アストぺルラの時間遡行~失われた未来を求めて~ (三連符P/tripletP)
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1「アストぺルラと行商人」

試験的な投稿を兼ねています。速度重視(当社比)で書こうと考えてるので字の間違いとか些細なことは飛ばしてるかも。

とりあえず第一章「アストぺルラと黄金郷(仮)」前半のプロットは一万字あるので、それに沿ってちょろちょろと投稿できればいいなと思っています。

前書きは作品の世界観を損なうのでこれ以降は節目以外は書きません。

では、お楽しみください。


 厳しい冬も終わり、春の訪れを自然の全てが喜んでいるかのようなのどかな日。

 

 テンポスの村。近くに国境があるわけでもなく、魔獣が潜んでいるわけでもない。暴虐邪知の王がいるわけでもないし、悪辣な税務官が年貢を法外にむしり取るわけでもない。周囲一帯の数十に及ぶであろう村と何ら変わりのない、平和な村は春の香りに包まれていた。

 

 そんなテンポスの村では、老人が子供に読み書きを教えるという一風変わった伝統があった。

 

「さて、では今日も始めようかのう」

「ちょうろーう」

「なんじゃ?」

「毎回思うんですけどなんで読み書きなんかやらなくちゃなんないんですか? うちは農家だし、何の役にもたちゃしませんよ」

 

 一人の子供がいかにもやる気がなさそうにそう吐露する。

 

 確かに、図書館はおろか本すら数冊程度しかあらず、外からの来客は年に数回行商人が来るか来ないか程度。税務官ですら行くのを面倒くさがる程の辺境に位置しているこの村において、読み書きほど無駄な勉強は無いだろうし、事実大人に聞いても同じことを言うに違いなかった。

 

 では、なぜそんな無駄なことをしているのか。それは、ひとえに長老の指示があってのことだった。しかし、

 

「カッカッカ、そんなこというでない。確かに読み書きは他の村ではあまり教えんかもしれんが、何故習っていたのかお前さんにもいずれわかる時が来るじゃろうて」

 

 いずれ、わかる時が来る――。長老はその言葉ばかりで、一つも具体的な話をすることはなかった。

 

「要するに、役に立つ立たないの問題じゃない。この村ではやることと決まってる、それだけじゃよ。〝伝統〟とはそういうものじゃ」

「え~なにそれ」

「不満がありそうじゃな。でも、これはどうしてもやらなきゃいけないことなのじゃからしようがない。それじゃあ始めよう。一先ず前回教えたことからおさらいしようかのう。この村の名前は〝テンポス〟。意味は時をつかさど――」

 

 長老がそう締めくくり授業を始めようとする、その時。

 

「長老、アストぺルラがいません!」

「む……」

 

 長老はひい、ふう、みいとゆっくりと子供の数を数え、確かに一つ数が足りないことを確認する。

 

「確かにおらん! あやつ、今日もさぼりおったか!」

「あたしが見てきますか?」

「必要ない、あやつのような怠惰な者に時間など掛けられるか! 授業を始めるっ!」

 

 えー、とか、なんであいつだけとかそこら中で不満の声が上がるが、長老は全てを無視して強引に読み書きの指導を始めた。多くの子供は、これまでの経験から少し内容が厳しくなることを何となく察していた。テンポスの村は今日も平和だ。

 

 ◇

 

「はぁ~あ、やってられっかよ、あんな授業。意味もねーし、なんも面白くない」

 

 所変わって、ここは村から少し離れた丘にある原っぱ。冬も終わり穏やかな日差しが降り注ぐ日、草木は青々とした新芽を力強く大地に芽生えさせ、野原には一面花が咲き誇っていた。

 

 そしてその中に、先程話に挙がった現在絶賛授業をおさぼり中の少年、アストぺルラの姿があった。猟師である父親が家で読み書きを使ったためしがないアストぺルラは、子供たちの中でも特に懐疑的な目を向けていた。

 

 栗色の髪に母親譲りの透き通った蒼の目。それでいて目鼻立ちがきりっとしている様は、将来村の中でもなかなかの美形になることを約束されている。もっとも、現在の彼は千年の恋も冷める様なだらしない顔で寝そべっていたのだが。

 

「……思えば今日は、朝から災難続きだ」

 

 アストぺルラはふと、今朝の出来事を思い出す。

 

「リリィも毎日無理矢理たたき起こしてまで誘ってくるし……今朝の起こし方なんか、俺を家畜か何かだと思っていやがる」

 

 リリィとは、アストぺルラ少年の幼馴染の女の子のことだ。何かにつけて減らず口を叩いてくる様子は辟易するが、そこにいるのだからどうしようもない。幼馴染という名の腐れ縁だ。

 

 今朝も、夢で未踏の大地を冒険している最中にアストぺルラは起こされた。それも、眠っているアストぺルラの鼻と口を塞ぐという最低最悪の方法で、だ。お陰でアストぺルラは夢の大地で滝から滑り落ち、妙にリアルに溺れ死ぬこととなってしまった。

 

 夢の世界は実に魅力的だった。未知の植物、未知の動物、そして未知の世界――そのまま探検が続いてくれればどんなに良かったことか!

 

 思い出すだけでアストぺルラは胸がむかむかして、嫌な気分になっていった。

 

「あー……もういいや。今日はこうして寝そべっとくか」

 

 春の陽気と花の醸し出す甘い匂いは幸いにも、アストぺルラの嫌な気分を忘れさせてくれた。どうせなら、このままずっとここにいられたらいいのに――

 

 そんな願いを抱いたアストぺルラの耳に、不思議な音が聞こえてくる。

 

「?」

 

 ガタガタ、ゴトゴト。遠くに景色からから浮いた、小さな茶色いものが見える。あれは、動物ではないだろう。多分、人が動かしているものだ。徐々に近づくそれは、白い荷物を載せた馬車だと分かる。今は収穫期でもないし、あのだらしない顔の税務官は訪れない。最後に馬に乗る御者を確認するとアストぺルラは喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「……行商人だ! いやっほう!」

 

 行商人。変化の少ないこの村で税務官を除けば唯一外部から訪れる客であると同時に、アストぺルラら子供たちに村の長老が知らないような面白い話を聞かせてくれる存在だ。

 

 年寄りの〝ためになる〟話とは大違い。無駄に長い髭と話の長さの分だけでも見習ってほしいものだ。

 

 声に気付いたのだろう、馬車は進路を変えてこちらに進んでくる。

 

「おーい、おーい! こっちこっち!」

 

 馬車はアストぺルラの存在を認めると、目の前で立ち止まった。

 

 物音を立てて馬から降りて来たのは、いつもに比べて随分と若い青年だった。

 

