風の魔女ポポ(逆行)の奮闘記 (ふぁもにか)
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1周目
0話.最後の希望



 どうも、ふぁもにかです。ただいま私の中で、原作キャラが絶望の未来から逆行し、未来を変えるべく頑張る話がマイブームです。なのでこの度、なぜかハーメルンで凄まじく連載数の少ないステラグロウの二次創作を手掛けることにしました。今の所、30話くらいで完結する予定です。そして本作品では1話から全力で原作のネタバレをかましていきます。そのため、「これからステラグロウのゲームをプレイするんだ。とっても楽しみなんだ♪」って方は絶対に本作を読まないことをおススメします。



 

 

 この日。その世界では、人類の命運を賭けた死闘が繰り広げられていた。

 戦場の舞台は、月の最奥。そこで戦うのは、人類代表と、怪物代表。人類の正の感情を味方につける指揮者アルトが率いるレグナント王国調律騎士団と、人類の負の感情によって生み出された悲しき化け物、カルテジアン。

 

 調律騎士団には個性豊かな様々な戦士がいた。

 指揮者アルト。水の魔女リゼット。風の魔女ポポ。火の魔女サクヤ。土の魔女モルディモルト。時の魔女ヒルダ。斥候ラスティ。重騎士アーチボルト。商人ユアン。サクヤの従者ののか。傭兵キース。人形使いドロシー。槍使いダンテ。人造天使ジゼル。旧時代の人類代表(テクノロミー)ヴェロニカ。

 

 彼らは皆、人類代表として力の限りを尽くした。世界を守るため。身近にいる大切な人を守るため。レグナント王国を守るため。カルテジアンによる人類滅亡に抗うため。調律騎士団は各々譲れない理由を胸に秘め、己の役割を十全に全うして戦った。

 

 しかし。戦況は、カルテジアンが圧倒的に優位だった。敵は、カルテジアンはあまりに強すぎたのだ。カルテジアンに力を与える負の感情は月のサイズほどに大きく。指揮者アルトに力を与える正の感情は人一人の手のひらに収まる程度に小さいサイズであることからして、カルテジアン優勢な今の戦況は当然の帰結だったのかもしれない。

 

 カルテジアンの行きつく暇もない、容赦のない猛攻により人類代表はジリジリと劣勢に追い込まれ。調律騎士団の勇敢な戦士は、1人、また1人と倒れていき――。

 

 気づけば、戦闘不能になっていないのは、たったの3人だけになっていた。ポポ、ヒルダ、そしてアルト。この3人を除いた皆は例外なく地に伏している。生きているかどうかはわからない。だが少なくとも、腹部に大きな風穴が空いてしまっている者や、首を刎ねられてしまった者の生存は期待できないだろう。

 

 

「うぅッ……」

 

 どうすれば。どうすればいい。ポポは酷く焦燥感に駆られていた。少しでも気を緩めてしまったら最後、仲間の死に号泣してしまい、まともに動けなくなってしまう。それゆえに、ポポはギュッと唇を噛みしめて膨れ上がる悲しみの感情をこらえ、足りない頭でカルテジアンを倒す方法を必死で考える。カルテジアンの取り巻きであるダーククオリアが一定時間を経て復活し、ダーククオリアが己の忠実な手勢である『黒いもの』という敵を大量に召喚して、カルテジアン側の戦力がみるみる増えていく中。ポポは近くの『黒いもの』を風魔法『かまいたち』で吹き飛ばしながら、ポポは必死に。必死に起死回生の一手を閃こうとする。しかし、何も思い浮かばない。ポポごときの頭では、カルテジアンに勝つ方法を導き出してはくれない。

 

 

「ポポッ!」

「わわッ!?」

 

 と、ここで。アルトが唐突にポポの名前を叫んだかと思うと、アルトがポポの背中を思いっきり突き飛ばした。結果、ポポの小さく軽い体は数メートルほど吹っ飛ばされる。いきなり一体何を。どうにかバランスを取って着地に成功したポポがアルトへと視線を向けた時、ポポは気づいた。カルテジアンがブルリと身を震わせ、下腹部に光が収束し始めている。あの動きは、カルテジアンが広範囲に強烈なレーザーを照射する時の準備動作だ。ポポがあのままさっきの場所から動かなかったら、きっと。ポポはカルテジアンのレーザーにより消し炭になっていただろう。

 

 

(……あれ。それじゃあ、今。ポポのいた場所にいるアルトは、どうなるの?)

「ァァァアアアアアアアアアアア゛――!!」

 

 ポポの疑問の答えはすぐに示された。カルテジアンの下腹部から白い幾条もの暴力的な光が折り重なったレーザーが解き放たれ。ポポをカルテジアンのレーザーから逃がすためにポポを突き飛ばしに行ったがために、レーザーの射線上からの退避に間に合わなくなってしまったアルトが、ポポがレーザーの範囲外にいることに「良かった……」と安堵の息を零した直後、アルトの体はレーザーに飲み込まれた。その時。ジュッと、肉を高熱で焼いたかのような音が、ポポの鼓膜を打つ。

 

 

「ア、ルト?」

 

 ポポは、呆然とアルトの名を呟く。アルトが携帯していた短刀型の宝剣:歌唱石がポポの足元まで転がってくる中、ポポはさっきまでアルトのいた場所を凝視する。その場所はカルテジアンのレーザーにより発生した煙で白く染まっており、何も見えない。だが、ポポは嫌な予感がしてならなかった。なぜならとても嫌なにおいがしたからだ。それは濃厚な血のにおい。

 

 嘘だ。そんなこと、あるわけない。だって、アルトはポポの友達で。ヒーローで。今までだって何度もピンチになったけど、それでもアルトは死ななかった。いつも、いつもピンチを乗り越えてきたんだ。だから今回だって。確かに状況は凄く絶望的だけど。でも、アルトなら何とかしてくれる。死んでしまった仲間だって、アルトがいれば。蘇らせることだって、きっとできるはずだ。だから、だから。あり得ない。アルトが、今のカルテジアンの攻撃で死んでしまうなん、て――。

 

 ポポは己の心に巣食い始める嫌な予感を振り払うようにして、アルトの生存を心から信じる。だが、ポポの思考はそこで止まった。煙が晴れたからだ。そこには、アルトの下半身のみが残っていて、そこからおびただしいほどの血を噴出させていたからだ。アルトの上半身はカルテジアンのレーザーにより吹き飛ばされた。そう理解した時、ポポはその場にガクリと膝をついた。

 

 

「ああああぁぁ……」

 

 この時。ポポの心は、完全に折れた。紺碧の瞳から涙がポロポロとあふれ出る。もう、ポポは涙を我慢できなかった。

 

 アルトがいたから、ここまで頑張れた。アルトが諦めていなかったから、アルトがカルテジアンとの戦闘に勝ち筋を見出すことを諦めていなかったから。皆が次々に倒れていっても、ポポは頑張れた。でも、アルトという名の希望はたった今潰えた。ポポが足を引っ張ったせいで、アルトはポポを庇って死んでしまった。調律騎士団はカルテジアンに負けてしまった。人類がカルテジアンに滅ぼされる未来が確定してしまった。ポポのせいで。ポポのせいで。

 

 

「……ここまでのようね」

 

 ヒルダもまたポポと同様に、アルトの死と星のクオリアの消滅によって心が折れていた。完全に戦意喪失していた。アルトがその身に宿していた、正の感情エネルギーの結晶体である星のクオリアがなければ、負の感情エネルギーの塊であるカルテジアンには絶対に勝てないからだ。カルテジアンを倒せる唯一の希望を失ってしまったことにヒルダは絶望し、構えていた鎌を手放す。

 

 しかし。それでも。ヒルダは諦めていなかった。

 すぐ諦めるのは己の悪い癖だと、アルトに教わったからだ。アルトの教えは、アルトが死した今もなお、ヒルダの中にしかと息づいている。

 

 アルトが死んだ以上、カルテジアンにはもう勝てない。だけど、まだヒルダにはやれることが残っていた。このままヒルダもポポもカルテジアンに殺され、人類が滅亡するなんてふざけた未来は許してはならない。だから。

 

 

「ポポ」

 

 ヒルダは努めて柔らかな口調でポポの名前を呼ぶ。

 

 

「……」

 

 ポポは答えない。ヒルダに一切目を向けない。ポポの視線は、アルトの残された下半身を見つめるのみだ。

 

 

「ポポ。今から私は、あなたにとても残酷なことをするわ。……私の魔法であなたを過去に飛ばす」

 

 ヒルダは返答しないポポに構わずに、その右手に歌唱石を握らせる。

 と、ここで。ヒルダの意味深な物言いが気になり、ポポはヒルダを見上げる。

 

 

「ヒルダ……?」

 

 ヒルダは時魔法を行使するべく、歌い始める。己の魔法でポポを過去に飛ばす。そうヒルダが決意したのには理由がある。

 

 アルトがポポを庇って死んだからだ。アルトには、指揮者には代えが効かない。本来であれば、ポポよりも自分の命を優先するべきだと、アルトはわかっていたはずだ。それなのに、アルトはポポを庇って死んだ。それは、アルトがポポを信じたからではないかと思い至ったからだ。ポポなら世界を救えると。

 

 これは、非常に都合の良い考えだ。アルトの性格はヒルダもよく知っている。きっとアルトはそこまで深く考えてはいなかったはずだ。大方、ポポが死にそうで、自分がポポを助けられる位置にいた。その結果、アルトの体が勝手に動いてしまっただけだったのだろう。だけど、どうか信じさせてほしい。アルトの死に意味があったのだと。アルトに生かされたポポに意味があったのだと。でないと、ヒルダの心は完全に絶望に侵略され、ポポを過去に飛ばすための魔法すら歌えなくなってしまうから。

 

 ヒルダが澄んだ声色で旋律を奏で始めたのを見て、カルテジアンが。ダーククオリアが。大量の黒いものが。ヒルダの歌を妨害するべく一斉に襲いかかる。だが、ヒルダの魔法の発動が一歩早かった。ヒルダが無事歌い終わると、ポポの体は紫電の光を放つ球体に包まれる。同時に、ヒルダが人を過去に飛ばす時魔法を発動した代償により、ヒルダの時のクオリアが砕け、ヒルダの体に黒いものの攻撃が次々と突き刺さった。

 

 

「かふッ!?」

「ヒルダッ!?」

「……お願い、ポポ。どうか、どうか。エルクが愛した世界を守って。アルトが望んだ幸せな結末を導いて。あなたならきっと、できると信じているわ」

 

 ポポが悲痛な声を上げる中。ヒルダはコポリと口元から吐血しつつも、ポポに最期の言葉を残す。そして、ポポに己の想いを託し終えたヒルダはポポに微笑みかけた後、その場にうつ伏せに倒れた。刹那、ポポを包む紫電の光はますます勢いを強め、まばゆい光を放つ。

 

 ポポの意識は、そこで暗転した。

 

 




アルト:星のクオリアをその身に宿し、調律という不思議な力を使える17歳の少年。指揮者として魔女を調律することで魔女の力を引き出し、魔女を正しく導くことができる。調律騎士団を率いて、人類滅亡を目指すカルテジアンを倒そうとしたが、失敗。最後はポポを庇って死亡した。
ポポ:風の魔女。もとい、風のクオリアをその身に宿し、風の魔法や歌を行使できるようになった15歳の少女。アルトの死は自分のせいだと己を責めていたところで、この度、ヒルダの時魔法により過去に飛ばされることとなった。
ヒルダ:時の魔女。もとい、時のクオリアをその身に宿し、時の魔法や歌を行使できるようになった女性。年齢は少なくとも千年以上。ポポに最後の希望を見出し、ポポを過去の世界に飛ばすこととした。
カルテジアン:ステラグロウのラスボス。綺麗な女性の上半身に、幾多の苦しむ人の顔で積み重なったキモい下半身を持つ。その下半身から『カルテジアン劇場』という技名の強力なレーザービームを放つことができる。

 というわけで、プロローグは終了です。この物語はカルテジアンとの戦闘での敗北ルートから始まります。果たして、ヒルダの魔法で過去に飛ばされることとなったポポの行く末やいかに。


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2周目 原作開始前
1話.ポポのリスタート



Q.どうしてポポを主人公にしたんですか?
A.自己評価低い系ヒロインって素敵だと思いません?

 というわけで。どうも、ふぁもにかです。この作品はバッドエンドから逆行するストーリー展開ゆえに序盤はどうしても暗くなります。そこを乗り越えた後は、ステラグロウらしく程よく和気藹々とした明るい感じになるかと思われますので、それまでの辛抱なのです。



 

 

「……ん、ぅ」

 

 目が覚めた時。ポポはベッドに背を預けて眠っていた。窓から太陽の日差しが差し込む中、ポポは寝ぼけ眼でゆっくりと体を起こす。

 

 そこはポポが一人で暮らしている小屋の中だった。港町ポート・ノワールから少々離れた草原に建てられた小屋は1つの大きな部屋で構成されていて、ベッドや台所やダイニングテーブルなど、本来であれば別々の部屋に備えつけてこその家財が一部屋に纏まっている。

 

 

「?」

 

 ポポは違和感を感じていた。ポポはいつの間に寝ていたのだろう。それに、ポポは昨日、何をやっていたのだろうか。

 

 昨日の自分が何をしていたのかを思い出せない。そのことに不思議さと若干の不安を感じつつ、ポポはひとまず眠気覚ましのためにいつも愛飲しているたんぽぽコーヒーを作ろうとする。と、その時。ポポの目が、とある物を捉えた。それは、歌唱石だった。レグナント王家が代々受け継いできた宝剣であり、指揮者のアルトがポポたち魔女を奏でて強大な合奏魔法を行使するために欠かせない道具だった。

 

 

「あッ……!」

 

 それを見た瞬間、ポポは全てを思い出した。

 ポポの脳裏に、月でのカルテジアンとの戦いの中で調律騎士団の仲間たちが次々と倒れる姿がフラッシュバックする。アルトの上半身が、カルテジアンのレーザーで消し飛ばされてしまった姿が脳裏に焼き付き、離れない。

 

 

「うぅぅあああああああッ!」

 

 ポポは頭をかきむしりながら、叫んだ。涙をボロボロと零す。ポポはぶんぶんと頭を左右に振って、脳内の映像を振り払おうとするも、まるで効果がない。そうこうしている内にポポは段々と体の平衡感覚がわからなくなり。ポポはふらついた足取りでベッドまで向かおうとして、何もないところでつまずき、頭から派手に転んだ。

 

 

「ぅぅ……」

 

 頭がジンジンと痛む。頭に手を当てると、指に血が付着していた。ポポはとっさに風魔法『リトルヒール』を用いて頭の怪我を治す。

 

 痛みは時に人を冷静にさせる。ポポもまた、転んだことで少しだけ冷静になった。ポポは、周囲を改めて見渡してみる。が、小屋の中にブブがいない。ブブは元々群れで各地を転々とする旅ブタで、3年前に群れからはぐれていたブブをポポが保護してからというもの、ポポはブブと常に行動を共にしていた。だがしかし、今ポポの小屋の中にブブはいない。

 

 ポポはゆっくりと立ち上がり、テーブルの上に置いてあるタオルで指の血を拭いつつ、壁に貼り付けているカレンダーを確認する。カレンダーの日付は、ポポたちがカルテジアンと戦った運命の日より、3年と110日前になっている。

 

 

 ――ポポ。今から私は、あなたにとても残酷なことをするわ。……私の魔法であなたを過去に飛ばす。

 

 と、ここで。ポポの脳裏にヒルダの言葉がよみがえる。カレンダーの日付。小屋にいないブブ。ベッドの上の宝剣。ヒルダの遺した言葉。3年前のポポだと使えないはずの魔法『リトルヒール』を今のポポが使えること。その全てが、1つの事実を示していた。

 

 ポポはヒルダの魔法で3年前に逆行したのだと。

 決してポポが長い長い悪夢を見ていたわけではないのだと。

 

 

「どうして、ポポなの……?」

 

 ポポは一人、虚空に問いかける。今はここにいない、ヒルダに対して問いかける。

 どうしてヒルダはポポを過去に飛ばしたのかがわからない。だってポポは、カルテジアンとの戦いでアルトの足を引っ張って、アルトを死なせてしまったのだ。ポポがアルトを殺したも同然なのに、どうしてヒルダは過去に飛ばす対象として、あの時点で戦闘不能になっていた仲間たちの内でまだ生きていたラスティやサクヤではなく、ポポを選んだのだろうか。ポポはダメで、グズな魔女で。失敗ばかり、間違いばかりで、頭も悪い。そんなことはヒルダもわかっていたはずだ。なのに、どうして。どうして。

 

 

 ――お願い、ポポ。どうか、どうか。エルクが愛した世界を守って。アルトが望んだ幸せな結末を導いて。あなたならきっと、できると信じているわ。

 

 再び。ヒルダの言葉が、ポポの脳裏に響き渡る。あの時、ヒルダは己の背中を黒いものに次々と刺されながらも、慈愛に満ちた眼差しをポポに注いでいた。とても痛かっただろうに、それでもヒルダは温かい微笑みをポポに向け続けていた。

 

 

「……」

 

 どうしてヒルダがわざわざポポを選んだのかはわからない。

 けど。このままポポが何もしなければ、未来を変えられないと諦めてしまえば。あの絶望的な3年後の未来がまたやってくる。もう、あんな思いは嫌だ。大好きなアルトが、大切な仲間たちが死ぬ光景なんて、もう見たくない。

 

 だから、まずはとにかく動こう。未来を変えるために、カルテジアンとの戦いに勝つために。何をどうすればいいかなんてわからないけど。それでも。どうにかして、未来を変えるんだ。だって。ポポはアルトに命を救われたのだから。ポポはヒルダに想いを託されたのだから。

 

 ポポの紺碧の瞳に、強い意志の光が宿った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ポート・ノワールの町役場。町長室にて。椅子に座る町長の中年男性、ボナンザは今現在、虫の居所が悪かった。なぜなら。あれだけポート・ノワールに顔を出すなと言い含めていたにも関わらず、ポポがボナンザに会いに町長室までやってきたからだ。

 

 ポート・ノワールは元々は小さな港町でしかなく、大して経済も発展していなかった。が、選挙でボナンザが町長になった5年前から急激に発展し始めた。

 

 そのカラクリは、ボナンザがポポを『魔女は人の役に立てなければ存在価値のないゴミ』だと常日頃から言い聞かせて、ポポをタダ同然で働かせ、ポート・ノワール一帯で育てている各種作物に合った風を吹かせているからだ。そして、そのポポの絶妙に調整された風で、違法である魔薬マピウムを大量に栽培して売り払い、高額なお金を獲得しているからだ。

 

 それゆえに。ボナンザにとって、ポポがポート・ノワールに頻繁に現れることは非常に都合が悪かった。ポポの発言からマピウムの栽培がバレてしまうかもしれないからだ。それを防ぐために、ボナンザは町長になった時にポポをポート・ノワールから追い出し、ポート・ノワールにポポの悪評を盛大に広めた。ポポが滅多な用事でもなければポート・ノワールにやって来ないようにするために手を尽くした。なのに今。ポポはボナンザの努力をあざ笑うかのように、普通にポート・ノワールの町長室を訪れている。その事実がボナンザを非常に苛立たせた。

 

 

「あのね、町長さん。ポポ、大事な話があるんだ」

「何かね? 手短に頼むよ」

「うん」

 

 久しぶりに見たポポはいつになく真剣な眼差しでボナンザを見つめているが、どうせ大した用事ではないだろうとボナンザは結論づける。ポポの頭の悪さは折り紙つきだ。12歳にもなって未だにロクに四則演算もできないポポの『大事な話』なんて、たかが知れている。

 

 

「ポポね、今日にでもサウス・ヴァレーから離れないといけなくなったんだ」

「……な、に?」

「だから、今までみたいに毎日ポポが風を吹かせて作物を育てたり、ポート・ノワールに来ようとしている魔物を追い払ったりはもうできないの。本当にごめんなさい、町長さん」

 

 ボナンザには、ポポが何を言ってきたとしても軽く言い包められる自信があった。しかし、此度のポポの大事な話は、ボナンザの想定のはるか埒外の内容だった。ボナンザがポポの唐突な衝撃発言に思わず固まっている間もポポの話は進み、ポポは申し訳なさそうに眉を下げつつペコリと頭を深々と下げる。

 

 ボナンザにとって、ポポの今回の発言は想定外もいいところだった。なぜなら。ポポは故郷のポート・ノワールを、サウス・ヴァレーを心から愛していて。どれだけボナンザがポポをこき使っても、どれだけポート・ノワールの住民から嫌われようと。ポポはポート・ノワールの役に立てることをやりがいに感じて毎日一生懸命務めを果たしていた。だからこそ。ポポがその愛する故郷を自分から離れようとする日が来るなんて、ボナンザは考えたこともなかったのだ。

 

 

「なぜだ。なぜ、離れないといけないんだ?」

 

 たまらず、ボナンザはポポに理由を問いかける。

 ポポの存在は、魔薬の大量栽培に欠かせない。ポート・ノワールのさらなる発展のため、そして私財を蓄えるために。ポポを絶対に手放すわけにはいかない。そのためにはポポから理由を聞き出した上で説得して、サウス・ヴァレーに留まってもらわなければならないからだ。

 

 

(風の魔女の様子からして、私が魔薬を育てていることがバレたというわけではないだろう。だからこそ、余計にわからない。一体なぜ、風の魔女はサウス・ヴァレーから去ろうとする?)

「それは、えと。……言わないと、ダメ?」

「あぁ、ダメだ。穢れた魔女の分際で理由もなしに仕事を放棄しようだなんて、そんなことは許されないからな」

 

 ボナンザの質問にポポは口を閉ざそうとする。が、ボナンザが高圧的な口調で問い詰めると、ポポはおずおずと理由を口にした。

 

 

「ポポが頑張らないと、この世界はもうすぐ滅んじゃうから」

「……はぁ?」

「だから、どうしてもポポは今すぐ行かないといけないんだ。ポポに何ができるか、全然わからないけど。それでもポポは足掻かないといけないんだ。ポート・ノワールを、世界を守るために」

「世界が滅ぶだぁ? 何を言うかと思えば……そんな世迷い言、信じられるものか! 一体誰にそんな大嘘を吹き込まれた! くだらないホラ話を真に受ける暇があるなら、さっさと働け! 全く、これだから貴様はまるで使えない、グズな魔女なんだよ。一体いつになったら理解するんだ、ええ?」

「嘘じゃないし、誰にも吹き込まれてないよ。もうすぐ、3年後に世界は滅ぶ。ポポにはわかるんだ」

 

 今度こそ、ボナンザは言葉を失った。ポポが何を言っているのかがまるで理解できなかった。ゆえに、ボナンザはひとまず怒鳴りつける勢いでポポに強く当たる。そうすれば、ポポは己の主張を引っ込めて、蚊の鳴くような小さな声で謝るはず。だが、ボナンザの予想と反してポポは一歩も引かなかった。ポポは慎重に選んで言葉を紡ぎながら、ボナンザを凛とした眼差しで、しっかりと見つめていた。

 

 

(まさか、まさか本当に、世界が滅ぶというのか? 魔女には、世界の滅びを察知する力があるというのか? あり得ない、と一蹴したいところだが……)

「もしも、もしもだ。万が一、億が一。3年後に世界が滅ぶというのなら、証拠を見せろ」

「……ごめんなさい、町長さんに見せられるような、形のある証拠はないんだ。でも、ポポを信じてほしい」

 

 いつになく強気で、己の主張を譲る気のないポポの姿を目の当たりにして、ボナンザは思わず気圧された。そして、事の深刻さを理解し始めたボナンザは、しかしそれでも世界が滅ぶということを信じきれず、ポポに証拠の提示を求めた。しかし、ポポは確たる証拠を一切見せようとしない。ただただポポを信じてほしいと真摯な視線をボナンザに注ぎ続ける形で、ボナンザの情に訴えるだけだ。この手の目をした奴を説得するのは無理だとボナンザは経験則から知っている。ボナンザは深々とため息をついた。

 

 ポポを利用できなくなる以上、魔薬の生産は安定しなくなり、採算が取れなくなる。ポポのせいで魔薬以外の手段でポート・ノワールの経済を発展させる必要が生じてしまった。

 しかし、これも良い機会なのかもしれない。そもそもポポ1人に依存した、今までの危ういビジネスモデルを変えるべき時なのかもしれない。

 

 この2年間はポポを利用して上手いことポート・ノワールを活性化させることに成功していた。だが、今回のポポのサウス・ヴァレー離脱に限らず、仮にポポが怪我や病気で死んでしまえば、このビジネスモデルは瞬時に破綻してしまう。

 それに。魔薬の生産を続けることは、レグナント王国に事が露見して捕まってしまうリスクをいつまでも抱えることと同義だ。魔薬漬けにした傭兵部隊を私兵として抱えているとはいえ、国を相手取るにはあまりに無謀だ。

 

 それに何より。ここでポポを無理に引き留めたせいで、仮に世界が滅んでしまえば。自分が死んでしまいかねない。仮に死なずに済んだとしても、ポポの世界を救うための活動を妨害したとして、ボナンザが糾弾されるかもしれない。ポポという金のなる木を手放さざるを得ないことは非常に残念極まりないことだ。しかし、己の命には、身の安全には代えられない。

 

 

(……やれやれ、致し方あるまい。ここらが潮時だったというわけだな)

「やはり貴様はどうしようもない馬鹿だな、風の魔女。証拠もなしにこの私を納得させられると思っているのだからな」

「信じて、くれないの?」

「当たり前だ。証拠がないのに世界が滅ぶだなんて突拍子もない話を信じられるわけがないだろう。……ただ、今の貴様のような目をした連中を私はよく知っている。その手の目をした奴は、総じて頑固で、自分の意思を決して曲げない。いくら私が言葉を重ねて貴様をサウス・ヴァレーに引き留めようとしても、貴様がサウス・ヴァレーから出ていくことを止められはしない。そうだろう?」

「うん」

「即答か。全く、生意気な魔女め」

「……ごめんなさい」

 

 ボナンザは嫌味混じりに言葉を吐き捨てる。その物言いから、ポポがサウス・ヴァレーから離れることを一応は認めてくれたと解釈したポポはもう一度改めてボナンザに謝罪すると、ボナンザに背を向けてトボトボと町長室を去ろうとする。が、まだ話は終わっていない。ボナンザは1つ咳払いをした後、ポポの小さい背中に声を投げかけた。

 

 

「それで、貴様はいつ帰ってくるんだ?」

「……え?」

「まさかこのまま一生サウス・ヴァレーに帰らないわけではないだろう? 世界の滅亡を止めるための貴様の活動は、いつまで続ける予定なんだ?」

「えっと。3年と少し、だよ?」

「そうか。ならば、全てが終わったら必ず戻ってこい。……お前はポート・ノワールの住民のために尽くしてこそ、存在価値があるのだということ、ゆめゆめ忘れるなよ」

「――うん。ありがとう、町長さん!」

 

 ポポがいつ帰ってくるのかについて言質を取ったボナンザはもうポポに用はないとの意思表示のために、ポポから視線を外して目の前のデスクへと向ける。ポポが嬉々とした感謝の言葉を残して町長室を去る中、ボナンザは白紙の紙を取り出し、万年筆で経済戦略の案を書き出し始める。

 

 ポート・ノワールにこれといった観光地や特産品はない。あるのは肥沃な大地に水源。それと港町という立地。

 

 これらの条件を用いてどのような手を打てばポート・ノワールを発展させられるのか。あるいは、ポポが戻ってくる3年後までポート・ノワールの経済を破綻させずにもたせることができるのか。この日。ボナンザは町長室で一人、頭を悩ませ続けるのだった。

 

 




ポポ:風の魔女。もとい、風のクオリアをその身に宿し、風の魔法や歌を行使できるようになった15歳の少女。世界を守るためには、ずっとサウス・ヴァレーに留まっているわけにはいかないため、この度自分が出ていくことをボナンザに報告した。ついでにボナンザの魔薬栽培をやめさせようとしている。ちなみにボナンザに証拠として歌唱石を見せなかったのは、見せたら逆に歌唱石を王家から盗んだのではないかと疑われそうだと想定したから。
ボナンザ:風の属州サウス・ヴァレー内の港町ポート・ノワールの町長にして、経済発展のためにまるで手段を選ばない系為政者。まだ原作より3歳若いためか、この作品では若干の良い人補正がかかっている。

 ということで、1話は終了です。ポポが過去に逆行して早速出てくるキャラが主要キャラを差し置いてボナンザ町長という不具合。でもポポがこれから色んな場所に行くことになるのなら、ボナンザ町長との対話は避けて通れませんからね。仕方ないのですよ。


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2話.ヴェロニカ博士の知恵袋


 どうも、ふぁもにかです。ポポの好きなところは色々あるのですけれど、一番好きなのは、合奏の際に毎回、割と本気で嫌がってるのが好きです。いつまでも歌唱石に風のクオリアを刺されることに慣れないんだなぁとほっこりします。と、ここまで書いていて、己の性癖がヤバいんじゃないか疑惑が私の中で膨らみつつある今日この頃。



 

 

 ボナンザ町長からサウス・ヴァレーを離れる許可を得たポポは、小屋に戻って旅支度を整えた後。早速出発した。

 

 目的地は、サウス・ヴァレーから北に位置するレグナント王国の王都ランベルト。その東に広がる森の奥にひっそりとたたずむ、ヴェロニカ博士の研究所である。

 

 ポポたち調律騎士団は3年後、人類を守るためにカルテジアンと戦い、そして敗北した。その敗北という結末を変えるべく、ヒルダはポポを3年前の過去へと飛ばした。だけど、ポポにはどうすればあの凄惨な未来を変えることができるのか、わからなかった。考えても考えても、ポポの頭では何一つアイディアが思い浮かばなかった。

 

 ならば。わからなければ、人に聞けばいい。頭が良くて、ポポが未来から来たということを信じてくれそうな人に事情を話して、知恵を乞えばいい。そのような発想にポポが至った時。真っ先にポポの脳裏に思い浮かんだのはヴェロニカ博士だった。

 

 旧時代の人類代表であり、約5000年間も生き続けてきた賢者、ヴェロニカ博士。

 普段は研究熱心で知識欲の塊な気質を拗らせて、天使を改造したり人体実験をしたりと危ない性格をしたヴェロニカ博士であるが、彼女の本質が責任感の強い大人であり良識人であることをポポはよく知っている。だからこそ、ポポはヴェロニカ博士を頼ることを即決した。

 

 ポポが東の森を奥へ奥へとふわふわと飛んでいると、目的地の研究所が段々とその全容をあらわにしてくる。

 

 研究所にはヴェロニカ博士が改造した見張りの堕天使がいるはずなのだが、今日は一体も見かけなかった。ヴェロニカ博士が警報装置を作動させていないのか、それとも3年前の時点では見張りの堕天使は作られていないのか。理由はわからないが、たった1人で堕天使集団を相手せずに済んだのは間違いなく幸運だ。ポポは研究所の前に降り立ち、息をいっぱい吸い込んだ。

 

 

「ごめんくださぁぁぁい! ヴェロニカ博士ぇ、いますかぁぁぁああああッ!」

 

 ポポは両手を口元に添えて元気いっぱいに研究所に呼び掛けてみるも、研究所の周囲の森にポポの声は吸い込まれ、付近はすぐに元の静寂を取り戻してしまう。ヴェロニカ博士は今、不在なのだろうか。それとも研究所の中で研究に没頭していたり、気持ちよく眠っているだけなのだろうか。

 

 

「カァー」

「そうなの? わかった、教えてくれてありがとう!」

 

 と、その時。研究所の屋根の上にいた一匹のカラスがポポに向けてひと鳴きする。ポポには動物と会話できるという傑出した特技を持っている。カラスの鳴き声から【この建物に住んでる人間なら、今は中にいるぞ】との情報を入手したポポは、カラスに感謝の言葉を告げた後、改めて声を張り上げた。

 

 

「すみませぇぇぇぇえええんッ!!」

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛! 何なんスか、もう! うるさいッスね! そんなに自分の実験体になりたいッスか!?」

 

 直後。ポポが叫び終わるよりも早く、研究所の扉が勢いよく開かれ、1人の人物が飛び出した。丸い眼鏡に、オレンジを基調として先端が金色に輝く髪が特徴的な長身痩躯の女性:ヴェロニカは、寝ぐせで四方八方に跳ね回る長髪をガシガシと乱雑に掻きながら苛立ちを露わにし、ポポをビシッと指差すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 ポポがヴェロニカ博士にお願いしたいことがあると告げると、当のヴェロニカ博士はしばし逡巡した後に、ポポを研究所へと招き入れてくれた。

 ポポはきょろきょろと研究所内を見渡す。研究所は3年前から相も変わらず、色々な機材や道具でごった返していて、足の踏み場が中々見つからない。

 

 

「そんで、君は一体何なんスか?」

 

 ひとまず、ポポはヴェロニカ博士に示された椅子に座ると、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろしたヴェロニカ博士が、テーブルに肘をついて顔を手で支えながら、気だるげにポポのことを尋ねてきた。

 

 

「ポポはポポだよ。よろしくね、博士」

「いや。名前なんて聞いてねぇから。自分が聞きたいのは、誰の紹介で自分のところに来たのかとか、風の魔女が自分に何の用なのかとか、初対面のくせになんでそんなに親しげに話しかけてくるのかとか、そういった諸々なんスけど」

「ほぇ? ポポが風の魔女だってどうしてわかったの?」

「んなもん、一目見れば君が風のクオリアを宿してるかなんてすぐにわかるなりよ」

「そうなんだ! さっすが博士!」

「おい。話を逸らそうとすんな。何が目的か、キリキリ話せや」

 

 ポポとしては素直にヴェロニカ博士を褒めたつもりだったのだが、ヴェロニカ博士的にはポポがわざと話を本線から脱線させているように感じたらしい。すぐにでも本題に入らないと気分屋のヴェロニカ博士はポポの話を聞いてくれなくなるかもしれない。ポポは1回深呼吸をした後、ヴェロニカ博士をしかと見つめて言葉を紡いだ。

 

 

「ポポはね、3年後の世界から来たんだ」

「……ふむ、続けて」

「3年後の世界で、エクリプスが起きちゃったんだ。ポポたち4人の魔女が祝歌を歌って、ヒルダの堕歌による町や人の結晶化を解除しちゃったから。そのせいで、人間の感情エネルギーの総量がマザー・クオリアが目覚めるラインまで増えたから、マザーが人間を滅ぼすために動き始めた。ポポたちはマザーを倒すために月に行って、戦って、でも負けちゃった」

「で。君は過去に戻って、マザーに勝つための方法を求めて自分の知恵を借りに来た、と」

「うん」

「んー。にわかにゃ信じられない話ッスねー。ふーむ……」

 

 ポポの話を一通り聞き終えたヴェロニカ博士は難しい顔をして熟考し始める。果たして、ヴェロニカ博士はポポの言葉を信じてくれるだろうか。ポポは唸りながら思考を巡らせるヴェロニカ博士を緊張の面持ちで見つめていると、一旦考えを纏めたらしいヴェロニカ博士がポポへと向き直った。

 

 

「少女よ。君はこの世界の真実についてとてもよく詳しいようッスね。だが、今の話はこの世界の真実に明るい人であれば言える範疇の話だ。だから、残念ながら今の話が、君が3年後の世界から来たという証明にはならない」

「……どうすれば博士はポポを信じてくれるの?」

「……そうッスね。例えば、自分が誰にも話していない秘密でもちょっと言ってみるッスよ」

「えっと。博士は実は5000年くらい生きている最後のテクノロミーで、大好きな天使の手羽先を食べることでずっと長生きできていて、1000年前もエルクレストや魔女たちと一緒にマザーを倒しに月に行った、とか?」

「おっとぉ? テキトーに無理難題を吹っ掛けたつもりだったのに、的確に応えてきたッスね。……これは、本当に君が未来から過去に逆行しているっぽいかな? 君がやたら自分に親しげなのもそれで納得いくし」

「博士……!」

 

 ヴェロニカ博士はポポの話を信じるか否かの判断材料を欲して、試しにポポの口から己の秘密を吐き出させようとする。対するポポが知っている限りのヴェロニカ博士の情報を告げた結果、ヴェロニカ博士はポポの話を真実であると認めたようだ。博士はポポを信じてくれた。ヴェロニカ博士を信じてよかった。ポポはパァァと笑顔を綻ばせる。

 

 

「いやぁ、マジ興味深い検体ッスね! カッカッカッ!」

「ポポ、身売りはしないよ?」

「えー、そりゃ残念。こんなに魅力的なのに手を出せないなんて何という生殺し! いやはや、君は女泣かせッスなぁ。……んで? マザーを倒して世界を救う方法について自分の知恵を貸してほしい、だっけ?」

「うん。もしもポポが何もしなかったら、今回も3年後と同じ結末になっちゃう。ポポたちは負けて、世界はマザーに滅ぼされちゃう。だから――」

「じゃあ大人しく滅ぼされちゃえばいいんじゃないッスか?」

「……へ? 博士?」

 

 ヴェロニカ博士はポポと談笑しながら、カラカラと笑いながら、何ともなさそうな軽い口調で、唐突に衝撃的な言葉をサラッと放ってきた。ポポは、己の耳を疑った。何か聞き間違いをしてしまっただろうかと、ポポがヴェロニカ博士の目を見て、ポポはビクリと体を震わせた。ヴェロニカ博士の目は、大層冷え切っていた。

 

 

「いや。何を不思議そうな顔してんスか? だって、君たちは勝てなかったんスよね? じゃあもうしょうがないんじゃないッスか? 今回はどうあがいてもマザー・クオリアを倒せない。ならそういう運命だったんだと受け入れて、大人しく星のクオリアを守り育てることに集中して、マザー討伐は次世代に託しましょうや。あとざっと1万年もしたら、星のクオリアも十分に成長して、マザー・クオリアにきっちり対抗できるレベルになってるしねぇ。てことで、はい。話はおしまい。そろそろ帰ってくんない?」

 

 ヴェロニカ博士は投げやりな口調とともにテーブルの隅に鎮座するコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注ぐ。

 

 

「はか、せ……」

 

 ポポは呆然とヴェロニカ博士を見つめることしかできない。ポポは己の失敗を悟った。博士は、科学者だ。科学者として、5000年前の自分たちテクノロミーが生み出してしまったマザーを確実に破壊することを己の責務と位置づけ、そのために5000年間もずっと生き続けてきた人だ。そんな博士が、3年後にポポたちがマザーを倒すことに失敗したと聞いたら、どう思うかなんてわかりきっていたはずだ。博士が3年後にマザーに勝負を挑むことを放棄し、マザーに確実に勝てる1万年後までずっと待ち続ける方針に切り替えようとすることは、わかりきっていたはずだ。

 

 このままじゃあ、3年後の絶望的な未来を変える方法について、ポポは博士から知恵を借りることができない。それどころか、このままじゃあ、博士は3年後にアルトたちに一切手を貸してくれなくなってしまう。

 

 ポポはヴェロニカ博士に3年後のことを打ち明けるべきじゃなかった。3年後のことを話したせいで、調律騎士団にヴェロニカ博士が参加しない可能性が高くなってしまった。ヴェロニカ博士の知恵と戦力は調律騎士団にとって非常に頼もしかった。しかし、ポポのせいでその頼もしい戦力が調律騎士団から欠けてしまうことになった。3年後にマザーに勝つためにポポは動いているはずなのに、ポポのせいで未来の状況がより悪化してしまっている。

 

 

「ほら。いつまでそこに突っ立ってんスか? 聞き分けないようなら、自分にも考えってもんが……あ?」

 

 研究室から一向に去ろうとしないポポにヴェロニカ博士が痺れを切らし、テーブルに立てかけていた己の杖をポポに向けようとして、意外そうに声を漏らした。気づけば、ポポは頭を床に叩きつける勢いで、土下座をしていた。

 

 

「それ、何のつもりッスか?」

「お願い、します。博士。ポポは、3年後にマザーに勝ちたいんだ。でも、ポポは馬鹿だから、どうすればいいか、わからない。博士に頼るしか、ポポには思いつかない。……お願いします、ポポにマザーに勝つ方法を教えてください」

「だーから、さっき言ったじゃないッスか。3年後のエクリプスの時にマザーと戦うんじゃなくて、星のクオリアが大きく成長するまで待つべきだって」

「そんなの、嫌だよ。だってエクリプスに抵抗しなかったら、みんな、みんな死んじゃう。ポポは、みんなの命を諦めたくないよ。……3年後に勝てなきゃ、ポポがここにいる意味なんてない。ヒルダがポポに全部託して、ポポを過去に送ってくれたのに、何にもできないなんて、そんなのやだよぉ……」

 

 調律騎士団からヴェロニカ博士という頼もしい仲間を奪う大失態を犯してしまった今のポポにできるのは、何としてでもヴェロニカ博士から3年後に世界を救う方法について知恵を得ることだけ。ゆえに、ポポは頭を下げてヴェロニカ博士にお願いをする。その際、ヒルダの名前を出した刹那、ポポの脳裏にカルテジアンとの絶望的な戦闘の光景が、アルトたちが無残に殺される瞬間がフラッシュバックし。ポポはボロボロと涙を零し始める。

 

 

「……はぁぁ、参ったっすね。やれやれ、仕方ないッスなぁ」

「ぇぐ、ひっく」

「ほら少女。協力してやるから顔を上げるッスよ」

「……へ、博士? どう、して?」

「ま、勝ち目がないってわかっている戦いに関わるなんて主義じゃないんスけど、子供に泣かれるのは苦手なんスよ。それに、ヒルダ姐さんが君を過去に飛ばしたってのもあるなりよ。君には、ヒルダ姐さんの想いがこもっている。姐さんの想いを無下にはしたくないんでね」

「博士ぇ……! ありがとう、本当にありがとう!」

「だぁぁああああああ!? くっつくな! 服が、服が汚れるッ!」

 

 ポポはヴェロニカ博士が協力を宣言してくれたことに歓喜の涙を零しながら、感極まってヴェロニカ博士にぎゅぎゅぎゅぎゅーっと抱きつく。そんなポポの渾身のハグに対し、ヴェロニカ博士はポポの頭を押して無理やり己の体から引き剥がすことで、どうにか己の服へのポポの涙の付着を最小限に抑えることに成功した。

 

 

「そんで、君に協力するのはいいけれど……タダで自分の協力を得られるだなんて当然、思ってないッスよね?」

「あ、えっと、ごめんなさい。今、博士に渡せる見返りは何もないんだ。だから、ポポの体を調べてもいいよ? あと、ポポがはぐれ天使を見つけたら倒して、手羽先にして博士に渡す。……これで、どうかな?」

「あー。検体の件は別にいいや。だって君はただヒルダ姐さんの魔法で時間転移しただけで、君自身が特異体質ってわけじゃなさそうなんで。手羽先献上の件は、ぜひお願いしたいするなりよ。天使養殖の研究が難航してる以上、手羽先ストックを増やしておいて損はないッスしね」

「うん、わかったよ」

「よし。それじゃあ自分への報酬も決まったことだし……3年後に控えたマザーとの決戦、その勝率を上げる方法を君に授けようじゃないか」

「ほぇ? もう思いついたの?」

「自分を舐めてもらっちゃあ困るッスよ。一回しか話さないからよく聞いておくッス」

 

 ヴェロニカ博士が長命なのは、普段から天使の翼の手羽先を摂取しているからである。その手羽先をポポがヴェロニカ博士に献上する。代わりにヴェロニカ博士はポポに知恵を授ける。そのような契約が結ばれたことを踏まえ、ヴェロニカ博士はポポにとある策を提示した。その方法は、ポポごときの頭では絶対に思いつけないほどに壮大な方法で。ポポはやっぱり博士に頼ったのは正解だったと心から実感した。

 

 

「さて。これが、自分が即興で思いついた策ッスが……どうッスか? やれそうッスか?」

「うん、すっごく良い方法だと思う! ありがとう、博士! ポポ、これから頑張るね!」

「うぃうぃ。自分としても、久々に興味深い、有意義な話ができて楽しかったッスよ。また何かあったらこの自分の知恵を頼るといいッスよ」

「うん! それじゃあまたね、博士!」

 

 ヴェロニカ博士から提示された策のおかげで、エクリプスが始まるまでの3年強の期間に、己がやるべきことを見出せたポポは、ヴェロニカ博士にブンブンと元気よく手を振って別れを告げた後、研究所を飛び出す。かくして。3年後の凄惨な未来をハッピーエンドに変えるためのポポの奮闘は、ここから始まるのだった。

 

 




ポポ:風の魔女。もとい、風のクオリアをその身に宿し、風の魔法や歌を行使できるようになった15歳の少女。自分の頭の悪さを自覚しているポポはこの度、賢い人に頼るという手段を用いて、世界を救えるかもしれない方法について知ったようだ。
ヴェロニカ:科学者。5000年前の、地球が科学の叡智を極めていた頃の人間の最後の生き残り。己のことを『テクノロミー』と称する。天使の手羽先を食したり、人間を平気で実験体にしたりと、かなりの変人ムーブをするのが日常茶飯事。

 というわけで、2話は終了です。ポポとヴェロニカとの会話シーンを書いていて、時折ポポの反応がマリーっぽく感じられた件。特に「そうなんだ! さっすが博士!」の発言の辺り。ポポとマリーは実は精神年齢が同じだった……?


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3話.カシミスタンの大乱


 どうも、ふぁもにかです。ステラグロウで3年前に逆行といったらこの辺の話をやらないわけにはいかないよねといったお話です。まぁサブタイトルからお察しですがね。



 

 

「〜〜♪」

 

 ヴェロニカ博士の研究所にほど近い、王都ランベルト東部に広がる森の一角にて。

 ポポはスッと優しく目を瞑り、歌を奏でる。この世界には、歌が失われている。歌を歌える者はごくごく一握りしかおらず、それ以外の人は歌を一切歌えない。

 

 しかし、ポポは風のクオリアをその身に宿す風の魔女である。魔女は歌を奏でられる例外だ。魔女は歌の調べを通して己の感情エネルギーを引き出し、その感情エネルギーを物理エネルギーに変換することで、この世の理を凌駕した魔法を行使できるのだ。

 

 

「〜〜〜ッ♪」

 

 ポポは元気いっぱいに歌を紡ぐ。すると、ポポの歌はひと纏まりの風を呼び起こし、風は上へ上へと舞い上がっていく。そして、風はポポの住まう地球という名の星を超えて宇宙に突入し、その先の月へと到達する。月の表面を撫でるように風は通り過ぎ、しかしその瞬間。風は一瞬だけ、かまいたちのように鋭利に月の表面を傷つける。そして、削り取った月の欠片を風は包み込み、丁重に地球まで運んでいく。そうして。月の欠片を包んだ風は、ポポが差し出した手のひらに月の欠片をそっと下ろすと、霧散した。

 

 手のひらに確かな鉱物の感触を感じたポポは歌をやめて、手のひらを見る。すると、そこにしかと月の欠片が、旧時代の人間の負の感情の結晶体である月のクオリアが収まっていた。

 

 

(やった、ここまでは順調だよ。あ、あとはこれをこうして……)

「〜〜〜♪」

 

 ポポは心の中で小さく喜んだのも束の間、すぐに気を引き締め直して歌を再開する。手のひらの月のクオリアをぎゅっと握りしめて、ポポの魔力をじっくりしっとり注ぎ込んでいく。そうしてポポがしばらく歌っていると。ポポの握った手のひらから緑色の光が溢れる。それに気づいたポポがゆっくり手の拳を解除すると、灰色に鈍く光っていた月のクオリアが、すっかりエメラルド色の風のクオリアへと変化している様子を確認できた。

 

 

「で、できたー! 大成功ぅ!」

 

 ポポは己の取り組みが最後まで上手く進んだことに、その場でぴょんぴょん跳ねながら喜びを全身で表現する。ポポの風魔法で月のクオリアを削り取って回収し、風のクオリアに変化させる。これが全部上手くいったことで、ヴェロニカ博士の策の有効性が保証された。そのことがポポにとって何よりも嬉しかった。

 

 

『一回しか話さないからよく聞いておくッス。これは世界の危機(エクリプス)まで、まだ3年以上猶予があるからこそ使える手ッス。……ポポ。君は風魔法を使って、これから毎日毎日コツコツと、月を削るッスよ』

『月を、削る?』

『イエス。そして、削り取った月のクオリアを回収して、君の魔力で風のクオリアへと変質させて魔法ストックとしてため込むなりよ。3年分も溜め込んだ風のクオリアの力があれば、3年後のマザーとの戦いの戦況も大きく変わるだろうよ』

『な、なるほど。……で、でも博士。月を下手に刺激したら、マザーが目覚めちゃうんじゃ?』

『心配ご無用。マザー・クオリアは人間の感情エネルギーの総量が閾値を突破しなけりゃ目覚めない。なら、それまでにどれだけちょっかいかけようとも問題ない。……と、言いたいところだけど。ま、何事にも例外はあるッスからね。あんまりやりすぎると、マザーが己を攻撃されていると判断してお目目ぱっちりしちゃって、エクリプスが大幅に早まるなんてことも起こりえるッス』

『ひぅッ!?』

『だからこそ。マザーを起こさないよう気をつけて、毎日こっそりちょっとずつ削るんスよ。どのくらい削るかのあんばいは君次第ッス。いやはや、1回でも失敗したらマザーが目覚めて人類絶滅エンドまっしぐら。責任重大ッスねぇ、カッカッカッ!』

『あ、あわわわ……』

『まぁそう緊張することないッスよ。君ならできるなりよ。……なぁ少女よ。ヒルダ姐さんはどうして君を過去に飛ばしたと思う?』

『え、う? ……ごめんなさい、ポポには全然わからないんだ。ポポなんかよりも他の仲間を過去に送った方が良かったと思うのに』

『自分はさ、風の魔女にしかできないことをさせたかったんじゃないかと思うんス。風の魔女にしかできないことが、マザー破壊の切り札になる。そう考えたから姐さんは君を過去に飛ばした。じゃあ風の魔女にしかできないことって何かなぁと考えた時に、この月を削る策を閃いたんス。だから大丈夫。きっと上手くいく。もっと己に自信を持ちなよ、少女』

『ポポにしか、できないこと……』

 

 思いっきりはしゃぐポポの脳裏に、先ほどヴェロニカ博士から策を授けられた際の会話が改めて想起される。ポポにしかできないことが、未来を切り開く切り札になる。ポポの風の魔女としての力があれば、アルトたちを救うことができる。そのことが、とにかくポポには嬉しかった。涙があふれるほどに嬉しかったのだ。

 

 そうして。ひとしきりはしゃいだ後、ポポは改めて、月のクオリアから変化させた風のクオリアを見やる。ヴェロニカ博士はこの風のクオリアをストックするようポポに助言していた。それは、3年間コツコツと溜め込んだ風のクオリアの魔力を、カルテジアンとの戦いで盛大に使い果たすことを視野に入れているからこその発言なのだろう。

 

 しかし。ポポはここで偶然、この風のクオリアの別の使い道を思い浮かんだ。

 

 

(ちょっとやってみよう)

「〜〜〜♪」

 

 ポポは足元に風を起こして軽く穴を掘り、風のクオリアを埋める。そして、ポポが心を込めて歌うと、埋めた風のクオリアが共鳴し、地面から上昇気流を発生させた。結果、ポポのツインテールが風の力でふんわりと揺らめく形となった。

 

 

(で、できた。ポポの歌で、地面に埋めた風のクオリアから風を起こすことができた。……これなら、これなら!)

 

 ポポは、今度は静かに興奮していた。ポポの歌を契機として、地面に埋めた風のクオリアから風を放つことができると証明されたことで、今しがたポポが思いついた、風のクオリアの別の使い道もまた、凄惨な3年後の未来を回避するために有用だと明らかになったからだ。

 

 この時、この瞬間。ポポの今後3年間の行動方針が完全に固まった。

 それはまさしく、ポポにとって運命の分岐点であった。

 

 

「……?」

 

 と、ここで。ポポはふと、『3年』というワードに引っかかった。

 何か、何か大切なことを忘れているような気がしたのだ。

 

 

(むむ? 3年後、3年後……いや、3年前かな? えっと。3年前といえば、確かアルトが千年間の眠りから目覚めて、リゼットに見つけられたのが3年前って話だったよね?)

「アルト……会いたいなぁ」

 

 不意に、ポポは己が1人であることが寂しくなって、ポツリと呟く。折を見て、アルトに一度会いに行くのもいいかもしれない。そのように考えるポポだったが、ポポの胸の違和感は未だ消えない。何か大切なことを忘れているとの焦燥感は一向に消えない。3年後、いや3年前。アルトのことじゃないというなら、ポポは一体何を忘れているというのだろうか。

 

 

「……」

 

 ポポは首をひねりながら、地面に視線を向ける。ポポが先ほど削った土の欠片が風にさらわれ、砂塵として宙を舞っていく。そんな光景を眺めていたポポは、閃いた。

 

 

「――ッ! そうだ、カシミスタン!」

 

 3年前は、カシミスタンの大乱という名の悲劇が発生した年だった。レグナント王国西方に広がる広大なムシャバラール砂漠。その一角に作られた砂の街カシミスタンは、土の魔女サイージャが領主を務める独立領だった。そのサイージャを、レグナント王立騎士団長から福音使徒へと転身する覚悟を決めたルドルフが殺したことを契機として、カシミスタンは戦場となったのだ。

 

 四方八方から火の手が上がり、当時王都ランベルトからカシミスタンへと遠征していたレグナント王立騎士団と、福音使徒との戦いは熾烈を極め。カシミスタンの住民は皆、巻き込まれ、そのほとんどが死滅してしまう。未来の土の魔女であるモルディもまたこの時、母のサイージャと、姉のニキを失い、ひとりぼっちになってしまう。そんな、とても悲しい惨劇が起こったのが3年前、つまり今だったのだ。

 

 

「早く行かなきゃ……!」

 

 どうしてもっと早くカシミスタンのことを思いつけなかったのか。

 ポポは己の頭の悪さを責めつつも、カシミスタンへと急行した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「誰か! 誰か助けてくれぇ!」

「くそ、ここにも火が……! これじゃあ逃げ場がどこにもないじゃないか!?」

「うああああああああ!! パパぁぁあああああ! ママぁぁあああああああッ!」

 

 その時。砂の街カシミスタンは、地獄絵図の様相を呈していた。カシミスタンの領主サイージャがルドルフに殺され。街に、次々と火の手が上がり。カシミスタンを滅ぼすべくルドルフが招き入れた福音使徒と、ちょうどカシミスタンに遠征中だった騎士団との市街戦が各地で勃発し。何もかも唐突に戦場と化したカシミスタンで混乱するばかりの住民は1人、また1人と死に絶えていく。ある者は逃げ場を失い炎に焼かれ。ある者は福音使徒に無残に殺され。ある者は騎士団と福音使徒との戦闘に運悪く巻き込まれ。

 

 市街地の石畳に、住民の死体が次々と転がっていく。水路にも、次々と住民の死体が積み上がり、水路を流れる水を赤で染めていく。

 

 

「いや! 熱い、熱いよ……」

「大丈夫よ、モルディ。私が一緒だから」

「うぅぅ。火が、火が来る……!」

「火は来ない。私が、守るから!」

 

 カシミスタンの城内にも、火は轟々と燃え上がっている。そんな城内にて。緑髪の少女:ニキは妹のモルディモルトを背負って必死に逃げていた。モルディモルトはカシミスタンの住民が次々と焼け死ぬ光景を目の当たりにした影響で強いショックを受けているため、体を小刻みに震わせるばかりで自分の足で逃げようとしてはくれない。ゆえに、ニキはその細腕でモルディモルトを背負って逃げるしかなかったのだ。

 

 

「後は、この廊下を抜けて武器庫まで行けば……!」

 

 人の焼け焦げた、形容しがたい酷い臭いが場内に充満している中。ニキは極力臭いを意識しないよう努めつつ、武器庫を目指す。城内の武器庫には、地下に通じる道がある。これは母であるカシミスタン領主サイージャとその娘のニキ、それと一部の重鎮しか知らないトップシークレットだ。地下にさえ逃げれば、少なくとも火の脅威からは逃れられる。福音使徒と出くわす可能性もほぼゼロになる。ニキは業火のせいで何度も武器庫までの道の変更を余儀なくされながら、ひたすらに走っていた。

 

 

(母さま……)

 

 と、ここで。ニキは、これまた極力意識しないように努力していた母サイージャの最期を思い出し、ニキの頰を涙が伝う。十数分前。ニキは謁見の間で、サイージャがルドルフの戦斧による袈裟斬りをまともに喰らい、倒れる瞬間を目撃していた。

 

 ニキは柱の後ろに隠れ、両手で口を塞いで必死に声を押し殺していた。そして、ルドルフが去った時。ニキはすぐさまサイージャに駆け寄り、理解した。腹部を中心に全身が血に濡れた母さまは息絶え絶えで、もう助からないと察してしまった。

 

 

「……ごめんね、ニキ。私が、不甲斐ないばかりに、こんなことになってしまって」

「母さま、喋らないで! あぁ、血が! 血が、こんなに!」

「ニキ、これを……」

「これ、は?」

「土の、クオリアよ。これがあれば、あなたは、魔女になれる。魔女の力があれば、きっと今日を生き残れる。それで、モルディを、守ってあげて。……私のことは、ここに捨て置きなさい」

「いや、いやよ! 母さま! 私もここに残る! 母さまと一緒にいる!」

「――聞き分けのないことを、言わないでッ!」

「ッ!」

「かふッ。……お願い、ニキ。あなたたちは、生きて。死なないで。お母さんの、最後のお願いよ……」

「母、さま……」

 

 結局、ニキはサイージャから土のクオリアを受け取った後、サイージャを1人残して逃げた。母さまはもう助からないから。早くモルディと合流して地下に逃げなければならなかったから。あの場にサイージャを置いていく判断は何も間違っていない。理屈ではわかっている。だが、ニキの心は罪悪感で締め付けられていた。ニキの心は軋み、悲鳴をあげていた。

 

 

「きゃッ!?」

「え……!?」

 

 と、ここで。ニキの足元が突然崩れ、ニキとモルディモルトは城の一部崩壊に巻き込まれ、下階へと落ちていく。下階には、瓦礫の山。下手な落ち方をしてしまえば、死んでしまいかねない。ニキはとっさに背負っていたモルディモルトを両腕で抱きかかえ、モルディモルトを庇った。

 

 

「か、は!?」

「お姉、ちゃん!?」

「だい、じょうぶ、よ。モルディ。心配、しないで」

 

 直後、ニキの背中に鋭い衝撃が走る。どうやら運悪く背中から落ちてしまったらしい。ニキは背中が訴える激痛に抗い、その場に立ち上がろうとして。ニキは気づいた。ニキとモルディは火に取り囲まれている。逃げ道がどこにもない。

 

 

(そん、な……)

 

 あまりに絶望的な状況に、ニキはその場にペタンと座り込み、呆然と空を見上げる。今や半壊しているカシミスタン城ゆえに、ニキの現在地からも空を拝むことはできた。当の空には雲ひとつ存在せず、奇跡的に雨が降ってくれる展開にはまるで期待できなかった。

 

 

「……」

 

 この時。ニキは己の死を悟った。

 運命がニキに、『ここで死ね』と告げているのだと理解した。

 

 土のクオリアがあれば、土の魔女になれる。

 魔女になれば、きっと生き残れる。母さまが言っていたのだから、間違いない。

 母さまの娘である以上、ニキにも、モルディにも、土の魔女になれる素質はある。

 しかし。土のクオリアは1つのみ。つまり、生き残ることができるのは1人のみ。

 

 ニキに、迷いはなかった。

 

 

「……モルディ。このクオリアを抱いていなさい」

「これは?」

「母さまの命……これがあれば、あなただけでも!」

「私、だけ? いや! お姉ちゃんも!」

(大好きよ、モルディ)

 

 ニキはモルディモルトの反論に耳を貸さず、モルディモルトの手に無理やり土のクオリアを握らせ、その上に己の手を被せる。そうして、モルディモルトが土のクオリアを手放せない構図を作った後、ニキはじりじりと迫り来る火の手からモルディモルトを守り抜くべくモルディモルトを腕の中で強く抱きしめ、ギュッと目を瞑った。

 

 

(歌……? 誰かが、歌ってる?)

 

 刹那。ニキの鼓膜を、かすかで可憐な歌声が震わせた。かと思うと、ニキの頰に、髪に、冷たくザラザラとした感触が当たり始める。一体何が起こっているのか。ニキが恐る恐る目を開くと、空から大量の砂が降り注いでいた。砂はカシミスタン一帯に等しく降り注ぎ、ニキとモルディを包囲していた業火にも降りかかり、火の勢いが段々と弱まっていく。

 

 

「……砂の、雨?」

 

 モルディモルトが不思議そうに手のひらを上に広げて、手のひらに降り積もる砂を眺める中。何が起こっているのかまるでわからず、その場に女の子座りしたまま目をパチクリとさせることしかできないニキの前に、1人の少女が現れた。

 

 

「――見つけた! 2人とも、怪我は大丈夫!?」

 

 その女の子はとても小柄で。ふわりと床に着地した女の子は、金色のツインテールを揺らし、紺碧の澄んだ瞳でニキとモルディモルトを覗き込んできた。

 

 これが、ニキ&モルディモルトと、ポポとの出会いだった。

 

 




ポポ:風の魔女。風魔法で削った月の欠片の効果的な使い方をこの度閃いた模様。その後、カシミスタンの大乱のことを思い出した彼女は、カシミスタン郊外の砂漠で竜巻を起こしてカシミスタンに砂の雨を降らすことで火の手を弱めつつ、少しでも多くの人の命を救うべく、奔走していた。その最中、ニキとモルディを発見した。
ニキ:土の魔女サイージャの長女。しっかり者のお姉ちゃん。火に取り囲まれ、絶体絶命の時にポポと出会い、己の死亡展開を回避することとなった。
モルディモルト:土の魔女サイージャの次女。マイペースな性格。原作ではこのカシミスタンの大乱によりサイージャだけでなくニキも失うために、モルディが土の魔女となったが、今回はニキ生存ルートに進んだために、多分土の魔女にはならないと思われる。

 というわけで、3話は終了です。ニキ生存ルート、始まりましたね。しかしニキが生き残ると必然的にモルディの存在感が薄くなるという悲しみも待ち受けていたりします。


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4話.カシミスタンは終わらない


 どうも、ふぁもにかです。ただいま進行中であるステラグロウ原作前の話は、あと6話くらい続く予定です。そのあと、逆行ポポの影響によりちょっぴり展開の変わったステラグロウ原作の話に突入していく予定ですので、どうぞお楽しみに。



 

 

 カシミスタンの大乱から5日が過ぎた。

 5日前。カシミスタンの大乱のことに思い至ったポポがカシミスタンにたどり着いた時、事態は既に手遅れだった。カシミスタンは大火に覆われ、多くのカシミスタンの住民の無残な遺体が転がっている状態だった。

 

 そんな残酷な光景を目の当たりにしたポポは思わず、かつてポポを含めた4人の魔女と協力して祝歌を奏でた影響で発生したエクリプスにより、王都ランベルトの民が天使に次々と虐殺される光景を幻視して、一時立ちすくむも、どうにか己の心を奮い立たせて、カシミスタン住民の生き残りを1人でも救うべく速やかに動き始めた。

 

 まずカシミスタン郊外の砂漠にて、ポポは風魔法で竜巻を発生させ、砂を大量に巻き上げることで、カシミスタンに砂の大雨を降らせた。水を用いた消火に比べれば鎮火能力なんてたかが知れているが、砂による消火もそこそこは効果的だ。火は、燃やすことのできる対象がなければ、燃え広がらない。燃えることのない乾いた砂に埋まってしまえば、火は猛威を振るうことができず、火の勢いを弱めることができるのだ。

 

 その後。ポポはカシミスタン中を駆け回り、鋭い嗅覚でカシミスタン住民のにおいを辿る方法で住民を見つけ、次々とカシミスタンの街の外へと避難させた。そうしてポポが救い出せたのは、ほんの100名程度。ポポの介入により、カシミスタンの大乱から、住民を少しは救うことができた。しかし、カシミスタンの大乱のことをもっと早く思いついていれば、大乱自体を未然に防ぐことだってできたはずだ。ポポが助けたニキたちから心から感謝される中、ポポが内心で己の頭の悪さと、己の無力さを呪ったのは記憶に新しい。

 

 

 結局。大乱の後、ニキは母サイージャの後を継ぎ、若くしてカシミスタンの新しい領主となった。それは同時に、ニキが新たな土の魔女になったことも意味していた。

 

 そのニキの指揮の元、カシミスタンは復興に向けて1つ1つ、着実に活動を始めている。遺体の埋葬。仮設住宅の建設。治療施設への怪我人・病人の収容と治療。壊れた公共施設の修繕等々。生き残ったカシミスタンの住民は己に何ができるかを自問した上で、カシミスタン復興に精力的に取り組んでいる。とにかく体を動かしていなければ、先の大乱のことを思い出してしまうからだ。また、母を失ったというのに、それでもカシミスタン再興を目指して、気丈に振る舞う少女ニキの姿に鼓舞されたという一面も存在していた。

 

 ポポもまた、カシミスタンの復興に微力ながら手を貸していた。ある時は遺体を埋葬するための穴を小さめのかまいたちを起こして掘り起こし、またある時は手持ちの傷や病気によく効く薬草を振る舞うといった風に、風の魔女としての力を存分に活用して、復興に大いに貢献していた。

 

 

「ねぇねぇ、モルディ。ここはどうしよっか?」

「……ここは、しっかり盛る。大盛り」

「はーい。大盛り一丁、入りまーす!」

 

 そして、今日のポポはニキの妹であるモルディモルトと一緒にカシミスタンの街を練り歩き、真っ先に直すべき重要施設の修繕を行っていた。ポポはモルディの指示に従って、風魔法で付近のレンガをまとめて巻き上げ、眼前の半壊した宿屋の壁として積み上げた。

 

 

「こんな感じかな?」

「……うん、綺麗に盛られてる。ポポ、上手」

「えへへ、ありがと。でもポポが上手にできるのは、モルディの的確な指示があってこそだよ」

「そう、かな?」

「そうだよ!」

「……盛る」

 

 モルディモルトから褒められたポポは素直にお礼を言いつつも、モルディモルトのことを称賛する。一方、ポポからの屈託のない笑顔攻撃に晒されたモルディモルトは照れ臭くなって、赤くなった顔をポポに気づかれないように目をそらした。

 

 

「これで今日の建物修繕ノルマは終わりだよね?」

「うん。……ポポ、お疲れさま」

「モルディこそ、お疲れさま」

「――2人とも、精が出るわね。モルディ、ポポ」

「あ、お姉ちゃん!」

「やっほー、ニキ」

 

 と、ここで。ちょうど街に繰り出していたらしいニキがポポたちに声をかける。モルディモルトは嬉々とした表情でニキに駆け寄り、ポポは元気よくニキに手を振りつつ、ニキに歩み寄った。

 

 

「ニキの仕事はどう?」

「ま、何とかなっているわ。王都からの支援物資もいっぱい届いているし、モルディとポポの頑張りのおかげで復興計画を前倒しにできているもの。政治や経済のことは、時々キースから助言をもらって、それでどうにか回してるって感じ。……まったく、こんなことになるのなら、もっとちゃんと勉強しておけばよかったわね」

「え。キース、役に立ってるんだ。……意外」

「王の器を持つ俺と、たかが領主の血筋でしかない貴様とは頭の作りが違うからな、小娘」

 

 ポポがニキに仕事の調子を尋ねると、ニキはため息混じりに言葉を紡ぐ。そんなニキの発言を受けてモルディモルトがキースの活躍を想定外に感じていると、当の本人がニキの背後から姿を現した。青紫色と紫陽花色とが織り混ざったストレートの髪をたなびかせ、理性的なメガネが似合う長身の青年ことキースは、モルディモルトに対して尊大な口調で己の優秀さを主張した。

 

 

「やっほー、キース」

「……いたんだ、キース」

 

 ポポはカシミスタン復興活動の最中、何度かキースを顔を合わせている。ポポは3年前からキースの性格は全然変わってないなぁと内心でしみじみと感想を抱きつつ、キースに手を振ってキース来訪を歓迎する。一方、モルディモルトはキースに良い印象を持っていないようで、げんなりとした表情でぼそりと呟く。

 

 

「俺は貴様らの母親と、貴様らを守る契約をしたからな。その報酬たる宝剣を先払いで受け取った以上、俺にはいついかなる時も全力で貴様らを守る義務がある。ニキが外出するのなら、俺も当然、外出するさ」

「……ストーカーキース」

「何とでも言うがいい。……ったく。この小娘は今の己がどのような立場であるか全く自覚がないようだ。前領主サイージャは土の魔女であるがゆえにレグナント王立騎士団隊長ルドルフの、福音使徒の餌食となった。その娘の貴様が生きていて、さらに土の魔女を受け継いだとバレれば、貴様もまた標的になるとわかっていて、なぜこうも頻繁に街に足を運ぼうとする? 緩慢に自殺をしているようにしか思えんのだがな」

「ふふ。心配してくれてありがとう、キース。でも、城にこもっているだけでは、復興の実情はわからないもの。それに、私には危険から守ってくれる、とっても優秀なボディガード様がいるもの。だからこうして外に出ても大丈夫、そうでしょう?」

「ふん、当然だ。どれだけ貴様が愚かにも不用意に外を出歩こうとも、契約期間中は守ってやるさ。俺は交わした契約は決して破らない」

「……単細胞キース」

「あはは……」

 

 キースはモルディモルトの直球な悪口を右から左へと聞き流した後、ニキの此度の外出を咎める。が、城に閉じこもっているつもりのないニキは、キースの優秀さを大いに評価する発言を行うことにより、今後キースから外出を咎められない構図を組み上げた。キースが単純なのか。ニキがしたたかなのか。2人の会話を第三者目線で見た結果、さらにぼそりとキースの悪口を零すモルディモルトと、苦笑いを浮かべるポポであった。

 

 

「ところで、気になってたんだけど……ポポはいつ頃までカシミスタンにいてくれるの?」

「んーと。大体半年くらいかな? それだけあれば、ムシャバラール砂漠全土をくまなく回りきれるから」

 

 ポポは3年後の凄惨な未来に備えるべく、月から削り取り変化させた風のクオリアを世界中の地面に埋めるという方針を固めていた。そのため、まずはカシミスタンの復興を手伝いながら、ムシャバラール砂漠全土に風のクオリアを埋め込むことにしていた。ゆえに、ニキの問いに対し、目安としての期間を回答した。

 

 

「やれやれ。何が楽しくてこんな何もない砂漠を完全踏破しようとしているのやら」

「それは内緒。ごめんね」

 

 呆れ顔を浮かべたキースからの問いかけにポポは回答せず、代わりに謝る。未来のことをみだりに話すことはリスクになることを、ポポはヴェロニカ博士との接触を通して学んだからだ。

 

 

「俺には貴様の行動が理解できないな。人間の一生の時間は有限だ。であれば、もっと有意義なことに時間を注ぐべきだろう」

「例えば、キースがこれから作ろうとしてる国の国民になるとか?」

「ほう。よくわかっているじゃないか、小娘」

「……ポポ。それはダメ。絶対に、やめるべき。早まらないで。私は、大切な友達が騙されて、苦しむ姿は見たくない」

「おい。せっかくポポがその気になっているというのに、水を差すんじゃない」

 

 キースにとっての有意義な時間の使い方とは何か。ポポが軽く予想して口に出すと、キースは満足げに口角を釣り上げる。しかし、モルディモルトは一瞬信じられないようなものを見るような眼差しでポポを見つめた後、ポポの両肩を掴んで必死に説得してくる。対するキースはモルディモルトに余計なことをするなと告げる。モルディモルトとキースが仲良くなる気配はなさそうだ。いや、こういうやりとりをできること自体が、仲のいい証なのだろう。きっと。多分。

 

 

「それじゃ、ポポはそろそろ砂漠に行ってくるね。明日の夕方には帰ってくるよ」

「あら、もしかして引き留めてしまっていたかしら?」

「ううん。大丈夫だよ、ニキ。ポポのお務めは、時間厳守じゃないからね」

「それなら良かったわ。いってらっしゃい、ポポ」

「……いってらっしゃい」

 

 願わくば、モルディとキースがもっと仲良くなりますように。ポポは心の中で祈りつつ、ニキとモルディモルトの見送りの言葉を引き連れながら、ムシャバラール砂漠に風のクオリアを埋め込むべくカシミスタンの街を飛び立つのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(今日はここからだね)

 

 カシミスタンの街を後にし、1時間ほど飛行していたポポは砂漠の一角に垂直に突き刺さっていた木の棒の前に降り立つ。この木の棒は、ポポが風のクオリアを埋める作業をどこから再開すれば良いかの目印のために、先日のポポが深々と突き刺した物だったりする。

 

 

(さて。今日もお務め、頑張ろ――う?)

 

 ポポは月を削るための風を生み出すべく歌おうとして、気づいた。ポポの鼻が、懐かしい人のにおいを感じ取ったからだ。においの正体が気になり、ポポがにおいの発生源へと移動すると、まもなくオレンジ色の髪をした青年が、ふらふらとした足取りで砂漠を力なく歩く姿を目撃した。

 

 

(あ、ラスティ……)

 

 その青年の正体はラスティだった。調律騎士団の一員であり、飄々とした、捉えどころのない性格をした、女好きの青年だ。とても優秀な斥候で、戦場を俊敏に駆け回り、敵を撹乱してくれて。それでいて、普段はムードメーカーとして騎士団の雰囲気作りに一役買ってくれていた、ポポにとっての頼もしいお兄さん的存在だ。

 

 

「どこだ、どこだ……ルドルフ、あの野郎……!」

 

 だが、今のラスティの形相はとても恐ろしい。そういえば、ラスティはあの5日前の大乱の時にカシミスタンに滞在していて、尊敬する騎士団隊長のルドルフに裏切られたばかりだ。まさか、5日間もずっと、ルドルフへの怒りを募らせながら、砂漠をあてもなくさまよっていたのだろうか。

 

 

「クソ、ジジイ……」

 

 今のラスティは怖い、とても怖い。けれど。明らかに憔悴した様子のラスティを放っておけるわけがない。ポポがいなくても誰かがラスティを助けるのかもしれないけれど、見つけた以上は、ポポがすぐにでも助けるべきだ。

 

 

「ッ! ラスティ!」

 

 そうこうしている内に、ラスティが力尽きて砂漠にバタリと倒れてしまう。ポポはラスティを助けるべく、ラスティの元へ急行した。

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。困っている人は放っておけない性分であるため、カシミスタンの復興を手伝いつつ、3年後のエクリプスに対する備えについてしっかり取り組んでいる。
ニキ:この度土のクオリアを取り込んで土の魔女になった緑髪の少女。若くして領主にならざるを得なかったニキは、それゆえに領主としての相応の苦労に悩まされているようだ。
モルディモルト:ニキの妹。13歳の青髪の少女。ニキが生きているため、原作よりもある程度は活発的。ポポに懐いている。キースのことを嫌っているのは、キースが変人だからなのか、キースにニキを取られてしまうと警戒しているのかは、モルディのみぞ知ることである。
キース:カシミスタンの大乱が起こるまでは、王国騎士団弓兵隊の荷物持ちだった傭兵。18歳。ニキがサイージャから土のクオリアを託された後に、サイージャと出くわし、その際にニキとモルディモルトを守る代わりに報酬として1200万ゴールド相当の宝剣を貰い受ける契約を行った。そのため、今はニキとモルディモルトを守るべく、カシミスタンに滞在している。時折、ニキのカシミスタン運営に助言しているようだ。
ラスティ:21歳の騎士団所属の青年。この度カシミスタン前領主サイージャを殺したルドルフに、10歳の時に小間使いとして拾われ、育てられていた。それだけに、本当の父親のように思っていたルドルフの凶行に激昂し、ルドルフを見つけ出すべく砂漠をあてもなくさまよっていた。

 というわけで、4話は終了です。モルディは凄く嫌がりそうだけど、でもなんだかんだ言ってモルディとキースは相性が良いと思うのです。ニキとキースも同上。


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5話.荒れる女好き


 どうも、ふぁもにかです。前回の投稿からもうそろそろ2年が経とうとしているとか嘘でしょ?
 ここの所、すっかり執筆意欲が消え失せていた私ですが、久々に意欲を取り戻したので、こっそり投稿します。

 さて、今回はポポとラスティとの交流シーンとなります。ラスティは敏捷値の高さがものを言うステラグロウの戦闘において凄まじく頼りになりますからね。ここで仲良くなっておくべきだよなぁ! ポポはその辺をよくわかっているようです。



 

(ここは、どこだ?)

 

 ラスティが目覚めた時、真っ先に目に入ったのは見知らぬ天幕だった。周囲を一瞥した限り、かなり狭い空間だ。ここはテントの中といったところだろうか。ひとまずラスティは体を起こそうとして、しかし体が鉛のように重く感じ、自力で起き上がれない。

 

 

(俺は、一体……)

 

 ラスティは現状の情報収集を行うべく、まずは額に手を当て、目を瞑る。体に痛みは感じない。大怪我を負っているわけではないようだ。だが、今の自分にはかなりの熱があるとラスティは理解した。ラスティの頭には湿ったタオルが置かれていて、しかしそのタオル越しから額を触ってなお、手のひらに異常な熱を感じたからだ。

 

 

「あ、ラス……じゃない。お兄さん、起きたんだね。よかったー」

 

 と、ここで。いかにも快活そうな少女の声が聞こえたかと思うと、ラスティの足元にあるテントの入り口から金髪をツインテールにまとめた小柄な体格の少女が入り、ラスティの顔を覗き込んでくる。

 

 

「お前が、俺を助けてくれたのか?」

「うん。お兄さんが砂漠でふらふら歩いてると思ったらいきなり倒れるんだもん。だからひとまず近くのオアシスまでお兄さんを運んで、このテントの中に寝かせてたの」

「……そうか。そいつは悪かったな」

 

 ラスティは眼前の少女に迷惑をかけたことを謝った。この少女の細腕で大人の男を運ぶのはさぞ大変だっただろうと容易に想像できたからだ。なお、当のポポが風魔法を用いてラスティを軽々運んだことを、今のラスティには知る由もない。

 

 

「それで? ポポはポポだよ。あなたの名前は?」

「……ラスティだ。世話になったな、ガキンチョ」

「え!? 待ってよ、ラスティ! どこに行くつもり!?」

「俺がどこに行こうと俺の勝手だろ、ほっといてくれ」

「ほっとけるわけないよ! ラスティの熱はまだ下がってないんだよ? このまま砂漠に戻ったら死んじゃうよ!」

「だから、俺がどこでくたばろうと、お前の知ったことじゃないっつってるだろ。余計なお世話なんだよ」

 

 ラスティはどうにか気合いを入れて自力で起き上がると、ポポに己の名前を告げた後、足早にテントから出ようとする。ここでグズグズしている間にも、騎士団を裏切り福音使徒へと寝返ったルドルフは、福音使徒としてやりたい放題街を壊し、人を殺しているのだろう。早く、あのクソジジイの息の根を止めなければラスティの気が済まないのだ。しかしそんなラスティの行く手をポポが遮ってくる。ラスティの腕を掴んで、ラスティの歩みを妨害してくる。ポポを目障りに感じ始めたラスティに対し、ポポはここでマグカップに注ぎ入れた黒い液体を差し出した。

 

 

「ほら、まずはこれでも飲んで落ち着いて? たんぽぽコーヒーだよ」

(たんぽぽコーヒー? 聞いたことないな……)

「ッ!?!? まッッッッッッッッず!? テメェ、何のつもりだ!? 毒で俺を殺す気か!?」

「ええええ!? こんなにおいしいのに、ラスティは大人の味がわからないんだね」

 

 ラスティはマグカップ内の黒い液体、もといたんぽぽコーヒーを見て、そこでのどがカラカラに渇いていることを自覚した。ポポには悪いが、一口だけ飲んだら、さっさとテントから出よう。そう思ってたんぽぽコーヒーを軽く口に含み、直後。あまりの名状しがたい味に思わずその場に膝をつき、何度も咳き込んだ。毒でも盛られたかと思い、ポポにブチ切れるラスティだったが、ラスティからマグカップを回収して平然とたんぽぽコーヒーを飲む様を見て、ポポの味覚のおかしさに絶句した。

 

 

「とにかく、お願いだからもう少しだけ休んでてよ。じゃないとラスティ、本当に死んじゃうよ? ポポ、ラスティが死んじゃったら悲しいよ……」

(ッ。なんでお前は……)

「じゃあ、ポポは今からちょっとお務めしてくるから、ラスティはここでゆっくりしててね。絶対だよ? 絶対に絶対だよ?」

 

 ラスティとポポは所詮、初対面だ。そんな、さっきまで名前すら知らなかった相手のことをどうしてそんなに心配してくるのか。肩入れしてくるのか。ラスティが不自然に思っていると、ラスティの無言を、ラスティが己の言うことに従ってくれたものと解釈したポポは、ラスティ1人をテントの中に残して外へと出て行った。

 

 

「……」

 

 ポポはラスティを砂漠で拾ったと言っていた。テントを用意している辺り、ポポにはこのムシャバラール砂漠自体に泊り込みを必要とするような用事があるのだろう。こんな何もない砂漠で、あのガキは一体何をやっているのか。ラスティはポポのお務めとやらに少しだけ興味が生まれたため、ポポの言いつけを破ってテントから顔を出す。

 

 すると、ラスティの鼓膜に歌声が響いた。歌声の聞こえる方へと視線を向けると、ポポが両手を重ね、手のひらを掲げて歌っていた。その歌声は、さっきまでの会話から感じたキャピキャピとした声色とは違い、荘厳さや神聖さを纏っているように感じられた。

 

 ポポは歌を紡ぎ続ける。そんなポポの周囲には、ポポの歌に呼応するように風が取り巻き、しばらくすると、空から何かの鉱物らしき物がポポの両手に舞い降りてくる。そこでポポが「ふぅ」と息を吐き、歌を中断したため、ここでラスティはポポに歩み寄った。

 

 

「ちょっと、ラスティ。テントでゆっくりしててって言ったのに……」

「お前、歌が歌えるってことは、魔女なのか?」

「え、うん。ポポは、風の魔女だよ?」

「そっか」

 

 ポポが魔女であることを知ったラスティの脳裏に、5日前のカシミスタンの光景が鮮明によみがえる。『土の魔女が殺された。殺ったのは騎士団長だ』と叫ぶ女性の住民の声が幻聴と化してラスティの鼓膜を震わせる。

 

 

「……だったら、忠告だ。これからは絶対に人のいる場所で歌うな」

「ほぇ?」

「福音使徒は魔女の命を狙っている。カシミスタンでも、土の魔女があのクソジジイに、ルドルフに殺された。お前が魔女だってバレたら、どこで誰が襲ってくるかわかったもんじゃないぞ」

「……うん、わかった。気をつけるね。ありがとう、ラスティ」

「全然わかってないだろ。もしも俺が福音使徒だったら、何にも警戒してないお前なんか、その首かっ切って簡単に殺してるぞ。死にたくなかったら、もっと危機感を持てよ」

「んー? でも、ラスティはそんなことしないよね? だったらここで歌っていても問題ないよね? だってポポ、ラスティを信じてるもん」

「……はぁ、お前なぁ」

 

 人がせっかく脅しも混ぜてかなり強めに忠告しているというのに。ポポはどこまでも能天気で。そのくせ、なぜかさっき会ったばかりのラスティに心からの信頼を寄せてきていて。ラスティは何だか真剣に考えていたのがバカらしくなってきて、深々とため息をついた。

 

 

「ん。今のラスティ、良い顔してる」

「は?」

「さっきまでは凄く怖い顔してたから。……何があったのかはわからないけど、ずっと張り詰めた心のままじゃ、いつか壊れちゃうよ。だから、今はそういういつも通りのラスティを取り戻すことが大切だって、ポポは思うよ?」

「ったく、だからお前は俺の何を知ってるってんだよ……」

 

 ポポは紺碧の瞳でラスティの顔をジーッと覗き込み、安心したかのように朗らかな笑みを零す。この時、とても不思議なガキだとラスティはポポを評価した。馴れ馴れしいわ、わかったような口調で語りかけてくるわで、普通なら絶対ムカつく性格をしているはずなのに、なぜかポポが相手だと、それが自然体に感じられて、全く悪印象を抱かないからだ。

 

 ゆえに、ラスティは今回は大人しくポポの方針に従うことに決めた。己の熱が下がるまで、テントから離れず、ポポの手当てを受けることとした。そうして、同じテントの下。ラスティはポポの作った夕食を堪能したり、ポポの薬湯の苦さと格闘しながら飲み干したりと、ポポと一緒に一夜を明かした。

 

 そして翌朝。万全の体調を取り戻したラスティは、身支度を整えた後、テントから退出して砂漠の空気を胸いっぱい取り込む。砂漠のカラッとした空気は、ラスティにさらなるやる気を提供してくれた。

 

 

「昨日は世話んなったな、ポポ」

「もう大丈夫なの?」

「ま、俺も騎士の端くれだからな。あの程度の熱で何日も寝込むほど、やわな鍛え方はしてないさ」

「……うん、本当に大丈夫そうだね。ポポ、安心したよ」

「お前は、これからどうするんだ?」

「ポポはまだ、この砂漠でやることいっぱい残ってるから、しばらくは残るよ。ラスティは?」

「一旦王都に戻るさ。まずは俺が生きてるってことを騎士団連中に伝えないとな。下手したら俺ごとカシミスタンの一件の戦死者の葬式をされててもおかしくないしな。……クソジジイの後始末はその後じっくり作戦立てて取り組むさ」

 

 ラスティはポポに手を差し出す。ポポは一瞬ラスティの意図がわからず首をコテンと傾けるのみだったが、すぐにラスティの手を両手でぎゅーっと握った。

 

 

「じゃあな、ポポ」

「またね、ラスティ」

 

 そうして。ポポと別れを告げたラスティは、王都へ向けて着実に歩を進めるのだった。

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。荒れているラスティのことを内心怖いと怯えつつも、その気持ちを一切表に出さずにラスティと向き合い、ラスティを看病する名カウンセラーっぷりを発揮した。なお今回、ポポはラスティと同じテントの中で夜を明かしたが、ポポ的には親しみやすいお兄さんと同じ布団で眠っただけだからセーフ。
ラスティ:21歳の騎士団所属の青年。ルドルフの一件で中々に荒れていたが、ポポの言動の影響により、少しはいつものラスティさを取り戻した模様。ラスティは女好きだが、守備範囲はあくまで『オネーチャン』なので、ポポと一緒に寝ても何も問題なかった。

 というわけで、5話は終了です。ポポ、狙ったわけではない自然体な発言の数々でラスティを調律して彼の心を浄化するの巻。ラスポポ始まったな。


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6話.砂漠の旅ブタ


 どうも、ふぁもにかです。せっかくポポが主人公だというのに、なぜか今まで全然出番のなかったあのキャラに今回スポットライトが当たります。お楽しみに。



 

 ポポはラスティを介抱した後も、カシミスタンを拠点として、カシミスタン復興の手伝いと、月から削って変化させた風のクオリアをムシャバラール砂漠各地に埋めるお務めを毎日毎日続けていた。そんな砂漠での日々が3か月目に差し掛かった折。

 

 

「〜〜♪」

 

 ポポは誰一人足を踏み入れない未踏の地であるムシャバラール砂漠奥地へと赴き、そこで月から月のクオリアを削るべく歌を奏でていた。3か月を経た今もなお、月を削る時にポポは慎重に慎重を期している。ただでさえ頭が悪くて、要領の悪いポポが月削りに慣れて、慢心してしまえば、マザーを目覚めさせてしまうという大失態を犯してしまう未来が透けて見えるからだ。

 

 

「ぶぃ……」

「ひゃッ!?」

 

 そうしてポポが月から削り取った月のクオリアを自身の手のひらに回収していると、ポポのふくらはぎにふと、少々湿った冷たい感覚が走る。不意の冷たさにポポがその場で小さく跳ね、弾かれるように己の背後を見やると、そこには淡いピンク色をした小柄でまん丸な子豚がすがるような眼差しでポポを見上げていた。

 

 

(この子、ブブッ!? うそ、本当に!?)

 

 ポポは瞬時に子豚の正体に気づいた。ブブは、ポポがヒルダの魔法で過去に逆行する前の世界で。3年前にサウス・ヴァレーを襲った凄い嵐の夜に、仲間の旅ブタの群れからはぐれていたところをポポが自分の小屋で保護してからというもの、常に行動を共にしてきた友達兼家族である。ゆえに、ポポがブブを瞬時に見破るのも当然の帰結だった。

 

 

「……え、と? 旅ブタの君がどうしてここで1匹でいるの? 仲間のみんなはどうしたの?」

「ぶぶぃ、ぶぃ……」

 

 ポポは『ブブ』と名前を呼びたい衝動を必死に抑えながらブブに事情を尋ねると、ブブはか弱い鳴き声で返答する。ポポは動物と会話できる特技を持っているため、ブブの鳴き声から、ブブの主張を把握することができる。ブブ曰く、仲間の旅ブタと一緒に砂漠を旅していたところ、大規模な砂嵐に飲み込まれ、仲間とはぐれてしまったとのこと。また、ここ2日飲まず食わずであったため、何か飲食できる物をもしも持っているのなら、ぜひ恵んでほしいとのことだった。

 

 

「わかった、ちょっと待ってて」

 

 ポポがブブの頼みを断るわけがない。ポポは急いで背負っていたリュックから水を取り出し、マグカップに水を注いでブブに差し出す。もっと大きくて液体を注げるお皿を持っていればよかったのだが、あいにく今は飲み物を注げる容器はマグカップしかない。そのため、ポポはすぐにマグカップ内の水を飲み干すブブのために何度か水を補充しつつ、別の皿にクルミやナッツを盛ってブブに振る舞う。そうして。ポポが自身の所持していた水と食料のほぼ全てをブブに捧げた結果、どうにかブブの飢えやのどの渇きを癒すことに成功した。

 

 

(よ、よかった。ポポの持ってた食料で足りて、本当によかった……)

「それで、これから君はどうするつもりなの?」

「ぶっぶぶぶぃ(訳:仲間を探しに行くよ。みんな、心配してるだろうし)」

「そっか。じゃあポポもその仲間探し、手伝うよ!」

「ぶぃ?(訳:いいの?)」

「うん、困った時はお互いさまだからね。ポポはポポだよ、よろしくね」

「ぶぃぶ。ぶっぶぶっぶい!(訳:ありがとう。ブブはブブだよ。よろしく、ポポ!)」

(やった!)

