とある女ユンカーの抗争記 (ラディカルリベラリスト)
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01

皆様ごきげんよう、そして糞喰らえ。エミーリア・シャルロット・ラ・ペリエール=ケラーマン...帝国陸軍魔導中尉であります。ああ長ったらしい名前が恨めしい、毎度の事ながら言いきるのに一苦労。前世の名前で通したいのですが思い出せないのは呪いか何かかどうか。

 

失礼しました。お話の続きをばさせて頂きますゆえお付き合いください。

突然の品性に欠けるご挨拶は如何ながら謝意を表明するとともに、その意図についてご説明申し上げます。

ボリュームにいささか欠ける我が胸中を覗き見られる諸兄各位には親しみを込めてご挨拶するともに!

超常なる幽玄の非人どもの見下した目線にシャイセと贈らせて頂きます。

 

そして私の不満と言いますか、現状をまずはお目通しくださいませ。

私の日常、ラインの日常を。

 

 

 

 

 

 

「ラインコントロール!ラインコントロール!こちらツュプレッセ02、01の魔導反応ロスト!繰り返すツュプレッセ01の反応ロスト!」

 

そうラインの日常。上官が、先任が、先を往くものがことごとく落ちていく。我が206魔導中隊中隊長も例外ではない、否応なしに落ちていく。指揮官先頭は大変よろしいが、士官が欠乏するとは考えないものか。かといって引きこもりの尉官なんぞ誤射してしまいたいのが野戦将校の悲しい性ではありますが。

眼下を見下ろせば味方歩兵が見えた。そこに落ちてくれればまだ...

なんて希望の儚さにはいっそ笑えてきますねぇ。あの高度で片腕と意識を手放したらむべなるかなと独り言ちたくなりもする。

 

「ラインコントロールより、ツュプレッセ02。貴官が以後の指揮を取れ、敵魔導中隊の要撃は続行されたし」

 

シャイセ!

敵魔導中隊規模の相次ぐ強行偵察に対抗して網を張る。なんて半分哨戒任務染みた下知の結果がこれでございますわよ、来るか来ないか半々ってとこだったんですがね。

あーあー、見れば下士官連中がてんでばらばらに崩れてる。助けてやらないと。

 

「...ツュプレッセ02了解!中隊各員聞いたな!まずベック曹長、アイザック伍長を連れて敵の頭上を取れ!キュヒラー少尉は私の後ろにつけ!」

 

「中尉了解です!アイザック上がるぞ、ついてこい」

 

おっさんが野太い声出してまぁ...とか思うけども、使える下士官代表の曹長は馬鹿にしてはいけません。空中管制には反吐が出るが、有能な下士官には生唾が出るものです。そんな曹長閣下に補充の伍長ちゃんを預けて空中退避含みの命令をだす。必要な時に必要な援護をくれれば及第点だぞ、曹長。それまでおむつ替えよろしく。

ほんと着任以来お世話になりっぱなしの先任下士官だなぁ、キスぐらいはしてやってもなんて気持ちに、ならない。うん。

 

「ケラーマン中尉、了解です。小隊!中尉を先頭に突撃隊形に」

 

そしてすぐ横にいた、統制射撃による援護を図っていたキュヒラー少尉の小隊を吸収。涼しい声に似合わず厳めしい表情なキュヒラー少尉。士官なら余裕が欲しいな。甘いマスクに涼しいアルト声、面食いには人気だろうが戦場系女子にはノーサンキュー。

それと大丈夫だって。

 

私の後ろは落ちない。

落ちるのは前だけだからさ。

 

状況を整理しましょうか。

糞暑い中、太陽を背にする敵魔導中隊を空中管制の指示の元に無事発見した我が206魔導中隊はまず2個小隊を持って一当たり。そのまま分派した2個小隊が敵を拘束しつつ、次席指揮官の私ケラーマン中尉直卒の残り2個小隊がトドメを刺す。

ハズだったんですよ、ええ。

まず先任中尉たる敬愛すべき中隊長殿はバカたれですね、キュヒラーの小隊も連れてけって言い含めたのに黙殺とは。大方、私にスコア抜かれたのと階級追いつかれたのとを気にして自分で落としたかったんでしょう。戦意旺盛なれど、自己肥大の気ありと認む。付き合わされた2個小隊が可哀想でもう、まぁ自分じゃないしって思わなくもないが。

ともあれ死人に鞭打つのは止めにしてですね。

残ったのは欠員1名の我が小隊とキュヒラー隊、あとは統制の崩れた2個小隊だったなにか。

 

「中隊長を拾います!くっそ、小隊長!援護を、ぁあっ...」

 

「...シャイセっ!中隊長に伍長は諦めろ!歩兵連中に期待しとけ!」

 

「ああっそちら見てる余裕なんかないですよ!最初から!」

 

前方の友軍の泣き言が煩いなぁ。2個小隊の友軍と敵魔導中隊の巴戦、手厳しい展開なのは理解します。

だがこの状況だし泣き続けてもらうしかない。

 

「キュヒラー少尉!敵中隊と我々は同高度だがなるだけ優速を保ち、一撃離脱を繰り返して敵に消耗を強いる。後にお守りのベック曹長の援護下の元に巴戦!」

 

「了解!ですが一撃離脱くらいなら小官だけでも仕切って見せますがいかがですか!」

 

意外に威勢のいい返事をする、殻が取りきれてないであろうキュヒラー少尉。こっちもこっちでお守りがいるかと思ったけども任せて良いのか否か。

 

「やってみせろ少尉!D小隊、少尉を死なせるなよ!」

 

「了解!」

 

「ケラーマン中尉吶喊す。続け兵隊アリども!」

 

よし、こんなもので良いでしょう。巴戦、私の得意科目で戦果を稼ぐとしましょう。

 

 

 

 

 

太陽の光がさんさんと降り注ぐ。忌まわしい、分派した2個小隊が敵に包囲されてるのが良く確認できる。雲量の少なさがより絶望感に現実味を持たせてきやがる。

 

「アイザック!着いてきてるな!現在高度6000、ここから上は上がらんからきっちり後ろにつけてみせろ」

 

「...了解」

 

若干へばり気味だが責めてばかりはいられない、自分だって全速は出しきれない。出せるのはうちのケラーマン中尉殿くらいか?知っている奴だと。

 

「そうへばってねぇで前みろ!中尉の戦闘機動を見るんだよ、あれができりゃぁお前の好きな英雄様の仲間入りだよ」

 

「かはっ...見えてます、見えてます」

 

一瞬怒鳴ろうかと思ったが、中尉もお守りのつもりで新品伍長を俺に付けたんだろうと思うと我慢するしかない。我々魔導部隊の限界高度6000、それぐらい飛べなきゃ中尉の僚機に付けるのもままならない訳だしな。

そう実地訓練みたいなもんだ、だが訓練のための訓練になりつつあるが。

 

「そら、ブービー!始まった!」

 

「それはやめてくださいって何度も...すげぇ」

 

中隊長組の2個小隊には申し訳ないが、囮にして一撃離脱による漸減。これで行くかと思ったらこれだ。

崩れたA小隊とC小隊にまとわりついた奴に片っ端から見こし射撃をぶち当てやがる、それも爆裂術式でだ。命中するだけ凄まじいが、当てれば当てるほどに爆風で視界が狭まる。その中で巴戦だ、当て続ける中尉のシックスセンスには毎度ながら驚くな。

 

「ほら、煙幕炊いてやったんだ離脱しろ我が中隊諸君!上に離脱だ、上におっかないベック曹長が待ってる。援護してもらえ!」

 

「了解!助かるぞみんな、上だ!上!」

 

敵中隊も半分落ちたかどうか。これじゃ中尉殿も早晩ネームドの仲間入りだな、もう共和国は名付けたかも知れんが。

おっと離脱するC小隊に追っ手が来たな、蹴落としてやる。煙幕抜けたら丁度俺らの真下だ、敵ながら別動隊に気づかない愚鈍さに同情するよ。

 

「よし、次のキュヒラー少尉の突撃に合わせてこっちもぶっぱなすぞ!アイザック、狙撃術式だ!」

 

「どれ狙いますか!?」

 

「お前は一番右だ!あれが一番近いからな、さっさと戦争処女は捨てちまえ!」

 

「戦果上げて見せますよぉ!」

 

アイザックでも視認してるというのに奴さん気づかんか。余程猟犬に追い立てられているとみえる。

戦争は複雑なのか単純なのか分からんな、高度の優越は重要という普遍的な事実の単純明快さが嫌に染みてくる。

 

「撃ったら全力で降下して離脱!キュヒラー少尉に合流だ!アイザック分かったな」

 

「...了解!」

 

よしよし物分かりが良い子は生き残るぞ。不思議そうな顔してるがちゃんと動いてくれれば死なんからな、高度の優越ってのは仕切り直す権利なんだ。実戦で学んでくれ給えよぴかぴか伍長どの。

 

っと、煙から出てきた友軍だ。邪魔だ退け、助けてやる。

 

「ブレイク!ブレイク!」

 

「後ろは任せた!曹長!」

 

「アイザック今だ!てぇ!」

 

当たった、手ごたえあり!共和国のカエルども煙吹いて落ちていけ。それに伍長も当ててるじゃないか、どうしてなかなか。とまぁこんなもんか、欲目は捨てなければ。

 

「アイザック!高度3000まで降下、7時方向にキュヒラー少尉が抜けていくから追従だ、着いて来い」

 

「曹長の後ろにかじりつきます」

 

よしよし、下手っぴの戦い方なんてこんなもんだ。中隊長はそれを分からんから落ちるんだ、ドッグファイトなんて一部のエースにだけやらせればいい。それこそうちのケラーマン中尉みたいな人外にな。

 

「伍長、後ろ見てみな。もう終わるぞ」

 

突き上げられた敵魔導中隊は高度6000を超えて溺れた、良い鴨だ。中尉はもの見事に貫通術式で仕留めてる、ターキーショットだ。ドックファイトの天才でありながらも戦術判断の元にしか選択しない、つまり個人の戦果に執着しない。今回のドックファイトだって、アイザックに処女切らせるくらいの余裕があった訳だ。魔導士官かくあるべしを遂行する良い上官だよ。本当に。

