないって言ってたし……)

 

そうしていると酒場のドアが開く。

 

「あ!」

 

「彼」が来たと思い、そこに駆けていく。

 

そして彼女が見たその「彼」は──

 

「……!?」

 

腕やら手やらに包帯が巻かれている姿であった。

 

「お、おう…ラティナ……」

 

「ど、どうしたの!?」

 

驚いているラティナに付き添いの冒険者が説明をし始める。

 

「少し魔獣を逃しちまってな……兄ちゃんがそれで引っかかれて……面目ない……」

 

「だから、おじさん達のせいじゃないって俺がもうちょっと気を張ってれば……」

 

ルディ自身は別になんてことはないと思っている。

むしろ冒険者なのだからこういう事はよくあることなのだろうと

 

そしてラティナはルディに目を見せず、回復魔法を唱え始める。

 

「……"天なる光よ、我が名の元に我が願い叶えよ、傷付きし者を癒し治し給え《癒光》"」

 

「……!」

 

当然ながらこれで回復し、傷口などは完全に塞がった。

 

「あ、ありがとな……」

 

「………」

 

ルディは礼を言うが、ラティナは下を向いたままだ。

そしてルディは彼女を安心させるためか、こんな言葉を発す。

 

「こ、こんなの唾つけときゃ……別に……こういうのはよくあることらしいし……」

 

「……!」

 

ラティナはその言葉を聞いてビクッと反応する。

 

そして次の瞬間──

 

「もっと……」

 

「え…?」

 

「もっと自分を大事にしてっ!!」

 

「…!」

 

そう声を上げた彼女の表情は悲しみのものであり、目は涙で潤んでいた。

 

「ら、ラティナ……」

 

「……っ!」

 

ラティナはそのまま階段を駆け上がって屋根裏部屋へ行ってしまった。

 

「……」

 

これにより、酒場は静かになった。

突然のことに固まってしまったルディにジルヴェスターは声をかける。

 

「兄ちゃん。今日の嬢ちゃんはな、かなり心配してたんだ」

 

「そ、それはわかってるけど……あんなにまで……」

 

「確かに兄ちゃんにとってはそうでもないことかもしれないが……嬢ちゃんにとってはな……」

 

そしてジルヴェスターの言葉に付け足すようにリタがこうも話す。

 

「ラティナ、ルディ君が傷つくことを恐れてるのよ……ここで色々な話を聞いてるラティナだからこそ……というべきかしら……でも止めることもしたくないからそれで苦しんで……」

 

「……」

 

「とにかく、行ってあげて……」

 

「……はい…」

 

そう言うとルディは階段をゆっくりと上がる。

 

彼女と話すために……

 

(そうだよな。ラティナもデイルさんやジルさん、おじさんたちから冒険者の話は色々聞いてる。もしかしたら俺よりも危険な魔獣とかのこと知ってるのかもしれない……。ちょっと考えれば分かることだったのに……)

 

――――――――

 

「……ラティナ、入っていいか?」

 

「……ぅん……」

 

ルディが屋根裏部屋に足をすすめると、そこにはもちろんラティナがいた。

ベッドに座り、顔は下に向けている。

そしてルディは彼女に対して、謝罪を述べた。

 

「……その……ごめん、ラティナ……変なこと言って……」

 

「…ううん…ラティナも変だった。冒険者で怪我とかは普通なことだもんね……でも……ラティナ、ルディと離れたくない…から……!」

 

ラティナは拳を握り、震わせる。声も震えている。

うつむいているため、その表情は見えないが、うつむく彼女の瞳から流れる涙までは隠しきれていなかった。

 

その涙を見たルディは……

 

(俺はラティナの彼氏だろ……。それなのに、なんでラティナを泣かせてんだよ……クソッ……!)

 

自分への苛立ちを覚えつつ、ルディはラティナの隣に腰掛ける。

 

ベッドが少しぱふっと跳ねた。

 

外は日が暮れて、夕日がもうそろそろで見えなくなりそうであった。

 

数秒の沈黙。その後、ルディはゆっくりと口を開いた。

 

「ラティナ……俺、もっと強くなる……怪我とかそんなのしないような…もっと立派な冒険者になってやるよ。デイルさんくらい……までいけるかわかんねえけど、とにかく強く……なりたい……。いや、なる!」

 

「ルディ……」

 

そしてルディは彼女の手を取った。

 

その手は柔らかく、ルディより小さいものである。

 

その柔らかい彼女の手を握りながら、彼は決意の言葉を口にする。

 

「もう、ラティナを泣かせたりなんてしない!」

 

言った後に恥ずかしくなったのか、ルディはラティナの手を握る方と逆の手で頭を掻きながら、こう言った。

 

「………だから…もう泣くなよ……」

 

「………ぅん……ごめんね、ルディ……」

 

「別にあやまんなくても……も、戻るぞ……!リタさん達も心配してるし……!あと……」

 

「あと………?」

 

「俺は……いつもの……笑顔のラティナが好きだから……っ!」

 

「……ふぇっ…」

 

その言葉にラティナは赤面して、ルディももちろん赤くなっていた。

この後、二人共下に降りて、いつも通りに戻ったのだが、それでも紅潮が残っている二人を見て常連達がニヤニヤしてたのは言うまでもない。

 

 

なおデイルの帰宅はそれよりあとになり、帰ってきた後はずっと依頼主への愚痴を垂れ流していたそうな。

 

 




「絆」も大事にしていくのも目標です。

ラティナはデイルに少し似ている感じになったけど、ラティナだと心配でもこんなにかわいいんだな()


暫く充電したいので投稿は少し停止しますが、クリスマス(24日、25日)でまた新作を出す予定です。
今暫くお待ち下さい。


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赤毛の少年と幼き少女、聖夜の日の一悶着

今回は番外編なものです。

原作web版の「閑話、クリスマス番外編。」が一応過去にあった設定です。

メイン執筆がご存知のT ogaさんのため、多分私よりまともだがキニシナイ()


大晦日の夜は、『聖夜』と呼ばれている。

 

『聖夜』は、親しいものや家族で宴を開き、家の中で一年間に思いを馳せながら新年を迎えるこの世界での伝統儀式だ。

 

虎猫亭でも勿論、いつもの常連達が食べて飲んで騒いでいた。

(家族のいる者はさすがに来ていないが)

 

そんな中で一人、『聖夜』を異常に怖がる少女がいた。

 

その少女──ラティナは足を震わせながら配膳をしており、両親や兄姉たちに「泊まってこい」と言われてここにいるルディはいつも頼んでいる果実ジュースを口に運びながら、彼女に声を掛けた。

 

「なあ、ラティナ。まだ()()()のこと引きずってんのか?」

 

あの時とは、彼女らが学舎に通いはじめた年の聖夜の日のことだ。

 

こっそり家を出て、魔物を見てみよう。

 

誰が言い出したのか、学舎で夜遊びの話が出て……

結果、聖夜の日にのみ現れるアンデッド『ヘルブラックサンタース』に取り囲まれてしまったのだ。

 

その時はデイルの助けで事なきを得たが、今日はそのデイルが依頼で王都まで行ってしまっている。

 

デイルはラティナが聖夜を怖がっているのを良く知っているため、最初はその依頼を断ろうとしたのだが……

 

『ラティナ、だいじょうぶだから!デイルはお仕事がんばって』

 

『いや、でもなあ……聖夜の日に帰ってこれなくなっちゃうんだぞ』

 

『もう昔のこわがりなラティナじゃないよ。テオもいるのにいつまでも弱虫ラティナじゃだめなのっ!……だから、ね』

 

『……いや、でも……』

 

『デイルっ!』

 

『……わかった』

 

テオが生まれて自分も子供のままではいられないと思ったのだろう。

少し大人ぶったラティナはアンデッドへの恐怖心を隠し、娘を心配する保護者(デイル)を送り出したのだった。

 

 

「ラティナ、だいじょうぶだよ。テオのお姉ちゃんだもん。こんなのでこわがってちゃお姉ちゃん失格だから」

 

そうラティナが言ってもルディからは彼女は少し震えていることが見えた。

 

(やっぱり怖いんじゃ……)

 

「……本当に大丈夫か?俺が店の手伝いしてもいいんだぞ?」

 

「ううん。ルディは冒険者のお仕事で疲れたでしょ?ラティナもお仕事がんばりたいの」

 

そう言って店内を動き回るラティナをルディと常連達は心配そうに見つめていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

数分後──

 

「あっ、しまった」

 

厨房で料理を作っていたケニスが何かに気付き、そう言葉を漏らす。

 

そして、料理の火を止め、テオの世話をしているリタの元へ行き、相談をした。

 

「リタ、今いいか?」

 

「あうー、あうー」

 

「ごめんね、テオ。……ちょっと待ってて……」

 

リタはテオに母乳をあげながら、ケニスの話に耳を傾ける。

 

「どうしたの?」

 

「実はな……バターが足らなくなってきたんだ……シェパーズパイが作れなくなるかもしれん」

 

「ラティナのシェパーズパイはこの店の看板メニューの一つだから……聖夜の日に材料不足で売れないってのはちょっとねえ……」

 

「だろう。だけどバターを買いにいこうにもこの時間だ。市場はもう店終いだろうし、どうしたものかと思ってな」

 

ケニスとリタが二人で首を捻る。

 

熟考の後、リタが一つの案を思い浮かべた。

 

「そうだ!確かラティナとルディ君の友達にパン屋の子がいたでしょ?その子のパン屋から借りて、後で買ったものを返すとか」

 

リタの案にケニスも大きな声で同意する。

 

「それだ!すまんリタ、助かった!!」

 

そう言うとケニスはすぐにラティナとルディの元へ駆けていく。

 

そんなケニスにリタは怒りの視線を向けた。

 

「あー!うー!!」

 

「ごめんね、テオー。うるさかったわねー。後でパパに怒っとくから、テオはおやすみ~」

 

テオの前で大声を出したケニスが後でリタにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「え?マルセルの家でバターを……ですか?」

 

「ラティナとルディがいくの?」

 

ケニスがマルセルの家でバターを貰ってきて欲しいと伝えると、二人は真逆の返答をした。

 

「ラティナを危険な目に合わせる訳にはいかないし、俺が一人で行ってきますよ」

 

「だめ!ルディは冒険者のお仕事で疲れてるからラティナ一人でいく!」

 

そのラティナの言葉に少しムッとなりつつも、あくまで優しくルディはこう言った。

 

「ラティナ。さっきから外のアンデッド怖がってるだろ?」

 

「こわくないもん」

 

ラティナは少しむーっと膨れながらもルディの言葉を否定する。

 

しかし、やはりラティナの手足は少し震えていて怖さを必死に隠そうとしていることは誰の目にも明らかだった。

 

「いや、怖がってる」

 

「こわくないもん!」

 

「怖がってるって」

 

「こわくないもん!!」

 

「絶対怖がってるって!」

 

「こわくないったらこわくないもん!!」

 

二人とも徐々に声が荒くなっていき、それを見たケニスや常連たちはなんとか彼らを止めようとする。

 

「ま、待て待て二人とも!」

 

「喧嘩するなって」

 

「二人で行けばいいだろ?な?」

 

喧嘩のようになり、止められた二人は黙り込んでしまった。

 

「………」

 

「………」

 

気まずい空気の流れる虎猫亭

二人が喧嘩することなどめったに無いが故に、常連達も驚いていた。

そんな中、ジルヴェスターが口を開く。

 

「……二人ともいいか?」

 

「……はい」

 

「………」

 

まずジルヴェスターはルディにこう確認を取る。

 

「兄ちゃんは嬢ちゃんを危険な目に合わせたくないから一人で行くと、そう言ったな」

 

「はい」

 

ジルヴェスターはルディの目をジッと見て、頷いた。

 

「うむ……兄ちゃんは言葉の通りのようだな。しかし、嬢ちゃんの方は()()()()ようだ」

 

「え?」

 

ジルヴェスターの言葉にその場にいた全員が疑問を覚えた。

 

しかし、ラティナだけは何のことを言い当てられたのか理解したようで、少し驚いていた。

 

「ジルさん……なんでわかったの?」

 

「前に兄ちゃんが怪我して帰ってきた時から少しだが嬢ちゃん、様子おかしくなってただろ?今日のもそれだ」

 

「……」

 

ラティナは再び黙り込む。

 

「……?」

 

ルディとケニス、常連たちはまだ頭の上にはてなを浮かべたままだった。

 

ジルヴェスターはラティナの方を見てから、彼女がコクッと首を縦に振ったことを確認した後で、ルディたちにラティナがどう思っていたのかを喋り出した。

 

「嬢ちゃんは「冒険者の仕事で疲れてるから一人で行く」と言ったが、あれは少し違うんだ」

 

「だから、少し違うって何がだ?」

 

ケニスが疑問を口にする。

 

ジルヴェスターは慌てるなと手でジェスチャーしながら、こう続けた。

 

「先ほども言ったが、前に兄ちゃんが怪我して帰ってきたことがあっただろう。あの日から嬢ちゃんは……」

 

ジルヴェスターの言葉に被せるようにラティナは本音を口に出した。

 

「ルディにはもう怪我なんてしてほしくないのっ!」

 

「あ……」

 

ルディは合点がいった、とそう思った。

 

「ラティナ…あのな……」

 

ルディが言おうとする前にラティナが言葉を続けた。

 

「今日は街の外にアンデッドがいるんだもんっ!ルディが行ったらまた怪我して帰ってくるかもしれないもんっ!……だからっ!」

 

ラティナの目は、以前と同じように涙で潤んでいた。

 

ラティナはルディがまた怪我をして帰ってくる事を……もしかしたら、そのまま帰ってこなくなるかもしれない事を恐れて、アンデッドのいる街の外へルディを出す事を嫌がったのだった。

 

「ルディ」

 

「……」

 

ケニスからおしぼりを渡され、ルディはそれでラティナの涙を拭いながら、こう言った。

 

「前も言っただろ。もうラティナを泣かせないって……」

 

「……ごめん……でも……」

 

「ありがとな、ラティナ。心配してくれて。あれから必死に修行して、前よりは強くなってるんだぜ、俺。デイルさんやここにいる先輩たちに比べたらまだまだだけどさ……」

 

ラティナは俯いていた顔を上げ、ゆっくりルディの目を見つめる。

 

ルディは優しく微笑みながら、ラティナの手を取り、こう言った。

 

「ラティナ、一緒に行こう。俺が強くなってるってとこ。ラティナに見せてやる」

 

 

 

なんとも「彼」らしくないセリフであった

 




ぶっちゃけこの話をIFに組み込むことは全く考えてなかったのだ!
そして多分これ以降ないであろう2人のバチバチ
まあ、相手のことを想ってこうなってるので尊いけど。

私自身の骨折による故障により執筆が停滞してますが
案は整ってるので復帰次第全力全開します!ので今暫くお待ち下さい。

とりあえずこの番外編の次回は明日投稿です。
良いクリスマスを


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赤毛の少年と幼き少女、聖なる夜の冒険

「…………」

 

「…………」

 

ラティナとルディはマルセルのパン屋にバターを貰いに行くため、聖夜の夜道を歩いていた。

 

二人の間に会話らしい会話はない。

聖夜ということもあってか、人通りもなく、とても静かである。

 

しかし、二人の心の中の声は冷静ではあるものの静かと言えるものではなかった。

 

(ってか……どさくさに紛れてカッコつけて……何やってんだ俺……?それに今……)

 

(…さっきのルディ…かっこよくて……ふぇっ……!……あと、今……)

 

ルディとラティナは『それ』に目を向ける。

 

((手、握ってる……))

 

心の声が重なる恋人。

仲睦まじい事この上ない。

 

 

「なんか、静かだな」

 

少し歩いた後、ルディが隣を歩くラティナにそう声を掛けた。

すると、ラティナは短い答えを返す。

 

「……聖夜だもん」

 

「だよな……」

 

(うっ……気まずい……)

 

(ふぇぇ……怒ってるみたいになっちゃった……何話せばいいか分からないだけなのに……)

 

先ほど喧嘩したせいだろうか?

付き合う以前のような……もどかしい無言の時間が続いていた。

 

その無言に耐えきれなくなったのだろう。

次はラティナがルディに声を掛ける。

 

「……アンデッドも出て来ないね?」

 

「だな……」

 

「ラティナ、こわがりすぎだったのかな……?」

 

「かもな……」

 

そして、会話が弾む事も、アンデッドが現れる事もなく、二人は目的地であるマルセルのパン屋へとたどり着いた。

 

しかし、その道中、握っていたその手を離す事だけはお互い絶対にしない二人であった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

マルセルのパン屋はもちろん店を閉めており、ラティナはどう入ろうか悩み、頭にはてなを浮かべる。

 

「うーん、どうしよう?」

 

そんなラティナを見て、ルディは確認を取った。

 

「ラティナは店閉めてるマルセルの家に来るのは始めてだったか」

 

「うん」

 

「ここも虎猫亭と一緒だよ。裏口がある。こっちだ」

 

ルディに手を引かれ、ラティナはパン屋の横手の路地に入っていく。

 

狭い路地を少し進むと、虎猫亭の裏口と同様の小さな扉が見えた。

 

コンコン

 

ルディはノックをするが、返答はない。

 

「警戒してんのかな?」

 

「そうかも……」

 

再びルディは扉をノックする。

次は呼び掛けも同時に行った。

 

コンコン

 

「すいませーん、鍛冶屋のルドルフと虎猫亭のラティナでーす」

 

すると、その数秒後、扉が開き、マルセルが顔を出した。

 

「ルディにラティナ……こんな日にどうしたの?」

 

「マルセル、バターある?虎猫亭で使うバターが無くなっちゃって……」

 

ラティナがそうねだると、マルセルは合点がいったというような表情をする。

 

「あーお店のバターがなくなっちゃったけど、市場はやってないし、聖夜だしって事で二人でここに来たってわけね」

 

「すごいね、マルセル」

 

「よく分かったな……」

 

「まあ状況から考えてってやつ?……で、バターだったよね。ちょっと待っててー。外は危ないし中入って扉閉めていいから」

 

マルセルはそう言って奥の方へと入っていき、ルディとラティナは言われた通り中に入り、そのまま待つことにした。

 

そして、数分後。マルセルがバターケースとなにやら小さな袋を持って戻ってきた。

 

「はい。バターこれで足りる?」

 

マルセルは二人にバターケースの中身を見せる。

 

「これ……量多くないか?」

 

ルディは分量がわからないため、そう呟くがラティナは大きく頷いた。

 

「うん!シェパーズパイ何人分か作るだろうし、ちょっと多いくらいがちょうどいいよ」

 

「お父さんとお母さんも同じ事言ってた」

 

「そーいうもんなのか?」

 

料理に関しては何一つわからないルディであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「あと、これも持っていって」

 

マルセルにそう言われ、バターと一緒に小さな袋に入れられたケーキも貰ったルディとラティナは、日も落ちた暗い夜の中、来た道を戻っていた。

 

「これ、いらないって言ったのにね……。ケーキならケニスがいつも作るし……」

 

「いつも同じケーキじゃつまんないだろ。たまにはいいじゃんか」

 

「そうかな?でもせっかく貰ったんだし、味わって食べなきゃだねっ」

 

「新しく買い直したバター返しに来る時、食べた感想言ってやらなきゃな!」

 

「そうだねっ」

 

「まあ、それこそマルセルがバターはあげたやつだからいらないとか言い出しそうだけど……」

 

「それはダメだよ。お店のやつだもん。ちゃんと新しく買って返さなきゃ」

 

「まあ、ラティナの押しがあればマルセルも受け取るだろ」

 

「なんか、ラティナが押し売りするみたいな言い方……」

 

「まっ、確かにそうだな」

 

「むーっ……」

 

行きとは違い、二人楽しく会話しながら夜道を歩いていると、そこに黒い影が集まってきた。

 

そして、気が付いた頃には──

 

「メッセ・ヨリア・ジュウ……」

 

「ニク・シリア・ジュウ……」

 

「「……っ!?」」

 

謎の呪詛を唱え続けるアンデッド『ヘルブラックサンタース』に四方を取り囲まれてしまった。

 

「……ラティナ、ここ動くなよ」

 

「……ううん、ルディが逃げて。ラティナ、浄化の魔法ちょっとだけならわかるからっ、アンデッドに剣効かないでしょ……?」

 

ラティナの言う通り、アンデッドには剣や弓などの物理攻撃は一切通用しない。

アンデッドに対抗することが出来る手段は、基本的には魔法だけだ。しかも『天』か『冥』属性に限られる。

 

ラティナは『天』と『冥』と双方の属性を、デイルは『冥』属性を扱えるため、この場を凌ぐ事が出来るが、ルディは魔法適正がないため、アンデッドに対抗する手立てがない。

 

しかし、ルディは不敵な笑みを浮かべ、こう言った。

 

「言ったろ。『あれから必死に修行して、前よりは強くなってる』『強くなった俺の姿をラティナに見せる』って」

 

「でも、アンデッドに剣は……」

 

「わかってるよ、そんなこと。誰も剣で戦うなんて言ってない」

 

ルディの自信に満ちた表情にラティナは心配しつつも、こう問い掛ける。

 

「……どうするの?」

 

「まあ、見てろって。すぐに逃げられるように準備はしといてくれ」

 

その言葉にラティナは目を瞑り、両手を胸に当てて、首から下げているルディからもらったペンダントを握り締め、そして深呼吸をした後、ゆっくりとこう言った。

 

「……わかった。ルディを信じる」

 

「……ありがとな、ラティナ」

 

 

ルディはラティナとそう話しながらも、辺りを取り囲むサンタースの群れ全域に注意を向け、警戒は決して緩めていなかった。

 

(相手はアンデッド……倒し方は先生に教わってる……ここを凌いで逃げ帰るくらい、俺でもやれるはずだ)

 

ルディは先生の言葉を思い出す。

 

『いいか、ルドルフ。加護もない、魔法も使えない俺やお前みたいな剣士にとって一番相性の悪いモンスターがアンデッドだ。やつらには物理攻撃は通用しない。だがな、倒せない訳じゃない……。そのやり方を教える。まあ、言ってみれば簡単なことだ……』

 

ルディは警戒を緩めずに辺りを見回しなながら、ゆっくりと右手をポケットに入れる。

 

「リア・ジュウ・バクハ・ツシロ……」

 

「ソウイ・ウコト・ハイエ・デヤレ……」

 

サンタースが二人に迫る。

 

(チャンスは一回キリだ。もっと引き付けて……)

 

「カワイ・イカノ・ジョウ・ラヤ・マシイ……」

 

「オー・レモカノ・ジョホシイ……」

 

(…………)

 

「ルディ……」

 

怖がるラティナがルディの服を掴む。

 

ルディはアンデッドを引き付けて……

 

「…………今だっ!!

