Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D (花極四季)
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設定資料
独自設定


ハイスクールD×D原作とは関係ない部分の説明をしております。
説明に関しては徐々に追加していく予定です。感想で質問された内容なども、場合によっては追記していきます。
その為、ネタバレ要素が含まれている可能性があるので、閲覧の際はご注意下さい。



《Infinite possibility world》

 

主人公の時代に開発された、超最新鋭技術を用いて開発された、大規模フルダイブ型VRMMORPGの基盤ソフトウェア。

ゲーム会社や医療機関といった所から技術の粋を集め実現されたそれは、あらゆる技術への転用も可能としている。その内のひとつが、フルダイブ型VRMMOということである。

その名の通り、無限に等しい数のVR世界が内蔵されており、ゲーム業界に身を置く企業ならば最低ひとつは作品を手がけている。それ程までに需要が尽きないということである。

開発初期からと比較して、三倍近い作品が追加されている。

 

リクライニングチェアー型のカプセルベッドに内蔵されたヘッドギアを被ることで、ゲームの世界に入ることが出来る。

その際、本来ならばゲームの世界に入り込むのだが、主人公は何故か(いつも)入り込もうとしたゲーム世界と限りなく酷似した異世界にログインすることになってしまっている。ログアウトは可能だが、現実の生命とリンクしているので、異世界で死ねば現実でも死ぬ。

そんな事実を主人公は露知らず、それどころか普通にゲーム世界にいるものとして気楽に遊んでいる。

 

《Infinite possibility world》はその性質上、第二の現実とさえ呼ばれており、暗黙の了解の一環として、リアルの事情を持ち込むのは世界観を崩す要因となるため、推奨されていない。運営によって厳しく取り締まったりしているということはない。

というよりも、そのあまりの規模のゲームサーバーにより、運営による管理が満遍なく行き届くこと自体が稀であるため、ある程度のマナー違反行為への対応は、プレイヤー各自の裁量に委ねられている部分が大きい。

その為、実態として犯罪行為も決して珍しいものではなくなっており、それがより現実感を増す要因となっているのは皮肉な話である。

 

 

 

 

氏名:有斗零(あると れい)

 

性別:男

 

種族:人間

 

所有神器:ペルソナ(正式名称非公開)

 

《Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D》における主人公のキャラクター。

黒髪のショートヘアと180cmに近い長身以外に明確な特徴を持ち合わせていない。

どこにでもいるような一般人の風貌であるにも関わらず、人目を惹きつけるカリスマを(本人の知らぬ内に)放っている。

基本的なキャラクターデータは引用してあり、それを基準に世界観に合ったカスタマイズを行っており、今回は日本人の高校生という設定を尊重し、素朴なデザインに仕立てている。

 

異世界での活躍の甲斐もあり、単純な戦闘技術は異常なまでに高い。真剣白刃取りとか平然と出来るレベル。

主に好むのは近接戦闘が出来る職業だが、後衛職業もかなり嗜んでいる。

呪文の詠唱とか覚えるのに慣れた影響か、記憶力も優れている。

 

中の人は低身長で、そのコンプレックスの裏付けとして、キャラクターカスタマイズにおいて常に身長の高いキャラクターを愛用している。

《Infinite possibility world》において、ロールプレイを楽しむために、オプションのひとつとして《イメージ言語翻訳》という標準語をゲーム内で出力する際に設定変更により口調を変えることが出来るというシステムがある。

《Infinite possibility world ~ ver Servant of zero》ではその設定を利用しており、異世界に入ってもそれが対応されていたこともあって、その口調に慣れてしまい、《Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D》の頃にはその設定を利用せずともゲーム内では口調が定着している。

 

《Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D》は、作者が手掛ける作品の内、同じ世界観である《Infinite possibility world ~ ver Servant of zero》から数年後の未来の話であり、その間にも同じく異世界で経験を積み、幾度と危機を救っている。

その経験を活かして、悪魔や天使といった人外蔓延る世界で、人間としての肉体性能のデメリットを補っている。

 

ドがつくほどの善人で、お節介焼き。

何事にも真剣に取り組むことが出来、ひとつの事にのめり込むと大抵は極めるまで投げ出さない。

思いこみが激しく、自己完結した考えが覆ることは稀。

濃い人生経験をしているが、それでも精神的には未だ未成熟な部分があり、達観している時もあればすぐにムッとしてしまう時もある。

良い意味で歯に衣着せぬタイプで、他人を誉めたりするときは平然と恥ずかしい台詞を言う。天然タラシとも言う。

 



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本編
第一話


そんなこんなで始まりました、新企画。
事前の告知と内容が丸変わりしちゃっていますが、大元に違いはないので大目に見てやって下さい。
それに伴い、とびとびの内容で書くってのも撤回しそう。てか、する。
そうなると、別の作品の方がまた疎かになりそう……。まぁ、モチベが維持しているならこっちをさくさく書くのも悪くはない、か。


『Infinite possibility world』が世界に広まりもう結構経つが、その名の通り無限に等しいゲームワールドが濃縮されたこのVRMMORPGに、飽きが来るどころかどんどん嵌っていく。

その人気から、大企業・中小企業問わずゲーム開発に勤しんでいることから、始動初期から大量にあったワールドは、日に日にその数を増していっている。

その圧倒的売れ筋から、発売初期では高値であった専用器機が半額まで落ち、益々VRMMMOが世界的に浸透していったのは余談ではある。

 

そんなゲーム発売初期からプレイしている微廃人化しつつある僕だが、つい先日とあるワールドの存在を知り、それに興味を持ち始める。

何でも、そこでは天使・悪魔・堕天使が互いに牽制し合う形で存在している、現代日本をベースにしたワールドらしい。

メガテンかな?と思ったけど、概ね間違ってはいないらしい。

ただ、人間がアクマに立ち向かったりするとかではなく、その三勢力のどれかに属してプレイするのが基本らしい。

とはいえ、それはあくまで基本。

実は、人間を選択してプレイすることも可能だったりするのだ。

別に隠し要素とかではなく、人間でプレイするのは少々骨が折れる。所謂玄人向けな職業?だから、マイナー扱いになっているとのこと。

人間はステータスが三大勢力と比べて圧倒的に低く、三大勢力独自のシステムである階級が存在しない為、序盤は肩身の狭い思いをしてしまう。

階級が低いと大きなイベントには参加出来ない――一部例外があるらしいが、そこまでは調べてない――らしく、そもそもそういったシステムの枠外にいる人間は、やれることが限られてくるのだ。

 

だが、決して悪いことだらけではない。

人間を選択すると、ひとつだけ特殊な能力を予め手に入れることが出来るとのこと。

その能力は選択式ではなく、自分で決めることが出来るという素敵仕様だったりする。

そういった能力を総じて『神器』と呼称するらしい。

つまり、ぼくのかんがえたさいきょうの~を実現することも不可能ではないのだ。

のだが、どんなに凄い能力を持っていても人間のスペックでは上手く行使するどころか、初期段階では発動さえしないなんて悲しみを背負うことが常であったりする。

だけど、そこで人間ならではのシステム『転生』がある。

これは三大勢力のどれかに転生することで、人間から悪魔・天使・堕天使のどれかになることが出来るのだ。

これによる利点は、初期で悪魔とかを選んでいた場合では扱えない特殊能力を、転生した元人間なら継続して扱えるのだ。

つまり、最初から悪魔とかを選択している人に比べて、結果的に有利になるのだ。

過程が従来に比べて面倒ではあるが、当然階級システムにも参加出来るようになるとのこと。

とはいえ、悪魔から始めたら損をするという訳ではなく、そっちはそっちで魅力的な要素があるので、一概にどっちが良いとかは言い切れない、そんな絶妙なバランスで成り立っている。

 

前情報とかはあまり調べないタイプなんだけど、それだけ惹かれるものがあったということだ。

それで、僕はどの種族でプレイするのかというと――何となく想像はついているだろうけど、人間だ。

それも、ここはいっそのこと人間縛りで行こうかなとすら考えている。

ドMなの?と思われる発言だが、ゲームの楽しみ方はそれぞれなんだし、その世界ならではの楽しみ方をしたって別いいじゃないか。

……まぁ、そういった特殊なプレイ方法が好きなのは認めるけどさ。

 

んで、なら『神器』はどうすっぺかという話なんだけど、実はもう決めてあったりする。

メガテンっぽい。初期からでも使えそう。だけど成長性がある。人間の弱さをフォローできる。

そういった総合的な観点を踏まえて考慮した結果――ペルソナ能力にすることにしました。

え?著作権とか大丈夫なのかって?

そもそもこの『Infinite possibility world』自体が有名ゲーム企業がこぞって参加して作られたゲームだから、有名どころの著作権もこのゲームの中ではきちんと有効なのだ。

だからペルソナだって使っていいのだ!

いいんだけど、元ネタ知ってる人いると気まずいんだよね。生暖かい目で見られそうだし。

それでも、やると決めたからには突っ走るのが信条なので、これでいくよ。

 

問題は、キャラ作成なんだけど……現代日本がテーマってことだから、如何にも外国人なキャラを使って良いものなのか。

人間で始める場合、学校から始まるのが基本らしいので、違和感をなくすという意味合いでは、日本人っぽいキャラが適切なんだろうけど……。

悩みに悩んだ末、アバターデータを軽く弄って、日本人っぽい雰囲気に改変して妥協した。

名前は――そうだな。『有斗(あると)(れい)』でいこう。元のキャラの名前を無理矢理もじっただけの、名前とは呼べないものだけど、ゲームの世界だし問題はないよね。

 

さて、準備は終わった。始めよう。

いやー、わくわくするよ。この初めての感覚、いつまで経っても色あせない。

これだからゲームはやめられんのだよ。

 

 

 

 

 

目が覚めたら、知らない天井があったとさ。

いや、そんなありきたりな流れはともかく、現状の把握に努める。

どうやらここはこの世界での僕の部屋らしい。

家族は出張により不在。転勤込みの出張ということで、元居た学校を離れて新たに転校をするべくこの街を訪れた。という設定のようだ。

そんな学校に通うのも、今日から。カレンダーに○してあった。

当然と言えば当然だけど、展開が早いなぁ。

僕が通う学校は、駒王学園というところらしい。

指定の制服も飾ってある。うちの学校は私服登校ありだから、こういうのは何だか新鮮だ。

鏡を見ながら着替える。そこには見慣れた自分のアバターが着替えを手際よく行う姿が映し出されている。

他の外見のキャラは作らないのか?という疑問もあるだろう。

こういうネトゲをやったことある人なら分かるかもしれないけど、長い年月を掛けてひとつのゲームをやりこむに当たって、自然と愛着が沸くものなんだよ。

いざ新しいアバターで再プレイしても、コレジャナイ感が凄いのよ。

まぁ、やっていれば慣れるんだろうけど、それでも同じ工程を再び繰り返すのはそのゲームに余程の愛着があるか、そのキャラが好きじゃないと意外とモチベージョン持たないんだよね。

 

今はそんなことはどうでもいいんだ、重要なことじゃない。

今僕がすべきことは、学校に向かうことだ。

地図を持ち、教材の入った鞄を手に学校へ向かう。

もしかして、この世界でもきちんと勉強しないといけないの?それはちょっと嫌だなぁ。

 

 

 

 

 

机に座り、窓から外の風景を眺める。

私、リアス・グレモリーは、最近周囲で起こっている問題について思案していた。

 

リアス・グレモリーは悪魔である。

突拍子もない冗談に聞こえるかもしれないが、紛れもない事実である。

元72柱グレモリー家の次期当主。魔王サーゼクス・ルシファーの妹でもある私は、この街で勝手な行動を取る堕天使に手を焼かされている。

グレモリー家次期当主として、ここ周囲一帯の管理を任されている立場として、領土で好き勝手やられているのは沽券に関わる。

昨日、その一環としてとしてこの学園の生徒の一人が殺された。

 

名前は兵藤一誠。

学院でもその変態性から同じく行動を共にする男性二人と合わさって、女性の敵として肩身の狭い生き方をしている。

そんな悪魔からすれば欲望に忠実なその生き方が好ましく映るであろう彼は、堕天使レイナーレを名乗る女に昨日殺害された。

死に際に彼が無意識に悪魔の契約を結び、私が召喚された。

その時、彼が神器保有者だという事が発覚。悪魔に転生させ、眷属に加えたのだ。

とはいえ、意識を失っていた彼はその事実を彼はまだ知らない筈なので、今度改めて事情を説明しなければならない。

 

レイナーレを倒せばそれで済む話だというのであれば、私もここまで悩みはしなかっただろう。

レイナーレは見た限り戦闘能力は私に比べて遙かに劣る。

しかし、彼女を殺してしまえば、堕天使組織《神の子を見張る者》から宣戦布告という形で戦争の火種を与えてしまう可能性があるのだ。

先に仕掛けてきたのはどちらか、なんて鶏が先か、卵が先かに近い問答に意味はない。

もし堕天使側が戦争を望んでいるのだとすれば、どちらが先でも好都合なのだ。

レイナーレは恐らく《神の子を見張る者》でも末端の存在。

そんな兵士が殺されたところで、堕天使側からすれば目的達成のリターンを考えると安い対価でしかない。

逆にこっちは正当防衛が成立する立場とはいえ、その概念は人間社会によって成り立つものであり、悪魔と堕天使との対立の前には意味を為さない。

そもそも正当防衛なんて概念が、戦争に発展するかしないかの域の大規模な問題で、話題に上がること自体がまず有り得ない。

どんなに正当性を主張しても、仲裁役が存在しないのであればただの虚しい独り言で終わる。

だからこそ、力でねじ伏せるしかない。それが最善の選択とは言い難いとしても、やらなければ一方的にやられる。

しかし、どうにかして免罪符と成り得る情報を少しでも得て、火種を抑える要素を手に入れなければならないのも事実。

後手に回らざるを得ないこの状況は、私好みではない。早く問題を解決しないと……。

 

思考に没頭している間に、何やら周囲が騒がしくなっていることに気付く。

いつの間にか担任の先生が教壇に立っており、その隣には見慣れない男子生徒が立っていた。

顔立ちの整った長身の男性は、挨拶を始める。

 

「この度転校してきた、有斗零です。よろしくお願いします」

 

一礼し、拍手が響き渡る。

三年のこの時期に転校?そんな軽い異常性に、深く勘ぐっている自分が居た。

堕天使の気は感じないが、はぐれエクソシストという可能性も否めない。

しばらくは彼のことを警戒する必要がありそうだ。

私の眷属であり、《女王》でもある姫島朱乃にもその辺りのことを説明しておかないと。

今のところは、この二人だけで情報を共有することにする。眷属全員で監視をして、相手を警戒させたくはない。

彼が堕天使側に属しているならば、尚更そういった視線には過敏に反応するだろうし、それを狙って監視をするのもアリだけど、周囲に被害が及ぶ可能性を考えると安易には実行できない。

そういった理由もあり、今はこの程度に留めておくことにした。

幸いにも同じクラスとなったこともあり、監視は容易だ。転校生ならではの興味・関心の視線に紛れさせることもできるし、適材適所と言えるだろう。

彼がただの一般人ならそれで良し。短い付き合いだろうけど、そこそこの関係を築いていけば疑った罪滅ぼしにはなるだろう。

 

さて、有斗零。貴方は何者なのかしら?

 

 

 

 

 

キング・クリムゾン!

学校に通っていたという時間を消し飛ばし、放課後になったという《結果》だけが残る!!

 

……まぁ、うん。こんなテンションで何言ってるんだ、って話だろうけど、実際そうだったんだもん。

原作のペルソナだって、授業中の時間はあってないようなもんだったし、こういうご都合主義も決して有り得ない話ではない。

いや、別にペルソナをいちいち引き合いに出すつもりはないけどさ、実際似たシチュエーションだから説明しやすいんだもん。

……説明って、誰に?自分に?もうわけわかんね。

 

「うわっっ!」

 

そんな益体もないことを考えていると、路上の曲がり角で誰かとぶつかってしまう。

尻餅をつくゴスロリの少女。そして地面にはコーン付きアイスクリームが虚しく落ちていた。

……あれ、これもしかしなくても僕のせい?

 

「ちょっと、何人にぶつかってるのよ!」

 

「すまない。考え事をしていて周りを見ていなかった」

 

「全く、これだから人間は……って、あああああ!ウチのアイスがぁ……」

 

アイスを地面に落としたことに気付いた少女は、親の敵を見るような目で僕を睨み付ける。

 

「ウチにぶつかった挙げ句、アイスを駄目にするなんて……命は惜しくないのかしら?」

 

「ぶつかったことなら謝る。アイスなら弁償しよう。それでは駄目か?」

 

「駄目に決まってるじゃない!そんなんじゃ釣り合いが取れないわ!」

 

一向に少女の機嫌は治りそうにない。

たかだかゲームの世界で、と思うなかれ。

満腹中枢は刺激されないとはいえ、食べ物の味はリアルに再現されているのだ。

しかもリアルに影響がないという部分を利用して、ダイエットに勤しむ人達が嗜好品をゲーム世界で堪能し、欲望を補うという方法を取る人は少なからずいる。

それぐらいリアルとゲーム世界の味覚に差がないということでもある為、彼女の怒りはリアルでの怒りとイコールなのだ。

 

「なら、三段乗せ、いやそれ以上を望むならそれ以上のアイスを奢ろう。それではどうだ?」

 

それを聞いて少女は、少し考える素振りを見せる。

 

「……それなら、まぁいいわ」

 

どうやら納得してくれたらしい。

こればかりはこっちが全面的に悪いんだし、これぐらいは当然の対応だろう。

 

「じゃあ、行こう。とはいえ、ここには越してばかりだったから、アイス屋の場所を知らないんだけどな」

 

「何よそれ。まぁ別にいいわ、ついてきなさい」

 

そうしてゴスロリ少女の隣を歩き、知らない街を歩く。

道中ゴスロリ少女の格好のせいか、周りから奇異の目で見られていた気がするが、彼女は慣れているのかそれを気にした様子はない。

まぁ、いちいちそういうの気にしてたらやってられないよね。

 

「ここよ。ほら、早くしなさい」

 

「味はどうするのか聞いていないんだが」

 

「そうだったわね。バニラ・イチゴ・ブルーベリーで上から順にね」

 

「わかった」

 

指定された通りに頼み、受け取ったアイスを少女に手渡す。

 

「感謝はしないわよ。これでチャラなんだから」

 

「わかっている」

 

「そ、ならいいわ。じゃあね」

 

そのままアイスを食べながら、少女は去っていった。

お許しを得る為だったとはいえ、こうもあっさり別れられると少し寂しい。まぁ、仕方ないね。

取り敢えず帰ろう。もう日も暮れている。

――そういえば、ここどこだろう。だいぶ遠くまで来たよなぁ。

 

 

 

 

 

三段式アイスを手に、教会へと戻る。

人間にぶつかっておじゃんになったアイスだが、その人間が三倍返ししてくれた為許してやった。

堕天使である私の実力なら、人間なんて羽虫程度の障害にもならない。ならば、手を掛ける労力を消費する必要はない。

決して、普段はありつけない三段式アイスに浮かれていた訳ではない。

 

「戻りました」

 

声を掛けるは、我が敬愛の存在、レイナーレ姉さま。

たなびく黒い髪と翼が似合う、この教会に住む堕天使側のメンバーの中で一番の実力者。

 

「おかえり、ミッテルト。そうだ、貴方にも話しておかないとね。さっき、フリード・セルゼンに連れられてシスターがこの教会を訪れてきたわ。しかも、ソイツは《聖母の微笑》を持っていたわ。というわけだから、今後私達は《聖母の微笑》を手に入れる為の行動を取るわ、異論はないわね?」

 

「了解しました、レイナーレ姉さま」

 

レイナーレ姉さまの言葉に傅く。

 

「《聖母の微笑》を手に入れられれば、アザゼル様もきっと私を見てくださる。ましてや神などを信仰する愚か者を罰すれば、評価だって上がる。うふふ……」

 

恍惚な表情で虚空を見上げるレイナーレ姉さま。

堕天使の現トップであるアザゼル様を、彼女は信仰――いや、敬愛している。

彼女の行動理念は、アザゼル様が全てだ。

そして、その愛情も全て、アザゼル様に向けられている。

私は、どれだけレイナーレ姉さまを敬愛しようとも、その僅かばかりの愛情しか得られない。

……理解していても、私にはそれしかない以上、いつまでもレイナーレ姉さまの為に働き続けることだろう。

例え、一生報われないとしても。

 

ふと、コーンの部分だけが残ったアイスが目に入る。

普段は何の躊躇いもなく食べ尽くしてしまう残骸が、何故か酷く虚しく映った。

そんな訳の分からない感情を拭い去るように、私はコーンを下品に食べる。

兎に角、レイナーレ姉さまの為に私は生きているのだから、その期待には応えなければならない。

そうすれば、いつまでも私は幸福でいられるのだから。

 

 

 

 

 

家に帰ってきたと思ったら、ベルベットルームと思わしき場所にいた。

な……何を言ってるのかわからねーと思うが(ry

兎に角、そういうことなのだ。

この目に優しいのか優しくないのかわからない青尽くしの部屋。そして真正面に座る長い鼻の老人。もうね、そうだとしか言えないのよ。

 

「ようこそ参られた、お客人」

 

そんなこちらの思惑など知る様子もなく、イゴールっぽい何かは話し始める。

 

「私はイゴール。ここ、人の心の様々なる形を呼び覚ます部屋であるベルベットルームの管理人のようなものをしております」

 

半ばテンプレのような会話を聞き流しながら、思考する。

ペルソナ能力が欲しいと願ったけど、まさかベルベットルームまで出てくるとは思わなかった。

ということは、僕はワイルドなのだろうか?

そこまで高望みした記憶はないし、ゲームが勝手にそういう設定にしたのかな。

 

「……ふむ、貴方様はどうにも面白い定めをお持ちのご様子。そして、その定めを知ることなく、今を生きてこられた。そして、これからも変わることはないでしょう」

 

イゴールが意味の分からないことを言っているが、抽象的な発言はいつも通りだから、気にしないでおこう。

 

「さて、貴方はこれからとても奇異な運命に身を委ねることになるでしょう。ですがご安心なされ。貴方にはそんな運命に打ち克つ力があります。それを自覚し、運命に身を委ねなされ。その時になれば、再び貴方はここを訪れることになりましょう。それまで、どうか安らかな日々を」

 

それだけ言い残し、視界は部屋の入り口に切り替わる。

……あの口ぶりからして、僕はまだペルソナの覚醒には到っていないのだろうか。

いずれ覚醒する、という言葉からすると、恐らくこれから悪魔とかそういった奴と出会って、ピンチになって、覚醒という主人公よろしくな展開が待っているのかもしれない。

とはいえ、そうなると僕の能力は貧弱一般人の域を出ないままということになる。

適当に武器になりそうで、かつ銃刀法違反にならないような物を探しておこう。某キャラみたいに捕まりたくないし。

……そういえば、エリザベスとかマーガレットポジの人がいなかったなぁ。テオドア?知らない子ですね。

ああいうポジの人がいないと見栄えが良くないから、今度そこはかとなく訪ねてみよう。

 




主人公は一応、ヴァルディの中の人を前提として考えていますが、名前を別物に変えた時点で別人扱いでもいい気がしてきた。
ぶっちゃけ性格も似た感じだけど、口調はヴァルディ寄りじゃなくしているから、事実上の別人、ないしは平行世界のヴァルディだと思えばいいんじゃない?別に困らないでしょ(適当

ハイスクールD×Dを題材にした理由は、最近のマイブームだから。
とはいえ、二次創作ぐらいでしか内容把握してない膠……じゃない、にわかだから、細かい部分で間違いがあるかも。
どうでもいいけど、ペルソナ的に考えるとイッセーって魔術師コミュだよね。
目的の為の行動力があり、おっぱい好きなのも子供の頃の影響を現在まで引き摺っているという解釈も出来るし、花村のヒーロー願望に近い幼児性があるとも言えなくもないし。
逆位置は、レイナーレに騙されたことで本質的にリアスのことを信頼しきれていないって部分が近いかな?アルカナのことは詳しくないから、何とも言い難い。
そういう意味では、この作品の主役は彼ではないことを暗に示しているとも言える(ぉ

当然ですが、コミュはあります。誰がどれ、というのはこちらの匙加減で決めていますが、もしこのキャラはこれじゃね?みたいなのがあったら理由付けで教えてくれると参考にするかもしれません。

主人公のペルソナは、いつ出るのかな?ピンチにならないと出ないのは確定ですので、とっととピンチになってもらわないと(ゲス顔


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第二話

一話だけじゃ盛り上がりに欠けるので、ある程度まとめて話を進ませた内容を投稿。
色々突っ込みどころあるかも?


昨日転校してきた男性、有斗零のことをリアスは気に掛けていた。いや、警戒していると言った方が正しいだろう。

堕天使勢力がグレモリーが管理するこの土地で、我が物顔で横暴を敷いている中、まるで見計らったかのように学園に未知の存在が現れたのだ。

グレモリー家の当主として、その判断は適切であり、一切の間違いはない。

とはいえ、リアスも下手に彼の警戒心を煽りたくないという理由で、私を含めた二人だけで監視を行うと言っていた。

私なりに一日を通して学院内で彼の監視を結果、私個人としては彼は監視に値する存在ではないという結論に到った。

彼が弱いとか、小物だとかそういったマイナスイメージによる評価ではなく、単に彼からは欠片の悪意を感じられないというだけのこと。

清廉潔白と言うほど真っ白ではなく、腹黒外道と言うほど真っ黒でもない。

どこまでも普通の人間。裏の世界に関わっているとは、とても思えない。

少々感情表現に乏しい印象は受けましたが、それは判断材料には成り得ない。

とはいえ、あくまで私の個人的主観を尊重して警戒を解くなんて、そんな安易で無責任なことをリアスはしないだろうし、せめて私だけでも優しく接してあげようと思う。

 

そんなことを考えていた次の日、リアスから直接説明があった。

使い魔で彼を監視していたところ、堕天使と思わしき存在と接触を有斗君はしたとのこと。

あくまで遠目からの監視だった為会話を傍受することは出来なかったけれど、昨日の今日のことだから、余計にリアスは警戒を強めると言っていた。

曰く、接触自体は本当に事故だったようにも見えたが、それさえも演技かもしれない、と。

……仕方ないこととはいえ、彼女は今回の件で肩肘を張りすぎだと思う。

そんなお疲れな《王》をサポートをするのも、《女王》としての役目。

カリカリしていては折角私達だけの監視に留めているのに、内密にしていることがバレてしまう。それを踏まえて説得をしなければ。

 

 

 

 

 

相変わらず、学校では特になにもなかった。

授業以外は自由に行動できるので、適当にぶらついたり同じクラスの人と会話したりもした。

大半はNPCなんだろうけど、そういうのは気にしたら負けって過去の経験から学んでいるから、同じ人間だと思って接している。

実際、いい人ばかりだった。特に姫島朱乃さんが妙に僕に優しくしてくれた。

あれか、学級委員長的なポジなのかな?

 

まぁ、そんなこんなでまた放課後です。

結局昨日はゲームらしい展開があまりなかった為、今日こそ何か大きなアクションが起きないかと思い、すぐには家に帰らず適当に遠くを歩き回ってみた。

因みに、武器なんだけど色々迷った結果、木製バットにした。

やっぱり安易に振り回せて日常的に持っていても違和感がないといえば、これでしょう。

 

地図にして大凡拠点である街を外れた位置に、ちょっと気になる建物があった。

別段特別な感じもない、ただの廃屋なんだけど……こういう日常の影にある後ろめたい雰囲気の場所とかに、モンスターっていうのは良くいるものなのだ。

というか、そうでなければ真っ昼間からでもモンスターが徘徊しているようなものだから、折角日常と非日常を区別した世界観の意味がなくなってしまう、という経験談から来るメタ要素が本音なんだけどさ。

 

「おや?これは美味しそうな匂いだ。人間か?人間だな?」

 

そこには、上半身が女性、下半身が獣という歪な存在がいた。

……それはいいんだけど、なんかその人?半裸なんですけど、当然上が。

だったら見えちゃってるのか?というとそうではなく、どこぞの人間性を捧げるゲームのボスよろしく、髪によって大事な部分は隠れている。

いいのかな、これ。CERO制限とかあったっけ。

まぁ、いいや。それはいい。というか、気にしてたら僕の純情ハートが大変なことになってしまう。

 

「そういうお前は何だ」

 

「お前?生意気な人間が、偉そうな口を利く!」

 

こちらの疑問に答えることなく、モンスターは襲いかかってくる。

辛くも体当たりを避け、通り過ぎるモンスターの背中に一撃を叩き込む。

一瞬呻き声を上げるが、あまり効いた様子はない。流石最弱職業、なんともあるぜ!

 

「調子に乗るなよ、人間が!」

 

しかしモンスターは持ち前のタフネスで何度も何度も襲いかかってくる。

動きが単調とはいえ、何の肉体補正も受けていない僕は、体力的に限界が訪れる。

やがてその暴力的な一撃を、一瞬の隙に受けてしまう。

当然、貧弱一般人の僕は壁まで軽く吹っ飛ばされる。

 

「よくも手こずらせてくれたな、人間。貴様は八つ裂きでは終わらせん。四肢を一本ずつもぎ取り、貴様の目の前で次々咀嚼する様を見せつけてやる。そうして無惨な最期を迎えるが良い!」

 

勝ち誇ったかのように、一歩一歩歩みを進めるモンスター。

だが、死んでいない。死んでいないなら、勝ち目はある。

それに、このギリギリの体力調整は、僕にとっての賭でもあった。

昨日考えた通り、ペルソナ主人公にありがちなパターンなら――これで来る筈だ。僕の《神器》、ペルソナ能力が。

 

 

我は汝……汝は我……

 

 

「――っ、何だそれは」

 

頭の中に響く声と共に、眼前に見たことのあるカードが現れる。

これは――タロットカード。ペルソナではお馴染みの、タロットじゃないか。

無意識の内に、それに手を伸ばす。

身体はボロボロ。背中をうちつけたせいかまともに声も出ない。

しかし、言わなければならない。

 

「ペ……ル……ソ……ナ……!!」

 

今できる最大限の力を掌に込め、カードを砕いた。

 

「なっ、何だ!何が起こった!!」

 

僕を中心にして溢れ出る力の奔流。

一切が白で満たされた鎧と表情の違う仮面を頭部に四つ、そして胴・背中・両腕・両脚に魚・亀・猪・といった一貫性の無い動物の仮面を身に付けた、歪な存在。

そして、これが僕のペルソナ。ワイルドの力に囚われない、僕の心の内から出た、真の意味での僕のペルソナ。

 

 

我は汝の心の海より出でし者……

 

全ての悪を滅する化身、世界の調停者アヴァターラなり!!

 

 

「アヴァ……ターラ……?」

 

聞いたことがない、いや、聞いたことがあるけど、覚えていない。そんなどこか引っかかりのある名前。

 

「ひっ……貴様、それは何だ!」

 

「答える必要は――ない」

 

バットを杖に、身体を立ち上がらせる。

良く分からないが、モンスターは怯えている。こんなボロボロな僕でも、今なら勝ち目はある。

 

「アヴァターラ!」

 

気力を振り絞り、手を突き出し叫ぶ。

するとペルソナは僕の声に応えるかのように、力を溜め始める。

モンスターはそれに気が付くと、その隙を突いて襲いかかってくる――のではなく、逃げた。

しかし、遅い。圧倒的なまでに。

僕達とモンスターを中心にするように空間が歪み――大規模な爆発を起こした。

その反動で、建物は崩壊。僕も外へと投げ出される。

地面に激突した衝撃で、今度こそ僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

朱乃の「大公からはぐれ悪魔の討伐依頼が来ている」という言葉によって、はぐれ悪魔バイザーの討伐に出る。

晴れて正式に私の眷属となったイッセーに、悪魔の駒の性能を実戦で理解してもらうには丁度良い相手と言えた。

眷属の一人である《戦車》塔城小猫の血の臭いがするという言葉に、バイザーの存在が近いという確信が得られる。

そして、根城としている廃屋の前まで辿り着き、いざ突入しようとした瞬間――私を含めたオカ研メンバー全員が戦慄した。

形容のしがたい、心の底から沸き上がる恐怖という感情。抗うという行為そのものを無意識に否定したくなる、圧倒的なまでの力。

それが、この廃屋の中に、在る。

 

この中でも、まともに悪魔との戦いも経験したことのないイッセーが先に膝を折った。

 

「イッセー!しっかりして頂戴!」

 

「部長……なんですか、これ」

 

「わからない。わからない、けど――とにかく一度体勢を立て直しましょう。私達の予想外の出来事がここで起こっている。不確定要素がある以上、安易な行動は避けるべきよ」

 

そう皆に指示をした瞬間――先程の圧力が更に膨れ上がった。

直感的にそれがヤバイものだと理解したリアスは、反射的に指示を出す。

 

「――――みんな、逃げて!」

 

イッセーを抱き上げ、瞬時にその場を離脱する。

それに僅かばかり遅れる形で、メンバー全員が廃屋の傍を離れる。

 

 

――――瞬間、音が消えた。

 

 

始めに聞こえたのは、建物が倒壊する音だった。

爆発のような現象が眼前で起こっている筈なのに、それ自体には音が存在しない。

まるで、音という概念さえも消し飛ばしたかのように。

廃屋があった場所から飛来してくる何かを反射的に躱す。

びちゃり、という耳障りな音が耳に入る。

そこにあったのは、見るにも絶えない程に原形を留めていない獣のような四肢だった。

 

「これ、まさか……バイザーの?」

 

恐怖に震えた唇で、そう呟く。

目の前のグロテスクな光景に対してではなく、これ程の惨い状況を作りだした力に対して、恐怖を覚えた。

 

「……私が偵察に出るわ。みんなは後から来て頂戴」

 

物音ひとつしなくなった静寂の中、そう告げる。

本来なら、このような危険な状況下で《王》が先行するなんてあってはならないことだ。

しかし、この中で最も力を持っているのは私。その私でさえあの圧力が消えた今でも身体の芯から震えが止まらない。

それだけの圧倒的力の差を前に、悪戯に兵を失うような真似はさせられない。グレモリーは、眷属を慈しむ一族なのだから。

 

「これは……」

 

倒壊した廃屋の一部を見て、驚く。

まるで削り取ったかのように綺麗な円形を象ったコンクリートがあちこちにばらまかれていた。

爆発だと思っていた現象は、私達が予想しているよりも遙かに高次の力だった。

グレモリー家に伝わる《滅びの力》と、どちらが強力なのか。比較したくもない。

 

「部長。こっちで倒れている人を発見しました。肉体もボロボロで、気絶しています」

 

「わかったわ。案内して頂戴」

 

眷属の一人である《騎士》木場祐斗の言葉により、案内を受ける。

案内された先に辿り着いた私は――何度目かの驚愕をする。

そこで朱乃に膝枕をされて気絶していた存在は、昨日転校してきたばかりの有斗零だった。

 

 

 

 

 

「知ってる天井だ……」

 

目を覚ましたら、デジャヴな光景が広がっていた。

間違いなく、ここは僕の家だな。

確かモンスターと戦って、ペルソナ使ったはいいけど相打ちになったんだっけ。

それで目を覚ましたらここに居た……ってことは、リスポーンしたって解釈でいいのかな?

何はともあれ、ここに戻ったならそれでいい。経験値は入ってないだろうけど、ペルソナが使えるようになっただけでも大躍進だ。

ていうか、何で上半身裸なんだ自分。

服を探すべく身体をベッドから起き上がらせようとした時、ベッドについた筈の右手に柔らかいものが当たる。

 

「あんっ……」

 

謎の声に思わず飛び退く。

ベッドには姫島朱乃が穏やかな寝息を立てて眠っていた。

そして、そんなことがどうでもよくなるぐらい重大な情報が眼前に存在していた。

……服を着ていないのだ。つまり、全裸だ。

実際に確認した訳ではないが、都合良く最後の一線を越えさせない我らが薄布先生のお陰で、ギリギリ姫島の肢体はR-15レベルにまで表現が抑えられている。

そして、先程ついた右手の感触。あれは紛れもなく、彼女の――

 

立ち上がる。

適当な壁の前に立つ。

そのまま頭を壁に打ち付ける。

全ては、その忌まわしい記憶を忘れるために。

 

「あら……?何をしてらっしゃるのです?」

 

姫島の声が聞こえたので、頭突きを中断する。

一応薄布先生は機能しているようで、上半身もろとも隠すように抱えている。

 

「それはこちらの台詞だ。何故君がそんなあられもない姿で私と共に寝ていたのだ」

 

「それはですね。貴方がベッドでうなされていたものですから、つい肌を合わせて安眠の助けになればと」

 

「……理由になっていないぞ。そもそも、何故君が私の部屋にいるのだ」

 

「そうですね。その説明に関しましては、放課後まで待ってもらえませんか?その方が双方都合が良いかと。それに……」

 

ちらり、と時計を見て、

 

「このままでは、遅刻してしまいますわよ?」

 

そう、笑顔で言った。

 

「なら、早くしてくれ。そんな姿では外も歩けまい」

 

「一緒に着替えます?」

 

「茶化すな。……兎に角、着替えたら呼んでくれ」

 

内心ドキドキを抑えながら、一目散に部屋を出る。

……なんで目が覚めてすぐにこんなハプニングに合わなければならんのだ。

男としては、最高のシチュエーションだ。

しかしこんな行動、ネカマであろうと躊躇うレベルだ。

それを躊躇いもなく実行し、あまつさえ余裕さえ感じられるその姿は、性欲を通り越して恐怖心すら煽ってくる。

何て言うか、隙を見せれば食べられてしまいそうな、そんな錯覚さえ覚えている。

学校でも感じていたが、ああいうあらあらうふふ系のキャラは、奥底では何を考えているかわかんないから怖いんだよ。

……何が起こったかを知るのは、放課後までお預け、か。

どうせ一瞬とはいえ、その時間さえも待ち遠しい。

 

「終わりましてよ」

 

「嘘ではないだろうな」

 

「疑り深いですわね。本当ですわ」

 

……思案して、ドアを開ける。

そこには、学校で見かけるいつもの姫島朱乃が立っていた。

 

「着替えるから、先に学園に向かっていろ。私は後で行く」

 

「折角同じ家から出るのですから、一緒に登校しないと勿体なくありません?」

 

「勿体ないも何も、この状況も不本意でしかないのだが……」

 

しかし、テコでも動く様子はないので、諦めることにした。

意志が弱いとか言うな。時間だって無いんだから、仕方ないんだってばよ。

 

「では、行きましょうか」

 

玄関前で待っていた姫島に先導される形で、家を出る。

無言で学園へ歩いていると、周囲の視線が突き刺さる。

そういえば、姫島は《駒王学園の二大お姉さま》の一人らしいな。もう一人は同じクラスのリアス・グレモリーのようだけど、会話もしたことない。

ぶっちゃけ、ふーん、って感じで聞き流していたから気が付かなかったけど、それなら視線の理由も納得できる。

 

「やはり、共に学園に向かうのは止めないか?」

 

「あら、私と一緒の通学が不服なのですか?」

 

「逆だ。私個人としても、君のような可愛らしい娘と通学するなんて至福でしかない。だが、私のような転校したての男を隣に連れて、君にあらぬ噂が立ってしまうのは本意ではないのだよ」

 

これは、紛れもない本音だ。

幾ら姫島が恐怖の対象となりそうとはいえ、それを理由に彼女を突っぱねることはしない。

それに、彼女のあんな大胆な行動にだって、きちんとした理由があるかどうかも放課後になればわかるのだ。それまでは中立の意識を崩すつもりはない。

ふと、姫島の足が止まっていることに気付く。

 

「どうした」

 

「いえ……まさかそんな明け透けなくそんなことを言われるとは思ってもいませんでしたので、驚いてしまっただけですわ」

 

「別に、本心を告げただけだろう。驚くことではない」

 

「ですからそれが――――もう、いいです」

 

どこか不満そうに、再び同じ歩幅で歩き出す姫島。

訳が分からないが、からかわれた意趣返しと思えばこれぐらいでおあいこだろう。

そんなこんなしている内に、学園に辿り着く。

本来なら長い道のりだったけど、姫島との会話でだいぶ気が紛れた。その点は感謝しないとね。

 

 

 

 

 

放課後。私は朝の段階で零くんに告げていた通り、諸々の事情を説明する場として、オカルト研究部へと案内している。

そんな慣れた道を歩いている間、私は授業中のことを振り返る。

とはいっても授業内容についてではなく、授業中に考えていた有斗零のことについてだ。

 

はぐれ悪魔バイザーの討伐をするべく廃屋を訪れた私達は、そこで彼と出会った。

身体はボロボロで、バイザーに襲われたのは一目瞭然だった。

同時に、バイザーを下したのも、恐らく彼だと言うことも。

事実、彼には《神器》特有の反応があった。

昨日は反応を確認出来なかったことから、あの日に発現したのだろう。

リアスは彼を大いに警戒していた。

無理はない。彼は私達全員を力の波動だけですくみ上がらせたのだ。

見つけたのが私達でなければ、ボロボロな彼に便乗して殺して神器を奪われていた可能性だって高い。

そうしなければ、いずれ強大な敵として立ち塞がってくるかもしれないから。

それをしない甘いリアスだから、私達は眷属になることを受け入れたのだ。

 

そして、彼の世話は私が一任することにした。

本来、監視も含めるなら私だけを彼の傍に置くのはあまりにもミステイクな采配といえる。

だけど、その条件を私が推薦したのだ。

私の膝の上で眠る彼の顔を見ていると、どうしても彼が悪人だとは思えなかった。

今回の神器の件だって、予期せぬ出来事であったにせよ、それ自体が彼の人間性を左右する要素にはならない。

根拠も何もないが、彼は私達に害を為す存在にはならない。そんな確信があった。

 

それに、彼はからかっていて面白い。

傷を癒し、彼を生肌で暖めるべく裸で擦り寄って寝ていたのだけれど、起きた時は壁に頭突きをしていたのだ。しかも無表情で。

クールに見えて、結構純情だということもわかり、余計に私の母性本能が擽られた。

 

――しかし、その後がいけなかった。

学園に通う道なりで、彼は私のことを可愛いなどと言い出したのだ。それも一切の羞恥を含んだ様子もなく。しかも、本心であることも付け加えて。

朝の様子を見れば、そういった飾った言葉は苦手なものだと勝手に思いこんでいた分、反動が凄い。

それに、可愛いなんて言われたのは子供の時以来だったのも、驚きへの拍車が掛かっている。

美しい、綺麗だなんて言葉はよく言われる。だけど、可愛いなんて言葉、ましてや同世代の相手に言われるとは思ってもいなかった。

……だから、だろうか。恥ずかしいという感情以上に、嬉しい、と思った自分が居た。

恥ずかしさのあまり、普段の私らしからぬ対応をしてしまったが、それも仕方のないことだと勝手に結論付けた。

 

そんなリアスが聞いたら酷く弄られるであろうエピソードを胸の内にしまい込み、オカルト研究部のドアを叩く。

ドアを開いた先には、リアスを含めた部員が全員出揃っていた。

私も定位置に移動し、零くんはドアから一番近い椅子の近くへと歩いていく。

 

「ようこそ、オカルト研究部へ。歓迎するわ、悪魔として、ね」

 

リアスが口火を切る。同時に、眷属全員が悪魔の羽を顕現させる。

零は悪魔の羽に関心を示した様子はなく、悪魔という言葉にのみ反応する。

 

「……悪魔、だと?」

 

「そうよ。貴方も見たのではなくて?人間とは異なる異質な存在を、あの廃屋で」

 

「……あれも、悪魔だというのか。てっきり化け物の類かと」

 

「人間からすれば、似たようなものかもしれないけどね。あれははぐれ悪魔と言って、本来主が存在する悪魔が、主を殺し自由になった存在のことを指す蔑称の対象よ」

 

「つまり、悪魔にとっては身内の恥のようなものか」

 

「それは違うわ。悪魔と一括りにしているとはいえ、本来私達とは何の繋がりもないわ。貴方だって、法律上の規定に沿った訳でも血のつながりもない相手が身内だといきなり言われて、認められないでしょう?」

 

「……まぁ、言いたいことは分かった。では、そのバイザーとやらに君達はどういう関わりがあったのだ?名前を知っている以上偶然居合わせました、なんてことは有り得まい」

 

「鋭いわね。それを説明するより前に、私の立場について説明しましょう。改めまして、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主であり、駒王学園を中心とした管理をしているわ。当然、悪魔としての立場でね。そして、この場にいる貴方以外のオカ研のメンバー全員が、私の眷属よ」

 

リアスの紹介を皮切りに、各々が挨拶を済ませる。

イッセーくんがどこか木場くんに向けるような視線を零くんにぶつけていたけど、相変わらずの妬みだろう。

それ以外は別段変わった反応を示すことなく、淡々としたものとなった。

 

「それで、その管理の一環として、無法を敷いていたバイザーの討伐命令が下り、その場に居合わせたってことよ」

 

「成る程。で、何故姫島が私の家にいたんだ」

 

「貴方、あの倒壊した廃屋の付近で気絶していたのよ。だから自宅まで運んで、朱乃に看病させたって訳。……で、こっちこそ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

リアスがようやく言いたいことが言えるからか、無意識に語気を強める。

 

「何だ」

 

「貴方は――何者なの?」

 

「私はしがない人間だが」

 

「言い方を変えるわ。貴方、《神器》を持っているわね。その《神器》の力が、あの場所を崩壊させたの?」

 

その質問に、初めて零くんが考える仕草を見せる。

神器とは何か、というのを彼なりに言葉の端々から推測しているのかもしれない。

リアスのそういう要点を省いて聞きたいことだけ聞く癖は直すべきだと思う。

 

「イエスでもあり、ノーでもある。私は初めてあそこで《神器》の力を自覚した。だが、その力は私の予想の範疇を超えていた。せいぜいバイザーを打倒できるぐらいの力、程度の認識しか持っていなかったが、まさかあそこまでの威力があるとは思わなかったのだ」

 

「……もしかして、《神器》の発現と同時に、《禁手》に到ったとでもいうのかしら」

 

リアスの呟き、思考に没頭する。

その間に私が《禁手》についての補足を入れる。

《禁手》とは神器の力を高め、ある領域に至った者が発揮する力の形で、性能は通常の神器の状態の上位互換の性能となる。

本来なら、そう簡単に到れる訳がないのだが、死の一歩前まで迫ったことで、覚醒を起こしたのかもしれない。

《禁手》自体の発現条件は一貫している訳ではないらしく、条件は人それぞれらしい。

彼にその偶然が当てはまったというのなら、有り得ない話ではない。

 

「はっきり言うわ。今の貴方は危険よ。人間でありながら悪魔さえも退けられる圧倒的な力を持っているというのは、貴方の命が常に脅かされることに他ならない。どんなに《神器》が強力でも、貴方は悪魔の攻撃ひとつで死に至る脆さがある。一瞬の油断で殺されてしまうでしょう。ましてや、今はこの街で神器使いを狙っていると思われる堕天使勢力の反抗が相次いでいるのだから、貴方は確実に標的にされるわ」

 

危険性を説いても、零くんは一切の表情を変えない。

未だ夢物語としての域を出ていないのだろうか。

いや、彼は中々に聡明だ。理解した上で、恐れるに値しないと判断しているのかもしれない。

……でもそれは、慢心でしかない。

私は、彼に死んで欲しくない。

リアスのことだから、もし死亡時に現場に居合わせたなら、イッセーくん同様に無理矢理眷属にしてでも生き返らせるだろう。

しかし、そういう保険があったとしても、許容できるものではない。

 

「そこで提案があるんだけど――」

 

「悪いが、眷属になるつもりはない」

 

リアスの言葉に割って入り、即座に切り捨てる。

彼女が何を言おうとしていたのか、分かった上での行動だった。

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

 

「私は、人間以外の何者にもなるつもりはない。一分一秒でも長く、死ぬ直前まで人間として生きていたい。ただそれだけだ」

 

零くんの瞳からは、感情の揺らぎが一切見られない。

彼は、人間である自分に誇りを持っている。

悪魔を嫌悪しての発言ではなく、人間としての自分を遵守しているに過ぎないのだ。

その在り方は、強く気高い。

自らの種を重んじる気持ちに貴賎はない。それは、悪魔であろうと、天使であろうと等しく持ち合わせているのだから、それを私達が否定することはできない。リアスも、それに気付いている。

彼の穢れのない澄んだ魂の色が見えるようだ。

同時に、私の中で彼への執着心が更に強くなるのを感じた。

彼を、決して失わせない。彼が死ぬなんてことは、絶対にあってはならない。

 

「……なら、せめて契約をしましょう。眷属にならなくても、この魔法陣の書かれた紙を使えば私達を呼べるわ。それでいざという時に助けを呼びなさい」

 

机を撫でるように伝い、魔法陣が彼の手元に渡る。

それを見て、訝しむような視線を向ける。

 

「何故ここまでする?」

 

「眷属じゃなくても、私と貴方は同じクラスの人間であり、グレモリーの立場としては護るべき存在なのよ」

 

聞けば、それは聞き心地の良い言葉だろうと誰もが思うだろう。

だが、その中には確実に打算がある。

彼を戦力として保有したい、敵の手にあの《神器》が渡るのを阻止したい。

決して口には出さないが、その真意を彼は見通している筈。

 

「わかった。ありがたく使わせてもらう」

 

それでも、彼は受け取ってくれた。

その事実に安心感を得る。

 

「それだけか?なら、失礼する」

 

用件が終わるが否や、何の名残惜しさも感じさせず、彼は部室を去っていった。

それを見送ると、リアスが椅子に座り、机に突っ伏す。

 

「はぁ……なんとかここまでこじつけられたわね」

 

「お疲れ様です、部長」

 

木場くんがリアスをねぎらい、小猫ちゃんがお茶を差し出す。

 

「ありがとう。……そういえば、彼の《神器》について触れるのを忘れていたわ」

 

「それは正しかったと思いますよ。こんな場所で大っぴらに出して、何かの拍子に暴走でもしようものなら、それこそ大惨事になりかねません。彼は《神器》を使えるようになってまだ日が浅いです。そうならない、なんて可能性を捨てきれる程、彼は《神器》に精通してはいない筈ですし」

 

「そうよね。だからこそ、こんな妥協する形になってしまったのは痛いわね。取り敢えず、監視は厳重にしないといけないわね」

 

リアスとしても罪悪感はあるのだろう。

それでも、この街の管理をする者として、不穏分子を放置は出来ない。

管理職ならではのジレンマという奴だ。

 

「後は、彼を信じるだけね。色々な意味でね」

 

溜息を吐くリアスの背を見守りながら、私は零くんの身を安全を祈り続けた。

 




Q:アヴァターラって何?
A:知らないなら調べない方が幸せになれるかも(ネタバレ的な意味で

Q:アヴァターラが初期ペルソナなの?
A:あれはキタローのタナトスみたいなもんです。実際は微妙に違うけど。

Q:イッセーと小猫の出番少ないですね。
A:誰もかれも喋らせると話が長くなっちゃうからね。落ち着いてから会話には参加させるよ。

Q:姫島さん推してますね。
A:好きだからね。からあげにレモンを掛けてレタスとご飯を一緒に頬張るぐらいのと同じぐらい好き。

Q:ゼロの使い魔の方はどうするの?
A:モチベ維持する限りこっちを優先するかも。



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第三話

第三話書き終わって、投稿する前に第四話を書いていた。な、なにを(ry


オカルト研究部で話を聞き終えた僕は、夕日が眩しい自宅への道を歩く。

姫島に案内されたオカルト研究部で、リアス・グレモリーが自らの置かれている境遇を説明し、まんまと僕を悪魔側に引き入れようとしたこと以外は、特に大きな問題になるでもなく事は進んだ。

眷属って言ってたけど、ということはあそこのメンバーは全員悪魔側なんだろう。具体的な視覚情報がないから、そうなんですか程度の認識しかないけど、嘘を吐く理由も無いだろうし、そうなんだろう。

ということは、あの姫島の行動も悪魔的に考えると勧誘の一種だったのかもしれない。

その欲望を解放しろ!とか言わんばかりにあんな大胆な行動をしたのも、悪魔ならではということなのかな。

悪魔・天使・堕天使の勢力のどれもが史実であるような生き方を強要しているのだろうか。

ロールプレイを強要するのは良いことではないのは確かだけど、嫌ならやめてもいいんじゃよ?って感じでそういうのが嫌なら他のワールドで遊べばいいだけだし、以外とそういう部分は個々のワールド内での暗黙の了解として成立している節がある。

だから天使側が露骨な宗教的な観念を持っていても驚かない。そのどれにも属さない僕がとやかく言うことでもないしね。

 

「あれ?アンタ――」

 

そんなことを考えながら足を動かしていると、聞き覚えのある声が聞こえる。

振り向くと、そこには昨日見かけたゴスロリ少女がいた。

 

「昨日ぶりだな」

 

「え、ええ。そうね」

 

何故か歯切れ悪く挨拶を返してくる。

 

「……どうかしたのか?」

 

「え?」

 

「昨日に比べて元気がないぞ」

 

「そんなことはないわ。ええ、そんなことはないっすよ」

 

必死に弁明する姿は、如何にも何かありますって感じしかしないのだが、追求してもはぐらかされるだけだろう。

悩みは人それぞれ。昨日あっただけの浅い関係の僕へ話せるようなことなら、とっくに解決しているだろうしね。

 

「それで、何か用か?」

 

「用って、それは――」

 

何か言おうとして、少女は口を紡ぐ。

それにより訪れる静寂が、とても気まずい。

 

「アイス」

 

「ん?」

 

「アイス、食べたい」

 

……まさかの味を占められた事実。

 

「まぁ、いいが」

 

そして、それを断れない自分。

ヘタレ?違うね。女の子には優しくするのが男だからさ(キリッ

 

「じゃあ、とっとと行くわよ」

 

 

 

 

 

昨日の夜、《神器》の反応を確認した。

《聖母の微笑》をアーシア・アルジェントから取り出す儀式の準備がある中、多くの人員は割けないが、蔑ろにする訳にもいかず、私、ミッテルトが派遣された。

《神器》は多いに越したことはない。それに、中身は使ってみないことには分からない以上、その《神器》が《聖母の微笑》を超えるものでないという保証は出来ないのだから、この判断は適切といえるだろう。

 

《神器》の反応を辿っている内に、昨日見た風景だということに気付く。

そうして辿り着いた先にいたのは――昨日ぶつかった人間だった。

 

「あれ?アンタ――」

 

なんて都合の良い展開なんだ、と思った。

同時に、その喜ぶべき展開に微かな不快感を抱いている自分がいた。

 

「昨日ぶりだな」

 

「え、ええ。そうね」

 

こちらの思惑など知る由もなく、人間は昨日と変わらぬ調子で会話をする。

対する私は、昨日の通りに言葉を紡げない。

 

「……どうかしたのか?」

 

「え?」

 

「昨日に比べて元気がないぞ」

 

「そんなことはないわ。ええ、そんなことはないっすよ」

 

人間の言葉を強く否定すると、無意識に地の言葉遣いが出てしまう。

何故、こんな対応をしてしまうのだろうか。

人間の言葉なんて取るに足らないものでしかない筈なのに、何故こんなに気にする必要があるのだ。

 

「それで、何か用か?」

 

「用って、それは――」

 

なんて言えばいいのだろうか。

アンタの《神器》に用がある、とは言えない。

恐らくこの人間は私を堕天使だと認識していない。警戒心を欠片も感じないからだ。

だったら警戒させるような発言は駄目だ。

それに、人通りが少ないとはいえ、公共の道で行為に及ぶのはマズイ。

ただでさえ悪魔側には警戒されているというのに、下手な行動を取って事を荒立てたくはない。

やるならスマートに、だ。

 

「アイス」

 

「ん?」

 

「アイス、食べたい」

 

「まぁ、いいが」

 

「じゃあ、とっとと行くわよ」

 

自分でも、頭の悪い言葉選びだと思った。だけど、それしか彼を繋ぐものがなかったのだから、仕方ないじゃないか。

それに、二つ返事でOKするコイツもコイツだ。一体何を考えているんだか。

 

そうして何の変化もない、昨日の焼き回しのような流れでアイス屋へと向かう。

そんな変哲もない道程が、不思議とさっきまでの変な調子の私の心を落ち着かせていた。

 

「今日は何がいいんだ」

 

アイス屋に辿り着くか否や、人間はそう切り出す。

 

「えっと、今日は――イチゴだけでいいわ」

 

「いいのか?別に昨日のように三段重ねでも――」

 

「いいって言ってるじゃないっすか!しつこいっすね」

 

つい、声を荒げてしまったことに、内心反省する。

……何故、反省なんかしたのだろう。

人間なんて路頭の石ぐらいの存在に過ぎないのに、何故そんな相手に遠慮をしなければならないのか。

とはいえ、一度口にした言葉を引っ込めることは出来ない。

そうして差し出されたアイスは――イチゴだけではなく、バニラも乗った二段重ねのものだった。

 

「え?これ――」

 

「欲しかったんだろう?遠慮するな」

 

そう言って、人間はアイスをこちらに押しつける。

見透かされたようで本来なら腹が立つ場面だったのだが、私はお礼を言っていた。

 

「……ありがとう」

 

「別にいいさ。こっちが勝手にしたことだからな」

 

そう言いながら、今日は彼も自分用のアイスを買っていた。

チョコがひとつ、という控えめな様子を見ていると、ほんの僅かながらも罪悪感が沸く。

 

「今日ももう帰るのか?」

 

ふと、そんなことを訪ねてくる。

それは出来ない。私の目的はアイスではなく、この人間が持つ《神器》なのだから。

 

「今日は――折角だからベンチでアイスを食べようかと思ったんだけど、一緒にどう?」

 

「君さえ良いのなら、私は構わんが」

 

人間の意思を聞き、そのままベンチに座る。

ベンチには、一人分のスペースが真ん中に空く距離が出来る。

夕日の眩しさを噛み締めながら、アイスをちょびちょびと食べる。

遠くから聞こえる人間の子供の楽しそうな声に、鳥のさえずりが心地よい。

こんな穏やかな時間、堕天使になってからあっただろうか。

いや、天使だった頃からも、ここまで心休まる時間はなかった。

片や天使から追われ、レイナーレ姉さまを中心に組まれた神への復讐で。片や天使としての堅苦しい生き方のせいで。

 

ウチが堕天したのは、俗世の生き方に魅了されたからだ。

人間を見下してはいるが、その技術には関心があった。

天使として、神の教えがどうのって部分で生きにくさを経験してはいたけれど、それで神を恨んだりはしていない。

そりゃあ多少はイラッとした部分はあった。私は望んで天使になった訳でもないのに、どうして同じ種族ってだけで足並みを揃えなければいけないのか。

でも、復讐を考えるほどではない。

私は私なりに、自由を得るために行動したに過ぎない。そこに神への冒涜といった目的からの反抗心は一切無い。

しかし、天使側からすれば、そんなことはどうでもいいのだろう。

天使の汚点とも呼べる堕天使は無条件に許せないという考えも納得できるし、今更それに対して目くじらを立てたところで、私が生まれる前から存在する確執をどうこう出来るだなんて初めから思ってもいない。

最初はどうにかして追っ手を追い払えていたが、一人では限界がいずれ訪れるのは自明の理。

そこで、私はレイナーレ姉さまと会った。

姉さまに救われた私は、彼女の復讐の為に尽くすことを選んだ。

そうすることで、ウチは一人の時よりも自由でいられた。

逃げ続ける人生に比べて、テレビを見る時間も出来たしお菓子だって食べることが出来るようになったし、不満はなかった。

 

……でも、いつからだろう。そんな生き方に虚しさを感じるようになったのは。

レイナーレ姉さまはアザゼル様のことや復讐のことばかりで、本質的に私のことを見てはいない。

ドーナシークとはソリがあまり合わないし、フリード・セルゼンは頭おかしいし、唯一カワラーナだけがまともだとも言えた。

そんなアクの強いメンバーと行動を共にしていく内に、私は自分の望んでいた生き方を見失いかけていた。

自由を望んだから組織を離れたのに。束縛されることが嫌だから堕天したのに。しがらみが嫌だから孤独を望んだのに。

でも、独りでは何も出来ない。満足に生きることも、何かを楽しむことさえも。

……これでは、私が見下している弱い人間と同じじゃないか。

 

そうやって自分の存在に疑問を持つようになっていた時、コイツと出会った。

見下していた筈の人間の傍にいると、何故か落ち着く。

なら人間なら誰でも同じなのかと言えば、そうではない。

コイツはあまり言葉を話さない。必要なことだけを言い、それ以外は沈黙を貫く。

本来なら気まずい静寂の筈なのに、この静けさが私の心を癒している。

理解の及ばない感情だが、決して不快にはならない。

 

――そういえば、コイツの名前、聞いてなかったな。

二度目の出逢いなのに、お互いに名前すら知らない関係なんて、変な話だ。

 

「……どうした?いきなり笑って」

 

「え――?」

 

そっと自分の頬に触れる。

確かに私の表情は、弧を描いていた。

 

それ自体は何ら特別なことではない。

笑うなんてことはよくあるし、喜怒哀楽は激しい方だと自負している。

それでも――こうして誰かと接することで、心の底からおかしいと笑顔を浮かべることが出来たのは、果たしていつぶりのことだろうか。

そして、気付く。

ああ――私がここ数年さらけ出していた感情は、仮初めのものだったんだ、と。

その事実を知り、悲しむと同時に喜びを感じていた。

ずっと気付くことなく生涯を終えていたかもしれない、その事実を知ることが出来たことに。

そして――その事実を知る切っ掛けを与えてくれた、この人間に感謝をしていた。

 

「ねぇ、アンタの名前って――――」

 

「――何をしている、ミッテルト」

 

私の言葉を遮るように、馴染みのある老骨な声が響く。

 

「ドーナ、シーク……」

 

夕日を背にして、仲間であるドーナシークが立っていた。

 

「神器の摘出任務を放置するどころか、神器保有者と世間話とは、どこまで愚かなのだ貴様は」

 

「それ、は――」

 

「まぁいい。貴様が任務を遂行しないのであれば、私が手を下すまで」

 

宣言と共に光の槍を手にし、それを投げつけた。

私は――反射的に、人間を突き飛ばしていた。

耳元をかすめる光の槍。彼にはかすり傷ひとつない。

 

「……何のつもりだ」

 

「何のつもりも、馬鹿なんじゃないの?こんなもんぶん投げてさ、コイツが死んだら神器も手に入らないってのにさ」

 

「殺すつもりはない。せいぜい手足の一本や二本を破壊し、行動不能にさせるだけのつもりだったのだがな」

 

「人間に向ける攻撃じゃないことは確かよね」

 

「それぐらいの加減が出来なくてどうする」

 

意味のない会話を繰り広げている間に、人間が立ち上がる。

ドーナシークには聞こえない声で、彼に指示する。

 

「逃げて。アイツの狙いはアンタよ」

 

「待て、こちらは状況が掴めていな――」

 

「逃げろっつってんでしょ!何度も言わせんな!」

 

一瞬の間。

彼は頷き、その場を立ち去った。

ドーナシークが彼を追いかけようとするのを、間に入って阻止する。

 

「再度言うが――どういうつもりだ?」

 

「私はもっとスマートに事を片付けようとしたっていうのに、アンタのせいで計画丸つぶれよ。――ということで、憂さ晴らしに付き合って貰うわ」

 

「ふん、いいだろう。貴様の思惑は知らんが、レイナーレに突きだして真意を探らせてもらう」

 

再度光の槍を手に取るドーナシーク。

私もそれに応戦するように、両手に紅色の槍を手にする。

 

「(……ホント、何でこんなことしたのかしらね)」

 

彼を逃がした理由なんて、こっちが聞きたかった。

ただ、無意識にそうしていたのだ。

打算や計算さえも介入する余地のない、無意識による行動。

ドーナシークは、私よりも強い。

強いと言っても大きく実力の差がある訳ではないが、それでも勝率は高いとはいえないだろう。

恐らく、私は負ける。そして、レイナーレ姉さまに突き出される未来が見える。

それでも、私は彼を逃がしたことを後悔していなかった。

寧ろ、気分がスッとしている。

 

「(もう、なるようになれ、としか言えないっすよね)」

 

槍を強く握り締め、気持ちを落ち着かせる。

ドーナシークの投擲と私の突貫が重なり、それが戦いの合図となった。

 

 

 

 

 

正直、混乱しています。

あのゴスロリ少女の名前がミッテルトっていうのが分かったり、なんかドーナシークって老人が襲ってきたり、なんか二人は知り合いっぽいし、ミッテルトは僕が狙いだから逃げろとか言ってたし、何が起こっているのかさっぱりだよ。

応戦しようとも考えたんだけど、なんかペルソナでないんだよね。

しかも武器もなにもない、丸腰状態であんな光の槍を出す相手となんか戦える訳もないし、素直にミッテルトの指示に従うことにした。

必死の形相で逃がしてくれたミッテルトを見ていると、僕は邪魔にしかならなかっただろうしね。

 

そして、帰宅と同時に、またベルベットルームですよ。

相変わらずのイゴールと自分だけの寂しい空間で、イゴールはいつも通りの口調で語り出す。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。こうして再び相まみえたということは、どうやら貴方はペルソナ能力に覚醒したようですな。しかし、どうやら問題があったご様子」

 

それさえもお見通しだ、と言わんばかりに口元を吊り上げるイゴール。

 

「貴方が発現したペルソナ能力は、本来はその身の丈を超えた領分のものでしたが、何かの拍子で奥底から現れたのでしょう。故に、その調子でペルソナを発動させようとした結果、不発に終わってしまったということです」

 

要約すると、アヴァラータはキタローにとってのタナトスみたいなものだったのか。そりゃあ使えませんわな。

 

「ご理解いただけたご様子。ですので、それを自覚した上で、自分自身を振り返ってみるとよろしいでしょう。今度こそ、貴方は力を扱うことが出来るようになっている筈です」

 

これだけの為にここに連れてこられたのか?と思ったけど、どうやら話はまだ続きそうだ。

 

「さて、これから貴方は選択を迫られることになるでしょう。選ぶ運命ひとつで、貴方の未来は大きく変化すると言ってよい程の、大きな分岐点です。何を選択するかは、貴方の自由です。ですが、決して後悔なさらぬよう。これが、私の差し出がましい助言であります」

 

イゴールはそれだけ言い終えると、再び家の前に戻された。

……取り敢えず、寝よう。

あ、ピンチの時に魔法陣使えって言われていたけど、忘れてた。

 

 

 

 

 

「……で、貴方は堕天使勢力とは一切関係がなく、あの堕天使とも偶然知り合っただけって意見は曲げるつもりはないのね?」

 

「無い」

 

僕は今、オカルト研究部の部室でリアスに絞られています。

理由は単純明快。どうやら僕とミッテルトが一緒だったことがリアスにはバレていたらしく、召還しなかったことについて怒っているのだ。

実際はぼっ立ちだけど、心の中では土下座を通り越して逆立ちしてます。

あと、ここで驚愕の事実。ミッテルトとドーナシーク、あの二人は堕天使らしい。

羽は?と思ったけど、悪魔であるリアスにも羽ははないし、隠せるものなんだろう。というかそうじゃなきゃ不便すぎる。

つまり、外見だけでは種族は判別しにくいということだ。勉強になるなぁ。

 

「……はぁ。それにしても、そのミッテルト?だったかしら。貴方を逃がしたんですってね」

 

「ああ」

 

「俄には信じられないけど……一部始終を使い魔で観察していた身としては、信じるしかないでしょうね」

 

「それで、ミッテルトはどうなったんだ?」

 

「もう一人の堕天使にやられて、連れて行かれたわ」

 

「……そうか」

 

なんていうか、申し訳ないことをしたと思う。

仲間だったんだろうけど、僕のせいで色々ややこしくなってしまったんだろう。

 

「貴方は知らないでしょうけれど、現在この街で堕天使は何かを為そうとしているわ。神器保有者から《神器》を奪おうとするのも、その一環。貴方は、ミッテルトに拐かされていたのよ」

 

「違う」

 

反射的に、そう返す。

 

「貴方がどう思おうと、堕天使がこの街で無法を敷いている事に変わりはない。だから、いずれ始末をつけるわ」

 

「堕天使全てを悪だと決めつけるのは早計だ」

 

「そういう半端な考えで時間を置いている内に、また誰か犠牲者が出るのよ。それをわかってるの?」

 

「わかっている。別に私だって堕天使がやってきたことを善だと評価するつもりはない。だが、ミッテルトだけは違う。二日ばかりの短い付き合いだが、彼女は本来そんなことをする奴ではない」

 

「それも、貴方の勝手な評価よね。そんなことで私の決定は揺るがないわ」

 

平行線で話が進む。

悪魔としてのリアス・グレモリーの立場は知っている。だから、その言い分も理解出来る。

だが、納得は出来ない。

僕は僕なりにミッテルトという少女と付き合い、そして彼女が悪い人間じゃないと判断した。

事実、彼女は堕天使側の目標とされている神器狩りを、僕に対して行わなかった。あまつさえ、僕を逃がしてさえくれたのだ。最早疑う余地はない。

それはつまり、その行為に嫌悪感を持っているからに他ならない。

だが、リアスからすれば、そんな事情はどうでもいいのだ。

分かり合う時間を掛ければ掛けるほど、この街で犠牲者が出る。管理者の立場として、それはあってはならない。

だから、絶対に頷けないのだ。

 

「……ならば、いい。私は好きにやらせてもらう」

 

こればかりは、仕方ない。

誰にだって事情はある。ゲームの中だからといって、適当を貫いていてはリーダーは勤まらない。

少しだけ、歯車が噛み合わなかったに過ぎない。だから、誰も悪くない。

 

「待ちなさい。どこに行こうっていうの?」

 

踵を返し、部室から出ようとする所をリアスに止められる。

 

「ミッテルトに会う。そして、本音を聞き出す」

 

「やめなさい。教会は堕天使の根城で、そんなところに単身入り込めば貴方は確実に――」

 

リアスの言葉を最後まで聞くことなく、僕は部室を出た。

そうしないと、罪悪感で決意が鈍りそうだったから。

そうして僕は、装備を整えるべく一度自宅へと足を向ける。

 

 

 

 

 

「どうして、わかってくれないの」

 

制止の言葉も聞かず、部室から出て行った有斗零に向けて、決して届かない嘆きを吐き出す。

私はただ、彼を危険に晒したくなかっただけなのに。

私が間違っている?いや、そんなことはない筈だ。

堕天使が残虐非道な行いをこの街で繰り広げてきた事実に偽りはなく、故に被害を抑える為にも殺さなければならない。

それが秩序を維持する為の理想型であり、悲しい定めだとも理解している。

 

……思えば、彼にばかりこちらの意思を突きつけていたが、こちらは依然として解決に到る行動を取っていないのに気付いた。

戦争とまではいかなくても、小競り合いから発展していく可能性を恐れ、後手に回る形でしか堕天使の行動を阻止出来なかった。

中途半端は、私の方だった。

そんな私の言葉が、彼に届く筈なんてなかったのだ。

それに比べて、彼は――

 

イッセーに対しても、そうだった。

アーシアは悪魔にとっての敵となる立場にいる。だから、彼女のことは諦めろと、そう命令した。

……二人は、同じだ。

種族とか、そういう垣根を越えて、誰かを救おうとしている。

理由こそ違えど、根幹を成す意思は同じ。

その思いを、私はこちらの都合だけで握りつぶそうとしていた。

それが如何に正しい選択だとしても、正しさは必ずしも救いとはならない。

ここでアーシアを見捨てれば、イッセーは一生そのことを後悔しながら生きていくことになる。

それは、有斗零とて同じ。

眷属を大事にするというグレモリー家が、その眷属の心を傷つけるような真似をして良いのか?

自己の意思を殺してででも、肉体的に生きてさえいれば良いなんて自分勝手な論を、相手に強要していい理由になるのか?

 

「そんなこと、あるわけないじゃない……!!」

 

机に置いた拳を強く握り締める。

腹は括った。やるべきことも、見えた。

そんな時、イッセーが部室に入ってくる。

 

「部長、俺――」

 

「イッセー、他のメンバーにも伝えて頂戴。今夜、貴方の大切なお友達を取り返すわ」

 

「部長、それって――!」

 

「早くしなさい!駆け足!」

 

「は、はい!」

 

イッセーは部室をUターンし、立ち去る。

もう、こんな私らしくない立ち振る舞いからはおさらばだ。

全力で、やってやろうじゃない。

 

 

 

 

 

「あぐっ……!!」

 

教会のとある部屋の中に、苦痛による呻き声が響き渡る。

それはドーナシークに敗北し、レイナーレのお仕置きを受けているミッテルトのものであった。

レイナーレは時には鞭で、時には光の槍でミッテルトの四肢を嬲る。

 

「神器保有者を庇った挙げ句、逃走を許すなんて、本当に役立たずね。いえ、それ以前の問題かしら」

 

「ぎっ――」

 

右足を強く踏みつけると、蛙が鳴いたような声でミッテルトは呻く。

既に何時間も、この拷問は続いていた。

 

「その神器保有者、男だったんですってね。まさか、色気づいたのかしら?」

 

「違――ま――」

 

「もう、声もまともに出せないの?この程度で、これだから下級の堕天使は……」

 

レイナーレはつまんなそうにミッテルトの腹部を蹴りつける。

噎せ返るミッテルトを一瞥し、ツインテールの片方を掴み身体を持ち上げる。

 

「違うというのなら、再度命令するわ。今度こそ、その《神器》を手に入れなさい。手段は問わないわ」

 

レイナーレの命令に、ミッテルトは反応しない。

意識がないのではなく、自らの意思で反抗を続けているからである。

 

「……自分の立場、理解していないのかしら?貴方を可愛がってきたのは、貴方が私に従順だったからに過ぎないのよ。それを理解した上で、身の振る舞い方を考えてみなさい。私が見捨てたら、貴方はどうなるかってことを含めてね」

 

それだけ言い残し、ミッテルトは一人部屋の隅に取り残される。

絶望感だけが、彼女の胸の内を占めていた。

どうしてこんなに、この世界は生き辛いのだろう。

弱者が見栄を張って、身の丈に合わない行動を取った罰だとでもいうのだろうか?

自分の選択は、間違いだったのか。

そんな疑問と感情が混ざり合って、彼女の心を穢していく。

そんな真っ黒な心の中に、僅かに残る光。

名も知らぬ、人間の男。ミッテルトがこうなった原因でもあり、こうしたいと思った理由でもある。

そんな彼を、彼女は殺す。そうしなければ、その末路を辿るのは、彼女だから。

《神器》を摘出すると、その人間は死ぬ。

それが絶対ではないにしても、彼女の能力ではそれも困難だし、何より時間がない。

だから、そういう安易な選択しか許されない。

 

「(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――――)」

 

弱者は強者に従うしかない。それは、世の摂理。悪魔でも、天使でも、堕天使でも――人間でも変わらない。

ミッテルトという強者が人間という弱者を殺し、生きる為の地盤を固める礎となる。

 

自分の都合で生かし、自分の都合で殺すことを、許してください。

そんな運命に抗えない弱い自分を、どうか許してください。

虚ろな意識の中、ただひたすらに彼への謝罪を心の中で唱え続けることしか出来なかった。

 




ミッテルトがオリキャラ化しつつあるけど、そもそも性格改変と言えるほど出番が無いって言うね。
だから気にしない方がいいと思うんだ。

Q:なんでミッテルト一人称「私」なの?
A:外面って奴ですよ。だからたまに素が出てる。

Q:主人公弱いですね
A:ペルソナが強いだけですから。

Q:主人公のペルソナどうなるの?
A:ペルソナ4のアニメみたいな感じになりそう(ペルソナ召喚のイメージがね)。とはいえ、各タロットに該当するペルソナがずっと同じなのもつまらないから、逐次強化はしていくと思うけど。
あと、このままだとテンプレの開幕は魔術師コミュ解放より先に別のコミュが出来そうなんだが、どう思う?


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第四話

投稿ペースが速いのは、モチベが素晴らしいことになってるから。しばらくは続くと思う。


満月が世界を彩る闇の中、ウチはあの人間の《神器》を奪うため、闇夜を翔る。

あの《神器》の反応は覚えた。決して迷うことはない。迷っては、いけない。

躊躇うな。心を殺せ。罪悪感を捨てろ。さもなくば――

 

《神器》の反応が、一瞬で強くなる。

何故、と思った。そして、すぐにその理由に気付く。

下を向くと、そこには刀を手にしたあの人間がいた。

 

「こんばんわ、人間。そんな物騒なものを持って、どうしたッスか?」

 

極めて冷静に、普段の自分を演じる。

どこかおどけた感じの、本当のウチを。

 

「それはお互い様だと思うがな」

 

「それもそうッスね。実はアンタにお願いがあったんすよ」

 

「何だ?アイスでもまた欲しいのか?」

 

「いいや、アイスはもういいッス。ウチの望みはひとつ。――ウチの為に、死んで」

 

小規模な結界を展開。そして瞬時に紅の槍を創造し、間髪入れずに人間に投擲する。

着弾。コンクリートがえぐれた反動で、砂埃が舞う。

その砂埃を振り払うように、電撃がウチへ向けて放たれる。

予想外の反撃に、回避が遅れる。

それでも避けるのは容易い速度ではあったが、先程のお仕置きによるダメージがまだ色濃く残っている影響もあり、肉体がまともに動いてくれない。

 

「ああああああっ!!」

 

雷に包まれ、身体が痙攣していく。

それほどのダメージには到らなかったが、お仕置きのダメージも相まって身体はまともに動きそうにない。

砂埃の先にいた人間は傷ひとつなく立っていたのを確認する。

ハンデがあるとはいえ、人間に一撃も与えられず反撃を与えられた事実に歯噛みする。

 

「穏やかじゃないな。それは、上からの命令か?」

 

「――っ、そんなことより、さっきの電撃は《神器》の力ッスか?」

 

核心を突いた言葉を前に、無理矢理話題を変える。

 

「そうだとしたら、何だ」

 

「たかだか電撃を出せる程度で、勝算があるなんて思わないことッスよ!」

 

再度、槍を投擲しようとする。

刹那、人間の手に顕現する淡い光を放ったカード。

それを握りつぶした瞬間――白の鎧を纏った馬のような足を持つ騎士が人間を護るように現れた。

 

「ウルスラグナ!」

 

その叫びに呼応するように、騎士はこちらに向けて手をかざし、その手から電撃を放つ。

直線上の攻撃なので、理解すれば回避するのはさほど苦労はしなかった。

それにしても、あの《神器》は召喚に長けたものなのだろうか。

召喚が出来る《神器》なんて初めて聞くし、何よりあのウルスラグナとかいう騎士は何なのか。

悪魔寄りの外見をしてはいるが、その醸し出す雰囲気はどちらかといえば天使寄りと言えなくもない。

そんな歪な存在が実在するのであれば、噂にならない方がおかしい。

なら、あれは幻覚?

それを確かめる為にも、槍を再度生み出し騎士へと攻撃する。

すると、腰に携えた剣を抜き、こちらへと一閃する。

それは鎌鼬のように剣先からほとばしり、ウチを切り裂いた。

衝撃をモロに受けたことで、後方へと大きく吹き飛び、そのまま地面に墜落する。

まともに身体が動かない状況で、人間は騎士を傍に置き、歩み寄ってくる。

 

「それ、何なんすか……二対一とか反則じゃないッスか」

 

「こっちは人間なんだ、多少は勘弁してもらいたいな」

 

「はは――言うじゃないッスか。でも、こっちだって……負けられない理由があるんッスよ!」

 

不意打ちの如く飛び起き、その槍で人間を貫かんと肉薄する。

しかしそれすらも予測していたかのように、身体を軽く傾けられる形で回避される。

そして、その反動でそのまま前へ進んでいく筈の身体は、腰に乗せるように置かれた人間の腕によって阻まれる。

更にそのまま人間の胸の中に引き寄せられる。

 

「は、離せ!」

 

必死の抗議も届く様子はない。

というか、何だこの力は。

堕天使と人間の筋力差は歴然の筈だ。にも関わらず、振りほどけすらしないなんて。

 

「――もう、やめにしないか」

 

ふと、そんな優しい音色が耳朶を打つ。

 

「その様子では、無理矢理戦わされているのは聞くまでもない。君が堕天使で、堕天使が《神器》を狙っていることも知っている。だが、君は私と敵対するどころか、助けてさえくれた。最早、疑う余地もない」

 

暖かな熱が身体中に拡がっていく。

それがウチを抱いている人間の体温だということは、嫌でも理解出来る。

その暖かさが、とても心地よい。それこそ、そのまま身を委ねてしまいたくなるほどに。

でも、それは許されない。

 

「君の優しさは、決して悪意の為に利用されるべきものではない。だから――」

 

「――ッ、ざけんな!」

 

がむしゃらに身体を動かし、拘束から脱出する。

その勢いで空に飛び立ち、叫ぶ。

苦悩も、苛立ちの理由の何もかもを秘めた本音を。

 

「それが出来れば苦労しない!だけど、そうしなきゃウチの居場所がなくなるから、やりたくなくてもやらなきゃいけないの!堕天使の中でも底辺のウチは、レイナーレ姉さまの保護下でしか生きられないって、分かってるから!だから、お願いだから、死んでよぉ!!」

 

まるで子供が飛ばす癇癪のように感情だけを言葉に乗せ、ウチが持つありったけの魔力で槍を創造。

空中に固定した無数の紅の光が、心を乱す元凶を穿たんと一斉に放たれる。

地面、壁と問わず出鱈目にそこにある全てを破壊していく。

狙いは定まらずとも、その圧倒的なまでの物量が逃げ場を塞ぎ、蹂躙していく。

先程とは比較にならない程巻き上がる砂埃。

徐々に晴れていく視界。その先には――身体中に抉られた痕を残し、地面に伏す人間の姿があった。

 

「あ、あ――――」

 

終わった。何もかも。

彼から大量に流れていく血。急所にこそ当たっていないが、その事実が逆に苦しませる結果を生んだ。

一気に訪れる喪失感。止めどなく溢れる後悔。

身体からも気力が抜けていくのが分かる。

飛ぶ力さえなくなったウチは、原型の留めていない地上に降り、覚束ない足取りで人間に近づいていく。

結局、名前を知ることなく終わってしまった。

たった二日。それも合わせて半日も満たない時間で触れ合った関係でしかない。

それでも、ウチにとって彼は日だまりだった。

薄暗い世界で後ろめたさを抱えながら生きていた日陰者にとっての、太陽だった。

それが例え気の迷いが生んだちゃちな感情だったとしても、ウチは確かに彼に惹かれていたことに変わりはない。

彼を殺したという後悔を一生胸に秘めて生きていく中で、そんな手遅れな後悔さえも抱えて生きていく。

……そう、それがいい。それが私利私欲の為に殺してしまった、彼への唯一の罪滅ぼしになる。

 

まだ死んではいないだろうけど、それも時間の問題。

だから《神器》を早々に抜き取らなければいけない。

即興による作業になるから、成功率は低い。

それでも成功させなければ、彼の死が完全に無駄だったと証明することになってしまう。

 

「う、そ――――」

 

そうして作業に取りかかろうと決意した時。

手に持つ刀を杖に、既に膝をつく体勢まで身体を起き上がらせている人間の姿を目撃してしまう。

何故動ける?辛いだけなのに何故起き上がろうとする?

生きてくれていて良かった。何故死んでくれなかったの?

二律背反の感情が入り交じり、思考が混乱に陥っている間に、彼はふらつきながらも遂に両の足で立ち上がってみせた。

 

「……これだけの力を持っておきながら、自分が弱いだと?笑わせるな」

 

「――――ッ、そりゃ当然ッスよ。そもそも人間が堕天使の攻撃を喰らって立ち上がることが出来るって方がおかしいんす」

 

あくまで表面上は冷静に返す。

取り乱してはいけない。一度破堤してしまえば、感情が水のように溢れ出て止められなくなる。

折角一度は収まりがついたのに、今度刺激を与えられたら、今度こそ――

 

「それだけの力があるなら、君を縛る鳥かごなんか取っ払って、どこまでも空高く羽ばたいていける。何故それを自覚できない」

 

「アンタは何も知らないからそんなことが言えるんッス。世界には、私なんか歯牙にも掛けない強さを持つ存在が悪魔・天使・堕天使問わずわらわらいる。もしここでレイナーレ姉さまを裏切れば、《天界》だけでなく《神の子を見張る者》からも追われる身になる。そうなったらもうお終い。だから、そんな不確定要素になんか縋れない!」

 

人間の甘言を振り切ろうと、今自身が置かれている立場を改めて口にし、現実を突きつける。

自分は、何一つ間違ったことを言っていない。

集団に身を寄せないと生きていけないから、そうするしかない。

人間だって、同じ。今ある環境を捨て、ゼロから何かを為そうとしたところで、最後は捨てた環境が恋しくなる。

生活が、安全が保証されている世界が如何に恵まれているかを噛み締め、戻れない過去という高すぎる代償を払い教訓を得る。

中にはそれでも成功する者もいるだろう。しかし、それはそうあるべくしてなっただけであって、その現実を誰もがものに出来る訳ではない。

ウチは、そうじゃない、筈だ。

 

「人生なんて不確定要素しかない。未来が不確定だから、人は努力をするんだ。目先がどれだけ暗闇で包まれていようとも、一歩踏み出せば世界は鮮明になる。恐怖を我が物とし、未来を掴み取る意思さえ持てば、絶対に幸せな未来が勝ち取れる。だから、恐れるな、ミッテルト!」

 

人間は手を差し出し、ウチの名を叫ぶ。

視線が交差し、そのままその揺るがない瞳に呑まれていく。

どんなにボロボロになっても、どんなに傷つけられても、彼の意思は輝きを保ち続けている。

どうして、そこまでしてくれるの?

明確な拒絶の意思を示しているのに、どうしてアンタは……。

 

わからない。どうすればいいのか、もうわからない。

ナニモ、ナニモナニモナニモナニモ――――

 

「うああああああああああああ!!」

 

頭を抱え、誘惑を振り切らんとするように身体を暴れさせる。

最早、自分が何をしようとしているかさえ、頭の中から抜け落ちていた。

あるのは、自分を破壊しようとする何かへの反逆の精神のみ。

 

「ウチを――これ以上、まやかすなああああああぁぁっ!!」

 

持てるありったけの力を、一本の槍に込める。

それによって創造された槍の大きさは従来の倍以上は誇り、大木で出来た杭を連想させる。

そしてそれを、人間へと投げつけた。

 

「ウルスラグナァァァ!!」

 

騎士が再び眼前に現れ、先程より強力な電撃を放つ。

二つの光がぶつかり合い、エネルギーは飽和し拮抗する。

衝撃が突風を呼び、悪意すべてを吹き飛ばさんと奔流する。

拮抗した状況は、数秒の間を持って終わりを告げる。

軍配が上がったのは――人間の方だった。

紅の槍はその形を崩壊させ、紅き粒子を霧散させる。

それを吹き飛ばすように電撃がこちらへと襲いかかり、遂に直撃した。

 

「うあああああああ!!」

 

叫びと共に、身体が崩れ落ちていく。

魔力も体力も当に限界は超えている。

そんな自分を動かしていたのは、

 

「(……何だったんだろう)」

 

最早、それさえ考える力も沸かない。

自分が本当は何をしたかったのか。何のために生きているのか。

走馬燈さえも過ぎることのない、虚しい最期。

 

「(けど、これでもう――)」

 

それでも、あの人間をもう傷つけなくてもいい。そんな悲しい定めから解放されたことだけは、素直に喜びを感じていた。

崩れ行く意識が最後に感じたものは、自分を打倒したあの人間が持つ暖かさだった。

 

 

 

 

 

堕天使側に属する、アーシア・アルジェントというイッセーくんの友達を助けるべく、私達オカルト研究部は行動していた。

イッセーくん、木場くん、小猫ちゃんのチームでレイナーレ討伐およびアーシアの奪還を。

リアスと私はそれ以外を相手にするべく、外で戦闘を行っていた。

戦闘と言っても、それは一方的な蹂躙でしかなく、リアスの《滅びの力》の前では相手にさえならなかった。

 

「……ミッテルトは、いないようね」

 

リアスが呟く。

そう。それは私も気に掛けていたことだった。

 

「やはり、今彼女は、零くんの所にいるのでしょうか?」

 

「その可能性は高いわね。――悪いけど、朱乃。頼まれてくれるかしら?」

 

「ええ。最初からそのつもりでしたわ」

 

そうして私達は、逆方向の道へと飛び出す。

リアスはイッセーくん達のところへ。私は、ミッテルトおよび零くんを探しに。

 

結界の外に出た瞬間、零くんの持つ《神器》の強力な反応を捉える。

初めて垣間見た力に比べれば圧倒的に劣るが、それでも並の《神器》の比ではない力を解放していた。

その反応を頼りに全速力で飛ぶ。

そうして、小規模な結界が展開されている箇所を発見する。

地上に降り、それをくぐり抜けた瞬間、零くんの叫びが聞こえた。

 

「人生なんて不確定要素しかない。未来が不確定だから、人は努力をするんだ。目先がどれだけ暗闇で包まれていようとも、一歩踏み出せば世界は鮮明になる。恐怖を我が物とし、未来を掴み取る意思さえ持てば、絶対に幸せな未来が勝ち取れる。だから、恐れるな、ミッテルト!」

 

身体は瀕死の重傷を負っているにも関わらず、彼の意思は欠片も揺らいだ様子を見せない。

不謹慎だが――私はそんな彼の姿に、見惚れてしまっていた。

同時に、そこまで強く思われているあのミッテルトという堕天使に、淡い嫉妬心を抱きさえもした。

 

リアスから事の顛末は聞いていた。

ミッテルトという堕天使を、彼は救いたがっていたこと。その為、無謀とも言える単身での行動を取ったこと。

作戦決行前に聞かされたことであり、本来ならすぐにでも飛んでいきたかった。しかし、《女王》として、そんなことは許されないことは誰よりも理解していた。

もどかしかった。今以上に、自分の立場が鬱陶しく感じたことさえなかった程に。

 

そうして、決着はつく。

彼の《神器》で呼び出したと思われる白騎士が放った電撃が、圧倒的質量を誇る真紅の槍を破壊し、そのままミッテルトを貫いた。

崩れ落ちるミッテルトを、彼は片腕で支える。彼の表情は、安堵の笑みが浮かんでいた。

そしてまもなく、彼もその場で力尽きた。

結界が晴れ、壊れた世界が破壊の大元を残して修復されていく。

 

「……あらあら、これはどうしましょうか」

 

そこには、悪魔とはいえ女手ひとつで運ぶには困難な荷物が二つ。

柄にもなく困惑した私の問いかけは、虚しく夜の帳にかき消されていった。

 

 

 

 

 

これは、何度目の既視感だろうか。

いや、既視感っていうか昨日も経験したばかりだから、紛れもない現実なんだけどさ。

 

ミッテルトに組織でやりたくないことやらされてるなら、止めればいいんだよってことを説明し、説得する為の装備を調えようと、家捜しをしていたら模造刀とケブラーベストがあったので、装備して出陣した。

なんであるの?とかいうのはゲーム世界では無粋だ。ドラクエの勇者がツボ壊したり、他人の家のタンス覗いても犯罪にならないのかって疑問ぐらい無粋なことだ。

警官が武器横流ししてたり、謎素材から武器作れる現代人のおっさんがいたりする世界もあるんだ、多少のご都合主義はあって然るべきものだと考えている。

それはともかく、自分を改めて見つめ直したらアヴァターラじゃなくてウルスラグナってペルソナを持ってたことに気付く。

ステータスも電撃が使える物理型で、わりかし使いやすい印象を受けた。

そんで準備万端となった頃には夜になっていた。

夜とはいえ銃刀法違反(あるのか?)でお縄にされる可能性もあるけど、こっそり持っていけばバレれないだろうと抜き身で持ってたんだけど、まぁそれはいい。

 

それでまさかの路上でミッテルトに会ったんだけど、まぁ案の定戦闘になった訳ですよ。

予想はしてたよ?チームの輪を乱す行動を取った償いとして、自らが拒否した任務を持って清算させる、という行為は躾という意味合いでも強力な意味を持つ。

やりたくなくても、結局やらされるなら一緒。そう思わせることで職務に忠実にさせる。理に適ったものだ。

だけど、そんな環境が嫌だから反抗しているのであって、心から従順ならばそもそもそんな事態は起こりえない。

なんやかんやで今この場にいるわけだけど、ぶっちゃけ沢山の槍でぶっさされた辺りからどうなったのか覚えていない。

意識が朦朧としてた中、何か喋ってた気がするし、身体を動かした気もする。

けど、その過程はぼやけて思い出せない。

そもそも勝ったのか負けたのか。説得できたのか否なのか。それさえも分からないのは問題ではないだろうか。

とはいえ、あんな激戦の後のせいか、身体がだるい。気分的にね。

ベッドから起き上がろうとするも、適当に寝返りをうつ形になる。

それ自体は特別なことではないし、そういうこともあるって結論付けるだけで終わっただろう。

 

寝返りにより視線を向けた先に、同じベッドで裸で静かに寝息を立てているミッテルトがいなければ、だが。

 

「……なんだ、夢か」

 

思考をシャットアウトし、身体を反転させ視界を切り替える。

 

「……んぅ、駄目ですよ、こんな場所で……」

 

切り替わった世界には、再び全裸の女性――もういいや、姫島朱乃が寝言を呟く姿が鮮明に映し出されていた。

そして、自分は昨日と同じく上半裸。

 

シーツを動かさないようにベッドから脱出する。

適当な大きさの厚紙を探す。

軽く折り目をつけ、波のような形を作る。この時、しっかりと折るのはNG。

四つ折りほどにしたら、縦長となった厚紙の根本を持つ。

それを、姫島の頭に振りかざす。

ズパン!と良い音が響いたら成功です。

 

「……ん、んぅ?あら、おはようございま――」

 

取り敢えずもう一発叩きこんでおく。

あう、と軽く頭を揺らしながら姫島は身体を起き上がらせる。

 

「まさかハリセンで叩かれて起こされるだなんて思いませんでしたわ」

 

「私としては、昨日の今日で全く同じ景色を寝起きに見ることになるとは思わなかったがな」

 

しかもそこにミッテルトまで加わってるし。何?貴方の差し金?

 

「昨日のことは覚えていらして?」

 

「いや、あまり」

 

「そうですか……。貴方とミッテルトは相打ちという形に終わり、両者とも倒れたところに私が合流。事情があまり把握できていないということで、取り敢えず貴方の家に連れてきた次第ですわ」

 

「そうか……。それで、私の怪我はどうしたのだ?」

 

「こちらで治療させていただきました。とはいえ、私の力だけでは限界があったので、新しくリアスの眷属になったアーシアさんに助けてもらいました」

 

そのアーシアさんとやらは、回復系の能力を持っているのだろう。

端から見ても結構重傷だったからなぁ。それが治るって言ったら相当の熟練者なのだろう。

 

「それはいいとして、だ。取り敢えず服を着てくれ。あと、可能ならミッテルトのも着せてやってくれ」

 

「わかりましたわ。ハリセンでこれ以上叩かれたくありませんし」

 

姫島の奇行から何とか逃げおおせた僕は、部屋の外で着替えを待つ。

……何で我が家なのに、こんな間男みたいな行動を取らなければならんのか。

 

「あっ、悪魔!ウチに何する気ッスか!離れろ!」

 

「いけませんわ。そのように一糸纏わぬ姿で暴れては」

 

「え?……いやあああああ!何でウチ裸なのーーー!!」

 

……なんか、五月蠅い。

シチュエーションとしては、姫島が服を着せようと行動しようとした所に、ミッテルトが覚醒したって感じだろう。

本来ならここで、「何事だ!」と部屋に突入するのがお約束なんだろうけど、そんなラッキースケベは求めていないので。

僕の場合、そういったのに興奮するより先に胃が痛くなるんだよ……申し訳なさとかでさ。

だから、外からこの状況を鎮圧する絶対の合い言葉を紡ぐ。

 

「二人とも、落ち着け」

 

「――その声、アンタ、」

 

「ミッテルト、君が現状に混乱を来しているのは分かる。だが、事情を説明するにしても私がそちらに向かうに相応しい状況を用意してくれないことには始まらん」

 

それっきりミッテルトは黙り込む。納得してくれたのだろう。

少し経ち、姫島の了解の下再び部屋に入り込む。

姫島はいつもの学生服。ミッテルトは黒のゴスロリ服とは対極の白のワンピースを身に纏っていた。

見慣れない感じはあるが、似合ってないなんてことはなく、これはこれで新鮮みがあって良い。

 

「あ、あの……」

 

「ふむ、取り敢えず何から説明したものか。取り敢えず、私達がこうして五体満足でいられるのも、朱乃とアーシアという者の助力があってこそだとは言っておこう」

 

「アーシア――そうッスよ!アーシアが《神器》を使えているってことは、つまり」

 

「レイナーレは、リアスによって滅ぼされましたわ。それ以外の、貴方のお仲間も含めて」

 

「……そう。やっぱり」

 

いや、その話自体初耳なんですけど。レイナーレって誰?

だけど、姉さまと呼んでいた辺り、親しい間柄だったのかもしれない。リアル姉という可能性も微レ存。

んで、僕の知らないところでレイナーレとリアスが戦い、結果リアスが勝利したと。

悪魔と堕天使の抗争は、取り敢えず幕を下ろしたってことでいいのかな?

 

「それで、貴方はどうします?レイナーレの後を追うか、それ以外の選択肢を望むか。零くんも、それを知りたいのではないのですか?」

 

「――ああ、そうだな」

 

そもそもこんな状況になったのも、ミッテルトが堕天使側のやり方に不満を抱いている節があったからである。

昨日の戦闘中だって、彼女が今の組織から抜け出したいけど、抜け出したら酷い目に遭うって感じの事を言っていたし、少なくとも自分の勘違いだってことは無いはず。

 

「その前に、さ。アンタの名前、教えてよ。アンタばかり私の名前馴れ馴れしく呼んで、不公平よ」

 

そういえば、互いに自己紹介すらしていなかったね。

間接的に名前を知ったに過ぎないのに、結構普通に呼び捨てしてたのは流石に失礼だったよね。

 

「そうだったな。私は有斗零だ」

 

「レイ、ね。改めて、ウチはミッテルト。堕天使で、元《神の子を見張る者》に所属していた、今はただのはぐれ堕天使って所ッスか」

 

「元、ということは貴方つまり――」

 

「――もう、《神の子を見張る者》にはいられないッスよ。そもそも今回の件はレイナーレ姉さまの独断で行われたこと。こうして生きていても、戻れば堕天使の悪評を拡げる片棒を担いだウチの末路なんて、決まり切ってるッス」

 

「なら、どうするのですか?貴方も、リアスの眷属に――」

 

「それは死んでもお断りするッス。確かにウチは《神の子を見張る者》から離れると宣言したけど、だからって悪魔の眷属になる気なんて更々ないっすよ」

 

悪魔と堕天使。種族の違いで仲が悪いのは知ってたけど、組織ではなく個人としても苦手意識があるって、それって一種の洗脳だよね。怖いわぁ。

 

「しかし、それならどうするつもりだ?追われる身が嫌だったから組織を抜けるのを否定していたのに、どこの傘下にも入らないのであれば問題解決とは言えんぞ」

 

「あら、そんなの最初から決まってるッスよ」

 

ミッテルトは笑顔を浮かべながら、僕の腕に抱きついてくる。

女の子特有の甘い匂いが鼻孔を擽る。

 

「ウチ、これからレイの眷属として生きていくから」

 

「……は?」

 

それはおかしい。色々と突っ込みどころしかない。

あと、何か姫島の笑顔が怖い。

やめてよね。そんな笑顔向けられたら、僕が姫島に意見出来るわけないだろ?

 

「そもそも私は人間であり、君のことを眷属とするための能力は一切持ち合わせていない。加えて、ただの人間が君の隠れ蓑として機能する筈がなかろう?」

 

「ふ~ん。じゃあ、見捨てるんだ。ウチのこと一方的に助けようとお節介焼いて、やること終わったら捨てるんッスか」

 

こっちは必死に事情を説明しているのに、ミッテルトはどこ吹く風で、むしろこの状況を愉しんでいる節さえある。

あと、そろそろ姫島のことをさん付けしてしまいそうなプレッシャーが放たれているので、勘弁して欲しい。

 

「誤解を招く言い回しは止めろ。……重ねて言うが、私に抑止力としての力は無い。それでも、私と共に居ようとするのか?」

 

「愚問ッスよ。ウチの人生ぶち壊した責任、取ってもらうッスから」

 

……これは、テコでも動きそうにないな。

まぁ、いいか。どうせゲームの中の出来事だ。色々と不都合なことは起こるかもしれないが、そこまで深刻に考える必要はない筈。

僕がギルドマスターで、ミッテルトがメンバーって感覚で考えれば、別段おかしな関係でもないし。

 

「――まぁ、君がそれでいいと言うのであれば、これ以上言及はせんが……姫島、というか悪魔側としてはミッテルトの処遇についてはどう考えているのだ?」

 

「部長はミッテルトの件は貴方に一存すると仰ってましたわ。自分でやり遂げたことには、最後まで責任を持て、とも」

 

リアス、丸投げとか独断行動したこと確実に根に持ってるよね。

 

「ということらしいッスから、今後ともよろしくッス」

 

「ああ、よろしく」

 

挨拶を交わした瞬間、僕の頭の中に声が響く。

 

 

我は汝……汝は我……

汝、新たなる絆を見出したり……

 

汝、《運命》のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

まさかのコミュ解放、だと……?

予想外の展開であり、予定調和な展開とも言える。

しかし、コミュがあるのが分かったのはいいけど、誰がコミュに該当するのか分かんないのは辛い。

……もしかして、リアス眷属とは全員コミュあったりするのかな?

ということは、コミュ解放およびレベルアップの為には、積極的にリアス達に関わっていかなくちゃいけないってことなのかな。

これは、身の振り方を今一度考えるべきかもしれないね。

 

そんなこんなで、ミッテルトが仲魔――じゃない、仲間になった訳だ。

仲間と言うにはちょっと違うかもしれないけど、気分の問題だ。

ともあれ、僕がこの世界で関わった騒動は、ひとまずこれでお終いってことだ。

取り敢えずは、ミッテルトがしがらみから解放されたことを喜ぼう。

 




ウルスラグナ

アルカナ:愚者

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
        無 無弱

スキル:ジオ、ジオンガ、疾風斬、タルカジャ

白い騎士甲冑を纏ったケンタウロスのような外見をしており、腰にはロングソードを携えている。
この外見はオリジナルで、過去にも同一の名前のアクマが存在していたが、その時の外見は人の形はしているが、目はついておらず両手足は蹄のようなものがついた、似ても似つかないものとなっている。
その際のアルカナは正義だが、このウルスラグナは何故か愚者となっている。


ミッテルト

アルカナ:運命
天使として生きていた彼女は、俗世の娯楽に憧れ墜天する。ひとつの転機。
堕天使としての生き方と自らの欲望を照らし合わせ、その相違に気付く。更なる転機。
堕天使としての生き方を捨て、個人として自らを導いてくれた者の為に生きる決意をする。最後の転機。
幾つもの人生の転換期を経て、少女は初めて自らの意思で居場所を掴む。
運命に翻弄され続けた少女は、真の運命へと巡り逢う。




というわけで、メインストーリーかなぐり捨てて、勝手にレイナーレ編は完結。主人公側からすればミッテルト編だけど。
運命のアルカナを手に入れたことで、新たにペルソナが増えました。それが何かはまだ明かせませんが、コミュアルカナはオリジナルにするつもりはありません。

次からはフェニックス編だけど……ぶっちゃけ、参加させないかもしれない。他の人間のオリ主ならともかく、今の彼はレーティングゲームに参加させることが認められるほど強い訳ではないので。
その代わり、オカ研メンバーとの親交を深める場として扱いそう。ライザーカワイソス。

余談だけど、ミッテルトが主人公の拘束から抜けられなかったのは、さりげなく煙が舞っているときにタルカジャを使っていたからだったり。どうでもいいね。


Q:模造刀なんのためにあったの?
A:転ばぬ先の杖。


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第五話

ちょっとしたコミュ回。ライザー編は次回から。


ミッテルトが僕の眷属?になるってことになったんだけど、取り敢えずその旨をリアスに説明した。

姫島の言い分では勝手にしろって感じだったけど、経過を報告しないと後で面倒なことになりかねん。

取り敢えず、ミッテルトがまた変なことをしない限りは容認するという契約が成立した。そんなことしないと思うんだけど、疑り深いなぁ。

因みにその間、ミッテルトはアーシアさんと大事な話があるってことで別行動を取っていた。

アーシアさんも元堕天使側だったらしく、同じ組織から抜けた者同士何か大事な話があるのかもしれない。

アーシアさんも、第一印象を見た限りでは凄く優しそうだったし、ミッテルトと同じ境遇だった可能性も充分に有り得る。

 

そんな感じでその辺りの手続きは無事終わったんだけど、ミッテルトは僕の家に住むことになった。

まぁ、拠点がないんじゃ仕方ないよね。

僕に割り当てられた家は、実はかなり大きかったりする。

事実上、二世帯住宅を一人で利用している様なものだったりする。

だから部屋数もそれなりにあるし、利便性に優れていると言えなくはないんだけど、一人だったらその機能を最大限に利用できる訳もなく、今までは開かずの間になっていた部屋も多数あった。

その内のひとつに、ミッテルトが割り当てられる。

いたく気に入ってくれたらしく、こちらとしてもご満悦である。部屋のレイアウトはあまり僕のと変わらないんだけど、その辺りは彼女の魔改造に任せようと思う。

 

そうして僕達は、あの刺激的な日々から一時遠ざかることになる。

日常と非日常を切り離した世界観である以上、こういった緩急がつくのは仕方のないことだ。

一応、人間という立場にある以上、毎度毎度刺激ある展開に出くわすなんて事もないだろうし。

というわけで、コミュを手に入れよう(提案)。

誰がどれに該当しているなんてのは、決められた流れに沿う典型的RPGとは異なりまったく予測できないもんだから、取り敢えずまずは知り合いに接触することから始めようと思う。

とはいえ、僕には歴代主人公のような甲斐性はないからなぁ。難航しそうだ。

 

 

 

 

 

兵藤一誠にとって、有斗零は尊敬に値する人物であり、同じ視点で世界を見ている友人とも呼べる人物でもあった。

 

アーシア・アルジェントという堕天使側に属する、元天使側の少女がいた。

その有り余る優しさ故に、悪魔にさえも平等な愛を分け隔てなく与えた結果、《聖女》と謳われた彼女は一転して《魔女》と呼ばれるようになり、教会を追放される。

居場所を失ったにも関わらず、組織がもたらす悪意を一身に受けたにも関わらず、少女の優しさは決して萎えることはなかった。

一誠はそうして、堕天使側に身を寄せる形となったアーシアと出逢いを果たす。

一誠はアーシアが持つ純粋なまでの優しさに惹かれ、彼女の境遇を嘆き、友達となることを宣言する。

しかし――彼女は堕天使側の悪意により、一度その尊い命の灯火を消してしまう。

その時の怒り、悲しみといった感情が渦巻き、一誠は《赤龍帝の籠手》という《神滅具》の力に覚醒。少女を殺めたレイナーレという堕天使を打倒した。

そして、アーシアはリアスの計らいにより、彼女の眷属として復活を果たす。

アーシアが救われた事実を前に、一誠は涙を流し喜んだ。

 

アーシアの救出を決行するに到った日の夜。一誠は、ミッテルトという堕天使を助けるべく、有斗零が単身敵陣へと乗り込もうとしていることを伝えられた。

はぐれ悪魔バイサーの討伐に出た際に、廃屋でボロボロな姿で横たわっていた、駒王学園の三年生であり、最近転校してきたとされる青年。

一誠にとっても挨拶をした程度の間柄であり、姫島朱乃が彼のことを気にしている様子があるという程度の認識しか持っていなかった。

そんな彼が、堕天使ミッテルトを助けようとしていると聞いた時、複雑な心境だった。

堕天使はアーシアを苦しめた奴らであり、その事実は解決に到った今も尚、彼の心に怒りの炎として燻り続けている。

だが、有斗零にとってミッテルトは助けるべき対象であり、救いたいと心から願う存在でもあった。

ミッテルトのやってきたことは許せそうにない。だけど、零の行動を咎める気にはなれなかった。

理由は単純明快。彼が為そうとしていたことは、自分が為そうとしていることと何ら違いはないからだ。

 

助けたいから、助ける。どこまでも直情的で、一本筋の通った意思。

種族だとか、敵だからとか、そんな道理では縛ることが出来ない、絶対の意思。

立場こそ、相手こそ違えど、その想いを否定する権利は、兵藤一誠にありはしなかった。

しかし、それで納得できるほど、彼の精神は成熟してはいない。

結局、どっちつかずなもやもやを抱えたまま、二人は邂逅を果たす。

 

「兵藤一誠、だったか?」

 

駒王学園の二年の廊下で、一誠は有斗零と遭遇する。

会釈をし、零へと近付き、挨拶を交わす。

 

「はい。オカルト研究部で会った以来ですね、先輩」

 

「そうだな。あの時はまともな会話も出来なかったし、実質これが初と言ってもいいかもしれないな」

 

有斗零は三年の時期に転校してきたということもあり、ある程度の噂になっていた人物だ。

誠実さと紳士的な立ち振る舞いを常としており、どこか達観してミステリアスな雰囲気を持つ存在として、同じオカルト研究部の木場祐斗ほどではないにしても、それなりの人気を誇っていた。

事実、この会話の最中でも近くにいる女子が二人の会話をしている光景をネタにオカシな会話をこそこそと繰り広げていたりするが、それは余談である。

そんな声が聞こえているのかいないのか、意に介した様子もなく零は会話を続ける。

 

「朱乃から聞いた。昨日は頑張ったようだな」

 

「あ――はい。それを言うなら、先輩こそ」

 

一誠もリアスから、昨日の零の事情は聞き及んでいる。

人間の身でありながら堕天使であるミッテルトに勝利し、束縛された心を解放したということを。

《神器》を持っていることは、バイサーの件で知っていた。オカルト研究部の全員が力の余波だけで動けなくなるほどの力を有していることも。

しかし、それは《禁手》と呼ばれる《神器》の性能を底上げした状態だった可能性があることをリアスが説明しており、その裏付けとして、朱乃が零の応援に駆けつけた際に観測した力は、あの時に比べれば圧倒的に弱いものだったという証言があった。

ミッテルトの強さは分からないが、レイナーレより強いということは有り得ないだろうと踏んでいた。

 

人間と堕天使。実際に経験したことがないから彼には何とも言えないが、肉体的なスペックだけで言えば圧倒的に差があるのは想像に難くなかった。

《神器》という力を有していても、それだけで堕天使と互角の戦いを演じられるか、といえば、可でもあり否でもある。

《神器》が如何に強力でも、担い手が人間という脆弱な存在であれば、場合によっては行使する暇すら与えず倒される可能性もある。

人間が《神器》を使えるのであれば、堕天使は光の力を扱えたり、空を飛べたりする。

一見《神器》を得たことで並び立ったように感じる力の差は、実質無いと言っても良いのだ。

《神滅具》クラスの《神器》ならば或いは可能かもしれないが、そこまで行くとミッテルト相手に互角は逆に有り得なくなる。

結局の所、事の顛末を頭から確認していないこともあり、有斗零の強さの秘密、《神器》の謎に関しては分からず仕舞いだったということである。

朱乃の話では、騎士のようなものを召還していたとあるが、それだけでは断定出来る要素は何一つ無い。

故に、ミッテルトに勝ったのは偶然かもしれないし、実力かもしれないといった憶測ばかりが飛び交うことになる。

 

ここまでの説明をしておいてアレだが、一誠にとってはそんなことは重要ではなかった。

訪ねたいことは、ひとつ。

 

「先輩、少しいいですか?」

 

そう言って、人気の少ない場所に零を招く。

零は無言で頷き、一誠の後に続く。

 

「先輩。どうしてミッテルトを助けようなんて考えたんですか?」

 

問いを投げかけた瞬間、圧力のようなものが零から溢れ出す。

曲がりなりにも悪魔となった一誠が、人間に気圧されている事実。

それはより一層、有斗零という存在の謎を深める要因となった。

 

「い、いえ。俺達が悪魔だからそういった訳じゃなくてですね。一歩間違えたら死んでしまうかもしれないのに、どうしてそこまでしてミッテルトを助けたいと思ったのかってことです」

 

誰だって、死は怖い。

一誠とて元人間であり、死を経験して転生悪魔となった身。死への恐怖は人一倍実感しており、だからこそその疑問を持つに到った。

堕天使のような、人間からすれば規格外の存在を助けるために、命を張ってまでそれを為そうとした理由が聞きたかった。

 

「――彼女が、悲しそうにしていたからだよ」

 

零が静かに語り出す。

 

「悲しそうに……?」

 

「堕天使として、いや、レイナーレの傘下で行っていたあらゆる行為に対し、彼女は嫌忌感を持っていた。そうでなければ、当時《神器》を狩ることを命令されていた彼女が、私に手を出さない理由はないだろう?」

 

「…………」

 

一誠の中では、未だに納得が出来ずにいた。

納得への妨げとなっているのは、堕天使がアーシアに行った非道による先入観。言わば感情論だ。

リアス・グレモリーの眷属として、友達であるアーシアを酷い目に遭わせた相手として。そういった負のしがらみさえなければ、この時点で納得は出来ていただろう。

それを理解しているからか、零は静かに目を伏せ、言葉を続ける。

 

「……君は、アーシア・アルジェントという少女を救うために堕天使と戦ったのだったよな」

 

「は、はい」

 

「ならば、問おう。仮に君が私と同じ状況に陥ったとして、アーシアを救うことを諦めたか?敵だから、人間だから、死ぬかもしれないから。そんな()()()()()()理由で二の足を踏み、彼女のことを諦めたのか?」

 

零の言葉に、一誠の中に電撃が走る。

最初は、死さえもどうでもいいと言う彼に対して、異常だと思いもした。

しかし、そうではなかった。

死をどうでもいいと言ったのは、死という概念を他愛ないものと一蹴出来るほど、ミッテルトを救いたいという気持ちが圧倒的に勝っていたからに他ならない。

死ぬこと以上に、怖いことがある。それが、彼にとってはミッテルトを失うことだったのだ。

 

なら、自分はどうだ?

零に言われたとおり、自身を彼の立場に置き換えてみる。

アーシアを救いたくても、人間だから、勝てないかもしれないから、死ぬかもしれないからという理由で諦める自分を想像出来るか?

――否、欠片もそのような情景は浮かびはしなかった。

浮かび上がるは、骨砕け肉裂かれようと、アーシアを救うために立ち上がる己の姿のみ。

 

一誠は、この時初めて納得し、理解した。

有斗零と兵藤一誠は、同じなのだと。

どちらも下らない道理を蹴っ飛ばし、自らの想いに忠実に従い結果を示した、言わば同じ穴の狢。

正しいとか、正しくないとか。死ぬとか、死なないとか。そんなもので、二人の歩みを止めることは出来ない。

自分を捨てて生きるぐらいなら、死んだ方がマシだとさえ思っている馬鹿野郎なのだ。

それを理解した瞬間、有斗零に対して異常なまでの親近感が芽生えた。

 

「――――ハハッ。そんなの、絶対無理ですよ」

 

「だろう?つまりは、そういうことだ」

 

零は、そう言って薄く笑う。

表情変化に乏しい人だという印象は変わらないが、それでもその心の内まで凝り固まってはおらず、むしろ熱く滾っていることは今なら理解できる。

 

「すいません、変なこと聞いて。俺、馬鹿だからそんな簡単なことにも気付けなくて……」

 

「君は馬鹿ではないさ。問われ、その事実に直ぐに気付くことが出来たのだからな」

 

そんな心温まる男の会話をしている内に、授業の時間が迫っていることに気付く。

 

「あっ、マズイ!先輩、これで失礼します!」

 

「ああ」

 

慌ただしく別れる形となったが、それでも彼の心は晴々としていた。

教室に戻った際、アーシアに嬉しそうな表情をしていたことを指摘される。

それは、同じ志を持つ者同士が出逢いを果たした、その名残だった。

この時、兵藤一誠と有斗零の間に、確かな絆が芽生えたことを改めて実感した。

 

 

 

 

 

アーシア・アルジェントにとって、有斗零は自身を救ってくれた敬愛する人と酷似する人物であり、後の友達を救ってくれた救世主でもあった。

 

死後、悪魔として転生を果たしたアーシアは、その現実に多大なる感謝を送った。

友達であり、自身の為に泣き、笑ってくれる愛する人とこれから共に過ごせるという事実に。

平等に愛を振りまく少女は、自らの命を奪ったレイナーレにも哀悼の意を示した。

同時に、昨夜の一件で生き残った堕天使がいることを、リアスから聞かされる。

名前は、ミッテルト。

アーシアにとって、特別接点のある相手ではなかったが、一番気に掛けていた人物でもあった。

そんなミッテルトに、アーシアは呼び出された。

普通ならば断るような状況だが、アーシアはそれを快く了承したどころか、誰をお供につけることなく、一対一での対談を良しとした。

 

「…………」

 

ミッテルトと人気のない場所で向かい合う。

ミッテルトは何か言いたそうにしているが、口に出せず表情を歪ませるばかり。

しかし、そんな彼女をアーシアは笑顔で待ち続ける。

まるで、我が子が初めて自らの足で立とうとする様を見守る母親のように。

 

「あ、あの、ウチ……」

 

「はい、何ですか?」

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

ミッテルトは謝罪の言葉と共に、頭を力強く振り下ろす。

 

「許して欲しいなんて言わない。でも、これだけは言いたかったの!」

 

その様子を見届けたアーシアは、たった一言、告げる。

 

「いいえ、許します」

 

「――――え?」

 

その言葉に、ミッテルトは呆然とした様子で顔を上げる。

 

「いえ、許すというのは違いますね。私は最初から貴方を恨んでいませんから」

 

「で、でも!ウチはアンタのことを――」

 

自分自身で納得が出来ないミッテルトは、アーシアの言葉を否定しようとするも、それさえも遮られる。

 

「私とミッテルトさんはきちんとした面識はありませんでしたけど、私は一方的に知ってます。アイスを美味しそうに食べている姿や、明るい笑顔。――有斗先輩と一緒に歩いていた時の、とても微笑ましい姿を」

 

「――――ッ!?」

 

まさか一方的にそんな様子を見られていたとは思わず、戸惑いを隠しきれない。

 

「どれを取っても、私は貴方が悪い人に見える要素とはなりえませんでした。特に、先輩と一緒に歩いていた光景は、堕天使とか人間とか、そういう垣根を越えた素晴らしい友愛を感じました」

 

「ちっ、違う!あの時のウチは確かにレイの《神器》を奪おうと――」

 

「でも、結局しませんでしたよね?」

 

これ以上とない現実を、ミッテルトに突きつける。

それを期に、許されたくない、許されるべきではないと心の何処かで抵抗し続けていたミッテルトの心は、次第に本来の暖かさを取り戻していく。

 

「誰にだってやりたくないこと、したくないことのひとつふたつはあります。ですが、それを拒否できない状況というのも、確かに存在します。生まれた環境、与する組織……理由はそれぞれですが、そういった事情が人を悪の道に染めてしまうことは決して少なくありません。貴方は本当は優しい愛溢れる方だと、私は知っています。ただ、間が悪かっただけなんです」

 

だから貴方は悪くありません、と瞳を介して如実に語りかけてくる。

その純粋すぎる在り方は、堕天使として生きてきたミッテルトには眩しすぎた。

視線を逸らすミッテルトに、アーシアは優しく微笑みながらその手を取る。

 

「もし貴方が私に対して罪悪感を抱いているのでしたら、ひとつだけ約束してくれませんか?」

 

「……何?」

 

「――幸せになって下さい。貴方を救ってくれた、有斗先輩と一緒に。本当に私の為を思ってくれているのでしたら、この約束は聞けますよね?」

 

アーシアの望みは、ミッテルトにとってこれ以上となく残酷なものだった。

ミッテルトは、アーシアに一生恨まれる覚悟でこの場に臨んだ。一生贖罪の為に不幸を背負っていく覚悟さえあった。

不幸を背負うことでしか贖罪を果たせないと思っていた罪の痕は、幸福になることで初めて消すことが出来ると宣告されたのだ。

何という矛盾。何という不条理。

それが如何に残酷な宣言か、アーシアは理解しているのだろうか。

 

「はは――確かに、アンタは《聖女》じゃなくて《魔女》だよ」

 

「はい。私はもう、リアス先輩の眷属悪魔ですから」

 

笑顔でそう告げるアーシアを前に、ミッテルトは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

これではもう、彼女は幸福になるしかないじゃないかと。そう思わずにはいられなかった。

幸福という維持が困難な事象を贖罪の証とするならば、それはゴルゴダの丘を登るが如き苦行であろう。。

幸福を噛み締めることで、自分が過去に行った罪に苛まれ続けなければならないのであれば、それもまた釜茹で地獄の如き苦しみに苛まれることは確実。

そして、その苦しみから逃げることさえ許されない。まさに悪魔との契約だ。

 

「分かった、分かったよ。ウチの負けッス。その契約、受けるよ」

 

「それは良かったです」

 

アーシアとミッテルトの関係は、悪魔の契約という名の口約束により成立した。

一生破棄されることのない悪魔の契約は、一人の少女を笑顔に変えた。

無償の愛を体現する悪魔と、凡俗な人生を望む堕天使は、こうして絆を育み、友達となった。

 

 

 

 

 

笑顔でミッテルトの手を握り、帰路を進むアーシア。

ミッテルトは普段の快活な様子が嘘のように、恥ずかしそうに俯いている。

片方が駒王学園の制服を着て、片方は黒のゴスロリ服を着ているといった、アンバランスながらも互いに美少女と呼ぶに相応しい風貌をしていることもあり、その姿はとても絵になっていた。

 

「あ、あれは有斗先輩じゃないですか?」

 

「え?」

 

アーシアの問いかけに、ミッテルトは俯いていた顔を上げる。

暮れかけの太陽に向かうように歩くその後ろ姿は、平凡ながらも様になっていた。

アーシアが気付くのであれば、ミッテルトが気付かない道理はない。

あれは、確かに有斗零だった。

 

「こんにちは、有斗先輩」

 

アーシアがその後ろ姿に駆け寄り、挨拶を投げかける。

その声に振り返り、薄く笑みを浮かべる零。

 

「ああ、こんにちは。アーシアに、それとミッテルトも一緒だったのか」

 

アーシアより二歩遠くに下がるミッテルトに気付き、遅れて話しかける。

 

「そういえば、以前私の怪我を治してくれたと姫島から聞いた。改めて礼をさせていただこう」

 

「い、いえ!それぐらいしか私には出来ませんし、それに――お礼ならもう受け取っています」

 

アーシアは、そう言いミッテルトを一瞥する。

その視線の意味が分からず、首をかしげるミッテルト。

アーシアにとって、友達であるミッテルトが生きており、それを生かしてくれた事実こそ、最上の礼であり、寧ろ余りある恩を受けたに等しい出来事だった。

だから礼を言われても困るし、逆に新たに奉仕するぐらいの気概さえある。

 

「そうか……。これからも、ミッテルトと仲良くしてやってくれ」

 

アーシアの意図に気付いたのか、零はそう告げる。

 

「はい。私からお願いしたいくらいです」

 

「ならば、是非よろしく頼む。ミッテルト、あまり遅くならい内に戻ってくるんだぞ」

 

「分かってるッスよ。子供じゃないんスから」

 

まるで父親のような言い分に、ミッテルトは少しムッとしながらも答える。

そのやり取りを、アーシアは微笑ましげに見守る。

 

ミッテルトを介し、有斗零とアーシアの間には確かに絆が芽生えつつあった。

自身を救ってくれた初めての友達、兵藤一誠と同じ精神を持つ青年。

彼はミッテルトとの絆の架け橋となった存在であり、アーシアにとっての二人の友情の象徴でもあった。

 

 

 

 

 

帰宅し、今回の成果を振り返る。

今日一日で、アルカナは二つゲットした。

ひとつは、《魔術師》。兵藤一誠がこれに該当する。

もうひとつは、《恋愛》。アーシア・アルジェントが以下略。

 

イッセーは兎も角、アーシアはちょっと話しただけなのに、何故に?思ったが、もらえるものはもらっておくのがゲームでの僕のポリシーなので、気にしないでおいた。

取り敢えず、取得したアルカナは三つ。今度イゴールの所に行けるようになったら、ペルソナという名の戦力を強化してもらおう。

それにしても、ミッテルトは悪魔を毛嫌いしていたけど、悪魔になったアーシアとはそういう遺恨はなさそうだし、良かった良かった。

この調子でリアス陣営の人達とも仲良くなって欲しいけど、どうだろうなぁ。

その辺りのフォローは、リーダーである僕の勤めってことなのかな。

まぁ、その辺りはなるようになるか。




兵藤一誠

アルカナ:魔術師

人間から悪魔へと転生して初めての友達。その友達を不幸に陥れた堕天使を助けたのは、自らと同じ意思を宿した青年だった。
青年が如何なる理由で堕天使を救ったのか。その意味を知った時、彼の中で燻っていた堕天使に対する遺恨は失せ、青年に対しての親近感と憧れが新たに芽生える。
年齢・立場・種族を超えた絆が、確かにそこには存在していた。

アーシア・アルジェント

アルカナ:恋愛

無限の愛を秘めた少女は、己を救った青年と共に幸福に生きることを条件に、自らを殺める片棒を担いだ堕天使を赦す。
永遠に癒えることのない聖痕を刻み、ここに契約は成立する。
契約者は、この結果へと導いてくれた救世主に多大なる感謝の意を示す。
友達を救ってくれたことに、優しい悪魔は笑顔で感謝する。





まぁ、僕(の書く内容)なんてこんなものですよ。
多分、アルカナに関しましては予想通りの感じになったんじゃないでしょうか。
ただ、アーシアのコミュって、主人公というよりも主人公+ミッテルトって感じですが、まぁいいんじゃないですかね?(適当

一連の流れを理解していれば分かると思うけど、一誠との会話で死をどうでもいいと言ったのは、主人公にとってこの世界はゲームであり、死という概念は近くて遠いものだからです。
本人は本人なりに、この世界でのことを真剣に受け止めて行動をしてはいますが、そういった部分ではどうしても差が出ちゃいます。
ですが、それが上手い具合に勘違いに繋がったから、結果オーライなのです。

主人公の眷属への認識=ギルドメンバーみたいなもの。

後、主人公がミッテルトに抱いている感情は、手の掛かる妹へのそれです。

次回はなるべく早く投稿したいけど、少しだけ遅くなるかも。


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第六話

ネタバレ:修行編はリアス成分が八割。残り二割はミッテルト。


あれから、この世界は概ね平和だった。

ミッテルトとのホームステイな生活も、何の問題もなく続いている。

ミッテルトは僕のように学校に行くわけでもないので、大抵はずっと家に籠もるスタイルを取っているんだけど、本人曰くそれでも楽しいらしいので、一応は納得している。

でも、折角自由になったんだから色んなところに行ってみたいだろう。今度何処かに連れて行くのもいいかもしれない。

とはいえ、僕もこの街の外のことは全く知らないんだけどさ。

 

そんなこんなで、今日も恙なく一日は終わると思っていた矢先――事件が起こった。

 

「零!私の処女を貰ってちょうだい!」

 

突然現れたリアスが、玄関先でそんなことをのたまう。

ソファーに座り、テレビを見ていたミッテルトはあからさまに渋い顔をしている。

 

「……そこで待っていろ」

 

二階から、姫島撃退用ハリセンを持ってくる。

 

「それって、ハリセ――」

 

それをリアスに無言で三発叩き込む。

 

「何するのよ!」

 

「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」

 

こんなこと言うのは、姫島だけだと思っていた。

リアス、お前はまともだと信じていたのに……。

 

「グレモリー。アンタ頭おかしくなったッスか?」

 

流石のミッテルトもこれには呆れ顔。

ミッテルト、君は清純なままでいてくれよ。お兄さん一生のお願い。

 

「そうじゃないの!私だって、本当ならこんなことしたくない、けど――」

 

「けど、何だ」

 

「……いえ、なんでもないわ。悪いわね、お邪魔したわ」

 

悲しみに満ちた表情を最後に残し、リアスはこの場から去っていく。

 

「何だったんだ、一体」

 

「さぁ……」

 

騒動だけ巻き起こして、最後には沈んだ表情で去っていくとか、意味が分からない。

取り敢えず、ここにいても無意味なので、リビングに戻る。

――そこには、知らないメイドさんが立っていた。

 

「ここに、リアス・グレモリーがお邪魔していませんでしたか?」

 

いきなり本題に入ったよ、この人。

 

「さっきまでいたが、今出て行った所だ」

 

「そうですか。申し遅れました。私、リアス・グレモリーの兄であるサーゼクス・ルシファーの《女王》を勤めさせてもらっています。グレイフィア・ルキフグスと申します」

 

「グレイフィア・ルキフグスですって……!?」

 

何だか、ミッテルトが凄く驚いているが、実はこの人凄い人?

いや、確かさっきルシファーって言ってたよな。そんな人に仕えているメイドさんだ。凄くない訳がないんだ。

 

「それはいい。だが、その様子だとリアスのあの尋常じゃない様子を知り、理由も把握しているようだが、説明してはくれないのか」

 

「申し訳ありませんが、神器使いとはいえ眷属でさえ無いただの人間に、グレモリー側の事情をお話するわけには参りません」

 

これは、悪魔側の問題。だから、人間には関わりようがない。故に、話せないし、話す必要性も感じない。そんなところか。

まぁ、僕も強く問いただす気は最初からなかったし、いいんだけどね。

 

「まぁいい。ならば、リアスに会ったら伝えてくれ。慎みを持て、とな」

 

「……分かりました。では、失礼させていただきます」

 

グレイフィアさんは魔法陣らしきものを敷き、その中へと消えていく。

それを見送ったミッテルトは、目眩を起こしたかのようにふらつく。

 

「大丈夫か?」

 

「一応……。それにしてもレイはなんで平気なんスか」

 

「平気も何も、敵対意思のない相手に何を怯える必要がある」

 

「……その理屈、レイぐらいしか通らないッスよ」

 

げんなりと肩を落とすミッテルト。

まぁ、ルシファー付きのメイドっていったら、僕達なんか足下にも及ばない実力者であるのは分かるから、彼女の言いたいことも分かるよ。

でも、実際そうとしか思えないんだから、しょうがないじゃないか。感性は人それぞれだし。

 

「今日はもう寝た方がいい」

 

「そうッスね。何か、さっきから色々ありすぎたから疲れた……」

 

ふらふらと自室へと戻っていくミッテルトの背中を見送りながら、僕はこれから起こるであろう波乱を予感していた。

 

 

 

 

 

次の日の放課後。コミュの解放を行うべく適当に学内を歩いていると、リアスと遭遇する。

リアスは僕を捜していたのか、気付いた途端早足で近づいてくる。

 

「今日は何の用だ?」

 

「零、明日から始めるオカルト研究部の修行に貴方も参加しなさい」

 

……why?