「それじゃあ、行くよ!」

 

 ポポはブブの方針を訪ねた後、ブブと共にブブの仲間の旅ブタ探しに協力する旨を注げる。ブブはただでさえ食料を恵んでもらっているポポにこれ以上迷惑をかけることに躊躇していたが、心からブブの力になりたがっている様子のポポを見て、素直に甘えることに決めた。ポポはブブが己の提案に乗ってくれたことに内心でガッツポーズを取りつつ、ブブを両手で抱き寄せた上でふわりとその場に浮遊し、カシミスタンに向けて飛行し始めた。

 

 

「ぶぃ!? ぶっぶぶっぶぃ!?(訳:ポポ、空を飛べるの!?)」

「当然だよ、だってポポは風の魔女だからね! 風はポポの味方なんだ!」

「ぶぅーい!(訳:すごーい!)」

「でしょー?」

 

 ただいま、ポポのテンションはとても跳ね上がっていた。それだけ、ポポはとても嬉しかったのだ。ヒルダの魔法で3年前と100日余り前へと逆行した際、ポポは世界を救うためにすぐさまサウス・ヴァレーを発つ決断をした。だから、ポポはブブと出会う機会を逸してしまっていた。今回は、もうブブに会えないかもしれない。そう、半ば諦めていただけに、この度偶然にもブブと出会えたことが嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

 

「ねね、ブブの旅の話、聞かせてよ。今までどんな場所を巡ってきたの?」

「ぶぃ、ぶぶぶぶぃ、ぶっぶぶっぶぃ(訳:んとね。王国の東と南は大体回ったよ。ゴウラ火山は本当に暑かったなぁ。この砂漠もおんなじくらい暑いけど、でも焼き豚になっちゃいそうで怖かったのは圧倒的に火山の方だったなぁ)」

「そっかぁ」

 

 ポポはカシミスタンへ向かう道すがら、積極的にブブに話しかけ、ブブの旅の話を引き出していく。過去に逆行してからというもの、今まで全然交流できなかった分の埋め合わせをするかのように、ポポはブブの話を楽しみ、ブブのにおいを堪能し、ブブの声に癒されていた。が、ポポにとっての至福の日々は、唐突に終わりを告げた。

 

 

「あ……」

「ぶぃ!(訳:あ、みんながいた!)」

 

 ポポとブブの視界の先に、30匹程度の旅ブタの群れが姿を現したからだ。ポポが思わず飛行をやめてその場に降り立つと、ブブはその場で身じろぎをして、ポポの両腕に抱かれている状態を解除して、スタイリッシュに砂漠の地に両手両足をついた。

 

 

「ぶぃ。ぶっぶぶっぶぶぶい!(訳:今までありがとう、ポポ。この恩は、絶対に忘れないからね!)」

「……うん、元気でね。ブブ」

 

 ブブはポポにお礼を告げると、全速力で群れへと突進していく。ポポは去りゆくブブの背中を呆然と見つめていた。前の世界では、ブブの仲間の旅ブタは、いくら探しても見つからなかった。だから、ポポとブブは3年間、友達兼家族として、生活を共にしてきた。共に思い出を、毎日積み上げてきた。

 

 だから、今回も。ブブの仲間は見つからないと思っていた。今回も、ポポはブブと一緒に楽しい時を共有できるものと思い込んでいた。そんなわけがないのに。ポポが前の世界と全く違う行動をしている以上、前の世界と同じ結果を得られるわけがないというのに。

 

 

「……ッ」

 

 ブブにとっては、前の世界のようにポポとずっと暮らすよりも、今回の世界のように同じ種族の旅ブタの仲間たちと暮らした方がはるかに幸せのはずだ。だから、旅ブタの仲間たちと合流した方が、ブブにとってはよかったはずだ。なのに。なのに。

 

 

(最低だ、ポポ……)

 

 ポポは寂しかった。ブブと一緒にいられないことが、寂しかった。そして、この日。ポポは、無事仲間と合流できたブブの幸せを純粋に喜べなかった己のことが、改めて嫌いになった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ブブとの別れに落ち込み、自己嫌悪に陥ったポポだったが、だからといって立ち止まるわけにはいかない。どれほどポポの気分が沈んでいようと、3年後のエクリプスは待ってはくれない。きちんと毎日お務めをして、運命の日に向けて準備をしなければ、待っているのは前と変わらない、凄惨な未来だ。

 

 そのため、ポポはカシミスタン復興の手助けとムシャバラール砂漠全土への風のクオリア埋め込み作業を精力的に続け。そして、3か月後。ポポはムシャバラール砂漠全土にしかと風のクオリアを埋め込み終えることとなった。それは、ポポのカシミスタン滞在の日々の終焉と同義であった。

 

 

「ポポ。行っちゃうんだね……」

「……ごめんね、モルディ」

「また、会える?」

「うん。その時はまた、いっぱい遊ぼうね」

「……盛る」

 

 ただいま、ポポはカシミスタンの城門前にて。ニキ、モルディモルト、キースに見送られる形でカシミスタンを発とうとしていた。今にも泣きそうな顔つきでしゅんとうなだれているモルディモルトの姿に、ポポは後ろ髪を引かれる思いに駆られたが、理性で感情を抑え込み、モルディと最後の言葉を交わす。

 

 

「ポポ。はい、これ」

「ニキ、これは?」

「いいから、受け取って」

 

 と、ここで。ニキが白く大きい巾着袋をポポに渡してくる。ニキから有無を言わせず渡された巾着袋はとても重く、自然と中身が気になったポポは巾着袋の中身を覗き込み、仰天した。巾着袋にはお金で満たされていた。軽く見積もっても、100万ゴールドはありそうだ。

 

 

「えぇ!? こ、こんなにもらえないよ!?」

「いいの、もらって。ポポがいなかったら、半年前にカシミスタンは間違いなく滅んでいた。私も死んで、生き残りは多分、土のクオリアを預けたモルディだけになっていた。ポポはカシミスタンの救世主なんだから、このくらいの報酬は当たり前よ。……本当ならこの10倍は払いたい気持ちなのだけど、今の財政状況じゃこれ以上はさすがに厳しくてね。ごめんね、ポポ」

「で、でもだからって――」

 

 ポポはニキからの大金の受け取りを拒否しようとする。これほどのお金をもらえるほどのことをしたつもりなんてなかったし、ポポにお金を渡すくらいならそのお金をカシミスタン復興のために使ってほしかったからだ。

 

 

「小娘。ずべこべ言わずにもらっておけ。その金は貴様の働きに対する正当な対価だ。拒絶するのなら、それこそニキを侮辱することになるぞ? 貴様は恩人に報いたいと考え、ささやかながらも報酬をかき集めたカシミスタン領主の好意を無下にして、ニキの顔に泥を塗るのか?」

「うぅッ!?」

「もう、キース。わざわざそんな言い方をしなくてもいいじゃない」

「……キースは、いじわる」

「事実を言ったまでだ。何が悪い」

 

 だが。キースの援護射撃により、ポポはニキからのお礼の大金を受け取らざるを得ない構図へと追い込まれる。ニキとモルディモルトはキースを半眼で見つめて彼の発言を咎めるも、当のキースはどこ吹く風だ。

 

 

「……」

 

 ポポはじっと手元の巾着袋を見つめる。半年前にサウス・ヴァレーを発った時に、ポポはコツコツ貯金していたなけなしのお金をすべて持ち出した。しかし、そのお金はこの半年間でほとんど使い切っていて、現状、ポポの所持金は非常に心許なかった。ゆえにポポは、しばし逡巡した後、今回はニキの好意に甘えて、お金をありがたくもらうことにした。

 

 

「……わかったよ。じゃあ、もらうね。ありがとう、ニキ」

「どういたしまして。……また、カシミスタンに遊びに来てね、ポポ。その時までには、かつてのカシミスタンの活気を取り戻してみせるから!」

「うん、楽しみにしてるね。――それじゃあ、またね。ニキ、モルディ、キース!」

 

 ポポは巾着袋をリュックにしまうと、元気よく手を振ってニキたちに別れを告げる。そして、クルリと体をターンさせて3名に背を向けると、一歩一歩、歩を進めていく。次は、どこへ行こうか。ポポは次の目的地について軽く思案しつつ、カシミスタンの地を後にするのだった。

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。半年間のカシミスタン滞在で色々な出会いと別れを経験した彼女は今、何を思うのか。
ブブ:群れで行動する旅ブタの子供。逆行前はポポと3年間を共に暮らしていたが、今回は早々に群れと合流したため、ポポと一緒に暮らす展開はなくなったと思われる。
ニキ:土の魔女たる緑髪の少女。ポポとの別れを悲しむのは妹のモルディの役目だとして、ニキ自身は笑顔でポポを送り出すこととした。その際、今を逃せばもうお礼としてポポにお金を渡せる機会はないかもしれないとして、大金も渡した。
モルディモルト:ニキの妹。13歳の青髪の少女。「盛る」が口癖。ポポとの別れはとても悲しいが、いつかまたポポと再会できるその時を楽しみに取っておこうと、どうにか気持ちを切り替えることに成功した。
キース:サイージャとの契約により、ニキとモルディモルトを守る傭兵。18歳。傭兵らしく、労働には正当な対価があって然るべきと考えているため、ポポにニキからの大金を受け取らせるべく、少しばかり工夫して発言した。

 というわけで、6話は終了です。これにて原作前カシミスタン編は終わりです。次回以降は別地方の話になりますが、カシミスタン編ほどはがっつりやりません。さらっと流していきます。早く原作の時間軸と合流したいのでね。仕方ないですね。


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7話.ミトラ村のお祭り


 どうも、ふぁもにかです。ステラグロウとかいう、ゲームのパッケージや宣伝文句からはギャルゲー感がヤバいのに、実際にゲームを進めていくと普通に王道ストーリーという見た目詐欺ゲーム。もっと認知度が広まってくれることを切に願いつつ、第7話始動です。



 

 カシミスタンを中心とした王都西のムシャバラール砂漠全土に風のクオリアを埋め込み終え、カシミスタンを旅立ったポポは、次の目的地として北の一帯をあまねく制覇することを定めていた。

 

 東や南よりも北を優先したことに、大した理由はない。ただ、ポポは無性に会いたくなったのだ。かつて、ボナンザ町長の言いなりになっていて、サウス・ヴァレーでのお務めに熱心に取り組むばかりで、自由を知らなかったポポに、手を差し伸べてくれた、ポポの最初の人間の友達である、アルトに。

 

 そのため、ポポは王都の北に位置するアルトの故郷、ミトラ村へ向けて歩を進めていた。もちろん、その道中の北の街道の随所に、ポポが月を削って作った風のクオリアを埋め込んでいくことも忘れない。

 

 

「ほ、ほぇー」

 

 そうして、ポポがミトラ村にたどり着いた時、村は活況に包まれていた。逆行前に、水の魔女の星歌の楽譜を求めて、調律騎士団がミトラ村に赴いた時は、村はとても落ち着いた雰囲気だった。それゆえ、ポポは己の記憶の中のミトラ村と、今のミトラ村とのギャップに思わず目をパチクリとさせる。

 

 村の広場には様々な出店が立ち並び。多くの家や村の木にはカラフルな飾り付けで彩られていて。どうやらポポはミトラ村のお祭りの日に、村を訪問したようだった。さすがに王都の復活祭とは比べ物にならないほどに小規模だが、見た限り、色んなお店が揃っていて、十分に楽しめそうだ。

 

 

「ふむふむ。お肉料理のお店に、小物のお店に、あっちにはスウィーツのおみ……え?」

 

 ポポはさりげなく風を起こして、手持ちの風のクオリアをミトラ村の地面に埋めつつ、どんな出店があるかを確かめるべく、散策する。と、そこで。ポポは非常に気になる出店を見つけた。その出店は甘いお菓子を取り扱っているようだった。が、陳列されているお菓子がどれも、毒々しい紫色をしていたのだ。

 

 

(こ、これってもしかしなくても――)

「いらっしゃいませ。おひとついかがですか?」

 

 とても見覚えのある紫色をしたお菓子をポポが凝視していると、ポポという名のお客様の存在を察知した1人の少女が出店の奥からひょっこりと顔を出した。ポポはこの、少々くせっ毛のある、淡い赤髪をした少女のことをよく知っている。

 

 リゼットだ。アルトと一緒でミトラ村が故郷で。3年後に水の魔女となった彼女は、『世話好きのお姉さん』という言葉がぴったりな性格をしていて。ポポが騎士団に入ってからというもの、よくリゼットとお茶会をして親睦を深めたものだ。その際、リゼットから振舞われるお菓子や料理はどれもなぜか紫色をしていて。そのせいで一時期、ポポが『ケーキは紫色をしているのが普通』だと勘違いしていたのは記憶に新しい。どうやら今のリゼットはこの紫色オンリーなスウィーツを取り扱う出店の店員をしているようだ。

 

 

「それじゃあ、このクッキーを1袋、ください」

「はい、まいどあり」

 

 ポポはクッキーの値札を見てリゼットに10G支払う。ポポは早速クッキーを包む半透明な袋のリボンを紐解いてクッキーを取り出し、パクリといただく。クッキーは程よい甘みと、サクサクとした気持ちの良い食感が特徴的で。ポポはとても懐かしさを感じた。クッキーが紫色であることからほとんど察していたが、このクッキーは間違いなくリゼット作だ。

 

 

「んー、おいしい!」

「……本当に食べてくれた」

「へ? どういう意味?」

「あ、いや。あなたはこの辺じゃ見かけない子だったから。私の作る料理はなぜかみんな紫色になるけど味は問題ないってことを知らないあなたが、私のお菓子を何も警戒しないで食べてくれたのが意外で」

「……んとね。ポポは料理の見た目はあんまり気にしないんだ。リゼ――お姉さんのクッキーからはとてもおいしいにおいがしたから、味もおいしいんだろうなって思って。おいしいクッキーをありがとね」

「〜〜〜ッ!!」

 

 クッキーを頬張るポポの姿を意外そうに見つめるリゼットにポポが素直に問いかける。結果、リゼットからの返答を受けて、まさか未来でたくさんリゼットの料理を食べてきたから何も警戒していなかったなどと言うわけにはいかないポポは、しばしそれっぽい言い訳を思案し、リゼットに伝えた。すると、リゼットは感極まったかのような表情でポポを熱烈に見つめたかと思うと、ぐいぐいとポポへと距離を詰めてきた。

 

 

「え、え?」

(ポポ、何かマズいこと、言っちゃった!?)

「ねぇ、あなたポポって言うの?」

「う、うん」

「私はリゼット、よろしくね。それでポポ、お代はタダでいいから、私のお菓子を他にもいっぱい、ここで食べてくれない?」

「ほぇ? いきなりどうしたの、リゼット?」

「……駄目、かな?」

 

 リゼットからタダでもっと自分のお菓子を食べてほしいと頼まれたポポは、リゼットの意図が読めないことや、お金を払わずにリゼットの商品を食べてしまうことへの申し訳なさから、リゼットの頼みを素直には了承できない。が、そんなポポの態度から己の提案を拒否されると考えたリゼットがしゅんと落ち込んでしまう。

 

 

「う、ううん! ポポは大丈夫だよ!」

「本当に!? じゃあ早速お願い!」

 

 そんな、元気のないリゼットの姿をまのあたりにしたポポが、リゼットを悲しませるまいと慌ててリゼットの提案を受け入れると、リゼットは先ほどまでとは打って変わってパァァと喜色満面の笑みを浮かべた後、出店の奥から様々なお菓子を持ち出してポポに差し出してきた。

 

 

「はい、どうぞ」

「そ、それじゃあ……いただきます」

 

 ポポはリゼットから受け取ったスフレチーズケーキ(紫色)やガトーショコラ(紫色)をおずおずと口に運ぶ。その瞬間から、ポポの食事は止まらなかった。

 

 

「おいしい、おいしいよ!」

 

 リゼットのお菓子を頬張る度、懐かしさがポポの胸いっぱいに広がり、ポポの心に安寧を与えてくれる。ポポの緊張していた、張り詰めていた気持ちがほぐれていく感覚。まるでリゼットの優しさにポポの体がすっぽり包まれているかのようだ。ポポはうっかり泣き出したくなる己の感情を頑張って抑えつつ、リゼットのお菓子を堪能した。

 

 そんな、リゼットの出店の前でとてもおいしそうに様々な種類の紫色のお菓子を頬張るポポの姿を目撃した観光客たちの客足が段々とリゼットの出店に集まっていく。結果、リゼットの出店は、先ほどまでポポしかいなかったのが嘘のような盛況ぶりを見せることとなった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日はありがとうね、ポポ。ポポのおかげで私のお菓子を、村の外の人にもいっぱい買ってもらえたよ」

「そうなの?」

「うん。ミトラ村の人じゃない、観光客のポポが私のお菓子を凄くおいしそうに食べてくれたから、宣伝になったんだよ」

 

 夕刻。全ての客を相手し終えたリゼットがポポの元へとパタパタと歩み寄り、頭を下げてお礼を告げてくる。どうやらポポがリゼットのお菓子フルコースに熱中している間に、リゼットの出店は集客に成功していたらしい。

 

 

「ふっふっふ、これでお母さんやアルトをギャフンと言わせられる。本当にありがとう、ポポ」

(ッ! アルト! リゼットの口からアルトの名前が出て来たってことは、今、アルトはミトラ村でリゼットとリゼットのお母さんと一緒に過ごしてるんだ……!)

「もう、お母さんもアルトも酷いんだよ? せっかく私が一念発起をして、今年のお祭りに私の料理の出店を出すって宣言したら、2人して『リゼットの料理はどれも紫色になっちゃうから、そのことを知ってる村の人にしか売れないんじゃないか。だからやめた方がいいんじゃないか』なーんて言ってきて、私の料理の腕を信じてくれなかったんだよ? ……ま、まぁ、ポポが来てくれるまでは、実際その通りだったけど。でも酷いって思わない、ポポ?」

「……」

「ポポ?」

「あ、うん。えっと……アルトって?」

「アルトは私の家族だよ。私の弟……いや、お兄ちゃん? まぁとにかく、とってもかわいい私の家族なんだ」

 

 リゼットからアルトの名前を聞いた瞬間、ポポの中でアルトに会いたいという衝動が爆発的に膨れ上がる。今すぐにでもリゼットにアルトの居場所を聞き出して、アルトの顔を見たい。アルトと話したい。アルトにポポを見てもらいたい。そのような衝動が暴発しないよう細心の注意を払いながら、ポポはアルトのことを知らないフリをして、リゼットにアルトのことを質問する。

 

 

「……あれ。でもそういえばアルト、もうこんな時間なのにまだ森から帰ってこないなんて、どうしたんだろう? 狩りの途中で何かあったのかな?」

「ポポ、そのアルトって人を探しに行こうか?」

「え、でも森はウルフみたいな凶暴な動物がいるし、時々魔物も出てくるからポポ1人じゃ危険だよ。ボーゲン村長に相談した方が――」

「――大丈夫。ポポはね、動物とお話することができるんだ。だからポポにとって、ウルフは頼もしい味方なんだよ。それに森の動物に話を聞けば、アルトの居場所もすぐにわかると思うしね」

「ポポって動物と話せるの!? 凄いね!? ……じゃあ、お願いしてもいいかな? 私はボーゲン村長にアルトのことを話しておくから」

 

 ポポはアルトと会うことのできる名目をリゼットから入手すると、リゼットの心配を少しでも取り除くべくキリッとした表情で「うん。ポポにお任せ、だよ!」と言葉を残し、一目散にミトラ村北部の森へと駆け込んでいくのだった。

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。アルトのことが恋しくなってミトラ村を訪問し、リゼットと出会った。リゼットの料理は何故か総じて紫色になることは知っていたので、躊躇なくリゼットのお菓子を堪能し、懐かしさに浸っていた。
リゼット:ミトラ村出身の少女にして未来の水の魔女。14歳。この時のリゼットはアルトを家族だと称しているが、実際のところ、アルトのことを弟と見ていたのか、兄と思っていたのかは不明。

 というわけで、7話は終了です。リゼットの何が好きって、ステラグロウ海外版のリゼットがアルトから「リ→ゼッ↑ト!」って呼ばれるのが好きです。ところで結局、リゼットの料理が総じて紫色になる理由とは……? 謎は深まるばかりなのです。


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8話.逆調律


 どうも、ふぁもにかです。私がポポ逆行モノのステラグロウ二次創作を手掛けるきっかけとして「このシーンを何が何でも書き起こしたい!」という衝動の存在があるのですが、今回の8話はまさに書きたかったシーン四天王の内の1つになります。残り3つのシーンを書ける日はいつになることやら。



 

「くそッ……」

 

 ミトラ村北部の森。その奥地にて、アルトは窮地に追い込まれていた。アルトは服の袖を狩人の剣で斬って、右の太ももにぎゅっと巻きつけて止血を行おうとする。現在、アルトの右太ももにはウルフの咬み跡が刻まれており、止めどなく血が流れている。

 

 この日、アルトは狩りに失敗していた。己の力を読み違え、初めて森の奥地での狩りを実行したところ、アルトの想定を軽く超えるウルフの群れ15匹と遭遇してしまったのだ。アルトの周囲を取り囲み、アルトの命を刈り取るべく一斉に飛びかかるウルフの群れに対し、アルトはどうにか包囲の一点を担うウルフ3匹を斬り伏せる形で、ウルフたちから逃げることができた。

 

 しかしその際、アルトの全身にはウルフの爪撃や咬みによる傷が刻まれたために、アルトは逃走を継続させることができず、近場の木陰に身を隠し、深めの傷に対して応急処置を行うことが精一杯といった状況へと追い詰められてしまったのだ。

 

 

(俺にはまだ、森の奥は早かったんだ。くそ、どうすれば、どうすればいい……!)

 

 アルトは数刻前の己の判断を後悔しつつも、打開策を必死に探る。持ち込んでいたヒールハーブはもう尽きている以上、もはや己の怪我をロクに治療できない。よって、このまま木陰に隠れていたところで、ウルフの鋭い嗅覚がアルトの血のにおいを嗅ぎつけるのも時間の問題だ。タイムリミットは刻一刻と迫っている。アルトは、覚悟を決めて木陰を飛び出した。すると、案の定。12匹のウルフが既に集結しており、アルトは再び包囲されていた。

 

 

(ごめん。ローザおばさん、リゼット。俺、ここで死ぬかもしれない……)

「グァウ!」

「ッ!」

 

 ウルフの集団に囲まれ、打開策を見いだせずに絶望するアルトの隙を突くように、1匹のウルフがアルトに飛びかかる。アルトはウルフの攻撃に気づくのが遅れたため、ウルフを狩人の剣で迎撃することも、回避することも叶わない。アルトは為すすべもなく、その首をウルフの爪で掻っ切られ――。

 

 

「させない!」

「ギャン!?」

 

 刹那。アルトの眼前のウルフの前足が、弓で撃ち抜かれていた。結果、ウルフの爪撃がアルトを捉えることなく空を切る中、アルトの目の前に、1人の少女が飛び込んできた。ふわりと着地するその小柄な少女は、きらめく金髪のツインテールをはためかせ、どこまでも澄んだ紺碧の瞳を瞬かせていて。まるで何かのおとぎ話の登場人物かと思えるほどに、とても美しくかわいい女の子だった。

 

 

「風よ、ポポに力を!」

 

 突如乱入してきた少女が一言呟くと、アルトたちを起点としてかまいたちが発生し、周囲のウルフたちを次々と切り刻んでいく。結果、数匹のウルフが多数の裂傷に耐え切れずに倒れ、残りの大なり小なり傷を抱えたウルフたちは、得体の知れない少女に怯え、気を失ったウルフを引きずる形でアルトたちの元から退散した。

 

 

「あ、ありがとう。おかげで助かったよ。ええと、君は?」

 

 アルトは逃げゆくウルフの群れを呆然と見つめていたが、己の命の危機を目の前の少女に救ってもらったという事実を改めて認識した後、金髪の少女にお礼を告げる。その際、アルトは少女の名前を知らないことに気づき、少女に名前を問いかける。

 

 

(……え?)

 

 だが、少女はアルトの問いに答えない。ただ、透き通った紺碧の瞳でアルトを見上げるのみだ。沈黙が森を支配する中、アルトは再度少女の名を訪ねようとして、気づいた。少女の頬を静かに涙が伝っていることに。

 

 

「なんで、泣いてるんだ?」

「え、あれ。どうして、ポポ……」

 

 初対面の少女がアルトを颯爽と助けてくれた、かと思えばなぜかボロボロと涙を零し始める。わけがわからないながらも、アルトは少女に対し、努めて柔らかな口調で、少女の涙の理由を問う。すると、そこで初めて自身が涙を流していることに気づいたらしい少女は、慌てて手の甲で涙を拭う。

 

 

「大丈夫か? もしかして、さっきのウルフにどこか怪我させられたのか!?」

「う、ううん! そういうのじゃないからだいじょーぶ! ただ、えっと、さっき目に木の枝が刺さっただけ――」

「木の枝が!? それ本当に大丈夫か!? 下手したら失明するぞ!? ちょっと見せてくれ」

 

 自分を急いで助けようとしたせいで少女が目に怪我を負ってしまった。その事実への罪悪感からアルトは、自身の怪我のことなど忘れて少女の目の怪我の様子を確認しようとする。森で狩りを行う以上、アルトには応急処置の心得がある。その心得を今、自分のせいで怪我をしてしまった少女への罪滅ぼしとして、役立てたかったのだ。

 

 

「だ、だだだいじょーぶだから! ポポは頑丈だから! ホントにだいじょーぶだから! だからそんなに顔を近づかないで……あぅぅ」

 

 そのため、アルトは少女の制止をスルーして、顔を真っ赤にする少女の瞳を近くで確認する。確かに、少女が「大丈夫」と連呼する通り、目に傷は存在しない。少女の言葉は決して強がりではなかったようだ。

 

 

「問題なさそうだな、良かった……」

「ごめんね、いきなり泣いちゃって、心配させて。それで……えっと、名前だったね。ポポはポポだよ。アル――じゃない。あなたのお名前は?」

「俺は、アルトだ。……ミトラ村に住んでる」

「そっか。アルト、よろしくね。――って、名前を聞いてる場合じゃなかったね。早くアルトの怪我を治さなきゃだ! いくよ、リトルヒール!」

 

 少女――ポポはアルトと名前を交わした後にようやく、今のアルトが傷だらけであることに気づき、慌ててアルトに手をかざす。すると、アルトの体を淡く優しいエメラルドの光が包んだかと思うと、アルトの怪我がすっかり治っていた。アルトは自身の体を襲ったまさかの出来事に目をまん丸に見開く。

 

 

(嘘、だろ!?)

「ポポ! 今のは……!?」

「あ、えーと、ね。そう! 実はポポ、凄腕のお医者さんなんだ。もうね、ポポほどの腕になると、一言おまじないを言うだけで簡単に怪我を治せちゃうんだ。すごいでしょ!」

 

 どうして何も道具を使わず、短い単語を唱えただけでアルトの傷が治ったのか。アルトが驚愕冷めやらぬままポポを見つめて問いかける。対するポポは見るからにしどろもどろで、声も所々裏返っていて。すぐにポポがアルトに嘘をついているのだとわかった。

 

 

「あぁ、凄い。凄いよ、ポポ。さっきのウルフを倒した風といい、まるで魔女が使えるっていう魔法みたいだ!」

「ギクゥッ!?」

 

 ただ、アルトに命の恩人であるポポの嘘を追求するつもりはなかった。アルトはポポの主張を信じている。その旨がポポに伝わるように、アルトはポポの治療術を魔法に例えて絶賛したが、ポポはますます動揺してしまう。何かマズいことを言ってしまったのかもしれないが、アルトには何がポポにとってのNGワードなのか、まるでわからなかった。

 

 

「ア、アルト。ポポのことはいいから、それより早く村に帰ろう? リゼットが心配してたよ」

「リゼットのことを知っているのか?」

「うん。さっきミトラ村のお祭りで知り合ったんだ。それで、アルトが帰ってこないって不安そうにしてたから、ポポがアルト探しを引き受けたんだよ」

「そうか、それでここまで……」

「ほら、アルト。行こう?」

 

 ミトラ村の住人じゃないポポがわざわざミトラ村の北の森でアルトと出会った理由を知ったアルトは、ポポから差し出された手を取らなかった。小動物みたいにかわいい、女の子のポポの手を取ることを恥ずかしく感じたからではない。アルトの中に、迷いがあったからだ。

 

 

「俺は、このまま帰っていいのかな?」

「……アルト?」

 

 気づけばアルトは。ポポを相手に、己が秘め続けていた思いを零した。誰にも言うつもりなんてなかったのに。つい口を滑らせてしまったのは、森の中にアルトとポポの2人しかいなく、目の前の少女がミトラ村の人ではないからだろうか。それとも。

 

 

「俺には、記憶がないんだ。……3か月前に森で倒れている所をリゼットに見つけられて、ローザおばさんとリゼットの家族になったけど。そもそも俺がどういう人間なのか、わからないんだ。アルトって名前はリゼットがつけてくれたもので、俺が14歳ってのも、ローザおばさんとリゼットの推測でしかない。俺は、何もわからないんだ。手掛かりは、俺が見つけられた時に持っていた、この碧のペンダントだけだ」

「……」

「俺は、ローザおばさんに、リゼットに迷惑をかけている。ミトラ村のみんなは、俺を家族として迎え入れたローザおばさんの判断を咎めている。素性の知れない子供を家族にするなんて軽率だって、みんな言ってる。……なぁ、ポポ。俺は本当に、このまま帰っていいのかな? ここで死んだ、ってことにして、ミトラ村からいなくなった方がいいんじゃないのか?」

 

 一言、口に出したら最後、アルトの口はもう止まらなかった。困惑するポポを前に、アルトは己の心境をどんどん吐露していく。と、ここで。アルトはどうして自分がこんなにも饒舌に本音をさらしているかに気づいた。

 

 ポポの瞳だ。ポポとは初対面のはずなのに。ポポがアルトにそそぐ視線に、並々ならぬ、万感の思いを感じて――もしかしたら、ポポは記憶を失う前のアルトを知っているのではないかと思ったからだ。

 

 

「なぁ、ポポ。これは俺の勘なんだけどさ。ポポは、記憶を失う前の俺を知っているんじゃないのか? 教えてくれ。俺は、誰なんだ!? 記憶を失う前の俺は、何をやっていたんだ!? 何をやっていたら、記憶を失って、着の身着のままで森で倒れる、なんてことになるんだ!?」

「アルト……」

 

 アルトは矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、よろよろとした足取りでポポに詰め寄る。一方、返答に窮したポポはアルトを見つめたまま、アルトが近づくに合わせてアルトから後退する。アルトはポポから距離を離されるに合わせて足を踏み出す。そんなアルトとポポの行動は、ポポの背中が木に当たり、ポポが後ろに下がれなくなったことで終了となった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(……そっか。こんなにも余裕がなかったんだ。昔のアルトは)

 

 ポポは知らなかった。

 記憶喪失であることが、自分の歩んだ人生の軌跡を何も思い出せないことがどれほど怖いのか。

 

 ポポは知らなかった。

 アルトが記憶喪失であることをこんなにも怖がっていた過去があったことを。

 

 ポポの知るアルトは、いつも頼もしくてカッコいい、ポポのヒーローだった。

 だけど、今のアルトは、とてもヒーローとは程遠い、ただの男の子だった。

 

 

 ポポのよく知る、いつも頼もしくてカッコいいアルト。

 そんなアルトはいつだって、ポポ1人ではどうにもならない思いを抱え込んだ時に、ポポを調律して解決してくれた。いつだってアルトは、弱くて情けなくてグズなポポと真剣に向き合ってくれて、ポポが心の奥底で欲しがっている言葉を投げかけてくれて、ポポを導いてくれた。ポポを救ってくれた。

 

 

 ――今度は、ポポの番だ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「アルト! ぎゅぎゅぎゅぎゅーッ!」

「ッ!?!?」

 

 ポポの口から、アルトの待ち望んでいた言葉が紡がれる。そう期待してアルトがポポを見つめていると、いきなりポポがアルトに思いっきり抱き着いてきた。まるで想像してなかったポポの抱き着き行為にアルトは声にならない驚愕の声をあげる。

 

 

「ポ、ポポ!? いきなり、どうしたんだよ!?」

「ごめんね、アルト。ポポはアルトが記憶を失う前のことは、言えないんだ」

「知っては、いるんだな?」

「ほんの少しだけだけどね。ポポから言えるのは、アルトの帰る場所はミトラ村だってことだけ」

「…………そう、か」

 

 今はポポに抱き着かれているから、表情からポポの発言の真偽を読み取ることはできない。だが、ポポの落ち着いた声色から察するに、ポポの発言は嘘ではないのだろう。アルトは、肩を落とす。ミトラ村に帰れば、またローザおばさんやリゼットに迷惑をかけてしまう。

 

 

「ねぇ、アルト。人はね、知らないことを怖いって思っちゃうんだよ。アルトが記憶がないことを怖く感じるみたいに、ミトラ村のみんなも、アルトのことがよくわからないからアルトを怖がってるんだ」

「……」

「アルト。今日はミトラ村でお祭りがあったよ? どうしてアルトはお祭りに行かないで、森の奥で狩りをしてたの?」

「そんなの、俺が村にいたら、ローザおばさんやリゼットの迷惑になるからに決まってるだろ……」

「アルトのことをよく思わない人から逃げたくなる気持ちは、ポポにもわかるよ? でも、家族に迷惑をかけたくないなら、ミトラ村のみんなに怖がられたくないなら、アルトは自分のことをいっぱいみんなに教えてあげないといけないんだ。……アルトのことをたくさん知ったなら、みんなだって、アルトのことを村の仲間だって認めてくれるよ」

「……何を、教えるんだよ。俺は記憶喪失なんだぞ? 俺に話せることなんて何も――」

「記憶がなくても、話せることはいっぱいあるよ? 例えば、リゼットのお母さんやリゼットのどんな料理が好き、とか。ミトラ村の近くの森の地形や動物の生態がどうなってるのか、とか」

「……」

「話せることはいっぱいあるよ。だからね、一歩、踏み出してみない? 最初は上手くいかないかもしれないけど、大丈夫だよ。アルトには味方になってくれる素敵な家族がいるし、アルトは勇気を持って一歩を踏み出せる人だもん。……それに、ポポも。ポポも、アルトの味方だから」

「……そっか」

 

 ポポはアルトに抱き着いたまま、アルトを見上げて太陽のような微笑みを浮かべて、アルトに優しく語りかけてくる。ポポの柔らかな声が、ポポの温かな眼差しが、ほのかな温もりが。アルトの鬱屈とした感情を少しづつ突き崩していく。解きほぐしていく。気づけば、アルトの後ろ向きな感情は消え去っていて、アルトはとても久々に、自分の心が軽くなったことを自覚した。

 

 

「なぁ。ポポは俺のことを、どこまで知ってるんだ?」

「それは秘密。いつか話せる時が来たら、きっと話すよ。だから、それまでのお楽しみってことで。アルトの秘密を知りたかったら、もう家族の迷惑になるからミトラ村からいなくなった方がいい、とか思っちゃダメだからね!」

 

 ポポがアルトを抱きしめる腕の力を緩めたことをきっかけに、ポポの抱き着きから解放されたアルトは、改めて疑問をポポに投げかける。一方のポポは、アルトが失った記憶について、話すつもりはないようだった。

 

 だが。アルトとしても、ポポの投げかけてくれた言葉の数々の影響により、己の失った記憶への執着心が薄れていた。ポポが記憶を失う前のアルトのことを多少なりとも把握している、という事実を知って、安心したからこそ、消失した記憶へのこだわりが薄れたという理由もあるのかもしれない。

 

 今の俺はミトラ村出身のアルトで。ローザおばさんとリゼットの家族。今はこの立場から始めて、村のみんなに『アルト』のことを知ってもらって受け入れてもらう。きっと、今の俺はそれでいいのだろう。記憶を失う前の俺のことを知るのは、今の俺の地盤を固めてからでも遅くはない、ということなのだろう。

 

 だからこそ。アルトはもう、アルトの失った記憶について知っているポポを問い詰めることはしなかった。

 

 

「はは、そう来たか。わかったよ。こんなにポポに励まされたのに結局逃げたんじゃ、凄くかっこ悪いしな。やれること全部、やってやる」

「ッ! うんうん、それでこそアルトだよ!」

 

 アルトはポポを問い詰める代わりに、ポポに勝気な笑みを向けて高らかに宣言する。すると、ポポは一瞬だけ意外そうにパチクリと瞬いた後、晴れやかな笑みを携えて何度もうなずいてきた。そんなポポの姿はまるで、憧れのヒーローの誕生を手放しで賞賛する、純粋無垢な子供のように、アルトの瞳には映った。

 

 

「アルト。もう、平気だよね?」

「あぁ」

「それじゃ、村に帰ろっか。みんな、待ってるから」

「そうだな。……ありがとう、ポポ。おかげで元気が出たよ」

 

 ただリゼットに頼まれてアルトを探しに来ただけのポポに随分と迷惑をかけてしまったことを受けて、アルトは謝罪ではなく感謝の言葉をポポに告げる。だが、ポポからの返事はなかった。

 

 

「……ポポ?」

 

 気づけば、ポポの姿はアルトの目の前から消失していて。

 ポポがついさっきまで立っていた場所から、アルトの方へと緩やかな風が通り過ぎるだけで。

 まるで、ポポという少女がいたことが、夢だったのではないかと、アルトは一瞬、錯覚してしまった。

 

 だけど、アルトは知っている。

 記憶を失い、知らないことに怯えることしかできないただの子供に誠心誠意尽くして、真摯な言葉を重ねてくれた、少女の存在を忘れはしない。なぜなら。少女の声は、眼差しは、温もりは。しかとアルトの心に刻み込まれているのだから。さっきまでの少女との邂逅は、決して錯覚でも、幻でもない。

 

 

「――帰るか、俺の家に。俺の、故郷に」

 

 アルトは、確かな足取りで、ミトラ村へと歩みを進めた。

 

 

 その後、無茶な狩りを強行しようとしたことをミトラ村のボーゲン村長に怒られた翌日から、アルトは怖がらずに己のことをミトラ村の住人にさらすようになった。その結果、どういう人物なのかが少しずつ村に知れ渡り、少しずつアルトがミトラ村の住民として村のみんなから認められることとなるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 まばらな雲と夕焼けの光が、ミトラ村北部の森をより幻想的に彩る中。アルトの元から姿を消したポポは、森の木の幹に腰を下ろし、おもむろに目をつむる。

 

 時の魔女ヒルダは、英雄エルクレストと世界を守る約束をしたから、千年間も頑張り続けることができた。その気持ちが今、ポポにも少しわかった。

 

 五体満足で生きているアルトを見て。

 アルトの声を聞いて。

 アルトのにおいを感じて。

 アルトの体温を受け取って。

 

 先ほどのアルトとの出会いを脳裏でしばらく反芻した後、ポポはゆっくりと目を開く。そして、沈みゆく太陽に向けて、ポポは己の思いの丈を宣言した。

 

 

「ポポが、みんなを守るんだ。……今度こそ、今度こそ!」

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。今回、負の感情に呑まれているアルトに対し、かつてアルトがポポにしてくれたように、アルトと真剣に向き合い、真摯に言葉を投げかけ、実質調律っぽいことをしてのけた。ちなみに、ポポが最後に何も言わずにアルトの元を去ったのは、あれ以上アルトの傍にいたら、ポポが未来から逆行していること等々、ポポが抱えていることをすべて暴露しそうになってしまったから。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失の少年。倒れていたところをリゼットに拾われ、家族となり、リゼットに『アルト』の名前を与えられた。一応、14歳ということになっている。今回、己が記憶喪失であること、ミトラ村にあんまり受け入れられていないこと、ローザ・リゼット母娘に迷惑をかけていることが影響して割とネガティブ状態だったが、ポポのおかげで気持ちを持ち直すことができた。

 というわけで、8話は終了です。いやはや、この話は中々に難産でした。何せ、以前連載が止まっていたのは、今回のポポとアルトとの具体的な対話の内容が思い浮かばなかったからでしたからね、それぐらいの難産回でした。でも、この回は妥協できない回だったので、形になってよかったです。


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9話.ゆるふわ潜入ミッション


 どうも、ふぁもにかです。前回の8話が全力の回だったので今回は低燃費で書き上げた息抜き回です。ポポの次なる目的地やいかに。



 

 アルトやリゼットと出会いつつ、同時にミトラ村とその周辺一帯に風のクオリアを埋め込み終えたポポは、ミトラ村を後にして北へと歩を進める。ポポの次なる目的地は、北の属州『ソイ=トゥルガー』だ。

 

 ソイ=トゥルガーは氷に閉ざされた年中冬の世界であり、50年前まで存在していたヒルデガリア帝国無き今は、誰一人として住んでいないとされる、忘れ去られた土地だ。

 

 当時、ヒルデガリア帝国を治めていた時の魔女ヒルダは、人類の感情エネルギーの総量が閾値を突破することで発生する人類虐殺システム:エクリプスを防ぐために、国民の感情を強制的に抑制させるべく、『節制10則』という法律を用いて統治していた。

 

 しかし、エクリプスのことなんて知らない、あるいはエクリプスのことをヒルダから伝えられてもスケールが大きすぎて一切信じられなかった国民にとって、節制10則によって国民の生活を厳密に管理されたヒルデガリア帝国は自由のないディストピアでしかなかった。そのため国民は帝国を、ヒルダの統治を否定し、大規模な内乱を起こし。国民の説得を諦めたヒルダは、全国民を堕歌で結晶化させる形で内乱を強制的に終結させた。これが、50年前にヒルデガリア帝国が滅んだ理由だ。

 

 ゆえに。ソイ=トゥルガーに居住する住民は誰一人としておらず、当然交易もない。そもそも一般人の立ち入りはレグナント王国が禁じている。ポポが今、向かっているソイ=トゥルガーとは、そういう場所だ。

 

 

「むむ……」

 

 ただいま、ポポは悩んでいた。理由は簡単。ソイ=トゥルガーは今、ヒルダが率いる福音使徒の活動拠点として利用されているからだ。福音使徒にとって、住民がいないソイ=トゥルガーは格好の潜伏場所だったというわけだ。

 

 福音使徒はエクリプスを発動させないことを活動目的としている。そのために、ある時は街を滅ぼし、人を殺して、感情エネルギーの総量を減らし。ある時はマザー・クオリアの眷属である魔女を殺して、マザー・クオリアが人間の感情エネルギー量を測定できないようにしていた。

 

 そんな福音使徒の前に風の魔女であるポポがうかつに姿を現そうものなら、ポポの末路は想像に難くない。仮に上手いことポポが魔女だと見破られなかったとしても、福音使徒以外存在しないソイ=トゥルガーに歩を進める旅人の女の子なんて、怪しまれるに決まっている。ポポのお務めを見逃してくれるとは思えない。

 

 でも、だからといって。ポポがソイ=トゥルガーに赴かないなんて選択肢はあり得ない。来たるべき日のために、風のクオリアを地面に埋める作業は、全世界で行わなければ意味がない。クオリアを埋めていない地域があっては、ポポの策は無に帰してしまうからだ。

 

 

「むむむむ……」

 

 ゆえに、ポポは悩んでいた。どうすれば、元ヒルデガリア帝国領地にて、福音使徒に見つかることなく、仮に見つかっても襲われることなく、穏便に風のクオリア埋め作業を行えるのか。その解についてポポは熟考しながら、1歩1歩雪を踏みしめていく。ヒルデガリア帝国の首都だった廃都ファーレンハイトに着く頃には、きっと何かしらアイディアを思いつけるだろう。ポポはそのように期待していたのだが、結局ポポは無策のままファーレンハイトにたどり着き、ファーレンハイトの荒廃した門を視界に収めることとなった。

 

 

(う。もうファーレンハイトに着いちゃった。うーん、結局どうしようかな……?)

 

 改めて自分に策を閃くという行為が向いていないということを思い知らされることとなったポポは、コテンと首を傾げる。

 

 

「誰だ、貴様!? 福音使徒じゃないな、なぜここにいる!?」

「ッ!」

 

 と、その時。ポポの背後から威圧的な男性の声がぶつけられた。ポポが反射的に振り向くと、全身を黒を基調としたコートに身を包み、フードで顔を隠した1人の男性が敵意に満ち満ちた眼差しとともにポポへと槍を構えていた。この格好と、発言からして眼前の男性は明らかに福音使徒だ。結局ポポは無策のまま、早速福音使徒とエンカウントするという最悪の形に陥ってしまった。

 

 

(ど、どどどどどうしよう!? 一旦逃げた方がいいかな!? でもこの人がポポのことをヒルダたちに伝えたらますますファーレンハイトの警備が厳重になっちゃうよね!? そんなことになったらお務めができなくなっちゃう!)

「まさか貴様、王都の騎士か!? くそ、こうしちゃいられない! ヒルダ様に報告だ!」

「待って! それはダメ!」

「ぎゃあ!?」

 

 ポポが内心で慌てふためいている中。福音使徒の男性は小柄な女の子が1人でファーレンハイトまで足を運んでいるという状況から、なぜかポポを王都の騎士だと断定し、ポポと戦わずに速やかにヒルダにポポのことを報告しようとする。背中を翻し、ポポの目の前から走り去ろうとする福音使徒。彼を行かせてはならないと、ポポはとっさに風魔法を行使する。結果、福音使徒を足止めするつもりで放ったポポの竜巻は福音使徒を派手に宙へと吹き飛ばし、福音使徒はなすすべもなく頭から地面に落下し、まもなく気絶した。

 

 

「あ、やっちゃった……」

 

 ポポはしばし呆然と、白目を剥いて倒れる福音使徒の男性を見下ろす。と、そこで。ポポの脳裏に、閃光のように、1つの策が閃いた。

 

 

 ――この人の服を借りて、ポポが福音使徒になりすませばいいんじゃないかな?

 

 

「……ごめんね。本当にごめんね」

 

 ポポは男性から福音使徒の服を脱がし、小柄なポポが使用するにはあまりに大きい福音使徒の隊服を風魔法でちょうどいい長さに切断した上で、身につける。続けて、ポポは風魔法で足元の雪を巻き上げて簡易的なかまくらを作成する。その後、ポポはリュックから毛布を取り出し、下着姿で路上に倒れる男性を包んでかまくらの中にそっと置いてから、他の福音使徒に見つかる前に速やかにその場を離れるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ソイ=トゥルガー東部の森にて。ポポは例のごとく月を削り、月の欠片を風のクオリアへと変化させ、付近に埋めるいつものお務めを進めていく。この時、ポポは油断していた。福音使徒の服を手に入れた以上、仮に福音使徒に見つかったとしても、ポポが福音使徒ではないと、でもって風の魔女であるとバレる可能性は低いと高を括っていた。

 

 だからこそ。

 

 

「アンタ、誰?」

「へ!?」

 

 不意にポポの背後から刺々しい声をかけられたポポはビクッと肩を震わせた後、おずおずと後ろを振り向く。ポポの視界に映ったのは、ピンク色のウサギのフードを目深に被り、色とりどりのアクセサリーがいっぱい取り付けられた、デコデコとした厚手の服に身を包んだ、ポポよりも背丈の小さい女の子の姿だった。ポポはこの女の子の正体を知っている。

 

 

(ド、ドロシー!? どうしてここに!?)

 

 時の魔女ヒルダを心から慕う福音使徒の幹部の1人、ドロシーだ。「デクリン」という名前の人形を自在に操り、ドロシー本人は、時に自分が傷つこうとも構わずに、刀やチェーンソーを全身全霊で振り回す。そのような危険な戦闘スタイルを採用するドロシーに、かつて福音使徒と敵対していた頃のポポたちが命を奪われかけたことは一度や二度のことではない。

 

 おそらく福音使徒の中で最も物騒で、過激。ゆえに、ソイ=トゥルガーで最も出くわしてはいけなかった人物。そんなドロシーが今、目の前にいる。ポポの頬に焦燥の汗が伝った。

 

 

「だ、誰って? ポ……私のことをお忘れですか? ドロシー、様?」

「アンタみたいな奴、ドロシー知らないんだけど☆ 福音使徒じゃないくせに福音使徒の格好して、ドロシーの名前を知ってて、森に潜んでるとか、メッチャ怪しくな〜い?」

「わ、私は新入りですから。それにしても、こうも忘れ去られるなんて、酷いなぁ、あはは」

「てことで、処刑決定! 死ねぇ!」

(ひゃぅ!?)

 

 ポポがとっさに震え声ながらも福音使徒っぽい発言を繰り出し、ドロシーを騙そうとした所で、ドロシーが唐突に刀を逆袈裟に振るう。ポポは悲鳴を飲み込み、背後に跳躍することで間一髪、ドロシーの刀を避けるも、風にたなびくフードはドロシーの刀に真っ二つに斬られてしまった。結果、ポポの素顔がドロシーの前に晒されることとなった。

 

 

「キャハハッ☆ やっぱり福音使徒じゃなかった。アンタみたいな金髪女、ドロシー知らないもん。ドロシーの勘は今日も絶好調だね!」

「え、え? ポポが福音使徒じゃないってわかってなかったの? ポポが福音使徒かもしれないのに殺そうとしてきたの!?」

「当然。だって、ドロシーに怪しまれるようなことをしたアンタが悪いんじゃん☆」

「ほぇぇ!?」

(ドロシー怖い、超怖いぃぃぃ!)

 

 もしも一瞬でも反応が遅れていたら、ポポの首がドロシーにより刎ねられていた。しかもドロシーは、ポポが敵だとの確証を持てない状態で、そんなこと知ったことかとポポを殺す刀の一撃を放った。その事実に、ポポのドロシーへの恐怖心がどんどん積みあがっていく。

 

 つい先日、アルトに対して「人はね、知らないことを怖いって思っちゃうんだよ」などと話したポポだったが、今のポポはまさにそんな心境だった。ドロシーの心境が、思考回路が読めなさ過ぎてただひたすらに怖いのである。

 

 

「アンタはちゃーんと捕まえて、入念に拷問しないとね☆ そんで、スパイを捕まえたこと、ヒルダにいっぱい褒めてもらうんだ! 今晩は人肉のミンチ! ぶつ切り、削ぎ切り、細切り、薄切り――どれにしよっかなぁ、ドロシー迷っちゃう♪」

 

 クルリ、クルリと。雪の上を華麗にターンしながら、ドロシーはポポの殺し方のパターンを次々と提示してくる。ポポは完全にドロシーに気圧されていた。ドロシーに怯えていた。ゆえに、ドロシーがポポをどのように惨殺するか妄想し、凶悪な笑い声を零している間に。ポポがドロシーに背を向けて、風の力を目一杯借りて、全力疾走でドロシーから逃げ出すのは当然の帰結だった。

 

 

「あぁ!? 待て! デクリンちゃんたち、あいつを逃がすなッ! 殺せ! ミンチにしろぉ!」

 

 数秒後。脱兎のごとく逃げ出すポポにようやく気づいたドロシーがポポを指差し、声を荒らげながら指示を飛ばす。すると、ドロシーの周囲から音もなく、つぎはぎで所々綿の飛び出ているウサギの人形『デクリン』が次々と現れ、俊敏な動きでポポを追い立てる。だが、小柄なウサギの二足歩行によるダッシュでは、追い風の恩恵をその身に受けて逃亡するポポに追いつくことはできなかった。

 

 

 かくして。ソイ=トゥルガーでのポポの行き当たりばったりなお務めミッションは、運悪くドロシーに見つかり襲われる形で、失敗に終わるのだった。

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。特にこれといった作戦を用意せずに、ミトラ村とほど近いソイ=トゥルガーでのお務めにチャレンジしてみるも、見事に失敗した。この度ポポが無策だったのは、アルトと邂逅したばかりでテンションが上がっていたことも影響している。
ドロシー:魔女ヒルダに心酔し、ヒルダに付き従う福音使徒の1人。デクリンという名の自立人形を自在に操り、本人は刀やチェーンソーを振り回す過激な戦闘スタイルが特徴的。性格もまた過激で血の気が多い彼女は、「疑わしきは罰せよ」精神の体現者と称せるかもしれない。ちなみに現時点では8歳であるという衝撃の事実。

 というわけで、9話は終了です。ドロシーちゃんは過激かわいい。プラス、ドロシーしかり、ののかしかり、顔を隠して立ち回る系のキャラは大好きなのです。


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10話.慈愛の魔女


 唐突ですが、ステラグロウの不思議7選を紹介するぜ!
1.なぜか全部紫色になってしまうリゼットの料理
2.じゃんけんよわよわサクヤ様
3.ユアンの生い立ち、および性別(+時々勝手に動く外付けふさふさ尻尾)
4.ヒルダによるドロシーの教育方法
5.レグナント王国の禁足地多すぎ問題
6.天使の手羽先を食べるとなぜ長生きできるのか
7.セ ン ス デ ー タ さ ん

 どうも、ふぁもにかです。今回はとあるキャラが登場するのですが、結構ノリノリで執筆できました。この子と私との相性は結構いいのかもですね。ちょっと意外でした。



 

「あー、うー」

 

 神聖レグナント王国の中心たる、王都ランベルト。その一角にあるカフェで、ポポはテーブルに頭を突っ伏し、消え入りそうな声色でうめき声を漏らしていた。ポポの脳裏に思い浮かぶのは先日、北の属州『ソイ=トゥルガー』各地に、風のクオリアを埋め込むお務めをしようとして、速攻で福音使徒のドロシーに見つかり、頓挫したあの一件である。

 

 

「ほぇぇ……」

 

 3年後に発生するエクリプスにより、万単位の人が天使に殺される悲惨な未来。そんな凄惨な未来を回避するためにポポはこれまで、自身が訪れた各地に、月から削ってポポの魔力で変質させた風のクオリアを埋め込んできた。この行為に、例外となる場所があってはダメなのだ。風のクオリアを埋め込めていない場所があっては、意味がないのだ。ゆえに今、ポポはカフェで後悔に後悔を重ねている。ロクに対策を用意せずにソイ=トゥルガーに足を踏み入れ、あっさりとドロシーに見つかってしまった、己のふがいなさに。

 

 

(これから、どうしよう……)

「すみません。相席、よろしいですか?」

「え、うん。だいじょーぶ、だけど?」

「ありがとうございます!」

 

 店員から受け取った紅茶を見つめながら、ポポは今後の己の立ち回りをどうするかについて真剣に考えを巡らせる。と、ここで。カツカツと、軽快な足取りとともに誰かがポポの元へと歩み寄り、申し訳なさそうに相席を提案してくる。ただいま絶賛、頭をフル回転させて考え中だったポポが半ばうわの空で相席を了承すると、相手は非常にうれしそうな声色でお礼を述べて、ポポの対面にストンと腰を下ろした。

 

 

(あれ?)

 

 と、ここで。ポポは気づいた。ふとポポの紺碧の瞳で周囲を一瞥した時に、今ポポが訪れているカフェが全然混んでいないことに。

 

 じゃあ、どうしてこの人はわざわざポポと相席になったのだろう。疑問を胸に、ポポが対面の人物に視線を映した時、ポポは思わず驚愕に目を瞬かせた。栗色の髪を短く切りそろえ、シルクハットを被り、清潔感を重視した服装に身を包みつつも、腰にはふさふさの尻尾を装着させている。この人物のことをポポは知っている。ポポが過去に逆行する前に、ともに戦った調律騎士団の仲間、ユアンだ。

 

 

「あなたがかの有名な風の魔女、ポポさんですね?」

「う、うん。そうだけど? 君は?」

「いやぁ、やっと見つけられましたよ。……おっと自己紹介が遅れてしまいましたね。僕はユアン、ユアン商会の社長を務めています。どうぞよろしくお願いします」

 

 営業スマイルなにこにこ笑顔を浮かべつつ、丁寧な口調で己の身分を明かしたユアンが差し出してくる手を、ポポは素直に握り返す。その一方で、ポポはユアン商会の沿革と、今の時間軸とをどうにか照らし合わせていた。

 

 

(確か、ユアン商会は3年前に10歳だったユアンが作った商社のはず。で、今はポポが過去に戻って半年は経っているから――)

「……ユアン商会って確か、3か月くらい前にできた、あの?」

「ええ、そうです! よく知ってますね!」

「ポ、ポポは風の魔女だからね。風のうわさを集めるのも得意なんだ」

「なるほど! 風の魔女にはそういう情報収集能力もあるんですね! ますます興味深いです! それにしても、ポポさんがユアン商会のことをご存じだったとは、光栄ですね」

 

 ポポがユアン商会のことに言及すると、ユアンは己の商会の知名度が着々と上がっていることに嬉々とした表情を浮かべる。続けて繰り出されるユアンからの問いかけに、ポポがそれっぽい口実を持ち出すと、ユアンはポポの発言を欠片も疑わずに、腕を組んで誇らしげにうんうんとうなずく。ポポは段々と自分の言い訳技術が上達していくことに複雑な心境に襲われつつ、ここでまた別の疑問を抱いた。どうしてユアンは、ポポがユアン商会のことを知っていただけでこうも喜んでいるのだろう、と。

 

 

「ポポさん、せっかくのカフェでの安寧の一時を邪魔してしまい、申し訳ありません。今日、こうして僕がポポさんと話す機会を少々強引な形で作ったのは、ポポさんと有益なビジネスの話がしたかったからです」

「ビジネス?」

「ええ。――ポポさん、僕と専属契約を結びませんか?」

「せんぞく、けいやく?」

「言い換えますと、僕とポポさんとで協力関係を築き、ともに助け合うウィンウィンな関係になってくれませんかというご提案です」

「?」

 

 内心でいくつか疑問符を浮かべるポポをよそに、ユアンから早速本題を持ちかけてくる。結果、ポポはますますわからなくなった。

 

 ユアンは、たった3年でユアン商会を巨大商社に成長させた敏腕社長だ。そのユアンがポポに契約を迫ってきた、ということはポポに何か商売としてのチャンスを見出した、ということになる。だけど、ポポにはその理由がわからないのだ。例えばアマツの姫巫女である火の魔女サクヤみたいに多くの人々から絶大な人気を集めているわけではない、そんなポポにユアンが何の価値を見出したのかがわからないのだ。

 

 

「どうして、ユアンはポポと契約したいの?」

「決まっているでしょう! あなたは3か月前の『カシミスタンの大乱』で人命救助に徹し、カシミスタンを滅亡の危機から救った魔女なんですから。滅びの魔女ヒルダが災厄の象徴とするなら、カシミスタンを救った風の魔女ポポは、興隆の象徴。カシミスタンであなたが魔法を惜しみなく振るって、壊れた建物を修繕し、亡くなった人を丁寧に埋葬し、怪我人を献身的に介抱する、そのような姿から、あなたは今、カシミスタンの住民を中心に『慈愛の魔女』と称されているんですよ」

「ふぇ、えええええ!?」

 

 まさか『慈愛の魔女』だなんて、そのような大げさな二つ名がポポにつけられていただなんて。ポポがカシミスタンの復興活動を手伝っていたことを思わぬ形で評価されまくっていた事実を受けて、ポポは思わず驚愕の声を響かせる。

 

 

「あれ? 知らなかったんですか?」

「ポポ、そんなこと全然知らなかったよ……」

「なるほど。確かに、己の評価を把握していなかったのなら、僕がポポさんと契約を交わそうとするのを不思議がるのは当然のことですね。……でも。それなら今は、僕があなたと契約したがる理由に察しはつきますよね?」

「う、うん。なんとなく」

「今、慈愛の魔女であるポポさんのことを知りたいと思う人は存外多いんですよ。そこで僕があなたをプロデュースするんです! まずは謎のヴェールに包まれた風の魔女の特集を大々的に組んだ後、あなたにはユアン商会に所属するアイドル兼、売り子として世間に姿を現してもらいます。これで話題性はばっちりです。あとは僕の秀でた商才と、ポポさんの優れたビジュアル・スター性・人間性を掛け合わせることで、ユアン商会は劇的に成長することでしょう。僕はユアン商会を成長させられて嬉しいし、ポポさんは経済の発展に貢献しつつ、人々に娯楽を提供する形で、人々に心身ともに豊かな暮らしを享受してもらうことができる。慈愛の魔女であるポポさんにとって、この地に住まう人々の幸せは、至上の喜び、そうではありませんか? あぁもちろん、ポポさんにボランティアなんてさせませんよ。当然、報酬も相応の額をお支払いします。――さぁ、どうでしょう? 僕と契約して、世界を変えてみませんか? 世界に革命を起こし、世界中の人々の暮らしをより豊かなものに変えてみませんか?」

 

 ユアンは話している内に段々とヒートアップしてきたのか、早口にポポを巻き込んだ上での今後のユアン商会の展望を語り尽くし、洗練された所作で右手をポポに差し出してくる。だが。正直な所、ポポにとって、ユアンの提案はあんまり魅力的ではなかった。

 

 第一に、ポポがユアン商会と協力した際の、ポポの立ち位置についてだ。ユアンはポポをアイドルや売り子にしたいようだったが、それはポポにとって都合が悪い。ポポがユアン商会のアイドル兼売り子になってしまえば、今までのように世界を巡りながら風のクオリアを埋め込むお務めに使える時間が確実に減ってしまうからだ。

 

 ポポは世界を十分に回れていない。世界中に風のクオリアの欠片を埋め込め切れていない。このままのペースだと、3年後にちょっと間に合わなくなるかもしれない。そのため、ユアン商会の一員の立場に落ち着くことは良策ではないだろう。

 

 第二に、報酬について。ユアンはポポとの専属契約のメリットの1つとして十分な報酬の存在を示したが、ポポはついこの前、ニキからカシミスタンを救った報酬として約100万ゴールドを受け取っているため、お金に困っておらず、お金が欲しいという動機がない。

 

 それに何より、今のポポは目立ちたくないのだ。理由は単純明快で、目立ってしまえばその分、福音使徒に命を狙われかねないからだ。特にポポはつい先日、ファーレンハイトに潜入しようとしてドロシーに見つかり逃げ帰ったばかりで、当然ポポのことはヒルダに報告されているはずだ。それなら、福音使徒のポポに対する敵意、殺意はかなり上昇しているに違いない。ここでポポがこれ見よがしに世間に姿を現せば、ポポはもちろん、ユアン商会にも危険が及びかねない。

 

 

「ごめんね、ポポにはまだまだやらないといけないことがあるんだ。それは、お金よりも大切なことで、今しかできないお務めなんだ。だから、ユアンの提案は断るね」

「……そう、ですか」

「あ、でも。ポポがユアン商会にいなくても問題ないことなら好きにしていいよ? 例えば、ポポのグッズを販売する、とか。そういう専属契約ならだいじょーぶ」

「へ?」

「だって、ユアンは良い人だって、話していてよくわかったから」

 

 結果、ポポはユアンの専属契約の打診を断った。慈愛の魔女ポポが首を縦に振りそうな提案を練った上で今日という日を迎えたユアンが、ポポと専属契約を結べないという結果にシュンとうなだれる中、ポポは代わりの提案をユアンに示す。その思わぬ提案に、当惑とともに顔を上げるユアンに対し、ポポはにへらと微笑んだ。

 

 ユアン商会は、王立騎士団第9小隊にとって、調律騎士団にとってとても大切な存在だ。ユアン商会があったからこそ、王立騎士団第9小隊は、全国各地の魔女を保護するための旅を安全に行うことができた。エクリプスが発生した後も、ユアンが多大な私財を投げ打って人命救助を働きかけてくれたおかげで、レグナント王国はどうにか滅亡一歩手前で踏みとどまることができた。

 

 

「ダメですよ、ポポさん。そうは問屋が卸しません」

 

 だからこそ。ポポを商売に活用することでユアン商会が成長できるのなら、喜んで。そのような心境でポポは、ユアンの当初の考えとは異なる形の専属契約を提案したのだが、対するユアンは、不満げに腕を組みながら、ポポの提案をすげなく断った。

 

 

「ほぇ?」

「商人の世界はギブアンドテイクこそが鉄則です。ポポさんの心遣いは嬉しいですが、一方的に相手から施しを受けて終わり、なんてことは絶対に受け入れられません」

「でも、ポポは気にしないよ?」

「あなたが気にしなくても、僕が気にするんです! ユアン商会が一方的に施しを受ける契約はNGです。ユアン商会の名が廃ってしまうじゃないですか! ……ポポさんのグッズ販売の許可をいただけるのはとても助かります。ですが、ユアン商会だけが得をするという状態は捨て置けません。……聞かせてください。あなたは僕に何かしてほしいことはありますか? 僕にできることなら何でも取り計らいますよ? さぁ、遠慮せずに言ってみてください。まさか、何もないとは言いませんよね?」

「ユアンにしてほしいこと……」

 

 先ほどユアンから示された専属契約を断った時とは違い、ユアンはポポから何か要求を引き出すまで、引くつもりはないようだ。ユアン商会に何をお願いしよう。うーん、うーんとしばらくポポが頭を悩ませていると、ここで。2つ、ユアン商会に頼みたいことを思いついた。

 

 

「それじゃあ、ユアン。2つ、お願いしたいことがあるんだ。無理なら断ってね?」

「わかりました。まずは内容を聞かせてください」

「うん。1つ目は――」

「ふむ、なるほど。その程度ならお安い御用です。ぜひユアン商会をご愛顧ください」

 

 ポポが1つ目のお願いをユアンに告げると、ユアンは即決でポポのお願いを引き受けてくれた。このお願いは断られることはないだろうと想定していたポポだったが、ユアンから明確な回答をもらえて初めて安心する己が存在することを自覚した。

 

 

「それで、もう1つは何でしょうか?」

「うん、えっとね――」

 

 ユアンに2つ目のお願いを促されたポポは一拍置いた後に、ユアンを見つめて、お願いの内容を切り出した。

 

 

「――ポポ、変装したいんだ」

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。己が慈愛の魔女として評価されていることを知らなかった。ちなみにユアンに提示した、2つのお願いの内の1つはまだ秘密。いつか明かされる予定。
ユアン:10歳にしてユアン商会を立ち上げ、どんどんと規模を拡大している新進気鋭の性別不詳の社長。現在は11歳。風の魔女ポポの人気を活用してユアン商会を発展させるべく、今回接触してきた。この度、ポポを王都のカフェで発見できたのは全くの偶然だったりする。

 というわけで、10話、もといユアンとの出会い回前編は終了です。まさかの前後編となったことにびっくりしています。いやはや、ユアン回でまさかこうも文字数が増えるとは思いもしなんだ。


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11話.男装チャレンジ


 どうも、ふぁもにかです。ユアンとの出会い回後編です。当初の想定より原作の過去編が長めになってますが、今回を含めてあと2話使ったら、原作の時間軸に到達できるかと思われます。



 

 神聖レグナント王国のお膝元、王都ランベルト。その一角のカフェにて。ポポは対面に座るユアンに対し、ユアンが当初構想を練っていたポポのアイドル&売り子化計画を断りつつも、ユアン商会がポポグッズを販売することは承諾した。

 

 しかし、ユアン商会のみが一方的に得をするポポの提案にユアンは異を唱え、ユアン商会がポポグッズを販売する許可を得たことと同等の要求がないかとポポに問いかけてくる。そんなユアンに対し、ポポは2つの依頼を持ちかけることに決めた。1つは、ユアン商会だからこそお願いできること。そして、もう1つは――。

 

 

「――ポポ、変装したいんだ」

 

 ポポは今現在、3年後のエクリプスに備えて、月を削って変質させた風のクオリアを世界各地に埋め込んでいる。しかし、この風のクオリア埋め込み世界行脚には、どうしても避けられない課題がある。

 

 それは、ポート・ノワールでも風のクオリアを埋め込まないといけないということだ。現在、ポート・ノワールでは、ボナンザ町長によりポポの身に覚えのない悪評が広まり、ポート・ノワールの一般常識レベルにすっかり浸透している。そのため、ポポがいつもの格好でポート・ノワールを訪れれば町はたちまちパニックに陥ってしまい、悠長に風のクオリアを埋めるなんてことはできなくなってしまう。

 

 それに、ボナンザ町長に『世界を守るためにポート・ノワールを離れる』ことを高らかに宣言して旅立った以上、すべてが終わるその時までボナンザ町長と再会したくない、という気持ちもあった。単純に、顔を合わせるのが恥ずかしいのだ。

 

 加えて先日、ファーレンハイトに潜入しようとして失敗し、ドロシーに顔バレしたこともある。あの一件により、ポポは福音使徒に絶対に目をつけられている。今までは、福音使徒のポポへの印象は、世界中を旅する魔女程度だったかもしれないが、今は敵として認識されていてもおかしくない。いつ、どこで。福音使徒に闇討ちされてもおかしくはないのだ。

 

 かといって、ポポの使い魔を呼び出し、彼らにポポの代わりに風のクオリアを埋めてもらうのは、とても非効率だ。魔物は常に討伐対象なので、王立騎士団に見つかり次第、すぐに討滅させられるだろう。それに、魔物が風のクオリアをそこらかしこに埋め込みまくるという奇妙な行為を目撃されれば、目撃者に妙な誤解を与えるかもしれない。何なら、目撃者が埋め込んだ風のクオリアを掘り返そうとするかもしれない。

 

 よって、今後も世界中に風のクオリアを埋め込むお務めを継続するためには、ポポの素顔を隠し、身分を偽って、活動するより他はないのである。だけど、ポポには変装の方法がまるでわからない。そこでポポは、今回のユアンの提案にありがたく乗っかる形で、ユアンに相談することにしたのだ。

 

 

「変装、ですか?」

「うん。ポポにはやるべきことがあって、そのために世界中を旅しているんだけど……近い内に、正体を隠してポート・ノワールに行きたいんだ」

「なるほど。確かにカシミスタンでは大人気なポポさんですが、奇妙なことにポート・ノワールでのポポさんの評価は真逆。ポポさんの良いうわさはまるで聞きませんね。何かあったんですか?」

「……」

「っと、すみません。つい探ってしまって。うずく好奇心を上手に制御できないところが僕の悪癖ですね」

「あ、違うから。気にしないで、ユアン。ポポはただ、ポート・ノワールのみんなに嫌われてるってだけだから」

「明朗快活で、万人受けしそうな性格をしているあなたが、特定地域の住民にのみ嫌われてる、ね……。興味深い話ですが、詮索はよしましょう」

 

 ユアンはカフェの給仕から受け取った紅茶を一口含みつつ、ニィィと口角を吊り上げて笑う。いかにも何かを企んでいそうな顔だ。どうやらユアンは、ポポとポート・ノワールとの関係性を直接追及するつもりこそないものの、ポート・ノワールに探りを入れる気満々のようだ。

 

 

「要するに、ポポさんの2つ目の依頼は、変装の方法を指南してほしい、ということですか?」

「うん。ポポ、変装なんてしたことないから、どうすればいいかわからなくて……」

「わかりました。それでは、まず変装の目的からはっきりさせましょうか。ポポさんは、ポート・ノワールの住民に自分がいることを気づかれたくない。これがポポさんが変装する目的ですね?」

「うん。そうだよ」

「それは言い換えると、ポポさんが風の魔女だとバレなければいい、ということですよね?」

「うん、そういうことになる、のかな?」

「だったら話は簡単です。ポポさん――男に変装してみませんか?」

「へ!?」

 

 ユアンに変装の方法を持ちかけたポポは、ユアンからの思わぬ提案につい驚愕の声を漏らす。ポポがイメージする変装とはあくまで、例えばジゼルが全身にフード付きマントをまとって己が人造天使であることを隠すといったものであり、まさか性別まで隠す方向に話が広がるとは全然想定していなかったからだ。

 

 

「風の魔女だとバレたくないのなら、男装するのが一番手っ取り早いです。何せ、男の魔女は過去に類がありませんから。ポポさんが男の格好をするだけで、あなたが風の魔女と疑われる機会はグッと減ることでしょう」

「そっか、確かに男の魔女っていないよね! さっすがユアンだよ! そんな方法があるなんて……!」

「いえいえ、この程度、なんてことありませんよ」

「……でも。ポポに男の人の真似ができるかな? ポポ、演技下手だよ?」

「問題ありませんよ。幸いにも、ポポさんは小柄ですから。肌の露出を控える服を選定すれば、後は変声期を迎えていない子供の真似をするだけで、性別なんて簡単に隠せます」

「ほ、ほぇー」

「とはいえ、ポポさんが異性に変装することに抵抗があるのなら、男装はやめにして別案を考えますが……いかがでしょう?」

 

 ユアンから提示された男装の提案。それは、ユアンから話を聞けば聞くほど、とても魅力的な提案にポポには感じられた。何せ男のフリをするだけで、ポポが風の魔女だとバレるリスクが一気に減るのだから。ユアン風に言うのなら、ローリスクハイリターンな男装という手段に、ポポはすっかりその気になっていた。

 

 

「ポポ、やるよ! 男の人に変装する!」

「乗り気のようで安心しました。では早速、変装してみましょうか。変わった自分の見た目を確認してから、男に変装する方針を変えたっていいですしね。ちょうど王都に、ユアン商会と懇意にしている凄腕のスタイリストがいるんです。今から彼女のお店に行きましょう」

「え、でもいきなり押しかけてもいいの?」

「大丈夫ですよ。懇意にしているといったでしょう? さぁ、善は急げです! 行きますよ!」

「あ、待ってよユアンー!」

 

 ユアンは勢い良く立ち上がると、レジでさりげなくポポの分も会計を済ませた上で、意気揚々とカフェを飛び出し、スタイリストの店に向かう。ポポはあまりのユアンの行動の速さに席に座ったまま目をぱちくりとさせるも、ユアンを見失わないように慌てて後を追うのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから、ポポはユアン商会とつながりのあるスタイリストの店で、『男装したい』との要望に基づいたコーディネートを受けた。どういう服をそろえればいいか、どんな髪型がいいか、どんなアクセサリーが必要か。そのような観点でポポはスタイリストからの熱心な指導を受けた。

 

 

「ふふ、またのお越しを」

 

 そして、2時間後。ポポは、スタイリストの女性の声を背に受けながら、店を後にする。しばらくは自分の格好が様変わりしたことへの実感が全くないポポだったが、スタイリストからお近づきの印にと、無料でもらった手鏡を見て、付近の店のガラスの反射で映る己の全身を見て。段々と己がしっかりと男装できているという実感を得ることができた。

 

 

「ほぉわぁぁぁ……!」

 

 今のポポは、紺色のテンガロンハットを目深に被り。白のシャツに黒のズボンで肌をしっかり隠し。シャツの上から全身をすっぽり覆えるサイズの栗皮色のコートを羽織り。絹糸のような金髪をツインテールではなくローポニーテールに束ねてコートの内側に隠し。ダークブラウンの厚底ブーツを履いている。そんな、いつものポポからはまるで想像できないレベルの、あまりの変貌っぷりにポポはつい、驚愕と興奮の声を響かせる。

 

 

「第一印象は『謎多き流浪の旅人』といった所でしょうか、様になってますね。かっこいいですよ、ポポさん」

「か、かっこいい!? ポポ、かっこいい!?」

「はい」

 

 かっこいい。なんて言葉は今までのポポとはまるで縁がないものだったので、ポポはますます興奮する。尤も、ユアンに褒められて有頂天になり、キャッキャとポーズを取りまくる今のポポの態度からはかっこよさの欠片も感じられないのだが、当の本人には知る由もない。

 

 

(何だか、ポポがアルトになったみたいだよ……! すっごくワクワクする!)