 

ポケットから無数の護符を取り出し、それをサンタースの群れへと投げつけた。

 

この護符はアンデッドが家に入ってこないよう玄関の扉に掛けておく魔除けの符だ。

 

この護符には『天』属性の浄化魔法と同じ効果があるため、これを投げ付けられたサンタースはスーっと光を浴びて消えてしまった。

 

そして、投げなかった方にいたサンタースもその護符を見て、ゆっくりと後ずさっていく。

 

サンタースがある程度離れたのを確認したルディはラティナの手を引いて、走り出した。

 

「逃げるぞっ!ラティナ!虎猫亭まで走れるか?」

 

「う、うん…っ!」

 

そして、二人は聖夜の夜道を駆け、虎猫亭へと帰っていった。

 

その握られた手を見て、ラティナが走りながらも顔を赤くしていたのは言うまでもない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして、帰って来た二人はケニスやリタ、ジルヴェスターや他の常連達に心配されながらも温かく迎え入れられた。

 

「ただいまぁ~」

 

「ただいま、帰って来ました」

 

「おお、ラティナ、ルディ!大丈夫だったか?」

 

「おかえり、二人とも。テオはもう寝ちゃったわよ」

 

「兄ちゃん、ちゃんと嬢ちゃんを守れたようだな」

 

「さすがは『赤き勇者』だな!」

 

「やるじゃねぇか!!」

 

聖夜の小さな冒険をいつもの皆に話すルディとラティナ。

 

ケニスが忙しくて作れなかったケーキの代わりにマルセルから貰ったケーキと

(走って逃げ帰ったせいでケーキは崩れてしまっていたが……)

ラティナが同じくマルセルから貰ってきたバターで作ったシェパーズパイを皆で食べながら……

 

聖なる夜はあっという間に過ぎていってしまった。

 

――――――――――――――――

 

「兄ちゃん。嬢ちゃん。来年もよろしくな」

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

「来年もお店来てね」

 

「もちろんだ。じゃあな」

 

「アンデッド気をつけてねー」

 

ラティナの声に振り向かずに手を振って、ジルヴェスターは帰っていった。

 

 

常連達も皆、家へと帰り、虎猫亭に残っているのはケニスとリタとすでに眠ったテオドール、そしてルディとラティナのみとなった。

 

「さて、後片付けは俺とリタでやっておくから、二人はもう寝ろ」

 

「えっ、でも……」

 

ルディはキッチンに山のように積まれた食器を見て、心配そうに声を出す。

 

「そうだよ、ケニス。ラティナまだお仕事するよ?」

 

ラティナもそう言うが、それに対してリタが答えた。

 

「二人とも今日は疲れたでしょ。夜も遅いし、まだ11歳のあなたたちに深夜労働は流石にさせられないわ。テオも寝たし、後は私とケニスでやっておくから二人はもう寝なさい」

 

ルディとラティナは「でも……」と言って意見を曲げない。

そんな二人に諭すようにリタはこう続ける。

 

「それに寝不足で新年を迎えるより、気持ち良く新年を迎えた方がいいと思わない?明日はお店休みにする予定だから、デートでも行ってきたらどう?」

 

そのリタの言葉に二人は顔を紅潮させながら静かに首を縦に振った。

 

 

そして、寝る準備を済ませた二人はルディが泊まる客室の扉の前でこう言葉を交わした。

 

「じゃあ……お、おやすみ。ラティナ」

 

「う……うん。来年も…よろしくね」

 

「おう、来年も……」

 

「……うん。おやすみ」

 

 

彼と彼女がお互いの顔を紅潮させず、自然に「おやすみ」を言えるようになるにはまだまだ時間が掛かりそうである。

 

しかし、そんな彼らの絆はどの恋人達よりも深く、決して壊れる事がないことだけは確かであった。

 




というわけでクリスマス編でした。
距離がなー
まだなー……仕方ないね
まあ滅茶苦茶深いし………うん。

次回投稿は前回後書きでも記しましたが私自身の故障のためかなり遅れますが、なんとかしますのでしばらくお待ちを……
予定通りならば次回から2年ほど年を進めます。


では少し早いですが良いお年を。


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赤毛の少年、白金の乙女と

更新再開です。
しめて5ヶ月も充電してたとは……。
相変わらず二人の物語をお送りします。

ノベルアップ+の短編
相変わらずルドルフさんは……(遠い目)



「……おーい、そっちにあるかー!」

 

「いや、こっちにはないです。もうちょっと探してみます」

 

時は経ち、現在13歳のルドルフ・シュミット──ルディは他の虎猫亭の常連でもある冒険者とパーティを組んで森の中で依頼のものを探していた。

 

ルディが怪我をして帰ってきた日にラティナが流したあの涙は彼の心に火を付けたようで、努力に努力を重ねた結果、それなりの冒険者となったのだ。

剣術などもしっかり身につけ、父に作ってもらった剣を帯刀するなど装備もきちんと整えている。

もちろん「彼女」からのものである角と貝殻のペンダントも身につけている。

 

(なんとかの霊草を探せって……意外と無いもんなんだな……)

 

ルディが探している依頼のものというのはとある霊草のことであった。

 

頭をかきながらも彼は草むらをかき分けたり、木の根の所を注意深く見たりして、霊草を探している。

一応この森にはそれなりにあるものなのでそれほど希少なものではないのだが、探し物というのは欲しい時に限って見当たらないものだ。

目的のものを見つけるためにはいろいろな所を見る必要があった。

 

(……こっちか……か?)

 

「……あ、あった」

 

そして熱心に探しているうちに、目的の霊草が生えている場所を見つけた彼はそれなりの量を摘んだ後バッグの中へと入れる。

 

(こんくらいありゃ大丈夫のはず……そんな多くなくても良いって依頼主も言ってたし……)

 

「よし……」

 

霊草をしまった後、ふと辺りを見回すとある大きなものが目に入った。

 

「ん?」

 

(なんだあれ……岩の……塊……?)

 

それは純白の大きな岩であった。

この森は薄暗いが、ここだけはその石に集まるかのように光が差している。

自然なものではなく、誰かによって作られたものであるようだ。

 

(なんかの石碑か……?…なんも書かれてねえけど……)

 

石碑にしてもここらへんでそういう逸話は聞いたことがない。

そのためルディは他の可能性を考え、ある答えに辿り着いた。

 

(つまり……誰かのお墓……ってことか?)

 

おそらくはここで誰かが亡くなり、誰かが作ったのであろう。

 

(……でも誰が……)

 

そう考えていると少し遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「おーい!兄ちゃん!見つかったか!」

 

言うまでもなくパーティを組んでいる年上の冒険者の声だ。

少し心配しているような声色であり、結構離れてしまっていたのだとルディは気づいた。

 

「はい!見つかりました!」

 

「そうか、じゃあ戻るぞー!「嬢ちゃん」にも早く会いたいんだろー!」

 

「は……な!?」

 

冒険者よりそう声を掛けられて顔を少し赤くしつつ、ルディは森より出ることにした。

もちろんこの「墓」の存在を頭の片隅に入れておきながら……

 

――――――――――――――――

 

その後、ルディは依頼主の元へ行き、霊草を渡した後、虎猫亭の方へ向かった。

 

そしてその近くのベンチに「彼女」は居た。

 

「ルディ!おかえりなさい!」

 

「お、おう……今日も待ってたのかよ…」

 

その待ち人とはもちろんルディの恋人であるラティナのことである。

当然ながらルディが13歳であるなら、ラティナも同じく13歳だ。

2年前に比べて格段に成長しており、その容姿は「少女」から「乙女」のものへ変わっていた。

 

「うん、ケニスとリタが良いって、デイルも今日は物凄く遅くなるって言ってたし」

 

「そ、そうか……」

 

ラティナは相変わらず可愛く、綺麗であった。

身長もそれなりに伸び、「白金の妖精姫」としては間違いなく磨きがかかっている。

当然ながらあの保護者の監視の目は更にグレードアップしたのだが、それでも「見守る会」の努力などにより、今もこの関係が悟られることはなかった。

 

「でまあ、今回の依頼主は本当にマッドってやつか?なんかいつも素晴らしいとかどーのこーの言ってるし…」

 

「あ、私も聞いたことあるよ、東区に住んでるんだよね?」

 

そしてラティナの変化は外見だけではなく内面にも至っていた。

長らく一人称が「ラティナ」であったのだが、ここ最近では「私」となったのだ。

もともと気にしてはいたが、ルディの言葉もあり、そう考えることはなかったはずである。

しかし、やはり成長をすると自然と変わるようなもので、今では「私」という一人称をよく使っている。

 

「………」

 

そしてルディはそんな彼女を横から見ていた。

細かな仕草の一つ一つも可愛いと感じてしまう。

保護者が目を光らせるのも納得と言えよう。

そんな彼女を恋人にしている自分は本当に奇跡なのだとルディは改めて確認する。

 

(……って奇跡だろうとなんだろうと……俺はもっと強くならないと……ラティナのために…!)

 

そう思っているとやはりルディのことが気になるのか、今度はラティナのほうから質問をする。

 

「他にどんなことがあったの?」

 

「あ、えっと……あ!そういえば森の中で珍しいもん見たんだ」

 

「珍しいもの?」

 

「ああ、なんか森の開けたところにデカい岩があって……なんかの石碑かなんかのお墓か……」

 

「……!」

 

それを聞いたラティナは驚いた表情をする。

 

「ん…?どうした、ラティナ」

 

「あ、うん……そういえば……ルディにはまだ話してなかった…ね…」

 

「ん?話って……」

 

「その岩のところ……私の男の親…ラグのお墓だよ」

 

「……え!?ら、ラティナの!?」

 

それを聞いた瞬間、ルディはとても驚いた。

ラティナは少し顔を下に向けつつ、続けてこう話す。

 

「デイルが私のこと拾ってくれた時に作ってくれたの……ラグ、ずっと表であのままだったから……」

 

「あのまま……」

 

(つまり死んでたってことだよな……拾われたってことは知ってたけどつまり……その親とともに故郷を追放されてそして森の中で……前にどっかで「ラグ」って言ってたけど、そのことだったのか……)

 

ルディは驚きつつ、脳内でラティナのことを整理する。

それと同時に、彼女が想像以上に辛い経験をしてきたことを察した。

 

そしてラティナは続けてこう言った。

 

「私ね、あの時もう死んじゃうかと思ってた……でもデイルが拾ってくれて、皆と…ルディに出会えて……私、今すっごく幸せなの」

 

「そっ……か」

 

「……私、こんなに幸せで良いのかな……?」

 

ラティナの声は本人にとっては普通のつもりであったが、震えていた。

 

「自分がこんなに幸せでいいのか、この幸せが壊れないのか?」という不安が彼女の中にはあった。

 

ルディはハッとしてすぐにこう答える。

 

「…良いと思…いや絶対良いって!ラティナはもっと幸せになっていいと思うし!てか、俺が幸せを守ってやるってか……」

 

「ルディ……」

 

「と、ともかく……そんな湿っぽい声はやめろよ……俺は元気なラティナが…笑顔で元気なラティナが好きだし…」

 

「ふぇっ………う、うん……」

 

ルディの言葉にラティナは少し赤面し、ルディもまた少し顔を赤くしていた。

あの「涙」から2年ほど経ち、成長していた二人であるが、ここはまだあまり変わっていないようであった。

 

「……そうだ、ラティナ」

 

「…え?どうしたの?」

 

「いや、なんつーか……」

 

――――――――

 

別の日、ルディは再び魔獣退治で例の森に来ていた。

そしてラティナの父親の墓の前でなにかをしているようで──

 

(こんなんでいいのか…な?……殺風景のままだとアレだし……)

 

「おーいルドルフ!用事は済んだか?」

 

「は、はい!今行きます」

 

ルディが呼ばれてその墓に一礼して走っていった後、その墓の両隣にはきれいなお花が供えられていたそうな。

 

 

 




原作より結構変わりすぎ…と最近気づいた。


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白金の乙女、物語と自分のこと

原作はありますが表にはないので、月の光でお察しください。



「~♪」

 

ラティナは冒険者の仕事へ出るルディやデイルを見送った後、鼻歌を歌いつつ、本を読んでいた。

「自分」の部屋で。

 

そう、彼女がこの2年で変わったことは身体的な成長だけではなかった。

なんとラティナは自分の部屋を持ったのである。

その部屋は女の子っぽい小物やらが整頓されつつ置かれており、常連達から貰ったお土産なども飾られており、「女の子の部屋」で間違いはなかった。

 

事の発端は12歳の時。

クロエの一人部屋を見て自分の部屋に興味を持ったラティナはリタとケニスにお願いをした。

この虎猫亭は本職の宿屋ではないものの、宿屋としての機能はあるため、部屋自体はそれなりにある。そのためリタとケニスは反対はしなかったが、保護者であるデイルは猛反対したそうな。

だがリタとケニスの必死な説得でデイル側がなんとか折れ、こうして今に至る。

 

なお当初、デイルは我が娘の成長を喜びつつも複雑な気持ちで沈んでいたが、同じ屋根の下ということに変わりはなく。ラティナがかわいいことにも変わりはないため、意外と受け入れるのは早かったらしい。

 

ただその代わり、デイルは虎猫亭で目を光らせることが多くなり、若手の冒険者へはにっこりと挨拶をしつつも、その瞳の奥には闇を匂わせて威嚇しており、ラティナをくどく不届き者は今のところ居ない。

だがこの影響はルディへも少し出始め、時々ルディへ目を向けて、ルディ自身をビビらせていたりする。

 

(……もうそろそろかな?)

 

そう思ったラティナは借りていた本をまとめ、手に持ち下に降りていった。

 

そして、少し待っていると、赤茶髪のハーフエルフ族の女性が店の扉を開ける。

 

彼女は貸本屋の店員のゾフィ。

ゾフィは「商売道具」である本の詰まった木箱を持ってきていた。

 

貸本屋は西区に存在し、ラティナはそこへ借りに行くことも多いのだが、それなりに離れているため毎回西区に行けない人たちも多い。

貸本屋はそんな顧客のために道具を持ち歩き、巡回する営業も行っており、店に行かずとも貸出と返却作業を行ってくれるため、忙しい人達にとっては重宝されている。

 

そしてラティナも貸本屋に行けないほど忙しい時が多いため、よく利用しているのだ。

 

「ゾフィさん、こんにちは。今回のも面白かった」

 

「それは良かった。続きのも持って来たよ」

 

「嬉しいな。他の本もある?」

 

ゾフィが返却手続きをしている間に、ラティナは宝物を見るかのように木箱の中を覗き込んでいる。

これは貸本屋が来るとよくある光景であった。

 

「あとね、テオに読んであげる絵本とかお話とかあるかな?」

 

「ラティナちゃんが読み聞かせするなら、文章が多少難しくても、男の子の興味を惹くような話のものが良いよねえ……確かあれを持ってきたはず……」

 

リタとケニスの子であるテオもこの2年でぐんぐんと成長し、言葉も拙いながらも喋るようになり、そしてラティナもお姉ちゃんらしくテオのお世話をするために読み聞かせなどもするようになった。

 

「じゃあ、こんなところかな」

 

「あ……このひとの作品なんだ。でも、読んだことないよ?」

 

「最近入荷した新作だからね。面白さは私の折り紙付きだよ」

 

ゾフィが少し笑いながらそう言っていると別のことを思い出したのか、ラティナにこう問いかける。

 

「そうだ、今読んでるのはどう?」

 

「どきどきして…どうなっちゃうのか気になるけど、結末は、絶対内緒にしてね」

 

「それはもちろん……ネタばらしほど辛いものはないからね…なら、この本も良いかもしれないね」

 

「この本?」

 

そしてゾフィはある本をラティナに渡す。

題名を見る限り、恋愛ものの小説であった。

 

「ラティナちゃんの好みの恋愛ものだし…甘酸っぱいものばかりの…」

 

「ふぇ……」

 

「好きだよね?両片思いのものとか」

 

「ふぇえっ…」

 

「今読んでるシリーズのもすれ違いからの恋のものだし……」

 

「ふえぇぇ……」

 

「……結ばれる二人も同じくらいで……好きだよね?そういうの」

 

「ふぇええっ……」

 

変な声しか出てこないラティナはすっかり真っ赤に沸騰していた。

自分でもわかってはいたのだが、こうやって指摘されるとやはり恥ずかしいようだ。

そしてゾフィは当然ながらラティナとルディの関係のことを知っててこう身も蓋もないことを言っている。長生きしている「本の虫」ゆえにやはり「変人」なのだろう。

 

「まだ表現も控えめだから大丈夫だと思うんだけど、もっと「ハード」なものに興味があったら言ってね?」

 

「ふぇっ……」

 

(はーど?)

 

その言葉の意味がわからないラティナは首を傾けてはてなを浮かべていた。

 

――――――――――――――――

 

大まかな仕事もない時なのでラティナは自室にこもり、本を読んでいる。

ゾフィの指摘の通り、ここ最近のラティナの好みは恋愛ストーリーである。

やはりあまり進展のない「自分達」のことを少し重ねているのだろうと自分でも思っている。

 

(どんな物語の英雄(ヒーロー)よりも、騎士さまや王子さまよりも、ルディの方が優しいし、格好良いけど……)

 

ラティナがここまで「彼」に恋をしている理由は実ははっきりしていない。

いや正確に言えば、思い当たる節こそあれど、それが多すぎるのだ。

それ故にずっと前に親友達へ話した「段々色々なことが引っかかって……積もって……って言うのかな?ラティナ、よくわからない……」がそのまま当てはまるのだ。

 

ただ「大切な人」であるデイルとは別枠としてルディのことは世界で一番素敵で大事な人と思っているのは言うまでもなく、その恋の心は本物である。

 

そして本を引き続き読んでいるラティナなのだが、段々とその顔は赤くなっている。

 

(あ、ふぇっ……)

 

そのシーンは単なるキスシーンなのだが、ラティナにとっては初な乙女ゆえにかなりのものであった。

 

(な、何考えてるの…私……)

 

そしていつの間にか自分のことを重ねて想像しており、それに気づき、ぶんぶんと頭を振っていたのだった。

 

その後、ラティナは一度に読むのはもったいないと思い、キリのいいところでしおりを挟んで、ぱたりと本を閉じた。

 

(こっち、どんな話かな……?)

 

最後にゾフィに勧められた本を持って首をかしげる。今読んでいるやつを最後まで読んでから読みたいという気持ちと今から少し読んでみたいという気持ちが交差しているようで、暫く考えていたが──

 

(ちょっとだけなら……良いかな…?)