 

「理由を二つ問おう。まず、何故修行をするんだ。そして、何故私まで参加せねばならんのだ」

 

「一つ目の理由は、一ヶ月後に行われる《レーティングゲーム》に向けた修行よ。二つ目は、この周囲一帯を管理する者として、貴方の身を案じてのことよ」

 

「私の身を?」

 

「貴方は、《神器》を持っているという、他の人間とは異なる特性を秘めているわ。故に、以前堕天使から狙われてしまった。それは変えられない事実よ。そして、もうこれ以上狙われなくなるという保証は一切無い」

 

「そうだな」

 

「貴方の《神器》が持つポテンシャルは相当なものだわ。貴方が廃屋で倒れていたところを見つけたあの日、貴方の《神器》の解放された力の余波だけで、私は動けなくなったわ。それ程の力を秘めた貴方の《神器》をこのまま何もせず放置するというのは、決して貴方の為にはならないわ。暴走の可能性もあるし、《神器》の力を制御出来るようになれば貴方の《神器》を狙う輩からの自衛も出来るようになる」

 

なんやかんや言ってるけど、詰まるところ、お前の《神器》狙って襲ってくる奴らがいると、管理者からすれば迷惑だから自分で何とか出来るようにしろ、ってことだろう。

アヴァターラは確かに中々強力だったけど、身体が動けなくなるってのは流石に有り得ないし、誇張してまで同意して欲しいんだろうさ。

 

「だから、どう?貴方にも悪い話ではないと思うんだけど」

 

「そうだな。別にいいぞ」

 

「……私が言える立場ではないんだけど、いやにあっさりと同意したわね」

 

「私としても、この力を上手く扱えるようになりたいと思っていたからな。修業の場を提供してくれるというのであれば、願ったり叶ったりだ」

 

「そう。まぁ、貴方がそれでいいというのであれば、私からこれ以上何も言うことは無いわ。じゃあ、明日迎えに行くから、よろしくね」

 

手を振り、リアスは立ち去っていく。

修業かぁ……。取り敢えず、帰ったらミッテルトには事後報告になっちゃったけど、説明しないとね。

 

 

 

 

 

修業一日目。

まずは目的地まで荷物を背負って移動から始まる。

ミッテルトは、僕がいくならついていくということで、修業に同行している。

とはいえ、やはりアーシア以外の悪魔との接触には抵抗があるのか、基本的には僕とアーシアぐらいとしか話はしない。

それは追々解決していくとして、問題は今だ。

僕は、自分のとミッテルトの荷物が入ったリュックサックを背負い、山道を歩いている。

兵藤と木場は僕よりも大きなバッグを。さらに塔城さんはその三倍はあるバッグを背負っている。どういうことなの……。

何でも、塔城さんは眷属の特性である《戦車》に該当するらしく、その恩恵で圧倒的な怪力を誇るんだとか。

小さな身体に大きなパワー、か。悪魔としての恩恵は凄まじいな。

タルカジャを使えば余裕なんだけど、使わなければ登れないようではこの先やっていけないだろうと自らに鞭を打つ。

それに、これぐらいの苦行なら他の世界でも経験しているしね。

 

そんなこんなで辿りつき、修行に入る。

修行とはいえ、僕は悪魔ではないので、《神器》の扱い方を理解する必要がある。

当然、オカルト研究部の修行ということなので、独断で勝手にやる訳にもいかず、リアスが僕の修行に付き合うことになった。

因みに、この修行にはミッテルトも同伴している。

曰く、修行をネタにリアスが僕に変なことをしないように監視するとのこと。

心配してくれるのは嬉しい。でも、どうせ見てたってつまらないだろうしアーシアの方に行ってもいいんだよ?と言ったらやんわりと断られた。

 

「じゃあ、修行に入るわよ」

 

「それはいいが……本来君達は目的があってこの修行を提案したのだろう?部外者である私に現を抜かしていていいのか?」

 

「私が誘った側なのに、連れてくるだけ連れてきて放置なんて無責任なことはしないわよ」

 

「無責任だとか言ってるけど、どうせレイの《神器》に興味があるから、理由付けしてこんな所に連れてきたんでしょうが」

 

ミッテルトがリアスに意見する。

 

「……そうね、それは否定しないわ。本音を言えば、貴方の《神器》の力は未だ不確定要素が多すぎる。悪く言えば、貴方は毒にも薬にもなる立場にあるの。言わばイレギュラー。特定の陣営に属していない時点で、他の人からすればそれだけで不穏分子と捉えられても仕方のないことなの、分かる?」

 

「分からないでもない。組織による隷属がない私は、独断であらゆる行動を選べる権利がある。それこそ、今日は悪魔側に手を貸しても、明日は天使側に手を貸すかも知れない。そんな定まらない生き方をされては、組織の長である君にとっては警戒されて当然だろうな」

 

「……別に、私の眷属になれとも言わないし、協力関係を結ぼうとも言わない。ただ、私は納得したいの。貴方を信用するに値する納得の理由が欲しいの。そうしなければ、私達はいつまで経っても前に進めない。貴方に対する身の振り方を選択することが出来ない」

 

「ならば、どうすればいい?言葉だけで敵意が無いと信用出来るなら、最初からこのようなまだるっこしい手段には出ていない筈だ」

 

「そうね。だから、《神器》を私の前で扱い、その特性を説明することで信用の証とするわ」

 

「……反吐が出るッスね。レイが断れないのを分かっていて、脅迫するッスか」

 

「どう捉えてくれても構わない。でも、グレモリーの名に賭けて、貴方の信用を裏切るようなことは絶対にしない。それだけは、信じて欲しい」

 

「ハッ、どうだか――」

 

リアスとミッテルトの間で、剣呑な空気が巻き起こる。

修行は始まったばかりなのに、こんなんでやっていけるのやら。

 

「別にいいぞ。減るものではないしな」

 

「ちょっ――レイ!そんな簡単に」

 

「そもそも、この修行に参加した時点でその覚悟はあった。それに、隠す理由もない」

 

掌にタロットを顕現。それを握りつぶす。

僕の傍らに、ウルスラグナが立つ。

 

「――これが、貴方の《神器》?朱乃から聞いてたけど、召喚の類かしら」

 

この反応からして、リアスはペルソナを知らないようだ。

まぁ、有名と言えば有名だけど、だからといってドラクエとかFFほどでもないし、分からなくても無理はない。

 

「この力は、私の内に秘められたもう一人の自分を表に出したに過ぎない」

 

「それって、どういう――」

 

「これは、表面には現れていない、もう一人の自分を引き摺り出す為の、言わば《鍵》だ」

 

「……つまり、この騎士のような生物は、もう一人の貴方だとでもいうの?」

 

「そうだ。言い換えれば、可能性のひとつと言ってもいいだろう」

 

普通はペルソナは一人ひとつが常だけど、ワイルドは無数にペルソナを所有できるからね。

ウルスラグナもそのひとつに過ぎないし、これもあくまで可能性のひとつに過ぎないのだ。

そう考えると、ワイルドってどういう理屈で成り立っているんだろうね。

 

「……よく、分からないわ」

 

「別に全てを理解する必要はない。これは私の分身であり、私自身でもあり、敵を切り裂く刃でもあり、身を護る盾でもあるということを理解しておけばいい」

 

それっきり、リアスは黙り込んでしまう。

まぁ、説明されただけじゃ良く分からんわな。

というかミッテルト。いつの間にウルスラグナの背に乗っているんですか。あ、散歩しに行った。

……ていうか、触れるんだ。知らなかった。

いや、物理攻撃とかも出来るんだから触れるって考えるのが自然なんだろうけど、僕のイメージだと攻撃時だけ実体があるって感じだったから、少し意外だった。

 

「まぁ、いいわ。取り敢えず、今の貴方に出来ることを見せて頂戴」

 

「分かった。ミッテルト、そろそろ遊ぶのはやめて戻ってこい」

 

「はーい」

 

ウルスラグナからミッテルトが降り、スキルを適当な所に発動させる。

 

ジオ、ジオンガはただの電撃だ。一応感電属性はあるけど、この世界で適応されているかは分かんない。

実験の為に電撃浴びせたいとか言えるほど、Sじゃないです。

 

「……結構強力な電撃ね。下級の敵なら充分通用するでしょうね。朱乃も電撃で攻撃出来るけど、流石に威力はあっちの方が上ね」

 

姫島も電撃が使えるのか。ということは、ジオダインクラスを使えるってことでいいのかな?つええ。

んで、次に疾風斬を発動する。あ、目の前にあった木がばっさばっさ切れていく。

 

「あまり強力とは言えないわね。これも下級クラスになら通用するでしょうけれど、それ以上となると難しいでしょうね」

 

まぁ、疾風斬はダメージ小だからね。仕方ないね。

 

「他にはあるかしら?」

 

「あとひとつあるが……これは君自身が体験した方が実感出来るだろう。――タルカジャ!」

 

リアスに向けてタルカジャを発動させると、その性能に驚いたらしく身体を動かし始める。

 

「……これは、凄いわね。見違えるぐらいに身体能力が上がったわ。正確には、筋力がだけど」

 

「実際の差異を比較出来るか?」

 

「そうね、比率で言えば1.5倍ぐらいかしら。それでも、あるとないとでは全然違うわね。これ、何回でも使えるのかしら?」

 

「制限はある。今の私ではすぐに限界が来るだろうが、経験を積めば無尽蔵に等しい回数使えるようにもなるだろう」

 

「そう……これは予想外の掘り出し物になるのかしら」

 

なんかぶつぶつ言ってるけど、さっきのスキルを見てメニューでも考えているんだろう。

そんなことを考えていると、ミッテルトが話しかけてくる。

 

「レイ、あんまり悪魔を信用しない方がいいよ。何を考えているか分かったものじゃないんだから」

 

「そう言うな。君だって、悪魔だという理由でアーシアを貶められても不愉快なだけだろう?」

 

「そ、それは……」

 

「別に誰に対しても優しくしろとは言わないが、種族という色眼鏡で個人を測るのはやめるといい」

 

「……うん」

 

ちょっと説教臭くなっちゃったけど、これも必要なことなんだと自分に言い聞かせる。

偏見や差別意識を持つことは、決して彼女の為にはならないのだから。

 

「零。取り敢えず、その《神器》を手足のように扱えるようにしましょう。それと、どれぐらいの時間出していられるのか、そういった部分を測っていきましょう」

 

「分かった」

 

「正直、貴方の《神器》は未知数な部分がまだまだあるから、貴方に見合った修行方法を模索していく必要があるわ。だから、色々と試していく必要があるから、しばらくは効率の悪い修行になってしまうけれど、先に謝っておくわ」

 

「気にするな。むしろ感謝したいぐらいだ。自分のこともあるだろうに、私まで気に掛けてくれて、逆に申し訳ないぐらいだ」

 

「さっきも言ったけど、誘った私の責任よ。気にする必要はないわ」

 

なんていうか、リアスって面倒見が良いなぁと思う。

リーダーなんてものをやれるぐらいだから、それも当然か。

 

「そうね、ついでに貴方も修行する?ミッテルト」

 

「え?ウチ?」

 

「折角相応しい場所を用意したんだから、貴方もこの状況を有効活用すればいいわ。以前の遺恨はオカ研にはもうないから、壁を作らず気軽にメンバーに接していっても私は気にしないわ」

 

「……考えておくわ」

 

リアスの言葉に、曖昧な返事を返す。

でも、頑なに拒むよりは全然進歩していると言える。

やっぱり、言っておいて良かった。

 

こうして、修行は始まった。

 

 

 

 

 

一日目の修行を終え、自室で今日の事を整理する。

オカルト研究部のメンバーのメニュー考案を終え、最後に有斗零について着手する。

 

有斗零の《神器》は、彼の言葉を鵜呑みにするのであれば、《鍵》としての役割しかない。

彼に潜在するもう一人の自分を引き摺り出す為の《鍵》。

《神器》には色々な特性がある。それこそ、数え切れないほどに。

しかし、今回のように《神器》そのものは明確な力を持たないケースは初めて聞く。

そもそも、何故彼は自身の《神器》にそこまで精通しているのかという疑問はあるが、あの時の彼は嘘を言っているようにはとても思えなかった。

故に、彼の言葉が正しいという前提で考察をしようと思う。

 

まず、彼が召還した騎士を象った人馬。あれから放たれる気は、どちらかと言えば天使寄りだった。

しかし、攻撃そのものに神性は感じられず、単純に魔力を行使するそれと同等の力を感じた。

それと、彼がタルカジャと呼んだ力は、私に不思議な感覚が纏わりつくように展開し、筋力を著しく強化した。

アーシアの《聖母の微笑》に似た感覚だが、あれは患部に継続的に発動しなければ効果を発揮しないのに対し、こちらは一度発動すれば一定時間経つまで、独立して効果を発揮し続けるという高性能なものだ。

1.5倍の上昇率に加え、一回の発動でだいたい三十分は保つと考えると、その凄さが分かるだろう。

 

……それに、廃屋で感じたあの圧倒的な力の波動もある。

潜在能力だけで言えば、イッセーの《赤龍帝の篭手》と同等か、それ以上か。

私自身、《赤龍帝の篭手》の方も把握しきれていない部分が多いという意味では、比較対象としては間違っていない、筈。

あれが《禁手》によるものなのか、あれさえも彼の《神器》としての域を出ていないのか。

後者は考えたくもないが、あらゆることを想定しておかないと、いざというときに対処できなくなる。

 

「……本当、心配だわ。このままじゃ、彼は――」

 

もし、彼の《神器》が《神滅具》クラスのものだとすれば、彼は間違いなくあらゆる勢力から注目されることになる。

そうでなくとも、彼の《神器》の特殊性は、神器コレクターと名高いアザゼルの関心の的になるのは明白。

そうなれば例え私達が全力で彼を護ることに力を注いでも、護りきれないかもしれない。

……だからこそ、彼には強くなってもらわないといけない。

それが彼を更なる戦渦に巻き込む結果になろうとも、そうしなければ、彼は死ぬ。

死んでも《悪魔の駒》さえあれば蘇生させることは可能だろうけど……そういう考え方はしたくない。

 

とはいえ、彼ばかりにかまけていられないのも事実。

この修行の目的は、ライザー・フェニックスを《レーティングゲーム》で下し、婚約をご破算にする。その為のものなのだから。

私の人生は私のもの。あんな奴に嫁ぐぐらいなら、死んだ方がマシだ。

でも、眷属がいる以上、それさえも許されない。

だから、勝たなくてはならない。

 

もし、このことを零に告げたら、彼は何て言うだろうか。

同情してくれるだろうか。私を助けようとしてくれるだろうか。それとも、どうでもいいと切り捨てるだろうか。

……駄目ね、私は。精神的不安から、こんな馬鹿なことを考えてしまう。

彼を巻き込もうとしない為に、詳しい事情は伏せたままでここに連れてきたというのに、そんなことをすれば計画が丸つぶれだ。

彼はあくまで、私達の事情とは関係なく、ただ修行の為についてきた。それだけの関係。それで、いいのだ。

 

「リアス、そろそろお風呂にしましょう」

 

部屋の外から、朱乃の声が聞こえる。

 

「ええ、わかったわ」

 

両頬を叩き、自らを矯正する。

これで私は、いつものリアス・グレモリーでいられる。

グレモリー眷属の主として、情けない姿は見せられない。

だから、強くならないと。弱い自分を覆い隠せるぐらい、強く。




Q:遅くなるって言ってたよね?
A:やるべきことやんなかった結果です。死ねばいいと思う。

Q:話の持って行き方下手ですね。
A:許して下さい!何でも(ry

Q:姫島のコミュ解放はいつですか?
A:コミュは相互意思がひとつに絡み合って初めて成立するので、今の姫島の一方通行な立ち回りでは、普通のやり口では逆にコミュ成立が遠いっていうね。その代わり、成立したらその後は早いかも。

Q:なんでリアス推し?
A:気付いたらこうなってた。

Q:俺の小猫のコミュはどうした。
A:自分でもどのタイミングで解放させようか悩んでる。木場はエクスカリバー編で勝手に解放されるだろ(適当)


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第七話

ネタバレ:主人公とリアスしかいねぇ


修行の日々は、あっという間に終わりを告げた。

え、過程はどうしたって?

詳しく説明してたらいつまでも話が進まないだろうから、掻い摘んで話すよ。

 

まず、ペルソナの扱いに関しては、それなりに上達した。

具体的にどう、とは言えないけど、ウルスラグナで木場と互角に戦える程度には強くなったよ。

でも、それは僕を狙わないという前提で成り立っているから、ガチ戦闘だと話にもならないんだろうなぁ。

実際、あの速さは半端無い。格ゲーのスピードタイプレベルだわ。

因みに塔城さんとは戦っていない。理由としては、基本的に兵藤の訓練に掛かりっきりだったからである。

 

次に、僕自身の能力強化。

さっき言ったとおり、ペルソナがない僕は他の種族からすればお話にならない弱さだ。

だから、倒せとは言わなくても、ペルソナを発動できる隙を作ったり、敵の攻撃を捌けるようにならなければならない。

というわけで、木場と塔城さんにフルボッコされる毎日でした。

まぁ、佳境に入った頃には結構立ち回れるようになっていた。手加減されていたとはいえ、二人にペルソナなしで勝ったこともあるしね。

兵藤も同じように二人に挑んでいるけど、一回も勝ってなかった。

人間である僕が勝ってて悪魔である兵藤が一度も勝っていないからか、何か尊敬の眼差しで見られていた。

いや、僕は他の世界での経験もあるからなんとかなったのであって、明らかに身体裁きがなっていない兵藤と比べられても、ねぇ。

というか、兵藤は充分凄いよ。《赤龍帝の篭手》だっけ?あの《神器》、なんか攻撃力倍化出来るらしいじゃん?

十二回ぐらい倍化したら、山の一部を消し飛ばすレーザービーム出してたし。ぶっちゃけ勝てる気がしません。

ていうか、あれで上級悪魔レベルって、パワーインフレが酷すぎてやっていける気がしません。

 

その兵藤はといえば、アイツってスケベだったんだな。

こうして毎日顔を合わせ、行動を共にしている内にそういう側面を知ることが出来たのは、喜ぶべきなんだろうか。

でも、等身大の思春期の男らしいといえば、その通りなんだろう。

寧ろリアル友人に、お前は初すぎると突っ込まれたことがあるぐらいだから、僕の反応こそ異常なんだと思う。

まぁ、悪魔っていう欲望に忠実なイメージが強い種族に兵藤はぴったりなのは確かだ。

……そう考えると、リアスもそれに倣ってあんな発言をしたのだろうか。……いや、流石にないか。

ただし姫島、オメーは信用できん。

なんでアンタは別に怪我してもいないのに、夜寝ているときに部屋に来るんだ。

大抵はその奇行をミッテルトに察知され、事なきを得ているんだけど、気が気じゃなかったよ。

というか、ミッテルトも誘うな。アーシアと並ぶ僕の心の清涼剤なんだから、そういう道に染めないでくれ。

それさえなければ、献身的で良い奴なんだけどなぁ……。

あ、ミッテルトは同じ部屋で寝てます。当然、寝床は別だよ?

 

そのミッテルトだけど、最初は修行をすることを渋っていたけど、アーシアに絆されて結局参加してた。何でも、魔力のコントロールの練習だとか。

人間である僕は、あんな風に魔力を扱うことが出来ないから、ちょっといいなーとか思ったりもしたり。

その甲斐あってか、以前よりも槍の強度や作れる数が増えたと言っていた。思わずその喜びように頭を撫でてしまった。反省はしていない。

 

明日にはこの修行も終わる。

ちょっとした感慨深さを胸に、夜の森を歩く。

なんだかんだで、この修行は楽しかった。部活の合宿みたいな感じでさ。

 

「……零」

 

ふと、自分を呼ぶ声が聞こえたので、振り向く。

そこには、薄着で悠然と立つリアスの姿があった。

 

「……リアス、か。どうした」

 

「いえ、ちょっと気分転換に散歩をね」

 

それだけ答え、僕の隣に立つ。

風が靡き、紅の髪から漂うシャンプーの香りが鼻孔を擽る。

 

「明日で修行は終わりだな」

 

「そうね」

 

「……君達の修行は、《レーティングゲーム》に勝つためのものだと言ったよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「その《レーティングゲーム》と、君が以前私の家に訪れた際の発言は、関連性があるのか?」

 

つい、聞いてみてしまった。

言及する気はない、と修行の前は思っていたのに。

質問するに到ったのは恐らく、リアス達の修行の様子が起因している。

鬼気迫る、というか。ただゲームに勝つ、という目的であそこまで必死になれるか、と疑問に感じたから。

 

「どうして、そう思うの?」

 

「一見関連性のない二つだが、あまりにも突拍子がなさ過ぎるせいで逆に違和感を覚えた。《レーティングゲーム》がどういうものなのかは、姫島から聞いている。それだけの規模の催しが、昨日今日で取り決められるとは考えにくい。もし私の家に訪れた段階で決まっていたのであれば、それよりも前に話があっても良かった筈だ。少なくとも、勿体ぶる意味は無い。故に、もしそのような状況が起こりえるのであれば、余程の事態が裏で巻き起こっていると考えるのが自然じゃないか?そして、その余程の事態が、私の家での発言に繋がると踏んだ訳だ」

 

「……流石ね、そこまで考えつくなんて」

 

リアスは関した様子で、そう呟く。

 

「考える時間だけはあったからな。特別なことじゃない」

 

「ええ、正解よ。そこまで推理されたなら、答えない訳にはいかないわね」

 

呆れたように肩をすくめ、リアスは話し始める。

こんなこと考えているなら、修行しろとでも思われたのかな。

 

「私は《レーティングゲーム》でどうしても勝たなければならない相手がいるの。名前はライザー・フェニックス。私の婚約者であり、グレモリー家の婿養子になろうとする男よ」

 

「フェニックス……不死鳥か」

 

恐らく、知らない人はいないであろう、というぐらいには有名な火の鳥。

不死の代名詞であり、その涙は万病と傷を癒し、血は不老不死の薬。

悪魔としてのフェニックスが相手だとすれば……強敵であることは間違いない。

でも、それだけがあの鬼気迫る様子に繋がっているようには思えなかった。

……やはり、ライザーという男が関係しているのか。

 

「ええ。純粋な悪魔の血を絶やさない為に、親が決めた政略結婚のようなものよ。だから、彼との間に愛なんてないし、彼との結婚を容認する気も更々ない」

 

「それで、《レーティングゲーム》で解決しようとした、と」

 

リアスは僕の言葉に静かに頷く。

 

「《レーティングゲーム》は、実力主義の冥界では我が儘を通す為に、ごく当たり前に行われている決闘なの。勝者は爵位や地位も思うがまま。《レーティングゲーム》によって死者は出ないとはいえ、勝者が得られる価値を考えれば、戦争をしているのと何ら変わらないわ。……そして、今回私は、その勝者となることで婚約をご破算にしようとしているの」

 

……うん、取り敢えず要約しよう。

取り敢えず分かったのは、リアスはリアルではだいぶやんごとなき家柄の人間だということ。

更に、その家柄はこのままでは血が絶えてしまうほどに、縮小しているということ。

そして、リアルでの婚約という事情を、この世界のゲームで解決しようとしているのだということ。

 

……正直、予想外に重い話で、何と返せばいいか分からない。

最早世界規模で当たり前に浸透している《Infinite possibility world 》というゲームは、事実上の第二の人生を謳歌できる場所として、その価値を拡げている。

だからこそ、現実とゲームの境界を見極められず、同一の物として扱い人間も出てくる。

今回のように、リアルの問題をゲームによって解決する、という事例は決して珍しいことではない。

それが悪いとは言わない。問題を解決するという意味では、充分に平和的解決と言えるだろう。

――でも、今回のように人生を左右する程の出来事さえも、ゲームで解決するのは間違っていると思う。

リアスもライザーとやらも、同意の上で《レーティングゲーム》を受けたのだ。それなのに部外者が騒ぎ立てたところで、何の解決にもなりはしない。

理屈では分かる。でも、それが納得に繋がるかと言えば、別だ。

 

「……ねぇ、零。好きな人と結ばれるってどう思う?」

 

「そうだな。それはとても素晴らしいことだと思う。生涯を共にする相手なんだ。それこそ至上の喜びと言ってもいいだろう」

 

リアスは、近くの木に寄りかかり、俯く。

表情は、暗くて伺えない。

 

「でも、私にはそんな権利はありはしなかった。唯一の手段は、《レーティングゲーム》による勝利のみ。……お父様もお母様も、お兄様も。私の幸せなんて何一つ考えていない。あるのは、血を絶やさないという、格式や伝統を重んじるという意思だけ。――私だって、それが間違っているなんて言わないわ。でも同時に、それを強制される謂われはないと思っている。私は道具じゃなくて、悪魔よ」

 

語るリアスの姿は、とても弱々しくて、いつもの毅然とした態度がまるで嘘のように感じられた。

そんな様子を、僕は見ていられなかった。

 

「……ねぇ、零。もし私が負けたら、貴方はどうする?」

 

「そんなことを言うものではない」

 

「お願い。聞かせて」

 

懇願するように、縋るように、声を絞り出す。

今のリアスは、不安定だ。

本当に、ライザーとの結婚が嫌なのだろう。

でも、僕には何も出来ない。

僕は、無力だ。

 

「……もし、君が負けるようなことがあるなら、私は君を連れて逃げだそう。それが所詮一時凌ぎでしかないとしても、私に出来ることはそれくらいしかないからな」

 

例えこの世界でリアスを護ったところで、現実が変わる訳ではない。

でも、例えこの世界だけの出来事だとしても、何もしないで終わらせるなんて、絶対にしたくない。

 

「――ありがとう。それが聞けただけでも、充分だわ」

 

リアスは、俯いた表情を起き上がらせる。

彼女は、誰もが見惚れるような笑顔を、僕に向けていた。

 

「もう戻りましょう。明日は早いわ」

 

「そうだな」

 

そうして、問題は解決しないまま、僕達は修行を終える。

ミッテルトに心配されるぐらい、《レーティングゲーム》が行われているであろう間の僕は、暗い雰囲気を撒き散らしていたことだろう。

自宅でリアス達の勝利を祈り、吉報を待ち続けた僕の前に現れたのは――敗北の事実を報せにきた、アーシア・アルジェントだった。

 

 

 

 

 

明日、一ヶ月に渡る修行は終わりを告げる。

出来る限りのことはした。後は、私自身と下僕の力を信じるだけ。

――それでも、不安は拭えない。

当たり前だ。相手は《レーティングゲーム》経験豊富かつ常勝を誇る強豪、ライザー・フェニックスだ。

刻まれた敗北の数は接待によるもので、実力による敗北は一切無い。

対して、私達は《レーティングゲーム》の完全な素人。アドバンテージの差は歴然。

更には駒の数も倍以上差がある。はっきり言って、有利な点は何一つ無いと言ってもいい。

戦いの要となるであろうイッセーも、まだまだ発展途上の《兵士》。その爆発力に賭けているといえば聞こえは良いが、確実性の無い戦略はあってないようなものだ。

……でも、やらなければ、私の未来は潰えてしまう。

 

不安ばかりが募って、まるで眠れる気がしなかった。

気を紛らわせる為に、夜風に当たりに近隣の森に足を運ぶと、そこには有斗零がいた。

 

「……零」

 

思わず、小さく呟く。

それは夜の静寂に良く響き、零の耳に届く。

 

「……リアス、か。どうした」

 

振り向いた彼の姿はいつもと変わらぬ様子で、逆にその自然体な感じが私の不安を一時的に和らげてくれる。

彼の隣に立ち、同じ世界を見る。

 

「明日で修行は終わりだな」

 

「そうね」

 

「……君達の修行は、《レーティングゲーム》に勝つためのものだと言ったよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「その《レーティングゲーム》と、君が以前私の家に訪れた際の発言は、関連性があるのか?」

 

徐に始まった会話は、私の沈黙を持って一度区切られる。

 

「どうして、そう思うの?」

 

「一見関連性のない二つだが、あまりにも突拍子がなさ過ぎるせいで逆に違和感を覚えた。《レーティングゲーム》がどういうものなのかは、姫島から聞いている。それだけの規模の催しが、昨日今日で取り決められるとは考えにくい。もし私の家に訪れた段階で決まっていたのであれば、それよりも前に話があっても良かった筈だ。少なくとも、勿体ぶる意味は無い。故に、もしそのような状況が起こりえるのであれば、余程の事態が裏で巻き起こっていると考えるのが自然じゃないか?そして、その余程の事態が、私の家での発言に繋がると踏んだ訳だ」

 

……正直、驚いた。

矛盾も何もない、理に適った推理だというのもあるが、そんなことを考えていたという事実に、驚きを隠せなかった。

 

「……流石ね、そこまで考えつくなんて」

 

「考える時間だけはあったからな。特別なことじゃない」

 

本当に何でもないように、そう呟く。

 

正直、この修行を通して、彼のポテンシャルの高さには驚かされる日々だった。

ペルソナ――彼の《神器》の名称らしい――の戦闘能力は、駒の中で最速を誇る《騎士》の祐斗と互角に剣戟で渡り合うまでに成長。

零本人の戦闘能力にしたって、最初こそ祐斗や小猫に一方的にやられていたけど、回数を重ねるに連れて適切な対応を取るようになり、最終的には一本取ってしまったのだ。

昼による悪魔の弱体化に加え、そこに手加減が入っていたとはいえ、その事実は皆を驚愕させた。

下手をすれば、身体捌きだけならオカルト研究部の誰よりも優れているのではないか?と思いもした。

イッセーはその事実に悔しがると同時に、負けていられないとより奮起していたのは、嬉しい誤算といえた。

彼の潜在能力の高さは、これで良く分かった。

だからだろう。これぐらいの推理、彼にとっては本当に何でもないんだなと納得できてしまったのは。

 

「ええ、正解よ。そこまで推理されたなら、答えない訳にはいかないわね」

 

ここまでくれば、言い逃れは出来ない。

というよりも、言わずとも答えにさえ辿り着きかねないと思ったから、黙っている必要性がないと結論づけたのだ。

 

「私は《レーティングゲーム》でどうしても勝たなければならない相手がいるの。名前はライザー・フェニックス。私の婚約者であり、グレモリー家の婿養子になろうとする男よ」

 

「フェニックス……不死鳥か」

 

「ええ。純粋な悪魔の血を絶やさない為に、親が決めた政略結婚のようなものよ。だから、彼との間に愛なんてないし、彼との結婚を容認する気も更々ない」

 

「それで、《レーティングゲーム》で解決しようとした、と」

 

私は零の言葉に頷き返す。

 

「《レーティングゲーム》は、実力主義の冥界では我が儘を通す為に、ごく当たり前に行われている決闘なの。勝者は爵位や地位も思うがまま。《レーティングゲーム》によって死者は出ないとはいえ、勝者が得られる価値を考えれば、戦争をしているのと何ら変わらないわ。……そして、今回私は、その勝者となることで婚約をご破算にしようとしているの」

 

それきり、静かな空間が出来上がる。

彼は今、何を考えているのだろうか。

能面な表情からは、その心理を読み取れない。

 

「……ねぇ、零。好きな人と結ばれるってどう思う?」

 

この空気を壊すべく、再び私が口火を切る。

これは、イッセーにも問い掛けた疑問。

 

「そうだな。それはとても素晴らしいことだと思う。生涯を共にする相手なんだ。それこそ至上の喜びと言ってもいいだろう」

 

至極簡潔に、そう答える。

淡泊に聞こえるその言葉だけど、私には分かる。その言葉に、しっかりと存在する重みを。

柄にもなく感極まってきたこともあり、それを誤魔化すために近くの木に寄りかかり、顔を俯かせて表情を隠す。

 

「でも、私にはそんな権利はありはしなかった。唯一の手段は、《レーティングゲーム》による勝利のみ。……お父様もお母様も、お兄様も。私の幸せなんて何一つ考えていない。あるのは、血を絶やさないという、格式や伝統を重んじるという意思だけ。――私だって、それが間違っているなんて言わないわ。でも同時に、それを強制される謂われはないと思っている。私は道具じゃなくて、悪魔よ」

 

血を絶やさないことの重要性は分かる。

元とはいえ、72柱に属するグレモリーの家が積み重ねた血族としての価値は、それこそ個人の意思ひとつで動かして良い物ではないことも重々承知している。

グレモリーとしての誇りは持っているし、相応の努力もしてきた。

でも、こればかりは別。

グレモリーとして生きることも、その為の努力も、全部自分にとっての幸福に繋がると信じていたからこそ頑張れたし、励みにもなった。

だけど、この結婚は私が積み重ねてきた幸福理論をすべからく崩壊させる、最悪の手だ。

《王》として積み重ねてきた何もかもを、私は失ってしまう。好きでも何でもない男に人生を捧げるのと同時に。

納得できる訳がない。納得なんてしたくない。

 

「……ねぇ、零。もし私が負けたら、貴方はどうする?」

 

「そんなことを言うものではない」

 

「お願い。聞かせて」

 

彼の忠告を振り切り、再び問う。

どうしても、聞きたかった。

自分でも分かるぐらい、今の私はリアス・グレモリーらしくない。

だからこそ、この弱い状態だからこそ、こんな情けない質問が出来る。

……いや、違う。そうじゃないんだ。

本当のリアス・グレモリーはこっちで、普段の毅然とした自分こそ、仮面を被った姿なんだ。

これが、本来の私なんだ。

《王》として相応しい自分でいることに疲れてしまい、こうして駄目な私に戻っているだけ。

でも、眷属にはこんな姿は見せられない。

だけど、彼なら――有斗零というどこにも属さない人間相手なら、弱音も吐き出せる。

無理矢理な理屈だって分かっている。

でも、一度瓦解した堤防を直す間にも、水は溢れ出ていく。その間、せき止める為の土嚢は必要になる。

そして、その崩壊した堤防は私で、土嚢は彼。変な例えだが、関係を説明する分には適切と言えなくもない筈だ。

 

「……もし、君が負けるようなことがあるなら、私は君を連れて逃げだそう。それが所詮一時凌ぎでしかないとしても、私に出来ることはそれくらいしかないからな」

 

静かにそう語る零を、顔を上げて見据える。

いつもと変わらない表情に隠れた瞳の奥には、偽りのない本心が焼き付いていた。

その姿に、イッセーの姿が重なった。

地位とかそういうのを抜きにして、私を好きだと言ってくれた、大事な《兵士》を、彼に投影していた。

容姿も性格も何もかも違うのに、何でだろう。

 

「――ありがとう。それが聞けただけでも、充分だわ」

 

弱い自分は、もうここにはいない。

たったそれだけの言葉だけど。私を《王》として立ち上がらせるには、充分な言葉だった。

 

「もう戻りましょう。明日は早いわ」

 

「そうだな」

 

もう、迷いはない。

真っ向から向かって、全力を尽くす。最初からそうするしかないのだから、うじうじしていても仕方がない。

 

――――そんな決意を嘲笑うかのように、運命は残酷に廻る。

しかし、その残酷な運命は、新たな始まりとなる。

悪魔にも、天使にも、堕天使にも――果ては神にもなれる可能性を秘めた人間を中心に、世界は動くことになる。

 




Q:主人公悪魔に勝ってるけどいいの?
A:別の世界(オンゲー)で戦い方を把握しているから、単純な技量だけで言えばオカ研メンバーの誰よりも高い(という設定)。だから相手のパターンを把握出来たら先読みで勝てるって感じ。50回に1回勝てればいい方。カジャ系使えばだいぶ勝率上がるだろうけど。

Q:シリアスですね。主人公の視点も。
A:彼なりにこの世界に真面目に向き合っているという証拠でもあります。何せ経験豊富ですからね(意味深)

Q:あれ、これリアス主人公に靡く?
A:知らんな。

Q:作者はアトラスの悪魔シリーズどこまでやってるの?
A:ペルソナは全作品プレイ済。メガテンは初代女神転生、ストレンジジャーニー、デビチル黒の書、アバドン王、オーバークロックぐらいかな。マニアクスとかやってないんだぜ……実は。
思えば、私のメガテンの始まりは、黒の書だったなぁ。懐かしい。


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第八話

やっぱり、戦闘描写は難しい。こればかりは慣れか……。


リアス部長の結婚を賭けた《レーティングゲーム》に、負けた。

言葉にすればたったそれだけ。でも、私達にとってそれは、死刑判決に等しい言葉だった。

過程なんて重要じゃない。私、姫島先輩、木場さん、塔城さんが大怪我によりリタイアし、リアス部長だけがほぼ無傷という形で勝負がついた。

イッセーさんは、肉体的には大きな問題は見られなかった。戦闘不能という形で終わりを迎えていないお陰だ。

問題があるとすれば、心。

きっとイッセーさんは、リアス部長を護れなかった己の弱さを悔いる。

私だってそうだし、他のオカルト研究部の皆さんだって、同じだ。

でも、イッセーさんは最後まで残って、その状態でリザイン判定が出たことで、逆に私達の誰よりも心に傷を負っている筈。

自分がもっと強ければ。あの時、ライザーを倒せる力があれば。そんな自責の念と共に、自らを傷つけていくだろう。

このままでは、イッセーさんが駄目になってしまう。

今は眠りについているけれど、起きてしまえばそうなるのは明白。

だから、どうにかしなければならない。

 

そんな時、思い出した。

修行を共にし、イッセーさんが自ら尊敬していると言った相手。

人間でありながら、木場さんや塔城さんを倒すほどの力を有した、有斗零先輩のことを。

彼なら、今のイッセーさんを立ち上がらせることが出来るかもしれない。

だから、私は走った。

ミッテルトさんのお陰で、自宅の場所は覚えている。

だから、後は私が頑張るだけ。

悪魔になっても、そう簡単に体力が増える訳ではない。

全速力で走れば、相応の疲労が襲うし、息切れもする。

それでも、走った。そうしなければいけなかったから。

 

そして、遂に辿り着く。

太陽は、沈み欠けていた。

チャイムを鳴らし、待つ。

そうして現れたのは、有斗先輩だった。

 

「……どうした、穏やかではない様子だが」

 

「お願いです。説明はします、だから今は何も聞かずに一緒に来て下さい!」

 

一分一秒たりとも惜しい状況で、酸欠も加わり随分と失礼な態度を取ってしまったと思う。

でも、そんなことは気にしていられない。

 

「えっ、アーシア……?どうしたの?」

 

有斗先輩の背後から、ミッテルトさんが心配した様子で姿を現す。

 

「ごめんなさい。急いでいるので、説明している時間が惜しいんです!」

 

「――《レーティングゲーム》が関係しているのか?」

 

「はっ、はい」

 

「なら、行こう」

 

それで全てを理解したかのように、躊躇いなく外に出る。

 

「ミッテルト、すまないが留守を頼む」

 

「嫌!ウチも行くッス!」

 

「……頼む」

 

二人の視線が交差する。

数秒の間。ミッテルトさんが小さく息を漏らす。

 

「――分かった。でも、無茶はしないでよ」

 

「それは、約束できないかもしれない」

 

それだけ言い残し、先輩は私の手を取り――そのまま背中に乗せた。

 

「えっ、えっ!?」

 

「急いでいるんだろう?――ならば、君の歩幅に合わせている余裕はない。スクカジャ!」

 

馬と人が合わさり甲冑を着込んだ生き物が、先輩に力を与える。

瞬間、先輩は人ならざる脚力を持って、飛び出した。

あまりの驚きで、声も出ない。

 

「どっちに兵藤の家がある」

 

「え?あ――はい!あっちです!」

 

思考停止していた頭を揺り動かし、案内役を務める。

木場さんほどではないにしても、その速さたるや尋常ではない。

先輩の《神器》については、リアス部長を通しても伺っているし、この目で見たこともある。

でも、修行中の間はこんな生物を召喚してはいなかった筈。

思い返し、そんなことはどうでもいい、と頭を振る。

 

イッセーさんの自宅に辿り着いた私達は、すぐさま彼のいる部屋へと足を運ぶ。

そこには、沈んだ表情でベッドに座るイッセーさんの姿があった。

 

「……俺、部長のこと救えなかったんだな。約束したのにッ……!!」

 

膝の上で強く両方の拳を握り締める。

いつも明るくて、どこまでもひたむきに真っ直ぐなイッセーさんが、私は好きだ。大好きだ。

でも、今の彼はその対極にある。弱々しく、吹けば飛びそうな儚さを秘めている。

そんなイッセーさんは、見たくなかった。

 

「《赤龍帝の篭手》なんて大層な《神器》を持ってるのに、大切な人すら護れやしない。それならいっそ、こんな力――」

 

「いらない、とでも?」

 

イッセーさんと先輩の目が合う。

 

「自惚れるなよ。どんなに力を持っていようが、お前は所詮眷属になりたての下級悪魔だ。力の使い方も、経験も、他に劣るのは当たり前なんだ。《神器》が如何に優れていようと、所有者が未熟なら同じこと。お前のが考えているたら、ればの考えなど、無意味なのだよ」

 

どこまでも現実を見据えた言葉が、先輩から告げられる。

しかしそれは、イッセーさんの怒りを煽るものであった。

 

「――――アンタに何が、《レーティングゲーム》に参加していないアンタに何が分かる!目の前で奪われたんだよ!俺が部長を護るために戦って、でも俺が弱かったから結局護られて――その時の気持ちが、アンタに分かるのかよ!」

 

先輩の胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。

 

「分からんな。当たり前だ、私はお前じゃない。お前が感じた悔しさも、悲しみも、すべてお前自身の感情だ。分かるはずがあるまい」

 

「だったら――」

 

「だが、思い出せ。アーシアのことを助けたのは、誰の力だ?」

 

イッセーさんが、その言葉にハッとする。

 

「リアスからあの夜のことはあらかた聞いている。リアスは、お前のアーシアに対する強い想いがなければ、静観を決め込んでいたと言っていた。当然だ、あの時のアーシアは敵側に属していたのだ。悪魔側からすれば、敵も当然。助ける道理はない。――だが、お前の意思が、リアスの意見を変えた。お前のひたむきでどこまでも真っ直ぐな気持ちが、アーシアを救う切っ掛けになったんだ」

 

先輩の胸ぐらに込められていた力が、緩んでいく。

 

「奪われたなら、奪い返せばいい。悪魔は、欲望に従う生き物なのだろう?ならば、何を躊躇う理由がある」

 

「……そう、ですよね。また、俺は間違えるところだった。ありがとうございます、先輩」

 

「礼ならアーシアに言え。彼女は君のことをとても心配していたんだ」

 

「アーシア……ありがとう」

 

「私こそ、イッセーさんの役に立てなくて、零先輩に頼りっぱなしで、とてもお礼を言われるような立場では――」

 

「いいから、受け取っておけ」

 

そういって、先輩は私の頭の上に手を置く。

その時の先輩の表情は、柔らかく見えた。

 

「……で、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

おもむろに先輩がどこへでもなく呟くと、部屋に魔法陣が出現する。

そこから現れたのは、銀髪のメイドの女性だった。

確か、この人は《レーティングゲーム》で問題を解決するよう進言したグレイフィア・ルキフグスという人だった筈。

 

「気付いていらしたのですか?」

 

「確証はなかったがな」

 

「……そうですか。まぁ、それはいいでしょう。一誠様、アーシア様。今日がリアス様の結婚式の日となっております。そして、リアス様の兄である、サーゼクス・ルシファー様から、言伝があります。『妹を救いたいなら、その力を持って見事奪ってみせよ』と」

 

「――なるほど、そういうことか。権力者というのは、面倒な身分だな」

 

先輩がそう呟くも、私達は良く分からないままだ。

 

「つまり、サーゼクス様はこの結婚に乗り気ではなかったということです。当然ですね、彼はとても妹を愛しておられるのですから。しかし、ルシファーとして、魔王としての立場がある以上、勝手な権限を振りかざすなんて真似は出来ません。だから、抜け道を幾つも用意していました」

 

魔法陣が、再び光り出す。

 

「この場で言っておきましょう。仮に貴方が助けに行かずとも、サーゼクス様はこの婚約を破談させるでしょう。ですが、もし貴方の力ではなく、彼の力を頼るのであれば――金輪際、貴方とリアス様との関わりを断つでしょう。それで、どうします?無謀にも一人でライザー・フェニックスに再び立ち向かいますか?」

 

「一人じゃないさ」

 

先輩は、一歩前に踏み出す。

 

「……申し訳ありませんが、貴方は今回の件とは無関係。連れて行けるのは、イッセー様とアーシア様の二人と決められております」

 

「そんなこと、どうでもいい」

 

空気が、変わった。

無意識に身体が震える。

……怖い。零先輩が、怖い。そう、思ってしまった。

イッセーさんも驚いているし、冷たい印象を持つグレイフィアさんも目を見開いている。

 

「私は、リアスが抱えている苦悩を知りながら、その支えになることが出来なかった。《レーティングゲーム》は悪魔のゲーム。人間が入る余地はどこにもない。――だが、そんな理由で彼女が悲しみを永久に背負うことになれば、私は一生自分を許せない」

 

「先輩……」

 

「ルキフグスの名を持つ者が相手であろうと、この想いは決して否定させはしない。もし邪魔をするのであれば――全力で、推し通る」

 

互いに向かい合い、空気が膠着する。

最初にその空気を破ったのは――グレイフィアさんの方だった。

 

「……はぁ。分かりました。ですが、一度魔法陣を踏めば、命の保証は一切出来ません。それでも行くと?」

 

「死ぬことより怖いことがある。それ以上に、言葉が必要か?」

 

「――いえ。ならば、もう私は止めません。ご勝手にどうぞ」

 

「ありがとう」

 

「おかしな方ですね、貴方は。……それで、一誠様はどうしますか?」

 

「決まっている。部長は俺の――俺達の手で助ける!」

 

イッセーさんと先輩は、互いに頷き合う。

……信頼し合っているのが、とても分かる。

いけないことだと分かっているのに。ちょっとだけ嫉妬してしまう。

 

「では、ご武運を」

 

「イッセーさん!零先輩!私は戦えないから行けませんけど――どうかご無事で」

 

イッセーさんは親指を立てて、零先輩は振り向き頷いて、私の言葉に答えてくれた。

そのまま、二人は魔法陣の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

零先輩に叱咤され、自分らしさを取り戻した俺は、零先輩と共にライザーからリアス部長を取り戻すべく、魔法陣に飛び込む。

人間である零先輩がパートナーでは、普通なら足手まといでしかないと思うだろう。

だが、違う。

彼は俺よりも強い。肉体がじゃなくて、心が。

人間でありながら、悪魔の集まる会場に躊躇いなく飛び込むその様は、部長を奪われてうじうじしていた俺なんかとは比べものにならないぐらい、男らしかった。

 

「先輩、ド派手にパーティーを滅茶苦茶にしてやりましょう!」

 

「ああ」

 

いつもと変わらない調子で答える零先輩がいると、自然と心が落ち着いてくる。

……先輩には、部長とは違うカリスマ性がある。

気が付けば、惹かれている。それは、悪魔とか、天使とか、堕天使とか。そういうのを関係なしに魅了する。

それをただの人間が為していると考えると、先輩の規格外さが際立つ。

 

「おらぁ!」

 

会場の中心であろう部屋のドアを蹴破り、侵入する。

案の定、そこには煌びやかな衣装に身を包んだ悪魔達が集っていた。

その中には、姫島先輩を初めとしたオカ研メンバーも集合していた。

 

「イッセー!それに、零!?」

 

白のドレスに着飾った部長が、声を上げる。

その姿は似合っている筈なのに――俺をこれ以上とない位に不快にさせる。

あれがライザーとの結婚の為に見繕われたものだと思うだけで、はらわたが煮えくり返る気分だ。

 

「おやおや、何事かと思えば――俺に情けなく敗北した兵藤一誠じゃないか。それに、その隣にいるのは、人間か?何故そのような下等生物が悪魔の城に」

 

「黙れ、このクソ野郎が。部長は返してもらう」

 

「ふん、何を言うかと思えば――」

 

ライザーの言葉は、待っていたと言わんばかりに暴れ始めたオカ研のメンバーの前に遮られる。

当たり前だ。誰が部長とテメェが結婚するなんて認めるかよ!

 

「まぁ、落ち着きたまえ。二人がここにいるのは――私が用意した余興の一環ですよ」

 

赤髪の青年は、一歩前に踏み出し、そう答える。

……恐らく、彼が部長の兄で、魔王のサーゼクス・ルシファーなんだろう。

 

「……どういうことですか?」

 

「私としては、あの《レーティングゲーム》は少し面白みに欠けたと感じたのですよ。リアスの方は《レーティングゲーム》素人の集まりで、駒の数も少ない。対してライザー殿の戦力は事実上の倍、しかも《レーティングゲーム》の熟練者ともなれば、この敗北は必然とも言えたでしょう。ですが、それはいただけない。だからこそ、ここで再びあの戦いの続きを、貴方とそこにいる二人とこの場で戦うという形で、あの不完全燃焼だった戦いに幕を下ろすのが良いと考え、実行したのです」

 

「……例えどんな条件であろうと、リアスは私が《レーティングゲーム》に勝利した結果として我が嫁となったのです。今更それを覆すようなこと――」

 

「怖いのかよ、鳥野郎」

 

「――何?」

 

ライザーが明らかに苛ついた様子でこちらを睨み付ける。

 

「あんなちゃちなゲームで得た勝ちで満足して、二回目は負けるかもしれないからって勝負から逃げるのかって言ったんだよ、チキン野郎が!」

 

「――――ハッ、一度完膚無きにやられた分際で、偉そうなことを言う。それに、その人間とのコンビだと?たかが人間を供に加えて、勝った気になっているというのなら、お笑いだな!」

 

背中から炎の羽をはためかせ、威嚇する。

だが、そんな威嚇で先輩は揺るぐわけがない。

ライザー、お前はそうやって馬鹿にしている人間に負けるんだ。

 

「ならばせいぜい手を抜けばいい。こちらはその間に勝利は頂いていくだけの話」

 

どこまでも冷静に、ライザーの挑発と取れる言葉をにべもなく返す。

その反応が気にくわなかったのだろう。ライザーの表情が明らかに怒りを孕んでいる。

 

「……いいでしょう。このライザ―・フェニックス、これを最後の試練として迎え入れましょう!!」

 

それを期に、俺達の周囲に出来ていた人だかりが散り、広い空間が出来上がる。

 

「……《レーティングゲーム》でもなんでもないこの決闘では、欠片も命の保証はできない。だが、俺は容赦なく貴様達を殺す。そうすれば、リアスは俺のものだ」

 

「そんなことで部長のすべてを奪った気になっているテメェには、部長は渡せねぇ!」

 

《赤龍帝の篭手》を発動させ、自らの拳を叩く。

そして、俺の夢の中で出会った、《赤龍帝の篭手》の中に封じられた龍に話しかける。

 

 

……ドライグ、聞こえているか。

 

 

……なんだ、小僧。

 

 

……俺は、部長を取り返す。その為なら、代償だってなんだって捧げてやる。だから、力をくれ!

 

 

……面白い。覚悟はあるのか小僧?

 

 

……二度も言わせるな!俺は、部長を救えるならなんだって捧げてやる!

 

 

……よかろう。その代償に相応しい力を、お前に与えてやろう。

 

 

「部長ォオオ!!」

 

叫ぶ。ありったけの想いを込めて。

 

「俺には木場みたいな剣の才能はありません!朱乃さんみたいな魔力の天才でもありません!小猫ちゃんみたいな馬鹿力もないし!アーシアの持ってるような素晴らしい治癒の力もない!零先輩のような心の強さだって、何もかも持っていません!それでも俺は!最強のポーンになります!!」

 

力が溢れてくる。

ドライグの言葉が真実になり、俺にあの鳥野郎を倒す力を与えてくれる。

 

「輝きやがれェ!オーバーブーストォオオ!!」

 

《赤龍帝の篭手》を中心に、紅の鎧が全身を覆っていく。

これが、俺の力。《赤龍帝の篭手》の《禁手》――《赤龍帝の鎧》!!

 

 

……忘れるな。カウント・テンだ。それ以上は持たないぞ。

 

 

……充分だ。それだけあれば――アイツをぶん殴れる!

 

 

「……兵藤。お前の本気、見させてもらったぞ」

 

零先輩は《神器》を手に掲げ、握りつぶす。

 

「オロバス!」

 

その叫びと共に現れたのは、人の形をした馬が甲冑を着込んだような風体の生物だった。

先輩の《神器》の力は漠然と把握している。ウルスラグナって奴が木場と互角に戦っていた様子も確認している。

だけど、俺は――いや、オカ研メンバーの誰もが、こんな姿の生物を召還しているのを見るのは、初めてだ。

 

「《赤龍帝の篭手》の《禁手》に悪魔を召喚した、だと……!それにオロバスという名は――」

 

「よそ見してんじゃねぇよ、鳥野郎!」

 

ライザーの懐に一気に入り込み、拳を叩き込む。

《赤龍帝の篭手》の時なんかとは比べものにならない一撃が、ライザーを襲う。

だが、相手は不死鳥。この程度じゃあ、くたばらないのは分かりきっている。

 

「ウグオォオ!」

 

「まだまだぁ!」

 

時間は少ない。拳を休める暇なんて、無い。

一撃ごとにライザーが吹き飛び、その斜線上にオロバスが立ちふさがる。

 

「オロバス、デッドエンド!」

 

オロバスの背後からの一撃は、ライザーに圧倒的苦痛をもたらした。

蹄による一撃で、再びライザーは俺のいる方向へと戻される。

 

「また会ったな、クソ野郎!」

 

「な、めるなよ下級悪魔風情がアアアアァァ!!」

 

身体から炎を吹き出し、その衝撃で距離を取る。

――しかし、その瞬間、ライザーの周囲に竜巻が巻き起こる。

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

「貴様の炎――妖精王の妃の風によって吹き飛ばしてやろう」

 

零先輩は、オロバスではなく、妖精の羽を生やした緑の服を着た女性を傍らに仕えさせていた。

その姿は、どこか成長したアーシアのようにも見える。

 

「ティターニア。マハガルーラ!」

 

先輩の命令と共に、ティターニアと呼ばれた妖精は、ライザーに向けて再び竜巻を呼び起こす。

 

「人間!この、小癪なァァアア!」

 

ライザーは、零先輩へと炎を放ち――そのまま着弾した。

 

「先輩!!」

 

叫びながらも、俺は止まることは出来ない。

残りの時間は僅か。このままじゃあ、代償の意味がない!

 

「あの生意気な人間は、我が鳳凰の翼に抱かれ今頃悶え苦しんでいるだろうさ!」

 

「うるせぇ!先輩はなぁ、テメェみてぇな自分勝手に女の子を苦しめるような奴にはぜってぇ負けねぇ!」

 

だけど、心の動揺は隠せない。

拳のキレが落ちているのが自分でも分かる。

 

「ふん、あの召喚がなければ、奴もただの人間。悪魔の力に耐えられる訳が――」

 

勝ち誇った風に語るライザーの身体が、突如として凍り付けになった。

 

「なっ、なんだ、これは!フェニックスの炎が、凍らされただと!」

 

「当たり前だ。どんな炎だろうと、この氷の力の前では何の意味も為さない」

 

炎を潜るように、零先輩が歩み寄ってくる。

そして、先輩の身体の周りに展開されている半透明の紅い壁のようなものが、その歩みを阻害する炎を散らしていく。

服はボロボロだけど――生きている!!

そして、先輩の隣にいたのは先程の妖精じゃなくて、全身を紅い服で覆い、蒼のマントを背につけた女性だった。

 

「ラケシス、ブフーラ!」

 

叫びと共に、ライザーの真下から極寒の風が巻き起こる。

それを受けたライザーの身体は、更に凍結していく。

奴は、氷の牢獄に囚われたのだ。

 

「やれ、兵藤ォォオオ!!」

 

「了解!!」

 

先輩の意図を理解し、それに答える。

両の拳を突き合わせ、中心に魔力を集める。

俺自身、どれぐらいの破壊力があるかも想像できない一撃だ。

だが、躊躇っている暇はない。残り時間は、一秒切った!

 

「喰らえエエエエエ!!」

 

拳に込めた魔力はひとつの線となって凍って動けないライザーへ向けて解き放つ!

着弾と共に、大爆発が起こる。

代償により成立していた《禁手》が解除される。

煙が晴れ、そこにあったのは――

 

「はぁっ、はっ……!!」

 

満身創痍ながらも、戦力を未だ残すライザーの姿があった。

魔力の充填が足りなかったのか、あの一瞬で氷の束縛から解放されたのか。

何にせよ、俺の一撃は決定打とはならなかったのだ。

 

「く、くく。俺の勝ちだ、な」

 

「……確かに俺は、もう戦う力はない。だけどな、零先輩が残っている!」

 

「あの人間か。確かに先程は驚いたが、貴様という囮がいなければあの程度の手合い、どうとでもなる」

 

零先輩へと視線を向ける。

彼もまた、ライザーほどではないにしてもボロボロだ。

あの再生能力を凌駕する力が、先輩にはあるのか?

――信じるしかない。代償の影響で身体にガタが来ている俺では、満足に戦えない。足止めが関の山だ。

 

「――そうか」

 

先輩は覚悟したように呟き、眼前で手を横に凪ぐ。

ひとつだった筈の《神器》が、三つに分かれる。

いや、よく見れば絵柄が違う。どういうことなんだ?

 

「――《トライアングル・スプレッド》」

 

横に並んだ《神器》が、三角を形作るように三点を描く。

そして、大規模な魔法陣が零先輩を中心に構築される。

同時に、圧倒的なまでの力の奔流を感じ取る。

この場にいる誰もが、その光景に呑まれていた。

 

「――ペルソナ!!」

 

《神器》を破壊し、魔法陣から新たなナニかが姿を現す。

 

――それは、まさに地獄の化身だった。

人の形をしてはいるが、頭部についた二本の角がアレを人間ではないことを如実に現していた。

両手両脚の爪は鋭く伸び、身体は灰色に近い黒で染められている。

包帯に巻かれた顔から漏れ出る、鋭いまでの眼光。

洋式便所の上でしゃがんでいるという意味不明な状況さえも、アレを前にして恐怖を和らげる要素とは成り得ない。

 

「なっ――なんだ、ソイツは!?貴様は、ナニを呼んだのだ!?」

 

ライザーが恐怖に怯えた口調で叫ぶ。

無理もない。あの化け物を前に俺なんて声さえも出せないのだ。

周囲を見渡す限りでも、この状況に順応しているのは、サーゼクス様とグレイフィアさんだけだ。

それ以外の悪魔達は、誰もが恐怖に竦み上がっている。

 

「ベルフェゴール、行け」

 

無慈悲にもライザーの問いに答えることなく、地獄の化身は奇声を上げ、肉薄する。

ライザーの身体に、魔力が絡みつく。すると、ライザーの纏う炎が弱くなっていく。

それを見届けたベルフェゴールという化け物は、《騎士》を遙かに上回る速度で、そして《戦車》を軽く凌駕する一撃を叩き込む。

何度も、何度も何度も何度も何度も。

時にはその爪で身体を切り裂き、時にはその鋭い牙で身体を食いちぎる。

 

「イギャァアアァアア!!」

 

ライザーのどこか攻撃を止めるよう懇願するようにも聞こえる叫びは、俺達を不快にさせるだけで、先輩の心を動かすには到らない。

なけなしの力で出す炎も、ベルフェゴールは歯牙にも掛けずに攻撃の手を止めない。

そうして遂に、ライザーの顔を殴り抜け、ライザーの身体は吹き飛び、壁に激突する。

再生速度が追い付いていない。

元々その体力も限りなく無かったのも要因だろう。ライザーは虫の息だ。

残酷なまでの暴力を、誰も止めようとしない。否、止められない。

次の標的は、自分になるかもしれないのに。誰があの暴挙を止めようとするだろうか。

 

「トドメだ。マハジオダイン」

 

零先輩の言葉によって、無慈悲に断頭台が落とされる。

ベルフェゴールの眼前に魔法陣が展開される。そしてそこから、朱乃先輩の電撃を遙かに超える一撃が、ライザーを包んだ。

役目を終えたと言わんばかりにベルフェゴールは消えていく。

その瞬間、恐怖で凍り付いていた者達が再び鼓動を得る。

 

「お兄様ァァァアア!!」

 

悲痛の叫びを上げる、レイヴェル・フェニックス。

煙が晴れた先に存在していたのは、最早人の形をしているナニカだった。

雷によって焼けこげたその姿は、見るも無惨。

再生能力も完全に機能していないらしく、残り火すら残っていない。

 

「――サーゼクス・ルシファー。これで、私達の勝ちだ」

 

「……ああ、確かに見届けたよ。だけど、流石にやり過ぎだと思うがね」

 

「本来リアスが一生を掛けて背負っていく筈だった苦しみを、この程度で帳消しにしようというのだ。充分慈悲深いと思うが。――それに、不死鳥を名乗る以上、この程度で死ぬ訳がない。違うか?」

 

「……まぁ、いい。決闘は君達の勝ちだ。リアスと彼の婚約は破棄させよう」

 

「ありがとうございます」

 

それだけ聞いて満足したのか、先輩は部長の所へ足を運び、その手を取る。

 

「帰るぞ」

 

「えっ、ええ」

 

状況に理解が追い付いていないのか、気のない返事を返す部長。

実際。俺達だってそうだ。ここにいる中で、どれだけの存在があの規格外な状況に説明をつけられる?

……でも、分かったこともある。

俺達は、部長を救えたんだということ。

今は、それだけ分かっていれば充分だった。

 




※結構ペルソナの強さにばらつきがあるように見えますが、こちらの世界はどのペルソナ世界とも準拠していないため、本家のそれと比較したら混乱すると思います。ですが、基本的にレベルは一律する形を取っていますので、基本的に大きな差はないです。
その為、レベルの統一により増えたスキルの選定が、作者の都合で出来ていますが、ご了承ください。

オロバス

アルカナ:魔術師

アギラオ、スクカジャ、デッドエンド、デカジャ、氷結見切り

斬打貫火氷雷風光闇
    弱 無 耐

原作とは違い、こちらのオロバスはイケメン化しています。
pixivとかで鎧着たオロバスの絵があると思いますから、それでイメージすればいいと思います。
ぶっちゃけ、あのオロバスはネタ過ぎる。強そうなイメージを際立たせる為に、こんな感じになりました。後悔はしていない。
性能に関しましては、ウルスラグナ同様物理型です。ウルスラグナの炎verって考えるといいでしょう。
因みにデッドエンドによるダメージは、現時点の《赤龍帝の篭手》の三倍化に匹敵します。つええ。



ティターニア
アルカナ:恋愛

ディアラマ、マリンカリン、マハガルーラ、疾風ハイブースタ、神々の加護

斬打貫火氷雷風光闇
    耐弱耐

こっちは見た目は殆ど変化なし。ですが、少しアーシアに似ているという(妄想)。
スキルに関しては、風と回復系に統一。これは、他のペルソナとの区別化の為です。
因みにディアラマは、瞬間回復力なら《聖母の微笑》を超えています。ですが、良くも悪くも加減が出来ません。
《聖母の微笑》は、あれひとつでディアからメディアラハンまで賄えますが、患部に当てたり、回復速度がダメージに依存するといったデメリットもあるので、決して不遇な子にはなりませんよ?
能力値に関しては、当然魔力特化。防御面は弱いです。



ラケシス

アルカナ:運命

ブフーラ、マハブフーラ、赤の壁、真・電撃見切り、マハスクカジャ

斬打貫火氷雷風光闇
    耐弱無

本来ガル系を扱うペルソナだけど、何故かブフ系を扱うペルソナに。
四属性に対策を立てられることから、主に守り方面で優秀な力を発揮する。
しかし、それ以外の能力も平均的で、中々の使い勝手を誇る。



ベルフェゴール

アルカナ:悪魔

ジオダイン、マハジオダイン、マハラクンダ、デビルスマイル、恐怖成功率UP、電撃ハイブースタ

斬打貫火氷雷風光闇
     吸 弱反

愚者・魔術師・恋愛のアルカナの《トライアングル・スプレッド》によって生み出されたペルソナ。どうして成立したとかは、詳しく聞かないのがこの話を楽しむコツだと思う。
ハイスクールD×Dでも番外悪魔として名が挙がっているが、それとは別の存在なのは言うまでもない。
下手な上級悪魔さえ震え上がらせ、蹂躙できる圧倒的な力を持つ。現時点のオカ研メンバーでは、弱点を突く隙さえ与えられないレベルの差がある。
ただし、主人公の精神力が未熟な部分もある為、顕現できる時間はとても短い。



Q:ライザー死んだ?
A:つフェニックスの涙

Q:ペルソナを選ぶ基準は?
A:各アルカナに該当するキャラのイメージを主に基準としています。たまに適当ですが。

Q:ペルソナ最初から強すぎない?
A:こうしないとガチでインフレに負ける。

Q:弱点表記って重要?
A:光と闇と物理の覧が重要になるでしょうね。それ以外は気にしなくても良いレベル。

Q:聖水とか十字架なんて無かった。
A:零が聖水の代わりだからね、仕方ないね。

Q:代償捧げるタイミング違くね?起きてるときに会話とか……
A:気にしたら負け。

Q:レイヴェルとのフラグ折れてね?
A:零は兄をフルボッコにした相手+恐ろしい化け物を召還する存在ということで恋愛感情は恐らく浮かばないでしょうし、イッセーは惚れさせる要因なかったですしね。
魔術師コミュがモテるとか有り得ないから、まぁ多少はね?


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第九話

ネタ集めという名目で、メガテン4買ってきた。後は分かるな?


ライザーとの結婚を祝う披露宴は、イッセーと零が文字通り嵐の如く場を掻き乱し、遂には私を浚っていき、終局を迎えた。

そんな私は、今イッセーと零の間に挟まれる形で、逃げた先にいたグリフォンの背に乗っている。

 

思えば、色々なことがありすぎた。

イッセーが代償を払い《禁手》に至ったこと。そしてその代償となった左手は、龍の姿から元に戻らないまま。

零が私達の知らない《神器》の力を発揮したこと。いや、元々存在していたけど、私達に見せていなかっただけなのかもしれない。

そのどれもが劇的な出来事過ぎて、こうして落ち着いた状況になって尚、混乱が収まることはない。

でも、唯一理解していることもある。

 

「部長、どうしたんですか?」

 

「いいえ、何でもないわ。イッセー。――それより、貴方その腕、大丈夫なの?」

 

「はい。別に見た目が違うだけで、痛みとかそういうのはないですよ。あ、でもこれじゃあ箸とか持てないな」

 

「……もう、そうじゃないでしょう?」

 

「ハハハ。――でも、いいんです。この程度の代償で部長を助けられたんだから。まぁ、俺だけの力じゃあ助けられなかったから、本当に感謝しています、先輩」

 

私の大切な《兵士》が、命賭けで私を救い出してくれたこと。

 

「別に感謝されるほどのことはしていない。私だって、君がいなければなぶり殺しにされていただろうから、お相子だよ」

 

「零。それでも、貴方のお陰でこうしてここにいられるのも事実。だから、ありがとう」

 

そして、人間である筈の零が、悪魔の根城に乗り込み、あの時の約束を果たしてくれたこと。

でも、その事実さえ理解出来ていれば、今は充分だ。

 

「部長、俺……《禁手》になっても俺一人じゃ結局助け出せることは出来ませんでした。零先輩がいたから、ライザーの野郎にも勝つことが出来た。でも、それじゃ駄目なんです」

 

イッセーは私に向き合い、決意を言葉にする。

 

「俺、強くなります。あの時宣言したように、最強のポーンになって、部長を護れるような男になります!今はまだ頼りないかもしれませんが、絶対になってやります!」

 

「……ええ。貴方なら出来るわ、イッセー」

 

《赤龍帝の篭手》の《禁手》の強さは、目を見張るものがあった。

でも、それ以上に。その力があるからその通りになると思ったのではなく、イッセーのそのひたむきで強い意志が、私にそう思わせたのだ。

彼なら、その有り余る《神器》の力に溺れることなく、正しい道を歩んでくれると私は確信している。

 

「零。貴方が助けてくれたこと、あの時の口約束を本気で護ってくれたこと、とても嬉しかったわ。、でも、これ以上悪魔の問題に、自分の意思で関わらない方が良いわ。貴方に修行の参加を促したのは、あくまで貴方の自衛手段を強化するという目的のため。決して、貴方を争いに巻き込みたいと思ったからじゃないの。だから――」

 

「悪いが、謹んで断らせてもらおう」

 

私の言葉を遮るように、零はそう答えた。

 

「関わりたくないのならば、最初からこんなことはしていない。悪魔だから、人間だから。そんな理由で距離を開けて、失って後悔するぐらいなら、この《神器》は何のためにある?」

 

零は、《神器》を潰すときと同じように、空を掴む。

 

「私はこの力を得た時、その力の振るい方、つまり目的を持っていなかった。自分のため、誰のため、そのどれもが不鮮明で色を持っていなかった。最初に助けたいと思ったのはミッテルトだったが、私に《神器》の――この力とどう向き合い、どう扱っていくべきなのかを教えてくれたのは、リアス。君だ」

 

零は、ただ何もない夜空を見上げ続ける。

私も、それに釣られる形で首を後ろに擡げる。

その構図はどこか、あの口約束が行われた夜と似ていた。

 

「私は、強欲だからな。救いたいと思った人は余すところ無く救いたいんだ。その中には当然、リアスだって――オカルト研究部のみんなだって入っている。一ヶ月もの修行を共にしたんだ、最早他人とは言わせん」

 

そこまで言って、私の方へと振り返る。

その時の表情は、奇跡とも言える光景だった。

笑っていたのだ。それも、照れたように。

彼を知らない第三者ならその機微に気づけない程度の、些細な変化。

でも、私にはしっかりと区別できた。

胸の奥が、優しく締め付けられる感覚が走る。

この感覚、前にもどこかで――

 

「なんて偉そうなことを言ったが、私自身はただの人間に過ぎないがな。こんな特殊な事情でもない限り、私の出る幕などないだろうさ」

 

「――私としても、貴方の力に頼らないように強くなるつもりではあるわ。でも、その気持ちは有り難く受け取っておくわ」

 

「先輩、俺も部長を護れるようになるように強くなりますから、安心して下さい!今度は、代償なんて必要ないぐらいに強くなってやりますから!」

 

「そうか。それなら安心だな」

 

そんな会話をしていると、緊張が抜けたせいか、思わずあくびが漏れてしまう。

 

「気疲れが祟ったのだろう。今は休め」

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

零の提案に乗り、その肩に頭を傾ける。

イッセーが何やら零にズルイとか何とか言っているけど、そんな五月蠅さも私には心地よかった。

 

……強くなりたいな。

私の閉ざされた世界を解放してくれた恩人の為に、今度は私がその助けになりたい。いや、ならなければならない。

私も、欲張りになろう。

私が大切にする者達を余すことなく救える強さを、手に入れてみせる。

 

 

 

 

 

いやー、一件落着?でいいのかな?とにかく終わった終わった。

イッセーとのリアス奪還作戦は、何とか大団円になったんじゃないかと僕は思うね。

取り敢えずライザーには相応の報いを受けてもらったし、サーゼクス・ルシファーを名乗るリアスの兄ちゃんにも言質貰ったし、多分アイツがこれ以上この問題で突っかかってくることはないだろう。

 

それにしても、流石はフェニックス。強い強い。

イッセーがなんか凄いことになってたのに、それでも死なないんだもん。タフ過ぎるだろ常識的に考えて……。

なんか誰か来たなー、とか思って自宅の扉開いたら、ベルベットルームなんだもの。もう、フラグにしか感じないって。

ペルソナは、イゴール曰く僕が絆を育んだ相手に性質が依存するらしく、それを選ぶことは出来ないとのこと。

でも、それは最初だけで、僕の成長次第では新たな形に変化し、より強大になっていくとのこと。

ゲームとかだと自由に作ってるイメージがあったけど、冷静に考えれば雑魚敵との戦闘とか、そういう概念がないから稼ぎとか出来ないもんね。そりゃ無理だ。

 

そんなんで手に入れたのが、魔術師がオロバス、恋愛がティターニア、運命がラケシスだった。

性質が依存している、って話だけど、どう依存しているんだろう。

イッセーは……性欲が馬並みっぽいからか?

アーシアは、妖精みたいなイメージは確かにあるから、何となく納得できる。

じゃあ、ミッテルトは?ラケシスのことは詳しくないけど、それが関係しているとか?

まぁ、分かんないなら分かんないでもいいんだけどさ。

問題は、この新しいペルソナでこれから起こるであろう問題に対抗出来るのか、ってことだった。

最悪、フェニックスと戦うかもしれないから、火炎耐性のペルソナがある欲しかったけど、あるのはラケシスの赤の壁ぐらいだったから、ちょいと不安だったけど、結果的に何とかなったっぽいし、良かった。

 

ぽい、なんて曖昧なことを言ってるのは何でかって?

……正直に話すと、ぶっちゃけライザーの火炎攻撃を喰らった辺りで、記憶途切れてるんだよね。

いつの間にか勝ってて、完全に意識が戻った時にはグリフォンに乗っていた。

ただ、記憶という形では漠然と頭の中に残ってたんだよね。意味分からん。

なんかいつの間にかベルフェゴールが手持ちにいるし……しかもかなりつええ。

明らかに実力不相応です、本当にありがとうございました。

なんでいるのかは知らんけど、使わない方がいいだろうねしばらくは。

 

あ、そうそう。ペルソナといえば、グリフォンで帰還している途中、コミュがひとつ解放されたんだよ。

アルカナは《女帝》。これはほぼ間違いなく、リアスのだろう。

立場的にあんまり関係は良好とは言えなかったから不安だったけど、どうやらリアスも僕を認めてくれたってことかな。

そういう意図で彼女を助けた訳ではないとはいえ、なんか打算めいた感じが自分の中にある感じで、ちょっと複雑。

 

そんな感じで謎は残ったものの、それ以外は別段問題もなく、リアスを助けられたという次第だ。

僕達は駒王学園のグラウンドにグリフォンを降ろし、そのまま別れた。

あのグリフォンどうするんだろう、とか思ったりもしたけど、考えても詮無きことだと忘れることにした。悪魔なら何とでも出来るべさ。

 

そうしてもう夜明け近い時間に自宅へと帰還する。

こんな時間に帰ってくるなんてこの世界じゃなかったし、新鮮だなぁ。

そんなことを考えながらドアを開けると――ミッテルトがそれを押し退けるように現れ、僕に抱きついてきた。

 

「ミッテルトか」

 

「ミッテルトか、じゃないッスよ!こんなボロボロになって、何本当に無茶してるッスか!」

 

涙目でそんなことを言ってくるもんだから、罪悪感により僕の寿命がストレスでマッハなんだが……。

 

「自分の信念を貫いた結果だ。悔いはない」

 

「それでレイが死んだら意味ないじゃないッスか!馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

ちょっ、痛い。堕天使のパワーで胸をポカポカしないでください。烈海王のグルグルパンチぐらいは強いと思うから。

 

「や、やめてくれ。痛い、痛いから」

 

「じゃあ――もう、無茶なんてしないでよ。お願い」

 

涙目の上目遣い、だと――!!

貴様、天然か知らぬが、何という一撃を放ちおる。

 

「……っ、善処しよう」

 

「それ、半ば破る前提の文句じゃないッスか!」

 

と、言われましても……はい、なんて口が裂けても言えないんだもん。

 

「――分かったッス。なら、こっちにも考えがあるッスよ」

 

そう呟きながら、僕の胸の中から離れるミッテルト。

なんか嫌な予感するけど、取り敢えずなるようにしかならない、よね?

 

 

 

 

 

「と、言うわけでウチとレイはこれからオカルト研究部の幽霊部員として参加するから、よっろしくぅ」

 

「……は?」

 

翌日。ミッテルトがオカルト研究部に用があるとのことだったので、放課後に連れて行ったら、開口一番リアスにそんなことを言い出したのだ。

因みにこの、は?は自分とリアスのものだったりする。

イッセーはマジで?みたいな顔で見てくるし、アーシアはすっごい嬉しそうにしているし、姫島はニコニコしてるし、木場は予想外だと言わんばかりに驚いてるし、小猫ちゃんは相変わらず無表情だし。

 

「待て、ミッテルト。それはどういう――」

 

「ウチだって悪魔の手なんか本当は借りたくないのが本音ッスけど、どうせレイはアンタ達の問題に首を突っ込んでいくのは明白だし、だったらいっそ半端な距離で面倒な手間かけるより、こうした方がレイの安全確保兼無茶しないための監視がしやすいと思ったからね」

 

「私としては、それは問題なんだけど……ミッテルト、貴方は本当にそれでいいのかしら?」

 

「そういう返しやめてくれないッスか?断腸の思いで決断したのに、決意が揺らぐ――」

 

そんな刺々しい言葉を遮るように、アーシアがミッテルトに抱きついた。

 

「嬉しいです!これでもっと一緒にいられますね!」

 

「ちょ――やめ、恥ずかしいったら!」

 

ぐいぐいと引きはがそうとするミッテルトの表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。

その様子を見て、微笑ましそうに笑みを浮かべるリアス。

 

「零、貴方はどうなの?話の流れとしては、完全に彼女の独断のように聞こえたんだけど」

 

「……そもそも、ただの人間が悪魔の集いに籍を置いていていいものなのか?」

 

「別にそんな堅苦しく考えなくていいのよ。確かに人間でいることに固執している貴方には、この場所は相応しくないなんて思いがあっても不思議ではないけれど、それ以前に私達は駒王学園の学生であり、同じクラスの仲間なのよ。そして、このオカルト研究部は駒王学園の部活動の一環なのよ?貴方が入って何か問題でも?」

 

何その理屈。そんなんでいいのか、おい。

 

「私としても、貴方達が入ってくれるのはとても嬉しいわ。それに、みんなだって歓迎してくれるわ、違う?」

 

リアスはオカ研メンバー全員を一瞥し、問いかける。

 

「俺は、断然歓迎しますよ!」

 

イッセーは力強く宣言する。

 

「私も、零先輩とミッテルトさんを拒む理由なんて何一つありません」

 

ミッテルトが諦めたことで、抱きつくことで全身で喜びを伝えているアーシア。

 

「私は、最初からこうなると予測していましたわ」

 

お前はどのポジションを狙っているんだ?と思いたくなるコメントありがとう、姫島。

 

「僕としましては、命を賭けて部長を助けてくれた先輩の入部を断る理由はありませんし、その先輩が命を賭けて救ったミッテルトさんにも同じことが言えます」

 

優等生丸出しな回答をする木場。

 

「別に異論はありません」

 

こんなときぐらいお菓子食べるの止めようね、小猫ちゃん。

 

「だ、そうよ?後は、貴方次第ね」

 

逃げることは出来ないわよ?とでも言わんばかりの笑顔で、そうリアスは答える。

 

「――そんな言い方されては、断れないではないか」

 

「じゃあ――いいのね?」

 

「別に、嫌がらせがしたいが為に関係を結ぶことを渋っている訳ではない。君達がいいというのであれば、拒否する理由はない」

 

そう答えると、何故かリアスは小さく笑う。

 

「コホン。――改めてようこそ、オカルト研究部へ。歓迎するわ、今度は仲間として、ね」

 

「ああ。今後ともよろしく、みんな」

 

悪魔の翼の代わりに、今度は笑顔で初めての出逢いを再現する。

こうして僕はオカルト研究部の一員になった。

 

 

我は汝……汝は我……

汝、新たなる絆を見出したり……

 

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

 

汝、《愚者》のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

頭の中に響く声に、驚愕する。

まさか、オカルト研究部に入ることがフラグだったとは。

でも、冷静に考えれば《愚者》は総じて仲間との絆の象徴だったね。

ということは、これって悪魔に限らず、どこかの勢力に属しないと《愚者》は手に入らなかったってこと?巫山戯るんじゃあない!

などと怒ったところで、もう《愚者》は手に入っているんだから、別に怒る必要はないんだけどさ。

というか、こっちで勝手にペルソナ使えるように設定しただけなのに、その他の要素に不満言うとか流石にないわー自分。

まぁ、そんな感じで僕達はオカルト研究部に入った訳だけど……これからどうなるんだろう。割とマジで。

 




リアス・グレモリー

アルカナ:女帝

自らの定められた運命を破壊した者がいた。
一人は、神さえ滅ぼす龍を宿した己が《兵士》。
一人は、人間であり、悪魔さえ震え上がらせる力を持ち、そしてどこまでも心優しき青年。
無意識の内に、彼女は二人に同じ感情を抱いていた。
その感情の色は透明なまま、気付く兆候はない。
天秤は揺れる。自らの心の内は、とても身近であるようで、遠い。
それでも、その感情の中に、確かな絆は存在していた。


オカルト研究部

アルカナ:愚者

最初の出逢いは、不審と嫌疑に溢れていた。
彼らにとって謎深き青年は、時に無謀とも思える行動で誰かを救い、時に言葉で彼らの不審を払拭していく。
種族の違いによる垣根を否定するように、堕天使、悪魔とも分け隔て無く青年の生き様に、彼らはいつしか惹かれていく。
そして遂に、自分達では断ち切れなかった無慈悲な運命を、青年が破壊してくれたことで、絆が明確な形となる。
最早、始めに抱いていた負の感情はどこにもなかった。



Q:何で途中で意識なくなってんの?
A:主人公は何故かテンションがフルマックスになったり、死にかけると意識が朦朧とし、イケメン化に拍車が掛かります。
基本的に理性がないようなものだから、何をするにしても凄いことになります。

Q:ミッテルトはどんなキャラを目指しているの?
A:次かその次あたりで判明するかと。

Q:アーシア×ミッテルトか……薄い本が厚くなるな。
A:是非書いて下さい!何でもしますから!

Q:何でもしますから!って言い過ぎじゃね?
A:許して下さい!何でも(ry


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第十話

みんな大好きあの人の回。短いけど気にしないでね!


僕とミッテルトがオカルト研究部の一員になった翌日。

ミッテルトはリアスに話があるとかで、部室を留守にしている。

それ以外のメンバーは集結しているけど、別段何かするということでもなく、各々が自由にしている。

唯一、イッセーが複雑な表情でソファーに座っているのが気がかりだが、それはいいだろう。

 

「……なぁ、普段はいつもこんな感じなのか?」

 

近くにいた木場に問いかける。

 

「こんな感じ、とは?」

 

「何と言うべきか、悪魔の会合にしては随分のんびりしているというかだな……」

 

「はは。零先輩って意外と前時代的な考え方するんですね」

 

爽やかに笑われた。

木場の中では、僕の頭の中は魔女狩りとか黒ミサとか、そういったイメージをしているものと思われているのだろう。

 

「特に部長から命令がないのであれば、基本こんな感じです。命令があるとしても、その内容は主に契約を取ったりとか、そういうのですね」

 

「契約?」

 

「悪魔ですからね。人間の欲望を叶えて、対価を得る。それを繰り返すことで、実績を得られます。これにより、悪魔としての階級を上げていくことに繋がるんです」

 

「……対価って、何なんだ?悪魔といえば、魂とか連想するんだが」

 

「……知りたいですか?」

 

にこやかに笑う木場。なんていうか、凄く……胡散臭いです。

そして一瞬間を開けたかと思うと、パッと表情を元に戻す。

 

「冗談ですよ。確かにあまりにもその欲望の度合いが高ければ、最悪そうなる可能性も否めませんが、基本的には物々交換みたいな感じです」

 

なんだろう、このからかわれている感じ。なんか違和感がある。

あぁ、そっか。この世界に来て、こんな安穏とした空気の中こういう会話をしたのは、男では木場が初めてなのか。

イッセーとは何度か会話しているけど、こういう他愛のない雑談とかはしたことなかったしね。

だから、こんな普通の出来事でさえも新鮮に感じる。

……というか、木場よ。お前は超能力者の小泉か。かなりデジャヴったぞ。

 

「意外と俗物的なんだな。というよりも、ここまで来ればただの営業と変わらんな」

 

「その方がいいじゃないですか。少なくとも、部長率いるオカルト研究部のメンバーは、そういった悪魔らしい契約なんて望んでいないですし、誰も損しないならいいじゃないですか」

 

「まぁ、確かに」

 

そんな感じで会話していると、いきなりイッセーが立ち上がり、

 

「――そうだ、先輩!契約のこと詳しく知りたいなら、俺今から契約者のところに行くから、ついてきません?」

 

「まぁ、ミッテルトが帰ってくるまで暇だからいいが」

 

「ありがとうございます!まじでありがとうございます!」

 

「何故感謝する?」

 

ものっそい勢いで頭を下げるイッセーに内心ドン引きしながらも、その勢いに押される形で契約に同行することになった。

もうね、イッセーの謎行動のせいで嫌な予感しかしない。でも、行くしかないよなぁ……。

 

 

 

 

 

これは、チャンスだと思った。

木場と零先輩が契約のことで話をしているのを聞き、条件反射で同行の提案を持ちかけた。

そうすることで、俺の精神的安定の礎になってもらう作戦だ。

先輩には悪いと思っているが、これも新人が通った通過儀礼だと思って諦めてもらいたい。

 

俺が今日行かなければならない契約者なんだけど、その名はミルたんという魔法少女になりたいと願う人なんだ。

それだけこの俺が拒む理由なんて欠片もないと思うだろう。

――でもさ、ソイツが筋肉モリモリマッチョマンの魔法少女服を着た変態だったらどうする?

いや、悪い奴じゃないってのは分かってるんだ。でも、そのあまりの外見のインパクトと、語尾ににょ、とつける不釣り合いさも相まって、濃いキャラクター性を遺憾なく発揮しており、そのせいで良い部分が丸ごと覆い隠されているんだよ。

つまり、善悪勘定で測る以前の問題だということだ。

 

それに、チャンスと思ったのはそれだけが理由じゃない。

普段はクールで表情を崩さない零先輩も、アレを前にすれば見たこともない反応をするかもしれない。その瞬間が見たい。

恐らく、俺以外にも同じ思いを抱いた奴はいるだろう。

写真とかは撮れないだろうから保存は出来ないが、その時の光景は忘れずにみんなに教えてあげようと心に誓った。

 

そんなこんなで、俺達はミルたんの自宅前にいる。

魔法陣で転移出来ないせいで、今日も自転車で営業に向かう羽目になったんだけど……零先輩も同じく自転車で移動、かと思いきや走って移動していた。

いや、本気で走っていないとはいえ、自転車の速度についてきて尚かつ息切れしないとか何なの?

俺悪魔だけど、基本的に人間時代と身体能力大差ないから、基礎能力で先輩に負けていても不思議ではないんだけど……やっぱり悔しい。

というか、現実的に考えると先輩ってスポーツ系の部活にも入ってないのに、どこであんな体力作りしてるんだろう。

それに、修行の最初の方で木場と戦ってたりしたけど、明らかに身体捌きが素人じゃなかったのも気になる。

……まぁ、謎は多いけど悪い人じゃないのは分かりきってるから、仮にその辺の事情を知ったところでどうこうなるなんてことはないだろうし、気にするだけ無駄か。

 

「じゃあ、チャイム鳴らしますよ」

 

「ああ」

 

震える手を必死に押さえつけ、チャイムに触れようとしたところ、

 

「悪魔さん、遅かったけどどうしたにょ?」

 

「うわああああああ!!」

 

背後から耳に残る野太い声が響き渡り、反射的に声を上げてしまう。

振り向くと、そこには筋骨隆々の異形ことミルたんが仁王立ちしていた。

ああ――そうだよな。コイツに比べたら、先輩の謎なんて可愛いもんだよな。

 

「悪魔さん?」

 

「あ、ああ。ちょっと色々立て込んでてさ。ごめん」

 

「気にしてないにょ。だけど心配だったからちょっと前に街全体を探し回ってたんだにょ」

 

「ああ、だから後ろから……」

 

やめてくれ、心臓に悪すぎる。

そうだ。先輩はどうなった?

流石の先輩も、コイツの前ではどんな反応を――

 

「貴方がミルたんですか?」

 

「お、悪魔さん以外にも人がいるにょ」

 

「初めまして、有斗零です。彼とは知人でして、今回悪魔の契約について教えてくれるということなので、同伴を許してもらった次第です」

 

「おお、そうだったのかにょ。ミルたんはミルたんだにょ」

 

……別段変化はない。というか、平然と握手さえしてるよ。

強いて言えばサーゼクス様にさえ口調を崩さなかったのに、ミルたんには敬語なのが気になるが、内心混乱しているのか、俺のために契約相手の機嫌を損ねさせないための措置なのか、判断に困る。

 

「では、上がって下さいだにょ」

 

「お、お邪魔します……」

 

そうして上がったミルたんの部屋は、相変わらず魔法少女ミルキーのグッズが所狭しと並んでいる。

先輩は珍しそうにそれらを眺めている。

 

「で、今日はどういった理由で呼んだんだ?」

 

「えっと、今日も前のようにミルキーのDVDを一緒に見ようと思ったんだけど、知らない人もいるから路線変更するにょ」

 

そう言って、ミルたんは先輩の方を向く。

 

「零たんは、魔法少女になる方法を知ってるにょ?知ってるなら教えて欲しいにょ!」

 

ああ、やっぱりそれ系の質問だよね。

ミルたんは、嘘か真か異世界にさえ行ったことがあるという謎生物だ。それも、魔法少女になる為だけに。

というか、先輩魔法少女とかって分かるのか?何て言うか、そういうのに全く興味なさそうな感じがするんだけど。

先輩はふむ、と顎に手を当てて考える素振りを見せると、そのまま質問をする。

 

「……まず、貴方の求める魔法少女の定義について聞いておきたい」

 

「ミルたんは、ファンタジーな力が使えるようになりたいんだにょ!この、『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』に出てくるミルキーのような!」

 

そう言ってDVDのパッケージを先輩に手渡す。

一般人からすれば明らかにキワモノな内容だけど、先輩は引く様子さえない。

 

「そうですね。まず、人間の集合意識によって生み出された魔法の定義は、常軌を逸した未知の力というのが殆どでしょう。つまり、理解できない事象は等しく魔法のようなものである、と解釈することも出来ます」

 

先輩は語り出すと、近くに置いてあったミルキー印のトランプを手に取る。

 

「トランプマジックでよくある、相手の取ったカードの数字を当てる、というものがあります。あれもタネが分かれば単純な数式に基づく計算だということが分かりますが、知らない人からすればまさに超能力であると言えます」

 

1から9そしてジャックを0と見立てるために抜き取り、シャッフルする。

そして、ミルたんへ向けてトランプを差し出す。

ミルたんは察したようで、二枚ほどカードを上から引いていく。

ミルたんが引いたのは、2と9のカードだ。

 

「その引いたカードを足した合計は?」

 

「11だにょ」

 

「それを11で割ると、当然1ですね。……ということは、貴方の選んだカードは2と9ですね」

 

「凄い、当たってるにょ!」

 

「説明は省きますが、このように透視ないしは読心術で看破された、と思ってもおかしくないシチュエーションでも、きちんとした種があります。逆に言えば魔法という概念にも、様々な形がある可能性があるということです」

 

「……?言いたいことがよく分からないにょ」

 

俺も良く分からない。

ただ、先輩は荒唐無稽なことは絶対に言わないだろうし、この話にも何か意味があるに違いない。

 

「貴方がこの魔法少女ミルキーが好きなのは、この部屋を見て十二分に理解出来ました。ですが、貴方は他の魔法少女について理解はありますか?」

 

「ミルたんにとっての魔法少女は、ミルキーだけだにょ!」

 

ミルたんの大声にも、先輩は怯む様子もなく話し続ける。

 

「それではいけません。ひとつを大事に思うのは良いことですが、固執すればそれだけ世界を狭める結果になります。貴方が魔法少女になりたいと望むのであれば、視野を広める必要があります」

 

先輩はおもむろに立ち上がり、部屋を後にしようとする。

 

「ついてきて下さい。貴方の世界を拡げてあげますよ」

 

……ごめん、俺ついていけない。

というか、先輩って魔法少女に詳しいんですか?

 

というわけで、とある店のDVDコーナーに足を運ぶことになった。

ミルたんは相変わらずの服装で、俺達もその隣を歩いているもんだから、周囲からのヒソヒソ声が止まない。

先輩は意に介した様子はないし……何なんだ一体。

アニメDVDコーナーに足を運んだかと思うと、先輩は慣れた手付きでパッケージを手に取る。

 

「まず、この作品だが。これは魔法少女を銘打ってはいるが、その実、科学技術の結晶だ。魔法少女お約束の杖だって科学技術で制作されているし、魔法だって魔力を運用しているとはいえ、それを魔法として変換するのは奇跡でも何でもない、人間の知恵によるものだ」

 

「でも、それはミルたんの求める魔法少女じゃ――」

 

「落ち着け。先程私は自分にとって未知のものは総じて魔法に等しいと説明したばかりだろう。この技術は、舞台となる地球の外で発明されたもので、地球人からすれば結局の所大きな差はないのだ。知ればそうではないだろうが、知らなければ同じこと」

 

「それじゃあ、ミルキーもそうだって言うのかにょ?」

 

「いや、これはあくまでこの作品だけの話だ。どれもイコールとして考えるのは愚の骨頂だし、そういった観点で魔法という概念に着手するというのは、決して間違った行為ではない。これ以外にも魔法少女の作品は沢山あるから、これを期に見てみるのもいいかもしれないぞ。そこに、ミルたんが求める、ミルたんだけの魔法少女に至るヒントが見つかるかもしれないからな」

 

「れ、零たん……!!」

 

ミルたんが、目尻に涙を浮かべている。

俺にはどこに感動する要素があったのかが分からない。俺が間違っているのか?

ていうか先輩、いつもの口調に戻ってますね。熱弁してるからか?

 

「ありがとうだにょ!零たんの言葉に感動したにょ!ミルたん間違ってたにょ!」

 

にょ、にょ、にょって言い過ぎだ。怖すぎる。

 

「何、気にすることはない。人は誰でも初めは無知なのだ。そこから学習すれば、決して恥とはならないさ」

 

そんなミルたんと平然と会話している先輩。

ああ、なんかもう、いいやどうでも――――

 

 

 

「――――ッセー、イッセー!」

 

「ハッ!」

 

部長が俺を呼ぶ声で、目を覚ます。

周りを見ると、そこはオカルト研究部の部室だった。

あれ、確か俺、先輩達と――――

 

「イッセー、どうしたの?帰って来るなりまるでゾンビのようだったけど」

 

「――あ、そうだ!零先輩は?」

 

「彼なら、ミッテルトと一緒に帰ったわよ」

 

「そう、ですか」

 

記憶が完全に飛んでいるが、それで良かったのかもしれない。

あの悪夢のような時間を過ごす必要がなくなったのだから。

 

「それにしても、凄いわね。貴方が贔屓にしている契約者の――ミルたんだっけ?彼から、零を褒め称える評価が沢山綴られているのよ。一体、彼は何をしたの?」

 

「ああ――それですか。……部長、世の中には知らない方がいいこともあるんですよ」

 

「え、ちょっと、イッセー!」

 

そう、知らない方がいいことだってある。

この記憶は、俺の中にそっとしまい込もう。そして、俺も忘れよう。いや、忘れなければ――

 

こうして、次の日には昨日の悪夢をさっぱり忘れることに成功した兵藤一誠。

しかし、悪夢は決して終わらない。

後に、有斗零を師と仰ぎ、彼を同伴させることを望むミルさんにより、幾度と悪夢は繰り返される。

その度に昨日の記憶を失うことになるのだが、その現実を彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

「今日はどこ行ってたの?」

 

「ちょっと兵藤の契約現場にお邪魔させてもらっていた。そのついでではあるが、これを借りてきたぞ」

 

「あっ、これ『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』だ!ありがとうレイ!」

 

DVDの入った袋を抱いて喜びを表現するミッテルト。

DVDを手に喜ぶミッテルトを見ながらほっこりとした気分になる。

いやー、まさかテレビ好きのミッテルトの影響で、この世界にも現実世界と類似のレンタルDVD屋があることを知っていたのが、こうも役に立つ日が来るとは思わなかった。

ミルたんも、あんな濃いキャラメイクする人がいるとは思わなかったから最初は驚いたけど、悪い人ではないのはすぐ分かったからね。

話題も良い感じに合うし、良いお友達になれそうだ。

ミッテルトの事があったから、上映会には参加出来なかったけど、イッセーが代わりに参加するっぽいし問題はないでしょ。

あ、そうそう。ミルたんとコミュが成立したよ。

アルカナは《塔》。まぁ、確かに彼は《塔》だよね。色んな意味で。

 

「そういえば、今日はリアスに何の用だったんだ?」

 

「んー?秘密ー」

 

ミッテルトに今日の事を聞き出そうとするも、ニシシ笑いと共にはぐらかされる。

まぁ、女の子同士の密会だし、男には話せない内容かもだから、言及するのはよそう。

取り敢えず、今度ミルたんに会う時の為に魔法少女関連の知識をもう少し詰めておこう。

 





ミルたん

アルカナ:塔

それは、未知の概念に憧れを抱いていた。
憧れは人生観を変え、あらゆる奇跡を肉体ひとつで実現してきた。
それでも、望むものはひとつとして手に入らなかった。
そんな絶望に近い想いを抱きながら過ごす日々に、突如光が灯る。
青年は自分へ新たな人生観を植え付けてくれた、救世主と呼ぶべき存在だった。
時に横道に逸れることで新たな道が開けることを教えてくれた青年を、心の中で師と仰いだ。





Q:主人公キャラ崩壊してね?
A:口調はともかく、話す内容は彼自身が選定しているので、こういう会話も普通に有り得るんだよね。ただ、そういうネタ振りがなかったから、普通の会話しかしなかった訳で。

Q:ミッテルトちゃん可愛い。
A:知ってた。


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第十一話

一応、エクスカリバー編開始だよ。高機動型ザクⅡ後期型が使いやすくて私好みだよ。


珍しい一日の始まりだった。

普段は起きたらミッテルトが家にいるんだけど、書き置きと共にいなくなっていた。

『出かけてきます。また後で会おうね』と綴られた内容を確認し、学校へ向かう準備をする。

最近ミッテルトも色々と余裕が出てきたお陰か、行動範囲が拡がって来た気がする。

それは良いことなんだろうけど、こんな(ゲーム内ではあるが)早朝に出かけるなんて、どうしたんだろう。お店だってコンビニぐらいしか開いてないだろうに。

リアル至上主義な世界観だから、携帯とかないとまともに連絡も取れない。

今度、買ってあげようかな。というか、自分も持ってないことに今更気付いた。

 

ミッテルトの見送りのない登校に一抹の寂しさを感じながら、恙なく教室まで辿り着く。

席に着くと同時に、リアスが話しかけてくる。

 

「おはよう、零」

 

「ああ、おはよう」

 

グレモリー家お家騒動?の一件を終えてから、リアスが僕に対して向ける雰囲気が軟化した気がする。

前は立場の問題があったからか、距離を取られていた感じだったんだけど、今はその壁がなくなったお陰でいち生徒と同じ感覚で接してくれている。

 

「零。次の休み時間に二年のイッセー達がいる教室に行きなさい」

 

「――何かあるのか?」

 

「行けば分かるわ」

 

何とも焦らす言い回しだが、行けば分かるというのなら、そうしよう。

どうせ、授業時間なんてあってないようなものだしね。

 

というわけで、あっさりと休み時間になった訳だ。

あっさり過ぎる?知らんがな。

んで、リアスに言われたとおり二年の教室に向かっている訳だが、何か視線を感じる。

 

「お兄ちゃ~~~ん!!」

 

勢いよく背後から抱きつかれる感覚。そして、聞き覚えのある声から発せられる聞き覚えのない呼び名。

抱きつく腕を優しく引きはがし、声の主へと振り返る。

そこには、駒王学園の制服を着たミッテルトが笑顔で立っていた。

 

「ミッテルト……?」

 

「うん、そうだよお兄ちゃん」

 

「何故、ここに?」

 

「そんなの、転校したからに決まってるじゃん。お兄ちゃんだって知ってるでしょ?」

 

いや、知らんがな。

というか、突っ込みどころしかないんだが。

 

「……取り敢えず、ついてきてくれ」

 

「は~い」

 

好奇の視線がむずかゆいので、移動することにした。

空き教室までミッテルトを連れて行き、二人きりとなるが否や、聞きたいことを全開で聞き出す。

 

「――で、どういうことか説明してもらおうか」

 

「どうにもこうにも、さっき言ったことが全てッスよ」

 

「そうじゃない。いきなり転入、しかも一言も告げずに一体どうしたというのだ。更にはその呼び名もな」

 

「んー、じゃあ詳しく説明するッスよ。まず、転入の手続きとかはリアスがしてくれたッス。あ、転入自体は強制された訳でもなくて、ウチがそうしたいってリアスに提案したのが理由だから。まぁ、リアスとしてもウチがオカ研に関わるようになったからには、部外者として扱い続けるのは難しいと考えていたらしいから、良い感じに意見が合致したって訳」

 

「私を兄と呼ぶのは?」

 

「転入手続きを行うにあたって、同居しているレイとの関係が問題になってくるってことで、戸籍を偽装する際にウチとの関係は義理の兄妹ってことにしたの。だからここでは有斗・F・A・ミッテルトなんだよね~」

 

ミッテルトは得意げに学生証明書を見せつける。

証明写真の隣に、でかでかと有斗・F・A・ミッテルトと書かれている。

ミドルネームに該当するFとAはFallen・Angel――つまり堕天使の英読みをトップに置いたものらしい。

堕天使なんて直訳がミドルネームでいいのかと思ったけど、偽名みたいなもんだしいいのか別に。

というか、ミッテルトって名字と名前兼用の名前じゃないの?その辺りワカンネ。

 

「それは分かったが……別段私を兄と呼ぶ理由はないだろう。兄妹だろうと、名前呼びをする間柄と思わせればいいだろうに」

 

「いーのいーの、ウチが呼びたかっただけだからさ」

 

本人がそれで良いというのならいいんだけど、なんだかくすぐったい。

一人っ子だから、そういう呼ばれ方に慣れていないんだよ。

 

「それとも、嫌だった……?」

 

来たッ……!涙目で見上げるミッテルトの必殺技!

イヤーッ!グワーッ!私は死んだ。スイーツ(笑)

 

「嫌ではない。少し驚いただけだ」

 

「そっか。なら、サプライズは成功ッスね」

 

「だから黙っていたのか……やれやれ」

 

そんなことを言われては、どう返せばいいか分からなくなる。

また思わず頭を撫でてしまった。でも、嫌そうにしてないからいいや。

 

「そうだ。今日は帰りに携帯を買いに行くぞ」

 

「携帯?何で?」

 

「連絡が取れないと不便だろう。私も持っていないし、折角だから買っておいた方が良いと思った次第だ」

 

「でも、携帯って高いんじゃあ……」

 

「君が心配するようなことではないさ」

 

お金は通帳に振り込まれているんだよね、毎月。

家族は転勤って立場だから、そういう流れになるのもある意味では当然と言えば当然だ。

そして、振り込まれるお金なんだけど、めっさ多いのよな。

具体的な額は言わないけど、少なくとも最新型の携帯を二つ一気に買ったところで痛くも痒くもないレベルとだけ言っておこう。

 

「……じゃあ、お願いしていい?」

 

「任せろ」

 

約束を取り付け、僕達は各自教室に別れることになる。

昼休みはイッセー、アーシア、僕、ミッテルトの四人で食べた。相変わらずのアーシアとの仲の良さにイッセー共々ほっこりしてましたよ。

 

そして、放課後帰ろうとしたところをリアスに引き留められる。

 

「待って。実は、貴方に会って欲しい人がいるの」

 

「会って欲しい……?ミッテルトとの約束があるから、手短にして欲しいのだが」

 

「大丈夫、長時間拘束する気はないわ。……それに、ミッテルトも同伴した方がいいでしょうし、一緒に行ってきなさい。あ、目的の人物は生徒会室で待っているわ」

 

「分かった」

 

リアスに言われたとおり、ミッテルトと合流し生徒会室へ足を運ぶ。

ミッテルトの方は何も聞いていなかった為、いきなり生徒会室に行くことに困惑していたが、特に文句を言う様子もなくついてきてくれた。

そうして生徒会室に辿り着き、扉をノックする。

 

「有斗零です。それと、連れを一人同伴させています」

 

「はい、どうぞ」

 

女性の声で入室を促され、それに従う。

リアルでも入ることのない生徒会室の中には、黒髪眼鏡の女性を中心に男女の垣根なく人が溢れかえっていた。

 

「初めまして、というのも少しおかしな話かしら。同じ三年で、こちらの事情を知っているのに対面自体はこれが初めてなのですから」

 

「貴方が生徒会長か?」

 

「ええ。私は支取蒼那。この学園の生徒会長を務めています。そして――私達も悪魔です」

 

「悪魔――成る程。リアスからの呼び出しの意図が何となく読めた」

 

支取蒼那と名乗る黒髪眼鏡の女性は、柔らかく笑う。

 

「悪魔としての名前は、ソーナ・シトリーと言います。そして、この場にいる生徒会メンバーは全員、私の眷属です。貴方は知らないと思いますが、私はリアスとライザー・フェニックスとの式の会場にいたんですよ?」

 

「それはすまない。こっちも必死だったからな。周りに目を向ける余裕がなかった」

 

「構いません。それに、この場に呼んだのも、貴方に正式に感謝の言葉を述べたかったからというのがあります。――ありがとう、リアスを助け出してくれて。女として望まぬ結婚が如何に理不尽なことか理解していたにも関わらず、それを止めることが出来なかった私の代わりに彼女を助けてくれて」

 

支取が一礼すると、それに続く形で彼女の眷属も頭を下げる。

……この反応から察するに、支取はリアスの友人なのだろう。どっちでのかまでは判断しかねるが、ただの知り合いという枠には収まっていないのは明白だ。

ただ、悪魔でありながら干渉が出来なかったということは、リアルでの友人という線が濃厚かもしれない。

 

「別に気にする必要はない。誰にだって立場はある。今回は偶然、私という立場を持たない存在の干渉でどうにかなったに過ぎない。それに、兵藤の助勢あっての結果だしな」

 

「そう言ってくれると助かります。……そこに身勝手な発言を重ねるようで申し訳ありませんが、やはり悪魔の事情に人間は関わらない方がいいです。貴方の《神器》の力はあの場で拝見しましたが、それでも貴方が脆弱な存在であることに違いはないのです。オカルト研究部に仮部員として配属してはいるようですけれど、これから悪魔の問題が出てきても積極的に関わる必要はありません。リアス達もその選択を咎めることはないでしょうし、気を病む必要もありません」

 

「……ちょっといい?生徒会長さん」

 

今まで会話に参加していなかったミッテルトが、おもむろに挙手する。

 

「何でしょう、ミッテルトさん」

 

「あれ、知ってるんだ」

 

「知っているも何も、貴方の入学手続きや戸籍登録は私がリアスに頼まれて行ったのですから、当然です」

 

「そうなの、それは感謝するわ。それはそれとして、レイはそんな言葉じゃ止まらないわよ。彼は筋金入りのお節介焼きだからね。自分の命が掛かっているとか、そんな理由で諦めるぐらいなら、私はこの場にいないし、リアス・グレモリーも最悪の結末を辿っていたかもしれない。ウチだってレイには死んで欲しいとは思わないけど、同時にそんな意見を聞き入れてくれない酷い奴だってことも知ってる。……だから、遠ざけようとしないで貴方達が近くで全力で彼を守ってよ。ここ一帯の住人はすべからく守る対象なんでしょう?なら、やってみせてよ」

 

「それは当然ですが……貴方は、彼を守らないのですか?」

 

「私は――しがない下級天使だから。多分、足手まといになるだけだもん」

 

ミッテルトは、そう悲しげに笑う。

支取はその表情に何を見出したのか、僅かの間目を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……分かりました。貴方のその彼を想う気持ちに応えられるよう、全力を尽くさせていただきます」

 

「絶対だからね!」

 

念を押すミッテルトの言葉に支取は頷いて返す。

 

「用件は以上です。これからも、よろしくお願いしますね」

 

「あ、ああ」

 

シリアスな雰囲気に呑まれ、無言を貫いていた僕は、生返事と共に生徒会室を出る。

放課後の静かな世界を、ミッテルトと共に歩く。

何か言葉を掛けたかった。掛けなければいけない気がした。

 

「……ミッテルトは足手まといじゃないさ」

 

僕の言葉に、ミッテルトは足を止める。

 

「そんな訳ない。フェニックスを打倒するほどの力を持つレイと、下級天使であるウチじゃあ実力差は明確じゃない。今の私じゃあ、グレモリー眷属の誰も倒すことは出来ない。それを打倒したフェニックスの眷属の《王》を倒したレイが、弱い訳がない!あんまりウチを馬鹿にするな!」

 

癇癪の如く叫び、俯き、拳を振るわせる。

 

「慰められたって、惨めになるだけよ。無責任なこと言わないで」

 

突っぱねるように告げられた言葉は、紛れもないミッテルトの本心だ。

どうしてここまで怒っているのかは分からない。けど、彼女がそのことで苦しんでいることだけは分かる。

これが彼女の本音だというのなら、僕も本音で話すしかない。

 

「――今日、君が朝家にいないことを後に知って、とても寂しい気持ちになった」

 

「……いきなり、何よ」

 

「別に君があの家から出て行ったとか、そういう事ではない筈なのに、言いようのない虚無感が私を支配した。同時に、君の存在はいつの間にか私にとって重要なファクターとなっていたのだと、そんな些細な事で気付かされた。依存、とは少し違うかもしれないが、少なくともこの世界で生きる上で、君の存在は最早なくてはならないものとなっていたんだ」

 

自分でも結構こっぱずかしいことを言っているのは自覚している。

こんな、まるで恋する人への告白みたいなこと、アバターを介してじゃないととてもじゃないが言えないよ。

 

「……え、それって――」

 

「だから、私にとって君は足手まといどころか、その逆――共にいることが前提の存在なんだ。それに、君が弱いというのであれば、如何に《神器》の力を有効的に扱えるようになったところで、肉体が人間である私は下手な攻撃で死にかねない私とて同じだろう」

 

「そんなこと、ない!」

 

「あるさ。如何に一撃が強力な砲台だろうと、何かの拍子に簡単に壊れるようであれば、それは兵器としては欠陥品だ。状況次第ではそれでもいいかもしれんが、堅実さを考慮するのであればバランスに優れている方が良いに決まっている」

 

「それが、ウチと何の関係があるのさ」

 

「弱いなら、強くなればいい。足並みだけで言えば、私と君は大して違いはない。大艦巨砲主義か、脚踏実地を地で行くか。目指すものは違えど、私達に共通していることは、まだまだ自身の限界に辿り着いていないということだ」

 

ミッテルトの頭に手を乗せる。

癒しを求める為ではなく、慰めるために。

 

「一緒に強くなろう。そうすれば、足手まといなんてことにはならないし、どんな時でも一緒にいられる」

 

「……私、強くなれるかな」

 

「なれるさ。一度戦った私が言うんだ、保証は充分だろう?」

 

「……そうね、その通りよね」

 

ミッテルトの顔には、いつもの笑顔が戻っていた。

 

「でも、強くなるって具体的に何をすればいいッスか?」

 

「取り敢えず、オカルト研究部に頼るのが手っ取り早いだろう。場合によっては、支取に相談するのも良いかもしれんな。とはいえ、悪魔と堕天使では戦い方も異なるだろうし、頼り切りには出来ないだろうが」

 

「自分で見限っておいてなんだけど、ツテがないのは痛いッスね。まぁ、何とかなるかな」

 

楽観的な言葉と共に、腕に絡みついてくる。

 

「それより、今日は携帯を買ってくれるんでしょ?早く行かないと、夜になっちゃうよ?」

 

「そうだな。行こうか」

 

元気になってくれて良かった。羞恥の代償は無駄にはならなかったんだ!

まぁ、腕に巻き付かれるのはミッテルトで慣れたとはいえ、恥ずかしいことに変わりはないんだけどさ。

離して欲しいと言っても、兄妹なんだからいーじゃんと言って離してくれないから、携帯ショップまでこの針のむしろに耐える羽目になった。

恥ずかしかったけど、役得だからいい……よね?

 

 

 

 

 

店員の挨拶と共に携帯ショップを後にする。

レイが買ってくれた携帯は、CMでもやっている最新機種だった。

それだけでも嬉しいけど、レイも色違いの同じ機種を購入していたのを見て、内心にやにやが止まらなかった。

ウチは青、レイは灰色。

レイのセンス的に、自分に頓着がない彼らしいとは思うけど、もう少し飾ってもいいと思う。

ペアルックなんて前時代的な発想だけど、好きな人と共通の認識を持つということは、決して馬鹿にされるような内容ではない。

 

レイは言ってくれた。私がいない人生は有り得ない。共に生きていきたい、と。

……それって、紛れもなく、その――アレだよね。告白。

思い返すと、滅茶苦茶恥ずかしい。告白されたこともそうだけど、それに対して明確な返事をしなかった自分自身に。

でも、それもこれも一方的に話を進めるレイが悪いんだ。だからタイミングを逸してしまった。ウチは悪くない、うん。

……なんて取り繕ったところで、今更答えを言うなんて出来ない。

あの雰囲気のままだったらいざ知らず、間を置いてしまったらそれも叶わない。

 

「あ、雨……」

 

曇り空だとは思っていたけど、まさか降るとは思わなかった。

 

「近くのコンビニで傘を買おう」

 

レイの提案により、早足でコンビニに寄り、傘を買う。

でも、二本買おうとしたので、慌ててそれを止めた。

携帯を買って貰って、更に傘まで無駄に買う必要はない。それは表の理由。

本当の理由は、相合い傘をしたかった、なんて少女漫画チックな考えに依るもの。

言葉では表せないけど、行動でなら表せる。

レイがそれに気付いてくれるかが問題だけど、きっと大丈夫だろう。

 

予想以上の土砂降りとなり、この傘一本に二人をまかなっている状態では、足早に帰ることが出来ない。

携帯が濡れないように留意しているのを含めると、本当にゆっくりな足取りになってしまう。

でも、それはそれで良かった。

それだけ密着できる時間も増えるし、傘一本ならどれだけ寄り添っても違和感がない。

穏やかな気持ちで満たされる。誰かを好きになるっていうことが、こんなに気持ちの良いことだったなんて、知らなかった。

 

バシャバシャと雨水を蹴る音が聞こえる。

T字路の道を真っ直ぐ走り抜ける影が視界に入る。

あの風体、一瞬だったから何とも言えないけど、どこかで見たことあるような……。

 

「……ミッテルト。これを持って先に帰っててくれ」

 

「え、いきなり何?」

 

「いいから、頼む」

 

無理矢理レイから携帯の入った袋を押しつけられる。

そしてレイは脇目もふらず、傘も持たず雨の中を走っていく。

彼が向かう方向は、あの影が向かった道だった。

一瞬混乱して動きが止まってしまったけど、慌ててそれを追いかける。

でも、折角レイが買ってくれた携帯を濡らす訳にもいかないから、追いかけるのに時間が掛かってしまう。

 

――――でも、そんなこと気にせずに全力で走っていれば良かった。

そうすれば、あの悲劇も回避出来たかもしれないのに――

 

「――――え?」

 

携帯の入った袋を落としてしまう。

携帯が駄目になってしまうかもしれない、なんて思考に挟まる余地がなかった。

 

「先輩!しっかりして下さい、先輩!」

 

叫び声の中心で、レイが木場祐斗の腕に抱かれている。

透明の雨水に混じって、レイを中心に赤が波紋のように拡がっていく。

レイの身体は、肩から腰に掛けて袈裟を描くように深い傷跡が刻まれていた。

 

「い――――やあああああああああああ!!」

 

残酷な現実を目の当たりにした瞬間、私は叫ぶことしか出来なかった。

 




Q:主人公流石に死んだか?
A:異能生存体なめたらアカン。

Q:ミッテルトのSAN値がヤバイね。
A:QB<希望と絶望の相転移が魔女化の基本条件だよ。

Q:ミッテルト虐めて楽しい?
A:登り調子なだけのヒロインはマンネリ化するだけだから、多少はね?(ゲス顔)


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第十二話

※教会組が天使扱いになってたから、さっくりと修正しました。もりもりと修正しました。にわかでごめんなさい。


閉じていた瞼を開くと、涙を浮かべたミッテルトが視界に入った。

 

「良かった……やっと起きた……!!」

 

首に巻き付くようにミッテルトが僕に抱きついてくる。

正直、状況が理解出来ません。あ、良い匂い。

 

「いきなりどうしたというんだ」

 

「どうしたって……それはこっちの台詞!本当に死んだかと思ったんだよ!」

 

「死んだ……?」

 

「覚えてないの?レイは木場祐斗を庇って大怪我を負ったんだよ?」

 

頭を少し捻って思い出す。

ああ、そういえば何か木場と知らない兄ちゃんが切り結んでて、木場がやられそうだと思ったから庇ったんたっけ。

その辺りの頃から記憶がぷっつり途切れている。

この現象も、何回目だろう。

他のオンゲーでも死にかけたり死んだ後は、即時復活とかじゃなくてきちんとゲーム内の時間も経過してるんだよね。

それで仲間にかなり心配されたこともある。多分、今回も例に漏れず同じパターンなのだろう。

 

「大丈夫、思い出した」

 

「良かった。でも、丸一日目を覚まさないから心配したんだよ?」

 

「そうか……。木場は無事だったか?」

 

木場の心配をすると、ミッテルトが明らかに不愉快そうに表情を歪める。

 

「アイツの心配なんてする必要はないわ。無傷でピンピンしてるもの」

 

「それならいい」

 

お節介かな、と思ったけど一応は助けになったらしい。

ここで一度会話が途切れたので、起き上がって服を着替える。

着替えると言ってもズボンはそのまんまだったから、普通に上を羽織るだけなんだけどさ。

包帯の下には傷がない。多分、またアーシアに助けられたのだろう。本当、ヒーラーの皆様には頭が上がらない。

時計を見る限り、午後はとっくに過ぎており、放課後に近い。

 

「ミッテルト、私はこれから出かけてくる」

 

「出かけるって、どこに?」

 

「別にどこでもない。一日眠っていたなら、リハビリも兼ねて適当に歩こうと思っただけだ」

 

「なら、ウチもついていく」

 

「別に構わんが、ついてきても暇なだけだぞ?」

 

「そんなことないッス。ていうか、嫌って言ってもついていくから」

 

有無を言わせぬ迫力に押される形で、僕達は繁華街に出ることに。

駒王学園に向かって安否を報告するべきなのかもしれないが、今の時間行くには中途半端過ぎて、ちょっと問題あるかなって思ったんだよね。

 

昨日来たばかりで新鮮みが感じられない筈だった繁華街だったけど、思わぬ存在が目に入る。

 

「えー、迷える子羊にお恵みを」

 

「天の父に代わって哀れな私達に御慈悲をー」

 

白いフードを被って物乞いのようなことをしている二人組。

後ろ指指されまくりな、本当に哀れにしか見えないことをやっているのを見て、いたたまれなくなってきた。

あの格好からしてモブではないのは確定だろうし、話しかけてみようと一歩前に踏み出すと、ミッテルトに腕を掴まれる。

 

「近づかない方がいいッスよ。あれ、エクソシストだから」

 

「エクソシスト……?」

 

まぁ、確かにあのフードの意匠的に、神聖な感じは伝わってくるけど。

というか、よく見たら首元にロザリオがあるじゃん。

エクソシストかぁ。AKUMAを救済するイメージしか出てこない。あと、映画の奴とか。

 

「とはいえ、見捨てる訳にもいかんだろう。ミッテルトとしては協会側の人間と関わりたくないのも分かるから、もし嫌なら少しの間別行動でも構わんが」

 

「……いや、いい。堕天使になった時から、アイツらから数え切れないぐらい罵声は浴びせられたから、今更気にしないッスよ」

 

堕天使になっただけで罵声、か……。

何というか、徹底し過ぎて本物の宗教みたいだな、教会側は。

いや、実際はどの勢力も似たようなのかもしれない。

リアスだって、堕天使から街を守る為に武力解決も辞さないって考えだったし、自らの意に反する存在は倒すべき敵という考えこそ当たり前なのかもしれない。

とはいえ、全員が全員そういう考え方だと決めつけることはしてはいけない。

だからこそ、ミッテルトが傷つくかもしれないことを考慮した上で、教会側に接触しようとする自分は、ただの考え無し野郎なのかもしれない。

 

「もし、如何なされた」

 

「おお、見知らぬ方よ。我らは神々の試練により、身ひとつでこの街に訪れるに至りましたが、我らが至らぬばかりにその試練に耐えられそうにないのです。故に、恥ずべきことではありますがこのようにして慈悲を頂くべくして声を上げていた次第です」

 

……意味が分からん。

言葉の解読に苦労しそうだな、と思っていると二人のお腹がタイミング良く重なって鳴り響く。

ああ、そういう……。というか、素直にログアウトすればいいのに。

 

「……何なら、奢ろうか?」

 

「本当ですか!?」

 

飛びつくように僕の手を握るフードの人。

そのフードの下からは、ツインテールのようなものが靡いているのに気付く。

 

「おお、我らの祈りは神に届いたのですね。このような慈悲深き者との出逢いを与えてくれた主に感謝を」

 

感極まった様子で胸元で十時を切る。

……何というか、本格的にロールプレイしているなぁ、なんて思ってしまう。

 

そんなこんなで近くのファミレスに案内したはいいけど……これがよく食べるのよ。

奢りと言った手前遠慮を口にするのは憚られるが、それにしたって遠慮なさ過ぎだろ。

 

「……それで、その隣にいる女性。そう、貴方。貴方からは堕天使の気配がするのだが……もしかしなくとも、堕天使か?」

 

ふと、食事の手を止めて青髪の方のエクソシストがミッテルトに話しかける。

雰囲気からして、険悪としか言えない。

 

「そうよ。アンタ達が面汚しと罵る存在、堕天使ミッテルトよ」

 

「よくもまぁ、私達の前に姿を現せたものだな」

 

「ウチだってアンタらとなんて会いたくなかったッスよ。でも、レイがアンタ達が困っているのを見捨てられないって言うから、仕方なく同伴してるのよ」

 

錯覚だろうけど、二人の間に火花が散っている。

というか、ツインテールの方のエクソシストはよくもこの空気で食っていられますな。

 

「レイ、と言ったか。貴方はどうやら人間のようだが、何故堕天使などと共にいる?はぐれエクソシストの類でもなさそうだし、正直疑問だ。そもそもどういう経緯で知り合い、そんな親密な雰囲気で共にいる?」

 

矛先がこっちに来た。

堕天使と一緒にいるってことが分かったからか、さっきまでの友好的な態度はどこにも感じられない。

 

「初対面の相手に随分と根掘り葉掘り聞くのだな。……別に、大した理由ではない。彼女が救いを求めていたから、手を差し伸べたに過ぎない」

 

「救い?主を裏切り堕天した存在が、今更救いを望んだだと?笑わせるな」

 

「別に、神に救いを求めた訳ではあるまい。救いを求める対象が、等しく神となるという考えこそ、安易ではないかね?」

 

「主は我らを導いてくれる敬うべき存在。祈りを捧げるべきは主であり、それ以外への祈りなど価値にすれば塵芥同然だ」

 

うーん、頭が固いなぁ。

ミッテルトの人となりを知らないでバカにされるのは流石にムカムカするので、どうにかして言い負かしたいところだ。

 

「主を信仰するのは結構だが、ならば何故宗教は複数存在する?主とやらが全能かつ万能な存在ならば、宗教が分裂すること自体がまず有り得ん。神に祈りを捧げて救われるのならば、遙か以前から存在する重鎮の宗教を誰もが信仰しない理由はない。ならば何故、宗教は無数に存在する?」

 

「そんなの、主以外の神を信仰すること自体が間違いなのだから、不毛な問いだ」

 

「違うな。正解は、信仰とは自分にとって都合が良い結果をもたらす存在への執着に他ならない。自分にとっての正義がどこにあるかで、人は拠り所を変える。だから天使は神を信仰し、仇為す存在を悪と定義する。悪魔も、堕天使も然りだ」

 

「――それは、貴方達が主の素晴らしさを知らないからよ。貴方だって主の素晴らしさを知れば、きっと考えを変えるわ」

 

ツインテールの少女が、食事を止めて言い返してくる。

 

「ならば、その主とやらをこの場に連れてきて欲しいな。そして、是非私に素晴らしさを説いて貰いたいものだ」

 

「そんなこと、出来るわけないじゃない!」

 

「だろうな。単純に高位の存在が、私のような人間風情に干渉するなんて有り得ないというのもあるが、そもそも存在しているのかさえ怪しいのだから、当然といえば当然だな」

 

「なっ――なんて無礼な発言を!」

 

青髪の少女は、勢いよく机を叩く。

食器が僅かに空に飛び、着地音を鳴らす。

普通ならビビる状況だが、この程度では僕は動じませんよ。

 

「有り得ない、という理屈だけでは絶対の根拠とならないように、実際に存在することを確認しない限り、その存在は不確かなままになる。シュレーディンガーの猫の理論だ」

 

「それが、何だというのだ」

 

「貴方達がどんなに主を素晴らしいと説いたところで、主の存在が証明されない限り、誰かが適当に捏造した言葉と捉えられてもおかしくないのだよ。故に、君達の言う主が存在しなくとも何ら不思議ではないし、以前に存在が確認されていたとしても、今も存在しているという保証もない。信じさせたければ、感情論ではなく納得の出来る証拠を出さなければ、誰も信じてはくれないだろう」

 

それだけ言い切ると、二人は黙り込んだ。

……少し、言い過ぎただろうか。いや、そんなことは無いはずだ。

ここは心を鬼にしなければ、これから二人は偏見で誰かと接していくことになる。

そんな悲しいこと、むざむざ見逃せるものか。

 

「ミッテルトは、私を信じてついてきてくれている。その期待に応えるべく日々邁進を続けてはいるが、正直なところどこまで彼女の支えになれているかは分からない。だが、彼女の助けになりたいと思ったのは、堕天使としてのミッテルトではなく、種族というフィルターを介せず、ただのミッテルトという少女を見据えたからに他ならない。堕天使の力になりたいだとか、媚を売りたいだとか、そういう考えは一切無い」

 

「……堕天使を救ったことに対し、打算はない、と」

 

「そもそも私は、その時堕天使に命を狙われていた立場だったからな。打算どころかリスクの方が高かっただろうよ」

 

「堕天使に狙われるということは、貴方は《神器》を?」

 

「ああ。まぁ、今はそれはどうでもいいことだろう。それよりも、君達どちらかにでもいい。知人に悪魔か堕天使はいるか?」

 

「私の幼馴染みが、先日悪魔になっていたことを知ったわ」

 

ツインテールの少女が、控えめに手を挙げる。

 

「その知人は、昔と変わっていたか?悪魔だった以前と性格や思想、その何もかもがまるで変質していたか?」

 

「――それは、」

 

伏し目がちにツインテールの少女は目を逸らす。

これは、肯定しているようなものですよ。

 

「悪魔になろうと、天使になろうと、堕天使になろうと、ヒトの本質を覆すには至らない。悪魔でも善人はいるし、堕天使にだってミッテルトのような優しい子がいるように、人を襲うことを何とも思わない輩だっている。それは、人間だって同じだ」

 

いい人はいい人だし、悪い人は悪い人。単純なことだけど、そう割り切って考えられない人はいる。

それに、善も悪も状況次第で価値観が変化するものだと僕は思っている。

ただ欲望を満たすために金品を盗むのと、明日を生き残る為に食べ物を盗むのでは、同じ犯罪行為だけど、重みは明らかに違う。

だけど、これはあくまで僕の考え方であり、そうは思わない人もいる。

その重みの差を作るのは、人間の感情という天秤だ。

人間は感情の生き物だ。だから、どんな解釈にも必ず善悪の比較が生じる。

それも自分にとっての善悪であり、他人のそれと同じ保証はどこにもない。寧ろ違うことが当たり前。同じ方が怖いわ。

メガテンの天使は、そういう感情論を一切持たず、ただ世界の平定という目的の為に人間を滅ぼそうとするが、それぐらい潔くなければ平等は貫けない。

でも、この世界の悪魔も天使も堕天使も、元を正せば人間なのだから、当然感情も人間のそれと同じアルゴリズムで展開される。

種族という形で差別化を図ってはいるけど、結局それも紛い物の差である以上、それを理由に他者を貶めるのはおかしい。

 

「ミッテルトは天使として生きることが嫌になったから堕天した。君達は主の存在を素晴らしいと思い、信仰し、自身もその手助けをしたいと思ったからエクソシストとなった。そのどちらも、自分の意思で選択した未来だろう?自分にとっての正義の定義を持ち、その上で自分の征く道を選択をしたという意味では、どちらにも差はありはしない。その選択そのものに善悪の概念はなく、それを定義するのは感情論――思想や立場の違いによる意見の相違に他ならない」

 

「…………」

 

ツインテールの少女が明らかにしょんぼりとした様子を見せる。

うう、当初は奢るだけで楽しい会話が出来るかな、程度の感覚だったのに、どうしてこうなった!

 

「……少し説教臭くなってしまったな。私が言いたいのは、堕天使だからと言う理由でミッテルトを見下さず、きちんと本質を見て欲しい、ということだ。君達とて同じ立場なら憤慨するだろう?」

 

「それは――そうだな」

 

青髪の少女はどこか納得した顔持ちで、そう答える。

 

「それと、済まなかったな。名も知らぬ相手に偉ぶって説教など、それこそ恥知らずだった」

 

「いや、そんなことはない。主のそれには遠く及ばないが、それでもタメになる説教だったよ」

 

「そうか。それと付け加えておくが、別に君達が神を信仰することを悪いと言った訳ではないからな。誰かを信じることは素晴らしいことだし、それを咎める気はない。ただ、もう少し柔軟に物事を考えて欲しいと思っただけだ」

 

「そうだな。心に留めておこう。――それと、ミッテルトだったか?」

 

青髪の少女がミッテルトに向き合う。

 

「何よ」

 

「すまなかった。彼の言う通り、私はお前を堕天使だと言うだけで、必要以上に敵視していた。敵対関係ならいざ知らず、そうでないというのにこの態度はあまりにも不敬だった」

 

座った姿勢で深々と頭を下げる。

それに釣られる形で、ツインテールの少女も同じ動作を倣う。

 

「……別に良いッスよ。教会の手合いからの罵声なんて慣れたものだし、むしろ今更そんな態度取られても鳥肌しか立たないわ」

 

そんな物言いだが、ミッテルトの表情は赤みを帯びている。完全に照れ隠しです、本当に(ry

 

「アンタねぇ……こっちが真面目に申し訳ないって思っているのに」

 

「それより、私以外に今回の教訓を活かしなさい。どうせその幼馴染みに差別的なこと言っているんでしょうし、その謝罪ぐらいはすれば?」

 

「そうね……そうさせてもらうわ」

 

煙に巻くように、ツインテールの少女に助言する。

自分より他人を優先する辺り、ミッテルトは優しいよね。

 

「食事も済んだようだし、先に会計を済ませてくる。そろそろこちらとしても頃合いの時間だからな」

 

取り敢えず、用は済んだことだしこの場を立ち去ろうと思う。

というか、あれだけ偉そうなことべらべら話した手前、二人とまともに顔合わせすること自体が辛い。

なんだよあの説教。どこの男女平等ワンパン主人公だよ。あそこまで飾ってはいないけどさ。

 

「感謝する。食事の件もそうだが、盲信が悪徳だということを教えてくれた貴方には、感謝してもし足りない」

 

「あまり誉めないでくれ。説教なんて慣れないことをしたせいで、精神的に参っているんだ」

 

「何を謙遜する必要があるか。貴方は確かに正しいことをした。それを恥と思うのは、それこそ貴方の言葉に感銘を受けた私達の意思すら否定することに繋がるぞ」

 

「あー、いいのいいの。レイったら変なところで真面目だから、偉そうに説教を垂れたことに自己嫌悪しているだけだから、気にしなくていいと思うわ」

 

流石ミッテルト。一緒に住んでいるだけあって、僕のことを良く分かってらっしゃる。

でも、そんな素振り見せた記憶ないんだけどなぁ……多分。

 

「そういえば、レイという名前ばかりで貴方の名前をきちんと尋ねていなかったな。それに、私達も名乗っていなかった。私はゼノヴィア、そして隣の彼女が紫藤イリナ」

 

「紫藤イリナよ。さっきも言いましたけど、エクソシストをやってるわ」

 

「有斗零。《神器》を所有してはいるが、歴とした人間だ」

 

「私は――さっき言ったからいいわよね。まぁ、いずれ忘れる奴の名前なんて二度聞きする意味はないでしょうし、いいわよね?」

 

「安心しろ。少なくともしばらくは忘れんさ」

 

そう言いながら、互いに不適に笑い合う。

なんやかんやあったけど、ゼノヴィア達とミッテルトの間に確執は無くなったってことでいいのかな?

というか、そうでなければ完全に恥曝し損じゃないか。それは勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

ゼノヴィアと紫藤イリナは、有斗零とミッテルトと別れた後、ファミレスでの出来事を思い返し、会話の種としていた。

 

「何て言うか、不思議な人だったね彼」

 

「そうだな。……彼の言葉は、何故か耳に残る。思い返せば在り来たりな矛盾の糾弾の仕方ではあったが、それを理解した今でも彼の言葉が陳腐に感じる気配はないのは、彼の真摯さ故か」

 

主を信仰する身分として零の言葉を信ずると言うことは、主への反逆と捉えられても不思議ではないことだというのに、それを否定できない二人。

しかも、否定できない事実に嫌悪感を抱くどころか、納得さえしてしまっている。それだけ彼の言葉に力があったということだ。

 

「あのミッテルトという堕天使も、彼のことを随分と信頼した様子だった。奴も彼の言葉に絆されたクチだろうか」

 

「まぁ、《神器》を持っていても人間なら堕天使に勝てるとも思えないし、言葉で信用を勝ち取ったんじゃない?」

 

「それでも、命がけだったことは想像に難くはない。彼のような人間こそ、神の教えを説くに相応しい人材なのだが……主の存在を信じていないのならば、それも無理なことか」

 

ゼノヴィアは心底残念そうに嘆息する。

一連の経緯を持って、彼女の中でも有斗零の評価は鰻登りとなっていた。

元々純粋な気がある彼女は、一度信じるととことん傾倒する性格をしている。

彼女の神への信仰心も、そんな純粋さが行きすぎた結果であった。

逆に言えば、その拠り所が無くなった瞬間、彼女はどうなってしまうのか。想像するのは容易かった。

 

「でも、彼は悪魔でも天使でも堕天使でもないからこそ、平等な視点で物事を観測出来たってのもありそうよね。これが悪魔やあのミッテルトって子の言葉だったら、私達に届くどころかただの挑発としか思えなかったでしょうしね」

 

紫藤イリナも、ゼノヴィアほどではないにしても、零の言葉に動かされたという意味では同類だろう。

彼女には幼馴染みがいる。皆も知る、転生悪魔である兵藤一誠その人である。

彼女は一誠が悪魔だと知ったとき、あらゆる思いが渦巻いた。

絶望、失望、裏切り――神を信ずる自分とは対極の立場に知らず身を置いていた幼馴染みに対し、表面上こそおどけてはいたが、彼女は無意識に見下した感情を持って接していた。

だが、零の言葉で気付かされる。

幼馴染みは昔と一切変わっていなかったのに、それを悪魔というフィルターに掛けて見てしまったが為に、物事の本質を見誤ってしまっていた。

子供の頃と比較して、エロス度合いが軒並み増していたのはご愛敬だろう。寧ろ、それこそが兵藤一誠たらしめる要因といっても過言ではない。

イリナは内心、彼は悪魔になるべくしてなったのでは?なんて主の寵愛を否定する考えさえ持ってしまっていた。

 

「――――おーい、イリナ!」

 

ふと、正面から声が掛かる。

そこにいたのは、手を振って声を張り上げる兵藤一誠と、オカルト研究部員の一人である塔城小猫。そしてソーナ・シトリーの《兵士》である匙元士郎だった。

 

「お前達は……」

 

「ゼノヴィア、イリナ。俺達にもエクスカリバーの破壊の手伝いをさせてくれ!」

 

合流するが否や、一誠は叫ぶように懇願する。

エクスカリバーの破壊。それこそが使徒である二人がこの街に訪れた理由であり、最重要任務である。

コカビエルという堕天使がエクスカリバーを強奪し、それを用いて何かを企んでいるという。それを阻止する為にも、エクスカリバーを破壊しろという命令を受けている。

協会側としても負の産物として通っているエクスカリバー。それは『聖剣計画』という命を冒涜した計画によって生まれた、邪な意思によって創造された聖剣だった。

当初、エクスカリバーの破壊に悪魔の手は借りないと頑なに考えていたが、今では木場祐斗という『聖剣計画』の被害者であり、その憎悪により暴走をしている男以外の協力の意思を拒む気はなかった。

 

「ああ。ならば一本ぐらいなら任せてもいいだろう」

 

ゼノヴィアの間髪入れない回答に、悪魔達は目を見開く。

それがにべもない回答であることを予想してのものだったからこそ、驚きを増長させる要因となっている。

 

「い、いいのか?俺から頼んでおいてなんだが、昨日はあんなに拒んでいたのに」

 

「そうだな。昨日の私では、せいぜい目的遂行の効率化の為に、お前達の協力を渋々呑むという形で完結していただろうな」

 

「じゃあ、今日は違うっていうのか?」

 

「ああ。少なくとも、今の私達はお前達が悪魔だという理由で協力を拒むなんてことはしない。まぁ、あの木場という魔剣使いは別だがな」

 

「何だって、そんなに考えが変わったんだよ」

 

「別に大したことではない。ただ、教えられただけさ。種族という色眼鏡で他人を評価することの愚かしさをな」

 

悪魔達は互いに顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべる。

その反応も当然といえば当然だろう。何せ昨日まで険悪な関係だった相手が、次の日にはまるっきり意見を変えているのだ。

一日の間に何が起こったのだとか、裏があるんじゃないかとか、そういう考えを持っても不思議ではない。

 

「それと……アーシア・アルジェントに正式に謝罪をしたいと思う。彼女の人間性を見ることなく、ただ悪魔を助けたという理由だけで彼女を貶めたことを、心から申し訳なく思っている」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

ゼノヴィアとイリナは頭を下げる。

アーシア・アルジェントはその信仰心の深さと、《神器》により人々の傷を癒していたこともあり、聖女として祀り上げられていた。

しかし、一度悪魔の傷を癒したという理由で、《聖女》から一転して《魔女》と呼ばれるようになる。

教会からは追放。その行方は分からず、先日悪魔になっている所を発見する。

その際、悪魔に墜ちたという理由でアーシアに悪意ある言葉をぶつけてしまった。

 

今思えば、何と勝手だったのだろう、と後悔ばかりが募る。

彼女は誰にでも等しく優しさを振りまき、傷を癒していた。

人間の傷を癒すことと、悪魔の傷を癒すこと。どちらも同じ傷を癒すという善行である筈なのに、何故評価が二分したのか?

