あべこべ道! 乙女が強き世界にて (マロンex)
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第1話 いつもと違う世界

注意
主人公はオリ主です。


ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ

「ひろー! いつまで寝てるのー。目覚ましうるさいから止めてー」

 

「うーん...後5分だけ...」

 

ピピピピッ ピピピピッ

 

ドンドンドンッ

 

「目覚ましうるさいって! もう朝食できてるから早く食べて! 初日から遅刻しちゃうわよ!」

 

「はーい....うわっ寒っ....」

 

掛け布団をひっぺがされ目が覚めた午前7時。

私河野ひろ、大学1年生になりました。今日はそんな大学生活の記念すべき1日目の入学式。

本来ならきっとワクワクとドキドキに身を包んだ緊張の1日だろう。

だが、残念なことに適当に選んだよくわからない辺鄙の地の大学に入学することになったこともあり、私自身は新生活に全くきらめきを感じていなかった。というかむしろ...

 

「はぁ...通学時間1時間越え、戦車部(学部名)での陸の孤島での夢の学園生活が始まるのかぁ...」

 

朝からそんな愚痴をこぼしながら、寝癖ぼさぼさの状態で階段を降りる。

 

「ふぃー。よっこいしょ。 ...いただきます」

 

「こら、男の子がそんな言葉言うんじゃなのまったく...寝癖もついてるし身だしなみくらいシャキッとしなさいよ」

 

「はぁ? なにそれ....って龍弥どしたのそのかっこ」

 

少し違和感を覚える母の言葉を聞き流し、ふと弟の龍弥に視線が映る。同じく今年で高校1年になった弟は服装こそは制服だが、髪は昨日見たときよりやけにサラサラ、爪にはネイル?らしきものをつけており、極め付けに耳には小さなピアスをつけていた。

 

「なにって...最低限の身だしなみ程度だよ。 お兄ちゃんこそ大学生にもなって初日からそんな格好で行くわけ?だから彼女の一人もできないんじゃないの?」

 

「かっ..彼女とかは関係ないだろ! っていうかお前、随分おしゃれに...」

 

自分と同じく面倒臭がりの我が弟は、中学までは制服以外はジャージか同じTシャツ。寝癖もそこそこに毎日学校に通っていたはずだったが....ていうかいつの間にピアスなんて買ったんだ?

 

「お兄ちゃんが無頓着なだけでしょ、これくらい男子なら普通...いや少し地味目くらいだと思うけど?」

 

「地味って...うーん...今時はそんなもんなのか?」

 

「そうだよ。...お兄ちゃんも、今日入学式なんでしょ。いつまでもそんなんでいないで、これを機に男子力でもあげたら?」

 

(男子力? なんだそれ、女子力の対義語か?...まあ青い春な高校生、背伸びしたい年頃なんだろな。にしても...高校デビューでも狙ってんのか?やけにガラッと雰囲気変えてきたな...両親もなんも言わないし)

 

「ははっなんだそりゃ、俺には一生無縁の言葉だな。じゃあチャチャっと準備して行ってきますかねー」

 

「...お兄ちゃん、まさかとは思うけど寝癖直して服きて終わり...みたいなことはないよね?」

 

「は? それ以上になんかすることある? ああ、歯磨きもするが...」

 

「...もう! ちょっとこっちきて!」

 

「ちょ! なにすんだよ!」

 

突然、腕を引っ張られ、洗面所に連れて行かれる。慣れた手つきで髪をセットしたり、化粧水を塗られたり、爪を磨かれたりすること20分、ようやく満足したのか、弟が手を止めた。

 

「...まあ、これなら許容範囲かなぁ」

 

「おい、なんだよこれ、別にここまでしなくても...」

 

(おいおい、なんだこれ、これって俺なのか? すごいなんというか...まともに見える!)

 

「あのさ、お兄ちゃん。弟としてってより、男として言わせてもらうけど、さっきまでの格好、正直終わってるよ。冗談抜きで男捨ててるとしか思えないんだけど。家族として恥ずかしいから明日からは最低限これくらいは善処してよね」

 

「善処って...」

 

「あ、あと、服も今日だけは自分のチョイスで選ばせてもらったからこれきてね。あの様子だとパーカーにズボンとかで出て行きそうだから」

 

「はあ? 何でお前に服まで!」

 

「きてね、わかった?」

 

「あ、は、はい...」

 

反論しようと思ったが、弟の目がマジだったのでやめた。これは逆らったら殺されるやつだ。

 

「じゃあ、僕は行ってくるから、お兄ちゃんも頑張ってねー」

 

「行ってらっしゃーい。...あら、ひろも随分男らしくなったじゃない、ふふっ、華の男子大生って感じよ」

 

「...華? だめだ...俺がおかしいのか? 昨日まではこんな...」

 

母の言葉や弟の言動に少し違和感を覚えつつも、慣れない格好のままリビングに戻りテレビをつける。

明らかに昨日とは違う世界に戸惑いを隠せない。

 

<続いてのニュースです。昨今問題になっている男性へのセクハラ行為に対して、政府は具体的な...

<今話題! 男子必見のおしゃれカフェ特集!...

<絶対に焼かない、男を磨くのは40を過ぎてから...

 

「やっぱりおかしい...これってまさか男女が...」

 

「なにブツクサ言ってんのよ、ほら、さっさとしないと本当に遅刻するわよ」

 

「やべっ! こんな時間か! 行ってきまーす!!」

 

「はーい、行ってらっしゃい」

 

朝から戸惑っているうちに、遅刻ギリギリの時間になっていた。息急き切ってホームに向かう。何とか電車の時間には間に合ったようだ。電車に乗り込み、今日の朝からの違和感を整理していた。

 

(母親の言葉、弟の自分に対する言動...うーん...男女間で何かが逆転して...)

 

考えをまとめている最中、お尻に妙な違和感を感じた。

 

(嘘...これって...)

 

気配から察するに後ろに誰かおり、明らかに意図的に触られている。

 

(マジかよ...これって痴漢てやつ...!? )

 

当然初めての経験だったので、硬直して動けず、声を出そうにも恐怖からか震えてうまく発することができない。しかも小柄な体格と混んだ車内のせいで、周りは全く気づいてていないようだった

 

「あ、あの...やめて...」

 

情けない声を必死に振り絞り、声を出したが、触れている手は逆により強くなっている気がした。

 

(まじか...何でだ...めちゃくちゃ怖い...大学まではまだまだ時間あるし...どーしよ...)

 

情けなく涙目になり、途方に暮れていると、後ろから大きな声がした。

 

「おい、そこの女、なにやってる」

 

「な、なにもして...」

 

「嘘だな、お前、この男の子に痴女してただろ。 ホームに降りろ」

 

(痴女するってすごいワードだな...てかかっこいいこの人...)

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「いいから降りろ」

 

凛とした目で『黒森峰』と書かれたバックを持った女性が自分のお尻に触れていた手を力強く引き剥がした。

タイミングよく駅に着き、無理やり痴女を引き摺り下ろすと、手際よく車掌に身柄を引き渡していた。

 

「あ...あの...ありがとうございました」

 

その女性についていき、自分もホームに降りた。どうしてもお礼を言いたい一心だった。

 

「むっ...。ついてきたのか。...いや何、当然のことをしたまでだ気にするな。それより、最近はああいう輩が増えているからな。気をつけろよ」

 

(うわあ...かっこいいなあ。 男の俺より全然男らしい...)

 

「...電車、途中で降りてしまって大丈夫だったのか? 随分急いでいたみたいだったが...」

 

「え? 電車...あー!!! しまった! あれってそういえば大洗への最後の電車だった...遅刻確定だー...」

 

「大洗..? もしかして大洗大学へ行くつもりだったのか?」

 

「え? ええ..よくご存知で」

 

「ああ、妹が通っていてな。今日は入学式というから観に行こうと思っていたところだ、奇遇だな。...ちょうどいい、一緒に行くか。場所も駅から若干離れているしな、案内ついでにもなるだろう」

 

(かっこいい上に気配り上手...自分が女だったら間違いなく今ので惚れてる)

 

「はい! 是非! で、でもこのままだと遅刻ですね...どうしましょう」

 

「なに、電車がないだけで時間はたっぷりあるんだ、他の交通手段を使えばいい。タクシーならそこらへんで捕まるだろう」

 

「そうですね、そうしましょうか...」

(こっから大洗までタクシーってまじか、そんなに金あったけ...)

 

「うむ、決まりだな。では行こうか」

 

運よくすぐに捕まったタクシーに乗りこむと、自分とその女性は大洗大学に向かう。寡黙な性格なのだろう、車内に乗ってから外を眺め、一言も話さない彼女だったが不思議と気まずくはなく、むしろ安心感を覚えた。

 

(今日はなんだか...もう始まったばかりなのに...つかれたな...)

 

明らかに昨日とは違う世界に戸惑いっぱなしだった自分につかの間の平穏が訪れ、気がつくと眠りについているのだった。

 



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第2話 新しい友達ができました

まほさんはすけこまし

注意

早速キャラ崩壊気味。さおりんの口がちょっと悪いです。


「おい、君...。着いたぞ、起きろ」

 

「う、うーん? はっ..しまったすっかり熟睡してた...ははっすみません...」

 

「...タクシーを提案した私がいうのもなんだが、君は少し警戒心というものをもて...私があの痴女のような輩だったら間違いなく襲われてるぞ」

 

「警戒心...ですか。 そうですね、たしかにあの時はすごい怖かったし...武術でも学ぼうかなー」

 

「いやいや...そういうことではなくて...まあいい、着いたし行くぞ、あまり時間がない」

 

「そうですね...あっ、タクシー代半分払いますよ、いくらですか?」

 

「いいよ..これくらい、私が出そう」

 

「え..でも助けてもらった上にタクシー代まで...悪いですよ」

 

「だからいいって...こういう時は女の面子を立てさせてくれ。私も好きでやっているだけだしな」

 

「は、はぁ...」

(...もう男とか女とか関係なく普通に憧れるかっこよさだなこの人...)

 

結局、押し切られタクシー代も出してもらった後、用事があるというのでその女性とは大学の正門でお別れした。

別れ際に困ったときはいつでも言えと電話番号の入った紙を渡されたがそのメモには大きく『西住流』と書かれていた。

 

「なんだったんだろう、あの女の人...このメモの西住流って...もしかしてそっち系の人だったりして...」

 

そんな独り言を呟きながら入学式の会場に向かっていると、またもや妙な違和感を覚えた。大学に入るやいなや周りの人物は女一色。右も左も女の人しか目につかない。

 

(うーん、なんか女ばっかだな...。そういえば入試の時も女が多かったような...少し窮屈だな...)

 

女性ばかりというのもあるが、妙に視線を感じて居心地が悪い。

式が始まってもその違和感は続き、なぜか自分のことを見て騒いだり、やたらコソコソと話し声が聞こえて全然集中できなかった。

 

『あれが噂の...?』『絶対そうでしょ!』

 

『マジか! あの子がそうなんだ! きたー!私これ終わったら声かけちゃおっかなぁ!』

 

(なんだ? 日程間違えたか? それとも場所か? さっきから男マジで俺だけじゃ...)

 

「えーみなさん! ご入学おめでとうございます! 昨年までは女子大だった我が校も今年から共学となります! ...残念ながら男子生徒は1名と現状ほぼ変わらないですが....今後はドンドンと多くの生徒を迎え、戦車道の多様化とジェンダーレスを...」

 

「....は?」

 

入学式で校長が言った言葉に耳を疑った。そんなバカなと入り口でもらった『大洗大学』のパンフレットを見ると

 

女子生徒:3800人

男子生徒:1人

 

(ほんとだ...沿革に昨年までは『大洗女子大学だった』って...嘘だろ...確かにそうなるとさっきまでの違和感も..)

 

「これから4年間...この生活...」

 

もうそのあとの校長の言葉なんて耳に入らなかった。入学式が終わったころには周りの視線なんて気にもならないほど、困惑を隠せなかった。

 

「おそらく朝の違和感からしてこの世界は男女が...しかもそれに追い打ちして同性の仲間がいないとなると相談する人も...」

 

「ねえ、君」

 

「いや待て、まだ朝助けてくれた人がいるじゃないか、あの人ならこの違和感の相談にも..」

 

「ねえってば!」

 

「え? は、はい! なんでしょう!」

 

「...あ、ごめん。 驚かすつもりじゃなかったんだけど...君が噂の我が校のファースト男子?」

 

「え、あ、はい...噂とかはよくわかりませんが...そうみたいです。何か用ですか?」

 

「やーん、やっぱり! 想像してたよりも何十倍も可愛いねえ! 君名前なんていうの? 彼女いる?」

 

「やめろ沙織、今のお前、完全に道端でナンパしてるチャラ女だぞ」

 

「なによー。女がガツガツ行かないでどうすんのよ! 草食系女子なんてクソ食らえよ」

 

「はぁ...なんでこうもこいつは...」

 

終わって出て行くと早々に女子生徒に声をかけられた。赤縁のメガネをかけた元気そうな茶髪の子と、それの袖を引っ張る黒髪の低血圧そうな子。まあでも悪い人たちじゃなさそうだ。

 

「え、えっと名前は河野ひろって言います...彼女はその...今までできたことなくて...」

 

「おい....君も沙織の冗談まともに受けなくていいから...」

 

「嘘ー! こんなに可愛いのに!? 周りの女の目腐ってるんじゃないの!? 君も少しアプローチすればいけそうなきが...」

 

「うーん...部活に打ち込んでてそんなこと考えたこともないですね...」

(あれ? 自分で言ってて悲しくなってきたぞ? 完全に言い訳やん)

 

「へー...部活にねぇ...どうりで」

 

胸元や腰をチラッと見られる。まぁ本当に打ち込んでたから多少は引き締まってはいるだろうが、見られて気分がいいものではないな。

 

「...沙織。お前ほんと....」

 

「いや!違っ...これは女の性ってやつで...」

 

ゴミを見るような目で見つめる黒髪の女の子。何だが若干気まずいので自分から話し始める。

 

「実は高校までは男子校だったんですよね。...恥ずかしながらこんな女性に囲まれる体験自体初めてで....」

 

 

「えっ!それっていわゆる箱入り息子ってやつじゃん!! うわあ!私が最初の王女様になりましょうか?...なんてねぇ...えへへ」

 

「ほんときもいなお前、男の子引いてるぞ」

 

「うそうそ!ごめーん!! 引かないで!! あ、てかラインやってる?」

 

「ははっ..あっラインなら...「まぁ沙織の冗談は置いといて、私たちも自己紹介だ。このうるさいのが武部沙織。で私が冷泉麻子だ。まぁなんとでもよんでくれ」

 

「あっはい...武部さんに...冷泉さんですね...よろしくです」

(あ、今の冗談なんだ...)

 

「うむ、で君、なに学部? 」

 

「えっと...戦車部です」

 

「!! やったー! 同じ学部じゃん! やっぱり運命ってあるんだねぇ!」

 

「沙織うるさいから黙ってろ...。まぁ同じ学部なら話は早いな、これからオリエンテーションあるからよかったら一緒に行くか?」

 

「えっ! はい! 是非!よかったぁ...正直不安だったんですよね。こえかけてくれるひといてよかったです」

 

ドキッ「えっ...いやまぁこれくらい...気にするな」

 

「あれぇ? 麻子顔赤くない? 照れてんの?」

 

「...黙れ。おまえ置いてこの子と行くぞ?」

 

「やーん、独占欲ってヤツゥ? 私お邪魔でしたかー? 」

 

「これ以上言うなら殴るぞ」 バキッ

 

「..痛ったぁ!ちょっ!そのセリフは殴らないときに使うやつでしょ!もー!」

 

「いいからいくぞ...。えっと...河野さん...これからよろしく頼むな」

 

「はい! 武部さん! 冷泉さん! よろしくお願いします!」

 

「いつも一緒にいる子がもう1人いるからその子も後で紹介するねー! じゃあいこ!河野ちゃん!」

 

「か...かわのちゃん...?」

 

(よかった...とりあえずは安心だ...)

 

不安と絶望に満ちていた大学生活に一筋の光が射したような気がした。



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第3話 オリエンテーション 


主人公は基本、誰と話すときも敬語です


2人に連れられた部のオリエンテーションの会場には、同じ戦車部の生徒たちがぎっしりと詰まっている。....まぁ全員女のわけだが。

戦車部での学びや4年間の過ごし方をレクチャーしてくれるらしい。

 

(とにかく今は情報が欲しい....元の世界との違いを知るんだ...)

 

「静まれ! 立っているものは席につけ! これより、蝶野亜美教官より、説明を行う!」

 

スッと入ってきた複数の女性。中心に立つひときわ凛々しい女性が第一声をあげると同時にざわついた教室が一瞬で静まり返った。

 

「ねぇ...あの真ん中の人って有名なんですか?」

 

「知らないの? うちの大学の特別教官だよ。戦車道界隈で知らない人はいないレベルの有名人なんだよねー....いいなぁ、モテるんだろうなぁ」

 

「教官目当てでうちの大学受けるやつも多いくらいだからな。...まぁかなりのスパルタらしいから私は授業受けるのごめんだがな」

 

「へー....」

(全然知らなかった...うちの大学ってもしかして結構すごいとこなのか...?)

 

「紹介に預かった蝶野だ! 生徒諸君、大洗大学入学おめでとう!まずは第一関門突破といったところだな。この4年間を通して強くたくましい日本女子になれるよう、精進してくれ! 我々教官も君たちの頑張りを全力で応援する!....では早速だがまずは戦車道について...」

 

オリエンテーションの中でこの世界についてもすこしわかったことがある。

 

1つ、やはりこの世界は女性主体、男性は守られる存在という元の世界とは真逆の価値観であること。

2つ、戦車道関連の仕事が女性にとって安定した人気の職業(公務員のようなもの)であること。

そして一番驚いたのは、元の世界よりもジェンダーフリーがはるかに進んでいないことだ。

戦車道でもそれは顕著に現れており、つい最近までは男性の参加はおろか、関わることすらタブーにされていたようだ。

 

(なるほど...共学になったのに男子が俺だけなのも世の風潮を表してたってわけか...うーんだとしたらおれは世間からはどう見られて...)

カリカリカリッ....

 

「ねぇ、麻子、河野ちゃん随分熱心にメモ取ってるね、さっきから一言も話さないや」

 

「無理もない...。女性でさえ仕事として持てるのは一握りの職業だ。そこに男が行くとなると並大抵の努力じゃたりで足りないだろうからな...必死にもなる...お前も少しは見習っ...」

 

「...真剣にメモ取ってる姿...なんかいいっ!...庇護欲をそそられるっていうか...いいねっ!」

 

「...真面目に話した私がバカだった」

 

横で壮大な勘違いをされつつ、そんなことには目もくれず一心不乱にメモを取り続け、気がつくとオリエンテーションは終わっていた。

 

「では各自、今日はこれで終了だ。各々好きな時間を過ごすといい、では4年間共に頑張ろう! では、解散!」

 

ーーーー

 

「...うーん! おわったぁ! 長かったねぇ!」

 

「お前後半寝てただけだろ。少しは河野を見習え」

 

「いや...それは俺が単純に無知なだけで....」

 

「何よー。麻子だって寝てたくせにー!」

 

「私はお前と違って無駄な話を仮眠に当てただけだ」

 

「おんなじでしよ!?」

 

「アホな沙織は置いといて、河野さん、この後ご飯でも行かない?あ、河野さんさえよければだけど....」

 

「あー!まこ! 抜け駆けしないでよ! 私も...」ガラガラッ!

 

「河野はいるか! 戦車部と聞いているが!」

「いたいた! 部長!あの子です!」

「よし!先手必勝! 大洗の青き春は我々がいただく!」

 

教室の外に出ようと扉を開けた瞬間、大量の生徒が雪崩れ込み、一瞬で自分の周りを取り囲み、一斉に話し始める。

 

「ラグビー部部長の春野だ! 河野ひろさんで間違い無いな! 」

 

「えっ? あ、はいそうですけど....」

 

「君! 我が部に興味ないかい? 是非マネージャーとして入って欲しい! 共に青春の汗を流さないかい?」

 

「いやいや! 可憐な花にこんなむさい部活似合わない! ここは我ら天文学部と一緒にロマンチックに星空を眺めないかい?」

 

「君やっぱ可愛いねぇ...写真部に興味無いー?....今なら一眼レフ無料で貸し出すよぉ。えへへ...一眼男子...いいねぇ」

 

「え...えっと...」

(よくわからないけど...なんか無下にもしづらい雰囲気...)

 

ギラギラとした視線と熱気がが周りを取り囲む。その数30...いや40人はいるだろうか。文化部運動部関係なく、いるところを見ると珍しい男性生徒を勧誘したいのだろうか。

 

「あー、あはは...。どーしようか二人とも...ってあれ!?いない!?」

 

あまりの数の生徒に抜け出せそうな雰囲気もない上、頼みの綱だった2人のとはいつの間にかはぐれてしまった。

 

(さっき大量になだれ込んだ時にはぐれたのか....。くっ...断ろうにもしつこそうだし、逃げようにも退路もねぇし...くぅぅどーすれば)

 

「ねぇ、頼むよー! 演劇みにくるだけでもいいからさぁ...」「ちょ! あなた! 今は私たちが勧誘を...」

「レッツ!スイミング! 水着の君がみたい!」

 

だんだんと勧誘全体の熱が上がっていき、じりじりと詰め寄ってくるが、全く打開策を見出せない。

 

(だめだ...もう終わりだ..)

 

「あーいました!いました! よかったー!あなたも華道部の参加希望者ですよね!もー探しましたよー」

 

絶体絶命かと思われた刹那、突然現れた長髪のスタイルの良い女性に腕を引っ張られる。

 

「え...俺...参加希望なんて...というかあなた誰...?」

「...ここは任せてください」ニコッ

「え、あ...はい」

 

「はーい! どいてくださーい! 先約があるので失礼しますねー!」

 

困惑しながらもとりあえず逃げ出したい一心だった俺は彼女についていくことにした。力強く人だかりを掻き分け颯爽とその場を離れていく。

 

「ちょっと! 何よあんた...今は私たちが....

 

「こらー!あんたたちー!時間外の勧誘は禁止って言ったでしょー!」

 

「げっ! 風紀委員がきた!」「逃げろ逃げろー!」「くっそー! あ、君ー!興味あったら顔出すだけでもきてねー!」

 

風紀委員から逃げ出す勧誘生徒を尻目に、力強くその女性に手を引かれた俺は何とか窮地を脱することができた。逃げるのに夢中で気がつかなかったが、連れられたのはよくみるとボロボロの部室だった。

 

「....ふう。とりあえずここまでくれば大丈夫でしょう...。怪我はないですか?」

 

「あ、はい...特にはないですけど....あなたは...?」

 

「....申し遅れました。私五十鈴華と言います。さっき言った通り華道部に所属する予定です。...ごめんなさい、突然こんなことしちゃって。何だかほっとけなくて」

 

「いえ! むしろ助かりました! 正直結構怖くて...」

 

「いいんですよ、気にしないでください。困っている男性を助けるのは乙女の嗜みですから」

 

「ほんと、ありがとうございます。五十鈴さんみたいな人がいなかったらいまごろどうなっていたことか....」

 

「私みたいな人...ですか...ふふっ」 ガチャ

 

「えっ....? えっと、五十鈴さん? 何で部室の鍵を閉めて...」

 

突然扉の鍵を閉めたのに焦り五十鈴さんに近づくと、腕を強く掴まれ、壁に追いやられた。

 

「....ここは旧校舎の廃部した部の部室でしてね、滅多に人も訪れないんですよ。そこに私とあなた2人きり。...どういう意味かわかりますよね?」

 

「じょ...冗談きついなぁ、五十鈴さんがそんなことするわけ...」

(これは...いわゆる逆壁ドン!? いやこの世界だと通常の壁ドンなのか...いやそうじゃなくて!)

 

「噂には聞いてましたが...あなた本当に警戒心がないのですね。...まぁこちらとしては好都合でしたが...」

 

必死に抵抗しようともがくか、相当力が強いのかビクともしない。嬉しそうにじっと見つめていた五十鈴さんの顔が近づき、吐息が顔にかかる。

 

(どどどどーしよ! なんだこれ!? )

 

河野ひろはこの世界に来て早くも3度目の危機に直面するのであった。





感想、ご意見気軽にください。励みにします。


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第4話 学生自治会と風紀委員


華さんはツンデレ(偏見)


(落ち着け..考えろ...あーでも身動き取れないし...)

 

「くっ...やめてください! このっ! 離せっ!」

 

体を必死にくねらせもがいて抜け出そうとするが、力の差が歴然すぎて全く効果がない

 

「...そんな抵抗無駄ですよ? 男女でどれだけ力の差があるとお思いですか? 体力を消耗するだけですよ」

 

「くっ...」

(五十鈴さんの言う通り...力任せに押しても無意味だ..もっと別の方法を...)バキッ

 

「あらあら、床が抜けてしまいましたわ。無理もないですね。この部屋、長らく使われていないせいで相当老朽化も進んでいますから....」

 

(老朽化...脆い...もしかしたら!)

 

「...さて、万策つきましたか? ではこちらの番...」

 

「...それはどうかな! 喰らえ!床踏み抜きキィーック!」

 

片足に思い切り体重をかけ床を踏み抜く。カクンと体制が崩れたおかげで掴んでいた腕が離れたその瞬間を狙い、もう片方の足で五十鈴さんの脇腹に向かって全力で蹴りを加える。

 

「うおお! くらええええ!!」

 

「...なるほど...状況に応じた機転は効くようですね。ですが....」ガシッ

 

渾身の左キックはいとも簡単に片手で見切られ、逆に掴まれてしまった。

 

「この場合はにげることに重きをおくべきです。こうなったらどうするつもりだったのですか?」

 

(あ....おわた...右足固定されてて逃げられんし...)