 

「中尉殿には何が見えているんですかね...自分にはさっぱりです」

 

「ははっ、さっぱりでいいさ!ただ次の出撃では中尉の小隊らしく突っ込ませてやるからな、そう進言しておく。それと今回の伍長の戦果は撃墜不確実だ」

 

「...精進します」

 

 

 

 

 

 

先行した2個小隊を上に逃がしたら、共和国のカエルどもも着いていったのにはやや面食らいました。

追撃しつつの離脱を図ったんでしょうか。確かに高度を取れれば、降下で速度を稼げる。位置エネルギーと運動エネルギーの簡単な物理で逃げをうつ、さもしい言い訳になりそうな微細な戦果とともに。

 

なんて最悪の選択でしょうかね。後ろから爆裂術式を撃たれる程度で高度が分からなくなる、その程度の技量では最悪と言うしかない。

あげく空に溺れるとは、共和国の魔導部隊は戦争向きにみえない。この程度で我がライヒに挑むというのでしょうか。

 

ただ考えに耽るほどの時間は無く、文句よりも仕事が優先。

敵の魔導士が1小隊ほど逃げてますけども、まぁこっちも損害あるので帰投しましょう。

 

「中隊の各小隊はダメージレポート!」

 

「A小隊、脱落2」

 

「ツェーザー、脱落1と負傷2」

 

中隊長のヴァルハラ行きのお供に3人連れてかれたんですか。といってもあの程度捌けないのも帝国魔導士としてどうかと言いたいですが、それより今日から中隊長か。手紙やだな、なるだけ勇ましく書くか。

 

「D小隊は軽微」

 

よしよし、キュヒラー少尉の小隊は使えるようになってきた。揺さぶりかける程度には頼めるね。

ついでに私のベルタ小隊もそろそろ戦技仕込んで行こうかな、曹長も腕は良いがお守り歴が長すぎて錆落としが要るってぼやきそうだし。

 

「こちら、ツュプレッセ02、ラインコントロール応答求む」

 

「こちらラインコントロール、どうぞツュプレッセ02」

 

「敵魔導中隊撃破を認む。なれど我が206魔導中隊、損害あり。任務達成につきRTBの許可を求める」

 

「了解、206。帰投の許可をだす、ご苦労」

 

「了解、では206魔導中隊RTB」

 

すんなり帰してくれますか。偵察に魔導中隊がなんども出てくるのは、攻勢作戦の前触れ。敵も準備に忙しいか、ちゃっちゃと休息とろう。うん。

 

「中隊各員、帰投するぞ」

 

「了解」

 

これがラインの日常。なぜかは知らないが中隊長が死ぬのは2度目だし、その他もなんだかんだ私の前を飛ぶ奴は死んでいく。

でも不思議と僚機は落ちてない。なぜなのか。

この体は魔力量に恵まれている。空戦の才能も黄色の13ばりにあることでしょう。なぜ。

 

頼んでないのにこの世界に来て、頼んでないのに軍人の才能を貰った。何のためか。

過去を思い出せれば分かる気がするけれど、名前は思い出せない。

思い出せるのは多少の軍事知識だけ。

ただ祖国を、ライヒをドイツにしたくない。

 

 

 

 

 




9/18
誤字報告ありがとうございます!!!
こんな仕組みなんか、楽ちんやんけ。
深く謝するとともに、再発防止に努めます...


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02

個人的に転生以前の設定って、意味を成さないといいますか。
その設定が作品にとって必要である作りに持っていきづらいかなと考えます。
私は転生以前の情報という需要を生む自信がありませんので、拙作においては読み飛ばして頂いても問題ないかと思います。

失礼致しました、ではどうぞ。


カビ臭いベット、埃っぽいシーツ、風に煽られ音を立てる天幕。それが最前線の素敵な就寝タイム。

だが皮肉が意味を持たないほどに魔導部隊は恵まれている。歩兵部隊であれば前線の塹壕の中で重砲に怯え、時にその砲弾に晒されなければいけない。そんな状況下で塹壕の中の湿ったどんよりした空気のなかで休息を取らなければいけない。取れなければ死んでいく。

 

だから我々魔導士部隊はやや後方の拠点で休息を取れるというのは本当に贅沢なのです。天幕の中で、砲声は鳴れども届きはしないという慰めを持てる。

とまぁ自分の下をみて幾許か安心するというのは精神衛生の上では良くないのでしょうが仕方がない。

ただ味方の塹壕戦まで進出せよと下知を受ければその限りではないのですがね。

 

そして失礼しました、諸兄皆様。おはようございます。

エミーリア・シャルロット・ラ・ペリエール=ケラーマン帝国...陸軍魔導中尉でございます。

 

目覚めが悪いと愚痴っぽくていけません。

つい昨日の戦闘で私自身の所属中隊の中隊長を見殺しにしたことが今更ながら気に病んでなんてこともなく、ただただ目覚めが悪いのです。一応進言はしましたのでほぼほぼスーサイドですゆえ気にする要素はゼロです、私の小隊は五体満足ですしね。

それに昨日のうちに再編成した206魔導中隊にしても私とベック曹長、アイザック伍長をアントン小隊、キュヒラー少尉の小隊をベルタ、旧AC小隊をツェーザー小隊にできたので運用は問題ないでしょう。この暫定の編成もラインコントロールに書面を送っといたのですぐに西方司令部から承認頂けるでしょうし、こちらも心配なし。

 

ただ、私ケラーマン臨時206中隊中隊長としては1個小隊の欠員分の補充を要請しないといけません。戦死のお手紙といい事務仕事は面倒です、これに関してはメランコリックを遺憾ながら認む。

 

 

 

では何がよろしくないと言いたいのか、目覚めの悪さの理由とは。

そんなもの夢で前世をみれば誰だってストレスですよ、前世の最後の瞬間をね。

 

 

 

 

 

 

ぽつんと銀髪を肩口に揃えた白いワンピースの少女が佇んでいた。それが今の私。

その少女は周りをきょろきょろと見渡し始め、やがてこの場所がどこなのか、どんな状況なのかを認識する。

 

その少女は琥珀色の目をある一点から外さずに様子を伺うのがいつもの様式美。

深夜のコンビニの駐車場に水たまりとなにかがある。街灯の光りがほんの少し届かない、気の利かない位置になにかが水たまりとともに。

 

にじり寄ってよく見ると水たまりの水は赤かった、そして腹部の裂傷が酷い男が横たわっているのが分かった。それが前世の私。

何度もみさせられた風景。少女が男を確認する瞬間に時間が止まるのにはもう驚かない。背景の靡いていた肉まんの百円セールののぼりが静止をし、まるで写真のような光景が出来上がる。

 

「お前は神を信じている」

 

少女の喉は動いていない。それどころか胸が動いていない、呼吸をしていないのだ。先ほどまで軽く揺れていた銀髪が動かないというのに口だけが動く。

それも少女には全く似合いもしない、しわがれた男の老人の声を乗せて。

 

「ああ、お稲荷さんにはお酒をたまにあげてますね。それがなにか?」

 

もうどうだっていいというそんな自暴自棄な、一ミリも動きの見えない倒れた男の返答。

そしてその声から男の感情が、観測している私に流れてくるのだ。それもそのはずだ、男が喋れたのは生の感情を垂れ流しにしているからだから。

 

なぜ男が喋るのか、なぜ男の感情が手に取るように分かるのか。

なにも証明出来ない夢の中で、確かに感じれることや信じれることはこの男の感情だけだった。

この男の心の形と、観測する私の心がぴたりと重なることだけだった。

 

「この現代で、この国で神を信じる人間がいるとは。狂った人間性の持ち主に悪魔呼ばわりされたばかりだというのに」

 

「そりゃ神はいるでしょうに。人の身には観測できない、操作できない事象があるんですから」

 

嘆いてみせる少女に男は虚ろな意識で持って返す。

男は何も考えていなかったし考える気力などなかった。頭の引き出しから、ただただ使えそうな言葉を引っ張ってくるだけしか出来ないのだ。死にかけているその現状がそうさせている。

 

「しかし、信じる神の造形を畜生風情にするのはいただけないな」

 

「狐様はお使いですよ、私の神様は女性ですね。まぁ神様の造形なんてものはどうだっていいじゃないですか?人には観測できないのですし」

 

「ふん。よく分からんな、唯一神は男だろう」

 

どうだっていい、ただそれだけ。男の近くには赤いべべのお狐様がいて、ギリシャだ北欧だの神話はなかったというだけの話だ。

そこにいらっしゃればよろしい、それが死にゆく男の感性。お酒にお賽銭、お気に召したならばこのうだつの上がらない人生にほんの少しの幸運を。

ただその程度の認識、ただその程度の感情。

 

だがまるで理解しない少女に問われ続ける。

 

「まぁ良い、姿形の押しつけなどこの際どうだって良いだろう。だがなぜ、神を信仰するのか?」

 

「いて欲しいからですよ。いらっしゃれば現世利益の一つがあるかもしれない、救いの手が差し伸べられるかもしれない」

 

男の言葉は真実だった。その感情に嘘偽りはなかった。

だが悲しいかな。死に向かうたびに、それに近づくほどに感情に言葉も消えていく。

 

「よろしい、救いの手を差し伸べてやろう。お前の思う神の造形を与えてやる、来世に役立つ才も与えてやる。ゆえに使命も与えよう」

 

男には思考する気力も体力もなかった。それが私には悔しく感じる、この悪魔の所業に反抗の一つも出来なかったのが物悲しいのだ。

 

「信仰せよ、ただ信仰せよ。信仰を忘れた人間にその本質を植え付けよ」

 

そして私がシャイセと罵ると幕が下りる。

本当にくだらない。

 

 

 

 

 

 

どうでしょうか。

これが7歳すぎてからよく見る夢でございますよ、ええ。

 

それと、この夢をみる度に前世の私の記憶がいくつか蘇ったりするのですが、私が糞と思い始めてからは記憶が戻ってこないのです。記憶を盾に信仰を強要するか、非人野郎。

また戻った記憶で重要なのはドイツという国家でございます。美大落ちの伍長殿は居られないですし、そもそもライヒは大ドイツ仕様ですので歴史をなぞりようもないですけども注意したい。