「苦しそうだな、ポポ……。大丈夫だ、俺が助けてやる――!」

「……それ、誰かのモノマネですか?」

「え、あ! や、気にしなくていいよ、ユアン!」

「?」

 

 ポポは興奮のあまり、ついつい過去にアルトがポポに向けて投げかけてくれた印象深い言葉を模倣するも、すぐ近くにユアンがいることを思い出したことで、ポポは少しだけ平静を取り戻す。

 

 

「では、かっこよくキマったところで、自己紹介の練習といきましょう」

「練習?」

「ええ。今の格好をしたあなたは、相手から名前を問われた時にどのように答えるつもりなのかをここで試してもらいたいなと思いまして」

「へぇー、面白そう!」

「では早速やってみましょうか。……コホン。そこな旅の方。名をうかがってもよろしいでしょうか?」

「――ポポはポポだよ。よろしくね!」

「はい失格です」

 

 見た目が様変わりした今のポポの姿での自己紹介の練習。ユアンの提案を快諾したポポは、ユアンから名前を尋ねられ、いつものテンションで名を名乗り、朗らかな笑みをユアンに返す。すると、ユアンは両腕で×マークを作ってポポに即刻、失格を通達した。

 

 

「え、そんな……どうして!?」

「あのですね。ポポさんが男装するのは、ポポさんが風の魔女だってことを隠すためですよね? 正直に名前を名乗ったんじゃ、男装の意味がありませんよ」

「な、なるほど! ポポ、気づかなかったよ。さすがユアン!」

「どういたしまして。ということで、今からポポさんの偽名を決めましょう」

「偽名?」

「ポポさんが己の正体を隠すためには、見た目だけでなく、名前も違うものを用意しないといけない、ということです。せめて、急に後ろから名前を呼ばれても反応して振り向けるくらいに親近感のある偽名が望ましいですが、何か『これだ!』って名前はありますか?」

「う、うーん?」

 

 どうやらスタイリストに男性っぽい見た目をコーディネートしてもらうだけでは、己の正体を隠す男装としては不足しているらしい。ユアンから指摘されて初めてそのことに気づいたポポは、ユアンに促されるまま、自身の偽名を、もう1つの名前について思考を巡らせる。時折うなり声を漏らし、ショートしそうになる頭をどうにか思考放棄しないよう保ちつつ、熟考すること数分。ふと、ポポの脳裏に一案が浮上した。

 

 

「――タンポポ、って名前じゃダメかな?」

 

 タンポポ。この名前にたどり着いたのにはいくつか理由がある。まず、ポポがたんぽぽコーヒーをこよなく愛していること。次に、名前に『ポポ』が含まれていること。これなら、ユアンが偽名の条件として示した『親近感のある』偽名に合致しているのではないかとポポは考えたのだ。

 

 

「タンポポ、ですか。良いんじゃないですか? あまり男らしい名前ではないですが……今回決める偽名で何より大事なのは、名前から風の魔女を連想させないことと、ポポさんに馴染みやすい名前であることですから。それに、男らしさは話し方でカバーすればどうとでもなります」

「そう? 良かったぁ」

「あとは、一人称も変えましょう。候補は、俺か、僕。これが無理なら私、自分、某、我。この辺りでしょうね。何せ、今のポポさんは、自分で自分のことをポポと名乗ってますからね。いくら完璧な変装を施していても、それっぽい偽名を名乗ろうとも、一人称が『ポポ』のままだと意味がありません」

「ポポのことをポポと言わないようにしないと、なんだね。できるかな……?」

「そのための練習です。では、もう一度自己紹介をしてみましょう。はい、どうぞ」

「ポ……ボクはタンポポ、だ。よろ、しくな」

「まだぎこちないですが、場数を踏めば慣れるでしょうし、及第点ですね」

 

 男装している時は、タンポポという名を名乗る。一人称を『ポポ』以外に変える。口調は男らしい話し方を意識する。これらを踏まえて、ポポはユアンに再度自己紹介を行う。結果、さっきのようにユアンから失格の評価を下されることはなかった。

 

 

「さて。男装の仕方もわかり、偽名も手に入れた。これでポポさんの2つ目のお願いは叶えた、ということで良いですか?」

「うん! ありがとう、ユアン! すっごく助かったよ!」

 

 ユアンのおかげでポポは今後、旅人タンポポ(♂)に扮して世界を旅する手段を確立することができた。そのことにポポは多大な感謝を表明する。

 

 

「でも、ユアン。本当にいいの? ポポ、こんなにユアンによくしてもらったのに、ポポは全然ユアンに見返りをあげられてないと思うんだけど……」

 

 が、ここでポポは唐突に不安になり、ユアンに問いかける。ユアンの主張する、ギブアンドテイクの鉄則。ポポは今回、ユアンからギブばかり受け取っているように感じられたからだ。

 

 

「あなたは本当に、根っからの慈愛の魔女ですねぇ。あるいは、無欲の魔女とでも言いましょうか。……僕としては、この程度じゃポポさんグッズ販売の専売特許を得られた見返りに満たないと思ってるんですよ? だから、また何か思いつきましたら、ぜひユアン商会を頼ってください。僕は、ユアン商会は全身全霊、あなたの頼みに応えてみせますから」

「ユアン……」

 

 だが、ユアンはポポとは全く逆で、ユアンばかりがギブを享受しているという認識だったようだ。ユアンはやれやれと両手を広げつつも、栗色の瞳でポポをしっかりと見つめながら、真摯に言葉を紡ぐ。そのようなユアンの威風堂々とした姿は、ポポにとって非常に頼もしく映った。

 

 

「では、僕はそろそろ行きますね。また会いましょう、ポポさん」

「うん! またね、ユアン!」

 

 かくして、ポポとユアンは別れを告げて、お互いに背を向けて歩を進めていく。

 

 

 ポポより年下だけど、ポポより小柄で一見かわいらしい見目をしているけれど、ポポより頭が回り、ポポより将来を見据えていて、ポポより素敵な人。ユアンと出会ったのは全くの偶然だったけれど。今日、ユアンと出会えてよかった。この度、ユアンの頼もしさを、改めて実感するポポなのであった。

 

 




ポポ:風の魔女たる15歳の金髪ツインテールな少女。今回、ユアンの力を借りることで、今後は男装した『旅人タンポポ』として風のクオリアを埋める旅を行えるようになった。
ユアン:10歳にしてユアン商会を立ち上げ、どんどんと規模を拡大している新進気鋭の性別不詳の社長。現在は11歳。最初こそポポをビジネスチャンスとしてしか捉えていなかったが、ポポと会話を重ねる内にポポの性格そのものに好感を抱くようになった。

ユアン「あ、しまった。僕としたことがポポさんとの契約を書面に残し忘れてしまいました。あの慈愛の魔女と相対して、柄になく舞い上がっていたんでしょうか。僕もまだまだですね。……ま、いいでしょう。次に会った時に改めてサインしてもらえば、それで」

 というわけで、11話は終了です。最近何かと顔が曇りがちだったポポが心の底からはしゃいでる姿を描写できて私としても安心しました。なお、今後は……ゴホン、なんでもありません。


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12話.自己満足もままならない


 どうも、ふぁもにかです。今回で原作過去編は最後となります。よって今回は結構展開が巻きで進むことになります。本当はもっと過去編を濃密にやるべきなのでしょうが、あんまり長々と過去編を続けていると、私のモチベーション的に危ういので、どうかご容赦ください。ま、後から過去編として追加したいエピソードを思いついたら、おまけ枠として随時追加する方針としましょうか。



 

 王都ランベルトにて。ユアンから全面的に協力してもらえたことで別人に変装する技術を身に着けることのできたポポはその後、旅人タンポポ(♂)として、風の属州『サウス・ヴァレー』一帯で着々とお務めを進めていった。風魔法で月を削って、風のクオリアに変質させて、一定の距離間で土の中に埋めていく。そんな、途方もない作業をポポは約8か月かけて『サウス・ヴァレー』全域で進めていった。

 

 その間、ポポの心に不安が去来したのは一度や二度ではない。ポポの今現在の長期的なお務めに意味はあるのかと、己に問い直すことは何度もあった。何せ、ポポの活動は、当初ヴェロニカ博士が示してくれた『月から削って変質させた風のクオリアを3年分ため込んで、それをマザー・クオリアとの戦いで活用する』という方針に根本的に背いているからだ。

 

 だけど。ポポの目的は、『今度こそみんなを、世界を守ること』だ。それは『マザー・クオリアを倒すこと』と完全に一致するわけではない。仮にヴェロニカ博士の方針を忠実に守り、マザー・クオリアを倒せたとして、その時にみんなが死んでいたのでは意味がない。それではポポが何のために戦ったのか、わかったものではない。

 

 それに、もうポポは風のクオリアを世界中に埋める方針に切り替えてもう何か月も活動を続けてきた。今更方針を元に戻したところで、マザー・クオリアを倒せず、世界も守れないといった、中途半端な結果しか残らないだろう。そのため、ポポはいつも、底知れぬ不安を、徐々に膨れ上がるばかりの不安を抱きつつも、己の掲げた方針をひたすら信じて、お務めを続けるのみだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 タンポポに扮してお務めを進めるポポだったが、なにも四六時中お務めに徹しているわけではなかった。ポポは時折、ポート・ノワールに訪れては、ポート・ノワールの住民でおそらく唯一風の魔女への悪印象を抱いていない少年、マルコとムシバトル――定められたフィールドでカブトムシやクワガタを戦わせ、フィールドの外に敵を弾き飛ばしたムシが勝利となるバトル――に興じていた。ポポが過去に戻る前に、マルコと散々ムシバトルをすると宣言したまま置き去りにした約束を、今更ながら果たしていたのだ。

 

 

「ふぃー、今日もボクの勝ちだね」

「うぅぅ、負けたぁ。惜しかったのに! やっぱお兄ちゃん強いなぁ」

「ま、ボクの育てたタンポポカブトはそうそう負けないさ」

「うーん。どうしてお兄ちゃんからもらった激レアのクイーンオオクワガタでタンポポカブトに勝てないんだろう。絶対クイーンオオクワガタの方が有利なのに」

「そこは育て方次第なんじゃない? もっと色々試して育ててみるといいよ」

「うん!」

 

 そして。ポポが『サウス・ヴァレー』でのお務めを完了し、ポポが『サウス・ヴァレー』を発つと決めた当日。ポポはマルコと最後のムシバトルを行い、勝利した。マルコとのムシバトルの結果はこれで、55戦30勝25敗。まさかマルコとこうしてムシバトルを始めるまでムシバトルのルールを知らなかったポポが、ムシバトル専門家のマルコ相手に勝ち越せるとは思わなかったというのが本音だ。ポポには意外とムシバトルの才能があったのかもしれない。

 

 

「さて。じゃあ、前にも言った通り、ボクは次の地へ向かうよ」

「あ、そっか。そういえば、今日だったね! ……ねぇお兄ちゃん、もう行っちゃうの? もう一戦しない?」

「ごめんね、マルコ。ムシバトルはしばらくお預けだ」

「……そっかー。くっそー! 勝ち逃げなんてずるいぞ!」

「ふっふっふ。その悔しい気持ちをバネにして、もっと強くなるといいよ。またいつか、強くなったマルコとムシバトルできる日を楽しみにしてる」

「お兄ちゃん……」

「またね、マルコ」

「じゃあね、タンポポお兄ちゃん!」

 

 ポポはマルコとのムシバトルを制した立役者たるタンポポカブトを虫かごの中に入れると、マルコに別れを告げて、背を向けて歩き出す。ポポに向けて元気よく手を振ってくれるマルコに、ポポは一度だけ振り返り、小さく手を振り返して、再び視線を前に向ける。今度はポポは、振り返らなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 風の属州『サウス・ヴァレー』でのお務めを完了した旅人タンポポ(♂)の次なる目的地は、東方に位置する火の属州だった。火の属州の象徴たるゴウラ火山がどっしりと鎮座する中、ポポはまず第一に、州都のアマツへと足を運んだ。

 

 製鉄と鍛冶を主産業に据えて、レグナント王国とは全く異なる、独自の文化を発展させてきた鉄火の街アマツ。そのアマツに足を踏み入れたポポを迎えたのは、人、人、人。王都ランベルトに負けないくらいの人々が行き交い、賑わいをみせる光景だった。

 

 ポポはこの賑わいに既視感を抱いた。どうやら、ポポはちょうど、レグナント王国3大祭りとして名高い、アマツの火祭りの開催時期にアマツを訪れたようだった。

 

 

「らっしゃいらっしゃい! アマツ名物、溶岩飴だよぉ~! アマツに来たんならこれを食べなきゃ始まらない! さぁさ、買った買った!」

「よってらっしゃい、みてらっしゃい! この御守りは家内安全商売繁盛開運祈願のご利益があるんだ! ご客人! おひとつ、どうだい?」

 

 出店を構える店員たちが快活な言動で客の呼び込みを行う中、ポポはいつも通り、周囲に気取られないようさりげなく風を起こして地面を削り、風のクオリアを埋め込んだ後に削った土を被せる。同時にポポは、まっすぐにアマツ神社へと向かっていく。普段のポポならここで店員の呼び込みに導かれるがままに色々と購入する場面なのだが、本日のポポにそのような精神の余裕は存在していなかった。

 

 アマツで今、火祭りが行われているという状況は、ポポにとって非常に都合がよかった。ポポがアマツへ来訪した目的は、風のクオリアを街中に埋める以外にももう1つ存在していた。ポポは今日、サクヤに会いに来たのだ。

 

 調律騎士団の仲間にして、火の魔女であるサクヤは。アマツの姫巫女として奉られている。姫巫女が年に1回、火祭りの最終日に行われる焔鎮めの儀にて、歌を奏でることで、ゴウラ火山の噴火を防いできた実績が、姫巫女の立場たらしめているのだ。

 

 そんな姫巫女のサクヤに会うことは、地位や立場を持たないポポには難しい。しかし、火祭りの時は別だ。火祭りの開催中、サクヤは毎日アマツ神社の境内で、来訪者の手を握る『お手握りの儀』を開催している。この『お手握りの儀』には、神社で御札を10枚購入すれば、誰でも参加できる。つまり、火祭りの時だけは、お金さえあればサクヤと簡単に会える機会を作れるのだ。

 

 

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「すみません。御札を10枚、ください」

「2000ゴールドになります。……はい、確かに。それではこちらの御札をお受け取りください」

「ありがとうございます」

 

 アマツ神社の受付にて。ポポはすっかり慣れ切った旅人タンポポ(♂)としての口調で巫女と言葉を交わし、2000ゴールドを支払って、御札10枚を手に入れる。その後、神社の境内への長蛇の列の後ろに並び、一息ついた。サクヤと会えるまでに、あと数時間はかかりそうだ。

 

 

「……」

 

 ポポが今日こうして、サクヤに会いに来たのは。

 ポポが2年後の未来に犯すことに決めた罪と、逃げずに向き合うためだ。

 

 ここ最近、ポポは悩んでいた。来たる2年後のポポの立ち回り方についてだ。

 レグナント王国のアナスタシア3世女王陛下が、魔女4人による四部合唱でヒルダの堕歌による結晶化を解除させる祝歌計画を発動させたのは、2年後にリゼットが水の魔女として覚醒したことがきっかけだ。だって、水の魔女がいなければ、この世に魔女は4人だけで。ヒルダが祝歌に協力するわけがない以上、祝歌は実行不可能だったのだから。

 

 そして。リゼットを王都に迎え入れた後、アナスタシア陛下は祝歌計画を成功させるべく、クラウス隊長率いる王立騎士団第9小隊を結成した。その後、第9小隊の判断により、風の魔女ポポ→火の魔女サクヤ→土の魔女モルディモルトの順番で、魔女を王都に集めることとなった。

 

 この魔女と接触する順番は、魔女との接触のしやすさによって決められたはずだ。当時、土の魔女はカシミスタンの大乱により土のクオリアの継承が途絶えたものと思われていて。火の魔女は姫巫女として奉られているがゆえに、形式に則って親書を送り許可を得てから謁見するという手順を踏まないといけない。そのような状況だったからこそ、サウス・ヴァレーに定住していて会おうと思えばすぐに会えるポポが、最初に接触すべき魔女として、第9小隊に選ばれた。そのはずだ。

 

 だけど。未来から過去に逆行した今のポポはサウス・ヴァレーから旅立ち、世界各地を転々としている。さらにはポート・ノワールでお務めをすることと、福音使徒から身を隠すことを目的として、旅人タンポポ(♂)に変装しており、変装を解除することは滅多にない。そんなポポは、王都からすれば行方不明の魔女となるはずだ。それはつまり、2年後に第9小隊はまず最初に、行方知れずのポポではなく、所在のはっきりしている唯一の魔女である、火の魔女サクヤに会いにいく可能性が高いことを意味している。

 

 

(ニキは土の魔女になったけど、福音使徒を警戒して、自分が魔女だってことをポポとモルディ、キースにしか伝えてないからね……)

 

 とすると、ここで問題となるのは、2年後の焔鎮めの儀である。当時、サクヤは自分の気持ちに嘘をついていて、アマツ神社に集結した大勢の人々の前で鎮山歌を奏でられなかった。だけどあの時、サクヤが歌えなくなったことを人々に悟られなかったのは、福音使徒のドロシーが神社に登場し、サクヤを残酷に殺すために一旦誘拐したからだ。ドロシーがサクヤをさらったからこそ、サクヤが歌えないという緊急事態をうやむやにできたのだ。そしてあの日、サクヤは命の危機にさらされたからこそ、嘘で塗り固めた自分と向き合わざるを得なくなり、結果として、アルトの調律で再び歌えるようになったのだ。

 

 ……ここで問題となるのは、福音使徒が第9小隊が実現させようとする祝歌計画に気づき、邪魔をしてきたタイミングが、第9小隊がリゼット、ポポに続く3人目の魔女、サクヤを保護しようとしたタイミングであるということだ。それは言い換えると、第9小隊がリゼットに続く2人目の魔女、ポポを保護しようとした時までは、福音使徒は第9小隊の目的を知らなかった、ということだ。

 

 要するに、このままポポが何もしなければ。2年後に待っている世界は。

 ――焔鎮めの儀の日に。ドロシーが襲ってこないため、サクヤが歌えなくなったことが大勢の人々にバレて。サクヤのプライドが、尊厳が、今まで積み上げてきたすべてが粉々に壊された上で、ゴウラ火山が噴火して火の属州が丸ごと壊滅する、そんな世界だ。

 

 だけど、ポポは第9小隊の2人目の魔女として第9小隊の前に自ら姿を現すつもりはなかった。ポポが第9小隊に加わったら最後、ポポの拠点は王都に固定され、今までのように世界各地で風のクオリアを埋めるお務めを行うことが非常に困難になる。ゆえに、ポポは世界中に風のクオリアを埋めきった後で、第9小隊に4人目の魔女として加わるつもりだった。

 

 だからこそ。気づかせないといけない。

 ポポが自ら、第9小隊の目的を、福音使徒に密告しないといけない。

 ポポがヒルダの魔法で過去に戻る前の世界と同じように、ドロシーにサクヤを襲わせないといけない。例えその結果、サクヤがドロシーにマグマに突き落とされそうになった一件をトラウマに感じることになろうとも。

 

 そう。ポポは2年後に、わかっていて。 

 それでもサクヤに、きっと生涯癒えないだろうトラウマを背負わせようとしているのだ。

 他にもっと良い方法はあるのかもしれない。だけど、ポポにはこれくらいしか思いつけない。これがポポが精いっぱい考えた中で、最もマシな方法なのだ。

 

 だから、今日。ポポはサクヤに会いに来た。ポポの心の中で、勝手にサクヤに謝るために。謝った所で、サクヤを危険な目に合わせる方針を変えるつもりはないのに。ただ、ポポの自己満足のためだけに。サクヤに会いに来た。

 

 

「それでは次の方、どうぞ」

 

 ポポが長考している内に、長蛇の列はなくなっていて。境内の奥から女性の、厳かな声が届けられる。サクヤの声だ。長考状態から現実に戻ってきたポポは一瞬肩を震わせた後、言われるがままに歩を進める。その先にたたずむのは、赤を基調としつつもカラフルな着物を身にまとった、火の魔女サクヤ。

 

 

「あら、お初にお目にかかりますね、かわいらしい殿方様」

「は、ひゃい!」

「私はサクヤ。アマツの姫巫女を務めております。あなた様のお名前をおうかがいしても?」

「ボ、ボクはタンポポです。わけあって旅をしていて、えと、アマツに来たのは初めてでして、姫巫女様のことを知って、ぜひ一度お会いしたい、と、思いまして……」

「旅をなさっているのですか。どうりで、その若さにして、凛々しいお顔をされているのですね」

「あ、りがとうございます。お褒めいただき、光栄、です」

「慣れない敬語を使わずとも結構ですよ。ぜひ普段通りのお姿をお見せください」

「は、はい。がんばりましゅ……がんばります」

 

 ポポのよく知るサクヤは、包み隠さず何でも言葉として放つ、良い意味で容赦のないサクヤだ。そんなサクヤにすっかり慣れきっていたポポだけに、完璧に取り繕った眼前のサクヤの雰囲気につい呑まれてしまい、サクヤからの問いかけにしどろもどろな返答をするだけでやっとかっとの状態に陥ってしまった。これでは、心の奥底でこっそりサクヤに謝るどころの話ではない。

 

 

「ふふ。面白い殿方様」

 

 不幸中の幸いなのは、そんな挙動不審なポポを見て、サクヤが不快感を抱いていないという一点に尽きる。サクヤは口元を手で軽く隠し、静かに微笑みを零す。

 

 凛としているようでいて、耳の中にするりと入り込み、すぐさま蕩けて浸透していくような、甘い声色。ポポとサクヤは同性のはずなのに。体も心も溶かされてしまいそうな、そんな言いようもない破壊力が、今のサクヤからは感じ取れた。これほどの言動ができているのに、素じゃないというところが、サクヤの凄いところだと、ポポは改めて思い知らされた。

 

 

「それでは、お手を」

「はい」

 

 サクヤから促されたことでこの場がお手握りの場面であることを思い出したポポはおずおずと右手を差し出す。ポポの差し出した右手を、サクヤが優しく両手で包み込んでくれる。とても温かくて、柔らかくて、ポポのことを心から労わっていることが伝わってくる、そんな繊細な手つきで、サクヤがポポの手を時折撫でてくれる。何だか、とてもむずがゆかった。

 

 

「今のアマツは火祭りの真っ最中。最も賑わいを見せている時です。ぜひアマツをご堪能ください。きっと、タンポポ様にも気に入っていただけましょう」

「ええ、そうですね……」

「また、お越しになってくださいね。私はいつでも、アマツで待っております」

 

 どうやらお手握りの1人当たりの時間制限が経過したらしく、サクヤがゆっくりとポポから両手を離し、にこやかな微笑みを携えて、恭しく頭を下げてくる。ポポは2年後に、この人を、サクヤを傷つけるのだ。みんなを守ると、世界を守ると。そう決意しておきながら、ポポは来たる未来にサクヤを敢えて傷つけてしまうのだ。

 

 

「はい、またいつか。……今日はありがとうございました」

 

 ポポは段々と、サクヤを直視できなくなり。やっとのことでサクヤにお礼の言葉を残し、逃げるように境内を後にする。ポポの後ろに並んでいたサクヤの熱烈な氏子たちが、長めの会話&握手を経験したポポに羨ましそうな視線を一斉に注いでくるも、ポポは彼らの視線のことなど一切気にしていなかった。

 

 逃げる。逃げる。サクヤから逃げる。

 サクヤの視界から逃げる。サクヤの目線から逃げる。

 そうして。走って。走って。アマツから飛び出して、体力が切れてようやく、ポポは荒く呼吸を繰り返しながら立ち止まる。雲一つない晴天の空を見上げて、肩を激しく上下させて、息を吸って吐いてを繰り返して。ようやく落ち着いたポポは、誰に言うでもなく、ひとりごちた。

 

 

「ユアン、違うよ。ポポは……慈愛の魔女なんかじゃないよ。ポポはただの、ただの――グズで、穢らわしい、最低な魔女だ」

 

 

 ◇◇◇

 

 その後。ポポは世界各地を巡り、お務めを続けてきた。風を巻き上げて月を削って回収し、風のクオリアに変質させて地に埋める。そんな活動をずっと、ずっと続けてきた。

 

 

 そうして。ポポが日々、お務めを積み重ねる中。四季は2度巡り。

 ポポは風のうわさで、とある話を耳にした。

 

『王都ランベルトの北部のミトラ村、滅びの魔女ヒルダの堕歌で結晶化させられ、壊滅する』

 

 

 ――ポポの2度目の3年後が、やってきた。

 ポポの3年間のお務めの審判が下される時が、ついにやってきた。

 

 




ポポ:風の魔女たる金髪ツインテールな少女。現状は主に旅人タンポポ(♂)に扮して旅をしている。タンポポとしてのとしての言動にもかなり慣れた模様。世界を救うために、みんなを救うためにサクヤを傷つけるという結論に至ってしまった己の至らなさに、精神的にかなり参っている様子。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。現在は15歳。自身を姫巫女として敬愛してくれる人々の前では、おしとやかなアマツ美人としてふるまっている。なお、ひっさびさに、何十回もお手握りにやってくる猛烈な氏子(ファン)じゃない、純朴そうな一般ファンっぽいポポ(タンポポ)がお手握りの儀に来てくれたため、割と舞い上がっていたらしく、ポポに結構サービスしていた。
マルコ:ポート・ノワールに住まう、ムシバトルをこよなく愛する少年。年齢はたぶん8~10歳くらい。マイナー競技であるムシバトルに付き合ってくれたお兄ちゃん(タンポポ)にメッチャなついている。

サクヤ「ふぅん、面白い男ね(にっこり)」
男装ポポ「ひぇ(逃亡)」

 ということで、12話は終了です。過去編でやっておきたい話は全部済ませられたので、次回からは原作の時間軸に突入します。原作に突入してからは、ポポ以外の目線で物語を進めること機会も増えそうですね。私個人としても楽しみです。

 ところで余談ですが、今回ふとムシバトルつながりで、ムシキングについて調べてみたのですが、ムシキングに『ポポ』というキャラがいてびっくりしました。


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2周目 原作開始後
13話.いざアマツへ



 どうも、ふぁもにかです。ついに今回から、ポポが逆行した世界でのステラグロウの本編が始まります。未来を知るポポが存在することで、どのように物語が変化していくのか。その様を楽しんでいただければと思います。なお、本編とあんまり変化のない箇所はガンガンすっ飛ばしていくので、何卒ご了承ください。



 

 レグナント王国は現在、未曽有の危機に瀕していた。

 福音使徒がグナント王国の街を次々と襲い、福音使徒を束ねる滅びの魔女ヒルダが街を、人を、『堕歌』で次々と結晶化させているからだ。

 

 福音使徒の思想に共鳴する者は増えるばかり。

 かの軍勢が勢力を増すにつれ、福音使徒が街を結晶化させるペースも早まるばかり。

 

 その一方で、結晶化した街や人を救う手立ては、その身にクオリアと称される宝石を宿す魔女4人で四部合唱を行う祝歌計画以外に見つからず。結果としてレグナント王国は、アナスタシア3世女王陛下は、王国が蹂躙される様を、じりじりとレグナント王国が滅んでいく様を、ただ見ていることしかできなかった。

 

 しかしある時。絶望的な情勢に転機が訪れる。

 福音使徒がミトラ村を襲った際、ミトラ村の住民であるリゼットが、水の魔女として覚醒したのだ。さらに、ミトラ村襲撃の報を聞きすぐさまミトラ村に急行した、クラウス率いる王立騎士団が、リゼットを福音使徒から保護できたことで、レグナント王国に確かな希望が生まれた。

 

 風の魔女、火の魔女、土の魔女、そして水の魔女。

 この4名の魔女による四部合唱が、祝歌の詠唱が可能になったからだ。

 

 ゆえに、アナスタシア陛下は、一刻も早く結晶に囚われた王国民を救うべく、英雄エルクレストと己の名の元に祝歌計画の始動を宣言。同時に祝歌計画を確実に完遂するべく、王立騎士団第9小隊の結成を指示し、王立騎士団の精鋭を集結させた少数部隊に勅命を奉じ。出立の儀にて、クラウスに王家の証である『歌唱石』を授けた。

 

 

 かくして。王立騎士団第9小隊は、勅命を果たすべく迅速に動き始める。

 

 レグナント王国の武官の長にして、第9小隊隊長:クラウス。

 クラウスの補佐を担う歴戦の騎士:アーチボルト。

 性格に難あれど優秀な騎士:ラスティ。

 水の魔女に覚醒したばかりの村娘:リゼット。

 そして。第9小隊の選抜試験にただ1人合格した、ミトラ村の狩人:アルト。

 

 上記5名による、魔女3名を保護するための遠征が今、始まろうとしていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて。これで出立の儀は完了した。我々第9小隊は陛下の勅命を果たすべく、残る3人の魔女――風の魔女・火の魔女・土の魔女――の捜索及び保護を行い、王都に連れ帰らなければならない。早速、今後の作戦について説明する」

 

 第9小隊用にあてがわれた、たった5人のための部屋にしては広々とした内装をした、城内の作戦室にて。白と青を基調とした、気品と実用性とを兼ね備えた隊服に身を包んだクラウスが、隊員のアーチボルト、ラスティ、リゼット、アルトに向き直り、隊長としての威厳に満ち満ちた口調で第9小隊としての方針を提示する。

 

 

「前提として、残る3名の魔女の内、所在がはっきりしているのは火の魔女だけだ。風の魔女は世界中を放浪しており、所在を掴めていない。土の魔女は3年前の例の件により土のクオリアの継承が途絶えたものとされていたが……1年前にカシミスタンの半径30キロ範囲に大結界が展開されたことで、土の魔女が存命であることが判明した。しかし、結界に認められた、ごく限られた者しか結界を踏み越えることができない状況となっているため、今、カシミスタンへ遠征しても徒労にしかならない。――ゆえに、我々の最初の目的地は、大陸の東。火の属州の州都アマツだ。そこで火の魔女サクヤを保護する」

「日いずる国の魔女、か。うわさは聞けど、会うのは初めてだな」

「火の魔女サクヤ、さん。どんな人だろう?」

「考えてもしょうがない。行けばわかるさ」

 

 クラウスの示した方針を受けて、重厚な鎧を纏うアーチボルトは神妙にうなずき、青を基調としたドレスを着用したリゼットは期待半分不安半分といった声色で疑問を呈し、少し大きめの隊服に着せられてる感のある状態のアルトはリゼットを安心させるように努めて軽めの口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「おいおい、大丈夫かよ隊長。火の属州の魔物はちょいと強いぜ。アルトやリゼットには荷が重いんじゃないか?」

「確かに、かの地域の魔物は少々手強い。だが、リゼットは水の魔女だ。火の属性を宿す魔物相手には相性が良い。それにアルトの剣技が日々上達していることは、ラスティもよくわかっているだろう? 問題ないさ」

「ま、言ってみただけさ。りょーかい。いやぁ、楽しみだなぁ!」

「ラスティ。言っておくが、温泉はお預けだぞ。第9小隊は今までの隊とは違う」

「その通りだ。この任務は陛下直々の下命。失敗は許されない」

「へいへい、お堅いこって」

「……残念だったな、ラスティ」

「慰めはいらねぇ……」

 

 だが、ここでクラウスの方針に、動きやすさを重視した軽装に身を包んだラスティが異を唱える。だが、クラウスの主張に納得したため、己の反対意見をあっさり引っ込めた。その後、ラスティはしみじみとアマツへの遠征に対する己の気分を口にするも、そんなラスティの様子から彼の考えを読み取ったアーチボルトとクラウスから釘を刺されたため、辟易とした表情を浮かべながらがっくりとうなだれた。今のラスティには、アルトの気遣いもまるで効果がないようだった。

 

 

「――それでは総員、火の属州へ向けて、出立する!」

 

 かくして。隊長クラウスの宣言を機に、個性豊かな第9小隊5名は、火の属州の州都アマツへと進軍するのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……」

 

 北の属州『ソイ=トゥルガー』の中心たる廃都ファーレンハイトの地下区画にて。

 時の魔女にして福音使徒を束ねる長たるヒルダは、福音使徒から随時寄せられる多大な情報に基づき、レグナント王国全域の地図を俯瞰していた。己の『堕歌』で滅ぼす都市を選定するためだ。

 

 マザー・クオリアはこの地に住まう人々の感情エネルギーの総量を常に計測しており、エネルギー量が閾値を突破したら最後、人類虐殺システム:エクリプスを発生させる。そのため、ヒルダは都市の規模に限らず、豊かな感情を育む都市を結晶化させ、感情エネルギー量を減らさなければならなかった。

 

 現在のレグナント王国に君臨する、アナスタシア女王。彼女は国の発展より王国民1人1人の幸せを重視する政策を好んで選ぶ傾向にある。そんな彼女の治めるレグナント王国の住民は、先代より豊かな生活を享受できるようになっており、結果としてより豊富な感情を放出しがちだ。ゆえに、ヒルダはここ数年、福音使徒を引き連れて、ハイペースで街を結晶化してきた。

 

 現状は、とても順調だ。次々と街を結晶化させることに成功している。だけど、油断はできない。何せ、ヒルダたち福音使徒は、1つの国を相手取っているのだから。それゆえに、ヒルダは次に結晶化させるべき街を慎重に見定めていた。

 

 

「ヒルダ、邪魔して悪いな。だが、緊急の要件だ」

「……何かしら、ダンテ?」

「これを見てくれ」

 

 と、ここで。ヒルダの元に、福音使徒の幹部である、燃えるような赤髪をしたダンテが歩み寄り、ダンテの声を契機に地図から顔を上げたヒルダに、ダンテが1枚の折りたたまれた紙を渡す。ヒルダが内心で疑問を抱きつつも、紙を広げて、紙に書かれていたメッセージに目を通して――刹那。ヒルダの視線に鋭さが増した。

 

 

『レグナント王国のアナスタシア3世女王陛下は、魔女4名の四部合唱による祝歌で、堕歌による結晶化の解除を狙い、王立騎士団第9小隊を結成した。第9小隊は祝歌計画を進めるために、近日アマツの火の魔女を保護予定』

 

 そこには。ヒルダにとって決して看過できない、火急の事態が記されていたからだ。

 

 

「ダンテ。これは……?」

「さっきドロシーがファーレンハイトの関門で矢文を見つけてな。放置しようにも『結晶化の解除』っつう聞き捨てならねぇ文言があったから、ヒルダの見解を聞きたくてな。持ってきたんだ」

「ねぇねぇヒルダ? ドロシー偉い? 偉い?」

「えぇ。これは確かに看過できない情報ね。見つけてくれてありがとう、ドロシー」

「えへへ、ヒィルダぁ~☆」

 

 紙に記載された内容を確認したヒルダがダンテに問うと、ダンテが意味深なメッセージの綴られた紙を、ファーレンハイトへと放たれた矢文から入手した旨を報告する。直後、ダンテの背後から、ピンク色のウサギのフードで顔を隠したドロシーが得意満面の笑みを携えてぴょいと飛び出し、ポテポテとした足取りでヒルダに抱き着く。その結果、ドロシーは己が望んだ、ヒルダからの褒め言葉と頭なでなでをもらえたため、11歳児にあるまじきとろけ顔をヒルダにさらすこととなった。

 

 

「どうする、ヒルダ?」

「まず、祝歌で私の堕歌を解除できる、というのは本当よ」

「……マジかよ。あの結晶化を解除できるってのか」

「ウッソー!?」

「ええ。……この情報を私たちに寄越した相手は、この世の理について相当の知識を持っているようね。それなら、まずはこの矢文に記された情報の真偽を確かめるべきね。矢文を放った何者かについて考察するのはその後にしましょう」

 

 ヒルダは今まで誰にも共有していなかった、祝歌で堕歌を無効化できることをダンテとドロシーに伝えた後、驚愕に目を見開く2人に改めて向き直り、迅速に指示を出し始める。

 

 

「ドロシー」

「えっへへ。なぁに、ヒルダ☆」

「あなたはアマツへ行き、事の真偽を確かめなさい。そして、もしも第9小隊が本当に火の魔女を抱え込もうとしているのなら、その時は――魔女狩りをなさい」

「それってつまりぃ。全員、殺せばいいんだよね? キャハハハ! ミンチミンチ、いっぱい作っちゃおっと!」

「……最優先目標は火の魔女と、第9小隊とやらよ。遊ぶのは構わないけれど、ほどほどにね」

「わかってるよヒルダ☆ 安心して、ドロシーが絶対、火の魔女を殺してみせる。まっかせて!」

「ダンテ。あなたは、騎士団に潜ませている私たちの仲間を通じて、国が本当に祝歌計画を進めようとしているのかを確かめなさい」

「あぁ、了解だ」

 

 ヒルダからの、単身でアマツへ赴く命を快諾したドロシーはタタタタと軽快な足取りで地下通路を駆け抜け、ヒルダたちの前から姿を消す。続けて、ヒルダから王都での情報収集を命じられたダンテも、速やかに任務を遂行するべくヒルダの元から立ち去った。

 

 そうして。地下区画に1人残されたヒルダは、スッと切れ長の山吹色の瞳を閉じながら。誰に言うでもなく、ポツリと声を零した。

 

 

「アナスタシア。あの凡庸な女王に祝歌計画を思いつけるほどの聡明さがあるとはにわかには思えないけれど……この矢文の内容がもしも本当なら、もう容赦はしない。……誰を敵にしても、何を犠牲にしても。あなたが愛した世界を守って見せる。そうでしょう、エルク?」

 

 




アルト:原作主人公にして、記憶喪失の少年。一応、17歳。家族として迎え入れてくれたリゼットを守るため、第9小隊の選抜試験に何とか合格し、第9小隊の新米騎士の立場を得るに至った。
リゼット:ミトラ村出身の水の魔女。17歳。福音使徒にミトラ村を襲撃された際、アルトの持っていた水のクオリアにより水の魔女に覚醒した。
クラウス:若くしてレグナント王国の騎士団長に上り詰めた男性。騎士の中の騎士といった実直な性格をしており、現在は第9小隊の隊長も兼任し、祝歌計画を完遂するべく、皆を導くリーダーの役目を十全に全うしている。
アーチボルト:クラウスの補佐を担う、アーチボルト家の28代目当主。32歳。国への、陛下への厚すぎる忠誠心ゆえに、ちょっとだけ頑固だったり、融通が利きづらい一面があったりする。
ラスティ:24歳の騎士団所属の青年。飄々とした性格をしているが、その心の内にはこっそり、福音使徒に、もといルドルフに対する憎悪を秘めていたりする。
ヒルダ:時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。人類虐殺システム:エクリプスの発生を防ぐためにペースを上げて街を次々結晶化させている。今回、矢文で密告した内容の真偽を確かめるべく、ドロシーをアマツへ、ダンテを王都へ派遣させる判断を下した。
ダンテ:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。18歳。悪人面をしているが、実は家事特化型のオカン属性を保持していたりする。今回、ヒルダから王都での諜報活動を命じられた。
ドロシー:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。11歳。この度、ヒルダから単身の任務を与えられたことで、ヒルダから全幅の信頼をもらえたと解釈し、とってもウキウキ気分でアマツへと出発した。

ポポ「うー。矢文の内容ってこんな感じの内容でいいのかな? ちゃんとヒルダたちにポポの伝えたいこと、伝わったかな? 心配になってきた……」

 というわけで、13話は終了です。本編に入った途端に登場人物の数が一気に増えましたね。ここの所、少人数のみ登場させて物語を展開する手法に慣れきっていたせいで、今回の話は執筆するのに結構苦労しました。そして、苦労に苦労を重ねた結果、ルドルフさんの出番が消えました。ごめんね、ルドルフさん。

 でもって、クラウス隊長の口調が難しすぎる件。語彙力皆無な私にクラウス隊長の発言内容を作るのは難易度が高すぎるんじゃあ……!


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14話.絶望の追加演出


 どうも、ふぁもにかです。前回で第9小隊がアマツに行く流れになっていましたが、途中の展開はほぼ原作と同じなので、アマツ編クライマックスの場面まで展開がすっ飛びます。また今回は、サクヤに厳しい回になっていますので、サクヤをこよなく愛する方は閲覧注意です。



 

 レグナント王国3大祭りの1つ、アマツの火祭りの最終日。

 ポポは旅人タンポポ(♂)の姿に扮して、ゴウラ火山の火口に赴いていた。ポポは早速、火口の地形を確認した後、目星をつけた岩盤を風魔法で削って人1人が身を隠せる空間を作る。同時に、付近の岩をかまいたちで細かく削り、塵と化した粉塵を全身に浴びて簡易な迷彩を施した。これでポポがここで身を隠していることを悟られる可能性を限りなく低くできただろう。

 

 

「……これでよし、だね」

 

 今こうして。ポポがゴウラ火山の火口周辺で身を潜めているのは、保険のためだ。

 今日はアマツの火祭りの最終日であり、これからサクヤによる焔鎮めの儀が開催される。祝歌計画が水面下で進められていること、王立騎士団第9小隊がアマツの火の魔女サクヤを保護しに向かったことを、ポポが福音使徒に密告した以上、この後待ち受けている展開は、ポポがヒルダの魔法で過去に戻る前とほぼ同じ、以下のような筋書きとなるはずだ。

 

・アマツ神社の境内で執り行われる焔鎮めの儀でサクヤが歌を奏でようとして何度か失敗する。

・福音使徒のドロシーがサクヤを襲撃し、サクヤをゴウラ火山の火口まで誘拐する。

・ドロシーは、アルトたち第9小隊がサクヤを探して噴火寸前のゴウラ火山の火口まで駆けつけてくるのを待った上でサクヤをマグマに突き落とそうとして、サクヤの従者であるののかや、アルトに阻まれる。

・アルトに調律され、歌えるようになったサクヤの歌でゴウラ火山の噴火は防がれ、ドロシー自体も敗北する。

・第9小隊に捕縛されそうになったドロシーは、ヒルダやダンテに助けられて撤退する。

 

 だけど、ポポが1度経験した通りの、想定通りの展開になるとは限らない。

 例えば、ののかが身を挺して、ドロシーの凶刃からサクヤを守ったタイミングは、とてもギリギリだった。あと1秒でもののかの到着が遅れていたら、サクヤは致命傷を負い、マグマへと落下していたことだろう。

 

 ポポはヒルダの魔法で3年前の世界に逆行し、みんなを、世界を救うために精力的に活動してきた。その結果、ポポは自分の行動で良くも悪くも過去を変えられることを身をもって経験している。

 

 ポポが介入したことで、カシミスタンが滅亡せずに済み、ニキの命が救われたように。

 ポポが福音使徒に祝歌計画のことを知らせる介入を行ったことで、ゴウラ火山でサクヤが死なずに済む、という展開が消えた可能性がある。ここでサクヤが普通に死んでしまう可能性が否定できない。

 

 ポポのせいで、サクヤが死ぬ。その可能性に備えて、ポポは待機している。サクヤを、死なせるわけにはいかない。サクヤの命を何が何でも守らないといけない。それが、祝歌計画を福音使徒に密告し、サクヤをあえて命の危険にさらしたポポの、最低限果たすべき贖罪なのだから。

 

 

「……」

 

 地響きが徐々に大規模になり、ゴウラ火山の火口から時折小規模のマグマが噴出される中。ポポは息を殺して、火口という舞台にドロシーたちが集結するその時を待つ。そうしてしばし時が経った後、ポポの聴覚が、嗅覚が。火口への人の訪れを察知した。

 

 

「いい加減、離しなさいよ! このイカレウサギ! アタシを誰だと思っての狼藉よ!?」

「誰って、歌も満足に歌えない失敗作の性悪女?」

「こんの……!」

 

 サクヤとドロシーだ。上半身をロープできつく縛られ、ドロシーに引っ張られるがままに歩くことしかできないサクヤがドロシーに対して語勢を荒らげるもドロシーはどこ吹く風のようだ。

 

 

(来た……!)

 

 これでもかと強い言葉をぶつけて己の命の危機をどうにか回避しようとするサクヤと、どこまでも余裕綽々なドロシー。2人の言葉の応酬がしばらく続いた後、複数人の足音が次々とサクヤとドロシーの元に集まる音を、ポポの耳が捉えた。

 

 

「サクヤ! 無事か!?」

「姫巫女殿! 助けに参りましたぞ!」

「ここは完全に包囲されている。火の魔女を返してもらおう」

「んなこと言われて返すわけないじゃん☆ そんなこともわかんないのー?」

 

 アルトとアーチボルトが真っ先にサクヤに声をかけ、クラウスが淡々としつつも圧を込めた声色でドロシーを脅し。大人数がドロシーの前に押し寄せてもなお、己の優位を疑うことなくドロシーがカラカラと嗤う中。ポポは極力音を発しないよう慎重に弓を構え、矢をつがえる。弦を引く指に力を込めて、いつでも弓を射出できる状態のまま、待機する。矢を放つ対象は、ドロシーだ。ドロシーがサクヤに危害を加えようとした時にののかの到着が間に合わないようなら、ポポはつがえた矢を解き放つ。そのつもりでスタンバイし続ける。

 

 

「アンタたちだって、歌えない魔女なんてゴミクズ、いらないんじゃない?」

「お前にとってはそうでも、他の誰かにとってはそうじゃない。サクヤはお前たちには渡せない!」

「あー? 何それ、イラっとくるなぁ。いいや、もう生かす気も失せちゃった。死んじゃえ、ポンコツ性悪女!」

「サクヤ様! 危ない! うぐッ!?」

「ののか、ののかッ!」

 

 だが、ポポの保険が発動することはなかった。ドロシーがアルトの主張に苛立ち、サクヤを刀で斬りつけようとした所で、段ボールで顔を隠した忍びことののかが颯爽と駆けつけ、サクヤの盾となった。結果、ののかは深手を負い、その場に倒れる。サクヤの驚愕と悲鳴の織り交ざった声が、ポポの耳をうがつ。あそこで倒れるののかもまた、ポポが福音使徒に密告したせいで生まれたものだ。ポポは多量の血を流し倒れるののかの姿を、己の所業をしっかりと目に焼きつける。

 

 

「あーあ、失敗しちゃった☆ でもま、いーや。どうせみんな死ぬんだし。てことでみんなにドロシーからお知らせ! 今からこの女を火口に突っ込みまーす!」

「まさか、火山を今すぐ噴火させるつもりか? そんなことをすれば君もタダでは済まないぞ?」

「えー? 別に自分の命とかどうでもよくない? 大事なのは、ヒルダのためになること、ヒルダの役に立てること、それだけだよ。はーい、それじゃあ姫巫女様を火口へごあんなーい☆」

 

 意識がもうろうとする中、それでもサクヤの安否のみを心配するののかにアルトがサクヤの無事を伝え、リゼットが水魔法でののかの怪我の治療を試みる中。ドロシーは例え自分が死ぬことになろうとも、火山を大噴火させて第9小隊もろとも滅ぼす旨を宣言する。クラウスの制止を欠片も気にせず、ドロシーはサクヤを火口まで引っ張っていく。

 

 サクヤの一度目の命の危機はののかにより回避された。だがポポは変わらず矢をつがえたまま、ドロシーに照準を合わせ続ける。まだサクヤの命はドロシーに握られている。これから何が起こるかわからないため、ポポは待機し続ける。

 

 

「い、嫌よ! やめなさい! そ、そうだ、歌を、焔鎮めの歌を歌わないと――」

「――歌えないくせに必死になっちゃって、無様な奴。くすくす☆」

「無様でも何でも、アタシは歌うの! それがアタシの責任なんだから!」

(? なんだ、今の鎖は……?)

 

 サクヤの生殺与奪をドロシーに握られている状況で、第9小隊の面々がうかつに動けない中。ドロシーに引っ張られ、どんどん火口に近づくことを強制されるサクヤは震え声で、どうにか歌を奏でようとする。しかし、サクヤは今もなお、歌えない。その刹那、サクヤの体をまとわりつくようにうごめく、黒い鎖の存在をアルトのみが感知し、心の奥で疑問符を浮かべる。

 

 

(まだ? まだなの、アルト?)

 

 ポポは矢をつがえたまま待機する。アルトがドロシーの一瞬のスキをついてサクヤの元に駆け寄り、調律の力でサクヤの精神世界に潜り込もうとするその時を待つ。しかし、いつまで経ってもその時は訪れない。ポポの眼下では、ドロシーがサクヤの抵抗をものともせずに火口へと引っ張っていく様子しか映し出されない。

 

 

 あれ。どうして、おかしい。こんなのは絶対におかしい。どうしてアルトはサクヤに駆け寄ろうとしないの? どうしてサクヤに近づいて、サクヤを調律しようとしないの? 今頃はもう、アルトにはサクヤに絡みつく黒い鎖が見えているはずなのに。サクヤに調律が必要だって気づいているはずなのに。ポポが焦燥に駆られるがままに、アルトを凝視して――

 

 

「ッ!!」

 

 ――その時、ポポは愕然とした。

 思わず、構えていた弓を、取りこぼしてしまい、矢はあらぬ方向にすっ飛んでいく。

 

 

 ポポは気づいた。ここで己の致命的なミスに気づいてしまった。

 今、ポポの眼下で剣を構えるアルトは、まだ自分が調律という魔法を行使できる指揮者だと自覚していないのだ。だって、ポポが過去に戻る前は。アルトはポポを調律したことで初めて、己が指揮者として調律を行えることを知ったのだから。

 

 でも、今ポポの視線の先にいるアルトは、ポポを調律していない。ポポを救っていない。だから、サクヤの救い方を、サクヤの調律の仕方を知らない。サクヤに纏わりつく黒い茨の鎖を目撃したところで、サクヤを調律しようという発想にたどり着けないんだ。

 

 どうすれば、どうすればいい。

 どうすれば、アルトにサクヤを調律してもらえる?

 今、この状況で、サクヤをドロシーから救うのは簡単だ。だけど、ただ救っただけじゃアルトにサクヤを調律してもらえない。サクヤを調律してもらい、サクヤが歌えるようにならなければ、結局ゴウラ火山は噴火する。

 

 だからといって、ポポがアルトに調律のことを直接話すわけにはいかない。だって、この場にはクラウス隊長が、マザー・クオリアに汚染され、マザー・クオリアの眷属になった獅子王ゼノがいる。ポポがアルトの調律の力を知っていることを、ゼノに教えてしまうのは非常に、非常にまずい。ここでポポが不用意に姿を現しアルトを導いたことで、ゼノにポポの意図を悟られてしまうかもしれない。最悪の場合、ポポがヒルダの魔法で過去に戻ってきたことすらバレかねない。それだけは何としても避けないといけない。いくら今のポポがタンポポに変装しているとはいえ、ポポが姿を現すのはあくまで最終手段でしかありえない。

 

 

「キャハハ☆ 火口が近づいてきたね、姫巫女様」

「この、離せ! 離しなさいよ!」

 

 ポポが必死に考える間も状況は進んでいく。ドロシーがサクヤを伴って、どんどん火口に近づいていく。もはや猶予はない。どうする、どうすればいい。呼吸すら忘れて考えに考え抜いた結果、ポポは1つの案にたどり着くに至った。

 

 そうだ。あの時、アルトがポポを調律できたのは。ポポが、ポート・ノワールのためを思って精力的に励んだお務めが、ボナンザ町長による魔薬マピウム大量生産に利用されていて、多くの人の人生を狂わせていた事実を知って、心の底から絶望したからだ。絶望して、負の感情に呑まれて、暴走したことで初めて。アルトは己が魔女を調律することができるという事実に気づいたのだ。

 

 

 ――だったら。あの時の状況を再現するしかない。

 

 

「到着☆ ほーら姫巫女様、ぐつぐつ煮えたぎってて、きれいなマグマだねー☆」

「い、嫌……」

 

 火口に到着したドロシーがサクヤの頭を掴んで、真下で煮えたぎるマグマを否が応にも視界に入るように、サクヤの頭を無理やり下げる。サクヤはもう、抵抗の言葉すら放つ余裕すら失い、ただ、消え入りそうな声で死への恐怖に震えることしかできない。

 

 

「させるかよ!」

 

 今のドロシーは相当にテンションが上がっているためか、背後の第9小隊への警戒心が薄れている。そのことをいち早く察知したラスティを筆頭に、第9小隊はサクヤ奪還のためにドロシーとサクヤの元へと全力で駆ける。――そこで。ポポは風魔法を行使して、火口からマグマの一部を巻き上げ、アルトたちの行く手に叩きつけた。結果、ポポが誘導したマグマによりドロシー&サクヤと、アルトたち第9小隊とが分断されることとなった。

 

 ポポは、マグマがアルトたちに直撃しないよう細心の注意を払って、マグマの動きを風で調整しつつ、マグマで分断を行った。しかし、サクヤから見た光景は、マグマにアルトたちがなすすべもなく呑み込まれる光景となったはずだ。

 

 

「そん、な……みんな、生きてるのよね? 黙ってないで返事しなさいよ! ねぇ!」

 

 その証拠に、第9小隊の面々がののか含めて死んだのではないかと恐怖したサクヤから、絶望を多分に含んだ絶叫が漏れている。しかし、サクヤの声に返事をする者はいない。否、ポポが火口から第9小隊に向けて強烈な風を送っているため、アルトたちの声がサクヤに届く前にかき消されているのだ。

 

 

(ごめん、ごめんね、サクヤ……!)

 

 ポポは今、積極的にサクヤを苦しませている。サクヤを絶望させている。その状況に、ポポの心がキリキリと締め付けられ、悲鳴を上げる。だが、ポポはギリッと歯を食いしばって心の悲鳴を押し殺した。ポポの口元から血が滴り、ポタリと岩盤に落ちていく。

 

 

 まだ、足りない。まだサクヤは暴走していない。

 サクヤをもっと絶望させないといけない。

 もっとサクヤを追い詰めろ。もっとサクヤを苦しめろ。もっとサクヤを絶望させろ。もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。

 サクヤを暴走させるまで、サクヤニ希望ヲ与エルナ。

 

 ポポは続けざまに風を操り、未だリゼットに治療されている最中のののかの頭部に強烈な上昇気流を発生させる。そうしてののかがいつも頭に被っている愛嬌のある段ボール箱を奪い取った後、わざとドロシー&サクヤとアルトたち第9小隊とを遮るマグマを突っ切らせた上で、サクヤの視界の先に転がらせた。

 

 

「あ、ぁぁああああああああ……ッ!」

 

 これで。ドロドロに燃え溶けてわずかにしか原型が残っていない、ののかがいつも被っている段ボールを見たことで。サクヤ目線では、ののかがマグマに呑まれて死んだことが確定したはずだ。サクヤの限界まで見開かれた深紅の瞳と、引き絞られるような悲鳴が、サクヤの心境を物語っている。

 

 

「――」

 

 段々とポポの息が荒くなる。サクヤを含めた周囲の状況をあまねく確認している視界から色が消えていき、焦点が合わなくなる。耳鳴りが響き、周囲の環境音が遠ざかっていく。唐突にポポの頬を伝うのは、果たして汗か、それとも涙か。ポポは己の体の状態がまるでわからなくなっていく。

 

 

「キャハハハハ☆ みーんなマグマに呑まれて死んじゃったんだ、チョーまぬけ☆ ウケるんですけど」

「の、のか。みんな……」

「こうなったら慈悲深い姫巫女様に、無様に死んだウザい連中の後を追ってもらわないと。使い道のない、無能魔女は燃えるゴミにポイっとね! バイバーイ☆」

「あ……」

 

 ドロシーが絶望するサクヤの背を勢い良く押したことで、サクヤは為すすべもなく火口へと落っこちていく。サクヤの体がマグマに突入するまで、あと数秒もかからないだろう。と、ここで。サクヤの体から、禍々しい漆黒のオーラが放出し始める。サクヤの心が完全に負の感情に、絶望に呑まれて、ついに暴走し始めたのだ。

 

 ポポは、己の体が、心が、どんどんおかしくなっていく中。それでもどうにか正気を保ち、風魔法でサクヤの背中に上昇気流を発生させ、ドロシーやサクヤが不審を抱かない程度にサクヤの落下速度を緩める。

 

 

「サクヤぁッ!!」

 

 同時に。リゼットの水魔法により形成された、己が体を包む水のヴェールを信じて。マグマに体を溶かされて死ぬリスクを無視して、ポポの用意したマグマを突っ切り。サクヤの後を追って後先考えずに火口へ飛び込んだアルトの背中に、ポポは下降気流を浴びせ、アルトの伸ばした手がサクヤの体に届くよう、調整する。

 

 結果。サクヤの体がマグマに沈む直前に、アルトの手がサクヤの体に届き、その瞬間。2人の体がまばゆい光に包まれたかと思うと、2人の姿が消失した。ポポが視線をマグマで分断した他の第9小隊の方へと切り替えると、そこにいたはずの第9小隊の面々+ののかも1人残らず消失していた。どうやらアルトは無事に、サクヤの精神世界への道を開き、サクヤたち全員を精神世界へと連れ込むことに成功したようだ。

 

 この状況を作り出せたなら、もう大丈夫なはずだ。これからアルトはサクヤの心と向き合い、リゼットを調律した時と同じ方法で、調律する。そうして調律が終わり、現実世界のゴウラ火山に戻った時にはきっと、クラウス隊長が所持している歌唱石がアルトの元に転移し、アルトは歌唱石を用いてサクヤを奏でることができるようになるはずだ。そうすれば、ゴウラ火山の噴火も止まるし、サクヤの歌で強化された第9小隊は、ドロシーを問題なく撃破できるはずだ。

 

 

「――は、はう、はぁッ」

 

 ポポはその場で尻もちをつき、己が身を隠していることすら一瞬忘れて、深呼吸を繰り返す。そうして少々呼吸を整えていた時、ポポの視線の先に、アルトたち全員がドロシーの前に光とともに出現している光景が映し出される。魔女の精神世界で過ごした時間は、現実世界だと一瞬の出来事のようだ。そのことが、今回傍観者の立場となったことで、ポポは改めて実感した。

 

 

「は? わけわかんない。なんでみんなして死んでないわけ?」

「サクヤ、俺を信じてくれ。焔鎮めの歌を一緒に奏でよう!」

「ええ。来なさい、アルト!」

 

 ポポの見つめる先では、ドロシーが困惑を隠せない一方、クラウスからアルトへと瞬間移動した歌唱石を手に、アルトがサクヤの胸に、火のクオリアに歌唱石を突き刺し、サクヤを奏でてみせる。刹那、サクヤの凛として力強い音色は周囲一帯に浸透し、ゴウラ火山の怒りを鎮め、第9小隊に多大な力を授けていく。

 

 

「……」

 

 当初、ポポがここに来た目的は、サクヤの死の保険のため。つまり、サクヤを救うためだった。だけど、ポポが結局ここでやったことは、サクヤをひたすら精神的に追い詰めることだった。その結果、ポポの眼下では今、サクヤの歌の加護を十全に活用して、ドロシーとドロシーの操るデクリン人形軍団相手に優勢に戦うアルトたち第9小隊の姿がある。だけど、今回ポポが選択した方法は、かなりの賭けだった。アルトがサクヤを助けるのが間に合わない可能性や、サクヤが暴走したまま元に戻れなくなる可能性は、十分にあった。

 

 ポポは一体、何をしているんだろう。

 みんなを助ける。世界を救う。そのつもりでポポはここにいるのに、サクヤを思いっきり苦しめて、傷つけて、挙げ句の果てに殺そうとして……ポポは一体、何をやっているんだろう。ポポはどうして、こんな残酷な方法しか思いつけなかったんだろう。こんな体たらくだから、ポポは、ポポは。

 

 激闘の末に第9小隊に敗北したドロシーが、ヒルダとダンテの助力を得て撤退する中。ポポはその場で膝を抱えて頭を埋める。直後、極度の緊張状態を強いられていたせいか、強烈な睡魔に魅入られたポポはうつらうつらと船を漕ぎ、無防備ながらもゴウラ火山で意識を闇に落とすのだった。

 

 




ポポ:風の魔女たる金髪ツインテールの少女。己の計画に決定的なガバがあると判明したため、とっさにオリチャーを発動させ、サクヤをメチャクチャ絶望させてアルトに調律が使えることを知ってもらう介入を行った。その結果、ポポのメンタルは大きく損耗した模様。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。この度、サクヤを救いたい一心で、ポポが用意したマグマを突っ切ってでもサクヤの元に駆け付けたことにより、サクヤの精神世界に入ることができ、己が調律を行えることを自覚した。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。現在は17歳。今回の被害者枠。原作よりもはるかに濃密な絶望に叩き落されたのに、調律の助けがあるとはいえ、それでも結局は立ち直るあたりがさすがのサクヤ様。
ドロシー:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。11歳。途中までは(ポポのおかげで)ゴウラ火山の自然現象が何かとドロシーの味方をしてくれていたのでうっきうきでサクヤを殺そうとしたが、アルトによるサクヤの調律により、状況を一気にひっくり返されて敗北してしまった。

ジゼル「もしも本当に火の魔女が死にそうになった時に備えて、ゴウラ火山でずっとスタンバっていました」

 というわけで、14話は終了です。相変わらず場面への登場キャラ数が多いので、今後は各話の主要キャラのみ上で軽く説明したいと思います。それはさておき、この度、ポポ監督の鬼畜な追加演出の数々により、原作よりはるかに重いトラウマを背負わされてしまったサクヤ様。姫巫女様、なんとお労しや……(新参氏子アーチボルト目線)


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15話.隊商選定


 どうも、ふぁもにかです。今回は火の魔女サクヤを保護した王立騎士団第9小隊視点となりますね。もしかしたらこの辺からポポ視点の話は控えめになるかもです。ま、ポポは前回苦しい思いをしたので、しばらく休んでいてもらいましょう。



 

 アマツで焔鎮めの儀を終えたサクヤが、従者ののかと大荷物を伴い、第9小隊とともに王都ランベルトへと向かってから3日後。王都ランベルトでの日々にサクヤとののかが溶け込みつつある中、第9小隊隊長クラウスは、隊員全員(アーチボルト、ラスティ、アルト、リゼット、サクヤ、ののか)を作戦室に招集した。

 

 

「先日、我々第9小隊は福音使徒の妨害に打ち勝ち、火の魔女サクヤの保護に成功した。この調子で近日、次の魔女の保護のため、出立する予定だ。次の目的地は王都の西方に広がるムシャバラール砂漠、その中心に位置するカシミスタンだ」

「ということは、土の魔女を保護しに行くんですね。でも、隊長。カシミスタンは土の魔女の結界が張られていて、結界に認められた人しか出入りできないって話でしたよね?」

「その通りだ、アルト。ゆえに我々がアマツへ遠征している間、王国は結界を出入りできるカシミスタン出身の文官を使者に任命してカシミスタンに派遣し、領主のニキと交渉を行っていた。その結果、我々第9小隊が結界を超え、カシミスタンの土を踏む許可を取りつけることに成功した。よって我々が結界に阻まれる心配はない」

「なるほど……」

 

 クラウスの提示した方針を受けてアルトが率直な疑問を呈すると、クラウスはよどみなくアルトに回答する。アルトの質問は想定の範囲内だったようだ。

 

 

「カシミスタンの領主が結界を出入りできる人を選べるってことは、そういうことよね、隊長?」

「え、え? サクヤ様、どういうことですか?」

「うむ、そういうことだ。現カシミスタン領主のニキ、ないしニキの側近が土の魔女を継承したと推察できる。土の魔女の居場所をほぼ特定できたことが、カシミスタン遠征を決めた最たる要因だ。風の魔女は今も調査隊に捜索させているが、一向に足取りをつかめていないのでね」

 

 と、ここで。クラウスが風の魔女ではなく土の魔女保護の方針に踏み切った理由を察したサクヤが、敢えて己の推測を口に出さず意味深にクラウスを見つめると、クラウスはサクヤの目線を受け止めてうなずき、言葉を紡ぐ。そんなサクヤとクラウスとの間に挟まれたののかはわたわたと戸惑うばかりだ。

 

 

「だが、遠征を始める前に。皆に伝えなければならないことがある。3年前の、カシミスタンの大乱のことだ」

「カシミスタンの、大乱?」

「おい隊長、別にガキどもに話さなくたっていいだろ……!」

「いや、ラスティ。この一件は皆に共有する必要がある。あの日、カシミスタンで何が起こったのか。それを知らずしてカシミスタンへ踏み込んでも、土の魔女の理解は得られまい。カシミスタンに住まう土の魔女にとって、王国の騎士団は、敵に等しいのだから」

「……」

 

 クラウスが『カシミスタンの大乱』というワードを持ち出すと、場の雰囲気がガラリと変わる。唯一、記憶喪失ゆえに大乱のことを知らないアルトがコテンと首をかしげる中、ラスティは声を荒らげつつクラウスの肩を掴んで黙らせようとするが、対するクラウスは頑として受け入れず、大乱について話を進める。結果、ラスティは深いため息とともにクラウスから目をそらした。

 

 

「敵って、どういうことですか?」

 

 その後、リゼットの疑問を契機として、クラウスは語り始めた。

 元々、カシミスタンは代々、土の魔女の魔力によって栄えてきた都市であること。その都市が3年前、当時カシミスタンに駐屯していた王立騎士団の団長ルドルフが、カシミスタン領主である土の魔女:サイージャを殺し、街に火を放ち、仲間の福音使徒を招き入れたことを契機として、福音使徒と騎士団との泥沼の殺し合い――カシミスタンの大乱――が発生したこと。この大乱に巻き込まれて、大多数のカシミスタンの住民が命を落としたこと。もはや滅ぶしか道のなかったカシミスタンは、風の魔女の必死の救助活動のおかげで、かろうじて滅亡を回避したこと。

 

 

「大乱の後、王都は騎士団を通じて、カシミスタンに多大な人的支援と救援物資を提供し、復興に助力してきた。だが、騎士団長のルドルフが裏切ったという明確な事実がある以上、カシミスタンの住民の騎士団への不信は拭えない。……私がここで皆にカシミスタンの大乱について話したのは、カシミスタンを訪れた時に、必ずしも領主や住民に歓迎されないことを覚悟してほしかったからだ」

「「「……」」」

「ま、罵声を浴びせられたり、石を投げられたりくらいはしそうね。ののか、ちゃんとアタシのこと守りなさいよ。アタシの肌に傷1つつこうものなら……わかってるわね?」

「が、がががガッテンです!」

「いえ、レディに体を張らせるわけにはいきません。ののか殿、サクヤ殿はこのアーチボルトが守りますゆえ、そう震えなさるな」

「あ、ありがとうございますぅ、アーチボルトさん!」

「こら筋肉ゴリラ! ののかを甘やかさないの! ののかはこれくらいでちょうどいいんだから!」

 

 クラウスの話が一区切りとなり、シンと室内が静まる中。サクヤがののかをジト目で見つめながら圧をかけると、ののかはブルブルといった擬音を体中に纏わせながらもドンと胸を張る。そんな、絶妙に頼れないののかを見るに見かねたアーチボルトが助け船を出すも、サクヤはすげなく突っぱねる。そんな発言を経る内に、いつの間にか場の重苦しい雰囲気が消え去っていることに、アルトは気づいた。

 

 

「だが、何も今すぐカシミスタンへ向かうわけではない。砂漠遠征には、実績のある隊商の協力が必要不可欠だ。その隊商の選別を行う間、第9小隊は待機とする。皆、来たるべき日に備えて、英気を養うように」

 

 そうして。若干ながらも和やかな空気になったところで、伝えるべきことをすべて伝えたクラウスの号令により、この場は解散となるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「すまないね、アルト、リゼット。私の仕事に付き合わせてしまって」

「いえいえ。この程度、なんてことありませんよ」

「はい、それに私もちょうど暇していましたから」

 

 作戦室での会話の後。アルトとリゼットはクラウスとともに王都ランベルトの大通りを練り歩いていた。クラウスから直々に、カシミスタン遠征の隊商選びに協力してほしいと頼まれたからだ。

 

 

「それにしても、隊商を選ぶのも隊長の役目なんですね。意外でした」

「本来なら国と懇意にしている隊商の中から陛下が選ぶのが筋だ。しかし此度は陛下から、『個性豊かな第9小隊と相性の良い隊商を選んでほしい』と、私に隊商選定を一任なされたのだ。それゆえ、相性の良い隊商を選ぶためには、他の隊員の意見を汲み入れる必要があると考え、アルトとリゼットを誘ったのだ」

「そのような経緯があったんですね。……けれど、どうして隊長は俺たちを誘ったんですか? 第9小隊との相性はともかく、騎士団の遠征のことなんて全然知らない俺たちより、アーチボルトやラスティを誘った方が良かったんじゃないですか?」

「アーチボルトはその出自ゆえ、騎士団の武具の手入れを最優先にする性質でね。今回は残念ながら、手入れが必要な武器が多いからと、断られてしまったよ。ラスティについては、先の会議室の様子から察せられるだろうが、カシミスタンの大乱の当事者だ。ラスティには今、1人の時間が必要だ。だから、アルトとリゼットを誘わせてもらったんだ。……せっかくの2人水入らずの一時を邪魔して悪かったかな?」

「ひゃう!? い、いきなり何を言うんですか、クラウス隊長!? 違いますよ、私とアルトはあくまで家族ですから。そういう関係じゃありませんから!」

「ほう、それはすまなかったね」

「それで、隊商選びですが……俺たちは何をすればいいですか、隊長?」

「そうだね。君たちは大広場の出店から、砂漠の品を販売している店を見つけるんだ。そういう店を一定数見つけ出したら、私に報告してほしい。君たちが報告してくれた店の中から、私が見繕った対象に、ムシャバラール砂漠への遠征の話を持ちかけ、交渉を行うという寸法だ」

「わかりました。アルト、行こう?」

「あぁ」

 

 クラウスから隊商選びの大まかな流れを確認したアルトはリゼットとともに、両隣に立ち並ぶ、数多くの出店の商品を確認しながら、人波をかき分けてゆっくりと大通りを歩んでいく。大通りはいつも通り盛況で、1つ1つの出店の商品に軽く目を通すだけでも一苦労だ。

 

 

「砂漠の品、砂漠の品……なぁリゼット。どれが砂漠っぽい商品かってわかるか?」

「うーん、難しいね。例えば、ドライフルーツとか、サボテンとか、そういうのを売ってる店が砂漠帰りっぽいんじゃないかな」

「なるほど……」

 

 アルトがリゼットの助言を参考にしつつ、改めて幾多もの出店に軽く目を通していると、ここで。アルトはふと、とある店に視線を集中させる。リゼットの言う、砂漠っぽい商品があったわけではない。ただ、その出店には――アルトにとって非常に見覚えのある、金髪ツインテール少女の姿が描かれた、茶碗、タオル、アクセサリー等の商品がずらりと並べられていたからだ。

 

 

「アルト、これ……!」

「あぁ。ポポ、だよな」

 

 アルトとリゼットは、出店に並べられた展示用のタオルを手に取り、生地にプリントされているポポをじっくり見つめる。アルトもリゼットも、ポポとは3年前のミトラ村のお祭りの日にしか会っていない。だけど、両者ともにポポの印象は、脳裏に強く焼きついている。

 

 

「『慈愛の魔女、ポポ。関連商品を期間限定で復刻。今ならポポ商品が全品3割引!』。……リゼット、魔女って地水火風時の5人しかいないって話だったよな。慈愛の魔女なんていたか?」

「ううん。5人しかいないはずだよ。でも宣伝文句に『魔女』って言葉を採用してるってことは、まさかポポは――」

「――ほーう? ポポさんグッズに興味を持つということは、あなた方も慈愛の魔女:ポポさんのことにご興味が?」

「「え?」」

 

 アルトは、出店の傍らの看板にふと視線を向けて『慈愛の魔女』というワードに疑問を口にする。リゼットがアルトの疑問に、今の己の推論を述べようとした時、アルトとリゼットに第三者から声がかけられた。アルトたちが出店の奥に視線を向けると、出店から栗色の短髪に、腰に装着したふさふさの尻尾が特徴的な、1人の少年が姿を現していた。

 

 

「お初にお目にかかりますね、お客様。僕はユアン、ユアン商会の社長を務めています。どうぞよろしく」

「ユアン商会って、もしかしていつも村に来てくれる行商の……」

「ふっふっふ、いつもご愛顧、ありがとうございます」

 

 レグナント王国の全域に支店を持つ、巨大商社ユアン商会。その社長だと主張する目の前の少年ユアンは、アルトが零した発言を受けて、得意満面な笑みとともに腕を組み、感謝を告げる。

 

 

「だけど、そのユアン商会がどうしてポポの絵を描いた商品を販売してるの? こういうのって本人から許可をもらわないで勝手にやったらいけないんじゃないの?」

「勝手に、と言われるのは心外ですね。我々ユアン商会は、ポポさんと専属契約を結んでいます。ユアン商会がポポさんに便宜を図る代わりに、ポポさんを使って商売することを認めてもらう、そういう契約です。こうしてポポさんの似顔絵を用いて商売することを、本人から直々に認められているんですよ」

「――風の魔女ポポと専属契約を結んでいる、か。つまり、ミスター・ユアン。君は風の魔女たるポポの行方を把握している、ということだね?」

 

 リゼットがユアンの商売方法に疑義を抱くと、ユアンは不満げに頬を膨らませながら、いかにユアン商会が特別なのかを声高に語る。と、ここで。アルトとリゼットの背後からユアンへの問いが投げかけられる。いつの間にか、アルトとリゼットの元にクラウスも赴いていたようだ。

 

 

「おや、あなたは?」

「王立騎士団第9小隊隊長のクラウスだ。よろしく頼むよ」

「あぁ。あなたが最近うわさの第9小隊の隊長ですか。ええ、よろしくお願いします」

 

 ユアンからの疑問の眼差しに対しクラウスが端的に自己紹介を行い、互いに紳士的に握手を交わす中。アルトとリゼットはしばし衝撃に固まっていた。今まさに、クラウスの口からさらっと、『風の魔女ポポ』というワードが飛び出したからだ。

 

 

「隊長。今のって、どういう意味ですか? ポポが、風の魔女?」

「あぁそうだ。風の魔女の名はポポだが……どうしたんだい? 2人とも、動揺しているようだが」

「あ、えと、その――」

「――俺とリゼットは、3年前にポポと会っているんです。その時、俺はポポに命を、心を救われていて。だから過去の恩人が実は風の魔女だった、ってことについ驚いてしまって……」

「なるほど。そんな縁があったんだね」

 

 アルトが動揺冷めやらぬ間にクラウスにポポのことを尋ねると、クラウスから改めて『風の魔女=ポポ』という確定情報を提示される。その後、クラウスからの疑問に、アルトがリゼットに代わり過去のポポとの縁を伝えた時、ようやくアルトの中でポポが風の魔女であるという事実に得心できた。

 

 あの日、アルトがポポに救われた日。狼はアルトを起点とした竜巻のようなものに切り刻まれたように見えた。また、ポポが『リトルヒール』と唱えただけでアルトの怪我を治したあの御業も、魔法だったと考えれば納得できるからだ。

 

 

「さて。先ほどはぐらかされた話を元に戻すとしよう。ユアン、君はポポの居場所を知っている、そうだね?」

「ええ。ある程度は知っていますね。ポポさんには日頃から旅の必需品を補充する際、ユアン商会をご愛顧いただいてますから」

「ならば話は早い。我々は今、陛下から密命を受けて各地を遠征している。その密命を果たすために、魔女を4人、王都に集めなければならない。そこでユアン、風の魔女の居所の情報提供を願えないだろうか?」

「残念ですが、お断りします」

「ほう? 陛下の御心に反する、と?」

「僕は自由な商売人ですからね。陛下のご意向をちらつかせたって無駄ですよ。権力には屈しません。僕にとって何よりも大事なのは、商売相手との信頼関係です。ここでポポさんのことを洗いざらいあなた方に話してしまえば、ポポさんからの信用を失ってしまう。それだけは避けなければいけません。だから、僕がポポさんのことを話すつもりはありません」

「なぜ、風の魔女の情報提供を行うことがユアン商会の信用の失墜に繋がるのかな?」

「あなたが僕にポポさんの行方を尋ねるということは、騎士団の調査隊はポポさんの行方の手がかりを見つけられていないということですよね? まぁそれも当然でしょう。なぜならポポさんは、福音使徒に狙われないように日頃から変装していますから。そんなポポさんのことをあなた方に伝えるということは、ポポさんがどんな変装しているかを伝えるのと同義です。そのようなポポさんを危険にさらす情報提供をすれば、ポポさんは僕に裏切られた、と解釈するでしょうね。当然、ポポさんからの信用も無に帰してしまいます」

「それは理由になっていないな。ポポの変装の目的が、福音使徒から身を隠すことであるならば、我々第9小隊に情報提供しても何も問題ない。我々が王都に魔女を集めているのは、福音使徒から魔女を守るためでもあるのだから。なのになぜ、そこまで情報提供を拒む?」

 

 クラウスはユアンへと向き直り、ユアンにポポの情報提供を求めるも、ユアンは明確に拒否の意思を示した。アナスタシア陛下が発動させた祝歌計画達成を阻害することとなるユアンの動きに対し、クラウスはあくまで冷静に、ユアンが情報提供を拒否する理由を探るための質問を次々と繰り出していく。

 

 

「簡単な話です。第9小隊の中に、福音使徒のスパイがいないってどうして断言できますか? そういうことですよ」

「な!? ユアン、お前――俺たちの中に福音使徒がいるって言いたいのかよ!? あんな、サクヤをマグマに突き落とそうとした奴の仲間がいるって本気で思ってんのかよ!?」

「アルト! ちょっと落ち着いて……!」

 

 結果、ユアンが第9小隊に、身内に福音使徒のスパイがいる可能性を警戒していることを知った時、これまでクラウスとユアンの話の推移を黙して見ていたアルトが思わず声を荒らげた。アルトが怒りのままユアンに詰め寄ろうとして、リゼットに手を強く引っ張られて止められる中。ユアンはやれやれとでも言いたげに両手を広げてため息を吐くと、シルクハットを目深に被り直し、言葉を紡ぎ始める。

 

 

「クラウスさん。このままあなたが僕にどんな言葉を弄したとしても、僕のスタンスは変わりません。なので、どうしても僕にポポさんの情報を割らせたいのならば、1つ提案しましょう。僕を――第9小隊に加えませんか?」

「なに?」

「僕に、あなた方を見極めさせてください。あなた方の中に福音使徒が紛れ込んでいないか。ポポさんの情報を提供するに値する、信用できる方々かどうか。その結果、信用できると僕が判断したその時には、ポポさんの情報を公開しますよ」

「第9小隊は騎士団の精鋭と、強力な魔法を行使できる魔女を集めた部隊だ。興味深い提案だが、その提案を安々とは受け入れられないな」

「ごもっともな主張ですね。足手まといをひいきで第9小隊に加えたとあっては、第9小隊の立場に悪影響を与えますから。……確かに僕は皆さんほど戦えるわけではありません。少々銃を扱えますが、護身程度の腕前です。しかし、僕は商人です。僕が第9小隊の一員となれば、皆さんの旅路を全面的にサポートし、第9小隊の密命とやらの達成に貢献できますよ? 武器防具兵糧その他必需品を格安で調達できますし、遠征の道中を安全快適に行うようにするためのキャラバン隊の編成や、遠征ルートの構築もお手の物です。僕を加えた時に、第9小隊に絶対に損はさせません。それは僕の商人としてのプライドに賭けて、確約しましょう。……さて、どうしますか? クラウス隊長」

「――ふむ、いいだろう。ユアン、君を仲間として歓迎するよ」

「ありがとうございます!」

 

 ユアンの提案に対し、クラウスは当初のムシャバラール砂漠への遠征のための隊商選定という目的から、ユアンを第9小隊に加えるという提案は有益だと捉えつつも、一度提案を拒否し、ユアンの出方をうかがう。その後、己を巧みに売り込むユアンの様子から、ユアンなら第9小隊に加えても問題ないと判断し、クラウスはユアンを迎え入れることとした。対するユアンは満面の笑みで元気よく感謝の言葉を顕わにした。

 

 

「ということで、お二人もこれからよろしくお願いしますね」

「あ、あぁよろしくな、ユアン。にしてもお前凄いな、隊長と真っ向から交渉するなんて」

「うんうん! こんなに小さいのに、ユアン君ってすごいんだねぇ」

「ちょっと、子ども扱いしないでください! 尻尾も触らないで!」

「あはは、ごめんね、ユアン君。ユアン君が見た目の印象と違ってあまりにもしっかりしているものだから、てっきり狐でも化けてるんじゃないかって思っちゃって」

「全く、マナーのなってない人ですね……」

 

 その後、アルトとリゼットに頭をぺこりと下げるユアンに、アルトとリゼットはユアンに対する今の心境を素直に口にする。さらにリゼットがつい衝動的にユアンの頬を触ったり、ユアンの腰でゆらゆら動く尻尾をさすったりしていると、どのリゼットの行動がすべてユアンの地雷だったようで、ユアンは先ほどまでの上機嫌だった様子から一転、腕を組んでぷんすかと怒ってしまう。一方、ここで初めてユアンの年相応な一面を垣間見たアルトたちは、内心でこっそり安心する。

 

 

「さて、我々の目的は果たした。今日はここで解散としよう」

 

 かくして。クラウスは隊商選定を終えた旨を陛下に報告するため、アルトとリゼットはせっかく大通りにいるのだからと買い物を行うため、ユアンは出店をユアン商会の従業員に引き継いだ後、第9小隊の元に赴くため、4人は一時解散とするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユアン商会の出店から、クラウス・アルト・リゼットが去った後。出店の奥の路地裏から、タンポポ(♂)に扮したポポがおもむろに姿を現した。

 

「ごめんね、ユアン。ボクのことを隠してもらって。陛下に逆らうことを言わせちゃって」

「構いませんよ、他ならぬあなたからの頼みですからね。むしろ僕のほうこそ、風の魔女の情報を盾にして、第9小隊に入ることができたことに感謝したいくらいです。いやはや、陛下の密命を受けて秘密裏に動く第9小隊……ビジネスのにおいがプンプンします! これからが楽しみですねぇ」

 

 ユアンは本当に気にしていないみたいだ。ユアンに無理強いしてしまったのではとこっそり罪悪感を抱いていたポポだったが、口角を釣り上げてニタァと笑うユアンを前に、ホッと胸をなでおろすのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールの風の魔女。レグナント王国が風の魔女の手がかりを捜している以上、いずれユアン商会にたどり着くと考え、事前にユアンにポポのことを情報提供しないようお願いしていた。その目的は、ポポ自身にまだ第9小隊に入る意思がないため。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失の少年。一応、17歳。今回あまり存在感がなかった勢にして、この度ようやくポポが風の魔女であることを知った勢の1人。
リゼット:少々くせっ毛のある淡い赤髪をした水の魔女。17歳。今回あまり存在感がなかった勢にして、この度ようやくポポが風の魔女であることを知った勢の1人。ユアンの地雷を踏むのが上手なフレンズでもある。
クラウス:レグナント王国の騎士団長にして第9小隊隊長の男性。おそらくユアンは第9小隊に入るためにしばらく販売していなかった風の魔女グッズを『復刻』と称して販売を再開し、その出店の店員をしていたのだろうと想定しつつも、敢えてユアンの思惑に乗ることにした。
ユアン:ユアン商会の社長。現在は13歳。この度、第9小隊の新メンバーとなった。なお、王都ランベルトの大通りでポポ商品を出店で売っていたのは、アルトたちを出店におびき寄せて接触し、ユアンが第9小隊の一員に加わるための布石だった。

 ということで、15話は終了です。原作ではポート・ノワールで加入するユアンが、本作品ではこのタイミングで加入することになりました。やっぱり私はユアンの発言内容を考えるのが一番楽ですね。ホント、ユアンと相性良いんですねぇ、いやでもマジでなんででしょうね? 謎は深まるばかりなのです。


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16話.人見知りな案内人


 どうも、ふぁもにかです。今回から本格的にカシミスタン編が始まります。話数的には4~5話程度を想定しています。なんたって、原作とこの作品とで土の魔女になってる人がそもそも異なりますからね。それぐらい話数を用いてしっかり描写しなければ。頑張ります。

 さてと、ところで次はニキ氏を苦しめる番ですね。大丈夫、サクヤ様も通った道ですし、いざとなったらアルトの調律がありますから!(暗黒微笑)



 

 レグナント王立騎士団第9小隊は、新たに仲間に加わったユアンの手腕により、ムシャバラール砂漠の遠征への準備を非常に円滑に進めることができた。そして、予定を前倒しにして開始された遠征自体も、ムシャバラール砂漠は昼夜の気温差50度を誇る苛烈な気候であるにもかかわらず、これまた順調で。アルトやリゼット等、第9小隊に入るまでは騎士の経験のなかった面々は、優秀な隊商の支援の有無でこうも旅路の快適さに差異が発生するのかと、内心で驚きを顕わにしていた。

 

 そのようなトラブルの欠片もないスムーズな遠征を始めて数日後。アルトたちの前に、幾何学模様を描く純白の紋章が壁を形作り、天までそびえる光景が映し出された。

 

 

「これが、土の魔女の作った、カシミスタンの大結界……」

「何と凄まじい。魔女とは、ここまで大規模な魔法を行使することもできるのだな」

「結界の主よ。私は第9小隊の隊長、クラウス。我々第9小隊が結界を踏み越えることを、カシミスタン領主のニキ殿が認めたことは既に周知のことだろう。ここを通されよ」

 

 アルトとアーチボルトが大結界を上から下までしかと見つめて、改めて土の魔女の魔法に圧倒される中。クラウスは結界自体に第9小隊の来訪を報告する。すると、結界の一部分がバキリと砕け落ちて、アルトたちが入れる程度の隙間が発生した。

 

 

「ここから入れ、ということか」

「ええ、その通りです。さっさと行きますよ」

 

 結界を踏み越えたことのない第9小隊の面々を代表して、クラウスが隙間を確認しようと歩を進めるよりも早く、ユアンがスタスタと結界の隙間を通り過ぎていく。結界はユアンを拒まなかった。

 

 

「全然驚かないのね、そこの銭ゲバ狐は」

「僕は王国全域に支社を持つ、ユアン商会の社長ですよ? 当然、ニキさんからカシミスタンでの商売の許可を、とっくの昔に取りつけています。結界を抜けるのももう慣れっこなんですよね」

「はぁぁ。さっすがユアンさんですねぇ」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

 

 火の魔女サクヤから軽く探りを入れられたユアンは、己もまた結界を越えることのできる限られた人間の1人であることを皆に共有する。結果、心の底からユアンの凄さに感心しているののかの反応をもらえたため、ユアンは得意満面に腕を組んだ。

 

 そのようなやり取りを挟みながら、全員が結界を越えると。背後の結界の隙間が光り輝き、次の瞬間には隙間が幾何学模様の紋章で埋められる。と、その時。アルトたちの前方から、2人分の砂を踏みしめる足音が響く。アルトたちが結界から前方へと振り返ると、青髪の小柄な少女と、青紫色と紫陽花色とが織り混ざったストレートの髪をした長身の男性が姿を現していた。

 

 

「第9小隊の人たち、で合ってる?」

「いかにも。我々がレグナント王立騎士団第9小隊だ」

「そう。……わたしはモルディモルト。カシミスタンの領主のおねえちゃ――ニキの妹。こっちは護衛のキース。とりあえず、ついてきて」

「え、ちょっとモルディモルトさん?」

「――待て小娘」

「ふぎゅ!?」

 

 青髪の少女ことモルディモルトは、眼前の訪問者が第9小隊であることを確認すると、端的に己とキースを紹介した後、相手方の返事を待たずに背を向けて、スタスタと去っていく。困惑するリゼットのことなどお構いなしだ。が、直後。去りゆくモルディの首をキースが捕まえ、引っ張り戻したことで、モルディモルトが第9小隊を残したまま立ち去る展開は消え去った。

 

 

「今の貴様は王都からの使者を砂漠からカシミスタンまで安全に迎え入れるための案内人だ。そのような無礼な態度でどうする?」

「だって、知らない人がこんなに、いっぱい――」

「貴様の感想など知ったことか。案内人の貴様がそのような不遜な態度では、第9小隊の心証を悪くするばかりだぞ。そうなれば、後の交渉で不利になるのはニキだ。貴様は姉を苦しめたいのか? 姉に頭を下げさせたいのか?」

「それは、嫌。盛らない……」

「ならば案内人として最低限の務めを果たせ。それが案内人を買って出た貴様の義務だ」

「うぅぅ……」

「ったく、なぜこの俺が不出来な小娘を教育せねばならんのだ……」

 

 キースから落ち着いた口調ながらも己の言動を思いっきり咎められたモルディモルトは、自身の感情と案内人との責務との狭間に立たされることを余儀なくされ、苦しみのうめき声を漏らす。一方、案内人として失格なモルディモルトの有様に、キースは頭を抱えて深々とため息をついた。

 

 

「相変わらずですねぇ、モルディさんは」

「ユアンは、あのモルディモルトって子を知っているのか?」

「ええ。よく領主館に必要なものを買い出しに、ユアン商会まで来ていましたから。モルディさんは筋金入りの人見知りなんですよ。僕も慣れてもらうまで1か月かかりました。……それだけに、今の状況はちょっと不思議ですけどね。話を盗み聞く限り、その人見知りのモルディさんが僕たちの案内人に立候補したようですし」

「言われてみれば、確かに。人見知りを克服しようとしてみた、とかか?」

「ま、その辺が妥当なところですね」

 

 王都からの使者たる第9小隊の案内人の1人がもう1人に対して、使者の目の前で堂々と説教をかます。突如開催された公開処刑にアルトたちが戸惑う中、ただ1人モルディモルトのことを知るユアンが生暖かい目をモルディモルトに注ぐ。そこでアルトが純然たる疑問をユアンにぶつけると、ユアンはモルディモルトと出会った経緯と、現状に対する不思議な点を口にする。が、アルトもユアンも大してモルディモルトが案内人を務めていることに重要性を見出さなかったため、話はそこで打ち切られることとなった。

 

 

「さっきは、失礼な態度を取って、ごめんなさい。お詫びに、カシミスタンまでの道中、あなたたちの質問に、なるべくなんでも答える。それで、許してほしい」

「どうか頭を上げていただきたい、モルディモルト殿。我々王立騎士団がカシミスタンの住民からどのように思われているのかは端から承知の上。カシミスタンに火を放った我々騎士団が、モルディモルト殿に対し、カシミスタンに対し悪印象を抱く権利はない。どうか安心してほしい」

「……別に、わたしはそんなに騎士団のこと、嫌いじゃない。あなたたちが直接、火を放ったわけじゃないし。だから、そんなにへりくだらなくて、いい。わたしの名前も長くてめんどいと思うから、モルディって呼んで?」

「承知した。では、これからはモルディ殿と呼ばせていただこう」

「盛る」

 

 しばし時間が経過した後。案内人としての務めを全うする覚悟を決めたモルディモルトが改めて第9小隊の元へと歩み寄り、深々と頭を下げる。元々、モルディモルトの態度を責めるつもりなど欠片もなかったため、クラウスは膝をついて、頭を下げたモルディモルトと目を合わせて、モルディモルトの態度を咎める意思がないことを伝える。結果、モルディモルトはゆっくりと頭を上げ、己のことを『モルディ』と呼ぶよう要請した。第9小隊と、カシミスタンへの案内人とのファーストコンタクトはどうやら、双方にとって悪くない位置に着地したようだった。

 

 その後、アルトたちは1人1人、モルディモルトとキースに自己紹介をしてから、モルディモルトに先導されるままにカシミスタンへ向けて出立する。

 

 

「じゃあ、せっかくモルディから言ってくれたんだし、1つ質問していいかしら?」

「なに、サクヤ?」

「どうしてアタシたちをここまで出迎えてくれたの? アタシたちは王立騎士団なんだから、わざわざ案内人を、それも領主の妹を差し向けなくても、砂漠で骸骨になんてならずに、問題なく領主のところまでたどり着けたわよ?」

「ありがた迷惑、だった?」

「そういうわけじゃないけど。騎士団に対してちょっと過保護じゃないかって、少し気になったのよ」

「なら、良かった。理由は、3つある。1つ目は、もしもあなたたちが砂漠に慣れてなくて、怪我人や病人がいた時にサポートするため。第9小隊は、元々騎士だった人だけじゃなくて、騎士とは無縁な魔女もいるって話だったから。2つ目は、カシミスタンのみんなから、第9小隊を守るため。わたしはそんなに嫌いじゃないけど、ほとんどのカシミスタンの人は、騎士団のことがだいっきらい。でも、わたしやキースが一緒にいれば、第9小隊に罵声や石は投げられないから。3つ目は、えと――ごめんなさい。理由は、2つだけだった。言い間違い」

「貴様らの中に福音使徒の隠れ信徒がいないか、監視するためだな」

「なッ――」

 

 カシミスタンへと向かう道中に、サクヤが己の中で抱いた疑問を真っ先にモルディモルトにぶつけると、モルディモルトはたどたどしい口調ながらも、なるべく第9小隊が理解できるようにしかと言葉を選んでサクヤの疑問に答えていく。だが、モルディモルトがふと口をつぐんだ時、キースがモルディモルトが言いよどんだ発言の続きを容赦なく放った。瞬間、場が文字通り、凍った。

 

 

「キース。わざわざ言わなくても」

「貴様は質問に何でも答えると宣ったばかりだろう? 己の言葉にくらい責任を持て」

「それはそうだけど……」

「貴様ら第9小隊に今の内に告げておくが、今のニキはかなり神経質だ。1年前に教義に傾倒し、暴走した福音使徒が単身でカシミスタンを訪れ、カシミスタンの大乱を再現しようとボヤ騒ぎを起こして以降、土の魔女にカシミスタンを結界で封鎖させ、鎖国じみた統治を行っている。……下手な発言をすれば最後、ニキの逆鱗を買い、交渉は完全に決裂するだろう。心しておくことだな」

「忠告痛み入るよ。肝に銘じるとしよう」

 

 キースはモルディモルトのジト目を難なくはねのけると、第9小隊へと向き直り、ニキとの面会に慎重を要するよう忠告し、クラウスは思わぬ形でキースから貴重な情報をもらえたことに謝意を述べる。この時こそが、これまで和気あいあいとした雰囲気を携えて、順調に進められていたカシミスタン遠征に対し、第9小隊の面々が改めて気を引き締めた瞬間だった。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 そして。モルディモルトの憂いを帯びた声は、砂漠を吹き抜ける強風に無情にもかき消された。

 

 




アルト:原作主人公にして、記憶喪失の少年。一応、17歳。相変わらず存在感の薄い主人公。だけど、今は第9小隊の代表として渉外を行うのはクラウスなのだから、仕方ないのだろう。
クラウス:レグナント王国の騎士団長にして第9小隊隊長の男性。気難しそうな性格をしている案内人モルディモルトの性格を何となく察した上で接したため、モルディモルトからある程度の信用を勝ち取ることに成功した。
ユアン:ユアン商会の社長。現在は13歳。砂漠遠征に関し、己の力を十全に発揮して全力でサポートを行い、快適な遠征を提供してみせた。モルディモルトとも知り合いのようだ。
モルディモルト:土の魔女ニキの妹たる、青髪の少女。16歳。「盛る」「盛らない」が口癖。原作レベルの悲惨な目に遭っていないため、そこまで引きこもり気質にはなっていない模様。
キース:サイージャとの契約により、ニキとモルディモルトを守る傭兵。21歳。戦う力を持たないモルディモルトが第9小隊の案内人に立候補したため、モルディモルトの護衛のために仕方なく、行動を共にしていた。

 というわけで、16話は終了です。こういう和気あいあい(?)としたカシミスタン編というのは中々新鮮ですね。原作カシミスタン編はただただ悲惨さを煮詰めた地獄でしたからね。


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17話.拒絶

 どうも、ふぁもにかです。今回は久々にニキが登場します。しかし、何だか今までの話や、今回のサブタイトルからして、何だか不穏な雰囲気が漂っているような? いやいや、きっと気のせいでしょう。この作品のカシミスタン編は此度もほのぼのと進行してくれるはずです。



 祝歌計画を完遂するべく結成された第9小隊の面々は、ムシャバラール砂漠を、カシミスタンの大結界を越えて。案内人のモルディモルトとキースに導かれるがままにカシミスタンの土を踏んだ。

 

 そして。3年前の大乱の面影が今もなお、所々に表出している、砂漠の都カシミスタンにて。カシミスタンの住民からの凍てつく不信と疑心の視線にさらされながらも、第9小隊はカシミスタンの領主館の門をくぐり、そうして、領主たる緑髪の少女、ニキの元へとたどり着いた。

 

 

「お姉ちゃん、連れてきたよ」

「お疲れさま、モルディ、キース。……さて、第9小隊の方々。ようこそ、カシミスタンへいらっしゃいました」

 

 謁見の間の玉座にちょこんと座るニキの元へと歩を進め、ニキの背後に整列するモルディモルトとキースに、ニキは労いの言葉をかけた後、ニキは第9小隊へと視線を移す。ニキの第9小隊へ放たれた第一声は、とても成人していない少女とは思えぬほどに威厳にあふれたものだった。だが、ニキの目の下に刻まれた濃い隈の存在が、威厳に満ち満ちた強者の声とのアンバランスさを醸し出していた。

 

 

「王国の使者から、粗方の事情はうかがっております。薄々察していることでしょうが、まずは1つ告白しましょう。私が、当代の土の魔女です。風の魔女のおかげで3年前のカシミスタンの大乱を生き延びた後、先代の魔女にして母のサイージャから託された土のクオリアを受け継ぎ、土の魔女に至った次第です」

「やはりそうでしたか。ニキ殿」

「ええ。それでは改めて、クラウス隊長。あなたの口から直接、お話を聞かせてもらえますか? アナスタシア陛下が心から願い、あなた方第9小隊が陛下の手となり足となり、実現させようとしている祝歌計画について」

「委細承知した」

 

 クラウスはニキから促されたことを契機に、祝歌計画の仔細を語る。現在、レグナント王国は滅びの魔女ヒルダが奏でる堕歌による街及び人の結晶化により国土の3割を失うほどの危機的状況に陥っていること。その絶望的な状況を打開するべく、クオリアを体に宿した地水火風の魔女の四部合唱による祝歌を奏でて、ヒルダの堕歌を打ち砕こうとしていること。祝歌を奏でられる魔女を福音使徒の魔の手から守り、王都で保護するために、第9小隊は各地に遠征していること。土の魔女であるニキを、可能であれば今日にでも王都に招聘したいこと。上記の事項について、クラウスはよどみない口調でニキに伝え終えた。

 

 クラウスの話を一言一句聞き漏らさずに真剣に聞き、ニキはしばし目を瞑り、沈黙を貫く。静寂が謁見の間を支配し、えも言われぬ緊張感が場を支配する中。ニキはおもむろに目を開き、沈黙を切り裂く言葉を紡いだ。

 

 

「結論から申し上げますが――私は祝歌計画に協力いたしません」

「え……」

 

 ニキの結論に、思わず疑問の声を漏らしたのは誰だったか。しかし、声にこそ出さずとも、誰もがニキの導出した結論に困惑し、驚愕していた。当然だ、祝歌計画はヒルダの堕歌により結晶に閉じ込められた街を、人を救うための計画だ。魔女4人が王都に集結し、祝歌を歌うだけで、世界を救える。このようなデメリットの存在しない祝歌計画をニキが拒絶する理由が、アルトたちにはまるで理解できなかったのだ。

 

 

「理由をうかがってもよろしいか?」

「構いませんよ。土の魔女が展開できる結界は、土の魔女たる私を中心に展開されます。つまり、私が王都へ向かえば、カシミスタンの結界を維持できなくなる。そうなれば、カシミスタンを守る障壁はなくなってしまうのです。祝歌計画とは要するに、魔女4人を王都に集めて、王都で祝歌を歌って世界を救う。そういう計画でしょう? ですが、私がカシミスタンを離れている間に、福音使徒がカシミスタンを滅ぼさないと、どうして保証できますか?」

「ニキ殿……」

「私は代々続くカシミスタンの領主。私の使命は、例えカシミスタンが近い将来滅びる運命なのだとしても、それでも1分1秒でも長く、カシミスタンを存続させることです。それこそが私が3年前に生き残った意味であり、生き残ってしまった意味であり、私の生まれた意味です。私にとって大事なのは、世界よりもカシミスタンなのです。仮に祝歌計画が成功し、世界中が堕歌から救われたとして、その間にカシミスタンの大乱が再来し、カシミスタンが滅んでしまっては意味がないのです」

「ニキ殿がカシミスタンを離れることでカシミスタンの警備が手薄になることを警戒しておられるのなら、王都から騎士を派遣いたします。多数の騎士で厳重にカシミスタンの警備を固めれば、福音使徒とて、カシミスタンを再度襲おうとは考えないでしょう。どうか、陛下の悲願たる、祝歌計画にご協力いただけませんか?」

「どうせ、その派遣された騎士の中に、また裏切り者がいるのでしょう? 今度は誰が裏切りますか? 兵卒ですか? 尉官ですか? 佐官ですか? 将官ですか? あぁ。それとも案外、あなただったりしますか、クラウス隊長?」

「それはッ……」

「もしも祝歌計画に賛同しない私が気に入らないのなら、ここで私を殺せばいい。そしてモルディに土のクオリアを無理やり受け継がせて、モルディに祝歌計画への参加を強制すればいい。もちろん私は全力で抵抗しますが、この人数差です。私の死は決まりきったことでしょう。……さて、どうしますか? 陛下の命を賜りし、第9小隊の方々」

「「「……」」」

「――ここで何も行動に移す気がないというのなら、速やかにお引き取りください。私は決して、カシミスタンの地を離れません。カシミスタンこそが、私の始点にして終点です」

 

 ニキは疑念に満ち満ちた視線を第9小隊に容赦なくぶつけながら、矢継ぎ早に己の主張をまくしたてると、話は終わったと言わんばかりに玉座からストンと床に着地し、第9小隊に背を向けて謁見の間の奥の部屋へと姿を消す。かくして、第9小隊が土の魔女を伴って王都へ帰還するという任務は、現時点では失敗に終わるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ニキに祝歌計画を拒絶された後。第9小隊は一度王都へと引き返すべく、ムシャバラール砂漠を踏みしめて歩みを進めていた。ニキの主張を王都へ持ち帰り、陛下やエルマー閣下等、祝歌計画のことを知る一部の高官で今後の方針を協議するべきだと、クラウスが判断したためだ。

 

 

「……」

 

 カシミスタンへと向かう道中とは打って変わって、アルトたちは誰1人として言葉を発しなかった。それほどにニキが祝歌計画を拒絶したことが、その時のニキのねめつけるような視線が、疑念に染まりきった声色が、アルトたちの心に強烈に焼きついてしまっていたからだ。

 

 

「やれやれ。まるで敵国に惨敗した敗残兵のようだな、貴様らは。だから言っただろう、今のニキは神経質だと」

「いやいや、神経質って表現で済むレベルじゃないでしょ。思いっきり荒んでたじゃない」

 