ぎゅっと目をつぶり死を覚悟したが、しばらくして少しため息をついた五十鈴さんは、掴んでいた自分の足をそっと下ろした。

 

「..まぁ及第点といったところですかね。肝心の判断力が少しズレてはいますが....あ、もう入ってきていいですよ、皆様方」 ガチャ

 

「すごいね、華さん。演技とは思えなかったよ」

 

「ほんとよ! 正直本気なんじゃないかってハラハラしたわよ!」

 

「あー、声だけじゃなくて状況も見たかったなぁ」

 

「へ?...えっと...え?」

 

声とともにおかっぱの3人組の女の子が部屋に入ってくる。よく見ると先ほど後ろで叫んでいた風紀委員のメンツだった。

 

「...改めて自己紹介します。わたくし、大洗大学 学生自治会の五十鈴華と申します。今回風紀委員にご協力していただき、あなたのテストをさせていただきました」

 

「て、テスト? 」

 

「...はぁ。この状況でもまだわからないのですか...。襲われた時どうするのかのテストですよ! 全く...獣の群れに自ら志願したと聞いてどんなに肝の座った子だと思えば...男って自覚あるんですか?だいたい...」

 

「まぁまぁ! そんなツンツンしなさんな。まったくぅ、素直じゃないんだからー。めちゃくちゃ心配してた癖に」

 

「なっ...し、してません! ただこの子があまりに無警戒だから...心配とかじゃ...」

 

さっきまでの威勢が一気になくなり、困惑する五十鈴さん。それに追い打ちをかけるように他の2人も話し始める。

 

「そうよ! 1人じゃ危ないからとか言って入学式から見張らされてた私たちの身にもなりなさいよ! 職権乱用よ!」

 

「さっきだって作戦無視して突撃しちゃうしねー、あんなに真剣な顔久々に見たよー」

 

「いやっ....だから違います...そんなんじゃ...ただ生徒会として職務を...」

 

なるほど、すぐに後ろから風紀委員が駆けつけたのもこれで合点が行く。

 

(獣の群れか...。たしかに逆転した世界ではこの人の言う通りだ...だとしたら自分の身は自分で守れるようにならないと...いつまでも甘えてちゃダメだよな....)

 

「あ、あの....もしよかったらこれからも...その...ご指導お願いしてもいいですか? 」

 

「ど、どうしてあなたのためのそんな...」

 

「お願いします! 俺、五十鈴さんのようにかっこよくなりたいんです!」

 

「っ!...し、仕方ありませんね! わたくしとしてもあなたのような危険因子を野放しにはできませんしね。協力して差し上げましょう!」

 

「やった! ありがとうございます!」

 

「うわぁ、めっちゃ嬉しそー、てかちょろすぎる」

「女のツンデレなんて需要ないわよまったく」

「声うわずってない? 案外ウブなんだねー」 ヒソヒソ

 

「...そこの3人、全部聞こえてますけど?」

 

「「「...あっやばい...目がマジだ...」」」

 

「...さて、では用も済みましたし移動しましょうか」

 

「そうですね、そろそろお昼のじかんですし...。あ、そうだ、これから友人と食堂に行く予定なんですが...みなさん一緒にどうですか?」

 

「あー、申し訳ないけど風紀委員はこの後会議があるから遠慮するわ」

 

「わたくしは是非、行かせていただきますわ。...それで、そのお友達というのはどこに...」

 

「あー! いたいた! もーどこいってたのよー」

 

「...よかった、とりあえず無事のようだな」

 

部室を出て、すぐに武部さんと冷泉さんが駆けつけてきてくれた。どうやら大学中を探し回ってくれていたらしい。悪いことをしてしまった。

 

「ごめんなさい、ご心配おかけしました」

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「はい。この方々が助けてくれたので...」

 

「この方々...って華!? それに風紀委員3人組も! なんで!?」

 

「まあ、かくかくしかじかありまして...」

 

「あーなるほどねー!」

 

「ちっ..なんでお前がここに...」

 

「あらー、これはこれは...れまこさん、奇遇ねえ」

 

「...おまえ。河野さんに変なことしてないだろうな」

 

「ふん、するわけないでしょ。清く正しい風紀のため、か弱き男子を助けたまでよ。...ねー河野さん」

 

「あ、はい...。その節はお世話になりました...」

(なんだ、このおかっぱの子急に積極的になったな...冷泉さんめっちゃ睨んでくるし...)

 

「そどこ...お前、どうやら本気でぶっ飛ばされたいようだな...」

 

「上等よ! かかってきなさいよ!アホれまこ!」

 

まさに蛇とマングース。一触即発の雰囲気が二人の間に流れていた。ただならぬ空気の中、沙織さんに耳打ちする。

 

「...あ、あの武部さん、あのお二人って仲が悪いんですか?」

 

「あー、気にしないで。いっつもあんな感じだから」

 

「まあ、風物詩...いえ、痴話喧嘩といったところでしょうか。わたくし含めここにいる全員が同じ高校だったので見慣れた光景ですね」

 

「あ、皆さん同じ高校だったんですね! それは知りませんでした」

 

「まあ、喧嘩するほど仲がいいってやつだね」

 

「「仲良くない!」」

 

「あはは...ほんとだ。息ぴったりですね...」

 

「...あーそうです沙織さん、この後お昼にいくんですよね。私もご一緒してもよろしいですか?」

 

「オッケー、全然いいよー! ここの食堂めっちゃ美味しいらしいよ!」

 

「あら、それは楽しみですね。...お恥ずかしながら朝からずっと動きっぱなしで、もうお腹ペコペコでして...」

 

今にも殴りかからんとする勢いで言い合いをする二人を気にも留めず、話し始める二人。どうやら本当にいつも通りの風景らしい。

 

「じゃあ河野ちゃん、食堂行こっか。 お腹すいたでしょ!」

 

「はい、いきましょう」

 

「...ほーら!麻子も!行くよー、いつまでやってんの!!」ガシッ

 

「離せ沙織! 一回こいつにはガツンと...お前! 二度と河野さんに近づくなよ!」

 

「ソド子もほら、その辺にしていくよー。会議遅れちゃうよ」ガシッ

 

「何すんのよゴモヨ! ここは風紀員としてあのバカにお灸を据えてやるのよ!」

 

「うふふ...さて..何をたべましょうか...楽しみです...」

 

「もー! 麻子! 暴れないでよー!!」

 

「あははー...皆さんお元気ですね...」

(なんかこの大学...みんな個性的だな...別の意味で不安になってきた...)

 

言い合いの最中、首根っこを捕まれながら、武部さんとゴモヨさん(?)にズルズルと引っ張られ、強制的に連れていかれる二人。その横でお昼のことで頭がいっぱいの五十鈴さんを眺めながら、ただただ苦笑いをするしかない河野であった。






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個人的にアンコウチームでは華さんが一番好き


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第5話 学食とサークル


たくさん食べる女性ってなんかいいですよね


「いやぁ、ここの海鮮丼美味しかったねー。これで500円はコスパいいわ!」

 

「大洗名物のあんこう定食、それにこのアンコウ鍋焼きうどんも美味でしたよ」

 

「デザートも豊富だな。今年から大量にメニューを増やしたらしいが、大学側も露骨に男子受けを狙ってるようだな....」モグモグ

 

「もー、麻子、食べながら話さないの! 御行儀悪いよ!」

 

「たしかに、こちらの干し芋アイスも美味ですねぇ...」

 

「え、ええ...」

(1人で定食4つ食べる人初めて見た...)

 

五十鈴さんを加えた4人で大学の食堂に来た。噂通り近くの海鮮物をふんだんに使った料理はかなりレベルが高く箸が進んだ。だがそれ以上に五十鈴さんの食べっぷりに圧倒されてそれどころではなかった。現在は締めのデザート中。

 

「ん? どうしました?私をじっと見て...紫芋アイスはお口にあいませんでしたか?」

 

「い!いえ!とても美味しいですよ!あははっ...おいしーなー」

(『五十鈴さんよく食べますね』なんて言ったら殺されるのかな)

 

「...気にするな、お前が言わんとしてることはわかる。あいつの食欲を見て驚くなという方が無理がある」

 

「これでも普段の半分くらいに抑えてるもんねー。全く、その細い体のどこに入ってるんだか」

 

「えっ!? 半分...? 冗談ですよね?」

 

「もー、沙織さんそれはないですよ」

 

「で、ですよね!」

 

「普段の1/3くらいです。この後学生自治会のお食事があるので」

 

(フードファイターかな?)

 

ーーーーー

 

「ふー、食べた食べた。...さて、みんなこの後どーするの?私はサークルの見学行くつもりなんだけど... 華は自治会行くんだっけ」

 

「そうですね。名残惜しいですが、今日はここでお暇させて戴きます」

 

「私もおばぁの病院に行かないといけなくてな。悪いが今日は帰らせてもらうぞ」

 

「あ、自分もサークル見学でも行こうかなと思ってます...できたら一緒に行きませんか?」

 

「いいねー、一緒に行こー!」

 

「はい!ありがとうございます!...ただ、朝の一件がちょっとトラウマで...」

 

「あー、じゃあグイグイくるとこは河野ちゃんには厳しそうだね、運動部とかはじゃあなしだねー」

 

「そうですね...それに、元々運動部はあまり考えてはいませんでしたし...」

 

「あら、では河野さんはどんなサークルにご興味があるんですか?」

 

「どんな...そうですね...」

(この世界の情報収集も踏まえたサークルに入りたいな...となると)

 

「色々と戦車道の知識や歴史に詳しい方がいるとか、それを扱ってるサークルを見てみたいなって思ってます」

(まずは見識者の知り合いを作りたいしな)

 

「ふふっ...それならぴったりのサークルがございますよ」

 

「ほんとですか! 詳しく教えてください!」

 

「ええ、部室の場所が....」

 

ーーー大洗大学 西校舎 部室

 

「よしっ、踏破! これで全国制覇ぜよ!」ピコピコ

 

「うわーん、また負けてしまいましたー!」ピコピコ

 

「相変わらず弱いなぁグデーリアン」

 

「くっ...もう一回!もう一回お願いします!」

 

「いいだろう、かかってくるぜよ」

 

「はぁ...相変わらずといえば、このメンツも大学生になったというのに全然変わらんなぁ」

 

「そういえば...噂だと我が校にも初の男が来たらしいぞ、ファーストなんたらって...」

 

「らしいですねー。まぁ我々には関係ないですけどねー」ピコピコ

 

「なっ...ここで消極的になってどうする!女は度胸!こういう時こそロンメル将軍を見習ってだな...」

 

「負けるが勝ち戦法ぜよ。ただでさえ競争率高いだろうに...負け戦以前にお姿を拝見する機会すらないかもしれないぜよ」

 

「そうそう、大学に入ったからにはそんなものにうつつは抜かさず、将来のために教養を高めるべきでありますよ」

 

「いうなら、クドゥーツフの大戦略だな」

 

「いや、孫氏の戦法がわかりやすい」

 

「豊臣秀吉の思想が的を得ている」

 

「「「それだ!」」」

 

「お前らそれでいいのか!?」

 

コンコンッ

「ゆかりーん、ちょっといいー?」

 

「はいはーい、いま出るでありますー」ガララッ

 

「あー武部殿! どうしたでありますか?」

 

「今日ってさサークルの見学とかってできたりする?」

 

「もちろんやってるでありますよ!...と言っても特に何か用意してるわけではないですが...えへへ。あっ、見学して行くでありますか?」

 

「あーいや! 見学したいのは私じゃなくてー...この子なんだけど...戦車道とか歴史系に興味あるんだって!」

 

「もちろん歓迎でありま...ってええ!? 男の子!?」

 

「よかった! じゃあ悪いんだけどよろしく!」

 

「よろしくってっ...武部殿は!?」

 

「ごめーん! お願いねー! あっ!めっちゃいい子だから心配しないでー!」

 

「ちょっとー!!そういう問題では...」

 

「あの...すみません、ご迷惑でしたら別の日でも...」

 

「い、いえ!全然大丈夫です!多分... ちょっと待っててください! すぐ準備しますから!」パサッ

 

「あ、はい! お気になさらずに!」

(ん? 何か落としたぞ...? ハンカチ?)

 

ガララッ

 

「えー、皆さま、我がサークルに初の見学希望者が来たのであります...」

 

「なに! それは吉報だな! 歓迎しよう」

 

「同学年か? 物好きな奴もいたもんだ」

 

「どんな女であれ、我々は拒まないぞ? 歴史好きに悪い女はいないしな」

 

「あー...えーっとそうじゃなくて...」

 

「歯切れが悪いな、どうしたグデーリアン、我々は構わん、入らせていいぞ?」

 

「あー、じゃあ心の準備だけ...」

 

カラカラ

 

「あ、あのー...ゆかりさん? ハンカチ落としましたよ?」ヒョイ

 

「あっ...ちょっ」

 

「「「「ええええええええ!? 男の子(ぜよ)!?」」」」

 

ーーーーー

 

「こ、ここの椅子に座るであります...」

 

「あ、ありがとうございます。えっと...なぜ皆さんは正座で地べたに...?」

 

「き!気にしないでください!我々はこちらの方が落ち着くので!とりあえず軽く自己紹介をお願いするであります!」

 

「え、あ、はい!大洗大学一年、河野って言います。よろしくお願いします...」

 

「...ほ、本物か? 我々は白昼夢を見ているのでは...」

「夢でも十分幸せぜよ...」

「あ、気のせいかなんかいい匂いする気がする」

 

歴史のポスターとゲーム機が散乱している部室には真ん中に長机と椅子が置いてあった。午前中の女の人たちとは打って変わって全くこちらに近付こうとはせず、何か警戒しているのか全く目を合わせてくれない。

 

(まあ、これが普通の反応だよな、俺だって急に女子きたら緊張するし...)

 

「お、おほん。では我々も軽く自己紹介するであります。私、秋山優花里と申すであります。好きな分野は戦車全般です。では皆様も...」

 

一通り名前と、それぞれの得意分野について教えてもらった。

秋山さんが戦車道関連、他の4名が歴史関連で詳しいメンツで集まっているようだ。うん、確かにこれは期待ができる。あの3人の人脈に救われたな。

 

「皆さん、よろしくお願いします!」

(外国人の方もいるのかな...? まあ、今は突っ込まないでおこう...)

 

「あー、じゃあえっと...不躾ですがどうして我が部に?」

 

「実は、戦車道と歴史に興味がありまして! 優花里さん含め皆さんお詳しい方とお知り合いになれるサークルがあればなーと思いまして」

 

「な、なるほど...。確かにそれなら我がサークルはぴったりではありますが...いいのでありますか? 自分たちで言うのもなんですが活動内容は地味ですし、退屈かもしれませんよ?...今日だってゲームやってるだけでしたし...」

 

「むしろその方が嬉しいです!...正直グイグイ来られる方々が少し怖くて...。仲良くなれたら、サークル外でもその...色々と教えてくれると嬉しいなって思ってます!」

 

「色々と...」

 

「教える...」ゴクッ

 

「? 皆さんどうしました? 俺、何か変なことでも...」

 

「あー! 気にしないでください!! ほんと! なんでもないであります!」

 

「え、ええ...わかりました」

(一瞬全員の目が怖かったのは気のせいか...)

 

「それにしても、よく我々がサークルを新設したことを知っていたでありますな。ご興味ないと思ってお伝えもしてなかったのに」

 

「実は一緒にいた五十鈴さん、という方が学生自治会をやられていて...部室の場所とかを教えていただきました。その場にいた武部さんには親切心でここまで連れて行ってもらいまして...優花里さんのことについても少し教えていただきました」

 

「あーなるほど。それで武部殿と...というか何故下の名前で...?」

 

「あ、すみません。武部さんからそう呼んだ方がいいと言われたので...ご迷惑でしたか?」

 

ドキッ「い、いえ! 全然! むしろ嬉しいというか...あ、いや変な意味じゃなくて! 」

 

「よかった! じゃあこれからも是非仲良くしてください、優花里さん!」ギュッ

「ふぇっ!?あっ!よ、よろしくお願いするであります!」

(近い! 近いであります!! あ、でもいい匂いする...じゃなくて!)

 

ガタッ「じ、実は私、本名は里子という名前なのだが...そ、そう呼んではくれないか?」

 

「なっ! エルヴィン!貴様!ソウルネームを捨てるのか!?」

 

「う、うるさい! ひなちゃんとやらがいるお前にはわかるまい! 名前呼びは女の夢だ!」

 

「もちろんですよ!よろしくお願いします、里子さん」

 

「あっ...すごい、なんだこの破壊力、マウスの砲撃並だ...」

 

ガタッ「じ、自分も武子と呼んでくれぜよ!」

 

「私も清美で...」

 

「き、貴様らまでーっ!! 誇りはないのか!!...そ、それに河野さんだって迷惑だろうに...」

 

「いえ、全然構いませんよ!これから色々とお世話になるかもしれませんし!」

 

「ま、まあ河野さんがいうなら...まったく、お前ら、いい人だったからいいものを...厚かましいにもほどがある!初対面だぞ!」

 

「まあまあ、名前で呼んでいただいた方が親近感も湧きますし...」

 

「そ、そうぜよ! これはあくまで仲良くなるための工夫ぜよ!」

 

「いいわけなんぞききたくない! 大体、ソウルネームというものはだな...」

 

「あ、カエサルさん...はそのままでいいですか? お名前でお呼びしても全然...」

 

「えっ!?...えーっと...」

 

「なんでも構いませんよ」

 

「じゃ、じゃあ...たかちゃんで...えへっ」

 

「「「「お前が一番厚かましいわ!」」」」

 

(...面白い人達でよかった。この人たちなんか男子高時代を思い出すノリだなー)

 

意外にも奥手な人には小悪魔気質な河野さんであった。

 

ーーーー

 

???「へぇ、大洗大学に男がねぇ...。直々にどんな奴か会いに行ってあげようかしら」

 

 




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第6話 K様

勘違いモノも結構好き。


<あの世界的イケメン女優K様が、先日プラウダ大学戦車部に入学されました!警備員100人体制という異例の厳戒態勢で行われた入学式では各地からファンが押し寄せ.....

 

「うわぁ! かっこいいー!! いいなぁ...学校さえなければ絶対見に行ったのに....」

 

「へぇ...このちんちくりんがイケメンねぇ...」ズズッ

 

なんとか波乱の大学生活の1日目を終えた翌日の朝。相変わらず違和感しかないニュースを弟が朝から張り付くように見ていた。

 

(昨日のサークル見学で得た情報から察するに...逆転してるのは価値観だけじゃなさそうだな...)

 

テレビに映っているイケメンと称される女性は元の世界では所謂「コンプレックス」に該当するであろう特徴を持ったものが多かった。低身長や小柄な体型、もしくは貧乳などが「モデル体型」であるとされ、この世界においてはかなり高いステータスとなっているようだ。テレビに映っている小学生にしか見えないような女性が持て囃されているのがいい証拠だ。

 

「あー...いいなぁ...この前のハリウッド映画も最高だったし...サインだけでも欲しかった」

 

「ぶっ! は、ハリウッド!? このちんちくりんってそんなにすごい女優なのか?」

 

「はぁ!?お兄ちゃんK様も知らないの!?」

 

「おい、近いって...。知らないよ、あんまり興味ないし...好みじゃないしな」

(スタイルだけなら五十鈴さんとかの方が全然いいしなあ...俺の世界では)

 

「好みって...こんなの一般常識だよ。ルックス抜群、イケメンで、カリスマ性もあって、お金持ち。たとえ他の要素がかけてたとしても、こんなステータスの塊みたいな人、嫌でも情報入ってくるでしょ普通!」

 

「...へ、へぇー。それはすごいな」

(目が本気で怖い...とりあえず黙って聞いとこ...)

 

「ふっ..ふっふっふ....しょうがないな!私K様ファンクラブ会員が!K様の魅力を1からたっぷりと教えてあげるよ! 長くなるよー♩」

 

「え? いや別にそこまでは...てかお前ファンクラブなんて入ってるの!?」

 

「まずは何と言ってもこの顔立ちの良さからだよね! 確かに他のモデルにもこういうイケメンはいるけど、K様は段違いで...」

 

ーーーーーー

 

「はあ...龍弥のやつ、家出る直前まで話し続けやがって...。おかげで2日連続で遅刻ギリギリだよまったく...」

 

「お、おはようございます! 河野さん!」

 

「あ、おはようございます、優花里さん。昨日はありがとうございました!」

 

「いえ! こちらこそ...その色々とありがとうございました...貴重な体験でした...」ぼそっ

 

「貴重...? 俺なんかしましたっけ」

 

「あー!いえこっちの話です! 気にしないでください!」

 

「は、はぁ...ん? 正門前、随分人だかりできてますね...何かあったのかな?」

 

「うーん、大学側での催し物は特にはなかった気がするのですが...」

 

大学前には生徒であろう女性の人だかりに混じって、近くから来たであろう、一般の野次馬も集まっており、パッと見ただけでも100人以上はいるだろう。大学側も警備員を総動員して騒ぎを鎮めているのが見て取れる。

 

「あ! あの走ってるのって...おーい! 武部殿!」

 

「あー! ゆかりん! それに河野ちゃんも! 二人もあれ目当て!?」

 

「あれ...?あの人だかりのことでありますか?」

 

「えっ!? 知らないの!? 今うちの校門前にK様来てるんだよ! 本物だよ!!」

 

「K様って...うええ!?」

 

「こんな機会滅多にないよ! 二人も行くでしょ!? モテモテのコツ盗んでやるんだから!」

 

「は、はい! 一目見ておきたい感じはありますね!」

 

「あー、いや俺はいいかな...」

 

「えー!? あんなイケメンが目の前にいるんだよ!? 私男だったらもう惚れてるレベルだよ!」

 

「え、ええ...かっこいいのかもしれないですけど...あんまり興味がなくて...」

 

「それは聞き捨てならないわね!ノンナ!あの男のところまで道を作りなさい!」

 

数百人はいるであろう人混みを一瞬で退かした二人の高身長な女性が作った花道から歩いてきたのは、やはりテレビで見た通り、ちんちくりんの小学生にしか見えないような少女だった。周りがざわめく中、ゆっくりと自分の前に立ちはだかった(小さいから自分が見下してるけど)彼女はあらんばかりの笑顔で話し始めた。

 

「おやおや...随分大口叩く子猫ちゃんがいると思ったら...あなたが噂のファーストワン様かしら?」

 

「ファースト...あ、なるほどもうそんな呼ばれ方が...えっと...はい、多分そうですけど...」

 

「へえ....あんたがねぇ...ふーん...」

 

少女はまるで品定めをするように自分の周りを回りはじめ、じろじろと全身を舐め回すように見られた。元の世界では気にしたこともなかったが、案外あまり気分のいいものじゃない。

 

「少し芋っぽいのが気になるけど...まっ及第点ってとこね!」

 

「あ、あの...何か俺に用ですか...? もう学校にいきたいんでどいてもらえると助かるんですが」

(なんでこんな上から発言なんだこいつ...)

 

「ふふっ...あっはは!さっきの発言といい、このカチューシャ様に対してそんな生意気な態度とる奴初めてよ。それに言っとくけど、私はあんたにわざわざ会いに来たのよ。そのカチューシャ様を差し置いて学校なんて...私に恥をかかせるつもり? こっち優先に決まってるでしょ!?」

 

「はあ...わかりました。...あの、もう1限始まっちゃうんで、何かあるなら手短にお願いしたいんですが...」

 

「ふふっ...あっはははは!あんた本当に面白いわね!....そうね、気に入ったわ。あんた私の限定ファンクラブに入りなさい! 私が許可するわ! ノンナ! この子猫ちゃんに会員証を!」

 

「だから、興味ないですって...ファンでもないですし...」

(ん? このカード...どっかで見たような...)

 

「はあ!?私がここまでしてあげてるのに拒否するとかどんな神経してるわけ!? いいから受け取りなさいよ!」

 

「だからいらないですって!」ポスッ

 

「こ、こいつ!ムカつくわねほんとっ!! いいわもう!ポッケに無理矢理にでも...ってあら?これは...私の会員証?」

 

「はあ...興味ないって言ってるのに持ってるわけないじゃないです....ん?」

 

ーーー出発前

 

『お、おい、もうわかったからそろそろでないと!』

 

『えー!まだ語り足りないのに...あっ!じゃあ帰りにファンクラブショップでも寄ってってよ!僕の会員証貸してあげるからさ!』

 

『だから興味ないって...金もないし』

 

『大丈夫! これがあれば全品半額くらいで買えるんだから! 物は試しさ!ほらっ!入れとくからね!』

 

『ちょ! ポッケに勝手に入れんな!あーもういいや! 行ってきます!』

 

ーーーー

 

(やばい...ということはあれは....)