簡単なこと。そこに思想や立場が絡んでしまったからだ。

単純な話、アーシアが《聖女》として持て囃されていたのは、その実績もあるが、一番の理由はそれが協会側にとって都合の良い行為だったからだ。

彼女の行動が教会の評価を上げるのであれば、それを利用して神格化を促し、客寄せパンダとして扱うのは必然のこと。

だからこそ、悪魔を救ったアーシアの評価は意図も容易く逆転した。

教会の評価を下げる行為を行ったから、捨てられた。名誉挽回のチャンスすら与えられることなく、以前までの善行を鑑みての情状酌量の余地さえも与えられなかった。

これが主の意思ならば、あまりにも無慈悲過ぎる。主は等しく寵愛を与える存在である筈なのに、たった一度の気の迷いで罪人扱いするのは流石に疑問を感じざるを得ない。

結局の所、事件の中心だと思っていた相手は、実のところただの被害者でしかなかったのだ。

『聖剣計画』こそ協会側の最大の汚点だと思っていたが、それ以上の悪意が協会側に当たり前に蔓延っているのかと思うと、ゼノヴィアは吐き気がこみ上げてくる。同時に、アーシアが悪だと盲目的に信じていた自分自身にさえも同じことが言えた。

これは明らかに主の意思ではない。主の名を語り、利用し、私腹を肥やす下劣な者どもの謀略だと、二人は結論づけていた。

 

「……俺に謝るんじゃなくて、アーシアに直接言えよ。俺はアーシアをあんな風に言ったお前達を許せないけど、アーシアが許すっていうならそれ以上は何も言うつもりはない」

 

兵藤一誠も、アーシアが彼女達に糾弾された際に怒りを露わにしていた。

アーシアのことをよく知る彼だからこそ、謂われのない悪意に晒された彼女を護る盾となり、悪意を砕く矛になることを誓っていた。

しかし、理性的な部分ではこれはアーシアの問題であり、自分には直接の関係はないことを理解していた。だから、このような形で手打ちとしたのだ。

 

「というか、お前達をそこまで変えた人って誰だよ。同じ教会の人間か?」

 

「いや、違う。堕天使を供につけてはいたが、彼は紛れもなく人間だったよ」

 

「堕天使を共につける人間?……どこかで聞いたような」

 

「零先輩とミッテルトのことではないでしょうか」

 

一誠が頭を捻らせているところに、小猫が意見を述べる。

 

「そういえば確か有斗零と名乗っていたわね」

 

イリナの言葉に、悪魔勢が二度目の開眼を行う。

その様子に事情を知らないイリナ達はぎょっとする。

 

「先輩、目覚めたんだ!良かった……。それで、先輩の様子はどうだったんだ?ていうか、どこで会ったんだ!?」

 

「ま、俟て。彼とは繁華街で会ったし、見た限りでは健康そのものだったぞ。それよりも、そのレイという人物とお前達はどういう関係なんだ?」

 

ゼノヴィアの尤もな疑問に、一誠は答える。

曰く、説明のつかない《神器》を所有する人物。

曰く、人間として生きることにこだわっている意志の強い人物。

曰く、信念を通す為には、命を賭けることさえ躊躇わない勇敢な人物。

曰く、種族の違いを気にすることなく、平等に接する高潔な人物。

他にも、彼のお陰で危機を救われたこともあるとか、彼の言葉に救われたとか、まるで現代の英雄と呼ぶに相応しい武勇伝が彼の口から語られていく。

普通ならば胡散臭さしか感じないだろう。ここまで完璧な人間が普通いるとは考えられないからだ。

しかし、ファミレスでの説教のこともあり、その物語の主人公のような人間性にもある程度の信憑性が感じられた。

 

「……イッセー、それホントなの?胡散臭いっていうか、絶対誇張している部分はあるでしょ」

 

「確かに一誠先輩のは言い過ぎな感じはしますが、零先輩が私達のことを救ってくれたのは事実です。先日も、木場先輩を庇ってエクスカリバーで斬られたらしいです。それで一誠先輩は零先輩が快復したことに喜んでいたんです」

 

イリナの疑問に、小猫が割って入り答える。

 

「エクスカリバーに……だと?破片とはいえ、曲がりなりにも聖剣で斬られて、良く生きていられたものだな」

 

エクスカリバーは悪魔や堕天使に対し絶大な威力を発揮する武器だが、単純に斬る用途として扱っても相当な業物である。

使い手の技量にも依るが、一誠の話を聞く限りでは相当の深手だったことは想像に難くない。

 

「アーシアのお陰だよ。もう少し遅ければ流石にアレだったけど、先輩が以前部長から貰っていた契約の魔法陣のお陰でアーシアをすぐに呼べたから、何とか間に合ったんだ」

 

「そうか……やはり間違っていたのは私達だと言うことか」

 

「何て言うか、色々と現実を知ると辛いわね……」

 

零の言う通り、悪魔になろうとも、アーシアの善性が覆ることはなかった。

悪魔になれば心まで悪に染まるなどと信じ込み、協会側こそ善の象徴だと思っていた自分が恥ずかしい。

完全に異端の思考だが、真の異端は主の名を利用して好き勝手やっている教会の連中だ。

主は間違いなく、現状をお嘆きになられているだろう。

ゼノヴィアもイリナも、教会の悪意ある連中を否定はすれど、主の存在を信じていることに代わりは無いため、堕天するには至らなかった。

 

「とにかく、その魔剣使いを説得するにしても、奴がまだ勝手な行動を取るようであれば、即時見限るぞ」

 

「分かってる。そこは俺達でどうにかする」

 

「理解しているならば、それでいい」

 

ゼノヴィアの口調は相変わらず刺々しいが、言葉の意味そのものは随分と軟化している。

信頼とまではいかずとも、彼らの抱く聖剣を破壊したいという祈りに嘘がないことは気付いているため、頑なに拒むことも、渋々了承するといった負の感情を抱くこともなくなっていた。

イリナは元々その言動に天然が入っているというのもあり、反省半分、謝ったからもういいやという考え半分で自己完結している。

 

「先輩にも会いに行きたいけど、まずは木場をどうにかしないとな……。アイツも大分参っていたようだし、どうにかして会わせてやりたいが」

 

「やめておけ。もしあの魔剣使いに良心があるのならば、自らの意思で勝手に会いに行くだろう。奴の事を思うのであれば、お膳立てするのはやめておけ。ためにはならん」

 

「……そうだな。取り敢えずは木場の説得をしないことには始まらないしな」

 

ゼノヴィアの忠告を素直に受け取る一誠。

これだけでも、両者の間に遺恨はなくなった何よりの証明とも言えた。

ともあれ、五人はエクスカリバーのせいで自棄になっている木場を説得するべく、彼の下へと向かい始めた。

 




Q:説教してますね。
A:人によってはオリ主の説教=メアリー・スーと解釈する人もいるでしょうけれど、物語を良い方向に導くというという意味では、決して無駄ではないと思いますので、それを汲んだ上で納得してくれると有り難いです。

Q:イリナ大人しいね。
A:零の時は単純に説教中だってこともあったけど、それ以降はそれを引き摺っていたせいです。

Q:匙喋ってないね。
A:空気が読める子だからね。

Q:ゼノヴィアとイリナのどっちかはヒロインになるの?
A:なると思うよ。


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第十三話

難産でした。最近シリアスばっかりだなぁ。
主人公の方だけでも緩い雰囲気を保てる勘違い系作者様は尊敬する。


ゼノヴィア達と別れ、駒王学園、というかオカルト研究部に足を運んだ僕達。

その場にはリアスしかおらず、出掛けているのかー、なんて益体もないことを考えていると、リアスがおもむろにこっちに近づいてきた。

 

「零、もう大丈夫なの?」

 

「おかげさまでな」

 

「……祐斗を庇ってくれたんですってね。そのことに関しては感謝してもし足りないわ。けど、それで貴方が死んだら意味無いのよ?」

 

「君の気持ちは理解出来るが、何分無意識のことだったからな。気をつけてどうにかなるとは思えん。それに、別に悪いことをしている訳でもないのだから問題はないだろう?」

 

「大アリよ!!……まったく、貴方って人は」

 

怒ったかと思うと、呆れたりと忙しいな。

心配してくれるのは嬉しいけど、そこまで怒ることはないだろうに。

 

「レイが入部したのはレイの身の安全を強化する為の筈なんだけど、その護るべき対象に護られるなんて、ホント何なのさ。本末転倒も甚だしいッスね」

 

「……それに関しては弁明の余地もないわ。あの日の祐斗は精彩を欠いた状態で、私達もあの状態をどうにかしたいと思っているの。恐らく今頃イッセー達が説得のために行動を起こしている頃でしょうし」

 

「あの優男君が精彩を欠くなんて、よっぽどの事情って奴?」

 

「そう、ね。彼自身のことだから私からはあまり言えないけれど、私の眷属として生きることになった理由が、彼をそうさせているとだけ言わせてもらうわ」

 

……なんて言うか、またシリアスな感じがしそうだ。

まぁ、最初から聞くつもりはないからいいんだけどさ。

リアスの時は自分から話してきたから聞く形になったけど、本来そういうのは御法度だしね。

 

「兎に角、今日はみんなが戻ってくるのをここで待っててもらえる?あの子達も貴方のことを心配していたのだから、顔を見せるぐらいはしないと」

 

リアスの言い分も尤もだったので、オカルト研究部に居座ることにした。

居座ると言っても何もすることがないので、適当に三人で話をするだけだったりするんだけどね。

 

「……何の連絡も来ないわね」

 

「先程の言い方だと、別に木場の捜索を指示をしたわけではないのだろう?だったら途中経過の報告がなくても別段不思議ではないと思うが」

 

「そうかしら……」

 

「心配しすぎるのも彼らを信じていない証拠だ。もし間違いをしたなら叱ればいいだけの話だ」

 

納得したのか、頷いて黙り込むリアス。

リアスが優しいことはもう分かりきっていることだし、彼女の心配の理由も分かる。

とはいえ、やはり気に掛けすぎてもマイナスな印象を与えてしまいかねないので、メリハリが大事。

 

「失礼するわ」

 

ノック音と共に、声の主がオカルト研究部に入ってくる。

現れたのは、は生徒会長の支取と紹介の時にいた第二の黒髪眼鏡(長髪)の女性だった。

 

「あら蒼那、どうしたのかしら」

 

「いえ、彼が学園の敷居を跨いだという情報を聞きつけ、来るならここだろうと当たりを付けて来てみたのだけれど、どうやら間違いではなかったようね」

 

ん、僕のことかい?というか、男は僕しかいないから必然的にそうなるんだろうけど。

 

「それで、私に何か用か?」

 

「……生徒会室での約束を、舌の根の乾かぬうちに破る形になってしまいました。そのことで、謝りたいと思っていたんです」

 

「貴方が気にすることではない。今回ばかりは、私が全面的に悪いのだから」

 

「そうよ、確かに護って欲しいとはお願いしたけど、どうしようもない状況だったのはこっちで把握しているつもりだから」

 

はい、ぐうの音も出ませんね。

だが私は謝らない。というか、媚びへつらいません、反省しません。

 

「蒼那、別に貴方に非があるとは思えないわ。寧ろ、私の眷属の問題で彼を不用意に巻き込む形になったという点では、《王》である私が一番責任を負わなければいけないわ」

 

「だけど……」

 

「私のことを気に掛けてくれるのは有り難いし、感謝もする。だが、リアスにも言ったが今回の件は完全に私の自業自得によるものだ。謝られるよりも、叱られるぐらいが丁度良い」

 

「そういうこと。……でも、今回の件でミッテルトの過剰とも思える心配の理由も、嫌と言うほど理解したわ」

 

僕以外のみんなが、目を瞑ってうんうんとリアスの言葉に頷く。

このアウェー感、なんなんですかねぇ……。いや、理由は分かってるけどさ。

 

「そうだ。零は携帯あるでしょう?貸しなさい」

 

リアスに半ば強制される形で携帯を渡す。

そして自分の携帯とにらめっこする形で、端末を操作していく。

 

「はい、連絡先の交換をしておいたから、何かあったら即電話すること。いいわね?」

 

「あ、なら念のため私も登録しておきましょう」

 

今度は支取に携帯を奪われる。いつの時代も女性は強いです。

 

「そういえば、サジがリアスの眷属――兵藤君でしたっけ。彼と行動を共にしているのを学園内で見たという情報がありましたが、その件で何か知っているかしら?」

 

「いえ、何も。特に行動を共にするほど仲が良かった記憶はないし、一体どうしたのかしらね」

 

「プライベートにまで干渉するつもりはないけど、例の件もあるから少し心配なのよ」

 

支取が何やら気になるワードを口にする。

 

「例の件?」

 

そう問いかけると、リアスと支取は顔を見合わせる。

数秒の間を置き、リアスが口火を切る。

 

「そうね。危険回避という名目でも、知っておいた方が良いでしょう。今、この街に堕天使が来ているわ。エクスカリバーという聖剣を用いて、何かをしようとしている。だから、破壊しなければいけないの」

 

「堕天使……」

 

ミッテルトがぽつりと呟く。

同じ堕天使が、再びこの街で問題を起こしているという事実は、間違いなく彼女を苦しめている。

 

「その事件が、木場の精彩を欠く原因ともなっている、と」

 

「……そうよ。だからどうにかして彼を止めないと、大変なことになってしまう。一応まだ戦力分析出来る程度の理性は残っているようだから、無茶はしていないと思うけど、それも時間の問題だわ。そこは、イッセー達の頑張り次第ね」

 

「サジが兵藤君と共に行動していたのも、リアスの《騎士》の説得に向かったとなれば納得ね。あの子は優しい子だから」

 

サジって誰だろう。上の名前だけじゃワカンネ。

 

「兎に角、朱乃が監視をしているから何か問題が起こりそうであれば、連絡が来る筈――」

 

リアスの言葉は、突如現れた紅の魔法陣によって遮られる。

そこから現れたのは、話題に出たばかりの姫島だった。

 

「あら、零君にミッテルトさん、それに会長までいらしたのですね」

 

相変わらずの調子で姫島は周囲を見渡し、改めてリアスに向き合う。

 

「朱乃、イッセー達はどう?」

 

「イッセー君達はどうやら彼の説得に成功したようです。ですが、それ以降彼のエクソシストと共に何やら行動を起こす可能性が出てきました。恐らく、彼らだけでエクスカリバーの破壊をするのではないかと」

 

姫島の説明を聞くと、リアスと支取は深い溜息を吐く。

 

「もう少し様子を見てから判断しましょう。私達が下手に出張れば堕天使側を刺激しかねないしね。それでもあの子達が馬鹿な真似をするなら――お仕置きが必要ね」

 

蠱惑的に笑うリアスが怖いんですけど。もしかしてリアスって結構S気質?

 

「二人とも、今日はもう帰って良いわ。それと零、貴方は病み上がりなんだから、明日は休みなさい。ミッテルトは、彼が心配なのは分かるけど明日は学園に来るように。学園の生徒となったからには、学生としての本分から外れた行動は厳禁よ」

 

「……分かったわよ。レイ、明日は大人しくしててよね」

 

僕は我慢の出来ない子供か。いや、成人してないから子供だけどさ。

取り敢えずここでいいえを選択して怒らせるのはアレなので、頷いておく。

 

「……やっぱりサボっちゃ駄目?」

 

「駄目。気持ちは痛いぐらい分かるけど、もう一日分欠席してるんだから、ね?」

 

過剰に心配するミッテルトに申し訳なさを感じながら、それからまもなく解散となった。

 

 

 

 

 

そんな感じで次の日。

安静にしろ、と言われたけど安静にしてたから何だ、って言うみんなの優しさを踏みにじる思考をしながら、部屋で待機しています。

そして、何も出来ないのに律儀にログインしている自分も大概か。

 

「お久しぶりですな、お客人」

 

そんな感じで家で一人ぶらぶらと歩き回っていると、ベルベットルームに拉致されたでござる。

いや、暇だったからいいんだけどさ。でも、いきなりあの長鼻の面妖な姿が目の前に現れたらビビるって。

 

「どうやら着実に絆を育んでおられる様子。ですが、その本来の扱い方を未だきちんと理解出来てはいないらしい。無意識の内に行った辺り素質は充分。ですので、ワイルドの本領――絆をひとつに集約し、新たなペルソナとする技術。合体の方法を教えましょう」

 

そうイゴールは言い出すと、抽象的な説明で合体についての説明をしてくれた。

いやだって、具体的にああしろこうしろって口頭での説明だし、教本のような物があるわけでもないから、どうしても感覚的なものになっちゃうんだよ。

でも、歴代ペルソナ主人公だって合体は何の障害なくやり遂げているし、意外と簡単なものなのかな。

……というか、このタイミングでイゴールの説明が入るって事は、つまりそういうことだったり?

 

「イゴール。この部屋は貴方一人だけしかいないのか?」

 

説明が終わった辺りで、前から疑問に思っていたことを聞く。

 

「はい。ベルベットルームの住人は他にもいるのですが、各々が別のお客人との対応に出ておりまして、僭越ながら私め一人でお客人の相手をしている次第でございます」

 

あー、それってもしかしなくても歴代の主人公達?随分細かく設定作ってるんだなぁ。

 

「そうです。もしお客人の方で私の仕事を手伝ってくれる伝手がございましたら、勧誘して見てはもらえないでしょうか。何、ずっと拘束するという訳でもありませんし、条件を呑んでくれればその方にも相応の報酬を支払うことを約束しましょう」

 

ポン、と手を叩きイゴールがそんな提案をしてくる。

そんなこと言われても、ねぇ。

 

「報酬に関しては、具体的にはどの程度の融通が利くのだ?」

 

「余程の事象変化でも無い限り、大抵のことは」

 

「そもそもその相手はどうやってここに連れてくればいい?」

 

「その者の手を取って、この部屋のイメージを頭に浮かべれば大丈夫です。さすれば、その者も正式な客人としてこの場に通すことが出来ます」

 

案外簡単なんだね、ここに来るのって。

僕は今のところ強制拉致でしかここに来られてないから、逆に拍子抜けだ。

というか、原作と違って一定の場所にベルベットルームに通じる扉があるとか、そういうタイプじゃないんだもん。勝手が分からなくて当然だ。

 

「まぁ、考えておこう」

 

「期待して待っておりますよ」

 

イゴールの胡散臭い笑いと共に、ベルベッドルームからはじき出される。

瞬きした瞬間には元の場所に戻ってるんだから、面白いよね。

実は網膜に焼き付いてる映像を見ているだけとかだったりして。……有り得そう。

 

ともあれ、合体のやり方については理解した。

後はそれを実践するだけなんだけど……流石にここじゃあマズイよね。

だけど、外に出るなって言われてるし……。

いや、買い物に出掛けるぐらいならセーフだよね。

その段階で何が起きても、不慮の事故で済むよね?仕方ないよね?俺は悪くねぇ!!

 

「よし、行こう」

 

ごめんなさい。許してくれなんて言わない。

でも、ミッテルトはともかく、リアスとかは欲望に生きる悪魔なんだから僕の気持ち分かるよね?だから怒らないでね?

などと誰にも届くことのない下らない脳内謝罪で免罪符を得た気になりながら、颯爽と家を出る。

取り敢えず適当な人気のなさそうな場所で、ペルソナの確認をば。

そう思って知らない道をすいすいと歩いていくと――

 

「紫藤……?」

 

人気のない道端で、ボロボロになった戦闘装束と思わしき衣装を着たイリナが倒れていた。

思わず駆け寄り、イリナの上半身を起き上がらせる。

 

「おい、しっかりしろ」

 

軽く揺すってみるも、起きる気配はない。

というか、ボロボロ具合が結構ギリギリなんだけど。バイサー以来の危機感を煽る光景だよ。

 

「ん~?お~やおやおやおや。クソ悪魔を釣る餌にそのビッチを放置したってのに、釣れたのは雑魚ってのはいただけないですねぇ~」

 

何とも独特なイントネーションの語りと共に現れたのは、白髪の青年。あれ、どっかで見たことあるような……。

 

「っと、よく見たらあの時俺様が誤って斬っちゃった凡人君じゃないですか~!何で生きてるの?あの時庇った悪魔に助けられちゃった系?あ~それは駄目ですねぇ。それは最早悪魔に魂を売ったも同然。よって、俺様の狩りの対象けって~い!」

 

ハイテンション極まりなくおしゃべりを続ける残念なイケメン。

そういう設定のキャラなのか、ロールプレイなのか、判断に困る。

どっちにせよ、僕の敵であることには変わりはなさそうなんだけどさ。

 

「折角だし、そこのビッチから奪ったこの擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の試し切りでもしちゃいましょうかねぇ~?」

 

残念なイケメンが持つエクスカリバーは、まるで意思を持ったかのように不規則に形を変えている。どうやらやる気のようだ。

ミミックって言うと宝箱が真っ先に思い出されるけど、実際は語源である擬態を指しているのだろう。

こっちこそ折角だから、新しいペルソナの実験台になってもらおうかな。

 

「……?オイオイ、まさか《神器》持ちかよ。でも、どんな《神器》でも使わせる前にやっちまえばいい話だよねぇ~!!」

 

残念なイケメンが僕へと肉薄してくる。

だが、遅い。ただでさえ距離が空いているのに、こっちは発動まで一工程しか挟まないのだ。

 

「――ペルソナ!!」

 

タロットを握り潰し、叫ぶ。

僕の前に立ちふさがるように現れるは、《破壊者》または《滅ぼす者》と呼ばれる堕天使。七つの災厄の五番目に該当するイナゴの王。

巨大な緑色の顔に前足が生えたような歪な体躯に、それに相応しい大口を開けている。

 

「……おいおい、何だよこの化け物はぁ!」

 

「アバドン、アギダイン!」

 

人間一人を軽く覆える大きさの炎が残念なイケメンへと迫る。

 

「あっっっっづううううううう!!こんのぉ、調子に乗ってんじゃねーぞぉ!」

 

残念なイケメンは身体を地面に擦りつける形で炎から逃れ、怒り心頭な様子でアバドンに向けてエクスカリバーを振るう。

しかし、エクスカリバーはアバドンの身体に沈み込み、逆に呑み込んでいく。

物理無効のスキル。聖剣なんて言うから破魔属性かと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。

 

「チェンジ、オロバス」

 

消滅したアバドンの身体に呑み込まれていたエクスカリバーが、僕の足下に向けて転がり落ちる。

それを拾い、残念なイケメンと向き合う。

 

「……エクスカリバーを手にしたからって俺様に勝てると思ったか?ソイツは因子持ちじゃねーとただの剣と変わらないんだっつーの!」

 

「スクカジャ!」

 

残念なイケメン――ああ、もう言いにくいから残念君でいいや――は新たに神父服の懐から剣を取り出す。

直感的に嫌な予感がしたので、速度強化を発動させる。オートスクカジャが欲しいです。

瞬間、目にも止まらぬ速度で剣を振り下ろす残念君。

しかし、通常時ならいざ知らず今の僕なら余裕で捌ける。

 

「うぉっ!天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)と同じ速度で動けるって反則じゃないっすかねぇ!」

 

それでも軽口は尽きない辺り、意外と余裕なのかな?

それにしても、何か楽しくなってきた。こんな互角の近接戦闘なんて久しぶりだから、あっちもそうなのかもしれない。

オロバスとのタンデムをすればこっちが有利なんだろうけど、折角の緊張感有る戦いをあっさりと終わらせたくはない。

それにしても、さっき残念君がこのミミックを自由に動かしていたけど、どうやってやるんだろう。

因子持ちがどうのって言ってたけど、取り敢えずものは試しだ。

思い浮かべるイメージは、ソードブレイカーの凹凸の幅を拡げたもの。

残念君と鍔迫り合いをした瞬間、篭手返しの要領で左手を軸に相手の剣先を地面に落とす。

予想外の出来事にバランスは崩れ、更には速度も上がっていることから、体勢を立て直すのは不可能。

前のめりに倒れようとする残念君の腹に、思いっきり膝蹴りを喰らわせる。

 

「ぐげぁあ!」

 

潰れた蛙の鳴き声のようなものを叫んだ残念君は、当然怯む。

そして、呼吸もままならないであろう彼の側頭部に容赦なく回し蹴りを叩き込む。

タルカジャのような攻撃力強化とはいかずとも、速度が増した攻撃はそれだけで遠心力という名の恩恵にあやかれる。

つまり、人間である残念君を気絶させるぐらい容易いということだ。

さっきのアギダインのダメージもあるからね、仕方ないね。

 

突如、背後から紅色の光が発光する。

振り向くと、そこには木場を除いたオカルト研究部メンバーが揃っていた。やっべ。

 

「蒼那の眷属から、紫藤イリナが倒れているなんて情報が来たから飛んで駆けつけてみたら、零!貴方、どうしてここに」

 

「偶然居合わせただけだ」

 

「偶然って――そもそも外出しないようにって言った筈よね?」

 

笑顔とは本来攻撃的な意味合いを持つものだって良く聞くけど、その通りだと思う。

美人顔が怒ると、余計に怖いね。何でだろう。

 

「部長、それよりもイリナが!」

 

イッセーがイリナを抱きかかえリアスに呼びかける。有り難う、君のお陰で当面の危機は去った!

 

「酷く消耗しているわね……。あそこで伸びているフリード・セルゼンの仕業かしら」

 

「というか先輩、何で聖剣を持っているんですか?」

 

小猫ちゃんの指摘に、一同が僕の手にあるエクスカリバーに注目する。

てかあの残念君、フリードって言うんだ。心の中のライバルとして覚えておこう。

 

「それって、イリナの持ってた奴だよな。何で先輩が」

 

「恐らく、これが紫藤を襲った理由だろう。一度彼女は奴に敗北し、これを奪われていた。それを取り戻しただけの話」

 

「零君、もしかして天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)を持ったフリードにたった一人で勝ったのかしら?」

 

「ああ、中々に面白い使い手だった」

 

「マジかよ……病み上がりの人に負けたとか……」

 

何故か兵藤と小猫ちゃんが絶望している。僕、悪いことしてないよね?多分。

そして、突如現れる白銀色の魔法陣。そこから現れたのは、支取とロング黒髪眼鏡さんと生徒会室で見かけた金髪の青年の三人だった。

 

「蒼那、来てくれたのね」

 

「自分の眷属からの情報なのに、出て行かない訳にもいかないでしょう。それより、彼女の容態は?」

 

聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)で傷の回復はさせましたが、体力ばかりはどうしようも……」

 

アーシアが酷く落ち込んだ様子で答える。

 

「……私の家なら治療設備があります。椿姫!」

 

「はい」

 

支取の指示で、黒髪ロングさんがイリナと共に魔法陣の中に消えていく。

今日は知らない人の名前が沢山出る日だなぁ、なんて空気の読めない思考が巡る。

 

「さて、フリードは彼が倒してくれたようですし、他の聖剣の回収も――」

 

「流石にそれは容認できんなぁ、シトリー家の娘よ」

 

支取の言葉は、どこからともなく聞こえてくる渋く厳かな声に阻まれる。

空は紫色に染まり、どこか歪んだ空間を形成していく。

そしてその中に降り立つ、十枚の黒翼を背に持つ闖入者。

 

「その翼の数――幹部クラスね」

 

「ご明察だ、グレモリー家の娘よ。我が名はコカビエル」

 

「御機嫌よう、堕ちた天使の幹部さん。私はリアス・グレモリー、どうぞお見知りおきを」

 

「リアス・グレモリー。お前の兄、サーゼクス・ルシファーと同じ紅の長髪。見ていて反吐が出るよ」

 

ん?このコカビエルって堕天使はサーゼクスさんと因縁があるのだろうか。

リアス一家は何かと因縁持ちですね。たまげたなぁ……。

 

「あのエクソシストを餌にお前を呼び寄せたのは他でもない。貴様を倒し、サーゼクスが出ざるを得ない状況を創り上げる為だ」

 

「何ですって!?そんなことをすれば、戦争では済まないわよ!」

 

「その戦争を俺は欲しているのだよ。戦争が終わり、三勢力が牽制し合うだけの生ぬるい現状にはもう飽き飽きしているんだ。アザゼルもシェムハザも、戦争行為には消極的でつまらん。だから、俺が自ら引き金を引く。至極自然な流れだろう?」

 

「完全な戦争狂ね」

 

「それに、今日は思わぬ掘り出し物も見つけた」

 

リアスに向けていた視線を、僕に向ける。

 

「人間よ、名は?」

 

「有斗、零」

 

「有斗零よ。フリードを下した実力もさることながら、お前が召還したあの醜悪な化け物――アバドンと呼んでいたな?俺の知る限り、アバドンとはあのような化け物の姿はしていなかった。だが、奴に追従する力をあの化け物は内包していた。ならば、お前が召喚したものは何だ?」

 

「敵となるであろう相手に手の内を晒す程、お人好しではない」

 

「くくっ――そうだな」

 

コカビエルは愉しそうに笑う。

戦争を望んでいる、か。つまり、戦いたいってことだよね。

僕が来る以前のこのワールドのことは分からないけど、コカビエルが言ったとおり刺激はかなり減ったのかもしれない。

いや、以前が無法地帯過ぎただけで、その三勢力が秩序を維持していると考えると、今の在り方こそ理想であり、コカビエルのやろうとしていることこそ、悪と見なされるのだろう。

 

「俺の見立てでは、フリードとの戦いですらお前の本気ではあるまい。お前の全力を知りたい。少なくとも、現時点でもリアス・グレモリーやシトリー家の娘など歯牙にも掛けない強さを持っているのは明白。ならば、戦わない道理はあるまいて!!」

 

「随分と高く評価されたものだな」

 

「その評価の証として、お前に擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を預けよう。そしてお前を倒し、取り戻す。そうすることで俺は更なる闘争の渦中に身を置くことが出来る。最高じゃないか!!」

 

コカビエルは両手を拡げ、叫ぶ。

フリードも大概だったけど、この人もテンション高いね。

 

「戦いの場は、お前達が通う学園にさせてもらった。ルシファーの妹、リアス・グレモリー。そしてレヴィアタンの妹、ソーナ・シトリー。そして有斗零!お前達が通う学舎ならば、さぞ混沌とした魔力の奔流が期待出来るだろう。戦場としては申し分ない」

 

「巫山戯たことをっ……!」

 

「楽しみにしているぞ。最高の戦場で、また会おう」

 

リアスの憤りも暖簾に腕押し。コカビエルは倒れているフリードと共に消えていった。

それと同時に、視界が夕日の色を取り戻していく。

 

「……まさかここまでとんでもない事になるとはね」

 

「こうなってしまった以上、一刻の猶予もないわね。幸か不幸か、相手がどこにいるのかは把握できていることだし、早急に対策を立てないと」

 

「そうね。……それよりも、零」

 

「何だ?」

 

「どうして外に出たの?それが原因でコカビエルに目をつけられるわで、本当に貴方って……」

 

「だが、紫藤を護ることが出来た。いや、正確にはあれ以上の被害に遭うのを防ぐことが出来た、程度のことだが」

 

「そういえば、イッセーから聞いたわよ。貴方、ゼノヴィアと紫藤イリナと接点があるそうじゃない。何て言うか、貴方って歩く度にイベントを起こすわよね」

 

「そんなもんだろう」

 

「そのイベントが天使とか堕天使とか、そういう関係のばかりだから頭が痛いのよ……」

 

リアスがオーバーリアクションと言うに相応しいぐらいに、溜息と共に肩を落とす。

そんなこと言われても、知らんがな。

 

「部長。それよりも零君のことをどうするのですか?仮に擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を取り上げても、コカビエルが彼自身との戦いを望んでいる以上、彼を巻き込まないというのは非常に困難になりましたわよ」

 

姫島は僕に視線を移しながら、リアスに問いかける。

 

「そうね……。零、こうなったからには貴方も同行するしかないわ。寧ろ別行動を取る方が貴方が危険になるでしょう」

 

仕方ないからという理由で渋々同行を許すリアスの態度に、少しだけムッとしてきた。

仲間はずれにされるのは、どんな理由であれ簡単に納得できるものではない。

 

「……そもそもリアスは何故そうも私を遠ざけようとする?」

 

「それは、貴方は人間で、これは悪魔の問題だから――」

 

「悪魔の問題だろうと、自分が人間だろうと、それを理由に仲間が傷つくのを静観できるほど、私は薄情にはなりきれん。私のことを大事に思ってくれるのは痛いほど分かる。だが、それで君達が傷つき、私だけが指をくわえて待機だなんて、自分の立場でそれを強要されたら納得できるか?」

 

「……それは」

 

「《レーティングゲーム》の時は、私が人間だからという理由で静観することしか出来なかったが、今回は違う。姫島が言うように、コカビエルから狙われる立場になってしまったからには、全力で立ち向かう。だが、そうでなくとも私は君達と共に戦う心算だった。だが、君達は私のことを思ってか必要以上に情報を与えようとしなかった。もしそれで事後に全てを知ったら、私は悲しみを背負うだろう。それは果たして、優しさと言えるのか?」

 

「零君。もう、そこまでにしましょう」

 

姫島が、言葉で僕の制止を促す。

柄にもなく熱くなっていた。

 

「貴方の言い分も理解出来ますが、それ以上に私達が貴方のことを大事に思っていることを、どうか理解して下さいませ。……ですので、私達も貴方の意思を尊重します」

 

「あのコカビエルって堕天使が何者かは知らねぇけど、先輩が一緒に戦ってくれるって言うなら、負ける気はしねぇぜ!」

 

「私達が先輩を護ります」

 

「零先輩。一緒に頑張りましょう!」

 

姫島、イッセー、小猫ちゃん、アーシアの順番でそれぞれ想いを告げる。

 

「……そうね。思えば貴方には一方的なお願いばかりしてきたわね。大抵受け入れてくれなかったけど。でも、それで私が貴方の意見を聞き入れないなんて、虫が良すぎる話よね」

 

言葉ではまだ納得していない風だけど、リアスの表情を見れば言葉とは裏腹なのが分かる。

これで、真の意味でオカルト研究部の輪の中に入れたのだろうか。

そうだったら、嬉しいな。

 

「行きましょう、駒王学園へ」

 

そう言って、リアスが手を差し伸べてくる。

僕はその手を、迷わず取った。

 




Q:イリナはポロリしてたの?
A:この世界はAT-X版ではありましぇん。

Q:何でエクスカリバー使えたの?
A:理由が語られる前にエタらないといいね。

Q:エクスカリバー預けたままじゃ色々と不都合あるんじゃないの?
A:それはバルパーの都合で、コカビエル的にはあまり重要じゃないからいいんです。

Q:アバドン>オロバス
A:ソロモン72柱の一角だからしょぼいなんてことはないんだよ……それもこれもアトラスの陰謀です。まぁ、それでもアバドンのが圧倒的に凄いんだけどさ。

Q:コカビエル……戦闘狂……安元……うっ、頭が。
A:その身を持って教えてやろう、最強の暴力を!!

アバドンのステは次話で纏めて出します。


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第十四話

話一歩も進んでねぇ。


今、駒王学園に支取蒼那の力によって結界が張られている。

この学園が戦場になる。それはオカルト研究部で一人待機していた私に突如告げられた現実だった。

 

本当はレイの様子を伺うという意味でも、授業が終わったら即刻帰るつもりだった。

でも、レイは自分のせいで私に不自由を強いていると考え、自らを責めるかもしれないと思うと、帰宅への意気込みも自然と形を潜めていった。

取り敢えず、時間潰しという意味でもオカルト研究部に寄り道していこうと考えた私は、リアス達が木場祐斗が帰ってこないことを話題にしている中、場違いに話を聞いていた。

そんな中、エクソシストである紫藤イリナがとある場所で倒れているとの目撃情報が入る。その名を再び聞いたこともそうだが、まさか助けに行こうとする関係だとは思わなかった。

オカルト研究部員であれど、リアスの眷属ではない私は魔法陣による移動が出来ない。

誰もいなくなるのならば帰っても良いかと考えたが、リアスに紫藤イリナを襲った存在に私が襲われる可能性があると言われ、待機を命じられた。

守る義理はなにひとつとしてないし、ならばレイとて襲われる危険性がある。

でも、レイは自宅で大人しくしている筈だし、堕天使である私が外を歩く方が危ないと判断し、指示に従うことにした。

レイに心配は掛けさせたくない。こんなにも私はレイのことを気遣っているのに、彼はそれを嘲笑うかのように危険へと身を置き続ける。

理不尽だ。不条理だ。納得できない。

――でも同時に、それが彼の魅力なんだってことにも気付かされる。

 

人間に限らず、知的生命体なんて究極的に言えば自己保身しか考えていない生き物だ。

どんなに善人ぶった奴でも、自らの命が危ぶまれればヒトゴロシもするし盗みだって働く。

他人に気を掛けられるのは、自分が幸福だからだ。

自らの幸福を棚に上げて、かつその幸福が失われない程度の裁量で他者の助けとなる。

釣り合いが取れているといえば聞こえは良いが、逆に言えばその条件が失われた瞬間、天秤は簡単に傾いてしまう。

……分かっている。それこそ正しいことだってことは。

自分を犠牲にしてでも誰かを救うことは、最早偽善の域を超えている。釣り合いが取れていない。

歪で、醜悪で、矛盾している。

――でも、そんな歪さが綺麗だと思えてしまうのは、何故なんだろう。

 

その歪みは本来誰も持ち得ないものだからこそ、憧れている?

危ない雰囲気の男に惹かれる女と同じ心理が働いている?

どんなに歪んでいても、誰かを助けるということ自体に悪の概念は含まれていないから?

――分からないことだらけだけど、少なくとも私はその歪な存在――有斗零に惹かれていることは間違いない。

放っておけない、助けになりたい。彼が過去に私を地獄から引っ張り出してくれた時のように、私も彼の力になりたい。

今までの人生の全てを失う切っ掛けでもあり、そんな人生では得ることの出来なかった本当に私が欲しかったものを与えてくれた人。

私は彼に恩を返したい。でも、何をすればいいのかも分からない。

 

下級堕天使である私では、フェニックスさえ倒した彼の盾にすらなれない。

しかも今や周りには、私なんかよりも強い悪魔が仲間としていてくれている。それが機能した試しがないとはいえ、それは完全に彼の自業自得だから批判の理由にはならない。

じゃあそれ以外では?と考えてみても、彼の家で居候をしている時点でおんぶに抱っこ状態。

家事とかもするけど、何故か彼の家は大抵綺麗な状態を維持しているから滅多に掃除は必要ないし、一人暮らしのせいなのか料理だって結構彼は上手いのだ。

女として沽券に関わるから必死に練習しているけど、所詮は付け焼き刃。未だに彼の足下にも及ぶ様子もない。

 

『この世界で生きる上で、君の存在は最早なくてはならないものとなっていた』

 

彼の紛れもない本心を聞いたとき、これ以上とない幸福感で満たされた。

でも、冷静になっていくと共に、その幸福が私の胸に棘となり、ちくちくと痛みを与えるようになった。

幸福が、彼の優しさが、無力な自分の後ろめたい感情を刺激する。

それでいいのか?本当に彼と同じ歩幅で歩いて、振り切られないと思っているのか?そんな言葉が脳内に過ぎる。

一足飛びで成果が出せる訳がない。そんな才能がないことは自分が一番理解している。

それでも、彼と対等な関係になるには、ドーピングのような特殊な方法で強くならないといけない。

同じ速さで歩いていては、今までの恩を返していったとしても、絶対に彼に借りが出来てしまう。そうなればいたちごっこだ。

 

一人になることで、どんどんと膨れ上がってくる自らへの負の感情。

昔からそうだった。何かしていないと、自分がしてきたことへの後悔で潰れそうになる。

この選択は正しかったのか。自分が選んだ選択で礎となった人達は、果たして本当にそう必要な犠牲だったのか。

堕天使になって初めの頃、後悔と自責の念で押しつぶされそうになった。

自分の選択で犠牲になった人達が夢に出て、怨嗟の言葉を呟かれたことも少なくはない。

天使だった頃は、下っ端である自分が出来ることは雑務全般だったから、自分の行き方に疑問を持つことはあっても、罪悪感を覚えることはなかった。

でも、堕天使になりある程度の自由を得たと同時に、自らの行動への責任も伴うようになった。

自分で選択し、自分で未来を掴む。ごく当たり前な生きるために必要な行為でさえ、私にとっては新鮮で、同時に残酷だった。

堕天使になって初めて自分で選んだ選択が、自衛の為の殺害行為なんて、あまりにも過激すぎる。

実際には殺しはしていない。自分にそんな実力はないから、せいぜい怪我をさせて戦闘不能にするのが関の山だった。

でも、その実力があったら?間違いなく、完全に刺客を殺していただろう。

生きるために、自由を得るために。必要だから殺す。そんな生き方は、私達のような人外にとって息をするように当たり前なことなんだって、知ってしまった。

 

でも、それを許容できなかった私は、自らに嘘を吐いた。

人間界で使われるような俗っぽい言葉遣いを用いて差別化を図り、性格も調子の良い感じを演じる。

そうすることで、堕天使として他者を排斥するミッテルトは、私であって私ではない、別人の仕業だと思いこみ、現実から逃げてきた。

自由は欲しい。だけど誰も傷つけたくない。

二律背反の理を矛盾無く飲み込めるほど、私は強くなんてなかった。

だから私は、堕天使ミッテルトという偽りの仮面を被り、心を守った。

現実はこんなにも理不尽で、残酷で――でもそんな世界で自由に生きたかった。

 

そんな生き方をしていたとき、レイと出会った。

彼はどこまでも自分の心に素直で、真っ直ぐで――だから、憧れた。

中途半端な自由と、自由の代価に行われる非道な行いに疲れていた私を救ってくれた――だから、彼に尽くしたいと思った。

結局誰かに依存しているじゃないかと思うかもしれないが、これは紛れもなく自分の意思で選んだ選択だ。

レイナーレ姉さまの時は、弱者である自分にはそれしか選択肢がなかったからに過ぎない。

彼女が私のことを利用していたように、私も彼女を利用していた。

レイとはそんな虚しい関係ではなく、互いに想い合っている仲。

……自分でも恥ずかしいことを考えていると思う。

だけど、あの時の彼の言葉が嘘でなければ、私達って、その……だよね。

私はその問いに明確な返事をしていないから、彼からすれば一方通行な告白のままで完結した出来事なのだろう。

そう考えると、私はとても卑怯な立場にいる。

でも、彼も私に心配掛けさせてばかりだから、多分お相子だ。

 

オカルト研究部の面々が会話をしている間、私はレイの隣に身を寄せていた。

リアスが帰還し、レイがまたもや危険な目に遭っていたことを聞かされた時は、念を押して外出を控えるように言ったにも関わらず約束を守らなかった彼を殴ってやろうかとも思いもしたが、その後に聞かされた内容で、そんな気は吹っ飛んでしまった。

堕天使コカビエル。噂によれば、アザゼル様やシェムハザ様に及ぶ実力者で、過去の大戦でも名のある実力者を相手にして生き残った猛者であるとのこと。

そんな大物に、レイが目をつけられた。

絶望した。フェニックスを遙かに凌ぐ化け物が、人間である彼との闘争を望んだ事実に。

彼が仲間を、駒王学園が破壊されていく様を黙って見ていられる訳はない。

でも、果たして勝てるのだろうか。

姫島朱乃はリアスの兄であるサーゼクス・ルシファーに救援要請をしていたようだし、倒すまではいかずとも援軍まで持ちこたえればいい。

でも、援軍が来るのはいつ?援軍が来るまで私達が耐えられる保証はどこにある?

はっきり言って、リアスや赤龍帝である兵藤一誠であろうと、コカビエルには及ばない。格が違いすぎる。

とはいえ、相手が強者だからという理由で逃げることは出来ない。立場が、関係が、それを許さない。

仮に逃げても、戦渦がコカビエルの手によって拡がれば結局の所同じ。八方塞がりだ。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

緊張で震える私の肩にそっと手を置くレイ。

リアスも兵藤一誠もアーシアも、私がこの場で戦うことを快く思っていなかった。

当然だ。この中で私は最も弱い。

アーシアは非戦闘要因とはいえ、優秀な回復系の《神器》を持っている。

どの場面においても足手まといにしかならないのだから、彼らの言い分は間違いなく正しいといえる。

でも、そんなこと知るものか。

私の知らないところでレイが傷つくのも、自分の弱さを理由に逃げるのも、もう沢山だ。

 

それに、みんなが私がこの戦いに赴くことを否定する中、レイだけは肯定してくれた。

彼だって私が足手まといになるであろうことは理解している筈なのに、それでも受け入れてくれた。

第三者からすればこれ以上と無く愚かな決断だろう。

でも、彼は私の意思を尊重してくれた。共に生きるという意味を、行動で示してくれた。

その結果、最悪な結果に至ろうとも、後悔はない。

 

もし、レイの命が危ぶまれることがあれば、その時は――我が身を盾にしてでも、護ってみせる。

言葉にはせず、胸の内で決意を固める。

本末転倒なんかではない。私が生きる世界で、彼は最早なくてはならない存在なのだから。

最早彼のいない世界に欠片の価値も見出せない。ならば、彼を生かすために我が身を犠牲にしようとも、それで今までの借りを返して逝けるのであれば、本望だ。

 

 

 

 

 

《聖剣計画》

 

悪魔を滅ぼすことの出来る聖剣エクスカリバー。それは誰にでも扱える代物ではなく、特別な素養――因子を持つもののみが扱える剣。

そして、その因子を人工的に作ることを目的とした計画として、それは立てられた。

僕の人生を悉く狂わせ、幾多もの罪もない犠牲者を生み出した、忌まわしき計画。

被験者となった僕以外の候補者は、実験の果てに毒ガスによる処分という形で、理不尽な死を迎えた。

僕だけは、被験者のみんな――仲間に逃がされる形で命からがら脱出することが出来た。

そして、必死の脱出劇の果てに精根尽き果てた僕の前に、リアス部長が現れた。

 

これが、僕の始まり。

教会に与する立場であった自分が悪魔となり、聖剣への復讐を誓った、最悪な人生の転機。

リアス部長の眷属として生きる日々の末、聖剣への復讐心も薄れてきていたある日、再び聖剣への復讐心が蘇る切っ掛けが起きた。

聖剣の破壊。それが生きながらえた僕が為さねばならない使命。

その為にははぐれ悪魔になるのも辞さないし、邪魔をするのであれば同じ眷属のよしみがあろうとも、容赦なく排除する気概でいた。

 

――その決意が初めて揺らいだのは、眼前で零先輩が僕を庇い、聖剣で斬られた時だった。

あの時の僕は、聖剣の破壊という使命を果たさんと気ばかり逸り、精彩を欠いていた。

自分の本来の実力の半分も出せない状況で聖剣の破壊など、今思えば嘲笑ものだ。

結果として僕は圧倒的劣勢に追い込まれ――僕の代わりに先輩が傷つく羽目になった。

その時、気が付いた。

どんなに僕が彼らを遠ざけようとも、一人で復讐に走ろうとも、今まで培ってきた人間関係がそれを許さないのだと。

 

だって僕は知っている。

僕を救ってくれた部長。

常に一歩引いた視点でみんなのサポートをしてくれる副部長。

ひたむきで真っ直ぐな意思を持つ一誠君。

悪魔になろうとも慈愛の精神をかすむことのないアーシア。

感情表現に乏しいけど、純粋な優しさを持つ小猫ちゃん。

そして、人間でありながら悪魔の問題に介入し、どんな時でも僕達を救ってくれた零先輩。

接点は殆どないけど、そんな先輩が命を賭けてまで救ったミッテルトという堕天使も、アーシアとのやり取りを見る限りでは決して悪人でないことは分かる。

そんな優しさに囲まれた僕が、今更復讐という殺伐とした世界に一人身を寄せるなんて、どだい無理な話だったのだ。

 

それを認められなかった僕は、それでも一人でいることを貫いた。いや、考えることさえしようとしなかったというのが正しい。

零先輩への罪悪感はあったが、今更どの面下げて謝ればいいのか分からなかった。

復讐を止める?ならば、何のために先輩は傷ついた?

そんなことをすれば、ますます先輩に申し訳が立たない。

僕はそんな先輩への罪悪感をダシに、より一層復讐の炎を滾らせた。謝罪は全てが終わってから必ずするという決意と共に。

 

そして、噴水広場での一誠君達との邂逅が、二度目の揺らぎ。

一誠君、小猫ちゃん、匙君の他にも、教会から派遣されたエクソシスト二人も同伴していた。

あの時の僕は、あのような惨劇を生んだ教会側に与する存在が共にいたこともあり、随分と刺々しい雰囲気を醸し出していただろう。

そんな彼らの話を聞き、自分の過去を話したことで、彼らは一緒に戦ってくれると言ってくれた。

嬉しかった。一度彼らの優しさを突っぱねた僕が、彼らの善意を享受する権利などありはしないのを分かっていても、その感情にばかりは嘘を吐けなかった。

 

それとは別に、エクソシストの二人の雰囲気が軟化していたのにも驚いた。

後に知ることになるのだが、彼女らをそうさせたのも零先輩による功績によるものだとか。

彼は人間でありながら、悪魔、天使、堕天使どの勢力問わず影響を与える。

正直、謎ばかりが多い人ではあるが、ただひとつ言えることがある。

それは、彼が僕達にとって絶対の味方であるということ。

そうでなければ、命を賭けてまで僕を庇う道理がない。

自惚れでなければ彼にとって僕は、命を賭けるに値する存在だと言うことになる。

自分ではそんな実感は微塵も感じないけど、そう有るべくして努力することは出来る。

 

駒王学園の方向から光の柱が延びるのを確認した僕は、全力でその場へと向かう。

僕は先輩に救われた。ならば、今こそ恩を返すとき。

今度は暴走なんてしない。今の僕には、一緒に戦ってくれる仲間がいるのだから。

 




Q:心理描写だけじゃねぇかオラァ!
A:思いの外ミッテルトたんの部分が長くなったから、分割した。次回には終わると思う。

Q:ミッテルトヤンデレっぽい?
A:純粋過ぎるが故の安直な思考回路って奴です。恋は盲目っていうか、好きな人の為ならなんでもしてあげたくなる心理みたいな。

Q:木場メインの話なのにようやく視点が来て扱いがコレかいな。
A:原作で嫌と言うほどやっているんだからいいじゃないか。


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第十五話

どうにかして全体の様子を良い感じに描写出来ないかと考えてた結果、難産しました。というか、新たな試みをしたというのもあって、結構杜撰な部分があるかも。ごめんなさい。
本当はこの段階で完結させたいと思っていたんですけど、正直一万文字超えて尚続きそうな気がしたので、半端ながらにも投稿させていただきます。


駒王学園に展開された支取蒼那の結界の中に、オカルト研究部のメンバーは侵入する。

コカビエルによって建造されたであろう高くそびえる塔の頂上に、倒すべき敵はいた。

 

「コカビエル……!!」

 

「良く来たな。この時を待ちわびていたぞ」

 

玉座を彷彿とさせる椅子に鎮座し、コカビエルは愉悦の笑みと共に一同を見下ろす。

 

「とはいえ、所詮お前達は前座。ルシファーやレヴィアタンを呼び寄せる為の餌に過ぎん。まぁ、例外はいるがな」

 

そう愉しそうに言いながら、コカビエルは有斗零を見下ろす。

それに対して彼は、ただ悠然とコカビエルを見つめている。

その姿に、一切の気負いは感じられない。

 

「私達が前座?笑わせないで頂戴」

 

「そうだ!俺達の実力を嘗めてもらっちゃ困るぜ、コカビエル!」

 

リアス・グレモリーと兵藤一誠の啖呵を、コカビエルは一笑に付す。

 

「お前達こそ、ソイツの実力の程を欠片も理解していないとはほとほと呆れたものだ。まぁ、そんなことはどうでもいい」

 

指を鳴らした瞬間、強大な光の槍が現れ、体育館をいとも容易く爆炎に呑み込んだ。

その圧倒的なまでの火力を前に、零を除いた誰もが戦慄した。

 

「この程度でビビっているようでは話にならんな。やはりお前こそが俺の相手に相応しい」

 

「……なんつーバケモンだよ、ありゃあ」

 

一誠が冷や汗を掻きながら、爆炎の根源を睨み付ける。

《赤龍帝の篭手》に封印されたドライグによると、コカビエルは魔王や神と対峙し生き延びた猛者らしい。

言葉では理解していたが、間近で現実を見せられては、信じるしかない。

少なくとも、魔王と呼ばれる存在を相手に戦いを望む実力はある。

そして恐らく、誰もが思っただろう。勝てるのか、と。

一度精神的に臆した者は、その時点で敗北していると聞く。

それが些細な疑問でさえ、自らを蝕む毒となり残り続ける。

しかし、その毒が通用しない者もいた。

 

有斗零。

この場で誰よりも脆く、誰よりも弱い存在である筈の人間が、この場で誰よりも強く、誰よりも揺るがぬ意思を内包していた。

その姿を見て、心に揺らぎが生じていた皆が平静を取り戻す。

この中でたった一人の人間に、皆が支えられていた。

 

「ともあれ、まずは俺のペットと遊んでもらおうか。せいぜい楽しませてくれよ?」

 

宣言と共に展開される魔法陣。

そこから溶岩の如し炎を纏い現れた三つ首の狼。

地獄の番人ケルベロス。おおよそ人間界に存在してはいけない、異形の存在。

 

「ケルベロス……こんなものを持ち出すなんて」

 

「無視する訳にもいきません。早急に殲滅しませんと」

 

「ええ。行くわよ、小猫、朱乃!」

 

リアスの指示で三人はケルベロスに向けて攻撃を開始する。

リアスは《滅びの力》を内包した一撃を。朱乃は魔力で出来た吹雪による拘束し、小猫は《戦車》としての攻撃力を活かした肉弾戦で攻める。

この度の戦闘では、本来攻撃の要となる一誠は後衛を勤めることになっている。

《赤龍帝からの贈り物》という、倍化した力を他人に譲渡する力を最大限に利用する為である。

その為、必然的にメインアタッカーはリアス、朱乃、小猫の三人となり、一誠はアーシアと共に後衛を勤めることになる。

零に関しては、出過ぎず離れすぎずを維持し、《神器》の力で前衛へのフォローと後衛の護りに徹する手筈になっている。

ミッテルトも同様に、零のサポート役である。

 

「分裂したですって!?」

 

ケルベロスが吐く炎を回避しながら前衛組が攻撃を仕掛けるも、ダメージを与えると共に分裂をしていく。

単体でも面倒な手合いだというのに、分裂し続けるともなれば、単純な性能以上の脅威となる。筈だった。

 

「ガブリエル、マハブフダイン」

 

闘争の音に包まれた空間の中で、透き通るが如く紡がれる言葉。

瞬間、分裂を続けていたケルベロスの一切が氷塊に覆われた。

朱乃の放つ吹雪とは比べものにならないそれは、不死鳥を凍らせた時以上の質量を持って地獄の番人を制止させる。

このような芸当が出来るのは一人しかいない。

皆が一斉にその人物へと振り向く。

そこには、見覚えのある真紅の髪をたなびかせた美しい天使が、自らの主を護るように空に佇んでいた。

 

「何をしている、総攻撃チャンスだ!」

 

「――ッ、みんな、一斉に攻撃するわよ!」

 

大天使を傍らに従わせる零の言葉に後押しされる形で、一同が凍り付けのまま動かないケルベロスへと向かう。

 

「その役目、私に任せてもらおう」

 

しかしそれよりも早く、一陣の風が彼女達に吹きすさぶ。

風の放つ一閃と共に、ケルベロスの一体が粒子の光となり消滅した。

 

「ゼノヴィア!」

 

「加勢に来たぞ」

 

余裕のある笑みと共に、二体目のケルベロスを一撃で屠るゼノヴィア。

聖剣は悪魔に限らず、魔物に対しても無類の強さを発揮する。

この状況において、彼女の存在はこれ以上とない戦力だった。

 

「――――よし、充填完了!部長、朱乃さん、いきます!」

 

それに続く形で一誠の倍化が適正値に到達。二人へ向けて《赤龍帝からの贈り物》を発動させる。

力の奔流が二人の内で快感と共に駆けめぐる。

 

「行けるわね、朱乃」

 

「ええ」

 

《赤龍帝からの贈り物》の効果を実感した二人は、互いに顔を見合わせ頷く。

朱乃は動けないケルベロスへ向けて雷鳴を轟かせる。

元々雷の適正のある朱乃の一撃は、《赤龍帝からの贈り物》の効果も相まってケルベロスを塵も残さず消滅させた。

ゼノヴィアの加勢もあり、抵抗も許されないケルベロスはただ自らの死を待つしか出来なかった。

 

「喰らいなさい!」

 

リアスは塔の頂上で不遜な態度を取っているコカビエルへ向けて全力の一撃を放つ。

しかし、《赤龍帝からの贈り物》で強化された筈の《滅びの力》を、コカビエルは余裕の笑みを崩すことなく弾き飛ばした。

 

「成る程、赤龍帝の力があればここまで力が引き上がるのか。面白い、が――お前達のそれではまだまだ足りんよ」

 

コカビエルは遂に重い腰を上げ、堕天使の翼をはためかせる。

同じ目線に立って尚、余裕は崩さない。

 

「本来ならば今頃あの男に預けた擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)も含めたエクスカリバーを合成し、面白い余興が行えたのだが、それを蹴ってまで奴に預けた理由が分かるか?」

 

「そんなの、興味ないわ!」

 

リアスと朱乃の魔力が、コカビエルへ向けて迸る。

コカビエルは各々の一撃を片手で受け止める。

 

「答えは簡単だ。あの男がその余興以上に俺を喜ばせてくれるからだ!」

 

叫びと共に二人が放った一撃をそれ以上の力を持って返す。

朱乃がリアスの前に出て防御陣を展開するも、意図も容易くそれは破られる。

 

「きゃあああぁあぁあ!!」

 

「姫島ァ!!」

 

零の叫びが駒王学園に響き渡る。

ウルスラグナを召喚し、その背に乗って今まさに地面へ激突せんと落下する朱乃の下へ駆けつけようとする。

 

「おおっとぉ、そうは問屋が卸さないんだよ!」

 

狂気的な笑みと共に突如現れたフリードが、零へ向けて聖剣を振り下ろす。

 

「それはこっちの台詞だっつーの!」

 

しかし、その一撃はミッテルトの光の槍によって防がれる。

 

「零、行って!」

 

ミッテルトの言葉に無言で頷き、激突まで秒読みの朱乃へ向けて走り出す。

四つ足を活かした瞬発力により、朱乃の身体を零は受け止めることに成功する。

 

「大丈夫か?」

 

「……ありがとう、零君」

 

ボロボロの状態で感謝の言葉を浮かべる朱乃。

 

「怪我はないようだな」

 

「ええ。ちょっと力負けしちゃっただけですから、怪我自体はありません」

 

「そうか」

 

その答えに零は安堵の笑みを浮かべる。

朱乃は不謹慎にも、彼の腕に抱かれているという状況に安心感を覚えていた。

 

「朱乃さん!」

 

一誠がその名を呼びながら二人の下へと近づいてくる。

 

「大丈夫ですか、朱乃さん」

 

「ええ」

 

その言葉に一誠は胸を撫で下ろす。

 

「兵藤。すまないが彼女を頼む」

 

「頼むって――先輩は?」

 

「何、リアスと姫島がやられているのを見て、静観出来るほど腐ってはいないつもりだからな」

 

そう良いながら、零は視線をコカビエルへと向ける。

それに気付いたコカビエルは、歓喜の笑みを浮かべた。

 

「ようやくお出ましか。待ちくたびれたぞ」

 

「高みの見物など決め込んでいるからだ」

 

「そう言うな。折角の余興だ、直ぐに終わってしまえば興醒めだろう?」

 

「否定はしない。――なら、せいぜい期待に応えさせてもらおうか」

 

まるで既知の友との会話を行っているが、その雰囲気は一触即発。

 

「私のことも忘れてもらっちゃ困るわ」

 

零の隣に立つように、リアスは空を飛ぶ。

 

「リアス・グレモリーか。折角の機会に水を差すとは無粋だな。まぁいいだろう」

 

不満げな様子を隠す様子もなくコカビエルは二人と対峙する。

ここからが、両者にとって真の戦いの始まりとなる。

 

 

 

 

 

そのようなやり取りが行われていた中、零を庇って囮となったミッテルトはフリードを牽制していた。

 

「おやおやおやぁ?まさかこんな所で会うとは思わなかったよ、ミッテルトちゃあん?」

 

「ウチは二度と会いたくなんかなかったけどね」

 

フリードの一撃を防ぐ形で、ミッテルトが槍の腹を聖剣へと向ける。

鍔迫り合いは一瞬。

聖剣と下級堕天使の作った光の槍では、力の差は歴然。

ミッテルトは槍の破壊の余波で大きく吹き飛ばされる。

 

「きゃあっ!!」

 

「レイナーレの腰巾着風情で、エクスカリバーの力に敵うと思ったんですかねぇ?それに、レイナーレが死んで今度は悪魔に下ったとか、救いようがないカス野郎だよなぁ!」

 

「……アンタみたいな真性のクズに言われたって、欠片も心には響かないッスよ」

 

「あっそう、つまんね。じゃあ、ちゃっちゃと死んでくれや!!」

 

「――そうはさせないよ」

 

ミッテルトへ向けて振り下ろされんとした一撃は、介入者によって阻まれる。

 

「木場、祐斗――」

 

「――てめぇは、あの時のクソ悪魔」

 

ミッテルトを護るように現れたのは、リアスの《騎士》の木場祐斗だった。

 

「彼女はオカルト研究部の部員だ。彼女への罵声は僕達全員を侮辱するものと知れ!」

 

祐斗はフリードへと魔剣を突きつけ、叫ぶ。

その言葉に秘められた想いは、オカルト研究部員の総意でもあった。

 

「なぁに格好つけてるんだよ、悪魔風情が!」

 

怒りの形相でフリードは祐斗へと肉薄する。

しかし、直感的に危険を察知したフリードは動きを止め、飛び退く。

瞬間、フリードがいた場所に暴力的な一撃が奔った。

その一撃を放ったのは、ゼノヴィアだった。

 

「貴様が悪魔に対して執心する理由なんてどうでもいいし、聞きたくもない。だが、お前の在り方は私には酷く滑稽に映るよ」

 

介入者であるゼノヴィアは、哀れむような視線をフリードに向ける。

 

「何が言いたいんだよ、ゼノヴィアちゃあん?」

 

「貴様の動向は教会側で把握している。悪魔を狩りたいだけならどの傘下にも入らず自由に振る舞えばいいのに、雇い主を失えば直ぐに鞍替えする。彼女に偉そうなことを吠えているが、結局の所貴様とて同じだろうが。いや、狂気に呑まれた貴様と理性的な彼女では、比較することさえおこがましかったな」

 

「んだとぉ!この――」

 

「それはお前にも言えることだよ、ゼノヴィア」

 

フリードとの会話に割って入るように現れたのは、《聖剣計画》の主導者である老人、バルパー・ガリレイだった。

 

「バルパー・ガリレイ……!!」

 

祐斗は憎悪を孕んだ言葉を持って、その名を呼ぶ。

奥歯を強く噛み締め、今にも飛びかかりたい衝動を抑える。

二度とあの様な過ちは起こさないと、心の中で誓いを立てたのだから。

 

「どういう意味だ」

 

ゼノヴィアの問いかけに、バルパーは嬉々として答え出す。

 

「お前は聖剣を破壊しようとしているが、《聖剣計画》が教会にとって汚点だというのならば、何故聖剣はその時に破棄されずそのまま残してあったのだ?」

 

バルパーは一呼吸置き、歪んだ笑みを作る。

 

「答えは簡単だ。儂らを糾弾した教会とて、所詮同じ穴の狢だからだよ!!どんなに綺麗事を並べようとも、やっていることはただの偽善。寧ろ上辺を取り繕えば取り繕うほど、その薄汚さがシミとなってこびりつく。儂からすれば、真の邪悪は人の研究を悪と罵りながらその研究の成果を今も利用している貴様らの方だよ!」

 

「…………」

 

ゼノヴィアは何も答えない。

答えを持ち合わせていないのではなく、答えを出す意味がないからである。

 

「ご託は良い。貴様が悪でも教会が悪でも僕には関係のない事だ。僕が望むのは、《聖剣計画》の犠牲者となった者の仇を討つ事。それだけだ」

 

魔剣の切っ先をバルパーへと向ける祐斗。

 

「もしかしてお前は、《聖剣計画》の生き残りか?まさか悪魔に墜ちていたとはな。お前達には感謝しているよ。お陰で《聖剣計画》は完遂出来たのだから」

 

「完遂……?」

 

「君等適正者の持つ因子は、聖剣を扱えるまでの数値を示さなかった。ならば適正値に至るにはどうすればいいと思う?」

 

バルパーはとても愉しそうに笑い、告げる。

 

「因子を抜き出し、そして他の適正者に埋め込むことで不足分を補えばいい」

 

「――――ッ!!」

 

祐斗もゼノヴィアも、バルパーの言葉に戦慄する。

《聖剣計画》が外道の産物だとは知っていたが、実験内容までは知らなかった故の反応である。

 

「ゼノヴィアよ、お前も見たことがあるだろう?この結晶を。聖剣使いが祝福を受ける時、使われていたのだからな」

 

菱形と三角錐を合わせたような形状の青い結晶を見せつけるようにかざす。

バルパーの言うとおり、あの結晶にゼノヴィアは見覚えがあった。

 

「分かっただろう?ゼノヴィア。教会に与し、聖剣を扱うお前に私を裁く権利はない!」

 

「……ああ、そうだな。だが――」

 

「でも、僕にはある」

 

祐斗が一歩前に出て、バルパーを睨み付ける。

如何にゼノヴィアにバルパーを裁く権利はないとしても、実験材料として扱われ、被験者の無念を背負った彼には復讐の権利はあった。

 

「どんなに強がったところで、お前達に明日はない。ならば感謝の印も込めてこれを譲ってやるのも優しさだろう?」

 

最早必要はないと言わんばかりに、簡単に地面に打ち捨てられる因子の結晶。

幾多もの命を犠牲にした結晶が、まるでゴミのように扱われる姿を見て、祐斗の心は怒りを通り越して絶望にまで至っていた。

それを愛おしむように胸の中で抱き、被験者の仲間に思いを馳せる。

 

「……この、クズ野郎が!!」

 

朱乃を安全な場所に運び終えた一誠は、遠巻きで一連の会話を聞いていたが、遂に限界だとバルパーへ向けて吠える。

我慢出来ずに飛びかからんとした刹那、祐斗の胸の中にある結晶が強い光を発する。

それらは無数のヒトガタを造り、祐斗の傍に立つ。

 

「僕は、僕を生かす為に犠牲になったみんなの代わりに、生きなくてはいけない。たとえ僕にその価値がないとしても、生き続けなくちゃならないんだ。でも、それは復讐の為じゃない」

 

ヒトガタは再び光の塊となり、祐斗の身体へと吸い込まれていく。

まるで、被験者の魂が彼の中に宿ろうとしているかのように。

その姿にある者は涙を流し、ある者は祈り、ある者は淡い想いを秘める。

 

「バルパー・ガリレイ。僕はお前を討ち、あの優しい日常に帰る。僕を大切に想ってくれている人達の下に。たとえ神が僕の存在を祝福してくれないとしても、僕の想いは決して揺るがない!!」

 

復讐という業を背負い続けてきた青年が、今初めてそれを乗り越えた。

自分の見てきた世界が一転したことで、《神器》が新たな形を象っていく。

神の意志に逆らってでも為そうとする強い意志が、至らせた。

それは、《禁手》と呼ばれる奇跡。魔剣創造(ソード・バース)を超える、木場祐斗の新たな力だった。

 




今回、女帝のアルカナとしてガブリエルが登場しましたが、ステは次になります。アバドンもそうだけど、(先延ばしして)すまんな。

Q:ガブリエルを選んだ理由は?
A:最近なけなしの勘違い要素を取り戻す為の伏線です。

Q:木場覚醒の部分書く必要あったの?
A:た、多分……(震え声)。一応原作とは違う心境変化もあるし、無駄ではないよね……。

Q:戦況が有利なのにバルパー出てきたとか男らしいな意外と。
A:僕もそう思う。正直、強引すぎたと思ってる。もう少し整合性取れる作品が書きたいです。



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第十六話

やっとコカビエル戦が終わるよ!やったねミッテルトちゃん!


真紅に歪んだ空を見上げれば、闘争という名の狂気に染まった堕天使コカビエルが悠然と佇んでいる。

そしてそれに対峙するのは、現魔王ルシファーの妹であり、紅髪の滅殺姫とも呼ばれる女性、リアス・グレモリー。

そして、人間でありながら人外である悪魔達と遜色ない力を持つ青年、有斗零の二人である。

 

「フリードの奴が露払いをしてくれたお陰で、邪魔されることなく楽しむことが出来そうだ」

 

純粋なまでに闘争に焦がれる堕天使は、この状況に諸手を挙げて喜びを表現する。

それとは対照的に、リアスと零は緊張感ある顔持ちで臨んでいる。

援軍が来るということではあるが、それでも彼の者をそれまでに抑えきらないと、駒王学園は崩壊してしまう。

その後もここを中心として、ルシファーを急かす材料として破壊活動を行い続けるだろう。

そうなってしまえば、結果的にコカビエルを倒せたとしても、事実上の敗北だ。

故に、ここでの敗北は許されないし、逃げることも然り。

進退窮まった状況での背水の陣は、同時に彼らを精神的に追い詰める要素ともなっていた。

 

「零、貴方の《神器》でアイツをどうにか出来るのかしら」

 

「さてな。だが、奴の言い分を信じるのであれば、私にはそれに値する力がある。ならば、それに賭けるのもいいかもしれん」

 

リアス自身、零の《神器》による力を目の当たりにしていることもあり、コカビエルの言葉にある程度の信憑性があることは分かっていた。

ほぼ瀕死だったとはいえ、不死の名を冠するライザー・フェニックスを一方的な展開で倒したことと、初めて彼の力の一端に触れた時の圧倒的なまでの力の奔流を知っているが故の、思考の帰結である。

人間である彼が、コカビエルの一撃を食らえばタダでは済まないことは考えるまでもないことだ。

しかし、この中でコカビエルを打倒し得る可能性を持つのもまた、彼であることも理解していた。

《赤龍帝からの贈り物》で強化した自身の一撃を軽くあしらわれた現実は、彼女の力不足を嫌でも教えてくる。

ならば、賭けに近いとはいえこの中で最も未知数な存在に全てを託すのも、仕方のないことと言える。

彼に圧倒的なまでの負担を強いることは、非常に心苦しい。それでも信じるしかない。

それに、ここまで来たからには彼を巻き込まないなんてことは不可能。それ以上に彼が乗り気というのも、リアスの諦めを後押しする要因となっている。

彼を五体満足で帰すことも目的とするならば、それこそ出し惜しみは悪手。ならば覚悟を決める事こそ、真に彼を想うことに繋がるだろう。

 

「……信じているわよ」

 

「ああ」

 

交わした言葉は短く。しかし万感の思いを持って告げたそれに、無駄な装飾をつけたところで邪魔でしかない。

 

「ペルソナ!」

 

零の叫びと共に現れたのは、白銀の鎧を纏いし四足の獣、ウルスラグナ。

それを見たコカビエルは、ほう、と興味深げに声を漏らす。

 

「アバドン、ガブリエルと来て、英雄神まで召還するとは、どこまで俺を楽しませれば気が済むのだ、お前という奴は!!」

 

「流石に詳しいな」

 

「ああ。姿形こそ違えど、奴らの力を垣間見たことがある俺からすれば、その名を冠するに相応しい潜在能力を秘めていることは、その存在感だけでも理解できる。だが、ウルスラグナは話に聞くだけの存在だった故、今から戦うのが楽しみでしょうがないのだよ!」

 

「……ならば、その期待に敗北を上乗せしてお届けしよう」

 

そう口にした零は、ウルスラグナに擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を手渡す。

そしてあろうことか、ウルスラグナが素振りする度に擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の形状が変化していく。

擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の持つ性質は、形状変化。

自由意思で様々な物質へと変質させることが出来る能力は、本来因子を備えていなければ扱えない筈の代物の筈なのに、ウルスラグナはまるで手足を動かすが如く洗練された動きで、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を操ってみせた。

当然、そんな光景を目の当たりにしてリアスが黙っていられる訳もない。

 

「……どういうこと?まさか貴方も因子を持っていたと言うの?」

 

「さてな。少なくとも、この状況でそれを詮索するのは些か場違いではないかね?」

 

「……これが終わったら聞かせてもらうわよ」

 

「聞かせても何も、私自身把握していないのだがな」

 

圧倒的強者を前にして軽口を言い合う二人。

それは余裕の表れか、或いは虚勢か。

 

「ならば、せいぜいお前達の望みが叶うように精々気張れ」

 

コカビエルは光と闇の力をそれぞれの掌に収束させ、放った。

それを各自左右に飛び、回避する。

ウルスラグナはその足で空を翔け、コカビエルへと接近する。

リアスはそれを助けるべく、魔力による牽制を行う。

 

「ジオダイン!!」

 

ウルスラグナが手をかざすと、朱乃の放つ雷以上に広範囲のそれがコカビエルへと迫る。

リアスの時のように弾くことはせず、回避に徹するも、光の速さで肉薄するそれは腕を掠める。

掠めた箇所は黒く焼けこげており、ダメージが通っている何よりの証拠として刻まれていた。

 

「やはりな。この場で俺に傷をつけられるのはお前だけ。しかし、それでも俺を倒すにはまだ至らんぞ、有斗零!!」

 

右手を横から振りかぶるようにして闇の魔力をウルスラグナへと放つ。

ウルスラグナは擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)をカイトシールドの形へと変質させる。

盾となった擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を前に突き出し、攻撃を受け流す。それでいて尚コカビエルへと迫る速度は衰えることはない。

 

「剛殺斬!」

 

擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を上から振り下ろし、それをコカビエルは障壁で受け止める。

インパクトの瞬間、膨大な力の波動が二人を中心に巻き起こる。

二度、三度と障壁を破壊せんと斬りつける度に響き渡る金属音と旋風。

 

「はっはぁ!いいぞいいぞ、実に愉快!一撃一撃が上級悪魔のそれを上回っている。だが、それでも足りん!」

 

振り下ろした擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)を素手で掴み、そのままウルスラグナの懐に飛び込む。

そのままゼロ距離で魔力弾を打ち込むと、その衝撃で地上へと叩き落とされる。

そして、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)もそれに続く形で破壊される。

 

「ぐあああっ!!」

 

「零!?」

 

「先輩!」

 

それに呼応するように、苦痛に悶え叫ぶ零。

地に膝をつき、肩で息をする零へと駆け寄るオカルト研究部のメンバー。

バルパー・ガリレイとフリード・セルゼンとの決着はついていた。

 

「ほう、どうやら痛みを共有しているようだな。ただの召喚かと思ったが、どうにも違うらしい。しかし困ったな、操者が人間だというのであれば、最早それを維持するのも困難だろう」

 

アーシアが零へと聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を掛け、ミッテルトと朱乃が両側に立ちその不安定な身体を支える。

 

「しかし本気の片鱗さえ見せていない状態で潰すのは俺の主義に反する。赤龍帝よ、その力を最大限まで引き上げ誰かに譲渡しろ」

 

「何?」

 

「分からんのか?そうでもしなければお前達では俺に傷をつけることさえ出来んのだ。しかしそれではつまらないだろう?だからチャンスを与えようと言っているのだ」

 

「巫山戯――」

 

「イッセー、やりましょう。悔しいけど、奴の言っていることは事実。そして、奴に対抗できる零はダメージを受けている。ならば、この期を逃すことこそ愚行よ」

 

「部長……」

 

「それに、悪魔である私達が人間である彼におんぶに抱っこなままじゃ、立つ瀬がないわ。今こそ私達の力で、彼を守るのよ」

 

コカビエルを倒すのは、決して零のみが成し遂げる偉業ではない。

オカルト研究部のメンバーが全て揃った今、敗北は決して有り得ない。

コカビエルを打倒せんと強い意志を持って対峙する皆の想いは、完全に一致していた。

リアスと一誠は手を取り、最悪の敵へ放つ力を圧縮させる。

限界まで、否。限界を超えて赤龍帝の力を溜め、それをリアスへと譲渡した。

瞬間、リアスの身体から膨大な力が溢れ出す。

リアス・グレモリーの潜在能力に上乗せした赤龍帝の倍化効果は、コカビエルへと届く領域にまで昇華していた。

 

「す、凄い力だ……」

 

「クハハハハ!!兄に負けず劣らず才能はあるようだな。最上級悪魔に匹敵するぞ、その力!」

 

狂気に身を委ねた笑いは、駒王学園一帯に響き渡る。

どんなに窮地に及ぶ可能性も、コカビエルにとっては闘争により刺激を加える要素でしかない。

同時に、それはコカビエル自身が自分の力に絶対の自信を持っている裏付けにもなっていた。

 

「喰らいなさい!!」

 

腕を交差させ、両手に集中させた魔力を解放する。

膨大なまでの魔力が解放されたことで、空間そのものが軋み上がる。

 

「面白いぞ、リアス・グレモリー!フッハッハッハッハッハ!!」

 

しかし、それを受けて尚コカビエルの余裕が崩れることはない。

それ程までの実力差。決して一朝一夕には埋められない溝。

それはひとりで賄うにはあまりにも深すぎる、溝。

 

「部長、加勢します!!」

 

だが、決して一人にあらず。

彼女には、眷属という信頼できる仲間がいる。

朱乃の雷がコカビエルへと肉薄する。

 

「ぬうっ」

 

二つの交わらざる力が集まり、コカビエルを初めて押し返す。

それはほんの僅かな前進。だが、確かに実感できる一歩でもある。

 

「成る程、流石はバラキエルの娘。悪くない力だ……!」

 

「私の前で……あの者の名を口にするな――!」

 

普段は温厚で笑顔を絶やさない朱乃が、目を見開き叫ぶ。

憎悪を孕んだ眼光が、自らの放つ雷と共に貫かんと迸る。

 

「バラキエル――雷光の二つ名を持つ堕天使の幹部だったか。だが、彼女は――」

 

ゼノヴィアの疑問は、二つの力の均衡が破れた音によって遮られる。

負けたのは――リアス達の方だった。

 

「愉快愉快、実に愉快。リアス・グレモリーよ、実に個性的な眷属を揃えたようだな。赤龍帝に、聖剣計画の犠牲者、そしてバラキエルの娘までもが悪魔に墜ちていたとは。いやはや、何をどうすればここまでのゲテモノを揃えられるのか、教えてもらいたいものだな」

 

「私の眷属をゲテモノ呼ばわりするな!!」

 

「そうだ、このクソ堕天使!テメェみたいな戦争狂が俺達をどうこう言う資格なんてねぇし、何よりお前に価値を示される謂われはねぇ!」

 

一誠の心からの叫びと共に、《赤龍帝の篭手》が光り輝く。

 

「みんな、イッセーを護るわよ!」

 

「言われずとも、そうさせてもらう」

 

リアスの言葉に始めに反応したのは、ゼノヴィアだった。

それに続く形で、祐斗、小猫が一誠の盾となるべく飛び出す。

聖剣《デュランダル》を扱える天然の因子を持つゼノヴィアと、聖と魔の融合という矛盾を超えて出来上がった魔剣創造(ソード・バース)の《禁手》、双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)で創造した聖魔剣。その両方がコカビエルの光の槍に阻まれる。

そして両手が塞がったコカビエルへ向けて一撃を叩き込まんと小猫が上空から強襲する。

しかし、その一連のコンビネーションはまるで羽虫を払うが如く一薙ぎで否定される。

三人は宙を舞い、ボロボロの身体を受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 

「まだ、だっ……!!」

 

祐斗は膝をつきながら、魔剣創造(ソード・バース)により魔剣の雨を降らせる。

四方八方から襲いかかった魔剣は、硝子のように儚げな音と共に砕かれる。

しかし、それは所詮布石でしかなく、魔剣に意識を取られている間に聖魔剣で斬りかかる。

一撃防がれても、片手が残っている。片手が封じられても、口がある。

それぞれの部位に聖魔剣を創造し、三度目の一撃でようやく頬を掠める。

無茶な動きが祟ったのか、大きくバランスを崩す祐斗。そしてそこに追撃せんと放たれる一撃。

それを《デュランダル》を盾にフォロー。文字通りコカビエルの一撃を切り裂いた。

 

「エクソシストの力、中々に侮れんな。だが、ここで残念なお知らせといこうじゃないか」

 

「残念な報せだと……?」

 

「何、単純なことだ。これはかなり上位の部類に入る秘匿義務が課せられた内容なのだが、どうせ戦争が起こるのだから、せめて冥土の土産にでも教えてやろう」

 

そこでコカビエルは一呼吸置き、不適に嗤うと、

 

「先の三つ巴の戦争で、四大魔王と共に神も死んだのだよ!!つまりお前達のような神を信じている者は、すべからく存在しないものを信仰していたということなのだよ!!」

 

とんでもない爆弾を投下した。

 

「なん……だと……?」

 

「そ、そんな……嘘ですよね……?」

 

主という存在を信じていたゼノヴィアとアーシアにとって、それは決して蔑ろにして良い言葉でなかった。

それに、神が死んだという事実は、この場においてコカビエルしか知らなかったことであり、それ以外の者達にも等しく衝撃が走った。

 

「出任せを言わないで、そんなこと聞いたこともないわ!!」

 

「当たり前だろう?神なんて者を信じている者達に、神が死んだなどと耳に届くようなことをしてみろ。たったそれしか拠り所のない連中は、すべからく信仰心を失い、果ては秩序の崩壊へと繋がる。それを分かっていて公表する筈がなかろう?」

 

「そ、れは……」

 

「それに、悪魔も天使も堕天使もあの戦争で多くの優秀で貴重な人材を喪った。純粋な天使は生まれず、悪魔も限りなく同じ状況。人間という脆弱な存在に頼らねば維持さえ困難なほどに、どの勢力も落ちぶれた」

 

天に向かって吠えるように真実を露呈していくコカビエル。

 

「故に、その事実を封印したのだ!!神を信じさせ、秩序の維持とそんな盲目的な人間を利用する為にな!!」

 

「そんな……そんな……!!なら私達は一体何を信じていたというのですか――!!」

 

アーシアは聞きたくないと言わんばかりに強く耳を塞ぎ頭を振る。

しかし、どこまでも響く声がそれを良しとしない。目を背けることは、出来ない。

 

「お前達が信じていたのは神ではなく、その代役を務めているミカエルだよ。何とも律儀なものじゃないか。いや、信仰心を利用してお前達を謀っていたという意味では、奴もまた鬼畜外道よ」

 

アーシアの絶望を見届けたコカビエルは、地面を踏み抜く勢いで苛立ちを吐き出す。

 

「だがな、俺にはそんなことどうだっていいんだよ!!俺がしたいのはあの時と同じ戦争、闘争の渦の中で己の力を全力で発揮したいだけだというのに、アザゼルの野郎も戦争はしないなんて言う臆病風に吹かれやがって。秩序の維持だか何だか知らないが、あのままやっていれば勝ったのは俺達だったというのに!」

 

自らの掌を握り潰す勢いで力を込める。

コカビエルの怒りは、臨界点まで突破しようとしていた。

 

「まぁ、そこにいる聖魔剣使いを見れば分かるだろうが、聖と魔のバランスが崩壊しているからこそ、あのような矛盾を体現することが出来るということだ。本来なら、まかり間違ってもそんなことは有り得ないからな」

 

祐斗の《禁手》は、皮肉にもアーシア達の絶望を加速させる象徴となっていた。

あまりの絶望にアーシアはその場で意識を失い、ゼノヴィアもまた思考に理解がおいついていないのか呆けた表情を続けている。

 

「よって!俺が再び戦争の撃鉄を鳴らす!リアス・グレモリー、貴様の首を手みやげになァ!!」

 

誰もが非現実的な現実を前に、動揺を隠せない。

心が震え、身体が動かない。

信じていたものを失い、非常な現実を突きつけられ、立っていられる訳がない。

 

 

 

 

「――それが、どうした」

 

 

 

それでも、たった一人。立ち上がる者がいた。

 

「零……!!」

 

「レイ!!」

 

「零君!」

 

「有斗先輩!」

 

「先輩!」

 

「先輩……!」

 

絶望に伏していた誰もがその姿を見上げていた。

どんな絶望を前にしても依然として揺らぎ無く、決して揺るぐことのない強き意志を秘めた青年。

彼だけがコカビエルの言葉に一切の動揺をせず、自らの足で立っていた。

 

「どうした、とは面白い返しだな。神が死んだのだぞ?」

 

「その程度のことで、何故驚く必要がある。神なんてものは所詮、人間にとってひとつの拠り所に過ぎない。存在していようがしていまいが、それが人の手に届かないのであれば、そのどちらとて何の意味もない。実際、神が死んだからといって私達が死ぬわけでもないし、知らずに生きていける程度には秩序が維持出来ている。ならば、神の存在に何の意味がある?」

 

言い切った。

ばっさりと、神の存在を必要ないものだと、彼は何の躊躇いもなく切り捨てた。

 

「――クッ、ハハハハハ!!成る程確かに、その通りだよ。不安定とはいえこうして何とかなっている時点で、神に固執する理由はない。――だが、それでも。そこにいる悪魔共が動揺しているのを尻目に、お前は神の死に対して一切の感情の揺らぎを見せていない。そんなこと、まともだったら有り得んよ」

 

「つまり私は狂っている、と?」

 

「分かっているんじゃないか、この狂人が!!だが、だからこそ俺はお前が愛おしくさえ感じる。俺を満足させてくれるのは、やはりお前だけだと、真に理解出来た!!」

 

諸手を挙げて歓喜の悲鳴を上げるコカビエル。

 

「ならば問おう。神さえ信じぬお前は、何を信じてこの場に立っている!!」

 

「そんなの――決まっている」

 

虚空に手をかざし横に振る。

その軌跡の跡には、四枚のアルカナタロットが浮いていた。

それらは四角を描くように四点を描き、静止する。

 

「――()と一緒に戦ってくれるみんなとの、絆だ!!」

 

瞬間、膨大な魔力が零を中心に巻き起こる。

 

「――《クロス・スプレッド》」

 

四点を描いていたタロットがひとつになり、手元へと導かれていく。

 

「――ペルソナ!!」

 

そしてそれを、握り潰した。

淡い光と膨大な魔力の奔流と共に現れたのは、十の角と七つの頭を持ち、体は豹、足は熊のような風体で、頭には王冠のようなものを乗せた獣だった。

 

「人は一人では生きられないが、それは決して神に依存していたからではない。誰もが自らの意思で信じるべき者を選ぶ権利があり、そこには神の意志なんてものは介入する余地はない。ならば、神は信仰の対象であれど、絶対の存在に非ず。故に、神が死せど世界は廻ることを止めない。人間も悪魔も天使も堕天使も神も、等しくこの世界を動かす歯車に過ぎない」

 

「天使も、神も、等しく世界の歯車……」

 

ゼノヴィアが零の言葉を無意識に反芻する。

 

「人は神に縋らずとも生きていける。自分にとっての大切さえ持っていれば、それが希望となり、生きる上での道しるべとなる。故に俺は、その大切を――みんなとの絆を持って、お前を倒し、それが正しいことを証明する!!」

 

「やってみろ、有斗零。お前が言う絆とやらの力、俺に見せつけろ!!」

 

零へ向けて放たれる魔の力は、彼が召還した獣によって意図も容易く防がれる。

圧倒的な程の力が内包していたそれは、獣に触れた途端綺麗に霧散したのだ。

 

「何ッ!?」

 

初めて見せるコカビエルの動揺した表情。

そこに付け入るかの如く、獣は視認できない速度でコカビエルへと突進する。

魔法陣による防御さえ意味を為さないと言わんばかりに、獣はコカビエルを防御の上から吹き飛ばす。

 

「マスターテリオン、ミリオンシュート」

 

零の指示で、獣の口から無数の光弾が放たれる。

亜音速に匹敵するそれを認識してから回避するのは、極めて困難。故に護りに入るしかない。

先程の例もあることから、コカビエルは無意識の内に防御に力を注ぐ。

その甲斐あって今度は破られることはなかったが、それでも身動きすらままならない程の連続攻撃に、立ち往生するしか出来ないでいる。

 

「凄い……」

 

それは、誰が漏らした言葉だったか。

六人の力を合わせた攻撃さえも軽くあしらって見せたコカビエルが、たった一人の人間を前に防戦一方を強いられている光景は、夢ではないかと疑いたくもなるものだった。

 

「調子に――乗るなよ、人間風情がアアアアア!!」

 

光弾が止んだ途端、激昂し反撃に転ずるコカビエル。

二度目の停止は許さないと言わんばかりに肉薄する姿を、零はただ静かに眺める。

 

「人間だと見下した時点で、貴様の敗北は必定のものとなっていると、その驕りが何故理解出来ん?」

 

「そんなもの、知るかァ!俺はこの程度では決してやられんぞ!!」

 

「そうか――なら、俺の仲間を傷つけた罪を抱き、潔く去ね」

 

「ぬ、ぐおおおおおおおおおお!!」

 

瞬間、獣の姿が消えたかと思うと、コカビエルは悲鳴を上げていた。

堕天使の幹部でさえも認識できない速度での高速移動から来る攻撃は、まるで空間そのものが刃となって襲い掛かっているような錯覚さえ与える。

 

「――空間殺法」

 

それが獣が使用した技だと理解する時には、既にコカビエルは翼をもがれ、為す術もなく地面へ向けて落下していた。

どさり、と乾いた音が響き、誰もがようやくあのコカビエルが地に伏したのだと理解した。

しかし、理解はすれど意識は追い付かず。あまりにも呆気なく終わってしまった現実と、自らの無力を認めたくないという無意識からの反抗心が、現実を理解したくないと駄々をこねているに過ぎない。

そんな中一人、零はコカビエルへ向けて足を運ぶ。

今やコカビエルが、零を見上げる形となっていた。

 

「強い――な」

 

「私が強いんじゃない。私とみんなとの絆を形にしてくれるこの《神器》が強いだけなんだ」

 

「謙遜するな。少なくともお前も弱いなんてことはない。愚直だが、お前は自分の言葉を現実にした。そこに弱さなんてありやしない」

 

「――そうか」

 

まるで旧来の友と会話するかのように穏やかな雰囲気のコカビエル。

つい先程まで狂気に支配されていた男の姿とは、到底思えなかった。

 

「負けたというのに、何故か心が晴々としているよ。あの戦争でも、ここまで一方的にやられることは無かったというのに、このザマだ。逆に清々したのかもしれんな」

 

「……それで、満足したか?」

 

「今だけは、な。だが、所詮それも一時的なものに過ぎん」

 

「ならば、その時は再び相手になってやる」

 

「――そうか。そいつは嬉しい」

 

「――悪いが、それは二度と叶わないだろう」

 

憑きものが落ちたように語るコカビエルと、いつもの調子を取り戻した零との会話は、駒王学園を覆う結界が破壊されたという事実に遮られる。

暴風に舞う結界の残滓に紛れて、満月を背に悠然とその翼を拡げる白き鎧を纏いし者が、そこに存在していた。

 

「あれは――白い龍(バニシング・ドラゴン)か!?」

 

「白い龍……?」

 

「知らんのか?赤龍帝と対となる存在。二対の赤と白が出会った時、戦う運命にあるとされている」

 

「つまり兵藤の存在に惹かれてきた、ということか」

 

「それもあるだろうが、それ以上に――――ッ!?」

 

コカビエルの言葉は、自らの声にならない悲鳴によってその意味を失った。

遙か上空にいた筈の白き龍は、地上に落ちた筈のコカビエルの懐に拳を叩きつけていた。

 

「ペルソナ!!」

 

状況を理解した瞬間、反射的に零はベルフェゴールを召喚。白き龍に向けて拳を振り抜いた。

それを同じ拳を持って止める白き龍。

拳と拳によるラッシュの応酬により響き渡る轟音と暴風。

熾烈の一言に尽きる一瞬は、白き龍の距離を取る行動で終わりを告げる。

 

白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)で半減出来ない、だと?――まぁ、いい。どうやらお前がコカビエルを倒した男のようだな」

 

「それがどうした?」

 

「半信半疑ではあったが、赤龍帝をも超える力をまさかただの人間が所有しているとはな。成る程、アザゼルが興味を抱く訳だ」

 

「アザゼル……ということは、お前はそのアザゼルの小間使いということか」

 

「否定はしない。今の俺はアザゼルの傘下にいるようなものだ。それに、ここにいる役目も、そこの勝手が過ぎた堕天使を連れ戻す命令を受けたからだしな」

 

「ぐっ……貴様ァッ」

 

白き龍の言葉に反抗するように、コカビエルがよろめきながら襲いかかる。

コカビエルが放った光の槍は、白き龍の掌から放たれた光と相殺するかのように消え去った。

 

「コカビエル、お前には半減効果がきちんと付与されている。それを糧に俺は更なる力を得ている以上、お前に万が一にも勝機はない」

 

それだけ言うと、白き龍はコカビエルの腹を拳で貫く。

その勢いで一切の法則なく空を翔け、遂には再び地面へと叩きつけた。

コカビエルは、最早ぴくりとも動かない。

 

『……随分と礼儀がなっていないな、白いの』

 

『そっちこそ、随分と未熟な持ち主に選ばれたものだな』

 

「んだとぉ!?」

 

その惨状の中、《赤龍帝の篭手》から声が発せられる。

それに応えるように、白き龍からも別の声が響く。

当然それに一誠は怒りを露わにする。

 

『相棒は確かに未熟だが、お前が思っている以上に相棒の潜在能力は凄まじいぞ。油断していると痛い目に遭うぞ』

 

『そうか、それはこっちの相棒も喜ぶだろう。とはいえ、今は未熟な赤龍帝よりも、彼の人間に執心しているようだがな』

 

白き龍は身体を零の方へと、向けて一歩前に出る。

 

「名は何という?」

 

「有斗零だ」

 

「その名、しかと覚えた。遠くない未来、再び見えることだろうが、その時まで更に力をつけると良い。そこの未熟な赤龍帝もな」

 

「ま、待て!!」

 

それだけ言い残し、コカビエルを抱えた白き龍は飛び立っていった。

一誠の静止の言葉は、白き龍に届くことはなく、虚しく響き渡るだけに終わる。

 

ここに、ひとつの騒動は終結する。

しかし、赤と白の邂逅、そしてその白に目をつけられた一人の人間を中心に、新たな波乱が巻き起こることをこの場にいる誰もが確信していた。

 

 




Q:これ、原作の流れなぞりすぎじゃね?
A:(オリジナリティがなくて)すまんな。

Q:ウルスラグナスキル変わってね?
A:レベルアップしました。他のペルソナも逐次変わっていく予定です。

Q:ウルスラグナが聖剣使えたり、半減効果は効かないし、でもダメージは共有しているしで何なの一体。チートなの?適当な設定なの?
A:主人公の性能はペルソナにも付与されるけど、相手からの状態異常は直接本体に当てないと発揮しません。スタンドみたいなもんだよ。

Q:マスターテリオンってペルソナにいなかったよね。オリジナルは使わないんじゃなかったの?
A:女神転生にはいたから問題はない(目逸らし)

Q:マスターテリオン→もしかして:ロリコン
A:なんでや!公式チートの癖にUXでランカスレイヤーに簡単にぼこられた人は関係ないやろ!

Q:マスターテリオンを採用した理由は?
A:『黙示録』において「人類は滅亡した後、神に選ばれた者、仔羊の印を持つ者だけが復活し、千年王国に住んで永遠の命を永らえる」という記述があり、それに反逆する者、つまり敵としてイシュタル・サタン・テリオンの三体の悪魔が書かれているんですけど、主人公の神の存在を否定し、同時に神の束縛からの解放の象徴として、採用しました。イシュタルで良かったじゃんとか言うな。

Q:ミッテルトちゃん出番全然ないね。
A:次のストーリーから本気出す(結果が結びつくとは言っていない)



ウルスラグナ:新スキル構成

ジオダイン、マハジオンガ、剛殺斬、暴れまくり、チャージ、マハタルカジャ



アバドン

アルカナ:塔

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
   無無無耐   弱無

スキル:アギダイン、オールドワン、テトラカーン、マカラカーン、物理無効

黙示録に記された奈落の主。
害虫の大群や疫病を率いる魔王だとされる。
元来はイナゴが大発生して人里を食い荒らす天災が神格化されたものと言われている。
どうでもいいけど、アバドンの見た目よりミルたんの顔の方が末恐ろしく見えるのは私だけだろうか。



ガブリエル

アルカナ:女帝

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
       反 耐反弱

スキル:ブフダイン、マハブフダイン、氷結ハイブースタ、メディラマ、神々の加護


上級第一階位の天使・熾天使の一人。
その名は「神は我が力なり」という意味をもつ。
カトリック教会が公式に認める大天使の一人。
見た目は原作と異なり、髪がリアスと同じ紅の長髪となっている。あと巨乳。
ティターニアの氷結バージョンと考えてもらえば分かり易いが、こちらの方が攻撃寄り。



マスターテリオン

アルカナ:月

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
      無無  弱無

スキル:二連牙、ミリオンシュート、空間殺法、玉砕破、毒ガスブレス


詳しい説明は上に書いているから割愛。
アレイスター・クロウリーが名乗った別名でもあるとされている。
アルカナを月としたのは、月のアルカナの逆位置とマスターテリオン召喚時の状況が似ていた(気がする)から。


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第十七話

正直設定に迷っていたのもあるけど、DIABLOIIIとwarframeとギルティギアXrdが全部いけないんだ。

正直最近グダってきたのもあるから、またゼロ使の方に力を入れてこっちは設定考える方向で軌道修正しようかとも思ってる。話数も並んだしね


いやぁ……コカビエルは強敵でした。

ケルベロスとかキチロールプレイヤーっぽいフリード、あと知らない爺さんとかが居た気がするけど、まぁそれはあまり重要なことじゃない。

オカ研メンバーの助けがあったお陰で何とか倒すことが出来たけど、正直申し訳ないと思う。

だって、僕すぐにやられたし。そんで復活したらトドメ刺すとか、酷すぎるだろ。もっと働けよ。

みんなのボロボロ具合からしてだいぶ頑張っていたのは明白だし、そのくせ自分はワンパンでダウンとか、何なの?紙なの?シッショーなの?

火力だけあって柔らかいって意味では、田植え拳王とか柔らか聖帝のが近いのか?あんなマッチョじゃないけど。

 

コカビーがイッセーのライバルっぽい存在に連れ去られた後、みんなから色々と追求されたんだよ。

特に聖剣なんで使えるの?って部分。ぶっちゃけ使える条件があるとか知らなかったから、なんで使えたのとか言われても困る。

取り敢えず使えたんだから仕方ない的なことを言ったら、巫山戯るなとリアスにばっさり斬られた。ひどい。

それ以上言及されなかったけど、そんなに変なことだったのかな。

まぁ、仕様を無視しているんだから当然と言われればそれまでだけど、もしかしたら僕にもその因子があったのかもしれないじゃん?確かめる術が無い以上なんとも言えないけど。

 

まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。重要な事じゃない。今重要なのは――

 

「……で、なんでアンタがここにいるのよ」

 

頬杖をついて僕の疑問を代弁してくれるミッテルト。

我が家のテーブルを介して座っているのは、まさかのゼノヴィアだったりする。

一度ぐらいしか明確な接点はない筈なのに、どうして彼女はウチにいるんですかねぇ……。

 

「神が存在しないと知った今、私の居場所は最早教会にはない。神の不在がコカビエルの口から語られた時、精神的に自暴自棄になっていた私を救ってくれたのは、貴方の教えだった」

 

「教えって、ファミレスでの奴?」

 

「ああ。盲目的に何かを信ずるのではなく、自らの目と耳で見識を拡げ、そして判断すること。自分が信じたいものを信じれば、それは自分にとっての神にだってなるのだということ。そして、昨日の天使も神も世界の歯車でしかないと言った貴方の言葉で、私の心は決まったよ」

 

「決まったって、何がさ」

 

「神が不在と知った今、形骸化した神を信仰する理由はない。だからといって悪魔に墜ちる理由もない。貴方の言葉がなければそういう未来も有り得たかもしれないが、貴方の説教によって現教会に対して良い感情を抱かなくなったが、それもひとつの信仰の形なのだと割り切った考えが出来たお陰で、安易な選択に走ることはなかったよ。今の私は、言うなればはぐれエクソシストという奴だ」

 

「はぐれって……教会を抜けてきたの?」

 

「そういうことだ。聖剣使いとして尊敬の目で見ていた奴らが、一転して見下すような目で見るようになったのを見て、逆におかしくなってしまったよ。そんな二枚舌の組織をずっと正義だと信じていた自分と、そんな考えを頑なに貫いている教会の者共に対してな」

 

「あと、もう一人ツインテールの方がいたけど、あっちはどうしたのよ」

 

「イリナは神の不在を知らないままだから、教会に帰ったよ。とはいえ、彼女もまた貴方に感化された身。私が教会を抜けることを説明した際も、事情は聞かずに私が教会を抜ける程の事情があることを汲んでくれた。貴方の説教がなければ、仲違いによる別れとなっていたかもしれない。感謝している」

 

そう言って深々と頭を下げるゼノヴィア。

……良く分かんないけど、つまりは教会を抜けて、フリーになったってことでいいのかな。

というか、あの時の説教がまさかここまで彼女に影響を与えていたなんて思わなかった。

 

「でも、教会を抜けた事とアンタがここにいる事は一切関連性がないじゃない」

 

「そうでもないさ」

 

そう短く答えると、ゼノヴィアは身体を僕の方へと正面に向ける。

 

「私の人生は神と共にあった。だが、神の不在を知った今、私の人生は破綻したに等しい。だから、私の事を導いてくれた貴方についていこうと思う」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

思わず突っ込んでしまった。

でも、仕方ないよね?超展開というか、あまりにも飛躍した結論なんだもん。

 

「そ、そうよ!だいたいついていくって、具体的にどうするつもりなのよ。教会と違って、レイはどの組織にも所属していない、全くのフリーな存在なのよ?」

 

そうだそうだ!言ってやれミッテルト!

 

「リアス・グレモリーから聞いたが、オカルト研究部に仮所属しているらしいじゃないか。それはフリーとは言わないのではないんじゃないか?」

 

「ぬぐっ」

 

「それに、私は彼が組織だって行動しているからその傘下に加わりたいと思ったのではない。しがらみから解放された私個人の意思で、有斗零という青年を好ましく思っているから、共に居たいと思ったんだ」

 

「なっ――――」

 

ミッテルトが口を開けてあんぐりとしている。

いや、僕も驚いているよ。まさかこんなこっぱずかしい事を素面で言うなんて思わなかったんだもん。

深い意図がないことは分かっているとはいえ、何か恥ずかしい。

 

「で、どうだ?」

 

「……まぁ、別に問題はないが」

 

「レイ!?」

 

露骨に驚くミッテルト。

だって、こっちとしては別に断る理由がないんだもん。なのに断るとか悪い奴みたいじゃん。

 

「ありがとう。いやあ、これで断られていたら再びあの寂れた教会で、今度は一人寂しく貧しい生活を強いられていたところだったよ」

 

平然と凄惨な未来図を口にするゼノヴィア。

その遠回しに精神的に攻めるの、やめてさしあげろ。

 

「じゃあ早速荷物を纏めて再び戻ってくるから、その間に私の部屋の検討をしておいてくれ」

 

そう言って荷物を取りに家を出て行くゼノヴィア。

何て言うか、自由な人だなぁ。

 

「ねぇ、そんな安請け合いしちゃっていいの?」

 

「安請け合いも何も、断る理由がないだろう」

 

「はぐれエクソシストってだけで充分断る理由になるわよ。協会側からすれば厄介者なんだし、面倒事を運んでくる未来しか見えないわ」

 

「その辺りはリアスがどうにかしてくれるだろう。まさか彼女が恩人を蔑ろにするとは思えないし、私からも頼み込むつもりだし問題はないだろう」

 

「楽観的過ぎるわよ……」

 

呆れた様子でテーブルに顎を乗せてぐったりとする。

言いたいことは分かるけど、今更言葉は引っ込められないし、ね?

 

「……私も、ただの厄介者よね」

 

テーブルに伏せながら、そう呟くミッテルト。

 

「結局コカビエルとの戦いだって、私は居ても居なくても一緒だった。そりゃあ、私なんかがあの戦いでまともな活躍出来るなんて最初から思ってなかったけど、それでも、何も出来なかったことが悔しくなくなる道理はないわよ」

 

「だが、君は私をフォローしてくれたじゃないか」

 

「そんなもの、私じゃなくても誰かがしてくれてたわよ。少なくとも、身体能力、肉体能力合わせて私以上のメンバーが集まっていたんだもの。別段不思議なことじゃないわ」

 

そうでもないと思うけどなぁ。

朱乃を落下から助けるには、あれ以上の遅延要素があってはいけなかった。

 

あの状況で一番近くいたのはミッテルトだし、彼女が間違いなく僕の助けになったのは事実だ。

だけど、そうじゃないんだろうなぁ。

以前にもこういう悩みを持つ人と接してきたことがあるから分かるけど、ミッテルトはほぼ間違いなく《特別》を望んでいる。

自分にしか出来ない、自分自身の存在価値を証明出来る何かが欲しいと。

だから、僕が今ミッテルトの言葉を否定したところで、所詮は先延ばしでしかなくなる。

彼女が満足する結果を出せない限り、彼女はずっと苦悩し続ける。

だけど、《特別》なんてそう簡単に手に入るものではない。

僕にとって悪魔も天使も堕天使も一種の《特別》だし、《神器》も然りだ。

《特別》だって個人の解釈に委ねられる以上、どれが正解の選択かなんて分かる筈もない。

だからといって、彼女がこのまま悩んでいるのを黙っていられる程薄情ではない。

 

無い知恵絞ってどうにか出来ないかと悩んでいると、ふとイゴールの言葉を思い出す。

もしかして、どうにかなるんじゃないだろうか。ぶっちゃけ、イゴールなら出来かねない。

えっと、確か手を握るんだっけ。

 

「ひゃっ、な、何?」

 

ミッテルトの驚きを無視し、目を閉じ頭の中でベルベットルームを思い浮かべる。

 

「えっ、ここどこ?何なの一体!?」

 

ミッテルトの戸惑う声色に誘われる形で目を開くと、慣れ親しんだベルベットルームが視界いっぱいに拡がった。

 

「どうやら、連れてきてくれたようですね」

 

「だ、誰よアンタ!?」

 

イゴールの不適な笑みに怯えるミッテルト。

まぁ、人間の顔じゃないからね、アレ。

 

「私はイゴールと申します。ここ、ベルベットルームの管理人のようなものをしています」

 

「あ、どうもご丁寧に……じゃなくて!ベルベットルームって言われても分からないし、結局何なのここは!!」

 

ナイスノリツッコミ。って言う暇があったら現状説明しないと、流石にキレるんじゃないだろうか。

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある空間。そして有斗零様は、この部屋のお客人であらせられます」

 

「お客人、って……本当?」

 

ミッテルトの問いかけに、無言で頷く。

 

「でも、一体こんな所にレイが何の用があるっていうのよ」

 

「貴方も恐らくは一度は見たことがあるのではないでしょうか?彼のペルソナ能力を。私は彼のサポートをさせていただいています」

 

「サポート……?訳が分からないわ。そもそもペルソナ能力はアンタがレイに与えたものなの?そうじゃないとしても、何でレイがここの客人となって、アンタのサポートなんかを貰えるのさ」

 

「それは彼が《特別》だからでございます。ベルベットルームは誰も彼もが入れるような場所ではございませぬ。人の心は本来ひとつの形しか持たぬもの。しかし彼はその理に縛られない、希有な力を持っている。そう、まるで数字のゼロ、或いはどの札の役割をも果たすワイルドカードのようなものです」

 

「そのワイルドカードのような《特別》な力のせいで、レイはアンタに選ばれたって訳ね。じゃあ、レイの《神器》もアンタの差し金って訳?」

 

「《神器》?……ああ、成る程。いえ、そうではありませぬ。彼の《神器》は先天的なもので、私はその才能を後押しする役割を担っているに過ぎませぬ」

 

「そこが解せないのよね。先天的とか言うけど、そもそもレイのような力を持つなんて他にもいるの?」

 

「現在彼を含め、七人程確認しております。とはいえ、今は彼以外はこの場どころか、この世界にさえ存在しておりませぬが」

 

「えっ、それって――」

 

「イゴール。そろそろ本題に入らないか?」

 

このままだと延々と話してそうだから、そろそろ本題に入るよう切り出す。

ぶっちゃけ、手持ち無沙汰で暇だったからなんだけど、決してミッテルトの為にならない訳じゃないから許される筈。

 

「そうでございますな。では、改めて――ミッテルト様、貴方にはここベルベットルームにおいて、私の補佐を務めさせていただきたいのです」

 

「は?補佐?……ちょっと、どういう事なのレイ」

 

ジト目で睨むミッテルト。

いや、説明しないで連れてきたのは申し訳ないとは思うけど、あの状況じゃまともな説明したって意味なかっただろうし、間を置くほどミッテルトが苦しくなるだけだし、仕方なかったんや!

 

「彼には、先程の頼みを受けてくれる相手を探してもらうという依頼を受けてもらっていたのです。とはいえ、長期的な拘束をする訳でもありませんし、当然この依頼を受けて貰った暁には、相応の報酬を与えようと考えております」

 

「報酬って、何があるのよ」

 

「貴方が望む、大抵のことならば何でもです。とはいえ、程度に関しましてはこちらで裁量を決めさせていただく故、ご了承ください」

 

「何でも……?」

 

何でも、という言葉に食いつくミッテルト。

まぁ、胡散臭いとはいえそんな甘い言葉に反応しない人はいないわな。

でも改めて思うと、これって一種の宗教勧誘っぽい構図だよなぁ……。

 

「……話を聞かせてもらおうじゃない」

 

おい、連れてきた僕が言うのもなんだけど、二つ返事でそれはどうなのかと。

ミッテルトは間違いなく悪徳商法に騙されるお方やでぇ……。

 

「レイ。悪いけど、イゴールと二人きりにさせて頂戴」

 

「私は構わんが、ならばその間どうすればいい?」

 

「ご安心ください。お客人がこの場を立ち去っても、彼女は責任を持ってお返しさせていただきます」

 

イゴールなら万が一にもミッテルトに粗相をするなんて有り得ないだろうけど、それにしたってその認識は僕だけのものであり、初対面では胡散臭さフルマックスな外見をしているイゴールと一対一になるなんて、勇気有りすぎだろ。

まぁ、ミッテルトがそれで良いって言うならいいんだけどさ。

 

取り敢えず頷いてベルベットルームから立ち去る。

因みに帰るときは普通にドアがあったからそこから出たよ。

 

 

 

 

 

「さて、どうやらお客人は帰られたご様子。して、私と二人きりで何をお聞きになられたいので?」

 

イゴールとか言う長鼻の老人が、不適な笑みで問いかける。

レイが客として通っている例がある以上、コイツは悪い奴ではないんだろうけど、やはり不安は拭えない。

とはいえ、私にはそんなものを押し退けてでも、成就させたい願いがある。

コイツがそれを叶えてくれるというのなら、安っぽいプライドなんか幾らでも捨てられる。

 

「……今一度聞くけど、余程の無茶な願いじゃなければ、何でも叶えられるのよね?」

 

「左様でございます」

 

「そんな大盤振る舞いな願い事の割に、ここでの手伝いだけってあまりにも代価が安すぎないかしら」

 

「そうでございますな。しかしこちらとしても人材不足なのは否めない部分もございますし、それなりの代価をご用意させて頂いてでも、サポートをしてくれる人材が欲しかったのですよ。それに、何も誰でも良いという訳ではございませぬ。彼が自らの秘密を共有しても良いと思える程の絆を秘めた関係を結んだ相手なればこそ、この仕事を任せられるのですから」

 

「……そのサポートって、アンタのじゃないの?」

 

「私の、ではありますが正確に言えば彼の、ですね。私の仕事はあくまで彼のサポートであり、それを補佐するのであれば、必然的に貴方の仕事も彼のサポートに繋がる。違いますか?」

 

確かに、その通りではある。

逆に言えば、この展開もイゴールの思惑通りのものなのだろう、とも思う。

レイは何の説明もなしにここに連れてきたけど、レイがイゴールから条件を事細かに伝えていたのであれば、そんな浅慮なことはしない筈だ。

イゴールとしては、そんな条件をつけずとも彼なら自分の理想の相手を見繕ってくれると判断したのだろう。

実際、その通りの結果になったのだから、その判断は正しいと言えよう。

しかし、この老人の掌の上で踊っているという事実が、妙に苛ついた。

私がではなく、レイがその立場に置かれているということが、である。

 

「……やはり、彼の目に狂いはなかったご様子。貴方ならば、彼の支えとなるに相応しい」

 

「何一人で納得してるのよ」

 

「いえいえ、お気になさらず。して、貴方は私の頼みを聞くと解釈して宜しいのでしょうか?」

 

「――ええ、やってやろうじゃない。でも、私の条件が呑めたらだからね」

 

「その望みとは?」

 

「――力よ。護りたいと思った人をすべからく護れる程の力を、私は望むわ」

 

以前から思い続けていた、夢物語に等しい理想を吐き出す。

下級天使風情が持つには、あまりにも高尚すぎる理想。身の丈に合わない願望。

しかし、手が届かないからこそ、人はよりその泡沫に焦がれる。

物事に下限はあれど、上限は存在しない。ひとつ手に入れることが出来れば、またひとつ望む。

理想は常に自分の頭ひとつ上に存在し続ける、決して手の届かない幻影に過ぎない。

理想が現実となれば、それは最早理想に非ず。次の瞬間には、新たな理想の定義が構築されている。

故に、終わりがない。そして、欲望に際限がないと言われる所以でもある。

 

「私のようなちっぽけな存在じゃあ、生半可な力を手に入れた所でたかが知れている。そんなこと、誰かに言われなくたって嫌でも理解してる。代価に見合わないというのなら、例え代償を上乗せしてでも、手に入れるわ」

 

イゴールの眼前で拳を強く握り締め、宣言する。

それを見てイゴールは、目を伏せ笑った。

 

「貴方の護りたい者とは、やはり彼――有斗零様のことであらせますか?」

 

「――ええ、そうよ。私は彼に救われた。でも、未だにその恩を返せないでいる。だから、争いに身を投じることを辞さない彼の支えになる為に、私もまた彼と同じぐらいの力を得る必要があるのよ!」

 

最早ここまでくればやぶれかぶれだ。

出会ったばかりの相手に何を言っているんだと自分でも思うけど、ここで答えをぼかしてイゴールの機嫌を損ねるような真似はしたくない。

だったら、赤裸々エピソードでも何でも語ってやる。それで力が手にはいるのなら、という前提が付きまとうけど。

 

「貴方の彼に対する強い想い、しかと聞き届けましたぞ。――これをお受け取り下され」

 

イゴールは初めて優しい笑みで私を迎える。

そして、イゴールはどこからともなく広辞苑レベルの厚さを誇る本を取り出した。

表紙には六芒星の魔法陣が描かれており、その形はレイが強力なペルソナを召喚する際に出るものと全く同じだった。

イゴールの言われるがままにそれを手に取る。

見た目通り、ずしりと重い。そして、持っていると不思議な感覚が身体に走る。

まるで、レイの身体に触れているときと同じ暖かさを、この本が発しているような――

 

「これは?」

 

「この本の中には、有斗零様のペルソナが記されております。それこそ、貴方も見たことがなければ、彼自身もその存在に気付いていないものまで、余すところなく」

 

「この中に、レイのペルソナが……?」

 

適当に捲ってみると、私でも聞いたことがあるような有名どころの名前と絵が記入されていた。

後半のごく一部だけ白紙になっていた部分があったけど、これがイゴールの言っていたレイ自身も気付いていないペルソナってことなのだろうか。

 

「このペルソナ全書を使えば、彼の持つペルソナを貴方も扱えるようになります。当然、制約がありますがね」

 

「私が、レイのペルソナを――」

 

無意識に、ペルソナ全書を強く胸の中で抱く。

いつだったかレイが言っていたけど、ペルソナというのは、内に隠れたもう一つの自分を具現化させたものらしい。

つまり、レイのペルソナとは即ちレイ自身と言い換えても何ら問題にはならない。

そんなレイのペルソナを、私が扱う。なんというか、解釈次第では何とも背徳的な響きに聞こえる。

かく言う私は、攻めるより攻められた――じゃない!!

 

「如何なされました?」

 

「な、何でもないわ。説明続けて」

 

不埒な思考を振り払い、気を取り直す。

 

「では、失礼して。先程申し上げた制約に関しましては、あまり難しいことではありません。要は貴方の実力不相応なペルソナは召喚出来ませんし、あくまで有斗零様のペルソナを間借りする立場である以上、召喚行為そのものに相応の魔力を支払わなければなりません。更にペルソナのスキルを使用する際にも魔力を使用しますので、使用するペルソナ、スキルは考えてお使いになられた方がよろしいでしょう」

 

「……何それ、制約だらけじゃないの。そんなんで大丈夫なの?」

 

「どんなに優れた力でも、扱う者次第では刃にもなまくらにも成り得ます。一足飛びに事を為し得ようとすれば、急ぎ足になるあまり蹴躓いて転んでしまいますよ?」

 

……その通りだ。

レイと同質の力を得られたという事実ばかり先走り、大事なことを見落としていた。

自分自身でも戒めていたばかりなのに、下らない間違いを犯すところだった。

力を手に入れて終わりじゃない。そこから始まるのだ。

そんな下らない理由で足止めなんてまっぴら御免である。

 

「それに、制約ばかり説明しましたが、何も不利な条件ばかりではありませぬ。ペルソナを間借りするからこそ為せる、貴方だけのペルソナの扱い方が出来ます」

 

「それって?」

 

「ペルソナでありながら、独立した存在として扱えるという特性を活かすのです。精神体であるペルソナには、状態異常が効きませぬ。しかし、ペルソナを介して所有者にダメージが通りますし、所有者が掛かった状態異常はペルソナにも反映されます。ですが、完全に切り離された状態で扱う貴方の場合、そのどちらにも当てはまらないのです」

 

「つまり、私が仮に毒を受けたとしてもペルソナは毒にならないし、ペルソナが攻撃されても私にフィードバックはされないってことでいいのかしら」

 

「その通りでございます」

 

これは良いことを聞いた。

レイはコカビエルの攻撃をペルソナが喰らったことで気絶する程のダメージを受けていた。

だけど私がペルソナを使えば、その枠には当てはまらない。つまり、ペルソナを盾にレイを護ることが容易となるのだ。

 

「でも、レイのペルソナを使っているからダメージを受けないのは分かったけど、それだとレイにダメージが行きそうなものだけど」

 

「その辺りは問題ありませぬ。先程間借りしていると申しましたが、有斗零様が装備しているペルソナではないので、彼のペルソナとはいえ分離しているも同然。心配なさる必要はありませんよ」

 

「そうなの、それは良かった。だけど、それだと私がペルソナを使う時は、装備って解釈にはならないってこと?」

 

「左様でございます。どちらかといえば、召喚したペルソナを使役すると考えた方が分かり易いでしょう。そうなると、これは最早ペルソナ全書と呼ぶよりも、悪魔全書と呼ぶ方が良いかもしれませんな」

 

「悪魔全書って……いきなり物々しい名前になったわね。それに、この中には天使とかも記されていたのに、悪魔全書って言うのは間違いなんじゃない?」

 

自分でも尤もだと思った意見をイゴールに投げかける。

しかしイゴールは気にした素振りもなく、真理を告げた。

 

「――悪魔が人間を惑わし堕落させる存在ならば、甘言を囁き人間の人生を狂わせる天使や神もまた、悪魔と呼ぶに相応しいと思うのですが」

 

「――――ハハッ、確かにその通りね」

 

イゴールから告げられた真理は、これ以上とない程に私の納得を刺激した。

言われて初めて気付く、相反すると思っていた二種族を結びつける要因。

善と悪なんて区別されてはいるけど、本質は限りなく同一。

救済も堕落も、人生観を変えるという意味ではどちらも似たようなもの。

そんな簡単なことに今まで気付かなかったなんて、自分が如何に固定概念に囚われていたのかが分かる。

 

「ともかく、その新・ペルソナ全書をお譲りいたします。これからは彼の傍でその力を振るい、助けとなってあげて下さればこちらとしては満足ですな」

 

話は終わったと言わんばかりに言葉を切ったイゴールに、声を掛ける。

 

「……ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「何でしょう?」

 

「何でイゴールはレイに関心を持ったの?《特別》だから?」

 

イゴールは僅かに考える素振りを見せ、答える。

 

「確かにそれも含まれておりますが、私が彼に助力するのは、彼がどのような未来を紡ぐのか、それが見たいからでございます。貴方もご存じの通り、彼はとても数奇な運命と共にあります。ひとつ道を違えれば、それだけで世界が大きく変わってしまう程に、彼は不安定な立場にあります。しかし、その不安定さが故に、一歩間違えれば運命そのものが途絶えてしまう可能性さえあります。だから、そうならないようにする為にも、貴方のような協力者が必要だったということです」

 

イゴールはタロットカードを取り出したかと思うと、一枚山札から引き、それをテーブルに置く。

それには方位磁針のようなものが中心に描かれており、下の方にXと数字が強調されて記されていた。

 

「貴方の未来を示すのは、運命の正位置。過去の自分からは一転して大きな事象に身を委ねることになるでしょう。それにより貴方は今まで以上の困難に立ち向かわなければならなくなります。しかし、それに気が付いた頃には最早後戻りは出来ない領域まで足を踏み込んでいるかもしれませぬ。今この場で選ぶ選択こそ、貴方の安全を保証する最後の砦となるやもしれませぬぞ?」

 

「――愚問よ、イゴール」

 

私の命も人生も、最早レイが隣にいてこそ成り立つ脆く儚いものでしかない。

ならばここで足を止め振り返ったところで、何も変わりはしない。

その運命によって死ぬとしても、彼と離ればなれになって孤独に死ぬよりは何億倍もマシだ。

 

「そうでございましたな。――そういえば、もうひとつ渡し忘れていた物がありました」

 

踵を返し、ドアに向けて歩き出そうとした時、イゴールに引き留められる。

その時渡されたものは――

 

 

 

 

 

自宅に戻ってから十秒も掛からない間に、ミッテルトも意識を取り戻した。

どういう仕組みなんだか知らないけど、あそことここでは時間の流れが違うみたいなご都合主義が展開されているんだろう。

 

「おかえり、ミッテルト」

 

「ただいま」

 

第三者からすれば意味不明な挨拶を済ませると、ミッテルトがおもむろに立ち上がる。

 

「どうした?」

 

「ちょっと洗面所借りるわ。レイは大人しく待ってて」

 

僕の答えを聞くまでもなく、宣言通り洗面所に姿を消すミッテルト。

訳が分からないけど、取り敢えず言われた通り大人しく待つ。

数分後、おもむろに洗面所の方面からミッテルトが姿を現す。

その姿を見た瞬間、僕は驚きを隠せないでいた。

 

「ど、どうかな……?」

 

ミッテルトの恰好は、原作のエリザベスが着ていたようなノースリーブ服をよりゴスロリ調に変え、頭にはフリルのついたヘッドドレス、腕の部分にはマリーのように独立して新たにフリルの付いた袖が掛けてあるという、ミッテルトらしさを崩さずマッチさせたものだった。

 

「な、何とか言ってよ。仮とはいえベルベットルームの管理者の一人となったからには、これをつける義務があるって言われたから貰ったんだけど……」

 

ミッテルトの恥ずかしそうに意見を求める様子に促される形で、ボーっとしていた思考が活動を再開させる。

 

「……ああ、とても似合っているよ」

 

陳腐にも程がある感想だと自分でも思う。

でも、嘘偽りのない本心でもある。

 

「そ、そう?えへへ……」

 

そんなテンプレのような回答でも、ミッテルトははにかむように微笑んでくれる。ミッテルトマジ堕天使。

 

「この服、何か凄いらしいわよ。生半可な衝撃じゃ傷一つつかないどころか、この服自体に魔力の潜在値を底上げする力もあれば、魔力回復を促す効能まで付与されているって話よ。胡散臭いけど、この服から感じる魔力を見れば、嘘じゃないってなんとなくわかるのよね。本当、イゴールって何者なのかしら」

 

「さぁな。そこのところは私にもよくわからん」

 

実際はフィレモンに創られた存在ってことらしいけど、それを伝えたところで余計に話をこじらせるだけだろうし、黙っておく。

 

「あ、あとこんなの貰っちゃったの」

 

突如ミッテルトの手のひらの上に現れたのは、ベージュ色のハードカバーに覆われた辞書サイズの本。

その外装に、僕は見覚えがあった。

というか、どこからどう見てもペルソナ全書なんですが、それは……。

いや、エリザベスとかマーガレットとかも戦闘の際に使ってたから

 

「これがあると、レイのようにペルソナが使えるらしいわ。と言っても、レイぐらい強いのは出せないっぽいけど」

 

「そうか……それは頼もしいな」

 

いや、マジで頼もしいです。

正直、堕天使のミッテルトがペルソナ使えるとか僕いらなくね?ってレベルだし。

今は発展途上でも、いずれ僕なんか軽く追い越すだろう。

 

「これなら一緒に強くなれる練習も出来るし、使い方もレイから教われるし、良い所だらけよね!」

 

るんるんと喜びのダンスを踊るミッテルト。そしてそれを微笑ましく見守る僕。

 

「今戻ったぞ」

 

そして、何とも間の悪いタイミングで戻ってきたゼノヴィア。

二人は互いを視界に入れ、硬直する。

ミッテルトは事情を知らなければただの頭が春な雰囲気を出しており、ゼノヴィアはその事情を知らないが故に必然的に等身大のミッテルトと今のミッテルトを比較して状況を整理しようと試みる。

その結果、どうなったかというと。

 

「――すまない、邪魔をしたようだ」

 

どこか遠い目でミッテルトを一瞥したゼノヴィアは、再び茶の間のドアを閉める。

 

「ま、待ちなさい!これは誤解、そう、誤解なの!!」

 

「いやいや、気にすることはないぞ。君とて堕天使である以前に一人の女だ。そのような気分になる時があっても別段不思議ではないぞ、うん」

 

ぎゃーぎゃーと廊下から響く声が遠ざかっていく。

この調子じゃ、家を出たゼノヴィアをあの服装のままミッテルトは追いかける流れになっているのだろう。

あと少し経てばその姿をご近所に晒すことになって、更にてんやわんやな事になるだろう。

……平和だなぁ、本当。

爺くさい思考を過ぎらせながら、窓から空を見上げた。

 




新・ペルソナ全書

ミッテルトが手に入れた《神器》(と思っていただいて結構)。
本来は有斗零のペルソナ全書だが、それをミッテルトがある程度自由に扱えるように改造が施された模造品。
模造品だが、従来のペルソナ全書と同じ扱いが可能なので、実質的にイゴールの役割を担える。ただし、その場合ミッテルトの魔力に依存してしまう。


ミッテルト自身が使える用途

ペルソナ召喚
原作同様、ペルソナ全書に登録されたペルソナを召還することが出来る。
レベルによる召喚制限に加え、ミッテルトのその時点での保有魔力で召喚条件の是非が決まる。魔力=お金ってことです。

ペルソナ合体
可能だが、ミッテルトの能力とペルソナ全書に記入されている内容も相まって、使用される機会があるかは不明。

ペルソナの独立運用

零のペルソナを間借りするという性質を利用することで、ペルソナへのダメージがミッテルトに返ってくることはなくなる。同時に、ミッテルト自身の状態異常がペルソナに反映されることもない。なので、零とは異なる独自の運用が可能となる。
文字通りペルソナと使用者が独立した運用が可能だということで、イゴールが悪魔全書と比喩したのも、ペルソナが実質悪魔と同じ運用が可能だからである。

デメリット

ペルソナのレベルは一律固定。零自身が扱わないと成長しない(ペルソナ全書の上書きが出来ないってこと)上に、ペルソナを召還して保持しておくことが出来ない為、同じペルソナを使い続けるメリットが限りなく少ない。
しかし強いペルソナを使うには魔力量を上げないといけないので、必然的にミッテルト自身も強くなる必要がある。
ペルソナを保持出来ないというのは、その都度召喚に魔力を使うということでもあるので、かなりの負担を強いられることになる。



Q:ゼノヴィア悪魔にならなかったのね。
A:そういう展開も悪くないと思うんだ。リアス達もゼノヴィアいなくてもどうにかなるだろ(ご都合主義

Q:ミッテルトペルソナキター!
A:しかし強くなるのはまだ先。しばらくはサポート役になるんじゃないだろうか。後、可愛いペルソナとキャッキャウフフするとか。

Q:ミッテルトもベルベットルームの住人か……
A:実際にベルベットルームで仕事をすることは少ないから、あまりそういう認識は持たなくてもいいかも。後、ミッテルトの新衣装誰か描いて(懇願


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第十八話

人生で一番の高い買い物、車を買いました。
これでゲーセンへの道のりが凄い楽になったよ!


ミッテルトがペルソナ全書というチートを獲得してから、数日が経過した。

ペルソナという概念を見聞きする程度にしか知らなかったミッテルトは、その力の扱い方に当初四苦八苦していた。

レベルの低いペルソナを召喚するのも一苦労で、練習の為に何体もポンポン召喚していると、それだけでダウンしてしまう。

どうやらイゴール曰く僕のペルソナと違い、召喚には魔力を支払う必要があるとか。

原作で言うところの現金の役割を果たしていると考えたら、そりゃあ乱発は出来ないなと納得出来るよ。お金は大事だよ~。

とはいえ、ミッテルトは頑張り屋だから、決してめげることも弱音を吐くこともなく日々精進している。こりゃうかうかしてられんわ。

現時点ではペルソナ全書の存在を知るのは僕だけ。ゼノヴィアさえ知らない。

それもこれも、ミッテルトが秘匿することに躍起になっているからである。

いずれ話をするらしいけど、まだ駄目らしい。なんじゃそら。

因みに召喚出来る中でのミッテルトのお気に入りのペルソナは、ジャックフロスト・ユニコーン・ニギミタマらしい。

上二つは分かるけど何でニギミタマ?と思って聞いたら、枕にすると程よい平べったさにひんやりして気持ちいいかららしい。そういうのやめてさしあげろ。

 

次に、うちに住むことになったゼノヴィアなんだけど、リアスの計らいで駒王学園の二年として通えるようになったんだよね。

ゼノヴィアの安全もきちんと保証してくれるらしいし、その境遇も汲んでくれたからか、手続きも滞りなく片付いた。

二年ならイッセー、アーシア、木場もいるから問題があってもフォローしてくれる。

ミッテルトはどうにもゼノヴィアに苦手意識を持っているらしく、同居生活を経てある程度の交流を深めたにも関わらず、一方的に距離を取っている印象がある。

ゼノヴィアはそう言ったことはなく、教会の人間という肩書きが無くなったこともあってか、随分と身軽な立ち回りを演じている。

砕けて言えば、遠慮がないのだ。

同時にものを知らないというか、世間知らずでもあった。

教会という閉鎖的な環境に身を置いていたから、という理由らしいが、絶対にそれだけじゃない気がする……。

少なくとも、料理がてんで出来ないのはいけないと思うよ。女性として。

 

「零、ちょっといいかしら」

 

いつもの緩い日々を満喫していたある日、リアスに放課後の学校内で声を掛けられる。

 

「何だ」

 

「今度の休日、オカルト研究部のメンバーでプール掃除を行うから、貴方も手伝って頂戴」

 

なんでや!唐突すぎるやろ!

と、心の中で叫んだけど、理由を聞いたところで参加するのは確定だろうし、素直に頷いておく。

 

「分かった。だが、私だけか?」

 

「ミッテルトとゼノヴィアにはもう声を掛けているわ。一応二人とも了承してくれたわ」

 

手回しの良いことで。

というか、何気に外堀埋めてから攻めてません?そこまでして参加させたいんですか?

まぁ、プール掃除なんて面倒なこと、少しでも人手を集めてとっとと終わらせたいのも分からなくもないけどさ。

それに、今の時期は夏の設定。感覚的にも暑さを感じるようになってきたから、プールで涼みたいというのもあるし、利害は一致してなくもない、かな?

 

「というわけで、よろしくね」

 

「了解」

 

リアスと別れ、僕は自宅への帰路を一人で辿る。

いつもならミッテルトから一緒に帰ろうと待ちかまえているんだけど、今日は珍しくいなかった。

そうなると大抵はアーシアとかと一緒に寄り道して帰っているから、特別対処に困る状況でもない。

一応メールで先に帰ることを説明しておいたし、万が一の事態も無いだろう。

 

「……ん?」

 

人通りの限りなく少ない道で、まるで待ちかまえていたかのように黒猫がこちらを見上げていた。

数秒見つめ合っていると、黒猫の方から徐々に近づいてくる。

手を伸ばせば届きそうな程の距離まで接近したかと思うと、そのまま塀を越えてどこかへと去っていった。

……何だったんだ?分からん。

しかし、冷静に考えるとこっちに来て初めて動物と接触した気がする。

猫の可愛さは現実・ゲーム問わず一貫しているからいいよね。いや、猫というか動物全般ね。

僕はデブ猫とかカピパラみたいなずんぐりむっくりしているのが特に好きだ。抱きついて寝たい。

そんな突如として現れた癒しに内心喜びを抱きながら、改めて帰路についた。

 

 

 

 

 

「こんなのとかどうです?」

 

「折角買うのなら、もう少し上質なものを買うべきではないか?兵藤に見せるんだろう?」

 

「そ、それは……」

 

「照れることはないさ。私も女だ、君の感情も理解できるつもりだ」

 

「じ、じゃあこっちを……」

 

そんな年頃の女子同士のありがちな会話の流れを、私は一歩引いたところで観察しながら、自身も品定めに勤しむ。

私達が今居るのは、とあるレディース専門店の水着売り場。

リアスの指示でプール掃除なんて面倒なことへの協力を仰がれたんだけど、それに追従する形で水着を買う流れになった。

別に学園指定の水着でも良かったんだけど、他でもないゼノヴィアが反抗し出したのだ。

何でも、スク水はニッチな需要はあるが、メジャーではない。個性や長所を伸ばしたいのなら、そんな安易な選択は避けるべきだとか言ってた。

意味が分からないけど、アーシアが納得したもんだから、文字通り引き摺られる形でこの場に連れてこられて、今に至る。

正直、水着のことなんて全然分からない。

海どころかプールでさえも泳いだことがない私は、そもそもそういう知識がないのも当然なのだ。

下着の延長線と考えればいいのかもしれないが、それでも見せることを前提としたデザインのそれと比較するのは間違いな気もする。

 

「それっぽいものを選んでおけばいいわよね……」

 

「それっぽいもの、ですか?」

 

水着選びに同行したメンバーの一人、塔城小猫が隣で水着を吟味しながら話しかけてくる。

彼女との接点は限りなく少ない。彼女だけ一年という事もあって、オカルト研究部との接点を得た今でも、彼女と会話をするのは稀だ。

彼女自身寡黙な性格なことも相まって、その傾向がより顕著だ。

そんな名前の通り猫のような少女が私に話しかけてきたのは、気まぐれによるものなのだろう。

とはいえ、折角だ。これを期に交流を深めるのも悪くはないだろう。

 

「ウチは水着のことなんてさっぱりだから、下手に考えたところで悩み損になるのは目に見ているんスよ。だからそれっぽいもの――有り体に言えば無難なものを選んでおけばいいかなー、なんてね」

 

「そうですか」

 

自分から問いかけてきた癖、そんな淡泊な返事で会話を切る。

……こういう手合いは苦手だ。何がしたいのかがまるで分からない。

相手の腹を探って下手に出て生きてきた自分にとって、そういう微妙な距離感はむずかゆくて仕方ない。

 

「……なら、発想を変えてみたらどうです?」

 

居心地の悪い雰囲気から離れたくて、その場を離れようと思った矢先、小猫がそう提案してきた。

 

「発想を変えるって……たとえば?」

 

「自分のことが良く分からないなら、自分以外の相手の視点で考えるのがいい。例えば、零先輩とか」

 

「なっ――」

 

唐突にレイの名前が出たことで、不覚にも狼狽えてしまう。

それを期と見たのか、小猫は矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。

 

「ひとつ屋根の下で暮らす男女。徐々に当たり前になっていく日常に刺激を与えるなら、新たな側面を見せるのが手っ取り早いと思う」

 

「な、何が言いたいのよ」

 

「つまり、水着で先輩を誘惑する」

 

無表情で親指を立てる小猫。その指折ってやろうか。

 

「言いたいことは嫌と言うほど理解したけど、そもそもレイがそういうのに関心を持つとは思えないんだけど」

 

レイは人間でありながら、欲望という概念に疎い。

良くも悪くもストイックな姿勢を貫く様は、誠実である反面人間としては異常とも言える。

朱乃本人からレイに全裸で迫ったというエピソードを聞かされた時は、驚きを通り越して呆れもしたし納得もした。どういう思惑で彼に迫ったのかは知らないが、悪魔ならば別段おかしな流れではないしね。

それで、レイはそんな朱乃を叱りこそしたが、情事に発展するような素振りは欠片も見せなかったと言う。

嘘を吐く理由もないだろうし、それは紛れもない真実なんだろう。

朱乃は女性としてのプロポーションは完璧だし、美人でもある。《駒王学園の二大お姉さま》の称号は伊達ではない。

そんな相手に迫られて食指を動かさないなんて、健全な青少年の在り方としては歪だ。

兵藤ぐらい突き抜けているのもアレだが、仙人のような枯れた未成年というのもどうかと思う。

……私みたいなちんちくりんでも、ひとつ屋根の下で暮らしている間柄ならばそういう雰囲気になることぐらいありそうだというのに、それさえもない。

何て言うか、女として凄い凹む。朱乃も表情には出さずとも、同じ感想を抱いていることだろう。

そんなレイに水着で誘惑?寝言は寝て言えと。

 

「諦めたら、そこで試合終了」

 

「塔城先生……」

 

いきなりのネタに思わず反応してしまったが、小猫の言い分は確かに尤もである。

靡かないからといって諦めていたら、それこそ駄目だ。

……というか、何か私がレイのことを異性として意識していることを前提に話が進んでいる気がする。

そんなに、分かり易いだろうか。

 

「頑張れ」

 

小猫の言葉に背中を押され、決意を固める。

もっと積極的になろう。駄目でもともと、やれるだけのことをやって、玉砕するならそれもやむなし。

しかし、希望の芽が潰えた訳ではないのだから、頑張る価値は十分ある。

 

――それにしても、こうして話してみると結構ノリが良いというか、固い表情とは裏腹に思考は柔軟らしい。

少なくとも、さっきまでの彼女の認識は既に何処かへ飛んでいった。

それだけでも、ここに来た甲斐はあったと思う。

 

私はひとつの水着を手に取り、レジへと向かう。

少しぐらい、大胆になってみてもいいわよね。

 

 

 

 

 

照りつける太陽。飛び散る水しぶき。――ああ、夏だなぁ。

そんなわけで、プール掃除当日である。

みんなで体操服を着てプールの底を掃除する姿は、どこからどう見ても学生の青春の一コマである。

最初は面倒だなーって思ってたけど、知り合いと一緒にする掃除って結構楽しいもんだね。

七人でやるプール掃除は、特に問題が起こることなく終わりを告げた。

途中で兵藤が謎テンションでホースの水を女子勢にぶっかけようとしたので、鉄拳制裁しておいた。あ、これも未遂とはいえ一応問題といえば問題か。

ミッテルトと塔城さんにかなり感謝された。どういたしまして。

 

そして、プール開きの為の水を張っている間、更衣室で着替えを行うことになった。

僕の水着は、自宅に何故かあったものを引っ張ってきた奴である。なんでこんなものがあるんだか。

 

「――先輩」

 

ふと、着替えを終えた木場が声を掛けてくる。

因みに兵藤は一足先にリアス達の水着を拝みたいという理由でさっさと着替えを済ませて出て行った。

 

「どうした」

 

「いえ。――今更かもしれませんが、あの雨の夜、僕を庇ってくれたことへの感謝と、謝罪をしたくて」

 

「別に気にすることではない。――だが、謝罪とは何だ?」

 

「あの時の僕は、随分自暴自棄になっていました。みんなの心配する声に耳を傾けず、形振り構わず行動した結果、貴方に護られる結果となった。――僕がもっとしっかりしていれば、あんな結果を招くことはなかった。貴方が負った傷は、全くの無意味な痛みでしかなかったんです」

 

僕へと向かい合い、深く頭を下げる。

 

「本当に――申し訳ありませんでした」

 

……うん、正直困った。

そもそもあの件のことで今更何か話があるとは思わなかったし、むしろとっくに記憶の彼方にあったよそんなこと。

だから、謝られたところでどう反応していいか分からない。僕にとっては、その程度の出来事でしかなかったんだから。

 

「助け合うのは当たり前のことだ。仲間ならば、尚更だ」

 

「先輩――貴方って言う人は。ですが、それでは僕の気が収まりません。受け取った恩は、これからの働きで必ず返させていただきます」

 

木場の真剣な表情に、僕は頷くことしか出来なかった。

気にするな→しかしそれでは~の流れは、無限ループになる可能性が大いに有り得るので、折れるならとっとと折っておいた方がいい。

それに、彼の想いを踏みにじるのは当事者といえど流石にマズい。

 

「その気持ちは嬉しい。だが、肩肘を張るなよ。貸し借りの関係なんて、息苦しいだけだからな」

 

息苦しい、というか愛が重いと言うべきか。

真摯なのはいいんだけど、こっちからすればその想いが重すぎて色々と辛いのよね。

当然、想われることは嬉しいことだ。だからといって、そればかり意識に取られて折角築いた関係が硬化するのは嫌だ。もっとフレンドリーでいいんだよー?

