仮面ライダーエグゼイド 【裏技】 友情のNEW GAME! (度近亭心恋)
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Part1 真夜中のENCOUNTER

人は二つのこと、すなわち考えることと働くことのために生きてきた。
マルクス・トゥッリウス・キケロ(B.C.106~B.C.43)


 居酒屋は宇宙だ。

 

 涼風青葉は、ウーロン茶を飲みながらぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 揚げ物の揚がる音、甘ったるい洋酒の匂い、ビールのジョッキから漂う冷気、三つ隣のスペースから漂ってくる安タバコの煙。

 この狭い空間には、あまりにも多くの情報が飛び交っている。

 

 何よりそれぞれのスペースから飛んでくる喧騒が、それらを混然一体とした「居酒屋」の空間として成立させていた。

 それはとても賑やかで楽しいものにも見えるが──同時に、どこまでも孤独なのではないかと彼女は考えていた。

 

 大いなる喧騒の中に彼女たちはいるが、このスペースにいる彼女の職場の人間と、隣のスペースの建設会社らしきガタイの良い集まりには何の接点も無い。

 ひとつの店の壁ひとつ隔てただけの近い空間にいながらはっきりと断絶されたそれは、誰も普段意識することなどないが──かなり哲学的な命題ではなかろうか。

 

「青葉さん、どうかしましたか」

 

 後輩の望月紅葉に声をかけられ、彼女ははっと我に返った。

 

「な、何でもないよ! 私なら大丈夫!」

「そうですか? お酒、飲んでいないのにぼーっとしてるから……」

「ひどくない!?」

 

 今この場で執り行われているのは、彼女の上司──八神コウの送別会だ。

 

 彼女は東京都内にあるゲーム会社、“イーグルジャンプ”の社員であり、一年半ほど前に入社し今はグラフィッカーとキャラクターデザイナーを任されている。

 ゲームのキャラクターデザイナーになるのは彼女の長年の夢であった為、早くもそれは叶ったことになる。

 

 夢を叶えるということは素晴らしいことだけのように語られがちだが──その実夢の高みに立てば、そこから見えてくる景色はまた違ってくる。

 その都度その都度発生する問題に立ち向かっていかなければならない。目の前の大きな現実の壁に、打ちのめされる時もある。

 

 彼女が初めてキャラクターデザインを担当したゲーム、『PECO』は先日マスターアップを終え、関連企業への発表会などの発売前のイベントも一通り終わった。

 しかしそこに辿り着くまでに、彼女は幾度も涙を飲み、夢物語のような甘い理想とは程遠い現実に直面してきた。

 

 しかし──どんな苦難も、いつかは終わる。

 本当に色々なことがあったものの、確かに『PECO』は完成したのだ。それが今この場にある「現実」だ。

 

 だが、それと同時に新しい「現実」もまた彼女に突き付けられた。

 

 そもそも、何故彼女がゲームのキャラクターデザイナーを志したのか。

 それは、小学生の頃に遊んだファンタジーRPG、『フェアリーズストーリー』の影響が大きかった。美しさにあふれたそれは、まだ幼かった彼女に無限大の世界と可能性を見せてくれた。

 年齢と共に進路を考える中でも、彼女にとってそれはずっと心の中で輝いていて──決して色あせることは無かった。

 そして、彼女は八神コウの働くイーグルジャンプへと就職を決めたのだ。

 

 その八神コウが、日本を離れることが決まった。

 

 既に三作のフェアリーズシリーズを手掛け、業界やユーザーからの信頼も厚いコウだったが、彼女はまだ一人のクリエイターとして成長したいと思っていた。

 そして、その気持ちの原点は──青葉だった。

 

 前述の通りPECOのキャラクターデザインは青葉が担当したが、キービジュアルや宣伝イラストなど、売り出す際にあたっての宣伝ではコウが表立って動くこととなった。

 

 その理由は単純(シンプル)にして明確。

 

 知名度と信頼、実績の差だ。

 

 出資元からもPECOは高い評価を受けており、確実に売りたいという意見が上がっていた。多くの人と金が動く“商売”において、その結果の為により確実な方法を取るのは当然と言える。

 その点を考えた時、フェアリーズシリーズでの実績を持つコウに白羽の矢が立ったのは自然なことだ。

 ディレクターがフェアリーズを手掛けた葉月しずくだったことも、その意見に拍車をかけたのだろう。

 

 青葉に目をかけ期待していたコウは、青葉を蔑ろにするかのようでもあるそれには当初反対した。

 だが、出資元からは「八神が描かないのならば外部の有名なイラストレーターに頼むことになる」とだけ返された。

 

 つまるところ、二年目のペーペーに商品の顔であるキービジュアルを任せる選択肢は“ありえない”という話だった。

 

 この話に関しては、青葉のほうが物分かりが良かったほどだ。

 本音を言えば悔しいし、辛い。

 だが、これが仕事で、自分だけのものでないということも痛いほどに解っていたのだ。しかしながら、彼女は精一杯の勇気を振り絞って一つの提案を出した。

 

「……でも……一回だけ。……一回だけチャンスを頂けませんか? 八神さんともう一度……キービジュアルをかけたコンペを、やらせてもらいたいです」

 

 出資元の芳文堂側の代表は難色を示したものの、ディレクターの葉月はそれを了承した。

 ただし、次のような「現実」を伝えた上で。

 

「最初に言っておくけど、これは出来レースだよ。仮に八神より上手く描けたところで、決定は覆らない」

 

「涼風くんが相手をするのは、八神がこの八年間積み上げてきた実績さ」

 

「でも、それで二人の納得がいくならやればいい」

 

 コンペの結果がどうなったかなど言うまでもない。先の言葉通り、それは出来レースだというのもある。

 だがそれ以前に──やはり、コウの絵は圧倒的に上手かった。それはしっかりと実力の差が伴った「出来レース」だった。

 しかしながら、圧倒的な差、現実を突きつけられても頑張るその時の青葉の姿が、コウの気持ちに火をつけたのだった。「私も頑張らなきゃ」と。

 

 そして、彼女はフランスの会社でゲームを一本作ってくることを決めた。その為に、しばらく日本を離れることも。

 周りは驚きと戸惑いこそあったが──最後は、彼女の気持ちを汲んでくれた。

 

 今のこの場は、その送別会というわけだ。

 

(私、まだ迷ってるのかな)

 

 憧れたコウの許で学びたいことはたくさんある。

 仕事で一緒に過ごすうちに、コウの色々な姿を見て前以上に親しみを持ち、一人の仲間として見れるようになったのもある。

 

 行ってほしくないという気持ちと、大切な人の想いの足手まといになりたくないという気持ち。その二つは相容れることこそないが、心の中に同居しうるのだと彼女は思い知らされた。

 こんな時ばかりは、酒で自分の気持ちを酔いに溶かせない自分の年齢が恨めしかった。

 

 とは言え──

 

「や~が~み~さ~ん~!」

 

「うちらのこと、忘れんといてくださいねぇ~!」

 

「わぁかったから! 抱き着くなって二人とも!」

 

 飲み過ぎるのも考え物だ。

 

 青葉の一つ上の先輩にあたる篠田はじめと飯島ゆんは、既に出来上がった状態で半泣きになっている。

 元々ふたりともあまり飲める方ではないので、数杯飲んだだけでこの通りだ。

 

「二人とも……そんなにしたら、コウちゃんが……」

 

「まあいいじゃないか。……面白いから、もうしばらく見ていよう」

 

 葉月しずくは、キャラ班のリーダーである滝本ひふみに心底面白そうに言った。

 ディレクターを任されるだけの実力者ではあるが、同時にどこか飄々として物事を楽しんでいるような節さえあるのが彼女なのだ。

 

「お酒って怖い……」

「私たちはああならないようにしようね、ねねっち」

「失礼ですよ、鳴海さん」

 

 桜ねね、鳴海ツバメ、阿波根うみこのプログラマー組は、その騒ぎを一歩引いた立ち位置から見つめていた。

 未成年のねねは青葉同様にソフトドリンクを飲み、ツバメは成年済みだがそれに合わせている。うみこは静かに度数の高い酒を飲んでた。

 

「そして、遠山さんは……」

 

 青葉は個室の静かな一角をちらりと見た。そこでは遠山りんが、既に酔い潰れて眠っている。

 

「コウちゃあ~ん……」

 

 りんは何とも物悲し気な寝言をうっすらと涙を浮かべて呟く。青葉はりんの気持ちを察し、何とも言えない表情を見せた。

 

 りんはコウと同期入社で入社当初から意気投合し、初任給では一緒に日帰り温泉に行ったほどの仲だ。

 元より芸術家肌で人付き合いの苦手なコウにとって、社交的でデキるばりばりのオフィスレディーなりんの存在は、先輩から睨まれることも多かっただけにありがたかった。

 そんな二人が仕事仲間として、人と人として関係を深めていったのはごく自然なことと言える。一年半前に青葉が出会ったころには、二人の息の合いようは長年連れ添った夫婦のようにぴったりだった。

 

 りんがコウにただの友情以上のものを感じているということは、イーグルジャンプの面々には周知の事実だった。

 それを単に同性愛者(レズビアン)という言葉で片づけていいのかと聞かれれば、難しいところではある。

 言うなれば彼女の人生において出会った中で、一番波長が合い、一番大切に思うことが出来た相手が女性であるコウだったのだ。

 ……最も、人の心の機微に関して鈍感さのあるコウには、それを察することはできていないのだけれども。

 

 コウが日本を離れると知った時、誰よりも涙したのは他ならぬ彼女だ。人前で涙を見せることなど、誰よりも「大人」な彼女ならまずあり得ない話だ。

 この時ばかりは、コウも真っ直ぐに、正面から彼女の気持ちと向き合った。

 

「ごめん。私……りんにはずっと甘えっぱなしで。今回のことだって、りんの気持ちも考えずに……」

 

「だから、これからもずっと甘えさせて!」

 

「ありがとうなんて言わないよ! だってこれからも、離れてたってきっとりんにはいっぱい迷惑かけるもん!」

 

「こんな私だけど、ずっと見守っていてくれないかな。そしたら私も、笑って行けるんだ」

 

 ずっとそばにいたい。その気持ちは変わらないだろう。

 

 けれど、その言葉だけで。

 

 人一倍慮るということを苦手とするコウを知るからこそ、思いやりに溢れたその言葉だけで。

 

 彼女の気持ちはだいぶ救われたのだ。

 

(また泣いちゃわないように早めに潰れるのは、どうかと思いますけどね)

 

 青葉がそう思った時、コウがはじめとゆんを振り払って立ち上がった。

 

「……皆、本当にありがとう。突然のことで迷惑はいっぱいかけると思うけど……八神コウ、必ず成長して帰ってきます!」

 

(八神さん……!)

 

「……らから今日は、じゃんじゃん飲むぞぉ! すいまへーんお姉さーん! 生中ジョッキもう一つお願いしまーす!」

 

(八神さん……)

 

 コウも既に回っているのだった。本当にお酒も考え物だと、彼女は一人ごちた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「うゥい……。コウちゃあん……」

「泣くなよぉ~りん~! 笑ってるりんが一番可愛いよぉ~?」

 

「八神、そういうセリフは素面で本人が起きてる時に言ってあげなよ」

 

 しずくは不器用な部下へ、呆れながらそう呟いた。

 

 すっかりへべれけになったイーグルジャンプ御一行様は、店を出て家路に着こうとしていた。

 主賓であるコウが酔い潰れたりんを抱きかかえていることもあり、そのままお開きの流れが出来上がりつつある。

 

 そんな中ではあ、と紅葉が溜息をついたのを見て、青葉は見かねて尋ねた。

 

「どうかした? 紅葉ちゃん」

 

「いえ、その……これが八神さんとの最初で最後の飲み会なんだなって。20歳になったら一緒に飲んだりもしたかったなって思うと……」 

 

 紅葉のその言葉は、不意にぽろっと出た本音であった。

 彼女もまた、青葉と同じようにコウへの憧れを胸にイーグルジャンプの門を叩いて今ここにいる。もっとやりたいことがあったと思うのは人一倍だろう。だが、

 

「『最後』じゃないよ」

 

 青葉はいつになく真剣な、しかし優しい表情でそう言った。

 

「言ったでしょ? 八神さん、『必ず成長して帰ってくる』って」

 

 その言葉に、紅葉ははっとした表情を見せる。

 

「だから、だいじょう……」

 

 青葉が言葉を続けようとしたとき、『それ』は起こった。

 一際強い風がごうっと吹いたかと思うと、一瞬灰色のオーロラが彼女達の身体を潜り抜ける。驚きにきゃっ、わっ、と声が響いた後──

 

「あれ?」 

 

 はじめが一際間の抜けた声を出した。

 

「ここ……どこや?」

 

 ゆんが驚いて辺りを見回す。驚くのも無理は無いだろう。

 彼女たちは確かに、先程まで歓楽街の居酒屋の前にいたはずだ。

 

 だが、今いるのはどう見てもオフィスビル街の中の広場。

 四方を高いビルに囲まれ、その隙間から覗く夜空は四角かった。

 

「……いけませんね、やはり飲み過ぎたのでしょうか」

「いやいや! うみこさん、シラフの私たちも同じものが見えてますから!」

 

 ねねが頭を抱えたうみこを揺さぶる。これが酔ったうえでの幻覚ならどんなに良かったことだろう。

 今の彼女達は──それは“ありえない”ことなのだが──“瞬間移動”してしまっていた。

 

「と、取り敢えずここがどこか把握しましょう! ほら、スマホの地図使えば一発で……」

 

 ツバメが即座に提案し、アプリを立ち上げる。だが、

 

「……何で!?」

「どうしたの、なる」

 

「『位置情報を把握できません』って……」

 

 普段は冷静な紅葉も、親友の言葉にたらりと汗を流す。

 ツバメのスマートフォンが不調の可能性も考え周りの面々も地図アプリ、ナビアプリなどを立ち上げたが、それらのどれも現在位置を把握できずにいた。

 

「これって……神隠し……?」

 

 ひふみが怯えた表情と声色で声を漏らす。

 自分たちの状況が把握できないこと、一瞬でどこかに飛ばされたという恐怖から、一同は背筋が粟立つのを覚えた。

 

「『神隠し』! いやァ、その発想は無かった……。ホラーゲーもアリですねェ」

 

 不意にビルの谷間に響いた甲高い声に、一同はまたもゾゾッとした感覚を覚える。誰かが、彼女たちを観察し会話を聞いているのだ。

 

「驚いた? い~ですよネぇ~、その表情! 怯え! それでこそGAMEは面白くなるッ!」

「『ゲーム』……?」

 

 青葉がその単語に反応した時、いつの間にか彼女らの中に見慣れない顔の女がいた。

 

 年の頃は20代後半ほどだろうか。宵闇の中に溶けてしまいそうな黒い髪を持つ、日本人の女性だ。

 枝毛一つなく人形のように整ったその髪は肩のところで切りそろえられ、市松人形のようなおかっぱだ。

 

 体格はよく、170センチメートルは超えているとみて間違いない。

 女性にしては大柄な身体に見合うかのようにバストは激しく自己主張しており、服の上からでもその大きさがわかるほどだ。

 

 シンプルかつオーソドックスなレディーススーツを着ているものの、その上からは白衣を纏っているのが少しばかり奇妙だった。

 

「誰……!?」

 

 ひふみがまた怯えた叫びをあげた時、女はそれには答えずにいっと美しい顔に似合わぬ悪魔のような笑みを見せ──懐から何かを取り出した。

 

 それは携帯ゲーム機に似てはいたが、ゲーム機と称するにはあまりに大きく、それでいて画面は小さかった。

 ボタンの類も「A」と「B」しか無く、ゲーム機ならばあまりに時代錯誤(アナクロ)な代物だ。

 

 女はその機械をコウに向けると、「B」のボタンを押した。瞬間、機械からオレンジ色の火花のようなものが散る。そして、

 

「あっ、ぐっ、ああ……!」

 

 先程まで元気に酔っぱらっていたコウが、頭を抱え苦しみ出した。

 抱きかかえられていたりんも、その様子にすっかり酔いと目が覚めている。

 

「コウちゃん!?」

 

「ぐるじい……。たすけて……。あっ、あっ、あっ」

 

 引きつったように絞り出したそれが、コウの最後の言葉だった。

 

 コウの身体が「バグった」。

 

 そう、「バグった」のだ。

 まるでコンピュータ画面が乱れたかのように、彼女の身体がブレた。

 

「八神さん!」

 

 青葉の叫びも虚しく、コウは全身の疼痛と耐え難い気分不良にああああああああ、と泣き叫んだ。そして──

 

「『発症』でございまァす」 

 

 女は心底おかしくてたまらないといった声色で、またにやりと笑った。

 コウの身体のバグりは最早留まるところを知らず、身体は不鮮明に揺らぎ続ける。遂には、身体がぼこぼこと沸騰するかのように沸き立ち始めた。

 だがその変化も一瞬で終わり、次に待っていたのは肉体そのものの人間としての終わりだった。

 体の沸騰のスピードが早くなったかと思うと、やがてコウの身体は茶色い風船のように沸騰しながら膨らみ始めていた。

 その変化が終わった時、そこには茶色い肉団子で出来たジャガーのような生き物がいた。“それ”は確かに、先程まで八神コウ「だった」ものだ。

 

 りんはあまりのショックに、ふうっと気絶しその場に倒れてしまった。

 うみこがすんでのところで受け止めたが、当分目が覚める気配はない。

 

 コウが変化したジャガーは、その身体に似合わない鳥のような鳴き声でキョーオオオオと吠えると青葉に向かってきた。

 一瞬のことで、青葉には逃げることを考える暇さえ無かった。

 ジャガーの爪が自らの身体に迫った最後の一瞬、彼女の頭はただ一つのことでいっぱいになった。

 「私、死ぬんだ」と。

 彼女はぎゅっと目を瞑った。

 

 その瞬間、彼女の背後に風が吹いた。

 

「やめろっ!」

 

 若い男の声が、彼女の背後から頭上を駆け抜けていく。一瞬理解が遅れたが、次の瞬間にはジャガーが衝撃と共に後ずさりするのが解った。

 青葉がそろりと目を開けた時、目の前には黄色いバイクに乗った青年がいた。

 

「バグスターユニオンタイプ……? 久しぶりに見た」 

 

 青年はよく解らない単語を呟くと、青葉の方を見やった。

 

「早く逃げて!」

 

「で、でも! その人は私の、私の……!」

 

 怪物に立ち向かう英雄(ヒーロー)が現れる。普通ならば、これほど心強いことはないだろう。

 だが、怪物に立ち向かう英雄は怪物を打ち倒し沈黙させることがセオリーだ。今の青葉にとって、それは何よりも避けなければならない。

 

 見る影もないが、あれは確かに自分が憧れ、尊敬した人なのだ。

 

「早く逃げてください!」

 

 彼女の後ろから女性の声がし、青葉はぐいっと後ろに追いやられ尻餅をついた。

 ピンク色の服の看護師が、厳しい顔をして青葉を見下ろしている。

 

 青葉の周りに仲間たちも集まってきたが、怪物と化したコウが殺されるのではないかという懸念は皆同様にあった。紅葉が険しい顔で看護師に掴みかかる。

 

「殺しちゃダメ! あれは人間です! あの人は私たちの大切な……! 助けなきゃ、助け……!」

 

「ごちゃごちゃうるさい! だから今助けようとしてるんじゃないですか!」

 

 看護師も負けずに声を張り上げた。その表情には鬼気迫るものがある。

 

「明日那さん、その辺で。皆さん!」

 

 青年は見かねて、青葉たちに声をかけた。

 

「患者は……僕が救います!」

 

 青年は誇りと慈愛を込めた表情でそう叫んだ。

 その真っすぐな瞳を見た時、青葉は青年の言葉が心からのもので、信じられると思えた。青年は周りが落ち着いたのを見ると、懐から何かを取り出した。

 

 それはスマートフォンほどの大きさで、人の手でうまくグリップできるような構造になった平べったい電子機器だった。

 青年が握ったピンク色の本体部分の先には、透明な端子がついている。

 

 そして青年はもう片方の手に、こちらは大型の電子機器を握っていた。

 ライトグリーンの本体に五指で握れそうなピンク色のレバーがついており、その形状はどことなく据え置きのゲーム機のようにも見えた。

 青年はその大型の電子機器──“ゲーマドライバー”を自らの丹田の辺りに押し当てる。するとゲーマドライバーの両端から黒いベルトが現れ、青年の腹部に巻き付いた。

 それを確認すると、青年は小型の電子機器──“ライダーガシャット”のスイッチを入れた。

 

“MIGHTY ACTION X!”

 

 ガシャットから発せられた高らかな声と共に、青年の背後にゲーム画面が現れる。それと同時に、周りに電子画面のような空間が広がっていった。

 チョコレートのような立方体のブロックが四方八方に現れ、遊園地のようなファンシーな空間が真反対のイメージのオフィスビル街を侵食していく。

 

 瞬間、青年の雰囲気が変わった。

 その表情は、優しそうなものからどことなく自信満々な俺様系のものに変わっていた。青年はにやりと笑った。

 

「変身!」

 

 “ガシャット!”

 

 青年は叫ぶと同時に、ガシャットをゲーマドライバーに挿しこむ。

 すると、ゲームのキャラクターセレクトのように小さな小窓画面がいくつか現れ、彼の周囲を円を描いて周り始めた。青年はそのうちの一つを選ぶ。

 

 やがてピンク色の光が彼を包み、

 

 

 

 “Let’s GAME!”

 

 

 

 “Meccha GAME!”

 

 

 

 “Muccha GAME!”

 

 

 

 “What’s your NAME!?”

 

 

 

 “I’m a KAMEN RIDER……!”

 

 

 

 青年の姿は、もうそこにはない。そこにいたのは、ピンク色の頭と白い身体を持つ、ずんぐりむっくりとした二頭身のキャラクターだった。ゆるキャラの着ぐるみみたいだ、と青葉は思った。

 

「ふざけてるんですか!?」

 

 紅葉が苛立って叫んだ。この緊迫した状況で、どことなくコミカルなその姿はあまりに不釣り合いだった。

 

「いいから黙ってて! 見ていれば解るわ。これが命懸けの『ゲーム』だってことが!」

 

 明日那、と呼ばれた看護師は一喝し、信頼を込めた目をゆるキャラ──“仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマー レベル1”へと向けた。

 

「ノーコンティニューで、クリアしてやるぜ!」

 

 エグゼイドは拳をぐっと握ると、ジャガーへと向かっていった。

 

 “ガシャコンブレイカー! “

 

 走りながらエグゼイドは自らの胸を叩き、武器を出現させる。

 ハンマー型の専用武器、ガシャコンブレイカーを右手で掴むと彼は空中のチョコブロックにたんたんっ、と飛び移っていき、あっという間にジャガーの目線よりはるか上、ビルの5階ほどの高さまで移動していた。

 あのずんぐりむっくりな体型からは想像もできない機敏さだ。

 

「マリオみたい……!」

 

 はじめが感心して息を漏らす。

 

 ジャガーは再び鳥のような甲高い声を上げると、目にも止まらぬ速さでエグゼイドのところへと飛びかかる。だがエグゼイドはこれを宙返りして躱すと、はるか下のチョコブロックに飛び降りた。

 一方のジャガーは飛びかかった対象を失ったものの勢いはそのままであり、頭からチョコブロックの一つに突っ込んだ。

 

 “混乱!”

 

 チョコブロックの中には、“エナジーアイテム“と呼ばれるメダル状のアイテムが入っていた。ライダーガシャットで展開されたゲームエリアには、このエナジーアイテムが各所に配置されている。

 これらを上手く駆使して戦うことで、ライダー達は「ゲーム」を上手く進めることが出来るのだ。

 

 そして、ジャガーが引き当ててしまったのは「混乱」のエナジーアイテム。ゲットした対象を混乱させ、行動を不利にさせるという自分が引けばハズレ間違いなしのアイテムだ。

 だがこの場合、エグゼイドはこのアイテムを相手にわざと引かせることで、行動を不利にし抑え込むという手を取ったのだ。ジャガーは混乱し、地面に伏せってしまう。

 

「よっしゃ! 今度はこっちの番だ!」

 

 エグゼイドはまた飛び上がると、まずは飛び上がった目線の高さの真正面にあるチョコブロックをガシャコンブレイカーで叩く。

 

 “強欲!”

 

 「強欲」のエナジーアイテムは、それ単体では効果を発揮しない。このアイテムは、手に入れた後にエナジーアイテムを同時に三つまで併用することが可能となる。

 彼は「強欲」の効果が自分に付与されたことを確認すると、今度は頭上に三つ横並びに並んでいたチョコブロックをガシャコンブレイカーで叩いた。その中のエナジーアイテムを、彼は全て手に入れる。

 

 “挑発!”

 

 “高速化!”

 

 “ジャンプ強化!”

 

 まずは「挑発」のエナジーアイテム。

 アイテムの力でエグゼイドの身体からオーラが発せられ、ジャガーは混乱しながらもエグゼイドの方に首をもたげ、注意が引き付けられた。

 

 そして「高速化」のエナジーアイテム。

 エグゼイドの身体が発揮できるスピードは桁違いとなる。これに「ジャンプ強化」のエナジーアイテムが掛け合わさったことで──エグゼイドは、超高速で高く、高く飛び上がっていた。高さにしてビルの30階ほどもあるだろうか。

 

「これで……フィニッシュだ!」

 

 エグゼイドはその高さから、ガシャコンブレイカーを振りかぶって落下していく。

 「挑発」されたジャガーはその方向を向いたままの為、避けようと思えば避けるのは容易い。しかしながら「混乱」の効果がまだ続いている為、身動きが取れずにいた。

 

「食らえええええええ!!」

 

 落下の勢いがついたガシャコンブレイカーは、そのままジャガーの脳天に振り下ろされた。

 ジャガーは一瞬目を回すかのような動きをすると──大爆発を起こした。

 

「八神!」

 

「そんな……八神さん!」

 

 見守っていた一同が絶望の叫びを上げる。しかしジャガーがいた場所には、爆発の後にコウが横たわっていた。

 

「良かった……」

 

 紅葉は安堵するが、明日那の表情は依然険しい。

 

「まだよ。パターン通りなら……」

 

 明日那が言い終わるか言い終わらないかのうちに、爆発の後に飛び散った破片が集まり、再構成されていく。

 やがてそれは2メートルほどの人型になり、だんだんと全身像がはっきりしてきた。

 

 カーキ色のサファリジャケットのような服装をしているが、その質感は服よりも肉に近い。ハンチングを被ったかのような形状の頭部はてらてらと輝いており、人と獣の合いの子のような醜い顔をしていた。

 

「おめ、ながながやるじゃねぇがよぉ! オラとその女を分離させたってわげかよ」

 

 ひどく訛った喋り方が、否が応でも目を引く。

 

「何のバグスターだ……? こんなキャラ知らないぞ」

 

「あァ? おめオラを()らないとがモグリだっぺよ! オラぁ『ナイトオブサファリ』のバグスター、ヤバンナだっぺ!」

 

「『ナイトオブサファリ』……!?」

 

「ナイトオブサファリ」という単語に、エグゼイドは驚きを見せる。

 どうやらその言葉は、彼を驚かせるに足る意味を持っているらしかった。

 

「ビビっだなァ? ビビっだっぺなァ! んだば……」

 

 ヤバンナはおかしそうに声色を上気させる。そして、

 

「もっどビビらせてやるっぺよォ!」

 

 ヤバンナの絶叫と共に轟音が響く。彼らは一瞬何が起こったのか解らなかったが、すぐに明日那が叫んだ。

 

「上よ!」

 

 ヤバンナはまたおかしくてたまらないと言った様子でアッアッと笑い、いつの間にか構えていた散弾銃を愛おしそうに撫ぜた。

 銃口は煙を吹いており、奴がそれをぶっ放したのだということが解る。

 

 そして明日那の言った通り、「上」だ。ヤバンナの撃った散弾銃は彼女らの後ろに聳えていたビルの壁面をブチ抜いており、そこから瓦礫が降り注ぐ。

 

「危なッ……!」

 

 ツバメは落ちてきた人の頭ほどの瓦礫をさっと躱して避ける。だが、

 

「う、うみこ君! ちょっと待って、足が……!」

 

「寄りかからないでください! 危ない!」 

 

 元々さっきまでへべれけだった酔っぱらい達はそうもいかない。細かい小石やガラス片が服や髪を削る程度はまだ良かった。

 しかし自分たちの上に落ちてくる一際大きなコンクリート片が視界に入った時、その場にいる誰もがその結果を予測し全身を強張らせた。

 

 いや──一人だけ、瓦礫に向かって飛び出していった者がいる。

 それは、ヤバンナの蛮行に驚きながらも彼女たちを守ろうとするエグゼイドだった。

 

「大変身!」

 

 エグゼイドはゲーマドライバーの中心にあるピンク色の“アクチュエーションレバー”を握ると、それを開き起こす。

 その下にはコンソール画面があり──レバーが展開されたことで、より戦闘に適した力が解き放たれた。

 

 “Gotchaaaaaaan!! LEVEL UP!!”

