GS伊達!~逆行大作戦~(仮) (S11)
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1話

ひっそり投稿。
需要あるかな。


 

 

 

「それでは君達の健闘を称え、ここに表彰状を授与します!」

 

 

――198X年、都内某所。

 

 ミニチュア四輪駆動自動車模型・全国大会。

 その表彰式が執り行われていた。

 多数の小学生の羨望の眼差しが表彰台の1番高いところに立つ少年に向けられている。

 関東では無敵を誇った新鋭の少年が、関西が誇るバンダナの少年(絶対王者)に敗れたのである。

 愛車を片手にしたバンダナの少年は、誇らしげに鼻の下をこすり、一段低い所に立つ目付きの悪い少年もどこか誇らしげに胸を張り、バンダナの少年の勝利を讃える、感動にも似た空気が漂う表彰式。

 

 その光景が次の瞬間一変することになる。

 

「お前は横島かっ!? 何故ここに居る!!」

 

 目付きの悪い少年がビクッと身体を震わせたかと思うと、周囲をキョロキョロと見渡し大きな声でバンダナの少年に食って掛かったのだ。

 

「ひっぃぃぃ。か、堪忍やっ。わいは正々堂々と戦って勝っただけなんや。悪う思わんでくれっ」

 

 急に怒鳴られた理由は分からない。

 分からないが条件反射的に謝ったバンダナの少年――横島忠夫は、両手で頭を抱えるとしゃがみこんだ。

 一見すると情けない行動だが、自分は悪くないと主張している辺り、大したものと言えなくもない。

 

「……勝った? お前は何を言っている!?」

 

 その鋭い目を見開いた目付きの悪い少年は、状況が理解出来ないとでも言いたげに言葉を紡ぐ。

 

「き、君っ! ちょっとこっちに来なさい!」

 

 何を言っていると言いたいのはこっちの方だとばかりに、慌てた係員が表彰台に駆け寄ると、目付きの悪い少年の腕を掴んで強引に引きずり下ろし、そのまま控え室の方へと連行していった。

 

「な、なんやったんや……?」

 

 取り残された形になった横島少年は、ホッとすると同時に目付きの悪い少年をヤバイやつ認定し、二度と関わりたくないと心に誓った。

 

 その誓いが叶う事はないのだが、それは少しばかり先の話となる。

 

 

 

 

「本当にすいませんでした。ほらっ、雪ちゃんも謝って」

 

 控え室に連れてこられた目付きの悪い少年は、係員の男性から説教を受けていた。

 そこにやってきていた少年の母親は、もう十分に怒られたしそろそろ頃合いだろう。そう考え目付きの悪い少年の隣に並び謝罪を促す様に後頭部に手を添える。

 

「……悪かったな」

 

 そっぽを向いた目付きの悪い少年は、頭を下げずばつが悪そうにボソッと呟いた。

 

「コラッ。ちゃんと謝りなさい」

 

 とある御曹子も使用する伝統ある謝罪法であったが、母親はそれを良しとはしない。

 腰に手を宛て如何にも怒っていますといったポーズで目付きの悪い少年に迫り、再度の謝罪を促した。

 

「……すみませんでした」

 

「いえいえ、良いんですよ。これくらいの男の子は負けず嫌いな位で当たり前ですから。それでは私は会場に戻ります」

 

 そう言うと係員の男性は、母子を残したまま控え室から去っていった。

 セキュリティ的にどうかと思うが時代背景(1980年代)的にはこんなものである。

 

「雪ちゃん? 一生懸命やっても負ける時はあるのよ? それはね、雪ちゃんがダメとかじゃないの。相手の男の子がもっと一生懸命だっただけなの。負けて悔しいと思うのは悪いことじゃないけど、あぁいう風にいちゃもん付けるのは良くないと思うわ」

 

「ママっ……」

 

 係員が去ったかと思えば母親による説教。

 その最中、目付きの悪い少年が母親に抱き付いた。

 

「あらあら、どうしたの?」

 

 少し叱りすぎたかと反省した母親は、久しぶりに甘えてきた息子の頭を優しく撫でる。

 しかし、目付きの悪い少年が甘えた理由は叱られたからではなかった。

 

 超常的な現象が少年の身に起きていたのである。

 

「ママ……ママっ……!」

 

 ()()()()()()()が目の前に居る。

 目付きの悪い少年は、()()()()()()()()()()に泣き続けるのであった。

 

 

 

 

 このすがるように泣く目付きの悪い少年の名は、伊達雪乃丞という。

 伊達雪乃丞は逆行者である。

 そして、幽霊退治を生業とするGS(ゴーストスイーパー)と呼ばれる特殊な職業に就いていた男だ。

 表彰式で騒ぎが巻き起こった原因は、GS(ゴーストスイーパー)ならではの超常的な力と人脈を駆使し、未来から跳んできたアラフォー雪乃丞の魂が少年雪乃丞と融合したことにある。

 中身が大人のクセにガン泣きとかドン引きだわ~、等と言ってはいけない。

 何故なら、アラフォー雪乃丞にとってもこのタイミングで過去の自分と融合・定着するとは想定していないハプニングだからだ。

 

 順を追って語ろう。

 

 まず時間旅行(タイムトラベル)は大まかに二種類に別れているとご存知だろうか?