 

誘惑に負け、ラティナはパラパラと本のページを捲り始めた。

じっくりと読んでしまうのは、まだダメだと自分に言い聞かせ、あらすじがわからない程度に、ページ飛び飛びに見て文を追っている。

 

(ゾフィさんのおすすめだから……やっぱり面白そう)

 

飛ばし飛ばしで見ているがそれでも面白いとは感じたようだ。

 

そうしているうちに「あるシーン」にぶつかった。

 

「ふぇ……?」

 

よくわからない描写のためか、ラティナは首を傾げて前後の文をよく見て理解しようとする。

 

すると──

 

「え…?……ひゃ…!?」

 

心臓がバクバクと更に躍動し始めた。

一度本から目を離して周りを見渡しもした。当然ながら一人部屋のため自分しかいない。

確認して再び本の方に目を戻した。

 

「え?……え?……え?」

 

本の中の主人公達はとても濃いラブシーンを繰り広げていた。

キスシーンだけでも限界なラティナにとっては全く未知な「その先」のことであった。

 

(ひゃ……あっ……)

 

彼女は純粋な輝きを持つわけだが、「そういうこと」に興味がないわけではなく、むしろあるほうである。

だが初なためこんな感じの反応をしている。

 

(恥ずかしい……こんなこと……してるの……?……ふぇっ……)

 

そう思いながらも彼女の目線は引き続きその本にある。

ゾフィセレクトのその本はラティナの読みやすい「そういうこと」が書かれており、ある意味入門書みたいな感じになっていた。

 

――――――――――――――――

 

(ふぇっ…ふぇっ……)

 

そして彼女は恥ずかしすぎて途中で読むのを止めてしまい、ベッドの布団に包まり、ゴロゴロと転がっている。

赤面をなんとか取りたいものの、どうにも恥ずかしい気持ちを発散したいためかこうなってしまっている。

 

(ふぁっ……うっ…)

 

そうして包まって数分後、やっとゴロゴロするのが収まりつつあり、彼女も冷静を取り戻しつつあった。

そして今度は別の「悩み」が生まれていた。

 

「………」

 

(私……このままでいいのかな……)

 

自分達のことを改めて考えると、「その先」のことはもちろんだが、「キス」すら出来ていないということにラティナは気づいたのだ。

 

(……今のままでも……でも……)

 

ラティナは揺れていた。

このまま微妙な距離のままでいいのか、それとももっと進めるべきか

そう悩んでいるうちに──

 

「……あ!」

 

結構時間が過ぎていたことに気づき、すぐに下に降りていった。

午後の開店時間ギリギリであった。ただゾフィが来たときはだいたいこんな感じなのでケニスもリタも慣れていたそうな。

 

――――――――――――――――

 

「………」

 

そして今日も仕事をこなしているラティナであるが、先程のことでやはり悩んでいるようで、表情も微妙な感じだ。

 

(うーん……どうしよう……いいのかな……)

 

「おーい、嬢ちゃん」

 

「は、はい!」

 

暫くこんな感じであった。

 

そしてそうこうしているうちに本命の「彼」が帰ってきた。

 

「ただいま、ラティナ」

 

「お、おかえりなさい!何にする?」

 

少し言葉がアレになったが、とりあえず平然を装うラティナ

 

「とりあえずなんか飲み物……あと適当なやつを」

 

そしてルディはパーティを組んだ常連の冒険者たち共にテーブルに座る。

 

「ルディ、今日はどうしたの?」

 

「ああ、うん。今日はちょっとデカい魔物を退治してきた」

 

「今日の兄ちゃん凄かったな、まさかあそこで一刀両断しちまうとは」

 

「おう、素早かったな!」

 

「別に俺は……でも本当にあんな大きいのがいるんだ…いつもおじさん達が言ってるから嘘かと」

 

「あのな……でも俺が見たのはもっと大きいぞ!こんぐらいの!」

 

「へー……」

 

常連達と今日のことについて話しているルディであり、また新たな発見をしたようで、どこか嬉しそうだ。

 

そしてラティナはその注文をリタに届けながら、ルディのほうを見つつ、こう思う。

 

(でもまだ…良いかな……ルディの楽しいところ見てるだけで私は嬉しいから……)

 

とりあえず「先」のことは置いておくことにしたようだ。

そして再び気合を入れて、ラティナは仕事をしていくのであった。

 

 

 




健気やで……。


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灰色のもふもふ、襲来

「依頼の品はこれでいいですか?」

 

「はい確かに…いやあありがたいねえ。いつも薬草の依頼を受けてくださって……老いぼれじゃ森に行っても食われるだけで……」

 

そう話すのは今回のルディの仕事の依頼人である老婆。どうやら薬を作っている薬師らしい。

昔は冒険者も兼任していて薬草を自分で取りに行くほど活発な女性だったそうだが、今は行商人から買ったり、こうして依頼で仕入れたりしているのだ。

 

そして最近はルディの依頼の常連さんでもある。

 

「いえいえ、また何かあったらお願いします」

 

「はいはい……ああ、そうだ」

 

「ん?」

 

――――――――

 

(依頼料とは別に手作りクッキー貰っちまった………常連のお客がつくとこういうことがあるとは聞いてたけど……)

 

帰り道、包みから一つだけクッキーを手に取り、残りは肩掛けバックの中へ入れつつ手に持つクッキーを噛るルディ。

 

口の中にさくさくと拡散していくミルクの甘さを感じながら、ルディは彼女の顔を思い浮かべた。

 

(おいしい…ラティナにもあげるか……)

 

そう思っていつも通り虎猫亭へ足を進ませていると、その目的地の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 

「なん、だと……」

「オイオイオイ、ヤバイって…」

「まさか幻獣がなぁ…」

 

「ん?喧嘩か?」

 

その騒がしさにルディは最初、酔っぱらいの喧嘩かと思ったが、それにしては静かであると不思議に感じていた。

 

「まさか嬢ちゃんがなぁ……」

 

「ん?」

 

「嬢ちゃん」それは大人たちがラティナのことを呼ぶときによく使う言葉だ。

つまりこの件にはラティナが関係しているということであった。

 

(ど、どうしたんだ…?まさかラティナに…)

 

ラティナになにかあったんじゃないかと思ったルディは虎猫亭の入り口周辺の人混みをかき分けるようにしてなんとか奥まで入っていくのであった。

 

――――――――――――

 

(はぁ……人多すぎるっての…!)

 

「おお、兄ちゃん。いいときに来てくれた」

 

「ああ、ジルさん…ラティナは……って!?」

 

その時、ルディが目にしたのは──

 

「へいき。ラティナとこ、いく。いいって、いってた」

 

「そうなの?なら、大丈夫なのかな?」

 

「……!?!?」

 

「あ、ルディ」

 

見た目は犬の『幻獣』をかわいがっているラティナの光景であった。

ルディは思わずあんぐりとしてしまう。

彼は冒険者として勉強していくうちに当然ながら色々な生き物についても勉強していて、「幻獣」というのもそれなりに知っていた。

ゆえにこれほどまでに驚いていたのだ。

 

「ジルさん、これって……」

 

「ああ、見てのとおりだ……突然ここにひょっこりと現れてな……」

 

「え?でも街壁があるし、飛んできたらひと目で……」

 

「のはずなんだが、壁の隙間から入ってきたようでな……門番や憲兵の見張りをうまくすり抜けてきたわけだ」

 

「壁の修繕が不十分だったらしい……まあしばらく事件も何もなかったからな」

 

横からケニスも補足する。

ケニス自身もかつてはかなりの凄腕の冒険者であったがゆえに、この状況にはかなり困惑しているようで、いつもより冷や汗をかいている。

 

(で、今に至るわけ…か)

 

そしてラティナは相変わらずその「幻獣」ヴィントをモフモフしたりで色々と会話しているようだ。

その光景は言うまでもなく可愛い。

 

(まあ、ラティナだからなぁ……何があってもおかしくはないというか)

 

ルディ当人も納得しかけていた。

ただでさえ奇跡のような彼女である。幻獣を手懐ける「奇跡」もまたおかしくはない。

自分でもわからないが、なんとなくそう思った。

 

そうルディが考えているうちに後ろの大人二人はまとまったようで。

 

「……嬢ちゃんに完全になついてるっていうのは、本当らしいな」

 

「ああ、そのようだ……」

 

 

尻尾をよく振って、頭をラティナに擦り寄せているその姿はこの幻獣が本当の犬だと錯覚するほどのものである。

これでもしラティナから無理に引き離せばそれこそ非常事態になりかねない。

 

何故ならヴィントが属する幻獣は「天翔狼」と呼ばれ、とても仲間意識が強い。

仔一匹だけならどうってこともないものだが、下手に手を出して傷つけたりでもしたら群れ総出で報復に出る可能性がある。

しかもヴィントはきちんと行き先を伝えており、仮に追い出したりでもしたら仲間が翌日には報復措置で飛翔してきてあっという間に街が壊滅的打撃を受ける可能性もあったのである。

 

それゆえに下した判断は──

 

「俺の方で話は通す……」

 

そして次の瞬間、ジルヴェスターは声を張り上げるようにし、この台詞を口にした。

 

「これからすぐに緊急総会を開く!SSクラスの議題だ!伝達しろ!」

 

その台詞で集っていた冒険者たちの殆どが一斉に動き出し、またたく間に虎猫亭から結構な人数の冒険者が消えた。

 

「総会?」

 

「なんだろ……」

 

(……まあ、その「元」はあの二人なんだがな…)

 

急に冒険者が消えたことに、ルディとラティナは首を傾げており、その意味を理解しているケニスは「総会をする集団が結成された原因」とも言える二人を見つつ、仕事場に戻っていった。

 

「全く……はあっ」

 

「?」

 

なおリタはその冒険者の勢いに少し呆れつつ、テオにミルクをあげていたそうな。

 

 

「……あ、そうだ。ラティナこれ…」

 

ルディは包みに入ったクッキーを彼女に手渡す。

 

「これ?……くんくん……あ、クッキー!」

 

「依頼の人から貰ったからやるよ、あんま俺は食べないし」

 

「うん、ありがとう!」

 

なんてこともないいつもの二人の光景だが──

 

「………!?」

 

ヴィントはその様子を見て雷が落ちたかのようにショックを受けた。

自分とは違う顔を彼に見せたからで、ヴィントは何が何だか一瞬わからなくなった。

そして次の瞬間、ヴィントはルディを睨みつけ始めた。

 

「うーっ!!」

 

「な、なんだよ?」

 

まだ可愛いものだが、ルディからしてみれば突然で少しびっくりした。

 

「ヴィント、ルディは悪い人じゃないよ?」

 

ラティナはヴィントをよしよしと抑える。

 

「うう……つらたん……」

 

そしてヴィントは睨むのをやめて、少し脱力する。

ヴィントは言わば二人のやり取りに嫉妬してしまったのだが、当の二人にはわかっていないようだ。

 

――――――――――――

 

その日の夜にデイルが帰ってきたのだが、その目の前には言うまでもなくラティナと服を着せられた一匹の「獣」が居たのであった。

 

「おかえり、デイル」

 

「わんわん」

 

保護者からすれば相変わらずラティナの笑顔は可愛いが、その隣の獣の棒読みのような「わんわん」が滅茶苦茶引っかかった。

 

「ら、ラティナ……そいつってたしか……」

 

「『犬』だよ?」

 

「へ?だけど…」

 

「大人の事情で『犬』なんだって」

 

「わんわん…わん」

 

「え、は…え?」

 

デイルは困った顔のまま、兄貴分であるケニスに理由を求めた。

そう頷きつつ、こう返した。

 

「あれは『犬』だ。誰がなんと言おうとも『犬』なんだ」

 

「わんわん」

 

「……いぬ?」

 

「『犬』なら街のどこで飼われていても不思議じゃない。だから『犬』だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「????」

 

はてなを浮かべるデイルに畳み掛けるように常連客はこうも話す。

 

「ああ、犬だ」

「間違いなく犬だな」

「どう見ても犬だ」

「犬は犬だからな」

 

「あ、え……そ、そ……そうか……」

 

その同調圧力的な何かに押され、デイルは思考を半ば放棄せざるを得なかったのは言うまでもない。

 

(それでいいのかよ……)

 

そしてルディもまた、その「犬」について心のなかで突っ込みつつも、飯を食べていたそうな。

 




これは犬だ。
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白金の乙女、お酒が気になる

再び少し時を進めてます。
だいぶ引き伸ばしたな(?)


()()()()が襲来して、一年ほどが経過した。

 

クロイツは街壁の補修が徹底されたことなどを除いて特に変わらず緩やかな平和である。

当然、虎猫亭も保護者がやけに「ラティナに近寄るな目線」を他の若手冒険者に向けたりしていることを除いて平和であった。

 

「…………ごくっ」

 

そんな保護者が留守の夜、ルディはあることに挑戦していた。

それは「お酒」であった。

 

「…………うえっ」

 

「ま、最初はそういうもんだな。ほら水」

 

他の常連客から差し出された水を飲むルディ

 

「ごくっ……はぁ……変な感じ……こういうものなのかよ、酒って」

 

そう言っていると、隣の席の別の常連客が話し始める。

 

「まあ最初は飲み慣れんものよ。俺もガキの頃はまずいって思ったし」

 

「そのガキが大人になると憲兵になって、こんな呑兵衛になるんだよ」

 

「そうそう、どこかで急に合うようになって…って誰が呑兵衛だよ!最近はまだセーブしてるっての!」

 

「よく言うわ、カミさんから制限しろってガミガミ言われたって聞いたぞ?憲兵だってのに模範的じゃないんだなぁ」

 

「憲兵だって人間なんだよぉ………くそ!こうなったらのむぞ!」

 

「やっぱり呑兵衛じゃねえか!」

 

「「「ガハハハハッ!!!」」」

 

通常、憲兵と冒険者というものはあまり相容れることはないが、酒場ではそんなことは関係なく楽しく飲む事が多い。

「酒はみんなで楽しむもんだ」と陽気な酔っぱらいは口先揃えて言うほどだ。

それ故にこんな感じになるのである。

 

そんな中、ひょこっと顔を出す看板娘のラティナ。

どうやら片付けられるものがあるかと聞きに来たらしい。

 

「お下げするお皿ありますか?」

 

その問いかけにルディは自分が飲んでいた酒の小さなコップと食べ物の皿をラティナに手渡した。

 

「ラティナ、これの代わりになんかジュース頼む……」

 

調子がよくなさそうなルディにラティナは心配してこう声をかける。

 

「ルディ大丈夫?」

 

「まあなんとかな…」

 

「不味かったの?」

 

「なんだろ……不味いっていうのか……美味いとも言えないってのか……よくわかんねえ味だった」

 

「ふーん……そうなんだ」

 

「ま、じきになれるようになるさ。嬢ちゃん、俺にはつまみ追加を頼む」

 

「わかったよ、ジルさん」

 

そしてラティナはお皿を洗い場まで持っていくが、その中でとある興味を抱いた。

 

(お酒ってどんなのだろう……?)

 

彼女はお酒を見ることはあっても当然ながら飲むことはない。

それ故に気になっていたのだ。

今までも気になる事は何度かあったが、今日ここまで興味を示したのはやはりルディが飲んでいたのが関係しているのだろう。

 

(……そういえばルディのこれ、まだ半分残ってる……)

 

ラティナはそれを流し場の台に置いたあと、周りをキョロキョロと見回す。

リタは二人目を妊娠中で、少し休みながらも忙しく働いており、ケニスもまた料理の真っ最中で忙しそうだ。

ヴィントやテオは2階ですでに夢の中であり、お客達も厨房を見る事なく酒を飲んでたりで賑やかだ。

「酒なんてラティナにはまだ早い」などと言いそうな保護者も今日は帰ってこれない任務に(泣きながら)行ったため、この彼女の好奇心を邪魔する存在はいない。

 

バレないように警戒しつつも彼女はコップに残っていたお酒を飲んでしまった。

 

「……ごくっ」

 

そして飲んだ後は微妙な表情になった。

 

「………ん?」

 

美味いわけでもなく、どちらかというと不味い。

ルディが残す気持ちもわかる。

 

(変な感じ……お客さんたちってこういうのを美味しく飲めるんだ……)

 

当然ながら、まだラティナにはよくわからないものであった。

 

「いつもは怒られることだけど……大丈夫だよね?」

 

自分にそう言い聞かせたラティナは洗い物をして、再び表へ戻っていくのであった。

 

――――――――――――

 

数分後──

 

「………ん?」

 

ルディは相変わらず残りのご飯を食べていたのだが、ラティナを見て違和感を覚えた。

 

「………」

 

一応仕事をこなしてはいるが、どこかフラっと…安定していないように見える。

 

(疲れてんのか……?でもそれにしては……)

 

気になった彼は席を立ち、彼女に駆け寄った。

 

「ラティナ、大丈夫か?」

 

「るでぃ?……だいじょうぶ…だよ……?」

 

「いや、でも……」

 

「だいじょう……」

 

ふらっとよろけて、それをルディはなんとか抑える。

 

(全然大丈夫じゃねえ!?)

 

「いったいどうしたんだ嬢ちゃん?なんか変なものでも食べたか?」

 

近くに居る常連の一人がラティナにそう問いかけると、ラティナはこう返した。

 

「う……るでぃの……のこりの……のんじゃった……」

 

「……へ?……それって……!?」

 

ルディは先程のことを思い出す。

確かお酒は飲みきれずそのままラティナに渡していた。

それとラティナの発言を照らし合わせると、どうやらラティナは「酔って」しまったらしい。

 

「ああ、飲んじゃったのね……」

 

「リタさん……やっぱりこれって…」

 

やれやれとした表情でリタはラティナの様子を見ながらこう話す。

 

「まあ仕方ないわね……ラティナは目新しいことは片っ端から試しちゃう事が多いし」

 

「た、確かに……」

 

ラティナはどっちかというと自ら新しいことに挑戦するタイプだ。

そのため、こうなるのも仕方ないのである。

 

「ういっ……うっ……」

 

「この調子じゃもう仕事は無理そうね…ルディ君、ラティナを上の部屋まで寝かせに行ってあげて。この場はなんとかしておくから」

 

「わ、わかりました。ラティナ、立てるか?」

 

「うっ……いいっ……」

 

そしてルディはなんとかラティナを肩で組んで支えつつ、ゆっくりと上のへと歩いていった。

 

――――――――――――

 

「……ううっ……ん……ぐっ……」

 

そしてルディはラティナの部屋に付いて、ラティナをゆっくりとベッドに寝かせるように下ろした。

ラティナはお酒のせいか、それとも疲れていたのか、横になった途端すぐに寝てしまった。

 

(やれやれ……)

 

少し落ち着いたあと、ルディはそんなラティナの様子を改めて見る。

赤くはなってはいるが、やはり安らかな寝顔であった。

 

(………ちょっとぐらい……は……良いよな?)

 

ルディは彼女の頭を優しく撫でてみる。

髪はどこかふわふわしており、撫で甲斐がある。鼻を(くすぐ)るいい匂いもする。

 

「………!」

 

(…って……はやく手伝わねえと……!)