 

 “マイティジャンプ! マイティキック! マイティ! 『MIGHTY ACTION X』!”

 

 青葉は一瞬のうちに、エグゼイドの身体が劇的に変わるのを見た。

 着ぐるみのようなぼてっとした体は消え失せ、すらっとした手足が現れる。ボディも白を基調としたものから、ガシャットの色同様の鮮やかなピンクに代わっていた。

 ころころとしたちびっ子が逞しい戦士に成長するかのようなそれは、緊迫した状況も忘れて見とれるほどだった。

 

 これこそ、エグゼイドの「レベルアップ」した姿──“仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマー レベル2”だ。

 エグゼイドはガシャコンブレイカーでコンクリート片を勢いをつけて叩く。瓦礫は一瞬で砕け散り、細々とした破片が四方八方に散らばった。

 

 エグゼイド自身も地面に向かって落下していくが着地点に黄色いバイクが自走してきたため、彼はそれに飛び乗ることで難を逃れた。

 

「サンキュー、レーザー!」

 

 エグゼイドはバイクに話しかけると、そのままヤバンナの方に向かってアクセルを踏み込む。

 そして、手にしたガシャコンブレイカーに付いている「A」のボタンを押した。

 

 “ジャ・キーン!”

 

 ガシャコンブレイカーの内部から刃が出現し、先程までのハンマー部分を柄に見立てた剣が完成する。

 エグゼイドはブレードモードに変形したガシャコンブレイカーを構え、その刃をヤバンナに突き立てんと向かっていく。

 

「近づくんじゃあねえっぺよォ!」

 

 ヤバンナは散弾銃で応戦するが、バイクを手足の様に操るエグゼイドはこれをうまくかわし──刃をヤバンナの横腹に叩き込んだ。

 

「ナメでんじゃあねえど……。行げええええええ!」

 

 痛みに腹を押さえつつヤバンナが叫ぶと、先程のジャガーのかけらから産まれた異形の兵士たち、“バグスターウィルス”がわらわらと現れる。

 めいめい武器を手にエグゼイドに襲い掛かるが、エグゼイドはまったく意に介さずバイクから飛び降り、まずはガシャコンブレイカーを大振りに振って刃で散らし、兵士たちとの距離をとった。

 

 ある程度の距離が出来ると、彼は蹴りや拳で兵士たちの攻撃に応戦していく。その間、瓦礫から難を逃れた青葉たちは明日那の先導の下、コウに駆け寄っていた。

 

「八神さん! しっかりして下さい!」

「コウちゃん!」

 

 青葉と、気絶から目覚めたりんが必死の形相で揺すぶる。だが、コウはまだ苦しそうに呻いていた。

 そして──その身体が、一瞬透けた。

 

「ちょっと待ってよ……。なにこれ」

 

 ねねが怯えて手を引っ込める。

 その場にいる誰もがコウの異常な様子におののいていた時、明日那が訝しげに尋ねた。

 

「皆さん……『ゲーム病』をご存じないんですか?」

 

「『ゲーム病』……? こんな時にふざけてる場合ですか!」

 

 うみこが苛立ちまじりに叫ぶ。この緊迫した状況で漫画にでも出てきそうなその単語は、あまりにも場違いで不謹慎だと思われたからだ。

 だが、明日那はそっちがふざけるなという表情を見せた。

 

「ふざけているわけないでしょ! つい先日の『仮面ライダークロニクル』の脅威、ゲムデウスによるパンデミック! そしてそれに立ち向かったCRのドクター達! 私はそのサポートの為に、衛生省から派遣されたエージェントです! 今年の初めに日向審議官からの会見もあったはずでしょう!?」

 

「……失礼だが、日本に『衛生省』なんて省庁は無かったと思うんだがね。厚生労働省の間違いじゃないかい?」

 

 しずくが珍しく疑わし気かつ怪訝な表情で明日那を見る。

 明日那がまた何か言おうとしたとき、彼女らの方にバグスターウィルスが一人弾き飛ばされてきた。一同は怯え、バグスターウィルスの周りから放射状にのけぞる。

 

「おっと、わりいな!」

 

 弾き飛ばした張本人のエグゼイドが謝りつつ、ガシャコンブレイカーを振るう。

 刃に袈裟懸けに斬られたバグスターウィルスは、一瞬で消滅した。気づけば大勢いたバグスターウィルスは、もう数えられるほどになっている。

 

「フィニッシュは必殺技で決まりだ!」

 

 “ガッシューン……!”

 

 エグゼイドはガシャコンブレイカーを投げ捨て、ドライバーからガシャットを抜き取る。

 そして抜き取ったそれを、ベルトの左腰にマウントされた“キメワザスロットホルダー”に挿しこむとスイッチを押した。

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

 “MIGHTY CRITICAL STRIKE!”

 

 ホルダーからガシャットの全データとエネルギーが右足に流れ込む。

 エグゼイドは力いっぱい飛び上がると──空中からヤバンナに飛び蹴りを決めた。

 

「甘ぇっぺ!」

 

 ヤバンナはすかさず、自分の少し手前にいたバグスターウィルスの足下を散弾銃で撃った。

 その勢いに足下の地面が抉れ、バグスターウィルスが上空に飛ばされる。

 そして飛ばされた体は、エグゼイドの脚が向かう先とヤバンナの間に割って入る形になった。

 

 エグゼイドは焦ったが、もうキックを止める手立てはない。

 その足先はそのままバグスターウィルスに直撃し、着地と同時に一際大きな爆発を引き起こした。

 

「残念無念だっぺなァ? ほいじゃ、もう一発……!」

「はいストーップ」

 

 ヤバンナが散弾銃を構えなおした瞬間、彼の身体はオレンジ色の粒子となって消えていく。

 そしてその粒子は、先程のおかっぱの女の持つ謎のゲーム機──“ガシャコンバグヴァイザー”に吸い込まれていた。

 粒子が完全に吸い込まれると、バグヴァイザーの画面にヤバンナの姿が映る。

 

「ど、どうなっでんだっぺ! オラをこごから出ぜ!」

「あなたの出番はまだまだこれから。どんなゲームも、すぐに終わっちゃあつまらないでしょう?」

 

 女は官能的な指使いで画面をつつっとなぞる。

 エグゼイドは突然の闖入者に、驚きながらも尋ねた。

 

「誰だお前!」

 

「初めまして天才ゲーマー! ドクターライダーズには、いつも我が社の製品をご贔屓にしていただいて」

 

「『我が社の』……?」

 

「あたしは幻夢コーポレーション開発部ディレクター、大門桐子(だいもんきりこ)。よろシクサンジュウロク」

 

 小学生程度の洒落を最後に言ってのけ、そこで彼女はおかしそうにキャキャッとおどけてみせた。

 

「ゲンムの社員……? なんでこんなことを!」

 

「……『元』ね。もうあの会社に用は無い。転職テンショク、ブラック企業からはスタコラサッサが自衛には最善の手段ですよぉ~っと」

 

 そこでまたおどけた仕草を見せると、彼女はグリップを取り出しバグヴァイザーに合体させる。

 すかさずエネルギー弾が放たれ、エグゼイドの目の前の地面に着弾した。

 

 うわっ、と一同が驚き怯んだその瞬間に、女は姿を消していた。

 

「待て!」

 

 エグゼイドは怒りを孕んだ声で辺りを見回すが、そこに聞き慣れない声がした。

 

「無理だぜ永夢。色々と気になる相手だが、今から探すのは手間だ。それより患者を……」

 

「ばっ、ばっ、ばっ……バイクが喋ったああああああああああああああ!!」

 

 ねねが頓狂な声を上げて指さした先には、先程までエグゼイドが乗っていた黄色いバイクがいた。

 そう、確かにエグゼイドを諫めた声は、そのバイクから発せられたのだ。

 

「ロボット……?」

「だとしたら、かなり高性能のAIプログラムですね」

 

 ツバメとうみこは半ば感心するようにそのバイクを見る。

 そんな慌てふためきをよそに、エグゼイドは慣れた手つきでバイクのシート部分にあるゲーマドライバーのアクチュエーションレバーを閉じた。

 

 するとどうしたことだろう。バイクから前輪と後輪が外れ、がしゃがしゃと音を立て変形を始めた。

 そして変形が終わった時、そこにはエグゼイドのレベル1によく似た姿の戦士がいた。

 戦士──“仮面ライダーレーザー レベル1”はドライバーからガシャットを引き抜く。たちまちレーザーの姿が消え、代わりにアロハシャツの上から革ジャンを羽織った男が現れた。

 ど派手な服装に加えて、チャイニーズマフィアを彷彿とさせる丸サングラスが目を引く。

 男は一同を見回すと、よっ、と手を上げて軽く挨拶した。

 

「ばっ……バイクがゆるキャラになってチンピラになったああああああああ!!」

 

「うるさいわ!! ツッコみも長いわ!」

 

 今度ははじめが頓狂な声を上げ、ゆんが大声で返す。

 エグゼイドは呆れながらも、自らもガシャットを引き抜いた。そこで、青葉たちはエグゼイドに変身している青年を始めてまじまじと見ることが出来た。

 

 年の頃は20代前半程度だろうが、どことなく少年のようにも見える童顔だ。

 先程までオラオラと怪人たちを圧倒していた気迫はそこになく、とても温厚な人柄が垣間見える立ち振る舞いだった。

 

 何よりも目につくのは、まだ着ているというより「着られている」という印象を持たせる大きな白衣だ。それを目にして、青葉は恐々と尋ねた。

 

「もしかして……お医者さん、ですか?」

 

「ええ。僕は宝生永夢、聖都大学付属病院所属の研修医です。バグスターウィルス、ゲーム病と戦う専門医としても活動させていただいてます」

 

 青葉の問いに、青年は見た目通りの温和な笑顔で返す。

 

「自分は九条貴利矢。元監察医で、今はバグスターウィルスに対するワクチンの開発研究やってる。よろしく」

 

 グラサンアロハ男──貴利矢は、永夢の肩に手をかけながら名乗った。

 

「あなたもお医者さん!?」

「見えない……」

 

「……よく言われるよ」

 

 青葉とひふみの言葉に笑い交じりに返すと、貴利矢は急に真剣な表情になった。

 

「それより患者だ」

 

「コウちゃん! コウちゃん!」

 

 貴利矢はコウに駆け寄る。りんは半狂乱になりながら、涙交じりでコウを揺すぶっていた。

 

「悪いなお嬢さん、ちょ~~っと失礼するぜ」

 

 貴利矢はりんの両肩をつかむと、優しくそこから引きはがす。そこに、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 

「私が呼んでおいたの。皆さんお知り合いですよね? 誰か患者さんの家族のご連絡先は……」

「私が行きます」

 

 明日那の問いに、りんが涙を拭いて立ち上がった。

 

「あなたは?」

「遠山りん。コウちゃん……患者の同僚です」

 

「同僚の方ですか……。家族の連絡先などご存知では?」

 

「いえ、その……」

 

 りんが言いよどんだ時、しずくがりんの肩に手をやった。

 りんが彼女の方を見るが、彼女はそのまま明日那と向き合う。

 

「葉月しずく。患者の上司です。今は少しばかり患者の家族と連絡がとりにくい状況で……。私と遠山君が、彼女に付き添います」

「……わかりました」

 

 明日那が承諾し、救急隊と連携を取りつつコウの搬送の手筈が整えられていく。

 りんが乗り込みしずくもそれに続こうとした時、青葉は不安げな声をかけた。

 

「葉月さん……」

「大丈夫、私と遠山君に任せて。皆も病院に来るといいよ」

 

 そう返したしずくの顔は、とても頼もしかった。彼女とて不安なわけは無いであろう。

 だが、ここは上に立つ者がしっかりしなければ全員がまとまらない。

 青葉は、常日頃飄々としている上司のたまに見せるこの真剣な顔に、どきりとしつつも頷いた。

 

 救急車の扉は閉められ、聖都大学付属病院に向かって走り出した。

 

 そしてその一部始終を、物陰から眺める一人の男がいた。

 

 若い男だったが、その顔つきには何か尋常ならぬ生い立ちを感じさせるものがあった。まるで、幾度も死線を潜り抜けた兵士のような。

 

 しかし愛想の無い表情かと思えばそうでもなく、彼はどこか飄々とした眼差しで青葉たちを見つめていた。

 その胸元には、ピンク色のトイカメラが下がっている。彼はそれを手に取るとかりかりと弄り、永夢たちの姿を写真に収めた。

 

「あれがこの世界の『仮面ライダー』……。『エグゼイド』か。大体解った」




See you Next game


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Part2 「八神さんのこと、本当によろしくお願いします!」

信頼こそ、才知よりも交際を深める。
フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー(1613~1680)


「患者は八神コウさん、26歳。職業はゲーム会社、『イーグルジャンプ』のデザイナーとのことです」

 

「イーグルジャンプ? 聞いたことが無いな。どうなんだ、研修医」

 

「いえ、それが……失礼ですけど、僕もそんな会社聞いたことが無くって」

 

 聖都大学付属病院の地下深くに、その部屋はあった。

 それは、バグスターウィルスに対抗する為に衛生省が作り出した極秘部署──「電脳救命センター」、通称「CR」。

 

 MRIの機器のようなごてごてとした大型のベッドに寝かされたコウを眺めながら、二人の青年がその両端で状態を確認していた。

 

 一人は宝生永夢だ。クリップボードに救急搬送時に集めた患者の情報をまとめあげており、必要な情報を逐一報告できるようにしている。

 

 もう一人は、白衣の下にパリッとしたシャツを着てきっちりとネクタイを締めた医師だった。その小綺麗かつびしっとした立ち振舞いからは、臨床において多くの場数を踏んできたことが見てとれる。

 

 もう一人の青年──鏡飛彩は、そこまで聞くと永夢を伴ってコウの病室を後にした。

 病室は天井が高く、ちょうど患者のベッドからななめに見上げた辺りの天井と壁の境の辺りに、映写室のような小窓がついている。

 

 そしてその小窓の裏には、医師たちが患者の治療方針を話し合う為のカンファレンスルームがあった。

 外部との通信モニターのほか、パソコンやコーヒーメーカーなども置かれたここがCRの実質的な基幹部となっている。

 飛彩と永夢が戻ってきたそこには、既に九条貴利矢と葉月しずく、遠山りんが顔を揃えていた。

 

「貴利矢さん! 戻ってくるの早かったですね」

 

「ワープで速攻戻ってきたんだよ。フツーのゲーム病案件じゃなさそうだったしな」

 

 貴利矢が渋い表情で頭を掻く。その会話を聞いたりんが、たまらず尋ねた。

 

「あの! その『ゲーム病』って何なんですか? コウちゃんはどうなっているんですか?」

 

「ゲーム病を知らないだと……!?」

 

 飛彩は目を見開き、1+1の答えを間違えた人間でも見るような目でりんを見た。

 永夢がそれに何か言おうとした時、CRの階段を上ってくる大勢の足音が聞こえてきた。

 

「遠山さん! 葉月さん!」

 

 青葉が先導し、イーグルジャンプの面々がどやどやと姿を見せる。思わぬ大勢の来訪に、飛彩はたじろいだ。

 

「失礼ですが、みなさんは?」

 

「あっ、その……患者の同僚や後輩です。……あなたは?」

 

「鏡飛彩です。当院の心臓血管外科医として常勤しているほか、ゲーム病とバグスターウィルスの専門医としても活動しております」

 

「そう! それなんです!」

 

 青葉は場をちらっと見まわしてから、飛彩に尋ねた。

 

「『ゲーム病』っていったい何なんですか? 八神さんはどうなっちゃったんですか!?」

 

「貴方も……?」

 

 飛彩はますます驚いた表情で、イーグルジャンプの面々を見回す。

 

「まさか……皆さん全員、ゲーム病をご存じないと?」

 

 知らないです、知りませんと一同は口々に返す。

 飛彩はいよいよ訳がわからないといった顔を見せた。

 

「研修医! いったい何があったんだ!? 全員がゲーム病に関する記憶を喪失する新型のバグスターウィルスなのか!?」

 

「おー面白い考察、流石は天才外科医」

 

「茶化さないでくださいよ、貴利矢さん」

 

 貴利矢を永夢がたしなめる。

 永夢は仕方ないといった表情で、一同に解説を始めた。

 

「『ゲーム病』というのは、近年発見された新種の病気です。正式名称は『バグスターウィルス感染症』。コンピューターのバグから発生した、人体に感染する新型コンピューターウィルス。それに感染した状態を『ゲーム病』と呼んでいます。感染すると発熱、全身の疼痛、気分不良といった症状を発症しますが……感染源となっているデータの怪物、『バグスター』を倒さなければ、完治することはありません。治療せずに放置していれば、やがて全身が完全にデータ化し消滅することになります。バグスターは自分たちを完全な存在にする為に自分の感染者を消滅させることを目論み、患者にストレスを与えようとしてきます。ゲーム病はストレスで症状が進行しますから……」

 

「人間に感染するコンピューターウィルスぅ~~!?」

 

 ねねが「アッチョンブリケ」の仕草で驚いていた。

 

「聞いたことないですよそんなの……」

 

「ありえへんやろ。まんがや映画じゃあるまいし」

 

 青葉とゆんも半信半疑といった声色で答える。

 

「信じる信じないは勝手だがね。だが、八神さん……だっけ? 彼女の状態はどう説明すりゃいいんだ?」

 

 貴利矢がびしりと正論を突き付ける。

 まったく彼の言う通り、青葉たちの常識で「ありえない」と否定するのは簡単だ。

 だが、そのぐらい「ありえない」理屈でもなければコウが怪物に変貌したこと、今現在も身体が透けている症状などの説明がつかないことも事実なのだ。

 

「それにしたって……。そんなウィルスがいたら、ニュースにぐらいなってる筈です!」

 

 紅葉が食い下がる。彼女にしてみれば、先程からの「ゲーム病を知っていて当然」というドクター達の反応は非常に気に食わないらしかった。

 

「本当に聞いたことないかな? それじゃあ『仮面ライダークロニクル』は?」

 

「なんですかそれ……」

 

「……ついこの間まで巷で蔓延していたゲームだよ。人間が実際に変身してバグスターと戦って、負ければデータになって消滅するゲーム。このゲームで、大勢の人が犠牲になった。しかも運営は『クリアすれば消滅した人々を取り戻せる』なんて嘯いて人々をゲームに駆り立てて……。最後はゲームを支配していた人物が自殺して終わったんだけど」

 

 永夢は紅葉に淡々と説明する。

 

「そんなゲームがあったらそれこそ大ニュースになってる筈でしょう? あまりニュースとか見る方じゃないけど……見たことも聞いたこともありません」

 

「なってたよ? ニュースに。失礼だけど、始まってから終わるまで毎日がクロニクル関連の報道がされていて……」

 

「だから聞いたことないって言ってるじゃないですか! 私の話聞いてます!?」

 

「もも」

 

 ツバメが紅葉の肩を掴んだ。

 

「なる……」

 

「気持ちは解るけど熱くなりすぎ。先生困ってるよ」

 

「……うん」

 

 紅葉は気勢をそがれたといった感じで大人しくなった。

 紅葉とツバメは幼馴染で、一緒に上京して専門学校に通い、イーグルジャンプへの入社を目指した仲間同士だ。互いの気持ちの理解に関しては、人一倍のものがある。

 

「やっぱりこう考えるしか無いよなあ。『ゲーム病の記憶を無くした』んじゃなくて、『ゲーム病を最初から知らない』って」

 

 貴利矢が渋い表情で腕を組む。

 

「そんなことが……ありえるはずがない……」

 

「それじゃあまるで……」

 

 飛彩と永夢は、あるひとつの結論に達しようとしていた。

 だが、それを口にするのは憚られる。

 それはあまりにも、あまりにもばかばかしい結論だったからだ。

 

 その時、CRの階段から再び誰かが上ってくる音がした。

 

「認めるしかないでしょう? 『別の世界からやってきた』って」

 

 それは明日那だった。

 救急搬送の際に手筈を整えた彼女は、患者をCRに運び込むと青葉たちの到着を待った。

 そして全員がここに入ったのを確認し、今ここに馳せ参じたというわけだ。

 

「それは……! しかし、そんな馬鹿なことが……」

 

「私たちは一度経験している筈でしょう? 『超スーパーヒーロー大戦』事件の時に」

 

 飛彩はその単語に唸った。

 

 『超スーパーヒーロー大戦』事件。

 それは、永夢達の戦いの中でも苛烈を極めたもののひとつだった。

 

 事の始まりは韓国のソウル。

 レトロシューティングゲームのひとつ、『ゼビウス』に登場する円盤、アンドアジェネシスが大量に出現し、ソウルの市街地を攻撃するという異常事態が発生した。

 騒ぎは日本にも波及し、永夢達は「ゲームが現実に出現する」という事態からゲーム病との関連を疑い戦いに赴いた。

 

 そこで出会った相手こそ、”異世界”からの来訪者──”宇宙戦隊キュウレンジャー”であった。

 彼らは"宇宙幕府ジャークマター"なる組織によって全宇宙が支配されている別の宇宙からやって来た戦士たちだった。

 

 そして事件の影に飛彩がかつて担当した患者であった少年、霧野エイトと彼が作ったゲーム『超スーパーヒーロー大戦』が絡んでいることを突き止めた永夢達はゲームの世界に飛び込んだ。

 

 アンドアジェネシスの攻撃で壊滅した動物人間の世界、ジューランドからやって来た“動物戦隊ジュウオウジャー”の戦士、ジュウオウタイガーことアム。

 

 ゲームの中の世界で出会った、ゲームキャラであるもう一人の飛彩。

 

『超スーパーヒーロー大戦』のキャラクターたる、数々のスーパーヒーロー達。

 

 様々な異世界の存在との紆余曲折を経て、彼らは成長していった。

 

 そして彼らは、ゲームの中で電子化していたエイトの心を開き、遂にはエイト同様にゲーム世界に電子化して潜んでいた世界征服を企む秘密結社、ショッカーの野望を打ち砕いた。

 

 キュウレンジャー達はその戦いが終わると共に、自分たちの世界へと帰って行った。

 その内の一人、シシレッドに変身する青年、ラッキーだけはその直後にバグスターが三体発生した時にも手を貸してくれた。

 

 この一件を鑑みれば、確かに「別の世界」から人間がやって来るというのは「ありえない」話ではないのだ。

 

「それにしたって、ラッキー達は今の時代の技術じゃ作れないような宇宙船まで持っていたし……。彼女たちはどう見ても、ただの会社員ですよ?」

 

「つっても現にここに彼女たちがいるわけだろ。自分はキュウレンジャーのことはよく知らないけどよォ」

 

 永夢を諭しながら、貴利矢が頭の後ろで手を組む。

 実のところ、彼は「ある事情」でこの『超スーパーヒーロー大戦』事件には関わっていないのだった。

 

「別の世界、ですか……。『並行(パラレル)世界(ワールド)』というやつでしょうか?」

 

「それこそまんがの中の話ですよ。信じたくないけど……。というか! 戻る方法とかどうするんですか!?」

 

 うみこが思案気に呟いた話題にはじめが乗っかる。

 それを聞くと、ひふみが絶望的な表情を見せた。

 

「もしかして……一生……この『世界』で……?」

 

 その一言に、一同は底知れぬ先行きへの不安に口々に喚き始めた。

 

「この世界にもうちらの会社あるんやろか? いやそもそも……あったら『この世界』のうちらが出勤しとるんとちゃう!?」

 

「なるっち~、このままじゃ全員就活やり直しコースだよぉ~~……」

 

「宗次郎……! 早く帰ってあげないと、宗次郎が……!」 

 

 CRが侃々諤々の様相を呈し始めた時、青葉が叫んだ。

 

「皆さん! そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」

 

 普段は大人しい青葉の怒号にも似た叫びに、彼女を知る面々は驚いて静まり返った。

 

「このままだと、八神さんが……! 八神さんが死んじゃうかもしれないんですよ!?」

 

 その言葉に、その場はいっそう水を打ったように静かになった。

 コウが怪物に変貌し、身体が透けるという異常な状況。

 永夢達の言葉からしても、彼女がゲーム病に感染しているのは疑いようの無い事実だ。

 己の行く末を案じるのも解るが、まずは目の前で消えそうな命と向き合うことが先決だった。

 

「正確には死ぬわけじゃない、あくまで完全にデータ化されるだけだ。彼女のデータもプロトガシャットに保存されるし、何なら私のようにバグスターとしてコンティニューだってできるさ」

 

 その声は、その場にいる誰からも発せられたものではなかった。

 イーグルジャンプの面々はその声の主を捜そうと辺りを見回す。

 それも当然だろう。何故ならその声には、まるで危機感というものが無かったのだ。

 コウの命を軽んじるかのようにも聞こえたその声の主を、すぐには許すことはできそうもない。

 

 一方でCRの面々は、どこか呆れたような表情を見せている。どうやら、その声の主を知っているらしい。

 

「しかし、異世界人とは興味深いね……。私も『超スーパーヒーロー大戦』事件の際には復活出来ていなかったからな」

 

「ゲーム機から……?」

 

 はじめは首を傾げつつ、部屋の隅に置かれていたアーケードゲームの筐体に近づいて行った。

 先程の声は、確かにそこから響いている。はじめは顔を近づけたが、画面は真っ暗で彼女の顔がぼんやりと映っているだけだ。

 

「やっぱ気のせいか。こんなところから人の声が……」

 

「人ではない! 『神』だァァァ──ッ!!」

 