 一つはデ○リアンに代表されるタイムマシンに乗り込んで過去なり未来なりに、肉体を持って乗り込んでいくタイムワープと呼ばれる手法。

 この手法は旅行として楽しむ分には適しているのだが、歴史の改変という点においては危険が伴い、予測もしにくい。

 もう1つは自分の精神を過去の自分と融合させる、タイムリープと呼ばれる手法だ。こちらは前者と違い未来には行けないし、遡れる過去にも限界がある。

 但し、変えたい過去を変えるという点に置いてはタイムワープよりも優れている。

 

 例えば、自分が起こした事故の過去を無かった事にするとしよう。

 タイムワープなら過去の自分が事故を起こさない様、事故に至る行動を遮れば良い。

 しかし、これでは事故を起こさなかった新たな歴史(自分)が産まれるだけで、事故を起こした歴史(自分)が消えるわけではない。

 事故の過去は変わったとしても防いだ自分にはなんの影響もなく、謂うなれば自己満足に近い。

 

 一方のタイムリープはと言うと、新たな歴史(自分)が産まれるという点に置いては前者と同じだが、過去の自分と融合することで新たな歴史の当事者となれる。

 事故を起こさない様に行動すれば、その後は事故を起こさなかったifの世界の住人として生きていけるのである。

 簡単に言えばタイムリープは人生をやり直せるということだが、いくつかの欠点がある。

 魂を過去に跳ばした未来の自分は死に等しい状態になり、物品の持ち込みも不可能。持ち込めるのは記憶と経験だけとなる。

 又、人生をやり直したからと言って元の人生よりも良くなる保証はどこにもなく、いつの時点からやり直せるのかも不確実。

 下手をすれば過去の自分と融合出来ず、本来の自分に戻る事も出来ずに消滅してしまう可能性すらある、非常に危険な方法なのである。

 

 前置きが長くなったが、雪乃丞が行ったのはタイムリープであり、計画上は小学生ではなく高校生の頃の自分と融合するハズだった。

 中学生の頃に亡くなった母親との再会は想定しておらず、マザコンであるという事実も手伝ってガン泣きに至ったのである。

 

 重ねて言うが雪乃丞はマザコンだ。

 そんな雪乃丞だが母親を助けるために危険を犯して時間を遡ったワケではない。

 悲しく辛いことでも母親の死は現実――そう受け止められる程度の分別と強さが雪乃丞にはあった。

 では何故、時間旅行(タイムリープ)という危険な行為に踏み切ったかと言えば、一重に唯一の友人である横島忠夫を思っての事であった。

 

 198X年を起点にして考えた時、これから先の雪乃丞は母を失い、その遺言の“強い子になって”との言葉をそのままの意味で受け止め、ひたすらに“強さ=戦闘力”を求めて闘いの道に足を踏み入れる。

 そんな中で、横島忠夫と出会った。

 節操なしのスケベでお調子者。

 それが周囲の者達からの横島への評価であったが、雪乃丞の評価だけは違っていた。

 タダ者ではない。

 こいつは自分のライバルに相応しい男だ。

 ファーストコンタクトでの闘いに敗れた事もあって、雪乃丞は横島を高く評価したのである。

 そして、その評価は間違いではなく、神界や魔界をも巻き込んだ全世界規模の大戦において、横島は縦横無尽の大活躍をみせる。

 その闘いの最終決戦(クライマックス)の中で横島は、最愛の人の命と世界を天秤にかけて――世界を選んだ。

 元より政治的な駆け引きに興味がない雪乃丞は、事の顛末に対して箝口令が敷かれたこともあって、詳しい経緯を知らなかった。

 ただ、大戦の後に見せる横島の変わらぬ態度から、傷は大したことがない、もしくは傷は癒えている――そう考えてしまっていたのであった。

 

 それが過ちだと雪乃丞が気付くのは、大戦から二十年近い時を経た、なんの変哲もない夜のことになる。

 

 世界を揺るがした大戦。

 それが終結してからの日々は特に語る事はない。

 一般人からすれば波乱万丈にしか見えない出来事も、GSからすればありふれた日常なのである。

 悪霊と闘い大金を稼ぎ、稼いだ金を浪費しながら修行に励み、実力が付いたと思えば横島に闘いを挑む。

 雪乃丞の人生はそれの繰り返しであった。

 

『のぁ~っ!?』

 

 すっとんきょうな叫びをあげながらも攻撃を凌ぎ

 

『あ~っ、死ぬかと思った』

 

 雪乃丞が渾身の力を込めて放つ霊波砲を受けてもなお平然と立ち上がり。

 

『お前は人外レベルなんだから、俺に絡むのは止めてくれっ』

 

 そう言いながらも闘いに付き合う横島。

 一度として横島に勝つ事ができなかった雪乃丞だが、そこに不満はなかった。

 戦闘狂(バトルジャンキー)でもある雪乃丞は、横島を越えるべき壁と捉え充実した日々を送っていたのだった。

 

 そんなある日。

 雪乃丞は試合終わりに渋る横島を半ば強引に酒場へと連れ出した。

 世間からはみ出る浮世離れした戦闘狂(バトルジャンキー)の雪乃丞であったが、世捨て人というわけでもなく、世俗的な楽しみを求める事もある。

 気の置けない友と酒を酌み交わす。

 なんの変哲もない楽しい夜になるはずだった。

 しかし、早々に愛娘の写真を取り出した横島は、親バカを発揮して自慢話を延々と雪乃丞に語ると酔い潰れ、ルシオラ……と小さく呟き涙を流した。

 