 

少し赤面し、下のことを思い出したルディはそのまま逃げるかのように部屋を後にした。

 

その後、ぼーっとしまがら目が覚めたラティナが……

 

「………るでぃ……?」

 

もちろん「彼」のことを呟いていたのは言うまでもない。

 



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白金の乙女、お祭りに向けて

やっと本編ベースに戻りました。


「クロエ、今度のお休みの話なんだけど……」

 

ラティナは東区のクロエの仕立て屋に茶菓子持参で顔を出した。

まだ昼であり、虎猫亭も開店こそすれどそう忙しくはない。

なので買い物ついでに寄り道しているというわけだ。

 

まあお菓子に関してはただ単に自分が食べたいというだけなのだが、クロエもそれをわかっているらしく、仕事道具を隅に置き、お茶を飲むスペースを作った。

ラティナは特に遠慮もなく、自ら持参した包みを開けて、食べ始めた。

 

「この間、少し太ったって気にしてたのに……良いの?」

 

「平気だもん。食べ過ぎないし…これからの時間もいっぱい動くから!」

 

ラティナは口を尖らせつつもそう言っている。

なのでクロエはこれに少しいじわるするようにこう言い放った。

 

「えー?でもそれであいつが急に「太ったな」とか言ってきたらどうするの?」

 

「……っ!」

 

そうクロエに言われると途端にラティナの表情はショックを受け、手に持ってたお菓子をそっと戻そうとした。

やはり「彼」には一番綺麗に見られたいらしく、気にしていることであった。

 

(あ、しまった…)

 

地雷を踏んでしまったと感じたクロエは慌ててこう言う。

 

「だ、大丈夫!冗談よ!私から見れば全然良いし!」

 

「……本当?」

 

「ええ、ホントよ!」

 

そうするとラティナはいつもの表情に戻り、お菓子を再び口に運んだ。

 

「……でも、もう少しラティナは肉付いても良いんじゃない?気にしてる()()()()にも付かなくなるよ?」

 

だがクロエの言う通り、ラティナはスリムであるのだが、その分「ある部分」にも付いていないのである。

 

「成長期が…みんなよりゆっくりなだけだもん」

 

友人達がだんだんと大人になって、体つきも丸みを帯びつつあるのに対し、ラティナは身長こそ多少伸びているものの、未だ幼さが残るスッとした体型である。

当然それを気にしないラティナではなかった。

 

「ちょっとなら……大きくなってるから…!」

 

とは言うものの、服の上からは変化は確認できなかった。

クロエは苦笑いしつつ、この話題を続けるとラティナ的には流石にマズイと判断したため、あっさりと話題を変えることにした。

 

「で、今度の休みだっけ?」

 

「え…あ、うん。そうなの。シルビアもね、お休み取れるって言ってたの」

 

「シルビア…いくらラティナが虎猫亭にいるからって一応公共の伝言板にメッセージ送りつけるのは流石にマズイんじゃないの…?」

 

「どうなんだろう……シルビアは「これ位できないと、この世界では生き残れないのよ!食うか食われるかだし」って言ってたけど…」

 

「流石にそこはオーバーだと思うけど……」

 

『踊る虎猫亭』は『緑の神(アクダル)の伝言板』と呼ばれる端末があり、いわば『神殿出張所』というものだ。

当然その神殿との関わりは深いため、その関係もあって、時折神官が店を訪れる事も多い。

見習い神官であるシルビアの様子も人づてに聞くことができた。

 

それだけでなくどうやっているのか

伝言板にラティナ宛の個人的なメッセージを送りつけて来るときもあった。

シルビアの『加護』はそれほどのものではないのだが、よほど要領が良いらしい。

 

ラティナとクロエはそんな親友を想像しながら苦笑していた。

 

――――――――――――

 

赤の神(アフマル)の夜祭り』

 

クロイツでは様々な時期に様々なお祭りや催しが行われており、領主主催や商工会主催のものもあるが、その中で盛大に最大に行われるものこそ、ラーバント国の主神たる赤の神(アフマル)を奉る神殿が行う『赤の神(アフマル)の夜祭り』であった。

他の神殿も祭りを行うものの、それらには到底及ばないほどのものである。

ラティナも毎年保護者であるデイルに連れられて見物していたお祭りであるが、今年は初めて友人達と見物に行くことが許された。

 

クロイツ一親バカなデイルは許可を出しながらもやはり不安らしく、ラティナを前にしてはうるさいほど口を挟んでくる。

『一人では絶対行動しない』『人通りの少ない道や路地には入らない』『知らない輩には先制攻撃をしてもいいから撃退しろ』など物騒な忠告まで挟んでいる。

まあ「彼」がいると思っていないからこうも言えるんだろうと思われる。

「憲兵に怒られちゃうよ?」という至極当然なラティナの声も「世の中は弱肉強食!食うか食われるかだ!それくらいの心構えは絶対いる!」と返すほどであった。

 

「ははは……」

 

なおそれを聞いているクロエは顔が半分引きつっている。

 

(ルディとラティナのことがデイルさんにバレたら大変なことになるわねこれ……聞くだけで半殺しされそうな勢いだし)

 

それと同時に二人について心配していたそうな。

 

そしてラティナはクロエが縫っている最中の服を眺めている。

 

「どうかなぁ……似合うかな?」

 

「布選びの時から何回も当ててみたじゃない、絶対似合うって」

 

「それでも、完成は楽しみだから…」

 

照れながらも少し笑っている。

どうやらその服は自分が注文したものらしい。

楽しみにしている夜祭りに合わせて、新しい服を着たいというのはごく自然な女の子の心理であるからだ。

 

「クロエに見立ててもらったもの、いつものと雰囲気違うから…ちょっとどきどきするよ……」

 

「私の見立てじゃ不安なの?」

 

「そうじゃないけど……大丈夫かな……って」

 

クロエからすればあのルディ相手にはラティナはどんな格好でも大丈夫だと思っているのだが、当の本人は不安に感じている。

自分を驕っていないということなのだが、クロエからすれば贅沢な不安であった。

 

(自覚がないってホントアレね……まあこの4年間で「そういうこと」も耳にしてない時点であのルディもそんな感じなんだろうけど……)

 

4年という時は意外と長いものなのだが、この二人の距離は4年前からそう変わってないとクロエは思っていた。

最初の距離よりはもちろん縮んではいたが、それでも…だ。

双方とも奥手というものはなんとももどかしいものか。

 

「ラティナはもっと押したほうが良いって、ラティナにはラティナの強みがあるんだから」

 

「強み?」

 

「うん、だから早く距離縮めてみたら?せっかくの初めての「祭りデート」でしょ?」

 

「……う、うん……」

 

ラティナは頬を少し赤く染めた。

先程の通り、今まで友達とも行くのも許されなかったこの夜祭り。

そして今回はデイルへは「友達と行く」ということに偽装してルディと行くこととなる。

まさに攻めどころであった。

 

なお「友達と行く」だがシルビアとクロエもとりあえず同行するため、嘘ではないのであしからず。

 

「が、頑張る……!」

 

ラティナがそう決意を新たにした…が

 

「…で……クロエ?」

 

「ん?」

 

「強みって……なにかな?」

 

「……あー……」

 

(そこから……ね)

 

とりあえずの「強み」をラティナに教えつつ、久しぶりに色々とお膳立てをしなければ…とクロエは思っていた。

この奥手のカップルには劇薬も必要なのかもしれない……と片隅に思いながら。

 



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赤毛の少年と白金の乙女、薔薇色の姫君と会う

引き続きでお送りします。



ラティナがクロエの店で赤の神の夜祭りに向けて準備をしているのと同じ頃、同じ場所でルディはため息をつきながら大通りを歩いていた。

 

「はぁ……お袋も過保護だっての……他の街に出るわけじゃないってのに……」

 

学舎通いの頃のルディはこの東区に住んでいたのだが、冒険者の仕事をやる為には緑の神(アクダル)の伝言板がある虎猫亭などのギルドで仕事を請け負う必要がある。

 

この広いクロイツの街で毎日東区と南区を行き来するのは流石に負担がかかり、時間のロスも生まれてしまうため、

今のルディは南区にある宿屋の一室を借りて、そこで一人暮らしをしているのだ。

 

なおその宿屋の主人はジルヴェスターの旧友であり、その宿屋は他の冒険者や虎猫亭の常連達も借り住んでいる。

 

多くの大人に囲まれての生活になる為、まだまだ半人前のルディでも特に問題なく一人暮らし生活を行えているのだが、ルディの母は南区の治安が悪いためか心配なようで、時々顔を見せにこいとルディにしつこく連絡をしているのだ。

 

今日ルディが東区を歩いているのも母に顔を見せに行っていたからである。

 

ちなみに母は当初、一人暮らしについても反対していたのだが、父の容認とジルヴェスターの説得もあったため、なんとか許してもらったそうな。

 

――――――――――――――――

 

「……あ」

 

「ん?」

 

母に会った帰り道、東区をなんとなく歩いていたルディはちょうどクロエの店から出てきたラティナと目があった。

 

「どうしたんだ?クロエのとこで」

 

「うん、ちょっと話してたの」

 

「そっか」

 

ラティナはまだ服のことは秘密したいようで、このように返した。

特に詳しく聞こうと思わなかったルディはすんなりとこれを受け入れる。

 

そしてそのラティナの近くには

 

「むーっ!」

 

ルディに少し威嚇しているヴィントの姿があった。

 

なおラティナに抑えられているため、これでもマシなほうである。

慣れない時期はルディに平気で噛みついてきた事もあったからだ。

ヴィントがルディに噛みついた時は流石のラティナも怒りを露にし、それ以降は威嚇こそすれど、そこまでなことにはならなくなった。

 

「もー、だからルディは大丈夫だって」

 

「むむむ……!」

 

(俺のこと嫌ってるんだろうなぁ……)

 

その後、二人(と一匹)は言うまでもなく、一緒に街を歩くことにしたのだが、歩いている途中、ラティナがある人物に気がついた。

 

「ねぇ、ルディ……あの人」

「ん?」

「わふっ?」

 

ラティナの視線の先には旅人姿で彷徨っている若い女性の姿があった。

 

「迷子かな?」

 

ラティナがそう呟いたのは、自分もこの職人街で迷子になった事があるからだ。

知らないと迷路のように迷い込んでしまうため、心細かったことも覚えている。

だがそのお陰で隣の彼や親友たちに出会えたため、決して悪いことではなかったと思っているのは言うまでもない。

 

「だよな……旅人がここに来ることなんてあんま見たことねえし」

 

ルディの言う通り、この東区の職人街において外からの旅人が来ることはそう多くはない。

何故ならそういう旅人達はだいたい表側の商店を利用するからだ。

 

その女性はキョロキョロと見回しつつも足を止めており、その仕草から見て「迷子」である事は確定と見て間違いない。

 

「あの……お困りですか?」

 

「え?」

 

ラティナがその女性に声をかけると、その栗色の髪を揺らしつつ、女性は振り返る。

そしてその彼女の顔を見た途端、ラティナは思わずぽかんと口を開いた。

 

(ふあっ…すごく綺麗な人……)

 

一方その女性もどこかラティナに驚いているのだが、ラティナ自身は気づいていないようだ。

 

(ふーん……こんな人が一人でここまで……?)

 

一方のルディは引き続きその女性の人を不思議に見ていた。

 

(あ、もしかして……)

 

ラティナがその女性をよく見たら何かを思い出したようで

 

「薔……」

 

と途中まで言いそうになったが

 

「まあ!妖精姫ね!」

 

その女性からの言葉で遮られた。

 

「ふえっ…?」

 

ラティナはビクっと飛び上がりつつ、情けない声をだして、目の前の女性を見た。

間違いなくラティナより年上で優しそうな顔達をしている美しい女性だ。

ある意味ラティナの理想とも言えよう。

 

何故ならこの女性は「姫様」だからだ。

 

ラティナが以前、デイルとともに旅に出た際の帰りの街にて見かけており、その時とは髪色こそ違うものの、間違いなく「薔薇姫」であったのだ。

 

そんな正真正銘のお姫様から「姫」と呼ばれたためか、ラティナはなんの冗談かと動揺した。

 

「は、恥ずかしいので……その言い方は、止めてください……」

 

結果、ラティナはなんとかこの一言を絞り出した。

顔はすっかり赤くなっている。

 

(……かわいいな…)

 

なおルディはそんなラティナの様子を見て、そんな感想を抱いていたのは言うまでもない。

 

「薔薇姫様……ですか…?」

 

「まあ、私の事ご存知ですか?」

 

にっこりと微笑む様子からして、間違いではないらしい。

そしてその姫様はルディのほうにも気づいた。

 

「ご一緒の貴方は……」

 

「あ、うん……冒険者の……」

 

なお二人の雰囲気についてはなんとなく察したようで……

 

「まあつまり妖精姫の騎士ということですね!」

 

「ぶふっ!?」

 

こんなことを言われて、思わずルディは吹き出した。

先程ラティナがやられたことが、自分にもきたということだ。

 

「ち、ちがっ…ただの冒険者だっての……!」

 

「そうですの?」

 

「あ、あの!どうしてお一人で……」

 

ラティナは話を戻すためにか、こう質問する。

姫様であるはずなのに、お付きの人も見えず、この姫ただ一人しかいなかった。

その事に関して、ラティナもルディも疑問に感じたからだ。

 

「ええ、不案内なもので…門を間違えてしまったようですの。あなたにお聞きするのが早いですわね…デイル・レキ様のところに案内してくださいませんか?」

 

不自然だと二人は思った。

何か良からぬ事があったのかもしれないとも考えられるが、断る理由もない。

そして無理やり笑顔を作りつつ、ラティナはこう話した。

 

「デイルは今、依頼の仕事で他出しているはずです。とりあえず、デイルの拠点にしているお店に案内しますね」

 

「ありがとうございます」

 

微笑みながら薔薇姫がそう返すと、ラティナは傍らにいるヴィントにこう囁いた。

 

「……ヴィント、ケニスにこの事伝えて…私は大丈夫だから」

 

「わふ?」

 

「その後に出来ればデイル探して来てくれる?いつもの南の森にいるはずだから」

 

「………」

 

ヴィントはどうやらラティナをルディと一緒にさせるのを嫌がってか、首を縦に振らない。

 

だが……

 

「言う事聞かないと……おやつ抜きだからね?」

 

「…!」

 

この言葉でヴィントは直様飛び出した。

 

クロイツの南の森はヴィントにとっては良い遊び場だ。

デイルから再三にわたって注意されつつも、奥地で遊んでいるのだ。

そして人間に頼むよりかは恐らく早いであろう。

 

「変わった獣ですね」

 

「とても賢い仔なんです」

 

(嫉妬深いけどな……)

 

ルディはそう思いながらも、周りを見回す。

不自然に怪しい人らしい人はいない。いつも通りの町並みだ。

とりあえずは大丈夫らしい。

 

(でも、警戒はゆるめないようにしないとな……)

 

 

そうして、ラティナとルディは彼女を虎猫亭に連れていくために歩き出した。

 

歩きながら、ラティナは薔薇姫にこう言う。

 

「東門から入って良かったのだと思います…南門だと、あんまり素行の良くないひとも多いですから…」

 

「ああ、南は乱暴な連中も多いからな……俺もその連中の一人かもしれないけど」

 

「ルディは違うよ。とっても優しいから……」

 

「そ、そうか……?」

 

「仲良しなのですね」

 

「「………」」

 

彼女のその言葉に再び少し顔を赤くする二人。

なんともわかりやすい二人である。

 

「と、とにかく!表通りで向かいますか?…それとも人目に付かない方がよろしいですか?」

 

進まないがゆえにラティナはなんとか話を進めた。

 

「まあ……追っ手は撒いて参りましたから、大丈夫だと思いますけれど。あまり人目につかない方が良いのかもしれません」

 

「そ、そうですか……」

 

案の定、良くない出来事のようだ。

ラティナとルディは顔が引きつりつつも、薔薇姫の先導をし、帰路につくのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「買い物に行って、まさか予想外のお土産を持って帰ってきたな……」

 

ケニスは頭を抱えそうになりつつも、店先で待っていた。

どうやらヴィントは先触れの役割を果たしたらしい。

 

「ヴィント、行ってくれた?」

 

「ああ……いつもより足早に、まるですぐに事を終わらせたいかのごとくにな…」

 

ケニスもデイルを呼び戻すべきだと考えたらしく

ラティナの判断を否定しなかった。

 

「とりあえず中に入れ、奥が空いてる」

 

「わかった。どうぞこちらに……」

 

「ありがとうございます」

 

「ルディ、お前は……」

 

「わかってる、デイルさんが帰ってくるなら別の席に座っておくよ」

 

「ああ、すまないな……」

 

 

彼女とラティナが奥の席に行き、ルディはそこから遠くも近くもない席に座り

あくまでも一般客として装いつつ、聞く耳を立てることにした。

 

そしてその彼女はラティナと話し始める。

彼女の名は「ローゼ・コルネリウス」やはりと言ってなんだが、いわゆる貴族の家柄であった。

もっとも「薔薇姫」と言われどその家はあくまでも地方の領主でそれほどの家格はない。

そして当の本人は『藍の神(ニーリー)』の神殿において働く神官の一人なので、そこは気にしないでくれとのこと。

 

「高位の『加護』を持つ、稀代の神官として名高いとは聞いた事がある…」

 

「それほどの事はないのですけど…生まれつき『珍しいもの』を持っておりますので、良くも悪くも目立ってしまいますの……」

 

(いや、十分凄くないか……?)

 

心の中で突っ込んでいる通り、加護も何も持っていないルディにとってはそれだけで衝撃的であった。

 

「加護がありましても……できないことはございますから……」

 

そう言いつつ、ローゼは自分の髪を少し触っているが、よくよく見ればその髪はカツラであり、奥にはローズピンクの髪が隠れていた。

なおローゼのその髪の色は「魔力形質」と呼ばれる現象によるものであり、それによりこの髪の色になっているのだが、人間族ではとても珍しい現象であった。

それ故にこの髪色でひと目で誰かわかってしまう。

逆に言えば、隠してしまえばバレないのだ。

 

そしてやっと「本題」に入った。

 

「……デイルに何かのご用ですか?」

 

「託けをお願いしたいのです。私、この街の領主である伯とは、面識がございませんので……」

 

警戒心を隠しきれていないラティナにも、特に不快そうな表情を見せずローゼは答えていた。

 

「何故、わざわざデイルに……何があった?」

 

同じく警戒していたケニスの問いにローゼは静かにこう答えた。

 

 

 

 

「私……つい先日まで『二の魔王』の元におりましたの」

 




引き自体は原作通りですが、流石にその話は全部カットします。
無茶なので……。


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白金の乙女、修行する

今回も何回かの原作を圧縮。

神達に拾われた男アニメ化して、しかもスタッフ陣がうちの娘。とほとんど同じとはなぁ……
みんな見よう!!!!!!


ラティナとローゼが話している中、ヴィントから知らせを受けたデイルは急いで虎猫亭へと帰ってきた。

慌てて帰ってきた疲れとローゼがクロイツに居ることへの驚きにより彼の表情は色々と騒がしいことになっている。

 

そんな状況の中、ルディは遠くの席で出されているジュースを飲んで、他人のように装いつつもその状況を観察している。

ちなみに今のルディならば別にお酒も飲めなくはないのだが、流石にどこぞの酔っぱらいのように昼間っからお酒を飲むほど飲兵衛でもバカでもない。

 

(相変わらずデイルさんは驚くと声大きいよなぁ……ってか、拐かされたってなにがあったんだ…?)

 

ローゼの口からは色々と物騒な言葉が飛び出し、デイルは大慌て、ラティナもラティナで驚きすぎて声が出ていない。

 

(だ、大丈夫なのか……これ……)

 

もちろんルディもルディで目を見開くほど驚いている。

そして話が進むにつれて……

 

「あら。私、あまり持ち合わせがありませんので、安価な宿の方が助かります。この街に来るまでも、そのような宿に泊まって参りましたし…」

 

「ろ、ローゼ……」

 

「ふえっ……」

 

その言葉で驚くあまり、ラティナのその「素」が出ていた。

ラティナは自分の一人称が「ラティナ」から「私」にすでに変わっていたものの、他の同年代に比べればまだ幼いような口調である。

背伸びをしたがることは少なくなったが、それでもラティナは少し自分の口調を気にしている。

だからか素を出せるルディなどにはともかく、「姫」であるローゼの前では普通の口調を心がけていた

 

もちろん、ルディはそのままで良いと思っているのは言うまでもないが。

 

そして色々と「魔王」から逃げ出した後の道中のことやらがローゼからペラペラと喋られているうちに、なんやかんやで虎猫亭に泊まらせることになったようだ。

なおデイルは顔が引きつったままだったのは言うまでもない。

 

(はぁ……あいつに早急に連絡しねえとな…)

 

 

―――――――――――

 

 

その後、虎猫亭の一室にしばらく暮らすことになったローゼ。

自分の立場を弁えていることもあり、殆ど部屋からは出ず、出たとしても栗色のカツラをつけている。

しかし、流石のローゼも引きこもり生活はやはり退屈であった。

 

数日後、そんな退屈そうなローゼを見てか否かラティナはローゼに魔法について教えを乞うようになったのだ。

最初は片手間にやるような感じであったが、次第に熱が入るようになり、いわば「スパルタ」のような教えになりつつあった。

もちろん今までラティナが経験した学習環境と比べればの話ではあるが。

ローゼは一歩間違えば危険なものとなる「魔法」を扱う者として、自分そして他人にも、その責任を持つものとしての律した姿勢でいるのだ。

 

「……やはりラティナさんは、基本理論は問題ないようですね」

 

前の日にローゼから課題として出されたレポートをラティナが提出し、ローゼがそれを講評している。

ラティナは背筋を伸ばしてそれを聞いている。

 

「魔人族とはいえ、ラティナさんは幼い頃に故郷を離れたのでしょう?それにしては難しい語句もよく理解していられますが…」

 

「うーん…そうなのかな?周りの大人のひとたちが…言葉に厳しいひともいたから……かな?」

 

そしてラティナはすっかりローゼに対して慣れたようで、言葉遣いも砕けたものとなった。

そして2人の性格もあり、友人というよりはいわば姉妹のような形となっていた。

 

キング・オブ・親バカたるデイルとローゼで違うところは言うまでもなくローゼは厳しいところはしっかり厳しくするというところか。

 

「それに比べて…あまり攻撃魔法の術式はご存知ないようですね」

 

「うん。デイルがね、危ないから覚えなくて良いって」

 

「なるほど…ですが、私たちのような、純粋な力では他者に及ばぬ者にとって、魔術は自衛の大きな手段です。使い方を誤れば危険な力とはなりますが、だからこそ深く良く理解し、使いこなす事が重要になります」

 

ちなみにローゼがラティナの丁度いい教師となれたのは扱う属性が同じ「天」と「冥」属性であるためである。そのため使用できる魔法も殆どが同じであった。

 

「ラティナさんは魔力の制御も得意でいらっしゃいますから、状況に応じた呪文の選択肢を増やすことが良いことかと。危険性を軽減させるために」

 

「はいっ!」

 

表情を引き締めて良い返事をする。

ラティナはこのことに相当色々と熱を上げているようだ。

 

なおそんな中でラティナがローゼに頼み込んで教えてもらった魔法は「浄化魔法」つまり「天属性」の対アンデッド魔法であった。

彼女は過去にあったある一件もありアンデッドモンスターが苦手でトラウマになっている。

遭遇した一回目はデイルに救われ、二回目はルディがなんとかやり過ごすことに成功したわけであるが、自分で対処する手段はあまりなく、とても不十分であった。

それ故に、一番最初にもとめてきたのである。

 

(ルディも冒険者の仕事頑張ってたから……私も頑張らないと……!)

