サクラ大戦~もう一つの視点 (アマゾンズ)
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新サクラ大戦へ繋ぐ回想
序章 支え続ける者


彼はかつての仲間と共に一人で居場所を護り続けていた。

彼の青春を、恋を、仲間を・・・。

再び出会えると信じて。


太正二十九年、帝都・東京。大帝国劇場の前を掃除している若者がいた。

 

年齢は30代に近く、それでも肉体の衰えを感じさせず、目付きの鋭さは彼が修羅場を潜って来ている事を示すかのようだ。

 

「うーーーん、こんな所かな。次は舞台の掃除とトイレ掃除だな」

 

彼の名は狛江梨 直仁(こまえなし なおと)此処、大帝国劇場の支配人であり、清掃員でもある。

 

実際に支配人とは名ばかりで、彼は清掃員としての仕事がもっぱらだ。本人としては気に入っているので気にしてはいない。

 

舞台に立つとモップとバケツを用意し、水に浸した後に水切りをして床を拭き始める。

 

それと同時に彼は歌を歌い始めた。

 

「甲板~♫フラフラ~フラフ~ラ~♫」

 

彼も舞台に関してはあまり良い印象を持ってはいなかった。だが、ここで出会った出会いが全ての価値観を良い意味で壊してくれた。

 

「ああ~♫夢のような~甲板~そう~じ~♫」

 

懐かしく感じる歌をずっと歌いながら、舞台の掃除を終わらせる直仁。舞台から降りて、客席から舞台を見る。

 

「此処にはまだ・・・」

 

今でもはっきりと思い出せる。かつての歌劇団との思い出が次々に・・・。彼が清掃員をしているのはこれが要因だった。

 

『直仁さん!大神さん!お疲れ様です!はい、差し入れのオニギリです!』

 

『ありがとう!さくらさん』

 

『ありがとう、さくらくん』

 

『いいえ、あ・・直仁さん!そんなに急いで食べたら!』

 

『んっ!?ぐぐぐぐっ!』

 

『直仁くん!?さくらくん!水だ!』

 

『は、はい!』

 

直仁はドンドンと自分の胸を叩き始め、大神はさくらに水を持ってくるように頼んでいた。

 

「なんてこともあったなぁ・・・」

 

舞台での回想、花組の隊長であった大神一郎、そして神崎すみれの引退後に花組のトップスタァとなった真宮寺さくら。あの二人、いや・・・歌劇団そのものが思い出の中でしか生きていない。

 

「あー!やっと見つけましたよ!!」

 

「げっ!」

 

「なーにが、げっ!ですか!今日こそ話してもらいますからね!支配人の過去を!あの時に私に言った言葉の意味を!」

 

「あー、わかったわかった。だったら誠十郎の奴も呼んで来い」

 

「え?神山さんもですか?」

 

「良いから呼んで来い!それとお茶くらいは俺が奢ってやる。後、場所は俺の部屋だからな?」

 

「は、はい!」

 

「はぁ・・・なんで俺はアイツにあんな言葉を言っちまったんだろうな」

 

頭を掻きながら愚痴りつつ、彼は走っていく少女の背中を見ていた。彼女の名は天宮さくら、次世代の帝国華撃団・花組の一員だ。無論、歌劇団の一人でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

今では彼が此処を一人で支えているのだが、その後ろには神崎重工の強力な後ろ盾があってこそであった。

 

彼は此処に来る前、荒れ果てた生活をしていた。長屋に住み、必要最低限の金を稼ぐとチンチロや花札といった賭場へ足を運ぶ毎日。

 

勝てばそのまま酒に使い、負ければ喧嘩で憂さ晴らしをする。最低の日々であった。

 

偶然にも、酒場で彼を発見し長屋にいるのを知った後、会いに来たのが神崎すみれであった。そして彼女は出会うなり、彼に平手打ちをしたのだ。

 

「何をしていますの!?腐っている場合ではないでしょう!?」

 

「みんな・・・みんな居なくなって、どうすれば良いのか解らなくなったんだよ!」

 

「目の前の現実から逃げるだけでは何も解決しませんわ、それならウチへいらっしゃい」

 

「え?」

 

「太尉が太陽なら、貴方は月・・・そう言われていた頃の貴方に戻すためですわ。覚悟なさい」

 

「すみれさん・・・お願いします!」

 

それから直仁は士官学校時代の訓練や体験入隊時の訓練、経営、経済、社会学、語学などを徹底的に勉強させられた。

 

元々、彼は海軍士官学校で首位を争う程の勉強家であり、優秀な頭脳を持っていた。だが、それでも荒れていた時期のサビを落とすことは容易ではなかった。

 

酒によって鈍った頭脳、訓練していなかった事による、肉体の悲鳴。まさに直仁は一から鍛え直すはめになった。

 

それでも、彼は歯を食いしばって勉学と訓練を必死に続けた。すみれも厳しく彼を見守り続けた、その裏には想い人を支えていた当時の直仁に戻って欲しいが故のものだった。

 

そうして鍛え続けた結果、完全とはいかないが当時に近い状態にまで戻る事が出来たのだ。それから、支配人の役割を与えられたが、一から出直したいとして支配人は名前と形だけにし、清掃員として働いている。

 

 

 

 

 

「連れてきましたよー!」

 

「なんで俺まで、って・・支配人?」

 

「おう、来たか。まぁ、座れや」

 

直仁は西洋の紅茶も嗜むが、基本的に緑茶を好む。今は季節に合わせるよう、お茶を淹れていた。

 

「さぁ、早く聞かせてください!支配人が帝国華撃団に入った経緯と私に送った言葉の意味を!」

 

「まぁ、慌てんな。誠十郎、今からする話はお前にとって、前隊長と比べられる事になるかもしれねえ・・・だが、聞かねえと隊長への一歩はハッキリ言って無い。聞く覚悟はあるか?」

 

「ええ、聞かせて欲しいです。俺達が来る前の華撃団の話を」

 

「まぁ、俺の昔話も入っちまうが、話してやるよ。天宮、お前が憧れた帝劇のトップスタァ、それから誠十郎、お前が目指したいと思う男の話をな」

 

直仁は喉を潤すと同時に静かに語り始めた。十年前、彼が帝国華撃団・花組に入隊した経緯と彼が守りたかった仲間、新世代が集まる前の、秘密にされて来た前・帝国華撃団達との出会いを。




新サクラ大戦、と聞いて思わず書いちゃいました。

サクラ大戦はゲームボーイカラーから入って、それ以降、夢中になっていました。

中の人達の歌劇も実際に見に行き、今は無き池袋のサクラカフェにも通ってました。

OVAもレンタル店に行って全巻を観ていたくらいです。

今でもPSPですが、1と2はプレイしています。

今でも真宮寺さくらさんは「さん」付けする程好きですね。ハイカラさんが好きすぎるというのもありますけどww

この作品は私の自己考察や予想が入りますので、それだけはご了承ください。


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主人公(語り手)の設定と機体及び用語

設定です。

激!花組入隊!の主人公が素体になっています。


名前

 

狛江梨 直仁(こまえなし なおと)

 

アナグラムすると「なまえなし おとこ」となる。

 

性別 

 

男性

 

年齢19(サクラ大戦時) 29(新サクラ大戦時)

 

身長177センチ

 

体重60キロ

 

趣味 旅行(特に温泉巡り)

 

 

特徴 顔は中性だが、若干女顔により気味かつ年齢の割に声が高め。鍛錬している為にある程度の筋肉は付いており細身で引き締まっている(現代で言う所のモデル体型)服を着ていても脱いでも華奢にしか見えず、女装すると背の高い女性にしか見えない。意外な特技はハーモニカでとある人物から改造を受けた物を愛用している。

 

 

 

詳細

 

海軍士官学校在籍の青年。元は一般人であったが、帝国華撃団への体験入隊をした程の男性では珍しい高い霊力の持ち主。

 

体験入隊時に帝劇のメンバーから居合、薙刀、射撃、霊力、技術学、空手を教え込まれている。

 

さくらからは「見取り稽古で最初の型を収めてしまうすごい人です」

 

すみれからは「努力だけは認めますわ、でも危うさも持っています」

 

マリアからは「型にハマった時は恐ろしいわね・・・」

 

アイリスからは「まだ内側に隠しているみたい」

 

紅蘭からは「ぜひ、技術者になって欲しいわぁ。整備士になれるで!」

 

カンナからは「なかなか見所と根性がある奴だな」

 

と言われる程の特訓を欠かさない人物であった。同時に時間を見つけては隊員や事務の手伝いもしていた。

 

体験入隊後、地元にて柳生新陰流の流れを持つ剣術道場の門を叩き、改めて剣術を学ぶ。

 

その過程で学問にも精を出し、海軍士官学校へと入学(実際は花組の体験入隊時に光武の実験機を食い止めた実績を知られている為)

 

主席と次席を行ったり来たり(学校のライバルとの関係で)していたが

 

卒業前に海軍上層部からの命令と帝国華撃団からの要請によりサンダーボルト作戦へ参加。

 

地下に眠っていた魔界の扉から現れた魔界王を封印、魔神機を回収した。

 

その後に繰り上げ卒業で正式に花組への入隊を確約され、現在は大神に続く第二のモギリとして大帝国劇場の名物モギリの一人になっている。

 

※帝国歌劇団の影響で演技に興味が湧き、舞台や演技の仕方をこっそり勉強していた。メンバーの一人が怪我等で欠けた際、一度だけ女装し脇役の町娘役として舞台に立った事もある。その影響でコアなファンが付いた事もありファンレターが来てしまったこともあった。

 

 

接客に関しては学費のために洋食屋などで働いていたので定評有り。第二の男性隊員であるが、目立った戦績もなく出撃は少ない。

 

花組メンバーからは「縁の下の力持ち」「大神隊長が太陽だとすれば、彼は月の位置」とも言われている。

 

帝劇メンバーの中では特に真宮寺さくら、桐島カンナの二人と仲が良い。アイリスからは「ちい兄ちゃん」と呼ばれている。

 

巴里のメンバーからは「隊長と同じ志を持つサムライ」「受け入れてくれる器の大きい人」と呼ばれる。

 

二つの華撃団で異性として気になっていたのは真宮寺さくら、北大路花火の二名。

 

 

 

 

十年後(新サクラの時代)

 

神崎すみれの後ろ盾もあり、帝劇の管理人兼清掃員としての手腕を発揮。帝劇を演劇のできる場所として営業していた。

 

降魔大戦終結と同時に、八つ当たりするかのように荒れた生活をしていたが、彼を見つけ出した神崎すみれの叱咤と協力で、再び帝劇を立て直す事を決意した。

 

すみれから経営学・社会学・経済学のイロハを叩き込まれ、新世代の帝劇メンバーが集まるまで支え続けた。

 

霊力は無くなってはいないが「俺は次世代に託す世代」と第一線から退いている。非常緊急時には出撃するがトラウマから長時間は戦えない。

 

前華撃団メンバーが消滅したと言われる降魔大戦時は自身の専用の光武を大破させられてしまい、参加できなかった。

 

今現在は、裏であらゆる華撃団の礎となった帝国陸軍対降魔部隊のように生身で自然発生する魔を切り伏せている。

 

持っている武器は村正・鬼包丁(影打)と大戦終結時に発見された光刀無形の二本。

 

新世代の華撃団に対しては冷たく、辛辣な態度をとり「自分の力が絶対だと考える青い面子」と考えている。

 

大神華撃団(帝国華撃団と巴里華撃団)、新世代の帝国華撃団の事を馬鹿にしたりすると即座に激怒し、居合で相手の目前に切先を向ける癖が出来ており、恐れられてはいるが抜くのは村正で光刀無形は人に対しては絶対に抜かない。

 

辛辣なのは実際、成長させるのが目的で新世代に「行方不明は待っているのが一番辛い。希望も絶望も同時に来るから」という事を教える為に冷酷を装っている。

 

神山 誠十郎の隊長としての素質を見抜いており、次世代の隊長にするため厳しく指導する。

 

天宮 さくらに対しては荒削りだが、長年、舞台女優を見てきた観察眼でトップスタァになる素質を見抜いている。

 

「真宮寺さくらさんに憧れているなら、その、さくらさんを超えてみろ。同じ名前を名乗っているならな」と叱咤激励に近い言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 

手持ち武器

 

村正・鬼包丁(影打)

 

妖刀と呼ばれる村正だが、これは真打ではなく影打であり、士官学校生時代にとある刀匠から譲り受けたもの。影打とは言えど村正に違いはなく、切れ味は他の業物の追随を許さない。鬼包丁と呼ばれているのは刀身が黒光りする所以。

 

光刀無形

 

二剣二刀の儀を行う為に必須と言われる四本の刀剣のうちの一本。降魔大戦後に発見され、神崎重工が買い取り、復帰した直仁に託された。この刀だけは人の血で汚すまいと人間には決して刀身を抜かない。所持者に希望と野望・野心を達成する強い力を与えると言われており、現所持者の直仁を認めている節がある。

 

 

光武二式・改(直仁専用機・サクラ大戦時)

 

体験入隊時最終テストの成績と剣撃を主とするさくら、大神機のデータを使い余った予備のパーツから組み上げ、最新に改修された専用光武。

 

パーソナルカラーは群青。

 

固定武装を持たない代わりに大容量のバックパックを装備されており、銃・刀など大型・小型を問わず武器を収納し。そこからセレクトして使う。

 

光武F2などのノウハウやアイゼンクライト、天武の技術も取り入れられてはいるが、外見は光武二式と変わらない。

 

必殺技は体験入隊時に見取り稽古で会得した破邪剣征・桜花放神、自己アレンジした一百林牌。

 

己自身の必殺技は光武用に鍛えた村正の力を借り、神魔の力を刀身に宿し相手を切ったり、衝撃波を繰り出す『鏡反相殺斬』

 

 

※10年後

 

外見は変わらないが、降魔大戦時に大破させられ、回収された際に蒸気システムやフレームなどの強化改修がされている為、最新機と遜色のない出力を持っているが、搭乗者である直仁に制限時間がある為、本来の力を制限時間内でしか発揮できない。

 

 

龍脈の御子[りゅうみゃくのみこ]

 

サンダーボルト作戦時に直仁が覚醒した際に力を得た代償の称号。地面そのものがあれば龍脈という名の気脈の流れを掌握することができる。御子と書かれるのは女性ではなく男性であるため。

 

この呪いを受けた者は右腕に東洋の龍に似たアザが浮かび上がる。

 

 

 

無形の形[むけいのかた]

 

直仁の見取りに対しての総称。相手の技と型を見取り、粗削りながらも習得してしまう力に対して米田一基が名付けた。直仁には型がなく、あらゆる型を吸収出来る器があると推測された事からこの名が付いた。武器・無手・霊気を問わずに習得出来るが、それに比例して鍛練を続けなければ弱体化し、その技の使い方を忘れてしまう。型を極める事で自身のオリジナルの技に昇華させる事も可能。敵味方問わずに恐れられ味方に付ければ敵の動きの対策や味方との連携の練習相手となるが、敵対する立場からすれば鏡合わせの相手かつ動きを見切られてしまう為に勝つ事が難しい相手となる。

 

 

 

 

 

龍虎王[龍王機](サクラ大戦世界)

 

直仁がパートナー(ヒロイン兼恋人)を殺されたと勘違いし龍脈の霊気を暴走させ、その際に自意識を取り戻し目覚めた古の超機人。

 

自身が復活の際、損傷箇所を補う為に直仁の光武二式・改とパートナーの機体を取り込んだ為にコクピットは光武と変わらず操縦可能。(後にパートナーの機体は再開発されている)

 

二機分の霊子水晶を取り込み五行器への霊力伝達がスムーズになった為、それにより念動力の代わりに霊力が高く、龍虎王・虎龍王の半身である龍王機、虎王機が認めた操縦者の二人であれば魂力を吸われずに操作可能になった。

 

武器は固定されており、龍虎王と虎龍王が元々持っている武装のみ。直仁の龍脈の御子としての力の集大成ともいえる機体で、双武と同じくパートナーと共に霊気が同調していなければ動かせない。

 

パートナーと龍王機の力によって直仁の制限時間が無くなっており、龍虎王[龍王機]に搭乗時のみ帝国華撃団として戦闘可能になる。

 

武装

 

龍王爆雷符

 

龍王破邪眼

 

龍王炎符水

 

龍王移山法

 

龍王破山剣

 

 

 

虎龍王[虎王機](サクラ大戦世界)

 

直仁のパートナー(恋人兼ヒロイン)になった者が搭乗する機体。欠損箇所を補い修復した際にパートナー自身の機体が取り込まれた為、必然的にパートナーが搭乗者となる。(未来の機体であるグルンガスト参式を取り込んでいない為ヴァリアブル・ドリルは使えない)

 

武器は接近戦用しか無いが、驚異的なスピードと遥か昔の大戦で龍王機から授けられた『身分身の術』を利用した乱撃により、間合いを支配する。

 

 

武装

 

虎王飛牙

 

虎王咆哮

 

虎王・連挺乱打

 

虎王神速槍

 

虎王乱撃




光武は回想で出てきますが、それだけです。刀だけはかなり出てきます。


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第一話 体験入隊

その当時、彼は一般市民であった。

ひとりの女性との出会いが、その運命を大きく変えた。


支配人室の一室で、支配人の直仁、天宮さくら、神山 誠十郎の三人が座っている。

 

直人はお茶を一口飲むと話を始めた。彼が帝国華撃団に入隊したきっかけ、そして留まる事になった任務を。

 

「あれは丁度、十年前だ。その当時、帝国華撃団の副司令に出会ってな」

 

 

 

 

 

狛江梨 直仁、当時十九歳。彼は一般市民として高等学校(当時の大学)を受験するかの瀬戸際であった。早生れであり、実家は裕福に近いものではあったが、両親の反対を押し切り、学問のために上京してきたのだ。

 

「うーん、今日もいい天気だな。バイトは休みだし、銭湯にでも行こうかな」

 

「そこの貴方、少しいいかしら?」

 

「え?僕の事ですか?」

 

当時の直人はまだまだ青く、一人称が僕であった。話しかけてきた女性が彼の運命を変えた本人でもある。

 

「そう、貴方、なかなか良い霊力(モノ)を持っているわね。私は帝国華撃団・副司令、藤枝あやめ。いま全国を回って霊力のある若者を探しているの」

 

直仁からすれば帝国華撃団と聞いて、知らない筈がなかった。目の前で軍服を着ている女性がその副司令ならば、帝国華撃団は軍隊なのだろうと考える。

 

「はぁ・・・」

 

「そして、有望な子には帝国華撃団への一ヶ月の体験入隊をお願いしているの。どうかしら?もし、貴方が選ばれたら体験入隊する気はある?」

 

あやめの言葉に心臓が高鳴った。帝国華撃団への体験入隊、一ヶ月だけだとしても帝都を守る部隊に入る事が出来る、正義感の強い直仁は返事を返そうとした。

 

「とは言っても、まだ、正式に決まった訳ではないのよ。全国を回って、その中で貴方の素質が一番高いとなったら、手紙を送るわ。その時はよろしく頼むわね」

 

そう言うとあやめは去っていった。自分の中で帝国華撃団の体験入隊の候補者に選ばれた事に驚きを隠せない。

 

興奮を冷ます為、銭湯へ行き身を清めた後、桶に貯めた冷水を頭から被った。

 

「普通の高等学校じゃなく、士官学校を受験しようかな」

 

などと思い始め、湯船に浸かり、休日を楽しむ事にする。休日を終えて学校やアルバイトをこなしつつ、二ヶ月後、下宿に手紙が来ていた。

 

「手紙か、どこからだろう?!これって・・!」

 

開封すると中には手紙が一枚入っていた。他には何もなく、中を確認しても何も入ってはいない。

 

【貴殿ノ帝国華撃団ヘノ体験入隊ヲ願フ 帝国華撃団 米田一基】

 

「まさか、本当に選ばれたのか?民間人の僕が・・・あの帝国華撃団に。夢じゃないよな?」

 

直仁は自分の頬を抓ってみたが、痛みが夢ではない事を教えてくれる。

 

「痛てて、でも・・・選ばれたのなら全力でやるしかないな。バイト先にも連絡しておこう。大帝国劇場の手伝いをするって」

 

総自分に気合を入れると荷造りを始めることにした。これが、彼にとって闘いの幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

 

「それが、帝国華撃団との出会いだった・・・」

 

「支配人、その・・・藤枝あやめさんって、どんな方だったんですか?」

 

天宮の素直な言葉に直仁は少しだけ笑みを浮かべ、口を開く。まるで、懐かしんでいるかのようだ。

 

「総ての華撃団の基礎となった帝国陸軍対降魔部隊に所属していた人だ。優しくも厳しく、以前の帝国華撃団の副司令で、メンバーをスカウトした人でもあったんだ。護身術の達人でもあったよ」

 

そう言って直仁は一枚の古びた写真を見せた。髪をポニーテールに結って、なにかの戦略を黒板に笑顔で書こうとしている一人の女性の一面が撮影されている。目線は撮影器具に向いている様子だ。

 

「わぁ・・・綺麗な方ですね?」

 

「ああ、客観的に見てもかなりの美人だな。もしかして、写っているこの女性が?」

 

天宮と誠十郎は古びた写真に写る女性を見て、素直に褒め、誠十郎は疑問を直仁にぶつける。

 

「そうだ。その人が藤枝あやめさんだ。その写真は当時16歳のものらしいけどな」

 

「支配人、どうしてこんな写真を持っているんです?」

 

「貰ったんだよ。本人から・・・今となっちゃ形見みたいなもんだけどな。(もし、その当時で出会ってたら告白してたけどな)」

 

「え?」

 

「どういう事です?」

 

「・・・・・悪いが、素面じゃ話せねえ。この話はな、あんまりしたくねえんだよ」

 

直仁は年甲斐もなく、僅かに震えていた。それはかつて、自分が味方だった相手と戦った経験から来るものなのだろう。それを思い出してしまい、僅かに震えていたのだ。

 

天宮と誠十郎の二人は、目の前にいる相手が過去に何かあったのを感じ取っていた。

 

「次の話をしていいか?二人共」

 

「あ、は・・はい」

 

「すみません」

 

「それじゃ続けるぞ?それからは手紙が来て二日経ってからだ・・・」

 

 

 

 

 

いつも見慣れている大帝国劇場、此処に歌劇を観に来たわけではなく、華撃団の体験入隊も為に来たのだ。

 

「観に来ているだけだったけど、今回は違うからなぁ。えっと・・・」

 

受付に向かうと赤い服の女性が案内をしてくれた。事務所に行けば支配人室へ案内してくれるとの事だ。

 

事務所の女性は薄い紫色の着物を着た落ち着いた雰囲気を持っていた。手紙を見せるとすぐに案内をしてくれた。

 

支配人室の扉をノックし、中に入る。そこには支配人と思わしき老齢の人物が座っていた。

 

「おう、よく来たな!あやめ君から話は聞いているぜ。まぁ、一ヶ月という短い期間だが、体験入隊を頑張ってくれ!だが、まずはこの書類に目を通してくれ、簡単な手続きのためだ。あやめ君が見つけて来た人材だ。まず、間違いはねえと思うが、一応規則なんでな」

 

「はい」

 

帝国華撃団に関する守秘義務に関する書類を読み、書類の手続きを済ませると同時に雰囲気が柔らかくなる。

 

「よし、まあ、そう固くなるな直仁よ。今回の体験入隊で良い成績を残せば、将来の隊長候補として考えても良いと思ってる。一ヶ月という短い期間だが、頑張ってくれ。期待しているぜ。よし、それじゃあ、大神、後はよろしく頼んだぜ」

 

「はい。自分は大神一郎少尉、帝国華撃団・花組の隊長だ。よろしく」

 

「はい、よろしくお願いします。僕も・・・隊長になれますかね?目標にしたいんです」

 

「そうだね。頑張り次第とも言えるけど、俺としては追い抜くつもりでいてくれると嬉しいかな。ハハ・・・。じゃあ、花組のみんなにキミを紹介しよう。着いて来てくれ」

 

花組の隊長。体験入隊だとしても目指すべき最大の目標である。だが、現隊長である大神は自分を追い抜くつもりでいて欲しいと言った。隊長で止まるようではまだまだ、だとそう言いたかったのだろう。

 

大神の後に着いて行くと、サロンらしき場所に案内された。そこには六人の女性が椅子に座っていたり、壁にもたれかかっていたり、立っている者もいる。

 

「みんな、集まっているな。今日から一ヶ月間、花組に体験入隊することになった。直仁くんだ」

 

「皆さん、初めまして。狛江梨 直仁言います。一ヶ月という短い期間ですが、よろしくお願いします」

 

直仁は大神から、自分の名前と一ヶ月間の体験入隊をする事になった旨を伝えられた。直仁も真面目に挨拶をし、花組メンバーからも歓迎された。

 

「それじゃあ、直仁くん。君の霊力を測定するから着いて来てくれ」

 

「分かりました」

 

大神の後に着いて行き、地下へと案内される。そこには格納庫らしきものがあり、その隣にはシミュレーターのような装置があった。

 

「此処に座って、機体を選んでくれ」

 

「はい」

 

指示された通りにシミュレーター座り、各隊員の光武の機体データが表示された。

 

「(ここは、剣に覚えがあるからさくらさんの機体で行こう)」

 

さくら機をセレクトすると、敵である脇侍の姿が現れた。まだ、始めの合図がない為に動かない。

 

「(いきなりで戦えるだろうか?いや、やるしかない!)始めて下さい!」

 

「うん!始め!」

 

合図と共に装置が起動し、脇侍が先制攻撃で射撃を放ってくる。直仁は咄嗟に防御の構えを取るが、距離を離されている為に攻撃が届かない。

 

「ぐうううう!なら!」

 

とっさの判断で真横への移動をする事で、回避にに専念するが依然として脇侍は射撃の手を緩めようとしない。

 

その様子を大神は真剣に見ている。海軍出身である彼にとって一般人の直仁がどれだけ奮闘するかを知りたいのだ。

 

「えっ・・・と。ぐう!」

 

脇侍からの攻撃を回避したり、防御する事だけに気を取られ操縦もうまくいっていないが、腕を動かす為の操縦桿、蒸気噴射による移動などのペダルの操作方法などを動かす度に直仁はそれを体で覚えていく。

 

「装甲限界は?まだ後少しは持つかな?僕は・・・僕は負けたくないいいいい!!」

 

「な、なんだ!?」

 

瞬間、直仁の霊力が爆発的に上昇し始める。直仁の霊力が上昇する為の心の動きは「負けず嫌い」と「負けん気」だったのだ。

 

「うおおおおお!」

 

刀を抜き、脇侍との間合いを詰めていく。今の彼はシュミレーターとはいえど己が死ぬかもしれない恐怖と己の感情に支配され、極限にまで追い詰められていた為、ゾーン状態になっていた。所謂「ノってきた」という状態である。

 

「直仁さんの霊力値、上昇を続けています!110、120、135!」

 

「なんだって!?」

 

「うわああああ!」

 

剣に覚えがあるといっても幼少期にチャンバラの物真似をしていた位のものだ。だが、脇侍が振り下ろした刀を受け止めると鍔迫り合いに持ち込む。その硬直状態を狙って、脇侍は片手に装備してあるマシンガンの銃口を直仁へと向けた。

 

「っ!」

 

本能的というのだろう。直仁はヤクザキックを脇侍へ打ち込み、脇侍との間合いを僅かに離した。放たれたマシンガンは上空へと空撃ちになってしまう。

 

「ふぅ・・ふぅ!フー、フー!」

 

「150、165、180、200、250!ま、まだ上昇しています!」

 

「いかん!装置を止めるんだ!これ以上は負担が!直仁くん!もういい!もう止めるんだ!」

 

「っう!?」

 

シミュレーターが止まり、装置が外されていく。直仁は大量の汗をかき、呼吸も荒いままでその場で震えていた。

 

「はぁ、はぁ!はぁ・・・はぁ・・・!」

 

「大丈夫かい?直仁くん」

 

「はぁ・・はぁ・・・大神さん、僕は・・・」

 

「気にしなくて大丈夫さ、君の霊力測定は終わっているよ」

 

「ぼ、僕・・・怖くて・・・夢中で・・・何が何だか解らなくなって」

 

直人は自分の震える手を見つめながら、大神に胸の内を明かしていた。大神はその不安が痛いほど分かっていた。仮想とはいえど、いきなり死ぬかもしれない恐怖を味わうことになったのだから。

 

「ほら、立てるかい?」

 

「はい・・」

 

シミュレーターから立ち上がると事務所にいた女性、藤井かすみ。案内と事務所担当の榊原由里、売店担当の高村椿を紹介された後に、スケジュール帳を渡され一ヶ月間寝泊りする部屋を案内された。

 

「それじゃ、一ヶ月間。頑張ってくれ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

直人はスケジュール帳を確認しつつ、これから始まる帝国華撃団での生活に期待と不安を隠すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

「大神一郎、入ります」

 

「おう、入れ」

 

支配人室に入る大神、そこには支配人である米田一基、その隣には藤枝あやめが立っていた。

 

「支配人、あの・・・直仁くんの事なのですが」

 

「ああ、火事場の馬鹿力だったみてえだが、とんでもねえ霊力を叩き出しやがったみてえだな」

 

「霊力値500以上・・・アイリスにも匹敵する霊力よ。最も本人は目覚めてはいないみたいね。今の状態の霊力もその余波なのでしょう」

 

直仁の霊力測定の結果、通常時で95、火事場の馬鹿力状態でその5倍以上の数値となる事が分かったのだ。

 

「ですが、まだ完全に制御できていないのが現状です。彼の霊力が火事場状態でなら即戦力になることは間違いありません」

 

「この一ヶ月でどれだけ引き出せるかだな」

 

「さくらくん達も協力を惜しまないと言っています」

 

「頼むぜ、大神。次の世代へと繋いでいくにはお前だけじゃない、もう一人必要だ」

 

「はい!」

 

「狛江梨、おめえもだ。大神と並んで戦えるだけの実力者になってくれよ」

 

米田の言葉はまるで期待の表れのように風に乗り、花びらを伴って届けられていった。




直仁くんはまだ大神さんが隊長だった時期には完全には目覚めていません。

いうなれば眠れる力はあるが、覚醒することが出来ていない状態です。

それでも、光武を動かすことぐらいは出来るレベルではあります。

彼の力は「見取り」です。


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第二話 謎の光武

体験入隊から一週間、謎の光武が現れる。

※帝劇三人娘では、かすみさん推しです。


あれから、隊員達から剣術、薙刀術、射撃、霊力、科学技術、空手と筋力トレーニングといった花組隊員が得意とする武道などで特訓してくれる事になった。

 

初めは何も出来ずに終わっていたが、直仁は見取り稽古をお願いしたいとそれぞれの隊員にお願いした。

 

科学技術と霊力に関しては見取り稽古はほとんど意味はない、これだけは己の勉強と集中力のみが鍛錬になるからだ。

 

そんな中、直仁にもモギリをしろと米田支配人から命令された。流石に手が余っているのだから利用しない方がおかしいだろう。

 

「大神さん」

 

「直仁くん、頼むよ」

 

「はい!」

 

公演が始まり、お客様のチケットを次々にちぎっていく。大神はその手際の良さに驚きを隠せなかったが、自分も笑顔で対応する。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ帝劇へ」

 

「いらっしゃいませ、本日の公演をこころゆくまでお楽しみください。はい、チケットをお預かりします。列は乱さないようお願いしまーす」

 

飲食業でアルバイトをしていた直仁は、混雑時の客の乱れをスムーズに解決していた。お土産の宣伝も忘れず、売店への案内、場所が分からなくなったお客への受付への案内も果敢に行っている。

 

「おう、新しい兄ちゃん!ナイスなスマイルだな!」

 

「ありがとうございます!」

 

「直人くん、手馴れているな。何かやっていたのかい?」

 

「そうよ、私達だって手を焼くお客様の列を直しちゃったんだもの!」

 

ある程度まで、お客を会場入りさせ余裕が出来た為に大神が直仁に話しかける。そこへ帝劇三人娘のひとりである榊原由里も入って来た。

 

「ええ、煉瓦亭ではないですけど・・・別の洋食のお店でアルバイトをしていたので」

 

「だから手際が良かったのね。もしかして人気店?」

 

「一応ですけどね。カレーとかオムライスが人気でしたよ」

 

「へぇ、お店の名前はどんな名前だい?」

 

「航味屋ですけど?」

 

「ええーー!?航味屋って言ったら煉瓦亭と並ぶ大人気のお店じゃない!」

 

ミーハーな由里らしく人気のお店はチェックしているようだ。そこでアルバイトをしていたのだから手際がいいはずだと納得する。

 

「航味屋のピークは丁度、帝劇さんの会場入りのお客様よりも規模は小さいですけど、流れは変わりませんからね」

 

「人気店でアルバイトしていたのなら、手際良いはずよね!あ、私、もう戻るわね!」

 

「相変わらずだなぁ、由里さんは」

 

「そうだね、直仁くん。事務所の仕事もあるから行こうか」

 

「はい(なんだか、大神さんと全く同じ仕事をさせられているような気がする・・・。)」

 

 

 

 

 

 

 

事務所に移ると今度は伝票整理の仕事を任された。大神も苦戦しているようだが、直仁は計算が間違っていないかのチェックをメインに行っている。

 

「由里さん、ここの合計金額、最前列と最後尾が間違ってますよ」

 

「ええ!?ちょっとくらい・・・」

 

「ダメですよ、売り上げに響くならちゃんとしておかないと。後、かすみさん此処なんですけどね。立ち見席の人数が二回の客席前列と入れ替わってますよ」

 

「あ、本当だわ。ごめんなさい」

 

「早めに見つかってよかったです」

 

「ふふ、ありがとうございます。直仁さん」

 

「あ、いえ・・・」

 

直仁は帝劇三人娘の中で年上かつ、最も大人の雰囲気を持っている藤井かすみに笑顔でお礼を言われ、顔を赤くしてしまった。その様子を見た由里が意地悪な笑みを浮かべている。

 

「おや~?直仁くんってば、かすみにデレデレしちゃって、気があるの~?」

 

「な、仕事中に変な事を言わないでくださいよ!そりゃあ、かすみさんはお淑やかな女性ですから・・・男としては気にしちゃいますよ・・・」

 

「あら、ありがとうございます」

 

「直仁く~ん?生意気いう口はこれかー!」

 

「いふぁい!いふぁいれふ、ゆふぃふぁん!」

 

直仁の頬を笑顔で怒りながら由里は引っ張っていた。それを苦笑しながら見ている大神と楽しそうに笑っている、かすみであったが・・・・。

 

「由里、それまでにしておきなさい?直仁くんは午後の訓練の時間になりますよ」

 

「え?」

 

「痛たたた、あ・・・本当だ。今日はカンナさんとの稽古だった。それじゃ、後はお願いしますね」

 

「あ、こーら!」

 

直仁は訓練室に行くと、カンナが待ってくれていた。手には空手で使う道着を持っている。それを投げ渡された。

 

「カンナさん、稽古をお願いします」

 

「おう、今日からは筋力トレーニングから空手の修行になるぜ?ビシバシ行くから覚悟しろよ?その前に道着に着替えて来てくれ」

 

「はい!」

 

それから、午後の稽古は充実したものになった。はじめはカンナに打ち込んでいたが、軽くあしらわれてしまった。

 

だが、直人は小休止時にカンナが空手の型をやっているのを「見取り稽古」で見取ると、基本の型をその場で再現したのだ。それを見たカンナは軽く口笛を鳴らすと驚いたような声で話してくる。

 

「直仁、あたいの演武を再現したのか?荒削りだけどさ」

 

「ええ、見取り稽古は得意なので」

 

「(さくらやすみれも言ってたな。直仁は動きを荒削りながらも再現しちまうって)」

 

カンナは直仁の「見取り」の才能にいち早く気づいた。それは琉球空手桐島流二十八代目継承者の武闘家としての観察眼のおかげであった。同時にカンナは直仁の見取りを再現する理解力にも舌を巻いていた。

 

演武とはいえど、型を見取り、荒削りながらも再現するなど、並大抵の事ではない。どんなに見取りが上手くともそれを理解できる一瞬の理解力がなければならないのだから。

 

「・・・直仁、訓練を組手と基本に切り替えるぜ?本数も増やす、良いか?」

 

「構いませんよ」

 

「よし、早速稽古するぜ。行くぞ!」

 

「はい!」

 

実践を取り入れた稽古は直仁の理解力を信じての事だ。カンナは武闘家としての観察眼で内に眠る力を見抜き、それを覚醒させようとしていたのだった。

 

 

 

 

 

そして日曜日、この日は直仁の歓迎会として楽屋で、飲み会にも近いパーティが行われた。今は帝国華撃団でなはく、帝国歌劇団としてこの場をみんな楽しんでいる。

 

「ちい兄ちゃん」

 

「ん?どうしたんだい?アイリス」

 

パーティの中で最年少であるアイリスが珍しく、直仁に話しかけてきた。全隊員中、最も霊力の高い彼女は心の内を読む事もできる。

 

「ちい兄ちゃん、訓練が厳しいって感じてるでしょ?」

 

「え?ああ・・・そうだね。なんの訓練もせずに勉強してばかりだったから」

 

嘘を吐かずに正直に心の内を話す。下手に嘘をつけば、アイリスには簡単にバレてしまうからだ。

 

「なら、アイリスがおまじないしてあげるね?イリス・マリヨネーット」

 

小声でアイリスが霊力を使い、直仁を癒した。見た目には変わっていないが内面、つまり細胞組織などが癒されているのを実感する。

 

「アイリス、今のは・・・?」

 

「ふふ、アイリスとの訓練の時に教えてあげる。お兄ちゃんにも内緒のアイリスとちい兄ちゃんの秘密だよ!」

 

そう言って、アイリスはウインクした後、大神とさくらの近くへと行ってしまった。

 

「さっきのが・・・霊力?」

 

頭上にハテナマークが浮かんでそうな顔をしつつ、パーティが盛り上がっている中、突然警報が鳴り響いた。

 

「警報!?」

 

それにいち早く気づいたのが大神であったが、ふざけていた米田が司令官の顔つきになった。

 

「あやめくん!至急、状況を確認するんだ!」

 

「はい!」

 

「全員、作戦司令室に集合せよ!」

 

「「「「「了解!」」」」」」

 

雰囲気が変わった事についていけない直仁は呆気に取られていたが、なんとか持ち直し、喝を入れる為に自分の頬を軽く叩いた。

 

「大神さん!僕もですか!?」

 

「ああ、急いで来てくれ!」

 

「了解!!」

 

他の隊員と同じ返事をし、大神の後に走って着いて行くと、そこには飛び込み式のシューターらしき扉があり、それが三ヶ所開いた。一つには、さくらが飛び込み、右側には大神、直仁は体験入隊者と書かれた場所に飛び込んだ。

 

下へ向かっていく間に直仁の服装がモギリ服から、帝国華撃団が身に纏う戦闘服へと変わっていく。最も、隊長である大神が身に付けている戦闘服を少しだけ形を変え、色を付け加えたものではあるが、戦闘服には変わらない。

 

「よっ・・と!」

 

「おう、来たな直仁。なかなか似合ってるじゃねえか」

 

「っ・・・もしかして、これが?」

 

「そうだ、これが帝都防衛を任されている帝国華撃団の真の姿だ」

 

米田の説明と戦闘服を身につけた歌劇団の女優達、そしてモギリだった大神は一転して隊長としての顔つきになっており、雰囲気が変わっていた。

 

「今回は実戦だ。気を引き締めて挑め」

 

「はい!」

 

「よし。あやめくん、状況は?」

 

「現在、上野公園に正体不明の機体が出現したの報告が入っています」

 

「まさか、黒之巣会が?」

 

「いえ、違うわ。上野公園に現れた正体不明機、データから推測して99パーセント光武よ」

 

どうやら正体不明とされる機体が上野公園に出現し、暴れているようだ。人的被害も建物の被害も出ていない様だが、由々しき事態だろう。

 

「なんだと?」

 

「あ!」

 

「どうしたの?紅蘭」

 

光武の技術者であり、隊員でもある紅蘭がいきなり声を上げた。何か思い当たる事を思い出したのだろう。

 

「あやめはん・・・もしかしてその光武?」

 

「ええ・・・」

 

「おいおい、分かるように説明してくれよ」

 

「今度、実験機を1機ここに配備する話は知っているわよね?」

 

「え、ええ。神崎重工の方で新システムを搭載した機体だと・・・まさか!」

 

「そのまさか、上野公園で暴れとるのはその実験機や!」

 

直仁を含めた花組メンバーは全員が出撃する事になった。だが、直仁の機体は準備されておらず、唯一カンナ機の予備のみがあった為にそれに搭乗し、試作されていた光武専用の小太刀を装備して出撃した。

 

「みんな、配置についたな。各員、その場で待機せよ。直仁くんは俺の傍にいるんだ」

 

「わかりました。でも、自衛はしますからね」

 

「それで、構わない。己の身を守る事に専念してくれ」

 

「隊長、問題の光武を発見しました!」

 

「わかった!」

 

大神が突撃すると、直仁も続き。マリア、すみれ、紅蘭の光武が実験機に攻撃を仕掛けようとしたが、何かの異変に気づく。

 

「なんや?様子がおかしいで?」

 

「これは、止まっているようですわね?」

 

「隊長、どうやら機体は活動を停止しているようです」

 

「中には誰も乗っていないのか?」

 

「反応はありません。逃走した後かと・・・」

 

「そうか・・」

 

「これより、機体の回収にかかります」

 

先行した三機が光武実験機を回収し、運んでいく。そんな中、直仁だけは違和感を払拭できないでいた。

 

「(光武を動かすには霊力が必要だって資料にあった・・・悪戯に動かせる物じゃないはず)」

 

「直仁くん?どうした?」

 

「(神崎重工からの配備されると言っていたから、推理しても結局は勘になる。けど、恐らくは機械的に動く何かがあるんじゃ)」

 

「直仁くん!」

 

「へ?ああ、大神さん?どうしました?」

 

「どうしたはこっちのセリフだよ。何か考えていたのかい?」

 

「ええ、まぁ・・・」

 

「戦闘が終わっても、気を抜いていちゃダメだぞ」

 

「はい」

 

「それじゃ、帰投しよう」

 

帝国華撃団は帝劇に帰投し、作戦司令室に集まる。今回の件、特に光武である為に全員が意見を出し合い、原因を推理する。

 

「ふむ、妙な話だな」

 

「神崎重工の報告によると、こちらへ輸送する途中に突然起動したそうです」

 

「誰かが、勝手に操縦して・・・そして乗り捨てて行ったか・・・?」

 

「悪戯にしては度が過ぎていますね・・」

 

「直仁、お前はどう思う?」

 

米田からの言葉に腕組みして考えていた直仁は、視線を向けると口を開いた。

 

「光武が勝手に動いたとか?」

 

自分の推理と勘による意見だが、それを聞いた大神が苦笑しかねない顔になっていた。

 

「おいおい、流石にそれはないだろう?」

 

「ハハハ、いや面白い意見だ。お前センスあるな!という訳だ、今後、光武の輸送には十分に注意する事だな。神崎重工には厳重に注意しておいてくれ」

 

「・・・・」

 

大神が困惑し、米田が直仁の意見を笑っている中、あやめだけが何かを言いづらそうな表情をしていた。

 

「ん?どうした?あやめくん」

 

「いえ、了解しました・・・」

 

「よし、では解散!」

 

米田を始めとし、隊長である大神や隊員達はそれぞれ戻り、直仁も着替えを済ませて自室に戻っていった。

 

その途中で、あやめは調べたい事があるからと、一人、作戦司令室に残った。

 

「直仁くん、彼は当てずっぽうで見抜いたというの?いえ・・・彼はシステムの事は何も知らない様子だった」

 

あやめは、あの場で直仁の推理力と勘の良さに気づき、驚きを表情に出さないようにしていたのだ。

 

「おそらくは光武の資料から霊力が必要な事、一般人には動かそうにも霊力の高い人間は限られているというのを覚えていたのね。状況を推理し、全てが分からなくても一般人に動かせる可能性は低いと踏んだ」

 

あやめ自身も言い出せなかった責任はあるが、光武実験機のシステムに肉薄していた推理力は素直に感服した。

 

「直仁くん、成長しているようね。でも、それだけでは・・まだ隊長にはなれないわよ」

 

本人を賞賛したかったが、証拠もないのに褒める訳にはいかない。賞賛は部屋の中へと溶けていき、届くことは無かった。




次回は直仁くんの霊力が目覚めます。日数はかなり進み、わらしべイベントを二つクリアした事になります。

※ゲーム本編では二つをクリアする事は不可能ではないですが、かなり難しいです。

そして、大神さんや隊員も驚くあの技を繰り出します。

次回『暴走!実験機!』

大正桜に浪曼の嵐!

「さくらさん、見ていてください!」


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第三話 暴走!実験機!

直仁の霊力が目覚める(第一段階)。

わらしべイベント攻略。


体験入隊から二週間弱となり、自身の稽古と隊員達の訓練によって直仁自身もそれなりに変わってきていた。

 

仕事はモギリの手伝い、事務所の伝票整理、ファンレターの届け、売店の手伝い、時には特別サービスとして桜餅を作って販売する事を企画・提案したりもした。

 

無論、ずっと公演がある訳ではないので、小道具を作ったり、整理をしたりなど帝劇としての手伝いも忘れず、訓練も欠かさない。

 

「さくらさん、稽古を付けて貰えますか?」

 

「はい、良いですよ。中庭に移動しましょうか」

 

中庭に移動すると無銘の刀を用意され、準備を終える。直仁は刀を置き、さくらにその場で正座するように言われ、正座した。

 

「・・・・」

 

「・・・・行きます!」

 

さくらが木片を投げつけると、直人は自分の間合いに入ってきた木片を四分割にしてしまった。さくらに教わった通りの型で納刀をし、静かに刀身が鞘へと収められ、軽くキンと音が鳴った。

 

「すごいです・・・!直仁さん!」

 

「いえ、さくらさんの指導のおかげですよ」

 

「ふふ、直仁さんが真面目に稽古していた成果ですよ。それじゃ稽古を終えますね」

 

刀を返却し、直仁は自室に戻ると、さくらに渡されたサボテンの世話をする。

 

「あれ?このサボテン、そろそろ花が咲きそうだな・・・って、何でそんな事が分かるんだろ?サボテンの世話も終わったし、カンナさんから貰った板割りに挑戦してみるかな」

 

サボテンを日当たりの良い場所に置き、板割りの準備をする。準備が完了すると呼吸を整え、自分の拳に気を集中するイメージをし、それを何度も繰り返す。

 

「!!」

 

思い切り、板へと拳を打ち込むとヒビが少し入り、亀裂が走ったが割るまでは至らなかった。

 

「もう少しかな?また明日にして、午後の訓練に行かないと」

 

午後は紅蘭の下での科学調合、及び勉強だ。彼自身、技術者としての知識と技術も興味があったのだ。

 

「(直仁はんは光武を動かせる最低限の霊力しか無いと思っとったけど、特訓する度に霊力が少しずつ目覚め始めとる・・・花やしきと帝劇の技術者を総動員かつ、光武の余剰パーツで専用機を組み上げんとアカンかもしれんなぁ)」

 

紅蘭も直仁の成長に気づき始めている。直仁は親方や技術者の面々と楽しそうに話し込みつつ、整備の方法などを教わっている様子だ。紅蘭はその考えを一旦、頭の隅に置き、話の輪に加わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「支配人って、その時から雑務をこなしていたんですね。道理で手際が良いわけです」

 

「褒めてんのか?それ」

 

「もちろん褒めているんですよ!」

 

「あんまり嬉しくねえな・・・」

 

天宮からの言葉に苦笑しながら、一息入れる為に茶を飲む直仁。だが、誠十郎だけは別の視点から直仁の話を聞いていた。

 

「(確か、読んだ事のある軍の記録の中で十年前・・・銀座で正体不明機の暴走事件があったって。それを鎮圧したのは帝国華撃団だとしか記録されていなかった・・・)」

 

誠十郎は直仁の話を聞き続ける中で記録されていない戦闘や、偉業がある事に気づき始めていた。彼自身も帝国華撃団へ来る前にある程度の記録から情報を仕入れていた。

 

「支配人、もしかして・・・貴方は?」

 

「あー、誠十郎。聞きたい事が山ほど有るだろうが、俺が自分から話してやっから」

 

「・・・分かりました」

 

先手を打たれてしまい、誠十郎は言葉を止めた。直人の性格を理解している故に強引には聞き出すべきではないと考えたからだ。そこへ天宮が当然の疑問として質問する。

 

「話を聞いていると支配人は光武を動かせる位、最低限の霊力しか無いって、おっしゃってますよね?でも、それは変ですよ。今でも現役で通用するくらいの霊力があるのに」

 

「今の俺は次世代への礎だ。現役は十年前で終わってんだよ」

 

「でも・・・やっぱり」

 

「俺がこうして霊力を保っていられるのは瞑想を欠かさないからだ。霊力ってのは使い続ければ、いつかは無くなる・・・突然な。それに俺は光武で戦うのに制限時間がある。だから、長時間の戦いは出来ねえのさ・・・」

 

「制限時間?」

 

「長時間乗っているとな、腕に震えが来て動かなくなるんだよ。恐怖のあまり動けなくなるって状態があるだろ?それが持病のようになっちまってな、痺れが走り始める。操縦者ならば持病持ちは致命的だ、最高で七分しか、今の俺は光武に乗れん。それを過ぎると腕が痺れて使い物にならない」

 

「たったの七分しか・・・乗れないなんて」

 

「支配人は確か、俺と同じ海軍士官学校に入学していますよね?それは何故?」

 

「え?」

 

話題を変えてきた誠十郎の言葉に天宮が目を見開く、もしそれが事実なら直仁は誠十郎の先輩という事になるからだ。

 

「やっぱり、そこを突っ込んできたな。いいぜ、話してやる・・・俺の霊力が目覚めるきっかけになった出来事となぜ俺が海軍士官学校へ入学したのかをな」

 

 

 

 

 

 

 

体験入隊から約二十日まで日数が経過し、朝の鍛錬をする前に、さくらから預かったサボテンを世話していた時だった。

 

「ん?あ・・・!」

 

直仁の愛情を込めた世話か、もしくは霊力か、サボテンは花を咲かせたのだ。まるでその花はありがとうと言わんばかりに綺麗に咲いている。

 

「花が咲いたぞ!さくらさんに見せに行かなきゃ!」

 

直仁はサボテンを持つと急いで、さくらの部屋に行き、扉をノックした。

 

「さくらさん、いらっしゃいますか?」

 

「はい」

 

さくらが扉を開けると、少し慌てて来た様子の直仁に声をかける。

 

「どうしたんですか?直仁さん、そんなに慌てて」

 

「さくらさんから預かったサボテンが花を咲かせたので、お見せしたくて」

 

サボテンに咲いた花を見せるとさくらは驚いた様子だ。

 

「わああ!すごいですよ!直仁さん!私、嬉しいです!」

 

「い、いえ」

 

「何か、ご褒美に・・そうだ!中庭へ行きましょうか。少し待っててください」

 

「?」

 

さくらに連れられ、中庭へ行くとさくらは愛刀の霊剣・荒鷹を手にしている。直仁は何が起こるかが分からずにいた。

 

「私の必殺技、破邪剣征・桜花放神を見せてあげますね。一度しかやりませんからよく見ていてください」

 

そういってさくらは刀を構え、鯉口を切って刀身を見せると集中するように目を閉じた。

 

「破邪剣征・・・・!桜花放神!!」

 

叫んだ瞬間、刀身から桜色の光が放出され、消えていった。無論建物を破壊しないように加減したのだろう。

 

「この技は何よりも精神力。精神の統一が大切なのです。直仁さんもこの体験入隊の期間に精神を正しく鍛えてくださいね。では、後で・・・」

 

さくらは中庭から去り、直仁だけが残された。だが、直仁は先ほど見せられた破邪剣征・桜花放神の凄まじさに固まっていた。

 

「あれが・・・さくらさんの技。すごいな」

 

直仁も自室に戻って朝の鍛錬の準備をする事にする。今日はすみれの薙刀術の稽古が訓練だ。

 

「すみれさん、稽古をお願いします」

 

「ええ、構いませんわ。では、早速参りますわよ?今日は手合わせの稽古ですわ」

 

薙刀の流派、神崎風塵流免許皆伝であるすみれからすれば、直仁の薙刀術は初心者から脱却が出来た程度のものだ。しかし、身体の柔軟さと素早さが身に付いており、更には石鎚を使っての切り返しに驚かせられた。

 

「(やはり、直仁さんは成長が早いですわね。華撃団の環境だけではなく・・・わたくし達との訓練の他に鍛錬も怠ってもいませんわ。無論、このわたくしが直々に指導しているのですから当たり前でしょうけど)はぁ、はぁ、・・・此処までにしましょう。直仁さん」

 

「はぁ、はぁ・・・はい。ありがとうございました」

 

「直仁さん、お聞きしたい事があります。薙刀の石鎚を使う事をどうやって知ったのです?」

 

「え?ああ・・・あれは薙刀の長さを考えていたら思いついたんです。刃にだけ集中する相手が多いから逆ならどうだろうと」

 

「そうでしたか・・・(普通の人では思いつきませんわ、やはりこの方の力は眠ったままなのですね)」

 

「それじゃ、すみれさん。失礼します」

 

「ええ、午後の訓練も頑張りなさい」

 

去っていく直仁の背中を見つめた後、すみれは直仁に眠る力に対してヤキモキしていた。あれほどの才が有るというのに、何故・・磨かなかったのかと。

 

彼にも事情はあったのだろう、それでもと思わずにはいられない。否、勿体無いという言葉が的確だろう。

 

そんな風に想いながら、すみれは汗を流すためにシャワー室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

訓練の合間の自由時間に直人はカンナから貰った割り板を前にしていた。気を集中し、拳へと集めるようにイメージする。

 

「!」

 

気合と共に振り下ろされた拳は割り板を見事に真っ二つにしたのだ。一枚とはいえ、厚みのある板だ。これが割れた事は大きい。

 

「つ、ついに割れた!よし、カンナさんに見せに行こう!」

 

ダッシュでカンナの部屋の前に行き、すごい勢いでノックする。カンナは何事だと思い切りドアを開けてしまい、それが直人のオデコにぶつかる。

 

「(痛ってええ)!ぐっ・・!倒れてたまるか・・・・!」

 

「今のガンって手応えなんだ?あ、直仁!大丈夫か!?まさか居るとは思わなくてさ。悪い!」

 

カンナも悪気はなかったのだろう。必死に謝っているのを見て直仁は額を押さえながら大丈夫といった。

 

「にしてもアタイの力で開いたのに倒れなかったな。スゲエ根性だぜ・・・それと、一体、アタイに何の用だ?」

 

「ああ・・・カンナさんから貰った板が割れたのでそれを見せに」

 

真っ二つになった板を見せると、カンナは驚きながらも笑っていた。

 

「おお~!本当に割れてるじゃねえか!一枚でも困難だって言われてるのに。こりゃあ、何か返さなきゃな・・・そうだ!直仁、少し時間あるか?」

 

「え?ええ、ありますよ」

 

「おし、なら・・・アタイの必殺技、一百林牌をみせてやるよ。中庭に行くぜ!」

 

中庭に到着すると同時に、桜と同じようにカンナが必殺技を披露してくれ、それを見取り、カンナは使うには気合が必要だと言って去っていった。

 

「一百林牌・・・自分なりに変えられないかな」

 

さくらの時と同じように必殺技を見た直仁は、考え事をしながら中庭から去った。

 

 

 

 

 

午後は光武のシュミレーターを使い訓練の成果を見せる日だ。今回はより実戦に近いプログラムを用意したとの事。

 

「大神さん」

 

「やぁ、直仁くん、それじゃ早速、テストを始めようか?光武を選んで・・・」

 

その時、突然、警報が鳴り響いた。穏やかだった大神の表情が真剣になり、直仁を見る。

 

「警報!?」

 

「直仁くん!」

 

「出撃ですか!?」

 

「そうだ、司令室に急ぐんだ!」

 

大神と直仁は走り出し、急いで戦闘服に着替え、作戦司令室に趣いた。そこには米田が険しい表情でふたりを待っていた。他の隊員は全員揃っている。

 

「遅いぞ!何やってたんだ!」

 

「申し訳ありません!それより状況は?」

 

「例の実験機が格納庫を破壊して出て行きやがった」

 

「誰が乗っているんですか!?」

 

大神の疑問は最もだろう。光武が出て行ったとなれば、誰かが操縦しなければならない。しかし、その常識を覆す言葉があやめから出てきた。

 

「誰も乗っていないわ・・・」

 

「あやめさん?」

 

「誰も乗っていないのよ、あの光武には。新開発の自立システムが暴走しているだけ・・・あの光武は自分で動いているのよ」

 

「!じゃ、じゃあ・・・直仁くんが言っていた光武が自分で動いた、という予測が」

 

「ああ、最悪な形で当たっちまったって事だ。本人は当てずっぽうかもしれねえが・・・な」

 

大神と米田は小声で何かを話しているが、直仁は紅蘭に自立システムに関して質問していた。

 

「紅蘭さん、あやめさんが言っていた自立システムとは一体?」

 

「神崎重工が開発した擬似霊子力によるシステムや、これによって機械だけで光武を動かせるというものだったんや。基礎理論は完璧やったけど、ウチは胡散臭く感じてたんや・・・科学者の勘ってやつやけど」

 

「なるほど・・・勝手に動いているのはそのせいだと」

 

「せや」

 

「けど、どうしてそんなシステムを?」

 

「命がけの戦いに一人でも多くの犠牲を出さない為よ・・・・」

 

「・・・・」

 

直仁の疑問に答えたのはあやめであった。その答えは納得出来るものだ、帝国華撃団の戦いは光武という鎧があるものの、戦うのは生身の人間だ。残されるという気持ちが解るが故の言葉なのだろう。

 

「おしゃべりはそこまでだ。花組全員、出撃の準備をしろ!ただし、直仁。お前は留守番だ」

 

「了解しました」

 

「今回は本格的な戦いになりそうだからな、悪く思うな」

 

米田の指示に直仁自身も納得していた。出撃のみの経験があるだけで戦闘の実戦経験のない人間が出しゃばった所で足でまといになるだけ、その事を理解し直仁は抗議しなかった。

 

「帝国華撃団、出撃!」

 

大神を始めとする帝国華撃団は出撃していき、実験機が暴れている上野公園に到着した。

 

「実験機はどこだ?」

 

「大神さん、あそこです!」

 

「・・・!みんな、実験機を取り囲むんだ!」

 

「「「「「了解!!!」」」」」

 

紫と赤の光武が先行し、緑と黒の光武が後衛、黄色と白の後部が左右、中心に桜色の光武という陣形で、実験機へと向かっていく。

 

「たあああ!」

 

「チェストォーー!」

 

薙刀の薙ぎ払いと上空から叩きつける拳、この攻撃を受ければいかに機械であろうと無事では済まさない。

 

この攻撃で終わる、誰もがそう確信していた時であった。実験機が薙ぎ払いと拳の距離を見極め回避したのだ。

 

「なっ!?」

 

「避けられた!?」

 

「そこ!なっ!?」

 

「あっ!?」

 

マリアの射撃すらも避けられ、実験機はジャンプし、アクロバティックな曲芸で帝国華撃団の背後を取るとそのまま逃走してしまう。

 

その頃、帝劇では何があったか分からない為に米田が状況確認の為、通信を繋ぐ。

 

「大神、どうした?状況報告しろ」

 

『申し訳ありません、実験機を取り逃がしました!』

 

「なんだとぉ!?」

 

『現在目標は、銀座へ向けて逃走中・・・!我々も全力で追撃します!』

 

「銀座だぁ・・?くそっ!帝劇はガラ空きだぞ!」

 

「実験機が銀座まで到達する時間、四十秒しかありません!!」

 

「司令・・・」

 

風組の一人である、かすみからの報告にあやめが意見を言いそうになったが、米田は司令室の椅子に座っている一人の隊員に目を向けた。仮の入隊とはいえ、今現在は立派な花組の一人だ。

 

「おい、直仁。格納庫にテスト機としてパーツから組み上げた光武が1機ある。出撃の準備をしろ」

 

「え?」

 

直仁に米田から命令されたのは、光武に乗って戦えという事であった。現在、花組は上野公園から銀座へ全速力で向かっているが計算上、間に合わない。

 

実験機が銀座で暴れれば、帝都の被害はそれこそ甚大になる。更には光武が破壊したという事で帝国華撃団への風当たりが強くなる可能性もある。

 

「そんな、無茶です!」

 

それを咎めたのはあやめであった。彼女も軍人であるが故、実戦経験が皆無で霊力だけある一般人に対し、戦えと命じたのだから無理はない、だが。

 

「仕方ねえだろ、花組を待っているよりもヤツの来る方が圧倒的に速い。直仁、出撃だ」

 

「はい!」

 

直仁も隊員達が出撃の為に走っていった通路を走り出す。その間、華撃団の技術者達はテスト機の光武を僅かな間に実戦で耐えうるレベルまで仕上げ、武装を装備させてはあるが、カラーリングは何も塗装されていないメタリックグレーのままだ。

 

「しっかり、やって来いよ!」

 

「はい、行ってきます!」

 

整備士の服を着ている帝劇の親方に気合を入れられ、直仁は光武を起動させる。武装は太刀と片腕に装着されたクローのみ、完全な接近戦仕様だ。

 

「狛江梨 直仁、行きます!」

 

帝劇がすぐ側であるため、すぐに出撃した。直仁は飛び出した勢いをそのまま、着地すると光武の内部で己の中で思考していた。

 

「まさか、出撃する事になるとは思わなかったな・・・でも」

 

「直仁さん、実験機が来ます!」

 

「!」

 

思考に耽っていた頭を切り替え、直仁は太刀を鞘から抜き、迎撃態勢を整えると刃を下にした舟のような形に見える構えを取った。

 

「来るなら、来い!此処は、僕が守る!」

 

実験機はデータにない相手であるのが不自然になり、そのまま戦闘へ入り牽制の射撃武器に腕を切り替え、ガトリングガンのように放ってきた。

 

「!なんの!」

 

それを避けて、斬撃を繰り出すが実験機は簡単にそれをいなしてしまい、直仁はバランスを崩した。そこへ実験機のパンチが完全に直仁の乗る光武に直撃した。

 

「うぐぁああ!」

 

シミュレーターではない、実戦による初めての痛み。恐怖がせり上がってくるが今ここで自分が逃げればもっと大勢の人間が被害に遭う。

 

「僕は・・・まだやれる!」

 

だが、実験機の恐ろしさを直仁は身体で味わう事になる。自立システム、更に光武という事は霊子甲冑のデータが反映されているという事だ。実験機はふらついた直仁の光武に容赦なく殴りつけ、更には壁に叩きつけた。

 

「ぐあああああ!・・・っう」

 

『直仁!直仁!どうした!?』

 

直仁は気絶してしまい、実験機は容赦なく直仁の光武を殴り続ける。光武はあくまでも霊的な防御を目的とした甲冑であり、物理攻撃には極端に弱い。直仁は通信から入る米田からの僅かな声が遠くなっていくのを感じた。

 

「直仁、直仁!返事をしろ!大神!いつまでモタモタしてんだ!?」

 

『申し訳ありません、銀座まで後10分は掛かります!』

 

通信を切り替え、花組が急いで来るように檄を飛ばすが、到着時間だけはどうにもならない。風組の悲鳴にも似た報告が米田の耳に入る。

 

「直仁さんの光武、ダメージが30パーセントを超えました!」

 

「実験機の攻撃は止まりません!」

 

「直仁さん!起きてください!直仁さん!」

 

かすみが必死に呼びかけるが直仁からの返事はない、それでもと必死になって呼びかける。米田は握りこぶしを握って現状に悔しさを覚えた。

 

「くそ!起きやがれ!直仁!早く、起きやがれ!」

 

 

 

 

 

攻撃を受け続けている振動で直仁はようやく意識を取り戻した。実験機の攻撃が止むことはない。

 

「ぐ・・・気絶して・・たのか・・・僕は・・・此処で膝を折ってなんか、いられないんだよおおおおおお!」

 

直仁の纏う光武が蒼い光に包まれ、実験機に体当りして押していく。その様子を風組が直仁が目覚めた報告と共に霊力の爆発的上昇を報告する。

 

「な、直仁さんが意識を取り戻しました!いえ、待ってください!」

 

「直仁さんの霊力値が爆発的に上昇しています!120、140、180、250、300!ま、まだ上昇しています!」

 

「なんだと!?こいつぁ・・・目覚めやがったか?」

 

「ええ、ようやく・・・彼が目覚めましたね。司令」

 

米田の顔は驚き、口元には笑みが浮かんでいた。ようやく、彼が目覚めたのだと目の前で見たが故に。

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

直仁は太刀を握っていない腕で実験機を殴り飛ばしたが、実験機も最大の危険を察知したのか蓄積されたデータを最大限にし、直仁を追い込んでいく。

 

「ぐうう!強い!このままじゃ・・・」

 

『直仁!後、一分時間を稼げ!花組が来る!』

 

「一分・・・!でも、此処で倒さなきゃ・・・意味はない。あの状態で戦ったらまだ被害が拡大する」

 

『無茶をするな!後は花組に!』

 

「なら、こうなったら一か八か。あれをやるしかない・・・!!さくらさん、見ていて下さい・・!行くぞ!!」

 

直仁は太刀を構えると剣道の基本の構えを取った。さくらから指導されていた為に剣の型はしっかりと身体で覚え込んでいる。

 

直仁は精神を集中し、刀身へ込めていき蒼い光が刀身から溢れ出し始める。

 

そこへ桜色と白色の光武が駆けつけた。目の前の光武には直仁が乗っていると連絡を受けている為、あれは直仁だと分かる。

 

「破邪剣征・・・・!!」

 

直仁は霊力の宿した刀身を鞘に収め、構えを取る。これがこの技に対し、最も良い構えであると何かが教えてくれる。

 

大神はその場で固まり驚いていた。直仁が使おうとしている技は今、隣にいる隊員の技そのものだからだ。

 

さくらはその技を一目見ようと動かなかった。発動の型は違うが、その技の名は・・・。

 

「桜花、放神!!」

 

直仁はさくらの必殺技である破邪剣征・桜花放神を実験機に向かって放った。発動の型は居合抜きから霊力を放出するようだ。直撃した実験機は完全に破壊され、機能停止状態になっている。

 

「実験機の破壊に成功・・・目標は完全に沈黙しました」

 

『うむ、良くやった。直仁・・・。帰投しろ!』

 

「はい」

 

司令室から花組のメンバー達も帰投するよう米田が号令を出した。米田は直仁の見せた火事場の馬鹿力の霊力が目覚めた事に笑っていた。

 

「へっ、あんな大技まで出しやがって・・・!」

 

「彼は候補になりますか?司令」

 

「さぁ、どうだかな。後で大神の奴を支配人室に呼んで来い。アイツに書かせなきゃならねえ事が出来たからな」

 

「では、わたしも?」

 

「ああ、頼んだぞ。あやめくん」

 

「はい!」

 

これが後に、霊子甲冑実験機暴走事件として記録される事になった出来事である。その活躍は帝国華撃団によって解決されたと記述され、狛江梨 直仁の名が表に出てくる事は一切無かった。




直仁くんの霊力が目覚めました。この時はまだ一段階で引き出せる容量が増えたに過ぎません。

直仁くんがさくらさんの必殺技である破邪剣征・桜花放神を使えたのには「見取り」の他に激!花組入隊!でのわらしべイベントをクリアしたからです。

ゲームだと実験機は気を貯める→必殺→終了の流れなので。

次回は体験入隊が終わり、士官学校への入学する決意を固めます。


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第四話 終了と推薦

体験入隊の終了。

士官学校への推薦。


体験入隊も、本日で終わりを迎える。最後は花組の皆さんがさよならパーティを開いてくれた。前日にはこれまでの訓練の集大成を見せるテストも行われた。

 

「今日で最後か・・・充実していた一ヶ月だったなぁ」

 

「直仁さん、みんな待っていますよ。さぁ、行きましょう」

 

寝泊まりしていた宿直室の掃除を終えると、楽屋へ案内される。さくらと歩くのもこれが最後だ、考えてみれば帝国華撃団の花形女優と一緒に歩いていること自体が貴重な事なのを忘れていた。ちらりとさくらの横顔を見ると寂しそうな目をしていた。

 

楽屋に到着するとさくら以外の花組のメンバーを含め、米田、大神、あやめ、椿、かすみ、由里までもが来てくれていた。

 

「一ヶ月よく頑張ったね、お疲れ様。君の頑張りは俺も見習うべきものがあったよ。直仁くん」

 

「大神さん・・・」

 

「おめえがこの後、どういう身の振り方をするか知らねえが、いつでも力になるぜ?なんだったら、このまま帝劇で働くか?」

 

「ありがたいですけど、考えさせて下さい。ありがとうございました。米田さん」

 

「貴方には貴方の進むべき道があるわ。此処で得たものはきっと、その道でも何かの力になるから、頑張って・・・!」

 

「あやめさん・・・はい、頑張ります!」

 

それからというもの、新しい旅立ちを祝うという号令の下、さよならパーティーは盛り上がった。花組のメンバーから、また会えるという言葉を受け止めて。直仁は忘れ物はないかと確認した後に荷物の入ったカバンを手にして帝劇の出入り口へと向かった。モギリの服は返そうとしたが、選別だといって米田さんから頂いてしまった。

 

「帝国華撃団・・・か、また来れるといいのにな」

 

「直仁さん」

 

「え?さ、さくらさん。どうしたんですか?」

 

「直仁さん、私の訓練、頑張ってくれてありがとう。これからも、日々の鍛錬、忘れないでくださいね」

 

「はい・・・!それじゃ」

 

直仁は一度、故郷へ帰省するための汽車に乗る為、さくらへ挨拶を済ませると駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「大神、俺とお前からの推薦状が出来たな。あやめくん、確認を頼む」

 

「はい」

 

「しかし、直仁くんを俺と同じ海軍士官学校へ推薦するなんて驚きです」

 

「一番、華撃団と縁が強いのはそこぐらいのもんだからな。それに大神、アイツがおめえの後輩になるんだぜ?おめえという縁が結ばれた事でな」

 

「はあ・・・」

 

直仁が去った後に帝国華撃団の司令官、副司令官、そして花組隊長としての三人が支配人室に集まっていた。

 

この三人が集まっている理由は米田が使っている机の上にあった。それは海軍士官学校への推薦状であった。

 

無論、ただの一般人を推薦した訳ではない。帝国華撃団の仮入隊メンバーである直仁が光武実験機を制圧したという実績を大神本人の証言と記録されていた蒸気通信、映像を出す事で証拠を見せ、推薦状を書いたのだ。

 

当然、直仁自身はそれを知るはずがない。これは彼が帰省してから行われた事だからだ。

 

「ったくおめえは・・・そういえば、話を変えるが、さくらの奴と何を話していたんだ?」

 

「ああ、直仁くんが乗る汽車を教えたんです。彼は俺にだけ話してくれてましたから」

 

「なるほどな・・・へへ」

 

「?」

 

「次回の公演のチケットを渡してくれないかって、さくらが私達に言いに来たのよ」

 

「さくらくんが?」

 

「なんだかんだで、アイツも帝劇の立派な一員になってたってこった」

 

「そうかもしれませんね」

 

大神も笑顔を見せると公演でのモギリに行く為、支配人室を後にした。開演前でかなりの時間があるが会場入りのお客のチケットをモギっていると、一人の女性のお客に話しかけられた。

 

「あら?もう一人のモギリの方は今日はいらっしゃらないのですか?」

 

「ええ、彼は短期のアルバイトでしたので、何か御用が?」

 

「これを・・・彼にお返し、したかったんです。彼の使っていたハンカチと同じ物の新品です」

 

そういって女性はハンカチを大神に手渡した。同じ帝劇の職員ゆえに渡して欲しいという事なのだろう。

 

「何故、これを?」

 

「あの日、私は着物を着ていたんです。草履の花緒が切れてしまい、もう一人のモギリの方が直してくれたのです。自分の持っていたハンカチを引きちぎってまで・・・」

 

それを聞いていかにも彼らしいと心の中で笑みを浮かべた、表情に出す訳にはいかないと考えたうえでだ。

 

「そうでしたか、なら彼に渡しておきます」

 

「お願いしますね」

 

そういってドレスの婦人は劇場の客席へと入っていった。大神は渡されたハンカチを見ながら笑みを浮かべ、ハンカチを仕舞って再びモギリの仕事に戻った。

 

 

 

 

 

直仁は汽車の切符を買い、自分が向かう方向への汽車を待っていた。帝都からは少し離れてしまうが、それでも汽車を使わなければ帰れない距離だ。

 

「そろそろ、汽車が来る時間だな」

 

「直仁さん!よかった、間に合わないかと思っていました」

 

「!さくらさん?どうして此処が?」

 

「大神さんから聞いたんです。この汽車に乗るんだって、あの・・・渡しそびれちゃった物があるんです。はい、これ・・・」

 

さくらが差し出したのは一枚の公演チケットであった。

 

「チケット?」

 

「次回の公演のチケットです。是非、見に来て下さいね!」

 

「ありがとう、さくらさん!」

 

「約束ですよ。『また、会いましょう』ですからね!フフフ」

 

「はい、いつかまた!」

 

直仁は汽車に乗り込むと、さくらに向かって手を振り、姿が見えなくなるまで見送りの感謝を述べた。

 

 

 

 

 

「これが、俺の体験入隊の話。帝国華撃団と帝国歌劇団との関わりの始まりだ」

 

「体験入隊・・・一ヶ月だけとは言え、かなり厳しかったんですね」

 

「ああ、並の特訓なんか物足りなくなるくらいにな」

 

「でも、今は・・・」

 

「今は簡単に男女でも霊力の強い奴らは見つかるからな。体験入隊自体は無くなっちまったよ」

 

「そうなんですね・・・」

 

「なんで残念そうなんだよ・・・」

 

天宮は体験入隊の話を聞いて、自分も誰かを鍛えることが出来るのではと期待したが、現実は非情であった。

 

「支配人、やっぱり支配人が実験機暴走事件を解決した人だったんですね?」

 

「そうだ、あれが俺にとって霊子甲冑を使った・・・正真正銘、初めての実戦だった」

 

とぼけた様子もなく、鋭い目つきをして答える直仁。そんな直仁に対し、誠十郎はもうひとつだけ、気になる事を質問した。

 

「じゃあ・・・その後、サンダーボルト作戦と呼ばれる作戦には?」

 

「そこも突っ込んでくるか・・・。ああ、サンダーボルト作戦は正式に花組に入隊し、初めて受けた任務だ。その任務の目的は魔神器の回収だ」

 

聞きなれない言葉を聞き、二人は同じような顔で疑問符が浮かぶ。特に魔神器という言葉に関してだ。

 

「魔神器?」

 

「なんですか、それ?」

 

「魔神器ってのは、今や失われた古の祭器だ。持つ者の性質に反応して莫大な力を持たせる物だ」

 

「失われた?どうしてです?それがあれば降魔なんて簡単に」

 

「壊したんだよ。大神さん・・・つまり、前の花組司令官であり支配人だった人がな」

 

「どうして!?」

 

魔神器の存在を初めて知って、なぜそれを壊したのかと納得できない様子で詰め寄る誠十郎だったが、直仁はそれを手で制した。

 

「魔神器ってのはな?その名の通り、『魔』と『神』の力、両者の性質を持ってんだよ。その莫大な神の力を発現させるには何が必要だと思う?」

 

「力を使う為に必要なもの・・・もしかして!?」

 

「天宮は感づいたようだな?誠十郎、答えてみろ」

 

「発現者の霊力、つまり命を捧げる・・・事ですね?」

 

「その通りだ。俺も文献でしか知らないが、対降魔部隊の一人である真宮寺さくらさんの御父上である真宮寺一馬大佐が魔神器を使って、第一陣の降魔を封印したって話だ」

 

「そんな・・・・」

 

天宮は魔神器の話を聞いて驚きを隠せなかった。魔神器があれば降魔の脅威から帝都を守れると考えたが、その代償があまりにも大きすぎるからだった。

 

「それに魔神器は『破邪の血統』を継ぐ者でなければ発動できないとも聞いた。さくらさんは自分の命を犠牲にしようとしたが、大神さんがそれを止めて壊したって事だ」

 

「一人の命で大勢が助かるのなら・・・それもやむ得ないって気もしますが」

 

誠十郎の言葉を聞いて直仁は思い切り激怒し、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「馬鹿野郎が!!確かに戦術面では正しい判断だ!だがな、犠牲の上に成り立った勝利なんてのは敗北も同然だ!!自分を慕ってくれる仲間を助けず命を駒と考えるなら、花組の隊長なんざ辞めちまえ!!」

 

「っ・・・!そんな言い方はないでしょう?」

 

「じゃあ、思い浮かべてみろ。この場に魔神器があるとして・・使えば平和が訪れるが、その代わりに天宮の命を犠牲にしなきゃならない場面をな、考えてみろ!」

 

「う・・・」

 

直仁の言葉は非常に心に突き刺さるものであった。曲がりなりにも自分を慕ってくれている天宮さくらの命を犠牲にしなければならない、そんな事を考えた事もなかったのだから。勝利する為なら善であろうと悪であろうと関係ないという価値観を見事に壊されたのだ。

 

直仁がこのような言葉を口にしたのは、当時の副司令だった藤枝あやめの妹である藤枝かえでの言葉が大きい。彼女は死ぬ事を決して許さず、全員が生きて帰ってくる事を約束させるほどであった。

 

「支配人・・・もう」

 

「ああ。じゃあ・・・なんで俺が死なせるような真似をするなと言った理由はな。サンダーボルト作戦が切っ掛けだったんだ」

 

直仁は二人に対し、かえでと出会ったサンダーボルト作戦に関して話すのだった。




体験入隊編は終了です。

魔神器はサクラ大戦2で壊されているので、言葉だけの存在になっています。

直仁くんが死に関しては過敏になっています。かえでさんの影響もありますが、今の状況によってナーバスになりかけの状態です。

何せ、自分が慕っていた人間すべてがいませんので。

次回はサンダーボルト作戦編です。


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第五話 二人の老兵

サクラ大戦時の直仁の目標が定まる。

直仁が村正を手に入れた経緯、柔(合気道)を修めるきっかけ。

士官学校への入学、卒業。


「サンダー・・・ボルト作戦?何ですかそれは?」

 

天宮が素直に直仁へと質問する。彼女にとっては幼年期での出来事であり、当時は一般人であったが故に作戦の事などまるで知らないからだろう。

 

「体験入隊から数えて二年後に、俺が正式に花組の隊員として参加した作戦だ。作戦の目的はさっきも話した魔神器を回収する任務だった。お前ら、ミカサ記念公園は知ってるよな?」

 

「は、はい。あの公園は今でも戦艦ミカサが見れる場所として有名ですから」

 

「そうか、俺はな。そのミカサへ内部調査と魔神器の回収を目的として光武で出撃したんだよ」

 

「え・・・支配人がですか!?」

 

「そうだ。二人一組、前華撃団の隊員と組んでな」

 

二人は更に驚きを隠せなかった。体験入隊だけでは正式な作戦には参加できない。それを知っていた誠十郎は直仁に再び質問する。

 

「ですが支配人。いくら帝国華撃団に体験入隊して、課程を終えたとしても正式な作戦には参加できないはず、その前に何があったのですか?」

 

「それ、私も気になります!支配人が武術を嗜んでいるのは分かりましたけど、私を助けてくれた時にあの魔法のように相手を投げ返す技や支配人の剣術には柳生新陰流の面影が見えます。どうしてですか!?」

 

「そこにも気づくたァ・・・やっぱおめえ等は流石、次世代の帝国華撃団の素質が高えぜ・・・!」

 

頭を掻き、二人の洞察力に関して素直に脱帽する直仁。少し息を吐くと顔を上げて口を開いた。

 

「良いだろう。体験入隊後に俺に何があったのか、身上話だが少しだけ話してやるよ」

 

一口茶を飲んだ直仁は茶菓子の団子を用意し、一つを爪楊枝で刺すと口へと放り込んでモグモグと食べ始めた。

 

「それで、支配人。貴方は体験入隊後にもう一度戻ってきたそうですが、その前は?」

 

誠十郎は珍しく話の先を聞きたそうにしている。直仁は団子を飲み込むと茶を軽く飲み口を開いた。

 

「おめえと同じ、海軍士官学校へと入学したよ。高等学校の受験を蹴ってな」

 

「士官学校に?」

 

