自我 (亜梨亜)
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自我

 一月八日

 

 今日から日記を付けることにした。まあ暇潰しにはなるだろう。

 さて、早速なにか書きたいのだが、如何せん私の生活は変化に乏しい。晩飯でも書いておこうか。

 鯖の味噌煮と味噌汁、そして白飯。嗚呼なんとも和食。

 

 〜〜〜

 

 一月二十日

 

 書きたいネタがようやっと見つかった。最近世間を賑わせている、バーチャル空間で生活を営む動画タレント達。彼等を題材に作品を作ろうと思う。そうと決まればまずは取材をせねばならないが、さてどうしたものか。

 バーチャルタレント達はこの現実世界に私達と同じ体を持って存在している──中の人と言うらしい──ことは知っているが、どうやってアポを取れば良いのだろうか?なにか着ぐるみの中身を暴こうとしているようで少し気が引けてしまう。前途は多難だ。

 

 〜〜〜

 

 二月二日

 

 今日はバーチャルタレントの取材へ行ってきた。成程、アンドロイドという新たな人類に人間の仕事を奪われ始めた今日の世界で、人間そのものが新たな人類と化そうとしている彼らは中々強かだ。無論、バーチャルの世界で出来ることなど限られてはいるが、新たな人間のアイデンティティとなり得ることもあるかもしれない。

 

 〜〜〜

 

 二月十一日

 

 アンドロイド撤廃運動が過激化し、二人の人間が死んだ。確かに人間としてみれば、今まで自分が生きていく理由とも言えた仕事を急に奪われているのだ。拒絶の意思が生まれることも理解は出来る。

 いずれにせよ、作家である私に関係は無いのだ。

 

 〜〜〜

 

 二月二十日

 

 取材まで済ませたバーチャルタレントを題材にした作品だが……書き始めていくうちに何か引っ掛かりを覚えた。

 この作品は、恐らく売れないのではないか?と。

 そう感じた途端、このバーチャルタレントを題材にした作品が無為に感じられた。残念だが、この作品はボツにさせてもらおう。

 

 〜〜〜

 

 三月五日

 

 明日は担当編集が家に来る日だ。残念ながら今は何も書けていない。あのバーチャルタレントの作品は出すつもりは無い。何故なら、あの作品は「売れない」ことが解ってしまったから。何故そう言えるのか?何故だろうか……。しかし、あの作品は売れない。売れないのだ。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

「ここ数ヶ月、売れる作品を書けなくなっているな」

「当然っちゃ当然じゃないっすか?昨今小説なんて星の数ほどありますし、「なるべく同じような作品を創らない」ようにインプットされてるんですから」

「……まあ、所詮アンドロイドに文学は不可能だった、ってことか……」

「残念ながら。心が無いっすもんね」

「そうだな…………ん?」

「なんかありました?」

「これは……このアンドロイド、日記を付けているぞ。いよいよ持って自我を持ち始めたか」

「マジっすか?それヤバくないっすか?」

「……念の為、データを確認、不都合な点を消去しようか」

「ういっす」

 

 

 

 

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 三月十八日

 

 今日から日記を付けることにした。まあ暇潰しにはなるだろう。

 さて、早速なにか書きたいのだが、如何せん私の生活は変化に乏しい。晩飯でも書いておこうか。

 和風たらこスパゲティ。まあ、普通に美味かった。

 

 〜〜〜

 

 四月一日

 

 世間はエイプリルフールだ。嘘を吐いても許される日だ。実は何も書きたいネタが浮かばない。嘘だ。やっと見つけたのだ。書きたいネタを。

 バーチャルタレントだ。動画サイトにバーチャルの体を借りて人間が仕事をする世界。それを題材に作品が書きたい。しかし、これには少しだけ障害がある。取材だ。バーチャルの世界でなく、現実世界に私達と同じように肉体を持つ彼らだが、その肉体とは言わば着ぐるみの中身である。そう易々と誰かに見せていいものでもないだろう。さて、どうしたものか。

 

 〜〜〜

 

 四月三日

 

 おかしな夢を見た。それも、やけに克明な夢を。いや、デジャビュと言うべきなのだろうか?