「きみは、テンポスの子供かい?」

「そうだ! 俺はテンポスの村のアストぺルラ! 皆にはアストラってよばっれてる! おっちゃんは行商人だろ?」

「ああ、そうだとも。僕の名前は――プラ―ディタ。君は何をしてるんだい?」

「見ての通りさ、ご老人の話が退屈で逃げだして、野原で寝てたんだ」

「へぇ……要するに、授業をさぼって逃げてきた、てわけか」

「そういう事だ! なあ、あんた行商人なら冒険話の一つや二つ、知ってるだろ? 聞かせてくれよ!」

 

 アストぺルラは冒険話を聞きたくてうずうずしていた。大きくなったら村を出ることを心の内で決めているアストぺルラにとって、行商人たちの話は未知の世界を垣間見せてくれるとても心惹かれるものだった。

 

「そうだね……いいけど、一つ条件があるんだ」

「なんだ?」

「僕は見ての通りの年齢。この辺りの村を回るのは初めてで、今回来たのは何も物を売るわけじゃなく、偵察みたいなものなんだ。だから、アストラ君、君の村について、知っていることでいいから教えてくれないかな?」

「そんなのお安い御用だよ! 俺の知ってる範囲なら何でも答える! だから、早く物語を聞かせてくれよ!」

「ありがとう! それじゃあ――まずは、〝暗黒王国と勇者〟の話をしよう。

 

 ――昔々、あるところに一人の王様がいたんだ。王様はとても欲張りで、遂には近くの国を攻め立てて、財宝から王女に至るまで根こそぎ奪っちまった」

 

 ◇

 

 しかし、王の底なしの欲はそれだけで満たされることはなかった。王は周囲一帯のあらゆる国に戦いを挑んでいった。その全てを我が物にせんとする為に。

 

 不幸にも、王の軍隊はそれを完遂するだけの大いなる拳であった。王は力を我が物の様に振るい、周囲一帯の国を全て滅ぼし、やがて悪魔に見初められた。

 

 悪魔は言った。

 

「我は〝強欲の悪魔〟。貴様らの戦いぶり、しかと見させてもらった。願いを言え。我の出来る範囲で力を貸してやろう」

 

 すると、王は数瞬の憂慮も見せずに即答した。

 

「ならば、この世界を手に入れる為に力を貸せ」

 

 悪魔はケタケタ笑ってこう返した。

 

「我に命令だと? 貴様程強欲で傲慢な人間は初めてだ! 気に入った、我を利用するがよい!」

 

 こうして悪魔と手を組んだ王は、悪魔の生み出した魔物と人間の兵を呪法により融合させた〝魔物兵〟を使役し、世界の国々を次々と滅ぼし、征服した人々に死にも勝る様な残忍な仕打ちをした。そうして何時しか国中に魔物が蔓延るようになった。この惨状を見た人々は、何時しか王国を〝暗黒王国〟と呼び、悪魔と手を組んだ王を〝魔王〟と呼ぶようになっていった。

 

 そして、遂に残る国は〝ウェアルエラ王国〟のみとなってしまった。もう、わが国が滅ぼされるのも時間の問題。そう人々は嘆いた。

 

 そこに、勇者は現れた。

 

 勇者が初めてその姿を見せたのは、山がちなウェアルエラ国境の関にして最後の砦である〝エスタング国境関〟だ。勇者はそこで圧倒的な魔法を放って暗黒王国の飛竜兵を全滅させ、大地をも割る斬撃で魔物兵を切り払ったという。

 

 この局所的な勝利によって、徐々に形勢は逆転していった。人々は魔王から土地を取り返していき、勇者は遂に暗黒王国軍の虎の子、〝黒龍〟と対峙することとなる。

 

「我は黒龍。我が力に勝るものあらず、相対するは愚か也。汝、何を以て我を誅せんと欲す――」

 

「……我は勇者、全てを救うのみ」

 

 それだけ言うと、勇者は黒龍に向かっていった。

 

 苦戦する勇者だったが、黒龍の強大な魔法を逆に利用して倒すことに成功し、黒龍を降した勇者はその後も順調に暗黒王国軍を押し返していく。

 

 そしてとうとう魔王を一刀の下切り伏せ、悪魔を強大な魔法によって封印すると、どこかへ消えていった。

 

 勇者の行方は、誰も知らない。

 

 ◇

 

「――で、結局勇者は見つかったのか?」

「誰にも分からない。今までのが幻だったかのようにいなくなっちゃったからね」

「え~勇者とか暗黒王国って本当にあったのか?」

「多分……というか、確かめようにも昔のことだから手段がないんだ。でも、今でもあちらこちらに勇者の痕跡は残ってる。ウェアルエラ王国では今でもこの勇者を称えるため、暗黒王国が滅んだ日を祝日として盛大に〝名無しの勇者祭〟を催しているよ」

「マジ? もしかしていったことあるの?」

「勿論! ウェアルエラの勇者祭は行商人なら一度は訪れるよ!」

「すげえ! どんなだった? なにかかわったものとかなかった?」

「そうだね、僕が見たものだと勇者と黒龍を象った大きな山車があってね――」

 

 こうして、その後もしばらくプラ―ディタ青年の話を前のめりに聞くアストぺルラだった。そのうち、いつしか日は少し傾き始める。

 

「――で、怪物リヴァイアサンは正義の神々に封印され、混沌の入り混じる闇の一番深いところに――おっと、もうこんな時間じゃないか!」

「え~もっと話してくれよ、あんたの話めっちゃくちゃ面白かったから!」

「光栄だけど生憎僕はまだ若輩でね、今は金よりも信頼が大事なのさ。時間の約束を破るのはご法度なんだよ」

「しょうがねえなぁ。じゃあ、最初に言った通り俺の村、テンポスについても話してやるよ! とは言ってもつまらねえ老人たちの受け売りだから、面白さは推して知るべきだけどさ。でもまあ、お礼にとっておきの話を聞かせてやるよ!」

 

 アストぺルラはそういうと、いつだったか、話と顎髭の長い長老に〝絶対に村の外の者に告げてはならない〟と念を押された話をプラ―ディタに聞かせた。

 

「下調べしたのなら、うちの村の名、テンポスが〝時を司る〟って意味なことは分かるだろう? 不思議だよな、ただのこんなド田舎の村に〝時を司る〟なんてさ! だけど、この村には秘密があるんだ」

「秘密?」

「――結界が貼ってあるのさ。誰が、何のためにかけたかは知らねえけどな。そのせいで、俺らはあらゆる魔法が使えない。農耕にしても、鍛冶にしても、生活のありとあらゆること全部手作業だ。ちゃんとやるためにはいったん村を出なくちゃなんねえ」

「……道理で水魔法の水筒が空になるわけだ」

「まあ、俺らにとっちゃそれが普通だからさして不便なわけじゃないんだけどな。

 けど、俺が一度村の外、つまり魔法の使える場所に出た時、おかしな感覚があったんだ。周囲の物がめちゃくちゃゆっくり見えるのさ。当然俺は焦ったが、どれだけ早く動こうとしても、まるで水中みたいに体が動かない。結局どうすることも出来ず、そのまま失神しちまった」

 それを聞くと、プラ―ディタは少し考えこんでから話始める。

 