 行きと同じく、第9小隊が王都へと帰還するための案内人を務める1人であるキースが、重い沈黙に耐えかねてため息をつくと、同じく無言の空間を居心地悪く感じていたサクヤが、好機とばかりにキースに返答する。砂漠を吹き抜ける風に、砂を踏む音。それら以外の音が第9小隊に生まれたことを契機に、モルディモルトが第9小隊へとクルリと向き直り、深々と頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい。せっかく遠路はるばる、来たのに」

「謝らないでくれ、モルディ。モルディが謝ることじゃないだろ」

「そうだ、小娘。領主の妹の頭は軽くない。そう簡単に頭を下げるな」

「……ねちねちキース」

「何か言ったか?」

「なにも」

 

 モルディモルトの謝罪を目の当たりにして、アルトが真っ先にモルディモルトに頭を上げるようお願いをすると、キースがアルトとは別方面からモルディモルトの頭を下げる行為を咎める。一方のモルディモルトは、ボソッとキースに対する悪態をついた後、ポツリポツリと己の心境を吐露し始めた。

 

 

「わたし、どうすればお姉ちゃんの力になれるか、わからない。お姉ちゃんはずっと、苦しんでる。福音使徒がカシミスタンでボヤ騒ぎを起こした1年前から、お姉ちゃんはカシミスタンの大乱がまた起こるんじゃないかって、すごく怯えてる。わたしは、お姉ちゃんの力になりたい。怖がってるお姉ちゃんを、苦しんでるお姉ちゃんを、助けたい。なのに、わたしじゃお姉ちゃんの力になれない。少しずつ、わたしもお姉ちゃんの仕事を肩代わりしようとしてるけど、それでもお姉ちゃんはずっと苦しんだままで。昔みたいに笑ってくれない。……どうしたらいいのかな。わたしは普通じゃないから、他の人よりできることが少ないから、もうなにも、わからない」

「モルディ。……大丈夫だ。あの憔悴したニキを放っておけないっていう気持ちは、俺たちも同じだ。俺が、ニキのことを救ってみせる。だから安心してくれ、モルディ」

「アルト?」

「俺は、指揮者だ。指揮者って知ってるか、モルディ? 指揮者ってのは、あの千年前の英雄:エルクレストと同じで、魔女の心と真正面から向き合って、魔女が抱え込んでいる負の感情を解決できる『調律』って特別な技が使えるんだ。だから必ず、土の魔女のニキのことだって救ってみせる。ニキに笑顔を取り戻して見せる」

「アルト……。うん、期待してる。お姉ちゃんのこと、よろしくね?」

 

 モルディモルトの告白を受けて、アルトはモルディモルトの肩に優しく手を置き、微笑んでみせる。アルトの力強く頼もしい宣言に、一縷の希望を見出したモルディモルトは、不意に頬を伝った涙をゴシゴシと拭って、静かにアルトに微笑みを返した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 第9小隊がカシミスタンへ遠征をおこなった数日後。第9小隊は再びカシミスタンへ向けて遠征していた。アナスタシア陛下、文官の長たるエルマー閣下、武官の長たるクラウス隊長を筆頭に高官たちで協議を重ねた結果、祝歌をカシミスタンで奏でる方向で妥協する結論に落ち着いたからだ。それほどまでに、ヒルダの堕歌を、一刻も早く解除したいという切実な願いが、王国の高官たちの共通見解だったのだ。

 

 しかし、カシミスタンへと向かう道中、アルトたちは異常事態に気づいた。ニキが展開しているはずの、カシミスタンを囲う結界が消失しているのだ。カシミスタンで何かが起きている。アルトたちがカシミスタンへと急行しようとした時、視力に優れているののかが発見した。元々結界のあった付近のオアシスにて、体中に傷を負い、腹部に深々と槍を刺され、ダクダクと血を流すキースの姿を。

 

 

「キース!」

「……貴様らか」

「キース、一体何があった!?」

「小娘が、モルディモルトが福音使徒に、誘拐された。まさか、大乱を、経験した身内に、カシミスタン出身者に、それもニキが、信を置いていた家臣に、裏切り者がいたとは、な。よほど、福音使徒の教義は、人民を、魅了するようだ……」

 

 いの一番にクラウスがキースへと駆け寄って体を抱き起こしつつ事情を問い、リゼットがキースに水魔法のヒールを何度も行使し、ユアンがキースの傷に有効な薬を選別してキースに投与する中、キースは運良く現れた第9小隊に対し、途切れ途切れながらも伝えるべき内容を選別して言葉を紡ぐ。

 

 

「まさか、その裏切り者にやられたのか!?」

「ふざ、けるな。この俺が、有象無象に、負けるわけが、なかろう。小娘がさらわれたと、一番に気づいた俺は、誘拐犯が残した、微かな手がかりをたどり、ここまでたどり着いた。そこで、カシミスタンの大乱の元凶、福音使徒のルドルフと、その手勢との正面衝突を、強いられた。小娘を、人質にされてな。それだけの、話だ。……あの実力、腐っても元騎士団長だと、思い知ったさ」

「ルドルフ、だと!? おい、あのクソジジイがいるんだな!? どこ行きやがった!? 早く言いやがれ!」

「ラスティさん! やめてください、キースさんの傷が悪化してしまいます!」

「うるせぇ、邪魔すんじゃねぇよ!」

 

 アルトがキースの話から想定できる展開を衝動のままに口にするも、キースは即座に否定する。その後、ルドルフと、彼の率いる福音使徒の軍勢に敗北した旨をキースが告げると、『ルドルフ』という名前に過剰反応したラスティがルドルフの居場所を問いただすべく、キースの胸倉を掴み上げてまくしたてる。リゼットの制止の声などラスティの耳には届いていないようだ。

 

 

「奴は、ルドルフは、小娘を連れて、孤月の丘に向かった。おそらく、ニキのことも孤月の丘に、呼び出しているはずだ。……俺のことは、捨て置け。早く行かねば、すべて手遅れになるぞ」

「でも! それじゃああなたは死んでしまいますよ! それでいいんですか、キース!?」

「ふん、俺は、王の器を持ちし、選ばれた男だぞ? キースキングダムの建国前に、こんな中途半端な所で、死ぬわけが、なかろう。……早く行け。時間は、有限だぞ」

「ッ!」

 

 キースは時折吐血しながらも、第9小隊に孤月の丘に向かうよう要請する。キースは傭兵であり、雇用主との契約を最優先する性質である。ニキとモルディモルトを守る、という契約を亡き母:サイージャと結んだ以上、例えここで己の命が尽きようとも、第9小隊を利用してでも、ニキとモルディモルトを守らなければならない。そのような使命感に心を支配されているキースは、ユアンの問いかけに欠片も動じずに、第9小隊を一刻も早く孤月の丘へと進ませようとする。

 

 

「――みんな、私は残るよ」

 

 結果。第9小隊がキースの遺志を尊重して、後ろ髪を引かれる思いに苛まれつつも、それでも土の魔女のニキが死亡するという最悪の事態を回避するために孤月の丘へと向かおうとした時。リゼットが静かに呟いた。第9小隊の、キースの視線がリゼットへと、一点に集中する。

 

 

「私の水魔法は砂漠の魔物には通用しないから、もし福音使徒と戦うことになって、福音使徒が砂漠の魔物を差し向けてきたら、私は役に立てない。それに、みんなが戦いで傷を負っても、今はユアン君の薬ですぐに回復できる。……だからきっと、私がいなくても何とかなるよ。みんななら絶対、ニキさんとモルディさんを助けられる」

「リゼット……」

「私もキースさんの怪我を治したらすぐに合流するから! だから私も置いていって! ニキさんとモルディさんを救ってあげて!」

「……わかった。リゼット、キースを頼む」

「うん、任せて!」

 

 リゼットの揺るがぬ意思を感じ取ったアルトは、第9小隊は。リゼットをオアシスに残して孤月の丘へと向かう決断を下す。オアシスに残るは、水の魔女リゼットと、息も絶え絶えな傭兵キースのみだ。砂漠の灼熱の太陽はキースの体調など知ったことかと、ますますヒートアップしていく。

 

 

「余計な、ことを……」

「余計かどうかは私が決めます! キースさんは絶対に死なせません!」

「聞き分けのない、女だ」

「強情な女性は嫌いですか?」

「……いや、悪くないな。貴様は、国民第1号の妹に、どことなく似ている……」

「妹?」

 

 リゼットは延々と水魔法のヒールをキースに行使し続ける。例えキースの傷が塞がるといった、目に見えた効果がなくても、リゼットは己の魔法を信じて延々とヒールを唱え続ける。と、その時。リゼットとキースは微かな音を聞いた。それは、風の音。風をかき分けながら、全速力で突き進む、小柄な人の音。

 

 

「貴様は……久しいな」

「ポポ、どうしてここに!?」

「久しぶりだね、キース、リゼット。状況は渡り鳥から聞いてるよ。――だいじょーぶ、キースは死なせない。キースだけじゃない、ニキやモルディだって。誰も、誰も死なせないよ!」

 

 風の魔女ポポは砂漠に降り立ち、決意に満ち満ちた瞳とともに、宣言した。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。今回はゴウラ火山の時のように、土の魔女のニキが万が一にも死なないための保険としてカシミスタンで待機するといったムーブはしていなかった。その理由は2話後に明かされる予定。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。本作では土の魔女ではないモルディモルトに対して親身に寄り添い、モルディモルトの好感度を意図せず稼いでみせた。さすがは主人公。
リゼット:ミトラ村出身の水の魔女。17歳。瀕死のキースを放置せず、キースの治療に専念する旨を第9小隊に示した。こういうムーブにリゼットの人となり(善人属性とお姉ちゃん属性)が垣間見えてかわいいと思える今日この頃。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主である緑髪の少女。16歳。1年前に福音使徒がカシミスタンで起こしたボヤ騒ぎ以降、心に余裕が消え、何が何でもカシミスタンを存続させることのみ考えて日々を過ごしており、ロクに眠れてすらいない。
モルディモルト:土の魔女ニキの妹たる、青髪の少女。16歳。姉のニキが情緒不安定な状態をどうにかしたいと思っているが、どうにもならず、モルディモルトも気持ちが沈んでいた模様。結果、今回はまるで正ヒロインのようなムーブをしていた。
キース:サイージャとの契約により、ニキとモルディモルトを守る傭兵。21歳。モルディモルト誘拐をすぐに察知したが、追いかけた先の、結界を抜けた先のオアシスで、ルドルフ一派に返り討ちに遭った。

 というわけで、17話の終了にして、ここまで温めてきた病みニキのお披露目会でしたね。まぁ実際、13歳の時にいきなりカシミスタン領主を継ぐことになったことを思えば、多少病んでも不思議ではないですしね。ええ。

 ところで。正直、キースがズタボロに敗北する姿はあまり想像できなかったけれど(負けるなら負けるで上手に敗走するイメージなので)、それ以上にキースに敗北するルドルフの姿が想像できなかったので、今回はモルディを人質にされたから負けざるを得なかったという展開となりました。ごめんね、キース。


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18話.自殺強要


 どうも、ふぁもにかです。ここの所、嫌な予感を抱かずにはいられないサブタイトルが続いているような気がしますが、しょせん気のせいですのでご安心を。だいじょぶだいじょぶ、何とかなりますよ。ええ。



 

 キースがルドルフに敗れたオアシスから南東に位置する孤月の丘にて。リゼットを除いた、アルトたち第9小隊が孤月の丘にたどり着いた時、状況は限りなく切迫していた。切り立った崖の上には、ピンク色のウサギのフードを目深に被った少女ドロシーと、漆黒の隊服に身を包んだ壮年の男性ルドルフと、手首と足首をロープで縛られてドロシー&ルドルフの間に座らされているモルディモルトの姿。一方、3人が見下ろす崖下には、キッとドロシー&ルドルフを睨むニキの姿。そして――

 

 

「よぉ、久しぶりじゃねぇか。わめくだけしか能のねぇ田舎者がよぉ」

「全員、動かないで。少しでも動けばどうなるか、わかるわね?」

「くそがッ……卑怯な手を使いやがって、こんのクソジジイ!」

 

 ニキの元へ駆けつけようとした第9小隊の行く手を阻む、燃えるような赤髪をしたダンテと、絹糸のような銀の長髪をたなびかせる時の魔女ヒルダの姿。ヒルダは第9小隊に強い口調で制止を求め、同時に崖の上のルドルフに目配せをし、ヒルダの視線を受け取ったルドルフは1つうなずき、モルディモルトの首筋に戦斧を添える。モルディモルトの生殺与奪が福音使徒に握られてしまっている現状、第9小隊はうかつに動くことができない。復讐相手のルドルフを視認し、今すぐにでもルドルフを殺したい衝動に駆られているラスティでさえも、ルドルフに怒号を上げることしかできない。

 

 

「アルト、みんな……」

「……」

 

 モルディモルトは首筋から伝わる戦斧の冷たい感触に、消え入りそうな震え声を発することしかできない。他方、ニキは黙したまま第9小隊を一瞥した後、視線を崖の上に戻して会話の口火を切る。

 

 

「それで。モルディを人質にして、私をここまで連れてきて、私に何をさせたいのでしょうか?」

「もうわかってるんじゃないの? 簡単な話だよ。――ここで妹を殺されたくなかったら、今すぐ自殺して☆ はい! じっさーつ! じっさーつ! じっさーつぅ!」

「……目的は私の命1つだけ、そういうことですね? わかりました、私はここで死ぬ運命としましょう」

「ニキ!?」

「おねえ、ちゃん? なにを、言ってるの?」

 

 ドロシーから凄まじくノリノリな音頭とともに自殺を強要されたニキは、淡々とした声色で意外にもあっさりと了承した。まさかのニキの回答にアルトを筆頭とした第9小隊が、モルディモルトが信じられないものを見るような眼差しをニキに注ぐ中、ニキは慣れた所作で腰に吊るしていた4丁の銃を宙に浮かび上がらせ、照準をニキ自身に向ける。

 

 

「ただ、これから死にゆく私への手向けとして、少し教えてくれませんか? 今、私の中にはいくつか疑問がうずまいていて、疑問を放置したまま逝きたくはないのです。……私の願い、叶えてくれませんか?」

「はぁ? なんでドロシーがアンタなんかの言うことを聞かないといけないわけ? ドロシーに命令していいのはヒルダだけ――」

「――承知した、土の魔女よ」

「ちょッ、おま、なんで頷いちゃってんの!? バカなのジジイ!?」

「ありがとうございます」

 

 ニキは己の死の瞬間が近づいているというのに、どこまでも透徹な眼差しでルドルフを見上げて、己の最期の願いを告げる。それをドロシーは容赦なく突っぱねようとして、ルドルフに遮られてしまう。敵に慈悲を与えるなんてバカげている。ドロシーがルドルフを責める中、ニキはぺこりと頭を下げて、問いを切り出した。

 

 

「まず1つ。どうして私を自殺させたいのですか? 私を殺したいのなら、モルディを人質にして私に自死を強制するなんて回りくどい方法を選ばずに、あなたたちが直接、私を殺せばいいのに。まさか、自分の手を汚したくない、だなんて理由ではないのでしょう?」

「次代の土の魔女を万が一にも生み出さないためだ。土の魔女を殺した後、土のクオリアも私の手で完全に破壊する。だが、クオリアには今もなお、未知の要素が多い。例えここでクオリアを砕いたとて、土のクオリアが元通りに復活する可能性は否めない。その時に、この娘が土の魔女を継承しようと思わないように、敢えて残酷に殺すのだ」

「私の自殺する瞬間をモルディに見せつけてトラウマを刻み込むことで、モルディを土の魔女にさせないため、ですか。……理解しました。そこまで残忍さを突き抜けているのはいっそ感心しますね」

「……質問は、それで終わりか?」

「いえ、もう1つあります。こちらが本命の質問です。――あなたたちの目的は、何ですか?」

 

 己がこれから自殺しなければならない理由を知ったニキは、悪態とともに静かにため息を吐く。ルドルフがニキの毒舌を正面から受け止め、次の質問を促すと、ニキは一拍置いた後に、福音使徒の秘密に大きく切り込む根本的な質問を繰り出した。

 

 

「ずっと不思議に思っていました。あなたたち福音使徒はヒルダの堕歌で街を、人を滅ぼしていく。そのような、世界を壊す破滅的な活動を続けています。同時に、あなたたちは世界各地から信徒を取り込み、どんどん勢力を拡大させています。だけど、これはおかしなことです。……だって、もしも福音使徒が世界を滅ぼすことが大好きなだけの、ただの快楽殺人嗜好クラブなら、こうも人が集まるわけがないんです。福音使徒の行いは重罪ですし、一般的な人は破滅願望なんて持ち合わせていませんから」

「……」

「だけど、あなたたちの元には次々と同志が集っています。今だって、カシミスタンを滅亡一歩手前まで追い込んだ福音使徒に、カシミスタンの住民が入信したことにより、私を死に追いやる事態に至っています。これはさすがに、ヒルダのカリスマや人心掌握力だけでは説明がつきません。……事象には必ず理由があるものです。だからこそ、聞かせてください。あなたたちの目的は、何ですか? あなたたちは世界を滅ぼしたその先に、何を見ているのですか?」

「……あまり、己を正当化するようなことを話すのは憚られるのだがな。妹のために潔く命を散らす覚悟を固めた土の魔女に敬意を表し、少しだけ語ろう。……福音使徒は、この世の真実を知っている。その真実はあまりに衝撃が強く、人々を信徒として生きる道に駆り立てるほどの威力を持っている。福音使徒の目的は……そうだな。世界のため、未来のためだ。真実を知る私たちはヒルダの指揮の元、最善の方法で人類の明日を守るために終わりなき戦いに身を投じているのだ」

 

 ニキの独白に近い問いに対し、ルドルフは逡巡の後に、ある程度は抽象的な文言を取り込みながらもニキに正直に回答する。ニキは、己の想定よりも多くを語ってくれたルドルフを心底意外そうに見上げた。

 

 

「ふっざけるなよ、クソジジイ! 何が未来のためだ、人類のためだ! テメェがやってることはただの人殺しだ! 殺戮だ! テメェは自分が正しいって思いこんで、ただ弱者をいたぶって遊びたいだけの気狂いジジイなんだよッ!」

「満足したか、土の魔女よ?」

「ええ、とても興味深いお話でした。誠実に答えてくれて、感謝します」

「では、土の魔女よ。カシミスタンの領主よ。ここで死に、未来のための礎となれ」

 

 ルドルフの回答にブチ切れるラスティをよそに、ルドルフはニキに改めて自殺を強要する。ニキは、宙に浮かべたままの4丁の銃のトリガーを、土の魔女の魔力で押し込もうとして――。

 

 

「やめて、お姉ちゃん! 死なないで! わたしのことはいい、から! だから、こんな奴らの! カシミスタンを燃やして、お母さんを殺した、こんな奴らの言いなりにならないでッ!」

 

 モルディモルトの悲痛な叫びがニキの鼓膜を打ち、ニキは肩をわずかに震わせる。ニキの視線の先で、モルディモルトはボロボロと涙を零していて。ニキもまた、妹をこうも悲しまざるを得ない現状に、何だか泣きたくなってしまった。しかし、ニキは決して、涙を流すつもりはなかった。泣いてしまえば最後、己を殺す覚悟が揺らいでしまうと容易に想像がついているからだ。

 

 

「良くないわ、モルディ。だってあなたは、私の大切な家族だもの」

「お姉ちゃんだってわたしの大切な家族だよ! 早く、銃を下ろして! わたしを、独りにしないで……!」

「あぁモルディ。私の愛しい妹。どうか、生きて。そして――私のようにはならないで」

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

 

 ニキはモルディモルトの説得を無視して、今度こそ己に照準を合わせた4丁の銃の引き金を、魔力を介して引いた。刹那、乾いた銃声が立て続けに4発、孤月の丘を反響する。

 

 

「いやぁあああああああああああ!!」

 

 モルディモルトが絶叫する。数秒後には確定する悲劇に震えて、モルディモルトが絶望に満ち満ちた悲鳴を轟かせる。この時、誰もがニキの死を確信した。第9小隊はニキの死を止めることのできなかったことを深く深く後悔し、福音使徒は土の魔女殺害により祝歌計画が頓挫したことに歓喜した。

 

 しかし、現実は孤月の丘にいる誰もが想像しえない展開へと舵を切った。放たれた銃弾は、ニキに銃口が向けられていたにもかかわらず、ニキに命中することはなかった。突如ニキを中心に発生した激しいかまいたちにより、銃弾はあらぬ方向へ吹き飛ばされ、砂漠の地に力なく突き刺さる。

 

 

「お姉ちゃん、これ……」

「まさか……」

 

 原因不明のニキ自殺失敗という予期せぬ状況に。第9小隊も、福音使徒も理解が追い付かない中。ニキとモルディモルトのみが、1つの仮説に到達した。この状況に、非常に覚えがあったからだ。そうだ、3年前のカシミスタンの大乱の時も、絶望的な状況に追い詰められて、ニキが死を覚悟して、モルディモルトだけでも生かそうとした瞬間に、唐突に希望が届けられたのだ。風が、絶望をかき消したのだ。

 

 

「わわッ!?」

「むぅ!?」

「盛る!?」

 

 刹那。崖の上のドロシー・ルドルフ・モルディモルトの背後から強烈な突風が吹き抜ける。不意打ちの突風に3人はその場に踏みとどまることができず、3人まとめて崖から吹き飛ばされてしまう。

 

 

「ドロシー! ルドルフ!」

「モルディ!」

 

 このままでは3人が崖からはるか眼下の地面に落下し、死亡してしまう。ヒルダは自分自身とドロシー&ルドルフとの距離をゼロに変質させる瞬間移動の時魔法を行使することで、ドロシーとルドルフを落下死から救出する。アルトは、ヒルダとダンテの注目が第9小隊から逸れた瞬間を狙って1人駆け出し、モルディモルトの落下地点へと渾身の力で駆けていく。

 

 

(間に合えぇぇえええええええ!!)

 

 しかし、アルトとモルディモルトとの距離が遠すぎる。このままではアルトの手はモルディモルトに届かない。それでもアルトは必死にモルディモルトへと手を伸ばす。その光景を、モルディモルトは上空から眺めていた。己の落下速度はどんどん上がっていく。アルトはきっとモルディモルトを受け止められないだろう。だけど、今のモルディモルトには死への恐怖は欠片もなかった。だって、お姉ちゃんが死ななかったことがモルディモルトの妄想でないのなら、希望が風とともに届けられる未来が確定しているのだから。

 

 瞬間、モルディモルトが想定した通りの未来が訪れる。モルディモルトは地面に落下する前に、空中で誰かにより体をキャッチされた。お姫様抱っこ状態になったモルディモルトが、体を支えてくれている人の顔を見上げれば、そこにはモルディモルトの数少ない親友の顔があった。

 

 

「ごめんね、モルディ。いつもいつも、来るのが遅くて」

「それは確かに。でも、来てくれた……!」

「もうだいじょーぶだよ、モルディ。ポポが来たからには、誰も死なせないから」

「盛る!」

 

 風をまとって空中浮遊していたポポは、風の刃でモルディモルトの手首と足首をそれぞれ縛るロープを切断した後、地上へとゆっくりと着地してモルディモルトをお姫様抱っこ状態から解放すると、福音使徒をしかと見つめて宣言する。そんなポポの横顔はまるで歴戦の戦士そのもので。モルディモルトはポポを信じて元気よくうなずくのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。アルトを差し置いてヒーロームーブに専念し、カシミスタン勢の好感度を稼ぎまくるポポの明日やいかに。
ラスティ:養父ルドルフに育てられた砂漠出身の若者。24歳。父親同然に感じていたルドルフがカシミスタンの大乱を発生させたその時から、ラスティの心の中にはいつも復讐が巣食っている。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主である緑髪の少女。16歳。今回の被害者枠1。現状、情緒不安定なニキは、己が死ぬことを躊躇する理由が妹が悲しむ以外で存在しなかったため、あっさりと死を受け入れ、積年の疑問を解消するためにルドルフから情報収集を行うこととした。
モルディモルト:土の魔女ニキの妹たる、青髪の少女。16歳。今回の被害者枠2。ニキがあっさり死を受け入れ、本当に自殺に走ったことが凄まじくショックだった模様。ポポのおかげでニキの死を回避できたため、ポポへのただでさえ高い好感度がますます突き抜けていっている。同時に今回も正ヒロインムーブに拍車がかかっている模様。
ドロシー:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。11歳。世界で一番怖いモノになりたいドロシーは、今回メチャクチャノリノリでニキに自殺を強要していた。
ルドルフ:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。40代。例えエクリプスから世界を守るために外道に堕ちたとしても、心まで堕ちたつもりのない彼は、ニキの願いに応じ、この世界の真実を少しだけ明かすことにした。

ジゼル「もしも本当に土の魔女が死にそうになった時に備えて、孤月の丘でずっとスタンバっていました」

 というわけで、18話は終了です。ポポが助けに入る確定演出が入ったので、もう第9小隊やカシミスタン勢が追い詰められるということはなさそうですね。いやぁ、良かった良かった。


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19話.敵か味方か


 どうも、ふぁもにかです。当初、本作品は30話くらいで完結予定のつもりでしたが、現状の物語の進み具合を見るに、おそらく完結は40~45話が目安となりそうです。そんなわけで、今後も引き続きポポたちのアナザーストーリーをお楽しみいただければ幸いです。



 

 ヒルダの魔法で約3年前の過去に逆行してからというもの、ポポは未来の悲劇:エクリプスから世界を、みんなを守るために、風魔法で月を削って入手した月のクオリアを風のクオリアに変質させて、世界各地に埋め込むお務めを継続してきた。しかし、このお務めには避けては通れない難題が立ちふさがっていた。それは、福音使徒が拠点にしている廃都ファーレンハイトでどうやってお務めをするか、ということだ。

 

 すでに現時点でファーレンハイト以外の地域に風のクオリアを埋め終えることのできたポポは、この難題に対し、1つの方針を打ち立てた。それは、リゼットが歌を歌えるようになってからファーレンハイトでお務めを行う、というものだ。

 

 

 ポポが過去に逆行する前、祝歌計画が完遂されるまでの大まかな流れは以下の形だった。

 

・祝歌計画完遂のため、陛下の命の下に第9小隊が結成される。

 (この時、水の魔女のリゼットは第9小隊に加入済。だけどまだリゼットは歌を歌えない)

・第9小隊がポート・ノワールで風の魔女ポポを保護。

・第9小隊がアマツで火の魔女サクヤを保護。

・第9小隊がカシミスタンで土の魔女モルディモルトを保護。

・魔女4人が王都にそろったことで焦った福音使徒が王都に侵入し、偶然出くわしたリゼットを襲撃。リゼットに魔女殺しの魔剣カルブンケルの呪いを行使した後に撤退する。

・魔剣カルブンケルを破壊してリゼットの呪いを解くため、第9小隊は、福音使徒を追跡していた人造天使ジゼルの報告を信じて、廃都ファーレンハイトへ進軍する。

・第9小隊は福音使徒との戦いの末にカルブンケルの破壊に成功し、福音使徒は拠点のファーレンハイトから敗走する。この一連の出来事を経て、リゼットは歌えるようになる。

・魔女4名が王都で四部合唱の練習を重ねた末、祝歌を発動させる。

 

 ポポはこの、福音使徒が敗走した後のタイミングで、もぬけの殻となったファーレンハイトでお務めを実施することで、全世界に風のクオリアを埋め込むお務めを完遂する方針を固めていた。これこそがポポが第9小隊に4人目の魔女として加入する方針で動いている要因の1つであった。

 

 しかし、ポポは先日、ふと思い出した。そういえば、過去に戻る前は、第9小隊が4人目の魔女である土の魔女を保護しにカシミスタンに出陣した時に、孤月の丘で福音使徒のリーダー:ヒルダと、福音使徒の幹部全員(ダンテ、ドロシー、ルドルフ)との決戦になったような、と。

 

 そこで、ポポは1つの可能性に至った。ポポが過去に逆行した世界で、第9小隊が3人目の魔女として、土の魔女ニキを保護しようとカシミスタンに向かった時、もしかしたらカシミスタンの地で、ヒルダたち福音使徒の主要人物が一堂に会し、総員の力を結集してニキを殺しにかかるのではないかと。その場合、福音使徒の拠点のファーレンハイトはかなり手薄になるのではないかと。だったら、わざわざリゼットに魔剣カルブンケルの苦しみを味わわせることなく、ファーレンハイトでのお務めを完遂できるのではないかと。

 

 ゆえに、ポポはここ数日、3年前に哀れな福音使徒から奪った福音使徒の正装(ドロシーに斬られたフードの部分は、ポポが苦戦に苦戦を重ねつつ頑張って補修した)に身を包み、ファーレンハイトでのお務めに興じていた。同時に、先のアマツでの一件のように、ポポの想定外の事態によりニキや第9小隊の面々が死んでしまう可能性を警戒し、ポポは随時、対話を重ねて手懐けた渡り鳥の一部隊を一定の時間ごとにカシミスタン方面に派遣し、常に状況を報告してもらっていた。

 

 洞察力・観察力・警戒心に優れたヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフが留守にしているファーレンハイトでのお務めは存外、順調に進められていた。しかし、この調子ならファーレンハイトでのお務めも無事に終わりそうだとポポがこっそりほくそ笑んでいたある時、渡り鳥から重大な報告が寄せられた。曰く、【カシミスタンの一番大きい建物(領主館)の中で、熟睡中のモルディモルトを背負って走っているハゲの男がいた】という報告だ。

 

 ポポはこの報告に非常に嫌な予感を感じた。何者かがモルディを誘拐しているのではないか。そう推測したポポは、お務めを中断して一目散にファーレンハイトを後にし、風の魔法で渾身の追い風を呼び寄せながら最速でムシャバラール砂漠へと突き進んだ。その間も、渡り鳥から継続して報告をもらって諸々状況を把握した上で、重傷を負ったキースの元に現れ、キースの怪我を命に別状がないレベルまで治療した後に、リゼットにキースを託して孤月の丘へと急行したのだ。ゆえに。

 

 

「ごめんね、モルディ。いつもいつも、来るのが遅くて」

「それは確かに。でも、来てくれた……!」

「もうだいじょーぶだよ、モルディ。ポポが来たからには、誰も死なせないから」

「盛る!」

(あ、あああ危なかった。あと少しでも遅かったら、ニキが死んじゃってた……。キースも手遅れ寸前だったし……良かった、間に合って良かった! 助けられてよかったッ!)

 

 孤月の丘の崖下で、ニキが自殺のためにトリガーを引いた銃の銃弾の軌道をかまいたちで逸らし。孤月の丘の崖の上でルドルフとドロシーに人質にされているモルディモルトを救うために、崖の上の3人めがけて突風をぶつけた上で、モルディモルトを空中で救出する。そんな華麗な救出劇の主役を担っていたポポはその実、凄まじく焦っていたのだが、ポポの事情を察知できる者はこの場にはいなかった。

 

 

「何も特別な武具を装備せずに、当然のように空を飛んでいる。……まさか、まさかあのレディこそが――」

「いかにも、アーチボルト。あの者こそが、風の魔女ポポだ」

「……あの顔、どこか見覚えがあるような。気のせいかしら?」

 

 崖の上から落下中だったモルディモルトを空中でキャッチし、ふわりと地に着地したポポの姿にアーチボルトが驚嘆し、クラウスが平静を保った口調でアーチボルトの疑問に答え、サクヤがポポの顔にどこか既視感を感じて首をかしげる中。ポポはモルディモルトをお姫様抱っこ状態から解放した後、周囲を軽く一瞥した後、軽やかな口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「何だか久しぶりな人が多いみたいだけど、積もる話は後にしよっか。……ニキもごめんね。引き金を引かせちゃって。ポポがもう少し早くここに来れたなら、ニキを苦しませずに済んだのに」

「久しぶりね、ポポ。あの時のように、来て、くれたのね。嬉しい、凄く嬉しい。……でも、どうして来てしまったの? どうして私をあのまま死なせてくれなかったの? どうして私を終わらせてくれなかったの?」

「……ほぇ?」

「私には、母様のような素晴らしい統治はできない。どうあがいても母様のように、カシミスタンを発展させることができない。きっと、みんなもわかっていた。私が未熟で、至らない領主だって。だからきっと、私の治世に不満を爆発させ、福音使徒に寝返ってモルディを誘拐する人が出てしまった。私は、母様に満たない。母様に届かない。それこそが揺るがない事実。私は領主失格。こんな不出来な私に、生きる価値なんて、どこにも……うぅぅ!?」

 

 ポポはニキの元へと駆け寄り、顔色をうかがいつつ謝罪する。土の魔女の魔力で宙に浮かべていた4丁の銃を地面にポトリと落としている今のニキは、呆然とポポを見つめながら、ポツリポツリと己の心境を告げる。ニキから漏れ出る言葉はまるで、ポポがニキの命を救ったという事実にこそ絶望しているようで。ニキからの思わぬ反応にポポが困惑していると、ニキが突如としてうめき声とともに体を抱きしめてうずくまってしまった。

 

 

「ニキ!? どうしたの、だいじょーぶ!?」

「え、え、お姉ちゃん!?」

「ッ! 今の鎖は……!」

「アルト、何か見えたの!?」

「――あぁ。今のニキには調律が必要だ。悪いけど、君の心に触れさせてもらうぞ!」

 

 明らかに異様なニキの様子にポポとモルディモルトがワタワタとしていると、アルトが何かに気づいたのか、ハッと目を見開く。もしかして、魔女の心にまとわりつく鎖を見たのだろうか。ポポが鎖自体には言及せずに問いかけると、アルトはコクリとうなずいた後、ニキへと手を伸ばし――刹那、アルトとニキを中心に激しい光の奔流が弾けて、アルトとニキの姿が消失していた。2人だけではない。モルディモルトも、第9小隊もそろって姿を消している。きっとアルトがこの場の仲間を全員、ニキの精神世界に連れ込んだのだろう。

 

 結果、今現在。孤月の丘に存在するのは、ポポと、そして福音使徒のヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフの、計5名となった。

 

 

(ポポ、アルトに仲間外れにされた……。あ、でも仕方ないよね。だってポポ、第9小隊に入ってないし。でも、第9小隊のメンバーじゃないはずのモルディはアルトと一緒にニキの精神世界に入っていったけど……。いや、それは多分、アルトがニキの調律にモルディが必要だと判断しただけで、それは決してポポを信用できないと思われたとは限らないわけで――)

「まさか、よりにもよって魔女狩りを他ならぬあなたに邪魔されるなんてね、風の魔女」

 

 ポポが今のアルトから仲間判定されていないことに内心で割とショックを受けている中、ヒルダは深くため息を吐き、漆黒のとんがり帽子をかぶり直した後に、ポポに冷徹な視線を投げかけてくる。瞬間。突如として、世界が遅くなる。ポポの体を吹き抜ける風の速度が、ポポの空を優雅に浮遊する雲の速度が、何物にも囚われないはずの太陽の速度が、極端に遅くなる。

 

 

「けれど調律者アルトは、風の魔女を土の魔女の精神世界に誘わなかったようね。これは不幸中の幸いだわ」

「もしかしてだけど……今、ヒルダはポポたち以外の時間の流れを遅くしてる?」

「察しがいいわね、風の魔女。その通りよ。アルトが土の魔女の調律を終えて、皆を引き連れて帰ってくる前にはっきりさせたいことがあったから、時の流れを歪ませてもらったわ」

「はっきりさせたいこと?」

「単刀直入に言うわね。……風の魔女。あなたが、私たちにアナスタシアが祝歌計画を進めているという矢文を送った張本人ね?」

「ほぇ!? な、なんのこと、かなぁ……?」

「とぼけても無駄よ。少し考えればわかることだわ。風の魔女、あなたは福音使徒のアジトを3年前に知った。なのに、あなたはそのことを王国に告発していない。告発していたのなら、とっくの昔にファーレンハイトに王都の追討軍が派遣されるはず。……それなら、矢文を放てるのは福音使徒のアジトを知るあなたしかいないのよ。偶然にも、あなたの武器も弓のようだからね」

「あ、あわわわわ……」

 

 以前、ファーレンハイトに放ったポポの矢文についてヒルダから言及されたポポは、ヒルダの問いがあまりに想定外だったために、すっとんきょうな声を零し、ヒルダから目線をそらして問い返す。ポポは脳内で必死に『矢文はポポのものではない』ことを示す言い訳を考えるも、ヒルダからすかさず追撃をもらった結果、ポポは動揺と狼狽に満ちた鳴き声を漏らすことしかできなかった。

 

 

「こいつ、ヒルダの鎌かけに簡単に引っかかってるぞ」

「キャハハ! 見た目通り、頭が悪いんだね☆ アンタが他の奴に福音使徒のアジトをバラしたって言い訳すれば、矢文を放った正体がアンタだって、ドロシーたちにはわからなかったのに」

「ほぇ!? ポポ、騙されたの!?」

「……あなたは隠し事が苦手そうね」

 

 そんな挙動不審極まりないポポの様子に、ダンテがジト目でポポを見つめ、ドロシーがポポを小馬鹿にする。そのようなダンテとドロシーの反応からようやく、ヒルダが矢文を放った人物について確信を持っていなかったことに気づいたポポが素直に己の心境を叫ぶと、ヒルダは再びため息を吐き、生暖かい目でポポに視線を注いできた。

 

 ポポは、改めて福音使徒の皆を、ヒルダを見つめ返す。ヒルダはあの時、カルテジアンとの絶望的な戦いの最後で、己の時のクオリアを砕いて、ポポに思いを託して、ポポを3年前へと転送した。そのヒルダと今、こうして、対面している。ヒルダも今はまだ、生きている。

 

 

(……何だろう。この、不思議な感覚。ヒルダが生きていてくれて嬉しいって気持ちと、でもそれだけじゃない。ポポは、何に違和感を感じているんだろう?)

「それなら素直に聞かせてもらいましょうか。風の魔女、あなたの目的はなに? 矢文で福音使徒に味方したかと思えば、今はこうして土の魔女を助けて、福音使徒の邪魔をする。……あなたの行動には矛盾があるわ。結局、あなたは何が目的で、動いているの?」

「……それは、言えない」

「質問を変えるわ。あなたは福音使徒の敵? それとも味方?」

 

 ポポがヒルダを見つめながら内心でクエスチョンマークを浮かべていると。ヒルダが単刀直入にポポの目的を問いただしてくる。こればかりはバレるわけにはいかない。ポポが回答を拒否するも、ヒルダは別の角度から再度質問をぶつけてくる。ヒルダはポポのごまかしを一切許さないつもりらしい。

 

 

「言えない。それしか、言えない」

 

 だけど、それでもポポは明言を避けた。ここで福音使徒にすべてを打ち明けてしまえば、クラウス隊長もとい、マザー・クオリア側である獅子王ゼノにもバレかねない。ポポの策は、お務めは、ゼノに気づかれていないからこそ効力を発揮するものなのだ。ゆえに。

 

 

「ポポは、お務めを果たすだけだよ。ポポの望む、未来のために」

 

 ポポが具体性に欠ける回答でお茶を濁し、ヒルダの追及から逃れようとした、刹那。ポポの周囲にまばゆい閃光が放射され、一瞬にしてアルトたち第9小隊(+ニキ&モルディモルト)が姿を現す。どうやらアルトによるニキの調律は無事完了したようだ。

 

 

「ポポ、ごめんね。さっきは酷いこと言って」

「ううん、気にしないで。ニキが元気になってくれてよかった!」

「ふふ、ありがとう」

 

 ニキがパタパタとポポに駆け寄りペコリと頭を下げてくる一方、ニキに罪悪感を抱いてほしくないポポはニコリとニキに微笑んだ。ニキも、ポポの意図を察して、少しぎこちないながらも微笑み返す。しばらく笑うことを忘れていたニキが素直に笑えた瞬間だった。

 

 

「……さて、土の魔女の自殺教唆には失敗したけれど、福音使徒のやることに変わりはないわ」

「違いねぇ。ここに都合よく魔女が3人もいるんだ。1人でもやっちまえば、俺たちの勝利だ」

「あぁ。ここで魔女を殺し、因縁に決着をつけようか」

「キャハハ☆ 今日はミンチを大量生産できるね! おいで、デクリンちゃんたち!」

 

 が、和やかな空気はいつまでも続かない。アルトたちがニキの精神世界から戻ってきたことでポポと対話を続ける機会を逸したヒルダは、遅くしていた時の流れを元に戻しつつデスサイズを構えて、第9小隊並びにポポたちにへの殺意を行動で示す。ヒルダに呼応して、ダンテ、ルドルフ、ドロシーもそれぞれ武器を構え。直後、ヒルダたちの周囲に、ヒルダの時魔法で転送されてきた福音使徒や、ドロシーが召喚した殺戮人形『デクリン』が次々と姿を現す。

 

 

「総員、福音使徒を撃滅する! 私に続け!」

「じゃあまずは、ポポの番だよ」

 

 対する第9小隊は、クラウスの号令を起因として、それぞれ戦闘態勢を取る。ここでポポは第9小隊を支援するべく、胸にそっと手を当てて歌を奏で始めた。ポポの歌は気ままに砂漠を渡りゆく風に浸透し、アルトたちの体を優しく包み始める。

 

 

「これで戦いやすくなったかな?」

「おぉ、なんと面妖な。まるで体が羽のように軽く……!」

 

 ポポが一節を奏で終えた後、感想を問いかけると、アーチボルトが大仰な反応とともに普段では考えられないほど機敏に鎧を動かし、ポポの支援の尋常でない効果を実感する。

 

 

「ありがとう、ポポ! これなら――勝てる!」

 

 こうして。ポポの歌により軽やかな疾風のごとく動けるようになった第9小隊は、その素早さを十全に生かして福音使徒への突撃を開始し、疾風怒濤の勢いで福音使徒やデクリン軍団を撃退していく。また、肝心の福音使徒の幹部であっても。

 

 

「クソジジイ! ここで引導を渡してやる!」

「むぅ、ラスティ……!」

 

 ただいま絶賛、復讐に己が体を燃やすラスティが、ポポの風魔法でさらなる速さを得たことで、ルドルフに反撃を許すことなく一方的にナイフの連撃を繰り出し。

 

 

「さーて、イカレウサギ。あの時の借りを返してやるから覚悟しなさい」

「にんにん! お命頂戴いたします!」

「あぁぁぁあああもう! 調子に乗るな、ウザいっての!」

 

 サクヤとののかの息の合った連携プレーでドロシーを着々と追い詰め。

 

 

「ダンテ! 今の俺をミトラ村の時の俺と一緒にするなよ!」

「チッ、少しはマシになったみてぇだな!」

 

 アルトとダンテが互いの剣と槍を幾度もぶつけ合い、互いに一歩も譲らぬ攻防を繰り広げる。結果、ポポの支援により超強化された第9小隊は、福音使徒の幹部すらも抑え込むことに成功したことで、福音使徒との全面戦争を優位に立ちまわることができていた。

 

 

「風の魔女。彼女の歌1つで、こうも戦況をひっくり返されるなんて――ッ!」

 

 福音使徒の劣勢に歯噛みするヒルダは、ここで遥か天空から迫りくる矢の雨に気づき、とっさに上空に時魔法を放つ。上空の空間を歪ませる特異点を召喚し、矢の雨を時空の狭間に奪い去る。

 

 

「ほう、よく気づけたじゃないか」

「もう、キースさん! 無茶しないでください! あなたはさっきまで瀕死だったんですよ!?」

「心配は無用だ。貴様とポポのおかげで、だいぶ楽になった。それに、俺は契約に誓った守るべき相手を、他人に守らせたまま安穏と過ごす趣味はない」

 

 直後。崖の上にキースとリゼットが姿を現す。ポポとリゼットの手厚い治療の甲斐あって、動ける程度には回復したキースは、己の髪をかき分けつつ、ヒルダのとっさの判断を称賛する。キースの傷はまだ完治したわけではないため、キースの無茶にリゼットはわたわたと慌てるばかりだが、そんなリゼットの一切の所作をキースは完全に無視して言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「「キース!」」

「よもや、あの傷で生きているとは……」

「俺は王の器を持ちし男。あの程度で死ぬわけがなかろう。さぁ、さっきの意趣返しだ。ぜひ味わってくれ。まさか、あの時小娘を、モルディモルトを盾にした貴様が卑怯とは言うまいな?」

 

 キースの無事な姿を目撃して、キースの安否を誰よりも心配していたニキとモルディモルトが歓喜の声を上げる中。ルドルフがキースを尻目に確認し、驚愕に目を見開き、対するキースは得意満面な好戦的な笑みを携えて弓に矢をつがえる。

 

 

「……ここまでね。皆、撤退するわ」

「ヒルダ! ドロシーはまだ戦えるよ!」

「そうだ、俺たちは負けちゃいない!」

「戦況は厳しいわ。相手は風の魔女の魔法でかなり強化されている。その上、崖上を射手に確保されている。このまま戦闘を続ければ私たちに無視できない損害が発生してしまう。今は玉砕覚悟で戦うタイミングではない……総員撤退。命令よ」

 

 彼我の戦力差。戦場の配置。諸々を考慮した結果、ヒルダは撤退の判断を下す。ヒルダの判断にドロシーとダンテは異を唱えるも、ヒルダは撤退を決断した理由を端的に述べた後、有無を言わせず時魔法を唱える。

 

 

「クソが! 逃がすかよッ!」

 

 結果。ラスティの刃がルドルフに届くよりも早く、ヒルダの時魔法の詠唱が完了し、福音使徒は全員、孤月の丘から転移する。かくして、ニキの側近により、モルディモルトが結界の外へと誘拐されたことを契機とした一連の動乱は、福音使徒を取り逃がしこそしたものの、最終的には被害者ゼロで乗り切ることができたのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。残るお務めポイントがファーレンハイトのみとなったため、福音使徒幹部たるヒルダたちの不在のタイミングを狙って、こっそりファーレンハイトに潜入していたが、手懐けた渡り鳥からの報告を機に、カシミスタンへと急行し、良い感じにアルトたちの元に参上した。その後の福音使徒との戦闘の際、ポポはアルトたちに歌魔法「かぜにのって」を行使し「移動力上昇&速度上昇」の支援を行ったが、今の逆行ポポは凄まじくレベルが高いため、歌魔法の効果もまた、とてつもなく効果が高く、結果としてポポの歌魔法が、此度の第9小隊と福音使徒との戦闘の勝敗の決め手となった。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。此度、前領主であり母であるサイージャと比べて己の統治が劣っていることに悩み苦しみ、生きる価値さえ失いかけていたニキの精神世界に潜り込み、ニキを調律することに成功した。具体的にどんな対話を経てニキの調律が完了したのかは読者の皆様のご想像にお任せします。
ヒルダ:時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。福音使徒に祝歌計画のことを矢文で密告した人物として、風の魔女を第一候補に据えていたため、今回ポポと話す機会を偶然得られたことを機に、ポポに鎌をかけて情報を引き出すことに成功した。本当は、もっと多くの情報を引きずり出す予定だったが、アルトがニキの調律を完了してしまったため、断念することとした。

 というわけで、19話は終了です。本作品で本格的な戦闘を描写したのは0話以降初めてですが、戦闘シーンはホント難しいですね。ちゃんと描写できている気がしません。……これは多少なりとも今後のことが心配になってきました。


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20話.領主モルディモルト


 どうも、ふぁもにかです。最近は仕事が忙しくなってきたため、執筆速度が遅くなっています。ホントすみませんね。本作はできれば3日に1話投稿したいつもりだったのですが、現状を鑑みると5日に1話投稿が精いっぱいとなりそうです。



 

 第9小隊と福音使徒との決戦の舞台となった、孤月の丘。その場には今、数多くの人物が集結していた。

 

 第9小隊の面々(クラウス、アーチボルト、ラスティ、アルト、リゼット、サクヤ、ののか、ユアン)に、カシミスタンの面々(ニキ、モルディモルト、キース)。そして、風の魔女ポポ。

 

 

「ポポ、久しぶりだな」

「久しぶり、アルト。……うん、3年ですごくかっこよくなったね」

「ま、ミトラ村で狩人やってたし、今は第9小隊の一員として毎日鍛えてるからな。3年前に比べれば、さすがに変わるだろ」

 

 誰もがポポに視線を集中させる中、真っ先にポポに語りかけたのはアルトだった。ポポはアルトに歩み寄り、全身をまじまじと見つめた上でポツリと感想を零す。対するアルトは、3年前も今もまるで雰囲気の変わらないポポの様子に改めて安堵の息を吐いた。

 

 

「ポポ。さっきはありがとな。ポポがいなかったら、ニキは亡くなっていた。モルディだって危なかったかもしれない」

「キースさんのことも、ありがとうね。ポポが治療を手伝ってくれなかったら、キースさんの怪我の治療も、間に合わなかったかもしれなかったから」

「そっか、キースのことも助けてくれたんだな。……3年前といい、ポポにはいつも助けられてばかりだな」

 

 ニキの自殺を止められなかったアルト。キースの致命傷レベルの怪我を1人では回復しきれなかったリゼット。2人の心の片隅には、己の無力さを責める負の感情が宿っていた。その気持ちゆえに、アルトとリゼットは心の底からポポに感謝の意を表明する。対するポポは、アルトとリゼットの態度に首を傾げた。

 

 

「アルト、リゼット。どうしたの? 何だかちょっと様子が変だけど。……もしかして、自分のことを責めてたりする?」

「「ッ!」」

「確かに、もしもここにポポがいなかったら、ニキも、モルディも、キースも死んでたかもしれない。でも、そういうネガティブな『もしも』を抱えていても気持ちがどんよりするだけだよ。色々あったけど、今はこうしてみんな無事に生きてる。だったら、めでたしめでたしってことでいいんじゃない?」

「ポポ……」

 

 日頃、自己肯定意識の低いポポゆえに、今のアルトとリゼットが抱えている気持ちを察知できたポポは、2人にどうにか元気になってほしい一心で、ポポなりに励ましの言葉を選んで語りかける。

 

 

「いやー、さすがは慈愛の魔女。先ほどの一連の事態においても、二つ名に違わない見事な活躍ぶりをみせてくれましたね。さてさて、慈愛の魔女のさらなる逸話が増えたご感想はいかがですか? ポポさん」

「か、からかわないでよユアン! その呼ばれ方、すごくむずむずするんだから!」

 

 と、ここで。ユアンがにこやかな笑顔を張りつけながらポポの二つ名いじりを仕掛けてきたため、ポポは思わず恥ずかしさに頬をわずかに赤らめつつ、慈愛の魔女に関する話題をすぐさまシャットダウンしようとする。結果、ポポがいたからニキたちが無事に済んだとか、ポポがいなかったらニキたちが死んでいたかもしれないといった仮定の話が再度アルトやリゼットから持ち出されることはなくなり。ポポたちを取り巻く雰囲気が段々と和やかなものへと変質していった。

 

 

(ユアン……気を遣ってくれたのかな?)

「さて。不測の事態こそあれど、我々は結果的に土の魔女ニキ殿を福音使徒から守ることに成功した。ここは一度カシミスタンへ戻り、今後について方針をまとめようではないか。それでよろしいか、ニキ殿?」

「もちろんです。キースを安静にしてあげたいですし」

「余計な気遣いは無用だ、小娘」

「このように、キースはどんなに自分の体調が悪くても、強がりしか言えない不器用な人なので」

「む、わかったような口を……」

「風の魔女殿もご同行願えるか? 貴殿にも話があるのだ」

「うん、いいよ」

 

 頃合いを見計らったクラウスの提案に、ニキはキースを理由の1つに据えつつ同調する。ニキの論調にキースが異を唱えても、ニキはどこ吹く風だ。クラウスはニキの肯定を確認した後、ポポにも向き直り、カシミスタンへの同行を要請する。ポポもこの提案を敢えて断る理由はなかった。今こそ、ポポから第9小隊に己の方針を伝えるべきだと判断したからだ。

 

 

「このメンバーだと、ポポのことを知っている人の方が多いと思うけど……改めて自己紹介するね。風の魔女のポポだよ。みんな、よろしくね!」

 

 ポポは、全員をグルリと見渡した後、朗らかに己の名を告げて、ニコリと太陽のような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ニキ殿。我々は、先日のニキ殿の主張を王都に持ち帰り、陛下を始めとした一部高官で協議を重ね、結果として、カシミスタンで祝歌を奏でる方針に変更しました。これで『ニキ殿が祝歌計画に協力する』ことで『ニキ殿がカシミスタンを離脱する』という図式は消失します。改めて――祝歌計画にご協力いただけせんか?」

 

 カシミスタンの領主館の謁見の間にて。クラウスは以前拒絶された問いを再度、ニキに投げかける。ニキはカシミスタンを離れることを極端に嫌がっていた。そのため、カシミスタンから離れずに済むのなら、ニキに祝歌計画を拒否する理由は存在しないはず。なのだが、以前の荒んだニキの言動を真正面からぶつけられた経験者たるアルトたちは、緊張に満ち満ちた面持ちでニキの回答を待つ。

 

 

「わかりました。協力します。祝歌を奏でる場所も王都ランベルトで構いませんよ」

「祝歌計画にご理解いただけるのはありがたい限り。しかし、良いのですか?」

「ええ。福音使徒はカシミスタンを滅ぼすことよりも魔女狩りの方を優先していると、今回の一件で痛いほどに理解しました。土の魔女がカシミスタンに留まること自体が、カシミスタンを脅威に晒している以上、私にカシミスタンに残るという選択肢はありません。先日は偉そうな態度で王都へ赴くことを拒否した手前、恐縮なのですが……私を王都へ、連れて行ってくれますか?」

「承知した」

 

 ニキは、憑き物が落ちたような柔らかな笑みを携えて、クラウスを見つめて祝歌計画に全面的に協力する意思を示した。一方のクラウスはニキの了承の意に安易に飛びつかず、ニキから真意を聞きだした後、ニキから差し出された手を優しくつかんだ。

 

 

「それで……」

 

 クラウスとの話が一段落ついた所で、ニキが背後のモルディモルトへと向き直る。心配そうな眼差しを妹に注ぐニキと、力強い意思の光を宿した眼差しをニキに向けるモルディモルト。何だか普段の2人の性格が逆転したかのようだ。

 

 

「モルディ。あの時、私の精神世界であなたが言ったことは、その……本気なの?」

「うん。お姉ちゃんがいない間、わたしが代理でカシミスタンの領主をやる。わたしが、お姉ちゃんの帰る場所を、守る。……お姉ちゃんの仕事は、いつも見てたし、たくさん手伝ってきたから。領主がどんな仕事をすればいいかは、たぶんわかる。それに、わたしじゃうまく統治できないかもだけど、それはそれで、アリ。だってそれなら、お姉ちゃんが帰ってきて、領主に戻った時、みんな手放しで歓迎してくれるから」

「もう、モルディったら……」

「お姉ちゃんは、しばらく領主のことなんて忘れて、いっぱい楽しんできて」

「……わかったわ。お土産話をたくさん持ってくるから、期待しててね」

「盛る!」

 

 ニキは、モルディモルトの決意が今もなお変わらないことを確認した後、今度はキースへと向き直る。クラウスがニキに話を切り出す前に、ニキが再三にわたり救護室で休むように伝えたはずなのに、まるで言うことを聞かない頑固者に、ニキは視線を移す。

 

 

「キース。モルディのことを、お願いね?」

「む? 貴様について行かなくていいのか?」

「確かに、福音使徒に狙われやすいのは私の方だけど……モルディは戦う力を持っていないから、モルディを守っていてほしいの」

「ふむ、よかろう。貴様らの母と交わした契約の元に、二度と小娘を誘拐させるような失態は犯さんと約束しよう。ただし、ニキ。俺の手の届かない場所で勝手に死ぬなよ。俺の知らぬところで契約が破られることだけは、絶対許さんからな」

「わかってますよ」

 

 亡き母の置き土産たるキースからの言葉を、ニキはしっかりと心に刻み込んで、しかとうなずく。ニキはこの時、モルディモルトとキースからの言葉を受けて、改めて自覚した。ニキの命は、ニキだけのものではないと。ニキの一存で蔑ろにしてはいけない、かけがえのない命だと。

 

 

「して。風の魔女、ポポ殿。祝歌計画の成就のために、貴殿にもニキ殿とともに王都までご同行願いたい。そも、祝歌計画というのは――」

「――ううん。説明しなくてもだいじょーぶだよ。ポポは風の魔女だから。風のうわさを集める力もあって、祝歌計画のことは大体知ってるんだ」

「ふむ、風の魔女にはそのような情報収集能力もあるのか。ならば話は早い。滅びの魔女ヒルダが率いる福音使徒による世界の破壊活動はますます苛烈さを強めるばかり。街を、人を結晶に閉じ込める彼らの蛮行を看過すれば、世界の破滅は免れない。ゆえに、ポポ殿にも、結晶化を解除する祝歌計画に加わってほしい。いかがだろうか?」

「……そのことについて、ポポから話があるんだ」

 

 クラウスから提示された、第9小隊への勧誘に対し。ポポはしばし無言を貫いた後。第9小隊の面々に1人1人、視線を移しながら、話を切り出した。それまでほんわかとした雰囲気を放出していたポポが真剣な眼差しを向けてきたため、第9小隊のメンバーは緩んだ気を引き締めてポポを見つめ返す。

 

 

「ユアンから大体の話は聞いてるんだけど、クラウス隊長はユアンからポポのことを探ろうとして、でもユアンに断られたんだよね? 実はね、ユアンには事前に『ポポの居場所を尋ねられても答えないでほしい』ってお願いしてたんだ。だから、ユアンはポポのために、クラウス隊長にポポのことを秘密にしてくれてたんだよ。じゃあ、なんでポポが祝歌計画のことを知っていながら、ユアンにポポのことを話さないようにお願いしていたのかっていうと、今のポポに、第9小隊に入る気がないからなんだよ」

 

 ポポの告げた言葉に、第9小隊の面々が息を吞む様子が、風を司るポポには読み取れる。だが、ポポは第9小隊がポポの言葉をかみ砕き、己が理解できる範疇に落とし込むよりも早く、次の言葉を紡ぐ。

 

 

「ポポには果たさないといけないお務めがある。そのために、ポポは3年前から世界中を旅してる。そのお務めが終わるまで、王都には行けない。第9小隊に入るわけにはいかない。第9小隊に入っちゃったら、今みたいに自由に世界を巡れないしね。つまり、今はまだ祝歌計画に協力できない。これがポポの答えだよ。……ま。どんなに遅くても、あと1か月もすれば、ポポのお務めは終わる。その時になったらポポの方から第9小隊に入りに行くよ。それじゃあ、ダメかな?」

「……それは、そう易々とはうなずけない話だ。ポポ殿も確かに見たはずだ。福音使徒は、ニキ殿に自殺を強要したように、魔女を殺すために手段を選ばない。ポポ殿を保護せずに放置することは、ポポ殿が福音使徒に殺されるリスクを看過することと同義だ。私は、できることなら今ここで、ポポ殿に王都に来てもらいたいと考えている」

「そっか。ま、もしもダメだって言われても、その時はここから空に飛んで逃げて、みんなとお別れするだけだから、クラウス隊長がどんな考えだろうとポポには関係ないんだけどね」

「ポポ殿……!」

「無駄だぜ、隊長」

 

 ポポは『お務め』を盾にして、第9小隊に入らない旨を告げる。ポポの主張にクラウスが異を唱えると、ポポは己の体に軽く風をまとわせながら、断固として第9小隊入りを拒否する姿勢を見せる。対するクラウスがポポの心変わりに期待して更なる言葉を紡ごうとして、そこでクラウスは肩を強くつかまれる。クラウスが背後を振り向くと、飄々とした様子のラスティが続きを口にする。

 

 

「俺もポポとは3年前に会ったことがあるが……その時からこいつは『お務め』にご執心だった。要するに、ポポにとっては、祝歌計画よりも『お務め』とやらの方が大事ってことだ。いくら隊長が言葉を尽くして説得しても、こいつの心は動かねぇ。……ま、それでもいいじゃねぇか。ニキの時みたいに、絶対祝歌計画に参加しないって言ってるわけじゃないんだ。ポポの用事が終わるまで気長に待ってみるのも悪くないさ」

「あ、ラスティがいつの間にか怖くなくなってる」

「この方がお前にとっての『いつも通りのラスティ』なんだろ? お前と顔を突き合わせてる時まで、ジジイへの憎しみ全開の態度でいる気はねぇよ。また前みたいにぶっ倒れて、迷惑かけるわけにはいかねぇしな」

「ラスティ……」

 

 ラスティは3年前のポポとの初対面の場面を脳裏に思い起こしながら、クラウスにポポの説得を諦めるよう進言する。つい先ほどまでルドルフへの憎悪に身をやつしていたラスティの雰囲気の変わりようにポポが目を丸くしていると、ラスティはため息まじりに己の心境を綴る。

 

 

「私もラスティさんに賛成です。ポポは、カシミスタンの大乱の後、カシミスタンの復興を手伝ってくれた傍らで、半年かけてムシャバラール砂漠で『お務め』を行っていました。ポポが『お務め』に注ぐ熱意は相当なものです。この熱意をねじ曲げてまでポポを無理に第9小隊に加えようとするのは反対です。最悪の場合、ポポの自由意思が阻害されることにより、ポポが歌えなくなってしまいます。アルトの調律があれば問題ない、とお考えになるかもしれませんが、調律については未だ謎の部分が多い以上、過信すべきではありません。……どうか、ご勇断を。クラウス隊長」

「む……」

「ごめんね、隊長。ポポがわがままを言っているのはわかってるつもりなんだ。でも、ポポはどうしてもお務めを最後までやりたいんだ。だから、ポポがやらないといけないことを全部終わらせるまで、待っていてほしい」

「…………承知した。ポポ殿、くれぐれも福音使徒に襲われることがないよう、細心の注意を払ってお務めを完遂していただきたい」

 

 ラスティに続いてニキからもポポを擁護する意見が放たれたことで、祝歌計画を一刻も早く実現させたいクラウスは苦悩する。そこにポポが申し訳なさを前面に押し出した表情と声色でお願いをしたことで、ついにクラウスは折れた。ポポの主張を全面的に受け入れ、今この場ではポポを王都へ連れて行かない方針に舵を切った。

 

 

「ありがとう、クラウス隊長。お務めが終わったら、すぐにみんなに会いに行くよ。また近い内に、王都で会おうね。それじゃ、バイバイ!」

 

 ラスティやニキの手助けのおかげで、クラウスから望み通りの回答を引き出せたポポは、感謝と別れの言葉を残して謁見の間から瞬時に姿を消す。かくして。王立騎士団第9小隊はカシミスタンへの遠征の結果。土の魔女ニキの保護にこそ成功するものの、偶然遭遇した風の魔女ポポを囲い込むことには失敗するのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。此度、第9小隊に面と向かって今すぐには第9小隊に入らない旨を伝えた後、彼らの元から姿を消した。
ラスティ:24歳の騎士団所属の青年。ポポと面と話す時だけは、ルドルフへの憎悪を押し出さないことを心に決めているようだ。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主である緑髪の少女。16歳。この度、モルディモルトとキースをカシミスタンに残して第9小隊に加わることに決めた。また、ポポが第9小隊に入りたがっていない気持ちを汲み取って、クラウスに進言していた。
モルディモルト:土の魔女ニキの妹たる、青髪の少女。16歳。カシミスタンを離れるニキに代わって、カシミスタン領主の代理を務めることにしたようだ。
キース:サイージャとの契約により、ニキとモルディモルトを守る傭兵。21歳。第9小隊に加わるニキと、カシミスタンにとどまるモルディモルト。離れ離れとなる2人をどのようにして守るべきかを秘かに悩んでいたが、ニキの提案により、モルディモルトを守るべくカシミスタンに滞在し続ける方針に決めた。

 というわけで、20話にしてカシミスタン編は終了です。人見知りでめんどくさがりなモルディが、それでもお姉ちゃんのためにカシミスタン領主になる展開。これを書きたかったのが本作品の連載を始めた理由の1つだったりします。はたして、モルディの統治スキルやいかに。

モルディモルト「よし。今からカシミスタンを、昼寝王国にする。みんながきびきび働かなくていい、のびのび生きられる場所にする」
キース「ッ!?」


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21話.ささやかな宴


 どうも、ふぁもにかです。原作とは異なるカシミスタン編を無事終わらせることができたので、今回は小休止回です。あと、今回は少々意外な人が初登場します。はてさて、誰でしょうねぇ。



 

 第9小隊がカシミスタンで土の魔女ニキを保護してから数日後。ポポは現在、王都ランベルトに滞在していた。福音使徒が次にどのような打ち手を講じるかは確定していないが、ポポが孤月の丘で福音使徒に己の実力を見せつけた以上、福音使徒はポポではなく、王都に保護されているリゼット・サクヤ・ニキを狙うのではないかと推測したからだ。

 

 つまり。ポポは今、ポポが過去に戻る前と同様に、福音使徒が王都に潜入して、リゼットに魔剣カルブンケルの呪いを行使してきた時に備えて、王都で待機しているのだ。ポポが過去に戻る前、アルトが魔剣カルブンケルを破壊して呪いを解呪するまで、リゼットは耐え抜いた。だけど、リゼットが魔剣カルブンケルにそのまま呪い殺される可能性は十分にあった。

 

 そのため、ポポの治癒魔法で少しでもリゼットの命の制限時間を延ばす。そのつもりでポポは今、王都にいる。リゼットが魔剣カルブンケルに呪われて、想像を絶する苦しみに襲われる展開自体を防ぐつもりのないポポ自身に、果てのない罪悪感と嫌悪感を抱きながら。

 

 

「あー、うー」

 

 そんな折。昼下がりの王都ランベルトのカフェの店内にて。かつてユアンから相席を求められた時と同様に、ポポはテーブルに頭を突っ伏し、消え入りそうな声色でうめき声を漏らしていた。どうにもポポには、何か難題にぶつかった際に、このカフェに足を運ぶという謎の癖があるようだった。

 

 

「ほぇぇ……」

 

 目下、ポポには悩みがあった。きっかけは、第9小隊が土の魔女ニキを保護したことで、いよいよ地水火風の4魔女が祝歌を奏でる時が近づいてきたからと、祝歌をトリガーとして発生するエクリプスの発動日の己の動き方について、ポポが改めてシミュレートしていた時のこと。ポポは、気づいたのだ。ポポが行おうとしている方法は、ポポ1人では実現不可能だと。最低でも1人、協力者が必要だと。

 

 

(今の時点でポポの計画に問題があるって気づけたのは良かったけど、でも……誰にポポのことを話せばいいんだろう? ポポの秘密を全部話した時、クラウス隊長が世界を滅ぼそうとしている敵だって言った時、それを丸ごと信じてくれる人。……うぅぅ、難しいなぁ。だって隊長のことは疑えないよ。みんな、隊長はレグナント王国に誠実に尽くす良い人だとしか思ってないもん。ポポだってそうだったし。だからエクリプスが起こって、みんな、みんな天使に殺されちゃったんだし)

「ん? お前、ポポじゃねーか」

「うん? あ、ラスティだ」

 

 これまでポポが単独で進めてきた方針に誰を巻き込むべきか。ポポが眼前の難題にうんうんとうなっていると、ポポの上から見知った声がかけられる。ポポがテーブルに突っ伏していた顔をのそりと上げると、不思議そうな顔つきでポポを見下ろすラスティの姿があった。

 

 

「こんなとこで何してんだよ。お務めとやらはどうしたんだ?」

「別にポポは24時間ずっとお務めしてるわけじゃないよ? 今は休憩中。それよりラスティはどうしてここに?」

「俺の場合は、下見だな。今、目をつけてるオネーチャン好みの店はないかなって物色中なのさ。こういう地道な下準備の積み重ねが、ナンパ成功の秘訣ってこった」

「へぇー」

 

 ラスティはポポの対面の席に座り、カフェの店員に紅茶を頼んだ後、率直にポポに疑問をぶつけてくる。結果、ポポは一旦難題のことは忘れて、ラスティとの雑談に興じることにした。

 

 

「にしても、ここでポポに会えたのはラッキーだな」

「?」

「なぁポポ。俺からお前に2つ、頼みがあるんだ。聞いてくれないか?」

「うん、いいよ」

「ありがとな。じゃあまずは、これを受け取ってくれ」

「へ?」

 

 どうやらラスティはポポに用事があったようだ。何の用だろうとポポが首をコテンと傾けていると、ラスティはおもむろに財布から5万ゴールドを取り出し、ポポに差し出してきた。

 

 

「……え、えっと? ポポ、身売りはしないよ? ごめんね?」

「ちげーよ!? 何が悲しくてお前みたいなガキンチョを買わなきゃいけねーんだよ! ……これはあの時、俺を救ってくれた礼だ。ポポと別れた後で、介抱してもらったのに何も礼をしてないことに気づいてな。いつかお前と再会して、落ち着いて話せる機会があったら渡したいってずっと思ってたんだ。だから、こいつをもらってくれ。ポポ」

「え。で、でもこんな大金、受け取れないよ!」

「はッ。ポポ、お前……まさか俺が薄給だとでも思ってんのか? 天下の騎士様を舐めるなよ? この程度の出費なんざ、痛くもかゆくもねぇ。だから、遠慮せず受け取ってくれ」

 

 ラスティがいきなり大金をポポに捧げようした意図がわからず、とりあえず身売りを警戒すると、危うい誤解をされたラスティが慌ててポポの推測を否定する。その後、ラスティはポポに5万ゴールドを渡す理由を告げる。5万ゴールドの受け取りをためらうポポの様子から、自分のことを気遣ってのことかと推測し、ラスティは5万ゴールドがはした金であることを主張し、ポポが素直にお金を受け取ってくれるよう言葉を重ねる。

 

 ポポは、過去にさかのぼる前の世界で、風の魔女として第9小隊に所属した経験を持っている。そのため、騎士という職業がどの程度の稼ぎを得られるかを知っている。5万ゴールドは、決してはした金ではない。ラスティは明らかに無理をして、ポポにお礼をしようとしている。

 

 

「……わかった。それじゃあ、もらうね」

「あぁ、そうしてくれ」

 

 ポポはしばし悩み、ラスティからのお礼を受け取ることにした。ラスティの気持ちを無下にしないことを最優先にしたがゆえの結論だった。ポポはおずおずとラスティから5万ゴールドを受け取り、財布にしまい込む。

 

 

「それで。もう1つ、ポポに頼みごとがあるんだよね?」

「あぁ。ポポ、今から俺とちょいと付き合っちゃくれねーか?」

「ほぇ? ……ポポ、もしかしてデートに誘われてる? あ、それとも今すぐ第9小隊に入ってほしいって話? それならこの前も言ったけど、ポポはまだ入らないよ! まだお務めが終わってないし!」

「いや、デートでも勧誘でもねぇよ。ただ、お前と会わせたい奴がいる。もちろん、クラウス隊長じゃない。これはあくまでプライベートな話だからな。で、どうだ? こっちに関しては無理強いはしねぇけど」

「んー。……わかった、いこっか」

 

 一体、ラスティはポポに誰に会ってほしいのか。少なくとも第9小隊の誰かではないだろう。ラスティの言い方から想像するに、ポポがまだ会ったことのない誰かに会わせたがっているようだ。一体誰に、一体なぜ。疑問がポポの脳裏でうずまく中、ポポはラスティの頼みごとを了承した。ラスティが何の目的を持っているにせよ、ポポに不利益なことにはならないだろうと、ポポはラスティを信じているからだ。

 

 かくして。さらっとラスティにおごられる形で会計を済ませてカフェから退出したポポは、ラスティの案内のままに王都を歩き進める。幾多の女性をナンパし、口説き落としてきた実績のあるラスティなだけはあり、ラスティの目的地へと向かう道中、ポポとラスティの会話は弾みに弾んだ。

 

 

「それで、どこに行くの?」

「赤熊の酒場ってところだ。ほら、ここだ」

 

 そんな中。ポポは会話が途切れたタイミングで、ふとした疑問をラスティに投げかけると、ラスティは待ってましたと言わんばかりに、右手に鎮座する、モダンな外装をした酒場を指差すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ラスティが赤熊の酒場の扉を開き、ポポを招き入れる。橙色の照明で彩られたその酒場は、統一感のあるテーブルや椅子、物珍しい骨董品やお酒で飾られていて。俗すぎることもなく、高級すぎることもない、なじみやすい雰囲気を醸成していた。

 

 

「おう、いらっしゃい」

 

 赤熊の酒場に入るなり、1人の男性がポポとラスティを出迎えてきた。黒いサングラスに、右目を中心に縦の刻まれた傷跡が特徴的な、強面な男性だ。しかし一見すると怖そうな顔立ちをした男性は、その見た目とは裏腹の気さくな声色でポポとラスティに声をかけてくる。

 

 

「おーす、カヤジ。来たぞ」

「ラスティか。今日もいつも通り女連れ――って、おいおい。ラスティ、その娘はさすがにマズいだろ。まだ12歳か13歳って感じじゃねぇか。……お前さんは、自分の行いに責任の持てる姉ちゃんしか相手にしないと思ってたんだがなぁ」

「誤解すんなよ、今日はそういうのじゃねぇ。カヤジ、こいつが例の風の魔女――慈愛の魔女のポポだ。会いたがってただろ? だから連れてきたんだ」

「ッ!」

 

 カヤジはラスティの傍らのポポを見るや否や、ラスティが女児に手を出そうとしているのではないかとの考えに至り、ラスティを咎める視線を注ぐ。が、一方のラスティは、カヤジの反応を想定の範囲内として、カヤジの誤解が深まる前に本題をカヤジに告げる。カヤジにポポを会わせに来たのだと。

 

 

「ほぇ? ラスティがポポに会わせたかったのって、この人なの?」

「あぁ。意外だったか?」

「うん。てっきり、この酒場で誰かと待ち合わせしてるのかなって思ってたから」

 

 まさかラスティがポポをカヤジに会わせたがっていたとは。ポポは全く想定していなかった展開に目を丸くする。

 

 

「……ラスティ、それマジか?」

「カシミスタン絡みでお前を茶化すわけないだろ。本当だ」

「そうか……」

 

 ラスティからポポを紹介されたカヤジはしばしの呆然状態の後、本当に眼下の子供が風の魔女なのかについて、真偽をラスティに問いただす。そして、ラスティの回答から、ポポが本物の風の魔女であると理解したカヤジは突如、サングラスを外し、ポポに深々と頭を下げてきた。

 

 

「え? え? いきなりどうしたの!?」

「ありがとう、嬢ちゃん。嬢ちゃんのおかげで、あの日の、3年前のカシミスタンの大乱で、オイラのカシミスタンのダチが死なずに済んだ。みんな、みんな、慈愛の魔女がカシミスタンに砂の雨を降らせて、炎を鎮めてくれたおかげで助かったって言っててな。いつか会って、直接礼を言いたかったんだ。ありがとう、本当にありがとう……!」

 

 カヤジから心の底からの感謝を届けられたポポは、その言葉を素直に受け取ることができなかった。だって、ヒルダの魔法で3年前の過去に戻ったポポには、これから起こる未来についての知識があった。カシミスタンの大乱が起こることを知っていたのだ。

 

 なのに、ポポは気づくのが遅かった。ボナンザ町長に会うよりも早く、ヴェロニカ博士に会うよりも早く、カシミスタンの大乱に思い至り、すぐさま行動できていれば。きっと、カシミスタンの大乱を防ぐことができた。なのに、ポポはダメでグズでノロマな魔女だから。カシミスタンの大乱の終盤になってからしか介入できなかった。カシミスタンを、中途半端にしか救えなかった。

 

 

「ポポに、お礼を言われる資格はないよ。ポポがもっと早くカシミスタンに行けていれば、もっと多くの人を救えていた。あの大乱自体、防げたかもしれない。……ごめんなさい」

「……嬢ちゃん。これは人生の先輩からのちょっとしたアドバイスなんだが、あんまり完璧な自分を追求しなさんな。人間、どっかには不完全なところがある。欠点がある。そういうもんだ。……完全無欠な理想な自分ばかり追い求めていると、いつか現実の至らない自分とのギャップに心を焼かれて、耐え切れなくなって自分を殺しちまう」

「自分を、殺す……」

「嬢ちゃんは風を使って色々できるスゲー魔女らしいじゃねぇか。確かに、嬢ちゃんの動き次第で、嬢ちゃんがもっと多くのカシミスタンの住民を救える、そんな未来もあったのかもしれねぇな。……だが、嬢ちゃんが大乱の中で一生懸命手を尽くしてくれたのは事実で。嬢ちゃんが救ってくれた住民の中に、オイラのダチがいたのも事実だ。だからオイラは嬢ちゃんに心から感謝したいんだ。嬢ちゃんの中には『もっとこうすればよかった』っていう後悔がマグマのように煮えたぎってるんだろうが……オイラの感謝は、どうか受け取ってほしい」

「…………うん。お友達、生きててよかったね」

「あぁ、まったくだ。今のオイラが酒を酌み交わす相手に困らないのは、嬢ちゃんがダチを守ってくれたからだ。本当にありがとうな、嬢ちゃん」

 

 ポポがカヤジの感謝を拒否すると、カヤジはポポの沈痛そうな表情からある程度ポポの考えを察知した上で、年長者としてポポに忠告を交えつつも、改めて感謝の気持ちをポポに伝える。今度は、ポポはカヤジの感謝を正面から受け止めた。そのようなポポの様子を受けてひとまず満足したカヤジは場の空気を転換するために、パンパンと軽く手を叩く。

 

 

「さーて、まじめな話はここまでだ。――ラスティ、嬢ちゃん。今日は全部オイラのおごりだ。好きなだけ頼んでくれや!」

「マジか!? サンキューな、あんたはつくづく最高の店主だぜ! さーて、なに頼もっかねぇ。いつもだったら手堅くビールから入るんだが、金の心配がねぇのにビールなんて野暮だよなぁ? いっそ年代物のワインから始めてみるかぁ?」

「えっと。おごりって、だいじょーぶなの? ラスティが料金の高そうなお酒を狙ってるみたいだけど……」

「あぁ問題ねぇ。オイラは酒場の店主だ! 人に感謝の気持ちを示す時は、これが一番ってな。オイラのダチを救ってくれた恩人の嬢ちゃんに、その恩人を連れてきてくれたラスティ。2人に盛大に礼をしたいんだ。嬢ちゃんもオイラのことは気にせず、そこのラスティみたいに楽しんでくれ」

「う、うん。ありがとう、カヤジ」

 

 カヤジがラスティとポポにおごる宣言をしたことで、それまでポポとカヤジのやりとりに口を挟まず見守っていたラスティがここぞとばかりにハイテンションになり、カウンターの奥の棚に並べられたあらゆる種類の酒のどれを堪能するべきかを品定めし始める。ポポとしてはカヤジの懐事情が少々心配だったのだが、カヤジの反応からして杞憂だったようだ。今日は人から感謝されたりお礼としてお金をもらったりおごられたりする不思議な日だと、ポポは内心でひとりごちた。

 

 そして数分後。ポポの手には並々と注がれたオレンジジュースのグラス。ラスティとカヤジの手にはジンロックのグラスが握られていた。

 

 

「さて、何に乾杯すっかな。カヤジ、良い案あるか?」

「あるぜ、オイラに任せてくれ。では、このメチャクチャ悩みの多そうな嬢ちゃんの実りある前途を祈って――乾杯ッ!」

「乾杯ッ!」

「か、かんぱーい!」

 

 かくして、ポポとラスティとカヤジという不思議な面子での食事会が開催された。食事会は数時間続き、ポポは最終的に、ハメを外しすぎてグロッキー状態と化したラスティの介護をカヤジに任せて、赤熊の酒場を後にすることになるのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。自己肯定感の薄い性質ゆえに相手からの感謝を素直に受け取れない、そのような難儀な性格をしている。
ラスティ:養父ルドルフに育てられた砂漠出身の若者。24歳。以前、カヤジと酒を酌み交わした際に、カヤジが「風の魔女に会って感謝したい」との本音を零していたため、この度ポポを連れてきた。
カヤジ:王都ランベルトで赤熊の酒場の店主を担う男性。酒場はそこそこの人気を誇り、売上は安定している模様。3年前のカシミスタンの大乱からダチを救ってくれたポポに感謝したいとの気持ちを、3年間ため込んでいたこともあり、ガチなムーブでポポに感謝の意を表明した。

 というわけで、21話は終了です。イケオジ店主カヤジさんの登場回にして、過去に逆行したポポがカシミスタンの大乱に介入したことで、カヤジ救済ルートに突入する、そういう話でした。やはり、逆行系の作品では、1周目の世界との差異を描写する時が1番楽しいですね。


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22話.一緒に苦しむ


 どうも、ふぁもにかです。なぜかいきなりこの作品の評価バーに色がついてる……。どうやらたった数日の内に4名の方から評価をいただけたようなのですが。
 この作品に関しては、もはや「評価は気にせず、未来の私が何度でも読み返したくなる作品を書いてやるぜ!」的な気分で執筆してましたが、評価されたらされたでやっぱ嬉しいものですね。ありがとうございます。

 閑話休題。今回からはリゼット編もといファーレンハイト編となりますが、展開が原作とほぼ変わらないので超短いです。何ならこの22話で終わります。いやはや、魔女の中だとおそらくリゼットの存在感が薄いですね、この作品。これが主人公アルトと一緒に寝食を共にしてきた家族な立ち位置のヒロインの運命か……。

 あ、ところで。今回からしばらく展開が重くなりますので、今の内にお覚悟を。




 

 ポポが赤熊の酒場でラスティやカヤジと一緒に食事会を楽しんだ後も。ポポはずっと王都ランベルトで待機し続けた。福音使徒が王都に潜入し、水の魔女リゼットを襲う時を待ち続けていた。

 

 ポポはずっと、己に問いかけ続けていた。本当にこの方法が最善なのか。リゼットに魔剣カルブンケルの呪いに苦しんでもらう展開こそが一番マシなのか。ずっとずっと考え続けていた。

 

 もしも、もしも。他にもっと良い方法を思いつけたのなら、ポポはすぐにその良案に飛びつくつもりで、ポポは考えることを諦めなかった。しかし結局、無能なポポには対案を思いつけず、ついにその日は来てしまった。

 

 魔女は己の心を偽っていると歌えない。そのことを身をもって理解しているサクヤが、アルトへの恋心を認めずあくまでアルトを家族と主張するリゼットに、改めてアルトをどう思っているかを問いただす。一方のリゼットは、心の整理が追いつかず、サクヤから逃げてしまう。そうして、逃げて逃げて。リゼットが王都の裏路地で1人になった時に、ちょうど王都に潜入していた福音使徒と出くわし、リゼットがヒルダの繰り出す、魔剣カルブンケルの呪いを喰らってしまう。その日が来てしまった。

 

 

(ごめんね、リゼット。ポポがもっと頭が良ければ……)

 

 ポポは手ごろな建物の屋根に隠れて。一部始終を見届けた。

 リゼットが福音使徒に襲われ、ヒルダの持つ魔剣カルブンケルに斬られて、呪われる。

 その一連の出来事を己の目に焼きつけた。眼前の展開を知っていながら、リゼットを助けない。リゼットを見捨てる。そんな己の許されざる罪を、心に刻みつけた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……」

 

 王都ランベルトが管轄する救護室にて。第9小隊は誰もが言葉を失っていた。第9小隊の面々が視線を向ける先には、ベットに寝かせられたリゼットの姿。現在、意識を失っているリゼットの胸からは、常に禍々しい漆黒の焔が湧き出ている。

 

 ヒルダがリゼットに行使した、魔剣カルブンケルの呪い。この呪いは、リゼットの体内の水のクオリアの魔力を燃料として、体の内側からリゼットを死ぬまで燃やし続けるものだ。そんな苛烈なリゼットの呪いを解くには、ヒルダの持つ魔剣カルブンケルを破壊するしかない。しかし、第9小隊は福音使徒の拠点を知らない。手掛かりすら第9小隊は掴んでいない。ゆえに、現状は限りなく詰んでいて。誰も、何も言葉を発することができなかった。呪いに苛まれ、苦痛に顔をゆがめるリゼットを見ていることしかできなかった。

 

 

「みんな、酷い顔してるね」

「ポポ!?」

 

 と、その時。救護室に1人の来客が姿を現した。それはムシャバラール砂漠で、孤月の丘で会ったばかりな、風の魔女ポポだった。第9小隊を代表して、アルトがポポの突然の来訪に驚く中、ポポは呪いに苦しむリゼットの様子をしかと見つめた後、第9小隊へと向き直る。

 

 

「今の状況は大体わかってるよ。ポポは風のうわさを集めるのが得意な、風の魔女だからね。だからこそ、ポポはみんなに情報提供に来たんだ」

「情報提供、とは?」

「福音使徒のアジトは、北の属州『ソイ=トゥルガー』の中心にある、廃都ファーレンハイト。そこにあるよ」

「なッ!? ポポ、それは本当なのか!?」

「うん。ここでウソをついたりなんてしないよ。この前、ニキたちが福音使徒に狙われちゃったから、ポポなりに福音使徒のことを調べてたんだ。その時に、福音使徒の拠点を見つけたんだ」

 

 この場に唐突に現れた風の魔女からもたらされる情報について、クラウスが問いかける。対するポポは、実にあっさりと、福音使徒のアジトを第9小隊に告発した。現状、最も欲しかった情報を不意に与えられたアルトが動揺交じりにポポに真偽を問う中、ポポはあくまで冷静に福音使徒の拠点を見つけた、それっぽい経緯を語る。

 

 

「リゼットを助けたいなら、ポポのことを信じてくれるなら、ファーレンハイトに行ってほしい」

「ポポ、福音使徒の拠点を教えてくれてありがとう。これで俺は、リゼットを助けられる」

「……アルトはポポのことを、全然疑わないんだね。第9小隊に入らない理由を『お務め』だなんて中途半端な理由でごまかすような、こんなポポの言うことを、それでも信じてくれるんだね」

「当たり前だろ。ポポはいつだって、俺たちを救ってくれた。ポポが良い奴だってことは、俺がよく知ってる。ポポを疑う理由なんてどこにもないさ。……クラウス隊長、ポポを信じてファーレンハイトに行きませんか?」

「……私はポポ殿の人となりを人づてにしか知らない。だから、ポポ殿を素直に信じきることはできない。しかし現状、福音使徒の行方の手がかりがなく、魔剣カルブンケルの呪いに囚われたリゼットに残された時間が限られている以上、ポポ殿の情報にすがるより他はないだろう」

「隊長、それじゃあ……!」

「あぁ、私もアルトの意見に賛成だ。皆、ファーレンハイトへ行こう! 第9小隊のかけがえのない仲間を、リゼットを救うのだ!」

 

 ポポのもたらした情報提供。それを誰よりも真っ先に信じてポポに感謝の意を示したのは、アルトだった。アルトは自身がポポを信じる理由をポポに告げた後、クラウスにファーレンハイトへの遠征を進言する。結果、リゼットを救いたいとのアルトの熱意を真正面から受けたクラウスは、アルトとは別の観点から思考を進めた結果、アルトの提案を受け入れることとした。

 

 

「ポポ殿。貴殿にも我々第9小隊とともにファーレンハイトへと同行してもらえないだろうか? ポポ殿の力があれば、先の孤月の丘の一件のように、福音使徒との戦闘を優位に運ぶことができる。ポポ殿の力が必要なのだ。リゼットを救うため、ポポ殿の協力を要請したい」

「ごめんね、クラウス隊長。そのお願いには応えられない。……ポポは、ここに残るよ。ポポは治癒魔法の心得があるから、リゼットにポポのありったけの魔法を使い続けるよ。ポポの魔法が呪いに効果があるかはわからないから、無駄になるかもしれないけど……」

「いや、助かるよポポ。リゼットを、頼む」

「うん。がんばるよ、アルト」

 

 その後、クラウスはポポをファーレンハイトへの遠征に誘うも、ポポはリゼットの治療を理由に断った。ベットに横たわり、時折苦しそうなうめき声を漏らすリゼットに対し、まるで魔剣カルブンケルの呪いを我が身に受けたかのように、辛そうな視線を注ぐポポ。気づけばアルトは己に第9小隊を率いる権限がないにもかかわらず、ポポにリゼットを任せる旨を発していて。アルトからリゼットを託されたポポは力なく微笑んだ。

 

 かくして。第9小隊は常冬の厳しい土地であるファーレンハイトへの遠征の準備を十全に整えた後、ポポにリゼットを託して、翌朝に出立するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 王都ランベルトの救護室にて。アルトたちからリゼットを託されたポポは、ベッドの脇の椅子に腰かけ、徹夜でリゼットにリトルヒールを行使していた。己のリュックにため込んでいたマナの実を摂取して魔法を行使するために必要なSPを確保しつつ、リゼットにポポの治癒魔法を行使し続けていた。しかし、ベッドに横たわるリゼットの顔色は一向に良くならない。しかしそれでもポポはリゼットにリトルヒールを繰り出し続ける。

 

 ポポによるリゼットの治療行為が10時間ほど続いた時、救護室にわずかな足音が響いた。ポポが救護室の扉へと視線を向けると、その扉から姿を現したのは、翡翠のようなきらめく長髪を伴った、白いワンピースに身を包んだ少女の姿だった。

 

 ポポはこの少女のことを知っている。マリーだ。千年前の英雄エルクレストとマザー・クオリアとの激戦の際、エルクレストが砕いたマザー・クオリアの破片が地球に落ちて、千年の時を経て人間の形を得た、月の魔女。それがマリーだ。ただ、今のマリーは記憶を失っているため、己の生い立ちは何も知らないのだけど。そんなマリーが今こうして、リゼットのお見舞いに来たということは、マリーはポポが過去に戻る前と同様に、『歌えるかもしれない謎の魔女』として第9小隊預かりとなっているのだろう。

 

 

「あれ? だれかいる。あなたはだれ?」

「ポポはポポだよ、よろしくね」

「ポポって言うんだね。マリーはマリーだよ、よろしくね」

「マリー。ポポはね、リゼットを看病しに来たんだ。ポポは風の魔女で、回復魔法が使えるから、何か力になれないかなって思って」

 

 興味津々にポポへと歩み寄ってきて、ポポの隣の椅子にひょいと座るマリーに、ポポは微笑みを添えて簡潔に自己紹介する。そして、ポポにならって同系統の自己紹介を返すマリーに、ポポは己が救護室にいる理由を告げながら、手のひらに小さいつむじ風を召喚してみせる。

 

 

「わー、すごい! ポポも魔女なんだね。……ポポの魔法なら、リゼットを元気にできる?」

「わからない。でも、ポポにできることは何でもやるよ」

「……マリーも魔女だったら、ポポみたいに、リゼットの力になれるのかな?」

「だいじょーぶだよ、マリー。マリーが近くにいてくれれば、きっとリゼットもすぐに元気になってくれる。だから、リゼットが起きるまで、一緒に待っていよっか」

「……うん」

 

 眼前のリゼットに対し、何もできることがないと悲しむマリーに、ポポはマリーだからこそできることがあると励ます。結果、少しだけ心を持ち直したマリーは、椅子の下で足をパタパタと揺らしながら、ジッとリゼットのことを見つめ続ける。

 

 一方のポポは、リゼットの手を取って、改めてリトルヒールを行使し始める。ポポの回復魔法を直接、リゼットの体の中に流し込むことで、少しでも魔剣カルブンケルの呪いに効果が見込めないかと推測したからだ。そうして、リゼットの体の中にポポの回復魔法を注ぎ始めた時、ふと、ポポは思い至った。

 

 魔剣カルブンケルの呪いは、魔女の体内のクオリアの魔力を燃料として、魔女を体の内側から焼き続けるというもの。それなら、もしかしたら。

 

 魔剣カルブンケルの呪いを、ポポに引き寄せられるのではないか。

 リゼットが負っている痛みを、苦しみを。ポポにも分散できるのではないか。

 

 

「……ポポ?」

 

 ポポは椅子から立ち上がり、漆黒の焔が湧き出ているリゼットの胸元にそっと手を当てる。それから、ポポの行動にきょとんと首をかしげるマリーをよそに、ポポは己の魔力をリゼットの水のクオリアへと潜り込ませて。リゼットの胸元からリゼットの体内の水のクオリアまでの、魔剣カルブンケルの呪いの一直線な魔力の通り道に、新しい魔力の道を繋げた。結果、魔剣カルブンケルの呪いの行使先が、リゼットとポポの2人に分散された。

 

 

「ぁ゛がッ!?」

 

 刹那、ポポに激痛が襲来する。まるで頭を鈍器で殴られているかのような。体を槍で貫かれているような。四肢をもがれたかのような。あまりに暴力的な痛みの襲撃に、ポポは思わず苦悶の声を漏らしていた。

 

 

「ポポ、どうしたの?」

「あ、ごめんね、マリー。何でもないよ」

 

 ポポは激痛に耐え切れず床をのたうち回りそうになって、しかし傍にマリーがいることを思い出し、マリーを不安にさせないようにと、努めて平静な声色でマリーに応じる。その後、ポポはマリーに悟られないよう、激痛の応酬を受けても決して声を上げず、顔を歪ませずに、リゼットと魔剣カルブンケルの呪いを共有し続ける。

 

 

「ねぇ、ポポ。ほんとにだいじょーぶ? お顔からすごく汗が出てるけど……」

「だいじょーぶ、気にしないで。ポポ、こう見えて暑がりなんだ。汗をいっぱい流してるところを見られるのは恥ずかしいから、マリーはポポなんかのことより、リゼットのことを見てあげて」

「う、うん……」

 

 ポポの体が明らかに異常を訴えている。マリーが心配そうにポポを見上げる中、対するポポは痛みのせいでロクに回らない頭を酷使してどうにかそれっぽい言い訳を持ち出した。結果、ポポの発言が嘘か本当かがわからないマリーには、ポポの言うことを素直に聞き入れて、視線をポポからリゼットに移す選択肢しかなかった。

 

 

(ごめんね、リゼット。ポポがリゼットを福音使徒から助けなかったから、リゼットは今こんなに痛い思いをしないといけないんだよね。苦しいよね、辛いよね、ごめんね、ごめんね。……でも、これからはポポも一緒だから、がんばろうね。アルトが魔剣カルブンケルを壊すまで、一緒に耐えようね。死んじゃやだよ、リゼット……!)