 

トラウマ克服のために、物凄く集中して(下手すると虎猫亭での業務以上に)呪文の鍛錬に勤しむのであった。

 

 

―――――――――――

 

 

「…なぁ、ラティナ」

 

「ん?どうしたの、デイル」

 

そんな姿をここ数日見ているデイルはある日の夕食の席で疑問を口にした。

 

「そんなに魔法を一生懸命覚えて……将来冒険者になるとか言わねえよな?」

 

「?」

 

「ほら、ラティナの同級生のあいつみたいにさ」

 

デイルとしては不安だ。

彼女は魔法使いとしての能力はプロ…とまでは言えないが、すでに平均以上の力は持っているとデイルは見ている。

冒険者のような仕事をしたいと言えば、できることは一応可能なレベルだ。

 

そして彼からしてみれば同級生が一応ラティナが見える範囲で仕事しているのである。

その同級生に影響されて冒険者という不安定で危険な仕事にはついてほしくない。それはデイルなりの「親心」であった。

 

「え?うーんとね……私はね、この「虎猫亭」みたいなご飯屋さんがやれたら良いなぁとかって思うの。でもね、また旅とかも行ってみたいなって…知らない街とかに行ってみたり、おばあちゃんやマーヤちゃんに会いに行ったり…」

 

デイルはその回答にほっとする。

どうやら自分の考えは外れたようだからだ。

 

確かに彼女が言っていることは本当である。

「冒険者」にはならない。でも旅にはまた行ってみたいという。

 

しかし公言はしなかった…もとい、デイルには公言出来なかったのだが、彼女のその奥底には「彼」への想いがあった。

 

ルディは数年前よりはずっと強くなったが、それでもラティナをたまにヒヤヒヤさせる怪我をして帰ってくることが少なからずある。

下手すると骨折までやらかしたことがあった。

 

ラティナとしては極力彼に傷ついてほしくはない。

だからそのために彼を守れる力がほしいと思うのだ。

 

(守られるだけじゃなくて……私がルディのことを守れるようにしないと……ルディが傷つくのは嫌だからっ…)

 

だからローゼからは色々な防御魔法や攻撃魔法についてもラティナは教わっているのである。

いつか、一緒に旅へ行くためにも……。

 

(しかし食べてるところもかわいいなぁ…)

 

そんなことも微塵に知らないデイルは、言うまでもなく親バカを全開にしていたのは言うまでもない。

 

 



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氷色の青年、クロイツへ

再び投稿の巻

神達に拾われた男
まさかのうちの娘スタッフ陣がほとんど継続してるのは驚いた。
ああ、安心した……


彼が虎猫亭を訪れたのは、赤の神の夜祭りが開かれるまであと数日という時だった。

 

(ここか……)

 

彼はまっすぐな黒髪を後ろで束ねた精悍な面立ちの涼しげな容貌な青年。

 

それなりに育ちが良いとわかるような様相をしているが、急いでクロイツまで来たらしく旅装束はどこか乱れていた。

 

虎猫亭の扉を開いた彼を見た常連たちはその人物がかなりの実力者であると見抜いたようで、その緊張感からいつも騒がしいこの酒場が急に静かになる。

一部の者はすぐに酒瓶を手放し、武器を構える姿勢となっていたほどだ。

 

(ど、どうしたんだよ!?)

 

同じく店にいたルディもこの急変っぷりにさすがに動揺していた。

 

「いらっしゃいませ」

 

だが、そんな緊張感もこの看板娘にはなく、いつも通りのマイペース姿であった。

ちょうどルディと話してたが、それを切り上げてたたたっと小走りでその青年を出迎える。

その姿はまさに天使とも言えよう。

 

「初めてのお客さんですね。クロイツは初めてですか?」

 

「……ああ」

 

そしてその青年は青い瞳を少し見開くとこう呟いた。

 

「君がデイルの言っていた『妖精姫』か」

 

「……え?」

 

その言葉でラティナは笑顔を保ったまま凍りついた。

 

(あのバカは……)

 

店のカウンターで一部始終を見ていたリタは呆れ顔になる。

そしてラティナは表情が固まったまま、リタに振り返った。

 

「リタ、私、デイルに怒っても良いよね…」

 

「ええ、思う存分。出し惜しみなしでいいわよ」

 

良い笑顔でグッドサインを出すリタ。

そして周りの常連客もラティナにエールを送る。

常連客も裏で妖精姫呼びしているため、あまり人のことは言えないはずなのだが、この際棚の上に置いておくらしい。

 

その後、ラティナはデイルが現在休んでいる屋根裏部屋にずかずかといつもより足早に向かっていく。

青年は状況が読み取れないのかそのまま立ち尽くしていた。

 

(本当に親バカなんだよぁ…デイルさん……)

 

ルディも今までのデイルの親バカ行為を思い出しつつ、飲み物を口にしていた。

 

その後、やけに憔悴しつつも歩いてきたデイルに対し、彼はこう声を掛けた。

 

「どうした?」

 

「どうしたって……お前のせいだぞ……」

 

「いつも妖精姫と言ってきたのはどこのどいつだ?」

 

「仕方ねえだろう……かわいいことに変わりはねえし」

 

怒っているラティナもかわいいため、デイルは少し緩んでしまった。

それが一番まずかったらしく、かなり謝り倒した。

様々な謝罪というか土下座まで総動員した上である。

 

(それを全て断てばいいのではないのか…?)

 

彼…グレゴールも呆れるしかなかった。

 

なお余談であるが、ラティナはルディに対しては怒ったことがほぼなかったりする。

そして数少ないことでも怒ったとカウントしていいのか怪しいものであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後、グレゴールはデイルからローゼの部屋を聞き、二人は再会を果たした。

ローゼは自らが信頼を寄せるグレゴールの姿を見るや否や、安心したのか泣き出してしまった。

デイルやラティナの前では気丈に振る舞っていたものの、やはり二の魔王に誘拐されていた時の恐怖は計り知れないものだったのだろう。

ローゼは泣いて、泣いて、そして泣きじゃくった。

 

数分もの間泣き続けたローゼは泣いた顔で皆の前に出たくないと言い、今は自室に引きこもっている。

なおデイルはラティナが怒っている時についでに言われた自室の片付けをしていた。

ここ最近デイルは冒険から帰って来てすぐバタンキューすることが多くなり、そのため散らかってしまっていたからだ。

 

ラティナは、改めてグレゴールにお茶を持っていきつつ、ぺこりと頭を下げて謝罪を発した。

 

「先ほどは失礼致しました」

 

「いや、こちらこそ不躾だった。最近のデイルは、君のことを『うちの娘はこの国…いや世界一かわいい!』と耳がたこになるほど言っていたのでな…つい口にしてしまった」

 

「…デイル……」

 

静かな怒りのオーラをラティナは発する。

やはり相当なものらしい。

そんな彼女を見てグレゴールは思った。

 

(…面白い)

 

今までさんざん友人の自慢の自慢の更に自慢に付き合ってきたのだ。

多少の意趣返しは許されるだろう。

 

「どこかの時では私の父上にも、君のことを自慢していたからな」

 

「…………そうですか」

 

そう言うとラティナはため息を付き、なんとか冷静になろうとする。

グレゴール相手に怒っても仕方のないことを彼女はちゃんと理解していた。

 

なおリタもリタで微妙な表情になっていた。

自慢するとは薄々思っていたが、まさかここまでとは思ってもない。

グレゴールの身分も薄々気づいていたため、その父上…ということは「それ相応」のもの──つまり「公爵」の身分にあるとわかってしまったのである。

 

(あのバカは……自重って意味わかってるのかしら…)

 

なおこれでもデイルとしては自重していたらしい。

だが公爵へ告げた時点で自重もクソもない。

どうやら公爵も公爵で孫ができたため、その話につられて……というのが原因であろう。

 

「私もデイルからよく貴方のお話は聞いていました。一番信頼している戦友だって……初めまして、ラティナと申します。ご挨拶が遅くなりました」

 

「……グレゴール・ナキリという」

 

「不思議な響きのお名前ですね」

 

「ある東方の辺境国由来の家名でな……」

 

なお公爵家であるがゆえに、本来の苗字である「エルディシュテット」は外では使わないようにしている。

 

ラティナは公爵家の名字ではないなどとは微塵も疑問に思わず、名字の響きに対し不思議そうな表情で少しにっこりしていた。

言うまでもなくかわいいものである。デイルがやけに大げさに言っているわけではないということを裏付けていた。

 

「それにしても意外だったな」

 

「え?なにか……」

 

 ラティナが不思議そうに首を傾げると、グレゴールはほんの少し苦笑した。

 

「デイルの話から想像していた君は、小さな子どもという印象だったからな。まあ、最初に聞いた時からいくらか時間は経っている……成長するのは当然なのだがな」

 

「でも……デイルにとっての私は、まだまだ目の離せないちいさな子どもなんだと思います」

 

ラティナは、初対面のグレゴールを前にしているためか、普段よりも澄ましたような顔をしている。

言うまでもなくいつものとは全く違うが、初対面の人にはいつもこういう対応をする。

 

普段のどこかゆらゆらして、幼さを出しているラティナの姿は気が抜けている…というより本当の素であろう。

 

そして初対面のグレゴールは、当然ながらラティナのことをよく知らない。

そのため、いくらか大人びた落ち着いた少女に見えている。

 

 

そんな時──

 

がしゃんっ!となにかが割れる音がする。

 

「お前、振り向いた時にコップ割るバカがどこにいる!」

 

「急に話しかけてきたのはあんただろうが!」

 

「落ち着け!それよりなんか拭くのをだな」

 

どうやら常連客のある一人が酒を入れたコップを落として割ってしまったらしい。

 

「おいおい大丈夫かよ!?」

「おう、ルドルフ早いな。誰も怪我とかはしてねぇよ」

 

近くにいたルディが駆けつける。

そしてラティナも同じく駆けつけた。

 

「ルディ、後ろから箒とか持ってきて!」

 

「お、おう!」

 

2人の息はかなりピッタリであり、またたく間に片付けは終わった。

 

(………なるほど)

 

その様子を見ていたグレゴールはやはりと言っていいのか、2人の関係に気づいたようだ。

 

(実に面白い…が、つまりあいつは……)

 

 

そんなこんなしているうちに、デイルも部屋の片付けを終えて戻ってきた。

 

「待たせたな、グレゴール…ラティナ、失礼なことしなかったか?」

 

「……した、と言ったらどうする?」

 

「お前が余計なことしたんだろうって思う」

 

「そんな所だろうと思ったさ」

 

なおグレゴールはあることが気になり、質問をする。

 

「ところで、デイル。ここ最近で変わったことはないか?」

 

「変わったこと?」

 

「ああ、どんな小さな事でもいい」

 

「変わったことか……野菜の値段が少し上がったのとかラティナの可愛さが更に上がったとかか?」

 

そのことを聞いてグレゴールはずっこけそうになる。

 

そしてデイルは延々と娘自慢を垂れ流す中、グレゴールはこう思う。

 

(……聞くのが間違いだったな。この様子だと恐らくは気づいていないだろう……ルドルフと言った少年と彼女のことを……まあ知ってればこのような反応にはならんだろうが……)

 

やれやれと思いつつ、グレゴールはデイルへある忠告をした。

 

「デイル、お前いつか奈落のどん底に突き落とされるぞ」

 

「どんなところだろうともラティナがいりゃ問題ねえよ!」

 

(だからその『ラティナ』がいなくなるんだが……)

 

相変わらずの親ばかにため息をつくしかなかったグレゴールであった。

 




未だに気づかない親バカである。


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赤毛の少年と白金の乙女、赤の神の夜祭りへ。壱

本番じゃああああああああああああああああああ!!!!!!!


「赤の神の夜祭り」という名前の通りその祭りのメインは夜に行われる。

だが祭り自体は昼からあり、当然ながらクロイツは慌ただしい空気に包まれる。

ラーバンド国第二の都市の最大級の祭りであるがゆえに当然のことであった。

 

「じゃあ、行って来ます!」

 

「気をつけてね、ラティナ」

 

「うん!」

 

そして出かけるラティナを見送るのはリタだ。

なお物凄く心配していたデイルは留守である。何故ならローゼがグレゴールとととに王都へと戻ることになったため、二人の護衛として着いて行っているからだ。

 

もちろん遠い王都まで行くわけではない。

デイルの仕事は、クロイツから少し離れた場所にある、飛竜の到着予定地点までローゼ達を連れていくことである

そこで飛竜が来るのを待ち、王都へ飛竜で向かうローゼとグレゴールを見送るまでが、今日のデイルの仕事だ。

 

なおラティナは詳しいことは知らず。いつもの仕事と同じように受け取っていた。

というより楽しみゆえに気にしなかったというべきか。

 

ラティナにしてみれば、久しぶりの友人たちとの『お出かけ』でもあり、そして初めての想いの人との『デート』でもあった。

 

「きゅう……」

 

なお反面ヴィントはやけにぐったりしていた。

ヴィントはついていく気満々だったが、『デート』に集中したいラティナはそれに猛反対。

最終的にブラッシングしないといういわば脅迫な言葉でヴィントが無理やり折れたのだ。

 

(まあ仕方ないわよね……ごめんね、ヴィント)

 

(やれやれ)

 

なおこれに関しては仕方ないと思うリタとケニス。

二人の仲を応援しているがゆえに、こうなっているのだ。

 

不安であるのは言うまでもないが、親バカの極みとは違い、いつまでも保護者同伴にするつもりはなかった。

そしてルディのことを信用しているのもある。

 

「ん?そういえば、今日はいつものやつらがあまりいなくないか?」

 

ケニスは酒場を見回すと客入りこそそれなりにあるが、いつものメンツの姿があまりいないのだ。

 

「あーあいつらなら、なんか警備に志願するとか言ってたわよ?」

 

「志願?」

 

「憲兵の人手が足りないからとかなんとかで」

 

この夜祭りの警備は当然ながら街の憲兵が担うのだが、他の街や地域から来る人々もとても多く、人員自体は毎年強化しつつあるものの、とてもじゃないが捌ききれないものであった。

そのため冒険者への依頼として憲兵の警備の補助があるのだ。

 

ただこの依頼はいわばお役所が出すものとなるため、報酬としての相場はあまり良いとは言えない。そのため例年なら受ける冒険者もそう居ない。

いわばボランティアのようなものだ。

 

だが今回は『赤き勇者』と『白金の乙女』の2人がデートをする……ということで「見守る会」の本領を発揮するために常連達は自ら志願したのだ。

人が多い分、治安も悪くなることが多い。

そのため2人を邪魔するものを極力排除するというのが主目的だ。

 

恐らく、この夜は悪人もとてもじゃないが悪さできない環境になるであろう。

 

(良いような悪いような………まあ、2人にとっては良いんだろうけど)

 

「んー?」

 

リタはテオドールをなでつつ、ため息を付いていたそうな。

 

――――――

 

そして表に出たラティナは通りを歩きながら、いつもと違う様子に心を踊らせていた。

 

(ヴァスィリオでは、赤の神のお祭り見たことなかった……)

 

いつしか、クロイツでの生活に慣れ、故郷である「ヴァスィリオ」でのことを思い出すのも難しくなっていた。

そして思い出すそのものも悪いことばかりではなく良いことも思い出すようになっていた。

 

追放されたその当初よりはかなり良くなっていたのであろう。

 

(そういえば……あの時は()()と一緒に、お祭り行ったんだよね……あれは何の神様のお祭りだったんだろう……?)

 

 

そう考えているといつの間にやら東区の職人街に到着した。

ここは流石に静かであるが、いつもより作業音やらは大きかった。

 

そしていつもの親友の家の扉を叩いた。

 

「いらっしゃい、ラティナ!入って入って!」

 

「お邪魔しますっ」

 

クロエの先導で作業場を抜けて、クロエの私室へと向かう。

 

「もうシルビアは来てるよ」

 

「ごめん、遅れたかな?」

 

「ううん。シルビアは仕事が早く終わったって言って、入り浸ってたんだよ。家に帰るにも微妙な時間だったとかで」

 

クロエの言葉通り、彼女の私室ではシルビアが行儀悪く足を伸ばしていた。

そんなシルビアはラティナが来たことに気づいて、笑顔を向ける。

 

「シルビア、久しぶりっ」

 

「ラティナ! 本当久しぶりだね。あんまり……変わってない…みたいだね」

 

「……今、何処見たの?」

 

シルビアはラティナの「そういうところ」を見ていたが、ラティナはすぐにそれを気づいた。

そのオーラは「触れてはいけない」ということを指し示していた。

 

「いやまあ……でも本当に久しぶりだね!」

 

言うまでもなくシルビアは話を仕切り直した。

 

「シルビアはちょっと大人っぽくなった?」

 

「ふふふ……緑の神の神殿では、日々様々な最新情報が集まるからね。でもそれを追ってても二人共進展の情報全く聞こえないようだけど……」

 

「…ふえっ…」

 

にやりと悪そうに笑う友人のそんなところは、学舎時代からあまり変わらないようだった。

 

「こらこら、シルビア。ラティナをいじめない」

 

「でも4年も経ったんだからもっと進んでも良かったんじゃないの?」

 

「……ルディも忙しかったし、私もあんまり……」

 

シルビアの言うことはごもっともである。

実際2人の距離は進んではいたが、亀のごとく遅い。

絆の強さ自体はかなりのものだけど、一般的な恋人として見たらだいぶ遅い。

下手すると他の同年代よりも遅いであろう。

 

「まあその話は後ででいいんじゃない?それより支度よ支度。服はもう出来てるんだから」

 

パンパンと手を叩いてクロエは話を一旦区切らせる。

 

「うん!凄く楽しみにしてたのっ!」

 

とりあえず服の方に移行するラティナ

なおクロエとシルビアは何かジェスチャーをしていたようだが、ラティナは気づかなかった。

 

クロエが取り出した新しい服を、ラティナは受け取ると、直様着替え始めた。

女の子同士のため、当然ながら配慮などはない。

そしてクロエは職人として採寸通りになっているかどうかを確認するのだ。

 

「……確かに少し大きくなってるわね……ごめんね、ラティナ」

 

「そうだよ。ちゃんと成長してるもん」

 

クロエが謝っているとシルビアもそれを注意深く見たようで

 

「確かにそうね……でもあいついるんだから、もっとあっても良いんじゃないの?相乗効果?とでも言うのかしら」

 

「ルディ、大きくても小さくても良いって言ったから。だからいいの」

 

「まああいつが良いなら私も何も言うことはないんだけど……でもてっきり揉まれて…んぐっ!」

 

シルビアが何かをいいかけるとクロエが口をふさいで止める。

そして部屋の端に移動する。

なおラティナははてなマークをつけていた。

 

「ちょっとちょっと、ラティナの前でそれは刺激が強すぎるわよ」

 

「これくらい普通でしょ?ってか、まさか「その段階」にもいってないの?」

 

「当たり前じゃない。あの2人奥手だから……そういうこともなにもないわよ」

 

「嘘……本当…?」

 

「本当よ……あの2人、ホント初々しさが抜けなくて……」

 

クロエはため息を付き、シルビアも予想外故に顔が少し引きつっていた。

 

「やっぱ遠慮しやすいのよ。なんというか、気遣いすぎてるというのかしら。本当はもっと相手に関わりたいとかあるんだろうけど、意識的にも無意識にもリミッターかけちゃってる感じ」

 

「あー……」

 

「まあ、一応アドバイスはしてるけど……このままじゃジリ貧ね」

 

「なるほどね……」

 

「どうしたの?二人共」

 

流石に内緒話しすぎたため、ラティナは改めて2人に話しかける。

そして2人も改めてラティナのところに戻った。

 

「いや、ちょっとね。それよりクロエ、例のものある?」

 

「え、ええ。あるわよ。」

 

「?」

 

はてなを浮かべるラティナをよそに

2人は不敵な笑みを浮かべていたそうな。

 

 



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赤毛の少年と白金の乙女、赤の神の夜祭りへ。弐

引き続き本題を……。


「ふふふ……クロエ、これはちょっと楽しいね」

 

「でしょう?これ程の逸材……そうそうないわよ」

 

「何? 何?」

 

「やっぱり、ラティナにはオレンジ系よりもピンク系の方が良さそうだね」

 

「ふふふ……」

 

「え?え?何が……どうなってるの?」

 

 

新品のワンピースを着たラティナはクロエとシルビアにより、あれよあれよとメイクされてしまっている。

まるで人形遊びの延長のような感覚である。

 

二人も年頃の少女だ。並みの美少女相手ならば、妬みや謗りを抱くこともあるのは言うまでもないが、ラティナのような別の何かになった場合はもはや妬むのも羨むのもバカらしくなる。

4年前からあまり変わらず、しっかりものだけどどこか「ほわっ」としている天然娘である。

放っておけないし、憎めない。

 

(でも、こんなかわいいラティナのハートを射止めたあいつってホント奇跡よね……泣かしたら承知しないけど、何もしないもそれもそれでアレね……)

 

当然ながらクロエは相手のほうも考えてはいた。

お膳立てをして、そして結ばれた恋。

それを引き続き応援するという気持ちは全く変わってないが、流石にこの状況は呆れ気味であった。

 

二人の進まない恋路を不安に感じていながらも、クロエはラティナをメイクする手を緩める事はしなかった。そして……

 

「「いえーい!」」

 

そんなこんなでメイクが完了したようで、シルビアとクロエはハイタッチした。

 

ラティナは普段は化粧はしない。いわばすっぴんと言われるものだ。

当然ながらそれでも十分天使であるが、年頃の女の子としては少し異端とも言えた。

 

もちろん興味がなかったわけではないが、デイルからは「そのままでいいぞ」との一点張りで、リタも話こそ聞いてくれるが、仕事やテオの育児ということもあり、頼むのも逆に申し訳ないととラティナは思ったので、あまりそういうのを考えるのを止めていた。

ルディやケニスにも聞くわけにはいかないというのもある。

 

そのことをそれとなくクロエにラティナは話したら、こういう流れができたということである。

 

「本当、美人よね……ホント…」

 

「あいつが惚れるのもわかるわ。ホントあいつには勿体ないくらい」

 

「ど、どうしたの……?」

 

「よし、じゃあラティナ、笑ってーっ」

 

シルビアは鏡をラティナのほうに向ける。

 

「ふえっ!?」

 

そしてラティナはとても驚いた。

その鏡で見た自分はいつもの自分とは違っており、化粧一つでここまで違うのか…と思っていた。

 

「か、顔が濃い……よ……」

 

「そこまで濃いかしら?」

 

「シルビア……これで大丈夫なんだよね…?」

 

「大丈夫大丈夫!大船に乗ったつもりでいなさい!もう時間だし!」

 

――――――――

 

(ここで待ってろって言われたけどなぁ……)

 

一方ルディはクロエのその仕立て屋の前で待っている。

服装は一応余所行きの服であり、いつもの冒険者の服よりはきれいなものだ。

だがそこまでの正装というわけじゃない。

 

(これで……良いのか?)