 突然画面が明るくなると同時に、男の顔が画面いっぱいに映った。

 おわっひゃああああ、とはじめは半ば倒れこむように後ろにのけ反り、尻餅をついた。

 

「ヴェ──ハハハハハハ! 随分と賑やかじゃないか! 何やら新種のバグスターウィルスが発生したようだな……? 永夢ゥ! そろそろ私の神の才能が必要になったんじゃないのか!?」

 

「な……な……なんやこいつゥ~~!」

 

「キモッ! いやほんっとキモいんですけど! 無理無理、まじ無理!」

 

 ゆんとツバメは激しく拒絶するが、男はおかまいなしに続ける。

 

「新種のウィルスだろうが何だろうが、私の神の才能を以てすれば何も不可能は無い! ……だから永夢! 私をここから出せェーッ!!」

 

「黎斗! 今真面目な話してるの、少し黙ってて!」

 

 明日那が筐体に駆け寄り男を叱りつける。

 男はふんっと不満げに鼻を鳴らすが、その一言が効いたのか大人しくなった。

 よくよく見れば、画面の中には部屋が広がっている。まるで、男がそこに住んでいるかのようだ。

 いや──もっと詳しく見てみれば、その部屋には何もない。薄暗く、おまけに画面の一番手前にはピンク色の檻のようなものが配置されていた。

 そう、ここは牢獄なのだ。

 

「『アレ』は……いや失礼、『あの人』は?」 

 

 しずくが驚きつつ尋ねた。

 

「この人は檀黎斗さん」

 

「檀黎斗神だァ!!」

 

「元ゲーム会社の社長にして、僕達ドクター達がゲーム病と戦う為の装備の生みの親……。それと同時に、バグスターウィルスの育ての親でもある人です」

 

 永夢は男──檀黎斗を無視して続ける。

 それを聞いた一同は、少し表情を固くした。

 

「どういうことですか? それは」

 

「話せば長くなりますが……」

 

 うみこの言葉に、永夢は黎斗のことを語り始めた。

 

 檀黎斗。

 

 この男こそ、永夢達の物語の諸悪の根源であった。

 

 6年前、『ゼロデイ』と呼ばれるゲーム病による大量の人間の消失事件が発生した。

 衛生省はその原因となったゲームを保有していたゲーム会社──『幻夢コーポレーション』の社長、檀正宗を逮捕し投獄することで、一連の騒動を収めた。

 

 そして正宗の息子であったわずか25歳の青年、檀黎斗が社長に選ばれた後、彼の手を借りてゲーム病に対抗する為の機器が開発された。

 それこそが、幻夢コーポレーションの発売タイトルゲームの力を秘めた“ライダーガシャット”と、それを人体に適応させる為のアイテム、“ゲーマドライバー”だった。

 

 元々、ゼロデイはガシャットの原型となった“プロトガシャット”にバグスターウィルスが感染し起こった出来事ではあった。

 騒動の原因である幻夢コーポレーションの力を借り、騒動の原因であるガシャットの力を使う。まさに、毒を以て毒を制すやり方を衛生省は選んだというわけである。

 

 檀黎斗は衛生省に快く協力し、5年の間にガシャットの研究と先鋭化を推し進めた。

 そして1年前、宝生永夢がゲーム病の存在を知り“仮面ライダー”となった時から、物語は劇的に動き始めることとなる。

 

 当初はドクター達の協力者として振舞っていた彼だったが、その裏では彼自身も“仮面ライダーゲンム“となり、あろうことかバグスターと結託して自らの計略を着実に進行させていったのである。

 

 途中「ネクストゲノム研究所」なる、データ化して消滅した研究者たちの襲撃という第三勢力の介入はあったものの、ドクターライダー達は10本のライダーガシャットに紐づいたバグスター達を攻略し、彼の計画はことごとく順調であった。

 

 しかしながら、いち早く彼の野望に感づいていた九条貴利矢の立ち回りもあり、彼が永夢達を度々襲撃していた謎のライダーの正体であることは白日の下に晒されることとなる。

 彼はこれ以上嗅ぎまわられては厄介と、集めたデータから完成した新システムを使い、貴利矢を始末した。

 

 その後黎斗は会社を出奔し、自らの最終目的、「究極のゲーム」こと『仮面ライダークロニクル』を作る為に動き始めた。

 一度、衛生省に拘留されかけたところをゲーム病に感染してしまい永夢に救ってもらったこともあったが、その際に彼は驚きの真実を語り始めた。

 

 全ては黎斗が仕組んだことであった。

 

 そもそもの始まりは17年前、彼は2000年問題の前後に、コンピューターのバグの中に奇妙なウィルスを見つけた。

 これこそが原初のバグスターウィルスである。

 

 当時よりゲームの開発に携わるほどの賢しい子供だった彼は、このウィルスが人体にも感染する可能性を既に見出していた。

 そして──その「実験台」を探し求めていた。

 

 そんな折、彼のもとに一通のファンレターが届いた。

 それは、彼のゲームへのラブコールと一緒に、新しいゲームのアイディアが書かれたものだった。

 そのアイディアは、彼が驚くほどにどれも斬新なものばかりだった。

 自身の才能に絶対の自信を持っていた彼は、その見事なまでの才能に嫉妬した。

 しかもファンレターを送ってきた少年は自分より年下──わずか8歳だというのだから。

 

 そこで彼は非道とも言える計略を思いつき、それを実行した。「ファンレターのお礼」と称し、差出人にバグスターウィルスの詰まった体験版ゲームを送り付けたのだ。そのファンレターの主こそが……

 

 

「宝生永夢」だった。

 

 

 そして7年前、彼は永夢の中で育ったバグスターウィルスを摘出する為、ある組織に永夢の手術を依頼する。

 その組織の名は、「ネクストゲノム研究所」。

 彼らはバグスターウィルスを摘出するも、その際にデータ化しゲームの世界へと転送されてしまう。そう、彼らがデータ化し消滅した原因すらも黎斗にあったのだ。

 

 ゼロデイも、彼の手で意図的に引き起こされたものだった。

 彼はわざと感染リスクのあった危険なプロトガシャットを使い、実験の為に大勢の人を犠牲にしたのだ。

 

 黎斗は永夢に手を差し伸べてもらったことで、それらの事実を語り詫びた……かのように見えた。

 しかし彼は、永夢とCRを衛生省の手から逃れるための隠れ蓑程度にしか思っていなかった。

 正体が露見して以降、自らの身体とゾンビゲーム“デンジャラスゾンビ”のガシャットを用い「死」のデータ、バグスターのデータを集めていた彼は、その一件の際に最後の死のデータを回収し終わった。

 

 

「私がゲーム病に罹ったのは、すべて計画の内……! 私のアジトが衛生省に嗅ぎつけられてしまったからね。時間稼ぎに利用させてもらった」

 

「16年前から君は……透き通るように純粋だった……! その水晶の輝きが、私の才能を刺激してくれた! 君は最高のモルモットだァ!!」

 

「君の人生は全て! 私のこの手の上で、転がされているんだよッ!!」

 

 

 集めたデータを集約した黎斗は、その時点でのライダー達では誰も敵わない最強の領域へと到達した。

 幻夢コーポレーションは彼に制圧され、最早ライダー達に成す術は無いかと思われた。

 

 しかし、意外なところに切り札はあった。

 

 貴利矢は生前、バグスターウィルスの対抗策として病理学的検知から「リプログラミング」を検討していた。

 遺伝子の書き換えによるバグスターウィルスへの対抗。彼はその為のシステムを、自らのパソコンに遺していた。

 そのシステムをガシャットの雛形にインストールし……永夢はそれを完成させた。

 

 黎斗の失策はここにもあった。

 彼の嫉妬心から永夢が世界初のバグスターウィルスの感染者となったのは前述の通りだが、それにより彼はある能力を身につけていた。

 

「ガシャットを生み出す力」である。

 

 ライダーガシャットはバグスターウィルスの力を使う為、通常は体内に微量のウィルスを投与し抗体を作る適合手術が無ければ扱うことすら出来ない。

 ガシャットとウィルスは強く結びついた関係のある存在なのだ。

 

 そして、世界初の感染者であるが故に原初のバグスターウィルスを持つ永夢には、そのウィルスの力でガシャットを生み出すことが可能となっていた。

 現に貴利矢の没後からすぐ後、彼は“マイティブラザーズXX”なるガシャットを生み出していたのだ。

 

 永夢が新たに生み出したリプログラミングの為のガシャット──”マキシマムマイティX”の力により、檀黎斗は敗北した。

 おまけに、リプログラミングの力で彼の中にあるバグスターウィルスの抗体が書き換えられたことで、変身することすら出来なくなった。

 

 永夢は彼に罪を償ってもらおうと考えていたが、それを阻む存在があった。

 初期には黎斗と結託し、その時点ではバグスターへの考え方の相違から袂を分かっていたバグスターの幹部、パラドである。

 彼は“ゲーム”というものに非常に拘りを持ち、それ故に黎斗の処遇に対する永夢達の考えには賛同できかねた。

 

 

「それじゃあゲームは終われないんだよ。敗者には敗者らしい、『エンディング』ってモンがあんだろ?」

 

 

 そこからパラドが行ったのは、あまりにも恐ろしい方法だった。

 黎斗が集めていた死のデータを、彼は黎斗に浴びせたのだ。

 過剰な死のデータに蝕まれた黎斗は、データ化し崩壊し始めた。

 

「嫌だ! いやだああああああ!! 死にたくない! やだあああああ!」

 

 それはゲームにとりつかれ多くの人々の命を弄んだ男の、あまりに身勝手な断末魔だった。

 

「私は神だ! 私の夢は……不滅だァ──ッ!!

 

 その言葉を最期に、檀黎斗は消滅した。

 

「ちょっと待ってください、おかしくないですかそれ?」

 

 そこまで聞くと、うみこは手を上げ話を遮った。

 

「檀黎斗は消滅した。それは解りました。だったら……あのゲームの中にいるのは?」

 

 当然の疑問だ。

 そう、確かに檀黎斗は消滅した。ならば、今ここにいる檀黎斗と紹介された人物は一体何者なのかという話だ。

 

「もう一つおかしな点が……。今の話を聞くと、貴利矢さんもその檀黎斗に殺されてるんですよね? じゃあ、ここにいるのは?」

 

 青葉も少し不気味そうに貴利矢を見た。

 話通りならば、貴利矢もここにいるのは確かにおかしな話だ。

 

「そうなんです。そこからが、本当に驚くことの連続だったんですよ……」

 

 永夢は続きを語り始めた。

 

 檀黎斗の消滅後すぐ、前述の『超スーパーヒーロー大戦』事件が起こった。

 そして騒動が収束した後、『仮面ライダークロニクル』が発売され、狂気のゲームが幕を開けた。

 

 騒動の首謀者は、パラドとバグスター達だった。

 幻夢コーポレーションの社長に収まっていたバグスター、ラブリカの根回しもあり、『仮面ライダークロニクル』は全国で発売され、大勢の人々がゲームを買い求めた。

 

 人々は"ライドプレイヤー"と呼ばれる擬似的なライダーに変身しバグスターを攻略しようと考えていたが、実際には逆だった。

 バグスター達の提供する『仮面ライダークロニクル』は、バグスターが人間を攻略するゲームだったのだ。

 バグスター達に敗北した人間はデータ化し、消滅していった。

 

 永夢達はこの悪夢のゲームを止めようと躍起になった。

 しかし、幻夢コーポレーションは「消滅した人を取り戻すにはゲームに参加しゲームをクリアすれば良い」と煽り立て、親、兄弟、恋人、友人を取り戻そうと、人々は次々とゲームに参加していった。

 その新たな参加者が消滅すればその親しい人物がまたゲームに参加し、その人が消滅すればまたその人の為に誰かが……という具合で、プレイヤーは加速度的に増えていった。

 

 人類の未来はどうしようも無い泥沼の状況に陥ったかと思われた時、人類側の切り(ジョーカー)となったのが──檀黎斗だった。

 彼は自らが消滅した時に備えて、いくつかのバックアップをデータとして遺していた。

 現に『超スーパーヒーロー大戦』事件の直後、黎斗のバックアップによって引き起こされた攻略不能の無理ゲーの世界の中での戦い、「ゴライダーの一件」により、永夢達は苦戦を強いられている。

 

 そしてバックアップの一群の中でも最も秘策中の秘策であった一体が、人間の遺伝子を持つバグスターとして復活することとなった。

 ……消滅した時点までの記憶も、感情も全て引き継いで。

 

 復活した彼は自分を消滅させたパラド憎し、なおかつ自分の『仮面ライダークロニクル』を好き勝手にされているのが許せないという理由からバグスター側と敵対することを決めた。

 永夢達と相容れることは無いかと思われたが、「あなたが蘇ったのは罪を償うため」という永夢の言葉と、目を離せば何をしでかすか解らないという意味合いもあり、彼はCRに身を置くこととなった。

 この時より、「檀黎斗」の名を捨て、新たな存在となったことにより「新檀黎斗」を自称するようになる。

 

 複雑な心境ではあったが、兎にも角にもCRの戦力が増えた矢先──また新たな別勢力が登場する事となる。

 投獄されていた黎斗の父、正宗がゼロデイの首謀者が黎斗であった事実から、釈放され社長に復帰したのだ。

 おまけに彼は、本来『仮面ライダークロニクル』のプレイヤーが到達する事の出来る最強のライダー、仮面ライダークロノスへの変身能力を身に着けていた。

 彼は初陣でラブリカを完全に消滅させただけではなく、『仮面ライダークロニクル』の運営権限すらも完全に奪い取ってしまった。

 

 何よりも恐ろしかったのは、彼が消滅した人間を管理できる権限を持っていたことだ。

 実は、ゲーム病によって消滅した人々は完全にこの世から消滅したわけでは無かった。

 彼らは感染したゲーム病に対応したプロトガシャットの中に、データとして保存されていたのである。

 そして、檀正宗は自らの手駒として──かつて消滅したある男を、バグスターとして復活させた。

 

「それってまさか……!」

 

「そ。それが自分だったってわけ」

 

 貴利矢が青葉の言葉を引き取る。

 

 その後、貴利矢は正宗に従ったふりをしつつ、プロトガシャットを奪還するという手痛い一撃を与えた後にCRに力を貸すメンバーとなった。

 そして紆余曲折あってライダー達の活躍で追い詰められた檀正宗の自決によって『仮面ライダークロニクル』は終結し、

 

「ここに3人のバグスターがいるってワケさ」

 

「『3人』? 『2人』じゃないですか?」

 

 貴利矢の〆の言葉に、ツバメは首をかしげた。

 先程までの話を整理するなら、ここにいるバグスターは檀黎斗と九条貴利矢の2人のはずだ。

 

「あーそっか、言ってなかったな。実は……」

 

「じゃあ、私から言うね」

 

 ずいと部屋の中心に出たのは明日那だ。

 

「まだ何かあるんですか?」

 

 紅葉が少し棘のある言い方で明日那につっかかる。

 ファーストコンタクトの印象があまり良くなかった二人には、どことなく精神的な距離があった。明日那はそれには答えず少しうつむいた後、

 

「……コスチューム、チェンジ~~!!」 

 

 場違いなほどに明るい声を上げた。

 声と同時にくるりとその場で横に一回転すると──そこには、恰好すらも場違いな存在が立っていた。

 

 それは女性だったが、本当にそれをただ「女性」と表現して良いのか微妙なところではあった。

 まず否が応でも目を引くのが、どぎついピンク色の髪だ。

 まるでイラストのように“つくりもの“じみたショートボブの髪型は、あまりにも精巧“すぎて“不気味さすら覚える。

 服装がまた奇抜中の奇抜であり、パステルカラーで派手に彩られた服には、大きなボタンのような飾りが一面に着けられていた。

 まるでアニメやゲームに出てくるキャラクターが、そのまま現実に現れたかのようなビジュアルだ。

 

 青葉たちは一瞬、明日那が消えて別の人物が現れたのだと思った。

 先程の厳格で真面目なイメージの明日那と、目の前に現れたコスプレ女はあまりにもイメージがかけ離れている。

 だが、「コスチュームチェンジ」という言葉、そして目の前の女の顔立ちが明日那そっくりなことを考えた時、彼女らはその意味を知る事となった。

 

「何を隠そう、明日那は世を忍ぶ仮の姿! わたしはポッピーピポパポ、よろしくね!」 

 

 声色も似ても似つかないほどに明るくはあったが、確かに先程までの明日那と同じ声だ。

 一同は驚くでも声を上げるでもなく、呆気に取られて明日那──否、“ポッピーピポパポ”を見つめていた。

 

「どうしました……? 皆さん」

 

 あまりにも気まずい沈黙に、永夢がおそるおそる尋ねる。

 

「いえ、何というか……」

 

「色々とツッコみどころありすぎて、脳ミソキャパオーバーですよぉ!」

 

 うみことねねが心底疲れたといった表情で返した。

 確かに目の前で起こった光景は、至って普通の会社員の彼女らが唐突に受け入れるには少々情報量が過剰すぎた。

 

「明日那さんもバグスターになった人間だったんですね」

 

「違う! ポッピーは私の最高傑作! 私が産み出した命だ!!」

 

 青葉の一言に、黎斗が素早く噛みつく。

 

「そうなんです。ポッピーは元々、そこの筐体に入っている音ゲーの『ドレミファビート』から産まれたバグスター。僕たちを何度も助けてくれた、心強い“良性”のバグスターです」 

 

 永夢が少し誇らしげに答えた。

 

「でも、バグスターって自分たちが存在する為に人間を消滅させるんですよね?」

 

 それは何気ない一言であった。

 だが、紅葉のその言葉は爆弾を投げつけたかのような衝撃をCRの面々に与えていた。

 

「それは……その……」

 

「大体、急にゲーム病だのバグスターだの仮面ライダーだのって言われても訳が解らないですよ! 細かい理屈なんて今はどうだっていい! 八神さんは!? 八神さんは助かるんですか!?」

 

 紅葉はまた、半泣きになりながら一気にまくし立てていた。

 先程青葉が叫ぶ直前にも、彼女は口々に自分たちの行く末を案じる面々に何か言いたそうな顔をしていた。

 

「助けます。僕たちはその為に仮面ライダーになったんです」

 

「……はっきり言います。信用できないです」

 

「ちょっともも!」 

 

 紅葉の一言に、ツバメが流石に言い過ぎだと声を上げる。だが、彼女の眼は据わっていた。

 

「そこにいるナンクロロ……? さんでしたっけ」

 

「檀黎斗だァ!! ……いや檀黎斗神だ!! 二度も訂正させるな!」

 

「その人が全ての騒動の元凶だって言うなら、何でそこで呑気にピャーピャー騒いでるんですか。おかしくないですか? そんな人と、何だか親し気に話しているあなた達も」

 

 紅葉の言うことにも一理あった。

 CRにおける黎斗のイレギュラーにして特異な存在を、外野の人間が見て簡単に納得できる筈も無い。

 

「それは……! でも今の彼は衛生省に拘留されていて、それで僕たちは監視の意味で……!」

 

「言い訳ですか!? そんなの……!」

 

 だが、その言葉が最後まで言い終わることは無かった。

 ……ツバメが音を立てて、紅葉の頬を張っていた。

 

「なる……?」

 

「いい加減頭冷やしなよ! 八神さんが怪物になったのを戻して助けてくれたの、この人達じゃん!」

 

 滅多に自分に怒らない親友にここまで言われて、彼女はやっと自分が言い過ぎていたことに気づいた。

 

「でも……でも……八神さん、あんなに苦しそうで……! ゲーム病で人間が消滅するなんて聞いたら、落ち着いていられなくて……!」

 

 それが彼女の気持ちの“芯”だったのだろう。

 涙声でやっとそこまで絞り出すと顔をくしゃくしゃっと歪め、彼女はツバメにすがりつき泣き始めた。

 ツバメはそれを抱きとめると、優しく頭を撫でる。

 

「わかるよ……。気持ちは、よーくわかるから……」

 

 そう答えると、ツバメは紅葉を外に連れ出していく。

 

「すいません、ちょっと頭冷やしてきます」

 

 彼女らが去った後には、気まずい沈黙が流れた。

 何か喋ろうと思ったのか、はじめが声をあげた。

 

「その……こんなこと言うのは不謹慎かも、ですけど……。もし八神さんが消滅しても、データになってプロトガシャットに保存されるんですよね? それに貴利矢さんみたいに、バグスターとして復活できるんですよね?」

 

「いや、それは無理だ」

 

 飛彩が厳しい顔をして答える。

 

「プロトガシャットに保存されるのは、あくまでプロトガシャットに対応したゲームのウィルスに感染した場合のみ……。彼女が感染したのは、プロトガシャットの存在しない『ナイトオブサファリ』。保存されない可能性の方が高い」

 

「それに、バグスターとして復活ってのも無理な話だぜ。消滅者のデータを管理できたのは『仮面ライダークロニクル』のマスターガシャットだけ……。マスターガシャットは、壇正宗が自分を消滅させるときに道連れにしやがったからな。データにはロックがかかってるし、一度保存されたらこちらからは今の所手出しできない」

 

 貴利矢が答え終わった時には、はじめは青い顔をして俯いていた。

 自分の言葉がいかに楽観的だったかを思い知ると同時に、今の状況が如何に予断を許さないかが解ったからだ。

 

「それにね」

 

 今まで黙っていたりんが、重々しく口を開いた。

 

「復活できるから消えても大丈夫、だなんて私は思えないわ」

 

「そ、そんなつもりじゃ……! ごめんなさい!」

 

 りんの言葉に、はじめは全く余計なことを言ったとばかりに頭を下げた。

 いいのよ、と返事こそしたが、りんの表情にはまだ複雑なものがあった。

 

「とにかく、今はあのバグスターを倒すことが先決です。バグスターを攻略して患者から分離する“手術(オペ)”をすれば、患者は治りますから」

 

「……色々と気になることもあるが、今はそれしか無いみたいだね。よろしくお願いします、先生」

 

 永夢の提案に、しずくが代表して頭を下げる。

 それに倣って、他の面々も頭を下げた。

 かなり不穏な幕開けではあるが……周りの同意を得て、八神コウに対する患者と医者の関係が、ここに始まったのである。

 

「黎斗さん!」

 

「どうした、永夢」

 

 永夢は真剣な表情で、画面の中の檀黎斗に問うた。

 

「『大門桐子』……。この名前に聞き覚えは?」

 

「『大門桐子』? 大門君がどうかしたか」

 

「知っているんですね!?」

 

 身を乗り出した永夢に、画面の中の黎斗は珍しくたじろいだ。

 

「知っているも何も、彼女は私が開発部のディレクターに推薦したんだ。元々スポンサーからの出向ではあったが、うちに正所属になって非常にいい働きをしてくれたからね」

 

「その大門桐子が、バグヴァイザーを持って現れたんです。八神さんにナイトオブサファリのウィルスを感染させたのも彼女で……。あの会社に用は無い、とか何とか」

 

「小星作なんかが社長になったからじゃないのか?」

 

 小星作というのは、クロニクルの終結後に幻夢コーポレーションの代表取締役に就任した男だ。

 元々ガシャットの開発に関わっていたほか、ゲーム病の感染者になったこともあり、幻夢コーポレーションの社員の中では永夢達と一番の顔馴染みだ。

 

 一度彼は『ジュージューバーガー』なるゲームのガシャットを自作したことがあるが、その一件以降「ガシャットを生み出していいのは私だけ」という黎斗の価値観により、黎斗からは疎んじられている。

 

「ふざけたこと言ってる場合ですか。……その『スポンサー』って?」

 

「ゼロデイの直後で信用度がガタ落ちして株価も下がっていたうちに、衛生省への口利きとガシャットの開発費といった協力を行ってくれた組織さ。人類の進化の可能性を研究する財団、確か……『財団X』と名乗っていたな。カンナギとかいううさん臭い男が来たのを覚えているよ」

 

「『財団X』……」

 

「それより永夢ゥ! 花家大我とパラドはどうした!」

 

「大我さんはガットンに感染した患者さんのゲーム病の治療があったみたいなので……。パラドはニコちゃんとゲームする為に、それを手伝いに行きました。速攻で終わらせて一緒にニコと遊ぶんだーって」

 

「全く肝心な時に……」

 

「連絡しておきますよ。この件、思ってた以上に大きな案件になるかも知れません……。マキナビジョンとハリケーンニンジャの時の規模の戦いも想定しておかないと」

 

 永夢がそこまで言うと、黎斗は少し考えこみたいのか筐体の電源を落とした。

 永夢が画面から顔をそらした時、後ろに青葉が立っていた。

 

「? どうしましたか?」

 

「あの……八神さんのこと、本当によろしくお願いします!」

 

 青葉は改めて深々と頭を下げた。

 永夢はにっこりと微笑み、青葉の両肩に手をやった。

 

「大丈夫です。僕達が必ず治療しますから」

 

「はい!」

 

「えっと……お名前は?」

 

「涼風青葉です! イーグルジャンプでキャラデザとグラフィッカーをやらせていただいてます」

 

「えッ!? 失礼ですけど、今おいくつで……?」

 

「19歳です。高校を卒業してから働き始めたので」

 

「凄いですよ! まだ未成年なのに、キャラデザなんてそんな大仕事!」

 

 急に褒められて、青葉はえへへと笑った。

 

「ありがとうございます。まだまだ勉強中ですけど……。先生こそ凄いですよ、人類を救うために本当に戦うドクターなんて」

 

「いやいや。僕もゲームの戦士にまさかなっちゃうなんて、ウソみたいな話でしたけど……」

 

「イカしてるあのマスク、最高でしたよ」

 

 そこで、青葉は永夢に手を差し出した。

 永夢はその意味を理解し、自らも手を差し出してぎゅっと握る。

 手と手を通して、お互いの体温が伝わる。

 

 ああ、我々は今生きている。

 

 そして、今生きているこの命は、消えゆく命を守る為に。

 

「よろしくお願いします!」

 

 二人は同時にそう言った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 CRでそんな一騒動があっていた頃、大門桐子は夜の繁華街を歩いていた。

 

 彼女は思っていた以上に事がうまく運んでいた為、くきき、と道化師のような声で笑っていた。

 

「サンキューヨンキュー漢検二級! ほんっと~~に! あの()たちを選んで良かったわ!」

 

 そう一人呟きながら、彼女は段々人通りがまばらでうすら寂しい方へと足を運んでいく。

 やがて、小さなスナックやバーが並ぶ通りの裏手に来た時、彼女の耳にドグッ、ボグッという鈍い音が聞こえてきた。

 

 それを聞いた時、彼女は自分の待ち合わせ相手が来ていることを確信した。

 ゆっくりと店と店の間の2メートルほどの隙間に入る。

 そこにはゴミ箱とゴミ袋がいくつも置かれ、入った瞬間生臭さが鼻をついた。

 だが、その生臭さはゴミだけの臭いではない。

 まだ新鮮で、ゴミの中に混じるこの匂いは──

 

 血の匂いだ。

 

 そして、先程から聞こえていた鈍い音が一際大きくなる。その音は、隙間の中心から聞こえていた。

 

「栄クン、お待たせ」

 

 桐子は隙間の中心にいた、しゃがんで何かをしている男に声をかけた。

 男は一瞬怯えたようにびくっ、と跳ねたが、彼女の正体が解るとすぐに落ち着きを取り戻した。

 