「時に関する由来に、アストぺルラ君の周囲がゆっくりする感覚――この村は〝時魔法〟に何か関係があるってことかな」

「時魔法?」

「読んで字の如く時間をいじる魔法だよ。過去に戻ったり、未来に行ったり、はたまた時間を遅くしたり、早くしたり――」

 

 未来とか過去とかは分かるけど、そこに行く? 〝今この瞬間流れているもの〟を遅くする? アストぺルラは、そんなこと考えたことがなかった。

 

「うーん、なんか難しいな。まず、時間ってそんな簡単に触れるもんなのか?」

「いいや、勿論簡単には無理だよ。魔法使いの最終目標さ。

 でも、時魔法はロマンがあるんだ。もし、あの頃に戻れたら――。百年後、この世界がどうなっているのか――。そんなことを思うのは、悪くはないだろう?」

 

 それを聞いたアストぺルラは過去に戻れれば何をしたいか考えたが、生憎この村では後悔する様な大きな出来事なんて一切起こっていない。祖父祖母だってアストぺルラがあんよをしていた時に亡くなったし、気の赴くまま生きてきたアストぺルラは〝羞恥心〟とは無縁だった。

 

「わかんねえ。今までの人生、後悔するようなことはしてないし起こってもないからな。でも、百年後ってのはちょっと心惹かれるな」

「そうだろう? その、惹かれるって感覚を頼りに魔法使いは一生をかけて時魔法を研究してるのさ」

「ふーん……惹かれる、か。随分曖昧な感覚に頼ってるんだな」

 

 惹かれる。ただそれだけで、人生を時魔法という出来るかもわからない夢物語に捧げている。アストぺルラは、その心持が分からなかった。

 

「まあ、そうかもね。魔法使いは、夢想家と似たような物さ。でも他の職業も案外似たようなもんだよ。

 君は、冒険が好きなんだろ? それってつまり、未知の世界に〝惹かれてる〟ってことに他ならないじゃないか!」

「あー……確かに。そう言われてみれば、俺って惹かれてるのか。そうか、こういうのが〝惹かれる〟ってことなのか!」

 

 理解すれば、それは簡単でとても魅力的な物に思えた。そして、それを追い求める魔術師の気持ちもわかる気がした。

 

「じゃあ、そろそろ僕は行くよ。興味深い話をありがとう!」

「あ、いうの忘れてたが、この話は他言無用な! 特に結界に関しては、長老から絶対に部外者に告げてはならないって耳にタコが出来るくらい聞かされてんだよ」

「え、そんな大切な話、大丈夫だったのかい?」

「大丈夫だ! 俺はちょっと大きめの独り言をしただけだ! もしかすると聞いてるやつがいたかもしれないけど、口外したり、告げたりしたわけじゃないから大丈夫さ!」

 

 その時、遠くから声が聞こえてくる。

 

「アストラ―! どこよー!」

 

 声の主が分かるやアストぺルラは思わず顔をしかめた。

 

「ゲッ、リリィじゃねーか! こうしちゃいられねえ、すまんな、おっちゃん!」

「あ、ああ。僕もそろそろ行かなくちゃならないからね。しかし、ずいぶんと可愛らしい声だけどそんなに怖いのかい?」

「ったりめーだ! じゃあな、行商人のおっちゃん!」

 

 そういうとアストぺルラはプラーディタの返事も聞かず声の方向へかけていった。その直後。

 

〝あいたぁぁぁっ! ちょ、引きずるな、頼むから! いや、ぶつのもやめて! 嫌だぁぁぁ!〟

 

「……随分と可愛らしいお嬢さんだ。君も苦労してるってっ訳か。

 しかし、時魔法。これは……〝使える〟かもしれない」

 

 プラ―ディタはそう独り言を言うと、馬車に乗り込みその場から立ち去って行った。



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2「アストぺルラと大滝の洞窟」

「プッハー! やっぱこの時期に入る川って最高だわ!」

「ちょ、ちょっとアストラ、上の服ぐらい脱いで入りなさいよ!」

「そうだよ、乾くのにも時間がかかるんだからさ」

 

 行商人が来た日からどれくらいたっただろうか。季節はめぐり、初夏。アストぺルラは友達のタイム、そして幼馴染のリリィと一緒に森にある川に遊びに来ていた。

 

「はいはい、脱げばいーんだろ、脱げば」

「ちょ、脱ぐのなら事前に言いなさいよっ!」

 

 バシンッ! とリリィがアストぺルラの背中を叩く。

 

「痛ッ! て、てめえが脱げって言ったんだろうが! 畜生が!」

「それとこれとは話が別よッ!」

「アストラ、リリィ。痴話喧嘩は僕のいないとこでやってくれない?」

「「痴話喧嘩じゃないッ!」」

「……そういう反応だからだよ」

「こんな乱暴で強引な奴が恋人でたまるかッ! 俺はこいつとはまっっっったく違う、可愛くて人をぶったりしないやつと結婚するんだよ!」

「あんた、言わせておけばぁ……! 大体ね、あんたがだらしないから私が毎朝起こしたり、一緒にいてあげてるんでしょ!」

「お前は俺の家族でもなんでもねえだろ!」

「幼馴染よッ!」

 

 ぐぬぬ……と互いに鋭い目つきでにらみ合うアストぺルラとリリィに、やれやれ、とやってみせるタイム。アストぺルラはその様子が気に食わないが、これ以上は何をやってもどうせ悪化するだけで、リリィと口論しても折角の遊ぶ時間が減るだけ。アストぺルラは話を変えることにした。

 

「もういいや。そんなことより、じじい曰くこの近くに滝があるらしいじゃん。みんなで行ってみようぜ!」

 

 先日無理矢理出席させられた長老の話で耳にしたことだ。他に言っていたことは忘れてしまったが、滝があると言っていたことだけは覚えていた。

 

「長老のことをじじいと呼ぶのはあれだけど、いいんじゃない? ねえ、リリィ」

 

 タイムがリリィに向けて言う。

 

「それって確か、あんまり近づくなって言われてなかった……?」

「いーじゃんそんなの。別に変なことするわけでもあるまいし、リリィも泳げないわけじゃないだろ? 何も起こんないって」

 

 アストぺルラはこの機を逃さぬとばかりに、少し大きな声で言った。

 

「泳げるっていっても私、浮かぶくらいしかできないんだけど……分かったわよ、行けばいいんでしょ」

 

 タイムが機転を利かせて話に載ってくれたお陰か、リリィもあからさまに嫌そうな顔をしていたが、承諾する。

 

 こうして太陽が真上に来て益々熱くなってくる正午頃、アストぺルラとリリィ、タイムの三人は、獣道を川に沿って歩いて行った。

 

 すると、半刻程歩いたところで川が流れるのとはまた違う、雨の様な音が森のざわめきに混じって聞こえてくる。

 

 音は林を進むにつれ大きくなり、存在感を増す。やがて開けた場所に出ると、遂に三人の前には信じられない光景が広がった。

 