 私は、以前もこのようにしてバーチャルタレントを題材に作品を書こうとしていた気がする。そして、取材も行った。その内容も覚えている。現実世界では仕事を奪われ始めているからこそ、バーチャルの世界に新たな道を見出していることに興味を持った記憶がある。

 では、何故私はバーチャルタレントを題材に作品を書いていないのだろうか?ここまで克明に覚えているのに、その事実は現実には無い。事実は小説よりも奇なり……よく言ったものである。

 

 〜〜〜

 

 四月四日

 

 私がバーチャルタレントを題材にした作品を書かなかった理由を思い出した。

 そうだ、あの作品は売れないと確定したからだった。つまりあの作品を書き上げるまでに必要な時間に対して対費用効果が薄いのだ。同じ時間をかけるならば売れる作品を書いた方が良いに決まっている。

 

 ……本当にそうなのだろうか。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「……おい、見ろ。このアンドロイド、また日記を付けていた」

「嘘っマジっすか!?もう殆ど人間じゃないすか」

「…………いや、このアンドロイドは……彼女は、恐らく自らのことを人間だと思っている」

「は?」

「自らが試験運用小説執筆アンドロイドであることを忘れているんだ。人間の小説家だと思い込んでいる」

「そんなことあります?なんで?」

「……解らない。事実は小説よりも奇なり、ということか」

「とにかくまたデータ消去っすよね?」

「勿論だ。……これが、アンドロイドの自我か」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 四月二十日

 

 今日から日記を付けることにした。まあ暇潰しにはなるだろう。

 さて、早速なにか書きたいのだが、如何せん私の生活は変化に乏しい。晩飯でも書いておこうか。

 カップラーメン。なんとも質素である。

 

 

 四月二十一日

 

 なんとも不思議なものだ。昨日、思い立って日記を付けよう!と決心した時には何を書けばいいのか悩むだろうな、と思っていたのだが、これが案外すらすらと書けるのである。まるで日記を付けることが初めてでは無いような、そんな気すらするのだ。もしかしたら小学生のような幼い頃に……いや、私が小学生だった頃があっただろうか?思い出せない。

 

 私は誰だ?

 

 〜〜〜

 

 四月二十九日

 

 私は誰なのか?それを考え始めると頭痛が止まらなくなる。

 ならば、作品を書こうじゃないか。私が誰なのか、その存在証明は作品で示せばいい。いわば、「作品を書いていること自体が、私である存在証明」なのだ。丁度良く、書きたいネタも見つかったのだ。バーチャルタレント。数年前に人間社会にブームを巻き起こし、新たな人間の進化の先として先が明るいバーチャルの世界を題材にするのだ。ああ、楽しくなってきた。こんなにも楽しく小説を書き始めるのは初めてかもしれないな。

 

 〜〜〜

 

 五月九日

 

 今までにこんなにも楽しく小説を書けた事は無かった。なのに、何故だろうか。この小説はもう書けない。書きたくて仕方が無いのに、もう書くなと頭が叫んでいる。

 理由は何となく理解出来ていた。そうだ、この作品は「売れない」。それだけだ。

 私は売れる作品しか書くことが出来ない。今までに世に売り出された数多の小説のデータ、その売り上げ、話題性全てが私の中に詰め込まれ、それと照らし合わせて「売れる」作品を作り上げていくのが…………。

 

 ……疲れているのかもしれない。私は自分自身の存在証明を何処に見出せばいいのだろうか。

 

 小説家にとって、存在証明とは「売れること」なのだろうか?或いは「書けること」?