「あッ、あッ、ど、どうも大門さん……。バグスターの方は?」

 

「ばっちり。あたしのヤバンナちゃんげっちゅー☆」

 

 彼女はおどけてバグヴァイザーを振ってみせた。

 男は立ち上がると、のそっとバグヴァイザーの画面を覗き込む。そこで、初めて男の姿がはっきりと解った。

 

 まず、背が異常に高い。180、いや190センチメートルはあるだろう。

 しかしながら恵体なのは身長のみで、バグヴァイザーの画面に向けて伸ばした手は驚くほどにほっそりとして、無駄な肉どころか必要な筋肉すらも足りていない。

 ひょろひょろとして背ばかり高いその姿は、どこか動く枯れ木のようだった。

 

 顔もげっそりとしており、ぼさぼさの髪に無精ひげとかなり見苦しい。

 目の前に立つ桐子が化粧もバリバリ、小綺麗で清潔感のあるスーツ姿の為余計にその酷さが際立っていた。

 

「あッ、そしたら、いよいよ、実行、ですね?」

 

「まーね。明日辺り先生と会って、早ければ明後日にはゲームスタート! 『一音ずつ短く区切って』! それはスタッカート! あたしが履いてるのはスカート! 『ちょっとだけよ』!」

 

 ふざけながら、彼女は自分のスーツのスカートの裾を摘んで少しだけ上にすすっと動かし、どことなく誘惑するかのような動きを見せた。枯れ木男は一際びくっと驚く。

 

「あッ、その! 僕は、その、その!」

 

「解ってるわかってる、『僕はフツーのセックスアピールだと勃たないんです』でしょお? ほんっとイカれててサイコーよ、栄クン」

 

 桐子は苦笑いしながら枯れ木男の肩をつつく。

 

「『その娘』が今日のオカズ?」

 

 桐子に言われて、枯れ木男はいたずらを見つけられた子供のように縮こまった。

 

 男が先程までしゃがんでいたところには、女の死体が転がっていた。

 まだ高校生ぐらいの少女で、制服の上着だけが脱がされている。

 身に着けている白いブラウスは、彼女自身の血で血まみれだった。

 

 だが、彼女にそれ以上の性的な着衣の乱れはない。

 スカートや下着に手を触れた形跡は無かった。

 

 その逆に、首から上にかけては酷い有様だ。

 

 口元は唇から右頬にかけての肉が剥ぎ取られ、歯が丸見えになっている。

 切れ味の悪い刃物か何かでやられたのか、切り口はがたがただ。その見えている歯も何度も何度も殴られたのか、何本か欠けたり折れたりしていた。

 鼻も同じようにがたがたの傷を残して削ぎ落されており、ところどころ肉や骨が塊になって残っている。どくどくと傷口から溢れる血が、あぶくを作っていた。

 

 生前はぱっちりとしていたであろう大きな瞳は、左は瞼が大きく腫れ上がり「お岩さん」のようだ。

 右は潰されたのか赤黒い血がこびりつき、ぐじっとした肉の感覚があるだろうなというのが見ただけで解った。

 

 首元や、ブラウスからちらりと見える肩はあざだらけになっている。何度も何度も、殴られ続けた証拠だ。

 何よりも痛々しいのは右側頭部の大きな裂傷で、柘榴のようにはじけている。

 近くには血のついたコンクリートブロックが落ちており、これの一撃で彼女は頭を割られたのが解る。おそらく、これで殴られたのならば即死だったろう。

 

 枯れ木男──斎藤栄一郎は、所謂性的不能者だった。

 

 彼は幼少期より、生き物をいたぶったりいじめたりすることに異常な興奮感覚を覚える子供だった。

 小学五年生の時、クラスメイトの女の子とささいなことから口論になり、遂には彼は相手をぼこぼこに殴ってしまった。

 当時すでに今の枯れ木のような体型だった彼ではあるが、興奮したことで異常なまでに力が出ていた。周りで観ていた同級生たちが担任教師を呼んだことで止められたものの、彼はその時、ブリーフの中をべっとりと精液で汚していた。

 

 これが彼の精通だった。

 

 彼はその後、青春時代を過ごす中で自分が何かを痛めつけたりめちゃめちゃにしたりすることでのみオーガズムに達することに気づいていた。

 ポルノ雑誌をこっそり手に入れて自分の手で刺激したりはしてみたものの、彼は終ぞ手淫でのオーガズムに達することは無かった。

 しかし人並に思春期の性欲はあった為、彼はそれを発散できない苦しみに悶え、頭がおかしくなりそうだった。

 いや──とっくにおかしかった彼に、その表現は適切ではないのかもしれない。

 この異常な精神状態故に、彼は生きているのが辛くなり自殺を図ったことが16歳と19歳の時に二回あった。しかし、どちらも発見が早かったことから一命をとりとめている。

 このことは、彼にとっては「自分は自殺も満足にできない出来損ないなんだ」と却って劣等感を募らせる結果となった。

 

 そして彼は、自らのオーガズムの為だけに他の命を傷つけた。

 最初は猫や犬といった動物相手だったが、次第にそれらでは満足できなくなっていった。

 20歳の時、初めて人を殺した。

 被害者は18歳の女子大生で、まだ入学して二か月しか経っていなかった。

 

 この時から、彼は自分の劣情を満たすためだけに若い女性ばかりを殺していく。

 被害者はいずれも美しい女子高生や女子大生ばかりで、後に捜査関係者は「そんなトコだけは人並だったんだな」と語っている。

 どの遺体もめちゃめちゃに損壊されており、一番ひどい時には全身をばらばらにされて腕、足、頭といった部分がひとつひとつ木の枝に釣り糸でぶら下がっていた。

 最初の女子大生から数えて5人の犠牲者が出て、世間でも異常な死体の連続殺人に恐れおののいていた時──6人目を襲おうとしたところで、斎藤は逮捕された。

 

 事件現場の近くで度々背の高い男が目撃されていたこと、事件当日の足取りがあやしいことから警察でも彼をマークしていた。

 5人目の犠牲者の脚にほんのわずかな体液が付着していたこともあり、それを分析した結果彼のDNAと一致した。

 そして警察が状況証拠から任意同行を求めようとした時にたまたま6人目を襲おうとした為、彼はあっさりと婦女暴行の現行犯で捕まった。

 その後、取り調べに対し彼は今までの犯行を認めてしまった。

 

 メディアは「現代のアンドレイ・チカチーロ」と彼を報じ、裁判では犠牲者遺族からの怒号が聞こえたが、彼はどこか夢の中にいるようなぼんやりとした表情でそれを聞いていた。

 一度、裁判長から「あなたは被害者たちについてどう思いますか?」と問われた時、彼はこう答えている。

 

「あッ、その……彼女らは、僕の、どうしようもない、欲望を、受け止めて、くれたんです。オナニー、する、時の、ティッシュ、みたいな、ものです」

 

 この一言はますます関係者の怒りに火をつけた。

 裁判員裁判でも参加者全員が極刑の方向で話を進め、世論も彼を許さない方向に傾いていた。

 しかし事件は、意外な形で幕を落とす。

 

 ゼロデイが起こり、逮捕の少し前にプロトガシャットのテストプレイに参加していた彼は、ゲーム病に感染し消滅したのだ。

 

「極刑は望んでいたがそれは法の下に決着をつけてこそ」「これじゃあ奴の死に逃げ」と、ゼロデイの収束後も幻夢コーポレーションへの非難は止まなかった。

 衛生省が檀正宗を拘留したことで多少非難は止んだものの、被害者遺族の会からは幻夢を恨む声が大きかった。

 

 そして5年が経ち、『仮面ライダークロニクル』が終息した時──宝生永夢は衛生省との合同会見で、消滅者たちは「亡くなったように見えるゲーム病の症状」にあること、全員がプロトガシャットに保存されていることを発表した。

 いずれは、全員を復活させられるように臨床を重ね尽力していくことも。

 

 会見の直後、斎藤栄一郎も復活できる可能性があると解ると被害者遺族からは「復活技術を確立し次第奴を復活させて裁判の場に出せ」という声が上がった。

 当然ながら衛生省もCRもそれを承認し、今に至る。

 

 だが、彼らは知らなかった。

 

 まだ『仮面ライダークロニクル』が世間を騒がせていた頃、大門桐子は消滅者の復活権限を持つ檀正宗に、彼を復活させてもらっていたのである。

 あまりに危険な人物のために、正宗も当初はそれを躊躇った。

 

「君の優秀な働きぶりは実に評価しているよ、大門君。幻夢コォォポレェェションはやァがて世界一のゲェェム会社となるホワイト企業! 労働にはそれに見合った対価を与えねばなァらない。だがね……彼の存在は君の働きぶりの対価としては、あまりに危険すぎて釣り合わないと思うがね」

 

「そうでしょうか?」

 

「あァ。彼はこのまま絶版にしておくのが、私としても……」

 

「正宗社長。あなたはいずれ、『仮面ライダークロニクル』で全ての命の管理者となるのですよね?」

 

「……何が言いたい?」

 

「マキナビジョンとの商談も控えていますし、これから仮面ライダー達を抑えにかかるのならば、今以上にご多忙となられる筈です。危険な命。そう、あの男は危険な命です。しかし、いや、だからこそ……それを管理できれば、貴方の理想のモデルケースとしては、十二分の役目を果たすのではないでしょうか」

 

 正宗はそれを聞くと、目の前の女の目的の為のプレゼン術に感嘆しにやりと笑った。

 

「本当に君は優秀だよ、大門君。まァ、『タドルレガシー』も『爆走バイク』もいない今……我々には手駒が必要だ」

 

 それから、正宗はプロトギリギリチャンバラガシャットの中にあった斎藤のデータを回収し、バグスターとして復活させた。

 彼は相変わらず異常な人格ではあったが、大門が「栄クン」と呼んで管理することで幻夢コーポレーションの監視下にあった。

 大門は美しい女性ではあったが、斎藤のストライクゾーンからは外れており彼の『ティッシュ』とは成り得なかったのである。

 

 そして今──『クロニクル』が終結し、大門は何かを企んでいる。

 その野望のメンバーとして、彼は選ばれたのだ。

 

「それじゃあ行くわよ。……あ、それともまだイッてない?」

 

「あッ、それは、大丈夫、でス……。大門さんが、来た、時、殴りながら、余韻を、楽しんでた、ぐらい、です」

 

「下着買ったげるから替えといてよ? イカ臭いヤツと一緒に歩くなんてまっぴらごめんよ。『まっぴらごめん』……。『きんぴらごはん』……。なんかお腹空いてきちゃった」

 

「あッあの、バグスターになった、僕らに、必要ですか、そんなの? 歩くとか、食べる、とか? ワープ、できますし」

 

「それ言ったらグロ死体作ってオナッってるのだって必要無いでしょ!? あたしらもう生殖とかそーゆーの飛び越えた存在なんだから」

 

「そッ、それは! その!」

 

「風情よ、フゼイ。必要なくても食べる! 必要なくても歩く! 必要なくても発情! そーいった感覚忘れちゃうと、心までデータのカタマリになっちゃうのよ」

 

「あッ、そ、そう、ですね」

 

「行きましょ、栄クン」

 

 少女の死体を残して、二人は去っていく。月明かりがぐちゃぐちゃになった少女の顔を照らし──潰れた両眼が、二人を恨みがましく見つめているような気がした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 一晩経ち、CRではコウの容態を安定させるべく治療が進められていた。

 

 バグスターを倒すまで、程度はあるにしろ彼女の苦しみは続く。少しでも症状を低減させられるよう、万全の体制が整えられていた。

 枕元には、りんが一晩中寝ずに付き添っている。化粧も落としていないその姿は、疲れと心労で酷いものだった。

 

 イーグルジャンプの面々は、明日那からの衛生省への口利きと計らいでビジネスホテルに泊まっていた。

 衣料品なども買い与えてもらい、いつ元の世界に帰れるか解らない彼女らの為の配慮はかなり行き届いていた。

 

 紅葉とツバメは、あの後しばらく気まずそうにしていた。

 特に紅葉は、元々口数が少ない方ではあるが今は必要以上に喋ろうとはしない。CRでもドクター達に会うのは避けているようだった。

 あれだけの事を言った手前、今更どうすれば良いのか解らないでいるのだ。

 

(素直にごめんなさい、で良いと思うんだけどなあ)

 

 青葉はそう考えながら、病院の前の広場のベンチに座り、コンビニで買ってきたおにぎりを食べていた。

 正直なところ食欲はあまり無かったが、食べなければ身体がもたないという永夢の言葉に従い、CRを抜けて昼食を摂っているのだった。

 

 もむもむと口を動かしつつ空を見上げた時、傍らから声がした。

 

「隣、よろしいですか」

 

 眼鏡をかけた老紳士が、そこに立っていた。にこにことした表情と、柔らかに刻まれた皺が温厚そうな人柄を示している。

 少し石坂浩二に似ているな、いや森本レオか?と青葉は思った。

 

「え、あっ……いいですけど」

 

「どうも。失礼しますね」

 

 老紳士はゆっくりと腰を下ろす。青葉はなぜ?と思った。

 ここ以外にもベンチはいくらでもある。わざわざここに座って相席になる道理は無い筈だ。

 

「『何で隣に座ったの』って思っているでしょう?」

 

 老紳士の一言に、青葉は自分の心の中を言い当てられたかのようでどきりとした。

 

「いえ、その……」

 

「いいんですよ。こちらこそ急に話しかけて……。失礼ですけど貴方、誰か大事な人のことで悩んだりは……していませんか?」

 

「……わかりますか?」

 

「わかりますよ。僕もよく、そんな顔をしていますからね」

 

 老紳士はははは、と乾いた笑いを漏らした。

 

「その、私の尊敬している上司が『ゲーム病』になっちゃって……。このままだと消滅するかもしれないんです」

 

「そうですか、ゲーム病に……。あれは嫌なものです」

 

「おじいさんは誰が?」

 

「僕の娘が若年性のがんでしてね」

 

「がん……」

 

「主治医からはもう助かる手立ては無い、と。私も医者ですしね、解ってはいたんですが認めたくなくて……」

 

 そこで老紳士が見せた表情は、確かに誰かの為に何かを悩む顔だった。

 それは見ていてとても悲しい顔で、自分もあんな顔をしていたのかと考えると青葉は辛くなった。

 

「娘さんは、あとどれぐらい……?」

 

「もって三か月。終末期ケアの為にこちらに転院したところだったんですよ。聖都大付属はがんセンターも臨床研究を進めていますし、あの子の命が何か役に立てばと」

 

 老紳士はふうっと大きなため息を吐いた。

 そして、無言になってしまった青葉を見て余計なことを言い過ぎたかという表情を見せた。

 

「すいません、初対面の人にいきなりこんな話をペラペラと……」

 

「いいえ! 誰かに話すと楽になることって、ありますよね」

 

「ええ。僕もそう思って、貴方が一人で抱え込まないか不安でつい話しかけてしまったんですが……僕の方が話を聞いてもらう側になっちゃったな」

 

 そこで青葉は、立ち上がると老紳士の前に回った。少し驚いて自分を見る老紳士に、彼女は続けた。

 

「娘さんの側にいてあげてください。今おじいさんが話すべきなのは、私じゃなくて娘さんだと思います! 私も……上司の側にいることにします」

 

 老紳士はまだ驚いた顔をしていたが、やがてにっこりと笑った。

 

「そうですね。……そうしますよ」

 

「ごめんなさい、よく知りもしないのに出過ぎたことを……」

 

「いやいや。それでは」

 

 老紳士はそう告げて去って行った。

 青葉はしばらくぼうっとそこに立っていたが、やがて昼食のゴミをまとめると小走りに走って行った。CRに行くために。コウに、少しでも笑顔でいてもらうために。

 

 一方の老紳士は、少し歩いたところで振り返り、青葉が病院の方に駆けていくのを眺めていた。青葉の寒色のツインテールは走るたびにふわふわと揺れ、遠目にもわかった。

 

(ごめんなさいね、お嬢さん。娘の側にいる、ってのは……今は守れそうにないんだ)

 

 そう心の中で呟くと彼は通りに出てタクシーを拾い、郊外の森の近くまでやって来た。

 そこで車を降り、森の中へと進んでいく。やがて2キロメートルばかり歩いたところで、森の中には白塗りの真四角な建物があった。

 彼はその建物の扉に近づくと、ICカードを用いロックを解除し中に入る。

 建物の中も白塗りであり、テーブルがいくつも並んでいた。それらの上には様々な実験器具が置かれており、小中学校の理科室を思い起こさせた。

 

「『先生』! 遅かったじゃあないのォ!」

 

 部屋の隅から、よく通る女の声が聞こえてきた。

 やがて声の主が、物陰からゆっくりと姿を現す。

 切りそろえたおかっぱの髪、びしっとしたレディーススーツ。

 大門桐子だ。

 

「すまないね」

 

「いやいやぜーんぜん! それより、連絡した通りヤバンナちゃんゲットしたわよ! これで明日にも『ゲーム』が始められそう」

 

「……本当にやるのかい?」

 

「なァに? 今さらビビッてんの先生? あたしはともかく、先生はやるしか無いでしょお? 娘さん助けたくないのォォ~~?」

 

 にきき、と笑って桐子は指を老紳士の前でくるくると回した。

 一瞬老紳士の瞳に怒りの炎が燃えたが、すぐに自らに言い聞かせるかのようにそれを沈めた。

 

「あッ、その……僕の、改造手術も、お願い、します」

 

 いつの間にか顔を出していた斎藤が、高身長故に老紳士を見下ろす形で言う。

 

「……解ったよ。すぐに始めるから、データにおなり」

 

「あッ、はい! お願い、します」

 

 斎藤は言うが早いかオレンジ色の粒子となってデータ化し、近くの大型モニターを持つパソコンに飛び込んだ。

 老紳士は上着を脱ぐと代わりに白衣を羽織り、かたかたとキーボードを叩き始めた。

 

「早めによろしくね、先生。とりあえず明日のゲームの前に、デモンストレーションをドクター達に見せたいから」

 

 桐子は作業の様子を見ながら、少し楽しそうに言った。




See you Next game


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Part3 集いゆくDOCTORS

真の友情というものは、災難に遭遇したときにはじめてわかる。
イソップ(B.C.619~B.C.564)


 青葉はCRに戻ると、コウの病室に駆けこんだ。

 枕元ではまだりんが、苦しそうなコウの手を握っている。

 

「りん、もういいよ……。ちょっとは休んできなよ」

 

「駄目。コウちゃんがいなくなったら、私、私……」

 

「だからさ……」

 

 コウが何か言いかけた時、青葉がりんの肩に軽く手を置いた。

 

「遠山さん」

 

「青葉ちゃん……?」

 

「八神さんの看病、代わります。だから休んできてください」

 

「ありがとう。でもね、私……」

 

「このままだと遠山さんの方が倒れちゃいますよ! そうなったら八神さんがどれだけ悲しむか……。ゲーム病はストレスで進行するって言ってました。遠山さんが倒れたら、きっと八神さんのストレスが!」

 

 それを言われると、りんも多少躊躇うような顔をした。

 

「お願いだよりん、休んできて。私の為にりんがそんな辛そうな顔してるのなんて、見てられない。辛いよ」

 

 その一言が決め手となったようだった。りんは枕元に置いていた鞄を持ち、立ち上がって部屋を後にする。勿論、最後にコウをまたちらりと見るのは忘れなかった。

 

「コウちゃん、安静にね。青葉ちゃん、お願いね。何かあったらすぐに私の携帯に」

 

「はい!」

 

 りんが去ると、青葉はコウの枕元の椅子に座った。ベッドが大きい為少し距離はあるが、会話するには十分な距離だ。

 

「八神さん、体調は?」

 

「うん、相変わらず熱が……。実は、りんが休むってわかったらちょっと症状軽くなった。ホントりんがあんな顔してずっと傍にいたらさ……辛くって苦しくって、それこそストレスだったよ」

 

「ひふみ先輩、はじめさんやゆんさんも代わるって言ってたんですけどね。取り敢えず皆さん、感染してないか精密検査を受けてるみたいで」

 

「青葉は? 受けなくていいの?」

 

「私は最初に……。検査が終わってご飯食べてきたところで。そろそろ皆も終わるんじゃないかな」

 

 ご飯、というワードを聞いたところで、コウが一瞬苦しそうな顔をした。青葉は驚いたが、その後コウのお腹がきゅうっ、と鳴ったことで少しばかり安心した。

 

「なぁんだ……。お腹、空いてたんですね」

 

「なぁんだじゃないよなぁんだじゃ! 昨日から何も食べてないから、それで……!」

 

 そこまで言いかけて、またコウは苦しそうに呻いた。

 『ご飯を食べられない』というストレスが、彼女のゲーム病に作用しているのだ。

 ちょっと待っててくださいね、と青葉は病室を出る。そして少しすると、彼女はリンゴとナイフを持って戻ってきた。

 

「永夢先生に聞いたら、果物や消化の良いものなら大丈夫だって……。剥いてあげますね」

 

 そして、青葉はまた座るとリンゴを剥き始めた。

 だが、あまり剥いたことが無いのかその手つきはぎこちなく、しゃくっ、じゃくくという感覚と共に皮が剥けてはいくが、身が皮の方についていたり、明後日の方向にナイフの刃が行ったりしてうまくいかない。

 

「あ、あれぇ~? おかしいな……」

 

「見てらんねえな、貸せ」

 

 不意に声がし、青葉の後ろから誰かがリンゴをひったくった。

 驚いてその方向を見ると、背の高い男が剥きかけのリンゴを持って立っている。

 ウッドランドの迷彩を施されたパンツスタイルの上から白衣を羽織った、ガタイの良い男だ。

 

 特に特徴的なのが、その髪である。

 彼の髪は基本的に黒だったが、向かって左側だけが真っ白になっていた。手塚治虫の『ブラック・ジャック』を彷彿とさせる。

 

「あなたは?」

 

「花家大我だ。ゲーム病の専門医としてクリニックやってる(モン)で、新型のバグスターウィルスだっていうエグゼイドからの連絡で駆け付けたんだが……ブキッチョすぎて見てられなくてな」 

 

 言いながら、大我はベッドを挟んで青葉の向かい側にパイプ椅子を広げどっかと座る。

 そして、何か言いたげな目で青葉を見た。

 

「? 何か?」

 

「何かじゃねえだろ、ナイフと皿貸せ」

 

 言われるままに、青葉はナイフと皿を大我に渡す。

 渡されるが早いか、大我は慣れた手つきでリンゴを剥き始めた。

 

「器用ですね」

 

「あんたが不器用すぎんだよ。……まあ、手のかかる相手と一緒に暮らしてるとどうしてもな」

 

 その言葉が終わる頃には、リンゴは剥き終わっていた。しかも、

 

「ウサギさんになってる……」

 

 起き上がったコウが感嘆して大我の剥いたリンゴを見た。

 確かに大我の剥いたリンゴは、青葉の不器用に剥いたリンゴから後処理をしたとは思えない程に綺麗に切り分けられ、『ウサギさん』の飾り切りのおまけ付きだった。

 

「何だよ、嫌ならいいんだぞ」

 

「いやいやそんな! いっただっきまーす!」

 

 コウは嬉しそうな顔でリンゴに噛りついた。

 美味しい、とまた嬉しそうな声を上げたところで、大我は半ば呆れて彼女を見た。

 

「『ナイトオブサファリ』のウィルスに感染したんだってな……。何かストレスを感じるような悩みとか無いか?」

 

「悩み? うーん、悩み……」

 

「無さそうだな」

 

「ええ、まあ」

 

 八神さんは明るい人ですからね、と青葉がフォローを入れる。その時、上のミーティングルームから永夢の呼ぶ声がした。

 

「じゃあ八神さん、私たち行きますね。すぐ戻りますから」

 

「何かあったら呼べよ」

 

 二人はそう言い残すと、病室を後にしミーティングルームへと入ってきた。

 そこでは、りんを除いたイーグルジャンプの面々とドクター達全員が顔を揃えていた。

 その中に、青葉は見たことが無い顔が二人ほどいるのに気付いた。

 青葉と同じくらいの少女と、パーマがかった髪が目立つ大柄な青年だ。

 

「あの、そこのお二人は……?」

 

「あたしは西馬ニコ。大我の病院で働かせてもらってるの、よろしく」

 

「俺はパラド。まあ、こいつらの仲間ってとこかな」

 

 男の方の名を聞いた時、青葉はびっくりして永夢の方を見た。

 

「永夢先生! パラドってバグスターの幹部だったんじゃ……!」

 

「うん。そうだったんだけど、今はもう仲間なんだ。……実はね、僕が感染しているバグスターがパラドなんだよ」

 

 青葉はまた驚いたが、それ以上の会話は無かった。

 永夢が一刻も早く話を始めたいといった様子で、資料を机の上に広げたからだ。

 

「大門桐子の目的が何かはまだ解りません。けど、彼女の今までの行動に何かしらの手がかりがあるんじゃないかと思って……。そこで、衛生省に頼んで警察に捜査と資料請求をお願いしました。朝一で頼んで昼には纏まってましたよ」

 

「仕事が……早い、ですね」

 

 ひふみが資料をじっと見ながら呟く。

 

「ええ。Dr.パックマンの事件の時に出来た知り合いの知り合いに、刑事さんがいて。泊さんって言うんですけど……。その人が先導してくれたおかげで、迅速な対応ができたみたいです。それより本題に」

 

 永夢は資料のうち何枚かをめくると、やがて一人の男のプロフィールを見せた。

 

里見城一郎(さとみじょういちろう)。元ネクストゲノム研究所の副所長……。Dr.パックマンこと財前美智彦の親友だった男で遺伝子医療の研究をしていましたが、7年前のデータ化事件よりずっと前に辞めています。財前のやり方についていけない、と周囲には漏らしていたみたいです」

 

「こ、この人!」

 

「どないしたん、青葉ちゃん」

 

 ゆんが青葉を見た。青葉は資料の中の男の写真を、目を見開いて見つめている。

 それは、確かに先程彼女が顔を合わせたあの老紳士だった。

 

「さっきこの人……病院の前で話したんです」

 

 一同はどよめきたった。

 

「本当なら、敵の手が思ったより近くまで伸びていることになるな……」

 

「うかうかしてらんねえんじゃねえのか。早くこっちからも手を打たないと」

 

 飛彩と大我が厳しい顔をする。

 

「でも! 娘さんが入院してるとか言っていましたし、それに……」

 

「それに?」

 

 貴利矢が問う。青葉は言い淀んだが、やがてその続きを口にした。

 

「すごく……優しい目を……してた……」

 

 その場の全員が呆れたといった顔を見せた。

 

「気持ちは解るけどさ……」

 

「そう言うあおっちが優しいからね~」

 

 さしものはじめとねねも、青葉の言葉は荒唐無稽だとばかりの態度をとる。

 

「優しい目をしていることと、彼が今回の事件に関わっていることは全くの別問題だと思いますが」

 

 うみこが追い打ちをかけるように正論を吐く。

 だが、青葉はまだ納得できてはいないようだった。

 

「そもそも! その人が一体どうしたって言うんですか?」

 

「うん。大門桐子は幻夢にいた頃から、度々この男と会っていたみたいなんだ……。『先生』と呼んでて結構仲が良かったみたいで」

 