帝国軍人は、私は、ライヒの守護者たらなければいけないのだから。

 

 

 

目当ての天幕を探して早数分。疲れを振りきる様な気持ちで足を動かすアーダルベルト・キュヒラー少尉がいた。携える各種書類に目を向ければ色々と思考を広げたくもなるものだ。

彼からすれば、ラインに着任してから2か月、開戦からは3か月の間にいろんなことがあったのだ。彼は士官学校を出た時、当初は東方司令部所属の魔導部隊に回されるはずであったが今では西方司令部所属の206中隊である。ノルデンで協商連合が暴発したと思えば、続けて共和国が殴りつけてきた。あわてんぼの参謀本部人事局に二転三転しつつの西方司令部所属206中隊への着任である。

自隊の編成についての物もあるだろう。彼からすれば、若干ではあるが神経質にならざるを得ないところもあった。

 

だが思考を広げたところで、迷っているという事実から逃げられるわけでもない。そんな彼に助けが入る。

 

「キュヒラー少尉、誰か探しておられて?」

 

年若い細身の少尉に坊主頭の大男が野太い声をかけた。

敬語を使っているわりには頭を掻きながら呼び止めているのに少尉は助かったという表情を隠さない。

 

「おやっさん!ケラーマン中尉です」

 

「ああ、中尉ですか。いつも通りなら天幕に引き込もっておいででは?」

 

おやっさんと呼ばれたカール・ベック曹長は訝しげに指摘をした。

203中隊内であれほどケラーマン中尉の低血圧説が流れていることを考えれば思いつくだろうという含みを持たせながら。

 

「小官もそう考えたんですが、中尉の天幕の位置を存じ上げませんで」

 

「それなら案内致しますよ。朝食ついでの運動ぐらいしかやることもありませんので天幕の前までお供します」

 

すぱっと案内を命令すりゃいいだろうにと、新米少尉特有の遠慮をどうにかするべきなどと考えたくなる曹長。

だが次の瞬間には中尉がうまくやると考えを捨て去るあたりにこの曹長の有能がありもする。自らの立ち位置に求められる仕事と割り切りは経験の妙だろうか。

 

「助かります。そう言えばですけど、ケラーマン中尉って天幕を一人で使ってるんですか?同室の士官を聞いたことがないんですよね」

 

戦場での娯楽は少ない、それこそ噂話くらいしかない。ゆえに少尉は持ち合わせの弾の一つも贈ってみることにする。そうして噂が消え、次が浮かんだと思ったら消えの繰り返し。

 

「それならラインに来てすぐ、2人部屋が3日で1人部屋になったと言っておられましたな。女性士官が補充で来ないうちは気楽でいいと」

 

聞かなきゃ良かった思うこともあると遅まきながら学習する少尉だが、曹長も気が利かないわけでもないので分かりにくいフォローを飛ばす。

 

「まぁキュヒラー少尉も同室には気を使われればよろしいでしょうよ。あと中尉は一応貴族様ですから、その辺もあって1人部屋じゃないかと」

 

「ああ、ケラーマン家は代々ユンカーでしたっけね。母方も青い血だそうですね」

 

ベック曹長の片眉が上がる。

 

「それは初耳ですな」

 

「おやっさんも知りませんか、後方ではわりと有名みたいだったんだけどな」

 

「で、どういった流れで?」

 

おやっさんでも知らないことがあるのかと惚けてる少尉に少しばかり厳めしく振舞ってみせる曹長。だが冗談の類であることはキュヒラー少尉も分かっているので効き目は薄い。とはいえ後が怖いので少尉もすぐに吐く。

 

「フランソワからの亡命貴族の流れを組んでるらしいです。士官学校の空戦教官がケラーマンヲタクだったんですよ」

 

「...なんでまた教官に好かれてるんだか」

 

「授業中にボコボコに落とされたそうですよ、卒業までに撃墜判定を二桁くらうっていうちょっとした眉唾の伝説付きで」

 

坊主頭を撫でながら、航空魔導士はどうも才能が物を言いがちだなと何度目かの再確認。魔力量は勿論の事、複雑化と煩雑化の一途をひた走る任務に対応するためのスキルと訓練で賄いきれないことが多すぎるのだ。

ライン線戦のトップエースである中尉は天才だと改めて曹長は思う、最初から飛べたのだろうと。

 

 

「さて、少尉殿。到着しましたな」

 

「曹長、ありがとう」

 

「ええ、失礼します」

 

ベック曹長が到着を告げれば、キュヒラー少尉は士官らしく感謝をする。下士官が敬礼し士官が答礼するのを待ってからベック曹長は持ち場を離れる。キュヒラー少尉が新米といえど軍令は揺るがない辺りに帝国軍の精強さが現れているのだろう。

 

そしてキュヒラー少尉は天幕の入り口の呼び鈴を数回鳴らす。

 

「キュヒラー少尉であります。ケラーマン中尉は居られますか?」

 

 

 

うだっているとキュヒラー少尉の声がしましたね。返事返さなきゃあれか、気は乗らないけど。

 

「キュヒラー少尉、今出るから」

 

「了解」

 

朝っぱらから元気ですね。もう届いたのかな、中隊長の着任に遺族に送るレターセット。

さて、重たい体と頭を持ち上げて天幕から登場ですのよ。

 

「ご苦労、キュヒラー少尉。確かに受け取った」

 

元気そうな表情なわりには頬のこけてる殻の取れた少尉から色々一式受け取る。まぁまぁ予想通りでつまらないんですよね。

なんか振ってみるかな。

 

「では、小官はこれで」

 

「待ちたまえキュヒラー少尉。機密書類でもないお使いだけだとつまらないでしょ?なにかオマケのゴシップのお届けもお願いできるかな」

 

我ながら酷い無茶振りになってしまいました。いきなり面白い話しろとかいう上官とか嫌だな、うん。ここは戦略的転進です。ツェーザー小隊が実力的に使えなさそうな今はベルタ小隊の少尉ちゃんには甘くしよう、そうしよう。

 

「まぁ次回の出撃までに」

 

「ああ、丁度ありますよ?ノルデンの生きた銀翼突撃章が205中隊に配属されるみたいですね」

 

「えっあの9歳児?」

 

昨日といい、このキュヒラー少尉は私の予想の上を行きますね。

 

「ええ、そうです」

 

「耳が長いね、キュヒラー少尉。朗報だな」

 

 

うん、朗報だね。本当に。




お知らせです。
感想を早速頂いて感謝感激感動の三連符がファンファーレしていたりします。ちょーうれしー!

ですが申し訳ありません。感想欄での返信より書く方を優先したいので基本的にはしないと思われます。申し訳ありません。
ただ書くことで返礼とさせて頂きます。以上です。


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03

―1991年

 

ロンディ二ウムに名高いブロードシート、ロンディニウム・タイムズ紙。

売れればそれでいいタブロイドの連中とは違い、政治家に高級軍人、王室の目となり耳とならんと思って数十年前に私が飛び込んだ報道機関。

世界で初めて戦場に特派員を送った先進性をもつ、連合王国において2世紀を超える歴史と研鑚を誇る報道の一種の頂点。

 

だが全世界の知を欲してやまないタイムズ紙は、私のデスクはある案件について資料を積み上げることが出来なかった。たかが半世紀と少しばかり前の人物について把握することが困難を極めているのだ。

異常である。

 

その案件を追いかける契機となったのは、一年前の連邦共和国の再統一であった。

ルーシー連邦が下手をうったせいで連邦共和国議会は再統一を議決。挙句の果てに議決の直後に『統一と正義と自由』が高らかに歌い上げられる始末であった。ライヒは再び世界に覇を唱えんとはせぬかと鉄の女が狼狽したのも公然の秘密となりつつある。

 

その現実の前で我がタイムズ紙の編集長、磨き上げられた錬鉄の知性たるサイモン・トムソンは、私にこう言い渡した。

 

ジェンキンソン、私が追いきれなかった幻想を解き明かす機会を差し上げよう。連合王国のなかにある小さなプロテスタントの共和国、我々の国の長年のトラブルに幻想の一部があるんだよ。

 

テロと独立の萌芽、摘み取れきれない頭痛にヒントがあると言われ、一年かけて幻想を追いかけるハメになったのは私の報道人生において紛れのない不幸であったと思う。

だが名前は二つ浮かび上がってきた、それだけは誇りたい。繋がらない点を線に出来ないと俯くことになってもね。

 

そう、シャルロット・ペリエールという名前は酷く陰に染みわたっている。

ライヒ訛りのフランソワ語を時折話したという、死を運ぶ魔女。対する連合王国語には上流階級の言い回しと発音が認めれるというのだから、出身はどこかと考えてもこの情報からは分からない。

だが間違ってもフランソワ共和国の出ではない。

いったい彼女のために何人の死体が積みあがったのか、独立を阻む連合王国が契約した悪魔。秘密に彩られたMI6に最精鋭のSASを勇退した我々連合王国の勇者たちはそろって恐怖し罵る名前。ライヒの悪魔と契約せざるを得なかった祖国を恨み申すとオフレコで言われた時には何の冗談かと思ったものだ。

 

長年培った人脈は守秘義務と畏怖のもとに沈黙す、ならば私は次なる名前に手を伸ばそう。サイモンは言ったのだ、ならば最後まで明かす他はない。

 

祖国の最後の瞬間に、連合王国に密告した裏切り者の魔女。

エミーリア・シャルロット・ラ・ペリエール=ケラーマン帝国陸軍魔導上級大尉。

死の魔女はこの悪魔にあやかった名前なのか、そうではないのか。

 

 

 

 

 

 

 

いきなり高度4500の大空という頭の高いとこからで申し訳ありませんが、諸兄皆さまごきげんよう。

エミーリア・シャルロット...ラ・ペリエール=ケラーマン帝国陸軍魔導中尉であります。

空気が薄いせいか最後まで言い切れませんね。次の名前はもっと短くしよう、そうしよう。

 

さて、どこから説明しましょうか。

ああ、なんと私、正式に帝国の貴重な魔導士を一個中隊も預けてもらえるようになりました。といいましても人が足りないのだから現状維持でよろしくって西方司令部が充足できない中隊をほったらかしてるだけですが。

