蜘蛛の対魔忍は働きたくない (小狗丸)
しおりを挟む

000

 転生特典は最高だが、転生先は最低だった。

 

 俺、五月女(さおとめ)頼人(らいと)の現状は上の一文に尽きた。

 

俺は二次小説やライトノベルでお馴染みの、一度死んでアニメやゲームの世界に転生した「転生者」だ。

 

 前世の俺の名前や死因は思い出せない。思い出せるのは今の世界に転生する前に、正体不明の光の玉に話しかけられた光景だけだ。

 

 その光の玉はまるで機械のようにカタコトで話しかけてきて聞き辛かったが、話をまとめるとどうやら俺は偶に産まれる特殊な魂の持ち主らしく、特殊な魂の持ち主は転生の輪に還ることなく別の世界に転生する事がこの世界のルールらしい。

 

 そして光の玉の説明によれば俺は転生先の世界と転生特典を自由に選べるのだが、転生先の世界をランダムにすればその分、転生特典が強力になるらしく、それを聞いた俺は迷う事なく転生先の世界をランダムにした。……それが後に致命的な失敗になるとも知らずに。

 

 転生特典なのだが、子供の頃から○ョジョのファンだった俺は○タンド能力のような使い魔を創り出す能力を望み、その使い魔の外見や能力を決めてから俺は、五月女頼人として今の世界に転生したのだった。

 

 転生した俺は最初、前世の記憶を忘れていて、思い出したのは転生特典で得た能力に目覚めた中学一年の夏だ。

 

 能力に目覚め、前世の記憶を思い出した俺は「スタン○使いみたいだ」とはしゃいでいたが、はしゃいでいられたのはほんの僅かな間だけだった。俺の能力を知った両親は大慌てでどこかに電話をすると、その翌日に俺は強制的に全寮制の学校に転校させられたのだ。

 

 俺が転校させられた学校の名前は「五車学園」。

 

 そう、あの「対魔忍アサギ」で対魔忍を育成する為の学校だ。……って! ふざけるなよ!

 

 何で「対魔忍アサギ」の世界!? 確かに転生先の世界はランダムにしたけど、よりにもよって「対魔忍アサギ」の世界に転生するなんてどれだけ運が無いんだよ、俺!?

 

 前世でソーシャルゲームの「対魔忍RPG」で遊んだ事があるので、その原型である「対魔忍アサギ」の事はよく知っている。内容を簡単に説明すると、近未来の日本で主人公のアサギを初めとするヒロイン達が様々な形で陵辱されるという十八禁ゲームだ。

 

 そして対魔忍はいわゆる現代忍者で、どれも超能力みたいな強力な忍法を使えるのだが、どいつもこいつも敵に正面から突っ込む事しか知らない脳筋ばかり。対魔忍シリーズに登場するヒロイン達を初めとする対魔忍は全員、敵の罠にあっさり引っかかって即死か陵辱ルートに一直線という流れなのである。

 

 そんな対魔忍を育成する学校に転校? それって俺も対魔忍になるってこと? 影で「肉オナホor肉バイブ」、「ネトラレの宝庫」とか言われている対魔忍に? ………正直な話、全力で遠慮したい。

 

 しかし俺を五車学園に送りこんだ今世の両親は、俺が対魔忍として活躍する事を望んでいるみたいで、とても「対魔忍になりたくないです」とは言えなかった。更に言えば五車学園を退学すると、国の機密である対魔忍の秘密を守る為に、退学者には国から何らかのペナルティーを受けるらしいので、俺には最早「対魔忍にならない」という選択肢はなかった。

 

 ……仕方がない。幸いにも俺が転生特典でもらった能力は前線で戦うタイプじゃないし、もし任務が来ても適当に後方で死なないように頑張りますか。

 

 そもそも、いくら対魔忍が脳筋ばかりでも……いや、戦闘力のみを重視する脳筋ばかりだからこそ、俺のような一見地味な能力なんて見向きもされないだろう。

 

 

 

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 五車学園に転校して一年後。俺は夜の高層ビルの屋上にいた。

 

 何故俺がこんな所にいるのかと言うと、それはとある汚職政治家の汚職の証拠となるデータを探す任務に参加しているからである。……ちなみに今年に入って俺は、これと同じような任務に数回参加している。

 

 全く、いくら危険度が少ない任務だからといって、対魔忍見習いの学生を任務に駆り出すなよ。対魔忍ってそんなに人手が足りないのか?

 

 ちなみに任務に参加しているのは俺だけでなく、高層ビルの屋上には俺の他に数人のピッチリスーツを着た変態集団……失礼、対魔忍の先輩方もいる。

 

 え? 俺は先輩方のようにピッチリスーツを着ていないのかって? 着てるわけないだろ。俺は今、紺色のスタイリッシュなツナギを着て、同じく紺色の帽子を被ったどこかの作業員にも見える格好をしている。

 

 ピッチリスーツ……じゃなくて対魔忍スーツは動き易くて防弾性も高いが、それは俺が着ているツナギも特殊繊維を使用しているので防弾性が高く動き易い。というかあんな対魔忍スーツを着ていたら、一発で対魔忍とバレる上に恥ずかしいじゃないか。だから俺は上からの命令がこない限りは対魔忍スーツなんか着ない。

 

「そろそろ始めようか? 五月女君、ヨロシクね」

 

 俺が対魔忍スーツを着ない決意を改めて決めていると、対魔忍の先輩方の一人が俺に話しかけてきた。話しかけてきたのは対魔忍シリーズのメインヒロインの一人、井河アサギの妹である井河サクラだ。

 

 ……こうして見るとサクラの姿ってやっぱりエロいよな。うん、男の対魔忍はともかく、女の対魔忍は対魔忍スーツを着るべきかもしれないな。いや、変な意味ではなく、敵を油断させるという意味で。

 

「分かりました」

 

 俺はサクラの姿に興奮しかけた事を知られないように冷静な声で答えると、自分が着ているツナギの胸元を開いて転生特典として得た能力、忍法を発動させる。俺の胸元には蜘蛛の形をした痣があり、忍法を発動させるとその痣の部分の皮が盛り上がって、やがて一匹の蜘蛛に変化して動き出した。

 

 これが俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」。

 

 忍法の内容は「自分の肉体の一部を変化させ、電磁波を使った様々な能力を持つ蜘蛛を創り出し、それを操る」というもの。

 

 対魔忍の関係者が言うのは、俺の忍法は自身の身体を動物に変えたり動物を操る「獣遁」という忍法と、電気を操る「雷遁」の特性を併せ持つ、非常に珍しい忍法らしい。それを聞いた時、俺は「転生特典って凄いな」と素直に感心したものだ。

 

 忍法で蜘蛛を創り出した俺は、左手に持っていたコンポジットボウにその蜘蛛を矢の代わりに番え、目的の汚職政治家のデスクがあるここから一キロ先のビルに向けて弓に番えた蜘蛛を放つ。蜘蛛が高速で夜空を飛んでいったのを確認してから俺は、両眼を閉じて意識を集中させる。

 

 すると真っ暗だった視界が、夜空を飛ぶ蜘蛛の視界にと変わる。

 

 これが俺の蜘蛛の能力の一つ。俺の蜘蛛は「光」という電磁波を感じる事で、どんな暗闇の中でも昼間のように見る事ができて、俺は遠くからその視界を共有する事が出来るのだ。

 

 そして俺は蜘蛛の飛行速度が下がってきたところで、腹部を風船のように膨らませて、空中から汚職政治家のデスクがあるビルに向かって移動させる。

 

 これも俺の蜘蛛の能力の一つで、「バルーニング」という蜘蛛の幼体が糸を使って風と大気の電磁波で空を飛ぶ現象から考えた能力だ。

 

 俺が転生時にこの能力を作ったのは、前世のネットで蜘蛛が様々な、それこそ下手をしたら今の機械よりもずっと高性能な事を知ったからだ。事実「獣遁・電磁蜘蛛」で創り出した俺の蜘蛛は、目的のビルに到着してからも他にも様々な能力を駆使してビル内部のセキリュティを突破して、汚職政治家の汚職の証拠となるデータを盗み出す事に成功するのだった。

 

「データを盗み出す事に成功しました。データの入ったメモリーチップ、今から蜘蛛に持って帰らせます」

 

「おおー。まだ十分も経っていないのに早いね。やっぱり五月女君は優秀だね」

 

 データを盗み出す事に成功したのを報告するとサクラは笑みを浮かべて褒めてくれた。正直、魅力的な女性に褒められて嫌な気はしない。しないのだが……。

 

「ちっ……。あのガキ、いい気になりやがって」

 

「あんな警備、俺だったらもっと早く突破しているっての」

 

「あんな地味な忍法しか使えないくせに調子にのるなよ……」

 

 全く出番がなかった上、俺だけがサクラに褒められている先輩の対魔忍達(全員男)の呟きが聞こえてくる。横目でその対魔忍の先輩方を見ると、彼らは俺に明らかに見下す目で嫉妬の視線を向けてきていた。

 

 自分達の方が上手く任務を達成出来ると思っているなら、そっちが任務をやってくれよ。対魔忍見習いの学生なんか使うなっての。

 

 ……はぁ、もう対魔忍の任務なんて来ないでほしいな。せめて学生の間くらい、平穏な学生生活を送らせてほしい。

 

 

 

 しかし、そんな俺のささやかな願いは叶う事はなかった。

 

 前にも言ったように、対魔忍のほとんどは基本的に正面からのゴリ押ししかできない脳筋ばかりで、偵察のような地味だけど忍びとして重要な任務をこなせる対魔忍は非常に希少なのだ。

 

 サクラの報告書から、五車学園の学園長であり対魔忍の総隊長でもあるサクラの姉のアサギに目をつけられた俺は、ほとんどは偵察任務だが対魔忍の任務に駆り出される事になるのであった。

 

 働きたくねぇ……。

 

 

 

 

 

「五月女頼人」

 転生者の対魔忍。

 転生特典で○ョジョのスタン○能力を参考に「獣遁・電磁蜘蛛」という忍法を開発する。

 父親は獣遁を使う対魔忍の家系で、母親は雷遁を使う対魔忍の家系だったのだが、両者の家系とも永らく対魔忍の力に目覚めておらず今ではほとんど一般人であった。だから両家系の特性を持つ忍法に目覚めた頼人の存在は両家系にとって希望となっている。

 この世界では一歩間違えば即死、良くても陵辱の限りを受けて廃人になると知っているので、対魔忍の任務はあまりやりたくないのだが、サクラやアサギに気に入られたせいで徐々に任務に駆り出される回数が増えてきていて、それが悩みの種。

 

「獣遁・電磁蜘蛛」

 五月女頼人が転生特典でジョジ○の○タンド能力を参考に開発した忍法。

 その能力は「自分の肉体の一部を変化させ、電磁波を使った様々な能力を持つ蜘蛛を創り出し、それを操る」というもの。

 使用すると胸の蜘蛛の形をした痣がある部分が変化して蜘蛛になる。

 電磁蜘蛛の持つ能力は以下の通り。

 (1)どんな暗闇の中でも昼間のように見えて、頼人と視覚を共有する。

 (2)腹部を風船のように膨らませて、風や大気の電磁波を使って空を飛ぶ。

 (3)自身にあたる光を初めとする様々な電磁波を捻じ曲げる事で透明になる。

 (4)電磁波を使い、電磁砲の原理で体内にある鉄製の弾丸を発射する。ただし弾数は二発で、威力は拳銃程。

 (5)身体全体から電気を放出して接触した敵を感電させる。

【破壊力ーD/スピードーB/ 射程距離ーA/ 持続力ーA/精密動作性ーC/成長性ーE】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

001

 はぁ……。働きたくない。

 

 失礼、忍法が発現したことで五車学園に入学して二年が経ち、中学三年生になった五月女頼人です。

 

 いきなりだが俺が所属している正義(?)の対魔忍を育成している五車学園について説明したいと思う。

 

 五車学園は中等部と高等部の二つに分かれており、中等部では学業と共に対魔忍としての基礎訓練を受けて、高等部になって本格的な忍法を使った戦い方や任務遂行の為の知識を教えられる。そうして五車学園を卒業する事でようやく一人前の対魔忍として認められて、任務につくのはそれからとなる。

 

 一部には対魔忍シリーズのヒロインみたいに、強力な忍法や戦闘能力の高さを認められて卒業前の五車学園学生にもかかわらず任務を与えられる対魔忍見習いもいるが、それは例外中の例外だ。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、高等部どころか今だ中等部であるのに任務に駆り出されている俺の今の状況は頭がおかしいという事だ。

 

 いや、実際おかしいって。もう俺、偵察任務ばかりだけど五車学園に入学してからのこの二年で二十回以上の任務を経験しているんだぞ? 月に二回のペースでベテランの対魔忍の先輩方に混じって偵察任務やっているんだけど?

 

 お陰で五車学園の生徒からは引かれた目で見られて陰でヒソヒソ言われるし、任務で同行する対魔忍の先輩方からは……。

 

「あれが『蜘蛛の対魔忍』か……」

 

「そうだ。彼が『蜘蛛使いの五月女』だ」

 

「私が聞いた異名は『電磁蜘蛛』だったが、まさかあんな小さい子供だったなんて……」

 

 と、何やら俺の忍法にちなんだ異名で呼ばれていた。

 

 いやいや、やめてくれない? 異名がつく程有名になるなんて、この「対魔忍」の世界ではこれ以上ない死亡フラグだから本当にやめてくれない?

 

 そして対魔忍の先輩方と一緒にいる事から分かるように、俺は今、いつも通り対魔忍の任務に参加している真っ最中であった。しかも場所はあの人間の犯罪者だけでなく魔族や吸血鬼といった魔の種族が多数暮らしている混沌の都市「東京キングダム」。……正直、対魔忍の任務でなければ絶対に近づきたくない都市だ。

 

 この最近、対魔忍を男女問わず捕らえて奴隷娼婦、あるいは奴隷男娼にしている魔族がいるらしく、その魔族を調査して、可能ならば捕らえられた対魔忍達を救出せよというのが今回の任務である。

 

 正直、いつもの偵察任務よりも危険度が高くて断りたかったのだが、そうすればどんなペナルティーを受けるのか恐かった俺は、任務を受けるという選択肢しかなかった。任務に出る前、五車学園で「今日も任務なんだ。でも五月女君なら大丈夫だよ。頑張って」と笑顔で言ってきたさくらに「そんな事はないから代わってください」と言いそうになったのは秘密だ。

 

(ああ、気が重い……)

 

 いつもより危険度が高い任務というだけで気が重いのに、今回任務に同行している三人の対魔忍の先輩方の事を考えると更に気が重くなる。

 

 今回任務に同行しているのは男一人に女性二人の対魔忍で、去年五車学園を卒業したばかりの若い対魔忍だ。そして三人はそれぞれ火遁、雷、風遁を駆使した剣術や格闘術を得意とする、戦闘能力「だけ」は頼りになる先輩方なのだが……。

 

『『この程度の任務すぐに片付ける。君はここで見ておけばいい』』

 

 と、多少は言い方が違うが異口同音で言い、俺を置いて目標の魔族に向かって突撃していく脳筋ばかりであった。やっぱり対魔忍って脳筋しかいないんだな……。

 

 三人の先輩方に置いていかれた俺だが、何もせずにボケっとしている訳にもいかないので、忍法で作り出した蜘蛛に先輩方の後をつけさせる事にした。そして蜘蛛の視覚を通じて俺が見たのは……。

 

 

 男も女も関係なく数十人のオークに輪姦されている、三人の対魔忍の先輩方であった。

 

 

 何故先輩方がこうなったのかというと、話の展開は次の通りになる。

 

 先ず、三人の先輩方が目標の魔族を見つけて正面から強襲。目標の魔族は近くにいた部下達に迎撃を命じるが、先輩方はこれを危なげなく全滅させる。

 

 次に魔族の部下を全滅させた先輩方は魔族に、捕らえた対魔忍の所へ案内しろと脅迫。魔族は大人しく対魔忍を捕らえている自分のアジトへ先輩方を連れて行くが、アジトには人間にしか効果が出ない催淫ガスが充満していて、すでに任務は達成できたと油断しきっていた先輩方は、その催淫ガスによって身動きがとれなくなる。

 

 そして最後に身動きがとれなくなった先輩方は、武装を全て奪われた上に拘束されて、今の数十人のオークに輪姦される。

 

 ……本当に何やっているんだよ、あの先輩方は? 最初は上手くいっていたのに、途中であっさり罠にはまるなんて馬鹿じゃないの? 俺にあんなに偉そうに言っておいてこんなオチなんて全く笑えないからな?

 

 とりあえず、捕まった対魔忍の居場所は蜘蛛を使って確認したので、新たに捕まった三人の先輩方の事も含めて報告はした。それによって後日、捕まった対魔忍達はあの三人の先輩方も含めて全員救出されて、俺はその事をサクラから教えられた。

 

 しかし今回の任務「も」疲れたな。肉体的にじゃなくて精神的に……。

 

 毎回毎回俺の事を「地味な忍法しか使えない対魔忍見習い」と馬鹿にする……ぐらいならまだ我慢できるけど、正面から敵に突っ込む対魔忍と同行させられるのは本当に疲れる。

 

 はぁ……。もう働きたくないな。

 

 

 

 

「ふぅ……。『今回』も駄目だったみたいね……」

 

 五車学園の学園長室で、アサギは書類を読んでため息を吐いた。

 

 アサギが読んでいた書類は、今回頼人が参加した任務の報告書で、その内容は「調査任務は無事完了したが、同行していた対魔忍達が功を焦って暴走。結果、同行していた対魔忍達は敵に捕らえられてしまう」というある意味「いつも通り」の内容であった。

 

「今回はそれなりに協調性の高い子達を選んだつもりなんだけど、どうしてうまくいかないのかしら? ……はぁ」

 

 そう呟いてからアサギはもう一度ため息を吐く。

 

 今年に入ってからアサギは、頼人を任務に出す際、必ず戦闘能力が高くて主に白兵戦を得意とする先輩の対魔忍を同行させていた。そしてそれは戦力の補強ではなく、「頼人の護衛」という目的によるものであった。

 

 頼人の実績は偵察任務などの任務だけで言えば、すでにベテランの対魔忍にも匹敵している。しかし戦闘能力はそれほど高くなく、特に忍法で遠距離にいる蜘蛛を操っている時は無防備になりやすい。

 

 それを補うため、アサギは白兵戦が得意な対魔忍を頼人に同行させていたのだが、最近の対魔忍は戦闘力や家柄を重視する者が多く、頼人の護衛をするどころか逆に彼の負担になるばかりであった。

 

「しょうがないわね……。こうなったらさくらに五月女君の護衛をしてもらうしかないわね」

 

 アサギの妹のさくらは、五車学園で対魔忍見習いを訓練する教師を勤めていてそれなりに多忙なのだが、それでも彼女ならば今までの対魔忍のように功を焦って頼人の護衛を放棄したりしないだろう。

 

 そこまで考えてアサギは、頼人と相性がいい相方が見つかるまで、さくらに彼の護衛を頼むことに決めた。

 

 ……尤も、頼人からしたら「護衛以前に学生を任務に駆り出すな」と声を大にして言いたいのだろうが、彼の心からの願いを気づく者はここにはいなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

002

 東京キングダムでの捜索任務から三日後。今日は対魔忍の任務も無いし、五車学園も休みの完全なオフの日だ。

 

 こんな日は何も考えずにただひたすら寝ていたいのが俺の本音だ。だが五車学園に転校してから俺は、休日の時間の大半を体力作りと武術の修練にあてていて、今も走り込みをしている真っ最中だったりする。

 

 何故そんなことをしているのかというと、これも全てはこの世界で生き残るためである。

 

 俺は対魔忍の任務は嫌だが、それ以上に死ぬのが嫌だ。だから国からのペナルティーを避ける為に対魔忍の任務を実行して、対魔忍の任務についた以上、最低でも自分で自分の身くらいは守れるようになろうと、体力作りと武術の修練に励んでいるのだ。

 

 幸い、この五車学園には古今東西の格闘術や武術の知識、そしてそれらの武術で使用する武器が揃っている。その中には近距離の敵と戦うことを想定した弓術というものもあり、これは弓矢を使っている俺にはありがたかった。

 

 俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」は、目が届く近くで蜘蛛を操るならともかく、遠くで蜘蛛を操るには意識を集中させる必要があるので、その隙を突かれて敵に接近される危険がある。もしもの為の接近戦の備えはしておいて損はないだろう。

 

 しかし……うん。ありがたいと言えばありがたいのだが、俺はこの武術の知識と武器の豊富さも、対魔忍が脳筋となった原因なのだと思う。

 

 だってさ? 弓矢をメインウェポンにしている俺が言うのも何だけど、五車学園が揃えている武器って、大半が忍者らしくない武器ばかりじゃないか?

 

 日本刀や小太刀、手裏剣といった刀剣類は分かる。

 

 拳銃を初めとする銃器類もまだ納得出来る。

 

 しかし身の丈以上の巨大なバトルアックスやらバズーカといった武器は忍者が使う武器とは思えない。これっぽっちも忍んでいないじゃないか。ピッチリスーツの対魔忍スーツを着てそんな巨大な武器で武装していたら、忍ぶどころか目立ちまくりじゃないか。

 

 というか、強力な忍法や武器を使って、敵と正面からのド派手な戦闘しか出来ない脳筋の対魔忍達は、対魔忍の「忍」の文字の意味を辞書で調べた方がいいと思う。

 

 同じド派手な戦闘をしていても、NARUT◯のキャラクターは戦闘になる前にちゃんと敵に気づかれないように任務を遂行して、戦闘になってもチームの事やらこれから先の事を戦いながら考えて頭を使っているぞ?

 

 そして同じピッチリスーツを着ていても、普段は左の義手に◯イコガンを隠しているキャプテン・◯ブラの方がまだ忍びらしいぞ? キャプテン・コブ◯は超人的な体力の持ち主だし、潜入技術も超一流だし、サイコガ◯を使った暗殺から強大な敵の抹殺までなんでもありだし、対魔忍よりも対魔忍らしいし。

 

 アレ? と言うことは対魔忍の理想って◯ARUTOのキャラクターか◯ャプテン・コブラってこと?

 

 考えてみれば原作の対魔忍シリーズって、最後の方になるとNA◯UTOやキャプテン・コ◯ラ並みに凄まじい戦いを繰り広げていて、作品によっては世界が一度終わるようなトンデモ展開があったような……?

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………うん。深く考えるのはやめよう。これ以上考えても怖くなるだけで何の意味もないし、考えるのはここまでにしよう。

 

 そう結論付けた俺は、今行なっている走り込みに意識を集中させることにした。

 

 はぁ……。もう対魔忍の世界で働きたくない。

 

 というか、いい加減対魔忍の任務減らないかな? 俺、一応まだ中等部の対魔忍見習いなんだぞ?

 

 しかし残念ながらこの俺の願いは叶うことはなかった。

 

 この日、偶々国の高官が五車学園の視察に来ていて、偶然その高官は自主練をしている若い対魔忍……つまり俺の姿を見たらしい。それによって興味を覚えた高官は俺の資料を見て「すでに実績を出しているのに、それに驕らず自主練に励むとは、若いながら素晴らしい人材だ!」と、非常にありがた迷惑な高評価を出してくれたそうだ。

 

 そしてその高官のお言葉で俺の名前は国の上層部に少しだけ知られてしまったらしく、結果として俺の所にやって来る対魔忍の任務は更に増える事になり、それを後で知った俺は絶望した。

 

 生存率を少しでも上げる為に自主練をしていたのに、何でそのせいで対魔忍の任務、命の危険度が増えるんだよ!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

003

もう少し投稿しようと思ったので、連載に変更します。
ちなみに頼人の電磁蜘蛛のモデルしたスタンド能力は、○ランチャのエアロスミ○です。


「それじゃあ、今回の任務も頑張ろうね」

 

「ハイ、ソウデスネ。一緒ニ頑張リマショウ、サクラサン」

 

 東京キングダムでの捜索任務から二ヶ月後。今日はタノシイタノシイ(大嘘)対魔忍の任務の日だ。

 

 そして今回の任務で同行するのはさくら……というか、この二ヶ月の間、任務で同行するのはほとんどさくらだったが、これには正直助かっている。さくらだったら脳筋の対魔忍の先輩方と違って、いきなり俺を罵倒してきたり、自分達だけで敵に突撃して敵の罠にはまるなんて事にはならないからな。

 

 しかしそれならば何故、笑顔で挨拶をしてくれているさくらに、俺が死んだような目をしながら機械のようなカタコトで返事をしているのかというと……。

 

「あ、あれ? 五月女君? もしかして……ちょっと元気なかったりする?」

 

「ええ、そうですね。何しろ対魔忍の任務を受ける回数が二倍になったので、疲れが溜まっているかもしれませんね」

 

 俺の顔を見て引きつった笑顔となり、恐る恐る聞いてくるさくらに俺は僅かばかりの皮肉を込めて答えた。

 

 そう、俺が死んだような目になって機械のようなカタコトでさくらに返事をしていた理由は、ここ最近の対魔忍としての仕事のスケジュールが関係していた。

 

 どういう訳かこの二ヶ月の間、俺の所に来る対魔忍の任務の回数が倍になっていて、以前は月に二回のペースだったのだが今では月に四回……つまり週に一回のペースになっているのだ。不幸中の幸いと言うべきか、任務は偵察任務ばかりで命の危険性が低いものの、それでも週一のペースで対魔忍の任務を行なっていれば体力的にも精神的にも辛い。死んだような目になってカタコトで返事するくらいは大目に見てほしいものだ。

 

 さくらも俺の現状を理解しているので困った表情で謝ってくる。

 

「うん、疲れているところごめんね。でも五月女君が頑張ってくれているお陰で他の対魔忍の皆も助かっているから、もう少し頑張ろうね?」

 

「助かっている? それってどんな風にですか?」

 

 若干精神がささくれている俺がそう聞き返すと、さくらは先程とはまた別の困った表情となって言い辛そうに答える。

 

「え、え~と、その……。五月女君はさ、私達対魔忍の一番のお仕事が魔族を倒す事だって知っているよね?」

 

「はい」

 

 さくらの言葉に俺は、何を今更と思いながら頷く。

 

 全ての対魔忍は元を辿れば人間と魔族の混血児の子孫であり、そこから得た魔族の力を「忍法」と称して使い、魔族と戦って人間の世界を守っている。それは俺が五車学園に入学して対魔忍見習いになった時、一番最初に教わったことだ。

 

「それでね、その辺の事情もあって対魔忍の多くは魔族との戦闘が得意なんだけど、代わりに情報収集みたいな行動は……ぶっちゃけ苦手なの」

 

「……はい」

 

 続けて言うさくらの言葉に俺は、先程若干声のトーンを落として答える。

 

 対魔忍は情報収集が苦手。これも当然知っている……と、いうか現在進行形で身をもって理解させられている。

 

 一応、対魔忍は忍法の他に常人離れした身体能力を持っているので通常の偵察任務くらいは出来るのだが、それはあくまで「通常の人間や下級の魔族の動向を探れる」レベル。上位の魔族やその支配下にある魔族達、または米連のような魔術や科学でセキュリティーを強化している組織には全く通じず、対象の名前や本拠地の大体の場所、そして敵の大体の数が分かれば御の字といった感じである。

 

 それよりも確かな情報が欲しければ、潜入や逃走に応用できる忍法を使える対魔忍に調べてもらうか、魔族の情報提供者や敵対組織から情報を取り引きなどで情報を提供してもらうしかないのだが、これらの情報もそれ程正確ではない上に罠である可能性が高い。

 

 つまり敵の戦力もろくに分かっていない出たとこ勝負で戦うと言うのが、現場の対魔忍達の現状なのである。

 

 だから罠や、敵に協力している高位の魔族といった予想外の要素が少しでもあると、あっさりと崩れて全員殺されたり捕らわれて奴隷にされたりするのだ。まぁ、ここで全員殺されたり捕まったりするのは、予想外な出来事が起きた時に撤退しようなど考えもせず、玉砕覚悟で戦おうとする現場の対魔忍達の脳筋ぶりも関係しているのだが、そんな当たり前のことは今は置いておこう。

 

 それにしても対魔「忍」なのに情報弱者って……。改めて対魔忍の現状を確認すると頭が痛くなってきたんだけど?