「ああ、後から聞いた話じゃ米田さんと大神さんが推薦状を書いていたらしくてな。陸軍きっての猛将と言われた米田一基、そして海軍士官学校を首席で卒業し、若干20歳で現役海軍の中尉になった大神一郎、この二人の推薦とあっちゃ士官学校も見逃すはずがねえだろ?」

 

「確かに・・・・」

 

陸軍の猛将とも呼ばれる人物と、士官学校を首席で卒業し若輩ながらも中尉にまで上り詰めた人材。この二人からの推薦とあればかなりの優秀さが伺えると誰もが思うだろう。

 

だが、実績があり推薦されたとしても、それが真実なのかは疑わしいと感じるのもどおり。その推薦者から映像記録を持ち出して来た為、信じざるを得なかったと。

 

 

 

 

 

 

体験入隊後、直仁は故郷へ帰った後に剣術を本格的に学ぶため、柳生新陰流の流れを汲む道場を探し出し、そこで厳しい修行を重ねた。その免許皆伝が許され、再び実家に戻ると今度は海軍からの手紙が来ていると両親が大騒ぎになった。

 

家族会議にも等しい状態で手紙を開封すると、貴殿の帝国海軍士官学校への入学を求むと書かれていた。

 

両親からは絶対に入学しろと押されたが、高等学校への入学も考えていたために直仁は迷っていた。一日だけ時間が欲しいと両親を説得し、一日だけの猶予を貰い散歩をすることにした。

 

「散歩とは名ばかりの遠出だけどね。山に行けば何か得られるかも」

 

そう言いつつ直仁は筑波にある山を目指し、準備を済ませると登山へと向かった。この時代の登山は、ほぼ命懸けに等しい。直仁は無意識にある山へと趣いていた。

 

「この先に行こう。いや・・・行かなきゃいけない様な気がする」

 

しばらく歩いていると鉄を叩く音が聴こえてくる。直仁は体験入隊時にアイリスからの訓練受けていた事で霊的な力が強くなっており、無意識に山へと趣き、己の直感を信じて歩いてきた結果、この庵にたどり着いたのだ。

 

「誰だ?木の傍に人避けの御札を貼っといたはずだが?」

 

「え?もしかして、この庵の住人の方ですか?」

 

「ん?オメエさん、この札の効力を受けずに来ちまったのか?まぁ、いい。こっちへ来な、疲れてるみてえだから休ませてやる」

 

その人間は老齢といってもいい程の人物だ。男性のようで黒髪に白髪が混じってはいるが、その肉体は何かを鍛え上げてきたかのようにしっかりとしている。直仁は庵の中へ入ると中を見渡した。

 

「(すごい・・・これみんな、刀?此処に住んで、刀を鍛えているのかな?)」

 

その庵は刀鍛冶の鍛冶場となっているようで、壁に刀身が飾ってあったり、向かい側には打ち損じたらしい刀が所狭しと言えるほど無造作に置かれている。

 

「ほれ、茶で構わねえか?」

 

「あ、ありがとうございます。ふう・・・」

 

刀鍛冶の男性はお茶の入った湯呑みの一つを直仁の前に置き、自分も一息つくと直仁を睨むようにして口を開いた。

 

「疲れている所、悪いが名を聞かせろ。つい、庵に上げちまったが怪しい奴なら・・・」

 

鍛え終えていた刀身が男性の隣にあり、今からお前を斬るとも言える殺気が直仁へと叩きつけられた。刀鍛冶は老齢でも一流の剣客でもある事が多い。この男性もその例に漏れず、一流と称される剣客だったのだろう。直仁は一瞬驚きながらも名を口にした。

 

「狛江梨 直仁・・・と申します」

 

「そうかい。オメエさん、素直すぎる性格だな?そんなんじゃ剣を本気で扱うことなんざ出来ねえぜ」

 

「え?」

 

刀鍛冶の男性は直仁の言葉を聞かずにしゃべり続ける。それは長年の観察眼による洞察だった。

 

「剣っての使い手の感情が宿る。狛江梨、オメエさんは素直で迷いやすい性格だ、それじゃ刀も迷っちまう。本当にこの使い手で大丈夫か?ってな」

 

「う・・・」

 

「だが、人払いの札の効力を受けずに此処へ来たんだ。何かしら理由があんだろ」

 

直仁が返答に迷いながらも刀鍛冶へ最初に聞きたかったことを口にした。それは大量にある打ち損じた刀についてだった。

 

「あの・・・えっと、刀鍛冶さん」

 

「ああ?そういや名乗ってなかったな。俺ァ正兼ってんだ・・・苗字はねえ」

 

「正兼さん、お聞きしたい事があります」

 

「なんだ?」

 

「正兼さんはどうしてこんなに刀を鍛えているんです?打ち損じに見えて綺麗なものもあるのに」

 

「ああ、俺はな?千子村正の鍛えたとある一刀を超えたくて刀を鍛えてんだ。だが、未だにその境地には至れねえ、縁を切り、定めを切り、業を切る名刀、怨恨を清算、宿業からの解放へと至らせる妖刀とも言えるなァ・・・」

 

「その刀って一体・・・?」

 

「明神切村正・・・俺の生涯で唯一、再現し超えてぇと願った刀よ。だが、それは叶わなかった・・・本質は理解出来ても形にし、それを反映させられなかったんだよ俺には。だから逆に考えたのさ、本質を刀に与えてやれば良いってな」

 

「・・・・」

 

妖刀村正。それは戦国時代の武家、徳川家に禍を成したとされる刀だ。この正兼という刀鍛冶はそれを再現し、超えたいと言っていた。だが、再現は出来ても超える事は出来なかったと。

 

「くだらねえ話を聞かせちまったな」

 

「いえ・・・ん?」

 

「どうした?」

 

「あれ・・・・あの刀」

 

直仁が指差した先には無造作に投げ捨てられている中に、一本の刀が大地に突き刺さっていた。その刀身は美しい銀色ではなく、血を覆い隠すような黒いもので霊力が覚醒している直仁には禍々しくもあり、神々しくも映っていた。

 

「っ・・・」

 

直仁は立ち上がると吸い込まれるようにその刀へと向かっていく。それを見た正兼は大声を張り上げていた。

 

「馬鹿野郎!!そいつに近づくな!!そいつは村正を再現した影打だが、陰と陽をも取り込んじまった。危険な一本だ!まともな人間が扱える代物じゃねえ!!おい、聞いてんのか!?」

 

直仁の歩みは止まらない。一歩一歩、直仁が近づく度に黒い刀は浄化されていくかのように黒いもやのような物が晴れていく。直仁は柄を掴み、それを引き抜くと陰陽が互いに和合し、黒く輝きながらも銀箔を太陽に当てているような輝きが僅かに出ていた。

 

「正兼さん・・・この刀」

 

「・・・・持っていけ」

 

「え?」

 

「持っていけ、つったんだ。長年、刀鍛冶をやってきたが陰陽和合なんざ初めて見た。じゃじゃ馬な(ソイツ)を躾ちまったんだからよ」

 

「でも・・・」

 

「刀鍛冶ってのは神に捧げる刀を鍛える事もありゃあ、人に頼まれて鍛える事もある。だが、それ以上にイイもんを見せてもらった。その、礼代わりだ。言っちまえばソイツは影打だからな、持って行ってもなんの影響もねえよ。少し待ってな」

 

正兼は斧と鉈を手に大きな籠を背負って山奥へと行ってしまった。しばらくして戻ってくるとその手にはかなり太めの木の枝を持っていた。

 

「それは?」

 

「俺の見立てだが、樹齢千年はくだらねえ仙人樹の枝だ。しっかり拝んで切らせてもらった」

 

「それで一体何を作るんです?」

 

「あ?決まってんだろ、鞘を作るんだよ。(ソイツ)のな。並みの鞘じゃ(ソイツ)の剣気で収められねえ。だが、この仙人樹で削り出した鞘ならば、しっかり刀身を収めてくれんだろ」

 

正兼は鞘の制作を勝手に始めてしまった。火による焼き入れ、あらゆる種類の鉋による削り出し、その工程を見ているだけで直仁は自分の中にある迷いが晴れていくように感じた。

 

刀鍛冶の制作現場は滅多に見られるものではない。今回は鍛える現場ではなかったが鞘を作るのにも魂を込める正兼の姿に迷っている自分が馬鹿らしく思えてきたのだ。

 

考え事をしているうちに鞘が完成したようで、最後に雲掛けと呼ばれる塗りを施し、基本色は黒とし、その上に赤雲と呼ばれる紋様を筆で書き込んでいく。

 

「ほら、刀を貸しな」

 

「はい」

 

正兼は刀を受け取るとその刀身を静かに収めていった。まるで女孫を嫁に出すような表情で直仁へ鞘に収められた刀を差し出した。

 

「俺の子供を頼んだぜ?狛江梨」

 

「はい!」

 

「選別だ。これも持っていけ」

 

渡されたのは刀袋だった。山の素材で作られているらしく、土の色が目立つが丈夫さを伺えるものだ。

 

「ありがとうございます・・・俺、気持ちが吹っ切れました」

 

「そうかい。これからどうするかしらねえが、戦いに赴くなら刀自身に頼るようなことをするなよ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下山し、そのまま実家へと帰宅すると同時に両親へ海軍士官学校へ入学する事を決意したと報告した。

 

両親は直仁の変わりように驚いていたが、海軍に入るという言葉に賛同した。その後、海軍士官学校へ入学すための勉学を必死になって行い、帝劇の推薦も使い入学する事になった。

 

海軍士官学校へ入学後は正に体験入隊以上の過酷さであった。帝国華撃団の隊員に鍛えられていたとは言えど、軍の訓練は生半可ではない。大神との訓練がなかったらリタイアしていただろう。

 

直仁は大神に海軍の訓練を叩き込まれていた為、基礎訓練だけは余裕とまで行かないがついて行けるレベルまでにはなっていた。

 

そして、入学後の訓練で直仁は肩で息をしていたが、膝に手を付くことは禁止されている為に必死になって耐えた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・まだ、終わらないからな」

 

肉体の訓練、射撃、剣術、柔術、勉学、あらゆる訓練は終わらない。そんな中、柔術の担当教官に呼び出され、その方の師という人物と出会うことになった。

 

「貴様の柔術は力ではないと見えた。私の師であり、柔(合気道)の達人である植芝盛平(うえしば もりへい)先生にお越し頂いた」

 

「は、はい!」

 

「遠慮せずに打ち込んできて良いぞ」

 

「お願いします!たあああ!」

 

直仁は体験入隊で学んだ琉球空手霧島流の正拳突きを繰り出すが、直仁は簡単に吹っ飛ばされてしまった。傍から見れば、直仁が老齢の盛平に押されたようにしか見えないだろう。

 

「ぐはっ!?」

 

「ほう?空手か・・・しかも、琉球空手を学んでいる者がこの学校に居たとはのう」

 

地面に叩きつけられたが、カンナとの訓練で受身を学んでいた為に直仁へのダメージは緩和されている。これが受身を覚えていない状態で打ち込んだとしたら間違いなく、大怪我を負っていただろう。

 

「う・・うう・・・(な、なんだ今の?まるで軽く返されて、投げられたような)」

 

直仁は立ち上がると、カンナから教わった空手の基本の構えを取り対峙する。自分でも分かっている、この人には絶対に勝てない、それでも一矢報いたいという思いから基本に返り、構えを取ったのだ。

 

「ふむ・・・立ち上がる、か。良いぞ、いくらでも打ち込んでも」

 

「っ・・・!いやああああ!」

 

それから何度も打ち込み続けたが、直仁は簡単に投げ飛ばされ、気づけば自分はボロボロ、初老の盛平は全くの無傷という状態が出来上がっていた。

 

「が・・・はぁはぁ・・・」

 

「そこまで!」

 

「良い資質はあるが、まだまだ未熟じゃのう・・・」

 

「ぐ・・・ううう」

 

直仁は痛みの残る身体をおして立ち上がり、その場で正座すると盛平に向かって一礼した。

 

「どうか、自分を・・・弟子にしてください!」

 

「貴様!師匠に容易いぞ!」

 

「はっはっはっ!良い良い。傷を受けてもなお立ち上がる根性、その気概、大いに気に入った!儂はしばらくここに滞在する。その間に鍛えてやろう」

 

「あ、ありがとう・・・ございます」

 

「今日はもう、戻りなさい。傷の手当てをしておくように、それと・・・その琉球空手、大事にしておきなさい。ハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「それが、俺のこの村正・鬼包丁を手に入れた経緯と・・・天宮、お前を助けた時に見せた武術、合気道を学ぶ事になったきっかけだ」

 

直仁は近くに置いてある鞘に収められたままの村正を二人に見せた後、畳の上に再び置いた。

 

「合気道・・・そんな武術があったんですね。初めて聞きました」

 

「だろうな、どうした?誠十郎、口を開けたまま驚いて」

 

「これが驚かずにいられますか!植芝盛平と言ったら海軍将校を退けた伝説とも言われる武道の達人ですよ!?そんな人を支配人は師事していたんですか!?」

 

「まぁな・・・俺もそれを知ったのは士官学校を卒業してからだからな。あの時は本気で驚いたんだぞ?」

 

飄々としているが嘘を吐いている様子はなく、事実なのだろう。迫る勢いだった誠十郎は座り直すとお茶を飲んだ。

 

「さて、そこから俺は海軍士官学校を卒業し、合気道の師匠の下でも免許皆伝として卒業した。それで帝国華撃団・花組に入隊になったって訳だ」

 

「そこでサンダーボルト作戦に参加したんですよね!?」

 

「ああ、だが・・・今でもサンダーボルト作戦から生還できたのは一つ目の奇跡だと思ってるんだよ。俺は」

 

直仁自身、脇侍などの怪蒸気に慣れているものの、降魔を始めとした地下に眠っている大和や聖魔城などから生きて生還して来ているからこそ生きている実感が嬉しいのだろう。

 

「そこまで、その作戦は厳しいものだったんですか?」

 

「ああ、ミカサから始まって海に再び眠った呪われた大地である大和、降魔の拠点となった聖魔城・・・それに俺は魔界にまで行ったからな。正確には魔界の最下層と繋がる扉の前までだが。この作戦はすみれさんも知っているぞ」

 

「「!!!!!!!?????」」

 

魔界という言葉に二人は一瞬で驚愕した。あらゆる降魔が生きているとも言われる魔界、そこから生還したと直仁自身は言ったのだから。更にはそのサンダーボルト作戦に陰の支配人である神崎すみれまでもが参加していたと聞いた瞬間、二重の意味で驚きを隠せなくなってしまった。

 

「魔界へ行くまでに、魔神器に対応したそれぞれの上級降魔とも戦った。前置きは抜きで話してやる。俺が戦った魔界の王・・・サンダーボルト作戦の決戦である魔界王との戦いを、な」




はい、武器を手に入れた経緯と武術を収めた経緯の話でした。

直仁くんは基本的に武器と霊力以外は努力で手に入れています。

次回はサンダーボルト作戦の決戦です。

降魔王は新サクラ大戦で出てくる言葉と全くの別物です。サンダーボルト作戦のネタバレ全開ですが、次回もネタバレのオンパレードです。

※新サクラ大戦、発売されましたね。自分も買いました。PS4が無いので買う予定です。この作品に新サクラ大戦の次世代の他の隊員を出す予定はないのか?と言われると出す予定ではあります。

努力チートになっている直仁くんですが、彼は第一線を退いているので次世代との戦いは基本的に模擬戦や向かってきた相手を迎撃するだけのスタイルになります。

植芝盛平氏は実在の人物で、新サクラ大戦の年代だと50歳の中盤か後半あたりの年齢です。あくまでも師匠ポジなのでこの話の限定です。


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第六話 魔界の王

直仁が初めて命懸けで戦った決戦。


「魔界王?何ですかそれは」

 

誠十郎はサンダーボルト作戦の経緯を聞いていくうちに決戦の事が気になって質問した。魔界王、その存在が気がかりになったからだ。

 

「魔界の王、と言っていたが真実は分からねえ・・・。魔界ってのは人間が思っている以上に深い空間らしくてな。王といっても階層に別れている可能性がある・・・俺が戦ったのは一部を支配していた奴だったのかもな・・・」

 

「なるほど・・・」

 

「それで、その決戦はどんな戦いだったんですか!?支配人!」

 

「ああ、あの戦いは俺が初めて命を掛けた決戦だった。その時のパートナーは真宮寺さくらさんだ」

 

「!」

 

天宮は魔界王の話を聞いた以上に驚きを表情に出していた。目の前の男が自分の憧れの存在である真宮寺さくらと共に戦ったと言ったのだから。

 

「さくらさんと一緒に戦ったんですか!?」

 

「そうだ。俺が初めて剣を師事した人であり、初恋でもあったあの人とな」

 

「ええっ!初恋!?支配人の初恋の人ってさくらさんだったんですか!?」

 

「ああ・・・想いを伝える前に居なくなっちまったけどな」

 

その時の直仁支配人の表情は写真で見た19歳の時の支配人で、寂しそうな笑顔だったのを・・・私はこの時に記憶しました。10年前に支配人に何があったのか、私には分かりません、失恋をしたのでしょうけどそれ以上に何かを知ってしまったような・・そんな気がしていました。

 

「魔界王との戦いは正にすべてを出し尽くした上での勝利だった・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

剣王、珠王、鏡王の三体が合体した闇三銃士を倒し、魔界の最深部に位置する所まで来た直仁とさくら。その先には三つの台座と禍々しい扉が半開きになっていた。

 

「さ、さくらさん!あれは、まさか!あれが、魔界の扉じゃないですか!?」

 

「ええ、そうに違いありませんね・・・!」

 

瞬間、地響きが起こり少しずつ扉が開き始めていた。それを見たさくらは叫びを上げる。

 

「あっ!あと少しで完全に扉が開いてしまいます!早く扉を閉じないと!でも、どうすれば!?」

 

「待ってください。ここにある台座のようなものは、もしかして?」

 

「これは、魔神器の剣を置く台座のようですね。私は右側を調べます!直仁さんは左を!」

 

「はい!」

 

二人は急いで左右にある台座を調べる。そこには珠と鏡を置くようなくぼみがあった。

 

「こちらは魔神機の珠を置くための台座のようですね・・・直仁さん!そちらは!?」

 

「こっちは魔神器の鏡を置く台座のようです!どういう事なんでしょう?」

 

「恐らくは、魔神器が魔界の扉の鍵になっているのでしょうか?」

 

「じゃあ、魔神機を使って早くあの扉を閉じないと!」

 

「そうですね!大急ぎで魔神器を台座の上に置いていきましょう!あっ!」

 

封印をする行動の直前、魔界の扉が地鳴りと共に完全に開いてしまった。扉の中から禍々しい空気が流れ出ているのが光武越しでも分かるくらいだ。もしも生身で外に出ていたら瘴気に当てられ、更には魔界に取り込まれているだろう。

 

「しまった!!扉が完全に開いてしまったわ!!」

 

魔界の扉から何かが出てくる気配を感じる直仁。霊力が目覚めている今ではその邪悪な何かが、降魔である事を肌に感じさせてくる。

 

「直仁さん!気をつけてください!邪悪な霊力を感じます!!」

 

魔界の底から現れた何かは人に近い形を成し、現れた。その威圧感は今まで戦ってきた相手以上のものだ。

 

「我の目覚めを邪魔するのは・・・何者だ?」

 

「俺は、帝国華撃団・花組!狛江梨 直仁!お前は何者だ!」

 

「我は魔界王・・・地の底にて永きに渡りし魔物の王・・・巨大な力により扉が開かれし今・・・我ら魔物が地上を支配する・・・」

 

魔界王は口元を歪め、直仁を見据える。ゆっくりと誘うような口調で再び口を開いた。

 

「お前も魔物と成り・・・我と共に地上を破壊し尽くさぬか?」

 

それは純粋な誘いだった。魔界王の言葉は甘美な毒のように直仁の心に響く。理不尽な出来事、勝てない勝負、裏切り、恨み、欲望、あらゆる人間の裏の顔を見た事のある直仁にとって地上を何度も破壊したいという考えに至った事もあった。魔界王はそれを見抜き、直仁を誘ったのだ。

 

だが、今の直仁の心には大切な人達と守りたい人が居る。一瞬だけさくらを見た後、自身の愛刀であるダマスカスの太刀の切っ先を魔界王に向け、声を荒げた。

 

「バカな事を言うな!!地上を破壊だなんて・・・そんな事、させるものか!!!!」

 

さくらもそれに続く形でシルスウス鋼の太刀の切っ先を向けて、声を荒らげた。

 

「その通りです!帝都の平和を守るのが私達、帝国華撃団の使命なのですから!!」

 

だが、魔界王は怯んだ様子もなく笑い続け、その身体を宙に浮かせて距離をとった。

 

「フフフ・・・そうか、残念だが、ならば仕方がない。お前達には此処で、死んでもらう」

 

「「!!!」」

 

魔界王が右腕を軽く上げると、魔界の扉から巨大な魔物の上半身のみが現れた。魔界王のように知性はなく、唸り声だけを上げている。

 

「グオォォ・・・・」

 

「す・・・すごく邪悪で・・・強いな霊力だわ・・・・」

 

「なんだ・・・っこの霊力の強さは・・・・」

 

「フフ・・・お前達に・・・我が下僕の相手が務まるかな?」

 

「例え・・・巨大で強い魔物でも、私達は負けません!そうですよね、直仁さん!!」

 

さくらの訴えに直仁は笑みを浮かべて返す。そうだ、自分達はこんな魔物に敗れる程、弱くはない!と。

 

「はい!もちろんですよ、さくらさん!!俺達の力・・・見せてやりましょう!!」

 

「もちろんです!直仁さん!真宮寺さくら、参ります!いざ、覚悟ォォ!」

 

「帝国華撃団・花組、狛江梨 直仁・・・推して参る!!」

 

仮称ミギウデと表示された魔物はその腕力に物をいわせてパンチや、拳の叩きつけ、ビンタや振り下ろし、石礫を投げつけるなどの攻撃を繰り出してくる。今の直仁は口調が変わるぐらい高揚しており、敵に向かっていった。

 

「確かに力は強いようだが、速さが伴って成さすぎる!」

 

「はああああ!」

 

「グギャアアアアア!!?」

 

水の流れの如く、直仁はミギウデの利き腕である右腕にダメージを与えた。それに続き、さくらも左腕を切り落としてペースを引き寄せる。直仁はバックパックにダマスカスの太刀を収納し、拳に霊力を集中させた。

 

「これが俺流の・・・!一百林牌だぁぁぁ!!」

 

蒸気ブーストでミギウデの懐へ飛び込み、直仁は拳に集中させた霊気を叩きつけるのではなく、真っ向から空手の正拳突きをミギウデの胸部へと叩き込んだ。その一撃は正にカンナをおもわせ、豪快かつ一撃必殺の力を秘めた一撃だった。

 

「グォオオオオォォアァ~~~~!」

 

「ふしゅぅぅ・・・我が拳、殺意に非ず・・・そして、空に未だ至らずなり」

 

その一撃を受けたミギウデは消滅し、再び魔界の奥底へと強制的に引き戻されていった。直仁の一撃を見たさくらは二年前の時以上に成長しているのだと感じていた。

 

「さくらさん、やりましたね!」

 

「ええ、やりましたね!直仁さん!!魔界王、お前の手下も大した事ないわね!」

 

「ふ・・・フハハハハ!」

 

高みの見物をしていた降魔王は笑いながら下へと降りてくる。それを見た二人は警戒して武器を構え直す。

 

「な・・何がおかしい!!」

 

「フハハハハ・・なかなか、やるではないか・・・お前達を倒し、魔物に生まれ変わらせ、我の新しい下僕としてやろう」

 

「な・・・なんですって!?」

 

魔界王の言葉に驚愕するさくら、だが・・・その言葉を否定したのが紛れも無い直仁であった。

 

「そんな事、させるか!!倒されるのはお前だ!!魔界王!!」

 

「その通りよ!お前を倒して、二度と復活できない様、封印してあげるわ!!」

 

「フフフ・・・出来るかな?」

 

「行きますよ、直仁さん!」

 

「はい!」

 

「楽しませてもらおう・・・・」

 

直仁とさくらは魔界王へと突撃していく。魔界王は火、水、風、雷、あらゆる霊力の攻撃を繰り出してくる。その威力は一つ一つが災害レベルだといっても過言ではない。

 

「うおおりやあああ!」

 

バックパックからバイキングアックスを取り出し、それを魔界王へと振り下ろす直仁。だが、魔界王は簡単にその振り下ろしを片手で受け止めてしまった。

 

「何ッ!?」

 

「この程度か・・・?」

 

「うおっ!?」

 

そのまま引き寄せられ、直仁は魔界王のパンチを受けてしまう。その衝撃は降魔に攻撃されている比じゃないと言える。

 

「ぬんっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

魔界王は光武に乗った直仁を軽く放ると二擊目を繰り出し、更には邪悪な霊力を込めたアッパーを打ち込み、直撃させた。

 

「ぐああああああ!!」

 

天井へ叩きつけられ、直仁は地に落下する。邪悪な霊力は光武のおかげで遮断されたが、機体からは火花が出ている。霊的防御力には優れているが、物理的な防御力が低すぎるのが光武の最大の弱点だ。

 

「ぐ・・・なんて・・・威力だ・・・」

 

「直仁さん、大丈夫ですか!?」

 

「!!さくらさん!!」

 

「えっ?きゃあああ!?」

 

「フ・・・破邪の娘か」

 

魔界王はさくらの光武を魔力で巨大化した手で掴みとり、強く握り始める。それはまるでリンゴをや卵を握力で握る動きと酷似している。

 

「あああああっ!」

 

「このまま、握りつぶしてやろう・・・」

 

「止めろおおおおお!!」

 

火花の走る機体を推して直仁は魔界王へと突撃し、バイキングアックスを投げつけるが、それを虫でも追い払うかのように弾き返し、飛んでいる羽虫を叩きつけるように直仁を払い除けた。それにより、直仁の光武は石柱に叩きつけられた。

 

「ぐああああ!」

 

桜色の光武の四肢がギシギシと悲鳴を上げ、火花が出てくる。ダメージを負ったのを見届けた魔界王はそのまま、直仁の隣へと、さくらを投げつけた。

 

「!さくらさん!しっかりして、さくらさん!!」

 

「直・・・仁・・・さ・・ん・・・ごふっ!」

 

通信を聞く限り、生命反応はあるが重傷には違いなかった。恐らく怪我がひどいのだろう、そんな風に見えるほどさくらの光武の損傷は激しかった。

 

「直仁さん・・・勝って・・・信じて・・・いるから・・・・きっと・・・・勝って・・・・ね」

 

「さくらさん!?さくらさん!!」

 

気絶してしまったのだろう。さくらからの返事はない。直仁は拳を強く握り、歯を食いしばっている。

 

「やはり・・・弱者は弱者か」

 

「るせえ・・・・」

 

「ん?」

 

直仁の光武が青い光に包まれていく、それはかつて、彼自身が覚醒した時と似ていた。だが、ひどく不安定な状態でもある。

 

「怒りに任せて我を討つか?やはり貴様は魔物になるべきだ・・・」

 

「その汚ねえ口を閉じろって言ってんだ・・・・」

 

「お前一人で何が出来る?その破邪の娘の力がなければ何も出来ぬだろうに・・・」

 

「口を閉じろって、言ってるだろうがあああああああああ!!!!!」

 

直仁の口調が変わり、同時にその咆哮に反応した直仁の霊力の光が形を成し、巨大な龍を形作った。龍の形は青色の霊力の影響で青龍そのものになっている。青龍は直仁の背後に回り、彼を見守るかのように咆哮を上げている。

 

『グオオオオオン!!!!』

 

「な、何!?この爆発的霊力は・・・!まさか!?この魔界において、龍脈の力を得たとでも言うのか!?」

 

「(大神さん・・・大神さんの型、お借りします!)俺は、一人で戦っているんじゃない!勝利を信じて俺に託してくれたさくらさん、此処にはいない帝国華撃団の皆の思いと共に戦っている!!」

 

直仁はバックパックから右手に愛刀のダマスカスの太刀、左手にシルスウスの太刀を手にし二刀流の構えを取った。その姿は帝国華撃団・花組隊長である大神一郎を彷彿とさせる。更に龍の形を模した霊力が刀に宿り、その力強さを一層際立たせている。

 

「行くぞ!魔界王!帝国華撃団・花組・・・狛江梨 直仁、いざ!推して参る!!」

 

「オオオオオオ!」

 

「でぃああああ!!」

 

先程までと違い、直仁は魔界王と互角に戦っていた。魔界王の武器は魔界の扉から供給される無尽蔵の魔力だ。だが、直仁は龍脈という地脈の流れの加護を受けているため、魔界王へのエネルギー供給を相殺させる事で絶っている。魔界王は霊力による攻撃で防御壁を作り出しつつ、攻撃するが直仁はそれを切り裂き、向かってくる。

 

「ば、バカな!たった一人の人間が、これほどの力を!」

 

「言ったはずだ!俺は一人で戦っているんじゃない、帝国華撃団全員と一緒に戦っているとな!うおおおお!!」

 

振り下ろされた刃を止めている魔界王のガードを押し返し、肘に一体化している鏡のような部分を一刀両断し、更には右腕をも切り落とした。

 

「ぬぐおおおお!?おのれ、人間がああああ!」

 

「神に合っては神を斬り、魔物に合っては魔物を斬り・・・降魔に合っては降魔を斬る!鏡反相殺斬!!」

 

二本の太刀を一つとし、直仁は弱っていた魔界王を唐竹割りで一刀両断した。その一撃は自身を魔物と同質存在として放った一撃であった。

 

「うおおおおおおおおおーーーっ!覚えておれ・・・我は・・・何度でも蘇って・・・来る・・・ぐぅぅ・・・!」

 

魔界王は一刀両断された身体が魔界の扉に吸い込まれていく。生命反応が出たさくらの元へと直仁は駆け寄った。

 

「はぁ・・はぁ・・・さくらさん、やりましたよ!」

 

「直仁さん、本当に?はっ、そうだわ!急いで魔神器を台座に・・・!あの扉を永遠に封印するんです・・・!」

 

「は、はい!」

 

重傷だったはずのさくらは龍脈の気脈の力の余波によって完全ではないが、治っていた。直仁はさくらに言われた通り、魔神器の鏡、珠、剣をそれぞれ対応する台座に置いた。それと同時に魔神器が反応を示し、魔界の扉が徐々に重々しく閉じていき、完全に閉められ封印された。

 

「さくらさん・・・」

 

「直仁さん、ついにやりましたね」

 

「はい!でも・・・魔神器を回収するだけの任務だったのにこんな事になるなんて」

 

「そうですね。地上の支配を企む者がこんな所に居るなんて・・・。それにしても直仁さんは、本当によく頑張りましたね。心からお礼を言わせてください、ありがとうございました!」

 

さくらからのお礼の言葉に直仁は顔が熱くなっていた。それが恋だという事に気づいても押し殺す事にして。

 

「さぁ、魔神器を持って帝劇に帰りましょう!」

 

直仁は台座に置かれた魔神器を回収し、さくらの光武に肩を貸して出口を目指し始める。

 

「任務完了!帝劇に帰りましょう、直仁さん!」

 

「はい!」

 

この時に直仁は気づいていなかった。龍脈の加護を受けた代償として、己の肉体が蝕まれていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、サンダーボルト作戦の決戦・・・魔界王との戦いだ。記録には残っていないがな」

 

「「・・・・・」」

 

あまりの壮絶な戦いの話に天宮と誠十郎は絶句していた。魔界王は降魔とは違った魔物ではあるが、帝都の最大の災いになりかねなかったことは確かだ。それが、降魔大戦以前にあったというのも驚きの一つだった。

 

「それから俺は帝国華撃団・花組として戦っていた。一時は隊長代理も務めた事もあったな」

 

「支配人が隊長を!?」

 

「代理だ、代理。大神さんが巴里華撃団の隊長を務める事になった間だけな」

 

直仁は懐かしむように話しており、食いついてきた誠十郎を笑顔で応対している。それはまるで、話している事が楽しそうに見えていた。

 

「こうして聞いていると支配人も帝都を救っているんですね・・・大神前隊長も、支配人もすごすぎて・・」

 

「・・・誠十郎、お前はこれからだ。俺はな、お前は大神さんと俺を超えてくれる逸材と思っている。だが、花組の隊長はただ隊長やればいいってもんじゃねえ。誰よりも帝劇を愛し、誰よりも隊員の気持ちを理解できる。そんな男じゃなきゃ務まらねえ。そういう男になって欲しいんだよ。俺が厳しくしてるのはそういう訳だ」

 

「!!」

 

誠十郎はここで初めて直仁の本音を知った。なぜ此処まで自分に厳しくしてくるのかと考えた事もあった。それが大神と直仁、二人の前隊長を超えろという意味だったのだ。自分を気に食わないからでは?と考えていた自分が恥ずかしくなってくるのを誠十郎は改めて感じた。

 

「戦いの話は十分に分かりましたけど、直仁さんはどうして、私にあの言葉を言ったんですか?」

 

「ああ、超えてみろって言葉の意味か?」

 

「そうです!その意味を知りたいんです!」

 

今度は天宮が迫るような勢いで話を割り込ませてきた。直仁は仕方ないといった様子で立ち上がるとタンスのような物入れから一つの映像フィルムを取り出した。

 

「天宮。今から見せるものは女優として、下手をすれば帝国華撃団という重みに耐えられなくなるかもしれねえ。それでもいいな?」

 

「え・・・はい!」

 

直仁からの突然の言葉に意を決し、天宮は返事を返してしまった。直仁は映像が見れるように室内のカーテンを閉め、簡単なセッティングとスクリーンを広げ、照明を消して部屋を暗くした。それと同時に音声と映像が映し出される。それは10年前の帝国華撃団・花組、全盛期時代の映像だった。

 

「もしかして・・・・」

 

「これは・・・」

 

演劇に疎い誠十郎すら映像に見入っていた。天宮も同様に見入っており目が離せていない。伝説とも言われた全盛期の帝国華撃団・花組の舞台を映像とはいえども目の前で行われているのだから。

 

演目は「シンデレラ」「愛ゆえに」そして幻とも云われた「海神別荘」の三作品だった。

 

演目が終わると次はレビュウのような場面に切り替わり、歌が披露される。それは毎年クリスマス公演に行われていた曲「奇跡の鐘」であった。

 

全ての映像が終了すると直仁は部屋を明るくし、二人を現実に引き戻した。二人は我に返ったように直仁に向き直る。

 

「憧れるのは構わねえ。だが、夢であるなら超えてみろ。天宮・・・真宮寺さくらさんは娘役として最初のトップスタァであったすみれさんの後にトップスタァとなった人だ。生半可な気持ちで目指して欲しくはねえんだよ。だから、超えてみろって言ったんだ」

 

「っ・・・・」

 

直仁からの厳しい言葉が突き刺さる。自分には演劇に対して自信があった。だが、憧れの人は遥か先にいたのだ。自分達の演技は子供のお遊びようだと言われても反論出来ない、それ程までに全盛期の帝国華撃団との差があるという現実を映像を観た天宮は自覚する事しか出来なかった。




直仁くんはサンダーボルト作戦の決戦で完全覚醒しています。

次回は次世代の帝国華撃団を出す予定です。


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第七話 女優として・・・

直仁と次世代の帝国歌劇団との衝突。

天宮さくらの葛藤。


「っ・・・!」

 

天宮は支配人室を飛び出し、出て行ってしまった。直仁の厳しい言葉もあったが、何よりも前歌劇団と自分の実力が、天と地以上の差があると自覚してしまったのだ。

 

「さくら!」

 

「追うな!誠十郎!!」

 

「ですが・・・!支配人!」

 

直仁の表情は厳しくなっており、天宮を追おうとした誠十郎を引き止めていた。それが、彼なりの成長のさせ方だと頭では納得できているが、心境では納得出来なかった。

 

「アイツは、天宮の奴はこれでようやく、トップスタァへのスタートラインに立てた。己と憧れの相手の実力差を知ったんだ。これだけはアイツ自身で乗り越えなくちゃならない・・・」

 

「なぜそこまで厳しく出来るんですか!?相手は年端も行かない女の子なのに!」

 

「甘ったれた事を言ってんじゃねえ!」

 

「っ!?」

 

「公演はな、ただ演技をしていれば良いというものじゃねえ・・・舞台に立った以上、お客に夢のつづきを見せなくちゃならないのが、歌劇団なんだ。俺は色々な舞台で色々な舞台女優を観てきた。正直な話・・・今の歌劇団はさくらさん、すみれさん、マリアさん、紅蘭さん、アイリス、カンナさん、織姫さん、レニの足元にも及んでいねえ・・何故だか解るか?誠十郎」

 

「それは・・・分からないです・・・」

 

「アイツ等は舞台への情熱が薄いんだよ・・・。本気で女優をやろうとせず、その場、その場で楽しませれば良いって思ってやがる・・・」

 

「そんな・・・事は」

 

直仁は前歌劇団と比べるような事を口にした。だが、現実を突きつける為に敢えて比べるような発言をしたのだ。誠十郎は直仁の言葉を否定したかったが、出来なかった。

 

「かつての栄華を取り戻したい訳じゃねえ・・・。次世代(アイツ等)には次世代(アイツ等)の良さがある・・・それは理解している。だからだ・・・だからこそ、アイツ等に本気で舞台女優をやって欲しいんだよ・・・!本気になればアイツ等は間違いなく、以前の帝国歌劇団を超えられるはずだからな」

 

「支配人・・・」

 

「行くぞ・・・そろそろ、アイツ等が俺に向かってくる頃だ。先手を打っておく」

 

直仁は立ち上がると、誠十郎を伴って全員が居るであろう中庭へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ひっく・・・ぐす」

 

飛び出した天宮は中庭の隅で膝を抱えて泣いていた。悲しいからではなく、映像で観た前・帝国歌劇団の舞台とレビュウに圧倒され、押しつぶされかかってしまったのだ。

 

だが、天宮自身も理解は出来ている。念を押して支配人である直仁は映像を見せる前に重さに潰されるかもしれないと忠告していたのだから。

 

自分は女優にというものに自信を持っていた。だが、自分が憧れていた相手は想像以上の実力を持っており、届く事すら難しいと感じてしまったのだ。

 

「私じゃ・・・届かないのかな・・・」

 

「さくら!?どうしたんだよ、こんな所で!何泣いてんだ?」

 

「初穂・・・?それにみんな・・・」

 

泣いている天宮の前に現れたのは親友である東雲 初穂(しののめ はつほ)を始めとした現・帝国歌劇団のメンバー達であった。

 

望月あざみ、アナスタシア・パルマ、クラリス(本名・クラリッサ・スノーフレイク)の三名も天宮を心配そうに見ている。

 

「さくら、何があったの?」

 

「思いつめているように見えるわね?」

 

「私達で良ければ、聞かせてください。仲間なんですから」

 

「うん・・・実はね・・・」

 

天宮は支配人室で前・帝国歌劇団の映像を見せられ、それによって自分との差を感じてしまった事を素直に話した。自分じゃ憧れには届かないという思いもある事を隠さずに。

 

それを聞いた四人はそれぞれ、複雑な表情をしたが初穂だけが怒りの感情を表に出していた。

 

「なんだよそれ、そんなもんを見せるなんて何考えてんだ!」

 

「初穂、怒るのは筋違いよ?・・・支配人は見せる前に忠告していたんだから」

 

「ですが、重圧になってしまうのは当たり前ですよ!」

 

「それだけの差・・・私達は全く及んでいないとも取れる」

 

それぞれが言葉を出していると同時に、直仁が誠十郎を伴って中庭に現れた。一斉に視線が集中するが、初穂だけが納得いかないといった様子で直仁に近づいていく。

 

「おい!さくらに以前の帝国歌劇団の映像を見せたそうだな?」

 

「ああ」

 

「なんでそんな事をしやがった!?」

 

「天宮の奴に憧れの人を超えて欲しいと思ったからだ。重みに耐えられないようならそこまでだがな・・・」

 

「!・・・・」

 

「ふざけんなよ、さくらは泣いてんだぞ!?お前が追い詰めたんだろうが!!」

 

「!ダメ!初穂!!」

 

感情を爆発させてしまった初穂は直仁に殴りかかったが、その拳を手で受け止めてしまった。初穂からすれば自信のあった一撃だった。

 

「なっ・・・・!?」

 

「素直に感情を出す事は悪いとは言わねえが・・・・時と場合を考えやがれ・・・!」

 

直仁は初穂の拳を止めた手の親指に力を入れ、初穂の拳にある親指と人差し指の間にある手のツボに押し込んだ。

 

「!い、痛い痛い!!!は、離せ!!」

 

初穂はあまりの痛みに、両膝をゆっくりと地面に着けてしまう。直仁もしばらくして手を離すと、初穂の睨みを目を逸らさずに受け止めていた。

 

「今度殴りかかってきた時は、このくらいじゃ済まねえからな?」

 

「ちくしょう・・・」

 

「実力差を知らずに努力した所で天狗になるだけだ。だから、俺は天宮に映像を観せたんだ。今の自分と憧れの相手との差を理解させるためにな。この場に全員、居るからハッキリ言わせてもらう。お前らは前・帝国歌劇団の足元にも及んでねえ!!」

 

「「「「!!!!!!!」」」」

 

誠十郎と天宮はその場で俯いていた。二人は映像を観ていたが故に実力の差を理解できていたからだ。しかし、他のメンバーは納得できていない様子だ。直仁の言葉にアナスタシアが冷静に言葉を返す。

 

「どういう意味かしら?納得出来る答えが欲しいのだけれど?」

 

「言葉通りの意味だよ。それと俺からの一つだけ質問だ・・・・お前達は本気で女優を心からやっているのか?」

 

その言葉に現・帝国歌劇団のメンバー全員が目を見開く。直仁の言葉はメンバー達に本気で舞台をやっていないのだと言っているのにも等しいからだ。

 

「やっています!現にお客さんだって入っているでしょう?」

 

「あんな演技は練習すれば子供の年齢でも出来る。俺が知っている前・帝国歌劇団のアイリスは僅か9歳で帝劇の主役もこなしていたぞ?巫女や脚本家を兼ねているのも分かる。だが、舞台に立っている以上、本気で役者をやってくれなきゃ困る」

 

「未だ実力が足りないという事・・・?」

 

「そうだな」

 

あざみの言葉に答え、直仁は冷静に冷酷に言葉を発し続ける。真意を知っている天宮と誠十郎の二人はそれが仮面だとわかる。だが、そんなことを知る由もない四人は直仁に言葉で噛み付く。

 

「以前の帝国歌劇団と比べてんのか?アタシ達の実力が低いって!」

 

「そうなるな」

 

「そんな、ひどいです・・・!」

 

「事実だ」

 

「・・・・それは、残念だけど認めるしかないわね」

 

「冷静だな・・・」

 

「あざみは・・・まだ出来る!」

 

「本当にそうか?」

 

初穂、クラリス、あざみの三人は直仁を親の敵のように睨んだ。アナスタシアだけは第三者視点の考えがあったらしく、客観的な意見を述べている。

 

直仁は一度、このメンバーに大切なものを失った事はあるか?と尋ね、全員があると聞いた。だが、己の力を過信しているのを見抜き、憎まれ役を自ら買って出る事で実力を上げようとしたのだ。今回の件でその真意を少しだけ知ったのは誠十郎と天宮のみ、だからこそ二人は何も言えないのだ。

 

「悔しいか?悔しいなら俺が全員鍛えてやる。無論、すみれさんにも演技指導や基本指導を協力してもらうつもりだ。ただし・・・!」

 

天宮以外の四人が、やる気を見せようとしたのを直仁が見逃すはずがなかった。そこへあえて厳しい言葉を紡ぐ。

 

「指導は厳しいぞ?俺もすみれさんも妥協は許さない、徹底的に指導する。それでも付いてこれるか?逃げ出す事は絶対に許さん」

 

「望むところだ!」

 

「厳しくてもやってみせます!」

 

「どんな指導になるか、楽しみね」

 

「やれるだけやってみる」

 

四人は発破をかけられ、やる気に満ちていた。直仁は顔に出さず、心の内で笑みを浮かべていた。それを見ていた誠十郎もメンバーへの誘導の仕方に舌を巻いていた。

 

「だが、すみれさんに指導されるのは良しとしても、俺に指導されるのは納得がいかねえだろう?あまり見せたくはないんだが・・・二時間後に舞台へ来い」

 

「何をする気だ?」

 

「それは来てからのお楽しみだ」

 

そう言って直仁は全員を中庭に置いたまま、建物の中へと戻ってしまった。誠十郎すらも頭をひねっている。そんな中で、二時間後に舞台へ行くことにした。

 

 

 

 

 

直仁は楽屋に向かい、立ち入り禁止の札をかけると中に入った。記憶を探り仕舞われた箱を見つけ出し、その中にはロングヘアーのウィッグや化粧道具などが入っている。

 

「久々だから喉の慣らしもやっておくか」

 

発声練習をしばらくした後、自分を切り替えると直仁はメーキャップと歌劇団に教わったメイクを自分の顔に施していく。すると徐々に美しく化粧を施した女性の顔になっていった。衣装の一つである中世の町娘の衣装に着替え、胸元に軽く詰め物をしウィッグを被るとそれは直仁ではなく、完全に別人・・・女性そのものになっていた。

 

「舞台の協力を頼まねえとな」

 

二時間後、誠十郎を含めたメンバー達は舞台に来ていた。舞台の照明は落とされており、誰もいない。休演日でもあるのだが、それでもこのようにしているなど違和感が強い。

 

「おーい、支配人!約束通り来たぞ!何処にいんだよー!」

 

初穂が声を出すと舞台のセンタースポットに明かりが灯り、そこには一人の女性が立っている。女性は片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま両手でロングスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて挨拶した。これはカーテシーと呼ばれるヨーロッパの伝統的な挨拶方法である。

 

「ようこそ、大帝国劇場へ。わたくし、当劇場の支配人の知人で前梨 七緒(まえなしななお)と申します。この舞台に立つ事を支配人から許可は頂いておりますので、誤解をなさらないようお願いします」

 

「前梨七緒?聞いた事ないな」

 

「わたくしの演技を皆様に見せて欲しいとの事で連絡を受けて、馳せ参じた次第にございます」

 

「なんだと?」

 

「興味深いわね」

 

「ただの人じゃない・・・けど、なんだろう?何か違和感が」

 

「台本を持っていませんよ?それで演技を?」

 

「この女性・・どこかで」

 

六人の中であざみは何か違和感があると言うだけで、目の前の女性の正体を看破できない。天宮は何かを考え込んでいる。女性はふわりとカーテシーを解くとナレーションを始める。

 

『そこは中世の街並み・・・街は活気にあふれ人々は生活している』

 

誠十郎達はそのナレーションを聞いた瞬間、自分達の脳内に中世ヨーロッパの街並みが脳内にイメージされ、その世界に来たような錯覚に陥いる。

 

『人々が明るく生活している中、私は毎日、母様や義姉様達の服を繕い、洗濯し、食事を作り、掃除をしながら灰色の街を見つめています』

 

七緒の姿がみずぼらしいドレス姿に見え、掃除をした後にドレスを繕う仕草、洗濯物を干す姿、食事を作る姿が目の前で実際に起きているように見える。

 

「あっ・・・!ごめんなさい、母様・・義姉様方・・」

 

目の前で七緒が突然、押されたように倒れ、目の前にはいないはずの母や義姉達が目に映る。その姿は彼女を罵倒や嫌味を言われているようで、それを耐えているようだ。言い返さず、涙も流さず、夜になればベッドに眠る事は許されず、暖炉のそばで灰にまみれて眠ることを強要されていた。

 

此処まで演技をした後に七緒は全員を現実に引き戻すために、立ち上がると拍手を二回行う。それに気づいた次世代の歌劇団メンバー達は驚いたように七緒を見たが、七緒は再びカーテシーの姿勢で全員に挨拶している。

 

「いかがでしたでしょうか?わたくしの演技は?これは有名な作品の一部分を演じただけでございます」

 

誠十郎と天宮は思わず拍手しており、アナスタシアも実力を認めたように拍手し、クラリスとあざみ、初穂も拍手し始めた。

 

「す、すごかったです!舞台に関しては素人の俺でも情景が浮かびました!」

 

「はい!一部分だけで、こんなに惹き込まれる演技なんて幼い時以来、見た事ありません!」

 

「見ている側に背景をイメージさせてしまう演技・・・久しく忘れていたわね」

 

「はぁ・・・一人の演技だけで全てイメージできてしまいました。すごいとしか言えません」

 

「うん、幻惑の術かと思ったくらいにすごかった」

 

「ああ、本気で見蕩れちまった。演技だけで此処まで出来るなんてすげえよ!」

 

それぞれが絶賛の言葉を上げている。そんな中、天宮が思い出したように声を上げる。

 

「あーー!思い出しました!私、幼い頃に帝国歌劇団の舞台を見に来た時に役者の方が一人違っていたんです。その時の名前が前梨七緒って・・・パンフレットに」

 

「ウフフ、そんな事もありましたね。私はその一役だけ手伝って欲しいと言われ、協力しただけです。その後、私はこの大帝国劇場を後にしちゃいましたから」

 

「そうだったんですか、でも・・一度きりでも前の帝国歌劇団の舞台に出ていたのなら納得です!」

 

天宮の力説を七緒は笑顔で応対する。それはまるでファンに対する女優のようだ。だが、七緒は何かを思い出したかのように舞台に上がった。

 

「それでは、わたくしは此処でお暇させて頂きます。またの機会にお会い致しましょう」

 

優雅なカーテシーをした七緒は闇に溶けるように消えて行き、舞台の照明が全て点灯される。目が薄暗さに慣れきっていた花組は眩しさから目を腕で覆い隠した。

 

「眩しい!あれ?」

 

「七緒さん、居なくなっちゃいましたね」

 

「支配人の奴が言ってたのはこの事だったのか、前の歌劇団の経験者の演技を見せられるなんてよ・・」

 

「でも、これでようやく私達の実力もはっきりしたわね」

 

「はい、まだまだ私達は演技力が低いって分かりました」

 

「これを機会に本気で打ち込もうと思う・・・他を疎かにはせず」

 

それぞれがやる気に満ち溢れ、次世代の歌劇団は自分達も追いつき、追い抜いてやろうという気概を見せて、声を出していた。

 

 

 

 

 

 

立ち入り禁止の札をかけられた楽屋では直仁がメーキャップと化粧を落とし、胸元の詰め物を外し、ウィッグを取って片付けると衣装からいつもの私服に着替え、衣装をハンガーにかけた。それと同時に誰かが楽屋へ入ってきた。すぐに閉められ、鍵もかけられる。

 

「ふう、久々だったが何とかなったな。誰だ!?」

 

「随分と懐かしい事をしましたわね?」

 

「すみれさん、来てたんですか?」

 

そこへ現れたのは神崎すみれ、10年前は帝国歌劇団・花組の娘役としてのトップスタァであり、大帝国華撃団・花組の隊員でもあった人物だ。帝国劇場の本来の支配人であり、神崎重工の重役を務める職業婦人でもある。

 

「ええ、幻の女優・・・前梨七緒が出て来たと聞いたものですから」

 

「正体は俺の女装、ですからねえ」

 

「焚きつけるためとは言えど、憎まれ役を買って出るなんて。次世代を育てるという意味はわかりますが、やりすぎではなくて?」

 

「わかってはいますよ。けど・・・俺がやらなきゃいけないんです。そうしないと厳しさが伝わらないんです。それに・・・」

 

「それに?」

 

「行方不明って辛いじゃないですか・・・生きているかもしれない希望と・・・死んでいるかもしれないという絶望が同時に来るんですから。それを知ってもらいたいし、厳しさの中の優しさを次世代には知って欲しいんですよ」

 

「・・・」

 

その言葉はすみれも口にしそうになった言葉であった。十年前のあの日、二人は置いていかれてしまったのだから。

 

「貴方を連れ戻した時に約束をしましたわよね、この大帝国劇場という家を守りぬくと」

 

「ええ、覚えています」

 

「お互い、不器用ですわね。厳しさでしか自分を出せないなんて」

 

「本当ですね・・それとすみれさん」

 

「何かしら?」

 

「時間が出来た時でいいんです。アイツ等を次世代の帝国歌劇団の指導をしてやってください。お願いします!」

 

直仁はその場に土下座する形ですみれに頭を下げた。すみれは一瞬だけ呆気に取られたが直ぐに直仁の近くに寄ってしゃがみこんだ。

 

「指導する時間は取れないかもしれませんが、指導用のメニューなら考えておきますわ。指導は貴方がやりなさい」

 

「分かりました」

 

「次世代の育成・・・任せたのですからしっかりやりなさい」

 

「はい!」

 

この時の二人は体験入隊時の二人に戻っていた。どんなに時が流れようとも二人の関係はこんな感じなのだろう。しばらく話し込み、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。




次世代を焚きつけた回でした。

体験入隊・・サンダーボルト作戦のネタを使ってしまったので次回どうしよ。という状態です。



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第八話 特訓と舞台への思い

次世代の帝国歌劇団が前・帝国歌劇団が行っていた演技指導などを受ける。

とある食堂へ二人を連れて行く。



※今回からシャト6様の作品「太正?大正だろ?」とのコラボをさせて頂きます。

「太正?大正だろ?」の主人公である森川大輔さんを直仁が行きつけの店の店主として登場します。


それから翌日。次世代の歌劇団全員が集まり、鍛錬室となっている地下の一室に集まっていた。

 

全員が練習用のインナー姿だ。初穂は初めのうちは嫌がっていたが、指導の邪魔にならないようにと説得し、納得させた。この日から直仁がすみれの考えた指導を行うことになったのだ。

 

「あ〜あ~あ~~あ〜!」

 

「もっと大きな声で!」

 

初めはピアノの音程を使った発声練習から始めた。直仁がピアノが弾けるのが意外だと思われたが、サンダーボルト作戦時に招集された際、ソレッタ・織姫から基本だけを指導してもらい、なにかの役に立つかも知れないとそれを続けてきたのだ。荒れていた時期でも演奏を聴かせてお金稼ぎをしていた事は黒歴史だ。

 

「あ~あ~あ~~~あ~!!」

 

「腹式呼吸を意識しろ!喉からじゃなく、腹から声を出すイメージで!!」

 

今、発声の指導を受けているのは天宮だ。彼女の声は確かに魅力的だが、一度舞台で聞いた時、全く聞こえない程、声が小さかったのだ。声に関しては初穂が最も優れていた。祭好きの彼女は日頃から大きな声を出している。腹式呼吸を覚えた彼女は、歌の声が優しく響く形になったのだ。彼女自身もそんな自分の声に戸惑いを隠せなかった様子ではあったが。

 

「う・・・うううっ!」

 

「ぐ・・・ぐうう!」

 

「はっ・・・うう!」

 

今度は肉体面での指導だ。柔軟性を身体に持たせ、体幹を鍛えるようにする。ある程度の筋力もなければ舞台でのアクションシーンやダンスシーンなどをこなす事は出来ない。

 

今行っているのは柔軟運動の前屈だ。開脚した姿で行っているが、天宮、初穂、クラリスの三人は苦痛に顔が歪んでいる。それもその筈、彼女達の肉体は硬い。剣術などの訓練で柔軟性があると思われたが、あくまでも剣術などに対してのものだ。

 

ほとんど変わらないが、舞台においては全身に柔軟性がある事が望ましい。全身を柔軟にする運動を彼女達は行ってこなかったのだ。柔軟性に関してはアナスタシアが最も優れていた。あらゆる歌劇団を渡り歩いてきた彼女にとって、基礎中の基礎であったに違いない。

 

「すぅ・・っは!すぅ・・っは!すぅ・・っは!」

 

腹筋を鍛える筋力トレーニング、これに関しては誠十郎も足を支える為に手伝いを申し出た。だが、ただの腹筋ではない、背中をつけた瞬間に息を吸い、上半身を起こした時に息を吐く、それを素早く行うのだ。

 

これに関してはあざみが最も優れていた。忍者の修行を毎日欠かさず行っており、この訓練は基礎として必要だと言われていたそうだ。

 

あらゆる指導に最も苦戦していたのはクラリスだ。彼女は運動とは無縁の生活を行っていた為だろう。だが、彼女は身体の軸が非常に美しく出来上がっていた。彼女の軸の定まった動きは非常に美しい姿を見せてくれる。これに関してはアナスタシアも同意し、彼女の軸の持ち方を身に付けるよう、直仁に指導された。

 

 

 

 

 

「はぁっっ・・はぁ・・・はぁっ!こ、これが・・・本格的な・・・役者指導・・・なんです・・ね」

 

「わかっちゃ・・・いたけど・・・キツ・・過ぎるだろ・・これ・・はぁ・・はぁ」

 

「はぁ・・はぁ・・!!これを・・・以前の歌劇団の・・・皆さんは・・・こなして・・・いたんですね・・・」

 

「はぁ・・は・・・基礎を疎かにしたツケかしら・・・」

 

「はぁ・・はぁ・・忍者の修行よりも・・・厳しい・・・」

 

次世代の歌劇団全員が汗をかき、息を切らしていた。直仁は此方へ向かせる為に二回ほどパンパンと拍手をした。その音に全員が視線を向ける。

 

「15分休憩の後、滑舌の指導をするぞ!飲み物を用意してあるから、しっかり水分補給をしておけ!」

 

スクイズボトルに似た入れ物に、ストローのようなものが刺さっている飲み物入れを直仁が用意し、誠十郎も応援の意味を込めてそれを一人一人に渡していく。

 

よほど喉が渇いていたのか、全員がすごい勢いで水分を補給する。長い溜息が出る程に飲んでいたようだ。

 

 

 

 

 

「「「「「あ!え!い!う!え!お!あ!お!か!け!き!く!け!こ!か!こ!」

」」」」

 

「天宮!四番と八番の音が弱いぞ!しっかり意識しろ!」

 

「はい!」

 

「初穂!一番から音が大きすぎる!少し声の音量を抑えろ!」

 

「んな事言ってもよぉ・・!」

 

「クラリス!恥ずかしいと思うな!基礎をしっかり学ぶと考えろ!」

 

「は、はい!」

 

「アナスタシア!基本をしっかり思い返すためにやってくれ!」

 

「わかったわ」

 

「あざみ!声が小さいままだ!舞台の奥まで届かせるつもりで発声しろ!」

 

「うん・・・!」

 

15分後、今度は舞台の上で滑舌の指導を直仁は始めた。最初は直仁自身が手本を見せ、それを行うように指導した。気恥ずかしいと言われたが、これをこなさなければ舞台でセリフを噛むことになると言い、意味があると教える。

 

そして、滑舌の指導も終わり、歌劇団全員がその場に座り込んでしまった。彼女たちからすればかなりハードな練習だったのだろう。直仁は厳しく指導していたが、練習が終わると全員に笑みを見せた。

 

「お疲れ様、初めてなら疲れも出るからこうもなるだろう。だが、それぞれの長所がちゃんと見えたから無駄じゃなかったぞ!これからもビシビシ鍛える!が・・・無茶はしないように!今回の指導はまだまだ初日だ、自主的でも指導でも続ければ成果は出る!今日はしっかり休んで明日の指導に備えてくれ、以上!解散!!」

 

「「「「「はい!ありがとうございました!!」」」」」

 

直仁の言葉に励まされつつ、次世代の歌劇団のメンバー達はそれぞれの部屋やシャワーを浴びに向かっていった。

 

 

 

 

「さてと・・・誠十郎、居るか?」

 

「え?あ、はい!」

 

「よう、邪魔するぜ」

 

指導後の30分後に珍しく直仁が直々に誠十郎の部屋を訪ねていた。驚いた様子で扉を開けたが昔からの友人のように接してくる直仁に対してさらに驚く。

 

「今日は協力してくれてありがとうな、その礼に外へメシでも行かねえか?俺のおごりだ」

 

「え・・良いんですか?」

 

「メシぐらい構わねえさ。それと少しだけ酒も付き合え」

 

「いや、俺・・・お酒は」

 

「無理には飲ませねえさ、食前酒だけでもいい。ほら行くぞ」

 

「はい・・・」

 

二人は夕食の時刻に夜の帝都へとくり出した。帝劇の中で二人を見かけた天宮はこっそり後を付けていた。

 

「誠十郎さんと支配人、何処へ行くんだろう?」

 

しばらく歩いていると、ボンヤリ明かりのついた一軒の店の前に直仁は足を止めた。それと同時にため息を吐くと後ろに振り返って声を出す。

 

「はぁ・・・・おい、天宮!コソコソしてねえで出てこい!」

 

天宮はビクッとしたが観念して出てくると、二人の前に近づいてくる。

 

「さ、さくら?」

 

「何やってんだ?お前」

 

「二人が何処かに出かけそうだったので、後を付けてきたんですよ!」

 

天宮は若干怒っていたが、直仁が頭痛を耐えるかのようにこめかみに手を添えた。

 

「はぁ・・・あのな?俺は誠十郎への礼代わりとしてメシに誘っただけだぞ?」

 

「え・・そうだったんですか?本当に?誠十郎さん」

 

「ああ、支配人がおごってくれるって言ってくれたから」

 

「紛らわしい事をしないで・・・くだ」

 

声を荒らげようとした瞬間、グゥ~!と大きな腹の虫が鳴る音が聞こえた。直仁でも誠十郎でもない、音の出処は・・・。

 

「あ・・あぅ・・・//」

 

天宮だった。恐らくは夕食を食べずに二人の後を追って来ていたのだろう。

 

「やれやれ、天宮・・・一緒にメシ食うか?お前のもおごってやる」

 

「良いんですか!?支配人!」

 

「この空気で断れるかよ、俺の行きつけだ。料理は最高に美味いからな」

 

「やったぁ!楽しみです!」

 

「オアシス」と書かれた看板を目印にガラガラと扉を開ける。夕食の時間帯でそこそこ人は居るが、混んでいる訳では無かった。

 

 

 

 

「いらっしゃーい!」

 

「よう、マスター!今日は連れも居るからよろしくな」

 

「お客様は大歓迎ですから大丈夫ですよ」

 

直仁は慣れたようにカウンターに座り、二人を手招きして座らせた。どうやら落ち着かない様子で天宮はキョロキョロしている。

 

「あ・・あの、支配人?」

 

「二人共、好きな物を頼みな。マスター、小龍包と焼売を、後ご飯大盛りと回鍋肉も、それとキープしてるアレを」

 

「じゃあ、俺はこの特大とんかつ定食っていうを」

 

「私は和風御膳を!」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

ある程度の時間が経過し、先に誠十郎の注文した料理が目の前に出される。

 

「お待たせしました。特大とんかつ定食です」

 

「お、おお!?とんかつって・・・こんな料理だったのか?それも大きい・・大きすぎる!」

 

「自分で頼んだんだろうが・・・」

 

「はい、こちらは和風御膳です」

 

「わぁ、きんぴらごぼうに・・ひじき、焼き鮭まで!沢山あって量も私にぴったりです!」

 

「はい、こちらはいつものセットですよ」

 

「済まねえな、マスター。誠十郎・・・コイツに付き合え」

 

直仁が取り出したのはウイスキーだった。誠十郎が酒に弱いと予想し、かなり薄めに作らせたシングルウイスキーの水割りを誠十郎の前に置き、直仁はストレートのダブルを手にしている。

 

「でも・・・」

 

「一口だけでいい」

 

「分かりました」

 

直仁がグラスを掲げ、誠十郎も合わせるように掲げると直仁の方から軽くグラスを当ててきた。

 

「これが、男同士の乾杯の合図でもある」

 

「・・・洒落てますね」

 

直仁はウイスキーをグイッと煽り、誠十郎は直仁の忠告を聞いて一口だけ、ゆっくりと水割りを流し込んだ。

 

「・・・っ・・少しだけ辛いですね。はぁ・・でも、美味しい」

 

「酒は楽しむもんだ。俺は現実逃避の手段にしちまったがな・・・」

 

「?」

 

直仁はウイスキーを置くと食事を始め、二人もそれに倣って食事を始めた。あまりの美味しさに二人は箸が止まらず完食してしまった。

 

「ここのマスター、森川大輔さんの作る料理は美味いんだが、店が隠れ家的になっていてな?見つけたのは偶然だったんだよ」

 

「そうだったんですね・・本当に美味しかったです。あれ?眠くなって・・・」

 

天宮は指導の疲れも出ていたのだろう、満腹感と疲れから眠ってしまった。お客は直仁達以外が帰宅し、それを見た直仁は目配せすると合図に気づいた店主である森川はのれんをしまい込み、本日貸切の看板を出した。

 

 

 

 

 

「少し寝かせといてやろう。帰りはお前がおぶれよ?誠十郎」

 

「ええ・・・」

 

直仁は天宮を座敷席に移動させ、森川が用意してくれた簡易布団の上に寝かせた。

 

「相変わらずみてえだな?今日は次世代に指導でもしたのか?」

 

「まぁな」

 

「え?マスター?口調が・・・!?」

 

「ん?マスターは元々、こんな口調だぞ?客商売なんだから敬語を使うのは当たり前だろうに」

 

「い、いや・・・それでも違いすぎますよ!」

 

「ハハハハッ!違いねえや!」

 

誠十郎の慌てっぷりを肴に直仁はゆっくりとウイスキーを流し込む。森川は食事の終えた食器を片付け、誠十郎と直仁は隣同士になって座り直した。

 

「支配人、先程・・・貴方はお酒を現実逃避の手段にしてしまったと、おっしゃっていましたよね?」

 

「ん?ああ・・・」

 

「話してくれませんか?戦ってきた貴方に何が起こったのかを」

 

「・・・」

 

迷いを表すかのようにウイスキーの中で踊っていた氷が、カランと音を立てて揺れ始めた。

 




コラボは続きます。次回は荒れてた頃の直仁がすみれさんと再会した時の詳しい話になります。


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第九話 荒れた漢の背中

誠十郎が真剣に話を聞く。

すみれが登場。

直仁の荒れに荒れていた過去。


直仁はグラスに入ったウイスキーを再び煽ると、中身を空にして誠十郎を見据えた。

 

「なんで聞きてえんだ?荒れてた俺の昔話を聞いても糧にはなんねえぞ?」

 

「どうしても聞きたいんです・・・貴方程の人が荒れてしまった降魔大戦に関して!」

 

直仁は手酌でウイスキーをグラスに注ぐと、誠十郎に視線を合わせず注いだウイスキーを飲まずに掲げて見つめている。それと同時に店の電話が鳴り響いた。

 

「おっと、済まねえな。もしもし、今日は貸切に・・・ああ、お前か。ああ・・居るぜ・・うん、うん、分かった。貸切にしてあるから遠慮せずに来いよ」

 

森川は受話器を置き、黙ってつまみなどの仕込みを始めた。しばらくすると店の扉が開き、入ってきた人物に直仁と誠十郎は驚いた。

 

「「すみれさん!?」」

 

入ってきたのはまさしく、神崎すみれその人だったからだ。

 

「まさか此処に来ていたなんて・・・繋がりを感じてしまいますわね」

 

「どうして此処を?」

 

「知らなかったのか?すみれは・・・いや、前の帝国歌劇団全員が俺の店の常連客だぞ?」

 

「ええっ!?」

 

「マジか・・・。まぁ・・・俺はその当時、体験入隊の時期だったしな」

 

「黙っていてごめんなさいね。森川さん・・・あれをお願いしますわ」

 

「あいよ、少し待ってろ」

 

すみれの言葉を察した森川はある料理を再現し、作った。それは直仁にも思い出深いものであった。

 

「それは・・・帝劇のランチ・・・」

 

「ええ、帝劇のみんなで揃って初めて食べた食事ですわ・・・覚えているでしょう?直仁さん」

 

「はい・・・」

 

直仁は酔いがすっかり冷めてしまい、食事をするすみれの姿を黙って見ていた。誠十郎も三人にしか分からない思い出に、ただ見ている事しか出来ない。

 

「ごちそうさまでした・・・」

 

「アイツ等が居なくなって10年・・・言葉にすると短いが日数だとかなりの時間だな」

 

森川の言葉をすみれは黙って飲み込んだ、それと同時に誠十郎へと顔を向ける。

 

「神山くん」

 

「は、はい!」

 

「直仁さんが荒れていた時期、それには華撃団の事もありますが、最も重要なのは彼の右腕にあるのですわ」

 

「直仁支配人の右腕に?」

 

「直仁さん、右腕を神山くんに見せてあげてくださいな」

 

「分かりました・・・」

 

すみれからの頼みで、直仁は右腕だけを見せるために袖から腕を抜き、裸体になった右腕を見せた。そこには蒼い龍の形をした紋様が螺旋を描くように肩付近まで走っていた。

 

「懐かしいな・・・」

 

「龍の形をした・・・痣?」

 

右腕を見た森川は薄く笑っており、誠十郎は目を見開いて驚きを隠せなかった。

 

「神山くん。サンダーボルト作戦に関して、直仁さんから聞いていると思いますわ。これはその決戦時に受けた代償の表れ・・・」

 

「代償!?」

 

「そう。彼は龍脈の加護を受けると同時に、龍脈がもつ爆発的な霊力に耐えきれていなかった・・・。その時に彼の右腕は龍脈に潜む龍に喰われかけたのですわ・・・その痣は身体に纏っている霊力の一部を喰われた証」

 

すみれが説明している中、直仁は服を着直して、再びカウンター席に座った。

 

「じゃ、じゃあ!直仁支配人が霊子甲冑で戦うのに制限時間がある理由って・・・!」

 

「お察しの通り、この痣が原因だ。動かす以上に霊力を使おうとすれば霊力を暴走させかねなくなったんだよ・・・暴走するまでの制限時間が7分って訳だ。その時間以内なら霊力を使っても問題はない・・・」

 

「もし、その制限時間を超えたら?」

 

「俺の乗っている霊子甲冑は大暴走・・・俺は右腕が動かせなくなっちまう」

 

「そんな事が・・・」

 

「そして・・・その8年後に降魔大戦が始まってしまいましたの。わたくしと彼が置いていかれてしまった。あの戦いが・・・」

 

「・・・・」

 

「誠十郎、俺が荒れてた時期とすみれさんに再会した時を話してやるよ。聞いたら幻滅するかもしれねえが・・・」

 

「構いません」

 

「それなら、わたくしがお話しますわ」

 

 

 

 

 

 

降魔大戦終結から半年、狛江梨 直仁は突然、行方不明になっていたがとある路地裏でゴロツキ相手に喧嘩をしていた。

 

「俺らにぶつかっておいて、挨拶もなしか?ああ!?」

 

「ふん、俺は今・・・気が立ってんだ。ブチのめすぞ?」

 

「兄ちゃん、啖呵きりおってタダじゃ置かねえぞ?」

 

「るせえよ・・・さっさと来い」

 

「やっちまえ!」

 

その言葉が合図となって、大立ち回りを始めた。ドスと呼ばれる小刀を振り回す者もいれば長ドスと言われる白木の柄の刀身の長い刃を持って斬りかかってくる者までいる。

 

だが、直仁は身体に染み付いた琉球空手を駆使し、ゴロツキ全員を打ちのめしてしまった。正義の為にと習った武術が今や八つ当たりの道具と化していた。

 

「あ・・・が・・・」

 

「金を渡しな・・・10円か、十分だな」

 

「ぐ・・・・・う」

 

直仁はゴロツキから奪った金で賭博場へと足を運んだ。行っているのは丁半博打だ。

 

壺振り役がサイコロを振り、トンと小さな台座に置く。

 

「丁!」

 

「半!!」

 

「(丁の方が奴らとグルか)丁・・・」

 

「丁半出揃いました・・・・勝負!四・六の丁!!」

 

霊力すらも利用し、わざと勝ち続け挑発し、喧嘩と博打の毎日。更には一升瓶を片手に酒を浴びるように飲むオマケ付きだ。

 

「っん・・・んぅう・・・ばぁ・・・!!」

 

長屋に住み込み、酒を煽る今の彼が帝国華撃団の一員であったなどと誰が信じるだろうか。それ程までに今の彼は堕ちぶれていた。

 

 

 

 

 

 

「彼は見つかりましたか?森川さん」

 

「すみれか。ああ、バッチリな・・・。例の刀も見つけ出した」

 

すみれは帝都一の情報屋とも言われた「賽の華屋」である森川に協力を依頼し、直仁を見つけ出していた。

 

「だが、良いのか?今のアイツは堕ちぶれまくってる・・・其の辺のゴロツキと何ら変わりはねえぞ?」

 

「良いのです。彼を連れ戻し、あの方と肩を並べていた当時に戻さなければ、帝劇は復興できませんわ!」

 

「アイツ等の帰ってくる家を守るため・・・か。料金はその言葉に免じて半額にしたが、刀の探索は別料金だからな?」

 

「分かっていますわ。彼の居場所をお願いします」

 

「分かった、護衛を何体か付ける・・・気をつけてな」

 

「ありがとうございます」

 

すみれは森川の用意してくれた護衛と共に、直仁が今住んでいるゴロツキ長屋へと足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな・・・直仁支配人が・・?」

 

「事実だ。すみれさんが話した通り・・・俺は喧嘩と博打、酒に溺れまくって身を持ち崩していたんだよ。現実逃避の手段って言ったのはそういう事だ」

 

直仁は目を閉じたまま、すみれの話す事実を受け入れていた。そこへすみれがさらに言葉を紡ぐ。

 

「彼はさくらさん、そして巴里華撃団の北大路花火さんを異性と見ていましたから・・・。大切なお二方に残ってくれて良かったと、言われてしまったのが心の傷となったのでしょうね」

 

「・・・・」

 

それからの事をすみれは再び話を始める。荒れ果てた直仁がすみれと出会った経緯を。

 

 

 

 

長屋で寝ていた直仁は外が騒がしい事に気づいて、起き上がり外に出てきた。

 

「うるせえぞ!なんだ一体・・・ん?」

 

「・・・」

 

目の前に立っていたのは気高く、そして美しくあった帝劇のトップスタァでもあった神崎すみれその人であった。

 

「す・・すみれ・・・さん・・・?」

 

すみれは直仁に近づいたと同時に思い切り平手打ちをした。その一発は腰が入っており、今の直仁は簡単に倒れてしまった。

 

「うぐあぁ!?」

 

「こんな所で何をしていますの!?腐っている場合ではないでしょう!」

 

「・・・っ」

 

直仁は叩かれた頬を抑えながらすみれを睨む。だが、落ちぶれた直仁の睨みなど全く動じる様子もなかった。

 

「さくらさん・・・花火さん、帝劇に巴里・・・紐育のみんなが居なくなって・・・どうすれば良いのか解らなくなったんだよ!俺は・・・俺は何も出来なかった!」

 

地面を叩き喚く直仁の姿は、まるで自分の心を投影しているようだ。すみれはその気持ちを抑え、直仁を睨む。

 

「今の貴方は目の前の現実から逃げているだけ、それでは何も解決しませんわ。何もしないのでは意味がありませんのよ!?」

 

「じゃあ、どうすればいいんだ!教えてくれよ!!」

 

「一から鍛え直す覚悟が貴方にあって?それならウチにいらっしゃい」

 

「え・・・?」

 

すみれは睨むような目つきから、かつて体験入隊した時のように薙刀を指導してくれた当時の目つきになっていた。

 

「太尉が太陽なら、貴方は月・・・そう言われていた頃の貴方に戻すためですわ。それと、その右腕の制御も満足にできていないのでしょう?」

 

「それは・・・」

 

「今の帝劇には貴方が必要なのです。戻ってきなさい!」

 

「はい!」

 

直仁はすみれに銭湯へ行く金額のお金を借り、無精髭と全身の垢を落とし、身なりを整えて帝劇に帰ってきた。

 

そこではかつての直仁の学んだ流派、柳生新陰流の師範代。合気柔術の師範代など勢ぞろいしていた。すみれが独自の繋がりを使い、連れてきたのだ。そこには彼が士官学校時代にお世話になった教官までもがいた。

 

「直仁よ、落ちぶれたな・・・」

 

「なんというザマよ」

 

「師匠・・・申し訳ありません」

 

「もう一度基本を一から叩き込んでやるから覚悟しろ!」

 

「教官殿・・・はい!」

 

直仁を鍛え直すべく、剣術と合気柔術の師匠。そして海軍教官からの特訓が始まった。




短いですが此処まで。次回は直仁のサビ落としです。

その後、また次世代の歌劇団の指導と演目決めの話になります。


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第十話 復活への道筋

直仁が自身のサビを落し、初恋が叶わなかった理由を話す。

残された森川の辛さ。



※この世界では森川さんと真宮寺さくらさんが恋人になっています。さんざん迷いましたが、直仁の初恋が成就しなかった理由になりましたので。

それと、セガで有名な「あのキャラ」が出ます。


早朝五時、直仁は士官学校の教官と共に早朝ランニングを行っていた。すみれが呼んでくれた特別指導者の勉学と訓練を受けているのだ。

 

「はぁ・・はぁ・・・」

 

初めは簡単だった6キロのマラソンすら走り切る事が出来ない程に体力が落ちていた。筋力も日常生活で使う物しか動かしておらず、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットこれらを100回×2セットをこなしただけで倒れてしまった。

 

「堕ちぶれ過ぎだ!狛江梨、今まで何をやっていた貴様!」

 

「すみ・・・ません・・・はぁ・・はぁ」

 

「もう一度走ってこい!」

 

「はっ!」

 

直仁は海軍士官学校時代、お世話になった教官に厳しい訓練を課せられている。当時の訓練と寸分違わず妥協を一切許さず、基礎訓練を一から徹底的に指導されていた。直仁は走り終えると、教官からの指示を待った。

 

「今日の基礎訓練は此処までだ!次は剣術の指導だ。しっかり錆を落とせ!」

 

「はい!」

 

教官と入れ替わるように今度は剣術の師範代が現れる。手には竹刀があり、それを直仁に手渡した。瞬間、直仁は急激な重さに体勢が崩れそうになる。

 

「ううっ!?これは」

 

「今のお前にはそれが一番相応しい物だろう・・・私からの指示は一つのみ、その竹刀で己の錆が取れるその時まで毎日、1000本の素振りをしろ。その後、己を見つめ直せるまで瞑想だ」

 

直仁が今、持っている竹刀は新陰流師範代自身が鍛錬の為に自ら制作したものだ。

 

竹刀の中に特別性の鋼鉄が仕込んであり、超重量級とも言われる薙刀や斬馬刀に匹敵する重さがこの竹刀にはあるのだ。

 

「分かりました・・・ぐっ!」

 

なんとか竹刀を構えるが腕に震えが走る。半年間の荒れくれた生活をしていたツケが肉体に出ていたのだ。それでも、素振りを始めるが竹刀を振るう度に地面に切っ先を着けてしまう。

 

「はぁ・・はぁ」

 

何度も何度も素振りし、1000本の素振りを終える頃には夕暮れ近くになっていた。

 

「うう・・・ぐ!」

 

竹刀を地面に落とし、直仁は自分の掌を見た。そこには血豆が出来上がっており、潰れた血豆もあった。

 

「なさけ・・ない・・な・・・はぁ・・・はぁ」

 

「ホホッ、やっておるのう。それだけ堕ちぶれれば、錆はなかなか取れんぞい」

 

「あ、師匠・・」

 

現れたのは合気の師匠であった。直仁を見るなり、師は直仁を乏した。今の彼は鍛えた技を素人レベルにまで錆びつかせてしまったが故だ。

 

「久々に立ち合ってみるか、来なさい」

 

「はい・・!」

 

師匠へ向かっていく直仁だが、拳の振り方、蹴りの速度、柔軟性、体幹の硬さといったあらゆる要素が素人同然にまで落ちている。攻撃が上手く出来るのは身体に染み込んだ琉球空手のおかげだろう。それを軽くいなすと師は直仁を地面に叩きつけた。受身だけは身体が覚えていた為に衝撃を緩和することができた。

 

「今のお前さんは詰まらんぞい、錆を落としたらまた来い。ホホッ」

 

「ぐ・・・ううう」

 

直仁は、自分の不甲斐なさと悔しさに悔し涙を流した。なぜ自分は、あんな無駄な時間を過ごしていたのだろうか?少しでも再会のために己を磨き、手段を考えれば良かった筈なのに、喪った現実から逃げ続けて、己を錆びつかせてしまった事を恥じ、何度も地面を叩いて泣き続けたのだった。

 

 

 

泣き続けた後、気持ちを切り替えて一人鍛錬をしていた時、何者かが鍛錬している直仁の前に現れた。その姿は柔道着姿で只者ではないオーラを放っている。

 

「え・・・だ、誰!?」

 

「せがた・・・。若者よ!真剣に取り組んでいるものがあるか!命懸けで打ち込んでいるものがあるか!」

 

「え?せがた・・・さん?」

 

「うおォォりあああ!」

 

「うわああああ!?」

 

いきなり柔道着の男に背負い投げされた直仁は、ギリギリで受身を取ったが体に響いた衝撃に呻いた。それでも立ち上がり、向かっていくが、しばらくの間、稽古のような形になってしまったが、立てなくなるまで直仁は投げ返されてしまったのだ。

 

「己を愛し、己を信じ、己に勝つ!遊びの道を極め頂点に達した男、それがせがた三四郎」

 

「うう・・せがた・・・三四郎?」

 

「咲いて散る、桜の花・・・サクラ大戦。セガサターン、シロ!指が折れるまで! 指が折れるまで!」

 

そう言って柔道着の男、せがた三四郎は去っていった。言葉の意味は分からなかったが、直仁は不思議と己の中にあった迷いが吹っ切れていたのを感じていた。せがた三四郎との稽古が迷いを切らせてくれたのだろうか。

 

「せがたさん・・・・ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

武術面と同時に直仁はすみれが雇った講師達から、社会学、経営学、戦術学、語学などあらゆる学問を勉強し直していた。酒で鈍った頭脳を磨き直すのは容易ではない。

 

直仁はかつて大神と並んで戦った際に、二人を太陽と月という表現を米田からされた事があった。

 

『太陽は輝き照らす事で道を示す。月は太陽の輝きの力を借りて迷うものを導く』と。

 

大神の力が「触媒」であり、直仁の力は「加護」であったそうだ。それぞれ単体では役に立たない。触媒は反応させる要素が必要で、加護は守護する対象が必要になるからだ。

 

直仁自身の力である加護に守られた経験のあるすみれは、米田の言葉を詩的に表現したものだと解釈していた。

 

「(だからこそ、あの時の貴方に戻って欲しいのですわ)」

 

勉学に励む直仁を遠目から見ていたすみれは、心中でつぶやいていた。

 

 

 

 

 

 

「それから彼は一年以上かけて、己を磨き続け・・今の彼になったのですわ」

 

「・・・・っ」

 

直仁が今現在に至る自分を取り戻す為の鍛錬と勉学をしていた話を聞いて、誠十郎は息を飲んでいた。

 

努力の質と量が圧倒的に違いすぎるのだ。錆ついた己から錆を取り、磨き抜いた状態にする。その努力は並大抵ではない。半年も堕ちぶれていたのだから、それを一年以上もかけて取り戻したのは早いというよりも、どのような努力をしたのだろうという気持ちを抱いた。

 

「ここから先は俺が話しますよ。すみれさん・・・誠十郎、話が変わっちまうが男ってのは惚れた女がいれば必ず強くなれる。自分が思っている以上にな?俺は・・それが叶わなかった」

 

「どうしてです!?」

 

「相手がいたんだよ。さくらさんにはな・・・俺がそれを知ったのはサンダーボルト作戦の時の決戦でパートナーになってくれた時だった」

 

「あの時に・・・。そのお相手って?」

 

「俺の目の前にいるだろ?お前に美味い料理を作ってくれた相手がな」

 

「え・・・まさか!?」

 

「そうだ、さくらの相手は俺だよ・・・・俺も置いていかれた」

 

森川も作業をすべて終えたらしく、会話に入ってきた。悲しいような、申し訳ないような表情をしている。

 

「・・・・」

 

誠十郎はさらに開いた口が塞がらなかった。この三人は複雑な関係であったはずなのに、なぜここまで親しく出来ているのかと。

 

「森川さんも・・・降魔大戦の被害者だからな・・辛かったが、俺は糧にした」

 

「直仁、お前は良い男だ。だが、良すぎて並みの女じゃ釣り合わなくなってんだよ。釣り合うとしたら伯林華撃団の隊長か、倫敦華撃団の副隊長じゃねえか?」

 

「森川さん・・・それ、以前の華撃団大戦を見てたから言ってますよね?」

 

「バレたか。お前、あの前回の大戦の決勝戦に乱入したんだもんな。無茶しやがってよ」

 

「え・・・」

 

誠十郎は更に驚く事となる出来事を森川の口から聞く事になったのだった。




はい、ここまでです。次回は戦闘の回想になります。

それと恋人候補アンケを取りますので協力してくださいませ。

選んだ理由を活動報告のコメント欄に書いていただけると嬉しいです。


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第十一話 円卓の騎士・五つ首の龍・鉄の戦乙女との邂逅

直仁が制限時間のある中、改修された旧式霊子甲冑でたった一人、降魔と戦っていた時期。

伯林華撃団、上海華撃団、倫敦華撃団との出会い。

森川との初共闘。




※この投稿を持ってアンケートを締め切ります。結果、伯林華撃団のエリスが恋人になります。

この回でエリスと直仁が出会いますが、まだ恩人状態です。


「華撃団大戦に乱入って・・・どういうことですか!?」

 

誠十郎は掴みかからんとする勢いで声を荒らげたが、何故か森川が罰が悪そうに後頭部を掻いて答えた。

 

「言い方が悪かったな。正確には直仁の奴は華撃団大戦に現れた大量の降魔を倒す為に現れたんだよ」

 

「大量の降魔って・・・どのくらいの規模ですか?」

 

「そうだな。覚えている限りで、ざっと500万だ」

 

「!ご・・・500万!?それだけの大群の降魔を撃破したって言うんですか!?」

 

誠十郎は知らず知らずのうちに水割りを飲んでおり、声が荒くなっていた。500万という圧倒的な数を知らない訳ではない、それこそ正しく数の暴力といって良い程だ。

 

「ですが、事実ですわ。直仁さんと来場していた森川さんが共闘した戦いでもあったのです」

 

「森川さんが?」

 

「彼は生身で脇侍を破壊し、降魔を倒せる実力者ですわよ?」

 

「なっ・・・」

 

「話してやろう。天宮達が来る前、そして・・・誠十郎、お前も着任していなかった時期の帝都の戦いをな」

 

 

 

 

 

大正二十八年、あらゆる国の首都で華撃団が結成され、帝国華撃団は復活せず、帝都防衛を上海華撃団が担っていた時期、直仁は帝劇の地下の格納庫で紅蘭の残したメンテナンス表を基に自分の光武二式を整備していた。すみれの協力で改修する事は出来たが、整備だけは手が回らなかったのだ。

 

「よし!」

 

整備が終わると同時に警報が鳴り響く。これがもっぱらである、整備を終えてもすぐに出動となってしまうのだ。

 

「直仁さん!出撃です!場所は・・・え?華撃団競技会の会場!?」

 

「ほう、良いじゃねえか。帝国華撃団の歌劇は見せられないが、戦闘なら見せられるだろ」

 

「直仁さん・・・いつも言っていますが、60秒は保険にしてください!」

 

「了解だ・・・出撃するぞ!」

 

すみれが見出して雇い入れた新メンバーのひとり、竜胆カオルが注意を促す。

 

もはや旧式と言っても過言ではない光武二式を起動すると帝国華撃団の遺した弾丸列車 ・轟雷号を参考に小型、改修したユニット「神雷」を装備し、出撃した。

 

 

 

 

 

その頃、偶然にも華撃団競技会のチケットに気まぐれで応募し、当選していた森川は会場の休憩室で一人座っていた。

 

「嫌な予感がしやがる・・・降魔が来るのか?」

 

そんな事をつぶやきながらも、森川は外に出て煙草に火を点ける。一度吸って紫煙を吐くと、薄く笑みを浮かべた。

 

「この気配は、光武二式・・・アイツが来やがったのか。ふっ」

 

誰かの登場の気配を知り、森川も客席へと移動する。客席付近の入口から空中用の降魔が大量に飛び回っていた。

 

「さて、円卓の騎士を名乗る華撃団に本物の騎士の剣を見せてやろうか。空中の相手ならこれだな。投影開始・・!」

 

森川の手には光が集まり、シンプルな西洋剣が握られていた。その光はまるで天上に輝く恒星を思わせ、柄からは紅炎が揺らめいている。

 

「後、30秒後に俺も行くか」

 

 

 

 

 

試合場で上海、倫敦、伯林、それぞれの華撃団が各々で降魔を撃退していた。

 

「ハイヤァ!!くそ、数が多すぎるぜ!」

 

「フンッ!空中から次から次へと来てるからね・・!」

 

龍のような外装を持った王龍を駆る上海華撃団は、持ち前の拳法で降魔を撃退していた。だが、空中からの奇襲を警戒していて判断が鈍く、シャオロンとユイは身軽な動きで奇襲を避け続けている。

 

「ハアアアア!一般の皆さんは避難したようですが・・・!」

 

「ハッ!いつまで経っても埓があかない!伯林!」

 

騎士のようなブリドヴェンを駆る倫敦華撃団の騎士達も剣撃による戦闘で、数は減らしているが焼け石に水であった。

 

広範囲の攻撃ができるアーサーはその切り札が使えず、ランスロットもアクロバティックな動きによる翻弄が会場という事もあって使えないままだ。

 

「分かっている。マルガレーテ・・!」

 

Jawohl(了解)!」

 

伯林華撃団が駆る二機のアイゼンイェーガーが背中合わせの形をとり、レーザーサイトのような霊力を降魔達に合わせ、掃射しつつ回転する事で大量に撃破していくが、降魔の数は減っていない。

 

「む・・マルガレーテ、敵の数は?」

 

「計算の結果、あれだけで倒せたのは50・・・残りは500万・・・」

 

「500万だと!?」

 

「先に参りそうな数だね」

 

撃破しても撃破しても、果てがない降魔も群れ。そんな中、エリスの乗るアイゼンイェーガーが弾切れを起こしてしまい、更には降魔達にモニターによる視界を塞がれてしまう。

 

「しまった!」

 

「エリス!」

 

一匹の降魔がアイゼンイェーガー・エリス機を爪で引き裂こうとした瞬間だった。

 

「う・・・?何?」

 

『ギギギ・・・・』

 

「(女ひとりに寄ってたかって・・・降魔ってのはあいかわらずだ・・・な!)」

 

群青色の光武二式が降魔の爪を太刀で防いでいた。その姿に華撃団全員が目を見開く。

 

旧式とはいえ、伝説の帝国華撃団が使用していた霊子甲冑が今、目の前に現れ動いているのだから。

 

「光武二式・・・だと?誰が乗ってやがるんだ?」

 

「あんな旧型・・・まだ動いているなんて」

 

上海華撃団の二人が思わず声を発した。二人からすれば、知っていてもおかしくはない。だが、あの機体は降魔大戦で消えたはずと記憶している。ならば、幽霊なのかと思ってしまう。

 

「・・・・神に合っては神を斬り、魔物に合っては魔物を斬り、降魔に合っては降魔を斬る!鏡反相殺斬・八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ーーーーーッ!!」

 

上空へ向けて放たれた刀からの衝撃波は霊力が形を成し、山に匹敵する巨体を持ち、八つの頭と八つの尾を持つ多頭竜の姿となって、大多数の降魔達を飲み込んでいった。

 

このような技が使えるのも龍脈の加護の影響が大きい、制限時間があるが、龍の姿を模倣すれば広範囲殲滅の力が使える。それが今の状況で最大の武器となるのだ。

 

「ヤマタノオロチ・・・だと?」

 

「見て、さっきまであんなに居た降魔が・・・」

 

「一撃で500万のうち、200万を倒した・・・信じられない・・!エリス、大丈夫?」

 

「問題ない、が・・・あの機体は一体?」

 

上海と伯林、二つの華撃団は突然現れた光武二式二の動きを見ていた。刀だけではなく、バックバックから銃を取り出し、刀と銃を使い分けるといった高度な技術すら披露している。

 

 

 

「(おーおー、やってやがるな・・・なら俺も便乗するか。地上と空を攻撃するならコイツが一番だからな) この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣!あらゆる不浄を清める(ほむら)の陽炎!転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!