 

次に飛んでる理由ですけども、語学に堪能な自分が恨めしく思います。

先日の戦闘で落とした共和国の魔導士を捕虜に出来ましてね。先の中隊長の遺体とともに歩兵の戦友たちが回収してくれました。のでフランソワ語がネイティブレベルの私にちょっとお話してねという訳でございます。

ユグノーがどうたらうるさかったお婆様のおかげでやや休息が足りませんのよ。思わずシャイセ、と零した時によく怒られた思い出は今はどうでも良いか。

そうそう、あの全身火傷のカエル酷いんですよ。私を見るなり『狼の魔女』と喚きだしましてもう。大方、この琥珀色の目が狼の目で狼に変身できる魔女みたいな蔑みでしょうけどね。あれっ私がネームドってことかな、どうでもいいけども。

 

失礼、無駄話がすぎましたね。

なんとなく予想していた敵の攻勢作戦、それの魔導部隊の一部ではありますが配置をさえずってくれましたの。おかげで阻止攻撃に回されました、ちくせう。

 

「ラインコントロールよりツュプレッセ01。間もなく接敵予想空域に入る、状況知らせ」

 

「こちらツュプレッセ01、天気晴朗なれども雲多し。万事順調なり」

 

「了解ツュプレッセ01、方位260に変針、ザザ―――続行、ザザ―――」

 

いきなりのノイズ、交戦のお知らせですかね。

なんにせよ備えなければ。

 

「各員、会敵に備え!C小隊!高度を1000上げて速度150で追従せよ、貴隊は再編成から間もないことに留意しろよ」

 

「っ、ツェーザーリーダー了解」

 

連携に不安あるから後ろに下がれという命令ですね。出される方は良い気持ちではないでしょうが我慢なされてくださいませ。

 

「アントン各位、速度250へ。ベック曹長!接敵はアントンでやる、ブービーが着いて来れる程度の機動に落としこめ」

 

「了解、落ちない程度に動きます」

 

ベック曹長は理解が速くて助かる。私の戦闘機動を単純にしつつ追従、私のフェイクを削りつつコピーしてくれるでしょう。

あと伍長ちゃんはブービーって言われたくなければうまくやってみせなさい。不満そうな顔してるの見えてるからな。

 

「聞こえてるか、ベルタ!キュヒラー少尉は一撃離脱でいけよ、会敵まではアントンの尻につけ。あとは任せる」

 

「了解!敵は雲の向こうですかね?」

 

「知らんがいきなり出てくるだろうよ、まぁ心配するな。落ちるのは私の前だけだ」

 

新品少尉は案外知りたがりと。まぁ動き止めなければ好きにやってよ、カバーするからね。

 

「ツェーザーリーダーより各位!敵魔導部隊を確認、方位240高度は...4000!」

 

おっ高度取らせた甲斐があったね、雲が多い中上手くやってくれました。少しだけ加点しとくよC小隊。

 

「こちらツュプレッセ01、規模は!」

 

「雲量が多く見失いました!最低1個中隊規模と認む」

 

うーん、最低限。最低限でしかないから加点が微かすぎるね、今日は援護射撃だけやらせるか。

敵戦力不明とはやりにくいです。アントンとベルタはなんとかするけど、最悪シーザーは囮にすることを考えないと。

 

「中隊!進路を方位260へ、先に見つけたのはこっちだ。強く当たるぞ」

 

「了解!」

 

狩らせて貰うぞ、カエルども。

 

 

 

 

 

 

糞ったれ、1個中隊が1個小隊になって返されてから1週間と経たずに出撃とは。命令とはいい抗いたくなる、もともと消耗していたとはいえ大隊なのに2個中隊しかいないとは。

ライン方面司令部に言い訳の利く程度で帰るか?別動する部隊の攻勢作戦のための陽動だ、敵戦力の誘引が出来れば良いのだからな。せいぜい帝国陸軍の魔導中隊を1個ほど拘束したら帰るとしよう。

 

「大隊長!敵です、前方の雲から飛び出てきました!」

 

「大隊!ブレイク、ブレイク!」

 

早速釣れたか、先手を取られたのは痛いが雲も多い。上手く使って往なすとしよう。

 

「ケルヴィン!1個中隊回すから高度6000へ上昇せよ、残りは前方の敵へ当たれ!D小隊は俺と共に待機!」

 

「了解!」

 

こんなもんか。いくら敵の空中管制が優秀だとしても接敵するには早いと言える、この敵はそう多くないはず。

 

「敵の戦力は!会敵した小隊は報告せよ」

 

「およそ2個小隊規模!1個小隊は雲の中に離脱していきます!」

 

まぁそんなもんだろう、1個中隊がいいとこだろうな。それに充足してるか怪しい、各地で中途半端な編成の敵魔導部隊が報告されている。敵も味方も似たようなもんだ。

 

「ケルヴィン!上はどうだ!」

 

「3時方向に距離2000、1個小隊規模の魔導部隊です」

 

敵も上は抑えているか。でも悲しいかな、1個小隊規模では不十分だったな。

 

「ケルヴィン、近いづいてくるまでほっとけ!上から統制射撃の援護がメインだ」

 

「了解!巴戦を試みる敵小隊を狙います」

 

「そうだ、俺の中隊から少しでも離れたら撃て!」

 

いいぞ、いいぞ。雲多いくらいで後は上手く運んだ、各個撃破だ。巴戦に一撃離脱、援護射撃が1個小隊づつとはね、近い敵小隊から順に...

 

...巴戦?なぜ?

なぜ、少数の側がこうも打って出るんだ?

 

「速い、速すぎる!当たらない!」

 

「バカ!チェックシックス!チェックシックス!」

 

「ああっ!熱い、熱―――ザザ」

 

嫌に大きい炸裂音が聞こえる、爆裂術式だろうか。なぜ近接戦闘で爆裂術式が使われる?

 

「大隊長より大隊各位!敵は1個中隊崩れだ、落ち着いて複数であたれ!単独戦闘は禁止!複数で」

 

「離脱したクラウツがまた突っ込んでくるぞ!」

 

「どこから!」

 

「畜生、雲に入りやがった」

 

なんでこうも崩されてる?1個中隊だぞ?

...そして雲?

 

「ケルヴィン!援護射撃はどうした、第1中隊が崩されてるんだぞ!」

 

「撃てません!敵小隊が近すぎる、雲が邪魔で味方が把握できない!糞っ、煙が、ああっ、糞!」

 

煙だ、畜生。なんで気づかなかった。爆裂術式を近接戦闘に使う帝国魔導士なんて奴1人じゃないか。糞ったれ。

 

「糞がっ!敵は『狼の魔女』だ!各員分散しろ、距離を取るんだ!距離を」

 

「了解!ああっ、まとわりつきやがって」

 

「ちょこちょこうろついてるクラウツはどうするんだ!」

 

「そんなもん離脱させとけ!魔女から離れることだけ考えろ」

 

第1中隊は崩れきってる、忌々しい。雲と爆風でなにも見えない中で巴戦、合間合間で有利なポジションから一撃離脱を図る別動隊。ああ忌々しい。

 

「大隊長!敵の小隊が突っ込んで来ました、応戦します!」

 

「下は大忙しだ!上は手間取るなよ、さっさと仕留めて加勢しろ」

 

「了解です!」

 

ケルヴィンが吠える、上空の第2中隊にも敵が襲い掛かってくるようだ。意味が分からん、なぜ数的不利で予備兵力だろうなけなしの1個小隊を無駄遣いするのか。

 

「糞っなにも見えねぇ!」

 

「ああ、A小隊が全滅しました!」

 

「ベルト、半壊!」

 

ダメージレポートが飛び込んでくる。第1中隊は半壊だろうか、もうこの大隊は使えないだろうな。

『狼の魔女』め、ただでは帰さんぞ。

 

「シリスタン、状況知らせ」

 

「こちらベルトリーダー!シリスタンはとっくに墜ちてます!」

 

ああ糞、魔女に災いを!

直接仕留めてやる、部下と遊んでいる魔女を...

 

考えろ、状況を好転する一手を編み出せ。どうするべきか、魔女はどうするつもりだ?第1中隊をどう料理するというのだ。

 

いやおかしいな、引っ掛かりを覚える。

魔女と遊んでいるなら、なぜダメージレポートを上げる暇がある?

煙幕代わりの爆裂術式で視界もへったくれもない状況で余裕が生まれる理由は?

第2中隊に予備兵力を使った理由は?

 

「大隊長!第1中隊が不味い!」

 

「ケルヴィンどうした!」

 

「敵小隊が突如降下!奴らの狙いは第1中隊です!」

 

 

ケルヴィン、やっとわかったぞ。

...そうか、そうだ。

魔女はもういないのだ。第1中隊とは遊び飽きたか!

狙いは第2中隊だ、雲と爆風を背に巴戦から離脱するつもりか魔女め!

 

「違う、ケルヴィン!狙いはお前だ!魔女がそっちに行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

だいぶやりすぎました。

いつもの要領で爆裂術式を撃っていたら、そりゃぁ目が利かなくなります。雲が邪魔ぁ!