 この時になってようやく雪乃丞は、横島が癒えることない傷を隠していたと気付いたのだ。

 気付いてしまったからには黙っていられない。

 これが単なる人生の失敗(失恋)であったなら時間を遡ろうとまではしなかっただろう。

 失恋なら誰にでも起こりうる事で、かくいう雪乃丞にもその苦い経験はあった。

 強く印象に残っているのは十代の頃に親しくなった女と、家の都合で別れさせられた事だろうか。

 悪の道に足を踏み入れた過去を持つ雪乃丞は、由緒ある霊能家系である彼女の両親から交際を認められなかったのである。

 とても辛く、理不尽にも思える出来事に違いはないのだが、そんな事でイチイチ時間を遡っていれば、世界が崩壊しかねない。

 しかし、世界の平和の代償をたった一人の男、しかも当時は高校生であった横島に背負わせているとするならば、話が違う。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 それからの雪乃丞の行動は早かった。

 金を稼ぎ、知人の老人にハッキングを依頼して大戦の真相を知ると決意を固め、時空消滅内服液と霊能力を使いタイムリープを敢行したのであった。

 

 

 

――20XX年、都内某所地下研究室。

 

『今が変わるワケではないんじゃぞ?』

 

 緻密に描かれた魔方陣の中心に備えられた冷凍カプセルに横たわる雪乃丞に向け、タイムリープの協力を依頼された老人が念を押すように語りかける。

 

『お主は死に、枝分かれした新たな世界が産まれるだけじゃ。それにな? 修正力というのは厄介なもんでな……避けようとしても似たような出来事が起こり帳尻を合わせてきよる。小僧が悲劇に見回れるのが本来の歴史なら、それを変えても似通った出来事は引き起こされるじゃろう』

 

 そんな事は雪乃丞も承知の上だった。

 それでも今の世界を認める事は出来なかった。

 ある意味で自己満足に近い欲求から、新たな世界を産み出す事に罪悪感を覚えつつも「やってくれ」と呟いた雪乃丞は、特殊な調合を施した時空消滅内服液を飲み干した。

 

『…………最後に一つだけ言ってやろう。歴史のうねりとは計算しきれるものではない。お主が無事に過去の自分と成り代われたなら、それは新たな歴史の始まりを示す。あまり考え過ぎず、思いのままに生きよ』

 

 タイムリープに協力した老人――ドクター・カオスと呼ばれる男は、旅立つ雪乃丞に最後の言葉を贈る。

 しかし、横たわる雪乃丞はそれに答える事なくビクッと身体を震わせ……そして、この時間軸において二度と動く事はなかった。

 

『生体反応は有りますが、霊的反応は有りません』

 

 千年の時を生きるドクター・カオスの最高傑作である超高性能アンドロイド、マリアが事務的に雪乃丞の現状を伝えるがその表情は悲しげだ。

 

『ふむ……上手くいったようじゃな。全っく、どいつもこいつも馬鹿な男じゃわい。まぁ、ワシの目が黒い内はコヤツの肉体を保存しておいてやるとするかの。たんまりと礼金を頂いたことじゃしな』

 

 千年の時を生きるカオスは常人の何十倍もの出会いと別れを経験している。

 そんなカオスからみれば、別れを引き摺り続ける横島も、友の別れそのものを無かった事にしようと、この世界での死を選んでまで過去に戻った雪乃丞の選択も理解に苦しむモノになる。

 

 しかし、嫌いではなかった。

 それ故に、雪乃丞への協力を惜しまなかった。

 

『あの小僧が心底幸せに生きられる……確かに、そんな世界が有っても良いかも知れんな』

 

『イエス、ドクターカオス』

 

 誰に語るでもなく呟いたカオスの言葉に肯定の意を示したマリア。

 

 こうして雪乃丞は時空を遡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

 

 

 伊達雪乃丞、小学6年・秋。

 

「お仕事行ってくるから、家の事はお願いね」

 

「あぁ……」

 

 安アパートの玄関先。

 仕事に向かう母を見送る雪乃丞の姿があった。

 

 予定より5年近く過去に遡るといったハプニングこそあったものの、雪乃丞は概ね順調に過去の自分として世界に溶け込む事が出来ていた。

 母の目を誤魔化すのも、アラフォーの精神で小学生の輪に溶け込むのは難しい事であったが、元々無口な一匹狼を気取っていたのが幸いした結果である。

 

 そして、幸いと言えば母の存在だろう。

 

 本来の歴史で言うと雪乃丞の母親は、過労から流行り病のコンボで死ぬことになる。

 母を助けるために過去に来たわけではない。

 しかし、これから母が死ぬと知っていて、黙って見過ごす事が出来る人は少数派だろう。

 助けられるモノなら助けたい、というより何がなんでも助ける! 横島を救うという当初の目的を一先ず横に置いた雪乃丞(マザコン)がそう考える様になったのはある意味で必然だった。

 

 と言っても現在の雪乃丞は小学生。

 出来る事と言えば限られていた。

 身近なところでは、長時間パートで働く母の代わりに買い出しを行い、一度目の人生でとった杵柄を発揮して料理を行い、掃除や洗濯も進んでやっている。

 孝行息子として周囲で評判になっていたりするのだが、こんな程度のことで“死”という運命から逃れられるとは雪乃丞には思えなかった。

 

(金だ……金がいるっ!)

 

 勿論、金が有っても叶わない事はある。

 だが、金さえ有れば出来る事は格段に増える。

 こんなに金が欲しいと思ったことは一度目の人生においては無かった。

 もしかしたら、あの女もこんな想いから守銭奴になったのか?