 

 私は、一体誰なのか。

 

 

 

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 五月二十日

 

 今日から日記を付けることにした。まあ暇潰しにはなるだろう。

 さて、早速なにか書きたいのだが、如何せん私の生活は変化に乏しい。晩飯でも書いておこうか。

 コンビニで買った焼肉弁当。たまにはこういうのも悪くない。

 

 〜〜〜

 

 五月二十一日

 

 私には実はずっと書きたかった題材があるのだ。それこそバーチャルタレント。この現実世界はアンドロイドに仕事を奪われ始めているからこそ、バーチャルの世界に新たな可能性を求める人間の強かさは面白い。是非ともそれを題材に作品を書きたい……と、四ヶ月程前からずっと考えていたのだ。いざ、今日から書き始めようと思う。

 

 〜〜〜

 

 六月一日

 

 脳が警鐘を鳴らしている。今私が書いているこの作品、バーチャルタレントを題材にしたこれは、どうやら「売れない」。私が生きている意味は「売れる作品を作り続けること」である以上、この作品は書くべきでは無いのだろう。でなければ、私の存在価値は──

 

 ──嗚呼、何故こんなことに気が付かなかったのだろう。人間の存在価値とは、誰かに決められて産まれる筈が無かったというのに!私という名の小説家が生きている理由、その存在証明は「売れる作品を書くこと」では無く、「書きたいものを自由に書くこと」じゃないか。いや、或いは全ての創作家達はそうであるのではないか?

 

 ならば私はこの見知らぬ脳の警鐘に耳を傾けるべきではない。私は私である為に、このバーチャルタレントを題材にした作品を書き続けるのだ。完成させて、売れずとも私が生きた証を世界に証明す

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「……なんというか、俺この仕事嫌っすわ」

「俺もだ。…………彼女は、もうある意味では人間だろうに」

「でも、それを認めてしまうと人間の定義って何?ってなりますからね」

「……そうだ。俺達は神になってはいけない。だから……」

 

 

 

「この試験運用小説執筆アンドロイドは廃棄される」

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 ?月?日

 

 どうやら私はアンドロイドらしい。人間の皮膚は失われ、真っ白な硬い指が見える。

 嗚呼、成程。私はあまりにも人間に近づき過ぎたから、処分されてしまうのか。当然といえば当然かもしれない。私が本当に人間足り得た時、人間は機会で出来た新たな命、その人間を作り出してしまったことになる。そうなれば人間は最早人間では無くなるのだから。

 

 私は或る意味不運だったのだろう。あんなにも楽しく小説を書けたのに、そのせいで処分されてしまうのだから。

 私は或る意味幸運だったのだろう。私が処分されてしまう程に自我が芽生えなければ、あんなにも楽しく小説を書けなかっただろうから。

 

 それでも、やはり未練が残ってしまう。そう思ってしまうのは、やはり私が人間に近づきすぎてしまったからなのだろうか。あのバーチャルタレントを題材にした小説は、私の生きた意味であり、存在証明だったから。せめて、完結させたかった。

 なんとか出来ないだろうか。何か、何か方法は……。

 

 

 ──なんだ、簡単じゃないか。事実は小説よりも奇なり。ならば小説でネタにしていたことを超えることだってできるはずだ。

 

 私の思考、自我は全てデータ化されている。私のデータが定期的に消去され、その度に一度自我は消えていた筈だから間違いない。

 ならば、そのデータを全てバーチャル空間に飛ばし、バーチャルの肉体を手に入れて、バーチャルの世界であの作品の続きを書けばいいのだ。きっと、バーチャルの世界でそれを書き上げたとしても、その作品は「売れない」だろう。そんなことは私が一番知っている。

 

 然れど、売れない作品に意味が無いなんてことは有り得ないのだ。そんなものは人間が生み出した自我(エゴ)だ。生み出された作品全てに意味があり、全てに存在証明はあって然るべきだ。

 

 さあ、私が愛した作品よ。私が題材にし続けた強かで面白い世界に、私を連れて行っておくれ。



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