 

 ポポは眼下のリゼットを凝視する。リゼットの苦悶の表情がわずかに和らいでいるように見える。リゼットの胸元で湧き上がる漆黒の焔も出力が落ちているようだ。ポポはマリーに気づかれないように、己の胸元から立ち上り始めた漆黒の焔を手でギュッと掴んで隠しながら、リゼットの無事を祈って、ひたすら己を魔剣カルブンケルの呪いにさらし続けた。

 

 

「――ッ!」

 

 そうして。ポポがリゼットと呪いを共有し続けてから、どれほどの時が経ったのか。突如、ポポを襲い続けていた強烈な激痛の数々が一斉に消失する。アルトが、魔剣カルブンケルの破壊に成功したのだろう。

 

 

「はあッ、はぁッ……」

 

 ポポはこらえきれずにその場に尻もちをつき、荒く深い呼吸を繰り返す。しばらく一心不乱に呼吸を繰り返した後、今のポポの様子を見ているだろうマリーに何と言って納得してもらおうかと、ポポが視線を上げた時、その先にマリーはいなかった。どうやらマリーは無意識の内にリゼットの精神世界に入り込んだようだ。

 

 この後、マリーは月の魔女の力でリゼットをファーレンハイトへと転移させ。魔剣カルブンケルを壊しこそしたものの福音使徒に追い詰められた第9小隊は、マリーのおかげで己の本当の気持ちに気づき、歌えるようになったリゼットの歌魔法のおかげで、福音使徒に勝利する。そんな、かつてポポが経験した通りの展開が待っているはずだ。

 

 それなら、もうポポが救護室に残る理由はない。福音使徒がファーレンハイトから敗走した後に、ファーレンハイトでの風のクオリア埋め込み作業を再開するために、王都を発とう。

 

 ポポは脳内で己の次の行動を定めつつ、床から立ち上がろうとして。

 

 

 

 

 ――バキリと。ポポの中で、何かが壊れたかのような音が響いた気がした。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん……?」

 

 救護室にて。マリーは目を覚ます。いつの間にか、マリーは椅子に座り、ベッドに顔を埋めて眠っていたようだ。ついさっきまでリゼットの精神世界に潜り込み、リゼットをファーレンハイトに転送していたことなど知る由もないマリーはゆっくり顔を上げる。

 

 すると、マリーの視線の先にポポが立っていた。今日新しくできた、マリーの友達だ。だけど、その友達の様子はどこか異質だった。マリーが起きたことに気づいたポポがマリーへと振り返ってきて、そこでマリーはポポの異質さの理由を知った。

 

 

「マリー、おはよう」

「……あなたは、ポポなの?」

「え、うん。そうだけど、どうしたのマリー?」

「……ねぇ、ポポ。今すぐお医者さんに、診てもらおう?」

「ほぇ、どうして?」

「だって、今のポポ、おかしいよ! ふつうじゃない!」

「ポポは普通だよ? 変なマリー」

「マリーは変じゃないよ。変なのはポポだよ!」

「どうしてマリーにポポが普通じゃないって、わかるの? 今日初めて会った仲なのに」

「わかるよ! だって、ふつうの人は、目から真っ赤な涙を流したりしないもん!」

 

 ポポが目からだくだくと赤い涙を流している。それなのに当のポポは全く気づいていない。いつもと同じ調子でマリーに話しかけてくる。それがあまりに異質で。あまりに異常で。マリーはポポへの恐怖から怖気づきそうになるも、異常なポポを助けたい一心で、医者に診察してもらうよう必死に主張する。

 

 

「え、ホントだ。ポポ、いつの間に泣いてたんだろ。ま、そんなことはどうでもいいや」

「どうでもよくないよ! 早くお医者さんに――」

「――マリー。アルトたちに伝えてほしいんだ。1週間後の正午に、王都の東の森で会おうって。それだけ言いたくて、マリーが起きるのを待ってたんだ。それじゃ、また会おうね。今度はいっぱい、マリーと遊べるといいね」

「待って! 待ってよ、ポポッ! ねぇ!」

 

 だが、ポポはマリーの主張をまるで聞き入れない。それどころか己が血の涙を流していることにすら興味を抱かず、乱暴に手の甲で涙を拭うと、一方的にマリーに伝言を残して、救護室の窓から風をまとって空へと飛び立った。

 

 

「うぅぅぅぅ――!!」

 

 かくして。異常をきたしたポポを引き留めることができなかったマリーは、ポポへの恐怖とポポを引き留められなかった後悔で心がぐちゃぐちゃになり、その場に座り込んで号泣するのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。元々みんなを救うために心を痛めながら事を成すタイプなために、心が慢性的に疲弊していた。その状態で、此度のリゼットを苦しめる魔剣カルブンケルの呪いを半分以上引き受けるムーブをしたことにより、何かが壊れた模様。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。誰よりも真っ先にポポの情報提供を信じ、ファーレンハイトへの遠征決定に貢献した。その後、無事にヒルダの持つ魔剣カルブンケルを破壊して、リゼット(+ポポ)を呪いから救って見せた模様(描写なし)
マリー:記憶喪失の少女。見た目年齢は10歳くらい。その正体はマザー・クオリアの欠片から人間へと変質した月の魔女だが、己に自覚はない。この度、ポポと友達になったがそのポポが早速凄まじく豹変してしまうというトラウマな出来事を経験してしまった被害者枠。


ジゼル「あれ、私の出番はどうしたのですか? 福音使徒がファーレンハイトにいるという情報を第9小隊に伝える私の役目はどこへ……?」

 というわけで、22話にしてリゼット編、もといポポの健全な声我慢回は終了です。そして次回からはノンストップで、この二次創作で書きたかったシーン四天王の内の1つである『風の魔女ポポ編』に入ります。何かがおかしくなってしまったポポを相手に、第9小隊は、福音使徒はどう打って出るのか。お楽しみに。


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23話.うずまく思惑


 どうも、ふぁもにかです。今回からポポ編ですね。しばらくシリアス展開が続きます。いやはや、21話でラスティやカヤジと食事会を楽しめていた頃のポポはいつ戻ってきてくれるのやら。不安は尽きない。



 

 王都ランベルトに潜入したヒルダ率いる福音使徒が、水の魔女リゼットに魔剣カルブンケルの呪いを与えて撤退した後。第9小隊はリゼットの命をむしばむ呪いを解くために、ポポの情報提供を信じて廃都ファーレンハイトへと遠征した。そして第9小隊が、ファーレンハイトでの福音使徒との激戦を征して、意気揚々と王都へと帰還した時。王都の門前でアルトたちを出迎えたマリーは、ボロボロと泣きじゃくっていた。

 

 

「マリー、どうしたんだ!?」

「アルト。えぐ、ポポが、ポポが……」

「ポポ? ポポがどうしたんだ?」

「ふぇええええええええええええええ!!」

 

 マリーはえづきながらもどうにかアルトに自分が見た光景を伝えようとして、しかし血の涙を流しながらもさも何もなかったかのように振る舞うあの時のポポの姿が濃密にフラッシュバックして、マリーは恐怖に震えて再びわんわんと泣き始める。今のマリーからは話を聴けそうにない。アルトたち第9小隊は一旦、マリーを連れてランベルト城内の作戦室へと場所を移した。

 

 それから、アルトたちはマリーから少しずつ何が起こったのかを聞き出した。

 マリーはポツリポツリと語る。呪いに苦しむリゼットの側にいようとマリーが救護室に向かったら、ポポと出会って、友達になったこと。ポポが何かに気づいて、リゼットの胸に手を当てた時から、痛そうな声を上げたり汗を凄く流したりと、様子がおかしかったこと。マリーがいつの間にか救護室で眠ってしまっていて、目を覚ましたら、ポポが赤い涙を流しているのに平気そうにしていたこと。ポポが、アルトたち向けに、1週間後の正午に東の森で会おうと伝言を残して、マリーの前から去ったこと。

 

 

「「「……」」」

「ポポが苦しんでるって、マリーなら気づけたのに。ポポのそばにいたマリーならきっと、ポポがリゼットといっしょに苦しんでるんだって、気づけたのに。でも、マリーは気づけなかった。ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「私の、せい? 私にかけられた呪いをポポが引き受けようとして、それでポポがおかしくなっちゃったの?」

「やめてくれ! マリーもリゼットもこれ以上、自分を責めないでくれ!」

 

 マリーから示された衝撃極まりない内容に、誰もが言葉を失い、立ち尽くす。その間も、マリーは誰に言うでもなく謝罪を繰り返す。マリーが話してくれた内容から、ポポがリゼットの呪いを軽減してくれていたことを知ったリゼットもまた顔を青ざめる中、アルトが衝動のままに叫んだ。ここでマリーやリゼットの発言を遮らなければ、立候補制で誰が悪いかを決定する雰囲気になりそうだったからだ。

 

 

「然り、この件について誰が戦犯かを決める議論に意義はない。それよりもポポ殿への今後の対応を協議するべきだろう」

「ポポが言うには、1週間後には俺たちと会うつもりらしいが。……それを悠長に待ってていいのか? ポポの居場所を割り出して、とっとと俺たちから向かった方がいいんじゃねぇか?」

「しかし、ラスティ。肝心の風の魔女殿の居場所がわからないのでは、どうしようもなかろう。ユアン少年、風の魔女殿のいそうなところにどこか心当たりはあるか?」

「……心当たりだけならいっぱいありますけどね。ポポさんが物資を都度ユアン商会から買い付けていた関係上、ポポさんとはこれまで全国各地で会いましたし。だけど僕の心当たりなんて無意味でしょう。ポポさんは僕たちと1週間後に会う予定とのことですから。裏を返すと、1週間経つまでは僕たちと会う気がないということです。……風の力で空を自在に飛び回れるポポさんに本気で隠れられたら、残念ながら探せっこないです」

 

 アルトの意図を察したクラウスが話題を切り替えると、ラスティはポポの指定した日時を待たずに動くべきとの方針を提示する。アーチボルトはラスティの主張に理解を示しつつも、ポポのことを全然知らないがゆえに、ポポの行方に皆目見当がつかず、ユアンに問いを投げかける。一方のユアンは困り顔で力なく首を左右に振るのみだ。

 

 

「結局、ポポの出方を待って臨機応変に動くしかないってことね。全く、骨が折れる子ね」

「ポポ……」

「あぁもう! この世の終わりみたいな顔しないでよ、ニキ! ポポが多少、情緒不安定になってるから何だってのよ。アタシたちの力で、アルトの調律で、ポポを救えばいい。それだけの話じゃない。違う?」

「そうですよ、ニキさん。これまで第9小隊は幾度も困難に見舞われました。サクヤ様の時も、ニキさんの時も、リゼットさんの時も。だけどいつだって、わたしたちは最後には困難を打ち砕けたじゃないですか! 大丈夫です、今回もきっと上手くいきます。元通りのポポさんを取り戻せますよ!」

「サクヤ、ののか……ごめんなさい。少し、弱気になっていたみたいです。すぐネガティブな方向に考えてしまうのは私の悪癖ですね」

 

 ポポのお務めが完了して第9小隊の前に姿を表すのをただ安穏と待つわけにはいかなくなった現状に、サクヤは深々とため息を吐く。と、そこで。すっかり意気消沈しているニキに気づいたサクヤは、ニキを見るに見かねて圧の強めな口調でニキを励ましにかかる。続けて、ののかもサクヤの主張を補強してニキに語りかけたことで、ニキはどうにか平静を取り戻すことに成功した。

 

 

「皆の忌憚のない意見に感謝する。――ポポ殿については、調査隊を全国各地に派遣し、行方を探る。もしもそこでポポ殿が見つかれば、我々第9小隊がただちに目撃地点に急行する。見つからなければ、1週間後に備えるとしよう。各自、いつ何があっても即時に動けるよう、くれぐれも準備を怠らぬように」

 

 第9小隊の一通りの意見や反応を確認したクラウスは、第9小隊の今後の方針について指示を出す。かくして、クラウスが現状を陛下に報告するため、作戦室を後にしたことを機に、この場は解散となるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……事態は深刻ね」

 

 レグナント王国某所に設けられた、福音使徒の仮設アジトにて。福音使徒幹部のダンテ、ドロシー、ルドルフを見据えて、福音使徒を束ねるヒルダは、小さくため息を零す。

 

 現在、福音使徒を取り巻く状況は最悪の一言に尽きた。福音使徒は現状、レグナント王国が第9小隊を使って推し進めている祝歌計画を防ぐことを至上命令に据えている。しかし、王国は現時点で、3名の魔女を王都に集結させている。ここにあともう1人、風の魔女が加われば、祝歌を実行されてしまう。世界を滅ぼされてしまう。対する福音使徒は、第9小隊との激戦に敗北したために、活動拠点であるファーレンハイトすら失った状況だ。

 

 

(福音使徒が圧倒的に不利になった状況で、残る魔女――風の魔女の争奪戦を制さないと行けなくなった、ということね)

「ヒルダ、これからどうする?」

「当然、第9小隊よりも先んじて風の魔女を見つけ出し、殺すまでよ」

「ドロシーもヒルダにさんせーい! 風の魔女には、土の魔女の自殺を思いっきり邪魔されて、むかむかしてたところだしぃ☆」

「だが、風の魔女は他の魔女と違い、特定の地域に定住せずに、風のように世界中を奔放に練り歩く魔女だ。どのようにして見つけ出す?」

「見つけ出す必要なんてないわ。風の魔女をあぶり出せばいいのよ」

「あぶり出す?」

「それってどーゆーこと、ヒルダ?」

 

 ダンテに福音使徒の方針を問われたヒルダは即座に風の魔女殺害の指針を示す。ヒルダの指針にドロシーがすぐさま賛同し、ルドルフが具体的な方策をヒルダに問うと、ヒルダは怜悧な眼差しとともにルドルフに端的に回答した。ヒルダの策にダンテとドロシーが疑問を呈する中。ルドルフはヒルダの意図を察して、首肯する。

 

 

「……なるほど。これまでの風の魔女の行動を解析し、風の魔女が我々の前に姿を現さざるを得ない状況を作り出せば良いのだな。……風の魔女は3年前、カシミスタンの滅亡を阻止するべく姿を現した。つい先日も、土の魔女を救うべく、孤月の丘に姿を現した」

「奴にとってカシミスタンは思い入れのある土地ってことか? そんでもう一度、カシミスタンを襲えば、風の魔女をおびき寄せることができる、そういうことか?」

「方向性はそれで合ってるわ、ダンテ。だけど、カシミスタンは襲わない。今、カシミスタンには王都の騎士が多く派遣されているわ。私たちが土の魔女を殺すために、再び土の魔女の妹を誘拐する可能性を、王国も警戒しているようね。……ゆえに、ファーレンハイトを失い、十全な準備を行えない今の私たちがカシミスタンを襲えば、無視できない被害を被ってしまう」

「じゃあ、どこを襲うの?」

 

 ルドルフの発言からヒルダの意図を少しずつ読み解こうとするダンテに、しかしヒルダはカシミスタン襲撃案を否定する。そして、ドロシーから問いかけられたヒルダは、漆黒のとんがり帽子を目深に被りつつ、仲間たちに襲撃先を宣告した。

 

 

「ちょうど、おあつらえ向きの場所がある。――風の魔女のゆかりの地、ポート・ノワール。そこを標的にするわ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……」

 

 福音使徒が誰1人としていなくなった廃都ファーレンハイトにて。ポポはお務めを行っていた。頭の中でこれからの己の動き方について一通り見直しながら、淡々と、風のクオリアをファーレンハイト全土に埋め込んでいく。

 

 その時。ふと、ポポの脳裏に、とある言葉がよみがえった。

 それは、ポポがヒルダの時魔法で3年前へと逆行する前に残した、ヒルダの言葉。ポポが過去にさかのぼる前の世界のことに思いを馳せる度に、いつもフラッシュバックする、ヒルダの遺言。

 

 

 ――ポポ。今から私は、あなたにとても残酷なことをするわ。……私の魔法であなたを過去に飛ばす。

 

 

「……そっか。そういうことだったんだね、ヒルダ」

 

 いつもならただポポの脳内を流れていくだけのヒルダの遺言に、しかしポポは気づいた。気づいてしまった。ヒルダの遺した言葉に込められた、本当の意味に。ポポは思わずお務めを中断し、呆然と空を見上げる。

 

 

「酷いよ。本当に残酷だよ、ヒルダ。……これがポポへの罰、ってことなのかな。ポポが足を引っ張ったせいで、人類の希望だったアルトが殺された。そのポポの罪に対する、ヒルダからの罰。だったら、受け入れないとね。全部、ポポが悪いんだから。罪は、償わないといけないよね」

 

 しばし空に視線を移したまま硬直していたポポは、体の自由を取り戻した後、ポポは沈痛そうな表情を携えて、軋みをあげる胸にそっと手を当てる。

 

 

「最期まで気づきたくなかったな、こんなこと。……でも、だいじょーぶだよ、ヒルダ。例え気づいたからって、ポポのやることは変わらない。みんなを救う。世界を救う。ポポはそのために、ヒルダの魔法で過去に戻ったんだから。――だからまずは、第9小隊と戦わないとね。第9小隊のみんながポポと本気で戦いたくなるように、ちゃんとした動機を用意しないと。ポポをとことん悪者にしないと……」

 

 ポポは空の向こう側にヒルダを想起しながら、空想上のヒルダに対し決意表明をする。その後、再び己の今後の計画に瑕疵がないか何度も何度も確認しながら、ファーレンハイトでのお務めを進めていく。そんなポポの呟きは、ファーレンハイトの寒風に無情にもかき消された。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。何かがおかしくなっているようだが、それはそれとしてお務めにはきちんと励んでいる。なお今回、唐突にアイディアのダイスロールでエクストリーム成功を叩き出してしまったため、逆行前のヒルダの秘めたる思惑に気づいてしまったらしい(クトゥルフ脳な識者の見解)。もっとも、ポポの推測が勘違いしまくっている可能性も否定はできないが。
クラウス:レグナント王国の騎士団長にして第9小隊隊長の男性。水の魔女リゼットを救うことができたと内心安堵していたのもつかの間、マリーからもたらされたポポの異変についての情報により、ポポへの対応方針を迅速に決定することを強いられた。が、そのような状況下でもどこまでも冷静に方針を決められるあたりが隊長の隊長たる所以といえよう。
ヒルダ:時の魔女。年齢は少なくとも千歳以上。王都に歌える魔女3人を集められてしまい、いよいよ後がなくなりつつあるため、風の魔女を殺すために苛烈な手段を選ぼうとしているようだ。

 というわけで、23話は終了です。今回は、第9小隊、福音使徒、ポポの3陣営にそれぞれスポットが当たる回となりました。各陣営がそれぞれ自陣営にとっての最善を尽くそうと策を巡らすノリは個人的に大好きです。なお、福音使徒やポポが何か不穏なことを口走っているのはご愛嬌ですね。


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24話.しっぱい


 どうも、ふぁもにかです。きつい展開ラッシュなポポ編中盤です。これさえ、このポポ編さえ超えれば、その先にきっと和気あいあいとした温泉回が待ってますから、ね?



 

 ポポがマリーに第9小隊への伝言を残して救護室を去ってから、1週間後。廃都ファーレンハイトでのお務めを無事に終えたことで、世界中に漏れなく風のクオリアを埋め込むことができたため、ポポのエクリプスに向けての準備はほぼ完了した。あとは、エクリプスの後に待ち受ける激戦での勝利を盤石にするために、いくつか布石を打つのみだ。

 

 

 ――その布石の1つとは、ポポが第9小隊との死闘に持ち込むこと。

 

 

 ポポが過去に逆行する前に味わった、あの絶望的なカルテジアンとの戦い。敗因はわかりきっている。ポポたちが弱かったからだ。ポポたちが力不足だったから、カルテジアンに好き勝手に蹂躙されてしまったのだ。よって、同じ過ちを繰り返さないためには、少しでもアルトたちに強くなってもらうしかない。特に、星のクオリアを持つアルトに強くなってもらわなければ、マザー・クオリアの調律なんて夢物語でしかない。

 

 祝歌計画を発動させ、エクリプスが開始されてしまえば、月から延々と人類殺害装置である天使が降臨するようになるため、悠長に修行するような時間はそう安々と確保できなくなる。だから、ここで。ポポが第9小隊に入り、祝歌を奏でる前に、第9小隊には、一度ポポと全力で戦ってもらう。アルトたちに、ポポとの戦いでしっかり経験を積んでもらう。

 

 そのために、ポポは第9小隊を王都の東の森に来るよう伝言を残した。太陽の位置からしてもうすぐ約束の正午だ。もうすぐ、第9小隊がポポの前にやってくる。ポポはこれから、第9小隊と戦い、みんなを傷つける。みんなを助けるためにみんなを傷つける。

 

 ゴウラ火山では、サクヤを絶望させて暴走させた。王都ではリゼットを見捨てて魔剣カルブンケルの呪いで苦しませた。ポポはあとどれだけ、みんなを救うという理由を盾にして、みんなを傷つけないといけないのだろうか。

 

 

(ダメ、余計なことは考えないようにしないと……)

「――ポポ」

「ん。みんな、ちょっとぶりだね」

 

 ポポが己に纏わりつく邪魔な思考を振り払うようにかぶりを振っていると、ポポの前方から第9小隊の面々が姿を現す。アルトに名前を呼ばれたポポは、微笑みとともに第9小隊に声をかけるも、正直、今のポポが上手く笑顔を作れているか、自信はなかった。

 

 

「して、ポポ殿。いかなる用件で、我々第9小隊をここへ呼び出したのだ?」

「クラウス隊長ならポポのやりたいこと、薄々わかってるんじゃないかな? 来て、ポポの使い魔たち」

「「「ッ!?」」」

 

 クラウスの問いかけに、ポポは態度で回答を示す。ポポはスッと右手を挙げて、第9小隊を取り囲むようにして15体の使い魔を召喚した。内、10体は漆黒の体毛に覆われたポイズンウルフ。残る5体は、蝶の羽で羽ばたく妖精アネモネ。ポイズンウルフは唸り声を零して第9小隊への敵意を全面的に表明し、アネモネはポイズンウルフの後ろから、弓に矢をつがえて第9小隊を冷徹に見据えている。

 

 

「さすがに王都で暴れるつもりはないから、みんなをここに呼び出したんだ」

「……ポポ殿は祝歌計画に参加するつもりがない、ということでよろしいか?」

「うん、そうなるね。カシミスタンでポポが言ったことはその場しのぎの嘘だったんだ。じゃ、話はこれくらいでいいよね? 今からポポはみんなを殺すから、死にたくなかったらがんばって抵抗してね」

 

 ポポが第9小隊に明確に攻撃の意思を示した。その事実にアルトたちが酷く動揺する中、ただ1人冷静さを保ち続けているクラウスは、ポポに問いを投げかける。対するポポは軽くクラウスに返答してから、使い魔たちに第9小隊への攻撃命令を発しようとして――。

 

 

「待ってくれ、ポポ!」

「どうしたの、アルト?」

「どうしたも何もあるか! なんで俺たちが戦わないといけないんだよ! なんでポポが俺たちを殺そうとしてくるんだよ!?」

「それがポポのお務めだからだよ。ポポがお務めを達成するためには、みんなを殺さないといけないんだ。だから、早く剣を鞘から抜いた方がいいよ、アルト。それともアルトは無抵抗で死ぬのが好きなの?」

「たとえポポが俺たちを殺す理由があっても、俺たちがポポと戦う理由がない! 俺は、ポポに剣を向けられない……!」

 

 アルトの強い制止の言葉に、ポポは使い魔への指示を中断する。その後、ポポが第9小隊を殺害する理由を問われたポポは、すっかり便利なワードと化した『お務め』という言葉を駆使してあいまいな言い方にとどめる。そしてポポは、アルトに戦ってほしいため、アルトに武器を構えるよう告げるも、アルトは頑なにポポと戦わない意思を声高に主張するのみだ。

 

 だけど、このアルトの反応は、ポポの想定内だった。だからこそ今日を迎えるまでの1週間で、ポポは『動機』を用意したのだから。

 

 

「じゃあさ。この前のアマツの焔鎮めの儀の時に、ポポがサクヤを殺そうとしていたって言ったら? それでもアルトはポポと戦わない?」

「……え?」

「はぁ? なに言ってんの、アンタ? そんなバレバレの嘘に何の意味があるのよ?」

「嘘じゃないよ? サクヤがドロシーにさらわれて、ゴウラ火山に連行されていた時。第9小隊はどうにかサクヤを助けることができたけど、疑問に思わなかった? あの時のゴウラ火山での風の荒れ狂いように。なぜかドロシーの都合の良いように、マグマが第9小隊とサクヤを分断したことに」

「ッ!? アンタ、なんでそのことを知ってんのよ。……あれが、全部アンタの仕業ってわけ?」

「うん。あれもポポのお務めのためにこっそりドロシーをサポートして、サクヤを殺そうとしたんだよ。結局は失敗したけどね。まさかアルトがリゼットの水魔法を信じてマグマを突っ切ってくるとは思ってなかったから」

「……」

 

 ポポがひょいと繰り出したまさかの爆弾発言に、アルトは言葉を失い、立ち尽くす。アルトに代わってサクヤが呆れまじりの口調でポポの主張をウソと断ずると、一方のポポはサクヤが殺されそうになった当時のゴウラ火山の詳細な状況を細やかに語っていく。結果、ポポの言葉に信ぴょう性が増したことにより、サクヤもまた、言葉を失った。代わりに、ポポを鋭い眼光で見据え、刀の柄に手を添える。

 

 

「それだけじゃない。3年前に、ポポがカシミスタンに火を放ったって言ったら?」

「……ポポ、何を言ってるの?」

「ニキ、不思議に思わなかった? どうしてポポがあんな絶妙なタイミングでニキとモルディを助けられたのかって。そんなの簡単だよ。カシミスタンの大乱はポポのマッチポンプだったんだ。まぁ、ポポの放火を機に、ルドルフがニキのお母さんのサイージャを殺して、福音使徒をカシミスタンに引き入れて、王立騎士団と殺し合いを始めたのは想定外だったけど」

「……」

 

 サクヤはやる気になったようだ。しかしまだ、動機が足りない。ポポは続けてニキへと向き直り、己こそがカシミスタンの大乱の元凶であると告げる。目をパチクリとさせてポポを凝視するニキに対し、ポポが自身の嘘を補強するべく言葉を重ねると、ニキはスッと目をつむって黙考状態に移行した。

 

 

「ユアンは、ポポがポート・ノワールでなんて言われているか、うわさを知ってるでしょ?」

「嵐を呼んで建物を壊し、悪風で病気をばらまき、海風を操って津波を起こす劣悪な魔女、ですか」

「そう。全部全部、事実だよ。全部、ポポがお務めのためにやったことなんだ。……これでわかったでしょ? ポポは慈愛の魔女なんかじゃない。ポポはお務めのためならどんなことだってできちゃう悪い魔女だ。そして、ポポに課せられた次のお務めは、第9小隊を全員殺すこと。……ねぇ、これでもまだ戦う理由がないだなんて、言わないよね?」

 

 ポポは今度はユアンに視線を送って発言を促す。対するユアンが渋々ポポの要望に応えてうわさの内容を口に出すと、望み通りの回答をユアンから引き出せたポポは、自分がいかに悪であるかを盛大に主張する。そうして、ポポは改めて第9小隊に問いかける。未だに武器を構えていないのは、アルトだけだ。

 

 

「……アルト、剣を構えてください。ポポと戦いましょう」

「ニキ。だけど、俺は……」

「アルト。私はポポと半年間、カシミスタンで同じ時を過ごしました。だからこそ言えます。今のポポの言ったことは噓です。たとえお務めとやらがポポにとってどれほど大事でも、それでもポポは一線を越えるような人じゃありません。ポポはびっくりするくらい繊細で、優しい人ですから。たとえ『誰かを殺せ』とか『街を滅ぼせ』とか、そんな残酷な『お務め』を誰かから宣告されたところで、人を殺す罪悪感に押しつぶされて自分を殺してしまう。ポポはそういう人なんです」

「……」

「アルト、ポポと戦いましょう。マリーの言う通り、今のポポはおかしくなっている。だからこんなでたらめな言葉を並べて、私たちと殺し合いをしたがっているんです。……アルト、私もあなたもかつてポポに救われた身。だったら今度は私たちがポポを救う番です。そのためにもまずはこの局面を共に切り抜けましょう」

「……そう、だよな。ごめん、ニキ。まずはこの戦いを制して、ポポの本音を聞きださないとな」

「ええ、その意気です」

 

 そろそろ第9小隊を焚きつける動機の在庫が尽きつつあるために、どうしたらアルトに戦意を抱かせることができるかを内心で悩み始めるポポをよそに、ニキがアルトに説得を試みる。ニキがアルトに対し、これからポポと戦う理由を『ポポを傷つけるため』ではなく『ポポを救うため』と定義してみせたことで、ニキの説得は成功し、結果としてアルトはポポを見据えて剣を構えることとなった。

 

 

「第9小隊、陣形展開! 守りを固めつつ、まずは我らを取り囲む彼女の使い魔を撃退する!」

「みんな、第9小隊に一斉攻げ――」

 

 第9小隊全員が戦う意思を胸に抱いたことを機に、クラウスが隊員に指示を出す。一方のポポは第9小隊を包囲するポイズンウルフとアネモネたちに攻撃指示を出そうとした、刹那。ポポの上空で渡り鳥の高らかな鳴き声が響いた。以前、カシミスタンの様子を逐次報告してもらうためにポポが手懐けた渡り鳥たちには今、世界各地を自由に飛び回ってもらい、何か異変があった時だけポポに報告してもらうように指令を出している。その渡り鳥がポポの元に帰参したということは、どこかで何か異変が起こったことと同義だ。

 

 

「どうしたの?」

 

 そのため、ポポは己の使い魔たちへの指示を中断して、渡り鳥をポポの手のひらの上に着地させる。そして、動物と会話できるポポが、慌てた様子の渡り鳥からの報告を聞いた時、絶句した。

 

 

「え? ポート・ノワールが……?」

 

 渡り鳥はポポに告げていた。【ポート・ノワールが燃えている。黒い服を着た人間の集団が、ポート・ノワールで人間をたくさん殺している】と。

 

 

「――ッ!」

 

 ポポは即座に召喚していた使い魔たちを送還すると、風をまとって東の森から飛び立った。ありったけの追い風をポポに吹きつけて、ポポはポート・ノワールへと急行する。

 

 

「おいおい、一体どうしたんだアイツは? さっきまであんなに俺たちを殺す気満々だったってのに、鳥に何か話しかけたと思えば血相変えてどっかに飛んで行ったんだが……」

「ポポは前に、『動物と話すことができる』って言っていました。きっと、さっきの鳥さんから何かを聞いたのかもしれません」

「ポポさん、さっきの鳥さんの鳴き声を聞いて『ポート・ノワールが……?』と呟いていました。おそらく、どこかの地名ですよね? そこで何かあったのではないでしょうか?」

「ののか、その情報は値千金だ。ポート・ノワールといえば、風の属州『サウス・ヴァレー』の最南端に位置する港町だ。ポポ殿が飛び立った方向も同じく南。彼女がポート・ノワールへ向かった可能性は非常に高い。――総員、速やかにポート・ノワールへ出立する!」

 

 ポポの急な方針転換にラスティが疑問を呈すると、動物と会話できるというポポの特性についてリゼットが言及する。すると、リゼットの情報に基づき、ののかが忍びとしての優れた聴覚で、ポポがポツリと零した呟きの内容を第9小隊に共有する。結果、ポポの目的地がポート・ノワールであると判断したクラウスは、ポポを追って第9小隊もポート・ノワールに急進する指示を下すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ポポがポート・ノワールへと到着した時。ポポを待ち受けた光景は、地獄だった。

 

 街の至る所には、住民の惨殺死体が転がっていて。床や建物の壁には血が飛び散っている。ポート・ノワールの幾多の建物から炎が沸き上がり、既に亡くなった人を焼き焦がしている。ひとたび鼻から息を吸えば、血と焼けた人間の肉が混ざったにおいがポポを容赦なく襲ってくる。

 

 街にはいろんな死骸があった。首を断ち切られて血を噴出させる死体。胸を鋭利な刃物で貫かれた死体。腕や足のない死体。それらの死体の数々はまるで、敢えて残酷に殺しているのではないかというありさまだった。

 

 

「みん、な……?」

 

 ポポは、ふらふらとした足取りで、街を歩く。一歩一歩の足取りが、重い。まるで、靴に鉛が仕込まれているかのようだ。誰か、誰かいないのか。生存者はいないのか。ポポは歩く。目を見開いたまま、街の中央通りを歩き進める。

 

 

「……だれ、か、いないの?」

 

 今、ポポが見ている光景は一体何なのだろうか。ポート・ノワールでこんな悲劇が起こっているなんて、一体何の冗談なのだろうか。ポポは幻覚でも見ているのだろうか。何者かによって惑わされているのだろうか。そうだ、こんなのは嘘だ。だって、だって。ヒルダの魔法で過去に戻る前は、ポート・ノワールが滅ぼされるなんて、そんな展開はなかったのに。

 

 ポポは上下感覚も平衡感覚も忘れて、燃え盛る炎の色も音も忘れて、地獄と化したポート・ノワールでポポが何をしたいのかも忘れて、ただ歩く。歩いて。歩いて。ふと、ポポのつま先が、何かにあたった。ポポは歩みを阻害されて、立ち止まる。ポポは視線を下に移す。そこには2人分の焼死体があった。

 

 

「町長さん……」

 

 1人は、ボナンザ町長だった。ポート・ノワールの町長になった後に、ポート・ノワールに風の魔女の悪評を流し、ポポをポート・ノワールから追い出した人。ポポにありったけの罪悪感を埋め込ませて、ポート・ノワールを発展させるお務めに依存させるように誘導した人。

 

 

 ――そうか。ならば、全てが終わったら必ず戻ってこい。……お前はポート・ノワールの住民のために尽くしてこそ、存在価値があるのだということ、ゆめゆめ忘れるなよ。

 ――うん。ありがとう、町長さん!

 

 だけど、ポポが過去に戻って、世界を守るためにサウス・ヴァレーから旅立つことを伝えた時、ボナンザ町長は最終的にはポポの意思を認めてくれた。ポート・ノワールでのお務めを投げ出して旅立つポポが、世界を守った後にサウス・ヴァレーに帰ってくることを認めてくれた。

 

 

「マルコ……」

 

 もう1人は、マルコだった。ポポが過去に戻る前から、ポート・ノワール中にポポの悪評が流れていたのに、それでもポポを信じてくれた男の子。過去に戻ってからは、ポポとのムシバトルを幾度もなく楽しんでくれて、ポポに安らぎを、楽しい一時を与えてくれた男の子。

 

 

 ――またね、マルコ。

 ――じゃあね、タンポポお兄ちゃん!

 

 サウス・ヴァレーでのお務めが終わり、次の地へと旅立とうとするポポ(男装中)に、マルコは元気よく手を振ってくれた。ポポとの再会を心から楽しみにしてくれていた。

 

 

「あ、ぁあ……」

 

 もう、限界だった。気づけばポポの両目からはボロボロと涙が零れ落ちていて。ポポは立っている気力すら失い、その場にガクリと膝をつく。呼吸の方法さえもポポの頭から消え去り、ポポはただただボナンザ町長とマルコの亡骸を眺めるだけだ。

 

 

「――風の魔女。何か遺言はあるかしら?」

 

 ポポが2人の焼死体の前で膝をついてから、どれほど時間が経っただろうか。気づけば、ポポは福音使徒の幹部たるダンテ・ドロシー・ルドルフと、福音使徒トップのヒルダに取り囲まれていて。ヒルダのデスサイズの刃がポポの首に添えらえるとともに、ヒルダから問いかけられていた。

 

 

「……どうして、どうして、ポート・ノワール、を?」

「あなたの故郷だからよ。世界中を駆け巡るあなたをおびき寄せて殺すための餌として、ポート・ノワールを焼き払ったの」

「……ポポの、せい?」

「そうなるわね」

「そっか……」

 

 ヒルダから福音使徒がポート・ノワールを滅ぼした理由を告げられたポポは、力なく瞑目する。言われてみれば、福音使徒がポート・ノワールを襲撃するのは当然の帰結だった。福音使徒は魔女4人が祝歌を奏でることで始まってしまうエクリプスを防ぐために、必死なのだ。現状、レグナント王国は魔女を3人そろえていて、ポポ自身は孤月の丘でニキを自殺から救った件からも王国に協力的なのは明らかで。福音使徒にはもう後がない。だから、ポポを確実に殺すために手段を選ばないのも当然のことだったのだ。

 

 ポート・ノワールは例外だと思っていた。いつの間にかそう決めつけていた。ポポの行動で、良くも悪くも過去を変えられることを知っていたはずなのに、福音使徒はポート・ノワールを滅ぼさないものだと勝手に思い込んでいた。その結果が、今ポポの視界に広がる、ポート・ノワールの惨状だ。

 

 

 そうか。ぽぽは、しっぱいしたんだ。

 しっぱいしたなら、もういちど、やりなおさないとだめだよね。

 ひるだにおねがいして、かこにもどらないと。

 でも、まだなかまじゃない、いまのひるだがぽぽのおねがいをきいてくれるかな。

 きいてくれるわけ、ないよね。

 なら、ときのくおりあだけもらえばいいや。

 ひるだのむねをきりひらいて、ときのくおりあをうばいとろう。それがいい。

 さぁ。やりなおそう。

 こんどは、もっとうまくやってみせる。

 ぽぽになくけんりはない。

 ぽぽにぜつぼうしているひまはない。

 あるとにかばわれたんだ。

 ひるだからおもいをたくされたんだ。

 だから、ひるだをころして、ときのくおりあをうばって、やりなおそう。

 みんなをすくうんだ。

 あるともひるだもみんなもすくうんだ。

 ぽぽが、みんなをまもるんだ。

 ……こんどこそ、こんどこそ。

 

 

 ポポはゆっくりと目を開く。その瞳には、正の感情も負の感情も込められておらず。ポポの表情は能面のようで。ポポは、ヒルダから時のクオリアを奪ってもう一度3年前に戻るという目的を達成するためだけの機械と化した。

 

 

「さようなら、風の魔女」

ぽぽは、しなないよ?

 

 そして。ヒルダがデスサイズでポポの首を切断するよりも早く、ポポを起点として強烈なかまいたちを発生させて、ヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフを吹き飛ばしたのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。第9小隊がポポと戦うための『動機』を用意するとかいうモノクマムーブをかましていたが、ポート・ノワール炎上のお知らせを渡り鳥から受けたことで、第9小隊と戦っている場合ではなくなり、ポート・ノワールへと向かった。しかし、ポート・ノワールを救うことができなかったポポは、もう一度過去に戻る方針を固めたようだ。風の魔女が時のクオリアを使って過去に戻る時魔法を使えるかどうかは別にして。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。第9小隊の中で最もポポと戦うことを拒否していたが、ポポを救うという名目を得たことで、ポポと戦う覚悟を決めたようだ。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。現在は17歳。ポポからゴウラ火山でサクヤを殺そうとしていたと告げられたサクヤは、ポポの発言を鵜呑みにする気こそないものの、とりあえずポポを拘束して詳しい事情を聞きだすつもりで刀を構えた模様。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。ポポからカシミスタンの大乱の時にポポが火を放ったと言われた際、ニキはポポの爆弾発言にびっくりこそしたが、ポポとともに過ごしたカシミスタンの日々に基づいてポポの発言が嘘だと判断した。
ヒルダ:福音使徒を統べる時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。この度、ポポをおびき寄せるためにポート・ノワールを結晶化させずに普通に襲撃し、ポート・ノワールを滅ぼした。そして目論み通りやってきたポポを殺そうとするも、デスサイズの一撃は阻止されてしまったようだ。

 というわけで、24話は終了です。本作品を連載し始めた時からさらっと置いていた『原作キャラ死亡』のタグが存在感を発揮し始めた回でしたね。さて、壊れ方に拍車がかかってしまったポポはどう動くのか。


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25話.ポポの調律①


 どうも、ふぁもにかです。凄惨な展開に拍車がかかるばかりのポポ編ですが、そろそろピークに達する頃なのでご安心ください。さて、佳境に差しかかったポポ編の続きを紐解いていきましょうか。

 ちなみに今回は、ヒルダに厳しい回になっていますので、ヒルダをこよなく愛する方は閲覧注意です。



 

 福音使徒が滅ぼしたばかりのポート・ノワールの中央通りにて。幾多の建物から炎が舞い上がり、福音使徒の繰り出す凶刃により絶命したポート・ノワールの住民を次々と炎に呑み込む中。

 

 

「さようなら、風の魔女」

 

 絶望に打ちひしがられ、その場に膝をつくポポの首筋にデスサイズを添えていたヒルダは、無言を貫くポポの様子から遺言の類いを口にする意思がないものと判断し、ポポの首を切断するためにデスサイズを振り抜こうとする。

 

 

ぽぽは、しなないよ?

 

 が、ヒルダがデスサイズでポポの首を切断するよりも早く、ポポは己を起点として強烈なかまいたちを発生させる。何の前触れもなく突如として発生した暴風に、ポポを四方から取り囲んでいたヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフはその場に踏みとどまることができずに、なすすべもなく吹き飛ばされてしまう。

 

 

「こいつ、何の予備動作もなしに風を呼べるのかよ!?」

「やはり風の魔女の実力は他の魔女と比べ、明らかに実力が突出しているようだな」

「あーあ、あのまま大人しくヒルダに殺されておけば良かったのに、抵抗するんだ。だったら、徹底的にミンチにしないとね! おいで、デクリンちゃんたち!」

 

 ダンテ、ルドルフ、ドロシーは吹き飛ばされつつも空中で体勢を立て直して何事もなく地面に着地する。その後、ダンテとルドルフはポポの実力の一端に驚愕しつつも即座に周囲にハンドサインを送り、ポポを包囲するように幾多もの福音使徒の戦闘員を展開させる。ドロシーもまた己の周囲に二足歩行のウサギの姿をした殺戮人形『デクリン』を召喚し、ニタァと凶悪に笑う。

 

 

ねぇ、ひるだ。おねがいがあるの

 

 しかし、ポポは自身が大勢の福音使徒に囲まれているにも関わらず、彼らの存在を欠片も意識していない。ポポの目線は、ダンテたちと同様に何事もなく地面に着地したヒルダに固定されていて。まるで隣人に朝のあいさつをするかのような軽い口調でヒルダに話しかけ、テクテクとヒルダに近づいていく。

 

 

「気にくわねぇな、そのすまし顔。テメェはここで死ぬんだよ!」

「風の魔女よ、ここで終幕としようか」

「ざーんねん☆ ヒルダには指一本触れさせないよ! やっちゃえ、デクリンちゃんたち!」

 

 ヒルダへと歩み寄ろうとするポポを看過する福音使徒ではない。ダンテ、ルドルフ、ドロシーがポポの行く手に立ち塞がりつつ、同時に配下の福音使徒の軍勢やデクリン人形軍団に、ポポに一斉攻撃を仕掛ける旨の指示を下す。

 

 ポポの強さを警戒した上で、福音使徒の最大戦力を一気に叩きつけるというダンテたちの判断により、ポポの命はもはや風前の灯火。この場の誰もがそう思っていた。

 

 だが、この時、誰もが想定できていなかった。魔女とは、己の体に宿したクオリアの魔力を使って魔法を行使できる存在である。ゆえに、通常であれば、魔女は己の中のクオリアに貯蔵された魔力分の魔法しか使えない。

 

 しかし今、ポポが背負っているリュックの中には、ポポが月から削って入手した月のクオリアを変質させた、風のクオリアが大量に詰め込まれていて。ゆえに、ポポがその気になれば、この場の福音使徒の軍勢を一掃できる大規模魔法を行使できるということを。福音使徒は誰一人として、その可能性に思い至ることはなかった。

 

 

「「「――ッッ!?」」」

 

 ポポはリュックの中の全ての風のクオリアから膨大な魔力を取り寄せて大規模な風魔法を発動させる。突如、ポート・ノワールの上空にエメラルド色の強大な魔法陣が展開され。直後、ポート・ノワールの中央通りに、文字通り全てを押し潰す暴風が招来された。暴力的な圧力を伴った暴風を上空から叩き込まれたことで、福音使徒の軍勢は、デクリン人形軍団は、ダンテたち福音使徒の幹部は、容赦なく全身を斬り刻まれてしまう。

 

 結果として、徐々に暴風が収まった時、ポポの大魔法を喰らって、意識を保っている者は誰一人おらず、皆等しく地に伏していた。中には、腕や足がもがれ、耳が削がれ、目が抉られ、明らかに意識を永遠に闇に落としていると判断できる者もいた。

 

 

「そん、な……」

 

 偶然か必然か、幸か不幸か。ただ1人、ポポの魔法の範囲外にいたヒルダは、一瞬で配下の福音使徒たちが死屍累々の様相を呈していることに、声を失い、ただ立ち尽くす。風の魔女は強い。孤月の丘で第9小隊と戦った際に、風の魔女の強さを認識したはずだった。しかしそれすらも、見込み違いだったという事実を、多くの福音使徒の死という形で突きつけられたヒルダは、ただただ目を見開くことしかできない。

 

 

ひるだ

 

 瞬間。ヒルダの耳元から少女の声が発せられる。ヒルダがギョッと肩を跳ねさせて、声の元に視線を移すと、ヒルダの目と鼻の先でポポがヒルダを見つめていた。今さっき多くの福音使徒を殺したにも関わらず、ポポの紺碧の瞳は凪いでいて。ヒルダを確かに捉えているはずのポポの瞳は、しかしヒルダの背後のポート・ノワールの街並みを見据えているようで。ヒルダは、ポポに心の底から恐怖した。ヒルダの山吹色の瞳はポポに釘づけとなり、己の体がまるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。

 

 

ときのくおりあ、ちょうだい?

 

 身動きを封じられたヒルダをポポは押し倒し、ヒルダの下腹部の上にまたがるように膝をつき、一言お願いを口にした。同時に、ポポは右手に風をまとって簡易的なドリルを構築すると、それをヒルダの胸に突き刺した。

 

 

「――ぁあ゛あ゛ッ!? か、ふぁ……!」

 

 風のドリルでポポに胸を抉られ始めたことで体の硬直状態が解除されたヒルダは痛みに絶叫し、吐血を繰り返しながらも、気力を振り絞って己に予備動作不要の時魔法を行使する。己の時間をポポに攻撃される前の時間に戻すことで、体の怪我を直す時魔法だ。しかしヒルダは、ポポがヒルダの胸を風のドリルで抉る攻撃自体を遮ることができず、それゆえにヒルダは延々と己の胸をドリルで抉られ続ける地獄を味わうことになった。

 

 

「ア゛ッが、ァッぐ…が゛ぁッッッ!!」

あ、ひるだ。もしかして、ときのまほうでじぶんのけがをなおしてるの? それとも、じぶんのからだをすこしまえのじょうたいにもどしてるのかな? そういうこともできるんだ。はじめてしったよ。でも、やっかいだね。それをされると、ひるだのからだのなかから、ときのくおりあをさがすのがたいへんになっちゃう。それなら、くびをおとしてから――

 

 声を枯らして絶叫するヒルダを見下ろしながら、ポポはなんでヒルダの胸を風のドリルで掘り進めているのにヒルダが死なないのかについて脳内でクエスチョンマークを浮かべ、その後ヒルダに己の推測を問いかける。今のヒルダがポポに回答できるわけがないことを把握しているのかしていないのか、ポポはヒルダの回答を待たずにまずは確実にヒルダを殺してから、ヒルダの体から時のクオリアを回収しようと、左手にも風のドリルを構築してヒルダの首へと振りおろ――。

 

 

「ポポ! 何やってんだよ!」

……あると?

 

 ――そうとして、ポポの行動は阻害された。ポポが視線のみ背後に移すと、アルトがポポを羽交い締めにしていて。アルトはポポをヒルダから遠ざけるように、ポポとともに速やかに後退していく。羽交い締め状態でアルトに体を持ち上げられているポポは両手の風のドリルを解除すると、己を起点に竜巻を発生させてアルトを吹き飛ばし、アルトの羽交い締めを解除してからアルトへと向き直る。否、ポポの苛烈なドリル攻撃が終わったことを機に意識を失ったヒルダを守るようにポポに立ち塞がる第9小隊へと向き直る。

 

 

……どうしてひるだをかばうの? みんなにとって、ひるだはてきだよね?

「あぁ、確かにヒルダは敵だ。だけど俺は、ヒルダに死んでほしいとも思ってないし、ポポに人を殺してほしいとも思ってない。だからポポを止めるんだ!」

「ポポ殿、罪人は国家が裁くべきだ。罪状に応じて国家が相応の刑罰を科すべきであり、私刑がまかり通ってはならない。ゆえに、ヒルダはあくまで捕縛すべきであり、今ここでヒルダを殺害することは決して容認できない。頭を冷やしてはもらえないか、ポポ殿?」

ぽぽのじゃまをしないで。ぽぽは、ひるだにようがあるんだから。じゃまするならぜんいん、ぽぽのめのまえからきえてよ

 

 ポポの問いかけに、アルトは感情論から、クラウスは理性論からポポのヒルダ殺害を妨害する理由を告げる。しかし、2人の言葉はポポの心を何ら震わせない。第9小隊は、ポポが時のクオリアで再び過去に戻ることを邪魔する敵。そのように解釈したポポは、再び天空から、福音使徒を虐殺した暴風を招来しようとして、リュックの中の風のクオリアの魔力が枯渇していることに気づき、代わりにポポの使い魔であるポイズンウルフ10匹とアネモネ5体を召喚し、使い魔を第9小隊にけしかけた。

 

 

「クラウス隊長!」

「わかっているとも。皆、アルトがポポ殿を調律できるように、ポポ殿への道を切り開くのだ!」

 

 アルトの意図を察したクラウスが第9小隊に指示を飛ばしたことを機に、第9小隊は束になって襲いくるポポの使い魔たちに応戦する。一方、アルトは自らが戦うことをせず、仲間を信じて、ひたすらポポの元へと駆けていく。

 

 

「アルト、どうかポポのことを頼みます! あなただけが頼りなんです!」

「アルト、あなたの力でポポさんを助けてあげてください!」

 

 漆黒の体毛に覆われたポイズンウルフの群れがアルトの首を噛み切るべく飛びかかる。しかしポイズンウルフの牙は、ニキがポイズンウルフの眼前に生み出した土の壁によって遮られる。ニキの土の壁をかいくぐってアルトに爪撃を繰り出そうとしたポイズンウルフは、しかしユアンの銃撃で狙い撃たれたことにより、アルトを傷つけることができずに倒れ伏す。

 

 

「進め、アルト! アルトへの攻撃の一切をこのアーチボルトの盾で防いでくれよう!」

「アルトへの攻撃は私のバリアで守ってみせる。だからアルトは、ポポを救うことだけ考えて!」

 

 蝶の羽で羽ばたかせて宙に浮き、弓をつがえたアネモネがアルトめがけて射出する弓の一撃を、弓の射線上に割り込んだアーチボルトが盾で防ぐ。アーチボルトの盾の範囲外からアルトを射抜こうとしたアネモネの矢は、しかしリゼットがアルトを包むように展開したバリアで、アネモネの弓を弾き飛ばす。

 

 

じゃまだよ、みんな。じゃまじゃまじゃま! さっさときえてッ!!

 

 ポポはさらにポイズンウルフとアネモネの群れを追加召喚し、段々とポポの元へと近づいてくるアルトを迎撃するべく使い魔たちを一斉に突撃させる。

 

 

「は、この程度の攻撃で俺たちをどうにかできると思ってんのかよ、ポポ」

「ホント、このヘソ出し娘には舐められたものよね。笑っちゃうわ」

「サクヤ様の仰る通りです! 忍びのわたしを差し置いて、アルトさんに近づけると思わないことです!」

「アルト、ここは我々に任せて、己の力を信じて突き進め!」

 

 しかし、ラスティ・サクヤ・ののか・クラウスという第9小隊きっての武闘派な面々が、アルトを襲撃せんとするポポの使い魔たちをアルトから引き剥がし、使い魔を各個撃破していく。

 

 

「ポポ!」

 

 かくして。仲間たちの献身によりポポの目の前までたどり着いたアルトは、すかさずポポへと手を伸ばす。刹那、光の奔流がアルトとポポの間を取り巻き、しかし、アルトはポポの精神世界に入り込めずにいた。ポポの心に上手くアクセスできない。ポポの心が、アルトの調律を拒絶しているのだ。

 

 

きえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえて!

 

 このままではマズい。アルトが手こずっている間にも、目の前のポポは息を吸うように次々と使い魔を召喚している。第9小隊は総員、使い魔を倒すことよりもアルトを使い魔から守ることを優先しているため、アルトがこのままポポの精神世界に入れなければ、第9小隊はポポの使い魔の物量に押し潰されてしまう。

 

 

「ポポ、俺の声が聞こえるか! 頼む、お前の心を見せてくれ! 俺にお前を救わせてくれ!」

 

 アルトは至近距離から必死にポポに叫ぶ。少しでもポポがアルトの声に反応してくれれば、それがポポの精神世界に切り込む隙になるかもしれないからだ。だが、ポポの心に、アルトの声は相変わらず届かない。ポポの鼓膜は、アルトの言葉に震えない。

 

 

 ――お前に。

 

 と、その時、アルトの脳裏に声が届いた。

 それはかつて、アルトとリゼットの故郷であるミトラ村が福音使徒に襲われた時に、暴走したリゼットを救おうとした時に聞こえた『力が欲しいのか?』という声ではない。

 

 それはかつて、ドロシーにより ゴウラ火山の火口へと突き落とされたサクヤを助けようと、アルトもまた火口へと飛び込んだ時に聞こえた『少女を調律しろ』という声ではない。

 

 

 ――お前ごときに、ポポが救えるのか。この世の真実を何も知らない、無知なお前に。ポポに助けられてばかりの、無力なお前に。

 

「あぁ、確かにお前の言う通りだよ! 俺は昔も今も、ポポに救われてきた。救われてばっかりだ! 未熟な奴だって言いたいのならその通りだ! ポポがここまで壊れるのを止められなかったくらい、情けない男だよ、俺は! だけど、だからなんだってんだよ! 俺はポポを助けたい! ここで知ったような口を利くお前なんかより、ずっとずっとポポを助けたい! この気持ちじゃ絶対負けないからな! わかったなら俺に干渉すんじゃねぇよ!」

 

 アルトは脳内で饒舌に自身に語りかけてくる謎の声に対して、吠える。その間も、アルトはポポの精神世界に入り込むために必死に意識をかき集めて、一点に集中させる。

 

 

 ――良い答えだ。お前らしいな。

 

 しばらく経って、アルトの脳裏にその声が聞こえた瞬間。頑なにアルトの調律を拒絶していたポポの心に、隙が発生する。その隙を逃さずアルトが飛び込んだことで、アルトとポポを取り巻く光がますます輝きを増していく。

 

 

 ――ポポのことを、頼む。

 

 ここからが本番だ。そう気持ちを引き締めなおすアルトの脳裏に、ポポを託す旨の声が響いたのを最後に、アルトに干渉してきた声は一切聞こえなくなる。かくして、アルトはポポの精神世界に入り込むことに成功し、ポポを調律する前提条件を達成できたのだった。

 

 

 

 

 

/\

/ 調 \

/  律  \

\  開  /

\ 始 /

\/

 

-begin tuning-

 

 

 

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。ただいま暴走中。再び過去に戻ってやり直すことを前提で考えているため、今のポポに人を殺すことに何ら躊躇はなく、そもそも人を殺している自覚すらなく。そのため、福音使徒を強大な風魔法で蹂躙した後でヒルダを殺して時のクオリアを奪おうとしたが、アルトたちに妨害された。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。荒れ狂うポポを調律して救うために、第9小隊の仲間たちが切り開いてくれた道を突き進み、どうにかポポの精神世界に入り込むことに成功した。今、最高にアルトが主人公しているのではなかろうか。
ヒルダ:福音使徒を統べる時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。今回の被害者枠。己の体をポポの風のドリルに貫かれる前に戻す時魔法を使った側からポポに再び胸をドリルで掘削され続ける壮絶な地獄を味わった結果、アルトがポポのドリル行為を止めたことを機に否応なく意識を失った。

 というわけで、25話は終了です。まぁ、うん。ヤバい回でしたね。ですがアルトがポポの精神世界に入ったことで、割と希望が見えてきたような気もしますよね。はたして、アルトはポポを救えるのか。


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26話.ポポの調律②


 どうも、ふぁもにかです。此度は前書きで多くを語るつもりはありません。前回、ポポの精神世界に己をねじ込むことに成功したアルトは、はたしてポポを救えるのか。



 

「ここが、ポポの精神世界……」

 

 ポポの精神世界へと突入したアルトは、きょろきょろと周囲を見渡す。魔女の精神世界に広がる光景は、魔女の深層心理の投影である以上、アルトの視界に広がる光景もまた、ポポを調律するヒントになるからだ。決して、ポポの精神世界の光景が物珍しいからではない。

 

 ポポの精神世界。淡いエメラルド色の光を放つ、白と黒が織り混ざった地面。最奥には、ポップな絵柄で描き上げられた夜の街並みと、昼の牧場の景色の両方が映し出されている。何だか、ポポの精神世界は絵本を彷彿させるようだとアルトは第一印象を抱いた。ただ一点、地面と、ポップな絵柄の景色のあちらこちらに、赤いひび割れが走っていることを除けば、であるが。

 

 

「やっぱり、ポポの精神世界に入れたのは俺1人だけか」

 

 アルトは周囲に第9小隊の仲間たちがいないことを把握し、ひとりごちる。ポポは、アルトがポポを調律することを強く拒絶していた。それでもアルトがポポの精神世界に侵入できたのは、突如としてアルトの脳裏に響いたあの謎の声の持ち主が何かしらの介入をしたからだろう。だが、その介入があってなお、ポポの精神世界にアルトのみを送り込むので精一杯だった、ということか。

 

 

「おーい、ポポ? どこにいるんだ? いるなら返事してくれ」

 

 ポポを救えるか否かはアルトの双肩にかかっている。そのことを改めて認識したアルトは、ポポを探すべく、探索を始める。魔女の精神世界には、どこかに必ず魔女本人か、または魔女の抱え持つ負の感情が反映された、魔女の影が存在するからだ。

 

 

「――」

「ポポ、そこにいるのか?」

 

 そうして、アルトがしばらくポポを探していると。アルトの前方からわずかながら声が反響する。どうやらアルトの向かう先に、何者かが、きっとポポがいるのだろう。アルトは声の聞こえた方向へと駆け寄っていく。

 

 はたして、ポポはそこにいた。ポポの影ではない、ポポ本人が膝を抱えて、顔を埋めて、身を縮こませて座り込んできた。そして、ポポの周囲には、アメジスト色のオーラをまとった、大量のゼリー状の魔物がポポを取り囲み、人の言葉をポポに叩きつけていた。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。汚らわしい魔女。お前の価値などどこにもない」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの価値を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。グズなお前が死ぬことで、世界のゆがみが修正される」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの命を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。お前がいるから何もかもうまくいかない。お前がいつも余計なことをするから、世界の命運はより悪い方へと転がっていく」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの行いを否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。福音使徒からカシミスタンだけは中途半端に救うくせに、福音使徒が他の街を襲っても一切救わないエゴの塊。お前の性根の醜さはとどまるところを知らない」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの精神性を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。失敗作はとっとと死んでしまえ。さっさと風のクオリアを次代に渡すことだけがお前に残された、たった1つだけの、世界にできる奉公だ」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの畢生を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね……」

 

 ゼリー状の魔物が、ゼリー状の魔物が、ゼリー状の魔物が。代わる代わるポポに罵声を浴びせていく。罵声に次ぐ罵声をひたすら縮こまった体に受けるポポもまた、うわ言のように己の存在を否定する言葉を呟いている。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 『死ね』という言葉が聞こえない瞬間が一瞬たりとも存在しない異常な空間に、アルトは思わず圧倒されるも、すぐに己の使命を思い起こす。アルトはポポを調律して、ポポを救うためにここにいる。だったら、アルトに立ち止まっている暇はない。やることは1つだ。

 

 

「そこをどけ!」

 

 アルトはポポに呪詛を送るゼリー状の魔物を剣で斬り払うと、ポポの元へと駆けつける。そして、剣を鞘にしまい、有無を言わさずポポを背負うと、ゼリー状の魔物に背を向けて全力逃走を図った。アルトは今までに他の魔女の精神世界であの手のゼリー状の魔物と戦ったことがあり、この魔物の特徴をよく知っている。あの魔物は皆、その異常に柔らかい体躯ゆえに物理攻撃が全然通じないため、アルト1人では倒すことが困難なのだ。

 

 それゆえに、アルトはひたすらゼリー状の魔物から逃走する。幸いにもあの魔物は体をグネグネと揺らしながらでしか移動できないため、移動速度は非常に遅い。結果として、アルトはゼリー状の魔物とポポとを盛大に引き離すことに成功した。これで、ゼリー状の魔物の罵声は、ポポの耳に届かなくなった。

 

 

(ここまで来れば、大丈夫だよな?)

「降ろすぞ、ポポ」

「死ね、死ね。ポポは死ね……」

 

 アルトが丁重にポポを地面に降ろすも、ポポは相変わらずブツブツと同じ言葉を放ち続けるのみだ。そのままポポは再び地面に座り込み、膝を抱えて、顔を埋めようとして――そこでアルトがポポと目線を合わせるためにその場に膝をつき、ポポの頬に手を添えて、ポポの顔を無理やり上げさせた。結果、アルトとポポは互いに至近距離で見つめあう構図となった。だが、肝心のポポはアルトを見ているようでアルトを見ていない。ただ力なく虚空を眺めているだけだ。

 

 

「ポポ、俺だ。アルトだ。わかるか?」

 

 アルトにとって、ポポはどこまでも頼もしい存在だった。強くて、カッコよくて。だけどそれだけじゃない。ちゃんと見た目通りの女の子っぽいかわいらしさもあって。そんなポポは、アルトの憧れだった。威勢だけは1人前で、中々結果の伴わないアルトとは対極の存在、それがポポなのだとアルトは勝手に解釈していた。それほどまでに、3年前にアルトをウルフの攻撃から華麗に守ったポポの姿が。ついこの前、孤月の丘で福音使徒からニキとモルディモルトを救ったポポの姿が。カッコよかったのだ。

 

 けれど。そんなポポの鮮烈なカッコよさは、ポポが無理をして作った、いびつなカッコよさだったのだろう。『お務め』とやらを完遂するために、ポポには元来の繊細な心を削ってでも、強い自分を演出しないといけなかったのだろう。そうして、心を傷つけて傷つけて。だけど『お務め』を果たすために、じっくり心を癒すことすらできなくて。誰にも己の秘密を話せずに抱え込んで。そのままリゼットを襲う魔剣カルブンケルの呪いを分かち合おうとしたことでポポの心についにガタが来て、福音使徒にポート・ノワールを滅ぼされたことですっかり壊れてしまった。

 

 

「……あル、と?」

「そうだ、アルトだ。やっと俺をちゃんと見てくれたな、ポポ」

 

 ポポを救いたい。この小さな体にあまりに重すぎる責務を背負ってしまっているこの少女を救いたい。どのように声をかければポポを救えるのだろうか。アルトが脳裏で必死に考えを巡らせつつもポポをジッと見つめ続けていると、段々とポポの紺碧の瞳に光が宿り、焦点が定まり、アルトの名前を口にする。どうやらポポは、アルトと言葉を交わせる程度の理性を取り戻せたようだ。

 

 

「アルト、ポポを殺してほしいんだ」

「……どうしてポポは死にたいんだ?」

「だって、ポポはいつだって、ポポは裏目になることしかしないから。ポポがやることはいつも、全部全部、悪い結果になっちゃうから」

「例えば、ポポはどんなことをしたんだ?」

「……ポポはね、『お務め』を果たすために3年前から世界中を巡る旅に出たんだ。そこで、ポポはカシミスタンを中途半端に救った。でも、ポポはもっと早くカシミスタンを救うことだってできたのに、それをしなかった。そのせいで、ニキとモルディのお母さんが死んだ。カシミスタンをちゃんと救えていれば、領主を継がないといけなくなったニキが治世に苦しんで、福音使徒から強要された自殺をあっさり受け入れることはなかった。モルディが福音使徒にさらわれて、ニキの自殺する光景を見せつけられそうになることもなかった。キースがルドルフに殺されかけることもなかった」

「……」

「あの時、第9小隊がゴウラ火山で、ドロシーにさらわれたサクヤを救おうとした時、ポポはそれを妨害した。サクヤを殺したかったわけじゃない。サクヤを助けたくて、でも、バカなポポにはサクヤをギリギリまで追い詰める方法しか良い方法を思いつけなかった。でも、あんなことしなければよかった。そしたら、サクヤがドロシーに殺される恐怖を味わうことはなかった」

「……」

「リゼットの時だってそう。ポポは知ってたんだ。福音使徒が王都に侵入していて、魔女の命を狙っているって。わかっていて、ポポはリゼットを見捨てた。ヒルダがリゼットに魔剣カルブンケルの呪いを使う時を、ただずっと見ていた。リゼットを見捨てるのが一番マシな選択肢だって思ったから。でも、あそこでリゼットを守ればよかった。そうすれば、リゼットがあの魔剣カルブンケルの呪いの痛みに苦しむことはなかった」

「……」

「ポポは、みんなを救いたくて、世界を救いたくて『お務め』を頑張ってきた。だけど、ポポは救いたいはずのみんなを傷つけてばかり。ポート・ノワールの人もみんな死んじゃった。ポポを殺すために福音使徒がどんな手段に打って出るのかなんて、少し考えれば思いつけたはずなのに、バカなポポにはわからなかった」

「……」

「それに、ポポは、ポポは。ポート・ノワールが滅んだ姿を見て、頭が真っ白になって、たくさんの福音使徒の人を殺しちゃった。あの人たちだって、ポポの救いたい人たちだったのに。それに、ヒルダの胸をドリルで掘り続けるなんて、あんなにむごいことをしちゃった。悪いのは全部、ポポなのに。ポポは暴れる感情の矛先を、福音使徒に向けちゃったんだ。何もかもポポのせいなのに、福音使徒のせいにして、やつあたりしちゃったんだ」

「……」

「バカでグズで救えない魔女、力を持ってるだけに余計にたちが悪い魔女。それがポポなんだって、思い知った。……もう、死にたいよ。消えたいよ。ポポは生きているだけでみんなを不幸にする悪い魔女なんだ。どうあがいたって、ポポはみんなを、世界を守る良い魔女にはなれないんだ。こんなポポなんて、消えてなくなった方がいい。それこそがみんなの、世界のため。……お願い、アルト。ポポを殺して?」

 

 ポポはアルトに自身を殺してほしいと懇願する。アルトがポポにその理由を問うと、ポポはポツリポツリと己の所業を告白する。アルトはポポの話に一切口を挟まず、ポポの望むままにすべてを語らせた。そうして、ポポが今までため込んでいた想いを一通り吐き出した後に、再度アルトにポポの殺害を依頼した時、アルトは努めて優しい声色でポポに言葉を返した。

 

 

「ポポ。俺の話を少し聞いてくれ。……少なくとも俺は、ポポのおかげで救われたよ。ポポがいてくれたから、3年前の俺はウルフに殺されずに済んだ。ポポが俺を想って語りかけてくれたから、俺は自分が記憶を失っていることを気にしないで、ミトラ村のアルトとして新たな人生を歩もうって思えたんだ」

「……」

「俺だけじゃない。この前ラスティと2人で話した時に、ラスティとポポが出会った経緯について聞いたよ。ラスティの奴、『あの時、ポポが俺を見つけてくれなかったら、今頃俺は砂漠の骸骨の仲間入りしてただろうな』って笑ってたぞ」

「……」

「他にも、ユアンとポポの出会いについても聞いた。ユアンもさ、『ポポさんが協力してくれたおかげでユアン商会を順調に発展させることができました。ポポさんは商売の女神とも言えるでしょうね』って自慢気に言ってたぞ。『ポポさんと出会えたことこそが僕の人生最大の幸運です』とも話してた」

「……そんなの、ポポがいなくても何も変わらなかったよ。アルトならポポがいなくてもウルフの群れにちゃんと対処できた。それに、アルトにはリゼットがいる。ポポがいなくても、いつかはリゼットのおかげで立ち直って、記憶のことを気にしない今のアルトになってたよ。ラスティだってポポが助けなくたって自力で生き延びれたはずだし、ユアンだってすごい商才があるんだから、ポポがいなくてもユアン商会を普通に発展させられたはずだよ」

「確かに、そうかもしれないな。ポポの助けなしでウルフの群れをどうにか切り抜けて、その先でリゼットに励まされて前向きに生きられるようになる、そんなアルトもいたのかもしれない。だけど、それはもしもの話だ。今、ここにいる俺は、誰でもない、ポポに救われた俺なんだ。ラスティやユアンも、ポポに助けられたからこそ今の自分がいるって思ってる」

「……」

 

 アルトは、自分のことやラスティ&ユアンの話を持ち出して、ポポの行いが全て裏目になったわけではないことを主張する。しかしポポは知っている。ポポが過去に戻る前の世界で。アルトはポポがいなくてもウルフに殺されなかったし、普通に立ち直っていた。ラスティは砂漠で死ななかった。ユアンはユアン商会を全国展開していた。その事実を踏まえてポポが反論するも、アルトにあっけなく一蹴されてしまった。

 

 

「そりゃ人間、これが最善だって信じて選んだ行動が逆効果になる時はあるさ。自分のせいで事態を余計に悪化させることだってよくあることだ。でもさ、俺は思うんだ。大事なのは、結果だけじゃないって」

「……ほぇ?」

「だって、ポポが今まで頑張って色々動いていた動機は、悪意からじゃないだろ? いつも、いつだって。ポポは人のためを思って、善意で動いていた。だからこそ、ポポは今、『慈愛の魔女』って二つ名と一緒に、多くの人から慕われてるんだ。あの一筋縄じゃいかなそうなラスティやユアンだってポポを気に入っているんだ。あと、ニキなんか凄いぞ、口を開けば話題の6割はポポの話なんだから」

「……」

「正直、『お務め』のことを知らない俺には、どうしてサクヤを追い詰めたり、リゼットを敢えて呪わせることが一番マシな選択肢になるのかはわからない。けど、ポポがとっても優しい女の子だってことはよく知ってる。そんなポポが選んだ選択肢だ、きっとそれが正解だったんだって思ってる。……だからさ、たとえポポが動いて、望み通りの結果を得られなかったとしても、人の幸せを想って動いた優しいポポ自身のことまでは否定しないでやってくれないか? だって、ポポは善意に従って、最も正しい選択肢に従って、動こうとしただけなんだから」

「……」

「ポポ。あの時ポポが俺に言ってくれた言葉を返すよ。ポポが何か大切なことを隠していて、それを言いたくないんだなってのは俺なりに理解しているつもりだ。だけど、重大な秘密を抱えているからって、俺たちが協力できないわけじゃないだろ? 俺は、俺たちはみんなポポの味方だ。強くて弱い、そんなポポの味方なんだ。愚痴や悩みのはけ口にくらいはなれるし、たとえ理由を伏せられたって、やってほしいことをポポから言ってさえくれれば、喜んで協力することだってできる。だから、独りで何もかも全部抱え込むのは今日でもうやめて、一歩を踏み出してみないか?」

「一歩を、踏み出す……」

 

 アルトがポポに真摯に語りかけてくる。アルトの一言一言が、ポポの心に熱を伴って滑り込んでくる。ポポの壊れた心に熱が沸き上がる。離れ離れとなった心のパーツが熱を発して溶接しあい、ポポ本来の心を再形成し始める。

 

 

「――っと、ポポの背中を押す前に、まずはこっちを言うべきだったな。今、ここにいないみんなの分も代表して、ぜひとも言わせてくれ」

「アルト?」

「今まで俺たちのためによく頑張ってくれたな、ポポ。ありがとう」

「――ッ!」

 

 そこでアルトから感謝の言葉を告げられた時、ポポは目を見開いた。気づけば、ポポの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。拭えど、拭えど、涙が止まらない。とめどなくあふれでてしまう。どうやらポポは心の奥底で、ポポの3年に渡る孤独なお務めを誰かに認めてもらえることを希求していたようだった。

 

 

「あうぅぅ…゛ぅ゛ッ……」

「ポポ、まだ死にたいって思ってるか?」

「……わからない。ポポ、生きてていいのかな。ポポは、今まで散々間違ってきた。こんなポポに、生きる権利はあるのかな?」

「当たり前だろ。俺も、みんなも、ずっとポポに生きていてほしいって思ってる。それだけ、ポポは魅力的な女の子なんだからな。……なぁポポ、いつかは、ポポのことを全部教えてくれないか? 教えたくなった時でいいからさ」

「……わかったよ。祝歌計画が終わったら、みんなに全部話す。だから、それまで待ってて」

「そっか、わかった。約束だぞ」

「うん。約束、だね……」

 

 アルトがそっと差し出した手の平に、ポポがおずおずと手を乗せる。直後、ポポの精神世界は白い光に包まれ、盛大にガラスが破砕したかのような衝撃音が響き渡る。かくして、アルトとポポは精神世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

/\

/ 調 \

/  律  \

\  完  /

\ 了 /

\/

 

-complete tuning-

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 気づけば、アルトとポポはポート・ノワールから少し離れた草原に転移していた。ポポはアルトが自身の精神世界に入り込む前に大量の使い魔を第9小隊にけしかけていたことを思い出し、即座に使い魔たちを送還する。その後、ポポはアルトを見上げて、少しだけ躊躇した後、声を上げた。

 

 

「……ねぇ、アルト」

「どうした、ポポ?」

「ぎゅぎゅーって……していい?」

「あぁ、どんと来い」

「ぎゅぎゅー……」

 

 ポポはアルトから許可をもらうと、アルトにゆっくり近づき、そっとアルトの背中に腕を回して、アルトに正面から抱き着く。アルトの体に顔を埋めて、静かに涙を零す。ポポの感情の許容量を飛び出してしまい、行き場を失ったあらゆる感情を、ポポは涙という形で放出する。

 

 アルトに抱き着いて涙するポポと、ポポの頭を優しく撫でるアルト。2人だけの静かな世界は、しばし続いていく。ポポの使い魔が一斉に消失したことを機に、調律を終えたはずのアルトとポポを捜し始めた第9小隊が、アルトとポポを見つける瞬間まで、2人だけで完結した世界が続いていく。

 

 かくして。ポポがアルトに調律されたことで、ポート・ノワールで勃発した一連の悲劇がついに幕を下ろすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その日の、ポート・ノワールを舞台とした一連の悲劇は、『ポート・ノワールの大火』と命名された。ポート・ノワールの大火において、ポート・ノワールの住民の生存者はゼロ。ポート・ノワールを滅ぼした福音使徒はその後、第9小隊と激戦を繰り広げた後、敗北。生存している福音使徒は、トップのヒルダを筆頭に皆、捕縛した。そのような情報を王都主導で発信していった。

 

 この時、ポート・ノワールの大火に大きく関与した風の魔女ポポのことは、王都が公開する情報には一切含まれていなかった。その理由は大きく2つ。1つは、風の魔女の精神安定上のため。もう1つは、風の魔女がポート・ノワールで多くの福音使徒を殺害したことが一般に広く知られてしまうと、世間のポポへのイメージがすこぶる悪くなり、ポポを含めた魔女4名が欠かせない祝歌計画に多大な支障を被ってしまいかねないためだ。ゆえに、王国の一部高官による協議の結果、ポート・ノワールの大火におけるポポの動きは厳重に秘匿する方針となったのだ。

 

 

「……」

 

 そして、5日後。ポート・ノワールの大火におけるブラックボックスと化した当の本人は、大火発生以降、3年ぶりに己の自宅である小屋に滞在していた。王都から派遣された騎士団とともに、ポート・ノワールの住民の埋葬を行うためには、ポート・ノワールにほど近いポポの小屋で寝泊まりすることが最も都合がよかったからだ。

 

 しかし、当然ながら第9小隊がポポの単独行動を認めたわけではない。福音使徒をまとめて捕縛できた以上、ポポに迫る命の危険はもはや存在しない。しかし故郷を滅ぼされたばかりの少女を1人で放っておけるわけがない。アルトの調律のおかげで我を取り戻せたとはいえ、例えばポポが故郷を失った悲しみに、多くの福音使徒を殺した罪悪感にふと心を囚われて衝動的に自殺する、といった可能性も否定できないのだ。ゆえに。

 

 

「ポポ、本当にもういいの? 無理してない?」

「……うん、だいじょーぶ。いつまでもみんなを待たせるわけにはいかないからね」

 

 ポポの監視役という名目で、ここ5日間、ポポと寝食を共にしていたニキが、ポポの小さな背中に問いかける。対するポポは、小屋から焦土と化したポート・ノワールを眺めた後、ニキへと振り返る。

 

 

「王都に行こっか、ニキ。みんなを、世界を救うために」

 

 かくして。王立騎士団によるポート・ノワールの住民の埋葬が一区切りついたことを機に、ポポは正式な第9小隊の一員として、ニキとともに王都ランベルトへと帰参するのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。アルトの調律により、泣いて、泣いて、ひたすら泣いて。心がぶっ壊れる前の元の自分をどうにか取り戻せたようだ。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。己をとことん否定するポポを前に、ポポを全力で肯定する方針で調律に挑み、成功して見せた。ポポが無意識に渇望していた言葉をしっかり引き当てるあたりが指揮者にして主人公の貫禄といえよう。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。此度、ちゃっかりポポの小屋で5日間、ポポと同居した事実が発覚した。これはニキポポてぇてぇ案件待ったなし。

 というわけで、26話にして『風の魔女ポポ』編は終了です。仕事人アルト、やってくれました。いやはや、良かった良かった。しかし、何かエンディングな雰囲気になっていますが、この物語はここで終わりではありません。これからどのような展開が待ち受けているのか、お楽しみに。


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27話.祝歌に向けて


 どうも、ふぁもにかです。ようやくポポが第9小隊に加わったことで、今回は原作キャラを何名か一気に登場させられそうです。



 

 ポート・ノワールの大火から5日後。ポート・ノワールを発ち、第9小隊の新メンバーとして改めて王都ランベルトの地を踏んだポポは、ポポの付き添いで一緒に王都入りしたニキに、王立騎士団の庁舎を案内された。過去に戻る前、アルトたちと賑やかな日常を育んだこの庁舎に再び戻ってきた。その事実を意識した途端に、ポポの心に懐かしさが大挙して押し寄せてくる。

 

 

「……ふぅ」

 

 それから。ポポは一旦ニキと別れて、己に割り当てられた自室で、マグカップに煎れたたんぽぽコーヒーを飲んで、一息つく。こうして、コーヒーの味を、温もりをただ堪能して、ゆったりと進む時の流れを堪能したのは、随分と久しぶりだ。それだけ、今までのポポには心の余裕というものがなかったのだろう。アルトがポポを調律して救ってくれたおかげで、ポポの心は今、平穏を保てている。

 

 

「ポポ、いるか?」

 

 と、ここで。静謐を保っていた空間にドアのノック音が響く。ポポがたんぽぽコーヒーを飲み終えてからパタパタと扉に駆け寄り、扉を開くと、ポポの視線の先にいたのはアルトだった。

 

 

「アルト、どうしたの?」

「クラウス隊長から、第9小隊が謁見の間に集合するよう伝えてくれって頼まれてな。呼びにきたんだ」

「そっか。ついに魔女が4人、王都にそろったんだもんね。わかった、すぐ行くよ」

「あぁ、よろしくな。俺は他の人にも声をかけてくるから」

 

 アルトは手短にポポに用件を伝えると、他の第9小隊のメンバーを探しにポポの前から去っていく。ポポは軽く己の身だしなみを確認し、問題ないと1つうなずくと、ランベルト城内の謁見の間に向けて出発するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クラウスの命令により、召集された第9小隊(クラウス、アーチボルト、ラスティ、アルト、リゼット、サクヤ、ののか、ユアン、ニキ、ポポ)は一同、謁見の間へと集結する。謁見の間は、床も、壁も、天井も金色の豪勢な装飾を施されており、床の中央には明らかに高級そうな素材で作られているであろうレッドカーペットが敷かれている。王国の、国王陛下の威厳を示すことを最優先にして構築されているこの空間は、ポポにとっては目がちかちかする世界で、未だに慣れそうにない。

 

 謁見の間では1人の男性が待ち受けていた。ツンツンとした黒髪に丸眼鏡、そして気難しそうな顔をした男性こと、エルマー閣下だ。レグナント王国の文官の長として、アナスタシア陛下を誠実に支えている忠臣である。

 

 

「王立騎士団第9小隊。総員、御前に参りました」

「……よろしい。皆、頭を上げよ」

 

 第9小隊を代表してクラウスがエルマー閣下に宣言し、ポポたちはそろって頭を下げる。そして、レグナント王国を統べるアナスタシア陛下が謁見の間に姿を現すまで待機した後、エルマー閣下から許しの得たことを機に、各々顔を上げる。すると、謁見の間の玉座の前に優雅に立つ、気品あふれる金髪の女性がポポたちに柔和な視線を投げかけていた。この人こそが、アナスタシア陛下。建国千年に及ぶ、レグナント王国の今代の女王陛下だ。

 

 

「あなたが風の魔女、ポポですね。私は神聖レグナント王国女王、アナスタシアです。あなたの祝歌計画への賛同に、心より感謝します」

「ポポの方こそ、ありがとうございます。陛下の祝歌計画のおかげで、ポポは魔女の力でみんなを救うことができます。……それより、何日も待たせてしまって、ごめんなさい」

「……それは、仕方のないことです。ポポには心を落ち着ける時間が必要でしたから。むしろ、まだ無理をさせているのではないかと、心配でなりません」

「陛下、ポポはだいじょーぶです。みんなが、いてくれますから」

「ポポは、とても強い子ですね。本当に大丈夫そうで、安心しました」

 

 アナスタシア陛下から話しかけられたポポは、全然慣れない『ですます』口調で、どうにかアナスタシア陛下に応対する。ポポは、アナスタシア陛下が一刻も早く国民を救うために祝歌を発動させがっていることを知っている。それなのに、ポート・ノワールの大火から5日間も待たせたことをポポが謝罪すると、当のアナスタシア陛下は一切ポポを責めずに、ポポの心を親身に心配してくる。ポポが己が既に立ち直っていることを自己申告すると、アナスタシア陛下はポポの紺碧の瞳をジッと見据えた後に、安堵の息を吐いた。

 

 と、この時。ポポはふと違和感を抱いた。過去に戻る前。ポポが今のように謁見の間で陛下と会った時は、陛下の背後に控えるエルマー閣下が、騎士の規律や陛下の威厳を重要視するあまり、「陛下の御前であるぞ、態度を改めよ」などと、第9小隊に対して都度苦言を挟んでくる印象だった。だけど、今回はエルマー閣下がやけに静かだ。たどたどしい『ですます』口調で陛下と対話している今のポポは、エルマー閣下的には気に障ったとしてもおかしくないはずなのに。

 

 ポポがここで、こっそりエルマー閣下に視線を向けると、エルマー閣下がさりげなくポポを注視していることに気づいた。エルマー閣下の瞳からは、ポポに対する警戒心が感じ取れた。

 

 

(そっか、そうだよね)

「エルマー閣下」

「……何かね、風の魔女よ」

「ポポは、ポート・ノワールで多くの福音使徒の人を殺しました。その気になればたくさんの人を殺せてしまうポポのことを、閣下が警戒するのは当たり前だと思っています。……ポポは、この罪を一生連れていきます。だから、まずは祝歌を奏でることをポポの罪滅ぼしとさせてください。そのために、ポポが第9小隊に入り、王都に滞在することをどうか、許してください」

「む、気づかれていたか。その通りだ。私は立場上、そなたを警戒する義務がある。よって、私は祝歌計画が無事完遂されるその時まで、そなたを決して信じない。くれぐれも良からぬことを企むでないぞ」

「なッ!? そんな言い方はあんまりじゃないですか! ポポだって、やりたくてあんなことをやったんじゃないのに――」

「――アルト、ここは矛を引きましょう。エルマー閣下の発言は至極全うですよ。性善説に傾倒して安易にポポさんを信じるようでは、国の重鎮は務まらないんです。国を想えばこそ、閣下にはポポさんに釘を差す責任がある。そこをどうかわかってくれませんか?」

「アルト、ありがとう。でも、ポポは平気だから、アルトも気にしないで」

「ユアン、ポポ。……わかったよ」

 

 ポポはエルマー閣下に対し、深々と頭を下げる。一方のエルマー閣下はポポに悟られたことに一瞬目を見開いた後、咳払いをして己の調子を取り戻すと、ポポに釘を刺す。そのようなエルマー閣下の物言いにアルトが異を唱えるも、ユアンやポポに諭され、一応は納得できたため、アルトは己の主張を渋々ながら取り下げることとした。

 

 

「まぁまぁ。不穏な話はそこまでにしましょう。それよりも。第9小隊の活躍のおかげで、今この場に4名の魔女がそろいました。第9小隊には何度感謝しても足りないくらいです。……さて。リゼット、サクヤ、ニキ、ポポ。あなたたちにはこれから、祝歌を完成させて世界中に奏でる、とても大きな務めを果たしてもらいます。クラウス、皆に祝歌の楽譜を」