 

 

 

 

森川は客席から試合会場へと飛び移り、着地すると手にした剣を一度投げ、剣から太陽を思わせる球体が彼の頭上に照らされる。剣をキャッチすると太陽のような形をした焔の刻印が地に刻まれていき、刻印から灼熱の炎が噴き上がり空と地上を闊歩している降魔の大群を焼き払った。

 

その輝きと剣の名称に驚いたのは、倫敦華撃団のアーサーとランスロットだった。

 

「ガラティーン・・・だと?かの円卓の騎士の一人・・・太陽の騎士と謳われたガウェイン卿が持っていたとされる伝説の剣がなぜこの地に!?」

 

「わからない・・・あれは実在しているかも不明なのに・・・」

 

光武二式に飛び乗った森川は炎を纏った矢を弓で放ち続けて降魔を退治していき、光武二式を駆る直仁も刀や銃を駆使して降魔を退治していく。

 

「残り300万のうち・・・先程の二つの技で残り60まで一気に減ってしまった・・・ありえない」

 

「味方・・・なのか、それとも・・・」

 

マルガレーテは冷静に状況判断をして口に出しているが、動揺を隠しきれていない。エリスは警戒を強めつつ、マルガレーテから弾薬の補給を受けている。光武二式は刀の戦闘に切り替え、肩に乗っていた人間も姿を消していた。

 

「悪いが俺は一足先に帰るぜ、店もあるからな」

 

森川は戦いのドサクサに紛れて退散し、残党全てを倒し終えた直仁はカウントダウンのタイマーに視線を移す。そこには残り、101秒と表示されていた。

 

「(・・・・プラス40秒、か・・まぁまぁだな)ぐっ・・・!」

 

直仁は右腕を押さえて呻いた。蠢くように筋肉が動き、強い痛みと痺れに耐えられなかったのだ。同時に上海、倫敦、伯林、三つの華撃団が囲むように光武二式の前に近づく。

 

「お前誰だ?顔を見せろよ」

 

「そうだ、そうだ!」

 

「援護は感謝する・・だが」

 

「姿を見せて貰えないとね・・・」

 

「貴方は・・・味方?それとも」

 

「敵であるのなら・・・殲滅する」

 

「・・・・(仕方ない、か)」

 

直仁は観念したかのように光武二式から出てくる。三十代手前とは思えない程の若々しさと、頑強な肉体、そして数々の実戦を潜り抜けた鋭い目つきに帯刀している姿がより一層、威圧感を醸し出していた。代表してシャオロンが話しかける。

 

「アンタは?」

 

「帝国華撃団・花組所属・・・狛江梨 直仁だ。今は俺一人しかいないけどな」

 

「帝国華撃団だと?落ちぶれたあの・・・うっ!?」

 

シャオロンが言葉を紡ごうといた瞬間、首筋に刀の刃が触れるか触れないかの位置にあった。

 

「今度、俺の家を悪く言ったら・・・その首、胴体から離すぞ?」

 

「っ・・・悪かった。謝る(いつの間に抜いたんだ?)」

 

「・・・・私にも見えなかった」

 

「・・・・・」

 

直仁は村正を刀を鞘へと収めたが、その居合抜きを見ていた倫敦華撃団の副隊長であるランスロットは剣を抜こうとしていた。だが、直仁は剣の柄に自分の刀の鞘の鋒をぶけて押し込んでいた。

 

「狂犬だな・・止めておけ。此処で戦いに来たんじゃない。あんたが隊長か?」

 

「な・・・止められた!?」

 

「そうだ・・・倫敦華撃団隊長、アーサーだ」

 

「しっかり手綱を握っておけ・・・すぐに噛み付いてくるなんて危険だろ」

 

「すまない・・」

 

次に伯林華撃団の二人が敬礼し挨拶する。

 

「伯林華撃団副隊長、マルガレーテ・・・貴方は何者?あの強さ、普通じゃない」

 

「答えたばかりだが?俺は強くなんかねえよ・・・」

 

「同じく伯林華撃団隊長、エリスだ。貴殿の援護に感謝する」

 

「・・・ああ」

 

上海、倫敦、伯林の全ての華撃団の挨拶が終わり、直仁は感謝の意を込めてそれぞれに握手して周り、最後にエリスと握手をした。

 

「済まなかった」

 

「気にしていない、それでは帰投するぞ。マルガレーテ」

 

Jawohl(了解)

 

全員が去った後に直仁も帝劇へ戻るため、回収してくれるよう頼み、帝劇へと帰っていった。

 

 

 

 

 

その夜、新しい中華屋あると聞いて行くとそこには上海華撃団のシャオロンとユイが居た。シャオロンがウエイトレスをやっていたのは珍しく、厨房には森川が腕を振るうっており、どうやら二人は森川の料理に興味があるようだ。

 

「森川さん、何やってんです?」

 

「いや、料理を指導してたら、作ってみてくれと言われてな?饅頭料理を作ってんだよ」

 

「はああ?」

 

「お前も食っていけ、そろそろ出来上がるからな」

 

そう言って、森川は自分の店から持ってきた竹を取り出し、何かを作り始めた。そして出来たのが宝船を模した蒸籠であった。

 

「これが俺の最大最高の位置にある四神海鮮八宝饅だ!」

 

「四神海鮮八宝饅?どれ」

 

「あーん、むぐむぐ・・・」

 

上海華撃団の二人が森川の作った四神海鮮八方饅を食べた瞬間、惚けた顔になってしまった。

 

「美味い・・・それに気持ちが落ち着いていく」

 

「故郷でもこんなに美味しい饅頭・・・食べたことない」

 

「お前も食ってみろ、直仁」

 

「むぐむぐ・・・!これの中身、乾貨を戻した高級海鮮ですね?ほうれん草を使って緑は青龍とし、人参を使って赤は朱雀、そして黒胡麻を使い黒で玄武をイメージしてあるという訳ですね?それに皮によって苦味、甘味、塩味、酸味を刺激するように作られてる・・・それに八大海鮮とも言われる「ナマコ」「フカヒレ」「アワビ」「ホタテ」「カニ」「エビ」「イカ」「ヒラメ」をそれぞれを最高の煮方で仕上げてる・・・流石です」

 

「ほう?食っただけでそこまで見抜くとはな」

 

食事を終えた後に直仁は帰宅するとシャワーを浴び、着替えると倒れるように眠り込んでしまった。

 

 

 

 

「一年前に・・・そんな事が」

 

「ああ・・・それから天宮達がスカウトし、お前もきたってわけだ」

 

直仁はいつの間にか酒を飲む事をやめ、ただの水を飲んでいた。酒は楽しむが持ち崩した経験から多くは飲まないのだろう。

 

「支配人、もう少しだけお話を聞かせてください!」

 

「やれやれ、仕方ねえな」

 

笑いながら直仁と誠十郎は、すみれと森川を巻き込んで話が盛り上がり、森川の店が終わるまで語り合ったのだった。

 

 

 

 

 

同時刻のベルリン、日本とは8時間の時差があるため、朝帰りをした直仁達が眠っている間、ベルリンは夜だ。

 

伯林華撃団隊長エリスは一年前に出会い、握手した相手である狛江梨 直仁の事が頭から離れなかった。今はもう無くなったが、あの時に握られた手が熱く感じ、更には彼から何か特殊な霊力を感じ取ったというのもある。

 

「一体・・・私は?」

 

そういってエリスは、かつて直仁と握手した自身の右手の人差し指を自分の唇に優しく触れさせる。性的な意味はないが、身体が一瞬震えて顔が熱くなってくるのを感じた。

 

これがクセになっており、マルガレーテにも指摘されてしまっている。何があったのかと聞かれる毎日であった。

 

「わからない・・・私はどうなってしまったのだ?」

 

鋼の戦乙女は己の心の内に点った、恋という名の炎を知る由もなかった。学問と訓練ばかりに時間を使っていたのだから。次の任務は日本であった、自分の鼓動が早くなってきているのを感じる。日本と聞いただけでこうなるのだ。

 

「休もう・・・」

 

疲れのせいだと決めつけ、エリスは少しだけ唇に触れながら、ベッドへと潜っていった。




はい。出会い編でした。

色々なところにネタが仕込まれいています。

次回はエリスが来ます。


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第十二話 鉄の戦乙女、日の本の国へ

伯林華撃団が研修兼観光(帝国華撃団の歌劇の実力を知る為)をしに日本へ(船の上)。

本格的な舞台女優としての自覚が出てきた次世代の帝国歌劇団のメンバー達。

今回の時間軸は現在のみ

※伯林華撃団隊員の名前は判明している二人以外、自分が勝手につけています。


「うー、頭痛え・・・俺、酒に弱くなったかな?誠十郎の奴、酒が入ったら質問攻めだったからなぁ」

 

軽い二日酔いになりながらも直仁は朝の七時に目を覚まし、昨日に落とせなかった垢をシャワーで落とし、髭を剃り身嗜みを整える。本業は清掃員だが、形だけの支配人とは言えど、支配人という肩書きをすみれから預かっている以上、ずぼらな事は出来ないからだ。

 

「さて、今日の予定は・・・朝と夕方に天宮達の指導。それと後は・・・何だ!?」

 

スケジュールを確認していると突然電話が鳴り、受話器を取る。どうやら相手はすみれからのようで、真剣な声だった。

 

「おはようございます、直仁さん」

 

「おはようございます、すみれさん。朝早くからの電話なんて珍しいですね」

 

「ええ、緊急の用事が貴方にありましたので」

 

「緊急の用事・・・ですか?」

 

「ええ、明日に、正確には今から三日後に伯林華撃団の皆様が来ますわ。稽古現場を見学したいと」

 

「はああ!?ちょ、ちょっと待ってください!伯林華撃団のメンバーが来るんですか!?」

 

「ええ、華撃団ではなく歌劇団の方に興味があるそうなので。賢人機関からも正式に依頼されておりますわ」

 

「で、ですが!すみれさんが推薦した演目「シンデレラ」の稽古はまだ一週間しか経っていませんよ!?以前よりもマシになったとはいえ、人に見せられる実力では・・・!」

 

「大丈夫ですわ・・・今のあの子達の目、かつてのわたくし達にソックリでした。あれは本気で舞台をやる気になっている目ですわ」

 

「・・・」

 

すみれの言葉に直仁は黙るしかなかった。確かに今の天宮達は前とは違い、やる気に満ちており、直仁からの指導も積極的になっていた。悪態をついていた事を謝罪し、改めて鍛えて欲しいと直訴もしてきた。

 

「指導だけではなく、あの子達を信じる事も次世代を育てる大切な事ですわよ?直仁さん」

 

「すみれさん・・・分かりました。俺も信じます」

 

「フフ、では頼みますわ。ああ・・それと」

 

「なんでしょうか?」

 

「エリスさんをしっかり見ていてあげて下さいね」

 

「え!?すみれさん!?」

 

それだけを伝えるとすみれは通話を切ってしまった。今はとにかく、天宮達に伯林華撃団が来るという事を伝えなければと思い、受話器を置くと直仁は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

一方、同時刻。船の上でエリスは日本への航路を見つめていた。相変わらず自分の右手の人差し指を自分の唇に優しく当てる癖が抜けきっていない。

 

「この先に、あの時の男が居る・・・」

 

「エリス!やっぱり此処だったのか?」

 

「む・・・どうした?グラーフ」

 

甲板に現れた長身(178センチ)で薄いブロンドの髪と抜群のスタイルを持つ彼女はグラーフ・グローセ。伯林華撃団に所属する隊員でグレネードなどの火力を優先した武装を装備されたアイゼンイェーガーを愛機としており、後方支援を担当する。エリスが隊長になった時、自分のことのように喜んでくれたのも彼女でエリスにとっては掛け替えの無い戦友であり親友だ。

 

「お前が何かを考えている時は、必ず風に吹かれているからな」

 

「そうか・・・」

 

「やはり、Japanisch Hanの件か?一年前にお前を助け、圧倒的な力で降魔の群れを消滅させたという・・・」

 

「・・・」

 

エリスは黙って目を閉じた。それは肯定の意味を指しており、グラーフはやれやれと言いたげだ。

 

「最近のお前を見ていて、みんな心配しているぞ?状況判断や指揮は大丈夫だが、心あらずという感じでな」

 

「・・・そんなつもりはないのだが?」

 

「私だけじゃない。グナイゼナウ、ケルン、ティルピッツも心配しているんだぞ?」

 

「すまない・・・」

 

「気にする必要はないさ、心の問題は自分で解決するしかないからな」

 

「ああ・・・」

 

そう言ってグラーフは船の内部へ戻っていく。エリスはそのまま風を受け続けながら、髪をかき上げた。

 

「(エリス・・・それは恋だぞ・・・自分で気付いていないかもしれないが)」

 

グラーフは己の中でエリスに芽生え始めていた感情を指摘するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻の日本、帝劇では天宮達が次に開催される演目「シンデレラ」の舞踏シーンの練習をしていた。各々の自由を妨げないのが帝劇のやり方なのだが、直仁に発破をかけられ指導してもらった結果、彼女達は直仁からの指導を受け入れ、舞台女優として本気で取り組んでいる。

 

「ストップよ。初穂、ステップが違っているわ」

 

「本当か?どうして出来ねえんだ・・・アタシ」

 

アナスタシアが舞踏の課題曲を停止させ、初穂にダメ出しをする。初穂自身も慣れない舞踏に戸惑っているようだが、アナスタシアや後ろで見ている直仁に改善や動き方の説明を受け、相手がいない状態でステップや足の運び方などを教わっている。

 

「よし、もう一度だ!初穂、互いに支え合う形で舞踏をやってみろ。クラリスを相手にな」

 

「わかった。よろしく頼むぜ、クラリス!」

 

「こちらこそ!」

 

すみれが考案し直仁が行い続けているハードな指導のおかげで、運動量と全身の柔軟性を手に入れたクラリスの身体の軸をブらさない動きは、相手役が何処を間違っているのか分り易く映る。改善箇所を直仁がメモし、具体的な演技を指導しダンスはアナスタシアと協力して練習する。

 

「そうか、避けようとするんじゃなくて・・・相手に合わせればいいのか!」

 

「そうだ・・・自分が思う通りに動かそうとするだけがやり方じゃないんだよ」

 

「へへ・・・今まで男役とか敵役しかやった事がなかったから、こういった役は難しいけど、やりがいがいがあるぜ!」

 

「(本当にみんな、良い表情をしているな。一週間前とは大違いだ)よし、みんな・・・一旦練習を止めてくれ。伝えなきゃならない事がある」

 

パンパン!と手を鳴らし、直仁は自分に注目させる。全員が汗をかいており、それを手拭いなどで拭いながら話を聞いている。

 

「明日、正確には三日後だが・・・伯林華撃団が此処にやって来る」

 

「え、伯林華撃団の方々がですか!?」

 

「そうだ。演劇の方を見学したいとの事でな?まぁ・・戦闘の方もあるだろうが」

 

「突然ですね・・?」

 

「すみれさんから突然、連絡があってな。俺も今朝知ったばかりなんだよ」

 

「なんだよ、それ・・!」

 

直仁のバツが悪そうな表情に、全員が笑顔でほころぶ。だが、すぐに切り替えるとアナスタシアが口を開く。

 

「ベルリンにはオペラと呼ばれる歌劇があるわ。演劇と似ているけど大半は歌で表現するものよ」

 

「歌・・・仮に伯林華撃団が演劇をするとしたら、メンバーそれぞれが凄い歌唱力を持っている。つまり、歌では敵わない・・・」

 

あざみは冷静な口調で伯林華撃団が伯林歌劇団として公演した場合、何が相手の持ち味なのかを分析し、口にした。

 

「そうだな・・・だが、相手の良い所を認める事が出来るのも成長した証だ」

 

「直仁支配人・・・」

 

成長という言葉を聞いて、華撃団全員が笑顔になる。一週間前は指導の厳しさに衝突する事もあったが、天宮の諦めない姿勢に皆が感化されていき、指導を受け続けた。

 

その結果、まだまだ荒削りではあるが、前・帝国歌劇団のメンバーが行っていたような本格的な舞台公演の出来る役者へと成長してきている。

 

「俺のやり方は古いと言われても仕方のないものばかりだ。ただ厳しくしているように感じるだろうし、周りからもそう見えるだろ・・・」

 

直仁の言葉に全員が黙る、自身の反省の意味もあるのだろう。しかし、誰も悪態をつかない、事実として直仁の指導は成長を実感できていたからだ。

 

「叶わないものがあって当然だろう。それでも、今のお前達に出来るのは観客に情景をイメージさせ、浮かび上がらせる事だ」

 

「「「「「はい!」」」」

 

「お前達が今以上に己を高めていけば、前・帝国歌劇団を超えられると俺は強く信じている。でも、それがゴールじゃない・・・お前達もいずれは次世代を育てる立場になるんだ、その時に自分達を超えてくれるように指導出来る様にもなって欲しい」

 

直仁の言葉が全員の心に突き刺さった、天宮だけは驚かず笑顔を返している。先代を超えるだけではなく、次世代を育てられるようにもなって欲しいという言葉は生まれて初めて聞いたのだから。

 

「俺だけじゃなく、誠十郎だっている。頼りたい時は遠慮せずに頼れ、俺達の出来る事でなら協力するからよ、なぁ?誠十郎!」

 

「ええ、俺も協力は惜しみません!」

 

誠十郎の気配に気づいていた直仁は、あえて声をかけることで花組のメンバーに自覚させた。自分じゃなく誠十郎に頼って欲しいと考えながら。あれから誠十郎も鍛錬や自分の仕事ばかりではなく、舞台の知識も入れるようになった。

 

「よし、午後の指導もするぞ!」

 

誠十郎は演技や基本指導などは出来ない、それを自覚している。だが、柔軟体操の手伝いやタオルの準備など裏方のような支えをする事は出来る。目立つだけが支えではないと直仁と食事に行った際に教えられたのだ。

 

主役はあくまでも花組のメンバー達、直仁は演技の技術を向上させる事が出来るだけ、誠十郎も裏方の仕事でメンバーを支え始めていた。

 

「誠兄さんも・・・直仁支配人の影響を受けちゃってるみたい」

 

天宮も演技指導を受けつつ、練習を重ねている中で誠十郎が良い意味で少しずつ変わって来ているのを喜んでいた。指導は出来なくても客の目線から見た意見、台本のセリフ合わせへの協力、柔軟体操や体幹トレーニングの協力、水分補給の準備などをしてくれる。

 

「私も頑張らないと!」

 

天宮は自分の両頬を軽く叩いて喝を入れると、稽古へと戻った。一歩でも憧れの人へと近づいていく為に。

 

 

 

 

 

 

伯林華撃団の乗る船の上、その中で副隊長であるマルガレーテは割り当てられた自室で記録と日記を付けていた。

 

「今回の戦術講義、総復習であったために問題なし。日本へ向かう最終チェックも異常なし」

 

ある程度、書き終えるとマルガレーテはエリスの事を思う。彼女も彼女なりにエリスの変化を心配している一人だからだ。

 

「エリスは最近、成績は問題ないけどメンタル面が不安定・・・私たちじゃ解決出来ない」

 

そんな中、一年前の出来事が蘇る。一年前の華撃団大戦会場での降魔襲撃、伝説と言われた光武二式を駆るあの男を。

 

「帝国華撃団・・・花組、所属。狛江梨・・・直仁・・・・」

 

彼の顔を思い出すと悔しさがにじみ出る。自分達が苦戦していた降魔の大群の大半をいとも簡単に目の前で撃破したのだから。

 

「話してみたい・・・願わくば模擬戦を・・・」

 

マルガレーテは戦術の一環としての情熱を秘め、日本への到着をゆっくり待つ事にしたのだった。




今回は回想ではなく、現在です。

演目が何故シンデレラなのか?それは真宮寺さくらさんの初主演だからです。

次回は伯林華撃団が到着。

その後はもちろん、デ・・・(ゲフンゲフン)


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第十二・五話 戦乙女の歌声と日の本の舞

帝国華撃団に伯林華撃団が伯林歌劇団としてオペラの歌声を披露。

次世代の帝国華撃団・花組と伯林華撃団に初穂が日本の舞を見せる。



伯林華撃団が出発して三日が経過し、日本へと上陸した。エリスとマルガレーテは何度か訪れているために慣れているが、グラーフを始めとした他のメンバーはどこか緊張している様子だ。

 

「テイト、というのは賑やかなのだな・・・」

 

「人々が行き交う街並みは美しいぞ、グラーフ」

 

「慰安も兼ねているけど、まずは大帝国劇場へ向かうべき。それと緊張しすぎよ」

 

「う・・・」

 

「(狛江梨・・・また出会えるのか・・・?)

 

エリスはまた、右手を唇に持っていく例のクセを行っていた。その真意を見抜いているマルガレーテとグラーフは額に手を軽く当てている。他のメンバー達は不思議そうに見ているだけで何も言葉を返さない。

 

伯林華撃団の面々は宿となるホテルの予約や、帝国華撃団との会合のスケジュールを確認し、帝都へと向かっていった。

 

 

 

 

 

伯林華撃団が移動を開始した時刻と同時刻。花組と直仁は公演予定の「シンデレラ」の打ち合わせを行っていた。今回は配役に関してだ。

 

「シンデレラ役には天宮、お前を抜擢する」

 

「わ、私ですか!?」

 

「そうだ。王子様役にはアナスタシアだ」

 

「わかったわ」

 

「継母、義姉妹役には初穂、クラリス、あざみだ。問題は魔女役を誰が兼任するかだが・・・」

 

「あ、あの・・支配人」

 

「ん?」

 

「わ、私が兼任します!」

 

意外な事に声を上げたのはクラリスだった。積極的に声を上げることのなかったクラリスに対し、直仁は少しだけ笑みを浮かべて挑戦的な言葉を出す。

 

「やれるのか?一人で二人分の役だぞ?」

 

「やります!やってみせます!セリフはさほど多くありませんし、練習する時間もまだまだありますから!」

 

こんな積極的なクラリスは見た事がない、といった表情を花組のメンバー達はしている。厳しい練習と指導に耐えてきているのが、彼女の積極性を目覚めさせたのだろう。

 

「そうだな・・・じゃあ、練習の時は天宮とアナスタシアの二人と一緒に行う事、いいな?」

 

「はい!」

 

「あ、あのよ・・・支配人。アタシからも良いか?」

 

「どうした?初穂」

 

「アタシの家でさ、巫女舞をやらなくちゃならなくなったんだ。だから、練習のために舞台を使いたいんだよ」

 

「そうか、なら全体練習や指導がない時に使うといい。帝劇は基本的に自由意思を束縛することはしないからな」

 

「ありがてえ、助かる!舞台の上のような場所で練習しないと意味がなかったんだ!」

 

初穂の喜びように少しだけ、笑みを浮かべる直仁。だが、伯林華撃団が本日到着予定との連絡を受けていたため、パンパン!と手を二回叩き、注目させ言葉を発する。

 

「前にも言っていたが、今日から伯林華撃団の面々がこの大帝国劇場に来る事になっている。かといってお前達がやる事は変わらない、稽古をキチンとやる事だ。なんと言われようと自分達のやっていることを貫け!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「それと初穂、お前の巫女舞の練習中に伯林華撃団の面々が来るかもしれない。その時の見学は大丈夫か?」

 

「ああ、静かにしていてもらえれば大丈夫だぜ!」

 

「わかった。じゃあ・・・今日の次の稽古は午後からにしよう。解散だ!」

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

昼前に解散となってそれぞれが散っていく。直仁も準備を済ませ支配人室で伯林華撃団を待つことにした。

 

 

 

 

 

「此処がダイテーコクゲキジョウか、この街の中でかなり大きいな」

 

「・・・行くぞ。グラーフ、マルガレーテ」

 

Jawohl(了解)

 

エリス、マルガレーテ、グラーフの三人以外のメンバーは宿で、伯林華撃団の本部へ日本に到着した事や今後の支持をまとめる為に宿のホテルに残っている。三人は大帝国劇場の中へ入り、案内と共に支配人室へと向かい部屋へと入った。

 

「伯林華撃団、到着いたしました・・・!」

 

「おう、歓迎するぜ。済まないな・・・神崎すみれさんは午前中だけ、どうしても外せない用事があって、この場を欠席している。自己紹介がまだだったな?俺が支配人代理を勤めている、狛江梨 直仁だ。すみれさんは午後には戻ってくる」

 

「!」

 

「!」

 

「(なかなかの男だな・・・戦場をくぐってきているようだが)」

 

「貴方が・・・一年前に私達を助けてくれた・・・あの時の」

 

「降魔の群れによる華撃団大戦襲撃事件の事か?そうか・・・あの時の二人か、一人は知らないが、あの時は世話になったな」

 

「それはこちらのセリフです。貴方が居なかったら私達はどうなっていたか!」

 

珍しく饒舌に喋るエリスにマルガレーテが目を見開く。それを見た直仁は苦笑しながら制した。

 

「あの時は俺一人だったからな。上海華撃団も居たとはいえど、なるべく自分の家は自分で守りたかったんだよ・・・」

 

頭を掻きながら話す直仁にマルガレーテとグラーフは少しだけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに元に戻った。特にマルガレーテは言葉に気をつけるように思考を巡らせている。

 

「(だらし無さそうに見えて・・・隙がない。それに一言でも帝国華撃団を悪く言うようなら。手元に有る日本の刀で・・・あの時のように斬られる可能性が高い)」

 

マルガレーテは直仁の状態を観察していた。刀は二本有り、一本は壁に掛けられるようにして飾られているが直仁の近くにもう一本、禍々しさと神々しさが感じられる日本刀が手元近くに置いてあるのだ。

 

更には上海華撃団のシャオロンが帝国華撃団を悪く言った際、刀の刃を周りに気づかれないうちに彼へ突き付けていた事を目撃した事も思い出していた。

 

「とにかく、歌劇団を見たいとの事だからな。見学する時は俺に言ってくれ。稽古の邪魔にならないようにもして欲しい」

 

「わかりました・・・」

 

そう言いつつ、直仁は時計に目をやる。時間はあるようで今は皆、稽古をしている最中だろう。

 

「よかったら稽古を見学するか?今の時間、これから午後の稽古の指導をするからな」

 

「え・・・?直仁さん自らが指導を!?」

 

「ああ、これでも以前の帝国華撃団で歌劇の勉強させてもらってたからな」

 

「な・・・なんと!貴方は以前の帝国華撃団に所属していたというのですか!?」

 

これには流石に伯林華撃団全員が度肝を抜かれた。自分達の華撃団が結成される前に何度も魔の手から帝都を守り続け、降魔大戦で消滅した伝説の部隊、帝国華撃団。その帝国華撃団に所属していたという事は、降魔大戦の生き残りだと言っているようなものだからだ。

 

「そうだ。聞きたいなら帝国華撃団と伯林華撃団が揃った時に話してやるよ。じゃあ、行くぞ」

 

直仁は立ち上がると伯林華撃団の三人を伴って舞台へと向かっていった。

 

 

 

 

 

舞台の上ではちょうど「シンデレラ」の見せ場の一つであるガラスの靴を落とすキッカケの階段を駆け下りるシーンの練習の準備が行われていた。

 

「あ、支配人!それに・・・伯林華撃団の皆さん!?」

 

「ああ・・・お邪魔している」

 

「天宮、気にせず稽古をしろって言っただろ!これから俺も指導に入る、準備はできてるのか?」

 

「あ、はい。もう出来ています」

 

「そうか、伯林華撃団の皆はここで見ていてくれ」

 

「わかりました」

 

直仁は舞台袖に伯林華撃団を待機させ、演技指導に入っていく。その厳しさは伯林華撃団の面々はまるで自分達の訓練を見ているようだったが、一つだけ違っていた。

 

「悪くはないが、もう少し急いでる感を出せないか?天宮。12時を過ぎたら絶対にダメという感じが出せないと意味がないぞ?」

 

「はい、もう一度お願いします!!」

 

直仁は厳しくも良く出来た所は褒めており、挑戦させたりしている。怒っている時は本当に危険な真似をした時だけだ。

 

「あ、危ない!」

 

「さくら!」

 

「きゃあああ!」

 

練習している最中、階段を急いで降りる練習時に天宮が足を踏み外して落下してしまった。近くで道具の確認をしていた誠十郎が受け止めた。

 

「せ、誠十郎さん?」

 

「怪我はないか?さくら」

 

「大丈夫です、誠十郎さんが助けてくれたから・・・」

 

「流石だな。だが、稽古中だ。イチャつくのは稽古が終わった後でな?」

 

「だ、誰がイチャついているように見えるんですか!」

 

「そ、そうですよ!俺はただ助けただけで・・・!」

 

「ええ~、ホントにござるかぁ~?」

 

ニヤニヤしながらワザとらしいござる口調で二人をからかう直仁、他の花組のメンバーも二人の仲が良いことは知っているので笑みを浮かべたままだ。舞台袖で見ている伯林華撃団はこの雰囲気が許せないと思うのだが、同時に羨ましくもあった。

 

厳しいのはもちろんだが、上下関係が無きに等しく公私混同に近いはずなのに、弁えがしっかりしており、まるで上下関係は舞台の稽古と戦闘時だけにあるような感じだ。

 

「華撃団と歌劇団・・・以前は二つの顔を使い分けていたと聞いていたが、それも今は健在か」

 

「こんな雰囲気で強くなるはずがない・・・」

 

「・・・・」

 

エリスだけは別の意味でイラつきが溜まっていた。何故か直仁が他の女性と話していると怒りが沸いてくる。不思議とその怒りが収まらない。

 

「さて、初穂。俺から頼みがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「巫女舞を見せてやってくれねえか?伯林華撃団によ」

 

「・・・客用の舞だけだぞ?」

 

「それでいい、頼む」

 

「わかったよ」

 

練習用の舞台を片付け、本来、雅楽を奏でるべきなのだが、それは出来ない。代わりに以前の帝国華撃団が使っていた物の中に残されてあった雅楽の音を鳴らす準備をし、小道具の扇子や神楽鈴を見つけ出しておいた為にあった。恐らくは巫女を演じるために作ったのだろうが、出来は本物と大差はない。初穂は少し着替えさせてくれと言い残し、衣装ではあるが正式な巫女服に着替え舞台に戻ってきた。

 

「・・・・・」

 

いつもの勝気な初穂から一転し、一人で舞台に立っている今の初穂は巫女舞を神々しく舞っている。それを帝国華撃団、伯林華撃団の二つの華撃団が食い入るように見ている。直仁との演技指導で鍛えられた体幹は巫女舞にも役立っており、自分の動きがスムーズになっているのを舞いながら初穂は感じていた。

 

雅楽と似た音楽と神楽鈴の音色、その相乗効果が全員の心に和の美しさを伝えてくる。

 

「美しい・・・」

 

「ha・・・・これが・・・日本の伝統・・」

 

「ああ、美しいとしか言えないな・・・。それに一つ一つの動きに無駄がない・・・」

 

伯林華撃団のメンバーは初めて見る日本の巫女舞に対し素直な感想を述べていた。それは帝劇の花組メンバーも同様であった。

 

「あれが・・・初穂なのか?本当に・・・」

 

「今の初穂、普段と違って・・・とても綺麗・・・」

 

「色々な歌劇を見てきたけど・・・日本の伝統だけは見た事がなかった・・・。星が一つ輝いているように綺麗ね」

 

「すごい・・・すごすぎます・・!これが日本の舞なんですね・・!」

 

巫女舞を終えると初穂は一息だけ吐いた。自分もまだまだ練習中の舞を見せるとは思わなかったが、非常に上手く舞えたと思ったのだ。

 

「直仁支配人・・・私も舞台で歌ってもよろしいだろうか?」

 

「エリス?」

 

「無理な頼み事なのは分かっている。だが、是非ともお願いしたい!」

 

エリスがこのような言葉を発するのは珍しい。グラーフもマルガレーテも同じことを考えていた。何かを伝えたいのか、それとも・・・。

 

「わかった。本来なら断るんだが、なにか必死だったから一回だけなら許可しよう」

 

「ありがとうございます。少しだけ準備しますので」

 

エリスは歌いやすくするために柔軟と頭に乗せていた帽子をマルガレーテに預けるとスポットライトが照らしている舞台へと歩んでいった。曲はグラーフが持っていた蒸気記録装置で流す事が出来るようだ。エリスは深呼吸を一つすると合図を送り、グラーフは曲を流した。

 

「新サクラ大戦より[鉄の星]」

 

 

「今宵も仄暗き壁を伝い♪狼のうめき声 街を彷徨う♫」

 

「・・・っ!?」

 

「これは・・・オペラ!」

 

直仁はエリスの歌声に圧倒されていた。歌というものは曲調と歌詞の意味を読み込む事でその意味が分かる。アナスタシアは歌い方からわかったようだが、直仁を始めとした次世代の帝劇の花組メンバーがオペラなど未知だ。

 

「すごい・・・あの凛々しさを歌声に乗せている。それに誰かに向かって歌っているようにも見えるが・・・・鎧を着た女性達が行進するのが見える」

 

「あんなエリスは・・・初めて見た」

 

「ああ・・・本当だよ」

 

最後まで歌い終えたエリスが戻ってくるとこちらへ一礼した。

 

「私個人のワガママを聞いていただき、感謝します」

 

「いえ、こちらも良いものを見る事が出来ましたので構いませんよ」

 

直仁の砕けていた口調も、この時ばかりは敬語になってしまう。エリスの凛々しさ、力強い歌声、それを聞いて直仁も身体に震えが来たのだから無理もない。

 

「・・・・」

 

「あの・・・何か?」

 

「直仁支配人・・・その、私に歌舞伎以外の日本伝統を教えてはくれないだろうか?」

 

「俺が・・・ですか?」

 

エリスは直仁をまっすぐに見て頼み込んでおり、周りの人間達はというと。

 

誠十郎は天宮に何かを教えられ、なるほどと納得した様子になっており、天宮は何かを察したように誠十郎の背中を押して引き下がった。

 

初穂はマジか?と言いたそうに驚いていて、アナスタシアは隅に置けないわねと言いたげだ。

 

クラリスも天宮と同じように何かを察している様子で、伯林華撃団のマルガレーテは直仁を睨んでおり、グラーフは成る程といった様子だ。

 

「わかりました俺で良ければ、お時間が空いている時に」

 

「!ありがとうございます」

 

この時に一瞬だけ笑みを浮かべたエリスは、一人の女性としての笑みを浮かべていた。本人が気づかないほどごく自然な笑顔で。




ドイツと日本の歌劇の見せ合いでした。

次回はデート回になる予定です。

本編の回想ですが・・・サクラ4をベースにしようかと思っています。

何よりも巴里華撃団との絡みが4じゃないとできませんので。

ちなみにエリスの誘いを受けた為に、サクラ大戦の例の効果音は上昇音が最大で鳴りました。


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第十三話 戦乙女との逢引

エリスとデート

命懸けの追加装備の完成。


突然、エリスから頼まれ事をされてしまい直仁は戸惑っていた。一緒に出かけると言ってしまったが、デートとなんの変わりがない。

 

「とりあえず、金は多めに持っていくか。荒れていた時期は喧嘩でゴロツキから奪った金でしか博打も酒も買ってなかったしな・・・」

 

そう、意外にも直仁は自分が真っ当に働いて貯めていたお金には、一切手をつけていなかったのだ。彼が荒れに荒れる前、自分で手の届かない場所に隠してあった為だが、それがこんな形で帰ってくるとは思ってもみなかったのだ。更生した後は記憶と霊力を頼りに自分の隠し金庫を発見し、今は手元に有る。

 

「溜めに溜めてて、学生時代は最低限しか使わなかったし体験入隊時も帝劇ともう一つの働き先で働いてたから・・・700円も溜まってんだよなぁ(※現在の貨幣価値に直すと約700万円)」

 

「デートには100円持っていけばいいか?いや、食事代とかを鑑みて後10円足しておこう」

 

隠し金庫からお金を準備し、財布に入れ直仁はシャワーを浴びる事にした。翌日とはいえど女性と出会うのだから身なりはキチンとしておくべきだろうと考えた上の行動だ。その後、直仁は就寝し、翌日に備えた。

 

 

 

 

 

直仁がシャワーを浴びている時刻、帝国ホテルでエリスもシャワーを浴びていた。肌を泡で磨き、髪も磨き、それを温水で流していく。日本の入浴事情に合わせているのだが、綺麗に磨かれていく己を見て日本の風呂というものを気に入ってしまっている。そのため、日本に来た時は一時間以上も入浴しているのだ。

 

シャワーを止め、その珠のような肌に水滴が付いており、下へと流れていく。今のエリスは裸体であり、ドイツ出身では珍しく白色に近い肌をしており、ブロンド色の髪も相まって非常に美しく映っている。彼女が華撃団であるなど信じられないほどだ。

 

湯船にしばらく使った後にバスタオルで身体の水滴を拭き、バスローブを纏い浴室を出る。マルガレーテもグラーフもそれぞれの部屋にいる為、今は一人だ。

 

「・・・・・」

 

窓際に立ち、胸元で軽く握り拳を作る。一年ぶりに直仁との再会、まるでようやく探し求めていた相手が見つかったような気持ちにエリスは混乱していた。

 

「初めて会った訳ではない・・・だが、一体これは・・・この気持ちはなんなのだ?」

 

共に帝都を周る約束をしただけで、気持ちが嬉しいと感じてしまう。このような感情は初めてだった。

 

「明日になればわかるか・・・」

 

そうつぶやいて寝間着に着替えると、エリスはベッドへと入り就寝した。

 

 

 

 

 

 

時刻は朝の七時。直仁は目を覚まし、準備を始める。気取った姿はしなくいつも通りの服装に着替え、身だしなみを整え、朝食などを取り帝劇を九時に出る。待ち合わせは十時だが早めに出ておくのがマナーだ。出かけようとする姿を誠十郎、天宮、初穂の三人が目撃していた。

 

「直仁支配人・・・?」

 

「エリスさんとデートですね・・・!きっと!」

 

「まさかと思ってたけどよぉ・・・支配人が伯林華撃団の隊長と出かけるなんて」

 

「後を着けましょう・・・!」

 

「さくら・・・はぁ・・・」

 

「アタシも気になるな・・・一緒に行くぜ」

 

「初穂・・君まで」

 

誠十郎は二人に呆れていたが、直仁とエリスの関係が知りたいのも事実だ。二人の勢いに押されて、誠十郎もついていく事になってしまった。

 

 

 

 

 

帝都、時刻は九時五十分。直仁は十五分前に来ており、エリスを待っていた。だが、そこで偶然にも森川に出会ってしまう。

 

「ん?直仁じゃねえか、どうした?」

 

「あ、森川さん。ちょっと待ち合わせがありましてね」

 

「待ち合わせだァ?へぇ・・・おっと、店の仕込みがあったんだ。よかったら来いよ?」

 

「ああ、寄らせてもらうよ」

 

そういって森川は去っていった。それと同時にエリスがキョロキョロと何かを探しているように歩いている。それを見た直仁は近づいていき声をかけた。

 

「エリスさん」

 

「!な、直仁支配人!」

 

「今は支配人じゃありませんよ。好きに呼んでください」

 

「では、直仁と呼ばせてもらいたい。それと・・・言葉遣いも出会った時と同じで構わない」

 

「ん?そっか。じゃあ、これでいいか?」

 

「ああ、それで今日はどこを案内してくれるんだ?」

 

「歌舞伎は観ているようだし、先ずは服だな。しばらく滞在するんだから流石に戦闘服はマズイだろ」

 

「む・・・しかし」

 

「良いから!先ずはデパァトにでも行ってみるか」

 

帝都デパァトに趣き、直仁はエリスの服を買うことにした。服屋の場所へ行くと洋服もあれば、天宮が着ている和服まで揃っている。エリスにはどれも新鮮に映るらしく子供のように目をキラキラさせていた。

 

「直仁、服がたくさんあるぞ!」

 

「そりゃあ、服屋だしな。で、和服と洋服どっちがいいんだ?」

 

「どちらも欲しいが、洋服を見てみたい」

 

「わかったよ」

 

エリスは服選びに時間をかなりかけていた。女性の服選びはそれなりに時間がかかる、それを根気良く付き合えるのも自分を鍛えてきた忍耐力のおかげだろう。

 

「これがいいな」

 

エリスが見せてきたのは動きやすさを重視したシンプルな服装だった。直仁は顔色を変えずにその服を預かると会計に持っていく。

 

「おいくらですか?」

 

「1円と500銭になります」

 

「じゃあ、二円でお願いします」

 

「な!」

 

「これくらい構わねえさ、店員さん。彼女を着替えさせてあげてください。彼女の着ている服は袋に入れて」

 

「かしこまりました」

 

エリスは店員と共に試着室へと入っていき、戦闘服から私服姿となった。戦闘服は凛々しさが際立っていたが、私服のエリスは飾らない美しさを体現していた。

 

「綺麗だな・・・」

 

「え?」

 

「いや、っと・・そろそろ昼だな。何か食べたいものはあるか?」

 

「日本の食事を堪能してみたい・・・」

 

「和食か・・・となると、あそこしかねえな」

 

直仁とエリスはデパァトから出ると、途中でエリスが袋に入った戦闘服を置いて来たいと言ったので、帝都ホテルまで行き、服を置いてくるとエリスは私服姿のままで戻ってきた。

 

「行こうか」

 

「ああ」

 

短い会話を交えながら食事の目的の店を目指し歩き始めた。その後ろで誠十郎、天宮、初穂の三人の他に別の場所でマルガレーテとグラーフも後を付けていた。

 

「やっぱり、デートしてますよ・・・あの二人!」

 

「意外すぎるぜ・・・」

 

「まさか支配人が・・・」

 

そんな中、伯林華撃団の二人も別の場所で直仁とエリスを見ていた。服装が服装なので外でお茶の出来る喫茶店から見ている。

 

「エリスが・・・あんなに心を開いているなんて・・・」

 

「うーん・・・あれは・・・本命かな?」

 

それぞれが見ている中、直仁とエリスは目的の店「オアシス」へと入っていった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、おや?」

 

「マスター、お邪魔しますよ」

 

「失礼する」

 

「珍しいですね?直仁くんが帝劇以外の女性を連れてくるなんて」

 

「ま、まぁ・・色々あって。マスター、彼女の口に合う和食をお願いできますか?」

 

「お任せ下さい」

 

そう言って、森川は調理に入った。エリスは「お品書き」を見ており心なしか楽しそうにも見える。

 

「直仁、貴方は何故、一年前のように戦わないのだ?貴方が前線に出れば戦力になるはずだが」

 

「今の俺は次世代を育てる側なのさ。制限時間のある人間が前線に出たら足でまといだろ?」

 

「それは・・・」

 

「霊子甲冑や霊子戦闘機に乗って戦闘するだけが戦いじゃない。補給、戦略、復興、どんな事でも戦いなんだ。前線に出て戦うのは力を持っている奴の役目、力を持てないのなら持っている奴の援護をするのがお互いに戦っているという事になるんじゃないのか?」

 

「・・・・・」

 

「それに俺は・・・死なせるような戦いは絶対に許さねえ」

 

「!!」

 

エリスは直仁の言葉に驚きで目を見開いた。彼のような人間は死をなんとも思っていないだろうと考えていたからだ。だが、直仁はそれを自分から否定したのだから。

 

「やはりそれは・・・」

 

「おまちどうさま。暗い話は後にして今は食事を楽しんでください」

 

「さすが、マスターだな」

 

「えっと・・・」

 

「エリスだ」

 

「エリスさん、お口に合わなければ遠慮せずに言って下さいね?」

 

「うむ・・・」

 

直仁とエリスは食事を始めたが、慣れない箸使いに直仁が教えつつ食事をし続ける。要領を掴むのが上手かったらしくエリスはある程度練習すると箸を自在に使えるようになっていた。

 

「これが日本の食事か・・・大変な美味であったぞ」

 

「それは良かったです。作った身としてはそう言って頂けるのが一番嬉しいですからね」

 

「この店は俺も行きつけにしているからな、また機会があれば一緒に来よう」

 

「!う・・うん//」

 

「?」

 

直仁はエリスの様子に首を傾げていたが、森川は察してニヤついていた。エリスが直仁に好意がある事を見抜いていたのだ。

 

その後、直仁はエリスを連れて呉服屋へと趣いた。彼女に和服の素晴らしさを知ってほしいという思いからだ。

 

「これが・・・着物か、美しいな」

 

「だろ?」

 

直仁はエリスが着物や反物を見ている最中、呉服屋の主人に彼女に合う着物と浴衣を仕立ててくれるように頼んだ。50円の請求があったが、今の彼には余裕で出せる金額だ。

 

「確かに、承りました。明日明後日には出来上がりますよ」

 

「ありがとう」

 

その後は寺を回ったり、出店で簪や紅を買ったりしてエリスとの時間を楽しんだ。紅を買った時、エリスは慌てていた。

 

「わ、私にこのようなものは似合わない!」

 

「いや、きっと似合うぞ?だから受け取ってくれ」

 

「う・・・わ、わかった//」

 

五重塔を見に行った時に直仁が建てられた経緯などを話すと、エリスは本当に楽しそうだった。

 

「なるほど・・・日本の先代達の技術はすごいな。それに塔を立てるのにもしっかりと思いが込もっている」

 

「それだけ、信仰心が高いってことでもあるけどな」

 

最後はエリスを帝国ホテルの前まで送り、そのドアの前まで歩いてきた。

 

「今日は楽しかった・・・」

 

「俺もだ、ありがとうな。エリス」

 

「・・・・」

 

「どうした?」

 

「名残惜しいな・・・」

 

「また会えるさ、じゃあな」

 

直仁は背を向けて軽く手を振ると歩いて行った。エリスはその背中を消えるまで見つめ続けていたが彼を見送った後、急激な寂しさに胸が締め付けられた。

 

「っ・・・部屋に戻ろう」

 

 

 

 

 

 

直仁はデート後に話し相手が欲しくなり、「オアシス」へ向かった。今の時間帯なら食事もお酒を飲む事も出来るからだ。

 

「よう、マスター」

 

「今日は頻繁だな?」

 

「話相手が欲しくなってな。いつもの飲みセットをくれ」

 

「あいよ。今日は少なめにしておいたからな」

 

「助かる」

 

直仁は水割りを頼むと軽く飲んで、一息ついた。森川はつまみを出すと会話を切り出した。

 

「それで?どうだった?伯林華撃団の隊長さんとの逢引は?」

 

「楽しかった、それに・・・エリスが俺を好いていてくれてるのも分かった・・・だけど」

 

「ん?」

 

「俺・・・彼女を愛していいのかな・・って」

 

「そんな事を言う理由は・・・花火の事か?」

 

「・・・・」

 

「お前さん、さくらと同じくらいに花火と仲が良かったものな?」

 

「ええ・・・異性として意識してましたけどあの人には・・・」

 

「皆まで言うな、分かってるよ。けどな・・・エリスは自分では気づいていないだけで、お前さんを好いてんだ。迷ってんだったら断っちまえよ」

 

「・・・っ」

 

直仁はグイっと水割りを一気飲みし、また酒を作った。自分でも分かっている・・これは新しい一歩だ、帰ってくるかも分からない相手と今近くにいる相手、どちらを選ぶべきかなど明確だ。

 

「・・・男なら後悔しないほうを選べ、迷いは男を廃らせるぜ?」

 

「・・・・・」

 

グラスをテーブルに置き、森川からの言葉を噛み締める。自分はいつも迷ってばかりだ、だからこそ後悔だけはしたくない。それが直仁自身、必ず考える事であった。

 

「オアシス」が閉店するまでの間、直仁は軽く飲んで話した後、ある決意を固めて、帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大帝国劇場の地下ではとあるものが開発されていた。それはなにかの強化ユニットのようだ。

 

「これを使えば、支配人はまた爆発的な力を手に入れられる・・・だが、どうしてこんな物を開発しろだなんて一体」

 

現技師長の司馬令士は直仁からの依頼に疑問を持っていた。直仁は自分の霊力を糧とした戦闘力向上ユニットを作ってくれと技術部に頼んでいた。だが、なんの為に使うかは教えてはくれなかった。

 

「まさか、支配人・・・生き急いでねえよな?これが使われることがない事を祈るしかねえな」

 

令士は開発したユニットを何処かへ封印するように置き、自分も仕事を切り上げて帰宅するのであった。




デートシーン、難しい!

次回は・・・巴里・・・関連?

もしくは森川と直仁の喧嘩・・・かな?


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第十四話 拳でしか語れなかった二人

直仁と森川の最初で最後の大喧嘩。

想いを遂げられなかった直仁とその羨望と憎しみを受け止める森川

※この二人の共闘用の主題歌は仮面ライダーエグゼイド・アナザーエンディングの「Believer」です。

※歌詞が降魔大戦で大切な人を失い、それでも想い続けたり取り戻そうとする心境がピッタリ合っていると思うので、気になる方は検索してみてください。

直仁のキャラソンイメージは「HEART OF SWORD ~夜明け前~」です。

今回の喧嘩シーンにセガ繋がりになってます。


降魔大戦、最終段階。帝国・巴里、そして紐育のすべての華撃団が霊力によって降魔皇、封印の儀である帝剣を使った。

 

「ま、待て!待ってくれ!みんな!!」

 

その時、直仁は封印の儀を行っている場所から離れた位置にいた。彼の光武二式は大破しており、動かせる状態ではない。

 

「俺も、俺も一緒に!置いていかないでくれ!!」

 

『直仁さん、すみれさんと一緒に帝都をお願いします』

 

『私は決して死にません、私達の思いを繋げてください』

 

「さくらさん!!花火さん!!行くなぁ!うわあああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああ!!!!!!っ!?はぁ・・・はぁ・・夢?」

 

時計を見ると午前4時、まだまだ目覚めるには早すぎる時間だ。だが、先ほどの夢で目が完全に覚めてしまっている。

 

「くそっ・・・また同じ夢を見るようになっちまった・・・」

 

直仁は自分の顔を右手で隠しながら、俯いた。彼はこうして時折、降魔大戦の夢を見るようになってしまっていた。それだけ心に刻まれた傷が深いのだろう。

 

「軽く瞑想するか・・・」

 

直仁は呼吸を整え、軽く瞑想することにした。己の霊力の流れを感じ取り、それが循環していることを感じ取るようにイメージする。

 

「・・・・・」

 

彼は瞑想に一度入ると長くなる、最長で三時間以上も瞑想していることもザラだ。だが、この瞑想が彼の中に巣食っている龍脈の力を沈める要因にもなっている。

 

「・・・・・っ」

 

雀の声で瞑想を解くと午前6時50分、三時間近く瞑想していた事になる。直仁は布団から出ると、シャワー室へと向かった。夢でかいた冷や汗を流すためだ。

 

今日は朝の稽古をした後、昼食を誠十郎を始めとした帝都花組、伯林華撃団の面々と「オアシス」で取る事になっている。

 

そして昼食時には貸切となり、二つの華撃団が揃い食事を楽しそうにしている。エリスは直仁の隣に席を取っているのはお約束だ。

 

「そういえば、支配人と森川さんは仲が良いですけど喧嘩とかしなかったんですか?」

 

天宮の何気ない一言に二人は苦笑しながら同時に答えた。

 

「喧嘩はしたぞ、最初で最後の大喧嘩をな」

 

「築地倉庫がとんでもない事になったものな、新聞にも乗ったくらいだ」

 

「えええっ!?」

 

天宮を始めとした直仁と森川以外の全員が驚いていた。二人の喧嘩で築地倉庫が壊滅的打撃を受けたというのだから当然だろう。

 

「じゃあ、話してやるか・・・あれは、黒鬼会の驚異を退け、サンダーボルト作戦が終わって平和になった後の二ヶ月後の事だった」

 

 

 

 

 

 

 

その当時、直仁は正式に帝劇に配属され大神と同じモギリをする事になった。名物モギリが復活したとあって、演劇と二人が目的のお客も居て大盛況であった。

 

だが、ある日・・・直仁は中庭で見てはならないものを見てしまったのだ。

 

「森川さん、あたし・・森川さんが好きです!」

 

「俺で良いのか?」

 

「はい!」

 

「!!!!!!」

 

それはさくらが森川へ告白している現場であった。それを目撃した直仁はその場から飛び出し、大神やカンナの静止も聞かず大帝国劇場から出て行ってしまったのだ。

 

「直仁くん!待つんだ!」

 

「アイツ、何があったんだ?」

 

それから直仁は深夜を過ぎても帰宅せず、見かねたかえでが森川に捜索を依頼し、築地倉庫付近に居るという情報を得た。だが、花組の面々がきたところで素直に帰らないだろうと森川が意見し、彼が連れ戻してくるという形になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直仁は築地倉庫から見える海を眺めていた。そこへ誰かが近づいて来る。無論、連れ戻しに来た森川だ。

 

 

「何やってんだよ?みんな心配してんぞ?」

 

「・・・」

 

「おい・・!」

 

「!!!」

 

瞬間、見えない何かが空を切り裂いた。それは村正による居合抜きだった。森川の目ならば黒い刀身だとしてもタイミングが分かっていたため避ける事は出来たが、わずかに衣服が切り落とされた。

 

「危ねえな・・・!いきなり何をしやがる!?」

 

「・・・俺に近づくなよ。今・・俺は誰とも話したくない。特にアンタとはな」

 

村正を霊力で安全な場所に置くと直仁は、その目に羨望、憎悪といった光が宿っていた。

 

「まさか、お前・・・聞いていたのか?さくらの」

 

「言うなああああ!!」

 

琉球空手の拳を向けてきた直仁に対し、森川は距離を取って回避した。直仁の身体からは霊力が溢れ出ており、今の彼は何を言っても聞かないだろう。

 

「そうか・・・そういう事か。お前、さくらの事を好きだったんだな?一人の女性として」

 

「・・・・っ」

 

「・・・・」

 

そう言って森川は服を脱ぎ捨て上半身だけを生身にし、真剣な目で直仁を睨んだ。その身体からは霊気ともオーラとも言えるものが立ち昇っている。

 

「お前も男なら、グズグズしてねえで・・・惚れた相手を奪っていった奴を一発くらい殴ってみろ」

 

「・・・!」

 

森川に挑発された直仁もモギリ服を脱ぎ捨て、上半身のみを生身にした。右腕にだけ包帯かサラシらしき物が巻かれているが、怪我をしているという訳でもない。

 

「ほう?良い身体(ガタイ)してるじゃねえか・・・流石は士官学校出身って訳か?」

 

「帝国華撃団に入ってから、体調を崩した時以外に鍛錬を休んだ事なんて無い・・・おまけにアンタが身体を作る料理を出してくれてたろ?いいか、行くぞ・・・!」

 

「はははっ!違いない。なら、手加減はしねぇ・・・来いッ!!!!」

 

「うおおおおあああああ!!!」

 

「うおおおおおお!!」

 

[推奨BGM 龍が如くより『散るは永遠の刹那・極2』or『誰が為に Ver.極』]

 

 

帝国華撃団 花組

狛江梨 直仁

 

 

万能一心

森川大輔

 

 

 

「ぐあっ!」

 

「ぐううっ!」

 

お互いに拳で殴り合ったと同時に頭突きをぶつけ合って、互いに牽制しあう。素手の直仁が得意とするのはカンナ仕込みの琉球空手と士官学校時に鍛えられた合気道だ。

 

それに対し、森川はあらゆる技の中で、肉弾戦のみを使う技だけをセレクトし、直仁と殴り合っている。

 

「まぐれで当たっただけじゃ、殴ったうちには入らねえぞ!」

 

「あたりめえだ!オラアア!」

 

二人の喧嘩は築地倉庫に爆弾が落とされたのでは?と言えるくらいの地鳴りが発生するほどであった。

 

 

 

 

 

帝国華撃団にもこの緊急事態の知らせが入っていた。恐らくはと全員がその場所へ向かう。華撃団が到着した時、倉庫はとんでもない有様になっており、観音と黄龍がお互いを止め合っている姿が見えているほどであった。

 

「みんな、急ぐぞ!おそらく、直仁くんと森川さんに違いない!」

 

「どうして・・・どうして、大輔お兄ちゃんとちい兄ちゃんがケンカしてるの?」

 

「わからへん、とにかく二人を止めるんや!」

 

「なんで・・・あの二人が喧嘩してんだよ・・・!」

 

花組のメンバーは二人が殴り合っているであろう、中心部へと急いで向かった。だが、その衝撃の余波と二人の殴り合う時のうめき声が戦いを物語っているかのように聴こえてくる。

 

「ボケがあああ!」

 

「ぐぅあああ!」

 

直仁は倉庫の壁に叩きつけられ、追い打ちをかけるように森川の拳が迫って来る。それを切り返し、今度は直仁は森川を向かい側の倉庫の壁に後頭部を叩きつける。

 

「がはっああ!行くぞ!この野郎があああ!!」

 

「ぐあああっ!負けられねぇんだよ!!」

 

「クソがああああ!!」

 

「直仁ォォォ!!」

 

鋼鉄製の扉に顔面をぶつけられようとも直仁は立ち上がり、森川にタックルしてマウントを取ろうとしたが、今の時代にはない格闘技の技であるドラゴンスクリューを森川にかけられ、直仁は吹き飛ばされた。

 

「ぐ・・はぁはぁ・・・」

 

「はぁ・・はぁ・・・」

 

二人の顔面にはいくつもの殴られた跡の痣ができており、口元からは血が流れている。直仁が厳重にしていた右腕の包帯が解けてしまい、まるで巻き付いているかのような龍の痣があらわになっていた。

 

「はぁ・・はぁ・・・てめぇ、その腕・・・」

 

「龍脈の代償・・・らしい・・でも、今は関係・・・ねえ!」

 

「直仁くん!森川さん!」

 

そこへ大神を始めとする帝国華撃団のメンバーが現れる。全員が二人を見て驚きを隠せない。二人はボロボロで、フラフラになりながらも殴り合うのを止めようとしないからだ。

 

「二人共、止めるんだ!」

 

じゃあかぁしい!!

 

すっこんでろ!これは俺達の喧嘩だ!!