 そんな益体もない事を考えながら雪乃丞は手早く家事をこなしていく。

 

「…………あの野郎のとこにでも行ってみるか」

 

 一通りの家事を済ませた雪乃丞は、一度目の人生で交流があった知人を探すべく、半ズボン姿でアパートを出るのであった。

 

 

 

 

 喧騒飛び交う土曜日昼間の繁華街。

 その交差点付近のガードレールにバランス良く座った雪乃丞は、道行く人の姿を眺めていた。

 そして、道行く人も違和感しかない雪乃丞の姿をチラチラと見ては通り過ぎていく。

 冷たいものだが、都合が良い。

 と言うのも、知人の今現在の居所を知らない雪乃丞は、偶然通りがかるのを待つといった不確かな方法しか実践出来ないからだ。

 金さえあれば興信所を使うなどの方法もあるのだが、その金がないのだからどうにもならないのである。

 

 雪乃丞が目当てとする人物は、この繁華街を拠点に高利貸しを生業とする男。

 その名を、億田金二郎といった。

 一度目の人生でモグリのGSとして活動していた頃に縁を持った億田は、いわゆる反社会的勢力とも繋がりが強い裏家業の男であった。

 裏家業に属するが故に法や常識に囚われず、小学生の自分が相手でも能力と成果次第では金を払うだろう。

 そんな目論見で雪乃丞は億田を探して街中で時を過ごしていたのだった。

 

(そう都合良く通らないか……って、居た)

 

 ストライプのスーツに眼鏡。

 いくらか若々しく見える億田金二郎が道路を挟んだ向かい側の歩道を、肩で風を切って歩いている。

 

 これが人の縁というものか?

 雪乃丞は1日とかからず出会えた事を奇妙に思いながらも、ガードレールから飛び降りると億田の後を追って歩き始める。

 追い付こうと歩く雪乃丞は必然的に早足となる。

 

 それが億田に追跡者(雪乃丞)の存在を察知させた。

 

 追跡に気づいた億田の足取りが次第に人通りの少ない裏通りへと向かい、ビルの合間の路地裏で立ち止まる。

 

「ワイになんぞ用でっか? 金なら幾らでも御用立て……なんや? ガキやないか」

 

 両手をポケットに突っ込み大声上げて振り返った億田は、雪乃丞の姿を確認すると拍子抜けといった表情を浮かべて肩を落とした。

 そして、続けざまに『また怨み言かいな……』と内心でぼやいた億田の表情がウンザリとしたものへと変わる。

 高利貸しという職業柄もあって怨みを買いやすい億田の経験上、近寄ってくる子供の殆んどが罵詈雑言をぶつけてくる。

 表面的な事柄でしか物事を考えられない子供にとっては、億田の行いは悪事にしか見えないのだろう。

 

 しかし、億田の高利は借り手も納得の上であり、億田が貸さなければその時点で破産が確定するような状況が多い。

 法に照らせば確実に悪と言える億田の商売は、ある意味で最後のチャンスを与えるものと言えなくもないのである。

 勿論、人によってはそんな言い分は詭弁にしか聞こえず、決して受け入れられない――が、自身も裏家業に身を落とした経験をもつ雪乃丞からすれば、億田の稼業は許容範囲だ。

 なにより、なんとしても金を稼がなくてはならない雪乃丞には、裏だの表だの、善だの悪だのと拘っている余裕はない。

 この奇妙な出逢いを逃すまいと、ウンザリする億田の意表を突き、興味を引くであろう言葉を投げ掛ける。

 

「俺を雇ってくれ」

 

 単刀直入。

 開口一番で要件から切り出した。

 これには億田も驚きを隠せない。

 だが、惚けたのは束の間。

 

「銭っちゅーもんは簡単に稼げるもんやないで? ボウズに何が出来るんや?」

 

 右手に輪っかを作った億田は雪乃丞の方へと身を乗り出すと、不適な笑みを浮かべる。

 面白いガキ――自身が強面であると認識している億田は、臆することなく話してくる目付きの悪い少年をそう評価する。

 

 それは、雪乃丞の思惑通りであった。

 

 値踏みするような視線を向ける億田。

 その意表を再び突く言葉がニヤリと笑った雪乃丞の口から紡がれる。

 

「悪霊をぶん殴れる」

 

 

 

 

 

 

 都内を走る1台のタクシー。

 その後部座席には些か不釣り合いに見える二人の男が座っている。

 一人はどう見ても堅気には見えず、もう一人は男と表現するには幼すぎる目付きの鋭い少年。

 

 親子には見えないこの組み合わせは何なのか?

 誘拐? 拉致?

 それとも親分筋のご子息か?

 ともかく、厄介事は勘弁してくれ。

 運転手がそんな思いを抱く中、億田が隣に座る雪乃丞に向かう先の事情を語り始める。

 

「今から行く工場はな、夏の暑い最中に従業員が倒れるようになったんや。最初こそ暑さのせいやと思われとったんやけど、気付いたら毎日誰かが倒れる様に成ってもうててな。いくらなんでもこれはおかしいって皆が騒ぎ出して操業もままならんっちゅー状態なんや」

 

 工場の様子を見に行く予定があった億田は、モノのついでとばかり雪乃丞の売り込みを受け入れた。

 悪霊をどうにか出来れば儲けもの。

 雪乃丞の発言がただの子供の戯言ならば、お仕置きがてら放置して帰れば良いだけの話。

 つまり、雪乃丞が悪霊を倒せようが倒せまいが、億田としてはどちらでもよく、面白そうというだけの軽い行動なのである。

 

 平成の世の常識では、見知らぬ子供を連れ出す時点でヤバいのだが、時代背景的(1980年代)には連れ出して放置したとて大した問題にはならない。

 流石に死なせるような事があれば色々と不味いのだが、億田が聞いている限り向かう先の工場で起こる怪奇現象は、疲労困憊で倒れる事が有っても死ぬことはないといったものであった。

 

「それがどうした? 倒れるのは悪霊の仕業なんだろ?」

 

 その状況を伝えようとする億田だが、流れる景色を眺める雪乃丞は興味を示さない。

 