 

彼女が拾ったのは無理やり渡そうとした新しい会員証とは別の物。すでに『カチューシャファンクラブ 会員証 河野』と書かれた既存の会員カードだった。状況を理解した彼女は先ほどまでとは打って変わって大層ご機嫌になった。

 

「へえ、なるほどねぇ...。私に興味がない....ねぇ...じゃあこれは何かしらねぇ」

 

「ちがっ! それは弟ので!たまたま今日ポケットに押し込まれて!」

 

「河野殿..その言い訳は流石に無理が...」

 

「本当なんだって!そうとしか言いようが」

 

「ふふっ、はいはい、わかってるわ。ムカつく男だと思ったけど、照れ隠しだったのね。案外かわいいところもあるじゃない。...私本気で気に入っちゃたかも」

 

「カチューシャ様、そろそろお時間です。車の準備はできてますので...」

 

「あら、もうそんな時間なのね。じゃあ、はい、これあんたの会員証。裏に私の連絡先書いといたから、いつでも連絡してきなさい。こんなことするのあんたが初めてなんだから、光栄に思いなさいよ」

 

「あの!だから誤解ですって! これはたまたまポッケに入ってただけで!」

 

「はいはい、もういいわよ、それは。今度会うときはもっと素直になあんたに期待してるわ」

 

「ちょまっ...まだあんたは誤解を!」

 

「じゃーねーピロシキー♫」

 

「あ...最悪だ...終わった...」

 

高級車に乗って走り去ったK様もといカチューシャファンクラブ会員証を握りしめたまま、跪く俺。

 

その後、その様子を見た生徒から『本人の前では性格が変わってしまうほどの熱狂的なK様のファン』という噂が大学中に広がり、『共通の話題作りができるかも』と、他の女子生徒の大半がK様ファンクラブに加入するほどの騒ぎとなるのだった。




初の他校生。
大洗の生徒をどこまで出すか悩み中

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第7話 飲み会

今回は後半の書き方ガラッと変えてみました。
みほって苦労人のイメージ


「見てよ! 河野さん! これK様のストラップ!2つ買ったから良かったらどう?」

 

「あ、どうも、でも俺は別にK様は...」

 

「ねえねえ! ほら! K様と同じ髪型にしてみたけどどうかな? こういうのがタイプなんでしょ?」

 

「え、いや別に...」

 

「河野さーん! 良かったら今度K様がでるドラマの撮影会に...」

 

-----

食堂

 

「はぁ..なんだろうこの疲労感....」

 

あの事件以降、すっかり『K様ファン』という噂は広がってしまい、大学は今作り出されたK様ブームでてんやわんやの状態だった

 

「河野殿の影響はすごいですね。今やこの大学で入っていない方が少数派になりかけてますよ」

 

「まあ大体は河野さんと話題が合うだとか、口実ができるとかいった下衆な輩ばかりだがな。...全く、恥を知れ」

 

「一番最初にFC加入した麻子がいっても説得力皆無だけどね」

 

「大学の公式グッズにもK様の商品入ったらしいし...あー!すごいよ!プラウダとの合同オープンキャンパスの計画もたってるって!」

 

「もう誤解だなんて言える雰囲気じゃないですよ....」

 

「申し訳ないであります...あそこで私が否定していれば...まさか本当に弟殿のものだったとはつゆ知らず」

 

「まあ..タイミングが悪かったとしか...言えまへんね...まあ、少しふれば...噂も自然と無くなるでひょう」モグモグ

(クッソ、こいつ...他人事だからって幸せそうに飯くいやがって...)

 

「うーん...じゃあ少し気晴らししない?」

 

「気晴らし...ですか。そうですね、いつまでも悩んでても解決することじゃないですし」

 

「で、言い出しっぺは何かいい案でもあるんだろうな」

 

「ふふーん! これだよ!これ!」

 

沙織さんがバックから取り出したのは一枚のチラシ。どうやら最近この近くに新しく居酒屋ができたようだ。

 

「大学生といえば、飲み会!親睦を深めつつ!お酒で時間を忘れようよ!」※この世界は18から飲酒できる世界線です(後付け)

 

「いいでありますね! 私実は飲めるようになってから一回も飲んだことないんですよね!」

 

「居酒屋のお料理は大層美味と聞いておりますし...行きましょう!」

 

「私も好きだから別に構わんが......河野さんはどうする? 」

 

「うーん...自分も飲んだことないし....ちょっと怖いかも」

 

「まあ、心配しなくても、みんな酒に関しては同じくらいのレベルだ。無理に飲ませる気もないし、親睦を深める食事会だと思ってみてはどうだ」

 

「食事会....そうですね...じゃあいって...見ようかな」

 

「やったね!! 決まりだ! じゃあ席空いてるか確認するねー!」

(ナイスまこ!ファインプレー!)

 

「いやあ、楽しみであります!是非親睦を深め合いましょう!」

 

「あ、あはは...お手柔らかに...」

 

こうして、大学入って初の飲み会が開催されることとなった。

 

ーーーー(ここから別視点)

 

「はあ...また戦車道の練習長引いちゃった。もうこんな時間だよ...」

 

付けていた時計を確認すると丁度20時を回ったタイミングだった。高校3年の秋頃から私は戦車道連盟に声をかけられ、早くも推薦で大洗大学に通っていた。推薦が決まった後からは、練習以外の勉学等は一切免除され、その分空いた時間は大学へ足を運ぶ生活となり高校にはほとんど顔を出さなくなっていった。やりたいことを好きなだけしているこの生活が充実しているのは間違いないが、それと引き換えに疎遠になってしまった友人も多くいる。

 

「...みんな怒ってないといいな。久しぶりに会うのに大遅刻だし..」

 

時を遡ること1時間ほど前だろうか、練習の合間に電話が来た。それは高校の頃からの友人からだった。「久々に会いたい、紹介したい人が居る」と唐突に連絡がきたのだが、もうだいぶ出来上がっている様子のその人はどうやら大学の近くに居酒屋にいるようだった。

 

『行けたら行くね、練習長引いちゃうかもだから。私のことは気にしないで』

 

曖昧な返事。本当は這ってでも行きたい、かけがえのない友人たちからの久々の誘いだ。だが、それ以上に疎遠になった友人たちがキラキラしているのを見ると自分の進んだ道に揺らぎが生じそうで、怖いと言う感情が押し寄せ、私の返答を重くした。

結論として練習しながら私が出した答えは「途中から参加して、様子を見る」と言うなんとも情けない答えだった。

 

「ついた。...あ、連絡連絡。LINEを部活仲間以外に送るのも久々だな...」ピコン

 

だが、既読はつかない。まあのみの場だ。話に花を咲かせているのかもしれない。ため息をつきながら店に入り、周りを見渡していると大声で呼び止められた。

 

「おーい!みぽりぃぃん! 久しぶりぃ!」

 

「わ、わあ! 沙織さん!久しぶりって...大丈夫!?」

 

上気した顔の友人は私を見て近づいてくると、間髪入れずに抱きついてきた。ずっしりと重たくのしかかる彼女はほとんどフラフラ状態だった。

 

「おい、沙織、お前酔いすぎだぞ...。すまんな西住さん、こいつ見栄はってガンガン飲んじゃってな。もうダメそうだから今からタクシーに乗せるところだ....。きたばかりで申し訳ないがこいつ送るから私とこいつは帰らせてもらう」

 

「あ、うん...気にしないで。遅れちゃったのは私だし」

 

「すまんな」と小声で言うと沙織をおぶってタクシーに乗り込んだ。まあ、しょうがない、せっかく来たんだし、残っている友人と話そう。そう思い麻子さんに席を尋ねると、先ほどよりもさらに申し訳なさそうに口を開いた。

 

「あー...席はその、奥の個室なんだが...。一緒に来てた五十鈴さんは急な用事で、秋山さんは沙織よりもさらに早く潰れてしまってな。今部屋には河野さんって子しかいないんだ」

 

「河野さん...? あー沙織さんがいってた紹介したい人?」

 

「そうだ。だが状況が状況だしな..もうこのまま解散の方が...いやしかし来てもらって早々申し訳ないし...」

 

「全然大丈夫だよ!その子一人なんでしょ、挨拶がてらちょっとお話しして帰るから気にしないで!」

 

「そ、そうか...流石だな西住さんは。...ありがとう。じゃあすまんが行かせてもらう。...またいつか飲もうな」

 

走り出したタクシーを見送って、ふっとため息をつく。

 

「『またいつか』か...そうだよね。次いつ会えるかわからないしね」

 

高校の頃の『また明日』から『またいつか』に変わった彼女の最後の言葉はやけに遠く感じ、一人になった自分を余計に寂しくさせた。それを紛らわすように店内に入り、先ほど教えてもらった席の襖を開ける。中を覗くとビクッと驚いた男の子がこちらを見ていた。

 

「え、えっと...あなたが河野さん?」

 

「は、はい! よろしくお願いします!西住さんですよね!」

 

「え...あ、うん!よ、よろしくね...」

 

予想外、まさかの男の子。大学に一人だけ男子が入ったと聞いていたが、まさかその一人じゃないだろうとタカをくくっていたのだが....。絶句して立ち尽くしていた私を見て悟ったのか、男の子が話を始めた。

 

「驚きますよね...戦車道の名門大学に男なんて...」

 

「...ううん! 違う違う! 単に沙織さんが会いたがっているって言うからてっきり女の子がと思って!」

 

必死に否定して、急いで対面に座る。うん、何回見てもやっぱり男の子だ。

 

「あ、ああ...。なるほど、そうですよね。男なんて僕一人ですし」

 

「あーいやえっと...そうじゃなくてね...あんまり私自身男の子と交友なくてその...」

 

「あ、そうなんですね、実は俺も女の子とはほとんど...あはは」

 

「えっと...ご出身は...?」

 

気まずい。あまり仲良くない人と電車乗り合わせた時のようなギクシャクした会話。そんな当たり障りのない話題がいつまでも続くわけもなくしばらくして料理を頼み始めた。それと一緒にカクテルのお酒を頼んでいたので私も、と同じのを頼んだ。だが不思議と彼からは目を離せなかった。

 

「...お酒強いんだね。みんな酔ってるのに一人だけピンピンしてるみたいだし」

 

「い、いや実は、自分まだ飲んでなくて...。沙織さんや優花里さんが張り切って飲みまくっちゃったみたいで...介抱したら飲むタイミング失っちゃったんですよね...あはは」

 

「あー、だから嵐がさった後にちょっと飲んでみようって感じか」

 

「ま、まあそんなところです....ご迷惑はおかけしません!...多分」

 

なるほど、みんなが酔いつぶれたのはこの子が原因かも。そりゃ目の前にこんな子いたら張り切りたくもなるかもね。でもこの子に飲ませないあたりやっぱりみんな優しいな。

 

「ん...ぷはあ! こ、これがお酒ですか!へんな味ですけど...嫌いじゃないかも...」

 

「え、もしかしてお酒初めて?」

 

「おはずかしながらそうですね...今日も本当は飲まないつもりだったのですが、あまりに皆さん美味しそうに飲まれていて....。特に華さん!日本酒をぐいっとやっていてかっこよかったなあ...」

 

「...へえ。まあ確かにかっこいいね...すみません!私も日本酒ください!」

 

嬉しそうに華さんについて話す河野さんを見て、なぜかちょっともやっとした。あまり勝負事は好きじゃないがなぜかこの時は強い対抗意識を燃やし、背伸びして飲んだこともないお酒に手を出した。なるほど、これは確かに潰れるな。この子意外と小悪魔かもしれない。

 

「に、西住さんも飲まれるんですね、流石」

 

「ま、まあね、ちょっと飲んでみる?」

 

お酒の力を借りて少しずつ打ち解けた私たちは結局、お店の閉店時間までたわいも無い会話を続けた。元々お酒に強かった私はなんともなかったのだが、河野さんは弱かったようで、帰り道はフラフラだった。「帰れます、西住さんに迷惑かけたく無いです」と懇願されたが、こんな状態の男の子を見捨てて帰れないと、無理やり肩を貸し、家まで送ることにした。だが、その途中、事件は起きた。

 

「いたいた..よお、西住流。男連れて歩いてるなんて随分浮かれてんねぇ」

 

「おたのしみ中のとこ悪いけどさぁ、あんた強いんだって? お相手してよぉ」

 

はぁ...またか。ピアスをつけた金髪の女性の3人組がこちらに近づいてきた。

 

大洗高校が優勝した後、西住みほの名は瞬く間に全国を駆け回った。『軍神』『最強の後継者』『真西住流』などなど。私が金になると思ったメディアの誇張や、誤解を呼ぶような二つ名が流布したことで『西住みほは喧嘩に強い』という謎のデマがここ数ヶ月流れているようだった。もちろん、喧嘩は強く無い上、勝負事も嫌いな私なのでそのような輩に会うたびに逃げるように退散していたのだが....。今は彼がいる。

 

(うーんどうやってこの場を切り抜けよう...とりあえず河野さんだけでも先に...)

 

思考を巡らせていると肩に乗った重みがふっと消えた。

 

「や、やめろ! チンピラども!! みほさんに手を出すな!!」

 

ガクガクと震える足を必死に抑えながら私の前に立っていたのは河野さんだった。一瞬唖然とした表情した女たちだったが、すぐに全員がゲラゲラと笑い出した。

 

「あっはは!なんだこの男!しっし、女3人に勝てるわけないだろ、すっこんでな。お前には興味ないんだよ」

 

「ちょ、ちょっと!河野さん!? 何してるの!?」

 

「もうこれ以上迷惑かけられません」

 

「迷惑って...あなたじゃ無理だよ! 私のことは気にしないで、ね?」

 

必死に勇気を出してくれている相手をここまで真っ向から否定するのは辛いが、これも彼のためだ。だいぶ酔いも冷めてきてるみたいだし、とりあえずは逃げてもらって...

 

「嫌です、友達を...仲間を見捨てることなんてできません!」

 

会ってから初めての否定の言葉。だがなぜかその瞬間、黒森峰にいた頃の自分が重なった。

その言葉に呆然としている私を置いて、勇敢にタックルした彼の頭はチンピラの一人の腹に思い切り当たった。

 

「ってえな! 男だからって容赦しねえぞ!?」

 

少しは効いたようだがやはり男の非力さではどうしようもなかったようで、即座にカウンターをくらいうずくまる彼。だが、すぐに起き上がり必死に足にまとわりつく。『仲間を見捨てられない』その言葉が頭で反復する。

 

(そうか...この子から目が離せない理由って...)

 

ーーーー(別視点)

 

いつしか失神していた俺が目を覚ますと、横たわる3人のチンピラを尻目に誰かに膝枕をされていた。愛おしそうに俺を眺めていた彼女の目からは涙の粒がポタポタ流れ、自分の顔に垂れていた。

 

「よかった...本当に良かった...」

 

消え入りそうな声で自分を包む。それが誰なのか、全く状況もつかめないまままた俺は深い眠りにつくのだった。




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第8話 姉との再会

「んっ...あれ...ここは...」

 

俺は目を覚ますと、知らない場所の知らない布団で眠っていた。寝ぼけ眼をこすってしばらくして、ハッと我に返って起き上がる。キョロキョロと周りを見渡すとどうやらここは大きな和室のようだった。

 

「えーっと...昨日はみんなとお酒飲んで、後から西住さんがきて...うっ」

 

やけに鈍い頭痛、そして体験したことのないような気持ち悪さが全身を覆った。どうやら昨日は初めてのくせに相当飲んでしまったようだ。そうか、これが二日酔いというやつか...。しかし...ここはどこだ。だめだ、頭が回らない。

 

「あ、起きたんだ。おはよう」

 

襖がすっと開かれて入ってきたのは西住さんだった。膝をつき自分と目線を合わせるとそのままぎゅっと自分の手を握った。

 

「昨日はありがとね。...私本当に嬉しかったよ。怪我は痛まない?」

 

「き、昨日? すみません、自分何かしました?...全然何も覚えてなくて」

 

「ええ!? 覚えてないの!? 君、めちゃくちゃボコボコにされてたよ!?」

 

「....ボコボコにされてたんですか!?」

 

こめかみに人差し指を押し込み、考え込む。思い出せ、思い出すんだ...。昨日自分は何をしたんだ...。

 

「そう! ボロボロになりながら!もうすごかったんだから!」

 

こう、お腹の辺りをボンって蹴られてね!とジェスチャーを交えつつ嬉々として詳細を説明する西住さんに少し恐怖を覚えた。だが彼女のいうことは事実のようで、確かに自分の体は包帯やら絆創膏やらでひどい状態だった。なるほど、彼女の話で大体昨日の出来事はわかった。

 

「...あの、でもそれって話を聞く限り俺は何も..ただ虚勢を張って負けただけですよ」

 

「私はそれが嬉しかった。その”虚勢”がどれだけ人を勇気づけられるか...思い出せたんだから」

 

『何かあったのか』そんな疑問がふっと浮かんだが、もう一度強く手を握った彼女の目は、何か迷いを捨て去ったような、そんな凛とした目をしていて、聞くのは野暮な気がしてそっと心にしまった。

 

「入るぞ。みほ、朝食ができている。そろそろ食べないと遅刻するぞ。客人の具合はどうだ」

 

「あ、お姉ちゃん、ごめんね、朝ごはん手伝えなくて。行こう河野さん...ん?どうしたのお姉ちゃんのこと見つめて...」

 

間違いない。電車で助けてもらった女性だ。でも、どう声をかけよう...相手が覚えていなかったら...。そんなことをぐるぐると考えている間の沈黙に耐えかねたのか、西住さんが話し始めた。

 

「ど、どうしたの二人とも...知り合いなの?」

 

「え...ま、まあ名前もわからない程度だが一度あったことは覚えている。...だが」

 

「あの時はありがとうございました。一度お礼したいと思ってて...まさかこんなところで」

 

「お礼...? 私に...?」

 

そういうと彼女は人差し指でこめかみをぐっと押し、すまん... ちょっと待て...。とつぶやきながら考え込んでいた。あれ、このパターンは...

 

「すまん、あったことは微かに覚えているのだが...なんかその...すまん」

 

バツが悪そうに私を見つめる彼女。どうやらこの人とは似た者同士らしかった。

 

-----

 

食卓に連れられ、部屋に入ると朝ごはんとは思えないような豪華な和食がずらりと並んでいた。話だと西住さん自身、実家に帰ることが珍しいらしく、事情はわからないが、ご両親は不在とのことで姉が朝から張り切ってしまったらしい。

 

「本当、作りすぎだよね、お姉ちゃん。こんなに食べ切れないよ、ふふっ」

 

言葉とは裏腹にそう言って笑っていた彼女は心の底から嬉しそうだった。

 

「「ご馳走様でした」」

 

「ん、お粗末様でした。みほは準備しなさい。後片付けはいいから」

 

「で、でも... 悪いよ。泊めてもらった上に朝食も作ってくれたのに...」

 

「気にするな、ここはお前実家だ。たまには姉らしいことをさせてくれ。...高校ではあまり構ってやれなかったからな」

 

「お姉ちゃん...」

 

「それに、今日は久々の休みでな!何かしてないと落ち着かないんだ。...だから気にするな」

 

「...うん、わかった。ありがとうお姉ちゃん」

 

「あ、ちょっと待て」

 

「ん?どうしたの?」

 

「おかえり、みほ。またいつでも連絡してこい」

 

「うん....ただいま!...じゃあ準備してくる!」

 

嬉しそうに洗面所に走っていくみほさんの姿と入れ替わるように、自分は無意識に洗い場に立っていた。

 

「あ、あの! 俺も手伝います! せめて自分の分だけでも!」

 

「なっ、何を言っている。君は客人だろ。いいから君も準備しなさい、学校はないのか?」

 

「手伝います! 俺も今日何もないんで!! 何かしてないと落ち着かないので!!」

 

事情を知っているわけでもない、この人のこともよく知らないが、なぜかその時は彼女の役に立ちたいと思った。

 

間髪入れずに、強引に皿を洗い始める。西住のお姉さんも自分と同じ言い訳をされてしまい、返す言葉がないのか「じゃあ、皿洗いだけだぞ...」となし崩し的に許可してくれた。

テーブルの食器類は全て洗い場に移動され、洗い場で二人、並ぶ形で後片付けをしていた。しばらくは無言で洗い続けていて彼女だったが、ポツリと自分に話を振り始めた。

 

「昨日の件は感謝する。妹のことを救ってくれてありがとう」

 

「へ? いやいや! だから自分何もしてないですって!...あんまり覚えてないけどボコボコにされてただけですし...百歩譲ってみほさんの引き立て役ができたくらいですよほんと!」

 

「...いや、君は救った。確かに妹をな...私にはできなかった」

 

「....妹さんと何かあったんですか?」

 

食器を洗う手が少し止まり、悲しそうに俯く。できなかったという言葉をポツリと呟いた彼女は、またしばらく無言にな離、食器を洗い直し始めたが、またしばらくして一呼吸を置いた。

 

「...西住家の身の上話になる。湿っぽくなってしまうかもしれないが...聞いてくれるか」

 

ははっと慣れていないのか、ぎこちなく笑った彼女はゆっくりと語り出した。




みほさんは背景がアレなので、話も重くなってしまう...

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第9話 託された想い

「さて...どこから話そうか...。昨日の飲み会ではみほから戦車道に関して何か聞いたか?」

 

「戦車道に関してですか?...うーん、高校からやってた... とか大学のチームに所属している...くらいは聞いた気がします。あ、後、お姉さんもそうですが西住流っていう戦車道の家系だとか...くらいですかね」

 

「そうか...。実はな、みほはああ見えて高校時代は戦車道全国大会で優勝しているんだ。その影響で大学の選抜チームからの推薦が来てな。大学のチームに現在は所属しているんだ」

 

「そ、そうだったんですか!? すごいじゃないですか!?...あれ、でも『みほは』ってことは...お姉さんは違う高校だったんですね?」

 

「ああ、初めは同じだったのだが...色々あってな。妹は大洗女子高校という戦車道には無縁の高校に転校したんだが...」

 

そこから聞いた話はまるで絵に書いたような夢物語だった。転校した高校で素人の集団を集めて戦車道大会に挑んだこと。優勝することで廃校を防ごうとしていたこと、そして転校の原因になった戦車道を自分の形で昇華し、自身の西住流でお姉さんを打ち負かし優勝したこと...。

どれもにわかには信じがたいほど出来すぎた話だった。

 

「そ、そんなすごい人だったんですね...。全然知りませんでした」

 

「ああ、確かにみほは強い。素人集団の中での奇抜な作戦、的確な指示。大会を見ているものを皆熱狂の渦に飲み込むほどだった。周りの戦車道関連者もこぞってみほに注目し、大学での活躍を期待されていた。...だが、みほは大学チームに所属してから半年間、全くと言っていいほど戦績を上げることができなかった」

 

「そんな...それは周りからのプレッシャーに耐えられなかった...とかですか...?」

 

「...もちろんそれもあるかもしれない。大学のチームでみほは所属後いきなり分隊長を任せられていたからな。きっとチームメイトも高校の活躍を見て期待をしていたのは間違いない。しかしそれ以上にみほには根本的な問題があった」

 

「根本的な問題...」

 

「チームに所属してから約半年後、入学式からちょうど1ヶ月ほど前だったか。みほから電話が来てな。『戦車道を続けている理由が見つからない』...そんなことを私に相談してきた。思うような成績をあげられないのもそうだが、どうして自分は高校の仲間との生活を捨ててまで、戦車道に打ち込んでいるのか...とな。...君はどうしてだと思う?」

 

みほさんが、大学で活躍できない原因...。高校との違いは...。

唐突に投げかけらた質問に戸惑いつつも、頭の中でもし自分だったらと考えた。そうしているうちに自然と口から言葉が漏れた。

 

「...目的がないから...でしょうか。先ほどまでの話を聞いている限り、みほさんは他人に対して強い思いやりを持てる人間です。黒森峰の事件、高校での優勝も『仲間のため』という目的が常にみほさんを突き動かしていた気がします。...しかし大学ではそれがない...。だからみほさんの本来の力を出せていないのでは...」

 

夢中で話し終わった後、ふと我に帰って、お姉さんを見つめる。「ほう... 」と小さく感嘆をもらしたお姉さんの目は驚いたように目を丸くしていた。

 

「す、すみません、ペラペラと..。間違ってましたかね..」

 

「...い、いやすまない。驚いただけだ。...なるほど、みほが気にいるわけだ。大した考察力だ」

 

「あ、ありがとうございます...え、えっと...でもわかりません...それと自分の昨日の行動と何の関係が..?」

 

「...昨日みほが何度も話していたよ『今日、河野さんという人のおかげで戦車道を続ける理由を思い出した』とな。

 

「思い出した... ?」

 

「君が必死に自分を守っている姿を見て、高校時代を思い出したんだろう。みほは過去に友達を守ったように、大学の同じチームメイトを守りたい。そのためにもっと強くなりたい。そう言っていた。...守る仲間は過去の友達だけじゃない、そう思うきっかけを君が作ったんだ...だから、これからもみほを支えてやってくれ。...あの子昔っから危なっかしくてな」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

 

ぎゅっと自分の両手を握ったお姉さんは、先ほどの話始めのぎこちない笑顔とは違い、自然な笑みをこぼしながら自分をじっと見つめていた。手から伝わる温もりにはとても暖かく、そして心からの感謝の気持ちが伝わるようで、自分も自然と言葉が漏れた。

 

「お姉ちゃん!何してるの!?」

 

静寂を破ったのは身支度が終わったであろう、みほさんだった。

その姿を見て気恥ずかしそうにぱっと手を離したお姉さんは少し焦ったような早口で話し始めた。

 

「ちょっと皿洗いを手伝ってもらっていてな...手が染みるというから少しあっためていたんだ...べ、別に他意はないぞ!?」

 

「ふーん...そうなんだ... 」

 

(いやそれ無理ありすぎるでしょ、逆に怪しいよ!浮気の言い訳かよ!)

 

(すまん..とっさにこれしか浮かばなかった)

 

(心の声にナチュラルに入ってこないでくださいよ!)