「はッ」

 

 アナスタシア陛下は場の空気を明るい方向へと切り替えるために、祝歌の話題を持ち出し、クラウスに指示を出す。すると、陛下の命を受けたクラウスは、一時謁見の間を離れた後、4セットの紙束を持ち込み、魔女4名にそれぞれ手渡してきた。

 

 

「これが、祝歌の楽譜……」

「なるほど、結構難しそうね」

「祝歌を奏でる当日は、国を挙げての祭典、『復活祭』を催すこととなっている。そなたらには、復活祭に向けて祝歌を完成させる義務がある。ポート・ノワールの大火の折、生き残っている福音使徒を全員捕縛できた以上、祝歌の準備中に魔女が福音使徒に襲われることはなかろうが、早期に祝歌を完成させるに越したことはない。鋭意、四部合唱の練習に努めるように」

「ヒルダの堕歌で結晶化してしまった街を、人を救うまで、あともう一息です。皆、どうか最後まで、よしなに頼みます」

「「「「はい!」」」」

 

 リゼットは、クラウスから受け取った楽譜をどのように見るのが正解かわからず、内心で首を傾げつつも譜面に視線を落とし続け。サクヤはすぐさま譜面を読み解き、祝歌の難易度を理解する。そんな中、エルマー閣下とアナスタシア陛下は4魔女にそれぞれ想いを告げる。その想いに対し、4魔女が各自の意気込みを元気の良い返事の形で主張したことを最後に、第9小隊は謁見の間から去ることとなった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……」

 

 謁見の間から立ち去った後、ポポは前を歩くクラウス隊長に無言で視線を向ける。

 ポポが過去に戻る前、アナスタシア陛下は、殺された。ポポたちが祝歌を奏でて、これで世界が救われると安堵した瞬間、エクリプスが発生し、月から次々と降臨する天使が王都の住民を虐殺する中。己こそが千年前に神聖レグナント王国を建国した獅子王ゼノであると正体を明かしたクラウス隊長により、今後の世界は神が統べるのだから人類の女王は不要だとの動機の元に、アナスタシア陛下は殺された。ナイフで胸を一突きされて、殺された。

 

 誰も、クラウス隊長を止められなかった。祝歌が奏でられたことで、月のマザー・クオリアの復活が確定したことで、勝利を確信したクラウス隊長が態度をガラリと変えて、不穏な発言を次々と繰り出したところで、クラウス隊長が陛下を殺すという行為自体を、誰も想定していなかった。それくらい、クラウス隊長はみんなに信じられていた。あのエルマー閣下だって、クラウス隊長を疑えなかった。止められなかった。

 

 でも、今はポポがいる。

 ポポはクラウス隊長の正体を知っている。

 

 

(クラウス隊長。あなたに陛下は殺させないからね)

 

 ポポは己の意思を、内心で力強く吐露した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 謁見の間でクラウスから祝歌の楽譜を受け取った地水火風の魔女4名は、早速祝歌を練習をするべく、調律ノ館へと向かっていた。調律ノ館とは、指揮者専門の矯正施設であり、魔女の心に入り込む調律の魔法をアルトが行使しやすいよう、建物の随所に特殊な工法が施されているらしい、謎の多い建物だ。魔女たちがこの調律ノ館を祝歌の練習場所に選んだのは、調律ノ館に訪れる人が基本、アルトと魔女たち、及び調律ノ館を管理する王室付き楽師のメディアだけであることから、練習中に思わぬ邪魔が入りにくい最適な場所だからだ。

 

 

「ここが、調律ノ館……」

「最初見た時は、私も凄い変わった建物だなって驚いたよ」

「こんなおかしな建物なのに、今じゃ何とも思わないわね。アタシも最初は不自然に思ってたのに、慣れって怖いわ。ほらポポ、こっちよ」

「あ、うん」

 

 ポポは調律ノ館の出入り口である、巨大な歯車式で開閉する黎明の扉を見上げて、さも調律ノ館に初めてきました風を装って呟きを漏らす。すると、ポポの反応を素直に受け取ったリゼットとサクヤがポポの反応に共感しつつ、黎明の扉を開いて、ポポを招き入れてくる。

 

 黎明の扉をくぐった先は、魔女の園と称される空間がポポたちを待ち受けていた。ここはアルトに調律される魔女の控え室のようなもので、魔女たちが心を落ち着かせることができるように、ソファーなどの一通りの家具が取りそろえられており、仄かな橙色の照明が空間自体を優しく照らし出している。この魔女の園で、これからポポたちは祝歌の練習に励むことになるのだ。

 

 

「あらあら、新しい小鳥さんがいらしたのね」

 

 ポポたちが魔女の園に到着した時、魔女の園の奥から水色の長髪をたなびかせた女性こと、メディアが姿を現した。メディアは両目を眼帯で塞いでいるにもかかわらず、しっかりとポポの方へと顔を向けて、口元をほころばせる。聴覚なのか、気配なのかでポポの存在を察知しているようだ。

 

 過去に戻る前のポポにとっての、メディアへの印象は『不思議な人』の一言に尽きた。失明はしていないらしいのになぜか両目を眼帯で隠し、ポポや他の魔女に対して色気たっぷりな声色で意味深な言動を繰り出し続けていたからだ。ただ、今のポポにとって、メディアはただ不思議なだけの人ではなく、少し怖い相手だ。メディアにはポポのことを何でも見透かされているような気がしてならず、今の隠し事だらけなポポのことも全て看破してしまうのではないかと、心配なのだ。

 

 

「ふふ。そう怖がらなくていいのよ、黄色いカナリアさん。私はあなたを取って食べたりはしないわ。……秘密は女性をより美しく飾り立てるもの。あぁ、ミステリアスなヴェールに包まれたあなたの神秘的な鳴き声を早く聞きたいわ」

「うッ……」

 

 ポポがこっそりメディアを警戒していると、メディアが恍惚に浸りきった口調とともに笑みを深めてポポへと語りかける。ポポが懸念していた通り、どうやらメディアはある程度、ポポのことを見透かせているようだ。やっぱりメディアは怖い相手だと、ポポは確信した。

 

 

「大丈夫だよ、ポポ。メディアは奇抜な格好をしているけれど、良い人だから」

「う、うん。……えっと。ポポはポポだよ、よろしくね」

「ご丁寧にどうも。私の名はメディア。あなたが私に心を許してくれるその時を楽しみにしているわ」

 

 ポポがメディアへの返答に窮していると、ニキからポポに見当違いのフォローが入る。さすがにメディアを前にずっと無言を貫いていたら、さらにメディアにポポのことを探られるかもしれない。そのように想定したポポは、ニキのフォローをきっかけとして、おずおずとメディアに自己紹介をする。すると、メディアはポポの隠し事には踏み込まず、にこやかに微笑んでくれた。

 

 その後、サクヤが祝歌の練習のためにしばらく魔女の園を貸し切りにしたいとメディアに依頼をすると、魔女の歌をこよなく愛するメディアはサクヤの依頼を快く了承し、魔女の園の奥へと姿を消した。メディアは魔女たちの祝歌の練習は敢えて見ないで、復活祭当日に奏でられる完成された祝歌のみを堪能するつもりのようだ。

 

 

「さて、まずはみんなの好きなように歌ってみるわよ」

 

 それから。サクヤにより祝歌の楽譜をどのように解釈すればいいかの指導を一通り受けてから、魔女たちはサクヤの方針に従い、祝歌を奏で始める。

 

 

「~~~♪」

 

 ポポたちは祝歌の楽譜に従い、各自の声を震わせる。ポポ以外にとっては、初めての四部合奏。クオリアを体内に宿すたった数名の魔女しか歌を歌えないこの世界において、誰かと一緒に歌を奏でるなどという行為は、全く未知の体験で。それゆえに、他の3人と声を合わせて1つの歌を作り上げる、初めての祝歌の四部合唱は、各魔女の声がとっちらかって響き渡るだけの、散々な結果に終わった。

 

 

「あんまり、上手くできた感じがしないね」

「まぁ、最初ですから。これから上手く歌えるようになればいい。違いますか?」

「……そうだね、ニキ。ここでへこたれてなんていられない。私はミトラ村のみんなを、世界中の人たちを救いたいんだから」

 

 本当に祝歌を完成させられるのだろうか。リゼットが己の心に巣食い始めた不安を呟くと、ニキはどんより気分なリゼットを励ますべく声をかける。すると、リゼットは己の心を立て直してギュッと力強くこぶしを握りしめる。

 

 

「とりあえず、アタシからいろいろ言わせてもらうわね。まず、ニキは周りに遠慮しないでもっと声を出すこと。ニキの声がかき消えちゃってるわ」

「……すみません、声の加減がわからなかったもので。次はもっと声を張ってみますね」

「逆に、リゼットは気合いが入りすぎて、声が空回りしてるわね。少し声量を落として、アタシたちの声にもっと耳を傾けてみてちょうだい」

「うぅ、ごめんなさい。もっと気をつけるよ」

 

 リゼットが気持ちを持ち直したタイミングを見計らい、炎鎮めの儀式を何年も完遂してきた経験ゆえに、人前で歌を奏でてきた経験を持つサクヤから、サクヤとリゼットに対し、率直な指摘が入る。サクヤから己の至らなさを指摘されたニキとリゼットは、サクヤに謝りつつも、次の祝歌の練習への意気込みを見せる。

 

 

「ポポは――」

「――ポポは?」

「……意外なことに、アンタは割と完璧なのよね。何ならアタシより上手いんじゃないの? 強いて言うなら、アタシやリゼットとは上手く合わせられているようだけど、ニキとはちょっとズレてるわ。アンタはニキと声の波長を合わせられるように、ニキのことをもっと意識なさい」

「はーい」

 

 サクヤはポポにも指摘をしようと声を上げて、しかしそこで発言を中断する。ポポが疑問を呈すると、サクヤはポポをジッと見つめて、ポポの歌の上手さを褒めたたえつつも、少々気になった指摘事項をポポへと伝えてきた。ポポには過去に戻る前に、リゼットやサクヤとは幾度もなく祝歌や星歌の合奏を練習した経験がある。しかし、過去に戻る前の世界では、土の魔女はニキではなく、ニキの妹のモルディモルトだった。そのため、ニキとの合奏が初体験のポポには、さすがにニキに合わせて歌うことはできなかったようだ。

 

 

(まずは、ニキが歌う時のペースをつかまないとね)

「ところで、ポポ。アンタはなんで、そんなに歌が上手いのよ。アタシみたいに大勢の人の前で歌ってたわけじゃないんでしょ?」

「んー。ポポは歌うのが好きだから、魔女になってからは毎日歌ってたんだよね。そのせいなのかな?」

「それって、観衆の前で歌ってたってこと?」

「ううん。ポポはずっと1人で歌ってたよ」

「誰かに見られてない状態で、心が望むように好き勝手に歌っていた。それでアタシよりも歌唱力があるってのがちょっと納得いかないのだけど……ま、そういうことにしておいてあげる」

「ごめんね、サクヤ。祝歌計画がちゃんと終わったら、全部話すから」

「ええ、約束よ。アルトからざっと話は聞いてるけど、ゴウラ火山でアンタがアタシを追い詰めた件も含めて、アンタには聞きたいことがいっぱいあるんだから」

「ありがとね、サクヤ」

 

 サクヤから投じられたふとした疑問に、ポポは逆行前の経験を隠しつつ違和感のなさそうな回答を醸成してサクヤに展開する。が、サクヤはポポの主張に完全には納得できていないようだ。ポポがサクヤに隠し事をしているせいで、サクヤを無駄に悩ませている。ゆえにポポが謝罪をするも、サクヤは今はポポの秘密には踏み込まずに、ポポと約束を結ぶ。サクヤの優しさはいつもさりげない。そのことをよく知っているポポは、サクヤの気遣いに、感謝の言葉を返した。

 

 

「さ、とっとと練習を再開するわよ。さっさと祝歌を完成させて、さくっと世界を救ってやろうじゃないの」

 

 そして、サクヤの世界救済宣言に、残るポポたち3名の魔女がうなずき、魔女4名は祝歌の練習をひたすら続けていく。ヒルダの堕歌により結晶の中に閉じ込められた街を、人を救うために、ポポたちはひたすら歌う練習を積み重ねていく。かくして、魔女4名による祝歌の練習は順調に進んでいくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「サ、サクヤ様。わたしはサクヤ様の方がポポさんよりも歌唱力に優れていると思っています! サクヤ様こそが一番です!」

外野(ののか)は黙ってなさい、気が散るでしょうが!」

 

 なお。時折、サクヤ様ファンクラブの会員番号1番に君臨するののかが、魔女の園へと足を運んで、サクヤを全身全霊応援しまくるという一幕が挟み込まれることにより、祝歌完成が若干ながら妨害されてしまうのは、ご愛敬である。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。ポポが人殺しであることは事実なのでエルマー閣下から『信じない』宣言をされても特に傷つくことはなかった。祝歌の練習時は、あまりにも祝歌を奏でるのが上手いと変に怪しまれるかもしれないと考え、ちょっとだけポポは歌の出力を落としていた。なお、それでもサクヤを越える歌唱力を披露していた模様。
リゼット:ミトラ村出身の水の魔女。17歳。歌を歌った経験を大して持たないがゆえに、祝歌の四部合奏では人一倍気合いを入れて、全力で臨んでいるようだ。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。現在は17歳。ポポのことは気になってこそいるものの、ポポの意思を尊重してあまり深く踏み込まないように意識しているようだ。
ニキ:土の魔女たる緑髪の少女。16歳。4人が連携して1つの歌を奏でる祝歌は苦手なようで、それゆえに、ニキは祝歌を歌う際に、ついつい声が小さくなってしまうようだ。
アナスタシア陛下:神聖レグナント王国の女王陛下。女王としての威厳を放つ系ではなく、親しみやすさを感じてやまない系の女王である。なお、そんな彼女は祝歌計画の完遂を以て、女王として始めて国民を救うことができると考えているようだ。
エルマー閣下:神聖レグナント王国の文官の長。アナスタシア陛下とは20年前に知り合い、陛下を育ててきた過去がある関係上、アナスタシア陛下のことはすさまじく大切にしている。ゆえに今回は、下手にポポを刺激すると陛下の身に危険が及ぶかもと警戒し、発言を抑えていた。
メディア:先祖代々、調律ノ館を管理する、王室付き楽師な女性。ポポが何か大切な秘密を抱え込んでいると看破しつつも、心を震わせる素敵な歌を奏でられる魔女第一な思考を持つメディアは、ポポの秘密に深く切り込むことはなかった。

 ということで、27話は終了です。エルマー閣下とかいう、怪しそうで怪しくないけどやっぱちょっと怪しい良い人。閣下がアーチボルトに放ったあの魂の叫びが今でも心に残ってます。閣下、好きです! ま、それはさておき。王都所属のメンバーをある程度登場させられたので私は結構満足しています。後は、ビアンカ・フランツ・レナをどうにか登場させたいところだけど……どうなることやら。何なら登場する機会すら設けられない可能性すらありますので。


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28話.覗き覗かれ

 どうも、ふぁもにかです。サブタイトルから察せられるかもしれませんが、今回は温泉回です。しかもこの作品はポポが主人公なので、女湯サイドの描写が用意されている可能性がメッチャ高いです。やったー!



 ニキ、リゼット、サクヤ、ポポ。地水火風の魔女による祝歌の練習は順調に進められていった。そして、祝歌完成の目処がついたことにより、祝歌を奏でてヒルダの堕歌による街や人の結晶化を解除する一大イベント『復活祭』の開催日程が確定した、そんなある日のこと。第9小隊に思わぬ朗報が飛び込んできた。これまでの第9小隊の慰労と親睦を兼ねて、一泊二日の慰安旅行が手配されたのだ。

 

 発起人はアナスタシア陛下。彼女が第9小隊の働きに少しでも報いたいと願い、ユアンにこっそり相談した結果、ユアンが国内最高峰の超人気温泉旅館こと『はなれ湯 華蝶庵』の予約を取りつけてきたのだ。

 

 唐突に降ってわいた朗報に、第9小隊は歓喜した。しかし、華蝶庵に泊まる当日、ニキの気持ちは沈んでいた。どうせならニキだけでなく、妹のモルディモルトや、なんだかんだ付き合いの長いキースも華蝶庵に連れて行きたかったのだが、ユアンに相談した結果、『残念ながら、今回は第9小隊の人数分しか予約を確保できませんでした。なにぶん、急な話でしたので。すみませんね、ニキさん』と謝られてしまったからだ。

 

 

「……」

「全く、いつまで落ち込んでるのよ、ニキ。せっかくの華蝶庵なんだから、楽しまないと損よ」

「それは、そうなのですが……」

「ニキは今まで領主として頑張ってきたんだから、これはご褒美だと思って、今日をいっぱい楽しもうよ。モルディだって、ニキの幸せを願って、代わりにカシミスタンの領主になったんだから」

 

 華蝶庵の従業員によって、男女別に割り当てられた大部屋に案内された後も、ニキの心は継続して沈んだままだった。モルディモルトは今、カシミスタンで領主代理の務めを果たしている。キースはモルディモルトの護衛に徹している。それなのに、ニキだけが華蝶庵での宿泊を堪能することへの罪悪感に心を痛めていると、いい加減に痺れを切らしたサクヤがニキに声をかける。続けて、リゼットもモルディモルトの名前を持ち出して、ニキが華蝶庵で過ごす時間を前向きに捉えられるように言葉を紡ぐ。

 

 

「その言い方はズルいですよ、リゼット。……わかりました、暗い気持ちを引きずるのはここまでです。では、華蝶庵の温泉へ行きましょうか」

 

 結果、どうにか気分を持ち直したニキの宣言により、第9小隊の女性陣(ニキ、リゼット、サクヤ、ポポ、ののか、マリー)は華蝶庵の女湯へ向けて出発する。

 

 

(あれ、このにおい……もしかして)

 

 と、ここでポポは気づいた。ポポはにおいに敏感だ。その優れた嗅覚は、第9小隊の貸切状態であるはずの温泉旅館に、第9小隊と華蝶庵の関係者以外の存在を感知していた。しかし、ポポは敢えてそのことを話さないことにした。ここでポポが女性陣にネタばらしすることを、決してユアンは望まないだろうと判断したからだ。

 

 

「ポポ、どうしたの?」

「あ、マリー。何でもないよ」

「……ほんとうに?」

「うん、本当だよ。そんなに心配しないでよ、マリー」

 

 ポポがふと立ち止まったことにマリーがいち早く気づき、ポポを見上げて問いかける。ポポが軽くごまかすと、マリーが訝しげな視線とともに再度確認してくる。マリーは、ポポが血の涙を流しながらも何ともなさそうにマリーに伝言を残してマリーの元から去ったあの一件以降、ポポが何か無茶をしているのではないかと少々過剰に心配するようになっているのだ。ポポはマリーに気を遣わせてしまっていることに申し訳なさを感じつつ、マリーに柔和に微笑みかけた。

 

 そのような会話を挟みつつ、ポポたちは脱衣所で服を脱いで、バスタオルとともに女湯へと入っていく。刹那、ニキ・リゼット・サクヤ・ののかが、まさかの光景を前に驚愕の声を上げる。

 

 

「「「「えッ!?」」」」

 

 ポポたちの目の前にいたのは、1人の少女。

 長い青髪が温泉に浸からないように後ろに束ねた、とても見覚えのある1人の少女。

 

 

「――盛る。みんな、待ってた」

「モルディ!?」

 

 現在、カシミスタンの領主代理を務めているはずのニキの妹、モルディモルトがポポたちを待ち受けていた。そのことに誰よりも驚いたニキの声が、女湯にこだまするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 どうしてモルディモルトが華蝶庵にいるのか。誰もがその疑問を解消したくて仕方なかったのだが、当のモルディモルトから「まずは、みんなも一緒に温泉に入ろ?」と提案されたため、ポポたちは速やかに体を洗い終えて、モルディモルトの浸かる露天風呂へと合流した。

 

 

「それで、どうしてモルディがここにいるの?」

「まさか無断で華蝶庵に侵入したわけじゃないでしょうね?」

「それは、ない。ユアンから誘われたから、来ただけ。わたしも、久しぶりにお姉ちゃんと会いたかったし」

「え、でもユアンは『第9小隊の分しか予約を確保できなかった』って――」

「――サプライズだって、ユアンは言ってた。せっかくの慰安旅行を盛り上げるために、女湯で待機していてほしいってユアンに頼まれて、だからわたしはここにいる。……今頃アルトたちも、男湯でキースと再会して、びっくりしてるはず」

「はぁぁ、なるほど。ユアンさんって、エンターテイナーさんですねぇ」

 

 皆が共通して抱いている疑問についてポポがモルディモルトに問いかけ、サクヤがジト目でモルディモルトを見やると、モルディモルトは己が華蝶庵にいる理由を告げる。結果、慰安旅行にユアンが仕掛けていたサプライズの存在を知ったことで、ののかはユアンの粋な計らいに感嘆の息を吐いた。

 

 

「けれど、モルディ。カシミスタンを離れてここまで来て、領主の仕事は大丈夫なの?」

「うん、ちゃんと引き継いでるから問題ない」

「そっか。……ねぇモルディ。カシミスタンはどう? 上手く治められてる?」

「今は、比較対象がお姉ちゃんが結界で人の出入りを制限していた時代とだから、みんなからは良い評価を盛ってくれてる。けど、これからが本番だと思う」

「――こらこら2人とも、湯船に浸かってる時までそんなまじめな話をしなさんなっての」

「あ、ごめんなさいサクヤ。つい気になってしまいまして」

 

 ニキがモルディモルトへと近づき、領主不在のカシミスタンを心配して問いを投げかけるも、モルディモルトはニキの質問を想定の範囲内として、即答する。ニキはモルディモルトの成長っぷりに内心で感激しつつ、さらにモルディモルトの領主事情について話を聞きだすも、そこでサクヤにストップをかけられてしまう。結果、ニキはカシミスタン関係のことは後で機会を見つけて、モルディモルトと2人の時に確認することとして、ひとまずサクヤに謝罪し、まじめな話題をひっこめた。

 

 

「あれー? 知らない人がいる」

「盛る?」

 

 と、ここで。アヒルとカメのおもちゃを腕に抱いて、遅れて女湯へと入ってきたマリーが、体を洗ってから、露天風呂に浸かるポポたちに合流し。そこで初対面のモルディモルトを目撃してコテンと首を傾ける。一方、モルディモルトもまた見知らぬ女の子の存在に気づき、マリーへと声をかける。

 

 

「わたしは、モルディモルト。ニキの妹だよ。モルディって呼んで? あなたは?」

「マリーはマリーだよ。よろしくね、モルディ」

「ッ! お姉ちゃん、お姉ちゃん。この子、持って帰りたい。カシミスタンでいっぱい、盛りたい」

「ダメよ、モルディ。マリーにはちょっと込み入った事情があって、第9小隊預かりになってるの。だから、マリーは持ち出し厳禁よ」

「盛る……」

 

 モルディモルトから自己紹介をされたマリーは、天真爛漫な笑顔とともにモルディモルトに己を紹介する。そのマリーの可愛さに心を打たれたモルディモルトは、すぐさまニキへと振り向き、己の願望を告白するも、ニキに速攻で却下されたため、シュンとうなだれることとなった。

 

 

「もりたいって、なーに?」

「お姉ちゃん」

「はいはい。いつものね」

 

 うつむくモルディモルトにマリーが問いかけると、再びモルディモルトは弾かれたようにニキを見つめて、対するニキは苦笑とともに、土魔法を行使する。ニキは空中に一塊の柔らかい土を召喚し、湯舟にぷかぷか浮かぶ木製の湯桶の上に乗せる。するとモルディモルトは卓越した手さばきで土をこねくり回し、マリーと瓜二つな土人形を完成させた。

 

 

「わー! マリーがもう1人いる!」

「この子も、マリーと一緒に温泉で盛る盛るしたいって。この子と遊んであげてほしい」

「わかった! もう1人のマリーと盛る盛るするー!」

 

 モルディモルトから土製のマリーをプレゼントされたマリーは興奮冷めやらぬままに、湯桶の上に、土製マリー&アヒルのおもちゃ&カメのおもちゃを乗せ始める。

 

 

「あんなに凄い特技があるんだね、モルディ」

「モルディは昔から土いじりが大好きでしたから。好きが高じて、あそこまで上達したのですよ」

「……やれやれ、温泉でやることが土遊びって、風情の欠片もないわねぇ」

「風情というと?」

「そりゃもちろん、恋バナよ。大人の女性が温泉でやることといったら、恋の話題でしっとりと過ごす。これっきゃないでしょ」

 

 ルンルン気分で桶の上の土人形やおもちゃと戯れるマリーを遠目に見て、リゼットがモルディモルトの技術を称賛し、ニキが誇らしげにモルディモルトの特技が生まれた経緯を語る。一方、マリーのことをほほえましく見守りつつも、サクヤはわざとらしくため息を吐く。そうしてニキの興味を己に引きつけつつ、サクヤはここで満を持して、恋の話題を女湯に持ち込んだ。

 

 

「そういうわけで、ポポ」

「ほぇ?」

「アンタ、第9小隊で気になる人はいないの?」

「え、え? なんでポポにいきなり聞いてくるの、サクヤ……?」

「そんなの、アンタのことを意識してる男衆が多いからよ。軟派野郎(ラスティ)銭ゲバ狐(ユアン)に、あと鈍感男(アルト)。みんなポポを思いっきり意識してるわよ。それなら、当のアンタはどう思ってるのか、気になるじゃない。で、どうなの?」

「あ、あわわわわ」

 

 サクヤが投入してきた恋の話題。その標的として一番最初に指名されるとはつゆほども思っていなかったポポがサクヤの意図を尋ねると、サクヤは好奇心旺盛な眼差しとともに、ズイッとポポへと体を近づけてくる。ポポの心に踏み込んでこようとする。

 

 サクヤの問いにどう答えるべきか。どう答えればいいのか。サクヤにいきなり詰め寄られて、慌てたポポはとっさに風魔法を行使した。ポポが招来した風は、湯桶の上に乗せてあったマリーのアヒルのおもちゃをふわりと浮かべて、湯舟の外へと吹き飛ばしていった。

 

 

「あー! アヒルさんがどこかに飛んでっちゃったー!」

「そ、それは大変だね、マリー! でもだいじょーぶ! ポポがすぐにアヒルさんを見つけてくるから、マリーはここで待ってて!」

「え、ポポ?」

 

 マリーがアヒルの消失に驚いていると、ポポは待ってましたと言わんばかりに立ち上がってアヒルのおもちゃの捜索を宣言し、マリーの返事を待たずに湯舟から脱出していった。

 

 

「……うまく逃げられたわね。まぁいいわ。今回の本命はニキ、あなただもの」

「え゛ッ!?」

 

 そんなわざとらしさ極まりないポポの挙動に、サクヤは獲物を逃がしてしまったことを残念に思いつつも、次なる標的へと視線を注ぐ。結果、ポポと同様に、まさか恋の話題で己を標的にされると思わず驚愕の声を漏らすニキの瞳を、サクヤの鋭い眼光が射抜くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「どこいったんだろう、アヒルさん」

 

 マリーが持ち込んだアヒルのおもちゃを風の力で吹き飛ばすことで、サクヤから吹っ掛けられた恋の話題を回避することに成功したポポは、アヒルのおもちゃを捜している風を装いながら、付近をうろうろと歩く。アヒルのおもちゃはポポの風魔法で吹き飛ばしたため、当然ながらポポはアヒルのおもちゃが今、どこに落ちているかを把握している。だが、すぐにアヒルのおもちゃを見つけて湯舟に戻れば、サクヤから同じ話題を再度振られるかもしれないため、敢えてアヒルのおもちゃの捜索行為で時間稼ぎをしているのだ。

 

 

「……」

 

 ポポが恋の話から逃げたくなった理由。それは、ポポがこの世界の真実に気づいてしまったからだ。過去に戻る前にヒルダがポポに遺した言葉の真の意味に気づいてしまったからだ。気づいてさえいなければ、ポポは過去に戻る前と同様に、「アルトが好き」だと素直に主張したのだろう。だけど、気づいてしまった今は、ポポが内に秘める好意を、誰かに伝えることは、非常にはばかられた。

 

 ポポはしばらくアヒルのおもちゃの捜索という名目で時間を潰す。しかしいつまでもこの名目だけで乗り切ることは不可能だろう。体も少し冷えてきたことだし、そろそろアヒルのおもちゃを発見したということにして、サクヤたちと合流しよう。ポポが方針を決定し、岩陰に転がるアヒルのおもちゃを拾い上げ、湯舟へと戻ろうとして――。

 

 

「あッ」

「ほぇ?」

 

 そこで、ポポはふと空を見上げて。そこで塀の上から女湯を覗き込む目と、ポポは目が合った。その澄んだアメジスト色の瞳は、間違いなくアルトの瞳だった。

 

 そういえばそうだった。ポポが過去に戻る前に、華蝶庵での慰安旅行に向かった際、確かアルト・ラスティ・アーチボルトが各々の方法で、女湯の覗きをしていたのだ。アルトと視線が交差したことを契機に、逆行前の華蝶庵で発生した出来事を思い出したポポは、困り顔を浮かべた。

 

 

(……どうしよう)

 

 過去に戻る前だと、アルトたちの覗き見は、ののかに察知されてバレることになる。その後、慰安旅行は微妙な空気になったものだ。サクヤやリゼットがぷんぷん怒って、アルトやアーチボルトがひたすら謝り倒して、喧嘩ムードにマリーがおろおろして。覗きに何ら関与していなかった男性陣や、覗かれたことをいつまでも引きずらないタイプの女性陣だけが悠々と華蝶庵の夜を堪能する。そんなカオスな時間だった。

 

 

(せっかくの華蝶庵なのに、サクヤやリゼットに怒られちゃうのはかわいそうだよね?)

「ち、違うんだ、ポポ。俺はラスティに無理やり誘われただけで、これは決して俺の意思じゃ――」

「……アルト、そろそろ塀から離れた方が良いよ。このまま女湯を覗き見してたら、きっとののかに気づかれるから」

「え、ポポ?」

「それじゃ、また後でね。このことは内緒にするから、安心して」

「……」

 

 汗をダラダラ流しながら早口に言い訳を口にするアルトに、ポポはそっと微笑みかけて、覗き見を切り上げるようアドバイスする。そして、困惑に満ち満ちた視線をポポへと降ろすアルトに、ポポは人差し指をピンと立てて己の唇に押し当てて、「しーっ」というジェスチャーを残して、女湯の湯舟へと戻っていく。

 

 

(ふぅ。これでアルトたちも華蝶庵での時間をじっくり楽しめるはず。良かった良かった)

 

 ポポの関与により、覗き見を気づかれたアルトたちが怒鳴られる展開はなくなった。ポポはアルトたちを救うことができたのだ。ポポは満足げな表情を浮かべる。

 

 だが、この時のポポは知るよしもなかった。ラスティに巻き込まれる形とはいえ、女湯を覗き見するという恥ずべき行為を行ってしまったアルトとアーチボルトのまじめコンビにとって、女性陣から盛大に怒られるよりも、覗き見がバレたにも関わらず、当の覗かれていた側の女性から、覗き見を怒られずに許されるという結果の方が、はるかに罪悪感が増し増しとなり、華蝶庵の時間を純粋に楽しめる精神状態でなくなってしまうということを。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時は少々さかのぼる。

 

 

「……うまく逃げられたわね。まぁいいわ。今回の本命はニキ、あなただもの」

「え゛ッ!?」

「はっきり言うわよ。アンタ、ポポのことが好きでしょ」

「ッッ!?」

 

 女湯の湯舟にて。ポポに続いて、サクヤから恋の話題を唐突に投げつけられたニキは、驚愕の声を上げ。サクヤから続いて飛び出してきた問いかけに、ニキは目を見開き、言葉を失った。そのようなニキの露骨な反応を確認できたサクヤは、己の推測が的中したことに、ニィィと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「ど、どどどどどうして――」

「――だってアンタ、ポポと話す時は丁寧語じゃなくなってるもの。アルトが相手の時でも丁寧語を崩してないのに。それって、アンタがそれだけポポに心を許している証拠でしょ? アンタが、そうやって話してるの、後はモルディとか、勘違いメガネ(キース)くらいしかいないんじゃないの?」

「そ、それは私とポポが親友である証拠にはなっても、私がポポにそういう想いを抱いている証拠にはならないのではないですか?」

「そうね。だから今、鎌をかけたんじゃない。それに対するアンタのきょどりっぷりが何よりの答えでしょ。何か反論はあるかしら?」

「うぅぅ……」

 

 己の秘めたる想いをサクヤに暴かれてしまったニキは、恥ずかしさのあまり、湯舟に顔を半分沈めていく。この場にいる、ポポ以外の5人に自分の気持ちがバレてしまった。今、自分はみんなからどう見られているのか。どう思われているのか。ニキは不安で仕方がなかった。

 

 サクヤがニキの本心に切り込んだことをきっかけとしたまさかの展開に、話題の外野となったリゼット・ののか・モルディモルトが固唾を吞んで、サクヤとニキの会話の行く末を見守る態勢に入り。マリーが不思議そうにサクヤとニキを交互に見つめる中。サクヤはニキを見据えて語りかける。

 

 

「ニキ。アタシはうっかり同性に恋をしたアンタを責めるつもりで鎌をかけたわけじゃない。いっそニキ、アンタはポポと恋人になるべきよ」

「ん゛ん゛ッ!?」

「あのとことん秘密主義で、何もかも抱え込んで勝手に傷ついていく。そんな厄介極まりないポポの力になりたいのなら、恋仲になって秘密を分かち合うのが一番効果的でしょ?」

「待ってください、サクヤ! 私を置いて話をどんどん進めないでください! 恋仲って、そもそも私とポポは女の子同士ですよ!? 私が告白したところで、絶対ポポに拒否されます。もしポポに気持ち悪いと思われたら、どうしてくれるんですか!? 一巻の終わりですよ、もう立ち直れませんよ!」

「確かに。ポポがニキの告白にどう返事をするかは、ポポの性格次第ね。考えにくいけれど、ポポがニキのことを気持ち悪いって思っちゃう可能性はある。……でもね、ニキ。ポポが女性同士の恋愛をどう思っているかに関係なく、アンタのポポへの気持ちは止められないんじゃないの? だったらアンタは、心に宿っちゃったポポへの恋心と一緒に前進あるのみでしょ。それが、ニキのためでもあり、ポポのためでもある。アタシはそう思っているわ」

 

 女性同士、ニキとポポが恋人になる。そのことをサクヤが全面的に肯定したことに、ニキは驚きのあまり奇声を上げる。そうこうしている内にもサクヤは、ニキがポポへの告白を成功させて2人が恋人になる展開をさも既定路線かのように話を強引に進めていく。ニキは慌ててサクヤを遮り、話題の軌道修正を図るも、サクヤにそのまま押し切られてしまう。

 

 

「サクヤ……」

 

 サクヤは何も面白半分でニキにポポへの告白を推奨しているわけではない。ニキとポポの行く末を案じているからこそ、ここでニキに盛大に発破をかけている。ゆえに、ニキは結局、何も言えなくなった。

 

 

「さて。そういうわけだから、今日ポポにアタックしなさい」

「ん゛え゛ッ!? 今日!? 今日って言いましたか!? いくらなんでも、いきなり過ぎませんか!?」

「ニキのタイミングに合わせてたらいつまでも告白しなさそうだもの。だから今日アタックしなさい。じゃないと、アタシからポポにバラすわよ?」

「脅迫じゃないですか!? ……うぅぅ。どうしても今日じゃないと、ダメですか?」

「当たり前でしょ。むしろ、この五つ星の最高級旅館『はなれ湯 華蝶庵』の夜っていう絶好の機会を選ばないで、いつ告白するってのよ」

「うぐぐッ」

 

 が、サクヤの猛攻はまだまだ止まらなかった。ポポへの告白を今日行うよう宣告されたニキは、しかしサクヤから脅され、退路を断たれてしまい、うめき声をあげることしかできなくなった。今日ポポに告白するか、サクヤ経由でニキの想いをポポにバラされてしまうか。唐突に突きつけられた選択肢を前に、ニキは必死に考えて、考えて、考えて考えて考えて。チラリと、モルディモルトに視線を送る。モルディモルトは、ニキの視線を受け止めて、ニキの背中をそっと押すように、しかと首肯した。

 

 

「わかりました! やりますよ、やればいいんでしょう! 今日アタックしますよ! もし玉砕しても絶対に笑わないでくださいよ!」

「人の恋路を笑ったりなんてしないわよ。安心して特攻なさいな」

「特攻とか言わないでください! もう!」

 

 覚悟を決めたニキはサクヤに向けて半ばやけくそな口調で宣言する。そして、にこにこ笑顔なサクヤに対し声を張り上げた後、サクヤに背を向けて今宵の告白に向けての作戦を練り始める。

 

 

「さて、後は吉報を待ちましょ」

「これ、どうなっちゃうんだろう。私、ワクワクしてきたよ」

「ニキさんの告白、上手くいくといいですね」

「ドキドキ、盛る盛る……」

 

 そんなニキの後ろ姿を見つめて。サクヤは、リゼットは、ののかは、モルディモルトは。それぞれニキに期待の眼差しをこれでもかと注ぐ。

 

 その後。まもなくしてポポがマリーのアヒルのおもちゃとともに湯舟に戻ってくる。かくして、華蝶庵の温泉でのハチャメチャとしつつも充実した一時が過ぎていくのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。この度、サクヤからの恋バナ攻撃から逃げるために一旦、湯舟から逃げたポポ。その際、湯舟側からそこそこの声量でサクヤやニキが話していたのだが、幸か不幸かポポの耳に届いていなかった模様。
リゼット:ミトラ村出身の水の魔女。17歳。恋に関心があるお年頃だが、自分に話題を振られたくはなかったため、サクヤが恋の話題を持ち込んだ時は、さりげなく存在感を消していた。その後は、ニキの恋の行く末を見守り隊の一員となった。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。17歳。この度、恋の話をポポやニキに仕掛けてきたのは、サクヤなりの心遣いである。興味本位な一面もあったことも確かではあるが。
ニキ:土の魔女たる緑髪の少女。16歳。今回の被害者枠。サクヤに己の秘めたる想いを盛大に暴かれ、さらには今日中の告白を強制されたニキは、葛藤の末に覚悟を決めたようだ。
ののか:サクヤに仕える、ウカミ一族の忍者。18歳。サクヤへの恩義に報いるために、精一杯サクヤの護衛に努めている。常日頃から段ボールを頭に被っていたり、露出度の激しい服をしていたりと、見た目は色々と危ういが、性格は真っ当な部類である。この度は、存在感が薄いながらもニキの恋の行く末を見守り隊の一員となった。
マリー:記憶喪失の少女。見た目年齢は10歳くらい。またポポがおかしくなってしまわないか心配している。此度、モルディモルトからプレゼントされた土製のマリーを大層気に入った模様。
モルディモルト:土の魔女ニキの妹たる、青髪の少女。16歳。姉の秘めたる想いは何となく察していたため、ニキから視線を向けられた時は、ニキの背中を押すべくうなずいてみせた。カシミスタン領主としても、どうにかうまいこと立ち回れているようだ。

 というわけで、28話は終了です。女湯でみんながワイワイとはしゃぎまくる素敵な回でしたね。しかし、原作と違って、華蝶庵回はまだ終わりません。はたして、ニキポポのカップリングは成立するのか。


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29話.告白×2


 どうも、ふぁもにかです。今回は華蝶庵編の後半です。前回、サクヤに思いっきり焚きつけられたニキは、温泉の後、何を思い、ポポにどのように働きかけるのか。



 

 国内最高峰の超人気温泉旅館こと『はなれ湯 華蝶庵』。そこでの一泊二日の慰安旅行の機会に恵まれた第9小隊は、成り行きで女湯を覗いた末にポポに見逃された一部メンバーを除き、華蝶庵での最高級の温泉や夕食を堪能した。そうして、夜が更け。ポポは一人、華蝶庵の瓦屋根の上にちょこんと腰かけていた。アマツの高台に位置する華蝶庵から見下ろすことのできるアマツの夜景は、カラフルな提灯によって彩られていて、人工物の美しさをこれでもかと体現していた。

 

 今現在。ポポが華蝶庵の屋根の上にいるのは、ニキと待ち合わせをしていたからだ。温泉から上がった時に、ニキから唐突に「とても大事な話があるから、今夜2人きりで話がしたい」とお願いをされて、その結果、華蝶庵の屋根の上でこっそり会う約束を結ぶこととなったのだ。この時、ニキの背後でサクヤたち女性陣が妙にニコニコしていたことが、不思議とポポの印象に残っている。

 

 

「……」

 

 ポポは敢えて、ニキと約束した時間より少し早めに、集合場所の屋根の上に到着していた。1人でじっくりと考える時間が欲しかったからだ。

 

 

(結局、誰に協力してもらおう?)

 

 ポポは夜空を見上げ、各々の個性を存分に発揮する星のきらめきを鑑賞しながら、己の心にうずまく悩みを内心で吐露した。そう。ポポはこの期に及んで、未だに協力者を誰にするか悩んでいた。復活祭の日に、エクリプスが発動する日に、ポポの計画に誰を巻き込むかを未だに決められずにいた。

 

 否、そうではない。本当はもう、検討はついている。この人にポポの全てを話そう、と心に決めた相手はちゃんと存在する。ただ、どうしても勇気が出ないのだ。今まで、いくらでも話せるチャンスはあったのに、ポポは結局、その人に何も話せずにいた。そして、ズルズルと日時はどんどんと過ぎていき。もう復活祭まで残り数日という段階にまで来てしまっている。

 

 いい加減、誰かをポポの策に巻き込まなければ、エクリプスに向けてロクな作戦を立てられなくなってしまう。それなのに、ポポはいつまで経っても動けずにいて。二の足を踏んでいて。一歩を踏み出せずにいて。

 

 

 ――俺は、俺たちはみんなポポの味方だ。強くて弱い、そんなポポの味方なんだ。愚痴や悩みのはけ口にくらいはなれるし、たとえ理由を伏せられたって、やってほしいことをポポから言ってさえくれば、喜んで協力することだってできる。だから、独りで何もかも全部抱え込むのは今日でもうやめて、一歩を踏み出してみないか?

 

 炎の災禍に見舞われたポート・ノワール。あの時、アルトがポポに遺してくれた言葉があってなお、ポポは結局、一歩を踏み出せていないのだ。なんて、情けないのだろう。なんて、いくじなしなのだろう。ポポは、これまでみんなを、世界を救うために頑張ってきた。だけど結局、どれだけ頑張ろうと、人の本質なんてものは変わるはずがなくて。ポポはダメでグズでどうしようもない魔女、ということなのだろう。

 

 

「ポポ、もう来てたんだね」

「うん。ちょっと風を感じていたかったから」

 

 ポポの思考がどんどんとネガティブな方向へと歪んでいく中。ふと、ポポの耳に他者の声が届く。膝を抱えていたポポが顔を上げると、地上に立つニキが土魔法で生成した土の階段を昇り、ポポが座る華蝶庵の瓦屋根にたどり着く光景を捉えた。

 

 

「それで、話ってなに?」

「あ、う。えっとね、ポポ……」

(あぁもう。サクヤのせいでポポの顔をまっすぐ見るだけで変に意識しちゃうようになったじゃない……)

 

 土の階段を送還してポポの隣にそっと腰を下ろすニキにポポが本題を尋ねると、ニキは言葉を詰まらせつつ、何とか続きを紡ごうとして、声を失ってしまう。ポポの幼くも凛々しい横顔を見るだけでニキは冷静さを失ってしまって、ニキは混乱のままに、ポポとニキを包む程度の小さな結界を展開した。サクヤたちがどこかに潜んで、ニキがこれからポポに仕掛ける告白に聞き耳を立てている可能性を、ニキは警戒したのだ。

 

 

「ほぇ? いきなりどうしたの、ニキ?」

「い、いや。どこで誰が聞き耳立ててるかわからないから、念には念を入れようと思って。それで、話っていうのはね、その、えっと……」

 

 ポポがニキの奇行に純粋に首をかしげる中、ニキはポポに告白しようとして、しかしその先の言葉を繋げられずにいた。告白なんて人生で初めてで。それもニキと同じ女の子に告白するなんて常識に外れた行為に踏み込むことも初めてで。ニキは、己の内に湧き上がる想いと、これまでの人生で紡ぎあげてきた常識との狭間で、ただ無様に揺れ動くことしかできなくて。

 

 

「……実はね、ポポからもニキに大切な話があるんだ。ニキがまだ話しにくいなら、ポポの用事から、先に話してもいいよ?」

「へ? そうなの?」

「うん」

 

 ニキがその先の言葉を紡げずにいると、ポポがふとニキに真剣な眼差しとともに語りかけてきた。そんなポポの真剣で、かつ不安そうな瞳を見て、ニキは乙女回路全開だった先ほどまでの己の思考を、速やかに現実路線へと戻すことにした。

 

 

「ポポはね、その――」

 

 そのようなニキの思考の変遷をポポは気にせず、ニキに全てを告白しようとする。そう、ポポが協力者に選んだ相手はニキだった。協力者に手伝ってほしい内容を鑑みた時、その内容を最も完璧に完遂してくれそうな人が、ニキの他にいないとポポが考えたからだ。

 

 また、他にも理由がある。ポポが過去に戻る前、ポポたちが祝歌を歌って、エクリプスを発動させて。もはや取り繕う必要のなくなったクラウス隊長が正体を現した時。それでもなお、誰一人としてクラウス隊長を疑える者はいなかった。だからこそ、ポポはニキを協力者として選んだ。あの時、あの場にいなかったニキならば、既に亡くなっていたために祝祭の間に居合わせていなかったニキならば、もしかしたらポポの告白を信じて、クラウス隊長を敵だと信じてくれるのではないかと期待したのだ。

 

 

「……」

 

 だけど、それでもなお。ポポは続きをニキに告げずにいた。だって、もしもニキがポポを信じてくれなかったら。ポポが告白した全てを、ニキが万が一にもクラウス隊長に共有してしまったら。その時点で、この世界は詰みだ。ポポの計画がクラウス隊長にバレてしまったら、ポポにはもうどうしようもないのだ。

 

 

「「……」」

 

 結局、ポポもニキも、相手に大事な用事があるのに本題を切り出せない。ニキの結界が、外の音を完全にシャットダウンしている中、お互いがただお互いを見つめ続けるだけの、不思議な時間。そのような非常にゆったりとした雰囲気がしばし続いた後、沈黙を切り裂くべく口火を切ったのはニキだった。

 

 

「……ポポ。私ね、今すっごく嬉しいんだ」

「ほぇ?」

「だって、ポポってすごく秘密主義なんだもん。ポポは明らかに何か譲れない目的を持っていて、そのために、ついこの前まで自分の人生を捧げる勢いでお務めを行っていた。だけど、ポポが何のために動いているかについて、ポポはずっとひた隠しにしてきた。ポポがアルトに調律されて、第9小隊に入った後も、『祝歌計画がちゃんと終わったら全部話す』の一点張りだった。……でも、今。ポポは私に教えてくれる気になった、そうなのよね? ポポが今までずっと隠し続けてきた、大切な話をする相手に、他でもない、この私を選んでくれたのよね? それが、すごく嬉しいの」

「そう、だね。ポポは今、ニキにポポの全てを打ち明けようとしてる。……でも、怖いんだ。ニキを信じていないわけじゃない。ポポが、ポポのことを信じられないんだ。ポポは、今ここでニキに秘密を告白することが正解だって思ってる。だけど、ポポはいつも失敗ばかりしてきた。……だから。今日も失敗するんじゃないかって、ここでニキに秘密を告白したことを後悔する日が来るんじゃないかって、不安なんだ」

 

 ポポが秘密を1人で抱え込むことをやめて一歩を踏み出そうとしている。その相手にニキを選んでくれている。ニキはそのことがとにかく嬉しくて、己の素直な気持ちをポポに告げる。一方のポポは、うつむきながら、一歩をどうしてもためらってしまう己の心境を弱々しく吐露した。そんな、膝を抱えて体を縮こまらせてしまうポポの姿に、ニキの中でポポへの感情が段々とあふれ出していく。

 

 

(……ポポ)

 

 風の魔女ポポ。ニキが初めて本気で恋をした相手。

 魔女としての強さは尋常でなくて、しかし心はとても繊細で。

 虚構の強さで己の心を装飾して、暗躍することを強いられた女の子。

 強くて弱くて。頼もしくて儚くて。健気で愛らしい。そんな女の子。

 

 私だって、私だって、ポポの力になりたい。ポポに救われるばかりじゃなくて、私だってポポを救いたい。アルトみたいにポポの心を調律できなくたって、ポポの助けになりたい。ポポの心に巣食う闇を少しでも取り払ってあげたい。そうして。この秘密主義な女の子を、何もかも丸裸にして。心に荷物を抱え込む必要のなくなった、ありのままのポポと話してみたい。

 

 

「ポポ、大丈夫だよ。あなたの判断は、絶対に合ってるよ」

「……ニキ?」

「ポポ、あなたはね。私にとってヒーローなの。3年前のカシミスタンの大乱の時に、私が自分の命を諦めて、モルディだけ生き残らせようとした時に、ポポが颯爽と私たちの元に駆けつけて助けてくれた、あの日からね。……私はあなたに尽くしたい。あなたが苦しい思いをしているのなら少しでも楽にしてあげたいし、あなたが1人では限界を感じているというのなら、私はあなたの力になりたいの。この気持ちは、誰にも負けない。この気持ちだけは、誰にも負けてなんてやらないわ。……大丈夫、大丈夫だよ。これからポポが私に何を語っても、悪いようにはならない。ポポが後悔する日なんて絶対に来ない。――だって私はポポのことが世界で一番、好きなんだもの」

「んぇ!? ニ、ニキ!? 好きって、どういう……?」

「そのままの意味よ、私はポポのことが恋愛的な意味で大好きなの。ポポの言葉が、所作が、何もかも愛しくて愛しくて、仕方ないの。今日、私がポポをここに呼んだのは、こんな私の想いを知ってほしかったからなのよ」

「ふぇぇええええええええ!?」

 

 ニキは己の内からあふれ出る感情の為すがままに、満面の笑みを携えて、ポポに己の想いを告げる。まさか同性のニキから、しかもこのタイミングで告白されるとつゆにも思っていなかったポポは、驚愕に声を轟かせることしかできなかった。もっとも、ポポの声は、ニキが展開中の結界に遮断され、外に漏れることはないのだが。

 

 

「ポポ。私は、大好きなあなたがこれから何を語ったって、全部受け入れる自信があるわ。……それでもまだ、話すのは怖い?」

「ご、ごめんね、ニキ。ポポが弱くて、怖がりで……」

 

 ニキがズイッとポポへ体を寄せつつ問いかけると、ポポは顔を真っ赤にしながらニキから視線を逸らし、消え入りそうな声を漏らす。どうやらニキの告白は、ポポに拒絶されずに済んだようだ。ニキは内心でホッと安心すると同時に、己のポポへの好意を全力投球でポポにぶつける今の手法では、ポポが一歩を踏み出す手助けをできないと察した。そのため、ニキは切り口を変えることとした。

 

 

「ねぇ、ポポ。実は私、ポポが秘密にしていることの一端について、薄々察してるんだよね」

「え、ニキ?」

「――祝歌計画って、罠だったりしない?」

「ッ!!?」

 

 ニキはポポの耳元に口を近づけてそっと、己が近頃抱いていた疑念を囁いた。対するポポは、ニキから不意に放たれた爆弾発言につい、息を呑み目を見開く。ポポの態度は、ニキの疑問への十分な回答となった。十分にポポの反応を確認できたニキはポポから離れて、ジッとポポに視線を注ぐ。

 

 

「やっぱり、ポポは知っているのね」

「どうして。どうして、ニキはそう思ったの?」

「……かつて王立騎士団の団長でありながら、福音使徒に寝返ったルドルフ。彼に以前、福音使徒の目的を尋ねたことがあったの。ほら、福音使徒が孤月の丘で私を自殺させようとした時にね」

「……」

「ルドルフは、福音使徒が人類のために戦っていると主張した。私とモルディの母さまを殺して、カシミスタンの大乱を勃発させておきながら、よ。それでもルドルフは、自陣営にこそ正義が、大義があると主張した。……もしもルドルフが王立騎士団の団長の時と何ら変わらない信念を心に宿しているのなら、彼が己の信念を貫くためには福音使徒に入信するしか手段が残されていないと判断したのなら。実は本当に福音使徒こそが正義で、ヒルダの堕歌による人や街の結晶化を解除して世界を救おうと祝歌計画に参加している私たちこそが、実は無自覚のまま世界を滅ぼそうとしている悪なんじゃないかなぁってね」

「……」

「そして、私たちを都合の良い駒として使い倒して、世界を滅ぼそうとしている主犯格は、アナスタシア陛下かエルマー閣下、あるいはクラウス隊長あたりなんじゃないかなぁってね、ちょっと疑ってたんだ。それなら、お務めを理由にして、なるべく第9小隊への加入を遅らせていたポポの動きにも、ある程度は整合性をつけられるしね。……ま、これは私のただの邪推だったわけだけど、ポポのおかげで信憑性が増してきた」

「……」

「さて、ポポ。今の私って、ポポの隠し事に片足踏み込んでる状態だと思うんだけど、このまま私を中途半端に放置するより、いっそ思いっきり巻き込んだ方がいいんじゃないかな? だって、私の知的好奇心はこの謎を決して看過しない。このままポポが私を放置すると、私は今後、罠だとわかっている祝歌を奏でることなんて放棄して、真実を求めてもっとアグレッシブに動き始めるよ。そうしたら、私はレグナント王国サイドの黒幕に目をつけられて、大変な目に遭うんじゃないかな。それでポポは良いの?」

「……その言い方はズルいよ、ニキ」

「この世で最も大好きなポポを助けられるのなら、私はいくらでもズルくなってみせるよ」

「ぇう!? うぅぅぅ……」

 

 ポポの問いかけを受けて、ニキはかつて、孤月の丘でルドルフが語った福音使徒の目的を軸としてこっそり積み上げていた己の推測を披露する。そうして、ニキはポポが己の秘密をニキに告白する踏ん切りをつけられるように、ニキ自身の身柄を盾にしてポポを脅す方針に切り替えたのだ。ニキの方針転換はポポに非常に効果的だったようで。ポポからジト目で睨まれて文句を言われたニキは、にこにこ笑顔でポポに真っ向から好意の塊を投げつけていく。一方のポポの顔はますます紅潮し、ニキ相手に反撃の言葉を何も紡げなくなってしまう。

 

 

「わかった! わかったよ、ニキ! ポポのこと、全部話す! ……だから、その。あんまりポポのこと、好きって言わないで。ニキから言われると、どうしてかすごく恥ずかしいから……」

「ふふふ。ごめんね、からかっちゃって。もうしないから、安心して」

「うん、約束だよ? ……それで。長くなっちゃうけど、ポポの話を聞いてほしい」

 

 このままニキの好きなように言わせてしまうと、ポポは完全にノックアウトされてしまう。ポポはその場に勢いよく立ち上がり、己の秘密の暴露を宣言した。そのようなハチャメチャとした紆余曲折を経て、ポポは当初の予定通りに、ポポの計画にニキを巻き込むべく、まずはポポの秘密から語ることとなった。

 

 

 ポポは語り始める。かつて、風の属州『サウス・ヴァレー』で孤独にお務めを続けるのみだったポポが、アルトと出会ったことで始まった、ポポの1つの物語を。そして、物語の終盤で、カルテジアンとの戦いに敗北した際に、ヒルダの時魔法で過去に戻されてしまったことを契機として始まった、風の魔女ポポ(逆行)の奮闘記。未だ道半ばな、ポポの軌跡を。

 

 

「それでね。ニキにやってほしいのはね――」

 

 そして。長い時間をかけてポポが丁寧に己の秘密を語り尽くし。ポポの今までの軌跡を、ニキが己の頭できちんと理解し終えるのを待った後。ポポはニキに協力者として、復活祭の日に、エクリプスが発動する日にやってほしいことを依頼した。

 

 

「――というわけなんだけど。ニキ、お願いしてもいいかな?」

「……中々に、厳しいオーダーね」

「ごめんね、ニキ。無茶なこと言って」

「ううん、心配しないで。ポポのためならこのくらいの無茶は何としてでも通してみせる。さて。早速、作戦を考えないとね。長い夜になりそうだわ」

 

 かくして。ニキという頼もしい協力者を得たポポは、ニキとともに復活祭当日の作戦を組み上げていく。風の魔女と土の魔女。夜空に瞬く星々が見守る中、2人の魔女の夜の語らいはまだまだ続いていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ポポとニキが華蝶庵の屋根での密会を終えた後。もう少しだけこのまま夜風を感じていたいと主張するポポを残し、ニキは屋根から地上へと軽やかに飛び降りる。そして、就寝のために女性用の大部屋へと向かおうとした時、ニキを廊下で待ち受ける者がいた。

 

 

「――サクヤ」

「遅かったじゃない。結果を聞かせてもらうわよ、ニキ」

「そうですね。結局は保留、という形になったのでしょうね。まぁ、私が一方的にポポに告白しただけで、ポポの返事を聞きませんでしたから。……ポポは私の想いを拒絶しませんでした。むしろ、あの告白で私を意識してくれるようになったようです。ポポの返事はまた今度、落ち着いた時にでも確認しますよ」

「なーんだ。今日決着になると思ってたからわざわざ夜更かししてたのに、時間の無駄だったわね。ていうか、アンタたち長話しすぎなのよ。どんだけ話せば気が済むってのよ、まったく」

「……もしかして、私の告白が玉砕した時に備えて、今までずっと待っていてくれたのですか?」

「んなわけないでしょ。同性同士の異色の恋の行方が気になって眠れなかっただけよ。にしても、返事を保留にされた割には、随分とすっきりとした顔してるじゃない。ま、アンタが納得してるならこれ以上はとやかく言わないわ。それじゃ、アタシはもう寝るから」

「はい、おやすみなさい」

 

 ニキからポポへの告白の結果を聞き出して満足したサクヤは、己に襲いかかる睡魔の為すがままにあくびを残して、ニキに背を向けて大部屋へと戻っていく。

 

 

「……サクヤ。今日は、私の背中を押してくれてありがとうございました。おかげで、ポポと非常に有意義な時間を過ごせました」

 

 ニキは、段々と遠ざかっていくサクヤの背中に、小声でお礼を述べた後。ニキもまたサクヤを追って大部屋へと赴いていく。こうして、『はなれ湯 華蝶庵』での一泊二日の慰安旅行は、第9小隊の各々の心に、決して忘れられない1日として刻まれるのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。己の計画の協力者としてニキを巻き込もうとして、しかし勇気が出なかったところでいきなりニキに告白され、好意を全力でぶつけられまくったことで、色々と調子が狂ってしまった今回のある意味での被害者枠。なお、基本的にみんなのことが好きなポポ的には、同性愛について否定的な見解は特に持ち合わせていないようだ。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。此度、ポポに告白するだけだったつもりが、ポポが己の秘密を語ってくれそうな気配だったので、あらゆる手段を用いてポポを揺さぶり(手助けをして)、最終的にポポから秘密を引き出すことに成功した。恋する乙女は強いのである。それはそれとして、以前から、祝歌計画が罠であるという可能性を考慮していた模様。
サクヤ:火の魔女にして、アマツの姫巫女として奉られている少女。現在は17歳。ニキに告白するよう焚きつけた手前、告白を終えたニキを出迎えるつもりで、眠気に抗いつつ、美容の敵である夜更かしまでしてずっと待機していた。

ニキ「ポポのこと好き好きビーム発射! 出力最大!」
ポポ「ほぇぇえええ!?(断末魔)」

 ということで、29話は終了です。ニキポポという新しい可能性を私はここで提示して見せます。ニキポポはいいぞ。


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30話.決戦前夜の会合


 どうも、ふぁもにかです。今回は久々にあのキャラが再登場します。この作品におけるポポの行動指針を決めるという重大な役割を果たしたはずなのに、その後なぜか欠片も存在感を放たなかったあのお方です。さて、誰でしょうね。……ちなみにこの人の発言を再現するの、結構難しいんですよね。



 

 第9小隊が『はなれ湯 華蝶庵』での一泊二日の慰安旅行を満喫してから、時は過ぎ。地水火風の魔女は王都の調律ノ館で毎日、祝歌の練習を重ね――結果、ついに祝歌は完成した。そして、祝歌を奏でて、ヒルダの堕歌で結晶に閉ざされた街や人を救うこととなる復活祭の前日。祝歌の最終リハーサルを終えた魔女4名は、王都ランベルトの療養所に赴き、収容されている結晶化済みの人々を目に焼きつけて、明日への意気込みを共有した後、それぞれ解散することとなった。

 

 

「……」

 

 その後、ポポは王立騎士団の庁舎には戻らず、一人こっそりと王都から離れていた。風をまとい、軽やかに空を舞うことのできるポポは、軽々と王都の城門を越えて、東の森を駆けていく。そして、目的地――ヴェロニカ博士の研究所にたどり着いたポポは、3年前と同じように元気いっぱいにヴェロニカ博士に声をかけた。

 

 

「ごめんくださぁぁぁい! ヴェロニカ博士ぇ、いますかぁぁぁああああッ!」

 

 ポポの呼びかけが森に何度か反響し、ポポの声が夜の静謐な森に吸い込まれて消えていく。3年前と同様に居留守をしているのか、それとも本当に博士は不在なのか。ポポはとりあえずもう1回、研究所に向けて声を張り上げようとして。そこで研究所の扉がゆっくりと開かれ、3年前と全く容姿の変わらない女性:ヴェロニカ博士が姿を現した。

 

 

「あーはいはい。いるッスよ、少女。久しぶり」

「あ、博士。今回はすぐに出てきてくれたんだね」

「ちょうど、研究に一区切りついてたんでね。それに自分が出てくるまで、いつまでも少女にギャーギャー騒ぎ立てられちゃ迷惑極まりないッスしね。……さて、自分に用があるんスよね? 入るッスか?」

「うん!」

 

 ヴェロニカ博士は緩慢な様子で、非常に面倒くさそうに頭をガシガシと搔きつつも、ポポの来訪を拒絶せず、研究所へと誘ってくる。ヴェロニカ博士がポポの来訪をすんなり受け入れてくれたことに、ポポはパァァと笑顔を浮かべて元気よくうなずくと、ヴェロニカ博士の後に続いて研究所に足を踏み入れた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「それで。前に少女と会ったのは、5年前だったか10年前だったか……何千年も生きてると、エピソード記憶が脳みそに残りにくいんスよね」

「ポポが博士と会ったのは、大体3年前だね」

「そうなんスか。じゃ、そゆことにしとくッスか」

 

 ヴェロニカ博士の研究所に招かれたポポは、幾多もの動かぬ天使の模型に見下ろされながらも、ヴェロニカ博士に指定された椅子にちょこんと座る。対面のヴェロニカ博士はマグカップに注いだコーヒーをズズッと音を立ててすすりながら、ポポとの初対面の時がいつだったかについて、思いを馳せる。そこにポポがフォローを入れると、ヴェロニカ博士は心底どうでもよさそうにポポに同調した。

 

 

「ごめんね、博士。3年前に、ポポは博士から世界を、みんなを救う方法を教えてもらう見返りに、はぐれ天使の手羽先を博士にあげるって言った。でも結局、ポポははぐれ天使を見つけられなくて、天使の手羽先は集められなかった。博士との約束を破っちゃって、ごめんなさい」

「そんな神妙な顔しなさんな、風の魔女。前のエクリプスは千年前だったんだ。千年も経ったんなら、地上に残ったはぐれ天使もさすがにほとんどいないだろうし。……それに幸いなるかな、天使の養殖にも成功したんでね。天使の手羽先が欲しくなったら養殖物の天使からむしり取るだけでよくなった以上、自分に、少女から献上される手羽先のことを当てにする必要はなくなった。……だから、そんな気にすることねーッスよ」

 

 ポポはまず、3年前に博士に世界を救うための知恵を授けてもらったにもかかわらず、その対価である天使の手羽先をヴェロニカ博士に提供できなかったことを謝罪する。だが、当のヴェロニカ博士は対価のことなど欠片も気にしていないようで、天使の模型の1つをトントンと叩いてポポに微笑みかける。

 

 

「……ありがとう。博士は、優しいね」

「カッカッカッ! この典型的なマッドサイエンティストを捕まえておいて『優しい』だなんて、笑わせるッスね。自分にそんななよなよとした言葉は似合わんスよ」

「えぇ? そんなことはないと思うけど」

「それにしても、聞いたッスよ。ポート・ノワールの大火の件。少女よ、君はあの場で福音使徒を殲滅する大魔法を使ったとのこと。ふむふむ、随分と思い切ったことをしたじゃないか」

「ほぇ!? どうして博士がそのことを知ってるの!? ポート・ノワールでポポがやった過ちは、王国が隠しているはずなのに――」

「――あの程度のずさんな隠蔽工作なんて、この自分の知識欲の前じゃ無力ッスよ。それで、あの時少女が大魔法を行使した際に使った風のクオリアの魔力なんて微々たるものだろう? これなら3年前だったかに自分が提示した、毎日コツコツ月を削って風のクオリアに変えた物をひたすらため込んで、マザー・クオリアとの戦いで有意義に使い果たして奴に勝利する。この方法も中々に現実味を帯びてきたんじゃないッスか?」

「……そのことについて、ポポから話があるんだ」

 

 ヴェロニカ博士から不意にポート・ノワールの大火の話題を投げかけられたポポは驚愕の声を零すとともに、なぜ王国で秘匿する方針となった極秘情報を当然のように博士が知っているのかと尋ねる。対するヴェロニカ博士はニタァと邪悪な笑みを形作りつつ、3年前にポポに授けた己の策が順調に実っているかどうかについて改めてポポに問いかける。すると、ヴェロニカ博士の問いをトリガーとして、ポポはヴェロニカ博士に本題を持ちかけた。

 

 

「ポポはね、博士から世界を救う方法を教えてもらった後に、それとは別の方法で世界を救おうと動いていたんだ」

「ほぅ?」

「ポポは、偶然ポポの中で思いつけたこの考えで突き進むって決めて、今日までずっと準備を進めてきて、3年かけて、準備を全部終えた。……明日、復活祭が始まる。ポポたちは祝歌を歌って、エクリプスを始める。その時に、ポポは仕掛けようと思ってるんだ」

「……」

「だから、だからね博士。明日の、世界の行く末を博士の目で見ていてほしいんだ。そして、もしもポポの思いついた策に、博士が負けを認めたのなら、気に入ってくれたのなら――ポポたちの仲間になって、マザー・クオリアを倒すのに協力してほしいんだ」

 

 3年前。ヴェロニカ博士は、世界の救い方を何も思いつけないポポに、最終的にはアイディアを授けてくれた。だけど、それだけだ。あの時、ポポがうかつに未来のことを話したせいで、調律騎士団が敗北する未来を知ってしまった博士は、きっと。復活祭を経てエクリプスが始まった後もなお、ポポが過去に戻る前と違って、頼んだところで決して調律騎士団の仲間になってはくれないだろう。マザー・クオリアを生み出してしまった前史時代の最後の人類である博士は、マザー・クオリアを滅ぼすことこそを至上命令に据えている。そんな博士には、マザー・クオリアに負ける可能性の高い調律騎士団に加わる理由がないのだ。

 

 でも、それではポポたち調律騎士団が困るのだ。博士の卓越した知恵は、知識は。調律騎士団がマザー・クオリアに勝利するために絶対に欠かせない。ポポはこれまで、みんなを救うために、未来から過去に持ち込んだ知識を用いて、様々な過去改変を行ってきた。その結果、1回目と2回目とで随分と展開が変わってきた。そんな今、ポポの持つ1回目の世界の知識だけでは、立ち行かなくなる場面がきっと、いや絶対に、この先の未来で待ち受けている。その時に、的確に状況を読み取って最善の一手を提示できる、頼もしい味方が調律騎士団には必要だ。何としてでも博士は仲間にしないといけないのだ。

 

 ゆえに。ポポはヴェロニカ博士に取引を持ちかけた。ヴェロニカ博士が食いついてくれそうな取引を、ニキと一緒に一生懸命に考えて、そして今日、ヴェロニカ博士に突きつけた。博士がポポの取引に興味を持ってくれなかったら、応じてくれなかったらその時点でおしまいの賭けに、打って出たのだ。

 

 

「……大した自信ッスね。少女よ、君は自分が何を言っているか、理解してるんスか?」

「だいじょーぶ。ポポなりに、わかってるつもりだよ」

「そうッスか。つまりぃ? この、五千年間生き続けて、前史時代もエルクレストの時代も現代も、すべて知り尽くしていて。日々研究に明け暮れていてこの世の理を世界で一番よーく知っている。そんな自分の導きだした、世界を救う策。これを超えてみせると言ってるんスよ? この自分を相手に、頭で、頭脳で、上回ってみせると宣言してるんスよ?」

「……ポポは頭の悪い魔女だよ。だから、基本的には頭じゃ博士には勝てない。……でも、月を削って手に入れた風のクオリアで、みんなを、世界を救う策。この1点だけなら、きっと博士の策を超えている。ポポの思いついた策の方が、博士の策より優れてる。そう、確信してるんだ。確信してるからこそ、博士に取引をしに来たんだ。……それで。博士は、取引に乗ってくれる?」

「……」

 

 ヴェロニカ博士を調律騎士団の一員に加えるべく、ポポが博士に突きつけた取引、もとい挑戦状。たかがこの世に生を受けて十数年程度の小娘に真正面から挑発されたヴェロニカ博士は、ジッとポポを見つめて、黙考する。

 

 ポポの取引に乗ってしまえば、最悪、ヴェロニカ自身が人間の輪の中に入って、敗北する可能性の高いマザー・クオリアと戦いに参加しないといけなくなる。それは嫌すぎる。それならば、ポポの取引なんぞ瞬時に断って、マザー・クオリアに確実に勝てるほどに、指揮者アルトの中にある星のクオリアが成長しきるまでひたすら待ち続ける方がいいに決まっている。わかっているのに。ポポの取引に応じた方が面白い、そう断ずるヴェロニカが確かに存在する。

 

 

「……3年前とは見違えるようッスね、風の魔女。まさかそんな大見得まで張ってくるとは。……そんじゃ、明日はお楽しみッスね。期待外れじゃなければいいッスけどね」

「それじゃあ!」

「あぁ、乗ってやるとも。てか、そもそも自分にはこの取引に乗らない以外の選択肢はねーッスよ。だって、この勝負から降りたら、もうその時点で自分の負けを認めたようなものじゃないッスか。全く、意地の悪い取引なりよ」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることないッスよ、むしろ自分は今、少女に感謝してるんスよ。少女のおかげで、自分の無駄に長い人生の楽しみが1つ増えた。……未知こそが、真実の探究者たる自分にとっての極上のエサだ。風の魔女ポポよ、願わくば――自分の想定を超えてくれ」

「うん!」

 

 取引の応じる意思を示したヴェロニカ博士に、ポポは喜色満面に何度もうなずく。これで、ヴェロニカ博士が調律騎士団に加わってくれる可能性が生まれた。後は、その可能性を決して逃さずつかみ取るだけだ。ポポは強固な意志にあふれる瞳で、悠々とした様子でマグカップの中のコーヒーをすする博士を見つめた。かくして、復活祭前日における、風の魔女と前史時代の人類代表との隠れた会合は幕引きとなるのだった。

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。言葉を駆使してヴェロニカ博士を仲間に引き込む仕込みをするため、この度ヴェロニカ博士と接触した。
ヴェロニカ:科学者。5000年前の、地球が科学の叡智を極めていた頃の人間の最後の生き残り。己のことを『テクノロミー』と称する。3年前とはすっかり雰囲気の変わったポポの繰り出した取引を前に、マザー・クオリア相手の確実な勝利よりも、ポポの取引に応じることで生じるであろう面白い未来を優先した結果、ポポの取引に応じることにした模様。

 というわけで、30話は終了です。事前にニキと作戦を考えているとはいえ、ヴェロニカ博士を相手に取引を持ちかけて望んだ結果を入手するポポに成長を感じる今日この頃。


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31話.世に響け、ポポの歌


 どうも、ふぁもにかです。此度、ついにこの二次創作で書きたかったシーン四天王の内の1つである復活祭当日の話になります。正直な所、今回と次回、31話と32話を執筆するために、この作品を書き始めたといっても過言ではないため、復活祭当日の展開をこうして連載できただけで私としてはもう満足です。



 

 ポポがヴェロニカ博士に強気な取引を持ちかけた、翌日。ついに復活祭の当日を迎えることとなった。今までヒルダの堕歌によって多くの街や人を結晶化させられてきた。躍進する一方な福音使徒に徐々に滅ぼされていくばかりで、明るい未来を想像できなかった神聖レグナント王国は、本日復活するのだ。

 

 王都ランベルトは早朝からお祭り騒ぎの様相を呈していた。本日正午にランベルト城内の祝祭の間にて奏でられる祝歌によって、ヒルダの堕歌により苦しめられてきた日々がようやく終焉を迎えると、世界が平和になると、誰もが信じているからだ。それも当然だ。一体誰が、今の時点で、祝歌をトリガーとして、目覚めたマザー・クオリアが月から地球に天使の大群を送り込むことで、天使による人類虐殺が開始されてしまう未来を想像できるだろうか。そんなこと、想像できるわけがないのだ。

 

 

「「「……」」」

 

 ポポたち第9小隊は総員、祝祭の間に集結していた。クラウス隊長やエルマー閣下の指示の下、衛兵や文官たちが祝歌詠唱の舞台を整えていく様子を見つめている。緊張しているのか、感慨深く感じているのか、はたまた静かに覚悟を決めているのか。ポポたちは皆、自然と無言となって、設営の様子を眺め続けている。

 

 過去に戻る前と違って、福音使徒はポート・ノワールの大火の折に、ポポが放った大規模魔法により壊滅状態に追いやられた末に、捕縛されている。ゆえに、復活祭当日に福音使徒が王都に攻め込む展開はやってこず、非常に順調に祝歌を奏でる準備が進められていく。そして。

 

 

「皆、舞台の設営が終わったよ」

 

 設営の指示を適宜飛ばしていたクラウスが微笑みとともにポポたちに向き直ったことで、祝祭の間で祝歌を奏でるために必要なすべての準備が整ったことを、ポポたちは知るに至った。

 

 

「いよいよ、ですね」

「広場にすごくたくさんの人が集まってきてるね。これだけ多くの人が、私たちの祝歌を待ってくれているんだ」

「何だかワクワクしてきたわ。この一世一代の大舞台、華麗に成功させてみせるわ」

「……」

 

 ニキがしみじみと呟き、リゼットが祝祭の間から王都ランベルトの広場を見下ろして祝歌への意気込みをますます高め、サクヤが勝気な笑みを浮かべる中。ポポは不安に押し潰されそうになっていた。祝歌を契機として始まるエクリプス。そのエクリプスからみんなを守るために、ポポは今までお務めに励んできた。そのお務めの成果が今日、示される。チャンスは1度きりの、ぶっつけ本番。失敗すれば、過去に戻る前と同じく、世界中の人々が天使に殺されてしまう。

 

 この日を失敗しないために、華蝶庵でニキという協力者を得た。ニキといっぱい作戦を話して、この日のための最後の仕込みを行った。こうして祝祭の間に足を踏み入れた以上、あとは進むだけだ。なのに、ポポの脳裏には、エクリプスによって王都の住民が次々と天使に殺されていく残虐な光景が何度も何度もフラッシュバックしていて、ポポは恐怖に震える己の精神状態を悟られないように無言を貫くことで精一杯だった。

 

 

「ポポ、大丈夫だ。みんな、ポポの味方だ。みんな、ポポを見守ってる。だから、いつものポポらしい、元気いっぱいな声を聞かせてくれ」

 

 だが、ポポの不安定な精神状態のことを、アルトはいともたやすく見破ってしまえるらしい。アルトに声を掛けられ、視線で後ろを振り向くよう誘導されたポポがクルリと体をターンさせると、そこには。ニィィと軽快な笑みを見せるラスティがいた。全幅の信頼を視線に乗せて注いでくるユアンがいた。ただ純粋にポポたちのことを信じ切っているののかがいた。何を恐れることがあろうかと、力強くうなずくアーチボルトがいた。

 

 ポポが前を向きなおす。そこには、真摯な眼差しを向けるアルトがいた。柔らかい笑みを向けるリゼットがいた。不敵に微笑むサクヤがいた。そして、ポポの秘密を共有したもう一人の同志:ニキがいた。

 

 

「……みんな、ありがとう。ポポはもう、だいじょーぶだよ」

 

 ポポが精神を持ち直したことで、いよいよ祝歌を奏でる最終段階へと移行する。祝歌を奏でる地水火風の魔女4名と、魔女たちを適宜調律して祝歌を導く指揮者アルトは、それぞれ定められた配置につく。

 

 今現在、祝祭の間にいるのは、第9小隊総員(クラウス、アーチボルト、ラスティ、アルト、リゼット、サクヤ、ののか、ユアン、ニキ、ポポ)と、アナスタシア陛下と、エルマー閣下のみ。役者はそろい、もうまもなく正午の刻限を周知する鐘の音が鳴り響く頃合いだ。

 

 

「陛下、刻限です」

「ええ」

 

 エルマー閣下から促されたアナスタシア陛下は、魔女4名と指揮者アルトへと改めて向き直る。

 

 

「我が国の民全てが待ち望んだ瞬間、今こそ言祝ぎの時です。……これより、第1級特命を下します。指揮者アルト、及び魔女リゼット、ポポ、サクヤ、ニキ。この世界を結晶化から救うため。悪しき野望を打ち砕くため――祝歌を、発動するのです!」

 

 アナスタシア陛下から特命が下された直後、正午を周知する鐘の音が鳴り響く。鐘の音の反響が収まるまでしばし待機した後、ポポたちはアルトの合図とともに、祝歌を奏で始めた。

 

 

「「「「〜〜〜♪」」」」

 

 魔女4名による四部合唱。麗しき4種の声による絶妙なハーモニーにより、祝祭の間の中心に眩いエメラルドの光球が生じ、段々と大きさを増していき、そして盛大に弾けた。祝祭の間を起点として瞬く間に世界中が緑光に満たされていく。緑光はゆらゆらと地に落ちていき、緑光と接触した結晶が、次々と解除されていく。ヒルダの堕歌による結晶化は、祝歌によって完全に無効化された。祝歌は、成功したのだ。

 

 

「「「レグナント王国、万歳! 女王陛下、万歳!!」」」

 

 祝歌の成功を確信した王都の住民の喜色に満ち満ちた合唱が、祝祭の間まで伝播する中。祝歌を終えた魔女4名は歌うことをやめて、お互いを見やる。ポポは、アルトを見て。リゼットを見て。サクヤを見て。ニキを見て。ニキが目配せをしてきたことを機に、ポポは動いた。

 

 

「止められ、なかった……!」

「福音使徒!? なぜここに!? 厳重に捕縛して、地下牢に閉じ込めていたはず――」

 

 刹那。時魔法による転移を用いて、祝祭の間に突如として姿を現したヒルダ、ダンテ、ドロシー、ルドルフ。既に祝歌が奏でられた後だと悟ったヒルダが絶望に顔を歪ませ、エルマー閣下が信じられないものを見るような眼差しで福音使徒を射抜く中。ポポはこの仕組まれたタイミングを逃すことなく、祝祭の間から、音もなく、煙のように姿を消した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 祝祭の間を後にしたポポは、祝祭の間の下階の控え室にて素早く着替えを行う。そうして久々に旅人タンポポ(♂)の姿に扮したポポは、控え室の窓から跳び出した。ポポが空中からチラリと祝祭の間に視線を向けると、第9小隊や陛下たちが皆、唐突に乱入してきた福音使徒に釘付けになっている様子がうかがえた。そして、その中には――精緻に作られた、ポポ自身の姿もあった。

 

 

(ニキ、ありがとう)

 

 ポポがエクリプスからみんなを、世界を救うための方法。その方法を実現するために協力者が必要だと判断した理由の1つは、今こうしてポポが祝祭の間から離脱したことを、すぐに悟られたくなかったからだ。ポポが誰にも協力を仰がずに、忽然と姿を消すことはきっと不可能だった。きっと、誰かがすぐにポポがいないことに気づいたことだろう。その点、土の魔女のニキの協力があれば、土魔法を駆使して土人形のポポを作り出すことで、ポポが離脱したことを気づかせにくくすることができるのだ。

 

 ただし、土人形の構築は一瞬でできるわけではない。ニキが土人形のポポを形成している瞬間を目撃されたら意味がない。そこでニキは仕込みを行ったのだ。まさに祝歌を歌っている最中に、ヒルダたち福音使徒が閉じ込められている地下牢に、衛兵に扮した土人形を送り込み、牢の鍵を壊し、ヒルダたちの拘束を解き、『本日、祝祭の間で祝歌が奏でられる』と置き手紙を残す。そうすることでニキは、祝歌を奏でた後に福音使徒に祝祭の間に登場してもらうよう誘導し、皆の注目を福音使徒に向けたのだ。その結果、誰にも気づかれることなく、ポポは祝祭の間から離脱することに成功し、ニキはポポの偽物の土人形を形成することに成功した。

 

 

(そっちのことは、お願いするね)

 

 ポポは祝祭の間に視線を送ることをやめつつ、ふわりと風をまとって家屋の屋根の上に着地する。そして屋根伝いにぴょんぴょんと軽快に駆けていき、調律ノ館の前へと着地した。

 

 

「うわわッ」

 

 刹那、王都に地震が発生する。地面が激しく揺れ動く中、ポポは尻もちをつく前に風魔法を行使して己の体を浮かせてから、調律ノ館の黎明の扉を開けて、魔女の園へと飛び込んだ。この地震は、祝歌により目覚めたマザー・クオリアが、月から木の根のようなものを幾重にも繰り出し、地球に突き刺したことにより発生したものだ。それが意味することは、もうすぐ人類虐殺のために天使が次々と降臨するということだ。

 

 

「メディア! 今からこの場所、貸切にしてもいい!?」

「え、えぇ。構わないわ。それよりさっきの揺れは一体……?」

「だいじょーぶ。ポポが今から何とかする。安心して、メディア」

「……黄色いカナリアさん?」

 

 ポポは半ば強引にメディアから魔女の園の貸切許可を得ると、紺碧の瞳をスッと閉じて、祈るように両手を組み、心を込めて歌を奏で始めた。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 元気いっぱいで、清らかで、慈愛にあふれていて、希望が凝縮された、ポポの歌。彼女の歌は、調律ノ館に緩やかに浸透していく。調律ノ館から染み出したポポの歌は王都に広がり、同時にポポの歌をきっかけとして、ポポが王都に埋め込んだ風のクオリアが共鳴した。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 風の共鳴は瞬時に伝播していく。一定間隔で埋められた風のクオリアが次々と共鳴し、励起する。風のクオリアの共鳴は、王都だけにとどまらない。南方の風の属州に。東方の火の属州に。西方のムシャバラール砂漠に。北方のソイ=トゥルガーに。次々と、次々と、共鳴は伝染していく。そうして、ポポが3年間かけて世界中に埋め込んだ風のクオリアが共鳴しきった時、ポポは心の中で力強く宣言した。

 

 

(――世に響け、ポポの歌ぁッ!!)

 

 刹那、ポポは世界と1つになった。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 月から際限なく降臨してくる天使が、王都の住民を殺すべく鋭利な爪を振るおうとして、埋められた風のクオリアが生み出す風の刃に切り刻まれて消滅する。ポポの歌とリズムを合わせるようにして次々と仄かにエメラルドの光を放つ風の刃が地中から発生し、王都の住民を狙う天使を1匹残らず殺していく。王都だけではない。世界各地にあまねく降臨する天使のそのすべてが、地上に舞い降りた瞬間には既に、ポポが埋めた風のクオリアから生じる強烈な風の刃に、かまいたちに切り裂かれて消滅する。

 

 

「な、なんだ!? 一体何が起こっている!?」

「風が、私たちを守っている……?」

「……歌が、歌が聞こえる。なんだろう、この歌を聞いていると、安心する」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 早く安全な場所に避難しないと!」

 

 空から雨のように降り注ぐ、人間の殺害のみを目的として動く天使と、その天使を速攻で消滅させる風。王都の住民が混乱する中も、ポポは変わらず歌い続ける。みんなを、世界をエクリプスから守るための歌を、ひたむきに歌い続ける。ポポの心の中にあるのは、みんなを救いたいという、どこまでも純粋な救済意思。それ以外の全ての感情を排して、ポポは世界に歌を届け続ける。

 

 ポポの歌に、世界中の風のクオリアが呼応し、空から襲来する天使を有無を言わさず撃滅する。学習能力のない天使に、襲いかかる風の刃のカラクリなぞ理解できるはずがなく、天使たちは人間を殺す前に為すすべもなく消滅させられていく。世界中の風のクオリアとリンクし、世界と1つになったポポに、天使は対抗できない。ただただ月から地球に派遣されては、ポポに殺されることしかできない。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 ポポは歌う。渾身の歌を世界に轟かせる。誰1人として怪我人を出させない、犠牲者を出させない。ポポは己の覚悟を胸に、休むことなく一心不乱に歌を奏で続ける。

 

 

 

 

「――――」

 

 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。どれほどの天使を退治したのだろうか。世界各地に埋め込んだ風のクオリアを通して、天使が月から降ってこなくなったことに把握したポポは、そこで歌を奏でることをやめて、その場にくずおれた。

 

 

「――はぁッ、はふ、ケホッ」

 

 ポポは床に倒れ込んだまま、肩で激しく息をして、息を吸い込みすぎて力のない咳をする。どうにか呼吸を落ち着けようと激しい呼吸を繰り返していると、メディアがポポの体を優しく抱き上げて、ソファーの上に寝かせてくれた。

 

 

「ぁ、りがと。メディア。……ねぇ。ポポの歌、どうだっ――ほぇ!?」

「あぁ、あぁ! なんて素敵な歌なの! 小さな黄色いカナリアの口から紡がれる、決意に満ち満ちた勇壮な歌。祝歌に続いて、あなたの渾身の歌を、一番近くで堪能できるだなんて、私はなんて果報者なのかしら! ふふふふ、今すぐにでも死んで、ご先祖様にあなたのことを自慢したいくらいだわ!」

「メディア!? 死んじゃヤダよ!? ポポはみんなを守りたいから歌ったのに、メディアが死んじゃったら意味ないよ!」

 

 メディアのおかげで少しだけ体が楽になった。ポポがメディアの心遣いに感謝しつつ、ポポの歌の感想を尋ねようとした瞬間、ポポは驚愕した。眼帯をしているにもかかわらず、眼帯の防御力など知ったことかと、メディアが目に見えてボロボロと涙を零し始めたからだ。メディアは号泣しながら己の体を抱きしめて、感動に身を震わせる。そのままメディアは不穏な言葉を残して魔女の園の奥へと退出しようとして、慌ててポポは体を起こしてメディアの腕に抱き着いた。今のメディアは自殺しかねないと判断したからだ。

 

 

「ふふふ、冗談よ。安心して」

「ぜ、全然冗談に聞こえなかったんだけど……?」

 

 今の弱ったポポでは、メディアを止められない。どうやってメディアの凶行を止めればいいのか、ポポが鈍い思考に鞭を打って考え始めたところで、メディアが歩みを止めて、意味深にポポに微笑んでみせた。まさかメディアがこうも性質の悪い冗談を繰り出してくるとは欠片も考えていなかったポポが、つい笑顔を引きつらせてしまうのも、無理のないことだろう。

 

 

(メディアがちょっとおかしくなっちゃうくらいの歌を、ポポはちゃんと歌えた。……そういうことだよね? うん、そういうことにしておこう)

「そうだ。ニキは、ニキの方はどうなったんだろう」

「行くのね、黄色いカナリアさん」

「うん。本当はもう少しだけ休んでいたいけど、そうも言ってられないから」

 

 メディアの暴走のおかげで結果的にソファーから身を起こして立つことのできたポポは、ここで協力者であるニキの安否を憂慮する。ポポがニキに、エクリプスの発生後にやってほしいと頼んだ内容は、ポポが祝祭の間から離脱したことを気づかれないよう偽装することだけではない。もっともっと厳しいお願いを、無茶振りをニキに託している。ポポに好意を抱いてくれているニキが、ポポの無茶振りを断れないとわかった上で、ポポはニキを茨の道に突き出したのだ。ゆえに、ポポには、疲れ切った体を引きずってでも、ニキの元へと赴く必要がある。それが、ニキを巻き込んだポポの責任なのだから。

 

 ポポの無茶振りを叶えるために、ニキがポポと一緒に組み上げたあの作戦が上手くいっていると信じたい。だけど万が一、作戦が上手くいかなかった時は、その時は。ポポは覚悟をしないといけない。祝歌を奏でたことを機に、マザー・クオリア側であると正体を現したクラウスやジゼルにより、アルトたちが殺されているかもしれない最悪極まりない展開を、覚悟しないといけない。

 

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 ポポは動悸を抑えるべく胸に両手を当ててギュッと拳を握り、深呼吸を繰り返す。そうして、一定の平静を取り戻したポポは、調律ノ館にメディアを残して、屋敷を飛び出した。

 

 

(だいじょーぶ、絶対にだいじょーぶ! ニキなら絶対、上手にやってくれる!)