 

 内心で頭痛を堪える俺を余所にさくらは話を続ける。

 

「でも五月女君の忍法は今までのどの対魔忍よりも偵察任務に向いていて、そのお陰で五月女君が偵察してくれた任務では対魔忍の被害が全く出ていないの。ほら、先月の初めにあった任務のこと覚えている?」

 

 先月の初めの任務? 確か魔族のテロリスト集団を偵察する任務で、電磁蜘蛛でテロリストのアジトを偵察したら事前の情報の倍以上の敵、そして情報にはなかった高位の魔族が待ち伏せしていたんだよな? それでその事を報告したら、テロリストのアジトに強襲する予定だった対魔忍達は任務遂行不能と判断して撤退、任務は失敗したが死亡者は出なかったんだっけ?

 

「はい。覚えていますけど」

 

「それを知った上の人達が五月女君が頼りになるって分かったみたいで、こうして偵察任務を回してきたの」

 

 ………マジで?

 

 俺は任務の回数が倍に増えた理由と、対魔忍が情報戦で雑魚すぎる事を理解すると、頭痛が更に酷くなったような気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

004

「オボロロロ………!?」

 

 いきなり汚いシーンで大変申し訳ありません。先日、先輩の対魔忍に「君の忍法は偵察に向いているから、偵察任務の回数が増えるよ」とある意味死刑宣告をされた五月女頼人です。

 

 今の声で分かると思うが、俺は任務の途中で胃の中身を盛大に地面にぶちまけていた。……重ね重ね、汚いシーンで大変申し訳ありません。しかしこれには事情があるのだ。

 

 今回の俺の任務は魔族の情報屋から情報があった、下級の魔族達の武装勢力のアジトに対魔忍の先輩達が強襲する前に電磁蜘蛛で偵察をするという、いつもの任務だった。

 

 それで電磁蜘蛛で魔族達のアジトに偵察をしてみると事前の情報よりも多くの魔族の姿が確認されて、俺はこれは流石に分が悪いので一度態勢を立て直すべきだと強襲する予定だった対魔忍の先輩方に進言した。するとその対魔忍の先輩方の中で最も腕が立つという、二メートル近い身長で身体中が凄まじい筋肉で被われたスキンヘッドの男の対魔忍が「多少敵が多くても問題無い」と、典型的な頭対魔忍(脳筋という意味)の発言をして一人で魔族のアジトへと突入していったのだ。

 

 スキンヘッドの先輩が魔族のアジトに単独で突入してしばらく経った後で、今回も任務に同行しているさくらが様子を見てほしいと言ってきたので、俺は魔族のアジトに待機させていた電磁蜘蛛と視覚を共有させた。そして電磁蜘蛛の視覚を通して俺が見たのは……。

 

 

 雄のオークに後ろから犯されてアヘ顔となっているスキンヘッドの先輩の姿だった。しかも犯されたせいで何かに目覚めたらしく、オカマ口調の大音量のアヘ声つきで。

 

 

 それを見た瞬間、俺は即座に吐いた。あとついでにSAN値も大幅に下がったような気がした。

 

「さ、五月女君、大丈夫……?」

 

 俺が何を見たのかを知っているさくらが俺の背中をさすりながら聞いてくる。見ればさくらと他の対魔忍の先輩方は同情するような視線を向けてきていた。

 

 何だろう? 対魔忍の先輩方の、まるで腫れ物を扱うかのような雰囲気が逆に辛い。泣いてしまいそうだ。

 

「え、ええ……。とりあえず落ち着きました。……って!? マズイ!」

 

 吐き気が治った俺はさくらに返事をしようとした時、魔族のアジトにいた電磁蜘蛛が重大な情報を察知して、それを知った俺は思わず大声を上げた。

 

「えっ? ど、どうしたの? いきなり大声を出して?」

 

「魔族のアジトに行ったあのスキンヘッドの先輩! 俺達の情報を魔族に話しているんです!」

 

「ええっ!?」

 

『『……………!?』』

 

 俺が電磁蜘蛛を通じて知った情報を話すと、さくらと対魔忍の先輩方が驚いた表情となる。

 

「五月女君! それって本当なの!?」

 

 血相を変えて聞いてくるさくらに俺は頷いて答える。

 

「本当ですって! スキンヘッドの先輩、自分を犯しているオークに『もっと欲しかったら、知っている情報を教えろ』って言われたら、ベラベラ俺達の事を喋って! それで今「ストップ! それ以上は聞きたくないから!」……そうでした。とにかく今こっちに魔族達が向かって来ています!」

 

「くっ!? 皆、作戦中止! 急いでここから離れるよ!」

 

『『はっ!』』

 

 俺の話を聞いていよいよ不味いと悟ったさくらは作戦を中止して撤退を全員に指示。対魔忍の先輩方もこれに反対せず、俺達は大急ぎでこの場を去るのだった。

 

 クソッ! やっぱり対魔忍の任務なんてロクなものじゃない!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

005

「ちっくしょおおおっ! 覚えていろよあのハゲェッ!」

 

 俺は夜の街を怒声を上げながら全力疾走していた。何故そんな事をしているのかというと、追手の魔族から逃げる為である。

 

 今回の任務はいつもと同じ偵察任務だった。魔族の武装勢力のアジトへ、強襲役の対魔忍の先輩方が仕掛ける前に電磁蜘蛛を使って偵察任務を行い、詳しい敵の戦力を調べるといういつも通りの偵察任務だ。

 

 そして偵察を行うとやっぱりと言うか、事前情報よりも多くの魔族がアジトにいた。それを報告すると案の定、強襲役の対魔忍の先輩方の一人、スキンヘッドで筋骨隆々の対魔忍が「その程度の数、何とでもなる」と言って単独で魔族のアジトに突入、そして必然と言うべきかそのスキンヘッドの先輩はあっさりと魔族に捕まり輪姦されてしまう。

 

 このいつも通りの対魔忍の負の流れに、俺とさくらは揃って頭痛を覚えて額に手を当てたのは仕方のない事だろう。

 

 しかもそれだけならまだいいのだが、あのスキンヘッドの先輩、あっさりと俺達の事を喋ってしまい今回の任務は失敗。俺達は追手の魔族から逃げる為にその場を離れ、今に至るというわけである。

 

「全くさぁ! いくら俺が偵察をしてもそれを聞いてくれなかったら意味がないじゃないか! 自分の実力に自信を持つのはいいけど、相手との戦力差を考えろよな!」

 

 俺は一人で走りながらこの様な事態を引き起こしたスキンヘッドの先輩に向かって不満を口にする。追手の魔族達の動きが予想以上に速かったせいで、今俺はさくらや他の対魔忍の先輩方とはぐれてしまったのだ。

 

「大体! 何で偵察をするのが突入する直前で一回だけなんだよ! こういうのは事前に何回も偵察をして情報を集めてするべきだって、報告書に何度も……げっ!?」

 

 スキンヘッドの先輩だけでなく、依然として出たとこ勝負で任務を行わせる対魔忍の上層部への不満を口にしながら走っていると、運悪く袋小路に迷い込んでしまった。そして壁を登って逃げようとすると、俺が来た道から十人程のオークがやって来て逃げ道が塞がれてしまう。

 

「ゲヘヘ……。見つけたぞ」

 

「あの雄豚と似た様な匂いがする……。服は違うがお前も対魔忍だろう?」

 

 オーク達が何やら嫌な気配を感じさせる声音で話しかけてくる。そしてオーク達が言う雄豚というのは、恐らく捕まったあのスキンヘッドの先輩の事だろう。

 

「グフフ……。それにしても中々可愛い顔をしているじゃないか」

 

「そうだな。あの雄豚は趣味じゃなかったが、こいつならヤレそうだ」

 

 ……………!?

 

 今のオーク達の言葉を聞いた瞬間、俺はかつてないほどの悪寒を感じた。この悪寒は一体何かと思った俺はオーク達を見て、悪寒の正体に気づいた。……気づいてしまった。

 

 

 俺を見るオーク達の視線にある「熱」が籠っており、更に全員が股間を膨らませている事に。

 

 

 ここまで言えばお分かりだろう。つまりこのオーク達は俺を性の対象と見ていて、あのスキンヘッドの先輩同様の事をしようと考えているのだ。

 

「………」

 

 オーク達が俺を性の対象に見ているのを知って、俺の中で「プチン……!」と何かが切れる音がして、俺はある行動を起こした。

 

「観念しな。大人しくしていたら命までは……!?」

 

「な……!? か、体が動かねぇ!」

 

 俺の下へ来ようとしたオーク達の動きが一斉に止まる。オーク達は何故体の動きが止まったのか分かっておらず、自分達の体に細い「蜘蛛の糸」が絡まった事に気づいていなかった。

 

 そう、オーク達の動きが止まったのは電磁蜘蛛の糸によるもので、退却を開始した時から俺の所に帰ってくる様に電磁蜘蛛に指示を出していたのだ。いや、本当に間に合って良かったよ。

 

 そしてオーク達の動きが止まったのを確認した俺は、電磁蜘蛛に次の命令を出した。

 

「ん? 何だこれは? ……蜘蛛か?」

 

「だがこの蜘蛛、光っていないか? 何故?」

 

 オーク達がようやく電磁蜘蛛に気づくがもう遅い。電磁蜘蛛は俺の出した命令を実行するべく、その前段階としてその体を光らせていた。

 

 俺の電磁蜘蛛は最大で三キロメートル先までの遠隔操作能力と、電磁波を用いる様々な能力を持っている。そしてその中には「周囲の電磁波を吸収して電気に変換、そしてそれを増幅して放出する」というものがある。

 

 通常の出力では精々スタンガン程度の威力しかないのだが、今のような電力源が大量にある街中で最大出力を出せば、落雷が直撃したくらいの威力を出せる。しかしそれをすると、それによって生じる熱量と衝撃に電磁蜘蛛の体が耐えきれず吹き飛んでしまう言わば(電磁蜘蛛の)自爆技である。

 

「喰らえ。『集雷獄』」

 

 集雷獄。それが電磁蜘蛛を使った技で、俺が唯一名前をつけたものである。

 

 俺が技の名前を呟いた瞬間、電磁蜘蛛から強大な雷が発生して視界が光で白く染まった。そして次の瞬間、光が収まると十人程のオークは全員、電磁蜘蛛と一緒に消滅しており、地面には焼き焦げた後しかなかった。

 

「誰も見ていないよな……」

 

 俺は周囲を見回して目撃者がいないのかを確認する。

 

 集雷獄という技は俺の切り札で、この技の存在は誰にも、それこそ最近一緒に任務を共にしているさくらにも知らせていない。遠距離からの敵の暗殺が可能な集雷獄の存在が知られたら、これから先俺は偵察任務だけでなく暗殺任務にも駆り出されるのは確実な為、絶対に知られるわけにはいかないのだ。

 

 その為俺は周囲に今の目撃者がいないのかを確認してこの場を去ったのだが、逃亡中で周囲への集中力がいつもより欠いていた俺は、今回の任務に同行していた対魔忍の先輩の一人が遠くから一部始終を見ていた事に気づいていなかった。

 

 その後、対魔忍の先輩の証言によって俺の電磁蜘蛛が暗殺にも使える事が知られるようになり、俺の下に偵察任務だけでなく暗殺任務もやって来るようになるのだった。

 

 ……誰か助けて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

006

「ああ、もう。全然終わらない」

 

 とある対魔忍の先輩の失敗により、危うくオークの集団に輪姦されそうになったあの忌まわしい任務から一ヶ月後。俺は今、五車学園にある資料室でパソコンのキーボードを愚痴を言いながら叩いていた。

 

 パソコンを使って何をしているのかというと、任務の報告書の作成である。

 

 対魔忍は「一応」日本国政府直属の組織であり、魔族絡みの案件になるとすぐに暴走して政府の指示を無視するけど、それでも「一応」日本国民の血税から運用資金を頂いている組織である以上、任務を終えたらそれを報告書にして報告する義務があるのだ。

 

 しかし肝心の報告書の作成はまだ終わっていない。昨日から丸一日徹夜しているのに、まだ半分しか出来ていない。

 

 だが別にこれは俺の作業速度が特に遅いという訳ではない。俺はある理由から他の対魔忍の「二倍」の報告書の作成を指示されているからだ。

 

 突然だが対魔忍は、意外……ではないと言うかある意味当然と言うか、俺が今している報告書の作成等といったデスクワークができる人材が悲しいを通り越して絶望的なまでに少なかったりする。

 

 対魔忍のほとんどは、物心がつく前から「対魔忍とは魔を滅ぼす者」という言葉の下に忍法や武術「のみ」を教えられ、五車学園を卒業してすぐに、あるいは五車学園在学中に対魔忍となる者達だ。中には自衛隊に入隊してレンジャーになったり、大学を卒業して博士号をとったインテリな対魔忍もいるが、それは例外中の例外。そういった理由から対魔忍でデスクワークを人並み程度に出来る人材は、本当に一握りしかおらず、報告書に関してもいい歳をして作文レベルの報告書しか出せない対魔忍も少なくない。

 

 そして対魔忍の任務に駆り出されたばかりの俺は、そんな絶望的な事実も知らず「国に出す報告書だから下手なものは出せない」と考えて報告書の作成を「頑張ってしまった」のだ。

 

 任務の出来事を出来るだけ正確に思い出し、自分や味方、そして敵がどの様な行動を取ったのか、分かりやすく説明する報告書を作成してそれを提出。その結果、俺が提出した報告書は対魔忍の上層部だけでなく、国の上層部からも「まだまだ説明不足な点はあるが、対魔忍の報告書でここまで丁寧で正確なのは非常に珍しい!」と大絶賛された。

 

 勿論、自分の仕事を評価されるのは嬉しいのだが、問題はその後。俺は自分の報告書だけでなく、任務全体の状況を記した報告書の作成も上から命じられ、他の対魔忍の二倍の仕事をする事になってしまったのだ。

 

 ちなみにこういった任務全体の報告書の作成には、その任務に参加した対魔忍で最も経験が長く地位も高いさくらは少しくらい手伝ってくれてもいいと思うのだが、当の本人は「ゴメン! 書類仕事だけは本当に駄目なの! いつか埋め合わせをするから五月女君、よろしく!」と言って、毎回影遁の術で逃げている。

 

 クソッ! 俺はこれでも真面目に任務をやっているつもりなのに、真面目にやればやるほど命の危険と仕事が増えるだなんて、本当に対魔忍の仕事はブラックだな! 俺、精神年齢はともかく肉体はまだ中学三年だぞ!? こんなの絶対、中学生がやる仕事じゃな……ん?

 

「あっ!? ……す、すみません! かくまってください!」

 

 俺が内心の怒りをパソコンのキーボードに叩きつけていると、突然俺がいる資料室の扉が勢い良く開かれ、どこかで見覚えがある男子生徒が入ってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

007

 突然俺がいる資料室に入ってきたのは、俺と同じ五車学園の男子生徒で、彼は中々に素早い動きで物陰に隠れてしまった。そしてその直後に二十歳くらいの女性の対魔忍がやって来て「ここに男子生徒がやって来ませんでしたか?」と聞いてきた。

 

 女性の対魔忍が聞く男子生徒というのは恐らく今この資料室に隠れている男子生徒で、別に彼女に教えても良かったのだが、俺は何となく気まぐれで「来ていませんよ」と嘘を言うと、その女性の対魔忍は資料室を後にした。そして女性の対魔忍の気配がしなくなったのを確認してから俺は、報告書を作成する作業を続けながら物陰に隠れている男子生徒に声をかけた。

 

「もう行ったぞ。そろそろ出てきたらどうだ?」

 

「ええ、ありがとうございます。……あの、五月女先輩ですよね? 『蜘蛛の対魔忍』の異名を持っている……」

 

「? 何で俺の名前を知っているんだ?」

 

 まだ名乗ってもいないのに男子生徒は俺の名前を呼び、俺は思わず彼の方を見た。

 

「いえ、五月女先輩は最近有名ですから」

 

「ああ……」

 

 俺は男子生徒の言葉を聞いて納得する。

 

 確かに俺は、先月から電磁蜘蛛の集雷獄を使用した敵への暗殺(?)任務を二回ほど受けており、それによって他の対魔忍達から以前より少し名前を知られるようになっていた。この男子生徒も、それによって俺のことを知ったのだろう。

 

「なるほど……。それで? 何で君は逃げていたんだ?」

 

「それは、その……。対魔忍の訓練が嫌になって、つい……」

 

「そうか」

 

 俺の質問に男子生徒は気まずそうに目を逸らしながら答えて、それを聞いた俺は再び納得する。対魔忍の訓練はかなり過酷で、訓練によって大怪我をする者もいれば、心がくじける者もいる。その事を考えれば、この男子生徒が逃げ出したくなるのも理解できるのだが……。

 

「でも訓練はしておいた方がいいぞ? この学校にいる以上は君も対魔忍になるんだろ? 対魔忍になれば最後に頼れるのは自分の実力だけだ。訓練をしておかないと、最終的に自分の死期を早めることになるからな?」

 

「それは分かるんですけど……。俺、まだ忍法に目覚めていないから、皆についていけなくて……」

 

「忍法が?」

 

 俺の言葉に男子生徒はいよいよ辛そうな表情となり、それを見て俺は三度納得して、同時に彼の状況を理解できた。

 

 対魔忍の家系に産まれた子供は、そのほとんどが何らかの忍法に目覚めて対魔忍となるが、全てが忍法に目覚めるわけではない。

 

 そしてこの五車学園は、基本的に入学が認められるのは忍法に目覚めた者だけなのだが、長年対魔忍を輩出してきた所謂「名門」の出身者は、例え忍法に目覚めていなくても「いずれは忍法に目覚めるだろう」と将来性を見込まれて入学を認められることがある。

 

 つまりこの男子生徒は、対魔忍の名門の出身だが未だに忍法に目覚めていない五車学園の生徒だということだ。そう考えると彼を探してこの資料室にやって来たあの対魔忍の女性は、彼の家に使える分家筋の人間なのだろう。

 

 対魔忍の世界では「対魔忍は忍法を使えてこそ対魔忍である」という風潮が強く、そんな中でこの男子生徒はさぞ肩身の狭い思いをしてきただろう。それに加えて対魔忍の訓練は基本的に忍法の使用を前提としているので、忍法が使えない彼は訓練についていけなくなり、嫌気が差して逃げてきたのも仕方がないのかもしれない。

 

 事実、男子生徒は自分で言った言葉に落ち込んでおり、その姿を見て俺は思わず……。

 

 

「ねぇ? 忍法って、対魔忍にとってそんなに大切なものなのか?」

 

 

 と、話しかけていた。

 

「…………………………え?」

 

 俺の言葉に男子生徒は呆けた顔となるが、それに構わず俺は話を続けた。

 

「対魔忍というのは魔族を退治する者で、忍法なんて魔族を倒すための手段の一つに過ぎない。

 魔族を倒せるのだったら、忍法だろうが武術だろうが核兵器だろうがなんだって使っていいし、ぶっちゃけて言えば自分は指示に徹して仲間に魔族を倒してもらってもいい。

 そう考えたら対魔忍にとって忍法は、絶対に必要って訳じゃないと思わないか?」

 

「え? え? え?」

 

 男子生徒は俺の話を聞いて混乱した顔になるが、それも仕方がないだろう。

 

 なにせ任務の遂行は忍法に頼りっきりで、忍法が使えなければ対魔忍としての実力は並程度しかない俺が「対魔忍に忍法はそれほど必要じゃない」と言われても説得力は皆無だからな。しかし今だけ、そういった事実は棚の上に上げさせてもらう。

 

「確かに忍法は強力な力になりうる能力だよ?

 だけど俺は対魔忍にとって一番大切なのは、忍法じゃなくて自分の役割を全うして任務を達成することだと思う。

 対魔忍の任務は、前線で戦うのは勿論、後方からの援護や情報収集まで全てが魔族を倒すという目的に繋がっている。だから任務が出来たら、忍法が使える使えないなんて、どうでもいいことなんだ」

 

「忍法が、どうでもいい……?」

 

 俺がこれまでの経験から出した結論を告げると、男子生徒はまるで目から鱗が落ちたような表情となる。そこで俺は彼に一番言いたかったことを伝えることにした。

 

「これは忍法が使える俺が言ったら、上から目線の嫌な奴に思われると思うけど、忍法が使えなくってもあまり気にしない方がいい。実際、戦闘向きの忍法が使えなくても、武術や体術で魔族を倒して活躍している対魔忍だっている。忍法が使えないのだったら、その分体術を磨いて体術のスペシャリストを目指したらどうだ? 体術だったら戦闘だけでなく逃走や偵察にも活かせると思うけど?」

 

 体術のスペシャリストと言って俺が思い浮かべたのは、あの忍者漫画に登場する全身緑タイツの熱血青春師弟コンビだ。彼らは忍術の才能は全く無かったが、鍛え抜いた体術で様々な任務を達成していたし、彼らも脳筋な所があったがウチの所の忍者共に比べたら全然マシだ。

 

「体術の、スペシャリスト? ………」

 

 俺の言葉に男子生徒は少しの間、顔を俯かせていたが、顔を上げるとどこかスッキリした表情をしていた。

 

「ありがとうございます。五月女先輩。俺、もう行きますね」

 

 そう言うと男子生徒は資料室を後にしようとしたが、俺はそこである事に気づいて彼に話しかけた。

 

「待ってくれ。そう言えば君の名前は何ていうんだ?」

 

「俺ですか? 俺はふうま小太郎って言います」

 

 ふうま小太郎、ね……。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 ………………………ナヌ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

008

 皆さんこんにちは。

 

 中学一年生から現役の対魔忍に混じって任務を行い、中学三年生になった今では「蜘蛛の対魔忍」と呼ばれて、上層部から非常に嬉しいこと(血涙)に高評価をいただいている五月女頼人です。

 

 しかし俺は「死にたくない」、「政府からペナルティーが恐い」、「家族の期待に応えたい」という気持ちから対魔忍の任務を行っているのだが、やっていることは上からの指示を全うして報連相をしっかりするという社会人として当然の事だ。それをしているだけで上層部から高評価を受けるのだから、他の対魔忍がどれだけ酷いのかが容易く想像できる。

 

 ぶっちゃけて言うと週に五回は「対魔忍なんか辞めて、米連辺りに亡命するか、東京キングダム辺りでフリーの情報屋になった方がいいんじゃないか?」と、真剣に自問自答している。

 

 ……まあ、本当にそんな事をすれば、最悪アサギ直々に問答無用で殺しにくるかもしれないのでやらないが。

 

 とにかく俺は今、対魔忍の頭の酷さ以外で一つの悩みを持っていた。それは先日、資料室で会った忍法が使えないと言う一人の男子生徒の事である。

 

 先日、資料室で俺が「忍法が使えないのなら体術を使えばいいじゃない」と偉そうに言った相手は、この世界の重要人物となりうる人物、「対魔忍RPG」の主人公であるふうま小太郎であったのだ。

 

 この死亡フラグ満載の世界では原作のキャラクターに接触するのは危険だと思って、すでに接触しているアサギとさくら以外の原作キャラクターとの接触を避けていたのに、まさか主役級のキャラクターが向こうからやって来るとは予想外だった。……というか最初に見た時に気づけよ、俺の馬鹿。

 

 そしてその小太郎君はと言うと、俺の言葉を真に受けて、現在は体術のスペシャリストになるべく死物狂いで体術の修行をしているそうだ。

 

 何故俺がそれを知っているのかというと、小太郎君の関係者に連続で礼を言われているからだ。

 

 二日前は、先日資料室に小太郎君を探しにきた対魔忍の女性、彼の異母姉からは「貴方のお陰でお館様が修行にやる気を出してくれました」と涙ながらに礼を言われ、

 

 昨日は、俺の同級生で小太郎君が兄のように慕っている男子生徒から「小太郎様を励ましてくれてありがとうございます」と優雅に礼を言われ、

 

 そして今日は、学校の廊下を歩いている時に、小太郎君の親友である赤髪の後輩に「アイツが世話になったな」とすれ違いざまに礼を言われた。

 

「なんか一気に原作キャラクターの知り合いが増えたな。……っ!?」

 

 

【オメデトウゴザイマス。転生特典強化ボーナスノ発動条件ガ達成サレマシタ】

 

 

 俺が内心でため息を吐きながら学生寮に戻ろうとしたその時、突然脳内にどこかで聞いたことある声が聞こえてきた。

 

「だ、誰だ!? それにこの声、どこかで……?」

 

【転生特典強化ボーナスノ発動条件「この世界の歴史の中心人物五名との接触」ノ達成ヲ確認。ヨッテ、転生先ヲランダムニシタ事デ得タ、転生特典強化ボーナスヲコレヨリ与エマス】

 

 そうだ思い出した! この機械みたいなカタコト喋り、俺がこの世界に転生する前に会ったあの光の玉だ!

 

 というか転生特典強化ボーナスって何!? 俺、電磁蜘蛛……転生特典を強化してくれるって言うから転生先をランダムにして結果この世界に来たのに、今まで強化無しで任務をやっていたのかよ!?