 

「う・・・」

 

二人の怒号に、止めに入った大神だけではなく、他の花組メンバーまで怯んでしまっていた。野生動物の間でも戦っている時の横槍は御法度ともいえる行為だ。それほどまでにこの二人の喧嘩はお互いに譲れない物の為に戦っている。

 

「うおおおおお!」

 

「ぬんっ!」

 

最後の一撃とも言えるクロスカウンターがお互いに入り、崩れ落ちる。だが、直仁は意地で立ち上がり、拳を握って追撃しようとした。

 

「ううああああ!」

 

「止めてええええ!!!」

 

「さくら!?」

 

「さくらさん!?」

 

倒れている森川の前に両手を広げて立ち塞がったのは、さくらであった。いきなり飛び出していった事にマリアやすみれなども驚いていた。

 

「もう止めて下さい!直仁さん!もう充分でしょう?これ以上、二人が殴り合っているのは嫌なんです!もう、これ以上・・・大切な人が傷つくのも、好きな人が傷つくのも見たくない!」

 

「っ・・・く」

 

これが決定的だった。さくらは直仁を止めようとしたのではない、森川を守るために直仁の拳の前へ自らの身を晒したのだ。森川の血に染まった拳を寸止めしていた直仁は、これほどまでさくらに想われている森川への嫉妬と怒り、悔しさが篭った震える拳を地面へ向けて殴った。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!」

 

その咆哮は怒りではなく、悲しみに近いものであり、咆哮を上げて涙を流し緊張の解けた直仁はそのまま倒れて気絶してしまった。

 

「森川さん・・どうしてこんな事に・・・」

 

「男同士の・・・意地って奴・・・だ。さくら・・・お前は・・アイツに残酷な現実を・・・・見せちまった・・・な」

 

「え?」

 

「分からないなら・・・それで・・いい」

 

森川はさくらの肩を借りて立ち上がり、気絶した直仁を見ている。その顔には男泣きした跡が残っており、それが・・・さくらへの思いであった事が明確だ。

 

「直仁、お前の気持ち・・・全て受け止めた。さくらは任せておけ・・・お前はこれからだ・・・」

 

 

 

 

 

 

「それが、俺と森川さんがやった・・・最初で最後の喧嘩さ」

 

「降魔大戦後はお互いにまた喧嘩しそうになったが・・・意味がないって悟ってな」

 

二人の話を聞いて、帝国華撃団、伯林華撃団のメンバー達は開いた口が塞がらなかった。特に天宮とエリスはそれぞれ別の意味で驚いている。

 

「も、森川さんが真宮寺さくらさんの恋人だったなんて!」

 

「公表してなかったしな。する前に降魔大戦になっちまったからよ」

 

森川の口調が変わっている事に関しては直仁が説明した為、全員が納得した。それ以上に帝国華撃団のトップスタァであった真宮寺さくらの恋人が、森川であった事が驚きであった。

 

「話を聞いていると真宮寺さくらさんを巡っての喧嘩だったんだな・・・」

 

「悲しいわね・・・でも、女性という星は一つ、二つの星で共に輝けるのは一つだけよ」

 

「支配人、普通の失恋以上に辛い失恋をしていたんだ・・・」

 

「もう、終わった事だ。今はもう未練とか恨みはねえよ」

 

お茶を飲みつつ、直仁は食事に手を付けようとするが、隣に座っていたエリスがさり気無く直仁の左手に自分の手を重ねていた。後ろから見ても、脇から見ても、上から見ても丁度、死角になっているので見える事はない。

 

「!(エリス・・・?)」

 

「(私では・・・ダメなのか?)」

 

不器用な好意の伝え方に、直仁はエリスの手に自分の手を重ね直して軽く握った。

 

「!」

 

直仁からの返しに思わず彼の横顔を見るエリス。その顔は変わっていないが、大切なのだという気持ちが伝わってくるのを感じ、目を伏せた。

 

「惚れた女性のためにそこまで出来るなんて・・・今の俺には到底真似できない・・・」

 

「誠十郎・・・いつかお前にも、心から大切だと思える女が必ず出来る。その時は全身全霊をかけて守ってみろ。前にも言ったが、男ってのは惚れた女を必ず守るって決めた時には、今まで以上の力を発揮出来るからな」

 

「直仁・・・さん」

 

「説教臭くなっちまったな。とりあえず、メシを食おう」

 

「はい」

 

誠十郎と直仁は互いに笑みを浮かべると、食事を始めた。ほかの面々も食事を始め終始、和やかな雰囲気になっていった。

 

「直仁・・・聞きたいことがあるのですが」

 

「ん?」

 

「よろしければ、帝国華撃団と双璧をなす巴里華撃団の話をお聞かせ願いたいのですが・・」

 

エリスからの提案に直仁は目を丸くさせた。直仁は笑みを浮かべ、遠い目をすると店の天井見つめた。

 

「あの人達も気高く、美しく、そして・・・強い人達だった。そんな話になるぞ」




はい。直仁くんがさくらさんとのケジメを付けた話でした。

このような失恋と別れを経験しているからこそ、彼は本気で異性を愛して良いのか迷います。

今回は複数のタグで遊んでみました。森川さんに付けた「万能一心(ばんのういっしん)」という四字熟語は意味を調べた結果『何事をするにも、心を集中してしなければならないということ。また、あらゆる技芸をこなせても、真心が欠けていれば、何の役にも立たないということ』という意味があったので彼に付けました。これは戦国BASARAのアレと同じです。

喧嘩のシーンはセガのあれで、神室町と言えばわかると思いますww


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第十五話 巴里華撃団・副隊長との出会い

巴里華撃団の一人、花火との出会い。

※この作品ではすみれさんが大神さん寄りになっています

※巴里華撃団の副隊長は花火さんになってます


直仁は森川に水を頼み、それを飲んで喉を潤すとエリスに視線を向けた。エリスは生真面目な口調で質問を続ける。

 

「巴里華撃団は帝国華撃団と双璧をなすと言われていた。貴方やマスターは出会ったことがあるのではと思い、聞いたのだが」

 

「構いやしねえさ。巴里華撃団の話をしてやるよ。でも、俺は巴里に行っていた訳じゃねえから、副隊長が先に帝都に来た時からでいいか?」

 

「構いません、聞かせてください」

 

「分かった。あれは大神さんが巴里から帰ってきて、しばらくした時だ」

 

 

 

 

 

帝都では大神が帰還し、誰もが盛大に喜んでいた。その中で最も喜んでいたのがすみれだった。直仁も同じように喜んでおり、その日は盛り上がった。

 

「998・・・999・・・1000!ふぅ・・・はぁ・・はぁ」

 

「精が出るね、直仁くん。鍛錬かい?」

 

「あ、大神さん。ええ・・・やっておかないと俺はすぐに追い抜かれちゃいますからね」

 

「前に森川さんとあれだけの喧嘩をしておいてかい?」

 

「それは言わないでくださいよぉ・・・」

 

「ははっ、ごめんよ」

 

直仁は師範代から渡された鍛錬用の竹刀の素振りを終えた。それと同時に大神が現れたのだ。あの喧嘩騒動の後、さくらが森川と恋人同士だというのは全員が納得済みで知っており、大神はすみれと良い感じだというのを森川の伝手で直仁は知っていた。

 

その過程で知ったのが隠れて森川のところへ、すみれは料理修行に来ているのだという事だった。

 

「(最近、すみれさんが料理を振舞ってくれるけど、かなり美味しかったものなぁ)」

 

すみれのレパートリーは洋食が多かったが、高級店の味を再現出来るようになりたいと言っていたそうだ。今までの高飛車な態度は少しずつ改善され、財閥の娘としての気品と優しさを併せ持った淑女になりつつある。

 

『わたくしが高級店の料理の味を再現出来れば、皆様も楽しめるでしょう?』

 

そういって、直仁にだけ試作だというビーフシチューを食べさせてもらえたのは嬉しかった。

 

「あ、そうだ!大神さん。巴里はどうでした?聞いた話だと華撃団があったって」

 

「うん、直仁くんは軽く知っていてもおかしくないな。それじゃ詳しく話そう」

 

それから大神から聞いたのは、巴里創立の中で血塗られた歴史の影があった事、その血を引くのが巴里で戦った怪人であり、巴里華撃団もその祖先たるパリシィの血を引いていた事、最後にはパリシィ達の怨念は浄化され、新しい未来へ旅立っていったという事だった。

 

「パリシィ・・ですか。まるで俺の村正みたいですね」

 

「そういえば直仁くんは影打ではあるけど、村正の所持者だったね。それが何か関係あるのかい?」

 

「似てるなって、思ったんです。村正は対峙した相手と同じ存在になる。大神さんが巴里華撃団の皆さんと一緒に鎮めたパリシィは、パリシィの魂をパリシィの血をもって鎮めた・・・村正と何処か似てません?」

 

「そう言われれば、確かに似ているね」

 

「これから先、ひょっとしたら魔をもって魔を鎮める・・・なんて事になるのかもしれませんね」

 

「・・・・」

 

それから三ヶ月後、直仁は大帝国劇場の前の清掃を頼まれた為、掃除しているときであった。

 

「あの・・・」

 

「ん?ああ、すみません俺ですか?」

 

「はい、大帝国劇場はこちらでよろしいのでしょうか?」

 

「ええ、こちらになりますよ」

 

声をかけてきたその人は喪服のように黒い服を着た女性であった。肌は白く黒髪で日本人のようだが、瞳の色が深緑色であるから察するに海外産まれで海外在住の人なのだろう。

 

「失礼ですが、貴女は?自分は・・・狛江梨直仁と言います」

 

「北大路花火と申します・・・・狛江梨直仁・・・あ、もしかして貴方が大神さんが仰っていた、もう一人の方ですか?」

 

「え、大神さんを知っているんですか?」

 

「はい、そちらの意味で此処を訪ねて来ました」

 

「そうでしたか、大神さんは中にいると思いますので、どうぞ」

 

直仁は花火を帝劇の中へと案内し、待ち合わせにも使われる食堂へと案内する。その途中で話を聞くと、彼女は壮絶な過去と共に強く生きているのだと直仁は感じた。

 

「あの・・何か?」

 

「ああ、いえ・・・強い人だ、と思いまして」

 

「そう考えられるのも、大神さんのおかげです・・・ぽっ」

 

「(大神さん・・・巴里でも発揮してたんですね・・・女性落とし)」

 

直仁は心の中でため息を吐きつつ、食堂へ案内し終えると仕事へ戻ろうとした。

 

「大神さんはあそこに座っているみたいですから。それじゃ、俺はこれで」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえ・・・」

 

直仁は清掃に戻る途中、花火の「大和撫子」の雰囲気にすっかり魅了されていた。

 

「今じゃ、あんな女性・・・少なくなったものなぁ・・・」

 

今の時代、西洋の文化が融合し新しい時代となっている。日本固有の考えを持つ女性は少なくなり、職業婦人という言葉も出てくるくらいだ。だが、それも悪いことばかりでは無いと直仁自身も考えている。逆にあそこまで奥ゆかしい人がいるのだなと関心もしてしまったのも事実であった。

 

 

 

 

 

「それが、巴里華撃団・副隊長・・・北大路花火さんとの出会いだった」

 

「・・・・芯の強い女性、か」

 

「ああ、あの人は大切な人との死別を経験し、人を愛し、自ら強くなってい事を誓った人だったよ」

 

「そんな方が、巴里に居たんですね・・・是非、会ってみたかったです」

 

エリスと天宮は似た想いを抱いていた。戦いを好まず、それでも戦い、そして消滅した巴里華撃団の副隊長である北大路花火。守る為の戦いを知らないエリスにとっては尊敬を、悲しみだけを乗り越え、先へ進む強さを持っている事を天宮はさくらとは違った意味で憧れを抱いた。

 

「当時、惚れかけてたんだよな?」

 

「あの時は俺も若かったというのもあったから・・・ですよ」

 

「気が多かったんですね・・・でも、話を聞いていると異性として気になるだけで告白はしてないですよね?支配人は」

 

森川と誠十郎の言葉に直仁はやれやれと言いたげに苦笑する。直仁は正直に当時の心境を話した。

 

「当時は若気の至りってのあったが・・・大喧嘩の話はしたろ?あれ以降、俺は異性を好きになって良いのか分からなくなっちまったんだよ。いうなれば怖いって事だな」

 

僅かに右腕が震えているのを誠十郎は見抜いていた。彼は普通の男なら経験しないような失恋を経験している。それこそ、告白して玉砕したほうがまだ優しいとも言えるくらいの。

 

「・・・・・」

 

「情けねえ話さ、勝手に惚れて勝手に喧嘩して、挙句にはその惚れた相手の惚気を見る事になっちまった・・・それから降魔大戦が始まって、あの人達が居なくなって10年経った・・・今でも帰ってこれる様に守るってすみれさんと誓い合ってからな」

 

「支配人・・・」

 

「とまぁ・・・関係ねえ話になっちまったな。それが巴里華撃団との出会いの始まりだったって訳だ」

 

直仁は話の流れを戻してしまい、深く話すことはなかった。巴里華撃団の話に移行し、個性的だが強さを秘めた華撃団であり、帝国華撃団と双璧を成すという意味も理解出来た様子だった。

 

「支配人、この後は稽古がありますから帝劇で詳しくお話が聞きたいです!」

 

「アタシも興味あるからぜひ聞かせてくれよ!」

 

「私もよ」

 

「わ、わたしもです!」

 

「あざみも・・・」

 

「わかったよ、ちゃんと話してやるって」

 

昼食が終わり、支払いを直仁が済ませ帝劇の花組は稽古へ戻り、伯林華撃団の面々も戻っていったがエリスだけが最後まで残っていた。

 

「エリス、どうした?隊長なんだからサッサと戻らな・・・っ!?」

 

「・・・・」

 

エリスは何も言わず、正面から堂々と抱きついてきた。今此処に店主である森川も店の奥に居て、二人だけの状態だ。

 

「エ・・・エリス?」

 

「の・・・か・・・?」

 

「?」

 

「私では・・・貴方の隣に居られませんか?」

 

それはエリスからの精一杯の好意の現れだった。直仁が話していた帝国華撃団の真宮寺さくら、巴里華撃団の北大路花火、この二人に対してエリスは嫉妬していた。自分が初めて恋愛感情を抱いた相手に自分を思わせ続ける二人に対して。

 

「エリス・・・お前の気持ちは手を握ってきた瞬間、分かってたんだよ。だけどな、俺は怖いんだ・・・異性を愛することがな。それに今のお前には立場があるだろ?」

 

「それでも・・・私は!」

 

「・・・慌てるなよ、お前は恋を知って・・周りが見えなくなってる。初めてだろうからな、でもな?俺は恋に振り回されている今のお前よりも、凛々しく隊長の責務を全うしているお前の方が好きだぞ」

 

「!!」

 

「いつか、助けてとお前が求めてきたら・・・その時、必ず助けてやるさ。だから、恋を秘めてしっかり隊長を努めろよ。お前は伯林華撃団の隊長だろう?俺も逃げたりはしない。だが、俺はまだ時間が必要な事だけは理解してくれ」

 

「・・・はい」

 

「女を待たせるなんて最低だが、エリス・・・俺はお前の事が嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも、今は秘めておけよ?凛々しく、気高く輝いているお前を見ていたいんだ」

 

「!!!」

 

直仁はエリスを店の外に連れ出すと、帝都ホテルまで送り帝劇へと帰っていった。エリスの手には直仁に手を握られた際に何かを持たされたようで、紙の感触があった。

 

「?(ドラッヘ)の描かれた・・・紙?それにこの紙には霊力が宿っている」

 

それは東洋の龍が描かれた紙であった。それは直仁が霊力を宿す事の出来る紙に自身の霊力を込め、浮かび上がらせたものだ。

 

「直仁から・・私達とは何か霊力の質が違うのを感じた。あれは一体?」

 

紙をしまうと直仁に握られた手をエリスは見つめる。一年前と同じ温もり、やはり手が熱く感じてしまう。

 

「凛々しく、気高く、輝いている・・私か・・・」

 

自然と顔が綻んでしまう。そんな自分を好きと言ってくれた言葉が何よりも嬉しかった。それと同時に自分の立場をしっかり考えるようにと諭されてしまってもいた。

 

「そうだ・・・私は伯林華撃団の隊長だ。基本を忘れるところだったな」

 

だが、恋心を忘れろとは言われなかった。秘めた想いを糧にして先に進めと、そう言われたのが強く耳に残っている。その言葉を忘れずにとエリスは帝都ホテルへと戻っていった。

 

 

 

 

 

「・・・・やはり、此処に」

 

とある建物の屋根の上で一人の女性が帝劇を見つめていた。それだけではなく、視線を移し支配人室で書類整理をしている直仁を見ている。

 

「龍脈の御子・・・・貴方の力も必要です。あの方を呼び戻すためには」

 

仮面をつけた女性は薄く笑みを浮かべると消えてしまった。何かを偵察しに来ただけのようで、手出しはせずに。

 

「・・・・動き出したか」

 

嫌な予感を感じ取っていた直仁はペンを置いて、椅子にもたれかかった。傍には帝国華撃団・巴里華撃団・紐育華撃団、それぞれが写っている写真が写真立てに入って置かれていた。

 

「俺も命を懸けるに値する大切な人が出来そうです・・・大神さん、大河くん・・・」

 

今は会話する事の出来ない二人の男を思い返しつつ、壁に掛けてある刀・・・光刀無形を手にし刀身を見るために鞘から少しだけ引き抜いた。その刀身は手入れがされており、今も光を反射している。

 

「・・・・光刀無形、もし・・・力を借りる時が来たら、俺の悲願を達成させてくれ」

 

直仁は刀身を鞘に収め、再び壁に掛けた。これから起こる戦いに覚悟を決めるようにして。




巴里華撃団・副隊長が来たお話でした。

次回は例の仮面を着けたあの女性が出ます。


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第十六話 暗雲

今回は新サクラ大戦としての時間が動きます。

仮面の女と直仁の出会い。


あれから一ヶ月、歌劇団としての稽古を続けていき、本番の公演が始まった。誠十郎は直仁にモギリとしての技能を叩き込まれ、更には直仁自身がモギリの見本を見せていた。

 

「いらっしゃいませ、ようこそ帝劇へ」

 

「いらっしゃいませ、今宵は生まれ変わった帝劇の公演をお楽しみください」

 

誠十郎の接客も直仁の真似をしているものだが、板についており笑顔が自然と出来ている。

 

「しっかし、帝劇も落ちぶれたもんだよな」

 

「ああ、10年前のスタァ達が一斉に居なくなっちまったんだもの。ファンとしては悲しいやな」

 

「あの頃の帝劇スタァは輝いていたもんな。今の女優達は素人の子供が演技を演っているようで観れたもんじゃねえ」

 

「ほんと、ほんと。成長してくれれば良いけどなぁ。ま、今回も崩れオチを観させてもらうか、ハハハ!」

 

「アナスタシアさんは素敵ですけど・・・ねぇ?」

 

「ええ、他の女優さんには輝きがありませんわ。素敵なのはやはり10年前の・・・」

 

直仁の耳に観客の陰口が入る。だが、怒る事は出来ない。実際に観客の言っている事は事実であり、自分も次世代の花組に対して言った事だからだ。そんな中、誠十郎も陰口が耳に入り悔しさを押し殺して肩を震わせていた。

 

直仁はそんな誠十郎へ近づくと肩を叩き、無言で首を横に振った。これは仕方のない事なのだと言いたげに。

 

誠十郎も直仁の考えを理解していた。自分も出来る限り稽古への協力は惜しまなかった。それでも、天宮達が馬鹿にされていると思うと悔しく感じてしまうのだ。

 

客入りはそこそこ入っている中で一人、顔見知りがチケットを渡してきた。それは「オアシス」の店主である森川であった。

 

「よう」

 

「森川さん!?」

 

「誠十郎か?なんだ・・モギリを継いだのかよ?」

 

「い、いえ!支配・・・ゴホン、直仁さんから教わってやっているだけです」

 

「そうか、アイツも前は大神と並ぶモギリだったもんな。今日は次世代の花組の公演って聞いてな。店を早めに閉めて来たんだ。最前列で観させてもらうぜ」

 

「はい」

 

会話していると、館内放送が入り公園が始まるというアナウンスが流れた。

 

『只今より、本日の公演[シンデレラ]を開演致します。心ゆくまでお楽しみください』

 

 

 

 

 

 

演目が始まり、劇場は満員とまではいかないが、かなりの客が入っている。今は天宮が演ずるシンデレラが掃除をしており、初穂、クラリス、あざみが演ずる義母と義姉達がいびるシーンだ。

 

『まだ掃除は終わらないの!?』

 

『は、はい。申し訳ございません!お義母様・・・!』

 

『本当に鈍臭いんだから・・!』

 

『掃除なんて早く終わらせておきなさいよ!』

 

『私達は今夜、お城で行われるパーティに行くから、お前は留守番をしていなさい』

 

『はい・・・お義母様』

 

迫真とも言える演技に、観客達は動揺しつつも見入っていた。今までの花組の演技とはあきらか違う、舞台を壊すのを目撃するために来た観客達も驚いていた。

 

そう、まるで10年前。帝国歌劇団のトップスタァ真宮寺さくらがデビューした時のような舞台だと長年、帝劇を観てきているファンは思った。

 

そして最大の見せ場、男役と娘役の歌だ。この時の為に天宮も厳しい発声練習をこなしてきたのだから。

 

[推奨BGM サクラ大戦TVより{シンデレラ}]

 

『昨日の恋は~忘れましょう♫あれは魔法の時~間♪』

 

『昨日の恋を~思い出して~♫あれは魔法の時~間♪』

 

その歌声に益々、観客達は引き込まれていく。まるでシンデレラと王子様の想いを伝え合っている姿が目に浮かぶようだ。かつての帝国歌劇団が見せてくれた夢の続きのように。

 

『このガラスの靴に~♪』

 

『色づく街に~♪』

 

『足を入れて~ごらん♫』

 

『胸がときめく~♬』

 

男役と娘役が手をつなぎ合い、思いを一つにする。誰もが知っている物語であるはずなのに、以前の帝国歌劇団も演じた演目であるはずなのに現在の花組、天宮のシンデレラは観客を完璧に引きつけていた。

 

『『いつまでも~変わらずに~♬初めての夜を~抱きしめていよう~♪』』

 

『『二人の~夢のような~魔法の時~間♪』』

 

クライマックスが終わり、幕が下りていく。それと同時に盛大な拍手が観客席から嵐のように起こった。中には信じられないものを見たのかのように放けている観客もいる。

 

当然、舞台は昼の部と夜の部に分かれている。以前は余りに余っていた夜の部のチケットを買い求める客が殺到したのは言うまでもない。

 

無論、全て完売となってしまった。昼の部を見終わった観客達がそれぞれ感想を口にしながら帰路に着いたり、ブロマイドを購入したりしている。特に主演を務めた天宮とアナスタシアのブロマイドは在庫切れになってしまう程の売れ行きだった。

 

そんな中、二人の男が帝劇の食堂の奥で話し込んでいた。言わずと知れた直仁と森川の二人だ。

 

「見違える程に成長したな・・・特に天宮の奴は。ま、まだまだアイツ等には及ばねえが」

 

「これでもかなり苦労したんだよ。基礎から叩き直しだったからな」

 

この席は蒸気で動く換気扇が付けられた、いわば喫煙者用の席だ。森川は煙草を取り出し、火を着けようとしたがその前に直仁が火が着いたマッチを持っており、森川の煙草に火を点け、マッチの火を消し処分した。

 

「俺から見てもアイツはトップスタァになれる素質はあるが、まだ肩に力が入ってやがるな」

 

「自然な演技だけは経験しかないからな。今回のような舞台の場数を踏ませれば身に付くさ」

 

森川は紫煙を吐き出すと同時に雰囲気が変わり、話の内容を変えて来た。直仁は切り替えのために敬語になる。

 

「俺を此処に呼び止めたって事は・・・アレがでたのか?」

 

「ええ、間違いなく上級降魔です。今は偵察ですが狙ってくるのは恐らく」

 

「帝剣・・だろ?」

 

「さすがに分かってましたか」

 

「当たり前だ。知った上で俺もすみれに協力している、その理由はわかってんだろ?」

 

「無論です、貴方に任せると俺は言いましたからね。あの人の事を」

 

森川は煙草をもみ消し、仕事の話題に入る二人。直仁は降魔が発生するポイントを森川に探ってもらっては潰してきていたのだが、今回は上級降魔が出てきたとあって、具体的なポイントや今の花組の行動を知りたいと頼んだのだ。

 

「コイツが調査結果だ」

 

「拝見しますよ・・・こ、これは!」

 

「心苦しいだろうが・・・そういうこった。どうする?」

 

「・・・・・アイツが流していたとは。これだと黒幕の中の黒幕である向こうにも流されていますね。獅子身中の虫とはよく言ったものです」

 

「お前がバラすか?」

 

「いえ、今バラした所でシラを切られるのがオチでしょう。泳がせておいて自ら白状させなきゃ意味がない。それに歌劇団の方が纏まってきてるのに、この崩壊要素を入れたら今までの事が全てパアです」

 

「確かにな。白状してきた方が被害は少ない」

 

「この件は俺の胸に閉まっておきます。破棄はそちらで任せますよ」

 

「ああ」

 

森川は調査結果を手にし、帝劇を後にした。その後の夜の部の公演も大盛況であった。

 

「おいおい・・・こりゃあ、帝劇復活か!?」

 

「今までの演技が嘘みてぇだったな、あの時の雰囲気そのものだったぜ」

 

「天宮さくらさん・・・子供っぽいと思っていましたのに、あんなに美しい演技をなさるなんて」

 

「ええ、他の方々も役そのものになっていましたね。まるで10年前の帝劇を思い出しますわ」

 

「アナスタシアさん・・・やっぱりカッコイイ」

 

観客達はそれぞれが感想を言い合いながら帰路に着いていく。ブロマイドも完売し、今までで最も観客動員数が多かった事は間違いない。それを見た直仁は頷き、支配人室に戻ると壁に掛けてある光刀無形を手にし、帝劇からコッソリ出かけて行った。

 

 

 

 

 

向かった先は寛永寺であった、そこに発生した黒い霧を光刀無形で斬り祓ったと同時に直仁は背後に居る相手に話しかける。

 

「まどろっこしい真似しやがって・・・俺を呼ぶなら直接呼べや」

 

「フフッ・・・流石は龍脈の御子、気付いていましたか」

 

光刀無形を鞘に収め、直仁は振り返って声の主と対峙した。仮面をつけた女らしき人物のようだが人間ではないと霊力が教えてくれている。

 

「お前何者だ?」

 

「夜叉・・とだけ名乗っておきましょう」

 

「その声でか・・・」

 

直仁は自身の霊力を集中させ、光刀無形に収束させる。開放せずに相手の出方を見るためだ。だが、夜叉の妖力が高まり、それが刀に収束されていく。

 

「破邪剣征・・・」

 

「!まさか!?それなら・・・!破邪剣征・・・!」

 

「「桜花放神!!」」

 

刀身を抜いて放出される黒く染まりかけた桜色の妖力と、逆手居合い抜きで光刀無形から放出された蒼い霊気がぶつかり合い、両者が相殺されてしまった。

 

「この技を使いますか・・・・意外でした」

 

「お前みたいな上級降魔が、その技を使えるとはな?」

 

「だったらどうしますか?」

 

「その仮面を叩き切って・・・正体を教えてもらう!」

 

直仁は村正ではなく、光刀無形を使って夜叉と剣撃をし始めた。夜叉の剣に直仁は奇妙な懐かしさを覚えていた。

 

「北辰一刀流・・・どこまで俺を小馬鹿にしやがる!夜叉!!」

 

「・・・・」

 

しばらく刃を合わせていたが夜叉は直仁の剣を避けて距離を取ると、寺の屋根に飛び乗った。

 

「また会いましょう・・・龍脈の御子、いえ・・・直仁さん(・・・・)

 

「!!!」

 

そう言い残し、夜叉は居なくなってしまった。光刀無形を鞘に収め、混乱する頭を振るい、木の近くに行くとそれを一発殴った。

 

「いや・・そんな筈がねえ、あってたまるか!あの人は・・・さくらさんはあっちにいる筈だ!!」

 

直仁は必死になって否定する。だが、夜叉の声は紛れもなくかつての想い人であった真宮寺さくら、その人のものだった。

 

「厄介な事になりそうだ・・・・・この事は森川さんには・・・無理か、あの人には全て筒抜けだから意味がねえな」

 

ぼやきながら直仁は寛永寺から大帝国劇場へと帰宅していくのだった。




はい、夜叉との邂逅です。

まだ、帝劇が襲われる前の時に出会ってます。

次回は・・・どうしよう。


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第十七話 巴里の貴婦人

直仁がとある貴婦人と話す。

夜叉とさくらの違いを見抜き、正体を推察する。


※夜叉の正体については作者である私自身の考察と推察、予想が入っています。


翌日、直仁は地下司令室にいた。簡単な調べ物をするためと皆には言ってあるが実際はデータの調査だ。

 

「やはり・・・手順データが閲覧されている。アイツ・・・」

 

だが、責める事は出来ない。今ここで責めればアイツは確実に天宮達を傷つけるだろう。

 

「どうすりゃいいんだ?そういえば、キネマトロンの技術がここにあるって言ってたな。少し繋げてみるか」

 

何気なくモードをキネマトロンに切り替え、手動でダイヤルを合わせる。隊員達や誠十郎、店の番号などは知っているためにそこへは通信しない。そんな中・・・。

 

「ん?この番号・・・反応してるぞ?一体どこだ?」

 

何気なく合わせた番号「13410」に合わせ、コールする。すると同時に驚くべき事が起こった。

 

「一体誰だい?こっちは夜の6時だよ」

 

「え・・・もしかして貴女はグラン・マさん!?」

 

「ん?アンタ・・・もしかして、ムッシュ・狛江梨かい?ムッシュ・大神と並ぶ男がトーキョーにいるとは聞いていたけどね。まさかこんな形で話をする機会があるとはね・・・少し待っておくれ、大きい画面にするから」

 

大画面に表示されたグラン・マの顔はどこか憔悴しており、気丈に振舞ってはいるが疲れが見え隠れしていた。

 

「ムッシュ達が居なくなって10年。アンタとマドモアゼル・すみれには感謝しかないよ。あの子達も封印されているままだしね」

 

「いえ・・・俺は」

 

「ムッシュの遺志を継いでいるアンタが居るからこそ、アタシはこうして待っていられるのさ。偶然繋がっただけで用件は無いようだけど、こうして話せているのが嬉しいよ。ムッシュ・狛江梨」

 

「・・・・っ」

 

「機会があれば巴里へおいで・・・その時は紳士の教育を・・してあげる・・よ」

 

どうやら電波状況が悪くなってきているようだ。声が途切れてきており、ノイズも入ってきている。

 

「グラン・マさん!」

 

「いい・・か・・い?決して・・・バカ・・な事、かんがえるん・・じゃ・・ない・・よ?ムッ・・・シュの・・・意志・・は・・アンタ・・の・・中・・に」

 

グラン・マとの通信が途絶えてしまった。元々、東京から巴里へという超長距離だ、繋がったのが奇跡と言えるだろう。端末の電源を切り、直仁は作戦指令室を後にする。

 

「っ・・・情報を整理しに行こう。大神さん達の意思は俺の中に・・・か」

 

直仁は支配人室に戻り、夜叉との出来事を整理し始めた。どうしても夜叉が言った言葉の中に違和感あって引っかかっていたのだ。

 

「アイツは・・・俺もあの技を放った時、こう言っていたな」

 

『この技を使いますか・・・・意外でした』

 

「おかしい・・・仮に夜叉の正体がさくらさんだとしたら、俺にあの技を見せた事は知っているはず、なのに・・・「意外」という言葉が出てくるなんて」

 

直仁の疑念はまさにそこだった。あの時に夜叉が放ってきた破邪剣征・桜花放神を体験入隊時に「見取った」事のある直仁は型は違えど、同じ破邪剣征・桜花放神で相殺した。

 

「仮に洗脳されて忘れているとしても、意外だなんて言葉が出てくるか?来ないよな・・・身体で覚えているはずだ、必ず何処かに変化があったはず」

 

顎に手を添え、紙に重要な事をメモしつつ、考察する。そこで一つの結論が浮かんでくるがすぐに否定した。

 

「反魂の術はありえない・・・死んでいる訳じゃないからな。だとしたら・・・あ!いけねえ・・・ん?」

 

小さい紙を落としてしまい、それを拾い上げた瞬間に直仁の中である一つの考えが浮かんだ。

 

「まさか・・・式神か?いや、もしも・・・仮にだ。さくらさんの髪か何かの一部を何者かが手に入れて、それを媒体に式神として夜叉を作ったとしたら?さくらさんの一部を媒介にしているのなら、北辰一刀流も破邪剣征・桜花放神を放てた理由もつく・・・そして声が似ている事も・・・」

 

だが、これはあくまでも直仁自身の推察に過ぎず、証拠もない。式神だったとしたら倒した時に媒介が出てくる。もし、本物だとしたら殺す事になってしまう。

 

「確率は半々・・・だが、俺の勘がアイツは、夜叉はさくらさんじゃないと言ってる」

 

告白は出来ずとも片思いをした相手、その自分の中にある想いが偽物であると訴えかけている。

 

「・・・・俺は俺の中のさくらさんを信じる!」

 

 

 

 

 

同じ頃、森川自身も情報を得ていた。封印された自分の恋人を取り戻す、その目的を果たそうとせんがために。

 

「夜叉・・・か、さくらと同じ声を持ち、同じ剣術、同じ技を持つ上級降魔か」

 

森川は笑っていたが瞳の奥にある輝きは怒りに溢れていた。書類をテーブルに投げつけ、体制を直す。

 

「えらく俺の女を侮辱してくれるじゃねえか・・・降魔さんよ」

 

握り拳を作り、怒りに満ちたオーラが周りを震わせている。自分の女の偽物を作り出された、恋人としてこれ程の屈辱があるだろうか?直仁からもさくらに関しては気持ちを託されている。降魔がした事は大喧嘩をしたとはいえ、さくらに対するケジメをつけてくれた直仁に対しても侮辱である事にほかならない。

 

「偽物なら、それでいい・・・本物なら、俺が引導を渡してやるよ・・さくら」

 

祈りの所作を行い、観音が森川の後ろに現れる。攻撃する意思はないあくまでも己の意思を鎮めるするためだ。滾った己の心を鎮めなければ意味はない。

 

「・・・・直仁、お前の意見も聞かせてもらうぜ」

 

直仁は服を着替えると店の仕込みを手早く終わらせ、大帝国劇場へ向かうべく店を出た。

 

 

 

 

大帝国劇場、支配人室。そこへ集まったのは直仁、森川、そしてすみれの三人だった。

 

「さくらさんの偽物!?」

 

「はい、夜叉と名乗る上級降魔でした」

 

「その件は俺も耳に入れてる。仮面を被った女・・・だったよな?」

 

「ええ」

 

直仁が敬語になっているこの時は仕事兼重要な事を話す場面でのみ、切り替えを行った時だけの状態だ。

 

「確かに、皆さんは『二都作戦』において『幻都』に封印されていますわ。ですが・・・」

 

「すみれさん、あれはさくらさんではありません。絶対に!」

 

「なぜそんな事が言い切れる?」

 

直仁の言葉に森川が疑問をぶつける。だが、直仁は確信に近い何かを得ているかのようで反論する。

 

「すみれさん、俺が体験入隊していた時期に、すみれさんから薙刀の稽古を付けて頂いていた時を思い出してください、俺がすみれさんの動きを模倣した時を」

 

「!確か、貴方は「見取り稽古」に関して並外れて優れていましたわね」

 

すみれはハッとしたような表情を一瞬した後、まさかという表情になる。

 

「もしや、直仁さん!貴方はさくらさんの技を!?」

 

「はい、「見せて」もらいました。夜叉と俺・・・お互いの同じ技が相殺した時、夜叉は気になる言葉を言っていたんです」

 

「気になる言葉?」

 

「『この技を使いますか・・・・意外でした』と・・・俺は帰った後、しばらく考えておかしいと思ったんです」

 

「どういう事ですの?」

 

「さくらさんは俺に自分から技を見せていた事を知っているはずです。ですが、夜叉は知っている様子がなかった・・・この意味が解りますか?」

 

「!待って、それじゃあ」

 

「なら・・・夜叉が使うさくらの剣術や奴の声に関してはどう説明する気だ?」

 

割り込むようにして森川が更に疑問をぶつけてきた。彼の疑問は最もだ、直仁は呼吸を落ち着けると今度は森川の目を見て話し始めた。

 

「これはあくまでも、俺の推察に過ぎないという事を念頭に置いて聞いて下さい。恐らく夜叉は、何者かが降魔の力で作り出した式神の可能性が高いです」

 

「式神だと!?」

 

「はい、さくらさんの身体の一部・・・理想としては髪ですね。呪術の書物によると女性の髪は呪力の源とも言われています。ましてや、さくらさんは霊力が高く、破邪の血統を受け継ぐ家系・・・式神として呼ぶならこれ以上にないものです」

 

「ですが、さくらさんは今『幻都』に封印され・・・まさか?」

 

「そうです。降魔大戦以前・・・もしくはその時に髪の毛一本でも手に入れられるチャンスは幾らでもあった」

 

「なるほど・・・な、確かにありうる。媒介がさくらの身体の一部だとするのなら、声も剣の腕も納得できる」

 

直仁の推察にすみれと森川の二人も説得力があると感じていた。証拠は無いにしても、あの真宮寺さくらが降魔に屈服する事などありえないと強く信じている。

 

「だからこそ、夜叉はさくらさんではありません。ですがこの事は花組には伏せておいて欲しいんです」

 

「どうしてですの?」

 

「アイツ等への試練ですよ、特に憧れている天宮にとって身内の敵や憧れを抱いた相手との戦い、アイツ等にはまだまだ戦いで起こる厳しさを知りません、だからこそ鍛える機会なんです。あやめさんの時のように・・・」

 

「!そうですわね・・・・」

 

「・・・・」

 

直仁は自分の手を見つめる。体験入隊が終わった後、士官学校に在籍中に非常収集として帝国華撃団に呼ばれた際、あやめが敵である葵叉丹の手に落ち、大神に自分を託した銃で自分を撃てと言った際、撃てなかった大神に代わって自分が撃った事を思い返したのだ。

 

「アイツ等には厳しいかもしれませんが、強くなって欲しいんです・・・」

 

「次世代の礎・・・本当によくやってくれていますわね」

 

「優しさゆえの厳しさ・・か、嫌いじゃねえぜ。それじゃ、意見交換も手がかりも得られたし、俺は店に帰るぜ」

 

「ええ、また」

 

森川は店へと帰っていった。すみれも立ち上がり、帰宅の準備をする。

 

「わたくしも一度、戻りますわ。資金面の話し合いがありますので」

 

「いつでも帰ってきてください。そちらの仕事が落ち着いたら、支配人の席をおかえしします」

 

「ええ」

 

すみれも帰宅していった後、足音が聞こえなくなったと同時に直仁は咳き込んだ。

 

「ゴホッ!ゴホッ!少し・・・早くねえか?だが、まだ喰われる訳にはいかない・・・アイツ等を育て上げ、歌劇団としても華撃団の方も次世代に託すためにも・・・それに」

 

直仁の中でエリスの微笑む姿が浮かぶ。不器用だが凛々しく、気高く、輝く彼女の姿が。

 

戦乙女(エリス)を残して泣かせたら・・・俺がシグルドみたくなっちまうよ」

 

そんな独り言を呟きながら、直仁は花組の待つ舞台へと向かっていった。




今回はゲスト的な意味でグラン・マを登場させました。ですが、10年も自分の娘達に等しい巴里華撃団が居なくなっている事を鑑みると憔悴してるのではと思いつつ、直仁に大神さん達の意志は生きていると認識させる役になってもらいました。

夜叉については本当に考察と推察に過ぎません。

直仁にもすみれさんと同じ状態になる時期が迫っています。まだまだ先の話ですが。


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第十八話 中欧より来たる花

公演後の稽古の軽いアクシデント

話せなかった以前の二つの華撃団が揃った経緯を話す。

隊長として、必要な心得を説く。


シンデレラの公演が終わった後、次の公演をどうするか悩んでいる中、直仁は花組へ基礎指導を行っていた。基本をキッチリ固めておく事でどんな役にも対応できるからだ。そんな中、小さなアクシデントが起こってしまった。

 

「あうっ!?」

 

「どうしたの!?初穂!?」

 

「初穂?いきなり倒れこむなんて」

 

「初穂さん!」

 

「初穂?」

 

天宮を始めとするメンバー達が初穂の周りへ集まる。彼女はいきなり倒れこむようにして蹲ってしまったのだ。

 

「どうした?初穂!」

 

「し、支配人・・・あ、足が!」

 

「練習を一旦ストップだ!天宮とクラリスは氷のうを作って持ってきてくれ!」

 

「「はい!」」

 

「他の皆は初穂が横になれるように準備してくれ!」

 

「「「はい!」」」

 

「支配人・・・ごめん、練習が」

 

「良いから横になって痛い方の足を見せてみろ」

 

「うう・・・わかった」

 

アナスタシア、あざみ、誠十郎の三人が簡易だが横になれるようにタオルなどを敷いてくれた。直仁は痛がっている左足を看ている。

 

「コイツは・・・肉離れか?初穂、お前・・・足の柔軟体操しなかったな?」

 

「う・・・」

 

「バカ野郎、練習前にはキチンと柔軟体操しておけって言っただろうが・・!」

 

「いや・・・それは」

 

肉離れに対する処置を直仁自身が行う。あくまでも応急治療の為に効果は薄いがやっておいたほうが多少はマシになる。

 

「あ痛っったたたたた!!!」

 

「我慢しろ、少しはマシになる」

 

「支配人!」

 

「氷のうを持ってきました!」

 

「ああ、ありがとうな。近くに置いといてくれ」

 

持ってきた氷のうを二人は直仁の近くに置き、直仁は初穂が痛がっていた部分を氷のうを使って冷やし始めた。

 

「う・・・・」

 

「待てよ、それなら他のメンバーが注意するはずだな。柔軟体操を忘れたとは思えねえ・・・そうか、お前・・・巫女舞の練習と俺の指導が重なって足に限界が来てたんだな!?」

 

「ごめんなさい・・・」

 

「謝る事はねえよ。けどな?無茶すんなって言ったろ、練習も大切だが自分の身体の方がもっと大切だ、今回は軽い肉離れだったから良かったが、下手したら舞台ができなくなる可能性のケガだって有り得たんだぞ?」

 

「はい・・・」

 

「まぁ、今日は動きの稽古は出来なくとも滑舌とかは出来るだろ?軽い稽古にしておけ。それと、練習は足が良くなるまで軽くする事、良いな?」

 

「わかった・・・」

 

「気を落とすなよ、お前ならすぐに復帰できるさ。霊力治療は極力控えねえと使った奴が疲れが出るからな、悪い」

 

その後の稽古は初穂を除いた、全員が基礎指導を受け初穂は直仁が直々に指導し、発声などの指導を行った。幸いにも歩けないという訳ではなかったので、キチンと休めばすぐに復帰できるだろう。

 

 

 

 

その後、初穂が「オアシス」の料理を食べたいとの事で直仁は全員を連れて行くことにしたのだが・・・。

 

「これは一体・・・どういった状況だ?」

 

なんと日本に滞在していた伯林華撃団の面々まで着いて来てしまったのだ。どうやら隊長達だけズルいと言われてしまったそうで、大帝国劇場に行こうとした矢先にバッタリ出会ってしまい、連れて行くことになってしまった。

 

「申し訳ない・・・皆の勢いに負けて」

 

「いや・・・別に構いはしないが・・・ん?」

 

よく見るとエリスの唇には薄らと紅が引かれていた。恐らく直仁とのデートでプレゼントされた物を引いた物なのだろう。

 

「エリス・・・綺麗だ。紅、使ってくれたんだな」

 

「あ・・・」

 

小声だったが直仁は、エリスの変化を見逃していない事を伝えたのだ。エリスからすれば紅を引くなど勇気を振り絞った変化だったのだろうが、それに想い人が気づいてくれた事こそが何よりも嬉しかった。

 

「・・・・//」

 

エリスは直仁から視線を逸らし、歩こうとするが直仁の後ろで歩いているので花組にはバレバレだ。それを見ているマルガレーテは直仁を睨み続けている。

 

 

 

 

 

 

「オアシス」へ入ると森川は驚いた様子でこちらを見た。無理もない、帝国華撃団・花組のメンバーと伯林華撃団のメンバー全員が入ってきたのだから。

 

「おいおい、今日は大人数だな?」

 

「仕方ないだろ・・・バッタリであって卑下にする訳にはいかなかったんだからさ」

 

「そりゃあ、そうだな。で?今日は?」

 

「オススメで頼む」

 

「あいよ」

 

森川は料理の支度に入り、直仁は指定席に近い状態になっているカウンターに座る。右隣にはエリス、左には誠十郎が座る。

 

「支配人、以前のお話の続きを聞かせてくれませんか?」

 

「あ?」

 

「帝国華撃団と巴里華撃団、一同が揃った話です」

 

「そのことか、エリスも聞きたいのか?」

 

「はい」

 

「はぁ・・・仕方ねえな。本当は酒を交えて話したかったんだが、それだと誠十郎しか無理だからな」

 

帝国華撃団と巴里華撃団という双璧をなす二つの華撃団が集まった経緯、その言葉を聞いた途端に全員が耳を傾ける。

 

「あれは、帝都が・・・いや、帝劇がある銀座で最大規模の大災害と言っていい程の出来事が背景にあったんだよ」

 

「なんです?それは」

 

「黄金蒸気事件だ。聞いた事ぐらいはあるだろう?」

 

「え、銀座全体・・・いや、帝都そのものである蒸気機関が暴走して起こった、帝都最大の大事件の事ですよね!?たしか、戦艦ミカサが」

 

「そうだ、あの大久保長安が引き起こした事件。その事件で帝都・巴里・・・二つの華撃団が揃う事になったのさ」

 

誠十郎や花組は驚いているものの、森川は黙って料理しており伯林華撃団の面々は首を傾げている。この事件は降魔大戦よりも少し前に起こった事件だ。その事件は日本でしか記録にない、ましてや世界中の華撃団が発足されたのは降魔大戦以降だ。伯林華撃団や次世代の花組が知らないのも無理はない。だが、記録には残っているため、文献を調べれば出てくるがそんなモノ好きはいないだろう。

 

「黄金の蒸気は内部に侵入されたら光武の蒸気機関を停止させる代物でな?光武二式がそいつにやられた矢先だった」

 

 

 

 

 

 

「ダメだ!動かない!!」

 

「くそぉ・・・黄金の蒸気に対して村正の影響がマイナスに働いて、侵食が速すぎて光武が・・・!」

 

第二の敵、ハクシキが放った黄金の蒸気が帝国華撃団、参戦していた巴里華撃団・副隊長である花火の光武F2の動きが止められてしまったのだ。逆に黄金の蒸気が動力となっている蒸鬼達は活性化し、攻撃を仕掛けてくる。花火の光武F2は黄金の蒸気に対するフィルターが搭載されているが、そのフィルターによる浄化さえ追いつかない程の濃度に達している。

 

「大神さん、諦めるのはまだ早いです!」

 

「!」

 

「大神さんには・・・私達が、巴里華撃団がいるじゃないですか・・・!」

 

「パ、巴里華撃団?みんなは今・・・巴里にいるんだぞ?」

 

「大神さんが命令して下されば、みんなは何処へでも出撃します!それが巴里華撃団なのです!!」

 

「あ、ありえない。巴里と帝都までどのぐらい離れて・・・おわっ!」

 

直仁は現実的な視点で不可能だということを考えていた。だが、大神は大声で命令を下した。

 

「巴里華撃団、出撃せよ!!目標、帝都!帝国華撃団のサポートだ!」

 

 

 

 

 

 

 

その命令は副隊長である花火の光武F2を通じて、遠く巴里にまで届けられた。そして、巴里では隊長である大神の命令を確認していた。

 

「大神隊長の出撃命令を確認!!」

 

「リボルバーカノン、セットアップ!」

 

異国、巴里の名所である凱旋門。そこに巴里華撃団の支部があった。凱旋門が変形し、巨大なリボルバー式拳銃のような巨大なユニットが現れる。角度調整及び弾道計算をしているのは巴里華撃団司令グラン・マの秘書であり、シャノワールの司会の二人組であるメル・レゾンとシー・カプリスの二人だ。

 

「発射準備!」

 

「ブースターユニット、準備完了!」

 

「弾頭弾、装填!!」

 

銃弾を模した射出カプセルが装填されると同時に、銃身に当たるユニットが接続され完全な形となる。

 

「照準セット!目標、大帝国劇場!」

 

「「ウイ!オーナー!!」」

 

「照準、補正!各部限界、超えます!」

 

「照準セット、完了!」

 

「リボルバーカノン、発射!!」

 

グラン・マがトリガーを引き、射出カプセルが銃弾を打ち出すかのように4発のカプセルが空へ向かって放たれた。祈るような仕草をしているシーにメルが肩に手を優しく置いた。

 

「ああ、やってくれるさ。巴里華撃団の力、見せておやり!」

 

射出されたユニットは僅かに大気圏を超え、マザーユニットから切り離された四つのカプセルが日本へと落下していく。太陽を背に四つの物体が着地した。

 

「あ、あれは!?」

 

直仁が驚きながら目撃したのは花火と同じ光武F2だが、隊員に合わせてカスタマイズが施されており、天使の羽根を模したユニットを持ち、ガトリングを装備した赤色の機体、バイキングのような突撃斧と盾を装備した海を思わせる青の機体、更には手品師をイメージさせるバトンと華やかなサーモンピンク色の機体、そして凶悪なシザーハンズとシャークペイントを施された深緑の機体であった。

 

「「「「巴里華撃団、参上!!」」」」

 

「あれが・・・異国、巴里の窮地を救ったとされる第二の華撃団、巴里華撃団なのか!」

 

直仁は初めて見る巴里華撃団の勇姿に目を奪われていた。青の機体はハクシキに攻撃を仕掛け、牽制しており赤色の機体は天使の羽根を模したユニットの推進力で飛行し、ガトリングガンを蒸鬼に撃ち込み、倒していく。

 

「ほら、しっかりしてイチロー、どこも怪我してない?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ。後はこの蒸気さえ・・・なんとかできれば」

 

サーモンピンクの機体は大神の光武二式を支えており、直仁自身も刀を支えに立ち上がろうとしているが踏ん張りが利かない状態だ。

 

「立ち・・・上がれねえ」

 

その目の前に立ったのは赤色の光武F2であった。その背中は神々しく映る。

 

「大神さん達に、ひどい事をしましたね。あなた達の事は決して許しません!!」

 

その瞬間、赤色の光武F2からの輝きが強くなっていく。光武だけでは隠しきれない程の霊力の輝きだ。

 

「この地に遣わされし、加護の天使よ・・!御姿を、此処に!光、あれ!!」

 

聖書にも記されていそうな言葉が紡がれた瞬間、黄金の蒸気に囚われていた帝国華撃団の光武二式が光に包まれた。

 

「天使の・・・輝き?うっ・・・!?地脈の龍の侵食が・・・止まった!?」

 

赤色の光武F2、その後ろに天使の姿が見えたような気がした直仁は、かつて目撃した大天使ミカエルを思い浮かべた。それと同時に直仁に巣食っていた地脈の龍の侵食が止まったのだ。今まで何をしても止められなかった侵食が止まった事に直仁は驚きと喜びが同時に起こっていた。

 

「貴方も大丈夫ですか?」

 

「え、ええ・・・貴女は?」

 

「エリカ・フォンティーヌです。もしかして、貴方は狛江梨直仁さんですか?」

 

「!どうして俺の名前を!?」

 

「大神さんから聞いていたんです!大神さんが頼もしい後輩さんトーキョーに居るって話していましたので!」

 

「あ、ああ・・そうでしたか・・・。大神さん・・・・!」

 

「す、すまない。直仁くん」

 

エリカのテンションに直仁は若干引き気味であったが、大神の巴里華撃団に対する紹介に少しだけ膨れた様子で怒った。最も心から怒っている訳ではなく、エリカのテンションについていけず、混乱しているからだ。

 

「でも、感謝します!これで動ける。皆さん、退いてください!アレを使います!!」

 

「!帝国華撃団・巴里華撃団の皆、下がるんだ!」

 

大神からの指示に帝国華撃団の花組は何かを察したように下がり、巴里華撃団の花組は予想外の言葉に混乱しつつも下がった。

 

「神に合っては神を斬り、魔物に合っては魔物を斬る!鏡反相殺斬、五行色・土龍!大地烈破!」

 

直仁は地面に村正の力を分け与えられたダマスカスの太刀を突き刺し、地脈を活性化させた。その影響は蒸鬼達に及び、黄金の蒸気を活性化された地脈の霊力によって伝達していく流れを弱体化させたのだ。退くように注意したのはこれが原因だ。この力はかつて天武を使用していた帝国華撃団の面々なら理解できていた。

 

これは余剰回復と同じで、健康的な肉体を更に回復させていくとどうなるか?答えは治るのではなく、崩壊へと繋がる。光武もそれと同じで地脈という膨大なエネルギーを活性化した状態で受ければ、崩壊し搭乗者もろとも壊してしまう。蒸鬼が僅かに動けるのは体内に蓄積された黄金の蒸気が制御剤になっている為であろう。

 

「よし、巴里華撃団は蒸鬼の殲滅を!帝国華撃団は魔装機兵を倒すぞ!」

 

「「「了解!!!!!」」」

 

大神の号令で一つに纏まった二つの華撃団は敵を殲滅する為に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「それが、二つの華撃団が初めて協力した戦いだった・・・」

 

「すごいとしか言えないですね・・・・」

 

「うむ・・・」

 

次世代の花組、そして伯林華撃団の面々は二つの華撃団の共闘が凄まじい事を話しだけでも感じていた。

 

「それだけの激戦だったって事だ・・・・それとな、隊長である2人に聞きたい」

 

「なんでしょうか?」

 

「?」

 

「お前らは隊長って責務をどんな風に考えている?」

 

直仁は真剣な声色で誠十郎とエリスに訪ねた。二人はしばらく思考し誠十郎から答えた。

 

「隊長は部下を指揮する立場であり、責任を持つべき責務だと思います」

 

「優等生だな。エリスは?」

 

「わたしも殆ど変わりませんが、隊長とは部下を導いていく人間ではないかと」

 

「軍人としては正解だな。だが、二人共・・・華撃団としての隊長の答えではなかったな」

 

直仁の言葉に二人は納得いかないといった様子だが、直仁は落ち着けと言った後、軽くお茶を飲んだ。

 

「華撃団は確かに守るべき街や人を守る任務が重要だ。だがな?それと同時に守る街を愛し、歌劇団としての生活を愛し、命を軽んじない人間こそが華撃団の隊長に相応しい人間なんだよ。華撃団は戦力があっても軍隊じゃねえからな・・・」

 

「命を・・・軽んじない?」

 

「そうだ、命を懸ける覚悟はしても良い。だが、本当に命を失って守ったものなんか意味がねえんだよ。残された奴はその命を背負って生きていかなきゃならない・・・それはどんな拷問よりも拷問だ、死ぬ訳にもいかず、ただただ背負っていかなきゃならない・・・悲しみに暮れる暇もなくな」

 

「・・・・」

 

直仁の雰囲気が悲しみに変わる。それは、すみれが「幻都」の話をした時の顔と似ていた。直仁は唯一と言える前・帝国華撃団の生き残りであり、華撃団として戦える立場にある人間でもある。だからこそ、誰よりも残された側の人間の気持ちが分かるのだ。

 

「誠十郎、エリス・・・華撃団隊長なら決して命を捨てようと思うな、捨てさせようなんて考えるな。そして、着いて来てくれる隊員を駒だなんて考えるな。そんな考えに至ったら俺がぶん殴ってでも止めさせてやる。それが華撃団隊長の心得であり信念だ」

 

二人は黙って頷いた。戦いをこなせても軍隊ではない、命を軽んじる華撃団は無くなってしまえという意味にも取れる言葉を二人は心の内にしっかりと刻み込むのであった。




巴里華撃団との共闘の話でした。直仁はこの話の回想で出てくるまで巴里華撃団との面識はありません。黄金蒸気事件で初めて出会いました。

直仁が最も恐れている事が伝われば良いと思って隊長の心得を説きました。

彼が最も恐れ、怒るのは「命を捨てる事を強要したり、自ら捧げようとする」事です。

次回は巴里華撃団の一人、回想ですが誇り高い貴族のあの人に決闘を挑まれます。

「大神隊長が太陽であるならば、直仁は月」という言葉の真実を確かめるためです。


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第十九話 貴族の誇りと侍の魂

決闘と納得する青い貴族


※この話の投稿を持って結婚ネタのアンケートを締め切ります。エリスとの結婚ネタは書きます!


しばらくして、直仁は巴里華撃団に対してもう一つの話をした。それは貴族として誇り高く、使命を重んじる相手との邂逅、そして直仁はそんな相手に挑まれた原因となった言葉を教える。

 

「大神さんが居た時、誠十郎はすみれさんから聞いていると思うが、俺はかつて帝国華撃団で『大神隊長が太陽ならば、狛江梨は月』と言われていた」

 

「聞いた事があります。二人が並んだ姿は正に龍虎並び立つと称される程であったとか」

 

「・・・」

 

「そこまで大げさなモンじゃねえよ。大神さんは二刀使い、俺はその援護に回っていただけさ」

 

水を飲んで喉を潤し、話を続ける前にもう一度水を注いで準備をする。これは話が長くなるという合図だ。

 

「さっき話した黄金蒸気の驚異を一時的に退けた後、巴里華撃団の一人であるグリシーヌ・ブルーメールさんに決闘を挑まれてな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金蒸気の驚異を退けた帝国華撃団、巴里華撃団の面々はそれぞれが思うように時間を過ごしていた。そんな中、直仁は地下室にある鍛錬室で一人、日課となった特殊竹刀による素振りをしていた。中庭は巴里華撃団の面々が使っているためだ。

 

彼は上半身を生身の状態で素振りを行っており、全身が汗だくだ。だが、その鍛え抜かれた肉体は若々しさと相まって野性的な色気を醸し出している。

 

「ふぅ・・・・汗を流さないとな」

 

直仁はそのまま汗を軽く拭い、シャワーを浴びて着替えると地下から1階へ上がり、通廊を歩いていると大神が青い服を着た金髪の美女に何やら言われていた。

 

「グ、グリシーヌ!確かに彼は優秀だけど、それはモノの例えであって」

 

「隊長!良いからあの者を出せ!実力を見極めねば私の気が済まぬのだ!!」

 

「あの、何かあったのですか?」

 

直仁の声に反応した二人がこちらへ振り向く、丁度良いと言った表情で金髪の女性は歩み寄ってきた。

 

「貴公が太陽と称される隊長と共に並ぶ月と称される、狛江梨直仁に相違ないか?」

 

「え?月かどうかは知りませんが、確かに俺が狛江梨直仁ですよ」

 

「丁度良い、貴公に決闘を申し込む!」

 

「はい?」

 

グリシーヌと呼ばれていた女性に対し、気の抜けた返事をしてしまったが、却ってそれが挑戦的だと受け取られてしまったようだ。

 

「準備もあるであろう。10分後に中庭へ来い!ただし、一番得意な物で来るのだぞ!手加減など許さぬ!!」

 

「?????」

 

状況が飲み込めない直仁に対し、大神が謝るような形で声をかけてきた。本当に申し訳なさそうで直仁自身も謝りそうになってしまう。

 

「すまない、直仁くん。彼女がどうしても実力を見極めたいと言って聞かなくて」

 

「いえ、それは構いませんけど・・・・良いんですかね?相手しても」

 

「え、それはどういう・・・あっ!」

 

「思い出したようですね、大神さん」

 

そう、直仁の恐ろしい所は相手の動きを「見取る」という点だ。見取り稽古と呼ばれる稽古があるように、その見取りによって、直仁は武芸の動きを荒削りながらも自分の物にしてしまうという事を大神は思い出したのだ。

 

「うーん、大丈夫だとは思うけどなぁ・・・」

 

「流石に村正は使えないので、別の刀を持ってきますよ。鍛錬用を親方に作ってもらいましたから」

 

そう言って直仁は師範から渡されていた剣術用の道着に着替え、約束の時間に中庭へと趣いた。決闘を一目見ようと巴里華撃団、帝国華撃団のメンバー達も集まっている。

 

「約束通りきたか、む?その姿はなんだ?」

 

「日本の決闘用の格好って言えばいいですかね」

 

「ほう?国は違えど決闘の心得を弁えているではないか」

 

「先に言っておきますが、俺は大神さんのように優しくはありませんよ」

 

「それで良い、遠慮せずに来るがよい!」

 

「是非も無し・・!お相手仕る!!」

 

「勝負!!」

 

グリシーヌは戦斧を取り出し構え、直仁は刀を抜かず居合抜きの構えを取った。グリシーヌは馬鹿にされていると一瞬考えが過ぎったが、直仁の目つきでそれが誤りであると気付く、踏み込もうにも踏み込めないのだ。どんなに攻撃するイメージをしても彼の間合いに入った瞬間に一撃で斬られる、そんな光景が頭の中に浮かぶほど直仁の居合の構えは威圧感があるのだ。

 

「あれは動けないね・・・下手に動けば、あの直仁って奴の剣で斬られる」

 

ロベリアは直仁の間合いを見抜いた上で語った。大神以外の帝国華撃団のメンバー達は直仁を黙って見守っており、巴里華撃団のメンバー達はそれぞれが会話しながら見ていた。

 

「グリシーヌさん、動きませんね」

 

「動かないんじゃなくて、動けないんだよエリカ。ロベリアが言ってたじゃないか」

 

「確かに直仁さんから、静かなようで山のような力強さがあります・・・」

 

それに対し、帝国華撃団・花組のうち武術や銃撃を修めているメンバーは直仁の判断を冷静に見ている。

 

「居合の構え、確かにあれは正解ですね・・・」

 

「間合いは確かにグリシーヌが上だ。だが・・・懐に入る速さは直仁が上だな」

 

「薙刀であれば打ち合いに持ち込むでしょうけど・・・相手は居合いの構えです。これは下手に打ち込めませんわ」

 

「どちらも先に動くと不利なのは変わらない、忍耐の勝負ね・・・」

 

 

 

 

 

グリシーヌは直仁と対峙した瞬間、彼の実力が高い位置にあるというのは予測できていた。だが・・・。

 

「(この私が・・・打ち込めぬ!だが、引く訳にはいかぬ)たあああ!」

 

戦斧を手に走りだし、刀の斬り付けてくる方向から攻撃したのだ。すぐに攻撃の意味を察した直仁は上体を後ろへ逸らし、攻撃を避け改めて鞘に収めていた刀の刀身を抜いた。

 

「Épées japonaises(日本刀)・・・隊長と同じ武器か」

 

「型は違いますがね・・・居合いは使いませんよ。今度は行きます」

 

柳生新陰流を学んだ直仁は開祖である柳生但馬守宗矩が得意とした攻撃の型、それに対応する防御の型を身に付けている。直仁の性格上、得意とするのは防御の型だ。後の先を読み、制する戦い方。だが敢えて、直仁は攻撃の型の構えをとった。左手を峰に触れるようにして構えるとそのまま滑らせ、両腕を広げ大振りの唐竹の構えを取る。

 

「お?直仁の奴、今回は攻めに行く気か?」

 

「見物ですわね・・・いつもは柳のように受け流す戦いをする彼が攻めに転じたらどうなるか」

 

直仁の唐竹は振り下ろしが早く、グリシーヌは何とか戦斧で受け止めたが、嫌な予感が自分の中でよぎり、すぐ弾き返した後に戦斧の刃を見た。

 

「!(私の戦斧にヒビが!)」

 

「・・・・」

 

直仁の目は正に剣鬼そのもの、鬼であると同時に修羅でもあった。刀は所詮、生き物を殺す道具になってしまう。剣は抜かずに済めば無事太平、と言われるように直仁は刀を振り回す事などはしない。だが、敵であったり、勝負であったり、必ず戦わねばならなくなった時のみ刀を抜くのだ。

 

「これが、隊長と並び立ち・・・月に例えられたそなたの実力か。だが・・・まだ終わってはおらぬ!!」

 

「・・・・仕方ありませんね。その斧、壊れても知りませんよ」

 

普段は優しい直仁だが、刀を握った時のみ修羅へと変わる。それが例え模擬であったとしても、刀を握っている以上は扱いに厳しく、敵を冷酷に排除する修羅へと変わらなければ刀を持つ資格はないと、自ら戒めているからだ。

 

「今度はこちらからだ・・・!」

 

直仁は走りだし唐竹、袈裟斬り、逆袈裟を連続して撃ち込んでくる。これこそが龍の三爪を模した斬撃による連続攻撃『龍爪』である。

 

「ぐ、くうぅ!一撃一撃が・・重い!」

 

「受けているばかりでは勝てませんよ」

 

直仁の言う通り、グリシーヌは受けているばかりだ。だが、それを押し返すように薙ぎ払った。

 

「ぐっ!はぁ!はぁ!・・・はぁ!!はぁ!!」

 

「私を侮るな!!」

 

グリシーヌが優勢に立っているように見えるが、直仁の呼吸が荒い。それを不振に思ったのがカンナであった。

 

「直仁の呼吸が荒い・・・。自分が思っている以上の力が出てんのか?」

 

「はぁ・・はぁ・・・。・・・・」

 

呼吸が整った直仁がゆっくりと目を開く。その目に帝国華撃団の武術経験者や戦争を経験しているマリアに戦慄が走った。まるで、何かが変わったようなという思いを抱かずにはいられない。

 

「っ・・・なんだ?この威圧感は?」

 

「・・・行きます」

 

刀を両手で持ち、左薙を繰り出しグリシーヌは受けようとした瞬間、右切上に切り替えてきたのだ。

 

「!うっ!」

 

最初の斬撃を受けようとした瞬間、別の斬撃が出てくる。まるで腕が四本あるかのように。それをグリシーヌは経験してきた戦闘の観察眼と鍛錬による反応で直仁の刀を弾き、戦斧を振り下ろした。

 

「貰った!!」

 

「!」

 

誰もがグリシーヌの勝ちを思った瞬間、それは起きた。バシイイン!と鉄を叩いたような音が響き渡ったのだ。直仁がグリシーヌの戦斧の刃を両手で挟み込んで押し込むのを止めたのだ。

 

「し・・・真剣、白刃取り・・!?」

 

「おお・・・!やるじゃねえか」

 

「あれが、日本の剣術において見切りの最高峰の一つと言われる技の一つ!」

 

「直仁さんは、そこにたどり着いていたと言うのですの!?」

 

「活動写真でしか見た事のない技を・・・この目で見るなんて初めてや・・・」

 

「・・・今のちい兄ちゃん、怖いよ」

 

帝国華撃団のメンバーは驚きを隠せず、巴里華撃団のメンバー達も口が開きっぱなしの状態だ。あのロベリアでさえ、驚きを表情に出している。いつもは明るく驚くエリカでさえ静かだ。

 

「グリシーヌさんの一撃を・・・素手で止めちゃうなんて・・・」

 

「すごい・・・ナオトはあんな事まで出来るんだ・・・イチローとは違った強さだって聞いてたけど」

 

「おいおい、アレが出来て。帝国華撃団の連中よりも弱いだって?笑えないジョークだよ・・・」

 

「日本の本の物語でしか出てこない技・・・確かに見させて頂き、ありがとうございます・・・」

 

戦っている二人はそのままの体制で会話し始めた。直仁からは呼吸を整えた時に出ていた威圧感がなくなっている。

 

「貴公が初めてだ・・・私の一撃を素手で止めるなど・・・」

 

「偶然・・ですよ。間が合ったから止められたんです」

 

直仁は手を離すと弾かれた刀を拾いに行き、それを拾い上げ刀身を鞘に収め大神に近づいていく。手にした刀を大神に手渡して。

 

「大神さん、説明してあげてください」

 

「お、俺が!?」

 

「大神さんの言葉なら聞くと思いますから・・・それじゃ」

 

「直仁くん・・・ん、この刀?これは・・・・」

 

大神は直仁から受け取った刀から感じる違和感を感じ取り、鞘から少しだけ刀身を抜くと刃部分に触れ、違和感に気づいた。刀を鞘へ収めると同時に巴里華撃団と帝国華撃団のメンバー達が大神の近くへとくる。

 

「隊長・・・あの決闘は、私が負けたのであろうか?」

 

「いや、結果を見ればグリシーヌの勝ちだよ。でも・・・」

 

「なんだ?何かあるのか?」

 

「さくらくん、直仁くんが使っていた刀を見てもらえるかい?」

 

「あ、あたしがですか!?分かりました」

 

大神の頼みを聞いたさくらは直仁が大神に預けた刀を受け取り、刀身を見る為に鞘から引き抜いた。

 

「あら?この刀・・・何か違和感が?もしや・・・」

 

さくらは違和感から軽く刀の刃に指を滑らせた後、自分の指を見た。本来なら指に切り傷があるはずだが、それがない。

 

「!大神さん、これ・・・」

 

「ああ、模造刀だよ」

 

「模造刀・・・だと?」

 

グリシーヌは疑問をぶつけ、大神はすぐに答える。だが、彼女の誇りを傷つけないように注意もしていた。

 

「鍛錬用の斬れない刀だよ。でも、刀と寸分狂わず重さ、形状すら違わないから、斬れるように処理されていないだけだね」

 

「なんだと!?では、あの者は私に対して手加減したというのか!?」

 

「それは違う!直仁くんはグリシーヌを傷をつけたくなかったんだよ」

 

「何故だ!?」

 

「それは、君が舞台に立つ人間だからじゃないかな?」

 

「!」

 

舞台に立つ人間、そう大神に言われてグリシーヌはハッとした。大神は直仁に巴里華撃団も形は違えど、舞台に立っているのだと教えた事を伝えた。もしも直仁が斬れる刀を使い、グリシーヌの顔などに傷をつけていたら、彼女は舞台に二度と立てなくなってしまう。顔は女優の命とも言われるのだから・・・。それに気がついたグリシーヌは怒りよりも関心といった感情が出てきていた。

 

「彼は・・・隊長とは違った在り方のサムライなのだな。だが、その志は隊長と全く変わっておらぬ」

 

「そうだね、俺も彼から学ぶ事は多いよ。グリシーヌ、手合わせして気が済んだかい?」

 

「隊長が太陽であるならば、あの者が月と言われている理由が少しだけ理解できたかも知れぬ・・・」

 

グリシーヌは髪を少しだけかきあげ、照れくさそうにしている。巴里華撃団の他のメンバー達も直仁が大神と並び称されるという実力を知って、質問攻めになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「そこから広がりまくって、帝劇に龍虎並び立つなんて言われちまったんだよ」

 

「それ・・・支配人自身が原因ですよね?真剣白刃取りなんて普通、やりませんよ」

 

「それは・・ごもっともだな」

 

直仁は誠十郎からの指摘を苦笑しながら受け入れていた。そんな中、エリスが新たな疑問をぶつけてきた。

 

「直仁・・支配人は帝国華撃団として・・・黄金蒸気以前の戦いで戦わなかったのですか?」

 

「・・・・エリス、悪いな・・その話は今、出来ねえんだ」

 

「?何故です?」

 

「辛すぎてな・・・話せる機会があれば話してやるよ」

 

直仁は黄金蒸気事件や黒鬼会、サンダーボルト作戦以前の驚異、すなわち悪魔王サタンとの戦いに関しては決して口を割らなかった。今は話せる状態ではないと、はぐらかし続けている。

 

その後、食事を済ませ伯林華撃団も滞在期間が延長されるという話を本人達から聞いた。どうやら戦闘稼働データを集めろとの事らしい。

 

「(いよいよ、尻尾の先端を出してきやがったな・・・黒い狼ども)」




はい、ここまでです。

グリシーヌに直仁は結果的に負けていますが、グリシーヌ本人からすれば別の意味で敗北したと考えてしまっているでしょう。


次回は誠十郎の悩みを直仁が聞きます、男同士の話し合いです。

※結婚ネタはエリス以外にお求めでしたら誰が良いか、活動報告のコメントにてお願いします。

新しいアンケートもやりますのでお願いします!


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第二十話 花組隊長としての悩み

男同士の会話

誠十郎が直仁から軽い稽古をつけてもらう


二日後の夜、誠十郎は夜の見回りを早めに終わらせ、支配人室に来ていた。そのドアをノックすると返事が返ってくる。

 

「誰だ?」

 

「神山です。中に入ってもよろしいでしょうか?」

 

「おう、入りな」

 

「失礼します」

 

直仁は自ら書類を見ており、あと三枚で終わるくらいのタイミングだったようだ。これで、鍛錬を欠かしていないのだから凄いと誠十郎はいつも思う。

 

「少し待ってくれ、この書類に印鑑を押せば終わりだからよ」

 

「はい」

 

直仁は書類に印を押し、束を整えるとファイルに閉じ、整理を終えて一息吐いた。長時間、集中していたのだろう直仁は目を少しマッサージするかのように目を軽く揉んでいる。

 

「それで、どうした?こんな時間に珍しいじゃねえか」

 

「はい、実は・・・支配人に剣でお相手して頂きたくて」

 

「?稽古は自分でやってんだろ?」

 

「はい、ですが・・・一度、支配人に手合わせをして欲しいんです」

 

「本気か?」

 

「本気です」

 

誠十郎の目は本気だ、直仁は少し目を閉じると決意を固めたように立ち上がった。

 

「少し待ってろ。準備してくる・・・場所は中庭でいいな?」

 

「はい、分かりました」

 

それから15分後。直仁は剣術用の和装姿で現れ、二本の刀を持って誠十郎と共に中庭へと向かった。外は夜の為、空は真っ暗だが満月であった為に充分過ぎる程の明るさがある。

 

「受け取れ、コイツは鍛錬用の模造刀だ。だが、重さや形なども本物と変わらねえ・・・実戦形式で行くからな」

 

「!ええ、構いません」

 

「推して参る・・・!」

 

直仁から受け取った模造刀は、確かに本物と変わらない重量を持ち、扱いが変わる事はないと感じる。直仁も活動写真などで観た事のある侍のように、刀を脇に差すと刀を鞘から抜いて構えを取った。左手を峰に触れるようにして構えるとそのまま滑らせ、刀を横向きにする。これは直仁が得意とする防御の型の構えだ。

 

誠十郎も渡された刀を抜き、構えを取る。二人は動かずに相手が踏み込んでくるのを待っているが、誠十郎は全身から汗が少しずつ出てきていた。

 

「っ・・威圧感が、半端じゃない・・・これが、直仁支配人の剣」

 

半端な覚悟で挑んだつもりはない。だが、天宮が真宮寺さくらの演技を見た時のように誠十郎も今の自分と直仁との間にまだまだ、大きな壁があり天と地ほどの差があると実感してしまった。

 

「・・・・・」

 

「っ・・・・」

 

木の葉が一枚、地面に落ちた瞬間に二人はほぼ同時に走りだし、剣を合わせた。鍔迫り合いを起こし互いに押し合う。

 

「・・・・ふ」

 

「っ・・・!(重い・・!)」

 

お互いに刃を弾き離れ、構え直し再び静寂の時間が訪れる。その時間が誠十郎にとって重圧となる時間であった。

 

「良い剣だ。だが・・昔の俺のように素直すぎる」

 

「え?」

 

「少し戦い方を変えるぞ・・・」

 

瞬間、直仁が構えたまま、しばらく目を閉じ・・深呼吸する。そして目を開いた、それは話に聞いていた剣鬼の目になった直仁の姿であった。

 

「!さっきまでと・・まるで雰囲気が違う!?」

 

「誠十郎・・・ある剣術の古い本に『剣は抜かずに済めば無事太平・・・抜いたからには打と意地を以て、立ち塞がる敵を倒せ』という言葉がある。剣は抜かず居ればそれが一番だが、抜いたなら必ず勝てという意味だ・・それと特別にお前へ修羅を見せてやる。お前が堕ちない様にな・・・良いか?神経を研ぎ澄ませろ、一瞬も油断するな・・・瞬きさえしないつもりでいろ」

 

直仁の警告に一瞬だけ驚くが次の瞬間、直仁から唐竹の一撃が振り下ろされ、誠十郎は咄嗟に受けに回った。それは刹那の一瞬で近づいて来たのではと思えてしまう程であった。

 

「は・・速い!?ぐっ!?」

 

「言ったはずだぞ?修羅を見せると・・・」

 

直仁は一瞬だけ離れると唐竹、袈裟斬り、逆袈裟を連続で打ち込み、更には逆風までも繰り出してきた。誠十郎はその全てを受け返すが、斬撃の一つ一つが重く速い。無慈悲かつ冷酷な斬撃に誠十郎は恐怖に侵食されていく。唐竹で反撃を試みるが柳の枝の如く受け流され、間合いを開かれてしまった。

 

「・・・っ!」

 

「・・・」

 

直仁からの左横薙ぎを受け止めるが、誠十郎は身体の震えが止まらない。これが剣の道の一つである修羅という存在、誠十郎にとって初めてであり未知の相手だけに歯がカチカチと鳴り始める。それを振り切って次の攻撃に備えた瞬間だった。

 

「・・・!」

 

「うっ・・!」

 

刺突を目の前に繰り出され、誠十郎は受けきれず動きが止まった。その鋒は寸止めされており当たってはいない。誠十郎はその場で座り込んでしまい、直仁は刀を鞘へ収めると手を差し出した。そこには先程まで修羅になっていた直仁はおらず、和装だがいつもの支配人である直仁が居た。

 

「立てるか?誠十郎」

 

「は、はい・・・支配人・・さっきまでのは?」

 

「アレが戦いしか考えない者・・・修羅って奴だ。剣の道に踏み込んだのなら誰もが一度は至る・・。だが、修羅になった時、強い力を持った自分になってはいるが、それと同時に大切なものも失っている」

 

「大切なもの・・・?」

 

「戦いや傷に疑問を持たなくなるという事だ。それと少しずつ優しさを失う」

 

「!?」

 

「戦う為だけに戦いを求め、己が傷だらけになろうと戦いに疑問を持たなくなっていく・・・そして優しさすら失っていく」

 

直仁は強くなる事自体は悪い事ではない。だが、強さを追い求め続けた先にあるのは修羅の道だという事を伝えていた。

 

「ですが・・・支配人は修羅になっていたのに何故、優しさを失わなかったんですか?」

 

「俺には止めてくれた人達が居たからな、修羅としての自分を受け入れる事ができたんだよ」

 

「・・・・」

 

「誠十郎、修羅になるなとは言えねえ。だがな、何の為に戦うのか?この疑問だけは常に持っておけ。戦う為に戦うと考えた瞬間、簡単に修羅へ堕ちるぞ?俺はお前に堕ちて欲しくはない・・・寧ろ、乗り越えた先に行って欲しいんだよ。お前はまだ白でも黒でもないからな」

 

「支配人・・・」

 

「さて、オアシスにでも行くか」

 

直仁は着替えてくると言って、鍛錬用の模造刀を回収し地下へと向かっていった。その背中を見送った誠十郎は自分の手を見つめる。

 

「俺の中にも・・・修羅が?」

 

グッと手を握り締め、直仁との稽古を思い返す。確かに修羅としての直仁は強かった、だがそれ以上に何かを守ろうとする直仁の方が修羅になった時以上に強いと思えた。

 

「何の為に戦うのか?・・・か」

 

 

 

 

 

 

その後、直仁はオアシスに電話し個室席を取ってくれるよう頼み込んでいた。誠十郎が剣の稽古を自分に申し込んできた時点で何かあると読んだのだ。

 

「じゃあ、頼みますよ」

 

「任せておけ」

 

電話の受話器を置くと誠十郎と共にオアシスへと向かった。直仁は誠十郎の内にある葛藤を聞くために誘ったのだ。

 

「今日は個室部屋なんですね」

 

「此処でなら誰にも聞かれねえからな・・・酒も飯もある。遠慮するなよ」

 

直仁は誠十郎と共にオアシスの個室部屋の席に座り、彼が初めて飲んだ酒である薄いウイスキーのシングル水割りを作ると差し出し、自分はダブルの水割りを作って置いた。直仁は酒に手をつけずに直球で質問する。

 

「誠十郎、お前・・・何か悩んでんのか?」

 

「え?」

 

「俺に稽古を申し込んでくる時点で、何かあったと思うのが当然だろ?」

 

「支配人には叶いませんね・・・」

 

簡単な食事をして、誠十郎は水割りに手を付ける。どうやら酒の力を借りないと話せない事のようだ。誠十郎は水割りを多めにグイッと煽った。

 

「おいおい、飲み慣れてねえのに煽るなよ」

 

「っ・・・支配人は俺が艦長をしていたのは知っていますよね?」

 

「ん?ああ・・確か特務艦、摩利支天だったか?すみれさんから見せてもらった資料にあったな」

 

「ええ・・・俺が沈めたようなものですけどね」

 

「何が言いてえんだ?」

 

誠十郎の煮え切らない態度に直仁は少しだけイラつきが出たが、それはすぐに収まった。水割りの入ったグラスを持つ誠十郎の手が震えていたからだ。

 

「俺は怖いんです・・・確かに俺は花組隊長を請け負っていますが・・・また、あの時のようになるんじゃないかと」

 

「・・・・それは、摩利支天を沈めたようにアイツ等を死なせてしまうかもしれない、そう言いたいのか?」

 

「・・はい。あの時の俺はただ命令されるまま客船を助けるために向かって・・・それで」

 

「(責任感の強さゆえ・・・か)艦長として船を沈めちまった事を後悔していると・・・」

 

「・・・・・はい」

 

直仁も水割りを軽く飲むと誠十郎を見た。本当に心から後悔しているのだろう、艦長とは船と共にある存在だ、半身を喪った様になった時期もあり、そんな中で帝国華撃団隊長としての辞令を受けたのだろう。

 

「誠十郎・・・確かに軍人としてお前は正しい事をした。だが、今でもあの時の自分を許せない・・・その気持ちも分かるが」

 

「俺の・・・俺の何が解るんですか!?あの時にああすれば、こうすればという後悔ばかりが渦巻いて、そればかりが頭から離れなくて!」

 

「・・・・」

 

直仁は誠十郎の感情的になった姿に、かつての自分を重ねていた。こんな風に自分も米田さんや大神さん、そしてすみれさんに当たり散らしていたのだと思いながら。

 

支配人とは名ばかりで清掃員として自分を戒めているが、現在少しずつ支配人としての仕事をすみれから任されるようになっている。今は代理を勤めている程だが、いつでも返上するつもりはある。

 

だが、それ以上に思うのは人間は誰しも大きな後悔を背負って生きているという事だ。誠十郎が摩利支天の事なら、直仁はすみれと同じ降魔大戦の事だろう。

 

仲間と共にいきたかった・・・だが、運命という名の歯車はそれを許さず、直仁を現世に残した。あの時に光武二式が大破していなければ、自分が先行しなければなどの考えは幾千幾万もした事だ。

 

「気が済んだか?」

 

「え?」

 

「思い切り自分の本音を吐けて、気が済んだかって聞いてんだよ」

 

直仁は怒った様子もなく、ただ誠十郎を真っ直ぐ見ており、そんな彼に直仁は笑いながら話しをする。

 

「本当にお前は、昔の俺にそっくりだな?後悔した事ばかり考えて、周りが見えなくなってやがる」

 

「・・・っ!?」

 

「誠十郎、これは旧・華撃団の李紅蘭さんが言っていた言葉の受け売りなんだけどな?『鉄から生まれたこの子らは人間のように言葉は話せへん、それでも大切なものを守ったり、託すことをしてくれるんや』って言ってたんだ。その言葉は深かった」

 

「そんな事を言った人が旧・華撃団に?」

 

「そうだ、誠十郎。確かに摩利支天は沈んだ・・・。紛れもなく覆せない事実だろう、だが摩利支天は死者を出さなかった上、お前に次へ向かう事を教え。それに何をもたらしてくれた?よく考えてみろ」

 

「摩利支天が俺に・・・もたらしてくれた事・・・」

 

グラスに残っている水割りを見つめながら、誠十郎は考える。摩利支天が物言わぬ鉄であっても、沈んでった特務艦だとしても己にもたらしてくれた事を。

 

「帝国華撃団・・・花組のみんな、上海、倫敦、伯林華撃団の皆や、すみれさん、支配人・・・帝劇にいる人達との出会いをくれました!」

 

「ほらな?少し考えれば分かる事だったろ?後悔なんざ、いくらでもして良いんだよ。そこで立ち止まらずに前へ進めば良い。ただそれだけだ」

 

「支配人・・・」

 

「感動してねえで、今日は美味いメシをたらふく食おうぜ?酒は程々にしてな」

 

「はい!」

 

それからというもの、二人は腹が一杯になるまで食事をした。途中で酒が入った為、帰りには酒に弱かった誠十郎を直仁が肩を貸し、帝劇へ帰宅したのだった。




この話に出てきた「修羅」とは闘争本能の意味で使いました。誰でも持っているものだからこそ堕ち易くあると思うので。

修羅化した直仁は『るろうに剣心』の『人斬り抜刀斎』への立ち戻りをモデルにしています。

とは言っても、ただ威圧感と動体視力が一時的に霊力で上がるだけで無敗無敵ではありません。スピードが早くなるのは古武道の『膝抜き』と呼ばれる足運びによるもので『縮地』は使っていません。

※結婚ネタは此処ではなく、別途で書きます!


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第二十一話 若木の眩しいさくらと封じられた希望のさくら

天宮さくらが意を決して真宮寺さくらに関して二人の男から詳しく聞き出す。

直仁が下町に行った際、一人の男と話をする。


※ちょっとだけ別の会社で作られたゲーム要素が入っています。






その日、直仁は珍しく一人で下町を歩いていた。盆踊りの季節でもなければ祭りの季節もない、ただ下町をぶらつきたかっただけだろう。

 

「ん?」

 

歩いていると不審な箱があった。直仁はそれに近づいて観察するが、視線を逸らすとわずかに動いて後退している。

 

「んん?」

 

更に視線を逸らすと箱が消え、首を傾げていると振り返った瞬間に目的の人物がいた。

 

待たせたな!