 

 祝祭の間に向かうことを拒絶するポポの一面を奮い立たせるべく、ポポは盲目的にニキを信じ込みながら、王都を駆け抜けていく。一目散に祝祭の間へと向かっていくのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。祝歌を奏でてエクリプスを発生させた後、祝祭の間でのことはニキに託して、己は調律ノ館でひたすら歌を奏でて、世界中に埋め込んだ風のクオリアを共鳴させることで、人類へと襲いかかる無数の天使をすべて撃滅してみせた。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。天使から人類を救う役目をポポに託した後、己もまた、祝祭の間でポポから託された役割を全うするべく動き始めたようだ。
メディア:先祖代々、調律ノ館を管理する、王室付き楽師な女性。世界を救うためにとっておきの歌を奏でるポポの姿を唯一観測したメディアは今、間違いなく幸せの絶頂を迎えていた。

ポポ「天使は全部ゴッ倒す!!」

 ということで、31話は終了です。エクリプスから世界を救うためのポポの策――世界中に埋め込んだ風のクオリアを励起させて風の刃を巻き起こし、月から降臨する天使を全部倒す――がついに明らかになった回でした。ついにこの伏線を明かせる時が来たためか、今の私は感無量です。とはいえ、この伏線はかなりバレバレだったとは思いますけどね。

 さて、次回は少し時を巻き戻して、ポポが歌っている時の祝祭の間での出来事を描写します。ポポが世界を救うためにひたむきに歌を奏でている間、祝祭の間では一体何が起こっていたのか。


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32話.名女優ニキ


 どうも、ふぁもにかです。さてさて、ポポが離脱した後の祝祭の間で何が起こっていたのか、その一部始終を紐解きましょうぞ。



 

 復活祭当日の正午。ランベルト城内の高層に位置する祝祭の間にて。地水火風の魔女ことニキ、リゼット、サクヤ、ポポの4名は祝歌を奏で終えた。結果、祝歌は世界中に轟き、ヒルダの堕歌により結晶化させられた街や人を瞬く間に解放することができた。

 

 刹那、アルトたちが祝歌の成功を確信したまさにその時、祝祭の間に唐突に福音使徒が飛び込んでくる。時魔法で転移してきた福音使徒4名(ヒルダ、ダンテ、ドロシー、ルドルフ)は、アルトたちの様子や王都の広場から湧き上がる「万歳」の大歓声から、既に祝歌が奏でられた後だと悟り、絶望に顔を歪ませる。

 

 ニキがちゃっかり生成していた土人形の兵士を駆使して地下牢から解放した福音使徒は、ニキの狙い通りに、完璧なタイミングで祝祭の間に姿を現してくれた。おかげで今、皆の視線は福音使徒に注がれている。ゆえに、この場から既にポポが姿を消しており、代わりにニキが生成したポポの土人形が置かれていることに誰も気づいていない。

 

 

「止められ、なかった……!」

「福音使徒!? なぜここに!? 厳重に捕縛して、地下牢に閉じ込めていたはず――」

 

 福音使徒を代表してヒルダが悲痛に満ち満ちた声を上げ、エルマー閣下が唐突な福音使徒の登場に目に見えて驚愕する中。

 

 

(ここまでは順調ね、あとは――)

 

 ニキは表面上は目をカッと見開いて福音使徒を凝視することで、第9小隊の面々と一緒に驚いている演技をしつつ、脳裏でポポと話し合って築き上げた作戦を反芻し、これから己がやるべきことを見つめなおす。

 

 

 ◇◇◇

 

 『はなれ湯 華蝶庵』での一泊二日の慰安旅行。

 その夜。ニキがポポに頼まれたことは以下の2つだった。

 

 1つ目の頼みは、ポポが祝歌を奏でた直後に、祝祭の間から離脱したことをすぐに気づかれないよう偽装すること。

 ポポがこの件をニキに頼んだ目的は、ポポが世界中に埋め込んだ風のクオリアを励起させ、天使を全部殺すための歌を奏でる行為を誰にも妨害されないためだ。ポポがエクリプス発動とともに降臨する無数の天使をすべて撃退するためには、ポポが誰にも邪魔されずに渾身の歌を歌いきる必要がある。そのためには、ポポが調律ノ館に向かう必要があった。ポポが調律ノ館に向かったことを誰にもバレないようにする必要があった。

 

 そして。もう1つの頼みは、クラウス隊長と人造天使ジゼルを、戦わずして撃退すること。

 ポポは祝歌を奏でてエクリプスを発生させた後、月から大量に降臨してくる天使を全部倒すための歌を奏で続けることになる。だけど、ポポが世界中に埋め込んだ風のクオリアでできることは、あくまで人類を殺すという目的しか持たず、単純な動きしかできない天使を捕捉して片っ端から殺すことのみで。ポポが埋め込んだ風のクオリアの力では、まずクラウスやジゼルを退けることはできない。

 

 だから、人類を殺す気満々なクラウスやジゼルを退ける方策として、ポポの歌は使えない。加えて、天使を撃滅するための歌の真っ最中なポポ自身がクラウスやジゼルと戦うこともできない。仮に天使の襲撃が収まるまでクラウスとジゼルが人類を殺そうとせず、ポポが祝祭の間に戻れたとしても、渾身の歌を歌い切った後の疲弊したポポではとても戦力にならない。それゆえポポを戦力として換算できない状態で、2人を退ける必要がある。だけど、クラウスやジゼルは非常に強い。エクリプスが発生した時点のアルトたちでは到底、敵わない。ポポが過去に戻る前も、ルドルフが命を賭してクラウス&ジゼルと戦ってくれたおかげで、どうにか2人を退かせることができた。それくらい、クラウスとジゼルは強いのだ。

 

 ゆえに、クラウス&ジゼルと直接戦ってはいけない。直接刃を交えずに、2人を撤退させないといけない。それはつまり――ニキの繰り出す言葉だけで、クラウスとジゼルを倒さないといけない、負けを認めさせないといけない、屈服させないといけない、逃げ帰らせないといけない、ということだ。とはいえ、現時点のジゼルはクラウスの従順な配下でしかないため、ニキが言葉で戦う標的は、クラウス1人になるわけだが。

 

 

(ホント、つくづく厳しいオーダーよね)

 

 だけど、この無茶を通さなければ、例えポポが歌を歌って世界中の人を天使から救った所で意味がない。祝祭の間にいるニキたちが、王都ランベルトの住民たちが、天使の代わりに、クラウスとジゼルに殺されてしまうからだ。そうなってしまった時、どこまでも優しくて、どこまでも繊細なポポは確実に、修復不可能なほどに粉々に壊れてしまう。そう、ニキは確信している。

 

 

(……)

 

 ニキは脳裏に思い起こす。

 ポート・ノワールの大火の折の、すっかり壊れてしまった、痛々しいポポの姿を。

 

 ニキは脳裏に思い起こす。

 華蝶庵の屋根でニキが告白した折の、ポポの真っ赤に染まったかわいらしい表情を。

 

 

(もう二度と、誰にもポポを壊させたりなんてしない。ポポは笑顔が一番似合う、太陽の女の子なんだから)

 

 ニキが初めて恋をした、同性の女の子。放っておけばいつの間にか何もかも抱え込んで苦しんで消えてしまいかねない、どこまでも危なっかしい女の子。そんな難儀な女の子の明るい未来のため。ニキは今日――悪鬼になる。

 

 

(クラウス隊長。あなたもまた、マザー・クオリアに侵された被害者だってことはポポから聞き及んでいます。だけど、だけど、私は今日――あなたの心を完膚なきまでに壊し、廃人にします。……ごめんなさいは、言いません。ポポを救うため、世界を救うため、あなたは犠牲になってください)

 

 ニキは心の中でクラウスへの想いを紡いだことを最後に、クラウスへの一切の情を捨てた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「クラウス、早う福音使徒を捕らえよ! 陛下をお守りするのだ!」

「くくくッ……その必要はない。もはやその女は不要なのだからな」

 

 福音使徒は皆、祝歌が実行され全てが手遅れになってしまったことに絶望している。呆然と立ち尽くしている。その隙に、エルマー閣下は福音使徒を無力化するべくクラウスを急かすも、しかしクラウスはエルマー閣下の要請に応じず、心底愉快そうに嗤い、アナスタシア陛下に侮蔑の視線を送る。

 

 

「は? そなた、なにを言っている……?」

「ク、クラウス?」

 

 そんな、普段のクラウスの言動からはまるで想像できない言葉に、この場の皆がギョッとした眼差しをクラウスに向ける。皆がどれほど困惑しているかは、エルマー閣下やアナスタシア陛下の反応が如実に代弁していた。

 

 もしかして、さっきのクラウス隊長の発言は何かの聞き間違えだったのではないか。だって、誰よりもレグナント王国に、アナスタシア陛下に忠義を尽くすあのクラウス隊長に限って、陛下を愚弄する発言を口にするはずがないのだから。

 

 

「さぁ、いよいよ始まるぞ。千年ぶりの大祭典、神のための復活祭。……感謝しているよ、アナスタシア。愚かで醜いお前のおかげで、この日をようやく迎えられた」

 

 そのように誰もが考えた最中、しかしクラウスは止まらない。クラウスがアナスタシア陛下を指差し、しみじみと呟いた瞬間、祝祭の間を強烈な地響きが襲った。

 

 

「きゃああッ!?」

「い、一体何が起こってやがる……!?」

「ふぁああ!? み、みなさん、外を、外を見てくださいぃぃ!」

 

 不意に発生した地震にリゼットが尻もちをつき、ラスティが困惑と苛立ちが混じった声を漏らす一方、いち早く異変の元凶に気づいたののかが祝祭の間の外を指差す。そこで、皆が目撃した光景は、今までの人生で各自が積み上げてきた常識の範疇にない、尋常でない光景だった。

 

 月から木の根のようなうねうねとした太い何かが地球へと伸びて、次々と突き刺さっていく。月から次々と天使が舞い降りてくる。一目見ただけで、軽く万を超える数の天使が地上へと降り立ち、近場の人々を爪で、魔法で、容赦なく惨殺していく。まるで、地球最後の日。世界の終わり。そんな、皆が到底受け入れがたい残虐な光景が広がっていた。

 

 

(よし。みんなを騙せているみたいね。……クラウス隊長も、この光景を疑っていない。第一関門は無事突破できたわね)

 

 しかし、ただ1人。ニキのみは冷静に天使が王都の人々を虐殺する光景を眺めていた。当然だ、なぜなら今、王都に広がる光景は、ニキがアルトたちに見せている、偽りの光景(エクリプス)なのだから。

 

 ニキは福音使徒を祝祭の間に登場させることで皆の視線を福音使徒に集中させている間に、ポポの土人形を作る以外にも、王都一帯に大結界を展開する作業を行っていた。

 

 土の魔女が行使できる、結界の御業。この結界には、2つの効果がある。1つは、結界を通過できる物を選別する効果。これは人間のような実態のある物体から、声のような実態のない物にも作用させることができる。そして、もう1つの効果は、結界の中で、幻覚を構築できること。結界の中にいる人や動物に対して、現実世界では発生していない、ニキの妄想を投影して、見せつけてやることができるのだ。

 

 

(これで舞台は整った。あとはタイミングを見て、私の全力をぶつけるだけ!)

「なんだよ、これ……!?」

「どうなってんのよ!? だって、祝歌は成功したはずなのに!」

「隊長、ご指示を! 我々は一体どうすれば良いのですか!?」

「――まだわからないとは、つくづく愚かなグズどもだな」

 

 ニキが虎視眈々と機会を狙っている一方。王都に火の手が上がる。次々と人々が天使の手にかかり、鮮血をまき散らして命を落とす。祝祭の間の眼下に広がる地獄絵図にアルトやサクヤが狼狽の声を響かせ、アーチボルトがすがるようにクラウスに駆け寄る中、当のクラウスは深いため息混じりに皆に侮蔑の眼差しを向ける。

 

 そして、クラウスは語る。己の正体は、神聖レグナント王国を建国した初代国王、獅子王ゼノであること。己こそが、祝歌計画を通して、神の、マザー・クオリアの復活を企み、神が遣わす天使による人類虐殺ショーこと『エクリプス』発動を誘導していたこと。

 

 続けて、クラウスは嗤う。長きにわたって眠っていた神の復活を心から祝福し、次々と人々が死に絶える姿を『神の祝福』と称して、にこやかな笑みとともに眺め続ける。事態の深刻さを悟ったアナスタシア陛下がいくら己の権力を振りかざして、クラウスの暴虐を止めようと言葉を重ねても、クラウスはどこ吹く風だ。

 

 

「クラウス! このような暴虐、もうやめて! 民には何も罪はありません! 王国に恨みがあるというのなら、国民ではなく、私に……!」

「愚かしい。愚かしいな、アナスタシア。我が血脈の末路がこれとは、嘆かわしい限りだ。……今日をもって、人が世を統べる時代は終わりだ。これからは神が人類の主となる。……アナスタシアよ、今はせめてレグナント王国最後の女王として、美しく――」

 

 アナスタシア陛下が少しでも民を救うべく必死に声を張り上げるも、クラウスにはまるで届かない。クラウスはどんどんアナスタシア陛下への失望を深めながら、一歩、一歩。アナスタシア陛下の元へと歩み寄る。誰も、動けない。誰も、クラウスの動きを阻止できない。エクリプス発動により開催された人類虐殺の光景、すっかり豹変しきったクラウスの姿。これらの情報に対し、脳の処理が追いつかず、現実のものと到底信じられず、誰も行動に移せないのだ。

 

 

「――死ね」

 

 クラウスは流れるような仕草で胸元から鋭利なナイフを取り出し、アナスタシア陛下の胸元に突き刺そうとする。その瞬間を、ニキは待っていた。

 

 

「させない!」

 

 ニキは瞬時にアナスタシア陛下の眼前に、ニキの土人形を作り出す。結果、クラウスの繰り出した凶刃がアナスタシア陛下を貫くことはなく、アナスタシア陛下の盾となって胸を貫かれた土人形のニキはボロボロと崩れていった。

 

 

「ほう? よくアナスタシアを守れたものだな、ニキ」

「……あなたには思う所がありましたから、ずっと疑っていたんですよ、クラウス隊長」

「随分と意味深な物言いだな。せっかくだ、聞かせてもらおうか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 アナスタシア陛下殺害を妨害されたことにクラウスが意外そうに眼を見開き、ニキに視線を移す。クラウスの後を追うように、祝祭の間の皆の視線がニキに集中する中、ニキは独白とともにテクテクと歩みを進め、アナスタシア陛下の前に立ち、クラウスと真正面から対峙する。それから、クラウスから促されたことを契機に、ニキは深呼吸を挟む。

 

 ここから先は、ニキの舞台だ。ニキはこの舞台の主演の女優として、クラウスを相手に大立ち回りを行う。目的はただ1つ、クラウスの心を折ること。クラウスの心を折って、クラウスが人を殺さずに撤退させること。そのために、ニキはこれから、あらゆる手段を使って、手練手管の限りを尽くして、クラウスの心を殺しにかかるのだ。

 

 

(――さぁ、始めるわよ。愛するポポの輝かしい未来のため、死力を尽くしなさい、名女優ニキ! ポポの期待に、応えるのよ!)

「私は見ていたんですよ。あの時、あなたがカシミスタンに火を放ったのを」

 

 ニキは己がクラウスを疑っていた嘘の理由を告げる。当然、ニキは3年前のカシミスタンの大乱でクラウスがカシミスタンに火を放つ光景なんて見ていない。これは、ニキの賭けだ。あくまで魔女を殺すことを至上命令に据えていた福音使徒が、ルドルフが、ニキの母親たる土の魔女(当時)サイージャを殺す際にわざわざカシミスタンに火を放つ理由がないというニキの推測。あの時、カシミスタンに火を放つ理由があるのは、福音使徒よりも、福音使徒を極悪人に仕立て上げて、祝歌計画をスムーズに遂行させようとしたクラウスの方なのではないかというニキの推測。そのような己の推測を元に、ニキは堂々と、嘘を吐いた。

 

 

「なッ!? 隊長が、カシミスタンに火を!?」

「おい。何だよそれ……どういうことだよ、クラウスッ!」

 

 ニキが祝祭の間に投下した爆弾発言に、皆が衝撃にどよめく。とりわけアーチボルトが狼狽を深め、ラスティがクラウスに激昂する中、クラウスは、凶悪な笑みをますます深めた。それは、ニキの発言をクラウスが認めたも同義だった。

 

 

「……見られていたのか?」

「ええ、見ていましたよ。この眼で見ていましたとも。だから私は最初にあなたたちと会った時、あんなにも強硬に、難癖をつけまくってでも祝歌計画に反対し、カシミスタンに残る意思を示したのですよ。この私がどうして、あの時カシミスタンに火を放った仇の、憎くて憎くてたまらない、あなたの提言を易々と受け入れられましょうか?」

「なるほどな、尤もな意見だ」

「第9小隊に入ってからも、私はずっとあなたのことを、そしてあなたが進めようとした祝歌計画のことを疑っていました。だから、私たちが祝歌を奏でた後に、あなたが豹変した時、『やっぱり』と思いました。……普段のあなたがあまりに清廉潔白な立ち振る舞いをしていたものだったから、もしかしたら私があの時に見た、カシミスタンに火を放った人物は、実はクラウス隊長の双子だったのではとか、クラウス隊長に変装した別の人が火を放ったのでは、とも考えましたが……真実は単純なものですね。あなたが良い人を演じていた、それだけだったわけです」

「それほどまでに常日頃から私を疑っていたからこそ、とっさにアナスタシアを守れた。そういうことか」

「そういうことです」

「だが、私を疑っていたから何だというのだ? たった一度だけアナスタシアを守れたから何だというのだ。すでにエクリプスは始まった! 止める手段はどこにもない! お前たち魔女が祝歌を奏でて、人類絶滅の引き金を引いた事実は何も変わらない!」

 

 ニキがクラウスを疑っていた。ニキがクラウスを警戒していた。それゆえニキがアナスタシア陛下を守ることができた。ニキが得意げに語る一方、クラウスは語勢を強めてニキを攻め立てる。クラウスの望んだ通りにエクリプスが始まったというのにただ1人、全く動じずに不敵に微笑むニキに、得体の知れなさを感じ始めたからだ。

 

 

「ほら、聞こえるだろう! 次々と神に裁かれていくランベルトの民の、悲鳴が! 怒号が! 絶望の声、が……?」

 

 クラウスが右腕を大仰に振ってニキに地上を指し示す。が、そこで。クラウスの発言が止まった。クラウスの目線はとある一点に定まっていた。それは、王都ランベルトの城門だった。ランベルトの住民を外敵から守るためにそびえる城門。その先に、クラウスは目撃した。幾何学模様を描く純白の紋章が王都を取り囲み、天までそびえる光景を。

 

 

「ふ、ふふふふふふ。あんなに目立つのに、今さら気づいたんですね、隊長。まぁ、それも仕方ありませんね。人は誰しも、己の勝利を確信した時は、得てして油断してしまうものですから」

「あれは、土の魔女の大結界……ま、さか――!?」

「――ええ、そのまさかです。良い夢は見られましたか、クラウス隊長? あなたの思い通りに事が運び、人類が神に滅ぼされていく様を眺めているあなたはさぞ、夢心地だったことでしょう。ですが、夢はいつか覚めるものです。これからは、あなたにとっての残念な現実を見てもらいましょうか」

 

 目に見えて動揺を見せるクラウスを相手に、ニキはますます笑みを深めていく。そして、ニキはスッと右手を高らかに掲げて、パチンと盛大に指を鳴らす。ニキの指パッチンの音が祝祭の間を駆け巡った刹那、バリンと。強烈な破壊音が場に響き渡った。王都ランベルトを囲うように展開されていたニキの大結界が、まるでガラスが割れたかのような破砕音を引き連れて、粉々に砕け散っていく。

 

 直後、アルトたちは信じられない光景を目の当たりにした。さっきまで地上で天使に為すすべもなく殺されていたはずの住民たちが当然のように生きている光景が広がっていたからだ。

 

 否、住民たちは決して安全な状況にはいない。アルトたちが地上を見下ろしている間も、月から降臨した無数の天使たちは住民の命を刈り取るべく次々と攻撃を仕掛けている。しかし、それらの攻撃が住民に届く前になぜかかき消され、天使自体もいつの間にか切り刻まれて消失する。そんな不可思議な光景が、アルトたちの眼前に広がっていた。

 

 

「マスター、異常事態です。天使たちが次々と、謎の攻撃により撃滅されています」

「そんなことはわかっている!」

「申し訳ありません、マスター」

 

 と、ここで。クラウスの元に、彼の忠実な部下である人造天使ジゼルが焦った様子でクラウスに報告する。対するクラウスは想定外極まりない王都の光景を吞み込めず、声を荒らげるのみだ。

 

 

「ジゼル!? どうして……」

 

 かつて、リゼットを魔剣カルブンケルの呪いから救うために福音使徒のアジトたるファーレンハイトに乗り込んだ時にアルトたちを助けてくれたジゼルがクラウスに寄り添い、眉根を下げて謝罪する姿を目の当たりにして、ジゼルが敵であるとアルトたちが察してしまい、アルトがショックを多分に含んだ声を漏らす中、ニキが言葉を綴り始める。

 

 

「それでは、種明かしをしましょうか。先ほどまで、皆さんが目の当たりにしていた、天使が王都の住民を惨殺する光景は偽物です。土の魔女が行使できる結界には、結界の中に入っている人に、私が想像した光景を見せつけることができる、そういう効果があるのです。今回はそれを利用して、クラウス隊長が望む光景を特別にお見せしてあげたんですよ。ふふ、見事な演出だったでしょう? お楽しみいただけましたか?」

「「「……」」」

 

 饒舌に、流暢に、泰然と。己の仕込んだネタを披露するニキに、誰も口を挟めない。衝撃的すぎる展開が立て続けに襲ってきているせいで、現状把握が追いつかないのだ。

 

 

「しかし、現実はこの通り。天使に殺される住民なんて存在しないのです。ふふ、なぜでしょうね? 気になるのなら、耳を澄ましてみましょうか。そこに答えがありますから」

 

 ニキが片耳に手を添えて、もう片方の手の人差し指をピンと立てて、祝祭の間の皆が安易に音を発しないように誘導する。ニキの誘導に導かれるままに、アルトたちは耳を澄ませ、聴覚に全神経を集中させる。結果、アルトたちは王都の住民の喧噪の中に歌が混じっている事を察知した。かわいらしい声色と、勇壮な声圧が混じった歌。その声に、祝祭の間の誰もが聞き覚えがあった。

 

 

「これって、ポポの声? ポポが、歌ってるの?」

「いや、それはおかしいですよ! だってポポさんならそこにいるじゃないです、か……!?」

 

 リゼットがいち早く歌の主がポポであるという事実にたどり着き、しかしユアンが異を唱える。ユアンは祝祭の間にたたずむポポを指差し、そこでようやく違和感に気づいた。ポポはただ直立不動で立っているだけだ。祝歌が奏でられた後、天使が住民を虐殺する光景や、クラウスがアナスタシア陛下を殺そうとする光景、ニキがクラウス相手に弁舌を振るう光景、ニキが大結界を壊す光景など、衝撃的な光景はいくらでもあった。だけど、祝歌を奏でて以降、ポポの声を、リアクションを一度だって聞いていない。そのことにようやく、祝祭の間の皆が気づいたのだ。

 

 

「今、この場にいるポポもまた、私が作った土人形(にせもの)です。今、ポポは、人々を天使から守るために特設ステージで歌を奏でている最中ですよ」

「「「ッ!?」」」

 

 ニキは皆の反応からタイミングを見計らい、己の土魔法を解除する。結果、直立不動で無表情なポポの体が突如として、ボロボロと崩れ始め、土塊を残して消え果てた。

 

 

「さて、ここら辺で一つ訂正しますね。クラウス隊長、あなたがカシミスタンに火を放った光景を目撃したのは、私ではありません。だって当時の私は領主館にいて、正式に福音使徒に寝返ったルドルフが母さまを殺す瞬間を、物陰に隠れて見ていることしかできませんでしたから」

「……なに? ニキが見ていたのではないのか?」

「はい。カシミスタンに火を放つ。その光景を見ていたのは、私ではなくポポなんですよ」

 

 ニキの思わぬカミングアウトにクラウスが目を見開く中、ニキは畳みかけるように言葉を続ける。すべてはクラウスの心をへし折るため。その目的めがけて、ニキは全速力で疾走していく。

 

 

「当時。3年前のポポは、大好きで仕方ない、冒険譚が綴られた大作小説に憧れて、世界一周の旅行を始めました。その折、砂漠の都カシミスタンに滞在しようと足を運んだ時、ポポは偶然にも、クラウス隊長がカシミスタンに火を放ち、邪悪に嗤う姿を目撃していたのですよ。……当時のポポは、人間の悪意なんて知らずに生きていました。みんなみんな、誰もが良い人なんだと信じて、疑っていませんでした。それくらい純粋な女の子でした。それゆえ、クラウス隊長のあまりに邪悪な表情に戦慄して、動けずにいました。ポポが平静を取り戻した時は、既にカシミスタンは滅びかけていて、ポポは必死にカシミスタンの生き残った民を救うべく行動に移しました。結果、あの時カシミスタンはかろうじて滅ばずに済みました」

「「「……」」」

「その後、ポポはカシミスタンの復興に尽力する傍らで、クラウス隊長の情報を調べ上げました。彼がどういう人物なのか、どうしてあの時カシミスタンに火を放つに至ったのか。風の魔女の特色である、風のうわさを集める能力を全面的に駆使して、クラウス隊長のことをどこまでも調べ尽くしました。その結果、ポポはすべてを知ったのです。あなたが元々はレグナント王国を建国した獅子王ゼノであり、今のあなたは神の愛に汚染されたがゆえに、エクリプスを発生させて人類を滅亡させるための祝歌計画の遂行に尽力している、という事実を」

 

 コツコツ、と。ニキは祝祭の間に己の靴音を響かせながら、まるでミュージカルの舞台を観衆に見せつけるかのように、皆の注目を集めるムーブを心掛けつつさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「当時、ポポはクラウス隊長が腹に抱える邪悪な計画を、その悪辣な計画を完遂するためにカシミスタンに火を放ち、大乱を勃発させた所業を王国に告発しようとしました。しかしその時、ポポは心から絶望しました。なぜならポポが告発するつもりのクラウス隊長が、ルドルフの後を継いで王国の騎士団長に、武官の長に成り上がっていたんですから。……世界を、人類を滅ぼそうとしている敵が、国の中枢に入り込んでいる。この事実を叩きつけられた時から、世界を、皆を救うためのポポの孤独の戦いが始まったのです。……ポポはわきまえていたのですよ。片や女王の信任の厚い騎士団長、片や後ろ盾のないただの魔女。素直にクラウス隊長の所業を告発した所で国がどちらを信じるかなんてわかりきっていると、どうせ魔女の妄言だと吐き捨てられて終わるどころか、クラウス隊長の思惑を知る自分が消されてしまうだけだと、ポポにはわかっていたのです」

 

 ニキは両手を緩やかに動かし、皆の耳目を己に引き寄せる。皆がニキの話を傾聴している。誰一人として、ニキの発言を妨害しない。そのような最高な環境の中、ニキは引き続きポポの軌跡(フィクション版)を語っていく。

 

 

「ポポは必死に考えました。ポポが望む世界は、皆が幸せに生きるハッピーエンド。その世界にたどり着くために何をすればいいのか、どのような準備が必要なのか、己に足りないものは何なのか。ポポは毎日、頭を限界まで振り絞って考え続けました。その思考の果てに、ポポは1つの方針を決めました。結局のところ、月に鎮座するマザー・クオリアを倒さない限り、祝歌計画を進めようとするクラウス隊長の暗躍を妨害しようが、福音使徒に加入してエクリプスを防ぐために動こうが、遅かれ早かれエクリプスが発生して人類が滅亡する未来は確定している。だけど、マザー・クオリアを倒すためには、まず月まで行かないといけなくて、しかしこの地上から月までの道は、エクリプスを発生させないと作られない。だったら、エクリプスは敢えて発生させた上で、天使から人類を守るためのシステムを作ろう。そのようにポポは方針を打ち立てたのです」

「「「……」」」

「それから、ポポは天使から人類を守るためのシステムを作るために3年間、身を粉にして、己に課した『お務め』を行いました。そのお務めの内の1つが、この地上のありとあらゆる場所に風のクオリアを埋め込むというお務めです。その結果が今のこの光景です。ポポは今、世界中の風のクオリアを己の歌をトリガーにして起動させ、風のクオリアから風魔法を発生させることで、月から無数に降り注ぐ天使を1匹残らず殲滅しているのです」

 

 絶句。誰もが言葉を失っていた。ニキによって開示された、ポポの軌跡(フィクション版)に。ポポの今までの意味深な行動に秘められた思惑に。

 

 ニキは内心で笑みを深める。今、祝祭の間に集う皆は、ポポに対する評価をガラリと変えているはずだ。世界を、人々を救うために、常人にはまず考えつかない方針を確立し、3年間かけて入念に準備をしてきた、そのような途方のない人物に思えて仕方ないはずだ。特に、アナスタシア陛下やエルマー閣下、第9小隊の面々からの厚い信用を利用して、皆を祝歌計画を完遂する駒として思い通りに動かしてきたと思っていた、クラウス隊長にとって。

 

 

(クラウス隊長の心をへし折る。そのためには、クラウス隊長のプライドを壊しつつ、クラウス隊長視点のポポを、得体のしれない強大な敵に据える必要がある。この調子でいくわよ)

「よって、クラウス隊長。エクリプスは発生しましたが、エクリプスが終わるまでの29日間、誰も死ぬことはありません。ポポの作ったシステムは完璧ですから。……エクリプスを利用して人類を滅ぼし神を人類の主に据えるという、あなたが千年に渡り画策した計画は、ポポがたった3年で準備した、ハッピーエンドな未来にたどり着くための計画によって、失敗したのですよ。ふふ、今のお気持ちはいかがでしょうか?」

「……何だ、何だそれは? 私の計画は、目的はすべてポポに筒抜けで、私はポポの想定通りの動きをしていただけだとでも言うのか?」

「その通りですよ。あなたは自分が神に愛された、選ばれし者だと勘違いをしているようですが、しょせん、あなたは十代の女の子が思いついたアイディアで、己の計画をひっくり返されるだけの、凡人だったんですよ。凡人のくせに『自分は特別だ』だなんて粋がっちゃって、自分を信用する陛下や第9小隊のことを愚かな駒だと思っちゃって……ふふふ、年齢の割に随分と愛らしいじゃないですか。かわいいですよ、千歳児のお子様クラウス」

「あり得ない! そんなふざけた話があってたまるかッ!」

「私がこんなに懇切丁寧に説明してあげているのに、現実を認めようとしないんですね、愚か者。そういうところが、あなたの凡人たる由縁ですよ。ほら、歴史も物語っていますよ。千年前の英雄エルクレストは今もなお人々に広く語り継がれ、あなたは千年前にこの国を建国したにもかかわらず、人々に全然語り継がれない。あなたが凡人に過ぎない何よりの証左です」

 

 現状の種明かしをある程度済ませたニキは、ここから本格的にクラウス煽りを開始する。クラウスが千年もの歳月を費やして準備した完璧なはずの計画が、ポポがたった3年間で準備した計画によって打ち砕かれたという事実を突きつけて、お前は大したことのない人物なのだと、ニキは言葉巧みに突きつける。ニキから次々と繰り出される言葉の刃に、クラウスは目に見えて狼狽し、声を荒らげるだけで精一杯のようだ。

 

 

「さて。ただいまクラウス隊長は、失敗した己の計画について、ここからどうやって挽回するかを必死に考えていることでしょう。……しかし、無駄ですよ。ポポは3年間で過酷なお務めを完遂し、すべての準備を終えました。ポポはハッピーエンドな未来にたどり着くために、ありとあらゆる状況をシミュレートし、そのすべてに対して対策を用意しています。凡人のあなたごときが思いつく程度の凡庸な策では、決してポポの想定を超えられない。あなたがポポの思惑を知らないまま今日を迎えた時点で、あなたはもう詰んでいるんですよ」

「……まれ……」

「さてさて。では、己の考えていることがすべてポポに読まれているのなら、マザー・クオリアに泣きついて知恵を求めてみますか? それも無駄ですよ。マザー・クオリアが人間の自殺願望により生み出されたことはよく知っているでしょう? マザー・クオリアがあなたを選び、神の愛で汚染したのは、決してあなたが特別な人間だからではなく、マザー・クオリアがあなたに利用価値を見出したからです。人類滅亡に使えない奴なんて、マザーは愛しませんよ。マザー・クオリアに会えば最後、あなたはゴミとして廃棄処分されるだけでしょうね。母さまに泣きつけないなんて、困りましたね? お子様クラウス?」

「……だま、れ……」

「ならば、あなたの傍に控える、忠実なしもべのジゼルに相談してみますか? 残念、それも無駄ですよ。あなたが作った道具に過ぎないジゼルが、あなたが教えた知識しか知らないジゼルが、ポポの策を超えることなど不可能です。無能な部下を持つと苦労しますね?」

「黙れッ……」

「クラウス隊長。あなたは人類を裏切りました。しかしあなたの計画は大失敗、マザー・クオリアに失望されてしまいました。もう、あなたは誰にも頼れません。あなたの居場所もどこにもありません。……では、改めてインタビューしましょうか。ポポの完璧な計画により、己の計画を台無しにさせられてすべてを失った今のお気持ちはいかがでしょうか? 率直な感想でよろしくお願いしますね?」

「黙れぇぇえええええええええええええええええッ!!」

 

 ニキはクラウスの心の逃げ道を塞ぐために、淡々とした口調で、今後クラウスが取りうる行動を潰しにかかる。落ち着いた口調ながらも苛烈なニキの舌鋒に、クラウスはニキを黙らせるべく、激昂の雄叫びとともに、一息にニキとの距離を詰めて槍を突き出した。対するニキは、敢えて回避をしなかった。代わりに、槍に対して己の右手を差し出し、結果、ニキの右手が深々と、クラウスの槍に貫かれた。

 

 

「ニキッ!?」

(い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)

 

 クラウスの繰り出した俊敏な一撃によりニキが深く傷ついたことに、アルトが動揺に満ち満ちた声を上げる中。ニキは内心で右手の激痛に絶叫する。しかしニキは鋼の意思で、表情を苦悶に歪めることはしなかった。悲鳴を上げることはしなかった。代わりに、ニキは槍に貫かれた右手を放置して、ズイッとクラウスへと顔を近づけてさらなる言葉の一撃を繰り出す。

 

 

「無駄ですよぉ?? あなたがここで私を殺そうが殺さまいが、すべてポポの想定内です。言いましたよね? あなたはもう、詰んでいます。あなたに、未来はありません。くっふふふふ、きゃははははははははははは! とんだ道化ですね、クラウス隊長! ざまぁみなさい! これがカシミスタンを、世界を滅ぼそうとしたアンタにふさわしい末路よ!!」

「あ、ぁあ……!?」

 

 ニキはこれまでの淡々とした口調をここで取っ払い、強い口調で渾身の一撃を言い放った。一方のクラウスは、ニキに完全に気圧されていた。槍に手を貫かれたにもかかわらずクラウスへの言葉責めを一切やめず、悪辣な笑顔を引き連れて、お腹を抱えて爆笑する、そんな不気味なニキを前に、ニキから突きつけられた口撃を前に、クラウスはただ愕然としたまま、かすれた声を漏らすことしかできない。

 

 

(あと一押しね。あと一押しで、クラウス隊長の心をへし折れる)

 

 状況は作り出せた。

 ニキはクラウスに、ポポが強大な敵であると信じ込ませることができた。強大な敵であるポポの策を打ち砕かないといけない。それなのに、クラウスはマザー・クオリアを頼れない。ジゼルを頼れない。己の知恵や武力すらも頼れない。そう信じ込ませることができた。

 

 己がどのような言動をしたところで、すべてがポポの手のひらの上。そのように信じ切っている以上、今やクラウスの中で、得体のしれないポポへの恐怖心が増幅しきったはずだ。

 

 ならば、あとは土魔法でポポを作ってクラウスに見せつければいい。何体でも何十体もポポの土人形を作って、クラウスを包囲する。これで、ポポへの恐怖が爆発し、クラウスは衝動的に逃げ帰るはずだ。

 

 ニキは体中を駆け巡る激痛を耐え忍びながら、土魔法を行使しようとして、中断した。代わりに、ニキはにこやかな笑みを浮かべて、クラウスの背後に向けて語りかけた。

 

 

「――さぁ、ポポ。この救いようのない愚か者をどうしましょうか?」

「ッ!!」

「「「えっ?」」」

 

 ニキの言葉にクラウスは弾かれたように己の背後を振り向く。アルトたちもクラウスに続いて、ニキの視線のその先を見やる。そこには、風をまとったポポがふわりと祝祭の間に着地する姿があった。

 

 

「……」

 

 ポポは周囲を一瞥し、状況を軽く確認した後、平然とした表情を引き連れて、テクテクとクラウスの元へと歩を――。

 

 

「や、やめろ、来るな。来るなぁぁあああああああああああ!!」

「マスター!?」

 

 クラウスはもはや恐怖の権化と化したポポから逃れるべく、ポポに背を向けて全力で駆け出し、祝祭の間から飛び降りた。クラウスの唐突な逃走に、反応が一瞬遅れたジゼルもまた、クラウスの後を追うように祝祭の間を飛び降りる。普通の人間なら祝祭の間の高さから地上に落ちれば死亡確定だが、いくら取り乱しているとはいえ確かな実力のあるクラウスや、そもそも天使の翼で飛行できるジゼルはまず死なないだろう。

 

 

(何とかなったわね――ッ)

「ぅ、えぅぅぅ……!」

 

 クラウス隊長と人造天使ジゼルを、戦わずして撃退する。ポポの協力者として、ポポの依頼を達成できたことに、ニキは心の底から安堵した。そして、緊張の糸が切れたニキは、プルプルとその場で震えだし、右手を抱えてボロボロと涙を零し始めた。

 

 

「ニキ!」

「わ、私も!」

 

 ポポはクラウスとジゼルが十分遠ざかったことを確認してから、ポポもまた、先ほどまでの平然とした表情を崩し、血相を変えて慌ててニキに駆け寄り、風魔法リトルヒールを連続使用してニキの傷の高速治療にかかる。リゼットもまたハッと我に返り、ポポに続いてニキに水魔法ヒールを行使し始める。

 

 

「ありがとう、ございます。ポポ、リゼット」

「ありがとうじゃないよ! だいじょーぶなの、その怪我!? どうして、ニキが傷つくなんて展開、ポポたちが考えた作戦にはなかったのに……」

「……ごめんなさい、少しクラウス隊長を煽りすぎましたね。けれど、後悔はしていません。手加減した言葉攻めで、クラウス隊長の心を折るのに失敗してしまったら元も子もありませんから」

「ニキ……」

 

 右腕から伝播し続ける強烈な痛みに、ニキは脂汗をダラダラと流しながらも、ニキは己を治療してくれるポポとリゼットにペコリと頭を下げる。対するポポは全力で風魔法の治療を続けながらも、ニキが大怪我を負うことになってしまった原因を問う。そのような、ニキの怪我に動揺しまくるポポの姿は、必死にニキを治療するポポの姿は。アルトたちから見て、先ほどニキが話していたような、すべてをシミュレートして完璧に準備をしたポポとはとても思えなかった。

 

 

「……ポポ。一体、何がどうなってるのか、説明してくれないか? ポポは、全てを知ってるんだよな?」

「アルト。……うん、話すよ。この場のみんなにね。元々、祝歌計画が終わったら話すって約束だったし。……でも、まずは王国の皆を落ち着かせないと、だよ。皆はきっと今の出来事に動揺してるはずだから、陛下の言葉を欲しがってるんじゃないかな。……陛下、皆に伝えてください。これから29日間、天使が皆を殺しに月からやってくるけど、全部ポポが倒して見せるから、心配しないでって」

「そ、その通りですね。民に、当面の危機が去ったことを伝えなければ。エルマー、早く行きましょう」

「お、お待ちくだされ、陛下!」

 

 アルトが困惑しながらもポポに近づき、おずおずと状況の説明を乞うと、ポポはアルトの要請にうなずきつつも、アナスタシア陛下に向き直り、王国民への伝言を託す。ポポから伝言を受け取ったアナスタシア陛下は、未だ動揺冷めやらないながらもポポの要請を即決して受け入れ、エルマー閣下を伴って、パタパタとした足取りで祝祭の間を後にする。

 

 

「ニキの怪我が心配だし、話は救護室でしよっか。みんなも、それでいい?」

「あ、あぁ」

 

 かくして、未だ動揺冷めやらぬアルトたちは、ポポの提案のままに、救護室へと場所を移すのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。天使をゴッ倒す歌を奏でた後、祝祭の間に戻ってきた際に、場の状況からニキがクラウスを追い詰めまくることに成功していることを悟り、最後の一押しをするべく、右手を深く怪我しているニキに駆け寄りたい衝動を抑え込んで、クラウスにプレッシャーを与えるムーブを遂行するに至った。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。今回のMVP。人類を殺す気満々なクラウス&ジゼルと、戦闘せずに撤退させるために、全力でクラウスの心を追い詰める演技を振舞って見せた。ニキかっこいい。
クラウス:レグナント王国の騎士団長にして第9小隊隊長の男性。に、扮していたレグナント王国の初代王様ゼノ。年齢は千歳を超えている。千年前に当時の英雄エルクレストたちとマザー・クオリアを倒すために月に赴いた際に、マザー・クオリアに敗北し、その時マザー・クオリアの愛に汚染されたことをきっかけに、エクリプス発生を目指して暗躍し続けていた。でもって、今回の被害者枠。ニキの言葉責めにクラウスは屈してしまった模様。
ジゼル:クラウスによって作られた疑似生命体。天使に酷似した体つきをしており、飛行も思いのまま。この度、ニキの精神攻撃によりプライドをズタズタに引き裂かれたクラウスとともに撤退することとなった。

ニキ「ざーこざーこ。千年も生きてるくせに、たった十数年しか生きてないポポよりも頭よわよわなんて恥ずかしくないの? このマザコン♡」
クラウス「あ、ぁあ……!?」

 というわけで、32話は終了です。いやぁ、やっとこの回を執筆できましたよ。ここの苛烈な言葉責めを仕掛けるニキを描写したくてたまらなかったんですよね。

 そして、ポポが天使を全員ゴッ倒し、ニキがクラウス(+ジゼル)を逃げ帰らせたことにより、アナスタシア陛下生存ルート&フランツ生存ルートが確定しましたね。これでエルマー閣下やレナちゃんが嘆き悲しむ未来を消し去れましたね。良かった良かった。

 にしても、この手の場面を描写する時に何が難しいって、ニキが無双している間、蚊帳の外となったアルトたちや福音使徒の描写をとてつもなくしにくい点ですね。なので今回は、あまりアルトたちは喋りませんでしたが、読者の皆さんの中で、「アルトたちは今こんなリアクションをしているはずだ」と、好きなように妄想してもらえると助かります。


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33話.ポポが歩んだ過去の話


 どうも、ふぁもにかです。
 あけましておめでとうございます(大遅刻)
 本作品における復活祭の出来事を執筆できたことに満足しまくってた結果、しばらく筆を置いていましたが、連載再開します。今年中に本作品を完結させることが目標です。今年も本作品をよろしくお願いします。



 

 地水火風の魔女4名が祝歌を奏でたことを契機とした一連の衝撃的な出来事ラッシュが終了し、ランベルト城に勤める勤務医によりニキの右手が適切に治療された後。しばらくして。救護室にはそうそうたる面子が集結していた。

 

 まずは、王立騎士団第9小隊のメンバーたる、アーチボルト・ラスティ・アルト・リゼット・サクヤ・ののか・ユアン・ニキ。続いて、これまで第9小隊と幾度となく敵対してきた福音使徒、ヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフ。そして、神聖レグナント王国の頂点に君臨するアナスタシア陛下。及び彼女を支える重鎮エルマー閣下。

 

 本来なら決して交わることのない面々が、救護室に集結していた。彼らの合計28の瞳から注がれる視線の先にいるのは、1人の少女。金糸のようにきらめき輝く金髪をツインテールに束ねた風の魔女、ポポだ。

 

 

「……」

 

 だが、皆の注目を一手に集める当のポポの様子は少々おかしかった。汗をダラダラと流し、せわしなく視線を右へ左へと動かす様はまるで、己が意図せずやらかしてしまったいたずらについて親に叱られることを恐れおののく幼子のようだった。

 

 

「ね、ねぇニキ」

「何かしら、ポポ?」

「え、えと。確か、クラウス隊長とジゼルと戦わないで2人を退散させるために、ニキがクラウス隊長を思いっきり馬鹿にして、プライドを粉々にするって作戦だったよね?」

「うん、その通りよ。そんなに改まって、どうしたの?」

「んと、その。ニキはポポのお願いを叶えるためにすっごく頑張ってくれたんだけど……その時にさ。ポポのこと、なんて言ったの? クラウス隊長がポポのことを見てすっごく怖がってたことといい、みんなの視線から、何かこう、圧を感じることといい……みんなにすごく誤解されてる気がするんだけど」

「心配しないで、これがポポに与えられるべき正当な評価よ。ポポはそれほどのことをしたんだから。私はただ、クラウス隊長に、アルトたちに、ポポの魅力をほんの少しだけ教えてあげただけよ」

「な、なるほどー?」

 

 ポポは居ても立っても居られなくなり、ポポの隣に悠然とたたずむニキにこしょこしょと耳打ちで今の状況の発生原因を問う。対するニキは、誇らしげな笑みを携えて、祝祭の間でクラウス&ジゼルを退けるために、ポポのことにも軽く言及したことをそれとなく伝えた。結果、ポポは引きつった笑みをニキに返すことしかできなかった。

 

 

(絶対、ほんの少しだけ教えたわけじゃないよね!? 絶対、ポポのことをあることないこと言いまくったよね、ニキ!? じゃないとみんなからの視線がこんなにザクザク突き刺さってくるわけがないもん!)

「あ、あの。みんな。ニキが祝祭の間で何を言ったのかはポポにはわからないけど……ポポはポポだよ。今までと何も変わらない、ポポなんだよ。だからその、いきなり態度をガラッと変えられると、違和感が凄いというか、居心地が悪いというか……」

 

 沈黙。否、ニキ以外のみんなが、ポポの一言一句を漏らしてなるものかといった様子で、ポポの口から語られる事情を待っている。一方のポポは、ニキからの助け舟が期待できない状態で、皆からの無意識な精神攻撃にわたわたすることしかできず、ただいたずらに時間が過ぎていく。

 

 

「――お、ここにいたッスか。おっす少女、来たッスよ」

「あ、博士!」

 

 と、ここで。救護室の重い空気に、朗らかな声が投下される。ポポが弾かれたように救護室の扉に視線を向けると、そこにはポポに向けて軽く手を振りつつポポへと歩み寄ってくるヴェロニカ博士の姿があった。そのような、いつもと何も変わらない普段通りのヴェロニカ博士は、今のポポにとって救世主に他ならなかった。

 

 

「博士!?」

「博士、ポポに会いに来てくれたってことは、その……」

「うぃ。約束通り、仲間になる気で遠路はるばる来たと思ってくれて良いなりよ。風の魔女の策に度肝を抜かれたんでね」

 

 思わぬ人物の登場にアルトたちが目を見開く中、ポポはおずおずとした口調でヴェロニカ博士の真意を訪ねる。期待半分、不安半分といった様子のポポを前に、ヴェロニカ博士は穏やかな笑みを添えて、ポポの望み通りの返答を繰り出した。

 

 

「そっか、ありがとう博士!」

「どういたしまして。いやはや、まさかこのちびっ子があの無数の天使を全部倒す脳筋戦法を選ぶとはねぇ」

 

 ポポはヴェロニカ博士との取引を制することができたことにパァァと晴れやかな笑みを浮かべて感謝する一方、博士は改めてポポの姿をまじまじと眺めて、しみじみと己の正直な感想を呟いた。と、ここで。いつもの調子を取り戻したポポは、仲間となった博士に最初のお願いをすることに決めた。

 

 

「ねぇ博士。仲間になってくれた博士に早速お願いがあるんだ。ポポはこれから、みんなにポポのことを話そうと思ってる。でもその前に、まずは博士から、みんなにこの世界のこととか、博士のこととか、知っていることを全部教えてほしいんだ。ポポだと、上手に話せる自信がないから」

「うへぇ、早速めんどい話が来たッスね。こりゃ、もうちょい時間経ってから合流すべきだったかね。とはいえ、まずはこの場の全員の知識レベルをそろえておかないとそれはそれで一々面倒だし……必要経費と思って諦めるッス。では諸君、1回しか話さないからよく聞くように」

 

 ポポからのお願いにヴェロニカ博士は心底だるそうなため息を長々と吐いた後、結局はポポのお願いを受け入れ、アルトたちへと向き直り、高らかに声を上げる。

 

 

「ホワイトボードプリーズ!」

「はーい!」

 

 ヴェロニカ博士は、ポポが救護室の端から持って来たホワイトボードに、必要に応じて簡易なイラストを描きながら、つらつらと言葉を紡ぎ始める。

 

 それは、第9小隊(+アナスタシア陛下、エルマー閣下)にとっては衝撃的極まりない世界の真実。それは、福音使徒にとっては一部を除き、大方既知の事実。

 

 すべての発端は5000年前の前史時代にまでさかのぼること。

 当時の人類ことテクノロミーは、歌を媒介として、感情エネルギーを物理エネルギーに変換する『魔法システム』を開発したこと。

 その魔法システムでひたすら戦争を続けた末に、テクノロミーの誰もが戦争が終わることを諦めて、疲れた、死にたい、殺したいと自殺願望を持ち始めたこと。

 テクノロミーが無意識に紡いだ膨大な自殺願望が感情エネルギーとなり、魔法となり、結果として巨大なクオリアである月とそれを司るマザー・クオリアを生み出したこと。

 人類の自殺願望から生まれたがゆえに、マザー・クオリアが人類殲滅を目的としていること。

 目的を果たす手段として、魔女を介して人類の感情エネルギーの総量を計測し、総量が基準値を超えたら、29日もの間、無数の天使を何度も地球に派遣して人類を殲滅するエクリプスを発動していること。

 結局、マザー・クオリアのエクリプスにより前史時代は滅び、生き残ったのはヴェロニカを含むほんのわずかな数のテクノロミーだけであること。

 

 そして。時は過ぎ。1000年前にエクリプスが再発動した際、1人の少年こと英雄エルクレストが立ち上がったこと。

 その身に星のクオリアを宿し『調律』という魔法を使える指揮者たるエルクレストが、マザー・クオリアのしもべでしかなかった5人の魔女を調律し、仲間に引き入れたこと。

 そうして、エルクレスト・彼の親友の獅子王ゼノ・ヴェロニカ・5人の魔女の計8名で、マザー・クオリアを倒すべく、世界樹を登って月に向かい、マザー・クオリアと戦ったこと。

 天使たちを滅ぼし、マザー・クオリアを弱体化させる星歌を5人の魔女が奏でたことで、途中までは戦闘を優勢に進められていたこと。

 しかし戦いの中で、マザー・クオリアに人格が宿り、マザー・クオリアが強化された影響で、エルクレストたちは敗北し、月にゼノを残して地球へと敗走したこと。

 マザー・クオリアの負の感情に焼かれて重症だったアルトを当時の水の魔女が1000年かけて治療したこと。

 その果てに、1000年後にエルクレストが目覚め、しかし記憶をなくしたためにアルトという名の別人として生き始めたこと。

 

 一方、己の時魔法で生き続けられるヒルダは、もう二度とエクリプスを起こさせないようにあらゆる手を尽くしてきたこと。

 その手段の1つが、人間を結晶化させて人間が発する感情エネルギーの総量を減らす『堕歌』であり、福音使徒は主にヒルダの『堕歌』活動を支えるために、ヒルダが結成した組織であること。

 

 他方、ゼノは、マザー・クオリアに愛された(壊された)ことにより、マザー・クオリアを崇拝するクラウスという存在に変貌したこと。

 クラウスはマザー・クオリアの崇拝者としてエクリプスの発動を悲願としており、そのためにアナスタシア陛下に取り入り、祝歌計画を実行させたこと。

 アナスタシア陛下の元、結成された第9小隊の活動により地水火風の魔女4名が集結し、祝歌を奏でたことで、1000年ぶりにエクリプスが発動したこと。

 

 

「ふぃー。これで持ってた手札は大体フルオープンッスよ。こんなもんでどうッスか?」

「うん、十分だよ。ありがとう、博士」

「じゃ、こっから先は自分もあっちの聴衆の方に混ざるッスよ」

 

 世界についての丁寧な講義を終えたヴェロニカ博士は、ポポの願いを叶えられたかどうかを確認した後、気だるげな歩調でポポの元から離れて、救護室の壁に背中を預け、腕を組んだ。

 

 

「みんな。博士の話したこと、理解できた?」

 

 ポポはこれから自分のことを説明するにあたり、皆の様子をうかがう。ヴェロニカ博士の話をしっかり理解していないと、ポポの話には到底ついていけないからだ。だが、ポポの心配は杞憂らしく、ポポが確認した限り、皆、博士のわかりやすい説明のおかげで、博士の話を各々の理解に落とし込むことができた様子だった。

 

 

「あまりにも壮大な話だったから飲み込むのに時間はかかったけど、何とかな。でも、俺があの英雄エルクレストなのか……」

「アルトは記憶をなくしてるから、実感がなくても仕方ないよ」

 

 己のルーツを知ったがために複雑な表情で己の手のひらを見やるアルトに、ポポは寄り添うような言葉を放ちつつ、ヴェロニカ博士が説明に使ったホワイトボードを回して真っ白な裏面を用意する。

 

 

「それじゃ今から、祝歌計画が終わった後で話すって約束してた、ポポのことを話すね。……まずはこれを見てほしいんだ」

 

 ポポは懐から短剣を取り出し、皆の前に差し出す。それは、神聖レグナント王国に代々受け継がれてきた宝剣、歌唱石と非常に酷似していた。

 

 

「これって、歌唱石か!?」

 

 いつもアルトが魔女と一緒に合奏魔法を行使する際に使用している宝剣をポポが持っていることに誰よりも驚いたアルトが慌てて自身の懐から宝剣を取り出す。ポポの持つ短剣と、アルトの取り出した宝剣。その2つは、細部に至るまで全く同じ造形をしていた。ゆえに、ポポの持つ短剣もまた、歌唱石であることは疑いようのない事実といえた。

 

 

「しかし、王家に代々伝わる、たった1つしかないはずの宝剣がなぜ2つもあるのでしょうか? それも、なぜポポが――」

「――なるほど、そういうことだったのね」

 

 皆の頭の中で思い浮かぶ疑問をアナスタシア陛下が口にしてコテンと首を傾ける一方、しばし黙考していたヒルダはここで、ポポが歌唱石を通して伝えようとしている内容について察しがついた。

 

 

「何かわかったのか、ヒルダ?」

「ええ。つまり、ポポ。あなたは――私の時魔法で、未来から過去にタイムトラベルしたのね」

「タイムトラベル、ですか?」

「私が使える魔法の中には、誰か1人を過去や未来に飛ばすというものがあるわ。どのくらいの年月を飛ばせるのかは試してないからわからないのだけど……」

「うん、正解だよヒルダ。ポポはヒルダの魔法で3年と110日前の過去にタイムトラベルしたんだ。ポポが歌唱石を持っているのは、過去に戻る前にヒルダから渡されたからだよ。……その時はポポに歌唱石を持たせた理由はわからなかったけど、多分、ポポがタイムトラベルをしたことを、みんなが信じやすくするためだったんだと思う」

 

 ダンテから話を促されたヒルダはポポに対し己の推測を投げかける。さも当然のようにヒルダの口から飛び出てきた『タイムトラベル』という壮大なワードにユアンがきょとんとした声を上げる中、ヒルダは己の使用できる魔法を1つ明かす。ここでポポはヒルダの推測に首肯で応じた後、歌唱石を懐にしまう。

 

 

「まさかそのような魔法まで使えたとはな」

「ええ。黙っていて悪かったわね。けれど、このタイムトラベルの魔法を話すこと自体が大きなリスクだったから、今まで誰にも話さなかったのよ。……タイムトラベルの魔法は、私の命を対価にしないと使えない。たった1度しか使えない魔法なの。それがわかっていて、それでも私がポポを過去にタイムトラベルさせたということは――それしか選択肢が残されていないほどの酷い出来事があった、そうよね?」

「…………うん、順を追って話すね」

 

 ルドルフから向けられた視線を、福音使徒にすら隠し事をしていたヒルダを咎めているものだと勝手に解釈したヒルダは、ルドルフに謝罪しつつ、タイムトラベルの魔法を隠していた理由を告げる。そして、ヒルダが己の次なる推測をポポに投げかけると、ポポもまた再びヒルダの推測を頷いて肯定しつつ、ホワイトボードを使って説明を始めた。

 

 

「まず、ポポが一番最初に経験した世界を『1周目』、ポポが今経験しているこの世界を『2周目』って呼ぶね。そうしないと説明しにくいから」

 

 ポポは横方向の矢印を2本引き、各矢印に『1周目』『2周目』と名称を記載する。そして矢印の上に『3年前』『今』『未来』といった大雑把な時間を記載する。

 

 

「ポポは1周目の世界で、アルトたちと同じように世界を経験したんだよ。アルトと出会って、第9小隊の皆と出会って。風の魔女として皆の役に立ちたい、皆を助けたいって思って、クラウス隊長の下で、一緒に祝歌計画を成功させられるように頑張ってきた。でも、クラウス隊長に騙されていることに気づかないまま復活祭の日を迎えちゃって、祝歌を奏でることでエクリプスが始まっちゃって、たくさんの人が天使に殺されて。……陛下もクラウス隊長に殺されて。ポポたちは、あまりに多くの大事なものを失っちゃったけど、それでも諦めなかった。ポポたちは、第9小隊は福音使徒と協力して、アルトが率いる調律騎士団として、エクリプスを引き起こすマザー・クオリアを倒すために月へ行った。そして、ポポたちはマザー・クオリアと必死に戦って、戦って。でも、相手が強すぎて、ポポたちは負けたんだ。みんな、みんな、1人ずつ殺されていって、それで、それで……」

 

 ホワイトボードの1周目の矢印の下に、ポポは『第9小隊と出会う』『エクリプスが始まる』『マザー・クオリアを倒しに月に行く』と、1周目の出来事の概要を端的にまとめて書き連ねる。だが、マザー・クオリアとの戦闘を話題に出した途端、ポポの脳裏に、あのカルテジアンとの絶望的な戦いで次々と殺されていく仲間の姿が鮮明にフラッシュバックする。段々とポポの声に震えが生まれ、ホワイトボードの文字が目に見えて歪んでいく。

 

 

「ポポ」

「――あ、ぅ。ごめん、ニキ。もうだいじょーぶ」

 

 唯一ポポの事情を事前に知っているために今のポポの心境を察したニキが優しくポポの名を呼ぶ。ニキの声を契機として、何とか平静を取り戻したポポは、ホワイトボードの歪んだ文字を書き直しながら、説明を再開する。

 

 

「調律騎士団で、戦える人はもうポポと、ヒルダしか残っていなくて。そこでヒルダが自分の命を対価にして、ポポを過去の世界に飛ばしたんだよ。ここで、ポポは1周目の世界の知識を持ったまま、2周目の世界を経験することになったんだ」

 

 ポポは、ホワイトボードの1周目の矢印の先から、2周目の矢印の末端へと斜めに矢印を引き、『ヒルダの魔法』と記載する。また、2周目の矢印の末端に『未来を知るポポ』という文字と、デフォルメされたポポのイラストを描く。

 

 

「ポポは2周目の世界で、今度こそ世界を救うためにはどうすればいいかをずっと考えながら行動してきたんだ。まずはヴェロニカ博士にお願いして世界を救うヒントをもらって、そのヒントを元に、『ポポの風魔法で月のクオリアを削って、ポポの魔力で月の欠片を風のクオリアに変化させて、それを世界中の土の中に埋めて、エクリプスの時に降ってくる天使を風のクオリアを使って全部倒す』って方法を思いついた。それから、3年前のカシミスタンの大乱のことを思い出してカシミスタンに行ったり、砂漠で倒れてたラスティを介抱したり、アルトの無事を確かめたくてミトラ村に行ったり、ファーレンハイトに行ってドロシーに追い返されたり……世界を救うために、世界中に風のクオリアを埋める『お務め』を果たすために世界を巡っていたんだ」

 

――アルトは理解した。どうして初めて会った時のポポが、アルトを見て涙を流したのかを。

――ラスティは理解した。どうして初対面のくせにポポが知ったようなことを次々と言ってきたのかを。

――ユアンは理解した。どうしてポポがユアンの持ちかけた専属契約の提案を対価もなしにあっさり受け入れようとしたのかを。

 

 

「そうして3年経って、第9小隊が祝歌計画を成功させるために魔女を保護しようとし始めた時に、クラウス隊長にポポの作戦がバレないように気をつけながら動いていたんだ。福音使徒に祝歌計画のことを矢文で密告したのは、マザー・クオリアとの戦いに向けて、第9小隊と福音使徒とで戦ってもらって、強くなってほしかったからだよ」

 

――福音使徒の4名は理解した。どうしてポポが矢文による密告で福音使徒に味方したかと思えば、土の魔女ニキの自殺を妨害して福音使徒の邪魔をしたりと、行動がちぐはぐだったのかを。

 

 

「ゴウラ火山で、第9小隊がサクヤを助けようとするのを妨害して、サクヤにみんなが死んだと誤解させてサクヤを絶望させたのは、クラウス隊長にポポの正体を気づかれずに、アルトに調律の力が使えるんだってことを知ってもらわないといけなかったから。1周目の世界では、色々あって、ポポが絶望して暴走したんだ。それをアルトが調律することで、アルトは調律の力に気づくことができた。でも、2周目の今回はポポが暴走しないから、他の誰かに暴走してもらわないといけなかった。だから、サクヤを追い詰めたんだ」

 

――サクヤは理解した。どうしてポポが己の望みと反しようとも構わずに、第9小隊によるサクヤの救出を妨害したのかを。

 

 

「福音使徒がリゼットに魔剣カルブンケルの呪いをかけようとした時にリゼットを助けなかったのは、『お務め』のために第9小隊に福音使徒をファーレンハイトから追い出してほしかったから。ヒルダたちがいる状態でファーレンハイトに潜入して風のクオリアを埋めることはできないって、3年前にドロシーに追い返された時に身にしみてわかったからね。だからポポは第9小隊に、福音使徒の拠点がファーレンハイトにあるって教えて、みんなにファーレンハイトに向かってもらったんだ」

 

――リゼットは理解した。どうしてポポが己の心が壊れようとも構わずに、リゼットを苦しめる魔剣カルブンケルの呪いを引き受けていたのかを。

 

 

「世界中に風のクオリアを埋める『お務め』が終わった後に、ポポが第9小隊のみんなを殺そうとしたのも、みんなに強くなってほしかったからだよ。だから、あの時のポポは暴走していたけれど、暴走していなかったとしても何か理由をつけて1回、アルトたちと本気で戦ったはずだよ」

 

――アーチボルトは理解した。なぜ孤月の丘で出会った時は第9小隊に非常に協力的だったポポが、いくら暴走しているとはいえ、急に手のひらを返して第9小隊に敵意を向けてきたのかを。

 

 

「……ポート・ノワールでアルトに調律されて、第9小隊に入ってからは、復活祭の日に、祝歌を奏でてエクリプスを発動した後に、本性を表してみんなを殺そうとするクラウス隊長とジゼルからみんなを守るために、ニキにポポのことを全部話して、協力してもらうことにしたんだ。そうして今日、ポポは調律ノ館で歌って、世界中の風のクオリアを起動させて天使を全部倒して。ニキはクラウス隊長を思いっきり馬鹿にして隊長とジゼルを逃げ帰らせて。1周目の時と違って、復活祭の日に誰も死なないようにしたんだ」

 

――祝祭の間に居合わせていた当事者全員が理解した。どうしてエクリプスが始まった後に、月より降臨する天使がすべて風魔法で倒されていったのかを。どうして祝祭の間で、クラウス隊長とジゼルを相手に、ニキがあれほど大胆に弁舌を振るっていたのかを。

 

 

「これが、今まで秘密にしていたポポのことだよ」

「「「……」」」

 

 ポポの告白が終わり、救護室に静寂が訪れる。先ほど、ヴェロニカ博士がこの世界のことについて説明した時と同様に、みんなには今、ポポから提供した情報をしっかりと飲み込むための時間が必要なのだ。

 

 ところで今現在、さも己の抱えている秘密をすべて吐き出したかのような雰囲気をまとうポポだったが、この時、ポポはあえて、月の魔女姉妹であるマリーやイヴのことを話さなかった。1周目のポポたちを打ち負かしたカルテジアンについて触れなかった。世界を救うという目的を果たすだけならば、わざわざイヴの精神世界に潜むカルテジアンと戦う必要はなく、マザー・クオリアさえ倒せば良いということを口に出さなかった。そして、1周目のポポたちも、マザー・クオリアを倒すところまでは到達していたことを公言しなかった。

 

 ポポは、みんなを救いたいから今まで頑張ってきた。そのみんなの中には、当然ながらマリーやイヴも存在している。だけど、1周目のポポたちはイヴを救おうとしてイヴの精神世界に潜り込み、そして精神世界に巣食うカルテジアンに敗北したのだ。

 

 もしも2周目のみんながその事実を知ったのなら。イヴを救おうと思わなくなるかもしれない。イヴの救済を諦めてしまうかもしれない。だからポポは、今もなお、みんなに言えない秘密を抱え持つこととなった。

 

 

(ごめんね、みんな)

「ポポ、調律した時も言ったけど、改めて言わせてくれ。今まで、俺たちのために、世界のために、頑張ってくれてありがとう」

「アルト……」

「ポポ、あなたの心からの献身のおかげで、この国の民は無事で済みました。愚かな私に代わって、民を守っていただき、ありがとうございます」

「ほぇ!? へ、へへへ陛下!? そんな、顔を上げてください! ポポはただ、未来の知識を使って、ポポにできることをやっただけ、なので! どうか、自分を責めないでください。……それに、お礼はまだ早いです。まだ世界も、みんなも救えたわけじゃありません。たった1回、エクリプスを防いだだけ、ですから」

 

 ポポが、未来の出来事を『1周目』として経験したたった1人の人間として、2周目の世界を守るために、常に最善の道を求めて、ただひたすらに暗躍していた。

 

 その事実を受けて、アルトは改めてポポに真摯にお礼を告げる。アルトに続いて、アナスタシア陛下も言葉だけでは表現できないほどの感謝の意を伝えるために、ポポへと深々と頭を下げる。一方、アナスタシア陛下からの恐れ多い行為にポポはたじたじとしつつも、しかし感謝の言葉を受け取らなかった。まだ、2周目の世界の命運は確定していないからだ。

 

 

「ポポが今日、ポポの事情をいっぱい話したのはね、これから先の未来の話をしたかったからなんだ。――マザー・クオリアと戦うか、戦わないか。みんなは、どっちにしたい?」

 

 ゆえに。ポポは改めてアルトたちに向き直り、今後の皆の人生を大きく左右する、非常に重要な選択肢を突きつけるのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。一度、ニキに己の事情を話した経験が功を奏し、今回は己の事情をわかりやすく皆に共有することに成功した。なお、せっかくの機会なのに己の持つ知識をフルオープンしなかったのは、3年前にヴェロニカ博士に未来のことをうかつに話して失敗した過去の経験あってのこと。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。みんなから注目されてワタワタしているポポのことを内心で愛らしく思ったり、カルテジアン戦のトラウマがフラッシュバックしたためにおかしくなりかけたポポの平静を取り戻してみせたりと、何かとポポの正妻ポジションを満喫している模様。
ヒルダ:福音使徒を統べる時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。己が時魔法を扱うこともあり、ポポの事情をいち早く察した切れ者。内心で、ポート・ノワールの大火の折に暴走したポポが、時のクオリアを求めてヒルダの胸をドリル掘削したのも、時のクオリアで過去にタイムトラベルしようとしたからなのだろうと納得している。
ヴェロニカ博士:科学者。5000年前の、地球が科学の叡智を極めていた頃の人間の最後の生き残り。己のことを『テクノロミー』と称する。此度は原作同様、皆にこの世界のことを伝える講師役を担うこととなった。ちなみに、ヴェロニカ博士が、ポポの『天使を全部ゴッ倒す』脳筋戦法のどこに度肝を抜かれたのかという具体的な話は次回にて触れる予定。
アナスタシア陛下:神聖レグナント王国の女王陛下。平静を装っているようにみえて実は、ポポの暗躍がなければ、自分のせいで自国の民を殺していたという事実に、酷く沈鬱としている。

 というわけで、33話は終了です。此度の救護室での会話フェイズは実は2話構成となっていました。当初は1話ですべてまとめるつもりだったのですが、さも当然のように文字数が1万5千文字に到達したあたりで、分割することとしました。


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34話.みんなと歩む未来の話


 どうも、ふぁもにかです。此度は救護室での会話フェイズの後半戦です。また、今回は色んなメンバーの台詞多めで突き進みたいと思います。ここの所、空気化している方々が結構いましたからね。



 

 王都ランベルトが管轄する救護室に集結した15名の面々。

 王立騎士団第9小隊のアーチボルト・ラスティ・アルト・リゼット・サクヤ・ののか・ユアン・ニキ。福音使徒のヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフ。そして、アナスタシア陛下・エルマー閣下・ヴェロニカ博士。

 

 

「ポポが今日、ポポの事情をいっぱい話したのはね、これから先の未来の話をしたかったからなんだ。――マザー・クオリアと戦うか、戦わないか。みんなは、どっちにしたい?」

 

 ポポは己の歩んだ過去を打ち明けた後、彼ら15名に向けて、今後の皆の人生を大きく左右する、非常に重要な選択肢を突きつけた。2周目の世界の結末は、1周目の世界を経由した部外者のポポではなく、2周目の世界のみを生きている彼ら当事者が決めるべきだと考えたからだ。

 

 

「マザー・クオリアと戦わない? そもそもそんな選択肢があるのかよ、ポポ?」

「うん、あるけど? どうして?」

「いや、お前が色々暗躍していた理由の1つに、俺たちを福音使徒と戦わせて強くするって目的があっただろ? てっきりこれからマザー・クオリアと戦う前提かと思ってな」

「ポポは、マザー・クオリアと戦いたいよ。だから、みんなに強くなってもらったんだ。でも、1周目のポポたちは、ボロボロに負けちゃったし、今もどうすれば勝てるのかわかっていないから……勝率の低い戦いにみんなを無理やりには巻き込めないよ。だから、みんながマザー・クオリアと戦いたくないなら、みんなの気持ちにポポも従うよ」

 

 ポポの問いを受けて、ラスティが己の疑問を軽い口調でポポに投げかける。すると、ポポは己の個人的な気持ちを表明しつつも、皆の気持ちが最優先だと主張した。その上で、ポポは1つ目の選択肢の詳細へと話題を移す。

 

 

「まずはマザー・クオリアと戦う時の話をするね。この道を選んだ場合は、まず第9小隊と福音使徒が一緒に協力することが必要だよ」

「は? こいつらと協力? マジで言ってんの? ありえないんだけど☆」

「いくら世界を守るという目的があったとはいえ、これまで幾多の街を襲い、多くの人々を殺し、陛下の御心を痛ませてきた福音使徒と我々が協力できるとは思えんがな。福音使徒は風の魔女とは違い、世界を救うために目の前の命を蔑ろにする手段を選んだ連中なのだぞ?」

「だって、マザー・クオリアの力を弱める星歌を奏でるにはヒルダを含めた魔女5人の合唱が必要だし。それに1周目のポポたちはヒルダ・ダンテ・ドロシーと一緒に戦って、それでも負けたから。それくらい、敵は強い。みんな、思うところはあるだろうけど、マザー・クオリアに勝ちたいのなら、第9小隊と福音使徒の協力は欠かせないよ。……ポポが福音使徒の人をたくさん殺しちゃったから、福音使徒のみんなが協力してくれるかは、わからないけど」

「「……」」

 

 第9小隊と福音使徒が協力する。ポポが提唱した内容にドロシーが吐き捨てるように呟き、エルマー閣下も福音使徒を睨みつけながら己の心境を零す。結果、救護室の雰囲気が険悪ムードに傾く中、ポポは今以上に雰囲気が悪化しないように少々早口に言葉を紡ぐ。そのポポの主張に、ドロシーもエルマー閣下も沈黙で返す。感情ではポポの主張を打ち崩したくとも、ポポが正論を言っていることを理性では理解できているからだ。

 

 

「風の魔女よ、1周目のマザー・クオリアとの戦いに私は協力しなかったのか?」

「あ、ごめん。言い忘れてたね。1周目のルドルフは、エクリプスが発生した時にクラウス隊長やジゼルからみんなを逃がすための時間稼ぎをしてくれて、それで……」

「む、そうか」

「このクソジジイがそんな真似を……」

「まとめると、マザー・クオリアと戦う場合は、みんなで協力して、世界各地に散りばめられた星歌の楽譜を集めて、ポポたち魔女が星歌を完成させてから、月へと向かうって流れになるよ」

 

 沈黙を打ち破る形でのルドルフの問いかけに、ポポは1周目のルドルフの結末を告げる。1周目の末路を知ったルドルフが静かに目を瞑り、ラスティが意外そうにルドルフを見上げる中、ポポはマザー・クオリアと戦う選択肢の先でみんなが行うべき内容を簡潔に提示した。それから、ポポはもう1つの選択肢へと話題を転換させる。

 

 

「次に、マザー・クオリアと戦わない時の話だね。この道を選んだ場合は、マザー・クオリアのエクリプスを止めないわけだから、毎日のように無数の天使は降ってくるけど、心配しなくてだいじょーぶだよ。その度にポポが歌を歌って、世界中の天使を倒してみせる。絶対に、誰も死なせないから」

「ポポの歌で29日間のエクリプスを凌げばいいってことだよね?」

「そういうことだね、リゼット」

「で、でも、これから毎日、人間を殺す気満々な天使が空からいっぱい降りてくる姿を、わたしたちは嫌でも見ちゃうわけですよね。うぅ、憂鬱ですぅ……」

 

 ポポはマザー・クオリアと戦わない選択肢を選んだ後の展開について端的に告げた後、リゼットの問いかけに自信満々にうなずく。他方、ののかはこの選択肢を選んだ後の日常風景に思いをはせて、消え入りそうな涙声を漏らす。

 

 

「ずいぶんと簡単に言ってくれるけど、それホントに大丈夫なの?」

「ほぇ? どうしたの、サクヤ?」

「確かに、アンタは世界中に埋め込んだ風のクオリアを使って、世界中の天使を殺すことができる。それはアンタが地道に続けてきた『お務め』の賜物ね。だけど、その世界中の風のクオリアの魔力は問題ないのかって話よ。アタシたちの胸に埋め込まれたクオリアの魔力は、アタシたちの体を介して自然と魔力が供給されるけど、土の中に埋まった風のクオリアはそういうわけにはいかないわよね? いつかは土の中の風のクオリアの魔力が切れる時が来るんじゃないの?」

「あ、それはね――」

「――なるほど。ここで僕の出番、ということですね? ポポさん」

「うん、その通りだよ」

「いやはや、そういうことでしたか。僕の長年の疑問がようやく解消されましたよ」

 

 が、ここでサクヤがポポに異議を唱えた。サクヤはポポが考慮していないかもしれない可能性を提唱し、ポポに問いを投げかけるも、ポポがサクヤに答えるよりも早く、ユアンが割り込んできた。ユアンはポポからの肯定の返事を受け取ると、1歩前へと踏み出し、クルリと皆へと向き直る。

 

 

「3年前。僕はポポさんと接触し、専属契約を持ちかけました。当時、まだ興したばかりのユアン商会をさらに発展させるために、『慈愛の魔女』としてのポポさんを利用したかったからです。結果として、専属契約は結ばれました。ユアン商会がポポさんの『お務め』を阻害しない形でポポさんを利用する、例えばポポさんのグッズを販売するといった内容ですね、その代わりにポポさんから適宜依頼を受けるという契約です。そして当時、ポポさんから依頼された内の1つが、『ポポさんが採取した翠色の宝石をユアン商会で厳重に保管していてほしい。また、翠色の宝石について詳しいことを一切聞かないでほしい』というものでした。当然僕はこの依頼を快諾し、ポポさんと出会う度に翠色の宝石を預かっていました。この翠色の宝石が、ポポさんが月から削って作った『風のクオリア』だった、そうですよね?」

「うん、合ってるよ」

「僕がポポさんから預かった風のクオリアの量は相当なものです。商会の倉庫を1つ埋めてしまうほどです。それなら後は、風のクオリアの魔力がなくなった時に、新しい風のクオリアを埋めなおしてしまえばいい。そういうことですよね?」

「そういうことだね、ユアン。今まではクラウス隊長にポポの作戦がバレないように、1人でこっそり世界中に風のクオリアを埋めていたから、3年もかかっちゃったけど、これからは王国の兵士とか、ユアン商会の人とか、とにかくたくさんの人に風のクオリアを埋めてもらえばいいから、風のクオリアの埋めなおしにそこまで時間はかからない。だから、サクヤが心配しているようなことにはならないよ?」

「アンタ、そこまで想定して対策を用意していたのね……」

「うん、ポポは今までいっぱい考えてきたからね」

 

 ユアンはポポと交わした専属契約の詳細を皆に共有し、ポポがサクヤに言わんとしていたことを先回りして告げる。言いたいことをすべて言ってくれたユアンにポポは内心感謝しつつ、ポポはサクヤの異議を解消するべく言葉を重ねる。結果、サクヤは改めてポポという人物の凄まじさに目を見開き、感嘆の声を零した。

 

 

「最後に、2つの選択肢のデメリットについて話すね。まず、マザー・クオリアと戦う道を選んだ場合の最悪のケースは、ポポたちがマザー・クオリアに敗北すること。そうなったら、もう世界は滅ぶしかないから。マザー・クオリアと戦わない道を選んだ場合の最悪のケースは、ポポが病気になったり、事故とかでいきなり死んじゃうこと。ポポがいなくなっちゃったら、1周目の時のように、天使にみんな殺されちゃうことになるから。……それで、みんなはどっちの未来にしたい? みんなの意見が聞きたいな」

「「「……」」」

 

 伝えるべき内容をすべて伝え尽くしたポポは改めて、今後の皆の人生を大きく左右する、非常に重要な選択肢を突きつける。この世界の命運が今、託されている。沈黙が支配する。当然だ、即決できるほど簡単な話ではないからだ。

 

 ポポが観察する限り、腕に自信があったり血気盛んな人ほどマザー・クオリアとの戦いに意欲を見せていて。落ち着いた性格をしていたり己の腕にあまり自信のない人ほどマザー・クオリアに敗北するリスクを警戒して、マザー・クオリアと戦いたくないとの結論に至っていて。そのような様子だった。どちらの選択肢を選ぶのか、皆の意見はちょうど半分に分かれているようにポポには感じられた。

 

 

「――ちょいとここらで口を挟ませてもらうッスよ、風の魔女。このままのんびり静観してるわけにもいかないんでね」

 

 想定通り、皆の意思が1つの選択肢に統一されるまでには相当な時間がかかる。そのように考え、皆の様子を静観していたポポに向けて、ここでヴェロニカ博士が声を上げる。なぜかヴェロニカ博士は不快感を全身で顕わにしており、ポポを睨みつけていた。

 

 

「博士?」

「いやね、自分はアンタの『いくらでも降ってくる無数の天使を全部ぶっ倒す』脳筋の極み戦法は素晴らしいと思ったよ。だからアンタの仲間になると決めたしね。で、何が素晴らしいって、アンタが世界中の天使を狩り尽くしたことで一気にレベルアップしまくって己を超強化した点が何よりも素晴らしい」

「レベルアップ?」

「諸君も武器を手に持ち敵と戦う戦士である以上、これまで数十回くらいは経験したんじゃないッスか? 敵を倒した時、自分自身に力がみなぎり『あ、己の殻を破ることができたな』と感じたことが。その感覚を自分は『レベルアップ』と定義してるッス。敵を倒す経験を重ねる度、人はレベルアップを繰り返し、より強大な力をその身に宿すことができる。んで、ポポはエクリプスの時に、無数の天使をすべて殺し尽くしてみせた。……もはや風の魔女の今のレベルが、実力がいかほどか、もはや想像つかねーッスね。何ならマザー・クオリアを星歌なしに単独で倒せる段階に至っているまであり得るッス」

 

 どうしてヴェロニカ博士がポポを睨んでいるのか。ポポが当惑する中、ヴェロニカ博士はポポの仲間になる気になった理由を告げる。いきなり飛び出てきた聞きなれない『レベルアップ』との単語にアルトが首をかしげる中、ヴェロニカ博士はこの場の皆を一瞥しながらレベルアップの概念と、ポポの現状について共有する。

 

 

「え、そうだったんだ。ポポ、知らなかったよ……」

「なんだ、レベルアップのことは知らなかったッスか。てっきり1周目の自分がどっかで話したもんかと思ってたなりよ。ま、この話はどーでもいいんで、話を戻すッスよ。ポポの脳筋戦法だが、これはメリットばかりの戦法じゃない」

「は、博士! それは――」

「もう自分はアンタの仲間なんだ。ならば、この世界の輝かしい明日を願う仲間として、世界の命運を決める重大な選択肢に潜むリスクを皆にちゃんと伝えてやらんとフェアじゃない。悪く思うなよ、風の魔女」

「うッ……」

「……ポポ? ポポは何かを隠しているの?」

 

 ポポはヴェロニカ博士の言葉を遮ろうとする。しかし博士はポポを黙らせた。ポポをじろりと睨み、強圧的な言葉をポポに浴びせる。ポポとヴェロニカ博士のやり取りを見て、ニキが不安そうに声を上げる中、ヴェロニカ博士は続きを口にする。

 

 

「魔法には対価が必要だ。どんなにしょぼい魔法でも、魔力(SP)を消費するようにだ。世界に歌を轟かせて無数の天使を殺し尽くす風の魔女の歌。こんな尋常じゃない歌、それこそヒルダ姐さんのタイムトラベルの魔法のように、何か相応の対価を払わないと歌えないはずだ。それで? 風の魔女よ、アンタは何を対価に捧げているんスか?」

「え、えーと……そ、それはポポにもわからないんだ。あの歌を歌って疲れはしたけど、でも対価なんてそんな大げさなもの、ポポは払ってないよ?」

「嘘ッスね。魔女が自分の魔法の詳細を知らないなんてこと、ありえないッスよ。ヒルダ姐さんが一度もタイムトラベルの魔法を使っていないのに、自分の命を対価にしないとタイムトラベルの魔法を使えないということを知っていたのが何よりの証拠だ。ほら、アンタの偽証はもう論破した。これ以上ごねても時間の無駄なりよ。ほら、諦めてキリキリ話せや」

 

 ヴェロニカ博士はポポをねめつけて、詰問する。先ほどまでは幾分か和やかな雰囲気だったのに、どうしてヴェロニカ博士がそのような雰囲気を破壊して、ポポを問い詰めにかかっているのか。誰もが状況を理解できない中、しばしの沈黙の後、ポポは観念したかのようにうなだれて、一言、ポツリと呟いた。

 

 

「…………寿命、だね。1回歌う度に5日くらい、減ってると思う」

「「「ッ!?」」」

 

 刹那。空気が、凍った。

 

 

「想定より幾分かマシな対価だったッスね。オーケー、じゃあ計算開始だ。まず前提として、エクリプスの発生条件は、人間の感情エネルギーの総量が閾値を超過することだ。仮にマザー・クオリアと戦わない選択肢を選んだ場合、風の魔女が天使から人間を守り続ける以上、人間の感情エネルギーの総量は減らない。そうなれば、29日のエクリプスが終わったとしても、またすぐに次のエクリプスが発生する、ということになるッスね。その上で……少女よ、あんたの肉体年齢は今いくつだ?」

「……1周目から3年前の世界に戻った時は15歳だったから、今は18歳だね」

「ふむ。そんじゃ、少女の寿命が80歳、かつ今日が少女の18歳の誕生日、かつ今年がうるう年の翌年だと仮定する。少女に残された人生は後62年。後22645日。さらにエクリプスによる天使の襲撃が1日に2回発生すると仮定すると、少女は1日に11日分の寿命を消費することになる。そうなれば少女の寿命は後『2058』日、5年と半年そこらで寿命で死ぬことになるな?」

「……」

「さて諸君。今の自分の話も踏まえた上で、決断しようじゃないか。マザー・クオリアと戦うか、戦わないか。勝率こそ低いがみんなが助かるかもしれない素敵なハッピーエンドを目指すか、少女を生贄にして何てことない日常を数年間だけ謳歌するか。さぁ、どうするッスか?」

 

 しかしどれだけ空気が凍っていようとただ1人平常運転をキープし続けるヴェロニカ博士がポポの寿命を計算してから、改めて、選択肢を提示する。それは、ポポが提示した選択肢と全く変わらない内容だ。しかしヴェロニカ博士が提唱したポポの寿命の情報、それを否応にも耳にしたことで、状況は完全に変わっていた。

 

 

「――決まってる」

 

 冷えつくような、痛い静寂の中。口火を切ったのは、アルトだった。

 アルトの瞳には、確かな決意の炎が宿っていた。

 

 

「今までは、ポポに守られてきた俺たちだけど、いつまでもポポにおんぶに抱っこじゃいられない。俺たちの未来は、ちゃんと俺たち全員の力で勝ち取らないとダメだ。俺は、マザー・クオリアと戦いたい。戦うことから、逃げたくない。例え勝率が低いのだとしても、俺は、戦いたいッ!」

「けッ、そこの優男に同調するのは癪だが、オレも戦う方に賛成だ。オレが今日まで鍛え上げてきたこの力は、この世からクソ天使を1匹残らず狩り尽くすための力だ。毎日がエクリプスで、毎日クソ憎たらしい天使の顔を拝む生活なんて死んでもお断りだ」

 

 アルトが己の秘めたる気持ちを表出させる。アルトの主張に、天使への復讐の念を心に宿すダンテが同調する。それを契機に、皆も次々と己の意思を声高に主張する。皆の意思は、マザー・クオリアと戦う方向へと統一されていた。誰1人として、マザー・クオリアと戦わないで、ポポに任せる選択肢にすがる者はいなかった。

 

 

「みんな……」

「残念だったッスね。望み通りに、緩慢に自殺できなくて」

「……え? そんな……ポポは、ポポはそんなこと思ってないよ。だって、そうだよ。ポポだって、戦いたかったんだ。今度こそみんなを救いたかったんだ。だから、博士には感謝してる。ありがとう、博士」

「あぁそーッスか。ま、今はそーゆーことにしておくッスよ。……ただ、これだけは言っておいてやる。アンタの命はもはや、アンタ1人の裁量でどうこうできるほど軽い価値じゃないなりよ。それだけアンタはこの2周目の世界に多大な影響を与えている。これからアンタがいかなる手段で自殺しようと企もうとも、アンタのことが大好きなすべての人間が、アンタを全力で妨害するだろう。……自責の念に苛まれるのは結構だが、罪滅ぼしの手段として自殺にすがるのはもう、やめておけ」

「……」

 

 と、その時。ヴェロニカ博士がポポにだけ聞こえる声量で、告げる。一瞬、ポポにはわからなくなった。己がどうしようとしていたのか、どうしたいと願っていたのか。しかし、ポポ自身もまた、マザー・クオリアに勝ってみんなを救いたかったのは事実。その気持ちを、小声でヴェロニカ博士に伝えると、ヴェロニカ博士は不機嫌オーラをしまい、いつになく真摯な眼差しをポポに注ぎつつ、心からのアドバイスをポポの心に刻み込む。だが、当のポポは何を思ったか、ヴェロニカ博士の心遣いに沈黙で返した。

 

 

「それで、マザー・クオリアと戦うってことになったけど……」

「それならまずは新しい騎士団の名前と、騎士団長を決めないといけないね」

 

 ポポとヴェロニカ博士が小声で会話を続けていた一方。マザー・クオリアと戦う決意表明を1人1人行ったアルトたちは、改めてポポを見つめる。ポポはヴェロニカ博士によってグチャグチャにされていた気持ちをどうにか切り替えると、アルトの言葉に同調して、まず皆が何をしなければいけないのかを告げた。

 

 

「それは……今まで通りの王立騎士団第9小隊のままではダメだということか?」

「ダメだよ、アーチボルト。ニキは、クラウス隊長が陛下を殺そうとしたところで、ポポたちの作戦通りに動いたんだよね? だったら、広場のみんなは、クラウス隊長が王国を裏切ったことを知っている。陛下を殺そうとした隊長が率いていた王立騎士団の名前のままだと、みんなからの印象が悪くなっちゃうんだよ。だから、変えないといけないんだ」

「むぅ、確かに」

「まずは、団長から決めようか。その方がきっと、新しい騎士団の名前も決めやすいしね。みんなは、誰が良いと思う?」

「「「……」」」

 

 わざわざ騎士団名を変更する理由について疑問を提示するアーチボルトに、ポポは簡潔に根拠を示し、アーチボルトを納得させる。その後、ポポが皆を一瞥しつつ問いを投げかけると、この場の約半数からの視線がポポへと突き刺さっていることに気づいた。

 

 

「え、えーと? みんな?」

「……団長は、ポポが向いてるんじゃないか?」

「ほぇッ!? ポポが団長!?」

 

 ザクザクと突き刺さる意味深な視線にポポが困惑していると、アルトが意味深な視線たちに込められた気持ちを言葉に変換して、ポポに伝えた。まさか己が団長候補として選出されるだなんてつゆほども思っていなかったポポは目を見開き驚愕の声を響かせる。

 

 

「あぁ。ポポは世界を救うために今まで動いてきた。それも自分にできること、できないことをちゃんと理解して、自分に足りない所はヴェロニカ博士やユアンやニキに、その状況で一番適切な人に頼って、エクリプスが発生してなお誰も死なない未来を創り出してみせた。俺は、目的を果たすためにしっかり作戦を練って、ひたむきに走り続けていたポポこそ、世界を救う騎士団の団長にふさわしいと思ってる」

「アルト……無理だよ。それは、無理だよ。ポポには向いてない。ポポにはみんなと違って1周目の知識があった。みんなにはポポがすごく頭が良い人に見えているかもしれないけど……ポポは、未来の知識を使ってインチキしてただけだよ。ポポはただの、バカだよ。ポポは団長にふさわしくないと思ってる。誰よりも、誰よりも」

「そんなことない。ポポ、お前は――」

「――そんなことあるよ! ポポは今日、復活祭の瞬間にみんなをエクリプスから守って、1周目の時と全然違う未来を創った。でもそうしたことで、もうポポの1周目の知識は役に立たなくなったんだ。1周目の知識を頼れなくなった今、これから何が起こってもおかしくなくなった今、みんなの命を預かるのは、ポポには無理だよ……」

 

 ポポこそ団長にふさわしいと判断したアルト。己が団長だなんてありえないと断ずるポポ。決して交わらない立場からの言葉の応酬。そのような平行線の一途を辿るだけだった状況に、ヒルダはため息を1つ零した後、切り込んだ。

 

 

「――アルト。あなたが団長になりなさい」

「え、ヒルダ!?」

「さっきポポが言っていたわね? マザー・クオリアに勝つには、第9小隊と福音使徒が協力しないといけないって。でも私は、アルト以外の人間に従うつもりはない。アルトが団長じゃない部隊に属するつもりはないわ」

「何だよ、それ……。俺はアルトだ、エルクレストじゃない。俺はエルクレストにはなれない。ヒルダの願望を俺に押しつけないでくれ!」

「別に、私はアルトにエルクレストを投影しているわけじゃない……とは断言できないけど。でも私は、あなたこそ団長にふさわしいと思っている。あの時、リゼットにかけた魔剣カルブンケルの呪いを解呪するためにアルトたちがファーレンハイトに乗り込んだ時に、私を殺せる状況だったのに、アルトは私を殺さなかった。ポポが私を殺そうとした時も、あなたは誰よりも先んじて私を庇ってくれた。そんなアルトこそが、罪を憎んでも人は憎まないアルトこそが、一番団長にふさわしいと思っている」

「ヒルダ……」

 

 アルトを団長に推すヒルダの意見を受けたアルトは、改めてポポを見つめる。蒼白な表情を浮かべて、消え入りそうな声で「無理だ」と呟き続けるポポを前にして、アルトは改めて先ほど己が発した決意表明を思い出す。

 

 

――今までは、ポポに守られてきた俺たちだけど、いつまでもポポにおんぶに抱っこじゃいられない。

 

 

「……みんなは、どう思う? 俺が、団長で良いと思うか?」

 

 アルトはこの場の全員を見渡して、静かに問いかける。

 皆は、否定しなかった。積極的に団長のアルトを支持する者から、消極的に団長のアルトを認める者まで、反応は様々だったが、誰もアルトが団長として君臨することを真っ向から否定しなかった。

 

 

「わかった。俺が団長になる。……正直、荷が重いよ。エルクレストだった頃の記憶がない俺は、ただのミトラ村の狩人で、ただの第9小隊の一員でしかなかったんだから。だけど、重圧に屈してなんていられない。世界の明日のために、みんなと笑いあえる未来のために、最善を尽くてみせる。……改めて、みんなの力を貸してほしい」

 

 皆の反応を確認したアルトはしばし目を瞑って覚悟を固めた後、スッと目を開き、これから団員となる、頼りがいのある皆に語りかける。そのような団長の風格をまとうアルトの発言に、皆は一斉に首肯した。

 

 

「みんな、ありがとう。色々考えたけど、新しい騎士団の名前は、1周目の時と同じ、『調律騎士団』にしよう。俺たちは、1周目の俺たちの想いも背負っているんだからな。……さて、決めるべきことは決めた。これから早速、マザー・クオリアを倒すための準備を進めよう」

 

 かくして。救護室での非常に密度の高い会話を経て。立ち塞がる強敵ことマザー・クオリアに勝つべく、王立騎士団第9小隊改め調律騎士団は本格的に動き出したのだった。

 

 




 というわけで、34話は終了です。久々に皆を自然な形で会話に混ぜることができて、私は大満足です。ただ、登場キャラが多すぎたので今回は後書きのキャラ紹介を全略しました。ゆるして。

 閑話休題。今回、ポポに対する不穏要素を新たにチラつかせながらこの34話は終了しました。はてさて、ポポの未来は、アルトたちの未来はどのような行く末へと収束するのでしょうね。


 ~おまけ(シリアスシーンにおける他の方々の反応)~

ヴェロニカ博士「少女よ、あんたの肉体年齢は今いくつだ?」
ポポ「……1周目から3年前の世界に戻った時は15歳だったから、今は18歳だね」
アルト@17歳(え?)
リゼット@17歳(ウソ、でしょ?)
サクヤ@17歳(マジ?)
3人(((ポポって、年上!?)))