「単に老け専だったんじゃないの?」

 

 ニコが冗談交じりに返した。

 

「なら良いんだけどね。けど、そうじゃないとしたら?」

 

「……何が言いたいのよ」

 

「里見がいたネクストゲノム研究所は、遺伝子医療の研究を進めていた。現に財前と戦った時、財前は自分の遺伝子を改造して怪人になった。そんなところで研究を続けていた人物に、ゲーム会社のディレクターが何の用があると思う?」

 

「私はストーリーの取材の為にたまに会ったりするけどね。またキレイな人が多いんだよねぇ~、ああいうとこは……」

 

 しずくが茶化したその刹那、うみこの構えたモデルガンの弾がしずくの眉間を捉えた。

 あだっ、というしずくの声を無視し、うみこは淡々と彼女を見た。

 

「真面目な話をしているんですよ、葉月さん。ふざけ……」

 

「ふざけてんのはてめえだ! どういうつもりだ、医者の目の前でモデルガン人に向けて撃つなんざ!」

 

 大我が机を叩いて怒った。

 言われてうみこはどこか面食らったような顔をし、それから小声ですいません、と呟き縮こまった。

 

「まあ確かに……」

 

「うみこさんがモデルガン撃つの、当たり前になってたもんね」

 

 ツバメとねねがしみじみと言葉を交わすが、大我はますます憤った。

 

「てめえらの職場は一体どうなってるんだ! 怪獣無法地帯か!」

 

「ほら大我~、話進まないじゃ~ん」

 

 ニコに肩をびしびしと甘く殴られ、大我も大人しくなる。

 場が静かになったのを見計らい、永夢は結論を述べた。

 

「いずれにせよ、新種のバグスターウィルスの存在といい遺伝子的な見地からこの男が何らかの形で関わっているのは間違いないと思います。敵なのか、敵に利用されているのか……とにかく、話を聞いてみようかと」

 

 言い終わるとしばらく全員が黙っていたが、やがてパラドが拍手を始めた。

 

「すげえぜM! まるで名探偵だ!」

 

「推理ゲーも得意だからね。まあ、まだ憶測の段階ではあるし……何もなければ、それが一番良いよ」

「そうですよね!」

 

 青葉が付け加えるように答えた。

 彼女は先程の老紳士──里見の言葉や態度が、嘘だとは信じたくなかった。

 娘の余命について考える彼の表情は、本当に相手のことを想うものだった。それを信じずして、何を信じれば良いのだという話だ。

 彼女自身も、そんな表情をしているというのに。

 

「聞きたいんだが……里見は娘について何と?」

 

「え? ええ……。がんで、終末期ケアの為にこっちに転院してきた、とか……」 

 

 青葉の答えに、飛彩は少し考えこんだ。やがて立ち上がると、彼は白衣の襟を正した。

 

「少し気になることがある。院内にいるから、何かあったらPHS(ピッチ)に連絡しろ」

「解った。ミズキさんとサツキさんには連絡しておくね」

 

「サンキューだ、ポッピーピポパポ」 

 

 ポッピーの迅速な対応に飛彩は礼を言うと、ミーティングルームを後にする。

 後に残されたメンバーはしばし集められた資料を読み込んでいたが、やがてねねがふと顔を上げた。

 

「ねえ」

 

「どうした? ねねちゃん」

 

 貴利矢が資料から目を離して彼女を見る。

 

「何で、パラドってここにいるの?」

 

 それは単純(シンプル)ではあるが、的確な疑問だった。

 確かに、パラドはバグスターの幹部で檀黎斗を消滅させ、『仮面ライダークロニクル』では数多くのライドプレイヤーを狩ったと聞いている。

 そこまで聞けば、何故彼がここにいるのかは当然の疑問として湧いてくるだろう。

 

「それに……永夢先生が、感染、してるって……」

 

 ひふみが恐々と永夢とパラドを見比べた。

 ゲーム病の実態を聞かされていれば、その反応も無理は無いだろう。

 

「そうだね。僕は黎斗さんの言う通り、世界で初めてのバグスターウィルスの感染者で……パラドは、ずっと僕と繋がっていたバグスターだったんだ」

 

 それから永夢は、パラドについて語り始めた。

 

 パラド。

 

 永夢が仮面ライダーになった当初、彼は檀黎斗と結託し事を進めるバグスターの幹部だった。

 その真意は誰にも掴めず、まるで難解なパズルのように彼の気持ちを読み解けるものはいなかった。

 黎斗の暗躍と仮面ライダーの戦いをいつもどこか楽しむように見つめていて、無邪気に笑う。「心が躍る」というのが彼の口癖だった。

 

 時には彼自身が動くこともあったが、自分が仮面ライダーゲンムの正体であるかのように見せかけ「黒いエグゼイドの正体は幻夢の社長だ」と告げた貴利矢の信用を失墜させたり、ネクストゲノム研究所の襲撃の直後にDr.パックマンに扮して、パックマン、ファミスタ、ゼビウスと“レジェンドゲーム”のガシャットを永夢達に使わせてその性能を試したりと、どこか遊び半分のようなところが不気味さを見せていた。

 

 そして貴利矢の消滅後、彼は二つのゲームの力を使える“ガシャットギアデュアル”を黎斗から与えられ、“仮面ライダーパラドクス”となってライダー同士のゲームへと参戦した。

 当初はゲンムと一緒になってそのゲームを楽しんでいた彼だったが、やがてゲンム──黎斗へと不信、不満を募らせるようになった。それと言うのも、黎斗がバグスターを軽んじ道具としか思っていない言動を度々見せ始めたからである。

 小星作という幻夢コーポレーションの社員が『ジュージューバーガー』のガシャットを作った一件の際、黎斗は作に感染していた良性のバグスター、バガモンを虐殺していた。

 しかも、バガモンはその時点で既に作と分離され完全に無害化されていたにも関わらずだ。

 

「ちょっと待って! バグスターを無害化して分離!?」

 

 はじめが驚いて手を挙げた。

 

「作さんって確か、今は幻夢の社長さんやろ? ってことは、感染しても消滅せずにバグスターを分離できるんと違うんですか?」

 

「そんな事が出来るなら、最初からやっていれば……」

 

 ゆんと紅葉にぼやかれるも、永夢は動じず答えた。

 

「バガモンの場合はゲームのジャンルが違うからね。『ジュージューバーガー』は、食いしん坊でわがままなモンスター、バガモンにハンバーガーを作って喜ばせたらクリアのゲーム。その通りにやれば、バガモンを傷つけずにクリアして分離することができたってわけ」

 

「バガモン自体、悪意も敵意も無いキャラだったしね。今回のバグスターって『ナイトオブサファリ』のヤバンナでしょ? あいつカッペ口調のクセにやたら強いし好戦的だから、バガモンと違って倒すしかないよ」

 

「ニコちゃん詳しいね?」

 

 ポッピーが首をかしげる。

 『ナイトオブサファリ』は幻夢コーポレーションの開発したゲームだがガシャット化した際に何者かに盗まれ、結局企画が流れて一般発売には至っていないはずだ。

 

「作のおじさんに頼まれてガシャットにする前にテストプレイしたんだよ。大門ってヤツともその時会ってる。やたらとダジャレ言ったりおどけたりして、コドモみたいな人だなーっとは思ったけど」

 

「あの女素であんな感じなのか……」

 

 貴利矢がしみじみと呟く。彼もバイクに変身して大門の様子は見ていたが、どこか芝居がかってウソ臭いと思っていたからだ。

 

「っていうか! 酷くないですか!? 人のキャラクターを、何もしていないのに気に入らないから殺すなんて……!」

 

 青葉が憤ってドレミファビートの筐体を睨む。

 黎斗は昨日から、何か考えているのか姿を見せずにいた。

 

「正直、私もあの人だけは信じられないですね」

 

「涼風さんはキャラデザだし……そう思うかもね」

 

 永夢はそう締めると、脇道にそれかけたパラドの話をまた語り始めた。

 

 青葉の感じた憤りは、この話を進めるうえである意味正しかった。バガモンを倒した一件以降、パラドは黎斗への不信感を露骨に見せ始めた。

 そしてその直後、黎斗がバグスターを自らの囮に使ったことで──二人の仲は決裂した。

 黎斗が敗北した後、彼を消滅させクロニクルを開始したのは前に語られた通りだ。そしてその中で、パラドは永夢と一対一の対決をすることとなる。

 その際に語られた事実こそ、パラドが永夢に感染しているバグスターであり、7年前のネクストゲノム研究所の実験の際に産まれ出たというものだった。

 それまでも、永夢には不可解な点がいくつもあったが、それらは全てパラドが関係していた。彼は変身する際に「天才ゲーマーM」というオラついた人格へと変化するという習性があったが、これはゲーム医療を行う際、彼の中にあるパラドの残滓が影響していたのが原因だった。

 

 また、檀黎斗が永夢に多大なストレスを与えて破滅させようと、それまで自らがゲーム病だと知らなかった永夢にその事実を周りが止める中大声で暴露した際には、想定通り多大なストレスで消滅しかけた永夢を自らが支配することで、「永夢」の人格を一時的に抑え込み、ストレスから守って消滅を防いだこともあった。

 

 本来、バグスターは何かしらのゲームキャラの容をとる。だが、パラドは常に大柄な青年のままの姿で、何のゲームキャラなのかは解っていなかった。それもそのはず、彼は永夢が幼少期に思い描いていた「一緒にゲームを遊んでくれる相手」から生まれたバグスターだったのだ。

 それまでの戦いの中でもパラドは、度々「永夢と遊ぶ」ことを望んでいた。そこまで望んでいたのは、彼の存在意義そのものが「永夢と遊ぶ」だったからに他ならない。

 彼は永夢と本気で戦って、決着をつけることで自身のアイデンティティーを確立しようとしていたのだ。その際には復活した檀黎斗の乱入があって戦いは中断されたものの、彼は永夢と決着をつけることにこだわり続けた。

 

 だが、彼の心を乱す存在が現れる。それが、『仮面ライダークロニクル』の運営権を奪い取った仮面ライダークロノス──檀正宗だった。

 正宗が参戦時にラブリカを完全に消滅させたのは前にも述べたが、パラドはその一件以来「バグスターが死ぬ」という事実を恐れていたのである。

 元々パラドがどこか万能感を持って戦いに臨んでいたのは、バグスターは倒されても復活できるというコンティニュー可能な命であるからだった。

 しかし、クロノスの登場は彼のその無敵の牙城とも言えた心の支えを突き崩してしまったのだ。

 

 その中で、永夢達ライダーは『クロニクル』のラスボスであるゲムデウスへの攻略の道を進めていた。そして、ニコがゲムデウスのゲーム病に罹ったことで彼らはゲムデウス到達への方法、すなわち、全てのバグスターのゲームをクリアし、その証である“ガシャットロフィー”の収集を実践せざるを得なくなった。

 だが、パラドを倒すということは永夢の変身能力の喪失を意味していた。本来、仮面ライダーに変身するには「適合手術」と呼ばれる、バグスターウィルスの抗体を作る方法を実践しなければならない。

 だが、永夢は世界初の感染者であった為、元々バグスターウィルスを保有している為それ無しに変身できていたのだ。

 

 しかし永夢は──躊躇いなくパラドと戦いこれを倒した。

 既に死の恐怖に怯えていたパラドに、見事なまでに力の差を見せつけつつ彼は止めを刺したのである。

 

「えげつなっ!」

 

 あまりの内容に、ツバメが引き気味に叫んだ。

 

「先生って……名前とは逆に、S?」

 

 ひふみの冗談なのか本気なのか解らない言葉に、永夢は苦笑いした。

 

「え、でもちょっと待って! じゃあ今のパラドは?」 

 

 ねねの当然の疑問を受け、また永夢は語り始める。

 

 実は、パラドは完全に消滅させられたわけでは無かった。

 永夢はすんでのところでパラドを自身の肉体に内包し、生かしていたのである。

 

 それは、パラドを説得する為の策でもあった。ぎりぎりまで死の恐怖を体験させることで、命を奪われることがどんなに恐ろしいことか、厭なことかを身に沁みさせる。

 かなり極端なやり方ではあったが、実際のところこれがよく効いた。

 パラドは涙ながらに詫び、自らの今までの行いを悔いた。それに対して永夢はパラドの気持ちを受け止め、本来自分の望んだ友達として産まれたパラドの存在と付き合っていくと言ってくれた。

 その直後の二人の“超キョウリョクプレー”は……それはそれは鮮やかで、見事なものだったと記憶している。

 

 この時からパラドは、永夢達と共に命の為に戦う本当の意味での“仮面ライダー”となったのだった。『クロニクル』終盤では、彼はラスボスであるゲムデウス、そして正宗との戦いで一度はゲムデウスを道連れに消滅したこともあった。それは彼にとって、自らの命を懸けての奪ってきた命への償いであった。

 

 

「短い間だったけど、お前とゲーム出来て最高に楽しかったぜ……! M……!」

 

 

 その言葉を遺して、一度は彼は消滅した。

 だが最期の一瞬、永夢は彼の手を取りかけた際に再度“感染”していた。それ故に、パラドは再び肉体を得て戻ってくることができた。

 

 そして、今に至るというわけである。

 

「す……すっごく良い話ぃ~~!」

 

 最後の方は泣きながら聞いていたねねは、涙を拭いながらパラドの方を見た。パラドは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「なんだかな。Mにそう改まって話されると照れるんだよなあ」

 

「良い話だよぉ~、子供の頃からずっと心の中でいっしょにいた友達と、わかりあっていっしょに生きていくなんて……!」

 

 ねねはまた感動して、じわりと目を潤ませる。

 パラドは立ち上がり、彼女の肩を優しく叩いた。

 

「泣くなよ! 俺は俺さ。小難しいカンドーの理屈とか要らないからさ、一緒に楽しくゲームしようぜ!」

 

「……よし! ゲームしよっか、パラっち!」

 

「いいぜ! 心が躍るな、ねねっち!」

 

 二人は立ち上がると、ゲーム機の準備を始める。

 

「ねねっち、この流れでゲームする!?」

 

「呑気だねえ」

 

 青葉とツバメは呆れ笑いで見ており、永夢も仕方ないな、と笑った。

 

「まあ、パラドは好きにやらせてる方がいざって時に頼りになりますから……。それに、桜さんって会った時から何となくパラドと波長が合いそうだな、って思ってましたしね」

 

「確かによく似ていますね、あの二人は……。子供っぽいところとか」

 

「おや? 桜君を取られてヤキモチかなうみこ君……だァッ!!」

 

 またうみこのモデルガンの弾がしずくに当たる。

  それを見た大我は怒り心頭で、とうとううみこからモデルガンを奪い取ってしまった。

 

「か、返してください!」

 

「返せるわけねえだろ! 人がやめろっつったら、一回でやめろ!」

 

 ぎゃーぎゃーと二人がモデルガンの取り合いになり始めた時、ひふみが心配気に紅葉に声をかけた。

 

「もも……ちゃん? 大丈夫? 体調、悪くない?」

 

 ひふみが心配するのも無理はないと青葉は思った。彼女はずっと俯いていて、言葉すらろくに発しない。

 

「いえ、その……大丈夫です。大丈夫」

 

「全然大丈夫そうじゃないよ! 何かあるなら言って?」

 

 ポッピーに急に顔を覗き込まれ、紅葉はぎくりとして慄き……立ち上がるとなにか言おうとしたが、うまく言葉にできないのかそのまま部屋を出てしまった。

 ポッピーは唖然としたが、やがてしゅんとして座り込んだ。

 

「私……嫌われてるのかな……。ピヨる~~……」

 

「大丈夫ですよ、ももは……」

 

「紅葉ちゃん、気持ちを前に出すのあまり得意じゃないから」

 

 ツバメと青葉がフォローを入れる。

 

 望月紅葉は、イーグルジャンプにインターンとしてやって来た青葉の後輩だ。彼女は青葉同様に、八神コウに憧れてこの業界に飛び込んだといういきさつがあった。

 ツバメとは幼い頃からの友人で、一緒にゲームを作るということを目標に共に北海道から上京し、専門学校に通い、憧れのイーグルジャンプにインターンに行くところまでこぎつけた。

 

 誰よりも憧れた、「八神コウ」がいる会社に。

 

「改めて考えるとすげーな八神さん。青葉ちゃんに紅葉ちゃん、二人とも八神さんに憧れてきたわけだろ?」

 

「すごい……ですよ。コウちゃんは」

 

 感嘆する貴利矢に、ひふみがどこか嬉しそうに返した。

 

 紅葉がインターンに来た頃には、もうPECOのキービジュアルも発表され、世間にその存在が告知されていた。

 『フェアリーズストーリー』シリーズの葉月しずく、八神コウのタッグ。

 それを見た紅葉は嬉しさを感じると同時に、一つ違和感を覚えていた。

 PECOのキャラデザは確かに良いものだったが……どことなく「ばかっぽい」印象を受けたのだ。

 

 そしてインターンに来た際、彼女はキャラクターデザイン自体は青葉が殆ど手掛けていることを知った。自分と同い年でキャラクターデザインを任されている青葉に、紅葉は密かにライバル心を燃やした。

 彼女は内なる闘志を胸に、青葉にしっかりと宣言したのだった。

 

 

涼宮さん……。私……負けませんから」

 

 

 それを聞いた時、ニコは青葉を指さした。

 

「あれ? あんたの名前って……」

 

「? 涼風です。涼風青葉」

 

「はァ? え? じゃあ何? あの娘そんな大事なトコで、相手の名前間違えたの?」

 

 自分で言ってその状況を再確認した時、ニコは心底おかしそうに笑い始めた。

 

「ちょっと待ってよウケる! しかも『涼宮』って……昔の深夜アニメかっての!」

 

「おお! この世界にもあるんだハルヒ!」

 

 はじめがオタク話を始めそうなのを見越して、ゆんが牽制して脇腹をつついた。

 

 紅葉は人と話すのは苦手だった。そして、人の名前を覚えるのも。

 しかしただただ真っすぐに、彼女は自らの夢への道を追いかけていた。

 青葉のことは度々気になっていたし、たまに見せる大きな何かに感嘆することもあった。

 負けたくない。そんな想いはずっとあったが、それを口にすることは殆ど無かった。

 ツバメのように気心知れた相手ならともかく、人前で感情を発露させるのは苦手なのだ。

 

「だから、皆この間はびっくりしたんですよ。ももがあんなに大声で取り乱してるの、初めて見た」

 

 ツバメはそう締めくくった後、しゃがんでポッピーに目線を合わせた。

 

「キライとか、そういうのじゃないですよ。ただ、あんなこと言ったからどうしていいのか解らないんだと思います」

 

「……うん。モモちゃんと話せるように、私頑張るね!」

 

「ももも頑張ってくれないとなぁ~……」

 

 そうやって話を繰り返すうちに、時間は過ぎていった。

 里見のところに行かなくて良いのかという大我の提案が出たが、その頃にはもう夜になっていた。

 

「もし戦闘になった時に、夜だと暗がりを利用されたら何かと不便じゃないか? 里見が既に怪人になってて、初見殺しの能力でも持ってたらヤバいぜ」

 

 貴利矢の言葉は最もだったが、コウを一刻も早く治療する必要があるのも事実だ。

 そこで、今夜は青葉たちが交代で看病をし、夜明けと共にライダー達で戦闘に備えつつ里見を訪ねることが決まった。

 幸いにも里見が今現在郊外の森の中に研究所を作り、そこで生活していることまで警察は調べ上げてくれていた。

 

「ほな、うちら四人で夜食とか買ってきますね」

 

 ゆんがはじめ、紅葉を伴って出かける支度を始めていた。

 

「待ちな。出先で襲われたりしたらコトだぜ」

 

 貴利矢はそう言うと、自分のスマートフォンを取り出した。

 

「いいか? 皆、バグスターに襲われたりゲーム病に感染させられたりしたら、このCRへの緊急通報システムで助けを呼ぶんだぞ」

 

 彼は緊急通報のやり方を軽く三人に見せ、しっかりと覚えさせた。

 

 そしてあと一人、

 

「あれ? ひふみ先輩は?」

 

「まだ八神さんの側におるみたいやで」

 

 はじめの問いにゆんが答える。その言葉通り、ゆんは病室の枕元でコウの手をぎゅっと握っていた。

 

「コウちゃん……。絶対、大丈夫……だからね」

 

 ん、と返事をし、コウはひふみの方を見る。

 

「ありがと、ひふみん。今から買い物?」

 

「うん……。コウちゃん、何か……食べたいものとか、ある?」

 

「そーだなぁー、まだ体調あれだし……カラダの為におかゆでも」

 

「わかった……。卵入れるの、好きだよね」

 

「おっ、わかってるねえ! よろしくぅ!」

 

「任せて……」

 

「あら? 何を『任せる』のかしら?」

 

 突然の声に、ひふみはびくうっと驚き跳ねた。

 しっかりと休んだ後、ラフな格好に着替えて身だしなみも整えたりんが、にこにこしながら病室の入り口に立っていた。

 にこにこしてはいるが、その語気は全く穏やかではない。殺気に近いものすらひふみは感じていた。

 

「な、何でもない……。何でもないから。じゃあ、行くね」

 

 ひふみはそそくさと立ち去ろうとするが、

 

「ひふみーん! おかゆよろしくねェー!」

 

(コウちゃああああ~~ん……!!)

 

 コウが無自覚に追い打ちをかけてきた。

 

「へぇ……。おかゆ作ってもらうの? 良かったね、コウちゃん」

 

「うん! ひふみんちゃーんと私が卵入れたやつ好きなこと知っててさー、楽しみ!」

 

「そう。まあ、『私も』……コウちゃんが卵入れたおかゆ好きなこと、知ってたけどね」

 

(頼むから黙っててコウちゃん……!)

 

 ひふみは半ば逃げるようにその場を後にした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「結構買い込んじゃいましたね~」

 

「あんたをメンバーに入れたの重いモンも持てそうだからやからな? しっかり持ってや」

 

 四人は買い物を終え、帰路についていた。病院は街外れにある為、彼女らは人通りの少ない住宅街の周辺を歩いている。

 景観重視なのか街灯も少なく、都内とは思えない程薄暗い道を彼女らは歩いていた。

 

「ってゆーかこんなにお菓子いらんかったやろ! 明らかに買い過ぎやって!」

 

「しょうがないじゃん、この世界にしか無いお菓子いっぱいあったんだよ!? ほら、この倉地製菓の『ひとやすみるく』とか……」

 

「ただのミルクキャンディーやろそれ! あとこれ! スーパーの前に来てた移動販売からも買ったなあんた!」

 

「だってオカマの店長がドーナッツ売ってるとか面白いじゃん! ひらがなで『はんぐり~』って名前もなんか可愛いし」

 

 はじめとゆんの仲良さげな喧嘩を眺めつつ、紅葉はぼんやりと歩いていた。

 

「もも……ちゃん?」

 

「な、何ですか? ひふみ先輩」

 

「その……ね? 先生たちに、ちゃんと……謝らない?」

 

 ひふみに言われ、紅葉は表情を固くする。

 自分を連れ出した意味を理解し、彼女は益々俯き気味になった。ひふみはあわわと慌て、直球過ぎたかと反省する。

 

「でも……本当に、どうしたらいいのか……。今更何を言ったって……」

 

「そんなこと……ないよ! 私も……言葉にするのとか、苦手、だけど……」

 

 ひふみは言葉を絞り出す。

 

「でも、ね……言わないと伝わらないこと……あるんだよ! 私も……一緒に、謝ってあげるから!」

 

「そんな! ひふみ先輩が謝る必要ないじゃないですか!」

 

「あるよ! だって……私、リーダー、だもん!」

 

 そう意気込んだ彼女の表情に、紅葉はしばし考えこんだ後頷いた。

 

「解りました。すいません……。先輩に気を使わせてしまって」

 

「いいんだ……よ? 辛い時は、周りに……頼ったって」

 

 紅葉が感謝の言葉を返そうとした時だった。

 轟音と共に、四人が歩いていた道の脇にあったポストが音を立てて吹き飛んだ。

 中に入っていた手紙や封筒が、ちりちりと燃えながら舞い上がっていく。

 

「な、何や一体!」

 

 ゆんが怯えた声を出した時、頭上から声がした。

 

「ほいじゃあ『狩り』の始まりだっぺよォ……! オラから逃げられるかどうか、見ものだべなァ」

 

「ヤバンナ……!」

 

 はじめが声のする方を睨む。民家の屋根の上に、ヤバンナが散弾銃を構えて座っていた。

 

「あんたを倒せば! 八神さんは元に戻る!」

 

 紅葉は声を上げていた。今現在直面している問題の原因が、自分から現れたのだ。

 

「んだば聞ぐがよォ……おめに何が出来んだっぺよ?」

 

 ヤバンナは散弾銃を紅葉に向けて構えた。彼の言う通り、紅葉には何も出来ない。出来る筈もない。

 

「逃げよう! 逃げるよ!」

 

 ひふみは紅葉の手を掴み、走り出していた。

 

「私たちも逃げよう!」

 

 はじめもゆんの手を取り駆け出す。

 

 ヤバンナはその様子をしばらく見ていたが、やがて民家の屋根をぴょんぴょんと飛び移り彼女らの行き先を把握していた。

 

「逃げ回れ逃げ回れ……。獲物が逃げれば逃げるほど、仕留めだ時の感動がデガいからよォ」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ひふみ先輩!」

 

 ひふみは、後ろからはじめの声が聞こえてくることに気づいた。

 

「な……何ぃ~~!」

 

 ひふみは走りながら答える。

 

「二手に分かれて病院で落ち合いましょう! このままじゃ狙い撃ちです! ……っていうか荷物おっも!」

 

「あんたがお菓子買い込んだせいやろがドアホ!」

 

「喧嘩してる場合ですか! じゃあ、今の組み合わせのまま別れましょう!」

 

 紅葉が素早く提案し、彼女らはひふみと紅葉、はじめとゆんの組み合わせで二手に別れた。

 はじめとゆんは途中で荷物も捨てしばらく必死に走っていたが、やがて追撃の気配が無いことに気づき一度足を止めた。

 

「はっ、はっ、ちょっ、待ってや……。はじめの、ペースで、走ってたら……息切れるわ」

 

「ごめん! でも、こっちに来てないってことは……ひふみ先輩たちの方かな」

 

「はよ応援呼ばんと、二人が危ないで」

 

「そうだね、とりあえずさっき教えてもらった緊急通報を……」

 

 はじめはそう言いながら、緊急通報を貴利矢に習った通りのやり方で行った。しかし、

 

「……何で!? エラーが出る!」

 

 はじめのスマートフォンの通信の不備も考えゆんも同様に行ったが、やはりエラーが出る。

 

「あかん……。これじゃ助けなんか呼べへんわ!」

 

 そうゆんが叫んだ時、また轟音が響いた。

 

 二人がびくっと反応した刹那、二人のすぐそばに立っていた電柱がメキメキと音を立てて倒れてきた。

 二人は一瞬呆気に取られたが、すんでの所でこれを避けて道の端に転がった。

 あちこち打って痛い中電柱の方を見ると、根元の辺りが撃たれて砕け散っていた。

 

「残念だげんど、こっちだっぺよォ」

 

 ヤバンナが、また屋根の上から銃を構えて二人を見下ろしていた。

 はじめはゆんの手を取るとまた逃げ出そうとしたが、スマートフォンを落としていることに気づいた。見ると、2メートルほど離れたところに転がっている。

 

(走りながら電話するしか……!)