 

 一体どういうことだと俺は脳内の声の主、あの光の玉に問い詰めようと思ったのだが、それより先に両目に激痛が走りそれどころではなくなった。

 

「……………っ!?」

 

【コレデ貴方ノ魂ノ特異性ハ無クナリ、次ノ死亡デ貴方ノ魂ハ輪廻ノ輪二組ミ込マレルデショウ。デハ、今ノ一生ヲ懸命二生キテクダサイ】

 

「ま、て……!」

 

 光の玉のその言葉を最後に、俺は両目の激痛で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次に目覚めた時、俺は……「邪眼」を手に入れていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

009

 俺がこの世界に転生する前に出会った光の玉。

 

 それによって俺の転生特典……電磁蜘蛛の強化ボーナスを与えられたのはいいのだが、その際に両目に強烈な痛みが走って俺は気絶してしまった。気がつけば俺は五車学園の近くにある対魔忍専用の病院のベッドで眠っていて、医者が言うには丸三日眠っていたそうだ。そして……。

 

「俺に、邪眼が……?」

 

 医者からの報告を聞いて鏡を見ると、鏡に映る俺の左目が毒々しい紫色に変色していた。つまりこの紫色の左目、邪眼があの光の玉が言っていた強化ボーナスなのだろう。

 

 邪眼とは視線そのものに「魔」を宿す眼であり、邪眼が宿す力はその所有者によってそれぞれ異なるが、そのどれもが他の対魔忍の忍法よりも特異で強力なものである。そして邪眼の使い手を数多く輩出してきたのが、小太郎君のふうま家であった。

 

 勿論ふうま家以外でも邪眼に目覚める対魔忍は少数だが存在している。しかしだからと言って、何で俺が邪眼に目覚めないといけないんだよ? 転生特典の強化ボーナスと言っても、もっと別の強化手段だってあるだろう?

 

 邪眼みたいなレア能力に目覚めたら更に周りから注目されるじゃないか。「レア能力を持っている=対魔忍として実力者」みたいな単純思考の上層部にまた任務の回数を増やされたり、厄介な任務を回されたりするんじゃないだろうな?

 

 鏡を見ながら俺が内心で頭を抱えていると、医者は何故俺が急に邪眼に目覚めたかについて仮説を話してきた。

 

 俺達対魔忍は、人間と魔族の混血児の末裔で、その身に「魔」の力を宿している。そしてその魔の力を対魔粒子で活性化させることで、身体能力を上昇させたり超能力……つまり忍法を使用するのだ。

 

 その為、対魔忍の中には自分に宿る魔の力を完全に目覚めさせて、体が人間から魔族に変化するパターンも、理論上は存在するらしい。というか、アサギが正にソレだろう。

 

 そして俺の場合、このところ任務の連続で忍術を使用しすぎたせいで、左目が変化を起こし邪眼と化した、というのが医者の言う俺が邪眼に目覚めた仮説なのだとか。

 

 医者の仮説を聞いて俺は正直「随分と穴だらけの仮説だな」と思ったが、それでも「自分は実は転生者で、忍法に目覚めたのは転生特典のお陰で、邪眼に目覚めたのも転生特典の強化ボーナスのお蔭」という事実に比べれば、まだ現実的な気がした。

 

「あの……? 俺が邪眼に目覚めたのって何かの間違いじゃないですか? 瞳の色もただ変色しただけだったり……」

 

「いえ、それはありません。貴方の左目は確かに邪眼となっています。それでどうです? 左目から何か特別な力とか感じませんか?」

 

「と、言われてもな……ん?」

 

 一縷の望みをかけて医者に聞いてみたが即座に否定されて、俺は思わず天井を見上げて呟く。しかしその時、俺の視界に奇妙なものが映った。

 

 俺の視線の先にあるのは天井に設置されている蛍光灯。その蛍光灯は白い光を放っていたが、俺の左の目にはそれとは別の光……いや、何かの「力」が見えた気がした。

 

「……………『集まれ』」

 

 バチィッ!

 

 俺は蛍光灯に見えた謎の力を見つめていると、自分でも気づかないうちに思わずそう呟いた。すると突然俺が見ていた蛍光灯の光が消えて、その直後……。

 

『………』

 

 光の消えた蛍光灯からまるで幽霊の様に、全身から青白い光を放つ半透明の蜘蛛が這い出てきて、その蜘蛛は無言でベッドの上にいる俺を見下ろしてきた。

 

 な、何だ、あの蜘蛛は? 俺の電磁蜘蛛にどこか似ているけど……まさかあの幽霊みたいな半透明の蜘蛛が俺の邪眼の能力なのか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

010

 左目が邪眼になったこと以外、特に体に異常が無かった俺は、目覚めるとすぐに病院を退院できた。しかし俺が邪眼に目覚めた事実は、どこからか五車学園全てに広まっていて、久しぶりに登校すると学生と教師問わず注目された。

 

 まあ、元々俺は中学生なのに対魔忍の任務を行っているせいで注目されているので、今更この程度の事はどうでもいい(開き直ったとも言う)。それより気になるのは小太郎君の事だ。

 

 小太郎君は数々の邪眼使いを輩出してきた名門、ふうま宗家の嫡男として生まれたのにも関わらず邪眼を持たず忍法も使えない為、周囲から陰で「眼ぬけ」と笑われてきていた。そんな彼に「忍法が使えないならば体術を磨いて対魔忍になればいい」と助言した人間に邪眼が目覚めたとすれば、それは考えようによっては酷い裏切りと思われるかもしれない。

 

 だから今日、小太郎君が兄のように慕っている同級生に、小太郎君が俺の邪眼の事を知ってどう思っているのか聞いてみると、

 

「ええ。確かに小太郎様も貴方の邪眼の事を知って驚いていましたが、それ以外は特に何も感じていないみたいでしたよ。『先輩は先輩。俺は俺。無い物ねだりをするのはもう止めだ』と言って、体術の修行に励むお姿は非常に頼もしく見えました」

 

 と、相変わらず優雅に答えてくれて、その答えに俺は一安心した。しかし……。

 

「それにしても私は嬉しいですよ。まさか我らふうまに貴方のような邪眼を持つ優秀な対魔忍が新たに加わるだなんて」

 

 この続けて言われた同級生の言葉に、俺は思わず内心で「ビクゥッ!」と驚いた。あー、やっぱり知っているのか……。

 

 別に隠していたわけじゃない……というか、これを知ったのは五車学園に来てからなのだが、俺の実家と母親の生家の両家が一応ふうま宗家に仕える下忍の家である事を同級生が知っているという事は、当然上層部も知っているって事だよな……。今だにふうまを警戒している上層部が、一応はふうまに属する俺に邪眼が宿ったと知ってどう思うかだなんて考えたくもない。正直、同級生の言葉を聞くまで強制的に記憶を封印していたぞ、俺?

 

 話を終えて同級生と別れた俺は、学生寮にある自室に戻ることにした。今日の夜には対魔忍の任務があるので、装備の点検などの任務の準備をする為である。だが自室へと戻る途中で、一人の女性が俺の前に立ちふさがった。

 

 突然俺の前に現れたその女性は、少々奇妙な格好をしていた。年齢は俺より少し下くらいで、着ているのは五車学園の女子生徒の制服。

 

 そこまでは別におかしくなかったのだが、彼女はバイザーをつけて顔を隠しており、そのバイザーと制服が凄まじい違和感を出していた。

 

 一体彼女は誰なんだ? どこか会った……いや、姿を見たような気がするのだが……?

 

「えっと……? 君は?」

 

「私は獅子神自斎。今日からさくら先生に代わって、貴方と一緒に任務をする事になったの。よろしくね、五月女先輩」

 

 俺の質問に彼女、獅子神自斎は感情のこもっていない声でそう答えたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

011

 夜。俺は対魔忍の任務で東京キングダムへやって来ていた。

 

 任務の内容は「魔族の武装勢力のアジトを偵察して、可能ならば武装勢力を殲滅せよ」という、色々な意味でいつもの任務だ。

 

 だが今回の任務で俺に同行しているのはさくらではなかった。任務で俺と同行するのはほとんどさくらなのだが、さくらは五車学園で学生に戦闘術を教える教官でもある為、仕事の都合上同行できず、さくら以外の対魔忍が任務に同行したことも何回かあった。

 

 ……まあ、もっとも? そのさくらの代打の半分は「偵察の護衛など対魔忍の仕事ではない!」と寝言をほざいて敵陣に突っ込んで行ったがな!

 

 そして今回俺と同行することになったのは、獅子神自斎という対魔忍見習いの女性だ。

 

 彼女は俺と同じ五車学園の中等部に在学している生徒で、まだ中学二年だというのに強力な忍法に目覚めており、充分対魔忍として活躍できる実力を持っているらしい。……何だろう? どこかで聞いたような話だな?

 

 だがそれだけが獅子神が俺の護衛役になった理由だとは思えない。これは俺の憶測だが、彼女は俺の監視役なのだと思う。

 

 対魔忍の忍法は本当に様々な種類があり、その中には幻術を見破ったり対象の力を観測できる能力とかもあるだろう。獅子神もそういった忍法の使い手で、今回目覚めた俺の邪眼の能力を見定める為に上層部が護衛役としたのではないか、というのが俺の考えだ。

 

 しかし本当に獅子神の忍法とは何なのだろう? 前世の記憶で彼女が「対魔忍RPG」に登場していたキャラクターというのは思い出せたのだが、確か「対魔忍RPG」の九章を行ったか行かなかったの辺りでこの世界に転生したから、彼女がどんな忍法を使うのか知らないんだよな……。

 

「先輩? ここでいいのですか?」

 

 そんな事を考えていると獅子神がこちらを見て話しかけてきた。

 

「ああ、ここで構わない」

 

 俺と獅子神が今いるのは東京キングダムにある建物の一つの屋上で、目的の武装勢力のアジトがあるのはここから見える二キロ先の四階建てのビルだ。こうして遠くから電磁蜘蛛を放って偵察、そして最近では暗殺もするのが俺のやり方なのだが、今日は少し違うやり方をしようと思う。

 

「獅子神。俺はこの任務で邪眼の力を試してみようと思うから、お前も出来る限り俺の邪眼がどんな能力か確認してくれ」

 

「っ!? ここで邪眼の能力を使うのですか?」

 

 それまで全く感情を見せてこなかった獅子神だが、今の俺の発言は予想外だったみたいで驚いた様子を見せていた。

 

 だがこれは邪眼に目覚めたから慢心したという訳ではない。「強力な忍法を使う対魔忍が慢心する=敵の罠にはまって死亡か輪姦」というのは、この世界では万有引力の法則よりも絶対な法則であるので、俺はそんな事をするつもりはない。だからこそこの任務で邪眼の能力を試すのだ。

 

 五車学園の学生の多くは複数の教師役の対魔忍の立会いの元で、自らの忍法を見せてその力を試し、他の生徒達に己の力を誇示する。そして教師役の対魔忍達もその生徒の忍法の内容を記録して、将来対魔忍になった時にどの様な任務につかせるかの判断材料としている。しかし俺にはこれにあまり意味があるようには思えなかった。

 

 これは前にも言っているが、対魔忍にとって一番重要なのは任務を確実に遂行できるかであり、それさえ出来るのなら忍法の内容なんて本人以外は大体知っているだけでいいし、他の人間に誇示する必要もない。それにもし五車学園が全ての対魔忍の忍法の情報を調べて記録していたら、五車学園に敵のスパイがはいられた日には、敵に全ての対魔忍の対策をとられてしまう危険だってある。……というか、原作では五車学園に魔族のスパイが入り込んでいなかった?

 

 その事に加えて「上層部が俺に目をつけているのでは?」という疑問が俺の中で生じた今、俺は邪眼の力の全容を五車学園に知らせる気にはなれなかった。だからこそ、このある程度慣れて、危険もそれなりに少ない偵察任務中に邪眼の力を試す事にしたのだ。

 

 先程は獅子神に邪眼の力を確認してくれとは言ったが、彼女にも邪眼の力を見せるつもりはない。この偵察任務中は俺に主導権があるのだから、獅子神に見えないように邪眼を使う事も充分可能なはずだ。

 

 そこまで考えたところで俺は、先ずはいつも通りに偵察任務をする為に忍法で電磁蜘蛛を作り出すのだった。

 

 

 

 ……しかしこの後、俺の邪眼が原因で東京キングダムの一部にちょっとしたパニックが起こるのだが、この時の俺は予想だにしていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

012

 まずは忍法で電磁蜘蛛を作り出す。そして対魔忍の任務に駆り出されてからずっと愛用している弓(ちなみに俺の弓は、弦の真ん中の「中仕掛け」と呼ばれる部分が幅広く、矢だけではなく礫も放てる「はじき弓」と呼ばれるもの)に電磁蜘蛛を矢の代わりに番えて一気に敵のアジトに向けて放つ。

 

 電磁蜘蛛が予定通りの軌道で飛んでいったのを確認してから目を閉じ電磁蜘蛛と視界を共有すると、夜空を飛ぶ景色がまぶたの裏側に広がった。

 

 俺はこの電磁蜘蛛の視界を通じて見る空を飛ぶ光景が好きだ。実際に飛んでいるのは電磁蜘蛛とはいえ、こうしているとどこまでも飛んで行ける自由な気分になれるので、不謹慎だとは思うがこうして電磁蜘蛛を空から目的地へと移動させているほんの僅かな時間が任務中での癒しとなっているのだ。

 

 ……嗚呼、本当に対魔忍とか任務とか、全ての事を忘れてどこまでも飛んで行きたい(涙声)。

 

 しかしそんな癒しの時間もほんの二、三分で終わってしまう。電磁蜘蛛が武装勢力のアジトであるビルの屋上に着いたところで俺は意識を切り替える。

 

 いつもだったらこのまま電磁蜘蛛を潜入させて偵察をするのだが、今回はここで新たに得た邪眼の力を試す事にする。

 

 これは一度も試した事はないのだが、それでも感覚で分かる。どうやら俺の邪眼は、電磁蜘蛛の視線にも「魔」の力を与えるようで、今のように電磁蜘蛛を使えば実際の左目では視線が届かない遠距離にでも邪眼の力が使えるようだ。

 

(それじゃあ早速使ってみますか。……『集まれ』)

 

 俺は感覚で理解できた邪眼の使い方に従って、電磁蜘蛛の視界を通じてビルの屋上の出入り口を照らす蛍光灯を見てそう念じた。すると初めて邪眼の力を使った時と同じ様に、蛍光灯の光が消えて、同時に全身から青白い光を放つ半透明の蜘蛛が現れた。

 

 半透明の蜘蛛は体の大きさが三十センチ以上もあり、電磁蜘蛛の三倍以上大きく、脚も含めれば更に大きく見えた。外見は蜘蛛型のロボットといった感じで、八本の脚の先端が鋭い刃となっており、偵察特化の電磁蜘蛛とは対照的にこちらは戦闘に特化しているのが見ただけで分かった。

 

 ……それにしても電磁蜘蛛も◯ョジョの◯タンド能力を参考にして考えた能力なのに、こっちの半透明の蜘蛛の方がスタン◯っぽいな?

 

『………』

 

 俺がそんな事を考えていると、半透明の蜘蛛が電磁蜘蛛に視線を向けてくるのが分かった。こちらを見てくる半透明の蜘蛛の目は何かを要求していて、その視線を受けて俺は邪眼の使い方と同じ様に、感覚で半透明の蜘蛛の事が少し理解出来た。

 

 この半透明の蜘蛛は、電磁蜘蛛のようにこちらの命令に大人しく従ってくれる様な殊勝なヤツじゃない。コイツはただ一つの命令を、自分のやりたい事をただひたすらに実行する……そんなヤツだ。スタ◯ド能力で言えば自動操縦型といったところだろう。

 

 そして半透明の蜘蛛が実行するただ一つの命令は「敵の抹殺」。俺と電磁蜘蛛以外の存在を全て敵とみなして無差別に攻撃し、そしてその許可を早く寄越せと先程から無言の視線で催促しているのだ。

 

(また随分と攻撃的な能力だな。……だけどまあいい。基本は偵察だけど、可能ならば武装勢力を倒せっていうのが今回の任務だし。よし、『行け』!)

 

『……………!』

 

 俺の合図に半透明の蜘蛛は嬉しそうに体を震わせて行動を開始した。しかし……。

 

(え?)

 

 行動を開始した半透明の蜘蛛は突然黒い球体となり、それから後は半透明の蜘蛛が一体何をしたのか見る事が出来なくなった。

 

 

 

 それから数分後。武装勢力のアジトであるビルに、突然正体不明の黒い球体が動き回るのがビルの外からも見られ、その奇妙な光景には東京キングダムの住民ですら驚いて、ビルがある周辺ではちょっとしたパニックになったらしい。また、ビルの中にいた武装勢力は全員、全身を斬り刻まれたり何か強い力で潰されたりして殺されており、ビルの中は血の海と化していた。

 

 この事から東京キングダムの一部では「黒い球体」の噂がしばらく話される事になるのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

013

 さくらに代わって獅子神と一緒に任務を行うようになってから三度目の任務。今俺は敵のアジトに電磁蜘蛛を忍び込ませていて、そしてその電磁蜘蛛の視線の先では、邪眼の力で生み出されたあの半透明の蜘蛛が例の黒い球体となって敵の魔族に襲いかかっていた。

 

(なるほど……。大体コイツの事が分かってきたぞ)

 

 俺は今回のも含めた獅子神と一緒に行った三回の任務では全て邪眼を使っており、流石に三回も試すと大体の効果が分かってくる。電磁蜘蛛の視線を通じて黒い球体となって敵の魔族を次々と襲いかかっていく邪眼の蜘蛛を見て、俺は内心で頷き呟いた。

 

 ちなみに当の獅子神は俺が相変わらず遠距離で邪眼を使っているのでその力を見る事が出来ず、かと言って俺の護衛から離れる事も出来ないので、若干不満気な視線をこちらに向けてきていた。自分勝手な脳筋の対魔忍達ならともかく、彼女のような真面目な対魔忍を欺くのは気がひけるのだが、こっちも自分の安全がかかっているので我慢してほしいと思う。

 

 俺は心の中で獅子神に詫びると、電磁蜘蛛の視界に映る黒い球体と化して暴れている半透明の蜘蛛を見ながら、あの半透明の蜘蛛について分かった事を頭の中でまとめる。

 

 まずこの邪眼で作り出した半透明の蜘蛛の目的は周囲の敵の殲滅で、俺と電磁蜘蛛以外の者を無差別に攻撃する。攻撃手段は各脚の先端にある刃と牙、そして意外と力が強いようで八本の脚による圧迫。敵味方の区別は体から感じられる微弱な電磁波と対魔粒子の量で判断している。

 

 次に移動できる距離は大体五十メートルくらいで、俺の邪眼から作られれば俺を、電磁蜘蛛の視線から作られれば電磁蜘蛛を移動の基点としている。そして自分の移動できる範囲内にいる敵を近い者から攻撃していく。

 

 そしてこれが一番大きい特徴なのだが、どうやら半透明の蜘蛛は「周囲の光を吸収して自分を強化する」ことが出来るようだ。半透明の蜘蛛が黒い球体になっているのは、蜘蛛が自分の周囲の光を吸収して自分の力にしている結果であり、よく見ると黒い球体の外側から内側へと向かって光の糸みたいなのが伸びていて、黒い球体の中央にはうっすらと蜘蛛のシルエットが見えている。

 

 半透明の蜘蛛が光を自分の力に変えている事に気づいたのは二回目の邪眼の実験の時だ。薄暗い通路から蛍光灯がついている明るい部屋に出た途端、一気にスピードとパワーが段違いに上がった事から光を自分の力に変える能力に気づいたのだ。

 

 明るい部屋に出た時の半透明の蜘蛛は今まで任務で見てきた、頭はともかく実力は本物な対魔忍の先輩方の誰よりも素早く強力であった。蛍光灯の光だけでこれだけのパワーアップが出来るのなら、もし快晴の太陽の下で半透明の蜘蛛を作り出せば、一体どれだけ強くなるのだろうか?

 

 ……更に俺は、この半透明の蜘蛛の能力にはまだ続きがあった事を、偶然にもついさっき気づいたのだった。

 

(やっぱり治っているな……)

 

 視界を電磁蜘蛛から自分の目に戻した俺が、側にいる獅子神に気づかれないように自分の右の掌を見ると、右の掌には包帯が巻かれていた。この包帯は昨日、五車学園での訓練中に負ったもので、傷はかなり深く先程まで痛みを感じていたのだが、その痛みはすでに無くなっており傷も完治しているのが分かった。

 

 加えて言えば半透明の蜘蛛を作り出した時から妙に体が軽く、力が漲ってきている。

 

 この事から察するに、どうやら半透明な蜘蛛を出している間は俺自身も光を吸収して自分の力を強化出来るみたいだ。

 

 光を吸収して自分の力を強化出来る能力は、電磁蜘蛛の操作に集中して不意を突かれる危険が高い俺には非常に有り難いのだが、これは周りに知られないように特に気をつける事にしよう。だってそうしないと、ただでさえ命の危険がある任務を一人で行かされるかもしれないからな。それだけは絶対に避けたい。

 

 まあ、それはとにかく能力の内容も大体分かった事だし、そろそろこの邪眼と半透明な蜘蛛にも名前をつけてみようと思う。

 

 ……そうだな左眼の邪眼は「土蜘蛛の紫眼」、半透明の蜘蛛の方は「光を吸収する」と「(ライト)に従う捕食者(クモ)」の二つの意味で「ライトイーター」とでも名付けよう。

 

 やや安直な気がするが、そこまで酷い名前ではないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

014

「ふぅ……。やっと帰ってこれたな……」

 

 獅子神と一緒に行った三度目の任務。それを無事に達成して五車学園へ帰還した俺と獅子神だったが、任務が思ったより長引いてしまったせいで、五車学園に帰還した頃には昼を過ぎていた。

 

 五車学園ではすでに午後の授業が始まっているが、対魔忍の任務に従事している生徒はその間の授業を免除されているので、俺と獅子神は教室で授業をしている生徒達を横目に、教官であり上官の対魔忍達がいる職員室へと向かう。

 

「獅子神、大丈夫か?」

 

「ええ、はい。少し眠いですけど大丈夫です」

 

 任務は徹夜となりここに来るまで一睡もしていない為、流石に獅子神も疲れているみたいだが、それでも返事を返してきた。

 

 俺? 俺は勿論余裕さ。何せ任務では同じ任務に参加している頭対魔忍の先輩が勝手に行動したらその尻拭いで一徹二徹は確実で、事後処理でも作文レベルの報告書しか書けない対魔忍が多すぎるせいで俺だけ報告書を書く量が二倍になっているのでこちらも一徹二徹は確実。そのお陰で長時間寝ていなくてもクオリティの高い仕事が出来るという社畜スキルを中学生のうちから修得しているさ。凄いだろう? ハハハッ! ハハ……ハァ……(ため息)。

 

「どうしたんですか、五月女先輩? 泣いているのですか?」

 

「えっ!? い、いや、泣いていないから!? ちょっと欠伸をして目から水が出てきただけさ!」

 

 自分の言葉に傷ついた俺は気づかないうちに泣いてしまっていて、獅子神の言葉に慌てて涙を拭ってごまかす事にした。

 

「? そうなんですか?」

 

「そうなんです。いくら俺でも自分の職場のブラックぶりに改めて絶望して泣いたりなんか……ん?」

 

 なんとか話を逸らす話題はないかと視線を横に向けると、校庭で中等部の生徒達が対魔忍スーツを着て格闘技の訓練をしており、俺はその格闘技の訓練をしている中等部の生徒達の一団に気になるものを見つけて足を止めた。

 

 対魔忍を育成する五車学園では体育の授業の半分が体力作りのトレーニングで、残り半分は今俺が見ている格闘技の訓練、つまりは生徒同士の模擬戦である。そして格闘技の訓練は模擬戦でもあるので、模造品の武器や忍法の使用が認められている。

 

 中学生の一団がぴっちりとしたスーツを身にまとい武器やら超能力を使って模擬戦をしている光景は、日曜日の特撮番組みたいで実際に目の当たりにすると異様な光景だが、俺が気になっているのはそこではない。

 

 俺の視線の先では一人の対魔忍見習いの男子生徒が、次々と自分と同じ対魔忍見習いの生徒を倒しているのだ。……しかも忍法も武器も使わず素手だけで。

 

「ま、まさか……。彼は……」

 

 素手だけで対魔忍見習いの生徒を倒していく男子生徒には非常に見覚えがあり、俺は思わず彼の顔を凝視しながら呟いた。

 

 そしてその男子生徒……ふうま小太郎は、俺の見ている先で相手が忍法で放った炎を素早い動きで回避し、その直後に華麗なまでの上段後ろ回し蹴りを相手の首に叩き込んで勝利したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

015

「……っ!? 電磁蜘蛛!」

 

 校庭での格闘技の訓練で、忍法を使う対魔忍見習いの生徒を体術だけで倒した小太郎君を見た俺は、考えるより先に忍法で電磁蜘蛛を作り出すと校庭へと向かわせた。

 

「五月女先輩? どうしたんですか?」

 

 獅子神が突然電磁蜘蛛を出した俺に尋ねてくるが、今は小太郎君に何が起こったのか確認するのが先決で、彼女の質問に答える余裕はなかった。

 

 そうして電磁蜘蛛を大急ぎで校庭に向かわせてから視界を共有させると、校庭にはボロボロになった対魔忍見習いの生徒達が怒り、驚愕、畏怖といった様々な感情のこもった目で小太郎君を見ており、その事から彼らが格闘技の訓練で彼に負けたのだと分かった。それに対して小太郎君はかすり傷程度の傷しか負っておらずまだまだ余裕がありそうで、その表情は自信に満ちていた。

 

 ……いや、本当に何があったの、小太郎君? もしかして以前俺が言った「忍法が使えないなら、体術のスペシャリストになればいいじゃない」発言を真に受けて本当に体術のスペシャリストになったの? でも百歩譲って俺の言葉にせいだとしても、小太郎君と俺が会ったあの日からまだ一ヶ月くらいしか経っていないよね? たった一ヶ月の間に一体どんな修業をしたっていうの?