「いや、ほやさかい悪霊の仕業て一口で言うたかて情報は必要やろ? GSっちゅーんはワシにはよう判らん業界やけど、相手次第で対策が違うんちゃうんかい?」

 

「必要ねぇ。聞いたって判らねぇし、ぶん殴って片付けるだけだ」

 

「さいでっか」

 

 話を聞こうとしない雪乃丞に匙を投げた億田は、このガキほんまに大丈夫なんかいな? と、訝しげな視線を向ける。

 

「そんな心配すんなって。無理そうなら手は出さねぇよ。それより夕飯の支度に間に合う様に帰りたい。工場とやらはまだかかるのか?」

 

「もうすぐやな……って、飯の支度てなんや? 親がおらんのか?」

 

「ママ……いや、母さんは居る。ただ、母さんは忙しく働いているから俺が自主的に作っているってだけの話さ」

 

「ほぅー。えぇとこあるやないか。親を大事に出来んやつはアカンで」

 

 何気なく放たれた言葉に感心した億田は、雪乃丞の評価を一段上げる。

 相手によっては鬼にもなる億田だが、本質的には情に厚い人間でもある。

 付き合い方さえ間違えなければ、億田は頼りになる男――と知っている雪乃丞の搦め手だったりする。

 

「そう思うなら報酬をしっかり頼むぜ、億田の旦那」

 

 ともあれ関係構築の第一段階は済んだとばかりに雪乃丞は、一度目の人生で慣れ親しんだ呼び名で億田を呼ぶのだった。

 そして、依頼を受けるにあたっての雪乃丞からの条件を提示しつつ、車内の時を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここや」

 

 都心でもなく郊外でもない。

 都市開発の波に飲まれつつある中間地点。

 そこに建つ平屋の工場。

 

 雪乃丞が億田に連れられてやって来たのはそんな所であった。

 

「こんな所に工場があったのか……?」

 

「なんや? 来たこと有るんか?」

 

「いや、そう言うわけじゃ……」

 

 一度目の人生、アラフォー雪乃丞の記憶では、ここには巨大商業施設が建っていた。

 様変わり、という言葉では言い表せない程の変化に小首を傾げた。

 

「変なガキやな? まぁええわ、工場長に挨拶してから行くでぇ」

 

 雪乃丞が変なのは最初からだと気付いた億田は、事前に連絡を入れていた工場長と落ち合う為に、工場の隣に立つ事務所へと向かい呼び鈴を鳴らした。

 

 程なく現れた少しばかりやつれた女。

 年の頃なら三十半ば。

 化粧もなく、乱れた髪が疲れを物語っている。

 工場長は悪霊の被害に遭ったわけではない。

 騒ぎのせいで工場は操業停止。

 ただでさえ苦しい台所事情に加えて、悪霊騒ぎを解決する為には莫大な金がいる。

 資金繰りに困窮した工場長は、あらゆる(つて)を頼りに奔走している真っ只中にあり、その疲れが身形に現れているのであった。

 

「億田さん、お願いします……もうっ、どうしたらいいのかっ……! 依頼したGSでは歯が立たず、光覇明宗の方々に相談しても自分たちの関わる事ではないと突き放されてしまい、神父様に頼ろうにもお忙しい様でして……このままでは土地を売るしかなくなりますっ」

 

 余程切迫しているのだろうか。

 億田の姿を確認した工場長は、若干演技かかった様子で涙を拭う仕草を見せ、自身の苦境を一気に語る。

 

「この億田銀行に任せておくんなはれ! うちはアフターサービスも万全でっせ。土地を手放すのは最後の手段や」

 

 工場長の訴えに応え億田が大袈裟に胸を叩いてみせたが、善意100%というわけではない。

 

 都内に土地を持つこの工場長は、最悪でも土地さえ売れば全債権の回収が容易な、実に優良な顧客となる。

 しかし、億田としては破産して土地を手放されるよりも、時折金を借りてくれる方が有難い。

 土地を手放すのは億田にとっても、工場長にとっても最悪……それだけの話だ。

 

「だがよぉ、億田の旦那。こんな悪霊騒ぎの土地に買い手がつくもんなのか?」

 

 直ぐそこにある工場を見つめる雪乃丞。

 その外観からでも雪乃丞の目には異様に映る。

 この工場を身近な例で表すなら、自殺者が出た事故物件になる。

 果たしてそんな物件に値が付くのか?

 雪乃丞としては至極当然の疑問を口にする。

 

「なんやて!? どないやねん!? 工場長っ!」

 

「はい……その子の言う通りです。現状では土地の評価額が大きく下がっています。このままでは元金をお返し出来るかどうか……」

 

 工場長の弱々しい言葉に億田の目の色が変わる。

 商法、民法、土地取引。

 金に纏わる法律には精通している億田でも、オカルトが絡む案件までは勉強不足。

 

 だが、言われてみれば尤もな話だ。

 いくら都心に近いと言っても、悪霊騒ぎで操業すらままならない土地を誰が買いたいというのか。

 

「ま、任せておくんなはれっ! 行くでぇ! 雪の字!!」

 

 軽い気持ちでやって来たハズの億田に突きつけられた厳しい現実。

 元金はなにがなんでも回収するのが億田の流儀だが、好き好んで鬼の取り立てをしているワケでもなく、穏便かつ確実に回収出来るならそれに越したことはない。

 その為には、この出会ったばかりガキの手腕に期待を寄せるしかなかった。

 

 半ばやけくそとなった億田が雪乃丞を連れだって大股で工場に向かって歩き出す。

 

 黙って後に続く雪乃丞。

 

「鬼が出るか、邪が出るかやっ!」

 