見えない、うん見えません。しょうがない離脱しましょう。

 

「アントン各員、離脱するぞ!」

 

「中尉!そろそろ着いていけませんので、方向を!」

 

ベック曹長まで着いて来れない視界とは不味いですね、あっそうだ伍長ちゃん生きてるよね、忘れてたな。

 

「上昇するだけだ!心配要らないぞ、あと見難いなら見える距離までぴったりつけろ」

 

「それじゃ、アイザックが着いて来れませんぜ!」

 

おう伍長生きてるか、よしよし。喋らないから生きてるか分からないよ、もう。

あとアイザック伍長のためにもゆっくり飛ぶか、限界だろうし。

 

「ブービー、お前のために少しばかりゆっくり飛んでやる。ベック曹長ではなく、私の後ろに直接つけろ」

 

「...りょ、うかい」

 

やばい、青色吐息。まぁ敵が露骨に、私を捕捉出来なくなっていることだしね。楽をさせてやろうともさ。

うん、ちょっと路線変更しようかな。

 

「ツェーザー、状況知らせ」

 

「こちらツェーザーリーダー、もう間もなく接敵します」

 

「予定を変更する、接敵直前に高度4000に降下せよ。私の残飯を漁り給え」

 

よし、敵のもう一つの中隊は爆殺ないし酸素欠乏に追い込むことにする。

もう206中隊の継戦能力は厳しいだろうし、元気なのは私とC小隊だけ。といってもこれから私も元気なくなるだろうけど。

 

「了解。降下後、巴戦に移行する」

 

「ネガティブ。一撃離脱に努めよ」

 

「...了解」

 

おいおい。先日共和国のカエルどもに嬲られたC小隊各員にさ、巴戦なんてさせる訳がないでしょうよ。

減点ですよ、ツェーザー諸君。

 

「ラインコントロール、ラインコントロール。こちらツュプレッセ01、応答願う」

 

「ラインコントロールよりツュプレッセ01、感度良好。突然で済まないが状況を知らせる。敵の狙いは貴隊の拘束にあり、可能であれば戦闘を切り上げ帰投をせよ」

 

うへぇと零したくなる。陽動部隊だったんですね、敵の2個中隊は。

 

「了解、ラインコントロール。そのためにも許可を願う。空間爆撃術式を用いたい、当該空域に警報を流されたし。詳細を送る」

 

「受け取った。ツュプレッセ01、空間爆撃術式を許可する。ウェポンズフリーだ」

 

「了解、ウェポンズフリー。感謝する」

 

今回の空中管制は仕事が早いですね、素晴らしきかな。

 

「中隊各員!警報を見たな。馬鹿煩い合図をだすから、聞いたら206中隊は当空域を離脱しろ。魔導反応は垂れ流しにしといてやるから心配するな、楽ちんに後ろにつけるはずだ」

 

「了解」

 

さて準備しましょうか、魔力チャンバーにこれでもかと魔力を流し込む、なかなか疲れる。日に3度撃てれば良いねという大技ですからね、しょうがない。

あーあー、これで元気なのはツェーザー小隊だけになっちゃいますね。

 

雲が薄くなってきたな、高度は5000か。

 

「ツェーザー降下!」

 

良し、雲を抜けた。敵は、12くらいか、ビックリしてるね。そんなんじゃプレゼントにはもっとびっくりしちゃう...ね。

...うん、なんで表情が分かる?

 

...ちょっと近すぎません?

 

「アントン小隊!防殻術式にありったけの魔力を流しこめ!」

 

撃つしかない、この数に真っ当に囲まれたくない。

ああ、良いね曹長は。私は防殻術式に魔力回せないからね、宝珠の性能的に空間爆撃術式と並行して防殻術式の強化とか出来ない。

 

ちくせう。

 

 

 

 

 

 

「ヒヒッ、ベック曹長!宝珠が安定しきれん、不味いかもしれん!」

 

2倍の敵を討ち破るという見事な武勲を果たした中尉が泣き言を叫んでいる。

巴戦で1個小隊と、空間爆撃術式で1個中隊丸ごと吹き飛ばしたという戦果を上げた人間らしくもない。数字でいや、撃墜確実13、撃破3だというのにこの瞬間はぐだついている。

だが、もろに爆風を食らった調子の悪い宝珠をなだめるのが辛いらしい泣き言を叫びながらも、笑っているという辺りが新品の将校との違いだろうか。

 

「なんでそう楽しそうなんですか、中尉!もう着きますからまっすぐ飛んでください」

 

「いやっ落ちる!制御が厳しいんだ、出力が上がらない。ははっ」

 

先を行く中尉の高度が落ち始める。だからなんで笑うんだ、よく分からん。

 

「中尉、あと200mも飛んでくれりゃ良いんです。なんとかしてください!」

 

「無理だよおやっさん。そうだキュヒラー少尉!隊を率いて、先に補給と整備を受けてろ」

 

「...了解。ベック曹長は残していっても?」

 

おいおい、勘弁してくれよ。少尉殿、あとでいびってやるからな。

 

「許可する!気が利くなぁキュヒラー少尉。暇な時に可愛がってやるぞ!」

 

少尉が逃げていく。いや少尉以外も逃げていく、いいなぁ俺も逃げたい。

 

「シャイセ!イチかバチかで魔力を流し込んでみる、なんとか飛ぶか?」

 

「中尉、やめてください!下は一面、我々の天幕なんですよ!高度下げながらで良いですから、我慢して飛ばしてください!」

 

頼むから我慢してくれ。あと上官殿はなんというか、ピンチで笑うのが好きなんだと把握してはいるが、若干悪癖ではないかと言いたい。笑ってはいけない時もあるはずだろうに。

 

「高度800だ、防殻術式もある!落ちたって怪我のしようがないじゃないか?やってみるぞ」

 

「ああ、ご再考を!」

 

だから下は居住区だって言っているだろうに。見れば子供だっているんだぞ、もうちょっと考えを巡らせて頂きたい。

 

...子供?ラインの前線に?

 

「いいや、やるね!おおっ、行けそ――ザザ」

 

子供も気になるがまずは中尉だ。

が、ぼんと気持ち可愛く聞こえる破裂音と共にダイビングを始めた。始めてしまった。

 

「ああ、もう中尉。受け身を!」

 

笑いながら落ちていく中尉。

空戦機動ほど上手くはいかずとも受け身はしっかりとるのは見えた。地上で何かにぶつかることもなく、平然と起き上がってもいる。大丈夫だな、はぁ。

俺も行くか。

 

出力を絞って手慣れた操作で着地。

駆け寄ってみれば、ハッハーなんて笑ってやがる中尉殿。

 

「怪我は無いようで」

 

「このぐらいで怪我はしないさ。ベック曹長は心配性だなぁ、ははは」

 

地上に降りたせいか少しテンションの落ち着いているようだ。

笑いは止まらんが。

 

 

 

―――ええぇ...

 

 

 

すぐ後ろからため息が聞こえた。気になって振り返って見れば、説明しづらい人物がたっているではないか。

 

髪は金髪、ビロードような青い目、背は俺のヘソを超えたあたりだろうか。

着させられたような糊の利いた軍服から新任の匂いがする。だが新任には似つかわしくない煌めきがあった。帝国軍人皆が敬意を抱く銀翼突撃章という威光が胸の辺りから発せられる。

俺は思わず敬礼をする、せざるを得ない。さぞ立派な軍人...

 

...軍人の子供?

 

「っん」

 

軍服を着た子供も敬礼を返してくれた。

頭がまとまらない、生きた銀翼突撃章とかいう噂があったような。

 

そしていい加減笑いを止めて欲しい中尉殿が敬礼と共に口を開く。

 

 

 

「ははっ。ターニャ・デグレチャフ少尉、ラインにようこそ」

 

 




どうでもいいですが
前書きに本編書いて、書き終わってから気づく。
切り取りめんどくせー

9/18
速度について編集。
指摘ありがとうございます!これでまた拙作のレベルが上がった?


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04

これはやってしまいましたかね。

後方の集積地とはいっても戦時下の軍拠点で墜落なんて恥も外聞もへったくれないヘマをしてしまいました。

ふふ、諸兄皆様麗しゅう。エミーリア・シャルロット・ラ・ペリエール=ケラーマン帝国陸軍...魔導中尉であります。

やらかしてしまった時は笑って流しましょう。派手に笑えば大抵は視線を逸らして貰えますからね。

 

「...ええと、中尉殿。小官は一段と派手なご歓迎に感謝の念を表せば宜しいのでしょうか、それとも衛生兵をお呼びいたしますか」

 

有名人のデグレチャフ少尉が困惑しているね。でも私の胸についてる銀の階級章を見てとっさに敬語を使う辺りに頭の良さは感じます、良きかな良きかな。

この切れ者であろう銀翼持ちの少尉の前でこの失態をごまかすのにはどうするべきか。

 

うん、笑って誤魔化そう。誤魔化さなきゃダメだ、腕に覚えがある者にそっぽを向かれては戦場で生きていけません。

 

「ハハっ、驚いてもらえれば墜ちた甲斐があったというものだ。気遣いご無用、五体満足だ」

 

気持ち瞬きの多いデグレチャフ少尉。

うん、押し切ろう。将校同士の会話に首を突っ込まずにいてくれるベック曹長が余計なことを言い出す前にも先手、先手でいきましょう。

 

「そうだ!挨拶が遅れてすまない、私はエミーリア・シャルロット・ラ、こほん、ペリエール=ケラーマン中尉、206中隊の中隊長だ。横の大男はカール・ベック曹長、私のウィングマンだ」

 

「...カール・ベック曹長です」

 

口数少ないね、曹長。そういう臭い物に蓋をする姿勢は大好きだ。今度褒美にパンツをプレゼントして、やらんがまぁなんか嗜好品分けてあげよう。

なんか実家から慰問袋きたしね、アメちゃんいる?アメちゃんあるよ曹長。

 

どうだっていいか、デグレチャフ少尉も悩まし気な顔してるしなんとか話を逸らしていこう。

 

「驚きました、かの有名なケラーマン中尉にお会いできるとは。お噂はかねがねからお伺っております」

 

そう言って右手を出して握手を求めてくる。心なしか営業くさい仕草、どうだっていいけれど。

お噂とはなんだろうね、色々悪目立ちする容姿ではあると自覚してはいるけれど心当たりはないですね。

なんて考えてたら手が離れた。デグレチャフ少尉の手はちびっこい背、女の子そのものの見てくれに似合わずかさついていたな、恐らくは火傷の痕かなにかでしょう。苦労してそう。

 

「ほう、噂ね。気になるよ、一体どんな噂だったかね?」

 

「音に聞こえる有能な魔導士官、そういった風評でありました。新聞いわくラインの天才エース『ワルキューレ』、士官学校の教官いわく生まれながらのエクスパルテン。お会いするのが楽しみでしたゆえ、こうも早くに叶うことを大変喜ばしく思います」

 

...なんかすごいべた褒め。

ああ、なんかキュヒラー少尉が言ってたな。空戦教官がうんちゃらかんちゃらって、別に大したことやってないんですけどね。共和国が大好きな統制射撃なぞ対地攻撃にしか使えませんって断言をしたら教官に目をつけられてですよ。敵魔導士の後ろを取りつつ未来位置を予測して見こし射撃することこそが最上ではないかと見解を述べるハメになったという訳です。実証までさせられたのは疲れました。

ワルキューレに関しては発言を拒否します。おお、神よ。非人どもよ、シャイセ!