 

「善処しますよ。――そろそろ水も張り終えた頃でしょうし、行きましょう」

 

そう言って木場は先に更衣室から出て行く。

ドアの閉まる音と同時に、頭の中に声が響く。

 

 

我は汝……汝は我……

汝、新たなる絆を見出したり……

 

汝、《法王》のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

コミュ解放キマシタワー。

しかし、こういう展開を経て常々思うのは、まるでコミュ解放の為にみんなと関わっているんじゃないか?っていう打算に塗れた自分がいるのではないかということ。

否定はしない。最初の頃はコミュ解放に躍起になっていたことだって自覚しているし、そういった願望があることは事実だ。

それでも、ただの一度も彼らを道具のように思ったことはないとだけは言い切れる。

このリアルな世界では、プレイヤーかそうでないかの垣根なんてあって無いに等しい。

僕が接してきた人達は全員プレイヤーだと思えばそうなんだろうし、その逆も然りと言える。

僕は前者の考えで行動している。いや、考えるまでもなく、無意識にそう有るべくして行動していると言った方が正しい。

だからこそ、そんな打算的な思考に悩み苦しんでいる。NPCだと割り切って考えていたら、そうはならない。

ぶっちゃけた話、この悩みは考えたところで解決なんてしないから、悩むだけ無駄なんだろう。

でも、蔑ろにしてはいけない問題でもある。

結局の所、僕が信じた世界を信じ続けていれば、それは紛れもない自分にとっての真実になるんだ。

人間関係なんて、究極的に言えば腹の探り合いだ。そう考えると、今の境遇と大差ない。

 

「なるようにしかならない、か」

 

みんなが僕を護ってくれた事実、笑顔を向けてくれた感情、それをプログラムによって構成された法則に基づく行動だとは思いたくない。ならば、信じなければいい。

簡単なことだろうけど、この命題でこれからも僕は悩み続けることだろう。

でも、それでいいんだ。

思い返せば、自分の思いを再認識出来る。

忘れてはいけないことを、惰性で鵜呑みにして心の中で風化させるよりは、ずっと良いことだ。

 

両方の頬を叩き、気合いを入れ直す。

折角のプール開きで絶好のプール日和なのに、こんな暗い考えでみんなの前に出たら、台無しになってしまう。

気持ちを切り替えた僕は、更衣室のドアを開けた。

 

視界一杯に拡がる太陽の光と、独特のカルキ臭に煽られる。

 

「遅かったじゃない、零」

 

一番に話しかけてきたのは、真っ白なビキニをこれ以上となく着こなしたリアスだった。

 

「……?どうしたの?」

 

「いや、似合っていると思ってな」

 

素直な感想を口にすると、リアスは頬を僅かに赤らめる。

 

「ふふ、ありがと。でも、私よりあの子にその言葉を言ってあげなさい」

 

そう言って指さす先には、アーシアの背中に隠れるミッテルトの姿があった。

因みにアーシアはオレンジ色のパレオを纏っている。可愛らしいです。

 

「ミッテルトさん。零先輩に見せるんでしょう?」

 

「や、やっぱり恥ずかしい……」

 

何のコントですか?というか、べったべたな会話の流れッスね。

 

「やれやれ、見てられないな」

 

エメラルドブルーのどことなく際どい水着を着たゼノヴィアが、ミッテルトの身体を押し出す。

その勢いに抗えず、もつれた足で僕の目の前まで躍り出る。

 

「あ、あはは……」

 

照れ隠しなのか、はにかむように笑みを浮かべるミッテルト。

彼女の水着は、肩の下辺りから交差させるように細長い黒の布が下へ延び、ちょっとしたスカートとして成り立っている。そして下腹部を覆う布は腰元に延びた白い長布で繋ぎ止めるように覆われている。

まぁ、何て言うか……凄く、大胆です。

独創性溢れる水着であるというのも、見慣れていないという意味で、同じセクシー路線のリアスの水着よりも扇情的に見せている気がする。

そういえば、昨日帰ってきた時に何か袋みたいのを抱えていたけど、これを買ったのか。

 

「ど、どう、かな……」

 

「あ、ああ。似合ってはいるぞ」

 

「似合っては、って何よ。折角頑張って着てみたのに……」

 

「別に悪気はないんだ、すまない。ただ、あまりにも予想外だったものでな」

 

ミッテルトもアーシアみたいな無難に可愛い水着をチョイスしたものだと、無意識に決めつけていたから、虚を突かれた。反応が曖昧なのも、そのせいだ。

リアスとかがビキニを着ていても、似合ってはいるけど別段驚くことではない。意外性という奴だ。

 

「分かってるわよ、こんな格好私らしくないってことぐらい。それでも、頑張ったのよ」

 

「――そうか」

 

そういえばアーシアがさっき、僕に見せる為とか言ってたけど、それってもしかしなくても、この水着を無理して着ようとしたのは……。

うう、お兄ちゃん嬉しいよ。感涙だよ、心の中でだけど。

あ、あとそこでミッテルトをイヤらしい目で見ているイッセーは、後でプールに沈めます。

 

「だが、驚いただけで似合っているという言葉に嘘偽りはない。それに、君の意外な一面を見られたという意味でも、私は大いに満足している」

 

ミッテルトは堕天使だけど、その格好はどちらかといえば小悪魔っぽくて、普段の彼女の快活さが押し出されている感じがするのよね。

決してエロい目では見てないよ?ホントウダヨー。

 

「そ、そっか。うん、当然よね!」

 

何かいきなり納得しだしたけど、嬉しそうだしいっか。

 

「では、私はどうです?」

 

姫島がそんな僕達の間に割って入るように現れた。

赤と青で境界を作り彩りを見せるビキニを着用している。

――何だろう、微妙にダサい気がする。

それでも着こなしているように見えるのは、彼女の麗しい外見の賜物だろう。

 

「似合っているぞ」

 

「それでは他の人達と同じではありませんか。もっとこう、独自性溢れる感想が欲しいところですわ」

 

え、何それ。イジメ?

それとも心の中でダサいとか思ったのがバレテーラ?

すいません許して下さい!勘弁して下さい!

しかし、それを口にするのは憚られる。というか、言ったら何か色々と酷いことになりそう。

故に、絞り出さなければならない。

無理難題、無茶振り、知らんがな。言わなきゃ死ぬんだよ!多分!

 

「――そうだな。水着とは少し違うかもしれんが、やはり君は何を着ていても絵になると改めて思い知らされたよ。有り触れた格好でさえも君が着ていれば、それだけで全く別のものとなる。それは紛れもない君の魅力だ」

 

自分でも何言っているか分かんないや。

というか、これって水着誉めてなくね?本人べた褒めしてるだけじゃん。

後、気のせいか強い二つの視線が身体に刺さっている気がする。気のせいだと信じたい。だって怖いじゃん。

 

「――――」

 

突っ込まれるかと思ったが、姫島は笑顔で固まって動かない。

一難去ったかと思いきや、ただの時限式爆弾かもしれない。

ならば、どうするべきか?――簡単だ、逃げればいい。

自分でもびっくりな挙動でプールへと飛び込む。苦し紛れなんてレベルではない。

 

「待ちなさい!!」

 

案の定、リアスがプールに飛び込んで追ってくる。

ミッテルトはともかく、リアスのその様に叶った泳法も相まって、あっという間に足を掴まれてしまう。

 

「つ~か~ま~え~た~わ~よ~……」

 

水泳帽も何も被っていないせいで、リアスの長い髪は必然的に水に浮くようになる。

その状態で顔の半分ほどが水から出ているとして、どうなると思う?

まるで野獣のような眼光でこっちの足を掴んでいるもんだから、ホラー以外の何物でもない。こえーんだよ!!

ていうか、何で追いかけられているの?訳わかんないんだけど。

足を掴まれている状態なので、そのままでは溺れてしまう。だから必死に腕の力だけで浮いているんだけど、それがリアスには未だに逃げようとしているように見えたわけで――

 

「何?なんで逃げるの?別に取って喰いやしないのに」

 

「その言葉を、信じるに値する証拠、が欲しいんだ、が」

 

取り敢えず、その手を離そう。な?

 

「そろそろ止めたらどうだ?溺れてしまうぞ」

 

そんな時、救世主が現れた。

救世主は僕の足を掴むリアスの腕を取ると、そのまま勢いよく引きはがす。

その勢いで顔から水に潜り、むせてしまう。

 

「だいたいどうしたグレモリー、そんなに熱くなって。水着を誉められたいのなら、絶好の相手がいるじゃないか。何故彼に固執する?」

 

「そ、それは――」

 

「そうですよ、部長!部長の水着スッゲー似合ってますよ!」

 

「あ、ありがとうイッセー。でも、何ていうか、そうじゃないっていうか……」

 

「お、俺の何がいけないんですか!先輩じゃないと駄目なんですか!くっそおおおおおおお!!」

 

何か外野が五月蠅いけど、こっちは気管に入った水を取り除くのに必死で良く聞こえない。

 

「レイ、大丈夫?」

 

「あ、ああ。だが少し頭がクラクラするから、上がって休ませてもらう」

 

軽い酸欠状態に陥ったからか、頭が上手く回らない。

覚束ないながらもプールから出ようとすると、背中からリアスの声が掛かる。

 

「ご、ごめんなさい零。つい、あんなことをしちゃって……」

 

「今度からは気をつけてくれよ」

 

「――はい」

 

リアスの声が明らかに消沈している。

自業自得と言えばそうなのだが、この程度の事で怒っていると思われるのは心外なので、フォローしておかないと。

 

「落ち込まずとも、別に怒っている訳ではないからそう気に病むな。それと――その白の水着、君の美しい紅髪がとても映えていて、とても素晴らしいよ」

 

そう言い残し、シャワー室の前の段差に座り込む。

取り敢えず誉めておけば機嫌も治るだろうし、こっちは怒ってないという意思表示にもなるだろうという、安易な考えからの発言である。

実際、意識がまともに働くようになってからは、リアスがいつものテンション以上にプールを楽しんでいるのも確認できたから、作戦は成功したと見て良いだろう。

 

「いつまでそこにいるつもりだ?」

 

「ゼノヴィアか……」

 

みんなの楽しそうな姿を眺めていると、突然ゼノヴィアに話しかけられる。

ゼノヴィアは僕の隣にしゃがみ込み、同じ視点でみんなを観察する。

 

「こうして見ていると、悪魔も堕天使も等しく同じ生命なんだと強く実感できるよ。貴方の言った通り、悪魔だからといって根源的悪意を誰もが宿している訳でもないし、その逆も然りなんだとな」

 

「そうだ。そして、そんな当たり前な事が、この世界では非常識としてまかり通っている」

 

「悲しいことだな。私も貴方に諭されなければ、未だにその哀れな奴らの仲間のままだった。感謝しているよ」

 

このネタで何回か感謝されているけど、それだけ感謝されているって思うと、悪い気はしない。

 

「しかし、主にすべてを捧げてきた私は普通の生き方と言うものを知らない。兵藤やアーシアにも日常生活でも迷惑を掛けている自信があるぐらいだからな」

 

「胸を張って言うことではないと思うぞ」

 

「そんな私だから、いまいち自分の生きる目的というのを見出せていないんだ。何せ全てを主に捧げてきたからな。教会に与する生き方しか知らないんだ」

 

「だが、アーシアも似たようなものではないのか?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「習慣なんてそう簡単には変えられないし、問題はそれを受け入れた上で自分を振り返ってみることじゃないのか?そうすれば、おのずと答えは見つかるさ」

 

あの子も悪魔になった今でも、神に祈って頭痛めていたのをたまに見かける。

そういう弊害があるんだなー、なんて適当に考えてはいたけど、思えば結構面倒なシステムだよね。

パブロフの犬の理論でそうやって意識の改革を行っているんだろうけど、その間苦労することを考えると可哀想なことこの上ない。

 

「しかし、具体的な例がないことにはな」

 

「そうだな……学生として過ごしているのだから、学生らしい生き方に倣うのが一番だろうな。そうなると、やはり友人と遊んだり、部活動に勤しんだり、恋愛をするとかか?」

 

「恋愛……」

 

ゼノヴィアは何か思案するように俯き、動かなくなる。

そして数秒後おもむろに顔を上げると、こちらに顔を向けて、言い放った。

 

「なら、私と付き合わないか?」

 

「――――は?」

 

あまりにもあっさりとした告白に、思考が停止する。

混乱のせいか、周囲の喧噪がとても遠いものに感じる。

 

「因みに買い物に付き合うとか、そういうベタな勘違いはよしてくれよ。勿論、異性としての付き合いという奴だ」

 

「いや、待て待て待て。どうしてその発想に至った」

 

「貴方が恋愛も事例に入れたんじゃないか」

 

「いや、その前に二つあっただろう。何故そう難易度の高い方向性を狙うんだ」

 

「女の私に言わせるのか?それは流石に甲斐性が無いと思うぞ」

 

いや、だって、さぁ……。この何とも言えない気持ち、言葉に表せないんだもん。

ていうか、ここで僕の思い通りの流れが現実になるとして、それを口にするって自意識過剰じゃん。

 

「そもそも、何故私なんだ。兵藤や木場だっているだろうに」

 

「兵藤はアーシアのものだからな。それに、色々な部分を加味しても貴方の方が良いと判断したんだ。木場は、恋愛対象と言うよりも、同じ聖剣を扱う者同士切磋琢磨する仲、つまりはライバルのようなものという意識が根付いているのもあって、今更そういう目では見られないな」

 

「つまり、ただの消去法か」

 

「その思考の帰結は些か浅慮かつ失礼じゃないか?そもそも、ひとつ屋根の下で生活をして貴方の人となりはキチンと把握できているつもりだ。とは言っても、以前まで盲目的に主を信じ続けてきた私の見識など信じるに値しないだろうがな」

 

ゼノヴィアは僕が座る狭い段差に無理矢理ねじ込んでくる。

そして膝の上に置いた僕の手の上に、自らの掌を重ねる。

 

「それでも、貴方の事を憎からず思っている気持ちに偽りはない。私を救ってくれたことも感謝しているし、それが私の想いを後押ししているんだろう」

 

ゼノヴィアの顔が、僕の顔にゆっくりと近づいてくる。

僕は彼女の金色の瞳に魅了されたかのように、身体が動かない。

このままでは、僕とゼノヴィアの顔が――

 

瞬間、ゼノヴィアが顔を物凄い勢いで後ろに下げたかと思うと、眼前を勢いよく何かが通り過ぎ、シャワー室のドアを破壊した。

破壊の根源を辿るべく、射線を視線でなぞっていくと、そこには肩で息をするミッテルトに、異様に怖い笑顔で魔力と雷を手元に待機させているリアスと姫島がいた。

 

「おお、怖い怖い。では、また後で会おう零」

 

その様子を見てあろうことか楽しそうな笑みを浮かべたゼノヴィアは、軽やかな動きでその場を後にする。

 

「待ちなさい、ゼノヴィア!レイに何しようとしたのよ!!」

 

「ゼノヴィア……あの子、少し調子に乗り過ぎね」

 

「あらあら――これは、お仕置きが必要かしら」

 

それをミッテルトが追いかけ、リアスと姫島が遠距離から殺る気満々なオーラで攻撃する。

……ああ、まんまと三人とも釣られたな。

また会おう、と言った時のゼノヴィアの表情は、悪戯が見つかった子供のようだった。

つまり、この一連の流れは彼女の掌の上だったという考えも出来る。

何でそんなことをしたかは不明だけど、まんまとダシに使われた訳だ。これじゃあドギマギしていた自分が馬鹿みたいじゃないか。

 

 

我は汝……汝は我……

汝、新たなる絆を見出したり……

 

汝、《正義》のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

え、何これは……。

もしかして、これってゼノヴィアのコミュ?

なんでや!なんでこのタイミングで解放されるんや!訳がわからん!

近くで聞こえるプール施設を破壊する音に、僕の疑問はかき消されていった。

 

 

 

後日、支取にみんなでプールに出した被害の件でこってり絞られました。

なんでや!僕とか兵藤とか木場とかアーシアとか関係ないやろ!

あ、塔城さんは悪ノリして参加していたので戦犯ですからあしからず。

 




木場祐斗

アルカナ:法王

復讐の檻に囚われた青年は、その使命を思い出した時、過去に築いてきた絆を唾棄せん勢いで狂気に身を委ねる。
差し違えてでも復讐を成就させんと、形振り構わず行動し続けた結果、彼は過ちを犯す。
本来ならば自分が喰らう筈だった凶刃を、身を挺して庇ってくれた人がいた。
それを切っ掛けに自らの在り方に疑問を持ち、遂には仲間達と共に悲願を達成した。
それは復讐ではなく、明日を掴むための一歩を踏み出すという目的の為に。
後ろ暗い闇に沈む為ではなく、光ある明日を掴むために。
その身を持って道を示してくれた恩人の為に、仲間として、恩を返す為、彼は剣を振るうことを決意する。



ゼノヴィア

アルカナ:正義

彼女は主を絶対とし、信仰の対象としていた。
それは幼き頃からの習慣であり、同時に人生の縮図でもあった。
主こそ正義であり、主こそ最も尊ばれるべきものだと、深層心理にまで根付いたその信仰という名の洗脳は、一人の青年の言葉によって形を崩壊させていく。
徐々にひび割れていき、その隙間から見えた世界はあまりに広大で。自分が如何に矮小な価値観しか持っていなかったことを思い知らされる。
そこに追い打ちを掛けるかのように知らされる、主の不在の事実。これを期に、彼女の信仰は欠片も残すことなく消え去ることとなる。
何かを信じることで存在意義を証明してきた彼女が、次に目をつけたのは、自分の人生を崩壊させてくれた青年だった。
胸の内にある感情が何なのか分からないまま、青年と共に歩みを進める決意をする。
もう、彼女を縛る鎖はない。
与えられた正義ではなく、今度は自分の信じた正義を持って生きる。それを教えてくれた人共に。





Q:ミッテルトの水着良く分かんないんだけど。
A:ギルティギアのディズィーのそれを参考にしているから、見れば納得するかと。

Q:リアスのプールの時の怖さが分からん。
A:フルーツバスケットの花島さんがプールで髪留め落とした時のアレです。知ってる人にしか分からんな。

Q:結局リアスってヒロインなの?
A:そうなんじゃない?(適当)

Q:オイル塗りエピソードどうしたオラァ!
A:この小説は健全な内容を目指しております(すっとぼけ)

Q:ゼノヴィア積極的だね。
A:まだ自覚はしてないけどね。だから零の考えは珍しいことにほぼ当たっている感じ。


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第十九話

本日の十割:サーゼクス・ルシファー


有斗零。

リーアと同じ学年で同じクラスに所属しており、勉学、運動能力共に従来の人間の基準を大きく上回っている。

家族構成は、父と母がおり兄妹はいない。その親も単身赴任と言う理由で同居してはいない。現状、父母両者とも一切の足がかりを掴めていない。

代わりに同居人として、《神の子を見張る者》から独立したとされる堕天使ミッテルトと、教会から自己意思で抜けた、天然の聖剣使いであり、現はぐれエクソシストのゼノヴィアがいる。

どちらも彼に大きく影響されているらしく、行動の節々からも信頼の様子が見て取れるとのこと。

オカルト研究部に所属する面々も、彼に絶対の信頼を置いており、その行動原理から見ても仲間を見捨てたり騙しているということは無いと考えられる。

 

ペルソナと呼ばれる《神器》を所有しているが、それが正式な名称かは不明。

性能に関しては、一種の召喚魔法のようだが、それが力の本質であると安易に結論付けは控えるべきだろうと個人的に判断する。

彼が召喚する生命体の名称は、等しく実在する悪魔、天使、堕天使の名を冠しており、妖精といった派生分類に関しても、恐らく同様と言える。

私が直接力を垣間見たのは一度だけだが、その時に彼がベルフェゴールと呼んだ悪魔の実力は、実在する同名の悪魔、ロイガン・ベルフェゴールほどではないにしても、決して遠いものではなかった。

ある程度傷つけていたとはいえ、不死の名を冠するフェニックスを、あそこまで肉体・精神共に傷を負わせた存在は、彼が初めてではないだろうか。

やりすぎだとは思ったが、ライザーが負った傷こそ、彼がリーアをどれだけ想っているかという何よりの証だと考えると、彼には申し訳ないが悪い気はしない。

 

閑話休題

 

改めて、彼の《神器》・ペルソナについて考察を入れようと思う。

その前にまず、リーアから伝えられた私が知る以降の彼の情報を整理する。

ライザー・フェニックスとの戦闘以降、彼はオカルト研究部に幽霊部員という形で所属することになった。

それ自体は別段特別なことではないが、リーア達との接点がより濃くなったと考えると、私個人としては嬉しい限りである。

リーアの《騎士》である木場祐斗が、聖剣の破壊という目的に執着し半ば暴走を起こしかけていた時期、彼のことを身を挺して護った事実が本人から語られている。

ここからは憶測になるが、彼は無意識的にそのような行動に出たと考えられる。

理由としては、木場祐斗を護るという目的を達成するならば、《神器》を使えば事足りる話で、それをしなかったのは《神器》の発動を待つ余裕がなかったからであると考えたからである。

同時に、それ程までに逼迫した状況下ならば、判断を思考に委ねる余裕さえもなかった筈。

しかも彼は人間だ。身体能力的に見ても、悪魔とは比べるべくもない。余裕のなさはより一層高まることだろう。

故に、彼が身を挺して庇ったという事実は、紛れもない彼の人間性を現しているものと解釈できる。

 

彼の善性については先程までの例で充分語ったので、次は性格についての記述を行う。

言ってしまえば、彼は仲間との絆をとても大事にし、他者に救いの手を差し伸べることを躊躇わない、しかし敵に対して甘さを見せることはない。そんな人間らしい性格の持ち主である。

とはいえ、単純に人間の縮図に収まる訳ではないようで、中途半端な聖人という評価の方が近いかもしれない。

仲間を護る為ならば、自らの命を危機に晒すことを厭わない。

普通の人間ならば、我が身可愛さに我先にと逃げ出すだろう。どのような友情も、自らの命と比べれば安いものなのだから。それは善として扱われている天使とて例外ではない。

しかし、彼は違う。そんな人間の在り方とは一線を画していると言っても過言ではない。

その姿はとても清廉であり、同時に歪でもある。

有り体に言えば、人間でありながらどこまでも人間らしくないのだ。

まるで、人間の善性のみを抽出して創り上げた、全く異なる生物なのではないかと思えてしまう程に。

 

そのような考えに至るのも、その揺るがない平等を尊ぶ精神にも理由がある。

彼はどうやら、人間であることに固執しているらしい。

悪魔、天使、堕天使が存在すると知って尚、どの勢力にも靡かない――オカルト研究部に所属しているという意味では悪魔寄りかもしれないが、立ち位置としては曖昧なので決めつけてはいけない――のは、言っては何だがまともじゃないとも言える。

人間は脆弱な生き物だ。同時に平凡で刺激が少ない一生を送る者も少なくはないだろう。

死に対しての恐怖が誰よりも近い上に、個人で生きられるほどの強さも持ち合わせていない人間が、もし目の前に今までの自分から逸脱し、人生を自らの意思でやり直せる可能性があったら、大抵の人間が食いつくだろう。

その辺りの機微は、欲望に聡い悪魔だからこそよく分かる。

しかし、そんな可能性を彼は拒否したとか。

一度知れば手に取りたくなるような甘美な果実を、彼は簡単に一蹴したのだ。

何故そこまで人間として生きようとするのか、それは分からない。

だが、私個人から言わせてもらえばその在り方は、とても好ましく映る。

一貫性のある強い精神は今ではとても希有なもので、それ故に美しい。

そんな彼だからこそ、悪魔に堕として仲間として迎え入れたい、と思うのはやはり悪魔ならではの発想なのだろうか。

 

平等といえば、彼は三勢力のどの種族に対しても、既存の概念に囚われることなく接している。

身辺に抱える者の素性だけ見れば、堕天使と関係を持ち、教会に与し、悪魔と交流を持つ人物と取ることも出来るだろう。

しかし実際の所、堕天使の少女は《神の子を見張る者》から抜け、聖剣使いははぐれエクソシストとなり、リーア達に関しては学友としての関わりの方が強いと言える。

つかず離れずと言った、非常に中途半端な立ち位置。

浅いが決して上辺だけに非ず、深くもないがただの利害の一致による関係にも非ず。組織が関わっていることを前提とした考え方ならば、非常におかしな立場にあると言っても良い。

だが、彼に関わりのある者を等しく組織という枠に囚われず、ただの個人として接していたと考えてみたらどうだろう。

救いの手を求めていた少女に手を差し伸べ、無知で狭窄した視野を持つ少女の世界を拡げ、友人とはごく一般的な人間らしい考え方で共に在ろうとしている。

そこには打算もなにもない、ただただ自らのやりたいことをしているだけという青年の生き方の体現しか存在しない。

事実、堕天使と関わりを持ちたいならば下級レベルの件の少女と関係を持つのは完全なミステイクだし、教会に関してもはぐれとなったエクソシストでは逆に敵対関係を誘発しかねない。

結論として、彼は自分の欲求に従って行動しており、そこに打算や壮大な計画があるということはまず間違いなくないだろうと考えられる。

 

ここで、本格的に彼の《神器》の考察に入ろうと思う。

彼の《神器》が発現したのは、はぐれ悪魔バイサーの討伐の際らしい。

これは彼自身の弁ではあるが、果たしてそれが真実かまでは判断しかねる部分ではある。

だが、以前より《神器》の存在を認知していたのであれば、堕天使に目をつけられるのがあまりにも遅い。

そう考えると、彼の言葉は些かの信憑性があるのではないかと現状判断する。

リーアの話では、その際に発現したとされる暴力的な力の波動は、彼が現時点で召喚していた生命体のそれとは比較にならないものだったと言う。

フェニックスを一方的に下し、堕天使の幹部であるコカビエルさえも圧倒するそれらさえも話にならない強さを持つ何かが、彼の隠し球として秘められている。

人間が持つにはあまりにも不釣り合いな力である。

 

そもそも彼の《神器》は何なのか?

いや、そもそもあれは《神器》と呼んで良いものなのか。それさえも判断しかねる。

私の知る限り《神器》は特定の物質として具現し、そこから力を発現するものが殆どだ。

肉体に装備するタイプの《赤龍帝の籠手》や武器を創造する《魔剣創造》と言った明確な《神器》の核が武器にあるのかそれ以外にあるのか不明瞭なものまで、様々なものがある。

だが、破壊を条件に《神器》が発動するなんてタイプのものは、一度も聞いたことがない。恐らく、神器コレクターのアザゼルも同様なのではないだろうか。

しかも破壊した筈の《神器》は次に使う時には元に戻っているとなれば、その破壊に何の意味があるのか、そもそも破壊することで発動するという解釈自体が正しいものなのか。

召喚と銘記してはいるが、彼のそれは分類としては、創造系の《神器》に当たるものだろう。

しかし、リーアの話では、彼は召喚したそれをもう一人の自分、可能性のひとつだと言っていた。更には、召喚したそれらは彼の分身であり、自分自身であるとさえ言い切ったらしい。

ならば、あれは彼がイメージによって創造しているのではなく、彼の内に秘められたナニかを表層上に引き摺り出しているだけなのではないだろうか。

事実、彼曰くあの《神器》はそんな内に秘めたる自分を引き摺り出す為の《鍵》でしかないと言う。

逆に言えば、《神器》そのものにあのような膨大な力は存在せず、力の軸となっているのはあくまで彼自身に依るものが大きい、いや、ほぼ全てそうだと言っても過言ではないのだ。

 

ここで、一度は疑問に思うことだろう。

――果たして、彼は本当に人間なのだろうか、と。

上記で説明した通り、彼の言葉を素直に受け止めるのであれば、彼の召喚した悪魔とも天使とも取れる存在は、全部引っくるめて彼自身だということになる。

又聞きなので一部は具体的なイメージは沸かないが、人馬一体の姿をした者もいれば、女形の妖精や天使に、歪な造形を模した獣と、その形には一切の一貫性がない。

そのどれもが有名な悪魔や天使の名を冠しており、それに相応しい能力を保有しているとのこと。

どこまで正しいかは不明だが、少なくともガブリエルと呼ばれた女形の天使は、地獄の番犬ケルベロスを一瞬にして凍り付けにし、マスターテリオンと呼ばれた獣はコカビエルを容易く下している。それ故に、あながち間違いではないのかもしれない。

具体的な説明がない以上憶測の域は出ないが、あの力をもうひとつの自分と答えたのは、力そのものに対してなのか、或いはあの姿も含めてのことなのかのどちらかではないかと思っている。

前者ならばそれである程度完結する問題だが、もし後者だとしたら?

もしそうだとすれば、もしかすると今の人間の姿さえ仮初めなものでしかないと思えてくる。

何せあれも彼自身なのだ。そう捉えてしまっても別段おかしな話ではない。

だが、もしそうだと仮定するのであれば、より一層謎が深まるばかりである。

これが悪魔の姿のみを具現していたのであれば、ここまで悩むことはなかったかもしれない。

だが、彼は天使さえも具現して見せた。それは、あの力が彼自身であるというにはあまりにもちぐはぐ過ぎる結果ではないだろうか。

もしあれを素直な解釈で測るのであれば、彼は悪魔でもあり、天使でもあるということになる。

しかも、オロバスやガブリエルといった現時点で存命な悪魔や天使の名前を冠していることから、彼はもしかすると、オロバスでもありガブリエルでもある、なんて馬鹿げた発想にさえ至ってしまえる。

そんな生命体が存在すること自体、有り得ない。有り得てはいけない。

悪魔と天使は水と油。少しぐらい学があれば誰だって知り得る情報であり、その相反する二者の在り方を鑑みてもそれを否定する者はいない。

だが、もしそれがひとつになったとしたら?そのどちらとも共存し、反発することなく混じり合っていたとしたら?

矛盾も二律背反の概念さえも超越した、悪魔や天使さえも上回る全く新しい存在が誕生したことになる。

更には、未だ顔を出していない堕天使の姿さえも内包しているのではと考えると、その異常性に拍車が掛かる。

 

 

堕天使と元教会の関係者を身内としながら、どの勢力にも明確に荷担することを証言しておらず、今後の経過次第ではどの勢力にも傾き得る不安定な立場にある。

人間でありながら未知数な部分が圧倒的に多いが、他者との絆を強く尊重する傾向にある為、離反を起こす可能性は限りなく低く、それ故に制御も容易と考えられる。

 

持つ力こそ圧倒的ではあるが、人間であるという絶対的弱点を持つが故、暴走の際は如何様にも対処が可能と判断する。

 

これらの情報を総合的に踏まえて、危険度はBとする。

 

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

何重にも魔力による施錠を行い、調書を仕舞い込む。

三大勢力のトップ会談の為に学園を訪れ、リーアの《兵士》である兵藤一誠君の自宅に寝泊まりをする許可を頂いた夜。彼が就寝したのを見計らい、リーアとの直接の会話で得た有斗零君の情報を纏める作業に入った。

無理矢理な形で纏めざるを得ないほど、現時点における彼の情報は少ない。

彼自身、結構寡黙な性格らしく、言葉よりも行動で結果を示すタイプということもあり、それ故にそこから推測をするぐらいしか出来ない。

本人に聞けば済む話だろうが、どこまで真実を口にしてくれるかも分からない以上、鵜呑みにするのもマズい。

リーア達をダシに使えば、少なくとも私が直接聞くよりは信憑性の高い話題を提供してもらえるだろうが、それでも確信に触れるには至らない可能性は大。

調べた限りでは、彼が一番信頼を置いているのは、堕天使の少女ミッテルトであると見て間違いないだろう。

そう言った意味では、彼の真実に最も近しいのは堕天使側であり、《神器》に並々ならぬ執着を見せるアザゼルからすれば、その状況は利用して然るべきものだ。

 

コカビエルを打倒した一件、白龍皇との接触。そのどちらも他の勢力に伝わっていることだろう。

特に白龍皇はアザゼルの差し金らしく、この時点で彼が零君の存在を知らないということはまず有り得なくなった。

ミカエルにしても、あの聖剣の事件そのものが彼らの汚点でもある為、その一件の情報の子細を知らないなんてことはまず有り得ない。

恐らく彼らも同様に、私と同じような疑問を抱いていることだろう。そして、あわよくば自分達の勢力に組み込みたいとも。

現時点で最も繋がりが強いのは悪魔側だが、決して天使や堕天使共々に接点が無い訳ではない。つまり、引き抜ける可能性はまだあるということ。

だが、事を荒立てることはあちらとしても本意ではないだろう。下手を打てば、各勢力のバランスが崩壊する可能性を秘めている爆弾を抱えようと言うのだから。

少なくとも、今の段階ではそんな危ない橋を渡ってまで得たいと思うほど、結果を残していない以上、この話題で大きな問題が起こることはしばらくはないだろう。

 

――だが、リーアから聞いたバイサー討伐の際に感じた力。それに関してはまだ何も解明されていないと同時に、恐らく悪魔勢力の極僅かな存在しか知らない特別な彼の情報。それだけが唯一気がかりである。

現時点では、と前置きを置いたはいいが、それがリーアの誇張でも何でもないありのままの真実だとすれば、最低限そのぐらいの力を有していることは確定していることになる。

しかも力を垣間見たのはただの一度だけで、それが全力なのか余興程度のものなのかさえ判断しかねるともなれば、立場ある者として警戒しない訳にはいかない。

だが、公的な場面を除くのであれば、私は彼に対して無類の信頼を置いている。

リーアの反応からして、彼に好意を抱いているのは間違いない。

ライザーからリーアを救い出したアレが転機となったのは疑うべくもない。

あの時は魔王としての立場があったため、私情を挟むことは出来なかったが、私個人としてはリーアには幸せになって欲しいと思っている。

それがどのような形であれ、あの子が心から幸福だと思うのならば、祝福することに躊躇いはない。

故に、その助けとなってくれるのであれば、彼が何者であっても、リーアを裏切ることがない限り私は彼を信じたいと思う。

彼は行動を持って信頼に足ることを証明してきた。ならば、今度は私がそれに報いる番だ。

 

……ともあれ、私は彼と接触しなければならない。

最早彼は、ただの人間の協力者として放置出来るような、舞台裏の役者ではない。

それどころか、世界を揺るがしかねない可能性さえ孕んでいるともなれば、接触しない訳にはいかない。

とはいえ、過度の接触は厳禁。繋がりを保つのであれば、リーア達で十分。

私はあくまで、魔王としての立場で彼に接触すればいい。

……必要だったとはいえ、リーアにあのような仕打ちをした時点で、彼は私に対して良い評価を抱いてはいないだろう。

下手をすれば彼はこちらの真意を理解していても不思議ではないが、それを望みに厚顔無恥でいられるほど愚かではない。

それに、理解と納得は別物だ。感情論で言えば、私がやったことは間違いなく悪と取れる。

自ら最愛の妹と豪語している癖、政治的取引に利用している時点でどこまで本心か疑われて当然。

必要悪を演じるのは私だけでいい。グレイフィアには苦労を掛けてしまうが、彼女なら分かってくれるだろう。彼女は聡明だからな。

 

ともあれ、明日はリーアの授業参観日だとグレイフィアから聞かされている。

あの子はどうにも恥ずかしがり屋だから、それを告げるようなことはしてくれなかったが、こちらを甘く見てもらっては困る。

愛しの妹の兄として、恥ずかしい姿を晒す訳にはいかない。寝不足なんて以ての外だ。

 





Q:長い、要約しろ
A:零は人間じゃない可能性が微レ存疑惑→それどころかアイツ、オロバスとかガブリエル本人疑惑さえ浮上→でもそれって意味ワカンネ、何者なのアイツ→まぁ、ラブリーマイエンジェルリアスたんの味方ならなんでもいいや←今ココ

Q:正直分かりにくいんだよ
A:申し訳ございません、このような文才で(^U^)




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第二十話

評価が7代から落ちて結構凹んでるなう。


僕――いや、僕達は現在、大変な問題に直面している。

はっきり言って、自分達の力ではどうにもならない程、追い詰められていると言っても良い。

眼前の資料に向けて視線を落とし、その内容を一字一句見逃す読み返す。

そこに、原因は綴られていた。

 

「参観日、か――」

 

親が子供の授業風景を眺め、教師との交流を図る名目で執り行われる、学校行事のひとつである。

それが、明日行われようとしている。

そう、親である。

当たり前だが、僕には親はいない。いや、設定上はいるんだけど、この場に居ないのであれば似たようなものだ。

そして、それはミッテルトにゼノヴィアも然りだ。

何でこんな無駄にリアルなことしてるの?と思わなくもないが、逆にリアルさを追求するなら至極当然な流れとも言える。

親が居ないなら居ないでいいんじゃないの?と思わなくもないけど、ならば連絡のひとつでもしないといけない訳で。

連絡さえつかないともなれば、それはそれで問題だ。色々と追求されたら対処できない。

 

「いっそのこと開き直ればいいんじゃない?別に親が参加出来ないからって死ぬ訳じゃないんだし」

 

「まぁ、そうかもしれんが……」

 

「こういった催しでは、親の参加は義務ではないのだろう?気にするようなことではないと思うが」

 

ミッテルトとゼノヴィアの意見も尤もだ。

だけど、こういうのって真面目に考えちゃう性質なんだよねぇ……。

とはいえ、僕以外にもそういう立場の人も普通にいるだろうし、深く考える必要はないのかもしれない。そう結論づけようとした時、渋みのある男の声が部屋の中を木霊した。

 

「その悩み、俺が解決してやってもいいぜ?」

 

「誰だ!!」

 

ゼノヴィアが身構える。

対して、ミッテルトは何処か信じられないといった表情で虚空を見上げる。

 

「そう警戒すんな。別に怪しいもんじゃねぇよ」

 

そんな言葉と共に、声の主は姿を現した。

無精髭の似合うニヒルガイな風貌を持ち、格好も何処かホストを想起させる。

はっきり言おう。僕が理想とするダンディなイケメンがそこにはいた。

 

「初めましてだな。俺はアザゼル。堕天使で《神の子を見張る者》の総督なんてもんをやらされている」

 

気さくに挨拶をするアザゼルを名乗るダンディ。

おいおい、アザゼルって言ったらルシファーレベルのお偉いさんじゃないか。

 

「アザゼル――様」

 

興味深げにアザゼルの姿を眺めていると、震えた声でミッテルトが彼の名を呼ぶ。

心なしか、身体さえも震えているような気がする。

リアスから聞いたことがあるが、確かアザゼルは堕天使のトップらしく、それならば彼女が負い目か何かを感じるのも無理はない。

ゼノヴィアも、襲いかかろうとはせずとも、訝しげな視線を向けることを止めない。

しかし、それとは対照的に、アザゼルの様子は気さくなままだ。

 

「よう。っつっても、俺はお前のことはあんまり知らないんだがな」

 

「そ、それは当たり前です。私のような末端の者が、アザゼル様に覚えてもらうなど、畏れ多いことです」

 

「おいおい、様付けなんてよしてくれよ。今じゃ俺とお前は上司と部下の関係でもないんだからよ」

 

後頭部を掻き、バツの悪そうにそう答える。

 

「し、しかし――」

 

「いいんだよ。堕天使なんざ欲望の為に堕ちた存在なんだから、やりたいことやろうが俺が咎める理由にはなんねぇよ。まぁ、レイナーレの奴はちぃとやり過ぎたがな」

 

アザゼルの言葉に、ミッテルトは押し黙る。

お偉方が彼女を咎めないと言うのであれば、僕達がどうこう言う余地はない。

 

「シェムハザの前でそんなこと言ったら小言言われちまうが、堕天使っつったって個々の性質は違う十把一絡げな、いたって普通の生物だ。堕天したってことは規律やしがらみから解放されたいと強く願って、行動したからだろ?俺だって似たようなクチだからな。だから俺はお前が好きに生きたいならそれを追うことはしねぇし、引き留めるつもりもねぇ。だから、うじうじするな」

 

がしがし、とミッテルトの頭を強く撫でるアザゼル。

その構図は、まるで一方的に父親との距離を測りかねている娘とのやり取りのようで、少しほっこりした。

 

「――で、堕天使の総督ともあろう位の高い者が、何故ここに?」

 

空気が読めてるんだかそうでないんだか、ゼノヴィアがアザゼルへとそう切り出す。

 

「あーそうだな、その辺りの事情はとっくにサーゼクスの野郎から聞いていると思ってたんだが。俺に限った話じゃなくて、悪魔、天使、堕天使のトップがもうすぐ駒王学園に集まるんだよ」

 

「なっ――ということは、ミカエル様も」

 

「そういうこった。お前達が神の不在を知っていることは、ヴァーリから聞いているから、面倒が無くて助かるぜ」

 

「ヴァーリ?」

 

「アイツ名乗ってないのか……。アレだ、白龍皇だ。今頃は赤龍帝に顔出しでもしている頃だろうさ」

 

あの人、ヴァーリっていうのか。

兵藤のライバルって認識しかしてなかった。

 

「奴か……。それに兵藤と接触するだと?再び争いでも起こすつもりか?」

 

「んなことしねーよ。むしろその逆だ。俺がここに来た理由も、そのついでみたいなもんだ」

 

「ついで、か。では、そのついでの内容を聞かせてもらおうか」

 

そろそろ本題に入ってもらわないと困るので、会話に割って入って本題を催促する。

 

「やっと喋ったな色男。んじゃあ話すが、お前駒王学園の参観日に親が不在って事実が気にくわないんだろう?だから、俺が保護者代理人として立候補してやっても良いってことさ」

 

「……何のために?」

 

「何となくだよ。っつっても納得しちゃくれないだろうから、俺にとってもそれが必要だからってことにしとけ」

 

僕はともかく、ゼノヴィアはその答えに猜疑心を抱いている様子。

まぁ、ぽっと出の凄い人がいきなりそんなちゃちなことの為に出張ってくれるだなんて、裏があると勘ぐっても不思議じゃない。

 

「だいたい、お前らを姦計に掛けたいって言うなら、もっと疑われないようにやる。そもそも恒久的和平を結ぶ為の会談だってのに、事前にそんなことすれば真っ先に疑われる立場になるってのに、そんなことするかよ」

 

「確かに、そうかもしれんが……」

 

「別にいいんじゃないか。怪しいと思う気持ちは分かるが、私には彼から邪気を感じられない」

 

純粋な好意から来るものかはともかく、こっちの悪いようにはならないと直感が告げていた。

 

「そうだぜ~もっと信用してくれよ~」

 

アザゼルはそう言って肩をすくめる。

おどけた風に言うものだから、ゼノヴィアの瞳がより鋭くなっていく。

 

「……まぁいい。零がそう言うのであれば、これ以上とやかく言うのはやめてやる」

 

「ソイツはありがたいね」

 

まだギクシャクしているけど、何とか場は収まったようだ。

 

「それよりも、アザゼルはこちらのことをある程度把握している口ぶりだったが、それも白龍皇の入れ知恵か?」

 

「ちげーよ。レイナーレの件から、ずっとお前らの情報は逐一耳に入れていた。何せ人間が堕天使と駆け落ちするだけに留まらず、その人間の方が数々の功績を挙げてきたんだぜ?注目しない方が無理ってもんさ」

 

「駆け落っ……!!」

 

ミッテルトがアザゼルの例えに顔を手で覆い隠し悶えている。純情ですね。

 

「私は大したことをしたつもりはない」

 

「そうは言うがな?人間が堕天使の幹部を一方的にボコるなんざ、前例のない偉業だ。注目するなって言う方が無茶ってもんだ」

 

「その偉業とやらも、リアス達の助けがあってこそだ」

 

「謙虚だねぇ。ま、別にお前の解釈はどうでもいいがな。ともかく、何にしたって成し遂げたことに変わりはねぇ以上、世界はお前を放っておかねぇ。イヤでも注目されるだろうよ」

 

え、何それは……ドン引きです。

凄いってのは薄々気付いていたよ?でも、そんな大事になるほど?

ソロでどうにかしたとかならいざ知らず、僕なんて漁夫の利を得ただけに過ぎない。

誇張されて情報が行き届いているのは確定的に明らかだった。

 

「俺としては結構感謝してるんだぜ?ヴァーリの奴が最終的にはどうにかしただろうが、結果論に過ぎない。お前がやってくれたなら、お前に感謝するのは当然だ。そうだ、その恩返しも兼ねての同伴ってことでいいんじゃねぇか?」

 

「そこまで念押しせずとも、嫌とは一言も言っていない」

 

「それもそうだな」

 

確かにここまで善意を強要するとなると、疑ってしまうのも無理はない。普通なら引き下がる頃合いだしね。

まぁ、その辺りの理由は彼が底抜けの善人だから、と言う理由で納得しようじゃないか。

 

「んじゃ、今日は顔見せ程度に来ただけだから、そろそろ帰らせてもらうわ」

 

「そうか……では、明日また」

 

一言挨拶を済ませ、アザゼルは退散した。

嵐のような人だったなぁ。

 

「…………」

 

ふと、影の差した表情で下を向くミッテルトが目に入る。

 

「どうした?」

 

「あ、いや、何でもないわ」

 

取り繕うように両手をばたばたさせる。

怪しい、と思う反面、あまり追求しても可哀想だという倫理観が揺さぶられる。

 

「……零、あまりあの男に心を許さない方がいい。何を考えているのか分からん」

 

「そうだな……」

 

ゼノヴィアの進言に、頷きで肯定する。

お堅い性格の彼女だから、否定から会話を始めても意見の押し付け合いにしかならないだろう。

だから、適当に煙に巻いておかないと、いつまでもこの話題で語り合う羽目になってしまう。

とはいえ、彼女の言葉を全面的に否定している訳ではない。

権力者の腹の底が見えないなんて、良くある話だ。

何を目的に接触してきたかは定かではないけど、現状敵ではないことは確かだし、和平会談が真実ならば、これからも敵には成り得ないだろう。

 

「和平会談、か――」

 

「何か思うところでもあるのか?」

 

「いや、そう簡単に事が運ぶとはどうしても思えなくてな」

 

こういう時、全く異なる勢力が妨害を始めるなんて展開は良くある話だ。

ましてやこういう世界だ。リアル以上にその辺りの流れはシビアになっていると考えていいだろう。

ふと、窓を介して塀の上に座る黒猫の姿が目に入る。

その瞬間、黒猫はどこともなく去っていった。

あの猫、前に見たのとそっくりだった。もしかして同じ奴かな。

 

「それは彼らも予想していることだろう。私達が気にしたところで詮無きことだ」

 

「そうかもしれんが、そうなった場合駒王学園が襲撃される形になるのは想像に難くない。お偉方のやることに口を挟めるほど権力のない私達は、せいぜいその可能性に備えることしか出来んよ」

 

「……まぁ、リアス達もいることだし、その辺りの気配りはどうとでもなるんじゃない?」

 

「取り敢えず、話だけでも通しておくか。まぁ、私に言われるまでもなく、彼女達なら分かりきっているだろうが」

 

こうして、この場はひとまずこの話題は終了となった。

 

 

 

 

 

次の日、参観日の当日。

ぶっちゃけた話、過程は保護者の存在が代わり映えしなかったので割愛させてもらったよ。

唯一の気になる要素は、保護者代理人となったアザゼルが、参観日に参加していた奥様方にナンパ紛いなことをしていたことぐらいか。彼は本当に保護者役をする気があるのだろうか。

いや、他にもあったな。リアスの父親と思わしきダンディズムと鉢合わせした時、表面上は友好的だったけど、少しピリピリした空気が拡がっていたのを覚えている。

 

そして放課後、保護者の影がまばらになった頃、リアスと姫島が話しかけてくる。

 

「ちょっと、零!アレ、どういうことなの!?」

 

「アレ、とは?」

 

「お父様から聞いたわ。貴方の保護者代理人、あのアザゼルらしいじゃない!」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうだな、って――何で堕天使の総督が貴方の保護者なんかやってるのよ!最初からおかしいとは思ってたけど、下手な事を本人の前では言えないし、今の今まで気が気じゃなかったのよ!?」

 

「部長、落ち着いて下さい」

 

「オカルト研究部でならともかく、ここは一介の教室だぞ。そんなことを大声で口にするものじゃない」

 

「ぐっ……」

 

姫島と僕の諭す言葉に、リアスが口ごもる。

 

「……取り乱したわね。でも、それぐらい驚いたのも事実よ。で、貴方とアザゼルはどういう関係なの?」

 

冷静さを取り戻したリアスに、昨日の顛末を語る。

 

「……一体何を考えているのかしら。総督自らが貴方に接触するなんて、普通じゃないわ」

 

「彼の真意は分かりませんが、ひとつ言えることは、彼は零君に関心を抱いているということですわ」

 

「そうね。《神器》に造詣の深いことで有名な彼が零に執着する理由なんて、それぐらいしか思いつかないわ」

 

神器コレクターって奴か。

本人の望んだことではないにしろ、僕の《神器》が抜き取られそうになった事件も、その性質が大きく関わっているのは容易に想像出来た。

 

「ミッテルトの保護者ということでもあったから、二年の教室を訪れた際にイッセーが気付いたらしくて、いきなり伝えられたときは何事かと思ったわよ」

 

「そうか」

 

僕のそっけない対応に、リアスは溜息を吐く。

 

「……せめて事情は伝えて欲しかったわ。折角の連絡先交換もこれじゃまるで意味がないじゃない」

 

「私達が信用出来ませんか?」

 

「そう言うわけではない、が……すまなかった」

 

これは素直に僕が悪い。

どんなにアザゼルが悪い奴ではないとこっちが結論づけたところで、それは所詮僕の主観による出来事でしかない。

悪魔側からしても、堕天使という他勢力の長が干渉してきたとなれば、アザゼルという男の人格を知らない以上、どうしても穿った視点で観測してしまうのは仕方のないこと。

彼女達を心配させたのも、その可能性を考慮しなかった自分の責任だ。

 

「もう……本当に気をつけなさいよね」

 

「これを期にもう少し警戒心を持ってくださればいいのですけれど」

 

姫島の駄目出しが心に刺さる。

言いたいことが納得できる内容だけに、反論も出来ない。

 

「取り敢えず、みんなと合流しましょう。アザゼルのことも含めて、色々話したいしね」

 

そんなリアスの言葉を皮切りに、僕達は廊下を歩き出す。

渡り廊下の付近に辿り着いた時、露骨に喧噪が拡がっていくのが分かる。

 

「何かあったのかしら……」

 

「体育館の方向ですわね」

 

自然と僕達の足も、体育館へと向かう。

体育館の中に入ると、既にイッセー、アーシア、二人がそこにいた。

 

「これはどういうこと?」

 

「部長、アレですよ」

 

イッセーが指さした先にいたのは、魔法少女ミルキーの格好を全力で着こなしていた美少女だった。

ミルキーは壇上で何かポーズのようなものを取っており、その下に群がるカメラ小僧にサービスをしまくっている。

 

「あれって、もしかして……」

 

「知っているのか?リアス」

 

「あれは――」

 

リアスが僕の問いかけに答えようとした時、匙?だったか、支取の眷属の一人がカメラ小僧を散らせていく。

そして、それに続くように支取が体育館に現れる。

 

「ソーナちゃん見~つけた!」

 

そしてミルキーは徐に支取に向けて手を振り出す。

その姿を見た支取は、見たこともない驚き様を晒す。

 

「姉、さん――」

 

「どうしたの?元気ないよ~?折角のお姉様との再会なんだから、もっと喜んでくれてもいいのに~」

 

しつこいと思わせるほどに大きな身振り手振りで、支取に迫るミルキー。

それにしても、姉、だと……?まるで性格が逆じゃないか。

あ、もしかして姉があんなだから妹が自然と堅物になったパターンだったり?

 

「彼女は、セラフォルー・レヴィアタン様よ。現四大魔王の一人で、先程の通り蒼那の姉でもあるわ」

 

「魔王、ね。堕天使の総督に、魔王二人がこの街にいるとは、とんでもないな」

 

「それだけ重要な会合が近いうちにあるって意味でもあるんでしょうけれど……あの方の場合、そういうの関係なさそうだけど」

 

あの方、とは間違いなくセラフォルーさんのことだろう。

あの奇抜な格好に態度を見れば、そう思うのも無理はないだろう。

 

「取り敢えず、蒼那も戸惑っているようだし、挨拶も兼ねて干渉してくるわ」

 

リアスがそう言って、支取達に近づいていく。

支取は何だか苦手意識を持っている風だけど、悪い人ではないのは一目で分かる。

でも、何だろう。この違和感。

 

「――――っと、そっちの子が赤龍帝君で、もう一人の子が今回のMVPの子かな?」

 

突然、話題が僕達に振られる。

 

「初めまして!リアス部長の――いや、リアス・グレモリー様の《兵士》を勤めさせてもらっています!」

 

腰を低く、一礼するイッセー。

まぁ、下級兵士のイッセーからすれば、あんなとはいえ魔王の前だ。こうなるのも無理はない、のか?

 

「有斗零だ」

 

対して僕はこんなそっけない態度。自分でも思うけど、これはひどい。

 

「初めまして、魔王のセラフォルー・レヴィアタンだよ!レヴィアたんって呼んでねっ」

 

きゃぴるん、なんて効果音が鳴りそうなウィンクで迎えられる。

何だろう、今この瞬間、真面目に悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

 

「お姉様、私はこの学園の生徒会長を任されている身です。それなのに身内が学園の風紀を乱すような行動をしてもらっては困ります。迷惑です!」

 

「ぶ~ぶ~、堅いよソーナちゃん。それに、お姉ちゃんが魔法少女に憧れているの知ってるでしょ?その発言は無体にも程があるよぅ!」

 

いや、アンタは充分に魔法少女だよ。僕が保証する。

 

「……なんか、会長がレヴィアタン様をコカビエルの時に呼ぶのを渋った理由が分かった気がする」

 

「険悪な仲ではなく、溺愛し過ぎているが故に収集がつかなくなってしまうのでしょう」

 

魔王なんて言うぐらいだから、半端無いスペックの持ち主なんだろうな。あんなでも。

妹が怪我した→おのれコカビエル、ゆ゛る゛さ゛ん゛!! →即戦争。の流れが容易に想像出来た。

 

「あ、待ってよソーナちゃ~ん!」

 

すると、耐えられなくなったのか支取が涙目で体育館を去っていき、それをセラフォルーさんが追いかけていった。

途端に静かになる体育館。

 

「嵐が去ったか……」

 

「凄いんですね、レヴィアタン様って」

 

それはどういう意味でのかな?アーシアさん。

 

「まさか会長にあんな姉がいたなんて思わなかったですよ」

 

「苦手意識があったこともあって、好き好んで言いふらすような真似はしなかったのが大きいわね」

 

そんな感じの会話を歩きながらしていると、リアス父と知らない夫妻が楽しげに会話をしている姿を遠目から発見する。

 

「父さんに母さん!」

 

イッセーが叫ぶ。

ということは、あの夫妻がイッセーの家族ということか。

母親はともかく、父親には確かに面影がある気がする。

 

「おお、一誠。ちょうどリアスさんのお父さんと話していたところだ」

 

「一誠君、こうして直接会話をするのは初めてだったな。リアスが世話になっているよ」

 

「ちょっと、お父様!」

 

「いえいえ!むしろこっちが部長の迷惑になってばかりで……」

 

「そんなことないわ、貴方には助けられてばかりだもの」

 

「部長……」

 

「はっはっは、仲良きことは美しきかな。――それと、零君、だったかな」

 

リアス父の興味が、僕へと移る。

正直、彼に対して僕は負い目を感じている。いや、負い目、と言うよりも苦手意識か。

何せリアスの結婚を引っかき回して、新婦を攫った張本人が、その結婚に賛成した父親と対面しているのだ。ぎくしゃくしない訳がない。

 

「……少し、二人きりで話がしたい」

 

「お父様、何を――」

 

「分かった」

 

リアス父の提案を呑み、近くの人通りの少ない廊下まで移動する。

 

「零君。こうして話すのも、直に対面するのも初めてになるな」

 

「そうですね」

 

「……フェニックスの倅との結婚を妨害したのは、どうしてか聞かせてもらえるかな?」

 

「それを彼女が望まなかったからだ」

 

「格式のある家系に生まれれば、あのような結婚の形も必要と迫られればしなければならない。それが特別を持って生まれた者の義務であり、運命だ」

 

「親も子も、生まれや子供を選ぶことは出来ない。だというのに、その後の人生まで縛るなど、正気の沙汰ではない。ましてや、本人が拒否しているのを強行するのであれば、それは最早親子の関係ではなく、買い手と奴隷のそれだ。まさか、それを是としていると言うつもりはないだろうな」

 

「そんなわけがあるか。私は私なりに、リアスの幸せを願って行動したのだ」

 

「貴方の理想はリアスの理想ではない。もし仮に貴方の望む理想がリアスにとって最も理想であるものだったとしても、そんなもの所詮は結果論だ。その域に辿り着かなければ認識出来ない事象に対し、辿り着けば後戻りは不可能な状況に達している。そんな博打をするぐらいならば、自分の信じる道を進むのが当たり前ではないか?」

 

「…………」

 

「幸も不幸も、全て引っくるめて人生というものだ。リアスの意思を尊重せず、ただ自分の願望を押しつけて、もし不幸な結果になったら責任が取れるのか?いや、有限で替えの利かない時間や人間関係の代替なんて有り得ない。リアスの人生は、そんな安っぽいものではない」

 

「――それは、私達の家系が築いてきた歴史よりも、価値があるものか?」

 

「あるな。血族とはいえ、他人の人生だ。立派だし誉められるべきことではあるだろうが、それを強要した時点で陳腐に成り下がってしまう。嫌々な気持ちで培った歴史ならば、路頭の石の方がまだ重厚な歴史を辿っているだろうさ」

 

……ここまで言って、アレ?と思った。

何でこんな喧嘩腰に会話してるの?自分。馬鹿なの?死ぬの?

ただでさえ良い評価を得られてない自信しかないのに、部外者風情が他人の家柄の問題をこき下ろすなんて、文字通り馬鹿の所業だ。

リアスの身になって考えていたら、つい口が滑りまくってドリフもびっくりな状態に陥ってしまっていた。

ほら、なんか肩振るわせているし。怒ってるよ絶対。

 

「くっ――――はははは!!」

 

内心ハラハラを隠せないでいると、突然大笑いを始めたリアス父。

その予想外の反応に、思わずきょとんとしてしまう。

 

「成る程成る程、確かにこれはなかなかどうして」

 

そう言ってバンバンと肩を叩いてくる。

要領を得ない会話の流れに、思考は止まったままだ。

 

「済まない、試すようなことをしてしまって。――あの結婚式が流れたのを切っ掛けに、私も色々考えるようになったんだ。同時に、その流れを生み出した君にも注目していた。平凡な人間がフェニックスを下したという事実よりも、私は君とリアスの関係に強く注目していた」

 

一呼吸置き、リアス父は笑みを浮かべる。

 

「君の人格は大いに認めている。善人であることは疑いようもないし、勇気も買っている。不純な感情を持っている様子もなく、身内や仲間を大事にしているようだ。うんうん、いいじゃないか」

 

いいじゃないか、ってなんぞや。

何か勝手に自己完結しているけど、こっちは困惑してばかりだよ。

 

「……零君。リアスをこれからもよろしく頼むよ」

 

「……ああ、言われるまでもない」

 

取り敢えず、実際言われるまでもないのでそう返しておく。

終始良く分からない雰囲気だったけど、怒られなくて良かったよ……。

いや、こんな若造の戯れ言にいちいち怒っているようでは、年長者としての箔がつかないと分かっているから、感情を呑み込んでいるだけかもしれない。

そう考えると、僕がつくづく子供なんだってこと思い知らされる。

 

「零、お父様と一体何を話したの?」

 

リアス達の元に戻るが否や、リアスに耳元で問いかけられる。

 

「大したことではない」

 

「本当?お父様に何か言われなかった?」

 

「世間話の域を出ないものだったよ」

 

実際は違うんだけどね。

 

「……まぁ、いいわ。取り敢えず、貴方の居ない間にお兄様がこっちに来て、イッセーのお父様と意気投合しちゃって、何かイッセーの家で飲み会をする流れになっちゃったのよ」

 

「それがどうした?」

 

「いえ、これは私の我が儘なんだけど……参加してくれないかしら?」

 

「何故だ?部外者が参加しても居心地が悪いだけだろう」

 

「むしろ貴方がいない方が居心地悪いわよ……。どうせ今日のことを肴に針のむしろになるのは目に見ているんだもの」

 

ああ、そういえばリアス父がビデオカメラでリアスを映していたね。

あの様子を見ると、リアス父自身もリアスを大事に思っているのが分かる。

やっぱり格式や伝統が邪魔をしているというだけで、本心としては娘の幸せを願っているんだろう。

……やっぱり後でもう一度謝ろう。

一方的な持論を押しつけたのは、僕も同じ。彼を反論する権利は、そもそもないのだから。

 

「つまり、私を逃げの拠り所にしたいのか?」

 

無言で頷くリアス。

まぁ、そんな赤裸々エピソードを嬉々として見届けるなんて、余程のナルシストじゃないと無理だわな。

 

「仕方ないな」

 

「……ありがとう」

 

こうして僕はイッセーの家にお邪魔することになった。

ミッテルト達は魔王がいる家でまともに過ごせる自信がないからって理由で辞退した。

リアスに抜擢されたのも、その辺りの体裁を気にしない僕が適任だったということだろう。良く分かってらっしゃる。

そういえば、宴もたけなわになった頃合いでサーゼクスさんが《僧侶》を解放だとかなんとか言ってたけど、何だったんだろう。

 

 




Q:アザゼルさん何してんですか。
A:呼んでませんよ、アザゼルさん(迫真)

Q:アザゼルって演技でも年寄り扱いされるの嫌いそうだよね。
A:ミッテルトのせいで色々目覚めればいいと思うよ。

Q:セラフォルー様マジ魔法少女。
A:イッセーの反応が原作より薄いのは、無意識に封じ込めたトラウマのせいです。やらかしたな。あ、作者の好きなキャラの上位に食い込んでます、レヴィアたんは。ああいうキャラの裏とか書くのすげー大好き。

Q:リアス父の零への評価高いね。
A:外堀から埋められていくスタイル。何、気にすることはない。

Q:さりげなくギャー君のイベントスルーしてない?
A:主人公にとっては重要なことじゃないからね。仕方ないね。あ、男の娘大好物です。

Q:最近アーシアと小猫の出番がない気がするんだが……。
A:色んなキャラを動かす技量がないんだもん!分不相応の行動をしても、グダるだけだもん!


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第二十一話

書きたい絡みが書けるとテンションが上がる。



放課後、私は担任の先生に頼まれ、雑用を行っていた。

以前の私なら表情には出さずとも面倒だという感情で支配されていただろうけど、今ではすっかり頼まれ事に対しても従順になった。

意識したつもりはなかった。でも、自然とそうなっていった。

……私って、根っからの小間使いタイプなのかな。

しかも、それを嫌じゃないと思っている自分がいることも理解してしまっている辺り、もう手遅れなのかもしれない。

これがレイの頼み事だって言うなら、悩む必要性は欠片もないんだけど。

 

レイはどうやらオカルト研究部の面々と何やら出掛けていったらしく、どこにいるかも分からない。

やることも終わってしまった今、所在なく校内をぶらつくぐらいしかやることがない。

レイの姿を探すにしても、虱潰しになってしまう以上、流れに大きな変化はないだろう。

取り敢えず、テンプレではあるけれどオカルト研究部に顔を出してみよう。

――そう思っていた時、視界に影が映る。

 

「あれは――小猫?」

 

何やら無表情ながらに真剣さを孕んだ様子の小猫が、中庭を走る姿があった。

というか、意識すると周囲が妙に騒がしい。

訳が分からないけど、知り合いがいるのならば好都合。

合流すればつまらない時間からもおさらばできる。あわよくば他のメンバーとの合流も図れるだろう。

そう思って軽く駆け足をしたら、突然曲がり角から何かが現れ、ぶつかってしまう。

反射的に手を伸ばす。右手が細く柔らかい何かを掴むと、こっちの倒れる勢いが勝ったのか、自然と掴んだ何かが私の方へと引き寄せられていく。

遂には、私の胸の中にそれは収まった。

 

「あ、あわわわわ……」

 

私よりも頭ひとつ小さい背丈を持つそれは、どこか慌てた様子で私の胸の中で暴れている。

軽く下を向くと、こちらを涙目で見上げている女の子――いや、男の子がいた。

見た目は完全に美少女だけど、抱き心地で分かる。女性特有の起伏が感じられない。

 

「どうしたの?そんなに慌てて」

 

「あ、あの!は、離して――」

 

「見つけたぞ!ギャスパー!」

 

女装少年の言葉が、突如として現れた兵藤一誠の叫びに遮られる。

それに続く形で、他のメンバーも集合している。でも、レイはその中には見当たらない。

 

「ひいいいぃぃ!!」

 

「ミッテルト、良くやった!」

 

「いや、訳が分からないんスけど」

 

怯える女装少年、それに迫る男女複数人。

事情をまるで把握していない自分からすれば、犯罪臭しか感じられない。

 

「えっとな、ソイツはギャスパー・ヴラディっていう人間とヴァンパイアのハーフで……そんなナリをしているけど、男なんだ」

 

兵藤一誠が私の中の疑問を氷解していく。

 

「彼が男の子だってのは、すぐに分かったッスよ」

 

「うっそ、まじかよ!――いやいや、それは今は関係ないな。それで、ギャスパーには凄い《神器》が宿っていて、制御出来ないって理由で今まで封印されていたんだけど、どうにも引きこもり根性が染みついてるんだよ。だから、俺達がそれを矯正しようと逃げるギャスパーを追いかけて、今に至るって訳だよ」

 

「ふぅん……」

 

「まぁ、そう言うわけだから、捕まえてくれて助かった」

 

兵藤一誠とギャスパーと呼ばれた女装少年を交互に見比べる。

一方は見た目は麗しい少女、一方はそれを追いかけるエロの権化。

胸の中で明らかな恐怖で震えているギャスパー。

親に捨てられるかもしれないという恐怖に怯えるかのような、少年の機微を私は無意識に感じ取っていた。

知人はすべからく自分に害を為そうとする(ように見える)存在。

そんな中、私が彼の処遇を決める最後の砦となっている。縋るのも無理はないのかもしれない。

 

「……ねえ、この子怯えているじゃない」

 

「だって、折角出してやっても、すぐに引き籠もろうとするんだぜ?こんなの、放っておいたら一生このままだって!」

 

「ううう……お外怖いです……」

 

「……アンタの言い分も分かるけど、だからって大勢で対人恐怖症の相手を追いかけ回すとか、馬鹿じゃないの?そんなにまた引き籠もらせたいの?」

 

「うっ……」

 

紛れもない正論を前に、兵藤一誠は一歩たじろぐ。

 

「それと、小猫。その手の中にあるにんにく、完全にこの子のためとかじゃないわよね」

 

小猫は伏し目がちに私から視線を逸らす。図星か、コラ。

 

「アーシアも、貴方がストッパーにならないでどうするの」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

申し訳なさそうに頭を垂れるアーシア。

彼女は何も悪くないんだけど、連帯責任であることに変わりはない。

ここは心を鬼にして、叱っておかないと。そうなればいつかはただのイエスマンになってしまう。

 

「この子の《神器》が危険だから、制御してもらわないといけない。危険性を考慮すれば、ある程度の強攻策はやむを得ない。大いに結構な理由ッスね。でも、だからって無理強いしたところでこの子の為にはならないじゃないの。それとも何?この子のことを強力な《神器》を所有している都合の良い人形にしたい訳?」

 

「そ、そんなことはない!」

 

「だったら、とっとと行動を改めることッスね」

 

レイのような説教になっちゃったけど、どうやら効果はあったらしい。

メンバーは肩の力を抜いて、落ち着きを取り戻す。

 

「あーっと……すまん、ギャスパー」

 

「ひっ――」

 

兵藤一誠が謝罪の言葉と共に一歩前に出ると、小さな悲鳴と共にギャスパーの手に力がこもる。

完全に怯えられているわね、これ。

 

「……自業自得ね」

 

「面目ない……」

 

「この様子だと、他のみんなにも同じ感じだろうし、この子のことは私に任せてくれないッスか?」

 

私の提案に誰よりも反応したのは、当事者のギャスパーだった。

涙目で見上げるその姿は、まさしく藁にも縋る気持ちを如実に現していた。

元より裏切るつもりはないけど、こうして頼られる立場になると、その責任感と喜びというものが理解できるようになるものね。

 

「取り敢えず、今のままじゃあまともな会話だって期待出来そうにないのは火を見るよりも明らかなんだし、選択の余地なんかないと思うけど」

 

「……そうだな。部長にはそう伝えておくよ」

 

「懸命な判断ね。――ほら、行くわよ」

 

胸に抱いていたギャスパーの頭を一撫でし、身体を離す。

 

「あ――」

 

一瞬名残惜しそうな声を上げるギャスパー。

しかし、すぐにその小さな手を握ると、明らかに嬉しそうな笑顔を浮かべる。

……あー、何て言うか、今更だけど恥ずかしい。

信頼されているという事実が、とてもこそばゆい。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はミッテルト。しがない下級堕天使よ」

 

「堕天使……?」

 

「ああ、不安にならなくてもいいッスよ。堕天使だけど、今じゃオカ研の一員だから」

 

「そ、そうなんですか……」

 

堕天使だという事実を知っても尚、手を離さなかった辺り、彼の私への依存度が窺い知れる。

嬉しいと思う反面、この刷り込みのような状況をどうにかしないと、彼の引きこもり体質は治らないだろうとも理解していた。

 

「えっと、僕はギャスパー・ヴラディって言います。兵藤先輩が説明していたと思いますが、吸血鬼と人間のハーフで、デイライトウォーカーって奴らしいです」

 

そう語るギャスパーの口元の露骨に尖った犬歯が光る。

デイライトウォーカー――端的に言えば、太陽の光を克服した吸血鬼の呼称である。

弱点のひとつを克服している、という点では彼の持つアドバンテージはかなり大きなものだ。

 

「そう言えば、貴方の《神器》は危険なものだって言っていたけど、出来ればどういうものか聞かせてもらえる?」

 

私の問いかけを前に、ギャスパーが足を止める。

躊躇うような素振りを一瞬見せるも、ぽつぽつと語り出した。

 

「……僕の《神器》は、停止世界の邪眼(フォービドゥン・バロール・ビュー)って言います。僕の視界に映したものをすべからく停止させる力を持っています」

 

「時間停止……それは確かに凄いッスね」

 

「でも、僕には宝の持ち腐れなんです。まともに制御できないせいで、ちょっと油断したら能力を発動させちゃって……。いつか、僕の力が暴走して、僕が止めた人達が永遠に元に戻らなくなっちゃったら、そう考えると怖くて――だから、引き籠もっていたんです」

 

ギャスパーの告白を、私は静かに聞き届ける。

……ああ、そうか。そういうことだったんだ。

何で私がこんな見ず知らずの子を躊躇いなく助けようと思ったのか。

彼は、私だ。

他者を傷つけることを恐れ、自らの全てを封じ込めようとする。

そうすることでしか、力の律する方法が分からない。

そうしなければ、より苦しい思いをしてしまう。自分も、相手も。

そして、それ以上に不器用なのだ。だから殻に閉じこもり、外界を恐れる。

少しだけ視点を変えてみさえすれば、手を差し伸べてくれる人がいることに気づけないから、いつまでも世界を恐れなければならない。

自分以外が全て敵だと勘違いしたまま生きていくなんて、そんな悲しい因果は断ち切らなければならない。

同じ痛みを知る者として、私は彼を導く義務がある。

痛みを知るからこそ、それを繰り返させたくないという想いが生まれる。

痛みを乗り越えられたからこそ、道を示すことが出来る。

この役目は、私にしか担えない。

 

「……ウチもね、最近凄い力を手に入れたんだ。まだまだ使いこなせる自信はないけど、使い方次第ではとんでもない効果を発揮するって確信してる。それこそ、毒にも薬にもなり得る万能の力と言っても差し支えないぐらいのものよ。今まではただのしがない下級堕天使だったから、そんな《特別》に振り回されないかって気が気じゃないのよ。――でもね、その力で大事な人を護れるなら、それは素晴らしいことだと思わない?」

 

「大事な人を、護る……」

 

「それに限った話じゃないけど、自分の力の指向性を定めれば、自ずと頑張ろうと思えるようになるッスよ。純粋に強くなりたいと思うも良し、その力でしか出来ない何かを見出すも良し」

 

「ミッテルトさんは、大事な人がいるんですか?」

 

「……いるわ。ウチを縛っていた鎖を微塵に砕き、閉鎖的な世界から解放してくれた恩人がいる」

 

「それって、リアス部長ですか?」

 

「いいえ、違うわ。悪魔でも天使でも、ましてや堕天使でもない。ただの人間よ」

 

「人間――?」

 

「まぁ、ただの、ってのは語弊があるかもね。彼は規格外の存在よ。圧倒的な力を有しているにも関わらず、その力に呑み込まれることのない、強靱な精神力。誰かを護るためという純粋な力の指向性を持って、他者に貢献できる優しい心の持ち主。そんな人が、ウチの恩人なのよ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「私が貴方を助けたのも、そんな彼の在り方を倣ったに過ぎない。二番煎じの乱造品なのよ、私の意思なんて。失望した?」

 

「……そんなことはありません。僕はミッテルトさんの恩人のことは知りませんし、僕にとっては貴方が初めてなんです。だから、そんなこと言われても困ります」

 

「そっか」

 

ギャスパーのいじらしい台詞に、思わず頭を撫でてしまう。

ズルいなぁ、と思う。これで男の子だって言うんだから。

まぁ、似合っている以上私がとやかく言うつもりはない。

仮に男装したところで、男子の服に着させられている女子の図としか思えないだろうし、それならば似合っている格好をすればいいと思う。

こういう考えも、先入観に囚われないレイの思考に影響されてのことかな。

 

「おうおう、仲の良さそうなこって」

 

そんな聞き覚えのある声に、無意識に身体がすくむ。

 

「アザゼル、様――」

 

そこには、元私の上司で、堕天使の総督を務めていた所謂トップの座に座るお方。

遠巻きにしか存在を知らなかったお方が、二日前からレイを中心に集まり始めている気がする。

サーゼクス・ルシファーを皮切りに、レヴィアタンを名乗る魔王にも会ったと聞いた。

更にはアザゼル様本人から教えてもらった、トップ会談の件。そして、レイの懸念。

コカビエルの時以上の何かが起ころうとしているのかもしれない。

 

「よう、ヴァンパイア少年」

 

「ひっ――」

 

アザゼル様の挨拶に、小さな悲鳴を上げて私の背中に隠れる。

三勢力ならば一度は耳にしたことのある大御所が目の前にいて、それが敵勢力のトップともなれば、怯えるのは当然。

 

「アザゼル様、この子が怯えています」

 

「脅かしたつもりはないんだがな……単にソイツが過剰にビビってるだけだと思うぞ」

 

「御身は堕天使の総督という重責を担っているのですから、その立場を弁えての発言をしていただかないと……」

 

「んな堅苦しい言葉に説教はやめてくれ。折角久しぶりに自由の身になれたんだから、少しぐらい羽目を外したっていいだろ?それに、お前だってもう《神の子を見張る者》とは関係無いんだから、俺のことなんか気にしなくていいんだぜ?」

 

「と、申されましても……」

 

そう言われて、はいそうですかと意識が切り替えられれば苦労はしない。

それに、私はアザゼル様にとって吹けば飛ぶ紙のようなもの。粗相をして怒りを買うなんて下手な真似はしたくない。

 

「……ま、敬ってくれるってのは悪い気はしないがな。それにしても、その堕天使の総督に説教するなんざ、度胸あるじゃねぇか」

 

「――ッ、申し訳ありません」

 

「おいおい、冗談だよ。つーか怒ってねーよ。言っただろ?敬ってくれるのは悪い気はしねーって。元とはいえ、まともな部下の忠言を全て受け流すようなことはしねーよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「それよりも、だ。俺はそこのヴァンパイア少年の悩みを解決するために助言をしに来たんだった」

 

「ぼ、僕の、ですか?」

 

顔を僅かに背後から覗かせながら、ギャスパーが返す。

 

「一から十までとはいかないがな。時間停止の《神器》のような強力な《神器》は、得てして使用者のキャパシティの要求が高い。制御が難しいのも、それが原因だ。今のお前じゃ、分不相応な力だってことだ」

 

「やっぱり、そうなんですね……」

 

「だから、《神器》に宿る膨大な魔力をどうにかして減らす必要がある。一時的な霧散でも、吸収でもいい。とにかく今のお前の身の丈に合った状態にまで抑える必要がある」

 

「それは、どうやってですか?」

 

「俺が考えるには、ソーナ・シトリーの眷属にヴリトラの力を宿した《神器》使いの助けを借りるのが手っ取り早いだろうな。対象と接続することで、力を散らせることが出来るって代物だ。それを上手く利用してやれば、安定した状況での能力制御が可能だろう」

 

「良く分かりませんが……助言感謝します」

 

「おう。ま、これも一度親の代わりをしたよしみって奴だ。気にすることはないさ」

 

そう言い残し、アザゼル様はどこともなく立ち去っていった。

影が見えなくなった途端、背後のギャスパーの力が緩むのが分かった。

 

「うう……怖かったですぅ……」

 

「もう、情けないわね。萎縮するなとは言わないけど、もう少ししっかりしないと。男の子でしょ?」

 

「むしろ何でそんなにしっかりしていられるんですか……」

 

しっかりしている?そんなことはない。

掌の中は汗でびっしょりだし、喉も微かに渇いている。

それでもしっかりと立っていられるのは、ひとえにギャスパーという護らないといけない存在が背後に存在したからで、そうでなければ……。

 

「それよりも、どうする?アザゼル様の助言は嘘じゃないっぽいし、試しに行くッスか?」

 

ぶんぶん、と大きく横に顔を振る。

まぁ、選択を委ねた時点でそうなるんじゃないかと想像はついてたけど。

 

「――じゃあ、私の家に来るッスか?」

 

「へっ?」

 

「正確には私の、じゃなくてさっき言ってた恩人の、だけどね。彼ならもっと効率の良い方法を知っているかもしれないから、聞いてみようと思って」

 

レイならば何とかしてくれそう、という謎の説得力に期待して、電話を掛ける。

 

「あ、もしもし?今どこにいるの?……そう、ならちょうどいいわね。一緒に帰ろう?一人連れもいるけどいいでしょ?……はい、はい。ええ、そう伝えておくわ」

 

通話を切り、ギャスパーに向かい合う。

 

「と、言うわけで行くわよ。あ、因みに拒否権はないからね。アレも嫌、コレも嫌って逃げてたら一生そのまんまだもの。貴方の面倒を見ると啖呵を切った手前、投げ出すなんてことはしないから、そのつもりで」

 

ギャスパーの手を取り、レイとの待ち合わせ場所に向かう。

素直についてきてくれたことが、私には意外だった。

 

 

 

 

 

リアスに連れられて、ギャスパーという男の娘が引き籠もっているとか訳の分からない状況を説明され、逃げるギャスパーきゅんを追うのは心が痛むからリアス達と部室で茶をしばいていたら、イッセー達がミッテルトにギャスパーきゅんの人見知り解消を一任したという話を聞かされ、リアスとイッセーとの間でその件で少し一悶着があったが、何とか元の鞘に収まり、それから唐突にミッテルトから電話が掛かってきたかと思ったら、ギャスパーきゅんと一緒に帰る話になり、更には家に上げて何かをやろうとしているとのこと。

 

あらすじはこんな感じか。……長い。

僕の知らないところで色々と話が進んでて、何が何やらという感じだったけど、だいたいは合ってる筈。

 

「え、えっと……先程もお会いしましたね」

 

「そうだな。先程も紹介したが、有斗零という。君は、ギャスパー・ヴラディだったかな?」

 

「は、はい」

 

おどおどした様子が、保護欲をかき立てられる。僕の中での第三の癒し要素だよ、彼?は。

男だろうと可愛ければ正義。それが世界の真理。

 

「えっと、それで相談があるのよ。レイなら何か分かるんじゃないかなーって思って」

 

そう言って、ミッテルトがギャスパーきゅんの置かれている状況を説明し出す。

……成る程、理解できた。そして、なんとかなるかもしれない。

 

「……つまり、彼の中の《神器》に内包した魔力を排出することが出来ればいいのだな?」

 

「ええ」

 

「なら、ひとつだけ思い当たる方法がある」

 

「本当?」

 

「だが、それが出来るのは君しかいない」

 

そう。僕では無理なのだ。

同じペルソナを持つ者でも、汎用性に優れる性質を持った彼女だからこそ出来る方法。

 

「取り敢えず、一旦家に帰ろう。ここでは出来ないからな」

 

僕の提案に二人は頷き、真っ直ぐ帰宅する。

 

「おや、おかえり。――っと、彼女は知り合いか?」

 

「この子はギャスパーって言うの。後、この子は女じゃなくて、男よ」

 

「なん……だと……?」

 

ゼノヴィアはその言葉に一歩たじろぎ、ショックを受ける。

……まぁ、驚いているのは事実なんだろうけど、明らかにわざとオーバーリアクションしてるよね。

 

「えっと、初めまして。ギャスパー・ヴラディと言います」

 

「私はゼノヴィアという。よろしくな」

 

ギャスパーの挨拶が終わるが否や、いつものキリッとした態度に戻る。やっぱりな。

プールの一件から、ゼノヴィアはこういうキャラだって勘づいていたからね。今回の件ではっきりしたけど。

 

「んじゃ、ちょっと私らは三人でやることあるから」

 

「待て。それは構わないが、それは所謂密談という奴か?」

 

「密談、ってほど大層なものじゃないわよ。実験みたいなもの」

 

「そうか。私は仲間はずれか、寂しいものだな……」

 

とぼとぼと自室へ退散するゼノヴィア。

どうせあんまり気に病んでいないだろうけど、少し申し訳なく思う。

だけど反面、彼女が一緒にいたら話が進まないだろうなぁ、とも思ったから、止めることはしなかった。

 

「で、思い当たる方法って何?」

 

僕の部屋に集まり、腰を下ろしたところでミッテルトが話を切り出す。

 

「魔力を吸収するならば、ペルソナのスキルを使えばいい。そのスキルを扱えるペルソナを私は所有していない。だが、君ならば出来る」

 

それは、MPを吸収するスキル「吸魔」である。

ダンジョンでMPを節約する、というのが難しいペルソナシリーズでは、数少ない回復要素として重宝するスキルだ。

しかし、使えるペルソナがあまりにも少なく、汎用性に優れているとは言い難い。

有用なスキルである反面、その性質から使いにくくもあるという矛盾したスキル。

僕のペルソナには、吸収系のスキルはひとつもない。継承の際も使う機会はないだろうとハナから視野に入れてなかったからだ。

そこで、ミッテルトの出番である。

ミッテルトの《神器》となった、ペルソナ全書。これを使えば従来のペルソナ全書とだいたい同じ感覚でペルソナを召喚することが出来るのだ。

お金ではなく魔力を消費して召喚するシステムらしいので、燃費は悪いが、それを補って余りある汎用性の高さが魅力である。

 

「んーっと……じゃあ、やってみるわね」

 

おもむろにミッテルトの前にペルソナ全書が顕現される。

 

「これって、ミッテルトさんの《神器》ですか?それに、ペルソナって何ですか?」

 

「ええ、そうよ。ペルソナってのは――また今度教えてあげるわ。今は取り敢えず、当面の課題をどうにかしないと」

 

手をかざすと、淡い発光と共に捲られていくペルソナ全書。

数秒の間を置き、ミッテルトが小さく反応を見せる。

 

「――見つけたわ。ペルソナ!!」

 

叫びと共に魔法陣が展開される。

ミッテルトの背後に悠然と現れたのは、悪魔のアルカナに該当するペルソナ、サキュバスだ。

 

「えっ、な、何ですかぁ!?」

 

「落ち着いて。取り敢えず、今召喚したこの子を使って、実験するわ」

 

「じ、実験って?」

 

「吸い取るのよ、魔力をね」

 

ミッテルトの宣言と共に、サキュバスが妖しく微笑む。

淫靡で蠱惑的な雰囲気は、ギャスパーを惹きつけるどころか逆に怯えさせていた。

 

「いや、いやあああ!!」

 

「ほ~ら、怖くないわよ~」

 

何故か悪ノリし出すミッテルト。いいのか、それで。

 

「たっ、助けて下さい!」

 

僕の方へと逃げ出すギャスパー。

だが、その信用を僕は裏切らなければならない。

 

「へっ――」

 

「済まない。だが、これも君の為なんだ」

 

ギャスパーの身体を両足を使って固定し、停止世界の邪眼対策に両目を手を塞ぐ。

サキュバスの動きさえ停止しなければいいだけなので、この体勢でも問題ない。

犯罪臭しか感じないこの構図。手早くやることやってしまわないと、罪悪感が勝ってしまう。

 

「ひっ、や、やめ――」

 

「サキュバス、吸魔」

 

その瞬間、ギャスパーの女の子にしか聞こえない嬌声が家中に響いた。

 

 

 

 

「ひっぐ……ぐずっ……」

 

「ああ、もう。泣かないの。私も悪かったから、ね?」

 

現在、ミッテルトがギャスパーの頭を抱いてよしよししている。

気の弱い妹をあやす姉みたいだなぁ、なんて場違いなことを考えていた。

 

「やれやれ、身内が淫猥な会合でも開いているのかと勘違いしたではないか」

 

「まさか私も、こんな状況になるとは思わなかった」

 

別室にいたゼノヴィアも、ギャスパーの悲鳴を聞きつけ現在は僕の部屋でくつろいでいる。

 

「それにしても、さっきチラッと見たが、アレが話に聞いていたミッテルトのペルソナか。実際に目にしたのは初めてだが、貴方のと明確な違いはなかったように見えたが……」

 

「実際に違いはない。あるとすれば、能力の差ぐらいか。彼女はまだ強力なペルソナを制御出来るほど洗練されてはいないから、どうしても能力の低いペルソナを扱うことしか出来ないのだよ」

 

「それでも、貴方のペルソナとやらの実力を直に目の当たりにしている身からすれば、彼女は化けると確信を持って言えるな」

 

「それは同感だ。いや、下手をすれば私を超えるのもそう遠い出来事ではないやもしれん」

 

「そこまで言わせるとは、ペルソナとはげに恐ろしき力だな。味方であることがこれほど喜ばしいことはない」

 

まぁ、弱いことはないだろうしね、ペルソナ。

でも、イッセーの《神器》のパワーを知った身としては、今後の成長を鑑みてもヤバさは上だと思う。

木場は聖魔剣とかいう厨二心をくすぐる《禁手》に覚醒したらしいし、人間である僕は例えペルソナが強くても置いてけぼりになるのは簡単に想像出来る。

同じペルソナ使いなら、肉体スペックが高い方が何かと便利なのは自明の理。

それでも茨の道を進もうとしている僕は、大概マゾなのかもしれない。

弟子が師匠を超える、なんてテンプレな展開にまさか自分が参加することになるんじゃないか?と益体もないことが頭に過ぎった。

 

「それよりも、実験とやらは上手くいったのか?」

 

「そうだったな。ギャスパー、今の状態で《神器》を発動してみてくれないか」

 

「だ、大丈夫なんでしょうか……」

 

「やるしかないだろう。君の抱いている懸念も理解出来るが、遅かれ早かれ対面しなければいけない問題である以上、先延ばしはいたずらに心を弱くするだけだぞ」

 

時間停止というチートは、吸血鬼という性質を有して尚制御しきれる代物ではないということだ。スタンド使いのカリスマ吸血鬼は格が違ったということか。

 

「ギャスパー。何事も心の持ちようよ。出来ないって最初から諦めてたら、本当は出来ることも出来なくなっちゃうわ」

 

「……分かりました」

 

ミッテルトの言葉には素直に従う辺り、よっぽど懐かれているんだなぁ。

 

「じゃあ、適当にこの消しゴムでも投げちゃいましょう」

 

そういって消しゴムを軽く上に投げる。

ギャスパーきゅんの瞳が一瞬妖しく光ったかと思うと、消しゴムが空中で静止した。

 

「そして次はこのボールペンを、と……」

 

ギャスパーきゅんの視界に今度はボールペンを投げ入れると、それは止まることなく放物線を描き

床に落ちた。

 

「おお、成功した!」

 

「ほ、本当だ……こんなの、初めてです。普段なら無差別に止めちゃうのに……」

 

「やったじゃない!やればできるのよ!」

 

そう言って我が事のように喜びを露わにするミッテルト。

やはり、心根が優しい彼女は他人の悩みにも親身になって取り組めるのだろう。お兄ちゃん、嬉しいよ。

ミッテルトもギャスパーきゅんも金髪だから、完全に姉妹にしか見えないなぁ。お兄ちゃん、疎外感だよ。

 

「じゃあ、このイメージを維持したまま、次行くわよ!」

 

「はっ、はい!」

 

そんな感じで、ギャスパーきゅんの特訓は始まった。

まだまだ安定性には欠けるけど、本人曰くかなりの進歩だったらしいので、このまま続けていればいずれ誰もが認めるチートキャラになることだろう。

だけど、定期的に吸魔する度に悩ましげな声を上げるのはやめてくれ。色々と辛いから。

 




Q:ミッテルトが主人公かな?
A:そうだよ(迫真)

Q:お姉さん化したミッテルトもいいね。
A:レイナーレと比較するとアレだけど、ミッテルトも決してロリって訳じゃないんだよね。身長とか。個人的にロリでいいかもってぐらいの差だけど。まぁ、胸は言うまでもなくロリだけど――おっと、誰か来たようだ。

Q:ミッテルト×ギャスパーか……下腹部が熱くなるな。
A:ギャー君にキラッ☆を反転させた感じのポーズと笑顔で、もぐ宣言されればいいと思うよ。

Q:零空気だね。
A:ギャスパー編は、ミッテルトとギャスパーがメインのお話になるので、しばらくこんな扱いになるかと。

Q:ゼノヴィアって結局ポジションなんなの?
A:エロス要素が抜けて天然ボケキャラが際立ったスタイル。でも割と常識人。

Q:ミッテルトの使えるペルソナの現状ってどうなってるの?
A:サキュバスの召喚が結構ギリギリのラインだったりします。吸魔を使うという名目で召喚した為、なんとか召喚が維持出来ていた状態。本当はもう少し低レベルのペルソナじゃないと安定しない。


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第二十二話

【悲報】話が進まない


ギャスパーきゅんの修行は、今のところ滞りなく進んでいる。

ただ、どうにも前回オカ研メンバーがギャーきゅんを追いかけたせいで、苦手意識が芽生えているらしく、リアスの眷属であるにも関わらず、心の距離感は有斗家のメンバーの方が近いという謎仕様になっている。

今日はその辺りの問題を解決するべく、ミッテルトが奔走している。

僕は今回の件にはあまり関与しないことにしている。

ギャーきゅんが一番懐いているのはミッテルトだし、吸魔を使えるのもミッテルトだしで、僕の出番はどこにもない。

適材適所。出来る人がやればいいのよ~。その間自分は二人の絡みを遠巻きから眺めていればいいのよ~。

……なんか発想が腐女子の人みたいになってるけど、気にしないでおこう。

 

そんなどうでもいい決意をした僕だけど、今とある神社への階段下で暇を潰しています。

何故に?と思ったそこの貴方。安心しろ、当人も把握してない。

姫島にイッセーと共に神社に案内されたかと思ったら、僕だけここで待ってろ宣言されたんだよ。

何なの?ハブなの?二人だけで楽しんでるの?ドSなの?

なんか神社から目つぶし目的としか思えない光量の光が出てたりしてるし。マジで何してんの。

るーるるーってBGMが聞こえそうな感じで黄昏れていると、例の黒猫が視界に入った。

 

「…………」

 

鳴くことも近づくことも遠ざかることもしない。

つかず離れずをこれまで実現した状況はそうそうお目にかかれないだろう。そんなレベル。

 

「……こっちに来ないか?」

 

一人でいることの寂しさから、思わずそう呟いてしまう。

それだけぼっちが寂しかったんだよ。悪いか、コラ。

黒猫はそんな僕の言葉に、尻尾を天へといきり立たせる。

確かこういう時って、めっちゃ警戒されてますってことなんだっけ。

……うん、猫は懐きにくいって言うからね。仕方ないね。

な、泣いてないもん!くやしくねーし!だから、諦めない!

 

「ならば、せめて話し相手になってくれないか?手持ち無沙汰で暇なんだ」

 

心だけは必死に黒猫を引き留める。

ここで君までいなくなったら、またあの寂しい時間が戻ってくると思うと、そりゃ必死にもなりますよ。

だけど、表情は能面なもんだから、伝わっている気がしない……!!

と、半ば諦め思考で接していると、おっ立てた尻尾を降ろし、その場に座ってくれた。

通じた……やったで、おとん。誠意を込めれば表情はこんなでも通じるんや……!!

なんて謎テンションで盛り上がってるけど、ぶっちゃけ黒猫の気まぐれと偶然に一致しただけだよね。

まぁ、それでもいいよ。要はぼっちにならなければいいんだから。

 

そんなこんなで、僕は黒猫へ一方的な会話を始めた。

ミッテルトやゼノヴィアとの生活、ギャスパーの修行、オカ研メンバーと過ごす日々――特にリアスや姫島とかにイジられることへの愚痴、そんなこの世界での日常を適当に語っていく。

あんまり深く考えないで思ったことを口々に告げていると、いつの間にか黒猫との距離がめっちゃ近づいてやんの。

え、どうしたの?また気まぐれなの?

気まぐれでもいい。動物なんてそんなもんだって、知ってるから。

でも、ずっとデレてくれてもいいのよ?

 

そんな邪なことを考えたせいか、黒猫はいきなりどこかへ逃げてしまった。

ご、ごめんなさい!決して擬人化を妄想なんかしてません!だから、カムバーーーック!!

 

「……先輩?」

 

石段に座り俯いていると、イッセーの声が上から響いた。

 

「兵藤か……もう用は済んだのか?」

 

「はい。それと、副部長が呼んでいます」

 

「分かった」

 

ようやく出番か……というか、本当に出番があるのかと不安になったよ。

何となく連れてこられて、それだけで終わりとか言われたら、姫島へハリセン乱舞が炸裂するところだった。

 

「先輩。――副部長を、お願いします」

 

「――?ああ」

 

イッセーの意味深な言葉に頭が混乱するも、取り敢えず頷いておく。

その応答に満足したのか、イッセーはそのまま帰っていった。

……え?もしかしなくても、帰りは姫島と二人?

ヤバイ、鬱になってきた。あの笑顔の裏で何かを画策している彼女と二人きりとか、色々ヤバイ。

長い長い神社へ続く階段が、より一層辛い。

嫌いじゃないんだけど、苦手なんだよなぁ。

何せ初めての明確な接触が、ベッドで全裸だぜ?

男性的な欲望をかなぐり捨てて、得体の知れない感情が先行するのも無理はないよ。

 

「お待ちしておりましたわ」

 

神社に辿り着くと、巫女服を着用した姫島が僕を迎えた。

……そのあまりにも堂に入った姿勢に、本物の巫女を幻視した。いや、本物知らんけど。

 

「それで、私をここに連れてきた理由はなんだ?それと、先程神社が光っていたのも気になる」

 

「その光というのは恐らく、ミカエル様が降臨したものと、イッセー君の《赤龍帝の篭手》とミカエル様から賜ったアスカロンが融合した時のものですわね」

 

「ミカエル……今度は天使か」

 

「今や神の代理人であるミカエル様の前に、あのような発言をした貴方を出すのは流石に抵抗があったので、下で待たせる形になってしまいましたが、これでようやくお話が出来ますわ」

 

「まさか話をする為に同伴させたのか?別にどこでもいいだろうに」

 

「……いえ、本来なら話をする予定はありませんでした。貴方に付き添って貰ったのは、私が単に一緒に来て欲しかっただけですわ」

 

笑顔でさらりと言ったね、この人。

買い物の付き添いとかならまだ納得出来るけど、ただついてきて欲しいとか、成立したばかりの仲の良いカップルじゃないんだから……。

こらそこ、頬を染めるな。明らかに分かってて言ってるだろ。

 

「つまり、その予定が変わるような何かがあった、ということだな」

 

「ええ。――イッセー君に訪ねられたのです。私の父のことを。私の境遇のことを」

 

そうぽつりぽつりと語り出した姫島は、普段のどこか掴み所のない雰囲気からはかけ離れており、儚げな印象を受けた。

 

「私は堕天使の幹部である父と人間との間に生まれた者です。母はとある神社の娘で、傷つき倒れていたバラキエルを助けた縁が切っ掛けで、私を宿したと言われています。――ここからはイッセー君にも教えていない秘密ですが、聞いてくれますか?」

 

「ああ」

 

「……私は父を憎んでいます。いえ、堕天使そのものを憎んでいたと言ってもいいでしょう。それもこれも、あの男が母を殺したと言っても過言ではないからです」

 

「母親を……?」

 

「ある日、堕天使と人間が契りを結んだ事実を快く思わない者達による襲撃があり、母は私を庇い亡くなり、私は父を、引いては堕天使を憎悪するようになりました。堕天使であるあの男が母と出逢いさえしなければ、母は理不尽に死ぬこともなかったのですから。そして、私はそんな父と決別し、幼い身ながらに天涯孤独となりました。あんな男と共に生きるぐらいならば、孤独に生きることも辞さないと幼心に思うぐらいに、私はあの頃は病んでいました。いえ、今も大差ないのかもしれませんね」

 

そう言って笑う姫島の笑顔が、とても痛々しくて見ていられなかった。

でも、目を逸らしてはいけない。そんなことをしてしまえば、全てが終わってしまう。そんな気がしたから。

 

「そんな中、私はリアスに拾われました。そして私は悪魔となり、堕天使と悪魔の翼を宿す歪な身体となりました。……これが、私の今までの人生です」

 

神社一帯を、自然の音だけが支配する。

……姫島にそんな過去があったなんて思わなかった。

ただの巫山戯た奴だと思ってたけど、それは誤解だったんだね。申し訳なく思うよ。

 

――まさか、姫島が極道の血を引いているなんて、思わなかったよ。

 

いや、実際は違うのかもしれない。ヤのつく自由業かもしれないし、裏であくどい商売をしている人種かもしれない。でも、概ねその線が近いと僕は思うね。

とにかく、姫島の父親がまともな職業についていないことは想像できる。

だって、母親との出逢いがボロボロになったところを介抱してもらってで、母親が死んだのも婚姻関係のもつれが原因ときた。

つまり、こうは考えられないだろうか。

父親は自分の組から抜けるか何かしようとして、争いが勃発。命からがら逃げ出した。

満身創痍なところに後の母親と出会い、結ばれる。

二人は幸せな生活を送り、姫島も生まれた。しかし、幸せは長くは続かなかった。

父親が逃げ出してきた組にアシがつき、どういう状況かを知った組の者は自宅を強襲。母親はその際に殺されてしまった。

姫島だけは何とか無事生き長らえることが出来たが、その際に一連の流れを知った姫島は、父親を強く憎むようになった。

母親の死の原因となった父親と離別し、その日暮らしをしていたところをリアルお嬢様なリアスに拾われ、一緒に暮らしている。こんなところだろう。

堕天使という言葉も、今の状況と整合させて暗喩させたのだろう。人間も、一般人と捉えれば、住む世界が違うという感覚がとても分かり易い。

 

……重い。ただひたすらに、重い。

子供が背負うにはあまりにも重い現実を、彼女は今も背負って生きている。

笑顔の裏に秘められた憎しみの炎が、今ならはっきりと見える。

 

今にして思えば、素知らぬ男の前で平然と裸になったり出来たのも、自分の命に価値を見出せていなかったからではないだろうか。

子供とは、父親と母親にとって絆そのものだ。存在するだけで、愛の象徴たらしめる。

故に、そんな自分の存在が、母親の死を後押ししたのではないか、と言う結論に至っても不思議ではない。

父親がどんな危ない職業に就いていようが、明確な血縁関係を結ぶことさえしなければ、母親は生き残れていた可能性はある。

極道のような組の人間が、どこの誰とも知らぬ女と子供を育んで困る理由なんて、だいぶ限定される。

一番の可能性は、父親が組の中でもかなり地位のある――その組の息子である可能性も高い――人物であったということ。

ああいった組織が面子や血を重んじるというのは、良く聞く話だ。

今回もその例に漏れず、何の故も無い母親とその娘共々始末し、連れ戻そうとした。そう考えると、かなり整合性が取れていないだろうか。

 

「――それを私に聞かせて、君は何を望む?」

 

「何も。ただ、聞いて欲しかっただけです」

 

「このような重い話を聞かされた方の身になって考えたか?君の独白は、一方的に他者の感情を揺さぶるだけだ」

 

「――――ッ」

 

姫島の表情が、絶望に歪む。

僕の言っていることは間違っていない。だって――

 

「……そんなことを聞かされたところで、私には何も出来ない。君の心の傷を癒すことも、痛みを共感することも、何も出来やしない。慰めの言葉も、事情を又聞きしただけの私では意味を持たない。行動で応えようとしても、解決の術は君だけが持つものだ。つくづく、私は無力だとただ思い知らされるだけだ」

 

「零、君……」

 

無意識に拳を握り締める自分がいる。

リアスの時は、現在進行形の問題であり、ゲーム内のルールに沿って結果が左右される状況だったから良かったが、今回は違う。

全ては終わってしまったことであり、どう足掻いても手の届かないところにある。

それに、姫島の笑顔の裏に隠された壮絶な過去を今更知った身分で、一体何が出来る?

後付の同情心で彼女に接したところで、そんなもの付け焼き刃にさえならない。ただ、悪戯に虚しさだけ募らせるだけだ。

 

――でも、今でも変えられるものだって、ある。

 

「……君は父親を憎いと言ったな。平凡な存在であった母を殺める原因となった男を」

 

「……はい」

 

「私は感謝している。君の母親と父親が結ばれなければ、私達はこうして出逢うことは出来なかった。私だけじゃない。リアスも、兵藤も、みんなが君が存在しない未来を想像すれば悲しむだろう。母親の件は気の毒だったと思うが、出来る限りでいい。父親のことを否定しないでほしい。事情もまともに知らぬ男の戯れ言だと思うだろうが、改めて父親と会う機会があればでいい、きちんと話をしてみてくれないか?」

 

「そんな、こと」

 

「無茶な要求だということは承知している。だが、二人の間に愛がなければ君は生まれなかっただろうし、愛の結晶故に、君の母親は君を身を挺して護ってくれたのではと私は思うんだ。これは完全に推論だが、君がリアスと出逢うまで生き長らえられたのも、父親が根回ししていたからではないだろうか?子供が一人で生きるなど、そう容易いことではない。ましてや、追われる身であったならば尚更だ」

 

「……そんな都合の良いこと」

 

「そうだな。荒唐無稽で、夢物語に等しい欲望ばかりが逸った我が儘だ。だがな、私は君に一生その怨嗟を背負って生きて欲しくはないのだよ。君は母親が死ぬ原因となった父親の存在を妄執として捉えている。子供の頃に刻まれたトラウマを払拭するには、大人になった今、その辛い現実に立ち向かうことでしか為し得ないことだ。仲直りしろと強要しているのではない。ただ、成長した姫島朱乃の視点で再び父と相対し、改めて考える機会を設けて、今度こそ真実を見極めればいい。その時、君が如何様な結論を出そうとも、私はそれを引っくるめて君を受け入れるつもりだ」

 

言いたいことは言い終わった。

子供の頃の記憶というのは、脳の発達の途中であるということもあって、まともに思い出せない人が殆どだろう。

大人の脳でも、些細な出来事は不必要な記憶だと封印されるのに、子供の脳となればそれがより顕著だ。

子供とは感情的だ。理性よりも、本能を優先する傾向にある。

だからこそ、より強い衝撃を与えた記憶は、自分の想像にねじ曲げられる。

記憶なんてものは、主観によって幾らでも改竄出来る。自分に都合の良い記憶ばかり覚えて、それ以外は忘却する。

辛い記憶ばかりがいつまでも残っていたら、人によっては精神が崩壊してしまう。だから、そのメカニズムはあって然るべき代物だ。

精神的にも未成熟だった頃の姫島が、そんな辛い出来事を体験したのだ。諸悪の根源である父親との記憶を歪んだ形で受け止め、真実から目を逸らし続けている可能性は否めない。

子供の頃の記憶を、大人の思考を得た今も同じ視点で捉えているとなれば、それは間違いだ。

姫島はもう大人なんだ。大人なら、大人の考えでトラウマと向き合わなければならない。

そうしなければ、一生彼女は苦しみ続けるのだから。

 

「難しいことを、簡単に仰いますね」

 

「考え方次第という奴だろうな。私が要求しているのは、離別した父と再び対話を試みることであり、それ以上は君の裁量に任せる心算だ。有り体に言えば、父親に会いさえすれば私の要求は通ったも同然なのだ。たった一工程の動作を難しいと捉えるか、そうでないかだ」

 

「……本当、ズルイですわね。その言い方」

 

「すまないな。だが、紛れもない事実だ」

 

僕が言わずとも、いずれリアス辺りから提起されていた問題だろう。

辛いことを言うようだけど、逃げ続ける事なんて恐らく無理だ。

父親が死んで、憎悪の対象がいなくなったとしても、トラウマが消えることはないだろう。

今現在生きている姫島の父親と、子供の頃に刻まれた父親の妄執は別物だ。

父親はいつ死ぬかも分からない職業に就いているのだから、今の内にきちんと心に区切りをつけないと、永遠に彼女は亡霊に取り憑かれて生きていかなければならなくなる。

 

「……難しいでしょうけれど、善処してみますわ」

 

善処はやらないフラグだ、と普段なら茶々を入れるところだが、流石に自重した。

 

「それと、最後に言わせてもらうが――私は例え君が何者であろうと、変わらず受け入れ続けるからな」

 

これも、紛れもない本音だった。

人には誰しも事情がある。どんなに親しき仲でも、踏み込んではならない領域というものが少なからずある。

一方的とはいえ、それに該当する苦悩を吐露してくれたという事実は、信頼の裏付けと取って差し支えないだろう。

だからこそ、嬉しくならない筈がない。

なればこそ、その信頼に応えるのも吝かではないと思える。

 

「――私は帰るぞ。じゃあな、姫島」

 

これ以上気まずい空気は吸ってられない。言いたいことも言い終わったし、立ち上がって退散の決め込もうとした。

落ちていく夕日と目があった瞬間、背中に柔らかい感覚で包まれる。

姫島が僕の背中に張り付いていたのだと気付くのに、時間は掛からなかった。

 

「私のことは、名前で呼んでくれないのですか?」

 

「……そんなことで引き留めたのか」

 

「私にとっては大事なことですわ。貴方にとっては些事でも、私にとってはそうではない。これも考え方次第、ということではありませんか?」

 

そう言われると、反論できない。

 

「……朱乃。これでいいか?」

 

「もう一回言ってくださいませ」

 

「朱乃。――別に反芻せずとも、これからも呼ぶのなら一緒だろう」

 

「そんなことありませんわ。今、この瞬間に言うことに価値があるのですわ」

 

「そういうものか……」

 

「そういうものです」

 

声色がいつもの調子に戻っている。

こんな些細なやり取りで彼女の調子が戻るのであれば、安いものだ。

 

「……折角ですし、もうちょっと進んでもいいかもしれませんわね」

 

良く聞こえない朱乃の呟きに耳を傾けていると、肩に置いてあった手をどかし、腕を首に回してきた。

必然的に互いの顔との距離は近くなり、朱乃の唇が耳元にまで達する。

 

「私も零君ではなく、零と呼んでもいいですか?」

 

「別に好きにすればいい」

 

「では――零」

 

囁くように紡がれた言葉が、息が吹き掛かるような感覚も相まってとてもこそばゆい。

下の名前で呼ばれるなんて慣れたものなのに、何故こうも別物に感じる?

 

「こうしていると、まるで私達恋人同士ですわね」

 

「そういうのには疎いからな。分からん」

 

「あらあら、ご冗談を」

 

冗談じゃねーし!朱乃の中での僕は一体何なんだっての!

 

「誰かと恋仲になった経験はない男に、そのような機微を求められても困る」

 

「では、後にも先にも想い人はいないと?」

 

「そうだ」

 

掘り下げるなよ!話振ったのは僕のようなもんだけどさ!

 

「そうですか……ふふっ」

 

笑われた。彼女いない歴=年齢が許されるのは、小学生までだよねー!とか思ってそう。

やっぱり苦手だ、コイツ。

 

「……随分仲が良さそうね」

 

ふと、正面から訝しげな声が掛かる。

そこには、夕日を背負い腕を組むリアスの姿があった。

 

「あらあら、見られてしまいましたか」

 

「何が見られてしまいましたか、よ。こんな場所であんなことしてる時点で見せつける気満々じゃない!」

 

「そんなことはありませんわよ」

 

二人とも、僕を挟んで睨み合いをしないでくれ。お願いだからさぁ。

 

「零、帰るわよ」

 

「あ、ああ」

 

リアスに無理矢理腕を引っ張られ、神社を後にする。

 

 

我は汝……汝は我……

汝、新たなる絆を見出したり……

 

汝、《女教皇》のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

あ、解放された。

結構前から絡みがあったのに今更解放されたってことは、以前まではどこか距離があったんだな。

それが、今回の件でその距離が近くなり、解放に至ったと。

こうして絆が深まったと分かり易く表現されるのは、嬉しいね。

 

 

朱乃は笑顔で手を振り僕達を見送ってくれた。だが、しこりは残したままでいいのか?

なんでか分からんが、険悪な雰囲気だったろ?

 

「朱乃と何を話していたの?」

 

「……彼女の過去を、余すところなく聞いた」

 

「……そう。知ってしまったのね」

 

リアスは足を止め、夕日を見上げる。

 

「貴方のことだから、朱乃が何者でも一切気にすることはないんでしょうね。そんな貴方にだから、告げることが出来たんでしょう」

 

「それは光栄なことだな」

 

「……生い立ちの関係上、異常な境遇に対しての偏見や差別意識に彼女はとても敏感なの。自分を良く見せることで、他人が無意識に一歩引くような関係が築けるようにしているのよ」

 

あの笑顔の意味は、そういうことだったのか……。

高嶺の花を演じれば、自然と立ち位置は限定されてくる。

良く見られたいという願望と、他者と距離を取りたいという一見矛盾しているようにも思える境遇を、朱乃は両立させていたのだ。

 

「貴方は、そんな有象無象の人間とは違う考え方を持っている。姫島朱乃という、ありのままの彼女を受け入れてくれる。私の時のように。清濁余すところ無く呑み込み、それでいて全て許容するなんて、知的生命体では到底為し得られないわ。そんな貴方にだからこそ、朱乃は全てを話したくなった」

 

……リアスが言うほど高尚な考え方をしていた訳じゃないんだけどね。

子供は親も基盤となる生きる境遇も選べない訳だし、それで誰かを評価するなんて間違っていると思うだけで、そんな聖人君子みたいな感じは一切無い。

実際、リアスのお陰もあるんだろうけど、朱乃は明るく笑顔が美しい女性として成長している。

彼女のことを深く知る者ならば、その境遇を知っても間違いなく受け入れてくれる。そう確信している。僕が特別な訳じゃない。

それを理解さえすれば、朱乃ももっと開放的になれる筈だ。

 

「……いずれ、朱乃が父親の妄執から解放される日が来るだろう。それまで、私達が支えてやればいい」

 

「そうね。――って、貴方、下の名前」

 

「彼女がそう呼んで欲しいと言っていたから、そうしたまでだ」

 

「へぇ……そう」

 

細めた目から放たれる眼光が痛い。僕が何をした。

 

「どうした」

 

「何でもないわよ」

 

そう言って早足で進んでいくリアス。

訳が分からん……が、男には分からない機微というものがあるのだろう。気にしないでおこう。

それにしても、あの黒猫。また会いたいなぁ……。

 




姫島朱乃

アルカナ:女教皇

笑顔を絶やさない美女に秘められし過去は、凄惨なる一言では表せない闇で満たされていた。
実質、身内に裏切られたに等しい経験をした彼女は、無意識に他者に線引きをし、距離を取るようにしていた。
孤独であることを拒み、しかし内に入られることを良しとしない。そんな矛盾を抱え、しかし両立させてきた。
そんな上辺だけの自分を演じ続けなければならない現実に、新たな光明が差す。
不思議としか形容できないその青年と接していく内に、彼へ抱く感情が他者とは異なる風になっていくのが理解できた。
そして遂に、自らの過去を話しても良いと思うようになり、偶然の流れから決意を固める。
結果として、青年は自分の全てを受け入れてくれた。
臆病に自らを秘匿してきた彼女が、初めて自分の意思で告げた言葉は、暗闇に囚われていた自身の心を引き摺り出すという結果を示してくれた。
その瞬間、彼女にとって彼の青年は、特別となった。





Q:久しぶりの姫島の絡みですね。
A:朱乃さんって言えよ、デコスケ野郎!

Q:まさか未来のネタを先取りするとはな。
A:朱乃さんの、イッセーと主人公への好感度を差別化するにあたって、如何に彼女に心を許されているか、という部分が重要になってくると考えたので、こうなりました(マジレス

Q:うわっ……主人公の勘違い、強引すぎ……?
A:勘違いなんてそんなもんだろ(すっとぼけ

Q:黒猫の扱いはどうなるの。
A:どうして欲しい?


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第二十三話

三大吸血鬼漫画は、HELLSING、彼岸島、かりんだと思ってる。


静謐でありながら厳かな空気が部屋一帯を支配する。

部屋の中心に置かれたテーブルを囲むように座る四人の人ならざる者。

 

魔王サーゼクス・ルシファー、そしてその《女王》グレイフィア・ルキフグス。そして魔王セラフォルー・レヴィアタン。

神の代理人であり四大天使の一人、ミカエル。聖剣使い紫藤イリナ。

《神の子を見張る者》総督、堕天使アザゼル。

それ以外にも、シトリー家の次期当主であるソーナ・シトリーとその眷属や、二天龍の一角である白龍皇のヴァーリまでもがこの部屋に集結している。

 

言葉にはせずとも、互いが互いを牽制し合っているのが肌で感じられる。

今から行われようとしているのが、和平を結ぶ為の言質を取るものだとしても、思考停止をして仲良く握手、なんてことは立場のある者として出来ないことは、誰もが語らずとも周知している。

和平という一見平等の立場で決着を付ける流れでも、そこに政治が絡む以上如何に状況を有利に出来るか打算を打つのは当然のことであり、だからこそ警戒が解けない。

本人に必要以上の野心がなくとも、身を護る意味合いも兼ねている為、この空気を打破するには外部からの刺激以外有り得ない。

 

「――リアス・グレモリーです」

 

ノックの音と共に、視線がドアへと集中する。

 

「入りなさい」

 

リアスの兄であるサーゼクスが口火を切り、ドアは開かれる。

リアスを先頭に、彼女の《兵士》であり、今代の赤龍帝である兵藤一誠が続き、眷属が更にその後に続いていく。

関係者でこの場にいないのは、《戦車》塔城小猫、《僧侶》ギャスパー・ヴラディ、そして零の傘下に在る堕天使ミッテルトの三人。

それでも充分に注目に値する面子だが、それ以上に注目すべき対象が続くことを皆が知っていた。

 

有斗零。駒王学園の三年にして、最近突如転入してきた、リアスの同級生。

その青年は、一見平凡という概念が具現化したかのような存在である。

しかし、それは第一印象に過ぎない。

その実、人間でありながら《神器》を扱い上級悪魔や堕天使の幹部さえ下してきた実力者であり、力に慢心することもなく、仲間や絆をとても大事にしており、どのような状況においても決して己を崩さない胆力を持ち、偏見や差別を嫌うという、人間にあるまじき要素を内包している青年。

実際、有名所の存在が集結したこの場においても、彼は眉一つ動かす様子もなく、ただその存在を一瞥するだけに終わる。

この状況において、まるで自宅に上がるような気軽さで適当な壁に背を預けるその姿は、異質を通り越して異常である。

 

「役者も揃ったようだし、とっとと始めようぜ。和平会談をよ」

 

頬杖を突きながらアザゼルがそう告げる。

 

「その前に、先日のコカビエル襲撃の件で遺恨をなくすという意味合いでも、話し合おうじゃないか」

 

「アレはコカビエルの野郎の独断行動だ。俺は関与しちゃいねぇよ」

 

「監督不行届であることに変わりはないんじゃない?貴方がしっかりしていれば起きなかった事件だった筈よ」

 

アザゼルの適当な対応に、魔王としてのセラフォルーが厳しい返しをする。

 

「コカビエルの暗躍に気付いていないと前提を打ったとして、貴方の行動はあまりにも遅すぎる。それに、以前妹の眷属であるアーシア・アルジェントが被害を受けたあの事件も、貴方の監督不行届が原因によるものだ。私としては、二度も同じ過ちを犯す暗愚を代表にするのは些か不安がある」

 

「――ッ、そうだ!アーシアはテメェのせいで――!!」

 

「やめなさい、イッセー」

 

アーシアを誰よりも大事に想う一誠の怒りを込めた咆吼は、自らの王によって静止させられる。

彼とてここで食ってかかったところでこちらが不利になることぐらい承知している。

だが、誰かを想うことは理屈じゃない。だからこそ、簡単には止められない。

 

「しかし、部長!」

 

「イッセーさん。私のことはいいんです。そう言ってくれるだけで、私は十分救われています」

 

アーシアの介入によって、急激に冷めていく熱。

本人が良いと言っている以上、これ以上の言及はアーシア自身の立場をより危うくさせるだけ。

それどころか、リアス・グレモリーに限らず、仲間全てに迷惑を掛けてしまう。

一誠は爪が食い込むぐらい拳に力を込め、一歩下がる。

 

「彼女自身の問題は差し置いても、貴方のミスであることに変わりはない。その辺りはどう説明をつける?」

 

「総督だからといって堕天使全員を把握している訳じゃねぇ。特に末端のやることなんざ、たかが知れている。それを把握していたとして、案件の価値として下位に置かれたのは間違いないだろうな」

 

「しかし、現状況において、下手な刺激は再び戦争の引き金を引く要素であったことに変わりはない。戦争を望まないのは貴方とて同じだろう?」

 

「それを言うなら、お前さん達の方だってはぐれ悪魔の被害が横行しているだろ?俺ばかり目くじら立てられるのは些かお門違いって奴じゃないか?」

 

「そちらの問題に関してはあくまで同種族内の問題であり、尻ぬぐいも悪魔が行っている。貴方のように他種族に被害を与えている、ということは一切ないつもりだ」

 

「そうかい。ま、レイナーレ?だったか。アイツのやらかしたことはともかくとして、コカビエルに関しちゃあヴァーリを派遣して処理を頼んだんだ。……とはいえ、その粗方もアイツが済ませちまってたようだがな」

 

アザゼルの視線が、零へと向く。

気付いているのかいないのか、その視線を受けて尚俯いたまま微動だにする様子はない。

 

「コカビエルの暴走は、彼自身の証言から戦争の再発を望む故のものだと判断しますが、反論はありますか?」

 

「ねーよ。つーか、もういいだろ?とっとと済ませちまおうぜ、和平を結ぶのをよ。俺がコカビエルとグルになって何か考えているとか疑っているんだろうが、そんな不確定要素の為に会談をお開きにしたとなっちゃあ、それこそ自分達が何か企てていると疑われても不思議じゃないからな」

 

投げやりながらも的を射たアザゼルの言葉に、誰もが僅かばかり口を紡ぐ。

アザゼルの態度こそ巫山戯ているように思えるが、だからと言って本当に彼が何かを企てているのかといえば、全て憶測の域を出ず、疑惑ばかりが先行している状態である。

確固たる証拠も無い状態で、ただ疑わしいという理由で戦争の火種を残す選択に走るのは、それこそ暗愚というもの。

三勢力間の悲願でもある和平会談だが、こうして三勢力のトップが総じて集結できるタイミングなど、早々訪れるものではない。

この期を逃せば、次は何ヶ月、否、何年後か。

仮に短期間で再び会合の話がつくことになろうとも、一度こじれた関係をそのままに継続するのは実質不可能。

それに、その短期間の間に戦争が勃発する何かが起こらない保証はどこにもない。

故に、疑惑を呑み込んででも会談を成立させなければならない。

それを理解しているからこそ、アザゼルは平然としていられるのだ。

 

「そこで、だ。その中でも過剰戦力と成り得るであろう二天龍に、今回の和平についての意見を聞いておこうじゃないか。……それと、そこの傍観者決め込んでる無愛想な奴にもよ」

 

その言葉に、ようやく面を上げる零。

しかし相変わらず、その表情に色はない。

この三すくみを結束する重要な会談を、まるでつまらない演劇を見ているかのように眺めているようにも見えた。

 

「俺は強い奴と戦えれば戦争に拘る理由はない。――予想外にも、都合の良い相手も出来たことだしな」

 

ヴァーリの視線に込めた闘争本能を、鬱陶しそうにいなす零。

その態度が、余計に白龍皇の本能を擽る。

 

「俺は賛成です。戦争なんて無いに越したことはないと思う。アーシアのような辛い思いをする子が出るのはもう沢山だ」

 

「イッセーさん……」

 

「平凡な回答だな。――お前はどうだ?有斗零。お前は俺達が和平も結ぶことに異論はないか?」

 

「何故私に話を振る」

 

その口調は、本当に疑問を抱いているようだった。

この会談は悪魔、天使、堕天使の三勢力による同盟を結ぶことを目的としたものであり、人間である彼が参加すること自体、本来ならばおかしいという意味では、彼の疑問も尤もである。

だが、彼はただの人間じゃない。

この場にいる誰もが、その認識を違えることは最早有り得ない程に、彼は力を示してきた。

彼はもう、ただのヒトには戻れない。

 

「俺が聞きたかったからだよ。いや、口にしていないだけで、そう思っているのは俺だけじゃないだろうよ」

 

その言葉によって、この場にいる全ての視線が零へと集中する。

輪の外に出て傍観者を決め込むには些か目立ちすぎた。最早、この状況から逃れるのは不可能と言っても過言ではない。

視線の一切を一瞥した後、観念したのか溜息を吐いて、口を開く。

 

「……和平には賛成だ。それ以上に言うことはない」

 

「そうかい」

 

にべもない答えだったが、正否を問う質問であった以上、要求の水準は満たしているので、彼を悪く言うことは出来ない。

しかし、会話を終えたばかりの筈の零が、思い出したかのように再び面を上げる。

 

「――いや、ひとつだけ言わせてもらうなら、そう都合良く事が運ぶか、甚だ疑問だと言うことぐらいだな」

 

零から発せられた不穏な言葉に、周囲の空気が揺らぐ。

 

「何を根拠にそんなことを?」

 

ミカエルが疑問を口にする。

 

「コカビエルのような戦争を望む者にとって、この会談が邪魔以外の何物でもないことは語らずとも承知していることだろう。そんな者達からしても、こうして一同が介した時点で、和平は実質為ったと考えるのが自然だ。しかし、私には妨害工作が今の一度も無かったことが逆に不自然さを拭えない」

 

「私達の動向に気が付いていないという可能性は?」

 

「そういう楽観的な考えは薦められないな。足下を掬われたいというのであれば別だがな」

 

ミカエルの回答を一蹴する。

彼自身もその考えはあり得ないと踏んだ上での意見だったが、まさかここまで明け透け無い返しが来るとは思わず、少し呆然としてしまう。

 

「零よぉ、いちいち前置きはいいから、結論だけ言ってくれや」

 

「……つまりだ。今まで襲撃がなかったが、気付かれていない可能性はまず有り得ない。ならばどのタイミングで襲撃が行われるかは最早明白ではないか?」

 

「――それは、まさか」

 

リアスの呟きは、世界が赤紫色に変質したことで中断される。

しかし、この異常事態の中、そんなリアスの言葉を代弁するかのように、零が心静かなまま言葉を紡いでいく。

 

「実質の和平は為ったとはいえ、現時点では形式として成立してはいない。達せられてしまえばどうしようもないが、そうでなければまだ反撃の仕様がある。つまり――」

 

零は壁に預けていた身体を持ち上げ、外を見やる。

学園の外には、魔法陣から釣られるように降りてくる夥しい数の魔術師の集団が存在していた。

 

「――謀反を起こすならば、今が最後のチャンスだということだ」

 

零の抱いていた懸念は、まさに今現実となった。

 

「……これは時間停止か。あんなレアな《神器》はそうそう無い。こりゃあ、あのヴァンパイア少年は敵の手中と見て良いな」

 

アザゼルが窓に近付き、外を眺める。

 

「そして魔術師の集団が行っている儀式は、あの少年を《禁手》に至らせるの為の楔ってことだろうな」

 

「……私の眷属を道具のように利用しているだなんて、許せないわ」

 

リアスが苦虫を噛み潰したような表情で襲撃者を唾棄する。

グレモリーは眷属を慈しむ家系。故に、この仕打ちは憤慨ものであることは語るまでもないだろう。

 

「――それにしても、俺や魔王のような上位存在や聖剣の加護がある者がこの空間を活動出来るのはいいが、まさかお前も平然としているとはな」

 

ヴァーリの言葉に、異常事態故に失念していた身近の異常に皆が気付く。

朱乃やアーシアのような、強力な力を宿しながらも時間に囚われている者がいる中、《神器》を持つとはいえ肉体はただの人間である筈の零はどこにも異常を受けた様子もなく、部屋一帯を観察している。

 

「疑問は残るが、戦力が多いに越したことはない。何せこちらは時間停止に巻き込まれた者達を護りながらの戦いになるからね」

 

「――そうね。今はそんなことを気にしている場合じゃなかったわ」

 

サーゼクスの言葉によって皆の意識が襲撃者へと再び集中する。

 

「敵は結界に直接ゲートを繋げて侵入出来るのと対照的に、こちらは転移不可能な制限が課せられている。完全に出し抜かれましたね」

 

「今こそ問題はないが、このままでは私達とていつ時間停止の対象となるか分かったものではない。対策を立てなければ」

 

「魔王様までですか!?ギャスパーってそんなに凄いんですか?」

 

「私があの子に使ったのは《変異の駒》という特殊能力が付加された駒なの。あの子に使ったものは、ひとつで複数の駒の役割を果たす能力を宿していたの」

 

「……とんでもない奴だったんですね、アイツ」

 

「そのとんでもない力が敵に渡ったなんて、笑い話にもならんがな」

 

アザゼルの皮肉に、一誠は睨みを持って返す。

 

「……零。貴方は随分と落ち着いているが、ミッテルトの事は心配ではないのか?」

 

今まで閉口を貫いていたゼノヴィアが、異様に落ち着いている零へ向けて疑問を吐き出す。

 

「何を心配することがある?」

 

その声色から、本気でミッテルトの事を心配していないことに気が付いたゼノヴィアは、語気を強めて零へ食ってかかる。

 

「ギャスパーの待機していた部屋には彼女も置き去りにしてきた。ならば、彼が敵の手中に落ちた時点で間違いなく囚われているか何かはされている筈だ。だというのに、心配していないだと?」

 

「彼女は無事だよ」

 

「何故そんなことが分かる!」

 

「……ゼノヴィア。君はミッテルトを馬鹿にし過ぎだ。下級堕天使というレッテルが彼女の実力を錯覚させている」

 

零の意味深な態度に、思わずリアスは会話に割って入る。

 

「待って。それってどういうこと?貴方はミッテルトの何を知っているというの?」

 

「知っていることしか知らないさ。少なくとも、彼女はあの魔術師集団如きに後れは取らん」

 

どこまでも確信に満ちた様子を崩さない零。

 

「待ちなさい。彼の疑問を氷解するよりも、まずやることがあるだろう?」

 

サーゼクスの介入によって、リアスとゼノヴィアは納得できないまま引き下がる。

 

「分かりました。では、ギャスパー救出の方法ですが、キャスリングを使い、一気に懐に飛び込んで殲滅する案を提示します」

 

キャスリング――チェスにおいて、キングとルークを一手に入れ替えることが出来る、ゲーム内で一回切りのルール。

眷属のシステムをチェスになぞらえている悪魔も、そのルールに漏れず、現実に同等の効果を発揮することが出来る。

それを使い、《戦車》である小猫の下にワープし、虚を突いた迅速なギャスパー奪還をリアスは提案した。

 

「ふむ。ギャスパー君達が人質に等しい状況で馬鹿正直に正面から向かったところで、こちらの不利を煽るだけだろうし、それが最善だろう」

 

「じゃあ、イッセー。貴方も協力して頂戴」

 

「当たり前です!――でも、零先輩じゃなくていいんですか?」

 

「私のような君達の助けがなければ満足に力さえ発揮できない奴より、赤龍帝である君のサポートの方が向いているだろう」

 

それは自嘲でも皮肉でもなく、ただあるがままの事実を告げただけの、平坦な音。

どこまでも冷静で、合理的思考に基づいた的確な判断は、過小評価だと反論する余地さえ与えない。

 

「行きましょう。この状況を打破しない限り、反撃もままならないわ」

 

「じゃあ、俺は外の雑魚と戯れてくるか。さっさと終わらせないと、誤って校舎ごと吹き飛ばしてしまうかもな」

 

挑発とも急かすとも取れる物騒な発言と共に、窓から外へ躍り出るヴァーリ。

一誠のような代償行為なく《禁手》を発動したヴァーリは、蟻の子を散らすように大立ち回りを演じる。

図らずもヴァーリの暇つぶしに等しい行動は、虚を突くにおいて絶好の機会を与えてくれた。

 

「あんなに簡単に《禁手》を発動出来るなんて……」

 

二天竜の一角である自身とは雲泥の差の実力を誇る現実を、まざまざと見せつけられた一誠は、愕然とする。

 

「実力差はあって当然だ。少し前までお前はただの人間だったんだからな」

 

そんな一誠の前にアザゼルが立つ。

その姿を無意識に睨み返す。

 

「そう邪険にするなよ。これやるからよ」

 

そう言って手渡されたのは、飾り気のない二つの腕輪。

 

「これは?」

 

「それがお前が《禁手》に至る際に必要な代償の代わりを担ってくれる。もうひとつはヴァンパイア少年につけろ。《神器》の暴走を抑えることが出来る」

 

「……分かった」

 

「お前の方はあくまで最終手段だ。赤龍帝の力が如何に凄かろうが、制御出来なきゃただの飾りだ。それを自覚して、決してタイミングを誤るな」

 

ヴァーリとの実力差を見せつけられたばかりなこともあり、アザゼルの忠告が骨身に染みていく。

アザゼルの言葉を噛み締めながら、腕輪を装備する。

 

「今度こそ、行くわよ!」

 

リアスの足下を中心に魔法陣が展開される。

一誠もその中に入り、それに呼応するようにキャスリングは発動した。

 

 

 

視界がコマ割りのように切り替わる。

意識を急速に切り替え、囚われの仲間達の下へと駆け出す。

だが、おかしい。人の気配がまるでない。

二人は疑念に駆られながらも足は止めない。大切な存在を助けたい一心で、些細なことは切り捨てていく。

そんな心の焦燥は、気付く筈の変化にさえ気付けない。

 

「――これって」

 

目的地に辿り着いた瞬間、どちらともなくそう呟く。

魔術師達の手によって囚われの身となっている仲間達を想定していたからこそ、そうならざるを得なかった。

 

「――リアス、兵藤一誠。遅いわよ」

 

魔術師は例外なく倒れ伏し、その中心にはギャスパーを抱き締めたミッテルトと、その姿とリアス達を交互に見やる小猫の姿があった。

気が付けば、圧迫感のある感覚は影も形もなくなっていた。

 




Q:イッセーイケメンになってね?
A:ハーレム属性が薄れた(抜けたとは言ってない)ことで、その分主人公らしさが際立ったんだと思う。……というのは半ば冗談で、イッセーは零に対して憧れを抱いている節があるので、そこから来る自らへの投影の結果、原作よりも理性的になっています。

Q:おう、ミッテルトの出番あくしろよ。
A:おう、考えてやるよ。(零以上に主人公しそうだなんて言えない……)

Q:話相変わらず進んでないけど、どういうことなの……
A:完全な第三者の視点で書くと、必然的に文章量が多くなるんだ。だから同じ文字数でも進み具合がまるで変わってくる。ぶっちゃけもっとサクサク書きたいと考えている自分は、間違いなく勘違い系を書くのに向いていない。というか、これほぼ原作の流れじゃん。書いてて虚しくなったよ。

Q:中の人の状態が分からないと、零も大概怪しいね。
A:どうせ内心はボケてるから、今の内にイケメン成分を補充すればいいさ。


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第二十四話

やはり僕に戦闘描写は無理なようだ。すまない、北斗の先人達よ……。


悪魔、天使、堕天使のトップが駒王学園に一同に介し、和平を結ばんとしている時、私、ギャスパー、小猫の三人は部室で留守番をしていた。

単純に会談の席に私達の存在は不要ということもあるが、どちらかといえばギャスパーを一人にしない為の措置である。

……まぁ、ギャスパーの《神器》を操る力は未だ不安定だから、誤って発動して場を混乱させない為、という意味も含めているのは明白だが。

 

小猫の提案でトランプをすることになった。

……正直、悠長が過ぎないかと思わなくもなかったが、こちらの思惑で二人を悪戯に不安にさせるのもアレなので、素直に参加することにした。

結果は散々だった。他のことに気を取られていたこともあるが、この手のゲームは私には不向きらしい。

 

「――ちょっと席を外すわね」

 

頃合いと判断した私は、おもむろに立ち上がる。

 

「どこに行くんですか?」

 

「それを女の子に聞いちゃうッスか?」

 

私は敢えて、恥ずかしそうな仕草をする。

小猫はそれ見て理解したのか、訝しげな視線をギャスパーに投げかける。

 

「……ギャー君、不潔です」

 

「えっ、えっ?」

 

「まぁ、そういうことだから。小猫、ギャスパーをよろしくね」

 

慌てふためくギャスパーの姿を尻目に、そのまま部屋を出る。

その際、薄い木の板をドアの間に挟む。

ギャスパーには悪いけど、こっちの動きを悟られないようにするには、こう言うのがベストだと判断した。

 

零が懸念していた、和平会談を阻害する者達が現れるという可能性に備え、私は一人行動を開始する。

と言っても、特別凄いことをするつもりではない。せいぜい偵察かそのぐらいだ。

襲撃者が現れたとして、私一人では勝ち目はないだろう。

確かに私は強力な力を得たが、それを用いた実戦は初である以上、十全の働きが出来るとは思っていない。

だからこそ、予防線を張って行動する。

さっきの扉への細工も、あまり考えられないとは思うけど、あの扉から堂々と敵が侵入した場合、木の板が外れるようにしておくことで事前に察知することが出来るようにする為のものだ。

些細なことだが、私のような下級堕天使では真正面から策も無しに、小猫を出し抜くような相手に勝てる訳がない。

彼女は《戦車》だ。単純な戦闘力だけなら、私ではまるで勝ち目はない。

更に言ってしまえば、彼女は簡単な小細工程度はね除ける程の地力を持ち合わせている。

もし彼女が敗北するようなことがあるとすれば、それは圧倒的なまでの力の差がある相手と相対した場合か、ギャスパーが足を引っ張るとか、そういった外的要因が大きく関わっていると考えていいだろう。

どちらにしても、どんな条件であったにしても小猫が勝てないのであれば、私では無理だろう。

 

でも、それはあくまで受けに回っているという条件が前提の話。

小猫の様子からして、襲撃の可能性を危惧している感じはしなかった。

いや、少しは考えているだろうけど、まさか三勢力のトップに加え、二天龍までいる場所に襲撃を掛けるなんて愚かな真似をする者はいない、という結論に至っていても不思議ではない。

だが、もしその愚かな者が現れたとすれば?

彼我の戦力差を図れないほどの手合いならばそれでいい。だが、理解した上で襲撃を掛けたとすれば?

それはつまり、そんな圧倒的実力を有する相手と対峙して尚、勝てる何かが相手にはあると言えないだろうか。

三勢力のトップを出し抜き、それでいて彼らを相手に勝利をもぎ取れる要因を抱えている相手に、たとえ末端の雑兵だったとしても私が勝てるのか?