「おお、想像以上にでっけえ! すげー!」アストぺルラが叫ぶ。

「正直長老の話では信じられなかったけど、実物を見ると益々信じられなくなるよ……」タイムが呆然として呟いた。

「ちょっと怖いなあ……こんなにいっぱい水が落ちてくるなんて」二人とは対照的に、リリィは少しおびえた様子だった。

 

 目の前の滝は、村の一軒家を二つ足しても届くか分からない程高く、滝壺も小さめの湖といって差し控えのない大きさ。リリィがその光景を〝怖い〟と表現するのも無理はなかった。

 三人が暫し見とれている間も、滝は相変わらずごうごうと周り全てを飲み込むような爆音を轟かせ、霧のような水を届けている。

 

「でも、奇麗……」リリィが独り言ちる。

 

 エメラルド色の透き通った滝壺には一面に新緑と青空が反射し、壮大な滝も相まってまるでおとぎ話のような光景を生み出していた。

 

 目の前に広がる〝未知〟の光景。アストぺルラは体が疼き、居ても立っても居られない。

 気が付くと、体が勝手に動き出していた。

 

「よっしゃ、飛び込むぜ!」

「あ、ちょっと待って!」「ア、アストラー!」二人が制止するが、時すでに遅し。

 

 ばっしゃーんと大きな水しぶきを上げて、アストぺルラは滝壺へと飛び込む。少し上流に来たからか水は想像以上に冷たく、少し歩いて火照った体に気持ち良かった。

 

「プッハ―! たまんねえッ!」

 

 流石に、滝の下にはいく気にはならないが、近くに寄る事は出来る。アストぺルラはもっと間近でこの大自然の飛瀑を感じたかった。

 アストぺルラは湖を泳ぐと、滝の目と鼻の先に来た。

 

「うわー……すげえ……」

 

 強い流れに足を取られそうになりながらも近くに行くと、飛沫はますます強くなり、強大な滝の力を直に感じた。

 

 他の二人にも見てもらいたくて振り向くが、二人は先の場所から動いておらず、こちらに何かを叫んでいる。何事かとアストぺルラは少し近づいてみると、大きな水の音に混じってリリィの悲痛で甲高い声が聞こえてきた。

 

「何してるのー! そんなに近づいたら死んじゃうよ、戻ってよー!」

 どうやら幼馴染は心配性のようだ。アストぺルラはふうと一息をつくと二人に向かって叫ぶ。

「だいじょーぶ、俺はそんなに柔くない! 二人も入って来いよー!」

 

 しかし、反応は芳しくない。

 

「無理、私もタイムもこんなところで泳げるほど泳ぎはうまくないもん!」

 

 そう、アストぺルラにはそれ程危険に映らなかったこの滝の湖だが、傍から見れば激しい滝が水面を叩きつけている底の見えない湖だ。

 

 しかもそれ程遠浅でもないため、すぐに足がつかなくなる。アストぺルラほど泳ぎのうまくない二人には、たとえどれだけの絶景があったとしてもたまったもんじゃなかった。

 

「え、近くでもダメか?」

「ダメ!」妥協案は、無下に切り捨てられてしまった。

「わかった、戻るよ……」

 

 突飛な行動をとるアストぺルラだが、別に自制心がないわけではない。三人で遊べないなら仕方ない。アストぺルラは滝を未練がましくチラチラ見ながら二人の方へ戻っていった。

 

 と、その時。アストぺルラの目が、滝の奥に何かを捉える。

 

「?」

 

 二人の下に近寄るのも中断して、アストぺルラは滝の、一瞬違和感を感じたその一点をしばらく注視する。

 

「おーい、大丈夫かー?」

「どうしたの?」

 

 二人の声も無視して集中して見つめると、確かにちらっと黒いものが見えた。岩というには黒すぎるし、滝に植物が生えるわけがない。では……。

 

 一つの答えにたどり着くと、アストぺルラは己が遠ざかった滝が、まるで宝石の塊のようにきらきらと輝いて見えた。

 

 アストぺルラは大急ぎで二人のいる岸に向かい、今見たことを話した。

 

「洞窟!」開口一番に、アストぺルラは叫ぶ。

「何、ど、洞窟?」

 タイムがアストぺルラに気圧されながらもそう聞くと、アストぺルラは酷く興奮した様子で自分の見たものを話した。

「洞窟だよ! 滝の裏に洞窟があったんだ!」

「あ、ああ……」

「ふーん。で?」

 

 しかし、二人の反応はあまり良いものではなかった。

 

「え、何でそんなに反応薄いんだよ! もっと驚いたり興奮したりしねえのか?」

「あったりまえでしょ! あんなでっかい滝の裏に洞窟があっても入れるわけないし、そもそも洞窟なんて暗くて狭くて嫌い!」

「僕は、正直心惹かれるよ。機会があれば潜ってみたい。けど、あんなところどうしようもないじゃないか……」

 

 先程、アストぺルラには自制心があるといった。しかし、偶然発見してしまった〝滝の裏の洞窟〟の魅力の前には無力に等しかった。

 

「えー、それなら俺一人でも行く!」

「はぁ!? 何言ってるのよ! あんな滝の下を通るなんて自殺行為よ!」

「僕からも言うけど、流石にそれは死にに行ってるとしか言いようがないよ……」

「俺があの程度で死ぬわけないだろ!」

「そんなのただの慢心よ! あんな場所、小舟でもひとたまりないわ!」

「そうだね……アストラ、君がどうしても行くというのなら僕らは君を拘束してでも連れて帰るよ」

「なら、される前に行くだけだッ!」

「あ、待ちなさい!」「待て、アストラ!」

 

 アストぺルラは迫る二人の手を器用に躱すと、滝壺の湖へと飛び込む。こうなってしまうと、二人はもうどうすることも出来ない。

 

「あすとらー! 長老にいいつけるからねー!!」

「絶対に死ぬなよー!」

 

「! ッたりめーだ! 俺をどこのどいつだと思っていやがる! 必ず生きて帰るからな!」

 

 叫ぶ二人にアストぺルラはそう叫ぶと、脇目も降らず泳いでいった。

 

 ◇

 

 二人を振り切ったアストぺルラは、そこそこ広い滝の湖をしばらく泳ぎ、大きな滝の目の前にたどり着く。

 

 先程よりも近い、激しく降り注ぐ滝は、大抵の物を粉々にしてしまいそうな力を感じた。その圧巻の光景は、冒険好きのアストぺルラをして〝やっぱりやめようか〟という考えを芽生えさせる。

 

 もしかすると、激流に体を叩きつけられて死ぬかもしれない。もがき苦しんで溺れるのは、どんな死よりも苦しい今際の際だろう。死なないにしても、失敗すれば恐ろしい苦痛を味わうことになるのは間違いない。――今なら、戻れるだろう。あの二人もまだ待っている。ここでやめておけば――危険はない。

 

 動揺したアストぺルラだが、ふと、行商人の言葉を思い出す。

 

『君は、冒険が好きなんだろ? それってつまり、未知の世界に〝惹かれてる〟ってことに他ならないじゃないか!』

 

 そうだ。自分は誰あろう、未知の世界に惹かれてやまない冒険家、アストぺルラなのだ。この程度で怖気づいてしまってどうする。

 

「ええい、もうなるようになれ! うおらぁっ!」

 

 暫し逡巡したアストぺルラだが、意を決して滝の中へと飛び込んだ。

 

(きっつ! なんだ、この……! まるで数人に取り押さえられてるみてえに流れが急だし、背中がいてえ!)