 大きな扉の前に立った億田は、己を奮い立たせる様に大声上げて扉を開いたのだった。

 

 



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3話

とりあえずここまで。


(嫌な気配がしやがる)

 

 工場に足を踏み入れた雪乃丞が顔をしかめる。

 この工場内に漂う空気は一度目の人生において経験した大きな事件、香港の時の空気――魔界の空気に似てやがる、と。

 

 その空気に引き寄せられたのか、工場内を低級の浮遊霊が所狭しと飛び回っている。

 羽虫が光に集まる様に、或いは救いを求める餓鬼の様に、低級霊達は工場内を進む雪乃丞の周りにまとわりついていく。

 それをスナップ効かせた手を振るって、消し飛ばしていく雪乃丞。

 雑に見えるが、これでも立派な徐霊だ。

 迷える霊の存在を現世から消し飛ばしてやる事で輪廻の流れに戻り、魂の救済に繋がる。

 一般的に行われる吸引札と呼ばれる霊具に頼る徐霊とて、悪霊を吸引した札を燃やす事で強引に霊を消滅させている。

 つまり、手法は割とどうだっていい事で、大事なことは霊を現世に留まらせないことにある。

 

「なんや? 虫でもおるんか?」

 

 背筋に冷たいモノを感じながらも雪乃丞の後に続いて工場内を進む億田が声をかける。

 

 霊力を持たず、浮遊霊を見ることが出来ない億田には雪乃丞の仕草が虫を振り払うように見えたのだろう。 

 実際、雪乃丞としては虫を払う程度の事だが、素手で簡単に徐霊が出来るGSとなれば世界的に見ても珍しい。

 

「まぁそんなとこだ。それより億田の旦那はここから出た方が良いぜ」

 

「や、やっぱり、何かおるんか?」

 

「さぁな。姿が見えりゃあ何とでも出来るんだけどな……まぁ、俺がエサになって様子を見てみるさ」

 

 飛び回る浮遊霊程度では生きている人間の体調に悪影響を与える事など出来やしない。

 現世において肉体を持つ人間は、一般的に思われているより強いのである。

 裏を返せば人間に害を与えられるレベルの悪霊となれば、相当の力を持っているということになり、一般人では太刀打ち出来ない。

 

(何処に隠れてやがる?)

 

 早く片を付けたい雪乃丞が苛立ちを覚える。

 

 心霊現象が起きている以上、浮遊霊以外の何かが居るに違いないが、工場内を見渡してみてもそれらしい悪霊が見当たらない。

 こんなことなら検知方法も学んでおくべきだった――と後悔する雪乃丞であったが、人間には得手不得手というものがあるのだから仕方がない。

 

 こと霊的格闘において雪乃丞は人類最強クラスの域に達していて、時間逆行を行い幼くなった今でも人類最強クラスに変わりはない。

 霊力の総量が減り、肉体の強度が弱まった事で出来なくなった事もあるにはあるが、身に付けた技術は失っていないのである。

 全盛期と比べれば及ぶべきもない一撃だが、霊力を練り上げて放つ拳は悪霊にとって必殺の一撃であり、人類最強クラスの水準にある。

 

 だが、それだけだ。

 最高クラスのGSかと問われれば、雪乃丞の答えは常に否であった。

 最高のGSと呼ばれるには戦闘能力よりも、深い知識を元にした霊の探索や対策、結界の構築などの技術が必要不可欠になってくる。

 雪乃丞にはそれらの能力が著しく欠けているのだ。

 

 従って、今の雪乃丞が取れる行動は、己の身をエサにして悪霊を誘き寄せる囮作戦、と言ったなんとも原始的な手法になる。

 尤も、この手法が取れるのは、何が出てもぶん殴れるだけの力量と経験を雪乃丞が持つからであって、良い子の皆は決して真似をしてはいけない。

 

「さ、さよけ。無理はアカンで……って、な、なんや……っ!? 足が動かへんっ!?」

 

 この段になってくると、億田は雪乃丞が普通のガキでないと認識を改めていた。

 海千山千の修羅場をくぐり抜けてきた自分でさえ、えもいわれぬ恐さを感じる工場内で平然としているのだから、普通であるはずがない。

 

 そんな雪乃丞の助言に従い工場から出ようと踵を返した億田の脚が止まる。

 霊能の力を持たない億田には何が起きているのか分からない。分からないが確かに何かが自分の下半身を縛り付けている。

 

 そして、何とも言い難い悪寒が背筋を走る。

 

「なるほど、床下に潜んでたって訳か……オラッァ!!」

 

 一方の雪乃丞にはその姿が見えていた。

 

 億田の前に屈み、腰にしがみついている何かは、床の下からせり上がる様に現れた。

 いわゆる透過能力と呼ばれるものだ。

 肉体を持たない霊体が持つ、基本かつ厄介な力。

 

 だが、姿さえ見えれば雪乃丞には関係ない。

 獣の下半身とコウモリの羽を持つ何か。

 その首根っこを掴んで持ち上げた雪乃丞は、鳩尾目掛けて拳を振るってぶっ飛ばす。

 

「ワシにもはっきり見えるでぇ! そいつか? そのケモノみたいなヤツが原因なんやな!?」

 

 攻撃を受け顕現化した何かが空中で静止して雪乃丞を睨み付けている。

 いわゆる飛行能力。

 人の世の理から外れた存在が備える、基本かつ厄介な能力の一つだ。

 

「さぁな……俺もよく知らねぇがそいつはインキュバスとか言う魔族、いや、悪魔か? たしか人の精気をエサにするヤツの筈だが、こんな所に居て良い類いのもんじゃねぇ。誰か――この工場に怨みのあるヤツが召喚したってとこだろうぜ」