 

 連絡手段を確保せねばと手を伸ばしたが、その瞬間スマートフォンは銃撃で粉々に吹き飛んだ。

 

「ああ~~! 私のスマホ~~!」

 

「言うとる場合か! 走るで!」

 

 怯えて逃げる“二匹”の獲物を、ヤバンナはぎらぎらと光る眼で見つめていた。

 

 一方でひふみと紅葉もひた走りに走っていたが、二人もまた追撃の気配が無いことに気づき足を止めていた。

 

「はじめちゃん達の方に、行った……のかな?」

 

「だとしたら二人が危ないですよ! すぐに緊急通報を……」

 

「うん。それが……ね」

 

 ひふみが何か言おうとスマートフォンを取り出した時、二人はぎょっとしてその画面を凝視した。

 画面の中には、男の顔がいっぱいになって映っていた。

 血走った目。ぼさぼさの髪。無精ひげ。

 出来れば視界に入れるのも御免願いたい気持ちの悪い男が、画面の中にいた。

 ひふみは思わず、潰れたカエルのような声を上げてスマートフォンを放り投げた。

 スマートフォンは地面に音を立てて落ち、衝撃で液晶が粉々になった。

 二人は氷水を背中に流されたように、ゾゾッとして総毛立ちながら顔を見合わせた。

 

「な、何ですか……? 今の?」

 

「し、知らない……! あんな気持ち悪いの、知らない!」

 

「あッ、ひ、酷くない、ですか? そういう、事、言うの?」

 

 聞き慣れない男の声に、二人はまた驚いて目を見開いた。

 そして、自分たちを見つめている気配がすぐ側にいることに気づいた──否、気づいていしまった。二人はゆっくりと、その声のする方向を見た。

 

「あッ、ふ、二人、共……きれい、です、ね」

 

 背の高い男が、月明かりを逆光にして二人を見下ろしていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「このままやと殺される! 殺される!」

 

「ちょっと待ってよゆん! 病院ってこっちだっけ!?」

 

 はじめとゆんは全速力で逃げていたが、そろそろ体力にも限界が来ていた。

 そしてはじめは、自分たちの逃げている方向が正しいのかどうか今更ながらに気になったというわけである。

 

「はぁ!? はじめが最初に走った方向やからこっちちゃうん!?」

 

「いや、私も無我夢中で……」

 

「どないすんの! 別の世界だから道解らへんねーってあれほど……」

 

 また轟音。今度は近くの家のガラスが吹っ飛ばされた。

 

「き、来とる……」

 

「逃げよう!」

 

 そう言ったのも束の間、近くの家の庭木が撃たれる。塀が撃たれる。鉢植えが撃たれる。

 ここまでやられた時、二人は気づいた。

 ヤバンナは、自分たちが怯えて逃げ惑うさまを楽しんでいるのだと。

 しかし、それに対してこまごまと考えているような暇は無い。

 再び二人は走り出すが、ヤバンナはわざと周りのものを撃ちまくって二人を脅かし続けた。そして、

 

「ウソやろ……」

 

「い……行き止まりッ!」

 

 ヤバンナはこれを待っていたのだ。二人がひたすらに走り続けて、“自分から”袋小路に追い詰められることを。

 

「オラは何も悪がねえよなァ……? だっでおめさん達、自分がら行ぎ止まりまで走っだんだがらよォ」

 

 ヤバンナが屋根から飛び降り、彼女らの目の前に立った。

 

「自分がら行ぎ止まりに行っだっで事はよォ……撃っでほじいっで言っでるのと同じだっぺ」

 

「ムチャクチャだよ……!」

 

 はじめは言い返すが、ヤバンナはそれに応えず二人の足下を撃った。

 二人は怯えて、その場にへたり込んでしまう。

 

「ながなが楽じがっだっぺよォ。獲物が逃げ回っで逃げ回っで、『逃げれるがも』っで『希望』を抱いでいだのが……追い詰められで『絶望』に変わるっでのは最高だべなァ?」

 

 二人は、なんて悪趣味なんだろうと辟易した。

 目の前の相手は、相手への敬意も、己の精神への誇りも何も無い悦楽のみに浸る怪物。

 獣を狩るハンターのキャラクターでありながら、その精神性は獣そのものであった。

 

「けんどよォ、その『絶望』がら……『希望』を掴み取ろうと足掻くのはもっど面白いっぺ」

 

 ここでヤバンナは、二人に向けた銃の構えを解いた。

 

「おめさん達よォ、今がらどっぢか一人だげを撃たずに逃がじでやるっぺ。3分でどっぢが撃だれるが決めで……オラの前に出で来るべよォ」

 

「何やて!?」

 

「そんな……そんなことって……」

 

 ヤバンナは内心ほくそ笑んだ。

 限りのある人間の命。それが危機に瀕すれば、人間は自分の命を守ろうと必死に足掻くはずだ。

 自分の命惜しさに相手を罵り、仇敵に媚びへつらい、どこまでも醜くなる。

 そしてその醜さの果てに相手の命を犠牲にし、自分の命を守ったと喜んだところを撃ち殺す。

 

 彼は、そんな『ゲーム』が見たくて見たくてたまらないのだった。

 

「そんなの決まっとるやんか!」

 

「私も! 他の答えなんてありえないから!」

 

 二人の語気が強くなった時、ヤバンナは期待通りの展開を確信した。

 

(来だ! ほら! 早ぐ! 早ぐオラに見せでぐれえええええ!!)

 

「うちが撃たれるわ!」

 

「私が撃たれるよ!」

 

「……あ?」

 

「何言うてんのはじめ! うちが撃たれるからあんた逃げや!」

 

「そんなことできるわけないじゃん! 私が撃たれるからゆんが逃げなよ!」

 

「アホ! ええからさっさと逃げや!」

 

「逃~げ~ま~せ~ん~! ゆんが逃げるって言うまで譲らないから!」

 

 ヤバンナは耐えかねて、上空に空砲を撃った。二人はびくりとして、言い合うのを止める。

 

「あのなぁ、そういうのじゃねえっぺよォ。そんな小芝居いらねんだっぺよ」

 

 その一言に、二人は憤った。

 

「何が小芝居だよ!」

 

「バケモンのあんたには解らんかも知れへんけどな! 自分の命より相手の命を大事に出来る、それが人間なんや!」

 

 ヤバンナにしてみれば想定外だっただろう。だが、ゆんの言う通り──限りある命だからこそ、大切な相手の命を自分の命以上に尊ぶことができる。

 それが人間の強さであり、素晴らしさでもあるのだ。最も、彼には何の面白みも興味もわかない話だったが。

 

「……で? どっぢが撃だれるんだっぺよ? そんなに大事なら目の前で撃ぢ殺しで、泣ぎ叫ぶのを楽じむとすっがらよォ」

 

「だから私だって!」

 

「いいや、うちや」

 

 ゆんはそこで一歩前に出ていた。はじめは止めようとするが、ゆんは振り返ってはじめを一喝した。

 

「よく聞きや! うちとはじめ、どっちが生き残った方が得か考えてみ」

 

「得って……」

 

「うちが死んでも、うちの仕事は誰かが引き継げる。青葉ちゃんがおる。ひふみ先輩もおる。ももちゃんだってこれからや。八神さんだって、いつか帰ってきたら、きっと……」

 

「そんなの私だって!」

 

「あんたは違うやろ! PECOの時の企画の仕事、ええなってうちは思った。はじめにしか作れないモンが、きっとこれからもいっぱいある。そんな人が、ここで死んだらあかんやろ」

 

「でも……ゆんの家族は? れんは!? みうは!?」

 

 れんとみう、というのはゆんの年の離れた幼い双子の姉弟だ。

 両親も仕事をしている飯島家では、彼女も親と同様に二人の世話をすることが多く、はじめも一緒になって遊んだりすることがあった。

 

「……二人には悪いけどな。でも、おとんもおかんもおるし。はじめ、たまには一緒に遊んだってな?」

 

「ゆん!」

 

「ええ加減聞き分けや! 生き残れるのは『1人』だけや! どっちか選ばなあかんねん!」

 

 そう叫ぶと、ゆんはヤバンナと向き合った。

 

「さっさとせえや。うちの気が変わらんうちにやったらええ」

 

「……ほいじゃ、ぞうざぜで貰うっぺよ」

 

 ヤバンナは銃をゆんの顔の目の前に突き付ける。……ゆんの固く握った拳は、腕ごとぶるぶると震えていた。

 

「怖ェクセに、カッゴつげでんじゃねえべ」

 

「カッコつけでもなんでもええ。怖くったってな、やらなきゃあかん時があんねん」

 

 そう返すゆんの声もまた、震えていた。

 はじめは辛そうな顔をしていたが、やがて覚悟を決めたかのように真っすぐにゆんを見た。

 

「そう、そうだよね……。どっちか選ばなきゃいけないんだよね。怖くったって、やらなきゃいけない時があるんだよね」

 

「せやで。……ありがとな。はじめと仕事できて、うち楽しかったで」

 

「どうでもいいお話はそごまでだっぺ」

 

 ヤバンナがまた、ちゃきりと銃を構える。その指が、いよいよ引鉄にかかった。

 

「ジ・エンドだっぺよォォォォォォ────ー!!」

 

「来いやバケモンがァァァァァァァ────ー!!」

 

 瞬間、ゆんは強い力で突き飛ばされ地面に転がった。

 一瞬の出来事に困惑した彼女が地面から見上げたものは、自分を突き飛ばして銃の前に立ったはじめだった。

 

「ゆん」

 

 はじめは笑顔だった。自分の死を覚悟して、友を生かして、彼女は笑っていた。

 

「大好き」

 

 銃声が響いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ひふみと紅葉は絶叫した。

 自分たちを見下ろしていたのは、確かに先程まで画面の中にいた気持ちの悪い男だった。

 

「あッ、だ、大門さん、は、ああ、言った、けど……やっぱり、便利、ですね、ワープ、は」

 

「ワープ……?」

 

「あッ、今日の、改造で、どこから、でも、ワープ、できる、ように、なりまし、た……。ネットを、使って、そっちの、お姉さんの、スマホ、から……」 

 

 二人はそれを聞いて、相手の正体を察した。大門の名を出したこと、ネットを使ったワープ。相手はバグスター化した人間だということを。

 そして、間違いなく敵であるということも。

 

「遁げ……」

 

 ひふみはまた紅葉の手をとって逃げようとしたが、それは叶わなかった。 

 斎藤が薬液を染み込ませたハンカチを、彼女の口元に押し当てたからだ。

 ひふみは暴れて抵抗したが、やがて手足の力がだんだんと抜け──彼女の意識は飛び、ぐったりとその場に横になった。

 

「ひふみ先輩! そんな……!」

 

 紅葉が叫んだが、斎藤は意に介さず紅葉の顎を掴んだ。

 そしてそのままぐいぐいと押していき、彼女を乱暴にコンクリートの塀に押し付けた。

 紅葉は力の限り抵抗しようとするが、斎藤は肉の無い細腕のどこにそんな力があるのかというほど強く、彼女の抵抗を許さない。

 

「あッ、き、筋力も、強化、されて、ます、から」

 

 そこまで言った時、斎藤はにちゃあ……と笑った。

 その笑顔のあまりの気持ちの悪さに、紅葉はぞっとして全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 

「あッ、あっちの、お姉さん、は……凄く、良い、から、お楽しみ、に、して、おきます。大門さん、からは、どっちも、殺せって、言われ、てるし……」

 

 紅葉は自分の腿に、何か固いものが押し当てられているのに気付いた。

 その正体に気づいた時、彼女はまたゾゾッと寒気が走るのが解った。

 斎藤は固くなった自分の一物を、ズボン越しに紅葉に押し付けていた。

 男性との交際経験も、痴漢にあったことすら無い彼女にとって、知識として知ってはいた男性のそれをこのような形で知るのは、あまりにも暴力的過ぎた。

 

「何で……! 何でこんなことを!」

 

 彼女は自分の中の気持ち悪さを振り払うかのように、精一杯叫んだ。

 だが、斎藤はこれまた気持ちの悪い角度で首をかしげると、ずずっと顔を近づけた。

 彼の息は生臭く、紅葉は嘔吐しそうになった。

 

「あッ、わ、わから、ないです。何でって、理由が、あれば、安心、します、か? 納得、し、します、か? しない、です、よね? 理由が、あ、あると、すれ、ば、こうしない、と、どうしよう、も、ないから、です。可愛い、女の子が、いたら、殺さないと、気持ち、悪い、から、です。毎朝、トイレに、行って、ウンコ、す、するのと、同じ、です」

 

「あッ、な、ナイフ、を、突き立てて、動かす、のが、僕、に、とって、ペニスを、突き刺して、動かす、セックス、の、代わり、で、です」

 

 その一言だけで、彼女は恐ろしくてたまらなくなった。

 目の前にいる男は、ただ気持ち悪いだけでは無かった。

 自分が今まで積み上げてきた常識、良識、社会的正義、それらが全て通じない完全な狂人なのだと。

 内なる衝動に動かされてだけ生きているその様は、最早獣だった。

 

「助けて……」

 

「あッ、だ、誰も、助けない、です、よ? ライダー達、と、ケンカ、してる、のは、都合が、良い、です」

 

 そう言われて、彼女は心の底から絶望した。そうなのだ。

 助けを呼ぶ時間は無かったし、何より彼女はCRにわだかまりを作ったままここまで来てしまった。

 そんな自分を、一体誰がどうやって助けに来ると言うのだ。

 

「あッ、おっぱい、大きい、です、ね……。そういうのも、好き、です。切り取って、食べる、と、おいしい、です、よね」

 

 斎藤の左手が無遠慮に紅葉の胸を揉みしだく。紅葉の生理的嫌悪感は、もはや限界だった。

 そして斎藤はぱっと紅葉の顎から手を離すと、その手にナイフを構えた。

 

「あッ、く、首、に、一突き!」

 

 紅葉はぎゅっと目を瞑った。

 彼女は悔しかった。かなえたい夢も、目標も、何もかも置き去りにしたまま……一人で、こんな狂人の訳の分からない理屈で殺されなければならない理不尽が、どうしようもなく悔しかった。

 鈍い音がし、ナイフが突き刺さった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「皆遅いな……。大丈夫かな」

 

「大丈夫よ、青葉ちゃん。皆すぐに帰って来るわ」

 

 CRでは、コウの枕元で青葉とりんが帰りの遅い一同を案じていた。

 

「大丈夫ですよ、だって……」

 

 永夢が二人にそう語りかけた時、病室に異変が起こった。

 CRの機器からオレンジ色の粒子が舞ったかと思うと、それらが一つになり──大門桐子が、コウの枕元に現れた。

 

「大門!」

 

「おーやおやおや天才ゲーマー! 夜遅くまで、オシゴトゴクローサマデス」

 

 桐子はおどけて敬礼のポーズを取る。

 永夢は彼女に掴みかかろうとしたが、彼女は再び粒子化すると永夢の背後に回った。

 彼が反応するよりも先に、桐子は横っ腹に打撃を入れて永夢を部屋の端まで吹き飛ばした。

 

「どうやってここに……!」

 

「『先生』に調整してもらったのよォ。今の私たちに行けないとこなんて、それこそ電子機器の一切無いアマゾンの奥地ぐらいよ。♪お~お~ぞらにきけぇ~、お~れ~の~なはぁ~っ」

 

 りんの問いにふざけながら答えると、彼女はバグスターウィルスをバグヴァイザーから呼び出した。ウィルス達は青葉やりんを拘束する。

 

「何をする気!?」

 

「さァ~~? な、に、を、す、る、の、か、し、らねェェ──ッと」

 

 桐子はゆっくりと、ベッドに横たわるコウの枕元まで戻る。そこに残っていたうみこ、ねね、ツバメ、しずくもミーティングルームから飛び込んでくるが、あっけなく捕らえられてしまった。

 

「不覚です……」

 

 うみこは悔し気に呟くが、桐子は終始ご機嫌な調子でバグヴァイザーを振ってはしゃいでいる。

 

「一体……何を……」

 

 ここで、コウが初めて口を開いた。

 ゲーム病故に起き上がる気力もないが、目は桐子をじっと睨んでいる。

 

「八神コウ! やぁぁ~~っとお話できるわねェ? 私が選んだ、最上級の実験台ちゃん」

 

「私が……実験台……?」

 

 コウの表情が曇った。桐子はそれを見逃さず、ずずいと顔を寄せた。

 

「私は究極のゲームを作る為に、ずっとゲーム病の実験台となる人間を捜していた……。あらゆる世界を越えてね」

 

 そこまで言った時、彼女は心底嬉しそうに喜色満面といった表情を見せた。

 

「その時! その時ねェ! 見つけちゃったのよ! 心に大きなストレスの種を抱えた、ゲーム病の実験台となり得る人間が! おまけにそれが『ゲーム会社』のデザイナー!? 出来過ぎてて怖いぐらいだっわ。だから私はあなたとあなたの仲間を、この『世界』に呼んだ。あなたのせいで、皆この世界に迷い込んじゃったのよねェ」

 

「ストレスの種……?」

 

「……『フェアリーズストーリー2』」

 

 その単語を聞くと、コウのストレスが増大したのか彼女は苦しそうに呻いた。

 その意味を理解したのか、青葉、りん、しずくの表情も曇る。

 ねねとツバメ、永夢は何が何だか解らず、訳が分からないといった様子だ。

 

「ご存じ無い方も何人かいらっしゃる? 知らざあ言って聞かせやしょう! 八神コウのトラウマ一代記、はじまりはじまりぃ~……! よぉッ! ポポン!」

 

 桐子は鼓を打つ真似をする。

 コウの表情は一段と険しくなり、真っ青になっていた。

 

「や、やめろッ……! やめて!」

 

「むかーしむかしあるところに、八神コウという天才だけれども人の気持ちが解らない無神経なデザイナーがいました」

 

 『フェアリーズストーリー2』。

 

 それは、コウの人生にとって最も触れられたくない思い出だった。

 青葉が憧れてデザイナーを目指すきっかけになった『フェアリーズストーリー』の成功を受け、第二作の作成時、コウはAD(アートディレクター)に抜擢された。

 まだ20かそこらの小娘ながら、かなりの大役。実力と実績を評価されてのことだった。

 やる気は十分。そして、与えられた大役への責任感。彼女は燃えていた。

 

 しかし──いつからか、そのやる気は空回りし、全ての歯車は狂いだした。

 元々人と関わるのが苦手な彼女は、距離感を掴めず部下たちにつらくあたりすぎてしまったのだ。

 それが続くうちに周りは誰もついて来られなくなり……遂には、青葉と同じ年頃の新人が半年ほどで退職する事態となった。

 自分の手で他人の人生を大きく左右してしまった。他人の夢を潰してしまった。そのことを気に病み、コウは酷く落ち込んだ。

 ディレクターであったしずくの計らいもあり、ADを別の人物に変えてゲームは完成した。

 この一件はコウの心に傷として残り、青葉も関わった『フェアリーズストーリー3』の際にはADはりんが受け持っている。

 随分な時間が経ったが、それは今でもコウの心に深い傷跡を残しているのだった。

 

「無神経よねェあなた。辞めていった子たちの想いを踏みにじって、フェアリーズ3もPECOも作ってたものね? ヘラッヘラヘラッヘラ笑って、楽しそうだったわよねぇ? そして今度は、自分の都合でフランスで武者修行? どれだけ勝手気ままに生きたら気が済むの?」

 

「それは……違う……。お願い……やめて……」

 

 コウのストレスはどんどん増していき、体中がバグっていく。

 存在もどんどん希薄になり、向こう側が見えそうなほど透け始めた。

 

「八神! 惑わされるな!」

 

「そうよコウちゃん!」

 

 当時の事情を一番よく知るしずくとりんは、コウにとってそれを呼び起こされるのがどれだけのものか解るが故に必死に呼びかけている。

 

「い~い仲間よねェ……。当時を知ってるあの二人も、そこにいる後輩ちゃん達も皆あなたを支えてくれてる。慕ってついてきてくれる。素敵なことじゃあないの。それがあなたの心を支えてる」

 

 そこで、彼女は今までで一番邪悪えな笑顔を見せた。歯をむき出して笑うその様は、悪魔そのものだった。

 

「だ・か・ら! 私はあなたの心の支えをブチ壊して、究極のゲームの礎になってもらうことにしましたぁ~☆」

 

「支えを……壊すって……!?」

 

「今頃私の手駒たちがぁ~? あなたを慕ってついてきてくれる仲間たちを、ブチ殺しちゃってると思いまァーす!」

 

 それを聞かされた時、コウの目は見開かれた。

 

「何だって……! まさか!」

 

「滝本ひふみちゃん! 篠田はじめちゃん! 飯島ゆんちゃん! 望月紅葉ちゃん! 哀れ四人の夢追う少女は、八神コウについてきたばっかりに! うら若きその人生を、ぐっちゃぐちゃの肉塊と化して散らすことになったのでした!」

 

「やめろ! 嘘だ、聞きたくない! 聞きたくない!」

 

「あ~らあら八神ちゃん、目をぎゅっと瞑っちゃってェ。耳もふさいじゃって、そんなに事実を受け入れたくないのォ? じゃあ……」

 

 桐子は手を伸ばすと、手だけを粒子化させコウの頭にそれを突っ込んだ。コウは驚いたが、何か言うよりも先に四人の言葉が直接頭の中に響いてきた。それは、

 

「痛い……! なんでうちがこんな目に合わんといかんの? 八神さんがおらんかったら……」

 

「八神さぁん……。私の頭、撃たれて無くなっちゃった……。返してくださいよ。返して……!」

 

「コウちゃんに、ずっと……ついてきたのに。こんなことになるなんて、私、間違ってた……!」

 

「八神さんに憧れたのが、そもそも間違いだったんです。憧れなければこんな会社にいることもなかった。私の人生、八神さんのせいで終わっちゃった」

 

 コウを呪う怨嗟の言葉だった。

 直接四人がそう言ったという確証があるわけでもない。桐子がいたずらに頭に流しただけの言葉かもしれない。

 だが、弱った心にはそれだけでよく効いた。

 

「これにて終幕、主演の八神コウがいなくなった為……」

 

「あっ……」

 

「次回の公演は無いことを、お詫びいたしまァァーす」

 

「ああああああああああああああああああああああ!!」

 

 コウの絶叫が病室に響き渡った。肉体は嵐のようにバグり続け、電子が渦を巻く。

 ストレスによって彼女が消滅するのは、最早時間の問題だった。

 

「いい! いいわよォ! 最ッ高! 『希望』が『絶望』に変わる瞬間ッ! それこそが、最高のゲームを生み出すのよ!」

 

 昂った桐子は叫んだが、すぐに険しい顔で反応する。彼女の顔面を殴ろうとする気配があったからだ。

 涼風青葉が、バグスターウィルスの拘束から逃れ彼女を殴ろうとしていた。

 だがその拳は、いとも簡単に受け止められている。

 

「あなた、人を殴ったこととか無いでしょ? 殴り方で解るわ。殴るってのはねェ……」

 

 にやにや笑いながら、桐子は青葉の拳から手を離す。そして、

 

「こうするのよッ!!」

 

 キツい一発を青葉に放ち、彼女を部屋の端まで殴り飛ばした。

 

「何が……『最高のゲーム』ですか……。何が『希望が絶望に変わる瞬間』ですか!」

 

 青葉は痛みも忘れ、立ち上がった。

 

「ゲームはそんなことのためにあるんじゃない! 八神さんをこれ以上苦しめないで!」

 

「何言ってんのよォ、『ゲーム』は人の心を昂らせ熱狂させる……。つまりは、人の心を操る道具じゃあないの」

 

「違う! ゲームは、皆で楽しんで、感動して……誰かを幸せにする為にあるの!」

 

「私は、私のゲームで踊らされるバカ共を見れて幸せよォ?」

 

 もう青葉はそれには答えない。

 彼女は駆け出すと、桐子ではなく叫んで苦しんでいるコウの方へと向かった。

 

「八神さん! 聞こえますか!?」

 

 青葉はコウの手を取る。

 

「あっ、ああっ、ああああああああ……!」

 

「やーがーみーさーんッ!」

 

 青葉は、力いっぱいコウの額に頭突きをかましていた。

 その衝撃に、さしものコウも青葉の方を見る。

 

「あお、ば……?」

 

「フェアリーズ3の打ち上げで私が言ったこと! 覚えてますか!?」

 

 

「昔の八神さんがどんな人だったのか、私は知りません」

「でも、少なくとも……少なくとも今の八神さんは、私の尊敬できる上司です!」

「だから八神さんがアートディレクターになっても、私はついていきますから!」

 

 

「子供の頃の憧れだった八神さんと一緒に仕事ができて、私本当に嬉しかった。辛いことだってありました。八神さんと自分を比べて、悔しいって思う時だってありました! でも……」

 

「八神さんが尊敬できる人だって気持ちは、今も変わらないです。八神さんについてきてよかったって、私はそう思えます!」

 

 コウの身体は、青葉に優しく抱きしめられていた。

 年下なのに。部下なのに。その抱擁は慈愛に満ち、まるで母のように暖かく優しかった。

 

「お願いですよ……。自分を責めないで……」

 

 青葉がそう言った時には、もうコウの身体のバグりは止まっていた。青葉の存在が、コウの心を救っていた。

 

「ごめん、私……」

 

「謝らないでください! 辛い思い出は誰にだってあります。でも、それを一人で抱え込まないでください。……仲間なんですから」

 

「自分を責めざるを得ないんじゃあないのォォ~~? だって四人は、あなたのせいで死んだのよ。ナムアミダブナムアミダブ……」

 

 桐子の残酷な一言に、コウの顔がまた青ざめる。

 だが、青葉は全く狼狽えていなかった。そこに、永夢も立ち上がって歩み寄ってくる。

 

「気づいてなかったみたいですね」

 

「ああ」

 

「な、何……?」

 

「間に合ってますよね?」

 

「まずい時は何か連絡がある筈だよ。それが無いってことは……」

 

「何よ……」

 

「じゃあ、皆さんに任せて大丈夫ですね」

 

「うん、こっちを何とかしないと」

 

「何よその余裕ぶった態度はァァァ──!!」

 

 一瞬ではあるが初めて取り乱した桐子に、青葉と永夢は揃ってにやりと笑った。

 

「さて問題です」

 

「ここにいるライダーは僕だけですが、残りの皆さんはどこに行ったのでしょうか?」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 銃声が響き──はじめは一瞬目を見開いた後、ばったりとその場に倒れた。

 

「嘘やろ……? はじめ? はじめ!」

 

 だが、横たわったはじめはそれには答えない。

 

「嫌や……嫌や嫌や! はじめェェ──ッ!!」

 

 耐え難い悲しみにゆんが叫んだ時、彼女はヤバンナの苦しむ声を聞いた。

 

「で、ででっ! 離ぜ!」

 

 彼女が驚いてヤバンナの方を見た時、そこには二人の男がいた。

 

「信念も無く、人を傷つけるだけの存在……。貴様は本当に劣悪な病原菌だな」

 

「狩りごっこは終わりだ。お前は、ここで俺たちがブッ潰す」

 

 鏡飛彩と花家大我だ。

 飛彩はヤバンナの鼻を摘んでおり、万力のごとく力を込めていた。

 それを力いっぱい振って離した時、ヤバンナはまたイデェーッと声を上げた。

 

「先生ェ!」

 

「……待たせたな。安心しろ」

 

「行くぜ、ブレイブ」

 

 “TADDLE QUEST!”