 

明らかに不信感をつのらせている様子のみほさんだったが、何事もなかったかのように自分に話を始めた。

 

「そうだ、河野さん。戦車道興味あるんだよね!」

 

「え、ええ。ありますが...どうしまし...」

 

「じゃあ、今日暇なら私の試合見にきてよ!会場まで案内するから!さ、いこ!」

 

「い、今からですか!? まだ6時半じゃ...」

 

「練習風景から見て欲しいの! 意外と面白いから!ね!」

 

先ほどの光景の再現のようにぎゅっと自分の手を握ったみほさんは、そのまま自分を引っ張るように玄関まで連れていった。

 

「じゃあ、いってきます! お姉ちゃん!...私負けないから、戦車道も...恋もね!」

 

「ふふっ...いってらっしゃい...安齋によろしく頼むぞ」

 

ーーーー

 

「ふっ...やれやれ、西住流も安泰だな...。しかし河野...か。不思議な魅力を持った男だ」

 

あの時にぎった手の温もりがまだわずかに残っている。

 

無意識に鼓動が昂っている。西住まほは河野に対する新しい感情が芽生え始めていた。

 

----------

 

???「えっと...今日の練習試合は大洗大学とか...会場はええと...」

 

「...ここから大学までは歩いて15分くらいなんだ! 着いたら寒いだろうから部室に案内するね!」

 

「いやいや! 悪いですよ!部外者ですし...」

 

「いーよいーよ! 河野さんには特等席用意してあげるね!」

 

???「ちっ...カップルが朝からイチャイチャして...。朝玄関から一緒に登校とか少女漫画かっての...ってお前っ! か、河野か!?」

 

思わず大声を出してしまい、驚いて二人が振り向く。

 

「...もしかして...ちーちゃん?」

 

安齋千代美は中学の幼馴染と再会を果たすのであった




バンバン他校出していくスタイル。


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第10話 幼馴染 (過去編)

アンチョビの過去編です。前編後編で分けました。


あいつに初めてあったのは私が当時中学2年生の頃。当時、親の転勤で引っ越してきた家のお隣さん、それが河野だった。

当時の私は眼鏡をかけており、全く人とは関わりを持たない人種だった

...というかそうなってしまったの方が正しいかもしれない。

親が転勤族ということもあり、幼稚園から今まですでに4回は転園、転校を繰り返している。

 

もちろん1回目や2回目の時こそ、転校した先でも友達を作ろうと奔走していた。

 

だが、どーせすぐに離れ離れになってしまう、そのことがだんだんと嫌になり、その後の転校先では周りと関わるのをやめた。

その頃からだろうか、私は本の世界に没頭するようになった。

 

学校に行くまでの通学路も、学校のお昼休みも、そして帰りも...。

私は片時も本を手放すことがなくなった。

当時の私にとって、本だけが唯一絶対に離れない友達だったのだ。

 

そんないつもどおりで5回目の転校初日、私は本を読みながら学校に向かっていた。

 

その日の私は朝から最悪の気分だった。

 

(ちっ...なんだよこれ、SFかと思って買ったのにただの恋愛小説じゃないか。表紙に騙されたな...)

 

ただでさえ憂鬱な転校初日。

気を紛らわせようと買った本は私が最も苦手とする恋愛小説だった。

 

(くっそ...キャッチコピーでミステリーだと思って買ったのに...詐欺だろこれ...まぁでもこれしか持ってきてないしなぁ...)

 

「ねえ、何読んでるの?」ヒョコッ

 

「っ...!? 」バサッ

 

突然現れた男の顔。ただでさえ人見知りの激しい私は思わず驚いて持っていた本を落とす。

申し訳なさそうに少し笑ったそいつは私の本を拾い上げ、表紙をマジマジと見つめて嬉しそうに私に話しかける。

 

「これ!乙女の戦車道シリーズだよね!面白いよね!...あ、ごめん! 勝手に見ちゃって」

 

「...別にいいですけど...。というかあなた誰ですか? 私あなたのこと全然知らないんですけど...」

 

「あー!ごめんごめん!自己紹介まだだったね! 俺隣に引っ越してきた河野っていうんだ!よろしく!...君の名前は?」

 

(あー...母親がなんか言ってたな...先日挨拶してきたお隣さんが同い年だとか何とか...こんな奴だったのか...)

 

「...安齋千代美。...中学2年。これでいい? じゃあ私行くから」

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

スッとそいつを通り去って、すぐに本を開き直して歩き出す。

このジャンルの本読むのは苦手だが、こいつの相手をするよりかは何千倍にも楽に感じた。

だが、本を読んで歩いている私の横にくっついて、河野はお構いなしに私に話しかけてきた。

 

(しつこいなこいつ...まあいいや、適当にあしらっていればそのうち興味もなくなるだろう...)

 

だが私のその予測とは裏腹に、次の日も、また次の日も、河野は私に話しかけてきた。

 

「本は結構読むのー?」

 

「....人並みには」

 

「俺こう見えて俺も結構読むの好きでさー」

 

「....そう」

 

適当に塩対応をしながらでも本を読めるくらい慣れてきた頃、河野の口から少し気になる話題が飛んできた。

 

「俺本好きになったきっかけが引っ越しなんだよね。母親が転勤ばっかで移動中退屈だったから暇つぶし程度に読み始めたら面白くてさー」

 

読んでいた本のページをめくる手が一瞬止まる。

(この男も転勤族だったのか...となると自分と同じ境遇なんだよな...じゃあどうしてこんなに積極的に...)

 

「だから何でもいいからさ、何かお勧めの本があれば教えてよ! ジャンルは幅広く読んでたから何でも...」

 

「...ヘミングウェイの森」

 

「...えっ!?」

 

「ヘミングウェイの森って小説。お勧め教えてっていたじゃん...そんな驚かないでよ」

 

普段ほぼ喋りっぱなしの彼だったが、この時ばかりは口をぽかんとあけ固まっていた。だがしばらくして嬉しそうに笑うと、またいつもの調子に戻っていった。

 

「いや!ごめんごめん!なんか具体的に返答してくれたの初めてだったから嬉しくて! 読む読む! 絶対読む! ありがとう!」

 

ちょっとした好奇心だった。

自分と同じ状況でどうしてここまで仲良くなろうとするのか、気になった。そんな些細なきっかけから本仲間として少しずつ心を開いていった。

 

「...いやあ、よかったねあれ。主人公がまさか最後に犯人になるなんて」

 

「だろ、大どんでん返しって感じで最後まで飽きが来ない。いい作品だよな」

 

「ね! 推理ものはあんまり読んでなかったから新鮮だった!」

 

「...あ、そうだ。この前私が薦めた本読んだか?SFのやつ。私的のはあっちの感想の方が気になるんだけど...」

 

「あー!読んだよ! 結構難しかったけど面白かった! 特によかったのはねー...」

 

お勧めの本を教えるとはすぐにしっかりと読み、感想を伝えてくれる河野。そんな不思議な朝の時間は、だんだんと私にとっては待ち遠しい時間になっていった。

そしてそれと同時に「河野」という存在も私の中では大きくなっていった。そのうち朝だけでは物足りず、時間が合えば帰りにも合流するくらい仲良くなり、好きな趣味を語り合った。

 

「...なあ、河野のお勧めも教えてくれよ。私ばっかりじゃ不公平だろ」

 

あるいつもの朝の時間。私が不意にそんなことを口に出した。

 

「あー...でもいいの?俺のお勧めだと恋愛小説になっちゃうし...ちーちゃんそれ系苦手でしょ」

 

「いいよ、読書家としてたくさんのジャンルを読めるようになりたいしな。...まあでも、初心者なのは変わりない。読みやすいやつで頼むよ」

 

「読みやすいやつかー...うーん...あ、そうだ!なら、土曜日うちくる? 結構な数の恋愛小説あるからさ、貸してあげるよ」

 

「おー! いいねえ。そうだな実際に手に取ってみれた方が選びやすいしな」

 

「決まりね! また連絡するから!」

 

ーーー土曜日

 

「いらっしゃーい。まあゆっくりしていってよ。うちに人呼ぶのなんて何年ぶりかなあ」

 

玄関が開かれ入った家は段ボールが積まれっぱなしになっており、必要な家具や電化製品以外はまだ締まったままの様子だった。

我が家も似たような状況なので妙に親近感が湧く。

 

「あー、段ボールとかは気にしないで。めんどくさいからそのままにしてるだけだから」

 

「わかるわかる!私も転勤族だからさ、いつ引っ越すかもわからないしな。いやぁやっばあるあるなんだなぁ...」

 

「あ、ちーちゃんもそうだったんだ...。...まあいいや、さ!上がって上がって! 俺の部屋は2階の角ね。ジュースとか持ってくるから先行ってて」

 

「お、おう。ありがとね」

 

転勤族...という言葉を聞いて一瞬河野の顔が強張る。

初めて見せたその悲しい表情に動揺したが、聞いていいものかもわからなかったのでとりあえず黙って部屋に向かうことにした。

 

「ここか...お邪魔しまーす」

 

河野の部屋は他の部屋同様、ダンボールが積まれており、こざっぱりとしていたが、目を見張るような本棚にはびっしりと恋愛小説が詰め込まれていた。

 

「おいおい...予想以上だなこれは...。あっ...ヘミングウェイの森だ...ふふっ」

 

恋愛小説棚の下の方には私が薦めた本が丁寧に入れられていた。疑ってはいなかったがこうやって本当に読んでくれているとわかると何だか無性に嬉しくなった。

こんなの薦めたなぁ...と感傷に浸りながら眺めていると、ふとある本棚の横に飾られれている赤い宝石がついたおもちゃのブレスレットが目に止まった。ボロボロで何度も接着した後があり、相当大事にしているみたいだった。

 

「何だー?これ。ずいぶん汚れているようだな...」ガチャ

 

「ごめんごめん!お待たせ!...あっそれ...」

 

「あっすまん!勝手に触るつもりはなかったんだが...つい...」

 

「いやいいよ。そんなにボロボロだと目に留まるもんね」

 

「....なあ、嫌なら答えなくてもいいんだが、これはなんだ? ずいぶん大事にしてるみたいだが...」

 

「それは前の学校の友達にもらったプレゼントだよ。...小学5年生くらいかな。結構仲良くなった子が初めて俺にくれたやつだから忘れられなくって...今でもたまに身につけてるよ」

 

「前の学校か...。そういえ河野はこれからも転校の可能性はあるんだよな?」

 

「まあねー。むしろ今回は長いくらいだよ。ここにきてからもう1年半以上は引っ越してないしね。もしかしたら明日急に転勤になるかもしれないしね。神のみぞ知るっていや、親のみぞしるって感じかな...ははっ」

 

「.....」

 

忘れていた。こうなるのが嫌で私は人を遠ざけていたのに...。

相手も転勤族なら尚更こうなることはわかっていたのに。

不意に思い出した残酷な真実に私は思わず声が出る。

 

「あ...ちーちゃん?ごめんつまらなかった?あ、じゃあおすすめを..」

 

「じゃあどうして...」

 

ん?と私を見つめる河野。こいつがいなくなるかもしれない。その悲しみは痛みになり胸を締め付け、その痛みは言葉に変わった。

 

「どうして離れるってわかってて...私と仲良くなろうと思ったの...?」

 

全ての始まりだった疑問は今、終わりに向かう2人の関係に再び現れたのだった。

 

つづく




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第11話 別れ(過去編)

過去編終了。次回からまたほのぼのに戻ります。(多分)


「どうして離れるってわかってて...私と仲良くなろうと思ったの...?」

 

「あっはは! どーしたんだよ急に!そんなしおらしいなんてちーちゃんらしく...」

 

最初こそおどけて半笑いだった河野だったが、私の切迫した声にこの質問が冗談ではないことを悟ったらしく、持ってきたジュースのお盆をスッと置いて静かに謝った。

 

「....ごめん、ちーちゃんの言いたいことはわかるよ。別れるときの辛さは俺もよくわかってるから」

 

その時の河野の表情は今まで見たことがないくらい真剣で、真面目で、そして...心の底から悲しそうだった。

 

「余計にわからん。結末はわかってる、なのにどうしてお前はそこまで人と関わろうとするんだ?」

 

「『別涙喜会』って言葉知ってる?」

 

「べつるいきえ...? すまん聞いたことないな。四字熟語なんだろうが...どういう意味だ?」

 

「別れるときの涙は次に再会するときの喜びにつながる...って意味の言葉だよ。ちーちゃんがさ、俺に一番最初に話しかけたきっかけの本、覚えてる?」

 

「ああ、乙女の戦車道...だっけか。そういや好きって言ってたな」

 

「そうそう、実はさ、その小説好きになったのって作中に出てきたこの言葉がきっかけなんだよね。...各地を転々とする主人公が友と別れる際に必ずかける言葉なんだけど、何だか自分の境遇に似てる気がしてさ。今じゃすっかりこの作品の大ファンだよ」

 

「なるほどな...で、それに感化されて友達を作るようになったってわけか...」

 

「そう!だからね!俺は...」「くだらないな」

 

「え?」

 

「くだらないって言ってんだよ!適当な小説の造語なんかがきっかけで私と仲良くなろうと思ったのか!? ふざけんなよ、そんな綺麗事で私に話しかけたわけ!?」

 

河野に出会った日が、今まで遊んだ思い出がフラッシュバックする。

楽しかった分だけ、別れるときの反動は恐ろしい、わかっていたはずなのに。

 

「ちーちゃん」

 

「そんなおままごとみたいな茶番に私を巻き込まないでよ! そんなの私じゃなくたって....よかったじゃん!...お前なんかと...出会わなければこんな...」

 

言葉の意味はわかる。それがきっと人生において大切なことも。

 

きっと私は耐えられない。

 

こいつがいない世界が訪れる未来に、こいつと別れる日が来る事実に。

 

きっと私は耐えられないのだ。

 

あのとき河野が声をかけてくれなければ、友達なんかになっていなければ..。

 

「...ちーちゃん、泣いてるよ、気付いてる?」

 

「へ?...あれ、本当だ... 何だこれ...」

 

はっと我にかえり、部屋の鏡で自分を見ると、確かに私は泣いていた。それとは反対に河野はなぜか少し嬉しそうにハンカチを渡してくれた。

 

「...確かに別れるのは悲しいし、辛いよ。俺もこんな目に合うなら最初から友達なんて作らないほうがって思ってた時期もあった。...でも自分から友達を作るようになってその考えは変わった」

 

「どうして...」

 

「ちーちゃんやこのブレスレットをくれた子を見て思ったんだ。友達になってよかったなって。そう思った瞬間気がついたんだ。本当に悲しいのは『別れること』じゃない、『出会いを放棄すること』なんだなって。俺はちーちゃんと友達になれて嬉しい。離れてしまうとしても、その事実だけで俺は出会えてよかったなって思うんだ。だからさ...」

 

少し照れ臭そうに私の手をぎゅっと掴んだ河野は力強くこう話した。

 

「ちーちゃんも友達を作って良かったなって思えるように俺最高の友達目指すから!」

 

プツンと何か悪い糸が切れたような衝撃。そして握られた手の暖かさにその日私はまた泣いてしまった。

 

ー半年後

 

「千代美〜。今朝のニュース見た? 乙女の戦車道の映画、続編やるって!マジちょー楽しみなんですけど!」

 

「千代美! すまん! プリント写させて! 締め切り今日なのすっかり忘れててさー! プリン奢るから!」

 

「千代美ねーさん、相変わらず大人気っすね」

 

「お、おいお前ら! 一気に話すな!! ....あ、聡子、戦車道の続編はもうチェック済みだ。後で原作見せてやるよ、私の予想だとキャスティングは...ふふっ」

 

「...相変わらずその話題だとキモいっすね、ねーさん」

 

「ちょ! 無視しないで千代美ー!」

 

あの日から、私自身、あいつの影響で3つほど大きく変わった。

1つは友達を作ることに恐怖心がなくなり、積極的に周りとコミュニケーションをとるようになったことだ。

最初は不安だったが、元々私に声をかけようと思ってくれていた子が多かったらしく、自然と友達が周りに増えていった。

 

2つめ...これはいい影響かはわからんが、あいつに借りた『乙女の戦車道』にどハマりしてしまったことだ。

河野に薦められた最初の『乙女の戦車道』を皮切りに、今や小説だけにとどまらず、映画、コミック、聖地巡礼など、あいつを付き合わせていくまでに...まあいわゆるオタクになってしまったこと。

 

そして...

 

「よーし、今度続編の映画このメンツで観に行こうぜ。チケットの手配は私がするから!」

 

「えー、でもいいの?」

 

「大丈夫だ、チケットの件なら気にするな。ファンクラブ入ってる私なら安くなるしそのほうが...」

 

「そうじゃなくて! あの可愛い彼氏さんといかなくていいの?」

 

「ばっ! 馬鹿! 河野とはそういうのじゃなくて...ただの趣味仲間というか何というか...」

 

「いいっすねー、青春してて。私も彼氏欲しいなあー」

 

「だから違うって!」

 

「お、噂をすれば...」

 

「ちーちゃーん! おはよー! あ、皆さんもおはようございます!」

 

「うんうん、朝から元気いいね君は!」

 

「いやあ、やっぱかわいいっすね...羨ましい」

 

「それなぁ」

 

「あれ、ちーちゃん、大丈夫? なんか顔赤くない?体調悪いの?」

 

「わっ! 馬鹿! おでこをくっつけるな! 恥ずかしいだろ!」

 

「えーでも、熱あるかもしれないし...心配だよ」

 

「大丈夫! 大丈夫だから!」

 

3つ目は、こいつが私の中でただの友達じゃなくなったことだ。

2ヶ月前のあの日以降、どんどん河野に惹かれていった。

...だが、恋愛小説をあんなに読んでいるのに関わらず、こいつの鈍感さは筋金入りのようだった。

最近は私から積極的にデート紛いの遊びに誘うようになったのだが、全く気にしていない素振りで毎日が一進一退の繰り返しって感じだ。

だが、今はそれでもいい、そう思えるくらい今は充実していた。

 

「じゃ、私たちはこの辺で〜。部活の準備あるから〜」

 

「え? そんなのありましたっけ? 大体今ってテスト期か..」

 

「バカっ!空気読め!...あ、気にしないでそちらさん二人は仲良く登校してね!ではでは〜!」

 

「行っちゃったね。じゃあお言葉に甘えて、仲良く登校しよっか、ちーちゃん」

 

「...ったくあいつら、余計な気を回しやがって...私も同じ部活なんだから無理あるだろそれ...」

 

たくさんの友達がいて、河野がいて、私がいる。今はそれだけでいい、そう思えるくらい幸せな時間だった。

 

「...部活入ったんだ、なんか意外」

 

「え?あ、ああ、戦車道の部活にな。お前と同じように小説の影響で興味持ってな、私も人のこと言えんな、ははっ」

 

「ちーちゃん変わったよね、いい意味で。友達もたくさんできたみたいだし、表情も明るくなった気がする。...俺、なんか嬉しいな」

 

「...ま、まあな。おまえのおかげで友達を作る恐怖心もなくなったんだ。感謝してるよ」

 

「そっか...なら、俺も安心かな!」

 

河野の表情が一瞬暗くなり、長い沈黙が包む。

そのとき、私は全てを察した。

 

「河野...転校するのか...?」

 

「...あっはは! そうなんだよ、急に引っ越し決まっちゃってさ、いつ言おうかって迷ってたんだよね ! いやあ、流石ちーちゃん、俺のことならお見通しだね」

 

精一杯に明るく振る舞おうとしている河野だが、その笑顔はいつもと違いぎこちなかった。

 

「河野」

 

「親も急だよなぁ、先週急に、引っ越すぞって言われてさ......こころの準備も...できてなくて...ほんと...こまっちゃう...」

 

尻すぼみになる言葉とは反比例して、河野の目には涙が溢れていた。その瞬間、私は気がついたら河野のことを思い切り抱きしめていた。

 

「いいんだよ、今は。『別涙喜会』だろ。今は辛かったら思いっきり泣けばいい」

 

「ごめん...ね...。ちーちゃんが不安がっちゃうって...思って...泣かない... つもりだったのに...」

 

しばらく抱きしめたまま落ち着くのを待つと、河野から消え入るような声が上がった。

 

「...俺、ちーちゃんの...最高の友達に...なれたかな」

 

「ああ、間違いなくお前は最高の友達だ。お前のおかげで人生が変わった、生き方が変わった。どんなに離れてても私はお前のことは忘れないよ」

 

「...そっ..か。なら...きっとまた会えるよね」

 

「ああ、会える。私さ、小説の影響で入った部活だけど、今はすっごいそれが楽しいんだ。高校も大学もきっと戦車道を続けると思う。...私決めたんだ。河野に見つけてもらえるくらい戦車道で有名になるって!」

 

「ふふっ。じゃあ次会うときはきっと有名人だね」

 

「おうよ、バリバリサイン書いてやるから、色紙の準備しとけよー!」

 

「うん! 楽しみにしてるよ!」

 

これが、中学時代の私と、河野の最後の会話だった。

 

----------6年後

 

あいつが引っ越した後、宣言通り私は戦車道の道へまっすぐに進んだ。高校では中学の経験を生かしアンツィオ高校に推薦で入り3年で隊長を任せられるまで成長した。

そして、今、私は大学2年生にして実力を買われアンツィオ大学の戦車道チームのチーム長を任せてもらっている。

 

「...あいつ今頃どこで何してんだろうな。いや、いかんいかん、今日は大事な練習試合だった...安齋、邪念は捨てろ!」

 

頬をペチペチと叩き、会場へ急いだ。

 

「えっと...今日の練習試合は大洗大学とか...会場はええと...」

 

「...ここから大学までは歩いて15分くらいなんだ! 着いたら寒いだろうから部室に案内するね!」

 

「いやいや! 悪いですよ!部外者ですし...」

 

「いーよいーよ! 河野さんには特等席用意してあげるね!」

 

「ちっ...カップルが朝からイチャイチャして...。朝玄関から一緒に登校とか少女漫画かっての...ってお前っ! か、河野か!?」

 

思わず大声を出してしまい、驚いて二人が振り向く。

 

「...もしかして...ちーちゃん?」

 

安齋千代美は中学の幼馴染と再会を果たすのであった

 

 




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第12話 盤外戦術

今回はキリがいいところで切ったので短め。
※後半のみほさんの口が少し悪いです。ご了承ください。


「うわぁ! ちーちゃんだ! 久しぶり! ずいぶん雰囲気変わっ...」ガシッ

 

「説明しろ..」

 

茫然とこちらを眺めていると思うと、急に近づいてきて肩を掴んだちーちゃんもとい安斎千代美は目をぐるぐるとさせながら俺を激しく揺さぶってきた。

 

「いいからこの状況を説明しろ! なんでお前が西住の家から出てきたんだ!? あああ、あいつとまさか付き合ってるとかいうんじゃないだろうな!?」

 

「ちょ! やめ!に、西住さん!ごめん!ちーちゃんに状況の説明を...」ガシッ

 

「ちーちゃんって何!? アンチョビさんどういう関係なの!? ねえ! 後敬語やめて!」

 

「ちょっと! 西住さんまでどうしたの!? やめて!吐く! 朝食全部吐いちゃうから!!」

 

今にも襲いかかってきそうな目をしていた二人をなんとか振り解き、近くの公園で西住さんにちーちゃんとの過去のこと、ちーちゃんにこの状況の説明を軽くした。

それを聞いてひとまずは納得したのか、落ち着きを取り戻したのだが...

 

「...幼馴染だったんだ...しかも名前呼び...」

 

「...襲われている西住を助けて一晩を共に...同じ屋根の下...」

 

と、ずっとこんな様子で、ブツブツとうわ言を言いながら考え事をしていた。

何をいってるのかは正直よくわからないが、なんとなく気まずい空気が流れる。

しばらくして、どこからか携帯の着信音が鳴った。

 

「あ、に、西住さん。携帯なってるよ!」

 

「へ? あ、やば! 先輩だ!...もしもし!...え? 今会場向かってる途中ですけど...え!? 車長会議って今日やるんでしたっけ!? ごめんなさい!...はい!すぐ向かいます!」ピッ

 

「お、おい西住、今の電話って」

 

「ごめんなさい! ちょっと先行きます! あ!河野君! 今日は活躍見ててね! かっこいいとこ見せちゃうから! あ、アンチョビさん、すみませんが河野君に道案内お願いします! じゃ!」

 

「あ、おい!...ってもういないし...忙しいやつだなまったく...」

 

ーーーーー

 

「...大丈夫かな、西住さん。間に合うといいけど」

 

「まあ、ここから会場まではそこまで距離はないし、なんとかなるだろ。あいつ意外と足も速いしな」

 

「そかそか、じゃあ心配いらなそうだね」

 

嵐のように過ぎ去っていった西住を横目に、わたくし安斎千代美は内心めちゃくちゃに焦っていた。

 

(西住がいない...ということは二人きり!? これってもしかしてチャンスなのか? 幼馴染のアドバンテージを活かすなら今しか...!)

 

「いやー、それにしても久しぶりだね。...あれ、よく見たらちーちゃん随分雰囲気変わったね! メガネじゃないし、髪型もさっぱりしたね」

 

「そ、そうか? メガネは戦車道やる時に邪魔だったから...。お前こそ、久々に会ったら随分と...」

 

話題につられて、自分も河野の体に視線が移った。なんというか目のやり場に困るとはこのことで、中学の頃とは比べものにならないほど河野は全体的に成長していた。

よく見るとそのようなプロポーションにも関わらず服装は信じられないくらいラフで余計に視線が外せない。

 

「....ちーちゃん? どしたの、急に黙って」ヒョイ

 

「えっ!? いや! みてない! 何も見てないからほんと!」

 

「え? な、何の話?...見てないって何?」

 

おそらく何も考えてないであろう河野が唐突に私の顔に近づく。

ほのかに香るシャンプーの匂いに思わず反射的に後退りしてしまった。

 

「あ、いやその、なんでもない! 久々に会えて嬉しすぎて混乱しちゃってな! 」

(やば、こいつからめっちゃいい匂いする。だめだ思考が回らん...)