 

「何やってんですか?緒方さん」

 

「いやぁ、子供達が傭兵ごっこをやっているらしくてね?そこに出てくる主人公と声が似てるからやってほしいと頼まれちゃって」

 

「子供達相手だと断りきれませんもんね」

 

「さ、入ってくれたまえ」

 

長屋の中に案内され、お茶を出してくれた。彼の名は緒方星也、旧・帝国華撃団の一人で赤い貴族と称され、太陽の娘とも言われたソレッタ・織姫の実父である。

 

「織姫達が居なくなって・・・もう、10年か早いものだね」

 

「・・・すみません」

 

「謝らないでくれ、君を責めるつもりはないよ。織姫が自分で選んだ事だからね」

 

「その、カリーノさんは?」

 

「彼女は気丈に振舞ってはいるが、夜になると泣いているそうだ・・・」

 

「そうでしたか」

 

「直仁くん、君だけが私達にとっての希望なんだ。君が生きていれば彼女達のことを思い出せる」

 

「・・・」

 

「無理難題とは分かっているが、織姫達を解放してくれる事を期待しているよ」

 

「はい・・・」

 

それからは、話し込んだ後。帝劇に帰り日課となっている鍛錬を始めた。何年も続けてきた事もあってか、汗はかくが呼吸の乱れはほとんどない。

 

「はぁ・・はぁ・・・さくらさん達の開放か・・・」

 

星也からの言葉を思い返し直仁は空を見上げる。幻都は今、三華撃団が封印となる事で降魔皇を留めている。そこから解放するという事はまた世界を危機に陥らせる事になってしまう。

 

「でも、解放する事は出来ない。さくらさん達の決意を無駄にしてしまうから」

 

「支配人?」

 

「ん?ああ・・・天宮か。どうした?」

 

「いえ、支配人が空を見上げていたので気になって」

 

「そうか、別に大したことじゃねえさ」

 

「支配人、一度お手合せしてくれませんか?」

 

「?どうした急に?」

 

「支配人の剣は縛られていない無形の型ですよね?その剣を知りたいんです!」

 

「良いだろう。一撃だけ付き合ってやる」

 

直仁は天宮へ木刀を投げ渡し、それを受け取った事を確認すると二刀流の鍛錬をする為に置いてあった木刀を手にした。

 

「天宮、遠慮はいらねえぞ?親の敵や誠十郎を殺した相手だと思ってかかってこい」

 

「・・!はいっ!」

 

「・・・・」

 

「やああああ!」

 

天宮が得意とする唐竹と袈裟斬りを直仁へ打ち込む。だが、直仁はそれを受け刃を滑らし、天宮の左頬付近に当たる寸前で木刀を止めた。

 

「う・・・」

 

「剣も演技も迷ってばかりか?一体、何を抱えてんだ?」

 

木刀を引き、天宮の握っている木刀も回収すると天宮をサロンへ案内し、座らせた。

 

「私、憧れだけで何か出来るって思い込んでしまっていて・・・結局何も出来ていなかった。だから私、真宮寺さくらさんの事を知りたいんです!」

 

「さくらさんの事をか?知ってどうすんだ?さくらさんそのものになりたいのか?」

 

「違います!憧れだからこそ、どのような人か知っておきたいんです!」

 

「おい・・・まさか」

 

「私をオアシスへもう一度連れて行ってください!森川さんにもお話を!」

 

「やっぱりかーーーー!!」

 

直仁の嫌な予感は的中してしまい、天宮を連れて行く事になってしまった。夕飯時に予約し連れて行こうとしたのだが、間の悪い事にエリスと行く道途中でバッタリ遭遇してしまい、彼女も連れて行く事に。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!お?」

 

「お邪魔する」

 

「こんばんは、森川さん!」

 

「こんばんは」

 

「珍しい組み合わせだな?何があった?一応予約は受けてるから安心していいぞ」

 

「森川さん!真宮寺さくらさんについて聞かせてくれませんか!?」

 

「直球すぎだ!落ち着け!」

 

直仁は天宮を座らせ、エリスは変わらず直仁の隣に座る。以前のデートで買った私服を着ている事から本当に外を歩くだけのつもりだったのだろう。

 

「私も知りたい・・・旧華撃団の一人であり、神崎すみれさんからトップスタァを引き継いだ真宮寺さくらさんの事を」

 

「そういう事か。で、どういった事を聞きたいんだ?あいつだって一人の人間だぞ?」

 

「私はトップスタァとしての真宮寺さくらさんを教えて欲しいです」

 

「私は華撃団として戦っていた話を」

 

「そうか。エリスの聞きたいさくらは俺よりも直仁の方が詳しいと思うぞ」

 

「当時の俺は半端な時期に招集されていたんですけどね・・・」

 

「じゃあ、まずは女優としてのさくらの事から話すか。あれは直仁が体験入隊に来る前だな」

 

 

 

 

 

直仁が体験入隊する以前、帝劇では次回の公演の為の練習をに励んでいた。だが、そこで当時帝劇のトップスタァであった神崎すみれとトラブルを起こしてしまう。

 

「さくらさん!何をしているんですの!?その程度の読みでは意味がありませんのよ!」

 

「す、すみません・・!」

 

それは次回公演の主役がさくらに決まった事だった。そこですみれ、マリア、アイリスを含めた四人で稽古していた時だった。

 

「あ、ああっ、はああああ!?」

 

すみれは舞台の床に思い切り顔面を打ち付けてしまった。原因はさくらがすみれの着物の裾を踏んでしまった事であった。

 

「あ、ご・・ごめんなさい」

 

さくらにも悪気はなかったのだが、すみれとしては許せない事だろう。打ち付けた箇所を真っ赤にしながらすみれはさくらへ怒鳴った。

 

「さっくらさん!人の着物の裾を踏みつけるなんて失礼じゃありません事!?」

 

「すみません・・・」

 

「全く、これだから田舎臭い人は嫌ですわ。粗野でお下品で・・・」

 

流石のさくらもすみれからの悪口を許容できる程ではない。すみれが視線を逸らした後ろではさくらの表情がぐぬぬ!といった感じになっている。

 

「さ、もう一度初めから行くわよ・・・」

 

振り付けを行おうとした、すみれの着物の裾をさくらは再び踏みつけた。今度はわざとではなく明らかに怒りを込めての行動だった。それにより、すみれは再び舞台の床に倒れて顔面を打ち付けてしまう。

 

「でえっ!?ぐっ!」

 

「あーら、ごめんあそばせ?」

 

さくらはこっそり舌を出し、すみれは涙目になりながら怒った表情でゆっくりと立ち上がった。

 

「このガキゃ・・・・!さくらさん、口で言って分からない人はこうよ!」

 

「なんの!」

 

二人は同時に平手打ちをしようと振り被り、繰り出そうとしていた。そこへ通りがかった一人の男、森川が急いで二人の間に入り手を掴んで止めた。

 

「(あのバカどもが!)」

 

「貴方は」

 

「森川さん!?」

 

「二人共そこまでです」

 

さくらとすみれの平手打ちは森川によって止められ、不発になったのだった。

 

 

 

 

 

「という事があってな?」

 

「アハハッ!さくらさんとすみれさんってば・・・俺が来る以前から変わってなかったんですね?」

 

「わ・・私の理想の真宮寺さくらさんが・・・」

 

「・・・すみれさんもそんな事があったのだな」

 

森川から聞いた話に対し、腹を抱えて大爆笑している直仁と理想像が音を立てて崩れる天宮、すみれの意外な一面を聞いて一人の人間だったのだと認識できたエリス、三人の反応は異なっていた。

 

笑ってはいたが、直仁の笑いに淋しさがあったのを森川は見逃していなかった。未練はなくなっても再会したいという思いは何処かにあるのだろう。自分に対して直仁は自分が初めて好きなった相手を奪っていった男として映っていただろう。改めて直仁を見ると次世代を育てるという思い、そしてなによりも隣にいる伯林華撃団の隊長であるエリスが直仁の心を癒しているようだ。

 

「だから言ったろ?アイツもトップスタァだったが一人の人間なんだよ。ドジだし、おっちょこちょいだし、嫉妬深い。でもな?それがあって当然なんだよ、人間なんだからな」

 

「森川さん・・・」

 

天宮自身も己で気付くことがあった。自分は憧れと言っていたが、理想を押し付けていただけなんではと。舞台で輝き、かつて自分を助けてくれたあの凛々しさを見た感動を失いたくなくて押し付けていただけだったのではと。

 

「次は華撃団としてのさくらさんだな・・・なら、サンダーボルト作戦時にあった聖魔城での出来事を話すか」

 

しきりに笑った直仁は呼吸を整え、表情を引き締めると話を始めた。戦った魔物の一体である鏡王との激戦について。

 




少し短めですが、ここまでで。

天宮さくらは嫌いなキャラではないのです、むしろ好きな部類なのですが理想を押し付けるクセがあるのではと思っています。

敢えて理想を壊す事で成長の糧になって欲しいと考えています。



※余談ですが、しっかりと龍にまつわる機体ってスパロボの龍虎王くらいしか浮かばなかったんです。乗り換える機体としてですが、しっかりサクラ大戦の世界にアレンジしたいと思います。


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二十二話 それぞれが取り戻したいもの

明るい話題の裏で、降魔が思惑。

夜叉へ情報が漏れる。


サンダーボルト作戦、聖魔城への侵入を開始し最新部へと趣いた。そこには巨大な鏡が置かれており、直仁は不審に思った。

 

「なんだか、怪しい感じの鏡ですね」

 

「直仁さんもそう思いますか?一見、大きな鏡のようですけど、念のため調べてみましょう。直仁さんは此処で待っていて下さい」

 

さくらは鏡を調べるために近づいていく。触ったり見渡してみたりするがなんの変化もない。

 

「一見普通の鏡のようなんですが・・・あっ!?明かりが!直仁さん注意して下さい!!」

 

すると突然、停電したかのようにあたりが真っ暗になった。さくらの注意が響き、直仁はその場から動かなかった。

 

「あ、明かりが点いた。って・・・えええええええ!?さ、さくらさんが二人!?」

 

それは驚くべき光景だろう、なぜなら直仁の目の前には二人のさくらがいるのだから。

 

「な、何!?あたしがもう一人いる!?どういう事!?」

 

「ど、どっちが本物なんだ!?」

 

「嫌だわ、直仁さん。あたしが本物に決まっているじゃないですか」

 

「な、なんですって!?直仁さん!本物はあたしです!分かりますよね!?」

 

「うう・・弱ったぞ・・・あれ?確か、さくらさんって和菓子が好きだったような・・という事は・・・よし!」

 

直仁は何かアイデアが浮かんだらしく、口にする事にした。

 

「あっ!あんな所にヨモギ餅が!!」

 

「えっ!?ヨモギ餅!?どこ!どこ!何処にあるんですか!?」

 

自分の好物があると直仁から言われ、左側の桜色の光武が探すようにキョロキョロしているが、右側の桜色の光武は全く反応を示さなかった。

 

「ヨモギ餅なんて何処にもありませんよ?直仁さん」

 

「ふふ、冗談ですよ。でも、これで分かりましたよ・・・偽者は右の奴!お前だ!!」

 

「な、何を言うんですか。直仁さん、あたしは本物ですよ」

 

偽物と指摘された方は弁解しようとするが、左側にいた桜色の光武が直仁の近くへと戻ってくる。

 

「フフフ、直仁さんに見破られたようですね」

 

「な、なんだと!?」

 

「さくらさんはヨモギ餅が大好物だってお話してくれたのを思い出しましてね。それで興味を持たなかったお前が偽者って訳だ!」

 

「ぐ・・・ふっ・・・ふっふっ!よーくーぞー見破った!」

 

桜色の光武から姿が変わり、巨大な鏡に怨念が取り付いたような不気味な姿に変わった。これが魔神器・鏡を守る上級の魔物である鏡王の真の姿だ。

 

「!!」

 

「おバカだおバカだと思っていたけど、満更、おバカではなかったなーーかったんだねーー」

 

鏡王はまるでニューハーフに近い口調で話してくるが、その煽り方が人間のツボを心得ているようでいらだちを加速させている。

 

「お前は何者!それに魔神器を使って何をしようとしているの!?」

 

「Oh!なーーんて事だ!君達はそんな事も知らないで戦っていたのかい!?やっぱり君達はおバカだね!おバカだね!!おーーおバカだね!!」

 

鏡王の煽りにも動じず、さくらは毅然とした態度で鏡王へ言葉を返した。

 

「バカはお前よ!あたし達、帝国華撃団が居る限りお前たちの野望は全部、叩き潰されるのですから!」

 

「我等、魔物の野望・・・それは、魔界王と共に世界を闇に包み・・・支配する事。なーーんちゃって!なーんちゃって!スゴい!スゴい!スゴい!スゴいでしょう~~~~っ!」

 

「魔界王・・・・」

 

この時に直仁は僅かながら嫌な予感がしていた。魔界王は確かに支配が目的だろう、だが・・・この先、パートナーになってくれた目の前の女性に逢えなくなるのではないかと。

 

「お前達、魔神器を使って魔界王とやらを呼び出そうとしていたのね!」

 

「大当たりーー!おバカちゃんでも其れくらいは解るんだね。ま、そういう訳で魔神器を集めているお前達を生きて返す訳にはいかないのだーーー!」

 

「それはこちらのセリフよ!魔界王の復活なんて絶対にさせないわ!!行きます!直仁さん!」

 

「はい!!」

 

「お前達の死に逝く姿をバッチリ写してやるんだからっ!」

 

鏡王はその名の通り、鏡のように霊気の攻撃を跳ね返す力を持っており、更には雷の力を自在に使いこなしてくる。

 

最も厄介なのはこちらの霊子伝達を妖力で遮り、攻撃力と防御力と共に命中率を下げてくる技を使ってきた事だ。しかし、直仁はこの技が妖力であるものだという事を見切り、バックパックから霊光の盾を装備し、ダマスカスの太刀を手にした。

 

「これでお前達の力も無くなるねーー!」

 

「させるか!!」

 

「え?直仁さん!?」

 

再び妖力を使おうとする鏡王に対し、直仁は霊光の盾を掲げながら、さくらを庇い霊子伝達を遮る妖力を跳ね返した。そう、それはまるで鏡のように。

 

「にゃにぃ~!?妖力を跳ね返してきたぁ!?」

 

「この霊光の盾は、鏡のように磨き上げた装甲へ妖力と霊力を跳ね返すコーティングがされているのさ!さくらさん!今です!!」

 

「ええ!破邪剣征・・・桜花霧翔!!」

 

「ぐぎゃあああ!?ま、まだこの程度でアタシは!」

 

「直仁さん!」

 

さくらが下がると同時に直仁は大きめの砲口を鏡王へ向けていた。直仁の光武は脚部を戦車のキャタピラに変更された光武タンクであり、その特徴は装甲と足場を選ばない機動力にあるが、実はもう一つだけ隠し玉があったのだ。

 

それが光武タンクにのみ搭載可能になった『80mm砲』である。この固定武器の威力はバックパックにある装備とは比べ物にならない火力を出すことが可能、装填数は三発と少ないが今の敵の状態では十分だろう。

 

「俺からの餞別、受け取ってくれよおおおお!!」

 

「だ、弾丸は止めてええええええ!!!」

 

「るせえええええ!」

 

直仁は『80mm砲』に装填されている三発の弾丸のうち一発が命中し、同じ箇所へと残りの二発を撃ち込んだ。更にはバックパックから光武用の銃を取り出し、三発目の弾丸が刺さった場所へ銃口を向けた。

 

「ぐ・・・ぐぐ、お前・・・何を?」

 

「此処は聖魔『城』。敵将の首をとること以外なにがある」

 

直仁は容赦なく弾丸を撃ち込み、鏡王の鏡面部分を破壊した。鏡王は生きていたが、悔しいと喚き散らした後。

 

「でも、まぁいいや・・・・・」

 

そう言い残し、鏡王は消滅した。その後、聖魔城を探索し内部に残っていた民間人を救助、更には魔神器・鏡を回収し、帝劇へと帰還した。

 

 

「サンダーボルト作戦でそういった事もあってな」

 

「あれかぁ、ヨモギ餅作戦・・爆笑してたんだぞ!俺!」

 

「ま、また・・・真宮寺さくらさんの理想像が・・・」

 

「・・・・」

 

男二人は笑いながら話していたが、天宮は机に突っ伏しており、エリスは黙って話を聞いているようだ。そんな和気藹々とさくらが一人の人間であり、旧・帝国華撃団のメンバーたちの話をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

その深夜、仮面の女の夜叉と顔を隠した女性が密会をしていた。手には何かの紙を持っており、それを夜叉に手渡した。

 

「ご苦労様でした、これで帝劇へと入れます」

 

「約束の方は?」

 

「もちろん、守ってあげますよ。ただし、帝剣の所まで案内するまでという条件は付けたはずです」

 

「・・・わかっています」

 

「それでは、また」

 

「・・・っ」

 

女性は道端に転がっていた物を蹴っ飛ばすと、そのまま来た道を引き返し戻っていった。

 

「良いのかい?彼女、もう限界だと思うけど?」

 

「邪仙のアナタに言われたくありませんね。ですが、これで手に入る算段はつきました」

 

「問題は彼だね。朱雀も玄武もこちらに引き入れたが、青龍と白虎は行方知れず我らの目をもってしても見つからない」

 

「龍脈の御子・・・それに輪廻を調整された者。龍脈の御子は御神体がなければ力を発揮できません、問題は」

 

「輪廻の方だろう?あれは厄介だからねえ・・・鬼門遁甲で封じる事はできてもそれだけだよ」

 

「帝剣さえ手に入れば、勝てなくはありません」

 

「そうだね・・・降魔皇さえ甦れば十分さ」

 

それぞれ、姿を消したが邪仙と呼ばれた側は薄く笑っていた。それは自分の好きなものが見つかった時に嬉しくなるときに出る笑みだ。

 

「龍脈の御子のパートナー、伯林華撃団隊長・・・エリス。ああ・・君は良い、実に好みだ。君は僕の下に来るべきだよ」

 

そうつぶやいて、邪仙は姿を消した。そしてプレジデントGも自分が拠点として使用している建物で笑っていた。

 

「もう少し・・・もう少しです。あなた様を開放出来る時は近い!ハハハハ」

 

 

 

 

 

 

 

霊峰・富士山。その地下深くでは龍脈に近い場所で二つの物体らしき何かが蠢いていた。唸り声を上げており、それはまるで何かが接触してくるのを待っているかのようだ。

 

『羅喉星・・・来たれり。羅喉星・・・来たれり』

 

『吾・・・人界を守護する者なり・・』

 

二匹は再び眠りについた、目覚めの時が近いのだろう。静かに時を待ち続ける二匹の姿は龍と虎に酷似していた。




そろそろ、新サクラ大戦の時間を動かそうと思います。

次回はシャオロンと直仁の再会ですが、シャオロンは直仁に対し険悪です。

アンチではなく、かつて刃を向けられた事が強烈に残ってしまっている為です。

次回は龍と竜のぶつかり合いになるかもしれません。

裏表がなくとも悪気は無いにしても大切なものを馬鹿にされると許す事ができない、それが次回の要です。


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第二十三話 青龍の逆鱗に触れたる小竜

今度は男同士のトラブル

大切なものを馬鹿にされ、逆鱗に触れる一言を聞いてしまう。


翌日、降魔の動きがあったと朝に連絡があったが上級降魔に対する警戒を解いておらず、森川からも定期的に連絡が来るため、ある程度は把握している。

 

そんな中、華撃団大戦の日時が近づいている事を誠十郎と直仁は花組メンバーから聞かされていた。

 

「そうか、もうそんな時期か・・・」

 

「はい、今の目標は優勝です!」

 

伯林華撃団の面々は日本に自分達の拠点場所を構えたそうで、そちらで華撃団大戦の準備をすると言っていた。例え、好いた人が居ても手加減しないと言っていたが、愛と試合は別だと答えた時、エリスは笑顔で楽しみにしていると言った。

 

「天宮、優勝は楽じゃねえぞ?」

 

「う・・・わ、わかっていますよ。支配人」

 

「このままじゃ・・・支配人代理としては不安だな。誠十郎!」

 

「は、はい!」

 

「仕事が終わったら中庭へ来い。お前に話があるからな」

 

「分かりました」

 

その後、仕事が終わった誠十郎は約束通り、中庭に来た。そこには以前のように稽古用の道着に着替えた直仁が木刀と鍛錬用の模造刀を用意し、正座で待っていた。気配を感じ、直仁は目を開けて声をかけた。

 

「来たか」

 

「はい、それでお話というのは?」

 

「楽にして良いから正座で座れ」

 

「へ?」

 

「早く座れ・・・!」

 

「は、はい」

 

誠十郎は言われた通り、直仁の対面になるように正座で座った。洋服なので繊維が少しだけ違和感を持たせるが、気を引き締める。直仁は模造刀を一本手に取ると刀身を少しだけ見せ、質問をした。

 

「誠十郎、お前は力をどのような形で極めたい?」

 

「え?」

 

「力ってのは大雑把だが簡単に分けると三種類ある。剛力、神速、鉄壁だ」

 

「・・・・」

 

「圧倒的な力の強さ、何者も追いつけない速さ、そして堅牢な防御だ。お前はどれを極めたい?華撃団大戦に挑むなら今のお前じゃ、初戦で確実に負ける」

 

「!」

 

「確かに雑魚の降魔や霊子戦闘機に乗っている一般隊員相手なら絶対にお前は負けないだろう。だが、今のお前には突出した物がない。簡単に言えば技がないんだよ、相手を確実に仕留める必殺の技がな」

 

「でも、俺には技なんて・・・どうすれば」

 

「俺がお前を鍛えてやる、時間の許す出来る限りな。だが、華撃団大戦まで後三ヶ月程度しかない・・・それならお前が極めたいものを教えるのが一番手っ取り早い。特に自分で最初に直感で選んだものは、お前自身に最も合っているからな。それで、どれを最初に鍛え上げるか、そう言われても迷うだろう、俺がそれぞれ見本の技を見せるから参考にしろ」

 

直仁は太く堅そうな木を地面に固定するように立てると、木刀とは言えないユスの木の太い木の棒を手にし構えた。

 

「これは剛力の技の一つだ。海軍の演習で鹿児島に行った時に覚えた剣術でな、よく見ておけ」

 

「はい・・!」

 

「キィエエエエエイ!チェストォォーー!」

 

猿叫(えんきょう)と呼ばれる叫びと共に直仁が打ち込んだ一撃は立木をいとも簡単に割ってしまった。その威力に誠十郎は思い当たる剣術が一つだけあった。

 

「今のが鹿児島の剣術・・・ま、まさか!?に、二の太刀要らずと言われた。薩摩・示現流!?」

 

「剣をやっているだけあって名前は知っていたか。そう、これは薩摩・示現流だ。これを極めるとどんな堅牢な防御だろうと破れる」

 

「支配人・・・実戦の剣術まで身に付けていたなんて」

 

「次行くぞ?次は速さの技だ。速さと防御は俺自身が生み出したものだという事を念頭に置いてくれ」

 

再び立木を準備するが今度は枝があり葉が生い茂っているものだ。今度は普通の木刀を構え、黙って連撃を打ち込み始めた、その連撃の速さに誠十郎は目を見開く。

 

「しゅうううう・・・・まだ、遅いか」

 

秒数にして約11秒足らずで全ての葉を落としてしまった。鍛錬を続けている直仁でもこの秒数をなかなか縮められていない様子だ。

 

「は・・・速い!」

 

「これが神速だ、これを極めると周りの動きが全て遅く感じるようになる。最後は鉄壁だ。誠十郎、こいつで思いっきり全力で打ち込んでこい!」

 

渡したのは示現流の打ち込みをした時に使った野太い棒だった。だが、それを手にした瞬間、誠十郎はさらに驚愕する。

 

「お、重い!?ただの木の棒のハズなのに!」

 

「そいつは刀と同じくらいの重さと長さだからな」

 

「!?」

 

「さ、そいつで思い切り打ち込んでこい!」

 

「行きます!いやあああああ!!」

 

誠十郎は言われた通り、思い切り全力で唐竹を直仁へ打ち込んだ。だが、直仁の構えた木刀とぶつかった瞬間、誠十郎の手にはまるで鉄を思い切り叩いたような反動と痺れが起こった。

 

「う!ぐううっ!?」

 

「これが鉄壁の防御だ。これを極めると相手のどんな攻撃にも動じなくなり、平常心が保てる。これらはあくまでも俺が覚えている中で最も強いというだけで、強さはそれぞれ違う。さ、どれにするか決まったか?」

 

誠十郎は少し悩んだが、深呼吸して自分を落ち着かせ心で感じたものを口にした。

 

「俺は・・・・速さを極めたいです!」

 

「何故だ?」

 

「剛力は俺の性格には向いていません、かと言って出方を伺うほど防御を待つ事も出来ません。俺はすぐにでも行動出来る速さを極めたい、そう思いました!」

 

「よく言った!なら、速さを追求した稽古をしてやる。俺の先輩でもあり、旧・帝国華撃団司令官だった大神一郎さんの型を俺が覚えているから、二刀流の訓練もできる。だが、その前に一刀で毎日素振りを最低でも1000本だ。1000本こなして息切れが少なくなったら二刀流の稽古をしてやる。覚悟は良いか?」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

この日から直仁からの厳しい剣の修行を誠十郎は受ける事になった。直仁の監視の下、素振りを1000本こなした後、薩摩・示現流の稽古の一つである立木打ちを行う事になっている。稽古はこの二つだけだが、それを素早く行うよう、指導している。立木打ちとは土中に埋めて立てられた堅い木に、離れたところから走り寄って、掛け声と共に右、左と打ち込む稽古だが、これを中庭で行っている。

 

無論、靴など履かせず素足で打ち込んでおり、直仁と同じ道着を着て稽古を行っている。初日はこれを最低でも素振りと同じ1000本打ち込ませている。

 

「はぁはぁ!はぁはぁ!!」

 

「ほら!まだ後、200本残ってんぞ!!休むな!!素早く、打ち込め!」

 

「は、はい!はあああ・・・!」

 

残りの200本を終えると同時に誠十郎は大の字になって倒れてしまう。稽古を終えると直仁は手を差し出し、起こすと肩を貸した。

 

「キツいか?」

 

「はぁ・・はぁ・・はい・・・でも、泣き言は言いません・・・俺だって強くなりたいです・・から」

 

「ふ・・・先ずはその身体に今の稽古が、日常生活と同じくらいになるまで続けるからな?その後に二刀流の稽古をしてやる」

 

「はい・・・!」

 

誠十郎自身も海軍士官学校出身だけあって、根性はあったようで僅か一ヶ月で二刀流の稽古を付けてもらう段階まで登ってきたのだ。直仁は大神一郎の型を使い、誠十郎に稽古を着けている。

 

「でええええい!」

 

「甘い!」

 

右手の獲物で受け流し、直仁は誠十郎に左手の獲物で逆風を繰り出し、誠十郎を退かせた。瞬間、砂時計が落ち切り、蒸気の噴射される音が聞こえ出す。それが稽古終了の合図であった。

 

「はぁ・・は・・ありがとうございました!」

 

「ああ、良い意味でまさか・・・一ヶ月たらずで此処まで登ってくるとは思わなかったぞ」

 

「危ない時もありましたけどね」

 

「ん?修羅の事か。お前、簡単に飲まれそうになっていたものな?」

 

「はは・・面目ないです。さくらと初穂が止めてくれなかったら、どうなっていたか」

 

「だから言ったろ?修羅は誰でも成り易いってな・・・近くに居てくれる人間のありがたみってやつが分かっただろ?」

 

「ええ、感謝しないと・・ですね」

 

そう、誠十郎は稽古を続けていた中で己の中の修羅を目覚めさせてしまったのだ。誠十郎の中の修羅は冷酷無比、能面のように表情が動かず、ただ淡々と敵を倒し続ける機械のようであった。直仁は誠十郎の攻撃を全て受け返していたが、表情が無いという点が非常に厄介であった。表情が無いという事は剣気も殺気も無いという事である。それは先読みさせ無いという事だ。更には速さを極めようとしている為に、動きがさらに加速しているように相手は感じる事になる。偶然にも天宮と初穂が中庭に来て、直仁に刃を突き立てようとした寸前に大声で呼びかけられ、己を取り戻すことができたのだ。

 

「速さを極めようとしている状態で、表情を欠落させる修羅になりやがって・・・正直危なかったわ」

 

「すみません・・・」

 

「謝んな。その修羅を自分の中に落とし込めば、お前の剣は誰も見切れなくなる。その域を目指せ!」

 

「!はい・・!」

 

誠十郎は直仁からの激励に対して、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

そして翌日、何やらサロンで言い争いに近い事が起こっていたようだ。そこへ偶然、直仁が通りかかると次世代の帝国華撃団と上海華撃団の二人が言い合いをしていた。近づいて来る人物が見覚えのある人物であったシャオロンは僅かに表情に怒りが篭っている。

 

「お前・・・あの時の!」

 

「ん?ああ・・・上海華撃団の隊長か」

 

「そうだ。まさか本当に帝国華撃団に居たとはな」

 

「あの時に嘘偽りなく話していただろう?」

 

シャオロンから漏れる怒気とそれを受け流し続ける直仁。二人の言葉の探り合いに言い合いをしていたユイと天宮も思わず、二人の方を見ていた。

 

「どうかな?確かに過去は凄かったようだが、今はどうだ?防衛すら出来ない程に落ちぶれてるじゃねえか」

 

シャオロンとしては今の帝国華撃団の現実を口にしただけだろう。天宮もそれを受け止めており、俯いてしまっていた。

 

「あ?お前今・・・なんて言った?」

 

「再建なんて夢なんか見てねえで、帝国華撃団はさっさと解散したほうが良いんじゃないかって言ったんだよ」

 

「・・・ほう?一丁前な口を聞くじゃねえか・・・青臭いガキが・・!!」

 

あれから直仁も精神的に成長しており、すぐに刀を抜く事は無くなったが、旧・帝国華撃団や帝劇を馬鹿にされて怒りを露にする事だけは抑えきれなかったようだ。今の直仁は本気で怒っており、その怒りのオーラが龍の姿を形作り、周りに殺気を撒き散らし圧倒している。

 

「う・・・っ・・・な、何?コイツの後ろに・・・青い龍が見える・・?」

 

「な・・直仁・・・支配・・・人?」

 

「う・・っ・・い、息が・・・?」

 

「息が・・・苦しい・・!?」

 

「な・・なんだよ。事実だろうが!今や栄光は失われて、俺達が帝都を守ってやっているんだろう!?」

 

「そうだな・・・それが事実なのは認めるが、旧・帝国華撃団をも馬鹿にしているようにも聞こえてな・・・?あの人達を馬鹿にするようなら・・・本気で殺すぞ?一年前の初対面の時にも言ったよな?俺の家を悪く言ったら…その首、胴体から離すぞ・・・って!!」

 

直仁の殺気は益々濃くなり、シャオロンへと向けられる。それはまるで逆鱗に触れられた龍は怒り狂うのだと思わせるもので、直仁の霊気が龍の咆哮を聞かせている。

 

「ぐ・・・うっ!(な、なんだよ・・・この男の殺気、以前に出会った時とは比べ物にならない程濃密になっていやがる!まるで見えない手が、俺の首を絞めているみたいに息が出来ねえ!それに・・コイツの霊気から本物の龍が見えるなんて!)」

 

「う・・・ううっ!た、隊長・・?これ以上、帝国華撃団を・・・悪く言うの・・・止めよう?」

 

ユイは本気で怯えきっており、それは天宮も同様でその場に居た初穂やクラリス、誠十郎までもが息が出来ない様子だ。

 

「おっと・・・これ以上は全員の心身に負担が掛かるな」

 

直仁は殺気を抑え込み、呼吸を止めさせるような感じが一瞬で無くなった。上海華撃団の二人は汗をかいており、次世代花組は誠十郎以外は怯えたような目で直仁を見ている。誠十郎に関しては初めて直仁は本気で怒りを剥き出しにした事に驚いていた。

 

「シャオロン・・・とか言ったな?俺が気に入らねえなら、再建された築地倉庫へ来い。時間は問わねえ・・・戦いたいなら受けて立つ。この誘い受けるか?小さな竜さんよ」

 

「!その言葉、後で後悔するなよ・・!受けて立ってやる!」

 

「時間指定はそちらに任せる・・・」

 

そう言い残すと直仁はその場を去っていった。それと同時に女性陣全員が、その場で座り込んでしまった。

 

「はぁ・・・はぁ・・あれが、支配人の怒った姿」

 

「アタシの時以上に・・・怖かった・・・ぜ・・・本気で」

 

「震えが止まりません・・・・先程までの支配人、本当に・・・怖かった」

 

「息を止まらせる程の殺気・・・あれが直仁支配人の」

 

上海華撃団の隊員であるユイは緊張が解け、半ば泣いていた。無理もないだろう、同じ人間の間で呼吸を止められてしまう程の殺気など受けた事がなかったのだから。

 

「怖かった・・・怖かったよおお!」

 

「ああ・・俺も恐ろしかった。だが・・・俺が必ず勝つ!」

 

だが、この時に誠十郎だけがシャオロンに対して哀れみにも似た表情をしていたのを誰も気付かなかった。

 

「(二刀流の稽古している時、直仁支配人は俺に教えてくれた・・・。俺の得意な事は『見取り』だって・・・そして『無形の形』を使っているとも。不思議に思っていた事があの時に解決できた。直仁支配人は相手の型や技、動きを荒削りながらも習得してしまうって噂は・・・本当だったんだから)」

 

だが、止める事は出来ない。戦って身を持って知らなければ、直仁の恐ろしさは解らないからだ。誠十郎自身も稽古とはいえど直仁と戦い、その恐ろしさは身に染みている。同時に彼は花組のメンバーを部屋へと戻し、上海華撃団の二人も帰宅するよう促したのだった。




シャオロンは嫌いじゃありません!裏表がないからこそ事実をハッキリ言える態度に好感は持てますが、あのシーンだけはどうも・・・。

次回は直仁とシャオロンが戦います、生身で。

直仁自身も大切なものを馬鹿にされて殺気立ちましたが、それだけ大切だった人達が居なくなってしまった事が辛いのです。


※アンケートを見ているとヒロイン別ルートの次の担当はランスロットが確定しそうです。直仁ってストッパー役に見られてるのかな?というよりも、ランスロットが虎龍王に・・似合いそうと作者の私は思っていますww


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第二十四話 龍眼に映るは相手とかつての写し身

シャオロンと直仁が激突。

直仁の恐ろしさを次世代花組とシャオロンが知る。


※今回の話はシャオロンと直仁の口調がチンピラレベルといっていいほど悪いです。嫌悪を持たれる方は読むのを控えてください。


その日、「神龍軒」は営業を午後は休みにしていた。その裏地ではシャオロンが得意の拳法の動きを確認している。

 

「ふううう・・・」

 

「隊長、本気でアイツと戦うの?」

 

「当たり前だろ?旧・帝国華撃団だかなんだか知らないが、今や俺達の方が上だって示さねえとな」

 

「・・・それは、理解できるけど・・でも」

 

「何か言いたい事があるのか?」

 

「・・・ううん」

 

ユイはそう言って厨房の方へと引っ込んでしまう。彼女は直仁に対して最上級とも言って良い程の恐怖を味わった。身がすくみ、息が出来ず、言葉も発せなかった。あの時の殺気を思い返すと今でも全身に震えが来る。

 

「アイツは・・・ただ強いだけじゃない。何か・・得体の知れない物を持っている」

 

敵の怖さが解るのは実力のうちだと言われることが多い。ユイはまだまだ強くなれる可能性を秘めていた。

 

 

 

 

約束の日、午後17時。直仁は出かけてくると帝劇を後にし、再建された築地倉庫で誰かを待っていた。足音に気づき、直仁は振り返る。

 

「来たか」

 

「当たり前だ。お前には借りが二つもあるからな」

 

「胆の小せえ野郎だな?それで隊長とは、たかが知れる」

 

「なんだと?落ちぶれ華撃団の支配人如きが!」

 

シャオロンの言葉に直仁は僅かに眉を上げたが、軽く笑った後に目つきが変わり、昨日に味わった濃密な殺気を向けてきた。

 

「吐いた唾は飲み込めねえぞ、クソガキ・・・!その身体に死んだ方がマシだって思えるくらいに叩きのめしてやらあ!!」

 

「俺はガキじゃねえ!やれるもんなら、やってみろおお!」

 

二人は同時に走りだし、一撃を繰り出した後に間合いを取り構えを取った。

 

「!・・・・(あれが向こうの武術の構えか)」

 

「・・・・っ!?(コイツ、やっぱり只者じゃねえ・・・構えに隙がない!)」

 

直仁は合気道の開手に近い琉球空手の構え、シャオロンは中国武術の構えを取っている。

 

シャオロンは仕掛けに行くが、殴りかかる前に顎と殴ろうとした腕を押さえ込まれ思い切り地面へうつ伏せに叩きつけられた。

 

「がはっ!?(な・・なんだ・・今の?)」

 

「どうした?喧嘩はまだ始まったばかりだぞ?」

 

押さえ込みを解かれるが、シャオロンの見える景色は歪んでいた。それもその筈、直仁が使ったのは空手ではなく、合気道だ。相手の使ってくる力を利用して叩きつけたのだから、その威力は自分の力と直仁の力がプラスされている。

 

「あ~?聞こえてねえか・・・しばらく待たなきゃ無理だな」

 

「ぐ・・ううう!」

 

「聞こえるようになったか?」

 

直仁はシャオロンの感覚が回復するまで待っていた。感覚を取り戻したシャオロンは立ち上がりつつ弱々しくなりそうな声で怒鳴った。

 

「今、さっき・・何を・・しやがった!?」

 

「ん?合気道を使っただけだ。お前らには『柔』って言った方が分かるか?」

 

「柔・・だと!?」

 

シャオロンもその武術は聞いた事があった。日本に伝わる伝統の武術、その技にかかると、まるで魔法でも使われたかのように投げ返されてしまうと。

 

「さぁ、来い・・・つい、合気道を使っちまったが、空手で戦ってやる」

 

「舐めやがって、後悔させてやる!」

 

 

 

 

その頃、誠十郎と天宮はオアシスに駆け込んでいた。偶然にも客は居らず、森川が仕込みをしていた為にタイミングが良かったのだ。この時に森川は裏の仕事である情報屋としての行動はしていなかった。

 

「「大変です!森川さん!!」」

 

「騒がしいな。何があったってんだ?」

 

「直仁支配人と上海華撃団の隊長であるシャオロンさんが築地倉庫で喧嘩を!」

 

「んだと!?原因はなんだ!?」

 

「そ、その・・・シャオロンが帝国華撃団を解散しろみたいな事を支配人の前で口にして」

 

誠十郎の言葉に森川は睨みつける勢いで顔を向けた。その目には怒りが見えている。

 

「その言葉、聞き間違いはねえな?神山・・・!」

 

「は・・はい!」

 

「馬鹿が!俺や直仁の前で新旧に関わらず帝国華撃団に関して悪く言えばどうなるか・・・それに、生身で喧嘩してるとすれば、シャオロンって野郎は直仁の恐ろしさを身を持って味わう事になる」

 

「え?どういうことですか!?森川さん!」

 

天宮は直仁の恐ろしさという点に疑問を持って、聞いたが森川は答えず出かける支度をしていた。

 

「お前ら、着いてこい!直仁の恐ろしさをお前らだけでも見ておくべきだ!」

 

「はい!」

 

「分かりました!」

 

そういって森川は誠十郎と天宮の二人を連れて築地倉庫へと急行したのだった。

 

 

 

 

 

「はっ・・!なんだよ、やはり大した事ねえな!」

 

「ぐ・・う」

 

空手に切り替えてからの直仁はシャオロンに苦戦していた。空手は確かに威力は高いが、中国拳法ほどの対応力がないのだ。

 

「これで終わりだ!」

 

「ぐはっ!?」

 

シャオロンは踏み込みと同時に掌底打ちを直仁の腹へと撃ち込み、倉庫の壁へとめり込ませた。直仁はそのまま倒れ込んだまま動くことがない。

 

「支配人!!」

 

「なんだ、仲間の登場かよ。今終わったぜ?」

 

「!支配人が!」

 

「そんな・・・」

 

三人がが到着した時にはシャオロンが帰宅しようとしている所で、直仁は壁をに背に倒れている。

 

「これに懲りたら出しゃばる真似するなよ?帝国華撃団」

 

「おい・・・小僧」

 

「なんだよ、アンタ」

 

「感じねえか?この圧倒的な殺気をよ・・・お前、また触れたぜ?アイツの逆鱗にな」

 

「な・・・!?」

 

森川が言葉をシャオロンへかけた後、直仁がゆっくりと立ち上がったのだ。瞬間、直仁は上半身のみを生身にして、ゆっくりと歩き出した。

 

「ん?なんだよ・・・まだ、やれるってのか?だったら!シャアアア!」

 

走った勢いを利用し、中国拳法の拳を直仁へ打ち込んだ瞬間、パンッ!と何かを弾く音が響いた。

 

「な!?」

 

「ま・・まさか!あれは・・!」

 

「神山は知っているようだな。天宮・・・よく見ておけ、アレこそ俺が直仁を恐ろしい奴だといった要因・・・『無形の形』だ」

 

「無形の・・・形?」

 

シャオロンが攻撃を仕掛け続けているが、直仁はそれをシャオロンが受けていた形で防御し始めている。その動きに気づいたシャオロンは焦りが見え始めていた。

 

「次は俺の・・・番だな」

 

直仁が繰り出してきたのは中国拳法だった。それはシャオロンが得意としている拳をメインに使い、戦うものだ。荒削りではあるが、それを日本武術で鍛えたものを応用して使っている。

 

「ぐ・・うわ!?こ、コイツ!俺の技を・・・荒削りながら覚えているのかよ!?この戦いの中で!」

 

「確か・・・こうやるんだよな?」

 

「っ!?ぐあああ!?」

 

指の第一関節だけを握りこむ形でシャオロンに当て、そのまま第二関節を打ち込み、直仁はシャオロンを吹っ飛ばした。使ったのは寸勁と呼ばれる近距離用パンチだ。

 

「ぐ・・寸発勁まで!」

 

「こうやって、演舞するのか?この武術は」

 

「な・・!」

 

さらに直仁はシャオロンが披露していた中国拳法の演舞を粗さは残るが再現してしまった。それを見ていたシャオロンは驚きを隠せないが、離れた場所で見ている天宮も目を見開いていた。

 

「す・・すごい!相手の技、型まで全て覚えてる!粗さはありますが、それを余り補っている程ですよ!?」

 

「あれが無形の形だ。それに言っただろ?直仁は恐ろしい奴なんだよ、俺だってもう二度と敵対したくない相手の一人だ。アイツと敵対した奴、特に何かを極めている奴ほど不利になる。なにせ自分が積み上げてきた研鑽を一瞬で無かった事にされるんだからな」

 

森川の言葉は的確であった。如何に直仁でも神域に達しているとされる程の達人クラスの動きを全て『見取る』ことは出来ない。だが、修行者や師範代クラスであれば粗さが残りつつも覚えてしまうのだ。

 

「これで終わりか?来いよ、俺に後悔させてやるといった勢いはどうした?」

 

「ぐ・・この!」

 

「止められた蹴りを利用してでの掌底打ち・・・」

 

「なっ!?」

 

「次は手刀、貫手、足技と来て・・拳からの肘鉄か」

 

「こ、この連続攻撃も防がれた!?」

 

「もう、お前の技や型は『見取って』いるからな」

 

「ぐ・・・」

 

シャオロンも分かっていた。自分が得意とする武術の全てを、直仁に見取られているという事。その結果自分の技は、もうこの男に通用しないという事にほかならない。

 

「なら!」

 

シャオロンは側にあった棒を手に演舞を披露すると構えを取った。棍術と呼ばれる中国拳法のうちで武器の一つだ。

 

「武器か、それなら」

 

直仁も同じ長さの棒を手にするが、その演舞の仕方が違う。頭上で棒を回転させた後に構えを取った。森川の目には今や引退したかつてのトップスタァであり、帝国華撃団の中で薙刀を使っていた一人の隊員の姿と重なった。

 

「あれは!すみれの型か!?」

 

「え?す、すみれさんの型!?」

 

「そうだ、知っていると思うがすみれは薙刀を武器に使っている。それと同時にアイツは神崎風塵流と呼ばれる薙刀の流派の免許皆伝者だ。まさかとは思っていたが、すみれの型まで体得していやがったとはな・・・」

 

「じゃ、じゃあ!直仁さんは・・・旧・帝国華撃団の皆さんの武術の型を全て体得しているって事ですか!?」

 

「そうなるな・・・相変わらず恐ろしい奴だ。(上海の小僧・・・・お前は一人で大神、さくら、すみれ、カンナといった武術経験者の相手をしなくちゃならねえぞ?)」

 

「こちらから行くぞ?」

 

直仁は素早く刃に値する鋒を振り下ろすように棒を振り下ろしてきた。それを受け流そうとしたシャオロンだが、鋒に当たる部分の速さが尋常ではなく、受け止めてしまいその重さが腕にのしかかる。

 

「ぐっ!?速い・・・!それに重い!」

 

「神崎風塵流は優雅さ、美しさ、そして速さを求められる。速さこそが神崎風塵流の美しさなのさ」

 

とても薙刀術の動きとは思えない速さと、舞のように優雅な動きに天宮は目を奪われていた。武術にもこんな美しさがあったのかと。森川も内心はキレ気味ではあったが、直仁の薙刀術の動きを見ていて笑みを浮かべていた。

 

「あの動きは、すみれが帝国華撃団の隊員として現役だった時の動きだな。なるほど相当頭に来ているな・・・直仁の奴は。動けば動くほど、すみれの虚像と重なって見えやがる」

 

何故、直仁はシャオロンに対し神崎風塵流を使う事にしたのか?それは帝国華撃団に飽き足らず、直仁個人だけでなく、帝劇を護り続けているすみれすらもお前は馬鹿にしたのだと自覚させるためであった。

 

「くそっ!え・・・?」

 

間合いを外し、構えを直した瞬間シャオロンの目には直仁の姿に帝国華撃団の戦闘服を身に付けた当時19歳の神崎すみれの姿と、神崎重工の職業婦人として気品に満ちた今の神崎すみれの姿が直仁と同じ構えで薙刀を持ち左右に立って、ゆっくりと重なっていくのが見えていた。

 

「なんだよ今の・・・幻か!?」

 

「いや、幻じゃねえ。直仁は『今のすみれ』と『帝国華撃団だったすみれ』二人のすみれと共に戦ってやがんだ。小僧…お前は今と昔の帝国華撃団だけじゃねえ・・・帝劇を支え続けている今の神崎すみれすら、馬鹿にしてたんだよ」

 

「っ!?」

 

森川からの突然の言葉にシャオロンは息を呑む。直仁の真意を森川が代弁してしまったが、シャオロンは動く事が出来ない。直仁の後ろに次々と知らない誰かの姿が浮かび上がってくるからだ。

 

 

帝国華撃団・司令であり隊長。そして海軍の先輩でもある大神一郎。

 

森川の恋人であり、直仁の初恋の相手だった北辰一刀流の使い手である真宮寺さくら。

 

先程まで見えていた帝劇のトップスタァであり、神崎風塵流薙刀術の使い手である神崎すみれ。

 

冷たい瞳の中に仲間に対する熱い思いを持つ銃の名手マリア・タチバナ。

 

幼くとも華撃団随一の霊力を持つイリス・シャトーブリアンことアイリス。

 

霊力は低くとも天才的な閃きで科学を駆使する李紅蘭。

 

華撃団一の力強さを持ち、皆を盛り立てるムードメーカーであり琉球空手の達人である桐島カンナ。

 

欧州星組の元メンバーで世界的女優であり優雅に霊力を使いこなすソリッタ・織姫。

 

織姫と同じ欧州星組のメンバーでバレエの天才でもあり、戦闘技術の追随を許さないランスの使い手であるレニ・ミルヒシュトラーセ。

 

旧・帝国華撃団のメンバー達が戦闘服の姿で直仁の背中を見守っている姿が浮かび上がる。それを見たシャオロンは棍を手放し、その場で膝をついてしまった。自分と直仁では背負っているものが違いすぎる事を理解してしまったのだ。直仁は新旧だろうと関係ない、自分の居場所となり第二の家族とも言える帝国華撃団を守るという覚悟の強さが桁違いだったのだ。

 

「俺の・・・・負けだ」

 

「お前も家族や大切な居場所を馬鹿にされたら黙っていられないよな?少しは分かったか?」

 

「ああ・・・」

 

「そこにいる男性・・・森川さんや花組メンバーにも謝っておけよ?俺は許してもあの人は許さねえかもしれねえからな」

 

そう言って、直仁は脱ぎ捨てていた服を着直すと棒を片付けた後に森川、天宮、誠十郎の三人に挨拶して帝劇へと帰っていった。

 

それからシャオロンは森川を含め、帝国華撃団のメンバー全員に謝罪した。森川からは「今後気をつけろ」と釘を刺されてしまったが元々、裏表のない性格である為に謝罪は受け入れてもらえた。華撃団大戦では負けないと宣戦布告したようだが、意気込みとして聞いておいたようで帝国華撃団のメンバー達もやる気に火がついた様子だった。




今回は背負っているモノの違いという形にしました。

シャオロンもシャオロンで未来に目を向けるべきという事を伝えたかったのですが、言葉が見つからなかったんでしょうね。

しばらくは新サクラ大戦の時間を動かします。じゃないと乗り換えができないので(汗)


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第二十五話 華撃団大戦、開幕!

華撃団大戦が始まる。

初穂、クラリスに課題。

誠十郎が直仁から命名された必殺技を習得。


華撃団大戦が二ヶ月後と迫りつつある日、直仁は初穂とクラリスを中庭に呼び出していた。呼び出された理由を聞かされていない為、初穂は不機嫌、クラリスは怯えた様子だ。無理もないだろう、シャオロンとのいざこざで直仁の本気で怒った姿を見てしまったのだから。

 

「おう、来たか」

 

「来たか、じゃねえよ!急に呼び出しやがって!」

 

「その、何か御用ですか?」

 

「ああ、初穂・・お前、空手をやってみる気はあるか?」

 

「へ?空手?空手って・・・武術のアレか!?」

 

「それ以外に何がある。それとクラリス、お前には小太刀術を覚えてもらいたい。まぁ、正確には脇差になるがな」

 

「小太刀術、ですか?」

 

「正直言って、お前達は一つの物事に囚われ過ぎている。得意の武器を失った時や封じられた時の対策をしておこうと思ってな」

 

「!その為にアタシに空手を教えてくれんのか?」

 

「私にも武器の扱いを!?」

 

直仁は彼女達二人の弱点を見抜いていた。初穂は鎚による接近戦、クラリスは家系に伝えられている魔道書を駆使した遠距離戦法だ。だが、これらが使えなくなる時がないとは限らない。

 

この二人は特に愛用品への依存が高い、その為に直仁は今まで『見取って』来た技の中で彼女達に伝えられそうなものを伝授しようと考えたのだ。

 

「そうだ。だが、華撃団大戦まで二ヶ月という短い時間で身に付けるには、指導がかなり厳しくなる。それでもやるか?」

 

「頼む、支配人!アタシを鍛えてくれ!」

 

「わ、私もお願いします!」

 

「舞台指導の時にも言ったが、俺は投げ出す事は絶対に許さねえぞ。俺の厳しさはよく知っているよな?女だろうと容赦しねえからな」

 

「分かっているさ」

 

「改めて、お願いします」

 

初穂もクラリスも直仁の厳しさは知っている。だが、彼の指導はただ自分の価値観を押し付けるのではなく、安全を考慮し、厳しくも出来た時はしっかりと褒め、出来ない時は改善点を伝え、覚えるまで付き添って指導してくれる事もある。それだからこそ、次世代の花組は直仁を信頼しているのだ。一度はあった軋みも今や、糧となっている。

 

直仁は二人に動きやすさを追求した空手用の道着と小太刀術の為に着る女性用の道着を用意し、二人を着替えさせた。無論、更衣室でだ。中庭に戻ってくると二人は異様に似合っている。

 

「だが、やはり二ヶ月くらいじゃ付け焼き刃にしかならねえ・・・だから、基礎を徹底的にやる」

 

「基礎だけをか?」

 

「そうだ、基礎さえ固めれば応用は利く」

 

そういって直仁は自分が稽古用に使っていた巻藁を二本用意し、一方には通常の木刀の他、重さを加えた小太刀の木刀を用意し、小太刀の鍛錬用模造刀も用意した。

 

「初穂、お前はこれから毎日。正拳突きを1000本、蹴りを両足1000本をこの巻藁へ向かって打ち込め」

 

直仁が型を見せつつ、鍛錬方法を教える。その姿はずっと鍛錬してきた様子で完全に馴染んでいる。

 

「こ、これを毎日1000本もかよ・・!?」

 

「そうだ、これを毎日だ。そうすれば」

 

直仁の正拳突きが何もない空間に突き出され空を切り、初穂の顔に風が当たる。その風が凄まじい。

 

「この拳の速さが最低限になる。少し本気を出せば!」

 

直仁は用意したもう一本の巻藁に向き直ると拳の一撃で根本から揺らしてしまった。霊力を込めず、ただ純粋な正拳突きのみでだ。本来は破壊してしまうのだが、蹴りを教える為に破壊しなかったのだ。

 

「この威力になる。今のは一割の拳の威力だ」

 

「さっきのが一割!?」

 

初穂は驚きを隠せない。巻藁を揺らした一撃が一割の力しか使っていないというのだから当然だろう。

 

「それとだな、強くなりたいからといって焦って稽古をするな。焦ればケガの元だ、この二ヶ月では基礎を習得するという考えで稽古しろ」

 

「わ、わかった」

 

「次はクラリスだな。先ずはこの木刀で素振りを1000本だ。重りは入っていない物から始め、慣れてきたら重くしていくぞ」

 

「わ、私も1000本ですか!?」

 

「当然だ、甘くしていたんじゃ強くはなれん。こうやって構えて、こう振り下ろすんだ」

 

一般的な剣道の構えをし、直仁は振り被り、振り下ろす動作を何度もしてクラリスに見せると構え方を教える。小太刀の前に刀の扱いを方を教えなければ意味はないからだ。

 

「なるほど、これを毎日・・ですね?」

 

「そうだ。初穂にも言ったが決して焦るなよ?それと素振りをこなせる様になったら、この小さい方で稽古するぞ。魔道書と組み合わせながらな」

 

「ま、魔道書とですか?」

 

「そうだ。主力は魔道書、それを補助するのが小太刀って訳だ。霊力で小太刀を自在に操れるようになるのも目標の一つにしておけ。お前の力はお前だけにしか扱えねえんだから」

 

「は、はい!」

 

この日から誠十郎、初穂、クラリスの三人の稽古が始まった。初穂とクラリスは毎日の課題をこなすのに6時間以上かかっていたが、一週間もすれば慣れてきたのか、時間が徐々に縮まっていった。

 

「998・・・999・・・1000!はぁ!はぁ・・・はぁ!これで、今日の昼は全部終わったぁ」

 

「わ、私もです・・・はぁ、はぁ!」

 

「お疲れさん。ほれ、水分を補給しておけ」

 

直仁は全員分の水分補給用の飲み物を用意しておいた。それ一人一人に渡していき、自分も水分を補給する。

 

「あ・・・助かる・・」

 

「はぁ・・・んっんっ、はぁ・・・生き返りましたぁ」

 

二人は素早く水分を補給すると汗を手拭いで拭き、休憩を始める。誠十郎も水分を取りつつ息が弾んでいるが、まだまだ余裕の表情だった。

 

「神山と支配人は、なんで実戦のような稽古してたんだ?」

 

「その事か?コイツの中に目覚めた修羅を落とし込ませる為さ」

 

「修羅?もしかして・・・アタシがさくらと一緒になって大声を上げた時になってた状態の神山か?」

 

「そうだ、しっかりと落とし込めればコイツはさらに強くなるからな」

 

「まだまだ、出来ませんけどね」

 

苦笑している誠十郎だったが、彼も直仁との稽古で少しずつ強くなってきている。速さを極めるところまで来た時、彼は自身の必殺の技を二つ開眼した。『速き事、自由にして無尽、然らばその刃は龍が呼ぶ嵐の如く』と謳い、彼自身がたどり着いた技の一つは縦横無刃・嵐。もう一つは直仁が名付け親になり縦横無刃・嵐龍(らんりゅう)と名付けた。

 

嵐龍は嵐とは違い、修羅としての自分を表に出し太刀の間合い分、地上と空中の間を縦と横を組み合わせた空間攻撃として斬撃を繰り出し続ける技だ。太刀の間合い分である為に範囲は然程広くはないが、空間の中心に立ってしまった敵は戦闘不能になるまで斬撃を受け続ける事になる。だが、修羅を自分の中に落としきれていない今の誠十郎では完成までは程遠いレベルだ。

 

「直仁さん、嵐龍を使いこなせるようになるまで稽古をお願いします!」

 

「良いぞ、とことん付き合ってやる!」

 

二人は二刀流での稽古を再開し、それに触発された初穂も稽古を開始した。だが、巻藁への打ち込みは課題が終わった後は正拳突きのみをやれと直仁から念押しされているため、それを始める。

 

「あの二人、バケモンかよ・・・でも、アタシも負けてられねえ。この拳が支配人に追いついて、いつか超えるまで負けねえ!」

 

「私も・・弱音を吐いてはいられませんね。強くなるんですから!」

 

クラリスも木刀での素振りを再開する。その手はマメがいくつも潰れた跡があるが、直仁に「それはお前が稽古を続けてきた証だ。痛いだろうが、包帯を巻くなりして対策しつつ稽古を続けていけ」と言われ、直仁自身が包帯を巻き、稽古に支障がないようにしてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、初穂は空手の型の基礎を僅か二週間で体得してしまった。彼女は元々ケンカなどで拳を使う事に慣れていたのもあるが、武術という整えられた型のおかげだろう。それだけに直仁は彼女に厳重に注意した。

 

「良いか、初穂。どんなに悔しかろうが怒りで頭が沸騰しそうになっても、本気で殴るなよ?今のお前の拳は木造の壁程度なら簡単に壊せるし、其の辺のチンピラ程度なら殴り殺せる力量になっているからな」

 

「マジかよ・・・基礎しかやってなかったのにか?」

 

「基礎だからだ。腰が入った蹴りと正拳突きは速さが付けば凶器になっちまう、だから気をつけろ」

 

「解ったよ」

 

それから初穂は自分の腕に巻いているサラシを拳に巻く物は厚い物に変えたり、二重に巻くなりして戒めるようになった。

 

ある日、冗談で厚めの木の板を殴った時、真っ二つに割ってしまい直仁が注意していた通りの事が起こってしまった。更には空手の威力が恐ろしくなりかけたと天宮が言っていた。

 

それもその筈、初穂が直仁から教わったのは旧・帝国華撃団の一人、桐島カンナが継承した琉球空手桐島流だったのだから。

 

琉球空手桐島流は霊力によって肉体を強化する霊体術でもある。型の一つ一つや基礎を重ねていけば、霊力を無意識に肉体へと纏わせ、超人に近い身体能力で攻撃できる。その事を教えるのを直仁は忘れていたのだろうか?

 

 

 

 

 

更に日数が経ち、とうとう華撃団大戦当日を迎えた。初戦の相手は上海華撃団と聞いて、直仁は一瞬だけ顔を顰めたが、冷静になり持ち直した。直仁はあくまでも支配人代理として次世代花組を送り出す事だけだ。

 

だが、今回の華撃団大戦では敗北した華撃団は解散させられるという事案が追加されたのだ。これには直仁もきな臭い予感と企みがあると感じていた。

 

「(今の俺は満足に戦えるレベルじゃない・・・次世代を守らねえとな。情報は森川さんに任せるしかない)」

 

直仁自身、今では冷静さと落ち着きを持っているが本来は、静かに燃えるタイプであり燃え上がった時の彼は一騎当千となる程の武闘派だ。戦略も立てるが、実際は自ら前線に出る方が向いていると自覚している。

 

 

その為に何も出来ない今の自分が腹立たしいのだ。次世代を育ていると聞こえは良いが、本人からすれば何も出来ていないのに等しい。

 

「誠十郎、メンバーはどうすんだ?」

 

「もう決まっています。今回は・・・さくら、初穂で行こうかと」

 

「ふっ、なるほどな。俺から言えるのは一つだ・・・勝利をもぎ取ってこい!!弱いと言われようが、それは挑戦者として戦えるという事だ。強者は必ず自分以下の弱者を侮る・・・そこを徹底的に突け!お前ら行ってこい!!」

 

「「「「「はいっ!!!!」」」」」

 

直仁は試合に出場するメンバー以外にも激を飛ばし、片手のハイタッチをさせた後、誠十郎の背中をバシッ!と叩いた。彼なりの激励と気合入れに誠十郎も目つきが変わる。

 

「初穂ちゃん、全開だぜ!」

 

「天宮さくら、参ります!」

 

「行くぞ、みんな!!」

 

「「「帝国華撃団、参上!」」」

 

桜色の参式光武と二機の無限が現れ、名乗りを上げる。だが、無限を駆る二人からはいつも以上の力を天宮は感じていた。

 

その後、上海華撃団が演舞を披露し、名乗りを上げる。

 

「「「上海華撃団、参上!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立体映像による敵を素早く倒すというルールの下、試合が始まった。はじめは上海華撃団が優勢であったが、直仁が通信で一度深呼吸しろという一言を送りそれが利いたのか、徐々に逆転していき、第一セットは勝利を収めた。

 

続いて第二セットも勝利を収め、上海華撃団の一人であるユイは信じられないといった様子だ。

 

「・・・どうしてよ、帝国華撃団がこんなに・・・!!出来たばっかりの華撃団なのに・・・!!私達に守られてばかりだったのに!!」

 

ユイの言葉は真実だろう。だが、ユイは戦いに集中しているあまり、ある存在を忘れていた。次世代の帝国華撃団を支え、育ててきた旧・帝国華撃団の二人とそれを裏から支えてきた一人の男を。

 

「そうだ、俺達はまだ歩き始めたばかりだ!だけど、自分の華撃団を大切に思う気持ちは誰にも、君達にも負けない!!」

 

『それにな、守られてばかりの奴が強くなれば・・・いずれは好敵手になる。人は成長するんだよ、自分よりも弱い奴が常に弱いままで居ろだなんてのは、それはただの押し付けがましい傲慢に過ぎねえ・・!いや、己惚れと言った方がいいな』

 

誠十郎自身の言葉と無限越し通信からの直仁の言葉に誠十郎は驚いたが、ユイは認めたくない気持ちを表すかのように喚いた。

 

「うるさい!うるさい!うるさい!!私達は負けない!負けるのは、そっちだ!」

 

「その闘志、見事!!私は上海華撃団の思いに応えたい・・・!立っている者がいる限り、戦いは終わらない、実戦とはそういうことだ」

 

通信に乱入してきたのはプレジデントG自身だった。直仁はGの言葉を聞いた瞬間、何を考えているのかを瞬時に理解し、怒った様子で声を荒らげた。

 

「誠十郎!天宮!初穂!気を引き締めろ!!戦いはまだ終わってねえぞ!!」

 

「え!?」

 

「どういう事ですか!?」

 

「な、なんだよ?」

 

「華撃団の直接対決を持って勝敗を決する・・・それが、私の決定だ」

 

「な、何を言い出すんだ?上海華撃団と・・戦うだと?」

 

「誠十郎!今や、奴がルールだ!戦え!!」

 

「で、ですが!」

 

直仁は三人に向かって戦う事を勧めるが、三人は戸惑っていた。華撃団同士の戦いなどないものだと考えていたからだろう。

 

「この戦いはお前達の甘さを断ち切る試練でもあるんだ!戦え!!戦わなきゃ、帝国華撃団を失うぞ!それでも良いのか!!帝国華撃団・花組隊長、神山誠十郎!!」

 

「!!分かりました!みんな、行くぞ!」

 

「っ・・・!仕方ねえな!」

 

「帝国華撃団を・・失いたくはありません!参ります!!」

 

直仁からの叱咤に三人は目を覚ましたように武器を取り、構えると向かっていった。シャオロンも闘志たっぷりに声を荒げる。

 

「戦おうぜ、神山誠十郎!どちらかが倒れるまで!」

 

「来い!上海華撃団隊長、シャオロン!!」

 

誠十郎とシャオロンは隊長同士の戦いとなり、さくらは友人となったユイと、初穂は上海華撃団の一人と戦うことになった。

 

初穂は上海華撃団のメンバーが繰り出してくる拳法に苦戦し、愛用の鎚を弾かれてしまった。

 

「ぐっ!しまった!」

 

「貰ったァ!」

 

「な~んて、言うと思ったか?この野郎がァ!はあっ!」

 

無防備に突っ込んできた青い色の王龍に、踏み込みを利用した正拳突きを思い切り打ち込み、そのまま壁へと激突させた。

 

「ぐはっ!?ば、馬鹿な・・・あの無限に拳は・・・」

 

「今のアタシには、相棒の他にこの拳がある。だから、負ける訳にいかねえんだよ!!」

 

打ち込まれた正拳突きの威力は高く、青色の王龍は立ち上がれない。初穂は直仁から教わった正拳突きを連続で打ち込んでいく。

 

「オラオラオラァ-ー!これで、終わりだァ!」

 

仕上げとばかりに左足を軸にした右足の蹴りを受けた青色の王龍は機能を停止した。ユイの相手をしていた天宮もユイを下している。そんな中、シャオロンは最後の粘りを見せ、誠十郎を追い込んでいた。

 

「龍はまだまだ戦える!」

 

「ぐっ!お前の龍が炎を呼ぶのなら・・・俺は!」

 

誠十郎は間合いを外すと、目を閉じて深呼吸し目を開いた瞬間に彼の雰囲気が変わった。

 

「ん?なんだ・・?うわっ!?」

 

「・・・・・」

 

シャオロンは誠十郎から繰り出された斬撃を避けたが、追撃を重ねてくる。表情も動かず、声も発さない。

 

そう、今の誠十郎は自分の中の修羅を表に出した状態にしたのだ。そうでなければ勝てない相手だからだ。

 

「・・・・」

 

「は、速い!?だが、避けきれ・・・られなくなってきやがる!」

 

「闇を切り裂く、神速の刃・・・!嵐を巻き起こす龍となれ!縦横無刃・嵐龍!!」

 

「消えた!?ぐっ・・!?があああああ!」

 

太刀の間合い分、地上と空中の間を縦と横を組み合わせた空間攻撃として斬撃を繰り出し続ける技、縦横無刃・嵐龍を発動し、誠十郎は攻撃を仕掛け続ける。間の悪い事にシャオロンが駆る緑色の王龍は斬撃空間の中心に位置していた。この位置は嵐龍にとって最高の位置であり、戦闘不能になるまで斬撃を受け続けた。

 

誠十郎が刀を鞘に収めた瞬間、上海華撃団は全員が戦闘不能になっていた。

 

「バ、馬鹿な・・・俺達が、上海華撃団が・・負ける!?」

 

「う・・嘘、だよ・・。こんなの、嘘だよ・・・」

 

『盛者必衰、世は無常・・・栄えた者はいつか衰退していくのが世の定め。流れは変わっていくのさ』

 

「(で、出来た・・・自分の中の修羅を落とし込む事が)」

 

結果、華撃団大戦一回戦は帝国華撃団の勝利で終わった。その後、上海華撃団の二人が現れ、シャオロンは自分達に勝ったのだから優勝を目指せと言ったが、ユイは気持ちを抑えられず泣いた。

 

「負けちゃった・・負けちゃったよ。私達の居場所、無くなっちゃった・・うわああああん!私達が、上海も帝都も全部守るはずだったのに・・・もう何も守れない、上海華撃団が無くなったらもう何も守れないよ!」

 

「止めろユイ、お互いが大切なものを守ろうとした結果だ」

 

「わかってる!そんな事は分かってるよ!」

 

「いや、分かってねえさ・・・」

 

「!?」

 

そう声をかけたのは、腕を組んだ姿で二つの華撃団を壁に背をつけて見ていた直仁であった。

 

「ユイ・・と言ったな?今のお前は、ただ駄々を捏ねている子供と同じだ。上海華撃団が無いと守れない?甘ったれてんじゃねえ!!」

 

「っ!!?」

 

「確かに上海華撃団としては動く事は出来なくなった・・・だが、お前にはまだまだ持っている物があるはずだ。それにな、前線に出るだけが戦いじゃねえ。前線に出れないなら後衛に回ればいい・・・情報を得る事も、避難誘導もいろんな事は守ることに直結してるんだよ」

 

「そんなの綺麗事じゃない!」

 

「そうだな・・・そう取りたきゃ取ればいい。だが、一つだけ覚えておけ。本当に大切なものを失った時、心に傷が残るって事をな」

 

「っ!?」

 

「・・・・」

 

直仁と生身で手合わせしたシャオロンは、直仁が発した言葉の重みを感じていた。その正体が知りたくてシャオロンは小声で、誠十郎に聞いた。

 

「なぁ・・・あの直仁って奴。帝国華撃団と何か深い関係があるのか?」

 

「直仁さんは・・・旧・帝国華撃団の所属で降魔大戦の生き残りなんだ・・・すみれさんと同じさ」

 

「な・・んだと!?」

 

シャオロンは衝撃を受けたが、それ以上に自分に対し怒った理由も言葉や覚悟の重さも違いすぎる事に合点がいった。

 

「なるほどな・・・通りで。でも、何故戦わないんだよ?」

 

「彼には持病があるんだ。霊子甲冑や戦闘機に乗ると、右腕が動かなくなるらしい」

 

「それで、お前達を鍛えてるって訳か・・・納得がいったぜ。それじゃ、頑張れよ」

 

シャオロンはユイと共に去っていったが、直仁に関して誠十郎はあえて嘘をついていた。それは、右腕の事もあるが実際は霊子甲冑に乗れるものの、制限時間がある事。そして、彼が龍脈の御子である事を伏せておいたのだ。

 

「・・・これだけはどうしても言う訳にはいかないって、釘刺されてるものな」

 

その後、帝劇に帰り休養したが、各国の華撃団が出撃する事態になる事をいまだ知らなかったのだ。




華撃団大戦です。

原作だと解散になりますが、機体は凍結という形にされているだけで使えます。

次回は・・・天宮を鍛える話になるか、華撃団の過去を話すかどちらかになります。


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第二十六話 騎士と侍

ランスロットに目を付けられる直仁(今回は強者として)

天宮の強くなるという目的。


※ランスロットルートを書く時、この話が馴れ初めの基になります。

原作風なら戦って、刃で競り合いをしている時にこれが出ます。

1・刃を弾く(他ヒロイン選択時、これ一択のみ)

2・デコピンする(信頼度アップかつ、ヒロインルート確定)

今はエリスがヒロインなので『刃を弾く』ルートになります。

この話を持ってアンケートを締め切ります。直仁は海外華撃団のメンバーがヒロインになる率が高い!?


上海華撃団に勝利した日から翌日、直仁は天宮に呼び出された。場所はサロンだが、天宮は明らかに不機嫌そうだ。

 

「どうした?天宮」

 

「どうしたじゃないです!」

 

「いや、いきなり怒鳴られてもな」

 

「どうして私に声をかけてくれなかったんですか!初穂やクラリスさんにはかけてくれたのに、誠十郎さんにだって!」

 

「ん?稽古の事を言ってるのか?」

 

「そうです!明らかに三人とも強くなっているじゃないですか!」

 

どうやら天宮の奴は周りから置いていかれる事を恐れているのだろう。初穂もクラリスも今は中庭で稽古しており、誠十郎も精神面を鍛えるため、中庭で座禅を組んでいる。

 

無論、女優としての稽古も忘れてはいない。日々忙しい毎日だが。それぞれが充実している中で天宮だけが周りに遅れを取っていると思っているようだ。

 

「じゃあ、聞くがお前は何の為に強くなりたいんだ?」

 

「え?」

 

「勘違いする前に言っておくが、誠十郎は己だけでは限界を感じて俺の所に来た。初穂とクラリスは得意な物を失った時の対策として武術を教えている。もう一度聞くぞ?お前は何の為に強くなりたいんだ?」

 

「わ、私は・・・」

 

「お前の剣の腕が優れているのは知っている・・・だが、現状で満足してたんじゃねえのか?もしくは、もう敵は居ないとか考えてたんじゃねえのか?」

 

「がう・・違う!」

 

「感情的になったって事は図星か。なら、お前には一度、本気の実力ってのを教えてやらねえとな。中庭に着いて来い」

 

直仁の雰囲気が変わり、天宮は一瞬たじろいだが着いていった。中庭には休憩している三人が居たが、気にせず場所を取ると置きっぱなしにしてあった模造刀を投げ渡した。

 

「今回は霊力を使おうが何をしようが構わずかかってこい!俺も基本に返って柳生新陰流で相手をしよう」

 

「!支配人、私怒りましたからね!やあああ!」

 

天宮は得意とする唐竹や横薙ぎなどを直仁は素直に躱していた。少し応用を利かせれば一撃を与えられるのだが、怒りで直仁に一撃を入れる事しか考えていない天宮はそこまで考えが回っていない。直仁は間合いを外すと、居合の構えを取った。それと同時に天宮も構えを直す。

 

「!」

 

「いざ。剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考の内大悟へ至る。我が剣に、お前は何れを見るものか」

 

「!?」

 

「新陰流・・・。これ即ち、向かいし境地は・・・剣禅一如、なり」

 

「え・・・がはっ!?」

 

直仁は一歩足を踏み込んだと同時に居合抜きを終えていた。瞬間移動をした訳でも、高速で移動した訳でもない。単純に剣禅一如の言葉に動揺した隙を突いて繰り出した一撃だったのだ。天宮は居合を受けた箇所を抑えて軽く蹲った。

 

「僅かな隙を見せたな、天宮…もしこれが真剣だったら胴体が真っ二つだぞ?」

 

「う・・・うう、どうして」

 

「お前の弱点は些細な事で動揺する点だ。自分の印象だけで事実だと決めつけてしまう。そんな事じゃこの先、戦いの足を引っ張るだけだぞ?」

 

「・・・っ」

 

「俺の先程の居合も完成していない・・・まだまだ剣禅一如と呼ばれる境地に達していない。この居合が完成していると思っていただろう」

 

「それは・・・」

 

「強くなりたいと思うのは誰だって考えることだ。俺はな・・理由を聞いているだけだ」

 

「・・・・」

 

天宮は答えられなかった。周りに置いていかれそうだという点も自分の印象だけで決めきってしまう悪癖も直仁に見抜かれている。それだけに答えを口にする事が出来なかった。

 

「今日一日、時間をやる。俺は少し頭を冷やしてくるからよ、誠十郎達も自分のキリが良い所で稽古を終わりにしてもいいぞ」

 

 

 

直仁は中庭から去ると帯刀して、街へと繰り出した。温泉巡りが趣味の彼だが、ここ最近になって喫茶店系のカフェ廻りも楽しむようになっている。そんな中、西洋の菓子を売っている店に来た。

 

「へぇ・・・入ってみるか」

 

中へ入ると木の優しい香りが鼻をくすぐった。そんな中、一人の女の子がケェキと呼ばれる菓子で悩んでいる様子だ。偶然振り返ると直仁の事を見ている。

 

「うーん、これがいいかな?あれ?」

 

「・・・」

 

「・・・ん?んん?あれ?どこかで見たような・・無いような・・・あー!一年前に、私が剣を抜くのを止めた人じゃないの!」

 

「失礼、貴女は?」

 

「あ、そっか。あの時に名乗ってなかったものね。私はランスロット、円卓の騎士のランスロットよ」

 

「(なるほどな・・・今思い出したが、一年前のあの時に殺気を向けてきた奴だったか)」

 

「ねぇ・・・時間ある?少し着いてきて」

 

「?」

 

ランスロットに着いて行くと人通りの少ない、広場のような場所に案内された。ここでやる事といえば一つだろう。

 

「手合わせをお願いしたいんだ」

 

「その双剣・・・業物だな?西洋の剣には詳しくないがそれくらいはわかる」

 

「へぇ、なら・・・行くよ!」

 

ランスロットが突撃してくるのと同時に直仁も居合の構えで迎撃を試みる。だが、曲芸においてはランスロットが上だ。居合を外され、落下速度を利用した一撃を村正で受け止める。

 

「へぇ?自信のある一撃だったんだけどな?」

 

「ぐ・・・流石に応えるぞ」

 

ランスロットは着地すると、双剣を構え、直仁も構えを防御の型に変える。その型を見てもランスロットは笑みを浮かべたままだ。

 

「ふふっ・・・楽しい。楽しくって・・・時間を忘れちゃいそう!」

 

「狂犬のまんまかよ」

 

再び切り込んできたランスロットの刃を受けると同時に、直仁は双剣をランスロットの手から弾き返した。

 

宙に舞った二本の双剣は一本が地面に突き刺さり、一本はガシャン!と音を立てて転がった。

 

「やるね、私の剣を弾くだなんて」

 

「弾かなかったら何度も打ち込んできそうだったからな」

 

そういっている直仁の左頬から一筋の血が流れていた。カマイタチで切ったような軽いものだが、一撃に変わりはない。直仁は村正を鞘に収めた。

 

「ふふ、楽しかったよ。帝国華撃団の直仁さん。貴方は華撃団大戦に出るの?」

 

「残念だが、俺は出場出来ない身でな?稽古ぐらいなら帝劇に来れば付きやってやるよ」

 

「そっか、残念。私が勝ったら倫敦華撃団に来て欲しいくらいなのに」

 

「言っておくが、帝国華撃団と帝国歌劇団が今の俺の家でな。他へはまだ行けねえよ」

 

「ふーん・・・貴方が居るんだし、少しだけ期待しといてあげる。また戦ってね」

 

そういうとランスロットは自分の双剣を拾い上げ鞘に収め、元来た道を歩いて去っていった。

 

「倫敦華撃団のランスロット・・・か、アイツ等にとって手ごわい相手になりそうだな」

 

傷つけられた左頬をなぞりつつ、直仁も帝劇へと帰宅していった。

 

 

 

 

 

その後、支配人室で仕事をしていると支配人室のドアがノックされた。それに気づき、ドアへと目を向ける。

 

「誰だ?」

 

「天宮です。支配人、お邪魔してよろしいでしょうか?」

 

「おう、入りな」

 

「失礼します」

 

「此処に来たって事は答えが出たって事か?それと済まなかったな、天宮」

 

「え?」

 

「俺も頭に血が上りすぎていた。すまん・・・!」

 

「い、いえ!大丈夫ですから!頭を上げてください!」

 

直仁が席から立ち、頭を下げた姿に天宮は両手を振って慌てていた。支配人代理という立場であっても相手と一人の人間として接し、自分が悪いと思うのなら年下であろうと頭を下げる事の出来る人間であるからこそ、信頼を勝ち得る。天宮は直仁が何故、信頼されているかの一片を知ることになった。

 

「そうか。なら、話を戻すがお前の答えを聞かせみろ」

 

「私は・・・支配人の言う通り、現状に満足していました。でも、そうじゃない・・・私も皆と一緒に先の未来を歩んで行きたいんです!」

 

「良い目だ・・・その目が見たかった。目の前で起こった事、特に辛い事を無かった事にするのは簡単だ。だが、心だけは現実を認めちまう・・・自分が嫌だと思ってもな。この言葉をしっかり覚えておけ」

 

「支配人・・・」

 

「お前の剣、整えてやろう。明日から中庭に来るといい」

 

「え、整えるって・・・私の剣は」

 

「まだ分かんねえのか?お前の剣は花弁が風に舞うような剣、即ち流れを見切った上でそれを利用する柔の剣術に近いものだ。それだけに自由が利き過ぎて扱いきれてねえだろう?」

 

「そ、それは・・・」

 

「自由ってのは解放されている分、己で見出さなきゃ意味はない。だからこそ、お前だけが扱える技術を見つけ出せ。それを手伝ってやるって言ってんだよ」

 

「は、はい!」

 

天宮も稽古に参加し、直仁からの厳しい指導に着いていった。その中で、直仁は天宮に対し憧れの相手である真宮寺さくらの型で稽古をする事にした。

 

「行くぞ、これがお前が憧れた人・・・真宮寺さくらさんの剣だ」

 

「はい」

 

直仁が構えを取ると同時に、天宮の目の前には二人のさくらが見え始めた。誠十郎、初穂、クラリスにもその幻影が見えている。

 

「し、真宮寺さくらさんが二人?」

 

天宮の目には見覚えのある私服の和服姿のさくらと戦闘服姿のさくらが同時に見えている。それが直仁と重なった瞬間、打ち込んでくる。

 

「いやあああ!」

 

「はっ!」

 

木刀がぶつかり合い、さくらの幻影と重なっている直仁、そしてそれを受けた天宮が競り合う。

 

「・・・」

 

「これが・・・真宮寺さくらさんの剣」

 

直仁が代理になっているが、天宮はさくらの剣の重さを実感していた。誰よりも真っ直ぐで誰よりも正義を示すそんな気持ちが伝わって来る。

 

「感動している場合か?容赦しねえぞ」

 

「あっ!」

 

「でええい!」

 

「きゃあ!?」

 

瞬間、天宮は押し込まれてしまいその場に座り込んでしまった。直仁は木刀に鋒を天宮の前に突きつけるがすぐに収める。

 

「憧れた人物の剣を知って、少しは自分な中で何か掴めたか?」

 

「まだ、分かりません・・・でも、憧れた人の剣を知れた事で何かを掴めそうな気がします!」

 

「そうか」

 

「?支配人、その頬の傷は?」

 

「ん?ああ、これか。大方、カマイタチにでもやられたんだろう。手当はしてあるから気にすんな」

 

「そうでしたか」

 

この時、誰もが帝劇を襲撃される事になるとは知らず、帝劇において誠十郎と天宮しか知らなかった直仁の秘密を誰もが知る事になってしまうとは思わなかったのだった。




次回は夜叉の襲撃から始まります。それと同時に夜叉は直仁の秘密をバラしてしまいます。

龍脈の御子という事を。


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第二十七話 奇襲!上級降魔・夜叉

直仁の手回し、そして夜叉との戦い。

直仁の隠していた秘密がバレてしまう。


※地下秘密格納庫は『ポップ地下室』によって作られています。広さはガンダムシリーズの工場レベルの広さです。自動整備と改修も道具によるもので作られ蒸気による物にしてあります。秘密地下室の入口は格納庫の神山機が置いてある部分にカムフラージュされています。


森川からの情報を記憶し、直仁は上海華撃団の拠点となっている。中華料理店「神龍軒」へと一人で趣いていた。

 

「アンタ・・私達に何の用?」

 

「俺達を冷やかしに来たのか?」

 

上海華撃団の二人は直仁に敵意を向けていた。だが、直仁はそんな事を気にもせず、用件を伝え頭を下げる。

 

「二人に話がある。帝劇に顔を出して欲しい、頼む!」

 

「「!?」」

 

二人は同時に驚くが、頭を下げるほどの要件というのが気になり話を聞くことにした。

 

「そこまでするなら聞くしかないな、幸いにも今日は店が休みだしな」

 

「うん・・・」

 

「じゃあ、一緒に来てくれ」

 

二人を帝劇の支配人室に案内すると、先客が待っていた。上海華撃団の二人は誰だ?と言いたげな顔をしている。直仁は仕事の切り替えに敬語となった。

 

「お待たせしました。森川さん」

 

「そんなに待ってねえさ。それで・・・この二人、次世代の奴らだな?」

 

「はい、解散宣言を受けた上海華撃団の二人です」

 

「アンタは!?あの時の!」

 

「よう、上海の小僧。いや・・・上海華撃団隊長ヤン・シャオロン。そちらはその隊員ホワン・ユイだな」

 

「!?なんで、私達の名前を!?」

 

「この人は帝都一の情報屋である『賽の華屋』の森川大輔さんだ。帝都の情報で知らない事はない」

 

「なんだって!あの賽の華屋!?」

 

「嘘!?」

 

シャオロンとユイの驚きは最もだろう。あらゆる情報を高値で売買しているという伝説の情報屋が目の前にいるのだから。

 

「そんなことは後回しだ。先ずは直仁の話を聞け」

 

「俺が二人を呼んだのは、上海華撃団が持つ霊子戦闘機『王龍』をこの帝劇の地下格納庫よりも更に下に建設予定の秘密格納庫に保管したいという事です」

 

「なんだと!?」

 

「ふざけないで!あの機体は上海華撃団の物よ!」

 

「最後まで話を聞け!直仁はお前達の機体が欲しい訳じゃねえんだよ」

 

「え?」

 

「済まない、落ち着いて話を聞いて欲しい。俺は裏でWOLFに関する情報を集めていたんです。華撃団大戦による解散ルールがきな臭く感じて。そして、森川さんに詳しく探ってもらった結果が此処にあります」

 

直仁は上海華撃団の二人に森川が纏めたWOLFに関する資料を見せた。それを見た二人は信じられない、信じたくないといった表情をしていた。

 

「こ、これは!?」

 

「嘘・・嘘でしょ!?」

 

「悪いが、情報屋の生命をかけてもいいと言えるくらいに俺は情報に関して嘘は言わねえ、その資料に書かれているのは全て事実だ」

 

「俺も目を疑いました・・・まさかWOLFが、とね」

 

「それで・・・お前は王龍をどうしたいんだ?」

 

「解体される前に回収し、秘密格納庫で整備させます。正直言って今の帝国華撃団は人数が足りない、貴方達に協力を要請しなければならない事案が必ず発生するでしょう」

 

「つまり、いつでも戦える状態にしておくって事?」

 

「その通り、プレジデントGの目的は恐らく・・・帝都の防衛力の弱体化。強いては華撃団全てを消滅させる事にある。そうなっては俺達に勝ち目はなくなってしまう」

 

シャオロンとユイは驚きつつも納得できていた。今の帝国華撃団は確かに自分達よりも強い。それでも人数という点だけは難しい問題なのだ。それを聞いた二人は・・。

 

「・・・上海華撃団隊長として頼みたい。俺達をもう一度、戦えるようにして欲しい!」

 

「私からもお願いします!もう一度、もう一度!上海だけじゃなく、この帝都を守りたいから!」

 

上海華撃団の二人はプライドを捨てて、直仁に頭を下げた。ユイは泣きながら頼んでおり、シャオロンも本心から頼み込んでいる。

 

「二人共、顔を上げてください。寧ろ、こちらから頼みたい程だった。上海の龍を眠らせる訳にはいかないのでね」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「無論、貴方達を再び復活させる事に協力は惜しみません。ですが、こちらからも頼みたい事が一つあります」

 

「なんだ?」

 

「手助けが必要になるその時まで、普段通りにしていて欲しい。『解散させられた華撃団は何の力も無くなった』という状態をWOLFへずっと見せつけて欲しいんです」

 

「なるほど・・・偽装にはピッタリだ」

 

「復活までは仕方ないという事だね!」

 

「その通り、もどかしいかもしれませんが」

 

「いや、構わない。上海華撃団が必ず復活出来ると、確証があるだけで充分すぎる!」

 

「うん、また・・・さくらと一緒に戦えるんだから!」

 

上海華撃団の二人は実に嬉しそうに直仁へ言葉を返していた。そんな二人を見て直仁も笑みを浮かべ、森川も笑っていた。

 

「二人へのお話はそれだけです。もう時間も遅いでしょう、帰宅して下さい」

 

「ああ、ありがとうな!直仁さんよ!」

 

「本当にありがとう!」

 

二人は帝劇から帰宅していき、今度は森川と話をする。森川も各国の華撃団解散を賭けた戦いに疑問を持っていた一人でもあるのだ。

 

「森川さん」

 

「分かってるよ。帝劇の更に地下への秘密格納庫の建設と自動整備機械は任せておけ。お前と俺、そしてすみれ以外は入れないようにしておく」

 

「お願いします」

 

「良いって、俺も次世代を失う訳にはいかねえしな」

 

「ええ、その通りですね」

 

こうして二人きりになるのは何時以来だろうか?夜叉に関して話した時以来だろうあの場にはすみれもいたが、同じ事だ。

 

「このWOLFに関する資料・・・解散宣言を受けた華撃団に見せるって話だが」

 

「ええ、何か?」

 

「言いたくはねえが、過去に優勝している伯林華撃団は見れるとは思わねえぞ」

 

「何故です?」

 

「伯林華撃団は華撃団大戦で過去連続優勝しているんだろう?お前が敵ならどうする?」

 

「・・・・人質、叶わないなら洗脳などを使って手駒にします」

 

「ご名答だな、もし・・・そうなったら。お前、戦えるか?」

 

「エリスの事ですか?今更ですよ」

 

「そうだったな。お前は大神の代わりにあやめを・・・」

 

「・・・・・」

 

森川はため息を一つ吐くと立ち上がった。今日はもう用はないといった感じで。

 

「そろそろ、帰るわ」

 

「はい、またお願いします」

 

森川は資料を手に、帰宅していった。その日の夜のうちに秘密格納庫と自動整備機械を完成させてしまったらしく、仕事が早いと直仁が感心していた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

帝劇の地下から爆発音が響き渡り、直仁は壁に掛けてある光刀無形と村正を手に急いで地下格納庫へと向かった。そこには以前出会った仮面の女がいた。

 

「夜叉か!」

 

「お久しぶりですね、直仁さん」

 

「てめえ・・・!」

 

「今、貴方に用はありません。帝剣は何処です?」

 

「さぁな、知りたきゃ自分で探すか。俺を殺してからにしたらどうだ?」

 

直仁は珍しく光刀無形と村正を手にした二刀流の構えを取った。それを見た夜叉はほんの少しだけ、怒気が出てくる。

 

「あの人の、真似ですか?」

 

「どうかな?」

 

「・・・はあっ!」

 

「むん!」

 

今、直仁が使っている二刀流の型は旧・帝国華撃団の隊長であり司令官であった大神一郎が使う二天一流の型であった。夜叉に対して最大の嫌味とも取れる行動だ。

 

「!・・・その型と技は!」

 

「知っているのか?知っていても誰が使っていたかは教えないけどよ!」

 

「くっ!ですが、此処での目的は既に果たしています」

 

「消えた?しまった・・!奴は劇場へ向かったか!」

 

直仁は急いで階段を駆け上がったが、既に遅く到着した時には劇場は破壊され夜叉と天宮が対峙しており、夜叉が妖力を集中していた。

 

「あれは・・・!ここからじゃ間に合わねえ、仕方ないか!」

 

「破邪剣征・・・」

 

「破邪剣征・・!」

 

「「桜花放神!!」」

 

夜叉が放った破邪剣征・桜花放神を直仁は光刀無形から同じ破邪剣征・桜花放神で天宮に当たる前に相殺し、天宮を守った。

 

「え、今のは!?」

 

「っ!」

 

「夜叉!!」

 

「支配人!?」

 

「ふふ、流石は龍脈の御子といった所ですね。ですが、その右腕は限界に来ているのでしょう?」

 

「ぐっ!」

 

足止めをしているうちに花組が全員揃うが、夜叉は直仁の右腕の袖を切り落としてしまった。

 

「つっ!」

 

「また会いましょう。龍脈の御子、最も貴方の身体が持てばの話ですがね」

 

そう言い残して、夜叉は消えてしまった。それと同時に直仁は刀を支えに片膝をついてしまう。

 

「支配人・・!」

 

「大丈夫・・・少し、疲れただけだ」

 

「直仁支配人・・・その右腕のアザは?」

 

「!夜叉の野郎・・・隠しておきたかった事を」

 

クラリス、初穂、あざみ、アナスタシアに見られてしまった以上、隠す事はできない。

 

直仁は観念して、全員を食堂に呼び、自身の事について話を始めた。

 

「誠十郎と天宮は知っているが、俺はサンダーボルト作戦において魔界王と戦った。その時に受けたのがこのアザだ。これは龍脈の加護と侵食の証」

 

「龍脈・・・地脈の道とも呼ばれる物だよな?」

 

「その通りだ・・・初穂。俺が霊子甲冑や戦闘機に制限時間があるのか?それは、このアザが原因だ。長時間乗っていると内部暴走が始まって動けなくなる。更には腕に痺れが走ってしまう・・・よって俺が動かせる時間は七分間が限界だ」

 

「だから、一緒に戦えないって強く念を押していたんだ・・・」

 

あざみの一言に全員が黙り込む、誠十郎と天宮は余計に何も言えない状態だ。

 

「どうして隠していたの?」

 

「言った所で解決できんのか?コイツは呪いみたいなもんだ、簡単に外れるもんじゃねえんだよ」

 

「っ・・・」

 

アナスタシアの質問に直仁は突き放すように答え、クラリスが不安そうに質問する。

 

「呪いという事は・・・支配人の命は」

 

「心配するな、黄金蒸気事件の時に侵食は止まってる。寿命は縮まってねえよ」

 

クラリスはほっとしたような表情を見せ、安心したようだ。直仁は次に問題を話した。

 

「だが、問題は夜叉が堂々と格納庫に入れた事だ。それによって天宮の無限が大破、修理不可能になっちまったらしい。整備班長である令士からの言葉だ」

 

「そ、そんな・・・それじゃ・・・私はもう、戦えない・・夜叉・・・・真宮寺さくら・・さん・・も・・・敵・・」

 

「(また現実に打ちのめされたか・・・!)」

 

「私・・もう戦えない・・・よ」

 

そういって天宮は劇場を飛び出してしまった。それを初穂達が追う。誠十郎は直仁に近寄ろうとしたが。

 

「俺の事はいい、天宮の所に行け」

 

「でも・・・」

 

「隊長なら俺よりも隊員を心配しろ。まだまだ未熟な奴に心配される程、ヤワになっちゃいねえよ」

 

「!すみません、行ってきます」

 

全員が居なくなったのを確認すると、直仁は椅子に背中を着けて座り込んだ。

 

「っはぁ・・流石に・・・強がっちゃみたが、ヤワに成りかけてたみてえだな」

 

直仁は夜叉との連戦と、破邪剣征・桜花放神を放った事で全身に凄まじい疲労が襲っていた。

 

それでも倒れなかったのは、毎日の鍛錬の賜物だろう。だが、年齢からの衰えだけは少しずつ肉体を蝕んでいたようだった。

 

 

 

 

 

二日後、完成した地下秘密格納庫では上海華撃団から回収した『王龍』の整備、及び伝達系統の改修が始まっていた。この格納庫は帝国華撃団の人間をも入れる訳には行かないため、森川からの協力によってこの格納庫を作り、蒸気による自動整備及び自動改修が出来るようにしてある。

 

今、この格納庫に居るのは森川、直仁、そして案内されたすみれだけである。

 

「まさか、格納庫の更なる地下にこんな格納庫が作られていたなんて」

 

「この格納庫は完全に秘密ですからね。華撃団の皆や月組にも明かせないんです」

 

「各国の華撃団の霊子戦闘機を入れておく格納庫だからな、誰にも話す訳にも行かねえよ」

 

「解散宣言を受けた華撃団の機体を保管する事で、復活できるようにしておく事は盲点でしたわ。それに」

 

「WOLFが降魔達の組織、と言う点もでしょう?」

 

「ええ、もしやと思っていましたが」

 

「無理もねえわな、人間に化けていたなんざ・・・知る由もねえ」

 

「所で、天宮さんの件は?」

 

「その件は誠十郎に任せましたよ。俺や森川さんの声よりもアイツの方が良さそうですからね」

 

「ふふ、代理とはいえ支配人が板に着いてきたようですわね?直仁さん」

 

「止して下さいよ、たださえ一杯一杯なんですから・・・」

 

「オーッホホホ、ごめんなさいね」

 

「おめえら・・・昔に戻ってんじゃねえよ、ったく」

 

まるで10年前に戻った時のような会話に全員が笑っていた。あの時の頃へ帰りたいという気持ちもある表れでもあった。

 

友人がいて喧嘩もあったが、みんなで乗り越え、支え合い、恋もした。別れがあっても再会があり、新しい出会いもあった。時は忘却の彼方に・・・と言えるほど、忘れたくなくても、思い出せなくなってしまう事を恐れていた。

 

こんな会話の中でも三人は同じ考えを持っていた。それぞれが確信を得ながら。

 

「(アイツは必ず・・・ボロを出す)」

 

「(スパイがいるのは、確定ですわね)」

 

「(そろそろ、動き出すだろうな)」

 

胸の内を互いに明かすことはせず、ただ蒸気機械だけが動き続けていた。




次回はある人の裏切りに入ります。

そして、邪仙との戦いに直仁が月夜に出撃し伯林華撃団の彼女が死す!?