 

ラティナの彼氏である以上、それ相応の服装やらで行くべき…と本人は考えたが、もともとオシャレなんて知らないルディには限界であったようであり、まあ「いつも」を超えることは無理であったようだ。

 

そして

 

「ほらほら、いったいった!」

 

「うわっ!」

 

クロエの家の中から弾き出されるようにラティナが出てきた。

 

「ら、ラティナ……」

 

「る、ルディ………」

 

案の定、2人はモジモジした反応を取る。

だが流石に話がないのはまずいので、ルディのほうからなんとか切り出す。

 

「ラティナ、その格好って……」

 

「あ、うん……クロエとシルビアがしてくれたんだ」

 

「そ、そっか……に、似合ってるってか……かわいいってか……」

 

「ふえっ………」

 

相変わらず初々しいことこの上なかった。

 

「ね?いつもあんな感じなのよ」

 

「予想通りというか予想以上というか……ホント先は長いわね」

 

その様子を見ていたクロエとシルビアである。

やれやれと思いつつ、だが少し羨ましさも覚えていたようで、シルビアはこうつぶやき始めた。

 

「ま、私にはこういうのも縁がなさそうだけど」

 

「縁がない?」

 

「神殿で働いているといろいろと時間取られちゃうのよね……周りの人も結婚してない人ばっかだし。情報収集やらで半日潰れることも良くあることらしいし」

 

「何諦めてるのよ。まだ私達14歳よ?チャンスなんてたくさんあるじゃない」

 

「だと良いんだけど……」

 

シルビアは恋愛に対し比較的敏感ではあったが、神殿においてはそんな話はあまり入ってこない。

緑の神の神殿の神官はその職務もあり、仕事に没頭しやすい。

逆に言えば恋愛している余裕はそうない。

もちろん全くゼロというわけではないが、少数派であった。

 

「第一、私はラティナほどじゃないしなぁ……」

 

「いや、ラティナと比較しちゃ駄目でしょ。異次元な存在なんだから」

 

「まあそうなんだけど……」

 

シルビアはどこか諦めていたようで、深刻な表情ではなかった。

だが何処か淋しげなものであった。

 

――――――――

 

そして4人は街の中心に進んでいくのだが、その少し逸れたところで繁盛している店を見つけた。

そこはマルセルのパン屋であった。

その店内も混みあっているが、それ以上に店の前に設えた屋台が混雑している。

 

「よっ、マルセル」

 

「ルディ、みんな。シルビアは久しぶりだね」

 

「ええ、結構繁盛してるじゃない」

 

相変わらずのおっとりとした口調であるが、手は動かしたままである。

祭りの見物客向けに軽食用に具材を挟んだパンを売っているため、マルセルは食材をせっせと挟んでいた。

 

「みんなはこれから、祭りの見物かい?」

 

「うん、そうなの」

 

「マルセルは忙しそうだね。猫の手も借りたいってやつじゃないの?」

 

シルビアのその言葉に、パンを切りながらもマルセルは苦笑した。

 

「そうなんだよ。今年はいつも入ってくれている人がお産で休みだから人手が足りないんだ~。はい、おまたせしました」

 

「…そういえば、前よりマルセル痩せたよな?俺が見る限りは」

 

「まあ確かに……運動とかあんまり好きじゃないんだけど、こうすると運動せざるを得ないからかな?2つお待たせしました」

 

話しつつもじゃんじゃんお客にパンを渡していく。

 

「僕は今年は見に行けなさそうだよ。アントニーは、居るんじゃないかな?」

 

「アントニー?」

 

「うん。アントニーのお父さんが領主館で働いているからさ、祭りの進行にも詳しいんだよ。まあ僕も最近会ってないんだけどね」

 

「あいつ最近連絡寄越してくんねえんだよなぁ……まあそれだけ忙しいんだろうけど。俺もしばらく忙しかったし」

 

「便りがないのはいい便りって言うじゃん。アントニーなら大丈夫だよ。じゃあこれサービス」

 

マルセルが笑顔で差し出した4つのパンを、クロエは悪びれずに受けとる。

 

「お、サンキューな!」

 

「ありがとっ」

 

「どーも」

 

「マルセル、いいの?」

 

「いいの、いいの。でも、出来たら店の近くで食べてね。飲み物も出すから」

 

ラティナとルディがはてなを浮かべ、シルビアはニヤニヤと察し、クロエはやれやれとする中、ラティナとルディはベンチで座り、シルビアとクロエはそこから少し離れたところのベンチで座り食べ始める。

 

「うん、おいしいね。ルディ」

 

「ああ、そんじょそこらとはやっぱちげえよな」

 

そのパンを食べているとルディはあることを思い出す。

 

「そういえば、ずっと前……あの時もこんなことしてたよな?」

 

「あの時……あっ」

 

2人が付き合うその前の話。

ばったりと休日に会った際。こんな感じてパンを食べていた時があった。

 

「………食べさせ合いとか……してたよな……」

 

「……ふえっ」

 

それと同時に2人は少し恥ずかしい記憶を思い出した。

ラティナの発案でパンの食べさせ合いもしていたのだ。

あの時はラティナは何も思っていなかったが、今ならわかっているようで、少し赤面している。

 

そしてしばらく無言で2人は食べていたが……

 

(ううっ……話さないと……!)

 

「じゃあ……また……する?」

 

「……え?…あ、う、うん?」

 

しどろもどろとなりつつも、再びすることになったようである。

 

(マルセル、これ仕組んだわよね……)

 

クロエがそう思う通り、その判断は命中したようで。

パンを食べ終わる頃には、屋台の前に行列ができたのは言うまでもない。

 



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赤毛の少年と白金の乙女、赤の神の夜祭りへ。参

マルセルと別れた4人は、色々な屋台を見ながら、街の中央広場へとやって来た。やはり普段よりも人の姿が多い。

途中食べさえ合いしていたことをクロエとシルビアから色々と言われたが、ルディとラティナは恥ずかしながらもそれをなんとか流していたらしい。

 

そしてメイン広場の領主館の近くまで来た。

そこではアントニーが他の大人へ挨拶をしている最中であった。

領主館の下級役人の職に就く彼の父親だが、当然ながら世襲というわけではなく、アントニーが同じ職につけるとは限らない。

だが、その可能性は少しはあるため、そのことをなんとかして確率を上げるために、父親について挨拶回りをしているのだった。

大人が周りにいるという状況は当然ながら子供達は声をかけづらいものだ。

 

ラティナはこう皆に問い掛ける。

それに対し、クロエとシルビアはいとも簡単だとでも言いたげにあっけらかんと答えた。

 

「どうする?」

 

「どうするって、何が?」

 

「ええ、ちゃっちゃと声をかければいいじゃない」

 

「まあそうだけどさ……あんなに大人がいるとなぁ……」

 

何かを渋るルディとラティナであったが、クロエとシルビアを2人の背中を押す。

 

「いいからいいから」

 

「クロエの言う通り、2人なら大丈夫…よっ」

 

「うわっ」

 

「お、おい……」

 

そして押し出された2人はアントニーに声をかけざるを得なくなった。

 

(しゃーない……)

 

そしてルディはアントニーに近づき、軽く肩をたたいた。

 

「よっ!」

 

「アントニーっ、久しぶりっ!」

 

アントニーはそれに気づいて振り向く。

当然ながら後ろにはクロエとシルビアも一緒にいる。

それと同時にラティナという「姫」とルディという「勇者」を見たからかアントニーの父を含む周囲の大人たちがぽかんと呆けた顔になっていた。

 

「父さん、黄の神(アスファル)の初等学舎で一緒だった友達だよ」

 

「え……?あっ…」

 

アントニーがそう言うと隣のルディと奥にいるクロエに気付いたようだ。

 

 

 

ルディとクロエ、マルセルとは家が近くであるから、学舎に通う前から遊んでいたため、アントニーの父もよく知っている。

 

だが、他の大人達はそうではないので、アントニーはルディとラティナには聞こえないように小さな声で大人達にこう教えた。

 

「『妖精姫』と『赤き勇者』ですよ」

 

噂となっていたその二つ名を口にした途端、大人達はざわめき出す。

 

「なっ……『あれ』が、噂のっ……」

 

「実在していたのか……」

 

どうやら、2人は珍獣かなにかと勘違いしているかのような扱いをされているようであった。

 

――――――――――――――――

 

そしてアントニーは改めて父に友達の紹介をする。

 

「改めて、紹介するよ。父さん。ルドルフとクロエは知ってるよね。それで、彼女はラティナ。緑の神(アクダル)の旗のあるお店で働きながら暮らしてる娘だよ」

 

「はじめまして、ラティナです。家名の無い地域の生まれなので、名前だけで失礼致します」

 

「それで、彼女はシルビア・ファル。憲兵隊のファル副隊長の娘さんだよ」

 

「はじめまして」

 

「よく来たね。今日の夜祭りはこの辺りで見ていくといいよ」

 

「「「「ありがとうございます」」」」

 

アントニーの父のおかげで、ルディ達は人混みに押され阻まれることのない、安全な場所を確保することに成功した。

しかし、夜祭りの本番にはまだまだ時間がある。

 

そのため、久しぶりの友達たちとの会話に花を咲かせていた。

 

「ここに来る前にマルセルのところに寄ったんだ」

 

「マルセルはまたパン屋の出店?」

 

「うん、忙しそうにしてたよ。でも、マルセル。私たちにパンをサービスしてくれたの」

 

「あのパン出来立てでおいしかったわよね~シルビア」

 

「ええ、とっても」

 

「それで?ルディとラティナは食べさせあいでもしたの?」

 

からかうようにそう言うと、ルディとラティナは顔を赤く染め、クロエはやれやれと表情を浮かべ、シルビアはクスクスと笑みを溢す。

どうやら当たりらしい。

 

「……んなことはどうでもいいんだよ!!…で、マルセルに聞いたらアントニーが領主館の近くにいるだろうから尋ねてみろって言ってたんだ」

 

そんなことをとりあえず断ち切るルディ。

流石に恥ずかしすぎたようで顔は赤くなっていた。

 

なお、先程までニコニコと笑いながら喋っていたラティナが急に静かになっていることもあり、シルビアとクロエもこれ以上はやめてあげてとでも言いたげにルディの話に乗ってきた。

 

「アントニーのお父さんが領主館の人だなんて私初めて知った」

 

「私とルディ、マルセルは近所に住んでるから知ってたけど、ラティナとシルビアには言ってなかったわね。そういえば」

 

「うん。びっくりした」

 

「あと、びっくりって言えば、ルディの時も思ったけど、アントニーも大きくなったわよね。なんか見下ろされてるみたいで腹立つ」

 

「美少女を見下ろせて僕は気分がいいよ」

 

シルビアのその言葉にアントニーはこう返す。

 

「うわ……」

 

クロエはもちろん呆れている。もともとキザっぽい傾向はあったとは言え、流石にこうくるとこんな反応もしたくなる。

 

「でも、確かにラティナは美少女よね。昔から可愛かったけど、成長して綺麗になったわ。ねぇ、ルディ?」

 

「美少女?」

 

「なっ…」

 

(なんで俺に振るんだよ!?)

 

シルビアからそう言われてラティナは首を傾げ、ルディは顔を赤くする。

そしてシルビアはラティナのあるところを見つつ、続けてこうも言った。

 

()()()は測定しないとわからない成長速度だったけど……」

 

「ねえ、シルビアっ!!」

 

その言葉でラティナは珍しく声を上げ、ルディも察したのかさらに顔を真っ赤にし、耳までも赤くした

 

(な、何言ってんだよ!?シルビア!?)

 

しばらく、ラティナは可愛く怒り、シルビアは笑みをこぼし、クロエは再びやれやれという仕草をしていたそうな。

 

 




おや?アントニーの様子が?


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赤毛の少年と白金の乙女、赤の神の夜祭りへ。肆

引き続き……。


「ねぇ、ルディ!これ、どうかな?」

 

「お、おう。可愛いと思うぞ」

 

ルディとラティナはクロエ達と別れ、二人で出店を見て回っていた。

今は小物店でリボンを見ているところだ。

アントニーの父の計らいで見物できる場所は確保できたが、クロエ達の後押しもあり、二人っきりで行動することにしたらしい。

 

「次、あのお店行こ!ルディ!」

 

「あんま走るなよ……人通り多いんだし」

 

ラティナは嬉しいからかいつもよりかなりアクティブになっている。

デイルを気にせずにルディといられるからか、いつもは出歩けない時間ということもあってか。

 

ただ当然ながら──

 

「うわっ!?」

 

それでこけてしまった。

 

(……!?)

 

ちょうどラティナの後ろを歩いていたルディはスカートの中身が見えてしまったのだが、すぐにその雑念を振り払い、ラティナに駆け寄った。

 

「お、おい大丈夫か?」

 

「あ、うん……大丈夫……」

 

ルディがラティナをよく見ると膝に擦り傷ができているのがわかった。

道の端によって、ルディは自分の下げていたカバンから傷薬やらを出し、ラティナに手当をする。

冒険者であるため、傷薬などはいつも持っているのである。

 

「……こんな感じでいい?」

 

「うん、ありがとう。ルディ。でもこのくらいの傷なら自分で治せるのに」

 

そう言いながらラティナはぱっぱっと服についた土汚れをはらいつつ、立ち上がる。

 

「昔は俺が怪我した時、ラティナの魔法で治してもらっただろ。そんときのお返しだよ。それと……」

 

そして、ルディは手を差し出す。

 

「ほ、ほら……」

 

「え?」

 

「いや、離れると不味いから……手握ってたほうがいいと思うし…」

 

「あ、うん……」

 

2人は手を繋いだ。

流石に前よりかはあまり恥ずかしくはならないものの、慣れていないようである。

 

――――――――

 

 

その後、祭りの本番である行進と花火が始まるまでの間、出店やらを楽しんでいく2人。

それもそれで楽しいものだが、2人は悩んでいるようで……

 

(うーん……縮めるには……縮めるには……)

 

(あとは何をすりゃいいんだろ……?)

 

似た者同士なのは言うまでもないが、もどかしいものではある。

滅多に無いこの機会に普段とは違う何かをしたいと思ってはいるのだが、その何かがお互いに浮かんでいなかった。

 

「ん?」

 

そう考えていたルディが別の方を向くと、憲兵の姿が見えた。

当然ながら目を光らせている。

 

「……」

 

「どうしたの?ルディ」

 

「いや、憲兵の数が多いから……悪いことなんもしてねえんだけど、なんか息苦しくなるよな」

 

「そう?」

 

天然なラティナはそうは思わないが、ルディにとってすれば憲兵は前にすると緊張してしまう相手だ。

憲兵の話題が出て、ルディはふとあることを思い出す。

 

「なあラティナ」

 

「んー?」

 

「今俺は冒険者なんだけどさ、一時期憲兵になるか悩んでたんだよな…」

 

「あ、そういえばシルビアに相談してたって聞いたよ?見学まで行って」

 

「ああ……俺はぶっちゃけ何してもいい感じだったからな……だからこそ悩んだというのか」

 

ルディはかなりギリギリまで悩んでいた。ラティナを守れるようになりたいというその想い故に……

 

そして最終的にはラティナとなるべく離れないようにと冒険者の仕事を選んだ。

 

まあその選んだ直後にラティナから告白されるのは予想外であったが。

 

(今はこうしてるからいいけど、もし急がば廻れって通りに憲兵の方選んでたらどうなってたんだろ……ま、そんなのもう関係ないけどさ)

 

とルディがやけに考えていたからか

 

「うわっ!」

 

「あっ!」

 

行進がもうすぐ始まるという事もあり、人通りが多くなってきたため、手がいつの間にか離れ、はぐれてしまった。

 

(し、しまった!?)

 

周りを探してもそこにはラティナはいない。

 

(日も落ちてきてる……早く探さねえと……!)

 

夕焼け色に空が染まる中、ルディは一目散に駆け出した。

 

 

――――――――

 

 

そして、神官兵達の行進が始まったのだが──

 

「ううっ……ルディ、どこだろう……?」

 

ルディとはぐれたラティナはトボトボと一人で歩いていた。

 

知らない人だらけでラティナは寂しいが

 

(ルディ大丈夫かな……?)

 

と自分よりルディの心配をしていた。

 

 

 

「……ん?」

 

そんな様子を見ていたのはジルヴェスターだった。

本人はとっくの昔に冒険者を引退しているため普通にお祭りを楽しんでいるらしい。

もちろん、ラティナに声をかける。

 

「どうしたんだい?嬢ちゃん」

 

「あ、ジルさん……」

 

ラティナはやはりそわそわした様子だ。

隣に「彼」がいないこともジルヴェスターは察する。

 

「兄ちゃんとはぐれちまったのか?」

 

「う、うん……」

 

「行進も始まって人通りも増えてきたからな……嬢ちゃんだけで探すのは危ないだろう。俺たちが兄ちゃんを探しておいてやる」

 

「ほ、ホント?」

 

「ああ、嬢ちゃんは……そうだな。この先の角を右に入った通りの道の端を左に曲がれば、大きな木がある。そこで待っていてくれ」

 

「う、うん。わかった」

 

ラティナがそう歩きだすとジルヴェスターはポンポンと手を叩く。

それと同時に何処からかいつもの虎猫亭の常連の冒険者が2人ほど忍者のごとく飛び出してきた。

 

「ジルヴェスター、どうした?」

 

「すぐに兄ちゃんを探して「あそこ」に誘導しろ。プランB3だ」

 

「了解!」

 

 

――――――――

 

 

一方探し回っているルディ。

 

あちらこちらを走り回り、足が棒になりかけているが、当然見つからず……。

 

(くっそぉ……人が多すぎる……!それに日も沈んじまったし……)

 

日も暮れてしまい、途方に暮れていたのだが、ルディはとある男に声を掛けられた。

 

「やっと見つけたぞ、兄ちゃん!あっちこっち走り回りやがって、探してるこっちの身にもなれってんだ

 

フルフェイスの兜を被った、いかにも怪しい風貌であるが、その男の声はルディの見知った声であった。

 

「あ、あの……おじさんって……」

 

「俺はただの見回りの人だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「いや、虎猫亭の常連の……」

 

「そんな事はどうでもいい!それより、兄ちゃん!今すぐここの場所に来い!」

 

「え?」

 

その男は何かの場所を示した簡単な地図が書かれた紙をルディにわたす。

 

「嬢ちゃんはそこにいる。異論は認めん!」

 

「はあ……」

 

「では」

 

そしてその男は足早にその場から消えた。

 

(嬢ちゃんはそこにいるって……ラティナの事だよな。とりあえずそこにいくしかねえのか…?)