 

「........」

 

黙り込む河野。神妙な顔をしてなにか悩んでる様子だった。

そんな姿もまた可愛らし...じゃない、とにかく弁明を...。

そう思った最中、河野が嬉しそうに話し始めた。

 

「そっか!! いやぁ照れちゃうなぁ。再会にそんなに喜んでもらえるなんてこっちまで嬉しくなっちゃうよー」

 

そうだった。こいつはそういう奴だった。

 

ーーーーー試合会場

 

「ついたぞ、ここが入り口だ。河野は一般客だろうからこの先の観客席で待ってるといい。飲み物とか食べ物は試合前でも屋台がそこら中で出てるからそこで買え」

 

「へー、屋台なんて出てるんだ!...え、というか試合ってそんなに長いの?」

 

「長いぞ、今日は練習試合だからそこまでだが、大きな大会になると半日以上なんてザラだ。...というかお前、さては戦車道の大会見たことないな?」

 

「えへへ...実はそうなんだ。ちーちゃんとか西住さんいなかったら会場すら怪しいレベルでして...」

 

「ったく...しょーがないな。ほれ、携帯かせ」

 

「え?...うん」

 

「友達登録して...っとこれでよし。ほれ、返すからこれ。新しいメッセージ来てるだろ」

 

「TIYOMI ってやつ? きてるきてる!」

 

「戦車道についてわからないこととか相談あったら気軽に連絡していいぞ。...これでも選手の端くれだからな」

 

「わあ、ありがとう! 心強いよ!」

 

(ふふっ...連絡先も交換しつつ、次の接点も作っていく...我ながら完璧な作戦。これで西住から一歩リードを...)ピロリン

 

「...あ、西住さんからも連絡きた」

 

「なっ! お前、西住といつの間に連絡先交換したんだ! 一昨日の飲み会で初めて会ったって言ってなかったか!?」

 

「え?...あー、今日の朝に交換したんだ。試合中はひとりになっちゃうかもだからって...あ、『今夜暇だったら、夕食一緒に食べない?』って来てる! ちーちゃんも...ってなんで携帯とるの?」

 

「...私が返信する!」

 

「え、あ、うんいいけど...。変なこと言わないでね」

 

ーーーー大洗選手控え室

 

ピロリン

「あ、河野さんから連絡きた!」

 

『悪いが今日は私と夕飯食べる予定だから』ピロリン

 

『写真』

 

送られてきた写真は満面の笑みを浮かべたアンチョビさんに抱き寄せられる形でフレームに収まる困惑した河野君とのツーショットの写真だった。

 

「なっ...何して...! アンチョビさんめー!」カチカチ

 

『何してるんですか!? 河野君に変わってください!』

 

『それはできないな! 我々は敵同士、河野と飯を食いたくば、今日の試合勝ってから誘え。私が勝ったら予定通り夕食は私と「二人きりで」食べる。これは決定事項な』

 

『なんですか急に! そんな要求飲めるわけないじゃないですか! 大体、私が最初にお誘いしたんですよ!』

 

『お? 怖いのか? へーい、西住流がびびってるー!』

 

「ぐぬ... ぐぅー!」カチカチカチッ

 

「さっきから車長、携帯睨みつけて何やってるんだろう...あんな怖い顔見たことないよ...」

 

「すごい勢いで誰かと連絡とってるみたいだけど...」

 

「あ、あの車長...そろそろ準備の方を...」

 

バンッ

 

「みんな! 今日は絶対勝つよ!! アンチョビさん!...じゃなかった、アンツィオ大学! 完膚なきまでに叩き潰す!!」

 

「「「はいぃ!」」」

(なんか今日の車長、しほコーチみたいだよぉ!)

 

ーーーー会場近く

 

クシュン

「...風邪でも引いたかしら」

 

つづく




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第13話 英国淑女

「...これでよし。...ほれ携帯返すぞ、河野」

 

「ちょっ、これ大丈夫なの?」

 

「平気平気!お互い勝利の報酬がある方が燃えるってもんよ!」

 

「報酬って...ただ俺とご飯食べに行くだけじゃん...あ! もしかして!」

 

「いや!べ、別に下心とかあるわけじゃ...」

 

「夕食代!俺に奢らせようとしてるでしょ!? 今月ピンチなのに勘弁だよ!?」

 

「...まあ、期待はしてなかったけどここまでずれた反応されるとなぁ...」

 

ガマ口ザイフを開き、残金を確認しているとちーちゃんは何故か肩をガックリと落とし、ため息をついていた。

 

「いいか! 2人きりで食事ってのはなぁ! 特別な間柄の...」

 

<アンツィオ大学の皆様、まもなく試合前合同ミーティングに入ります。まだお集まりでない選手の皆様は至急控え室の方へ...

 

「あ、呼ばれてるみたいだよ」

 

「ぐ...タイミングのわるい...と、とにかくだ!河野! 今日は私のカッコいい姿と!私と何を食いたいか!これだけ考えて観戦してろ! いいな! 」

 

「はいはい、頑張ってねー」

 

控え室に走り去ったちーちゃんを見送り、先ほど聞いた観戦場へ向かう。観戦場に着くとまだ人はまばらだった。

前の方の席を陣取り、ベンチに座って大きな会場をぼーっと眺めていた。

 

(まぁ、まだ朝だしな。 とりあえず席は大丈夫そうだし、屋台でも見てこうかな。あ、でもまだ準備中かなぁ...)

 

「お隣よろしいかしら」

 

「えっ、あ、はい。どうぞ」

 

突然話しかけられてびっくりして振り返ると、赤いジャケットをきた、金髪で青い瞳の女性が立っていた。

「ごめんあそばせ」と現代離れしたお嬢様言葉?を使った彼女はなぜか閑散とした観客席で自分の隣に座ってきた。

 

「...あなた、お名前はなんていうの?」

 

「えっ?...えっと、河野です...。河野ひろです」

(なんか近いなこの人...)

 

「ひろさんですか。美しいお名前ですこと...」

 

「あ、ありがとうございます...。ところであなたは...」

 

「ふふっ、名乗るほどのものでも無いですわ。強いて言えば美しい花に誘われた蜂、とでも言っておきましょうか」ギュッ

 

「は、はぁ...。そう、ですか」 スッ

 

よくわからないことを言いながら、ナチュラルに手を握ってきた謎の女性の手を軽く払い除ける。やばい、この人、マジで苦手なタイプかもしれない。

 

「ふふっ奥手なところも可愛らしいわ。...今日はお一人で?」

 

「え、えっと...まあ、一人...ですけど」

 

「あら! それは寂しい! それなら私と一緒に見ませんこと? 専用の席でおいしい紅茶をご馳走いたしますわ」ギュッ

 

「ちょ、どこに! まだ一緒に見るなんて..」

(な、なんだこの力! 全然抵抗できない!)

 

「安心なさって、こう見えてわたくし戦車道と紅茶の知識には自信がありますの。きっとあなたも楽しめますわ」

 

座っていた席からグッと腕を引っ張られ、無理やり連れて行かれそうになる。抵抗しようにも、自分が非力なのか全然振り解けず、なすがままに引っ張られそうになった時、後ろから声がした。

 

「おい、河野に何をしている」

 

「ま、まほさん!」

 

「...あら、西住まほさん。お久しぶりですわ。...悪いんですが今取り込み中なの。邪魔しないでくださいます?」

 

「だったらその子から手を離せ、これは警告だ。二度目は無いぞ」

 

普段から凛とした表情をした彼女にさらに凄みがかかり、金髪の女性を睨みつける。少し怯んだのか掴んだ手が離れる。

少しの静寂の後、再び元の表情に戻って話始める。

 

「...ふーん。そういうことですか。流石西住流、こういうところも手が早いんですわね」

 

「どう思われようと構わんが...。お前こそずいぶん手癖が悪くなったな...聖グロリアーナ女学院2番隊車長、ダージリン。最近の言動を鑑みると、ここには来ないと思っていたのだがな」

 

「あら、ずいぶんわたくしにお詳しいんですわね。わたくし不要な練習は省いて効率化する主義にしましたの。美しい男性方に会う時間はいくらあっても足りないですから」

 

「...だから他校の練習試合に来てまで男漁りか? ずいぶん高尚な時間の使い方をするようになったな」

 

「へえ、いうじゃありませんか」

 

自分を挟んで睨み合いを続けている二人にの後方からまたしても誰かの声。

 

「あー! いたいた! もう! またダージリン様はこんなところでほっつき歩いて! 行きますよ! 皆さん心配してます、よ!」

 

ダージリンさんよりも小柄に見えるその女性はすごい剣幕で彼女の首ねっこを掴み、手慣れた動きでズルズル運ぶ。

 

「あ、ペコ...ちょっとお待ちに。まだ話は...ヒ、ヒロさん! ポケットに連絡先を入れておきましたの! あなたからのご連絡待ってますわねー!」

 

「げっ...ほんとだ。いつの間に...」

 

「ちょっと!ダージリン様うるさいです!...そこの方々!すみません!! お手数おかけしました!! すみません!!」

 

引っ張られていったダージリンさんを眺め、嵐が過ぎ去ったことを悟った俺は思わず尻餅をついてしまった。

まほさんは「大丈夫か」と手をひいてくれた上、持っていた飲み物を一つ自分に渡し落ち着くまで待っていてくれた。

 

「す、すみません。飲み物までいただいちゃって...」

 

「気にするな。元々それはお前に買ってきたやつだからな。それより落ち着いたか?...すまなかったな、怖かっただろう」

 

「ま、まほさんが謝ることじゃ無いです! それに俺もちゃんと断らなかったのも悪いと思ってますし...」

 

「あいつも悪い奴じゃ無いんだが...少々欲望に忠実すぎる部分が大学では目立ってな...」

 

「あー...確かにそんな感じですねぇ...あ、そういえばどうしてここにまほさんが? 今日観戦するつもりだったら朝一緒に行けば...」

 

「あー、いや、私も別の会場の視察に行く予定だったのだがな、友人になぜか今日の試合どうしても見に来て欲しいとせがまれてな...」

 

<まもなく、選手入場です。本日の試合は大洗大学対アンツィオ大学です。ルールは戦車道公式大会に基づいた殲滅戦、制限時間は...

 

「あ! 始まりましたね! うわー! 楽しみー!」

 

「なぜだろう...どうも嫌な予感がする...」

 

ー会場某所

 

「会長、西住まほさん、来てます。...隣には...誰でしょうか? 見慣れない男性がいます」

 

「あーほんとだねぇ、誰だあのかわい子ちゃん、彼氏とか? ...まっ、いいよいいよ。その方が面白そうだし」

 

「...かしこまりました。では計画通りに」

 

「にっししっ! さーて! 西住まほ! 練習試合、盛り上げてくれー!」

 

 

つづく




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今回はアンケート結果を反映して、元グロリアーナを初登場させました。
今後もガンガン出る予定ですのでご期待ください。


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第14話 練習試合

今回、ちょっと長めです。(4000字くらい)


<まもなく、選手入場です。ルールは戦車道公式大会に基づいた殲滅戦、制限時間は...

 

「あ! 始まりましたね! うわー! 楽しみー!」

 

「ふむ...今日は殲滅戦...? 練習試合にしては珍しいな...」

 

「せんめつせん...ってどんな試合ですか?」

 

「殲滅戦は敵戦車の全撃破が勝利条件の試合だな。練習試合では通常、フラッグ戦と呼ばれる別のルールがって...河野...もしかして試合は初めてか?」

 

「...すみません。実は試合どころか戦車道の知識もあんまりなくて...勉強してからくるべきでしたね」

 

「...そうか。だが、最初はみんなそんなもんだ、気にすることもない。...それに今日は私が横にいる。試合中わからないことはなんでも気軽にきけ。実戦で得る知識に勝るものはないからな」ポンポンッ

 

「はい! ありがとうございます!」

 

ジーッ

 

「ちょっ! あの二人本当にどういう関係!? 頭ポンポンしちゃって! ひろさんも満更じゃなさそうですし...。おのれ西住流めぇ...」バキィッ

 

「ダージリン様、スコーン握り潰さないでくれますか? 床が汚れます。...その望遠鏡も覗き見用じゃないんですけど」

 

「あー! 飲み物の交換っこしてますわー! 不潔! 不潔ですわ!」

 

「はぁ...」

 

『さー! はじまりました!! 今回私、戦車道連盟所属! 角谷杏が司会を務めさせていただきまーす! 会場のみんなー! 盛り上がってるかーい!』

 

「「「いええええい!!」」」

 

爆音と共に流れる軽快な音楽と共に現れたツインテールの女の子がバラエティー番組顔負けのマイクパフォーマンスを繰り広げている。司会者の掛け声と共に、周りの観客は歓声をあげ、大盛り上がりだった。

 

「あ、あれなんですか?」

 

「ああ...正直私もよくわかってない。戦車道連盟の若い衆が盛り上げるためにやってる催し...らしい。選手だけでなく、来てもらった観客にも盛り上がってもらうのが目的らしいが...」

 

『さーて始まる前に! 本日のスペシャルゲストのごしょうかーい! 一人目はこの人でーす!』デンッ

 

「あ、あれ、まほさん。あれ俺たち写ってませんか?」

 

「角谷め...。今日の試合をやけに押してくると思ったらこういうことか...」

 

観客席に複数ある大きなモニターは俺たちの姿をはっきりと映し出し、会場がどよめく。その横では頭に手をついてため息を溢すまほさんの姿が見えた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「西住ぃ! 貴様! 抜け駆けかー!!」

 

『西住家当主! 西住まほ!!その横には可愛らしい彼氏らしき姿も!これは西住流の大スキャンダルといったところかぁ!? 現場の柚子さん! マイク渡しちゃって!』

 

選手サイドから飛ぶ野次の中、ポニーテールの女性がこちらに近づきまほさんにマイクを渡す。

 

「はーい! では! 西住まほさん! 対戦相手に何か一言お願いします!」

 

「対戦相手...? 私は今日は観客として... 」

 

『はーい! と言うことで! 本日の試合内容を発表しまーす!』

 

『プロ候補チーム VS 大学チーム』

 

大きな電子掲示板に映し出されたタイトルとともに、プロ候補と銘打たれた選手の名前がずらりと並んでいる。その中には『西住まほ』の名がデカデカと赤文字で書かれている。

 

『はーい! と言うわけで本日は大洗VSアンツィオ戦を急遽変更しまして! 西住まほ率いるプロ候補選手VS大洗・アンツィオ大学の試合をお送りしまーす! じゃあルールを説明するよー』

 

先ほどの掲示板に詳しいルールが映し出される。

 

①ルール  殲滅戦。プロ候補側は制限時間内、砲撃することはできない。通常選手側と同等の戦車を使う。

②勝利条件 大洗・アンツィオ側は制限時間以内にすべてのプロ候補を倒し切る。プロ候補側は1両でも生き残れば勝利となる

③スペシャルポイント 現状、最も実力の高い選手である『西住まほ』を倒した車両に関しては、個人賞として景品を贈呈

 

尚、それ以外のルールに関しては戦車道連盟の公式ルールに則り...

 

「プロ候補の選手と戦えるのか! すっげえ!」

 

「要は鬼ごっこってこと? それなら私たちも勝てるかも!」

 

唐突に変えられた試合内容だが、練習試合ということもあり、選手たちもかなり乗り気の声が聞こえる。

 

「待て、そんな話は聞いていないし、私は参加するなんて言ってない。...私も暇じゃないんだ。通常の試合をしないなら私は帰らせて...」

 

『へえー...なーんだ。天下の西住流も結局そんなもんなんだねぇ』

 

「...なんだと?」

 

『そんなカッコつけたって結局は負けるのが怖いんでしょ。...あーあ、特別扱いまでして持ち上げてあげたのに飛んだ期待外れだなぁ』

 

「....」

 

角谷さんがあからさまにまほさんを挑発する。

 

(まあ、でもこんな見え見えの挑発にあの冷静沈着なまほさんが乗るわけ...)

 

「いいだろう、西住流の力見せてやる。60分だろうと、6時間だろうと、西住流に敗北の文字はない!」

 

「「「わぁああああああああ!!」」」

 

『はーい! と言うことで本人も了承したと言うことで! 本日の試合スタートでーす! みんな頑張ってねぇ!』

 

「「「うぉおおおおおお!!」」」

 

そんなこんなでまほさんは手際良く用意された選手に乗り、あっという間に特殊殲滅戦がスタートした。しかし、流石はプロ候補選手ということもあり、一方的な鬼ごっこ形式のこの試合でもほとんどの選手がかすり傷すらつけずに逃げ回っている。

 

「ぐぅ... あいつにいいとこ見せたいのに...まほのやつ、流石に手強いな...」

 

「お姉ちゃん...やっぱり強いなぁ..作戦全部看破されちゃってるよ...」

 

プロ候補側側の圧倒的有利な状況のまま、残り10分となったところで、なぜか俺の携帯に不在番号から着信が入る。

 

「はい、もしもし、河野ですけど...」

 

『あー、ごめん! まほの彼氏くん? 実況の角谷でーす。言い忘れてたんだけどさぁ、さっきのルールにあったスペシャルポイントの景品、特別食事会のペア参加チケットなんだー。デートの邪魔しちゃったお詫びと言ってはなんだけど、君もこれ参加してよ!」

 

「食事会? え、えっとでも今日は先約が...」

 

マイクの音声をつけっぱなしなのか、大音量で実況席から声が流れる。その様子に気づく様子もなく話し続ける様子に、会場だけでなく選手サイドもざわつく。

 

『そこをなんとか頼むよー、とびっきり豪華な料亭予約するからさ! こんな機会ないと思うよー?』

 

『ちょ、会長! マイク切り忘れてますよ!』

 

『え? あっやべ! じゃ、じゃあ! さっきの件よろしくねー! もう予約しちゃから! じゃね!』

 

「あ、ちょっと!....うーん、どーしよ。今日はちーちゃんかみほさんと食事の予定が...」

 

携帯を見つめながら再度電話をかけようと悩んでいると、会場から爆音が響き渡った。

 

『こちら審判員!プロ候補車両が1両撃破されました! 繰り返します!プロ候補車両一両撃破! その他車両も複数台砲弾が命中!』

 

モニターにプロ候補の車両が煙を上げる映像が広がる。その後も、かすりもしてなかった砲弾が的確に車両を撃ち抜いていく。先ほどまで余裕の動きだったプロ候補車両の隊列が大きく乱れていた。

 

「なんだ! 何事だ!」

 

「こちらAチーム! すみません! 大洗の単体で乗り込んできた車両にやられました!」

 

「こちらDチーム! 同じく単体で乗り込んできたアンツィオにやられました! こちらの動きを完全に読まれています!」

 

「...まさか...あいつらか?」

 

『さー! なんだかよくわかりませんが!今入った情報ですと、この数分でプロ候補車両は西住まほを除き全滅とのことです! これはまさかの大学チームが勝ってしまうのか!?  それとも、西住まほがプロ候補の意地を見せてくれるのかー!?』

 

「とにかく一旦ジャングルへ向かうぞ! 数的不利の解消を...」

 

「西住まほぉぉぉ!」

「見つけたよ! お姉ちゃん!」

 

轟音とともに現れた2車両は、西住まほの車両を挟み込む形で停車し、退路を塞いだ。

 

「くっ...ここまでか...」

 

「「砲撃!!」」

 

ピィー!! 

 

『試合終了!! 勝者! プロ候補選手チーム!!』

 

「なぁー!?」

 

「そんな...あとちょっとだったのに...」

 

あと一歩でというタイミングで、無情にも制限時間終了のホイッスルがなり、審判員がジャッジを下した。ギリギリまで追い詰めたみほさんの車両、ちーちゃんの車両から悔しそうな大きなため息が溢れた。

 

『はーい! と言うことで! 勝者!プロ候補...』

 

「まった!! この試合、私たちの負けだ。...車両をよく見てみろ」

 

そう言って映し出された映像には、白旗をあげるまほさんの車両が見えた。おそらくホイッスルと同時に砲弾が命中、大破したのだろう。

 

「戦車道公式ルールでは、制限時間終了と同時に車両撃破をした場合、車両撃破を優先して勝敗が決定する。...審判、再度ジャッジを」

 

「しっ...失礼しました! 勝者! 大学チーム!!」

 

「わぁぁぁぁー!!」

 

こうして、特殊ルールではあるものの、プロ候補相手に『大学生チーム』が大金星を上げる形で終了したため、のちにマスコミやメディアにも大きく取り上げられることとなった。

 

ーーーー

 

「...あ、そう言えば会長。今日の個人賞のペアチケット、あれどうしたんですか?」

 

「あーそれねー。なんか映像残ってなかったらしくてさぁ、めんどいから彼氏くんに全部あげてきちゃった。元々あの子にあげるのは確定だったし、あの子に決めて貰えばいいでしょ」

 

「流石、会長。今日も冴えてますね」

 

「まぁねー。...それに、その方が面白そうだしねぇ...にしし」

 

ーーーー

 

「ま、まほさん、どうしてあの二人、異様にテンション低いんでしょうか...皆目見当が...」

 

「...自分の胸に手を当ててよく考えてみることだな」

 

「二人とも食事会に行きたいって言うから、両方にチケットあげたのに...あの場を丸く収める最善の...って痛い! ちょ!叩かないでよ!ちーちゃん! みほさんも! まほさん助けて!」

 

「...これは先が思いやられるな、まったく...」

 

結局その後も1週間ほど、二人は口を聞いてくれなかった。




感想、ご意見気軽にください。励みにします。

次回からまた新キャラが登場します。よかったら見てってください。


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第15話 運命の人

※今回は初めて弟がメインで登場します。弟=現実世界の妹の振る舞い と言う認識で見てもらえると嬉しいです。


その男性に初めて会ったのは、大雨がさった後の土手の前だった。

 

「うーん...やっぱないよー...。ここら辺で落としたと思ったんだけどなぁ...」

 

私は仲間たちと共に高校最後の思い出作りにその土手でバーベキューをしていたのだが、不運にもその最中、土砂降りが降り、逃げるように解散。

その後みほさんにもらった大切なキーホルダーを落としてしまっていたことに気がつき、現在、必死にベシャベシャの土手を駆け回っているところだ。

 

「うわー...どーしよう...全然見つかんないよ...。でもみんなに協力してもらうのも悪いし...」

 

「だ、大丈夫?...何か探してるみたいだけど」

 

大学生...だろうか。小さめのリュックサックを背負った黒髪の男性が私に声をかけてきた。

 

「...実はキーホルダーここら辺に落としちゃって...ボコっていうクマのやつで...」

 

「そりゃ大変だ! 俺も探すよ!」

 

「あ、でも! ほんとただの小さいおもちゃですし...助けていただくほどでも...」

 

「でも、君にとって大切なものなんだろ?...俺もほら、昔から大切にしてるのあるからさ、気持ちはよくわかるよ。...これだって君から見たらただのおもちゃだろ?」

 

そう言って、男性が首元からジャラリと取り出したのは駄菓子屋でよくあるおもちゃのブレスレットだった。

相当大切にしてるのか、所々修繕した跡が見受けられるが、確かに私から見たらただの年季の入ったおもちゃだった。

 

「じゃ、手分けしてさがそ! どこらへんで落としたかとかわかる?」

 

「えっと...じゃあ...お願いします」

 

結局、親切なその男性を断りきれず、手分けして探すことになった。しかし必死の捜索も虚しく、時間ばかりが過ぎていった。

夕方頃になり、あきらめかけていた最中、男性から歓声が上がった。

 

「あったかも! もしかしてこれ?」

 

「これです! ありがとうございます!!...よかったぁ」

 

そう言って男性の手に握られていたのは確かにみほさんからもらったボコのキーホルダーだった。土砂降りの影響でかなり遠くまで流されていたようで、バーベキューをしていた河原からはだいぶ離れた場所で発見された。

嬉しさのあまり、受け取った瞬間しばらくキーホルダーを握りしめていた。

 

「...うん、よかったよかった! そこまで喜んでもらえたならこっちも捜し甲斐があったよ」

 

「本当にありがとうございます。きっとあなたがいなかったら見つかってませんでした... 。なんとお礼を...クシュン」

 

「ちょっ大丈夫?...あーよく見たら体濡れてるじゃん...ちょっとまってね...確か...あったあった、これ使いなよ」

 

「すみません...何から何まで...」

 

どうやら捜してる途中、草むらの水滴でずぶ濡れになってしまったらしい。渡してもらったタオルで頭をふく。

なんと情けないことか....。

 

「ほんとにありがとうございました。このタオルは洗って...ってあれ? あの人どこに...」

 

「ごめーん! ちょっと急用出来ちゃったからもういくねー!」

 

先ほどまで隣ににいたはずの男性が気がつくと土手の上まで登って走り出していた。よほどの急用なのか

 

「ええ!? あっ...ありがとうございましたー!」

 

「いいってことよー! じゃねー!」

 

「あっタオル...ってもういないや...」

 

嵐のようにすぎていったその男性は名前すら聞けないまま、置き土産を残してさっていってしまった。

ほのかに香るラベンダーの匂いがするタオルに顔を埋める。

 

「素敵な人だったなぁ... 連絡先聞いとけばよかった...」

 

私完全に恋に落ちてしまった。

 

それから早1週間が経ったが、私は名前もわからない彼に完全に心を奪われていた。

 

「うわぁ、このお肉めちゃうまだねぇ! 流石叙●苑!」

 

「ほんとほんと! じゃんじゃん頼んじゃおう!...梓、次のお肉何がいい?...梓? 聞いてる?」

 

「へ? あ、ごめん!...聞いてなかった...えっと...飲み物は...」

 

「違うよ!お肉だよー! 飲み物はさっきオレンジジュースでいいって言ってたじゃん!」

 

「そうだよ! せっかく打ち上げに高い焼肉屋来たのに全然食べてないし! 私が全部食べちゃうよ!?」

 

「ごめんごめん! えっと...じゃあ...」

 

「...梓ちゃん、バーベキュー以降ずっとあんな調子だよ、なんかあったのかな?」

 

「青春真っ只中の女が考えることと言ったら...ねえ、紗希ちゃん?」

 

「...間違いなく...恋煩い」

 

「やっぱりぃ! そうだよねぇ! お相手は誰かなぁ?」

 

「だから違うって言ってるじゃんー!」

 

「やばぁ! 聞こえてたぁ」

 

カランコロンッ イラッシャマセー

 

「...おいおい、ここランチでも結構高いとこじゃ...」

 

「いいじゃん、入学祝いたくさんもらったんだろ? パーっと行こうよ」

 

「人の金なのに本当遠慮ないよなお前、全く誰に似たんだか...」

 

「えへへっ。そこは兄譲りだねー。すみませーん! 二人なんですけどー」

 

入って来た男性二人組に目がいく。すると友人たちがいつものように騒ぎ出した。

 

「うわ! あの二人めっちゃ可愛くない? 特に背の高い方めっちゃタイプなんだけどー!」

 

「...スタイルいいなぁ、モデルか何かかな?」

 

「絶対そうだよぉ! あーあんな彼氏欲しいなぁ」

 

「あいー...大学生かなぁ、大人な感じだねー」

 

「ちょ、みんな! 知らない人なんだからあんまりじろじろ見ちゃ...ってあー!!」

 

思わず大声を出してしまい、周りの客がこちらを見る。それはあの二人組も例外ではなかった。

間違いない。こちらを見ている男性は先日助けてもらったあの人だ。周りが騒ぎ立てるのを振り払い、気がつくと私は彼の前に立っていた。

 

(やった! こんな奇跡があるなんて! ありがとう神様...)