という感じです。


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第二十八話 龍脈・暴走!

倫敦華撃団との華撃団大戦、及び霊子戦闘機への手回し。

直仁が自らの危険を承知で出撃。

裏切り者とエリスが死す!?



天宮の事を直仁とすみれから託された誠十郎は天宮の実家に駆けつけていた。そこでは初穂と天宮が言い合いと殴り合いをしていた。

 

「いつまでウジウジしてんだよ!」

 

「うるさい!いい加減、放っておいてよ!」

 

「ぐっ!このぉ!」

 

「あぐっ!」

 

初穂は殴るのを小さな子供を殴るくらいの力に加減していた。直仁から教わった琉球空手桐島流を覚えてしまったが故に、肉体強化を無意識に行ってしまうからだ。それでも天宮には普通に殴られている程の威力がある。

 

「何も持っていないくせに、守るものがないくせに!!」

 

「アタシが守りたいのは今まで出会ってきた人だ、そしてさくら、お前なんだよ!」

 

「!」

 

「アタシは今まで何かを守るなんて考えもしなかった。けどな、合ったんだよ!自分で気づかないだけでな!」

 

「だから、なんだって言うのよ!憧れも、戦う力も、何もかも失って・・・今の私に何をしろって言うのよ!」

 

「立ち止まって泣いてるだけで満足か!?大切なものを失い続けた人間はアタシ達の近くに居ただろうが!!」

 

「っ!」

 

「それに比べりゃアタシ達は良い方だろう!?思想や憧れはもう一度取り戻せるんだからな・・・失ったなら取り戻せよ!」

 

「うるさい・・うるさい・・うるさい!!黙ってよ!!」

 

「このわからず屋がー!」

 

「やめろ!!」

 

初穂の拳を正面から掴んだのは誠十郎だった。だが、その余波が腕に走り、わずかに顔を顰めた。初穂の霊体術の威力が、誠十郎の筋力を上回っていた為だ。

 

「ぐっ!?」

 

「「た、隊長!?」」

 

「二人が心配だから来てみたら、何をやってるんだ!?喧嘩するのは構わない。だが、女優をしているのに顔を殴り合ってどうする!」

 

「「っ・・・」」

 

直仁の背中を見ていた影響か、誠十郎は正論を二人に言っている。彼も彼なりに花組の隊長としてどうあるべきなのかを模索し続けている身だ。演劇に関してもまだまだ、分かっていない事が多いが女優が顔を大切にしないのはいけないという事だけはわかっているつもりだ。

 

「アタシ・・帰る。さくら、待ってるよ」

 

拳を誠十郎の手から離し、初穂は笑みを見せた後、天宮の実家から去っていった。誠十郎は初穂の拳を受け止めた手を見つめている。

 

「(初穂・・・支配人から空手の稽古を受けてるの見てたけど、あんな威力が)」

 

「誠兄さん・・・」

 

「大丈夫だよ、ぐっ!」

 

「誠兄さん!?」

 

よく見ると誠十郎の手が僅かに内出血していた。重いものではなく、きちんと手当すれば完全に治る程度ものだ。

 

「手当します!」

 

「え、これくらいなら」

 

「いいから!!」

 

「あ、はい・・・」

 

それから、誠十郎と話し合い、自分が分かっている事、すべき事を伝え、帝劇に戻り、初穂の悩みも解決した。

 

 

 

 

倫敦戦当日、直仁から教えてもらった真宮寺さくらの剣の意味、誠十郎の献身的かつ導きのおかげで天宮は自分がどうなりたいかを自分で再確認し、華撃団大戦の舞台に戻ってきた。

 

「えっと・・・ただいま」

 

「さくら!」

 

天宮の帰還を最も喜んだのは初穂だった。抱きしめた姿を見て直仁も笑みを浮かべている。

 

「さくら、よく来てくれた。信じていたよ」

 

「はい、わたし・・・ようやく分かったんです。夜叉が真宮寺さんなら私が止めるって!」

 

「(天宮の奴、ようやく超える決心がついたようだな)天宮、今のお前になら・・すみれさんからのプレゼントを渡せるな。令士!試製桜武を出すぞ!!」

 

「え、た・・確かにあの機体は、すみれさんから預かっていますが・・・支配人!」

 

「そうだ、神崎重工が一機のみ・・・初めて開発した霊子戦闘機の試作機だ。あまりに性能が高すぎるのと同時に、霊力の消費が激しくて誰も乗りこなせなかったんだ。俺や・・あのさくらさんでさえな」

 

「そんな機体を・・私に!?支配人すらも乗りこなせなかった、理由はもしかして・・・?」

 

「おっと、俺の事はそこまでだ。天宮、今のお前だから桜武を渡すんだ。お前と初めて出会った時、俺は言ったよな?『真宮寺さくらさんに憧れているなら、そのさくらさんを超えてみろ。同じ名前を名乗っているならな!』って。今こそ超えてみろ、自分の中の真宮寺さくらさんを!」

 

「!!」

 

「さくらちゃんの霊力なら確かに桜武を安全に起動できる・・・。しかし、支配人とすみれさんにはバレていましたか」

 

「整備班や技術者ってのはコッソリ何かやっているものだからな。慣れてんだよ」

 

これは紅蘭との交流があったからこそ言える事である。令士がコッソリ何かやっている事も影で見ていたのだ。直仁は天宮に近づくと、少し乱暴気味に頭を撫でた。

 

「わ!や・・止めてください!支配人!髪が乱れちゃいますから!」

 

「ははっ、緊張は解けたみてえだな?頑張ってこいよ、ランスロットはお前自身だと思って戦え!」

 

「!はい!」

 

直仁と誠十郎は全く違う。誠十郎が見守ってくれる兄だとしたら、直仁は厳しく曲がらないよう正してくれる兄だ。全く対極であるからこそ、気が合うのかもしれない天宮はそう感じていた。

 

『天宮さん』

 

「え?」

 

『・・・!』

 

出撃する前、誰かに呼ばれた気がして天宮は振り返った。そこには大神一郎と同じ隊長仕様の戦闘服を身に纏った青年が拳を握って激励していた。それは10年前の僅かな間、隊長代理を勤め上げていた『狛江梨直仁』の姿であった。

 

「あ・・。っ・・!」

 

天宮は頷いて同じように拳を握って返した。それを見届けた青年の直仁は笑みを浮かべて霧散し消えていった。まるで、見届けたように。

 

「私が、守ります!」

 

「桜武、私に力を!」

 

「正々堂々、いざ・・・勝負!」

 

「「「帝国華撃団、参上!」」」

 

帝国華撃団の三機が、現れると待ちかねたように倫敦華撃団の西洋の甲冑のような霊子戦闘機『ブリドヴェン』が起動する。

 

「『ブリドヴェン』起動!」

 

ランスロットだけが完全に起動させて無かったらしく、その自慢の双剣を披露する。

 

「よし、行くぞ!」

 

続いてアーサーの駆る青い『ブリドヴェン』も剣を抜き、戦闘態勢に入った。

 

「「「倫敦華撃団、参上!」」」

 

 

 

 

上海華撃団と同じ戦い、ポイント制での戦いは二セットを帝国華撃団が制した。だが、直仁は全員へ激を飛ばした。

 

『治にいて乱を忘れず!油断するな、最後は直接対決だぞ!!』

 

「!」

 

「騎士に・・そして王に敗北は許されない。だが、ランスロットにも困ったものだね。天宮さんの事しか目に入っていないんだから」

 

そういって、倫敦華撃団団長であるアーサーはランスロットに対してはいつもの事だと言いたげだが、誠十郎に視線を向けた瞬間、雰囲気が変わった。王の名を名乗っているだけあってその威圧感は強い。

 

「だけど、僕は違うよ。倫敦華撃団の団長として勝利の栄光を手に入れる事だけを考えている。だから、此処で君達を倒す。そろそろ決着をつける時だ」

 

「すごい自信だな。自分が倒されるとは思わないのか?」

 

誠十郎からすれば、アーサーの威圧などそよ風にも等しい。間近に龍の逆鱗を体現する程の威圧感を放つ人物の姿を見てきたのだから。

 

「思う訳がないよ。王が敗北する運命など、歴史に存在しない」

 

『だったら、その敗北の歴史を作り出した先駆者になれ。誠十郎!』

 

「はい、その歴史を作ってみせます!」

 

「その声、一年前に出会った光武の操縦者かな?確か、名を狛江梨直仁」

 

『覚えていてくれたか。騎士王の名を持つ団長さん』

 

「前から思っていたよ。君も神山くんも・・・少し頭が高いんだよ。さぁ、我が前に跪け!」

 

『誠十郎、王ってのは己が完璧でなくてはならないと考えている事が多い。アイツ等は勝利だけを積み上げてきた、が!それは脆いガラス細工のようなものだ。お上品な奴らに侍の心の剣を見せてやれ!』

 

「はい!直仁さん!(もう一度、あの感覚を)」

 

「行きます!」

 

誠十郎はアーサーへ、クラリスは倫敦華撃団の隊員へと向かっていく。クラリスの戦闘スタイルに油断したのか、大振り一撃を打ち込んできたが、クラリスは冷静にその刃を避ける。それと同時に小太刀を投擲した。

 

「な・・に!?あの機体に剣が・・!?」

 

「私の刃は魔を払う物、そして心を斬る為にあります!」

 

小太刀の特徴を生かした横薙ぎの一撃によって、利き腕の機能を倫敦華撃団団員の機体から奪った。

 

「これで、終わりです!」

 

魔道書から得た属性の一撃を突き刺す事で、停止させた。誠十郎は己の修羅を表に出し、アーサーと戦っている。

 

「速い!?そうか、君が極めたのは速さの剣撃という訳だね。だが、速さだけでは僕には勝てない!」

 

「・・・・ぐ!」

 

相手を倒す事のみを考える剣、そして心に痛みを感じない表情、その二つが交じり合い剣撃はさらに速くなっていく。

 

「な、何!?さらに速くなった!?」

 

「此処だ!闇を切り裂く、神速の刃!嵐を巻き起こす龍となれ!縦横無刃・嵐龍!!」

 

「ぐああっ!の、逃れられない!?なんだ、この技は!?」

 

「これが、今の俺だ・・・!」

 

縦横無刃・嵐龍によってアーサーの駆るブリドヴェンも戦闘不能になった。

 

「見事だ。神山くん・・・王が敗北する歴史、本当に作られてしまったな」

 

『王だって殆どが人の子だ、完璧じゃないのさ。価値ある勝利と意味ある敗北を知ってこそ本物の王になれるんじゃねえのか?王の在り方はそれぞれ違うんだからよ』

 

「!盲点だったよ・・・敗北にも意味が有るなんてね。でも、この戦いで知りたくなかったな・・・・。次に活かす事が出来ない」

 

アーサーは結果を受け止めたように目を閉じた。次に活かす事が出来ないという言葉を聞いていた直仁は、陰で次の一手をすぐに実行していた。

 

 

 

 

 

未だに桜武を乗りこなせていない天宮は防衛に回っており、ランスロットは自軍の状態を把握していた。

 

「アーサー達がやられた!?あんまり楽しんでもいられないみたいだね」

 

プレジデントGはこの二人の一騎打ちによって勝利した者を勝者とする宣言を出した。華撃団大戦のルール自体である彼に意見を出そうと無駄なのだ。

 

「くそ、これじゃGのやりたい放題じゃねえか!」

 

「仕方ないだろう、アイツはこの華撃団大戦のルールそのものだ。戦っている以上、奴の手の平で踊るしかない」

 

初穂の言葉に直仁は諌めるように止めた。そんな中、戦っていた桜武の動きが止まってしまう。

 

「桜武が止まった・・・?ごめんね・・・桜武、真宮寺さんなら上手く使えたのに・・・」

 

また天宮の悪癖が表に出てきた時、初穂が声を荒らげた。

 

「何言ってやがんだ!またぶっ飛ばされてえのか!」

 

「初穂・・・」

 

「試合前に直仁支配人になんて言われたか、思い出せ!」

 

「支配人の・・・言葉」

 

『真宮寺さくらさんに憧れているなら、そのさくらさんを超えてみろ。同じ名前を名乗っているならな!今こそ超えろ、自分の中の真宮寺さくらさんを!』

 

天宮は目を閉じて、試合前に言われた直仁の言葉を何度も思い返す。真宮寺さくらを超えてみろと、憧れだけで終わらせるのではなく、同じ頂に立ってさらなる先へ行ってみろと。

 

真宮寺さくらになろうとしていた自分は間違っていない。だが、実力差を教えられ見せられた時、自分は何を考えたかと問う。その人に少しでも近づきたいと考えた、憧れの人の剣もその身で味わった。いつからだろう、ほんの僅かに抱いた想い・・この人を超えたいと自分から思ったのは。

 

「私は・・・真宮寺さくらさんにはなれない。だけど天宮さくらとして、私は私の憧れの真宮寺さんを超えてみせる!桜武!私と一緒に、限界を超えろおおお!」

 

完全に天宮と同調した桜武は先程までの動きとは違い、軽やかになっていた。その変化を見届けた直仁は拳を強く握って笑っていた。

 

『そうだ・・・天宮!それだ、お前のその心意気が見たかった!過激に舞え、桜花の如くな!』

 

「一体何があったの!?動きが早い!違いすぎるよ!!」

 

「今の私は桜武と共に戦っている!だから、想いも力も二倍です!!」

 

迷いのない天宮の動きはランスロットを確実に押していき、勝利した。

 

 

 

 

 

 

そして、その華撃団大戦の戦いの後の夜、上海華撃団の二人を呼んだように倫敦華撃団のメンバーであるアーサーとランスロットも呼び出した。もちろん、情報の信憑性を持たせる為に森川にも来てもらっている。

 

「帝国華撃団の支配人直々のお呼びとは、珍しいね」

 

「それも戦いが終わった後になんてさ」

 

「この話は解散宣言を受けた華撃団だけにしか出来ねえからな。倫敦華撃団の団長アーサーにその団員ランスロット」

 

「貴方は!?」

 

「まさか・・・あの剣を持っていた!?」

 

「俺よりも直仁の要件が先だ」

 

倫敦華撃団の二人は森川を見て詰め寄ろうとした。無理もない、一年前に森川は倫敦華撃団にとって見逃せない出来事である転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)を彼が使用していたのを見ていたのだから。

 

「お二人を呼んだのは上海華撃団の方々と同じ案件です」

 

「あれ?アンタ口調が違ってない?」

 

「大真面目な仕事の時は敬語になるんです」

 

ランスロットからの指摘をスルーし、直仁は仕事の話を始めた。

 

「先程、上海華撃団と同じとおっしゃっていましたが、どういう事かな?」

 

「はい。倫敦華撃団が所有する霊子戦闘機ブリドヴェンをこの帝劇の格納庫のさらに地下にある秘密格納庫に保管したいのです」

 

「なんだって!?」

 

「どういうつもり!?そんな事を承認するわけがないでしょ!」

 

「上海華撃団の皆様もそう言っていました。機体を保管したいその理由をこちらの資料に纏めてありますので見てください」

 

「拝見します・・。こ、これは!?」

 

「そんな・・・事って!」

 

WOLFに関する資料を見せた瞬間、二人は驚愕していた。上海華撃団の二人のように信じたくないといった表情をしていたが、森川が口を開いた。

 

「『サイの花屋』として言わせてもらうが。この情報は真実だぞ?俺の生命を掛けてもいい」

 

「「!!?」」

 

「ご理解いただけましたか?私はただ保管したい訳ではありません。解体される可能性が高く防衛力を失わないためにも、保管しておきたいのです。無論、整備もしておきます」

 

「騎士として本来、剣を他人に預けて保管してはおきたくないが」

 

「でも、アンタだったら信用できる。こんな真実を知った今ならね」

 

「それに・・・旧・帝国華撃団の生き残りともあれば信用に足る人物です」

 

「ありがとうございます。保管後は屈辱かもしれませんが普段通りにしていて下さい」

 

「今回の敗北を次に活かせるチャンスを得たんです。それくらいは受けますよ」

 

「私達の剣をよろしくお願いね?直仁さん」

 

二人は去って行き、倫敦華撃団の協力も得る事が出来た。彼らの機体を今日中に回収しなくてはと考えている時であった。突然、警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「修理が完璧に終わったと思ったのに、急にかよ!」

 

整備班長である令士もこの時ばかりはぼやいていた。敵が現れたのはミカサ記念公園の近くのようで、帝国華撃団全員が出撃になったのだが、急な出撃で、この時誰も気づいていなかった一人のメンバーが何かを企んでいた事に。

 

「早く来たまえ・・・退屈してしまうよ。ふふ、来たね」

 

「「「「帝国華撃団、参上!!」」」」

 

「ふふ、待っていたよ。帝国華撃団」

 

「お前は何者だ!?」

 

「僕の名は南峰(なんほう)炎天聖邪、南峰さ」

 

「!?」

 

上級降魔とは思えない程の気を持っているが、その霊気がどこか汚れており嫌な予感を誠十郎にさせた。彼が刀を抜こうとした次の瞬間だった。

 

銃弾が一体だけ残し、花組全員の無限及び桜武の脚部が破壊され、腕も関節部を破壊されたのだ。

 

「な、何!?」

 

「・・・・」

 

それを行ったのはアナスタシアの無限であった。アナスタシアは桜武に近づき、銃口を向けて冷酷に言い放った。

 

「さくら、貴女の刀を渡しなさい」

 

「ア、アナスタシアさん!?」

 

「二度は言わないわ、渡しなさい・・・脅しじゃないわよ」

 

「っ・・・どうして、ああっ!」

 

「話す事はないわ、早く渡しなさい」

 

天宮がコクピットを開き、アナスタシアに自分の刀を渡した。それと同時に南峰へと近づいていく。

 

「これを・・・」

 

「ご苦労様、じゃあ・・・約束通り会いに逝くといいよ。常世へね」

 

「え?あああっ!?」

 

南峰は容赦なく手刀でアナスタシアの胸元を切り裂いた。それと同時に一体の霊子甲冑が現れた。群青色を持ち、ダマスカスの太刀を愛用している伝説の光武二式。その姿を見て、全員が驚いていた。

 

「遅かったか!」

 

「「「「!!!」」」」

 

「来たね!龍脈の御子!ああ、でも・・・君の言う通り遅かったね」

 

何故、光武二式がここに現れたのか?それは10分前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

「アイツ等、くそ。こうしちゃいられねえ!!」

 

「おい、直仁!まさか!?」

 

走っていった直仁を追い、森川も直仁を追いかける。特典での移動用技を使うが、それでも直仁は格納庫にたどり着き、特殊コードを入力するとエレベーターに乗り込んだ。

 

「直仁さん、準備は出来ていますよ」

 

「カオルちゃん!?」

 

「森川さん、非常緊急事態なんです。俺が行かない訳にはいきません」

 

「馬鹿野郎!お前分かってんのか!?今のお前と光武じゃ」

 

「知っています。けど、今行かないといけないんです!」

 

「ちっ・・・!アイツ等みたいな事を言いやがって!行ってこい!」

 

「直仁さん、以前と同じように60秒は保険にしてくださいね」

 

「ああ、光武二式・・出るぞ!!」

 

 

 

 

「どうやら、君の愛しい人も来てくれたようだね」

 

「何!?」

 

「伯林華撃団、参上!」

 

それは白色のアイアンイェーガーであった。そのカラーリングの機体に乗っているのは一人しかいない。

 

「エリスか!?マルガレーテはどうしたんだ?」

 

「・・・皆が私だけを辛うじて逃がしてくれた。その後は分からない」

 

エリスは苦虫を潰したような顔で、悔しさを滲み出していた。

 

「役者は揃ったようだし。目的も果たしたから今日はサプライズだよ。来い!雀王機!!」

 

そこへ現れたのは朱雀のような機械の鳥であった。赤紫色をしており、南峰はそれに乗り込んだ。同時に指を鳴らすと、黒い虎のようなものが現れた。

 

「(っ・・・なんだ!?)」

 

「虎王機、彼女と遊んであげなよ。そして龍王機、君は龍脈の御子の相手をするといい」

 

「(っ!?これは?)」

 

「直仁さん!エリスさん!!」

 

それぞれが相手をするのを開始するのと同時に、直仁は誠十郎に檄を飛ばした。

 

「アナスタシアを早く回収し撤退しろ!(イリス・マリヨネット!)」

 

直仁は隠しつつ、無限と桜武を回復させた。無論、これはギリギリだからこそ使えたものだ。

 

「!しまった!」

 

「エリス!まさか、あの虎!」

 

虎王機がエリスのアイアンイェーガーの脚部に噛み付き、叩きつけたのだ。それと同時にエリスの目の前には絶望が近づいていた。

 

「がはっ!?はっ!」

 

「エリスーーーーーッ!」

 

虎王機はエリスのアイアンイェーガーに噛み付き、更に噛み砕いていく。それはまるで肉食獣が獲物を食らっているように見えていた。撤退していく翔鯨丸に乗り込んだ花組にも直仁の声が聞こえていた。

 

「あ・・・ああ・・・っ・・・!」

 

うあああああああああああ!!!お前らあああああああああああ!!!

 

「!」

 

「!」

 

愛しい者を虎王機に食われたと思った直仁は激怒、咆哮し、龍脈の御子としての地脈への影響が地震という形で現れ、帝都そのものが揺れ続けていた。




アナスタシアは回収され、帝劇で治療を受けます。

帝国華撃団は再度出撃、南峰と戦います。

次回は乗り換えイベントの前に話を挟みますが、分離したままです。


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第二十九話 冥王星を救い出す青龍と白虎の覚醒

連れ去られるエリス。

落ち込む直仁。

龍と虎が覚醒し、合体。


直仁の怒りと悲しみが龍脈の御子としての力を暴走させ、地震を引き起こしていた。龍脈から気を引き出し使えるからこそ、暴走した時はその気脈を活性化させてしまう為にその影響が一気に地脈にのしかかってしまう。

 

帝劇まで撤退した花組もその揺れを感じ取っていた。作戦司令室に映された映像から、直仁の光武二式が輝いている事から、原因は直仁であると確認する事ができた。

 

「し、支配人!?直仁支配人がこの地震を引き起こしているのか!?」

 

「嘘だろ・・目に見えるレベルの霊力だぜ!?」

 

「こ、こんな力を制御していたんですか?支配人は」

 

「嘘ですよ・・ね?森川さん」

 

「残念ながら事実だ。ああ、それとアナスタシアは俺のオペレーターに運ばせた。治療はそこでする」

 

「ありがとうございます。森川さん・・・。とうとう暴走・・・してしまったのですね」

 

作戦司令室に入ってきたのはすみれであった。今現在は自分の実家である神崎重工の方に集中しており、直仁に支配人代理を極秘で頼んでもいた。

 

「すみれさん!支配人、いや・・直仁さんを止める方法はないんですか!?」

 

「今の彼はエリスさんを殺されたと思い込んで暴走していますわ。言葉は届かないでしょう。ですが、あれだけの霊力・・そろそろ力尽きてしまいますわ」

 

 

 

 

 

 

「そろそろマズイかな?けど、降魔皇復活の為の呼び水には出来た。龍王機、虎王機よ!撤退せよ!そこの鉄の星の機体と彼女も連れてね」

 

「待ちやがれ!ぐ・・・!?」

 

「返して欲しければ、取りに来なよ。その間、彼女を愛でるのは僕だけどね」

 

「南峰ーーーーーっ!!」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

龍王機、虎王機と呼ばれた二体は、エリスのアイゼンイェーガーをまるで獣が子供を運ぶように持ち上げるとそのまま消えていってしまった。

 

「ぐ・・・・・う・・・」

 

暴走していた影響で、光武二式が倒れると同時に直仁も倒れ、意識が薄らいでいく。

 

「エリ・・・・・ス・・・・・っ」

 

それと同時に地震も収まり、再出撃した帝国華撃団・花組によって直仁は光武二式ごと回収されていった。

 

 

 

 

 

「う・・・?此処は?」

 

「目が覚めたか?」

 

「森川さん!?此処は何処ですか?」

 

「帝劇だ。宿直室だった部屋を片付けて掃除した後、此処に運んだ。花組の奴らはそれぞれ、部屋に戻って休んでいる」

 

「そうでしたか・・・」

 

直仁は起き上がれる様子でないようだ。何かをまた失ってしまったような、表情が抜け落ちたような顔をしていた。

 

「俺は・・・また、失った・・・大切な人を・・・」

 

「・・・・(あの時と同じ顔だな)」

 

森川はさくらの告白を受けた後、自棄になっていた直仁を思い出していた。彼は言った、異性を愛する事が怖いと。初恋は悲恋に終わり、新たに意識した相手は居なくなり、そして今、目の前で好き合った相手を殺された。

 

「俺は・・後、何回・・・大切な人を失えばいいんだ・・・」

 

目を腕で隠し、10年経って直仁は初めて涙を流した。此処まで弱気になった彼を見たのは森川自身も初めてだった。泣いたとしてもケジメをつけた時が多かっただけに、弱気の涙など想像できなかったからだ。

 

「・・・・まだ、分からねえぞ?」

 

「え?」

 

「あの機体・・・アイゼンイェーガーとか言ったか?あれを回収したって事はエリスが生きている可能性は充分にある。だが、あくまでも可能性だ」

 

「・・・・」

 

「信じてみろ。お前が惚れた女だろ?」

 

普通の男だったなら殴ってでも立ち直らせたかったが、直仁の恋や愛は常識では考えられない程に悲しみに落ちる事が多い。さくらとの出来事でそれを知っている森川は殴る事は出来なかった。自分も恋人を失ってはいるが死んだ訳ではない、解放される日は分からないが生きている事は確信を得ていた。それだけでも気持ちの持ちようは違うのだ。

 

 

 

 

 

翌日に華撃団大戦の相手は伯林華撃団だと発表され、会場に待機しているそのメンバーの中にエリスは居ない。無限と桜武は回復こそしていたが、修理が必要で出撃が可能な状態ではない。

 

そんな中、プレジデントGはWOLF華撃団の設立を宣言し、南峰から手にした帝剣と会場に集まっていた観客達の魂をもって、幻都を開放してしまった。

 

龍王機、虎王機は富士山の地下から強引に連れ出され、更には南峰の特殊な術によって魂を封じられ操られていたが、直仁の暴走によって活性化した龍脈を利用し自意識だけは取り戻せてはいたのだが、術を破るまでには至っていない。

 

華撃団大戦の会場は巨大な降魔の拠点となっていた。作戦司令室に直仁も自ら出撃すると全員に宣言したが、強く反対された。

 

「無茶ですよ!そんな、心も身体もボロボロの状態なのに」

 

「さくらの言う通りです!支配人!」

 

「どうしてそこまで、するんですか?」

 

「そうだぜ、アタシ等に任せておけよ!そこまで信用できないのかよ!?」

 

「違う・・・今度こそ俺は取り戻さなきゃならないんだ。俺自身の手でな」

 

「こうなった直仁さんを止める事は出来ませんわよ?」

 

10年前から彼を知るすみれは直仁の性格を理解していた。彼は死ぬ事は考えない、そして死ぬつもりもない、だが自分を顧みずに大切なものを取り戻そうとするのだ。

 

「みんなの無限と桜武の修理も終わった。後は乗り込むだけだ・・・それと直仁支配人」

 

「ん?」

 

「そこの森川さんに協力してもらって光武二式・改の修理も終わりました。例の装置も組み込んであります・・・ですが」

 

「なんだ?ハッキリ言ってみろ」

 

「恐らく、今回の出撃で限界です・・破棄する事になるかと」

 

「そうか・・・」

 

己の半身と言って良い程の相棒であった光武二式が限界を迎えていた。それを整備班長である令士はハッキリと伝えてくれた。

 

「それでもいい、出撃は可能なんだな?」

 

「はい」

 

「分かった。誠十郎」

 

「は、はい!」

 

直仁は誠十郎に向き直ると海軍式の敬礼をし、真剣な表情で言葉を言った。

 

「申告します!帝国華撃団所属、狛江梨直仁!これより、帝国華撃団・花組への指揮下に入ります!隊長、復隊許可を」

 

「!・・・帝国華撃団所属、狛江梨直仁を、これより帝国華撃団・花組への復隊を許可する」

 

誠十郎も直仁と同じ敬礼をしていた。形式ではあるがこれは直仁なりのケジメであった、年上というものは年下の指揮下に入る事を極端に嫌う。だが、直仁はそんなプライドを簡単に捨てて、誠十郎の指揮下に入ったのだ。そして、上海・倫敦華撃団に連絡を取った。両華撃団、復活の時が来たと。

 

 

 

 

 

指定の座標に機体を送ってあると直仁から情報を貰った上海華撃団と倫敦華撃団はそれぞれの場所で、それぞれの霊子戦闘機を受け取り、機体に搭乗した。

 

「なんだこりゃ?機体が・・・王龍が軽い!?」

 

「スゴい、以前は違和感が少しあったのにそれが解消されてる!」

 

簡単な拳と蹴りの動きをしただけだが、霊力伝達と反応の鈍さが解消されている事にシャオロンとユイは驚いていた。

 

直仁は回収した霊子戦闘機にWOLFの手が掛かっていないか徹底的に調査したのだ。その結果、霊気を伝達させる部分が意図的にほんの僅かだけ遮断させる装置があった。それを取り除き、各華撃団のクセに合わせた伝達装置に組み替えていた。

 

「剣が、動きが軽い・・・!」

 

「ああ、これならあの力を解放できる」

 

アーサーとランスロットも愛機であるブリドヴェンの負荷が無い事に驚きを隠せていなかった。

 

「聞こえるか!倫敦華撃団!!」

 

「上海華撃団かい?ああ、聞こえているよ」

 

「俺達が先行を務める。輸送艇へ乗せてもらえるか?」

 

「無論だよ。目的は一致しているからね」

 

「私達は・・・」

 

「帝国華撃団を援護する!」

 

二つの華撃団は目的が一致し、輸送艇によって華撃団大戦会場へと向かっていった。帝国華撃団が駆るミカサを援護し、先へと進ませ自分達の役目を託した。

 

 

 

 

 

 

その後、奥へ進んでいくと伯林華撃団の面々が巨大な部屋に揃っていた。そこには白色のアイゼンイェーガーが中心に立っていた。おそらくは降魔側で修理されたのだろう。

 

「やはり来たね。直仁・・・そんなボロボロの機体で」

 

「南峰・・っ!」

 

「エリスさん!!マルガレーテさん!」

 

「戦闘開始・・・」

 

「・・・」

 

伯林華撃団は容赦なく戦闘を仕掛けてきた。直仁は先行し、エリス機と戦う。溢れ出る霊気の質から間違いなくエリスが生きていると確信した。

 

「エリス!」

 

「エリスさん!目を覚まして!直仁さんも待っています!」

 

「直・・・仁?うああああ!」

 

白色のアイゼンイェーガーは容赦なく、弾丸の雨と霊気の電撃を浴びせてくる。だが、怯まずに呼びかけ続けた。

 

マルガレーテは初穂達が抑え、倒す事で正気に戻したようだ。

 

「ここ・・は?」

 

「おのれ、帝国華撃団!マルガレーテをよくも!」

 

「エリス!目を覚ませ!ぐあっ!?」

 

「エリスを拐かす者は私が倒す!」

 

エリスを守るために来たのはグラーフであった。彼女の機体は重火力の武装が施されており、避けることで精一杯だ。そこへマルガレーテが声をかけた。

 

「エリス!目を覚まして!」

 

「ぐ・・・う・・・うう、直・・・仁」

 

「え?」

 

「助け・・・て・・・・直・・・・・・仁!」

 

それは他人に助けを一切求めなかったエリスからの必死の声だった。恋を知った事で弱くなってしまったのかと疑った事もあった。だが、惹かれた異性の為に強くあろうとした、その姿が美しいと言われたから。

 

「エリス・・・俺は此処だ!此処に居るぞ!帰って来い!」

 

光武二式が手を伸ばそうとした瞬間、何かが横切った。それは朱雀を模した機体、雀王機である。

 

「凛とした気を持つエリスは僕にこそふさわしい、君はお呼びでないよ」

 

「南峰!」

 

「彼女は実に美しい、強いて言うなら湖に浮かぶ純白の百合の花だ」

 

「だが、その湖には守護する龍王がいる!」

 

「なら、そろそろ・・・終わりにしようか」

 

「終わりにされてたまるか・・・!俺は、俺はもう二度と大切なものを失ってたまるか!」

 

「なら、行け。青龍よ。白虎、白色のアイゼンイェーガーを好きにするといい」

 

「ふざけ・・!っ!?な・・何!?光武が、動かない!?」

 

そう、既に直仁の光武二式・改は限界を迎えていた。龍王機は素早く翼を模した刃で光武二式を切り裂いた。

 

「ぐああああ!」

 

光武の腕は破壊され、火花も出ており立ち上がるのがやっとだった。虎王機は白色のアイゼンイェーガーに狙いを定め、素早く牙を突き立て、その衝撃で仮面が半分に割れてしまった。

 

「ぐあああ!ぐ・・わ、たしは・・」

 

「・・・」

 

瞬間、直仁に霊力を通じて何かを感じ取った。それは、初めて龍王機と対峙した時と似ていた。その念が強まってくる。

 

『吾・・・汝に問う。破邪強念で吾に触れたるは汝か?吾が名は龍王機・・・古より人界を守護する超機人なり』

 

「超機人?」

 

『吾の目覚めは、的殺の彼方から羅喉星の使者が迫る証とならん。然るに、吾が使命は羅喉星を退け人界を護ることなり』

 

『汝ら破邪強念を備え、吾らの主となる資格あり、吾の真なる覚醒…五行器の輪転には2人の強念者を要す』

 

「お前達を完全に覚醒させるには二人の霊力を持つ人間が必要って事か!?もう一人、ってまさか!?」

 

直仁には思い当たる事があった。虎王機と呼ばれている機体は執拗にエリスへ攻撃しているが。まるで仮面を割ろうとしているようだ、つまりもう一人の操縦者は一人しかいない。

 

『汝、人界の救済を望まば、吾、神体を以て汝の意を遂げん。唱えよ・・・必神火帝・天魔降伏・龍虎合体』

 

「龍虎合体だと?」

 

『さあ、唱えよ・・・・』

 

「・・・・分かった。お前達が力を貸してくれるというのなら、行くぞ!!!」

 

 

必神火帝!天魔降伏!

 

龍虎合体!!

 

 

『推奨BGMスーパーロボット大戦より[我ニ敵ナシ]』

 

 

 

瞬間、龍王機が直仁の光武二式・改を、虎王機はエリスのアイゼンイェーガーを取り込んでいく。その光景に南峰は笑みを浮かべて騒ぎ、花組や映像で見ている森川や上海、倫敦華撃団のメンバー達は目を見開いている。

 

「ついに覚醒したか!!」

 

「な、何だ!?何が起こっているんだ!?」

 

二機が札の中に閉じ込められ、龍王機はまるで人型の四肢の状態になり、虎王機は身を縮め、龍王機から放たれた接続紐が繋がり、合体する。五行器と呼ばれる動力炉が回転し、龍の口に当たる部分に人の顔が現れ、中からまるで殻を破るように出てくる。同時に巨大な御札を出現させ、それに対し印を結び、燃え上がらせ剣へと姿を変えた。

 

 

 

 

我、無敵蒼龍!龍虎王!!見参!

 

 

 

 

「り、龍虎王だと!?まさか、アレが伝説の四神の超機人か!?」

 

「森川さん、あれをご存知なのですか!?」

 

「俺も古い文献や伝説を聞いた程度だ。懐疑的だったが・・・まさか本当に実在していたとは!」

 

存在自体が怪しいとされた伝説の超機人が現れた。森川は驚きを隠せないが、それ以上に驚いているのが花組のメンバーと助け出された伯林華撃団のメンバーだろう。

 

「誠十郎、そちらは大丈夫か!?」

 

「え、直仁さん!?その龍のような機体に乗っているのは、直仁さんなんですか!?」

 

「ああ、それと」

 

「マルガレーテ、心配をかけて済まなかった」

 

「エリス!?無事だったの!?」

 

「そうだ。私はこの虎王機に助けられたのだ。どうやらこのTigerは私を操縦者と認めているらしい」

 

仮面は完全に外され、元の凛々しく気高いエリスに戻っていた。二人はかつて帝国華撃団で開発された巳型霊子甲冑である双武と同じ状態なのだろう。

 

「エリス!一気に敵を殲滅する!!」

 

「わかった。だが、どうするのだ!?」

 

「龍虎王が教えてくれた、こうするんだ!炎の符水よ、敵を焼け!龍王炎符水!!」

 

印を結び、唱えると同時に炎が龍の姿を形作り、幻影の降魔が焼き尽くされていき南峰へと向かってく。南峰はそれを避けるとすぐに逃亡してしまった。




龍虎王、登場です。

この後は幻庵と戦いです。そろそろ、エリスルートも終わる頃かと。

ランスロットルートが終わったら、正式入隊時の過去編を書こうかなと思います。


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第三十話 猛虎の加護を得た戦乙女

エリスが大暴れ

雀武王、顕現。


龍王炎符水から逃れた南峰は笑みを浮かべると、雀王機に乗り込み龍虎王に乗り込んでいる二人に話しかけた。

 

「ふふ・・・まさか、青龍と白虎を覚醒させ、龍虎合体まで成し遂げるとはね」

 

「ああ、龍王機と虎王機には感謝してる。これでお前と戦う力を得られた!」

 

「なら、舞台は整えないとね。それに・・エリスにとって本当に必要なのは、君や龍虎王じゃなく、この僕さ」

 

「っ・・・」

 

南峰からの言葉にエリスは嫌悪感を覚え、怒りで言葉が出そうになったが。

 

「自惚れるな!本当に必要なのかはエリス自身が決める事だろうが!思い込みも甚だしいんだよ!」

 

「直仁・・・」

 

「思い込みじゃない、愛だよ。エリスは僕の愛を得て、より美しく咲く。そう、覚醒前にも言ったが湖に浮かぶ百合のように」

 

「俺も言ったはずだ!その湖には守護する龍王がいるとな!」

 

「ふふ、今のままでは分が悪い。幻都も少し降りて来ている。そこで戦おうか?でも、その前に・・・」

 

南峰が指を鳴らすとあらゆる生き物をモチーフにした化物や、大量の降魔、更には大型降魔までもが現れた。華撃団大戦での立体映像ではなく、本物の降魔だ。

 

「これらを突破して、魂力を高めるといい」

 

雀王機と共に南峰は奥へと向かっていく。自分が言っていた舞台とやらに向かったのだろう。

 

「直仁、今度は私に任せて欲しい」

 

「!いけるのか?」

 

「ああ、順逆転身!(Vorwärts-Umkehr!)

 

必神火帝!(Der Kaiser des Feuers!)天魔降伏!(Himmlische Dämonen fallen!)

 

「虎龍合体!!」

 

我、咆哮超機人 最強白虎 虎龍王!参上!!

 

龍と虎が入れ替わり、虎が人型の姿となった。エリスが操縦者らしくメインパイロットを勤めている。虎王機はやる気になっており、エリスに己の扱う武器や得意とする距離などを霊力を通じて教えてくる。

 

「っ・・・虎龍王が得意な距離、武装が私の頭の中に浮かんでくる!?あ・・・!」

 

『虎王機を信じてあげて、貴女が信じればきっと応えてくれるわ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、一人の女性がエリスに話しかけてきた。霊体の為に裸体であるが、エリス自身も裸体になっており、ここは霊体、即ち魂の世界であり、虎王機に搭乗して戦った操縦者達の想いが残っている場所であった。

 

『貴女は・・・一体?』

 

『私の名前は文麗(ウェンリー)、今から50年くらい前に虎王機に乗って戦っていたの。今の私は虎王機と共に戦ってきた人達の意思を伝える代表のようなものよ』

 

『虎王機と・・共に』

 

『貴女には破邪の念、霊力と言い換えればいいのかな?それが眠っているままなの、それを解放してあげる』

 

『え?ですが、私の霊力は』

 

『それは溢れ出ている残滓に過ぎないわ。私の手を握って?ここにいる皆の想いを受け取って?』

 

『・・・・』

 

エリスは差し出された文麗の手を握った。瞬間、歴代の乗り手達の想いが流れ込み、自分の中の何かが呼び起こされた感覚を味わう。

 

『い、今のは!?』

 

『受け取ってもらえた?私達の想いを』

 

『・・・ありがとうございます』

 

『虎王機はプライドが高く気難しいから根気強く接してあげて、それと大切な人がいるなら不退転の意思を持って守りなさい!』

 

『不退転?』

 

『決して諦めるなって意味よ。さぁ、行ってきなさい!』

 

ドンッと背中を文麗に押され、エリスの意識は現実に戻る。時間にしてほんの数秒だったが、充実した時間であったことは確かだ。

 

「虎龍王・・・正直、私はお前達が存在していることに疑問を持っていた・・・だが、お前と共に戦い、命を捧げてまで守ろうとしていた人達の意思を無駄には出来ない!改めて、私に力を貸してくれ!第二の故郷となりつつある帝都を、そして愛しい人を守る為に!!」

 

『グルルアアアアア!!』

 

虎王機は咆哮を上げ、降魔達を威嚇した。それは改めてエリスに力を貸すという意思表示であると同時に共に戦う事を表諾した事でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ、猛虎の叫びを聞け!虎王咆哮!!」

 

エリスは地上の小型魔装機兵が集まっている箇所へ虎龍王を操縦し咆哮による衝撃波を繰り出したと同時に走り出した。最速とも言われる虎王機の動きは並みの降魔では捉えられない。

 

「虎龍王・連挺乱打!!たあああ!!」

 

大型の魔装機兵に拳とヌンチャクの混合技を駆使して攻撃を仕掛け続ける。このような武器に関しては使った事はないが、虎龍王の意思が教えてくれている。次々に敵を倒していくエリスの姿に直仁は龍王機のコクピットの中でポカンとしていた。

 

「はは・・・とんでもない女傑に惚れちまったな。俺」

 

「聞こえているぞ?」

 

「あ・・・」

 

「今は惚れ合いの会話は必要ない。この奥に居る南峰を倒す事が先決だ」

 

「そうだな、と言いたいが」

 

降魔の群れと大型の魔装機兵はまるで門番のように立ち塞がっていた。まるでここから先へ行かせないと言いたげだ。

 

「エリス、此処は」

 

「いや、まだまだ虎王機は暴れ足りないようだ。この階は任せて欲しい」

 

「わかった!頼む!!」

 

「次はこれを使えという事か、虎王神速槍!!」

 

青龍偃月刀と同じ獲物を出現させ、門番へと向かっていく。神速ともいえる刺突の連続と斬り払いによって門番を護衛する小隊は完全に薙ぎ払われた。

 

「はあああ!うっ!?」

 

門番は巨大な盾をいつの間にか形成していた。虎王神速槍の鋒が防がれ、反撃を食らってしまう。そして嬲るように攻撃を続けている。

 

「うあああっ!」

 

「ぐっ!エリス!!」

 

「私は大丈夫だ。だが、この攻撃が虎の誇りを傷つけ、猛虎の怒りに火をつけたようだ」

 

虎龍王は嬲り続けている門番を咆哮をもって押し返し、その闘気を燃え上がらせ続けている。闘気を最大限にまで燃え上がらせた虎龍王は門番へと飛びかかっていく。連挺乱打、虎王神速槍、身分身の術による立体乱撃を繰り出し続ける。

 

「はああ!これが・・・虎龍王最終奥義!!」

 

虎王乱撃ぃっっ!!

 

門番を完全破壊し、その奥へと進んでいく。入口を潜った後に広がった光景は新・帝国華撃団の面々が雀王機の他にもう一体、蛇の尾を持つ亀の超機人と戦っていた。

 

「直仁さん!エリスさん!!」

 

「誠十郎、待たせた!状況は?」

 

「なんとか防衛戦になっている状況です。あの亀のような奴が現れてから」

 

「ほっほっ、あれが今の青龍、白虎の操者か。善い善い・・・いい目をしておるな。武王機も喜んでおる」

 

「武王機だと?という事はあれは玄武か!?」

 

直仁の言葉に男性の老人は愉快そうに笑っている。雀王機を駆る南峰は不敵に笑みを浮かべ言葉を発した。

 

「僕の試練を乗り越え、魂力を上げてきたか。流石だよ、。それと紹介が遅れたね・・・武王機に乗っているのは北峰、僕のパートナーさ」

 

「紹介に預かった、北峰と申す」

 

「それと華撃団の諸君に敬意を称して、雀王機と武王機の本領発揮といこうか」

 

「うむ」

 

「本領発揮?ま、まさか!?」

 

「どうしたんですか?誠十郎さん!?」

 

「直仁さんとエリスさんが龍と虎を合体させたように、あの二人が乗っている機体も合体出来るという事さ!」

 

「ご明察、では行くよ?」

 

 

必神火帝

 

天魔降伏

 

 

[推奨BGM スーパーロボット大戦より『雀武周天』]

 

 

雀王機がバツの字を刻むように炎を二回吐き、大地に目印を付ける。その上に武王機が乗り武王機を見上げている。雀王機は合体の印を発現させ、それを合図に武王機が立ち上がり、甲羅の部分である武鱗甲が持ち上がり、雀王機の腹部分が展開していく。

 

鳥の足のようだった脚部は人型を思わせる足となり、翼の部分からは腕が展開すると同時に武王機が飛び上がった。展開した腹部分に武王機本体が収まり、甲羅である武鱗甲は左腕に装着され盾となる。

 

目印となった部分に合体した二機が着地すると、雀王機の嘴の下部分が展開し、人を思わせる顔が出現する。龍虎王とは違い、女性の顔のようだ。武王機の尻尾部分であった蛇が一部を剣の柄の形となり、頭から柄にかけての部分に刃が形成され、それはまるで蛇腹剣を思わせる。黒い蛇の姿から黒蛇刀と言えるだろう。

 

焔天大聖 雀武王・・・・顕現!

 

「鳥と亀が合体して・・・雀武・・王?」

 

『正確には朱雀と玄武だ。四神の超機人・・・本当に実在して復活したとはな』

 

通信越しで天宮に教えたのは森川であった。超機人に関しての伝説は知ってはいたが朱雀と玄武に関してはあまり知らなかった様子だ。他の花組メンバー達も立ち上がるが、そこへ夜叉が現れた。

 

「華撃団達の相手は私がしましょう。南峰、北峰・・・アナタ達は超機人の相手をしなさい!」

 

「はいはい、人使いが荒いね」

 

神滅を呼び出し、搭乗した夜叉は華撃団に刃を向け雀武王は虎龍王に敵意を向けている。華撃団は武器を夜叉へと向け、直仁とエリス、南峰と北峰が搭乗している超機人同士は睨み合いを続けている。

 

「エリス、雀武王の相手を任せて欲しい」

 

「確かに戦術的には虎龍王よりも龍虎王の方が雀武王の相手に向いている。任せるぞ」

 

「ああ!順逆転身!

 

必神火帝!

 

天魔降伏!

 

龍虎合体!!

 

地上戦用の虎龍王から空中・水中戦に長けている龍虎王に切り替え、超機人は空を舞台に向かっていった。

 

「さぁ、始めましょうか」

 

「夜叉、ここで決着をつける!」

 

「来なさい」

 

 

 

 

「下は盛り上がっているようだね」

 

「そのようだな」

 

「では始めようか?この最高の舞台を」

 

「お膳立てのつもりか?」

 

南峰は含み笑いをした後、透き通った声で殺気を向けてきた。雀武王と南峰の殺気が合わさり、濃密な殺気となっている。

 

「本当に君は僕をイラつかせるのが上手いね、それも龍脈の御子としての力かな?」

 

「そうだな、お前を倒せるなら喜んで受け入れるさ。けどな、俺は人間だ。どこまでいっても人間なんだよ!ただ、人よりも霊力が高すぎるがそれでも俺は人間だ!お前のようにただ力に溺れて見下し続ける奴にはならねえ!」

 

直仁の言葉に南峰は血管に来たのか、ワナワナと震えだした。だが、そこは仙人の力の欠片を取り込んだ上級降魔、すぐに持ち直してしまう。

 

「まぁ、良いさ。降魔皇もあと少しで完全ではないが復活する。それまでに僕を倒せるかな?」

 

「倒す!必ずな!!」

 

「良いだろう、掛かってきなよ。所詮、君たちの目には苦界しか映っていない。万魔伏滅!黒蛇刀!!

 

龍王破山剣、招来!!

 

雀武王は揺らめく炎を闘気として黒蛇刀を構え、龍虎王は己の尾にある龍玉を御札に変化させた後に巨大な剣に変化させ、雷と共にそれを手にし構える。

 

今ここに天を舞台とした四神の戦いと世界の存亡をかけた魔との決戦が始まろうとしていた。




そろそろ終わりに近づいています(グランドヒロインであるエリスルートが)

他のヒロインでも最終局面や龍虎王・虎龍王に乗り込むのは一緒ですが、そこまで至る経緯が違います。

因みに龍虎王の設定はスパロボOGと同じように「龍虎王伝奇」を使用しています。第一章が明治時代であり、文麗をエリスに対して使ったのはそのためです。

降魔皇に関して復活するとありますが、完全復活はしません。


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第三十一話 雀武 龍虎 四神激突

雀武王、夜叉との戦い。


「こちらから行こうか!万魔伏滅!黒蛇刀!三千斬!緊縛咒!!

 

雀武王の持つ黒蛇刀が伸縮し、大蛇のごとく襲いかかってくる。回避して難を逃れるが。

 

「!直仁!!後ろだ!!」

 

「何!?ぐあああ!」

 

背後から反転してきた黒蛇刀に襲われ、あらゆる方向から攻撃されていき、獲物を締め付ける蛇のように龍虎王へと巻き付いた。同時に自身の方へと引き寄せ遠心力をかけてくる。その勢いを利用し、押しつぶす形で切り裂いた。

 

破斬!!紅に染まりたまえ、御子よ」

 

「ぐうあああああ!エリス、大丈夫か!?」

 

「ぐうっ!な、なんとか・・・!」

 

雀武王と南峰の同調が高いのだろう。破損こそ軽微であったがダメージを負った龍虎王は歯を食いしばった表情を見せている。

 

「すまん、龍虎王!俺の回避が下手だったばかりに!」

 

「それは後だ、次が来るぞ!直仁!!」

 

「ほう?あの一撃を受けてまだ軽傷とはね?行こうか、雀武王!朱羅剣!!」

 

最高速で迫りつつ、炎の弾丸ともいえる念を放ってくる雀武王。だが、直仁は龍虎王と共に立ち上がりを印を結ぶ。

 

九天応元雷声普化天尊・・!!破!!

 

迎撃する為の雷が発生させ、朱羅剣を相殺し追撃の印を結ぶが雀武王は既に目の前にはいなかった。

 

「!居ない!?」

 

「ふふ・・・大地の全てを飲み尽くすがいい!黒蛇刀!五行器、輪転!南夏極断!黒蛇刀!昇天!

 

更なる上空へ舞い上がっていた雀武王は一つの光球が地上へ向けて投げつけ、同時に手にしている黒蛇刀が天空へ伸びて行く。それと共に膨大な大気と大地の気が黒蛇刀の口へと吸い込まれていく。

 

「な・・・何だ!?膨大な気が雀武王へと集まっているぞ!?」

 

「おかしい、あれだけの霊気を放てば私達にだけダメージを与えられるはず・・まさか!?直仁!左に急いで向かえ!私が合図するまでだ!」

 

「な、何だエリス!?急に!?」

 

「喋っている時間が惜しい!!早く!!」

 

「わ、分かった!」

 

焦りだしたエリスの言葉を信じ、直仁は急いで左に移動を開始する。そこには、仲間である華撃団達が夜叉を相手に戦っている場所の真下であった。

 

「此処だ!止まってくれ!!」

 

「ああ・・・!」

 

武鱗甲、集結!縮地呑天!

 

黒蛇刀へ集まるエネルギーはまだまだ最大値ではなかった。建物の一部すらも吸収されていき、気を蓄えた黒蛇刀はその眼が明るい紫に近い輝きを放った。

 

「さあ、これを受けたまえ!!黒蛇刀!五行獄(エナジー・プリズン)!!

 

大気と大地の気を取り込んだ炎が龍虎王へと向かってくる。避けようにも下には華撃団、左右には展開されている武鱗甲に抑えられ、身動きがとれない。

 

「くそっ!下にはみんなが!!」

 

「!」

 

五行獄の炎に飲み込まれそうになった瞬間、龍虎王の目の前に障壁のようなものが展開された。それを見た北峰と南峰は感心したような表情を見せていた。

 

「ぐ・・ぐううう!仲間と・・・直仁を・・やらせはしないっ!」

 

「エ、エリス!」

 

「ほう・・・?念動結界とは・・・。いや、あの者達の言葉を借りるなら、霊光結界と呼ぶべきか」

 

「まさか、あのエリスが血筋だったとはね。僕の目を持ってしても見抜けなかったよ」

 

「うああああ!」

 

エリスの霊気による結界によって五行獄の炎を受けきった龍虎王だが、エリスは凄まじく疲労していた。慣れない障壁展開を全力で行ったためだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・ゴフッ!」

 

「エリス!?」

 

「大丈夫・・・少しだけ霊力を・・・全開で、酷使し過ぎただけだ・・・」

 

軽い吐血だが、それは超機人に乗っているのと同時に障壁展開をしたエリスの身体に莫大な負荷がかかっていた証であった。

 

「どうやら、のんびりはしてられないな!」

 

再び龍王破山剣を招来させた龍虎王と共に、直仁は雀武王へと突撃していき剣を合わせ、火花を散らした。

 

 

 

 

 

その真下では、夜叉と次世代の帝国華撃団が接戦を繰り広げていた。今までの華撃団であれば苦戦していたはずだが、夜叉を追い込んでいる。そう思える程ではあったが。

 

「ふふ、甘いですね・・・うぐっ!?」

 

「甘いのはどちらかしらね?」

 

その射撃は華撃団の隙間を縫って夜叉の駆る神滅に正確に命中していた。それが出来るのは次世代の中で一人しかいない。

 

「アイスドール・・・!」

 

「アナスタシアさん!もう、大丈夫なんですか!?」

 

「ええ、ごめんなさい・・・アナタ達を裏切って、おまけに幻都まで復活させるきっかけを」

 

「良いんだ。どんな事情があったにせよ、君は俺達の仲間だ!君は戻ってきてくれた・・・それだけで充分だ!」

 

「キャプテン・・・はっ!?」

 

感動を破壊しようとする炎が遥か上空より迫りかけていたが、それを龍と虎が合身した機体が守ってくれたのをアナスタシアは目撃した。治療を受けていた為に龍虎王に誰が乗っているのかを知らないのだ。

 

「キャプテン、あれは・・・?」

 

「あれは直仁さんとエリスさんだ。二人は超機人と呼ばれる機体に選ばれて、もう一体の超機人と戦って抑えてくれているんだ」

 

「支配人と、あの子が?・・なら、私達の役目は一つね」

 

アナスタシアが駆る無限が夜叉に視線を向けると同時に、その影から見覚えのある機体が出てきた。それは伯林華撃団が所有するアイゼンイェーガーだ。

 

だが、マルガレーテはこちら側に戻っておりエリスは直仁、龍虎王と共に雀武王と戦っている。ならば一体誰が乗っているのか?

 

「帝国・・・華撃団・・・倒す!」

 

「あの声・・・まさか、グラーフって呼ばれていた奴か!?」

 

「ふふふ・・・その通り、アイスドールに代わる新たな駒ですよ」

 

「夜叉!貴様!!」

 

「頼みの御子と龍の超機人は南峰達の駆る超機人に抑えられ、他の華撃団達は来られない・・・どうしますか?」

 

「絶技用意。太陽の魔剣よ、その身で破壊を巻き起こせ!破滅の黎明、壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)!!」

 

背後から数本の小剣が飛来し、光を帯びた剣が神滅に突き刺さりそれを誰かが殴りこんで押し込み爆発させた。

 

「うああ!な、何者!?」

 

「それ以上、その声で喋んな・・・!華撃団の戦いは邪魔しねえが、テメエだけは別だからな、夜叉」

 

「お前は・・・輪廻を調整された者!?」

 

「森川さん!」

 

そう、森川だった。今の彼には冷酷という言葉が似合う程に冷たい空気を身につけていた。夜叉に対する怒りと降魔への憎しみにも近い感情が表立っているからだ。

 

「さっきも言ったが、その声で俺に話しかけるな。夜叉・・・お前の相手は先に華撃団だと言いたいが…」

 

そう言いつつ煙草に火を点ける森川。度合いが強い煙草を吸っているようで、それは怒りを表しているようだ。

 

「あー、コイツのヤニはキツイ・・・誠十郎・・・個人的なワガママだが、夜叉との決着は俺につけさせてくれや」

 

「え?」

 

「良いだろう?」

 

「っ・・・」

 

誠十郎は森川の表情を見た瞬間、背筋に寒気が走った。その目には表情がない、冷酷という言葉が人の形をして話しているように見えたからだ。

 

「分かりました・・・」

 

それしか言えなかった。今の森川は下手な言葉を口に出せば、敵味方問わずに蹂躙するだろう。ましてや、自分の恋人の姿に似ており、同じ声をしている夜叉が居るとあっては尚更だ。

 

「グラーフって奴は頼む・・・夜叉は俺がやる・・!」

 

「いくら輪廻を調整された者だとしても、幻都の力を受けた私には叶いませんよ?森川さん」

 

「お前が俺の名前を口にするんじゃねえ・・・!!光を持つ魔によってお前を斬る!この無毀なる湖光(アロンダイト)でな!」

 

森川は光の中から一本の黒い剣を発現させた。その剣は禍々しい漆黒の煤によって汚れている。元は聖剣と呼ばれるに相応しい格を持っていたはずが、何らかの要因によって喪失し、魔剣としての属性を得てしまったのだろう。だが、刀身の一部分は黄金の輝きがわずかながらに残っている。

 

「な、その剣は!?光を帯びながらも魔剣の域に達している・・・ありえない!」

 

「ありえない?そうだな・・・俺も直仁もありえない事ばかり引き起こしている張本人だ。直仁は龍に見込まれ、俺は力がありすぎる。だからこそ、テメェを倒す・・・本当、今は不思議な気分だぜ。怒り心頭な筈だが、頭は妙に冷静だ」

 

手にした無毀なる湖光(アロンダイト)の鋒を夜叉に向ける森川。この怒りは自分だけのものでは無い、さくらに憧れを持っている天宮、叶わなかった恋をし悲恋を乗り越え自分にさくらへの想いを託してくれた直仁。そして、さくらからの想いを胸に再会を信じて帝劇を守り続けているすみれ、その全てをこの胸に刻んでいる。

 

「来な、夜叉・・・!お前を欠片も残さず消滅させてやる」

 

「減らず口を・・・!人間如きが!!」

 

 

 

 

その頃、華撃団と森川が戦う地上よりも遥か上空では雀武王が何度も何度も向かってくる龍虎王に対し、焦りを感じ始めていた。

 

「どうした!?雀武王!?」

 

「・・・・」

 

「どうやら、雀武王は焦りを感じているようだな!南峰!!」

 

「どういう事だ!?」

 

直仁の言葉に訳が分からないといった様子の南峰に今度はエリスが力強く言葉を発した。

 

「分からないか?雀武王は私達の諦めない心に脅威を感じているのだ!」

 

「馬鹿な!?」

 

「倒しても倒しても立ち上がってくる相手、これほどまでに驚異な敵はおるまい!」

 

「決着を着けるぞ!雀武王!!」

 

そう言って龍虎王は薩摩示現流の構えを取った。龍虎王が自然と構えた姿であり、雀武王は僅かにたじろいだ。

 

かつての戦いでの記憶が、示現流に対する恐怖心を植えつけられているのだ。だが、そんな事を直仁もエリスも知る由もない。

 

「こうなれば焔天大聖前朱雀避口舌!五行器、最輪転!!

 

「ならばこちらも!左青龍避万兵!五陽五神、無敵青龍!四心合一!!

 

どちらも最大奥義で決着をつけるつもりだ。雀武王は黒蛇刀を天空高く掲げ、大気のエネルギーを黒蛇刀の口から吸収している。龍虎王は周囲に雷を発生させ、竜巻と共に龍王破山剣にその力を収束させた。

 

雀武周天!縮地呑天!黒蛇よ!空を裂き、地を奔れ!!」

 

「今必要なのは折れない剣じゃない!折れない心!!」

 

我激燃超機人 無敵蒼龍 龍虎王

 

 

「雀武王が最終奥義!!」

 

「龍虎王が最終奥義!!」

 

雀武王の持つ黒蛇刀が龍虎王へと向かっていき、龍虎王はそれを迎え撃とうと突撃した。

 

黒蛇刀!五行烈斬!!

 

龍王破斬剣!!逆鱗断!!!

 

二体の超機人は中心でぶつかっていき、炎と雷を纏ったような光の中へと消えていった。




次回は夜叉戦からです。

ネタが無くなってきてピンチ!


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第三十二話 龍の咆哮 菩薩の無慈悲

夜叉と雀武王との決着。

※新サクラ大戦の夜叉に関するネタバレがありますので注意してください。


地上では二組に別れた次世代華撃団と森川が戦闘を始めていた。だが、次世代の華撃団達はたった一人の伯林華撃団隊員に苦戦していた。それもその筈、グラーフのアイゼンイェーガーはグレネード、ヘビィガトリング、そして彼女が考案したパンツァーファウスト、フリーガーファウストという重火器の中でも群を抜く砲口を携えているのだ。

 

グラーフには先見の明があった。特に銃火器に関する事に関してはズバ抜けており、拳銃は小銃へ、小銃は機関銃へ、機関銃は機関砲へと進化させていく過程を発見、確立してしまったのだ。

 

無論、これは伯林華撃団内部での極秘事項になっており開発方法などは外部に一切知らされていない。使い捨ての兵器であるパンツァーファウスト、フリーガーファウストには爆薬を暴発しない位置に仕込んであり、撃ち終えたらそれを撃って爆発させ隠滅する。

 

「きゃああああ!」

 

「うあああ!くっ、神山!アイツ、とんでもねえぞ!近づけねえ!」

 

「火力が違いすぎる!これが後方支援の機体だなんて、信じられない!前線に立っても通用するレベルだ!」

 

「帝国・・・・華撃団・・・・排除・・・」

 

グラーフは強引に着けられた仮面の呪縛から逃れられていない。彼女自身の意識が奥底に封じられてしまっているからだ。更には夜叉という降魔との繋がりが彼女の意識の復活を阻んでいる。

 

パンツァーファウスト、フリーガーファウストを撃ち尽くしたグラーフは残骸にも等しいそれを華撃団の居る位置へと投げつけ、アイゼンイェーガーに標準装備されている腕のガトリングでそれを撃ち抜き爆発させた。

 

「うあああっ!」

 

「きゃあああ!」

 

「あざみ!クラリス!!」

 

「キャプテン、彼女は曲がりなりにも伯林華撃団の一員よ。彼女の戦略は私達を上回っていると考えるべきだわ」

 

「重火器を効率良く扱える。一人で軍隊のようだよ」

 

アナスタシアからの言葉に誠十郎は戦意を失っていない目で苦笑していた。だが、他の華撃団メンバー達も戦意を失っていない。

 

「私だって・・・まだやれます!」

 

「武器がなくても、拳さえあれば・・・アタシは戦えるぜ?」

 

「私もです・・・!グラーフさんの目を覚ましてあげないと!」

 

「みんな・・!そうだな、此処で弱気になってたら先代の皆さんに叱られる!特に直仁さんのカミナリは怖いから」

 

直仁のカミナリと聞いた瞬間、誠十郎以外の全員が背筋をピンとしてしまった。天宮は自分の羨望を、初穂は感情を剥き出しにして向かった時を、クラリスは自分自身に対して悲観していた時を、あざみは自分の技術に自惚れていた時を、アナスタシア隠していた真実を見抜かれた時を思い出したからだ。

 

「直仁支配人の・・・」

 

「カミナリは・・」

 

「絶対に・・・」

 

「もう二度と・・・」

 

「落とされたくないわね・・・」

 

次世代の花組全員が一心同体とも言える程、直仁のカミナリに対してトラウマを持ってしまっていた。無論、彼自身もトラウマを植え付けてしまった事に責任を感じている。だが、それ以上に悪い事をしたら叱られるという事を花組は忘れていた。余りにも悲観的、自分勝手、詰の甘さに直仁がカミナリを落とした事はまだ記憶に新しい。

 

「でも、今は俺達が出来る事をやる!それがグラーフさんの救出だ!行くぞ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

『頑張ってくれ、神山くん・・・!』

 

「え?」

 

「誠十郎さん?どうしたんですか?」

 

「いや・・・何でもない」

 

そう言って誠十郎は男性らしき誰かの声が聞こえたのを感じつつ、グラーフとの戦闘に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

同時に別の場所で夜叉と戦ってる森川も、幻都の封印が弱まった影響で発現した夜叉の力である「幻装・武御雷」の力に手こずっていた。

 

「アハハ!どうしました!?手も足も出ないじゃないですか!森川さん!」

 

「・・・・」

 

森川はただ嘲笑しながら刃を向けてくる夜叉に対し無毀なる湖光(アロンダイト)で受け返しているだけであった。傀儡機兵の攻撃は生身の人間が受けきれるものでは無いはずだが、彼は夜叉や南峰が言う[輪廻を調整された者]であり、並の人間ではない事を華撃団を含めた全員が知っている。

 

「ああ、吐き気がする・・・。無毀なる湖光(アロンダイト)よりもコッチの方が良さそうだ」

 

無毀なる湖光(アロンダイト)を地に突き刺し、ナイフのようなものを手にする。

 

「俺はよ。それを視る「眼」は持ってねえ・・・だが、限りなく近い事くらいは出来るぜ」

 

「何を言っているのです?」

 

「直死──死が、俺の前に立つんじゃない!唯識・直死の魔眼(ゆいしき・ちょくしのまがん)

 

森川が斬ったのは「幻装・武御雷」に必要な魔力の流れであった。無敵の外装を剥がされた夜叉は驚愕している。

 

「何・・!?幻装・武御雷を断ち切られた!?」

 

「ついでにこれは、異国の果ての伝説に記された言葉だ。それを聞かせてやる・・・!『死なくして命はなく、死あってこそ生きるに能う。そなたの言う永劫とは、歩みではなく眠りそのもの。災害の影、人類より生じた魔よ。破壊を望んだその思考こそ、汝を排斥した根底なり。魔に堕ちた破邪の欠片へ幽谷の淵より暗き死を馳走しに参った』」

 

再び無毀なる湖光(アロンダイト)を手にする。だが、漆黒の煤が払われていき中から黄金の刀身が姿を現した。それは魔剣ではなく聖剣、それもかなりの上位に位置するものだ。

 

「お前をそこから引きずり出さなくちゃな?」

 

「異国の伝説を聞かせ、私に暗き死を馳走するなどと・・・!!貴様ーーー!」

 

怒った夜叉は突撃してくるが、森川は無毀なる湖光(アロンダイト)を構え過負荷を与える。その輝きは黄金から青い輝きを発していた。

 

「青い輝きは本来、俺の輝きじゃねえ…アイツに相応しいものだ。だが、今だけはお前の輝きを借りるぞ!直仁!最果てに至れ。限界を超えよ。彼方の王よ、この光をご覧あれ!縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!!」

 

それは…かの湖の騎士が持った輝き、そして友が持っている輝きだ。カウンター気味に入った青い刀身の一撃は神滅を切り裂き、夜叉を中から引きずり出した。

 

「うあああああ!よくも・・・ヨクモーーーッ!」

 

仮面が剥がれ落ちたその顔は機械と人間が合わさったようなものであり、目は赤く染まり抜いていた。それでも、刀を振るってくる夜叉に一本の刀を出現させ、迎え撃つ。

 

「やはり、直仁の推察は当たっていたか。たく、相変わらずアイツはとんでもねえ勘をしてやがるぜ」

 

「キサマ・・・・!!ヨクモ、ヨクモオオ…!」

 

「剣には剣で幕を閉じてやるよ、夜叉。だが、この流派を学んだアイツならきっと、この境地へたどり着くだろうな・・・」

 

森川にしては珍しく、居合抜きの構えを取る。その瞬間、暴走した夜叉が闇雲に斬りかかってきたが一瞬の隙を見つけ出す。

 

「いざ。剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考の内大悟へ至る。我が剣に、お前は何れを見るものか。剣術無双・剣禅一如(けんじゅつむそう・けんぜんいちにょ)

 

無念無想の域、剣禅一如の一刀。その一撃は夜叉を完全に捉え、同時に倒れた。森川は刀身を鞘に収めながら言葉を口にする。

 

「この境地に俺が至っているとは言い難いが・・・限りなく近い位置だ。もう二度と俺の前に現れるなよ」

 

「ゲン・・・ア・・・・ン・・・・サ・・マ」

 

夜叉が消滅した後には見覚えのある束ねられた髪が落ちていた。森川はそれを震えながら手にするとやはりという表情になった。

 

「さくらの・・・髪・・・!」

 

森川は手にしたさくらの髪を握り締めると何かを堪える様に強く拳を握り続けた。夜叉がさくら本人ではなかった事に対する安堵と、利用していた幻庵に対する憤怒が同時に起こっているのだ。

 

「・・・・お前は居るんだな。それが確信出来ただけでも充分だ。う・・・宝具を使いすぎた、な」

 

目に光るモノを見せながら森川は煙草を取り出し、火を点けた。強いものではなく、愛飲している煙草を。それと同時に壁に背を着けると同時に座り込んでしまった。無理もないだろう、攻撃力の高い力ばかりを優先して使った代償に全身疲労が絶え間なく襲ってきているのだから。

 

「決着は付けた・・・からな」

 

 

 

 

地上の上、上空では雀武王が追い込まれ、南峰が焦りを見せ始めていた。互いの最終奥義が雀武王よりも龍虎王の方が深めに入っていたのだ。

 

「ぐ、北峰!武雀王だ!武雀王に転身しろ!む、北峰!どうした!?」

 

「すまぬのう。武王機からの拒絶が凄まじい・・・どうやら、龍虎王からの一撃を受けた時に汚染が浄化されたようじゃ」

 

「な、何!?」

 

北峰自身も穏やかではあるが南峰同様、ある仙人の力の欠片を取り込んだ上級降魔の一人である。更には雀王機と武王機を汚染させていた魔の呪術が龍王破山剣・逆鱗断の一撃で浄化され、その影響が広がってきているのだ。

 

「くそっ!」

 

「余裕が無くなってきたようだな?南峰!」

 

直仁はあえて挑発的な態度で南峰を刺激する。南峰の武器はその冷静さだ、北峰からの呪術の浄化侵食、更には追い込まれていることもあって苛立ちを隠せない南峰の冷静さを取り戻させない為だ。

 

「うるさい!黙れ!」

 

「直仁、あれを見ろ!武王機と呼ばれている胸元に合体している機体を」

 

「ん?」

 

エリスからの言葉に視線を移した直仁が見たのは武王機から僅かながらに流れていた涙だった。『自分達を倒し、どうか介錯して欲しい』という懇願のようであった。

 

「・・・エリス」

 

「なんだ?」

 

「雀武王を解放する為に全力で行く、霊力を貸してくれ」

 

「ああ、分かった」

 

二人の間に余計な言葉は無用だった。雀武王の装甲の一部が黒から朱へと変わっているのを見つけ、強引に制御されていたのだと気づき、解放する気持ちは一緒だったからだ。

 

破山剣、招来!降魔久世魂剣!!行くぞォォ!」

 

「雀武王!避けろ!!」

 

だが、雀武王は動かない。龍虎王が突撃してくるのを待っているかのように。南峰は動かそうと呪術を強めるが間に合わない。

 

「な、何故だ!何故、避けない!?」

 

「でやああああ!!」

 

龍王破山剣の形状が変わり、雷と嵐を纏ったかのように龍虎王は雀武王へ剣での連撃を加えていく。連撃の締めとなる刺突を雀武王に繰り出し、そのまま剣を逆風の向きへと変えた。

 

「龍虎王が超奥義!龍王破山剣!!天魔!降伏斬!!!

