ドラゴンクエストⅤ~回帰の花婿~ (すみけし)
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第0話

「いやはや、流石は国ぐるみの宴ですよ。歌に踊り、お酒に食事、なにをとってもうまいったらありゃしない。マドモアゼルに手を差しだしゃ逆に踊らされ足元ふらふら、酒のみゃ呑まれてこれまたふらふらって、ねぇ?アベルさん。」

「…マスタードラゴン様。」

「ははは、よしてください。プサンでいいんです。この身なりじゃあマスタードラゴンのマの字もドの字もってなもんです。」

「…」

「それにしてもよく澄んだ、きれいな星空だぁ。世界が平和になったことを実感させるというか、まあとかくにも、アベルさんが見上げていたくなるのも分かります。」

「…」

「でもね、この星々すべてが平和への祝福や歓喜だとするのならね、中心で輝く恒星は、アベルさん、あなたなんですよ。その一番星が窓際で空を見上げてちゃぁ、ほかの星たちはどうやって輝いたらいいか分からなくなっちゃいますよ。」

「…」

「アベル。」

「マスタードラゴン様。」

 

「私は結局、何一つ守りたいものを、守れなかった。」

 

「父さんも、母さんも。妻や子ですら、一度は自分の手のひらからこぼれて…。」

「…」

「ミルドラースと対峙したとき、私の心に猛っていたのは、絶望と怒りで。どうでも、どうでもよかったんだ。世界の平和だとか、何だとかは。」

「…」

「私は、俺はただ…」

 

 

「こんなところにいたんだ、アベル。アタシに自分でシャンパンを注がせるなんて、シモベのくせにいい度胸―」

「…ああ、ごめんデボラ。今行くから。」

「―…。まあいいわ。早く戻りましょう。」

「わかった。プサンさん、では。」

「…ええ。」

 

 

 

 

 

「何が」

 

(何が、全知の竜であろうか。私の何が。私はまた、私の浅慮で…。)

(これではあの時と同じではないか。かの、かの勇者。世界に光をもたらしてくれた、そして、私が人生を大きく歪めてしまった、かの。人の世に戻った彼に、私は何ができた?確かに彼には仲間がいた。絶対の信頼を置く、仲間が。しかし、それをしてなお彼が選んだ、選ばざるを得なかった孤独と苦悩の帰路に、私は何ができた?何もできなかったではないか。自然の理を歪める力も、千年一輪の奇跡を思うがままにする力も…たった一人をを救う術すら、私には無かったではないか。)

(だからこそ、私は学ぼうとしたのでは無かったのか。人というものを。神としての力を封じてでも。にもかかわらず…。)

 

「私は…。」

 

 

 

 

 

平和を祝う喧噪は、夜が更けてなおも衰えを知らなかった。食堂の長机の端では、武具屋の主人と教会の神父がチェスに興じている。二階の円卓では、身分問わずの酒飲み合戦に、笑いと囃し立てがおさまらない。――新しい、明日の希望。光。ただ幸せのみが、ここに溢れていた。何かに怯えることも、何かを憂慮することもない。一様にして噛みしめる、無条件の、ありふれた幸せが。

そんな民の様子を、王は見つめる。優しさを湛えた、透き通る濡羽黒の、今までと変わらない目で。

 

宴は、王と平和への惜しみない拍手に包まれながら幕を下ろした。そして人々は、深い陶酔と恍惚の中、明日を確かに感じながら眠るのであった。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、お風呂あがったよ。」

「あ、うん、タバサ。」

「お兄ちゃんも早く入って寝なきゃダメだよ。朝からまた式典とかあるんだからね。ジコカンリだって、お母さんが言ってたよ。」

「わかってるって。わかってる、けど。うーん、やっぱり無い。」

「ふふ、よしよしメッキー。…お兄ちゃんさっきから何探してるの?」

「いや、今必要なものってわけじゃないんだけど、アレがどこにも無いんだよ。」

「アレ?お兄ちゃんが無くす…、チゾットのコンパス?」

「ううん。もうちょっとだけ『だいじなもの』。」

「大事なもの?」

 