 

「つ、強い……? あのふうまが、嘘だろ?」

 

「家柄だけのお坊ちゃんじゃなかったのかよ?」

 

「少し前まで俺達に手も足も出なかったのに、どうして急に……?」

 

 俺が小太郎君の急成長に驚いていると、口々に驚きの言葉を呟くのが、電磁蜘蛛を通じて聞こえてきた。

 

「な、何故だ? あいつはふうま宗家に生まれながら邪眼の力を使えない『目抜け』じゃなかったのか……?」

 

 これは対魔忍見習いの生徒ではなく、格闘技に訓練を監督してした教官役の対魔忍の言葉……って、オイコラ。仮にも教官、教師がそんな事を言っていいのかよ? それに「目抜け」って小太郎君にとって最大の禁句だぞ? それを思わずとはいえ言うだなんて、教師失格としか言いようがない。

 

 やっぱり対魔忍が普通の職業に就くのは、非常に難しいようだ。

 

 そんな事を考えながら小太郎を観察してみると、小太郎君は緑を基調にした対魔忍スーツを着用しており、更に彼のスーツには他の生徒達にはない少しゴツい感じのベルトが装備されていた。

 

 ……それってどこの◯ック・リー? 前に助言した時にロッ◯・リーを想像したけれど、まさか本当にロック・◯ーにならなくてもいいんじゃない? これで髪型をおかっぱにして「青春だー!」が口癖になったら、俺はふうま一門の方々にどうお詫びしたらいいのか見当もつかない。……いや、別にロ◯ク・リーが駄目なわけじゃないんだけどさ。

 

「ま、まぐれだ! お前がそんな強いわけがない!」

 

 俺が内心で頭を抱えていると、一人の対魔忍見習いの男子生徒がヤケクソ気味に小太郎君を指差して叫ぶ。

 

「忍法が使えないお前なんかが俺達より強くてたまるか! 今までのはただのマグレだ! それを俺が証明してやる! かかってこい、この『目抜け』がぁ!」

 

 その男子生徒の言葉は、今校庭にいるほとんどの生徒の気持ちなのだろう。しかし小太郎君はそんな敵意の視線に囲まれても面と向かって「目抜け」と自身の禁句を言われてもまるで動じず、むしろ笑みを浮かべていた。

 

「いいぜ。相手になってやるよ」

 

 小太郎君はそう答えると、自分を指差して怒鳴った男子生徒に向かってゆっくりと歩いて行った。その姿は明らかな強者の姿で俺が何を言いたいのかというと……。

 

 小太郎君。変わりすぎだろ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

016

 校庭で小太郎君と、彼に挑戦した対魔忍見習いの男子生徒が対峙する。

 

 小太郎君は空手の構えに近い構えをとっていつでも行動に移せるようにしているが、その表情には余裕があった。それに対して小太郎君に挑戦をした対魔忍見習いの男子生徒は、これまでに十人以上の対魔忍見習いの生徒が彼に倒されたのを見ていたせいか、緊張した顔で小太郎君の一挙一動に注目していた。

 

 小太郎君と対魔忍見習いの男子生徒のにらみ合いはしばらく続き、やがて焦れた男子生徒が先に行動を起こす。

 

「……! 俺から行くぞ!」

 

 男子生徒はそう叫ぶと、対魔忍スーツに備わっているポーチに両手を入れ、左右の手にそれぞれの五本ずつクナイを持つと、その合計十本のクナイを空中に投げ出す。すると十本のクナイは空中で停止して、次の瞬間には男子生徒の手の動きに従って空中を飛び回る。

 

(あれは念動力(テレキネシス)の類いか? ……いや、違う。恐らく磁力で手裏剣とクナイを操っているみたいだな)

 

 電磁蜘蛛の視界から小太郎君の戦いを見物している俺は、男子生徒が空中に投げ出したクナイが奇妙な電磁波を纏っていることに気づいた。

 

 どうやらあの対魔忍見習いの男子生徒は、磁力を生み出して鉄製の武器を操る忍法の使い手みたいだ。

 

 俺が男子生徒の忍法を分析していると、男子生徒が放ったクナイの五本が小太郎君の周囲を取り囲み、残った五本は上空から彼を狙う。そしていつでも攻撃できる準備が完了すると、男子生徒は勝ち誇った笑みを小太郎に向けた。

 

「どうだふうま? 少しは速く動けるみたいだけど、こうやって周囲を取り囲んでしまえばどうしようもないだろう? 降参するのだったら今のうちだぜ」

 

 確かに自分の周囲を取り囲まれて一斉に攻撃をされたら、どんなに戦いなれた者でも苦戦するだろうし、うまくいけば一撃で敵を倒せるかもしれない。あの対魔忍見習いの男子生徒が自信ありげな笑みを浮かべるのも無理はないだろう。

 

 だが、それでも小太郎君は余裕の表情のままであった。

 

「降参? するわけないだろう? それより準備ができたのだったら、さっさとご自慢の忍法を使ったらどうだ?」

 

「……っ!? 喰らえっ!」

 

 小馬鹿にするような口調で言う小太郎君の言葉に、男子生徒はあっさりと逆上して忍法を発動する。周囲と上空から合計十本のクナイが同時に矢のような速度で小太郎君に襲いかかり、それと同時に小太郎君の体がその場で凄まじい速さで横に回転する。

 

「はっ!」

 

「…………なぁっ!?」

 

 その場で高速で回転した小太郎君は、回転の速度を乗せた掌底で自分に襲いかかるクナイを全て叩き落とし、それを見た男子生徒が目を限界まで見開いて驚く……てっ!? 驚いたのは俺もだよ! あれってもしかして日向◯ジの回天!? 小太郎君ってば◯ック・リーの要素どころか日向ネ◯の要素まで取り込んでいたの!?

 

「さあ……。次は俺の番だな」

 

「う、うわあああっ!?」

 

 十本のクナイを全て叩き落として獰猛な笑みを浮かべる小太郎君に、男子生徒は半狂乱になって新たなクナイを投げつける。しかし焦りと驚きにより狙いなんてついていないクナイなど小太郎君に当たるはずもなく、小太郎君はクナイを余裕で避けると男子生徒に肉薄してその拳を振るう。

 

「はあああああっ!」

 

 小太郎君は一度身を低くすると、全身のバネを利用して先程クナイを叩き落とした時と同じく独楽のように回転しながら、回転の速度を乗せた拳を叩きこむ。その拳は凄まじい勢いの上に徐々に速さを増していき、二撃四撃八撃十六撃三十二撃六十四撃と、合計で百二十六撃の拳を僅か数秒の内に男子生徒の体に叩き込んだ。

 

 ……回天の次は八卦六十四掌かよ。

 

「………!」

 

「これでトドメだ!」

 

 あまりの拳の勢いに吹き飛んだ男子生徒を追うように、小太郎君が男子生徒に向かって跳躍をする。気のせいか「も、もうヤメて……」という声が聞こえてきたような気がしたが、その時には小太郎君はトドメの技を繰り出していた。

 

「せいっ!」

 

「………!?」

 

 小太郎君が繰り出したのは上段後ろ回し蹴りと下段後ろ回し蹴りのコンビネーション技であった。……はい、どこからどう見てもロッ◯・リーが得意としていた木の葉旋風です。そしてもはや避ける力が残っていない男子生徒は、小太郎君の蹴りを二発ともまともに喰らい吹き飛ばされ、地面に激突すると気を失ってしまった。

 

『『……………』』

 

 模擬戦の結果は言うまでもなく小太郎君の圧勝であった。

 

 忍法が使えないのに体術だけで相手の忍法を完全に防ぎ、怒涛の攻めで叩きのめす小太郎君の姿に対魔忍見習いの生徒達だけでなく、教官役の対魔忍も絶句。あとついでに俺も絶句。

 

 ……え~と、確か原作での小太郎君はやる気のない落ちこぼれの生徒で、そのせいで親友兼臣下であった二車骸佐が彼を見限り、ふうま再興の為の反乱を起こすって言うのが「対魔忍RPG」の序盤のシナリオだったよね?

 

 これって原作崩壊起こってない? それもかなり深刻なレベルで?

 

 誰だ!? 小太郎君をロック・◯ーと◯向ネジを合わせたトンデモ対魔忍に改造した馬鹿は!?

 

 

 

 

 

 ……ちなみにこれは後日知った事だが、どうやら小太郎君は武術だけでなく、手裏剣やクナイや鎖鎌、鉤爪といったいかにも忍者が使いそうな武器……所謂暗器の修業も行なっていてそちらもかなりの実力らしい。そしてそれを知った俺は「◯ンテンの要素も追加!?」と心の中で叫んだのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

017

 五車学園の校庭で小太郎君の急激すぎる成長(というか進化?)を目撃した日から三日後。俺は今日も獅子神と一緒に対魔忍の任務で東京キングダムに来ていた。

 

 いつもだったら命やら貞操の危機に気が重くなる任務だが、今回に限りそうではなかった。あの小太郎君の成長、そして原作崩壊の切っ掛けが一ヶ月前に俺が彼に言った言葉だと思うと気が重くなり、その事を考えるくらいならまだ任務を行なっている方が気が楽だったからだ。要するに一種の現実逃避である。

 

 ……それにしても嫌な現実から目を逸らす為に仕事(任務)に没頭するなんて、俺ってば色々な意味で末期かもしれないな。

 

 とりあえず今回の任務はいつも通り、武装勢力のアジトから二キロ程離れた廃墟のビルの一室から電磁蜘蛛を送り込み、その後はアジトに忍び込んだ電磁蜘蛛の視線からライトイーターを作り出して暴れさせる事で終了した。しかし今回の任務もそうだけど、最近俺に与えられる任務って、魔族の武装勢力の殲滅とかいかにも対魔忍っぽい物騒な任務ばかりじゃないか?

 

 ライトイーターがアジトにいた魔族を全て排除したのを電磁蜘蛛の視線から確認した後、俺は電磁蜘蛛とライトイーターを消して、側で護衛をしてくれていた獅子神に声をかけた。

 

「任務終了。アジトにいた魔族は全て排除。確認や後処理はいつも通り後から来る部隊に任せて……獅子神?」

 

 早くこの場から撤収しようと言おうとした俺だったが、獅子神は俺の方を見ておらず、二つある部屋のドアを睨みつけながら腰の刀に手をかけていた。

 

「……ごめんなさい、五月女先輩。ここまでの接近を許してしまいました」

 

 俺は獅子神の言葉に「何の?」なんて間抜けな質問はしなかった。彼女の視線の先、部屋のドアに視線を向ければ複数の人の気配が感じられた。

 

「いや、気にしなくてもいいよ。……おい! 部屋の外にいるのは分かっているんだ。姿を見せたらどうだ?」

 

 俺は獅子神にそう返した後、部屋の外にいる気配の主達にそう声をかけた。すると二つのドアから十人程の男達が部屋に入ってきた。

 

 その男達は全員、ボロボロの服を着てガスマスクをつけており、手には銃器を持って武装していた。……こいつら、武装難民か?

 

 武装難民というのは、魔界からの流民やら最下層に落とされた浮浪者などが集まって闇の町で手に入れた武器で武装した集団で、この東京キングダムではよく見かける存在だ。もしかしてこの廃ビルって彼らの縄張りだったのか? だとしたら失敗したな。武装勢力のアジトから程よく離れているいい位置にあったから使ったのだが、もっとよく調べておくんだった。

 

「ここは俺達の縄張りだ。そこに勝手に入ってきて、お前達一体何者だ?」

 

「えっと、俺達は「あっ!? こいつら対魔忍だ!」アレ?」

 

 武装難民のリーダーと思われる男の質問に、俺がなんて答えようか考えていたら、別の武装難民が獅子神を指差して叫ぶ。

 

「わ、私?」

 

 獅子神を指差して叫んだ武装難民は、思わず呟く彼女の姿を見ながら言葉を続ける。

 

「あの男はよく分からんが、この女の格好! まるで『どうぞ襲ってください』と言っているようなエロい格好は間違いなく対魔忍だ!」

 

『『っ!』』

 

 その武装難民の言葉に他の武装難民の仲間達も「成る程!」といった様子で獅子神を見て、俺は内心で額に手を当てて天を仰ぎ見ていた。そうだよなぁ……。こんなぴっちりしたスーツを着ている人間なんて対魔忍くらいしかいないもんなぁ……。

 

「確かにあんな露出狂みたいなエロい格好をしたのは対魔忍だ……!」

 

「格好だけじゃなくて身体つきもエロいしな」

 

「あのサキュバスとタメを張れる露出度、正に対魔忍」

 

「うん、ある意味裸よりエロいから対魔忍に間違いない」

 

「あれで対魔忍じゃなかったらただの変態だな」

 

「……………!」

 

 口々に「エロい」と言う武装難民達。それに対して当の本人である獅子神は、両腕で体を隠してバイザーで分かりにくいが顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。

 

 もうやめてあげて! 獅子神のライフはもうゼロなんだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

018

「う……! ウガーーーーーッ!」

 

『『……!?』』

 

 武装難民達にエロい格好をしていると言われてプルプルと体を震わせていた獅子神だったが、突然大声を出して俺と武装難民達は思わず彼女の方を見る。

 

「も、もう殺す! 絶対殺すーーー!」

 

 や、ヤバい! 獅子神さんってば、恥ずかしさのあまり脳のキャパシティを完全に越えて暴走していらっしゃる!

 

 俺はとっさに、すでに刀を抜いていて武装難民達に飛びかかろうとしていた獅子神を、後ろから羽交い締めにして止めた。

 

「放してください! アイツら魔族なんですよね!? だったら対魔忍として皆殺しにしないと! 今すぐに!」

 

『『ヒ、ヒィイ……!?』』

 

 俺に羽交い締めされても暴れている獅子神の、もはや殺気と言ってもいい怒りは凄まじく、武装難民達は腰を抜かさんばかりの勢いで彼女から距離をとろうとする。これ、俺が手を離したらこのビルが血の海になるんじゃないの?

 

「落ち着け! 俺達が戦うのは人間に害を与える魔族や悪党だけだ! 魔族だからって無差別に殺していいわけないだろ!? それに今回は無断で縄張りに入った俺達が悪いんだし、お前魔族関係なく彼らを殺そうとしているだろ!?」

 

「ムギーーーーー! アイツラ全員ムッコロス!」

 

 うわっ。いよいよヤバいな。獅子神の奴、恥ずかしさと怒りのあまり言語機能に支障が出るくらい暴走している。

 

「ちょっ! 武装難民の皆さん、急いでここから逃げて! 少ししたら彼女を落ち着かせてここから帰りますんで!」

 

『『は、はい! ど、どうぞごゆっくりぃ!』』

 

 暴れている獅子神を羽交い締めしながら俺が武装難民達に逃げるように言うと、武装難民達は即座に部屋から逃げ出して行く。対魔忍なのに魔族の武装難民達を守る俺って……。

 

 それから俺は羽交い締めにされながらも暴れる獅子神をなんとかなだめようとするのだが、中々上手くいかなかった。

 

「いい加減に落ち着けって獅子神! あいつらが言ったことなんて気にするなって! 俺はお前の格好は、その……(エロ)格好いいと思うぞ?」

 

「聞こえた! 今小声でエロって言った! やっぱり五月女先輩もそう思っていたんだ! いいですよね、五月女先輩は格好いいツナギ姿で! クラスの女子達も五月女先輩の格好いいって言っていましたもの!」

 

「マジで!? 俺にまさかのモテ期到来!? って! そうじゃなくて俺だって、この装束にするのに色々苦労したんだぞ! ぴっちりスーツは対魔忍の伝統だとか言う対魔忍の先生達に何回も頭下げたりして!」

 

「そんな伝統ドブに捨ててしまえばいい!」

 

「全くもってその通り! ……あっ」

 

「あっ!」

 

 暴れる獅子神をどうにか止めようとしていると、俺の手が獅子神のバイザーに当たり、その拍子でバイザーが落ちてしまった。

 

 あ、あれ? 俺、何かやってしまった? バイザーが落ちた瞬間、獅子神の動きが止まって、ただならぬ雰囲気なんだけど?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

019

「あ……。ひゃああっ!?」

 

 バイザーが顔から離れた獅子神は、大慌てで俺から離れるとその場にしゃがみ込んでしまった。一体どうしたんだ? そんなに素顔が見られるのが恥ずかしいのか?

 

「あっ、すまない。ワザとじゃなかったんだ。ほら、これ……って」

 

 床に落ちたバイザーを拾って獅子神に手渡そうとした時、俺はそこで初めて彼女の素顔を目にした。バイザーがない彼女の素顔は、まだ中学二年生ということもあってまだ少し幼さが見えるが、それでも充分美少女と言えた。

 

「獅子神、美人じゃないか。そんなに美人なのに何でいつもバイザーで顔を隠しているんだ? 勿体無くないか?」

 

「び、美人!? あ、ありがとうございます。……じゃなくて! 私から離れてください! じゃないと……ああっ!」

 

 俺の言葉に顔を真っ赤にした獅子神は、こちらを見て何かを言おうとしたが、その前に大きな失敗をしてしまったような表情となって短い悲鳴のような声を上げる。

 

「獅子神? 一体どうし……た……!?」

 

 絶句する獅子神に声をかけようとしたその時、俺は彼女の背後にいきなり現れた「それ」の存在に気づいた。気づいてしまった。

 

 

 獅子神の背後に現れたのは、白い光を全身から放つ半透明のロボットのような姿の巨人。

 

 

 な、何コレ!? ス、◯タンド!? スタン◯能力ですか!? もしかしてこのス◯ンド能力みたいなのが獅子神の忍法なの?

 

 俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」はスタ◯ド能力を参考にしたものだけど、◯タンド能力者はスタン◯能力者と引かれ合うって事ですか、◯木飛呂彦先生!?

 

「も、もう駄目……! 私、五月女先輩を殺してしまう……。お願い、五月女先輩、早く逃げて……えっ?」

 

 馬鹿な事を考えている俺に向かって、何やら懺悔するような表情で物騒な事を言おうとしていた獅子神だったが、その言葉は途中で遮られた。獅子神は驚愕の表情を浮かべて俺を、正確には俺の背後を見つめていた。

 

 おいおい、味方がス◯ンド能力者だってだけでも驚きなのに、これ以上何があるっていうんだよ?

 

「さ、五月女先輩? 後ろの『それ』は……何ですか?」

 

「後ろ? 俺の後ろに何がいるって……?」

 

 獅子神が震える指で俺の背後を指差し、呆けたような声で聞いてきて、それに俺は後ろを振り返る。するとそこにいたのは……。

 

 

 四本の巨大な脚をもって地面に立つ三メートルくらいの鉄球と、その鉄球と背中が繋がった状態でぶら下がっている八つの目を持つロボットであった。

 

 

 えっ!? もう一回何コレ!? スーパー◯ボット大戦の◯ン・アーレス!? 俺、あのいかにも不気味でボスっぽいデザインが好きだったんだよな……じゃなくて! 新手のスタ◯ド!? 新手の◯タンドだとしたら能力者は誰よ?

 

『……………』

 

『……………』

 

 驚愕する俺と獅子神を他所に、二体のスタン◯は互いに見つめ合い(多分だけどそんな気がした)、十秒くらいそんな状態が続くと、二体とも何をする事もなく宙に溶けるように消えていった。

 

「い、いなくなった……? それも二体とも。一体何だったんだ?」

 

「よ、よかった……。もう駄目だと思いました。……五月女先輩が」

 

「待って。そこら辺、詳しく説明して」

 

 聞き捨てならない事を言う獅子神に詳しい話を聞くと、最初に現れたあの半透明の巨人は獅子神の忍法によるものであった。

 

 獅子神は千年に一人だけ使用者が現れるという「神遁の術」の使い手らしい。神遁の術とは自然界に潜む超常のもの、一説には滅びし古き神々の力を借りる忍法らしく、その使い手である彼女の両目には神気が宿り、その両目で見つめたものに恐ろしい「祟り」があるという。

 

 そしてその祟りというのが先程俺達の前に現れたあの半透明の巨人で、彼女はあれを「忌神」と呼んでいて神の一種であるらしいとも言った。更に忌神は獅子神の制御を全く受け付けず、これまでにも彼女の大切な人を何人も殺してきたと聞いて、俺は思わず血の気が引いた。

 

 あ、危なかった……!? 俺ってばもう少しで獅子神のス◯ンド……じゃなくて忌神に殺されるところだったのか。

 

「ま、まあ、とりあえず無事だからよかったじゃないか」

 

「……え? それでいいんですか? 私は五月女先輩を殺そうとしたんですよ?」

 

 怖くなった気持ちを振り払うように俺が明るく言うと、バイザーを付け直した獅子神が恐る恐るこちらを見ながら聞いてくる。

 

「いや……。確かに驚いたけど、ワザとじゃないんだろ? だったら別にいいよ。俺も次から気をつけるからさ。だからまあ、これからも一緒に任務をしてくれると助かるんだけど……いいかな」

 

 正直、獅子神は俺にとってかなり相性がいい相方だ。接近戦に長けていて護衛に向いているし、真面目だし、それに何より他の対魔忍と違って頭対魔忍じゃないし。

 

「………! はい!」

 

 そう考えて俺が言うと、獅子神は何故か頬を赤くして元気よく返事をしたのだった。

 

 それにしてもあの半透明の巨人が獅子神の忍法によるものだったら、後から現れた鉄球にぶら下がった八つの目のロボットは一体何だったんだ?




???「一体イツカラ転生特典強化ボーナスガ左眼ノ邪眼化ダケダト錯覚シマシタ?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

020

 気がつけば、右眼も邪眼に、なりました(字余り)。

 

 どうも。あまりの異常事態に思わず心の中で俳句(いや、季語がないから川柳?)を読んで現実逃避をしてしまった五月女頼人です。

 

 いきなりだけど上にも書いたとおり、どうやら俺はあの初めて獅子神の素顔を見てしまった夜に、右眼も邪眼に変化してしまったみたいだ。

 

 俺の右眼が邪眼に変化したのに最初に気づいたのは獅子神だった。彼女は五車学園へ帰っている途中で突然、俺の右眼が変色していると言い出し、それから獅子神が持っていた手鏡を借りて自分の顔を見てみると、本当に右眼の瞳の部分が青紫に変色していたのだ。

 

 その事実に嫌な予感を感じた俺は、とりあえず五車学園に任務終了の報告をすると、すぐに対魔忍専用の病院へと行き診察を受けた。そして俺は自分の右眼が邪眼に、それも左眼とは違う「魔」を宿した邪眼に変化していると言われた。

 

 ……ということはやっぱりあの時、獅子神の忌神と睨み合っていた八つの目のロボットみたいなのは、邪眼となった俺の右眼が生み出したものなのだろうか?

 

 俺の診察をした医者は「対魔粒子の影響でただの眼が邪眼になるなんて、理論上では可能だが実際にはあり得ない現象なのに、それが二回も起こるなんて非常識だ!」と言っていたが俺に言われても困る。元々俺が忍法や邪眼を手に入れたのは転生特典のお陰で、常識非常識は俺が転生する前に会った、あの光の玉に言ってもらいたい。

 

 というか何で邪眼なんていう、強力だがそれ以上に厄介事を呼び込みそうなフラグの塊を二つも抱え込まないといけないのだ? 普通、転生特典って転生先の世界で生きるのを助けてくれるものじゃないのか? なんか俺ってば、転生特典が原因で次から次へとトラブルに巻き込まれている気がするんだけど?

 

 そんな事を考えながら、診察を終えた俺は学生寮にある自分の部屋に戻る事にした。

 

「はぁ……。それにしてもこの右眼、一体どんな力があるんだ?」

 

 病院から学生寮への帰り道、俺は自分の右眼に目蓋の上から触れて呟いた。

 

 左の邪眼の能力、ライトイーターの時はすぐに大体の使い方が理解できたのだが、この右の邪眼は宿っている「魔」をどう使ったらいいのか分からないのだ。手に入れたのは全くの偶然で、望んで手に入れたわけではない邪眼だが、手に入れた以上はどんな能力かを理解して、使いこなさないといけない。

 

 邪眼だけでなく、対魔忍の忍法というのは使いこなせれば強力な力となり得るが、逆に知る事を怠ればその力に振り回されて最悪自滅する可能性があるからだ。

 

 

『……別ニ、焦ル必要ハナイト思ワレマス』

 

 

 俺が右の邪眼の使い方を考えながら歩いていると、急に背後から誰かが話しかけてきた。今この道は俺一人だけで、動物の気配すら感じていなかった為、俺は慌てて後ろを振り返る。

 

 するとそこには先日の任務の時に見た、四本の脚を持つ鉄球に背中で繋がってぶら下がっている八つの目のロボットの姿があった。

 

「お前は……!?」

 

『頼人殿。貴方様ハ拙者ノ使イ方ヲ知ル前ニ、マズソノ左眼ノらいといーたーヲ使イコナスベキダ。ソウスレバ自然ト拙者モ使コナセルヨウニナルハズ。ソウ……先ズハらいといーたーヲ複数作リ出セル様ニ精進サレヨ』

 

 八つの目のロボットは俺の俺の左眼を指差してそう言った……って!? 何コイツ喋れたの? というかそんな喋り方なの? それにライトイーターを複数って、俺以上に左の邪眼について詳しくない?

 

『ソレデハ……』

 

「いや、ちょっと待てって!? いきなり現れてすぐに消えようとするなよ! ……そうだ! お前、お前はどんな能力を持っているんだ!?」

 

 俺は忠告らしき事を言って消えようとする八つの目のロボットに慌てて質問する。そうだ、コイツが自分の意思を持ってコンタクトが取れるのなら、今がその能力を本人(?)から聞く絶好のチャンスだ。

 

『フム……?』

 

 八つの目のロボットは、俺の質問に顎に手を当てる仕草をした後、こちらを見る。

 

『デハひんとヲヒトツダケ。拙者ノ能力ハ頼人殿ノ言ウトコロノ、能力者ばとる漫画デ最強ノ能力、アルイハ反則技デゴザイマスル』

 

 それだけを言って八つの目のロボットは今度こそ宙に溶ける様に消えていった。

 

 ……いや、一体どういうことだよ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

021

 右眼が邪眼になったと診断された次の日。俺はもうほとんど自室と化している五車学園の資料室で、ある作業をしながら昨日の事を思い出していた。

 

 思い出すのは昨日突然現れた八つの目のロボット、恐らく俺の右の邪眼が生み出したとされる存在が言ってきた言葉。アイツは左の邪眼を使いこなせれば自然と自分も使いこなせる様になると言い、そして自分の能力は能力者バトル漫画で最強、あるいは反則技とされる能力だと言って消えていったのだ。

 

 ちなみにその後、俺は何とかもう一度八つの目のロボットを呼び出そうと一晩中色々試してみたのだが、結局アイツが現れる事はなかった。

 

 一体何なんだよ、アイツは? 能力者バトル漫画で最強もしくは反則技の能力? 能力者バトル漫画なんて今と昔を合わせれば、それこそ山の様にあるぞ。世界に誇る日本の漫画文化ナメるな。

 

「頼人先輩? さっきから何をしているんですか?」

 

 俺が内心でイライラしながら作業を続けていると、横で椅子に座りながらこちらを見ていた獅子神が声をかけてきた。

 

「ああ、獅子神か。これは「銀華」……え?」

 

 俺が獅子神の質問に答えようとした時、彼女の声が俺の言葉を遮った。

 

「銀華。それが私の本当の名前。自斉というのは父親から受け継いだものだから、これからは銀華と呼んでくれませんか」

 

「え? 何でいきな「銀華」……別に名字でもいいんじゃ「銀華」……分かったよ、銀華」

 

「はい♪」

 

 なんというか下手に逆らったら後が怖そうなので本人の言う通りに名前で呼ぶと、獅子神……いや、銀華は嬉しそうに返事をしてきた。

 

 一体どうしたっていうんだ、彼女は?