 

「ぐあああああああ!おの、れ!まだ終わっていない!降魔皇の下へ行けば!」

 

雀武王を斬り上げ、完全な致命傷を負わせる。瞬間、かけられていた呪術が完全に解け本来の姿に戻った二機であったが、南峰のみが脱出し、北峰が爆発するまでの間直仁達に声をかけていた。

 

「これも理か・・・善哉、善哉。青龍、そして白虎の操者よ。我らが皇はまもなく復活するだろう」

 

「何!」

 

「どういう事だ!?」

 

「聞きたければ幻庵の下へ行くが良い。さらば」

 

雀王機、武王機と共に運命を共にした北峰は意味があり気な言葉を残して消えた。後に残ったのは龍虎王と搭乗している直仁とエリスだけが残った。

 

「行こう、エリス。みんなと合流しなくちゃいけない」

 

「そうだな、行こう」

 

龍虎王で地上を目指し、仲間と合流する地点へと向かう二人。だが、二人の中では北峰の言葉が引っかかっていた。

 

『我らが皇は、まもなく復活するだろう』

 

皇とは降魔皇の事だろう。そうだとしても不安を拭えないままだ。それを抱えたまま直仁とエリスは合流を急ぐのだった。




次回は降魔皇復活(不完全)前の会話です。


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第三十三話 言葉の裏にある本質

帝剣を取り返すために一時撤退。

降魔皇が身体の一部だけが復活している事が示唆される。



※注意

この回でのみ直仁が相手を罵倒しまくる悪役になります。キャラアンチをするつもりではありません。


龍虎王は地上に降り立ち、急いで誠十郎達と合流する。疲労困憊の身体を押して、森川も合流した。

 

「誠十郎、一時撤退命令を出してくれ」

 

「え?」

 

「支配人!何言ってんだよ!今が攻め込むチャンスだろ!?」

 

「無限や桜武といった自分達の機体状態を見てみろ、初穂。龍虎王も損傷が酷いとは言えないが、お前達の機体はマズイ状態だ。今の状態で攻め込んだら間違いなく、全滅だぞ」

 

直仁の言葉に誠十郎と森川以外の全員が押し黙ってしまう。誠十郎は頭を切り替えて花組全員に命令を下す。

 

「全機、撤退せよ!」

 

「了解!!」

 

「森川さん、龍虎王の手に」

 

「ああ・・・すまねえな」

 

直仁は龍虎王の手に森川を乗せると同時に、全ての華撃団と龍虎王はミカサへと命令を出した誠十郎の声とともに一時的に撤退し、全員が作戦司令室に集まった。森川も参加しているが、立ちながらも壁に背を預けている格好だ。同時に直仁が龍虎王に選ばれたの同じく、虎龍王に選ばれた特別枠としてエリスも会議に参加していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撤退は出来たけど・・・」

 

「未だ帝剣は敵の手中、おまけに幻都の封印が解けてきている」

 

「いや、龍虎王の言葉曰く『人界を脅かす羅睺神は計斗星を喰らい、皇は神体の一部を復活させている』と言っていた」

 

「!それは、まさか!?」

 

「恐らくは降魔皇の身体の一部の事だろうさ。外に満ちている禍々しい空気で感じるだろ?腕と首くらいは復活しているのかもな」

 

「でも、降魔皇が復活してしまったのなら世界は!」

 

「落ち着け。復活といっても・・・恐らくはまだ完全じゃない、身体の一部だけなら対抗できる」

 

直仁の言葉に全員が驚くが、後からすみれだけは驚いていなかった。降魔皇ほどではないが彼自身も魔界に趣き決戦を挑んで戦い抜いた人間だ。対抗できる手段があるからこそ言えるのだろう。

 

だが、問題はそこではない。対抗できたとしても封印する手段である帝剣が敵の幻庵に奪われたままなのだから。

 

「今は檻から出ようとする獣が必死に抜け出そうともがいている状態と同じだ。身体の一部をどうにか出来れば再封印は可能だろうよ」

 

「その通りですわ。まだ、幻都の封印が生きているからこそ、まだ闇に覆われていません」

 

森川とすみれの言葉に直仁だけが頷く。次世代の華撃団の隊員達は驚いたままだ。そんな中、ひとりの男の声が聞こえてきた。

 

「敵の手にある帝剣を消滅させ、帝剣を復活させる手段はある」

 

それは天宮の実父である天宮鉄幹の声であった。その声を聞いて真っ先に声を出したのが天宮だった。

 

「お、お父さん!?どうして此処に!?」

 

「・・・これが私の役目だからな。話を続ける。帝剣、正式な銘は帝剣・天宮國定。私が鍛えさくらが所持していた帝鍵の正式な名だ。かつて帝都を二つに切り裂き、その片方に降魔皇ごと封印した祭器。そして帝剣はその強大な力の為に必ず一本しか存在できない」

 

「・・・・(アレと似ているな)」

 

腕を組みながら森川と同じように壁に背を預けている直仁が心の内で考えたアレとは、かつて自分が回収任務を命じられた古の祭器、魔神器であった。剣・珠・鏡、その三つを霊力、妖力を問わず扱う者の性質によって陰にも陽にもなる。帝剣は正に今の世に姿を変えて現れた魔神器ともいえるだろう。

 

「新しい帝剣を生み出せば、敵が持つ帝剣の力は失われ、幻都の封印を解く事はできなくなる」

 

「新しい帝剣を・・・作る」

 

「(馬鹿か!?あれは神域の物だぞ!それ程の物を作るのに何が必要か解ってて言ってんのか!?)」

 

「(魔神器もそうだが、祭器を作り出すには人身御供が必要なんだぞ!?)」

 

森川と直仁は表情に出さず怒りが込み上げてきていた。鉄幹の物言いはまるで新しい帝剣を作り出すのに此処に必要な物が有ると二人には聞こえるのだ。森川は魔神器を始めとする古の祭器に関して徹底的に調べており、直仁は復帰するサビ落としの際にすみれから読まされた『封神記書伝』の下巻に記載されていた知識があった。

 

すみれは直仁が復帰する以前、自分が現役の隊員だった際に大神が読んでいたのを見かけた時、封神記書伝の存在は知っていた。この時からすみれは写本だという封神記書伝に関してある疑問が浮かび上がっていた。それはこの本が二冊あるのでは?というものだった。

 

降魔大戦終結からすみれはこの本、封神記書伝の捜索を徹底的にさせた。巴里、紐育、伯林、莫斯科など世界のあらゆる場所を捜索させ続け、そしてついに降魔大戦終結から5年の歳月をかけて封神記書伝の下巻を探し当てる事に成功したのだ。

 

上巻がかつて戦った降魔や天海に関する記述であったに対し、下巻は呪われし大地と言われた大和が風水都市都市と呼ばれていた時代や魔神器に関する制作、裏御三家、五輪の戦士の祖先達が行った儀式の歴史などが綴られていた。

 

下巻を読んだ際、直仁は「こんな馬鹿げた事があるか!!」と封神記書伝の下巻を叩きつけた事があった。

 

そうなっても無理はない。封神記書伝の下巻には魔神器を始めとするあらゆる神域の祭器の発動の仕方や制作方法も記されていたのだ。更には人身御供すらも厭わない儀式なども。そして、己の中に宿る龍脈の御子としての力も。

 

「現状を打破するのはそれしかない」

 

「はい、急いで帝剣を作りましょう!」

 

「(誠十郎・・・あの時と同じ考えに戻っていやがる!馬鹿野郎が!!)」

 

直仁は叱り飛ばしたい気持ちを自分の腕を掴んで堪えた。此処で感情に任せる訳にはいかない。今の自分は誠十郎の指揮下に入っている身だ。下手に逆らえば出撃が不可能になってしまう。

 

「新しい帝剣を打つためには、必要なものがある」

 

その瞬間、鉄幹から表情が消えた。そしてゆっくりと語るように口を開く。

 

「天宮の女が持つ「絶界」の力、さくら、お前の命が必要だ」

 

瞬間、全員に緊張が走った。特に天宮は信じられないようで、震えた声で父である鉄幹に聞きなおす。

 

「な、何を言っているの?お父・・・さん」

 

「さくら・・。天宮家の運命に従い、その命を捧げる時が来たのだ。お前の母ひなたも二都作戦の時に、自分の命を差し出した」

 

天宮は信じられない様子で父である鉄管を見ていた。だが、鉄幹の表情は何も変わらない。それが当然であると言いたげだ。

 

「今の帝剣・天宮國定は、お前の母の命で出来ているのだ」

 

「そんな・・・!」

 

「・・・!」

 

「(帝剣が・・・天宮のお袋さんの命で出来ているだと!?あの時、その情報を伏せられていたのか!?)」

 

「(ちっ、・・・あの当時は防衛に気を回しすぎてたからな。情報を疎かにしちまっていた)」

 

誠十郎の他に二都作戦に参加していたすみれ、直仁、森川も驚きを隠せなかった。森川に関しては街の防衛に出ていた為にそこまで気が回っていなかった事を後悔している様子で、直仁は腕組みをやめ、強く拳を握りこんだ。

 

「お母さん・・・も?わたしの刀、帝剣に・・・?それじゃあ・・・お母さんの命を・・お父さんが?んな・・そんな・・・・」

 

「さくら・・・」

 

天宮のショックは当然だろう。愛する両親、父親が母親の命を奪い帝剣を作り出した真実を知ってしまったのだから。誠十郎はかける言葉が見つからなかった。

 

「お、おい!おっさん!今、アンタなんて言った!?」

 

「帝剣に命を捧げるって、本気ですか!?」

 

「娘の命だよ?冗談でしょ?」

 

初穂、クラリス、あざみも本気で信じられないと言葉を発した。だが、鉄幹に変わりはない。

 

「このような事、冗談では言わぬ。さくら、己の運命を受け入れよ・・・」

 

「くそ!こんな事、あってたまるか!他に方法は無いのか!?」

 

「ならば、お前が答えてみろ。この状況を打破する。逆転の一手を」

 

「くっ!」

 

誠十郎は言葉で鉄幹に噛み付くが、今を打破する作戦が思い浮かばない。それ故にどうすればいいのかと悔しそうに吐き捨てている様子だ。

 

「(誠十郎の奴、真実を聞いて頭が冷えたか。俺も抑えているが、そろそろ限界かもしれねえ)」

 

直仁も怒りが噴火寸前の活火山のような状態なのを自覚し、必死に己自身を抑え込んでいた。何か決定的な一言があれば完全に噴火してしまうだろう。瞬間、通信が入ったことを知らせるアラートが鳴り響いた。

 

「聞こえるかね?神崎君」

 

「・・・・内務大臣」

 

「状況は解っているはずだな?帝都は今、未曾有の危機にある。軍の基地も降魔に占領され、もはや抗う術は一つしかない」

 

「(ふざけんな!米田のおっさんの忠告を散々無視してきて、なんの対策もしてこなかったのはテメエ等、上層部だろうが!!)」

 

森川も国の上層部からの通信を聞いて画面に唾を吐きかけてやりたい気持ちになった。旧・華撃団の先代総司令であり旧知である米田一基、彼の霊的防衛の申告を無視し続け、自分達が危なくなれば手のひらを返して擦り寄ってくる態度に苛立ちがせり上がってくる。

 

「天宮さくらの命を使い、新しい帝剣を作るのだ」

 

「しかし!」

 

「これは国の決定だ!君ごときが口を挟む事柄ではない!」

 

咎めようとしたすみれの言葉を遮られてしまう。内務大臣はさっさと実行しろと言わんばかりだ。

 

「さあ、天宮鉄幹氏の言葉に従いたまえ」

 

「・・・・っ」

 

「何を迷う?わずか一人の犠牲で全ての国民を救えるのだ。名誉だと思わんか?」

 

「・・・名誉だと!?ふざけるな!!さくらの・・・さくらの命をなんだと持っているんだッ!!!」

 

流石の誠十郎も内務大臣の言葉に怒りを表した。これは直仁が帝国華撃団・花組隊長として必要な事を指導してきてきた賜物だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらよ。数多の命を救え。お前の命がこの世界の人々を救うのだ。そう、ひなたの時と同じだ」

 

鉄幹は打ちひしがれている天宮に、お前の命の犠牲が必要であるかのように言葉を紡いでいく。

 

「ひなたも大切な人達を守る為に、お前の未来を守る為に命をかけた。笑顔でな。今、お前の大切な人を守る事が出来るのは・・・さくら、お前だけなんだぞ!!」

 

瞬間、壁からまるで爆撃されたかのような音が響き渡った。その音の方向に全員が視線を向ける。それは爪が肉に食い込むほど強く握り締め、血染めの拳で壁を殴り自分に注目させた直仁だった。

 

 

「フッ・・・ククククッ・・・あっははははは!ハハハハハハハッ!!」

 

 

「な、直・・・仁?」

 

自分に注目させた後、直仁はまるで気狂いでもしたかのように大声で笑い始めた。その不気味な様子に口を閉じていたエリスが不安そうに声をかけた。それと同時に直仁の顔が不動明王の憤怒を思わせる表情に切り替わった。

 

「ふざけてんじゃねえぞ!!!数多の命を救え?名誉の為に命を捨てろだぁ?んなもん!糞くらえだ!!」

 

噴火状態になった直仁の怒号にエリスは怯んでしまう。それは風組、次世代の帝国華撃団全員、更には森川やすみれまでも怯み、驚いている。

 

「それと鉄幹さんよ。いや、天宮鉄幹!!自分の娘に死ねなんて言ってんじゃねえ!!娘に命を捨てろと言った時点でテメエは親失格だ!そんな親がどこにいる!?そんな事を平気で言う親はクズの中のクズだ!!」

 

「何!?」

 

「テメエの奥さんである。ひなたさんが娘の未来の為に喜んで命を捧げたのか、使命の為に命を捧げたのかは知らねえよ!だが、今のテメエは名誉欲に取り憑かれた男にしか見えねえ!!」

 

「小僧、貴様・・・!」

 

「なんだ?図星か?ああ、そうだよな。今、天宮の奴を犠牲にすれば『悲しみをおして自分の妻と娘を犠牲に世界を救った祭器を作り出した男』という名誉が手に入るものな!!」

 

「支配人!止めて、お父さんにそんなつもりは・・!」

 

「黙ってろ!天宮!!」

 

「っ!」

 

直仁の憤怒を見た天宮は黙ってしまう。直仁は理不尽に怒鳴り散らす男ではない。危険な事や悪い事は悪いと言葉に出来る男だというのを天宮は思い出した。直仁は大を生かすために小を切り捨てるという考えには否定的であり、簡単に命を捨てろと促してくる人間が大嫌いだ。天宮の実父である鉄幹に対して憤怒を爆発させたのもそれが原因だろう。

 

「そうなれば周りは持て囃してくれるし、同情もしてくれるよな!妻と娘を犠牲に世界を救った剣を作り出した男として評価されるしなぁ!?」

 

「黙れ!小僧!!お前にこの私の悲しみがわかるか!!」

 

そう言って鉄幹は直仁を殴りつけた。刀鍛冶として鍛えられている鉄幹の拳は強いものだったが、噴火状態である直仁にとっては軽すぎてその場から微動だにしていなかった。

 

「っ・・・ぺっ!知らねえよ。アンタの悲しみはアンタにしか分からねえ!だがな、教えといてやる・・・!帝国華撃団、いや華撃団と名の付く部隊はな・・・仲間の命を犠牲にした時点で既に敗北しているんだよ!!」

 

「っ・・・!」

 

「!!!」

 

「!!!」

 

口に入った血を吐き捨て直仁は勢いのまま叫ぶ。その言葉に目を見開いたのは、伯林華撃団の隊長を務めるエリスと次世代の花組隊長である誠十郎であった。旧・帝国華撃団を含めた世界中の華撃団は己を犠牲にして降魔皇を封印した。だが、直仁やすみれ、森川の三人が経験した降魔大戦は敗走した戦いなのだ。仲間や想い人が共に封印され残された自分達は次世代に犠牲を強いる訳にはいかないと何処かで思いながら生きていたのだ。

 

「ならどうするというのだ!娘の命を守り、帝都を捨てるのか!?」

 

「ふん、その答えは既に誠十郎も気づいているだろ。なぁ?」

 

「はい、帝国競技場にある帝剣を敵の手から奪い返します!!」

 

「せ、誠十郎・・・さん。支配人・・・」

 

「そういう訳だ。鉄幹さんよ?甘い考えとか言うなよ?仲間の命を犠牲にしない、それが華撃団たる信念だ。俺達、旧・華撃団はその信念を貫けなかった・・・」

 

「っ!?お前・・・」

 

鉄幹は噴火状態が僅かに収まった直仁の目に悲しみが映ったことに気づいた。娘や誠十郎から彼が降魔大戦の生き残りだという事は聞かされてはいたが半信半疑であり、その悲しみに満ちた目を見て事実だと確信した。

 

「誠十郎、言ってやれ。お前の覚悟を!!」

 

「!俺は、命をかけて帝剣を取り戻す!!それが俺の覚悟だ!!」

 

「また成長したな・・・・誠十郎・・・」

 

直仁は聞こえないように小声で誠十郎の成長を喜んでいた。ようやく隊長として一皮むけた姿を見る事ができたのだから。

 

「おいおい、二人だけで盛り上がってんじゃねえよ。さくら、神山や支配人の言う通りだぜ」

 

「初穂・・・」

 

「支配人の怒号で思い返すなんて情けねえよな。仲間の命を犠牲になんかしない、そう教えられてたのに」

 

「そうだな・・・恥ずかしい限りだ。すまない」

 

「エリス・・・さ・・・ん」

 

「鉄幹さん。俺は貴方も救います。さくらの命を守ってもさくらが泣いていては元もこうもない。父娘で平和に暮らせる世の中を取り戻します!そうじゃなきゃ意味がありません」

 

「せ、誠ボン・・・お前」

 

誠十郎の言葉に鉄幹も直仁から受けた罵倒を受け入れられるような心境になっていた。青二才だと思っていた坊主が今では立派な男になっていたのだから。そんな中、直仁は天宮の頭に手をポンと優しく置いた。

 

「天宮、お前はかつて・・・魔神器を使おうとしたさくらさんのように迷ったんだろう?前にも言ったが、華撃団のメンバーは自分の命を捨てようとする仲間を許さないんだよ。だから、生きろ。生きて目一杯、人生を楽しめ」

 

「直・・・仁・・・さん」

 

天宮は思わず泣きながら直仁に抱きつこうとしたが、直仁に軽く押されて誠十郎の方へと抱きつく形になってしまった。それを抱き止めた誠十郎と天宮は抱きしめ合う形になってしまう。

 

「っ!おっと!」

 

「誠十郎さん・・・私、生きて・・良いんですよね?」

 

「ああ、直仁さんの言う通り一緒に生きるんだ。さくら」

 

「ふっ(あっぶねえ・・・エリスが居るこの場で天宮に抱きつかれたら何されるか)」

 

「(上手い事、避けやがったな?直仁の奴)」

 

森川も回復したのか、壁から背を離して誠十郎と天宮の二人を温かく見守っている。その様子を見ていた初穂が声を上げた。

 

「よーし、気合も入ってきた所でこの逆境を跳ね返してやろうぜ!」

 

「里の掟、99条!躊躇うな、勝利を目指せ」

 

「反撃開始です!私達で最高の物語を描きましょう!」

 

「これが、帝国華撃団・・・伯林華撃団にはない絆がある」

 

それぞれが気合が入り、エリスも感心していると内務大臣と通信が入ったままでその本人が声を荒らげてきた。

 

「ま、待て!何を言っている貴様等!!分かっているのか!?国家反逆罪だぞ!!」

 

それを聞いた直仁が僅かに沈静化した噴火状態に再び戻ってしまっていた。直仁はすみれに下がるよう目配せし、すみれは横へと下がった。

 

「これは我が国の決定だ!今すぐ天宮さくらを殺せっ!殺すんだ!!」

 

「うるっせえんだよ!!黙ってろ!!!」

 

直仁の怒号に内務大臣は一瞬怯んだが、すぐにも言い返し始める。だが・・・。

 

「き、貴様!内務大臣対してそんな口を聞くとは何事だ!国家反逆罪で処刑されたいのか!?」

 

「やれるもんならやってみやがれ!!自分達は安全な場所から上から目線で命令しかしねえ、更には権力に物を言わせてふんぞり返っている奴に出来るもんならな!!!」

 

「ぐ・・・・貴様!あの米田一基のような真似を!」

 

「俺を殺したいならいつでも来い!内務大臣さんよ!!お前が俺を本気で殺すつもりなら死なばもろとも、テメエも道連れにしてやるからな!!それと、米田さんをコケにし続けたら本気で天誅してやるぞ?」

 

「む・・むむむ!」

 

直仁が通信を切ろうとした瞬間、すみれが機器に近づき問答無用で通信を切った。

 

「オホホ・・・やっぱり、直仁さんは米田指令の教え子ですわね。それと神山くんも花組の隊長としての覚悟、しっかりと聞かせてもらいましたわ」

 

「すみれさん・・・」

 

「久々に俺も面白いものを見させてもらったぜ。やっぱ花組は新旧関係なく、こうじゃなくちゃな!」

 

「森川さん・・・」

 

「この戦、必ず勝ちますわよ!」

 

すみれの言葉に華撃団全員が気合が入り、頷くのだった。




や、やっと書けた。本当に申し訳ないです。

コロナ?関係ないから働け。の状態やFGOなどもやりこんでいてすっかり続きを忘れていました。

もう何ヶ月経ってると思っているんだ!とおっしゃる方、ごもっともです。

次回は突入です。


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番外編
サブストーリー 観音と黄龍


龍が如くシリーズを見ていて、二人はこんな感じに共闘するのでは?と妄想しました。

後、森川の特典は?という意見がありましたが、私が把握しきれていないので、向こう作者のシャト6さんに教えていただき、そこからセレクトして使っています。

今回の時間軸は共闘した時から次世代の花組が集まり始めた三ヶ月後の時間軸ですが、この事件は本編のサブストーリーだと思ってください。


朝6時、珍しく二人の男がシンクロしたのかのように布団から起き上がった。

 

一人は商売である店の仕込みを始め、もう一人は日課となっているのか木刀を手に素振りを行っている。

 

「ふぅ・・・こんなもんか。そういえばアイツが朝食メニューを食いに来るって言ってたな」

 

「997・・・998・・・999・・・1000!!はぁ・・はぁ、さて、シャワーを浴びて朝食を食いに行くか」

 

店側の男の名は森川大輔、「オアシス」という名の店をやっており、帝劇の近くにあるという事もあって花組のメンバー達もよく通っている。

 

もう一人の男は狛江梨 直仁。帝国華撃団・花組の体験入隊を経て、海軍士官学校へ入学したが、卒業間近での繰り上げ卒業となり、任務の為に召集された二人目の男性隊員である。魔神器の回収任務と同時に魔界王と呼ばれる降魔とはまた別の驚異を退けた人間でもある。最も彼の偉業は世間には知られていない。

 

「森川さん!」

 

「おう、直仁か。開店と同時ってのは早すぎやしねえか?まぁ、今日はお前に手伝ってもらわなきゃならねえ事があるけどよ」

 

「貴方の裏側の手伝いとか、俺は本来できないんですけどねえ?」

 

「仕方ねえだろ、かつて正規軍から離脱してクーデターを起こした元陸軍の残党共の掃除。ゴロツキ共を引き入れたのか数が多すぎて洒落にならねえ、おまけに降魔の形をした兵器まで出てきてるからな。すみれに頼んだらお前を派遣するって言われたからよ。更には天宮を人質に帝劇の閉鎖を要求してきやがったんだからな」

 

「やれやれ・・・帝劇の閉鎖を訴える奴は仕方ないにしても降魔の形をした兵器・・・。確か、降魔兵器でしたね・・・降魔の死体を使って兵器にした物と。全て壊されたと聞いていましたが」

 

「ああ、情報によれば復元したバカがいたらしい、それと」

 

「ええ、天宮の奴が人質になっているせいで新聞各社も誠十郎や花組の奴等も大騒ぎです。それに俺は陸軍にはあまり顔が割れてませんけど・・・一応、海軍に籍を置いていた身ですから下手な事は出来ませんよ?」

 

「安心しろ、そこはなんとかなる。顔を変えれば大丈夫だ(モンタージュバケツがあるからな・・・)」

 

「顔を変えるって・・・簡単に言うなぁ」

 

朝食を取った後に準備があるからと、待ち合わせは夜になった。夜には初穂などに怪しまれたが何とか抜け出す事が出来た。

 

「待ち合わせにはこれたな」

 

「ええ、刀は持ってくるなって言われたので身一つですよ」

 

「よし、じゃあ先ずはこれを使うぞ。『きせかえカメラ』と『モンタージュバケツ』~」

 

「な、なんですか?それ」

 

「まぁ、見てろって。とりあえす肌着姿になれ」

 

「え?はい」

 

森川はきせかえカメラにスーツ(龍が如く0の錦山が着ていた物)の写真をセットし、その間に直仁は肌着姿になった。写真を撮るように直仁を映すとスーツ姿になった。

 

「うぇっ!?なんですかこれ!?俺、スーツ姿なんですけど!?」

 

「落ち着け、次は俺だ。お前が撮れ」

 

「わ、わかりました」

 

写真(桐生一馬が着ているスーツ)がセットされたきせかえカメラを森川に向けてシャッターを切る。すると森川もスーツ姿になった。

 

「あ、あの・・・これ、どう見てもゴロツキの幹部みたいな格好ですよね?」

 

「その方が都合が良いんだよ。ゴロツキ同士の争いなら俺達に疑いは向かねえ」

 

「まぁ・・・そうですけど」

 

「次はモンタージュバケツで顔を変えるぞ」

 

「え、ちょっ!」

 

有無を言わさずモンタージュバケツから繋がっているリングを直仁の首に着け、顔のパーツを検索し、映込んでしまう。無論、森川は直仁の顔のパーツを覚えているので問題ない。

 

「よし出来た」

 

「ほ、ほんとに顔が変わってる・・・いかつくなってるし」

 

鏡を見てみろと言われ、鏡に映った顔を見て自分の顔が変わっていることに驚きを隠せない直仁だが、一つの不安もあった。

 

「これ、元に戻るんですよね?」

 

「ああ、ちゃんと戻るから安心しろ。次は俺だな」

 

森川自身も顔を変えてスーツをしっかり着こなすと、どう見ても某ゲームの極道の二人組にしか見えない。

 

「後は・・・大丈夫だな」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

「そろそろ向かう時間だ。声くらい演技で変えられるだろ?」

 

「勉強してたのバレてる・・・」

 

二人はスーツを着直すと、残党やゴロツキ達が集まっているであろう埠頭へと車で向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いか!我々は京極様の遺志を継ぎ、新たな日本を作るのだ!」

 

「「「おおおお!」」」」

 

「おいおい、俺達は軍隊じゃねえんだぜ?」

 

「うるさい!我々の命に従ってろ!」

 

「はいはい、軍の方々は生真面目だねえ。悪いな嬢ちゃん?我慢してくれや」

 

「ん~んん~!!」

 

ゴロツキの幹部は天宮に猿轡をし、縄で縛っている以外に何もしていない。この場で手を出せば生き恥を晒すくらいならと間違いなく自殺するからだ。人質というのは生きているからこそ価値が有る。死んでしまえばそれはもう邪魔な物体に成り果ててしまうのだから。

 

天宮が攫われてしまったのは私用で買い物をしている時に、いきなり人気のない所へ連れて行かれ拉致されてしまったのだ。助けを呼ぼうにも猿轡をすぐにさせられ、縄で縛られてしまった為に助けを求める事が出来なかったのだ。彼女は落ちぶれているとはいえ、大帝国劇場の女優である交渉材料としての面も考えられていたのだろう。

 

 

「これより、大帝国劇場及び神崎重工を制圧する!」

 

「「「おおおお!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

進軍しようとした矢先、先頭を歩いていた組が車で吹き飛ばされた。中から出てきたのはいかにも極道と言わんばかりの格好をした二人組。

 

「何者だ!?」

 

「お前らのような奴等に名乗る名前はねえ」

 

「人質になっている嬢ちゃんを返してもらおうか・・・それが俺等の頼まれごとでな」

 

「なにぃ?」

 

二人のゴロツキは其の辺のチンピラとは違った風格を漂わせている。二人共、馬鹿正直に己を信じて付く進むタイプのようだ。

 

「陸軍から離れた奴らってのは、チンピラとも手を組むほど人手不足なのか?」

 

「き、貴様等・・・我々を侮辱する気か!?」

 

「侮辱も何も大義と銘うって、人質取っていきがってる様にしか見えねえけどな?」

 

「ぐ、ぐぬぬ!」

 

「(何が、ぐぬぬだ!)そういう訳だ、俺達としても手荒な真似はあまりしたくねえ」

 

「(此処まで変えなくても良いと思うけどな)とはいえ、俺等もただで殺られるわけ無いだろ?」

 

この極道の二人、何を隠そう森川と直仁の二人である。森川の持つ不思議な道具で風貌、顔などを変えてここに来ているのだ。

 

「全員、構えろ!」

 

陸軍崩れの人間達は刀や銃を構え、二人を囲んだ。愚直なまでの信心は人を歪ませてしまう。京極が提唱した表側の理想はそれ程までに根深く根付いていたのだ。

 

「お前達には此処で死んでもらう!我らの理想のために!!」

 

「理想か・・・お前達は自分で物事を考えられない馬鹿に見えるぜ?」

 

「何!?」

 

「本当にな、他人の考えが自分の理想と勘違いして、滑稽な話だ」

 

「だが、喧嘩を売られたのなら仕方ねえ」

 

そう言って白いスーツの上半身を脱ぎ捨て、生身になる。その身体は料理人とは思えないほどだ。

 

「この喧嘩・・・俺も買わせてもらう・・・!!」

 

もう一人の男も上半身の服を脱ぎ捨て、生身になった。その背中からは青白い何かが出ている。

 

二人の背中を見て、軍人崩れではないゴロツキの部下達は膝が笑ってしまっていた。二人の背中にある二つの姿。それは観音、そして四神の長、黄龍・・・二人をの背中を見て一人のチンピラが口を開いた。

 

「か・・観音と・・・黄龍・・だと!?なんでこの二人の背中からそんなもんが見えるんだよ!?」

 

「暴れてやろうぜ・・・兄弟!」

 

「ああ、行くぞぉ!!」

 

 

 

 

 

今の二人からは霊力も気力も最大限に上がっており、高揚している。背中の絵は力の象徴なのだろう。二人は背中合わせになると同時にそれぞれの反対方向へと突進していった。銃を撃っても刀で切りつけようとしても直ぐに殴られ、倒されてしまう。

 

「うらぁ!(久々にコイツで行くか、周りには壊して構わなそうなもんがあるしな)」

 

森川はいつもとは違い、動きが遅いが、パワーがあり力で押していく「壊し屋」に戦い方を切り替え、物を持っては周りの人間をぶん殴っていくが、途中途中で様々な戦い方に切り替えていく。スピードのある「連打型」、オールマイティーかつゴロツキのような荒々しい戦い方をする「喧嘩屋」など独自の戦い方だ。

 

「ふんっ!!」

 

「軌道が分かり易いな・・・!ほいっ、と」

 

「????ぐぼっ!?」

 

直仁は殴りかかってきた相手の軸足をしゃがみこんで押し込んだり、相手へ力を返すように投げ飛ばしている。自身が得意とする武術の合気道を実戦向けにした技術だ。天宮はそれを目撃しているが、まるで魔法でも見ているかのように相手が勝手に倒れていく。

 

「・・・(すごい)」

 

「合気も飽きたな。久々に戻るか・・・」

 

「よそ見してんじゃねええ!」

 

「!」

 

次に直仁は襲いかかってきたチンピラのパンチを軽くいなすと、臀部を蹴り飛ばし、回転してバランスを崩したチンピラに廻し蹴りの応用で、かかと落としのように足を上げその顔面を踏み抜いた。

 

「オラァ!」

 

「ぐべぇっ!?」

 

これは森川が時々見せてきた物や武器などを応用させる技の一つである。「極み技」と森川が言っていた事から、先ほど直仁が披露したのは己が見取って、会得し昇華させた「受け流しの極み」と言えるものであった。

 

「こいつううう!」

 

「ん!?」

 

森川へ襲いかかってきた軍人崩れは、そのまま突進してきたタイミングを逃さず、彼は軍人崩れの腹部にストレートパンチを打ち込んだ。

 

「はあっ!!」

 

「げふうう!?」

 

「うおおおああ!!」

 

怯んでいる間に足の間と襟元を掴むとそのまま地面へと投げつけた。この一撃で軍人崩れは気を失ってしまった。

 

「古牧流無手返しの一つ、玄武砕きだ・・・!」

 

「『見させて』貰った・・・その技!」

 

二人はいつの間にか距離が近くなっており、その二人向かっていくチンピラの一人が居た。テレフォンパンチで殴りかかってきており、誰もがそのパンチは決まったと思っていた。

 

「おっ・・と!」

 

「なっ!?」

 

そのパンチを止めたのが直仁であった。森川は驚いた顔をしていたがすぐに笑みを浮かべた。まさか、自分が助けられるとは思わなかったのだろう。

 

「ありがとよ!」

 

「ふっ・・らぁ!」

 

そのパンチを振り解くと同時に相手がふらつく、その一瞬の隙を逃さず二人は同時に殴りかかった。

 

「「オラアアア!」」

 

「ぶぐあああ!」

 

琉球空手仕込みの拳と音を置き去りにする程の極みに達した拳、二つの拳を受けたチンピラは歯を折られ、倒れた。

 

「ノってきたな・・・!」

 

「ああ、このまま行くぜ!」

 

「お前達!これが見えないか!」

 

司令塔である軍人崩れのリーダーは天宮に拳銃の銃口を向けていた。それを見た二人は怒り以上に頭から血が下がり、逆に冷静になっていた。ゴロツキのリーダーは逃走しようとしたようだが、軍人崩れのリーダーに捕まってしまったのだろう。

 

「この娘の命が惜しかったら、そのままジッとしていろ!」

 

「(直仁・・・!)」

 

「(ええ・・!)」

 

二人は言われた通りにおとなしくしている。軍人崩れのリーダーは天宮を連れて逃走する気だ。だが、二人がそんな事を許すはずがない。直仁と森川は互いに目で合図し、拾っていた石を掌の中に入れた。

 

「!何をしている!?」

 

「あー、その手に虫がな」

 

「何!?ぐわぁあああ!?」

 

「痛っだああああ!?」

 

直仁が気を逸らし、森川から離れた瞬間、リーダーの手にはまるで銃弾を受けたような穴が空いていた。ゴロツキのリーダーも太ももに銃弾のような穴が二つ空いている。謎の弾丸の正体は先ほど拾った石である、それを森川が親指で弾いたのだ。所謂「指弾」と呼ばれる技の一つである。

 

「こんなもんか?」

 

「流石・・・!天宮!こっちへ来い!走れ!」

 

「!」

 

直仁の声に反応した天宮は直仁達の所へ向かって全速力で駆け抜けた。縛られた手や猿轡が動きを阻害してきたが、なんとか直仁の下にたどり着き、縄と猿轡を外してもらえた。

 

「怖かった・・・怖かったよおおお!」

 

「あー、よしよし。少し離れてろ天宮」

 

天宮は直仁に抱きついて泣き出したが、それを頭を撫でて慰めると森川と協力して痛みから気絶した軍人崩れとゴロツキのリーダー二人を縛り上げた。

 

「で、どうするんだ?コイツら」

 

「ウチの女優を人質にしましたからね・・・軍と警察、愚連隊とかに情報を流しましょう。「花屋」の力を借りて」

 

「今回は俺が依頼人だからな・・・情報料は俺の店に還元してくれ」

 

「わかりました」

 

この後、再びクーデターを起こそうとした軍人崩れのリーダー、それに賛同した人間達、ゴロツキ達も全員がお縄になった。この事は新聞にも載り、話題になった。手下達は「観音が・・・・龍が・・・背中に・・・」とうわ言のようにつぶやいていると書かれている。

 

小さいながらもこの組織を壊滅させた二人に関しては不明。背中に観音と龍の絵があるという証言以外を得られていないため、目下調査中である。

 

ラジヲにおいても、この二人をモデルにしたラジヲドラマが制作された位の知名度だ。題名は「観音と黄龍」。

 

このラジヲドラマを苦笑しながら聞きつつ珍しく、森川と直仁が店じまいした「オアシス」で酒を酌み交わしていた。量は飲まず、ただ楽しむ事を念頭にして。森川は用意した二つの器に酒を注いだ。

 

「これは、兄弟の盃だな」

 

「親友って意味で?」

 

「ああ」

 

二人はお互いに笑いあった後、酒の入った器で乾杯し同時に酒を煽るのだった。




サブストーリーです。何度も言いますがサブストーリーです!


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サブストーリー 幻の女優、復活

再び登場する幻の女優、前梨七緒。その正体が明かされる。

その正体を知る森川、情報屋としての仕事をする。

女形としての美しさを見せる。

※ボカロ曲のある曲を使っています。


降魔の出現もなく伯林華撃団との模擬戦も終わり、各々が過ごしている中、神崎重工との会議が一段落した直仁は帰り道、帝劇の入口前に立っている一人の男性の老人に声をかけた。

 

「帝劇に何か御用ですか?」

 

「あ・・・いや・・・」

 

「何か理由がおありで?ずっと帝劇を見つめていましたが」

 

「・・・」

 

老人は少しの間、俯いた後何かを決意したかのように顔を上げて、直仁へ話しかけた。

 

「お兄さん、ワシに着いて来てくれんかのう?見せたいものがあるんじゃ」

 

「?」

 

直仁は老人の後に着いてくと、和風の家に案内された。和風建築としては豪邸とも言える家だ。

 

「上がっとくれ」

 

「はい、お邪魔します」

 

直仁は居間に通され、老男性は少し待っててくれと言い残し奥へと言ってしまった。

 

見ず知らずな自分を家に上げられてしまったことに軽い罪悪感を覚える。

 

「・・・・」

 

「待たせてすまんのう。こっちに来てくれるか?」

 

「??」

 

老男性に案内された部屋に行くと、そこには一人の老女性が横になっていた。寝たきりの姿ではあるが規則正しく布団が上下している所を見ると眠っているのだろう。しかし、老齢でありながらも美しく老いていったその姿は、今でも化粧などを施せば実年齢以上に若く見れる程に若々しい。

 

「・・・お爺さん。この方は、もしかして?」

 

「ワシの妻じゃよ・・・こうなる前の若い頃は帝国歌劇団の女優さん達にだって負けないほどの美人じゃった」

 

「・・・お爺さん。なぜ見ず知らずの俺を家に上げたんです?」

 

「お前さんの目じゃよ。ワシは若い頃、侠客に近い事をやっとってな?それなりに人を見る目はあるつもりじゃ、コイツは信用できると思ったんじゃ」

 

「・・・・」

 

老男性は妻の手を軽く握った後、立ち上がりタンスから何かを取り出して直仁に見せた。それは映画の台本らしく、丁寧に保管されていたようで古ぼけてはいるがしっかりと形を保っていた。

 

「吉原・・・哀歌?」

 

「妻が初めて主演を務めた演劇でな?帝国歌劇団の皆さんに演じて欲しいと妻が言っておったんじゃが・・・無理だと言われてしまってな」

 

そりゃあそうだろう。仮にも大帝国劇場に依頼するには仲介などを頼まなきゃ無理だ。

 

「お爺さん。この台本・・・預からせてもらえませんか?」

 

「ん?おめえさん、演劇に通じる何かがあるのか?」

 

「ええ・・少しは。これは必ずお返ししますのでお願いします」

 

直仁は土下座する勢いで頭を下げた。老男性は直仁の熱意に根負けし頷いた。

 

「一週間、いや・・・三日後には返せよ?」

 

「はい!」

 

 

 

直仁はすぐに帝劇に戻り、クラリスと共に「吉原哀歌」の台本を書き直しする事にした。もちろん、クラリスのノートにだ。

 

「この作品、読んで分かりますけど、完成していて書き加える部分も改変すべき場所もないですよ?」

 

「それなら、歌を入れる場所とか無いか?」

 

「無理ですよ、さっきも言ったように完成されてて・・・」

 

「うーん・・・ん?なぁ・・・クラリス。ここの部分・・・セリフの文字、掠れてねえか?」

 

「え?あ・・本当ですね。まるで水か何かを拭いたみたいな跡です」

 

直仁とクラリスは掠れている文を見ているが、古いものであるが故に原因は掴めない。

 

「そうか!ここに入れればいいのか!」

 

「ふえ!?どうしたんですか!?支配人!」

 

「10年前に吉原を題材にして帝国歌劇団へ向けて作られた歌があったんだよ。余りに悲しい歌なんで御蔵入りしちゃったけどな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、みんなを集めてくれ。俺も覚えてるし蒸気記録装置にも残ってるはずだからな」

 

 

 

 

 

「そういう理由で集められたんですか?」

 

「ああ、演目に悩んでいたからな」

 

「けどよ・・・アタシ等に花魁役なんて無理だぜ?」

 

「うん・・・無理」

 

「色白という時点でわたしも無理ね」

 

「やはり・・・難しいですよね・・・」

 

「しょうがねえ・・・俺がやる」

 

「「「「「!!!!!?????」」」」

 

直仁の言葉に全員が度肝を抜かれたような衝撃を受けて、絶句した。直仁が女役をやると言い出したのだから当たり前だろう。

 

「し、支配人!?」

 

「何か悪いものでも食ったのか!?」

 

「支配人が・・・女役って・・・」

 

「ふぅん?興味あるわね・・・」

 

「支配人・・・あ、あの!」

 

「疑ってるな?分かった・・・見せてやるよ。化粧した姿は予行練習でな?」

 

直仁は楽屋へ向かい、浴衣にが得て戻ってきた。手には無地の手ぬぐいと扇子が握られており、花組のメンバー達は不思議そうに見ている。

 

「・・・」

 

音楽は何もない、手ぬぐいを髪結いの代わりのような形にし、それを旨く髪と合わせる。扇子はまだ使わないようで、雨宮に預けた。

 

「まずは軽い動きだ」

 

直仁は男の動きではなく、女性のしなやかさを身につけた歩法。無駄に振られることのない袖、色気を醸し出す指先の動きを見せる。

 

「・・・・」

 

表情すらも女性そのもの、浴衣姿であるためうなじなどは隠しているが、視線の動かし方などはまるで日本舞踊を観ているようだ。舞が終わると直仁は正座し、花組のメンバーへ一礼した。

 

瞬間、天宮が拍手を始め初穂、あざみ、クラリス、アナスタシアも無言で拍手した。

 

「どうだった?」

 

「凄すぎて・・・見入ってました」

 

「日本舞踊でもやってたのか?ってくらいだぜ」

 

「すごく綺麗だった・・・それしか言えません」

 

「うん・・・言葉にできないってこういう事かも」

 

「俺もこっそり勉強や練習はしていたからな・・・あとはこれをどうやって舞台にするかだが」

 

 

 

 

 

それから三日後。時間の空いたすみれが帝劇に趣き、吉原哀歌の台本の複製を読んでいた。本物は直仁が出会った老男性に返却してしまっている。その時に直仁は帝国歌劇団のチケットを持ち、演目「吉原哀歌・向日葵恋慕」という題名の公演チケットを二枚渡していた。

 

「これは・・・レベルの高い演目ですわね。主役は並みの人では演じられませんわ。それで、また貴方が演じる事になったんですの?」

 

「女形は慣れてますし、この演目だけはどうしてもと押したんです」

 

「分かりましたわ、貴方が女性役をやっている間は私が支配人の仕事をしましょう。しっかりと稽古なさい」

 

「はい」

 

その頃、森川自身もオペレーターを通じて気になっていた事を調査し、その調査結果を見ていた。

 

「なるほどなぁ・・・あの婆さんと爺さん、これだけの秘密がありゃあ明かす事は出来ねえわな」

 

調査結果の書類には老男性とその妻である老女性の名前と経歴が記されている。煙草に火を点け、それを見る。

 

「本名、明里和馬。元・侠客で唐傘組組長・・・引退後は桶屋を開業。それにより一代で大富豪、息子もそんな親父の背中を見て育ち、二代目以降も高く安定した業績を出し続ける」

 

「問題は、その妻だよな・・・。本名、明里美乃利・・・。旧姓、川又美乃利。名家に産まれるも父親の代で没落、妻は没落した夫を見捨てるような形で実家に引き戻され、その父親も目先の金に目がくらんで娘である美乃利を吉原へと売り込んだ・・・。美乃利は花魁となり人気を経ていたが、お互いの間に愛が芽生えた和馬が身請けした・・と。身請け後は勉学を許してもらい、子供の教育に精を出し女優として活躍・・ね。まさか女優で本物の花魁だったはなぁ・・・俺に薬を譲ってくれって直仁が来たのは治療のためだったか。ウルトラスーパーオールマイティワクチンとお医者さんカバンを貸してやって治療は出来たようだが・・・その後、二人が末期ガンとはな」

 

テーブルに書類を置くと大きくため息をつきながら、紫煙を揺らした。森川もやりきれない様子で書類を見つめ直す。

 

「・・・帝国歌劇団に演じて欲しくてとは聞いていたが、デビュー作品じゃなく自分の半生を台本にしてもらったものみてえだな。今となっちゃその脚本家も居ない・・・俺も見に行ってみるか、公演は明日だったな。」

 

ほんのちょっとした気まぐれで森川もチケットを手に入れており、調べた事もあって行くことを決意した。

 

「それに、アイツの女型・・・見れば話のタネになりそうだしな」

 

 

 

公演前日、直仁は誠十郎を含めた花組全員を集めていた。全員は何も聞かされずただ集まれとしか言われていない。

 

「支配人、楽屋に篭ったきりで出てきませんね」

 

「そうだな、お?出てきた」

 

「・・・・」

 

「あれ?」

 

「貴女・・・前梨七緒・・さん?」

 

「へ?え?」

 

「え・・?」

 

「まだ気付かないか?俺だよ」

 

その声に直仁以外が全員、驚きの声を上げた。正に飛び上がるような勢いで。

 

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええ!!!!??」」」」」

 

 

「し、支配人が・・・」

 

「前梨七緒さんが、支配人だったなんて!」

 

「騙されたってレベルじゃねえぞ、おい!」

 

「本当ね・・・」

 

「まぁ、言わなかったしな。頃合だと思ってバラしたんだよ。ん?どうした誠十郎?」

 

直仁は前梨七緒としての姿で、この姿はあくまでも代理などで続けてきただけで滅多にやらなかった事を話していた。だが、その中で誠十郎がひどく真っ白な様子になっていたのだ。

 

「七緒さんが・・・支配人・・・」

 

「あー、誠十郎の奴、前梨七緒のファンになっちまってたのか・・・これがあるからあんまりやりたくねえんだよ。今回は仕方ねえけど」

 

そう、直仁が前梨七緒として何故、出なかったのか?熱狂的な男性ファン達によるファンレターの嵐だった。旧歌劇団の皆も驚いており、当時の支配人であった米田は爆笑していたという事も話した。

 

そして公演当日。『吉原哀歌・向日葵恋慕』の観客数は予想をはるかに超えていた。それもその筈、吉原を題材にした演目は少なく、何よりも全く知らない演目とあっては好奇心を刺激されてしまうだろう。無論、過激表現がある演目だという注意はしている。

 

モギリをしている誠十郎も忙しく、売店も幻の女優である前梨七緒のブロマイドが限定発売されたとあって、長年心待ちにしていたファンが殺到したという。その中にはあの老夫婦の姿もあったそうだ。

 

 

 

 

 

 

演目が始まり、幕が上がる。初めに映るのは長い黒髪の姿で、鏡に向かい、唇に紅を引いている花魁の姿だ。小指で紅を軽く掬い、それを唇に引いている姿は妖艶という言葉ぴったりだろう。

 

『ようこそおいでくんなまし・・』

 

直仁、否、前梨七緒の演ずる花魁は観客達の度肝を抜いていた。その当時に売られた娘そのものが、舞台に上がっているようにしか見えないのだ。

 

『・・・日向でありんす。今宵の相手を務めさせて頂きます。どうぞよしなに・・・』

 

『うむ・・・楽しませてもらうぞ』

 

客の役はアナスタシアが演じており、正に座敷遊びや舞などを始め、酒を注ぐ仕草すらも演技とは思えない。アナスタシアが演ずる男客が七緒の演ずる花魁を自分へ抱き寄せる。

 

『お戯れを・・・』

 

『某を楽しませるのだろう?』

 

自ら身を摺り寄せ、顔を観客に見えるようにする。その表情は「身を売っても心は売らぬ」というのが伝わって来る程に迫真に迫っている。

 

 

 

 

「あれが本当に・・・支配人ですか?」

 

舞台袖に待機している禿と若い遊女役の天宮はあまりの迫真に迫った直仁の演技に驚いたままだ。それは誠十郎も同じで、口が空いたままで塞がっていない。

 

「男性が演ずる本当の女形は女性以上に美しいって、本で読んだけど本当だったんだ・・・」

 

「うん、誠十郎の言っている事は間違いじゃない・・・」

 

日向の幼少時代を演じているあざみも直仁の演技に惹き込まれている。日向の幼馴染みで想い人役の初穂もその一人だ。

 

「うなじの辺りまでお粉を塗って・・・しっかり化粧まで本格的にして演技する・・・当たり前の事をして本気になるとこんなに違うのかよ・・・男が女を演じるなんて気持ち悪いって思ってた・・。でもそれは間違いだったんだ・・・こんなに綺麗な女役・・・見た事ねえよ」

 

 

 

 

 

そして、過激なシーンへと入っていく。アナスタシアが演ずる男役が七尾の演ずる日向を押し倒した形になり、抱き締めている。着物の着崩れや足が僅かに見えている事なども含めれば、かなり過激に映るだろう。

 

『今宵はお前を離さぬ』

 

『っあ・・・あッ』

 

たった一つの吐息を観客へ扇情的に映るように仕向けたのだ。無論、夜伽行為をするような演技はしていない。それでも、夜伽の時に出す女の吐息を七尾は一つだけ出したのだ。女性は口に手を当てて驚き、男性は食い入るように見ている。だが、すぐに暗闇が覆い隠し二人を隠してしまった。

 

『真は、ただ一人為だけに咲いていたかったのだけれども、運命はわっちの自由を奪い、そいで歯車を回していくのでありんす・・・』

 

暗闇の中から、日向が背を向けた姿で着物が着崩れており、それを丁寧に直しつつも、うなじと背中を観れる様にしていた。その艶っぽさが女性も男性も同時に惹き込んでいく。

 

張見世を再現した書き割りが待機する遊女達を見せる。脇役としてクラリス、天宮が出ている。観客席で見ている明里夫妻は泣いていた。

 

「ああ・・あの時に・・・請けてくれましたね」

 

「そうじゃな・・・帝国歌劇団の方々が演じてくれた事に感謝じゃのう・・・今の女優さん達も昔に迫っておる・・・主役の人は当時のお前にそっくりじゃ・・・」

 

「ええ・・ええ・・・」

 

夫妻は手を繋ぎ、演目に集中した。そして歌に入っていく。歌は心境を表すようにそして偽りだというのを感じるように歌い上げる。

 

『♫貴男様どうか私を買っていただけないでしょうか?♪』

 

七尾が唇に人差し指をまるで紅を引くように当ててなぞる。いやらしさを感じさせず、艶っぽさだけを見せており演技とはいえど客からすれば本物の遊女かつ花魁に見えてしまうだろう。

 

『真は行く宛などなくなってしまいんしたのだけれど、此方の籠の中から見える景色だけは・・・わっちをいつなる時も癒してくれるんでありんす・・・・』

 

最後のシーンに入り、煙管を手にした日向が窓の外を眺めている。そこへ一人の問屋の若旦那が入ってきた。

 

『ようこそ・・・おいでくなまし・・・今宵は・・っ!』

 

『ああ・・変わっていないね』

 

『あ・・あああっ』

 

初穂が演ずる幼馴染の男は手にした花を差し出す。それは向日葵・・・日向自身とも言える花だ。

 

『迎えに来れたよ・・・待たせてごめんね』

 

『うん・・・うん!』

 

二人が再会し、身請けされ旅立っていくエンディングで締められ、幕が降りる。瞬間嵐のような拍手が起こり、鳴り止むことはなかった。

 

 

 

 

その後、直仁は急いで化粧を落とし、お客さんの見送りに出向いた。そこにはあの明里夫妻もいた。

 

「君は・・・ありがとよ・・妻の望みを叶えられた」

 

「ありがとう・・・」

 

「いえ、そんな」

 

「あの台本はここへ送るようにしておいたから、大事にしてくれ」

 

「え!?」

 

「私はもう長くはないからねえ・・・お願いしたんです」

 

「っ・・分かりました」

 

二人を見送ったその後、数日後に二人が亡くなったと森川が伝えに来た。彼からすれば帝都の人間の行動は筒抜けだ。自分に対する直仁の行動に対してのケジメとしてきたのだろう。

 

「あの二人、最後まで帝劇に感謝してたぜ」

 

「そうですか・・・」

 

直仁の手には「吉原哀歌」の台本が握られており、その間には手紙が挟まっていた。

 

『アンタも想っている人が居るのなら、手放すんじゃないぞ』

 

『私達の願いを叶えてくれてありがとう』

 

「名前を教えてもいなかったのに、お礼と激励されちゃいましたね」

 

「良いじゃねえか、お前さんは立派に役目を果たしたし、願いを叶えてやったんだから」

 

「ええ・・・」

 

その後、直仁はブロマイド限定で前梨七緒の姿を出す事にした。舞台に立って欲しいというファンも多く来るが、主演を務めたのは『吉原哀歌・向日葵恋慕』だけで以降は怪我などで出られない女優の代役のみ。

 

主演を務めることはほとんどない。だが、それ以上の悩みは。

 

「支配人!女形の動きを教えてください!」

 

「私にも教えてくれる?」

 

「わ、私もです!」

 

「アタシにもだ!」

 

「あずみにも」

 

「・・・もう一度だけ花魁姿を見せて欲しい」

 

「はぁ・・・・」

 

天宮を始めとする花組と恋人未満のエリスが女形を見せろと騒ぐ様になった事であった。




これはあくまで、サブストーリーです。

女装癖があるのではなく、代役を務めるうちに身につけてしまった女形の動きと前梨七緒の正体を明かすためのストーリーでした。

女形って本当に綺麗ですよね。仕草の一つ一つが。

次回は・・・スパロボ風味のIF短編になるかと思います。


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ハッピーENDルート Ein Leben ohne das Licht der Liebe ist bedeutungslos.(愛の光なき人生は無意味である)

直仁がエリスへプロポーズ。

結婚式までの経緯。

旧・華撃団復活済みかつ、降魔皇を弱体化させ永久封印。

※時間軸は新サクラ大戦より二年後。

よって直仁は31歳、エリスは20歳になっています。

轟華絢爛の要素も入っています。

※この投稿を持って、アンケートを締め切ります。新しいアンケートがありますので、投稿後に出します。


「これで、最後だ!降魔皇!」

 

「行きますよ!直仁さん!」

 

「おう!誠十郎、お前もだ!双龍の力を、大神さん達と共に!」

 

「はい!」

 

「「「「狼虎滅却・・・!天狼!双龍虎牙!!」」」」

 

『ぐおおおお!?バァァカナアア!?我が・・降魔の皇たるこの我があああ!』

 

世界・新・旧すべての華撃団の力を一つにした霊力を纏い二頭一対の狼(大神一郎)と虎(大河新次郎)、二匹の龍の牙と爪(狛江梨直仁・神山誠十郎)が、降魔皇の心臓たる核へ刃を押し込んでいく。

 

『我・・・は、消えぬ・・・必ずや・・・蘇え!』

 

「お前に次などない!」

 

「境界の狭間に消えろ!」

 

「俺達は帝都・・いや、地球を守る!」

 

「帝国華撃団だあああああ!!」

 

『おのれえええええ!人間共がああああ!!』

 

空間に罅が入り、砕け散った内部に押し込められた降魔皇の四肢が鎖のように縛り上げられ、黄金色の狼、虎、龍が具現化し施された剣のような楔が降魔皇の核へ突き刺さり、空間が元に戻っていった。

 

「空間が・・!完全に閉じた!」

 

「一郎叔父・・・直仁さん、誠十郎さん、僕達!」

 

「ええ、誰一人として犠牲を出すことなく勝ったんだ!」

 

「やった・・・!やったぞ!」

 

三人の隊長と一人の男性隊員は勝鬨を上げるかのように、刀を掲げ上げて声を大きくして吠えた。

 

「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」

 

この戦い、第二次降魔大戦と呼ばれた戦いは上海・倫敦・伯林華撃団、新旧・帝国華撃団、巴里華撃団、紐育華撃団という全華撃団の勝利で幕を閉じた。

 

後にこの戦いは、霊的防衛の最大の危機に対しての教訓として語り継がれていくことになる。

 

 

 

 

 

第二次降魔大戦から二年後、直仁は変わらず帝劇に居たが頭を抱えていた。

 

「はぁ・・・」

 

「どうしたんですか?直仁さん」

 

「ああ、誠十郎か・・・」

 

直仁は戦いの後、戻ってきた大神に支配人の権限を全て返上し、誠十郎と共にモギリとして働いている。無論、次世代の花組達への指導も行っているが、先代花組が戻ってきた事で指導もほとんど出番はない。華撃団としては霊子甲冑から戦闘機へと移行し、外見を光武二式のままにした無限・光龍という名で出撃しつつ、神崎重工にも無限に関する操縦者の意見を提出する外部アドバイザーとして席を置いている。

 

だが、先代達の指導は俺以上に厳しいと、次世代花組は泣いて来る事もある。

 

「随分、何かを悩んでいるみたいですけど・・・もしかして、エリスさんの事ですか?」

 

「バレてるよなぁ・・・」

 

そう、何を隠そう。直仁は伯林華撃団元・隊長であるエリスと結婚を前提とした恋人同士として付き合っている。

 

元・隊長というのはエリスは世界華撃団として再結成された条約に基づいて帝国華撃団へ自ら転属してきたのだ。無論、一悶着以上の出来事はあった。

 

転属願いを出すには所属している華撃団隊員全員の承認とその華撃団の司令官からの承認が必要となる。ましてや隊長ともなるとその承認はなかなか降りない。更に伯林華撃団は軍事教育に近い事をしているため、エリスが転属となればそれはもう大混乱となった。

 

無論、エリスは事前に手回しをしていた。新しい隊長には副隊長を勤めていたマルガレーテを推薦。帝国華撃団への転属は旧・帝国華撃団の実力を自分の目で見るためだと強く主張。マルガレーテを始めとした隊員達はエリスの裏事情を知っているために全員が承認、帝国華撃団の司令である大神からの交換留学としての意見も出され、これには伯林華撃団の司令官も折れるしかなかった。

 

改めて帝国華撃団の所属となったエリスだが、次の問題が発生した。帝国華撃団は同時に帝国歌劇団でもある。軍事的な教育と同時に歌劇の教育もされていたが、エリスが教育されていたのはオペラである。演劇とオペラは似ているようで異なる物だ。歌唱力は満場一致で文句はなかったのだが、動きを使った演技とセリフ読みが大根役者レベルだったのだ。

 

これではいけない、勿体無いと旧・帝国歌劇団のメンバー達が次世代花組と共に基礎指導を受けさせる事にしたのだ。

 

エリスは喜んで受けたが、軍事訓練以上のハードさに流石のエリスも心が折れそうになったそうだ。それでも彼女は負けず嫌いの気があったらしく、過酷な指導を乗り越え今や歌唱力とその凛々しさ、容姿の美しさもあって天宮と並ぶ帝劇のトップスタァとなっている。

 

旧・歌劇団も演目に出てはいるが、ファンに対して次世代を見守って欲しいと舞台挨拶で行った為、どちらの人気も高い。

 

 

 

 

 

 

「直仁さん、まだプロポーズしてなかったんですね」

 

「うるせえ。お前だってまだ天宮の奴とくっつかねえのか?」

 

「お、俺の事は良いでしょう!」

 

実は誠十郎も天宮と良い所まで行っている。兄と妹という感じだったのが、自分を支えてくれた事、天宮も自分の考えがまだまだ子供だった事を旧・華撃団のマリアやカンナ、巴里華撃団のグリシーヌ、ロベリアなどに諭され、自分も相手も思いやれる女性になり、そんな天宮を見て一人の女性として意識したそうだ。

 

「俺からすりゃあ、お前らはどっちもどっちだっての!」

 

「「森川さん!?」」

 

「ウフフ。相変わらずですね?お二人は」

 

「さくらさんも!?」

 

森川の隣に立って現れたのは真宮寺さくら。かつて帝国歌劇団のトップスタァであり、帝国華撃団の隊員だった一人だ。その隣にいる夫である森川大輔は華撃団メンバーも通う店、『オアシス』の店主であり、第二次降魔大戦時は民間協力者という特例で帝都を守っていた一人だ。

 

第二次降魔大戦終結後、華撃団と歌劇団を引退し森川と一年前に形式的に入婿という形で結婚。今現在は腕に抱いているように一人娘の「桜花」が産まれ、オアシスの女将して働いている。無論、破邪の血統は娘に受け継がれているそうだ。

 

「はぁ・・・待たせすぎてるものな」

 

「エリスの両親には挨拶したんだろう?」

 

「ええ・・・一発殴られましたけどね」

 

話によれば直仁がドイツへエリスの両親へ挨拶に行った時、家系は軍人貴族だったらしく、父親は空軍所属で母親も貴族から嫁いできた方だったらしい。

 

最も母親は貴族に有るまじきアクティブな女性で、エリスが直仁を連れて来た時はそれはもう驚きつつも喜んだそうだ。

 

「まぁまぁ!エリスが男性を連れてくるなんて!!」

 

父親は厳格な方で直仁が日本人かつ海軍出身であると聞いた瞬間。

 

「私と勝負したまえ。エリスを守れる男なのか確かめる必要がある」

 

そういって、かつて直仁が森川と大喧嘩した時のように殴り合ったらしく、最後には直仁が合気道で傷つけないよう地面に倒し、認めてもらえたそうだったが。

 

「娘を奪っていく君を一発殴らせろ!」

 

といわれ、渾身の一撃を入れられたらしい。それに耐えた直仁はエリスの父親に正式に認められ、娘を頼んだぞと言われたそうだ。

 

「大変でしたね・・・直仁さん」

 

「それ程までにエリスが可愛いんだと思いますよ。さくらさん」

 

「にしても、エリスと今は許嫁の関係か・・・お前もサッサと身を固めちまえよ」

 

「わかってるんですけどね・・・・生活の基盤は出来てますし」

 

直仁自身もエリスへプロポーズしようとしているが、タイミングが掴めないまま今の状態になっている。

 

 

 

 

 

そして、プロポーズをしようと決めた日、直仁は誰もいない帝劇の中庭へとエリスを呼び出した。

 

「直仁、こんな時間に一体何の用です?」

 

「あー、その・・な?」

 

「・・?」

 

直仁は決意し、小箱に入っていたシンプルだが光り輝く指輪を見せた。

 

「これは?」

 

「エリス、俺と結婚してくれ・・・!」

 

「!」

 

エリスは口元で両手を合わせた瞬間、涙をポロポロと流し始めた。軍人的な態度を取るのは戦闘時だけで、今のエリスは冷静だが、優しく素直になろうとする一人の女性としての一面が表に出てきているのだ。

 

「やっと・・・やっと言ってくれた。貴方からのその言葉を」

 

「待たせて済まなかった。ようやく言えた・・・改めて俺の嫁になってくれ、エリス」

 

「はい・・!」

 

エリスは直仁へ飛び込み、直仁もそれをしっかり受け止めた。そんな二人を物陰か、森川、さくら、誠十郎、天宮の四人と直仁と仲の良い華撃団全員が見ていた。

 

「ようやくだな・・・」

 

「ええ・・・本当に」

 

「直仁さんも、エリスさんも幸せになって欲しいですね。後は」

 

「誠十郎さん・・・?」

 

 

 

 

 

結婚式をどうするかと二人は相談していたが、エリスは戦闘時のようにキリっとした表情で。

 

「日本にいるのだから、日本式の結婚式を挙げたい」

 

と言われてしまったので、日本の結婚式をする事にした。エリスの両親にはエリスからその国の結婚式の正装で構わないと伝えてもらい、直仁も両親に結婚式を挙げる事を伝えた。

 

無論、華撃団全員も招待するつもりだ。だが、人数が人数なので大きい会場は借りられないと嘆いていたら、神崎重工の神崎すみれが華撃団と両家の親を余裕で入れる会場、及び食事会の手筈をしてくれたのだ。

 

「直仁さんには支配人の仕事を任せっきりでしたし、あの方とも再会できた。これで借りを返せるのなら安いものですわ」

 

資金面までお世話になってしまい、頭が上がらず働いて返すと伝えたら門出祝いだと言われてしまい、気にしなくていいと言われてしまった。

 

料理に関しては森川が店を休みにして和・洋・中の豪華な物を用意してくれるとの事、さくらさんからは霊力のある者同士という事で『斬り結びの儀』を行うと言われた。

 

これは嫁入りする女と嫁を迎え入れる男、双方が受ける儀であり、本来ならば真宮寺家の一族のみで行われる結婚の儀であるらしい。

 

だが、真宮寺家には現当主であるさくらとその母である若菜のみが家を守っている。

 

神事を勤めようにも、娘の桜花はまだまだ刀を扱える状態ではない。森川も刀を扱えない訳ではないが、料理の仕込みなどの準備があるために出来ない。必然的にさくらが担当する事になった。

 

「直仁さん」

 

「はい?」

 

「幸せになってくださいね?エリスさんを泣かせたら行けませんよ」

 

「っ・・はい!」

 

かつて、初めて恋した人。その人は今や子供を産み育てる素敵な女性になっていた。

森川曰く鬼嫁らしいが。

 

恋したことは事実、でも今の自分には共に寄り添ってくれる相手が居る。そのことを思い、直仁は今度こそ真宮寺さくらを思い出の中に仕舞う事が出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

結婚式当日、和風の平屋を借りての斬り結びの儀が行われていた。花婿である直仁とその親族は般若のような面を被って顔を見せずにしており、逆に白無垢着た花嫁であるエリスとその親族は正座に耐えつつ、目を閉じて祝詞を読み上げる立会人としての真宮寺若菜の声に耳を傾けている。

 

「掛けまくも畏き伊邪那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に。禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等。諸々の禍事・罪・穢。有らむをば祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと恐み恐みも白す…」

 

祝詞が終わると二人の巫女が和紙と墨、筆を置いた三方を手に歩いてきて、二人の前に置く。二人は円を和紙に書いてそのまま筆を置いた。

 

「二人が書いたのは円、即ち縁の円です・・・」

 

天宮が簡単に誠十郎へ説明した後、さくらが霊剣・荒鷹を手にし、刀を静かに構える。

 

「・・・・・・」

 

それぞれが注目する中、二人の巫女が花嫁であるエリスが書いた円を記した和紙を二人の巫女が両端を持ち、さくらの前へ持ってくる。

 

「・・・!たああっ!!」

 

さくらが荒鷹を鞘から抜き刃が振り下ろされ、一閃される。瞬間に円が描かれた和紙は中心から二つに分かれた。さくらは作法に則った納刀をすると荒鷹の刀身を鞘へと収めた。

 

断ち切られた一方の円を、今度は花婿である直仁が描いた円に巫女が重ねた。すると直仁の親族から「おお…」といった声が上がる。それと同時に面を着けていた直仁の親族が一斉に面を外した。

 

「これにて、嫁子は狛江梨家のものとなりました。皆様よろしいですね?」

 

若菜の言葉に双方の親族達は一礼し、『切り結びの儀』は完了した。

 

「なるほど、縁を断ち切り再び結ぶ・・・これ即ち切り結び・・か」

 

誠十郎のつぶやきは誰にも聞こえず、空へと溶けていった。その他、神前式などは滞りなく終了した。

 

その後は華撃団とのパーティーが始まり、エリスは新旧の帝劇のメンバーから祝福され、笑顔を見せていた。

 

直仁は誠十郎、大神、新次郎、そして調理を終えた森川から祝福されていた。

 

「おめでとうございます。直仁さん」

 

「おめでとう、直仁くん」

 

「本当に綺麗な方ですね。直仁さんの奥さんになるエリスさんは」

 

「これで、お互いに身を固めた訳だな」

 

「ありがとうございます」

 

直仁は照れくさそうに頭を掻きながら、話をしている。エリスはさくらと花火と共に話し込んでいる。

 

「それで、直仁くんとエリスはこれからどうするんだい?」

 

「俺は変わらず、帝劇と神崎重工の往復ですかね。大神大尉の下で働けって言われちゃいましたし、それに」

 

「それに?」

 

「お義父さん(エリスの父)が海軍でしっかりやれと釘刺されちゃって」

 

「なんだそれ、早速家族自慢かよ?」

 

「あはは・・・」

 

 

それから、華撃団メンバーだけの二次会は帝劇にて行われる事になった。お酒やジュースなどは皆でお金を出し合い、料理に関しては披露宴での料理で余った材料を使って森川が作ってくれた。

 

「それじゃ、直仁とエリスの結婚を祝して乾杯!」

 

「「「カンパーイ!!」」」」

 

乾杯の音頭はシャオロンが担当した。カンナと似て明るく裏表のない彼の音頭により明るく二次会が始まった。お酒を飲めるのは各華撃団の隊長組、旧華撃団、巴里華撃団、紐育華撃団のメンバー達だ。次世代の花組ではアナスタシア以外は年齢的に飲めない。

 

「直仁、しっかりエリスを離すなよ?」

 

「分かってるっての、シャオロン」

 

「直仁、改めて君に騎士の祝福を」

 

「ありがとう、アーサー」

 

直仁はそれぞれ器に酒を注ぐと、三人で器を持って掲げあった。三人はノリノリな状態だ。

 

「俺達の変わらぬ友情に」

 

「お互いへの尊敬に」

 

「同じ志に改めて」

 

「「「乾杯!」」」

 

実はこの三人、幻庵との戦い以降に仲が良くなっていた。世界華撃団が結成された後、次世代の花組の仲を取り持ったのだ。どの縁があって仲良くなっていたのだ。

 

「本当に愛しているのか、証拠がみたいですねー」

 

エリカの何気ない一言にカンナとシャオロン、森川がエリスと直仁をメイン会場とも言いたげにスペースがある場所に移された。

 

「私が祝福しますので、改めて誓いのキスをしちゃってくださーい!」

 

「エ、エリカさん!?酔ってますね!?」

 

「酔ってますんよ~」

 

呂律の回っていない状態になっていることは明らかだ。だが、周りも期待しているような視線を向けている。

 

「エ、エリス・・・」

 

「私は・・・構わない」

 

妻になった女に言われてしまっては男が廃るというもの。直仁は決意して華撃団全員の前で結婚式同様のキスを見せたのだ。

 

その後、二次会も楽しく終わり、解散となった。直仁も会場となったホテルに帰り、部屋に戻って休んでいる。

 

「飲みすぎたなぁ・・・」

 

「直仁・・・」

 

「エリスか?入っていいぞ」

 

「わかったよ・・・」

 

ドアを開けてエリスが中へ入ってくる。部屋着姿の彼女を見るのは初めてで、少し心臓が跳ね上がった。

 

「どうした?」

 

「いや・・・私もあれだけの仲間達から祝福されたのだと思うと嬉しくて」

 

「そうだな・・・これからはお互いに協力しつつ、仲間の力も借りていけばいいさ」

 

「・・・・」

 

そして、夜も更けていき周りが静かになっていく。




直仁とエリスの結婚経緯です。

この後はアンケート結果を反映して初夜になりますが、お待ちくださいませ。


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IFストーリー
短編IF編 次世代へ託す人間の魂


IF回です。三華撃団が復活した設定です。

思いついた短編のIFストーリーです。ある作品のシーンを使ってます。

直仁が次世代に託して死にます。

オリジナルの上級降魔の戦士が出てきます。

本編とは繋がりません、あくまでも「もしも」の話です。

エリスとは恋人として付き合っている設定です。


降魔の策略によって幻都から開放された降魔皇は後に、人間全てに復讐すると言って呪われた大地と化した大和を大気圏外ギリギリに浮上させ、そこへ居城し力を蓄えると宣言した。

 

降魔皇の開放によって、三つの華撃団が帰ってくる事も出来たが、やはりという状態が起こった。

 

世界中で結成された華撃団と次世代の帝国華撃団、そして伝説とされた旧・帝国華撃団、巴里華撃団、紐育華撃団、全ての華撃団でのいがみ合いが起こってしまったのだ。

 

それを止めたのが支え続けてきた直仁と影で支えていた森川であった。二人は同時に一括し、いがみ合いを収めた。

 

降魔皇を倒すには破邪の力、そして地脈の龍の力が必要だという事がわかった。光武二式も改修され、霊子戦闘機と同格の戦闘力を持つに至り、全華撃団の力も互いに訓練し合うことで向上した。

 

大気圏ギリギリに位置している大和への突入にはミカサが用いられる案が決定した。そしてその決戦前夜。

 

「・・・・」

 

「・・・・直仁?」

 

そこへ来たのはエリスだった。直仁は夜のテラスで街の風景を眺めている。だが、そんな彼を見てエリスは自分の胸の中で嫌な予感が渦巻いた。もう二度と彼に逢う事が出来ない、そんな予感が。

 

「!」

 

「・・・っ」

 

エリスは意識が街に向いている直仁の背中へと抱きついた。突然の重みに直仁は首を後ろに向け、振り返るとエリスが抱きつき震えているのに気づいた。

 

「エリス?」

 

「怖い・・・」

 

「え?」

 

「怖いんです・・・・この決戦が始まったら、もう二度と貴方に会えないような気がしてならない・・!」

 

いくら軍人のように気丈に振舞っていても、エリスは十代後半の女の子だ。怖いという感情は分かるが二度と逢えないというのは高い霊力による予測なのだろうか?