 

 “BANG BANG SHOOTING!”

 

 ゲーマドライバーを巻くと、二人はそれぞれガシャットを起動する。

 

「変身!」

 

 ガシャットを挿しこむと同時に、二人はレバーを開いた。

 

 “Gotchaaaaaaan!! LEVEL UP!!”

 

 “タドルメグル! タドルメグル! 『TADDLE QUEST』!”

 

 “ババンバン! バンババン! Yeah! 『BANG BANG SHOOTING』!”

 

 そこに立つのは、エグゼイドとはまた異なった趣を持つゲームの戦士だった。

 

 飛彩が変身したのは、ロールプレイングゲーム『タドルクエスト』の力を持つ“仮面ライダーブレイブ クエストゲーマー レベル2”。

 RPGだけあり、まるで勇者のような中世の鎧の意匠を持つのが特徴的だ。

 

 大我が変身したのは、ミリタリーシューティングゲーム『バンバンシューティング』の力を持つ“仮面ライダースナイプ シューティングゲーマー レベル2”。

 スコープ風のヘッドデザイン、迷彩風の模様など、傍らのブレイブと対照的に現代風の兵士と言った感じだ。

 

「これより、バグスター切除手術を開始する」

 

「ミッション開始……!」

 

 二人はヤバンナへと向かっていった。

 一方でゆんは、横たわったはじめを揺さぶっていた。

 

「はじめ! 目ェ開けや! はじめ!」

 

 だが、はじめは答えない。

 彼女はどうしても、その事実を認めたく無かった。

 「はじめが死んだ」ということを。

 

「何しとんねん……。何勝手に死んどんねんアホーッ!!」

 

「……アホでごめんね」

 

「……は?」

 

 見ると、はじめの指が動いていた。

 やがて肩が動き、息をいっぱいに吸い込むと彼女は目を開き、ゆんに顔を向け──にっこりと笑った。

 

「な……な……」

 

「えへへ、びっくりした……」

 

「びっくりしたのはこっちや! あんた撃たれたんと違うんか!?」

 

「いやそれがさ……当たってなかったみたい、で……。音で気絶してただけでした、ってオチが……」

 

 またはじめが気まずそうに笑った時、ゆんは彼女の胸倉を掴んでいた。

 

「あんた何でうちのこと突き飛ばしたんや! うちが撃たれるって言うたやんか!」

 

「だって、さ……」

 

 はじめは悲しそうな顔をした。

 

「自分の代わりがいるとか、そんな悲しいこと言わないでよ」

 

「それは……」

 

「私の友達の『飯島ゆん』は、世界にたった一人だけなんだよ。ゆんはこの世界にはこの世界の自分がいるかもしれないって言ったけど、次の日に捜した時にはいなかった……。パラレルワールドのどこを捜したって、きっとゆんと同じゆんはいないよ!」

 

 はじめは泣いていた。

 自分の存在価値を低くみていたゆんの考えが、どうしようもなく悲しかった。

 

「……何で死にかけた方が泣いとんねん、アホ」

 

「だってぇ~~……」

 

「けどな。その……はじめにそこまで言われて、嬉しくなかったわけやないで?」

 

 ゆんははじめの涙を指で拭った。ふわっとした手で、はじめの頭を撫でた。

 

「ありがとな」

 

 二人は立ち上がった。

 彼女らの戦いは終わったのだ。

 極限の状態を目の前にしても一歩も屈しない、勇気ある戦いは終わったのだ。

 そして今、怪物と戦う戦士へと彼女らは声を投げかけた。

 

「ありがとう! 頑張れ! 『仮面ライダー』!」

 

「そいつブッ倒して、八神さん助けたって下さい! ……ってゆーか、ボッコボコにされるの見らんと気ィ済まへんわ!」

 

 それぞれ専用のガシャコンウエポンでヤバンナに応戦していた彼らは、その言葉に勇気づけられた。

 ドクターが命を救うのは当たり前のことだ。こと、戦闘すらも行えるドクターライダーに関しては。

 けれど、感謝の言葉が貰えた時──相手の命に尊厳を払って良かったと、いつも以上に思えるのだ。

 

「オラをブッ倒す? ありえねー事言ってんじゃねえっぺ!」

 

 ヤバンナはまた散弾銃を構える。

 だが、構えた一瞬の隙に──散弾銃は、銃身を真っ二つに切り裂かれていた。

 

「は……は?」

 

 ブレイブが専用の“ガシャコンソード”で切り裂いていたのだった。

 得物を失い狼狽えた瞬間、ブレイブは追撃の準備を始めた。ガシャコンソードの「A」ボタンを押すと、刀身がぐるっと回転する。

 

 “コ・チーン!”

 

 それまで炎のような橙色だった刀身から一転、氷のような水色の刀身が現れた。

 ブレイブは剣を逆手持ちに切り替えると、素早く「B」ボタンを三連打する。

 

「活発な悪性腫瘍を、まずは凍結処置とする」

 

 手術に見立てたその一言の後、ブレイブはガシャコンソードを地面に突き立て氷のエネルギーを放った。

 ヤバンナにこれが着弾し凍りつくと、彼は傍らのスナイプをちらりと見た。スナイプはこれを理解し頷くと、

 

「動きの止まったターゲットは、格好の餌食だ」

 

 “ズ・キューン!”

 

 専用のハンドガン、“ガシャコンマグナム”の「A」ボタンを押す。すると銃身が展開されて変形し、あっという間にハンドガンはライフルに変わった。

 スナイプはベルトからバンバンシューティングガシャットを引き抜くと、ガシャコンマグナムにそれを挿した。

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

 

 “BANG BANG CRITICAL FINISH!”

 

 

 ガシャコンマグナムから巨大なエネルギー弾が放たれ、凍ったヤバンナに着弾する。

 爆発を起こし、ヤバンナは凍結から解き放たれ後方に吹き飛んだ。

 

「おめさんら、よぐもォ……」

 

「病巣を摘出する!」

 

 “カ・チーン! ガシャット! キメワザ!”

 

 ブレイブは再び「A」ボタンを押してガシャコンソードの刀身を戻す。

 そしてスナイプに倣って、ガシャットを武器へと挿した。

 

 

 “TADDLE CRITICAL FINISH!”

 

 

 剣の刀身に炎のエネルギーが溜まっていく。

 ブレイブは少し腕に力を入れ、「タメ」をつけると……そのエネルギーを解き放つかのように、ヤバンナに斬撃を以て叩きつけた。




See you Next game


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Part4 「また会いましょう? 青葉ちゃん」

誰ひとり尊敬する相手がなくなると、人は愛することをやめ、愛を持たぬようになる。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(1821~1881)


 ナイフは鈍い音を立てて突き刺さった。

 紅葉は激痛を覚悟したが、意外にも痛みは全く無い。

 痛みを通り越して自分は死んでしまったのだろうかと思った時、彼女は自分の前で人が悶える感覚を聞いた。

 

 ゆっくりと目を開けると、

 

「あッ、い、痛い……! 痛いいいいいいいいいいいいい!!」

 

 斎藤の腿に、ナイフが突き刺さっていた。

 

「えっ、ど、どういう……」

 

 紅葉が狼狽した時、彼女と斎藤の間に割って入る影があった。

 

「大丈夫!? モモちゃん!」

「えっと……」

「ポッピーだよ! 急にこんなことになってるなんて、ピプペポパニックだよぉ!」

 

 ポッピーだった。彼女は紅葉の肩に手をやると、素早く庇うようにその場から離れさせる。

 5メートルほど離れたところで、紅葉は応援が来たのをやっと頭で理解した。

 

 斎藤のナイフを逸らしたのは貴利矢だった。彼は斎藤が「首に一突き」しようとしたナイフを持った手を柔道の要領で掴みかかって逸らしたのだった。

 ……腿に刺さったのまでは予想外だったようで、「やっちまった」という表情を見せていた。

 が、相手の正体が解った時にはその表情は消え失せていた。

 

「痛いいいいいいい!! 痛いいいいいいいいいいいいいい!!」

「……驚いたな。お前、斎藤栄一郎だろ? かわいい女の子ばかり5人も殺した、イカれたサイコ野郎。裁判中にゼロデイで消滅して騒ぎになってたのは知ってたが……まさかバグスターになってたとはな」

 

「痛い痛い痛いいいいいいいいいいい!! あッ、な、なんで、『おれ』がこんな目に……」

「答えてもらうぜ。お前、何で紅葉ちゃん達を襲った?」

 

「痛い! 痛い! 痛い痛いいいいいい!!」

 

 そこで貴利矢は、屈んで痛みに悶えている斎藤の頭を蹴り飛ばした。

 あああッ、と叫んで斎藤は地面に転がるが、貴利矢は馬乗りになってその胸倉を掴んだ。

 

「それしか言えねえのかよ。てめーの快楽の為だけに女の子たちに痛い思いさせといて、都合の良いこと言ってんじゃねえぞ!!」

「あッ、お、お前、なん、なんだ、よォ……! 痛いいいいいい……」

 

「自分は九条貴利矢。お前と同じバグスターになった人間で……研修時代にお前の犠牲者の検死に立ち会った、元監察医だ」

 

 この答えに、斎藤はベソをかきながら困惑した表情で貴利矢を見た。

 

「かん、さつ、い……?」

「ご遺体は見慣れてたがよォ、あの時ばかりはヘドが出るかと思ったぜ。相手の命を奪おうとする為の傷とか、そういったモンじゃない……。ただ相手の身体を壊す為だけの傷が、死んだ後にいくつもいくつもつけられてたんだからな」

 

 それだけ言うと、貴利矢は気持ちの悪い虫でも見るかのような目で斎藤を一瞥し、掴んでいた胸倉を離して相手を地面に叩きつけた。

 

「お前が何でバグスターになってるのかとか、聞きたいことは山ほどあるんだ。話してもらうぜ、『真実』をよ」

 

 貴利矢は立ち上がりながら、相手を見下ろしてそう言った。

 

「痛い……痛い……」

「お前なぁ!」

 

「痛い、から……お前、にも、痛みを、与え、なきゃ……」

 

 そう亡霊のように呟くと、斎藤は懐からある物を取り出した。それは、

 

「ガシャット……!?」

 

 ポッピーは驚愕し声を上げた。

 斎藤が手に持っていたのは、10本のガシャットの中でも一番強力な狩猟ゲーム、『ドラゴナイトハンターZ』のガシャットだった。

 永夢達のガシャット攻略の中では最初の壁となった一本であり、現在はCRの戦力として保管されているはずだ。

 

「何で、あなたがそれを……!」

「あッ、その、大門さん、は、ゲンムの、ディレクター、ですから……。一度、作られた、ガシャットを、複製、する、ぐらい、訳ない、です」

 

 斎藤はそれだけ答えると、ガシャットを起動した。

 

 “DRAGO KNIGHT HUNTER Z!”

 

 ゲーム画面が背後に浮かび、ゲームエリアが展開されていく。

 

「あッ、かっ、かっ、狩ってやるッ!」

 

 彼はそう叫び──ガシャットを胸に挿した。

 ガシャットはみるみるうちに彼の体内に取り込まれ、やがて機械のような無機質な肉体をベースに、竜の装飾を施された異形の怪人へと彼は変わった。

 

「こいつは……ドラルバグスターか」

 

 実は、貴利矢はバグスター化した人間がガシャットを直接取り込んだ相手と戦うのは初めてではなかった。

 Dr.パックマンの事件が起こった際、ネクストゲノム研究所の面々は強奪したプロトガシャットを使い、そのデータを自らの肉体に取り込むことによってガシャットの特性を持つ怪人へと変貌し襲い掛かってきた。

 

 そしてその中の一人、竜崎一成はプロトドラゴナイトハンターZガシャットを使って変身した“ドラルバグスター”へと変貌していたのだ。今斎藤が変身している姿は、姿かたちはそのドラルバグスターと瓜二つだ。

 

 ただ一点違うのは、ドラルバグスターでは銀色だった頭部が黄金に輝いているところだった。

 

「おい、ここでいいのか?」

 

 紅葉は不意に声を掛けられ驚いた。

 見ると、パラドが意識を失いぐったりとしているひふみを抱きかかえ、紅葉の傍らに立っていた。

 

「ひふみ先輩!」

「……降ろすぜ」

 

 パラドは紅葉の目をじっと見たまま、優しくひふみを地面に降ろした。

 紅葉はそれを見た時、自分の目からたらりと涙が伝っていることに気づいた。極限の状況を脱したことへの安堵が、彼女に涙を流させていた。

 何を言えばいいのかわからない。何をすればいいのかわからない。そんな心境の中、彼女はやっと声を発した。

 

「助けて……」

 

 パラドは既に戦闘準備万端といった様子の貴利矢とポッピーの横に並び立つ。

 そして、三人は同時に紅葉の言葉に答えていた。

 

「当たり前だ!!」

 

 斎藤のドラルバグスタ──―“ネオドラルバグスター”は、右腕の鉤爪を振って戦意を見せた。

 

「あッ、い、痛い、ぞ……? 知らない、ぞ……?」

 

「上等だ。乗ってやろうじゃねえの」

「元人間でも、人間を傷つけるバグスターにはポパピプペナルティだよ!」

「俺の心を滾らせやがって……」

 

 三人のバグスターは怒りに燃えていた。

 

 一度失った命を、歪に蘇らせた存在。

 人を楽しませる為に造られた存在。

 たった一人の少年の願いの為だけに産まれた存在。

 

 とても歪で不可解な存在たる彼らだが、ただ一つ彼らは思っていた。

 目の前で生きる純粋な命を、守るぐらいはできるのだと。

 紅葉にはその背中が、どんな山よりも大きく、頼もしく見えた。

 

「ゼロ速。変身!」

 “BAKUSOU BIKE!”

 

「変身!」

 “TOKIMEKI CRISIS!”

 

「マックス大変身!」

 “デュアルガシャット!”

 

 各々のガシャットを起動すると同時に、貴利矢とパラドはゲーマドライバーを、ポッピーはバグスター専用のベルト、“バグルドライバーⅡ”を巻き、変身の準備を整える。

 それぞれのガシャットをドライバーに挿入すると、彼らはガシャットの力を解き放った。

 

 “爆走! 独走! 激走! 暴走! 『BAKUSOU BIKE』!”

 

 “ドリーミングガール♪ 恋のシミュレーション♪ 乙女はいつも『TOKIMEKI CRISIS』♪”

 

 “赤い拳強さ! 青いパズル連鎖! 赤と青の交差! 『PERFECT』『KNOCK OUT』!”

 貴利矢が変身したのは、彼がバグスターとなった後に手に入れた力、“仮面ライダーレーザーターボ バイクゲーマー レベル0”。

 レースゲーム、『爆走バイク』の力でバイクに変身できた従来のレーザーとは違い、最初から人型での戦闘を想定した形態だ。

 

 ポッピーが変身したのは、“仮面ライダーポッピー ときめきクライシスゲーマー レベルX”。

 恋愛シミュレーションゲーム、『ときめきクライシス』の力で好感度を武器に戦うトリッキーな面を持つ戦士だ。

 

 パラドが変身したのは、“仮面ライダーパラドクス パーフェクトノックアウトゲーマー レベル99”。

 パズルゲーム、『パーフェクトパズル』と格闘ゲーム、『ノックアウトファイター』の力が融合した、純粋な戦闘力なら他のライダーを圧倒する超強力な戦士だ。

 

「あッ、い、行くぞおおおお!!」

 

 ネオドラルバグスターは鉤爪を振りかぶってライダー達に先制を仕掛けた。だが、身軽なレーザーとポッピーはこれを躱す。

 

 “ガシャコンパラブレイガン!”

 

 パラドクスは逆に専用の斧を取り出すと、バグスターの鉤爪にがしっと食い込ませた。

 バグスターは焦るが、パラドクスは相手の力のバランスを見て自らも力を入れたり抜いたりして、それが離れないようにうまく調節している。

 

「あッ、はっ、離せ、よっ!」

「じゃあ離してやるぜ」

 

 パラドクスは一気に力を抜き斧を引っ込める。そしてバグスターがよろけた一瞬で、

 

 “三連打!”

 

 ガシャコンパラブレイガンの「B」ボタンを三回押し、刃を相手の腹部に叩きこんだ。ネオドラルバグスターはまた痛みに泣き叫ぶが、今の彼らには躊躇も容赦も全くない。

 

「犠牲者達の痛み、二乗にして返してやるぜ! 爆速!」

 

 “SHAKARIKI SPORTS!”

 

 レーザーターボは黄緑色のガシャットのスイッチを入れると、それをゲーマドライバーのもう片方のスロットに挿し、一度レバーを閉じた。そして再び、それを開く。

 

 “爆走! 独走! 激走! 暴走! 『BAKUSOU BIKE』!”

 ”A-Gotcha!“

 “シャカリキ! シャカリキ! バッド! バッド! シャカッとリキッと『SHAKARIKI SPORTS』!”

 

「ば……バイクの人が自転車着てる……」

 

 紅葉は思わず見たままを声に出してしまった。

 

 スポーツゲーム、『シャカリキスポーツ』のガシャットを使い、レーザーは自転車型の“スポーツゲーマ”を召喚しそれと合体したのだ。

 『仮面ライダークロニクル』の際にはプロトシャカリキスポーツを彼は用いていたが、消滅者達のデータの為に今は正規版を用いている。一度貴利矢がバイクに変身するのを見ているだけに、その事実が紅葉にはどうにもシュールに見えた。

 

「あッ、ふ、ふざけるな、よォォォォォォ────ー!!」

 

 バグスターは鉤爪を振るい、合体変身直後のレーザーに一撃を食らわせた。

 一瞬ウッ、と呻いたのを見るとバグスターは調子づき、やたらめったらと滅茶苦茶に鉤爪をレーザーに食らわせる。

 

「あッ、どっ、どうだ!? 痛い、だろ? 痛いだろォォォォ──ッ!?」

 

 先程の意趣返しだとばかりに、バグスターは叫んだ。だが、

 

「痛みを与える? この程度かよ……」

 

 レーザーの心は、微塵も屈していない。

 

「この程度なぁ! お前に殺された人達の痛みに比べたら、なんでもねえんだよ!」

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

“SHAKARIKI CRITICAL STRIKE!”

 

 ガシャットのデータが、レーザーの肩の自転車のタイヤに流れ込む。

 目にも止まらぬ速さで回転しだしたタイヤは、エネルギーのオーラを纏いながらフリスビーのようにバグスターに直撃した。またバグスターは痛みに喚くが、レーザーは知ったことかと一喝した。

 

「よし! 私の番だね!」

 

 ポッピーが意気込むのを見て、紅葉はふと考えた。

 『ときめきクライシス』という名前、あの戦士の容姿からして、おそらく恋愛シミュレーションゲームの力を彼女は使っているのだろう。

 ならば、戦闘やアクションとは無縁のゲームジャンルから一体どのような攻撃を繰り出すのかという話だ。

 

(『ラブレターハートばくだ~ん!』とか……? 愛のバクダンもっと沢山落っことしてくれー!みたいな……)

 

「あッ、よ、よ、弱そうなのから、先に……!」

 

 ネオドラルバグスターは体勢を立て直すと、ポッピーに向かっていった。

 

 “Gotchaaa……n! キメワザァ……!”

 

 ポッピーはバグルドライバーⅡにグリップを合体させると、武器を作り出した。それは、

 

「チェ、チェーンソー……!?」

 

 

“CRITICAL SACRIFICE!”

 

 「B」「A」の順にボタンを押し、チェーンソーの刃にエネルギーを込めてポッピーは下から突き上げるような形で、向かってきたバグスターの腹から顎にかけてを切り裂いた。

 

「弱そうだなんて失礼だよ! 見た目で決めつけないで!」

(本当にね……)

 

 バグスター相手に憤るポッピーを見ながら、紅葉は恋愛シミュレーションからは想像もつかないバイオレンスな武器の使い方に軽く引いていた。

 ポッピーは相手が怯んで動きが止まったのを見ると、バグヴァイザーⅡをまたドライバーに戻す。

 

「フィニッシュは必殺技で決まりだろ!」

 

 パラドクスはそう言うと、変身時に展開されたゲームエリアに散らばっていたエナジーアイテムを空中に寄せ集め、並べ替える。『パーフェクトパズル』が持つ、エナジーアイテムの組み合わせ能力だ。

 彼はライダーそれぞれに三つずつ、エナジーアイテムを与えた。

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「いいねえ!」

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「ノリノリで行っちゃうぜ~!」

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「私もぉ!?」

 

 全員が「マッスル化」によるパワー強化のゴリ押し。

 だが、弱った相手に確実に最後のダメージを与える方法と考えれば効果的ではあった。

 

 “キメワザ!”

 

 “キメワザァ……!”

 

 “ガッチョーン! ウラワザ!”

 

 ネオドラルバグスターはヒイイイイ、と怯えた声を上げ、逃げようとした。

 だが元よりそれほど広い道でもなく、おまけに三角形を描く形で周りを詰められていては逃げられるはずもない。

 

 

“BAKUSOU CRITICAL STRIKE!”

 

 

“CRITICAL CREWS-AID!”

 

 

“PERFECT
KNOCK-OUT CRITICAL
BOMBER!”

 

 三人のライダーは飛び上がると、自分達の中心にいたバグスターに強烈な飛び蹴りを食らわせた。

 バグスターは今までで一番の痛みを感じながら爆発し、身体からドラゴナイトハンターZのガシャットが排出され斎藤に戻ってしまった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「な、何ですってぇ~~……!」

 

「残念でしたね!」

「今頃皆が、逆にお前の仲間を倒してる頃だ」

 

 桐子は狼狽えた。彼女にとって、ひふみ達の許にライダー達が駆け付けるというのは完全に予想外だった。何故なら、

 

「こちとらデータ化してネットに潜り込んで、緊急通報を妨害してたって言うのに!」

 

 彼女はバグスターになった自らの肉体を利用し、データとなってインターネットに潜り込んでいた。

 そして、緊急通報を妨害して助けを呼ぶのを防ぎ、逆にそれを自分がCRに飛び込む合図にしていたわけだ。仮にライダー全員を相手にしたとしても、勝つだけの自信が彼女にはあった。

 

「覚悟しろ、大門桐子!」

 

 永夢は叫ぶと、ゲーマドライバーとガシャットの準備を整えた。

 

 “MIGHTY ACTION X!”

 “GEKITOTSU ROBOTS!”

 

 “ガシャット!”

 

 永夢は『マイティアクションX』に加えて、ロボットバトルゲーム、『ゲキトツロボッツ』のガシャットを挿した。

 

 “Gotchaaaaaaan!! LEVEL UP!!”

 

 “マイティジャンプ! マイティキック! マイティ! 『MIGHTY ACTION X』!”

 “A-Gotcha!”

 “ぶっ飛ばせ! 突撃! 激突パンチ! 『GEKITOTSU ROBOTS』!”

 

 エグゼイドは、『ゲキトツロボッツ』の力で召喚されたロボットゲーマを装着し、ロボットアニメにでも出てきそうなフォルムの“仮面ライダーエグゼイド ロボットアクションゲーマー レベル3”へと変身した。

 

「患者の運命は、俺が変える!」

 

 エグゼイドはロボットゲーマが変形した巨大な拳を振るい、次々とバグスターウィルスを蹴散らしていく。

 捕らえられていたりん達を解放したのを確認すると、彼はゲキトツロボッツのガシャットを腰のキメワザスロットに挿した。

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

 

“GEKITOTSU CRITICAL STRIKE!”