 

「それで頼人先輩? さっきから触っているそれは何ですか?」

 

「これか? ドローンだよ。以前から装備科に開発注文していて、ようやく今日試作品が届いたんだ」

 

 そう言って俺は、先程から機体を触ったり、マニュアルを読んで確認作業を行っていたドローンを手にとって銀華に見せた。

 

「ドローン? それって確かラジコンみたいなものでしたっけ?」

 

「……うん。まあ、そんなところだ」

 

 銀華はドローンについて、いまいちよく分かっていないようだったが、それでも基本的には間違っていないし他の対魔忍に比べたらマシな方なので、俺は若干脱力しながらもそう答えた。

 

「でも何でドローンなんかを使うんですか? そんなもの使わなくても、頼人先輩には電磁蜘蛛がありますよね?」

 

「その電磁蜘蛛のサポートにこのドローンを使うつもりなんだよ」

 

 そう前置きすると俺はドローンを必要とする理由を説明した。

 

「確かに電磁蜘蛛は下手なドローンより高性能だ。だけど全ての任務に適しているわけじゃない。例えば敵の重要情報をパソコンから抜き取ったり、他にもターゲットの姿や汚職政治家の裏取引の現場の撮影とか、電磁蜘蛛では出来ないことは色々ある。それらに対応するためにドローンを用意したんだよ」

 

 俺がそう言うと銀華は感心したように頷く。

 

「なるほど……。でも忍者が機械に頼るって、らしくないっていうか……」

 

 相変わらずバイザーのせいで分かり辛いが、ドローンを見ながら戸惑った表情を浮かべる銀華。しかし彼女の言葉は俺にしてみれば少し的外れに感じた。

 

「おいおい、何を言っているんだ? 忍者はその時代で最先端の装備を整えて任務を遂行していたんだぞ?」

 

「え? そうなんですか?」

 

「昔の忍者は撤退時や敵を撹乱する時に煙玉を使っていたって記録は銀華も知っているだろ? 考えてみろ。その時代での煙玉は、専門の知識と火薬というその量が戦争の勝敗を決めるとまで言われた重要な素材で作られたハイテク兵器だったんだぞ?」

 

「あっ!?」

 

 そこまで説明すると銀華は今気づいたといった表情になる。

 

 そう、忍者という存在は任務をより確実に成功させる為に、その時代で最も性能が良い武器や道具を揃えてきた。だから俺がドローンといった道具を用意しても別に不思議ではないということだ。

 

「なるほど、納得しました。……でもあれですね? やっぱり頼人先輩って……」

 

「ん? 俺がやっぱりどうしたんだ?」

 

「何というか頼人先輩ってやっぱり対魔忍にしては珍しく忍者らしいですよね」

 

 …………………………。

 

「銀華」

 

「はい? どうしました、頼人先輩?」

 

「その言葉、自分で言って虚しくならないか?」

 

「………ごめんなさい」

 

「いいんだ」

 

 これ以上なく悲痛な表情になって深々と頭を下げて謝ってくる銀華。そんな彼女に俺は俺はそう返事をする事しかできなかった。




今更ですが、今まで散々対魔忍をディスる内容を書いてきたのに「対魔忍アンチのタグをつけろよ」というツッコミが飛んでこない不思議。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

022

「それにしても貴方って、本当に規格外よね」

 

 その日。任務の話があるからと銀華と一緒に五車学園の学園長室に呼ばれた俺は、苦笑をするアサギにそう言われた。

 

「そうですか?」

 

「そうよ。両目が邪眼になって、ドローンみたいなハイテク兵器に興味を持って、魔族の討伐任務よりも偵察任務を得意として、オマケに報告書作成等の事務仕事もできる。貴方みたいな対魔忍はそうはいないわね」

 

 俺の言葉に即答するアサギ。

 

 いや、前半の二つはともかく、後半の二つはどうなんだよ? 討伐任務より偵察任務の方を、というのはまだいい。だけど事務仕事ができるのは珍しい、というのは対魔忍以前に社会人として色々マズくないか?

 

 そういえば以前、八津紫の兄で元レンジャーの対魔忍、現在対魔忍の裏方作業のほとんどを請け負っている(というかそうせざるを得ない)苦労隊……いや、九郎隊の隊長、八津九郎に会った時、「君には期待している。どうかそのままで一人前の対魔忍になってほしい」と言われたんだよな……。

 

「まあ、別にいいですよ。それより新しい任務は何ですか?」

 

「ええ、次の任務は……」

 

 今更対魔忍の脳筋ぶりにツッコミを入れても仕方ないので、俺は次の任務の内容を聞くことにした。

 

 アサギが言う新しい任務は、魔族の武装勢力に攻撃するので、突入班が攻撃を仕掛ける前にその武装勢力を偵察しろといういつも通りの任務。しかし任務に参加するメンバーに問題があった。

 

「偵察するのは俺で銀華が俺の護衛。それはいつも通りだしいいんですけど、突入班のメンバーがほとんどが未定な上に、五車学園の学生の中から選ぶ予定ってどういうことですか?」

 

 確かに俺や銀華、他にも学生のうちから任務についている対魔忍見習いはいるが、それでも魔族と戦わなければならない危険な突入班をほとんど学生で構成するなんてあり得ないだろ?

 

「それが……最近、小規模だけどいくつもの魔族の武装勢力が動いているの。だからその対処で人手が足りなくて……」

 

 俺の言葉にアサギは苦い表情となって答える。

 

 小規模の魔族の武装勢力が複数活動しているのは俺も知っている。しかしそれはほとんど学生だけで魔族と戦わせる理由にはならない。というかそうならないように人選を調整するのがアサギの仕事じゃないのか?

 

 そういう気持ちを込めてアサギを見ると、彼女は更に苦い表情となり、俺から視線を逸らす。

 

「と、とにかくこれは決まったことよ! お願いだから従ってちょうだい! ……いえ、従ってください」

 

 そう言って深々と頭を下げるアサギ。マジか? そんなに人手不足なの?

 

 しかし大の大人が中学生二人に頭を下げるなんて酷い絵だな。隣にいる銀華なんて俺にだけ聞こえる小声で「うわぁ……」とか言っているんだけど?

 

「……分かりました。その代わりに突入班に参加する学生、その何名かを俺が選んでいいですか?」

 

「貴方が?」

 

「はい」

 

 

 

 アサギは最初は渋っていたが、最終的に俺の提案を聞いてくれて、俺は今回の任務の突入班に参加する生徒のうちの四名を選んだ。その四名の生徒は……。

 

 相州蛇子。

 

 上原鹿之助。

 

 ニ車骸佐。

 

 そしてふうま小太郎。

 

 この世界の歴史、俺が前世で遊んでいた「対魔忍RPG」の中心人物達だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

023

 五車学園の地下にある対魔忍の任務のブリーフィングに使われている部屋。そこに八人の男女が集まっていた。

 

 八人の男女は五車学園に在学している対魔忍見習いの生徒達であり、今回行われる任務の参加者だった。そして八人は四人が高等部で、残り四人が中等部と綺麗に二つのグループに分かれていて、中等部はグループの一人が落ち着かない様子で辺りを見回しながら口を開く。

 

「うわぁ……。一体どうして俺達が任務のメンバーに選ばれるんだよぉ……」

 

 口を開いたのは、中等部のメンバーで一番背が小さい上に茶色の髪を長く伸ばしていることから女性のようにも見える男の対魔忍見習い、上原鹿之助であった。

 

 鹿之助の声は今にも泣きそうなくらい震えており、それを聞いて彼の隣の席に座っていた女性の対魔忍対魔忍見習い、相州蛇子が話しかける。

 

「何を言っているのよ、鹿之助ちゃん? 任務を達成して皆に認めてもらえるチャンスじゃない」

 

「それはそうかもしれないけど、魔族と戦うかもしれないんだぞ!? 怖いに決まっているじゃないか? そもそも俺達まだ中学生なんだぞ?」

 

「情けない事を言うな鹿之助」

 

 相変わらず震える声で蛇子に反論しようとする鹿之助に、燃えるように赤い髪をした男の対魔忍見習い、二車骸佐が声をかける。

 

「蛇子の言う通りだ。これは俺達の力を知らせる絶好の機会だ。どんな任務だろうと関係ない。腕がなるぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべて言う骸佐だが、そんな彼の言葉を高等部のグループが鼻で笑う。

 

「はっ! 何が『腕がなるぜ』だ。格好つけやがって」

 

「そうだな。口だけなら何とでも言えるさ」

 

「何だと!?」

 

 明らかにこちらを馬鹿にしている口調の高等部のグループの言葉に、骸佐は思わず席から立ち上がろうとする。しかし……。

 

「落ち着けよ、骸佐」

 

 そんな骸佐を中等部グループ最後の一人、ふうま小太郎が止める。

 

「言いたい奴には好きに言わせておけばいい。忍びは言葉や力ではなくて、行動で示すものだ」

 

 小太郎の声は決して大きな声ではなかったが、それでも今この部屋にいる全員の耳に届いた。

 

 対魔忍の中でも屈指の歴史を持つふうま宗家の嫡男に生まれながらも、未だに邪眼に目覚めていない落ちこぼれ。それが今までの小太郎の評価だったのだが、この二ヶ月くらいで急激に力を増し、今では体術と武術だけで忍法を使う同世代の対魔忍見習いと同等以上の実力を持つようになった。

 

 この事実は中等部だけでなく高等部の学生達の間にも広まっており、その事から小太郎を不気味な存在と感じるようになった高等部のグループは全員口を閉ざした。そしてそれを見て骸佐は内心で満足げな笑みを浮かべた。

 

(そうだ、それでいい。小太郎は未だに邪眼に目覚めていないが、それでも体術と武術を磨いたことで自信を持ち、こうして覇気を感じられるようになった。それに小太郎は昔から格段に頭がキレるからな。今の小太郎ならふうまの頭領であることに文句を言う奴はいないだろう)

 

 小太郎の発言により部屋の中は静寂に包まれた。そして誰も話さなくなってから数分後、突然一人の女性が扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「皆、待たせちゃってごめんね。ちょっと準備に手間取っちゃって」

 

 部屋に入ってきたのは井河アサギの妹で、五車学園の教官でもある現役の対魔忍、井河さくら。彼女が今回の任務のリーダーであった。

 

「ほら、君達も早く入って。君達で最後だよ」

 

「分かりました」

 

「はい」

 

『『……………………!?』』

 

 さくらに続いて二人の男女が部屋に入ってきて、それが誰なのか見た小太郎をはじめとする、すでに部屋にいた八人の対魔忍見習い達は全員驚きで目を見開いた。部屋に入ってきた二人の男女、五月女頼人と獅子神自斉は五車学園で現在注目を集めている生徒だったからだ。

 

 五月女頼人。

 

 中等部三年に在学する対魔忍見習いだが、五車学園に入学してすぐに現役の対魔忍達と共に任務に参加しており、いくつもの偵察任務と暗殺任務を全て成功させている。更に元々は普通の眼だったが、両目とも邪眼に変化したことから、既に対魔忍でも上位の実力を持っていると噂されている。

 

 獅子神自斉。

 

 彼女も中等部二年に在学している対魔忍見習いだが、千年に一人しか使い手が現れないとされる神遁の術の使い手であり、対魔忍達に広く伝わっている剣術「逸刀流」の達人でもある。現在は頼人の護衛として彼と二人一組で行動しており、相性がいい事から頼人の評判が高まるごとに彼女の名前も知られるようになっていた。

 

 そして小太郎にとって五月女頼人は特別な人物で、彼と同じ任務につく事に驚きを隠せなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

024

「……どうやら先走ったヤツはいなさそうだな」

 

 俺と銀華とさくら、そして小太郎君を始めとする中等部の対魔忍見習い四人と高等部の対魔忍見習い四人による、不安と期待がごちゃ混ぜになった任務の当日。俺と銀華は攻撃対象である武装勢力のアジトから一キロ離れた所から偵察を行っており、偵察をしながら味方が功を焦って暴走していないことに胸を撫で下ろしていた。

 

 任務前のブリーフィングでは、中等部のグループと高等部のグループの間にピリピリとした空気が漂っていたから、てっきりどちらかのグループ……というか高等部のグループ(中等部のグループは小太郎君が上手くまとめてくれているだろうから)が暴走すると思っていたのだが。

 

「ええ、本当によかったです……」

 

 俺の言葉に銀華も安心した表情で頷く。彼女もまた俺と一緒に任務を行なっているうちに、暴走した対魔忍の先輩方に迷惑をかけられていたのだ。

 

「……でも頼人先輩? 今更なんですけど、任務の最大の障害が味方の暴走ってどうなんです?」

 

「本当に今更だな……。そんなこと、報告書を書く度に『任務の達成を最優先にするように徹底させろ』と書いているよ」

 

「それでその結果は?」

 

「……以前、アサギ校長とさくら先生と紫先生の三人がいた時に聞いたことがある。そしたら三人揃って土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。三人とも直角九十度の綺麗なお辞儀だった。……あとは察してくれ」

 

「うわぁ……」

 

 俺の言葉に何とも言えない表情になる銀華。いや、本当に彼女の言う通りだ。任務の最大の障害が敵からの妨害とかではなくて、味方の暴走ってどうなんだと俺だって思う。

 

 そういえば、どの様な所でも馬鹿な味方が一番厄介で頭がいい敵の方がまだマシだ、みたいな事を昔の誰かが言っていたような気がするけど、本当にその通りだ。昔の人はいい事を言う。

 

 そんな事を考えながら偵察を終えた俺は敵の戦力を、武装勢力のアジトの近くで待機しているさくら達に報告した。

 

「偵察が終わりました。敵の数は三十人程。ほとんどはオークで武装はアサルトライフルとショットガン。ただし一人だけ用心棒なのか鬼族の戦士がいます」

 

『オッケー。皆、聞いていたね? それじゃあ突入開始!』

 

 無線機でさくらに報告すると、無線機越しにさくらが他の皆に突入合図を出したのが聞こえてきた。

 

 俺と銀華の任務は偵察だけだ。さて、それじゃあ皆の戦いぶりを見せてもらおうか。

 

 武装勢力のアジトに潜り込ませた電磁蜘蛛の視界から見る皆の戦いぶりはかなり手際がよかった。

 

 さくらは当然として中等部のグループも高等部のグループも、己の忍法を利用した戦いを見せて武装勢力のメンバーであるオーク達を次々と倒していく。そして小太郎君は……。

 

 

 武装勢力で一番強いとされる用心棒の鬼族と、一人で対峙していた。

 

 

 ふぁっ!? な、何をしているの小太郎君? 何で武装勢力で一番強そうな鬼族の戦士と対峙しているの? 時間稼ぎだとしても一人だけなんて無謀すぎるだろ?

 

「ほう? この俺に一人で挑もうとは……。人間の子供にしては中々度胸があるようだな。お前の名前を聞いておこうか」

 

「俺か? 俺はふうまの誇り高き魔獣、ふうま小太郎だ」

 

 ハイ、アウトォ! 小太郎君、◯ック・リー化が深刻なレベルにまで進行していないか? これって俺のせいか? 小太郎君がロック・◯ー化したのって俺のせいなのか!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

025

『『………』』

 

 小太郎君と鬼族の戦士がそれぞれ拳と武器を構えて睨み合う。他では対魔忍見習いの学生達とオーク達が怒号と悲鳴を上げながら殺し合いをしているが、二人の間だけは一瞬の隙も見逃さないという静かでいて張り詰めた空気が漂っていた。

 

「はっ!」

 

 最初に動いたのは小太郎君だった。小太郎君は一瞬で間合いを詰めると、目にも止まらない速度で拳と蹴りを鬼族の戦士に叩き込もうとする。

 

 しかし鬼族の戦士は両手に持つ槍を使い、小太郎君の攻撃を全て防いでみせた。

 

 確かに小太郎君はこの短い期間で驚くくらい強くなった。しかし鬼族の戦士にはまだ通用しないか。

 

 そう思ったのは俺だけでなく鬼族の戦士も同じようで、鬼族の戦士は小太郎君の攻撃を防ぎながら彼に嘲笑を向けた。

 

「人間にしてはかなり鍛えているみたいだが、俺には通用しないようだな!」

 

「そんなことは分かっている……よっ!」

 

「っ!?」

 

 小太郎君がそう言って右腕を振るった瞬間、鬼族の戦士が持つ槍が二つに断ち切られ、それと同時に鬼族の戦士の胸の辺りが小さく切り裂かれてそこから血が吹き出した。一体何事かと小太郎君の方を見ると、彼の右腕の籠手から一本の刀が飛び出していた。

 

「し、仕込み刀だと? ふざけた真似を……っ!?」

 

 初めて攻撃を受けた鬼族の戦士は槍を投げ捨てて小太郎君に掴みかかろうとしたが、それより先に小太郎君が投げた数本の手裏剣が鬼族の戦士の体に突き刺さる。

 

「今度は手裏剣か……!」

 

「ああ、それもただの手裏剣じゃないぜ?」

 

「何だ……ゴハァッ!?」

 

 小太郎君が左手に持っていた小さな機械を操作する。すると鬼族の戦士に突き刺さっていた数本の手裏剣が爆発し、爆発の衝撃で鬼族の戦士は悲鳴を上げて身をのけぞらせた。

 

「装備科に作ってもらった爆裂手裏剣だ。そして……そこだ!」

 

「っ! ガハァッ!」

 

 悪戯が成功したような顔で言うと小太郎君は鬼族の戦士に向かって跳躍して、鬼族の戦士の今の手裏剣の爆発で負傷した箇所に回し蹴りを叩き込み、負傷している箇所に強烈な追撃を受けては流石に耐えきれず鬼族の戦士は後ろに倒れてしまう。

 

「……! こ、この人間め! よくもやってくれたな」

 

 普通の人間ならば既に死んでいる武器と武術のコンビネーション攻撃。それを受けてもまだ鬼族の戦士は死んでおらず、怒りを露にして立ち上がってきた。

 

「………」

 

 だが小太郎君は立ち上がる鬼族の戦士に攻撃を仕掛けないどころか、まるでもう勝負がついたかのように構えを解いたのだ。一体どういうつもりだ、小太郎君?

 

「? 何だ? 何故構えを解く? まさか降参のつもり……がはっ!?」

 

 構えを解いた小太郎君を見て怪訝な表情を浮かべていた鬼族の戦士は、言葉の途中で突然口から大量の血を吐き、その場で膝をついた。

 

「な、何だ……これは……?」

 

「どうやら効果が出てきたようだな」

 

 小太郎君は自分の身に何が起こったのか疑問を抱く鬼族の戦士に声をかけると、先程蹴りを放った右足を上げてそこに履いている金属製のブーツを見せる。

 

「俺のブーツには対魔族用の毒針が仕込んであるんだよ。それをさっきの爆裂手裏剣で負傷した所に叩き込んで、毒をお前の体内に送り込んだってわけだ」

 

「っ!? さっきの仕込み刀も手裏剣も、その毒針の為に……!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる鬼族の戦士に、小太郎君は獰猛な笑みを見せる。

 

「今の俺の力がお前に通じないのは承知の上だ。だけどな。そんな力の差を道具や工夫で補うのが人間なんだよ」

 

「これが人間の……対魔忍の戦い方……? 対魔忍、恐る、べし……」

 

 そこまで言って鬼族の戦士は地面に倒れて事切れてしまう。

 

 ……いやいやいや? ちょっと待って?

 

 もう何度言ったか分からないけど、小太郎君ってば強くなりすぎてない? というかハイテクな武器を使いこなして、この中で誰より「現代の忍者」やってない?

 

 なんていうか今の小太郎君の戦いを見ていたら、名前だけが「忍法」の超能力が使えるだけで対魔「忍」を名乗っている自分が恥ずかしくなってくるんだけど!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

026

 東京キングダムにあるとある高層ビルの一室。そこに十数名の人影が一つのテーブルを囲んで座っていた。

 

 その十数名の人影の中には人間だけでなく、オークやオーガを初めとした様々な魔族の姿が見えた。彼らはこの東京キングダムで暗躍していると武装勢力や犯罪結社、そして彼ら相手に商売をしている武器商人のリーダー達であった。

 

「それでは今回の議題はこの最近の対魔忍達の動きについてだ……」

 

 部屋に集まった人影の一人、スーツを着た人間の男がそう言うと、他の部屋に集まっていた他の者達が頷いて口を開く。

 

「そうだな。確かにこの二、三年の間、対魔忍によって壊滅させられた下部組織の数は今までよりも増えている……」

 

「対魔忍によってチンピラ達が間引きされているのはいつもの事だが、それでも俺達と同じレベルの組織が潰される事も増えている」

 

「それにこちらが狩れている対魔忍の数も少しだが減っているしな」

 

 ここにいる人間や魔族の組織は、東京キングダムに存在している闇組織の中では中級とされるレベルばかりであった。下級レベルの組織や組織に入ることさえできない弱小の魔族にとって対魔忍は、出会う事が死と直結している死神のような存在だが、彼らのような中級レベルの組織にとっては少々厄介だが少し策を練れば充分対処可能な存在でしかない。

 

 それなのにこの二、三年の間、一部の対魔忍が妙に手強くなり、中級レベルの組織が潰される件が続けて起こったのだ。

 

「昨日もある武装グループが対魔忍達によって潰された。その武装グループは規模こそは小さいが、鬼族の戦士を一人雇っていたらしい。だがその鬼族の戦士も含めて武装グループのメンバー全てが殺されていたそうだ」

 

「それで敵の対魔忍は何人倒せたのだ?」

 

 部屋に集まっているオーガが昨日起こった対魔忍による武装勢力への襲撃事件について説明すると、それに別の魔族が質問する。しかしオーガはその質問に首を横に振って答える。

 

「……武装グループのアジトにあったのは、その武装グループの死体だけ。対魔忍の死体は確認できなかったそうだ」

 

『『………』』

 

 オーガの言葉に部屋に集まっている人影達が僅かに緊張した表情となる。

 

「一体どういうことだ? 確かに対魔忍は強力な能力を持ってはいるが、ほとんどがその能力に頼ってばかりで、行き当たりばったりの戦いしか出来ない奴らだ。鬼族の戦士がいれば死人の一人や二人が出てもおかしくないはずだ」

 

「……もしや『アイツ』が関係しているのか?」

 

 人間の男が首を傾げて疑問を口にすると、魔族の男が考える素振りを見せて呟いた。

 

「アイツ?」

 

「お前も聞いたことがあるだろう? ……『蜘蛛の対魔忍』だ」

 

『『………』』

 

 魔族の男が人間の男に言うと、二人の会話を聞いていた者達の間に先程よりも強い緊張が走る。

 

 蜘蛛の対魔忍。

 

 それは東京キングダムの間で密かに噂されている一人の対魔忍のことであった。正体は不明だが蜘蛛の使い魔のような存在を操る忍法を使い、遠く離れた場所からの偵察や暗殺を遂行する、今までの正面からの戦いを好む対魔忍とは違う異色の対魔忍。

 

 先程までここにいる者達が話していた一部の対魔忍が妙に手強くなったり、中級レベルの組織が壊滅させられた件は全てこの蜘蛛の対魔忍が関わっているという噂があり、その噂は限りなく本当だというのがここにいる者達の見解であった。

 

「……その蜘蛛の対魔忍を放っておいたら、次は俺たちの誰かがソイツの餌食になるかもしれないな」

 

「ああ、そうだな。どうだろう? ここは一つ、その蜘蛛の対魔忍を調べてその情報を共有するというのは?」

 

『『異議なし』』

 

 部屋に集まった東京キングダムで中級レベルとされる闇組織のリーダー達の意見は一致して、その後彼らはどうやって蜘蛛の対魔忍の情報を集めるか相談を始めた。

 

 ……その数日後。東京キングダムの各地では、蜘蛛の対魔忍の情報を得た者、あるいは彼を殺した者には多額の賞金を払うという指名手配書が大量に出回る事になるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

027

 小太郎君達と一緒に行った、魔族の武装勢力を襲撃する任務は無事終了した。それというのも小太郎君があのアジトにいた魔族の中で一番強かった鬼族の戦士を倒してくれたのが大きく、そのお陰で他の魔族の士気が下がり、任務に参加した対魔忍見習いの学生達は死傷者を出すことなく、武装勢力の魔族を全て倒す事が出来たのだ。

 

 俺にしてみれば任務に成功した事よりも、小太郎君の成長した姿を確認できた事の方が大きかった。

 

 確かに小太郎君は今だに邪眼に目覚めてはいないが、体術と武術で下手な対魔忍よりも強いし、己自身も「駒」の一つとして戦いの流れを作る頭のキレもある。正直、強力な忍法が使えるが正面からの突撃するしか能のない対魔忍と小太郎君、どちらと組んで任務を行うかと聞かれたら、俺は小太郎君と即答するぞ。

 

 前世で遊んだ「対魔忍RPG」でも小太郎君は中々のリーダーとしての器を持っていたが、この世界の小太郎君はそれ以上の器を持っている様に感じられた。このまま成長したら彼は多くの仲間を作り、今の「対魔忍=猪武者」な現状も変えてくれるだろう。

 

 俺は転生特典で便利な忍法や邪眼を与えられたが、その根はただの小市民にすぎない。だから俺にできる事といったら対魔忍の任務をなんとか達成して生き抜くことしかできないが、小太郎君のような次世代のリーダーがいれば対魔忍の未来も少しは期待が持てるだろう。

 

 そう思って一安心した俺だったが、どうやらこの世界はやはりというか甘くないようだ……。

 

 

 

「……さくら先生? 何ですか、コレは?」

 

 小太郎君達と一緒に行った任務を終えてから数日後。いつものように五車学園の資料室で任務の報告書を作っていた俺は、そこにやって来たさくらから見せられた一枚の紙を見て思わず渋い顔となって彼女に質問した。

 

「これ? これは最近、東京キングダムで配られている五月女君の手配書だよ」

 

「………」

 

 さくらから見せられた紙には文章やら写真やらが書かれていて、それを見て大体の事は理解してはいたが、改めて言われるとヘコむよな……。

 

 その紙には俺に関する情報だけで最大二百万、俺を殺したら五千万、そして生かしたまま捕まえたら一億の賞金を支払うと書かれていた。これだけでも泣きたくなるのに、更に気が滅入るのは同じ紙に書かれている魔族が想像した俺の予想図だ。

 

 魔族が想像した俺の予想図は、紫色の変対魔忍スーツ(変態っぽい対魔忍スーツの略)を身にまとい、

 

 両腕に◯ビルスーツの◯ゴックのような鍵爪を装備していて、

 

 顔には◯タンドの◯・グレイトフルデッドのような目が八つあるデザインの仮面を被っている、見るからに怪しい変質者であった。

 

 何コレ? 俺ってば一体いつから下半身も備えたパーフェクト・ザ・グレイトフルデッ◯になったんだよ? プロシ◯ート兄貴は何処にいる?