 

「・・・前にも言っただろ?命を懸けるが、捨てる気はないって」

 

「・・・それでも、私は!わたし・・は・・・!」

 

直仁はエリスを引き離すと、正面から抱きしめた。その温もりがエリスを落ち着かせていく。

 

「命を捨ていくんじゃない・・・帝都を・・・規模が大きいが地球を守るためにだろ?」

 

「・・・・」

 

二人は恋人同士になってから、恋人らしい事は極力控えていたが忍んでデートを何度か重ねていき手を繋ぐ事とこうして抱きしめ合う事、男女として繋がった事もある。それだけ二人は隠れて愛し合っていた。

 

「俺も命を懸ける覚悟をしていただけだ。それだけなんだよ」

 

「本当・・・に?」

 

「ああ」

 

「・・・信じます。その言葉」

 

二人はお互いに離れ、エリスは敬礼をした後、内部へ戻っていった。直仁はそれを見送った後、テラスの縁を手で握りこんだ。

 

「ぐ・・・ぐううう!」

 

自分の中にある地脈の龍に喰われた証である痣が、右手の手の甲に浮き出ていた。これは侵食が再開していた事を意味している。

 

「俺の時間は・・・後どのくらいだろうな」

 

 

 

 

 

大和改め降魔皇城と命名された敵の本拠地へ全華撃団と、未曾有の危機にいてもたっても居られなかった森川が乗り込んでいった。そして、華撃団はいくつかのチームに別け、華撃団の復活によってトラウマを乗り越え光武二式の操縦者に復帰した狛江梨直仁、次世代花組隊長の神山誠十郎、伯林華撃団隊長エリス、そして途中で合流した森川大輔の四人。

 

先行して進んだのは直仁であり、光武一機分の通り道を通った後に入口が塞がれてしまう。

 

「!歓迎はしてくれるようだな」

 

「お前が龍脈の御子か」

 

「・・・・そうだと言ったら?」

 

相手は上級降魔のようだが、今までの降魔とは違い戦士としての威厳と信念を持っているようにも見える。

 

「名乗ろう。我は降魔・・・無明(むみょう)!上級の降魔にして、剣に生きる鬼なり・・・!」

 

「降魔でありながら名乗りを上げるとは・・・!」

 

名乗りを上げた降魔・無明、その姿は礼節を重んじている侍そのものだが、相手は降魔であり人間の礼節を真似しているだけなのかもしれない。直仁は愛刀であるダマスカスの太刀を鞘に収め、礼節を重んじる返しを行う。

 

「帝国華撃団・・・花組!狛江梨直仁・・・!そなたの剣に応える者なり!」

 

互いに名乗りを上げ、無明は薄く笑みを浮かべた後、魔装機兵・深淵を召喚し乗り込んだ。基本形状は闘神威と似ているが、細かいパーツや色が黒ずんだ青になっているなど全くの別物だといえる機体になっている。

 

「我が剣とお前の剣・・・いざ!!」

 

「尋常に!」

 

「「勝負!!」」

 

その掛け声によって二人の間に剣撃が走り始める。柳生新陰流と降魔独自の刀による剣術、その二つがぶつかり合っている。互いの剣は一歩も譲らず、退く事もない。

 

「惜しい・・実に惜しいぞ。お前が御子でなければ・・・勧誘したものを」

 

「ああ・・・俺もだ。降魔として出会わなければ、違った出会い方をしていれば剣友になれたのに」

 

互いの剣を交わす度に嬉しさではなく、虚しさが支配していた。降魔と人間、決して相容れる事も共に並んで歩く事も無い出会い。それが虚しさを味あわせてくる。

 

「我は退けぬ!降魔皇様の為に!」

 

「俺も退けない!帝都を、世界を守る為に!!」

 

 

 

 

 

直仁が通った入口を何とか開通させようと、森川や誠十郎、エリスが協力して攻撃を重ねるが何十にも張られた魔の結界がそれを拒んでいた。霊力を込めた弾丸、斬撃、森川に至ってはあらゆる攻撃系特典をぶつけ続けるも、まるでサメの歯のように新しく結界が貼られ続けるのだ。

 

「くっ!何故だ!壊れているはずなのに!!」

 

「壊しても壊しても、新しい結界が張られ続けてる!」

 

「根元を断たねえと復活する仕組みってことか!」

 

三人が協力し強力な一撃を放ったが、嘲笑うかのように結界は貼られ続けている。三人は諦めず、何度も何度も結界へ攻撃し続けた。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・」

 

「この戦い、終わる事が惜しい・・・だが、決着をつけねばならない」

 

降魔・無明と直仁の戦いは互角同士の戦いだった。だが、ほんの一瞬の攻防が直仁と無明の実力の天秤を傾けた。二人はお互いに光武と魔装機兵から降りて、生身で戦っていた。

 

直仁が横薙ぎの斬撃を大振りにした事、それが分かれ目であった。無明が刺突として繰り出した刃は直仁へ刃を向けた状態で繰り出されていた。結果、そのまま刃が横薙ぎの攻撃となり、直仁の上腕部分を深く斬り裂いたのだ。更には

 

「魔風暴破!!」

 

「ぐああああ!!」

 

無明の刀から放たれた魔力の渦が直仁を包むようにして吹き飛ばし、全身に深い傷を負わせ倒れさせた。それでも、直仁は気力を奮い立たせ、フラフラになりながらも刀を手に無明へ向かっていく。

 

「うおおお・・・」

 

「もはや、霊力を込める余力すらあるまい。我の魔風暴破を受けたその身体ではな」

 

直仁の全身は無明が繰り出す最速の剣技によって切り刻まれ、全身の切り傷から血が噴き出していく。それでも直仁は力の無い刀を振り、無明を斬りつける。

 

「ぐ・・がはぁ!ぐ・・あ・・あっ・・・」

 

「止めるが良い・・・今のお前は動けば苦しむだけだ。死の影が濃くなるだけよ」

 

無明は直仁の愛刀、村正を優しく人混みを掻き分けるような仕草でその刃を逸らし、自分の刀を収め背を向けて立ち去ろうとする。

 

その瞬間、直仁の目に光が宿り無明へと飛びかかる。その気配に気づいた無明は振り返るが瞬間、無明の持っている五輪を模した首飾りを直仁は毟り取った。

 

「何!?五つの鍵を・・・!何故そこまで・・・!人間は我ら以上に欲深く、身勝手で目を背ける存在であるのに!何故、そこまでして!」

 

「ただ・・死ぬ・・のは・・・・・怖くは・・ない・・が、何も・・・託せず・・・死ぬのは・・・ゴメン・・だ・・・降・・魔の・・お前に・・・言っても・・理解・・できないだろう・・が・・ゴフッ!!」

 

直仁は吐血し、全身の傷からの出血も止まらず流れ続けている。直仁は今は宇宙に近い上を見上げて、思い返す。

 

「(米田さんは・・・俺をまるで息子のように厳しく、優しく成長させ次世代に繋ぐ大切さを教えてくれた・・・対降魔部隊の山崎さん・・・あやめさん・・一馬さんも・・・守るべき存在や愛する者の為に己の命をかけて未来への礎になった・・・)俺だって・・・次世代に託す事をしなきゃ・・このままじゃ・・・カッコ悪くて・・・顔向け出来ねえ・・よ。(ああ・・・でも・・・最後の未練は・・・エリス・・・お前の傍に居られなくなっちまった事だ・・・)」

 

直仁は無明から奪った五輪の首飾りを両手で包むようにして握り込み、無明へ向かって声を上げた。

 

「最後に俺が見せるのは代々、受け継がれてきた守護者の魂だ!人間の心だ!」

 

霊力を凝縮し、龍の巻き付いた姿の光弾を作り出すとその中に五輪を模した首飾りを閉じ込め、直仁は大声で叫んだ。

 

「誠十郎ォォォーーーー!!!俺の最後の霊気だーーー!!!受け取ってくれーーーッ!!」

 

入口の結界に攻撃し続けていた三人はその時、確かに直仁の声が聞こえた気がした。

 

『受け取ってくれーーーッ!!』

 

「はっ!?今の声、聞こえましたか!?まさか直仁さんの!」

 

「間違いなく、今の声は直仁!」

 

「直仁ォォーーーー!」

 

大声での叫びを最後に直仁は、自らの光武の近くにおいて激闘で崩れかけていた天井の瓦礫に巻き込まれていった。

 

それを見届けていた無明は直仁の居た場所に浮かんでいた霊光玉を見つめ、その場所に歩いて近づいていく。

 

「あやつの霊力が凝縮された球か・・・最後の力を振り絞って作り出したようだが」

 

無明は刀を鞘から抜き、それを斬ろうと刃を振り下ろそうとして止めた。刀を鞘に収め光玉を背に奥へと歩いていく。

 

「くれてやろう・・・・。我は人間の感情が理解できぬ。だが、我と死合える者こそ尊敬する者であった・・・この戦いで我は消滅したとしてもお前の名を魂に刻んだ・・・。狛江梨直仁、龍の如く天に昇りし男よ・・・」

 

 

 

 

 

結界が消え、入口を破壊して侵入した三人はこの部屋で凄まじい戦いがあった事を物語る瓦礫を見て驚愕した。

 

「この戦いの跡は!?」

 

「待て、あれを見ろ!」

 

森川が指を指したその先には青く輝く光玉が停滞しており、それが少しずつ誠十郎へ近づいて来る。

 

「これは・・・霊気の・・球?龍が・・・巻き付いて・・・それにこれは!」

 

思わず無限から降り、その光玉の中を見る。その中には華撃団が手に入れるべきものがあった。

 

「五輪!五輪の鍵が、この中に!!!」

 

「何!?」

 

光玉が誠十郎の指先に当たり、それを思わず両手で包み込む。それと同時に誠十郎の中に自分にとっては莫大とも言える霊力が流れ込んでくる。

 

「うああっ!?こ、この霊気の感覚!そ、そんなぁ!!あ・・・ぐ・・うう・・あああ」

 

龍脈の力が混じり合った霊力を誠十郎へ託した光玉は消えてしまい、誠十郎はその場で崩れ落ちた。まるで何かを察してしまったのかのように。

 

「何があった・・・!神山」

 

「誠十郎!」

 

「俺は・・・俺は直仁さんが此処で必ず勝っていると思って、呼びかけをしませんでした。でも・・・さっきの光玉に触れて全てが分かってしまった・・・直仁さんは・・・今さっき、此処で死んだんです・・・!」

 

「!!」

 

「直仁の野郎・・・カッコつけやがって・・・!だが、これで先へ進める。行くぞ・・・二人共、俺達は先に進まなきゃならねえんだ」

 

「マスター・・・・貴方は!」

 

「森川さん・・・!はっ・・・!?」

 

誠十郎は森川の全身が震えている事に気づき、もう一つ動揺している証拠に気がついた。森川へ掴みかかろうとしたエリスを誠十郎が止め、たった一つの動揺を指摘した。

 

「神山・・・!?」

 

「っ・・・森川さん・・・煙草の向きが・・・逆ですよ」

 

「!・・・っ」

 

森川は火を着けようとした煙草を口から離して、握り潰した。この場で最も冷酷になれるのが森川だけだ。頭脳が優れているからこそ、感情的になってはならない・・・それが理解出来てしまったからだ。エリスも誠十郎の指摘で森川もワザと冷酷になっている事に気づいた。敵地である以上、下手な動揺は隙につながる、だからこそ森川は突き放した言葉を言ったのだ。

 

「直仁さん・・・貴方が俺に託してくれたこの力、無駄には絶対にしません!必ず、降魔皇を倒し封印します!」

 

誠十郎が決意の言葉を言った瞬間、近くの瓦礫から鋒が折れた刀がエリスの足元に転がって来た。そこへ三人が視線を向けると人間の鮮血が瓦礫の中から流れ出ている。エリスは転がってきた折れた刀、村正を手にするが抜け殻のようで何の影響もなかった。

 

「!血が・・・流れて来て・・・」

 

「直仁さんが・・・そこに・・・」

 

「その瓦礫に・・・潰されてんの・・か?」

 

三人はその瓦礫を観察すると、直仁の光武の片腕がまるで死体のように垂れ下がっているのを発見した。掘り起こそうと考えたが、死体は恐らくミンチのようになっており、目にしたくはないレベルになっているだろう。発見と同時に青い龍の姿をした光がエリスの腹部へと入っていき、消えた。

 

「あ・・・・ああっ・・・直仁・・・何故・・・何故ぇぇーーーッ!!!」

 

「直仁さぁぁぁぁん!うわあああああーーーーーッ!」

 

「ぐ・・・く・・・バカ野郎があああああ!!」

 

三人は直仁の名を呼び続けるが返事は返ってこない。返ってくるのはただの静寂のみ、敵地であるにも関わらず、エリスは流した。愛した者を失った事への悲しみの涙を、誠十郎は泣きながら叫んだ、尊敬していた男の名を。森川は悲しみの怒りをぶつけた、最高の友であった男へと。

 

それでも、直仁は託したのだ。誠十郎へ次世代へ繋げていく事を、そしてエリスにも。

 

 

 

 

 

 

 

その後、第二次降魔大戦と呼ばれたこの戦いは、降魔皇を異空間の狭間に弱体化させた状態で封印され、終幕した。

 

たった一人・・・龍のように舞い、龍の如く天へと昇っていった男を除いて。

 

華撃団の信念であった「かならず全員、生きて帰る」という約束は地脈という名の神器によって成り立たなかったのであった。




この話は「もしも」の話であり、何度でも言いますが本編とは繋がりません。

所謂、分岐した世界の一つです。その為、直仁の戦闘時間の制限もなくなっています。

エリスと直仁、全華撃団にとっては勝利を得たバッドエンドルートだと考えてください。

エリスの腹部へ龍が宿った理由?それは一つしかありませんよ。

結婚ネタは少しお待ちくださいませ(汗)


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短編IF 次世代へ託す人間の魂 Dark side編

反魂の術によってある人物が復活させられる。

ご都合主義の中のご都合主義

ハッピーエンド?

※次世代へ託す人間の魂の設定で書いています。サクラ大戦2のような感じです。長くなるかもしれません。本編にはつながりません。

このルートでのエリスと直仁、二人への挿入歌はSee-Sawの「君がいた物語」と「あんなに一緒だったのに」です。




戦いの跡が残る降魔皇城の一室、ある場所の付近に上級降魔の一人、煉獄が近づき何かを手に入れ降魔皇の下へと向かった。

 

「降魔皇様・・・手に入れてまいりました」

 

『うむ、それに反魂の術を施せ』

 

「は?これにですか?」

 

『そやつを復活させ、忌々しい人間共の排除に当たらせよ』

 

「御意」

 

煉獄は儀式の為の準備をすると、手に入れた毛髪を祭壇に供え物を置き護摩の火を焚き上げ、反魂の術の儀を始めた。

 

「今日の水呼ぶ何の水呼ぶ・・・喝lこの寄り代に宿どりし御霊に肉を与へたまへ。妙適淸淨句是菩薩位、慢淸淨句是菩薩式」

 

経文を唱えていき、毛髪が光り出しその光が肉体を新たに作り出していく。経文の読経が止むと蘇った人間は目を開いた。

 

「・・・・俺・・は」

 

「蘇ったか、お前はこれから黒龍と名乗るがいい」

 

「黒・・・龍・・・俺の・・・名か?」

 

「そうだ。ふむ・・・その素顔は隠しておけ。これを被ってな」

 

渡されたのは鬼面の仮面と和服の一つである男物の着物であった。それはかつて黒鬼会と呼ばれた集団の一人、鬼王と似たものだが、彼の面は龍の意図が施されていた。着物には一切粛清と書かれている。それを身に付けた黒龍は煉獄の隣に立つ。

 

「・・・・・」

 

「行くぞ、降魔皇様の為に働く戦士・・・黒龍よ」

 

「御意・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!ふっ!はぁ・・はぁ・・・1000本の素振り、完了」

 

エリスはあれから直仁が持っていた村正・鬼包丁の切刃から柄までの残っていた部分を利用して再度打ち直し、村正・星薙として生まれ変わらせ、旧・帝国華撃団において北辰一刀流の免許皆伝である真宮寺さくらから日本の剣術の教えを請い、同時に直仁が行っていた同じ鍛錬を行っていた。

 

「エリスさん」

 

「さくらさん、今日も鍛錬をお願いします」

 

「いいえ、今日は稽古はしません」

 

「!?何故ですか!」

 

「エリスさん、貴女・・・自分の手を見たり、鏡を見たりしていますか?今の貴女はボロボロですよ」

 

「・・・え」

 

「楽屋で鏡を見て来て下さい。私の言った事が、きっと分かります」

 

「はい」

 

さくらに促され、エリスは楽屋で鏡を見た。そこにはボロボロの髪に荒れた肌、傷だらけになった自分自身が映りこんでいた。手を見れば血豆と潰れた豆でボロボロになっている。

 

「これが・・・今の私か?」

 

エリスはあの日以降、旧・帝国華撃団、巴里華撃団そして倫敦華撃団や上海華撃団、更には次世代の華撃団、その隊長である神山誠十郎、華撃団総司令である大神一郎からも心配される程に心身ともにボロボロな状態になっていた。

 

直仁が亡くなってから彼女は鍛錬の鬼と化していた。その姿にランスロット、大神、神山、天宮、初穂、ユイなどを始めとした新旧華撃団のメンバー達は危うい状態だと感じ取っていた。

 

まるで、生き急いでいるように見えていると、それは同僚であるマルガレーテも感じていたようで旧華撃団のメンバーに相談したりしていたが、エリス自身が聞く耳を持たなかったのだ。

 

「はは・・・伯林華撃団隊長として情けな・・い」

 

エリスは楽屋の机に突っ伏した格好になり身体を震わせて声を殺して泣き始めた。鏡を見た事で己を見つめ直し、更には失った人に対する感情が再び表に出てきたのだ。

 

「う・・・うううっ!直・・・仁!直仁!」

 

その声を楽屋の外でマルガレーテは扉越しに聞いていた。あの時以降、彼女は劇的に変わった。弱さを見せるようになり、初めはそれが許せなかった、隊長であるエリスを拐かした直仁が許せなかった。だが、エリスが心からの笑顔を彼に向け、戦いにおいては今まで以上の状況判断力や指揮能力を発揮し、敵の殲滅力も良くなっていた。同時に彼が異性を愛する事を怖がっていると聞いた瞬間、自分の中の怒りが消えてしまっていた。二人を見守っていこうと思っていた矢先、直仁が死んだと聞いて何かが抜け落ちてしまった。

 

「エリス・・・」

 

自分の無力さに改めて憤りを感じる。何故、あの時に彼を止められなかったのか?何故、あの時に自分も志願しなかったのか?後悔ばかりが心中で渦巻き、拳を握りこむ。マルガレーテは何かを決意したかのように支配人室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

直仁の死によって落胆していたのはエリスだけではなかった。その一人である誠十郎は天宮に連れられ、森川が開いている店である「オアシス」へと足を運び、食事を済ませたが気分は一向に晴れている様子ではなかった。

 

「・・・誠兄さん、思い込んでいるのも身体に毒ですよ?」

 

「ああ・・・」

 

「ちゃんと私の話、聞いてます?」

 

「ああ・・・」

 

生返事しか返さない誠十郎に天宮も言葉を濁し始めてしまう。直仁が死んでから誠十郎はまるで燃え尽きてしまったかのように生気がないのだ。自分が憧れとし、超えるべき目標であったうちの一人、自分よりも大胆で大柄でそれでいて明るさを忘れず、街を愛し、舞台を愛し厳しさの中にある優しさを教えてくれた人を失ったショックが原因であった。

 

「直仁さん・・・」

 

直仁の最後の霊力は誠十郎の中で同化し、生き続けている。だが、自分では使いこなせない霊力を与えられてしまい、ずっと戸惑っている。

 

「いつまで不抜けてやがんだ?神山」

 

「森川さん・・・俺は」

 

「死んだ奴の事以上にお前には今、やらなきゃならねえ事がたんまりあるだろ?」

 

「解っているんです。解っているんですが・・・身体が動いてくれないんです」

 

「(俺の前世の時代で言うところの鬱病に近い症状だな・・・無理もねえか、直仁の・・・大切な人間の死を身近で見ちまった上、最後の霊力を託されちゃあな)」

 

森川自身も完全に立ち直っているわけではない。笑い合い、時に衝突し合い、恋愛に関しては新聞騒ぎになる程の大喧嘩もした。なによりも見取りの才能に一目置いていた。そんな男が次世代へ託し、命を散らしてしまった。

 

「米田のおっさんも・・・かえでの奴も・・・こんな気持ちだったんだろうな。大切な仲間に先立たれるってのは・・辛すぎるし、幾ら俺でも応えるわ」

 

この世界にやってきてから身近で大切な人間の死は経験していなかった。それだけにどこか隙を与えてしまったような感覚に陥いる。そんなふうに考えながら次の仕込みを開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、マルガレーテは支配人室の扉をノックしていた。目的の人物が扉に顔を向けて返事をする。

 

「誰だい?」

 

「マルガレーテです。中へ入ってもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

扉を開け、中へ入るとマルガレーテは敬礼する。伯林華撃団所属の彼女らしい挨拶に大神も真剣になる。

 

「何の用かな?マルガレーテくん」

 

「はい、我が伯林華撃団隊長である。エリスを立ち直らせるにはどうすれば良いかと・・・ご存知の通り、我々、伯林華撃団は軍事的教育指導しか受けていなく、人の心の動きについてわからないのです。そこで、此処で何かの手がかりになればと思いまして」

 

「・・・俺も偉くは言えないけど、巴里華撃団の隊長をしていた時、その司令であり支配人でもあったグラン・マ、ライラック婦人から言われた・・・忘れられない言葉があるよ」

 

「忘れられない言葉、ですか?」

 

「そう、その人はこう言っていた。『ムッシュ・・・これだけは忘れるんじゃないよ。建物とか街なんてものは壊れても直せばいい。でも、人の心はそうはいかない。特に愛する人を失った心の傷はね・・・・残るものなんだよ・・・・ずっと・・・・』と」

 

「・・・・!」

 

「エリスくんは直仁くんと死別してしまった・・・しかも、彼の遺体を見たに等しい事まで起こってしまったのだろう?それが彼女の大きな心の傷になっているんだろうね。残念だけど、俺達で彼女を癒す事は難しい・・・それ程までにエリスくんにとって直仁くんは大きな存在なんだよ。だけど、俺達にも出来る事はある」

 

「!それは、なんですか!?」

 

マルガレーテは必死に食い下がる勢いで大神を見た。共に強い力と強い心を持ち、大切なものを守ると誓い合ったからこそ、エリスの力になりたいという思いが人一倍強いのだろう。

 

「普段通りに接し続ける事だよ。下手な気遣いは却って、悪影響になる。だから、普段通りにしてあげる事が最も良い事なんだ」

 

「わかりまし・・た」

 

「納得できる答えを出せなくて、すまない」

 

「いいえ、ありがとうございました」

 

マルガレーテは支配人室から出ると、少しだけ息を吐いた。自分に出来る事を再確認し、再び歩き出す。すだ、大切な人を失ったエリス自身の代わりになんてなれない。彼女の苦しみは彼女にしか分からないだろう。ならばせめて、彼女が曲がった方向へ行かないよう正していこうと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、鏡越しに降魔皇の言葉を聞く煉獄、その隣には仮面をつけた黒龍が立っていた。何も喋らず、ただ鏡を見ているだけだ。

 

『煉獄、人間共の希望になっているあの拠点の情報を集めよ』

 

「はっ、では・・降魔共に」

 

『否、そこの黒龍を使え。今回は偵察戦闘のみだが、そやつ一人で事足りるだろう』

 

「仰せのままに・・・黒龍、大帝国劇場を偵察し、戦闘力を図れ」

 

「御意・・・」

 

「お前に魔装機兵を与える。かつての機体を再現したものだが、今の貴様には扱える代物だ」

 

「・・・・・はっ」

 

黒龍はとある二人の力と降魔皇からの妖力、更には自身に与えられた魔装機兵を転移させる秘術を授けられ、武器として妖刀・鬼炎を与えられた。黒龍はその場から消え、煉獄のみが残された。

 

 

 

 

 

 

黒龍は帝劇の見下ろせる建物の屋上に立っており、帝劇を見下ろしていた。人々が行き交う道路、賑わい、歌などが響いている。

 

「・・・・・」

 

掌に妖気を集中させ、帝劇の屋根へとその紫色の光球を放った。爆発と共に帝劇の屋根には穴が空き、人々はパニックになり、我先にと逃げ出す。

 

「出てこい・・・華撃団よ・・・・お前達の力を見てやる・・・」

 

更に魔幻空間を作り出し、そこへ一人、正座して待っている。まるで、誰かを持つ武士のように。黒龍自身がそうしており、降魔は一匹も出てこない。

 

その頃、帝劇の地下にある作戦司令室では、魔幻空間が帝劇付近で展開されたと知らせを受けた全員が集合していた。

 

「魔幻空間が展開されていますが、奇妙な事に降魔が一匹も確認できません」

 

「まるで、内部に来るのを待っているかのようです」

 

新旧の風組の報告に大神も考え込むような仕草をしており、言葉を出さない。そんな中で、世界華撃団の一角である上海華撃団の隊長、シャオロンが発言する。

 

「相手が待ってるって事は相当、戦いに自信があるのか・・・唯の自惚れ屋かのどちらかだな」

 

「ですが、確かめない事には意味がない。本来なら様子を見なければならないですが、降魔は一体も出現していない事から確実に誘われている」

 

さらに倫敦華撃団団長であるアーサーも冷静な意見を述べる。大神はそこで言葉を出した。

 

「今回は俺が人選をしたいと思う。みんな、構わないか?」

 

「総司令官直々なら文句はないぜ」

 

「私も異存はない」

 

「僕も問題ありません」

 

「無論、自分もありません」

 

世界華撃団の各国の隊長達と次世代の帝国華撃団隊長である神山は大神の言葉に反論はなく、他の隊員達の他に次世代、旧世代の華撃団両者の隊員も頷いている。

 

「では、最初に次世代からランスロットくん」

 

「はい!」

 

「次にエリスくんとマルガレーテくん」

 

「「はっ!」」

 

「次に天宮くんと神山くんだ」

 

「はい!」

 

「この責務、果たして見せます!」

 

大神の人選はまるで誰かに操作されているか、運命という糸が手繰り寄せているかのようにとある人物と関連していた。

 

「次に大神華撃団からは、さくらくん、花火くん、アイリス、グリシーヌだ。本来ならすみれくんを入れたかったのだけど・・・」

 

「お気になさらないで下さい・・・わたくしの霊力はもう」

 

「ああ・・・分かっているよ」

 

「大神さんは出撃しないのですか?」

 

「俺も出撃するよ、相手を知っておきたいし総司令として守る義務もあるからね」

 

「今回は譲ってやるから相手を見極めてこいよ、神山!」

 

「ああ、任せておいてくれ。シャオロン、アーサーも」

 

「ランスロットを頼んだよ、神山君」

 

次世代の隊長達は先行出来なかった分、しっかりと戦ってきてほしいと激励した。旧世代もさくらと大神、花火とグリシーヌも激励し合っている。そして、それぞれの霊子甲冑、霊子戦闘機に乗り込み、魔幻空間へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・来たか」

 

「「「世界・帝国華撃団!参上!!!」」」」

 

黒龍は正座から立ち上がり、華撃団達を見据える。その声に喜怒哀楽はない。黙って地に置いていた愛刀となっている妖刀・鬼炎を手にする。

 

「お前は何者だ!」

 

「我が名は・・・黒龍・・・・降魔皇様を守る・・・戦士なり」

 

「ほう?随分と勿体ぶった野郎が居るな?」

 

「!森川さん!?」

 

「今回は助っ人だ・・・邪魔をするつもりはねえよ」

 

「・・・・・来い」

 

そう言うと黒龍は逆手居合の構えを取った。その構えに森川と旧・帝国華撃団のさくらはハッとなり急いで構えを取った。

 

「先ずは・・・選別代わりだ。破邪・・・・剣征!」

 

「あれは!?あの技は!」

 

桜花放神・・・・!

 

「!破邪・・・・剣征!!桜花天昇!!」

 

黒龍の放った破邪剣征・桜花放神とさくらの放った破邪剣征・桜花天昇はぶつかり合って対消滅し、霧散した。

 

「っ・・・私の技の一つを?」

 

「やはり・・・生身では・・・無謀か・・・来い、闇神威!!」

 

黒龍は指を鳴らすとかつて、黒鬼会の鬼王が使っていたものである闇神威を呼び出した。その機体色は黒に近い青で染められており、籠手のような物は龍を象っている。

 

「相手をしよう・・・」

 

「一番槍はこの私が頂きます!はあああ!」

 

「ダメ!ランスロットさん!」

 

「激流を・・・制するは・・・静水」

 

ランスロットからの一撃を受けるのでは無く、受けるように見せかけ刃を逸らし受け流した。相手が受けると思い込んでいたランスロットの駆るブリドヴェンはそのまま地面に転がってしまう。

 

「うああ!?な、何?今の!」

 

「今のは・・・陰の太刀か!?」

 

「陰の太刀?それは一体?」

 

「剣術には二種類あってな?普通、剣術を極めるとなると大抵の流派は力で押していく形に自然となっちまうんだ。だから、ほとんどの剣術は力で押していく型になる、これを『陽の太刀』という。その対極に位置にあって見切りや受け流しを主とし、いかなる技をも無効にする型、それが『陰の太刀』だ」

 

森川からの説明に全員が驚く。そのような剣術があるなど知りもしなかった為だ。黒龍はランスロットを踏みつけて行動できなくすると構えを直した。

 

「がはっ!?」

 

「・・・・」

 

「あれは・・・北辰一刀流と柳生新陰流!?」

 

「(まさか・・・そんなはず・・・あの人は確かに死んだはずだ)」

 

「そんな・・・でも、あの構えは正しく北辰一刀流だわ・・・」

 

免許皆伝を受けているさくらから、あの構えは間違いなく北辰一刀流だと証言した。だが、北辰一刀流を使える人間はこの場で一人。しかし、次世代の天宮、エリス、神山、旧世代の大神、さくら、グリシーヌ、さらには助っ人の森川は一人だけ扱える人間を知っている。

 

「ぐ・・あああっ!」

 

「来い・・・華撃団ども、お前達の力を・・・・見せてみろ」

 

ランスロットを蹴り飛ばし、華撃団の下へ乱暴に戻すと闇神威は刀を手に構えを取った。その構えは柳生新陰流、浮舟の構えであった。

 

「っ・・・全機!攻撃を開始せよ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

先行するのは、珍しい組み合わせであるエリスと天宮の二人であった。天宮がエリスへと声をかける。

 

「エリスさん!行きますよ!!」

 

「ああ、わかっている!」

 

「咲いて舞う、天の宮の桜・・・そして、冥王と共にある星・・・・」

 

「蒼き空を駆ける・・・千の衝撃!咲け!千本桜!!」

 

「冥王の裁きを・・・貴様に与える!Der Eiserne Zaun des Planeten!!」

 

「・・・・」

 

天宮の桜武の剣先から放たれた衝撃波とエリスの駆るアイゼンイェーガーの銃口から放たれた霊気の雷球は黒龍の乗る闇神威に直撃し爆発を起こした。

 

「やった!」

 

「!いや、まだだ!!」

 

「この程度の・・・攻撃で喜ぶとは・・・・笑止」

 

黒龍は黒いオーラのような妖気に守られており、それが二人の必殺技を防いでいたようだ。闇神威は構えを直すと薩摩次元流の構えを取る。

 

「魔に合おうては・・・魔を斬り、神に合うては・・・神を斬る・・・!鏡反・・・相殺・・・斬!獄龍擊!!」

 

「な!」

 

「「「きゃあああああ!!」」」

 

「「うああああ!?」」

 

「くっ!」

 

「・・・一人耐えた・・・か」

 

「(鏡反相殺斬・・・だと!?バカな・・・アイツは死んだはずだ!)」

 

黒い三つ首の龍の形をした妖気の衝撃波が魔幻空間に突入してきた華撃団全員を吹き飛ばし、森川だけはその衝撃に持ち堪えていた。

 

「今宵は・・・此処までだ・・・戦う意味はない・・・」

 

「待て!俺を忘れんじゃねえ、一撃を貰ったまま返す訳がねえだろ」

 

「・・・・・」

 

「一撃には一撃を持って返す・・!」

 

闇神威から降りてきた黒龍は刀を構える。それを見た森川は気を集中し、全身を輝かせた。それを見た黒龍は構え方を変えた。

 

「コイツを受けきれるか!?流派…東方不敗が最終奥義!石破天驚けぇぇぇん!!」

 

「!!魔に合おうては・・・魔を斬り、神に合うては・・・神を斬る・・・!鏡反・・・相殺・・・斬!邪龍咬!」

 

巨大な気と巨大で邪悪な龍の頭部を模した妖気はぶつかり合い、相殺され霧散した。だが、森川は右肩を押さえており黒龍は動じておらず、彼の身に付けている面の一部が欠けて落ちたが顔は見えない。

 

「ぐ・・・嘘だろ!?あの一撃を相殺しやがった・・・」

 

「流石は・・・輪廻を調整された者・・・生半可な龍では・・喰われていた」

 

「!?」

 

「さらばだ・・・華撃団・・・そして、輪廻を調整されし者・・・」

 

「待て!お前は・・・まさか!?」

 

「次に会う時は・・・貴様等・・・全員・・・黄泉比良坂へ・・・送ってやる・・・・」

 

そう言い残して黒龍は姿を消し、魔幻空間も消滅した。先行した華撃団全員は無事だったが、旧・華撃団の大神、さくら、そして次世代の華撃団である誠十郎、エリス、天宮は固まっており、助っ人であった森川も身に覚えがありそうな顔をしていた。

 

「まさか・・・黒龍のあの技は・・・」

 

「そんなはずは・・・」

 

大神とさくらは覚えのある技に混乱しており。

 

「嘘だ・・・あの人がそんな馬鹿な!」

 

「あの人の技だった・・・だが、あの人は!」

 

「ありえません・・・絶対に・・!」

 

誠十郎、エリス。天宮の三人は信じたくない様子であり、必死に振り払おうとしていた。

 

「皆、集まって・・・黒龍の奴の事を話し合うだろうな・・・」

 

森川は黒龍の正体が分かっていた。剣の構え方、実力、そして生きている人間ではないはずだと。森川自身も信じたくはないが、多くの証拠が残っていた。

 

「鏡反相殺斬・・・・あの技を扱えるのは俺が知る限り一人だけだ」

 

映像を確認するために森川はすぐに自分の仕事場へと戻っていった。その予想が外れてくれと願いながら。




次回に続きます。


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短編IF 次世代へ託す人間の魂 Dark side編 2 正体

黒龍の正体に全員、驚愕。

復活出来た理由を大神が話す。


先行した華撃団一同は皆が驚愕と疲れで肩を落として帰還した。その様子に待機していた組は驚きを隠せていない。

 

「あの人が・・・そんなはず」

 

「神山、一体何があった!?」

 

「そんなはずはない・・・ありえない」

 

「僕たちの言葉すら聞こえていない所を見ると、よほど衝撃的で信じたくない事があったんだろう」

 

シャオロンとアーサーは先行した部隊の様子を見て只事ではない事を感じ取り、落ち着くまで情報を整理することにした。

 

「ランスロット、魔幻空間の中で一体何があった?」

 

「分からないよ、黒龍って名乗る奴だけがいて・・・ソイツは恐ろしい程強かった」

 

「伯林華撃団の副隊長さん、俺達にも中での情報を教えてくれないか?」

 

「わかったわ。魔幻空間中で戦ったのは黒龍と名乗る人間、顔は仮面で隠していて正体は解らなかった。けど・・・」

 

「けど?なんだよ」

 

「私達、伯林華撃団の隊長であるエリスは黒龍を知っているようだった。けれど、彼女も神山達と同じ状況で話しかけても無駄よ」

 

マルガレーテは淡々と事実だけを伝える。問い詰めようとしていたシャオロンに対して先手を打ったのだろう。シャオロンはたじろぎながらも冷静さを保った。

 

同時に総司令である大神は機密蒸気通信を使い、何処かと話している様子だ。

 

「はい、そうです・・こちらに来ると?分かりました」

 

 

 

 

 

 

「ああ、俺もそちらへ行く。一時間後にな」

 

大神が通信していた相手、それは森川であった。森川自身もオペレーターからひみつ道具で手当てを受けた後、黒龍に関する情報を徹底的にかき集め、そして今、最も証拠になる情報が出ようとしている。

 

「首尾はどうだ?」

 

「はい、黒龍の仮面の破片から採取した皮膚組織の鑑定結果が出ました」

 

「それで、結果は?」

 

「99・999%、遺伝情報がある人物と合致しました。名前は『狛江梨 直仁』です」

 

オペレーターの機械的な発言を聞きつつ、森川はそうかとだけ返し、煙草に火を点けた。

 

「・・・まさかとは思っていたが、決定打・・・かよ」

 

森川は黒龍が撤退した後、残されていた仮面の破片を回収していた。理由は一つ、黒龍の身体の一部を手に入れる為であった。幸いにも黒龍が被っている仮面の下顎部分が僅かに割れて、地面に落ちていた為にそれを手に入れておいたのだ。

 

森川の手にかかれば情報と名の付くもの、そのほとんどが手に入る。この時代にはないDNA鑑定などもひみつ道具にかかれば簡単にできてしまう。だが、森川自身、なるべくなら外れて欲しいという思いがあったのだが、現実は非情であった。

 

吸い込んでいた紫煙を吐き、天井を見つめ考える。この事実をどうやって華撃団全員に伝えなければならないかと。

 

「特にエリスの奴は・・・マズイかもな。俺も心を鬼にするしかないか」

 

そう呟くと森川は黒龍と直仁に関連する情報が、全て記された書類を手に帝劇へと向かった。

 

 

 

 

 

約束の一時間後、森川は作戦司令室にやってきた。華撃団全員が期待の目をしている事から黒龍に関する情報を持ってきたと思っているのだろう。

 

「最初に言っておくぞ?俺は心を鬼にして、この情報をお前達に公開する。心して聞けよ」

 

紅蘭が開発していた蒸気スクリーンに一枚の書類が大きく表示される。それは遺伝情報を分かりやすくしたもので、もう一台にも同じものが表示されている。

 

「これは・・?」

 

「コイツは生体情報を分かりやすくしたものだ。右が黒龍、そして・・・左が死んだ直仁の生体情報だ。生体情報は人間一人一人、違っている。それが親兄弟だとしてもな。そしてこの二つを重ね合わせると・・・」

 

森川は心を鬼にしたまま、黒龍と直仁の生体情報を重ね合わせた。

 

「ピッタリ、一致した!?」

 

「そんな・・・!」

 

「嘘だろ!?」

 

大神の驚きは全員に広がり、動揺が隠せていなかった。無理もないだろう、死んだはずと考えられていた直仁の生体情報と先程まで戦った黒龍の生体情報が寸分の狂いもなく一致したのだから。

 

その中で、旧・帝国華撃団だけが冷静さを取り戻しており、巴里華撃団はそれに倣って冷静になり、現華撃団は動揺したままである。

 

「馬鹿な、直仁は死んだはずだ!?アンタ達が言ってただろ!」

 

「そうだ、僕もそのように記憶している」

 

「私もそう聞いてる!死んだ人が出てくるなんて!」

 

お前等、落ち着け!!

 

森川の怒号に全員が口を閉じた。それを見届けると言葉を発する。そんな中、大神は座ったまま目を閉じていた。何かを知っているかのように。

 

「それとな、黒龍が直仁だという証拠は他にも二つ出ていた」

 

「え?」

 

「一つは最初に撃ってきた破邪剣征・桜花放神だ。これを使えるのは俺が知っている中で三人いる。一人は言わずと知れた、真宮寺さくら・・・そして、その父親である真宮寺一馬、最後の一人はその技をさくらから見取った、狛江梨直仁。この三人だ」

 

「その通りです・・・」

 

森川の言葉にさくらは肯定しながら頷く。恋人であるという点を抜いていても森川の情報は事実だからだ。

 

「そして、決定打になったのは黒龍が俺の技を相殺させる為に放ってきた『鏡反相殺斬』だ。この技を使えるのはこの世で直仁ただ一人だった・・・この意味が解るだろう?」

 

旧・帝国華撃団も巴里華撃団も口を閉ざし、現華撃団は俯いてしまっている。森川は更に追い打ちをかけるように現実を突きつける。

 

「直仁が蘇ってきた理由は俺の口から説明してやってもいいが、それ以上に大神からの方が良いだろう」

 

「森川さん・・・」

 

「聞かせてやれ、大神。直仁が黒龍として何故、生き返っているかをな」

 

「・・・・」

 

大神は意を決して立ち上がると、全華撃団へ視線を向けて話し始める。

 

「過去の戦いを振り返って考えた結果、直仁くんは『反魂の術』で甦させられた可能性が高い」

 

「反魂の術!?」

 

「なんですかそれは?」

 

「俺も聞いた話でしか無いが、死者を蘇らせる秘術の中の秘術とされているそうだ」

 

「死者を蘇らせる!?」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「残念だけど・・・実例はあるんだ。さくらくん、辛いだろうけど話しても構わないかい?」

 

「はい、構いません・・・」

 

なぜそこで、さくらが出てくるのだろうか?巴里華撃団と現華撃団は疑問に思う。

 

「反魂の術で蘇ったのは今回の件も含めて四人いる。一人は黒之巣会の総帥、天海。もう一人は黒鬼会の鬼王であり先程、森川さんが話したさくらくんの父親である真宮寺一馬大佐。その同僚であり、光武などの基本設計を考案した山崎真之介少佐。最後に黒龍、狛江梨直仁くんの四人だ」

 

「で、ですが・・・その術をどうやって!?」

 

「反魂の術は本人の身体の一部があれば行えるんだ。それが例え髪の毛一本だけでもね」

 

「ま、まさか!?」

 

大神の言葉に反応したのは誠十郎であった。直仁が死んだとされる降魔皇城の一室に激戦の跡があったのを思い出したからだ。

 

「恐らく、何らかの方法で直仁くんの髪か何かを手に入れたんだろう。そして上級降魔が反魂の術を行い、手駒として使われている」

 

「・・・っ!」

 

「エリス!」

 

耐え切れなくなって飛び出してしまったのは伯林華撃団の隊長であるエリスであった。マルガレーテの引き止めも聞こえていなかった様子だ。

 

だが、誰も責める事はしなかった。彼女は直仁の恋人でありそれは華撃団の中でも周知の事実。ましてや生き返ってきた恋人が敵の操り人形となって、自分達と敵対しているとなれば耐え切れるものではないだろう。

 

「エリスさんの気持ち・・・あたしは分かります。あたしはお父様と戦ったから・・・」

 

「あの時、戦ったのが現実になっちまうとはな・・・それも最悪な形で」

 

やりきれない思いを抱え、森川は大神に向き直り、その意図を察した大神は頷いた。

 

「さくら、エリスの所へ行ってやれ。場所は俺が教える」

 

「え、あたしがですか!?」

 

「今、この面子の中で一番エリスの心を理解出来るのはお前だろうさ。頼む」

 

「分かりました・・・」

 

さくらはエリスが飛び出していった方向へと歩いて行き、森川は大神と話を始めた。

 

「厄介な事になったな・・・」

 

「ええ、直仁くんが敵になったのなら尚更・・です」

 

「・・・・」

 

旧・帝国華撃団は殺女や鬼王といった経験がある為に、顔見知りと戦う事が出来るだろう。

 

だが、巴里華撃団、紐育華撃団、そして次世代の華撃団は戦う事が難しいだろう。

 

特に次世代は大半が直仁に鍛えられていた。つまり、次世代の戦闘技術は直仁に対して全く役に立たないのだ。

 

「・・・新しく鍛えるしかねえか?」

 

「それも難しいです・・・直仁くんは俺達の技のほとんどを使えますから」

 

大神の言うとおり、直仁は新旧華撃団の技の殆どを使う事の出来る人間だった。それが敵になり、妖力を与えられているとしたら。

 

「・・・・(特典技を教える訳にいかねえしな・・・いや、あれくらいだったら大丈夫か?)」

 

「森川さん?」

 

「ああ、すまねえ・・・それとな?敵さん、直仁に厄介な力を持たせていたようだぞ」

 

「え?」

 

「悪魔王サタンと鬼王としての力・・それに加えての直仁の実力が上がってやがる」

 

「!なんだって!?」

 

「・・・最大最強の敵だな。今のあいつは」

 

森川は空いていた席に座り、ふぅと息を一つ吐くのであった。




次回、黒龍VSエリス。


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短編IF 次世代へ託す人間の魂 Dark side編 3 愛憎

愛していたから貴方が憎い・・・。


貴女(オマエ)が憎いから愛しい・・・。



憎い・・・憎い、でも・・・。

愛しい・・・愛しい・・、でも・・。




そんな貴方が愛しい・・・!

そんな貴女(オマエ)が憎い・・・!


司令室を飛び出したエリスは中庭で夜空を見上げていた。今宵は満月、太陽の光が反射し月光が優しくエリスを照らしている。

 

「エリスさん・・・?」

 

戦闘服のままのさくらが近づいていくと、エリスは月を見上げているままだった。すると気配に気づいたのか、月を見上げたまま話しかけてきた。

 

「さくらさん・・・」

 

「はい?」

 

「月は掴めませんよね・・・見えるのに遠すぎるから」

 

「・・・そうですね」

 

「・・・っ私は、本音を言うと嬉しかった。直仁が生き返ったと聞いて、それなのに!」

 

エリスは泣いていた。どんな出来事にも動じなかった彼女が初めて、人前で涙を流したのだ。無論、月明かりに照らされたのを反射していたのが見えただけだが。

 

「敵の操り人形になって・・・」

 

「エリスさん、ですが」

 

「私は・・・あれだけ愛していた直仁が憎い。憎くてたまらない!」

 

振り返ったエリスは泣きながら憤怒の形相をさくらに見せていた。それは愛していた相手に裏切られた事によるものだ。そんな彼女をさくらは説得しようとする。

 

「エリスさん、落ち着いてください!」

 

「私は、私は許せないんだ!」

 

「エリスさん!!」

 

「っ!?」

 

さくらに肩を捕まれ、エリスは動揺しながらさくらの顔を見た。その瞳は明らかに怒っているのが見えている。

 

「落ち着いてください。直仁さん・・・黒龍を憎んでも構いません。ですが、そんな貴女を戦わせる訳にもいきません」

 

「何故だ!?私は・・・!」

 

「まだ、分かりませんか?貴女は本心を押し殺して戦おうとしている。確かに必要な事ですが、今度は自分の手で直仁さんを殺めるつもりなのですか!?貴女は!」

 

「っ・・・そうだ!私がやらなければならない!」

 

「!貴方という人は・・・」

 

「少し、宜しいですか?」

 

二人の間に割って入ったのは巴里華撃団の一人である北大路花火であった。さくらと同じように戦闘服姿ではあるが、恐らくは大神か森川に頼まれて来たのだろう。

 

「花火さん?」

 

「お辛いですよね・・・貴女のお気持ち理解できます」

 

「私の何が解ると言うんだ!」

 

「分かります。私も一度は大切な人を失っていますから・・・」

 

「!!」

 

花火の言葉にハッとしたのはさくらだった。そう、花火は結婚式の最中に婚約者を失っていた。それも、幸せになる寸前に、海難事故によって。

 

「死んだはずの大切な人が生き返ってきた。それが親であれ、兄弟であれ、恋人であれ、嬉しいのは当然ですよ」

 

「・・・・」

 

「ですが、既に死んでいる身だとしてもその手にかけてしまえば、貴女は立ち直ることが出来なくなります。絶対に!」

 

「う・・・」

 

「戦うな・・・とは私は言えません。憎むなとも言いません。エリスさん、貴女は本当はどうしたいのです?」

 

「私は・・わた・・しは・・・」

 

さくらと花火の二人からの言葉にエリスは混乱していた。敵に下ってしまった直仁が憎いのは当然。しかし、花火の言葉にエリスは自分は本当はどうしたいのか、自分でもわからなくなってしまった。

 

「わ・・・た・・・」

 

「自分を律する事は確かに素晴らしい事です。ですが、己を偽って戦っても何も掴めません、もう一度聞きます。貴女はどうしたいのですか?」

 

「・・・私は、直仁に戻ってきて欲しい!もう一度一緒に居たい!」

 

「漸く、偽らない自分の言葉を言ってくれましたね」

 

「エリスさん、私たちも協力します。直仁さんを取り戻す事に」

 

「花火さん・・・さくらさん・・・」

 

ああ、なんて自分は愚かだったのだろうか。自分を受け入れてくれた上でこんなにも手を差し伸べてくれる人達が身近にいたのに。愛した人が敵に回ったというだけで感情的になっていた、でも・・・。

 

「それでも・・・私は直仁が憎い・・・憎くて憎くてたまらないんです!」

 

すがるように二人に抱きつくエリス。幾ら動じない精神の持ち主であっても一人の人間だ、弱さや辛さがあって当たり前だ。それを顔や態度に出さないようにしているだけなのだから。

 

「愛憎反転・・・強く愛していたからこそ、その想いが逆転して憎くなってしまっているのですね」

 

「ですが、直仁さんは未だ敵の手中・・・。それに私に対して直仁さんは少なからず憎く思っているでしょうね・・・」

 

 

 

 

さくらはかつて、築地倉庫の事件があり森川と恋人になった日の翌日の事を思い返していた。その日、さくらは彼から直仁が自分を異性として好意を持っていたことを聞かされた。

 

「そ・・そんな、森川さんと直仁さんが大喧嘩したのはあたしの事で・・・?」

 

「アイツは奥手だったからな・・・言い出せなかったんだろう」

 

「!じゃ、じゃあ・・・森川さんが言っていた直仁さんに残酷な現実を教えてしまったというのは!?」

 

「お前が俺を守ろうとして飛び出した時だ。奥手だとしても察するのは早かったからな。おまけにお前の告白の現場を目撃してたとあれば尚更だ」

 

「・・・・っ」

 

話を聞いてさくらは俯いてしまった。良き友人であった直仁が自分に好意を抱いていたなんて、考えた事もなかった。だが、思い当たる節はいくつかあった。お礼を言った時に顔を赤くしていた事、一緒に出かけた時に彼が緊張していた事、鍛錬時に受けた怪我の手当てをした時に顔を見せてくれなかった事、思い起こせばあれは自分に好意があった事を隠していたのだろう。

 

「あたし・・・あたし・・・知らないうちに思わせぶりな事をして、直仁さんを傷つけていたんですね・・・」

 

「さくら?」

 

「憎まれても仕方ないことばかりして、あたし、どんな顔をして直仁さんに会えば・・・」

 

「暫くはギクシャクするかもしれねえが、普段通りで居るしかねえだろう」

 

「森川さん・・・」

 

「アイツからすれば、俺はお前を奪っていった男だ。それに、お前に対しては愛憎反転してるかもしれねえ」

 

「愛憎・・・反転?」

 

「愛憎反転ってのは読んで字の如し、愛していたのが憎くなる事だ。その逆もあるがな、直仁はお前に愛情を持っていた。それが反転して憎しみをぶつけられる事になる」

 

「え・・?」

 

「想っていた分、つまり愛情が大きければ大きい程その分の憎しみは大きい・・・それを肝に銘じておけ」

 

「はい・・・」

 

告白の日から翌日、直仁は気にしていない様子だったが明らかに無理をしていた。森川の言った通り、さくらに対しての接し方に僅かながらぎこちなさがあったのだ。

 

「おはようございます。直仁さん」

 

「おはようございます、さくらさん・・・」

 

挨拶だけでもどこか、一線を引かれている感じが抜けなかった。そう思い返している中で、今のエリスはかつての直仁と全く同じだと考えていた。

 

 

 

 

 

 

「黒龍、お前の魔装機兵を改修した。偵察は抜きで徹底的に叩き潰せとの命令だ」

 

「御意・・・」

 

「・・・術を強めるか?否、ただ強めるだけでは意味はないな。ならば」

 

煉獄が懸念したのは黒龍が直仁としての意識を取り戻してしまう事だ。そこで煉獄は一つの結論に達した。

 

黒龍にはかつて愛した人間がいた。その人間に対す愛こそが人間の力になる。ならばその愛を反転させようと。

 

「黒龍よ・・・」

 

「?ぐあああああああ!!!?」

 

「憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め憎め、恨め、憎め、恨め!」

 

「ぐ・・・おおおおおお!」

 

「これをくれてやる。お前には必要だろう」

 

そう言って煉獄は黒龍の首に白色の勾玉を首にかけた。それはまるで、何かを封じ込めているようだ。

 

「華撃団・・・・一人残らず・・・殺す・・・」

 

「くくく・・・人間の感情とは面白いものだ。一つ傾けるだけで色が変わるのだからな」

 

煉獄はしばらく笑い続けた後、黒龍を送り出した。せいぜい駒になってくれよという視線を向けたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、黒龍は手当たり次第の破壊を行っていた。浅草に現れ、浅草神社を破壊している。魔幻空間を展開せず、まるで目につく物が全て破壊の対象になっているようだ。

 

「そこまでだ!」

 

「「「世界・帝国華撃団!参上!!」」」

 

「華・・撃・・団・・・殺・・す!!」

 

すぐに闇神威を呼び出し、搭乗すると同時に突撃してきた。以前あった冷静さは皆無であり、刀を手に斬りかかってきた。その標的になったのが真宮寺さくらであった。その行動に気づいたさくらは太刀を鞘から抜き、黒龍の唐竹を受け止めた。

 

「!ふっ!」

 

「さくら・・・真宮寺・・・さくら・・・殺す!」

 

「一度死んだ身でも・・・忘れていなかったんですね・・・ごめんなさい、貴方の心を傷だらけにし続けていたのは私です・・・でも、今のあなたに殺される訳にはいかないんです!!」

 

「殺す・・・殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 

まるで呪詛のようにただ「殺す」としか言わない黒龍。死ぬ前に染み付いていたさくらへの恋情が反転させられ、憎悪となっているのだ。愛情深く想っていた程、反転した時の憎しみは比例して大きくなる。かつて、森川が言っていた言葉が正に現実となっていた。

 

「黒龍ーーーーッ!!」

 

「!!」

 

叫びながら剣を振り下ろしてきたのは、白色のアイゼンイェーガーだ。銃器を主力とする伯林華撃団としては珍しいもので、さくらとの競り合いから抜け出した闇神威は白色のアイゼンイェーガーと対峙する。

 

「黒龍・・・お前は私が引導を渡してやる!」

 

「殺・・・す!伯林・・・華撃団!」

 

「さくらさん、此処は私が戦います・・・!」

 

「エリスさん・・・大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫とは言えません。ですが・・・これだけは譲れない!」

 

「エリスさん・・」

 

白色のアイゼンイェーガーは黒龍の駆る闇神威へ突撃し、剣戟を始めてしまう。激しく、荒々しくも何処か悲しくなる舞台を見ているかのように。

 

そう、それはまるでオペラ曲の一つ。「ニーベルングの指環」の公演のようだ。裏切られたブリュンヒルド(エリス)がシグルズ(直仁)を殺そうとしているワンシーンそのものであるからだ。

 

「何故、何故何故何故、私の心を裏切ったのですか!!」

 

「殺・・・す・・・エリ・・・ス・・・ぐぐ・・・殺す殺す!」

 

「貴方を殺すのはこの私だ!黒龍・・・!いや、直仁!!」

 

「エリ・・・ス!殺すゥゥ!!」

 

その様子を見ている誠十郎はその場で固まっていた。黒龍こと直仁が異常なまでに暴走している事に疑問を持っていたが答えが出ない。

 

復活した当初は極めて冷静であり、的確な判断と技量を併せ持った相手になっていた。だが、今は殺意のみに凝り固まった人形そのものだ。

 

「こんな・・・こんな姿になった直仁さんを見たくはなかった。ただ狂った直仁さんを」

 

「誠十郎さん・・・」

 

新旧及び世界の華撃団が出撃している中で、誠十郎は今の黒龍の姿が悲しく思えていた。例え敵に回っていたとしても、超えるべき相手であったはずの男が理性を失った獣になっている姿を。そして・・・。

 

「うああああ!!」

 

「がああああ!!!」

 

エリスと黒龍の剣戟は終わらない。しかも、誰も邪魔をするなと言わんばかりに周りの瓦礫が粉々になっていた。

 

初見の目から見れば、凄まじい戦いだろう。だが、二人の仲を知ってしまっている者からすれば悲しい戦いにしか映らない。愛していたから憎い、憎いのに愛している。そんな悲劇とも言える愛憎の戦いだからだ。

 

「直仁ォォォ!!」

 

「ぬぐあああ!?」

 

白色のアイゼンイェーガーの斬撃は闇神威を切り裂き、中から黒龍が転げまわる様にして出てきた。が、黒龍は闇神威から投げ出されたと同時に、頭を抱え尋常ではない様子で苦しみ始めた。

 

「うあああああーーーッ!?」

 

「な、何だ!?」

 

「があああ!・・ううぐあああああああああ!!!」

 

しばらくの間、苦しみ続けると黒龍の面の左目部分が割れてしまった。ゆっくりと顔を上げた黒龍は白色のアイゼンイェーガーへ向かって話しかけた。

 

「エ・・・リス?」

 

「!直・・仁・・直仁っ!!」

 

エリスは思わず白色のアイゼンイェーガーから飛び出し、直仁へと駆け寄っていく。だが、それを見たマルガレーテが声を上げた。

 

「エリス、だめぇ!!」

 

「直仁、正気に戻ってくれたのか!?」

 

「エリス・・・・俺は・・・一体・・?」

 

「いいんだ、直仁・・私は・・貴方が・・」

 

瞬間、直仁の掌に妖気が集まり、直仁を抱きしめていたエリスに撃ち込まれた。瞬間、エリスは何故?と言いたげな表情で座り込む形で倒れる。

 

「あ・・・・何を・・・俺は・・・エリスに・・・?」

 

それを見ていた華撃団全員が突撃し、エリスの救出に向かってくる。直仁は倒れ込んでいるエリスを助けようとしていた時だった。

 

「エリ・・・ス?・・・!!うはぁ!!ぐああああああああ!」

 

『憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、恨め、憎め、殺せ、華撃団を、エリスを殺せェ!』

 

黒龍へと立ち戻り、それと同時に凶刃を振り下ろしたがそれをさくらが止めた。華撃団の中で最上の霊力を持つアイリスが叫んだ。

 

「ちい兄ちゃんから、悪いものを感じる。身に付けている珠を壊して!!」

 

「ふぅ・・・ふぅ・・殺・・・す!」

 

「珠?胸元のあれは・・・白い勾玉!?あれが彼の理性を失わせているの!?」

 

マルガレーテの言葉に全員が黒龍の身に付けた勾玉を狙おうとするが、闇神威に乗り込まれてしまう。

 

「くっ・・・!」

 

「マルガレーテさん、貴女はエリスさんの救出を!他は闇神威を取り囲むんだ!」

 

「「「了解!」」」

 

大神から指揮権を委託されている誠十郎は素早く状況判断をこなし、闇神威と刃を交えた。

 

「逃がさない、絶対にな!」

 

「ぐ・・うああ」

 

「所詮は人形か・・・理性を溶かせば役には立たぬな」

 

「何者だ!?」

 

闇神威の隣に現れた異形のとも言える姿の上級降魔らしき男。華撃団へ礼儀正しく紳士的なポーズで挨拶した。

 

「初めまして、我が名は煉獄・・・降魔皇様にお使えする六道魔の一人」

 

「煉獄だと!?」

 

「黒龍を回収しに来たのだよ。それでは、また会おう」

 

「ま、待て・・・直・・・仁!」

 

「エリス、安静にして!」

 

「我は・・・黒・・・龍・・・直・・仁では・・ない」

 

「お喋りは不要だ」

 

煉獄は印を切ると魔法陣を出現させ、黒龍、闇神威、そして自分自身を沈めさせ撤退していってしまった。

 

「直・・・仁・・直仁ーーーー!!うっ・・・」

 

直仁の名を呼び、エリスは気絶してしまった。黒龍からの妖力の一撃が直撃していたのだから無理はない。

 

「ぐ・・・くそおおおおお!」

 

無限から降りた誠十郎は悔しさのあまり、地面を殴った。戦術的撤退をされた時点でこちらの敗北は明らかだった。

 

黒龍を取り戻せず、協力体制になっている華撃団一名が負傷。これが敗北でなくてなんというのか。破壊され残った浅草神社の鳥居だけが華撃団達を見ていただけであった。




次回は、決着。


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短編IF 次世代へ託す人間の魂 Dark side編 4 浄化

直仁、再び黄泉の国へ

ミカエル(あやめ)、ルシファー(山崎)の力によって黄泉の師匠の下へ導かれる。

黄泉の国での修行

※復活の際、名前を変えてある作品の技を一つだけ獲得します。

※同時にアイリスも成長しているという過程で書いています。ですのでロリではないです。戦闘用推奨挿入歌にX JAPANが多いです。


浅草の復興に目処が立ち、黒龍が完全に直仁だという事を信じられた矢先に起こったエリスの負傷。現在はアイリスや織姫といった霊力の扱いに長けた二人と、クラリスが持っていた霊力を利用した治療方法が書かれている魔道書によって身体の傷は完全に治療されていた。

 

「エリスさんの様子は?」

 

「ダメ、なんとか食事はとってくれてるけど・・・」

 

「そうですか・・・」

 

誠十郎とマルガレーテの会話は短いものであったが、エリスを心配しているのが分かる。だが、エリスは先の戦いで直仁からの一撃を受けてしまい、それによるショックも重なって戦闘恐怖症に近い状態になってしまった。

 

無論、エリス自身の意思ではない。エリスの心と身体が戦場に出る事を拒んでいるのだ。自分の身体が自分の意志で動かないなど初めての経験だった。

 

「っ・・・何故だ。戦おうとすると動けない・・・」

 

脳裏に浮かぶのは、あの直仁が自分に妖力の塊をぶつけてきた事。あれは確かに直仁そのものだった。だが、黒龍の意識が腕に残っていたのだと、言い聞かせるが心はそうはいかなかった。

 

「直仁・・・貴方は本当に黒龍となってしまったのか?いや・・・」

 

エリスはカスミ草の花が飾られている棚から、ある物を取り出した。それは直仁がお守り代わりとして渡してくれた龍の描かれた紙である。そして、蒼い龍の光が自分の中に入ってきた時以来、彼女の右手の甲に龍の形を成したアザが浮かんでいた。

 

「私は信じている・・・憎い気持ちは変わらないが、必ず戻ってきてくれると」

 

そう、あの時の一瞬だけ黒龍は狛江梨直仁としての意識を取り戻していた。あれはまだ、直仁の意識が生きているという事だ。エリスは愛憎反転の気持ちを抱えながらもそれを信じると誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ぐ・・・ううう!!」

 

黒龍はあれから頭の中を針で刺されるような痛みに匹敵する頭痛に悩まされていた。そう、エリスと呼ばれていた女性の顔が頭の中で、何度も蘇るのだ。

 

「なんだ・・・あの女の顔が、我の頭の中で巡っている」

 

喜怒哀楽、あらゆる表情のエリスの顔が浮かび上がる。それが浮かぶたびに頭痛に苛まれ、頭を押さえるのだ。

 

「一体・・・何だ・・・これは・・うがああああ!」

 

「不安定になってきたか・・・頃合だ」

 

煉獄はもはや黒龍は使い物にならないと考え始めていた。所詮は人形として反魂の術を使い蘇らせたもの、駒としての利用価値しかない。

 

「反転と理性を同時に戻してやろう・・・くくく、降魔皇の力さえあればもう用はない」

 

煉獄の術が黒龍にかけられ、黒龍と共に出撃していく。煉獄は気付いていない降魔皇が黒龍に授けた力の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

 

そして、再び現れた降魔の群れ。それに伴い華撃団は出撃する事になった。エリスはベッドの上におり、出撃前にマルガレーテが面会に来ている。

 

「エリス、出撃命令が出たから行ってくる」

 

「ああ、済まない・・・伯林華撃団隊長ともあろうものが出撃出来んとはな」

 

「心と身体のバランスが崩れてしまっているのだから気にしないで、それと貴女に謝らないといけないの・・・ごめんなさい、エリス」

 

「?」

 

エリスは突然、マルガレーテから謝られた事に対し、不思議そうな表情になっていた。顔を伏せているマルガレーテはポツリポツリと語り始めた。

 

「私は彼を・・狛江梨直仁を認めたくなかった。エリス、貴女を弱くしてしまった彼を・・・恨んだりもした。私は彼と出会う前の貴女に戻そうと躍起になっていたの・・・」

 

「そうだったのか・・・」

 

「でも、それは間違っていたわ・・・彼が居るからこそ、貴女は強くなれたのだと目の前で知ったから・・・だから、私も彼を取り戻すことに協力するわ」

 

「ありがとう、マルガレーテ。だが、今は出撃だろう?早く行け」

 

Jawohl(了解)

 

マルガレーテは部屋から出ていき、出撃していった。エリスはマルガレーテを見送った後、直仁から渡された龍の守護符を持ったまま、それを見つめていた。一つの決意を胸に・・・。

 

「・・・・行かねばならないな」

 

 

 

 

 

出撃先は因縁が深く根付く築地倉庫であった。黒龍は魔幻空間を作り上げ、その中で待ち続ける。自らの存在を消してくれる者達を。

 

「来たか・・・」

 

「「「「世界・帝国華撃団!参上!!」」」」

 

「・・・・・」

 

「直仁さん・・・!」

 

「来い・・・我を倒し・・・ぐっ・・・俺を・・・殺せえええ!!!!!」

 

一瞬のみ、直仁の意識が自分を殺せと叫び、闇神威に乗り込む黒龍。乗り込んだ瞬間、背中には悪魔王サタンを思わせる翼が現れ、両肩からは鬼王の被っていた鬼の仮面を思わせるパーツへと変化していく。

 

悪魔と鬼の力を得た黒き龍は最早、人の意思を失いつつあった。俺を殺せという言葉は純粋な介錯を望んでのことだ。

 

「グウウウウ・・・」

 

「もう、人間としての意識が・・・」

 

「私達でもう一度、倒すしかないぜ!」

 

「ウオオオオオオオ!クレナイニ、ソマッタオレヲ・・・コロセエエエエ!!!!」

 

 

[推奨 戦闘挿入歌 XJAPAN『紅』]

 

 

咆哮を上げた黒龍は血涙にも似た赤い模様が仮面に浮かび上がり、戦いの獣と化した。源平時代に使われた太刀と同じ刀を鞘から抜くと構えを取った。

 

「直仁さん・・・今一度眠ってください!貴方を倒すこと、それが俺からの最大の敬意です!全機、攻撃目標、闇神威!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

「でえええい!何っ!?」

 

「グウアアアアッ!!」

 

「うああああ!くっ・・・やるじゃねえか、アタイに一撃をくれるなんて、嬉しいぜ」

 

先手を切ったのがカンナであった。人間としての意識を失っていても返してきた拳は間違いなく自分が教えたものだ。それをこうも簡単に繰り出してくる事にカンナは嬉しさと高揚が同時に感じている。

 

「意識は奪われていても、武術の基礎は体が覚えているという事か」

 

誠十郎は警戒と同時に口元を嬉しさで歪めていた。超えたいと思い続けていた相手が武術の動きを忘れていなかったからだ。

 

別の方法で超えてもいい。だが、誠十郎の中には剣で超えなければならないと考えていたのだ。鍛えられたからこそ、直仁という壁を超えなければ意味がない。それは、一人の男としての意地だ。

 

「カンナさん。俺が行きます!」

 

「ん?新しい隊長か。今のアイツは優しさや迷いがない分、強いぜ?」

 

「望むところです!」

 

「グウウウ・・・!」

 

「行きますよ、直仁さん!俺は今日こそ、貴方を超えてみせる!!」

 

「ガアアア!!」

 

誠十郎が駆る無限と黒龍の闇神威・改の刃がぶつかり合う。二刀流と一刀流、防御の面では誠十郎が圧倒的に有利だ。

 

だが、技術と技の冴え、機転の効かせ方は圧倒的に黒龍が上回っている。意思は無くとも身体に染み付かせ続けた鍛錬の賜物だろう。

 

「うおおお!」

 

「グオオオ!」

 

誠十郎も黒龍に一歩も引いていなかった。誠十郎は直仁から教わっていた鍛錬と稽古を一日も欠かさず行っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「良いか?二刀流は左右の腕の振りを同じにしなければ意味はない。一方が早くとも、もう一方が遅ければ、それが隙に繋がるからだ」

 

「だから、同じ重さなんですね」

 

「その木刀には鉛が仕込んであるが、鋒には多く仕込んである。それで左右の素振りを1000本、行え」

 

「!わ、わかりました」

 

この特訓は誠十郎にとって過酷だった。士官学校時代以上の訓練で自身のあった体力は全て消費してしまった。

 

「はぁ・・はぁ・・・1000本、終わった。腕が震えて・・る」

 

「俺も師範から同じ鍛錬を課された時はそうなったよ。暫くメシを食うのに苦労したな、ハハハ」

 

「笑い事じゃないです・・・よ」

 

「だが、筋は良い。しっかりその重さを腕に覚え込ませろ。そうすれば刀が軽く感じるからな」

 

「はい・・・!」

 

「重い物を軽く、軽い物を重く。その感覚で物を扱え、そうすれば日常生活でも鍛錬になる」

 

「なるほど・・・そんな方法が」

 

「ま、今日のメシは天宮にでも食わせてもらえよ」

 

「そ、そんな事!出来ませんよ!」

 

「ハハハッ」

 

 

剣を合わせる度に誠十郎は思い出す。厳しくもありながら優しく華撃団の隊員達のを見守る兄であり、父親でもあった人、その人が敵対し、自分と剣を交えている。誠十郎は悲しさ以上に煉獄に対する怒りが沸いてきた。

 

お互いに愛し合っていた恋人と戦わせ傷つけさせた。もはや兄弟、いや家族にも等しい自分達、華撃団のメンバー達と敵対させ、操り人形にし自分の手を汚さず野望を達成しようとしている。

 

「ふざけるな…ふざけるなァーーーー!!」

 

誠十郎の怒りは霊力を爆発的に放出し、黒龍を追い込み始めた。その刃には霊気が二匹の龍の形となり、刃の切れ味を向上させている。

 

「せ、誠十郎の刀に龍が!」

 

「あれは・・・直仁の霊気だな。直仁の最後の霊力の半分を受け継いだのが誠十郎だったからな」

 

初穂の言葉に便乗してきたのが森川であった、森川は雑魚の降魔を片付けた後、この魔幻空間に来ていたのだ。誠十郎の剣撃に笑みを浮かべており、それを見守っている。

 

「うおおおおおお!」

 

「ガアアア!?」

 

「森川さんに型を教わり、俺が独自に進化させた・・・これを使う!二刀流〝居合〟羅生門に霊力を加え動きを変えた・・・二刀流〝居合〟天地・邪宗門!(じゃしゅうもん)」

 

「グオオオオ!???」

 

誠十郎の二刀流の居合は上下ではなく、左手の刀を逆手に右手の刀を通常の構えで左右に振り抜く居合であった。

 

この技術は森川が持つ特典の中の剣術に相当するものだ。それの基本を誠十郎は教わり、独自に改良し進化させていた。この技は通常、逆手による左右同時の居合だが、それを上部と下部に別ける事で一箇所に集中するのではなく、二箇所を攻撃する事で戦闘不能にする型になっている。

 

「グ・・・オ・・・」

 

「俺は迷わない!!」

 

「俺の教えた技を独自に改良するとはな、流石は士官学校出身って所か・・・」

 

「貴方を超える為に俺は剣を磨き続けた・・・!でも、貴方を浄化するのは俺の役目じゃない」

 

すると、魔幻空間の中に白色のアイゼンイェーガーが現れた。無論、その操縦者は一人しかない。

 

「エリス!?」

 

「エリスさん!?」

 

そう、伯林華撃団隊長であり直仁の恋人であるエリスであった。何故、彼女が出撃してきたのか?それは一時間前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

一時間前、エリスは出撃を拒む身体を強引に立ち上がらせていた。向かおうとする度に直仁から受けた攻撃の映像がフラッシュバックする。だが、それでも向かわなければならないと壁に手を付きながらも歩き続ける。

 

「ぐ・・・動け・・!」

 

「エリス?」

 

「君は・・・アイリスか。ふっ・・・情けない姿を見せてしまったな」

 

エリスの目の前にいるのはアイリスであった。かつて子役で名を馳せていた彼女も今や成長し大人になりつつある。

 

「ちい兄ちゃんの所へ行くつもりなの?心が壊れかけてるのに」

 

成長してもアイリスは変わらず直仁を「ちい兄ちゃん」と呼んでいる。それは彼女が幼い時、大神のように自分の心を癒し、悪い事をした時は叱り、良い事をした時は褒めてくれ、辛い時には傍にいてくれた大切な人だからだ。

 

「私が行かなければならない・・・約束したから。どちらかが敵になったのなら、その時は止めて欲しいと」

 

「・・・・」

 

アイリスは無言でエリスに近づくと彼女の手を握り、フランス語で何かの詠唱をしている。アイリスの身体が輝いており、不思議と心が落ち着き、癒されていく感覚が感じられた。

 

「エリスの心を一時的に癒したよ。でも、時間は少ないから注意してね」

 

「っ!感謝するよ、アイリス」

 

「ちい兄ちゃんを導いてあげられるのはエリスだけだから・・・」

 

「ああ、行ってくる!」

 

エリスは戦闘服に着替え、地下倉庫へ向かうと愛機である白色のアイゼンイェーガーに乗り込み、築地倉庫へと向かって出撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

白色のアイゼンイェーガーは誠十郎の駆る無限に近づくと、通信を通して話しかけた。

 

「(アイリスの言う通り、時間がない・・・)誠十郎、刀を貸して欲しい」

 

「!一本で良いんですか?」

 

「ああ、一本でいい。直仁・・・黒龍は私が浄化しなければならない」

 

黒龍の乗る闇神威・改は他の華撃団達の攻撃でボロボロになっており、トドメの一撃が与えられる程になっていた。

 

誠十郎の無限から刀を借りた白色のアイゼンイェーガーは、闇神威に近づいていく。

 

「直仁・・・今、降魔の闇を浄化してやる」

 

刀を鞘から抜き去り、霊力を込める。その色は蒼く、また霊力が形を変え龍が巻き付くように刀身に宿った。

 

「そうか、直仁の霊力の残り半分はエリスが受け継いだんだったな・・・」

 

森川の言葉と共にエリスは刀を直仁、否、黒龍へ向けていた。その心を押し殺し、彼を浄化しなければならないと思いつつ。

 

闇神威に刃が突き立てられ、機能が停止し黒龍は内部から脱出してきた。その仮面にはヒビか入っており、今にも割れそうだ。

 

「グオオオオ!面がああああ!」

 

仮面が割れ、地面に落ちるとそこあったのはやはり、直仁の顔であった。左右の目の色は変わっているが、中性に近いその顔は帝国華撃団、そして世界華撃団のメンバー達も忘れていない。同時に黒龍が身に付けていた白色の勾玉も砕け散った。

 

「直・・・・仁」

 

「エ・・・リ・・・ス・・・うぁぁ・・・」

 

「ううっ・・・直仁ーーーッ!」

 

直仁としての意識を取り戻し、その身体が膝をつく。エリスはアイゼンイェーガーから飛び出し、その身体を支えた。

 

 

 

 

 

「直仁、しっかりしてくれ!直仁!」

 

「エリス・・・強く・・・なったな」

 

「直仁・・・どうして、こんな・・・」

 

エリスは泣きながら尋ねる。直仁は弱々しい声でエリスの質問に対し答え始めた。

 

「・・・第二次・・・降魔大戦で失った・・・この命・・・煉獄の・・・反魂の術によって・・・呼び戻された・・・」

 

直仁は淡々と、ゆっくりした口調で続ける。

 

「降魔皇を・・・復活させ・・・煉獄の為に戦う・・戦士として・・・な」

 

「そんな・・・事が・・・」

 

「降魔皇からの・・・妖力によって・・・生まれた・・・煉獄の術は・・・強すぎた・・・だが、みんなが・・・その術を・・・破ってくれた」

 

「黒龍、余計なお喋りが過ぎるぞ。もう、お前に使い道などない」

 

「!煉獄!!」

 

煉獄は破壊された闇神威を法力で回収し、その場に佇んだ。その目は蔑むような、何かを見下しているかのような目をしている。誠十郎の叫びにもまるで意に介していない。

 

「黒龍、所詮は人間に反魂の術を施した人形だ。そして、自意識を取り戻した今・・・」

 

煉獄の手に赤黒い光が集まり始める。それはエリスを完全に狙っていた。

 

「今一度、お前が愛し大切であった者を消してくれるわ!死ねぃ!」

 

「うああああ!?」

 

「エリスさん!!」

 

その光がエリスに届く寸前、その光を遮った影があった。それはまるでエリスを守る盾そのものだ。

 

 

 

 

 

[推奨挿入歌 XJAPANより『Tears』]

 

 

「ぐわあああああああーーーッ!!!!」

 

「!な、何ぃ!?人形の分際で女を庇っただと!?」

 

正体は正気を取り戻した直仁であった。我が身を盾に愛した相手を攻撃から護っている。

 

「・・・直仁!?」

 

「れ、煉獄!お前の・・・思うようには・・・させん!!俺の・・愛した女・・エリスを・・殺させは、しない!」

 

「直仁!!」

 

「聞け、エリス・・・この倉庫の先に・・・巨大な鏡が祀られている場所がある・・・それを、破壊しろ!!その鏡が・・・無くなれば・・・降魔皇は・・・この世に・・・干渉でき・・・なくなる!誠十郎と・・・お前が・・・受け継いだ・・・龍脈の力で・・・降魔の鏡を破壊しろ!!」

 

「貴様ァーー!!!」

 

次第に光の威力も弱まっていく、直仁は盾に成り続けるのを止めようとはしない。その顔はかつての優しい直仁そのものだった。

 

「エリス・・・強く生きてくれ」

 

「・・・・嫌!私は!!」

 

「エリス、日本の剣を・・・学んでたんだな・・・迷いがなく・・・良い剣だった。ほんの僅かだったが・・・お前に再会出来て・・・良かった・・・」

 

「嫌・・・嫌ァァ!逝かないで!逝かないで、直仁!!」

 

「帝都と・・・華撃団の未来を・・・頼んだ・・・ぞ」

 

「直仁ーーーーっ!!!」

 

煉獄の法力を全て受けきった直仁は消滅し、手を伸ばしていたエリスは直仁の姿を見届けると同時に崩れ落ちた。

 

「おのれ、我が妖力と法力の全てを耐え抜くとは・・・まぁ良いだろう。所詮は捨て駒、我が世界を支配する礎になったのだからな」

 

「貴様ぁああ!!」

 

エリスは村正・星薙をアイゼンイェーガーから霊力を利用して手元に引き寄せ、刀身を鞘から抜き出し、斬りかかった。だが、煉獄は簡単に避け、事前に発現させておいた魔法陣で撤退してしまった。

 

「厄介なモノはもう無い。壊したければ来るがいい・・・くくく」

 

「おのれッ!煉獄ーーー!」

 

言葉だけを残し、撤退した煉獄へ向けてエリスは怒りをぶつけるが残ったのは静寂だけであった。

 

 

 

 

 

その頃、再び魂の存在になった直仁は黄泉の国へ戻っていた。反魂の術を施された人間は本来、魂が消滅してしまうのだが、直仁はエリスの持っていた護符の影響でその宿命から逃れられたのだ。

 

「はぁ・・・魂が消滅しなかったが、どうしろと?」

 

「修行じゃよ」

 

「え?だ、誰だ?」

 

「儂は呂尚、主に仙道を学ばせてやって欲しいと頼まれた者よ」

 

「誰に?」

 

「西洋の天の使いじゃよ」

 

そう言った瞬間、直仁の目の前に二人の天使が現れる。その顔は見知っているものであり、一方を見て直仁は顔色を変えた。

 

「あやめ・・・さん?それにお前は!」

 

「いいえ、私は大天使ミカエル。そしてこちらは」

 

「天使長ルシファーだ」

 

そう、そこはかつて悪魔王サタンと名乗っていた反逆の堕天使ことルシファー、山崎真之介少佐の姿と帝国華撃団に関わるきっかけとなった、大天使ミカエルである藤枝あやめの姿であった。

 

「な、・・最上級天使の二人が此処に!?それに、サタンが何故!?」

 

「サタンではないルシファーだ。あの戦いの後、私はミカエルの助力もあり天使長として父である神から復帰を許されたのだ」

 

「っ・・で、お二人が何の用ですか?」

 

見知った顔の天使であるために、直仁個人としてはかなり話しにくい様子だ。

 

「父たる神よりの仰せです。貴方を現世へ復活させよと」

 

「え?死者を蘇らせるのは、輪廻に反するのでは?」

 

「確かにその通りだ。だが、あの煉獄と呼ばれている魔は死んだものを蘇らせ続けている。このままでは地上は死霊と融合した死霊降魔や動く屍共の巣窟になってしまう」

 

「そこで、貴方に仙道の修行をしてもらい、御子としての力の代わりにして欲しいのです」

 

「理由は分かりましたけど、俺の肉体はもう・・・。それに向こうとこっちの時間は」

 

「時間に関して問題ないぞい。こちらでの一日は向こうの一時間にしかならんからのう」

 

「どこの○神と○の部屋!?」

 

「これこれ、100年以上先のアイディアを口にしなさんな。お前さん知らんじゃろ。まぁ、魂の世界に居るせいかもしれんがの」

 

呂尚のツッコミをスルーしながらも、ミカエルとルシファーが修行場へと案内してくれる。そこは一本の柱があり、何かが表面を流れ続けている。

 

「これは・・・」

 

「先ずは儂と修行して仙道の呼吸を学んでもらう。その後の試練はこの柱を登りきる事じゃ」

 

「仙道の呼吸?」

 

「百聞は一見に如かず、見ておれ。スゥゥゥハァァァ・・・スゥゥゥハァァァ!」

 

通常の深呼吸を行い、呂尚は自分の中で何かを練っている。気のようにも見えるが性質が違っていた。

 

「スゥゥゥ…コオオオオオオ!

 

「な・・なんだ!?あの呼吸!全身がまるで太陽のような輝きを放ってる!」

 

「これが仙道よ」

 

「・・・」

 

「それでは私達は此処までです。貴方の肉体を復活させる準備に入らなくてはなりません」

 

「忠告もあるぞ。地上に復活したら、地上での時間で49日間は知人と会話する事を禁ずる。それが例え恋人や仲間だとしてもだ」

 

「!」

 

49日間の知人との会話の禁句、それは今まで戦ってきた仲間達との再会を定められた日数の間はできないという事である。それはまるでギリシャ神話のオルフェウス、日本神話のイザナギが行った冥界下りの話と似ていた。

 

「日数内の間に話してしまったら・・・どうなるんですか?」

 

「無論、復活しかけの肉体は塵芥になるだろう。同時に魂も消滅する事になる」

 

「え?」

 

「当然だ。お前は一度反魂の術をかけられた身、不条理によって復活した者の魂は本来消滅する。それを守ったのが龍の護符だ。所詮、加護は一度きりのみ…それを忘れたとは言うまい」

 

「・・・・・確かに」

 

ルシファーの言葉に直仁は嬉しさと同時に厳しさを感じ取った。彼の姿は山崎真之介ではあるが、あくまでも寄り代の姿に過ぎない。天使本来の姿など人間が知る由もないのだ。その寄り代の記憶があるからこそ、反魂の術に関しても詳しいのだろう。

 

「此処で学んだ事は魂に刻まれる。意識しなくとも地上ではいずれ思い出す事になるだろう」

 

「(無意識下って事なのか…?)」

 

「お前の才も磨かれるだろう。鏡の如く相手を写し取り、模倣する才がな」

 

「・・・」

 

「私の寄り代になった者からの言葉だ。私と同じ道を歩むな・・・だそうだ」

 

「山崎少佐・・・」

 

直仁は拳を握りこむ。次世代に託す事を彼も行っていた。だが、彼は繁栄の裏にある出来事を知ってしまった。それが切っ掛けとなり人類は生きるに値しないという結論に至ったのだろう。

 

「直仁くん、修行をしっかりね!」

 

「え・・あ、あやめ・・さん?」

 

「男の子なら、自分を愛してくれる女の子の下へ帰って守ってあげなさい。しっかり乗り越えなさい!」

 

ツンと額を指でミカエルからつつかれた感触を魂でありながら感じる。これはいつも大神や自分が嗜められた時にあやめからやられた事で、懐かしいものであった。

 

「はい・・・!」

 

「では、仙道の修行に入るぞ?直仁よ」

 

「はい!」

 

呂尚の言葉と共に直仁は黄泉の国において、魂の修行と共に仙道を学ぶことになった。




呂尚って誰?という方、検索してみてください。

仙道という時点で納得できます。

仙道の呼吸、分かる人には分かると思います。


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