有り得ない、ということはないだろう。だが、真っ正面からではまず無理だ。

だからこそ、私も相手を出し抜くことを考えなければならない。

 

もし襲撃者が現れた場合、三人が固まっていたらそれだけで一網打尽だ。

零達もすぐに駆けつけてくれるだろうけど、それを頼りに物語のヒロインを気取るつもりは毛頭無い。

足手まといにはなりたくない。だからこそ、いるかも分からない襲撃者に怯えている。

杞憂で済むならそれでいい。だけど、そうでなかった場合を考えると用心をしているに越したことはない。

別に、私如きでどうこう出来るとは自分でも期待してはいない。

小猫が動けない状況ならそれをどうにかすればいいし、最悪ギャスパーだけでも助けられれば上等ぐらいの認識で臨んでいる。

いや、零達が駆けつけるまでの時間稼ぎでも構わない。私に出来ることがあるならばするだけだ。

 

――瞬間、音は死に、世界は赤紫色に包まれた。

 

一瞬、何が起こったか分からず頭が混乱する。

胸が締め付けられる。何処かで知った感覚の筈なのに、それとは違うという矛盾した感情を抱く。

そして、思い出す。これは、ギャスパーが《停止世界の邪眼》を発動した時に出現した感覚と似ているのだと。

でも、違う。あの子の力は、こんな他者を問答無用で犯すような下卑た感じではない。

性質こそ同じだが、そこには優しさがある。誰かを傷つけたくないという意思が確かにあった。

だが、これではまるで野生の獣のようだ。他者を蹂躙することに躊躇いがない、そんなどう猛な力の指向性。

敵側にも時間停止を行う者がいるのか?とも考えた。でも、時間停止の《神器》はとても貴重だと聞く。

可能性のひとつとしては悪くはないが、それよりも私の中に最悪な可能性が浮かび上がる。

 

それは、ギャスパーが敵の手に渡ったということ。

ギャスパーの潜在能力は高い。時間停止の力も、練習するに連れてスポンジが水を吸収するように制御していった。

あの子は力を制御できないことを悔やんでいたが、はっきり言ってそれは嘘ではないのかと疑ってしまうぐらいの成長速度だった。

私としてもそれは喜ばしいことであり、あの子がその都度喜ぶ姿を見る度に、つい甘やかしてしまいたくなる感情に後押しされた。

ギャスパーも私のことを好いてくれているのは承知している。

ひな鳥の刷り込みのようなものだとは思うけど、それでも悪い気はしない。

 

だけど、こう思う時もある。

……今まで誰かに頼ることしか出来なかった自分が、頼りにされているという事実。その優越感が私がギャスパーに構う理由なのかもしれない、と。

自分でも随分と卑屈な解釈だと思う。だけど、零との関わりを断ってまでかかり切りになるのを望んでいるというのは、前までの自分からしたらそれこそおかしいことだ。

私はそれだけ、有斗零という青年に依存している。

 

……いや、今はこんなことを考えている余裕はない筈だ。

まず、ここら一帯が本当に時間停止に支配されているのなら、何故私は動ける?

魔王クラスの実力者ならば万が一にも停止していることは有り得ないだろうが、なら私が動ける理由は?

 

「やっぱり、これのお陰かしら」

 

そんな確信と共に、私の《神器》を顕現させる。

ペルソナ全書。零のペルソナ能力を間借りして力を発揮する《神器》。

零の為してきた功績を考えれば、ペルソナという力がどれだけ異常なものかが良く分かる。

そんな力だからこそ、時間停止の中でも私達を護ってくれていても別段不思議には感じない。

というか、下級堕天使の私がこうして動ける時点で、そうでなければおかしい。

まぁ、動けるというのであればその恩恵を最大限に利用するまで。

 

思考を切り替え、意識をオカルト研究部の部室へと向ける。

外ではいつの間にか、白龍皇と思わしき存在が敵と戯れている。

あれほどの圧倒的な実力者が暴れているのであれば、こちらが多少下手な行動をしたところで、悟られることはないだろう。

 

「来て、フォルネウス」

 

ヒラメを冒涜的な外見にしたようなペルソナが現れる。

あまり好きな見た目ではないのだが、今は機動力が欲しい。

フォルネウスの背に乗り、ギャスパー達の下へと向かう。

 

「アアアアアアァァァアア!!」

 

目的地に近づくに連れて聞こえてくるギャスパーの悲痛な叫び。

それによって、否応と無しにあの子の境遇が伝わってくる。

焦燥に駆られる心を全力で静める。

我を忘れてしまえば、出来ることも出来なくなる。

思考停止して立ち回って勝てるような相手だとしても、そんなもの戦ってみないと分からない。

だから、敵の戦力を冷静に分析する必要がある。

 

音を立てないように地面に着地し、ドアの横に待機する。

ドアが開いた形跡はない。ということは、転移か壁を直接破壊して侵入したかのどちらかだろう。

木の板によって生まれた隙間から、見える範囲を余すところなく見渡す。

魔術師のようなローブを纏った存在が、最低三人。そして、魔法陣のようなものが視界の端に映る。ギャスパー達の姿が見えない辺り、あの魔法陣は二人を拘束する為のものではないかと推測する。

実際、耳をつんざくほどのギャスパーの叫びも、視界の外から聞こえている。

部屋に暴れた形跡はない。それはつまり、対応出来ないほどの不意打ちで制圧されたということ。

更に言えば、敵は転移で来た線がより高くなったということ。

壁破壊によるタイムラグ、それによる衝撃の一切が伝わらなかったこと。そして先程の部屋の暴れた形跡がないという事実。

隠密性を重視したともなれば、この状況も頷ける。

だが、曲がりなりにも悪魔の支配する土地で、総本山とも言える結界も張られている場所にそう易々と転移出来るのだろうか。

用意周到に以前からバレない程度に結界の性質を変化させていたか、一瞬で結界の性質を変えられるほどの能力者が敵側に存在しているかのどちらかだろう。

どちらにしても、事が為ってしまった今、優先して気に掛ける事でもない。

問題は目の前にある。

 

「意外と呆気なかったわね」

 

「ええ。所詮現魔王派なんてこの程度という証明になったわね。それに、天使も堕天使も、ね」

 

「――それにしても、五月蠅いわねコイツ」

 

「無理矢理《禁手》に至らせたことで、精神の崩壊が進んでいるんでしょう。リアス・グレモリーもこんな危険な力を持つ奴なんて、とっとと洗脳なり何なりすれば楽でしょうに」

 

そうケラケラ笑う魔術師。

ギャスパーの存在を一蹴されたと言うのに、私の頭は嫌なほどに冷静だった。

――いや。最早沸点を通り越して、熱が逃げて言っているのかもしれない。

事実、思考は冷静でも、爪が食い込まんばかりに力の籠もった拳が物語っている。

 

「――――タス、ケテ。ミッテルト、サン」

 

蚊の鳴くような音が、耳朶を打つ。

リアス・グレモリーでもなく、その眷属仲間でもなく、確かに私の名前を呼んだ。

私に助けを求めてくれた。他の誰でもなく、いの一番に私の名前を呼んでくれた。

嬉しかった。こんな土壇場での信頼は、確かな言質となる。

嘘のない信頼。現金な話だが、こんな状況に発展して初めて、あの子の信頼が私の中で実感となって現れていた。

本当、馬鹿だと思う。

だけど、悔やんでばかりもいられない。

あの子は、私の名前を呼んだ。ならば、それに応えずして何のための力だ。

 

覚悟は決まった。

ある程度の作戦は立てた。後はなるようになれ、としか言えない。

フォルネウスの背に再び乗り、少しドアから距離を取り――そのまま突撃した。

 

「なっ――」

 

喋る余裕は与えない。

ドアを破壊した瞬間、フォルネウスをミサイルのように魔術師三体の前へ飛ばす。

一瞬で状況を確認。視界の外にいたのは魔術師二体。どちらもフォルネウスと私を交互に見やり、思考に精彩を欠いている。

両手に真紅の槍を創造し、魔術師へ向けて投擲する。

辛うじて防御には成功していたが、元々それは囮。

今度はフォルネウスと私の立ち位置を交換するように、フォルネウスを壁に三人の魔術師へと向かう。

フォルネウスの突撃により陣形を乱された魔術師達は、慌ててこちらの迎撃に移る。

だが、遅い。

フォルネウスのスキルである、スクカジャオートの恩恵もあってか、身体が羽のように軽い。

あんな細っこい直線ビームなんて、当たる気がしなかった。

 

「寝てなさい!」

 

槍の腹で魔術師を殴りつけ、吹き飛ばす。

速度の高まった私の一撃は、確実に威力をも上乗せしている。

魔術師という近接戦闘を前提としていない奴らを気絶させるぐらい、造作もなかった。

 

「この――喰らえ!」

 

「チェンジ、ニギミタマ!」

 

レーザーが肉薄するのを予知した私は、ペルソナチェンジによってフォルネウスを送還。ニギミタマを眼前に呼び寄せて、盾とする。

痛みはない。零のペルソナを間借りしているという関係から、本質的に私とペルソナの繋がりはないことを利用した使い方だ。

 

「吹き飛びなさい、ガル!」

 

ニギミタマから放たれた小規模な竜巻は、魔術師をいとも容易く吹き飛ばした。

 

「チェンジ、ヴェータラ。愚者のささやき!」

 

魔術師全員が行動不能になったのを見計らい、魔力の使用を封印するスキルを発動する。

最初から使うことも考えたが、ヴェータラ自体が私のレベルではギリギリの召喚ということもあったし、例え魔力を封じたとしても、それで気取られてしまえばギャスパー達という人質がいる以上、それを利用されて終わりとなる可能性もあった。

だからこうして安全を確保してからでないと、不確定要素によって作戦が破綻する恐れがあった。

 

「ミッテルト、その力――」

 

「今はそんなことより、貴方達を解放しないと。――チェンジ、ニギミタマ。リパトラ」

 

もう魔力もカツカツだが、これをしないと任務完了とは言えない。

淡い魔力が二人を包むと、硝子が割れるような音と共に、魔法陣は消滅した。

正直、成功するかは賭けだったが、成功してよかった。

 

「これで、ようやく――」

 

安心しきった瞬間、足がもつれる。

急激に訪れた疲労が、身体を支えることを拒否したらしい。

冷静に身体が崩れ落ちる瞬間を体感していると、小猫に支えられる。

 

「はは、無茶し過ぎたみたい……」

 

「大丈夫?」

 

「一応、ね。それよりも、ギャスパーが――」

 

二人とも意識をギャスパーに向けた瞬間、倒れていた魔術師が魔力を解放する。

愚者のささやきが効いていたと信じ切っていたミッテルトは、完全に意識を逸らしていた。

小猫に関しても、ミッテルトとギャスパーに気取られていて反応が遅れた。

魔術師の一撃は、確実にミッテルトを貫かんと肉薄していた。

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

吸血鬼と人間のハーフとして、忌み嫌われ、迫害されていた頃の夢を。

望んでもいない力。望んでもいない生まれ。理不尽と不条理の板挟みの中で、強制的に生かされた過去。

自殺する度胸もない僕は、ただただ自らの不幸を呪い続けてその日を過ごしていた。

 

そんな時、リアス部長と出会った。

あの人は僕に対して差別意識を抱くこともなく、あるがままの僕を受け入れてくれた。

最初は、それで救われたんだと思った。

でも、違った。根本的な部分は何一つ解決していないことを、嫌でも思い知らされた。

僕が迫害されていた理由は、異端の存在だからと言うよりも、《停止世界の邪眼》の制御が出来ないことが大きな理由だった。

部長の眷属になったところで、その制御がどうにかなる訳ではない。

部長も僕の存在は手に余るらしく、僕自身もその理由に納得した。だから、封印されることを良しとした。

最初から制御できる自信なんかなかった。それどころか、その過程で世界全てが停止する悪夢も何度も見た僕は、力そのものを扱うこと自体を拒否したのだ。

 

封印された世界は、孤独であることを除けば快適だった。

時代の進歩と言うべきか、ネットによる交流や眷属としての仕事も出来る環境は、まさに理想の箱庭だった。

しかし、そんな平穏も突如終わりを告げた。

僕の知らない内に、グレモリー眷属も増えており、部長の実力も上がったという理由で封印が解けられたのだ。

眷属じゃない人もいたけど、その時は彼がどんな人なのかを知る由もなかったし、どうでも良かった。

問題は、その次にあった。

僕の弱気な心を矯正するべく、特訓という名のイジメが始まったのだ。

当然、僕は必死に逃げた。

引きこもりに体力なんかある訳がなく、ただただ逃げなければならないという強迫観念に後押しされ、何とか逃げているという状態の時、僕は運命に出逢った。

 

ミッテルト。学園では有斗・F・A・ミッテルトと呼ばれ、有斗零先輩の妹として認知されている、明るく快活なイメージが強い堕天使の女性だ。

廊下の角から現れた彼女とぶつかるという、漫画のような展開が切っ掛けだった。

その時は、女性である彼女に力負けするという恥ずかしい感じになってしまったが、それ以上に恥ずかしい感情が後に支配することになる。

まさか、初対面の女性の胸に顔を埋めることになるなんて、誰が予想出来たであろうか。

リアス部長にも似たようなことをされた記憶はあるけど、あの時はただただ恥ずかしかっただけで感覚なんてまるで覚えていない。

対して、ミッテルトさんの抱擁は、恥ずかしさよりも何故か落ち着く感覚の方が勝っていた。

恥ずかしいことに代わりはないけど、不思議とそのまま抱き締めてもらいたいという欲求の方が勝っていたのだ。

僕を追いかけてきたイッセー先輩達から庇ってくれるその姿も、とても格好良くて、気付けば僕は彼女に惹かれていた。

 

僕が《停止世界の邪眼》を制御できないということ、そしてそれによって生じた身の上話をしても、避ける素振りを一切見せず、それどころかより僕に献身的になってくれた。

リアス部長でさえ、一度は僕を見捨てた。だから、この人もどうせ――なんて思わなかった訳ではない。

でも、そんな予想を裏切るように、彼女は僕に付き添ってくれた。

《神器》の制御方法についても、それからの特訓にも、あの人は嫌な顔ひとつせずに取り組んでくれた。

逆に僕が申し訳なくなってしまうぐらい、彼女は僕に尽くしてくれた。

……ここまで来て、ようやく彼女の善意に裏がないことを知った僕は、大概愚か者だと思う。

 

僕は、彼女に恩を返したい。

でも、僕には何も出来ない。他人に依存することでしか自己を確立することが出来なかった弱い僕に、一体何が出来る?

ほら、今だって僕は敵に捕らわれて、ミッテルトさんに助けられて――

 

「――――エ?」

 

いつの間にか、夢は覚めていた。

新たに視界を支配したのは、ミッテルトさんに襲いかからんと迫る一筋の閃光。

理解や納得よりも、本能が告げていた。

このままでは、ミッテルトさんはあの光に貫かれて――死ぬ。

まるでコマ送りのように着々と延びる光をいち早く察知していたのは、僕だけ。

身体はまともに動かない。それどころか、頭の中もぐるぐるしている。

まるで、脳みそを無理矢理かき混ぜられているかのような不快感。

 

ああ――思い出した。

僕と小猫先輩は、突如現れた魔術師集団に囚われ、僕は魔術師達に無理矢理《禁手》にさせられ、その力を利用されていたのだった。

ミッテルトさんが何故動けるのか、とか。ミッテルトさんがあの魔術師集団を倒したのか、とか。

事の顛末を見ていたにも関わらず、その出来事はまるで物語を読むかのように遠くの出来事に感じていた。

こんなに必死になって、精根尽き果てるぐらい頑張ってくれた彼女の所業を、そんな目で見ていた事実が、許せなかった。

 

そう、僕はずっとミッテルトさんにおんぶに抱っこで、何一つ返していない。

失うのか?与えられてばかりで、最後の最後まで自分のせいで彼女に迷惑を掛けて、それで終わりなのか?

――失いたくない。僕の、僕にとっての大切な――好きになってしまった人を。

ならば、望め。結果を弾き出す為の力を。それ以外の全ての時間を止めてでも、彼女を護るという覚悟を。

 

「ヤ――――メロオオオオオオォォオ!!」

 

自分のものとは思えない咆吼が、一帯に響き渡る。

瞬間、僕の中で何かが弾けた。

視界が鮮明になる。歪だった世界が、確かな形を取り戻していた。

ミッテルトさんに迫っていたレーザーは空中に停滞し、彼女の肉体を貫くことはなかった。

何が起こったのか分かっていない魔術師は、そのまま小猫ちゃんの回し蹴りによって昏倒する。

でも、これで終わらせてはいけない。

徹底的にやらないと、また彼女が襲われてしまう。

再び瞳を開眼すると、僕の魔力が魔術師に絡みつき、力を根こそぎ吸収していく。

まだだ、まだ足りない。絞りかすにしてでもコイツらを止めないと――

 

「やめて、ギャスパー!」

 

ミッテルトの声に、暗く沈んでいた意識が引き戻される。

 

「もう、いいわ。これ以上は駄目」

 

「――分かりました」

 

不満がなかった訳ではない。それでも、彼女の意見を無視してまですることでもないと思い、素直に引き下がった。

 

「ありがとう。――それよりも、凄いじゃない。時間停止だけじゃなく、あんなことまで出来るようになったなんて」

 

疲労が残った笑顔で、誉めてくれる。

それだけで、僕の心は晴々としていった。

 

「あっ――」

 

ミッテルトさんの身体がふらつく。

それを僕は慌てて支える。

形振り構っていなかったせいもあるが、思わず抱き留める体勢になってしまう。

 

「あはは――情けないわね、私。この程度でバテるなんて」

 

「そんなことないですよ。凄く格好良かったです」

 

「そう言ってもらえると嬉しい、かな」

 

ミッテルトさんが安堵の息を吐き出すと、蹴破らんばかりの勢いでオカルト研究部のドアが開かれる。

そこには、リアス部長とイッセー先輩がいた。

 

「――リアス、兵藤一誠。遅いわよ」

 

音だけで察知したのか、ミッテルトさんがそう呟く。

そうだ。圧倒的に遅い。

どんな理由があったかは知らないが、そのせいで誰かが死ぬかもしれなかったと思うと、後ろ暗い感情がふつふつと沸き上がってくる。

……お門違いも甚だしい。そもそもの原因は僕が捕らえられたからじゃないか。

そうだ。僕が彼女達を危険な目に遭わせたんだ。僕の、僕のせいで――

 

「……そんな顔するんじゃないわよ」

 

「え?」

 

「大方、自分のせいで私達を危険な目に遭わせたとか考えているんでしょう?」

 

まさに図星だった。

顔に出ていたのだろう。そんな僕の様子を見て、呆れたように微笑む。

 

「そんなもの、結果論に過ぎないわ。それを言うなら、ここに貴方を置いてきた私達にだって責任はあるし、そもそも貴方を利用した敵自体が諸悪の根源なんだから、気に病む必要はどこにもないわ」

 

「で、でも。僕がもっと《神器》を上手く扱えていたら――」

 

「それを言うなら、この襲撃を予知し、対策を講じられなかったトップの方々に一番の問題があるわ。貴方なんかよりもよっぽど強い彼らがどうにも出来なかったのに、貴方一人が強かったからってどうにかなったと?自惚れないで」

 

「お、おい。ミッテルト、それは言い過ぎ――」

 

「黙ってなさい、兵藤一誠」

 

ミッテルトにぴしゃりと諫められ、それ以上口にすることはなかった。

有無を言わせない力強い語気に、隣にいたリアスさえも僅かに反応してしまう。

 

「どんなに貴方の持つ《神器》が強力でも、貴方はまだその扱い方を理解したばかりのひよっこよ。そして、それは私にも言えること。だから、身分不相応の事象にまで責任を持つ必要なんてどこにもないの」

 

「……そうね。今回の件は私の見通しの甘さが招いた結果だわ。だから貴方は何も悪くない」

 

リアス部長が慰めるようにそう答えてくれる。

だけど、その慰めもただ僕の情けない思いを増長させるだけ。

 

「納得してないって顔ね」

 

「そ、それは……」

 

「納得できないなら、強くなりましょう。護られる立場ではなく、誰かを護れるぐらい強く」

 

「あ――」

 

ミッテルトさんの言葉が、僕の中に確かに浸透していく。

過ぎたことを悔やんでも仕方がない。考えるのはこれからの事。そして、この局面をどう乗り切るかどうか。

 

「それにしても、ミッテルト。もしかして貴方一人でこれを?」

 

地に伏した魔術師集団を見て、問いかける。

 

「違うわ。ギャスパーのお陰でもあるわ」

 

「自分がやったことは否定しないのね……。どういうことか、説明してもらえるかしら?」

 

「どうせいつかバレるのは分かってたから話すのは吝かじゃないけど、そのどこか上からの物言い、止めて欲しいわね」

 

「そんなこと言われても、これは素よ」

 

「余計に質が悪いじゃないの。――そんな調子だと、レイに嫌われるかもね。彼、そういうの嫌いそうだし」

 

「なっ――」

 

リアス部長の顔が真っ赤に染まる。

ああ、そういうことなんだ。

 

「まぁ、それはいいわ。それよりも、ギャスパー。今更だけどその目、大丈夫なの?」

 

上級悪魔をからかってあしらったばかりか、何事も無かったかのように話題を変える。

何て言うか、肝っ玉が大きいって言えばいいのかな?普通なら、そんなこと出来ない。

 

「目、ですか?」

 

「ええ。何て言うか、普通じゃないわ」

 

「自分では良く分からないけど、《禁手》の影響かもしれません。おぼろげだけど、魔術師がそんなことを言ってた気がします」

 

「《禁手》って《神器》の性能が強まった状態なんでしょう?負担とか、大丈夫なの?」

 

「それが、不思議と平気なんです。寧ろ、以前よりもすっきりしています」

 

そう、それが今の今まで問いただされないと気付かなかった疑問の理由。

理由はまるで不明だけど、扱えるようになったのならそれは喜ばしいことだ。

 

「ギャスパー。これを受け取ってくれ」

 

ミッテルトさんの一喝で口を閉ざしていたイッセー先輩が、腕輪のようなものをこっちに投げてくる。

 

「これは?」

 

「《神器》の暴走を抑える腕輪らしい。アザゼルからのもらい物だ。制御出来たみたいな風で言ってるけど、一時的な可能性も十分有り得るし、付けておいた方がいい」

 

「そうですね……」

 

イッセー先輩の助言に従い、腕輪を嵌める。

感覚的に大きく差は感じないけど、確かに力が抑えられているのがわかる。

 

「と、とにかく。ギャスパーがこちらの手元に帰ってきた以上、ここにはもう用はないわ。外ではお兄様や零が奮闘しているでしょうし、早々に合流するわよ」

 

立ち直ったリアス部長が、僕達にそう指示する。

その意見に反論する者は、誰もいない。

 

「あ、でも少し待ってくれないかしら」

 

だが、ミッテルトが思い出したかのように手を挙げる。

 

「何かあるのかしら?」

 

「まぁ、ちょっとね。すぐ済ませるから、部屋から出てて」

 

良く分からないと言った風に謎を抱えたまま、部屋から閉め出される。

一分ほど経ち、ドアが開かれる。

 

「わぁ……」

 

思わず、感嘆の息を吐いていた。

ミッテルトさんの格好は、駒王学園の制服から青を基調としたゴスロリに変わっていた。

ゴスロリは基本的に黒色がベターで、そんな常識から逸脱した目が痛くなるほどの青を使用したそれは、何故か異様なまでに彼女とマッチしていた。

僕だけじゃない。部長も、イッセー先輩も、小猫ちゃんも。彼女に魅了されていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「あ、いや――何でもないわ」

 

ミッテルトさんの何事かと言う疑問に対して、取り繕う部長。

イッセー先輩も、どこか嫌らしい目つきでミッテルトさんを見ている。

小猫ちゃんは、見た目変わってないように見えるけど、いつもより目が開いている。

 

「じゃあ、行きましょう。こっちが待たせておいてなんだけど、急がないとね」

 

その言葉によって、思考が戦場へと再度向けられる。

今の僕の力で何が出来るかは分からない。でもミッテルトさんが言ったように、僕が出来ることを精一杯しよう。

それで後悔したなら、後に繋げればいい。

そして、その後に繋げる為にもこの戦い、決して負けるわけにはいかない。

僕達は、校舎の外へ向けて走り出した。

 




Q:ペルソナの紹介ないの?
A:恐らく二度と出ないペルソナの、しかも低レベルの奴の紹介って誰得?

Q:ミッテルトさんまじイケメン。
A:ギャー君が片言で名前を呼んだ時思い浮かべたのは、ニンジャスレイヤーとホウセイマイフレンドだった。

Q:ミッテルトさん頭良いの?
A:かなり良いです。と言うか、理詰めが得意なんです。不確定要素を可能な限り取り除いて、自分の有利になる状況を考えるのが。逆に言えば、作戦に綻びが出た場合、地力が劣るという前提での作戦が大抵なので、破綻しやすいです。つまり、アドリブに弱い。ですが、それは個人プレイや実力が似通ったチームを組んだ場合。普通に理詰めが得意な事に代わりはないので、零と組んだとしても大いに実力を発揮してくれます。

Q:ギャー君普通に制御しちゃったね。
A:愛の力です。イッセーの血なんていらなかったんや!

Q:ギャー君が少し怖い。
A:まぁ、原作知ってる人なら納得出来なくもないしょ?

Q:リアスを焚きつけるようなあの物言い。恋のライバルだって分かってて?
A:ミッテルトの零への感情は、単純ではありません。よって、あの対応も実はそこまでおかしなことではなかったり。


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第二十五話

多分次回で解決までいけると思うんだ。


リアスと一誠がギャスパーを救出しにキャスリングを行ったのと、時間停止の暴走が止まったのは、ほぼ同時だった。

 

「え――え?あれ?」

 

気が付けば皆の立ち位置が変化していたことと、外の騒がしさも相まってアーシアと朱乃は混乱を来す。

唯一直ぐさま状況を理解した支取だけは、窓の外を見て現状の把握に努めた。

 

「ソーナちゃん、よかったぁ~!!」

 

しかし、そんな真剣な立ち回りも、姉であるセラフォルーの背中からの抱擁によってどうにも締まらないものとなっていたが。

 

「おいおい、流石に早すぎるだろ」

 

「間違いなくリアス達の仕業ではないだろうね。と言うことは――」

 

サーゼクスは零の姿を横目に捉える。

彼が何かした訳ではない。だが、彼は全てを把握していた。

この会談に襲撃者が来ることを。ギャスパー達が無事であるということ。

偶然かも知れない。だが、彼はその事実を敢えて口に出し、明確に証拠としてその偶然を必然の証とした。

口にしたことが、まるで図ったかのように次々と現実となっていくその流れは、まるで全てが彼の掌の上によるものでは?と疑ってしまうのも無理はないほどのインパクトを、零以外の者達に植え付けさせていた。

 

「――まぁ、今はそこを詮索する時ではないか。それよりも、反撃の準備は整った。今度はこちらの――」

 

サーゼクスが仕切り直しの音頭を取ろうとした時、窓から閃光が走る。

瞬間、周囲一帯が爆発に包まれた。

 

「――やれやれ、予想外に早く手札が暴かれたことで、強攻策に出てきたと言ったところでしょうか」

 

爆発の中心で、嘆息するミカエル。

サーゼクス、セラフォルー、ミカエル、アザゼルの四人が咄嗟に障壁を展開することで、皆は無傷で爆発から逃れていた。

 

「あらあら、三大勢力のトップが踏み揃いでこのザマとはね」

 

そんな状況下で、優雅に現れた一人の女性。

 

「カテレア・レヴィアタン――か」

 

サーゼクスがその女性の名を口にする。

カテレア・レヴィアタン。旧レヴィアタンの末裔であり、戦争を望む一派であったが故に迫害された者の一人。

 

「カテレアちゃん、どうしてこんな――」

 

「そんなの、決まっているじゃない。貴方達のような、神が存在しないならば安定をだなんて生ぬるい考えを通そうとしている輩を潰して、変革の時代とするのよ。そして貴方を殺し、私が魔王レヴィアタンを名乗る!」

 

「クーデターかよ、くだらねぇ」

 

「世界そのものを望みますか。随分と大きく出ましたね」

 

「神の死を秘匿し、嘘で塗り固めたこの世界の理など、何の価値もない。だからこそ、そんな腐った世界を作り替えなければならないのよ!」

 

「クク――自分に酔うのは結構だが、そういう台詞を言うのは三下の役回りだぜ?」

 

「黙れ!堕天使風情が!」

 

「風情、なんて見下してる時点で器が知れるな。カテレアよ」

 

「……サーゼクス・ルシファー。貴方は魔王に相応しくない。悪魔ならば、望むは混沌であるべきなのよ」

 

「凝り固まった考えは、視野を狭めるだけで何の得もない。貴方の考えは、ただの我が儘を通そうとしているだけだ」

 

「――ほざきなさい!」

 

カテレアの魔力が、再び襲いかかる。

それを制したのは、アザゼルだった。

 

「甘ぇよ」

 

アザゼルの放つ魔力と相殺し、霧散する。

カテレアの悔しそうな表情に対し、アザゼルには一切の焦りは見られない。

 

「くっ、腐っても堕天使の総督ってことかしら。だけど、これならどうかしら?」

 

カテレアの腕から、漆黒のおぞましい何かがひり出される。

濃縮された力の塊が、カテレアの意思の下アザゼルへと牙を剥いた。

 

「尋常じゃねぇ力だな。たかだか魔王の末裔如きが持ってるようなもんじゃねぇ。バックに何かいやがるな?」

 

カテレアは仕留めたと確信していたアザゼルの声が背後から聞こえた事実に、驚きを隠せないでいた。

それ程の自信があった。アザゼルが言うように、この自らのものではない力に対し、絶対的な自信を。

 

「答える義理も、意味もありません。――貴方はここで、滅ぶのですから!」

 

瞬間、互いの拳が交わり合い、その中心から爆発が起こった。

堕天使総督アザゼルと旧魔王の末裔カテレア・レヴィアタンの戦いは、まともに割って入ることは不可能なほど熾烈だった。

 

「流石はアザゼル、というべきか」

 

そんな激戦の合間を縫うように、静かに浸透する零の言葉。

サーゼクス、グレイフィア、セラフォルーの協力によって堅牢な城と化した結界内とはいえ、一歩外に出れば瞬く間に命を落とす光景が広がっているにも関わらず、いつも通りの調子でそれを見届けている。

 

「カテレアは彼に任せるとして、私達は魔術師の群れをどうにかしないといけないな。このままでは多勢に無勢だ」

 

「ならば、僕達にその役目を」

 

立候補したのは、木場、イリナ、ゼノヴィアだった。

 

「私と会長達は援護に徹するのが良いでしょう。アーシアさんは万が一の時に備えて貰います。零君はどうしますか?」

 

「私も後衛に徹させてもらおう」

 

朱乃の問いかけに、そう端的に返す。

 

「護りに関しては君の助力がなくとも問題はないと思うが――君がそう判断するのであれば、何か思惑があるのだろう」

 

「買いかぶられても困る、が――せいぜい期待に応えられるよう努力しよう」

 

謙虚な発言と共に、零の手にはアルカナタロットが顕現する。

その絵柄は、正義の司っていた。

 

「ゼノヴィア。君との絆、使わせてもらうぞ」

 

宣言と共に、タロットは握り潰された。

 

「ペルソナ、ソロネ!」

 

零の背後に顕現したのは、炎を纏った車輪の中で笑みを浮かべたヒトガタだった。

 

「それが、ペルソナ……。直接目に掛かったのは初めてですが、何ともこれは……。それにソロネという名――確かラファエルの部下に、そのような者がいましたね」

 

「やはり、姿はまるで異なるかな?」

 

「ええ。まるで似通っていません。そもそも、天使としての要素があれにはまるで無いように見えます。果たして、同一の存在と定義してもよろしいのか」

 

「同一であるものか。ペルソナの形は、人々の集合無意識によって構築されている。そしてその材料となるのは、史実における姿見や偉業、司る性質だ。イメージだけでいえば、こちらの方がより近い筈だ」

 

ミカエルの疑問に、零がすかさず答える。

 

「確かに、文献によるソロネは燃え盛る車輪として描写されていますが、まさか本当に……?」

 

零の言葉に信じられないと思う反面、現実として彼が召喚したソロネの姿は、まさしくその文献とおおよそ違いのないものである以上、否定する材料が見当たらないこともまた事実。

つまり、現時点では彼の言葉に偽りがないことを信じるしかないのである。

そして、謎が謎を呼ぶ零の持つ《神器》の秘密。

アザゼルがこの場にいたならば、間違いなくこんな状況であるにも関わらず零にひたすら言及していたことだろう。

 

「これが、私の絆の形か……。もう少し見た目はどうにかならなかったのか?」

 

「無理だな」

 

ゼノヴィアの尤もな感想に、零は淡泊にそう返す。

実際彼の言うことが事実ならば、どうしようもないのだから、そう返すしか出来ない。

 

「だが、性能は折り紙付きだ。――見ていろ」

 

ソロネが結界の中から躍り出ると、見計らったように魔術師達の猛攻が始まる。

だが、ソロネは悉くを回避し、その車輪で魔術師達を轢いていく。

単純だが、高速で回転する歯車に巻き込まれれば、余程のことでない限りダメージを喰らうのが普通だ。

対象が仮に悪魔であれど、例外ではない。

障壁で防げばいざ知らず、生身で喰らえば同じこと。

ましてやただの回転ではなく、《神器》の力によって創造された存在がもたらす回転だ。

その苦痛たるや、想像を絶するものであろうことは確実であった。

 

「単純だけど、それ故に強力ね。改めてみると、本当に凄い……」

 

溜息を吐くように、支取はソロネの、否、零の力を評価する。

彼女がペルソナを見たのは、コカビエルとの戦いの時である。

結界の維持という重要任務を任されてはいたが、中で戦う者達に比べて余裕があったのは語るまでもない。

だからこそ、初見ではあったが、その熾烈さを余すところなく理解しているつもりだった。

だが、それでも。その程度では彼の異常さを推し量り終えたとは言い難い。

その意味を、こうして今思い知らされた。

 

「これは、僕らもうかうかしてられないね」

 

「そうね……。あれ以上の成果を出せる自信はないけど、ね」

 

「私は出来るぞ」

 

木場、イリナ、ゼノヴィアの三者三様の掛け合いが行われる。

手には各々の獲物が握られており、戦意十分といった様子。

 

「「「うおおおおおおおおお!!」」」

 

三人は叫ぶことによって自らを鼓舞し、魔術師へと襲いかかった。

それと替わるように、ソロネの姿が消えて無くなる。

 

「戦わないのかい?」

 

「性能を確かめる為に使っただけだ。先程言ったが、あくまで私はこの場では援護に徹すると決めたのだから、それを反故にするつもりはない」

 

頑なに積極的に戦闘に参加しない姿勢を貫く零に、サーゼクスは疑問を抱く。

だが、すぐに思い至った。

彼は、今に限った話ではなく、会談に参加する時点から積極性を出していなかった。

妹から彼が仲間の危機に対して、必ずと言って良いほど介入してきたことは聞いている。

そんな彼が、コカビエルの時以上の危機に対して関心を示さないのは、不自然極まりないことである。

しかし、それもこれも、この会談に最初から不干渉でいる決意の表れであり、その理由が会談そのものにあったとしたらどうだろうか。

 

有斗零は人間だ。強さを抜きにしても、その事実は変わらない。

そして、この会談は悪魔、天使、堕天使の三勢力が和平を結ぶというものであり、字面だけ捉えれば、人間である彼には関係のないものだ。

どんなに妹達の助けをしてくれていたとはいえ、それが会談に参加する権利に結びつくなんてことはまず有り得ない。

言ってしまえば、彼がこの場にいるのは私達の身勝手によるものであり、被害者なのだ。

彼の無言の抗議が、かような選択をさせているのだとしても、納得出来なくはない。

 

或いは、もしかしたら彼は、魔王である私にさえ見えていない何かを、この会談の果てに見出していたのかもしれない。

人間である自身が会談に参加することで、左右される何かに対して警戒しているのかもしれない。

それが何なのかは分からない。分かっていればこんな悩みを抱く必要はどこにもない。

聞く者が聞けば鼻で笑われかねん思考の帰結だ。たかが人間、何を気に掛ける必要がある、と。

しかし、彼はその人間のカテゴリの枠外にいる、規格外の存在だ。

あまりにも謎の多い《神器》を手足のように使いこなすその知識と柔軟な思考。

人間の典型的な自己保身などとは無縁の、その逆である他者を優先する、聖人の如し情愛の深さ。

種族の垣根をまるで気にした様子もなく接し、一方の種族を見下すことも怯えることもしない。

そのどれもが、典型的弱者のレッテルを背負う人間にあるまじき強さであり、並大抵の悪魔では持ち得ないものである。

果たして、それをただの人間と定義して良いものか?

否、それを否定するように、彼はこの会談に参加させられている。

あの場に臨むということは、決してお遊びなんかではなく、世界の命運さえも左右しかねない決定をする為の生き証人として立ち会うという意味もあるのだ。

そんな場にただの人間がいることを、許可なんて出来るわけがない。

逆に言えば、彼がここにいるということはつまり、あの場にいた誰もが彼を普通の人間として扱っていないという何よりの証拠でもあるのだ。

 

「レイ!」

 

サーゼクスが考察の海に沈んでいる間に、ミッテルト達が魔術師達を蹴散らしながら、結界内に入り込む。

 

「無事だったのね、みんな」

 

「一応、な」

 

リアスの安堵の言葉に、零は短く返す。

そのあまりの変わらない様子に、むしろ落ち着いてしまう。

どこまでも自然体な彼に倣うという意味でも、負けていられないという意味でも。

 

「レイ、やっぱり貴方の不安は的中したわね」

 

「良くないことほど現実になるとは、皮肉なものだよ」

 

サーゼクスの耳に、二人の会話が届く。

やはり、彼は気付いていたのかもしれない。

あくまで予想の範疇という雰囲気を出してはいるが、果たしてそれが真実かどうか。

 

「起こってしまったのならば仕方ない。――それよりも、アザゼルの方はそろそろ終わりそうだぞ」

 

零の向ける視線を追っていくと、黄金の龍の姿の何かとカテレアが相対していた。

 

「あれは、アザゼルなの?」

 

「原理は知らんが、どうやらそうらしい」

 

「あれはアザゼルの《人工神器》って奴かな?噂話程度にしか知らなかったけど、まさか本当にそんなもの作っちゃったなんてねぇ」

 

セラフォルーが関心したように呟く。

 

「……やれやれ、人工で作れるのならば、私が人間として生まれた意味がないな」

 

零の呟きは、戦場の怒号によってかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

ただ一人、彼の最も傍にいた少女、ミッテルトを除いて。

 

「え、それって――」

 

意味深な零の発言に反射的に疑問を投げかけようとした刹那、アザゼル達がいた場所から醜い悲鳴が響き渡る。

そこにいる片腕を失ったアザゼルと、消滅する間際のカテレアの残滓が全てを物語っていた。

 

「アイツ、片腕を平然と犠牲にしやがった……!!」

 

一誠の戦慄が、皆に伝染する。

覚悟の差。勝利に至るための布石として、自らの身体さえも捧げることを辞さないその在り方が、明確な覚悟の差を示していた。

同時に、カテレア・レヴィアタンの実力は、そうせざるを得ないほどであったという裏付けにもなっていた。

そんな敵が、戦争を望んでいる。彼女はその一端に過ぎないことぐらい、誰の目にも明らかだった。

 

木場達の活躍によって魔術師達の数も減り、誰かが安堵の息を漏らした時、とある一角から絨毯爆撃の如し破壊の力が降り注いだ。

爆発はアザゼルに直撃。維持していた結界も、あらかた制圧し終えた事実も相まって気が緩んでいたのか、容易く砕けてしまった。

 

「やれやれ……嫌なことほど現実になるもんだな。なぁ――ヴァーリ」

 

アザゼルの視線の先には、悠然と三勢力を見下ろすヴァーリがいた。

 

「ヴァーリ……テメェ、裏切ったのか!」

 

「裏切る?違うね。俺が何を望んでいるのか、否、ドラゴンとはかくあるべきかとは、君自身知らない訳があるまい」

 

「――戦いを本能で望む、ドラゴン。そんな野郎が、和平なんてぬるま湯に浸かるなんざ有り得ないってか?」

 

「そういうこと」

 

裏切りに対し欠片の後ろめたさも滲ませることなく、アザゼルの言葉に同意する。

 

「そういやぁヴァーリよぉ」

 

「何だ?」

 

「シェムハザが危険分子の集団の存在を察知していてな。禍の団(カオス・ブリゲード)だっけか?お前さんもその一員なんだろう?」

 

「禍の団……」

 

サーゼクスが噛み締めるように、小さく呟く。

魔王である彼さえも把握していなかった情報を、アザゼルは知っていた。

シェムハザという堕天使副総督が優秀であるという事実を差し引いても、その情報網たるや、こちらの及ぶべくもない。

 

「隠し立てする意味も義理もないから正直に言うが、その通りだよ」

 

そして、ヴァーリはそんなアザゼルの問いをあっさりと肯定する。

 

「そんなまともじゃねぇ奴らを束ねるなんざ、トップが相応の実力者じゃなきゃどだい不可能だ。そして、調べがついている限りでは、そのトップとやらの名前は――オーフィス」

 

「オーフィス……最強の龍、無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)

 

その名を知る皆の表情が驚愕に染まる。

 

「勘違いしないように言っておくが、俺もオーフィスも世界を盗ることに興味なんかない。俺は闘争を望み、オーフィスはただのお飾りだ。勝手にアイツを利用しようと画策する奴らが集まっているに過ぎない」

 

「そんなこったろうとは思ったよ。ま、カテレアと同じく世界から否定された者同士、仲良くつるんでたって可能性もなきにしもあらずだったけどよ」

 

「世界から否定された――?どういうことなのですか?」

 

ミカエルの疑問に答えたのは、疑問の根源であるヴァーリその者であった。

 

「俺の名は、ヴァーリ・ルシファー。先代魔王と人間の間に生まれたハーフだよ」

 

「ルシファー、ですって?それに人間とのハーフ……だから白龍皇を宿すことが出来たのね」

 

「その通りだよ、セラフォルー・レヴィアタン」

 

「魔王の血に、白き龍を宿した身体……。アイツは間違いなく、空前絶後の最強の白龍皇となるだろうな」

 

「最強……」

 

アザゼルの言葉に、一誠はたまらず息を呑む。

 

「兵藤一誠。世界は残酷だよな」

 

「――何?」

 

「俺は魔王の血を引きながら、ドラゴンの力を得た最強の存在。対して君は人間からの転生悪魔。しかも平凡極まりない高校生ときた。二天龍を宿す者として、この地盤の違いはあまりにも決定的だ」

 

ヴァーリは一誠を見下すように嗤い、続ける。

 

「そして、有斗零。彼は人間にも関わらず、赤龍帝の君なんかよりもよっぽど強い。同じ人間でありながらも、こうも違う。哀れで、惨めだよ」

 

「……んだとぉ!!」

 

「落ち着いて、イッセー!」

 

リアスの必死の静止も、一誠には届かない。

その現実を誰よりも近くで実感し、噛み締めているのは、他でもない自分自身なのだから。

それを原因の一人に指摘されようものならば、怒りを抱くのも当たり前のこと。

 

「はっきり言って、俺の関心は君ではなく彼に比重が傾いている。だから、言わせてもらおう。君は踏み台になるんだ。彼との戦いの前の前菜、準備運動の役目を担わせてあげよう。とはいえ、本気の君じゃなければそれさえも望むべくもない。故に、だ」

 

「君の大事な存在を一人ずつ殺していけば、その気になってくれるだろうと思ったんだが、どうかな?」

 

あまりにも軽い調子で。

今日の献立を考えるような、何気ない仕草で。

何の躊躇いもなく、そう宣言した。

 

「ああ、それは君も例外じゃないよ、有斗零。そこの堕天使は君のお気に入りのようじゃないか。どうにも消極的な君をその気にさせるのなら、それも一興――」

 

「――――まれ、よ」

 

地獄から響くような低い音が、世界に響く。

 

「黙れよ、ヴァーリ・ルシファー!!テメェにそんなことを決める権利なんざ、これっぽっちもねぇ!!」

 

怒りに満ちた叫びと共に、アザゼルから譲り受けた腕輪と《赤龍帝の篭手》が輝き出す。

それを起点とし、紅の鎧が一誠の身体を包んでいく。

ヴァーリ・ルシファーのものと遜色ない造形のそれは、まさしく彼が《禁手》に至った何よりの証拠だった。

 

「テメェなんざに、部長やアーシア達は殺させねぇ。絶対にだ!!」

 

宣言と共に、ヴァーリと同じ高さまで飛び立つ。

 

「《神器》、そしてドラゴンは想いの力を糧とする、か。俺にはないものだな」

 

一誠が《禁手》に至った事実を軽く受け止め、楽しそうにそう呟く。

 

「そんなもの、知るかぁぁぁぁああああ!!」

 

ミカエルから譲り受けたアスカロンを顕現させ、ヴァーリへと迫る。

ドラゴンスレイヤーの特性を内包するそれで斬られれば、さしものヴァーリでも軽傷では済まない。

だが、そんな状況さえも彼は愉しんでいる。

強者としての余裕。そして、戦いを愉しむ本能がそうさせるのだ。

 

「らあっ!」

 

一誠の放つ一閃を軽く回避し、関心するように呟く。

 

「成る程、流石に《禁手》の性能は凄まじいな。だが、それでは届かない」

 

「あがっ――」

 

一瞬で懐に飛び込んだかと思うと、ボディブローを叩き込まれる。

ただの一撃。されど一撃。

その一撃が、白龍皇にとっては致命的な隙であり、勝敗を分かつ。

 

「そうだった……アイツの、白き龍の力は、半減と吸収――!!」

 

力の抜けた身体を振るわせ、膝で立ち上がる。

倍化と譲渡の対極に位置するその力は、まさに逆鏡映し。

 

「やはり、足りないな。このままトドメを刺すのは容易いが、それではつまらない。――と言うわけで、付き合ってもらうぞ?有斗零」

 

一誠から視線を外し、零へと興味を移す。

 

「待て、俺はまだやれるぞ。無視すんじゃねぇ!」

 

「落ち着け、兵藤」

 

今にも食ってかからんとした一誠を制したのは、零だった。

 

「君が強いことは知っている。だが、そんな不安定な精神状態で奴に勝てると思っているのか?」

 

「――そ、れは」

 

「彼が私との戦いを望むというのなら、せめて君の回復の時間ぐらいは稼ぐつもりでやってやるさ」

 

その時間稼ぎという言葉は、果たしてどちらなのか。

勝てる見込みがないからなのか、時間稼ぎと言う名の遊びに興じるという意味なのか。

不確定要素である彼の言葉は、全てにおいて謎が付きまとう。

だが、同時に。あの白龍皇と戦うというのに、傍観者に不思議と不安や危機感はなかった。

 

「目には目を。龍には龍を、と言ったところか」

 

ミッテルト達と距離を取るようにその場を離れた零。

その愚行とも思える行動を、止める者はいない。

適当な距離に辿り着き、改めてヴァーリに向き合う。

零の正面に浮く五つのアルカナタロットが、星形を象るように起点を描く。

 

「――スタースプレッド、ペルソナ!」

 

瞬間、内なる力が解放された。

暴風が零の中心から巻き起こる。

その波動たるや、先程の一誠放つそれの比ではない。

力を我が者とし、制御出来ているからこその差。

一誠はその姿に歯噛みすると同時に、例えようのない信頼感を抱いていた。

 

顕現されたのは、翼の生えた黒の大蛇だった。

今まで召喚されてきたペルソナとは一線を画した巨大さも相まって、異質さがより際立つ。

 

それが放つ気は、まさに邪悪そのもの。

存在してるだけで周囲を腐界に変質させてしまいそうな力。

 

「なんて、禍々しい――」

 

「それに、あんな龍見たことも聞いたこともない……」

 

リアスと支取は、零から出でた者とは思えない龍に、驚きを隠せないでいた。

だが、ただ一人。ヴァーリだけが笑みを絶やすことなくその龍を見つめていた。

 

「未知の龍、か――。ソイツに名はあるのか?」

 

「ホヤウカムイ」

 

「ホヤウカムイ、ね。その力、試させてもらうぞ」

 

ホヤウカムイに向けて、ヴァーリは肉薄する。

それに迎撃せんと、ホヤウカムイは大地を震撼させるほどの咆吼を響かせる。

 

「そらっ!」

 

ヴァーリの拳と、ホヤウカムイの尻尾がぶつかり合う。

力は拮抗することなく、ヴァーリだけを後方に吹き飛ばした。

 

「アイツに、打ち克った――!?」

 

「くく、そうでなければ面白くない!」

 

一誠の驚愕、ヴァーリの狂喜。

 

「しかし、やはり半減出来ないのは気のせいではなかったか。忌々しいと思うべきか、強者の登場に喜ぶべきか」

 

ヴァーリは怯んだ様子もなく、ホヤウカムイに突貫を続ける。

機動力はヴァーリに軍配が上がるが、全身が武器と言っても差し支えないホヤウカムイにとって、それは絶対的優位に至らせる要素とはなり得ない。

尻尾による殴打、突進。そのどれもが圧倒的質量から繰り出されることもあり、半減・吸収が出来ず、かつ地力が劣るということも相まって、ヴァーリはジリ貧に追い込まれていた。

 

「ホヤウカムイ、ブレイブザッパー」

 

零の命令に従い、オーラを纏った尻尾でヴァーリの身体を思い切り打ち上げた。

 

「ごっ――が」

 

先程の比ではない威力に、肺の空気がひとつ残らず搾り取られる。

《禁手》で纏った鎧など、初めから存在しないかのようにヴァーリの身体を痛めつける。

 

「バスタアタック」

 

ヴァーリが上に吹き飛ぶ速度よりも早く、ホヤウカムイがそれを追い越す。

そして未だ速度の緩まないヴァーリの身体を、その全体重を持って叩き落とした。

爆音、そして砂煙が舞う。

晴れた先には、巨大なクレーターと共に沈むヴァーリの満身創痍な姿があった。

 

「……とんでもねぇな。あれが奴の《神器》」

 

「見たのは初めてだけど、すっごいなぁ~」

 

アザゼルは興味深げに、セラフォルーは楽しそうにホヤウムカイを眺める。

 

「ふ――――はははは!!」

 

そんな時、地面に突っ伏しながら狂ったように笑い出すヴァーリ。

 

「良い、実に良い!今の赤龍帝を相手取るよりも、よっぽど良い!」

 

「アイツ、あれだけダメージを受けて、まだ――」

 

一誠にとって、この戦いが自身のレベルと桁違いなものだと思い知らされる現実が、二人のやり取りで思い知らされる。

 

「このまま戦うのも良いが、このままやられるのだけは御免だ。――だから、多少卑怯な手段に出させてもらおうか」

 

宣言と共に、ヴァーリは爆発的な速度で迫る。

その対象は――ミッテルトと、その付近の者達。

 

「――――え?」

 

魔王達の傍にいるとはいえ、戦闘を愉しむことを第一とするヴァーリが、まさか敵の弱い部分を突くという作戦に出るとは誰も予想しておらず、虚を突かれた。

誰もがヴァーリの動きに対し、ワンテンポ遅れて対応する中、それを制したのは、零の操るペルソナ、ホヤウカムイだった。

身体全体でヴァーリの前に立ち塞がると、そのままタックルで押し返す。

 

しかし、それは間違いだった。

ヴァーリはあろうことか、その勢いで今度は零へと肉薄した。

 

「如何に《神器》が強力でも、肉体は人間。そこを突かせてもらう!」

 

零自身もその動きは予想外だったのか、ホヤウカムイの操作が緩慢になる。

これが、ヴァーリの作戦。

あたかも相手を別に切り替えたように見せかけて、本当の目的はペルソナと零の距離を離すことだったのだ。

最早、彼を護る盾はどこにもない。白龍皇の速度に迫れたのはペルソナだけであり、零自身にその力はない。

運命は、決まったようなものだった。

 

「レイ、逃げて!!」

 

ミッテルトの悲痛な叫びは、届かない。

祈りも虚しく、ヴァーリの拳は零の身体を吹き飛ばした。

 




ソロネ

アルカナ:正義

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
      吸   無弱

スキル:アギダイン、ハマオン、マハンマオン、暴れまくり、マインドスライス



天使のヒエラルキーにおいて、第三位に数えられる上級天使の総称。
物質の体をもつ天使としては最上級にあたり、主に燃え盛る車輪の姿で描かれる。
今回スキル使った描写はなかったけど、暴れまくってます。
ゼノヴィアの立場的に、いきなり階級高いペルソナにしちゃうとあれだったので採用。



ホヤウカムイ

アルカナ:死神

耐性:斬打貫火氷雷風光闇
   耐耐耐   反 無

スキル:バスタアタック、ブレイブザッパー、ベノンザッパー、マハムドオン、ポイズンミスト



蛇の神を意味する、アイヌの蛇神。
強い悪臭を放つ、湖の主であるとも言われている。
ホヤウカムイの住む湖は異常な悪臭に包まれており、下手に近づけば皮膚が腫れたり、毛が抜け落ちてしまうほどである。

能力としては、物理寄りの万能型。
マスターテリオンが機動力に優れていたのに対し、こちらは防御力に重きをおいている。
それでも決して鈍重ではなく、身体が大きい分相対的に回避行動が取りづらくなっているというだけである。
その身体の大きさを利用した制圧力と攻撃力は、圧巻の一言に尽きる。

ペルソナとしては登場しておらず、メガテンシリーズにおいても存在はマイナー。
作者がやばすぎず、それでいてヴァーリに対抗出来そうなドラゴンタイプ(見栄えもそれなりがいい)は何かなって探してたら、見つかった。
ホヤウカムイの出てるシリーズは多分一個もやったことない。ソウルハッカーズやろうかなぁ……。




Q:あの結界って時間停止を受けない為の結界ってだけじゃなかったっけ。
A:ぶっちゃけ詳しくは知らないから、物理的にも耐性があるもんだと勝手に解釈した。魔王クラスが防御に回ってるんだから余裕だろ(無責任

Q:カテレアェ……
A:作者の好みでない敵は、知らない内に死んでてもおかしくないよ!

Q:ソロネの扱いが何気に酷い。
A:コミュMAXから本気出す。

Q:イッセーの扱いも酷い。
A:今回の騒動の〆で重要な役割があるので、勘弁してくりゃれ。

Q:零、死んだ?
A:でえじょうぶだ、死んでもドラグ・ソボールがある!


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第二十六話

時間の大切さを思い知った、そんな春。


その瞬間が訪れるまでの時間の流れは、果たして永遠か須臾か。

まるで自分自身が死の間際にいるのでは?と錯覚するほどに、体感する時の流れに惑わされる。

意識をひとつ切り替えるだけで、永遠に等しき一は、零となる。

 

「あ――――、」

 

気が付けば。

夢は覚め、現実に引き戻され。

その現実はとても残酷で、救いがなくて。

 

「いや――いやっ」

 

糸が切れたように遙か彼方まで吹き飛ばされた有斗零の姿が、紛れもなくそこにはあって。

それを認められなくて。信じたくなくて。

しかし、どんなに目を背けても、現実は変わらなくて。

だから、見据えなければならない。そうしなければ、いつまで経っても何も変わらない。

どんなに停止を望んでも、歯車は軋みながら回る。

世界は、自分の都合の良いようには回ってくれないのだから。

 

「些かやり過ぎたか……。あの龍と同じ尺度でつい測ってしまった」

 

「お――――前えええええええ!!」

 

ミッテルトは叫んだ。

自らの及んだ行為の意味に何の感慨も浮かべず、ただ壊れた玩具を勿体なさげに眺めるヴァーリのその尊大な在り方に、例えようのない怒りを抱いた。

 

「落ち着け、ミッテルト」

 

「アザゼル様、離して下さい!アイツは、アイツだけはぁ!!」

 

怒り心頭の私を、残った片腕で押さえつけるアザゼル様。

普段ならば一歩引き下がるような状態さえ、今の私には煩わしくてたまらない。

可能ならば、その残った腕も切り落としてやろうかとさえ思う程に、私は我を失っていた。

 

「――アイツは生きてる」

 

「――――え?」

 

たった一言。

されど、その一言が、狂気に身を染める一歩手前の彼女を、正気に至らせる。

 

「かなりヤバイ状態であることは確かだが、死んじゃいねぇ。僅かにだが、確かに鼓動がある」

 

倒れた零の姿を再度観察する。

アザゼルの言葉通り、零の胸元は上下しており、呼吸をしていた。

それは、確かな生存の証明だった。

 

「アーシアを連れて、行ってやりな。アイツは俺達がどうにかする」

 

「は――はい!」

 

「行きましょう、ミッテルトさん!」

 

ミッテルトはアーシアと手を取り合い、零の下へと一目散に向かう。

一分一秒でも早く、辿り着かなければ。そんな思いに駆られ、アーシアの都合も考えず、一心不乱に走る。

そして、距離半ばと言ったところで、異変は起こった。

 

「な――――これ、は、どういう、ことだ。力が、放出しきれ、な――」

 

突如、依然として調子を崩さなかったヴァーリ・ルシファーが、もがき苦しみ出した。

自らを抱き締めるような体勢を取ったかと思うと、白銀の鎧が跡形もなく砕け散った。

そのあまりにも異質な光景に、足を止めてしまう。

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「分からないわ。だけど、あのヴァーリがあそこまで苦しむだなんて、ただごとではないのは確かね」

 

そんな兵藤一誠とリアスのやり取りに呼応するように、次なる異変が起こった。

 

微動だにしなかった零が、操り人形が如く胎動する。

零の肉体を中心に、魔法陣が展開される。

しかし、それはいつもの召喚陣ではなかった。

見る者をすべからく惹きつけるような光は、禍々しい漆黒に染まっており、そこから放たれる力もまた、邪悪だった。

ホヤウカムイとなど、比べるだけでも烏滸がましい。

地獄の底から溢れ出る瘴気、と比喩しても相違ないであろうものが、零から溢れ出ていた。

 

「なに、これ――――」

 

口にせずにはいられなかった。

立て続けに起こる未知の出来事を前に、思考が追い付かない。

そして、そんな私達に追い打ちを掛けるように、それは這い上がってきた。

 

ずるり、という音が脳髄に響く。

陣の中からまるで這い出るかのように、漆黒の腕が伸びる。

虚空を手探りするその姿は、まるで空気を求める魚のようであり、太陽を引き摺り降ろそうとする夜の使者のようでもある。

 

「あ、あ――」

 

呼吸が漏れる。

心臓が爆発するように鼓動を止めない。

おぞましい、なんて表現など生温い。

絶対悪。森羅万象を蹂躙して尚、満足することのない。究極の破壊者。

それが今、この大地に降臨した。

 

「――おいおい、なんだよ。あのバケモン」

 

アザゼルの余裕が、初めて崩れる。

堕天使の総督を持ってしても、化け物と形容されるそれは、まさに異形。

全てを呑み込む漆黒の鎧と表情の違う仮面を頭部に四つ、そして胴・背中・両腕・両脚に魚・亀・猪・といった一貫性の無い動物の仮面を身に付けた、歪な存在。

 

「アレも、零のペルソナなの……?」

 

信じられなかったが、そう思わざるを得ない条件が揃いすぎていた。

今までのペルソナとは一線を画した、まるでアレ自体が意思を持っているような――そんな錯覚。

 

ペルソナが、掌を掲げる。

あまりにも生物じみた、ゆったりとした挙動。

それは、断頭台を降ろす処刑人のようで――

 

「――何、あの力」

 

誰が呟いたのか分からないその言葉は、この場にいる全員の疑問と一致していた。

ペルソナの掌に集束していく、形容しがたい程の力。

大地が揺れ、空が悲鳴を上げ、私達は立っているのもやっとな力の波の前に竦むしか出来ない。

 

「アレは――マズイ」

 

サーゼクスが冷や汗を流す。

 

「マズイって、お兄様がそう思うぐらいやっぱりアレは危険なの?」

 

不安そうな声のリアスに、サーゼクスは無慈悲な追い込みを掛ける。

 

「あの力が何なのかは分からない。だけど、今集まっているだけの力でも、この街全体を灰にするぐらい容易いだろうね」

 

「灰って、そんな――どうにかならないの?」

 

「……難しいね。現段階でのあの力に対抗する力をぶつけることは簡単だけど、それでもこの街の被害はとんでもないことになるだろうね。灰か瓦礫か、消滅か最大限の被害か、その程度の違いしかないよ」

 

「そんな……」

 

リアスから視線を逸らすサーゼクス。

絶望に染まった妹を見ていられなかったからだ。

曲がりなりにも魔王の名を襲名した者が、事実上の打つ手無しと宣言したようなものなのだ。絶望しないほうがおかしい。

ミカエルもアザゼルも、節々から漏れる態度から、同じ答えに至ったことは明白だった。

そして、今もなお異形と化したペルソナは力を集めている。

更には、都合が悪いことに転移に制限が掛けられた結界内での出来事ということもあり、逃げることさえままならない。

最早これまで――そう誰もが思ったとき、一人だけ諦めない者の声が響いた。

 

「兵藤一誠!レイに《赤龍帝からの贈り物》を使いなさい!」

 

声の主は、ミッテルトだった。

 

「な、何言ってるんだ!そんなことしたら、余計に――」

 

「いいからやれ!どのみちこのままじゃ同じよ!だから、信じて!」

 

必死に説得をするミッテルトの瞳の中に、諦めの色はない。

むしろ、何か手はあると言わんばかりに、それは力強く見開かれていた。

 

「――やりなさい、イッセー」

 

それでもなお躊躇いを見せる一誠の背中を押したのは、リアスだった。

 

「部長……」

 

「どのみち、このままじゃアレは止まらないわ。この街を捨てるなんて選択は、私には出来ない。それはお兄様も然りでしょう。なら、無謀とも狂言とも思える言葉に縋って希望を見出すぐらいしか、私達にはやれることがないわ」

 

「……分かりました。行くぞ、ドライグ!!」

 

篭手に込められた相棒の名を呼び、一誠はブーストを開始する。

いつ爆発するかも定かではない爆弾を前に、皆に緊張が走る。

 

「どれぐらい溜めれば良いんだ!?」

 

「出来るだけ沢山よ!」

 

「無茶言うぜ、本当にさぁ!!」

 

だが、無茶だろうが何だろうが、誘いに乗ったからには全力で応えるだけ。

二倍、四倍、八倍――十秒ごとに倍化するそれは、本来ならば圧倒的に優れた性能である筈なのに、現状ではそれでも遅く感じる。

チキンレース同然の――しかも賭けるは想像を絶する数のヒトの命ともなれば、その緊張感たるや、尋常ではない。

 

「もっと、もっと速くならねぇのか!?」

 

誰にでもなく投げかけた悲痛な願望は、届かない。

こんな時、自分の弱さが嫌になる。

倍化の力も、地盤が脆弱では効果も薄い。

何か、今だけでもいいから、潜在能力を底上げするような何かがあれば――そんな都合の良い力を求めたその時、視界の端に何かが映る。

それは、紫色に輝く宝玉だった。

 

「あれは――よしっ!」

 

見切り発車が如く、その宝玉を手に取る。

この宝玉は、ヴァーリの鎧が破壊された際にこぼれたものだ。

即ち、これは白き龍アルビオンの力の一端。これ自身に含まれる力もまた、膨大であることは想像に難くなかった。

一誠はその力をは我が物としようと考えたのだ。

本来交わらざる力。水と油なそれらを融合させようと言うのだ。

それが如何に無謀なことかなど、考える余裕なんて無い。

リスクを天秤に掛けたところで、失敗すればそれで全てが終わるというのなら、何を躊躇う道理がある?

 

「俺は――部長達を、護るんだぁぁぁぁあああああああああ!!」

 

真摯な願望が、一誠の口から咆吼する。

《神器》は、所有者の想いに答えて進化する。

その意味が、今ここで現実となった。

 

「――はは、やってやったぜ、畜生」

 

激痛にまみれながらも、想いを通した結果。

その右手は、白龍皇のそれとまったく同じ白銀を宿していた。

 

「こりゃあ、寿命削れたかな……だが、そんなの知ったこっちゃねぇ!これなら、いける!」

 

最早ペルソナの集めた力は、臨界点は突破寸前だった。

滅びという名の創世を待ちわびるかのように、世界が胎動している。

終わりは、近い。

停滞か、破滅か。どちらに転ぶとしても、すべてはこれで決着する。

 

「先輩、受け取ってくれええええええ!!」

 

一誠が溜めに溜めた力は、遂に零へと譲渡された。

緑色の粒子が零へと吸収されていくのを、固唾を呑んで見守る。

粒子の全てが零の中へ至り、一瞬の静寂。

瞬間、零の身体が跳ねる。

 

「――っ、レイ!!」

 

その様子に思わず声を上げるミッテルト。

そして、それに続くように、異変が起こった。

漆黒の魔法陣が再び零を中心に展開され、そこから影で出来た手のような物が現れ、無数にペルソナへと延びていく。

影はペルソナをがんじがらめに拘束したかと思うと、無理矢理魔法陣の中へと引きずり込んでいく。

抵抗虚しく、ペルソナは徐々に魔法陣の中に沈んでいき、遂にはその姿を完全に失った。

 

「――――はは、やった」

 

一誠の呟きが、ミッテルトの提示した作戦の成功を告げた。

この場にいる殆どの者が、その場にへたり込む。

一秒前まで絶対的な死の淵にいたのだから、それが失われた今、最早気を張る必要などどこにもない。

 

「それにしても、よく思いついたな。アレを止める方法」

 

「……正直、賭けだったわ。アレがレイの中から出てきた条件で考えられたのは、二つ。レイが瀕死に追い込まれたからか、白龍皇の半減効果によってアレを抑える為の力がなくなったかね。どっちも確証に至らせる材料は無かったけど、瀕死に追い込まれることが条件だとすれば、人間のレイにとってそれに近しい状況は何度かあったにも関わらず、兆候が一切見られなかったことと、仮に瀕死が条件だったとしても、アレに近づいて回復なんて絶対無理ってことで、実質選択肢はひとつしか無かったってだけの話よ」

 

あひる座りで虚空を見上げながら、ミッテルトは告白する。

 

「あの状況で、良くそんなこと考えられたな……。俺なんて部長達の盾になることぐらいしか思いつかなかったぞ」

 

「魔王様も言ってたけど、アレが発動してたらアンタの肉盾なんて紙切れ以下ってレベルの被害が出てたんだから、もう少し別のことに頭使いなさいよ」

 

「まぁまぁ、私も恥ずかしながらあの時は君の出した発想には至らなかったのだから、彼ばかり責めないでやってくれ」

 

一誠を責めるミッテルトの間に割って入るサーゼクス。

事実、これはミッテルトをたしなめるための方便でもなんでもなく、真実だった。

零に最も近しい立場にいるとはいえ、それだけでは説明できない頭の回転の良さと冷静さにサーゼクスだけに限らず、ミカエルもアザゼルも注目していた。

特にアザゼルは、面識がなかったとはいえ元部下の功績に、少しだけ手放すに至った現実を悲観した。

 

「って、零の回復!」

 

「そ、そうでした!」

 

慌ててミッテルトとアーシアが零の下に近づく。

《聖母の微笑》による効果か、零の血色が徐々に良くなっていく。

その光景を前に改めて一様に一息吐く。

 

「――結局、アレもアイツの《神器》の力ってことでいいのか?ていうか、ペルソナっつてたけどよ、何なんだよアレ。あんなんがただの《神器》で召喚されるなんざ、ありえねぇだろ」

 

アザゼルの疑問は、この場にいる全員の思いを代弁したものだった。

以前よりペルソナの存在を知り、その性能を直に見続けてきたオカルト研究部のメンバーも、それらの何倍も強大で、異質で、おぞましい存在を前に、同じ感想を抱かずにはいられなかった。

 

「新たに出現した《神滅具》という可能性は否めませんが、それにしたって異常ですね」

 

「……ペルソナなら、ミッテルトも使ってた」

 

そんな可能性に、更に小猫が爆弾を落とした。

 

「えっ――それ、本当なの?」

 

その驚きは、零の中から出た異質なペルソナを前にした時以上のものである。

無理もない。ペルソナという圧倒的性能を見せつけてきた力を、知らない内にまさかミッテルトが所有していたなどと、誰が予想出来たであろうか。

 

「……そうよ。隠すつもりはなかったけど、今言われるのは流石に空気読めって感じね」

 

諦めたように溜息を吐き、掌にペルソナ全書が顕現される。

 

「私のコレは、零の《神器》の力を間借りしているだけで、ワンオフの《神器》であることに変わりはないわよ。私自身の能力も低いから、零ほどのものは出せないしね」

 

予防線を張りつつ、説明をする。

そして証拠として、ジャックフロストを召喚する。

 

「可愛いです……!」

 

アーシアがジャックフロストを思わず抱き締める。

冷たそうな身体に似合わず、ペルソナだから温度が存在しないこともあり、アーシアも遠慮がない。

 

「ミッテルトが魔術師達を倒せたのも、これのお陰ってこと。納得がいったわ」

 

「その言い方は酌に障るけど、まぁ事実だから反論はしないわ」

 

「……っていうか、流しそうになったが、他人の《神器》の能力に同調する《神器》なんて、それにしたってとんでもねぇじゃねぇか!だいたい、それどうやって手に入れたんだよ」

 

「……零の伝手で、としか」

 

ベルベットルームなどという訳の分からない場所の住人から利害の一致で入手した、なんて荒唐無稽なことを話したところで、信じてもらえないだろうと思ったミッテルトは、当たり障りのない真実だけを告げる。

しかし、それがより一層零という青年の謎を増長させる羽目になってしまうことに、言ってから気付いた。

 

「俺みたいに《神器》を作れる奴が知り合いにいるってのか?それとも、零が作ってるのか?どうなんだ?ミッテルト」

 

「え、と。あの、えっと」

 

ずい、と皆の視線がミッテルトに集中する。

そんな状況に慣れていない上に、答えられないことも多すぎることも相まって、しどろもどろになる。

 

「――そうだ!ヴァーリ、ヴァーリはどこ!?」

 

咄嗟に思いついた逃げ道に、誰もが意識が逸れる。

実際、今の今まで存在を忘れていたのだから、それも仕方のないこと。

ヴァーリが悪いのではない。全ては零のインパクトが強すぎたせいだ。

 

瞬間、硝子の砕けるような音と共に、赤紫色の世界が崩壊する。

そして、上空から降り注ぐ人影。

それは倒れ伏すヴァーリを抱え、陽気な笑顔を向ける。

 

「おっす、俺美猴!なんてな」

 

「だ、誰だお前!」

 

「ソイツは美猴、闘戦勝仏の末裔。有り体に言えば、西遊記の孫悟空だ」

 

一誠の疑問にアザゼルが間髪入れず答える。

 

「そういうこと。何か結界の外からも分かるぐらい馬鹿みたいな力を感じたから急いで馳せ参じたら、まさかヴァーリが気絶してるなんて、一体何したんだおたくら」

 

「答える義理はねえな。それにしても、白龍皇に孫悟空たぁ、禍の団も色物がお好きなんだな」

 

「アクが強い分、戦力は申し分ないぜ?俺を筆頭にな」

 

「自分で言うな、馬鹿が。んで、お前の目的はヴァーリの回収と宣戦布告か?」

 

「どっちもハズレだ。そもそもヴァーリがやられるなんて想定してなかったし、俺がここに来たのは別の用事があるからコイツの力が必要ってだけで、言えば勝手に来るだろうって分かってたからこれは回収にあらず!」

 

「んなことはどうでもいい!このまま大人しく逃がすと思ってるのか!」

 

どうにも間の抜けた二者の会話に怒号を持って割って入る一誠。

 

「怖いねぇ、まったく。んじゃ、大人しく逃がさせてもらいますよっと」

 

如意棒を地面に突き立てると、魔法陣が展開され、そのまま二人は光の中へと消えていった。

 

「ま、待て!」

 

「もう行ってしまったわ。……それにしても、ヴァーリは何で倒れたのかしら」

 

「……それには少しだけ思い当たる節がある。正直あまり信じたくねぇがな」

 

リアスの何気ない疑問に、アザゼルが答える。

 

「それって、何なのかしら?」

 

「白龍皇の半減・吸収能力は、決して無尽蔵に相手の力を我が物にできる訳じゃねぇ。赤龍帝と違ってな。だからアイツは、キャパシティを超える吸収した力を、放出して均衡を保ってるんだ。普通ならそれで問題ない、が――もし、放出が間に合わないほどの力をたった一度で吸収したら、どうなると思う?」

 

「それって、まさか――」

 

リアスの瞳の奥が揺れる。

その様子を見て、バツの悪そうにアザゼルは頭を掻く。

 

「つまり、俺の見立てでは、だ。有斗零にたった一度の半減・吸収を行った。それだけで、キャパを超えて、《禁手》を維持出来なくなったってことさ。だから信じたくねぇって言ったんだよ」

 

「荒唐無稽にも聞こえる推測ですが……彼があの様なものを無意識とはいえ召喚したという事実がある以上、一笑に伏すことも出来ないですね」

 

街ひとつを軽く消し飛ばせる力を内包した存在を内に飼っているなんてことは、前例がないぐらいに特殊なケースだ。

普段はただの人間だと錯覚していたのは、彼の持つ力の密度が人間のそれと何ら変化がないことも関係していた。

ミッテルトは言っていた。力を奪われたことによって、あの化け物が解放された可能性があると。

ならば、こう考えられるのではないだろうか。あの化け物を制御する為に、力の殆どを喪失していたと。

だからあれほどの強さを前面に押し出していたにも関わらず、いつまでも自分達が彼を人間として認識出来ていたのかという理由にも、ある程度の説明はつく。

それでも、あれほどの余力を残していられたという事実を前に、彼が果たして全力を解放した場合は如何ほどのものとなるのかと、誰もが思わずにはいられなかった。

 

「……ま、それはひとまず置いておくとして、だ。問題はこれからのコイツの処遇だよ。どうする?コキュートスにでもぶちこむか?」

 

「なっ――そんな、それはあまりに無体です!」

 

零の身体を抱きかかえながら、アザゼルのあまりの提案に反論するミッテルト。

 

「黙れよ、ミッテルト。これはお前の我が儘が通るような域を超えた問題だ。当然、それはグレモリー達も同じだからな」

 

アザゼルの辛辣ながらも正論な言葉に、等しく二の句が告げられない。

人間でありながら悪魔・天使・堕天使にも対抗出来る力を持った存在から一転して、とんでもない核爆弾となったのだ。

最早、以前と同じ感覚で接するなんて、不可能だ。

少なくとも、彼に対して友人程度の感情を持ってない者達は、ほぼ例外なくそうなっていた。

 

「コカビエルのような永久凍結刑にでもするつもりかい?処置としては適当と言えなくはないが、オススメはしないね」

 

そんな中、冷静にサーゼクスが言葉を返す。

 

「なんでだよ」

 

「理由は二つ。まず、体裁の問題だ。私達は事情を知っているから良いとしても、知らない者達からすれば、悪魔でも天使でも堕天使でもなく、ただの人間を永久凍結刑という極刑に処したようにしか見えないだろう。和平会談は事実上成立したとはいえ、禍の団という反抗勢力が残っている中、私達があたかも人間を恐れているような行動を取ってみたまえ。禍の団がそれにつけ込んでくる可能性もある。そんな脆弱で後ろ向きな思考を持つトップは不要、なんてとってつけた理由を与えるだけだ。それは少なくとも、現状の彼の危険性より先に懸念すべきことだと私は考えるな。そして二つ目に、あの異形の存在が顕現する条件が不明瞭だという点だ。ミッテルト君は先程ヴァーリ・ルシファーの半減・吸収能力によってアレが彼の制御下から離れたと推測していたが、もしかすると瀕死という条件もあながち間違いではなかった可能性だってあるし、他にも条件があるかもしれない。どちらも防衛本能が働いた結果だとすれば、永久凍結刑でもその対象となる可能性は否定出来ない。ましてやこの場で殺すなど、以ての外だ」

 

「……つまり、封印も駄目、トドメを刺すのも駄目。だから現状維持ってことか?そんなんでいいのかよ」

 

「これまでの彼を振り返る限り、彼自身はとても誠実な好青年だ。公私分けての見解でも、彼が自分の意思でこちらの脅威となることはまず有り得ないだろう。逆に言えば、彼に被害が出ないようにさえすれば、安全は限りなく約束されていると言ってもいい」

 

「根拠にもなりゃしねぇ推測だが、そもそも俺達が有斗零のことをあまりにも知らなさすぎるのが問題ってんだから、面倒な話だよ」

 

「ということは、彼の処遇は保留ということで?」

 

「保留かはともかく、取り敢えずコイツから聞き出さないことには始まらないんだから、そうせざるを得ないだろうよ」

 

やれやれと肩をすくめるアザゼル。

 

「とはいえ、そのまま帰すってのは流石に無理だがな。事情を聞くなり、監視をつけるなり、手回しはしないといけねぇ。それが、上に立つ者としての責任だ。だが、俺達三勢力のトップはこれから色々と忙しくなるだろうし、どんな理由であれコイツ個人に構っていられるほど低い地位にいる訳でもないから、必然的に代役が必要になる」

 

「監視というよりも、護衛かな。妹によれば、彼は純然たる意思で仲間を助けてきたらしいから、今更彼を危険に晒さないなんてのは不可能だ。それに、禍の団にも零の異質さが伝わるのも最早時間の問題。下手に遠ざけるよりも、徹底した護りに移行する方が余程安全で合理的だ」

 

「……ぶしつけながら、それは私やミッテルトが頼りない、という解釈でよろしいでしょうか」

 

無言を貫いていたゼノヴィアが、反抗するようにサーゼクスに問いかける。

 

「君達の実力を正確に把握していない身としては、どうとも答えられない。だが、今や明確に敵となるであろう、禍の団という組織を相手取るにあたって、零君のストッパーかつ護衛は多いに越したことはない。人海戦術でもされれば、質はともかく量に不安があるこちらは不利になるだろうからね」

 

「そして、下手に私達が過干渉を行えば、それが戦争への引き金となり、折角の和平も無駄になってしまいます。ですので、出来る限り少人数で、かつ可能な限りの戦力を彼に割かなければいけないのです」

 

「矛盾してるよな、本当によ。……んじゃあ、その護衛とやらは誰がやるんだ?」

 

「私の方からは、イリナ――彼女を推薦したいと思います」

 

「えっ、そんな――。私なんて役者不足も甚だしいです!」

 

「イリナ。護衛の条件は何も実力だけではありません。いえ、貴方の実力を否定している訳ではありませんよ?護衛として送り出そうと思える相手であること――つまり、信頼できる者であると言うことが絶対条件であり、最重要条件でもあるのです。幾ら強かろうと、もしその者が禍の団の息の掛かった者だったら、その時点でアウトですからね。つまり、そういうことです」

 

主の不在の今、実質的最高位に属するミカエルからの信頼の言葉。

敬虔な信徒であるイリナが、面と向かってそう言われて嬉しくない筈がない。

 

イリナは、ゼノヴィアがはぐれエクソシストになったと言う事実を耳にしたとき、敢えて何も聞かずに見送った。

それも全て、零の説教によって大局を見据えるということを学んだからである。

本来ならば裏切りとも取れるその行為を、彼女はゼノヴィアにも何か考えがあると捉えた。

そして、時が流れ、ミカエルの眼鏡に適う功績を残した彼女は、神の不在を知らされる。

同時に理解する。ゼノヴィアがはぐれとなった理由を。

驚きもしたし、軽い絶望さえ覚えた。

だが、それだけだ。

僅かばかりの葛藤などはあったものの、その事実を自分でも意外なほどにすんなり受け入れていた。

イリナは、別に神が不在だからといってそれを期にゼノヴィアと同じ道を辿ろうなどとは微塵も思わなかった。

主が不在であるならば、その次に憧れを抱いていたミカエルに鞍替えをすればいい。

至極単純で、不敬極まりない思考ではあるが、結局のところ何に重きを置いていたかの違いなのだ。

ゼノヴィアは主に絶対の信仰を。イリナは信仰したい相手を信仰する。

見積もり的にゼノヴィアの方が真摯のように見えるが、イリナの在り方は柔軟性を備えており、良くも悪くも人間らしい。

とはいえ、ゼノヴィアもまた、信仰の対象としてではないが、有斗零という存在に何かを見出しているという点では、イリナと何ら変わらないのかもしれない。

とはいえ、主が不在だから信仰を蔑ろにして良いという訳ではないので、その辺りは依然として変わっていない。

主の不在の今、それが不敬に問われるということもなく、ミカエルもその潔さに逆に信頼を置く結果となっていた。

狂信者よりも人間味のある手合いの方が制御しやすい、という打算も確かにあったが、それ以上に彼女自身の明け透けない人柄に共感しており、結果として良き主従関係を築いていた。

 

「そ、そこまで言われるのでしたら……お断りするなんて出来ません」

 

「嫌ならば構いません。強要するつもりは毛頭ありません」

 

「いえ――やります。私は零さんに一度助けられた恩があります。私の護衛程度で返せるかどうかは分かりませんが、やるからには全力でやらせていただきます」

 

真剣な思いを込めたイリナの言葉に、ミカエルは破顔する。

 

「まさかこのような形で再び共に過ごすことになるとはな」

 

「ゼノヴィア……」

 

「これからまた、よろしく頼む」

 

「――ええ!」

 

二人は笑顔で握手を交わす。

以前と変わらない調子で、イリナへと話しかけるゼノヴィア。それを当たり前のように受け入れるイリナ。

思想や立場は変われど、それによって生じる人柄の変化などありはしないのだという、零の言葉に偽りはなかった。

あの時の言葉がなければ、こんなに理想的でスムーズな和解は有り得なかっただろう。

いや、そもそも互いが互いに一度も悪意を持って接していないのだから、和解というのは語弊がある。

言うなれば、知古の友人との久しい再会に近いシチュエーションだ。

元々友人関係にある二人は、当然ながら一切の弊害なくうち解ける。

これが誤解の生じた離別による再会だったならば、こうはいかなかったかもしれない。

 

「サーゼクス、お前の方はアテはあるのか?」

 

「ふむ、そうだね。私が指名するよりも、立候補の方が面倒が無くていいだろうし、誰か護衛をしたいって人は――」

 

サーゼクスが提案した瞬間、どこからか声が上がる。

 

「私がやります、お兄様。この街を、学園を護る者として、その責務を果たすには都合の良いことかと思われますが」

 

これは、リアスの弁。

 

「あらあら、曲がりなりにも《王》である貴方の行動を制限するのは不本意極まりないところ。ですので、副部長である私がその役割を代わりに担いましょう」

 

これは、朱乃の弁。

 

「僕のせいで皆さんに迷惑を掛けた分、ここで恩返しがしたいです!」

 

これは、ギャスパーの弁。

 

どれも正統な理由であるように聞こえるが、本心は言わずもがなである。

 

「ギャスパー、貴方の《神器》は暴走状態の時でさえ零を止めることは出来なかった。いずれは出来るかもしれないけれど、今の段階じゃあ頭打ちも良いところよ。だからそんなこと気にしないで、修行してなさい」

 

「その修行も、零さんやミッテルトさんが使うペルソナを使えば捗るかもしれないんです。部長だって僕の頑張りを知っている筈ですよね。アレは全部お二人の機転が鍵になっていたんですよ。だから、一石二鳥になります!」

 

「でも、修行は修行で分けることは出来るわ。効率ばかり突き詰めて、肝心な部分を疎かにしてはいけないわ」

 

「あらあら、それでは《王》としての立場より彼の護衛の方が重要なのかしら?少なくとも、その役目は部長の手を患わせるようなことではありませんわ」

 

「でも、それは貴方も同じことではなくて?部長の不在をフォローするのも、副部長の役目でしょう?」

 

「そのフォローをすると言う意味で、零君の護衛を買って出たのですわ。ですので、心おきなく《王》として頑張っていただいてよろしいのですよ」

 

ああいえばこういう。こういえばああいう。

喧々囂々とした小競り合いは、このままでは頭打ちになってしまうのは、誰の目からも明らかであった。

 

「三人とも、落ち着きなさい」

 

それに終止符を打ったのは、サーゼクスだった。

 

「まず、ギャスパー君は先程言われた通り、修行は何も護衛役を買って出ずとも行えるし、時間停止が効かないのであればそれは君のアドバンテージを限りなく喪失しているのだから、護衛としては不適切だと言えるね」

 

「……はい」

 

「リーアに姫島君も、互いの言い分は最もだ。だからこそ、交代制にすればいいのではないかな?そうすればバランスが取れているし、どちらを疎かにするということもないだろう」

 

「それもそう……なのかしら?」

 

「私はそれでも構いませんわ」

 

納得し切れていないリアスとは対照的に、あっさりと承諾する朱乃。

 

「では、私が先に行かせてもらいますわ。零君の状態が未だにはっきりしていない状態で、部長に万が一があってはなりませんもの」

 

「そ、それを言うなら私も同じ気持ちよ。眷属を盾にして自分は安全圏内にいるなんて、そんなの私の流儀に反するわ!」

 

終わったと思った言い争いは、ギャスパーを除いた二人で再び開幕となった。

 

「……馬鹿ばっかりね」

 

醜い争いを遠巻きに眺め、嘆息するミッテルト。

そして、膝の上に乗せた零の安らかな寝顔を眺め、これからのことを思う。

強くならなければならない。あの異常なペルソナが再び出現すれば、それは零の命の危機でもある。

物理的にも、立場的にも。零が危険な目に遭わないように、強くなる必要がある。

ただただ、零の隣に立つためにしてきた努力が、明確な目標となって今形となった。

 




Q:零半端ないな、おい。
A:調べた限りだと、アニメでのイッセーがヴァーリに譲渡する際のブースト回数は2^35に相当するらしく、34359738368倍の力をぶっぱしたことになるんですよね。それでもヴァーリは鎧が砕けるだけで終わったのに、零に一発半減・吸収しただけで気絶までいくんだから、かなりヤバイのは分かる。別に、適当やってる訳じゃないよ?ちゃんと理由はあるよ?

Q:謎のペルソナ……一体何者なんだ。
A:ほんとだよ(すっとぼけ

Q:イリナヒロイン化疑惑?
A:流石に幼馴染み盗ったらイッセーが悲しみ背負って夢想転生を会得しちゃうから、自重します。まぁ、みんながどうしてもって言うならアレですけど。

Q:もうこれ、(零がヒロインかも)わかんねぇな。
A:みんなの総意で護られるポジションは完全にヒロイン。はっきりわかんだね。でも、それで終わらないのが我らが零君だから。


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第二十七話

これからはずっとこんな感じになりそう(投稿速度的な意味で)


質素で飾り気のないベッドの上で、静かな寝息を立てる有斗零の姿を、傍らで静かに見守るミッテルト。

傷も癒え、どこにも異常が見当たらないにも関わらず、彼は昨日から目を覚まさない。

ヴァーリの攻撃が予想以上に堪えたのか、あのペルソナが無理矢理顕現した反動がきているのか。

出来ることは、ただ見守ることだけ。

その変えようのない事実が、酷くもどかしい。

 

零は自身の意思とは無関係に、世界の中心に身を置くことになった。

漠然としていた彼の価値が、先の一件で固まりつつある。

悪魔側は全面的に彼の味方であることを宣言。

アザゼルは彼の危険性を示唆した上で、現状維持。

ミカエルは明確な答えを出してはいない為、実質的な中立。

幸か不幸か、三つの勢力から異なる評価を受けてしまったせいで、折角結ばれた和平がとても不安定なものになってしまった。

二天龍の一角であり、ルシファーの血を宿すハイブリッドドラゴン、ヴァーリ・ルシファーなどとは比べものにならない強大な存在を内に宿している上に、それはまともな制御が可能な代物とは思えないものであるとなれば、警戒しない方が無理というものである。

あのペルソナと思わしき生命体が何なのかが分からない限り、下手を打てないが故の現状維持。

逆に言えば、これからの零の言葉次第でこの均衡も破綻する恐れさえあった。

嘘を言って煙に巻くことは出来ない。

零が起きれば、下に待機しているリアス達を呼ばなければならず、話はそれからということになっている。

何でそうなっているのかというと、当初は同じ部屋で待機していたのだが、あまりにも五月蠅くする為、ミッテルトに追い出されたのである。

下級堕天使の一喝に引き下がるリアス・グレモリーの図は、この家でのヒエラルキーを如実に表していた。

閑話休題。

零の発言を誘導する作戦だが、寝起きか否かなどの判別ぐらいどうとでもなる為、嘘を吐いたところで悪印象を与えるだけという結論に達していた。

だから彼女が出来ることは、無数に過ぎる最悪な未来を零が手繰り寄せないことを祈ることだけであった。

 

「ん、ん……」

 

微かな声と共に、不動を貫いていた零の身体が反応する。

それと同時に、ミッテルトは跳ねるように零の傍に寄る。

 

「レ、レイ!」

 

「……また、か」

 

頭に手を当て、身体を起こす零。

自らの置かれた状況を瞬時に判断したのか、その表情はどこか影がある。

 

「ちょ、ちょっと待っててね。みんなを呼んでくるから」

 

律儀な性格のミッテルトは、零が目覚めたが否や一階で待機しているリアス、イリナ、ゼノヴィアを呼びに戻った。

零を心配する人物がこれだけしかいない、という訳ではなく、多人数で押しかけても迷惑になるだけだから、絞りに絞った結果この人数に収まったというだけの話である。

その人望の厚さは流石としか言いようがないが、それも時と場合にもよるという典型的な例である。

 

「零、起きたのね。心配したのよ?」

 

「まったく、貴方は無茶ばかりするよ、本当に」

 

「ですが、良かったです。無事で……」

 

零の安否を確認するが否や、三者三様の感想を吐き出す。

 

「また心配を掛けたようだな、すまない」

 

「……まぁ、レイがこうなるのなんて今更な話だし、いちいち気にしてなんかいないわよ」

 

敢えて突っ慳貪な態度で返すミッテルト。

誰よりも零の心配をしている自負はあったが、いつも心配を掛けることに対しての苛立ちも少なからずあった。

役に立ってすらいない自分がそう思うのはお門違いにも程があると言う理性的な思考の反面、心配であるが故に子を叱る親のような気持ちが、ミッテルトにあのような発言を許してしまっていた。

 

「……あれからどうなったんだ?」

 

零自身から切り出された本題に、皆の緊張が高まっていく。

そこからは、ミッテルトを中心に三人が足りない部分を補完する形で説明が行われた。

 

「黒い鎧のペルソナ……」

 

「ええ。レイは、それに心当たりはある?」

 

まるで彼も知らないような前提で会話を進めているが、そうではないであろうことは予想できていた。

寧ろ、今更彼がその事実を把握していないなんて考える方が無理という話だ。

 

「……知らないな」

 

零は僅かに目線を逸らし、そう答える。

その機微は、嘘を肯定しているも同然だった。

 

「そう……」

 

しかし、そこで追求することはしない。

普段から実直が服を着て歩いているような青年がはぐらかすということは、それぐらい重要なことであり、話すことが憚られる内容だと言うこと。

あれの異常性を直に見た当人達からすれば、それも致し方ないことだと納得出来てしまうのだから、逆に質が悪いと言えよう。

どうせどんなに追求しても答えてくれるとは思えない。下手をすれば信用問題にすら関わってくる。

今は何が原因で彼の内に眠る爆弾が目を覚ますかが分からない状態だ。

精神面に異常が来した場合でも出現するかもしれない。そんな見えない脅威に怯えるように、三勢力のトップも、強攻策は避けるように命令を下していた。

探るにしても、悟られない程度に。

もどかしいことこの上ないが、正統な判断ではあった。

 

「それにしても、まさか君がここにいるとは思わなかった」

 

零はイリナの方を見て答える。

 

「会談の時は話も出来ませんでしたね。私はこの度成立した和平の親善大使として、天使側の代表として派遣されました。つきましては、家主である貴方の家に宿泊する許可を貰いに参じた次第です。一人で暮らすことも視野に入れていましたが、こちらの事情を知る人物と行動を共にした方が、色々と融通が利くと判断しました」

 

イリナが懇切丁寧に説明をする。当然ながら、ほぼ嘘である。

事前にミッテルトがイリナにそう説明するように言っておいたのである。

彼女がこの言い回しを強要したのは、理由がある。

零は間違いなく、護衛という名目でイリナがこの場にいると知れば申し出を拒否するだろう。

それはリアスでも、姫島でも変わらない。見ず知らずの赤の他人でさえも同様だろう。

彼が護られる側に甘んじる性格ではないのは、今更分かりきっていること。

聡い彼のことだから、言わずとも察する可能性はあるが、直接言うよりはバレないだろうし。

肝心なのは、切っ掛けを作ること。

一度地盤を作ってしまえば、人の良い彼のことだから、ずるずるとこっちの思惑に乗ってくれる筈。

打算にまみれた思考に吐き気がしそうだが、そうするしか彼を護れないというのであれば、進んで泥にだってまみれてやる。そんな気概が彼女にはあった。

因みにリアスと姫島は、定期的に様子見に赴くだけで零の家に住むということはない。

二人は大いに不満そうだったが、立場上仕方のないことと言えるだろう。

 

「こちらとしては、別に断る理由はない。ゼノヴィアも知古の友とひとつ屋根の下の方がいいだろうしな」

 

「零さん……ありがとうございます」

 

零は二つ返事でイリナの言葉を受け入れる。

引き合いに出したのがゼノヴィアと言う辺り、彼の思考ルーチンが如何に他人寄りかが分かる。

そんな性質を利用し、嘘を吐いてでも、彼女達は零を護ろうとしている。

起源とする感情は各々違えど、彼を大事に想っていることは変わらない。

だから心苦しさを抑え、笑顔を貼り付ける。

 

「相変わらずだな、貴方も。……で、調子はどうなんだ?」

 

「問題ない」

 

「全く、貴方の問題ないだって、アーシアの回復あってこそなんだからね?」

 

「耳の痛い話だ」

 

果たして本当にそう思っているのかも怪しい。

肩をすくめるポーズだけが唯一の判断材料であり、表情は張り付いた無表情だから質が悪いと言えよう。

 

「それよりも、お腹空いてない?簡単なものなら作れるけど」

 

「いや、いい。むしろ心配を掛けた詫びも兼ねて私が――」

 

「はい、アウト。病み上がりなんだから大人しく寝てなさい」

 

おもむろにベッドから出ようとする零の肩をリアスが押し、その勢いで元の状態に戻っていく。

そのあまりの抵抗のなさから、零がそれだけ弱っているのだと一同は判断した。

 

「ま、そういうことだから。それに、心配掛けたってのは間違ってないけど、貴方のお陰で助けられたこともまた事実なんだから、たまには恩返しさせなさい」

 

「貴方の料理と比べれば拙いものかもしれないが、それなりのものは用意させてもらうさ」

 

リアスとゼノヴィアは、そう意気込みながら部屋を出て行く。

その後に慌ててついていくイリナが、親鳥に付き従う雛のようにミッテルトには映った。

 

「……零のことだから、自分が助けられてばかりとか、そんなこと考えてるんでしょうけれど、貴方がそう思っているように、私達もまた同じ気持ちなのよ。それを忘れないで」

 

そう言い残し、ミッテルトもまた部屋を出る。

彼の善意は確かに尊きものであり、類を見ないものである。

だが、時としてそれは他者に苦痛をもたらす。

心の距離が近い相手であればあるほど、それは顕著になる。

大切な相手が傷つく姿を見て喜ぶ人間など、ただの狂人だ。

そんなマイノリティが彼女らに当てはまる訳もなく、等しく同じ痛みを抱いている。

だからこそ、護らなくてはならない。

痛みから逃れるため、痛みから零を遠ざけるため。

 

 

 

 

 

まただよ(笑)

目が覚めたら部屋のベッドの上って、もうテンプレ過ぎてたまんねぇわ。

ドラクエの勇者とかも、似たような気持ちになっていたのかな。

ミッテルトに叱られ、リアスに呆れられ、ゼノヴィアはいつも通り。そして何故かいたイリナ。

そのイリナも、うちの家族(仮)になりました。

親善大使がどうのって言ってたけど、本音ではゼノヴィアと一緒にいたいんでしょう?分かりますよ。

それにしても、男女比率が著しいな。自分以外みんな女じゃないか!

ハーレム?いいえ、ただ肩身が狭いだけです。

それにハーレムって男が複数の女性を囲うって感じで解釈されてるけど、実際には男子禁制とかそういうのでしょ?

僕の家に女性が集まってきてるのに、それで男子禁制とかひどくね?理不尽にも程がある。

 

まぁ、それはいいんだ。

何かリアス達がご飯を作ってくれるとか言うから、ベッドで大人しくしてる訳だけど、暇だよー。

せめて話し相手の一人でもいればいいんだけど、みんな出張ってるからなー。

そんな寂しさを紛らわせるように暇つぶしのネタを探していると、見つけた。

黒猫。そう、あの時の黒猫だ。

見間違える筈がない。いや、見間違えるほどこっちで猫見てないけど。

黒猫は窓枠の飛び出た部分からまじまじとこっちを観察していたらしく、目があったかと思うと逃げだそうとしたので、反射的に止めに入る。

 

「待ってくれ。見ていたなら分かるだろうが、暇なんだ。相手をしてくれないか」

 

猫相手に何真面目に懇願してんすか、自分。

端から見たら痛い子だけど、そんなの知るかバカ!そんなことより暇つぶしだ!

取り敢えず驚かせない程度にゆっくりと窓に近付き、両開きの内片方の窓を開ける。

一瞬迷うように前足をふらつかせるが、黒猫は部屋に入り込んでくれた。

 

「ありがとう。さて、何から話したものか――」

 

再びベッドに潜り込み、黒猫はその上で大人しく座っている。

凄い出来た猫だなぁ。首輪とかないから野良なんだろうけど、こんな頭良いのはそうそう有り得ることじゃないよね。

ゲームだから、って考えも出来るけど、もしかしてプレイヤーだったりして。

……はは、ないない。何で猫でプレイするんだよって話。ていうかそんなこと出来るとか聞いたこともないし。

でも、浪漫があっていいよね。リアルでもソロモンの指輪みたいなのがあったらいいなぁとか思ったりは誰もがするよね?

 

三十分ぐらいは独り言同然に黒猫へと雑談をしていたけど、ノックの音が響いた途端、開けっ放しだった窓から退散してしまった。

 

「あれ、窓なんか開けてどうしたの?」

 

黒猫がいたなんて事情を欠片も知らないミッテルトは、先程とは変わった景色に目を丸くする。

 

「……別にどうもしないさ。それよりも、良い匂いだな」

 

お盆の上に載せられていたのは、卵粥だった。

 

「ただの卵粥じゃないわよ。食欲増進、栄養満点な要素をふんだんに盛り込んだミッテルト特性の卵粥よ。だからこんな時間掛かっちゃったんだけどね」

 

「あら、時間の大半はみんなでキッチン使うから手狭でてんやわんやしてたからでしょ?」

 

ミッテルトの背後から、リアスが顔を出す。

その手にもまた、鼻孔を擽る何かが握られていた。

 

「私はクリームシチューよ。消化の良くなるように固形らしさを損なわない程度に柔らかくしているから、寝起きでも問題なくいける筈よ」

 

リアスの言うとおり、濃厚な見た目の割に食欲をそそるシチューだ。

てかリアスって料理出来たんだ……。そういうのに疎そうなイメージあったんだけどなぁ。

 

「とはいえ、味の濃いものという時点でミスチョイスだと思うがね」

 

「ラインナップが被るよりはいいんじゃない?」

 

今度はゼノヴィアとイリナだ。

 

「あり合わせではあるが、フルーツポンチを作ってみたぞ。というか、何でこんなに果物がこの家にあるんだ?」

 

「ふふ、料理本をガン見してたゼノヴィアはやたら可愛かったわよ」

 

「仕方ないだろう。最低限のものはともかくとして、こういったものを作る経験なんてなかったのだから。まぁ、それを含めてイリナの手助けには感謝している」

 

「私はちょっと手伝っただけだから、別に気にすることないんだけどね」

 

パイン、キウイ、イチゴといった色とりどりの果物がふんだんに盛られたそれは、慣れない包丁のせいか多少歪ではある。

だが、そんな慣れない作業を自分のためにしてくれたという現実だけで、お腹いっぱいになった。

ていうか、量的にガチでお腹いっぱいになりそうなんですが、それは……。

 

「ささ、冷めない内に食べて」

 

「零、私のシチューを先に食べてくれないかしら」

 

「卵粥の方が胃を慣らすのに丁度いいでしょうが」

 

「それは偏見よ。これなら問題ないわ」

 

「どうだかね」

 

「デザートは最後と相場が決まっているから、争うのは勝手にやっててくれ」

 

「アハハ……」

 

わいのわいのと目の前で繰り広げられる我先にとの争いを、対岸の火事が如く見守る。いや、当事者だけどさ。

でも、選んじゃったら色々と終わる気がするんだ。なんとなくだけどさ。

だから僕は、大人しく二人が和解するのを見守ることしか出来なかった。

……熱々の状態で食べられるかなぁ。

 

 

 

 

 

ヴァーリ・ルシファーが私に個人的な依頼をしてきたのが、始まりだった。

その内容は、有斗零という人間の監視および情報収集だった。

自他共に認めるバトルジャンキーが、何故人間なんかを?と思いながらも、ヴァーリが私に頼み事なんて珍しいと思うのと、白龍皇が興味を抱いた人間に私自身も惹かれたというのもあり、二つ返事で快諾した。

 

始めに出逢ったのは、対象の身辺調査を軽く終えた夕方近い時間だった。

私も油断していた。まさか対象の方から私に接触してくるなんて思わなかったから。

あの時は偶然だと思っていたが、今にして思えば最初からバレていたのだろう。

そんな予想外な出逢いに思考が停止したお陰か、他の感覚が鋭敏に反応していた。

それは、嗅覚。ほんの微かではあるが、断腸の思いで別れた妹の匂いが彼から漂ってきたのだ。

いや、それ自体は何ら特別なことではない。彼が妹と少なからず接点があるのは調べがついていたのだから、驚くことではない。

だが、だからこそ。妹と接点がある、いや、悪魔と接点があるという奇異な人間に、一切の圧力を感じなかったことが驚きだった。

《神器》の反応はあるが、とても小さい。それこそ、意識しなければ感知出来ない程度に。

余計に混乱した。そんな存在を注目したヴァーリにも、非常識な世界に身を置いているというのに、それをさも当たり前のように受け入れている有斗零にも、疑問を抱かずにはいられなかった。

 

二度目の出逢いは、禍の団内で、三勢力が和平会談を行うという秘密裏の情報を得たすぐだった。

完全に自宅を把握した私は、余裕が出来たということで対象の監視を行うべくそこへと向かった。

塀の上で対象と同居人の堕天使やはぐれエクソシスト、そして堕天使総督アザゼルが繰り広げる会話を、気配を殺して聞いていた時、対象と目があった。

 

「いや、そう簡単に事が運ぶとはどうしても思えなくてな」

 

話のタイミング的にも、まるで図ったかのようなそれ。

最初から気付いていた?アザゼルでさえも気付いた様子はないというのに。

その時、私は得体の知れない焦燥感に駆られ、逃げ出してしまった。

ただの人間である青年に、あの時私は確かに恐怖していたのだ。

ヴァーリに情けないながらも一連の出来事を話すと、楽しそうに笑みを浮かべていた。

改めて、私はヴァーリのことが理解できなくなった。

 

三度目は、リアス・グレモリーの《女王》と《兵士》である赤龍帝が、対象を連れて神社に向かった時だった。

ミカエルと赤龍帝のやり取りも気になったが、私の役目はあくまで有斗零についての情報収集だ。

そもそも私は禍の団にいるとはいえ、テロ行為に同意している訳ではない。興味もない。

というか、禍の団自体、あぶれ者の集まりのようなもので、そこに統一された意思というものはない。

基本的には三大陣営の在り方に反抗する者達の集まりではあるが、ヴァーリのように戦う舞台のみを望み、それ以外に関心のない者もいれば、私のようにポーズだけ取って保身の為の隠れ蓑にしている者だっている。

望まぬ行動を強制させられ、いずれ来るであろう妹と共に暮らす未来を幻視する毎日。

はっきり言って、私は疲れていた。ぶっちゃけると、やってられるかって気持ちで一杯だった。

そんな益体もない思考を巡らせていると、神社の階段に腰を下ろしていた有斗零と目があった。

今度は冷静に視線を交差させる。精神的疲労も相まって、思考が緩んでいたこともあるのだろう。

ぼうっとその平凡な顔立ちを眺めていると、突如対象は口を開いた。

 

「……こっちに来ないか?」

 

それがどのような意味で口にされたものなのかは、今でも分からない。

ただ傍に寄って欲しいと思っただけなのか、禍の団から抜けて自分の下に来ないかと勧誘したのか。

はっきり言って彼の言動ならば、どちらとも取れてしまう。

今の私は、彼の平凡で凡庸な姿に騙されることはもうない。

だからこそ、二の足を踏む。

どちらとも取れる故に、選択次第では自らの立場を危ぶむ結果になるかもしれないという恐怖が、私を躊躇わせる。

 

「ならば、せめて話し相手になってくれないか?手持ち無沙汰で暇なんだ」

 

彼は、悲しみを表情に微かに出しながら、そう提案する。

何故かその時、私は彼を悲しませたという事実に後悔の念を抱いていた。

 

私が動かないことを肯定と見なしたのか、彼は一方的に言葉を紡ぎ始める。

本当に他愛のない日常会話。特別さも何もない有り触れたそれは、彼が非日常に身を置く者だと理解しているからこそ、歪に感じた。

だが、同時に彼の言葉から情景を思い起こすと、とても様になっていて何だかおかしくなってしまった。

そして、妹のことが話題になった頃からだろうか。私は彼との距離を無意識に詰め始めていた。

現金な話かもしれないが、妹が大事にされていると納得できたから、彼に対しての警戒心が緩んだのだろう。

――或いは、こんな落ち着く空間に、少しでも長く居続けたかったからなのだろうか。

そんな時間も、赤龍帝の帰還によって終わりを告げる。

名残惜しいが、仕方がない。

それに、目的は充分に達することが出来たのだから、未練はない。

ない、筈なのに。

どうして私の足は、こんなにも後ろに引かれているのだろうか。

 

そして、今日。

私は彼の家に窓から招き入れられ、前の続きを堪能していた。

やっぱり、彼と共にいるのは心地よい。

彼自身の気質と妹の匂いが相乗効果となり、最早癒しの域に入っていた。

 

ヴァーリが彼に敗北した、ということを本人から語られたのを聞いたときは、目を丸くした。

禍の団が三勢力の和平の妨害を実行するにあたって、私は支援に回っていた。

何をやったかといえば、結界を操作して自分達に有利になるよう働きかけただけだ。

はっきり言って拍子抜けなぐらい簡単にできたものだから、戦力として参加させられるのでは?と内心ビクビクものだったけど、杞憂に終わった。

そんな感じで留守番みたいなことをしていた時、背筋が凍る圧力を結界の外から感知した。

私もそれなりの実力者と対峙してきたことはあるが、それと比べて桁が違う。

本能を揺さぶるかのように、勝利という言葉を根こそぎ奪っていくそれは、並大抵の者が感じれば心を折ってしまう程の力を内包していた。

その力の正体は、恐らくは彼――有斗零のものなんだろうと、私は直感的に感じ取っていた。

昔の私なら有り得ない、と鼻で笑うだろう。

だが、今は何の根拠もなく、そうなんじゃないかと思っている自分がいる。

ヴァーリが注目していた彼、結界外からも感じられる圧倒的な力の奔流、そしてその彼に敗北したとの言葉。これらが証拠にはなり得ないこともないが、実際にこの目で見た訳でもないので、判断材料としては弱い。

こうして改めて対峙して尚、恐怖心を抱かないのもそういった理由もあるのだろう。

まぁ、一番の理由は、目の前にいる存在が、そんな大それた事を為した存在とは到底思えないほど、穏やかな気質を纏って話をしているからなんだけど。

 

実は、もうヴァーリの依頼は終了している。

つまり、ここにいるのは私自身の意思であり、誰かの命令でも何でもない。

別に隠す理由もないだろう。私は、知らず彼の傍にいることに抵抗を覚えないどころか、それを当たり前に享受している。

猫は気まぐれな生き物だ。だから、こんな感情もきっと、気の迷いなんだろう。

でも、こんな生き方を、私は望んでいた筈だ。

穏やかな、植物のように静かな人生。波瀾万丈な今の生き方とは対極であるからこそ、憧れるもの。

彼と一緒にいたら、そんな人生を歩めるのだろうか。

咄嗟に思考を振り払い、意識を切り替える。

そんな簡単に鞍替えできれば苦労はしない。下手な行動は、私だけではなく逃げ道となった彼への迷惑にもなる。

……まぁ、禍の団に完全に目を付けられちゃってるっぽいし、今更なのかもしれないけど、それとこれとは別問題。

ほとぼりが冷めた暁には――妹も含め、一緒にいられるようになったらいいなぁ。そんな淡く切ない未来を想像した。

 




Q:料理の腕、あのメンバーの中ではどんな感じなの?
A:零>>>>>ミッテルト=リアス>>イリナ>ゼノヴィアです。ゼノヴィアはそんなイメージ。すまんな。零の料理の腕は別世界での努力の賜物です。

Q:お、黒猫仲間フラグか?
A:性格、格好諸々がジャストフィットです。三期アニメ化しろ(脅し)

Q:なんか文章の質落ちた?
A:身体がだるいので、修正するのもめんどい(最低な発言)。週一休みとかないわー。


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第二十八話

リハビリ投稿だから、色々と雑かも知れませんが、平にご容赦を。



気が付けば、私はベルベットルームにいた。

何の兆候もなく、それこそ拉致された感覚で。

 

「驚かれましたかな?」

 

「イゴール……貴方が私を呼んだの?」

 

「そうでございます。何分、あれから一度も顔を出してくれないものですから、目的を忘れられているのでは?と懸念していたのですが、どうですかな?」

 

「あ、あー……」

 

忘れていた。

と言うよりも、レイの一件もあり、そこまで気が回らなかった。

言い訳にもならないが、それぐらいの事件があったということだ。

決して、イゴールという存在を蔑ろにしていた訳ではない、筈。

 

「そ、それよりも!貴方、レイの中にいる存在を知ってる?黒い鎧を纏ったペルソナ!」

 

はぐらかすように、好都合な話題を絞り出す。

実際、イゴールならば解を持っているのでは?という期待はある。

話の腰を折るには、絶好の話題と言えた。

 

「ええ、知っておりますとも」

 

「本当?」

 

「嘘は言いません。ですが、私が答えられることはあまりありませぬ」

 

「ど、どうして?」

 

「ならば逆に問いますが、貴方は私から又聞きした情報を、どう受け止めるおつもりですかな?」

 

「え?」

 

「故も知らぬと言っても過言ではない程の浅い繋がりでしかない私の言葉を、素直に受け止めてそれで満足されるおつもりですか?」

 

「そ、れは……」

 

イゴールの的を射た言葉に、言葉を濁す。

本人に訪ねられないなら、他に知っていそうな相手に聞く。

なるほど、確かに合理的な対応だ。

だがそれは、信頼という代え難いものを代償に得るには、あまりにも安い回答だ。

言葉では信頼を表現していても、こういった行動のせいでそんな高尚な言葉も陳腐に成り下がる。

私は、過ちを犯すところだったのだ。

 

「確かに私の口から発せられた出来事もまた、ひとつの真実となりえるでしょう。ですが、それが貴方の望む真実とは限りません」

 

イゴールはアルカナタロットを拡げ、その内の一枚を取り出す。

それは、月の絵が象られていた。

 

「真実とは、無限に存在するが故に、その形は酷く曖昧で不明瞭。だからこそ、間違った真実を掴み取れば、全てが失われてしまう可能性さえあります。気を付けなされよ」

 

「え、ええ……」

 

イゴールのどこまでも真剣みの帯びた言葉に、思わず頷く。

それが嘘偽りのない言葉であることが、感覚で理解出来た。

 

「先が見えないが故の不安、疑念もありましょう。それはまさしく、暗闇の迷路を歩くが如し所業。ですがその試練を乗り越えた時、必ずしや貴方の求める真実に辿り着けるでしょう」

 

まるで見てきたかのように断定するイゴール。

根拠も何もない言葉の羅列でしかないそれを、私は何故か当たり前のように受け入れていた。

少なくとも、私以上にイゴールはレイのことを知っている。

その事実が、どうしようもない不快感を抱かせる。

同時に、それがただの八つ当たりでしかないことに気付き、自らを叱咤する。

 

「では、報告の方をお聞かせ願いましょうか」

 

言うべきことはすべて言い終えたと言わんばかりに、イゴールは話題を変える。

そこからは、レイの現状を子細に説明する時間となった。

話している間、こんなことせずともイゴールなら全て見通しているんじゃないかと思ったりもしたが、それを口にすることはなかった。

 

「成る程……先程の質問の意味も、理解しました」

 

「レイは大丈夫なの?」

 

「問題ないでしょう。軽く制御が離れた程度ならば、彼への負担は微々たるもの。お気になさる必要はありませぬ」

 

「あれで、軽く制御出来てなかったって程度なの……?」

 

「驚かれているようですが、貴方の手の内にある《神器》もまた、同じ性質を内包しているのですぞ?とはいえ、あれは特殊な――貴方が如何に強くなろうとも扱うことは出来ないものですから、関係ないといえばないのですが」

 

「どういうこと?」

 

「ペルソナとは、文字通り仮面という意味で構成された力です。――隠された一面、自らも知らない裏の顔、目を背けてきた汚れた感情。そんなもう一人の自分と呼ぶに相応しい概念を、神話生物などになぞらえて具現化させる行為。本来はそのような性質故、ペルソナは一人一体というのが普通です。しかし、彼のようなワイルドと呼ばれる複数のペルソナを行使できる特殊な存在、貴方のような道具を利用して同等の力を扱えるようなケースでもない限り、という条件はありますが」

 

「でも、このペルソナ全書って、レイのペルソナとリンクしているんでしょう?それでも使えないってどういうこと?私の力不足ってこと?」

 

「それもありますが、そもそも私自身、アレの全容を把握しきれてはおりませぬ。なのであまり断定は出来ませぬが、あれは貴方が使用しているような意識集合体の欠片ではなく、彼自身であるが故、と判断します」

 

「意識集合体の欠片……?意味が分からないわ」

 

話についていけない私に、イゴールは丁寧に補足を入れていく。

 

「先程申し上げた通り、ペルソナとは個人の持つ裏と呼べる要素が力となって具現化したもの。しかし、それならば何故ワイルドは幾つものペルソナを使用できるのか。果たしてその力の源はどこなのか?と考えられませんか?」

 

「確かに……」

 

「彼の力の源は、絆。いえ、ワイルドの力の根幹を成すものと言った方が分かり易いでしょうか」

 

「絆……そういえば、レイも絆が力がどうのって言ってたわね」

 

その言葉には、聞き覚えがあった。

彼が幾度と口にするそれは、過去から今に至るまで記憶に鮮明に刻まれている。

それ以前に、言葉にせずとも彼が絆という概念に非常に重きを置いていることは分かりきっていることだ。

 

「ワイルドによって召喚されるペルソナは、他者と育んだ絆――その過程によって生まれた感情を十把一絡げにしたものです。喜び、怒り、悲しみ――それが刹那的なものであっても、互いの信頼の昇華へと繋がる事象となれば、それは紛れもなく絆の欠片」

 

「つまり、あの鎧のペルソナと、私が使えるようなペルソナは、実質別物ってこと?」

 

「別物、と一概に言い切ることは出来ませぬが、そうとも言えなくないですな。貴方が言う鎧のペルソナは、世界でただひとつ、彼だけのもの。たとえ無数のペルソナを使用できるワイルドでも、決して他人には成れないのですよ」

 

「まぁ、言いたいことは分かったわ。なんとなくだけど。でも、そうなると鎧のペルソナのような存在は、誰しも持ち得ているってことなの?」

 

「ええ。擬似的に死を克服する、自らの醜い部分を肯定する。条件こそ様々ですが、共通して言えることは、どちらも人間が常に目を背けてきた、弱さを克服することに繋がっております」

 

「弱さを、克服――」

 

イゴールの言葉を、咀嚼するようにゆっくり呟く。

 

「弱さと言っても人それぞれ。個人の持つ最も根が深く、無意識に封じ込めようとしているものこそ、その対象と為り得るのです。更に言うならば、その弱さは本人にさえ理解の及ばぬものであったり、実は知らずの内に克服していた、なんてこともままあることなのです」

 

「無自覚でも弱さを克服していたら、ペルソナを使えるの?」

 

「ペルソナの使い方を自覚していれば、ですが」

 

つまり、場合によってはレイや私以外もペルソナを扱えるということに他ならない。

私はてっきり《神器》の力によって使えるものだとばかり思っていた。

……じゃあ、レイの持つあの《神器》は一体何?

頭が混乱する。現実と矛盾が交差してごちゃ混ぜになって、正常な思考を阻害する。

だけど、ひとつだけはっきりしていることがある。

私にもペルソナが、レイから間借りしたものではない、私だけのペルソナが存在するということ。

他の人もその例に漏れることはないが、力の使い方を理解しているというアドバンテージを考えれば、恐らくそう遠くない未来に扱えるようになる筈。

とはいえ、今の自分にそんな力が覚醒しているような感覚はない。

つまり、私は未だ弱さを克服していないということになる。

そんなの、こんな形で証明されずとも、分かりきったことだった。

 

「無理に理解する必要はございませぬ。ペルソナとは絆の力であり、もう一人の自分の具現であるということさえ理解していれば何も問題ないでしょう」

 

「おざなりな回答ね。あれだけ説明しておいて」

 

「真に知識が必要な時になれば、嫌でも理解することになるのですから、それでいいのです」

 

知ったとき、取り返しのつかない何かが起こってなければいいけどね。

 

「……待って。鎧のペルソナは明らかにレイの意思とは関係なく暴走のような状態を引き起こしていた。それって、そのペルソナを使いこなせていないと取れると思うんだけど」

 

レイは強い。少なくとも、私はそう思っている。

精神が強靱であることは、最早疑うべくもない。

そんな彼のペルソナは、宿主が弱った途端、いとも容易く暴走した。

 

「やれやれ、質問が多い方だ。ええ、その通りでございます。彼の技量では、アレの制御はおろか、自意識による召喚もままならないでしょう」

 

「そんな馬鹿げたものが、レイのペルソナだっていうの?」

 

「ペルソナは、使う者によって無限の可能性を引き出すことが出来ます。ですが、それ故に力を持て余し、暴走することもあります。本来ならば鎧のペルソナとやらも表に出ることはなかったのでしょうが、彼の命の危機に反応し、彼を守るべく無差別の破壊を行おうとした結果が、イレギュラーの真相でしょう」

 

「じゃあ、もしかしてまた同じようなことがあったら」

 

「二の舞になることは、想像に難くないでしょうな。それをさせない為にも、貴方には頑張ってもらわねばなりませぬ。彼もまた、大事なお客人。そのサポート役を買って出たからには、貴方にはもっと強くなってもらう必要があります」

 

「そんなの、言われなくたって」

 

自分の力不足は嫌と言うほど実感している。

ペルソナという強力な力を得たと言っても、それでは足りない。

 

「ですが、忘れてはなりませぬ。彼の持つペルソナを使ってはいますが、その力の源は、貴方自身が育んだ絆だということを」

 

「え――」

 

そうだったの?と口にするより早く、私の視界は闇に染まった。

 

 

 

 

 

現在、駒王学園は夏休み真っ盛りです。

リアルだなぁ、と思いながらも、やはり休みというのはいつだって最高なものであり、それを享受したいと思うのは至極当たり前の流れであって――つまり、夏休み最高!

最高、なんだけど……実はかなり暇だったりする。

理由としては、リアス達が次回の《レーティングゲーム》に向けて冥界で修行するからである。

冥界っていうのは、簡単に言えば悪魔側の領土みたいなもので、人間である自分が入るには、環境が良くないらしい。

何?常に毒の沼歩いてるような感じ?そりゃ辛い。

人間である弊害がここにも来たか……としょんぼりしつつ、それも運命だと受け入れる。

しかも、ミッテルトも修行をしたいって理由で冥界に行っちゃったもんだから、家には彼女を除いた三人だけ。

一人いなくなるだけで家の中がすっからかんになった気分だ。

それだけ彼女と居た時間が長かったということなんだろう。

 

まぁ、そんなこんなで暇を持て余している自分は、散歩がてらの買い出しに出ている。

ゼノヴィア達も同伴しようとしていたが、女性に荷物持ちをさせるのは流石にアレだし、お断りしておいた。

寄り道するな、とか、知らない人についていくな、とかまるでお母さんのような台詞を背中に受けながら家を出たことは、記憶に新しい。

そんなに危なっかしいかね、自分。

 

「見つけた」

 

買い物袋を手に下げ、帰り道を歩いていると、ふと背後から透き通った声が聞こえる。

思わず振り返ると、そこにはゴスロリな格好をした少女が立っていた。

周囲には誰もいない。少女の目線は真っ直ぐこちらに向けられている。

つまり、見つけたという言葉は、紛れもなく僕に向けられたもの。

 

「君は?」

 

「我、オーフィス」

 

「オーフィス、君の探し人は、私なのか?」

 

問いかけに無言で頷くオーフィス。

やだ……可愛い。

 

「それで、何故私を捜していた?記憶の限り、面識はない筈だが」

 

「協力して欲しい。静寂を取り戻したい」

 

「静寂……?」

 

抽象的で要領を得ない会話に、首をかしげる。

 

「我、感じた。グレートレッドを打倒する可能性、その力の奔流の正体を探して、ようやく会えた」

 

「それが私だというのか?――人違いだろう」

 

「それは有り得ない。実際に会って、確信した。我の求める力、静寂への活路が、そこにある」

 

そう言って、僕の胸の辺りを指さす。

わけがわからないよ。と言いたいけど、嘘を言っている、というか、謀っているようにはどうにも見えない。

力とは、ペルソナのことだろう。

確かに原作でも主人公のペルソナとかは、とんでもない存在だったりしたし、有り得ないと切り捨てるのは早計だ。

だからといって、そんな主人公よろしくとんでもない力が自分にもあるかといえば、それもまだ分からない。

オーフィスは確信してるっぽいけど、実感がない以上何とも言えない。

 

「だけど、今のままでは足りない。だから、連れて行く」

 

そう言って、オーフィスは僕の手を取る。

 

「どこに連れて行くつもりだ」

 

「我の知る、今から力を発揮できる場所」

 

それだけ告げると、魔法陣が足下に展開される。

有無を言わさない速さで、僕は転送された。

 

 

 

 

 

そうして、全く知らない場所にいたでござるの巻。

住宅街?なにそれ、美味しいのってぐらい自然――というか、一面荒野な場所に、一人寂しく立っています。

……あれ、一人?オーフィスは?

見回しても、どこにもいない。この様子だと、一方的に送られただけで、ついてきてくれた、なんてことはないらしい。

酷い、しかし、許せる!

 

それにしても、軽く息苦しい。胸焼けに近い不快感が地味に襲ってくる。

もしかして、ここは冥界だったりするのだろうか。

リアスの説明から推測するに、あながち的外れではない、筈だ。

冥界は人間には害悪って言ってたけど、思ってた程じゃないね。もっと、そこかしこに毒の沼とかバリアとかあるものだと思ってた。

何て言うのかな。北海道に住んでいた人が、いきなり東京に送られたらこんな気分になりそうって言う程度。

いずれ慣れるだろうし、取り敢えず先に進もう。運が良ければリアス達と会えるかもだし。

行くアテはないけど、それを嘆いていても仕方ないしね。

 

黙々と歩き続けて、一時間ぐらいだろうか。

ようやく建物らしきものが視界に入ってきた。しかも、めっさでけぇ。

構造自体は西洋風だけど、異世界っぽい世界観も相まって異質なものに見える。

取り敢えず、どうにかしてあっちに戻れる目処を立てないことには、ここに永住なんてことも有り得る。

みんなはこっちに自分が居ることを知らないだろうし、間違いなく心配される。

因みに、携帯は圏外です。当たり前だよなぁ……。

 

近づいていくに連れて、建物から出るとても騒がしい雰囲気を察知する。パーティーでもしてるのかな?

もしそうなら、そんな時に入るのは無粋だよね。

だけど、ここまで人気の無い場所で、諦めて他の場所を訪ねるなんて選択肢を取ろうものなら、間違いなく迷子になる。あ、もう迷子か。

 

そんなこんなで、いきなり建物の壁が爆発した。

何を言ってるか(ryな展開だけど、実際そうだから困る。

そして、爆発の煙をかいくぐるように飛来してくる何か。

当たり前のようにそれは、こっちへと狙いを定めている。

ペルソナはともかく、肉体は凡人な自分は、そんな予想外に反応出来るわけもなく、飛来した何かにぶっ飛ばされた。

痛みに耐えながらも、咄嗟に飛来物を掴んでいたことで、疑問が生まれる。

やけにデカイ。というか、柔らかい。

岩のようなものが襲ってきたものだとばかり思っていた分、その真逆の性質を前に混乱してしまう。

 

何メートル飛ばされただろうか。勢いありすぎワロタ。

普通なら死んでるけど、何故か死んでない。お兄さんびっくりだ。

あれか、ギャグ補正?というか、この展開ってギャグなの?

 

「いたた……まさか私がここまでやられるなんて、予想以上に厄介だなぁ……って、あら?」

 

重量のある何かから声が発せられる。

閉じていた目を開くと、そこにはネコミミ黒髪和服美女がいた。

しかしその和服もボロボロで、扇情的な情景を醸している。

ドキドキハプニングな状況の筈なのに、こうも冷静でいられるのは、恐らく姫島のせいだろう。感謝はしない。

 

「あ、アンタは――――あぐっ!」

 

人の顔を見るなり驚きを露わにしたネコミミさんだが、傷ついた身体に響いたらしく呻きながら自らの身体を抱き締める。

 

「ティターニア、ディアラマ」

 

当然その様子を見逃せる筈もなく、反射的に回復魔法を掛けてあげる。

 

「あ、傷が――」

 

「大丈夫か」

 

「え、ええ。ありがとう」

 

ふと、ネコミミさんが飛び出してきた屋敷の方向から、誰かが近づいてくる。

ネコミミさんを襲った相手かも知れない。そう考えると、ネコミミさんが何者であれ、一緒に居る自分も同類と思われるのは確実。

それ自体はどうでもいいんだけど、取り敢えず面倒事は避けたい。

ただでさえ帰る手段が見つかっていないというのに、これ以上手間取るのは流石にいただけない。

 

「逃げるぞ」

 

「えっ、でも――」

 

反論の声を遮るように、僕は彼女の手を取り、走り出す。

スクカジャを掛けた足ならば、例え相手が誰であろうと逃げるだけなら出来る筈。

そんなわけで、故も知らぬ相手との逃避行が始まった。

 




Q:ペルソナの設定(ワイルドで使える奴の見た目)公式?
A:独自解釈です。3と4を例にするなら、同じワイルドとはいえ作成できるペルソナの殆どのデザインは同一(仕様だと言われたらそれまでだけど)なのは、自分の心象風景を象らないペルソナは、人間の集合的無意識――つまり、人類が無意識にイメージする悪魔の姿を象ったに過ぎないものだと考えています。対して、通常のペルソナ使いが持つペルソナは、使用者個人のイメージが重視されるものだと思っています。直人のスクナヒコナとか、まんま格好がアレなのもそれが理由でしょう。

Q:オーフィス出た!しかし、いいのか出てきて。
A:いいんじゃね。ヴァーリとかはタイミング的に出払ってるし、他の人も上手い具合に同じ感じだったんだよ。うん、そうだよ。ていうか、オーフィスの相手の呼び方が分からない。お前、とか言ってたっけ。

Q:出逢いましたね、とうとう(真の姿的な意味で
A:朱乃さんのせいで彼女のエロスが効いていません。絶望した!


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第二十九話

リカンツ=シーベリーは俺の嫁。
三峰真白は俺の嫁。
エドナ様に踏まれたい(ヴェネレイト・マイン
不知火に蔑まれたい(53cm艦首(酸素)魚雷
和泉森兼定は俺が嫁(目潰し


見知った青年、有斗零に導かれる形でひたすら荒野を駆け抜ける。

人間離れした身体能力は、恐らく彼の持つ力――ペルソナ能力に関与しているのだろう。

詳しいことは分からないが、敵である立場の自分が彼に手を取られ、逃避行をしていることだけは確かであり、それを振りほどくことなく受け入れている自分がいることもまた然り。

知人であると知っているからこそこうしていられる私だが、彼は果たして私があの黒猫だと知ってこのような行動を取っているのだろうか。

そうであるならば、何を考えてこのような行動を取ったのかを問いただしたいところだが、そうでないのならいらぬ情報を与えるだけに終わってしまう。

こんな出会いは予定にはない。そもそも、この姿で会うつもりなんてなかった。

あったとしても、せいぜい敵として立ちはだかるのが関の山だと踏んでいた。

だけど、現実はどうだ?