 

 俺は自分の首に最大一億の賞金がかかっている事よりも、魔族達からこんな姿だと思われていることに涙を禁じ得なかった。

 

 ……というか俺の情報、一体何処から漏れたんだよ? 責任者出てこい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

028

 東京キングダム。

 

 そこは人間、魔族問わず様々な場所のならず者が集まる混沌とした都市である。その為、東京キングダムには金酒女といった欲望を叶える店が数多く存在し、仲でも一番多いのが娼館で、次に多いのが酒場と宿屋であった。

 

 東京キングダムの路地裏の奥にある一軒の三階建てのビル。そこは東京キングダムにいくつもある宿屋の一つで、宿泊費は非常に安いのだが食事などのサービスは一切無い完全に寝るだけの宿屋だ。そんな宿屋に一組の男女がやって来た。

 

「部屋は空いているか?」

 

 一回の受付で退屈そうにテレビを見ていた宿屋の店主である魔族に声をかけたのは、フード付きのコートを着て顔を隠している男で、その後ろにはガスマスクで顔を隠した女性が続いていた。二人はくたびれた服装をしていて銃器を担いで武装していたが、この東京キングダムでは見慣れた光景なので、店主の魔族は特に動じることなく男女に顔を向けた。

 

「ああ、空いているぜ。日本の金だったら一泊……で、米連の金だったら……だ。それで何泊だ?」

 

「一泊だ。それと……」

 

 店主の魔族から宿泊費を聞いたフードの男は、米連の通貨を店主の魔族に渡すと顔を近づけて小声で話しかける。

 

「ここの部屋は大きな音を出しても外には聞かれないのか?」

 

 フードの男の言葉をどう理解したのか、店主の魔族はいやらしい顔を浮かべると、同じく小声で答えた。

 

「安心しな。ここの壁は厚いからな。どれだけ激しく遊んでも聞かれることはねぇよ」

 

 店主の魔族の言う通り、このビルは設備などは古いが防音機能だけは確かで、男女による「行為」を楽しみたかったり、周りには知られたくない取り引きをしたい者達の間ではちょっとした穴場とされていた。

 

「そうか。それは丁度よかった」

 

「ねぇ〜? まだ~? 早く休もうよー!」

 

 フードの男と店主の魔族がそんな話をしていると、待ちくたびれたのかガスマスクをつけた女性が階段の近くでフードの男を呼ぶ。それを見て店主の魔族は苦笑しながらフードの男に部屋の鍵を渡した。

 

「ほらよ。部屋は三階だ。……上手くやりなよ」

 

「ああ。ありがとうな」

 

 店主の魔族の言葉に、フードの男も苦笑して鍵を受け取るのだった。

 

 

 

「約束の品だ」

 

「……確かに。これは約束の金だ」

 

 東京キングダムにあるとある酒場のカウンター席で、一人の人間の男が隣にいる魔族の男に書類を渡すと、魔族の男も自分が持っていた封筒を人間に渡す。

 

 人間の男は日本の政府関係者であり、魔族の男は東京キングダムで活動をしている闇組織の幹部であった。彼らがやっている事はいわゆる裏取引であり、人間の男はこれまでにも何度も、今日のように日本の機密情報を売り渡して大金を得ていた。

 

 人間の男と魔族の男はこれが初めての取引というわけではなく、お互いが騙したりしないという一種の信頼関係が築かれており、機密情報と金が入った封筒の交換をするとそれで取引は終わり、二人はそれぞれ注文した酒を飲み始めた。そして魔族の男は自分の酒を飲み終えると、人間の男に次の取引を持ちかけた。

 

「なぁ……。次はある人物、対魔忍の情報を買いたいのだが……」

 

「対魔忍の? それは物騒な情報だな?」

 

 魔族の男の言葉に人間の男は僅かに肩をすくめる。対魔忍とは魔族に対する日本の最大の戦力であり、その情報はトップクラスの機密情報であるからだ。

 

 しかし幸か不幸か、人間の男は政府の情報部にいくつかのコネを持っており、対魔忍の情報も調べようと思えば調べることができた。

 

「それで? 一体誰について調べたらいいんだ?」

 

「この最近活動している対魔忍だ。『蜘蛛の対魔忍』。この名前に聞き覚えはないか?」

 

 魔族の男が口にしたのはこの二、三年の間に名が知れるようになった対魔忍で、最近では彼を生かして捕まえたら一億の懸賞金を出すという手配書までが東京キングダムのいたるところで配られている。

 

「蜘蛛の対魔忍……! そいつは……っ!?」

 

「おい? どうした?」

 

 人間の男が何かを言おうとした時、彼は突然糸の切れた人形のように床に倒れてしまった。魔族の男は急に倒れた人間を助け起こそうとしたが、人間の男はすでに死んでいて、額にある小さな穴から血が流れていた。

 

「これは……!? 一体誰が……?」

 

「……」

 

「っ!?」

 

 先程まで会話をしていた取引相手が何者かによって殺された事に驚く魔族の男は、誰かからの視線に気づいてそちらを見ると、五センチくらいの大きさの蜘蛛と目が合った。そして魔族の男は考えるよりも先に直感で、人間の男を殺したのはこの小さな蜘蛛であることを理解した。

 

「ま、まさか……! お前が蜘蛛の……」

 

 魔族の男がそこまで言ったところで、蜘蛛は胴体に生えていた角を魔族の男へ向けて飛ばし、それが魔族の男が最後に見た光景となった。

 

 

 

「……任務終了。対象の二人の死亡を確認」

 

 路地裏の奥にある小さなホテルの一室。簡素なベッドの上で目を閉じて横になっていたフードの男、頼人は急に上半身を起こすと、ベッドのすぐ側で椅子に座っていたガスマスクをつけた女性に伝えた。

 

「はい、お疲れ様です。頼人先輩」

 

 頼人の言葉を聞いてガスマスクをつけた女性、銀華が頷く。

 

 頼人と銀華が東京キングダムにやって来たのは、以前より日本の機密情報を売り渡している政府関係者とその取引相手を暗殺する任務を受けた為であった。そしてその二人は今頃、どこかの酒場で「超小型の銃みたいなもので額を撃ち抜かれ」仲良く死体となっている事だろう。

 

「事後処理は他の部隊がやってくれるから、俺達はこのままこの部屋で時間を過ごす。それで明日に東京キングダムを出るぞ。それまでは念の為、三時間交代で休憩と警戒をしよう」

 

「分かりました。……あの、それで頼人先輩? その前にシャワーだけでも浴びていいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 頼人からの許しを得た銀華は部屋にあるシャワーを浴びようとするのだが、その途中で足を止め、僅かに頬を赤くして頼人の方を見る。

 

「あ、あの……その……。の、覗かないでくださいね?」

 

「何を言っているんだ? 大丈夫だ。覗かないから安心しろ」

 

「………」

 

 頼人がそう即答すると、銀華は不機嫌そうな表情となり、それを見て頼人は首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「何でもありません!」

 

 銀華はそれだけを言うとシャワー室へと入っていった。

 

「何なんだ、銀華の奴? ……それにしても予想以上に俺の情報を探ろうとする魔族の動きが早い。それでいて中々に的確だ。ウチ(対魔忍)も見習ってほしいよ……」

 

 一人になった頼人は、先程の電磁蜘蛛を通じて見聞きした裏取引を思い出し、危機感を覚えるより先に素直に感心してしまうのであった。




いきなりですが、次話くらいから別の作品とクロスオーバーするかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

029

 小太郎君が○ック・リー化したり、東京キングダムに俺の指名手配書が配られたりとか、中々に愉快なイベントから三ヶ月程の月日が経過した。

 

 その三ヶ月の間も相も変わらず危険な対魔忍の任務が週一のペースでやって来たが、銀華と一緒になんとか達成していって、俺は今日無事に中学三年生の三学期終了日を迎える事ができた。

 

 明日からは春休み。春休みくらいはゆっくりしたいなと思っていたのだが、そんな祈りも虚しく俺と銀華はいつものように終業式を終えると、すぐにアサギのいる学園長室に呼び出されたのであった。

 

 対魔忍の世界は本当にブラックすぎる……。

 

 

 

「強化合宿……ですか?」

 

 学園長室に呼び出された俺と銀華がアサギに言い渡されたのは新しい任務……ではなく、春休みを使った対魔忍として更に力をつける為の強化合宿の誘いであった。

 

「そう。実は今度、私とさくらの知り合いがこの里の近くにある妙神山で修行をするらしくて、もし良かったら貴方と獅子神さんもどうかと思って声をかけたの」

 

 妙神山とは日本に百と八ある霊地の一つで、神が棲まう神聖かつ危険な場所とされ、五車の里の対魔忍達でも許可無しで入ることを禁じられている。そして超能力を使う忍者やら魔族やらが存在するこの世界では神も当然存在して、そんな神が棲まう山で修行をするという時点でどんな人物か大体想像できる。

 

「学園長とさくら先生の知り合いって、やっぱり霊能力者ですか?」

 

「ええ、『ゴーストスイーパー』よ」

 

 やっぱりか……。

 

 アサギの言葉を聞いて俺は内心でため息を吐いた。

 

 ゴーストスイーパー。

 

 それは人間に害を与える悪霊を退治する霊能力者で、この世界におけるれっきとした国家技能職である。

 

 俺達対魔忍が主に活動しているのは、「魔」の存在が世界で断トツに多い東京キングダムやその周辺が多いが、「魔」の存在が活動しているのは東京キングダム周辺だけではない。魔界からこの人間界にやって来た魔族、古くから伝承で伝わっている怪物、成仏出来なかった霊魂が変質した悪霊等、様々な「魔」の存在が世界各地で活動をしている。

 

 そんな「魔」の存在を退治するのが俺達対魔忍の本来の役目なのだが、世界各地に無数に存在する「魔」の存在に対して対魔忍の数は限られているし、基本的に対魔忍は日本政府に雇われている形なので政府からの任務がなければ動けず、どうしても手に余ってしまう。そんな対魔忍だけでは対処しきれない「魔」の存在が関係するトラブルを解決するために作られたのがゴーストスイーパーという職業なのだ。

 

 しかし妙神山に修行に来たゴーストスイーパーか……。

 

「あの、そのゴーストスイーパーの名前を聞いてもいいですか?」

 

「構わないわよ。そのゴーストスイーパーの名前は美神令子。今、日本で最も有名な最高レベルのゴーストスイーパーよ」

 

 やっぱりか……。

 

 アサギから聞いたゴーストスイーパーの名前に、俺は再び内心でため息を吐くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

030

 美神令子。

 

 俺が前世で読んだことがある「GS美神極楽大作戦!!」の主人公であり、後の世の人間に「最強のゴーストスイーパー」と呼ばれる程凄腕の霊能力者である。

 

 この世界がGS美神の要素を含んでいるのは、忍法に目覚めて前世の記憶を思い出してすぐに気付いた。何しろテレビではほぼ毎日のように、大小問わず悪霊などによる事件のニュースが流れていたからだ。

 

 GS美神では悪霊や悪魔が起こす事件で死傷者が大勢出ているのだが、それでも忍法で電磁蜘蛛を呼び出せるようになったばかりの俺は、電磁蜘蛛を上手く利用すれば生き残れるだろうと楽観していた。だからこそ、この世界がGS美神の要素を含んでいるが、基本は対魔忍で自分も対魔忍になることを知った時は深く絶望したものだ。

 

 そしてもうGS美神のストーリーはほとんど覚えていないが、妙神山にやって来た出来事は何とか覚えている。確か、最近の悪霊が強力になって苦戦するようになった美神が、霊力のパワーアッブをするためにアサギの言う通り修行に来た話だったはずだ。

 

 確か妙神山で美神が受けた修行は、自身の霊力を形にした分身を操って三体の敵を倒していき、その敵を倒すごとに強くなっていくというもの。しかし三体目の敵は修行の監督役であり妙神山を管理している武神の小竜姫で、彼女はあの孫悟空の直弟子でかなりの実力者であり、しかも負けてしまうとその前の二戦で得たパワーアップも無効とされてしまうという厳しい条件であった。

 

 美神令子という人物は自分が勝つためならばどんなに汚くてセコい手段も平気な顔で実行する人物で、彼女は確実に小竜姫に勝つためにアシスタント(正確には荷物運び)の横島忠夫に協力してもらい、横島が小竜姫の動きを封じたところを攻撃するという反則技を実行。その結果、横島は小竜姫の逆鱗に文字通り触れてしまい、彼女は竜の姿になって暴走してしまう。

 

 美神達は何とか暴走した小竜姫を気絶させて動きを止めることに成功するのだが、それまでの戦いで妙神山の修行場は崩壊。管理を任されていた修行場を自ら破壊してしまって途方にくれる小竜姫に美神は「三回目の戦いに勝ったことにしてくれたら、修行場の修繕費を出す」と提案し、最後には金の力で強引にパワーアップする権利を手に入れたのだ。

 

 これが妙神山で起こる出来事の大体の流れだったはずだ。

 

「行きたくないなぁ……」

 

 妙神山で起こる出来事について考えた俺はそう呟かずにはいられなかった。

 

 だって行ったら確実に小竜姫の、武神の怒りに巻き込まれるんだぜ? 最終的には何とかなるって分かっているけど、そんな恐いところには出来る限り近づきたくない。それに何より美神令子に関わりたくない。

 

 美神は目的の為ならば手段を選ばない上に、金に対する執着心が異常なまでに強い。そして俺には現在、魔族から多額の懸賞金がかけられており、小さな情報にも金を出す魔族すらいる。

 

 そんな状態で美神と会ったら「ちょっとくらいいいじゃない」なんてクソふざけた寝言をほざいて、俺の素顔の写真やらの情報を魔族に売る彼女の姿が容易に想像できる。一応彼女は人間に害を与える魔族には一切応じない態度をとってはいるが、金が絡んでいる以上、どこまで信用していいか分からない。

 

 以上の理由から美神と一緒に妙神山に行くのは避けたいのだが、どうしても俺と一緒に妙神山で修行をしたいと言い出した銀華の勢いに負けて、一緒に行くと彼女に約束してしまったんだよな……。

 

「一体どうしたら……ん?」

 

 どうやって美神をやり過ごすか考えていたその時、視界の端にある物が映った。それは……。

 

 

 

 

 

「……あの美神さん?」

 

「何よ、横島君?」

 

「あの男は一体何なんスか?」

 

「だからさっき説明したでしょ? 私と一緒に修行をする対魔忍の一人だって」

 

「でも美神さん、あの人なんだか怖いです……」

 

「おキヌちゃんもそう思うよな!? 何なんだよ? あの、真昼間にフード付きのマントを羽織って、目玉が八つもある不気味な仮面を被った男は!? あんなの対魔忍というよりタチの悪い悪霊じゃねーか!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

031

 とある日の朝。対魔忍の本拠地である五車の里の外れにある丘の上に三人の男女の姿があった。

 

「五車の里か……。久しぶりね」

 

 三人の男女の一人、亜麻色のロングヘアで豊満な肉体を露出の多い服装で包んだ女性、美神令子が丘から見える五車の里を見て呟いた。

 

「あの、美神さん? ここって一体何ですか? 見たところただの田舎町にしか見えないッスけど、ここに来るまでメチャクチャ物々しい旅でしたけど?」

 

 五車の里を見下ろす美神に、大量の荷物が入ったリュクサックを背負った青年、横島忠夫が質問する。彼の質問はある意味もっともであった。何せここに来るまでの数時間、彼らは専用の車に乗せられた上に、ここがどこにあるか分からないようにアイマスクをつける事を厳守させられていたのだ。

 

「しょうがないわよ。何せここは対魔忍の本拠地。ここの住所は日本政府の機密情報の中でもトップクラスなんだから」

 

「たいまにん? 何ですか、それ?」

 

 横島の質問に答える美神に、黒い長髪に巫女装束の女性……正確にはその幽霊であるおキヌが首を傾げて聞く。そしてその横では横島も対魔忍という言葉に聞き覚えがないのか首を傾げている。

 

「対魔忍というのは、古くから魔族やら日本社会に害をなす者達と戦ってきた、言わばゴーストスイーパーと忍者が一つになった存在ね」

 

「ゴーストスイーパーもやる忍者!? そんなのが昔からいたんスか!?」

 

「忍者ですか。会ってみたいです」

 

 美神の説明に横島とおキヌは驚いた表情となり、そんな二人を見て美神は小さく苦笑する。

 

「まあ、貴方達が想像しているのとは少し違うけどね。……ともかく、私は唐巣神父の修行を終えた後、唐巣神父の紹介でこの五車でも三ヶ月くらい修行したことがあったの。そしてその時に知り合った対魔忍に妙神山へ案内してもらう予定なのよ」

 

「へぇ……。じゃあ今はその対魔忍の知り合いを待っているんスね」

 

「そうよ。でも彼女、私の他にも妙神山に連れていく子がいるらしくて、少し遅れるみたいなの」

 

 美神の言葉に五車の里を眺めていた横島は、意外そうに彼女の方を見る。

 

「え? 美神さん以外にも妙神山で修行をする人がいるんスか?」

 

「ええ、今言った知り合いの対魔忍って、見習いの対魔忍の教官をしているの。それで妙神山までの案内を頼んだ時に、特に目をかけている二人の対魔忍見習いも連れてくるって言ってきたの。妙神山は半分異界のような所で、人間の私達が安全に使えるルートは一ヶ月に数日しか使えないみたいだから、丁度予定が空いているその二人の対魔忍見習いも修行をさせようという考えみたいね」

 

「あっ。誰か来ましたよ?」

 

 美神と横島が話している間に、一人の人影が彼女達に近づき、それに最初に気付いたおキヌが声を上げる。

 

「えっ、もう来たのか? どんな人やろ? 美人のおねーさんだったらいい……なぁっ!?」

 

 おキヌが指差した先を興味津々といった様子で見る横島だったが、受かれた調子の声は急に驚きの声にと変わる。何故なら……。

 

 

 美神達の前に現れたのは、フード付の黒いマントを羽織って、鋭く巨大な眼が左右に三つずつ額に二つあるという不気味なデザインの仮面を被った、見るからに怪しい男だったからだ。

 

 

「……あの美神さん?」

 

 顔中に冷や汗を流す横島は、恐怖に震える指で突然現れた仮面の男を指差しながら美神に話しかける。

 

「何よ、横島君?」

 

「あの男は一体何なんスか?」

 

「だからさっき説明したでしょ? 私と一緒に修行をする対魔忍の一人だって」

 

「でも美神さん、あの人なんだか怖いです……」

 

 美神は仮面の男を見ても特に驚いていないようで、いつも通りに横島の質問に答えるが、おキヌは仮面の男に驚いたようで横島の後ろへと隠れる。

 

「おキヌちゃんもそう思うよな!? 何なんだよ? あの、真昼間にフード付きのマントを羽織って、目玉が八つもある不気味な仮面を被った男は!? あんなの対魔忍というよりタチの悪い悪霊じゃねーか!?」

 

「………!」

 

 おキヌの言葉で調子を取り戻した横島が大声で叫び、それを聞いた仮面の男は、何故か心ない一言に傷ついたかのように体を強張らせる。しかしそれに気付いた者は一人もおらず、横島は仮面の男を指差して美神に質問する。

 

「美神さん! 対魔忍って皆、あんなおかしな格好をしてるんスか!?」

 

「……いいえ。彼は対魔忍にしてはまだマトモな格好をしているわ」

 

「まだマトモ!? あれでマトモって、対魔忍は一体どんな集団なんですかっ!?」

 

 美神が仮面の男の格好をよく観察してから答えると、それを聞いた横島は心からの叫びを上げるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

032

 やっぱりこの格好にしたのは失敗だったかな……?

 

 俺は横島の叫びを聞いて心の中で呟いた。そしてどうやら俺はそんなにメンタル面が強くなかったようで、先程横島に「タチの悪い悪霊」と言われて、若干泣きそうになっていた。

 

 昨日、美神達に俺の情報を渡さないためにどうしたらいいか考えていた時、俺が目にしたのは装備科の注文した新装備の試作品と、手配書騒ぎが出た時に装備科が悪ふざけで作った手配書と同じ○・グレイトフルデッドみたいな仮面だった。

 

 これなら手配書の姿にも似ているし、それ程情報が漏れなくていい案かなと昨日の時点では思って実行したのだが、横島の叫びを聞く限りやっぱり失敗……いや、悪い意味で成功のようだ。こんな怪しい奴がいたら誰だって警戒するし、マントと仮面を脱ぎ捨てれば敵の目を眩ませることが出来るだろう。

 

 成功しても嬉しくないが、というか悲しいが……。

 

 まあ、それはともかく、今俺はいつものツナギ風の戦闘服に以前開発してもらったドローンが入ったバックパックを背負った状態の上にマントを羽織り、左腕に「Fate/」の○ビンフッドみたいなクロスボウを装着し、顔にザ・○レイトフルデッドみたいな仮面を被った格好をしている。そしてこれらは装備科によって開発された非常に高性能なハイテク兵器なのだ。

 

 まずはマント。これは俺の電磁蜘蛛の迷彩機能を解析してそれを何とか再現できないかと開発してもらった物で、制限時間は十分と短いが周囲の景色に溶け込むことが出来る。

 

 次に左腕のクロスボウ。特殊素材を用いた弓と弦、そして内蔵した超小型かつ高性能なモーターのお陰で、服の下に隠しやすい上に少ない力で強力な射撃が可能となっている。

 

 そして最後にザ・グレイトフルデッ○の仮面。これは単なるウケ狙いのアイテムかと最初は思っていたが、これも特殊素材を使われていて拳銃程度なら傷一つつかずに弾き返すし、ボイスチェンジャーや骨伝導式の無線機が内蔵されている。

 

 全てを装備すると怪しさが相乗効果で増大するが、それでもどれも任務で役立ってくれる便利な品物だったりする。……高性能な分、余計残念な事である。

 

「初めまして。ここに来たって事は、貴方が私と同じく妙神山で修行する対魔忍見習いの一人ってことかしら?」

 

「はい。俺は五月女頼人と言います。どうぞよろしくお願いします」

 

「っ!? 貴方が、五月女頼人?」

 

 俺の姿を見て警戒する横島とおキヌの前に立つ美神に、仮面のボイスチェンジャー機能をオンにしてから名乗ると、突然美神が驚いた顔となった。そしてその様子を見て横島が彼女に質問をする。

 

「美神さん? あの悪趣味なコスプレ野郎のこと知っているんですか?」

 

「……ええ。五月女頼人。この二、三年くらいで一気に有名になった対魔忍で偵察と暗殺のプロ。たった一晩で百人以上の魔族の武装組織を皆殺しにしたという話もあって、魔族から多額の懸賞金がかけられていると聞くわ」

 

「はぁっ!? そんなに危ない奴なんですか!? この悪趣味なコスプレ野郎は!」

 

 美神の説明に横島が驚き俺から三歩程距離を取る。

 

「そうよ。危ないのは格好だけじゃないんだから、あまり失礼な事を言って怒らせちゃダメよ? 殺されちゃうから」

 

 ……リクエスト通り、ぶっ殺してやろうか? この二人?

 

「あっ! いたいた! 遅くなってゴメンねー?」

 

「すみません、遅れました」

 

 俺が美神と横島に対してかなり本気で殺意を覚えていると、そこに例の体のラインが丸出しの対魔忍スーツを着たさくらと銀華がやって来た。そしてそれを見た横島は……。

 

「素敵でエッチなねーちゃんと女の子ー! ぼかーもうっ! ぼかーもうっ!」

 

「えっ?」

 

「ひっ!?」

 

 やはりというか速攻で欲情して、見事な跳躍をみせてさくらと銀華に飛びかかろうする横島。そして彼の手はさくらの胸……ではなく銀華のバイザーで、それを見た俺は……。

 

 一瞬で銀華の側に移動して、横島の顔に上段蹴りを叩き込み。

 

「ぶげっ!?」

 

 続いてさっきの上段蹴りの勢いを利用して、横島の横っ腹に肘打ちをして。

 

「ぎゃっ!」

 

 空中で横島の腕を捕まえて背負い投げをして地面に叩きつけ。

 

「がはっ!」

 

 逃げられないように横島の腹を右足に体重を乗せて踏みつけて。

 

「………!」

 

 最後に左腕のクロスボウに矢を装填して横島の額を撃ち抜……。

 

「ストップ! ストーップ! 五月女君、いきなり人を殺しちゃダメだって!」

 

「ゴメンなさい! ゴメンなさい! 横島さんも悪気はなかったんです! だから殺さないでください!」

 

 俺がクロスボウで横島の額を撃ち抜こうとする前にさくらとおキヌが必死な表情になって止めてきた。……チッ。運のいい奴め。

 

「この馬鹿! さっき怒らせるなって言ったでしょう!」

 

「かんにんやー! 仕方がなかったんやー! あんなにエッチな格好をしたねーちゃんと女の子がいたら仕方がないんやー!」

 

 怒る美神に、俺から逃れた横島が必死に言い訳みたいな事を言っている。

 

 ちなみに俺が横島を叩き落としたのは、彼が銀華のバイザーに触れようとしたからであって、それによって彼女のバイザーが外れて神遁の術が暴走しないようにするために必要な事だったのだ。……うん。本当にそれだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

033

文章を一部変更しました。


 その後、俺達は簡単な自己紹介をしてから妙神山へと向かった。しかし俺達……正確にはさくらと銀華という異分子がいるせいか、途中で横島が原作以上に美神やさくらにセクハラを行なってきたので、修行場に到着するまで時間がかかってしまった。

 

 え? 銀華はどうしたって? 可愛い後輩の貞操は勿論死守しましたよ。

 

 銀華にセクハラをしようとする横島にクロスボウを突きつけて追い返していると、何故か不機嫌な表情となったさくらが「私は助けてくれないの?」と聞いてきた。いやだって貴方、横島のセクハラを余裕でかわしているじゃないですか? 一回でも手酷く断れば横島も諦めるかも知れないのに、やんわり断るから「まだチャンスがあるかも?」と思うんですって。

 

 そう答えると、さくらは「なるほどー」と呟き、横島は血の涙を流して「余計なことを言うなよ!」と叫んできた。

 

 そうしてようやく修行場に辿り着いたと思っていたら、そこには俺の知る原作から離れた出来事が起こっていた。

 

「やっと来ましたね。初めまして。私はこの修行場の管理者、小竜姫と申します」

 

 なんと修行場の管理者である小竜姫が門の前に立って俺達を出迎えて来たのだ。いやいやちょっと待って? 貴女の出番、もうちょっと後でしょう? 美神と修行場の門を守る二体の鬼門とのやり取りの後でしょう? これも俺達という異分子が紛れ込んだせいなのか?