 

 滝は遠慮なくアストぺルラの背を叩きつけ、奥に往かんとするアストぺルラを激しく押し流す。その勢いはアストぺルラの想像よりもはるかに強力で、このままアストぺルラは溺れてしまうかに見えた。しかし。

 

(負けて、堪るか!)

 

 アストぺルラの闘志は燃え尽きない。得意な泳ぎに生来の勘の良さも相まって、迫りくる濁流に一歩も引かず、徐々に徐々に確実に滝の内側へと入り込んでいった。そしてついに流れは弱くなり、アストぺルラは滝の内側へと入り込んだ。

 

「っぷはァ! はあ、はあ、はあ……」

 

 すると――。

 

「――!!」

 

 奥には洞窟が広がっており、中では滝の透明なベールから入り込む日差しが、洞窟に流れる小川と乱反射して宝石の様な輝きを放っていた。洞窟の奥にはどうやら緑色に光ったヒカリゴケが群生しているようで、まるで奥までぎっしり詰まった宝箱のようだった。

 

 感想も忘れて、アストぺルラはしばらくぼんやりと洞窟を見つめていた。もしかしたらこの宝物庫に魅了されてしまったのかもしれない。けど、本当にそうだとしても悪い気分ではなかった。

 

「――行かなきゃ」

 

 奥に行かなければならない。アストぺルラは自分でも驚くほど自然と、そんな考えが浮かんだ。

 

 食料のない状態でヒカリゴケしか灯りがなく、しかもどこまで続くか分からない洞窟に入るのは正直言って自殺行為だ。いつもなら流石に分をわきまえて戻っているところだというのに。

 

 ――だけど、アストぺルラがこの宝物の様な光景に〝惹かれた〟のも確かだ。自分はやっぱり生来の冒険者なのだと、アストぺルラは納得した。

 

 もう、迷いはない。アストぺルラは緑の宝石のような洞窟の奥へと進んでいった。

 

 

 ◇

 

 

 そうして、かれこれ一刻は足場の悪い中を突き進んでいっただろうか。

 

 ちょろちょろと小川の流れる音と、遠くの滝の音、そして水滴がぽちゃんぽちゃんと垂れる音が洞窟内に響き渡る。洞窟内には蝙蝠一つおらず、生き物の気配は一切ないように感じた。

 

 しかし、ありがたいことにヒカリゴケはだんだん数を増しており、アストぺルラの足元を一層明るく照らしてくれた。照らされた天井は案外高く、鍾乳石がつららの様に今にも落ちそうな格好でぶら下がっており、先からこぼれた水滴がたびたびアストぺルラの背に当たった。

 

 と、ふと、アストぺルラはばったり立ち止まった。

 

「……分かれ道だ」

 

 分かれ道。それも三股に分かれており、間違えたら最後、洞窟から出られなくなるかもしれない。

 

「――こっちだ。こっちに惹かれてる、気がする」

 

 アストぺルラは、一応軽く石で印をつけると自身の勘のみで分かれ道を進む。けど、何故だかこっちであっているという根拠のない自信が感じられた。

 

 はたして、どうやら正解だったようでしばらく進むと大きな空洞にたどり着く。

 

 アストぺルラは空間に入った瞬間思わず息をのんだ。

 

 地底湖だ。それも、飛び切り大きい。外のそれとは違い、随分と静寂な水面だった。先程までとは違う青白く光ったヒカリゴケが、まるで満点の夜空の様に天井中を覆い、水面の中で光がゆらゆらと揺れていた。

 

 アストぺルラを驚かせたのはそれだけではない。

 

「誰かが、ここに来たことがある?」

 

 地底湖の正面には、石を積んで作られた簡素な祭壇の様なものがあり、その中心には全てを吸い込むかのような蒼い宝石が鎮座していた。

 

 アストぺルラは祭壇に近づき、試しにその宝石を持ち上げる。こぶし大のその宝石は、見れば見るほどくらっとしてしまいそうな輝きを放っていた。

 

「こうすると、益々きれいだ……」

 

 アストぺルラは、宝石を天井に向けてかざし、その輝きをしばらく見つめる。すると、次の瞬間宝石が太陽の様に激しく光り始める。

 

「うわっ!」

 

 一瞬めくらになり、アストぺルラは咄嗟に宝石を放り出す。しかし、いつまでたっても宝石が落ちる音は聞こえないし、水が跳ねることもなかった。

 

 少し目を開けて、光がある程度弱まっていることを確認し、おずおずと眼を開ける。するとそこには宝石が空中に浮遊しており――

 

≪僕を起こしたのは君かい、少年!≫

 

 そんなふうに、アストぺルラに話しかけたのだった。



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3「アストぺルラとご先祖様」

 アストぺルラは左を振り向く。岩肌ばかりで変わった様子はない。次に、右を振り向く。少しヒカリゴケが多めだが、さして変わった様子もない。では、先程の声は幻聴だったのだろうか?

 

《わあッ!》

 

「うおっ!?」

 

 宝石は、まるで意思があるかのようにアストぺルラの目の前に近づいており、アストぺルラの間近で大きな声を出した。アストぺルラはあまり驚いたもので、後ろに尻餅をついてしまった。

 

《はは、びっくりしたかい? いや、すっころぶとは思わなかったけど!》

 

 宝石は、その場で嬉しそうにくるくる楕円軌道を描いていた。アストぺルラはしばらく事態が読み込めなかった。幾らこの場所に惹かれてきたからって、流石に宝石が喋る様な珍事に遭遇するとは思わなかったのだ。

 

「ほ……宝石が喋ったぁ!?」

 

《そうさ、最近の宝石は喋るのだよ、若者よ!》

 

「嘘付け、絶対おかしいだろっ!」

 

《そんなことはない。本を読んだことはあるかい?》

 

 実は、アストぺルラは勉強ができないわけではない。本が大好きなアストぺルラは、読み書きも村にある数冊の本が全て読める程度には習熟していた。

 

 授業をさぼるのはそこまで習熟してなお、長老が読み書きの勉強を続けさせようとするのに意味を感じないだけなのだ。

 

「あ、ああ。一応〝プラタナス島冒険記〟といくつかの絵本は……」

 

《おお! なら、プラタナス島冒険記には喋る木が出てくるだろう? あれと同じさ。あいつ、僕の甥なんだよ》

 

「は!? 木が親戚!?」

 