まるでこれでは、恋人同士の逢引のようではないか。

いや、実際には命懸けの逃走劇なのだが、あまりにも予想外なことが多すぎてシリアスになりきれていないといえばいいのだろうか。

……何を考えているんだ、私は。馬鹿馬鹿しい。

 

「……さて、ここらでいいか」

 

手頃な森林地帯に入り、身を隠すように隠れた私たちは、ようやく一息つく形となる。

 

「……ねぇ、いきなりこんな場所まで連れてきてどういうつもり?」

 

他人であることを前提にして話を切り出す。

零はそんな対応に、自然な態度で返してくる。

 

「差し迫った様子だったからな。無我夢中で走ってしまった」

 

「答えになってないんだけど」

 

「つまり、考えている暇なんかなかったということだ」

 

「無意識ってこと?」

 

「そうなるな」

 

本心なのか煙に巻いているのか、それさえもわからない。

そこにいるのに、まるで霧を掴むようにその存在は途方もなく感じる。

人間であり、悪魔や天使に限らず、白龍皇さえも退ける力を持つ青年。

時代が時代なら、英雄と呼ばれていたであろう。……その称号に取り憑かれている存在を知らない訳ではないが、それとは別の話。

 

「なにそれ、訳わかんない。私が危険人物かも、とか考えなかったの?」

 

「考える暇がなかったと言ったばかりだろうに」

 

「自分で間抜けを宣言しないでよ……。まぁいいわ。助けてくれたことには感謝してる、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

それ以降、会話が途切れる。

詮索してくる様子はない。意図してのことか、興味がないのか。

どちらにしても、露骨すぎて気になって仕方がない。

 

「……で、貴方人間よね。こんな場所になんでいるの?」

 

これはさっきから抱いていた疑問だ。

事前の情報によれば、彼はリアス・グレモリー達とは今回行動を共にしておらず、ましてや冥界に行く手立ても伝手もない状態だったはず。

彼という存在は未だ未知数なので断定こそ出来ないが、少なくともこんな場所にたった一人で来る理由はないのではないだろうか。

 

「……さて、な。私自身、こんな場所に来る予定はなかった。強制的に連れられたんだ」

 

「なにそれ、そんな物好きがいるの?」

 

「今の私がいることが、何よりの証拠だ」

 

他人同士という前提での会話だからこそ、こんな言い方をしているが、事情を知る者からすれば決して考えられないことではない。

人間でありながら、悪魔、天使、堕天使を下す力を持つ彼は、知る者が知れば注目せずにはいられない存在だ。

そんな彼を一方的に転移させられるということは、その相手は途方もない強さを持つ存在ということになる。

そんな存在となれば、必然的に限られてくる。

 

「その連れてきた相手って、誰か知ってるの?」

 

「オーフィスと名乗っていたな」

 

聞いた瞬間、思わず目眩に襲われそうになる。

オーフィスって、禍の団のトップでうちの上司じゃないか。いや、上司と言っても窓際係長みたいな感じだけど、実力は本物だ。

無限を司る龍であり、夢幻を司るグレートレッドと対を為す最強の龍の一角。

お飾りとして君臨しているとはいえ、そのネームバリューに偽りはない。

そして、彼女はあらゆる事象に無関心を貫いており、自分が利用されている事実にさえそうであったというのに、有斗零はその例外となった。

それがどれだけ異常なことで、どれだけ異質なことか。

もしかせずとも、近い未来オーフィスは行動を起こすかもしれない。

それがどのような結果をもたらすかは分からない、が――禍の団がこれまで通り機能するとは思えない。

そんな組織にいつまでも身を置いていたところで、ろくなことは起きないだろう。

元々隠れ蓑に利用していたに過ぎない場所だ。離れることに未練はない。

 

「まぁ、それはいいわ。それより、帰るアテはあるの?」

 

「ないな」

 

「そんなことだろうと思った」

 

口にはするが、果たしてそうなのか?と疑問を抱かずにはいられない。

そもそも、冥界にいるのに人間が平然としていられる時点でおかしい。ペルソナ能力が何かしらの加護の役割を担っているのだろうか。

 

「じゃあ、私が転移で送ってあげる。とは言っても、さっきのいざこざで魔力が足りないから、数日待ってもらうことになるけど」

 

それは、半分嘘だ。

魔力は足りないのは事実だが、彼を送り届けるぐらいなら一日待たずとも回復する量で賄える。

自分でも、何でこんな半端な提案をしたのかが分からない。

未練があるとでも言うのだろうか、彼と別れることに。

 

「別にいいさ。文句を言える立場ではないし、そもそも言う理由がない。ありがとう」

 

そう彼は優しく笑みを浮かべる。

笑みと言っても、ほんの些細な表情筋の変化でしかない。一般的には笑顔と呼べない代物。

しかし、彼を知っている者からすれば如何に貴重な変化か。

その予想外の反応に、顔が少しだけ熱くなってくる。

 

「じゃ、じゃあこれからのことを考えないとね。しばらくは根無し草の放浪の旅になるけど、いいよね?如何にも温室育ちって感じだけど、文句は受け付けないから」

 

「分かっているさ」

 

そうして、二人だけのサバイバル生活が始まった。

犯罪者の自分は大手を振って人のいるところを歩けない為、仕方ないことではあるが、本当に彼は文句ひとつ言うことなく従ってくれた。

それどころか、野営などは率先して行ってくれるなど、現代人とは思えない手際の良さで私を助けてくれた。

こうして知れば知るほど長所ばかり出てくる人間なんて、そうはいない。

故に、ふと不気味に思う時もある。

悪魔だって欠点のひとつやふたつある。ましてや無機物でさえ、その例に漏れない。

不完全だからこそ、その存在を満たす為に互いに補い合い、補完し合う。

だからこそ、目の前の完全が恐ろしく思えてきて仕方がない。

……何を恐れているんだ、私は。数日で全貌が見えるなんて、そんな簡単なことが当たり前にあるなんて甘い話だ。

知らない人を前にすれば、自分を良く見せようとするのは普通なこと。それが今の今まで保っているに過ぎない。

そう思わないと、目の前の優しい青年を否定してしまいそうになるから。

 

「さて……そろそろ頃合いかな」

 

それは、何を決意しての言葉だったのだろうか。

自分から引き延ばしていた癖に、いざ都合が悪くなれば自分勝手に切り離す自分に嫌気が差す。

だけど、そんな愚かさを露呈してでも、彼を嫌いになりたくはなかった。

彼の傍で得られた安息が、たったその程度の事実で消えてなくなるなんて、許容できる筈がなかった。

 

「もういいのか?」

 

「ええ、十分よ」

 

私達は今、切り立った崖の下にいる。

周囲には森。僻地も僻地の獣道。ここでなら、安全に転移が出来る筈だ。

 

「じゃあ、準備するから待っててね」

 

確認を取り、転移陣を展開する。

私は転移魔法が得意ではない。と言うよりも、自分の中で完結しない魔法は専門外だ。

逆に仙術のような自己強化に重きを置いた力などは、得意中の得意だ。

そんな理由で、魔力があるからと言ってパッと始めてパッと終わるなんてことにはならないのだ。

長丁場になることは覚悟の上。そんなことは重要ではない。

先程から私の中で燻る嫌な予感。このまま作業を始めたら不味いと、警鐘を鳴らしている。

だけど、今を逃せば今度はいつになるかわからない。

ただでさえ私は指名手配されているのだ。あのような出来事を起こしてしまった手前、時間を掛ければ掛けるほど状況は不利になる。

だから恐らく、今が最大のチャンス。

 

作業も佳境に差し掛かった所だろうか。肌に張り付く嫌な感じが四方から私を襲う。

零も同じなのか、壁にもたれかかっていた身体を揺り起こす。

 

「……ほんと、嫌な予感ばっかり当たって、嫌になる」

 

森の中から、崖の上から現れるは、悪魔の群れ。

その数、見える範囲すべてが悪魔に満たされる程度。最早数えるのさえ億劫になるレベル。

 

「君目当て、かな」

 

「そうでしょうね。私、指名手配犯だし」

 

どこで嗅ぎ付けたのだろうか、なんてことは最早重要じゃない。

徒党を組んでのものか、同じ目的で集まっただけの烏合の衆か。どちらにせよ、厄介なことに変わりはない。

 

「戦えるか?」

 

「無理。もう解除できる段階じゃない」

 

転移とは、空間を超越して別の場所に移動する手段。

そんな力を使おうとしている相手に下手な刺激を与えれば、どうなるか。

制御を失い、転移の対象に見境をなくすことは想像に難くない。最悪、転移空間の狭間に永遠に束縛されるかもしれない。

 

「背水の陣、か」

 

「ただの絶体絶命だよ、これは」

 

普段の私なら、これぐらいの逆境跳ね除けるのは訳ない。

だが、逃げるも攻めるもできないこの状況を、絶体絶命と言わずとして何という。

 

「……貴方一人なら、逃げるぐらいできるでしょ。私に構わず、とっとと――」

 

私が言い終えるより早く、彼は私の目の前に庇うように立つ。

 

「見捨てるなら最初からしている。それに女性を盾にして逃げるぐらいなら、死んだ方がましだ」

 

――不覚にも、その言葉に心が揺れた。

思えば、こんな優しい言葉を掛けられたのはいつ以来か。いや、果たしてそんな時期があったのかさえ思い出せない。

物心ついた頃には親なんて上等なものがいなかった私は、妹と生きる為に悪魔と契約して、妹を守るために主を裏切り、妹と袂を分かち外道の道に生きることになった。

浅く思い返すだけでも、碌でもない人生であるのが分かる。

少なくとも、優しさなんてものとは無縁であった。

生きる為に利用し、利用されの繰り返し。

そんな虚しいだけの繋がりを受け入れているのも、私の判断が結果的に妹を苦しませることになったからだ。

ああするしかなかった、なんて言い訳にもならない。

そんな世界にいたのだ。自然と相手の言葉や行動の裏に隠された真意や黒い感情などを見抜く能力も身についていった。

そうしなければ、自らの身を滅ぼすから、そうなるしか道はなかった。

だからこそ、分かってしまう。

彼の言葉は、打算や謀とは無縁の、本気で私を想ってのものだということが。

 

「もう……勝手にしたらいいニャ」

 

言ってから、しまった、と思った。

気の緩みから、ついいつもの口調になってしまった。

 

「それが、君の素か?」

 

「あ、いや……」

 

「いいんじゃないか?似合ってる」

 

なんて場違いな発言をするものだから、余計に変な気分になる。

 

「さて、こんな状況だからこそ聞きたいんだが――君は堅実と博打、どちらが好きだ?」

 

「は?何を一体」

 

「いいから」

 

「……堅実、かな。リターンが多い見込みがあるならその限りじゃないけど」

 

いきなり要領を得ない質問をされたことに疑問を抱きながらも、素直に答える。

 

「リターンとは、具体的にはどれぐらいのものだ?」

 

「そうね……目の前の悪魔達を一瞬で蹴散らせるぐらいのリターンかしら」

 

その答えを聞いた途端、零はおもむろに手のひらを空に掲げる。

あの構えを、私は知っている。

 

「なら、期待に応えねばなるまいな。――トライアングル・スプレッド。ペルソナ!!」

 

三枚のタロットカードが零の眼前に集ったかと思うと、それをひとつに纏め、握りつぶした。

瞬間、膨大な力が彼の中心から溢れ出る。

その力の波のせいで、転移が中断されてしまうかと思ったほどだ。

そして彼の背後に現れたのは、白いコートと剣を携えた男の姿をしたペルソナだった。

 

「クルースニク、マハンマオン!」

 

クルースニクと呼ばれたペルソナは、地面に剣を突き立てる。

その瞬間、悪魔達の足元から光の柱が登り、身体に札らしきものが張り付いてく。

直感的に理解する。あれは――悪魔にとって良くないものだ。

光の柱に飲まれた悪魔達は、例外なく苦しみもがきだす。

その姿を見ているだけの私さえも、見ているだけで怖気を通り越して吐き気を催すレベルの不快感。

それなら、あの光を浴びた悪魔達の苦痛たるや、如何ほどのものか。

そうして間もなく、悪魔達は消滅した。文字通り、まるで最初からいなかったかのように消えたのだ。

 

「今のは、何?あいつらはどこにいったの?」

 

「死んだよ」

 

あまりもあっさりと。私の疑問は解決された。

 

「死んだ?あんな数の敵が、一瞬で?」

 

「先程の光は、破魔の力を宿しているんだ。相手を傷つけるのではなく、滅するのみの力だ。効果がなければ傷ひとつすらつけられない、使い時が限られるスキルなんだが……今回のような状況なら、殲滅効果が高く見込める。とはいえ、ここまであっさり終わるとは予想外だったがな」

 

何でもないように言う零の様子は、悪魔とはいえ幾多もの命を奪ったとは思えないほど淡々としており、再び彼に対しての恐怖が募り始めた――かと思いきや、何故か頼もしさが勝っていたのか、非常に落ち着いていた。

だけど、こんな力さえ所有していたなんて、情報にはなかった。

これで、下級悪魔程度なら徒党を組んで掛かったところで彼には絶対に敵わないことが証明された。

 

「ち、因みに今みたいな下級悪魔じゃなかったら、効果あるの?」

 

「分からない。弱点なら例え何者であろうと効果は見込める筈だが、その弱点を把握する術を私は持たないからな」

 

「そう……。後、あの破魔の力って、やっぱり天使とかには効かないのかな?如何にも神聖な力って感じがしたし」

 

「私はそう考えている。だが、この様子なら天使の類には呪殺が効くだろうから、別に問題はない」

 

呪殺、なんて物騒な言葉を聞く限り、あの光の柱の真逆の属性で同じ効果の魔法?もあるのだろう。

末恐ろしい、としか言えない。

そりゃあ、悪魔も天使も恐れないのも納得だ。

 

「はぁ、聞きたいことは沢山あるけど、転移の準備終わったよ。とっとと用意しなさい」

 

「そうか、ありがとう」

 

「お礼はいいから、とっとと始めるわよ。今の馬鹿みたいな光の柱のせいで、間違いなく様子見で誰かがこっちに来るから急がないといけないわ」

 

こちらの言い分に納得したのか、展開された魔法陣に乗る。

 

「じゃあね。願わくば、もう二度と会うことがないように祈るわ」

 

もし、出会うとすれば次は間違いなく敵同士になる。

こうして会話をして情が出来てしまった今では、そんな関係で相対するなんて無理だ。

それ以前に、あんな力を持っていると分かった以上、戦いたいと思うこと自体あり得ない。

 

「……またな」

 

そんな気持ちを知ってか知らずか、彼は転移の間際にそう言い残し、消えていった。

私は再び、一人になった。

だけど、何故だろうか。前のような心の中に吹きすさぶ冷たい風は感じられない。

むしろ、どこか暖かな春風のようなものを感じる。

 

「……さて、行かないと」

 

胸に去来する謎の感情を振りほどき、この場を離れた。

それでも、零のことが頭から離れることだけはなかった。

 

 

 

 

 

次に瞼を開いた時には、家の前にいた。

転移がどこに飛ばされるのかとか、そういった重要なことを聞かないまま転移しちゃったもんだから、どうなるか不安だったけど良かった。

ていうか、転移するときにここをイメージしたものだから、それが反映されたってことなのかな。

 

「ただい――ごっ!」

 

玄関のドアを開けた途端、腹部に走る衝撃。

その勢いで吹き飛んだ身体は、背後にあった塀の壁に激突する。

肺の空気を1CC残らず搾り取られた気分だ。今なら波紋も使えそう。

そんな危機感ゼロの思考をしながら顔を上げると、そこにはミッテルトが立っていた。

家の光を背にしているせいで、表情に影が差しており、顔色を窺うことは出来ない。

だが、その身体から発せられる殺意の波動のようなものが、彼女の怒りを体現していた。

 

「こん……の、ドあほぉ!!!どこ行ってたぁ!!!」

 

彼女から、今まで聞いたことないような怒号が発せられる。

 

「ミッテルト、近所、めいわ」

 

「黙れ」

 

今まで見たことないほどの鋭い眼光が突き刺さる。

一歩、一歩としっかりと地面を踏みしめてこちらに歩み寄ってくる。

また殴られるのか――そう覚悟を決めて目を閉じる。

だが、数秒待てど痛みは来ず。

その代わりに、顔面を覆う暖かな感触。

頭上から聞こえる、啜るような音と押し殺すような声。

 

「――ほんどに、じんばいじだんだがらぁ……!!ばがぁ!!」

 

今まで溜めてきた感情が爆発したのだろう。まるで子供のようにミッテルトは大声を上げて泣き始めた。

ここまでくれば、馬鹿でも分かる。彼女がこんな風になっているのは、自分のせいだと。

当たり前だ。毎日会っている相手が、何の前触れもなくいなくなったとなれば、心配もする。

それでも二日ならまだ、突然リアルが忙しくなって~っていうケースを考えるのが普通だけど、女神の如き優しさを持つ彼女のことだ。自分が事故にでもあったものだと気が気でなかったのだろう。

 

「さて――女性をここまで心配させて泣かせた最低君?何か申し開きはあるかな」

 

「……ゼノヴィアか。いいや、ないよ」

 

「潔くてよろしい。ミッテルトは一睡もせず、君を待っていたんだ。それを理解した上で、後は貴方次第だとだけ言っておく」

 

それだけ言い残し、後は僕達二人の問題だと言わんばかりに、ゼノヴィアは閉口した。

とはいえ、自分には正直どうすればいいか分からず、ただミッテルトが泣き止むのを待つことしか出来ないでいた。

 

「……二日よ。いきなり何の音沙汰もなくなって、リアス達は冥界にいるからソーナ達にも頼んで探してもらったけど一向に見つからなくて。もうどうすればいいか分かんなかった」

 

「…………」

 

「帰ってきたと思ったら平然としてたし、何食わぬ顔だったから、ムカついた。こっちがこんなに心配してたっていうのに、そんなだったらこっちだって怒りたくもなるわよ」

 

「……済まなかった」

 

「いいや、許さない。――絶対に、(はな)してやるもんか」

 

余計に抱き着く力が強くなる。

冷静になった今、自分の置かれた状況が如何に恥ずかしいかを嫌でも理解してしまう。

しかし、こうなったらミッテルトは梃子でも動かないのは、過去の経験で実感済みだ。

ゼノヴィアは間違いなく助けてくれないだろうし、僕は彼女が満足するまで、この恥辱に耐え続けるしかなかった。

……あれ、そういえばオーフィスって名前、どっかで聞いたような気がしたけど、どこだっけなぁ。

 





Q.さて――読者をここまで放置して豪遊に浸っていた最低君?何か申し開きはあるかな。
A.ないです。(開き直り)

Q.また合体ペルソナか(既存のペルソナの出番が)壊れるなぁ。
A.割とマジでただの合体素材でしかなくなってきた低レベルペルソナ達。インフレは零の役目、細かいペルソナはミッテルトの役目ってことで。

Q.なんで今更再開したの?
A.たまには自分の作品を読み返してみよう→あれ、意外と面白い……誰が書いてるんだろう→俺だった→なんかムカついたから投稿した。何が原動力になるかわからないね。

Q.待たせておいてこのクオリティか。
A.スランプだったのはマジだったので、勘弁してください。


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第三十話

普段からこんなに長いから投稿が遅れるっていうなら、分割にした方がいいのかな。
というか、私にうまくまとめる技量がないのがいけないんだけどさ。
それを差し引いても、FF14で実装されたゴールドソーサーにはまってるのが一番の原因なんでしょうけれど。あと夜勤突入したこととか。


「……ねぇ、それどうしたの?」

 

冥界から戻った私達は、久々に零達に会いに自宅に窺ったのだが、そこには零にべったりとくっつくミッテルトと、それを面白げに眺めるゼノヴィアの姿があった。

事前情報によれば、

 

「こうでもしないと、どっか行っちゃうから、仕方なくよ」

 

「そう言って聞かないんだ」

 

「……本当になんだっていうのよ」

 

冥界でも禍の団の一員であり、黒歌と言う名の子猫の姉からの襲撃もあって、私を含め眷属達はあまり精神的に高揚してはいなかった。

そんな状況で、この見せつけてくれる態度。イライラを顔に出さない辺り、変なところで自分の成長が実感できてしまい、余計に凹む結果になる。

私も零とイチャイチャした――じゃない!

 

「あ、あうあうあう……」

 

「あらあら」

 

ギャスパーは目の前の光景を前に混乱し、朱乃は笑顔だけど黒いオーラを出して零を見つめている。

特に朱乃、気持ちは分かるけど自重しなさい。

 

「というか、蒼那から聞いたわよ。二日ぐらい唐突に消えたんですってね。それでミッテルトがそんなくっついてるってことなんでしょうけれど、一体どうしたっていうのよ」

 

「ああ……いきなり拉致されたんだ。オーフィスという少女にな」

 

「オーフィ……!?」

 

零以外の全員が、その言葉に驚愕する。

オーフィスと言えば、最強の龍として有名な無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)であり、神が生まれる以前より存在するとされる、神さえも滅ぼすことのできないという逸話を持ち、今は禍の団の象徴として飾られているとされる龍だ。

そんな化け物が、よもや駒王町に現れただけでなく、三勢力の話題の中心である零に誰にも気付かれずに干渉していただなんて、驚くなという方が無理な話である。

 

「って、ミッテルト。貴方も聞いてなかったの?」

 

「初耳ッスね。というか、どれだけ聞いても今の今まで言い渋ってたのよ」

 

「なんでそんな重大なこと黙ってたのよ!」

 

「……誰だって、恥を語ることを渋るのは当然だと思うが」

 

珍しく影の差した表情をする零。

言いよどむあたり、よっぽど言いたくないことなのか。

 

「恥?」

 

「あのような子供にいいようにされたのだ。言いたくもなくなる」

 

視線をそらし、それ以上零は何も言わなくなった。

恥とは、何の冗談か。

二天龍でさえ太刀打ちできないかもしれないレベルの存在を子ども扱いした挙句、なすすべなく強制転移させられた事実を本気で恥だと認識している。

普通なら、仕方ないの一言で終わらせられるぐらいの相手に対して、だ。

零のことだから、まさかオーフィスを知らないなんてことあり得る訳がないし、分かってて言っているのは間違いない。

つくづく、頭が痛くなることばかり引き起こしてくれる。人の気持ちも知らないで。

 

「……まぁ、その話は追々するとして、今日は用事があって来たのよ」

 

「用事?」

 

「ええ。零達に今度行われるレーティングゲームの特別席に招待する誘いをしにね」

 

「レーティングゲーム……久しぶりに聞くな。しかし、観戦とはいえ参加していいのか?」

 

「確かに人間である貴方はレーティングゲームに参加する権利はないかもしれないけれど、そんな立場を無視できるぐらいの繋がりを持っていることに気付いているのかしら?」

 

「魔王に天使長に堕天使総督……うん、レーティングゲームのルールぐらい多少捻じ曲げるぐらい訳ないわね」

 

「正確にいえば、これはお兄様――サーゼクス・ルシファーからの正式な招待だから、何も気兼ねする必要はないのよ」

 

この報せをグレイフィアから聞いたときは、最初は何を考えているのかと思ったものだ。

お兄様は零の存在を今回の件で正式に表に出すことで、あらゆる方面からの牽制をしたいのかもしれない。

今でこそまだ噂程度に留まっているが、零の名前はこれから確実に世界に浸透していくことだろう。

言い方は悪いが、だからこそ今のうちにツバをつけておいて、逆に零への干渉を抑えようと考えているのかもしれない。

そしてあわよくば、三勢力の中で一番繋がりが深いのは冥界側であるという認識を植え付けたいのだろう。

わが兄ながら抜け目ないと思う。だけど、魔王という立場を思えばその気持ちも分からなくもない。

まぁ、お兄様のことだから、純粋に親友になりたいとも考えているのは間違いない。

 

「ふむ……せっかくの招待だ。レーティングゲームがどんなものかも見てみたいし、私は謹んで受けよう」

 

「レイが行くなら当然行くわ」

 

「面白そうだし、私も行くぞ。本音を言えば、参加する側に回りたかったが……」

 

「なら、今からでも悪魔に転生する?歓迎するわよ」

 

「それはお断りさせてもらう」

 

「それは残念」

 

期待してはいなかったが、残念なのは本音だ。

聖剣デュランダルの担い手が眷属になれば、前衛組の大幅な戦力アップが見込める。

祐斗とライバル関係にあるということから、より身近な関係になれば切磋琢磨も著しくなるだろうし、盲目な目線を捨てた彼女は親しみやすい性格をしており、ムードメーカーとしても一躍買ってくれるだろう。

まさに至れり尽くせり、言うことなし。

決して、零と同じ屋根の下で平然と暮らしていることを嫉妬していて、眷属側に引き抜けばそれもなくなるだろうとか、そんな打算的なことを考えているわけでは一切ない。

 

「因みに対戦カードはどうなってるの?」

 

「言ってなかったわね。相手は蒼那とその眷属たちよ」

 

「駒王学園の生徒会長で、確か悪魔でもあったな。勝算はあるのか?」

 

「ある。……って言いたいところだけど、五分ってところね。蒼那の作戦立案能力は、私を遥かに凌ぐわ。眷属の質では負けるつもりはないけれど、こればかりは優っているとは言えないわね」

 

「あれ、普段のお高い頭は今日は留守番ッスか?」

 

「そういう貴方は、いつも通りの毒吐きね。……彼女とは長い付き合いだからね。だからこそ、見えてくることもある。同じ時間を共有し能力を高めあって来たから、比較対象はどうしても彼女になるから、余計にね」

 

「ふうん……。まぁ、それならお互いに手の内の読みあいになるだろし、戦略を練るのに長けたソーナの方が有利ってことかしら」

 

「私がそういうのに疎いだけかもしれないが、ソーナ・シトリー本人や眷属についての情報は聞かないのが気になるがな。グレモリーは兵藤という赤龍帝がいるが、彼女からはそういう特別な噂は耳にしない。眷属の質だけで言えば、グレモリーに有利が働いている可能性はありそうだが」

 

「仮にそうでも、駒を有効に扱えなきゃ宝の持ち腐れよ。というわけで、私はソーナを推すわ」

 

「なら、私はグレモリーに賭けよう」

 

「いや、なに本人の目の前でトトカルチョまがいのこと企てようとしてるのよ」

 

「別にいいだろう?この手の催しなんてものは、裏でこういうことを当たり前にしているものだと聞くぞ?」

 

「仮にそうでも、堂々としすぎでしょう……」

 

「それに、金を賭けるつもりはない。何でも一つ言うことを聞かせるだけだ」

 

「それ、貴方がさせる側に回った瞬間金銭のやり取り以上に酷いことになりそうなんだけど……」

 

ゼノヴィアの俗物的な物言いにがっくりと項垂れる。

協会から縁を切ってからのゼノヴィアは、良くも悪くも自由すぎた。

神へのあの信仰心が、今ではこんなに落ちぶれて……。悪魔的には改心したと言うべきなんでしょうけれど。

正直、ゼノヴィアはどこに行こうとも勝手に順応して不自由なく生きられる、天性の生き上手なんだろうと思わずにいられない。

 

「零はどうだ?どちらに賭ける?」

 

ゼノヴィアは唐突に零に話を振る。

内容が内容だけに、私の身体も自然と強張る。

 

「…………」

 

しかし、零は無言を貫く。

それどころか、先程から閉じた目を開くことなく、目線を合わせようともしない。

嫌な予感がする。いや、付き合いが長いのは私達の方だし、優しい零のことだから、どちらかを贔屓にしたくないだけ、よね……?

何か言ってよ。怖くて聞けないから。

 

「レイに馬鹿な質問向けてるんじゃないわよ。リアスと姫島も、あんまり気にしなくていいッスよ」

 

「え、ええ……。じゃあ、私達はもう帰るわ。帰ってきたばかりでへとへとだし。ほら、二人とも行くわよ」

 

「零君……今度じっくりお話しましょうね」

 

「ミッテルト先輩……どうして……」

 

取り敢えず、私達も本格的に退散しないと、そろそろ真っ黒な朱乃が出てきそうでその矛先は間違いなく自分に向く。

ギャスパーも、慕っているミッテルトがソーナを支持している風なことを言ったものだから、どこか影のある表情をしている。

ああ、胃が痛い。これが《王》の定めなのかしら……。

 

 

 

 

 

筆の走る音と、外の明るい喧噪を聞きながら書類整理を済ませていく。

生徒会室には私、支取蒼那ひとりだけ。

眷属達は、来るべきリアス達とのレーティングゲームに向けての修行を行っている。

私は、夏休みの間に溜まった生徒会への案件を片付けるべく学園に足を運んでいた。

本来なら、優先すべきことではなかった内容だ。

だけど、私は逃避した。日常生活の営みに触れ、戦いから目を背けることで、あの時の光景を思い返さないようにしていたのだ。

 

冥界で次世代の新人悪魔同士の邂逅が行われた際に、お偉方の前で行った宣誓に対するあの反応。分かっていたとはいえ、辛いものがあった。

私の夢――冥界に地位や身分の低い下級悪魔達のための、レーティングゲームを学ぶ学校を建てたいという願いは、今の冥界の在り方とは真逆の考えである。

下級悪魔、転生悪魔は上級悪魔の眷属となり、仕えるのが本懐。持って生まれた上級悪魔としての地位、身分のいわばエリートの為に奉仕する。そんな一方的な理屈が、私には納得できなかった。

出生が違うだけで、夢も希望をも得る権利さえも奪われる。

悪魔が実力主義によって成り立っているとはいえ、その根底にあるのは貴族社会のそれだ。

水は高きより低きに流れ、なんて思想は幻想だ。謙虚であろうとも、努力をしようとも、下級悪魔、転生悪魔であるというだけで奇異な目で見られ、爪弾きにされる。

同じ冥界悪魔で同期であるサイラオーグ・バアルは、バアル家特有の《滅びの力》の才を持たない、世間的に見れば落ちこぼれに相当する男性だ。

だが、彼は努力で他の追随を許さないほどの力を身に着け、今では期待の星として注目されている。

それは喜ばしいことだと思う反面、その輝きも所詮、バアル家の血筋という下地がなければあり得なかったというのが、今の冥界のシステムなのだ。

 

私が笑われるのはいい。だけど、その嘲笑が下級悪魔達へ向けての総意なのかと思うと、悲しくて、辛くて――それがプレッシャーとなり、私を窒息させようとする。

自分で抱いた夢に潰されそうな感覚。ああやって直に現実を突きつけられたことで、嫌でも認識してしまう。自分の見ている夢が、如何に果て無い夢物語なのかを。

これから徐々に台頭していくにあたって、周囲の期待も膨らむことだろう。私の理想は、間違いなく世間へのPR効果の為に広まることだろうし、胸の内に留めておくなんてことでは終わらない。

勝利は更なる高みに至るための階段になれど、敗北は一転してそれらを崩壊させる。

羨望、期待から反転、侮蔑、失望の目に変わったときのことを想像するだけで、吐き気がこみ上げる。

私は、こんなに弱い女だったのか。

こうして何かに逃避しなければ、自分を保つことさえ難しい私が《王》だなんて、笑い話にもならない。

 

――ふと、零君の姿が頭に過る。

もし、彼が私と同じ立場だったら、どういう反応をするのだろうか。

考えたところで、毅然とした態度で、言葉の重みに屈することなくしっかりと大地を踏みしめる姿ばかりが脳裏に浮かぶ。

彼からは、ネガティブなイメージを想像することさえできない。

最も儚い存在である筈の彼が、身も心も悪魔である私より強いだなんて、笑い話にもならない。

思えば私達は、いつも彼に護られてばかりで恩を返すことができないままでいる。

恩を返さんと一つ借りを作る度に意気込んでも、結果はいつも負債を重ねるだけに終わる。

どうすれば、彼の力になれるのだろうか。

どうすれば、彼のような強さを得ることができるのだろうか。

私は――一体、彼に何を求めているのだろうか。

 

突然、ドアのノック音が部屋に響く。

佳境に入ったとはいえ、夏休みの最中に生徒会室を訪れるなんて、先生ですら稀だ。

 

「開いていますよ」

 

「失礼する」

 

誰だろうと思いながらもノックに応える。

部屋に入ってきたのは、思いもよらぬ人物だった。

そこにいたのは、つい先ほど考えていたばかりの有斗零その人だった。

 

「零君……どうしてここに?」

 

「君に会いに来た」

 

「何故です?」

 

「リアスから君がレーティングゲームの相手だと聞いた。だから一度話でもしておこうと思ってな」

 

「話……ですか」

 

まさか世間話の為だけにここを訪れたのだろうか。だとすれば随分と物好きだ。

経費削減の為に空調も効いていない不快極まりない空間に、私のような地味女と一対一の会話をしたいだなんて、逆に何か重要な話でもしにきたのではと疑わずにはいられない。

 

「話があるのなら、手短に済ませましょう。私も仕事がありますし、ここは空調も効いていないのでいても辛いだけですから」

 

思わず事務的な態度で接してしまうも、彼はそれを気にした様子もなく話を進める。

 

「君がそうして欲しいというなら、そうしよう。――それで、君とリアスがレーティングゲームで戦うという話を当人から聞いたのだが、君の方からもその件について聞いてみたいと思ってな」

 

「例えば?」

 

「まず、君から見たリアスチームの評価と、自分のチームと比較しての戦略などをな。別にリアスに告げ口する気はないぞ」

 

「貴方がそのような卑怯な真似をする人だとは思っていませんよ。……リアスの眷属達は少数ながらも精鋭ぞろいです。赤龍帝である兵藤一誠を初めとして、リアスの優秀な参謀であり強力な雷を扱う姫島朱乃、禁手に至り、聖と魔という対極の力を武器に戦う《騎士》木場祐斗、発展途上なれど潜在能力の高さは十分な《僧侶》アーシア・アルジェントに《戦車》塔城子猫。それに、イレギュラーにも急激に成長を見せているもう一人の《僧侶》ギャスパー・ヴラディと、優秀な眷属が揃っています。私の眷属もそれに勝るとも劣らないと自負してはいますが、爆発力だけで言えば一歩劣ることは否定出来ません」

 

単純な戦闘力だけでなく、ネームバリューや見栄えという意味でも、目を惹く要素が薄いのは問題点のひとつである。

レーティングゲームは、ただ戦うだけの場ではない。そこには、爵位や地位の向上といった出世に関わる重要な意味が含まれているのだ。

大義名分としては、実戦を経験する機会が少なくなった今の悪魔達にゲームという形で戦いの場を提供し、能力を高めあうというものがあるが、レーティングゲームを知る悪魔からすれば、参加する目的は限りなくひとつのみに絞られる。

周囲の評価が地位向上に繋がるという意味では、ただ相手を倒すのではなく、如何にして魅せるかという部分も重要になってくる。

私の場合、それを幾何学的な采配を以てして表現するつもりではあるが、逆にいえばそういう部分に理解が疎い人には評価されにくいという弱点がある。

リアス達が打ち上げ花火なら、私は線香花火。感覚的に理解を得られやすいという意味では、リアスは優遇されていると言えた。

しかし、あの命短い刹那の煌めきにしかない美しさもある。私はただ、それを証明すればいい。

 

「とはいえ、あちらも発展途上である以上、付け入るスキは幾らでもあります。手に入れたばかりの力は、逆に枷にもなりえるものです。勝算は十二分にあります」

 

「随分と頼もしいな。……だが、それにしては不安そうだな」

 

やはり、ばれていた。

顔に出やすい体質なのか、零君が聡いだけなのか。

何にせよ、言い逃れは出来そうにない。

 

「不安にもなります。私は《王》であり、眷属の将来――いえ、人生を背負う身です。敗北は私だけでなく、眷属達の命運さえも握っているのと同義なのですから」

 

「それを言うなら、リアスも同じだろう。あっちは気負っている様子はなかったぞ」

 

「それは、彼女が自分に絶対の自信を持っているからです。この学園においても、二大お姉さまと呼ばれるほどに親しまれ、慕われている彼女のカリスマ性は相当なものです。鶏が先か、卵が先か。生まれながらにカリスマ性があったのか、それとも取り巻く環境がそれを生んだのか。何にせよ、彼女は私にはない他者を惹き付ける魅力があります。生徒会長をやっておきながら、話題性の薄い私とは大違いです」

 

幼いころからの知り合いとはいえ、分からないこともある。

彼女のような魅力ある女性にどうすればなれるのか、とか。どうすればあそこまでの自信を持つことが出来るのか、とか。

参考にしようとしたことは幾度もあったが、決して実になることはなかった。

だから自然と、私にはそういうことへの才能がないんだと思うようになっていった。

 

「そうとは思えないがな」

 

「一定の支持があるのは理解しています。ですが、それ以上にリアスが凄いというだけの話です。それにその支持も所詮、生徒会長の役割を果たしたが故の一定の水準で得られる代物でしかありません」

 

言い終えるが否や、零君は深い溜息を吐いた。

 

「謙虚は美徳だが、度が過ぎればただの嫌味だな。私からすれば、君が地味なら私は凡夫以下だ」

 

……それこそ、謙虚を通り越した嫌味ではないだろうか。

確かに、彼は美形と呼ばれる部類の顔立ちでもなければ、学園内では大人びた雰囲気はあれど特別な支持があるかといえば、そんなことはない。

どこまでも一般人で、どこにでもいるような存在。

だが、それはあくまで事情を知らない人からの視点でしかない。

裏を返せば、彼ほど地味と無縁の存在はいないだろうと言い切れるほどの特異性を秘めているのだから、おかしな話である。

 

「眷属達の将来を担っていると言ったが、君はレーティングゲームの勝利によって何を成し遂げたいんだ?」

 

「私は……。今の格式高い上級悪魔ばかりが出来るレーティングゲームの流れを変えたいんです」

 

「済まない、レーティングゲームのことはさっぱりなんだ」

 

そんな零君に、レーティングゲームの歴史から分かりやすく簡潔に説明をする。

私がレーティングゲームに賭ける思い、目的。そういった部分は特に念入りに。

 

「つまり、君は一部の上流階級しか参加することのできない今のレーティングゲームの成り立ちを変えるべく、下級悪魔でもレーティングゲームを学べる校舎を作りたい、と。それで間違いないな?」

 

「そうです。身分不相応な願いだとは理解しています。それでも、私はこの夢を現実にしたい。夢も希望も、ただ生まれが違うだけで剥奪されるなんてあってはならないことです。それが例え、古来からの伝統に罅を入れる行為になろうとも」

 

「……そうか。それは、凄いことだ」

 

その時の零君の表情を見て、驚いた。

彼が、笑っている。見たこともないぐらいに優しい笑みを作っている。

良く彼と共にいるリアスからでさえ、こんな顔をしたとかそういう自慢話を聞かない。

ミッテルトさんなら或いはとも思うが、彼女ほどの距離でしか見られないレベルの笑顔ともなれば、貴重なんてものではない。

 

「凄い、ですか?」

 

「プレッシャーに耐えながらも、誰かの為になる夢を実現させようだなんて、簡単に出来ることじゃない。君の立場ではないから程度こそ分からないが、眼を見れば君が本気だということは分かる」

 

「ですが、私も所詮はそんな下級悪魔達を踏み台にしている上級悪魔です。この行為は、ただのエゴでしかないのかもしれません。罪悪感から逃げたいからとか、無意識のうちにそう考えているから、こんなことをしているんじゃないかって思うようにも――」

 

「そこまでだ」

 

ネガティブになっていく発言にぴしゃりと言葉で遮られる。

 

「君の悩みは無意味なものだ。背負う物が出来たから後戻りが出来ないという意味じゃない。君のしていることは間違いなく正統に評価されるべきものであり、後ろめたさを感じる必要なんてないんだ」

 

「そんな簡単に割り切れるなら、とっくにしていますよ」

 

「そもそも、たった一代から始まった夢に、古くから存在する歴史や伝統が埋もれてしまうようなら、そんなものは無価値なただの害悪な思想だったと言うに過ぎない。それとも、君は自分の夢がその伝統とやらを簡単に覆せると豪語出来るほどに傲慢なのか?」

 

「そんな訳、ないじゃないですか」

 

そうだったら、そもそもこんな悩みなんか抱えていない。

きっと、彼もそれを理解した上でこのような問答をしている。

 

「なら、気負う必要なんてない。後ろ指差されようが、亀の一歩だろうが、少しずつ君のペースで、確実に進んでいけばいい。ただし、後ろ髪には決して引かれないことだ。振り向くだけならいいが、そこから逃げることだけは駄目だ。それは、君を信じてくれている人達の心を裏切る行為になる」

 

真っ直ぐな視線と共に、厳しいながらも思いやる言葉が私を包み込む。

 

「そもそも、歴史や伝統は尊重するものであって、執着するものではない。存在が望まれているものなら、誰が何をしようとも何かしらの形で残り続ける。君が懸念するようなことの殆どは、徒労でしかないんだ。それに――」

 

「それに?」

 

「人の為に尽くす、という行為は人の意思があってこそ輝くものだと私は考えている。事務的に、機械的に淡々と目的を遂行するなんて、有難味がないだろう?だから私は、君のその思いやりの心に偽りがないと信じられる」

 

その言葉を前に、私は口を動かすことが出来なかった。

何故、彼はここまで他者を信用できるのだろう。

明け透けもない好意の言葉が、不気味でありながら麻薬のように魅了する。

聖職者が語りそうな教えと違って、彼自身の――それこそ極端な話日常会話レベルの内容の語りだから、逆に受け入れやすいのかもしれない。

 

「……ふふ」

 

「どうした」

 

「いえ、リアス達も苦労しているんだな、と思いまして」

 

常日頃からこんな言葉を聞かされていると思うと、彼女達の苦労も窺い知れる。

 

「ありがとうございます。少しだけ、気持ちが楽になった気がします」

 

「それはよかった」

 

「あ、その……もしよかったら、またこうして話を聞いてもらってもいいですか?立場上、あまり弱みを見せる相手がいないので」

 

「それは構わないが、リアスでは駄目なのか?或いは君の眷属とか」

 

「駄目ではありませんが、彼女とはレーティングゲームでのライバル同士。気兼ねなく、という風には行きません」

 

「難儀な性格をしている」

 

「全くです」

 

互いに小さく笑みを作る。

久しぶりに心穏やかな気分になれた気がする。

だけど、そんな時間も終わりを告げる。

 

「では、そろそろ失礼する。急に邪魔して悪かったな」

 

「あ――はい、今日は楽しかったですよ」

 

零君は何も言わず、部屋を退出した。

思い出したかのように身体に熱が戻っていく。

それだけ彼との会話に充足感を得ていたというのだろうか。

彼に言われたからと言って、簡単に変えられるような考えではないけれど、少しは頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

あ、節制のコミュ解放された。

そんなつもりはなかったんだけど、それを目的にしているようであんまり気分のいいものじゃないなー、と最近思う。

いや、そういう認識をしてしまうから、意識が引っ張られてしまうんだ。

そもそも、さっき支取さんに言ったばかりのことを自分が体現できていないなんて、あほらしすぎる。

 

「有斗先輩」

 

突然の自分を呼ぶ声。

気が付くと、目の前に小猫ちゃんがいた。

 

「夏休みなのに、何故君がここに」

 

「先輩を探していました」

 

「はい。……私の質問に答えてもらえますか」

 

いつもより僅かに鋭い目で問いかけてくる。

 

「まず、先輩は私たちが留守にしている間、どこにいましたか?」

 

「主にこの町で活動していたが、不測の事態から一時期ここから離れていたこともあったな。調べる暇もなかったから、地名までは把握していない」

 

「……では、次。黒い猫に心当たりは?」

 

「黒猫か。前に何度か会っているが、最近は見ていないな」

 

色々あって忘れてたけど、本当にあの猫どうしたんだろ。

いや、飼い猫でもなさそうだったし、常日頃からこの場に留まり続けている訳もないから、会えるも会えないも運次第なんだけどさ。

 

「――それでは最後に、黒歌、という名前に聞き覚えは?」

 

「ないな」

 

「……そう、ですか。分かりました、失礼します」

 

一礼し、小猫ちゃんは立ち去っていく。

一体なんだったんだろう。

もしかして、あの猫の飼い主って小猫ちゃんだったりするのかな?

わざわざこんなところにいる自分を訪ねたのも、その猫を大切に思っているからだと考えれば、その愛の深さも知れるというもの。

名前も名前だし、単に猫好きというだけかもしれないが、何にせよ力になれなくて申し訳ない。

今度あの猫に会ったら、真っ先に報告しよう。




Q:展開遅スギィ!
A:ほんとにそう。コミュ解放と次へのつなぎだけで一万文字近くとか、ないわー。

Q:雑なコミュ解放に草
A:これでもハイスクールD×Dで一番に好きになったのは支取蒼那嬢だったりするんですよね。セラフォルーも好きだから、そっちをメインヒロインに絡めた作品も書きたい。書きたいものが多すぎる。時間くれ。あと速筆の才能。

Q:離さないと言っておきながら離れたミッテルトたん
A:アーシアと一緒にいるんじゃね?(キマシ


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第三十一話

約一年ぶりの投稿なので初投稿です(自称意味不明発言兄貴)


リアスと支取達のチームで行われるレーティングゲームが、今日ようやく始まる。

観客としてサーゼクスさん達に誘われている身分な為、今回は気兼ねなく仲間内に入ることが出来る。まぁ、戦う訳じゃないんだけどさ。

ぶっちゃけ、凄い興奮しています。外面はともかく、スポーツとかルール良く知らなくても盛り上がれるタイプの自分にとって、こういう催しには心躍るものがある。

将棋とかと似たルールなのは知っている。

最終的に《王》が打ち取られれば負け、例え他の駒が残っていようとも。

単純なルールながらも、やはり鎬を削る戦いとは心躍るものなのか、緊張感と熱気がどことなく伝わってくる。

 

「やぁ、よく来てくれたね」

 

サーゼクスさんとグレイフィアさんに迎えられ、有斗家(ミッテルト命名)の面々はVIPの観客席に足を運ぶ。

 

「この度は、このような場にお呼びしていただいてありがとうございます」

 

「そんな畏まることはない。普段通りにしてくれるとこちらも助かるんだけどね」

 

溢れ出しそうな感謝を言葉に乗せるも、サーゼクスさんはいつもと変わらない調子で接してくる。

 

「何気にレイの敬語って初めて聞いた気がするッス」

 

「体裁を気にしているのだろう。代表である彼は人間で、付き人たる我らも人間と下級の堕天使と、魔王であるサーゼクス殿とは本来なら視線を交わすことさえ贅沢だと言い切れる壁がある。ましてや、ここに来る過程で観客であろう悪魔に見られているからな、ここで下手を起こせばやっかみを受けると思ったのだろう」

 

「そういうの気にしなさそうと思ってたけど……」

 

「彼、というより私達の為だろうな。零は私達の代表だ。その代表が粗相を起こせば、下の者も同様の評価を下されるのは自明の理。故に、どこに目があるか分からないこの状況で無礼を働かないよう動いたと言うことだろう」

 

「レイ……」

 

何かキラキラとした目でミッテルトから見られているんですが、何ですかね。

 

「零君、君の考えも尤もだが魔王である私の友人として招待しているんだ。気兼ねする必要なんてどこにもない」

 

「そう、か?なら、お言葉に甘えよう」

 

僕の考えってなんぞやと思いながらも、取り敢えずいつもの調子に戻すと満足そうにサーゼクスさんは頷いた。

 

「こちらにどうぞ」

 

グレイフィアさんに促され、高級そうな素材の座席に案内される。

目の前にはグレイフィアさんが用意したであろう、紅茶やらお菓子やらがあり、至れり尽くせりである。

 

「しかし、こんな贅沢な催しにイリナが来られないと言うのは、勿体ないな」

 

「天界も結構ごたごたしているらしいからね。ミカエルのお気に入りとなった彼女は、しばらく自由には行動できないだろうな」

 

ミカエルって、あの後光が差していたイケメンだよね。お気に入りって……なんだか事案が発生しそうな感じ。

ミカエルさんは悪くないんだけど、アトラス脳からすれば天使って良いイメージが全然ないんだよね。だからつい、そんなマイナスイメージが先行してしまう。ごめんなさい。

 

「やはり、組織に身を置くと面倒を背負うものだな。零に付いて、よくよく思うようになった」

 

「仕事辞めて主婦になった人みたいなこと言ってると、ババ臭く思われるわよ」

 

「はっは、それはないさ。そも、悪魔だの天使だのいるこの世界で、外見の年齢なんて何の基準にもなりはしない。なら、私がどんな発言をしようともそうは思われないだろうさ」

 

「それが、アンタが人間であるという前提に反していれば、だけどね」

 

のらりくらりとミッテルトの発言を躱すゼノヴィア。

身長差も手伝って、ミッテルトが妹、ゼノヴィアが姉っぽく見える。

それを二人に言えば、間違いなく片方は否定し、片方は面白おかしくノッてくるだろうから、何も言わないでおこう。

 

「さて、もう少しで始まる訳だが……君達は、どちらが勝つと思うかね?忌憚のない意見を聞きたいものだが」

 

「……正直、私には分かりません。リアス達の実力はある程度理解しているつもりではありますが、相手である支取の方は私にとっては未知数です。事前に支取の指揮能力が高いことをリアス本人から聞かされているので、それを考慮するのであれば支取に軍配が上がると言えますが……」

 

「ふむ。ミッテルト君は曖昧な情報を前にすると、これと言った答えが出せないタイプのようだね。でも、話を聞く限り作戦や戦略の重要性を理解している辺り、君自身はシトリーに近い考え方をしているのかな?」

 

「は、はい。私自身、戦闘能力が低いことを自覚していますので、そうでもしないと勝てる相手にも勝てないといいますか……。すみません、曖昧な回答で」

 

しょんぼりするミッテルト。真面目だなぁ、とお菓子に舌鼓を打ちながら外野気分で話を聞く自分。

 

「いや、安易に結論を出したくないと言う考えは理解できるよ。だが、別にここでの回答が何かを分ける訳でもないのだから、気楽に答えればいいのさ。まぁ、無理をする必要もない。ゼノヴィア君はどうかな?」

 

「私はリアス・グレモリーの方だな。近くで実力を見てきたからこそ、彼女達の実力はそこそこに理解しているつもりだ。対してシトリーの方はさっぱりだから、答えようもない」

 

「なるほど、自分の目で見たもの以外では判断しないと。分かりやすくていい、が――過信すぎるのも良くない。彼我の戦力差を瞬時に把握出来なければ足元を掬われてしまうよ。まぁ、ミッテルト君があの調子なら、むしろつり合いは取れているし、私が気に掛けずとも問題はなさそうだけどね」

 

「らしいぞ?ミッテルト」

 

「だからって、考えることを丸投げされたら堪らないんだけど」

 

「お、私の考えていることが良くわかったな。同じ釜の飯を長く食っているからか?」

 

「アンタが分かりやすすぎるだけよ、まったく……」

 

サーゼクスさんは二人のやり取りを微笑ましげに眺めていると、今度はこっちに話題を振ってきた。

 

「では、零君。君はこの戦い、どう見る?」

 

「……答えられない。私はつい最近まともにルールを知った競技で勝敗を瞬時に把握できるような慧眼を持ち合わせている訳ではない」

 

「ミッテルト君と同じ回答か、似た者同士という奴だね」

 

「悪いが私には、ミッテルトのような知性ある回答はできないぞ。故に、勝敗に関しての回答を期待されても困る」

 

言い方はあれだけど、つまるところ「僕馬鹿だからわかんない」ってことである。

 

「ただ――レーティングゲームそのものに関して、色々思うところはあったな」

 

「と、言うと?」

 

「それは――っと、始まるようだ」

 

言いかけたところで、リアスと支取のレーティングゲームが開始された。

両陣営ともに、いきなり動き出す様子はない。作戦の打合せ、ないしは再確認をしているのだろう。

 

「見ながらでいいから、説明してもらえるかな?折角比較できる要素が目の前にあるんだ、もしかしたら今後の参考になるかもしれないからね」

 

「私も気になるな、零の考えは」

 

興味深げに催促してくる二人に対して、ミッテルトはこちらを申し訳なさそうに見つめているだけ。

その理由は分からないけど、減るものでもないし説明を続けよう。

 

「単純に私が思ったのは、戦略性に乏しいということだ。言い換えれば、勝利するにおいて帰結するのが全体の戦闘力に比重が置かれすぎている気がしてならないんだ」

 

「レーティングゲームは娯楽と訓練を共有した内容だから、戦闘能力に比重が置かれるのは当然じゃないかな」

 

「つまり、貴方は『実際の戦場で常に同じぐらいの強さの相手と戦える』と思っていると判断していいのか?」

 

「……む」

 

「私が知る限り、コカビエルは強力な敵だった。個人の能力を束ね、策を練って尚、届くか届かないか分からない境地の相手だった。果たして、そんな相手と今後戦わない保証なんてあるのか?」

 

「そんなことはない、とは言えない。けど、あくまで今は訓練的な意味合いがある以上、根本的に戦闘経験が不足している両者には、相応しい組み合わせだと思うよ?」

 

「これはこれでいい。拮抗する実力者が戦ってはいけない訳ではないからな。だが、貴方はレーティングゲームが娯楽だと言った。そこに問題があるんだ」

 

「と、言うと」

 

「例えば、リアスチームとサーゼクスチームがレーティングゲームで戦うとしよう。さて、どちらが勝つ?」

 

「それは……」

 

「言うまでもなく、魔王様の方よ」

 

「その通りだな」

 

三人とも予想通りの回答をくれる。

モニター越しでは、互いの陣営の尖兵が衝突している。

 

「私もそう思う。娯楽である以上、出来レースな展開では観客も喜ばないし、面白くもない。だが、これは訓練的意味合いもあるのだろう?ならば、あらゆる事態に想定した動きが出来るようにすればいいと思わないか?」

 

「それは、《王》の敗北以外にも勝利条件を増やせ、ということかい?」

 

「それもあるが、過程にも手を入れてもいいと思う。例えば、条件を満たすことで能力が上昇するギミックを置いたりとかな。他にも、建物の存在が身を隠す以外に価値のないものに成り下がっているのも気になるな。高位の悪魔にとっては建物に中継拠点としての価値はないのかもしれないが、これが一定の範囲で行われる戦いであるならば、陣取りゲームとしての意味合いも持たせれば、駆け引きが楽しめると思う」

 

とあるゲームジャンルのシステムを参考につらつらと意見を述べていく。

というか、自分の意見って殆どゲームとかの引用なんだよね。まぁ、それ以外の知識なんてからっきしだし、当たり前だけどさ。

 

「なるほど……。娯楽としての側面を強めつつ、戦略性を上げることで実戦においての機転や発想をより高次へとシフトさせる、か。悪くないと思うよ」

 

「それは良かった」

 

「とは言え、今はこの戦いだ。結果がどうあれ、今は2チームの応援をしようじゃないか」

 

サーゼクスに促され、僕達もそれに大人しく従う。

 

そんなこんなあって終わったんだけど……結果だけ言えば、支取チームの勝利だった訳で。

個の能力は確かにリアス達が一歩どころか二歩は上を行っていたかもしれない。

だけど、力押しに近いリアスチームの戦い方は、支取チームの地形や環境を十分に活かしたヒットアンドアウェイ戦法の前では、暖簾に腕押し。決定打を与えられないまま、長期戦に持ち込まれることになる。

最初からギアを上げて短期決戦に持ち込もうとしていたリアスチームにとって、その状況は最悪の一言に尽きた。

ドツボに嵌るとはこのことで、今更消極的な立ち回りをした所で消耗の差は歴然。結局、支取を早急に撃破することで勝利をもぎ取るしか、リアス達の勝利の芽は残されていなかった。

当然、支取にとってもそれは予測済みだったらしく、支取は自らを囮にリアスチームのジョーカーでもある一誠を匙とタイマンに持ち込ませ、匙の神器の能力で《禁手》を封じると言うファインプレーをしたことが、決め手となった。

辛辣な評価をするのであれば、最初から最後までリアス達は支取の掌の上で踊らされていただけだった。

それでも、流石に地力に差があるのか、あと一歩、いや二歩のところまでは迫ったリアスの采配は評価すべきところだろう。

それに、今回のMVPという意味では、匙以外にも一人いる。そう、まさかのギャーきゅんである。

何がどうしたのか、彼は《神器》をもりもり使いこなして最後の砦であるリアスの護衛をこなしていた。具体的に言うと、ピンポイントな時間停止による敵の魔法を停止させたり、時には敵そのものを止めたりと、大いに健闘していた。

ミッテルトもそれには嬉しそうにしていたが、流石に無理が祟ったのか消耗したところを狙われあえなく退場。ほどなくして、リアスもやられて試合終了。

 

今回の件で、何かアザゼルとミッテルトが激おこだったらしく、リアス達に説教していた。

ゼノヴィアはあの試合を見てから思うところがあったのか、鍛錬の為に同伴していない。如何にも好きそうだからね、ああいうの。熱が伝播したんだろう。

アザゼルはなんかリアス達の戦闘指導なんかしていたらしく、監督役としてはやはり不満のある結果だったんだろう。

ミッテルトは、もっと頭の使う戦いを期待していたというのもあって、リアス達の半脳筋なムーヴには不満たらたらだったようだ。

実際、この説教タイムより前に、アザゼルに色々レーティングゲーム関連のことで聞いていたりしていたっぽいし、それも踏まえての説教なんだけど、なんか自分空気なんでこっそりとオカ研を退出し、買い物に出かけることにした。

何を買うかって?そりゃあ勿論――

 

 

 

 

 

重い静寂が部室一帯に満たされている。

伏目がちなリアスとその眷属達を見下ろすアザゼルと、その斜め後ろで事を見守る零達。

この状況が出来上がった理由は、考えるまでもない。

 

「……言いたいことは分かるよな?」

 

普段のおどけた様子は一切形を潜めたアザゼルの低い声色に、一同僅かに肩を震えさせる。

個性の強いメンバーも、この状況では流石に声を出すことは出来ない。

 

「言いたいことは山ほどある、が――敢えて俺は何も言わん。その代わり、ミッテルト」

 

「は、はい」

 

「お前、言いたいことがあるんだろ?ぶちまけちまいな」

 

「で、ですが――」

 

「どうせ、レーティングゲーム未経験の素人が口出すことじゃない、とか思ってるのかもしれないがな。俺から見れば一回や二回の差なんて誤差にもなりはしねぇ。寧ろ、さっき俺に疑問点を問いかけてきたが、その内容にしても俺の考えと似たり寄ったりだった。それが安全な場所でかつ俯瞰した視点で見て得られた情報を纏めたものだったとしても、そこの部長さんよりかは同じ立場だったら上手く立ち回れていただろうさ」

 

そう告げられ、リアスの拳が膝の上で強く握り締められる。

 

「それに、俺が言うよりもお前が言った方が結構クるだろうしな」

 

「……そう、でしょうか」

 

「まぁ、それでも理解出来ないような暗愚だとは思いたくないがな。そん時はそん時だ」

 

アザゼルに強く背中を押され、ミッテルトは多少よろめきながら前に出る。

一同の視線が彼女に集中する。

不安、期待と言った感情が乗った視線を前に視線を逸らしそうになるが、何とか踏みとどまったかと思うと、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

数秒の間を置き、決意するように顔を上げる。

 

「……アンタ達さ――馬鹿じゃないの?」

 

開口一番。そんな言葉から始まったことで、リアス達は茫然とした。

それを見てイラついた彼女は、もう遠慮はしないと言わんばかりに声を荒げて言葉を続けていく。

 

「はっきり言わせてもらうけど、私はアンタ達が支取達に接触してから五分でアンタ達が負けるって確信したわ」

 

「そ、そんな――」

 

「そもそも!!」

 

誰かが漏らした声を遮るように、ミッテルトは叫ぶ。

 

「そもそも、無警戒が過ぎるのよ。非公式含めて二回目のレーティングゲームだっていうのに、しょっぱなから攻めすぎ。支取が戦術面で特化しているって理解している癖に、会敵したからと言って打倒することに専念しすぎなのよ。それに、王を除いたとして支取チームの眷属の数は9、対してそっちは6。数の差では圧倒的不利なのに、どうして纏まって行動することを重視しないのよ!明らかに相手は戦力を分散させることを意識していたことぐらい分かるでしょうが。それとも何?非公式の時に数の差を何とか出来たから、実力なら上回っている今回ならイケるとでも思ってた訳?そうだって言うなら、負けて当たり前よ」

 

一旦間を置いて、一人一人に視線を向ける。

 

「まず、リアス。アンタは間違いなく慢心していたわ。相手の実力やコンセプトを理解していながら、術中に嵌るような選択を早々に取ってしまった時点でアウト。ブラフでもいいから、相手にこれしか手はないと思わせないようにするだけでも、理詰めが得意そうな支取の戦略を削ることが出来て、活路が開けたかもしれない。まぁ、そもそも――さっきも言ったけど、ただでさえ数が少ないのに戦力を分散させるような戦術を取った時点で駄目だったのよ。とは言え、数が少ないからこそ押し切られる前に、というやり方を否定する訳じゃないわ。結局の所、引き際を見極められなかった他のメンバーにだって責任はある訳だしね」

 

次に、姫島へと向かい合う。

 

「次に、朱乃。最初はリアスと着かず離れずを保って良い具合に相手を牽制することが出来ていたけれど、一度に相手取る数が増えていくに連れて、リアスへの護りが疎かになってたわね。相手が攻め切れていない、と判断していたんでしょうけれど、それを逆手に取って戦線維持による増援を待っていたことを読めなかったのが最大のミスね。これに関して言えば、多少の無茶をしても許される場面だったと思うわ」

 

そして、小猫。

 

「小猫は完全に罠に嵌っていたわね。突出しすぎ。あの時アンタがやるべきだったことは、味方と足並み揃えて互いにフォローを入れられる状況で立ち回ることだったのよ。特に、数的不利が分かっているなら、無理をしないで兵藤一誠を護りながら《赤龍帝の贈り物》でも何でもいいから逆転の芽を掴むべきだったわ。こういう時に戦車の耐久力を活かさないでどうするのよ」

 

木場には多少優しめの声色で紡ぐ。

 

「木場、アンタは前衛組の中では一番頑張ってたわね。個人戦績でもトップだったと思うし。所々小猫や一誠を気に掛けていたのは見てて分かったし、剣を飛ばしたり斬り込んだりと攻防一体の堅実な立ち回りが出来ていたのは良かったと思うわ。……こればかりは分野が違うから言いにくいことだけど、やっぱり単純に威力を底上げするかそれこそ一撃も喰らわないような速度を身に着けないと、臨機応変な対応が難しいんじゃないかしら。特に騎士であるアンタなら、後者を伸ばした方が翻弄するだけでなく囮になったり偵察として立ち回ることだって出来るだろうし、戦略に幅が広がるんじゃないかしら。まぁ、こればかりは間が悪かったとしか言えないわね」

 

アーシア、そしてギャスパーと一瞥する。

 

「二人に関しては、私からは正直あまり言えることはないわね。アーシアの神器は優秀だけど、現状味方に触れていないと作用しないようでは戦略に組み込むこと自体が困難な上に、数的不利を考えたら完全に立場がなかった訳だしね。こればかりは、今後の成長次第になるんじゃないかしら。ギャスパーは……予想外に活躍して驚いたわ。ピンポイントな時間停止でリアスを護っていたことを考えたら、今回一番健闘したんじゃないかしら。でも、まだ神器に慣れ切っていないと言うか、実戦不足もあるせいか消耗が激しくてすぐにダウンしちゃったから、力の加減を上手くなる必要があるわね」

 

そして、目を細めて最後に見やるは、一誠。

他のメンバーに向けるそれとは違い、明らかな失意を感じる。

 

「アンタはさぁ……何なの?匙だっけ、彼の挑発でタイマンに持ち込まれるわ、彼の神器の効果でそっちの自慢の《赤龍帝の籠手》の禁手も封じられるわで、いいとこ無しじゃないの。単純な肉弾戦でも劣ってて、気合と根性だなんて不確定要素に頼らないと敵一人下せないんじゃあ、白龍皇に相手にされないのも当然よね。アンタは誰かと体張って戦うんじゃなくて、仲間のフォローに回りながら常に《赤龍帝の籠手》によるブーストを続けていれば良かったのよ。《赤龍帝の籠手》を抜きにしたアンタは確かに弱いけど、そうじゃなきゃその限りじゃない。存在するだけで相手にプレッシャーを与えられる上に、放置すればとんでもない爆発力を生み出すアンタの存在は、ジョーカーそのものなのよ。事前情報があるなら、必然的に相手はアンタを最優先に倒さなければならなくなる。どんなに戦力差があろうとも、それを覆せるポテンシャルをアンタは持っているんだからね。そんな相手の心理を突いて動くだけでも、相手にとっては厄介極まりなかったでしょうね。殴るだけが能じゃないんだから、少しは頭使いなさいよ」

 

一人一人に言い終えたミッテルトは、改めて一同を見回す。

 

「――はっきり言って、アンタ達が敗北するなんて大抵の奴らは考えてなかったと思うわ。現魔王様の妹が王であり、眷属には禁手持ちもいれば神滅具さえも所持している者もいるチームがまさか敗北する、なんて詳しい事情を知らない人からすれば思いもよらないに決まってるわ。冥界は実力主義なんでしょ?王はそんな部下をまともに扱えない無能、兵藤一誠に至っては歴代最弱の出来そこないの烙印を押されても不思議じゃない、最悪なスタート。その意味が分かる?」

 

リアスは無言で首を横に振る。

それを見て小さく溜息を吐くが、その次に出た言葉は優しいものだった。

 

「評価が最底辺からのスタートってことは、もう後ろを振り向く必要なんてないってことよ。どんなに短い歩幅でも、確実に上を目指して、駆けあがっていけばいい。勿論、今回みたいな敗北は二度と許されないのは当然として、出来れば全勝が望ましいわね。欲張りすぎもアレだけど、今回のマイナスを吹き飛ばせるような快挙が出せるようになれば、寧ろそのマイナス効果も手伝ってかなり評価を得られるようになるんじゃないかしら。私はそう判断しているわ」

 

言いたいことは言い終えたと、アザゼルの背中にそそくさと隠れる。

調子に乗って言いたいことを感情に任せてぶちまけたこともあって、罪悪感やら不安やらが冷静になって今更一気に押し上げられてきたのだ。

らしくない、と思う反面、胸の内はスッキリとしていることもあり、複雑な気分になっている。

 

「……ってことだが、お前ら。この言い分に対して何か意義はあるか?俺だって鬼じゃない、申し開きがあるっていうなら耳を貸すことだって吝かじゃないぞ。まぁ、これは言った本人に向けることだから、俺には関係ないがな」

 

アザゼルの煽りで、視線がミッテルトに集まると、先程とは打って変わってビクリと肩を震わせる。

彼女は小心者だ。そして、自身の弱さを誰よりも理解している。

だからこそ知恵を使い、発想を膨らませ補おうとする。

知識と言うのは、才能に左右されない誰でも扱える究極の武器だと認識した上で、それを基盤に行動するのが彼女の流儀だ。

だけど同時に、知識がまったくの無意味な状況を前にすると、途端に獅子を前にした小動物のように委縮していく。

つまり、自分の理解が及ばない事象にとことん弱いのだ。

そして、今。こうしてただ視線が自分に集中している状況を打開する術を、彼女は持たない。

何を言われるのか。怒られるのか、馬鹿にされるのか、見下されるのか――悪い可能性ばかりが脳裏に過る。

何せ、レーティングゲーム素人以下で実力も劣っておりかつ部外者の癖に、偉そうなことを上から目線で語ったのだ。

過去の境遇もあって、自分への自信というものが欠落している彼女にとって、今の心境は断頭台の上で刃が首に落ちるのを待つ罪人と同じ。

 

「――ミッテルト」

 

静かに響くリアスの声。

ただ名前を呼ばれただけなのに、それが酷く恐ろしい。

 

「ありがとう」

 

「――え?」

 

貞淑な笑みでそう返され、ミッテルトは茫然とする。

当然だ。罵詈雑言が来ることを前提に構えていて、その逆を行かれたのだ。混乱するのも無理はない。

 

「貴方の言う通りよ。全部、ね。彼が安全かつ俯瞰した視点だからこそ纏められたもの、と言っていたけれど、そんなの言い訳にならないわ。どんな状況でも理想的な判断を下せる冷静さと判断力が、実際の戦場では求められる。眷属の能力を十二分に発揮出来るかどうかは、私の采配次第だと言うのに、私はソーナが相手だってことで気が緩んでいたんでしょうね。ライザーやコカビエルに比べたら大したことない――そう嘗めて掛かったからこそ、負けてしまった。皆は十分良くやってくれたわ。責任があるとすれば、私一人よ」

 

「そんなこと――!!」

 

「んな訳ねぇだろうが」

 

一誠が反論しようとした所を、アザゼルが一蹴する。

 

「俺から見れば全員連帯責任だ馬鹿。それは、監督した俺にも言えることだ。誰が良い、悪いだなんてドングリの背比べしたところで強くなれるか?眷属が可愛いのは分かるが、責任を全部背負って問題をなあなあにするのは優しさでもなんでもねぇ。ただ甘やかしてるだけだ」

 

「…………ッ!!」

 

「お前らに問うぞ。――悔しかったか?」

 

アザゼルの言葉に、誰もが強く縦に首を振った。

 

「そうだ、俺だって悔しいさ。つまり、俺達の心は今一つに纏まっている。敗北を切っ掛けに、俺達は本当の意味でチームになろうとしているんだ。分かるか?」

 

「……はい!」

 

「ミッテルトの言う通り、今はどん底だ。ワースト一位のドベだ。だからこそ、後は上を見上げるだけでいいんだ。前後不覚で始まるより、よっぽど楽でいいじゃねぇか。それに、爽快だと思うぜ?最底辺だった俺達が、トップに上り詰めていくに当たって、見下していた奴らが掌返してくる様を見るのはよ?」

 

「――はは、確かに。その通りだ」

 

気の緩んだ笑みで、一誠が笑う。

それは他のメンバーも同様で、先程まで沈んでいた表情はどこにもない。

 

「やってやろうじゃねぇか、他のチームをごぼう抜きにして、鼻を明かすぐらいはしてやろうぜ、みんな!!」

 

「――そうだね。それに、今回の敗北は良い経験だったと思うよ。半端に勝ち星を挙げた所で負けようものなら、下手すると二度と立ち直れなくなっていたかもしれないし、良い機会だったんじゃないかな。僕自身、彼女に言われた通りまだまだ足りない所ばかりで、それを見直す良い機会だったよ」

 

「今回の試合、負けて当然のものではありませんでしたわ。ミッテルトの言う通り、私達の油断、慢心がシトリー眷属達に付け入る隙を与えてしまったのは紛れもない事実です。――だから、次は勝ちます。絶対に」

 

「私も、今のままじゃ駄目だってはっきり実感しました。せめて足手纏いにならないぐらいに神器を扱えるようになりたいです」

 

「……僕は、先の戦いで神器をようやくモノに出来そうになりました。だけど、このままじゃ宝の持ち腐れになっちゃいます。もっと、もっと強くなりたいです!!」

 

「……次は、負けない」

 

各々が決意を新たに、言葉に乗せる。

確かに、今回は負けた。だが、それは終わりではない。

敗北の果てに歩みを止めた時が、本当の敗北なのだ。

なら――彼らは決して、終わってはいない。

 

「改めて、ありがとうミッテルト。貴方に言われたからこそ、私達が纏まることが出来た。本当に感謝している」

 

そう言って、深く礼をするリアス。

そんな殊勝な態度に出たリアスの反応を前に、慌ててミッテルトは反論する。

 

「ちょ、ちょっとおかしいわよその反応!普通、もっとこう――皮肉のひとつだって言う所でしょうここは!下級堕天使の癖に、とか!」

 

「いえ、今回の件ではっきりしたの。貴方の頭の回転の良さは、私の遥か上を行っている。ソーナに引けを取らない程度には、間違いなく貴方は優れているわ。アザゼルだって、貴方に代弁させるぐらいにはその辺りを信用していたことは、先の会話で分かったしね。寧ろ、これから貴方から学ばせてもらうことだって多くなるでしょうね」

 

「え、えええ……」

 

混乱が加速するミッテルトの頭を、ガシガシとアザゼルは撫でた。

 

「お前はどうにも、謙虚すぎるきらいがあるな。確かに戦闘力なら負けるかもしれねぇが、経験も浅い癖にあれだけの観察眼を持っていることを考えたら、将来性も加味すればソーナ・シトリーを超える可能性だって有り得る。俺が保障する」

 

「は、はあ……」

 

納得がいかないなりに、渋々と同意する。

そんな中、アザゼルが悪戯を思いついたような表情をする。

 

「俺が見るに、お前がレーティングゲームで求められるポジションは《女王》だな。王になれるほどのカリスマはないが、王を支える為に必要な能力の大半はもう持っているからな、これ以上うってつけなものはないだろうよ。しかしそうなるとお前が仕える王は誰になるんだろうな~。誰彼構わずに押し付けたところで能力を発揮できるとは思えんし、やっぱり信頼できる唯一無二の存在に託すのが一番だよな~」

 

「な、何が言いたいんですか……」

 

「ま――まさか、アザゼル。貴方――」

 

リアスがアザゼルの意図に気付いたのか、明らかに動揺した様子で食って掛かる。

 

「おう、こうなったらアイツにも――有斗にもレーティングゲームやらせてもいいんじゃねぇか?って思ってな」

 

「え――えええええええ!!」

 

思わず叫ぶミッテルト。

叫ばないにしても、リアス達にも同程度の動揺は広がっていただろう。

何せ、レーティングゲームは悪魔の催し。それを推薦すると言うことは、つまり――

 

「おっと、勘違いするなよ?別にアイツに悪魔になれと言うつもりはない。確かに現レーティングゲームは悪魔のゲームだ。だが、三大勢力の和平締結を切っ掛けに各神話体系勢力との緊張緩和・協調体制への移行を目的とするにあたって、将来的には天使・堕天使を始めとした他勢力チームの参加も出来るようにしようって流れになってるのさ」

 

「そんなの、全然聞いてないですよ!」

 

「そりゃそうだ。サーゼクスなりミカエルなり、各勢力のトップぐらいしか知らん極秘事項だからな」

 

「その極秘事項を何平然とぶちまけてるんですか……」

 

「信頼の証だよ。まぁ、それを前提にしないと話が進まないからってのが一番だが」

 

「行き当たりばったりが過ぎる……」

 

ミッテルトが肩を落とす。

同じ堕天使として、これが上司でいいのかとか思わなくはないが、そもそも今は実質無関係だったことを思い出す。

 

「でも、それはあくまで三大勢力のみの話でしょう?人間である彼はその枠外にある筈だけど」

 

「尤もな疑問だな。でも、アイツは人間だが普通の人間じゃあない。下手な悪魔では相手にならないレベルの猛者だ。そして同時に、三大勢力のトップに懇意にされていると言う、有り得ない待遇の存在だ。今までは存在を秘匿出来ていたが、今回のレーティングゲームの観戦をさせるにあたって、サーゼクスはワザとアイツが周囲に認知されるように振舞った。アイツ程の存在をこれ以上隠し通すなんて無理だ。だから先手を打って、アイツの存在を公にしたんだろう」

 

「お兄様、まさかそんな考えで……」

 

「アイツは人間だ。如何に強くても後ろ盾がないなら幾らでも漬け込める。そこで、俺達三勢力のトップが唾付けているってポーズを取れば、一気に安全が保障される。それは、アイツのお手つきであるミッテルトやゼノヴィアにも言えることだ」

 

「お、お手つきって……!!」

 

途端に顔を真っ赤にするミッテルト。そんな様子をどこか不満げに眺めるリアスと姫島。

 

「兎に角、アイツが三勢力にとって特別だってアピールすることが出来れば、余程の馬鹿でもない限りアイツを無下に扱うことはなくなる。そして特別ついでに、レーティングゲームの例外として無理矢理捻じ込めるって心算よ」

 

「そんなに上手く行くのでしょうか?確かに零君は知る人からすれば優秀であると分かってはいますが、未だ和平が成って不安定な状況でそんなことをすれば……」

 

「姫島の言うことも尤もだ。当然、今すぐにって訳じゃあない。あくまで今回の顔見せは牽制だ。それに、レーティングゲームするにしても、まだ必要なものさえ揃っていないのにどうやってやれって言うんだ?アイツが人間のまま王になれる方法をサーゼクスの方で根回ししているらしいが、それを抜きにしても信頼できる仲間が不足している。ある程度は知人から眷属を借りることでフォローできるが、絶対にどうにか出来る保証はない。アイツのペルソナが如何に強かろうと、本質は人間だ。人海戦術で攻められればひとたまりもないだろう。だからこそ、半端な数の眷属じゃあ勝負にならない可能性さえあるんだ。……アイツが本気になれば別かもしれねぇがな」

 

最後だけは聞こえないぐらいに小さな声で呟くだけに留まる。

しかし、近くにいたミッテルトの耳には届いていた。

 

「まぁ、あれだ。そういう考えが上の方で進行している、って事情だけ覚えておけば今はいいさ。……って、今気付いたがその当事者はどこにいった?」

 

「あれ、本当だ……いない」

 

部屋中見渡しても、零の姿は確認できない。

話の間で抜けたことは理解できるが、タイミングがさっぱり分からない。

 

「まさか、俺達に失望して出ていったんじゃ……」

 

「あのお人好しがそうするなんてあまり考えられんが……まぁ、思う所があるなら改めて謝罪なりなんなりしに行けばいいさ。取り敢えず、今日はもう解散だ。休んで次からの鍛錬に備えておけよ」

 

アザゼルが両手を叩き、事態を収束させたところで解散となった。

 

 

 

 

 

生徒会室に静かに響く筆を動かす音と、小気味良い判子を押す音。

レーティングゲームを終え、事後処理を済ませた私は再び支取蒼那としての責務を果たすべく、残り少ない夏休みを生徒会の溜まった仕事の処理に勤しんでいた。

今日も手伝いはいない。レーティングゲーム後の疲労やダメージが未だに尾を引いている者もいれば、私が断ってそんな彼らの回復をサポートするようにしたせいでこの場にいないものもいる。

 

レーティングゲームは、私達の勝ちで幕を下ろした。

嬉しいと思うよりも、終わったことで得られた虚無感の方が印象強かった。

思えば、リアスに勝ちたくて必死になりすぎていたせいで、試合中の過程も漠然としている。それぐらい、夢中になっていたのだ。

兎に角、勝ちたかった。自分の持てる全てを吐き出して、リアスとぶつかりたかった。

そして、証明したかった。私の眷属に特別はいなくても、決して劣る訳ではないと言うことを。

私の夢は、冥界のような実力主義が蔓延る世界でもしっかりと存在できるのだと、私の夢を否定した者達に見せつけたかった。

 

「……どうぞ」

 

ドアのノック音が部屋に響く。

既視感を感じたそれを迎えると、やはりと言うべきか、そこには零君がいた。

しかし以前と違うのは、手荷物を抱えての登場と言う所だろうか。

 

「零君、今日はどうしましたか?」

 

「ああ、大したことではない」

 

そう言って部屋に入ってくる零君。

真っ直ぐと私の前まで近づいてきたかと思うと、小さな箱を差し出してくる。

 

「レーティングゲームの勝利祝いだ、受け取って欲しい」

 

「あ――――」

 

予想外の対応に、言葉が詰まる。

しかし、受け取らないのは失礼に当たると、無意識にそれを受け取っていた。

 

「開けて、いいですか?」

 

「是非」

 

丁寧に傷つかないように梱包を解いていく。

そうして優しい手触りを楽しみながら中身を取り出す。

 

「これは、ハンカチ?」

 

贈り物の内容は、シルバーホワイトで彩られたハンカチだった。

 

「正直、女性への贈り物なんて殆ど経験がなくてな。何を送れば良いか悩んでいた時、君が汗を流しながら仕事をしていたことを思い出したんだ」

 

「なるほど、それで……」

 

ジッとハンカチを見つめる。

安物のそれとは一線を画した素材を使用しているのは分かるが、相当値が張るだろうそれをまさか接点の薄い自分に平然と渡すなんて、流石に予想外だった。

だが、嬉しくもあった。

眷属間だったり対外的な所で勝利を祝われたりはしたが、それとは無関係な所でこんな形で祝われたのはこれが初めてだ。

それだって、シトリー家との繋がりを得ることが目的だったりと、政治的な絡みが殆どで心の底ではいつも通りのヨイショだと適当に流していた。

でも、彼は違う。

シトリー家の娘でも、生徒会長としてでもなく、ただ一人の友人として祝ってくれている。

立場によるしがらみに常に身を置く私にとって、彼が私に向ける態度はとても心地の良いもので、だからこそ素直に感謝の言葉を言える。

 

「ありがとうございます。大事にさせて頂きますね」

 

「喜んでくれて何よりだ。それとなんだが……これを、君の眷属達に渡して貰えないか?」

 

残りの手荷物が机の上に置かれる。

大きさこそまばらだが、誰宛てかを沿えたカードを見る限り、これも私同様祝いの品だと言うことにすぐに気付いた。

 

「どうしてです?私のように直接渡せばよろしいと思うのですが」

 

「君と違って、眷属の方とは接点が薄いからな。接点の薄い相手がいきなり押しかけて祝いの品だけ渡しても困るだけだと思ったんだが、渡さない訳にもいかないからな。せめて君が仲立ちして渡してくれた方が、素直に受け取ってもらえると思ったんだ」

 

「……いえ、それは貴方がきちんと渡すべきです。言い分には納得できますが、誠意は見せるべきです。それこそ、真に祝おうと思っているのでしたら猶更です」

 

「む……」

 

困ったように表情を歪ませる零君。

こんな表情を見るのも、思えば初めてかもしれない。

知っているようで知らない彼という存在が紐解かれていくのが、見ていてどこか面白い。

 

「何でしたら、私が眷属達に伝えて根回ししますよ。不安でしたら、私も随伴します」

 

「いや、そこまでしてもらわなくても――」

 

「いいんですよ。これはあの子達の為でもありますし、それぐらいの労力は惜しみませんよ」

 

「……なら、お言葉に甘えても?」

 

「是非」

 

そうして、暫定的な予定だけでも立てて彼は生徒会室を後にしたのを見送った私は、再びもらったハンカチを眺める。

 

「あら……?」

 

裏面を見てみると、地味とも取れる色合いの中に、申し訳程度に刺繍が施されているのが確認できた。

丸くなって寝ている猫と、隣り合うピンク色の尻尾のような草が描かれており、配色の関係でピンク色がとても目立つ。

気分転換も兼ねて、そのピンク色の草に関して調べてみる。

 

「猫柳、ですか」

 

それらしき資料を漁り見つけたそれは、刺繍のそれと瓜二つだった。

そして、ピンク色のそれが何を意味するかも、すぐに理解した。

 

「『努力が報われる』――」

 

ピンク色の猫柳が意味する花言葉のひとつを口にした途端、胸が締め付けられるような気持ちになる。

苦しい。だけどそれさえも心地よく感じるという、倒錯的な感情。

分からない、分からないが――とても暖かい。

資料を仕舞い、仕事に戻る。

一瞬だけ硝子に移った横顔は、自分でも見たことの無いぐらいに花が咲いていた。




Q:何で投稿した、言え!
A:気にするな!

Q:本人の知らない所で重大な話が進んでいくスタイル
A:真面目な話する時、主人公は邪魔なんだよ(直球)

Q:寧ろミッテルトが主人公じゃね?
A:もうそれでいい気がする。

Q:会長可愛すぎ
A:眼鏡属性のない自分が認める数少ない眼鏡女子ですからね。実はミッテルトよりも先に好きになった。因みに他に好きなのはタバサと山田真耶と朝田詩乃とコウサカ・チナかな。なお、男になると五倍以上に膨れ上がる模様。

Q:また投稿したってことは、再開するってこといいんだよね?
A:(無言の脱走)


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第三十二話

前話に比べて半分以下の文章量。投稿ペースの維持を考慮するなら、これぐらいの方がいいのかな?


支取の計らいで彼女の眷属達にもお祝いの品を渡すことが出来た。良かった良かった。

匙君には複雑そうな目で見られたリ、ベンニーアって言うおさげの女の子にジッと見つめられたりとたまに良くわからないことになったりしたが、問題らしい問題は特に起こらなかった。

惜しむらくは、眷属の皆さんの趣味嗜好をこれっぽっちも知らないのでピンポイントで喜びそうなものは渡せなかったことぐらいか。

ま、まぁこういうのは気持ちが大事って言うし?え、それを贈る側が言うのは駄目だって?うるさい。

 

あと、何かリアス達に謝られた。今度はあんな無様は晒さない、とか言うだけ言って去っていった。

……ああ、レーティングゲームのことね。一応オカ研の一員だから、あの時いなかった自分にも決意表明か何かを聞かせたかったんだろう。

頑張れ、とは言っておいたけどね。寧ろ、唐突過ぎてそれぐらいしか言えなかったよ。

 

問題と言えば、違うところで起こってました。

それは、アーシアに告白する輩が出た、ということだ。

一誠じゃないのかって?違うよ、残念ながらな!!

ディオドラ=アスタロトっていう、リアスと同じ優秀な若手悪魔の一人らしく、何でも悪魔になる以前より面識があるらしく、冥界で再会したことを切っ掛けにここ最近アプローチが激しいらしい。

ポストに収まりきらないラブレターとプレゼントの猛攻に、アーシアは困り果て、女性陣もそんなやり方に不満がある様子。

好意の押し付けもあるが、高価な贈り物をすれば靡くと思っていそうなやり口が気に食わないらしい。

……最近そこそこ高い贈り物を祝い物で出した自分には、何か言える問題ではありません。と言うか、支取達もそんな考えだったりしたりする?ヤベェよ……ヤベェよ……。

 

とは言っても、悪いイベントばかりではない。

うちに居候することになったイリナちゃんが、本格的にこちらに滞在することになったことに加え、駒王学園に転入することになったのだ。

学年は二年。ゼノヴィアともっと一緒にいられるよ、やったね!

それと、何かイリナちゃん天使になってた。比喩じゃなくてガチで。

何でも、悪魔の駒と似たシステムで転生したらしい。しかもあのミカエルの傍付きなんだとか。すげぇ。

それでふと思ったんだけど、ミッテルトにそのシステムを使ったらどうなるんだろう。普通に天使になっちゃうのかね。一応、墜ちた天使ってことで元を辿ればそういう訳なんだし。

 

取り敢えず、当面の問題はディオドラだ。

この話題に関しては、兵藤とミッテルトが特に気合を入れて掛かっており、何故かそれを理由にペルソナの扱いを学ぶことに精力的になっていた。

どうしてそう繋がるのかは知らないけど、ミッテルト曰くディオドラは「ゲロ以下の匂いがプンプンする」奴らしい。

女の子がゲロとか言っちゃダメだよ、アニメに影響されるのも善し悪しだね。

それはいいとして、同じ能力を扱えるもの同士で先輩である以上、それに付き合わない理由はない。

ミッテルトの吸収力は凄まじい。自分のようなゴリ押しじゃなくて、弱いペルソナでも状況に応じて使い分けることであらゆる状況に常に対応出来る、そんな頭の良さがペルソナとの相性が抜群なのだ。

実際、手合わせしている時に手加減してたとは言え、一回普通に負けちゃったしね。こりゃうかうかしてられんわ。

そろそろ自分も、もっと強いペルソナを扱えるようになるよう頑張らないと。

 

 

 

 

 

私は苛立っていた。

理由は、今アーシアに付きまとっているストーカー、ディオドラ=アスタロトにある。

あの優男を見たとき、確信した。あの男は、私と同じだと。

自分で言っておいて甚だ遺憾ではあるが、私が言いたい同じというのは、何か意思を持って偽りの仮面を被っているという点だ。

同族嫌悪、と言うべきか。昔に比べたら丸くなってきた実感こそ出てきたが、だからこそ目の前の男が気に食わなかった。

そりゃあ、アーシアが嫌そうにしていることを抜きにしても、この問題はあの子の問題だ。あの子が断固として拒否したならともかく、煮え切らない態度を貫いている現状で私が強く出ることは出来ない。

私は所詮、部外者なんだから。

 

でも――やっぱり気になる。

アーシアの態度以前に、あの男のあの笑顔。見る人次第では好青年に見えなくもないが、私にしたら不格好で似合わない仮面を付けているようにしか見えない。

その奥側までは流石に見えないけれど、どうせ碌なものじゃないのだけは分かる。

正直な話、このプレゼント爆弾だって相手にとっては小手調べに過ぎない筈だ。

アーシアへと向ける異常とも言える執着。ただの恋愛感情だと言い切れるのか?

ただひとつ言えることは――今のままでは、最悪の事態に対応できない。

珍しくレイは今回の件に関して深く関わってくる様子はない。

彼なりの考えがあるのかもしれないが、それならそれであまり彼を頼るのも悪い。

だけどせめて、ペルソナの練習にだけは付き合ってもらう。間近で彼の強さを見てきたとはいえ、学ぶ点はまだまだ多い。

ペルソナの耐性や使えるスキルの把握に留まらず、そのペルソナだからこそ出来る動き方も研究する必要がある。

自衛できる程度には間違いなく強くなりたいし、欲をかくならばレイの隣で一緒に戦えるぐらいにはなりたい。

 

魔王様達の企みで、近いうちにレイの存在は公に晒されることになる。そして、良くも悪くも注目を集めることになるのは確定している。

遅かれ早かれそうなっていただろうことは、割と前の段階から予想はついていたので、こちらが進言する前に手を打ってくれたのは正直ありがたかった。

だが、そのせいで彼の傍で暮らしている私達は、より一層彼を護るべく警戒を厳にする必要が出てきた。

如何に三勢力の後ろ盾があると言っても、それが万全に機能する保証はどこにもない。

特に《禍の団》のようなテロリスト組織の存在がちらついている今、寧ろ人間であるレイを人質なりなんなりして弱みを握ろうなどと言う蛮行を働かないなんて誰が言い切れる?

万が一が起こった時、即座に対応することが出来るのは私達ぐらいのものだ。

しかし、それだけでは駄目だ。

対応できるだけでは、足りない。オーフィスの下に集う精鋭を仮想するならば、ヴァ―リのような反則がごろごろいると前提にするぐらいが丁度良い。

私の想像を超える化け物がいると想定するなら、今の私達では圧倒的なまでに実力不足。

それを補って余りあるほどにレイのペルソナが強いのは分かる。しかしそもそも、護衛対象に頼ることを前提とする時点で間違っている。

だから、強くならないといけない。レイの力を頼らずとも、彼を護ることが出来るのだと証明できるぐらいに。

ゼノヴィアも、最近木場と剣術の訓練をよく行っているし、自主訓練にも精を入れている。彼女もまた、同じ気持ちなんだろう。

イリナもミカエル様の指示とは言え、彼に助けられた恩もあってか使命以上の感情を乗せて取り組んでくれている。

そうさせるのもやはり、彼の人徳の賜物なんだろう。

 

だから、アーシアには悪いけど今回に限ってはあまりあの子に構っている余裕はなさそうだ。

それに――あの子はどうにも、苦手だ。

嫌いではない。寧ろ好意的な感情さえある。

何というか、その好意的な感情に裏打ちされた善性があまりにも眩しくて、一方的に私が苦手意識を持っているだけに過ぎない。

善性、と言う点ではレイも同様だけど、彼の場合は危なっかしさの方が先行するせいで、そんな感情を挟む余地がない。

それに、彼は心の隙間に入るのが上手い。自然に、さも当たり前のようにいつの間にか傍に居ることが普通になっている。そんな立ち位置を保ち続けることが出来る、天性の人たらし――いや、人外たらしか?

それでいて、普段の様子を見たら一切そんな特別を感じられないぐらいに平凡を極めているせいで、絶妙な距離感が完成しているのだ。

ある意味、彼の最大にして最強の武器はペルソナでも何でもなく、その人心掌握術にあるのかもしれない。

 

対してアーシアは、誰が見ても明らかなほどに清廉で、秀麗で、尊い。

目はぱっちりくりくりしており、肌はつやつやのもちもち、髪も絹のようにさらさらで、非の打ちどころがない。

それでいて、リアスや朱乃のような雲の上の存在ではなく、誰もが触れ合える気安い距離で接することが出来るので、とても身近な存在に感じられるのもポイント。

異性に好かれる要素をふんだんに秘めておりながら、同性からの嫉妬心さえ抱かせないほどに純粋で打算の無い優しさを持ち、寧ろ性別年齢問わずに小動物的な保護欲を掻き立てられる、ある意味での完璧超人。

表現するなら、そう。彼女こそ天使と呼ぶに相応しい。それこそ、種族:天使なだけの奴らよりもよっぽど相応しい。

 

そして、私は……多少は見れる見てくれではあるが平凡の域を出ず、堕天使になってからは色々と不摂生が祟ったこともあって、髪も肌も綺麗とは言い難い。

嘘の自分を演じてきたことで他者との距離を維持し、その心は打算や計算に塗れている。

その演じるキャラクターも、気安さこそあれど万人受けするほどではない。それどころか、距離感を誤ればウザがられるタイプのそれだ。

仮に私が清楚タイプを演じたところで、鼻で笑われるのがオチだ。それは私が一番分かっている。

同じ女なのに、こうも違う。

羨ましいとか、そういうのではない。ただ、そんな彼女の隣に立つにはあまりにも私はみずほらしくて、彼女の振りまく光を遮る帳となっているのではないかと、不安になるのだ。

アーシアは私に親身に接してくれている。それが、誰にでも向けられるものと同じ価値だとしても、繋がりが深いことだけは確かで。だからこそ、一緒に居る機会も自然と多くなる。

私が進んでそうしているのではなく、アーシアから近づいてくるのだから、どうしようもない。

突っぱねる気はない。そんなことをしてあの子が傷つくような真似をしてみろ。私が私を許せなくなる。

私は一度、あの子を絶望まで追いやった。それが未遂で間接的要因でしかないとしても、そんなものが言い訳になるなんてこれっぽっちも思わない。

あの子は幸せになるべき人間――いや、悪魔だ。少なくとも、小悪党な私なんかと比べるのも烏滸がましいぐらいに、彼女は幸福に浸る権利が、義務がある。

だけど、彼女はそれを許容しないだろう。自己より他者を重んじるからこそ、アーシア・アルジェントなのだから。

 

 

 

 

 

「――隣、いいですか?」

 

「アーシア……うん、いいッスよ」

 

噂をすれば影。どこか疲れた様子のアーシアが、寄り添うように私の隣に座る。

 

「……まだ、続いてるの?ディオドラからのプレゼント」

 

「はい……。私自身、こんなに好意を向けられたことがなくて、今も戸惑っています。気持ちは嬉しいのですけれど、好意を受けたくてあの方を癒した訳ではないので、複雑な気分です」

 

虚ろな目で俯くアーシアの姿は、どこか痛々しい。

普段から明るい彼女が落ち込んでいるというのは、やはり違和感しか感じられない。

そして、そんなことも露知らず一方的な好意の押し付けをして満足しているディオドラが、ますます嫌いになっていく。最初から好きになる要素はゼロだが、最早普通の評価に戻るようなことは金輪際訪れないだろう。

 

「だったら、そう言えばいいのに。アーシアは優し過ぎるッス。八方美人を否定する訳じゃないけど、嫌なものは嫌だって否定しないと、結局みんなが傷つく結果になることだってあるんだから、スパッと拒否するぐらいしないと、それだから相手が付け上がるのよ」

 

「……そう、でしょうか」

 

「間違いないッス。アーシアだって、口にしないだけで迷惑だと思っているんでしょ?なら、意思を見せなきゃ。アーシアがそんなだから兵藤一誠とかゼノヴィアが躍起になって護ろうとしているって、自覚したら?」

 

アーシアからの返答はない。

少し言い過ぎたか……そう思った矢先、彼女は満面の笑みを私に向けて来た。

 

「ありがとうございます。こんなに強く言ってくれたのは、ミッテルトさんが初めてです」

 

「え?てっきりリアス辺りからはこれぐらい言われてると思ってたけど」

 

「部長は……何といいますか、完全にディオドラさんを敵視しちゃってるらしくて、この件で魔王様に現状の対策を訴えています。アーシアは心配しなくてもいいからね、って……」

 

あの馬鹿、何呑まれているんだか。

こういう時こそ、王であるリアスがアーシア自身にも問題があることを指摘しないといけない場面でしょうが。

 

「だから、嬉しかったんです。私って優柔不断で引っ込み思案だから、どうしてもこういう時にはっきりと言いたいことが言えなくて……それで迷惑を掛けることが多いことも自覚しています。ですが部長さんやイッセーさんとか、皆さん私に良くしてくれて、それが嬉しくて好意に甘えてしまっている自分が情けなくもあると同時に、恵まれているという実感が得られて、それをもっと享受したいと考えてしまうんです。……でも、そんな駄目な私をミッテルトさんは叱咤してくれて、でもそれがただ怒っているだけではなくて、私を心配してくれているんだってことが分かるから、余計に嬉しくて……。えへへ、自分でも何が言いたいか良く分からなくなってきました」

 

そうはにかんで答えるアーシアは、どこまでも自分の知るアーシアで。

私のこんな他愛のない会話でさえも、天の恵みであると言わんばかりに仰々しく受け答えしてくれる。

それを見て――ああ、少しは私も役に立てているのかな、なんて自己満足の感情が満たされていく。

 

「――だけど、これだけは言えます。私、ミッテルトさんとお友達になれて、とても幸せです!」

 

花が咲いたような笑顔と共に、そう答えた。

しかし、私の中では動揺が走っていた。

 

「トモ……ダチ?」

 

「はい!」

 

トモダチ、ともだち、友達……。私の知る限り、それを意味する言葉はひとつしかない。

友達?アーシアと私は、友達?

こんな天使のような子と、欲望の為に墜ちることを是とした私が、友達だって?

――有り得ない。そう、聞き間違いだ。きっとそう。

私なんかが、この子の友達を名乗る資格なんてない。

ない、のに――どうしてこんなにも心が暖かいんだろう。

理解の及ばない感情が、私を混乱させる。答えるべき言葉はとっくに決まっているのに、それを口に出せない。

理性と本心がせめぎ合い、無意味に時間が流れていく。

 

「――あ、部長さんが帰って来たようです。お出迎えに行ってきますね!」

 

「あ――――」

 

ぱたぱたと足音を立てて去っていくアーシアの幻影を掴むように、差し出された手は虚空を掴むだけに終わる。

言えなかった。

 

『私も、アーシアと友達で良かった』

 

ただそれだけの言葉なのに、言えなかった。

嬉しかったのに、全然嫌じゃなかったのに。私は、何かにつけて自分で言い訳して、そんな当たり障りのない言葉さえ紡げなかった。

――ああ、そうか。私はいつだって受け身だったから、自分で手を伸ばして受け入れるのが怖くて堪らないんだ。

裏切られたら、失望されたら――なんて、そんなあの子に限って有り得ない可能性に怯えている。

少しは変われたと思っていた。レイと共に歩んで、駄目な自分を少しは変えられたと勘違いしていた。

結局、私は昔と変わらない。私の時間は、レイナーレ姉さまと共に在った頃から止まったままなんだ。

 

「私はっ……!!」

 

悔しさと情けなさを必死に堪える。

時間が経てば、またいつものミッテルトに戻れる。

だから、もう少しだけ……その時が来るまで、こんな愚かな自分を忘れないように心の痛みと共に刻みつけよう。

そう、いつもの私を演じれば、みんな何も変わらない。いつも通りの日常に戻れるから――




Q:主人公ェ……
A:ミッテルトがどうしたって?

Q:まさかのベンニーアにフラグ?
A:マイナーなキャラを推していくスタイル

Q:零君って何のためにいるの?
A:今は雌伏の時……!

Q:ミッテルトがアーシア好きすぎる問題
A:誰だってそうなる、俺だってそうなる。

Q:ミッテルト良く曇るね
A:作者が曇らせるの好き……げふんげふん。今の彼女はコンプレックスの塊で、生来の扱いからネガティブシンキングになりやすい、よわいいきものだからね。でも、それを乗り越えればきっと……!


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第三十三話

10ヶ月ぶりだなぁ、兄弟!!

ディオドラをどうぶっ殺そうと悩んだ結果、悩みに悩んでこの結果。
その代わり、ペルソナ5を経て構想がやっと練られたので、取り敢えずざっくりと書いてみた。なお、試行錯誤して書いてたから前後で文章に齟齬がある可能性大。
(もう誤字とかの確認は読者任せで)いいじゃん。と下衆い思考で自分を正当化させるスタイル。


あの一件から、私はまともにアーシアと会うことが出来ないでいる。

理由は単純。私が勝手にアーシアにどう接すればよいか分からなくなっただけ。

アーシアは悪くない。悪いのは、必要以上に引き摺っている私。

端から見れば、何てこと無い言葉のやり取りさえも、私にとっては難しすぎた。

踏み込むことで訪れる変化。良きにしろ悪きにしろ、一度踏み出せば平行線は有り得ない。

確率は二分の一。プラスに働けば良いが、その逆ならば?

アーシアという少女の人間性を理解していてなお、最悪の可能性に過度に怯えている。

……いや、だからこそ、なのかもしれない。

アーシアが素晴らしい存在であればあるほど、見捨てられた場合の反動が恐ろしい。

それに、純真無垢、清廉潔白を体現した彼女の隣に私が立てば、その魅力は汚れた鏡に映し出されるが如くくすんでしまうだろう。

それは、許されないことだ。あの子の稀有な輝きを曇らせるのは、決して許される行為ではない。

だから、返事を返さなかったのは、正しいことなんだ。

大切だからこそ、現状維持を務める。停滞こそが幸福の一手なのだと自己暗示を掛ける。

 

だけどこうして今も、思考の堂々巡りをしている。

何度目かも分からない自己問答。何の意味も価値をももたらさない自傷行為。

無意味な行為を繰り返す、その理由。それも分かりきっている。

要は、未練だ。

アーシアと両思いであることを公言し、友人として垣根なく過ごせる幸福な可能性に、私は未練を残している。

アーシアの輝きを損なわせたくないと言いつつも、そんな我儘な想いを捨てきれずにいる。

なんて自分勝手で、愚かしいことか。

選択の果てにあるのが幸福ではなく不幸だったとして、傷つくのは自分だけではないというのに、そのような不相応な祈りを抱え続けている。

自分が傷つくこと以上に、アーシアが傷つくことのほうが恐ろしい。だからこそ決意しようとしているのに、天秤は決して静止することはない。

その理由も分かっている。分かっている、けど――それで納得できるならば、こんなに悩んでは居ない。

 

「――では、ペルソナをもっと扱えるようになりたいと」

 

「え、ええ。レイと私の間では、埋めがたいぐらいの実力差があるのは明確だし、だけどペルソナ使いってレイぐらいしかいないし、消去法でね」

 

ぼんやりしていた思考に挟まれたイゴールの言葉に、私は咄嗟に頷き返す。

私とレイでは、ペルソナの質や扱う技量に天と地ほどの差がある。

経験の差であることは言うまでもなく、そもそも私はペルソナの事を詳しく知らない。

便利な道具も、機能を理解していなければ十全に扱うことは出来ない。

レイを危険な目に晒さない為にも、身近にいる私からまず強くなるべきだと判断したはいいが、行き詰まっていた。

例の少ない力であるため、汎用的な訓練方法があるかどうかも怪しい上に、数少ない例はあまりにも優れすぎた。

過去にレイにペルソナの使い方を聞いたことはあるが、はっきり言ってざっくりしすぎていた。

理屈や理論ではなく、感覚で説明されても正直困るというのが本音だ。

逆に言えば、形容する表現を持ったことがない――つまり、それぐらい彼にとってペルソナを行使することは自然なことだったということでもある。

私のように試行錯誤する必要もない、比べるまでもない才能の差。

護るべき存在の強さが、護ろうとしている本人よりも上と言うのは、笑えない冗談だ。

……いや、そもそも二天龍が暴れた戦争を生き残れるコカビエルを圧倒できて、その二天龍の片割れを、例え神器になっているとはいえ実力で上であることを見せつけるとか、下級堕天使でしかない自分にとって、当然でもあり追いつこうなどと考えること自体が愚行に等しい。

それでも、立ち止まるなんて考えは沸かない。

何も出来ないまま、ただ大事な人間が傷つくのを眺めるだけなんて、御免だから。

 

「左様でございますか。成る程、素晴らしい着眼点ですな。私自身はペルソナ使いにあらずとも、幾多のペルソナ使いを導いてきた経験があります。助言ならば望むだけ幾らでもいたしましょう」

 

納得し、姿勢を正すとイゴールは語り始めた。

 

「そうですね、以前にも申し上げたかもしれませんが、ペルソナとは、人間の精神の奥底にある、表面には現れていない別人格。貴方は人間ではありませんが、人間的な要素――知識や感性が類似さえしていれば、切っ掛けひとつで自覚できるものです。過去に犬がペルソナを発現したという経緯を私も拝見しております」

 

「犬ねぇ。……本当に?」

 

「はい。とは言え、ただの犬ではなく、精神的には人間――と言うよりも、武人或いは騎士に近い高潔な精神を宿した犬ですな。それこそ、肉体的差と人語を介せない以外は何ら違いのないと思わせる程度に、彼の者は人間味に溢れておりました」

 

犬がペルソナを発動するイメージをする。

犬のペルソナだから、多分外見も犬っぽいんだろうな。

……うん、可愛い。二人揃って一緒に寝ている図と、野原を駆け回る姿を幻視した。

ぶんぶんと頭を振り、緩いイメージを振り払う。今はそんな妄想に耽っている暇はない。

 

「正直信じられないけど、まぁそれはいいわ。それで、だからなんだって言うの?」

 

「つまり、ペルソナとは決して特別なものではありません。誰しもが持ち得る、別の側面の具現でしかないのです。そして、その力の源もまた、同種のもの」

 

「それが――もしかして、絆だって言うの?」

 

レイが度々口にしていた、『絆』という単語。

もしかして、と思って口にしてみたが、イゴールの不敵な笑みが確信を語っていた。

 

「絆とは、すなわち心を豊かにする繋がり。そして、心とは海。全ての生命の始まりであり、無限大の広がりを持つ世界でもあります。ヒトの心は無意識に繋がっており、それらは集合的無意識と呼ばれ、そこからペルソナを呼び出すことが出来る才能の持ち主が、ワイルドと呼ばれるペルソナ使いなのです」

 

「そして、ワイルドの素養がないペルソナ使いが扱えるペルソナは実質的にひとつ、だったっけ。その言い方からすれば、一般的なペルソナ使いは個人的無意識に引き摺られる形で、ペルソナが具現するってことでいいのかしら」

 

レイから、ある程度ペルソナについては聞き齧っている。

言葉にはしていないが、ワイルドによって召喚されたペルソナと、一般的なペルソナで全く同一の性質のものが生まれた場合、その姿形も別物であるケースが殆どだと聞かされている。

それはつまり、個人的無意識によって抱くイメージが、ペルソナに反映されたからと言う解釈が出来る。

 

「その通り。そして、ペルソナとは個人を象徴するものであると同時に、普段は表に出ない抑圧された感情が形を得たものでもあります。発現した場合に生まれ出る形は、その状況によって大きく変化すると言っても過言ではありません」

 

「それは、極限状態においてこそヒトの本質が分かる、みたいな感じ?」

 

「それもまた、ひとつの考え方ですな。『死』を内に宿す者は死を象徴とした、或いは嘘と虚飾で満たされた世界を『人間の可能性』という形で祓う為の象徴として、或いは偽りの正義に溺れた者達を導く『希望』の象徴として、その心はいつしか形を変え、絶望を跳ね除ける力へと覚醒しました。始まりが何であれ、立場や心境が変われば心もまた変化し、それに呼応するようにペルソナもまた形を変えていく。本質と言う言葉で一括りに出来るほど、人間の心理というものは単純ではありませぬ」

 

思い返すかのように、イゴールは語る。

これも、口ぶりからしてかつてあった出来事なのだろうか。

だが、待って欲しい。そうなると解せない。

これではまるで、ペルソナ使いは探せば見つかる程度の存在でしか無いようではないか。

だって、そうだろう?もしこんな力を持つ人間がちらほらといれば、三陣営に気付かれない訳がない。

ましてや、遥か昔から存在する者達だって少なくないコミュニティを出し抜ける存在がいることが、まず有り得ない。

仮に出来たとして、噂さえも出回らないのは異常を通り越して不気味だ。

その存在は現実か、それとも夢か――まるで、胡蝶の夢のような虚ろな存在。

 

 

その事実は――まるで、同じペルソナ使いである有斗零という存在も、同じく胡蝶の夢ではないのか、という恐怖へと至らせるピースでもあった。

 

 

「――どう、なされましたかな?」

 

「――――ッ」

 

イゴールの声によって、思考の海から急激に引き揚げさせられる。

我ながら馬鹿馬鹿しい妄想だ。

だって、レイは確かにそこにいるし、ペルソナの存在だって過去を振り返れば現実であることは一目瞭然。

夢だなんて、それこそ有り得ない話だ。

 

「何でもないわ」

 

「そのような表情をなされて、何でもないというのは些か無理があるのではないかと」

 

「……?」

 

「自覚なし、ですか。いやはや、どうにも根が深い問題と見える」

 

呆れ混じりに心配するイゴール。

勝手に納得しているのが少し気に食わない。

 

「どのような悩みを抱えているかは知りませぬが、私めに打ち明けてみませんか?その様子では、身近な相手には吐き出せない内容なのでしょう。私ならば、ここの存在を知らない者に情報が漏れることもありませんし、どうですかな?」

 

「……レイにも言わないでよ」

 

「心得ております」

 

正直、ここであまり抵抗なくイゴールの言葉に従ったのは、それだけ精神的に余裕がなかったからだろう。

ベルベッドルームは、部屋と形容してはいるが、実際は意識だけがこの場へと移動しているに過ぎない。

肉体はベルベッドルームに入った時点で夢を見ているような状態に陥っているとのこと。

他人からすれば突如と動きを止めて微動だにしない不審者に映るが、幸いとベルベッドルームは自宅から行ける為、醜態を晒すことはない。

と言うか、レイの口ぶりではベルベッドルームの入り口は外にもちらほらあるようだし、いずれは醜態を晒すかもしれないと思うと、気が滅入る。

閑話休題。

とにかく、決心したからには吐き出さないと勿体無い。

折角踏ん切りがついたのだから、やけくそ気味に全てを吐き出した。

 

「成る程、事情は把握しました。しかし、友人を思うがあまり身を引くとは……何とも胸打たれる話ですな」

 

「美談でもなんでもないわよ。結局、その決断も簡単に揺らぐものでしかない。その程度の覚悟でしかないのよ」

 

腹の底からの溜息を吐く。

イゴールはそれを意に介する様子もなく、タロットカードをテーブルに並べていく。

二枚横並びに置かれたそれは、恐らくは私の今後を占う為に用意されたものだろう。

 

「貴方は、占いはどこまで信用なされますかな?」

 

「……信じたい奴は信じて、それ以外は気に留めない感じかしら」

 

「成る程、模範的な解答だ。占いは未来を暗示する指針ではありますが、それが全てではありません。悪い結果を信じない、というのは最悪を回避するという意味でも決して悪い選択ではないですからな。しかし、安易に取捨選択できるほど占いの結果というのは馬鹿に出来るものでもありません。或いは、占った結果に無意識に引き寄せられているのかもしれませんな。それが最良であれ最悪であれ、ね」

 

「だから、何なの?」

 

「いえ、一度開いてしまえば貴方の未来はタロットの結果に引き寄せられるかもしれませんし、例え見ようとせずとも未来は収束する可能性もある。或いは、全く別の未来を描くことになるやもしれません。開かなければ箱の中身を知ることが出来ないようにね。――貴方ならばどうしますか?占うか、占わないか」

 

血管が浮き出るほどに見開いたイゴールの瞳が、答えを待つ。

まるで、本当にイゴールの言葉通りの可能性が訪れるのでは?と思える程に重い言葉を前に、私は一瞬たじろいで――

 

「――見るわ。未来が収束する?いいじゃない、可能性を頭に入れておけば対策だって出来るかもしれないし、何も知らないよりかは気が楽だわ」

 

「では、そのように」

 

答えを聞き届けたイゴールは、おもむろにタロットを捲った。

 

「"月"の正位置。不安、迷い、恐れを示すカード。――まさに今、貴方は迷っておられる。霧の深い森の中を歩くが如く、答えを見いだせないまま、しかし歩みを止めようとはしない。後ろを振り返れば光が差し込んでおり、戻ることは容易い筈なのに、それでも決して振り返らない。迷いが迷いを呼び、前後不覚に陥っている状態。私めが貴方の言葉を纏めた結果、そのように解釈しました」

 

「分かっていて占うって、仕込みと勘違いされそうじゃない?」

 

私の茶々を無視し、二枚目のタロットを捲る。

 

「"死神"の正位置。終末、崩壊、死を暗示するカード。貴方は、迷い足の果てに危機に見舞われるようだ。それがどのような結果となるかは分かりかねますが、決して悲観なされないことです。終わりと始まりは、常に隣り合わせの関係。終わりを乗り越えた先に、貴方にとっての転換期が訪れるやもしれません」

 

イゴールの口から淡々と告げられる言葉は、不気味な程に重圧を秘めていた。

たかが占い、と高を括っていた癖に、今ではどうしてかその結果に惹かれて止まない。

まるで、その言葉に心当たりがあるかのように――

 

「……それを信じるのであれば、私は迷った末にひとつの答えを導き出せるのね。内容はともかく」

 

思考を切り替えるべく、言うまでもない事実を改めて口にする。

 

「貴方がそれを望み、求めるのであれば、その願いは果たされるでしょう。貴方の運命は、再び節目を迎えようとしている。決して、誤った選択をなされぬよう」

 

間違えれば、未来は閉ざされるとでも言うのだろうか。

そんなたったひとつのミスで、全てが水疱に帰すだなんて、そんなの、まるで――

 

「――まだ、思い出せませんかな?」

 

「え?」

 

「先程、分かっていて占うのは仕込みだと申されましたが――はい、確かにその通り。これは、未来ではなく現在を占う為のもの。これからではなく、今まさに、貴方に起こっているのだと、貴方は忘れているに過ぎない」

 

「な、にを――」

 

刹那、鋭い痛みが脳内を蹂躙し始める。

無様に、イゴールの目も憚らずもがき苦しむ。

その最中、まるで彫り込まれるかのように脳裏に思い起こされる記憶の数々。

違和感は最初からあった。

何故、私はベルベッドルームにいるのか。

ここに訪れてから、恐らくはほんの数分前程度の記憶が思い返せなかったこと。

そして、それに気づかず当たり前のように対応していたのか。

そうだ、私は、私は――!!

 

「ハァッ、ハッ、ア――!!」

 

全身から汗が吹き出る。呼吸は荒れ、動悸も激しく鳴り響いている。

あの瞬間の記憶がフラッシュバックしたと同時に、形容し難い恐怖が私を支配した。

同時に、ここに自分が居る理由も、何となく察した。

――だったら、まだ終わりじゃない。まだ、チャンスはある。

ここが分水嶺。しくじれば、本当に終わってしまう。イゴールの占いを、最悪の形で現実のものとしてしまう。

それだけは駄目だ。それだけは、この命に変えても、駄目!!

 

「……思い出されたのならば、最早ここに居る必要はないでしょう。さぁ、行くのです。運命を乗り越える為に」

 

言われるまでもない。

私は背後にあった扉へと駆けるべく、立ち上がる。

 

「お待ち下さい。最後にひとつ、助言を」

 

「何、急いでいるんだから、早く!!」

 

逸る気持ちをイゴールに吐き捨てる。

だけど、それを無視する気にはなれなかった。

それこそがここを訪れた真の意味だと、無意識に理解していたからかもしれない。

 

「では、単刀直入に。――素直に、自分に正直になることです。それが、貴方の行末を決める鍵となるでしょう」

 

それ以上、イゴールは言葉を紡ぐこと無く、ただまっすぐ私を見つめるだけ。

 

「――ありがとう、イゴール」

 

「いえいえ。貴方には、彼のお客人を支える力となってもらわねば、私としても困りますからな。再び会えることを、祈っております」

 

笑みを浮かべるイゴールに深く礼をする。

胡散臭いという感情は抜けないけど、それでも彼が私に真摯な態度を貫いてくれていることぐらいは分かる。

それが例え打算ありきなものだとしても、その打算が私にとっても益のあるものであるならば、感謝するのも当然だ。

 

「――待ってて、アーシア。今、助けるから」

 

胸の裡に落ちた言葉を抱いて、私は今度こそベルベッドルームの外への扉を開いた。

 

 

 

 

 

石柱に覆われた部屋の最奥にある玉座に座する男と、骨のようなものに手足を縛られた少女は、互いにまったく同じものに視点を落としていた。

一人は愉悦の感情を、一人は絶望の感情を抱いて。

 

「あっ……ああっ、ああああ」

 

「ふん、魔王ベルゼブブの血筋である僕に楯突こうなんて、身の程知らずにも程がある。――見てご覧アーシア。アレが、君の善性に惹かれて集る鴉の末路だ。君のせいで、彼女はこんなことになってしまった」

 

男――ディオドラ=アスタロトは、芝居がかった動きで、愉しそうに縛られた少女、アーシアへと語りかける。

アーシアの耳朶に呟くように身を寄せ、顎を撫でる。

そんな不快感など、彼女にとっては瑣末事でしかない。

 

「いずれ、グレモリーも眷属共々やってくるだろう。そして、僕が君の目の前で一人ずつ殺してあげよう。君に関わったことが最大の不幸だと脳髄の奥にまで刻ませるように、じっくり、たっぷりいたぶってね」

 

「あ、ああああああ」

 

涙で覆われた視界に、微かに映る影。

雫がひとつ落ち、視界が広がる。

そこには、認めたくない、だけど変えられない現実があった。

 

「――ミッテルトさあああああああああああああん!!!!」

 

カーペットの中心で、腹部に巨大な穴を空け、血の海に沈むミッテルトが、そこにはいた。

 




やめて!ディオドラ=アスタロトの力で、ペルソナを焼き払われたら、分身であるペルソナと繋がってるミッテルトの精神まで燃え尽きちゃう!(なお、ペルソナ全書)
お願い、死なないでミッテルト!あんたが今ここで倒れたら、零やアーシアとの約束はどうなっちゃうの? 希望はまだ残ってる。ここを耐えれば、ディオドラに勝てるんだから!

次回「ディオドラ死す」。デュエルスタンバイ!



     *      *
  *     +  ほんとです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


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第三十四話

今回の話を端的に表すAA


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
_______|
      |   
| ̄ ̄| ̄ ̄| | 
|  | ∧_∧| 
|  |(´∀`)つミ
|  |/ ⊃ ノ|   プロット
[二二二二二]|
      |


新作ポケモン、アドバンスのルビー以降手掛けてなかったからあまりの育成の最適化に驚く。
あ、あとプロットの大幅改変で内容にハチャメチャが押し寄せてきているけど、気にするな!


アーシアの悲鳴が響くのと、リアス達がディオドラの眷属を倒したのは、ほぼ同時だった。

 

「――ッ、アーシア!!」

 

一誠が我先にと悲鳴の先へと飛び出す。

 

「私達も行くわよ!」

 

それに続いて、リアス達も走り出す。

この場には、グレモリー眷属以外にも、有斗零の身内――つまり、ミッテルト、ゼノヴィア、イリナの三人も同伴していた。

 

事の経緯は、ディオドラがレーティングゲームを利用し、アーシアを攫う計画を実行したことが始まり。

リアス達も、今回のレーティングゲームは一筋縄ではいかない事は覚悟していたが、まさかゲームそのものが囮とまでは予想できなかった。

その油断を突かれ、まんまとアーシアを連れて行かれたのだ。

しかし、三陣営のトップには今回の襲撃は読まれており、彼らもまたリアス達を餌にディオドラが決定的な行動を起こす瞬間を待っていた。

だが此方にとってもアーシアが奪われたことは予想外だった。

予定では、ディオドラが本性を露わにすると共に、待機させていた兵士達をけしかけ、一気に制圧する目論見であった。

だが結果として予定は狂う羽目となり、リアス達はアーシア奪還のために強行軍を強いる事を決意する。

そこにアザゼルが待ったをかけた。

アザゼルの傍には、零、ミッテルト、ゼノヴィア、イリナの四人も居た。

何か起こった場合の保険、そういった意味合いで同伴させてきたのである。

アーシアが攫われたと聞き、女子三人は騒然とする。

零も少なからず反応を示しては居たが、すぐにいつも通りの様子で冷静に状況を分析し始めていた。

アザゼルの提案で、零以外の三人はリアス達と合流。彼女らと協力してアーシアの奪還を行う作戦を実行することになった。

零はアザゼルの下でテロリスト達の迎撃に当たる。それは、彼に万が一のことが起きないようにとアザゼルが配慮した結果である。

零は意外にもアザゼルの言葉に素直に従った。アザゼルの真意を呑んだのか、自分が出る幕はないと判断したのか。

何にせよ、彼らは今まで頼ってきた心強い味方に頼ることが出来ないという、ハンディキャップを背負うことになったのだ。

それに最初は嘆いた者いた。しかし、ミッテルトが――

 

「甘ったれんじゃないわよ!!」

 

自分達が零に頼り切りだったこと。それをいつしか当たり前のように受け入れていたこと。

いない人間にまで縋ろうとした自分自身への甘え、それがこのような結果を生んだのではないか?そう言い放った。

皆、一同に押し黙る。

心当たりがある故に、そうせざるを得ない。

一方的な信頼の押しつけ。その自覚はあっても、抗おうとはしなかった自らの心の弱さに向き合うときが来ていた。

零を抜きにしてこの状況を切り抜けなければならない。

今回ばかりは援軍には期待できない。故に、一切の甘えは許されない。

心の隅に残っていた甘さを拭い去り、気持ちを新たにする。

後は、ディオドラを倒しアーシアを救い出すだけ。

 

そうして、敵陣に突入。

そこに待ち構えていたのは、多数のディオドラの眷属。

ここで、リアスとミッテルトの派閥でチームを分ける。

ディオドラの眷属は数量で一番迫るリアスチームに。ミッテルトチームは隙を見て先にディオドラの方へと向かうこととなった。

手堅くいくのであれば、全員で眷属を打倒するのがベターなのだが、それがディオドラの狙いだとすれば、時間を稼がれている間にアーシアに何かをする可能性が高い。

故に、多少強引ではあるがそのような作戦で行くこととなった。

三人を突破させるための道を切り開いた後は、数の差に押し切られそうになりながらに何とか勝利を掴むことに成功したが、この戦いを経て自分達がどれだけ研鑽を怠っていたのかをようやく実感させられる。

確かに訓練はしていたが、それこそ死ぬ気で努力をしてきたか?と問われれば、否と答えるしかない。

蒼那とのレーティングゲームの敗北以外に、これと言って黒星を付けられるような失態がなかったが故に、慢心していた。

その黒星も、零がいたからこそ付けられなかったのであって、そうでなければ今こうして五体満足でメンバーの誰一人欠けずにいられたかどうかさえ怪しい。それ程の激戦を潜り抜けている筈なのだ、本来は。

それをあたかも自分達の手柄だと錯覚し増長した皺寄せが、今現実として襲い掛かってきている。

眷属を相手にこの体たらくで、ディオドラを打倒することが出来るのか。そんな一抹の不安を心の奥に仕舞い込むことしか出来ない。

ここまで来たからには、引くなんて事は出来ない。ならば、不安を抱くだけ無駄なのだと自分に言い聞かせ、各々は走り出す。

悩むことも後悔することも後回し。全てはアーシアを助けてから考えるべき、未来の話。

 

「――あれは」

 

石柱並び立つ一室、その中央に見るも醜悪な死体がひとつ転がっていた。

木場はその容姿にとある人物の面影を感じ取り、警戒しながら歩み寄る。

 

「まさか、フリード・セルゼンなのか?」

 

「醜いわね……言えた義理じゃないけど、まさに悪魔に魂を売ったって末路ね」

 

吐き捨てるようにリアスは呟く。

人間だった頃の面影は皆無で、纏う服装と銀髪で辛うじて判断できるかどうかだろう。

そんな見た目の醜悪さを加速させているのは、その無残な死骸の状態が主な原因だ。

容赦の無い無数の刃の痕。これでもかという程に感情の乗ったそれは、どう見ても怒りから来るもの。

 

「何を言ったかは知らないけど、三人の逆鱗に触れたのでしょう。同情するつもりはないけどね」

 

「部長、そんなことよりも!」

 

「ええ、急ぎましょう」

 

フリードの死体に見切りをつけ、再び走り出し、今度こそ目的の場所へと辿り着いた。

 

「ゼノヴィア、イリナ!」

 

ゼノヴィア達の表情を覗き込み、言葉を失う。

表情は蒼白で、呼吸も引きつったように呻いている。

二人の尋常ならざる様子に、何事かと思い、その視線の先を追う。

 

「一体、何があったという……の………?」

 

リアスの問いかけの言葉尻が弱くなる。

二人の視線の先にあるものを認識するのに、脳が必死に動こうと過重労働を強いているのが、第三者的な感覚で伝わってくる。

だが、それでも。肉体とは別に、意識はそれを理解したくないと、必死に抵抗していた。

そんな事をしている時点で、全て理解しているも同然なのに。

目の前の現実を視認したくなくて、必死に目を背けたくて。

それでも――現実はどこまでも残酷に自分達を嘲笑う。

 

「う……嘘……です、よね」

 

ギャスパーの震え声が、静謐な空間に響き渡る。

 

「嘘じゃあ、ないんだよなぁ」

 

最奥から響いた声に、一同は反射的に顔を上げる。

ライトアップされた先には、怨敵ディオドラ=アスタロトと拘束された状態で気絶しているアーシアの姿があった。

 

「ディオドラ、テメェ……!!」

 

一誠の拳と声が、尋常じゃない怒りで震えているのが分かる。

現実を認識した上で、ディオドラへの殺意が限界を超えて高まっていた。

 

「落ち着けよ、赤龍帝。たかだか羽虫が無様に死んでいるだけだろう?しかも、自分達の眷属でも無い他人。気にすることがあるかい?」

 

悪意をふんだんに乗せたおどけた口調は、放心状態だった者達をも現実に戻す。

悲壮感よりも、犯人であるディオドラへの殺意が遥かに上回る。

 

「ふっ――ざけんじゃねええええええええええええ!!」

 

大地を割らんとする咆哮とともに、一誠の身体に炎が纏わり付く。

それは形を変え、真紅の鎧へと変貌する。

ディオドラへの怒りを糧に、赤龍帝は禁手へと至る。

 

「アイツは――アイツは!!俺には憎まれ口ばかり叩いて、突き放すような態度を取る奴だったけど、人一倍思いやりがあって、優しくて、俺からすれば眩しすぎる奴だった!それを――よくも……よくもミッテルトを殺したなぁあああああああああ!!」

 

部屋の中央で血塗れで倒れている少女――ミッテルトの姿が、初めて明確な形を映し出す。

一誠の言葉が、抗えない現実を確かなものとしたことで、直視せざるを得なくなってしまった。

ピクリとも動く様子もなければ、呼吸もしていない。――生存は、絶望的だった。

 

「あ、ああ……!!」

 

ギャスパーは膝から崩れ落ち、大粒の涙を零す。

涙こそ流さないものの、何気に交流の多かった小猫の心の中には影が落ちていた。

姫島も、木場も、ゼノヴィアもイリナも。ミッテルトという少女の人柄を理解し、短いながらも時間を共有し、助け合ってきた関係故に、その現実は例外なく彼らの動揺を誘った。

 

「ハハハハ!たった一人死んだだけで、そのザマか?聞いていた通り、グレモリー眷属は身内に甘いんだねぇ。あ、身内じゃないか。何にせよ――反吐が出るね」

 

ディオドラは汚物を見るような視線でリアス達を一瞥する。

 

「反吐が出る、ね。お互い様だよ、ディオドラ=アスタロト……!!」

 

ゼノヴィアは一誠に並び立つようにして、デュランダルを構える。

 

「フリードから貴様の目論見は聞いた。お前の眷属は、全てが元々は敬虔なシスターだったそうだな。それを、お前の倒錯的な我欲を満たしたいが故に、彼女達を悪魔に落とす策を弄した。貴様の自作自演によってな!」

 

「どういうことなの、ゼノヴィア」

 

「……奴はシスター達の善性を利用して、自傷による怪我をシスターに治させ、その瞬間を他の信徒に見せつけることで追放させようと目論んだのだ。そして、傷心に漬け込んだ所を――」

 

これ以上は言うも憚れると、苦虫を噛み潰した表情で言葉を閉ざす。

だが、想像はついた。そして、表面でしか理解していなかった、ディオドラの悪意を、真の意味で理解した。

 

「……そうか、そういうことだったのか」

 

ズシン、と重い一歩と共に、倍化の音が鳴る。

 

「テメェが――アーシアが傷を治した悪魔だったってのか」

 

「そうさ、お前達が介入したことであの場で眷属にする計画はご破産になったけど、今こうして彼女を更なる絶望へと落とせたんだ、感謝してもいいぐらいだよ。特にそこのボロ雑巾になった女にはね」

 

「……とことん下衆ですわね。初めてですわ、こんなに不快な感情を抱いたのは」

 

「絶対に、許さない……!」

 

姫島と小猫も、怒りを言葉に乗せてディオドラと対峙する。

 

「ミッテルト、だったっけ?ソイツ一人死んだのを見ただけでアーシアは気絶したものだから、君達が殺される瞬間を見せられないのは残念だな。あ、でも起きた時には全てが手遅れだったって認識させるのも悪くはないかな」

 

「そんなこと、させない。貴方を倒し、アーシアを取り戻す。絶対に!」

 

部屋中が一触即発の空気で満ちる。

限界だと言わんばかりに、一誠が飛び出そうとした、その時。

 

 

 

「……煩いわね、おちおち眠れもしないわ」

 

 

 

「……え?」

 

聞き慣れた、そして二度と聞く事の叶わない筈だった声が、確かに聞こえた。

 

「ミッテルト……さん?」

 

信じられない、と言った風にギャスパーが呟く。

それは、この場に居る全員の総意だった。

 

「まさか、その傷で生きているとは驚いた。しかし、確かに致命傷だった筈なんだけどねぇ」

 

ディオドラの口調こそ平静だが、表情からは動揺が隠しきれていない。

事実、腹に空いた傷は塞がっている訳ではない。

それこそ、少し触れただけで倒れてしまうような儚さは健在。

だが――生きている。それは、これ以上とない希望の欠片。

自然と活力が湧いてくるのが分かる。自失で無気力だった肉体が、在るべき形に戻ろうとしている。

 

「お生憎様……、まだ、死ねないのよ」

 

「ミッテルト!」

 

フラフラな状態で立ち上がろうとしているのを、慌ててリアスが支える。

本当に、何故生きているのかが理解できない。嬉しいとは思えど、その事実に奇妙な感覚を覚えずにはいられない。

 

「兵藤、ミッテルトに《赤龍帝からの贈り物》を!」

 

「あ、ああ!」

 

ゼノヴィアの指示に、咄嗟に《赤龍帝からの贈り物》を発動する。

禁手に至っていたこともすっかり忘れていた一誠。当人の気付かぬ内にタイムリミット直前にまで迫っていた。

ゼノヴィアの機転がなければ、無駄に消費するだけに終わっていた。

しかし、限界まで倍化が高まっていたが為に、それを譲渡した途端、ミッテルトの表情に活力がみるみるうちに戻っていった。

逆に言えば、その程度に収まったのはそれだけ彼女の容態が深刻だったからに他ならない。

まさに、九死に一生。

 

「零と兵藤一誠のおかげで、首の皮一枚ってところね……。本当に、感謝しても足りない」

 

ミッテルトはペルソナ全書を開き、降りてきたタロットカードをそのまま挟み込む。

青髪の妖精――ハイピクシーをペルソナとして召喚した彼女は、自身に回復魔法「メディラマ」を掛ける。

全快とはいかないが、それでも腹の傷を塞ぐには十分で、ようやく一命を取り留めたと言って良い状態にまで落ち着いた。

 

「先程も見たが、その力――面白いな。おい、女。その力を寄越せば、命だけは助けてやらんこともないぞ」

 

「お断りよ、死ね」

 

ミッテルトは返す刀で答えを吐き出す。

ミッテルトにとって、この力は命よりも大事なもの。例え死んでも、誰かに渡す気など毛頭なかった。

そもそも、ディオドラが素直に約束を守るだなどと、ハナから信用していない。故に、当然の解答だった。

ディオドラはそんなミッテルトの反応に、鼻を鳴らす。

 

「まぁいい、半殺しにして解析するだけのことだ。為す術もなく死に体を晒した奴が一人復活したところで、オーフィスの蛇を宿した僕には敵わない」

 

「虎の威を借る狐の癖に、小物臭いのよ。自分に魅力がないから、シスター達をあんな方法でしか籠絡出来なかったんだって、バレバレなのよ」

 

「……何、調子付いている訳?生き残ったから、自分と僕の間には決定的な差が無いとでも勘違いしているのかな?」

 

青筋を立てつつも、声色は冷静に留めようとするディオドラ。

対して、ミッテルトはどこまでも冷静。気のせいか、リアス達から見ても、今のミッテルトはどこか以前とは違うと感じられる。

言うなれば――そう、雰囲気。形容し難い微小な差異だが、確かにミッテルトの中で何かが変わったことだけは分かる。

 

「そんな訳ないじゃない。今の私とアンタじゃあ、天と地がひっくり返っても勝てない。身を以て思い知らされたわ」

 

「なら、援軍が来たからだとすればお生憎様。そんなもの無意味だ」

 

「理解できないんだったら黙ってろ、カス野郎。ま、独り善がりな生き方しか出来ないアンタには、絶対に分かりっこないけどね」

 

今まで見たことも無い、強さを内包した瞳がディオドラを射抜く。

 

「気に入らないなぁ、その目付き。僕の好みとは対極にある目だよ。やはり女は、淑やかでなければならない。それこそ、アーシアのような――」

 

「――――分際を弁えろ、ディオドラ=アスタロト!!お前如きが、アーシアの名を口にするなぁ!!」

 

アーシアの名を口にした途端、咆哮とともにミッテルトを中心に衝撃波が発生する。

近くに居たリアス達は為す術もなく吹き飛ばされ、ディオドラの頬を余波で飛んだ小石が薙ぎ、紅の線を残す。

誰もが、その豹変を前に注目する。

ミッテルトの足元から、青白い炎のようなものが噴出している。

それが魔力の奔流だと分かるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「ミッテルト……?」

 

呆然とした様子で、リアスが呟く。

ミッテルトを中心に観測される、膨大なまでの魔力量。

アレはミッテルトの偽物だと言っても、知る者が知れば納得してしまうであろう。それぐらいの変貌。

流石のディオドラも面食らった様子で、ミッテルトの変化を傍観する。

 

「アーシアァァァアアアアアア!!」

 

その叫びに、部屋一帯が震撼した。

しかし、名を呼ばれた少女は目を覚まさない。

それでも構わない、と言わんばかりにミッテルトは叫ぶのを止めない。

まるで、堰き止めていたもの全てを吐き出さんとするように。

 

「私は、貴方が羨ましかった!どんな過酷な環境に置かれても、理不尽な境遇に晒されても、貴方は変わらず純粋なままだった。自分勝手な欲望で堕天使となった私と違って、貴方はずっと真っ直ぐだった!」

 

それは、この場に居る誰よりもアーシアを近くで見てきたからこその言葉だった。

かつて悪魔となる以前、協会に属していた頃から、二人の関係は小さな縁ながらも、確かに始まっていた。

 

「綺麗だと思った、眩しいって、思った!自分もそんな風に生きられたらって、ずっと思ってた!そんな貴方が友達になろうって言ってくれた時、本当は凄く嬉しかった。だけど言えなかった!私の存在が、貴方の光明に影を落とすんじゃないかって、勝手に判断して逃げていた!」

 

懇願するように、贖罪するように、祈るように。あらん限りの言葉で、叫ぶ。

彼女の言葉を後押しするもの――それは、後悔。

痛ましいとさえ思える後ろ姿だが、それと同時に溢れんばかりの力を感じる。

 

「その結果、私は貴方を傷付けた!今、こうして負う必要のない苦しみを味わわせているんだって考えたら、胸が張り裂けそうでたまらなかった!」

 

それは違う、そうリアス達は言いたかった。

あの場で最も近くに居た自分達こそ、その業を背負うべきであって、彼女のそれは全くのお門違いだと。

しかし、言えなかった。否、言うだけ無駄なのだと、理解したから。

自分の過ちは自分のものだと、他人になどくれてやるものかと、言葉の中に確固たる意志が宿っていた。

 

「――だから、もう逃げない。あの日言えなかった想い、今だから……いや、何度だって言ってやる!」

 

一呼吸置いて、一言。

 

「私も、アーシアと友達で良かった!!大好きだ、アーシア!!」

 

思いの丈を吐き出し――瞬間、変化が起こった。

魂を焼くような、力の昂ぶりを感じる。

ミッテルトは叫ぶ。良い慣れた、しかし真の意味で理解していなかった、力の具現の名を。

 

そして、その変化は、もう一人の中にも静かに胎動していた。

 

 

 

 

 

「――……シア?」

 

「へ?」

 

目の前には、机合わせにミッテルトさんが座っていた。

どうやら自分は教室にいるらしい。その辺りの記憶は曖昧だ。

夕日による陰りでよく見えないが、その表情はどこか不満そうだ。

 

「もう、アーシア。勉教を教えて欲しいって言ってた本人がボケッとするなんて、ちょ~っとないんじゃないッスか?」

 

「え、あ、はい。ごめんなさい!」

 

「もう……。まぁ、いいけどね」

 

反射的な謝罪に、仕方ないなと言わんばかりに答える。

 

「時間も時間だし、どこか寄って帰る?ウチおすすめのアイス屋があるんだけど」

 

ミッテルトさんがそう言いつつ片付けを始めたので、自分もそれに倣う。

 

「アイス、ですか?お夕飯も近いのに、よろしいのでしょうか」

 

「何言ってるんスか、甘いものは別腹。これ常識ッスよ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうなの。ほら、ちゃっちゃと行くわよ!」

 

問答無用と手を取られ、前のめりになりながら後ろを走る。

そんな慌ただしさと共に、湧き上がってくる至福の感情。

ああ――幸せだ。この甘美なひと時を、永遠のものとしたい。そう願わずにはいられない。

 

 

『――逃げるつもり?』

 

 

脳髄に響いた声。

それに呼応するように、目の前が光すら通さない暗黒で満たされていく。

手を取っていたミッテルトさんの姿は、影も形もない。

 

「え、え?」

 

『辛い現実から逃げて、それでどうなると言うのかしら?歩みを止めて、それで何が残るというの?彼女は貴方にそうなって欲しくて、命を賭けたのではないわ』

 

目の前に突如として現れる、黒いヴェールを纏った少女。

ヴェールに覆われて表情は見えないが、隙間から垂れ下がる金髪と声で、相手が女性であると辛うじて理解できた。

 

「貴方は――誰、ですか」

 

『それを知る前に、貴方にはやるべきことがある』

 

「やるべき、こと?」

 

『まだ思い出せないというのなら、無理矢理思い出させるだけよ』

 

淡々とした口調で女性は私の頭に手を伸ばす。

掌から溢れる光に身を委ねる。何故か、それを拒否してはならないと無意識に感じ取っていたせいだろう。

 

『忌避すれども、現実は実体を損なうことはない。どこにでも存在し、常に付き纏うもの。決して、逃げられない。逃げることは、許されない』

 

呪文のように呟かれる言葉が、内に染み込んでいく。

それを咀嚼し、呑み込んでいき――全てを思い出した。

 

「あ――あああああああ!!」

 

頭を抱え、うずくまる。

思い出したくなかった現実が、認めたくなかった運命が、暴力のように精神を蹂躙する。

あの暖かな日常は――もう、帰ってこない。

だって、彼女は、ミッテルトさんは、目の前で――

 

『貴方の眼前で、ミッテルトは致命傷を負った。他ならぬ、貴方の背負った運命によって。貴方にとって望んだものではなくとも、彼女が貴方の為にあの場へ赴いたことは紛れもない事実。彼女とて理解していただろう、彼我の実力差。それでも、彼女は懸命に足掻いた。その果てが――』

 

「やめてえええええっ!!」

 

聞きたくない。

耳を塞ぎ、ガチガチに身体を丸めて殻に閉じこもる。

そんな事をしても何も変わりはしないのに。

 

『そんな事をさせる為に、ミッテルトは命を賭けた訳ではないのよ?』

 

「分かっています!……分かって、います。だけど、どうしろと言うんですか!何で、放っておいてくれないんですか!?」

 

ディオドラに自分が魔女と呼ばれるようになった経緯を聞いた時とは比べ物にならない、感情の爆発。

それは、今まで誰にも見せたことのない、アーシア=アルジェントのもうひとつの姿。

過去の度重なる自身への仕打ちに加え、今回のミッテルトの件がトドメとなった。

 

『放っておける訳、ないじゃない』

 

僅かに怒りを孕んだ声色が響く。

そして、乱暴に腕を掴まれたかと思うと顔を覆っていた腕は引き剥がされ、ヴェールの少女と視線が交差する。

黄金の瞳の奥の先。風が無いのにはためくヴェールは、それを切っ掛けに何処かへと吹き飛んでいく。

 

「あ、あ……」

 

『――だって、私は貴方だから』

 

そこには、アーシア=アルジェントと瓜二つの姿をした少女が居た。

 

「どう、して?」

 

『……?』

 

「貴方が私だと言うのなら、何故あんな事を言うのですか?」

 

アーシアの言葉に、アーシアの姿をした何者かは面を食らった表情になる。

 

『最初に聞くのがソレ?もっと他に聞くことあると思うんだけど』

 

「で、ですが……どう見ても貴方は私ですし」

 

『……ああ、そうだった。貴方は()()()()()だったわね』

 

呆れたと言わんばかりに大きく嘆息するもうひとりの自分。

冷静さを欠いているように見えて、それを超える天然が現状をすんなりと受け入れる緩衝材となっていたのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

『何故、だったわね。それは簡単なことよ。それは無意識に貴方が現状を否定しているからよ。このままではいけないんだと、達観した視点でそう理解している。だから、その思いは私にも届くし、貴方の裏である私にとって、最も色濃い感情ともなる』

 

「裏……ですか?」

 

『貴方が良い子ちゃんで居た所で、それを表にしないだけで欲望は付き纏うもの。生理的欲求に始まり、承認欲求や名誉欲は人間誰しもが持つ、当然の欲求。それ自体は悪ではないけれど、立場や環境がそれを否定してしまえば、自分にとってそれは悪しき欲求として処理されるようになる。断食という宗教行為があるけど、別に何かを食べたいと思う事自体は悪ではないでしょ?』

 

「立場や環境が、そうさせる……」

 

『つまり、私はそう言った貴方が押さえ込んできた感情を司る部分なの。だからこそ、貴方の本心を誰よりも理解している。それこそ、貴方以上に』

 

そう微笑む姿は、アーシア=アルジェントがするような笑みではなく、ミッテルトがするような無邪気な笑みであった。

 

「なら――私は、どうすれば良いのですか?喪ってしまった人を乗り越えて前に進むなんて、私にはとても出来ません……!」

 

『ああ、それだけど――まず、ひとつ訂正。生きてるわよ?あの子』

 

「――――へ?」

 

突拍子もない言葉に、思考がフリーズする。

そんな姿を尻目に、暗闇の一角に光が灯る。

真四角に形取られたそれは、テレビの画面のように見える。

 

「あ――――」

 

そこに映し出された映像に、絶句する。

リアス達に支えられる形ではあるが、確かに彼女は――ミッテルトは、生きていた。

 

「あ、あ、あああ」

 

大粒の涙が溢れる。

もう、二度と取り戻せないと思っていた現実が、灯火となって静かに揺らめいている。

 

『……問うわ。貴方は、どうしたい?立場、環境、思想、そんなもの全部かなぐり捨てた、貴方の本心は何?』

 

「私の、本心、は――」

 

決まっている。それは――

 

『「アーシアァァァアアアアアア!!」』

 

画面越しのミッテルトさんの叫びに、私は反射的に顔を上げる。

ドクン、と。心臓に直接訴えかけるような叫びに気づけば夢中になっていた。

 

『「私は、貴方が羨ましかった!どんな過酷な環境に置かれても、理不尽な境遇に晒されても、貴方は変わらず純粋なままだった。自分勝手な欲望で堕天使となった私と違って、貴方はずっと真っ直ぐだった!」』

 

初めて聞く、彼女の本心。

そんな風に思ってくれていたなんて、考えても居なかった。

だって、その思いを抱くべき立場は、本来自分にこそあるのだから。

 

『――さあ』

 

もう一人の自分に促され、立ち上がる。

今やるべきことは、ただひとつ。封じ込めていた思いの丈を、ぶつけること。

例え声が届かなくても、構わない。

それならば、何度でも繰り返そう。どれだけ自分が、ミッテルトさんを想っていたのかを。

 

「――私も、貴方に憧れていました!自分に正直で、ありのままに振る舞うことが出来るその素直な生き方は、私にとっての理想です!私はただがむしゃらで、流されるように生きていただけ。でも、貴方は貴方の意思で零先輩の傍に寄り添う事を決めた。辛い現実に立ち向かった。私は、自分の意志で現状を変えようとしないで、ただ今の今まで逃げ続けていただけでした!」

 

『「綺麗だと思った、眩しいって、思った!自分もそんな風に生きられたらって、ずっと思ってた!そんな貴方が友達になろうって言ってくれた時、本当は凄く嬉しかった。だけど言えなかった!私の存在が、貴方の光明に影を落とすんじゃないかって、勝手に判断して逃げていた!」』

 

「私は綺麗なんかじゃありません!暗い世界に閉じこもって、誰かが自分を引っ張り上げる事を待ち続けるだけしか出来ない、灰塗れの見窄らしい女です!それに比べて、貴方はまるで太陽のようで、そんな風になれたらといつも夢見ていました!」

 

互いが互いに一方通行だと想っている叫びが木霊する。

暴力的なまでに褒めちぎり合う姿は、滑稽の一言に尽きる。

しかし、二人が言葉に乗せた意思に嘘偽りはない。

だからこそ、否定してしまう。その言葉は自分には相応しく無いと、反発してしまう。

 

『「その結果、私は貴方を傷付けた!今、こうして負う必要のない苦しみを味わわせているんだって考えたら、胸が張り裂けそうでたまらなかった!」』

 

「貴方は何も悪くない!私が弱いから、護られることしか出来ない弱者だから、皆さんに迷惑をかけながら何一つ恩を返せない愚か者だからいけないんです!謝るのは私の方です。私の浅はかさが招いた負債を、皆さんに背負わせてしまった私こそ、その痛みを背負うべきなんです!」

 

何が正しくて、何が間違いなのか。答えはきっと、どこにもない。

きっとどちらも正しいし、どちらも間違いなのだ。

ひとつの解に収束する事のない、相反する意思。交わる時が訪れるとすれば、それはどちらかの意志が折れた時だけだろう。

だけど、それは起こり得ない。

相手を尊重するが故に、その意志は決して曲がらない。

受け取る側からすれば、子供の癇癪と同じレベルの不条理だろう。

互いに一貫して「自分が悪い」と思い込んでいるが故の、すれ違い。

だが、悪いことばかりではない。

なあなあな関係を築いていたならば、このような本音の晒し合いなどすることもなかった。

本気で相手の事が大事で、強く想っているからこそ、どんな言葉に対しても真正面からぶつかり合える。

このような危機的状況が、彼女達の心の距離を縮めるに至ったのだから、皮肉としか言いようがない。

 

そして、ようやく気付かされる。

どうして、こんなにも惹かれ合っているのか。

 

『「――だから、もう逃げない。あの日言えなかった想い、今だから……いや、何度だって言ってやる!私も、アーシアと友達で良かった!!」』

 

「私だって、何度でも言います!ミッテルトさんとお友達になれて、とても幸せだって!!」

 

彼女達は、似た者同士なのだ。

互いが互いの足りないものを持ち、故にそれを補い合うかのように寄り添おうとする。無意識に、まるで磁石のように。

それは肉体的接触に始まり、次第に心の距離にまで影響を及ぼしていく。

じわり、じわりと。水のように、病のように。

狂おしいまでに自制の利かない身体も、決して不快ではない。

何せ、それは自らの殻を破る行為に他ならない。

窮屈な服を取っ払い、生まれたままの姿になることを本能的に不快に感じる者など、存在しないのだから。

 

アーシアにとって、ここまで感情を曝け出すことは人生においても初のことで、その身を支配する未知の感覚は恐ろしくあったが、それ以上に開放感が快楽となって脳を焼くその感覚に陶酔している。

それはまさしく、限界まで水を堰き止めていたダムそのもの。

一度決壊すれば、自然に収まるまで一切の干渉を跳ね除ける濁流となる。その破壊力は、貯めた量に比例する。

アーシアという少女の性格もあったのだろうが、彼女の卑屈な態度を固着させたのが裏切りや謂れのない悪感情に晒されてきた事であることは、疑いようもない。

正しいと信じてきた行動が、他者の悪意によって歪められ続けていれば、自らの正しさに信用を置けなくなるのも無理はないこと。

そうして自意識の薄まる中、流れに流れ、はみ出し者の集団の居る寂れた協会に身を落とすこととなった。

 

そして、ミッテルトもまた、悪意によって歪められてきたひとりである。

自業自得という部分があることは否定出来ないが、彼女は彼女なりに生き方を検討し、決断しただけに過ぎない。

その決断が、天使という種族の思想に反するものだったことが、彼女の最大の不幸だった。

敷かれたレールの上から一度脱線してしまえば、その扱いは同類から敵以上の何かへと成り下がる。

それを跳ね除けて生きていける程の強さを持ち合わせていれば違った未来があったのかもしれないが、人外としても年若い分類に入る彼女は、例に漏れず弱者のカテゴリーに入る存在だった。

年若いが故に妥協を許さず、他者に迎合する処世術も持ち合わせていなかった。

そんな彼女が得られる協力者は、同じ穴の狢ぐらいのもので、そんな寄せ集めの中でも彼女の地位は低かった。

使い走りに始まり、酷い時はストレス解消のために暴力を振るわれるような、惨めな生活が続いていた。

 

そんな時、二人は出会った。

始発点は違えど、根底なる祈りは同じ。

――『強くなりたい』。

無意識に抱いていた祈りに惹かれ合うように、二人は出会う。

立場も種族も異なる二人は、それらを超越した『絆』で結ばれていた。

心は既に繋がっている。ならば、残りのプロセスはただひとつ。

心の底からの純粋な思いを口にすることだけ。

 

 

『「大好きだ、アーシア!!」』

 

「大好きです、ミッテルトさん!!」

 

 

情熱的な言葉は、まさしく世界を彩る。

瞬間、暗黒で覆われていた世界に罅が入り、音を立てて崩壊した。

辺り一面を満たす色とりどりの花畑。

それは、今のアーシアの心の在り様を端的に表していた。風は、まるで全ての花弁を散らさないように配慮しているかのように、撫でるように

何にも憚れることの無い、裸の心。

この世界は、自由と博愛を尊ぶ、彼女そのものである。

 

『よく出来ました』

 

花畑の中心で、まるでダンスのエスコートをするように、もうひとりのアーシアは手を差し出す。

アーシアはその手をおもむろに取ると、勢い良く引っ張られる。

 

「あ、あの――」

 

『お礼はいらないわ。貴方は私、自分でやったことをいちいち感謝するなんてしないでしょ普通』

 

「……それでも、貴方の後押しがなければこんな結果にはなりませんでした。不思議ですね、自分自身であると理解していながらも、何処か他人のような感じもして」

 

『まぁ、今の私は無意識下における貴方の理想そのものだからね。ちぐはぐになるのも無理はないわ。――それよりも、行くんでしょ?』

 

「はい。えっと、貴方は……」

 

『私も行くわ。ただし――貴方とひとつになって、ね』

 

言うが否や、もうひとりのアーシアの身体が発光する。

眩しさに反射的に目をつぶる。

瞼越しに光が収まったことを確認して、恐る恐る眼を開くと、そこには――

 

「これ……」

 

もうひとりのアーシアの立っていた場所に、それは回転しながら浮いていた。

アーシアはそれに見覚えがあった。何度も見てきた、力の具現そのもの。

何故ここにあるのか。そんなことは思考の埒外に置かれていた。

ただ、手を伸ばす。力を欲するが故に、望んだが故に。

それに触れようとした時、頭の中に直接声が響く。

 

――忘れないで。貴方は私、私は貴方。貴方の理想を叶える為ならば、私は幾らでも力になる。

だから、恐れないで。変化することを。

本当に恐れるべきことは、停止し全てを顧みなくなった瞬間が訪れること。

傷つくこともあるでしょう。だけど、そんな貴方を護ってくれる仲間が居ることも、忘れては駄目。

貴方は貴方らしく、貴方らしくない生き方を目指しなさい――

 

それ以降、声が聴こえることはなかった。

風は止み、静寂が支配する。

誰も見たことであろう、凛々しい視線がそれを射抜く。

 

「私は、皆と共に戦える力が欲しい。癒やすだけではなく、隣に並び立って戦うだけの力が。護られるだけで終わらない、力が!!」

 

願望を叫び、それを祈るように胸に抱き、告げる。

聞き慣れた、しかし真の意味で理解していなかった、その力の名を。

 

 

 

 

 

「「――――ペルソナ!!」」

 

 

 

 

 

世界を隔て、言葉は調和する。

今ここに、二匹の雛鳥は殻を破り、大地を踏みしめた。

 




Q:ディオドラ死んでねーじゃねーか!
A:この作品書いてて一番長くなったせい(最大15,000字中13500字ちょい)。俺は悪くねぇ!もう一人の俺が勝手に!