 

――――――――

 

そんなこんなでルディは示された道筋通りに歩いていくと、大きな木がある広場にたどり着いた。

当然ながらここは祭りの本場よりは少し遠いところである。

 

「ルディ……!」

 

「うわっ!?」

 

ラティナはルディを見つけた瞬間、なんと抱きついてきた。

よほど寂しかったらしい。

 

「ううっ……ルディ……」

 

「ラティナ、んな大袈裟な……」

 

「でも……寂しかったから……っ!」

 

14歳となったラティナであるが、やはり夜に一人になるということは寂しいことだ。少し泣き出してしまっている。

 

「な、泣くなよ……」

 

(また俺は……)

 

そうなっているときにドーンとした音が聞こえてくる。

 

「ん?」

 

「なんだぁ?」

 

二人がその音に驚き、顔を上げると、そこには大きな花火が夜空を覆い尽くしていた。

 



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赤毛の少年と白金の乙女、赤の神の夜祭りへ。伍

二人は気づいていなかったがいつの間にか花火の時間になっていたようだった。

赤の神の夜祭りで打ち上げられる花火は炎の魔術を使った大掛かりなものである。

色彩こそ赤系統に限られているが、夜空に咲かせる赤き花のような光景は、他では見られないであろう。

 

そんな光景をラティナはルディと一緒に見ていた。

人通りもあまりないところだったので、二人っきりである。

 

「……凄いよなぁ」

 

「……うん」

 

一方、ラティナはラティナで悩みが残っていた。

手こそつなぐことはできたが、それ以上は全くといっていいほどない。

 

(なんとかしないと……なんとかしないと……!)

 

ラティナには焦りが見えていた。

こんな状況はそうはない。

これを逃してしまえば次はいつになってしまうのか……。

 

そんな状況になったためか、はたまたこの特殊な空気に当てられたからであろうか──

 

「ルディ、ちょっとしゃがんでこっち向いて」

 

「ん?」

 

(なんだ?)

 

疑問に思ったルディだが、断る理由も特にない。

花火の際は魔術で点火された街灯も消えるため、今はラティナのことは暗くてよく見えない。

そのためラティナの声がした方向を向いて、ちょっとだけしゃがむと……。

 

(ん?)

 

ルディの自分の唇にナニカ柔らかい感覚が当たる。

何かがわからなかったが、その次の瞬間、再び花火が上がったため──

 

「!?」

 

目の前の彼女の姿がくっきりと目に見えた。

そしてそれと同時にルディは今している行動にハッと確信する。

 

そう「キスしている」のだ。

 

(ら、ラティナ!?)

 

ラティナのその柔らかい唇の感触も伝わってくる。

その後、ラティナのほうから離れて一応収まったが

当然花火なんて見れるはずもなかった。

 

「………」

 

「………」

 

双方とも真っ赤なまま、花火の時間は終わり、消えていた街灯が再び点けられていく。

明かりとともにお互いの顔もはっきり見えるようになったが、二人の間に言葉はなかった。

少しの間、沈黙が続いたが、その沈黙を破り、口を最初に開いたのはラティナのほうだった。

 

「ねえ、ルディ……どう…だった……?」

 

「ど、どうって……んなこと言われても…っ……」

 

「恋人同士だから……良いと思った…んだけど……」

 

ルディはもちろんのこと、ラティナ自身も混乱していた。

我に返ったのはついさっきのことである。

 

「……」

 

(確かに恋人同士だしな……な……な?)

 

「ねえっ……やっぱりもう一回……いい?」

 

「あ、え!?」

 

(ふぇっ、何言ってるの……私……)

 

もはや何がなんなのか二人はわからなくなっていた。

 

「る、ルディが嫌なら…良いんだけ……ど……」

 

「んなわけ……ねえって…の……!」

 

(ぐぐっ……もうどうにでもなれ……!)

 

そうすると今度はルディのほうからラティナの唇を奪う。

いや、かなりソフトなので奪うといっていいか怪しいものであるが。

 

それでも二人にとっては刺激は十分なようであった

 

「ふええっ……」

 

「……い、いくぞ!もう結構遅いし…!」

 

なんとかルディは空気を変えようとしてるが、当のルディは心臓が破裂するほどバクバクとなっていたそうな。

先が思いやられるのであった。

 

――――――――

 

祭り自体は終了したものの、やはり人通りはいつもよりかは多い。

クロエ達と別れを済ませた後、二人はそのまま帰路についた。

 

「そういや、こんな大きい魚いたんだよなぁ。釣り道具なんてなかったからあのまま見てるしかできなかったけど」

 

「そんな大きいの、デイルも前に見たって言ってたような」

 

「いわゆる主ってやつか?」

 

そんな帰り道を他愛もない話をしながら進む二人。

いつもとあまり変わらないような気がするが、二人にとってはとても楽しい時間であった。

なおこんなラティナであるため、当然ながら他の人からそういう目を向けられることもあったりするが、ルディが殆ど隣りにいることや常連達が分散して監視行動やらを行っているため、声を掛けられたりする事はない。

狙う輩にとってはとてつもないハイリスクになっているのである。

 

 

 

だが……

 

「!?」

 

ルディはある殺気を探知する。

急に鳥肌がたつほどである。

 

ふと少し前方を見ると、そこには……

 

 

デイルが虎猫亭の前で仁王立ちになっていたのである。

恐らくはラティナを待っていたのであろうが、その殺気はラティナの隣にいるルディに気づいたからであろう。

 

(やばっ!?)

 

そして最悪な事にルディとラティナは手を繋いでいた。

デイルからして見れば、ただでさえ「知り合いの男が隣にいる」というだけでも大問題であるというのに

その上、手を繋いでいるというこの状況はデイルにとって看過出来るものではなかった。

デイルはルディを害虫…いや巨悪と判断しているのであろう。

今にも着火しそうな勢いであった。

 

「……」

 

ラティナもデイルのその様子には気づいていた。

いくら鈍感と言えども、着火する勢いのデイルに気づかないはずがない。

 

ラティナは少し苦い表情を浮かべる。

 

(やっぱり……)

 

だが、彼女は「覚悟」を決めたようだ。

 

「デイル……」

 

「ラティナ、遅かったな」

 

言うまでもなくデイルの声は物凄く硬かった。

「幼馴染」がついてきたという状況はまだ理解出来るようであったが、それでもかなり頭に血が上っているようで、冷静さを無くしつつあった。

 

一方のルディは一歩少し下がったところで、「ただ送ってきただけです」オーラを全開にして黙っていた。

下手な魔物よりも凄まじい気配に何か言うと何されるかわからなかったというのもある。

 

「ほら、早く中に入れっ。お前も早く帰れっ」

 

まるで悪いことをした小さな子供達に対するようなその接し方に、ラティナは更に表情を曇らせる。

 

そして、デイルの様子に対して、ラティナの中にいつもは滅多に出ない「不機嫌」の感情が現れつつあった。

 

ラティナはデイルと違ってまだ冷静でいる。

しかし、それも流石に我慢の限界であった。

 

4年間も我慢して、ようやく訪れた二人っきりのデート。

そのデートの終わりがこんな終わり方であっていいものか……

 

ラティナはそう思っていた。

 

 

ルディと別れなければいけない……

 

それだけは絶対に嫌だった。

 

 

(ルディと……離れたくなんか無い!)

 

4年もの間、積み上がっていたその想いがまるで打ち上げ花火のように自分の胸の中に広がっていき──

 

ラティナは気付けばデイルにこう言っていた。

 

「……デイル、私、もうちっちゃい子供じゃないよ」

 

「そういうことを言っているうちはそういう子供なんだよ」

 

「違うもん…違うもん……」

 

ラティナは小さなその手を拳にしてぎゅっと握りしめる。

 

二人の関係はいずれ明らかにする予定ではあった。

だがそれはまだ先の話だと二人は考えており、今は黙っていようというのが二人の約束である。

そうじゃないと、デイルが爆発しかねないのだ。

 

だけど、目の前でルディとの関係が否定されたように感じたラティナは段々と絞り出していった。

 

「私はもう…子供じゃない……だって……っ!」

 

ラティナは急にルディの腕を組み、そして──

 

 

「大好きな人だっているからっ……!」

 

 

ラティナは精一杯の声でデイルにそう訴えた。

 

(っ!?!?)

 

まさかこうなるとは思ってもみなかったのか、ルディは物凄く驚いていた。

 

そして、デイルは──

 

「…な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

ルディの驚きが比じゃないほど物凄く驚いていた。

 

そしてその大きな声は夜のクロイツに響き渡り……

声が終わったと思いきや、デイルはその場にバタンと仰向けに倒れてしまった。

 

「おい、デイル!何事だ?って……」

 

「失神してるわね……」

 

そこにケニスとリタが駆けつける。

 

「ああ……ラティナ、言っちゃったのね」

 

「……うん」

 

駆けつけたリタのその問いにラティナはシンプルに答える。

だが隠していたことを吐き出したからか、とても満足した表情をしていた。

 

「そうか言ったのか……まあ、いつかとは思っていたが……」

 

「あ、あの……俺は……」

 

「ああ、ルディ。今日は帰ったほうが良い。こいつが起きてきたら何するかわからんからな」

 

「わ、わかりました」

 

「じゃあ、またねルディ」

 

「お、おう…!」

 

いい表情をしたラティナとは対象的にルディは鳥肌が立ちっぱなしであった。

ついにカミングアウトしたというわけだが……あそこまで反応されるとは流石に予想はしていなかった。

 

(親バカすぎるだろ……つか俺はこれからどうすれば……)

 

自分のこれからのことを心配しつつ、ルディはため息を付きながらも帰っていくのであった。

 

 

 

 




とりあえず本編はここで一区切りですが…ある番外編を用意していますのでしばしお待ちを


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高等学生と西区の少女 (前)

というわけで番外編です。
本執筆はT ogaさんが担当しています。



あれは、僕が初等学舎に通い始めたばかりの頃──

 

あの先生は僕らが学舎に入学したその年に赴任してきた先生だった。

マルセルは彼女のことを「いつもキンキンしてる」と称しており、クロエも「苦手」だと口にした。

僕とルディももちろん警戒していたが、あの先生を一番怖がっていたのはラティナだったのだろう。

 

そして、あの日──『事件』は起こった。

 

「読み書きは人として生活していくうえで絶対に必要なのです。そのために……」

 

授業の途中、ついに先生はラティナの『角』に気付いたのだ。

 

「『魔人族』……」

 

低く呟いて、ラティナの髪を掴む先生。

リボンに隠れた彼女の『角』が露になると、先生は憎々しげに言葉を吐いた。

 

「何故、『ひと』の街に、忌々しいお前のような()()がいるのっ! 」

 

()()っ! って……」

 

「異形にして、百年以上も同じ姿で生き続ける『化け物』が、()()であるはずがないでしょう」

 

いかにも当然であるかのようにそう言い放った先生──否、()()()()()は自分の言葉が何一つ間違っていないと信じきった顔で、絶望し言葉を失ったラティナの髪を掴んだまま、まるで獲物を見せびらかすかのようにして前に突き出し、その状況に困惑していた僕らにこう告げた。

 

「人間族以外の亜人は人ではありません!このような異形の証を持ち命の在り方すら人と異なる化物です!皆さん騙されてはなりませんよ」

 

『人間族』は、比率において圧倒的に多数を占める種族であり、時には『閉鎖的な種族』以上に『閉鎖的』な者も少なくはないと聞いたことがある。

『人間族』こそ唯一の『ひと』であり、他種族を『亜人』と呼ぶ『人間族絶対主義』と呼ばれる考え方も、悲しいことに少数派とは言い切れないものがあるのだろう。

 

しかし、クロイツは違う。

 

旅人と流通で成り立つこの街では、どんな職業の者でも他種族との関わりが深い。

 

この街に住む者ならば幼い子供でも知っていて当然の

『人間族も他種族も同じ()()

という常識を否定する先生(このおんな)に僕らは嫌悪感を募らせていった。

 

「特に魔人族は魔王に連なる邪悪にして卑劣なる生き物!決して油断してはなりません!!このように素性を隠して人に紛れこんでいるのが何よりの証拠なのです!」

 

「きゃあっ!!」

 

そして、更に髪を強く掴まれ、顔色を真っ青にしたラティナが悲鳴を上げた時、ついにクロエがキレた。

 

キレたクロエは僕らの中で一番力強いルディですら圧倒する強さを見せる。

 

クロエは先生(そのおんな)に全力で石板を投げつけたのだ。当たりはしなかったが、壁に叩きつけられたそれは大きな音を立てて砕ける。

 

「何をするのです!」

 

クロエの行動に感化され、僕もルディやマルセルと目配せをして、『敵』を威圧するように無言で立ち上がった。

 

それを見て、先生(そのおんな)は目を吊り上げて、金切り声を上げる。

 

「やめなさい…神官に対して敬意をかくような行為をする者は即刻破門にしますよ!!」

 

『破門』──その言葉を聞いて、少し萎縮してしまった僕らだったが、そこに助け船を出してくれたのが……『彼女』だった。

 

「なら破門してください!」

 

「な、何を!破門になればあなただけでなく家の人も傷付くことになるのですよ!」

 

「よそは知らないけどうちのお父さんはきっとよくやったと言ってくれると思います!生徒を化物呼ばわりするような先生の話をすればね!

 

そう叫んで、石板を机に叩きつける彼女。

 

それを見たクラスメイトたちは皆、彼女を真似して石板を机にバンバンと叩きつけ続けた。もちろん僕らもそれに続く。

 

「やめなさい!やめなさい!…やめなさい!!」

 

そして、激しい物音を聞きつけた他の先生達によって、『先生という立場だったはずの女』は連れ出されていった。

 

 

 

今思えば、その日からだったのだろう。

 

 

僕──アントニーが、

 

『彼女』──シルビアに

 

恋 を し た のは……

 

 

――――――――――――――――

 

 

恋を自覚して以降も、彼女に好意を伝える事が出来ぬまま……僕は初等学舎を卒業し、高等学舎へと進んだ。

 

恋心を必死に隠していた僕とは違い、皆に相談し、悩み、そして自分の想いを伝えた親友(ルディ)が想い人であるラティナと両想いになれた事は純粋に自分の事のように嬉しかった。

 

その嬉しさはクロエやマルセル、そしてシルビアも同様だったはずだ。

 

 

──ただ、僕は嬉しいだけではなかった。

 

親友のその行動は自分との違いをはっきりと見せつけられているようで……

僕の心の中には徐々に親友に対する嫉妬と憧れが募っていった。

 

だから僕は……高等学舎に通い始めてから、ルディやラティナ、マルセルやクロエ──そして、自らが想いを寄せるシルビアとも、積極的に関わりを持とうとは決してしなかった。

 

彼ら幼馴染に会うのも赤の神の夜祭りなどのイベント事が開催された時のみである。

(たまにクロエやマルセルからは手紙で連絡が来るのだが、僕から手紙を出す事はなかった)

 

そして、今年も例年通り、赤の神の夜祭りが開催される事となった。

 

――――――――――――――――

 

 

赤の神の夜祭りの前日、高等学舎にて──

 

「明日の赤の神(アフマル)の夜祭り楽しみだねっ!」

 

「……ああいう人が多いところは俺、苦手なんだけどな」

 

「あっそう、それじゃ誰か他の人と行こっかなー」チラッ

 

「や…やっぱ楽しそうだなー!俺も行きたいかも!」

 

今日の高等学舎での話題は明日開催される赤の神の夜祭りの事で持ちきりだ。

 

教室の片隅で本を読んでいる僕の耳にもデートの予定を立てるカップルの声が届いてくる。

 

赤の神の夜祭りは年に一度開かれるこのクロイツ最大級のお祭りだ。

 

去年まではシルビアが緑の神(アクダル)の神官の仕事で忙しかったため来る事が出来ず、マルセルもパン屋の出店で忙しかった。そして、ラティナも保護者(デイル)同伴であったため皆で集まる事は難しかった。

ルディも保護者(デイル)のいる間はラティナと表だってイチャイチャする事が出来ず、やきもきしていたことだろう。

 

しかし、今年はシルビアから仕事が早めに終わりそうだと連絡があったらしい。

そして、ラティナもついに一人で夜祭りに行く事への許可が貰えたというのだ。

(クロエから嬉々として連絡が来た)

 

ラティナとルディ、クロエ、マルセルとはなんだかんだで一年に一回以上は会っていたが、

シルビアと──秘めた恋心を向ける彼女と出会うのは初等学舎卒業以来だ。

 

4年振りくらい……だろうか。

 

僕も久しぶりに彼女に会える事に対し、心が踊っていた。

 

「よお、アントニー。いつにも増して笑顔じゃないか?」

 

高等学舎の友人が僕に声を掛けてくる。

僕は平然を装って、彼に対し、こう口を開いた。

 

「別に、いつもと変わらないよ」

 

「そうか?なんか顔つきがいつもより柔らかい気がすんだけどなー」

 

「気のせいだって、でも明日の祭りの事で街中が浮き足だっているからそれに当てられたのかもしれないけどね」

 

「ははは、そうかもな。あー俺も彼女欲しー」

 

「僕はどっちでもいいかな」

 

「告白してきた子みんな振ってるくせに」

 

「まあ…ね」

 

彼の言う通り、高等学舎に通い始めてから、僕は女子に告白される事が多くなった。

 

高等学舎の友人は口を揃えて僕の事を「イケメン」だと言う。

自分では自覚はないのだが……

 

しかし、僕は誰からの好意にも答える事はなかった。

 

「もしかして、お前、あの『妖精姫』を狙ってたりするのか?幼馴染なんだろ?」

 

「違うよ。大体、彼女には彼氏がもう居るし」

 

「あー『赤き勇者』な」

 

『赤き勇者』──ルディは巷では、そう呼ばれているそうだ。冒険者として力もつけ、巷で噂の『妖精姫』を護る赤毛の勇者。ということらしい。

 

幼馴染の僕らからするとただの奥手な少年なのだが……

 

「あ、でも…その『妖精姫』を見てるから目が厳しいってのはあるかもよ」

 

「ははは、それじゃここに通ってるやつらじゃ勝ち目ないわけだ」

 

本当はその『妖精姫』の隣に居た少女をずっと目で追ってきた僕なのだが、それを他の誰にも言うつもりはない。

 

想っているだけでいい。

 

口にすれば、全てが崩れてしまう。

そんな気さえしていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして、赤の神の夜祭り当日

 

「アントニーくん、お父さんと良く似ていい顔立ちしてるわねー。将来結婚する女の子はさぞ幸せでしょうね」

 

「今、彼女とかいないの?私の娘で良かったら紹介しようか?」

 

「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます」ニコッ

 

僕の父さんは領主館の下級役人の職に就いている。

 

今、僕がいるのはその父さんの勤める領主館の近くで僕を取り囲んでいるのは父さんの上司や同僚達。

特に父さんの同僚の女性達があれこれと質問をしてくるので、僕は愛想笑いを浮かべているという状況だ。

 

高等学舎を卒業した僕が父さんと同じ職につけるとは限らない。だが、父さんの上司や同僚達と顔見知りになっておく事で高等学舎卒業後の進路が有利になるかもしれない。

そう判断しての挨拶回りだった。

 

そんな時、久しぶりに耳にした声とともに軽く肩を叩かれ、僕は後ろを振り向いた。

 

「よっ!」

 

「アントニーっ、久しぶりっ!」

 

声の主を間違える筈もない。

 

──ルディとラティナだ。

 

二人の後ろにはクロエと……シルビアもいる。

 

おそらく、見知らぬ大人たちに囲まれて『声の掛け難い』状況であった僕に「声掛けてきなさいよ」とクロエかシルビアがルディに言ったのだろう。

 

そして、ラティナがいれば大分声も掛けやすくなるはずだ。

その理由は彼女の容姿にある。

 

ラティナ当人はいまだに自覚してないのだろうが、彼女の容姿は周囲を黙らせるほどに美しいものだ。

 

現に、自分の父親を初めとした、周囲の大人達はぽかんと呆けた顔になっていた。

 

「父さん、黄の神(アスファル)の初等学舎で一緒だった友達だよ」

 

「え……?あっ…」

 

父さんは一瞬、ラティナを見て呆けていたが、僕が声を掛けると、隣のルディと奥にいるクロエに気付いたようだ。

 

ルディとクロエ、マルセルとは家が近くにある上、初等学舎に通う前から遊んでいたため、父さんも良く知っている。

 

しかし、他の大人達はそうではないので、僕はルディとラティナには聞こえないように小さな声で大人達にこう教えた。

 

「『妖精姫』と『赤き勇者』ですよ」

 

彼らの二つ名を口にした途端、大人達はざわめき出す。

 

「なっ……『あれ』が、噂のっ……」

 

「実在していたのか……」

 

全く、僕の親友とその彼女は都市伝説か珍獣のような扱いでも受けているのだろうか……

 

――――――――――――――――

 

僕は父さんに改めて友人の紹介をする。

 

「改めて、紹介するよ。父さん。ルドルフとクロエは知ってるよね。それで、彼女はラティナ。緑の神(アクダル)の旗のあるお店で働きながら暮らしてる娘だよ」

 

「はじめまして、ラティナです。家名の無い地域の生まれなので、名前だけで失礼致します」

 

「それで、彼女はシルビア・ファル。憲兵隊のファル副隊長の娘さんだよ」

 

「はじめまして」

 

「よく来たね。今日の夜祭りはこの辺りで見ていくといいよ」

 

「「「「ありがとうございます」」」」

 

僕の父さんのおかげで、ルディ達は人混みに押され阻まれることのない、安全な場所を確保した。

 

しかし、夜祭りの本番にはまだまだ時間がある。

 

僕は久しぶりに会った友達たちとの会話に花を咲かせていた。

 

「ここに来る前にマルセルのところに寄ったんだ」

 

「マルセルはまたパン屋の出店?」

 

「うん、忙しそうにしてたよ。でも、マルセル。私たちにパンをサービスしてくれたの」

 

「あのパン出来立てでおいしかったわよね~シルビア」

 

「ええ、とっても」

 

「それで?ルディとラティナは食べさせあいでもしたの?」

 

僕がからかうようにそう言うと、ルディとラティナは顔を赤く染め、クロエはやれやれと表情を浮かべ、シルビアはクスクスと笑みを溢す。

 

どうやら当たりのようだ。

 

大方、マルセルの事だ。店の近くでラティナとルディにパンの食べさせあいをさせて、パン屋の宣伝にしようとしたんだろう。

 

あの『妖精姫』と『赤き勇者』が食べていたあのパンはどこのパンだ、って話題になることは頑なに想像出来る。

 

今頃、パン屋は大盛況だろう。

 

 

「……んなことはどうでもいいんだよ!!…で、マルセルに聞いたらアントニーが領主館の近くにいるだろうから尋ねてみろって言ってたんだ」

 

このパンの話をもっと掘り下げたいと思う僕だったが、クロエとシルビアに散々弄られたんだろう。

 

先ほどまでニコニコと笑いながら喋っていたラティナが急に静かになった。

ルディも顔を真っ赤にしながら慌てて話を変えようとするので、これ以上弄るのはよしておこう。

 

シルビアとクロエもこれ以上はやめてあげてとでも言いたげにルディの話に乗ってくる。

 

「アントニーのお父さんが領主館の人だなんて私初めて知った」

 

「私とルディ、マルセルは近所に住んでるから知ってたけど、ラティナとシルビアには言ってなかったわね。そういえば」

 

「うん。びっくりした」

 

ラティナのそのびっくりしたは本当に領主館についての事なのだろうか?