 

「あ、あの!」

 

「...誰こいつ。ナンパ?」

 

話しかけようとすると、氷のように鋭い眼光で弟?であろう男性が睨みつけてくる。相当警戒しているようで明らかに敵意剥き出しだった。

 

「あ、えっと...私は...」

 

「あー! 君! もしかしてこの前の土手の子かな? 」

 

「そ、そうです! あの! この前は本当にありがとうございました! タオルまで貸していただいちゃって...」

 

「あータオル! すっかり忘れてたよー! 体調は大丈夫?」

 

「はい! お陰様で風邪も引かずにすみました!」

 

「うんうん、それは何より」

 

「あ、あの! それでですね...タオルを返したいので連絡先とかを...」

(うわぁ...弟くんからの視線が痛い...)

 

「やっぱりナンパじゃねーか!」

 

「ち、違います!」

 

「ちょ、やめろって。連絡先ね! LINEでいい?」

 

「はい! 私のIDがこれで...」

(よっしゃ!)

 

ムスッとしたままの弟くんを尻目に、私はついに念願の連絡先を交換することができた。追加されたIDには猫のアイコン。その下にはスタンプで「よろしくね」と送信されていた。

交換が終わると矢継ぎ早に弟くんが手を引っ張り彼を連れて行ってしまった。もう少し話したかったが目的は果たせたのでよしとしよう。

 

「...珍しいね。交換するんだ」

 

「まあ、ちょっとね。俺も聞きたいことあるし...」

 

「大体、お兄ちゃんは警戒心がなさすぎるよ。この前だって...」

 

「はいはい、すみませーん。...あっ」

 

角を曲がる際には河野さんは手をヒラヒラと私にふってくれた。

これはもしかしたら脈ありでは...と淡い期待を抱いてしまう。

スキップでも踏みたい気持ちを抑え、足早に席に戻る。

 

「ちょ! あの人とどう言う関係なの!?」

 

「もしかして! つ、付き合ってたりするの?」

 

「女子校なのにどこで知り合ったのさ!」

 

その後の打ち上げはまるで尋問のように質問攻めでまるで食事が進まなかった。だが私の気分はずっと有頂天だった。

 

「えへへぇ。秘密ー。...早く連絡こないかぁ」

 

だがこのLINE交換をきっかけに修羅の道を辿ることになることを梓はまだ知る由もなかった。




感想、ご意見気軽にください。励みにします。


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第16話 相談(前編)

今回、話の都合上、時系列が行ったり来たりしますので、読みにくいかもしれません。
申し訳ない。




「うーん...困ったなぁ...」

 

まほさんとの買い物を間近に控え、私、河野は非常に切羽詰まっていた。

 

ことの発端は1週間前、自分の携帯にまほさんから連絡がきたのが始まりだった。

内容はみほさんの入学祝いを選んで欲しいというものだった。

 

『もちろん私も選んだんだ...。だがその...どうも私のだけでは不安で...』

 

『...あー...それで、俺にも良さそうな祝いの品を選んで欲しいと...』

 

『ああ、君のセンスで構わん。...私はどうもこう言った贈り物に疎くてな』

 

『でもそういうのはやっぱり本人に直接何が欲しいか聞いた方がいいんじゃないですかね?』

 

『そうしたいのは山々なんだが...。実はみほには内緒にしていて...。さりげなく聞こうにもボロを出してしまうのもいやでな...』

 

『あー、なるほど、それで...ってなんで俺なんですか!? 俺だってみほさんが欲しがってるものなんてわからないですよ!』

 

『...そこは問題ない。とにかくお前がみほに買ってあげたいって商品を選んでくれればそれで十分なんだ。お前からって言えばきっと喜ぶだろうし..。頼む...みほが喜ぶ顔が見たいんだ。一つ力を貸してくれ...』

 

『うーん...なんか釈然としませんけど...わかりました』

 

 

 

『本当か! ありがとう! じゃあ日程だが来週の...』

 

結局、勢いに押しきられ、来週の日曜にまほさんと大洗のショッピングモールで買い物をすることとなった。

 

(...まあ、みほさんには前に世話になったしな。お礼も兼ねて選んであげようかな)

 

...と、ここまでは良かった。問題はこの後だった。

 

ー翌日 大学構内 教室

 

「おはよう! 河野くん! 今日授業一緒だね!」

 

大学の教室で一限目の授業を待っていた自分の前に颯爽と現れたみほさん。

「よしっ」っと小声で言ってから、なぜか心底嬉しそうに自分の隣の座ってきた。

 

「あれ? みほさん、この授業取ってましたっけ? 前回はいなかったような...」

 

「あーそれは教師に行って無理やりねじこ....じゃなくて、部活で忙しくて出られないコマが何回かあってね。多分前回の授業はそれが重なっちゃたんだと思うな。....河野君はこの授業、一人で取ってたんだ」

 

「そうですね。他の方はこの授業取ってないらしくて、みほさんがいるって知って安心しました。あっ...でも今後も部活でお休みする時ありますよね多分...」

 

「大丈夫! 河野君がいるなら死んでもこの授業だけは出席するから!  こんな絶好の機会...じゃなかったこんな楽しい授業受けないともったいなさそうだしね!」

 

「は、はあ...」

 

(楽しいって...このコマ『戦車道入門 ルール編①』って授業なんだけど....。むしろなんで取ったんだこの人...)

 

戦車道家元の娘がこんな授業取ってるのをお母さんやまほさんが知ったら...と内心かなり困惑していたが、

「共に頑張ろう!」と目をキラキラさせながらバックから教科書やノートを取り出したみほさんには口が裂けても言えなかった。

 

『では、授業を始めます。まず戦車道の歴史についてです。起源は西ヨーロッパの...』

 

スクリーンに移す形の授業らしく、教室全体が暗くなり、モニターに映像が映し出された。ことはここで起こった。

 

ピロリン

まほ『おはよう、来週の買い物の件、昼飯もあっちで食べるから...』

 

携帯の通知音と共にまほさんからのラインの連絡がきた。

教室が暗いせいかやけに目立つその光を慌てて切り、携帯を隠す。

 

(ちょっ! あの人俺がみほさんと大学一緒って知ってるのに! タイミング考えてよ!)

 

教室が暗いせいかやけに目立つ携帯を慌ててサッと携帯を手に隠し、恐る恐るみほさんの方をみる。

カリカリと真剣にノートを取っており、こちらには気がついていないようだった。

 

(ふーっ、良かった。バレてはいないかな...。またまほさんから連絡来てもやだし通知きっとこ...)

 

ほっと胸を撫で下ろし、コソッとラインの通知欄に手を伸ばそうとした時、再び通知音が鳴った。

 

(もー! まほさん!だからタイミング考え....えっ?)

 

みほ『ずいぶんお姉ちゃんと仲良くなったね?』

 

静かに光るみほさんからのラインの連絡。

その後の授業は全く頭に入ってこなかった。

 

ー食堂

 

「...ほんとすみません...。別に隠そうとかそういうつもりはなくて....」

 

「....別に怒ってないし。...どのみち、その日は練習あって行けないから関係ないもん...」

 

「あー...あっはは」

 

授業終わり、無言で食堂に連れて行かれ、アイスを奢らされた。

終始不機嫌そうに頬杖をつきながらそっぽを向くみほさんは気怠そうにアイスを頬張っていた。

 

「...あのー...そろそろ機嫌直してくれませんかね?」

 

結局、このままじゃ埒が明かないと思い、まほさんに事情を説明した。

思いの外落ち着いていたまほさんはみほさんに電話。

日を改め、3人で買い物に行くということでみほさんも納得し、事態は収束した。

 

「...でもさー。やっぱり一言くらい誘ってくれても良かったんじゃない? 私ちょっと傷付いたなー」

 

「うっ...それを言われると...すみません。いつか買い物とは別に埋め合わせしますから...」

 

「ふーん。埋め合わせねぇ...。あっ...じゃあさ、今度の買い物の時にお姉ちゃんから聞き出して欲しいことあるんだけど...。それが分かったら今回の件はチャラでいいよ」

 

「聞き出して欲しいこと...? 直接聞くんじゃだめなんですか?」

 

「それがねー...お姉ちゃん優しいから私が聞いてもなんでも嬉しいとしか答えてくれなくて...。だからさ! さりげなーく、今欲しいものとか、趣味とか、好きなもの聞き出して欲しいなぁって」

 

「え、えー...それは...」

 

「埋め合わせ」

 

「わかりました! ぜひ! 任せてください!」

 

かくして俺は妹にバレないように妹の入学祝いの買い物をしつつ、姉にバレないように姉の欲しいものを聞き出さなければいけないというなんとも複雑な状況下に置かれてしまった。

この状況を打破するため、俺はある行動に出た。

 

ーーーーー

 

(どうしてこうなった...)

大洗女子高校3年、澤は困惑でいっぱいの思いを胸に秘めながら駅前の噴水で待ち合わせ時間を待つ。

 

またまた遡ること3日前、私の携帯に河野さんから連絡があった。

 

ー澤家自宅

 

『おはよう。もう起きてるかな?』既読

 

「かっ河野さんから!?」

 

休日の朝、ラインの通知を見た私はガバッとベットから起き上がる。

この前連絡先を交換した河野さんからの連絡、まさかあちらから来るとは...。

寝起きだったこともあり、寝ぼけて既読をつけてしまった私は無難に返信をする

『起きてますよー! どうしました?』

 

『あーよかった! 実は、ちょっと相談したいことがあって...今日って時間ある? できたらでいいんだけど、カフェかなんかでお話ししたいんだけど...時間なかったら全然!』

 

「休日...相談...カフェでお話...これって...」

 

携帯を持つ手が震え、心臓がバクバクと鼓動する。比喩表現なしでまさに私の胸は大きく高鳴っている。

 

『今日は1日空いてます! 是非!』

『やった! じゃあ、駅前のタ●ーズに13時で!』

 

期待していいんだろうか、いや期待しちゃうよこれは。休日に二人きりでカフェ! これってデートってことでいいんだよね!

携帯を胸に引き込み小さくガッツポーズ。私は急いで出来るだけオシャレな服に着替えた。

 

ー13時 タ●ーズ

 

「....えっ? みほさん...ですか?...まあ、高校の先輩ですし知り合いですけど...」

 

「ほんと!? よかったー! ラインのトプ画にみほさんっぽい子うつってたからもしかしてって思ったんだけど! いやぁすごい偶然だねぇ!」

 

昂った私の気持ちに冷水をぶちまけるがごとく、会って早々、河野さんの口からは別の女の人の名前が飛び出してきた。

良かった、と嬉しそうにする河野さんに、嫌な予感が全身を走る。

 

「あの...もしかして相談って...」

 

「そう! ちょっとみほさんのこと知りたくて...協力してくれると嬉しいなって」

 

その言葉を聞いた瞬間、私のリア充ロードがガラスのように割れて崩れていくのを感じた。

 

 




話が長めになりそうなので、キリのいいところで今回は切りました。
次回(このエピソードに関しては)完結すると思います。


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第17話 相談(後編)

今回は途中に少し視点切り替えが挟みます。


「そう! ちょっとみほさんのこと知りたくて...協力してくれると嬉しいなって」

 

「ぶっ!....けほっけほっ..」

 

「ちょっ!? 大丈夫!? どうしたの急にコーヒー吹き出して!」

 

唐突に河野さんの口から出た衝撃ワードに思わずむせる。

困惑した河野さんにハンカチを差し出されつつ、必死に冷静さを取り戻す。

 

「すっ...すみません。ちょっとむせちゃって...。....えっとそれで...なんでしたっけ」

(どうか聞き間違いであってくれ)

 

「いやだからね、みほさんのこと気になってるんだ。実は今度プレゼント渡そうかと思ってるから、出来たらよく知ってる君に一緒に選んで欲しいなって...」

 

聞き間違いじゃなかったし、聞きたくもないことが追加されていた。

しかし私は諦めない。こういうことを聞いてくるんだ。好意はあれど、きっとまだ知り合って間もないはず...。

まだ十二分に私にも勝機はある!ここはひとつ、鎌をかけるか。

 

「へ、へえ...河野さんってみほさんと仲よろしかったんですか?」

 

「うーん...1ヶ月くらい前に初めて会ったくらいで、まだそこまで...」

 

よし! ビンゴ!!

これなら逆に私に有利まであるぞ!がんばれ私!

 

「あー!そうなんですね! じゃあ無難なものでいいんじゃないですかね! コップとか、タオルとか」

 

「うーん、俺もそれは考えたんだけど...。実は、みほさんの実家に泊まらせてもらう機会あってね。めちゃくちゃ立派な家住んでたんだよねー...。だから、ただのプレゼントじゃきっと満足しないんじゃないかなって...」

 

「あー、確かに。みほさんの実家西住流ですもんねぇ...。じゃあもうすこ...えっ!? 泊まりに行った!?」

 

思わず大声をあげてしまった私に、河野さんの方も最初はキョトンとしていたが、自分の発言に語弊があると察したのか、慌てて弁明をし出した。

 

「いやいや! 違うよ!? 飲み会の後にちょっといろいろあって泊まることになっただけで...全然変なこととかはしてないよ!」

 

「....色々...ですか...」

 

「そっ、そうそう! 色々だよ、色々...あはは」

 

前言撤回。多分この勝負、絶望的な負け戦のようだ。

右に左に目が泳ぐ河野さん。これは明らかに『へんなこと』があった様子だった。

 

(くっ...みほさん...見かけによらず、すごいアグレッシブだったんですね...)

 

正直敗色濃厚の気配。だが、そんなに簡単に諦めきれない私は泥沼へと突き進んでいった。

 

「えっと...そう言えばどうして急にプレゼントなんか...」

 

「あー...長くなるから省くけど紆余曲折あって、お姉さんからみほさんの入学祝い頼まれてさ。『お前が選ぶのならなんでも喜ぶ』っとか言ってめちゃくちゃハードル上げてくるんだよね...。だからせめて趣味くらいはしりたいなーって...巻き込んじゃってごめんね」

 

「あー、家族公認かぁ...。こりゃダメだなぁ...」

 

「えっ? 何? なんか言った?」

 

完全なる敗北。私の素晴らしき青春の始まりかと思っていた初恋は、戦う前からすで終わりを迎えるのであった。

 

(せっかくの初恋だ。せめて最後まで見届けよう...この人の幸せな姿、拝ませてもらおう)

 

「...わかりました。協力します。絶対にみほさんが喜ぶようなプレゼント買いましょう!」

 

「ほんと!? ありがとう!! よかったぁ」

 

(あっダメだ、かわいい。既に揺らぎそう)

 

こうして、私はラブストーリーの主人公から、恋のキューピッド(?)にジョブチェンジすることを決意するのだった。

 

ー翌日

(どうしてこうなった...)

大洗女子高校3年、澤は困惑でいっぱいの思いを胸に秘めながら駅前の噴水で待ち合わせ時間を待つ。

昨日まで思い人だった人が別の人と結ばれる協力をする。

ああ、私はきっと今この場ならどんな聖人君主でもなれる気がする。

 

そんなことを考えていると、息を切らせた河野さんが待ち合わせ場所に来る。

集合時間に少し遅れてきた河野さんは赤いパーカーにジーンズとかなりラフな格好だったが、それでも髪や身嗜みはしっかりと綺麗に整っており、隠しきれない美人オーラが溢れ出ていた。

 

「いやぁ、ちょっと走っちゃったから汗だくだよー...。まだ春先だけどもうちょい薄着でくればよかったなー」

 

そう言って河野さんがパタパタとパーカーを引っ張るとほのかに香る香水の匂い。側から見たらデート前のカップルといったところか。

 

(きっと昨日までなら飛んで喜んだ状況なんだけどなぁ)

 

複雑な心境を抱えたまま、ショッピングモールへ向かい、みほさんのプレゼント選びが始まった。

私のアドバイスを元に、2人でみほさんの好きそうなものをチョイスして候補を作っていく。服、家電、小物などなど。念のため色々な選択肢を考え、一番喜びそうなものを熟考し合った。

 

(ダメ、この人はみほさんのことを...応援するって決めたんだから....)

 

キラキラと眩しい彼の姿に心奪われそうになる時夜の心を必死に抑え、私達は本命の場所へと向かった。

 

「ボコショップ? こんなキャラクターいるんだ」

 

「はい、今までは好きそうって感じのチョイスでしたが、ここは本命です。正直ここらへんはみほさんのドストライクゾーンだと思いますよ」

 

「へー! そうなんだ! 確かに可愛いねぇ。みほさんにこんな趣味あったなんて意外だなぁ」

 

「いやぁ、好きというかもうボコマニアって感じなんで....あっ、もしかしたらもうほとんど持ってるか...」

 

「....これなら、みほさんも喜んでくれるかな...喜んで欲しいな」

 

彼にあってから初めて見た心底嬉しそうな優しい笑顔に思わずドキッとする。私に向けてのものではないのはわかっていても、胸の高鳴りはしばらく止まらなかった。

結局、ボコショップのぬいぐるみをプレゼントに決め購入した。

 

-----

 

「今日はありがとね。ほんとに助かったよ」

 

「い、いえ! お役に立てて何よりです! では私はこの辺で!」

 

これ以上この人のそばにいたらダメだ。そう感じた私が逃げるようにその場を離れようとすると、腕をぎゅっと掴まれた。

 

「あっ、ちょっと待って! 今日付き合ってくれたお礼に実はね....」

 

そう言って河野さんがバックから取り出したのはボコの小さなストラップだった。

 

「もしよかったらこれ、受け取ってくれないかな? 君もボコ好きって聞いたから」

 

「あ、ありがとうございます...大事にしますね」

 

「うんうん! そうしてくれたまえ! それにほら! 私とおそろにしたんだ! 当日も君が見守ってるって思うと気が楽だし!」

 

「あっ...そ、そうですね...それはいい考えです...」

 

この人は悪くない。きっと何の悪気もなく、感謝のつもりでこれを渡しているのだろう。

だが、私にとってこのプレゼントは残酷以外の何物でもなかった。

 

「本当にありがとうね! 当日絶対成功したって連絡するから! 待っててね!」

 

「はい! 頑張ってくださいね!」

 

嬉しそうに手を振る彼に笑顔を向けながらその場を離れる。

家につき、部屋のベットに横になり、小さくため息をついた私は気がついたら泣いていた。

意識していなかった、意識したくなかった初恋の終わりにようやく向き合えた気がした。

 

------当日 夕方

 

泣き疲れて寝てしまった私は、休日を半分以上も無駄にした状態で目を覚ました。

 

「はっ! か、河野さんからは...!?」

 

さっと携帯を開くが河野さんからの連絡はなかった。

まあ、まだ夕方だ。きっとうまく行ってデートを楽しんでいる最中に違いない。そう心では思いながらもぬぐいきれない不安を抱えた私はフラフラと一人でショッピングモールに向かうのだった。

 

ーショッピングモール

 

「はぁ...何やってるんだろ私...。相変わらず未練がましいよなぁ...」

 

一人でショッピングモールをブラブラし、河野さんと回った店をボーッと眺める。幻覚のように映る、河野さんの嬉しそうな表情やしぐさを思い出しながら、気がつくと、終着点、ボコショップに足を運んでいた。

他のお店同様、なんの気もなしにストラップを眺めていると何故か店員から声をかけられた。

 

「あ、あのぉ...もしかしてこの前もこのお店来てませんでした? 可愛い男の子連れて...」

 

「へっ?...え、ええまぁ...それがどうかしましたか?」

 

「あー! よかった! 実は君のお連れさん、今日も来てたんだけどさぁ、店に落としものしててさ! よかったら届けてくれないかな?」

 

そう言って河野さんの落とし物を店員から渡された瞬間、携帯の通知がなる。

 

河野『ごめん』

 

そう一言だけ書かれたメッセージにいやな予感がした私はある場所に走り出した。

 

ーー(河野視点)

 

二人と別れた河野。本日の彼はまさに最悪だった。

 

買い物の途中でブレスレットをなくす。

みほさん用のプレゼントを本人の前で出してしまい、慌てて自分のだと言ってしまう。

挙げ句の果てに帰りに連絡しようと携帯で澤さんに連絡した瞬間、充電が切れて、意味不明な文を送ってしまった。

 

「はぁ...今日は散々だったな...。まほさん...笑ってたけど絶対あれ気付いてたよなぁ...恥ずかしい...。せっかく選んでくれたのに...プレゼント選び直しかなぁ...へっへっクシュン!」

 

泣きっ面に蜂。この最悪の状況に追い討ちをかけるように、本日は花粉が絶好調だった。

 

「あー...ダメだ...涙止まらん...。こりゃ朝の薬切れたかな...この時期は涙腺が緩くて敵わんなぁ」

 

途方に暮れながら河野は一人、土手から見える川の流れをボーッと眺めるのだった。

 

ーーーー

 

「はぁ...はぁ...河野さん! もしかして...」

 

杞憂であってくれと願いながら、澤は初めて彼にあった土手に走っていた。

何故かはわからない。だが、彼はきっとそこにいる、そんな気がした。

 

「あっ...あれって...」

 

予感は的中。河野さんは一人。土手で座っていた。

私は斜面を急いで駆け下り、河野さんに近づく。

 

「もー! なんでこんなとこいるんですかー! 約束はどう...」

 

「へっ? 澤さん...? なんでここに...」

 

精一杯明るく振る舞おう。そう思って近づいた私だったが、彼の顔を見てとっさに言葉を失う。

腫れぼった目蓋、充血した目。彼の様子を見て、失敗したことを悟った。

 

「あー...いやぁ...へんなとこ見られちゃったな...。ごめんね! 俺ひどい花粉症で...」

 

慌てて立ち上がったかと思うと、手で涙をぬぐいながら必死に強がる河野さん。

普段の朗らかな彼とは対照的に、必死に明るく振る舞おうとする彼の姿に私はかける言葉が見つからなかった。

 

「...失敗しちゃった。選んでくれたのに...本当ごめん」

 

しばらくの静寂の後、河野さんから声が出る。

喉の奥から必死に絞り出したようなか弱い声だった。

 

「そんなこと....河野さんの方こそ大丈夫ですか?」

 

「...大丈夫。俺こう見えて打たれ強いから!また1から始めることにするよ。....あーでもブレスレット落としちゃったのはショックだな...」

 

(また1から...か。きっとこの人には諦めるって選択肢はないんだろうな...だったら...)

 

「...そうですか。じゃあそんな河野さんに元気出るものみせてあげますよ!」

 

「へっ? 元気出るもの...?」

 

ひょいと、河野さんの前に例のブレスレットを取り出す。

それをみた瞬間、表情が変わる。

 

「えっ...うそ!? これ..俺の...?」

 

駆け寄って受け取る彼の瞳は初めは困惑の色をしていたが、まじまじと見つめ自分のものだと分かるとギュッと大切そうに握りしめていた。

 

「まったく、河野さんのおっちょこちょいです。お店に落ちてたらしいですよ? 大切なものならもっと...」

 

「ありがとうっ!!」

 

彼の腕が私の背中に回り、ほのやかな石鹸の香りが私を包む。

相当嬉しかったのかかなり強い力でしばらくは抱きしめられていた。

色々と言いたいこともあったが今はそんなことどうでも良くなった。

 

この人はみほさんのことが好き。

そしてきっとこれからも、その気持ちは変わらないかもしれない。 

でも、私は諦めが悪い女だ。この人と同じように。

 

(負けませんよ。みほさん...)

 

澤梓は恋のキューピットから再び、恋のライバルへとジョブチェンジするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなってしまった...申し訳ない


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第18話 島田家の救世主

「いやぁ! 大学ってすごい所ですね! 通うの楽しみになってきました!」

 

「そっか、それはよかった...」

 

「この後(授業)お昼どこで食べますかね? たまには食堂以外でも食べたいですよね」

 

「うーん...そうだね...。でも俺も正直ここら辺あんまり詳しくなくて...」

 

「そうですか! なら散策しましょ! 奢りますよ♪」

 

「いやいや、先輩だし俺が出すよ...」

 

(なんでこの子ずっと俺に絡んで来るんだ...。てか横のみほさんからのどす黒いオーラ感じてやばいんだけど...なんかしちゃったかな...)

 

現在、大洗大学はオープンキャンパスなる、高校生が大学を体験できる期間にある。

現在、この目の前で嬉しそうにはしゃいでいる澤梓もこの期間を利用して大学を訪れているのだが....

 

「みてみて...また高校生の彼女きてるよ...」

 

「やっぱ彼女もちかぁ...あの子いいなぁ、羨ましい...」

 

「年下好きって噂...本当だったのか...」

 

オープンキャンパスが始まって以降、何故かずっと俺にべったりついてくる彼女は授業はもちろん、食事、空きコマの暇つぶし、行き帰り...。

まさに四六時中くっついて離れなかった。

その様子を見た周りの大学生はものの数日で完全に彼女と勘違い。噂は噂を呼び気がつけば大学中で悪い意味で澤は有名人と化していた。

 

(まあ、大学に知り合いなんて俺以外いないだろうし...頼ってくれてるのかな...でも...)