Q:プロット崩壊したのってどこ?
A:アーシア関連全般。こんなポジションにするつもりなかったんやねんて……。

Q:零が主人公とか、うせやろ?
A:何言ってるんだ。ミッテルトを助けられたのも、ライザーやコカビエルを倒せたのも全部、有斗さんが居たからじゃないか!謝れよ!有斗さんに謝れよ!


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第三十五話

正直投稿するべきか悩むレベルの駄作内容だけど、話進まないのもアレなのでぶち込んだ。
納得行かない出来でありながら、納得行く出来に出来る未来が見えないのは、著しい小説執筆能力の劣化にあるって、ハッキリわかんだね。

後、どうにかして一話一話を短くしたいのに出来ない。冗長になるせいでテンポ悪いし、投稿遅くなるしで、最近は本当に駄目な部分が顕著に現れている気がします。

これが新年初投稿とか……はー、つっかえ……辞めたら執筆するの。


変化は二柱の閃光を伴って起こった。

その中心には、アーシアとミッテルトの二人がいた。

 

アーシアを拘束していた物体は、閃光と共に吹き荒れた力の奔流によって呆気なく破壊される。

天を貫くような光の柱に包まれて宙を浮く姿は幻想的で、侵しがたい神聖さを放っていた。

そして、光の柱の外周を回りながら降りてくる白い鳥が、彼女の頭の上に停まった瞬間、アーシアの服装に変化が起こった。

ローブは失われ、白銀の西洋軽鎧と純白のロングスカートを身に纏い、花の象ったサークレットを被っている。

そして、その中でも目を惹くのは、女性の祈る姿が刺繍された焼けたようにボロボロなマント、そして身の丈の倍近くある長さの十字架の刻まれた旗。

儚げでありながら、その出で立ちはどこか力強さを感じる。

そんな矛盾が生み出す神秘性は、アーシア=アルジェントを知る者からすればあまりにも異質であった。

 

「さあ、行きましょう。ジャンヌ・ダルク(わたし)

 

鈴の音のように、小さく、しかしとても良く通る声が紡がれる。

悪魔となったアーシアから感じられる神聖な雰囲気に、一同は戦慄する。

否。それは決して、気のせいで留まるものではない。

今の彼女は、紛れもなく神聖な力を宿している。

確証はない。しかし、彼女が纏っている武具が、悪魔という器を覆い隠しているのでは?と無意識に理解させられる。

それほどまでに、今のアーシアは悪魔とは無縁の存在へと昇華していた。

 

時を同じくして、ミッテルトを中心に噴出していた蒼炎は、彼女の肉体へと侵食していく。

ゴシックドレスに始まり、遂には顔にまでも至ったそれは、次第にひとつの形を象っていく。

その姿は、一言で表すならば、マジシャン。

特徴的な黒のシルクハットに、バーテンダーユニフォームと手に持つステッキは、普段見慣れないカッチリとした着付けながらも、色合いも相まってとてもマッチしている。

服装の変化が終わり、続くようにミッテルトの背後に現れる巨大な人影。

宝石箱のようなものに座る女性は、紫色のウェディングドレスに身を包み、しかし純白のベールで表情は覆われて伺えない。

そしてその背中には、ペルソナの身体と同じぐらいの大きさの虹色の蝶の羽がはためていており、美しさを際立たせている。

神秘的であり、蠱惑的もあるそれは、ミッテルトの白と黒で統一した服装との対比となっている。

ペルソナとは、心の底に潜むもう一人の自分。故に、端から見て限りなく遠い繋がりは、実は背中合わせの存在である。

 

「これが、ペルソナ。私の、私だけの――力」

 

ミッテルトは、己がペルソナを見上げながら、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

ペルソナという力を間接的に使っていた時とはまるで違う力の感覚を前に、感動すら覚えていた。

しかし、その浮かれた心は流水の如く穏やかになっていく。

理論的かつ理性的な彼女に不足していた、純粋な個人での強さが加わったことで、今まで以上に精神的に落ち着いていられるようになっていた。

それこそ、一度無様に敗北を喫したディオドラを前にしても、その心は微塵も揺るがない。

 

「アーシア……ミッテルト……?」

 

誰が呟いたか分からない呆然とした呟きは、轟々とはためく力の奔流によって掻き消される。

突然の変化は、当事者以外の全員の思考を停止させるには十分な要素だった。

 

「な――なんだと言うんだ、一体!?」

 

ディオドラは狼狽する。

その言葉は、当事者二人を除いた者達の代弁でもあった。

一瞬の内にあまりにも状況が変化しすぎていた故に、この反応は無理もない事。

しかし、それを見逃すほど、今の二人は甘くはない。

 

「アーシア!」

 

「はい!ヒートライザ!!」

 

ミッテルトがその名を呼ぶと、間髪入れずにアーシアが旗を地面に突き立てる。

すると、ミッテルトの周囲に虹色の螺旋が巻き起こり、彼女から溢れる魔力量が爆発的に増していく。

 

「パンドラ、マハエイガ!」

 

ステッキをディオドラへと向けると、パンドラと呼ばれたペルソナが下にしていた宝石箱が開き、呪いの塊と形容できる邪悪な魔力が迸る。

 

「この程度―――ォォアアアアアッ!!」

 

退路を断つように展開された呪いの弾丸を前に、防御で迎え撃とうとするディオドラ。

未知の力であろうとも、己が身にはオーフィスの蛇が宿っている。万が一のことなど起こり得ない――そんな驕りが産んだ選択でもあり、最適解だった。

呪いが障壁に豪雨の如く着弾した瞬間、ディオドラの肉体へと内蔵を抉るような苦痛と負担が襲いかかる。

障壁越しに得られる衝撃は、彼にとって予想を遥かに上回るものであった。

何せ、一度ミッテルトとは対峙し、刃を交えている。故に、力の差は歴然であると、自他共認めていた筈だ。

しかし、その常識は一変して覆る。

拮抗は刹那。五秒にも満たない連撃の中で、呪いは障壁に亀裂を入れ、そのままディオドラごと食い破った。

悲鳴は聞こえない。着弾によって起こった轟音が、慈悲深くそれを掻き消していた。

それでも、現実は残酷なまでにディオドラを侵していく。

 

悪魔にとって神聖な力が弱点であるように、その逆である邪悪な力に対しては抵抗を持っている。

ミッテルトのペルソナによって放たれた力は、紛れもない呪いの力。悪魔であり、かつオーフィスの蛇を宿しているディオドラにとっては、本来ならば問題となるようなダメージは受けない筈だった。

しかし、そうではなかった。

ディオドラの肉体は呪いによって所々が腐ったように黒に侵食されており、先程までの五体満足な姿はどこにもない。

単純な理屈だ。抵抗があるとは言ったが、一切効かない訳ではない。

ならば――その抵抗を抜くほどの強烈な一撃を見舞えば良いだけの話。

 

「き、さま……何をしたぁ!!そのような力を隠し持っていたとでも言うのか!?」

 

血反吐を吐きながら、ディオドラは吠える。

虚を突かれたことで負った傷への憎悪は、主犯であるミッテルトへと向けられる。

しかし、そんな事はどこ吹く風と言わんばかりに、ミッテルトは杖を再び構える。

 

「そうね、隠し持っていた……確かに、理屈では間違っちゃいないわね。尤も、その事実を今の今まで知らなかった訳だけど」

 

「何……?」

 

「お喋りはここまで。さて――此度の騒動の主犯であるアンタには、相応の罰をタップリ受けてもらうわ。特に、アーシアに負わせた精神的な傷は、利子をタップリ付けてね」

 

「調子に――乗るなよ下級堕天使風情が!!」

 

殺意の篭った魔力弾が放たれる。

ミッテルトは、眼前に迫るそれを避けようとはしない。

避けられないのではない。避ける必要がないと分かっていたから、そうしているだけに過ぎない。

 

「な、に――?」

 

パシュン、と。まるで空気が抜けるような音とともに、魔力弾は着弾とともに消滅していく。

そのあまりにも現実離れした光景に、ディオドラだけではなくリアス達もまた同じく動揺する。

 

「やはり、ね」

 

確信と納得を孕んだ呟きが響く。

その言葉の意味が明かされることはなく、ミッテルトは信じられない言葉を吐き出す。

 

「ディオドラ、アンタの攻撃はもう私には届かない。何千、何万発放とうとも、絶対にね」

 

「そ、そんな訳が……」

 

「試してみる?」

 

両手を大きく広げ、無防備な懐を晒す。

紛れもない挑発。プライドの塊であるディオドラにとっては、見下される立場となった現状は憤慨の一言に尽きた。

 

「ふ、ざけるなああああああああ!!」

 

怒号と共に放たれる無尽蔵の魔力弾。

オーフィスの蛇を宿しているというのは伊達ではなく、その質と量は並の上級悪魔を遥かに凌ぐ。

しかし――それでも、彼女には届かない。

彼は知らない。ペルソナを宿した者は、その性質によって絶対の耐性を得られることを。

地獄の業火であろうとも、絶対零度の氷結であろうとも、神々の放つ雷であろうとも、ペルソナが対応した耐性を宿していれば、無害な概念へと成り下がる。そんな理不尽とも呼べる性質を持つことを。

そして、ディオドラにとって運が悪いことに、ミッテルトが宿したペルソナは闇の性質に対して絶対的な耐性を持つものだった。

その事実は同時に、闇の力を操ることの出来る悪魔にとって、恐怖すべきことでもあった。

 

「ハァ、ハァ、ハ―――!!」

 

肩で息をする程に消耗したディオドラの表情には、未知に対しての恐怖が張り付いていた。

先程まで対峙していた存在とはまるで違う。オーフィスの蛇を宿す自分が、まるで子供扱い。

人間であれ、悪魔であれ、理解できないものに怖れを抱くのは自然なこと。

そして、その理解できないものが目の前にある。

プライドをボロボロにされたディオドラにとって、ミッテルトは最早十把一絡げの下級堕天使ではない。もっと別のナニかへと変貌していた。

 

「――もう、終わりにしませんか?」

 

ふと、ディオドラの近くにアーシアが歩み寄っていく姿が見える。

 

「アーシア、何をしてるんだ!!」

 

「近づいちゃ駄目!ディオドラはまだ――」

 

リアス達の静止の声は、突き出された掌によって遮られる。

アーシアの瞳の中に宿る、強い光。それを前に、リアス達は僅かばかりにたじろいでしまう。

彼女達の知るアーシアは、そのような瞳をする少女ではなかった事から来る動揺は、ディオドラとアーシアの距離を縮めるには十分な時間稼ぎとなった。

 

「あ、アーシア……!!た、助けてくれ!!」

 

みっともなく、アーシアの足に縋り付き無様に懇願するディオドラ。

その様子を見つめるアーシアの眼の色には、暖かさと冷たさの二種の色が宿っている。

 

「それは、罪を認めて大人しく投降するということで宜しいのでしょうか」

 

「ああ、認める!だから、彼女を止めてくれ!!」

 

「――ミッテルトさん」

 

「……いいの?」

 

「私は今一度だけ、彼を信じたいです。改心してくれると言うのであれば、私からは何も言うことはありません」

 

その甘い発言に反抗したのは、一誠だった。

 

「駄目だ、アーシア。ソイツが改心する訳がない!!」

 

「そうだ。奴が無垢なる少女達を謀り、己が欲望の赴くままに振る舞ってきた事実を鑑みれば、同情の余地はない」

 

口々に語られる、正論の嵐。

しかし、アーシアは揺るがない。

 

「それでもです。私は、彼の中にある善性を信じたい」

 

曇りの無い、真っ直ぐな瞳。

本気でディオドラの可能性を信じて疑わない、真水のような視線に二の句を告げることが出来ない。

 

「さぁ――」

 

アーシアはディオドラへと手を差し伸べる。

彼はその手を掴み――思い切りアーシアを引っ張り、胸元に抱いた。

 

「――ハハハ!!甘い、甘いなぁアーシア!!だけど、その甘さが心地よいよ!!」

 

一転して勝ち誇った表情で高笑いするディオドラ。

彼の選択は――アーシアの救いの手を振り払い、仇で返すように彼女を人質に取るという、非道極まりないものだった。

 

「アーシア!!ディオドラテメェ、アーシアの優しさを何だと思ってやがる!!」

 

怒りのままに踏み込もうとすると、ディオドラはアーシアの首元に魔力の刃を宛がう。

 

「おっと、動くなよ?動いたら――分かるよなぁ?赤龍帝」

 

下卑た笑みを浮かべ、そう忠告する。

あの時引き留めておけば――そんな後悔ばかりが募る中、人質となったアーシアには一切の動揺はない。

恐怖も絶望もそこにはない。

あるのはただ、ディオドラに対する悲哀。そして、瞳の奥に宿る決意の炎。

 

「さぁて……まずは先程の仕返しをたっぷりさせてもらおうか。ミッテルトちゃん?」

 

加虐心をありありと見せる邪悪な笑みは、先程までの無様な立ち回りも相まって、滑稽に映る。

だってそうだろう。ディオドラは自らの意思で、猛獣の住む檻の中に入ったようなものなのだから。

そして、その事実に気付かぬままにお宝を奪い取れると錯覚しているその姿は、ミッテルトにとってはどこまで行っても道化にしか映らない。

 

「――ここまで来るといっそ哀れね。猿だってもう少しプライドを持っているものよ」

 

「黙れェ!!貴様、立場が分かって――」

 

「分かっていないのはそっちよ、ディオドラ=アスタロト」

 

ミッテルトの中に、最早戦意はない。

目の前にいるのは打倒すべき敵ではなく、癇癪を起こした子供と化したちっぽけな存在。

ペルソナを得て増長しているからではない。冷静な分析の結果、今のディオドラはチェスで言うところのチェック

――否、もうチェックメイトと言っても過言ではない状態だと判断したからだ。

自らを弱者と定義しているが故に、同じ弱者を嬲るなんてことはしない。

こんな奴に脅威を感じていたのかと、寧ろ過去の自分を叱責してしまう程度に、ミッテルトの中のディオドラの格は下落していた。

 

ディオドラは、望んで止まなかった存在に寄って滅ぼされる。これは決定事項だ。

イカロスが、太陽に近づきすぎて蝋の翼を溶かし墜落したように。

彼は間違った。望むべきではなかったのだ。

悪魔にとって、どこまでも眩しく明るい太陽は毒でしか無い。

そんなものを胸の中に抱いて、どうして無事でいられようか。

 

「――残念です。本当に、残念です」

 

哀しげな、しかしどこか平坦な声色が響いた。

そして、それに呼応するように、二人の身体に光の槍が突き刺さる。

 

「――――あ?」

 

誰も気が付かなかった。気付けなかった。

誰しもがアーシアやディオドラを注視していたのもあるが、それを差し引いても早すぎる光の刺突は、まさに回避不可能の必殺となる。

傍から見れば身を挺した捨て身の攻撃。当然だ、誰が見ても二人の身体を貫通しているのだから。

しかし、傷を負うのはただ一人。

 

「ア、ガァアアアアアアア!!光、光だとぉぉぉぉおお!?」

 

神聖なる力を宿した光の槍は、ディオドラを内側から焼いていく。

その想像を絶する痛みから、無意識に獲物(アーシア)を手放してしまう。

 

「アーシアッ!」

 

突き放されたアーシアを一誠が抱きとめる。

怪我が無いかを確認するも、貫かれたであろう位置に穴が空いているだけで、顕になる素肌からは血の一滴どころか傷の跡も無い。

 

「大丈夫です、イッセーさん」

 

「大丈夫って……」

 

「それよりも、彼を。――残念ですが、これ以上罪を重ねる前に手を下すぐらいしか出来ることはありません」

 

幾度と裏切られて尚、アーシアはディオドラに悪意を抱くことはなかった。

甘いのではない、偽善者を気取っているわけでもない。

彼女にとって、誰かに手を差し伸べるということは、呼吸をすることと同じ。

していることが当たり前で、思考と結びつかない自然的行為であり、それを止めるということは、アーシア=アルジェントが死ぬのと同義であるから。

傍から見れば切り捨てたようにも見える決断だが、アーシアにとってはこれこそが救いに最も近い行為だと言う確信があったからこその行動。

彼が何があっても止まらないというのであれば、物理的に止めるしかない。

腫れ物を扱うような扱いでは、病状そのものを止めることは出来ない。病巣を取り除いて初めて、完治へと繋がる。

その過程で、例え暴力に訴えようとも、精神的に追い詰めようとも、それが彼の悪行を止めることに繋がるのならばそれも辞さないと、以前では考えられない思考の変化がアーシアに訪れていた。

結果だけ見れば何一つ変わっていない。しかし、目に見えない微細な違いは、確かに一誠達には見えていた。

 

「……アーシアがアイツに対してどんな感情を抱いているのかは、俺には分からない。だけど――俺はアイツを許せない。例えアーシアが許しても、アイツは散々自分勝手な欲望の為に好き勝手してきたことは許されてはいけないと、俺は思う」

 

「――はい」

 

「俺には崇高な理念なんてものはない。部長に拾われて、初めはハーレムを目指すなんて考えたりもしたけど、今となってはそれは二の次になっている自分がいる。俺が一番にやりたいことは――アーシア、君を護れるようになりたい、ってことぐらいだな」

 

「私を――ですか?」

 

恥ずかしそうに視線を逸し頬を掻く一誠。

直情的な彼らしからぬ、何処か初々しい所作は、彼を深く知る者からすれば異質極まりないものであろう。

 

「俺は赤龍帝なんて言われてるけどさ、そんな大層な肩書を背負っている自覚なんて無いし、それ相応な振る舞いが出来るとも思っていない。ここまで強くなれたのだって、ドライグと一緒だからであって俺個人はただの下級悪魔でしか無い。ちっぽけで、何処にでもいる雑踏の一人に過ぎない。……そんな俺でも、大切な人のひとりぐらいは護れるぐらいには強くなっていた。……つもりだった」

 

一誠の握りしめた拳は自らの力によって震えている。

そこに宿る感情は、悔しさと、後悔。

 

「心の中で、驕りがあったんだと思う。慢心していた、なんて言い訳にもならない。その結果アーシアを攫われて、仲間を傷付けられて……。それが、俺一人の行動でどうにもならない必然によるものだったとしても、それを容認できるほど賢しくはないってことぐらい自分で一番分かってる。だから――今度こそ、護るよ」

 

瞬間、再び倍加の音が鳴り響く。

幾重にも重ねられていく力の奔流を前に、ディオドラは何も出来ない。

ここに至るまでの間で彼は傷付きすぎた。それこそ、眼前の絶望を前に逃げることさえ出来ない程度には。

 

「待たせたな、ディオドラ」

 

「ヒッ――来るな、来るなぁ!!」

 

「テメェの我儘だけ通して、こっちの意思を無視するなんざ、まかり通る訳ねぇだろうが――!!」

 

どこまでも自分勝手なディオドラの行動に、一誠の怒りが爆発する。

 

「砕け散れ、糞野郎がああああああああああ!!」

 

咆哮と共に、ディオドラの無防備な横っ面に一誠は全力で拳を振り抜いた。

その一撃は、城壁を抜いて尚減退することをせず、その姿を地平線の彼方へと追いやった。

 

「……終わった、のかしら」

 

「死んでおらずとも、あの一撃を前にすれば最早死に体も同然でしょう」

 

固唾を呑んで見守っていたリアスの呟きで、皆に勝利の現実が波及していく。

 

「当然の報いだ。嫌、これでもまだ足りん。一誠達に任せ切りで、傍観者となっていたせいで、不完全燃焼も良いところだ」

 

「気持ちは分かるけど、下手に動けばこっちも危なかった可能性もあるし、仕方ないと諦めよう」

 

そんな今回の功労者の一人であるミッテルトは、ただディオドラの吹き飛んでいった先を見つめるばかりで、微動だにしない。

 

「……ミッテルトさん?」

 

アーシアが不安そうに声をかけると、おもむろにその身体は膝から崩れ落ちていった。

 

「ミッテルト!!」

 

リアスが慌てて駆け寄り安否を確認する。

幸いにも、彼女の奏でる規則的な寝息がただの疲労による結果であると告げていた。

 

「そういえば、死の淵から復活したのよね……。あんなに元気だったからつい忘れていたけれど」

 

気付けば、さっきまでのディーラーのような服装も、いつものゴスロリに戻っている。

アレが一時的なものであると言う事実確認をすると共に、今度はアーシアの方に意識を向けた。

 

「アーシア、貴方は平気?」

 

「あ……はい。少し疲れてますけど、平気です」

 

「そう、無理はしないでね。気付いていないだけで、貴方もミッテルトと同じぐらい疲労していてもおかしくないのだから」

 

そう笑顔を向けるアーシア。

しかし、誰でも分かるぐらいその笑顔には陰りがあった。

自分さえ騙せない嘘の根底にあるものは、疲労だけではない。

恐らくは初であろう他傷行為が、彼女の精神に少なからず影響を与えているのは間違いない。

今でも、そのような行動に及んだ現実が信じられない者が殆どである。

それでも、あの鎧を纏った瞬間から、アーシアに明確な変化が訪れたことも確かで。

結局の所、今暫くは心の整理が皆には必要だということだ。

 

「随分と派手にやったもんだなぁ、オイ」

 

突然の声に振り向くと、そこには面倒臭そうに頭を掻くアザゼルの姿があった。

 

「いつの間に……」

 

「今しがただよ。ったく、あんなぶっ飛ばして、回収が面倒だろうが」

 

「……スンマセン、怒りの余りに」

 

「謝る度量があるなら、それでいいさ。言い訳なんてしてたらお前に回収向かわせてたぜ」

 

「それは流石に勘弁して欲しいなぁ、なんて」

 

双方のやり取りによって、緊迫していた空気が弛緩していく。

 

「それはともかく、だ。お前達のやり取りの一部始終は見ていた。まぁ、気になるところは追々聞くとして、取り敢えず帰るぞ。何かしらの異常が出ていても不思議じゃないしな」

 

「そう言えば、零は無事なのか?彼一人に後方を任せた手前、気にはなっていたんだ」

 

「アイツなら無傷だよ。俺達だって居たんだ、万が一も億が一もありえねぇよ。ここに来てねぇのは――まぁ、アイツなりのケジメを付けにってところだな」

 

瞬間、ディオドラの吹き飛ばされた方向から、轟音が響く。

地平線の彼方には、先程までは無かった黄金の柱が突き立ててあり、アレが轟音の正体であることは、疑いようがなかった。

 

「……ああ、分かった。シェムハザを向かわせるから、合流し次第お前も帰ってこい」

 

皆が柱に注目している間に、アザゼルはいつの間にか誰かとの通信をしており、その通信も今しがた終了した様子。

 

「よーし、撤収だ。転移するぞ」

 

「分かったわ。ミッテルトを運ぶのは――」

 

「私がやろう。せめてそれぐらいはさせて欲しい」

 

「私もやるわ」

 

ゼノヴィア、イリナと立候補する。

同じ屋根の下で住む者関係というのもあって、家族と言っても差し支えないミッテルトの危機を前に駆けつけられなかった負い目があるのだろう。

 

「わ、私も――」

 

「アーシアも似たような状態なんだから、無茶しないの」

 

結局、ゼノヴィアが背負ってイリナが万が一のフォローということで背中を支えるという形になった。

アーシアは不服そうではあったが、こればかりは譲れないと終ぞ許可することはなかった。

その代わり、一誠がアーシアを支えるようにして歩かせるという一種のご褒美を与えた。

ぎこちなく歩く姿は、疲労によるものではないだろう。

一誠がアーシアに向けた感情。それが真に芽吹くのは先のことではあるが、今はただ殻を破った事を祝福しよう。

 

「青春だねぇ……」

 

アザゼルの呟きは、どこか優しかった。

 

 

 

 

 

「――――」

 

一誠の一撃によって遥か彼方へと飛ばされたディオドラ。

その姿は見るも無残で、生きているのが不思議でならないレベルのもの。

虚ろな思考、霞む視界、動かぬ四肢。

ただ仰向けの姿で世界を見上げることしか出来ない、哀れな人形と化していた。

それでも、終わったのだと。

光に焼かれ、赤龍帝の全力を身に受けたとしても、それでもまだ生きている。

ならば、儲けものだ。生きているだけで、生きてさえいれば――

 

「――ディオドラ=アスタロトだな?」

 

ビクリ、と。動かない筈の身体がその声によって微かに反応する。

視界には何も映らず、ただ声のみが届く。

淡々とした口調で語られるそれが、希望を手折る呪言であるとも知らないまま、聞き届ける。

 

「貴様に恨みはない。――いや、あるにはあるが、その感情を向けるのはお門違いだからな。静観を決め込んでいた私が、今更どうこう言える立場にはない」

 

「――だが、貴様は触れてはいけない領域に足を踏み入れた。私は聖人君子でも何でもない。大切な人をああも傷付けられて、道理や理屈で感情を抑え込めることぐらいは自負している」

 

「だから――一発だ。一発、全力で殴る。それでチャラだ」

 

目の前の人物が何を言いたいのかは朦朧とした意識では汲み取れないが、殴るのならば好きにすればいい。

赤龍帝に殴られた手前、あれ以上のものでないのならば、今更どうでもいい。

 

――そんな気楽な思考は、一瞬で吹き飛ばされるとも知らずに。

 

「マハタルカジャ」

 

ぞわり、と。背筋が凍る。

 

「ヒートライザ」

 

無意識に身体が震える。

逃げろ、と。全霊を以て身体が喚起している。

 

「チャージ」

 

だが、動けない。

重症故に?――否、目の前のソレが放つ重圧を前に、まるで地面に縫い付けられたかのようにピクリとも動けない。

地獄の断頭台に身を置きながら、声を上げることも、抗うことさえ許されない。

彼に出来ることは、閉じた世界の中でいつか訪れるであろう終末の音を聞き届けることだけ。

 

「彼女達の受けた痛みを思い知れ。――ゴッドハンド」

 

黒に染まる世界を、光が満たしていく。

文字通り光の速さで広がっていくそれが極点に達した時、ディオドラの意識は再び消失した。

 

 

 

 

 

「――さて」

 

やるべきことは終えた。

無理を言ってアザゼルにディオドラにワンパンだけさせてくれよ~って頼んだら、渋々OKしてくれたのは正直嬉しかった。

レーティングゲームを偽装し、アーシアを攫い、挙げ句の果てにはミッテルトを……。

後方に居ながらも、アザゼルの計らいで事の顛末は把握していた。

その光景を見て、感情が煮え滾った。

それは、ディオドラに対してだけではなく、自分自身にこそ向けられたもの。

本当に大切な場面で、彼女の傍に居られなかった後悔。いざという時に何も出来ない己の無力さ。

とにかく沢山の思いを半八つ当たり的なノリでぶつけたから、これで手打ちにしよう。

これ以上は静観を決め込んでいた自分には過ぎたもの。

それよりも、アーシアに――そして、ミッテルトに謝りたい。

ならば、最早コイツに構っている暇はない。

手早く予め渡されていた通信符で、アザゼルに連絡を取る。

アザゼルの部下が派遣されたことを確認し、通信を終える。

 

そして――突如零の足元に魔法陣が展開されたかと思うと、瞬く間にその姿を消した。

これは、零の意図した転移ではなく、第三者からの干渉によるもの。

虚を突かれた転移は、彼に一切の反応をさせることなく、役目を果たした。

この誰にも予想し得なかった別離が、彼を中心に取り巻いた環境に更なる波紋を呼び起こすことになると知るのは、まだ先の話。




前書きでネガティブなこと書いた理由が、ここまで来たらきっと分かったことだろうさ。
お披露目会なのに演出地味だし、前話も含めてディオドラ戦が長くなったせいで冗長になった割に特筆した展開もなし、最後の引きも無理矢理だしで……あーもう。

あんまり愚痴言うのもアレなのでこれ以上は言いませんが、本気で文章能力鍛える方法が知りたい。本格的な文学とかも読んだ方がいいのかな、最近はラノベ系や二次創作ばかりでね……。

次の話からは心機一転する気持ちでスッキリした内容を書けたらいいなぁ。


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第三十六話

けものフレンズショックに便乗していく(絶望的な意味で)

それと思ったんだけどさぁ……この作品、勘違い要素いる?(コンセプト崩壊兄貴)


覚醒は唐突だった。

クリアな思考と、それと相反する肉体の鈍重さに戸惑いを覚えつつも、何とか身体を持ち上げる。

視界を広げてみれば、そこは慣れ親しんだ自室であることが分かる。

そうして、この状況に至るまでの経緯を思い返す。

点と点をなぞるように経過を一本の線に変えていくと同時に、重い身体を懸命にストレッチする。

身体が出来上がっている頃には、大体の記憶は戻っていた。

気怠さの残る身体に鞭を打ち、おもむろに居間へと向かう。

 

居間に辿り着いた先で、一番に会ったのはゼノヴィアだった。

私の足音に気が付いたのか、テーブルに伏せていた体勢から、枕にしていた腕をそのままに身体を起き上がらせて、ぼやけた視線を此方へと向ける。

目の下には僅かに隈のようなものが出来ており、彼女の凛とした美貌を損なう要因となっている。

 

「おはよう、ゼノ――」

 

取り敢えず挨拶をと声掛けするも、ゼノヴィアの突如立ち上がった音によって遮られる。

驚く私を尻目に、音を立てて歩み寄ってきたかと思うと、予備動作なく抱き締められた。

 

「…………」

 

「え、えと……何なの?」

 

無言で抱き締められ、それ以上は何もない。

ゼノヴィアの考えている事が分からない上、無性に力強い抱擁で逃れることも出来ず、声掛けする以外はされるがままだ。

 

「……いや、感傷的になっていただけだ。すまない」

 

「あ、うん」

 

先程と対照的にあっさりと開放され、逆に戸惑う。

情緒不安定にも取れる行動の連鎖は、彼女らしくもあり、どうにもらしくない。

良くも悪くも実直な彼女にしては、行動の端々に覇気が感じられない。

 

「それよりも、もういいのか?」

 

「身体は怠いけど、まぁ。それよりも、私どれぐらい寝ていたの?」

 

「丸二日だな。目を覚まさないものだから、心配したんだぞ」

 

戯けた様子もない、素直な言葉がストンと胸の裡に落ちる。

本格的にらしくない。確かにそれだけ意識不明なら心配の一つはするだろうけど、彼女の性格的に少し過剰反応し過ぎではないだろうか。

 

「そうね。じゃあ、心配かけたことだし、他の人にも復活報告しましょうか。取り敢えず、レイはどこ?」

 

個人的な感情ではあるが、報告するならまずは彼からだ。

存外なお人好しである彼のことだ、顔を見せれば安心することだろう。

それに、ディオドラとの戦いで得た、私だけのペルソナを見せびらかしたい。

きっと、彼のことだ。寡黙ながらも我が事のように喜んでくれるに違いない。

その次はアーシア、イリナ、ギャスパー……って順番だろうか。

まぁ、順番を守ることに固執する理由もないのだが、そこはあくまで気分の問題。

 

そんな計画を脳内で展開している中、ゼノヴィアは無言で俯いている。

伏せた表情からは伺えない、しかしはっきりと伝わる陰鬱な雰囲気。

本格的におかしい。そう思わざるをえない、退っ引きならない異常事態に、息を呑む。

 

「――聞いてくれ、ミッテルト」

 

「な、何よ」

 

悲壮感を漂わせながら、ゼノヴィアは決定的な言葉を口にした。

 

「零が、失踪した」

 

そしてそれは、私の希望を絶望へと叩き落とすには十分な一言だった。

 

 

 

 

 

オカルト研究部の一帯には、陰の気が満ちていた。

リアスを始めとした、馴染みのメンバーが揃い踏みな中、普段の活気に満ちた雰囲気とは対極に位置するこの状況。

紛れもなく、その理由は零の失踪にある。

意識的にしても無意識的にしても、大なり小なり零は彼らにとって心の拠り所となっていた。

事実、彼がいなければ最悪なケースに発展していた場面とて少なくない。

零への強さに対する依存だけに留まらず、彼の生き様は人を惹き付ける。

人間という弱者のカテゴリに置かれながらも、いつだって強者である悪魔を始めとした人外を差し置いて、我先にと前に出て窮地を覆してきた。

それが神器によるものだとしても、力を悪の道に使うこと無く、他者の為にのみ奮ってきたその誠実かつ実直な生き様は、まさに規範となるべき器と言っても過言ではない。

有斗零という光を標とし、彼らはこれまでの苦難を乗り越えてきた。

標を失った彼らは、途端に前後不覚に陥ってしまう。

純粋に零の安否が気になっているというのと、それに対してどうすることも出来ないことが、この空気を発するに至る理由でもあった。

 

そうして、突然のノック音が彼らの意識を引っ張り上げる。

リアスが誰かしら、と告げると一呼吸置いて扉越しのゼノヴィアが名乗りを上げる。

入室するよう促すと、宣言通りゼノヴィアが何者かの手を取って部屋の中に入ってきた。

 

「――ミッテルト!?」

 

その姿を見て、誰もが目を見開く。

二日越しで寝たきりだった、不安の種のひとつが解消された瞬間だった。

我先にと傍に寄ったのは、アーシアだった。

 

「よかったです……!!」

 

空いていたミッテルトの片手をアーシアは握り締める。

しかし、ミッテルトはそれにぴくりとも反応を示さない。

不審になって表情を覗いて、絶句する。

一切の生気を宿さない虚ろな瞳、力なく開いた口元。

陳腐な表現をするのであれば、その姿はまさしくゾンビのそれ。

誰も見たことがないであろう、死に体同然の姿。

まだ腹部を貫かれて血の海に沈んでいたあの時の方が、生気を感じられた。それ程に今の彼女は弱々しい。

 

「……どうしたのかしら。まだ、起き抜けで体調が良くないとか」

 

「いや、そうではない。……話の流れとはいえ、軽率だったと思う」

 

「何のことだよ」

 

要領を得ないゼノヴィアに、訝しむ一誠。

 

「……話してしまったんだ。彼が失踪したことを」

 

それを聞いて、誰もが納得する。

誰よりも有斗零に心酔し、共に過ごし、互いに支え合ってきた。

ミッテルトにとっては一方的な重荷だと自己評価するだろうが、感情の起伏の少ない彼が最も感情的になるのが、彼女との交流であることを日常生活から見てきている者からすれば、謙遜も良いところだ。

物語のヒロインのよう――とは言えないかもしれないが、彼女は零によって運命を大きく変えられた者の一人だ。

彼の決死の介入が無ければ、彼女はその儚い命を散らしていたことだろう。

それに加えて、あろうことか彼の強さの原動力の欠片を与えられ、彼女だけでは為し得なかった奇跡を起こしてきた。

それを理解しているからこそ、必然的にミッテルトは零に依存する。

望む望まないに関わらず、彼女の魂はあの輝きに囚われてしまっている。

傍らで常に光を浴び続けてきた彼女にとって、最早その状態こそが正常であり、それを失うということは異常と言い切れるほどだ。

故に、彼女は茫然自失となっている。

半身を失った、という例えが最も分かりやすいだろう。

それ程の変化であり、それ程に至る程度に二人は繋がっていたのだ。

 

「彼女でも零の所在は分からなかったのね?」

 

「ああ。携帯に繋がらないのは当然として、それ以外の連絡手段を交わしていなかったのが痛いな」

 

「念の為渡していた転移符も使われる様子はないですわね。理由があって使えないのか、紛失してしまったのか……。どちらにしても、零君の方からコンタクトを得られる確率は低いと考えて良いでしょう」

 

改めて事実を確認するだけで、意識が沈んでいくのが分かる。

何も出来ない無力感を噛み締めることしか出来ない。

自分達が所詮は実力も権力も持たない、十把一絡げの存在でしか無い事実を突きつけられる。

同時に、零の偉大さを実感することにもなり、より一層負の感情が渦巻く。

 

そんな中、魔法陣が光を放ちながら展開される。

すわ何事かと咄嗟に身構えるも、現れたのはアザゼルだと知ると一同は胸を撫で下ろす。

 

「そんなこったろうとは思ってたが……随分な光景だな」

 

呆れた様子を隠しもせず、アザゼルは嘆息する。

その淡白でどこか嘲るような反応に、ミッテルトが僅かに反応する。

 

「零の所在に関してだが、こっちでも足取りは掴めていない。事が事だけに、大っぴらには動けないせいで二の足を踏んでるのが現状ってとこだ。状況証拠とまでは言い難いが、あのタイミングでの失踪が零の故意によるものではないとすれば、ほぼ間違いなく禍の団の仕業だと当たりを付けられるのが唯一の成果か」

 

「何故動けないのかしら?零の価値を思えば、敢行するのもある程度は仕方ないと思うけど」

 

「確かに価値はあるだろうよ。アイツの背負っている厄も含めて、率先して回収したい気持ちも理解できる。元はと言えば俺の過失のようなものだしよ」

 

「なら――」

 

「だがよ。俺達がするべきことは、アイツを探し出すことだけじゃない。禍の団への対策を練ること、そして付け入る隙を与えないこと。それに価値だけなら、今回の件で下がった。ミッテルト、そしてアーシア。二人がペルソナに覚醒した時点で、今までの仮定が吹っ飛んだんだからよ」

 

「仮定って……それって、零しかペルソナが使えないという可能性?」

 

「そうだ。優位性、そして希少性が薄まったことで、零を失ったのは単純な戦力の減退ぐらいしかなくなった。だからこそ、俺はアイツを探す為に割く時間を減らし、地盤固めを優先している。これは、堕天使側だけでじゃなく、他の勢力もそうだ」

 

「そんな……!!」

 

アザゼルから突き付けられた事実に、愕然とする。

この決断は、暗に零を見捨てるという選択肢を取ったということに等しいのだから。

 

「そんなの、あんまりです!」

 

「……私達は先輩にいつも助けられて来ました。そうだと言うのに、その判断はあまりにも薄情だと思います」

 

「そうだぜ、アザゼル!」

 

当然のように反感の声があちらこちらから上がる。

しかし、アザゼルはどこ吹く風。動じる様子は微塵もない。

 

「お前らも、少しは立場を考えろ。お前達だって最早禍の団に関しては当事者なんだ。何かしらの形で接触されたところで何ら不思議ではない。特に赤龍帝なんてもんをぶら下げたチームともなれば、尚更な」

 

「うっ」

 

「影に隠れちゃあいるが、グレモリーも十分な起爆剤になるんだぜ?何せ現魔王の寵愛を受けている妹ともなれば、人質としての価値は高い。発展途上だが、眷属も粒ぞろいが多い。お前らの誰か一人でも攫われようものなら、危険も顧みず我先にと助けに行くだろう?アーシアの時のようにな」

 

「で、でも――」

 

「でも、もスト、もねぇよ。気持ちは分かるが、お前らは行動から最良の結果が導き出せるほど優れている訳じゃねぇ。多少はマシにはなってきたが、上を見れば格上はごまんといる。禍の団のメンバーにだって、お前ら以上の存在は間違いなくいる。加えて、明確な規模も不明とくれば、下手に動けないことぐらいは想像出来るだろうが」

 

アザゼルの諭すような言葉に、リアス達は言葉を紡げない。

分かっているのだ。自分達が如何に無力な存在か、そして能力不相応な事柄に関わっていることも。

リアスとライザーの結婚破棄も、コカビエルを倒したことも、その功績の全ては有斗零という青年が居てこそ得た成果に過ぎない。

もしかしたら、彼が居なくとも全てが上手くいった世界線もあったのかもしれないが、そんな「もしも」のことを考えた所で詮無きこと。

どんなに可能性を夢想したとして、所詮今のリアス達は、零の背中で護られていただけの不甲斐ない存在であることに変わり無いのだから。

 

二の句を継げないまま、沈黙が場を支配する。

そんな中、おもむろにミッテルトが部屋から出ようと廊下へと足を向ける。

 

「……どこに行くつもりだ?」

 

「彼を――レイを探します」

 

その口からは、誰もが予想していたとおりの言葉が出た。

 

「許可出来ないな」

 

「誰もレイを探そうとしないなら、私が探します。邪魔しないでください」

 

「探してない訳じゃないっての。単に間が悪いってだけで――」

 

「――それで!彼にもしものことがあったらどうするんですか!?」

 

あらん限りの感情と共に、声を荒げる。

打って変わって激昂したミッテルトに対して、驚きを隠せない者もいる。

ペルソナを発現したこともあってか、彼女の纏うオーラが見えない圧力となって部屋一帯を圧迫する。

それでも、アザゼルは一切動じない。そよ風が少し強く吹き荒んだ所で、顔を顰める程の障害にもならない。

 

「レイはどんなに強くても、人間なんです。ちょっとしたことで取り返しのつかない状況になってもおかしくはないんです。なのに、どうしてそんな悠長な事を言っていられるのですか?彼に助けて貰った恩義を棚に上げて、いざ都合が悪くなれば切り捨てるつもりだったんですか!?」

 

「だからそんなんじゃな――」

 

「私はそんなのお断りです。政治的な都合で捜索が出せないと言うのであれば、私個人で行動するまでです。失礼します」

 

これ以上話すことはない、と言わんばかりに強制的に話を切り、再び歩き出す。

それを、今度はアザゼルに腕を掴まれることで阻止される。

その表情はまるで、食うのに困った浮浪者が犯罪を犯す覚悟を決めようとしているような、そんな細い一本線によって繋がれた限界ギリギリに思い詰めた顔だった。

それこそ、零にその万が一が起こった時、躊躇いなくその後を追いかねない程度には心は摩耗している。

普段の彼女らしからぬ、正常かつ冷静とは言えない言動や行動から見ても、それは伺える。

乾いた心に水を与えたくても、それは叶わない。

それを為せるのは、唯一絶対。零が帰ってくることに他ならない。

 

「……離してください」

 

「お断りだ」

 

それでも、止めなくてはならない。

思考を放棄したミッテルトなど、絞りカス同然。

その行動が、彼女だけに留まらず、リアス達や三陣営への被害を与える可能性があるとすれば、尚更。

そして、その為に割を食うのは、いつだって大人である。

 

「ミッテルト」

 

「何ですか?」

 

「歯ァ食いしばれ」

 

一呼吸の間。

ミッテルトがその言葉の意味を咀嚼するよりも早く、本能が肉体を動かす。

瞬間。頬を殴り抜ける感覚が走った。

勢いをのままに背中越しのドアを破壊し、壁に身体を打ち付けられる。

混濁していた意識諸共吹き飛ばされ、そうしてようやく自分の状況を理解する。

 

「ミッテルトさん!!」

 

周囲が騒然としている中、アーシアは我先にと寄り添い、神器で回復を直ぐ様行う。

痛烈な痛みが肉体には走っている筈だが、そんなものとても気にならない。

それ以上に、頬を殴られた現実を、意味を理解するので精一杯だった。

 

「……少しは冷えたかよ」

 

「アザゼル、様――」

 

ミッテルトに合わせるようにアザゼルがしゃがみ込む。

アーシアの批判する視線を尻目に、言葉を続ける。

 

「あんまり調子乗るなよ?粋がるのは結構だが、それで自分以外を巻き込むんだったら、こうなるのも当然だって分かるよな?」

 

「……は、い」

 

「コイツらは優しいからよ。お前が危険だと理解すれば駆け付けるだろうさ。それがどんなに危険な状況だったとしても、己を省みることなくな。その美徳を利用され、芋蔓式に被害が拡散すればどうなる?」

 

そんなの、考えるまでもない。

こんな簡単なことにさえ気付けなかった自分の愚かさを改めて痛感させられる。

 

「彼が――レイが大事にしていた繋がりを、滅茶苦茶にしてしまうところだったんだ」

 

「そういうこった。アイツは寡黙だがよ、誰よりもヒトを愛することが出来る、本当の強さを持っている。絆って奴だな、アイツも良く言っている。自分以外の誰かをあそこまで尊べる奴はそうそう居ない。誰だって、行き着くところは自分自身の力だからな」

 

「レイは、そうじゃない。自分を犠牲にして、誰かの為に在ろうとする」

 

「あんまり言いたくはないが、異常だぜあの執着は。ただの人間の筈なのに、高位の悪魔やドラゴン相手にも一歩も引かない。神器が強いってだけで、ああはならねえよ」

 

羨ましそうに語るアザゼル。

ヒトならざる者として、生まれながらに強さを保証された彼らが持ち得ない強さを、ただの人間から見出している。

真の意味では辿り着けない境地。弱さを知るが故に理解できる真理。

アザゼルだけではない。零とそれなりの付き合いをすれば、誰もが彼を羨むようになる。

それ程までに、彼の持つ本当の強さは稀有で、代え難いものなのだ。

 

「そんなアイツが、自分のせいでお前らが傷ついたと知ればどうなるやら」

 

「――それは、私が勝手に」

 

「そう思えるほど器用な奴じゃないってことぐらい、お前が一番理解しているだろ」

 

「……」

 

「とにかく、だ。お前の暴走は何の利益も生まない最悪の行為だったってことだ。文字通り、骨身に染みただろ?」

 

「……はい、嫌というほど」

 

おもむろにミッテルトが立ち上がり、それに続くようにアザゼルもまた腰を上げる。

 

「少し、一人にしてください」

 

「今度は暴走すんなよ」

 

軽く会釈し、ミッテルトはその場を重い足取りで立ち去る。

その悲壮感漂う背中を前に、アーシアさえも後追いを躊躇う。

彼女の意思を尊重したかったというのもあるが、それ以上に今彼女に寄り添った所で何も出来ないことが分かっていたから、見送らざるを得なかった。

影が消えるまで見守り、役目を負えるとアザゼルが深い溜め息を吐く。

 

「……情けねぇな」

 

「え?」

 

「こんな短絡的な方法でしかミッテルトを止められなかった己の無力を噛み締めてたのよ。俺にとっての最善はああだったが、零の奴だったらもっと上手くやってたんだろうよ」

 

後悔とも懺悔とも取れる、沈んだ感情から漏れる自嘲は、この場に居る全員の胸の裡にも去来する。

何も出来なかったのは皆同じ。

仲間であると言う自負とは裏腹に、力になるべきタイミングでは一切の無力。

滑稽としか言いようのない、上辺だけの繋がり。想いだけでは何も変えられないのだと、容赦なく現実を突き付けられる。

 

「しかし、意外と言えば意外でした。ミッテルトは感情的になることはあれど、根幹は冷静であると評価していたのですが」

 

「その冷静さも、零ありきだったってことだろ。本人にそのつもりは無かったにしろ、零に全幅の信頼を寄せていたからこそ、素直に背中を預けられて、ポテンシャルを十全に発揮出来たんだろうよ。だが、その支えに依存し過ぎた結果が、今のアイツだ」

 

木場の言う通り、ミッテルトは基本的に冷えた思考の持ち主である。

表面上は荒ぶっていたとしても、決して思考を放棄せず、目ざとく最善を模索する。

弱者であった彼女にとっての武器は、何よりもその回転する知能にあった。

本人は並であると自己評価しているが、彼女の知識や発想に下地など存在しない、全てがあり合わせの代物。

そんな都合の良い環境なんてある筈もなく、彼女は常にギリギリの状況で最良を掴み取ってきた。

運が良い、というのも確かにあるが、それを掴み取る為に己で道を作り続けて来たことを思えば、単純にそれだけで片付けられなくなる。

然るべき環境で知識を磨けば、彼女は化ける。

言葉にはしていないが、サーゼクス、ミカエル、アザゼルと三陣営のトップが同じ評価を下していた。

 

しかし、今回の件で気付かされた。

確かに彼女は優れた知能を有しているが、同時に酷く不安定であると。

アザゼルは気付いていないが、ミッテルトは本質的に他者に依存している。

レイナーレに過剰に暴力を振るわれたり、都合よく扱われたりしていたにも関わらず、ミッテルトはレイナーレに対して明確な憎悪を抱くことはなかった。

話題に出ない故に誰も気付くことはないが、死して尚レイナーレへの敬称は消えては居ない。

どんな目に遭っても、二度と会う事がなくても、ミッテルトにとってレイナーレは『お姉様』なのだ。

アザゼルは零を異常と評価したが、ミッテルトもまた同じ穴の狢。寄り添い合うのは、ある意味で必然だったのかもしれない。

 

「それ程までに、彼のことを……」

 

姫島は仄かな嫉妬心を言葉に乗せる。

副部長としての立場を抜きにしても、彼女は零が失踪したと知りつつも、ミッテルト程に動揺はしなかった。

それは、『零だから』大丈夫という、思考停止に等しい信頼から来る感情の飽和。

取り乱すことが正しいかとか、そういう次元の問題ではない。

ただ、彼女にとって有斗零は『その程度』でしかないと突き付けられている気がして、悔しかった。

 

「ミッテルトさん……」

 

ギャスパーもまた、方向性こそ別だが似た感情を抱いていた。

ミッテルトにあそこまで想われる零への嫉妬。そして、そんな彼女を悲しませている彼への理不尽な種火のような怒り。

だが、そんな感情もすぐに自分の不甲斐なさを省みて霧散する。

この状況で好意を抱いている女性に対して何も出来ない分際で、そのような感情を抱くのはお門違いもいいところだ。

 

「…………」

 

小猫は瞼を閉じ、全く別のことに思考を巡らせていた。

それは、レーティングゲームの会場で感じた、姉である黒歌の気配らしき何かについてだった。

しかしその気配はあまりにも希薄で、それこそ家族である彼女でしか察知出来ないレベルの微かなノイズ。

気のせいだと考えるのは容易いが、零の失踪の件と姉が『禍の団』に関わっていた事を鑑みれば、偶然と考えるにはあまりにも噛み合っていた。

だが、それを口にすることはない。

悪戯に不確定な情報を与えるのは混乱の素だと言うのも有るが、黒歌に対して抱いていた憎しみが、冥界での邂逅を期に揺らいでいたことも大きな要因となっていた。

黒歌の主殺しによるSS級犯罪者という経歴は、否が応でも悪印象を植え付ける。

自分を捨てて消えた黒歌は、昔の知った記憶のそれとはかけ離れたものだろうと、そう決め付けていた。

だが、黒歌はどこも変わっていなかった。

一部妬みを抱くレベルのボリュームを一部に宿していた事を除けば、黒歌は自分の知る黒歌のままだった。

前提条件に罅が入ったことで、他の可能性が介在する余裕が生まれた。

その結果、小猫は黒歌を一方的に悪人にする選択肢を口に出せずに居た。

そしてその選択は、正しくもあり間違いでもあったのだが、それを知るのは先の話。

 

「……正式ではないにしても、彼女もまたオカルト研究部の部員。それ以上に、苦楽を共にしてきた仲間だと思っていた。――思っていた、だけだった」

 

ギリ、とリアスの拳が白む程に固く握られる。

 

「仮にもリーダーとしての役割を果たしていた分際で、いざという時には何の役にも立てない。今回の件だけに留まらず、思い返せば幾らでも同じ展開が沸いて出て来る。……馬鹿でももう少し学習するわよね」

 

「そんな、部長は――」

 

「いいの。言い訳も、同情も必要ないわ。……零がいなくなってしまった今、彼に頼り切りだった時のような、甘えは最早許されない。今このタイミングで――いえ、だからこそ。私は変わらないといけない。部長として、王として」

 

一誠の言葉を振り払い、リアスは決意を言葉にする。

凛とした瞳の奥底は、今まで見たことがない程に燦然と輝いており、覚悟を宿していた。

 

「言うは易し、なんてその通り。変わりたいと思ったことは幾度とあったけれど、今の今まで変えられなかった私の言葉なんか、それこそ私自身が信じられないもの。皆に信じてくれ、なんてそれこそ虫の良い話だってことぐらい百も承知」

 

それでも、と続ける。

 

「貴方達が私を信じてくれるなら……今度こそ、頑張れる。そんな気がするの」

 

儚くも美しい、白百合の如き笑顔が花開く。

凛とした雰囲気こそがリアス・グレモリーであると認識していた者にとって、今の姿は最早別人に映ることだろう。

しかして叫ぼう。今の彼女こそ、真にリアス・グレモリー足り得る姿なのだと。

上に立つ者としての矜持を捨てた彼女は、何処にでもいる少女に過ぎない。

彼女が望む変化は、決してプライドの上塗りで構成されたハリボテの王ではない。

情けなくても、無様でも、頼りなくても。それでも、逃げること無く立ち向かおうとする意思。

零の生き様に感化されたのは、何もミッテルトだけではない。

彼の持つ影響力は、遠く離れようとも衰えるどころか、より一層の輝きとなる。

失って初めて気付く、青い鳥の価値。

されど、現状を嘆くだけでは何も変わらないし、変えられない。

故に、一歩踏み出す。

霧の中に潜む不安を祓うのではなく、受け入れてそれでいて歩みは止めない。

未来を保証する要素など何もないのだから、二の足を踏んでいた所でどうにかなるものではない。

理解していても、先の見えない道を踏み出すのには多大な勇気がいる。

だからこそ、その一歩が大事なのだ。

 

リアス・グレモリーは弱い。

戦う為の力ではない。心そのものが硝子細工の如く脆いのだ。

そんな彼女の心を支えていたのは、他ならぬ彼女を取り巻く環境――家族や眷属との絆。

あまりにも身近であるが故に、その幸福の価値に気付けなかった。

皮肉にも、絆の欠片が失われたことで、喪失感を代償にその価値に気付くことが出来た。

二度と失わせない。価値を知ってしまった以上、それは彼女の中の絶対となった。

しかし、彼女一人では成し遂げることは不可能であることは百も承知。

だから、『お願い』するのだ。

自分がちっぽけな存在だと理解しているからこそ、『命令』はしない。

上に立つ者として、その在り方は不適切あるとしても、中身の伴わない言葉を吐き捨てるぐらいよりはよっぽど良い。

そもそも、『王』に決められた形は存在しない。

凝り固まったイメージがそう錯覚させるだけで、決められた形などありはしない。

ならば、立場を横並びにした『王』がいたって良いのではないだろうか。

少なくとも、それに異を唱える者はこの場には存在しないのは確かである。

 

「……今更ですよ、部長」

 

「イッセー……」

 

一誠は静かな足取りでリアスに近付き、その手を取った。

 

「俺達みんな、部長がどんなに頑張ってきたかを知っています。結果が伴わないこともあったかもしれないけど、妥協はしなかった。常に前向きに努力を怠らなかった。例えそれが小さな歩みだったとしても、部長がそう望む限り、間違いなく変われると俺は信じています。そして、俺はその手伝いがしたい」

 

見渡すと、誰もが一誠の言葉に頷いていた。

その意味を咀嚼し、呑み込んで――暖かな雫が頬を伝った。

 

「あはは……何ででしょうね。悲しくなんてないのに」

 

静かに流れる涙は、愚かだった過去の自分との決別を象徴する、その先駆け。

本当に変わるのはこれから。

決意が折れない限り、これから彼女は見違える成長をしていくことだろう。

 

そんな彼女の内側に、ほんの小さな種が芽生える。

違和感さえも与えない、今は小粒程度のそれ。

だが、この種が花開く時、リアスはきっと理想の自分へと生まれ変わっている筈。

或いは、リアスという花を開花させる一助となるべくして、それが芽生えたのか。その時にならなければ、その意味を知る事は無いだろう。

 

皆の想いが一丸となり、新たな門出を迎えようとしている中、アーシアは弱々しくこの場を離れたミッテルトに思いを馳せていた。

完璧とは言い難くも、一度は収束したであろう彼女の暴走。

あんなことがあった手前、すぐに同じ轍を踏むようなことはしないとは思う、が――胸騒ぎが一向に止む気配はない。

一人にして、と言われた手前あの時は従ったが、流石に心配になってきた。

こっそりと抜け出す形でアーシアはこの場を離れる。

その様子をアザゼルだけが気付いていたが、敢えて何も言わずに見送った。

 

 

 

 

 

時を同じくして、ミッテルトは女子トイレの洗面台前に腕で身体を支えるようにもたれかかっていた。

顔を上げれば、鏡に映る幽鬼と例えられるほどに凄惨な表情。

一人になったことで取り繕わなくても良くなったからか、悲惨さが加速している。

そんな彼女を心配する者は、この場には誰一人としていない。

当たり前だ。他ならぬ彼女がそれを望んだのだから。

正直、立っているのもやっとな状態。地に足がついていないと言うべきか、自分の視界にあるものさえ正常であるかどうかの判断もつかないレベルで疲弊していた。

混濁した思考に溺れる中、それでも彼女の中で光を放つ零という存在。

前後不覚で何をどうすればよいのかも定かではない状況で、それを頼りにするのは必然の行為。

昆虫が光に向かって進むのを本能としているように、暗闇に一筋の光が差し込めば、それに惹かれるのは自然なこと。

 

――だが、身の丈に合わない光量はその身を焼く。

飛んで火に入る夏の虫、という言葉があるように。

太陽に焦がれたイカロスが蝋の翼を溶かして墜落してしまったように。

生きていく上で欠かせない現象であると同時に、その本質は生物を容易く焼き尽くす原初の火。

彼女にとって最大の不幸は、この精神が限界にまで摩耗していた状態で求めてしまったことにある。

聡明な彼女ならば、冷静な状態であれば最悪の結果を引き当てることはなかった。

しかし、パンドラの箱は開かれてしまった。最早、止まることはない。

崩壊は、すぐそこに迫っている。

 

ミッテルトはペルソナ全書を顕現させる。

これは、残された零との唯一の繋がり。

二人の関係を集約したそれは、他の人には無い唯一無二のもの。

ペルソナ全書が無ければ、零と繋がっていなければ、今の自分は存在し得なかった。

ミッテルトにとっての力の源泉である以上に、零との絆の象徴としての価値こそが本質である。

虚ろな目で、慈しむようにページを捲り、めくり、メクリ――――声を、失う。

 

「――――え」

 

辛うじて出た、呼吸の副産物のようなそれは、彼女の心境を溢れんばかりに代弁していた。

虚ろだった目は、不安と焦燥に駆られた力強いものへと変質し、一枚一枚ページを飛ばすことなく捲り続ける。

そうして、最後のページを見終える。

 

「……嘘」

 

バサリ、と音を立ててペルソナ全書が地に落ちる。

それと同時に、身の毛もよだつ不快感がこみ上げてくる。

咄嗟に洗面台に顔を近付け、そのまま口腔からは吐瀉物がぶち撒けられた。

 

「ヴッ……オ"エ"エ"エ"ッ……グッ、ゴ、ォッ……カッ……ハッ――!!」

 

認めたくなくて、否定したくて。

それこそ、このこみ上げたものと一緒に全て吐き出して、無かったことに出来ればどんなに幸福だったか。

それでも、現実は反転しない。都合の良い未来なんて、起こり得ない。

 

ペルソナ全書の中身は、白紙(・・)だった。

零が積み上げてきた絆を集約した本の中身が、まっさらになっていた。

それが意味すること。それは、零が何かしらの形でペルソナを操る力を失っている可能性。

可能性として挙げたはいいが、あまり現実的ではない。

何せ、力の規模が規模だ。未熟な彼女ではちゃちな妖精ぐらいが関の山だが、所有者である零ならば魔王クラスのペルソナを扱うことも出来る。

そんなとんでもない力を封印出来るなんて、想像ができない。

仮に出来たとして、誰もが血眼になって探している中、そんな彼らの探知を潜り抜けて大規模な封印を行使するなんて芸当が可能かと言う点。

そして、もうひとつ。

考えたくなかった、最低最悪の可能性。

これならば限りなくスマートで、まだ現実味のある方法だからこそ、信憑性が増す。

そう、本当に単純。

封印なんて遠回しな事をするよりも、単純明快な方法がある。

 

 

 

それは――有斗零という人間を、殺すこと。

タンクが潰れれば、パイプから供給されたエネルギーは決して届くことはない。

単純かつ明快、そして――どこまでも救いの無い、残酷な可能性。

 

 

 

「あ、あ、あ」

 

思えば先程の吐瀉物の流れは、この結論から意識を逸らす為の最後の防波堤だったのかもしれない。

しかし、そんなことは最早どうでも良いこと。

辿り着いてしまえば、過程などさして重要ではない。

何せ、振り返る余裕など彼女にはないのだから。

当然、この解釈とて完璧とは程遠い理論に基づく、消去法の域を出ない帰結でしか無い。

それでも、認識とは恐ろしいもので。一度思い込めばそれが自身にとっての絶対のルールとなる。

プラシーボ効果、なんてものがあるように、想像力とは時には現実さえも侵食する。

妄想は脳を犯し、思考を画一化させ――遂には、限界を迎える。

立て続けに起こった不幸の連鎖は、彼女の脳を焼いた。

ぐりん、と白目を剥いて力なくその場に倒れ伏す。

 

数分後、ミッテルトを探しに訪れたアーシアに惨状を発見され、悲鳴を聞きつけたリアス達によって彼女は救出されることになる。

しかし、次に目を覚ました時。ミッテルトは皆の知っているミッテルトではなくなっていた。

 




リアスの下り、何か以前にも書いた気がする(でも確認しない)
もしダブってたら修正するから教えてくれよな~頼むよ~。
まぁ、リアスを学習しないチンパンにしてもええんやけど、多少はね?(本当のチンパンは作者)



Q:定番のミッテルトイジメ
A:楽しいなぁ!!

Q:ゲ ロ イ ン
A:作者の書くメインヒロインはゲロを吐くことを定められている。逃れられぬカルマ。
 某インモラルハードコアADVエロゲで一番興奮したシーンは、げっぷするところです(本気)
 割りと真面目に、美少女かつ可愛い声の子がよ?ゲロとかげっぷみたいな下品極まりない音出すとか、最高じゃん。ギャップ萌えだよギャップ萌え。

Q:おや、リアスの様子が……?
A:いつフラグ回収できるかなぁ……(遠い目)




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第三十七話

後半ダイジェストっぽくなったけど、原作の流れをウダウダ流すよりはいいかなと思った。
もう少しテンポ良く、かつ状況説明が明確に出来る文才が欲しい。私が書くとどうしても地の文が長くなって冗長になるんだもの……。
これからもこうした方がいいって意見はバシバシ送ってくれれば、作者が喜びます(投稿速度が早まるとは言ってない)。


「うん、うん……それで?」

 

「エエッ、そんなことあるッスか?」

 

「いやいやいや、それはちょっと……え?ほうほう……マジっすか。ありえねー」

 

「キャハハハハ!チョーウケる!!」

 

透き通るほどに明るい声が通学路に響き渡る。

発信源はミッテルト。数日前とは打って変わって、その表情には生気が灯っている。

どこまでも元気で、いつも通りの彼女が戻ってきていた。――不気味な程に。

 

「……部長」

 

「何も言わないで。……分かってる、から」

 

対象的に陰鬱な表情でその近くでミッテルトの姿を見守るリアスと一誠。

悲痛、という表現が当て嵌まるぐらいに、その表情には影が射している。

その理由は、目の前で繰り広げられている光景にある。

 

「まったく……ホントおかしな事言うッスね、()()

 

ミッテルトは虚空を見上げ、あたかもそこに誰かがいるかのように独り言を発していた。

呼びかけた名の通り、相手は有斗零。

しかし、当人は数日前に失踪し、今もなお安否は不明。

ミッテルトは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

女子トイレで倒れている所を発見してからの事。

目が覚めた彼女は、何事も無かったかのように底抜けに明るい態度を取ってみせた。

安心したのも束の間。彼女は、あたかも隣に零が居るかのように虚空に向けて会話を初めた。

それを指摘しても、馬鹿にしているのかと一蹴される始末。

向かい合った時、その瞳の中が汚濁のように染まっていたのを見て、心底恐怖したのはリアス達の記憶に新しい。

 

加えて、彼女の言動や性格も変化していた。

反転した、と言えるほどの差異ではない。それこそ、気にしなくても、「今日は機嫌が良いのか」ぐらいの認識で留まるレベルのズレ。

だが、その姿は以前の理知的な姿とは程遠く、子供のように快活で無邪気になっている。

誰かが言った。今の彼女は、自分達と――零と出会う前の彼女なのではないか、と。

それを聞き、気付いた。自分達は、ミッテルトのことなど何一つ理解していないことに。

その推測が正しいのかそうでないのかの違いさえ、彼らには判断がつかない程度に、無知が過ぎた。

 

結局、ミッテルトの勘違い――否、現実逃避をどうにかすることは出来なかった。

やろうと思えば出来たのかもしれない、が――それが彼女の精神にどう作用するかまでは保証が利かないのだ。

零の幻覚を見て、存在を錯覚することでギリギリ理性を保っているようにしか見えない。そんな彼女を下手に刺激して現実に引き戻してしまえば、今度こそ間違いなく崩壊する。そんな確信があった。

だからこそ、遠巻きにその姿を見守ることしか出来ない。

 

しかし、現実問題としてそのような奇行に走っている者を周囲の人物が認識すれば、リアス達が何もせずとも加速度的に破綻してしまうのは自明の理。――本来ならば。

ここに、数々の思惑が交錯して、その破綻する摂理は綱渡りではあるが均衡を保っていた。

そのひとつとして、零の生死が不確定な状態が起因する。

こんなことになってしまったが、彼は駒王学園の生徒である以前に、一般住宅に住まう一人の人間である。

当然、多かれ少なかれ地域と密着しているが故に、人との交流もある訳で……そんな彼が前触れもなく失踪した、なんて情報が流布されるとどうなるか。

日常に影響をもたらすに留まらず、人伝で伝播した情報が、禍の団のような悪意ある連中に知れ渡ろうものならば、それを皮切りに一転攻勢を仕掛けてくる可能性がある。

零という最高戦力が欠けている今そうなろうものならば、大打撃は免れない。

そんな打算もあって、駒王町一帯に大規模な認識阻害を広げた。

そう、ミッテルトが見ているであろう認識と、限りなく同調出来るように、零があたかもそこに存在するかのように認識をズラしたのだ。

認識阻害の魔術は、あくまで意識をズラすだけのもの。

オカルト研究部の存在を知りながらも、一般人はその周辺には近付こうと思わない、かつそれに違和感を覚えないようにしているのも、同じ理屈によるものである。

こうすることで、ミッテルトに与える違和感を最小限に留め、かつ零が戻ってきた時に滑り込ませても問題がなくなる。零の日常は、護られる。

 

これが最善だと太鼓判を押せる成果ではある。

しかし、それでも。目の前で繰り広げられている茶番を見るたびに、胸に杭を打ち付けられたような痛みを覚える。

必要なこととは言え、ミッテルトにはありもしない幸福を強要しているのは、他ならぬ自分達なのだから。

振りまく笑顔が綺羅びやかである程、その仕草が無邪気である程、己の無力さを再認識させられる。

 

「……今日も特訓よ。昨日よりも厳しく行くわ」

 

「はい。いざって時に何も出来ないのは、二度と御免です」

 

胸の痛みは、リアス達の闘志に火をつける燃料ともなった。

目下アザゼルが捜索を続けてはいるが、成果は芳しくない。

ならば、その時間を利用して戦力の底上げをするのは、当然の帰結である。

先が見えないからと言って、手を拱いている理由にはならない。

変わりたい、と決意したではないか。ならば、今こそ変革の時。

依存していた相手が離れている今ならば、心に甘えが生まれることはない。

寧ろ、零を助けるための一助となれるよう奮起さえしている。

アーシアも、あの新しい力を使いこなすべく慣れない肉弾戦の練習を必死にしている。

ミッテルトの精神崩壊に最もダメージを受けていたのも、アーシアだった。

二人の仲の良さは周知の事実であったが、ミッテルトが苦しんでいる時に何も出来なかったこと、そしてミッテルトの第一発見者であったことが余計にアーシアを追い詰めていた。

自分がもっと早くに見つけていれば、ああはならなかったかもしれない。そんな根拠もない強迫観念に駆られているのだ。

アーシア程ではないにしても、他のメンバーも多少はそのケがある。

熱が入る程度なら良いスパイスではあるが、行き過ぎれば毒になる。その辺りの管理も、リアスには目下課題となる。

だが、そんなフォローを通して、自然とリアスのリーダーとしての資質が磨かれつつもあった。

以前と違って、対等な視点で言葉を交わすようになったお陰か、今まで以上に眷属との絆が深まりつつあり、見えていなかったことも少しづつではあるが見えるようになっていた。

不謹慎ではあるが、零の離脱がグレモリーチームにとって間違いなく大きな一歩の切っ掛けとなっていた。

この感謝は、零が帰ってきた時にでもタップリと味わってもらうつもりだ。色々な意味で。

 

ともあれ、波乱と不安に満ちた日常は過ぎていく。

日が経つに連れ、足取りの掴めない状況に次第に希望の色が褪せてきた頃。唐突に変化は訪れた。

 

 

 

 

 

 

「先輩が見つかったって!?」

 

「ウルセェ馬鹿野郎が。万が一ミッテルトに聞かれたらどうする」

 

昼休み。偶然アザゼルの眼に止まった一誠を連れて、人気のない場所でいきなりそんな事を言い出した。

アザゼルの報告に叫ぶ一誠。アザゼルはそれを予期して声を遮るように拳骨を落とす。

頭部を擦りながら、その言葉の意味を新たに問い詰める。

 

「……本当なんだな?」

 

「この状況で冗談言える程、性格歪んでるつもりはねぇよ。後、あくまで足取りを掴んだだけだ。姿形までは流石にな」

 

「なら、発見した場所はどこなんだ?」

 

「京都だ。……面倒なことこの上ない」

 

深々と溜息を吐くアザゼルに訝しむ。

何が面倒なのか分からない一誠に、アザゼルが説明する。

 

「ざっくり言うと、あそこは妖怪が跋扈する土地だ。三陣営とは異なる、独自のスタンスを貫いている為、事実上の中立地帯と言ってもいい。そして零が失踪した日を堺に、見知らぬ人間が出入りするようになったらしい。あくまで裏の調停役である妖怪とも、交流があるようだった。そして、身体的特徴もアイツに似通っていることから、暫定では有るがソイツが零だと判断したのさ」

 

情報としてはお粗末とも言える、粗の多く根拠も薄いそれは、今の彼らにとって天から吊るされた蜘蛛の糸と同じ価値を秘めていた。

 

「なら、今すぐにでも行かねぇと!」

 

「落ち着け。言っただろう、中立地帯だと。中立地帯といえど、今の俺らが我が物顔で入れるような土地ではない。禍の団なんて組織が活動している時点で、敵対している俺らが下手に介入すれば面倒事は避けられない。ましてや公式の会談ではなく、私用でともなれば尚更だ。予め言っておくが、零の所在を確かめるだけで三陣営のトップを動かすなんて無理だからな?」

 

思考を先読みされ、釘を刺される。

とは言え、ここまで愚直な反応をするということは、それ程までに零を心配しているということでもある。

それは、頭の回る姫島や木場が釘を刺された時点で露骨に反応しているのを見る限り、事実と見て良いだろう。

 

「じゃあ、どうするんだ?」

 

「そこはアレだ、職権乱用って奴だな。俺の、と言うよりグレモリーのだがな」

 

「部長の?」

 

「そう。そろそろ修学旅行の季節だろう?それを利用するのさ」

 

「それって……まさか行き先を京都に?」

 

「ご名答。一年も合同させて、可能な限りメンバーは揃えるつもりだが、流石に三年は無理だ。多少なら無茶は出来るが、強引が過ぎると認識に齟齬が生まれる。ただでさえ慎重に事を運ばないと行けない状況で、外的要因によって勘付かれるのが一番最悪なパターンだ」

 

当たり前だが、修学旅行なのだから当然、一般生徒とも行動を共にしなければならない。

言うなれば、ある程度の免罪符を得る代わりの代償行為。自由を多少犠牲にしなければ、そもそも門前払いされる可能性のほうが高いのだから、仕方ないことではあるが。

 

「でもそれって大丈夫なのか?なんていうか、俺でも分かるぐらい綱渡りなことしてる気がするんだが」

 

「その通りだが、これが時間効率を考慮した結果の、最大限の譲歩なんだよ。実際、確証のある情報じゃないのに、こっちだって無茶は出来ないんだから、これが一番理想なんだよ」

 

「だって、それって俺達以外の生徒が危険に晒される可能性が――」

 

「それはねぇよ。確率はゼロじゃないが、意図的に干渉してくるようなことはない。妖怪陣営とて、いらぬ波風を立てるのは避けるだろうし、あるとすれば回りが俺達だけになった時だろうよ。こうは言いたくはねぇが、一般生徒は隠れ蓑でもあり、盾だ」

 

「――そんな言い方ッ!!」

 

「こっちだって本意じゃねえよ。結果的にそうなってしまっただけで、俺達の都合でそこまで利用するつもりはねぇよ。虎穴に入るのは俺らの役目だ。俺達の我儘に巻き込むのは、お膳立ての段階まで。――だがお前は、どうしたい?どこまで無理を通せる?何を犠牲に出来る?零を助ける為に、何を捨てられる?」

 

零を探し出し、連れ戻す。これを望んだのは、他ならぬ自分達だ。

アザゼルは敢えて口にしたが、それは認識させる為だ。

自分達の都合で、我儘で、周囲の人間を、友人を危険にさらす覚悟はあるか?と。

これは決定事項ではない。それこそ多数決で反対意見が多く集まれば、アザゼルも敢行しようとはしないだろう。

個人と大衆、その2つに秤にかけろと言うだけの話。そして、その決定によって生まれるあらゆる結果を受け止める覚悟を、アザゼルは問いたいのだ。

場合によっては、無関係な人間さえも傷付けてしまうかもしれない。

その選択をせざるを得ない程に、零を取り巻く環境は厄介であり、押し通すならば相応の覚悟を持てと。

 

この問いかけに、一誠は答えられなかった。

どちらも捨てようと思えず、だからと言って蔑ろにしたいとも思えず。

その2つは決して交わらないものではないが、この場に於いては例外となる。

あまりにも不条理で、されど声を上げた所で何も変わりはしない。

 

「……ま、答えが出せりゃあ苦労はしないわな。勘違いするなよ?俺の問いかけには、答えなんざありゃしねぇ。それも、時と場合によって平然と形を変える不定形の怪物だ。いつだって、俺達はその問いかけに答えられる覚悟を持たなきゃいけねぇ。己の心に潜む怪物を最後に倒すのは、自分自身の決断に他ならないんだ」

 

「なら、答えが出なくてもいいってのか?」

 

「答えじゃない。敢えて言うなら、納得だ」

 

「納得?」

 

「辛い選択、悲しい選択。望むことならば選びたくない選択を選んだその後。如何に自分がその答えに対して納得を得ることが出来るかが大事なんだ。理や利だけで選んだ答えなんざ、例え正道だったとしても得られる納得なんざタカが知れている。それに、成功するかどうかなんて選択する時にはわかりゃしないんだ。だったら、如何に後悔しないか、自分でその選択に悔いが残らないようにするかを考えるのもまた、ひとつの納得のカタチだ」

 

「……よく分かんねぇッス」

 

「悩め悩め。悩んで我武者羅に突っ走るのは若さの特権だ。ちょっとぐらいヘマしたぐらいなら、俺がフォローしてやる。その為に、オカルト研究部の顧問なんてやってるようなもんだからな」

 

そう臆面もなく言い放つアザゼルは、教師として――大人として、とても輝いていた。

普段が普段だけにそのギャップ足るや、悪いものでも食べたのではないかと心配する程。当然、口にはしないが。

 

「それよりも、ミッテルトに修学旅行ってダイジョブなんすかね。ほら、禁断症状的な……」

 

「そこはまぁ、何とかなるだろう。アイツはああなってはいるが、それ以外の部分――倫理観や常識は据え置きだから、零と離れたくないと我儘を言うことは無いだろうし、幻覚が付いてくるなんて事態も無いだろう。そうじゃなきゃ、補助があったにしても今まで問題が起こっていない訳がない」

 

現実主義者であるミッテルトが見た、唯一の虚像。

その価値と重みが、彼女が常識的であればあるほど増していく。

本当に、彼女にとっての有斗零は特別なんだ。

いや、特別なんて陳腐に表現なんて出来ない。もっと、高次のナニか。

故に、彼女の痛みを、苦しみを理解できる人は居ない。

 

神、悪魔、天使――そのような超越者が現代では存在を認知されていない。

知る者は全体を通してみれば極僅かで、そんな極僅かな人間も非日常の境界線に足を踏み入れ、戻ることは無い。

故に、存在が周知のものとして広まることはなく、だからこそ人間はある程度の平和を享受出来ているし、それ故に信仰の価値も薄れていく。

如何に強大な存在と言えど、見えないものに対して強い感情を抱くなんてこと、あるとすればその者が余程追い詰められているか、狂っている以外に有り得ない。

その視点は、悪魔や天使であろうとも変わることはない。

見えないものは理解できない。常識の埒外に身を置こうとも、それは決して覆らない。

だから、彼らは腫れ物を扱うように繊細にミッテルトに接する。

例えそれを望んでいないとしても、彼女を想うのであればそうせざるを得ない。

そうして、認識の違いは埋まるどころか離れていき――ほんの些細な刺激で破裂する。

 

それだけはさせない。させたくない。

でも、強硬手段を取ろうと躍起になれば、ミッテルト以外にも被害者が出る可能性が出ると念を押された。

共存は夢幻。二者択一の分水嶺。

無論、選んでいない方が絶対に悲劇を迎えるなんてことはない。

彼らの努力次第で悲劇を回避することは、決して不可能ではない。

自然と、一誠の拳を握る力が強まる。

これから選ぶであろう選択、その重みに圧し潰されないように。

 

「まぁ、そういうこった。他の奴らにも伝えて、放課後改めて答えを聞くから、それまでに整理しとけ。後、アーシアにはお前からそれとなく伝えておけ。当然、ミッテルトには気取られないようにな。俺が行くと間違いなく警戒されるし、アーシアも今のミッテルトから離れることはそうそう無いだろうからな」

 

「……了解」

 

じゃあな、と背を向けて手を振るアザゼルを見送り、一誠もその場を立ち去る。

一誠の答えは出ている。ただ、それを口にする勇気がないだけで、揺さぶられようとも根幹が揺らぐことはなかった。それだけの話。

正義の味方でも何でもない、ただの転生悪魔でしかない彼の決断は――どこまでも甘く、理想論に塗れたもの。

"零も助けて、学友には一切被害を与えない"。

馬鹿馬鹿しい、と切って捨てるのは簡単だ。

だが、その馬鹿馬鹿しいを、彼以外の皆も抱いていたとすれば?

言葉も想いも、重なれば波紋となる。

ひとつではちっぽけでも、2つ、3つと重なれば――きっと不可能を可能に出来る。

アザゼルも、言葉にはしなかったが彼らの答えが一つになることは想像していた。

 

事実、その確信は現実となった。

一誠と同様に言葉を投げ掛け、考える時間を与え、そして出た答え。

想いを現実にする為に伴う、悪魔としての強さはまだまだ未熟。

それでも、結束した心がそれを補ってくれる。

だが、まだ足りない。足りないなら、更に補えばいい。

アザゼルは、柄にもなく彼らの強い想いに胸を打たれ、その想いを絶やしたくないと思った。

アザゼルは多少の無茶を承知で、各勢力のトップに掛け合い引き抜きを敢行した。

名目は、発展途上な赤龍帝を護衛ないしは戦闘指南役としての、駒王学園の赴任。

各勢力も、禍の団という目下の敵が居る以上、下手に戦力を削るような真似は難しい上に、求める水準もそれなりにあった故に、アザゼル自身にとってもこれは賭けに等しかった。

 

だが、吉報は思わぬ場所から入る。

オーディン。その身は隻眼の老人にして、アースガルズの主神にして、北欧神話の最高神にして、戦争の神。

そんな彼が、お付き役でもあったロスヴァイセというヴァルキリーを差し出したのだ。

理由を問いかけた所、ロスヴァイセは零のファンなのだと言う。

オーディンもロスヴァイセも、零との直接の面識はない。

ただ、ディオドラの一件で、彼らは禍の団の露払いとして戦っていたので、丸っきり無関係とは言い難い。

オーディンはペルソナなる力に以前から興味と関心を抱いていたらしく、実際に遠巻きから眺めて、いつか膝を交えて話を聞きたいと画策していたらしい。

ロスヴァイセも、人間の身でありながら高位の悪魔とも渡り合う零を、自身の好きな英雄譚――『ニーベルンゲンの歌』のジークフリートのような英雄と同等かそれに類する者と見ているらしく、それを理解していたオーディンが後押しするカタチで、今に至るという訳である。

渡りに船、とはこの事。

零に執着しているのであれば、捜索に関しても熱を入れてくれるだろうし、問題が片付いた後に護衛役として捻じ込むことも容易だろう。

ただ、彼女の興奮具合から見る限り、捜索に関してはある程度手綱を握らせないと暴走しそうではあったが、そこはアザゼルの役目。

彼女は教師役として駒王学園に赴任させる。

時期としては些か不自然だが、そうも言ってられないしリアス達とて戦力が増えるというのであれば助力は惜しまないだろう。

ミッテルトに多少は違和感を持たれたかもしれないが、この程度ならば誤差の範囲だろう。

ならば、後は計画通りに事を進めるだけ。

 

 

 

こうして、当初よりも好条件で京都への修学旅行は始まった。

ミッテルトと常に行動しなければならないアーシアの代わりに、ロスヴァイセが一般生徒の安全確保に全力を注いでくれたお陰で、彼らが被害を受けることはなかった。

このままいけば――そう淡い希望が芽生えた時、事態は思いもよらぬ方向へと向かう。

 

九重を名乗る九尾の狐の介入。母を返せと叫ぶ少女による誤解が、その始まりだった。

傍らに仕える、大正時代にでもありそうな漆黒の学帽と外套を纏い、腰に刀を差した青年。

その足元に控える、二又の尻尾を備えた黒猫。

 

「――どうして、どうしてですか!」

 

叫んだのは、小猫だった。

涙混じりに叫ぶ彼女の問いに答える者はいない。

申し訳なさそうに目を閉じる黒猫を前に、その悲壮感は増す。

 

「嘘だって言ってよ、ねぇ――()()!!」

 

ミッテルトもまた、小猫と同じく――否、それ以上の慟哭を以て疑問を口にする。

俯き、学帽に隠れていた青年の表情が顕になる。

見間違える筈もない。衣装こそ違えど、その顔は彼女にとって生涯忘れることの有り得ないもの。

だが、青年は。そんな彼女を前にして、無慈悲に言葉を紡いだ。

 

「――()は、()()()()葛葉ライドウ。有斗零など知らないし、彼女も黒歌などではなく、ゴウト。大切なパートナーだ。君達など、知らない」

 

刀を抜き、ライドウを名乗る青年は、眼前のミッテルトに対して突き付けた。

 

「我が主、九重の言葉を偽りとするならば、証明してみせろ」

 

ここに再会は果たされた。

しかし、この思いもよらぬ邂逅は、彼らに絶望を叩きつけるには充分な現実となり、これを波乱の幕開けとした。




取り敢えず、修学旅行の部分は次回説明入るので、現状の状況描写不足は勘弁してクレメンテ(ソーディアン並感)



Q:ミッテルト精神崩壊シリーズ
A:やめないか!!

Q:ロスヴァイセさん!残念美人のロスヴァイセさん!!
A:パーフェクトよりも親しみがあって、オイラのようなキモオタでもワンチャンあると思える女子(希望があるとは言ってない)。
 ついでに言えば零なら嫌な顔せず世話するので、相性はバッチリ。ラムレッダ可愛い(ぉ

Q:ライドウ……終わったな(白目)
A:ライドウに勝てるわけないだろ!!


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第三十八話

四ヶ月ぶりの投稿ですが、話は進んでいません。
具体的に言えば、2歩戻って2.1歩進んだ感じ。そのくせ無駄に長いとか救えねー。


――時は、数時間前に遡る。

 

当初の予定通り、一誠達は京都の修学旅行に参戦。

三年生は就職や進学もあってどうにもならなかったが、一年生はどうにか合同という形で捩じ込んだらしく、小猫も晴れて参加している。

一般生徒が増えることは、護るべき対象が増えるというマイナスにも繋がるが、数が多いからこそ相手も下手な行動を取ることは難しい、とはアザゼルの弁。

ましてや、そんな荷物を抱えて喧嘩を売るような真似はしないだろう、という常識に漬け込んでもいるとのこと。

何にせよ、ここまで来てしまったからには、なるようになれとしか言えない。

数が増えたからといって、やることに変わりはないのだから。

 

適度に修学旅行生としての立場を満喫しつつ、それとなく零の捜索に当たる。

だが、団体で行動している以上、視野も耳に入る情報も相応のものとなる。

チャンスがあるとすれば、それは自由時間。

これは、学年を問わない行動が許されており、一種の親睦を深める行事として、小猫が一誠達と行動を共にしていても不自然ではないように、アザゼルが采配したものだ。

当然、一般生徒の行動範囲は、妖怪とは関わることのない表の領域までとしている為、万が一一誠達が妖怪と接触しても、二次被害が訪れるようなことはまず無い。

ここまでしてようやく、ある程度気兼ねない行動が取れる。

しかし、ここまでは準備段階。ここからが本番なのだ、気を抜くことは許されない。

 

とは言え、だ。

駒王学園の生徒が修学旅行に訪れることなど、相手側も承知している。

その上で、悪魔が京都に訪れる際に、色々と融通の利かせてくれるフリーパス券なるものを発行しているのだから、あくまで修学旅行を楽しむだけならば、そこまで問題になることはない。……楽しむだけ、ならば。

 

「先輩……見つかるといいな」

 

「そうですね。アザゼル先生の情報を信じましょう」

 

隣に居るミッテルトに聞こえないような小声で、一誠とアーシアは会話する。

此度の修学旅行、その最大の目的は"有斗零が京都に居ることを突き止め、可能であるならば接触を図り合流を果たす"こと。

つまり、自分達のやろうとしていることは、フリーパスによって許可された領域を無断で踏み入る可能性が高い、不遜極まりない行為なのだ。

あくまで可能性ではあるが、恐らく都合良くは行かないだろう。

堕天使の元トップであるアザゼルの選りすぐりの捜索部隊が、ようやくの思いで影の先を掴んだだけともなれば、その秘匿性は窺い知れる。

偶然、なんて都合の良い解釈で煙に巻くのはナンセンスだ。

一般人ならいざ知らず、零は裏――即ち人外勢力からすれば、知る人ぞ知る傑物として名が広まっている。

名前は当然として、容姿に関しても割れているのは確実と見て良い。

報告によると、零と思わしき人間は決して何かに追われているとか、そう言った焦りを見せたりはしなかったとのこと。

それを信用するのであれば、零がその瞬間から以前に掛けて危機的な状況に見舞われてはおらず、ある程度の安全は保証されていたと推測できる。

 

だが、そこで新たな疑問が浮かぶ。

ならば何故、何のために京都に居たのか。何故此方に連絡を取ろうとしなかったのか。

出来ない理由があったのか、或いは別の要因があるのか。

考えうる最悪のケースとして、零が妖怪勢力に加担せざるを得ない状況に陥っており、自力での脱出が困難だと言う可能性が挙げられる。

今回の修学旅行にかこつけての捜索も、妖怪勢力に直接零の所在を問うことが出来なかったが故の苦肉の策でしかない。

もし、此方の懸念が真実であった場合、問いかけた時点で相手に多大な警戒を与えることになってしまう。

そうなってしまえば、零の奪還が困難になるどころか、更なる火種を蒔くことになりかねない。

もしかすると、零の力を利用して妖怪が何か画策しているかもしれない。

中立というのは、逆に言えば切っ掛けひとつで簡単に傾く天秤に他ならない。

風見鶏のようなスタンスを貫いている彼らが、腹の底では――なんてことも、決して有り得ない話ではないのだ。

それが彼らの本意では無いとしても、禍の団のような勢力が水面下で暗躍し、種火を与えてボヤを起こすなんて裏工作に巻き込まれた可能性だってある。

 

考えれば考えるほどにどツボに嵌まる、そんな負のスパイラル。

結果として、虎穴に入る選択をするのが、最もスマートなやり方となってしまったのだ。

もし妖怪勢力に後ろ暗いものがないのであれば、後に誠意を見せて謝罪をすれば大事にはならない筈だ。

だが、もしそうでなかったとすれば。尚更零を救出しなければならない。

利用されるにしても、彼の安全を確保するにしても、遠巻きから眺めているだけでは成し遂げることは不可能。

結局、自分達に出来ることは最悪のケースを避けることのみ。

自分達が被る被害に関しては、妥協しないことには始まらない。

アザゼルは零の価値は相対的に見て減少したような事を言っていたが、ペルソナを呼び起こす方法が現状ハッキリしていない上に、それを抜きにしても彼の戦闘力は脅威だ。

その強さを間近で見続けてきたからこそ、彼に魔の手が伸びることの恐ろしさが理解できる。

如何に能力が優れていようとも、彼は人間だ。

何かしらの方法でペルソナを使えなくなってしまえば、それで終わり。

そうでなくとも、彼の善性に漬け込んで行動を制限する、なんてことも可能なのであって。

最悪、解剖によるペルソナの研究――なんてマッド行為を受けるかもしれない。

神器の研究を銘打って、似たような事をやっている前例がある以上、妄想の類であると切って捨てるなんて出来ない

故に、迅速な安全の確認とその保証が欲しかった。

せめて一目確認するだけでもいいから、明確な情報が欲しい。

零もそうだが、ミッテルトの状態も同じぐらい危ういのを忘れてはならない。

時限爆弾が目の前にあったとして、解除できなければ何の安心も出来ないように、解決にまで持ち込まないと気を緩めることもままならない。

 

「どうしたッスか?」

 

「あ、いいえ。なんでもありませんよ?」

 

訝しむように二人の表情を覗き込むミッテルト。

ほんの少し小声で話しただけで違和感を持たれるのは、正直やりにくいとさえ感じる。

ミッテルトと行動を共にしている一誠達は、本丸から遠い位置を巡回する形で捜索を行っている。

万が一にでも悟らせない為、というのもあるが、赤龍帝である彼がこれ見よがしに不可侵領域に入ろうものならば、最大限の警戒は免れない。

その為、残りのメンバーが中心となって捜索に当たり、言い方は悪いが此方はミッテルトの介護が中心となっている。

 

「ふ~ん。兵藤一誠にエロい目に遭わされそうになったらすぐ言うッスよ。簀巻にして重し乗せて清水寺に突き落とすから」

 

「しねぇよ!?」

 

「うっさいハゲ、前科持ちに人権なんてないわ」

 

「少なくとも修学旅行中は何もしてねぇからな!?」

 

「三馬鹿の片割れ二つが女子風呂覗こうとした事、周知の事実だから」

 

「俺は無罪だ!アイツラが勝手にやっただけで、俺はマジで関係ないし!」

 

「余罪含めたら残当じゃない?」

 

「畜生、反論できない!馬鹿野郎、過去の自分馬鹿野郎!でも後悔してない!」

 

「マジ沈める?ねぇ、アーシア」

 

「あ、あはは……駄目ですよそんな。由緒正しき文化遺産を汚すような真似をしては」

 

「そこは止めてくださいませんかねぇアーシアさん!!」

 

女子二人に弄られ、白目剥きながら遠くを見つめる一誠の姿は、酷いように見えてその実周囲からはイチャイチャしているようにしか見えず、知らずヘイトを稼ぐ羽目になっているのだが、我が身に降りかかる心労で気付くことはない。

とは言え、ミッテルトも本気で罵倒しているつもりはない。こんなやり取り、以前からやってきたものと大差ない。

 

ついでに言えば、アーシアの白無垢のような言葉に煤が付き始めたのは、彼女がペルソナに覚醒してからになる。

当然と言うべきか、学内でもその片鱗は見せている為、一誠が何かしたせいだと非難轟々の嵐だったことは想像に難くないだろう。

とは言え、人は慣れる生き物であって。アーシアというガワを嵌めて見るからこうも騒ぎ立てられたのであって、一般的な感性で言えば、ようやくらしく(・・・)なったレベルの話だ。

例えるならば、そう。女の子が初めて化粧をしてみた時のような、子供だった自分を脱ぎ捨てるような、ちょっとした背伸びと同じ感覚。

一切の汚れ無き真白は、傍から見るだけならば見栄え良く映るが、その潔白さ故に誰もその色に干渉しようと思えなくなる。それこそ、余程偏執的な性癖でも抱いていない限りは。

その穢れなき白が稀有であると理解しているからこそ、それを残そうと誰もが遠巻きに眺め、腫れ物を扱うが如く愛でようとする。

その果ては、きっと孤独だ。

もし、アーシアがディオドラを治療せず、聖女として協会に属し続けていた未来があったとしたら、そうなっていた可能性は大きい。

 

しかし、今回の変化によって、その傾向は薄まりつつある。

微細な変化なれど、心境に与える変化は意外と大きい。

アーシアは、望んでその稀有な衣を脱ぎ捨てた。

それはひとえに、友人の為。

謂れのない罪で糾弾され、迫害された先で出会った、初めてのオトモダチ。

友好的とは言えない、どちらかと言えばフラットな関係。

無垢な少女は自らが贄であることを知らず、そんな哀れな運命を辿る事を知るが故に、非情になり切れなかった半端者の堕天使。

適当にあしらうことも出来ず、ほんの僅かだけ交流を深めた事がある、その程度の繋がり。

それが、今に至るまでの原点。

 

ほんの小さな気紛れと綻びが生んだ、かけがえのない繋がり。

有り触れて、それでいて得難い萌芽は、確かに彼女達の転機となり、運命を変えた。

不幸な末路を遂げる筈だった堕天使は、ヒトの温かみと力を。

魔女の烙印を押された聖女は、自らの内側を知ることで肉体・精神的に成長した。

しかし、山があれば谷が生まれる。

果ての見えぬ頂を登る苦しみも、底の見えぬ深き闇へ堕ちていくのも、等しく絶望であることに変わりはない。

必然、それに耐えられない者の末路は、得てして悲惨なもの。

健常者とは言い難い精神状態ではあるが、それでも日常生活を送る分には殆ど問題がない事を考慮すれば、ミッテルトはまだ救いようがある。

ならば、諦める理由にはならない。

二人共々取り戻す。この目標に、一切の変更は無い。

 

「――そういえば、清水寺で思い出したんだけどさ。あの噂のこと」

 

漫才を止め、再び歩き始めた折、ミッテルトがそう切り出してきた。

 

「噂って……アレか、『強く秘めていた想いが理想の形で叶う』とかっての」

 

「そういえば、そんな噂ありましたね……」

 

この噂は、零が失踪してからしばらくして駒王町に広まったもので、真相も出処は一切不明。

駒王町内でも、噂だけに留まらず僅かばかりながら体験者がいるとのこと。

眉唾物の情報だが、なまじ悪魔家業で似たような体験をしている為嘘とは言い切れない。

 

「うちの学園ではまだ実例が出ては居ないっぽいけど……これが真実なら、リアスはどうするのかしらね」

 

「さぁな……。部長にとっては、対岸の火事とは呼べない程度には噂が広がっているようだし、だからと言って実害が出てもいないのに行動を起こせるほど重い案件という訳でもなさそうだし、せいぜい警戒を強めるのが関の山ってところか?」

 

「禍の団って言う目の上のたんこぶが優先されるのも、まぁ当然よね。所詮噂は噂、そんなのにかまけて領地運営なんて夢のまた夢――」

 

言いかけて、ミッテルトは突如歩みを止める。

 

「どうしました?」

 

アーシアがミッテルトの顔を覗き込み、眼を見開く。

定まらない瞳の奥は、まるで靄が掛かったように濁っている。

そんな彼女は、アーシアなどには目もくれず、小声で何かを呟いている。

 

「――なきゃ」

 

「え?」

 

「――なきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ」

 

感情の篭もらない声色が呟くそれを前に、二人に怖気が走る。

魂の抜けた瞳は、まるで操られているかのように定まっていない。

 

「――ッ、待て!!」

 

瞬間、大地が爆ぜるかと思うような踏み込みと共に、ミッテルトは一直線に駆け出す。

ミッテルトの突如の変化という虚を突かれ、その距離は大きく引き離されてしまう。

慌てて追いかけるも、素の身体能力では長い年月を掛けて研鑽されたミッテルトには敵わない。

それだけではなく、彼女は自分自身だけのペルソナを得たことによって、ペルソナの能力相応の身体能力の強化を受けている。

例えるならば、パワードスーツ。身に纏うことで既存の肉体だけでは発揮できなかった身体能力を拡張出来る代物だ。

耐性に関してはペルソナ全書だけだった時も恩恵を受けていたが、言ってしまえばそれは服の役割を果たしていたに過ぎない。

寒い時には厚着をし、熱い時は薄布を纏う。状況によって適切な服を選び、それらの服がスキルという副次効果を持っていただけの話。

ペルソナとは、もう一人の自分。零とミッテルトの関係が特殊なだけで、本来はワイルドでも無い限り複数のペルソナは持てない。反則紛いの事をしていたことを考慮すれば、破格の性能であったと言えよう。

 

当然、そんな事情などこの場に居る誰もが知らない。

ミッテルトだけは、零との会話で聞いていた可能性はあるが、覚えていたとして説明できる状況ではなかった。

だが、決して糸口が無かった訳ではない。

それは、訓練によって培われた体力と身体能力を持つ一誠と、肉体的な訓練をこれまで一切してこなかったアーシアが並走出来ていることにある。

ペルソナの訓練と言う名目で、彼女も武器である旗を扱う訓練も行っていたが、予想を遥かに上回る実力を保持していたことに目を丸くさせていたことは、彼らにとっても記憶に新しい。

アーシアのスペックは把握していたが故に、その突然の強化がペルソナによるものだと結論付けたとしても、何らおかしな流れではない。

結局、現時点では率先してどうにかするべき問題ではないとして、今に至っている。

 

「くそっ、何処行くんだ本当に!」

 

一誠の感情が口から漏れ出る。

アーシアはそれに答える余裕は無い。身体能力は上がったと言えども、走る上での効率的な呼吸方法と言った部分ばかりはどうにもならない。

次第に二人の距離は少しずつ離れていくが、それでも手を伸ばせば届く距離に収まっている辺り、アーシアの努力が伺える。

そんな中ミッテルトは、山道を脇目も振らずに駆ける。

今彼らが登っているのは、伏見山の道なき道であり、山そのものは観光地の範囲内ではあるが、人の通るように整地されていないこの場所に於いては例外となってしまう。

その事実に誰も気付いていない。気に掛ける余裕自体が無い。

仮に気付いていたとして、止めることが目的ならば結果はそう変わることはないだろうが、それでももう少し上手く立ち回れただろう。

ただ必死に背を一心不乱に追いかける二人だが、一向に距離が縮まる様子もない。

そんな歯痒さを抱えながらの追いかけっこに、突如変化が訪れる。

 

「――待て、そこな者達よ!」

 

幼いながらも凛とした声色が響く。

反射的にその声に従い、走るのを止める。

予想外だったのは、あれだけ此方を無視して走っていた筈のミッテルトも止まっていたことだ。

 

「余所者が人跡場で、何をしていたのだ?答えよ」

 

何かを堪えるような、噛み締める言葉と共に影からその姿を現したのは、獣耳を生やした金の髪と双眸を宿した少女だった。

容姿の雰囲気から察して、狐の妖怪だろうか。そんな些細な疑問に思考を逡巡させている内に、自分達が囲まれている事実に遅れて気付く。

烏天狗のような出で立ちからして、ここが完全に妖怪のテリトリーなのだと証明している。

警戒を通り越しての敵意。質問ではなく尋問に近い脅迫。

下手を打ったことは認めるが、それにしたって過剰な人員ではないだろうか。

 

「ま、待ってくれ!不注意だったのは謝る。だが、俺達は別に――」

 

「別に、何だというのだ。しらばっくれおってからに!」

 

怒りに身を震わせる少女の恫喝に、一誠が怯む。

その感情の発露が理解できない。

領土の重要性などてんで知らない一誠達からすれば、この少女の怒りが真に正当なものなのかさえ判断がつかない。

 

「しらばっくれるも何も、俺はただコイツを止めようとしただけで」

 

「止める?何故このような場所に態々訪れる理由があると言うのか?ここが相互不干渉地帯だと知らないとは言わせないぞ、悪魔よ」

 

「くっ……」

 

どうやら、悪魔であることはバレバレらしい。

こっちに悪意がないとはいえ、少女の言うとおり不干渉地帯に他種族が無断で侵入すれば、警戒されて当然だ。

これならば、堂々と正面から入ったほうが余程マシだ。

 

「さて……言い訳は仕舞か?ならば、返してもらうぞ――母上を!!」

 

「は?母上、って――」

 

少女の号令と共に、烏天狗達が一斉に飛びかかってきた。

圧倒的な数を前に圧倒される未来が刹那に過る。しかし――

 

「邪魔を――するなぁ!!」

 

突如、人形のように固まっていたミッテルトが、堰を切ったようにペルソナを顕現させ、瞬間的に集めた魔力を開放させる。

宵闇色の雨が頭上から降り注ぐ。それは、ディオドラにさえも痛烈なダメージを与えた魔法と同色のものであることを、込められた魔力が証明していた。

大地を穿つ宵闇の槍衾は、奇跡的にも誰に直撃すること無く、その余波だけで烏天狗を一掃した。

 

「つ、つええ……」

 

格上ばかりを相手にしていたこともあって、分かりにくかったミッテルトの実力が、この瞬間ようやく浮き彫りとなった。

ミッテルトの強さは、一足飛びなんて表現は烏滸がましいレベルで上昇している。

烏天狗は、此方の見立てでは決して弱くはない。

如何にもやんごとない身分の少女の護衛として数えられているのだ。

質より数に重きを置いていたとしても、肉の壁にしかならないような有象無象のままにする筈がない。

だからこそ、ミッテルトの一撃が彼我の戦力差がどれほどのものかを嫌でも証明する手段となる。

 

「くっ――だが、この程度想定の範囲内よ!」

 

少女の宣言通り、五行の陣が倒された烏天狗の足元に展開されたかと思うと、交代するようにして新たな烏天狗が現れた。

折角ミッテルトが殲滅してくれたのに、状況は一切改善していない。

繰り返せば逃げるぐらいは出来るかもしれない。だが、あの制御不能なミッテルトを確保しつつ、この包囲網を突破しないといけないと考えると、現実的ではない。

 

「ま、待て待て!俺達はお前のカーチャンなんて知らない!!」

 

「まだ言うか!」

 

此方の言葉は少女には届かない。

場を収めるにしても、最早対話の段階は超えている。

明らかに勘違いをしている。だが、面倒なことに此方の立場は清廉潔白とは言い難いのも事実。

壊滅的なまでに間が悪かった、としか言いようがない。

 

烏天狗は、号令が無い為か包囲網を崩すことなく距離を保っている。

ミッテルトはミッテルトで、明確な敵意がなければ攻撃する様子はない。

人形と表現したが、どちらかと言えば機械だ。特定の外的要因(プログラム)によってのみ反応する、機械人形。

少女はミッテルトを主に警戒しつつ、号令の機会を伺っている。

少女もミッテルトの反応から察したのだろう。悪戯に藪を突くような愚は犯さないらしい。

しかし、そうなると形成は圧倒的に此方が不利。

ここから更なる増援が来てしまえば、ミッテルトの殲滅能力を超えた数で圧倒されるだけだ。

何か、何か手はないか。それこそ、誰にとっても思考の埒外の、起死回生の一手があれば――

 

「――イッセー君!!」

 

瞬間、光と闇の極光が迸る。

包囲網の一角を抜けて現れたのは、聖魔剣を両手に携えた木場だった。

 

「邪魔、です!」

 

次いで小猫が、戦車のパワーを利用した烏天狗の弾丸で、他の烏天狗共々薙ぎ倒していく。

外部からの予想外の乱入者を前に、為す術もなく一掃される妖怪勢力。

 

「みんな!どうしてここに。それと、ゼノヴィアとギャスパーは!?」

 

「なんでも、塔城さん曰くこの一帯に微かに姉の匂いを感じたらしくて、どうにかして確かめたいと言っている間に、膨大な魔力の流れを感知したものだから、もしやと思ってね。それと二人なら状況を察してくれたのか、アザゼル先生やロスヴァイセ先生に話を通すと言って、そちらに向かってくれた」

 

小猫の姉、と聞いてあの豊満な肢体と黒髪を思い出す。

確か、禍の団の一員だと聞いていたが、もしかしてここに禍の団がいるのだろうか。

 

「何にせよ、助かった!それと、あの女の子の説得がしたい。正直こうなった以上望み薄だけど、どうやらあの子の母親が行方不明――と言うか、何者かに攫われたらしい。それで、俺達が主犯だと勘違いされてこうなってるんだ」

 

「……事情は理解しました。ですが、先輩の言うとおりあの様子では」

 

ひと暴れ終えた小猫が一誠の傍へと寄る。

アーシアも騒動のどさくさに紛れて、ミッテルトの手を引いて此方に固まってくれたので、どうにか護れそうだ。

 

「――やはり、強いな。そうでなければ、母上を攫うなど不可能である以上、予想はしていたが」

 

「だから、俺達の仕業じゃ――!!」

 

再び反論を述べようとした瞬間――世界から一瞬、音が消えた。

呼吸器官を無理矢理絞られ、背中には氷をぶち撒けられたような形容し難い感覚に、俺達は支配されていた。

少女の背後から、ゆっくりとした足取りで何かが近付いてくる。

草を踏み分ける音が、こんなにも恐ろしく感じる日が来るとは思わなかった。

 

一歩も動けないままに、それは姿を現した。

大正時代にあったような漆黒の学帽と外套を身に纏う男。その腰元には一本の刀を帯刀しており、その隙の無さから歴戦の武人であることが伺える。

その表情は学帽と太陽の翳りから全容は伺えないが、此方に向けられる敵意が、この男が自分達の敵であることを嫌でも証明していた。

 

「お主、何故来た!これは主とは何の関わりも無いのだぞ!!」

 

「――然れども、此方は大恩を抱えた身なれば。この一刀を以て恩を返すことに、何の憚りがあろうことか」

 

男は、そう少女に返すと、淀みのない動作で抜刀し、切っ先を此方へと突き付けてくる。

 

「それに、仮にも貴方に仕えている立場故、後方で指を咥えて待てという方が不自然ではないだろうか」

 

男の優しく諭す言葉を前に、少女も返す言葉が見つからないのか、悩ましく唸るだけに終わる。

それを期と見たのか、男は一歩前へと此方へ近付いてくる。

俺達は、それに対して一歩後ずさる。迎撃ではなく、逃げの一手を本能が告げている証拠だった。

ただ一人の例外――ミッテルトだけは、一歩前に進んでいた。

 

「嘘……でしょ」

 

人形のようになってから、初めてミッテルトは自意識で言葉を発した。

それは、彼女の脳内を満たしていた靄を振り解くには、充分な衝撃であったが故に。

 

「――この気配……まさか!」

 

小猫が無意識に口にした言葉の通り、小さな影が男の影から飛び出し、足元に寄り添った。

影の正体は、黒猫。

その姿は、小猫にとって忘れられない思い出の象徴。

別離してから出会うのはニ度目。しかし、出会う度に目まぐるしく変わる立ち位置に、その真意が掴み取れない。

 

何故、貴方がそこにいるのか。

何故、またこうして姿を現したのか。

また――敵同士なのか、と。

 

「――どうして、どうしてですか!」

 

引っ掻き回され続けた心は、遂に決壊する。

涙混じりに叫ぶ彼女の問いに答える者はいない。

男の傍らに座する黒猫は、ただ目を伏せて沈黙を貫く。

語る舌を持たないのか、語る言葉が思いつかないだけか。

いずれにせよ、沈黙は小猫の感情を逆撫でするに留まらない。

 

「貴方は、何がしたいんですか。答えてください、姉さん!」

 

その黒猫は、小猫の姉である黒歌が化けた姿であった。

幼き頃に艱難辛苦を乗り越えた仲だ。絶対に間違える筈もない。

それでも、姉と呼ばれながらも黒歌はただの一度の肯定もしない。

何も言わないまま、ただ懺悔するように頭を下げ続ける姿を見て、小猫の苛立ちが加速する。

 

沈黙を破ったのは、昇る太陽によって照らされた男の全容だった。

俯き加減だった顔は、徐々に真正面を見据えられる。

学帽によって遮られていた表情が顕になった時――誰もが、絶句した。

 

忘れるはずがない。忘れられる訳がない。

――何故なら、この場に赴いた原因が、そもそもこの男を取り戻すことにあったのだから。

 

「嘘だって言ってよ、ねぇ――有斗零(・・・)!!」

 

ミッテルトは、愛しい者の名前を内包するありったけの感情と共に吐き出す。

そう。他の誰もが忘れても、彼女だけは絶対に忘れない。

虚構の現実に支配されていた姿など、最早影も形もない。

喪った痛みは、目の前の真実で満遍なく満たされた。

だが、それでも。互いの立場が元通りではない現実だけは、認めたくなかった。

目の前で、愛した人が自らに刃を向けて仇なしている現実は、喪ったと思い込んだ時よりも、彼女の心を乱していた。

 

何故、何故、何故?

自分達の知る有斗零なら、こんな事は絶対にしない。する訳がない。

では何故、彼は自分達にこれ程の敵意を抱いている?

向けられる感情と刃の意味を理解するには、何もかもが突拍子もない。

混乱が混乱を呼び、混迷を極める思考。

しかし、彼は考える余裕など与えてはくれない。

それどころか、更なる爆弾を投下した。

 

「――()は、十五代目(・・・・)葛葉ライドウ。有斗零など知らないし、彼女も黒歌などではなく、ゴウト。大切なパートナーだ。君達など、知らない」

 

吹きすさぶ風と共に告げられた言葉は、余りにも荒唐無稽で。

だけど、それが嘘を吐いているようには聞こえなくて。

 

「――――、え?」

 

辛うじて、そう呟くことしか出来なかった。

その簡潔なまでの呟きは、一誠達の総意だった。

 

「汝らは言ったな。彼女の――九重の母君を身を攫ってはいないと」

 

問い掛けと共に膨れがあるプレッシャー。

どこまでも無慈悲な流れは、決して止まらない。

この場は最早、ライドウに支配されたも同然。なればこそ、他者の意思をどう扱おうとも思うがまま。

ミッテルトを、オカルト研究部の仲間を知らないと言い切った以上、互いに残ったのは己が立場だけ。

 

「ならば、何故妖怪の領域に足を踏み入れた。不可侵領域である筈のこの土地に干渉した時点で、汝らの証言など灰色でしかないと理解した上で、なお自らに非はないと言い切れるか?」

 

「――そんなこと、どうでもいい!!」

 

叫んだのは、ミッテルトだった。

彼女にとって、ライドウの問答には何の価値はない。

そんなことよりも、聞きたいことが沢山あるのだ。

戦争一歩手前の一触即発の事態という瑣末事(・・・)にかまけている余裕などありはしないのだ。

 

「ねぇ……なんでそんなこと言うの?私のこと嫌いになっちゃったの?だったら謝るから、改善するから」

 

縋るような目で見上げ、一歩前に足を運んだ瞬間――ライドウとミッテルトの間に一陣の風が吹いた。

この場にいるただ一人――ライドウを除いて、その強風を前に思わず顔を隠してしまう。

 

「――双方、引きなさい!!」

 

風の吹いた中心から、凛とした声が響いた。

 

「……貴方は」

 

そこに居たのは、つい先日駒王学園の教師として派遣されたばかりの女性。

アースガルズの主神であるオーディンの側仕えのヴァルキリーである彼女の名は――

 

「ロスヴァイセ――先生?」

 

「……ゼノヴィアさんとギャスパー君が慌てて私に報告を入れてきたから何事かと思いましたが、随分と事を荒げたものです。あれほど言葉を重ねたというのに」

 

「――すいません」

 

ミッテルトもロスヴァイセの介入でクールダウンしたのか、素直に謝罪の言葉を述べた。

 

「お主、見たことがあるぞ。オーディンの側近が何故介入する」

 

狐の少女は、ロスヴァイセに怯むこと無く疑問を発する。

 

「やむにやまれず、です。どうやら、双方に意見の食い違いがあるにも関わらず、有耶無耶にしてよりややこしくしそうだったので。如何に兵藤君達に否があると言えども、その怒りが別件によるものだとすれば筋違いも良いところ。なればこそ、意見を擦り合わせられる第三者の介入が必要だと判断した次第です」

 

「ふん、言いよるわ。その態度からして、悪魔側の片棒を担いでいる癖に」

 

「立場としては彼らよりであることは否定しませんが、今の私はあくまでも中立としてこの場に立っています。此方としても、無意味な戦が始まることは望んでいませんので」

 

「その言葉、何を以て信に足るものとする?」

 

「我が主、主神オーディンの名に誓って。ご不満なら、正式な契約を結びましょうか」

 

「……我ら化成の者は契約によって縛られる。戦乙女とて、主神の名を証と立てればこれを違えることは許されん、か。だが、そこの悪魔共が手を出さない理由はあるまい」

 

ロスヴァイセが微かに眉を顰める。

互いに立場というものがある以上、交渉事で謙るのは自らを不利に貶めるだけ。

しかし、譲歩を待っていっては何も進展しないどころか、状況から言ってどうしようもなくなる。

 

「――なら、俺、赤龍帝の魂ならどうだ」

 

故に、ジョーカーを切るしかなかった。

 

「イッセーさん!?」

 

「君は何を――!!」

 

アーシア達の動揺を他所に、一誠は少女とロスヴァイセを交互に見やり、言葉を続ける。

 

「俺の魂なら、ベットする価値は充分だろ?」

 

「ふむ……貴様がな。畑の無い案山子のように突っ立っておっただけ故、気付かんかったぞ」

 

「ぐっ……」

 

生意気な子供だ、と言う言葉を必死に呑み込む。

ここで下手なことを言って機嫌を損なえば、それこそ元の木阿弥だ。いや、それ以下か。

 

それに、事実でもある。

リアスや姫島が居ないこの場において、教諭を除いて最も上に立つ者は、赤龍帝である兵藤一誠に他ならない。

たとえその肩書不相応な実力であるとしても、旗印としては最も適切であることは疑いようもない。

リアスにとっても、これから嫌でも高まっていくであろう兵藤一誠という名に相応しい在り方を指導する上で、他者を率いる事を教えるのは決して吝かではなかった。

今回のような、上級生不在の状況はお誂え向きであったからこそ、それとなく一誠には事情を説明していた。

求めていたことはただひとつ。不謹慎ではあるが、ミッテルトの手綱を握ることだった。

不安定な状態の彼女が何かやらかさない為にも、監視を怠らないようにと。それこそ、普段皆でやっていたことの延長線上を歩かせたに過ぎない。

結果としては大失敗に終わった訳だが、だからと言って立場を放棄して良い理由にはならない。

 

ミッテルトだけではない。アーシア、木場、小猫、ゼノヴィア、ギャスパーだって護る対象だ。

この腕が届く距離は未だ目に見える範囲、その一握りだけ。

それを理解しているからこそ、一誠は躊躇いもなく自分を賭けた。そうすることで、皆の安全が保証されるならば、と。

そう――それは、人間の身でありながら死地に赴き幾多の生命を救ってきた、有斗零の生き様に類似していた。

 

脆く儚い肉体に宿る強大な力を巧みに操ってきた人間。

強大な力を宿しつつも、未だ十全の力を扱えない悪魔。

 

果ては遠いだろう。視界に収めつつも、決して掴めない蜃気楼の如く。

しかし、辿り着けない訳ではない。それどころか、極めさえすれば追い越すことだって不可能ではない。それが、赤龍帝が、赤き龍が最強と呼ばれた所以。

だからこそ、自身が彼らの前に立たなくてはならない。

自惚れでも何でもなく、それが力を得た者の宿命なれば。

今まで頼り切りだった先輩が、ここにはいないから。

 

「――それで、どうなんだ!」

 

声は少女へと。視線はその傍らにて刀を構える葛葉ライドウへと。

 

目の前の、ライドウと名乗った有斗零と瓜二つの青年。

毎日のように顔を合わせてきたというのに、その真贋の区別に至らない程に、その容姿は一致している。

誰よりも零に陶酔しているミッテルトでさえも、果たして区別できているのかどうか。

ミッテルトの反応だけを見るならば、彼は紛れもなく有斗零であろう。

しかし、返す刀は敵対の言葉。ましてや、此方の事など知らないとさえ言い切った。

何が真実なのか、何が嘘なのか。考えた所で答えは出ない。

ただひとつ。目の前の男が、有斗零と遜色ない強さを秘めているという、ドラゴンを宿した己自身から出る直感以外は、何一つとして信頼できる情報が無かった。

 

「――ライドウ、刀を降ろせ」

 

「承知」

 

軽い溜息と共に、ライドウへ指示をする。

ライドウは一寸の迷いもなく刀を鞘に戻し、同時に場を支配していた緊張が一気に弛緩した。

 

「良かろう、存分に語り合おうではないか。どうせ、貴様らが束になったところでライドウには敵わんだろうしな」

 

ふふん、と勝ち誇った表情で無い胸を張る少女。

それを見て滅茶苦茶不機嫌そうな顔をするミッテルトを、アーシアと小猫が宥めている。

 

「語らうにも、相応の場が必要だろう。離れではあるが、此方の屋敷に案内しよう」

 

「……いいのか?それで」

 

まだ此方を信用し切っていないと言った態度と、懐に入れようとする行動がどうにも噛み合っていない。

顔に出ていたのか、少女は此方の意図を読んで涼しげに語る。

 

「逆だ。貴様らが未だ信用ならんからこそ、招き入れるのだ。母上の件は完全に油断から来るものであったが、今は万全を期している故、此方のほうが寧ろ都合が良いのだよ」

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って奴か」

 

「それ、使い方間違ってるよ」

 

木場にさらりと突っ込まれ、一気に空気が寒くなっていく。

 

「……それに、貴様のような阿呆が頭を張っているならば、御しやすいというものだ」

 

「なっ――!言ったなチビ!!」

 

「言うたともさ。言われるのが嫌ならば精進せい、力も、頭もな」

 

大凡少女らしからぬ笑い方と共に身を翻すと、そのまま山奥へと歩き出した。

ライドウも無言でその後に付いていく。

 

「付いてこい、ってことなのかな」

 

「でしょうね。それで、どうします?」

 

「行くに決まってるだろ、当然」

 

「それは勿論ですが、この場は状況をアザゼル教諭に伝えるのも大事ですね。この一帯は魔力を阻害する結界が張っている為、通信は無理ですし。そうでなくとも今の状況で魔力を扱うのは相手の神経を逆なですることになります」

 

一誠の気概を前に、正論を叩きつけるロスヴァイセ。

冷水をぶっ掛けられたかの如く、一誠の湯だった思考が落ち着いていく。

ここに来て、あの少女に完全に手玉に取られていたことに気付く。

 

「中立となった手前、私は当然向かわなくてはなりませんし、兵藤君も然りです。後は、最低限の戦力だけに留めたほうが心象は良くなるでしょうし、二人ぐらいがちょうど良さそうですね」

 

「なら、私が行きます」

 

即座に立候補したのは、小猫だった。

やはり、あの黒猫――黒歌のことが気掛かりなのだろう。

 

「……ミッテルトさん」

 

「……私は、いい」

 

半ば茫然自失となっているミッテルト。

予想外にも、彼女はそれを拒否したのだ。

 

「いいのか?」

 

「いい。少し、ゆっくりしたいから」

 

そう言って、山道をおぼつかない足取りで降りていく。

 

「なら、彼女には僕が同行しよう。騎士である僕ならば、彼女を抱えて素早く逃げることも出来るし、万が一の情報伝達役としても適任だろうしね」

 

「すまん、頼む」

 

木場の心遣いで、残ったのはアーシアのみとなった。

一昔前の彼女ならば不安もあったが、今では自衛もこなせる回復役として、とても優秀な能力を持っている為、寧ろ適切であるとさえ言えるだろう。

 

「……多分、ミッテルトさんは心の整理が付いていないんだと思います。ライドウさんが零先輩かどうかは別としても、あんなにそっくりな人に敵対されて、武器を突き付けられて――そんなの、苦しいに決まっています」

 

アーシアの吐き出すような言葉が、皆に重く伸し掛かる。

今、ミッテルトの心の支えとなるものは、無い。

薄情な言い方になるが、精神的に最も心を許しているアーシアでさえも、代わりには欠片もなり得ない。

有斗零という存在が如何に存在レベルで偏重しているかが、よく分かる。

 

拠り所を失い、心休める暇も無い状況下で、徹底的に打ちのめされてしまえば、ああもなる。

寧ろ、あの薄氷のような精神力で、二度目の崩壊が起こっていないことこそ奇跡と言えた。

 

「……ともかく、俺達に出来ることをやろう」

 

「そうですね。ライドウを名乗る彼が何者なのか、姉さんが何を考えているのか、当然此方の誤解を解くのも先決ですし、やることは山積みです」

 

「全く、とんでもないことになったな」

 

「愚痴を吐く前に歩きましょう。あまり待たせても相手の機嫌を損なうだけよ」

 

ロスヴァイセに促され、それぞれの想いを胸に一行は妖怪の本拠地へと歩を進めた。




Q:狐少女、こんな喋り方というか性格だったっけ?
A:これも全部ライドウのせい。

Q:小猫もメンタルダメージキテル……
A:小猫のメンタルは高野豆腐ぐらいはあるからへーきへーき。なおミッテルト。

Q:イッセーが精神的に成長している……だと?
A:すげえ!コイツ温泉覗いてないぞ!!

Q:ロスヴァイセなんかかっこよくね?
A:彼女は悪魔じゃなくて今も戦乙女だからね!頼れるおねーさんだよ!!


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第三十九話

魂の咆哮から一年と半分越しにアストルフォきゅんがうちのカルデアにお出迎えされた記念に、さっくりと制作。最初からやれ(迫真)
投稿するならFGOの方じゃないかって?……気にするな!

なお、文字通りさっくりなので描写安定してなかったり矛盾あったりするかも。


静謐さの中に渦巻く緊張の波が、三十畳程ある和室内に波及している。

妖怪も、悪魔も、戦乙女も。誰も彼もが、内に緊張感を宿し向かい合っている。

 

狐の少女――九重に言われるがままに付いてきた一誠達は、指定された通り妖怪の本拠地、その離れに案内された。

当然ではあるが、その監視の目足るや針の筵と言うほか無い。

九重曰く、母親を攫ったのが一誠達であるという疑惑もさることながら、不法侵入という余罪も含まれているともなれば、当然の対応である。

 

「……ふむ、なるほどのう」

 

簡易的な高座にて、脇息に肘掛け頬杖を付く九重。

傍らには、刀を畳に置き正座をしているライドウと、その膝にて丸くなっているゴウトがいる。

一誠達は十メートルは離れた距離から九重と対面しており、その中間程の位置、両者の視界に収まらない程度に距離を離してロスヴァイセが座っている。

 

直接この場にはいないが、相変わらず一誠達への監視が途絶える様子はない。

寧ろ一層視線の数が増えたと言っても良い。

必要措置とは言え、一誠達からすれば半分は冤罪であることはハッキリしている以上、その過剰なまでの罪人扱いは不機嫌を煽るだけに留まらない。

この監視は九重の指示によるものではなさそうだが、だからと言ってそれを咎める様子もない九重に罪がないとは言えない。

 

そんな一触即発の空気の中、話し合いは始まった。

 

「して、一誠とやら。お主らが母上を攫っていないという発言、真なるか?」

 

「ああ。そもそも、俺達はお前のカーチャンなんて顔も名前も知らないし、攫う動機がない」

 

「ならば、お主らは何故に京都に訪れた」

 

「……修学旅行だよ。俺達、悪魔やってるけど人間界じゃ一介の高校生だから、行事として行われれば参加するのが普通だろ。このフリーパスが、一応証拠になると思うけど」

 

一誠は自分のフリーパスをポケットから出すと、妖怪の術か何かでフリーパスを手繰り寄せられ、九重の手元へと収まる。

 

「ふむ、偽装の手入れは確認出来んな」

 

「このフリーパスって、正式に認可されることでしか発行されない代物なんだろ?それが本物だって分かれば、少しは疑念は晴れると思うけど」

 

「……そうさな。しかし、主らがこの土地に足を踏み入れたのは何かしらの目的があってのことだろう?そうでなくては、火事場泥棒よろしく裏口からの侵入なんてする理由があるまい」

 

「それは――」

 

「まぁ、理由も大凡理解している。ライドウのことだろう?」

 

その問い掛けに、ライドウの閉じていた瞳がゆっくりと開かれる。

双眸から向けられる視線の色は透明。感情の乗らない、ただ映るだけの硝子玉のように淀み無い視線。

 

有斗零も無表情ではあったが、無感動であるかと言われればそうではない。

分かりにくいなりに、彼には喜怒哀楽が確かに存在していた。

対して、そんな彼と瓜二つなライドウは、まるで此方に対して人間らしい感情を抱く気配が無い。

別人だと言われれば納得してしまう程度には、記憶に残る姿とは程遠く、それが何よりも恐ろしく感じる。

そうか。これが、ミッテルトの抱いていた感情なんだと。

知人に瓜二つの相手から硝子玉のような瞳で見られることが、こんなにも心を掻き乱すなんて思いもよらなかった。

 

本当に別人であれば、それでいい。不安も解消され、憂いなく割り切ることが出来る。

だが、その希望は次の九重の言葉によって容易く断ち切られる。

 

「――まぁ、隠すことでもあるまい」

 

九重は横目にライドウ――いや、ゴウトと呼ばれていた黒猫と視線を重ねる。

ゴウトは小さく頷くと、九重も同じく頷き、一呼吸置いて此方へと視線を元に戻した。

 

「まず、ライドウだが――此奴の素性はハッキリ言ってしまえば、知らん」

 

「……はぁ?」

 

その解答に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

後ろに控えている二人も、程度の差こそあれど同じ感想を抱いているだろう。

何せ、側仕えに置いている相手の素性を知らんと切って捨てるなんて、誰が想像できる?