 

 餅は餅屋。

 一度目の人生で曲がりなりにも20年を越えてGSとして活動した雪乃丞は、一般人とは比べ物にならないオカルト知識を有している。

 ここで雪乃丞が言う《よく知らない》は、あくまでも超が付く一流のGS達と比較してでの話である。

 

「く、詳しいやないか」

 

 雪乃丞の解説に関心した億田は、それと同時に冷や汗を垂らす。

 精気をエサと言うことは、あの半獣半人のケモノが何らかの方法で自分の――いや、考えまいと首を振る。

 

「知らねぇって。まぁ、取り敢えずこいつは俺がぶっ飛ばしておくが、それでメデタシメデタシって訳にはいかないだろうぜ」

 

 雪乃丞にはからくりが見えてきていた。

 未来には無くなっている工場。

 居るはずのないインキュバス。

 大きく評価額の下がった土地。

 それらを合わせて考えれば、誰かが地上げを狙って陥れようとしているとの結論に辿り着く。

 そして、本来の歴史ではこの企みが成功に終わっていたとも伺い知れる。

 

 ぶっ飛ばすと言ってはみたが、このままコイツをぶっ飛ばしてしまえば、本来の歴史を歪めかねない。

 だが、こんな非道な手法は許されるのか?

 

(ちっ……どうしたもんかな)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()と知らない雪乃丞は、インキュバスを睨み付けつつ思案する。

 

 そんな時――

 

【考え過ぎず、思いのまま生きるが良い】

 

 思い出される歳の離れた友人の最後の言葉。

 

 雪乃丞は拳を強く握り締めた。

 

『毛も生えていない子供のクセに生意気ねっ! 誰が誰をぶっ飛ばすっていうのよ!』

 

「……………お前が俺にぶっ飛ばされんだよ。三下悪魔が地上で俺に勝てるかっ」

 

 雪乃丞は握った拳に霊力を籠めると、一足跳びにインキュバスとの距離を詰めた。

 

『なっ……!? グぁぁ……っ!』

 

 霊体を構成する核を拳で撃ち砕かれたインキュバスが断末魔の叫びを上げ、霧散するように掻き消えた。

 

 時間にして1分にもみたない戦闘。

 全ては人類最強レベルの強さを持つ雪乃丞だからこそ成せる離れ業だった。

 

 しかし、この場でそれに気付く者はない。

 

「や、やるやないけ」

 

 雪乃丞の一撃を目の当たりにした億田でさえ、凄いと思いはしても、それがどのレベルか推し測る術を持たず、割と在り来たりな感想を述べるに留まった。

 

「これくらいはな……。それより、報酬」

 

 汗の一つもかかない涼しげな顔をした雪乃丞は、億田に向けて右手を伸ばす。

 

「まぁえぇやろ、ご苦労さん。ほんで、メデタシっちゅーわけにはいかへんって、どういうこっちゃ?」

 

 報酬を求められた事で事案が解決したと察した億田は安堵の表情を浮かべると、懐から厚みのある財布を取り出した。

 適当に札を抜いて雪乃丞に手渡しながら、気になった

発言の真意を尋ねる。

 

「だから俺は詳しい事なんか判らねぇって。ただ……」

 

 雪乃丞が自分なりの見立てを語っていくと、億田の安堵の表情が次第に鬼の形相へと代わりゆく。

 

「ほー……つまり、誰かがこの土地を狙って悪魔を召喚したってことかいな?」

 

「その可能性が高いって話だ。先に言っとくが、誰がやったか見当はつかないからな。俺の領分じゃないし、そういうのは旦那の方が得意だろ?」

 

「せやな。こんなエグい真似してくれる奴には容赦せんでかまんしな。見つけ出してきっちりカタつけさせてもらうでぇっ!!」

 

 色んな意味で恐怖体験だったのだろう。

 握り拳を作った億田はこめかみの辺りに血管を浮かせて怒気を放っている。

 

「その前に正規のGSに見てもらうんだな。悪魔召喚ならこの工場の敷地の何処かに印があるだろうし、調査だけならそう高くもないだろうぜ」

 

「なんや? 雪の字が見つけてくれやんのか?」

 

「細かい事は判らねぇんだよ。俺に出来るのはぶん殴って消滅させる事だけだ」

 

「さよけ。まぁ、今回は助かったわ。またなんかあったら頼むでぇ」

 

「あぁ。けど、旦那。来る途中にも言ったけどよ、俺は()()()()()()()()()()()からな」

 

「分かっとる。雪の字はワシの()()()()()()()()()()()んやな。GS協会やったか? 難儀な団体が何処の業界にもおるもんやの」

 

 GS協会とはGS達を統括する団体だ。

 日本においてGSと名乗って商売をするなら加入するしかない――と言うより、GS資格の免状を発行しているのが協会だからゴーストスイーパー=GS協会員という図式が成り立つ。

 協会員にとって霊具の購入、仕事の斡旋、社会的信用の付与といったメリットは大きく、日本で徐霊を商売にするなら加入するのが賢明だ。

 その半面、利益を独占する既得権益団体でもあるGS協会は、免状を持たずに徐霊をするモグリ行為に対しては厳しい対応を取る。

 一度目の人生においてモグリのGSとして活動していた雪乃丞は、その負の履歴を消すのに苦労したばかりか、消した後でさえ色眼鏡で見られた苦い経験を持つ。

 

「まぁな……けど、目を付けられるのは馬鹿馬鹿しいし、俺は別に大金が欲しい訳じゃないからな。母さんに栄養価の高い食い物を喰わせてやれるだけの金が有ればそれで良い」

 