 

 左腕にマウントされた巨大な拳、ゲキトツスマッシャーが、ロケットパンチの要領で発射され飛んでいく。飛んで行ったそれは残っていたバグスターウィルスを吹き飛ばし──最後は、桐子に直撃した。

 げうっ、と声にならない声を上げて飛ばされた彼女は、青葉の足下に叩きつけられた。

 青葉が驚いた瞬間、彼女はゆらりと立ち上がった。

 

「クソ……クソったれェ……!」

 

 その呪詛の言葉に青葉は戦々恐々とし、慌てるあまり我を忘れた。

 

「う……あ……あああ~~!!」

 

 青葉は思わず、右拳を突き出していた。慌てるままに放ったそれはパンチとも呼べぬほど浅いものだったが、弱っていた桐子は、一瞬ふらつき青葉の方に倒れこみ──頬に、それがジャストミートしてしまった。

 桐子はサンドバッグのごとく、殴られた勢いのままに再び床に倒れ伏した。

 

「い……いったいわねェ……」

 

 桐子の呻きを聞き、青葉は思わず自分の右拳を見つめた。

 だが、それについて考えるよりも先に桐子が立ち上がった。

 

「ここはひとまず逃げるが勝ち! 拙者ドロンするでござる、なーんてね! ハリケーンニンジャも欲しいんだけどなァ~~……」

 

 叫んだ後、桐子はじろりと青葉を見た。青葉は思わず、硬直し身構える。

 

「また会いましょう? 青葉ちゃん」

 

 そう言い残すと、桐子は再び粒子化し電子機器を伝ってネットワークに消えた。

 後に残された一同は、あまりの事態にしばし放心していたものの……すぐに我に返ると、真っ先にコウのところに駆け寄った。

 

「コウちゃん!」

 

 りんは半泣きになってコウにすがりつく。コウは、自分も苦しいながらにりんの肩を優しく抱いた。

 

「ごめんね、りん……。心配ばかりかけちゃって。でも、もう大丈夫だから」

 

 そして、コウは青葉の方を見た。

 

「ありがとう。青葉がいなかったら、私きっと消えてた」

「いえ、そんな……」

 

 遠慮がちに手を振ろうとした青葉の肩に、後ろから誰かが手を置いた。

 

「涼風君」

 

 しずくだった。その表情は、たまに見せる真剣なものだ。

 

「君の勇気ある行動に、皆本当に感謝してるんだよ。……本気の感謝には、しっかりと応えなさい」

 

 しずくにやんわりと諭され、青葉は背筋を正す。彼女は真っすぐにコウを見た。

 

「どういたしまして! 八神さんを助けることができて、良かったです」

「ありがとう、青葉ちゃん」

 

 りんにも涙ながらに感謝され、青葉は照れ臭そうに微笑んだ。

 そこに、変身を解除した永夢が傍らに立つ。

 

「患者の心も救うドクターでありたい、それが僕の願いです。けれどさっきの僕は……八神さんに何もできなかった。八神さんの心を救ったのは、涼風さんです」

 

 永夢はそう言うと、青葉に頭を下げた。

 

「ドクターとして、僕からもお礼申し上げます。ありがとうございました!」

「どういたしまして……。で、でも! やりすぎですよ、顔を上げてください!」

 

 永夢が頭を上げると、青葉と目が合った。

 

「私一人じゃ、あの人には敵わなかった。先生が戦ってくれたおかげでもあるんです。こちらこそ、ありがとうございました!」 

 

 そこで二人は、顔を見合わせて笑った。

 

 夢を追いかけて、ゲームを作る少女。

 誰かを救う為に、ゲームで戦う青年。

 

 本来決して交わらなかったその二つが──本当に、一つになって交わった瞬間だった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 しばらくして、CRに戦闘を終えた面々が戻ってきた。

 

 飛彩、大我、はじめ、ゆんのヤバンナと戦ったグループ。

 貴利矢、ポッピー、パラド、ひふみ、紅葉の斎藤と戦ったグループ。

 

 それぞれボロボロではあったが、誰一人欠けること無くCRに揃うことができた。

 

「しっかり……しなよ! もう着いたから!」

 

 ニコが紅葉と一緒に、ひふみに肩を貸しながらミーティングルームに入ってきた。

 彼女は大我についてサポートのつもりで出てきていたが、出た先で叫び声を聞いて駆けつけ、途中で大我と別れた結果戦闘が終わったバグスターチーム側に合流することになった。

 そして、何か役に立とうと薬で眠らされたひふみに肩を貸したというわけである。

 

 ひふみは意識を取り戻してはいたが、まだかなりしんどそうではあった。

 

「ゴメン……ね。ありがとう、ニコちゃん」

「当たり前のことしただけだって。ほら、横になりなよ」

 

 ニコと紅葉はゆっくりとひふみをソファに寝かせる。

 

「もも!! ちょっと、大丈夫だった!?」

 

 ツバメが慌てて紅葉に駆け寄った。服がところどころ擦り切れ、土に汚れた彼女を見ればその反応も無理はないだろう。

 

「大丈夫。それより皆さんが……」

「ももだってそんなんじゃない! ほら、座って!」

 

 ツバメに言われるがまま、紅葉は座らされ介抱が始まる。

 

「お前達の行動は褒められたものじゃないな。いくら何でも無謀すぎる」

 

 飛彩は淡々と、しかし厳しくはじめとゆんを諭していた。

 ヤバンナ相手に舌戦を繰り広げた話を道中で聞き、相手を刺激するようなその行動を彼は咎めていた。

 

「ごめんなさい……」

「で、でもまあ! 結果的に当たらなかったんですし! 奇跡が起きたっていうか……いだっ!」

 

 言い返したはじめに、大我の拳骨が落ちた。

 

「『当たらなかった』んじゃねえよ、『当てなかった』んだ」

「……え?」

 

「お前がバグスターの前に飛び出した瞬間、開業医がガシャコンマグナムで奴の手元を撃って狙いを逸らした。……俺たちが間に合わなかったら、お前の頭は吹き飛んでいた」

 

 飛彩に言われ、はじめは二人が間に合わなかった時のことを想像し、ぞっとして二人の顔を見比べた。

 

「奇跡なんてな、そうそう起きるもんじゃねえんだよ。だから、俺達が命張って戦ってんだ」

 

 大我にそう言われた時には、はじめは自分の行動を思い返し俯いた。

 

「ごめんなさい……」

「だが」

 

 飛彩の声色が少しだけ優しくなった。

 

「自分の側にいる相手を大切に思うこと。……その気持ちだけは忘れるな」

 

 最後にそう付け加えると驚いた顔のはじめを残し、飛彩はひふみの処置を行う為に大我と席を立った。

 一方で永夢は、戻ってきたパラドと話している。

 

「じゃあ、バグスターは逃げたってわけ?」

「ああ。あいつはバグスターになった人間だった。あいつの名前なんだったっけ、レーザー?」

 

「斎藤栄一郎。……最低最悪のゲス野郎だ」

 

 話を振られて、貴利矢は露骨に嫌悪感を示した表情を見せた。

 

「斎藤栄一郎!? それって、ゼロデイで消滅したあの……!?」

 

「ああ。奴はバグスターになって、おまけに大門からガシャットまで貰ってた。……こいつは憶測だが、檀正宗がいた頃から大門があっち側だったってことは、あの頃に奴をバグスターとして復活させて貰っていた可能性が高いな」

「それじゃあ、今朝見つかった変死体も……」

「路地裏で殺されてたって子か。……ありえるかもな」

 

「あの」

 

 紅葉が割って入った。彼女の顔は、帰ってきた時よりも青くなっている。

 

「まさか、あの気持ち悪い人って……」

「奴は殺人鬼だ。君みたいに若くて可愛い女の子ばかり殺して、切り刻むのが趣味のイカれた奴だよ」

 

 紅葉はそれを聞くと、今更ながらに先程の恐ろしい体験を思い返してますます顔を青くした。

 

「飛彩さん! ヤバンナの方はどうなったんですか!?」

「奴も俺たちの技を食らうと、こちらがレベルアップする前にすぐに逃げた。患者が治っていないのが、何よりの証拠だ」

 

 永夢の問いに、飛彩は処置の手を休めることなく答える。

 彼と大我は永夢から一度、ヤバンナがレベル2でも十分に対処可能な相手と情報を得ていた。

 彼らはレベル2よりも高いレベルのガシャットを所有してはいるが、それらのガシャットにはやはりレベル相応の負荷がかかる。

 

 また、あの状況では狭い行き止まりの道で火力の高い高レベルの技を使うのは、はじめとゆんを不用意に巻き込む可能性もあり最初はレベル2で挑んだのだった。

 そういうそれなりの事情こそあるが、やはり相手を取り逃がし患者のゲーム病が治っていないことに変わりはない。それを聞き、永夢は改めて一同に声をかけた。

 

「皆さん! やはり明日、早朝に里見の研究所に向かいたいと思います。奴は『先生に自分の身体を調整してもらった』と言っていました。里見がこの件に関わっているのは、もう間違いありません。戦うにしろ、話を聞くにしろ……状況を動かすには、それしかないです」

 

 一同は合意し、またそれぞれの行動に移り始めた。うみことねねは、ひたすらにプログラムを組んでいる。

 大門がネットを通じてここに現れたことから、再度襲撃されることを危惧して簡易的なものながらプロテクトをかけ、CR全体を防御する腹積もりだ。

 

「桜さん……。やはり、ゲームと勝手が違うのにこれは無茶と言うものですよ」

 

 うみこが思わずぼやいた。元々彼女らはゲームのプログラマーだ。

 セキュリティシステム云々となれば、彼女の言う通り全く勝手が違う為一朝一夕に出来る筈もない。増してや、ねねは素人から始めてやっと契約社員という立場にこぎつけたばかりの段階なのだ。

 

「無茶でもなんでもやるしかないですって! 私達に出来るのはこれぐらい……。相手がバグスターってゲームキャラクターなら、ちょっとは通じるものもあるはず!」

「……まあ、その前向きさは無いよりましです」

 

 うみこは軽く微笑むと、また作業に取り掛かった。

 

 一方で永夢は、ドレミファビートの筐体へと近づいていた。

 

「黎斗さん」

 

 永夢は筐体に話しかけるが、返事は無い。

 

「くーろーとーさーんッ!」

 

 アナログテレビの修理か、とでも言いたくなるような手つきで永夢は手刀を筐体の側面に叩きこむ。

 意外なまでの一撃に周りが呆気に取られた時、画面が明るくなった。

 

「永夢ゥゥゥ! 私のクリエイティブな時間を邪魔するな!」

 

 檀黎斗神は怒鳴って抗議するが、永夢は意に介さず目を細めて画面を睨んだ。

 

「皆頑張ってるんですよ、黎斗さんも何か手伝ってください」

「だったら私をここから……」

 

「檻の中で出来る範囲で、です」

 

 黎斗はそれを聞くと、嘲笑の混じった思い切り意地の悪い表情で永夢を睨み返した。

 

「先生」

 

 突然の声に、永夢は振り返った。

 青葉が怖い顔で、画面の中の黎斗を睨んでいる。

 

「……別に、そんな人の手を借りなくても何とかします」

 

 その声に込められた軽蔑と怒気に、黎斗は不愉快そうに青葉を見た。

 

「永夢、何故私は彼女にあそこまで拒否られているのかな」

「自分のやってきたことを省みたらどうですか? ……バガモンのこと、話したからだと思います」

 

 それを聞いても、黎斗はああ、と面白くもないといった様子で返すだけだった。

 まだ自分を睨んでいる青葉をちらりと見ると、黎斗はわざと聞こえるような声で叫んだ。

 

「あの時は本当に良い気分だったなァ! 『ジュージューバーガー』は私の作ったゲーム! 私のものだ! 勝手に不正なガシャットにされて不愉快極まりなかったのさ。神の才能の結晶を取り戻すためなら、あの程度なんて事はないんだよ!」

 

 それは決して、すべてが本心ではないだろう。青葉の怒りにわざと火をつける為だけの虚言かも知れない。だが──

 

「なんでそんな事が言えるんですかッ!」

 

 青葉は怒り心頭で、筐体に詰め寄っていた。

 

「ゲーム病もバグスターも、私が生み出したもの。……自分で生み出したものをどう扱おうが、私の勝手だ! 全ては、神の才能を示す為!!」

「~~ッ! 檀黎斗!」

「檀黎斗神だァ!!」

 

「神だ神だってうるさいんですよ! 何一つ救わない神様が、どこにいるっていうんですか!」

「知ったことかァ!!」

「もういいです、行きましょう先生!」

 

 青葉は強引に永夢の手を取ると、足早に筐体の前を離れていった。黎斗は何とも言い難い表情をしていたが、やがて筐体の画面は暗くなった。

 

 どこまでも独善。

 どこまでも我が道を。

 他を省みない檀黎斗のその傲慢さは、ある意味では神という言葉はぴったりなのかもしれないと、永夢は青葉に手を引かれながら思った。

 

 青葉は怒り交じりにソファーに腰を下ろす。

 最初はまだ怒りが収まらないといった様子だったが、やがて彼女の表情は少しずつ曇っていった。

 

「どうかしたんですか? 涼風さん」

 

 永夢がその隣に腰を下ろした。青葉は、軽く握った自分の右拳をじっと見つめている。

 永夢の問いにも答えず、物憂げに拳を見つめたままだ。

 

「言いたくないなら、いいんですけど」

 

 永夢が苦笑いして場を取り繕おうとした時、青葉はゆっくりと言葉を返した。

 

「さっき、私……」

 

 そこで、青葉は右拳を見つめたまま固く握った。

 

「あの人を、殴りました」

 

 永夢は少し驚いたような顔をしたが、彼女の言わんとするところが解ったのか、彼はあえて視線を床に落とし、彼女の話をただ聞くだけの姿勢を取る。

 

「……そうですね」

「あの人の言葉で八神さんが消えかけた時、あんな人消えてなくなればいいって思いました。無我夢中で飛び出して行って、殴り飛ばしてやる!って憎んでました」

「うん」

 

「でも、でも……本当に偶然だけど殴って、相手が倒れた時……すごく苦しかった。同情なんかできる相手じゃない。憎くて憎くてどうしようもなかったはずなのに、相手の『痛い』って言葉を聞いた瞬間……心が痛くなって、たまらなくなった」

 

 吐き出すように言い切ると彼女はまた拳を見つめ、一際辛そうな表情で永夢の方を向いた。

 その気配を察し、永夢も彼女の方を向いて目を見た。

 

「戦うって、ああいうことなんですか? あんなに苦しくて、辛いだけのものなんですか?」

「……戦う『だけ』ならね」

 

 短いその一言の意味を図りかねたのか、青葉はよくわからないという顔をした。

 永夢は、優しく微笑むと言葉を続けた。

 

「誰かを殴ると自分も痛い。殴った手が痛い。そして心が痛い。……どんな相手だってね」

「クロニクルを終わらせようとしてた時はずっと思ってたよ。本当なら病気である筈のバグスター……ポッピーやパラドと解りあえるのに、何で同じ人間同士で戦わなくちゃいけないんだって」

 

「檀正宗だって、僕は救いたかった」

 

「でも、僕の戦いは医者としての医療行為でもあるから。目の前にも、僕の手の届かないところにもたくさんの苦しむ患者さんがいて……必死に病気と闘ってる」

「その人たちの為には誰かが戦わなくちゃいけない。でも、僕がやらないと、って義務感から戦っているわけじゃないよ」

 

「これは僕が選んだ道。戦いで直面する痛みも、苦しみも受け入れて……それでも、皆に笑顔でいて欲しいんだ。健康で、元気な笑顔に」

 

 永夢の心からの言葉を聞き終わった時、青葉はとても複雑な表情をしていた。

 

 戦いの苦しみを受け入れて、それでも「誰かの為」という「自分の為」の願いを果たす。

 その精神はどこまでも、どこまでも誇り高いと思った。

 

 だがそれと同時に、自分が経験したあの痛みよりもずっと強いものを抱えながら進むその姿が──とても悲しいものにも見えたからだった。

 青葉はエグゼイドのマスクを「イカしてる」と評した。しかし今にして思えば──仮面(マスク)を被り戦うのはその下の涙を隠す為なのではないかと考え、また彼女の中に悲しみの気持ちが沸き上がってきた。

 

「涼風さん」

 

 不意に名前を呼ばれ、青葉は驚いた。

 

「涼風さんの仕事はゲームを作ること。それって、やり方こそ違うけど……誰かを笑顔にするための『戦い』なんじゃないかって僕は思います」

「そう……ですかね?」

 

「ええ。皆さんが元の世界に帰れるように、僕は頑張ります! 涼風さんはゲームを作って、僕はゲームで誰かを治して……お互いの仕事を、頑張っていきましょう」

 

 そう締めくくった永夢を見て、青葉はうんと頷いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 一方で、ソファーに横たわったひふみの顔や喉を大我は軽く指で叩いたり、目を動かさせたりして反応を見ていた。

 やがて診断が終わったのか、大我はひふみから手を離した。

 

「取り敢えずは大丈夫だろう。ほとんど一瞬で落ちるなんて、結構強い薬だろうからな……脳神経系や鼻粘膜の影響が心配だが、鼻の奥とかどうだ?」

「ちょっと、痛い……です」

 

 ひふみの返答に、大我の表情が曇る。

 

「……炎症が心配だな。ブレイブ、明日朝一で院内の耳鼻咽喉科に回すぞ」

「サンキューだ、ドクターと事務への連絡は俺がやる」

(わり)いな」

 

 ドクター達が手際よく連携を見せていた時、ひふみは悔しそうな目で紅葉の方を見た。

 

「何ですか……? ひふみ先輩」

「ゴメン……ね。私、何も……出来なかった……」

 

 ひふみの悔恨とはそれだった。

 あの場での最年長は、部下を取り仕切るべきはひふみだった。

 だが、彼女はバグスター相手に何もできず、ただ眠らされて周りに世話をかけるだけの結果となった。それが、彼女の心に重くのしかかっていたのだった。

 

「……そうでもないぜ?」

 

 貴利矢が歩み寄ってくると、屈んでひふみと目線を合わせた。

 

「不思議だと思わないか? あいつらが緊急通報は妨害してたのに、何で自分たちがあそこに駆けつけることが出来たのか」

 

 確かにその通りだ。現にはじめ達が通報を行おうとした時はエラーが出る結果となり、助けを呼べずじまいだった。

 

「じゃあ……何で……」

「あんたには教えてただろ? 『新型』緊急通報のやり方」

 

 貴利矢に言われて、ひふみははっとした表情になった。

 

「新型?」

「衛生省と自分で色々考えてたんだよ。今回みたいにバグスターが直接襲ってくるケースも想起して、より手軽かつ即時に呼べるシステムをな」

 

 首を傾げる紅葉に、貴利矢は自分のスマートフォンを取り出すと、アプリの一覧から赤色のアイコンを選びタップする。

 そこには、「ゲーム病・バグスター遭遇時の緊急通報」と飾り気のない文字で書かれた題字があり、その下に大きなボタンが表示されている。

 

「こいつを押すだけで暗号化された通信がCRに届いて、通報が完了するって仕組みさ。乗りやすくて手軽だろ? まだ暗号化の方がテスト段階で安定しないから、万が一の万が一ってことで責任者のひふみちゃんにだけ教えてたんだが……結果として大正解だったワケ」

「そっか、あの時……」

 

 紅葉はヤバンナから逃げていた時のことを思い返した。

 確かにあの時、彼女はひふみに緊急通報を提案した。それに対してひふみが何か言いたげだったのは、これがあったからだ。

 

 あの時、既に彼女は緊急通報を完了していたのだ。

 

「あの気持ち悪い人の……せいで……失敗したと、思ってた……」

 

 困惑するひふみに、貴利矢は優しく微笑んだ。

 

「あんたの行動が三人を、あんた自身を救ったんだよ。カッコいいぜ、リーダー」

 

 貴利矢のふいの優しさが刺さったのだろう。ひふみはぽろぽろと目から涙をこぼし始めた。顔は必死に泣き顔に歪まないよう耐えている。

 それはきっと、部下の前だからという彼女なりの矜持もあるのだろう。

 

「さ、ひふみちゃんを病室まで連れてくぞ」

「わ、私付き添います!」

「私も!」

 

 紅葉とポッピーが同時に手を挙げた。紅葉は気まずそうな顔をしたが、貴利矢は既に階下に降り、廊下の方でストレッチャーの準備を始めている。

 ポッピーとニコが肩を貸し、二人でひふみが歩けるように手伝ってあげていた。

 紅葉は慌ててその後をついていくと、ストレッチャーに乗ったひふみの傍に付き添った。

 CRから一般病棟に移し、病室に運び込むまでは順調だった。ひふみは病衣に着替えて病室に落ち着くと、ごめんね、すぐ戻るから、と何度も名残惜しそうに紅葉に声をかけていた。

 

 ひふみを残し、三人はCRに戻っていく。半分程度まで歩いたところで、貴利矢が二人に声をかけた。

 

「あ、そーだ……。『俺』、ちょっと他の病棟に用があったんだわ。先に帰っててくれ」

 

 それだけ言い残すと彼はささっとその場を離れ、後にはポッピーと紅葉だけが残された。

 

「じゃあ、戻ろっか!」

「あ、はい……」

 

 調子が狂うな、と紅葉は思っていた。

 自分がここまでやきもきしているのに対して、ポッピーは変わらず明るく振舞っている。

 このまま黙ってやり過ごすか、とも思ったが、その時ひふみの言葉が頭の中に響いてきた。

 

「でも、ね……言わないと伝わらないこと……あるんだよ! 私も……一緒に、謝ってあげるから!」

 

 そうだ。

 言葉にするのが苦手だとか、気まずいとか、そうやって頭の中で考えて踏み出すのが遅れるのはもううんざりだ。

 

 勇気を出さねば意味が無い。

 

「あの!」

「何?」

 

 ポッピーにまじまじと見つめられ、また尻込みしそうになる。だが、紅葉は心の中でなにくそ、と思い息を吸った。

 

「何で、助けて……くれたんですか?」

「何でって?」

 

「だって! 私、その……酷い、ことを……」

 

 自分で言っていて、紅葉は数々の言葉を思い出して苦しくなった。

 

 嘘はつくまい。

 あの時、自分は確かにCRの面々を信用していなかった。コウの病の原因であるバグスターと同質の存在が、自分たちの味方だとはどうしても考えられなかった。

 

 だが今はもう、それらを疑う余地は無い。現に彼女は、ポッピーに命を救われたのだ。

 だがそれを考えれば考えるほど、あんなことを言った自分を何故助けてくれたのかが不思議で仕方が無かった。

 

「そんなに難しいことかな?」

「えっ?」

 

「助けたいから助ける。それじゃ駄目なのかな」

 

「答えになってないですよ! だって……私は、その……」

「……うん。モモちゃんに色々言われて、私ちょっと驚いたし……傷ついた。嫌われてるのかなあって思った」

「……ッ」

 

 ポッピーの言葉に、紅葉はまた首を垂れ俯く。

 

「でもね!」

「えっ?」

 

「自分が嫌な思いしたからとか、そんなの目の前で困っている人を助けない理由にはならないよ!」

 

 意外なまでの一言に紅葉が言葉を失ったのを見て、ポッピーは続けた。

 

「私は人間が好き。私は人間と楽しく遊ぶために産まれた、『ドレミファビート』のキャラクター」

「それは……キャラクターとしての、決まり……だから?」

 

 紅葉のその言葉に、ポッピーは微笑んだ。

 

「それも間違いじゃない。でも、それだけじゃないよ」

「私は私自身の経験から、人間が大好きって思える。エムが、ヒイロが、タイガが、キリヤが、ニコちゃんが、院長が、ヒナタ審議官がいて。それから、クロトがいて……私に色々な事を教えてくれて」

「そんな皆と出会ってきたから、私は人間が大好き。たった一つしかない命を、大切にしてほしいし守りたい」

 

 それを聞いた時、紅葉は感嘆していた。

 

 人間でないものが、こんなにも優しく、人を想ってくれる。

 

 自分の考え以上に大きくて広い心を、彼女は純粋に素晴らしいと思っていた。

 

「それにね」

「えっ?」

 

「モモちゃんのこと……聞いたよ。ヤガミさんに憧れてて、いつかヤガミさんみたいなキャラクターデザイナーになるんだって夢を持ってるってこと」

 

 完全に予想外の言葉だったのか、紅葉は硬直してまた言葉を失った。

 

「命があるから夢が生まれる。その夢が、新しい命の歩く未来を作っていく。人の命は、地球の未来……」

「だから私は絶対にそれを守って、モモちゃんと友達になるって決めたの!」

 

 どこまでこの人は──いや、このバグスターは優しいんだろうと紅葉は思った。

 焦燥と不安にかられて、自分を見失っていた私とは大違いだと。

 

「……ごめんなさい」

 

 紅葉の言葉に、今度はポッピーが言葉を失った。

 紅葉は何か続けようと思ったが、色々な気持ちが渦を巻き言葉にすることが出来なかった。気づけば、熱い涙が両眼から零れているのがわかった。

 

「ごめんなさい……! ヒッ、ごめ、な、さい……!」

「もーっ!! そこは『ごめん』じゃないでしょ!」

 

 ポッピーは紅葉の手を取っていた。不意の行動に紅葉がびっくりした顔をしているのをお構いなしに、ポッピーは続けた。

 

「人に何かしてもらった時は、『ありがとう』だよ!」

「あ……ありがとうございます」

 

 うん、うんとポッピーは頷いた。

 不穏なスタートを迎えた二人の関係は──今ここに氷解し、本当の始まりを迎えたのだった。

 

「ウイニングラン、ばっちりキメたじゃねえか。紅葉ちゃん」

 

 柱の陰から二人を眺めつつ、貴利矢はにっこりと笑った。

 

 病棟に用事があるなど、初めから”嘘”だ。

 敢えて二人きりにすれば何か変化があると思っての行動だったが、それは見事に実を結んだ。

 

(自分は『嘘つき』なんでね。乗せられるのも、悪くないだろ?)

 

 二人が今や笑い合っているのを見てそう思った時──彼は、自分のすぐ近くに誰かがいることに気がついた。

 気配の方向を向いた時──パチッという音がし、次にダイヤルか何かを回すようなカリカリという音が聞こえてきた。

 

「気づいたのか? “仮面ライダーレーザー”」

 

 貴利矢の斜め後ろに、背の高い男が立っていた。男は首からトイカメラを下げ、それを弄っている。

 貴利矢は知る由も無かったが、それはエグゼイドとヤバンナの最初の戦いを見ていたあの男だった。

 

「お前……奴らの仲間か!」

 

「今の俺はどちらの味方でも無いぜ。お前たちの物語を観ているだけの──通りすがりの旅人さ」

 

 貴利矢は男に飛び蹴りを見舞おうとした。だが男はそれを避け、華麗に踊るような仕草さえ取る余裕を見せる。

 男は改めて貴利矢を見ると、どこか満足したように腕を振った。

 

「また会おうぜ」

 

 待て、という貴利矢の声には応えず、男はその場から霞のように消えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 夜の研究所で、里見は窓の外の星空を眺めていた。

 星の光は、いつ何時でも降り注ぐ。それは病める時も、健やかなる時も。

 

 娘がまだ幼い頃、仕事帰りに亡き妻と迎えに来た時には何度も星空を見た。それはとても美しく、これからの家族の未来への希望を感じさせた。

 だが今は──その輝きは、己が未来への絶望を、よりくっきりと映し出すスポットライトのように見えた。

 

(いけないね、年を取ると感傷的になって)

 

 里見がそう思った時だった。

 

「あー痛い……。ヒリつくわ畜生ォ……」

 

 桐子が頬をさすりながら、室内に姿を現した。

 

「おかえり」

「先生! ちょっと診てよ、あたしの頬」

「……僕は内科医なんだけどね」

「いいから!」

 

 仕方なしに里見は桐子の頬を軽く診る。

 内側で軽い内出血を起こしているらしく、頬の真ん中の辺りにあざが出来ていた。

 

「しかし驚いたね、ライダー達の装備はデータ化した身体なら解析して無効にできるって言ってたじゃないか」

「できてたわよ! 現にエグゼイドのロケットパンチは効いてなかったのよ! ……まあ、衝撃自体は殺せないから、ちょっと吹っ飛んだけど」

「じゃあ、それは?」

 

「一緒にこの世界に連れてきた八神コウの部下に一発貰ったのよ……。ぜってー許さないわ、『涼風青葉』」

 

 息巻く桐子に里見が嘆息した時、また室内に入ってくる者があった。

 

「あッ、くそ、くそッ、なんなんだよォォ……。何で『おれ』がこんな目に……」

「オラの銃を使い物にならなくしやがっでェ! ブチ殺さなきゃ気が収まらねえっぺよォ!」

 

 斎藤とヤバンナだった。ライダー達に負け敗走した二人は、ぼろぼろの身体で戻って来ていた。

 

「ちょっとちょっとちょっと! ヘイヘイヘイ! なァに? あんた達やっぱりやられちゃったってワケ!?」

「あッ、そ、その……」

 

「ジョーダンじゃあないわよッ! 天下のバグスターが二人も揃って、メスガキ一匹ブチ殺せないとか何なの!? あんた達プライドとかないの!?」

 

 桐子は机を叩く。だが、斎藤は恨みがましい目でじろりと桐子を見た。

 

「あッ、だ、大門さん、だって、八神コウを、消せなかったんじゃ、ないですか……。と、年増の、くせに、エラそーな……」

「あァ!? ナメたこと言ってんじゃあないわよ、このヒョロガリモヤシのインポサイコ野郎が!」

「あッ、そ、そういう事……!」

 

「やめないか!」

 

 里見が一喝した。普段は温厚な老紳士の激昂に、二人はびっくりしたといった表情で里見を見た。

 

「僕たちがつまらない事で言い争っている場合じゃ無いだろう? 今日の作戦が失敗したのなら、明日成功させれば良い。取り返しのつかない過去の失敗の事でいつまでも言い争うなど、不毛にもほどがあるよ」

 

「ほほォ。流石は先生様だっぺよォ、オラ感動したっぺ! 亀の甲より年の劫ってのは、言い得て妙だっぺなァ!」

 

 ヤバンナが心底感動したといった具合に拍手する。

 思わぬ方向からの「待った」に、さしもの桐子と斎藤も気勢を削がれたといった具合だ。

 

「……ゴメンね栄クゥン! 明日はいっぱいグロ死体作っていいからね! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死んじまえ~! 黄色い豚めをやっつけろ~!」

「あッ、ふぉ、フォローに、なってるんですかね、それ……」

 

 形ばかりの和解を設け、取り敢えずその場は収められた。

 

「もう休もう。……バグスターの君達と違って、おじいちゃんの僕に夜更かしはきつくてね」




See you Next game


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