 

なんでこんな好感度高いかはわからないけれど、こっちも褒めてしんぜよう。

腹の中を明かしてくれたら嬉しいな。

 

「そう持ち上げてもらってもな、私の体重が幾分軽かろうと少尉の細腕では重かろうさ。それにデグレチャフ少尉だって輝かしい武勲をお持ちだろう?何しろ生きた銀翼突撃章だ。私だって白銀と共に飛べる日を楽しみにしていたものさ」

 

小粋なジョークを挟みつつパンチを1つ。

そう、戦果に拘るタイプなら私とはこれっきり、好ましい対応を期待する。

でも大丈夫でしょう、デグレチャフ少尉と同期だったらしいキュヒラー少尉の物言いを聞いた限りでは愛国者のようですし。

 

「いえ、大した戦果ではありません。小官はただ軍人の務めを果たしただけであります。中尉殿と同じくただライヒがそうあれかしと望んだにすぎません」

 

ライヒが望まれたね。良い文句ではないですか、心に刻んでおこう。

神ではなくライヒが望むのだ、ああ素晴らしい世界に冠たる我がライヒかな。

 

とまぁ、ありがたい格言を頂いたところで砂時計は尽きそうかな。

墜ちたといいましても五体満足、新しい宝珠ひったくってスクランブルしないといけません。私はひっくり返ったが砂時計はひっくり返らない、あーあー忙しいね。

 

「...中尉殿、キュヒラー少尉から無線が入りました。206中隊は即応待機。至急、指揮所まで出頭願います」

 

ほらベック曹長が急かしてくる。はいはいサボりはこの辺にしときますよ、

 

「デグレチャフ少尉、引き留めてすまなかったな。主計連中から宝珠を分捕ってくるから曹長は先に行っててくれ。では」

 

そう言うや否や、2人から敬礼がとんでくる。うんうん、なんだかんだ私の周りには有能が揃ってきたね。そうでなくては残れないという感じもするけども。

 

さっ、2人に答礼をして武器庫に行かなくては。

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃英雄に憧れた、完全無欠のヒーローに。子供なんて皆そうだし僕だって憧れたんだ。ライヒの剣に、盾とならんと奮戦する英雄譚に胸を焦がしていた時間があった。

そんな子供に魔力の発現なんてあれば軍に入ると言いだして聞かなくなるのはどこでもある話だ。広い青空を所狭しと飛び回り、ライヒの敵を吹き飛ばす帝国魔導士。憧憬を持たずにはいられかった。

僕にも魔力の発現が認められ、夢が憧れが近づいてきた気持ちになったのは覚えてる。友達から受ける羨望の眼差しは誇りになりもした。家族だって喜んでくれた、誇らしい名誉と確かなお給金が待っているからだろう。当時は大きい戦争なかったし。

 

アイザック・フォン・シュテッパンは陸軍幼年学校に入る選択をした。

 

厳しい教練と訓練に学友たちと挑み、時には支え合った日々は青春だった。

そこには夢や希望があった、乗り越えられないものなんて無かったのだから。

 

今の僕とは違う。これも良くある話だ。

今の僕は塹壕戦の背景に過ぎないのだ。

 

「ブービー、アイザック。アイザック伍長!」

 

横から声がする、麗しい透き通ったソプラノの声が。いつだってこの甘い声が僕に、無慈悲に厳しい状況を告げるのだ。

畏敬の果てにいらっしゃる上官殿、ケラーマン中尉。今度は何をお告げになるのか。

 

「...すいません!考え事をしていました」

 

怒るだろうか。ただこの上官殿は優しいとは思う、一度空に上がれば否応なしにオーダーを発してそれ通りに動いていれば生きて帰してくれる。とんでもなく厳しいオーダーではあるけど。

 

「考え事とはね、するのは構わないが食事は取ってくれたまえ。私はこのプロポーションを維持したいからな、ブービーの分まで食べてぶくぶく太るのは嫌だ。無理矢理でも食べろ」

 

今の今まで食事を取っていたの忘れてた。来たばかりの頃なら喜んでご相伴していたというのに今では億劫でしかない。

Kブロットに干し肉、具の無いコンソメスープ、ザワークラフト。食べなきゃ死ぬんだ、ありがたく頂きますよ。

にしても中尉が美容に気を使ってるなんて冗談を言うとはね、乱雑に肩口に切り揃えれたくすんだ銀髪が嘘だと主張してるというのに。

 

「すいません、さっさと食べます」

 

「いや、急かすつもりはないからゆったりで構わないよ。それに約束があってね」

 

約束とはなんだろうか、仮設の長机の席が余っているから待ち人だろうか。

シュワルコフ中尉あたりと予想してみようかな。あまりこの手の予感は当たらない気はするけど。

 

「待ち人でありましょうか」

 

「感が利くようになったね、アイザック伍長。では誰か当ててみろ」

 

向かいの中尉殿が意外そうな様相になり問いを投げてくる。

少しばかり釣り目の眼を瞬かせ、長い睫毛が目線を強調する。シャープなラインの顎と小ぶりながらもぷっくりとした唇でもって下問する様は美しいと言う他はないんだろうな。

ただ一度でも一緒に空を飛べば間違っても女性としては見れないけど。

 

「なんだっていいから答えを言い給えよ。別に外したらなにかあると言う訳でも...そうだね、少し訓練をつけてやるのはどうかな?」

 

勘弁してくれ、さっさと答えますよ。外れるだろうから少しづついこう。

 

「205中隊の人ですか?」

 

ニヤついている中尉殿、最低限は当てれたか。後は野となれ山となれ。

 

「シュワルコフ中尉では?」

 

やっぱり外したかな。中尉殿は胡乱気な目で僕を一瞥して、代用コーヒーの入ったカップを口に運ぶ。

ワインを泥水と公言して憚らない中尉を前にして思うことじゃないけど、代用コーヒーだって泥水だと思ってしまう。

 

「ブービー、お客さんだ。挨拶し給え」

 

またブービーと呼ばれた。中尉いわくどん尻は死人、その次はアイザック伍長だよ。嫌な渾名だな、早く一人前になりたい。

そして中尉殿の目線の先は僕の後ろに向かっていた。誰か知らないけど挨拶しなくちゃ、そう思って振り返ったのは運の尽きか否か。

 

どの道、敬礼はいると思っていて良かった。

敬礼してから気づいたことが衝撃的というかなんというか。

噂の軍服を着た子供、生きた銀翼突撃章の少尉殿が恐ろしく冷たい目をして僕を見つめるじゃないか。

 

「隣、失礼しても?」

 

いいえなんて口が裂けても言えない、戦闘時の我らが中隊長に負けず劣らずの覇気を滾らせているのだから。

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

もう天幕に戻りたい。食べ終わったのだから帰してくれてもいいじゃないかと中尉殿に目線を送ってみることにしよう。

 

「ご苦労様だね、デグレチャフ少尉。先に食べていてすまなかったね」

 

駄目だ。目が合ったというのに無視された、ニヤつきながら言っているあたりここにいろということだろうな。

すぐ隣でお盆がカシャンと音が鳴ったことで隣に件の白銀殿が座ったことが知らされる。

僕は助からないだろう。

 

「小官こそお待たせしたようで申し訳ありません。何分部下がうるさかったので、と言っても理由になりませんか。平にご容赦を願うところであります」

 

ほんの少しだけ舌の回りきらない声で不満を漏らす少尉殿。

要件が何かは知らないけど僕としては聞きたくない、でも将校同士の会話に突っ込めないし視線ではあるけどいろと上官殿に示されては帰れない。

退路がない。

 

「...部下ね、シュワルコフ中尉もなるだけフォローするって言っていたね。やるしかないさ、私もフォローするよ」

 

「お気遣い頂きありがとうございます。では早速ですが要らない備品の処分に困っておりまして、どうしたものかと苦心して仕方がないのです」

 

よくある相談事が始まるのかと耳をそばだてている僕を放って進み始めた会話に違和感を覚える。この何もかもが不足しているラインで要らない備品なんてあるはずがないと思うのが普通の感性だ。

なんの話だ、これは。

 

「要らない備品ね。なんだっけか、試製の宝珠の95式だったっけ?少尉のそれが使い物にでもならないのかな。何回か協働任務についた私としては勿体ないと思うけども」

 

まともな返事ではある、まともな思考の結果でもあるはずだ。

だがなぜケラーマン中尉はすっとぼけてみせるのだろう、欠伸までしてみせて。

 

「いえいえ、宝珠ではなくてですね...どうにも我慢がならないのですよ、中尉殿のご厚情に甘えて直截にいかせて頂きます。206中隊は1個小隊欠員しておりますが要りますか」

 

何の話だ?