僕にパンの食べさせあいを当てられたことへの「びっくり」も混じってないかい?

 

「あと、びっくりって言えば、ルディの時も思ったけど、アントニーも大きくなったわよね。なんか見下ろされてるみたいで腹立つ」

 

シルビアのその言葉に僕は一瞬どう返そうか迷ったが……こう言うことにした。

 

 

「美少女を見下ろせて僕は気分がいいよ」

 

 

「うわ……」

 

クロエがそう言う反応を示すのは予想済みだ。

 

僕がどう返すか試したかったのは、シルビアだ。

 

そのシルビアが言った言葉はこうだった。

 

「でも、確かにラティナは美少女よね。昔から可愛かったけど、成長して綺麗になったわ。ねぇ、ルディ?」

 

「美少女?」

 

「……お前…」

 

ラティナは首を傾げ、ルディは再び顔を赤くする。

 

僕が言った「美少女」ってのはシルビアの事だったんだけどね……

 

まあ、それはいいや

 

僕の気持ちなど分かるはずもないシルビアが続けてこう言う。

 

「どこかは測定しないとわからない成長速度だったけど……」

 

「ねえ、シルビアっ!!」

 

ラティナが珍しく声を荒げる。

 

ルディは色んな意味で顔が真っ赤だった。耳まで真っ赤だ。

 

まあ、僕もその事に関しては思ってはいたけれど……それは男が触れていい内容じゃない。

 

僕は、可愛く怒るラティナとそれを見て笑みを溢すシルビアとやれやれとジェスチャーをしていたクロエをそっと見ていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして、懐かしの談笑を終え、僕とクロエ、シルビアはラティナとルディに二人っきりで祭りの出店を回ってくるよう促した。

 

昔もよくやった『お膳立て』だ。

 

 

そして、ルディとラティナが二人っきりで出掛けて少し経った頃──

 

「待ってるだけじゃつまんない!あの二人がどうしてるか見に行きましょうよ!」

 

クロエがそう言った。

 

しかし、僕とシルビアはその意見に肯定しなかった。

 

「出歯亀はよくないんじゃない?」

 

「せっかくの夜祭りなんだし、二人っきりにさせてあげたら?」

 

「ちょっ!……なんでよ?いつもはからかう側のくせに!」

 

「からかうのは二人の反応が面白いからよ」

 

「右に同じ。あと、見てるだけだったら焦れったくて仕方ないと思うよ」

 

「そう、それ」

 

シルビアとはやはり気が合う。

僕は話ながら、そう感じていた。

 

 

「でも待ってるだけはつまんない!!」

 

子供か、とも思ったが僕らはまだ14歳。

クロエの方が年相応で、僕とシルビアが大人びているのだろう。

 

僕は一つ提案をする。

 

「じゃあ、クロエとシルビアの二人でお店でも回ってこれば?」

 

いい案だと思ったのだが、シルビアはその案を否定した。

 

「えー、さっきラティナ達と一緒に回ったし、色々買ったじゃない。もうおなかいっぱいよ」

 

それに対して、クロエは──

 

「じゃあ、私一人でもっかい店見てくる!!」

 

と言って、立ち上がった。

 

「待って、クロエ。女の子一人で行くと危ないし、誰か……と、父さん!憲兵呼んで!」

 

僕は一人で走っていこうとする活発な幼馴染に手を焼かされた……。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そこら辺にいた憲兵の人にクロエの護衛をお願いし、僕は再び領主館の人達が祭り見物のために確保した場所の一角に戻ってきた。

 

クロエの買い物には付き合いたくない。絶対こき使わされる……。

 

「お疲れ様、アントニー。さっきアントニーのお父さんがお茶持って来てくれたわよ。ほらそこ、置いてある」

 

「ありがとう、シルビア」

 

「クロエの思いつきに振り回されて、疲れるでしょ」

 

「あれは昔からだから……もう慣れたよ」

 

と、そこまで話してふと気付く。

 

(あれ…?今、シルビアと二人きり…?)

 

完全に偶然が重なった結果だが、僕は今、想いを寄せる彼女と二人きりであった。

 

「そういえば、こうしてちゃんと話すことって学舎の時もなかったわよね」

 

「……そうだね」

 

「ふふっ、なんか新鮮」

 

そう笑う彼女は、僕の目にはこの世界の誰よりも綺麗に写った。

そう、あの『妖精姫』よりも……

 

「でも、本当に綺麗になったよね」

 

「そうでしょ。今日のラティナのメイクはね、クロエと二人でしてあげたの!結構自信作なんだから」

 

「そうじゃなくて」

 

「ん?」

 

僕は気付いたら彼女にこう伝えていた。

 

 

 

 

 

「綺麗なのは…『君』だよ。シルビア」

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

「僕は貴女の事が……好きです」

 

 

「…………っ!?!?」

 

 

その時、この世界の時間が停止したかのような錯覚に陥った。

 

長い、長い静寂

 

あれほど賑やかだったはずの祭りの音はどこへやら……

 

この世界は急にモノクロに変わり、音はパタリと消え去る。

 

…………そんな風に感じた。

 

 

これが僕と彼女の本当のはじまり

 

 




この二人のCVは福原かつみさんと高野麻里佳さんですが
そういえば全く関係ありませんが、この原作のアニメの監督の前作品にもこの二人がメインにいましたね。
全く関係ありませんが、不思議ですね。


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高等学生と西区の少女 (後)

というわけで後編です。
ちなみに前の話の後書きは全くこの話には関係ございません。
アグ○カ・カイエルとかそういうのでもありません。
ご注意を。


「綺麗なのは…『君』だよ。シルビア」

 

 

「……えっ?」

 

 

「僕は貴女の事が……好きです」

 

 

「…………っ!?!?」

 

 

アントニーの突然の告白に、私──シルビア・ファルは言葉を失った。

 

(えっ?何?嘘?アントニーが?私の事?好き?好きってつまり……そういうことなのよね?……えっ?でも今までそんな素振り……)

 

私は……混乱していた。

 

友達だと思っていた人からの急な告白。

 

今まで異性として見ていなかった人からの…告白。

 

……嬉しいとは思う。

 

でも私は正直、驚きと戸惑いを隠せなかった。

 

アントニーはそれから何も言う事はなく、ただ私達の間には時間だけが通りすぎていく。

 

一体、どれほどの時間が経ったのだろうか? 全くわからないが、やっと思考の沼から抜け出せた私は失った語彙力で何とか言葉を紡いだ。

 

「えっと……い、いつから?」

 

「…………」

 

アントニーは考える仕草をしている。

 

私はこう言葉を続けた。

 

「今日、久しぶりにあって……それで…って事なの……?」

 

「……違う」

 

アントニーは私の推測を否定した。

 

そして、こう口を開く。

 

「僕は学舎に通っていた頃から君を見てた」

 

「学舎って……もちろん初等学舎のことよね……」

 

「当たり前でしょ」

 

「全然……気付かなかった……」

 

「僕はルディほど単純じゃない」

 

「…………」

 

私は同年代の男の子はみんなルディみたいに分かりやすいものだと思っていた。

 

再び言葉を失った私にアントニーはとても優しい声でこう言ってくれる。

 

「返事とかはいいから。ただ僕が君の事を好きだってことを覚えててくれれば…それでいいよ」

 

「……でも」

 

「どうしたの?二人とも」

 

そんな時、クロエが戻ってきた。

 

私は平然を装ってクロエにこう言う。

 

「な、なんでもない……」

 

「…?そう。そろそろ行進の時間よ!急いで戻ってきたわ」

 

「ホントだ。ラティナとルディは戻ってこないね」

 

「あの二人もどっかで見てるでしょ」

 

「そうだね。あ、来たよ!」

 

隣に座るアントニーは、赤の神(アフマル)の神官兵達の行進を眺めていたが、私は彼の横顔が気になって、お祭りどころではなかった。

 

行進の後に上がった花火も、それを見上げる彼の顔が気になってちゃんと見る事は出来なかった。

 

告白されたせいだろう。

私はアントニーを『異性』として意識し始めていた。

 

そして、私はアントニーから告白されたという事を誰にも言えぬまま、家へと戻ってきた……。

 

帰り道で、クロエに相談する。という選択肢もあったはずだ。

 

しかし、私はそうしなかった。

 

この『答え』は自分で見つけるべき『答え』だと……そう感じたからだ。

 

 

――――――――――――――――

 

「はぁ……」

 

次の日、緑の神(アクダル)の神官の仕事の休憩中、私はため息をついていた。

 

もちろん、仕事は真面目にやっている。

 

今日の仕事はクロイツにある緑の神(アクダル)の神殿での事務仕事のみ。

フィールドワークに出かけるのはまだ当分先になる。

 

仕事に集中している間はあの事を忘れる事が出来たが、休憩中はどうしてもアントニーの事を考えてしまっていた。

 

(私もラティナの事、どうこう言えないわね……)

 

しかし、やはりちゃんと『答え』は出すべきだと私は思う。

 

アントニーは返事はいいと言っていたが、そういう訳にもいかないだろう。

 

またクロイツの外へ出掛ける前になんとかしなければ

 

その結論に至ったところで緑の神(アクダル)の神官の先輩から休憩の終わりを告げる声を掛けられた。

 

「シルビアさん、そろそろ休憩終わりよ。残りのお仕事も片付けちゃいましょう」

 

「は、はい!」

 

 

――――――――――――――――

 

神殿での仕事を終え、家へと戻る帰路の途中、私はやはりアントニーの事を考えていた。

 

(本当に、どうすればいいんだろう……)

 

考えた事がなかった。

アントニーが私の事を好きだなんて……

 

初等学舎の頃からアントニーは私を見ていたと言っていた。

 

私は昔のアントニーについて思い浮かべてみる。

 

 

まず、ルディが私たちに「ラティナを好きだ」と告白した時──

 

『あのさ俺……ラティナのこと、好きみたいなんだ』

 

『あんた……やっと気づいたの?』

 

『うん、皆わかってたわよ?』

 

『確かに……丸わかりだったよね…』

 

『まだ気づいてなかったんだ……』

 

あの時のアントニーはもう私への気持ちに気づいていたの?

 

 

いつもランチの時の座る位置も……

 

クロエ ラティナ 私

◯ ◯ ◯

◯ ◯ ◯

ルディ マルセル アントニー

 

絶対、私の目の前にはアントニーがいた。あれも私を好きだってことだったの?

 

他にも色々とアントニーの行動を思い出す。

 

しかし、何度思い出しても、彼が私を好きだとはっきりわかるような行動はなかった。

 

自分が鈍感なのかとも思ったが、そういう訳ではないのだろう。

 

彼が大人なのだ。

……それか、極度の恥ずかしがり屋だったのか。

 

家に着いた後も色々と彼について考えるが、彼が何故私を好きになったのか。その検討がまるでつかなかった。

 

 

「はぁ……」

 

家族で夕飯を食べながら、私がため息をつくと、お父さんが心配して声を掛けてきた。

 

「どうしたんだい、シルビア?」

 

「なんでもない。ごちそうさま……」

 

そう言って私は食卓から立ち上がる。

 

お父さんはあまり食べていない私を更に心配してこう言った。

 

「全然食べてないじゃないか……。本当になんでもないのか?何かあるんじゃないのか?」

 

「ダイエット中だから……」

 

私はそう言って部屋に戻った。

 

 

「本当に大丈夫なのか……シルビア」

 

「あなた、後で私が話聞いてみるわ」

 

「頼む…」

 

 

――――――――――――――――

 

 

部屋に戻った後、私は再び考え始める。

 

もちろんアントニーについてだ。

 

 

ラティナを好きになるなら分かる。

 

あの娘の可愛さは私とクロエと……ルディが一番知っている。

 

でもなんで彼女じゃなくて私を?

 

それが全く理解出来なかった。

 

 

色々と昔のアントニーを思い出しては、私への好意のヒントを探る。

 

しかし、全くわからなかった。

 

そんな時──

 

コンコン

 

「ちょっといい?シルビア」

 

私の部屋の扉をノックする音とともにお母さんの声が聞こえてきた。

 

おそらく、さっきの食卓での事だろう。

 

今思えば、不自然な行動だった。少し反省……

 

私は少し迷ったが、お母さんを部屋に入れる許可を出す。

 

「……うん。入っていいよ」

 

扉を開け、部屋に入ってきたお母さんは開口一番にこう言った。

 

「あなた、好きな人でも出来た?」

 

「はい?」

 

お母さんのその言葉に私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 

――――――――――――――――

 

私はお母さんに昨日の赤の神の夜祭りで昔の学舎のクラスメイトであるアントニーに告白された事を話した。

 

それで、彼が私を好きになった理由が分からず困惑していることも。

 

私の話しを聞いたお母さんは静かにこう口を開いた。

 

「好きになった理由って、そんなに重要なこと?もっと大事なことがあるんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「例えば、シルビア。あなたはそのアントニーくん?…彼の事をどう思ってるの?」

 

「だから今まで友達としか思ってなくて……」

 

「彼はどんな人なの?」

 

「どんな人……?高等学舎に通ってて、彼のお父さんは領主館で働いてて……」

 

「そういうプロフィールを聞いてるんじゃなくて、どういう容姿と性格をしてるのって聞いてるの」

 

「…?容姿はまあ…カッコいいと思うよ?同じクラスメイトのルドルフとマルセルを比べた3人の中では一番カッコいい……

体型もスラッとしてて、でもヒョロい訳じゃなくて運動もそれなりに出来るはず、雪合戦の時とか最後の方まで残ってたし……あと、高等学舎に通ってるからもちろん頭はいい……」

 

私は彼の事を頭に浮かべながら、言葉を続けた。

 

「学舎通いの頃から私やクロエと一緒にルドルフとラティナをからかってたけど、真面目な時はとことん真面目で……とにかく性格はそんな感じ……?ってこんな事聞いてなんなの?」

 

私がそう聞くと、お母さんはニヤニヤと笑っていた。

 

「ねえ、なんなの!?」

 

「ふふふっ、シルビア。その彼の事よく見てるじゃない。4年振りにあった人の事を話してるとは到底思えない」

 

「えっ?」

 

……言われて気付いた。

 

そういえば、告白されてから意識したのだと思ってたけれど、アントニーの事を思い出すのに苦労は全くしなかった。

 

どうやら、私は学舎に居た頃から無意識にアントニーを見ていたようだ。

 

「私って、アントニーの事好きなの?」

 

「好きじゃない男の子の事をそんなに覚えてるのは逆におかしいでしょ」

 

…………っ!?

 

自覚した途端、私は急に身体中が熱くなった。

 

何時からかはわからない。でも気付いたら私はアントニーの事を好きになっていたらしい。

 

昔、ラティナがルディを好きだと自覚した時、私自身が言ったではないか。

 

『どこかの時でルディが握ってくれた手が引っかかって……それで段々色々なことが引っかかって……積もって……って言うのかな?ラティナ、よくわからない……』

 

『まあ恋ってそういうものよね。明確な理由はないけど心が引っかかったみたいな

 

アントニーもきっとそうなんだろう。

 

人を好きになるというのはそういうことなのだ。

 

私がその真実にたどり着いたのを悟ったのか、お母さんは最後に

 

「そのアントニーくん。今度うちに連れていらっしゃい。歓迎してあげるから」

 

と、そう言い残して部屋を去っていった。

 

……ありがとう、お母さん。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして、また次の日。

 

今日の仕事はお休みだったので、私は一昨日行った領主館を訪ねた。

 

そして、アントニーのお父さんからアントニーの通う高等学舎の場所を聞き、そこへと向かった。

 

クロエかラティナ、ルディ、マルセルの誰かに聞こうかとも一瞬考えたが、彼女らがアントニーの高等学舎の場所を必ずしも知っているとは限らない。

また逆に彼女らからアントニーを探している理由などを聞かれるかもしれない。

それはさすがに恥ずかしすぎる。

 

高等学舎の正門で下校時間まで待っていると、少し時間が経った後、待ち人は現れた。

 

「シルビア……なんで高等学舎に?」

 

「アントニー、話があるの……その、一昨年の事で」

 

「…………わかった。ここじゃ人目につくし、場所変えようか」

 

「…………」

 

私は静かに頷いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

私とアントニーはクロイツの街を一望出来る場所へとやってきていた。

 

夕暮れ時で、空は綺麗な赤色をしている。

 

とても良い景色だが、ここには今、私とアントニーしかいない。

 

「いい景色でしょ。黄の神(アスファル)の神殿への道の途中で見つけたんだ。…………それで一昨年の事……だったよね」

 

「……うん」

 

「…………」

 

アントニーは私の次の言葉をジッと待っている。

 

私はドキドキと音を立てて止まらない胸の鼓動をなんとか押さえ込みながら……彼へとこう告げた。

 

私も!アントニーが……好き

 

最後の「好き」の台詞は小さな声になってしまった。

 

「……えっ?」

 

アントニーは驚いているようだ。

それから無言の時間が流れ、私はいたたまれなくなって、小さな声のままこう呟いた。

 

「…………かも」

 

「……ふふっ」

 

すると、アントニーは……笑った。

 

そんな彼の態度に私は少し怒りを覚える。

 

「なんで、笑うのよ!」

 

せっかく、勇気を出して告白したのに、その態度はなんなの?

 

まあ、さすがにそれを口に出す事はなかったが……

 

「いや、ごめん。でも知らなかったよ。シルビアも僕の事好きでいてくれてたんだ。……ありがとう」

 

「……っ!?」

 

屈託のない笑顔を向けられ、私は顔が真っ赤になる。

 

真っ赤になったまま固まっていると、アントニーは真剣な表情に変わり「じゃあ……」と口を開いた。

 

 

「僕と付き合ってくれませんか?」

 

 

「……もう」

 

本当にこの彼は心臓に悪い……

 

「こちらこそ、これからよろしくお願いします…///」

 

 




というわけでルディとラティナに続き、誕生したカップルのお話でした。
原作ではあまり絡みがない二人だけども。この作品ではやはりルディから影響受けた体と思います。
原作だとまあ……デイルさん……あんたという人は……奇跡だよ……。(遠い目)

ちなみに次回から本編に戻りますが、如何せん他作品多数抱えてるのでかなり遅くなります。
同作者の異世界オルガ作品である鉄血のプリンセスコネクトRe:Diveも絶賛投稿中なので、見ていただけると幸いです。
あとノクターン及びアルファポリス様で連載中の某R-18作品もぜひ……。(ダイレクトマーケティング)


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