「――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、デボラ。」

「…。」

「カボチ村の果実100パーセントジュースだってさ。村長さんから直接いただいたんだ。ずいぶん恐縮されちゃったけどね。」

「ああ、あの辺鄙なド田舎の。…」

 

「…。普通ね。もう少し何か無いの?」

「うーん、無いかな。ごめん。」

「あっそ。」

「…。」

「…さっき、レックスたちがアタシに言ったわ。僕たちも大きくなったから僕たちだけで寝るって。本当に、立派に成長してるのよね。涙が出てくるわ。」

「へえ、レックスとタバサがそんなことを…。親として嬉しい―」

「けど、あんたはシモベとして全ッ然成長しないわね。」

「え」

「今日もアタシをほったらかして一人でぼーっとしてるしさ、シモベとしての自覚足りないんじゃないの。」

「はは…。ごめんね。」

「…。」

「…。」

 

「…デボラ、怒ってる?」

「別に、怒ってないわよ。ただ、」

 

「ただ、ムカつくだけ。」

「ムカつく?」

 

「…アベル、あんたはアタシのシモベ。そうよね?」

「あ、うん。そうだね。」

「シモベなら常にアタシのそばに控えていて当然。そうよね?」

「そうだね。今日はごめんよ。」

「ごめんって、何がごめんなの。」

「いや、そりゃ、そばにいなくて。」

 

「…違う。」

「え」

「アベル。その顔が、アタシはムカつくのよッ…。」

「どうしてそうあんたはいっつも、アタシに笑顔ばっかり向けるのよ。あんた今、いっぱいいっぱいなんでしょ。アタシはあんたのそばにいっつもいるんだから、あんたが怒ってるときも泣きそうなときも、真っ先に、アタシが見て、受け止めてあげられるじゃない。なのに。なのに…ッ!」

「なのにあんたは!いっつも一人で背負い込もうとする!壊れそうなくせにニッコニッコ笑ってんじゃないわよ!アタシに気遣わせまいとしてるのか何か知らないけど、あんたは…!」

「…アタシはあんたの両親の次にあんたのことを分かってるつもりよ。あのクソ魔王を倒してからあんたの様子が変なことには気づいてた。それがアタシにはどうすることもできないことだってのも分かってた。けど、そこで一人にならなくったっていいじゃない…!」

 

「…夫婦でしょ、アタシたち。」

 

「…。」

 

「っ…何でアタシがこんなセリフ言わなきゃならないのよ。悪夢よ。寒気がするわ。」

 

 

 

 

「…デボラ。」

 

「なによ。」

 

「ありがとう。」

 

「…別に。サボったシモベの尻をひっぱたくのもご主人様の致し方ない役目よ。」

「ほんとに、素直じゃ無いなぁ。」

「あんったにだけは言われたくないわね。」

 

 

「ちょっと、疲れたかな。」

「…そうね。」

「寝ようか。」

「ええ。」

「じゃあ、おやすみ。」

 

「アベル。」

「何。」

「今日は特別に、アタシのベッドで寝ていいわよ。」

「…え?」

「何よ。レックスとタバサがいないから、ちょっと違和感があるだけ。あんたにとって、朝からアタシの美しい寝顔を堪能できるまたとない機会よ?まあ、もしも明日逆だったら魔神の金槌でたたき起こすけどね。」

「そりゃ怖いな。よいしょ…。」

「灯り、消しなさいよ。」

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デボラ。

 

なによ。

 

愛してる。

 

知ってるわ。

 

そっか。

 

さっさと寝なさい。

 

ああ。おやすみ。

 

 

 

 

 

 

アタシもよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン…

 

ザザーン…

 

潮の香りが鼻にそよぐ。

 

ザザーン…

 

ザザーン…

 

何だろう、何か、懐かしい。

 

ザザーン…

 

 

暗闇を抜け出した。

意識が明瞭になる。光に溢れきった世界が徐々に輪郭を取り戻す。

 

 

「ん…」

 

 

 

「おう、アベル!目が覚めたようだな。」

「…」

 

「父…さん…?」

 

 

 



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