 

「ああ、やっぱり?95式なりその後継の話なら嬉しかったのにな。私の前は墜ちるって知ってるでしょうに」

 

有名な話だ。ケラーマン中尉のバディは墜ちない、だが上官はその限りではないことは。

誰が墜ちるって言うのだろう、聞きたくない。

 

「狼の魔女を前にしても命令違反に抗命をすると予想されますか。全く度し難いものですね、小官が手を焼くのも一つの道理ですな」

 

...墜ちるのは205中隊の第3小隊か。聞きたくない、俺と同じ幼年学校上がりだと少しだけ親近感を持ち始めたところにこれだ。

少しだけ話したことがあるが、彼らは昔の僕だ。

 

「後ろさえ飛んでくれれば守れるし仕込めるというのにね。そうだねデグレチャフ少尉、プロイセン軍人としてはね。実直でない、勤勉でない、勇敢でない、果断でない軍人は軍人ではないと思うよ。子供は何人かな?」

 

中尉は優しい、出来ない僕になんとか空戦機動を仕込んでくれる。それこそ実戦で戦闘機動に着いていくのが精一杯で、一発も撃ちませんでしたとなっても許してくれる。ベック曹長にどやされてもなんだかんだ助けてくれる。

中尉は優しい、優しいはずだ。

 

「2人ですが...そうですか、要りませんか。お手を煩わして申し訳ありませんでした、貴重なお時間を小官に割いて頂き感謝の念に堪えません」

 

そう言い残して立ち上がり敬礼する少尉。暗に当てが外れたと言っている割には笑っているのはどうしてなんだろう。

 

「そうガッカリして見せなくても、私でも思いつくくらいだから簡単なことだけどさ」

 

答礼をせずに呼び止める優しい中尉。ああ、慈悲をください。彼らに慈愛を、彼らは昔の僕だ。僕なんです。

 

「そう簡単なんだよね、我々航空魔導部隊にとってトーチカは簡単すぎるカモと言えるだろ」

 

中尉は昔の僕を殺した、要らないと言った。

なら今の僕はどうするべきだろうか。

 

「やはり転任してもらうべきですか、格別のご配慮ありがとうございます。それでは失礼させて頂きます」

 

「なに、ライヒの望みを叶えないのであれば適当に、というだけだ。素敵な就寝をデグレチャフ少尉、以上」

 

僕はこの時初めて気づいた。地獄のラインにおいて軍人が迎えることは、意味のある死か、無意味な死であることに。

せめて僕はライヒのために死のう、昔の僕は無意味に消えていくのだから。

 

 

 

 

 

 

「何を青ざめているのか知らんがブービー、私の後ろで生きる術を覚え給えよ。後ろに居られるうちにね」

 

中尉殿は優しいのだ。

誇り高きユンカー、プロイセン軍人でもあるだけだ。

 




突然ですがプロットはこの先ありません。最初と最後しか決めてない、そんな馬鹿な。
よってドンガメ投稿になります、目標周1回投稿。
返信しないと言った人間が言うのはなんですが、感想にお気に入りはひじょーに嬉しいのです。ガソリンです、私は燃焼機関なのでやはり頂けると励みになります。(ロータリー並に燃費悪いですが)
では、また近いうちに。

9/18
ターニャちゃんの口調について
編集はしましたが、うん掴めない。独特の迂遠な言い回しは難しいですね、敬語につきましてはアイザック君は伍長なのでデグさんは肉壁にしか思ってないのでぞんざいな扱いになります。
他はそのうちマシになると思いますのでしばしお待ちを


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05

兵隊の数少ない楽しみは食事だって言いますがそれは平時の話ではないかと思います。

見てください、このKブロット。ジャガイモをパン生地に練りこむとかいう悪魔の発想でございますのよ。普通のライ麦パンと吹かしたジャガイモで良いではありませんか、何がいけないというのです。ソースぐらい缶詰めに詰めて送ってくださいましたら、ジャガイモと一緒に潰して食べるのに。

それとジャガイモを皮つきでカットして揚げるバカ舌を何枚もお持ちのライミーはお亡くなりになって。

 

そもそも実家に居れたら白いパンだったんですけれどね。それに狩猟も出来たから鹿だの撃ってこれて美味しい食事には困らなかったな。

もう遠い日の思い出、別に楽しい思い出でもないですが。ただ箱入りのお姫様がつまらなくて、よく小銃担いで山歩きしてたってだけです。本業猟師、副業令嬢。

 

さてさて皆様はホームシックになりますでしょうか、私は前世シックです。諸兄の方はごきげよう、エミーリア・ケラーマン中尉です。もう短くいきます、言ってられない。

 

諸兄皆様はなんで投げやりなんだってお思いになりますかね。

まあお聞きくださいまし、理由はコーヒーです。コーヒーでございまして。別に香りがどうたらこうたら高尚な事が語れるわけではないんですけどもね、代用コーヒーだから端から期待できないとかでもなくてですよ。

 

紅茶をくれ、紅茶を。コーヒーだのワインだのなんて泥水です、一滴でも泥水が入ったらなんて言い出そうが泥水に泥水が入ったらそれは混じりけのない泥水ではないですか。

ゆえに代用コーヒーだろうが本物だろうがどっちでもいいと小官は申し上げる。

 

 

 

そろそろ戦場での飲食なんて楽しみでもなんでもないことを思い浮かべさせてくる状況について打開を図ろう。うん、そうしよう。

シュワルコフ中尉が代用コーヒーの入ったカップを渡してくるからこうなったのだ、まったくもう。

 

「全く、代用コーヒーでアフタヌーンとはな。麗しいフロイラインにリューデスハイマーカフェの一つも奢れない小官を許してくれ」

 

いきなり出鼻を挫かれましたね、指揮所の一角で情報を交換しようなんて言ってきた先任中尉殿は謎の言語を発してきた。お向かいの椅子の上は異世界に繋がっているとでもいうのでしょうかね。

リュー、なに?なんて言ったんですかね。コーヒーなんて知りませんよ、一ミリも興味ないから。

 

「えっと、なんと申されたので。リュー...」

 

「リューデスハイマーカフェ、存じ上げないのか。本国では淑女の嗜みらしいのだが」

 

シュワルコフ中尉、私は紅茶党なんだそんなん知らんのですよ。お婆様と一緒に紅茶入れて、親父殿と山歩きした記憶しか本国にはない。あとはだいたい軍関係、士官学校とか。

 

「すみません、小官は紅茶派なのです。それにアフタヌーンです、是非紅茶を所望したいところであります」

 

今から共和国軍襲って来たいなんて思います。奴らだって後方の集積地に補給物資溜め込んでるんです、ひと狩りしたいのです、紅茶をよこせ。

 

「はっはっは。流行りの一つも押さえた方がいいんじゃないか、敵を抑え込むより簡単だろうに。中隊長として一人前でも、淑女としては半人前か。これからはフラウとお呼びしようかな?」

 

煩いですよシュワルコフ中尉殿。

にしても久々に小娘呼ばわりされましたね。それもそうか今は分かりやすい小娘いますもんね、デグレチャフ少尉が。

 

「これでも一人前のつもりでありまして。紅茶でしたら小官がご教授いたしますよ、コーヒーではなくて紅茶で口説けるご令嬢もいるものですから」

 

そうそう、連合王国に共和国だったら紅茶のが受けがよろしいと思いますのよ。ただ言葉を覚えてからの話ですが。

その点、私はお婆様から一杯の紅茶と二つの外国語を教えてもらえましたから。

でも共和国語は落第点だったんですよね、連合王国語は完璧に訛り消せたんですけど共和国語は消しきれてないのです。山歩きしすぎたか。

 

「...喋れなくては口説けないが共和国語は気取っていて好かん、誰かしらに譲るよ。それに口説けに行けるかはなんとも言えない」

 

少し真面目くさしてぼそぼそ零した先任中尉殿。焦れてきたな、本題に入りましょう。

 

「まぁ口説きに行くのは大陸軍でありますよ。あまり遅刻がすぎるとフラれるかも分かりませんが」

 

そうライヒが世界に誇る軍事力の要石たる大陸軍。現在、ノルデンに遊ばせになっているふらついた殿方ともいう。

こんな大規模動員演習初めてじゃないですかね。北方に全力戦力投射してさらに西方に全力戦力投射、あー参謀本部の鉄道課は息してるのかな。戦争始まってるのに大陸軍は戦争してないのですよ、演習だよこれではね。

 

「そういうことだ、ケラーマン中尉。大陸軍が口説く手伝いをするはずが、遅刻のフォローになった。なんともし難いがうちの中隊まで最前線まで遅刻の謝りに行くことになったが戦力的にな...」

 

205って今3個小隊でしょうよ、欠員の人数もほぼうちと同じなんだからそんな溜息含みで言われても困りますのよ。こっちで出来ることあったけか、そんなにはないと思うけど。

 

「ご心配は杞憂では?205も十分精鋭と言えるではないですか、地獄のラインで生き残った魔導部隊なのですから。それとこちらの206も進駐の下知を頂きました、お聞きでありましょうがそちらの目と鼻の先の塹壕陣地です。お互い巧くやりましょう」

 

「巧くやるか、それなりにはやってみせるがどうなるものやら。あまり嘆いても仕方がないとはいえ、最近2人欠けたからな。デグレチャフ少尉はほぼほぼ単騎で使わざるを得んだろう。最悪、魔女の魔法に期待したい」

 

それが言いたかったのか。あーあー、忙しくなるねこれは。

シュワルコフ中尉は知っているみたいですよ、私がデグレチャフ少尉の後押ししたこと。それでもって、その穴埋めも多少求めたいというのですかね。

 

仕方ないじゃないですか、話を聞かないのであればああするしかないのです。命令拒否して砲兵隊に突進したのはあり得ないと思う。偶然流れてきた無線に驚きましたよ、本当に。

軍政、軍令、軍法はまずピカピカの伍長には拒否できないというのに頭が悪いとしか言えません。

 

ただ少し言い訳しておこう。否定はしないが埋め合わせは程々にしかしたくないのです、206も余裕ないのですよ。

 

「魔導部隊は数より質です、デグレチャフ少尉が使えるのであれば百人力ではないですか。ラインのエースは『狼の魔女』だけではないのです、『白銀』の煌めきだって馬鹿にできませんよ」

 

「『ワルキューレ』の天才殿の物言いは否定はしない、とびきり有能な野戦将校で腕もたつ。ただな、部下を選びすぎる嫌いがな。困ったものだ、ケラーマン中尉からも言ってくれないか、程々にと。それなりに懐かれているようだしな」

 

ニヤつきながらワルキューレと言うのはおよしになって頂きたいのですが。

あとその嫌味を抜いて要約すると余計なことを言ってくれるなってことですね。

 

敢えて申し上げるなら、デグレチャフ少尉が要らないと言った両伍長は私も要らなかった。当然シュワルコフ中尉も要らないと思ったはずなのです。それとデグレチャフ少尉は私が言わずとも転任させたでしょうから、私を言い訳に使って良いよという多少の気遣い程度でしかない。

よって多少の支援で手打ちにしましょう、してくださいませ。

 

「指導につきましては留意致します。小官も中隊長に慣れてきました、先任中尉殿とはそれなりの付き合いですから巧く連携が取れると確信いたします」

 