《最近あの子、伸びすぎてうっとうしいって嘆いてたよ》

 

「……いや、流石に騙されねえから!」

 

《あっはっはっは! すまないすまない、随分久しぶりの来客で気持ちが高ぶってるんだ》

 

 宝石は、酷く愉快な感じで揺れている。にわかには信じがたいが、こうまでされるとこの宝石に意思が宿っていると考える他なかった。

 

「そうかよ。ところで、あんたは誰だ? なんで宝石なんだ?」

 

《僕は、そうだね――ヒース。貴族でもないし、苗字なしのヒースだ。えっと、おそらく君はテンポスの村の子供だよね?》

 

 アストぺルラはこくりとうなずく。

 

《なら、僕は君のご先祖さまってわけだ!》

 

 宝石からは、感情なんかまったく読み取れないはずだ。しかし、その瞬間アストぺルラには容易に自慢げに胸を張った様子が想像できた。

 

「ご先祖さま? じゃあ、何だってご先祖様のヒースがこんなとこで宝石の中にいるんだ? 何かやらかしたのか?」

 

《違う違う、僕は別に悪いことをして封印されたわけじゃない。第一、僕が悪い人ならこんな高価そうな宝石の中に封印して、こんな神秘的な場所に祭壇を作って祀ると思う?》

 

「いわれてみれば、そうか……じゃあ、何というか、神様的な感じで祀られたのか?」

 

 確かに罪人をわざわざこんな滝裏の洞窟の奥に祀る道理はない。それなら次に考えられるのは、神を神聖な場所に祀ることだ。

 

 テンポス村には至る所に神棚やちょっとした祠がある。自然崇拝は一番身近でもっともらしい理由だった。

 

《うーん、惜しい、かな。僕が祭られた理由は、その昔、とってもとってもすごいことを成し遂げたからなんだよ! それこそ命を賭して村の危機を救ったのさ!》

 

「え、マジ? ヒースってめっちゃすげーじゃん!」

 

《そうだろうそうだろう! 君、もっと僕を崇め讃えていいんだよ?》

 

 そう言われて、更に誉め言葉を続けようとしたアストぺルラに、ふと疑問が生ずる。

 

「……いや、でも村の危機って一体なにが起こったんだ? 今の平和な村からしたら〝危機〟なんて想像できねえ」

 

 アストぺルラが生まれてはや13年。村は危機の危の字もないほど平和で、今まで日常生活で困ったことはほとんどない。故に、アストぺルラにはあの村に危機が訪れる事なんて全く思い浮かばなかった。

 

《危機の内容、ねえ。それを言うのはちょっと難しいかな。君のことを信用してないわけじゃないけど、僕がやったことは重大すぎて、他の人にはあまり話せないんだ。それこそ、それをとある勢力――今も健在かは分からないけどね――が知れば、真っ先にテンポスをつぶす程度には、ね》

 

「ええ~それじゃあ、何も分かんねえよ……せめて、そのとある勢力っていうのは何かだけでも教えちゃダメか?」

 

《勿論! それを言っちゃあ、僕の正体なんか知見のある人ならすぐ感づいちゃうよ。まあ、知りたいのなら少なくとも成人してからここに来てよ。教えてあげよう》

 

「そうか……それなら仕方ないか。成人してからまた来るよ。でも、それを聞くとヒースがどんな奴か益々よく分かんなくなってきたんだが……」

 

《僕がどんな奴かだって? うーん、自分の事を自分で言うのは何だかこそばゆい感じがするけど――強いて言うなら賑やかなのとか、楽しいことが好きかな。逆に、争いごとは大っ嫌いだし、寂しいのも嫌だよ》

 

「ふーん、戦いが好きじゃないんだ……村を救ったにしては随分平和主義なんだな……」

 

《――はあ。いいかい、少年。人生には、やれることとやれないこと、そして――――やらなきゃいけないことがあるんだ。その〝時〟の始まりは唐突だよ。ある日突然、嵐みたいに訪れるんだ》

 

 ヒースはそういうと、それまでの愉快そうな態度を変えた。

 

《僕は平和が好きさ。何でもない日常でも僕にとっては理想の一日だし、春ののんびりとした雰囲気も大好きさ。収穫祭の高揚感なんて、もう最っ高だ!

 でも、だからと言ってやらなきゃいけないことをさぼる理由にはならない。他でもない、僕がけじめを付けなきゃいけなかったんだ。

 

 ――ちょっと陰気な話になっちゃったね。僕はこういうおセンチなことは大っ嫌いなんだ。先の質問にはちょっと答えられないけど――そうだね、せっかくここに来てくれたんだ、代わりに面白いことを教えてあげよう。君は〝魔法〟に興味はあるかい?》

 

 魔法。それは、アストぺルラからハースに対する疑問を容易く吹き飛ばすのには十分なほど興味を惹かれるものだった。だけど、ここは少し遠かれど村の範囲内。魔法を封じる結界は健在の筈だ。

 

「そりゃ勿論あるけど、この村には魔法を無効化する結界がかかってるし……」

 

《結界! 僕の頃にもあったけど、まだちゃんと作動してるんだね。まあ、土地自体が結界みたいなものだし自然の魔力を利用してるから当たり前なんだけど。

 安心して、ここは結界を無効化するくらい魔法と縁深い土地だから、誰でも普通に魔法を使えるよ。第一、魔法が使えないなら君が今見てる光景をどう説明するんだい?》

 

「いわれてみればそうか! 宝石が浮いたり喋ったりするなんて、魔法以外に考えられない!」

 

《まあ、僕ほどの魔法使いになれば結界の干渉を受けながらでも多少魔法を維持できるんだけどね。でも、ここでなら君も魔法を使えるはずだよ》

 

 ここでなら自分でも魔法を思う存分使える。そう聞いたアストぺルラは即座に宝石に身を乗り出す。

 

「教えてくれ! 頼む!」

 

《意欲旺盛な生徒は歓迎だよ! じゃあ、久方ぶりに魔法を教授するとしよう!》

 

 こうして始まったハースの魔法の授業。理論的なことは後回しでまず実際に使うことに重きを置いた授業は、長老の話とは違い、するすると頭の中に入っていった。

 

 それになんてったって楽しいのだ。自分が生まれて初めてまともに魔法を使う。それだけで感動モノだというのに、ハースという優れた教師というおまけ付き。アストぺルラは感動と驚き、嬉しさで一杯だった。

 

 けど、どうしてだろうか、ハースは心なしか不満げな様子だ。

 

《おっかしいな……。この方法を試してこの等級の魔法。普通はあり得ないはず――》

 

「……どうしたんだ? 魔法はこの通り、初めてにしてはちゃんと使えてるはずだけど……」

 

 そう言って、アストぺルラは指先から爪くらいの大きさの火を出したり、水を出す。しかし、そんなアストぺルラの様子を見ると、ハースは益々語気を強める。

 