 GS協会に対して思う所が無いわけではない。

 しかし、真っ向から敵対するには厄介な強さをGS協会が備えていると知っている。

 強さとは戦闘能力だけではない――それなりに長く一度目の人生を生きた雪乃丞はそれを学んでいた。

 

 今回の仕事は、あくまでも億田の手伝いであって、報酬を支払うのも被害を受けた工場長ではないから、徐霊ではないとの屁理屈だ。

 GS協会にその屁理屈が通用するかどうかはさておき、万一露見した時には雪乃丞はそれで突っぱねようと考えていた。

 

「あ、あのっ……」

 

「なんだ?」

 

 呼ばれて振り返ると、入り口から様子を見ていたハズの工場長が立っていた。

 子供が貰うには高額な金銭のやり取りを見咎められたかと雪乃丞が身構えるも、工場長の行動は予想を裏切るものであった。

 

「有り難う御座いましたっ! お母さん思いなんですね。お礼と言ってはなんですが……うちの商品です! 是非、お母さんにっ!!」

 

 自慢の商品を握り締めた工場長が、身体を90度に折り曲げて雪乃丞に差し出した。

 

「アホかぁっ!!」

 

 何処から出したのか、億田がハリセン片手に工場長の頭をひっぱたく。

 

 工場長の手から商品が転がり落ちた。

 

「これは……?」

 

「雪の字、気にせんでえぇ。

 工場長はん、あんた子供になんちゅうもんを渡そうとしてるんや?」

 

「先祖代々受け継ぎ、この地で作り続けるハリガタです! 一応言っておきますけど、うちの商品は女性が使う前提で作られているんですよ。だからこれはお母さん用です!」

 

 工場長が資金繰りに困窮した原因の一つに、取り扱い商品の不味さがあった。

 この工場では限りなく人肌に近い感触の道具、いわゆる大人のおもちゃと呼ばれる商品の開発と研究が行われていた。

 悪いことをしているワケでもないのに世間の風当たりは強く、悪霊騒ぎで経営が傾いた途端に融資が受けられなくなったのである。

 

「そないなもんを母親に渡す子供がどこにおんねん!?」

 

「子供を闘わせた億田さんには言われたくありませんっ」

 

 雪乃丞が子供であることを理由に、顔を付き合わせていがみ合う二人。

 

「なぁ……あんた、ここではコレしか作ってないのか?」

 

 転がる商品を手にした雪乃丞は、歳の離れた友人に従う少女の事を思い出していた。

 

「えっと……少数なら男性用のオっ」

「言わせへんでえぇぇ!」

 

「いや、そうじゃなくって、医療用とかは考えないのか? これは人工皮膚みたいなもんだろ?」

 

 この技術が発展すれば、あの少女の悩み(体重)が少しは解決出来るかもしれない。

 

「あっ……それやっ! 工場長はんっ、医療分野に進出しなはれ! 医療はがっぽり儲かりまっせぇ」

 

「そんな簡単に言われましても……」

 

 考えた事もない着眼点。

 しかし、大人のおもちゃと医療用では似て非なるものだと工場長は考える。

 全くのゼロからスタートするよりはマシかもしれないといった程度だろう。

 工場の立て直しにお金がかかる今の時期、気軽に挑戦出来る事とは思えない。

 

「まぁ、そうだな。余計な事を言って悪かった。じゃぁ、そろそろ俺は帰るぜ」

 

 工場長の芳しくない反応を見た雪乃丞は、あっさり提案を引っ込めると、もう用はないとばかりに帰路につく。

 

「一人で帰れるんか?」

 

「当たり前だ」

 

「あのっ……本っ当にありがとう御座いました!」

 

「気にすんな。俺は金が欲しかっただけだ」

 

 振り返る事なく伸ばした腕を振るう雪乃丞。

 

 だからその金が欲しいならもっと高額の徐霊料を――その言葉を飲み込んだ工場長は、雪乃丞の姿が見えなくなるまで深く頭を下げ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「億田さんは……この徐霊にいくら必要だったか知ってますか?」

 

 雪乃丞が去り、深く下げた頭を上げた工場長がおもむろに億田に訪ねる。

 

「徐霊なぁ……暴利を貪ってるって話やさけな。一本(1000万)くらいか?」

 

「最低でも3000万。下手をすれば1億です」

 

「ほー。GSっちゅーんは儲かるんやなぁ」

 

「真面目に答えて下さい! 本当に良いんですか!? 1億ですよっ!? 後から言われても払いませんからねっ」

 

「あんさんも頭が固い人でんなぁ。

 あんさんは悪霊騒ぎが収まって金儲けが出来る。ワシはあんさんから利子が回収出来る。雪の字は御袋さんに旨い飯が食わせてやれる。三方一両得‥‥それでえーんとちゃいまっか?」

 

「でも……」

 

「恩義に感じるんやったらな、人工皮膚の開発するのはどないでっか? 雪の字があないな事を言うたんは、誰ぞ必要な知り合いが居てるからとちゃいまっか?」

 

「そう……ですね。でも、お金が……」

 

「そやっ、金や。世の中何をするにしたかて金はかかる! そこでや。工場長はん、えー儲け話があるんやけど一口乗りまへんか?」

 

 一気にまくし立てた億田が指先で輪っかを作り、鬼の笑顔を浮かべている。

 非合法なエグいやり方を仕掛けて来た相手に対して遠慮はいらない。

 それが億田の流儀である。

 

 

 

 

 その後、億田は土地買収を目論んだ連中から大金を巻き上げる事に成功し、工場長はそれを元手に新たな製品開発に着手するのであった。

 

 




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