あと、懐かれているのではないと思う。なんかデグレチャフ少尉って実家で見た気がするんですよね、あの雰囲気は知っている気がします。こう、化粧品の訪問販売みたいな。

営業くさいとは思っていたけど、やっぱり売り込んでくる感じがしてね。

だが私はデグレチャフ少尉の能力を買っている。スコアは私のが上だけどペースはデグレチャフ少尉のが早いと思うし、なにより頭が良い。個人的に戦略論は得意ではないからあの幼女と会話するのは多少緊張するようになってきた、戦術論なら楽しいのだけれど。

 

総括するとですね。私よりもデグレチャフ少尉は出世する気がしますのよ、多分売り込みをしなければいけないのは私の方だな。せいぜい今は気の利く上官ぶっていることにします。

能力が第一ですからね、ライヒは彼女の栄達を望まれるでしょう。

 

「助かる、意地の悪い言い方になってすまなかった」

 

やたら深い考え事という隙を晒してしまいました。いつの間にか隣にいたシュワルコフ中尉が小声で耳打ちしてくるではありませんか。

 

別に謝らんでも大丈夫でして、持ちつ持たれつですからね。

大方、中隊の部下だ指揮所の上役だに、小娘一つ御せないと思われるのが不味かったんでしょう。面子は大事、とくに部隊長は。

ラインに来たばかりの頃にフラウと馬鹿にされてたのをベック曹長と一緒に助けてくれたのはまだ覚えてますし、今だって中隊の運営に慣れてない私のフォローもどこかでさせてしまっているだろうしな。

206魔導中隊の躾が滞りなくできるのも先任中尉殿のおかげでしょうか。

 

「なに、前は全部墜としてみせます」

 

代用コーヒーの代金はウィンク一つでいかがでしょうか。

なんて冗談はさて置き、ハラスメント攻撃ならさんざん論文書いた記憶がありますからね。やってやれない事はありませんよ、使いどころが難しい前世の知識もここでは必ず使えるはずだし。

 

ああ、思わずニヤけてしまいます。

ライヒは望まれる、祖国のための奮戦を。

 

 

 

 

 

 

塹壕戦、ライン線戦の地獄たる所以が自分を前に牙を剥く。

各地で塹壕線の突破を図る共和国軍を前にして心休まる日はない。ついに我が206魔導中隊も最前線で陣地の固守だ、遊撃、迎撃、要撃とフルコース。エスカルゴのディナーは量目が多いと難癖をつけたい、前菜にはそう遠くないうちに重砲なり中砲なりの砲弾の配膳が待っている。

そして味方塹壕陣地の防御といっても魔導部隊は攻勢をかけなければならないことが忙しさに拍車をかける。敵魔導部隊による射弾観測、それに敵砲兵陣地そのものを刈り取らなければならないし、それだけに飽き足らず帝国魔導士も射弾観測をせねばならない。集成軍団砲兵なりの戦場の神を奉るのも忘れてはいけない。

最後にあるかないかは分からないが敵歩兵による浸透強襲に対応するハメになるかも知れないのは悪夢だ。戦車はいい、上から見えるしバターのように裂けるからな。歩兵に分散されると手が足りないだろう。

 

こんな注文の多いウェイターをやるとは思っていなかった、これでチップがないとはやってられない。手当はいつも通りだ、悲しいことに。

本当は東部方面の勤務だったことを思うと泣けてくる、准尉の頃に足を折ってからは運がないのだ。士官学校卒業後のちょっとした任務で墜落したのは今は昔、後方でぬくぬく養生していた時に戻りたいものである。ぬくぬくしていた間にあれよあれよと西方勤務が決まったということには目を背けてね。

 

だが間違っても口に出してはいけない。一番忙しいのはケラーマン中尉だ、ベルタ小隊はずいぶん楽をさせてもらってる。古参の下士官を貰った上にアントンのカバーがメインとは恵まれているのだから。

 

「中隊諸君、とうとう我々も塹壕線に進出してきたわけだ。一部陣地は敵の餌、後退が許可されているが我々はそうではない。キュヒラー少尉、その心は?」

 

仮設の指揮所に改装した穴蔵で、ケラーマン中尉はクリアな声を小さく使う。塹壕陣地の一角を借り受け無線機と地図を持ち込んだだけのちっぽけな仮設ぶり、必然的に大きい声など必要ないのだ。

11人の小所帯がせまっ苦しく長机の上の地図を囲んでる。備え付けの有線電話ですら邪魔くさいのは嘆きたいものだ。

 

「敵の突出部形成を意図的に制御し、保持した陣地の戦力をもって包囲殲滅ないし漸減を目指すことでしょうか。我々は担当陣地を保守した上で敵の攻勢に反攻を期するところと認識します」

 

普段嗅覚で飛んでるように見受けるケラーマン中尉だが、なんだかんだ戦況の把握は早い。士官学校時代に中尉の論文をいくつか拝見したが歩兵戦術に偏っていたのを思い出す。この戦況は専門なのだろう、どうも歩兵部隊と魔導部隊の協働には一家言あるらしい。

ただ、非対称戦争論なる論調は賛否両論であった、いわくプロイセン軍人らしくないと。航空魔導士による近接戦闘の方は覚えよろしく好まれていたので、機会があればなぜ不評なテーマで書き続けたのかお聞きしたいと思うがいつになることやら。

 

「80点。大筋はキュヒラー少尉の言であるが、実情として敵野戦軍が試みる攻勢の頓挫は砲兵による働きが大であろうと予測する。数で言えば帝国軍の方が厳しいことは認めなければいけない、普通にやるのでは難戦は避けがたい」

 

難戦は覚悟の上ではあれどもはっきり言われると厳しいものがある。だが包囲撃滅はまたのまた夢と思いつつも発言に混ぜたのに対し80点とはいくらか採点が甘くないだろうか、普通にやらないのであれば力技しかないのだがその辺りをお聞きしたい。

 

「中隊長、目下の戦況では難戦不可避であることは小官も認識しております。そして主導権は共和国軍にあることは自明であります。ゆえに戦力の温存や保持を達成するためには敵の孤立、分断化を企図すべきではありますが、予想される敵梯団の側面を殴りつけるにしても我が中隊の戦力的に厳しいのでは」

 

1個中隊には荷が重い、中隊長でもやれない事はあると思うのだ。各個撃破にしてもするにしても単位が違う、1個魔導中隊としては、砲兵を相手するとして大隊なら狩りきれないし機甲部隊なら4個中隊くらいで限界だろうか。

 

「そう、厳しいのであるからして少しばかり捻って見せようではないか。我が中隊に余力があるうちにだ、やりたいことが少しある。なに、全力出撃はしない。選抜小隊で遊覧飛行するだけだよ」

 

何をお考えだろうか。当たり前だが小隊で出来ることなんて中隊で出来ることよりも少ない、敵魔導部隊を狩るなら小隊にケラーマン中尉が入れば造作もないことではあるがそれだけだ。

 

「中尉、何をやればよろしいので」

 

ベック曹長が堪らずに発言する。選抜小隊とはいっても結局アントン小隊が行く算段だろう、その辺りを見越して任務を把握するべく頭を回転させている。有能な下士官様は話が早いのだ。新米少尉の自分とは違う。

 

「合間をみてになるけれども。一度、独自に強襲偵察を試みる。敵のウスノロ機甲部隊の位置を探るのが目的になるね、是非捕捉したい」

 

「強襲偵察ならいくらでも要請されるのでは」

 

アイザック伍長が魚の死んだ目でもって問うではないか。少し前なら振られない限り口を開かなかったというのに、どうしてなかなか。

ベック曹長を頼りにしたくなる感覚とは全く違うが、この伍長も肝が据わって来たのが伝わってくる。

自分も成長しなければならない、使える魔導将校に。

 

「ブービー、それで捕捉できたら楽な話はない。といってもそうなれば良いなと私も考えないこともないから、私の代わりに祈っておいてくれ、飛ぶのに忙しいだろうが」

 

ケラーマン中尉、皆忙しいですよ。あなたの後ろは大変だ、死なないだけマシだというだけで。

 

「話を戻すぞ。諸君、トラックだ。戦車の燃料だの砲弾だのは重いからな、必ず機甲部隊の近くにいるだろう。野戦軍の包囲撃滅が厳しいのだからせめて足は止めたい。西方方面司令部の任務を果たしつつ敵を虐めてやろう」

 

塹壕陣地の防衛に加えて、独自の目標とは骨が折れそうだ。

だがこの戦術目標の価値は大きいのは分かる。敵後方の補給拠点まで行っている時間はうちの中隊にはないし何重の塹壕を越えていく戦力を出せないことを考えれば、物流に目をつけるのは慧眼と言えるはずだ。

 

「我が中隊は補給線を狙う、野戦軍は砲兵に任せろ。我々が弾着観測する時こそが、敵攻勢の頓挫である。なるだけ敵の機動力を奪って後で楽をしよう」

 

どうも仕事の多い中隊とは思っていたが、今回も生きていられそうだ。上官がケラーマン中尉で幸運だった。学ぶことも多い、実際の戦闘に任務目標の設定、解釈。

自分も将校だ、この手の発想を身につけなければいけないな。

 

「中隊各員。ドサ周りがたくさん待っているがすまない、ついでと思って付き合い給え。あとキュヒラー少尉」

 

「はい」

 

中尉の眼が妖しく光るではないか。狩りをする目だ、獲物の動きを観察する視線だ。

あまり向けられたいものではない。

 

「あまり意識していないみたいだが、次席指揮官はキュヒラー少尉だぞ?前みたいな全力出撃は叶わずに、ローテーションで出撃するだろう現状でそれはいけないのではないかね」

 

なかなか痛いところではある。こうも中隊長が偉大だと他の尉官はやりづらいのだ、下士官の目線が痛く厳しいのである。

ベック曹長はとくに。

 

「ということで、ケラーマン中尉とキュヒラー少尉による模擬戦闘を実施する。場所は塹壕陣地上空で、つまりこの上だ。帝国魔導士のなんたるかを戦友たる歩兵諸君に見せつけよう!うん、士気は大事だ。忙しくなる前に鍛えてやる。フライトプランを早急に策定せよ」

 

エクスパルテンの後ろは忙しい、実戦に訓練に困らない。




書けるうちに書いてしまおう。
たぶんどっかで小休止するので。


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