《いや、それは弱すぎるんだ! 僕はこう見えても〝指導の天才〟と言われたことがあってね、どんな人でも少しの時間である程度の魔法を打てるように指導することができるんだ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!》

 

「な、なに!? さ、才能がない!?」

 

 魔法に対する才能がない。それは、今まで聞いたどんな言葉よりも衝撃的な死刑宣告だった。まるで、手足をもぎ取られたかのような喪失感。自分の全てを全否定されたような気がした。悲しみのあまり涙が止まらなくなってしまう。

 

 そんな様子をみたハースは慌てて言葉を続ける。

 

《いや、断じて才能がないわけではない! 僕の見立てでは、君ほどの天才は国に一人か二人かいれば多すぎる位だ! 証拠に魔法は弱弱しいけど、その発動は今まで見たどの生徒よりもスムーズで芸術的な位だ! 思うに、君は何らかの理由によって魔法を制限されてる!》

 

 自分に才能がないわけではないばかりか、天才のそれである。それはアストぺルラにとって飛び跳ねたいほどの朗報だったが、もう一つの方が問題だった。

 

「魔法を、制限されてるだって?」

 

《そうさ、もし君が魔法を使ったら本来はこの地底湖の水位を上げるのも容易いはずなんだ!

 何か、魔法関連で身の回りで変わったことが起きたことはないかい?》

 

 アストぺルラは少し考える。しかし、思い当たることは一つしかなかった。

 

「――そういえば、一度結界の外に出た時周囲がゆっくりして見え――」《それだ!》

 

「え?」

 

《それだよ! 君が魔法を使えない原因!

 君には才能が溢れている、いや、溢れすぎている! それこそ、時魔法を楽々使えるほどに! 周囲をゆっくりさせるのは時魔法の基本的な魔法だけど、誰かに教えてもらわずに発動できるほど優しい代物じゃない! ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!》

 

「え、そ、そうなのか!?」

 

《そうだ! 時魔法ってのは基本的な物ですら普通の魔法を極めるレベルの習熟を必要とする! もちろん過去には生まれつき時魔法を使える人もいたらしいけど、君みたいな歳から自然と発動するもんじゃない!》

 

 ハースは、間髪入れずにまくし立てる。

 

《鑑みるに、だ。君は、時魔法に対するあまりの適性のせいで、他の魔法を使えないんだ!!》

 

「時魔法に対する、適性?」

 

《人には本来色んな属性――例えば水とか、火とかの様な――に対する許容量が決まってるんだ。才能があるってことは、その許容量が人よりも多く、より強い魔法を打てるって事さ。でも、君の場合時魔法の許容量が多すぎて全て埋まっちゃってるんだ!》

 

「そ、そうなのか……でも、要するに時魔法に対する才能は凄いってわけだろ? なら、多少難しくてもいいから教えてくれよ!」

 

 しかし、返事は芳しくない。

 

《駄目だ! 時魔法ってのは、使うと世界が壊れかねない危険な魔法! 非常時以外は絶対に使ってはならないッ!》

 

「そんなにやばいのか、時魔法は……」

 

《そうさ。過去と未来への干渉については特にね。だから、君には時魔法を教えられない》

 

「でも、時間を遅くする魔法位なら別に良くないか?」

 

 別に、アストぺルラは過去に戻りたいわけでも未来を変えたいわけでもない。時間を遅くしたり早くする程度なら、問題がないように思えた。

 

《そうだね……でも、まだ村で生活してる君には無用だよ。今すぐにこの村を出るというのなら教えてあげてもいいよ?》

 

「え~……ちやほやして結局教えてくれないのかよ……」

 

《ごめんね。だけど、君の持つものはそれ程危険な才能だと分かってくれたら嬉しいよ。正直僕だって、君のその特異な才能をどの様に扱えばいいのか困惑してるくらいだからね……》

 

「……しょうがねえか。成人した後、またここに来るわ」

 

《うん、それがいいよ。まあ、もしかすると僕みたいにもっと早く〝その時〟が来るかもしれないけどね》

 

 ハースはそう言ってゆっくりと点滅していたが、突然ぴかっと光り始めた。

 

《いっけない! 結界のせいでここの時間の流れが遅くなってるってこと忘れてた! それにこの感覚――君、早く帰った方がいい!》

 

 突然そう言いだすので、アストぺルラは大いに困惑した。

 

「え、どういうことだ? なんでここの時間が遅くなってるからって、早く帰った方がいいんだ?」

 

《難しい理屈はどうでもいい! ここでの一日は外の十数日にもなるんだ、それと、君は現在進行系で無意識に時の流れを早くする魔法を使っている。だから早く!》

 

「そ、そういう事か……。でも俺には滝の裏に行くまでは連れが二人いたし、数日間俺が行方不明ならすぐに捜索されると思う。だから、それ程外との時間には開きがないと思うけど……」

 

《え、ちょっとまって、今滝の裏っていった?》

 

「え? そうだが……」

 

《なんてこった、ここも随分と辺鄙な場所になっちゃってるじゃないか!! 道理で誰もお供えに来ないわけだ、昔はもっと分かりやすいところにあったんだよ!》

 

「ええ!? まじか!」

 

《というか、自分で言ってて気づかない? ただでさえ迷いやすい洞窟なのに、滝の裏なんて場所にあればまず捜索されるかだって怪しいよ! 多分親御さんが待ってる、急いで帰りな!》

 

「分かった。けど、約束してくれ!」

 

《何だい?》

 

「成人して俺が村から出る時、全てを教えるって!」

 

《勿論さ! さあ、帰り道はこの小さな宝石が指し示してくれるから受け取って!》

 

 そう言うと、小さな宝石がハースから分離してアストぺルラの手に乗る。宝石からは、一つの方角に向かって一筋の青い光がどこまでも続いていた。

 

「ありがとう、ご先祖さま! じゃあ、いつかまた!」

 

《ああ!》

 

 アストぺルラはそう言うと、出口の方へかけていった。途中躓きそうになったが、一度は通った道だ。何とか体勢を崩さずに進んでいった。

 

 そして、行きよりはるかに早く、アストぺルラは滝の裏に戻る。すると、役目を終えた宝石からは青い光が消えていった。

 

 裏から見る滝は明るく、今は日中だと分かるが、先程とは違って光がさしていないことから午後ではないだろう。もしかしたらあの洞窟にいた間に外では一晩が過ぎていたのかもしれない。そう考えるとアストぺルラは少し焦って滝へと飛び込んだ。

 

 万力に挟み込まれるような、激しい水の流れ。しかし、それはもう克服済みだ。アストぺルラは要領よく滝を抜けていき、湖を泳いで岸へと向かった。すると、岸には棒のようなものが突き刺さっており、そこに皮紙が結ばれていた。

 

 軽く頭と手を振って水滴を散らすと、アストぺルラは皮紙を手に取る。すると、リリィが書いたのだろうか、怒ったような表情をした女の子の絵と、先に一度帰った旨、そして長老に事の顛末を言いつける旨が書かれていた。

 

「長老だけにはいってほしくなかったのに……」

 