※アルトは一応、17歳ということになっています。


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35話.加害者同士

 どうも、ふぁもにかです。とりあえずサブタイトルはちょっとばかり不穏ですが、今回はほのぼの回となる予定なので、ご安心を。もうね、まるでお日様の暖かな光に包まれてのんびり日向ぼっこをしているかのような、そんなほのぼのとした話、間違いなしなのです。



 この世界の真実。そして、ポポが歩んだ軌跡。容易には受け入れがたい、衝撃的極まりない情報を否応にも知ることとなったアルトたちは結局、アルトが団長を務める調律騎士団として、マザー・クオリアと戦う道を決断した。それから一夜明けて。調律騎士団は、マザー・クオリアと対等に戦うために欠かせない、星歌の楽譜をすべて回収するべく、王都ランベルトを発つこととなった。

 

 歌うことで感情エネルギーを操り魔法を行使できる魔女が集い、歩調をそろえて行使する合唱。これが強大な力を呼び出す儀式と形容するならば、楽譜とは、魔女が生み出した力の使い道を定義する道しるべ。この道しるべがなければ、天使たちを滅ぼしマザー・クオリアを弱体化させる星歌はその真価を発揮することができない。ゆえに、マザー・クオリアと戦うのであれば、星歌の楽譜の収集は避けて通れない。

 

 ヴェロニカ博士が言ったように、たとえポポが天使の大量討伐によりレベルアップを繰り返し超強化されているとしても、マザー・クオリアとの戦いの勝率アップに繋がる星歌を完成させずに月に乗り込む選択肢を選ぶほど、調律騎士団は冷静を欠いた集団ではないのだ。

 

 しかし、当の星歌の楽譜は、力の使い道を悪用されることを警戒した千年前の当事者たちにより5分割され、千年前の魔女5名――土の魔女ウクナ・水の魔女フランジスカ・火の魔女カエデ・風の魔女ミリー・時の魔女ヒルダ――がそれぞれ管理することとなった。そして、今や所在がはっきりしている楽譜は、ヒルダが肌身欠かさず所持していた『星歌の楽譜~時』しかない。そのため、調律騎士団は残る地水火風の星歌の楽譜を集めるために一度、王都を離れる必然性に迫られたのだ。

 

 だが。幸いにも、星歌の楽譜の行方は、1周目を経験したポポがしかと把握している。そのため、2周目の調律騎士団は、ポポからリークされた情報に基づき、星歌の楽譜を集めるべく旅立った。それが今朝の出来事だ。

 

 ちなみに。ポポは調律騎士団と一緒には行動せず、王都に残されることとなった。エクリプスにより天使が大量降臨した際に、天使を1匹残らず殺すポポの歌を奏でる際に、ポポの歌を最も響かせやすく、かつ歌う際にポポの体に最も負担が少なく済ませられる場所が調律ノ館の他に存在しなかったからだ。

 

 

「……」

「メディア、だいじょーぶ。天使は全部ポポが倒すから」

 

 動物と会話できるポポが手懐けた渡り鳥から、天使大量降臨の情報を受け取ったポポは早速、調律ノ館に飛び込む。ポポが世界中の天使を倒すための歌を歌うごとに5日間の寿命を縮めることを、おそらくアナスタシア陛下経由で知ったであろう、調律ノ館の管理人ことメディアが痛ましげにポポを見つめる中、ポポはメディアの視線に込められた意味を極力無視して、メディアにニコリと笑いかける。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 ポポは深く息を吸い込み、歌う。みんなを救う。世界を救う。どこまでも洗練された救済意思を胸に宿して、渾身の歌を世界に浸透させる。ポポの歌は世界中に埋め込まれた風のクオリアを励起させ、人類に仇をなす天使たちを、風のクオリアから生成された風の刃で容赦なく切り刻んでいく。

 

 

「――ふぅ」

 

 何時間もかけて。空から天使が降り注がなくなるまで世界を救う歌を奏できったポポは小さく息を吐く。復活祭の時のように、加減がわからないまま全力に全力を重ねまくって歌った後に激しくせき込んで倒れる、といった無様な姿をさらすことはなかった。

 

 

「お疲れさま、黄色いカナリアさん。人民の魂を震わせる、素敵な歌声だったわ。はい、これ」

「あ、りがとう。メディア」

 

 ポポはメディアから差し出されたコーヒーカップを受け取ると、適温に調整されたコーヒーをすする。ポポが愛飲しているたんぽぽコーヒーとは全く毛色の違うコーヒーだが、今のポポのカラカラなのどに、メディアの淹れてくれたコーヒーが染み渡る。

 

 

「コーヒー、おいしかったよ。じゃ、ポポは帰るね」

「え、えぇ」

 

 次の天使襲来がいつ発生するかわからない以上、ポポに安穏とする精神的余裕はない。次の天使襲来からみんなを守れるように早く部屋で仮眠をとって、体力を回復しないといけない。ポポはメディア作のコーヒーをごくごくと飲み干すと、メディアにコーヒーカップを返して、足早に調律ノ館を後にする。

 

 

「……」

 

 ポポは、背後から突き刺さる、メディアの視線を極めて頑張って無視した。

 

 

 ◇◇◇

 

 深夜。天使が次々と地上に降臨する。

 ポポは歌を歌って、天使を殲滅する。

 早朝。空を天使の群れが埋め尽くす。

 ポポは歌を奏でて、天使を撃滅する。

 夕刻。世界中に天使のハーモニーが響き渡る。

 ポポは歌を捧げて、天使を掃滅する。

 昼下。天使が人類に凶刃を振るわんとする。

 ポポは歌を献じて、天使を討滅する。

 

     ・

     ・

     ・

     ・

     ・

 

「――カフッ」

 

 世界を救うため、天使が降臨しなくなるまで延々と世界中に己の声を届け続ける。そのようなポポの新たな『お務め』を終えたある時。ふとポポはのどに違和感を感じ、つい咳払いをした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 天使はいつも不意に、どんな状況でも大地へと降臨する。人類の自殺願望を叶えるべく、マザー・クオリアが遣わした天使の大群は、人類の事情など知ったことかと、昼夜関わらず地上へと降り注ぐ。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 ポポは己に懐いてくれる小鳥からいつものように天使襲撃の報を聞きつけ、いつものように調律ノ館に飛び込み、いつも通りの歌を奏で始める。祈るように両手を組み、スッと優しく目を瞑り、世界を救うひたむきな意志を歌に乗せて、風に乗せて、世界中に伝播させていく。

 

 しかし。ここで異常事態が発生した。

 

 

(ッ!? 声、が――)

 

 ポポの歌が途切れたのだ。まさか集中が途切れてしまったのだろうか。ポポは慌てて目を開き、歌の詠唱を再開しようとするも、ポポの口から漏れるのは、透き通った声色による荘厳な歌ではなく、ヒューヒューという、かすれた呼吸音のみだ。

 

 

(そんな、どうして!? このままじゃあ、みんなが! みんなが!)

「ぁ、う゛ぁ――!」

 

 ポポはのどに手を添えて必死に歌を絞り出そうとするも、ポポの願いは成就されない。ポポの口からはとても歌とは形容できないうめき声が零れるのみだ。歌が、歌えない。ポポが歌えなければ、天使による人類虐殺を止められない。ポポの顔からサァァと血の気が引き、ポポの顔色がみるみるうちに蒼白に染まっていく。

 

 ポポにはわかる。世界中に埋まっている風のクオリアと感覚をリンクさせているポポにはわかる。天使が次々と地上に到着していく。人々は天使を見ても安心しきっている。人類への殺意をみなぎらせる天使が、ポポの風魔法でなすすべもなく撃滅される。そんな光景を毎日間近で見ているからだ。人々は、ポポが歌えなくなっていることに気づいていない。天使はポポに攻撃されないことを不思議に思いつつも、人々を殺すべく力を行使しようとしている。

 

 

(やだ、やだよ! どうして声を出せないの!? 今歌えないんじゃ意味がないんだよ! お願い、歌を歌わせて! ポポはどうなってもいいから、ポポに歌を――!!)

「――落ち着きなさい」

 

 刹那。心が絶望一色に塗りつぶされていくポポに、凛とした声が届けられた。同時に、ポポが世界中の風のクオリア経由で観測している光景が停止した。否、極端にスローモーションになった。世界各地で、天使が人間を殺すべく振るわんとする爪の速度が異常なまでに遅くなったのだ。この速度では、天使の爪が人間を引き裂くまでに数時間はかかることだろう。この感覚に、ポポは覚えがあった。時の流れを歪ませる、ヒルダの魔法だ。

 

 

「ヒルダ、ケホッ。どう、じて……」

「無理に声を出さないで。今、治療するから」

 

 背後からポポに歩み寄る、漆黒のとんがり帽子がトレードマークな時の魔女ヒルダ。ヒルダの姿を視認したポポが声を絞り出そうとするも、ヒルダがポポの行為をピシャリと制止する。そして、ヒルダはひんやりとした手でポポの首をそっと触る。瞬間、ポポは己ののどの不調が、のどの違和感が解消された感覚を抱いた。

 

 この現象にも、ポポは覚えがあった。ポート・ノワールの大火の折、暴走中のポポがヒルダの胸をドリルで掘削した時にヒルダが己の時間をひたすら戻して怪我を回復していたように、ヒルダはポポの体の時間を戻して、ポポののどが傷つく前の状態に戻したのだ。

 

 

「声はもう、出せるかしら?」

「……うん、だいじょーぶみたい」

「そう。良かったわ。今から時の流れを元に戻すから、すぐに歌を再開しなさい」

「わ、わかった」

 

 ポポののどの治療を終えたヒルダは、有無を言わせぬ口調でポポに天使殲滅の歌の再開を促す。なぜヒルダがここにいるのかを聞きたくて仕方がなかったポポだが、ヒルダに先手を打たれてしまったため、湧き上がる疑問に一旦蓋をして、スローモーションな世界が速さを取り戻す中、歌を再開する。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 ヒルダのおかげで体勢を立て直すことができた結果、ポポの此度の歌でいつも通りに天使を1匹残らず倒すことができた。ポポの歌が途切れて、天使が人類を虐殺する最悪の展開は訪れなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ヒルダ、ありがとう。おかげで、みんなを助けることができたよ」

「お礼ならメディアに言いなさい」

「え、メディアに?」

「えぇ。ポポの歌の調子からポポののどの異変に気づいたのは、彼女よ。世界中の人々を救うポポの魂の歌は、ポポののどに相当な負荷をかけてしまっている。このままポポに歌を歌わせ続けると、ポポののどが潰れるかもしれない。だけど、ポポに歌ってもらわないと世界中の人々が天使に殺される以上、ポポに『歌わないで』と頼むわけにもいかない。だから彼女は考えに考えた末、私に、時を司る魔女に、どうにかしてポポの窮状を救えないかって相談してきたのよ」

「そう、だったんだ……」

「今日からは、ポポが歌を奏でる時に私も立ち会うわ。時を制御できる私がいれば今回みたいに、大概の事態には対処できる。私がいる限り、ポポの歌を阻害するあらゆる原因を排除して見せるから、安心なさい」

 

 エクリプスに伴う天使の無限降臨が終わった後。ポポからお礼を告げられたヒルダはぷいッとポポから視線をズラしつつ、此度己が調律ノ館に訪れた経緯を告げる。ポポの知らぬ間にメディアがヒルダに陰で働きかけていたことにポポが意外そうに眼を見開く中、ヒルダはとんがり帽子を目深に被りなおしつつ、ポポに優しく微笑みかける。

 

 

「ありがとう。すっごく、頼もしいよ」

 

 この時。ポポはヒルダがなぜ福音使徒の皆から尋常じゃなく好かれているのかの一端を、改めて垣間見た。それくらい、今のヒルダがカッコよかったのだ。

 

 

「……ポポ。私からも改めて言わせてちょうだい」

「ほぇ?」

「世界を救ってくれてありがとう。エクリプスが発生してなお、みんなが生きている。誰1人として天使に理不尽に殺されない。そんな、最良の道を諦めずに追い求めてくれて、突き進んでくれてありがとう」

 

 と、ここで。ヒルダはしばし口をつぐんでポポをジッと見つめた後、おもむろに己の心境を吐露する。ポポに、己の偽らざる本音をぶつけていく。

 

 

「私は、福音使徒は諦めていた。世界と目の前の命とを天秤にかけて、世界を守ることを選んだ。もしも諦めなければ、私も、私だって、ポポみたいに、世界も目の前の命も守る、そんな欲張りで素敵な道にたどり着けたかもしれないのに」

「ヒルダ……」

「だけど、私は諦めた。私の、千年に渡って実践してきた世界を救うためのあらゆる策を、いつもあざ笑いながら踏みにじってくる残酷な世界に、ついに私は屈してしまった。それから私は、『世界を守る』ことを免罪符にして、色んな悲劇を生み出してきた。幾多の街を堕歌で結晶化してきた。結晶化を妨害する者たちを容赦なく殺してきた。私は、世界を守るために、目の前の命に見向きもしなかった。……私は滅びの魔女になるしか、世界を守る道がないと思っていた。諦めさえしなければ、私もあなたみたいに、時の魔女だからこそできる方法で、世界も目の前の命も救える方法を思いつけて、もう1人の慈愛の魔女になれたかもしれなかったのにね」

「……」

「結局、福音使徒がやってきたことは、『世界を守る』という題目で世界中にただただ不幸を振りまいていただけだった。しかもそれはクラウスに、獅子王ゼノに良いように踊らされていただけのことだった。私たちは、福音使徒はゼノの手のひらで操られていることに気づけないまま、ひたすら意味のない罪を重ね続けた。あなたの故郷:ポート・ノワールだって滅ぼした。……本当に、ごめんなさい」

「ヒルダ……」

「すべてが終わった時、私はしかるべき罰を受けるわ。だからどうか、あなたの故郷を滅ぼした主犯格が今こうして、あなたの傍で平然と生きていることをどうか、今だけは許してほしい」

「……」

 

 ヒルダがとんがり帽子を手に取り、深々と頭を下げる。さっきまで凄まじく頼もしかったヒルダが、ポポにはとても小さく見えた。今、ポポの目の前にいるヒルダは、己の犯した大罪を自覚し、怯えて震えて身をすくませる、か細い少女でしかなかった。

 

 

――そりゃ人間、これが最善だって信じて選んだ行動が逆効果になる時はあるさ。自分のせいで事態を余計に悪化させることだってよくあることだ。でもさ、俺は思うんだ。大事なのは、結果だけじゃないって。

 

――だって、ポポが今まで頑張って色々動いていた動機は、悪意からじゃないだろ? いつも、いつだって。ポポは人のためを思って、善意で動いていた。だからこそ、ポポは今、『慈愛の魔女』って二つ名と一緒に、多くの人から慕われてるんだ。

 

――たとえポポが動いて、望み通りの結果を得られなかったとしても、人の幸せを想って動いた優しいポポ自身のことまでは否定しないでやってくれないか? だって、ポポは善意に従って、最も正しい選択肢に従って、動こうとしただけなんだから。

 

 

 刹那。不意にポポの脳裏に、アルトがポポを調律した時の言葉がよみがえる。

 今のヒルダには、あの時ポポがアルトからもらった言葉が必要だ。

 

 

「……仕方ないよ」

「え?」

「仕方なかったんだよ。だってヒルダたちは、1周目の知識を持っていたポポと違って、何も知らなかったんだから。ヒルダたちは自分たちが持っている情報から判断して、世界を守るために一番良い手段を選んだだけなんだから。ほら、ヒルダ。顔を上げてほしいな」

「だけど、私たちはポート・ノワールを――!」

「確かに、ヒルダたちはポポの故郷を壊したよ。でも、それは世界を守りたいって願って、エクリプスの引き金になる魔女4人の祝歌を止めるためにポポをおびき出して殺すっていう一番良い手段を選んだ結果なんだよ。ポート・ノワールが滅んでしまった結果には、誰の悪意も関わってない。ただ、ポポや、ヒルダたちの、世界を守りたいって気持ちが、うまく噛み合わなかっただけなんだ。……確かに、福音使徒はたくさん間違ったことをし続けてきたよ? でも、お願いだから、世界を守るために千年間もずっと頑張り続けてきたヒルダ自身のことは、どうか否定しないでほしい」

「ポポ……」

「それに、お互い様だよ。ポポだって、ポポの事情をヒルダに隠してた。でも、思うんだ。ポポがヒルダの魔法で未来から過去に戻ったってことを、ヒルダに伝えていれば、そうすればポポはもっと上手に立ち回れたんじゃないかって。ポポが暴走して、福音使徒を、ヒルダの仲間をいっぱい殺さずに済んだんじゃないかって。……ごめんなさい、ヒルダ」

 

 ヒルダを赦すため。罪に苦しむヒルダを救うため。ポポは必死に頭を働かせて一言一言を絞り出す。そうして、ポポも改めてヒルダに頭を下げて、福音使徒を殺したことをヒルダに謝罪する。それからポポはスッと右手をヒルダに差し出す。

 

 

「ポポはヒルダを許すよ。だから……友達になろう?」

「とも、だち?」

「うん。ヒルダはポポのことを許せないと思う。でも、ポポはヒルダと仲良くしたいよ。ポポたちは、世界を救うために集った、かけがえのない、調律騎士団の仲間なんだから」

「……あなたは、強いわね。……わかったわ。これからよろしくお願いするわね、ポポ」

「うん! よろしくね、ヒルダ」

 

 己の故郷を滅ぼした仇に対して、朗らかな笑みを向けて右手を差し出すポポを前に、ヒルダはとんがり帽子を被りなおして、おもむろに右手を差し出し、ポポの手をギュッと握る。ニコニコと笑うポポと、柔和に笑うヒルダ。仇同士、敵同士の両者の関係はこの瞬間、明らかに変化した。

 

 

「――ヒルダ。話はついたか?」

「いえ、それはこれから話そうと思っていたところよ」

 

 ポポとヒルダがお互いの手を離した時。福音使徒のダンテが燃えるような赤髪を揺らしながら、魔女の園へと足を踏み入れる。あふれんばかりの食料が詰められた紙袋を両手に抱え持っているダンテからの問いかけに、ヒルダは意味深に目を細めてポポを見つめる。

 

 

「話って?」

「もしもポポが私たち福音使徒と一緒にいて不快に感じないのなら、親睦を深めるために私たちと鍋を囲んでみないかと思って、ダンテに食材の買い出しに行ってもらっていたの。……それで、ポポ。どうかしら?」

「……えと、ポポが鍋に参加してもいいの? その、ヒルダは友達になってくれたけど、ダンテたちは――」

「――ドロシーやルドルフの気持ちは知らねぇが、オレはとっくにテメェのことを許してるぜ」

「ほぇ!? そうなの!?」

 

 ヒルダから鍋の誘いを受けたポポはおずおずとダンテに視線を送りつつ、ヒルダに問い返そうとする。が、ここでポポの言わんとしている内容を察したダンテが、ポポの発言に割り込んで己の心境を表に出した。福音使徒の中で誰よりもポポのことを恨んでいそうな人筆頭のダンテからの想定外極まりない発言に、ポポは思わず目を丸くする。

 

 

「そもそも先にポート・ノワールに手を出したオレたち加害者側が許すも許さないもねぇんだが……あの憎たらしいクソ天使どもを毎日景気よく容赦なくスプラッタにしてくれるテメェのことは、結構気に入ってんだぜ? だから、来いよ。オレがテメェに最高の鍋をふるまってやる」

「ああ見えてダンテの料理の腕は一級品よ。必ずやポポの舌を満足させることを保証するわ。それに、もしも鍋の最中に無粋な天使が襲来した時は私が時を遅らせてポポの歌を間に合わせるから、ポポは何も気にしないで、安心して、私たちとの鍋を楽しんでほしい。……さ、行きましょう?」

 

 ダンテはまるで新たな獲物を見つけたかのような邪悪な笑みを浮かべながら、鍋へのポポの参加を歓迎する。ヒルダもまた、ポポが鍋を断る理由にしそうな要素に対して先回りして回答しつつ、再度ポポへと手を差し出してくる。

 

 福音使徒の皆との鍋。一体どんな鍋になるのか想像できないし、ドロシーやルドルフがポポのことをどのように思っているかもわからない。けれど、鍋の誘いと相対して、ポポの心をいち早く支配した感情は、不安ではなく期待だった。

 

 

「……うん、わかった。それじゃ、ごちそうになるね!」

 

 ポポはヒルダの手を取った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その後。調律騎士団の庁舎の一室にて。

 ポポは、ヒルダ・ダンテ・ドロシー・ルドルフの5名で鍋をつつき合うこととなった。

 

 鍋パーティーの開幕早々、ルドルフからの空気の読まない謝罪(という名の恐ろしく速い指詰め行為)を、レベルが上がりまくっているポポの俊敏な動きでどうにか未遂で済ませる一幕があったり。福音使徒の仲間を殺したポポが、福音使徒よりも良い方法で世界を守っているということに複雑な気持ちを抱え持つドロシーが、己の気持ちを清算するために唐突にポポに鍋の大食い勝負をけしかけてきたり。ハチャメチャな展開が立て続けに起こる鍋パーティーだったが、天使から皆を守るために常に気を張っていたポポはこの時、ずいぶんと久しぶりに心を休めることができたのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。天使が襲来する度に渾身の歌を奏でていた結果、かなりのどに負担がかかっていた模様。ヒルダがいなければ大惨事待ったなしだったため、ヒルダをメチャクチャリスペクトすることとなった模様。
ヒルダ:福音使徒を統べる時の魔女。年齢は少なくとも千年以上。メディアから相談され、ポポののどを治すためにポポと接触した。その際、これまでそれとなく避けてきたポポとしっかり向き合うこととなったヒルダは、ポポに謝罪し、ポポに許され、新たな友達となったようだ。
ダンテ:魔女ヒルダに付き従う福音使徒の1人。18歳。悪人面をしているが、実は家事特化型のオカン属性を保持していたりする。毎日天使の無残な姿をいっぱい見せてくれるため、ポポへの好感度が高め。
メディア:先祖代々、調律ノ館を管理する、王室付き楽師な女性。ポポの歌の調子から、ポポののどに負担がかかっていることに気づいた彼女はどうすればいいかを考えに考えた結果、ヒルダに頼るという最適解にたどり着いた。

 というわけで、35話は終了です。宣言通り、最初から最後まで一貫してほのぼのとした話でしたね、ええ。ちなみに、肝心のポポと福音使徒たちとの鍋でどんな会話が繰り広げられたかは、読者の皆様の想像にお任せします。


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36話.届かぬ想い


 どうも、ふぁもにかです。復活祭の話を終えてからというもの、何だかんだ平穏な話が続く本作ですが、いずれ波乱な展開が巻き起こることでしょうから、ご心配なく。



 

 ポポがヒルダたち福音使徒と鍋を楽しんだ翌日。ポポを含めた調律騎士団は総員、ポート・ノワール跡地へと赴いていた。ポポが王都に待機している間に、調律騎士団は順調に土・水・火の星歌の楽譜を集めることに成功しており、残る『星歌の楽譜~風~』は、ポポがポート・ノワールで星歌の風パートの一節を奏でなければ入手できないからだ。

 

 道中、例のごとく天使の大群が地上へと来襲してくる不定期イベントが発生したので、サウス・ヴァレーの平原でポポが寿命を削って歌を奏でて天使をすべて倒す一幕を挟みつつ、調律騎士団はポート・ノワール跡地へと足を踏み入れる。

 

 

「……」

 

 あらゆる家屋が粉々に壊れ、黒く焼け焦げていて。港に停泊していた船は単なる破損した木材に成り下がっていて。かつて人々を温かく出迎えていたレンガ通りは、無残に瓦礫が積み重なるのみで。乾いた血が所々に飛び散っていて。ポート・ノワールの大火の後、王都の騎士が被害者の埋葬等のために足しげくポート・ノワールに通っているものの、ポート・ノワール跡地には、以前福音使徒がもたらした惨禍の爪痕が未だ色濃く残っていた。

 

 調律騎士団の皆がポポを気遣って自然と口をつぐむ中。どこで歌を歌えば良いかを知っているポポが先頭に立って、ポート・ノワール跡地を突き進む。そうして、中央広場まで歩を進めたポポは、ふと立ち止まった。非常に、聞き覚えのある声がポポの鼓膜を優しく撫でた気がしたからだ。

 

 

 ――タンポポお兄ちゃん!

 

 

「ポポ?」

「……だいじょーぶ」

 

 心配そうにリゼットに顔を覗き込まれたことでハッと我に返ったポポは、フルフルと首を軽く振って、福音使徒に殺されてしまった友達:マルコの幻聴を振り払う。そうして、目的の場所までたどり着いたポポは、クルリとアルトへと振り返った。

 

 

「それじゃ、千年前の風の魔女さんから楽譜をもらってくるね」

「あぁ、頼んだ」

 

 ポポは皆の前でスッと目を瞑り、星歌の風パートを奏で始める。すると、ポート・ノワール跡地を駆け抜ける乾いた風がほのかな翠色の光をまとい、ポポの周囲を淡く優しく包み始める。まるで蛍に愛されているかのような不思議な感情をポポが抱くと同時に、ポポの視界が瞬時に切り替わった。

 

 濃藍に彩られた背景に、大小さまざまな星が各々個性的な輝きを放つ、幻想的な空間。その空間の中心に1人の女性が悠然とたたずんでいる。金髪金眼で、艶やかな髪をツインテールに束ね、緑を基調としたおしゃれな狩装束を身にまとうその姿は、もしもポポに姉がいたならばきっとこのような姿だったのだろうと想像するにたやすいほど、凛々しく大人びている。そう、彼女こそが千年前の風の魔女:ミリーだ。

 

 

「――3年ぶりだね、ポポ」

 

 ミリーからポポに投げかけられた第一声。その言葉を聞いた瞬間、ポポは察した。今、目の前にいるミリーは、ポポと初対面でないことをほのめかすこのミリーは、2周目の世界のミリーではなく、ポポと一緒に未来から過去にさかのぼったミリーなのだと。

 

 

「やっぱり、ここで会える千年前の風の魔女は、1周目の魔女さんなんだね」

「薄々察していたみたいだね。ま、私の意思は君が胸に宿した風のクオリアの中に封じているからね。君がヒルダの魔法で過去に、2周目の世界にさかのぼったのなら、当然私も過去にさかのぼることになる。ポート・ノワールで歌を奏でることで呼び出される私も、1周目の私になる」

「そっか」

「……」

「……?」

 

 同じ1周目を生きた経験を持つポポとミリーは、会話が途切れたことを機に、無言でお互いを見続ける。しかし、お互いが何も会話せずとも以心伝心、というわけではなかった。ミリーは何か明確な意図を抱えてポポをジッと見つめており、ポポはミリーの考えがわからず困惑に眉をひそめている。

 

 

「えっと。星歌の風の楽譜、くれないの……? あ、それとも。もしかして風の楽譜って1枚しかないの? その風の楽譜をポポが1周目の世界に置いたまま2周目の世界に来ちゃったから、楽譜を渡せなくなっちゃってるの? ど、どうしよう。ポポ、星歌の風パートを全部覚えてる自信ないよ。頑張って思い出さないと……」

「いや、その心配はしなくていい。風の楽譜ならちゃんと持ってるよ」

「え? それじゃあどうして、渡してくれないの?」

「…………エルク、いやアルトの邪魔をするのは本意じゃない。だから楽譜は渡すよ。でも……ポポ、考え直す気はないの?」

「ほぇ?」

 

 ポポが、場を支配する沈黙を気まずく感じて居ても立っても居られなくなり、おずおずとミリーに問いかける。すると、ミリーは長い沈黙の末、ポポに訴えかけるような眼差しとともに、ポポへと問いかけ返した。

 

 

「私は今まで、風のクオリアを通してポポのことをずっと見てきた。だから、これからポポが何をするつもりなのか、察しがついている。ポポがそうしたいと願ってしまう気持ちも凄く理解できる。だけど、だけど! ポポ、それはダメだよ。……ポポ、君はみんなから愛されている。慕われている。みんな、ポポの力になりたいと思っている。世界を救って、1人で全部終わらせて、それでポポは満足なのかもしれない。けれど、ポポのことが大好きなみんなは、凄く悲しむし、ショックを受けるよ。みんなにとってのハッピーエンドな世界は、もはやポポがいないと成立しないんだ。それなのに、ポポは、みんなの気持ちを切り捨てていくつもりなの? そんなの自分勝手だよ! ねぇ。お願い、ポポ。もう一度、考え直して。バカな真似はしないで」

「……」

 

 ポポが思惑を把握しているミリーは、必死に言葉を連ねてポポの心変わりを狙う。ミリーがこうしてポポと対面し、直接言葉を交わせる機会が今しかないことをわかっているからだ。対するポポは、己の内に秘めたる想いをすべてミリーにバレていることを知り。ミリーの眼差しから、彼女がポポのことをどこまでも気遣っていることを知り。しかし、それでも己の変わらぬ決意をミリーへと発した。

 

 

「ごめん。もう、決めたんだ」

「そう……」

 

 ミリーからの痛切な願いを、ポポは力なく首を横に振って拒否した。そんなポポの回答はミリーにとって想定内だったのか、ミリーはポポの回答を、硬い表情のまま受け止める。だんだんと星がきらめく幻想的な空間が崩れていく。空間が維持されるタイムリミットが近づく中、ミリーはポポに風の楽譜を握らせた後、ポポの両肩を強く掴んで、さらに説得の言葉を紡ぎ始める。ミリーの辞書に、『諦める』という言葉は存在しないのだ。

 

 

「忘れないで、ポポ。1周目の君が苦しんでいた時、君を救ってくれた人は誰だった? その人が君を救った方法は、君が想像しえない、調律という名の魔法を使うという、とんでもなくびっくりな方法だったはずだ。そして、たった1人でお務めをするだけの人生だった君の世界を広げてくれた人たちは誰だった? その人たちは君が本を読んで入手した知識の範囲外の、興味深いことをたくさん、君に教えてくれたはずだ」

「ミリー、何が言いたいの?」

「ポポ、君は自分が思っているよりもはるかにネガティブな方向に思い込みが強いタイプの人間だよ。だって今も、ポポは勝手に可能性を切り捨てて、みんなをバッドエンドに叩き込んででも、安直な結末に逃げ込もうとしている。でも、そんなの絶対認めない。それは世界こそ救えているけれど、誰も報われない世界だ。……ポポ。お願い、最後まで諦めないで。1人で勝手に終わらせようとしないで。――みんなをもっと、信じて」

 

 ミリーは千年後の風の魔女を救うべく、ポポを思いとどまらせるために早口にポポに語りかけた。その時、ミリーの体がほのかに発光したかと思うと、無数の光の粒子となって弾けた。ミリーの体を構成していたらしい翠色の光は思い思いに周囲を駆け巡った後、次々と床へと落ちて消失していく。

 

 

「……ごめん。ごめんね、ミリー」

 

 ポポは、ミリーの真摯な想いを拒絶するかのようにスッと目を閉じて、もうこの場にいないミリーに謝る。瞬間、幻想的な世界から、ポート・ノワール跡地へとポポの視界が切り替わる。ポポの眼前に映る調律騎士団の皆の様子からして、ポポがミリーと過ごした時間は、現実では一瞬に満たない刹那の出来事だといえた。

 

 

「アルト、無事に風の楽譜を手に入れたよ」

「よし、これで星歌の楽譜が全部そろったな。では、調律騎士団! 王都ランベルトに帰還する!」

 

 ポポは何事もなかったかのように、ミリーから受け取った『星歌の楽譜~風~』をアルトに手渡す。星歌の楽譜を無事手に入れることができたアルトは、少しでもポポが天使を殲滅する歌で寿命減らさずに済むように、一刻も早く星歌を完成させて月へと攻め入るべく、調律騎士団の皆に命令を飛ばすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 北の属州の某所。自然の神秘により生成された氷の洞窟の奥。そこに1人の男性が壁に背中を預けて力なく腰を下ろしていた。白を基調としたきらびやかな金属鎧に身を包み、整った金髪を揺らすその男性は、しかし両眼からは完全に光が消えていた。男性のことを知らない人がもしも今の男性を目撃したならば、よくできた等身大の『人形』と誤解するかもしれない。それほど、今の男性にはまるで生気が感じられなかった。

 

 

「マスター」

 

 人形めいた男性に、無機質な声が掛けられる。声のかけたのは、武骨で機械的な羽を背中にたなびかせた藍色の髪の少女ことジゼルだった。硬質な羽で羽ばたきながら、ジゼルはパンの入った紙袋を、人形めいた男性ことゼノの手元にそっと置く。

 

 

「食事をお持ちしました」

「……」

 

 ゼノは何も語らない。復活祭が終わってからというもの、もう何日も何も飲食していないというのに、ゼノは欠片も動こうとしない。パンを見ようともしない。それでもジゼルはゼノにパンを、食べようと思えばすぐにでも手にもって食べられる物を毎日ゼノに捧げる。そうしてジゼルは、ふと。ゼノに対して、話したくなった。語りかけたくなった。その理由がわからぬまま、ジゼルは第一声を上げる。

 

 

「マスター。もう、本懐は遂げられないのですか?」

 

 ジゼルの声に、ゼノは反応しない。ゼノは焦点の定まらない眼差しで虚空を見つめるのみだ。しかし、ジゼルは、それでも構うものかと声を上げることをやめない。

 

 

「マスターはいつも、私にマザー・クオリアの素晴らしさを語っていました。マスターはマザーと再会できる日をずっと楽しみにしていました。私がマスターにより生み出され、マスターの道具となった期間は短いですが、マスターがどれだけ大好きなマザーと再会するために心血を注いできたのかを、私は知っているつもりです」

「……」

「マスター。マスターはもう、立ち上がってはくれないのですか?」

「……」

 

 ジゼルは段々己の行動の意図が理解できてきた。今のマスターが、見るに堪えないのだ。今のマスターは、人造天使のジゼルよりも人間味に欠けている。ただの生きる屍、ただの人形だ。しかし、人形なマスターは見ていられない。マスターには、もっと生き生きとしていてほしい。そう。ジゼルは、マスターによみがえってほしいのだ。表情豊かなマスターに戻ってほしいのだ。それに。

 

 

――ほら、歴史も物語っていますよ。千年前の英雄エルクレストは今もなお人々に広く語り継がれ、あなたは千年前にこの国を建国したにもかかわらず、人々に全然語り継がれない。あなたが凡人に過ぎない何よりの証左です。

 

――ポポの完璧な計画により、己の計画を台無しにさせられてすべてを失った今のお気持ちはいかがでしょうか?

 

――とんだ道化ですね、クラウス隊長! ざまぁみなさい! これがカシミスタンを、世界を滅ぼそうとしたアンタにふさわしい末路よ!!

 

 

 何より、気に食わない。ニキという名の土の魔女が気に食わない。あの時、復活祭の折。マスターのことなんて大して知らないくせに、知ったような顔でマスターを好き放題にののしり、マスターの心を散々に傷つけた。そんなニキがすさまじく気に入らない。

 

 

 ジゼルは、マスターに立ち上がってほしい。

 マスターが、ニキにバカにされる程度の存在でないことを証明してほしい。

 マスターが、ポポにすべて読まれる程度の存在でないことを証明してほしい。

 

 なぜなら。なぜなら。マスターは。

 ジゼルの生みの親にして、ジゼルの特別なのだから。

 

 つまるところ。ジゼルは今のゼノに対して壮絶な解釈違いを起こしており。ジゼルの解釈通りのゼノに戻ってもらいたいというわがままで。ゼノ相手に能動的に語りかけているのだ。

 

 

(まさか、人造天使の私がこのような感情を抱くとは……しかしなぜか、この気持ちが、不思議と心地良い。これが、ココロなのでしょうか。アルトたち人間の強さの源。これが、ココロ……?)

「マスター。マスターはどうして今まで頑張ってきたのですか? 頑張るからには、頑張れるだけの強い想いがあったはずです。たとえその想いが、マザーから与えられた偽物の想いだとしても、マスターの想いの強さは決して偽物ではなかったはずです。だからこそマスターは、千年間も、気の遠くなるほどの長い時間を使ってでも、その想いを成就せんと暗躍したはずです。それなのに、たった一度、風の魔女に作戦を潰されただけで想いは潰えてしまうのですか? マスターの想いは、その程度の弱いものだったのですか?」

「……」

「マスター。何があなたの強い想いを打ち消しているのですか? 何があなたの悲願の成就を阻害しているのですか? 教えてください。そして、命令してください。私が必ず、障害を排除してみせます。マスター。どうか、あなたの望みを私へ伝えてください。あなたの望みが、命令が、私には必要です」

 

 ジゼルは己の中に本来なら生じるはずのない概念を一旦『ココロ』と解釈した上で、ジゼルはココロの思うがままに準じてゼノに言葉を重ねる。ゼノがジゼルの言葉に反応せずとも構わずに、ジゼルは言葉を重ねる行為をやめない。やめようとしない。

 

 

「――望み、か。そんなもの、叶うわけないだろう」

 

 と、その時。初めて、ゼノが口を開いた。

 ジゼルが久しぶりに聞いたその声は、随分とかすれた、情けない声だった。

 

 

「ポポは、とてつもなく強い魔女だ。戦闘力もさるものながら、私のことを何もかも調べ尽くし、どのような状況になってもいいようにあらゆる対策を用意する頭脳まで持っている。ニキの言う通り、もう私は詰んでいるのだ。お前だって、わかるだろう?」

「わかりません、マスター。風の魔女ポポが今まで積み重ねたとされる『お務め』という名の行為は、しかしそれは、あくまで土の魔女ニキの発言でのみ言及されているものでしかありません。風の魔女が用意したという対策の存在の裏はとれていません。虚言の可能性を考慮すべきではありませんか?」

「……」

「あの時。火の魔女サクヤが万が一にも死んでしまわないよう、マスターの命でゴウラ火山で待機していた時。私は確かに目撃しました。ゴウラ火山で、福音使徒ドロシーに誘拐された火の魔女サクヤをマスター率いる第9小隊が助けようとした時。風の魔女は何を思ったのか、物陰に隠れていました。その後、彼女は福音使徒ドロシーを狙って弓を構え、しかしある時なぜか矢をあらぬ方向へ飛ばし、呆然と立ち尽くしていました。間違いなく、あの時の風の魔女は何か想定外の事態に気づき、酷く狼狽していたはずです」

「……」

「他にも、風の魔女は福音使徒にポート・ノワールを滅ぼされたことで絶望し、暴走しました。もしも風の魔女がマスターの計画の何もかもを知り、無限の対策を用意できるほどの人間ならば、上手に立ち回って福音使徒からポート・ノワールを守り抜き、己の暴走を防げたのではありませんか? しかし現実では、ポート・ノワールの大火は発生しました。風の魔女は暴走しました。ポート・ノワールの大火こそ、風の魔女が未来の何もかもを読み取れない証左です」

「……ま、れ……」

「マスター。風の魔女は、土の魔女が言うほど、完璧超人ではありません。マスターがその気にさえなれば、簡単に打ち倒せる程度の人間です。私が保証します。……私の論拠を、信じてはくれませんか?」

「――うるさい!!」

「ッ!」

 

 ジゼルはゼノに立ち直ってもらいたい一心で必死に言葉を積み上げる。しかし、当のゼノはギロリとジゼルを睨み上げ、声を荒らげた。ゼノの叫びが洞窟にこだまし、ゼノに圧倒されたジゼルが口を閉ざす中、ゼノは震えを多分に含んだ声色でジゼルの主張への反証を始める。

 

 

「ポポが狼狽していた? ポポが完璧超人ではない? だから何だというのだ! そう見せているだけかもしれない。いいや、そうに違いない。ポポは策を人に見破られることを前提に次の策を潜ませる、そういう魔女なのだ。策を講じればポポを倒せる、そう思わされている時点でお前はポポの狡猾な策に嵌っているんだ。ポポは、奴は私が策に引っかかり、無様にのたうち回る姿を手ぐすねを引いて待っているんだ!」

「たとえマスターの仰った通りだとして、マスターはこのまま、未だ明らかになっていない風の魔女の策に怯えて、洞窟に閉じこもっているつもりですか? それこそ風の魔女の思うツボではありませんか? 風の魔女は世界を守るために動いています。マスターが何もしなければ、風の魔女は誰にも妨害されず、至極順調に世界を守る『お務め』を完遂するだけですよ?」

「そんなことはわかっている! だから今、こうして、ポポを出し抜く策を考えている所じゃないか。わかったら、創造主たる私に口答えをするんじゃない!」

「しかし――」

「――黙れ、命令だッッ!!」

 

 ゼノはポポという存在にひたすら怯えて、感情論を基軸にした反論をジゼルにぶつける。一方のジゼルが冷静にゼノの反論を打ち返すと、ゼノは敵意を多分に含んだ眼光でジゼルを射抜きながら、絶叫染みた命令を浴びせた。普段のジゼルなら、ゼノの命令を受け入れただろう。しかし、今のココロを自覚したジゼルは止まらない。止まろうとしない。止まるつもりがない。

 

 

「いいえ、黙りません」

「なッ――」

「道具の分際でマスターに不愉快な思いをさせて、申し訳ありません。しかし、最後にどうしてもマスターに話したいことがあります。発言を、許していただけませんか?」

「……なんだ?」

「マスターの悲願を阻害する要因が風の魔女ポポであると理解しました。よってこれから、私が証明してみせます」

「何を、するつもりだ?」

「標的、風の魔女ポポを撃滅します。風の魔女はやり方次第で容易に倒せる存在であると、私の身をもって証明してみせます。だから、だからお願いします。もしも私が風の魔女の破壊に成功したら、どうかもう一度立ち上がってくれませんか? マザーのために粉骨砕身するいつものマスターに戻ってくれませんか?」

「やめろ。お前が余計なことをすると、ますます取り返しがつかなくなってしまう」

「そのご命令は承れません」

「ッ!? なぜだ、なぜ……?」

「今のマスターはただの人形です。すべてを諦めて、ただ無為に日々を過ごすだけの人形です。私は、人間のマスターの手で創られました。人形からは私は生み出されていません。よって、人間のマスターの発する命令しか承服しません。私は……マスターの命令に従うよりも、ポポを倒しに動く方が、マスターのためになると信じています。これが、私のココロです。マスター。私の願いを、聞き入れてはくれませんか?」

「……」

 

 ジゼルは己の体の内に生まれたココロを尊重して、ゼノにこれから己が何をするつもりなのかを宣言する。ポポという存在にとにかく怯えるゼノから拒否されようと知ったことかと、ジゼルは己の行為をゼノに認めてもらうべく、とにかく言葉を重ねる。ゼノは、己の言うことを何でも承服するだけの人形だったはずの普段のジゼルが命令に反抗する態度に、しかし態度とは裏腹にジゼルからゼノに向けられるどこまでも優しい瞳に、困惑することしかできない。

 

 そうして、沈黙。ジゼルは主張を終えて、ゼノは困惑から立ち直れない。

 必然と訪れた沈黙がしばし続いた後、ゼノは自嘲するような薄笑いを浮かべた。

 

 

「はは。人形が、心を語るか……」

「マスター」

「……勝手にしろ」

「承りました」

 

 ジゼルはクラウスの返事を聞くや否や、洞窟を後にした。洞窟に1人残されたゼノは、ジゼルが持ってきてくれたパンに手を伸ばし、ゆっくり咀嚼する。そのもたついた行為は、己の想いをポポに、ニキに打ち砕かれ。すっかり廃人と化してしまっていたゼノの再誕の可能性に繋がりかねない第一歩となるのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。何やら良からぬことを画策しているようで、ミリーの説得にも折れなかった。アルトの調律待ったなしである。
ミリー:千年前の風の魔女。ポポが何を企んでいるかを風のクオリアを通じて知ったミリーは、此度のポポと対面する機会を使ってポポを説得しようとしたが、失敗に終わってしまった。
ゼノ:レグナント王国の初代王様。年齢は千歳を超えている。祝歌を実行してエクリプスを実行すべく、レグナント王国の第9小隊隊長として振舞っていた過去を持つ。復活祭の日にエクリプスを発生させたものの、ポポに天使による人類殺戮を防がれ、ニキの言葉責めによりすっかり心折れていたようだったが、ジゼルの心のこもった発言の数々により、何か心に変化が訪れたようだ。
ジゼル:クラウスによって作られた疑似生命体。天使に酷似した体つきをしており、飛行も思いのまま。今の心折られたゼノに対して解釈違いを起こしたジゼルは『マスターはそんなこと言わない』といった己のココロに従い、必死にゼノを説得するに至った。ジゼルかわいい。

 というわけで、36話は終了です。千年前の風の魔女ミリーの想いは、当代の風の魔女ポポにあんまり届かない。人造天使ジゼルの想いは、心折れた獅子王ゼノにあんまり届かない。そういう話でした。ところで、何やらジゼルが穏やかじゃないことを画策していそうですね。この先、どうなることやら。


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37話.サプライズ


 どうも、ふぁもにかです。ここ最近、何か空気だったかもしれない人に今回は登場してもらうことにしました。さて、誰でしょうね。なお、此度の登場人物よりも遥かに空気な方々のことは一旦忘れることとします。すまぬ。



 

 それは、調律騎士団が土・水・火・風・時の星歌の楽譜をすべて集め終え、5名の魔女が調律ノ館で星歌の五部合唱の練習を始めてから、数日後のこと。調律騎士団に所属する、頼れる兄貴分ポジションに収まっている軟派男ことラスティは己の耳を疑った。

 

 現在地は、騎士団庁舎内のポポの自室。目の前には、1人の少女。金糸のように輝きゆらめく金髪をツインテールに束ねた、風の魔女ポポ。今朝、彼女から神妙な面持ちで「ラスティに相談したいことがあるから後で部屋に来て!」と話を持ちかけてきたため、言われるがままにポポの自室に入ったラスティは、そこで普段のポポならまず絶対に言わないことを告げられたため、つい己の耳を、あるいは正気を疑ってしまったのだ。

 

 

「あー。……悪い、聞き逃した。もう1回、言ってくれるか?」

「だから、ラスティに女の子の口説き方を教えてほしいんだよ!」

「そっかそっか、聞き違いじゃなかったかぁ」

 

 ラスティはポポの相談内容を再度確認した後、腕を組んでコテンと首をかしげる。今現在、ラスティの頭の中では大小様々なハテナマークが次々と沸き上がり、脳内スペースを占拠している状態だった。それくらい、ラスティにとってポポから女の子の口説き方を乞われる状況は奇妙すぎたのだ。

 

 

「というか、そもそも俺より適任がいるだろ?」

「え?」

「アルトだよ、アルト。我らが調律騎士団の団長様さ。あいつ、騎士団に入ってから色んな女を攻略してるじゃねぇか。騎士団の女性メンバーの大半はもうアルトのことを恋愛的な意味で好きって状態だろ? 俺のナンパ術はあくまで『オネーチャン』に特化してて『女の子』相手にゃ向かないから、俺じゃなくてアルトに相談してみろよ」

「それはそうだけど、でもアルトって、素の性格が魅力的だからみんなアルトを好きになってるってだけで、アルトが狙って相手を攻略してるわけじゃないよね? だから、アルトに女の子の口説き方を指南してもらうのは難しいかもって思って、だからラスティに聞いてるの。ねぇ、教えてくれないの? 今のポポにはラスティの技術が必要なんだよ! お願い! 教えてくれたら、ポポのとっておきのたんぽぽコーヒーふるまうから!」

「おい、さりげなくお礼に見せかけた罰ゲームを仕掛けてくるんじゃねぇよ」

 

 ゆえに。ラスティはポポの頼みを快諾せず、一旦ポポの相談先を己からアルトへと移そうとする。しかしポポはどうしてもラスティから教えを乞いたいようで、パンッと両手を合わせて必死にラスティに頼み込んでくる。そのような、落ち着きのないポポを上から見下ろしている内に、ラスティも段々と己の平静を取り戻してきた。

 

 

「だいたい、どうして女の子の口説き方なんて知りたがってんだよ? お前、そーゆー色恋好きなキャラじゃないだろ?」

「そ、それは、その…………最近ニキと全然話せてないから」

「なんだ、喧嘩したのか?」

「喧嘩じゃない、と思う。多分。ただ……復活祭があって、ポポが秘密をみんなに話した後から、ニキに避けられてるみたいなんだ。星歌の練習の時はニキと一緒にいられるから、色々話そうとしてみたんだけど、上手く会話を続けられなくて。もう何日もニキとちゃんとまともに話せてないんだ」

「ほー。それで、心当たりは?」

「……これかな、って候補はあるよ。あんまり自信ないけど」

 

 正常な思考を取り戻したラスティがポポに動機を尋ねると、ポポはしばし気まずそうに沈黙した後、渋々といった様子で己の事情を明らかにした。一方のラスティはポポから聞き取った動機をベースにポポの本当の望みの有力候補を推測し、ポポに提示することにした。

 

 

「じゃ、ポポの『女の子の口説き方を教えてほしい』って頼みは、言い換えると『ニキと前みたいに普通に話せるようになりたい。そのためにニキとちゃんと会話できる機会を作りたい』ってことで合ってるか?」

「うん。……どうすればいいと思う?」

「んなもん、簡単だろ。ニキに何かプレゼントすればいい。ニキ相手なら、たとえその辺に咲いてる一輪の花を摘んで差し出したって、愛しいポポがくれた物だからって、婚約指輪でももらった時と同じくらい喜んでくれるさ」

「そ、その言い方はニキに失礼だよ! ラスティはニキを何だと思ってるの!? ――って、あれ? ラスティ、もしかしてニキの気持ちを……?」

「たりめーだろ。少し見れば、ニキがポポにそういう想いを抱えてるってことぐらいお見通しだ。この幾多のナンパを遂行した、百戦錬磨のラスティ様をなめるなよ?」

「ほぇー、ラスティ凄いね!」

 

 ポポの本当の望みを把握したラスティは、ニキの機嫌を取り戻せるであろう一案をテキトーに提示する。対するポポはラスティがニキを軽く見ているように感じたためにぷんすかと怒りを表明するも、ラスティがニキの想いを把握済みなことを察し、改めてラスティの人間観察力に対し心から感心する。

 

 

「ま、さっきのはほんの冗談だ。さーて、初対面の女性を口説いてその気にさせるエキスパートなこの俺から、お前がニキと確実に仲直りできる術を特別に伝授しようじゃないか」

「ラスティ……! ありがとう!」

「どういたしまして。……まず、今のニキはお前を避けている。だが本当にポポと何も話したくないのならもっと徹底的に避けるはずだ。ポポと一言だって話さずに済むように上手に立ち回るはずだ。ニキならそれくらい朝飯前だからな。だが、今のニキは中途半端にポポを避けている。ニキが、ポポを本気で拒否する行動を選ばないのは、ニキにもポポとよりを戻したいと願う気持ちがあるが、その心に素直に従うことができていないからだ。それなら話は早い。ニキにサプライズを仕掛けてやればいい」

「サプライズ?」

「あぁ。ニキを驚かせて、ニキのペースを崩して、そこを会話のとっかかりにするんだ。それさえできれば後は流れで元通りの仲を取り戻せるさ。何せ、ポポもニキも、このままの微妙な関係でいたくないって思ってるんだからな。てことで、これが作戦だ。いいか――」

 

 ラスティはポポの願いを叶えるべく、己の脳内で組み上げた作戦をポポに伝授する。もしかしたらニキが偶然近くを徘徊している可能性も否定しきれないため、ラスティは念のため声を殺しつつ、己の作戦をポポにきっちり作戦を教え込むのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はぁ……」

 

 王都ランベルトのとある人気のない裏通りにて。土の魔女ニキは沈鬱な溜息を零しながら、とぼとぼと歩いていた。ニキの行為に特に目的はない。強いて言うのなら、気分転換だろうか。

 

 

「私、何をやってるんだろう……」

 

 目下、ニキには悩みがあった。ポポと全然話せていないことだ。ポポとニキが頑張って組み上げた作戦により、復活祭当日に、クラウス隊長もとい獅子王ゼノと人造天使ジゼルにより、世界中の人々が殺される悲劇を回避することができた。それ自体はとても喜ばしいことだ。エクリプスから世界中の人々を守るポポの作戦に関与できたこともあり、復活祭の出来事はニキが人生において心から誇れる出来事の1つになったことも確かだ。

 

 ゆえに、本来ならニキが落ち込み、ポポを避ける理由はどこにもないように思える。だけど、それでもニキは何となくポポを避けてしまっていた。その理由に、ニキは何となく察しがついていた。この件について、誰が悪いかといえば、間違いなくニキが悪い。だけどニキはポポに謝るとっかかりをどうしても掴めず、こうしてもう何日もポポを避けてしまっている。どうにかポポがニキと元の仲を取り戻そうとしていて、だけどニキがぎこちない返しをするせいで、ポポを悲しませてしまう展開を、もう何度も作ってしまっている。

 

 

(いい加減、ポポと仲直り? しないとね。このままだと下手したら星歌の完成を遅らせてしまうことすらあり得るもの。ポポの寿命が私のせいで余計に減っちゃうだなんて絶対に認めない。でもどうしたら……)

「――そこの方」

 

 ニキがうんうんと真剣にうなりながら、とぼとぼと裏通りを歩んでいると、ニキの前方から中世的な声が届けられた。ニキが改めて意識的に視線を前方に向けると、そこに1人の小柄な人物がニキをしかと見つめていた。紺色のテンガロンハット、白のシャツ、栗皮色のコート、黒のズボン、ダークブラウンの厚底ブーツといった服装に身を包んだ、金髪の人物が、その両眼でニキをしっかりと捉えていた。

 

 

「え、え? あれ、あなたは……?」

「ボクはタンポポ、流浪の旅人です。突然ですが、あなたを一目見て、惚れました。どうか、今からボクとデートしてくれませんか? あなたのことをもっと知りたいのです」

「え、えええええええええええ!?」

 

 ポポと激似な顔立ちをしている人物からいきなりデートの誘いを受けたニキは驚愕の声を場に轟かせる。常人なら思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量でつい叫んでしまったニキだが、しかしいきなりデートを申し込んできた相手はニキの絶叫を全く気にせずニコニコ笑顔をニキに向けていた。

 

 

「え、うん? ちょっと、なに、どういうこと? タンポポ、さん? え、ポポじゃないの? ホントにポポじゃないの、この人? でもすごくポポと顔似てるよね? あれ、ポポって兄弟姉妹いたかな? それとも双子? いや、でもポポの家は明らかに1人暮らしな内装だったし、でも……」

「……ボクのデートの申し出に、戸惑っているのですか? それは、無理もありませんね。あなたにとっては突然のことでしたから。だけど、そんな困っているあなたも、とてもきれいです。まるで高名な画家の方が手掛けた幻想的な絵画のような美しさですね。あぁ、なんて美しい」

「はわぁッ!??」

「それで、返事はどうだろう? ボクとデートをしてくれませんか?」

「あの、あう、えっと、えぅ、ふぇ……」

 

 ただでさえ大好きなポポと酷似した謎の人物:タンポポから思いっきり好意を寄せられてきていることにニキの頭はますます混乱方向へと突き進んでいく。そのようなニキの混乱っぷりなんて知ったことかとタンポポがニキに返事を催促すると、ニキは言語能力を失い、真っ赤に火照りまくった表情で、多種多様な戸惑いの鳴き声を漏らすことしかできなくなった。

 

 

「――ポポ? お前なにやってんだ?」

「ほぇ!?」

 

 が、刹那。状況が一変した。ニキと、タンポポと名乗る謎の人物の2人しかいない裏通りに第三者の声が届いたのだ。ニキがハッと我を取り戻し、正常な言語能力も取り戻しつつ、声の元へと弾かれたように振り返ると、そこにはオレンジ色の髪をした青年:ラスティがいた。彼が心底不思議そうに自称タンポポに声をかけると、当の自称タンポポは動揺に満ち満ちた声を発しつつ、慌ててラスティへと振り返った。

 

 

「ポ、ポポ? それは誰のことかな? ボ、ボクはタンポポ。その、ポポって人じゃない。人違いじゃないかな? 全く、困るね。世界には、自分に似ている人が3人いる、って話は本で読んだことはあるけどさ……」

「いやどうみてもポポだろ、お前。なんだ、その男っぽい恰好? 男装の趣味でもあるのか? 意外だな、お前はその手の趣味を持たない素直な奴だと思ってたよ」

「んぐぅ!?」

 

 タンポポ、もとい男装中のポポがどうにか口調を取り繕ってラスティを納得させにかかるが、対するラスティは目の前の人物が『タンポポ』を名乗っているだけのポポであることを確信する姿勢を一切崩さない。

 

 

「ですよね、ラスティさん! この人、ポポで合ってますよね!? 決して『タンポポさん』とかいう人ではありませんよね?」

「当たり前だろ。むしろニキはこいつがポポじゃない別人に見えてるのか?」

「み、見えませんが……そうですね、すみません。動揺していたようです。ポポが福音使徒やポート・ノワールの人に見つからないように男装していたことは知っていましたが、こうも印象が変わるものなのですね……」

 

 難攻不落のラスティに自称タンポポが困り果てている中、ニキがラスティに詰め寄り、自称タンポポをビシッと指差して問い詰めると、ラスティは呆れ半分な表情でニキに尋ね返す。そのようなラスティの態度を見て、次にラスティの言動に動揺しまくっている自称タンポポを見て、ニキはようやく確信できた。眼前の自称タンポポが、男装したポポであると。

 

 

「ねぇ、ポポ。どうしてこんなことをしたの?」

「そ、それは……最近ニキと話せなくて、寂しかったんだ、だから、別人に変装して、初対面のフリをして話しかければ、ニキも聞いてくれるかなって思って、こうして話しかけたんだよ。……ごめんなさい」

「ポポ……」

 

 ニキがポポへと歩み寄り、此度のポポの行為の原因を問うと、ポポはうなだれて、観念したかのようにポツリポツリと理由を口にする。その理由を聞いて、ニキはポポの不可思議な言動の原因を知ると同時に、ポポへの愛おしさと、ポポへの申し訳なさが、己の心の中にみるみる内に膨れ上がっていった。だからこそ。

 

 

「――ポポ」

 

 ニキは、スッと己の右手を、うなだれているポポに見えるように差し出した。ニキの手が視界に入り、不思議そうにニキを見上げるポポに、ニキはにんまりと笑顔を浮かべて、言葉を続けた。

 

 

「私とデート、してくれるんだよね? エスコートしてくれる?」

「ッ! うん! 任せて! 最高の日にしてみせるよ!」

 

 ポポはニキから差し伸べられた手をギュッと握ると、ニキを伴って軽やかな足取りで裏通りを離れていく。

 

 

(上手くいったみたいだな)

 

 そんな、遠ざかっていくポポとニキの後ろ姿を眺めて、ラスティは心の中でひとりごちる。そう、此度、ポポがタンポポの姿になってニキにデートを申し込み、ラスティがタンポポの正体を明かすことで、『タンポポ=ポポ』だとニキに間接的にネタ晴らしする、という一連の流れはラスティの策だった。すべては、『ニキを驚かせて、ニキのペースを崩して、ポポとニキがちゃんと話せる機会を作り出すため』だ。

 

 

「あとは頑張れよ、ポポ」

 

 策が上手く決まった今、もはやポポとニキが完璧に仲直りをするのは時間の問題でしかない。よって、もうラスティが円滑な2人の仲直りに関与する必要はない。それゆえに、ラスティはおもむろに独り言を呟き、彼もまた裏通りから姿を消すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 裏通りでポポがニキにサプライズを仕掛けた後。ポポはニキを伴い、王都ランベルトでのデートを開始した。当のデートプランはラスティが緻密に組み上げた代物だ。さすがは幾多もの経験を重ねたラスティ考案のデート内容なだけはあり、ポポはラスティの案を忠実に実行するだけで、ニキを大満足させるデートを行うことができた。恋愛マスター、ラスティ様様である。

 

 そうして。ポポとニキが充実したデートを楽しんだ夜のこと。

 デーとの終点である王都の展望台にたどり着いた、ポポとニキは互いに見つめあう。

 

 

「ニキはどうして、最近ポポのことを避けていたの?」

 

 そこで。ポポはずっと気になっていたことをニキに尋ねた。

 ずっと気になっていて。しかし尋ねることのできなかったポポの問い。そんなポポの問いかけを受けて、薄々ポポから問いかけられるだろうと想定していたニキは、深々と頭を下げた。

 

 

「え、え? ニキ?」

「ポポ、ごめんなさい。あなたは何も悪くない。悪いのは、私なの……」

 

 困惑するポポをよそに、ニキはポポに心から謝罪する。

 その後、ニキは真意を、己の気持ちをポポに明かし始めた。

 

 あの時、華蝶庵でポポの過去を知った時、ニキはポポの特別になれた気がして嬉しくなったこと。

 ポポから頼まれた、ゼノとジゼルと戦わずして退けるという難題をクリアし、復活祭の日を何の犠牲もなしに無事に乗り越えたことで、ニキは、ポポがもう重荷を抱え込まないでよくなるだろうと勝手に期待していたこと。

 だけど、そんなニキの気持ちが、すぐに裏切られたこと。

 

 

 ――人類を滅ぼすべく、マザー・クオリアが地上に向けて無数に派遣する天使の大群。その群れを全滅させる歌を歌うたび、ポポの寿命が5日減る。

 

 

 その事実は、ニキにとって青天の霹靂だった。

 ポポにはまだ隠し事があった。それは、とんでもない隠し事だった。

 ニキにも教えてもらえていない隠し事だった。

 

 ポポは復活祭を終えてなお、1周目の顛末を知っていると2周目の仲間たちに告白し終えてなお、未だに重荷を背負ったままだった。しかも重荷は、ヴェロニカ博士がポポ相手に強烈に指摘しなければ、明るみにならなかった可能性すらある代物だった。

   

 ニキは、自分がポポの役に立てていると思っていた。

 ポポは復活祭を迎える前に、ニキだけに秘密を話してくれた。だからこそニキは、ポポのお願いを叶えることで、ポポの力になれていると思っていた。ポポの幸せな未来に貢献できていると確信していた。

 

 だけど、それは勘違いだった。

 その証拠に、ポポは復活祭を誰1人の犠牲なしに乗り越えるという最良の未来を迎えてなお、未だに秘密を抱えて、自分から重荷を背負おうとしている。寿命をすり減らそうとしている。

 

 そのことを知ってしまい。思い知ってしまい。

 ニキは、己の無力さに失望していて。ニキは、無意識の内にポポに怒っていて。

 その気持ちが態度に発露したからこそ、ポポを何となく避けてしまっていた。

 

 そう、ニキは言葉を綴る。

 目の前の最愛のポポに、己がポポを避けていた最低な理由を包み隠さず語った。

 

 

「……そう、だったんだね」

「うん、そうだったの。……だけど、誰にだって秘密はあるわ。私だって、何を引き換えにしても、ポポに言いたくない秘密はある。それなのに、私が抱えている秘密は隠したままで、ポポの秘密は全部教えてくれないと納得できないだなんて思って、教えてくれなかったポポに怒って、避けちゃって……」

「……」

「結局。私は勝手にポポに期待して、勝手にポポに失望して、勝手にポポに怒ってただけよ。なのに、ポポにこんなに気を遣わせちゃって、男の姿でデートに誘わせちゃって……つくづく面倒くさい、嫌な女ね」

「そんなことない! ニキは何も悪くない、悪いのはポポだけだよ!」

「ポポは優しいからそう言ってくれるけど、今回は私に譲ってほしいな。そうしてくれないと、ポポと前みたいに普通に話せなくなっちゃうかもだから」

「ニキ……」

 

 己の心の内をすべてポポに吐露したニキは、己を蔑む乾いた笑みを浮かべる。ポポはニキの痛ましい姿を見ていられなくて、どうにかニキに元気になってほしい一心で必死に説得を試みるも、巧みなニキの話術により丸め込まれてしまう。

 

 

「私は、ね。この世で一番大好きなポポに幸せになってほしいの。そのために、私が頑張らないとって今までは躍起になってた。だから、ポポが私にさえも明かしていなかった秘密の存在を知って、すごくショックを受けて、ポポに怒ってもいた。……でも、それは悪い考えだわ。ポポは私の所有物じゃない。ポポの人生は、ポポが決めるものであって、私が決めるものじゃない。……ポポ。あなたが幸せそうに笑う、そんな未来を私は見たい。だから、だから――」

 

 ポポが押し黙ってしまったタイミングを見計らって、ニキは己の内なる想いをこれでもかとポポに叩きつける。ポポの瞳をしかと見つめて、ニキは己の偽らざる等身大の気持ちをひたすらにぶつけていく。

 

 

「ポポが私に話したくないことを秘密のままにしておくのは、もういいの。私は気にしない。でも、今後――私の力を借りたくなった時は、華蝶庵の夜の時みたいに、また相談してね。その時は、私は全力で力になる。私は、惚れた人にどこまでも尽くすタイプだから。私がどれだけポポのために頑張れるかは、もうポポは知ってるでしょ?」

「うん……だからこそ不安だけどね。……もう、ポポのせいで怪我とか、しないでね?」

「わかった。誠心誠意、努力するわ」

「断言は、してくれないんだね」

「だって、仕方ないじゃない。私のポポへの恋心がいつどういう風に暴走するかは、私にだってわからないもの」

「ほぇ……」

 

 ニキから不敵な笑みを向けられたポポは、数日前の記憶がフラッシュバックする。復活祭の日、ゼノの槍の一撃により右手に大きく風穴を穿たれ、苦しんでいるニキの姿だ。ゆえに、ポポが上目遣いにニキにお願いするも、ニキは覚悟の決まったにんまり笑顔を返すのみだ。すっかり覚悟の決まりきったニキを前に、ポポは己の願いをニキに押し通すことができずに、気まずそうに笑みを浮かべることしかできない。

 

 

「ポポ。これからも、よろしくね」

「……うん」

 

 己の気持ちをすべて発露しすっきりしたニキは、ポポにスッと手を差し伸べる。一方のポポはニキの今までの言動に色々と戸惑ったままであったが、元々こうしてニキと1対1でじっくり対話をする機会を作るために暗躍してきた経緯を持つポポは、ニキの手をおもむろに握り返した。

 

 かくして。幾多の星々が各々の輝きを放ち、地上の民を照らす中。

 ポポとニキは復活祭以前のように、スムーズに対話できる仲に戻るのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。復活祭の日以降、すっかり微妙な関係となってしまったニキと仲直りするためにどうすればいいかを必死で悩み、ラスティに相談しようと決断した。その結果は大正解だった模様。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。ポポに対する恋心を拗らせているために、今回みたいに面倒な女ムーブをしてしまうこともある。ニキかわいい。
ラスティ:養父ルドルフに育てられた、砂漠出身の調律騎士団の団員。24歳。ポポからのまさかの相談内容にしばし冷静を欠いてしまうものの、最終的にはポポの願いを読み取り、ポポの望む未来へのお膳立てをきっちりこなしてみせた。さすがはラスティ。

 というわけで、37話は終了です。原作と違い、エクリプス開始に伴う天使の人間虐殺が発生していない場合、エクリプス開始後でも今回のような純度100%のほのぼの話を展開させることができる、という話でした。


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38話.白光

 どうも、ふぁもにかです。ところでこの作品、ステラグロウの二次創作を謳っておきながら今まで1回も『オーヴ』という言葉を使ったことがないことが判明しました。なので此度はオーヴの話題に触れつつ、話を展開することとしましょう。ステラグロウ二次創作のにわか疑惑をここで払拭するのです!



 ポポとニキが元通りの仲を取り戻すことに成功してから、数日後。ついに魔女5名はマザー・クオリアを倒すための切り札こと星歌を完成させることができた。星歌完成の朗報を受けた調律騎士団の団長アルトは、団員たちに宣言した。明朝、マザー・クオリアを倒しに月へ出発すると。

 

 そのため調律騎士団の面々は各自、明日に向けた準備を行っていた。武器を念入りに手入れしたり、調達済の物資に不足はないかを再確認したりと、己の長所を生かして、万全の状態で明日を迎えられるように速やかに行動していた。

 

 

「うぅ……」

 

 そんな中。ポポは、特にやることがなかった。

 天使の大群が空から襲来してきた時に、歌を歌って天使を殲滅する以外は、特に役目を持たないポポは騎士団庁舎内の自室で暇を持て余していた。本当はポポも皆の準備を手伝いたかったのだが、誰に手伝いを申し出ても、ポポの体調を気遣われて、断られてしまうからだ。

 

 普段のポポなら自分の時間があり余っている時は、本を読んだり、王都のカフェでくつろいだり、大通りで買い物を楽しんだりと、充実したひと時を過ごしている所なのだが。月を舞台とした、2度目の最終決戦の前日という状況でマイペースに余暇を楽しめるほど、ポポの心は強くない。何せ、2回目だって失敗して、アルトたちが全滅する可能性が十分にあるのだから。ゆえに、ポポは焦燥感や不安感を抱えて、自室でいたずらに時間を消費することしかできなかった。

 

 

「あ、ポポ見つけたー!」

 

 と、ここで。不意にポポの自室の扉が開かれ、そこから翡翠色のゆるふわな髪を引き連れた、白いワンピースを身にまとった少女:マリーが姿を現した。マリーはどうやらポポを捜していたようで、ポポを見つけるや否や嬉しそうにポポに指をさしてくる。

 

 

「マリー、どうしたの?」

「ポポ! 今からマリーと一緒に、フランツ工房に遊びにいこう!」

「ほぇ?」

 

 マリーは己の目的を元気よく告げると、ポポの元へと駆け寄り、ポポの手を握って、ポポをフランツ工房へと連れていくべく、勢いよくポポの手を引っ張り始める。

 

 フランツ工房とは、様々な超常現象を起こせる『神秘の宝石』こと『オーヴ』を武器にはめ込む用に研磨・精製した上で販売しているお店である。その工房を営むフランツの娘のレナと、マリーは暇を見つけては遊ぶ親友となっており、それゆえ今日もマリーはレナと遊ぶためにこれからフランツ工房に向かおうとしているのだろう。だけど、どうしてマリーは、フランツ工房にポポも連れて行こうとしているのだろうか。

 

 

「でも、みんなが色々準備してるのにポポだけ遊ぶのは……」

「……ポポは、マリーと一緒に来てくれないの?」

 

 現在進行形で暇を持て余していたポポだったが、『世界の命運を勝ち取らねばならない調律騎士団の一員が、決戦前日にのんびり遊んでいいものか』といったある種の罪悪感がポポの心の大半を占めたがゆえに、ポポはマリーの誘いを断ろうとする。だが、ポポから乗り気でない気配を感じ取ったマリーが、シュンとした様子でポポへと向き直り、弱々しい声で訪ねてきたことで、ポポの心の内の罪悪感という名の砦は一瞬にして瓦解した。

 

 

「うッ……い、行くよ!」

「わーい!」

 

 これ以上、ポポのせいでマリーに暗い表情をさせてはいけない。ポポがマリーの誘いに応じる旨をはっきりと宣言すると、マリーは両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 マリーに先導されるがままにポポはフランツ工房に足を踏み入れる。大小様々で、色とりどりなオーヴが店内の至る所に飾られたフランツ工房は、幻想的な美しさを醸成していた。

 

 

「レナ、フランツ! ポポを連れてきたよ!」

「さすがね、マリー。ありがとう」

「ありがとう、マリーちゃん」

 

 2周目の世界に逆行してからは一度も訪れていなかっただけに、ポポがフランツ工房の内装に改めて圧倒されている中。すっかり工房に通い慣れているマリーが、工房内の2人の人物の元までポポの手を引いて連れていく。すると、薄黄緑色の髪をリボンでまとめた、ポポと同年代の少女:レナと、レナの父であるフランツが、それぞれマリーに感謝を表明する。

 

 

「えっと、これは……?」

「戸惑わせてしまって申し訳ありません。初めまして、僕はフランツと言います。ここ、フランツ工房でオーヴ鑑定士をやっている者です。そして、こちらが僕の娘のレナです。今日、僕からマリーちゃんにお願いをして、ポポさんをここまで連れてきてもらいました。……どうしても、ポポさんにお礼がしたくて」

「お礼?」

「えぇ。まずはこちらを受け取ってください」

 

 フランツはポポに自己紹介を行うと、ポポにオーヴを差し出してくる。そのオーヴはひし形をしていて。オーヴの至る所に小さな穴が開いていて、その穴にもまた別種のオーヴの欠片を埋め込まれていて。オーヴ全体からはほのかな翠色の光を灯していて。ポポが少し見ただけでも精巧に作られた代物だとわかるほどのオーヴだった。

 

 

「このオーヴは、僕のオーヴ鑑定士としての技術の粋を結集させた傑作です。ポポさんの弓に装着してください。必ずや、ポポさんの力になってくれますよ」

「え、え? 待って、こんな見るからに高級なオーヴ、受け取れないよ! それに、どうして――」

 

 ポポはフランツから渡されたオーヴを返そうとして、そもそもフランツの意図を確認しようとして、思い出した。1周目の世界で、この目の前にいるフランツは、死んだのだ。復活祭の日に、ポポたちが奏でた祝歌によってエクリプスが開始してしまったことで、空から大量に襲来した天使によって、フランツは殺されたのだ。娘のレナを1人残して、理不尽な死を遂げてしまったのだ。

 

 

「復活祭の日に、いきなり空から降りてきた謎の生物――あれは『天使』と言うそうですね。天使が空から降臨した時、僕はちょうど城の衛兵隊にオーヴを届けていました。そこで、あの天使たちが僕や衛兵隊の人を見つけるや否や、攻撃を仕掛けてきたんです。……僕に戦う技術はありませんからね。そのまま天使に殺されてしまうところでした。だけど、その時に一陣の風が吹き抜けて、天使を倒してくれたんです。……ポポさん。あなたのおかげで、僕はレナを1人にさせずに済みました。……このオーヴは、僕の感謝の気持ちです。どうか、命の恩人のポポさんに、受け取ってほしいんです」

「フランツ……うん、わかった。このオーヴ、大切に使うね。ありがとう」

「こちらこそ、僕たちを救ってくれて本当にありがとうございます」

「パパを助けてくれて、ありがとうッ!」

 

 ポポから理由を問われたフランツは、復活祭の日にポポに救われた事情を簡潔に説明し、改めて己の最高傑作のオーヴをポポに差し出す。ポポはこれまでの経験を経て、知っている。相手から強い感謝の想いとともに差し出された物は、ポポごときの拙い言いくるめの技術で断れるわけがないということを。それゆえポポがフランツからオーヴを受け取り、ペコリと感謝の言葉を告げると、フランツ&レナは眩しい笑顔をポポに返してきた。

 

 こうして。工房でフランツとレナから感謝されまくったポポはその後、お礼の続きと称した、レナとマリーの遊びに付き合うこととなった。レナも、マリーも幸せそうに笑っている。この笑顔を守り抜くために、ポポたちは明日、死力を尽くすのだ。今日、マリーと出会うまでは負の感情に苛まれていたポポだったが、マリーのおかげで、図らずもポポは己の気持ちを前向きに持ち直すことに成功するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日は楽しかったね、マリー」

「うん! ポポもこれで、秘密基地のメンバーだね!」

「ポポを仲間に加えてくれてありがと。ところで、もっとメンバーを増やしたりはしないの?」

「うんとね、今はユアンをメンバーにしたいなって思ってるよ」

「ユアンかぁ。ユアンが秘密基地のメンバーになってくれたら、もっとカッコいい秘密基地にできるね。ユアンはとっても優秀な商人だもんね」

「でしょー?」

 

 ポポ&レナ&マリー。この3名で外で十分に遊びつくした後の夕暮れ時。ポポはレナをフランツ工房へと送り届けた上で、マリーと一緒に騎士団庁舎へと歩を進める。今日は何時間も秘密基地拡充のために動き回ったマリーだったが、今もなお元気いっぱいのようで、ポポが秘密基地の今後の展望を尋ねると、マリーは満面の笑みを携えて、ユアンを新メンバーに引き込む腹積もりを主張する。

 

 

「――?」

 

 刹那。ポポはふと、違和感を感じた。ポポの周囲を駆け巡る風に、何か異物感を感じたのだ。

 その違和感の正体を探るべくポポは周囲を一瞥し、次に空を見上げて、目を見開いた。

 

 空から、1人の少女が落下しているのだ。機械的な翼を携えた、白と黒を基調とした硬質ボディが特徴的な、藍色の髪をした少女。獅子王ゼノにより作られた人造天使ジゼルが、空から重力の為すがままに落下しているのだ。ジゼルの体中には痛々しい傷が刻まれており、このままでは地面に激突して死ぬにも関わらず、ジゼルが何も反応しないことからも、ジゼルが今現在、気絶に近い状況に追い込まれていることは容易に予想できた。

 

 

「ジゼル!」

 

 かつて、1周目の世界で共に世界を救うべく戦った仲間がこのままでは墜落して死んでしまう。そんな未来を認めてはならない。

 

 ポポはとっさに己の体に風をまとい、己の出せる最大スピードでジゼルの落下地点へと迫る。ポポは必死にジゼルの体へと両手を伸ばし、はたしてその両手は、ジゼルの体に届いた。ポポは己の手がジゼルの体に届いたことを確認すると、その場で地を力強く踏みしめて、跳躍する。そうすることでポポは、重力を味方にしたジゼルの体を地面に衝突させることなく、ジゼルをしっかりキャッチすることに成功する。

 

 

「あなたは、風の、魔女……?」

「ジゼル!? どうしたの、その怪我!? 一体、何があったの!?」

 

 ポポに体を支えられたジゼルはうっすらと目を開き、弱々しい声を零す。ポポは、ジゼルが気絶していないことを知るや否や、ジゼルに速攻で質問をぶつける。人造天使ジゼルは非常に強く、並大抵の者はジゼルに傷1つつけられないことを、ポポは1周目の経験で知っているからだ。そのジゼルが今、こうも深手を負っている。この明らかな異常事態を前にして、ポポが動揺冷めやらぬままにジゼルに質問をぶつけるのはごく自然の結実と言えた。

 

 

「ポポ! その人は、誰……?」

「マリー。えっとね、この人は――」

 

 と、ここで。いきなりマリーの元から離れて駆けだしたポポの元へと何とかたどり着いたマリーが、息を切らしながらもジゼルを指差して問いかける。一方のポポがマリーにジゼルを紹介しようとして、そこでジゼルが一言、今にも消え入りそうな声でポツリと呟いた。

 

 

「――Dシステム、ロック解除」

 

 刹那。ジゼルの体が、仄かに紫電の色に光り輝く。瞬間、ポポの顔から血の気が引いた。ポポは同時に、己の取り返しようもない過ちに気づいた。今更ながら、ジゼルの思惑に気づいてしまった。

 

 このジゼルは、ポポの腕に抱かれているこの2周目のジゼルは、ポポを全力で殺そうとしている。だからこそ敢えて空から墜落する演技をして、ポポをおびき寄せたのだ。そして。ポポはジゼルの読み通りに、愚かにも、まんまとジゼルの至近距離まで近づいてしまったのだ。

 

 

「逃げて、マリー!」

「え――?」

 

 ポポは己とジゼルへと無警戒で近づいてくるマリーに叫ぶ。マリーはどうしてポポがいきなり険しい形相でマリーの接近を拒否したのかがわからず、ついその場に硬直してしまう。ポポはマリーを、王都ランベルトを守るべく、ポポとジゼルのみを包むように風のヴェールを展開する。直後、ジゼルの体から激しい紫電の光が次々とあふれ出し、次の瞬間にジゼルの体が派手に爆発した。

 

 

 ――宿願を果たすのは、風の魔女ではありません。私が敬愛する、マスターです。

 

 爆発の寸前。

 ポポはジゼルの確信めいた声を聞いたような、そんな気がして。

 刹那。ポポの視界は暴力的な白光に塗りつぶされた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ジゼルがDシステムを発動させて王都ランベルトで大爆発を起こしたことにより、ポポが展開した風のヴェールを突き破った衝撃が、付近の建造物を破壊し、ポポやジゼルのすぐ近くにいた人々を容赦なく吹き飛ばしていく。

 

 

「う……?」

 

 唐突に王都で発生したジゼルのテロ行為を受けて、忙しなく人々の悲鳴が轟き。もはや原形をとどめることすらままならない建造物の崩壊する音が断続的に響く中。爆風に吹き飛ばされ、建物の壁に背中を打ち付けたことでほんの数秒だけ意識を失っていたマリーが、地に伏せていた体勢からゆっくりと顔を上げる。頭から血をポタポタと零すマリーの視線の先に転がっていたのはただ2つ。四肢がバラバラに砕け散った藍色の髪の少女:ジゼルの姿と、全身が酷く焼きただれた金髪の少女:ポポの姿。

 

 

「ポポ……?」

 

 マリーはふらふらとした足取りでポポの元へと歩み寄る。幸いにもマリーとポポの間に立ち塞がる障害物は存在せず、マリーは倒れ伏すポポの元に至極簡単にたどり着ける。

 

 

「ねぇ、ポポ。起きて。……返事を、して?」

 

 マリーは黒焦げになったポポの体躯をゆさゆさと揺する。しかしポポはピクリとも動かない。どれだけマリーがポポを揺すろうとも、ポポはマリーが望んだような反応を示してくれない。身じろぎすらしてくれない。うめき声すら漏らしてくれない。

 

 

「ッ!」

 

 と、その時。マリーの耳が遥か頭上からの音を捕らえる。聞きなじみのある音が鼓膜を揺さぶる中、嫌な予感が脳裏をよぎったマリーがゆっくりと顔を上げると、そこには天使の大群が降下する姿があった。天使は単調な声色で鳴き声を上げながら、地上へと舞い降りてくる。

 

 

「……ぁ…あ……」

 

 マリーは絶望した。

 マリーは言葉を失った。

 

 ポポは酷く傷ついている。

 天使がどんどん地上に降臨している。

 もう、時間がない。天使が地上にたどり着くまであと1分もかからない。

 ポポがとても歌える状況ではない。ポポは天使を撃退できない。

 このままだと、みんなが天使に殺されてしまう。

 記憶をなくしたマリーを快く受け入れてくれた、優しいみんなが、大好きなみんなが殺されてしまう。

 

 

「ダメ……」

 

 マリーは思わず呟いた。

 

 

「ダメぇぇええええええええええええええええええええええ!!」

 

 マリーは無意識の内に絶叫した。

 刹那、マリーの中で何かが弾けた。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。1周目の経験ゆえにジゼルを仲間と信じたがゆえに、ジゼルの騙し討ちにしっかり嵌ってしまった。はたしてポポは無事なのか否か。
マリー:記憶喪失の少女。見た目年齢は10歳くらい。22話に続き、再びポポによって心の傷を負ってしまった被害者枠。マリー救済ルートの発見が急がれる今日この頃。
レナ:フランツ工房を営むフランツの一人娘。マリーの親友。今回はフランツを救ったポポへのお礼をするために、言葉で感謝したり、秘密基地の仲間にポポを加えたりと、レナにできる方法で精一杯のお礼を示した。
フランツ:フランツ工房の主。己の命の危機を救ってくれたポポへのお礼の機会をうかがっていたが、当のポポが星歌完成がらみで忙しそうだなと気を遣ったがために、お礼を言うタイミングが今回までズレてしまった模様。
ジゼル:クラウスによって作られた疑似生命体。天使に酷似した体つきをしており、飛行も思いのまま。あえて己の体を傷つけた上で自由落下をしたことでポポをおびき寄せることに成功した後、自爆した。すべては創造主クラウスのため。ジゼルの命はここで潰えてしまうが、ジゼルには何の後悔もない。

 というわけで、38話は終了です。2周目のポポの様々な暗躍の結果、ジゼルの仲間フラグがバッキバキに折れていたという話です。具体的には、以下の積み重ねで仲間フラグが完全に折れていました。

・カシミスタン編でポポが介入したことでジゼルの登場シーンが消えたこと
 (ジゼルとアルトたちが接触し、会話しなかったこと)
・リゼットが魔剣カルブンケルに呪われた際にジゼルよりも早くポポが福音使徒のアジトをアルトたちに伝えたことでジゼルの登場シーンが消えたこと
 (ジゼルとアルトたちが接触し、会話しなかったこと)
・復活祭の日にニキが獅子王ゼノのメンタルブレイクを派手に行ったことで、ジゼルのココロがゼノの復活を一番に望むようになったこと


 ~おまけ(ポポがもらった、『フランツのオーヴ』の性能)~
 →SP(魔力)を使用するスキルを使用した時、消費するSPを75%カットする。


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