 

バキッ「澤さん、ちょっと近くないかな? 河野くん、困ってるんじゃないかな?」

 

(えっ...シャーペンってあんなふうに折れるんだ...)

 

「えー、そうですか? 普通ですよこれくらい」

 

「それに! なんで私と河野くんの間に座るの!? 私も休んでた分、河野くんのノート見たいんだけど!?」

 

「そんなの授業出てない先輩が悪いんじゃないですかー! そっちこそ真面目に授業受けてる河野さんに邪魔してるんじゃないですかー?」

 

「なっ...そんなこと...そんなことないよね!?」

 

「ま、待って待って。俺は大丈夫だから! 二人とも落ち着いて!」

(うーん、二人とも仲が悪いってわけじゃなさそうなんだけど...どうしてこうバチバチに..)

 

ー昼休み

 

「さーて、先輩、今日は何食べますか! たまには食堂以外でも食べたいですし...ちょっと良さげなレストランとかどうです?」

 

「えっ...お昼から? うーん...でも今月もお金あんまりないしなぁ...」

 

「大丈夫です! ついてきてくれたら足りない分くらい出しますよ!」

 

「えっ...でも...」

 

「じゃあ、私は全額出すよ? 河野くん、西住家御用達の美味しい和食屋さん行かない?」

 

「あー! ズルい! 西住流の力使うなんて卑怯ですよ!」

 

相変わらずすぐにバチバチしだす二人に困惑しながら大学出口に向かうと、何故か付近で妙な人だかりができていた。

写真を撮るもの、声援を送るもの、握手を求めるものなどなどから見るに、おそらく有名人であることは間違い無いようだ。

 

「うーん...あれってまたカチューシャさんでもきてるのかな? だとしたら、できれば近づきたくないな...また変な誤解招いたら嫌だし...」

(※詳しくは6話参照)

 

「でもでも、確かK様って今、海外でロケ中って話、この前テレビでやってましたよ?」

 

「じゃあ、誰だろ? うちみたいな田舎に来る有名人なんて戦車道関連の人で間違い無いと思うんだけど...」

 

「あっ...もしかして...」

 

人だかりの中心にいたのはおそらく中学生くらいだろうか、サイドテールにボコのぬいぐるみを抱えた少女だった。周りの歓声にやや戸惑った様子の彼女は俺たちを見つけると嬉しそうに手を振って近づき始めた。

 

「ごめんね..今日は用があってここにきてるだけだから...あっ! いた! みほさーん!!」

 

「あー! 愛里寿ちゃん!! 久しぶりー!」

 

どうやら知り合いのようで、愛里寿さん同様、みほさんも嬉しそうに手を取り合って再開を喜んでいた。

 

「実はね! ボコの新作のグッズが出てね! みほさんのために取り寄せたかからどうしても見せたくって...」

 

「うそ! うれしい!!」

 

歓談をする二人は随分と仲良しのようで、夢中で何かの話題を歓談している。

完全に取り残された俺は澤さんに耳打ちする。

 

「...ごめん、澤さん、この子って...」ヒソッ

 

「...島田愛里寿さんです。西住流と同じく、戦車道の名門、島田流の娘ですよ。まほさん同様、飛び級で大学チームに入るほどの実力者らしくて...プロ候補の噂を後を立たないです」

 

「こんな小さな子がまほさんと同格!?名門で飛び級かー...いやぁ...そりゃあれだけ人気も出るわけだ...」

 

いわゆる完全無欠で生まれながらの天才タイプの人間のこの少女。

いやはや、本当にいるんだな、こんな漫画みたいな人間が...。

 

「それでね! 今度一緒に....」

 

関心と興味から、じっとその娘を見ているとその視線に気がついた彼女はまるでロボットのようにピタリと会話を止め、直立不動になった。

 

「あ、愛里寿ちゃん...? 大丈夫? どうしたの急に固まっちゃって」

 

「...み、みほさん...その方ってもしかして...男の子ですか?」

 

「その方って...ああ、河野さんのことかな? そうだよ! 今年からうちの大学に入った子で...」

 

そう言っているみほさんの説明の途中、不安そうな顔をしながら自分に近づいていた彼女はそっと自分の手に触れてつぶやいた。

 

「....なんでだろう...。この人は全然怖くない...」

 

「愛里寿ちゃん...でしたっけ...? なんで手を...もしかしてどこかで...」

 

「隊長ー! こんなとこにいたんですねー!」

 

「もうすぐ会議なんですよ! 遅刻しないようにそろそろ移動しちゃいましょ!」

 

自分の手を見つめたまま、何か考え事をしている彼女の後ろから、所属しているチームメイトだろうか? 大学生っぽい女性3人組ががこちらに走ってきた。

だが、そんな声なんて耳に届いていないのか、じっと俺を見つめる彼女はゆっくりと話し出した。

 

「...あなたのお名前は?」

 

「えっと...河野ヒロです。この大学の1年生です...」

 

「河野...ヒロさん...。不思議な人...大学ではなにを学びに? 大洗に入ったのだから戦車道関連よね?」

 

「ええまあ...。でも自分男ってこともあるんで色々とサポートとして...」

 

「なるほどね。確かに男の人には少し窮屈な場所かも...。じゃ、じゃあマネージャー的な感じなのかな?」

 

「あーまあ、確かにそういう立場なんですかね?」

 

「そっか....。...確かうちのチームにはマネージャーが不在だったような...お母様に掛け合ってみようかな...」

 

(なんか夢中になってて全然話すのやめないなこの子...後ろの3人ほっといていいのかな?)

 

だがそんな河野の不安をよそに、後からきた3人組は全く別の話し合いをしていた。

 

「めっ、メグミ...今のみてる?」

 

「ええ、動画で撮影もしてるわ。これは...緊急事態かも...ルミ! 家元に連絡を!」

 

「了解! 動画の添付したいので今撮ってるやつを...」

 

--島田家 家元実家

 

「...ええ。...ええ、わかった。動画も今確認してるわ。ありがとう。後はこちらに任せて頂戴」ピッ

 

『戦車道はどこで知ったの? 男の人がこの大学入るなんて珍しいし! それに...』

 

『え、ええっと...実は漫画で...』

 

「河野ヒロ...。もしかしたら島田家の救世主になりうるかもしれませんね」

 

動画で嬉しそうに彼に話しかける娘の姿を動画で眺め、ため息をつく1人の母。島田家の悩みの種に降りた光の糸を見失わぬよう、彼女は次の行動に移るのだった。



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第19話 男性恐怖症

※注意※
今回は作中では描写のない、二次創作の設定が含まれます。


「...相談がある?」

 

島田愛里寿という少女と出会ってから数日だろうか、島田家の家元であるという女性から連絡がきた。

俺に折り入って相談がある、とのことらしい。

人目を憚る話なのか、島田家の本家の豪華な屋敷に呼ばれた俺は、男子禁制と大きく書かれた居間に通された。

 

「えっと...それで、島田家の家元様が俺になんの相談ですか...?」

 

「数日前にあった娘を覚えているかしら。あなたと接触したと聞いているのだけど」

 

「接触って...愛里寿さんのことですよね?」

 

「そう、相談は愛里寿...もとい私の娘の件です」

 

そう言って、彼女はゆっくりと話し出した。

 

「愛里寿はその...男性恐怖症というものを患っております。一種の対人恐怖症ですね」

 

「...男性恐怖症?」

 

「まあ、簡単に言ってしまえば、男性に対して異常なまでに恐怖を感じてしまう病気ですね」

 

島田さんが話すに、娘のその異常性に気がついたのつい半年前ほど。

大学に飛び級しプロ候補として闘う中で、何度か男性と接点を持つ機会があったらしいのだが...

男性に話しかけられる、もしくは接触する(握手やアイコンタクト)だけで、動悸、めまい、吐き気、貧血etc...

ひどい時にはその場で失神してしまほど、体に異常が現れた。

初めは体調不良などを疑ったが、男性から離れ、しばらくすると容態は安定する様子をみて、確信したらしい。

 

「...原因を考えればキリがありません。元々人見知りが激しい子でしたから。同性ならともかく、年齢の離れた異性の存在はきっと彼女にとっては恐怖の対象だったのかもしれません。...しかしそんな悩みを持っていたある日、その例に漏れる、特異な存在を見つけました。それがあなたです」

 

「お、俺が?」

 

「ええ、理由はわかりませんが、娘はあなたのことを男性であるのにも関わらず、恐怖の対象と認識していないようです。あなたも先ほどの話を聴いて違和感を感じたでしょ?」

 

「...確かにそんな感じはしませんでしたね。至って普通...というかなんというか」

 

そう言われて思い返すと、確かに最初の方は少し顔が硬っていたような気もしたが...。知り合いのように気さくに話しかけてくる彼女にはそんな異常性、ひと時も感じなかった。

 

「そこでご相談、というかお願いがあるのですが...」

 

「は、はい! なんでしょう」

 

「なんでもいいです。娘の男性恐怖症の原因...もしくは解決方法を見つけるために、積極的に娘とコミュニケーションをとって欲しいんです」

 

「え、えっとそれはつまり...仲良くなれと?」

 

「...まあ、大枠で噛み砕けばそうですね。島田家はもちろん、大学チームや関係者にも話を通しておきます。解決はともかくとして、とにかく娘との接点を多く作って欲しいのです。お願いできますか?」

 

「...うーん...目的はわかりましたけど...。そんな大役こなせるかどうか...」

 

「まあ、そんな深刻に考えないでください。男性に免疫がつくだけでもこちらでは願ったり叶ったりですので」

 

「...わかりました! 頑張ってみます!」

 

こうして、島田家の未来を背負った一大プロジェクトが幕をあげた。

 

(とは言ったものの...俺だってそこまで女の子と接するの上手くないんだよな...。...あんまり気乗りしないけど、とりあえずあいつに電話してみるか...)

 

ー某所 キャンプ場近く

 

とあるキャンプ場。深いチューリップハットをかぶった女性が、一人カンテレを弾きながら海に沈んでゆく太陽を眺めていた。

 

「ちょっとミカー! またサボってー! 片付け手伝ってよー!」

 

「そうだそうだ!」

 

「...ふふっ。今日も平和だね...っておや? この着信...はい、ミカだよ、どうしたの?」

 

『もしもし? 河野だけど...今大丈夫?』

 

「...おやおや、これはお久しぶり。昔の女が恋しくなっちゃったかな?」

 

『語弊のある言い方はやめろ』

 

「ふふっ語弊なんてひどいな、一夜を共にした仲だろ?...で、どうしたの急に」

 

『はぁ...相変わらずだなお前は....。お前確か、大学で心理学専攻だったよな。ちょっと相談があって』

 

「ええ、まあ。気まぐれで行ったりいかなかったりだけど一応ね。それで相談って?」

 

『実はさ、ちょっと訳あって島田家の娘さん...愛里寿さんっていうんだけどさ、その子の男性恐怖症を治すのに協力しててさ、心理学専攻のお前ならなんかいいアドバイスをくれないかなって』

 

「愛里寿...」

 

『もしもし? 聞こえてる?』

 

「...ああ、ごめんよ。ちょっと因果を感じていてね。...しかし相変わらず人助けかい? 君も変わらないようで安心したよ」

 

『...頼む。なんでもいいんだ。そういう精神状態の子の心を開くようなこう...いい方法ってないか?』

 

「別に私は心理学専攻なだけで専門家ではないんだけど...まあ、手助けになるようなアドバイスをひとつするとしたら、そういった子に一番有効なコミュニケーションはシンプル。『相手を理解しようとする』こと。気持ちを汲み取る姿勢を見せることだね」

 

『気持ちを...汲み取るねぇ...』

 

「まぁ、こんな曖昧なこと言ってもしょうがないだろうから、具体的な行動をいくつか教えてあげるよ」

 

「頼む!」

---------------

 

「....とまぁ、とりあえずはこの3つくらいかな? これを意識するだけでもだいぶ変わると思うよ」

 

『....なるほど。わかった! ありがとう!』

 

「礼には及ばないよ。まあ、お礼は期待してるけどね」

 

『相変わらず減らず口を...と言いたいところだが今回は本当に助かったからな。まあ、こっち遊びにきたら飯でも奢ってやるよ』

 

「ふふっ、相変わらず女性の誘い方が上手だね。感心しちゃうよ」

 

『は? 何いって...』

 

「ミカー!! いい加減降りてこい!! 皿洗いぐらいしろ!!」

 

「おっと、長話しすぎたよ。ごめんね、そろそろ切るよ」

 

「おう、じゃあまたな!」

 

「うん。...じゃあ頑張って.......妹をよろしく頼むよ」

 

「へ? 最後の方が聞こえ...」ピッ

 

「はぁ...。やれやれ...。本当に不思議な子だ」

 

風に当たりながら一人、ミカは複雑な心境だった。

たった一人の大事な妹の写ったその画面を、しばらくじっと見つめて物思いにふけるのだった。

 



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第20話 味音痴のお嬢様

ご無沙汰です。色々あってエタりそうになりましたが、再開します。



「えっと...確かこの角を曲がったところに...あったあった。あれが練習場かな」

 

ミカのアドバイスをしっかりと頭に叩き込んだ俺は早速だが愛里寿との接触機会を増やすべく、彼女がいつもいると言う練習場に足を運んだ。

最年少のプロ候補で島田家の当主。そんなメンバーがいるチームともあってその練習場は豪華絢爛な設備だった。

 

(...屋内プールに、トレーニングルーム、会議室....ってグラウンドも複数あるじゃん...どこだよ...)

 

彼女の母親から、彼女は本拠地のグラウンドによくいる、と言う情報をもらったのだが...。

豪華なこともさることながら、複雑で広大な設備に完全に途方に暮れていた。

 

(参ったな...。この広さじゃ歩いて探すのも...)

 

「あのー、何かお困りでしょうか?」

 

「えっ...あ、えっとちょっと諸事情で、愛里寿さんがよくいるグラウンドを探していて...」

 

「あー!! もしかして! 君が噂の河野くんかな? 話は聞いてるよー!」

 

「(噂...?)は、はい! 河野ヒロって言います!」

 

「やっぱりー! ふーん、こんな美人さんだったんだぁ...へえ...」

 

おっとりとした口調で、赤みを帯びた茶色の髪型をした女性が、自分の周りをグルグルと吟味するように眺める。

そしてしばらく考え込んだ後、再び口を開いた。

 

「うん! 合格! どんな子が来るのか心配だったけど、あなたなら大丈夫そうね!」

 

「あ、え、えっとすみませんがどちら様でしょうか...?」

 

「あー! あっはは! ごめんね! 私メグミって言います!愛里寿隊長のいるチームの副官やってるものです! これからよろしくね!」

 

「よ、よろしくお願いします...」ギュッ

 

サッと出された手を掴むと、彼女は先ほどよりもっと嬉しそうに、力強く握手をした。

現在、愛里寿さんは練習場で舞台別練習の真っ只中ということで、その場所まで案内してくれた。

 

「B! 周りをよく見なさい!! 後ろがガラ空きだよ!」

 

「D! カバーに入るタイミングが甘い! そんなんじゃあっという間に走行不能だよ!」

 

「「はい! すみません!!」」

 

練習場の近くまで来ると、彼女のチームだろうか、激しい叱咤と砲弾のけたたましい音が鳴り響く。

よほど厳しいコーチなのか、戦々恐々としながらキビキビと選手たちは動いている様子だった。

 

(うわぁ...練習キツそうだなぁ...それに名門チームだけあってコーチも...って..ん?)

 

練習場の中央、メガホンを片手に先ほどから叱咤を飛ばしていたのは、紛れも無い俺が探していた愛里寿さん本人だった。

 

「えっ...!? 指導してるのって愛里寿さんなの!?」

 

「そうよー! どう? 隊長、情熱的でかっこいいでしょ? あの歳でも十分な実力が認められて、チームではどちらかと言うと指導する側に回ることが多いのよー。優秀で頼り甲斐があって...本当、素敵だわ...」

 

フェンス越しに愛里寿さんをガン見している彼女の目はまるで獲物を見つめるライオンのようにギラギラしていた。

しかしその一方で顔の下半分は柔らかく綻び、口角がゆっくりと下がって行くのがわかった。

 

「え、ええ、まあ...」

 

「...はっ。いけない、いけない! 隊長のあまりの魅力に作戦を忘れるところだったわ!」

 

「作戦?」

 

「いや! こっちの話! ごめんね! ちょっと電話するからちょっと待ってね!」

 

サッと真面目な表情に切り替わったかと思うと、彼女は慌ただしく携帯を取り出し、何やら何処かに連絡をとっている様子だった。

彼女の連絡中、暇なので練習を眺めようと、目線を戻すと、休憩しているチームメイト達がこちらをチラチラと見ていることに気がついた。

 

(男が珍しいのかな? まあ、隊長の愛里寿さんが男性恐怖症だもんな...そりゃ不審がるわ)

 

「はーい! 皆さーん! ここで一旦休憩です! 所定の場所で各自お昼を取ってください!」

 

「「「はーい」」」

 

時刻はちょうど12時を回ろうかと言うところで、先ほどまで電話をしていたメグミさんが戻ってきて、全体に号令をかける。

その声に呼応し、チームメイト達がキビキビと奥の建物へと向かっていった。

 

「さて! 河野くんもついてきて! ちょうどお昼ご飯みんなで食べるところだから、是非一緒に!」

 

「えっ、あー、でも俺お弁当とか持ってきてないし...」

 

「大丈夫! とにかくついてきて! 隊長にも会いたいでしょ!」

 

強引にグイグイと手をひかれ、彼女たちが休憩していると言う建物に連れていかれた。

メグミさんがドアを開けると、学校の食堂のような部屋が広がっており、先に入っていたメンバーは持ってきたであろう、お弁当を広げ、歓談していた。

 

「さっ! 隊長はこの奥のミーティングルームで食事してるから!」ガチャ

 

中に入ると、ボコの人形をテーブルに置いた愛里寿さんが、ぽつんと座っていた。なぜか顔を赤くして俯いている彼女以外には人がいなかった。

 

「あ、ありがとうございます。あれ、他の方は...」

 

「あ...えーと、あー! ごめんね! 偶然! ほんっと偶然!今日は他のメンバーで昼の会議しないといけなくて! 悪いけど、隊長と二人で食べて! お願い!」

 

「え、ええ。残念ですがわかりました...」

(会議...? ここがその会議室じゃ...)

 

「じゃ、じゃあ! 機材のチェック...じゃなかった、会議の資料の準備するから後はよろしくね! じゃ!」

 

「あ、ちょっ!」

 

バタンっと閉められたドア。相変わらず俯いたままの愛里寿さんと二人、沈黙の時間が流れる。

しばらくして、気まずさに耐えきれなくなった俺は話し始める。

 

「あ、え、えーと、じゃあ俺も座ろうかなー。 隣いいですか?」

 

「は! ひゃい! 大丈夫!...ど、どどどうぞ!」

 

「あ、ありがとうございますー...」

 

椅子をスッと引いてくれた彼女の隣にちょこんと座る。

相変わらず俯いたままの彼女だったが、近くで見ると心なしか少し顔が赤い気がした。

しかし、先ほどと同様、ポジションが変わっただけで、相変わらずの沈黙。

彼女はチラリとこちらを見ては、目が合うと慌てて目線を逸らす。これの繰り返しが延々と続くのだった。

 

(うーん...大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり男性恐怖症は俺も例外じゃないのかな? 明らかに様子おかしいし...お昼中に申し訳ないし今日は撤退するか...)

 

「え、えっと...愛里寿さん?ごめんなさい、気になりますよね。俺は今日はこの辺で...」

 

立ち上がり、そう言いかけた最中、袖をギュッと引っ張られ、今にも消え入りそうな声で、声を出した。

 

「あの!...お弁当。多めに作っちゃったからあなたさえ良ければ...」

 

「えっ...いいんですか?」

 

「...ど、どうぞ。あなたさえ良ければ...」

 

そう言って机にコトリとおいたのは、先ほどからずっと握り締めていたお弁当箱だった。

蓋を開くと真っ赤なチキンライス?と赤みがかったたくさんのおかずが入っていた。

 

(なんか全体的に赤いのが気になるけど...美味しそうだな)

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて...いただきまーす!」

 

豪快にチキンライスをスプーンに乗っけて口に運ぶ。

パクリと一口食べた瞬間、口の中に大量のスパイスと香辛料の味が広がり、激痛が走る。

 

(な...なんじゃこれ!! 辛い!! てか痛い!!)

 

チキンライスと思っていた部分はよく見ると唐辛子、一味、豆板醤など、とにかく辛けりゃいい、みたいな調味料で真っ赤に染められた白米だった。

 

「....ど、どうかな? 私が辛党だから普段は辛口なんだけど...口に合わないといけないと思って今回は少し甘めにしたって...」

 

「へ、へえー...そうなんだぁ...ちょ、ちょっと待ってね水を...」グッ

 

口の中に走る激痛と、止まらない汗、腹痛...わずか一口食べただけでこのダメージだ。全部食べるには相当の....

 

(こんなの食べたら体が.......いやでもここで残したら...考えろ、考えるんだ...)

 

俯いた状態で脳をフル回転させるも、激痛で上手く思考が巡らない。

食べようにも、恐怖から手が全くと言っていいほど動かない。

 

「...あの、口に合わなかった...ですよね。...ごめんなさい」

 

「い、いや! そんなことは...」

 

「ううん、いいんですよ。勝手に作っちゃっただけですから..あ、食堂行きましょうか...」

 

そう言って、でスッと弁当箱に手を伸ばす愛里寿さんの手には無数の絆創膏が貼ってあった。料理に慣れてない彼女が必死に作ったものなのだろう。

それに気がついた時、俺は自然と口から言葉が出ていた。

 

「ち、違います! めっちゃ美味しくて味わっていたと言うか...是非残りも食べたいんですが!」

 

(ってどうすんだよ俺! さっきから手が全く動かないのにそんなこと言っても! もうしかたねえ! こうなりゃ無理やり!)

 

「え、で、でも全然箸が進んでないし...無理しなくても」

 

「いえ! 本当です!...ただ...食べる前にひとつお願いがあって!! いいですか!!」

 

「へ!? は、はい! なんでしょう!!」

 

「腰が抜けてしまったので、愛里寿さんが口に運んでくれませんか!!」

 

「....はい?」

 

ーこの選択肢、神の一手となりうるのか。それとも...




次回は愛里寿の視点からとなります。


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第20.5話 味音痴のお嬢様 裏

お久しぶりです。


ー時は少し遡り、河野が見学にくる日の朝

 

(おかしい...みんないつもよりも動きが鈍い...メグミとアズミもなぜか休憩に行ったまま帰ってこないし...)

 

愛里寿は今朝方から他の隊員の動きが気になっていた。

練習こそ集中している様子だが、休憩中になると皆が自分の顔をチラリと見てはヒソヒソと話をしているからだ。

 

(寝癖...? それとも服装が...。いやおかしなところな何も...)

 

練習の指揮を取りながら、練習場のガラスをミラーがわりに自分の姿を凝視するが特に変な部分はないように見えるのだが...。

こんな違和感、このチームで隊長をやり始めてから初めての事だったので顔には出さずとも朝から終始困惑していた。

 

(初めてだこんな事...)

 

出会ったことのない違和感。その考えが浮かんだ時無意識に連想したのは「あの人」の存在だった。

 

「河野ヒロ...」

 

男性という存在を避けていた私が初めて自分から話したいと思った不思議な生物。

握った手は間違いなく男性のもの。声だって、顔だって...。

だが自分でも怖いくらいにすんなりと彼を受け入れることができた。

 

(変な気持ち...病気...なのかな...それとも...)

 

「...いちょう! 隊長!!」

 

「へ!? な、何?」

 

「何じゃなくて! 基礎練習終わりましたので、次の指示をお願いしますよ!」

 

「ご、ごめん! えっと...次は展開訓練! A,Bチームは所定の位置に!」

 

「「「はい!」」」

 

(ダメダメ! 隊長としてチームを引っ張らないと!)

 

パンッと頬を叩き、ゆっくりと指揮用のパイプ椅子に腰掛け、私は集中モードに切り替えるのだった。

 

ーーーーー昼前

 

気が付くと昼休憩前の最後の練習に入っていた。

 

「B! 周りをよく見なさい!! 後ろがガラ空きだよ!」

 

「D! カバーに入るタイミングが甘い! そんなんじゃあっという間に走行不能だよ!」

 

「「はい! すみません!!」」

 

(みんな、着実に連携も取れてきてるね。...これならあの西住流にも...)

 

真剣な眼差しで練習を眺めていると、ピコンッと一件、ラインで連絡がきた。

 

「...ん? メグミから...? そういえば休憩いったまま帰って...ってええっ!?」

 

『隊長! お目当ての河野くんって男性が来ましたよ! ほら! マネージャー候補の!』

 

集中モードが一気に崩れ、思わずスマホを凝視する。

 

(か、河野くんってあの...? ええっ!? 何でここに...?)