 

「全く……。連絡してくれた時間よりだいぶ遅いですよ、さくら?」

 

「あはは……。も、申し訳ありません、小竜姫様」

 

 どうやらさくらと小竜姫は知り合いのようで、小竜姫が腰に手を当てて呆れたように言うと、さくらが苦笑いを浮かべて謝罪する。小竜姫が最初からいたのはさくらが連絡をしたからか。これは原作改変はそんなに大した事はないのかな?

 

「それで? 今日修行するのはそちらにいる美神令子さん、五月女頼人さん、獅子神自斎さんの三人でいいですか?」

 

「はい。それでよろしくお願いします」

 

 さくらが小竜姫に答えると、小竜姫はそれに一つ頷いてから俺と銀華の方を見てきた。美神ではなく俺達の方をだ。え? 何事?

 

「分かりました。……では先ず、私はそこの五月女さんと獅子神さんを『師匠』の所へ案内しますから、他の皆さんはしばらくここで待っていてきださい」

 

 ………!? し、師匠!? 今、小竜姫ってば師匠って言ったか? 確か小竜姫の師匠っていったらあの……。

 

 小竜姫の言葉に思わず驚いた俺だが、驚いたのはさくらも同様だったようで、彼女は慌てて小竜姫に話しかける。

 

「ちょ、ちょっと待って!? 小竜姫様が三人の修行を見てくれるんじゃなかったの? それに小竜姫様の師匠が五月女君と獅子神ちゃんを?」

 

「……ええ。私も最初は三人とも修行をつけるつもりだったのですが、五月女さんと獅子神さんの資料を見た師匠が、二人の修行は自分がつけると言い出しまして……。こんな事は私も初めてですよ」

 

 さくらに小竜姫も困惑した表情で答える。どうやらこれは彼女にとっても予期せぬ出来事だったみたいだ。

 

「とにかく師匠はすでにお待ちです。五月女さん、獅子神さん、早速ですが行きますよ」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

 そうして俺達は本来の修行を行う建物とは少し離れた建物に案内され、そこには俺の予想通り、中華風の服を着てくわえ煙草をしている眼鏡をかけた一匹の猿がいた。

 

「お猿さん……?」

 

猿神(ハヌマン)ですよ。私の師匠であり上司、斉天大聖孫悟空です」

 

「えっ!? あ、あの有名な……!?」

 

 猿……ではなく悟空を見た銀華の言葉を小竜姫が訂正すると、銀華は驚いた表情となって再度悟空を見る。まあ、普通はそうだよな。

 

 そして当の悟空はしばらくの間、俺と銀華をしばらく品定めするように見てから口を開いた。

 

「ふむ……。小竜姫よ。そちらのお嬢ちゃんを更衣室に案内して修行着に着替えさせてやれ。儂はこの坊主と少し話してからすぐに向かう」

 

「はい。分かりました。それじゃあ獅子神さん、行きましょう」

 

 小竜姫は悟空に一礼してから銀華を連れて部屋から出て行った。そして部屋に俺と悟空だけになると、伝説の猿神(ハヌマン)は俺の目を真っ直ぐに見てきた。

 

「さて……。坊主、修行の前にお前さんに一つ聞きたいことがある」

 

「俺に? 何でしょうか?」

 

「単刀直入に聞こう。坊主、お主『異世界からの転生者』じゃな?」

 

 …………………………ッ!?

 

 突然悟空の言葉に、俺は呼吸を忘れるくらい驚いた。

 

「い、異世界からの転生者? 一体何の事を……?」

 

「隠さんでいいわい。儂は以前、お主と同じ異世界からの転生者と会ったことがあってな、雰囲気というか気配が同じなんじゃよ」

 

 思わず誤魔化そうとした俺の言葉を、悟空はあっさりと否定した。というか今、とんでもない事言わなかった? 俺以外にも異世界からの転生者がいたのか?

 

「その、以前会った異世界からの転生者って、一体何者なんですか?」

 

「うむ。儂の師匠じゃよ」

 

 悟空の師匠ってことは……三蔵法師!? 三蔵法師が転生者ってマジかよ!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

034

 悟空が言う異世界からの転生者とは、特別な魂を持っていた為に元の世界の輪廻の輪から外れ、強力な異能や才能……所謂チート能力と前世の記憶の一部を持って異世界に転生したという、正に俺と同じ存在であった。

 

 ちなみにこの世界にやって来た異世界からの転生者は、俺と三蔵法師を含めて三人だけ。そして三蔵法師が持っていたチート能力は「全属性異能無効化」、「全種族言語翻訳」、「自動完全蘇生(十回)」らしい。

 

 ……中々いいチート能力持ってたんじゃないか、三蔵法師。特に「自動完全蘇生(十回)」。

 

 観念した俺は悟空に自分が異世界からの転生者であること、この世界が俺が前世で見聞きした二つの物語の歴史や特徴を併せ持っている事を説明した。

 

 すると悟空は俺に「儂もお前が転生者だと秘密にしておくから、お前もバレないように気をつけろ。そして未来に大きな事件や危機があるのなら、対抗する準備だけをしておいて、他者との相談は控えろ」とアドバイスをくれた。それが最も危険が少ないやり方だと言って。

 

 何でも世界には、予め決まっている歴史を歪めようとする存在が現れると、それを排除して歪んだ歴史を正そうとする「修正力」という力があるらしい。その力の影響で未来を知る者が多い程未来は不確かなものになり、歴史を歪めようとする存在の力が大きい程歴史を正そうとする力と反動が大きいそうで、悟空はこれによって三蔵法師が天竺へと向かう旅で散々苦労したのだとか。

 

 前世で「西遊記」を読んでいた三蔵法師は、自分が天竺へと向かう旅に出ると、西遊記の原作知識を使って楽に旅をしようとした。しかし世界の修正力はそれを許さなかった。

 

 三蔵法師が原作知識を使って上手く旅の危険を避けようとすると、必ず様々な怪物やら災難が次々とやって来て、その度に三蔵法師は「こんなのは原作にない!」と叫んでいたらしい。

 

 つまり、俺が「対魔忍RPG」や「GS美神」の知識を元に将来の危険を排除しようとすると、予期せぬ敵や困難がやって来るかもしれないので、ここは大人しく悟空のアドバイスを聞くことにした。

 

 話が終わると俺は修行着に着替えて銀華と合流して悟空との修行を開始する。悟空の修行は原作と同じく、魂を加速させるために悟空が作り出した仮想空間で二ヶ月生活するところから始まった。

 

 そして修行が始まって一ヶ月の時が過ぎた。

 

「ここでの生活にもだいぶ慣れてきたみたいだな」

 

「ええ、最初はただのんびり暮らすのが修行と聞いて驚きましたけど」

 

 悟空の仮想空間で俺が銀華に話しかけると、彼女は笑みを浮かべて頷いた。

 

 この仮想空間での生活は非常に快適であった。

 

 平和だし、危険な仕事を出してくる対魔忍はいないし、ゆっくりできるし、仕事で暴走する対魔忍はいないし、可愛い後輩が話し相手になってくれるし、周りの二倍の報告書を求めてくる対魔忍はいないし、本当に快適である。この後、悟空とのガチバトルがあるのは知っているが、そんな事気にならないくらいの快適さである。

 

 ああ、もうずっとここにいたいな……。対魔忍の仕事なんか忘れて永住したい。周りは俺の事を蜘蛛の対魔忍とか呼んで尊敬してくれているみたいだけど知ったこっちゃない、蜘蛛の対魔忍は働きたくないんですよ。

 

「……でもまあ、この光景だけには未だ慣れないんだけどな」

 

「……ええ、そうですね」

 

 俺が目の前の光景を見ながら言うと、銀華も苦笑して頷く。何故なら今、俺達の前では……。

 

「キイッ! ウキキーッ!」

 

「ヌオオッ! 負ケマセンゾォ!」

 

「………!」

 

 完全な猿モードになった悟空と、俺の右目から作り出される八つ目のロボット、そして銀華の忍法で現れる忌神が仲良く◯ンバーマンの四人対戦で激戦を繰り広げているからだ。

 

 いつ見てもシュールすぎる光景である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

035

 俺の八つ目のロボットと銀華の忌神。こいつらは仮想空間での生活開始から二日目か三日目に現れていた。

 

 八つ目のロボットも忌神も、朝起きたら普通に俺達の前にいて挨拶をしてきて最初に見た時は驚いた。特に銀華は俺以上に取り乱していて、このままでは俺や悟空を殺してしまうと言って、忌神を自分の部屋に必死に押し込めようとしたくらいだ。

 

 この仮想空間内では悟空は完全な猿モードで質問してもロクな返答が返ってこないので、代わりとして八つ目のロボットにどうして急に現れたのか聞くと、八つ目のロボットはこの仮想空間に理由があると答えた。

 

 現在俺と銀華は「GS美神」の原作と同じく、悟空と魂が繋がって霊力を与えられている状態のようだ。そして八つ目のロボットは「邪眼」という切っ掛けによって俺の魂から枝分かれして半ば独立した意思を持った存在らしく、俺が悟空から霊力を与えられると八つ目のロボットも霊力を与えられて、こうして自由に具現化する……正確には具現化せざるを得ないくらいに霊力が高まってしまったらしい。

 

 忌神も八つ目のロボットと似たような存在らしく、八つ目のロボットが忌神本人(?)から聞いた話によると、銀華の両目に神気が宿った影響で魂が枝分かれを起こし、その魂の枝分かれをした部分に神気が集まり彼女自身の対魔粒子等の力と混ざり合って産み出された存在が忌神なのだそうだ。

 

 忌神の構成の大部分を占める神気とは、常に外部から銀華の目に補充される自然界の霊的エネルギーで、外部からの大量のエネルギーをコントロールする事は非常に難しい。だからこれまで忌神は「銀華が直接目で見た相手を攻撃する」という命令しか聞かず、今大人しいのは悟空から魂に直接エネルギーを与えられて、彼女自身のエネルギーが忌神の主導権を握っているからだ。

 

 そしてこの事を知った銀華は酷く落ち込んだ。八つ目のロボットが忌神から聞いた話とはつまり、忌神が銀華の命令を聞かないのは彼女のエネルギーが少ないからで、そのせいで銀華はこれまでに大切な人達を何人も失ってしまったという事なのだから。

 

 半月くらい落ち込んだ銀華であったが今ではとりあえず落ち着き、忌神がいるこの仮想空間での生活にも慣れてきて本当に良かったと思う。俺も毎日、泣きながら言う銀華の愚痴に付き合ったかいがあったというものだ。

 

「おい。皆、昼飯ができたぞ」

 

「キーッ! ウキ、キーッ!」

 

「ヌウウッ!? コ、コノママデハァ!」

 

「………!」

 

 俺は悟空達に声をかけるが、悟空と八つ目のロボットと忌神の耳には届いていなかった。何故なら悟空達が操作する三人の◯ンバーマンは「4Pプレイヤーが操る青いボンバーマ◯」一人に苦戦を強いられているからだ。

 

 青いボ◯バーマンは強化アイテムを次々と取り、バトルフィールドの仕掛けなども巧みに利用して戦況を支配し、その爆弾の爆炎と爆風は悟空達のボンバー◯ンを追い詰めていく。その様子は外部から見ても見事としか言いようがなかった。

 

「いつ見ても凄いですね……」

 

「ああ。『コイツラ』にこんな特技があったなんてな……」

 

 感心した様に言う銀華の言葉に頷いて俺は4Pプレイヤー用のコントローラーに目を向ける。

 

 

 青いボン◯ーマンを操作して悟空達三人を手玉に取っていたのは「電磁蜘蛛と二匹のライトイーター」であった。

 

 

『『………』』

 

 コントローラーの前で電磁蜘蛛が脚を上げたり下げたりして合図を出すと、それに合わせて二匹のライトイーターが自分達が担当するコントローラーのボタンを操作し、青いボンバ◯マンが画面内のバトルフィールドを縦横無尽に駆け抜ける。

 

 何? 電磁蜘蛛ってば自分の意思あったの? 意思があるんだったらあるって言ってよ。今まで散々仕事やらせて本当にゴメン。

 

 そしてライトイーター? お前らってただ暴れるだけじゃなくて、合図とか聞けたのね? というか何だよそのコンビネーション?

 

 電磁蜘蛛とライトイーターがチームを組んで◯ンバーマンを操作している光景を見るのはこれが初めてではないのだが、それでも見る度にそう思わずにはいられない。八つ目のロボットが言うには、これも俺が悟空からエネルギーを受けている影響で、この様に動けるのは仮想空間の中だけ。現実空間に戻っても電磁蜘蛛が自分の意思を持ったり、ライトイーターが合図を聞いてくれたりするかは俺次第なんだとか。

 

 そんな事を考えているうちに、電磁蜘蛛とライトイーターのボンバーマ◯が仕掛けた大量の爆弾が一斉に爆発し、その爆炎と爆風が悟空達が操作する三人のボンバーマンをほぼ同時に飲み込んだ。

 

「ギキッ!?」

 

「ノオオオッ!?」

 

「………!?」

 

『『………!』』

 

 自分達の操作するボ◯バーマンを撃破されて悟空と八つ目のロボットと忌神が同時に肩を落とし、その隣では二匹のライトイーターが電磁蜘蛛を胴上げしていた。

 

 ……たとえゲームとはいえ、虫ケラ三匹に負ける◯タンドと仏様ってどうよ?

 

 俺はバチ当たりなのは承知でそう思うのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

036

 ついつい忘れがちになるが、この仮想空間での生活は悟空の修行の準備運動みたいなものである。この仮想空間で悟空と魂で繋がりエネルギーを受けて、魂が加速した状態で死と隣り合わせの戦いを行なって自分の潜在能力を引き出す。これが悟空の修行だ。

 

 そしてその準備運動は突然終わりを迎えた。

 

 相変わらず悟空と八つ目のロボット、忌神と電磁蜘蛛&ライトイーター(二匹)が○ンバーマン対戦をしていて、電磁蜘蛛&ライトイーター(二匹)のチームがいつものように悟空達を爆殺していよいよ五百連勝に達成しようとしたその時、俺と銀華の体が急に薄れ始めたのだ。

 

「これは……!」

 

「体が、消える!?」

 

「キッ!? よっしゃあっ! 準備運動はこれで終わりじゃ! あとついでにこの勝負はノーカンじゃからな!?」

 

 俺と銀華の体の異常を見て、悟空が今さっきまで持っていたコントローラーを投げ捨てて嬉しそうに叫ぶ。

 

 ……大人気なさすぎだろ、この猿。

 

 内心で呆れていると俺と銀華は悟空と一緒に現実世界に戻ったが、電磁蜘蛛達と忌神の姿はどこにもなかった。

 

「え? 忌神達がいない?」

 

「安心せい。あ奴らだったら、お前さん達の中に戻っておる。心配は無用じゃ。それよりそろそろ修行の本番を始めるぞ」

 

 銀華の呟きに悟空が答えると、何もない空中にドアが現れる。そしてそのドアは僅かに開かれており、そこからは果てしない荒野が見えた。

 

「修行の本番……。私達はこれから敵と戦うのですね?」

 

「ほう? 知っておったか?」

 

 空中に現れたドアを見ながら銀華が言うと悟空が意外そうな顔となり、彼女はドア見ながら一つ頷いた。

 

「頼人先輩が言っていました。『仮想空間で生活するだけが修行だとはとても思えない。多分この後に実戦訓練みたいなのがあるはずだから覚悟しておいたほうがいい』って」

 

「ほほう?」

 

 銀華は仮想空間での生活の初めに俺がした原作知識からのアドバイスをしっかり覚えていたようで、それを聞いた悟空が面白そうに俺の方を見てきた。

 

「そこまで分かっておるのなら話が早い。今お前さん達はあの仮想空間で儂からのエネルギーを受けて魂が加速した状態になっておる。その状態で全力をもって戦うことで自らの潜在能力を引き出すのじゃ」

 

 そう言いながら悟空は扉の向こうの果てしない荒野へと入っていき、俺達もその後に続いた。原作ではこの修行を受けた横島はもう少しで本当に死んでしまう所まで追い詰められた。そんな修行を受けて俺は生き残れるのだろうか?

 

「……それで? 俺達はここで悟空先生と戦えばいいのですか?」

 

 原作での修行では巨大な猿と化した悟空と戦うという展開だったが、俺が質問すると悟空は首を横に振った。

 

「いいや。お前さん達の相手はこいつらじゃよ」

 

 そう言うと悟空は自分の体毛を数本むしり取って、それを息で吹き飛ばす。そして悟空の体毛が地面に落ちると、地面が盛り上がってそこから棒を持った猿の石人形(ゴーレム)が現れた。

 

 しかも猿の石人形(ゴーレム)は一体や二体ではなく数十体という大群……! ま、まさかこいつらと……?

 

「儂の毛を核に作った石傀儡じゃ。他者を呼び出して戦わせるお前さん達にはぴったりの相手じゃろ? 安心せい、儂の毛を使っていると言ったが、実力は儂の万分の一もありはせんわい」

 

 マジかよ、やっぱりこいつらと戦うの? 悟空の言葉は何の気休めにもならなかった。……俺、ここで死ぬかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

037

※お知らせ。
最初、頼人は銀華や小太郎達より二歳歳上という設定でしたが話の都合上、銀華と小太郎達の年齢を一つ上げました。
それで横島は頼人より一つ歳上という設定です。
後、妙神山での修行編を終えてあと二回GS美神の話を書いたら、対魔忍RPGの本編をスタートさせます。
ですから「このままだと対魔忍の二次かGS美神の二次か分からない」と思っている方々はもう少し我慢してください。


 今更だが俺は完全な遠距離型で近接戦は得意ではない。というか大の苦手だ。

 

 これまで行ってきた対魔忍の任務は遠距離からの偵察と暗殺で、それらは全て電磁蜘蛛とライトイーター任せ。対魔忍になって習得した武術は弓術がメインで、一応素手の格闘技も習ってはいるが、通用するのは精々一般の軍隊くらい。

 

 その事から分かるように俺一人の力では悟空が作り出した猿の石人形(ゴーレム)の大群には対抗できず、なぶり殺しにされるだろう。

 

 銀華の方は「逸刀流」という対魔忍に伝わる剣術を習得しているので俺よりもずっと近接戦闘に秀でているのだが、元々刀は生物の出血死を目的とした武器で石人形(ゴーレム)とは相性が悪い上、数の差は大きい。

 

 つまり俺と銀華がこの試練を生き抜く為にとる手段は一つだけ……。

 

「銀華! 忌神を呼び出せ! 出てこい、電磁蜘蛛!」

 

 俺は銀華に忌神を呼び出すように言ってから自分も忍法を使い電磁蜘蛛を作り出す。すると悟空からエネルギーを受けた影響なのか、今までは作り出すのに数秒かかっていた電磁蜘蛛が一瞬で作り出すことができて、悟空からエネルギーを受けた影響は銀華にも現れていた。

 

「はい! 出てきて、忌神! ………え?」

 

「………」

 

 顔のバイザーを上げて素顔を晒して忌神を呼び出した銀華だったが、その表情がすぐに驚きに変わる。これまでの忌神は呼び出されるとすぐに対象を攻撃しようとするのだが、今の忌神は銀華の側に静かに立っておりまるで彼女の命令を待っているように見えた。

 

 これって忌神が暴走していなくて完全な銀華のコントロール下にあるってことか?

 

「ほう……。どうやら嬢ちゃんは自分の傀儡の支配に成功しとるようじゃな。試練を始めてすぐにこれとは中々に才能に恵まれておる」

 

 俺と銀華が大人しい忌神を見て驚いていると、上空から悟空の声が聞こえてきた。ちなみに悟空は石人形(ゴーレム)を大群を作り出すとすぐに、筋斗雲を呼び出して遥か上空から高みの見物をしていた。

 

「マジで? じゃあもう修行は終わりでいいんじゃないか?」

 

「頼人先輩? それでいいんですか?」

 

 上空から聞こえてきた悟空の声を聞いて俺は思わず思ったことを口にした。

 

 元々俺が美神達に知り合うという危険を冒してまで妙神山の修行を受ける事を決めたのは、銀華に忌神のコントロールを覚えさせる為だ。忌神のコントロールさえできるようになれば、彼女はバイザー無しで普通の女の子のように皆と生活できるようになるので、その目的が達成できたのならこれ以上命の危険を冒す必要はない。俺のパワーアップだったらこれから地道にコツコツやっていくから今回はナシでもいいだろう。

 

「阿呆。そういう訳にはいかんわ。二人揃ってパワーアップしない限りこの試練は終わらんぞ」

 

 悟空がそう言うと今まで停止していた石人形(ゴーレム)達が俺達に向かってきた。クソッ、やっぱりかよ。

 

「仕方がないな。銀華、これを持っておいてくれ」

 

 俺は先程作り出した電磁蜘蛛を手に取ると、それを銀華に手渡した。

 

「電磁蜘蛛? 頼人先輩、一体何を?」

 

「これからする事はちょっとした実験だ。もし危険があれば逃げるなり、忌神で身を守るなりしてくれ」

 

 俺は銀華にそれだけを言うと、手前の地面に視線を向けて左の邪眼に意識を集中させた。

 

「光よ、集まれ。出てこい、ライトイーター達!」

 

『『………!』』

 

 左の邪眼を発動させると視線の先にライトイーターが一匹ではなく二匹現れた。そして二匹のライトイーターは出現するとすぐに、近くにいる銀華と忌神ではなく、こちらに向かって来ている石人形(ゴーレム)に向かって行った。

 

「よしっ! 成功だ!」

 

 今の左の邪眼の発動は二つの実験を兼ねていた。

 

 一つは複数のライトイーターを呼べるかどうかの実験。

 

 そしてもう一つは電磁蜘蛛を使ってライトイーターに敵味方の区別がつけれるかどうかの実験。

 

 今までのライトイーターは一匹しか呼べなかったし、俺と電磁蜘蛛以外は全て敵として、近くにいる者から手当たり次第に攻撃をしていた。しかし仮想空間では二匹呼べていたし、電磁蜘蛛の指示に従っていた。

 

 その事から今の二つの実験を行ったのだが、結果は二つとも成功。二匹のライトイーターは、電磁蜘蛛を手に持っている銀華と彼女の能力である忌神を味方と認識しているみたいだ。

 

 これでこちらの戦力は二人から、三人と三匹になった。……まあ、忌神を「人」と数えていいかも分からないし、大して数も変わっていないがそれでも戦力は大幅に上がった。

 

 それから俺と銀華は、石人形(ゴーレム)への攻撃はライトイーター二匹に任せ、ライトイーターの攻撃対象から外れてこちらへ来た分は忌神を盾にして二人がかりで各個撃破していった。この連携はとっさの思い付きであったのだが予想以上に上手く機能して、最初のうちは次々と石人形(ゴーレム)達を倒していったのだが……。

 

「数が多い……!」

 

「多い、と言うより次から次へと新しい石人形(ゴーレム)が増えているんじゃないか?」

 

 石人形(ゴーレム)の相手をしながら苦しげな表情で言う銀華に、俺は同じく石人形(ゴーレム)の相手をしながら答える。時間が経つにつれてこちらが倒した石人形(ゴーレム)の数よりも襲いかかってくる石人形(ゴーレム)の数の方が増えていき、今では二人がかりで各個撃破する余裕なんてなく個別で石人形(ゴーレム)の相手をしていた。

 

 二匹のライトイーターも忌神も、次々と石人形(ゴーレム)を倒していってくれているが、それでも戦力が足りない! このままじゃまずい、な……!?

 

 

『ドウヤラ拙者ノ出番ノヨウデスナ?』

 

 

 倒しても倒しても数が減るどころか増えていく石人形(ゴーレム)の大群を相手に、俺が内心で冷や汗を流していると、頭の中に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『斉天大聖様ノえねるぎーノオ陰デ魂ガ加速シタ状態ノ頼人殿ナラバ拙者ヲ呼ビ出シ、コノ状況ヲ打破スルノモ容易イコトカト』

 

 頭の中の声がそう語りかけると、右目が急に熱くなり、同時にとある知識が浮かび上がってきた。

 

「……全く。それだったらもっと早く声をかけろよ」

 

 俺は苦笑して呟くと、空を見上げて「右の邪眼」を発動させた。

 

「出てこい! 『ラシュラ』!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

038

 俺が右の邪眼を発動させた事により上空に現れたのは、あの四つの脚がついた巨大な鉄球と背中が接合されている八つ目のロボットだった。

 

「フム……」

 

 上空に現れた八つ目のロボットは、地上で石人形(ゴーレム)に囲まれている俺達を見下ろして一つ頷いたあと、その姿を「消した」。そして次の瞬間……。

 

『『……………っ!?』』

 

 突然、俺達の周囲に凄まじい突風が渦巻き、あまりの風の強さに思わず目を閉じて次に目を開くと、俺達を取り囲んでいた石人形(ゴーレム)が一体残らず吹き飛ばされていた。そしてそれを行なったであろう八つ目のロボットは、いつの間にか俺の背後に立っていた。

 

「ヨウヤク拙者ヲ呼ビ出シテクレマシタナ、頼人殿?」

 

「よく言うよ。今まで何度呼んでも出てこなかったくせに」

 

 八つ目のロボットの言葉に、俺は自分が表情をしかめたのを感じた。コイツ、こんな性格だったのか?