思惑あってのことなのかもしれないが、九重が相当な傾奇者であることは間違いないだろう。

 

「何から話せば良いか、ライドウとゴウトと会ったのは一ヶ月程前のことだ。余は本家の庭先を散歩していた所で、日課でやっている鯉の餌やりにでも勤しもうと向かった先に、その池に浸かっていたライドウを発見したのじゃ。ゴウトはそんなライドウを必死に岸に上げようと、その小さな口で引っ張り上げようとしていたな」

 

「小さな姿でって……姉さん?」

 

小猫の小さな呟きに、ゴウトは僅かに耳を反応させるも、それ以上の動きはない。

 

ゴウトの正体を確信している小猫にとって、彼女の行動は不自然極まりなかった。

何故、人型にならずに救助しようとしていたのか。

今もそうだ。一向に猫の状態から姿を変えようとしない。

自分の前で姿を晒したくないのならば、それもいいだろう。

だけど、彼を助けようとしたにも関わらず不利な姿を維持していた理由は何なのか。

聞いている通りならば、ちぐはぐにも程がある行動。何か理由があるとしか考えられない。

 

「余は誰の応援も呼ばず、自力でライドウを引っ張り上げ、あろうことか秘密裏に使われていない納屋に匿った。……自分でも、何故そのような愚行を起こしたのか分からぬ。それでも、それが間違いで無かったことは今の姿が証明しておる」

 

改めて、九重とライドウを観察する。

一ヶ月という僅かな期間。その間にどれだけ密な関わりがあったのかは定かではないが、それでもやんごとなき身分の側仕えとなるなんて、普通じゃ考えられない。

だが、遠巻きに眺めているだけで分かる、二人の間を繋ぐ信頼が、それを成し遂げたのだと言うことだけは、ハッキリと伝わった。

 

……ミッテルトがこの場に居なくてよかったと、心から思う。

こんな――まるで生まれた時からずっと共に過ごしてきたかのように自然体な在り方を見せつけられてしまえば、どうなってしまうのか。

唯でさえ不安定な精神が、いつ決壊しても不思議ではない。

 

「三日。余は見回りの者や母上の目を掻い潜って、ライドウの看病をした。酷くうなされ、三日の間一度とて目を覚ます様子はなかった。看病とて、そんな事をした経験は一度もなく、だからとて誰かに聞けばそこから端を発して不審を持たれる可能性があった故、兎に角手探りだったのう。汗を拭くぐらいならどうにでもなったが、流石に濡れた服を着替えさせるのは骨だった」

 

「……ん?」

 

一誠は首を捻る。

ちょっと待って欲しい。今、着替えさせたと申したか。

見た目幼女な子供が、身の丈二倍近くある男を。

装飾を抜いて言えば、女が男の裸を見た、と。

 

「なんじゃ、赤龍帝。間抜け面なんかしてからに」

 

「いや……つまり、貴方はせんぱ――ライドウさんの裸を見た、と」

 

「如何にもその通りじゃが、何か問題が?」

 

「いや、医療措置だからやましいことは無かったのは分かるんだけど、本人がいるのにそういうこと言うのは……」

 

恐る恐る、ライドウを横目に見やる。

しかし、ライドウは一切の動揺を見せることなく正座を維持している。

こういうことで一切動揺しないのは、零先輩と似ているようでやはり違う。

部長や姫島先輩にからかわれている姿を見たことがあるが、感情の起伏は少ないながらも、多少の動揺はあった。

とは言え、そのやり取りは部長達に依存し、先輩自身に変化があった訳ではない。部長達がボディランゲージで先輩を誘惑するとかいうマジで羨ましい状況ではあったが、先輩はそれをあしらうだけ。

同じセクハラされる、という状況でも反応は大分違う。真面目な場だから、という可能性もあるから、一概に別人と決めつけることは出来ないが、判断材料にはなる。

 

「まぁ、無駄な部分ではあったな。しかし、ふんどしを履かせるなど初めての行為故、慣れない体験をさせてもらったという点では感謝だな」

 

「……ぱーどぅん?」

 

「なんじゃその珍妙な言葉は。日本語を話せ日本語を」

 

「だって、ふんどしって、下着……えぇ……」

 

そういうことは、だ。

見た、というのか。アレを。

男の象徴、そして格を決めつける一本の剣を。

そしてその事実を、公衆の面前で告げたというのか。

 

「はうう……」

 

「……」

 

アーシア達も察したのか、顔を真赤にさせている。

 

「初よな、お主らは。別段気にすることもあるまい、なぁ、ライドウよ」

 

「然り。この身は衆目に曝け出すことを憚るような粗削りに非ず。九重が望むのであれば、この衣服の一切を脱ぎ去り、大衆の前にて身ひとつになることも辞さない覚悟」

 

「なっ――」

 

大真面目に、遊びの無いトーンで。ライドウは、言ってのけた。

不覚にも――その良くわからない男らしさに、感動している自分が居た。

 

「そんなことはせぬわ、戯け。……とまぁ、余としても予想外だったのが、この忠誠心よ。確かに看病したりその後の安全の保証から何やらまで色々根回しをしたのは余だが、それにしたって行き過ぎているきらいがある。余としては、もう少し壁のない関係を望んでいるのだがな」

 

「はぁ……。取り敢えず、流れで色々と端折られて説明されたが、つまりは『ある日突然現れた記憶喪失の青年と黒猫をライドウ、ゴウトと名付けなんやかんやあって今に至る』って認識で良いのか?」

 

「そうだ。別段、過程は重要ではない。今重要なのは、お前さんが言う知り合いとライドウが同一人物であるかどうかの確認だろう?」

 

「ああ。それで、どうなんだ?」

 

「どうも何も、余はその件に関しては半ば部外者よ。側仕えに置いてはいるが、邂逅以前の人となりに関しては一切関与していない故な。知りたいというのならば勝手に調べれば良い。ただし――」

 

「ただし?」

 

「許可を取るならば、ゴウトの許可を取れ。奴が良いと言うのであれば、此方としても否とは言わぬ」

 

九重の言葉で、視線が一斉にゴウトへと向けられる。

煩わしそうに毛繕いを軽くこなした後、ゴウトはおもむろに部屋から出ていく。

小猫の横を通り過ぎる瞬間にも、ゴウトは此方に視線を合わせることはなかった。

明確な拒絶の意思。その真意はどこにあるのか。

その後姿に付いていけば、自分達の知らないここで起こった一ヶ月の空白を埋める情報と共に答えは得られるだろう。

 

「……そら、何を呆けておる。話は済んだ。後は当事者で自由にやるがいい。だが、会話は私有地の中でな。目の届かぬ所で身内を害されるなんてあってはならぬからな」

 

「――あの人は、貴方の身内ではありません!!」

 

小猫は、あらん限りの言霊を以て堰き止めていた感情を吐き出した。

しん、と静まり返る空間に、呼吸を微かに荒げた小猫の吐息の音だけが響く。

 

間違える筈もない。この世界で唯一人残された身内。

何年も離れ離れになっていても、ただの一度で正体を看破したのはお互い様である筈なのに。

まるで赤の他人のように振る舞う、ゴウトと呼ばれた姉への感情が、小猫の中に残っていた絆さえ断ち切らんとした一声を以て、遂に爆発したのだ。

 

「……それを言うべきは、余ではなかろう」

 

「――――ッ」

 

「お前達の仲が何なのか詮索するつもりはない。ゴウトも身の上を頑なに話さなかった故、な」

 

「ライドウさんはともかく、そうではない彼女さえも何の制限なく匿い、あまつさえ身内だと言うのですか」

 

「何者かは知らん、が――同じ日の本に生まれた(あやかし)であることは分かる。ならば、同胞(はらから)も同然よ」

 

「……それが、例え悪の道に逸れた者であろうと?」

 

「然り」

 

九重の迷いの無い、澄んだ瞳を前に小猫は気圧される。

自身よりも圧倒的に幼いであろう少女に、心で負けている。

その迷いの無い回答が、まるで自分との差――姉への理解、信頼を決定付けているようで、悔しかった。

千々に乱れていく心を必死に押し留めるばかりで、二の句が告げない。

このままでは、何もかもを失ってしまいそうで。

姉と自分を繋ぐ最後の一線が、侵されてしまいそう、で――

 

「小猫ちゃんっ!!」

 

一誠に乱暴に両肩を掴まれ、その衝撃で視線が合う。

 

「……落ち着くんだ。どんな理由があっても、お姉さんは君を見捨てる訳がない。絶対だ」

 

「……そんな保証なんて」

 

「分かる。だって、姉妹って、家族ってのは、そういうもんだって分かるから」

 

諭すような優しい声色を前に、緊張状態だった小猫の身体が急に弛緩していき、畳に尻餅をついた。

 

「やれやれ、赤の他人である筈の余の言葉に動揺しているようでは、ゴウトがもしとんでもない事を言いだして耐えられるのやら」

 

「そんな言い方――」

 

「やはり、貴様らでは駄目だな。責任者を呼んで来い」

 

「責任者って……」

 

「アザゼル先生のこと、ですよね」

 

「ロスヴァイセ殿は中立を明言している以上、それ以外に頼む他あるまい。少なくとも、偶然居合わせた程度で何も知らない手合に話した所で徒労に終わるだけよ。此方としては、母上誘拐の下手人で無いことさえ分かれば、後は貴様らを相手にする理由など無いからな」

 

どこまでも冷酷に告げられる拒絶の言葉は、刃となって深々と三者へと突き刺さる。

耐えに耐えた一誠だが、そろそろ限界だ。

言っていることは正しいかもしれない。だからといって、ここまでこき下ろされる謂れはない。

アーシアは不安がり、小猫は今にも泣きそうだ。

相手が誰であれ、黙っていられる程一誠は大人ではない。

 

「いい加減に――」

 

咆哮が口火を切ろうとした瞬間、空気を割るような軽快な音が響いた。

気付けば、ライドウの手にはハリセンが握られており、九重の頭上から振り下ろしたような姿勢で固まっていた。

数秒の間を置いて、九重が震え出す。その目尻に涙を添えて。

 

「何をするのじゃ!!」

 

「何とは?」

 

私」()を叩いた理由じゃ!痛かったのじゃ!」

 

「痛くなければ覚えませぬ」

 

九重は先程までの威圧感を放り投げ、見た目相応の全身で表す癇癪でライドウに抗議している。

対して、ライドウはハリセンの扇子部分をポンポンと手の中で遊ばせつつ、悪戯を叱る父親のような視線を九重に向けている。

 

「九重。毎度のことだが、君には大恩がある。しかし、側仕えとなった以上、主の至らぬ点を諌めるのも努め故、心を鬼にした次第」

 

「諌めると言った割に、手加減が無い!このままではいつか禿げてしまうぞ!」

 

「自身の頭皮を心配する前に、言うべきことがあるのではないか?」

 

「な、何じゃ」

 

「言い過ぎた、と思っているんだろう。なら、どうすればいいか分かる筈」

 

「し、しかし!母上の居ない今、そんな情けない姿を晒すなんてあってはならぬ!」

 

……なんとなく、分かってしまった。

母上と呼ばれる人がおらず、立場のある人物が不在となった屋敷で、最も次に権力を持っていたのが、まだ幼い九重だったのだろう。

他に大人は居ないのか、とは思ったが、それぐらい母親の権威が強いのかもしれない。それこそ、この屋敷のトップに留まらないレベルの。

そんな母親が拉致され、自分がこの屋敷を支えるしか無いと使命感に駆られ、幼い体躯に見合わない威厳を乗せていたのではないか。

 

思えば、先程九重は自分の事を「私」と呼んでいた。

それが咄嗟に出てきた彼女の素の反応だと思えば、今の年相応なやり取りにも納得がいく。

それを鑑みれば、先程までの怒りも一気に萎えていくというもの。

 

それともう一つ。

ライドウが握っているハリセン。アレは、部長や朱乃さんが有斗先輩をからかったりした時によく使われる道具であると、二人の口から聞いている。

記憶を失っている、失踪中の零先輩と全く同じ顔を持つ青年の、何気ない行動。

余りにも些細で、気に留めるにも状況証拠としても弱い変化。

だけど、どうしてか。ライドウが先輩であるという希望的観測を抜きにしても、それが全くの偶然とは何故か思えなかった。

 

「九重」

 

「うっ……」

 

九重に合わせるようにしゃがみ込み、ジッとその目を見つめるライドウ。

主従という立場を思い起こさせないやり取りも、種族・立場関係なく謙る(へりくだ)ことなく己を貫いた彼の姿を想起させる。

 

「す、済まなかったのじゃ」

 

一誠達と正面に向き合い、深々と一礼する。

堂に入った所作は、本人の誠意を如実に体現している。

 

「小猫ちゃん」

 

「……いえ、私も申し訳ありません。この程度のことで動揺するなんて。戦車にあるまじき所業でした」

 

「それだけお姉さんのことが大事なんだろう?きっと、伝わるさ」

 

「そうですよ。塔城さんがお姉さんがどれだけ好きなのか、如何にお姉さん相手でも否定させません」

 

「ありがとうございます、二人共」

 

励ましを受けた小猫に、笑顔が戻る。

彼女を知らぬ身からすれば僅かな差異でも、艱難辛苦を共にしてきた二人からすれば、その笑顔は今まで見たことの無い程に無邪気で、穏やかだった。

 

「……ゴウトの事は、俺もよく知らない。記憶を失う以前の知り合いであることはなんとなく理解しているが、彼女は自分の事を何も話さない。敢えて、避けている節がある」

 

突如、ライドウが静かに語りだす。

彼と出会い、彼自身の意思で向けられた初めての言葉。

三人は、その言葉を一字一句聞き逃さないよう、静かに耳を傾ける。

 

「だが、これだけは言える。彼女は自己保身の為にそんな事をしている訳ではないと。根拠も何もない、戯言に聞こえるかもしれないが――俺は、そう確信している」

 

「ライドウ、さん……」

 

……やっぱり、そうだ。

零も、こうやって善性を以て誰かの心にするりと入り込んでいく。

信じているんだ。故も知らぬ相手であろうとも、何も語ろうとしない謎の多い相手であろうとも、そこに悪意が無ければ手を取り合えると。

即ち、人と人を結ぶ絆を。

 

「行ってやれ。彼女も君を待っている」

 

「……はい!」

 

ライドウに背中を押され、小猫は一礼して退出していく。

慌ててそれを追い掛けるアーシア。

一誠もそれに続こうと襖の前まで進むが、振り返ってライドウに向かって叫ぶ。

 

「アンタはもしかしたら、俺達の知る大切な人なのかもしれない。今は断言出来ないけど――もしそうだとするなら、これだけは忘れないで欲しい。俺達も、待っているってことを」

 

全てを言い終え、一誠は直ぐ様二人の後を追う。

一誠の言葉を心の中で反芻するライドウと、そんな彼を不安げに見上げる九重。

 

「此度の騒動、短い期間ながらも同じ京都にて活動する間柄故、他人事にはございません。此方も代表であるアザゼル教諭をお連れし、再び会席の場を設けて頂きたいのです」

 

今まで無言で場を見守っていたロスヴァイセが口を開く。

 

「……分かったのじゃ。三陣営による和平成立は聞き及んでおる。その立役者であるアザゼル殿ともなれば、敵ということもあるまい」

 

「柔軟な判断に最大限の礼を。それでは」

 

静かに、彼女もまた退散していく。

残された二人は、音の無い世界で立ち尽くす。

それぞれ、言いようのない焦燥感を胸に秘めながら。

 

 




Q:不審人物平然と匿うとか、お前んち(九重一家)セキュリティガバガバじゃねぇか。
A:そのガバプレイの理由は、語られなかった過程にあるかもしれない。

Q:ライドウがめだかちゃんみたいなこと言ってる……。
A:最近出番のない零君も(他人から見たら)少し天然入ってるから、多少はね?

Q:イッセーのイケメン度の上昇がヤバイ。
A:おっぱい言ってないイッセーはイッセーじゃないけど、熱血系主人公としては評価高いし、素質はあるよ。

Q:アストルフォいいよね……
A:いい……


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第四十話

明けましておめでとうございます。
なんとかこのタイミングには間に合いましたが、本来想定していた長さの半分になってしまった。
と言うか、FATE大晦日スペシャルで集中できなかったってのもある。

今年もこんな適当なノリでやっていくつもりなので、それに付いてこれる人だけでも、どうかこれからもよろしくお願いします。


退出したゴウトを追いかけるべく、小猫達は気配を頼りに進む。

自分達以外の気配を一切感じないままに歩みを進めていくと、薄い膜のような結界が張られている空間を視認する。

確信する。ここで、彼女が待ち構えているのだと。

小さく深呼吸をし、結界内へと踏み出す。

 

「ここは……」

 

視界一杯に広がる砂利が敷き詰められた庭と、鯉の泳ぐ大きな池。

この光景を見て、ここが九重がライドウとゴウトと出会った場所だと思い至る。

そして、その池の際で静かに水面を見つめるゴウトを発見する。

砂利の擦れる音と共にその背中に近付くも、小さな耳を微かに震わせるだけで此方に振り向く気配さえ無い。

 

「――ここが、私達ライドウとゴウトの始まりの場所。静かで、良いところだと思わない?」

 

「……あくまで、貴女は――」

 

池の水面に視線を向けながらの言葉は、どこまでも小猫の心をすり抜けていく。

自分が何を言いたいかなんて、とうの昔に分かっているくせに、どこまでもはぐらかそうとする。

 

そんなに拒絶すると言うのならば、今だけは貴女をゴウトとして話を進めよう。

どうせ、押した所で暖簾に腕押し。ならば、搦手で真意を探るまで。

 

「――ゴウトさん。貴女はライドウさんが何者なのか、ご存知なのですよね。是非、お聞かせ願いたいのですが」

 

「それは、どうして?」

 

「先程聞いていた通りです。彼は、数か月前に行方を眩ました人物とあまりにも共通点が多すぎる。彼自身、記憶喪失であると言った以上、別人であると切って捨てるには難しい。だからこそ、彼が記憶を失う以前に共に居たである貴女の話を聞きたいと思った。これでは不満ですか?」

 

「いいえ、至極当然の理由ね。その人は、貴方達にとってとても大事な人なんでしょうね。何せ、その為に色々と無茶をしたようだし」

 

「はい。とても――大事な仲間です」

 

「ふうん、そう――」

 

小猫の主張を聞き終え、おもむろに振り返るゴウト。

振り返った先に向けられた視線に、小猫は軽く身震いする。

その視線に、好意の色が一切存在しなかったことが、とても恐ろしく感じた。

 

如何に他人であると突き放そうとも、過去に育んだ絆が途絶えることは無い。

SSランクの賞金首であるはぐれ悪魔となったという事実があれど、そこに絶対的な悪意を向ける道理にはならない。

……昔ならば、そうではなかった。

その考えを変えさせてくれたのが、他ならぬ零先輩だった。

 

最初は、絆なんて言葉を軽々と口にする先輩に対し、良い感情は持っていなかった。

陳腐で、空気のように軽いとさえ内心考え、嫌悪さえしていた。

だけど――人間であるにも関わらず、自らの信念を曲げることなく突き進む彼の強さを前にして、その考えは成りを潜めていく。

そしてそれを期に、その嫌悪の正体がひたむきな彼の在り方に対する嫉妬であると気付くのに、そう時間は掛からなかった。

自分には、それが出来なかったから。

 

幼き日の姉が、どれだけ悲惨な環境に身を置こうとも、私を常に労り、私の身の安全を優先してくれていたというのに。

私は、その優しさを又聞きの情報を真に受け、自分の知る黒歌はもう居ないのだと決め付けてしまっていた。

妹である自分こそ、誰よりも彼女を信じるべきだったのに、真っ先に目を逸らしてしまった。

ハッキリ言って、愛想を尽かされたとしても納得出来てしまうレベルの愚行だ。

先程の視線の真意がまさしくその通りだったとして、ならばそれを受け入れる覚悟はある。

……いや、そんなものはない。そんなもの、あってたまるか。

だとしても、今更情けなく追いすがるのは余りにも都合が良すぎる。

 

「それで、その仲間を取り戻したとして、貴方達はどうしたいの?」

 

「どう、とは」

 

「人間である彼を、悪魔の膝下に引き入れてどうするつもり?……また、彼を危険な目に遭わせるつもり?」

 

「また……?もしかして、先輩に何かまたあったんですか?」

 

「それを聞いて、どうするつもり?心配するだけ?慰めるだけ?そして、喉元過ぎれば再び死地へと向かわせるつもり?」

 

静かなる怒気を孕んだ声色が響く。

ゴウトの気迫に怯んだ三人を尻目に、言葉は続く。

 

「……ライドウはね、今時の人間とは思えない程誠実で、他者の為に命を懸けることにさえ躊躇いの無い、そんなお人好しよ。神様だとか、違う誰かに褒められたいとか、そういう欲望もなく、ただひたすらに己の答えでそれを為そうとする。人はそれを、狂人だと忌避し、異端のように扱うんでしょうね。自分が出来ない事を棚に上げて、マイノリティを否定して、その癖に都合良く利用しようとする。汚泥で膨らんだ脂肪を揺らし、下卑た嘲笑を浮かべながら」

 

深く、深く、昏い感情が湧き上がっていくのが見える。

ゴウトが自分達の知らない時に、一体何を見て生きてきたのか。目の前の別人のように呪詛を振りまく姿の超えたが、そこにあるのか。

それを理解するには、互いの心の距離はあまりにも遠い。

手を伸ばせば身体に触れられるとしても、その先には何もない。本当に理解したいものは、そこにはない。

 

「それでも、彼は笑ってそれを受け入れるでしょう。それが、誰かのためになるならば。例え、自分が死んだとしても」

 

「――そんなこと」

 

「無い、と言える?他ならぬ、利用してきた貴方達自身が」

 

「そんなつもりなんて……!!」

 

「無かったと言うなら、なんで貴方達は彼を放っておかないの?彼は頑張った、苦しんだ、よくやった!ライドウが記憶を失った貴方達の先輩だと言うなら、なんでそこで終わらせてあげないの!?」

 

膨大な殺気が、三人の首を締める。

呼吸さえままならない程の重圧を前に、思わず膝をついてしまう。

 

「私は貴方達の馴れ初めは知らない。きっと、彼のことだから彼の方から貴方達に手を差し伸べようとしたんでしょうけれど、だったらそこで終わっていれば良かったのよ。人外に対抗できる強さを持っているから、彼の方から率先して手伝ってくれるから、そんな大義名分を盾にして、ズルズルといつまでも彼を利用しようとした。彼なら大丈夫、彼ならなんとかしてくれる、そんな一切保証の利かない安っぽい理論で倫理観まで丸め込んでまで、力以外はただのヒトでしかない彼に、重荷を背負わせようとしている!」

 

「心から彼の安否を気にするのであれば、幾らでもやりようはあった筈!なのに、それをしてこなかった貴方達が、今更どの面下げて彼を心配しているだと言えるの?巫山戯んじゃないわよ!!」

 

黒猫の姿が、徐々に人型を形成していく。

最早、茶番によって覆われたゴウトという皮はそこにはない。

ただ一人、心の底からの慟哭と憤怒を以て糾弾する女の姿がそこにあるだけ。

零とゴウト――否、黒歌の関係は分からない。

空白の期間に、二人にどのような出来事があったのかは定かではない。

だけど――少なくとも、目の前の彼女の豹変ぶりが、生半可な密度によって構成された関係ではないと告げているのは確かである。

 

「――さっきから、言いたい放題言いやがって」

 

だが、それでも。

他人にどれだけ糾弾されるような事をしてきていたのだとしても。

ただそれだけの事実で、自分達の紡いできた絆を否定されるのは、看過出来ない――!!

 

「アンタに、何が分かる!!俺達だって、考えなかった訳じゃない。俺達が弱いせいで、先輩に何度も助けてもらって、その恩を返しきれていないことだって、百も承知だ!」

 

今まで閉口を穿いてきた一誠が、あらん限りの力で砂利を掴みながら、一歩一歩踏みしめるように徐々に身体を持ち上げていく。

重圧は今も続いているが、覚束ない身体を必死に支え、叛逆する。

 

「だからって、先輩が記憶喪失だって言うなら、それをそのままにしておいて良い理由にはならねぇだろ!過去が苦しかったから、辛かったから、これが転機だと言わんばかりな様子だろうが、そうじゃねぇだろ!!先輩にだって、捨てたい記憶があったとしても、捨てたくない記憶だってあるに決まってる。それを十把一絡げにして、全部なくなっても命が無事ならその方がいいなんてこと、間違ってもアンタが言える台詞じゃない!!」

 

この結末が有斗零が望んだものだと言うのであれば、それを否定するのは難しいかもしれない。

だけど、それが偶発的なもので、望まない運命によって失ったものであれば、それを取り戻さんとすることを阻む者を許してはおけない。

 

「……ここは、中立によって支配された領域。記憶を失い、九重の側仕えとなった彼は、今までとは比べ物にならないぐらいに安全が保証されている。本気で彼を想うのであれば、このままにしておくべきでは?」

 

「その保証は、九重の母ちゃんが攫われた今、誰が確約してくれるんだ?」

 

「少なくとも、彼は第一の任を投げ出してまで動くような愚か者ではないわ。決められた役割もなく、人格の尊重と銘打って体良く利用されるだけの日々よりはずっとマシよ」

 

「そのマシ、は誰にとってのだ?そして、その人を手元に置いて一番都合よく利用できるのは、一体誰だ?」

 

互いの主張がぶつかり合う。

言葉によって繰り広げられるインファイトは、どこまでも苛烈で、どちらも一歩も引くことの無い暴力の応酬。

抉るような痛みを前にしても止まらないのは、どちらにも譲れない想いがあるから。

 

正論とは、道理の通った正しい言葉ではない。

自分の正しさを証明するために紡がれる、都合の良い言葉だ。

真に正しい答えが存在するのであれば、争うことも、譲り合うことだって必要ない。皆が一丸となって、理想を共有できる。

それが出来ないならば、自分が正しいことを証明するしか無い。それが例え、粗削りで粗雑な言葉であったとしても。

何かを得たいのであれば、戦うしか無い。その果てに、涙を流す者がいたとしても。それが自分にとっての大切であるならば。

 

「――貴方達がどう吠え立てようとも、今の彼の立場は揺るがない。貴方達は未だに九重の母親を攫った容疑が完全に晴れた訳ではないのよ?ここで下手を打つのは得策ではないと思わない?」

 

「なっ――」

 

そう、このように。立場を利用した脅迫だって、許される。

恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される。そんな言葉があるように、結局その尺度を測るのは当事者の問題であって、全てが終わった後は、勝てば官軍負ければ賊軍で済まされる。

いつだって、歴史はそう紡がれて来た。戦争でさえそれなのだから、個人の言い争いの延長程度で、今更な話だ。

 

「――お願い、帰って」

 

先程までの重圧は失われ、追いすがるように黒歌は答える。

何も言えない。いや、言えたとしても、それは決して平行線以上にはならない。ならば、それ以上は徒労でしかない。

 

「……俺達は、諦めないからな。絶対に、いつか――」

 

悔しさを噛み締め、一誠は踵を返す。

終始見ているだけだったアーシア、途中から傍観者となった小猫も、それに続いていく。

三者三様、後ろ髪を思いはあれど、今のままではフェアじゃない。

互いの主義主張が同等の重さになるタイミングこそ、勝負の時。

その為にはまず、九重の母親が助からないことには始まらない。

それを含めて、これからの身の振り方を考える必要が出来た。

 

だから、待っていてくれ。先輩。

これが、俺達が出来る、最初の恩返しだ。




Q:黒歌性格違いすぎへん?
A:女は幾つも顔を持ってるもんやで(適当)

Q:今回ぐだぐだ過ぎない。
A:い つ も の こ と

Q:こんな適当でいいと思ってるの?
A:正直、FGO二部のせいでまたぐだ日記書きたくなったから、そっちの整理してたってのもある……


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第四十一話

年明けから約4ヶ月。

ハイスクールD×D HEROがもうすぐはじまるけど、作画が柔らかすぎて以前までの力強さがまるっと失われた感じがするせいか、食指が動かない……。話の内容的には現状と近いから、参考になりそうではあるんだけど。

D×2に関しても、マグネタイト消費量にテコ入れが入るようでようやく星4を気兼ねなく作れそうで安心。星5は……ナオキです……。


太陽が沈み始めた頃、空をも覆い隠さんとする程の背丈を持つ林の並ぶ街路樹を、一人静かに歩くミッテルト。

その表情は、些か落ち着きを取り戻してはいるが、依然として翳りを帯びている。

一人孤独に上の空で歩いている姿を周囲に晒しつつも、向けられる奇異の視線には一切気にも留めることはなく、漫然と歩き続ける。

 

不安定な状態だったミッテルトを宿泊先にまで送った木場は、彼女を自室まで案内し部屋で安静にしているよう促した後、アザゼルを探しに直ぐ様出て行った。

例え通信魔法であろうとも、下手に中立地帯で扱おうものなら妖怪達の緊張を煽ることとなってしまう為、手間ではあるが地道に歩いて探すしか出来ない。

時期が時期だけに、人の目もかなりある。少しでも目立つような事をすれば、不審がられるのは明白。

人間を介して騒動が起こるようなことがあれば、今度こそアウトだろう。

上が事情を理解していても、下までがそうだとは限らない。

ただでさえ、妖怪側はピリピリしているのだから、急いで下手を打つ道理はない。

しかし、そんな木場の行動など興味の外。

ミッテルトの思考はただ一点、葛葉ライドウで埋め尽くされていた。

 

脳裏に焼き付くのは、ライドウに刀を突き付けられた時の光景。

服装こと異なれど、手に持つ獲物は初めて敵対した時と同じ刀であった事実は、否が応でもライドウを有斗零と重ねてしまう。

彼女自身、駒王学園に通うになってからの零と最も長く過ごしてきた自負がある以上、あの時感じた既視感が嘘とは到底思えなかった。

だけど、追求するのが怖かった。

感じた既視感が嘘で、本当に似ただけの別人だったとしたらと思うと、怖くてたまらない。

 

実のところ、ペルソナ全書が白紙になってから今に至るまで、自分が狂っていた時期の記憶は、鮮明に残っていた。

たったあれだけの事実を前にしただけで、ミッテルトの心は容易く折れた。

悲観する要素はあれど、諦観するような状況ではなかったと、時間が経った今ではそう思える。

しかし、思えるだけで、いざ同じような局面が訪れた時、果たして今のように冷静でいられるのか。

前例があるだけに、自分自身のことながら一切の保証が利かないという、不甲斐ない精神力。

試してはいないが、この体たらくではまともにペルソナを扱えるとは思えない。

何にせよ、あの場に残ることは足手まとい以外の何物でも無かった。そう思うと、あの時の判断は英断とも言えた。

 

「……あれ?」

 

ふと、俯きがちだった視線を持ち上げる。

そこには、変わらず悠然と佇む街路樹を除いて、全ての生物が消え失せていた。

先程まで感じていた視線も、喧騒も、鳥の囀り、その一切に例外はない。

突然の孤独を前に、慌てて周囲を探し回るも、成果はゼロ。

まるで、自分だけがこの世界に存在しているかのような、絶対の孤独。

風が止めば、静寂が強く耳朶を打つ。

ドクン、ドクン、と。次第に早鐘を打つ心臓の音が、世界中に広げかねないほどに鳴り響いている。

落ち着け、冷静になれ――そう言い聞かせるたびに、余計に精彩を欠く思考。

思考が纏まっているときは冴え渡る頭脳も、一度こうなってしまえば凡俗と化す。

孤独は、彼女にとって最も恐れるべき敵であり、立ち向かうべき壁でもある。

 

「……情けないわね、本当に」

 

突如、背後からそんな言葉が聞こえた。

反射的に振り返るも、そこには誰にもいない。

呆然とした一瞬の間を縫うように、片耳に生暖かい風が入り込んで来た。

 

「んひゃあっ!?」

 

全身に走る悪寒にもがきつつも、風の発生源である背後を睨み付ける。

そこには、今度こそ人が居た。

 

「クスクス……可愛い反応ね」

 

最初に目を惹いたのは、黒という色そのものだった。

お姫様が来ていても不思議ではないレベルの上質なブラックゴシックドレスに、太陽も落ちてきているにも関わらず差している黒い薔薇を連想させるゴシックパラソルが、存在の大半を占めている。

そこから覗かせる、腰まで伸びた綺羅びやかな金髪と、透き通るような白い肌が対となり、コントラストとなっている。

同じ女が見ても、見惚れてしまう美しさがそこにあった。

 

――でも、何故だろうか。その美しさを、素直に称賛出来ないのは。

何故だろう。目の前の相手に嫌悪しか抱けないのは。

 

「貴方、誰よ」

 

「私?私は――そうね、ルイ・サイファーとでも呼んで頂戴」

 

笑顔でおどけてみせる、ルイ・サイファーを名乗る女性。

巫山戯ているのだろうか。その言い回しでは、その名が偽名であると宣言しているも同然だ。

 

ただ巫山戯ているだけの道化なら、そこまで気に留めることはなかっただろう。

だが――分かる。分かって、しまう。

目の前の存在は、格が違う。存在そのものの格が、あまりにも。

認識した瞬間、汗が止まらなくなる。

優雅に佇むその様からは想像の出来ないプレッシャーが、無意識に肉体を強張らせる。

今ならディオドラと一人で戦えと言われたとしても、鼻で笑えてしまうに違い無い。それ程の差。

 

「ん~……やっぱり、まだまだね。でも骨子はしっかりしてるし、ひとまずは合格かしら」

 

勝手に一人で納得した様子で頷いた後、プレッシャーは一瞬で消え去った。

しかし、緊張は尾を引いたまま、決して警戒を解かない。

下手をすれば現陣営のトップに勝るとも劣らない格を見せつけられて、比べれば小物同然のミッテルトがそうしない道理はない。

だが、その逆で思考は冴え渡っており、この状況を生み出したのがルイ・サイファーならば、此方を害するようなことは今すぐには無いと判断していた。

何せ、こんな大規模な人払いの結界を展開して、自分ひとりだけをターゲットにしたのであれば、何かしらの理由があって然るべき。

そう判断したからこそ、この絶望的な状況でも彼女の心は折れていない。

 

ミッテルトの精神性は、いわば刀に通ずるものがある。

鋭さはあれど、脆い。刀身の横を狙われてしまえば、容易く砕け散る程度の強度しかない。

そして同時に、刀である彼女は使われる立場であり、決して担い手足り得ない。

有斗零という精神の支柱が失われた今の彼女は、鞘から僅かに刀身を覗かせるだけで、少し扱いを心掛ければ容易く制圧出来る。

それを自身でも理解しているからこそ、彼女は決して無茶はしない。

常に思考を巡らせ、最善を探す。それが、自分にできる最良の選択だと信じて疑わない。

 

「真面目な顔してる所アレだけど、別に取って食うなんてしないわよ?」

 

「生憎、臆病者なもので」

 

「貴方の場合、臆病者と言うよりも窮鼠って言った方がいいんじゃない?勝てる筈無いって分かってるくせに、たった一太刀でも報いようと必死に策を練っているんだもの。傍から見れば滑稽よね」

 

「――――!!」

 

完全に思考を見透かされた事実に、強く目を見開く。

当てずっぽうではない。確信めいた声色が、それを証明していた。

 

「あら、怖い顔。そんな顔してたら、百年の恋にも逃げられちゃうわよ?ほら、笑顔笑顔」

 

そうやって、ルイ・サイファーは自らの口元を指で釣り上げ、笑顔を作る。

子供扱いも甚だしい。はっきり言って気に食わない。

内心憤りを覚えるも、決して表情には出さない。

彼我の戦力差は歴然。なればこそ、一分の弱みも握られたくない。

これはただの意地でしかない。

でも、その意地を生み出す根底にあるものは、プライドなどではない。

姿は見えど、その背中には未だ届くことのない男の隣に立ちたい。そんな、乙女の願望でしかない。

 

「……それで、鼠の私に虎の貴方が何か用でしょうか?」

 

「用、ね。ぶっちゃけると、お話がしたかったってだけよ?」

 

「はぁ?」

 

訳のわからない発言に、思わず生返事を返す。

そんな態度を尻目に、ルイ・サイファーは勝手に語り始める。

 

「……ねぇ、貴方は今の世の中をどう思う?」

 

「抽象的過ぎる質問には、返答しかねます」

 

「じゃあ、ハッキリ言うわね。――貴方は、悪魔・天使・堕天使の現状をどう思ってる?」

 

戯けていた態度とは一転、静かな嵐のような空気がルイ・サイファーから発せられる。

 

「……まぁ、以前よりは良くなったんじゃないかしら。好転するかは分からないけど、最悪になることは恐らくない筈――」

 

「ならないわ」

 

「――え?」

 

「好転なんてしないわ」

 

ミッテルトの解を、ルイ・サイファーは容易く切って捨てた。

 

「彼らがやっていることは、所詮は均衡を保とうとするだけの時間稼ぎよ。理想はあれど明確な展望は無く、それ故に起こった事態にしか対処出来ない。組織としての機能は杜撰も良い所で、現に悪魔陣営に関しては、はぐれ悪魔となった存在を被害が出る前に対処出来ていない。天界陣営は、システムが機能せず天使の数が減っている事を理由に、数を増やそうとするあまりアーシア・アルジェントのような信心深い存在を排斥しているのを見ている限り、その対応がお粗末なのは見れば分かる通り。堕天使だって、下っ端の行動ひとつ把握出来なかった結果、悪戯に悪魔陣営との軋轢を生んだ事は貴方にとっても記憶に新しいわよね?何せ、当事者の一人ですもの」

 

「それ、は」

 

「彼らのやっていることは、総じて自己利益のみを考えた傲慢そのものよ。どの陣営にも共通して言えることは、誰も彼も人間のことなんて考えちゃいないってことよ。死に際に甘言を囁いて悪魔となるか、信託と嘯いて天使となるか、その果てに堕天するか。どちらに転んでも、犠牲になっているのは人間或いは人間であったモノ。人間の住まう世界の筈なのに、今や彼らは我が物顔でその土地を支配している。全ては、人間という餌を喰らう為だけに。違うかしら」

 

どこまでも残酷で、どこまでも濁りのない真実が溢れる。

第三者として感情論を挟まずに告げられた言葉を前に、ミッテルトは言葉を失う。

 

「ち、が――」

 

「だから――人間の有斗零は死んだ。都合の良い駒として、最後まで利用されて」

 

必死に絞り出した反抗も、たったひとつの名前を出されたことで、一瞬で塗り潰された。

彼の名を聞いた瞬間、脳裏に彼との思い出がフラッシュバックする。

楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、喜んだこと――その全てが彼女にとっては宝物で。

その宝物が壊れた理由が、自分達人ならざる者達のせいだと告げられたことで、彼女の心に再び罅が入った。

 

「あ、あ、あ」

 

膝から崩れ落ち、地面を前に腕を立てながら涙を流す。

そんなミッテルトを見下ろしながら、ルイ・サイファーはゆっくりと彼女へと近付き、耳元で囁く。

 

「許せないんじゃない?貴方の大切を奪った何もかもが」

 

「奪われた悲しみを、絶望を、贖わせてやりたいと思わない?」

 

「復讐するのよ。彼を否定した世界に、貴方の愛を成就させなかった理不尽に」

 

脳髄を溶かすような言葉が、まるで複数の波のように何度も重なり合って繰り返される。

脳を犯されているような快楽が、ミッテルトを襲う。

何度も、何度も何度も何度も何度も。

何百、何千とアプローチを変えて、ミッテルトを堕さんと繰り返す。

現実の時間にして、凡そ一分。

しかし、ミッテルトにとっては無限に相当する時間の中、快楽に浸らせ続けた。

 

「だから――言いなさい。復讐を誓うと」

 

そうして、トドメの一言と言わんばかりに、究極の慈愛を込めて背中を押す言葉を囁いた。

 

「ア、アァアアアアアアアア――――!!」

 

咆哮が響き、何かの砕ける音がした。

 

「…………」

 

その中心には、ルイ・サイファーの頬を殴りつけるミッテルトの姿があった。

呆気にとられた表情は一瞬。ルイ・サイファーはミッテルトの胸元で魔力の波動を放ち、近くの自動車ごと壁に叩き付けた。

 

「ガッ――!!」

 

「それが、貴方の答えってことでいいのかしら」

 

100メートルは飛ばされたであろう距離を一瞬で詰め、叩き付けられたままのミッテルトの胸ぐらを掴む。

ミッテルトの答えが不快だと言わんばかりに不穏な魔力を漂わせ始める。

この至近距離ぜ全力の魔力を開放されようものならば、文字通り消し飛ばされてしまうだろう。そんな確信めいた予感が虚ろな思考の中でも感じ取れた。

 

「そう……よ」

 

だが、それでも。

命の危機に瀕してなお、彼女は曲がらない。

魂を蝕まんとする狂気に苛まれてなお、瞳の奥は色褪せない。

 

「なら、貴方の価値もこれまでね」

 

ミッテルトの喉元に、紅の槍が突き付けられる。

戯れなど欠片もない。対応を誤れば、躊躇いなくそれを突き刺すことだろう。

 

「……勝手にすれば」

 

それでも、命乞いはしない。答えを変える気もない。

諦めた訳ではない。ただ、譲れないものがあるだけで。

 

「その意地は、貴方の命に賭ける価値のあるものなの?」

 

「……そんなの、知らない」

 

この選択が、正しいかどうかなんて分からない。

そもそも、満身創痍のこの状況。果たして思考がまともに機能しているかさえ怪しいこの状況。

 

「だったら――」

 

「だって、」

 

だからこそ――ミッテルトの本質が浮き彫りになる。

 

「そんなことしたら、零が悲しむから」

 

「――――ッ」

 

きっと、それだけ。

きっと、それだけのことだけど。

彼女にとっては、命よりも大切な答えなのだろう。

 

「彼が大切にしてきた人達の中に、貴方の言う復讐の対象がいると言うのなら。私は、誰にも復讐しないし、するつもりはない」

 

「主体性が無いと嘲るというのなら、勝手にすればいい。もし本当に零がこの世に居ないというのなら、私は彼が護りたかったものを護る為にこの生命を費やしましょう。それが、彼のために出来る最上の弔いだと信じているから」

 

「だから――まだ、死ねないのよ!!」

 

瞬間、ミッテルトの背後からパンドラが現出し、ルイ・サイファーを殴りつけた。

先程とは真逆で、今度はルイ・サイファーが同じように吹き飛ばされる。

しかし、彼女は空中で身を翻し体勢を整えると、油断なく前を見据えた。

 

「――その、姿は」

 

初めて、ルイ・サイファーの表情が驚愕の色に染まった。

視線の先にあるのは、ミッテルト。そしてその衣装に答えはあった。

 

その姿は、例えるならば戦場帰りの花嫁。

オフショルダーのウェディングドレスは鮮血に染まり、本来は引き摺る程長い裾は、膝の当たりまで素手で引き千切ったかのように短くなっている。

彼女の右手に握られているのは、杖ではなく漆黒の装飾銃。

女性が扱うには些か無骨なそれをミッテルトは右腕だけで構え、左腕には得意の魔力で編んだ紅槍を握っている。

 

「私にも分からないけど――なんだか、すごく力がみなぎるのよね。パンドラを初めて扱えるようになった時よりも、ずっと」

 

そう不敵に笑い、同時に拳銃から魔力の弾丸が撃ち出された。

文字通り爆発するように放たれたそれは、ルイ・サイファーの眉間目掛けて一直線に向かう。

 

「クッ――」

 

慌てて回避を試みるも、直ぐ様不可能と判断し、手に持つ紅槍で叩き落とす。

しかし、それはミッテルトにとって予想通りの流れ。

止めた足を必死に縫い付けるべく、相手の一挙動その全てに全神経を集中させ、動く箇所すべてに弾丸を打ち込んでいく。

彼女自身、最早未来予知に等しいレベルでルイ・サイファーの動きが理解出来ていることに驚きを隠せずにいるが、今はその理由を考えている余裕はない。

余分な思考はカット。余剰した分をパンドラの操作に回す。

ルイ・サイファーの背後にパンドラを回し、挟み撃ちの要領でひたすらに攻撃を続ける。

 

「なんで、こんなに――」

 

ルイ・サイファーは不愉快だと言わんばかりに顔を歪める。

防御手段は次第に結界へと変わる。それはミッテルトの攻撃の苛烈さを示していた。

 

「エイガオン!!」

 

ミッテルトの咆哮と共に、背後から呪詛の塊が結界を貫かんと殺到する。

更に、ミッテルトは何十本という紅槍をルイ・サイファーの頭上目掛けて生み出し、腕を振り下ろす動作と共にその切っ先も降り注いだ。

呪詛も、銃弾も、紅槍も、幾度と撃ち出されてなお止まる気配はない。

前後からの一斉掃射に、空からの精密爆撃。

個の思考をトレースすることによる十字砲火は、一切の離脱の猶予をも許さない。

 

突如として爆発的にまで上昇した力。その余す所なく全力で注ぎ込む。

しかし、その理解の及ばない急激な力の上昇は、決してミッテルトにとってすべてがプラスに働いた訳ではなかった。

 

「ぐ、ぅ……!!」

 

口内にまで込み上がる鉄の味。その一滴も滴らせまいと、歯が砕けんばかりの力で閉じ込める。

ルイ・サイファーによる一撃に端を発した、内側からの暴力的なまでの力の奔流は、ミッテルトの肉体にダメージを与えていく。

四肢に亀裂が入り、元々血染めだったウェディングドレスが更に紅く染まっていく。

遂には鼻血、果ては眼球の奥からも血が溢れてくる。

しかし、そんなことは気にも留めない。

集中を切らせば、その先にあるのは破滅であると本能で理解しているが故に。

抗うならば、文字通り命を賭けなくてはならない。全身全霊を賭して尚、届くかも分からないのだから、それ以外に割く余裕なんて無い。

 

手に握っていた紅の槍を背後に一本突き刺し、それに背中を預ける。

最早、立つことさえまともに出来ない状態にまで消耗している。

その証拠に、背もたれにしつつも、その姿勢は次第に直立から長座へと形を変えつつある。

肉体も精神も平等に摩耗し、今のミッテルトは一種のルーチンをこなすだけの機械と成り果てている。

攻撃も散発的になり、余波で生まれた土埃も次第に薄まっていく。

 

最初に紅槍の雨が晴れ、その次にペルソナが消えた。

最後に残ったのは、完全に長座の姿勢となったミッテルトの見るも耐えない無残な姿だった。

耐え兼ねた口内の血液は、吐瀉物が如くドレスと地面を汚しており、顔色は白を通り越して青み掛かっている。

彼女の人差し指は、魔力はとうに尽きているにも関わらず無意識にトリガーを引き続ける。

虚しく響き渡る撃鉄の空撃ち音。銃口は明後日の方向を向いているにも関わらず、壊れた機械の如く無意味に引き金を引き続ける。

腕は最早自力で水平を保つことすら叶わず、地面に撓垂れ掛かっている。

その姿は、遠巻きに見れば背徳を感じる美しさを滲み出していた。

 

土埃が完全に晴れるのと、撃鉄の空撃ち音が収まるのはほぼ同時だった。

ルイ・サイファーは、無傷だった。

しかし、その表情は苦虫を噛み潰したかの如く歪んでいる。

対して、死に体となったミッテルトの表情は、どこまでも穏やかだった。

 

「……これが、覚悟の違いだって言うの?」

 

硝子の割れるような音と共に、ルイ・サイファーを囲んでいた結界が砕け散った。

確かに全力ではなかった。魔力を防御にフルで回せば、魔王クラス相手であろうとも傷をつけることは困難な結界を展開することは出来る。

例え加減をしていたとしても、現時点のミッテルトでは、逆立ちしても傷一つつけることが出来ない。その筈だった。

 

だが――ミッテルトはルイ・サイファーの想像の上を行った。

本来ならば有り得ない未来を、ミッテルトは掴み取ったのだ。

それが、不確定要素によって得られた奇跡であろうとも。

それだけで、ルイ・サイファーにとって今回の会合は、試合に勝って勝負に負けたと呼ぶに相応しい結末となった。

 

「ああ――もう、忌々しい」

 

そう毒突くルイ・サイファーの表情は、少しだけ穏やかさを内包している。

ほんの僅かであろうとも、確かにミッテルトはルイ・サイファーに触れることができたのだ。

そうでなくては、光さえ届かなくなった彼女の心の闇に逆に呑み込まれてしまうから。

 

「でも、覚悟だけじゃこの先にある地獄に呑み込まれるだけ」

 

ミッテルトの傍まで近寄り、手をかざす。

細々とした声で何か呟いたかと思うと、瞬時にミッテルトの傷が癒えていく。

呼吸も穏やかなものに戻り、服装の状態を除けば出会う前と同じ状態――否、それ以上にまで快復していた。

 

「貴方が考えているほどこの世界は優しくなんてない」

 

「これからも何度も絶望することでしょう」

 

「でも――もしかしたら、貴方なら」

 

そこまで言いかけて、止める。

余分な感傷を振り払い、ミッテルトの胸元に手をかざすと、光が吸収されていく。

 

「……なら、貴方は変わること無く《支える者》で在り続けなさい。万が一にも《裁く者》になったその時は――今度こそ、全力で殺してあげるから」

 

この宣言を最後に、彼女達の世界は砕け散り、溢れる光に二人は呑み込まれた。

光に呑み込まれる刹那、ルイ・サイファーの眼の奥底からは、確かに光が顔を覗かせていた。




ここから徐々に原作乖離していきます。
原作との整合性考えてるから遅くなるんだよ!!(にわか特有の半端な知識)


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第四十二話

リアルで色々ありつつも、徐々にギアを上げてなんとか投稿。
Fallout76に本格的にのめり込む前に、どうにか完成しましたが、今回の内容は今までにはない描写を加えており、それ案件で結構ヒヤヒヤしてたりします。

ちなみに最近やらかしたこと

作者(Fallout76やりたいナリ…)
作者(でもPC版だとギリギリグラボが足りてないし、お金も無いナリ…)
作者(そうだ、PS4版で妥協するナリ!→1万円分のウォレット)
SONY「(Z指定作品はウォレット購入できないので)駄目です)

作者「ああああああああああああ!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュ!ブツチチブブブチチブリリイリブブゥゥッッッ!!!)」


利用規約はちゃんと……読もうね!
クレジットカード持っているなら、横着せずに登録して、使うようにしようね!

あと、今回の話には軽くエチエチな表現があるから、そういうの苦手な人は注意。


気が付けば、旅館の布団で私は眠っていた。

思考もクリアで眠気も無い。しかし、身体が鉛のように重くて動けない。

だが、同時に先程まで感じていたであろう二度と経験したくない痛みは、綺麗さっぱりなくなっていた。

まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように。

筋弛緩剤を投与されたかのように微動だにしない肉体だが、辛うじて首だけはなんとか動かせるのに気付く。

顔を横に向けた先には、広縁に置かれたテーブルで読書をするアーシアの姿があった。

服装も学生服ではなく、寝間着姿。しっとりと濡れた金髪が、彼女が風呂上りであることを推測させる。

開放的な窓から覗く満月と落ちた夜の帳が、今の時間帯を大まかに教えてくれたこともあって、推測も確信に近い者となる。

少なく見積もって、あれからもう三時間ほど経過していると見て良いだろう。

 

「あ、ミッテルトさん。起きたんですね」

 

読書をするアーシアの表情は、穏やかでありながらほんのりと艶やかさを内包しており、普段は見られないそんな表情が珍しくて見入っている内に、アーシアの方から此方が起きたことに気付いた。

 

「あ、ああ……うん。私、どれだけ眠ってたの?というか、誰が私を?」

 

「え?ミッテルトさん、自分で帰ってきたんじゃないんですか?木場さんからは送り届けたことは聞いていますし、それ以降は部屋から出ていないというか、誰も見ていないらしかったので、てっきり……」

 

どういうことだ?と疑問符を浮かべるも、すぐに納得する理由が浮かんだ。

そう、あの女。ルイ・サイファーとやらの介入であるという可能性。根拠としては弱いように見えて、アレならばやりかねないという説得力を持ち合わせているのが、厄介としか言いようがない。

 

「あ~……ゴメン。色々あって疲れてたから、ね」

 

「……そうですね。今日は本当に色々ありました」

 

共通して今頭の中にあるのは、間違いなくレイの事だろう。いや、今はライドウと言うべきか。

何にせよ、私が離れた後のことを聞くにはちょうど良いきっかけになったと思う。

 

「私と別れてから、何かあったか教えてくれる?」

 

「え?あ、はい。ミッテルトさんと別れた後――」

 

そこからは、妖怪達との間で行われた会話の一部始終を語ってくれたが、ルイ・サイファーに繋がるような証拠は一切挙がらなかった。

あれだけの広範囲の結界を張っていたにも関わらず、その事実を誰にも悟らせていない。最早、彼女が私をここに運んだのは確定だろう。

探知できたとすれば、如何にアーシアが準戦闘要員とはいえ、こんな安穏とした時間を過ごせているとは思えない。

 

それよりも、今はライドウとゴウトと言う猫の話だ。

結局ライドウ=有斗零という公式が成立することはなかったが、ゴウトの反応からすると9割は当たりと見てもいい。

9割と言うのも、言ってしまえばゴウトの発言を正当性を証明するものが何もないからに過ぎない。

自惚れかもしれないが、長い付き合いである私が彼が有斗零であると確信しているからこそ、甘く判定しているだけ。状況証拠としては杜撰もいいところだ。

 

それと、そのゴウトというのが、小猫の姉でありSS級はぐれ悪魔である黒歌であったという事実には流石に驚いた。

いつの間に接点が出来ていたのかとか、どういう関係なのかとか、知りたいことは山ほどあるが、アーシアの説明から黒歌のライドウへの執着がどれ程かはおおよそ把握できた。

女の勘を前面に押し出し、理屈や道理をかなぐり捨ててしまえば、この時点で10割であると断言していたことだろう。

 

そんなバラバラなままのピースの中でも、形となった部分はある。

それは、黒歌がレイに執心しているという事実。誰よりも彼に執心している私が確信しているのだ。これ以上とない判断材料だろう。

先程まで理屈ぶって色々考えていたが、ぶっちゃけここが一番の問題だ。大問題だ。

確かにライドウ=レイの公式は成立していない。最早ただの現実逃避だと言われようとも、絶対ではないのだからしょうがない。

しかし――そう、しかし。ライドウは私を知らない。記憶喪失という形で、私にとってのパーソナルスペースは粉微塵になった訳だ。

更に、後釜に据えるかのようにそこに黒歌が狡猾にも侵入。見事にしてやったという訳である。

それこそまさに「この泥棒猫が!」という奴である。

 

加えて、敵は黒歌だけに留まらない。

ライドウを従えていた少女、九重。目下の最大の敵は彼女であろう。

何せ、ライドウは九重の傍仕えとしての大義名分を得ており、その立場はそう簡単に揺らぐことはない筈。

仮に記憶を取り戻したとしても、はいそうですかと此方側に戻ることは出来なくなったのだ。これは、かなりの問題である。

レイの立場は、三陣営にとってもイレギュラー……いや、アンタッチャブルと言うべきか。とにかく扱いが非常に難しいものとなっている。

傾向としては悪魔陣営に寄ってはいるように見えるが、それはあくまで友人に悪魔が多いからというだけで、もしこれから他陣営の友人が増えていくようならば、その傾向は容易く逆転し得る。

彼は大衆の為ではなく、あくまでも友人という個を尊重するからこそ、その力を振るう。

周囲の思惑などどうでもいい、興味もないと切って捨てることが出来る。それもひとえに、彼が強いが故の我儘の通し方だ。

 

彼に英雄と呼ばれる者のような高潔さもなければ、未だに底の見えないその力を我欲に使うこともない。

事あるごとに言っていた、絆という言葉。彼の在り方は、徹頭徹尾そこに収束する。一度だってブレたことはない。

故に、彼を組織と言う形で縛ることは出来ない。可能性があるとすれば、情に絆すぐらいだが、もしそれが悪意あるものだった場合――私がストッパーとなる。

なる、と豪語してはいるが、それを押し通せるほどの力を私は持っていない。

金、権力、知識、武力――力の定義は色々だが、組織や国、種族という群が織り成す悪辣な手練手管を捌くには、無力という言葉さえおこがましい。

とはいえ、ないよりはマシ程度には私にもやれることはある。

特に、政治的な面に関してはレイは門外漢というか、お人好しすぎて知り合いの頼みならイエスマンになってるきらいがある。

腹の探り合いとかも苦手そうというか、後に起こり得る色々な問題などを加味しなければ、大抵の敵なら殲滅出来てしまうというのも、拍車をかける要因となっているというか。

三陣営による天下三分の計もどきがあっても、レイが失踪するという大失態が起こったのだから、もしこれが成らなかった場合など、どれ程混沌とした未来となったことか。

 

「あ……」

 

レイのことを考えていると、小さく空腹を訴える音が私から出てきた。

なまじ静かだったこともあり、間違いなくアーシアにも聞こえたであろう。恥ずかしいなんてものではない。

 

「あ、すみません気が利かなくて。もう夜遅いですし、旅館の食事をとはいきませんが……」

 

アーシアはそんな羞恥心に気付いた様子もなく、本当に申し訳なさそうに近くにあった袋を漁り出す。

そこからは、出るわ出るわ多種多様なお菓子の群れ。修学旅行の自由時間全部使っても食べきれそうにない量だ。

 

「えっと、これらはアザゼル先生から戴いたものです。ミッテルトさんが起きたら、ということで」

 

「アザゼル様が……」

 

「それと、『殴って悪かった』とも」

 

その言葉に一瞬思考に空白が生まれるが、すぐにレイが失踪した時のことだと思い至る。

アザゼル様は悪くない、とはいえそれで納得しないからこそ、時間が空いて記憶を取り戻した今、間接的にではあるがこうして伝えてくれたのだろう。

末端の堕天使としては、身に余る光栄である。だからと言ってそれ以上の感情は湧くことはないが。

堕天使としては明らかに間違った反応なのは分かってるが、心までは縛られる謂れはないということだ。

 

「そうね、せっかくだし好意に甘えましょう。お菓子を食べるにはちょっと遅いけどね」

 

「確かに……出しておいてなんですけど、本当に大丈夫ですか?」

 

「別に平気よ。そもそも、悪魔とか天使みたいな人外って、体型の変化に疎いから」

 

「それは、初耳です」

 

ほんの、ほんのちょっぴりではあるがアーシアの語気が強まるのが分かった。

アーシアってそういうの気にしそうな性格じゃなかったから、少し意外。

 

「人間と違って、私達は寿命が長いことを筆頭に、存在そのものが揺らぎにくいという性質を抱えているのよ。だから成長も緩やかだし、逆も然り。一定の成長を終えたら良くも悪くも変化しなくなっちゃうのよね」

 

だからもっと背が伸びて欲しいと思って民間療法に頼っても、人間の肉体を基準とした方法ではどうにもならずに悲しみを背負ったこともある。

そう、せめて――あのルイ・サイファーとやらぐらいあれば、レイと隣り合っても様になるだろうに。こんちくしょう。

 

「というわけで、食べ過ぎなきゃ全然オッケーってことだから気にしなくていいわよ」

 

話している内に、少しだけ身体の力が戻ってきたのを確認したので、おもむろに上半身を起き上がらせる。

半分ぐらいからキツくなってきた辺りでアーシアが背中を優しく押してくれる。

この辺の機微を分かっているのを見ると、天使とかに関わっていなければ、介護士として大成する未来もあったんじゃないかと思えてくる。

気にしたところでどうしようもないのだが、ペルソナに覚醒した今でも、やはり彼女はこんな世界にいるべきではないと考えてしまう。

 

――でも、それを突き詰めてしまえば。

そもそも人間にとって、私達人外はただの害悪でしかなくて。

認めてしまうことは、私とアーシアは出会うべきではなかったという事になってしまう。それは嫌だ。

 

「ミッテルトさん」

 

癖となってきているネガティブ思考は、私を呼ぶ声によって霧散していく。

淀んだ思考を振り払い、その次に見た光景は、アーシアが私の眼前にチョコレートを指で摘まんで差し出している光景だった。

 

「はい、あーん」

 

「……はい?」

 

「あーん、ですよ。あーん」

 

アーシアも小さく可愛らしい口を開け、ジェスチャーで意思を伝えようと頑張っているが、そうではない。

 

「いや、自分で食べられるから」

 

ぎこちない挙動でアーシアの持つチョコレートを貰おうとしたが、指を滑らせて布団の上に落してしまう。

今この時、思い通りに動かない自分の身体を大いに怨んだ。こうなってしまえば、後の未来は想像に難くない。

案の定、アーシアは布団に落ちたチョコレートを躊躇いなく自らの口へと運んでいく。

衛生観念よりも、もったいない精神が勝ったのだろう。或いは、捨ててしまうと私への当て付けのように見えてしまうと踏んだからか。

どちらにせよ、アーシアに無駄な負担を強いたのは事実。意地張って裏目に出るとか、馬鹿の極みもいいところだ。

 

「不思議な味ですけど、美味しいですよ。ミッテルトさんもどうぞ」

 

改めて差し出されるチョコレートを、今度は素直に口にする。

奥歯で軽く噛むとあっさりと表面が砕け、空洞となっていた箇所から、ほんのりと舌が痺れるような感覚と共に甘い液体が口の中に広がっていく。

この時初めて、このチョコレートがお酒入りの奴であることに気付く。

何というか、アザゼル様の手土産らしい。この様子だと、他のも酒のつまみになるようなものばかりに違いない。

まぁ、これで女子が好みそうなデコレーションの入ったものを渡されても、それこそ反応に困る。

 

「美味しいですよね?」

 

「ええ。パッケージから察してたけど、間違いなく安物ではないわね」

 

「なら、折角の機会ですし、どんどん戴いてしまいましょう」

 

「私宛てとはいえ、アーシアも食べてもいいからね?」

 

「はい。お恥ずかしながら、結構私も気に入ってしまいましたので、是非」

 

そんなやり取りを経て、互いに高級菓子に舌鼓を打つ。

とはいえ、起きたばかりではあるが時間帯は夜。最早寝るだけという状況では、流石に量を食べることは出来ない。太る太らないの問題以前に、胃もたれするから。

結局、最初に開けたチョコレートボンボンの中身を空けるだけで、至福の時間はあっさりと終わりを告げた。

 

「ミッテルトさん、まだお風呂は空いていますけど、どうします?」

 

「あー、それなんだけど……まだ歩くのは難しいかな」

 

よしんば一人で歩けたとしても、下手をすれば溺れるようなコンディションで無理矢理行ったと知れば、アーシアが絶対に止める。下手をすれば誰に見たことがないであろう、彼女の怒りを知ることが出来るかもしれない。

というか、溺死する堕天使とか恥過ぎて歴史にさえ載せられないレベル。誰だってそんなのはごめんだ。

 

「えっと、それならちょっと待っててくださいね」

 

アーシアがスリッパをパタパタと鳴らしながら、早足で部屋を出ていく。

何が出来るでもないので大人しくしていると、アーシアがお湯の張った桶とタオルを持って戻ってきた。

 

「それ、どうするの?」

 

「僭越ながら、お風呂に入れないミッテルトさんの身体を拭いて差し上げようと……」

 

「ああー……」

 

なるほど、アーシアならそういう考えに至るよね。

でも、流石にちょっと恥ずかしい。裸体を見られることもそうだが、介護されることそのものが恥ずかしい。

 

「そ、そこまでしてもらわなくてもいいって」

 

「ダメですよ。女の子なんですから、不衛生なのは神が許しても私が許しません」

 

此方の意思などお構いなしに、アーシアは献身的に私の服を脱がしていく。

ペルソナに覚醒してからというものの、アーシアは随分と押しが強くなった。

以前ならば、此方の意思を尊重して一歩引いていた状況でも、一本芯を通すことが当たり前になってきている。

我儘になるのはいいことだと思う。アーシアは謙虚すぎるきらいがあって、それが理由で苦労してきたことを知っているから。

でも、正直このタイミングで我を通して欲しくはなかったかな~……。

 

「え、ええっと。せめて電気は消して欲しい、かなー」

 

「あ、はい。分かりました」

 

せめてもの抵抗と言わんばかりに出た言葉に、アーシアは素直に従う。

その程度で和らぐ羞恥ではないのだが、どうしようもない時こそ抵抗しようとするのは決しておかしなことではないと思う。

 

「じゃあ――お願いするね」

 

 

 

 

 

明かりの消えた部屋で、微かな衣擦れの音が響く。

ミッテルトがぎこちなくも、浴衣の上をはだけさせている。

アーシアはそんな彼女の行いを静かに見守っている。下手に介助するのは、ミッテルトの助けにならないことを理解しているから。

衣擦れの音と共に露わになっていく肢体は、太陽に照らされた新雪の如く美しい。

白々とした光が照らす雪色の中で、豊かさの象徴とも言える麦畑の如し金髪が、隙間風によって静かに揺れる。

春と冬という、交わることのない世界の共存。故に、それは幻想となる。

そのような美しい光景を前にアーシアは――無意識に、喉を鳴らしていた。

 

「……どしたの?」

 

「え?あ、はい!すみません、すぐに拭きますね」

 

文字通り飛んでいた意識を、ミッテルトの言葉によって取り戻す。

取り繕うように慌てて作業に取り掛かろうとするも、決して乱暴には扱わないようにと、細心の注意を払う。

 

「ミッテルトさんの身体、凄く綺麗ですね」

 

「そう?気にしたことなかったし、褒めてくれる人もいなかったから」

 

一切の抵抗なく濡れたタオルが皮膚を滑る感覚は、拭いているアーシアさえ気持ちよくさせる快感を与えてくれる。

 

「有斗先輩にもですか?」

 

「うん。そもそも彼自身、積極的に自分から話すタイプじゃないしね。それなりに長く一緒に過ごしてきたけれど、まだまだ知らないことの方が多いんじゃないかしら」

 

それを聞いて、アーシアは零に対してほんのり不満を募らせる。

身勝手な感情であることは理解しつつも、同居までしているにも関わらず男の甲斐性のひとつも見せていないのは、同じ女としては納得しがたいものがある。

逆に一誠の場合、必要以上に女性を褒める傾向にある為、どうしても比較してしまうのも原因だった。

 

「でも、それって……」

 

「辛くないか、って?」

 

「……はい」

 

「いや、別に?」

 

あっけらかんと答えるミッテルトの背中からは、一切の悲壮感は見られない。

逆に、その軽い調子での返答が、アーシアの心を締め付ける。

 

「どうしてですか?」

 

「だって――この気持ちを告げる気はないし」

 

「――え?」

 

遂に、アーシアの手が止まる。

それほどまでに、その発言が衝撃的だった。

 

「私とレイには、決定的な違いがある。レイは人間で、私は堕天使――人間じゃないってこと」

 

「あ――」

 

「私達は、人間と違って長い時間を生きる。寿命だけじゃなくて、姿形だってそのまま。どんなに肩を並べて同じ速さで歩こうとしても、次第に離れていく運命にある。姿は魔法とかで誤魔化すことは出来ても、それはただの逃避でしかない。目に見えなくても、現実はいつだって変わらない」

 

「でも、そんなの――」

 

「レイは気にしないって?そうね、そうかもしれない。だけど――彼は『人間』で在ることに強いこだわりを持っている。その理由の重さまでは測れないけれど、もし彼が人間という『自由』を尊重しているとしたら――私の存在は、足枷にしかならない」

 

「そんな、こと」

 

「ない、と言い切れる?いや、優しい彼のことだから、不自然なまでに自然体で在ろうとするでしょうね。例え、自分の生き様を捨ててでも。堕天使(ヒトデナシ)の私を、まるで人間のように扱ってくれるに違いない。――私は、それが嫌」

 

ふと、ミッテルトが窓から覗く月を見上げる。

その横顔はいっそ潔癖なまでに美しく、硝子細工のように脆く見えた。

 

「私はレイに救われた。あの時彼に出会えていなければ、私はレイナーレ姉さま共々リアス達に殺されていた。それどころか、下級堕天使には過分な力を得るきっかけさえ与えてくれた。先の見えない暗闇に光明を見出してくれた彼に報いたい」

 

「――その為なら、想いを胸に秘め続けることも辞さない、と?」

 

アーシアの目は、躊躇うことなく無言で頷く姿を映した。

瞬間、胸中に去来したのは、ミッテルトに対する明確な怒りだった。

 

「本当なら、この気持ちを誰にも話すつもりなんてなかったのに、なんで言っちゃったかなぁ……。妙に頭が浮付いている気もするし、まだ疲れが――」

 

「――ったら」

 

「ん?」

 

「だったら、私が貴女を幸せにします。例え、私の人生を投げうってでも」

 

怒りの感情は、意趣返しと共に吐き出される。

そして、アーシアは乱暴にミッテルトを自分の方へと振り返らせると、そのまま彼女の肩を押し、倒れ込んだ。

 

「――え?」

 

浴衣がはだけ露出したミッテルトの上半身を、月光が余すことなく晒し上げる。

何が起こったのかが理解できない、そんな呆気にとられた表情が、アーシアの中で燻る未知の感情を昂らせていく。

 

「……私は、貴女のおかげで変わることができました。弱虫で、消極的で、迎合するだけの弱い自分を変えてくれたのは、ミッテルトさんが私を友達だと――好きだと言ってくれたからなんですよ?」

 

「それより、なんで」

 

「抑圧していた自分の気持ちを、曝け出すことは決して悪いことではない。良い子でいる必要はないんだって分かったから」

 

「待って、ねぇ」

 

「――貴女が貴方自身を救わないのなら、私が貴女の救いとなりましょう」

 

一方的に言葉を紡ぐアーシアから離れようと腕を伸ばすも、逆に手首を掴まれそのまま畳に押さえつけられる。

続いて、互いの太腿が絡み合う形でホールドされてしまい、筋力の弱った身体では身動き一つとれない状態となってしまう。

 

「ひゃっ――」

 

アーシアはゆっくりとミッテルトの首筋に顔を埋めると、匂いを堪能するように呼吸を繰り返す。

絶え間なく首筋と耳を撫でる暖かな風は、一切の抵抗が利かない肉体にはあまりにも刺激が強すぎた。

 

「やめっ、汗臭い、からぁ……!!」

 

「そんなことありません。本当に、いい匂い」

 

香水では味わえない、内から昇る自然な甘い少女の香りが、アーシアの脳を溶かす。

もっと味わいたい、独占したい――そんな手前勝手な欲求が津波のように押し寄せてくる。

それを、アーシアは一切否定せず、心のままにミッテルトの身体を侵略していく。

 

「んぃ――!!」

 

カリ、と音を立ててミッテルトの耳たぶを噛む。

先程まで慈しむような手つきで身体を拭いていた姿とは打って変わって、その行動は狩った獲物で遊ぶ肉食動物のそれ。

ミッテルトにとっても、アーシアがその様な行動を起こすとは想定外であった為、予測不能な痛みを前に過剰に悶えてしまう。

 

「アーシア、貴女おかしいわよ――ぉお!!」

 

「……おはひいのは、んっ、どひらですか」

 

ミッテルトの抗議の声を、アーシアは自らの舌を耳孔に侵入させることで無理矢理遮断する。

ツンとした舌触りを不快に思うことなく、ひたすら奥へと進もうと更に舌を伸ばしていく。

 

「んっ……やぁっ……ぐちゃぐちゃぁ……!!」

 

まるで脳髄を犯されるような錯覚に見舞われるミッテルト。

自分でさえ滅多に触れない領域を、問答無用で蹂躙される感覚は、筆舌に尽くしがたい快楽を昇らせていく。

纏まらない思考の中、理容室で頭を洗われる感覚もこんな感じなのかな、と益体の無い発想が流れていく。

背筋がぞくぞくする、耳の中が気持ち悪い、抵抗できないことがもどかしい。

どうにかしなければならないと思いつつも、それが新たな快楽の呼び水になっていることに気付けぬまま、二人は徐々に沼へと沈んでいく。

 

ちゅぽ、と淫靡な音と共に抜かれる舌。

伝う銀色の糸は、ゆっくりと頭を上げる行為と共に細くなり、遂にはミッテルトの胸の中心で雫となって落ちる。

再び、二人の視線が交わる。

前後不覚な快楽によって瞳を滲ませるミッテルトと、酩酊したように頬を上気させるアーシア。

唯一共通している部分があるとすれば、それはどちらも正常ではないという一点に尽きた。

 

「貴女の発想は、構想の時点で破綻しています。傍から見て丸わかりなぐらい有斗先輩が好きである癖に、その恋慕の情を隠し通すなんて、不可能なんですよ」

 

「――ッ、でも私は!」

 

「貴女のそれは奥ゆかしさでもなんでもない。ただの自己犠牲です。歪んだ思想です。――ただの、病気です」

 

零に対するスタンスを、はっきりとした口調で容赦なく否定される。

ミッテルトは反論したくても、声が出せない。何を言っても、それ以上の言霊で上から潰される気しかしなかったから。

 

「時間の問題だったんですよ。でも、それは長引くほど貴女自身を殺す毒となっていたことを思えば、今回の失言は光明でした」

 

「そんなの、私が苦しいだけなら――」

 

「私も、苦しいです。貴女が幸せでいられないと知った以上、この苦痛は永遠に私の心を蝕むことでしょう」

 

「…………」

 

「貴女が先輩を思うような気持ちが、他の誰かには無いと思っていたのですか?自らを傷つけてでも他者を救いたいと思う存在がいないとでも」

 

アーシアの射貫くような視線から、思わず首を傾けて逃げてしまう。

いない、などと言える訳がなかった。

だって、目の前に居る聖女こそ、その言葉を飾るに相応しい人物であるのだから。

 

「――もし、貴女が頑なに先輩との愛を育むことを拒むというのなら」

 

ミッテルトの左手を抑えていた右手を、彼女の慎ましやかな双丘に沿える。

 

「私が、貴女にとっての幸せの象徴となりましょう。例え先輩への想いを、塗り潰してでも」

 

「やっ――ダメッ……!!」

 

瞬間、ミッテルトは胸部に訪れるであろう刺激に両目を閉じて身構える。

だが、想像していた刺激は一向に訪れず、何事かと恐る恐る目を開けると、軽く前後に揺れて茫然と俯くアーシアが映った。

 

「アー……シア?」

 

不意に、アーシアの身体がミッテルトへと倒れ込む。

軽く苦悶の声を零すも、アーシアの体重の軽さも相まってそれ以上の被害は出なかった。

ミッテルトの顔の近くで、等間隔な息遣いが聞こえる。

横を向き、それがアーシアの寝息であることに気付いた。

 

「なんだって言うのよ、もう」

 

疲労が重なった身体を布団に投げ出し、気だるげに天井を見つめる。

先程のアーシアは、明らかに様子がおかしかった。

色々吹っ切れたことは知っていても、ここまでじゃなかった筈。

それを言うならば、自分も同じ。言葉を滑らせてしまったこともそうだが、頭も上手く働かなかった。

どうして――そう考え、ふと視界の端に先程食べたチョコレートの空箱が映る。

まさかと思い、アーシアを起こさないように慎重に、時間をかけて足を使ってでもどうにか箱を手に入れる。

 

「……アザゼル様、怨みますよ」

 

パッケージをよく見てみると、そこに書かれた度数は、一般的に販売されているチョコレートボンボンの度数を遥かに凌ぐ数値が記されていた。

アザゼルの趣味であることは疑いようもなかったが、まさかここまで自分本位の見舞い品を渡されていたとは思いもよらなかった。

ミッテルトのアザゼルへの評価が、急転直下となった瞬間である。

 

幸せそうに眠るアーシアの頭を、静かに優しく撫でる。

あんなことをされた後だが、彼女に対する悪感情は一欠片もない。

女性同士で、なんて発想はそもそも堕天使である時点で存在しないし、倫理観を語れる立場でもない。

それに、アーシア相手ならば別に構わない、という感情も確かにあった。

あそこで止めたのは、アーシアが正常でないことが分かり切っていたから。

下手にあそこから情事に及ぼうものならば、アーシアに酷い爪痕を残す結果となっていたに違いない。

現状でも十分ヤバい気もしなくはないが、そこはどうにか証拠隠滅して、かつ酒で記憶が飛んだということにして誤魔化す。

幸い、悪魔である彼女なら、自己補完する力で酒気など簡単に抜けるだろうしきっと大丈夫。……そう信じたい。

 

「――私は病気、か」

 

ふと、アーシアに告げられた言葉を反芻する。

その通りなのだろう。自分が身を引いて相手の幸せを願うなど、傲慢もいいところだ。

零が自分を選ばない未来だって有り得るのに、それを加味したうえでこんな発想を抱いているのだから。

その癖、もし自分以外の人外が彼と結ばれたとしても、それを引きはがそうとは微塵も考えていない。

ああ、その矛盾を抱えてなお意思を貫こうとするのだから、それは誰が聴いても病気だと評するだろう。

 

――だが、それでも。

アーシアの凶行と歯に衣着せぬ発言をされた今でも、意思が揺らぐことはない。

こうして意識して初めて、自分が狂っているのだと理解する。

なればこそ、余計に狂気を宿す愛を表に出すわけにはいかない。

 

私はただ、彼の為に生きて、死ぬ。

あの日命を救われてから続く誓いは、これからも続いていく。

改めて自身に告げる誓いを見届けるのは、雲によって陰りを刺す月だけだった。

 

 

――ちなみにではあるが。

次の日までに証拠隠滅を終えられたことで、予想通りアーシアの記憶半分になっていた部分を改竄した結果、て何とか誤魔化すことに成功。

そして、アザゼルには見舞い品に対する感謝と同時に、教師としての常識をみっちり叩きこんでおいたりしたのは、また別の話。




ぶっちゃけ、R-15の基準を色々調べてもようわからん。
矢吹神の某漫画だって、一応R-15ななら、この程度は誤差だよ誤差!と思いつつも、ハーメルンだとどうなるか。

まぁ、消されたら増える(投稿期間までの間隔が)だけだから、何の問題もないな!


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第四十三話


漆黒のヴィランズのアーリーアクセス前日、どうにか半年ぶりに投稿に成功。
ロスガルにするかヴィエラにするか、凄い悩む。


 怒涛の一夜が明けてからは、打って変わって平穏な時間が過ぎていった。

 私達は現在、駒王学園のいち生徒として修学旅行を満喫している。

 最初はこんなことをしていていいのだろうかという葛藤はあったが、だからといって何ができるというわけでもない。

 妖怪勢力との件はアザゼル様が対応するとのことだが、ならば安心という事にはならない。

 信頼していないわけではない。単純な実力だけではなく、政治的なやり取りに関しても私とは天と地ほどの能力差があるのは明白。

 しかし、それはそれ。理論上100%成功するという確信と、それでも失敗する可能性に不安を抱く心理は矛盾せず両立する。理屈や理論など、感情論の前ではただの数字の羅列でしかない。

 何事にもイレギュラーは存在する。それこそ、今やライドウを名乗るレイが中立勢力に渡ってしまったように、予想外は連続して起こり得るもの。

 誘拐の件も、まず一筋縄ではいかないだろうという確信がある。そしてそれの解決なくして、ライドウと膝を交える機会など訪れることはないということも。

 そして、その予感はすぐに現実となって私達を悪意の渦中へと誘うこととなる。

 

「英雄派、ですか?」

 

「ああ。『禍の団』における派閥のひとつらしいが、そいつ等が大将である八坂を誘拐したことが発覚したらしい。人質としての目的にしては、何かを要求する素振りもなく、目的は謎のまま。故に予断を許さない状況な訳だ」

 

 会談から戻ってきたアザゼル様はオカルト研究部一同を離れの個室に集め、そこでの内容をざっくりと話してくれた。

 妖怪勢力がピリピリしている理由、そしてこの状況で私達に協力を求めてきたことも明らかとなった。

 

「人のことを散々疑っておいて、間違いだと分かった途端に協力要請かよ」

 

 不機嫌さを隠そうともしない兵藤一誠。

 どうにもライドウに関することでゴウトと口論したらしく、その時の熱が尾を引いているようだ。

 

「そう言うな。彼方はトップを奪われた状態だったんだ、疑心暗鬼になるのも当然だし、だからこそ恥を忍んで俺達を頼ろうとしている」

 

「それは……」

 

「それに、アイツ――ライドウだったか。確かに零の奴にソックリだったが、あれが記憶を失った本人だっていうなら、俺達も完全に無関係ではない。今回の件で功績を立てられれば、その辺りの事情にも大きく踏み込める可能性は高い」

 

 そう言われてしまえば、反論は出来ない。

 功績を立て、相手側の信用を勝ち取り、それでようやくスタートを切れる。

 逆に、このタイミングを逃せば次はいつ機会を得られるか分かったものではない。

 何せ彼らは中立の立場。このような状況でもない限り、他勢力の介入は極力避けたいと考えているのは想像に難くない。

 彼らにとっては絶体絶命だが、私達にとっては降って湧いた幸運でもある。それを理解しているからこそ、互いに手を取り合うことに抵抗はない。

 

「……ま、そう簡単にはいかないだろうがな」

 

 アザゼル様は気だるげに煙草を口に咥え、火をつけようとして私の視線の意図に気付いたのか、渋々といった様子で箱に戻す。

 流石に教職員としての立場でこの場に居る以上、不祥事の種を蒔くような行動は見逃せない。

 気疲れから一服したかった心中は察するが、それでも我慢してもらう他ない。

 

「外交問題だからって訳じゃねぇ。アイツはどうにも、拾われてから今日までの約一ヶ月の間九重の護衛にかまけていたわけではないらしくてな。リハビリやら記憶を取り戻すための手段として、京都を散策したりなんなりしている時に、困っている人を見つけたかと思えばその悩みを解決してを繰り返していたらしい。それも人間に限ったことではなく、妖怪にさえも例外なくな。おかげさまで今や京都に住んでいてアイツを知らん奴はモグリと言われるぐらいに知名度を得ているんだってよ」

 

「……それは、なんというか」

 

「はい。まさに、ですね」

 

 この場に居る全員の表情がほころぶ。

 優しい気持ちを抱きながら、かつての自分達の道程を思い返す。

 レイもそうだった。ほんの短い期間の間に、彼は人間でありながら三陣営から一目置かれるようになり、今ではすっかり話題の中心だ。

 神器を宿す人間はそこまで珍しいものではないが、それらが辿るのは他者への迎合か死のどちらかがほとんど。

 人間としての強者にカテゴライズされたところで、その先には更なる強者に目を付けられるという悲惨な未来。

 生き残りたいのであれば、抗うのではなく受け入れることが肝要であり、そこに打算を欠片でも取り入れようものならば、それに勘付いた人外は下等種である人間に侮られたと憤慨してしまうことは想像に難くない。

 トップの人間こそその辺りは寛容ではあるが、それでも無価値な存在に対して優しさを見せるような甘い者達ではない。

 そうでなければ、ありとあらゆる癖を闇鍋したような種族の頂点として君臨できる訳がない。

 

 アーシアから聞いた、黒歌の会話を思い返す。

 力もあり、打算も持たず自分達にとって都合の良い結果をもたらしてくれる存在。第三者から見たレイは、まさに傀儡と言っても過言ではない立場に見えていたのだと。

 それは、ルイ・サイファーとの問答でも出てきた問題であり、ひとつの意見として片付けるには実例が連続し続けている。

 レイは無自覚に影響を周囲に与え過ぎた。そして、それを自覚しながら彼に甘え続けたその結果、私達は彼を間接的に失う愚を犯してしまった。

 ライドウと名前を変え、生きていたという事実を知るまでの私は、まさに抜け殻――いや、それ以下のナニかだった。

 失って初めて気付く大切さ。幸せの青い鳥とはかくも言った通りで、今回は最悪を免れただけでこのような結果が二度と続かない保証もない。

 それに、命こそ永らえたが代償として記憶を失い、三陣営とは異なる勢力に身を寄せている。

 最悪ではないが、限りなく致命傷に近い。何せ、記憶がいつか戻るかどうかなんて誰にも分からないし、それを治す手段だってあるかどうかも怪しい。

 仮にあったとしても、それが私達の中から提示される手段だとすれば、ライドウを傍に置いておきたいであろう妖怪陣営が大人しく受け入れるとは思えない。

 アザゼル様が仰ったライドウの現状が真実ならば、問題はまだまだ点在していることになる。

 それらを少しずつ詰めていくしかないのだが、そうしている間にも彼らとライドウの関係は指数関数レベルで上昇していくだろう。

 

「……そういえば、小猫ちゃんの姉ちゃんって確か元々禍の団に居たんだったよな。だったら相手の情報とか知ってたりしないのか?」

 

「奴さんがスパイなら、知っていても話すことはないだろうが……いや、そもそも帰属意識がある奴がライドウに対して雌の顔はしねぇわな」

 

「め、雌の顔って……」

 

 何を想像したのか、みるみる顔を紅くするアーシア。

 仮にも悪魔の筈なのに、今やペルソナに覚醒したこともあって清楚レベルが天元突破してしまっている。

 個人的にはアーシアにはいつまでも清楚で居て欲しい――そんな願望を、あの夜の出来事が塗り潰す。

 

「……ミッテルトさん、顔紅いですよ」

 

 小猫が此方の表情を覗き込んできたのに気付き、慌てて顔を背ける。

 

「お?ミッテルト、なんだよアザゼル先生の話で恥ずかしがってるとか、結構純じょぼぉ!!」

 

 腰の入った右フックで兵藤一誠の顔を殴り飛ばす。

 アザゼル様の前でなければリバーブロー、ガゼルパンチ、デンプシーロールのフルコンボにしていたところだ。

アーシアだけが唯一彼を心配して駆け付けるも、それ以外は何事もなかったように話を続けていく。

 

「俺の見立てでは、アイツはもう禍の団に戻ることはないだろう。それこそ、ライドウ自身に何かあるぐらいじゃないとな」

 

「如何にも手馴れている人の観察眼は伊達じゃありませんね」

 

「堕天使のトップ張ってるなら、これぐらいは当然よ。つっても、最近は色々忙しくてご無沙汰だがな」

 

 神器作りてぇとか、姉ちゃん侍らせてぇとか、そんな小さな愚痴が続く。

 堕天使としては正しい感性なのかもしれないが、如何せん俗世に馴染み過ぎたこともあって、私にとってはただの駄目な大人にしか見えない。

 というか、私の堕天使要素って……なんだ?ゲームとか漫画とかは好きだけど、四六時中浸っている訳でもないし、それどころかレイとの生活スタイルに合わせていることで、自然と規則正しい生活になっていた、ような……。

 自身のアイデンティティが既に崩壊していた事実を、今更ながらに自覚する。とはいっても、今の私にはだから何だと言えるレベルの価値しかないが。

 

「しかし、このまま情報待ちしていても埒が明かねぇ。此方から派手に動くのが無理なのは承知だが、だからってこのままだと修学旅行の期日が過ぎちまう。出戻りはできるが、それまでの空白期間ばかりはどうにもならねぇ。いや、相手側はむしろそのタイミングを狙っていると考えても不思議じゃねぇ」

 

「では、どうするのですか?」

 

「……しゃあねぇ、折を見て俺の方でも捜索を――」

 

「否、汝らの憂虞(ゆうぐ)は徒労であると言わせてもらう」

 

 瞬間、声の主へ視線が一斉に集まる。

 いつの間にか開いていた扉の前に悠然と佇んでいたのは、ライドウだった。

 

「……嘘だろ、気配なんざ欠片も感じ取れなかったぞ?」

 

 アザゼル様の焦燥が小さく漏れる。

 誰もが彼の接近に気付けなった。それは、仮にも堕天使の総督であるアザゼル様さえ欺ける隠密能力を有しているという証明でもある。

 ペルソナか何かを使ったのかと考えたが、それならば同じ波長の力を持つ私やアーシアが気付かない道理はない。

 つまり、ライドウ自身の技術の賜物。奇跡に頼らない、彼自身の力。……私も知らなかった、新たな側面。

 

「八坂様を捕らえた賊の居場所が判明した。従って汝らには八坂様の救出任務に参加してもらう」

 

「なんとも都合の良いタイミングだなぁオイ。……いつから見ていた?」

 

「汝らが会合せんと行動していた時点で監視はしていた。此方としても立場がある故、表立った接触は避けたかった都合もある」

 

 その言葉に一同戦慄する。

 時間にしておおよそ三十分の間、私達は彼の監視に気付けなかったことになる。

 私達の警戒が甘かったとは思いたくない。アザゼル様さえ欺ける隠密能力こそが異常なのだ。

 

「……それで、敵の情報は把握しているのか?こっちも戦力は万全とは言い難いから、事前に対策できるならそうしたい」

 

「完全ではないが、賊である英雄派の頭目は、彼の三国志の英雄『曹操』の名を騙っている男であること。そして数名の部下ないしは同志が居ること。それ以上は気取られる可能性があった故に、深入りは避けた次第だ」

 

「曹操、って……あの?」

 

「奴が定命の者であるならば、その名を騙るだけの外道でしかない。例え子孫であれど、本人でないのならば憂慮するに値せず。悉く霧散せしめるのみ」

 

 三国志の英雄の名が出たことでどよめいた周囲の空気を、ライドウは辛辣な評価で切って捨てる。

 表面上は冷静なように見えるが、内に秘めた禍の団に対する憤りは隠しきれていないのが分かる。

 記憶喪失となって右も左も分からない状況で世話になった相手が攫われたともなれば、当然の反応である。

 

「ライドウの言う通り、俺の情報網の範囲では曹操を名乗る奴が悪魔に転生したとかそういう話は聞かねぇから、本人じゃねぇと見てもいいだろう。だからと言って油断はするな。どんなやり方かは知らねぇが、妖怪側の統領を

まんまと攫った手腕は確かだ」

 

「八坂様は、帝釈天の使者との会談に向かう道中で襲撃に遭ったと報告を受けている。護衛に付けていた者達も精鋭揃いの中、襲撃を周囲に一切露呈させなかった事実は、賊の戦力を語る上で大きな指針となる」 

 

「一方的に情報が筒抜けだったってことですからね。油断ならない相手であることは間違いないでしょう」

 

 妖怪陣営が、部外者である私達を頼ろうとした理由が理解できた。まさに、藁にも縋る思いだったというわけだ。

 それと同時に、ライドウがこうも簡単に九重の傍仕えになれた理由もなんとなくだが推測できた。

 本人の努力もあったのだろうが、何よりもその襲撃で実力者が殲滅されてしまったことが最大の要因なのだろう。

 

「それで、いつ出発するんだ」

 

「此方は万全である。汝ら次第だ」

 

「万全って、お前ひとりか?もしかして」

 

「私もいるよ」

 

 ライドウの懐から勢いよく飛び出してきたのは、ゴウトだった。

 兵藤一誠の頭を足場にして空中反転。そのままライドウの肩に着地する。

 

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 

「言いたかっただけでしょ」 

 

 意外とノリノリな兵藤一誠。気持ちは凄くわかるが、今は自重しろ。

 

「……」

 

 小猫とゴウトの視線が交差する。

 事情はある程度把握しているが、これは二人の問題であって私から口を出すべきことではない。

 

「それでも二人か、確実性に欠けるが……どうにもならん感じか」

 

「九重様が屋敷に待機している手前、護衛を割く訳にもいかない。賊の目的が権力者の母子を貶めることで、影響力を削ぎ落したいというのであれば、攻め込んだ結果隙を晒すことになりかねない」

 

「そうなると八坂が攫われた時点で詰みだとは思うが、不安は分からんでもない」

 

 実際、英雄派が何を目的に行動しているかは現時点では一切分かっていない。

 可能性なら思い浮かべれば幾らでも浮かぶ。それ故に、絞り込むことができない。

 

「ですが、もしそうならライドウさんが前線に出てくるのは非常に危険なのでは?」

 

 アーシアの気遣いに対し、ライドウは静かに語り出す。

 

「……九重様は、汝らの前で気丈な振舞いをしていただろう。毅然とした態度でいなければ、彼女の心は折れてしまいかねないほどに疲弊している。彼女の精神年齢は外見相応だ。まだまだ母親に甘えたい年齢で、頼れる者は限られた状況、しかも立場は京都一帯を纏めている八坂様の娘ともなれば、下の者を気遣わせないように振舞うのは必然」

 

「だから場所が掴めたが否や、万全でないと知りながらも攻め込もうとしている、か」

 

 八坂に対する恩義の程度は不明だが、独断でこのような行動をしたとは思えない。彼を拾ったのは九重であって、単純な優先順位は九重の方が上の筈。

 ましてや彼女の傍仕えともなれば、独断で動くことは彼女の権威に傷をつけかねない。緊急事態とはいえ、彼がそれを安易に実行できるような人間であるとは思っていない。

 そうなると、この状況は九重が指示によるものと考えるべきだろう。彼の言う通り、八坂の代理として相応しい振舞いを虚飾として。

 

「……分かった。二年の生徒会の奴らとロスヴァイセは待機。万が一京都を襲撃される可能性を考えての判断だ」

 

 目を閉じて一分程を経て、おもむろにアザゼル先生はそう告げた。

 それはやはり、少なからず一同に動揺を走らせた。

 

「い、いいのかよアザゼル先生。ただでさえ戦力不足かもしれないのに」

 

「一誠、お前の言いたいことは分かってる。だが、相手の情報が未知数過ぎて一点賭けはリスクがでかすぎる。八坂を攫った手際を考えると、此方の情報は筒抜けであることも否定できない。九重まで英雄派の手に渡れば、それは最早妖怪陣営だけの問題では終わらなくなる。ただでさえ和平を確かなものとしようとしている現状で、取り返しのつかない不和をもたらす訳にはいかねぇ」

 

「……クソッ」

 

 悔しそうに兵藤一誠は拳を握り締める。

 どうせ、自分がもっと強ければ~なんて無意味な後悔を抱いているのだろう。

 感情まで否定するつもりはないが、反省が事態を好転させる訳もない。

 

「……ゴウトさん、貴方は英雄派について何も情報は持っていないのですか?」

 

 小猫は遠回しに、過去を捨てた姉が禍の団所属であった経緯を突いた質問をする。

 

「さぁね。アナタ達だって同じ悪魔であるシトリーチームの所在を逐一理解している訳じゃないでしょ?それと一緒よ」

 

 にべもなく遠回しに知らないと返される。

 まさに猫のような態度。いや、ライドウだけには心を許している辺り、むしろ犬か。

 だからこそ、この状況で彼女が嘘を吐いていないことは分かる。

 

「そこまでだ。これ以上は時間の無駄だ」

 

 空気に淀みが生まれてきたところを、アザゼル様が一喝する。

 

「俺はシトリーに事情を説明した上で、匙達を借り出してついでにロスヴァイセも拾ってくる。お前達は先に行け」

 

「い、いいのかよそんなことして」

 

「戦力の逐次投入は下策だってアレか?そんなもん、匙達を後方待機させる時点で今更だ。それよりも、相手の戦力が未知数な今、纏めて攻めて罠に嵌って詰みなんて展開こそ最悪だ。なぁに、俺がいなくてもライドウがいる、どうにでもなるさ」

 

 確かに彼が一緒なら大抵の脅威はどうとでもなるだろう。

 だが、今回は力押しでどうにか出来る問題ではない気がする。八坂の喉元に刃を突き付けられてしまえば、それだけで私達は何もできなくなるのは、ライドウとて例外ではない。

 

「その前に、どうやって行くんですか?真正面からなんてそれこそ下策でしょう」

 

「偵察の際にゴウトが転移の陣を偽物含めて数ヶ所敷いている。それを使って奇襲を行う手筈となっている」

 

「転移の陣って、大丈夫なのかよそれ」

 

「少なくとも、陣そのものに何かしら施されたような感覚はないわ。これでも結界とかそういうのには一家言あるのから、逆探知ぐらい訳ないわ」

 

「それを信用するしかない、か。真正面から堂々と行くよりは現実的か」

 

「理解してもらえて何よりだ」

 

 ライドウは懐から私達に向けて飛ばし、慌ててキャッチする。

 東洋特有の紋様が記されたそれが護符であることにすぐに気が付く。

 

「それは転移の陣に対応した符だ。上の漢数字は、各陣と連動している。この地図に賊の拠点と陣の位置が記されている」

 

 地面に広げられた地図を眺める。

 私の護符は壱と書かれており、拠点との距離で言えば最も近い配置であった。

 果たしてこれが自分の実力に見合った配置かは定かではないが、位置替えを吟味している余裕はない。

 

「突入の前に集合する場所はここだ。転移後はまずここを目指せ。間違っても単騎で攻めるようなことはするな。運悪く道中出逢っても逃げることを第一とせよ」

 

 ライドウの言葉に一同頷く。

 出たとこ勝負だが、思えばいつだって綱渡りの連続だった。

 何かが欠けていれば今の私達はなかった。その最大のピースが不完全だが、その不完全は私達が埋めればいい。

 今までの関係が歪だったのであって、それが正しい形に戻ろうとしているだけ。過程がキツいのは、甘えていたツケでしかない。

 

「決まったようだな。じゃあ、俺は行くぜ」

 

 情報を聞き終えたアザゼル先生は、退出しようと出口へと歩いていく。

 ライドウが居るとはいえ、彼ほどの戦力が抜けるのは痛い。

 少しぐらいなら待つべきではないかと思わずにはいられないが、一刻の猶予もない事情も理解できるため、引き留めるのも憚られた。

 そんな心境を察してか、出口前でアザゼル先生は立ち止まり、背を向けた状態で言葉を紡ぐ。

 

「俺は、今が試練の時だと思っている。アイツにおんぶに抱っこだった現状を打破できる最大のチャンスは、ここしかない。だから――頑張れよ」

 

 腕の横に伸ばし、見せつけるように親指を立てる。

 不安と焦燥に彩られていた各々の表情が、アザゼル先生なりの激励によって光明へと切り替わっていくのが分かる。

 

「――ライドウ?」

 

「如何したゴウト」

 

「……いや、なんでもない」

 

 ゴウトの微かな呟きに、私は無意識に視界をライドウの方へと傾ける。

 殆ど変化のない表情。しかし私には、どこか苦痛を帯びているように見える。

 ゴウトは微かな機微に気付いてはいたが、蜃気楼を見たかのようにそれが気のせいであると不安げだった表情はすぐに元通りにしていた。

 ああ、私が彼の隣に立てたならば。彼の内にしまい込まれた苦痛を和らげてあげられるのに。

 まるで夜空に浮かぶ星のように、近くて遠い距離。

 

「して、準備は万端か」

 

 ライドウと目が合う。

 全員に向けられた言葉の筈なのに、まるで私ひとりに向けられたかのような錯覚。

 まさしく虚を突かれた私の返事は口内で砕け、代わりと言わんばかりに兵藤一誠が、覚悟のこもった声色で答えた。

 

「ああ、俺は問題ない。みんなはどうだ?」

 

 問いかけの答えは、すべてYES。

 こうなってしまっては、今更小細工を準備したところで付け焼刃にしかならない。背水の陣、という奴だ。

 

「じゃあ、符に魔力を込めて。それに反応して転移の陣と連動するから」

 

 ゴウトの指示通り、皆が一斉に魔力を込める。

 魔力光が部屋中に満たされようとした、その瞬間であった。

 

「――ッ、魔力カット!転移中断!」

 

 ゴウトが酷く狼狽しながらそう叫ぶも、時既に遅し。

 符に満たされた魔力が鍵となり、私達を目的の場所に転移させる――筈だったのだ。

 

「……?これ、何――霧?」

 

 転移した先は、視界すべてが靄のようなもので包まれた世界だった。

 眼前の光景に対する疑問を消化するよりも早く、視界は晴れていく。

 

「――どこ、ここ」

 

 次に視界に映ったのは、座敷牢を彷彿とさせる巨大な空間だった。

 不気味で、陰湿で、一秒でもここに居たくないと思わせる怖気が充満している。

 微かに鼻腔を刺激する血と腐った木材の臭いも相まって、もはやここは生物が住まえる環境ではないと如実に物語っていた

 

「だしゃ~、どうやらハズレを引いちまったようだな」

 

「――ッ、誰!?」

 

 どこか気の抜けた、しかし空間全体に響くようにはっきりとした声色をした男の声が、暗がりの影から聞こえてくる。

 声のした方向を睨めつけていると、乾いた足音と共にソレは現れた。

 

「俺様としては、ポッと出のライドウ以外はどうでもいいんだがな……ま、そう上手くはいかねぇか」

 

 黒の蓬髪と対比した白の着流し、そして背中には封の施された長板を袈裟懸けに背負った大男。

 この音が何者かは分からない。だけど、間違いなく――コイツは、敵だ。それだけは間違いない。

 

「……英雄派の一人ね」

 

「一応、そうなるのかね。ま、肩書なんざどうだっていい」

 

 長板の封を乱暴に剥ぎ取り、飛び出ていた柄を握って一振り。

 その勢いで吹き飛んだ長板は壁に直撃し、耳障りな音を立てる。

 男の手の中には、刀身に北斗七星を彷彿とさせる七つの紋様が刻まれた刀が握られていた。

 

「――俺の名は葛葉狂死(キョウジ)。短い付き合いになるだろうが、せいぜい俺様を愉しませてくれよ、お嬢ちゃん」

 

 刀の切っ先を向けて告げた男の名乗りは、私にとって聞き逃せないほどの言霊が込められていた。



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第四十四話

二年振りだけど、細々と期待された感想が送られていたので投稿。
ぶっちゃけ内容の整合性がどこまで取れているかわかんないけど、精査し過ぎたらまた時間かかりそうだったから、ガバがあっても許して……。


 飄々とした調子と態度に反し、内から漏れる覇気は人間とは思えない程に力強く――邪悪さで満たされていた。

 

「葛葉――キョウジ」

 

「応。お前さんは確か――なんだっけな。小物の名前までいちいち把握なんて出来るかっての」

 

 葛葉の姓を名乗ったこの男。それが偽名でないのであれば、奴は妖怪陣営と深い関わりがある。

 偶然の産物と言うのも否定しきれないが、ここにきてそれはあまりにも歪曲した判断に過ぎる。

 葛葉という姓は、八坂様にとっても特別な意味を持っていることは疑いようもない。

 そんな姓を持つ男が、八坂様の誘拐に加担した一味に居る事実は、今回の事件がかなり根深い問題であることが伺える。

 

「お生憎様、こっちもアンタに名乗る名前なんてないわよ」

 

 負けじと軽口で言い返すが、正直なところ今すぐにでも逃げ出したい。

 相対しているだけでハッキリとわかる実力差。弱者であるが故にその辺りには非常に敏感であり、それが処世術になっていた。

 幾度となくそれに助けられてきた訳だけど、それがこんなにも忌々しいと思ったのは初めてだ。

 多少は強くなることが出来た今でもその感性は大いに役に立つものではあるが、こんな逃げられない状況下で本能が警鐘を鳴らしたところで、悪戯に身体を鈍らせる効果しかない。

 

「……どうして葛葉の姓を持つ者が、八坂様を誘拐なんてしたの?」

 

「はん、時間稼ぎかい?」

 

「そうよ、悪い?」

 

 一瞬、キョウジは目を丸くする。

 

「――ダッ、ハハハハハハハァ!!」

 

 そして、唐突に爆笑を始めた。

 あまりにも唐突で理解の及ばない反応に、軽く思考が停止する。

 今のどこに笑う要素があったのか。何が奴の琴線に触れたのかがまるで理解できない。

 今までに相手にしたことのタイプ。理屈や道理が通用しない、型に嵌らないタイプ。――私が最も苦手なタイプ。

 

「いやぁ、まさかそこまで潔いとは思わなんだ。キッチリ怯えて、それを必死に隠そうとしているようでそうでもない。普通は虚勢を貫くとか、煙に巻くもんだぜ?」

 

「そんなことに意味なんてないもの」

 

 実際、この男に対して如何に舌戦を繰り広げようとも、次の瞬間には一刀に伏せられるぐらいには隔絶した実力差の相手には大して意味などない。

 ましてや、この男に真っ当な道理が通用するとは思えない。何を言ったところで思い通りにならないなら、ノーガード上等で攻めた方がいい。死中に活を求めるという奴だ。

 

「なるほど、面白いお嬢ちゃんだ。その天然の話術の才、人間に生まれていればデビルサマナーの才能があったやもな」

 

「デビル、サマナー?」

 

 聞き慣れない用語に首を傾げる。

 しかし、額面通りに受け取るなら、その言葉の意味はひとつしかない。

 

「知らないか、無理もねぇ。とうに廃れた上にお前達からすれば色々不都合がある存在だからな。その辺りは、名前で察するものがあるだろう?」

 

 デビルサマナー――悪魔召喚師。

 古来より悪魔は、契約によって召喚されることでそれを叶えた代償に魂を奪うとされている。

 近代化に伴い魂以外を代償とするようになりはしたが、根幹にあるのは上位者特有の搾取。代価が釣り合うかどうかの判断は、悪魔側の気持ちひとつでどうとでも変えられる程度のものでしかない。

 デビルサマナーと言う名の通り、それが意味するのは召喚するという行為そのものが役割であるということ。

 従来の悪魔との契約とは決定的に違う何かが、デビルサマナーの召喚にはある。そして、それがキョウジの言う不都合な存在に繋がる。

 だが、これだけではまだ推測に推測を重ねた域を出ない。

 

「知りたいか?随分と顔に出ているぞ」

 

「ええ、是非ともご教授願いたいわ」

 

 キョウジは不敵に笑い、刀をその場に突き立ててそれを背中に預けるようにして座り込む。

 

「――いいだろう、久々に笑わせてもらった礼だ。興が乗っている間はお嬢ちゃんの口車に乗ってやろうじゃないか」

 

 時間稼ぎに付き合うという宣言通り、キョウジはゆっくりと間延びした口調で語り始めた。

 

「デビルサマナーってのは、悪魔と契約して使役する人間のことでな。悪魔と呼んではいるが、そのカテゴリーは天使や妖怪と多岐に渡る。悪魔=自然界の法則に囚われない生物の総称と考えるのがわかりやすいだろう。無論、お嬢ちゃんも俺様に言わせれば悪魔よ。デビルサマナーと契約した悪魔の関係は色々あるが、不文律としてそこには人間側が上位というものがある。どれだけ対等を装うとも、高圧的な態度を崩さなくとも、デビルサマナーとの契約は従来のソレとは決定的に違う要素があるが故に成り立つのさ」

 

「その違いとは、何?」

 

「簡単な話よ。――力さ」

 

「力?」

 

「この世の真理は弱肉強食。人間よりも悪魔側の方がその法則に理解があるんじゃねぇか?召喚者が弱ければ、契約が果たされた瞬間に頭と胴体が二分されていても不思議じゃない。悪魔にとって人間は一種の餌でしかなく、実際にそういったケースは枚挙に暇がない。お嬢ちゃんも聞いたことぐらいはあるだろうよ」

 

 キョウジの言う通り、所謂はぐれ悪魔と呼ばれる奴らはまさにそれに該当する。

 もらうものもらってはいさよならなんて、不義理ではあるが実際自分が上位者であるという自負があるからこそできることであって、それができてしまう時点で契約とは名ばかりであることも納得がいく。

 流石にそれがまかり通ってしまえば、各陣営にとっても不都合な要素だったり風評被害が出てきたりとがある為、指名手配して積極的に討伐と言う名の粛清を行っている訳だが、下級悪魔からすれば悪魔という強者でありながら弱者である人間にこびへつらうような関係が気にくわないと考える者も一定数いるだろうし、近代化してなお弱肉強食という理が成立しているというのも事実である。

 

「聖書の神が消えたことで、それこそ多少は人間側に寄り添うようなスタンスを取り始めたかのように見えるが、根っこは何も変わっちゃあいねぇ。その最たる要素が転生システムよ。悪魔どもが勝手にやり始めた戦争で数が減りました、だから無関係で才能が有りそうな人間を悪魔に転生させて数を増やしましょうってことだぜ?まさしく悪魔に相応しい所業だと思わねぇか?」

 

 キョウジの言葉に、私は何も言い返せなかった。

 しがない下級堕天使でしかない私には、お上の事情なんてハッキリ言って知ったことではない。

 そもそも堕天使陣営は転生システムを採用してはおらず、人間と同様の交わりと天使の墜天によって細々と幹を太くしているという点では、一番人間寄りと言っても過言ではない。

 だけど、零に出逢うまでそのような事実を鑑みることなく人間を等しく下に見ていたことは事実で、だからこそ安易に同調することも出来ない。

 

「結局、奴らは人間のことなんざどうとも思っちゃいねぇのさ。そのロジックの根幹にあるのが、自らが絶対強者であるという立場にこそある。ここまで言えば、デビルサマナーがどれだけ奴らにとって許されない存在ががわかるだろう?」

 

 つい最近、私はそれに類似した答えを聞いていた。

 ルイ・サイファー。あの謎の女が語ったそれと同じ視点をキョウジは持っている。

 しかし、決定的に違うのは彼が紛れもない人間であるということ。

 むしろそれが自然であり、人外側であろうルイ・サイファーが同等の目線で語っていたことこそが、ある意味では異常なのだ。

 

 もしも、人間と私達の地位が逆転ないしは均衡するようになったとして。

 利用される側がされる側に。搾取する側がされる側に。

 立場の逆転と共に、裏に潜んでいた人外達が露出することになれば、密かに行ってきた人間側にとっては悪行と言っても差し支えない数々の行いも露呈することになるだろう。

 その先に待つのは、地獄そのもの。

 下を見れば人間が隷属関係の逆転による暴虐の限りを尽くし、上を見れば互いの種族の存亡を掛けた生存競争に発展することは想像に難くない。

 そこに平和や安定というものは存在せず、どちらかが破滅するまで止まらないだろう。

 人間も人外も、一皮剥けば欲望を肉の塊で包んだだけの同レベルでしかなく、それ故に対立は避けられない。

 最悪の未来を前提としてはいるが、差異はあれども軟着陸するような問題ではないのは疑いようもない。

 

 ――ふと、そこまで想像して。

 そんな事態になってしまった時、私はどの陣営に味方して――零は、誰の為に戦ってくれるのかと。

 過程の未来を想像し、現状妖怪陣営に属している零を――葛葉ライドウを見て、心臓が締め付けられる感覚に襲われた。

 

「もしかすると、デビルサマナーという職業が人間側に広く認知され、個人規模に留まらず種族規模で関係性がひっくり返る未来もあったかもしれないが、もう過ぎたことよ」

 

「……なんで、デビルサマナーは衰退したの?」

 

「その辺りはまぁ、政治的な思惑だったり存在が不都合な奴らによる暗躍だったりと、流石にそれを語るには時間が掛かり過ぎる。ぶっちゃけ面倒だから、想像するなり誰かに聞けばいい。――ああ、それに詳しそうな奴はこっちで攫ってたんだったな」

 

「そう、そうよ!それが気になっていたの。その言葉通りなら、アンタは間違いなく禍の団の一員で、八坂様を攫った関係者ってことよね。なんでそんなことをしたの?」

 

 現状、八坂様の誘拐はあまりにも突飛な出来事でその背景がまるでわからない。

 俗な誘拐目的なら、金銭のような物品的な要求にあたって人質として利用する為と言うのが非常に分かりやすくあるが、果たしてそんな単純な理由の為に陣営のトップを真っ向から誘拐出来る人員を揃えられるだろうか。

 

「そうさなぁ、禍の団とやらには籍を置いてはいるが別に仲間意識がある訳でもなし。全部ゲロっちまってもいいんだが……それもつまらん」

 

 キョウジはおもむろに立ち上がると、刀の切っ先を此方へと突き付けてくる。

 

「一撃だ。一撃耐える度に答えてやる」

 

「――ご褒美タイムは終わりってことかしら?」

 

「これまでがサービスし過ぎなぐらいだからな、趣向を変えるぐらいは良いだろう?」

 

「無論、拒否権は――」

 

「あるぜ。ただ、それはそれとして斬るがな」

 

 そんなの、無いと言っているようなものだ。

 しかし、それも必然。我を通せるほどに彼我の実力差は歴然ともなれば、チャンスがあるだけでも有情と言える。

 私に出来るのは、キョウジの一撃をどう耐え凌ぐかと、奴が気紛れを起こして約束を反故にしないことを祈ることのみ。

 

「安心しろや、手加減はしてやる」

 

 そう宣言した瞬間、密室に向かい風が吹いた。

 反射的にその衝撃をいなすようによろめく。

 それ以外は何も変化していない。――その筈なのに、私の呼吸は徐々に荒くなり、倦怠感が加速度的に押し寄せてくるのだろうか。

 

「紙一重、という奴か。しかし無意識と見える」

 

「なにを、言ってる……の」

 

「無意識とは、自身の危機にさえも鈍感になる。それは慈悲か、或いは欠陥か。どちらにせよままならんものよな」

 

 キョウジの独白を尻目に、私はとうとう膝から崩れ落ちる。

 その衝撃を切っ掛けに、左腕から灼熱の如き痛みが表層化する。

 それ故に、その原因を探るべく視界を左腕に向けるのは当然のこと。

 

「あ、あ、あ――」

 

 口から洩れる単音、そして規則的かつ連続性のある水滴音が左腕の先から聞こえてくる。

 その光景を目の当たりにしたことで、絶望が訪れた。

 

 肘を起点として、私の腕が切断されていた。

 その切断面はあまりにも綺麗で、現象も相まって現実感を喪失させるには充分な光景だった。

 しかし、本能は全力で警鐘を鳴らす。現実逃避の先に待つのは、更なる地獄だと知っているから。

 

「ペルソナァァァアアアアアアアーー!!」

 

 落ちた腕を間髪入れずに拾い上げ、断面図と繋ぎ合わせた状態でパンドラを発現させて『ディアラマ』を唱える。

 しかし、その結果は遅々としたもので、本来の回復速度よりも明らかに劣化している。

 理解不能な現象を前に、混乱は加速する。

 

「ディアラマ、ディアラマッ!なんで、なんで治らないのよっ!!」

 

「そりゃあ、この剣の力だぜ」

 

 こちらの狼狽を尻目に、キョウジは自らの太刀を見せびらかすように此方へと向ける。

 

「この七星剣は、所謂反魔の力を宿していてな。人間相手にはちょっとした剣に過ぎないが、悪魔どもにとってはこれ以上とない猛毒になる。超然とした奴らを下等な人間と同じ領域に叩き落とせる、愉快極まりない剣って訳だ」

 

 激痛と焦燥で解説に思考を裂く余裕がない。

 例えそれが事実であっても、ここで諦められる訳もなく、馬鹿の一つ覚えのように回復呪文を唱え続ける。

 その成果は徐々に表れ、切断面の止血には成功した。だが、結合には至らず私の左腕はただの肉の塊となってしまった。

 魔力の枯渇、出血による体力の減退、肉体の欠損という喪失の三重苦は、しがない下級堕天使でしかない私の心を折るには充分過ぎた。

 

「――随分とあっさり折れたな。俺様の勘も鈍ったか?だがあれは……」

 

 キョウジがぶつぶつと独り言を呟いているが、それに意識を割く余裕はない。

 今の私は、ただ漫然と事態が進むことを待つだけの空虚な塊でしかない。

 恐らく、この結果によってキョウジの私への関心は消えただろう。そうなれば、いつトドメを刺されてもおかしくはない状態だ。

 だけど、私は逃げない。無様な逃走がカッコ悪いとか、そんな安いプライドの問題ではない。

 単純に抵抗は無意味だと嫌でも理解してしまったが故の境地。

 死を間近にしてより洗練されていく思考を以てしても、得られる解答はひとつのみ。

 兵藤一誠ぐらいの馬鹿になれれば、こんな簡単に諦めるようなことはなかったのだろう。

 でも、私は私。アイツが単純馬鹿で今までやってこられたように、私の今はこの小賢しい頭脳によって成り立っているに過ぎない。

 使えるものはすべて使い、弱者なりに小賢しく立ち回ることが処世術。野生のカラスのように残飯漁りで細々と生を繋ぐのが賢明だと、私自身がなによりも理解していた。

 ――零と一緒にいるようになる前までは。

 

 零に命を救われ、同棲するようになって、同じく事件に巻き込まれるようになって、その流れで力を得て――きっと、そこで綻びが生まれたんだと思う。あるいは、最初からか。

 今の私は、徹頭徹尾が有斗零という個人によって成り立っている腰巾着でしかない。

 命も、境遇も、力もなにもかもが、彼によって与えられたものに過ぎないのに。

 どんなに自制していたつもりでも、順応と共に心は緩んでいく。

 特別が日常になってしまった時点で、この末路は必然だったんだ。

 

「……お得意の意地っ張りもどうやらここまでのようだな。それじゃあ、幕といこうか」

 

 鋭敏になった聴覚が、七星剣を振り上げる音を拾い上げる。

 さながら断頭台の如きそれを、後悔と共に両断される瞬間を待つ。

 一秒か、一分か、あるいは一時間か。永遠にも等しい須臾に終止符が打たれる。

 

 まず破壊音が聞こえた。

 静寂を瞬く間に塗り替えた乾いた轟音と同時に、それを突き破るように鋭くけたたましい音が私のすぐ傍を通り抜け、断頭台を諸共に吹き飛ばした。

 

「――なん、で」

 

 それは、何に対しての疑問だったのか。

 この突拍子もない展開に対してか、それとも――それを引き起こした張本人がこの場に居る理由に対してか。

 だってそうだろう。彼は私達を見て、再会を喜ぶ訳でもなければ再び肩を並べる道を選ぶことはなかった。

 記憶喪失なのか、果たして本当にただの別人なのか。どちらにせよ、彼の立場と目的達成の条件を思えば、彼がこの場に現れる理由などある筈がないのだ。

 だからこそ出た疑問。初めから切り捨てていた選択肢が文字通り背後から現れた現実は、理屈や道理を主体とした思考では理解の及ばないものであった。

 

「下がっていろ」

 

 一歩前へ踏み出し、私を庇うように立つ背中。

 見慣れない姿、しかし見慣れた光景。今まで何度もこの背中に私は救われてきた。

 どんなに成長しようとも、未だ私は護られるだけの立場でしかない。その事実に直面し、か細い涙が流れる。

 悔しい。悔しくて悔しくて堪らないのに――心はどうしてこうも歓喜に震えているのか。

 

 絶望の闇に差し込んだ、黒すら白に染めるほどの光。

 それは、納得と諦観という抑揚のない因果関係を紐解いた果ての、抗うことを許さない圧倒的な現実を塗り替えるほどに鮮烈で、だからこそ死に体だった心を蘇生させるには充分すぎるものだった。

 

「レ、イ……」

 

 思わず零れるのは、かつて否定された名。

 それでも、脳裏にフラッシュバックするかつての類似した光景を前にして、呟かずにはいられなかった。

 

「――テメェが八坂が選んだ外様のライドウか」

 

 土煙を巻いて悠然と姿を現すキョウジ。

 あれ程の衝撃を受けて、傷一つついていない事実に戦慄する。

 

「葛葉の名を掘り起こしてまで部外者に襲名させたと聞いた時は、奴らも外聞もなく外道を極めたかと失望したが……なるほど」

 

 値踏みするようにライドウを観察するキョウジ。

 そんな状況を前に、静かに帯刀していた刀を抜くライドウ。

 ライドウは言わずもがな、キョウジも一見して余裕綽々と言った様子だが、その視線からは一切の油断は見られない。

 

「んじゃあ、先輩として名乗っておくか。俺は――」

 

「どうでもいい」

 

 キョウジの言葉を、重みのある一言で切り捨てる。

 

「貴様が何者だろうと、何を目的にしているかなど、一切合切興味がない」

 

 ライドウが左腕を勢いよく振り上げ、マントを翻す。

 露出したマントの下には、無数の試験官のような棒がベルトに差し込まれており、その中の三本を器用に左指で挟みこんで取り出したかと思うと、ゆっくりと試験官の蓋が開き緑色の光が現れる。

 閃光と共に、緑色の光が試験官から飛び出し、ひとつは私の隣に、残りの二つはライドウを左右から護るようにその姿を現す。

 

「スサノオ、フツヌシ、クー・フーリン……!!」

 

 その存在は、ペルソナ全書を見て把握していた。

 召喚は出来ないまでも、レイの持つペルソナは余すところなく記されていた為、その性質や能力は把握していた。

 ペルソナは集合的無意識によってその存在は形作られる。ワイルドのペルソナ使いが使用するペルソナは、自身が持つ唯一のペルソナ以外はその集合的無意識から顕現されるものであり、その姿形が変わることはまず有り得ないと、ペルソナ全書を取得した初期のころにレイから聞いてる。

 ペルソナの召喚方法とは明らかに異なり、しかしライドウが召喚したそれらはペルソナ全書に登録されていたものと全く一緒の姿形をしている。

 確かに、集合的無意識の産物だとすれば、ライドウとレイが同一人物であるという証拠としては決定的なもの足り得ないだろう。

 だけど、使用者が瓜二つどころか紛れもなく同一人物で、同じような能力を行使して、果たしてこれで別人であるなどと言えるのか。

 

「貴様を――斬る」

 

 その言葉と共にライドウから膨れ上がる殺意に等しい圧力。

 それが恐ろしくもあり、その殺意がもしかしたら私を想ってのものだとすれば、それだけで恐怖が喜びへと変わる。

 

「だしゃあ……いい度胸じゃねぇか。いいぜ、来いよ。新参者に格の違いを見せつけてやる」

 

 両者が武器を構え、静寂が場を支配する。

 息遣いさえもハッキリと聞こえるぐらいの静寂の中、二人の呼吸が重なった瞬間――剣戟の音が重なり合うと共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 




バイオミュータントまだかなー。ギルティギアストライヴも楽しみだしで、ウマ娘も楽しいしで、こんなだから小説蔑ろにするんだよなぁ……。分かってても止められない。


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第四十五話

これを見ている皆さん、真・女神転生Vはもちろん予約しているよね?
真・女神転生IV FINALから五年振りの正当続編であり、事前情報で期待度マックスでボリューミー感をひしひしと感じさせる、メガテニストとしては絶対に見逃せない今作。

取っつきにくさのある金子絵も、時代の流れからかかなり大衆向けにデフォルメされており、男系女系問わず人間的表現の悪魔はみんなイケメン美女として表現されている為、かなり敷居が低くなっている印象です。公式サイトのフィンとイズンだけ見ても納得してくれると思う。
基本的なシステムは過去作で完成されているので、そこからのプラス&がどう作用するかは未知数ではあるけれど、個人的にはかなり期待できる要素が多いです。やり込み要素もしっかりあるようだし。
RPGとしては難易度高めだけど、Safetyの難易度をDLCで無料アプデ追加できるので、恐れずに踏み込んで欲しい。
ぶっちゃけ、発売日以降にここを覗いたのであれば、この前書き見たらこんな遅々として進まない作品なんて無視してとっとと回れ右してメガテンV、やろう!

え?でも通常版でも税込みで一万近くするのは高すぎるって?……せやな!


刃と刃が重なる音が絶え間なく響き続ける。

一撃が重なり合う度に吹き荒れる力の奔流は、この狭い空間で展開されるにはあまりにも強大で、本来ならば私はその余波を余すところなく受ける筈だった。

ライドウの召喚したクー・フーリンが私に降りかかるあらゆるものから身を挺して護ってくれていることで事なきを得ていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、ええ。ありがとうございます、クー・フーリン……さん」

 

「感謝も敬語も不要です。それが主殿から賜れた主命なれば、それを全うするのが我が役目」

 

 紳士的な態度でそう答えるクー・フーリン。

 アイルランドの光の御子と呼ばれる英雄を、私一人を護る為に宛がうなんて贅沢にも程がある。

 しかし、そんな英雄である彼はライドウに対して忠実な態度を示している。そこに嫌々従っているような雰囲気はなく、一種の敬意を抱いているようにさえ映る。

 

 それにしても驚いたのは、クー・フーリンが言葉を話したことや感情があるような反応を見せたことにある。

 顕現しているペルソナが心の動きや特製によって無意識に多種多様な行動をすることはある。

 しかし、それはある種のプログラミングされた行動のようなもので、思考の介在しないルーチンに等しい。

 生物としての形も、あくまでその力の属性に相応しい器として用意された紋切り型でしかなく、それ自体に大きな意味はない。

 それは実力に圧倒的な差があるレイでも変えられない不文律で、逆説的にその枠を超えた行動を取る彼らはペルソナではないという証明にもなる。

 

「えっと、貴方達は一体……」

 

「申し訳ありません。このような場でもなければ説明することも吝かではなかったのですが……この状況ではそれも難しいかと」

 

 瞬間、此方へと飛来する攻撃の余波をクー・フーリンの槍の一振りで相殺する。

 彼によって私の安全は大いに保障されてはいるが、一歩その領域から外れようものならば、中堅クラスの人外ならば余波でも地獄絵図な結果になりかねない程の攻防が繰り広げられている。

 最早視認することさえ困難な両者の動きは、力の余韻が視覚化されたような何かを後追いすることでようやくなんとなく理解できる程度。

 上級クラスの人外にも引けを取らない力のぶつかり合い。これを繰り広げているのが、本来は弱者と定義されている人間の二人であるなどと、果たしてどれだけの人がすぐさまに現実を見据えられるだろうか。

 

「これが、ライドウ達の本気……?」

 

 思えば、ライドウが物理的な手段で戦うところを見るのはこれが二度目だ。

 正確には、ライドウがレイであるという前提での話だが。

 初戦の相手は私自身。あの時も模造刀を握って私に立ち向かってきた。実際は杖替わり程度にしか利用してはいなかったけれど、今にして思えば使うまでもなかったと言う事だろう。

 手加減に手加減を幾重にも重ね、その結果深手を負うような結果になったとしても、必死に私程度の存在に真正面から向き合ってくれた。

 それ以来、彼が戦う時は常にペルソナによる圧倒的制圧力にばかり目が行き、彼の強さはあくまでもペルソナありきであるという認識は、私を含め周囲の者達にとっても共通したものだったに違いない。

 故に、目の前で起こっている光景にただただ圧倒されるしかない。

 アギやブフのような属性魔法の痕跡は見受けられず、単純な力押しによる攻防のみで、これ程の破壊をもたらしている。

補助魔法を使っている可能性はあるが、それにしても限度というものがある。

 これは異常と呼ぶ以外に表現できるものではない。

 

 キョウジの話していた、デビルサマナーが衰退した理由。

漠然とした回答ではあったが、彼が言いたいことはなんとなく理解できた気がする。

 もし、人間がこの領域に少しでも近づける手段にデビルサマナーという職業があるとするならば、人外達がこれを恐れるのは必然だ。

 

「いえ、本気ではありませんよ。彼らが本気になれば、周囲一帯は焦土では済まない被害を容易く生み出せます」

 

「……そうね、そうよね」

 

 我ながら、なんて浅はかな思い込み。

 目の前の圧倒的な現実を前に、それ以上を想像することを無意識に拒否していたのかもしれない。

 事実、彼らの戦いは悪魔天使問わず上級に属する者達と引けを取らないものであり、それを人間の肉体というハンデを背負って成立させている。

 レイはペルソナ能力でそれを為していたが、肉体面に関しては据え置きであると思い込んでいた。

 実際、彼が物理的な戦闘を行った事実は一度として見たことは無い。

 彼と敵として対峙したあの時、模造刀を所持してはいたが使ってはいなかった。加えて、私程度の攻撃でボロボロになっていたという実体験に基づいた思考の帰結。

 思い込むには、十分な材料はあった。

 

 片腕を失い、こんな竜巻が如し暴力の応酬を前にしているにも関わらず、今の私の思考は冷静そのもの。

 如何にライドウが選んだ悪魔に護られているとはいえ、掠めただけで跡形もなくなりそうな光景を前に、それでも心がこれほどまでに凪いでいるというのは、やはりライドウという何よりも信を置く存在と同じ雰囲気を纏う存在があってのことであろう。

 だからこそ、こうして改めてライドウと有斗零に関して考えを巡らせていく余裕が出来た。

 

 レイが消息不明となり、それからそこまで日を跨がずに出逢ったのがライドウだった。

 ライドウはレイと顔が瓜二つであるだけではなく、身に纏う雰囲気もとても類似していた。

 同一足り得ない要素とは何かと問われれば、それは恐らく立場の違いだ。

 ライドウは記憶を失い、レイが培ってきた絆の一切が存在しなくなった、或いは最初から存在しなかったことで、私達へ向ける感情に大きな変化が生まれた。

 レイも言葉数は少ない方ではあったが、絆というものを何よりも重視していた。同時に、それを脅かす敵に関しても一切の容赦はなかった。

 ペルソナという力を象徴するかのような二面性。或いは書物などで描写される神のように極端なソレは、頼もしくもあり恐ろしくもある。

 そして、ライドウの忠誠は八坂様と九重に向けられている。そんな八坂様を攫った禍の団に対しての鬼神の如き戦いぶりは、レイの行動原理と合致する。

 単純に、それに対抗できる葛葉キョウジに手加減をする理由がないということも含まれているのだろうが。

 

 私はレイとライドウが同一人物であるという確証が欲しくて、こうして辻褄合わせの論理を組み立てている訳ではない。

 レイはペルソナによる後方支援による殲滅に長けていたのに対し、ライドウはペルソナ全書で見た悪魔に生命を宿し使役しながら自らも先陣を切るという、真逆の戦闘スタイルを行使している。

 如何に顔や雰囲気が類似しているとはいえ、ここまで極端に違うともなれば本人と言うには難しいだろう。

 ――しかし、それでも敢えて言わせてもらうならば。

 何なら、一切の根拠を排してなお断言する。レイは間違いなくライドウである、と。

 とはいえ、断言できると同時にどうにも腑に落ちない点もある。それもまた、根拠も何もない謂勘と呼ばれる感覚によるものだが、それが非常に気になってしまう。

 例えるならば、服の前後ろを逆に着ているような、靴下の左右を逆に履いているような、そんな程度の違和感。

 どちらも本質は同じだというのに、ほんの少し手段がズレているせいで全く異なる感覚になっている、そんな感じ。

 

 いや、そうじゃない。

 二人に対して感じる微妙な差異、それこそまるでペルソナのようではないか。

 心の奥底にあるもう一人の自分、或いは別人格。

 そして、レイのワイルドという本来ひとつしか持ち得ないペルソナを複数持つ性質。

 姿形が瓜二つで、しかしレイと完全な同一人物とは言えない差異をライドウが持つ理由に説明がつく。自分自身から出たものなのだから、似ていて当然なのだから。

 

 しかし、そうなると更なる疑問が増える。

 まず、ペルソナはレイからかつて聞いた話によると、ペルソナは集合的無意識から別側面に嵌る紋切型として、神話の神や英雄のような存在を象って現出しているのであって、必ずしも同名のペルソナを自分以外の誰かが持っていたとしても姿形が同一になる訳ではない。それぐらい曖昧で適当なものでしかないと。

 例えばジークフリートは悪竜の血を背中以外に浴びたことで背中以外は不死身の肉体となったが、その性質がペルソナに反映される訳ではない。

 確かに物理に対して圧倒的な耐性を得ることは出来るが、その辺りはだいぶファジーになっている。

 あくまでもイメージに沿う形でしかなく、神話のように絶対的な力を得られる訳ではない。

 どこまで行っても、偽物は偽物でしかないのだ。

 

 だが、今までの前提を踏まえるならば、あのライドウの存在は道理に沿わない。

 まず、あれをペルソナと断定するにはあまりにも人間的過ぎる。

 人語を解し、容姿も彫像のような無骨さはなく、何よりも召喚者であろう存在がが側に居ない。嫌と言うほどに私の知るペルソナとは真逆の属性を有している。

 それこそ、目の前のクー・フーリンがそれを否応無しに証明している。

 ほんの数分程度の関係ではあるが、その短い会話からは確かに生命を感じた。

 それ故に、疑問は更に加速する。

 

 クー・フーリンが生命体であるならば、それを召喚したライドウがペルソナであるとするならば、それすなわち生命の創造を魔法のように使用できるということになる。

 そして、ライドウ=レイのペルソナないしは当人であるならば、当然その力はレイのものであり、つまりは人間が神の奇跡を行使したに等しい。

 だが、そんなことがあり得ると言うのか。

 確かに、神器の中には創造系のものもある為、絶対にあり得ないとは言い切れないとは思う。

 そう考えると、神器というのは文字通り規格外であることを改めて考えさせられる。

 

 神器。それは人間のみに与えられる、神から賜れた奇跡の具現。

 歴史上の偉人は何かしら神器に関わりがあるとされている程、その影響力と力は一線を画す。

 そして人間社会を超え、神や魔王さえも脅かす可能性を秘めた神器の中でも特別とされている神滅具。

 脆弱な個を圧倒的なまでの数によって補う人類、しかしそれでも人外にとっては脅威にはなり得ない。そんな現実に例外を与えるのが神器ということである。

 

 そんな可能性を持ちながらもその立場が一瞬たりとも逆転することがなかったのは、個人による限界と人間という肉体の脆弱さを補完できるものではないからだ。

 その最たる例が寿命。私達からすればあっという間な時間で劣化していく肉体。どんなに脅威でも百年あれば勝手に消える泡沫でしかない。

 そして、力を得た人間は等しく強欲になっていく。人間社会の常識や倫理観によって構成されていたタガが外れることで、人間がいの一番に望むこと。

 それは、永遠の命。もしくはそれに準ずるほどの延命である。

 金銭ではどうにもならない、歴史上でも故ある偉人が挑み敗れていった人類の夢。

 果たして、ソレが手の届く場所にあるとするならば――例え悪魔に魂を売ってでも求める者が居たとしても、何ら不思議ではない。

 ましてや、力を得た人間は更に上を目指す。人間という弱さを知るが故に、悪魔を始めとした超越者の存在を知ってしまったが故に。しかしそれを為すには、人間の寿命はあまりにも短すぎる。

 そんな人間の欲望に付け込み、人間サイドの脅威として君臨しないように各陣営が定期的に素養の有る人間を取り込むことで、人間の叛逆の可能性の芽を摘んでいたのだろう。

 その懸念は間違ってはいない。目の前の戦いを前にすれば、誰もがそう思うだろう。

 

 ――だが、しかし。

 もしかしたら、何かの拍子に私達の立場が逆転するような、悪魔達でさえ予想できないレベルの人類の革新が起こってしまえば。世界はどのようになってしまうのだろうかと、ふと考えてしまう。

 悪魔を従え、悪魔をも凌ぐ戦闘力で戦う人間同士の戦いを見て、そこに私はあったかもしれない――或いはなるかもしれない可能性を見た。

 神が人間にそのような力を授けたということは、神はそのような未来をも想定していたとしても不思議ではない。

 その根底にあるのは慈悲か憐憫か。神の思惑など分かろう筈もないが、願わくば希望のある祈りであって欲しい。

 そうでなくては、人間はただ人外に食われるだけの家畜であると認めてしまうから。

 そしてそれは、レイが文字通り命を賭した生き様を否定することになるから。

 

「――危ないッ!!」

 

 横からの衝撃で思考が中断する。

 何があった?という疑問よりも早く、私が居た場所へと大きな塊が一直線に突っ込み、クー・フーリンを巻き込んで後方へと吹き飛んでいく姿が見えた。

 大きな塊の正体は、ライドウと共に前線で戦っていたフツヌシであると理解した瞬間、改めてライドウ達の戦況を確認する。

 三体一という圧倒的にキョウジが不利であったにも関わらず、互角の戦いを繰り広げていた中、その均衡を破ったのもまたキョウジだった。

 曰くキョウジの持つ七星剣は人ならざる者に対して強力な毒となる剣で、その効果は私自身が身をもって証明している。

 魔法で回復を許されない傷を負うことは、数的優位を活かすことが困難となる。一撃でも貰えばその傷が癒えることはなく、少しずつ磨り潰されていく。

 速攻を仕掛けるにも、七星剣そのものが抑止力となり攻めあぐねてしまう。

 ライドウはきっと、彼と同じように誰かが傷つくのを良しとしない。例え使役している悪魔であろうとも、切り捨てることを前提とした戦い方はしないだろう。

 加えて、私と言う枷の存在。

 クー・フーリンを傍に置いたとしても、その防御は絶対ではない。

 信頼していないのではなく、それだけの強敵であるとライドウが見抜いたからこその二段構え。

 結果として、本来ならば三方向からの縦横無尽な攻撃で翻弄出来る筈が、常に私を庇うような位置で固まって行動するしか出来なくなっていた。

 

 考えれば当然のことだ。

 私はライドウが助けに来てくれたことで、すっかり安心しきっていた。

 もう大丈夫だ。後は彼に任せておけば万事恙なく事は進むと気を抜いてしまっていた。

 彼の強さに甘え、過去の実績に盲目となり、私がやるべき最善手を怠っていた。

 少しでもいいからこの場から離れるべきだったのだ。ライドウが私の御守をしなくても済むぐらいの距離まで、隙を見て離れるのが私のやるべきことだったのに。

 

 そんな後悔を抱いた刹那、ライドウ達の隙間を縫うようにキョウジの左手に握られたライドウが持つ物と同じ試験官のようなものが、まるで弾丸のように私へと飛来してくる。

 それは意図的か偶然か。しかし確実に言えることは、あれを回避することも防御することも出来ないということ。

 頼みの綱のクー・フーリンが居ない今、私が迎えるのは凄惨な未来。

 試験官の中に込められた魔力はかなりのもので、アレが当たればミンチでは済まされない未来が待っている。

 

 死を前にして加速する脳。それに反して微動だにしない肉体。そしてゆっくりと迫る試験官。

 世界がスローモーションになる感覚を前に、私は逃げることではなく目を閉じることを選んだ。

 瞬間、硝子の砕ける音が響く。

 しかしそれは、私の身体に当たったからではなく―― 

 

「――間に合いました」

 

 聞き覚えのある声がした。

 誰よりも慎み深く、慈愛に溢れた少女。私の憧れであり、唯一無二の友達の声。

 そんな本来ならば戦場とは縁遠くあるべき友達が、まるで戦乙女が如し威光を携えて私を護るように立っていた。

 

「アー……シア?」

 

 疑問符を浮かべたのは、その雰囲気が普段の穏やかさを知るからこその錯覚によるもの。

 戦乙女と比喩したのも、彼女から発せられる雰囲気があまりにも雄々しく威風堂々としていたからに他ならない。

 ディオドラ・アスタロトとの戦闘で彼女はペルソナに目覚めた。自分自身と向き合うことで、八面玲瓏の権化のような偶像的存在から、慈悲という刃を以て罪を裁くことも辞さない苛烈な一面を見せるようになった。

 しかしそれも、常人の感性からすればまだ手緩いと言えるもので、アーシアがアーシアのまま一皮剥けたぐらいにしか捉えていなかった。

 

 だが、目の前に居るアーシアはそんな言葉では言い表せないぐらいの威を宿していた。

 思えば、ペルソナを召喚した際に変化する衣装にも所々に損傷が見受けられた。

 それはまるで誰かと一戦交えてきたかのような戦士の勲章のようで。

 本来ならば醜く映るであろうそれは、凛とした美しさを際立たせるものへと昇華されていた。

 その強烈過ぎる変化を前に、別れてから今に至るまでの間に彼女に何があったというのだろうかと狼狽せずにはいられない。

 

「今度は、私が貴方を護ります。――絶対に、これ以上傷付けさせるものですか」

 

 そんな私を尻目にアーシアは静かに、しかしはっきりと宣言する。

 そこに迷いや動揺の色は一切なく、それが当然であると言わんばかりに堂々とした所作で、敵である葛葉キョウジへと旗の穂先を突き付けるように構えた。

 



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