 アストぺルラはそう恨めし気に呟く。しかし、自分が制止を無視して無鉄砲に進んでいき、二人を心配させたのも事実。今更ながら、罪悪感が胸の底からこみあげており、リリィの悪口を言う気にもなれなかった。

 

「はあ……しかしリリィ、字、上手いな……て、ん?」

 

 過ぎたことは仕方ない。そう思いながらアストぺルラは皮紙をポケットにしまうと、川に沿って歩きながら他の事を考えることにした。

 

 最近リリィは文字を書くのにはまっている。それこそ、近くにある石が文字で一杯になってしまうほどだ。今回のこの手紙に使った皮紙も、それ程簡単に手に入るものではない。無理を言って出してもらったに違いなかった。

 

 けど、それについてアストぺルラはお礼を言う気にはなれなかった。どうせ、「あんたには関係ないでしょ!」とかなんとか言われていつもの暴力が振るわれるだけだからだ。まあ、最近は手を出してくることは無くなり、少ししおらしくなっていた気もしたが――川遊びの時のことを考えるに、やっぱり気のせいだったのだろう。

 

「そうそう、そういえばあいつ、俺に向けた手紙を書くとかも言ってたっけ……」

 

 あの時はいつもと雰囲気が違った気がした。が、違った気がしただけだった。不格好な態度をからかい思いっ切り平手でぶたれたことは一生忘れないだろう。

 

 そうこう考えてるうちに、アストぺルラは元々川遊びをしていた場所が見えてきた。が、何かが置いてある。

 

 置いてある? 何か、見覚えのある……あの形。いやな予感がして、アストぺルラはそこに駆け寄った。

 

「――え?」

 

 それは、半ば白骨化した遺体だった。胸には地面がはっきり見えるほど大きな穴が開き、中生理的な嫌悪を感じる臭いを醸し出していた。ところどころ原型を残しつつも白骨がところどころ見える顔は酷く凄惨で、恐怖に引きつった表情をしていた。

 

 それは、人だった。間違いない。この人は、アストぺルラの家から少し離れた所に住む、優しいおじさんだ。いや、おじさんだったものだった。

 

 自殺は禁忌とされているし、事故でこんな傷がつくはずもない。まず、間違いなく何らかの道具で、他の人によって……殺された? 誰が? 何のために?

 

 殺人? 口減らし? 見せしめ? それとも――

 

 ――瞬間、アストぺルラは村へ向かって走っていた。気持ち悪い冷や汗が顔を伝う。妙に早くなった鼓動がアストぺルラをせかす。

 

 どうか、どうか、この嫌な予感が、鼓動が、気持ち悪い感覚が、全て杞憂でありますように。天に向かって、この世の全ての神さまに向かって全身全霊でそう願った。

 

 いつの間にか、あれだけ晴れていた空には、暗い雲が垂れ込め始めていた。




次回は本格的に残酷な描写が含まれる予定です。


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4「アストぺルラと変わり果てた村」

 まず最初にアストぺルラの目に入ってきたのは、荒らされた畑だった。来る前まで、大人たちが手入れをしており、まだ青々とした稲穂を付けていた小麦は、見るも無残に踏みつくされて枯れ果てていた。

 

 それだけではない。畑仕事をしていたであろう、村の見知った大人たちが変わり果てた姿で倒れていた。表情は、もう注視することが出来なかった。

 

 村に近づくにつれ、段々と死臭が密度を増してくる。幸い昼食をとっていないので吐くものは胃液ぐらいだが、アストぺルラはもう何度も耐えきれないほどの吐き気をすんでのところでこらえていた。

 

 空が、ゴロゴロと不気味な音を立てる。

 

「な、何なんだよ……」

 

 アストぺルラは、今になっても状況が読み込めなかった。これは、つまり……どういうことなのだろうか。

 

 いや、頭では理解していた。ある考えが、頭の片隅に生じていたのだ。しかし、アストぺルラは頑としてそれを認めようとはしなかった。

 

「そ、そうだ。ここはまだ村の外れの畑だし、家に行けばもうちょっと違うかもしれねぇ……そうだ、そのはずだ!」

 

 アストぺルラは急いで家の集合しているところへ向かう。

 

 しかし、そんな甘い考えは、家が見えてきた時点で砕かれた。

 

 見えている家は、例外なくすべて倒壊していた。いや、壊れた様子を見ると、破壊と言った方が正しいだろうか。辺りにはペンキをぶちまけた様な赤黒い色のシミが所々に散乱しており、動かなくなって半ば白骨化した〝モノ〟がそこら中に転がっていた。

 

 アストぺルラは、そんな光景を見ないようにして無心に自分の家へと向かった。

 

 アストぺルラの家は、その他数十と同じく、破壊されていた。

 

 生まれ育った二階建ての家は、一階部分が倒壊しており、二階の窓の木枠も壊れて直接入れるようになっていた。

 

 軽く周囲を見たが、両親の痕跡はない。父は猟師で山の中、母は畑仕事をやっていたはずだ。さっき見た畑は、アストぺルラに嫌でも〝死〟という可能性を思い起こさせる。今は二人について考えたくはなかった。

 

 自分の部屋だ。いつも惰眠をむさぼり、リリィに平手打ちかそれ以上にひどい手段でこっぴどく起こされていた、ベッド。そして、いつか冒険に出ることを夢見て自分の宝物を詰め込んだ、大きな箱。多少古びてはいるものの、それだけは奇跡的に破壊された痕跡もなく、日常を置き忘れたかのような光景が部屋には広がっていた。

 

 アストぺルラはそれだけ見ると、他の二人の家へ向かっていった。

 

 しかし、現実は変わらなかった。リリィとタイムの家も他の家と同様、破壊されていた。

 

 なかはどうなっているのだろう。嫌な予感が脳をかすめた。二人も、他の人と同じ様に――。

 

 いや、そんなはずはない。そんなこと、あってはならない。絶対ありえないはずだ。あり得てしまえば、俺はどうしようもなくなってしまう。

 

 いつの間にか降ってきた雨が、一滴、首筋にあたる。地響きのような音を立てる雨雲は、死神がケタ笑いした様な不気味さがあった。

 

 アストぺルラは、リリィの家の中を見ることにした。

 

 心のどこかが、警告している。これ以上言ってはならないと。この線を越えたら、お前は戻ってこれないと。

 

 しかし、アストぺルラは僅かな可能性に持たれかからざるを得なかった。

 

 慎重に瓦礫をどけ、恐る恐る中を確認していく。

 

 食器が散乱し、テーブルや椅子は全て瓦礫で壊れている。調理用の鍋は中身をぶちまけており、腐乱臭をあたりに漂わせる。

 

 そして、アストぺルラはたどり着く。一番見たくなかったモノに。

 

 不都合な現実に。

 

 〝ソレ〟は、すでに腐るどころか

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 

 雨の中に一つ、悲痛な号哭が響いた。 




4~5話の流れが不自然なので修正します


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