 

「頼人先輩! あれを!」

 

「どうした? ……げっ」

 

 八つ目のロボットと言い合いをしていると銀華が遠くを指差し、そちらを見ると先程吹き飛ばされた石人形(ゴーレム)達がこちらに向かってくる他に、新しい石人形(ゴーレム)が次々と地面から出てくるのが見えた。クソッ、やっぱり悟空は石人形(ゴーレム)を量産していたか。

 

 原作とは違い悟空本人と戦わないから少しは楽かと思っていたけど甘かった。これも気を抜いたら死んでしまう充分にキツイ試練のようだ。

 

「出てきたのだったらお前の力を見せてもらうぞ『ラシュラ』」

 

 俺はこちらに向かってくる石人形(ゴーレム)から目を離さず八つ目のロボット、ラシュラに話しかける。ついさっき頭の中に入ってきたラシュラの力なら、あの数の石人形(ゴーレム)が相手でも何の問題はないだろう。

 

「承知シマシタ。……デハ、始メマショウ」

 

 ラシュラはそう言うと一瞬で俺達の前に出て、その直後に周囲の風が一斉にラシュラに集まり始めた。

 

 いや、風だけではなかった。この荒野にある全てのものがラシュラに引き付けられ、荒野の砂や小石がラシュラの体に接触するとそれらは光の粒子となってラシュラの中に吸収されていった。

 

 そしてラシュラに集まろうとする風の勢いは徐々に強くなっていき、それと同時にラシュラの体が光を放ち、光もまた風と同様に徐々に強くなっていく。

 

「なるほど……。どうやらこの荒野もあの仮想空間のように悟空先生の霊力……いや、この場合は神通力か? とにかくそれらで作られた異空間のようだな」

 

「あの、頼人先輩? あれは一体何が起こっているのですか?」

 

 俺がラシュラの体に吸収されていった荒野の砂や小石を見て納得していると、何が起こっているのか分からないという表情をした銀華が聞いてきた。

 

「あれがラシュラの能力だよ。

 アイツの能力は、対魔粒子や霊力といった霊的な物質やエネルギーを吸収して、そしてそれを雷のエネルギーに変えることで自分自身を雷にするというもの。

 この荒野にあるものは大気から砂の一粒まで全て悟空先生の神通力からできているから、ああやって吸収して自分のエネルギーにしているんだ」

 

 対魔忍の忍法、ゴーストスイーパーの霊能力、神族や魔族の特殊能力……。これらは全て対魔粒子や霊力などの霊的なエネルギーを必要としている。

 

 ラシュラはそういった霊的なエネルギーを周囲から全て吸収することで、敵の能力を無効化すると同時に自分自身を雷そのものにして強化する。そして雷そのものになったラシュラはまさに光に次ぐ速度を誇り、もし敵が何か別の切り札を持っていてもそれを使用する前に叩きのめす事が出来る。

 

 能力無効化と時間停止(と思えるくらいの超スピード)。

 

 ラシュラの能力は簡単に説明すればこの二つであり、いつの日かラシュラは自分の能力を「能力者バトル漫画で最強の能力、あるいは反則技だ」と言っていたが、それはハッタリでも何でもない事実であったのだ。

 

 自らを雷として、修羅の如く立ちふさがる敵を尽く打ち砕く。それ故に「雷修羅(ラシュラ)」。

 

「えねるぎーノ充填完了。ソレデハソロソロ参リマショウカ?」

 

 異空間の荒野を構成している悟空の神通力を吸収して、自らを雷に変えたラシュラは行動に移した。

 

 それから後の出来事は、ラシュラによる単なる石人形(ゴーレム)の破壊作業に過ぎず、俺と銀華の二人はその数分後に悟空の修行を終えて現実の世界に帰還したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

039

「やっと帰ってこられましたね」

 

 悟空の試練を終えて現実世界に戻った銀華の呟きに俺も頷いて同意する。

 

「そうだな。試練は本当に辛かったな」

 

「よく言うわい。その右の邪眼で呼び出した傀儡で儂の人形達を全て破壊しただけでは飽き足らず、異空間が維持出来んくらいに神通力を吸い尽くしよったくせに」

 

 俺の言葉に呆れた顔となった悟空が言う。確かに雷そのものとなったラシュラのお陰で命の危険を感じる事なく試練を終える事ができたが、それまでの無限に増える石人形(ゴーレム)達の相手は本当に辛かったのだから仕方がないだろう。

 

 ……しかしラシュラの能力って改めて考えても強力だよな? 確かにこの対魔忍とGS美神の設定が混ざり合った世界では強くないと生き残れないと思うけど、あまりに強すぎたら逆に両方の作品のボスキャラの前に引っ張りだされたりしないかな?

 

 何と言うか、強いから有能だからという理由だけで、平気な顔をして無茶苦茶な依頼を押し付けたり凶悪な魔族との戦いの場に強制連行する人物に複数心当たりがあるんだけど?

 

「さて、儂は用事があるから神界に戻るからの。後の事は小竜姫に言うといい。今頃はお前さん達と一緒に来た人間達に稽古をつけておるじゃろう」

 

 俺が悟空の修行によってラシュラを使えるようになった事を若干後悔していると、悟空はそう言って神界に帰っていった。

 

 ……仕方がない。この問題は後で考えるようにしよう。

 

 そう考えた俺と銀華はとりあえず、さくらや美神達と合流する前に元の服に着替える事にした。しかし着替えを終えた銀華はいつもの対魔忍スーツにバイザーをつけた格好をしていた。

 

「あれ? 銀華、まだバイザーをつけているのか?」

 

 悟空の修行によって忌神のコントロールを可能になった銀華はもうバイザーをつけなくてもいい筈なのに、何でまだ彼女はバイザーをつけているんだ?

 

「あ……これですか? 今までずっとつけていたから、つけていないと落ち着かなくて……」

 

「そうか。でもいつまでもそれだったら話し相手が出来ないぞ?」

 

「いえ、私には頼人先輩さえいれば他に話し相手なんかいりません」

 

「……………はい?」

 

 思いがけない銀華の言葉に俺は思わず固まってしまったが、それに構わず彼女は言葉を続ける。

 

「私の話し相手ってことは対魔忍ですよね?

 それだったら私の事を化け物扱いして、自分の忍法自慢しか話題がなくて、こちらの話を全く聞かず任務では暴走する対魔忍の話し相手なんていりません。

 私には私の事を一人の女の子として扱ってくれて、いきなり襲いかかってきた痴漢からも守ってくれて、私の愚痴を最後まで聞いてくれた頼人先輩だけがいてくれたら、それでいいんです!」

 

 あっるぇ~?(困惑) 何だか銀華ちゃんってば、いつの間にか俺に依存してるっぽいんだけど? それに対魔忍の話し相手がいらない理由がもっともすぎて反論し辛い!

 

「い、いや、でもな……?」

 

「そもそも頼人先輩だって他の対魔忍の皆さんと距離を取っているじゃないですか」

 

 いや、本当にごもっとも! これは反論のしようがない!

 

「頼人先輩……。ずっとついて行きます。どんなことだってしますから、側に置いてください……」

 

 銀華はバイザーを上げて頬を赤くした素顔を見せると、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

 

 正直、銀華みたいな美少女に今のような表情で告白されたら嬉しくて仕方がないはずなのに、俺はじりじりとこちらとの間合いを詰めてくる彼女から奇妙な威圧感を感じていた。あと、銀華の背後に蜘蛛を咥えて飲み込もうとしている蛇の背後霊(スタンド)が見えるのは一体どうしてだろうか?

 

「頼人先輩、私は……っ!?」

 

 銀華が何かを言おうとした瞬間、俺達がいる場所から離れた建物から大きな破壊音が聞こえてきた。何事かとそちらを見ると、一匹の竜が暴れまわって妙神山の修行場を破壊していたのだった。

 

 ………あっ。美神達、原作通りに小竜姫の逆鱗を触れてしまったんだな。

 

 その後は原作と同じ展開で、何とか小竜姫を止めることに成功したが妙神山の修行場は全壊。悟空は既に神界に戻っていたのは不幸中の幸いだったが、自らが破壊した修行場を見て途方にくれている小竜姫に、美神が修行場の修繕費を出す代わりにパワーアップをしてくれと交渉するのであった。

 

 生で見た小竜姫の暴走はとてつもなく怖かったが、俺は心のどこかで「助かった」と思っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

040

 悟空の修行で潜在能力を引き出したことにより、俺の忍法と邪眼の能力は大きく向上した。

 

 その中で一番目立った成長は、やはり右の邪眼が目覚めてラシュラを呼び出せるようになったことだろう。ラシュラは周囲から吸収した対魔粒子や霊力と言った霊的物質やエネルギーを使って自らを雷にする能力に加え、ライトイーターと同じく電磁蜘蛛の視界から呼び出す事が出来る。これによって俺は今までの戦い方を変える事なく戦力を大幅に上がった。

 

 ライトイーターも成長している。あの修行のお陰で一度に二匹のライトイーターを呼び出せるようになったし、俺か電磁蜘蛛が意識して見た敵を最優先に倒したり電磁蜘蛛と接触している対象は襲わなかったりと、ある程度だがターゲットの指定が出来るようになっていた。

 

 そして電磁蜘蛛。正直俺はコイツの成長が一番大きいと思う。能力自体は修行前と大して変わっておらず、仮想空間でのように自我に目覚めたわけでもない。向上したのは射程距離だけなのだが、最大射程距離三キロが五キロと二倍近く延びたのはとてつもなく大きい。

 

 元々俺の戦い方は電磁蜘蛛を使っての遠距離からの偵察と暗殺なのだ。だから電磁蜘蛛の射程距離が延びれば、それだけ任務で取れる行動が増えるということだ。

 

 このように悟空の修行で強化された忍法と邪眼の効果はどれもチート級で、これらの組み合わせは凶悪の一言に尽きた。

 

 実際ラシュラ(HP無限、ドレイン能力有、物理・特殊攻撃無効、超高速行動化)とライトイーター(HP無限、光属性の自己強化能力有)二匹と戦いながら、生き残るには中継機である五センチ程の透明になれる電磁蜘蛛を倒すか、半径五キロの何処かにいる術者(護衛有)を倒せだなんて、俺が敵だったら即座にキレる難易度である。

 

 ……だが、こんなチート能力を複数持っていても、この対魔忍とGS美神が一つになった、下手したら世界を滅ぼす敵や、それらとの戦いに当然のように巻き込む味方や、危険極まる任務を平気で押し付けてくる上司がゴロゴロいる世界では「最低限自分の身を守れるようになった」レベルの安心感しか感じられないんだよなぁ……。

 

 ちなみに俺と銀華は、悟空の修行でパワーアップした内容を全て報告していない。俺はラシュラのドレイン能力とライトイーターが二匹になった情報のみを、銀華は忌神が彼女を守る行動をするようになった情報のみを報告している。

 

 何故パワーアップの情報を一部しか報告していないのかというと、全て報告すれば必ず今以上に危険な任務を大量に押し付けられるからだ。ただでさえ労働基準法に真正面から喧嘩を売っているブラックな労働環境なのに、これ以上酷くなるのはごめんである。これには銀華も真剣な顔で頷いて賛同してくれた。

 

 とりあえずこれで修行を終えて妙神山を下山した俺達は新学期を迎え、俺は高校一年に、銀華は中学三年に進学した。そしてそれから更に半年後……。

 

 

 

 

 

「頼人、何をグズグズしているの? 貴方は私達の隊長なんだからもっとしっかりしてよね」

 

「頼人……早く行こう……」

 

「二人とも、そんなに隊長さんを急かさなくてもいいじゃ……ヒックッ! アハハ~、いい感じに酔いが回ってきた~♪」

 

 俺は、俺と銀華を含めて五人の小隊の隊長になっていた。しかも俺以外の四人は全員女性の対魔忍である。

 

 ……一体全体、どうしてこうなった?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

041

 事の始まりは四月の高校生活の初日だった。始業式を終えた俺と銀華はいつもの如く、アサギに学園長室に呼び出された。

 

 最初はいつもの任務の話だと思っていたのだが、学園長室に行くとそこには俺達を呼び出したアサギの他に三人の女性の姿があった。

 

 鬼崎きらら。

 

 由利翡翠。

 

 上月佐那。

 

 鬼崎きららと由利翡翠は俺と同じ学年の対魔忍見習いで、すでに並みの対魔忍を超える実力を持っているとされる優秀な注目株であり、上月佐那は二年前に卒業した先輩で銀華と同じ逸刀流の達人として知られている現役の対魔忍である。

 

 俺と銀華を含めて、見習い現役関係無く実戦で活躍できる人材がここに五人集められた事になる。その事から俺は、今回の任務はいつもよりも厳しいものになると心の中で身構えていたのだが、アサギから出された指示は予想より斜め上をいくものであった。

 

「本日をもってここにいる五人は、小隊を組んで任務にあたってもらいます。そしてこの小隊の隊長は……五月女頼人君、貴方よ」

 

 これ以上ない真剣な顔を決めて言ってくるアサギに「何寝言を言っているんだ? この頭対魔忍は?」と思わず言いそうになったが、それを何とか押し留めた俺はかなり頑張ったと思う。

 

 俺と銀華は、二人だけで偵察任務や暗殺任務をする事が多かったが、それでも基本は偵察をして敵の情報を他の実働部隊に伝える助っ人要員である。それをいきなり追加の対魔忍を加えて小隊にして、しかもその隊長に俺を任命する……。

 

 何故アサギがその様な寝言……じゃなくてたわ言……でもなく世迷言……いや指示を出したのかと言うと、原因はやはりと言うか春休みに妙神山での修行でパワーアップした事であった。

 

 妙神山での修行によって右の邪眼が使えるようになり戦闘能力が上がった俺は、アサギを初めとする対魔忍の上層部に注目されたそうだ。そして上層部は俺を今までのような助っ人要員ではなく、偵察任務や暗殺任務を主に行う正式な小隊の中核にする事を決めたそうだ。

 

 俺はこの説明をアサギから聞いた瞬間、立ちくらみを覚えた。こうなるのが嫌で、妙神山でのパワーアップ結果の情報を一部しか報告しなかったのに、全く意味がなかったようだ。

 

 というかいくらパワーアップしたからって、高校一年になったばかりの学生を小隊の隊長に任命するってどうよ? 高校一年で特別部隊を率いるのって、小太郎君の役じゃなかったの? いや、「対魔忍RPG」で小太郎君を特別部隊の隊長に任命したのも無茶苦茶だと思ったけどね?

 

 しかも正式な小隊ってことは、今まで以上に危険な任務を回されるってことか? ふざけるなよ、俺より歳上の対魔忍見習いの学生や、現場の対魔忍の任務が週二や月一くらいしかないことを俺は知っているんだぞ。何で俺達だけハードスケジュールを組まされないといけないんだよ?

 

 俺は内心で激しく抗議の声を上げたのだが、対魔忍のトップであるアサギがこう断言した以上は、いくら言っても異議は認めてもらえないだろう。そう考えた俺は渋々(もちろん顔には出さなかったが)小隊の話を引き受けたのだった。

 

 ……それにしてもこの小隊、俺を含めて一癖ありそうな人間ばかりなんだけど、大丈夫なのだろうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

042

 ……俺は、一体どこで人生を間違えたのだろうか?

 

 転生した世界が対魔忍の世界で、俺も対魔忍になった時は軽く絶望した。対魔忍の任務は常に様々な危険がつきまとうので、俺は対魔忍として働きたくなんかなかったのだが、一度対魔忍になったら最後、任務の拒否は絶対に許されないし、任務をまともにこなせなかったら居場所がなくなってしまう。

 

 幸い俺が目覚めた忍法、電磁蜘蛛は遠距離からの偵察に特化していたので、最低限の仕事だけをして危険な事には近づかないでおこうと思っていたのだが、その考えが甘いものだとすぐさま思い知らされる事になった。

 

 任務を達成する為に仲間と協力をしながら様々な手段を考えて行動をして、任務を達成できたら上司への報告を確実に行う。それが最低限の仕事……いや、仕事をする者として当たり前の事だと思っていたのだが、対魔忍の世界では当たり前ではなかったようだ。

 

 上からの評価欲しさ、あるいは古くから続く対魔忍の家系に生まれたプライドの高さ故にスタンドプレーが当たり前で、

 

 自分が身につけた忍法に自信を持つあまり、作戦の「さ」の文字もない真正面からの戦い方しか頭に無く、

 

 小学生(しかも低学年)の作文みたいな報告書しか書けない対魔忍ばかりの中で、俺のやり方はひどく変わっていたみたいだった。

 

 その結果、最低限の仕事しかしていなかったつもりの俺は上から評価されて、気がつけば「蜘蛛の対魔忍」という異名で呼ばれるようになり、敵対する魔族からは多額の懸賞金をかけられてしまうはめに。

 

 それで修行によってパワーアップして少しは自分の身を守れるかなと思ったら、パワーアップが理由で小隊の隊長に任命された。小隊の隊長になったということは、部下の命も守らないといけない責任ができたと同時に、今まで以上に危険で重要な任務を任されるという事。

 

 俺は対魔忍として働きたくない。この気持ちは今でも変わらない。

 

 だが、それ以上に死にたくなかったし、僅かにいる対魔忍の知り合いにも死んでほしくなかった。……それに自分の仕事ぶりを認められて嬉しくないわけじゃない。

 

 だから死なない程度に最低限の仕事だけをするつもりだったのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう? この世界は俺の事が嫌いなのだろうか?

 

 

 

 ……と、そんな事をぼんやりと考えてしまうくらい今の俺は疲れ果てていた。

 

 高校に進学するのと同時に小隊の隊長に任命されてから早半年。小隊の隊員として俺と銀華の所へ加わったきららと翡翠、そして佐那ともいくつもの任務を共に達成する事でだいぶ打ちとけることができたのだが、俺がここまで疲れているのは彼女達が関係していた。

 

 きららは霜の鬼神と対魔忍のハーフで、対魔忍の父親に母親を殺された挙句自分も殺されそうになった経験から大の男嫌いとなり、最初は俺の指示も聞かずスタンドプレーに走っていた。しかし辛抱強く彼女の話を聞いて、何回か任務で彼女のピンチを助ける事で徐々にきららは俺に心を開いてくれるようになり、今では教室でもよく話すし昼食を一緒に食べるくらい打ちとけた。

 

 しかしきららと俺が仲良くなると、今度は逆に彼女と銀華との仲が悪くなってしまった。きららと銀華は事あるごとに言い争いになり、その度に俺が仲裁をして、この間も危うく鬼神の力を使おうとするきららと忌神を呼ぼうとする銀華を必死の思いで止めた。

 

 翡翠は口数が少なく、任務以外ではボーッとしているため、最初はどんな人間かよく分からなかった。しかししばらくすると、ただ口下手なだけで仲間意識の強い人間だと分かり、すぐに仲良くなれた。

 

 しかし翡翠はどこかズレた所があるようで、仲良くなれたと思った時期からよく俺の布団に潜り込んできて、気がつけば一緒に眠るようになった。ちなみに俺は誓って翡翠に変な事はしていないのだが、以前部屋まで起こしにきた銀華に翡翠と一緒に寝ている場面を目撃されて、忌神に殴り飛ばされた事がある。

 

 佐那は小隊で唯一の成人している卒業生で、俺は最初佐那の方が小隊長として相応しいのではないかと思っていたのだが、彼女は自分はそんな柄じゃないと言った。そして堅苦しいのは嫌いだから呼び捨てでいいと言ってくれて、事務仕事なども苦手なりに手伝ってくれる、根は真面目で頼りになる人だった。

 

 しかし佐那は使う忍法が酒に関係している影響か、常に酒浸りの生活を送っており、何故か俺もそれに付き合わされている。この間も酔っ払った佐那に酒場を何件も連れ回され、朝になって帰ると怒り心頭の銀華に正座で丸三時間説教をされた。ちなみにこの時、佐那は俺の隣で一升瓶を抱えて眠っていた。

 

 ……おかしいな? 仲間が増えて任務の負担は少しは減った筈なのに、疲労は以前の数倍になっているんだけど?

 

「このままじゃ……任務で殉職するより先に過労で死んでしまうかもしれないな。過労で死んでも殉職扱いになるのかな。……ん?」

 

 半分くらい幽体離脱をしながら呟いた時、携帯にメールが入ってきた。そのメールはアサギからの新しい任務の依頼だった。

 

「……ウソやん? こんなのトラブルが起こるに決まってるやん?」

 

 メールに記された任務は、とある場所へ俺の小隊と五車学園が選んだ数名の対魔忍見習いの学生達、そして特別に雇った民間のゴーストスイーパーの合同で調査に行くというもの。そこまではいいのだが、俺は五車学園が選んだという対魔忍見習いの学生達と民間のゴーストスイーパーの名前を見て、思わずエセ関西弁で呟いた。

 

 ……どうやらこの世界はとことん俺のことが嫌いらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

043

 任務の当日の夜。俺と銀華、きららと翡翠に佐那の五人、通称頼人隊は一緒に任務を行う対魔忍の小隊と民間のゴーストスイーパーとの合流地点にて、彼らがやって来るのを待っていた。

 

 ……言っておくが頼人隊というのは俺が決めたものじゃなくて対魔忍の上層部が決めたものだからね? もう多分知っていると思うけど、対魔忍というのは集団行動が苦手なのがほとんどで、組むとしたら精々コンビくらいで小隊を組んで行動している対魔忍と言ったら九郎隊くらいなのだ。だから隊名も分かりやすくするために隊長の名前をそのまま使われていたりする。

 

「頼人先輩。ここで待つのですか?」

 

「ああ、ここで他のメンバーがやって来るのを待つ。それまでは目的の場所に勝手に行くのを堅く禁ずると命令が出ている」

 

 銀華の質問に俺が答えると、それを聞いていたきららが不満そうに口を開いた。

 

「何よそれ? 要は独断専行禁止って事でしょうけど、私達がそんな事をするわけないじゃない」

 

「……きららがそれを言う資格ないと思うけど?」

 

「うっ!?」

 

 きららの言葉に翡翠がツッコミを入れて、痛い所を突かれたきららが言葉を詰まらせる。確かに小隊を組んだばかりのきららは俺の指示に反発して独断専行を繰り返していたからな。

 

「それにしても今回の任務って妙じゃない? たかが調査にこんなに大人数が必要だと思う?」

 

 佐那が缶チューハイを飲みながらこちらに質問をしてくる。それは俺も疑問に感じていた事であった。

 

「俺もそう思います。でも校長に詳しい事を聞いても教えてもらえませんでした。それにもう一つ気になる事が……」

 

「みんな〜! お待たせ~!」

 

 俺がそこまで言ったところで、夜中だとは思えないくらい元気な聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方を見ればそこにはさくらの姿があり、その後ろには今回の任務で一緒に行動する四人の対魔忍と三人のゴーストスイーパーの姿があった。

 

 四人の対魔忍はふうま小太郎、二車骸佐、相州蛇子、上原鹿之助。

 

 そして三人のゴーストスイーパーは美神令子、横島忠夫、おキヌ。

 

 まあ、横島とおキヌはゴーストスイーパーではなくて、そのアシスタントなのだが。しかしあれだな……。

 

 色々と不可解なところがある任務、「対魔忍RPG」と「GS美神」の主要メンバー、色んな意味で人気の最強の対魔忍の妹、そして転生者の俺。

 

 ストレートフラッシュ級のトラブルが起きる要素の役満。もう今から嫌な予感しかしない。帰りたいと言ったら帰らせて……もらえないだろうなぁ。

 

「あら、五月女君じゃない? 久しぶりね」

 

 俺が内心でため息を吐いていると、こちらに気づいた美神が話しかけてきた。

 

「ええ、お久しぶりです。美神さん」

 

「妙神山以来ね。後ろにいる子達は? 獅子神ちゃん以外にも新顔が増えているみたいだけど?」

 

「彼女達は俺の部下ですよ。あの後、小隊の隊長に任命されまして」

 

 小隊の隊長になった事を言うと、きららと翡翠、佐那を見ていた美神は少し驚いた顔となって俺を見る。

 

「へぇ……! 小隊の隊長だなんて出世したじゃない」

 

「いえ、そんな事は……ぐっ!?」

 

 美神にそう答えようとした俺は突然胸に刺すような痛みを感じた。一体何事かと周りを見回すとそこには……。

 

「チクショー! チクショー! 美人だらけの小隊の隊長だなんて羨ましいぞ、チクショー!」

 

 横島が藁人形に怒涛の勢いで釘を打ち込んでいた。

 

 この痛みは横島の呪いのせいか? 確か横島が霊能力に目覚めて呪いがかかるようになるのはもっと後の筈なのに、呪いが成功するようになるくらい俺が妬ましいというのか!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お知らせとお詫び

 これまこの作品「蜘蛛の対魔忍は働きたくない」を読んでくれた読者の皆さんへ。

 

 本当に勝手だとは思いますが、この作品はこの更新を最後に更新を停止して新しい対魔忍の二次小説「蜘蛛の対魔忍の受難」に話を引き継がせる事にしました。

 

 話の内容は「蜘蛛の対魔忍は働きたくない」の二十八話目「027」までは同じで、そこから先は別の話の流れとなります。「蜘蛛の対魔忍は働きたくない」では「GS美神極楽大作戦!!」とのクロスオーバーでしたが、「蜘蛛の対魔忍の受難」ではクロスオーバーはなく「対魔忍RPG」の設定のみで話を書くつもりです。……まあ、話の流れやネタに困ったらまた別の作品とのクロスオーバーを考えるかもしれませんが。

 

 今回急に更新を停止して別の小説に話を引き継がせたのは、感想欄で「『GS美神極楽大作戦!!』とのクロスオーバーは世界観が合っていなくて話の設定が崩れてきた」というコメントが目立ってきて、改めて作品を見直して見たら自分でも「そうかもしれない」と思ったからです。最初は「対魔忍のような国家直属の『魔』と戦う者達だけでは手の回らない霊的な事件を、ゴーストスイーパーという民間の霊能力者が解決する」というのはいいアイディアだと思ったのですが、これから先にオカルトGメンとかが出てきたら確実に話が滅茶苦茶になると後になって気づきました……。

 

 元々は頼人の言葉により小太郎が原作以上に逞しくなり、骸佐の反乱フラグがほとんど無くなってしまったので、なんとか「対魔忍RPG」の話を始める敵役を出すキッカケとして「GS美神極楽大作戦!!」とのクロスオーバーを始めたのですが、上手く馴染まなかったみたいで残念です。(あと作者的には上原鹿之助と横島忠夫とのヘタレコンビの、敵が現れた仲良く同時に逃げるなどのヘタレコントも書いてみたかったのですが……)

 

 とにかく「対魔忍RPG」の話を始めるための敵役は強引な力技で出すとして、「蜘蛛の対魔忍の受難」では原作のキャラクターとも色々と接触させて、タイトル詐欺にならないくらいに頼人に苦労してもらおうと思います。……あとついで、原作にならって頼人と銀華、そして他の女性キャラクターとの間で性的なイベントも書こうかなと思っています。

 

 これまでこの作品「蜘蛛の対魔忍は働きたくない」を読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。

 

 できることなら新しく書く対魔忍の二次小説「蜘蛛の対魔忍の受難」を読んでくれると嬉しく思います。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。