 

初めて会った日の夜、確かに家元にマネージャーの打診をしたが、性別はもちろん、何も彼のことは話していない。

偶然だろうか....それにしてはできすぎている気が....。

動揺して震える指を必死に抑え、メグミに返信する。

 

『ちょと! あなた練習は? というかマネージャー候補って』

 

『もー! 細かい話はいいですから! とにかく昼休憩にして、ミーティングルーム来てください! 客人待たせちゃダメでしょー!』

 

「メ、メグミめ...。後で説教ね....。....全員集合!! これより昼休憩に入る! ルミ、後は任せたわよ」

 

「了解です♪ お気をつけてー」

 

隊員達に休憩を告げると、怪しまれないように急ぎ足でミーティングルームに向かう。

そこにつくと何故かお弁当箱を持ったアズミの姿があった。

 

「隊長! 遅いですよー! 早くしないと河野さん来ちゃいますよ? あ、あとこれはい、お弁当!」

 

ドアを開くと矢継ぎ早に弁当箱を手渡してきた。

唐突に渡されたことに戸惑いつつも、コトリと手に持っていたボコの人形を置くと、冷静に対応する。

 

「遅いって...私はメグミに呼ばれてきただけなんだけど...。...というかなにこのお弁当。どう見ても二人分あるんだけど...」

 

「何って...ふふっ」

 

質問責めする私にニヤニヤと嬉しそうに近付くと、耳元で呟く。

 

「...河野さんの分に決まってるじゃないですか」

 

「かわ...ってへえ!? そんな急に渡されても困るんじゃ!」

 

「あー、中身ですか? 大丈夫ですよ! 隊長の味音痴も考慮して、今回は少し甘めに作ったとの事ですし!」

 

「そ、そうじゃなくて!」

 

「...さっ! 客人がお見えです! 隊長としてしっかりマネージャたりうる存在か見極めてきてくださいねー!それじゃ!」パタンッ

 

嵐のように現れたアズミがいなくなった部屋にはポツンと取り残される。

だが、静かな部屋の空気とは裏腹に私の心拍数は今日一番に昂っていた。

 

(河野くんが来る...河野くんが来る...? どどどーしよ! と、とりあえず冷静になれ私!)

 

そうこうしている内に、入れ替わるようにアズミの声が近づいてきた。

 

「さっ! 隊長は... 食事してるから!」

 

「あ、ありがとうございます。あれ、他の方は...」

 

(ほんとにきた! ほんとに河野くんだ!!)

 

ドアが開き入ってきたメグミの後ろに申し訳なさそうに入ってきたのは間違いなく河野くんだった。

だが、そうとわかっていても顔がどうしてもあげられない。妙な心理的圧迫が私を襲うのだった。

 

(またいつもの恐怖症...? いやでも全然嫌な気分じゃないし...むしろ...)

 

普段も男性を前にすると似たような状態にはなる。

だが、今回のは明らかに違う...というより気分的にはむしろ逆に高揚しているのを感じる。

嬉しい気持ちが半分と何故か恥ずかしい気持ちが半分...。

とにかく今まで経験したことのない複雑な感情が押し寄せてくる。

 

「あ、え、えーと、じゃあ俺も座ろうかなー。 隣いいですか?」

 

「は! ひゃい! 大丈夫!...ど、どどどうぞ!」

 

「あ、ありがとうございますー...」

 

頭の中がグチャグチャにかき回されている最中、唐突な彼の声に思わず動揺が言葉に出る。

ロボットのような動きで椅子をゆっくりと引く私に、明らかに引き気味に彼の苦笑いが胸に刺さる。

 

(今絶対変な人って思われた! 変な人って思われたよぉ...)

 

たった一言ですら呂律が回らず羞恥心に打ちひしがれている今の私に、隊長としての威厳は皆無だった。

しかし、そんなことで挫けてはいけない。齢14歳にして若干涙目になりながら、彼と目線を合わせる努力を始めた。

 

チラリと見ては目が合うと目線を外す。

またチラリと見ては見られたら目線を外す...。

 

(いや無理! どーしよ! 私ってこんなコミュ障だったっけ!?...と、とにかくこのもらったお弁当を渡さないと...)

 

お弁当を渡して、一緒に食事にさそう。

簡単な事だ。

なのに何故か体が動かない。

 

この前のように自然に動きたいのは山々なのだが、何故か自身の外見や彼の言動に異常に敏感になってしまう私がいるのがわかった。

髪型は変じゃないか、服装は? 汗臭くない?

この人に変だと思われたくない、その思いが強く出てしまうのが逆効果をうみ、余計挙動不審になる悪循環。

そんな私を気遣ったのか、彼から一言、静かに声が上がる。

 

「え、えっと...愛里寿さん?ごめんなさい、気になりますよね。俺は今日はこの辺で...」

 

(だめっ! それだけは...!)

 

咄嗟に袖を引っ張り、彼を引き止める。自分でも驚きの反射神経で一気に距離が近づいた。

逃げられない状況になったことが幸いしたのか、私は初めて彼の顔を直視することができた。

 

「あの!...お弁当。多めに作っちゃったからあなたさえ良ければ...」

 

「えっ...いいんですか?」

 

「...ど、どうぞ。あなたさえ良ければ...」

 

(言えた...!  言えた!)

 

ニコッと笑顔を見せた彼は嬉しそうに私のお弁当を受け取る。

気持ち悪いくらいにじわじわと口角が上がっていくのがわかった。

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて...いただきまーす!」

 

しかし、渡せた余韻に浸っていたのも束の間、私のお弁当を食べた彼の顔色が変わっていく。

口に入れたスプーンがピクッと動いたかと思うと、そこから動きが固まる。

 

(あ、あれ...甘口にしたって聞いたのに...もしかしていつのも私の味付けなんじゃ....)

 

昔から戦車道をはじめとする多くの習い事に触れてきた私は知らぬ内に卓越した動体視力や美的感覚、絶対音感などを身に付けていた。

だがそんな私にも唯一、人よりも劣っている感覚が存在する。それが...

 

ー味覚

 

そう、私はどうしようもないほどの味音痴、そして馬鹿舌の持ち主なのだ。

特に好きな食べ物は顕著で、幼い頃から辛いものに目がなく、ほとんどの食べ物に香辛料や辛味を入れたものを好んで食していた。

最初こそ栄養バランスや健康面で周りや母上から止められはしたが、健康上なんの問題もないままそんな食事を恒常的に食していたせいか、感覚が麻痺したのだろう。誰にも止められる事はなくなった。

 

(そうだ、私のお弁当! これとあれはきっと同じく母上が作ったものに違いない、なら...)

 

パクリと一口自身の弁当を口に運ぶ。すると普段の数段は辛さを感じないほど、味付けが薄かった。

きっと人に渡すようだと理解してくれた母上が予め普通の辛さにしたのだろう。

ひとまずはほっと安堵し、言葉が漏れた。

 

「....ど、どうかな? 私が辛党だから普段は辛口なんだけど...口に合わないといけないと思って今回は少し甘めにしたって...」

 

「へ、へえー...そうなんだぁ...ちょ、ちょっと待ってね水を...」グッ

 

しかし、安堵したのも束の間、彼の表情は曇ったままだ。

いや待て、冷静に考えたらこの状況不味くないか?

あんなゲテモノみたいな見た目の弁当、味云々以前にそもそも男の人に渡すものじゃない.....。

ヤバイ、そう考えると異様に恥ずかしくなっていた

 

「...あの、口に合わなかった...ですよね。...ごめんなさい」

 

「い、いや! そんなことは...」

 

「ううん、いいんですよ。勝手に作っちゃっただけですから..あ、食堂行きましょうか...」

 

とにかく自分の味音痴を公言しているようなこの弁当を河野さんから遠ざけたかった私は無理やりにでも食堂に行く流れを作ろうとした。

しかし、そういってグッと弁当箱を引っ張ろうとした際、河野くんは異常なほどに私の手に目線がいっていた。

 

(手につけた絆創膏を見てる...? ってまさか... )グッ

 

「ち、違います! めっちゃ美味しくて味わっていたと言うか...是非残りも食べたいんですが!」

 

間違いない。彼はこの弁当を自分が前日に一生懸命に作ったと思っている。

 

「え、で、でも全然箸が進んでないし...無理しなくても」

 

(違うの!これは昨日戦車整備で怪我してつけたやつだから! こんなゲテモノ作った私じゃないの! 変な気使わないで!!)

 

「いえ! 本当です!...ただ...食べる前にひとつお願いがあって!! いいですか!!」

 

「へ!? は、はい! なんでしょう!!」

 

「腰が抜けてしまったので、愛里寿さんが口に運んでくれませんか!!」

 

「....はい?」

 

ーこの選択肢、神の一手となりうるのか。それとも...

 



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第21話 それがボコだから

※キャロライナ・リーパー
世界一辛いといわれている唐辛子の一種
唐辛子の辛さの単位・スコヴィル値(SHU)で辛さを表すと、日本一辛い唐辛子である鷹の爪が4~5万SHUなのに対し、キャロライナ・リーパーはなんと220万といわれている


「腰が抜けてしまったので、愛里寿さんが口に運んでくれませんか!!」

 

「....はい?」

 

辛さで限界の自分が出した突拍子もない提案にあっけにとられる様子の愛里寿さん。

無理もない状況だが、正直これ以上は手が進む気がしない。

 

「えっと..その全部もらうわけにはいかないですがどれも魅力的でして..できたらあなたのおすすめを食べさせてほしいなーって..」

 

「えっ..ああ、なるほど..? わ、わかりました」

 

明らかに困惑した様子ではあるが、俺の意味不明な熱量に押されて、躊躇しながらもゆっくりとお弁当のおかずに箸を伸ばした。

 

「えっと、じゃあこれを..あ、あーん」

 

「あーん、ムグっ..うぐっ」

 

当たり前だが、自分で食べようと人から食べさせてもらおうと辛いことは変わらない。

先ほどのチキンライス同様、明らかに人外量の香辛料が入ったハンバーグが口の中をえらいことにする。

 

「えへ..えへへ。 なんかこれまるで新婚さんみたいですね」

 

「あ、あの水もちょっと..」

 

しかし、そんな状況を尻目に、食べさせることになぜか快感を覚えた様子の愛里寿さんがまるでふれあいコーナーの動物にエサを与えるように、次々と口の中に劇物を投入する。

そうしてしばらく涙目になりながらも、必死に耐え続け、ようやく弁当の中身がなくなったと思ったさなか、なぜか愛里寿さんは小さな容器を取り出した。

 

「あ、あの..まさかこんなにおいしそうに食べてくれるなんて思ってなくて..出そうと思って悩んでたんだけど、じ、実はデザートも作ってきたんだ」

 

「で、デザートでひゅか? 是非食べたいです!」

 

(助かった! デザートならこの痛みを緩和できる! 助かっ..)

 

「特製ハバネロ・キャロライナ・リーパー※・イチゴ大福です! 私が発明した甘辛スイーツです! 一口サイズなので一気にどうぞ! はい、あーん!」

 

「え、まって? ハバネロなんだって? てか、甘の比率少なすぎっムグっ..!?!?」

 

間髪入れずに口に入った大福?を噛んだ瞬間、口の中に炎がほとばしる。

先ほどの戦いで限界を迎えていた俺はゆっくりと意識を失っていくのだった。

 

--------

 

どれくらいたったんだろうか、気が付くと俺は知らない白い天井が目に入った。

 

「ここは...病院?」

 

むくりと起き上がると、どうやら大きな病棟の一室のようだった。

しばらくして病院の医師が俺の様子を見に来る。

 

「おー、目を覚ましましたか。お体は大丈夫ですか?」

 

「え、ええ..。特には。すみませんご迷惑かけて」

 

「いやいや、愛里寿様の大切な方です。普段からお世話になってますから、恩返しができてこちらもうれしい限りです。治療代等はすでに愛里寿様から頂いておりますので」

 

「そ、そうだったんですね」

 

「うんうん、お気になさらず。お薬とか、治療代の明細等ははこちらに置いておきますので、必ず目を通しておいてください..少しやけどの症状もみられますので。それと..」

 

「?」

 

「あなたは素敵な男性ですね。あの子..いや、愛里寿様をよろしく頼みます。少し人見知りですが、あなたでしたら彼女の心の傷もきっと癒せるはずです」

 

少し意味深な言葉を残した後、医者は少し微笑んで、あとは若いお二人で、と席を外した。

きっと男性恐怖症の愛里寿さんを気遣ったのだろう、病室のドア越しにずっと眺めていた彼女に一瞥を加えると、静かに反対のドアから去っていった。

 

「っ!! 河野さん! よかった!! 目を覚ましたんですね!..ごめんなさい私なんてことを..」

 

医者が出ていくと同時にガラッとドアを開けて愛里寿さんが駆け寄る。

ぎゅっと手を握りながらしばらく俺の横で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるのだった。

 

―--数十分後

 

「落ち着きました?」

 

「..はい、こちらが加害者なのにごめんなさい。取り乱しちゃいまして。重ねて謝罪します」

 

「ははっ..全然大丈夫ですよ。それにこちらこそごめんなさい、料理を食べている最中に気絶なんて..最低ですよね」

 

「...我慢してたんですよね。私のことを気遣って」

 

「あ...いや..それは..」

 

「いいんですよ、お医者さんから説明がありましたから。体に拒絶反応が出ていて、ショック性の症状が強いって。あと少し量が多くなっていたら命だって危なかったって...きっと相当無理してたんですよね」

 

「...すみません」

 

「い、いやいや! 怒っているとかじゃなくて!...ただ、河野さんはすごいなって」

 

そういってバックから小さなぬいぐるみを取り出した。

縫い目が入ったかわいい熊?のようだが、包帯やギプスをしていてなんとも不思議なキャラクターだった。

 

「この子、ボコっていうんです。私の大好きなアニメのキャラクターなんですけど」

 

「ボコ..ですか、ずいぶんお怪我されてるみたいですが」

 

「そう! それがボコなの! どんなに強い相手でも勇敢に立ち向かって戦うの!弱いからいっつもボコボコにされちゃうんだけど、何度やられても立ち上がる姿が..」

 

急に饒舌にしゃべり始めたが、はっとした表情で我に返った愛里寿さんはこほんと咳ばらいをすると続けて話し始めた。

 

「ま、まあボコの魅力はおいておいて...。とにかく私が言いたいのはあなたが私の好きなボコみたいだなって思ったんです」

 

「...お、俺がですか?」

 

「私だってこの味付けが普通じゃないことくらいわかります。どんなにきつくても何度でも私の料理にそれこそ命を賭して挑み続ける。そんなところがすごく似ているなって...。そんな河野さんをみて私本当に感動しちゃったんです。..だから、その」

 

すこし言い淀むと、先ほどのバックを少し躊躇した手つきで開いて、先ほどのボコの小さなぬいぐるみをもう一つ出すして、俺に差し出した。

同じようだが、先ほどのものとは違い、片腕にだけ指輪のようなアクセサリーがついている

 

「...これは?」

 

「これは戦車道連盟が作ったボコの限定モデルです。私が大会で優勝した際に記念して作られた世界で一つしかないものです。...河野さんこれをどうか受け取ってもらえませんか?」

 

「えっ、でも一つしかないんですよね? こんな貴重なものをなんで俺に」

 

「...実は次の大会、優勝の副賞にこのボコと同じ限定モデルがもう一度配布されることになっているんです。でも最近はなんだかうまくいかないことばかりで..正直諦めかけてました」

 

そういえば、ミカも言っていた。ここ数年名門島田流、西住流が揃って優勝旗を奪えずにいるらしい。

もちろん常に上位には食い込むが、西住みほを筆頭とした新勢力が猛威を振るい、優勝にはこぎつけない現状は常勝を平時としている彼女たちにとってはさぞつらい時期だろう。

 

「...でも、私決めたんです。次の大会、必ず優勝して見せます。優勝してもう一つこのボコを手に入れてみせます...だから、その決意の証、受け取ってくれませんか?」

 

何か吹っ切れたような、そんなすがすがしい表情をした彼女は、練習場で会った時よりも、きらきらと輝いて見れた。

 

「...わかりました。では、これはお預かります。必ず優勝してね」

 

「!! はい! 絶対見に来てくださいね!」

 

 

 

―――――

 

「Aチーム! もっと展開早くして!」

「Cチームもフラッグを守るのが遅い! そんなんじゃすぐ撃破されちゃうよ!」

 

 

「なんか最近、隊長いい感じだね」

 

「そうそう! 闘気満々だけど、冷静沈着というか! めっちゃかっこいいよね!」

 

 

「...当初の予定とは違ったけどとりあえず作戦は成功かね、メグミ」

 

「そうねぇ、にしてもやるわね、あの子。あの男性嫌いをここまでやる気にさせる異性がでるとはね、お姉ちゃんちょっと感動よ、ねえルミ?」

 

「まっ、隊長が隊長らしくなってくれてよかったわ。...あとは次期島田流候補を陥落させるだけね」

 

(待っててね! 河野さん! 優勝して必ず...迎えに行くから!)

 

 

自信に満ちた彼女の声が、今日も練習場に響き渡る。

島田流当主の目にはもう、優勝旗しか眼中にないのであった。

 




これにて愛里寿編、いったん終了です。ちょっと長くなっちゃいました。
次回作のキャラを誰にするかは考え中です。
リクエストありましたらどしどしお願いします。



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第22話 ミスサンダースの頼み事

サンダース大学
自由な校風が売りの進学校。入学費用が高い分、巨大なキャンパス内には映画館、ボーリング場、野球場など、ありとあらゆる娯楽が入っている。全寮制で学年別に分かれている。
何をしても基本的に自由な校風な一方で、入学後のスパルタ教育と実力主義、そして単位の習得難易度の高さから、4年間で1/4はリタイアしてしまう恐ろしい場所でもある


―ここサンダース大学では毎年行われている外部向けの大型イベント開催に伴い海外から多数の著名人が参加しており・・・

 

島田さんと出会ってから数日が立ったある朝、弟とテレビを見ながら食事をしていると、大学特集として、リポーターがサンダース大学を取り上げていた。

嬉々として声を張るリポーターの後ろにはきらびやかにレッドカーペットが敷かれたパーティ会場ではセレブ達が所狭しとイベントを楽しんでいる様子が映っていた。

 

「...相変わらずド派手だねぇ、この大学は。パーティー会場だけで兄ちゃんの大学くらいありそう」

 

「へえ、戦車道大会でちょっと見たことあったけど、こんな大きな大学だったんだ」

 

「大きいなんてもんじゃないよ! 普通の大学の10倍はあるって話だよ。なんと構内で電車が通ってるって噂もあるくらいで」

 

「...随分詳しいんだな。俺はさっぱりだな、なんか興味を引くものでも?」

 

普段からあまり感情を表に出さない弟が割と興奮気味に話していることから察するに、

 

「ふふっ。当たり前じゃん。なんてったってこの大学は超エリート育成大学だもん! 超大金持ち、有名人、インフルエンサーを多数輩出してる実績もあるんだよ!この大学の人と在学中にお付き合いでもできようものならそれはもう玉の輿!将来安定間違いなし! くうぅ! 誰でもいいからお近づきになれないかなぁ!」

 

普段からあまり感情を表に出さない弟が割と興奮気味に話していることから察するに、将来のパートナーとして優良物件この上ない人材があふれている..要は、元の世界でいうイケメン高学歴高収入男が集まっている大学といった感じのようだ。

 

「サンダース大学ねえ..」

 

頬付けをつきながら、スマホでサンダース大学について検索をしていると、テレビが金髪のある女性のインタビューに移った。美しい外見もさることながら、自信満々なその立ち振る舞いはまさにカリスマ性を絵にかいたような姿だった。

 

ーさて、今年のミスサンダースに最も近いといわれているケイさん!先日も戦車道では素晴らしい活躍でしたね!まずはその強さの秘訣から...

 

「..ミスサンダース? なんだろう、学校代表的な奴かな?」

 

「ほう、兄ちゃん、ミスサンダースに興味を持つとはお目が高い。流石、血は争えないって奴かな?」

 

「...別に目を引いただけで興味は...」

 

「こら!龍弥! いつまで飯食ってんの!高校遅れるわよ!」

 

「うわ! やばいもうこんな時間だ!! 行ってきます!」

 

「...結局なんなんだ、ミスサンダースって..」

 

テレビをリビングで見ていた母の怒号が飛び、弟は急いで家を飛び出してしまった。あまり気になってはいなかったが、生殺しになってしまった分、ちょっともやもやしながらもいつも通りの時間に大学に向かうのだった。

 

「...なんだ? やけに騒がしいな...」

 

キャンパスに入ろうと正門に向かうと、そこには大量の生徒で人だかりができていた。

中心ではスマホで写真を撮る音や歓声が聞こえるため、どうやらまたいつぞの時のように有名人が来ているようだ。

 

(うーん、早く教室に行きたいんだけど...思いのほか人が多いな...)

 

人混みが嫌いなのとさして興味もないため、通ろうと左へ右へルートを探したがどうにも人が多く、通れない。

 

(あ、よかった! 端っこは人が少なそうだ 人が増えないうちに急いで...)「うわっ!!」バキッ

 

人だかりを無理やり抜けようと通った際、ほかの生徒の足に引っ掛かり、大きな鈍い音を立て、抱えていたトートバックの中身をぶちまけながら器用にこけてしまった。

その瞬間、先ほどまで騒いでいた生徒たちの視線は一気に自分のほうに集中した。

 

「ってぇ...最悪...恥ずかしくて死にそう...ううっ」

 

「...何やってんだお前...ったく」

 

恥ずかしさと痛みで悶絶している自分の横で手慣れた手つき拾い上げる女性。

涙目になりながらも顔を上げるとよく見知った顔がそこにはあった。

 

「あ、すみません、ありがとうござ...って、ち、ちーちゃん!? え? なんでここに?」

 

「私も呼ばれたんだよ、あそこの馬鹿に...てか顔、鼻血出てるぞ ほれ」

 

「あ、ありがとう...」

 

「まったく...世話の焼ける...」

 

ぶつくさ言いながらも、イケメンムーブでハンカチを貸してくれたちーちゃんは、再びしゃがみこんで残りの俺の荷物を拾ってくれた。

 

「えへへ、ちーちゃんって優しいね」

 

「..っるさい! 急に変なこと言うな! 女として当然だ!」

 

「えー? なんで怒ってるの?」

 

「あっ! ごめんね! ごめんね! サインはまた今度でね! ...ごっめーん!千代美!おまたせ!」

 

ちーちゃんとやり取りをしていると後ろから金髪の女性が近づいてきた。

遠巻きに見ていたのでわからないが、人だかりが移動しているところを見るとおそらく中心にいた人物であろう。

 

「ほんとだよ! なんだこの騒ぎは!」

 

「アハハっ! ごめんごめん! 人探ししてたら思いのほか人が集まっちゃて...ほら私最近ちょろっと有名人だからさ」

 

「はぁ...お前といるとほんとに疲れる...」

 

「ごめんごめん! 私もこんなことになるとは思わなくて! あっ君もごめんね! えっと...名前は」

 

「か、河野です。ちーちゃ..安斎さんとは幼馴染で...」

 

「河野...? OH! あなたが河野さんね! ラッキー!探す手間が省けたわ! ここじゃなんだから、ちょっと近くのカフェまで行きましょ! どうしても頼みたいことがあって! 千代美もほら早くー!」

 

「お、おい!」

 

急に近づいてきたかと思うと鬼のような速さで俺の手をひいた彼女は、近くのカフェまで半ば強制的に連れてかれた。

 

「え、えっと...はじめまして...河野って言います」

(といいつつ...なーんか見たことある気がするんだよなぁ)

 

「初めまして! サンダース大学のケイっていうわ! よろしくね!」

 

ぐいっっと手を握られ、強引に上下にぶんぶんと手を動かす彼女。よく言えばフランク、悪く言えばなれなれしいが、そこまで嫌な感じがしないのは彼女の人柄だろう。

 

「...で、河野に何の用だ。私や西住はともかく、お前はこいつに面識ないだろう」ズズッ

 

「あっはは! 私も初対面だよ! ...でもあなたについてちょろっと噂を聞いてね。もしそれが本当なら頼みたいことがあってね!」

 

「頼みたいこと?」

 

「そうそう...あ、でもその前に念のため二人に一つ確認したいことがあって」

 

「?」

 

「えっと、二人は付き合ってたりするのかしら?」

 

「ブッ! ゴホッゴホ...きゅ、急に何を言い出すんだお前は! そんなわけないだろ!」

 

「ち、ちーちゃん!? 大丈夫!?」

 

確かに急な質問に驚いたが、それ以上にちーちゃんは動揺したようで、飲んでいたコーヒーを思いっきり噴き出してせき込んでいた。

 

「えー!そうなの!?  随分仲良さそうだからてっきり!」

 

「ま、まあ昔からの旧知の仲ではあるし? ただの友達って感じでもないよな?」

 

ちーちゃんは、せき込んだせいか涙目になりながらも、こぼしたコーヒーをハンカチで拭きながらちらりとこちらを一瞥した。不安そうだが少し期待したようなそんな不思議な表情をしていた。

 

(そ、そうか。これは助けを求めているんだ! とりあえず恋人関係ではないことを強調しないと!)

 

「そうなの? えっと河野さん?」

 

「はい! ちーちゃんとはその..いうなら大親友みたいなものです! まったくそれ以上はありません!」

 

「うっ」

 

「ちーちゃんは昔から異性とは思えないですし!」

 

「ぐっ」

 

「で、でも仲良くはあるので、、えっと親戚の姉みたいな、、それ以上はないですが!」

 

「ぐはっ!!」

 

再びコーヒーを吹き出したちーちゃんはまた、テーブルに顔を突っ伏した。

ぶつぶつと何かをつぶやきながら、なぜかちょっと泣いていた。

 

「お、OKOK! 河野さん! もう大丈夫! よくわかったから! う、疑って悪かったわね..千代美。 え、えっと、本当にごめんなさい..」

 

「いやいや...納得してくれてよかった..ほんとに..」

 

ちーちゃんはよくわからないが、とりあえず丸く収まったようだ。

 

「え、えっとそれで、、頼み事ってなんですか?」

 

「そ、そうそう! 河野さんにちょっとお願いしたいことがあって..」

 

そういって先ほどのように私の手をぎゅっと握ると、じっと俺の目を見つめ、こう続けた。

 

「私の恋人役になってくれないかしら?」

 

再び、テーブルに頭をぶつけるちーちゃんの音が静かなカフェに響くのだった。

 



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